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【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第13巻【燃え】

1名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/08/11(金) 16:16:20 ID:w7lzpoa6
このスレは、萌えスレの書き込みから『電波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』ではない萌えな自作小説の発表の場です。
・ 共通ルール(http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1063859424/2n)
・ リレー小説でも、万事OK。
・ 萌えだけでなく燃えも期待してまつ。
・ エロ等の18禁小説は『【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレ』におながいします。

▼リレールール
--------------------------------------------------------------------------------------------
・ リレー小説の場合、先に書き込んだ人のストーリーが原則優先なので、それに無理なく話を続かせること
・ イベント発生時には次の人がわかりやすいように
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ
・ リレーごとのローカルルールは、第一話を書いた人が決めてください。
  (たとえば、行数限定リレーなどですね。)
--------------------------------------------------------------------------------------------
※ 文神ではない読者各位様は、文神様各位が書きやすい環境を作るようにおながいします。


前スレ【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第12巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1136792603/l50

保管庫様
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php
2前スレ230sage :2006/08/11(金) 18:08:58 ID:ULnFMEbE
|-`)<期待に応えられるかわかりませんが…

|-`)<初めて一人称風に書いてみたので、読みづらいかもしれませんがご容赦を。

|-`)<騎士嬢が主人公の、殴りプリ燃え話です。
3武装神官(1/4)sage :2006/08/11(金) 18:11:25 ID:ULnFMEbE
「寒いなぁ…」

 目的地に着いてボクの発した第一声がそれだった。
 しょうがないじゃない。遺跡の外は暑いんだから。

 ここはルーンミッドガッツ王国から遠く離れた地、アユタヤ。
 島国であるアユタヤの端に位置する、地元の人は決して近づかない遺跡。
 そのままアユタヤ遺跡と呼ばれているここは、多くの不死族が彷徨っている。

「こんなに寒いんだったら防寒着持ってくればよかったよ…」

 太陽の光がまったく届かないので、吐く息が白くなるほど寒い。
 ミニスカートから伸びている足が微かに震える。

「団長も不親切だよなぁ…。現地の情報くらい教えてくれてもいいのに」

 新米騎士であるボクがこんな辺ぴな所に来ている理由。
 それは、王立騎士団の団長からの命令だった。

『アユタヤ遺跡で消息を絶った武装神官を探して来い』

 普通、武装神官なら所属している教会が探すだろう。
 だけど、このアユタヤ遺跡は修練を積んだ武装神官でないとあっという間に命を落とす。
 元々戦闘力に乏しい教会の連中には厳しい。だから騎士団に白羽の矢が立った。
 しかし、騎士団も人員にそれほど余裕があるわけじゃない。

 だから新米であるボク一人に命が下された。ってワケ。

『発見次第護衛をし、帰還せよ』という任務。

―神官なら転移魔法もあるでしょうし、放っておいたら帰ってくるのでは?

 というボクの意見は

―どうも連絡がつかないらしい。悠長に待ってる暇は無い。

 団長の一言で却下された。くそぅ、あのヒゲめ。


「まぁ、たくさん給金もらえるらしいから頑張るけどねー」

 それにしても最近独り言が多いような気がする。無敵のソロ軍団街道まっしぐらかも!
 少し切なくなりながら、とぼとぼと遺跡の奥へと歩き出した。


 *   *   *

 通路の奥から飛び出してきたのは、全身から腐汁を滴らせる不死の魔物。グール。
 剣士時代はてこずっていたけど、騎士になったボクの敵じゃない。

「ハァッ!!」

 気合の言葉と共に、愛刀のファイヤカタナを居合いの要領で振りぬく。
 薄暗い空間に紅い線が走る。
 緑色の腐肉を、炎を帯びた鋼鉄が切り裂いた。

―ゴアァァァ…

 グールが断末魔の悲鳴を上げて、溶けるようにして消えた。

 目を保護するために着けていたゴーグルを上げて視界を確保したボクの前に
 広場のような空間が現れた。

「ここかなぁ…」

 何体ものグールを斬り捨てて進むこと半時。
 広場の奥に、更なる奥に続く階段を見つけた。

 びっしりと生えている苔で滑らないように気をつけて降りる。

「うわぁ…」

 長い段差を降りきると、そこは広いドームのような場所だった。天井は大聖堂の屋根よりも高そう。
 薄暗くてよく見えないけど、壁には松明が点いていて、奥には祭壇のような物がある。
 もしかしたら、昔はここで何かの儀式が行われていたのかもしれない。

「さてさて、目的の人物は〜?っと」

 来る前にもらったメモを広げる。
 そこには、探すべき人物の特徴が書かれていた。

・目は鳶色
・髪は薄茶色
・黒い神官服
・黒い奇術師帽
・名前は――

「変な名前。アマツの人かな」

 アマツ語で書かれている文字の下に、共通言語でフリガナが振ってあるその名前は
 口慣れない響きだった。

「さて、どこから探そうかな――あれ?」

 メモをしまおうとした時、足元に影がさした。
 動かない松明の明かりしかないこの場所で影が動く。つまり

 ゆっくりと振り向いた。
 そこには鎧を着込んだ、身長が人間3人分はありそうな大きな石像が。

 その石像は丸太みたいな右腕を振り上げた。

 腕の先には銀色に鈍く輝く大きな刃。

 あぁヤバイ。死――


―ゴシャッ!!


 死を覚悟した時、石像は脇から飛んできた黒い物に吹っ飛ばされた。
 金属が地面と擦れる嫌な音を立てながら、石像は横倒しに滑っていった。
4武装神官(2/4)sage :2006/08/11(金) 18:14:30 ID:ULnFMEbE
「な?なになになに!?」

 へたり込んで、わけがわからず慌てるボクの前に
 黒い物――黒衣の男が着地した。


 年齢はボクより少し上くらい。
 少しやつれているけど、かっこいい部類に入る顔。
 鋭い鳶色の瞳。薄茶色の髪。黒い奇術師帽。
 黒い神官服に身を包んだ男。

「あなたは――」


 思わぬところで名前を呼ばれた彼は、おや?という顔をして

「どうして私の名を?」

 と、聞き返してきた。

「あ、あのね。実は任務で…って後ろ!」

 彼の後ろに、さっきの石像が迫っていた。
 当たったら真っ二つになりそうな刃を振り下ろした。

 それを、まるで見えているかのように避ける。

「離れてください。ヒール!ブレッシング!速度増加!」

 まだ尻餅をついてへたり込んでいるボクに
 あっという間に3つの神聖魔法がかけられた。って無詠唱!?

 驚いている間に、石像に一瞬で詰め寄った彼は、手に持っている銀の鎖を一閃させた。

「マグナムブレイク!」

 自らの武器を核に、周囲に爆発を起こす剣技。
 本来は剣士の技だけど、修練を積んだ武装神官も使うことができる。

 轟音と共に炎に包まれた石像の古ぼけた鎧が粉々に砕け散る。


 落ちてくる鎧の破片を払いのける彼の口から、詠唱が流れる。

―水の神よ。御手の加護を我が元に。聖なる水の力を刃に。

 アマツ語の力強い詠唱。
 唱えながら懐から聖水のビンを取り出す。

「アスペルシオ!」

 ビンを割り、鋭く唱えると、彼の鎖が白く輝く。
 その鎖を、体全体を回転させて叩き込んだ。

 叩き込んだ場所がひび割れ、白い光が弾ける。

 彼は容赦なく何度も同じ場所を叩く。

―ギイィィィィ!

 奇妙な鳴き声が石像から漏れた。


「すごい…」

 武僧ではない。聖騎士でもない。

 神を味方につけた圧倒的な力。

 これが

「武装…神官…」


―英知の神よ。偉大な力の欠片を此処に。聖なる領域を展開せん。

「サンクチュアリ!」

 すばやく詠唱を完成させた彼の足元から光が現れ、床を伝って広がる。
 その光は、ボクの足元にも広がりボクを癒す。そして、石像には…

―善には癒しを。悪には裁きを。

 光が、まるで炎のように揺らめき、石像を襲う。


―ギイァァアァァァ!!


 聖なる光に焼かれて苦しむ石像から、動物のうめき声のような物が漏れた。
 そして、ゆっくりと石像の体が崩れ、消えていった。


 崩れ去った石像の方を向いている彼。
 サンクチュアリの光を浴びてたたずむ姿は、一枚の絵のように綺麗で…
 はっ!今ボク、初対面の男にときめいてる!?

「大丈夫ですか?」
 ぶんぶんと頭を振っているボクに、彼が声をかけてきた。

「あ…だいじょうぶ…ありがと…う?」
 彼の様子がおかしい。
 よく見たら顔を真っ赤にしてそっぽを向いて…

「あのー?どうしたの?」

 首を傾げて聞いてみると

「…前…」

 そっぽを向いたまま、ぽつりと言った。

「前?」

 自分の体の前を見てみる。

 途端に顔が熱くなった。

 ボクは今、尻餅をついていて
 スカートは剣士の時とは比べ物にならないくらい短くて
 彼のほうに向かってあられもなく足を開いていて
 しかもサンクチュアリの光で床からライトアップされていて
 きわめつけに今日のは少し子供っぽいやつで…

「見るなああぁぁぁぁ!!」

 石像の攻撃を見事に避けていたにもかかわらず
 ボクの放った拳は彼の頬に綺麗にめり込んだ。
5武装神官(3/4)sage :2006/08/11(金) 18:17:13 ID:ULnFMEbE
「プロンテラ大聖堂所属・ギルド未加入・武装神官…」
 わざと事務的に、トゲを含んだ口調で淡々と言う。

「間違いない?」

「間違いないです。ハイ」
 赤く腫れ上がっている頬をさすっている彼の返事。ちなみに姿勢は正座。

「定時連絡が無いので教会の代理で捜索に来ました。護衛しますので帰還を…」
 そこまで言って気がついた。

「よく考えたら護衛いらないくらい強いよね?」
 むしろ護衛のボクのほうが弱い。

「どうして教会に連絡しないの?端末壊れちゃったなら貸すけど。」
 そう言って冒険者に支給される携帯用通信端末を出そうとしたボクを、彼の言葉が止めた。

「いや、壊れてませんよ。」

「ほえ?じゃあなんで?」
 規律に厳しい教会のことだから、規律を破れば減給、もしくは降格させられるかもしれないのに。

「あ、もしかして自殺志願者とか?」
 まさかと思って軽く言ったが

「そんなところです」
 軽く返された。


 このときのボクの驚き顔は、人様には見せれないくらいひどかったと思う。


「な!?なんで!?」

「あ、いや。ちょっと違いますね。」
 慌てて訂正する彼。

「しばらく帰りたくない。と言ったところでしょうか」
 そう言う彼の横顔は、とても寂しそうに見えた。

「ふーん。何かあったの?」

「ありましたねぇ」
 またもや軽く言うが、その声には隠しきれない悲哀が混じっている。


「じゃあ、ボクが話を聞いてあげるよ。人に言うと楽になるって言うでしょ?」

「しかし、ここでのんびりしてるとタムランが襲ってきますよ」
 タムランというのはさっきの石像の名前らしい。

「その時はほら、また君に守ってもらうよ」
 そう言って微笑むと、彼は一瞬目を丸くし、観念したかのように首を振った。

「面白くも無い。馬鹿な男の話ですよ」
 そう言うと、ゆっくりと話し始めた。

 *   *   *

 俺には妻がいるんです。

―うそぉ!?

 …

―あ、あはは、ゴメン。続けて。

 武装神官になった頃に出会った人で、その時はまだ商人でした。
 私が武装神官だと知ると、相性のいい戦闘鍛冶師になってくれた、とても優しい人です。

 その時から、私はどうしようもなく彼女に惹かれていたんでしょう。
 相方志願をし、彼女が新しく立ち上げたギルドにも入りました。

 そして1ヵ月後、式を挙げました。

 それからは毎日が楽しく、この幸せな日がずっと続けばいい。そう思ってました。

―普通のノロケ話じゃない。

 でも、その日々は突然終わりました。

 ギルドの解散という形で。

―えっ…

 集まりの悪くなってきたギルドの管理に疲れた彼女は、自分の手でエンペリウムを砕きました。
 冒険にも嫌気がさしていたんでしょう。彼女はしばらく冒険から離れると言いました。

 そして、彼女は最後にこう言いました。

『今は、冒険する気は起きない。
 けれど、冒険を再開したとき、そのときは、また一緒に冒険してくれますか?』と。

 私は『もちろんです』。そう答えて、彼女を見送りました。

 それから、私は残っていたギルドメンバーが新しく立ち上げたギルドへの誘いを断り
 次に彼女との冒険をする時に備え、自身を鍛えることにしたんです。

―それで、アユタヤ遺跡に?

 ええ。

 無茶をして、死線を彷徨うこともありました。
 だけど、彼女とまた冒険することを考えると耐えることができた。

 でも、ある日プロンテラに食料を買いに行ったとき、見てしまったんです。

 彼女が、愛する妻が、知らない人たちと揃いのエンブレムをつけて、楽しそうに話をしているのを。

―…それって…

 結局、私は彼女にとって疎ましいものだったんです。
 そう考えると、何もかもどうでもよくなって、その場を去りました。

 気がつくと、ここに戻っていてひたすらにタムランを倒す日々を送っていました。
 そして、時々こう思うんです。いつかここで死ぬのも悪くない――と。

 *   *   *

「これで終わりです。面白くなかったでしょう?」

 そう言う彼の声は、重く沈んでいた。

「それって…そんなのって…」

「勘違いしないでください。私は彼女を責めているわけじゃないんです。
 ただ、彼女を満足させることができなかった自分に疲れただけです。」

 自嘲ぎみにつぶやく彼。

「というわけで、私はここに残ります。あなたは帰っていいですよ。」

「でも、残るってことは君は…」

 彼は何も言わずに微笑むと、空間転移魔法の詠唱を始める。

―光の神よ。貴方の子らに慈しみを。闇から光への回帰の道を。

「ワープポータル」

 静かに詠唱を完成させた彼の前に、光の柱が現れた。

「王立騎士団の本部前に繋がっています。
 向こうに着いたら私は無事だと伝えてください。それであなたの任務は完了するでしょう。」

 お気をつけて。と手を振る彼。

 そんな彼を見ていたボクは

「うん。わかった…」

 と、殊勝に頷いた。
 フリをして

「えい」

 彼の手を引っ張って光の柱に飛び込んだ。

「な!?」

 彼の驚きの声が聞こえたけど、もう知らない。

 光の濁流に身を任せた。
6武装神官(4/4)sage :2006/08/11(金) 18:18:29 ID:ULnFMEbE
 変な体勢で飛び込んだので、もつれあいながら着地した。

「いたたた…」

 着地した時に石畳で打った膝をさする。

 すっかり日が落ちているプロンテラ
 周りを見渡してみると、そこには見慣れた建物が。
 王立騎士団本部。

 その時

「どうして…」

 という声が体の下から聞こえてきた。
 ちょうど四つんばいの姿勢になっているボクの体の下に、彼が大の字で転がっていた。

「どうして…放っておいてくれなかったんですか…」

 非難するような目でボクを見てくる。

「どうして…じゃないよ!」

 彼の顔を見つめて大声を上げる。人のことでこんなに大声を出すのは久しぶりだ。

「君、最近奥さんと話したことは?」

「ありませんが…」

「だったら愛想つかされたかどうかわかんないじゃない
 それに、君だってまだ奥さんのこと諦めたわけじゃないんでしょ!?」

「わかりますよ」

 諦めたような表情で、ボクから目をそらす。

「わからない!」

 その表情が嫌で、また大声を出す。

「だって…だって…」

 そこで1回深呼吸する。

 そして

「まだ結婚指輪つけてるじゃない!」

 ハッとした顔で自分の左手を見る彼。
 そこには、空のように澄んだ青色の指輪が。

「聞いたことあるよ…離婚すればその指輪は消えてしまうって…
 だから奥さんは君を嫌ってなんかいない!
 それに、指に着けてるってことは、君もまだ奥さんを愛してるんでしょ!?」

 そこまで一息で言うと、荒くなった息を整える。

「…だから…死ぬなんて考えちゃだめだよ…」

 少し声が震える。
 だって、心からの言葉だから。

 大声でそんなことを言うボクを驚いた顔で見ていた彼は
 何かを考えるかのように目をつむり、そして

「ふっ…ははははは…」

 いきなり笑い出した。

「なっ、なに?」

「あぁ、すみません。あなたの言うとおりだなぁと思って、つい…」

 そう言うと、指輪が光る左手を顔の前にかざす。

「そうですよね。私は独りよがりな悪い妄想で、死のうなんて考えていた…
 まだ彼女と話もしてないのに…」

 彼の左手が邪魔で、表情はわからない。

「一度、彼女と話をしてみます。考えるのは、それからでも遅くない。」

 そこまで言うと、左手を降ろしてバツが悪そうな顔で言う。

「そろそろ…退いてくれると嬉しいんですが…」

「え?あ…ひゃっ!?ごめんね…」

 慌てて彼の上から飛び退く。


「じゃあ、行ってきます。」

 身を起こした彼は、自分に速度増加をかけた。
 きっと、奥さんの所へ行くんだろう。

「あ、教会に無事っていうことを連絡しないとダメだよ!」

 すでに走り出している彼に向かって言う。
 振り向かずに手を上げてボクの声に答えた彼は、数歩走った時
 ふと立ち止まると、振り返って

「ありがとう」

 笑顔で言った。

 *   *   *

「ありがとう…か…」

 彼の走り去った方向を見て、つぶやいた。
 笑顔…初めて見せてくれたな…


「な〜にニヤニヤしてんだ」

「うひゃあぁぅ!?」

 思わず変な声を上げて跳び上がる。
 慌てて振り返ると、そこには騎士団の同僚がニヤニヤとした表情で立っていた。

「任務はどうしたんだよお前」

「お、終わったよ。あとは団長に報告するだけ。」

「ふ〜ん…」

 相変わらずニヤニヤ。

「何よ」

「いやいや、俺はてっきり任務を放り出してラブロマンスに走ってたのかと…」

「な!?何の話よ!」

 するどい…違う。とんちんかんなことを言う同僚に向かって怒鳴る。

「おいおい、そんな大声出したらあのプリースト様に嫌われるぞ〜」

 言いながら同僚は懐から数枚の写真を取り出した。

 それは、ちょうどワープポータルから出てきたときのボクの写真。
 見ようによっては、彼を押し倒しているようにも見える。
 角度的にも…その…キスしてる…みたいな…

「いやぁ、見物だったぜぇ。お前がプリーストの上に馬乗りになって…っておぉい!」

 ボクがゆっくりと居合いの構えになっていることに気がついた同僚が慌てた声を上げる。

「こ…こんなところで抜刀したら団長に怒られ…」

「バカーーーー!!!」

「ああぁぁぁぁぁ!!」

 この後、騒ぎを聞きつけた団長に怒られたのは言うまでも無い。ボクは悪くないのに。
7武装神官(あとがき)sage :2006/08/11(金) 18:21:08 ID:ULnFMEbE
|-`)<某武装でアルケミーな漫画とは関係ありません。響きが似てるだけです。


|-`)<IAが無詠唱で塩が詠唱アリなのはただの趣味ですゴメンナサイ。


|-`)<1、殴りプリのかっこいい所
   2、慌てる騎士娘
   3、アマツ籠りはキツイ

   この3つのことを書きたかっただけの駄文です。あ、あとサンクの光で(強制終了


|-`)<己の未熟さが随所随所に表れていますが
   少しでも皆様に燃え萌えしていただければ本望です。

|-`)ノシ<それでは


|


|<コノモノガタリハフィクションデス。ジッサイノデキゴト、ジンブツトハカンケイアリマセン。ホントデスヨ。
8名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 18:30:54 ID:w7lzpoa6
読んだよヽ(・∀・)ノ
こういうお話、ひさびさだから楽しかったー
サンクいいね、サンク。
9名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 18:31:09 ID:w7lzpoa6
読んだよヽ(・∀・)ノ
こういうお話、ひさびさだから楽しかったー
サンクいいね、サンク。
10名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 20:30:13 ID:ULnFMEbE
あとがきのアマツ→アユタヤです(素で間違えたorz

サンクいいよサンクヽ(・∀・)ノ
11名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/12(土) 15:21:49 ID:wr4XKjg.
いいね、おもしろかったよ!
冒頭にあった「ミニスカート」の記述を頭から締め出してしまってて
サンク来るまでウホッ展開だと勝手に勘違いしておりましたw

>>前スレ239
百合モノのかほりがっ!ご飯三杯はいけますごちそうさま
と言いますか続くんでしょうか。続くの?続くの?
ハァハァ(*´Д`*)ハァハァ
12名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/14(月) 15:51:13 ID:YN5fJahE
むほっ!
面白かったヽ(・∀・)ノ
次の文神様の降臨を期待してます。wktk。
13遠き夢、叶わぬ願い4(1/15)sage :2006/08/16(水) 02:13:59 ID:ku6zD42g
 ギィ─
 そんな音と共に扉が開かれる。
 その音でナナはハッと我に返り、すぐ音のしたほうを見て言う。
「あ、す、すぐに夕ご飯用意…あ…大丈夫…ですか?」
 慌てて台所のほうへ向かおうとしたナナの目に飛び込んだのは鮮やかな赤。
 その鈍く輝く赤髪に負けないくらいの色量を持った血がミストラルの肩や腕、脚のいたるところから流れ出ている。
「あぁ、見た目程じゃない」
 そう言い、自分が使っている部屋へ戻ろうとする。
 そうは言ってもあれだけ出血していたらかなり辛いだろう。
「え…でも…止血くらい…」
 そう言って引きとめようとする。
「それよりも飯にしてくれ、美味い物を食べれば止まるさ」
 その言葉を聞いた途端に思考が止まってしまった。
 そしてミストラルがリビングから出て行くのを無言で見守った。
 数秒後、その言葉を心の中で反芻してみる。

 ─美味い物を食べれば
 ─美味い物を食べれば
 ─美味い物を食べれば
 これは…その…自分の料理が美味しいということなのだろうか…
 それとも…不味かったから皮肉を言われたのだろうか…
 でも…うん…むぅ…
 無駄にナナの頭が混乱し始める。
 そしてそんな葛藤をするくらいなら、と袖もないのに腕をまくる仕草をしつつ台所へ入っていった。


 ミストラルは自分の部屋で止血を終え、リビングのほうに戻ってきた。
 台所を縦横無尽に駆け回るナナ。
 忙しそうだったので何度か手伝うことはないかと声をかけてみるが、「んと…座って待っててください」とつきかえされるばかりだった。



「お、お待たせ致しました…」
 50分後、食事が完成しそれを食卓に並べるナナ。
「食事が豪華になってないか…?」
「え…えっと…こちらがアンドレの串焼き、これがフェンのホイル焼き、これがマルクのムニエル若芽添え…これが─」
 ミストラルの素朴な疑問を華麗に無視し、料理の説明をはじめるナナ。
 確かに料理が明らかに豪華になっている。そして食材も何処から入手したのやらコモド以外のモノばかり。この一回の夕食だけで3kZenyはくだらないだろう。
 ちなみに一般家庭(4人暮らし)の一回の食事にかけるお金は平均400Zeny程度だ。
「─で…えと…これがデザートのペコ卵シャーベットになります。それではどうぞ、お食べください」
「そうだな…いただきます」
 別に疑問に思っても仕方ないことなのでナナに感謝しつつ食べ始めるミストラル。
 ミストラルは黙々と食べる。その途中、ふとナナのほうを見やる。
 ナナは朝と同様、食べずにミストラルのほうを見ているだけだ。
「もう食べたのか?」
 ふとミストラルが聞く。
「あ…はい…すいません、ご一緒できなくて」
「いや、しょうがないさ。腹が減った時に食べるのが一番いい」
「はぃ…」
 少し俯き気味になるナナ。ミストラルはそれに気づいてはいたが、指摘することも無粋だと思ったので気づいていない振りをしていた。
 ミストラルはそのまま淡々と食事を続け、やがて食べ終えて一言。ごちそうさま、とだけ言って食卓を立つ。
 そして部屋へ向かおうとした時、ナナが呼び止める。
「あの…ミストラル様…」
「なんだ?」
 ミストラルは立ち止まって振り返る。ナナは続ける。
「えっと…明日…お暇ですか?」
「満月は明後日だろう、今日洞窟は調べた。だから明日は暇だが…」
「あ…それじゃあ…見せたい場所と…お話したいことがあるので…付き合ってもらえます…でしょうか?」
 そう聞くナナの声は小さく、必死で紡ぎだしているような印象を受ける。
 また、何か決意と後悔を含んだような響きを秘めていた。
「あぁ、分かった。何時ごろだ?」
「あ…あの…そうですよね…ダメなら…ってあの…いいんです…か?」
「暇だと言っただろう」
「ぁ…ぇ…そ、そうですね…えっと…じゃあ…午後3時頃、コモドカプラ職員さんの前で…いいですか?
 えと…午前中は仕事があるので…それに…───…」
 ナナの声の最後のほうはほとんど何を言っているか分からない程声が小さくなっていた。
「了解だ。それじゃあお休み」
「あ…はい、おやすみなさい。よい夢を…」
 だが気にもとめずそう約束し、ミストラルは部屋に入っていく。
 ナナは昨日と同じように、ミストラルがリビングを出て行った扉のほうを見て、溜息を一つ。
 そして昨日と同じように、そのサングラスから覗かせた赤い瞳を天井にやり、目を瞑る。
14遠き夢、叶わぬ願い4(2/15)sage :2006/08/16(水) 02:14:47 ID:ku6zD42g
────────────────────────

 いつものように朝起きて、予約されている依頼をチェックする。
 自分の記憶と依頼内容に確認が無いことを確認し、カートにいっぱいの細長い瓶を詰め込んでいく。
 その全てに白い液体が入っている。白スリムポーションと呼ばれる回復剤だ。軽い割に高性能なのだが、相当費用が嵩む高級品だ。
 普段、こんなに大量の白スリムを一回に発注する財力のある依頼主はそうはいない。
 また、依頼されてもこれだけの量を用意できる運び屋もそうはいない。
 カートにそれを満載した上で、更に自分のバック、ベルトに括り付けた収納場所に赤・暗緑・黄・青の液体が入った瓶を入れていく。
 ナナは極力荷物を持つために身を守るための鎧・外套・盾は身に付けておらず、唯一の装備は腰のベルトに吊られたレイピアと簡素にアレンジされたアルケミストの制服だけである。
 この軽装備、というよりも薄皮一枚羽織っただけの制服でどんな所にもナナは依頼品を届けに行く。
 線の細い少女には似つかわしくない大きな荷物を軽々と抱え、重量満載のカートを難なく引き始める。

 本日の依頼主はプロンテラ騎士団。今までにも何回か依頼されたことがある。
 毎回、演習が行われる度に大量の回復剤・増強剤等が必要となる為、何人かの運び屋が同時に依頼される。
 人件費や調達費を考えると運び屋に依頼するのが一番なのだ。
 ナナは家を出て、南のカプラ職員のところへ向かう。
「あら、ナナちゃんおはよう。今日もお仕事?偉いよねー」
 そう、カプラ職員の一人──リカと言う──が、自分も毎日毎日ここで立って仕事をしていることを棚に上げて声をかけてくる。
「あ…リカさんおはようございます。リカさん達、カプラサービス程大変でもないですよ…」
 先に声をかけられ、挨拶を返すナナ。
「そうでもないよ、カプラサービスは。6時間交代だしねー。成績がいいとまた違うんだろうけど」
 そうやって言うリカ。6時間交代とだけ言えば確かに楽なほうではあるのだが、カプラサービスは勤務時間よりも質が重いのである。
 倉庫システムの管理、転送呪文の使用、カートの保管、冒険者ベース登録等々。しかもそれをかなりのペースで行わなければならない。
 新人の中にはデビュー一週間以内に過労で倒れる者もいる始末である。
 まぁコモドとなるとそこまで忙しくはないのだろうが、それでも大変であることは確かである。
「それで、今日は何処へ」
「あ…えっと…プロンテラなんですけど…」
「オッケー、それじゃあモロクの子にも伝えとくからとりあえずモロクに飛んでねー」
「はい、分かりました…えっと…おいくらですか?」
「3kzになりまーす。モロクからの分も一括ね」
「えっと…はい、3kzです」
「はいはい、それじゃあ開始しまーす。それでは良い旅を」
 お金を受け取るとリカは転送呪文を紡ぐ。それと共に淡く、青い光がナナを包む。
 すぐに景色は砂浜から町並みへ、耳に飛び込んでくるのは波の寄せては引く音から人々の喧騒へと変わっていく。
 あちこちで客引きをする露天商達、その商品を目当てにいろいろな場所から足を運ぶ冒険者達。
 至る所で値段交渉が行われており、その賑やかさは夜になっても変わらない。
 そんな光景を横目で見つつ、ナナは目的の場所へ向かっていく。
 プロンテラ騎士団ではなく、宿屋。Pvエリアの案内員がいる場所だ。

 騎士団の演習は街の住民に迷惑をかけないよう、Pvエリアにて行われる。
 Pvエリアとは、各街の地下に、その街とほぼ全く同じ作りの街があり、そこを指す。
 ミッドガルド王国の法律で唯一お互いに思う存分争うことを許されている場所だ。その中にいる限り攻撃をされても文句は言えない。
 ただ、実際の戦闘とは違い、基本的には大事に至らない。
 昔々の神々の加護のおかげと言われているが実の所詳しいことは分かっていない。
 攻撃を喰らえばそれ相応の痛みは感じるが、決して死なないのだ。
 そして受けた傷もそこを出れば不思議と消えていく。まぁ戦闘のけだるさ、体力の消耗、そんな精神的なものは消えないわけだが。

 ナナは静かに宿屋の扉を開き、宿屋の中に入る。
「おうーっす、ナナちゃん、お久しぶり!」
 ナナを見るやいなや、一人の男が陽気な声をかけてくる。
 Pvエリア案内員の一人、ブルーノだ。ちなみにPv案内員も(株)カプラサービスの職員である。
「ぁ…お久しぶりですブルーノさん」
「元気してるかー?運び屋は大変だろうからなー、はっはっは」
 微妙に発言の前後が繋がっていないブルーノだが、ナナは気にせず答える。
「はい、おかげさまで…」
「よしよし、元気そうでなによりだ。それじゃあ送ってあげよう」
「お願いします」
 そう言うとすぐにブルーノは後ろにあった壁に鍵のようなものを差込み、回す。
 回した瞬間、低い音を壁があげて、横にスライドする。
 奥は階段になっていて地下に続いている。照明はあるのだが薄暗く、まるでその先には監獄でもあるのではないかと思う程の無骨さである。ある意味その照明が雰囲気をかもしだしている。
 降りていくと段々明るさが増してくる。そして階段が終わる頃には地下とは思えない程の明るさが満ちている。
 階段を抜け、出てみるとそこにはもう一つのプロンテラ。先ほどの喧騒は無く、露天商も一人もいない。
 聞こえる音は遠くであがる金属音だけだ。演習は既に始まっている。ナナはその音が聞こえる方─噴水前へと歩いて行った。
15遠き夢、叶わぬ願い4(3/15)sage :2006/08/16(水) 02:15:36 ID:ku6zD42g
 噴水の周りには戦いの旋律が流れていた。
 至る所で剣と剣を弾く音が響き、それにあわせるように魔法の轟音が響き渡る。
 痛い痛い、と呻く声、それを必死に励まし癒しを与える声。戦況にあわせ指示を出す笛の音に太鼓の音。
 そこはさながら本当の戦場である。死がすぐそこに有り、常に気を抜くことができない空間。
 これがプロンテラ騎士団の演習である。この演習こそが、昔から続くプロンテラ騎士団の練度が高い理由である。
 そんな戦場の中をナナは特に気にせず歩いていく。
 流れ矢や吹き荒れる広域殲滅魔法、敵と勘違いして斬りかかって来る者。
 一つでも貰ったらその薄い布一枚着ているだけの細い体は吹き飛ぶか、あるいは致命傷を得るだろう。いずれにせよ一撃でその身は崩れ落ちるだろう。
 しかしそれらをナナは全てひらりひらりと、花びらが空中を舞うように、いや花びらが風に吹かれるように軽快な動きでかわす。
 難なく噴水に到着したナナはその周りにいるはずの人物を探す。
 燃えるような赤い髪、夜の闇よりも深く黒い瞳、そしてナナより頭二つ程背の高い騎士─今回の依頼主、プロンテラ騎士団団長ミストラルである。
「あの…ご注文の品をお届けに参りました」
「あぁ、いくらだ?」
「ぁ…えっと…ひーふーみー…手数料込みまして…4,150,000Zになります…」
「分かった」
 そう言ってミストラルは懐から財布を取り出し、紙幣を取り出していく。
「確認してみてくれ」
「ぁ…はい。………合ってます。えっと…領収書は」
「前と同じ、『プロンテラ騎士団演習用』で」
「は、はい…」
 ナナは腰のベルトに下げた収納からペンを取り出すと、さらさらと丸っこい文字で書いていく。
「どうぞ…えっと、持てる…ってことはないですよね…」
「流石にな…悪いが前と同じ様に居てくれるか?」
「ぁ…はい」
 基本的に運び屋が持てる限りの品物を同業以外で保持できる者は居ない。
 その為、運び屋は依頼主とその後数時間行動を共にすることが多い。
「あー、ナナちゃーん、来てたんだー」
 そこに、腰まで届くのではないかという長い長い銀髪と、僅かに緑青を帯びた瞳を持つ女プリースト、ルカが現れる。
 ルカはナナより少しだけ背が高い。そんなルカがナナの後ろからナナの肩にもたれかかるようにして覗き込んできた。
「ぁ…ルカさん…ご無沙汰してます」
「ん、お久しぶり。今日はどれくらい持ってきたのー?」
 ルカはそう言うと、ナナの後ろの噴水の横に止めてあったカートを覗き込む。
「わぉ、相変わらず凄い量だわー…んしょっ…動かない…おーもーいー」
「ぁ…それは…車輪止めが…」
「はぅあっ!そ、そんなものが。。。だ、騙されたぁ…」
「ぁ…えと…ごめんなさい…」
 別に誰も騙していないのだがそんなことを口走るルカと、別に何も悪くないのだが謝るナナ。
 そんな二人を横目で見つつミストラルは、僅かに、誰にも気づかれない程度の微笑みを浮かべる。
「ルカ、ナナ、漫才は程ほどにな。そろそろ演習の終了時間だ」
 そしてその笑みを隠すように言葉を発する。
「ぁ…は、はい…」
「む、漫才ってなにさー、漫才ってー」
 ナナは少し肩をすぼめ俯き、対照的にルカは不満そうな表情を浮かべてミストラルに詰め寄る。
「本当の事を言ったまでだ。気にするな」
「ミストの目が節穴なのー、それは。ねー、ナナちゃん?」
「ぁ…ぇ…は、はい」
 ナナは話を聞いていたのかいないのか判断のつかない呆けた声をあげる。
 そんなナナの様子を気にした風でもなく言葉を続けるルカ。
「ほらー、ナナちゃんだってそう言ってるじゃんか。と、言うことで謝罪と賠償を…って聞けーー!!」
「聞いてる聞いてる、他の運び屋も来始めたからあんまり面倒かけるなよ」
 ミストラルはそう言いつつ今到着したばかりの運び屋と言葉を交わし、代金を支払う。
「む、そ、そうだね」
 もっともな事を指摘され、シュンとするルカ。
 そんな二人をナナは遠いところでも見るような目で見つめていた。



 窓から差し込む朝日が眩しい。また記憶を思い返しているうちに朝になってしまったようだ。
 今日は午前中は運び屋の仕事、午後は…あの人との待ち合わせだ。
 言わなければいけない。そう、言わなければ…いけない。
 どう思われるだろう。何て言われるだろう。どんな顔されるだろう。
 あの人なら…冷静に返してくるだろう。それがあの人だから。
 それを言えば…終われるから。
 言えば…終わらせてくれるから。
 明日の夜…満月の夜……──────

 ナナは考えることをやめて、いつものようにご飯と運搬物資の準備をはじめていく。
 朝日の作る影の中、カチャカチャと食器や瓶の音が鳴り響いていた。
16遠き夢、叶わぬ願い4(4/15)sage :2006/08/16(水) 02:18:21 ID:ku6zD42g
 いつものようにカプラ職員の人に挨拶をし、いつものように指定の場所へ向かう。
 いつものように依頼人と会い、いつものように清算する。
 その時何か会話しただろうか。覚えていない。
 何か答えていたような気もする。でも思い出せない。
 時間は刻々と過ぎていき、約束した時間まであと1時間も無い。
 どうしてあんな約束をしたのだろう。後悔の念が頭をよぎる。
 けどいずれは言わなければいけないことであり、また言わなければまた多くの人を殺めてしまうから。

 けれど
 どうして私はこんな風になったのだろう。
 どうして私は抗えないのだろう。
 どうして私はこうやって生き永らえていなければならないのだろう。
 どうして私なのだろう。
 どうして─……

 何度も何度も繰り返し、それでいて答えの出ない質問を自分に投げかける。
 当然答えは出ないし、答えてくれる者も居ない。
 答えを出すより簡単な解決法があるから、今これからソレを実行しようとしている。
 自分がもっと自由ならば…あるいは、別の方法があっただろう。
 例えば…海の底でただ何もせずに海面から降りてくる光に思いを馳せ、誰もいない孤独の中一生を終える。
 そう思って、自嘲する。何だ、今の自分がまさにソレじゃないか、と。
 運び屋をして、知り合った人や依頼人は光だ。自分がここに存在していると確認できる程度の極僅かな明かり。
 そして、ここは海だ。誰も傍にいない海の底。ただ潮流に翻弄されて抵抗もできない石ころみたいな自分。

 ぴったりじゃないか。

 本当はそんな自分は嫌だ。でもそう生きるしかない。
 今までずっと繋がれていた枷。これからも繋がれていく枷。
 断ち切れるのだろうか?あの人は断ち切ってくれるのだろうか?
 あの人でも無理だったら、もうこの海の底で何も考えずにいよう。それがいい。
 海の底もずっと居れば居心地がよくなるだろう。
 一人もずっとならば何も感じないだろう。
 今までもそうだったんだから。これからもそうなっていくだけだろう。

 物思いにふけっているうちに40分も過ぎた。待ち合わせ場所に行かなくては。
 ナナは立ち上がり、歩をカプラ職員のいるほうへ向ける。
 そして視線もカプラ職員の居るほうへ向ける…と、目に飛び込んできた影はミストラルのもの。
 ナナは大慌てで駆け出した。


 持ってきていた本もほとんど読み終わり、手持ち無沙汰なので少し早めにカプラ職員前に来てしまった。
 まぁたかが30分くらいなので別にどうということは無いが。
 それにしても一体何の用だろうか。洞窟に関する新たな何か噂を知ったのか。いや、それなら家で話すのが一番手っ取り早い。
 ではなんだろうか、特に思い当たる節は無い。
 何かあるとしたら運び屋で自分が依頼した時のことだろうか。それも全く予想がつかない。
 ミストラルが待ち合わせの理由を考えていると遠くから土煙が上がって、コモドの真ん中にある丘からこちらに近づいてくる。
 その移動速度は丘から駆け下りているせいか相当速く、まるでサベージの突進を思わせるような猪突猛進ぶりである。
 土煙の中心に居るのは…青い髪、鈍く光を反射するサングラス、アルケミストギルドの認可制服。
 どう見てもナナです、本当にありがとうございました。
 ナナはそのままこちらに向かってくる。重いはずのカートを引き、下り坂をものともせずに。
「大丈夫なのかアレは…」
 思わず出る独り言。まぁその光景を見た者は誰でもそう思うか、呟くことだろう。
 とりあえずその様子をのんびりと見守るミストラル。そうこうしているうちにナナの声が聞こえてくる。
「み、ミストラル、様!少、々…お待ち…を…は、はぅぅぅぅぅぅ」
 息が切れ切れなのか言葉を途切れ途切れに発するナナ。そして既に結構近いのだがスピードが衰える気配が無い。
「大丈夫…か?」
 一応聞いてみる。その間にも見る見るうちに距離が狭まっていく。もう20メートルもないだろうか。
「は、はいぃぃ。だ、大丈夫、です…はぅっ!」
 そう返した瞬間にナナの身体は大きく前につんのめる。そして、そのまま地面にダイブ…するかと思いきや絶妙なバランス感覚で逆の足を前にたたきつける。

 ズドォンッ!

 地鳴りかとも疑う程の轟音が響く。
 華奢な身体の何処から響いたかと思う程の音と同時に、ナナはまた走り出した、ように見えたが違う。
 勢いを殺しきれずに飛んでいた。前方、つまりミストラルに向かって。
 何故そんなことをしたのかは全く分からない、だがその瞬間ミストラルの目が捉えた物は本当に目を疑いたくなるような動作だった。
 地面につけた足でまた次の足を出そうと思ったのかは分からない。その脚力が不幸だったのかもしれない。
 とにかく地面に着いた右足を伸ばしたようだった。当然身体が前のめりになったまま。
 言うなれば飛びでんぐり返しをするような感じで飛んだ。だがでんぐり返しとは違い、完璧に地面に頭から突っ込もうとしている。地面は砂浜だが、頭からあのスピードで突っ込めば悲惨な事態になるだろう。
 はぁ、と溜息を一つつきつつミストラルは反射的に身体を動かしていた。
 腰に吊り下げてあった槍・盾のついていたベルトの留め金を指ではじき、落とす。
 それと同時に前方へ跳躍。それだけでは距離が足りない。そう判断し、左肩を右に落とし込むように着地。
 前方に一回転し、ナナが飛んでくる方へ向きなおす。

 コ゛ッ

 …正面衝突。それもお互い頭で。
 バサッ、とミストラルの外した装備が地面へと落ちる音が寂しく辺りに響き渡った。
17遠き夢、叶わぬ願い4(5/15)sage :2006/08/16(水) 02:18:54 ID:ku6zD42g
「えーと…お二人とも、大丈夫ですか?」
 その様子を見ていたカプラ職員の人がおそるおそる声をかける。
「だ、大丈夫…だ」
 頭を片手で抑えつつ答えるミストラル。しかしその声も見た目も大丈夫には見えない。
 一方ナナのほうは砂浜に突っ伏したまま動かない。
「あ、はぁ…そちらの…ナナさんは大丈夫でしょうかねぇ…」
「どうだろ…な。まぁ大丈夫だろうが介抱はしておくから自分の仕事に戻ってくれ。あー…いてぇ…」
「は、はぁ」
 そう言われ、職員は倉庫利用の順番待ち兼野次馬の応対をする。
「ぐぅ…いてて…また面倒なことを…こいつが起きたら文句を言わなきゃな…相変わらずな石頭め…」
 ブツクサ言いつつミストラルはナナの身体を仰向けにする。
 そしてペチペチと頬をたたきつつ声をかける。
「おい…起きろ。ここで寝てると迷惑だぞ…」
 別にこんなところで寝ていようと誰も文句は言わない。ただ少し変な目で見られるだけであって。
 しかしそんな呼びかけをしてもナナは目を覚ましそうにない。
「全く…面倒くさいな…まぁ待ち合わせ時間までまだ25分か…寝かしとくか」
 そんな独り言をぼやき、目を覚まさないナナを見やる。

 深海のような青い髪、まだ少女のような顔立ち。いつも着けていたサングラスはぶつかった時に落ちたのだろうか、数メートル離れた砂浜に埋もれている。
 その身体は華奢で、いつも物資満載のカートを引いているとは思えない。
 ギルド正規のアルケミストの制服とは違い、全体的に露出を抑えたデザイン。民間の仕立て屋の物だろう。簡素だが機能性に富んているように思える。
 しかしアーマーのような類はつけていない。極力物資を持とうとしているのだろうが、これでは重い攻撃を喰らったらひとたまりもないだろう。
 腰にはレイピアを下げている。冒険者でレイピアを下げている者はかなり珍しいだろう。
 何故ならば、天津のほうのただ切ることを目的とした刀や、他の力で叩き切ることを目的とした剣とは違うからだ。
 レイピアとは多少薙ぐことは出来るが、基本的には突き刺す為に作り出された剣だ。
 その為、実戦に使えるほどの技量を持つものはほぼいない。
 一部の貴族の坊ちゃま達は見た目が良い、と愛用している者も多いが…アレはまぁ、置いておこう。
 ナナが倒れている後ろには重そうなカートが止まっている。そういえば先ほどのスピードからどうやって止まったのかが不思議でしょうがない。
 カートには色とりどりの花が散りばめられている。しかしミストラルにはそのほとんどの名前が分からなかった。
「しっかし…何度見ても、ほんとよくこんなもん引くよな…」
 そうぼやくミストラル。だが、そう言うのももっともである。何せカートは大人二人が入れる程の容積があり、重量にいたっては何も乗せていなくともペコペコ2匹分くらいはある。
 ナナに限らず商人系の者達はよくもまぁ、こんな物をほぼ常に引いてるものだ、と感じるのも無理はない。
「ん…ぅ…」
 そう思っていると、ナナが少し声をあげる。どうやら目を覚ましたようだ。
「ぅ…はぅ…ミストラル…様?」
「あぁ、大丈夫か?」
「ぁぅ…ダメ…みたいです…ぅぅ…」
 そう言って寝たまま、頭を抑える。
 そして眩しそうにその眼をゆっくりと開ける。
 瞼の合間から覗いたその瞳は燃える様に赤く、血の様に紅い。
 その二つのアカの合間には黒い、違和感を覚えざるをえないスジといおうか、ラインが走っている。
「…」
 ミストラルにはその眼が何を示すかは知っていた。そしてそれが彼女の常にサングラスをつけている理由だ。
 幸い、カプラ職員周辺の者たちはこの眼に気づいていない。気づいていたらまた面倒くさいことになったろう。
「ミストラル様…ぁ…えっと、今何時でしょう…」
 唐突に思い出したのか、ガバッと起きて体を起こしつつ、慌てた声で聞いてくる。
「3時…5分だな」
「はぅ」
 自分が30分程気を失ってたことが恥ずかしいのか、ナナは俯いてしまった。
「まぁそれはいいんだが…頭は大丈夫か?」
「ぇ…ぅーんと…はい…きっと」
「怪しい答えだな」
 ミストラルは言いながら立ち上がり、少し離れたところまで歩く。
 そして砂浜に半ば埋まっていたサングラスを拾い上げ、ナナに向かって投げる。
「ほら、つけろ。話はそれからだ」
「え?あ…ぅ……はぃ…」
 それを受け取ってようやく自分がサングラスをつけていないことを理解したのか、すぐにそれをつける。
 その顔は何処か諦めたような、それでいて何処か晴れ晴れとしているような気がした。
 少しの沈黙。そしてナナが切り出す。
「ぇ…っと…見て、欲しい物があるんです」
「眼、か?」
「あの…それもそうなんです…が、もう一つ…ついてきてください」
 そう言って、先ほど駆け下りてきた丘のほうへ向かって歩き出すナナ。ミストラルは無言でそれに続く。
18遠き夢、叶わぬ願い4(6/15)sage :2006/08/16(水) 02:21:42 ID:ku6zD42g
「はぁ…着きました…」
 ナナが丘の頂上につくと、そう言う。
 そんなに小高い丘ではないのだが、登ろうとするとぐるぐるとその外周を回っていかねばならないので、結構登るのには時間がかかる。
 既に時間は5時近くになっており、日ももう沈もうとしている。
「間に…あいました…」
 そう沈みかける日を見ながらこぼす。
「ここからの夕日…綺麗なんです…人もほとんど来ないし…」
 言いつつも、沈み行く日から目を逸らさない。よっぽどこの情景を見ていたいのだろう。
「…」
 確かに、この夕日は綺麗だ。
 西に沈んでいく日。日の右側には今調べている洞窟カルがある山。その海側は断崖絶壁で、日の光を受け黒光りしている。
 左側には海。蒼い海が日の紅と混ざり、美しい調和を持つ紫となっている。空には藍から橙へのグラデーションで飾りつけがなされている。
 時が経つごとに黒光りする崖・調和を保つ海への光具合が変わり、一瞬前とは全く違った情景がそこに生まれる。
 さながらそここそが神話に語られる楽園・アールヴヘイムではないかとも思う程の景観である。
 ミストラルはここまで美しい場所を今まで長い間生きてきた中で見たことがなかった。
 その聖域に言葉は無意味で、発せないことこそが本当にその美しさを表している。
「…凄いですよね…ここ…好きなんです…」
「あぁ…」
「これ…見せたかったんです…その…なんで…かは分からないんですけど…」
「ありがとう」
 素直に、そう答える。本当に感動のできる光景を見せてもらったのだ、それ以外に言葉はない。
「見てると…忘れられるんです…いつも…色々考えて…いつも…」
「…」
「…ほんとは…眼…ここで言おうと思ってたんです…けど…
 待ち合わせの前…やっぱり色々考えて…それで、また、言おうか迷って─
 何度も何度も、考えました。
 でも結局…悩んだまま…時間になって…
 それで…結局、考えてたことも意味なくなって…
 馬鹿みたい、ですよね」
 自嘲気味に語るナナ。話ながらそのサングラスを外し、放り投げる。
「でも…言わなくて…ほっとしてるんです…
 自分で…言わなくて…」
 赤い夕日の光の中、その紅い眼は何処を見ているのだろう。この美しい情景か、果てしなく広がる海か、星が煌き始めている黄昏の空か。──もしくは…そこに佇む自分自身か。
「言って…それを言って何を望む?お前の利になることはないだろう」
「…」
「俺がそれに気づいたところで何も出来はしない。治してやる知識もないし、制裁する権利もない」
「…でき…ます。…殺してくれる…だけで…いいんです…」
「それはできない注文だな。それだと俺が殺人に問われる。そうなったら騎士団の連中はどうなる?権利を奪われ、路頭に迷う者が何人出ると思う?」
 そう言いつつ、ミストラルは少しナナに同情していた。
 自分がこの立場だったらどうだろうか。
 そんな風に。自分がそんな立場にあったかもしれない。そしてそれは決して低い確率ではなかっただろう。
19遠き夢、叶わぬ願い4(7/15)sage :2006/08/16(水) 02:22:22 ID:ku6zD42g
「──できます…貴方はできるんです!」
 そんなナナの悲痛な叫びにすぐ現実に引き戻される。今問題なのは自分ではない、目の前にいるこの少女だ。
「私は…私は…B.O.Tです。眼を見たなら…分かってる…でしょう…」

 B.O.T─Bee of Tradingの略で、昔はその意味のまま、寝る間を惜しんで狩りをし、金稼ぎに勤しむ働き蜂のような者達を馬鹿にした言い回しだった。
 年月を経て古代の魔術が研究され、人が胎児の時に特殊な魔術を施すことで特定の言霊に反応し、その命令通りに動く人によく似たモノを作れるようになった。
 そうして出来たモノは古代の書物に記されるROB0Tというものと、前述のことをもじり、B.O.T.と呼ばれるようになっていった。
 その技術は倫理を無視したものとされ、すぐに禁術とされた。
 だが簡単な処置で自分の言いなりとなるモノができるとあって、利益に目の眩んだ商人・企業がその術を知るものを買収し、開発させていった。
 初期の頃のそのモノは人とは明らかに違う部分─例えば、瞳─があるので見分けがついた。
 しかし今ではそんな痕跡があるモノも珍しいほうだ。どのように消して行っているかは分からないが、見分けが難しくなってきている。

「それに…私は…今、貴方が調べている事件…行方不明事件の犯人…なんです…お願い…します…」
 切れ切れに、切なる願い、悲しい願いを言葉にするナナ。
 いつもほのかな笑顔を浮かべ、丁寧に、そして朗らかにしているナナとは明らかに違う。
「お前がB.O.T.なのは確かに分かった。だが、処罰をするかどうか決めるのは俺じゃない、無能な上の奴等だ。
 それに、お前がこの事件の犯人かどうかは分からない。ここでお前を殺してまだ事件が発生したら意味がない」
 ミストラルの言っていることは事実である。ミストラルではB.O.T.だからと裁けないのである。
 また、この世界の司法はほとんどそれを裁こうとしない。例え一般人が見て明らかにB.O.T.だという証拠があっても、だ。
 裁いたとしてもすぐに飽きて全体の数%くらいしか排除されない。
 警察権を民間に任せてはいるものの、司法が動かなければ刑は執行されない。
 特例はあるが、基本的にB.O.T.関係の処理はそう取り決められている。そんなもどかしい世界なのだ。
「お前が犯人であるかどうかは明日…あの洞窟に行けば分かる。違うか?」
 そう言い、西に位置する洞窟を指差す。
「そう…です。でも…」
「お前の気持ちは俺には分からない。そして法は今この場でその願いを聞くことを許さない」
「…はぃ…」
「分かったなら俺は戻らせてもらう」
 そう言ってミストラルは元来た道を戻っていく。

 紅い瞳でその後姿を見送り、視線を海と絶壁の境目に戻す。
 既に日は落ち、辺りには月と星の光が降り注いでいる。
 ナナは溜息を一つ。そしてその場に座り込む。
 ずっと溜めていた想い。
 明日、やっと叶う。
 空を見上げる。満天の星空。
 そして自分の下げた剣を見て呟く。
「お願い…します」
 ミストラルを信じていないわけじゃない。けれど不安になる。
 先ほど、待ち合わせの前に…明日殺されようと決めたばかりなのに、早く殺してほしいと取り乱してしまった時と一緒だ。
 胸が締め付けられる。苦しい。
 何故こんなに苦しいのだろう。ようやく望んでいたことが叶うと言うのに。
 そんなの、分かっている。願いが、叶わないからだ。
 私が死んでも、あの人が負けても。
 結局、叶うはずはないのだ。
 だって、自分は所詮B.O.T.

 普通に生きて

 普通に遊んで

 普通に友達と笑いあって

 普通に家族とずっと居る

 そんなこと───


 ナナはその場に寝転がり、星空を眺めつつ
「やっぱり…泣けないです…よね…」
 涙…B.O.T.には──狩ることだけに生まれ、心を持つ必要の無いものにはいらない、除外された機能。
 心が悲鳴をあげる。持たなくてよかったはずの心が。

 頭はそれでも考えて。

 心をずっと、締め付けて。

 気持ちがいっぱい溢れてて。

 それでも涙は溢れない。

 こんな鎖、なければよかった。
 こんな…こんな───



 少し丘を下ると、先ほどナナが投げたサングラスが転がっている。
 全く壊れてないところを見ると、少し頑丈なつくりなのだろう。
 それを拾い上げ、後でナナに渡そうと懐にしまいこむ。
 空を見上げると丸々と太った小望月。今日もコモドでは花火が打ち上げられ、静寂とはほど遠い。
 しかしミストラルの心はそんな喧騒とは離れ、静かだった。しかし思考は速く、色々な事を考える。

 考える。ナナのこと。
 自分のことをB.O.T.と言った少女。他人に自分がB.O.T.と告白する覚悟はどれ程の物だろう。
 自分のことを負い目に感じ、自分を殺してくれと願った少女。その苦しみはどれ程の物だろう。
 自分の目をサングラスで隠し、運び屋として暮らしてきた少女。そのサングラス一枚通して普通の人はどう見えただろう。
 その華奢な体に、どれだけの想いが詰っていたのだろう──

 考える。自分のこと。
 自分があの少女に勝てるだろうか。
 自分にあの少女を殺すことが──救うことができるのだろうか。
 自分ももしかしたら、ああなっていたのかもしれない。
 いや、なれなかっただろう。自分はそこまで強くはないのだから──

 考える。

 考えているうちにナナの家の前についた。
 まだナナは帰っていなく、明かりはついていない。
 おそらく帰ってこないのだろう、そんな気がした。
 自分の使わせてもらっている部屋に戻り、携帯用の食料詰め合わせを取り出す。
 適当に選び、食べる。
 別に美味しくなかった。
 分かってはいたが今日の朝までの食事がそれを際立たせる。

 結局、ナナは帰ってこなかった。
20遠き夢、叶わぬ願い4(8/15)sage :2006/08/16(水) 02:23:05 ID:ku6zD42g
────────────────────────

 洞窟の中は薄暗く、明かりといえば点在する篝火だけだ。
 その篝火を頼りに奥へ、奥へとミストラルは進んでいく。
 奥へ行けば行くほどに壁や天井、地面に埋まっている鉱石の割合が大きくなるのか、篝火に照らされ幻想的な雰囲気をかもしだす。
 しかし普段は幻想的に思えるソレも今は嫌というほど不気味に思える。

 静かなのだ。

 普段は洞窟の中にいるモンスター達の鳴き声やらが反響し、それはそれで不気味な空間なのだが、今は自分の立てる足音と、薪がときたまはじけるだけである。
 カツ、カツ、と洞窟内に響き渡る足音。
 篝火により壁に大きく映し出される影。
 時に紫に、時に蒼く光る鉱石。
 普段気にしない程の音・光の存在感の大きさを感じる。
 モンスターがいないだけでこれほど違うのか。そう心の何処かで感心する。
 そんな暗がりの中を進んでいった。

 やがてカプラWが水の中に突っ込んだ場所に到達した。
 つまりはこの洞窟の最奥──だった場所にだ。
 その場所は海水が入り込んできていてそれ以上は進めなかったはずだ。少なくとも世間に知られているうちでは。
 しかし今ではどうだろう?そこにたっぷりと在ったはずの海水は何処かへ消え、奥へと続いている。
「なるほど…満月、か」
 そう呟くミストラル。
 満月の日、その日は空に浮かぶ月からの引力が最大になり、大潮となる。
 その現象をどのようにかは分からないが利用し、満月の日の夜に水が引いていく仕掛けとなっているのだろう。
 ミストラルは警戒しながら、水が引いて新しく現れた空間に踏み入れていく。
 少し歩いていくとやけに障害物が多くなってくる。
「…たく…面倒くさいな…」
 そこに並ぶ障害物──それは石。石化した冒険者達の亡骸であった。
 結構な数の灰褐色のモノ。
 それらの顔、あるものは何も気づかずに石化していったような間の抜けた表情。
 あるものは自信に満ちた表情。
 あるものは迫り来る死の恐怖に怯える苦悶の表情。
 あるものは目を瞑り、死を受け入れたかのような表情。
 多種多様な表情を持つソレ。
 酷いモノには藻が生えていて、表情が伺えなくなっている。
 その藻の群生具合、石の劣化状態から、そのほとんどが長い間放置されていたことが見て取れる。
 そんなに長い間、人を石にしてしまえるだけの魔力を持つモンスターは今現在存在しない。
 モンスターは、だ。
 一つだけ可能にする程の力を封じられた物がある。
 それがミステルティンのオリジナル。
 元はただ一本の枝だったに過ぎないソレが、神を殺した凶器として神の力をその身に宿した。
 その魔力は絶大で、レプリカとは比べ物にならない程の石化能力を持つ。
 一突きされただけで勝敗が決することだろう。
 目の前にある石像が事実を物語っている。余りにも強い魔力と、その存在。
 ミストラルはその石像一つ一つを見ていきながら、歩を進める。
 やがて、少し開けた場所に出る。その瞬間何かが飛んできた。

 ヒュッ

 確実に顔を狙ってきたその切っ先を右に倒れこむようにしてかわす。そして跳躍して距離をとる。
 襲ってきた相手もすぐに飛び、元いたと思われる位置まで戻る。
「…こんばんは、満月が…綺麗な…夜ですね」
「ああ、いい夜だ」
 紅い眼が暗い洞窟の中に浮かぶ。
 昨日丘の上で別れた少女がそこにいる。
 いつもと同じ口調で。
 いつもと同じ装いで。
 ただ一つ。サングラスをかけていないことを除いて。
21遠き夢、叶わぬ願い4(9/15)sage :2006/08/16(水) 02:23:44 ID:ku6zD42g
 そこは先ほどまでの狭い通路とは異なり、結構な広さがあった。障害物─"元"冒険者達が無いことも広く見える原因だろう。
 天井は遠い昔に崩れたのか、ゴツゴツの岩肌の間にはまぁるい満月が姿を見せている。
 その下に立つ少女。瞳は赤く、それと対照的に肌は月光に照らされ青白い。
 左手にバックラーを着けている。その表面は盾自体を使うことがほとんどなかったからなのだろう、殆ど傷がない。
 右手には体と不釣合いな黒塗りの長剣が握られている。
 刀身からは新たなる刀身が無数に枝分かれしており、剣というよりは"樹"と呼ぶほうが相応しいだろう。
 まだ幼さの残る顔立ち、それでいてその顔は、幼さとは無縁と思える静かな微笑を浮かべている。
「ようこそ…ミストラル様…ここが…私の生まれた場所です」
 ナナは微笑を浮かべたまま、淡々と語りだす。
「ここで…何人もの人が犠牲になって、何匹ものB.O.T.が生まれました。
 私は…7匹目、だったんです。造られたのが。
 だから今は…ナナ…そう名乗ってます」

  ヒュッ
      シャッ
 話ながらも、ナナは剣を突き出してくる。
「随分初期のほうに造られたみたいで…色んな所に行かされました。
 色んなことをさせられて…色々なモンスターを倒しました。
 大体データがとれてくると毎日毎日同じモンスターを狩って、5日に一度くらい、稼いだお金を全て主人に渡してました。
 しばらくして性能のいいB.O.T.も造れるようになってきたらしくて、私は集めた財産のお守としてここに来ました。
 でもある日、体が動かなくなったんです。多分禁術の処罰委員会が重い腰をあげたんでしょうね。
 そこで…死ぬと思ったんです。意識が薄れて…それでも怖くなくて…」

         ヒュォッ
    キンッ
 ナナの突きは正確に避け辛い位置を狙ってくる。
 それを盾ではじき、あるいはギリギリでかわして距離をとる。
「でも…もうすぐ死ぬんだな、って分かった時に声が聞こえてきて…
 死んではいけない、って…
 コレを持っていなさい、って…
 それで…私、何人もこの剣で…殺しました」
「そうか」
「何度も…死にたかったけど…刃を自分に向けることもできなくて…
 …助けて…ください」
「あぁ…」
 ナナの押し殺すようにした悲痛な訴え。
 ミストラルは一つ、頷くと跳躍。距離を十分にとる。
 盾と槍をその場に置き、目を瞑り両手を前にかざす。

─祖の血肉、生まれし時は既に無く。祖の瞳、禍々しかれど透き通る。

 ミストラルが唱える間にナナは距離をつめ、"樹"を逆手に持ち、刺す体制に入る。

─護りし物は、祖の心。護りし力を今ここに─

 ヒュッ

 ガキィンッ!!

 ナナが突き出してきた瞬間、間一髪でミストラルはその"樹"を弾く。
 ミストラルの手に現れた、カッツヴァルゲルによって。
 黒く、太い刀身。何か古代の文字のようなものが刻まれている鍔。
 その大剣に弾かれた勢いに逆らわず、ナナは元居た場所に戻る。
 ナナはこちらを見据え、話しかけてくる。
「なる…ほど…貴様…ちの…もの…」
 たどたどしく喋るナナ。いや、正確にはミスティルティンがナナに"喋らせている"のだろう。
 その顔は、自分の意思で自分を動かせないことへの苦痛で歪んでいる。
「まったく…やっぱり本物か、面倒だな…」
 と、誰に言うでもなし、愚痴をこぼすミストラル。
「キサ…ま…殺す……血…もら…ウ」
 はぁ──と一つ、ミストラルは溜息をつく。
「ま…しょうがない、やるか…」
 けだるそうなミストラルのあげたその声と同時に両者は跳躍した。
22遠き夢、叶わぬ願い4(10/15)sage :2006/08/16(水) 02:24:16 ID:ku6zD42g
 あの人との初めて出会ったのはお仕事中。
 あの人はまだ一介の騎士団員で、私はやっと名前を覚えてもらえる程度に至ったかけだしの運び屋だった。
 何でだろう、不思議と目が行った。不思議と気になった。雰囲気、そう、あの人そのものが気になった。
 けれと、声をかけても迷惑なだけだろうから別に何もしなかった。ただちょっと目で追ったくらい。
 自分より頭二つ程背が高く…自分が低いだけか、少し切れ長な印象を与える目。
 その瞳は遠めから見ても分かるくらい黒い。まさに漆黒という言葉が似合う。
 赤い髪、紅い紅い髪。
 他の誰よりも紅いその髪。地毛なのだろうか?鮮血を思わせるその紅さを見れば一目でその人だと分かる。

 何処かで見た漆黒の。何処かで見た血赤の。

 気のせいだろう。きっとデジャヴだ。
 だって私は今まで、何も見てはこなかったから。
 ここにいる他の人とは違うから…。

 気持ちが俯く。心が軋む。
 一回深みにはまりかけるとそのままずるずると沈んでいく。
 なんでだろう。なんでなんだろう。
 なんで「…いてるか?」
「え、は、は、はいっ」
 誰かに呼ばれたことに気づいて慌てて顔を上げる。
「…っ!」
 危うく間抜けた声をあげるところだった。だってまさか、目の前にあの人がいるなんて…。
「あーと…いいか?」
「は、はい」
「配給分のスリム白ポーションなんだが、俺の分はあそこで死んでるのにやってくれ」
「えと…あそこにいるアコライトの人…でいいんですか?」
「あぁ、よろしく頼む」
「は、はい…えと、貴方と彼女のお名前は…?」
「俺がミストラル、でアレはルカ」
「えと…分かりました、確認しましたので…」
 頼まれたことは配給分─10分後に始まる休憩の時一人一人に渡されるものだ─の渡す量を変えるらしい。
 それよりもこの人…ミストラルって言うんだ、覚えた。
 それで…ミストラルさんの分の物を…あそこの、うわほんと死んでる…ルカさんにまわす、と。
「お、ミストってばにくいねーwwそうならそうと言ってくれりゃあいいのにw応援するよ?w」
「何を応援するかは知らないが…勝手な思い込みはごめんだぞ」
「はっはっは、何だこの、照れやがってwww」
「それより貴方もいらないんだろう、言っておいたらどうだ」
「そうだなー、じゃあお嬢ちゃん、そーゆーことでwあ、俺はちなみにヴェルニクス、ヴェルって呼んでくれて構わないからw」
「あ、は、はい…」
 何処から出てきたのかこのヴェルニクスとかいう男。ローグギルド公認の服を着ているからトンネルドライブでもしていたのだろうか?
 妙に馴れ馴れしいというか軽い口調のこのヴェルニクス。実は現プロンテラ騎士団団長。
 今日ここに来た時は副団長と会計の人によって迎えられたので団長がどんな人か分からなかったがまさかこんな人とは…。
 世の中って奇妙。でも楽しいなぁ、と思う。
 他人って予測し辛くて、だからこそその反応がおもしろくて、人と人のつながりを感じれる。
 純粋に、いいなぁと思う。
 純粋に、うらやましいと思う。

 純粋に、悲しいと思う。自分のこと。
23遠き夢、叶わぬ願い4(11/15)sage :2006/08/16(水) 02:24:43 ID:ku6zD42g
     キィンッ

           ガキャンッ!
  ガガッ   ガァンッ!

 金属と金属が弾きあう音。剣が壁を削る音。二つが洞窟の奥に木霊する。
 二つの影は互いに場所を入れ替え。交じり合い離れる。
 それが何回か、二桁の回数しようかしまいか、というところで両者は対峙し、動かなくなる。
 最初とは逆─ナナは入り口近くに、ミストラルは奥のほうに移動していた。
 ミストラルは正直なところ、結構辛い状況にあった。
 ナナの持つ"樹"は無数の"枝"が生えている。その"枝"は全て刀身と同じ向きに折れ曲がっている。
 その為、下手に剣で"樹"を受けようものなら立ち並ぶ"枝"のどれか一本は腕や体のどこかに刺さることだろう。
 そうなったら決着だ。体が瞬く間にミストレスの魔力を注ぎ込まれ、石になって動けなくなるだろう。
 石化が解けるのは何十年後か、あるいは何百年後か分かりはしない。
 仕方がないので先ほどから切り払っているがラチがあかない。
 こちらの攻撃はひらりひらりとかわされ、盾に防がれ、まともには全く当たらない。
 懐に飛び込もうにも無数の"枝"がそれを邪魔してくる。きわめて微妙な状況だ。
 ナナもナナでらちがあかないと判断したのか、距離をとったことで様子を見ているようだ。
 しばらくそんな状態が続く。だが動くに動けない。動いたとしても先ほどの状況が繰り返されるだけだから。
 月の光は二人を照らし、また広場を青く染めている。
 動く物は無く、かすかな音も聞こえない。耳を澄ませば相手の呼吸音でも聞き取れるのではないかと思う程である。
 そんな膠着状態が15分も続いただろうか?ナナが少し動きを見せる。
 右手は剣を構えたまま…盾を持っている左手を下ろしていく。ゆっくり、ゆっくりと。
 注視しなければ気づかない程の速度。
 その手が、腰の辺りに差し掛かった瞬間、ミストラルは飛んでいた。
 次の瞬間、ミストラルのいた位置に激しい炎が立ち上る。
「く…火炎瓶か…」
 そう呻くミストラル。
 飛んでいなければ今頃火あぶりだったろう。
 こちら目掛けて下手から放られた炎を宿した瓶。それを恐ろしいまでの直感でかわしたミストラル。

─かわしはした…だが、ろくに着地を考えずとんだので肩を少し打ちつけた。支障はそれほどないのだが少し痛む。
 ナナは無表情で…いや、表情を消した表情で、こちらを見ていた。
 一体何を考えてるだろう。その表情からは読み取れない。
 だが彼女は言った。殺してくれ、と。
 実際に殺せるかは分からない。何故ならナナは強いから。
 その華奢な身で幾多もの場所へと物資を届けに行き、死線をくぐっているのだ。弱いはずがない。
 しかしやらなければならない。それがナナとの約束だから。
 ナナは再び左手を腰のベルトの辺りに持っていく。腰のベルトから下がっている瓶を手に取る為に。
 神経を研ぎ澄ませる。今度のは奇襲ではない。とすると物量で押してくるだろう。むしろ何故一発目に投げたのが一つだけだったのかが不思議なくらいだ。
 距離は十メートル程度、先ほどと然程変わらない。つまりはいつでも火炎瓶等が飛んでくる可能性がある、ということ。
 じっとナナを見つめる。しかしナナは先ほどとは違い、指と指の間に何本もの瓶をはさんでベルトのホルダーから取り出していく。
 先ほど炎柱をあげたのと同じ瓶、変な物が入っている瓶が二種類、更には液体─透明ではあるが何か凄く嫌な予感のする─の入った瓶、計4種類を左手の指と指の間にはさんでいる。
 種類は4種類なのだが…少なくとも10本は持っている、ように見える。どうやったら指と指の間にあれだけの数を挟めるやら…乙女の神秘ってやつか。
 そんな余計なことを考えて苦笑しそうになる。こんな状況でも笑える自分がいるんだな、とも少し思った。
 まぁ…とりあえずは目前の状況をなんとかしないとな、と。
 ナナは体勢を変えずにこちらを見据えている。相変わらず"樹"はこちらに向けたまま。
 再び静寂に還る広間。たまにカチャ、と瓶同士が当たる音が響き渡る。

 1分

 2分─

 3分──

       オオオ   オオオオ オオオオオオオ オオオ
 ゥウォオオオ オオオオ  オオ オ オオオオオオオオオオオオ オオ
      オオオオオ    オオオ  オオオオ オオ  オオオ

「っ!?」
─全身の血液という血液が凝固したかのような錯覚。背筋を昇る寒気。
 異様なる音に全身が凍る。何だこの声は。やめてくれ、やめろ、やめろ。
「!?」
 瞬間、導火線に火のついた瓶が目の前に迫っていた。
24遠き夢、叶わぬ願い4(12/15)sage :2006/08/16(水) 02:25:21 ID:ku6zD42g
 ガシャアンッ

─けたたましい瓶の割れる音とともにあの人に向かって投げた火炎瓶が炎をあげる。
 あの人は避けなかった。避けれなかったのだろうか?それともあえて避けなかったのだろうか。
 避けれなかったのだとしたら…直撃ではただじゃすまないだろう。避けれず、防いだのだとしたら運がいい。
 避けなかったとしたら…流石としか言い様がない。あの人の周りにはジオグラファーが15匹程ひしめいている。
 普通は1匹までしか出せない。法律的にもそう定められているし、何より一匹出すので瓶にこめてプラントを育てる分のマナがいっぱいいっぱいなのだ。
 それ以上は瓶から出したとしてもすぐに枯れてしまう。
 そんな物を10匹以上。もしかしたらもっと出せるのかもしれない。一体この剣の魔力はどれ程の物なのだろう。
 そしてジオグラファーだけでは飽き足らず、手に持った塩酸の瓶と火炎瓶を投げる準備までしていた。
 私の"カラダ"はあの人が避けると思っていたらしく、意外にも避けなかったあの人の様子を見るために煙が晴れるのを待っている。
 やがて音もやみはじめ、その火力は勢いを弱める。あの人なら大丈夫、きっと…大丈夫。

─ようやく炎の勢いが弱まってくる。それと同じように耳障りだった音も衰える。
 どうやらあの声のような音の原因は風だったようだ。それがここの入り口にある人だったモノの間を抜ける時に凄まじい音─あたかもそれは恨みを込めた呪詛のような─がしたのだ。
 そしてそれが炎をすごい勢いで立ち上らせた一つの要因でもあるのだろう。
 しかしそれにしても危なかった。その音に惑わされている隙に火炎瓶を投げられ、それをすんでのところで剣で受け止めた。
 太い刀身が幸いし、少しアルコールはかかったが火は抑えられた。自分でも運がいいと思った。
 視界が開けてきて、周りが凄い数のジオグラファーに囲まれていることに気づいた。火炎瓶を避けたらどうなっていたことやら。
 そしてあと数秒もたたないうちに次の攻撃が来るだろう。それを避けるとジオグラファーの海。おそらくはそこに追撃も来ることだろう。さてどうしたもんやら。
 はぁ、全く…面倒くさい。


 視界が晴れていく。天井にぽっかりと開いた穴へと今まで吹き荒れていた風が煙を運んでいく。
 ナナは油断なく手に持った塩酸瓶を投げる態勢のままミストラルの様子を窺っている。
 そして、ようやくお互いがお互いを確認できる程度まで煙が消えた。
 刹那、ナナは塩酸瓶をミストラルに向けて投げる。すぐさまベルトのホルダーから取り投げる。投げる。その数9本。
 ミストラルはそれを一瞬だけ確認し、すぐに動作に移る。
 両手に持つ大剣を大きく振りかぶり、振る。その刀身の"面"の部分が当たるように。
 第一波の三つがその"面"に叩き割られ、そのまま下方へ薙ぎ払われる。
 第二波、その三つはそれぞれジオグラファーの輪の外、ミストラルから見て右、左、前の位置にピンポイントで落ちる。
 ミストラルがジオグラファーを飛び越えた時への予防策だろう。その三つを横目で見送り、ミストラルは次に備える。
 第三波はまたミストラル目掛けて飛んでいく。その一つ目をミストラルは体を捻ってかわし、二つ目を剣の面で防ぐ。それが限界だった。
 三つ目はミストラルの右肩をかすめて割れ、中に入った塩酸が辺りにぶちまけられる。
「がっ…」
 高濃度の塩酸が鎧の隙間からしみこみ、ミストラルの肌を焼く。その痛みは半端ではないだろう。
 だが不幸中の幸いか、かすめて少しかかっただけですんでいる。直撃コースが二つ目の瓶だけだったのも幸運だったろう。
 ミストラルは何とか痛みに耐えつつその体が倒れないよう足を踏ん張る。
 その時点でナナはカートからの弾の装填をすませ、再び投げる態勢を作っている。
 ミストラルに逃げる暇を与えず、再び瓶を投げるナナ。数は変わらず9本。しかし今度は火炎瓶も混ざっている。
 第一波、塩酸二本に火炎瓶が一本。それを先ほどと同じ要領でなぎ払う。ある程度スピードを出して潰せばそれほどの火力は起きないからだ。
 第二波、先ほどと同じく塩酸瓶が3本、周囲に放たれる。
 第三波、火炎瓶が3本。ミストラルは一本目を口の辺りで切り払い、引火させないうちに処理。剣の勢いを殺さず、地面に突き立てる。
 次に迫る瓶を避け、剣をつきたてたことで空いた左手で三本目を無理やり掴む。そしてそれを勢いそのままで体を一回転させて投げ返す。
「っ!?」
 ナナはまさか投げ返されるとは思っていなかったようで、咄嗟に体を投げ出してなんとかかわしている。
 ミストラルはその隙を見逃さず、剣を引き抜き棒高飛びの要領でジオグラファーの密集地帯に剣をつき、乗り越えようと、した。


 その瞬間、何故だろう。第6感とでも言うのだろうか、恐ろしい程の不安に駆られた。
 そして、瞬間、世界がスローになる。
 ジオグラファーの一匹一匹がニタっと、おぞましく笑った、ような気がした。
 ジオグラファーの一匹が口にナニカ、ナニカ。何だ、アレはナンダ。
 認識する前にジオグラファーが火を噴く。いや、噴いたのではなく、燃え上がった。
 何匹ものジオグラファーが、その身から炎を吹き上げ、それぞれの炎が繋がりあい、立ち上ってくる。
 何だ、何が、起こった。既に地面は紅く染め上がり、炎が迫る。何故、こっちに来るんだ。
 その瞬間、一瞬だけ天井が、空が見えた。そして、気づいた。
 ここは───


「ぐああああああああ!!!」
 耳をつんざくような悲鳴があがる。
 ジオグラファーから立ち上った火は瞬く間にあの人を包む。
 悪魔…そう思う。"自分"で仕掛けた─正確には自分とは言えないのだが─とはいえ。
 "自分"はジオグラファーを設置した際、その口の中に火炎瓶を仕込んでおいた。
 その火炎瓶はこちらで細工しておいた場所に火をつけると一瞬で燃え上がる。
 そして一度炎が燃え上がるとその炎は天井に空いた穴から逃げていく気流に乗り、上へ上へと登る。
 当然ジオグラファーを飛び越そうとしていた者に炎は襲い掛かることになる。
 そしてジオグラファーの細工を気づかれない為のブラフ…それが二セット18本投げたうちの第二波の3本ずつ。
 そこに投げておけば飛び越えることが状況脱出の策だ、と思わせることができる。
 あの人なら…疑ってくれると思ってたけど…。ダメだったみたい。
 あの人を見やると、炎に包まれてはいるが、鎧はそれほど燃える素材じゃないのか、それとも祝福を受けているのか、あまり燃え広がっていない。炎が消えるのも時間の問題だろう。
 後、やることはあの人にこの"樹"を刺すだけ。それで終わる。そしたら…あの人は石になって…ずっと…ずっとココに居る。
 それも…いいのかもしれない。だって、こうなった以上、もう、希望なんて…。
 そう、それで、いいんだ。
 あの人は、すぐそこで苦しんでる。そうだよ、助けて、あげなきゃ。
 楽に…してあげなきゃ。
 一歩、一歩、あの人に近づいていく"自分"

 あと三歩、これで…いいんだ。
「もう…楽になれますよ」
 あの人に言い聞かせるように。

 あと二歩。もう…決めたもの。
「して…あげますから」
 自分に言い聞かせるように。

 あと一歩。
「ごめん…なさ…」
 これが、本音。

 もうあの人の鎧についた火はほとんど消えている。だが火傷が結構酷い。この状態動くとしたらかなりの激痛を伴うだろう。
 "自分"は"樹"を僅かな動作で構え、あの人の胸に狙いをつける。
 そして…極小さな、極静かな動作で、突き刺した。
25遠き夢、叶わぬ願い4(13/15)sage :2006/08/16(水) 02:25:51 ID:ku6zD42g
 イタイ。皮膚が焼け爛れている。痛い。
 朦朧とする意識の中、すぐ傍までナナが寄ってくるのが分かる。
 これで…終わりか…そんなことが頭をかすめる。
 ナナが動作を始める。それが凄くゆっくりと見える。まぁ見えると言っても霞んで、だが。
 結構、短かったな。退屈ではなかったと思うが。
 ヴェル…貴方のとこへあとちょっとで行くよ。と言っても二人とも地獄か、はは。
 エリーは今何処で何をしてるだろうか…ユリにしごかれてるんかね。
 ユリはいつまであのままでいる気だろうなぁ、大変な生活だ。
 ルカ…は大分丸くはなったが…戻らないといいんだがな。
 そしてナナ…すまない。

 "樹"が近づいてくる。いよいよか。
 死ぬ時はゆっくり、ってのは本当なんだな。
 切っ先がゆっくり、ゆっくりと胸へと近づいてくる。実際には何秒程度だったのだろうか。

 ガッ

 …ガッ?なんだ?おかしい。いや考えるな。

 ヒュッ
 驚いた。今の自分にコレが片手で振れるとは。

「…え?」
 ナナの驚愕の声。それを皮切りに急激に世界が加速し始める。
 痛む左手で振り切った剣はナナの右肩の辺りを鈍い刃応えと共に通過する。
 支えを失ったナナの右腕は"樹"と共に傾き、地面に落ちる。
 落ちた腕ごと"樹"を蹴り、なるべく遠くに追いやった、念のため。
 意識が朦朧とする。が戦える。
 体中に焼けた金属を当てられているようだ。が耐えられる。
 ナナは少し後ろに飛び、逃げようとする。だが、遅い。そして驚愕から来る躊躇なのかは分からないが。飛ぶ距離が短い。捉えられる。
 これくらいの火傷、と体に言い聞かせ。無理やり体を起こし、更に無理やり跳躍。体が軋んだ。
 返す刀で一薙ぎ。今度はナナの右足が飛ぶ。そして着地…は無様に転げた。もんの凄く痛い。
 そして着地の時気づいたが、右手が動いていない。先ほどの塩酸を貰ったせいか、はたまた火炎瓶での火傷か。まぁ色々絡み合っているんだろう。
 起き上がってナナを見ると…切られた部分からの出血は無い。
 足を切られた為、這って"樹"の元へ進もうとしている。
 そこまでして──
「もうやめろ」
 つい、口に出てしまう。余りにも痛々しいのだ。
「無理…です。両手両足落とさない限りは…」
 その声に応え、呻くように、搾り出すように更に痛々しいことを言うナナ。
「お願い…です。動けなくなれば…安心してお話が…できます」
 そう…はにかんだ笑顔で言う…何故そんなことが笑顔で言える。
 それしか…ないのか。
 それだけなのか…。
 考える。朦朧とする頭をフル回転させ、他に助かる方法は無いのか、と。

 …無い。
 助かる方法なんてナナがB.O.T.である以上無いのだ。ナナの意思とは関係無くナナの体はは動こうとする。
 何をためらう。既に右手足を落としている。それなのに何故ためらう。
 同情…か、それとも同一化か。何にせよ昔の自分と比べたらずいぶんと丸くなっている…。
 これしかないんだ。そしてこれをしないとナナにうらまれるだろう。
「すまない」
 そう言って。剣を静かにかざして、振り下ろす。
 鈍い音と共にナナは動けなくなる。
「ありがとう…ございます」
 うつ伏せになったままそう言うナナ。
 自分が目を伏せることはできない。自分でやったことなのだ。
 だから、せめてもの謝罪─いや偽善か、のつもりでナナを仰向けにして、しゃがみこんだ状態で抱えてやる。
 せめて苦しくないように。
 せめて辛くないように。
 どちらかと言えば、自分がそうならないように。そうする。
 ナナは笑っていた。
「ありがとう…ございます…すみません」
 そう、謝る。
「何で…謝るんだ。お前は何も悪くない」
「…いえ…ご迷惑…おかけしちゃいました…それに…殺そうとしました」
 自分の意思ではないのに、殺そうとした、と言う。
「お前がそうしたかったわけじゃないだろう…」
「…やさしい…ですね…やっぱり」
 そう言うナナの笑顔は少しだけ曇る。
「私…やっぱり血出ないんですね。暑くても汗も出なかったし…嬉しくても…悲しくても涙も出なかったから…そうかな、って思ってたんですけど」
 苦笑い。その、泣きそうな笑顔にどんな言葉をかけていいか分からず、ただ頷いた。
「そんな顔…しないでください…大丈夫です…」
 どんな顔…していたのだろう。それでも言葉はでてこない。
「えと…あの…あの…」
 会話が途切れないよう、何か消えてしまうものを繋ぎとめておきたい、と思っているかのように、ナナはなんとか言葉を捜す。
 しかしそれに答えてやる言葉は自分に見つからない。歯がゆい。
「あ…あの…ミストラル…さま」
「ん…」
 呼びかけにもこのザマだ。申し訳なくなってくる。
「今…思っただけなんですけど、間違ってたらごめんなさい…。えと…以前…そうですよね、騎士団の…」
 言いたいことは何となく分かった。だから
「あぁ…そうだ」
「え…あう…やっぱり…納得…です。だから…うん…ありがとうございます」
 何かを納得したようで、満面の笑みに戻る。
26遠き夢、叶わぬ願い4(14/15)sage :2006/08/16(水) 02:26:24 ID:ku6zD42g
 これは大分昔の話。
 今から5年?いや10年近く前かもしれない、細かくは覚えていないが、俺はナナと会っている。まさか覚えているとは思わなかったが。
 場所はグラストヘイム騎士団。俺はいつもどおりそこに居て退屈な時間を過ごしていた。
 襲い掛かってくる者がいればそれを排除し、かなりグダグダだった。
 その折、一人の少女がこちらに向かってかけて来ていた。
 何体ものレイドリックやカリツバーグの連中を引き連れ、爆走している。
 その少女は華麗に攻撃を避け、盾で受け流し、まるで空中を舞う花びらのようだった。
 そして暇なのでその少女の動きを目で追っていた。
 少女の動きは正直な話そこいらのアサシンと同等、もしくはそれ以上に避け、そこいらの騎士と同等、もしくはそれ以上に受け流しが上手い。
 だが攻撃はしない。あくまで右に左に上に下に避け、必要があれば盾や身に着けた防具で受け流す。腰から下げているレイピアにはまったく触れていない。
 やはり見立て通りなのだろう。
 まぁ自分には関係の無いことだ。
 だがやることも特に無いし、襲ってくる者も無かったのでとりあえず見ていることにした。

 避ける。流す。避ける。避ける。走る。避ける。走る。流す。流す。流す。避ける。そして走る。

 6~7匹を相手によくあそこまで立ち回れるものだ。自分がまともに戦っても攻撃は当たるのだろうか、怪しいところだ。
 いつまで持つだろう。少し興味がわいた。
 少女は追いついてきたレイドリックを振り向きざまに踏みつけ、横に跳ぶ。違うレイドリックが少女めがけて大剣を振れば少女はその剣と自分のスピードを合わせ、剣を蹴って更に跳ぶ。
 跳んだ先にカリッツバーグがサーベルを構え、薙ぐ。が少女は左手に持ったバックラーをサーベルの刃とほぼ平行に持っていき、軌道をずらしてかわす。その際に発する甲高い金属音はまるでカリツバーグやレイドリックの苛立ちの叫びのようでもあった。
 そして剣戟をそらした少女は着地と同時にまた跳ぶ。
 跳んだ少女の先…あぁ、詰みだ。
 その先には漆黒の刃、漆黒の兜、漆黒の鎧。深淵の騎士がその大剣を既に構えていた。先ほどまで姿が見えなかったことを考えると何処かでやられて戻ってきたのだろう。
 深淵の騎士は間合いが十分になったのを確認し、大剣を振る。
 風切り音が離れているこの位置でも聞こえるという馬鹿力。じゃない、速度。
 少女は先ほどの要領で盾を構える。が、先ほどとは威力が段違いだ。受け流せる程やわな一撃じゃない。
 衝突。
 今までにないくらいの高い音が響き、その衝撃を殺しきれなかった少女は空中に弾かれる。
 そこにまた一撃、大槍を大降りでつきこむ黒き騎士。そこでブランディッシュ使うとは、えげつないな…。
 吹き飛ばされる少女の体。それがぐんぐん大きくなって、って、ん?大きく?

 コ゛ッ

「〜〜〜〜〜っっ」
 痛すぎて声がでない、喉の奥から空気だけが出て行く。
 手に持っていたカッツヴァルゲルが床にカラン、と落ちた音が聞こえた。


「あ〜…いて…何だこの石頭は」
 頭突きを貰った。それも相当いい角度・速度で。
 しかし痛すぎだ。とりあえず角度等もひどかったがこの石頭もひどい。
 で、事故とはいえぶつかってきた当の本人はまだぐったりしている。まぁ当たり前と言えば当たり前だが…。
 肩まで切り揃えられた深青色の髪。その顔はサングラスをかけているため分かりづらいが、大分整っているほうだ。
 それにしてもこんな暗いところでサングラスとは。しかもそれで先ほどの動きだ。かなり修練を積んでいるのだろう。
 だがまだ実践の勘が足りないような気がした。確かにまともに避けることや受け流すことはかなりの域だとは思うのだが…。
 汚く避ける…というと違うか、転がってギリギリの攻撃を避けることや多少の犠牲を払って大きな犠牲を防ぐことや、相手の攻撃を利用して違う相手を潰す等。そんなものが足りない気がした。
 と、そんなことを考えてるうちに目覚ますかもしれんな…ここは危ないから入り口まで運んでやるか。
 まぁそんな義理は無いのだがなんとなく暇というのと、こんなところで命を落とされたら少女の戦闘技術が勿体無いな、と。
 いつかは勝負してみたいもんだ。そうふと思った。
「ん…ぅ…」
 とと、そんなことを思ってるうちに目覚ましそうだな…とっとと入り口に置いとくか。
 そう思い、少女を抱きかかえる。決してやましい理由は無い。
 最短ルートで入り口のほうへ向かい、安全性の高い場所へ寝かせておいた。


 まぁそれだけのことだ。会ったとは言っても、一方的な面識だと思っていた。
 おそらくは移動中、もしくは移動前に既に目を覚ましていたのだろう。
 そんな些細なことを覚えていたのだろうか。そしてそんな些細なことで満面の笑み、か…女は分からん。
「そういえば…なんで…大丈夫だったんですか」
 ふいにそう聞かれ、疑問が浮かんでくる。確かに何故あの時石化せず、無事だったのか。
「何で…かな」
 そう言って刺された辺り。鎧の内側に手をのばす…
 カチャ、そんな音と共に出てきた物は──フレームがひん曲がり、レンズもぼろぼろに割れたサングラス───
「ぇ…それ…」
「なるほど…"ナナ"が助けてくれたんだな」
「え…あ…ぅ…嘘…だぁ…あは…あはは…こんなこと…えへへ…そっか…」
 ナナはくすぐったそうに、それでいてとても照れくさそうに笑い、そのサングラスを眩しそうに見つめる。
 今までにないくらい嬉しそうに微笑むナナ
「あはは…はは……ふぅ…」
 少し笑った後、ため息をひとつ。そしてまた微笑んで。
「ミストラルさま…そろそろ…限界みたいです。この体も…あの"樹"がなかったら…維持できなかったみたいです。短かったですけど…お話できて…嬉しかったです」
 その微笑は先ほどそれとは違い、明らかな決意の色が見え隠れしている。
 最早黙って見守るしかできなかった。
「ほんとは…ほんと…は…もっと……貴方や…ルカ……ん……達…と…………
 ……で…………ありが……ぅ……まし…た…
 …んと………き……した…」
 そう言ってナナは目を閉じた。
27遠き夢、叶わぬ願い4(15/15)sage :2006/08/16(水) 02:26:50 ID:ku6zD42g
「ミスト〜、今回の報告書マダー?」
「うっさい、こっちは怪我人なんだ。少しくらい待て」
 いつものようなルカ、こっちは全身火傷だと言うのに。
「待てって言ってもう5日経ってる…だれるのもいい加減にしろー!手は動くんだから書くくらいできるでしょ、ホラ」
「たく…面倒くさい…」
 正論を言われたので悪態をつきつつ報告書を書く。


         ・コモド西洞窟失踪事件とその真意・

  コモド西洞窟の北西側最奥に満月と共に作動する仕掛けがなされて
  おり、その周辺には近隣住民及び冒険者と思われる死体を多数発見。
  その後ある場所を守るようにして動く数人を発見。戦闘状態に入る。
  尚、この戦闘は正当防衛に基づく物であり、なんら破壊・殺人の意
  は無い物であることをここに記す。
  戦闘終了後、件の数人は撤退。調査を継続。数人が守っていたと思
  われる場所を調査したところ隠し扉を発見。中を照らしてみると不
  正資産と思しきゼニー、宝石類が大量に見つかった。それらは埃を
  かぶっており、放棄されて数年〜十数年経つ物だと思われる。よっ
  て資産の持ち主の特定は非常に難しいと思われる。
  押収したゼニー・宝石は時価総額300M。現在は魔法科学技術班が捜
  査を継続中。


「と…こんなもんでいいか?」
「んー」
 と、ルカが報告書に目を通す。
「日付とか書いてー…まったく、毎度毎度私が書いてる気がする、ぶつぶつ」
「すまんな」
 そう言いながらも、いや言い切る前に持っていたペンでさらっと書いてしまった。
 流石にもう慣れっこ、って感じだ。
「じゃ、私これ出してくる〜、無茶しちゃだめよ?」
「お前じゃないんだから」
「どーゆーことっ!?」
 そう言いつつルカは部屋を出て行って監査事務室に判子を貰いに行った。

 一息ついて、あの時のことを考えた。
 あの後、俺はとりあえずミスティルティンを折った、無理やり。
 アレは存在していいものではない。レプリカならまだしも、オリジナルなぞ。
 そして部屋の周囲をよく調べてみた。そうすると壁の一箇所に扉となるところがあり、そこを開けてみると埃をかぶり、クモの巣が張られた金銀財宝があった。
 つまり、"使われていない"財宝が。
 ナナはつまりその資産を使わず、運び屋をやっていたのだろう。
 資金源は分からないが並大抵のことでは運び屋の基金を築くのは難しい。また相当資金が無いと運び屋になってからやめていく者も少なくない。
「まったく…面倒くさい事件だったな…」
 つい、そうごちた。
「ミスト〜、終わった〜」
「じゃあこれやってこい」
「え゛〜…他の仕事がいいよ〜」
 ルカが戻ってきて、そんな考えも頭から消える。そしてまたいつもの日常に戻っていく。
「じゃあちょっと過去の事件のリストアップ頼めるか?特に行方不明・殺人等重い物を中心に、いつ、何処で起こったか、だ」
「ん、分かった〜、でも何に使うの?」
「ちょっとな」

 今回の事件で感じた一つのわだかまりと共に…
28遠き夢、叶わぬ願い4(16/15)sage :2006/08/16(水) 02:36:52 ID:ku6zD42g
どうも約半年ぶり…?の投下となります。こんばんはorはじめまして。
正直1日50バイトも書いていない計算に…遅筆にも程がありますね、スミマセンorz

前回言われたことを踏まえて結をつけてから投稿しようと思ったら、最後まで結がつきませんでした。
どうも纏める能力がないようで悲しい次第です(ノω;)
その為無駄に長くなってしまいました。休み休み読んで頂ければ幸いです…って最後に書くのも何なんですけどね。


それはそうと前スレ232氏とかすってるテーマが…やっぱり危ないネタでしたかね(´-`;)


>>前スレ238-241、現行>>1
埋め&スレ立てお疲れ様です
29名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/16(水) 08:07:57 ID:rY1fdr1s
>>28
偶然にもたまたま暫くこのスレを読んでなくて、前作を読んだのが1ヶ月前でした。

うーん、なんとなくそんな気はしていたんですがやっぱりハッピーエンドはなかったんですね。
ミスティルティンに魅入られたのが彼女でなければまた違う結末だったんでしょうか。

いい話を読ませてくれるんですから謝っていただくには及びませんよ、寧ろこちらこそありがとう。
30名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/23(水) 19:52:39 ID:4CAZKOOw
テレビで稲川順二さんを見かけたので思いついたのですが、
お題で「怖い話」なんてのはどうでしょ?
31丸いぼうし@お題sage :2006/08/25(金) 13:03:02 ID:f44qNefg
 窓の外の生暖かい風は止み、黄昏時は夜へと変わりつつあった。ジージージー、ジージージー。虫がどこかで鳴いている。僕は寒気を感じた。アマツには虫の鳴声を愛でる風習があるというが、僕には信じられない。誰がこんな昏くて気味の悪い音を愛でるというのか。この国では古来から虫の鳴声は悪魔の呼び声とされ、「虫の声」という意味の単語を名に冠した忌むべき魔道書さえ存在するぐらいなのだ。
 その暗く沈んだ夜に僕らの研究室は今まさに溶けようとしていた。軽く口ごもったつぶやきが聞こえ、僕の後方が唐突に明るくなった。羽虫と同じく闇の中では人も明るい方に引き寄せられる。僕が光の方に顔を向けると蝋燭の明かりに照らされた教授の顔がそこにあった。相変わらずの不敵な笑いも陰影がきつくなると恐ろしい笑みに見えるから不思議だ。教授は歩きながら呪文を唱え、僕ら三人の机のそれぞれに火のついた蝋燭をおいていった。

 魔力灯があるこのご時世に僕らがこんな事をやっているのは、魔力灯のコアにある魔法回路が切れたことによる。特に夜型指向な我がノースウッド研究室においてコアの消耗は速い。しかし、切れた日が悪かった。折しも学内は夏休み真っ盛り。学生はおろか厚生課の人間さえ休みを取っている。おまけに夜間であるからして、替えのコアをもらいに行くことは不可能だった。

「教授、どうしましょうね……どこかの研究室から抜いて来ちゃいます?これじゃ何も出来ませんよ」

「ケミ君、どこもかしこも施錠してあるだろう」

 オレンジ色の光が、ウィズ子さんの白い頬に落ちていた。教授は蝋の溶ける臭いに鼻を鳴らした。

「まったくその通り。それに無断で借りるのはそもそも窃盗だよ。昔から蛍の光何とやらというじゃないか。勉学というのはいつでもどこでもだれとでも出来るものだ。今だって実験は出来ずとも本を読むには十分だろう。さぁ、働いた働いた」

 僕は手元の本に目を落とした。紙に鉛筆を走らせ数式をたどっていく。著者の理論を自分でトレースするいつもの作業。慣れ親しんだ行為であるから、手元だけ見ていればこの環境も大して苦にはならない。

 ただ、僕は虫の声が気になって仕方がなかった。空調もどうにも調子が悪く今日は窓を網戸にしてあるのだ。

ジージージー、ジージージー、ぎぃ

 僕の耳は虫の声に紛れた妙な音を聞き取った。遠くでドアが軋むような音だ。この時期に研究室に出てくるリサーチホリックが僕ら以外にもいるということだろうか。ご苦労なことだ。休みくれ。僕は首を振って煩悩を払い、鉛筆の先に視線を移した。ああ、だめだ、どこまで微分したんだっけ。
32丸いぼうし@お題sage :2006/08/25(金) 13:06:58 ID:f44qNefg
ジジジジジ、ぎぃ、ぎし、ジジジ

 まただ。随分と人の出入りが激しいようだ。熱心な研究室だ。
僕は廊下の方に目を向けて遠くの同業者たちに思いをはせた。
廊下に面した磨りガラスの窓は暗い。暗くなっても魔力灯をつける人がいなかったのか。
っと、また数式の頭に戻ってしまった。第二項までは積分したから、次は……ここをこうか。

 きぃぃ

 だめだ、気になって仕方がない。

「教授、何なんでしょうね、さっきから遠くで何度もドアを開け閉めするような音
がするんですが。妙ですよね。こんな日に。」

 妙な沈黙が流れた。ゆらり、と蝋燭の炎が揺らいだ。

「それは、あれかもわからんね」

「な、なんです?」

 ふぅー、と大きく息を吐く音が聞こえた。それに重なって、また例の軋み音がした。

「ケミ君、この大学ではだいたい毎年一人から二人が自殺するそうだ」

 唐突な話に僕は顎を引いた。僕の脳裏に嫌な記憶がよみがえった。散乱した机、
こぼれた土と折れた鉢植え、そして……。僕は手元の紙に目をとめていられなくなって
顔を上げた。

「まぁ、先日の事件もそうだが、五年ほど前の今頃、そこの並木で首を吊った奴がいたらしくてね。」

「は、はぁ、それがどうしたってんです?」

 虫の声はいつの間にか小さくなっていた。だから、遠くの軋みが近づいたように僕には聞こえた。

ぎぃ、ぎぃ、ぎしぎし。

「これは学生の間の噂に過ぎないんだが、その木が軋む音が聞こえるそうだ。
まるで死体がぶら下がって風に揺れてるような音がするってね。」

 風が出てきた。蝋燭の炎がはためいて消えそうになった。それに合わせて音はいっそう
激しさを増した。繊維が伸びて擦れ合う音。葉のざわめく音。僕は首の後ろにうすら寒さ
を感じて首をすくめた。
33丸いぼうし@お題sage :2006/08/25(金) 13:07:55 ID:f44qNefg
「ああ、私もその話は聞いたことありますね。七不思議の2番目だってティナが
騒いでました。五年前、人間関係に悩んだ院生が並木の東から五番目の木で
首を吊った、以降夏の夜になるとその木が死体の重さに耐えかねたように揺れる、
って聞きましたが。」

 ウィズ子さんがいつもよりちょっと弾んだ声で言った。部屋には蝋燭の明かり一つ、
外はもうすっかり暗くなっている。否応なしにこの手の話が信憑性を増す環境だ。
これは良くない。

「バカバカしい。どこかの研究室がきっと荷物の出し入れとかしてるんですよ」

 言い返した僕の声は震えていたかもしれない。蝋燭の向こうでウィズ子さんが
いたずらっぽく笑ってドアの方を指さした。

「じゃあ確かめてみたら?」

 僕は早足でドアに向かい、勢いよくドアを開けて廊下をのぞき込んだ。
廊下は灯りこそついていなかったが窓からはいる月明かりに照らされていた。
所々に闇がわだかまっているが、向こうの向こうまで見通すことが出来た。
外に面した窓からはいる光はあったが、部屋に面した窓から漏れる灯りは、
先の先までなかった。

 ぎぃ、と音がした。

 じとり、とノブを持つ手が汗ばんだ。背中にじわりと嫌な汗がしたたった。

「どうだった、ケミ君?」

 僕の笑いきれていない笑顔が結果を雄弁に物語っていたことと思う。
研究室の窓から差し込む光に雲の影が映り、ゆっくりと光度を落としていった。
風が強まったのだろうか、雲が月を隠してしまったらしい。

ぎぎぃ

 足の裏に汗を感じながら僕は自分の席までとって返した。椅子の肘掛けをつかむ手に
力がこもった。恐怖を払うにはいつもどおりのことをやるのが一番。
僕はぎこちないまま数式に目をやった。そのとき、風が吹きこんで蝋燭の炎が強く揺らめいた。
僕の手元の頼りない光源は独特の臭さと白い油煙を残して吹き消えた。

「おや、風が出てきたな。ケミ君、悪いが窓を閉めてくれ」

 僕はゆっくりと震える脚で窓の方に歩みを進めた。二人は手元の蝋燭の光に照らされた
ままうつむいて机に向かっていた。考え込むために息を止め、書くと同時に吐くリズムが
感じられた。風が強くなって軋む音は大きくなった。何かが擦れるような音だ。
ロープ、という単語が脳裏にひらめいたので僕は打ち消すように頭を振った。
一体僕は何を気にしているというのか。歩け、歩け、そこの窓だ、親指に力を入れろ。

 窓にたどり着いて僕はガラス窓を引いた。そのとき雲が流され、すっ、と
研究室から見える並木道に月明かりが差した。
 無意識に僕は並木道の木を数えていた。

 一本、二本、三本、四本……
34丸いぼうし@お題sage :2006/08/25(金) 13:08:31 ID:f44qNefg
ギギィッ!


「きょ、教授、さっきの話ですが……そ、その木、どうなったんです……?」

「ああ、縁起が悪いし変な噂も立ったから三年前に伐ってしまったそうだ」

 並木道の東から五本目、ぽっかり空いた空間には月明かりに照らされた切り株があっただけだった。

--end
35丸いぼうし@お題sage :2006/08/25(金) 13:10:41 ID:f44qNefg
 うわぁぁぁ、改行ミスったぁぁ。
読みにくい人はお手数ですが画面幅を縮めてください。申し訳ない。

 お題?で「怖い話」がでてたので書いてみました。
元ネタは「首縊りの木」です。短編ホラーは好きですが、書くと難しさを痛感します。
そう簡単には怖くならないなぁ。
36名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/26(土) 09:45:45 ID:vYPIUmSs
>>7 武装神官の人
ボク属性強いわぁ……。ガツンと来ました。
簡潔な描写で生き生きとした会話が伝わってくるところは、とても見習いたい。

>>28の人
前作みたいにハッピーエンドになるよね!?と淡い期待を抱きつつ読んでたら、うわああああああ
サングラスのとこで、泣きかけた。
三点リーダとダッシュの用法が少し気になりました。

>>35 丸い帽子の人
怖い怖い怖い怖い怖い! 真相わからないまま終わっちゃうとか、怖すぎる。
怖いけど、贅沢を言うともう一歩踏み込みたいところ。雰囲気の出る怖さって難しいですね。


時間がなくて全然書き進められないんだけど、夏休みのある学生さんが羨ましいぜ!orz
37凍ってる人sage :2006/08/26(土) 13:43:09 ID:0EZx7t2o
また次が長くなりそうなのでレスだけ
>>29
そう言って頂けるとまた見て頂くなるので凄くありがたいです。
魅入られた、という表現はどうなのでしょうね?これ以上はネタバレになるので言いませんがw

>>36
恐らくこの後ハッピーになるのは極僅か…とかネタバレはよくないね、うん。
用法についてなんですが今しがたちょっと調べてみたらダッシュはあんな用法があったのですね。これから気をつけます('-`;)
三点リーダについても使いすぎはどうかなぁ、とか思ったのですが話の間を空ける手法をそれ以外知らなかったんですね。
もうちょっと違う手法があるか今度は調べておきます('д`)
38神の人・前編0/12sage :2006/09/08(金) 23:54:16 ID:j67SbRI.
この作品は、燃え小説第9スレ『我が名は…』と11スレ『我が名は〜』の続編ではありません。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたしますが、あまり関係はありません。
この作品は、燃え小説第12スレ『槍の人』の続編となります。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたします。

それではお目汚し失礼しますね。
39神の人・前編1/12sage :2006/09/08(金) 23:55:13 ID:j67SbRI.
                     1


「――えない。――こえない。今日もあなたに――かない…」

 深々と雪の降り積もる、ミッドガルドのとある路地裏で。

「神よ…。今日もあなたの御心に反し、罪人が町を歩きます…」

 さくっさくっと、雪の上に足跡を残しつつ歩みを進める人影が一つ、胸元で十字を切って白く染
まった吐息を漏らす。

「ああ…、悲しきかな砂のごとき道徳…。守られはしない、夢の世界の美徳…」

 呟きの主の目前には、己の腹からこぼれる臓物を抱えるように蹲る、年若い少年の姿。そして、
少年を囲むように立ち、手に手に血の滴る凶器を持った男達。

「我が神よ…、お許しください…」

 呟きは…、少年の早すぎる旅立ちへか、男達の愚行へか…。

「あん?」

 その呟きが届いたのか、男達の内の一人が胡乱気に振り返り、つづいて男達全員が呟きの主に向
き直る。

「おやおや、見られちまったねぇ」
「あーあぁ、お可哀相に」

 呟きの主に向けられる、嘲りに満ちた笑みの顔達が並ぶ。新しい獲物を前に各々が手に持つ凶器
を構え直す。仕草には、明らかに侮りを含んだ余裕が窺える。舐めている。嘲ている。

「見られたからには、あんたにも消えてもらうよ」

 言って男達の内の一人が主に向かって歩み出た。手に持つ曲刀のナイフ、マインゴーシュが翻る。
空を裂き翻った刃は、的確に首筋を撫で頚動脈を両断してみせ、薄く降り積もった雪にぱっと朱の
花が咲く。

「はい…、おしま…」

 マインゴーシュの血糊を払う、その男の首が鷲掴みにされた。

「いぃぃぃっ!?」

 首を掴まれた男は語尾を疑問詞に変えながら、自らの頚椎がごきりとひしゃげる音を聞く。ほか
の男達が異変を感じた時には、驚きに歪んだ男の顔が雪積もる路面に頽れた。

「貴様…」
「よくもやりやがったな!」

 男達の中から新たに二人、自分達の事を棚に上げて主に襲い掛かった。路地裏に怒号が長く響く。
それと共に繰り出された刃はそれぞれ、首と左胸に切っ先を向けている。
 最初に斬り付けた男は油断していた。だから思わぬ反撃を受けてくたばった。襲い掛かる二人は
そう思い、確実を期して急所を二つ同時に襲う。

「んっ…」

 気だるげな声と共に肉に刃が飲み込まれていく。切っ先は狙い違わず心臓と喉を貫いていた。
 そして、改心の一撃に顔を綻ばせる男達の喉を、無造作に両の腕が握り込む。五指を大きく開き
まるで擦る様に喉に当てられ、男達が気づく頃には頚椎が破滅する。雪降る町にまた二つの壊れた
人型が落ちて、手足を捻じ曲げながら蹲る。

「気をつけろ…、こいつは見た目通りじゃないようだ…」

 男達がそれを悟る頃には、群れていた男の数がちょうど半減していた。遅すぎる教訓だ。その教
訓は、男達の中で一人だけ違う衣装を身に着けていた男を動かした。青紫の衣装に身を包んだその
男の職はアサシン――シーフの上位職で人殺しを生業とする暗殺者だ。

「シーフレベルで敵う相手ではない。俺が隙を作る、お前達は二人で足を潰せ」

 両手に固定する形の刃、ジャマダハルを構えて異彩の男が残りの二人に指示をする。残りの二人
は逃げ腰ながら提案に頷いた。
 ふっ…――と息を吐くが早いか、異彩の男が駆け込んだ。音もなく主へと駆け寄り刃の着いた両
腕を振り上げ、迷うことなく両の首へと振り下ろす。これがあたれば斬れるだけでは済まない。首
が胴体と泣き別れることは必至だろう。非業の別れを防ぐために、主の両手が刃の両手を掴みとる。
掌を傷つけながら、それでもがっちりと刃を掴んで進行を阻止して見せた。

「もらった!」

 すかさず、刃を受け止めて動きを止められた主の二つの足首を、残りの二人が滑り込むようにし
て切り裂いていった。二人は会心の笑みを浮かべながら、思うよりもよく滑る雪の路面を流れて壁
に激突してようやく止まる。二人は痛みを堪えて仲間に向き直り、親指を立てて賛辞を送り。目に
映った光景に、そろって顔が青ざめた。

「…嘘だろ…?」

 異彩の男は残りの二人の異口同音の呟きを聞き取ることができなかった。異彩の男はその両手を
無理やりに背中側にたたまれるようにして、主に力強く抱きすくめられていた。苦悶の顔の口元か
ら血の泡を零し、悲鳴すら上げられずに両手を絞られ肋骨を粉砕されていた。計り知れない痛みと
苦しみの中での悶死であった。

「ば、化け物…」

 震える声で呟き、残り二人の片割れが声の主に背を向けて走り出す。逃れたい。助かりたい。そ
れだけを思い、ひたすらに走る。走り去るその後姿を、残る一人は呆然と眺め。続いて視線が声の
主へと移る。化け物と目が合った。

「あ…ひ…」

 男が見た声の主の姿は、この国ではよく見られる神に仕えるもの、プリーストの姿に相違なかっ
た。教会支給の男子用祭服に身を包み、首からは鎖で繋がれた銀のロザリオを下げている。身体つ
きも背は高い方の様だが腕もそう太くは見えず、成人男性を4人も縊り殺したとはとても思えない。
髪型はぴっちりと撫で付けられたオールバックで額に何本かの束ね毛が垂れ下がっている。色は聖
職者には似つかわしくは見えない薄紫だ。華奢と言うわけではないが締まった体つきに、ぴっちり
と身を包む法衣が嫌に神聖味を帯びている様に見えた。体を汚す流血の跡さえなければ、別人の犯
行といわれても殺されたもの達ですらも納得してしまえそうである。

「罪には罰を…」

 掠れる様な声で、司祭の男がまた呟きだす。

「罪人は逃がさず…、許さず…」
40神の人・前編2/12sage :2006/09/08(金) 23:56:01 ID:j67SbRI.
                     2


 足首の怪我をものともせずに、逃げ出した男に体の向きを変える。いや、怪我はもう既に癒えて
いて痕跡はただ衣服の裂け目のみ。そこからは軽く血で汚れた肌が見えているだけだ。

「罰は、速やかに執行されなければならない…」

 宣言と共に、両手が地面につきそうなほど身を屈め、司祭は高々と冬の空に跳躍した。静まり返
る路地の空気を裂いて主は放物線を描き、砲弾となって逃げた男の背に着地した。

「ぐえっ!?」

 潰れた蛙の様な声を出して路面に倒れる逃げた男の背に馬乗りになり、司祭は男の両肩を腕で優
しげに包み込む。ぎりぎりと指が食い込んで、壮絶な力が男の両肩に加わっていく。

「まずは…、両肩…」

 みしり…――そんな乾いた音に続いて、肩を砕かれた男の絶叫が辺りに響く。司祭の指は獣の顎
の様に獲物を探し、次に触れるのは手首だった。解体作業が始まった。

「手首…、肘…、肋骨…」
「あっ!? ぎっ! ぐぇぇぇ!!」

 叫びに伴い、男の体に次々と隙間が生まれていく。四肢が末端からゆっくりと力を失っていき、
がくがくと骨を失った筋肉が激しく痙攣して痛みを訴える。

「足首…、膝…、股間節…」
「だっ、だずげ…、やべ…で…」

 司祭はただただ無表情で、機械的な作業を繰り返すように間接を外していく。愉悦もなく嗜虐も
なく、だが昆虫をばらす子供の様にただ純粋に行為に没頭する。唇から漏れる声は、作業の確認に
過ぎない。

「最後に…、な・ま・く・び…」
「ぐべっ!」

 うっとりと陶酔しながら呟いて、両手で首の骨を丁寧に砕き。止めとばかりに首を百八十度真後
ろに回されて、ようやく男は痛みを感じなくなった。鼓動が止まるまでの短い時間に、司祭は唇の
中で短く祈りの言葉を囁く。主よ、この者の罪を許したまえ、と。

「……」

 取り残された男は、程よく解された男の髪を掴んでこちらに向かって来る司祭をぼんやりと眺め
ながら思考を濁らせていた。
 勝てない。殺せない。桁が違う。格が違う。あれは何んだ? 人間? プリースト? いやただ
の化け物だ。逃げたい。逃げられない。ばらされる。解体される。折られる。殺される。負ける。

「…る…される…わされる…壊される…」

 濁った思考が声になり、それが意味を成す頃には主は再び男の前に立っていた。
 じっと、司祭の藍の瞳が見下ろしてくる。目が合っているだけで、男の膝が、肩が、体中が震え
る。歯の根が打ち合わされてがちがちと音を立てている。
 司祭が紫の前髪を揺らしながら男の顔を覗き込み、唇がそっと歌うように言葉を紡ぎ出す。

「あなたは…、神を信じますか?」

 唐突に上から降ってくる問いかけ。優しく慈愛のこもった声色で、司祭は見下ろした男にしんこ
の有無を聞き質す。男が何も言わず――言えずに震えていると、再び問いが降ってくる。

「あなたは…、ほんの少しでも神を信じていますか?」
「信じ…る…」

 仄かな期待を込めて、震える声が同意を唱えた。否定したら何をされるかわかったものではない。
そんな判断からの言葉だったが、司祭はその言葉に強く反応した。

「そう…、信じていますか…」

 そこで、司祭の顔に笑みが浮ぶ。見るものに安らぎを与え、全てを許す様な慈悲に満ちた笑顔だ。
一瞬だが男は震えを止めて、場違いにもその笑顔に見ほれてしまった。

「我等が父、全能なる主はおっしゃいました。全てのものは平等であれ。全てのものは平等に祝福
されねばなりません」
「あ…、ああ…」

 突然また何を言い出すのか。驚きつつも男は話を合わせるために頷いた。

「信じる…、信じてるよ」

 嘘をついてでもここは話をあわせるべきだ。機嫌を損ねれば、すぐにでも解体される。むしろ機
嫌をとれば生き残れるかもしれない。淡い期待が歯の根の合わない口を突き動かした。

「神様…信じてるよ。信じてるさ。毎日拝んでるよ。祈ってる。マジだよ? 心のそこから敬愛し
てます!」

 最後のほうは殆ど泣き叫びになっていたが、男は今だけは心のそこから神に祈っていた。できる
ことなら、この悪魔のような神の使いから逃れたい、と。

「そう…、それはよかった…」

 声と共に、男は優しく抱きしめられた。

「全てのものは平等に愛されねばなりません…。平等に愛し、愛され、喜びの野に放たれる…。そ
れこそが敬愛なる父の御心…」

 幼子を扱うように優しく、母のように暖かく、抱擁と共に後ろ髪を撫でられる。

「あなたが神を信じていてくれてよかった…。あなたは他の罪人に比べると年若かったから…」

 体を包む暖かさに、言葉に含まれる底の無い優しさに、男の意識は溶かされそうになっていた。
男が思ってみればこんなにも優しく扱われたことなど今までの人生で二度在ったかどうか。人を斬っ
た事はあっても、人に慈しまれた事など一度といえど無かったかもしれない。生まれてはじめて肉
欲意外で感じた人の暖かさに、男は動かずに抱きすくめられ続けていた。

「あ…、あ…、俺…俺は…」
「そう…、神を信じているならばもう大丈夫…」
41神の人・前編3/12sage :2006/09/08(金) 23:56:41 ID:j67SbRI.
                     3


 心の奥で生まれた感情が外に出ようとするのだが、うまくいかずに言葉がつまり。暖かさの主が
また耳元で囁いた。
 めきり――と…何かが軋む。

「安心して…旅立ちなさい…」

 みしみしと、肉が歪む、骨が軋む、体が悲鳴を上げている。司祭の両腕が抱きすくめる男の体に
ぎりぎりと食いこんてせいる。

「大丈夫…、神を信じるあなたの心があれば、きっとあなたは幸せになれます…。恐れることなく、
旅立ちなさい…」

 男の体が次第に仰け反り始め、腰を支点に二つに折れていく。悲鳴は無い。肺が圧迫されて声が
出ない。息ができない。

「願わくば…、来世では貴き神の僕とならんことを…」

 ばきんと背骨が大きく音を立てて折れ、続いて臓腑が破裂し肺も破れた。そして神経を走る猛烈
な痛みが男の意識をかき消し、二度と目覚めることの無い深い眠りへと誘う。
 男の顔には、苦悶は浮かんではいなかった。引きつった笑みの様な表情が浮かび、目を白くして
舌を唇からはみ出させていた。司祭にはその表情が幸福に満ちているように見えていた。

「生まれ変わったら…、きっと幸せになれますよ…」

 亡骸を無造作に路面に寝かせ、司祭は男達に囲まれていた青年へと歩み寄った。足元にも亡骸。
抑揚も無く首筋に手をかざし、あるとも思わない脈を確認して――

「ほう…」

 少年にはまだ脈があった。良く見れば苦しげに白い吐息を小刻みに吐いている。臓腑をはみ出さ
せ、消える寸前ながらも、少年は命の灯火を宿していた。

「低気温での血管収縮で出血死を免れた…か?」

 なんにせよ、血まみれの司祭は少年の腹部へと手を伸ばした。腹に開いた切れ込みの中に、臓物
をぐいぐいと粗雑に押し戻し、また血にまみれた掌を傷口に当てる。

「癒しを…」

 呟きが掌に輝きを生み、その輝きが意思あるかのように傷口に降り注ぐ。光に触れた患部は、ま
るで時を戻すかのように見る間に塞がって行った。神に仕える者の得意とする魔法、魔力によって
傷を癒す治癒呪文ヒールだ。

「あなたの命は神の御技によりて救われました…」

 力の無い体をそっと抱き上げて、血濡れの司祭がまた雪の中を歩き出す。さくさくと薄い雪に轍
を踏んで、横抱きにした少年の顔に視線を這わせる。幼い顔立ちに浮かんでいた死相は消えていて、
目を閉じたまま浅い呼気を繰り返す。吐き出される白い吐息を確認し目を細めると、司祭は遠く寒
空に鳴り響きだした鐘の音に向けて歩みを進めた。

「ああ…、また一つあなたの元へと近づくことが出ましたね…」

 吐き出す言葉には恍惚が満ち満ちて、至福の時を重ねた事に身を震わせる。最早その目は腕の中
の少年を見てはいない。司祭の唇が愛しい人の名前を呼ぶ。

「神よ…。私の愛しい神よ…」

 瞳の濁りが強くなり、頬が軽く上気する。唇が三日月を描いてケタケタと笑い出しそうだ。三日
月を舌が一舐めし、目を閉じて気を落ち着かせる。腕の中の少年をきゅっと抱きしめ、意識して歩
む足を速めていた。
 ふと、空を見上げる。雪の振る曇り空は、まるで天上の神の住む場所まで届く様に高く――

「何時…何時になれば…私はあなたのお声が聴けるのでしょう」

 呟きは雲の上に向けられて、誰の耳にも届かずに淡く消えていく。淡い期待に身を震わせて、届
かない祈りへの哀愁にまた身を震わせる。想い人は遠く、果てしなく遠く…。

「……見えない、聞こえない。私は未だ貴方に、届かない…」

 寒空に消える呟きは、想い人には届きはしない。


                      *

「さみい…、だりい…、めんどくせえ…」

 深々と雪の降る街角で、青髪のBSは何時も通りの薄着で蹲り縮こまっていた。がちがちと歯の
根を震わせて、身を切る寒さに両手で半袖の二の腕を撫で擦る。サングラスに隠された青い瞳がど
んよりと、まるで頭上の雲のように濁り。陰鬱の表情を浮かべて、頭の上には薄く雪が積もってい
た。一際異彩を放つ膝から下がない木製の棒が突き出ただけの義足が、カタカタいうのもせんない
と言う物だ。
 本日は曇り空。ルーンミットガルドの首都プロンテラの通りの一つ。中央噴水から東門にかけて
伸びる宿屋ネンカランスのその宙吊りの渡り廊下で繋がれた二屋の建物に挟まれた石畳の道の上に、
BSは寒さに耐えながら待ち合わせの時間に焦がれていた。二つ目のトレードマークの咥えタバコ
は、唇に乗ったまま煙を上げる事もなく鎮座して、ただ哀愁のみを濛々と燻らせている。むしろ凍
て付いてさえいた。

「俺はここで死ぬのか…」

 大都会の寒空の下、孤独にも今一つの生命が燃え尽きようとしている。傍らに置かれたカートの
中に雪が入らないようにと持っていた傘を立てかけてしまったのが死に繋がるとは、世の中は何が
あるかわからない。カートの中には防寒具代わりになりそうな装飾品や、着込めば寒さなど物とも
しなくなる様なコート等が入ってる。しかし、この男はそれを拒んだ。曰く、商品が濡れて価値が
下がるくらいなら死ぬ。その宣言の元、今彼は永久の旅路へと片足を踏み出していた。
 そんな男の肩がゆさゆさと軽く揺さぶられる。自らの頭髪ほどとは言わないが蒼白になっていた
顔ががくがく縦に揺れて、向こう側の世界を見ていたサングラス越しの瞳が肩を揺らす人物を見据
えた。と、言うよりも睨み付けた。

「ああん…? やっと来やがったのか…無口女…」

 睨まれた人物はびくっと体を震わせて、掴んでいた手を肩から離す。唯でさえ小さな体を更に必
死にちぢ込ませて、小さな人影はオドオドとBSの態度を伺い見ている。

「んだよ…、おせえじゃねぇかよ…。危うくこっちは凍死しかけたぞ…、殺す気か? ああ?」
「……(ふるふる)」
42神の人・前編4/12sage :2006/09/08(金) 23:57:40 ID:j67SbRI.
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 首が横に振られる。舞い散る雪の中で厚手のスカートにBSのよりも小さめなカートを引き摺っ
て、肩から提げた大きな鞄が特徴的な小さな人影は商人の女の子であった。緑色のショートヘアに
ニットの帽子を被せ、両手は大き目の手袋に包まれ首には毛糸のマフラーまで巻かれている。凍え
るBSとは対照的になんとも暖かそうな出で立ちだった。嫉妬の視線が華奢な体に絡みつく。

「ちきしょう、暖かそうな格好しやがって…。で、指定したものは揃ってるんだろうな?」
「……(こくこく)」

 首が縦に振られる。徐に両手を鞄の中に差し込んで、ゴソゴソと弄り細長い物を取り出す。それ
をBSの首に巻きつけて、にぱっと曇り空の代わりに太陽の様な笑みを見せる。首に巻かれたのは
おそろいの毛糸のマフラーであった。

「わぁ、あったかーい――じゃねぇよ! 装備だよ、注文した装備品だよ! 何の為に今日ここで
寒い想いまでして待ち合わせしたと思ってる! まさか持って来てないとか言わないだろうなぁ!
 ああ!?」
「……(ふるふる)」

 首が横に振られる。一気にまくし立ててぜえぜえ肩で息をするBSは、その様子に安堵と疲れを
覚えてぐったりと壁に体を預けた。湿気たタバコを道端に履き捨てて、新しいタバコを箱から直接
唇に乗せる。同時に取り出したマッチでタバコに火を点けていると、地面に落ちたタバコを商人が
拾い顔の前に突き出してきた。暫し絡み合う視線と視線。

「……(じーっ…)」
「……ああ、判った判った…判りましたよ…」

 しぶしぶとタバコを受け取って、シャツの胸ポケットから若草色をした袋を取り出す。それは携
帯用の灰皿で、少々デザインが可愛くBSには合っていない様に見える。だが同じ色の髪を持った
商人の少女は満面の笑みだ。

「ちゃんと使えばいいんだろうが、判ってるよまったく…」
「……(こくこく)」

 首が縦に振られる。続いて小さなカートから布袋を取り出して、BSの目の前にぶら下げて見せ
た。タバコを咥えた唇が釣り上がって、BSも同じ様に自前のカートから巨大な布袋を取り出す。
両者の手がそれぞれに布袋を掴み合い、BSは軽々と商人は重たげに交換を果たした。
 早速と袋の中身を確認しBSが感嘆の声を上げる。

「ほお、しっかり四枚刺さってるし精錬も完璧だな。大金叩いただけの事はある仕上がりだ。そっ
ちも一枚たりとも誤差はねぇはずだぜ。この俺に金勘定じゃへまは在り得ない」
「……(こくこく)」

 再度、首が縦に振られる。満足満足とホクホクした笑みを浮かべて、不自由な足で淀みなく歩ん
でカートを引き出す。目指すは西通りの内壁を辿って北へ真直ぐ。リンゴンと寒空に響き渡る鐘の
音の元へとだ。

「うーっし、後はこれを犬野郎に届けるだけだな。ごくろーさん、もう帰って良いぞー。次は遅刻
するんじゃねぇぞ、判ってんのか? ああ?」
「……(こくこく)」

 再三、首が縦に振られる。BSが壁の向こうに消えるのを見送って、商人の少女は重たい布袋を
カートに乗せて町の中央へと向かう。するとその背後から控えめに声が掛けられる。少女が小首を
かしげて振り向くと、BSが頭だけ内壁の出入り口の影から覗かせていて――

「あー…、そのなんだアレだよ…。暖かいぞこのマフラー、…ありがとな」

 それだけ行って直ぐに顔を引っ込める。壁の向こうで雄叫びが上がり、物凄い勢いでガラガラと
カートが引かれ、やがてその音は遠ざかっていった。
 暫し呆然とする少女は、次第にその表情に満面の笑みを浮かべ出して。

「……うんっ!」

 力強く頷いて、中央広場の噴水目指して小さなカートを引きずって行った。


                      *

「いらっしゃいませ、プロンテラ教会へようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件
でしょうか?」

 それはまるで少女の様な顔立ちの少年であった。栗色の髪を少し長めに耳や額に掛けて、襟足は
涼しげに刈り込んでいる。少年らしさの中に中性さを漂わせ、男子用の侍祭の服に華奢な体を包ま
せる。その手の趣味の人間が見れば、思わず押し倒しそうな独特の色気を放っていた。
 まあ、生憎とこの青髪隻足の上に黒眼鏡まで掛けたBSにはそんな趣味はなかったが。変わりに
頭の先から爪先まで、じろじろと睥睨して幾らで売れそうか算段している。そんな男だった。

「うん、一晩三百万」
「はぁ?」
「ああ、いやいやこっちの話だ。今日は人に会いに来たんだよ、寄付金の話でちょっとな。日々の
人々へ与えられる精神的繁栄への貢献と、冒険者への献身的支援に対するお礼にとでも言いますか。
孤児までも集めて育てるほほえましい教会へ、微々たる助力でもと思いましてね」

 思わず肩に手を置いて本音が先に口から出た。慌てて取り繕い、建前をすらすらと吐き出す。相
手の背が小さいので、やや見下ろすように上から。

「で、背の高い罰当たりな紫の髪したのが一人居るだろ。呼んで来てくれ、なるべく早目に」

 流石に神聖な建物の中でタバコを燻らせる訳にも行かず、トレードマークは黒眼鏡だけになって
いる。だが、それでも小さな少年には脅しが効いたのかビクっと肩を震わせ、ぺこりと頭を下げる
と慌てて走り去っていった。脅す心算も無いのに脅えられると、そこはかとなく傷付くな。そんな
感傷に浸る。
 暫く教会の正面扉の脇でしゃがみ込んで居ると、程無くして長身の男が赤絨毯を渡って歩み寄っ
てきた。傍らには縋り付く様にして、先程の少年も共に向かって来ている。余程BSの事が怖いの
か、隣の司祭の服をきゅっと握り締めて引っ付いていた。

「どうもお待たせしました。寄付金の事についてのお話とか、奥に席を用意させますのでそちらで
お伺いいたしましょう」
「これはこれはご丁寧に、アリガトウゴザイマス司祭サマ」

 にっこりと完璧な笑顔に迎えられた。包み込む様な柔らかな声音で話しかけてくる司祭の男に、
BSが内心舌打ちをして唾を吐きたくなるのを制止する。何とか口元だけを引きつらせて笑い、
促されるままに赤絨毯の上を歩み行く。正面玄関から真直ぐに進み祭壇までたどり着き、その脇に
ある一室に通された。重厚な造りの木戸を潜ると、流石は首都なのかそれなりの高級感のある調度
品が揃った応接間であった。
 司祭が勧める大きなソファーの真ん中に腰を下ろし、木目も鮮やかなテーブルを挟んで司祭も対
面に座るのを確認する。少年は部屋に備え付けのティーセットを盆に載せ、静々と頭を下げて退出
していった。司祭がテーブルに両肘を突いて指を組み、その上に唇を添えてまたにっこりと微笑む。
43神の人・前編5/12sage :2006/09/08(金) 23:58:19 ID:j67SbRI.
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「で、何の用だしみったれた金の亡者め」
「神の犬風情が、相変わらず口ぎたねぇな。まったく、人が居なくなった途端本性剥き出しかよ」
「貴様に言われたくは無いな。それより用もないのに堂々と正面から入ってきたのか? 何時から
BSギルドの守銭奴代表は、偉大なる教会に顔が利く様になったのかね?」
「その偉大な所で薄ぎたねぇ事やってる犬畜生の代表に言われたくはねぇな。用なら売るほどある
が、今日はとりあえず三つ程だな」

 口調が変わった。片やにこりとした笑顔のままで、まるで表情を崩さずに罵りを口にして。片や
漸くと堅苦しさが取れたと首を回し、タバコの箱を取り出して一本を口に咥える。ちなみにカート
は無理矢理室内に運び込まれて、今はBSの座るソファーの裏に鎮座していた。何度も小さな侍祭
や長身の司祭に入り口で預かると言われても、頑なに拒み通した成果である。

「ふぅ…、ではその用件とやらをさっさと済ませて帰れ。私は組織同士が協力関係にあるといって
も、個人間で馴れ合う心算など更々無いのだからな」
「その組織が何処の金を使って動いてると思ってやがる…。まあいい、まずは今月の分のガキ共の
飯代と『あいつ』の維持費だ」

 ソファーに踏ん反り返ったままカートに手が伸びて、商人の少女に渡した物よりは幾分小さめの
布袋をテーブルの上に投げつけた。太目のペンで寄付金と書かれた布袋は、ジャラリという金属の
細かい悲鳴を上げる。目の前に届いた大金を前にしても司祭の笑みは崩れず、しかし肩を大きく竦
ませてこれまた大きな溜息を吐いた。

「やれやれ、孤児院への寄付は嬉しい事この上ないのだが、これにあの死体の餌代が入っているか
と思うと…。思わず捨てたくなるな、あの死体と一緒に生ゴミにでも」
「金を粗末にするんじゃねぇ。ついでに『あいつ』は一応仲間だろうが」
「生前は良い男だったよ。死体同然の今ではカスに等しい。大嫌いだね、私よりも神の傍に居るあ
んな死体等…」

 司祭の頑なな態度にやれやれと肩を竦め、続いてカートから取り出したのは例の大金と引き換え
にした小さな布袋だ。これは投げ捨てず直接に司祭へと差し出す。司祭の方もこればかりは丁重に
両手で受け取り、藍の目を少しだけ潤ませて袋の中身を覗き込む。

「おお…、これは素晴らしい。注文よりも二つほどランクが上だな」
「何時も通り大量にぼられたからな。今回は完全な注文品だが、俺の見立てでも不備は無かったぞ。
完成度は保障する、使い込んだ金に賭けて」

 それはそれは頼もしい――等と呟いて布袋を閉じ、懐にゴソゴソとしまい込む。司祭服の開いた
胸元から除く胸板は、ぴっちりと服を押し上げ硬く逞しい様相を見せていた。着やせするのか以外
に筋肉の量は多い様だ。

「それで、三つ目の用件はなんだ?」
「ああ、それは依頼の話になるんだが…ん?」

 ――コンコン。
 BSが口を開きかけた時、部屋の戸が控えめに叩かれた。続いて静かに戸が開かれ、ティーセッ
トを片手に先程の侍祭が一礼と共に入室する。テーブルの脇に立ち比較的音を立てない様に給仕を
進めて、予め暖められていたカップにポッドから琥珀色の液体を注いで行く。無味乾燥だった部屋
の中に、花開く様な鮮やかな香りが満ち満ちた。

「ふん、質素倹約が基本の教会にしては中々上等な葉を使うじゃないか」
「この子は優秀でしてね。ご褒美を一つ買ってあげたら、この茶葉を強請られたのですよ。それを
こうして時折振舞ってくれるのです。本当に良い子なんですよ」

 再び柔らかな笑顔に戻った司祭に褒められて、少女の様な少年がはにかみを見せる。本当に性別
を疑いたくなる可憐さだが、BSの中では性別の真偽など当にどうでも良くなっていた。些細な事
など捨て置いて、脳内競売上では先程の三百万よりも次々に値段が釣り上がっている。今や冷静な
理性と儲けへの誘惑が両天秤。危うい所で侍祭拉致換金計画は発動寸前のままで留まった。
 向かい合う両者が共にカップを手に取り、香りを楽しんでから一口啜る。盆を胸に抱えてじっと
反応を窺う侍祭の少年に司祭が微笑みかけてみせ、BSも指で挟んでいたタバコを咥え直して親指
をぐっと立ててみせる。今度は脅えられる事も無くはにかみを返してもらえた。お茶の事を褒めら
れるのは何より嬉しい事の様だ。

「ここはもう良いです。それよりも、このお金を神父様に預けて来て下さい。それが終われば、今
日はもう自由にしていいですよ」

 司祭の言葉に判りましたと素直な応答を残して、侍祭が布袋を重たげに抱えて退出して行く。見
送る二人は扉が閉まりきるのを確認し、足跡の遠ざかるのを待って漸くと外に向けていた意識を室
内に戻す。

「躾も行き届いているし中々上玉だな、軽く見積もって八百万は行きそうだ。あんなのが良く教会
に残ってたもんだな。普通はさっさと外に出て、冒険ごっこの仲間入りでもしそうなものをよ」
「道で拾った。ゴミ掃除の現場で見つけて、腸ぶちまけてたのを直したら懐いた」
「そりゃ良い、今度俺にもあんなのが落ちてるポイントを教えてくれ。五,六匹も見つけたら一財
産になりそうだ。犬畜生の馬鹿話はマッタク面白すぎるなぁ…。ああ?」
「相変わらず金のことしか考えていないな。あまり欲の皮を突っ張らせていると神様の意向で、全
身解されて寒空に晒されるぞ。金の亡者ちゃまは普段から行いが悪いですからねぇー…」

 ハハハハハハハハハハ!!――二人同時にソファーの背凭れに寄りかかり、天井を仰ぎながら口
を大きく開けて笑い声を上げる。BSはひいひいと腹を抱えながらカートの中に手を居れ、司祭は
ビクビクと体を痙攣させて片手を前に掲げ出す。鉄の刃がカートから引き出され、唇が聖言を滑ら
せて掌に光を収束させる。がたんと両者がソファーから腰を浮かせ、テーブルに足をかけて各々の
得物を突き付け合う。司祭の首筋に触れる寸前で振るわれた斧の刃が止まり、聖言を言い切った唇
が楽しげに歪んで輝きがBSの鼻先で凶暴に煌いていた。刃が引かれ頚動脈が断たれるのが先か、
聖光が頭を吹き飛ばすのが先か。

「…っの野郎、やっぱりあの寒空の下蛸人間殺人事件はお前の仕業だったのかコラァァ!」
「大声を出すな…。社会のゴミを片付けただけだろう」
「アレの死体処理に俺が借り出された上に、揉み消しにいったい幾ら掛かったと思ってやがる!
無計画に死体作りやがってお前は猟奇殺人者か!? ああ!?」
「神罰の代行者としての殺人は罪にはならない。むしろ殺せば殺すほど主の身元へと近づく事が出
来る。今もこうして…金の神なんかを信奉しているクソ異教徒の命を掴んでいる事だしなぁ…」

 ゾクリと背筋が粟立ち、過去に培った戦士としての勘が刃を引ききれとBSに警告する。だが、
現在の知識が目の前の男を通常ではないと訴え、衝動的な行動を阻害していた。

「どうした…クソ異教徒君、私を殺して見せるんじゃないのかね?」
「はっ…、個人的には首がぶっ飛んでもばっさり行きてえ…。プライドに賭けて手前をぶっ殺して
やりてえ!!」

 両者の顔が壮絶に歪んだ笑みを見せ、死の手前に居る感覚に全身を甘美な快楽で震わせる。色違
いの瞳が視線を絡ませ、伝えるものは共に殺意と闘志だ。

「だが……、今の俺は組織の駒だ…。死ぬわけにもいかねぇし、商品を壊すわけにもいかねぇ…」
「虫唾が走る。貴様こそ犬だな…」
「何とでも言え…」
44神の人・前編6/12sage :2006/09/08(金) 23:59:01 ID:j67SbRI.
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 しゅんと炎が消え去るように、BSの目から殺意も闘志も消えて詰まらなそうな怠惰な目付きに
豹変してしまった。斧を持つ手からも力が抜けて、だらんと締まりなく両手が垂れ下がる。対する
司祭の顔には瞬間憤怒が宿り、次いで侮蔑の表情に変わり掌の輝きが霧散する。どちらとも無く突
き合わせていた体を離し、ソファーにどっかり座り込む。同時にティーカップへ手を伸ばし、テー
ブルに足をかけた拍子に倒してしまった事に気がつく。行方を見失った掌がばつが悪そうに倒れた
カップを元に戻して、黙々と後片付けに没頭する。

「雑巾とか無いのか、なんか布よこせ」
「集めて飲むのか?」
「ふざけんな、馬鹿かテメエ。善意には誠意だろうが」
「判っているさ…、冗談だ」

 ズボンのポケットから灰色のハンカチを取り出して、司祭が毀れた液体を拭いていく。BSは面
倒そうにティーセットを脇に寄せてから、義足の膝に頬杖を突いて目の前の作業を眺めていた。自
然に憮然とした視線同士が絡み合い、視線で第二の鍔迫り合いが始まりかける。

「……はぁ…、ただの運びの筈なのになんて苦労してるんだ俺は…クソッ…クソクソ…」
「ふぅ…、さっさと三つ目を話せ。組織がらみの仕事なのだろう?」

 流石に不毛と感じたのか視線を反らし合う。ソファーに踏ん反り返るBSを尻目に、司祭は転倒
を免れていたポットから二つのカップに紅茶を注ぐ。促されて漸く表情を引き締め、今回の用件の
中で最重要の説明が始まった。

「組織からの指令は二つ、異常気象の調査と原因の排除だ」
「…異常気象の調査だと?」

 司祭は怪訝そうに聞き返しながら、二杯目の茶を手前に進める。受け取る側は気持ち程度に唇を
つけると、直ぐに詳細を語りだした。

「異常気象ってのは、今この町にも降っている超季節外れの雪の事。六月の雨の変わりに町を埋め
尽くす白い悪魔の事さ。このまま都市機能が麻痺する程に雪が降り積もれば、組織の商売に影響が
出ると判断された。既に幾つかのルートで『薬』の流通が止まり、一部の馬鹿が横流しやら勝手な
行動やらを始めている」
「ああ…、もしかしてあのゴミたちはそういう手合いだったのかな…」

 唐突な呟きに話の腰を折られ、サングラス越しの目が不機嫌そうに細められる。差し出された新
しい茶を一啜りして、溜息を吐きながら補足を加えた。

「そうでなきゃ後始末を組織がする筈もないだろう。まあ裏切りを画策した馬鹿達は既に『槍』と
『斧』…俺が処理する事になっている。槍の方は今も、真っ赤になって勢威掃除中だろうな」
「調査等は本来『本』の得意分野だろう。実働が中心の私に廻る仕事ではないと思われるが?」

 大仰に肩を竦めて見せて、記憶の中の金色の髪をした優男の仕事ぶりを思い浮かべる。今頃全身
返り血で汚れ、泣きながら飴でも舐めている事だろう。脳裏に浮かんだ共通の思考に苦笑いして、
司祭は疑問を差し挟みBSはそれに面倒そうに応答する。

「あいつは少し厄介な事になっててな…。たぶんまだ動けないだろう。理由は聞くな、思い出した
だけで頭が痛くなる」
「うん…、何か機密に引っかかるのか?」
「そう言うもんじゃねぇ…。が、まあゆっくり話すことでもねぇな」

 そんなに知りたけりゃ暇を見て話してやる――と続きを断ってから、カップの中身を一気に空け
火の点いていないタバコをまた大事そうに咥え直す。それに今はそんな事はどうでも良いのだ。

「とにかく俺達六人の内、手の空いてる即戦力はお前だけなんだよ。『本』は調査には向いてるが
原因の排除となると力不足だろうから、元々の適任でもお前だろうしな。俺も『槍』も忙しいし、
『屍』と『弓』は論外だ。残るは『神』の司祭様ただ一人というわけだ」

 屍の単語の部分で、一瞬司祭の表情が不快そうに歪む。ティーカップを口に当て目を閉じながら
傾けて、気持ちを落ち着かせてから思い付きを口にする。胸中の蟠りを消そうと、自分と相手の気
持ちを関係の無い所へ向けさせる為に。

「『弓』は相変わらず行方不明か」
「……。あのボウフラは俺が必ず見つけ出して過去の清算させてやる。たまりにたまった大量のツ
ケと一緒にな!」
「そんなにアレが嫌いかね」
「借りた金を返さないで逃げる奴は悪魔だ!!」

 唐突さに怪訝な顔を見せたが、直ぐに不機嫌さを噴出して声を張り上げる。それを見ながら司祭
は察しの良さに軽く感謝し。同時にお互いどうしようもなく嫌いな物はあるのだなと、三杯目のお
茶を注ぎいれながら感慨に耽っていた。
 フゥ――と諦め気味に息を吐いてカップをソーサーに戻す。表情を引き締めて目を閉じ、聞いた
話を反芻しながら仕事内容について思案する。本来、司祭の仕事の多くは力任せの任務が多かった。
調査・潜入などは担当が違う上に、性格的にも得意とは言えない。何よりも興味が無い。

「フーム…、行きたくはないが断れもしないのだろうな」
「オーバーワークになるが、無理をすれば俺と槍でも対応できるだろう…。能力対応外の任務だ、
拒否権ももちろんある。…どうする?」
「……行き先の目星は?」

 質問に質問を返して無駄な抵抗を続けてみる。とっくに腹積もりは決まっていたが、確認と楽し
みを兼ねて会話を続けたくなったのだ。ぴりぴりとした緊張と画策を嗜むのは、司祭にとって心地
良い物だった。それに、まだまだ見ていたいものもある。司祭の美的感覚を刺激する物…。

「天候の悪化が慢性的に続く地域は主に北部。首都プロンテラからミョルニール山脈に掛かり、発
生の原点は雪の町ルティエの付近だろうと推測された。俺個人の筋からの情報だから、信じても損
はないだろう。不備があれば血と金で購わせてやる」
「永遠の冬の町ルティエか…、年がら年中聖誕祭をしている敬虔なのか罰当たりなのか判らない町
だったな。さて…どうしたものか…」
「……」
「……」

 三杯目の紅茶からは既に湯気も消え、カチカチと鳴り続ける置時計の鼓動のみが室内を支配する。
BSはもう寛ごうともせずに、じっと対峙者の反応を見守っていた。流石に答えを急かされ始めて
は楽しむ事も出来なくなり、両手を組んで反対からも相手の反応を見守り返す。先に焦れたのは、
やはり性格上BSの方だ。

「そろそろシンプルに答えて欲しいんだがな。お前の趣味の悪い楽しみに付き合うのも嫌いじゃな
いが、今は何より忙しい。槍にも指示が必要だし、俺の休憩ももう十分だ」

 義足の足を軽く撫でて気持ちを落ち着け、何時の間にか緩んでいた精神を仕事時の冷たさに戻し
ていく。サングラスを指で押し上げて視線を強め、目の前の仮面の笑顔を睨み据える。視線を受け
る側はあくまでも涼しげに、また組んだ指の上に唇を乗せて微笑みを返す。

「ふっ、そうだな。何時までも私の個人的趣味の為に、返事を先延ばしにする訳にも行かないか。
いや、片足になってからも衰える事の無いその逞しい筋肉に見惚れてしまってね」
「そっちかよ!!!」
45神の人・前編7/12sage :2006/09/08(金) 23:59:35 ID:j67SbRI.
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 再びカートから斧が引き出され、殺意も露に唐竹割りに脳天へ振るわれる。唸りを上げて迫る刃
を二本の指が挟み、軽々と受け止めながら司祭の笑みが深くなった。

「はっはっはっ、緊張感のある悪巧みも楽しいがやはりこれに勝る見物は無い。連絡係に退いたと
は言え見事な隆起…、惚れ惚れする程の鍛え具合だな」
「うおおぉぉぉおおおお俺のことをそんな目で見ていやがったのか!!」
「嫌いじゃないと言ったばかりではないか、別段これと言って不都合は無かろう」
「大有りだ! つーか、そっちの事を言ったんじゃねぇ!! ええい、見るな触るな近寄るな!」

 指で挟まれた斧の刃を引っこ抜き、慌ててソファーの裏にまで飛退いてみせる。片足不自由とは
思えない鮮やかな跳躍でカートの上に降り立ち、毛を逆立てる猫の様に背中を丸めて威嚇の唸り声
を上げる。それを見る司祭の顔には笑顔が浮かんでいる。腹を抱えてケタケタと、仮面ではなく心
から込み上げるままの笑いだ。笑いすぎてびくんびくんと体を痙攣させていた。

「かはっ…はははっ…くっ…くっくっくっ…」
「ばっ、馬鹿にしてやがんのかお前はー!! さっさと受けるかどうか決めやがれ、この陰険性格
二面性根暗野郎!」
「はぁ…ひぃ…ひひひ…ああ…、依頼は受けてやるよ。ちょうど退屈していたからな」

 激昂するBSを尻目に、涙まで浮かべて司祭が笑う。その唇から了承の言葉が漏れ出して、それ
を聞かされるとBSの動きが止まり、歯噛みしながらソファーに戻り腰を落とした。依頼を受諾さ
れた手前、怒りに身を任せて反故にする訳にもいかない。こめかみにくっきりと青筋を浮かべなが
ら、先の司祭に負けない程の極上の笑顔を浮かべてみせる。

「快い返答…、大いに感謝しよう。任務の完了はいつもの連絡方法で…」
「ぷっ…くはっ! あははははははっ! げらげらげらげら!」

 指差して笑われた。ふつふつと湧き上がるこの衝動はなんだろう。BSの中で膨大に膨れ上がる
物に、彼自身が気づかずに数瞬呆然とする。そして衝動が臨海を越えて、噛み締めた歯の隙間から
音としてあふれ出してくる。

「っ……っっっっ! くぅぅぅぅぅぅっ!!」

 深々と雪降る静かな町並みに、音の無い魂の悲鳴と怒りが確かに響き渡った。

「帰る!!」

 BSが顔を真っ赤にしてソファーから立ち上がり、カートを引っつかんでドアまで向かっていく。
その背中に視線と共にまだ笑い声を浴びせられて、感情と力に任せて戸を跳ね空けさせる。そのけ
たたましい音を聞いたのか驚いた様子で先程の侍祭が駆けつけ、肩を怒らせてずんずんと出口に向
かうBSの後を追っていった。

「あっ、あのっあのっ、な…何かあったんですか?! お茶に何か入ってたんでしょうか!?」
「ええーい! 俺は帰るんだ! 今日はぜってー厄日だ! くそくそくそっ!!」

 ドアが独りでに閉じてきて、賑やかしい声は徐々に遠ざかっていく。
 自分以外誰も居なくなった部屋で、彼の司祭は今だビクビクと震えていた。足を投げ出しながら
ソファーに横になり、今だ引かない笑いの波に筋肉が苦痛を訴え悶える。ぜいぜいと息を切らせ藍
の目から涙を溢れさせて、堪え切れない笑いをげたげたと毀れさせた。
 幾分か経ってから、漸く四肢から力を抜いてソファーに体を沈ませる。はぁ、と息を零して眦を
ぬらしていた涙を指先が拭う。

「こんなに馬鹿笑いしたのは久しぶりだな…」

 涙は止まっていなかった。今も毀れ続けて頬を伝い降り、後ろ髪や耳に雫を落として濡らしてい
る。感情が発露しすぎて混線している。悲しくも無いのに溢れる涙のせいで、急速に心が冷えて更
に涙を誘っている。普段浮かべている顔色の代償の様に。

「私もあの死体を…、槍の坊やを馬鹿には出来ないか…」

 掌で口元を覆い隠して、指を伝い降りた涙に舌を伸ばす。舐め上げて味わう雫は、司祭の味わい
慣れた味がした。鼻につく鉄の臭いは無いけれど、塩見の効いた血の味、人の味。幾ら取り繕おう
とも、幾ら仮面を被ろうと、人間である事の証だ。

「こんな簡単にボロボロと崩れるような仮面、着けているものではないな…」

 クスリと短い笑みを零して、寝ていた体を元に戻す。すっかり冷め切ってしまったお茶の残りを
一人傾けていると、パタパタと廊下から足音が聞こえまたドアが勢いよく開かれた。濡れた頬と充
血してしまった目を見られない様に軽くドアから顔を逸らし、司祭は駆け込んできた侍際の少年に
声をかけた。

「どうしました、騒々しいですよ…」
「あっ、すっ…すみませんでした。お客様がとてもご立腹のご様子でしたもので、こちらでも何か
あったのかと…」

 気の優しい子だ。からかい重ねて怒らせてしまったBSの様子を見て、司祭の身を案じてしまっ
たのだろうか。事実とは反する心配だが、司祭の胸には素直に感謝が浮かぶ。そしてそれを口は素
直には伝えない。

「いえいえ、私自身には特に何もありませんでしたよ…。ただ少し困った要求をされてしまいまし
てねぇ…」
「要求…ですか?」

 怪訝そうに聞き返してくる様子に、いつものニコリとした笑みを返し。無論頭の裏ではニタリと
三日月の様な笑みを浮かべながら、心底困りきった声音で話を続ける。

「ええ、あなたのお茶が気に入ったので本人ごと持ち帰りたいと仰られて…。どうも男色の気があ
るようで、個人的にお付き合いがしたいご様子でしたよ」
「ええっ!? そ、そんな事を?!!」

 ドギマギと照れたように顔を赤くしながら、それでも向けられてはいけない行為に顔を顰めて侍
際が慌てふためく。その様子を肴代わりに紅茶を楽しんでいると、頭の裏の三日月の笑みにニョキ
ニョキと角が生え出してくる。膨れ上がる嗜虐心は司祭を饒舌にして、更なる不安をあおろうとし
てしまう。

「本人の意思にも教会の規約にも関わる事故に、ご丁寧にお断りしたのですが…。ご納得いただけ
なかったのかあの様にご立腹されてしまって…。この分ではまだまだ貴方を狙ってくるかも知れま
せんねぇ…。いやぁ、本当に困ってしまいました…」
「そ、そんなぁ…」

 はうはうはう…――などと呟いて、息せき切っていたのも忘れてその場にへたり込む。少し苛め
過ぎたかな? そんな事を思いながらも紅茶を啜り続けていると、脳裏にまた意地の悪い思いが浮
かぶ。今度のは、少年にとっては最悪に近いかもしれない。
 まあそれはさておき――と言葉を区切って、最悪の悪巧みを口にする。
46神の人・前編8/12sage :2006/09/09(土) 00:00:16 ID:5khRpeIg
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「実は少々遠出をしなくてはならなくなりまして…。悪いですが貴方も一緒に来ていただきたいの
です。私一人では道行きが不安なもので」
「あ、はい…それは構いませんけど…。でも外に出たら…」
「ええ、あの人たちの仲間に見つかると困りますね…。ですから貴方には少し変装をしてもらいま
しょう。ええ、貴方なら素晴らしく良く似合う変装を…ね?」

 ニンマリと、角の他に尻尾と羽まで生やした悪いのが、司祭の後ろ頭で笑っていた。


                      *

 そこは一面の銀世界。きらきらと氷の結晶が舞い飛んで、視界を白一色に染め上げる。視界ゼロ。
気温も限りなくゼロ。防寒具が無ければ裸足で逃げ出したくなるような、そんな事をすれば凍傷に
なって足が腐り落ちるだけの様な、素晴らしく悪い天気である。

「吐く息も凍るとはまさにこの事か。…大丈夫ですか、ちゃんと逸れずついて来ていますね?」
「は…はい、大丈夫ですぅ…」

 吹雪に負けないように声を張り上げている司祭と、それに弱弱しくも返答する侍祭の姿が雪原の
中にあった。現在は首都プロンテラから北に歩んで、遥か山脈へと頂く山道の途中であった。本来
ならば鬱蒼と巨大化した植物達の中、同じく巨大に成長した昆虫達のテリトリーである。だが、今
はその影も形も無く、白に彩られた静寂の世界が広がっていた。
 二人の格好はいかにも寒さを拒絶する様な着膨れで、司祭は常日頃から纏う黒の祭衣の上から厚
手の皮のコートを着込みフードをすっぽりと被っていた。侍祭の方はと言うと、コートは無論手袋
やマフラー、帽子にマスクまで被りまるで雪ダルマの態だ。滑り止めの取り付けられたシューズで
二人はサクサクと雪道に足跡を残して、緩やかな坂になった道に轍を刻んでいく。麓からそれなり
に上ったというのに、標高よりも横の連なりの幅広さを誇るミョルニール山脈と言えども登頂は至
難であった。雪が足元の安定と体力を奪う。
 あっ!――っと声を上げて侍祭が雪に足を取られて頭から倒れた。分厚い雪の上に埋もれたので
怪我は無い様だが、背中に大量に背負い込んだ荷物のせいで自力で起き上がるのに難儀している。
雪に埋もれたままばたばたと手足を動かして悶え、うーうーと唸り声を上げていたが、やがてそれ
も治まりくたっと四肢から力が抜けた。それもそうだろう、その背中には本格的な山越えの様に膨
らんだ荷物に鍋やら寝袋までが取り付いて持ち主よりも大きくなっているのだから。
 はぁ、やれやれ――溜息と共に先行していた司祭がマフラーをなびかせながら轍を二重に踏みし
めなおして来た道を戻り、埋もれて動かなくなった侍祭の体を片手で荷物を掴みひょいと一緒に持
ち上げる。顔の高さを合わせて覗き込んでみれば、ぜいぜいと息を荒くして顔面を蒼白にさせてい
た。体も小刻みに震えて、カチカチと歯の根が音を立てているのも聞こえる。疲労と寒さで意識も
無い状態の様だ。こんな状態になるには、だいぶ前から症状が出ていたはず。おそらくは迷惑をか
けまいとしたのか、無理を自分に課し続けていたのだろう。一つ舌打ちしてから体から荷物を引き
剥がし、荷物を自分の物と一緒に背中に担ぎ、侍祭の体を横抱きにして歩みを進める。体を支える
掌からは聖光が溢れて、柔らかに侍祭の体に染み渡っていた。呪文で癒しを与えながらの強行軍、
流石に司祭の息も上がっていく。天候の悪化によってルーンミットガルドの足、カプラサービスの
各街々を繋ぐ転送装置までもが運用不能になっていたのが悔やまれた。
 道程はミョルニール山脈中腹、国境の都市へと最短で向かう昆虫族の女王の領域を横切っている。
統治者の居ない白の世界を潜り抜ければ、緑と茶の大地の切れ目である大河が見えてくるはずだ。
そして現在の通過点に当たる、国境たる時計塔を冠する大都市も。
 異常気象のおかげで寒さに弱い虫たちが姿を消していてくれたのは行幸だが、これから雪に慣れ
た魔物達の領域に向かうかと思うと手の中の重みに新たに溜息が漏れる。まあ、自分から提案した
悪巧みが原因ではあるのだが、何も倒れるほど荷物を担いで追ってこなくても良いとは思う。回復
魔法の効果が出たのか些か血色の戻り始めた顔を見下ろしている内に、女王のテリトリーから抜け
る最後のゆったりとした下り坂へとたどり着いていた。そのまま北に道なりに進めば国境都市はも
う直ぐにまで差し迫っていた。腕の中の子の為にも急がなければならない。
 岩肌に挟まれて細い崖上になった道を歩き、ふと背後が気になって振り返る。本来ならば濃い緑
に覆われ、巨大昆虫達の楽園として命蠢いていたはずなのに。今はその欠片も無く、ただ静かに寒
さと冷たい白に囚われている世界。蠢く命すら見えはしない、これはやはり異質なのだ。白…いや、
まさに死路の世界であろう。この雪の下にどれ程の命が埋まっているのか想像もつかない。
 司祭は一瞥を向けて、唇の中だけで聖句を詠む。憐憫ではない。ただ聖職者であるが故に。

 崖上の一本道を通り抜けると、視界に飛び込んでくるのは開けた二色の大地とそれを隔てる大き
な大河。そして、その大河のただ中に浮かぶ、南北の両端に橋の架けられた島があった。二つの大
陸を繋ぐ黒い土その島は、中央に沼地があり上空から見下ろせばまるでドーナッツのように見える。
その島から更に視線を移して北を見れば、直ぐそこに国境都市の城壁が荘厳に並んでいるのが見え
るだろう。だが、それも普段ならばだ。

「まさか、ここまでとは…な」

 今一面に見えているのは、やはり白に染め上げられた大地と氷で閉ざされた大河であった。ミョ
ルニール山脈からの下り道を降りきって、大河の川縁と思われる段差の上を西に向かって歩く。少
しすると南側の橋の欄干が見えてくるが、それもすっかりと雪に覆われ氷の川面との境目が見えな
くなっていた。通常、動きのある川や海がここまで凍て付くことは滅多にはない。凍結したとして
も直ぐに砕けてしまうか、せいぜいが川面を覆う程度の薄い膜が張る程度だろう。そのことを踏ま
えた上で目の前の大河を見てみれば、対岸がぼやけて見える程度に広い幅を持つ筈が見事一つの氷
の塊と化している。突き出した二つの欄干の間を通り抜け、凍りついた橋の上を歩んでいてもまる
で揺れる気配は無い。島で遮られ緩やかになっているとは言え、良くもここまで完璧に凍りついた
ものだ。余程の寒気が一瞬で幅広く広がった結果なのだろう。
 吊り橋と思わしき一段盛り上がった氷を渡りきると、さっくりと雪を踏みしめ島の部分に轍を付
ける。島は外周部とその中央で高さが違う台地になっており、暫し外周を歩いて大地の上に上る坂
を見つけてゆっくりと上りきった。

「ふぅ…、敵がまったくでないとはな…。ありがたい反面これは不気味だ…」

 さくさくと雪の上に足跡をつけて、疲労を顔に浮かべて白い息を長く吐く。静けさは愛すべき物
だが、過度の静寂は不安の募らせるものだ。
 ずり下がりかけた手の中の荷物を抱え直し、視界の悪い中を只管に北へ向かって足を進める。や
がて足元が雪ではなくまた氷になり、踏みしめた足もとから濁った水が溢れてきた。島の中央部に
ある泉にたどり着いたのだろう。このまま進み続けるのが一番早いのだが、荷物を抱えている手前
滑って転ぶわけにもいかない。氷と雪の境目を見つけて泉を周回する様に歩もうと足を踏み出す。
すると、雪風に乗って来たかすかな旋律が耳を掠めた。
 その旋律は太鼓と笛。原始的な呪術めいた響きのある連続したリズムが空気を揺らしている。音
のする方に目を凝らせば、泉の中央付近で円を描く大小さまざまな影達が見えてきた。まず最初に
目に付いたのは、昔めいた軍服を纏った玩具の兵隊だった。小銃を肩に捧げて何体かの群れを成し
て円陣に加わっていた。赤や緑の衣装を纏った小さな妖精クッキー達や、意地の悪そうな笑顔の描
かれた仮面を被った体の小さな亜人ゴブリンの姿もある。緑の肌のオークの姿もあり、多種多様な
集まりをなしていた。ゴブリンや赤いクッキー、オーク達の頭にはおそろいの赤い帽子が乗ってい
て所謂クリスマス仕様になっていた。太鼓を打ち鳴らしているのは、顔の付いている動くプレゼン
トボックス――ミストケースで、頭の上の蓋を開けて中からバネで飛び出したボクシンググローブ
で巧みに撥を操っている。笛を吹いているのは二種類のクッキー達だ。ぞろぞろと集まった無数の
魔物達の開く宴が凍った泉の上で繰り広げられていた。

「風速上々、寒度良好! 皆々様も集まったことやし、ほな一丁行ってみますかー!」

 そして円陣の中央に一際大きなモノが鎮座している。それは全身を青白い皮膚で覆い、ぴっちり
と引き締まった筋肉を盛り上がらせる偉丈夫だ。遠目から見ると全身青タイツの馬鹿に見えなくも
ない。一際な異彩は頭部、その偉丈夫は頭に角が生えていた。まるで枝の茂った木のように節別れ
した立派なトナカイの角。顔立ちも鼻が尖り、口も耳まで裂けた馬面だ。無論鼻の先は丸くて赤い。
その二足歩行する真っ赤なお鼻のトナカイさんが、すっくりと立ち上がり大声で歌いだす。
47神の人・前編9/12sage :2006/09/09(土) 00:00:55 ID:5khRpeIg
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「…ゆぅぅぅきの風よぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 両手を高々と頭上に上げてぶらぶらと左右に揺らし、その場で足踏みをしながら全身を揺すらせ
る。周りの魔物達も同じ様に踊りだし、声を合わせて音楽に歌を重ねて宴を盛り上げていく。

「雪のぉぉ風よぉぉ来たれぇぇ〜」
『来たれー、来たれー』

 基本は全員が踊りながら、トナカイの歌に合わせて他の魔物達がコーラスを入れる。

「われらぁぁが風よ来たれぇぇ〜」
『来たれー、来たれー』

 踊りに個性が出始め、歌の節に合わせてポーズを決めるものも居る。次はみんなで声を合わせ、
踊りの動きも祈りを届けと激しくなった。

『来たれ来たれ来たれー!来たれ来たれ来たれー!あーぁはっは、あーぁはっは!』

 最後はやはりトナカイが大声を張り上げて。

「ゆぅぅぅきのかぜぇよぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ぉぉぉぅっ!!」

 司祭の足が一歩引いた。
 だが司祭がそのまま後ろに向かって歩みだした時、歌と踊りが進むに連れて人間二人に吹き付け
る雪風が強まりだした。馬鹿げた様相だが、確かに目の前の儀式が吹雪を呼び込んでいるようだ。
軽い頭痛に耐えながら、吹雪から腕の中の荷物を守る様に体を丸める。あの宴を何とかすれば、今
回の仕事は終わるのかもしれない。その事実は司祭にとって大歓迎であった。

「おうおう、なんや楽しなってきたでぇ〜。いっちょう、このまま人間どもの町が凍て付くまで歌
い続けたろ。いっくでぇぇ、ミュージックスタートや!」

 そして三十一行上に戻る。いや、それは運命の剣が許さなかった。
 ぱきん――あたりに乾いた音が響く。司祭の足元で凍て付いた水溜りが砕けて立てた音、それに
反応して魔物の全てが一斉に踊りを止めて振り返った。無数の目に見つめられながら、司祭は堂々
と仁王立ちして視線を迎え撃っていた。運命の唐突さに棒立ちしていたとも言うかもしれない。

「なんやワレェ!? 神聖な雪呼びの儀式邪魔しくさって、何処のどいつじゃぁぼけぇ!!」

 トナカイが何か叫んでいるが吹雪がきつくて何を言っているのかわからない。そんな瑣末事は捨
て置いて、司祭の中では以下に手荷物を捨て去るのか算段が思案されていた。アレだけの数を相手
にする場合、身動きが取り辛い現状は打破しなくてはならない。ならばすることは一つだ。

「シカトかい、いけすかん野郎やなぁ! そうかいそうかい! 貴様らに名乗る名前は無いっちゅ
うことかい! そない寝ぼけたドタマは鉛玉でもくろうていんでまえ!」

 中央の変体が宣言と共に腕を振り上げると、すかさず反応する四つの影。最初に見つけた玩具の
兵隊達が横一列に並び立ち、足並みを揃えて一歩足を出し短銃の腹を一度叩いてから一斉に構える。
続いて安定を図るために膝立ちになり、両手で保持した短銃の狙いを司祭とその腕の中の荷物に定
めた。

「もくひょーほそく、しゃげきかいし」
「ほそく、しゃげきかいし」
「しゃげきかいし」
「かいし」

 右端から順に無理矢理合成した音声の様な声で機械的に告げて、玩具の兵隊達がそれだけは本物
の短銃のトリガーを引く。迫る四つの弾丸を見据え、司祭は慌てずに片手を地面に突いて声を張り
上げる。

「矢避けの加護を…ニューマ!!」

 掌を置いた雪原から司祭の体を包む様に緑の煙が立ち上る。飛来した弾丸はその煙に触れると、
まるで行き先を見失ったかの如く迷走し中の司祭掠りもせずに明後日の方に向かって飛んで行った。
玩具達はそんなことには気にも留めずに短銃のレバーを引いて次弾を装填、速やかに第二第三射に
移り無駄な攻撃を繰り返す。
 緑の煙に守られる司祭がふぅと軽く嘆息する。付き合う義理も道理もない。

「ああ…我が神よ…、お許しください…」

 次の瞬間、玩具の兵隊達の内左端から二体が圧倒的質量で圧壊した。そしてその右隣に居た一体
も顔面を潰されて機能を停止する。距離にして二十メートルの距離を加速しながら飛来した荷物に
よる遠距離攻撃だ。大小二つの背負い袋が亡骸と共に雪中に沈み、ついでに投げ飛ばされた腕の中
にあった荷物がやはり亡骸と共に雪の上に倒れこむ。

「あ、しまった…。つい…」

 後悔を呟く司祭は既に敵前に。最後の一匹の目前まで一足飛びに駆け寄り視線を合わせていた。
すかさず兵隊が装填を済ませ、その間に司祭の体が視界から消えて屈み込み、すばやく顔に向けて
短銃を突き付けるも、円を描いて司祭の右足がブリキの足を刈り取った。回転は止まらずに一周し、
速さを乗せた右肘が胴に食い込み抉り抜く。止まらない流れのままに旋回する体から、最後に止め
とばかりに勢いのついた左足が側頭部をなぎ払う。疾風のような三連撃。玩具の兵隊のブリキの体
がひしゃげて引き裂かれ威力を物語る。

「なっ、なんやオンドレ、モンクでもないのに拳法使うんかいな」
「けんぽーではない。これはそう…『素手』である」

 宣言する傍から体が次の獲物を求め、支持される事無く襲い掛かってきた赤い帽子のオークの胴
を後ろ回し蹴りでなぎ払う。続いて身を屈めてから空高く跳ね上がり、仲間の惨状に萎縮していた
ゴブリンの脳天を落下の勢いがついた膝が爆撃した。

「『素手』とはっ! 武器を持っていない状態での戦闘と言う前提において!」

 わらわらと足元でうろつく赤と緑の小人達を次々と天に届けと蹴り上げ、また新たなゴブリンと
オーク達を叩き付ける拳で沈黙させる。最早殆どの集まっていた魔物達は胴や頭を打ち抜かれて、
あっけなく撲殺されていた。

「己自身の体を武具とみなし、敵を討ち滅ぼす格闘の技術であると独断する!」

 太鼓を叩いていた箱達が撥を投げ捨てて二体同時に迫り来る。箱から勢い良く飛び出した二つの
グローブを各々両手で受け止めて、気合の声と共に腕を振り上げバネで繋がった本体を中空で激突
させる。そして両手から溢れんばかりの聖光が溢れ、司祭の歪みきった唇が聖句を継げると力の奔
流となってバネを伝い悪とされる魔物の体を焼き払った。炭になったグローブを握り潰して、壮絶
な笑顔の司祭が声を張り上げる。

「故に、人は私を殴って暴れるプリースト、『殴りプリ』と呼ぶ!」
「んっ…な訳あるかぁ!! ちゅーか殆ど蹴りやったで、殴って蹴ってどこぞの某悪の秘密結社の
幹部兼フライドチキンチェーン店の社長かオンドレはぁ! ええ加減にせい!」
48神の人・前編10/12sage :2006/09/09(土) 00:01:32 ID:5khRpeIg
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 訳の判らない事を叫ぶトナカイだけが最後に残り、氷の上に重ねて置かれていた巨大な顔の描か
れた盾と氷柱で出来た歪な剣を構える。すぐさま張られた氷を踏み割りながら駆け出して、盾を突
き出しながら氷の剣を大仰に振り被った。

「ワイの力を侮るんやないでぇ!」

 巨体に漲る膂力を十分に乗せた一撃が振るわれ、出鱈目な威力で地面を爆砕し氷の破片と泥水を
跳ね上げさせた。素直すぎる攻撃をかわした所に強引に横凪がきて足元を掬われる。跳ねても飛び
退っても追撃されると判断した司祭は、身を屈め剣線を掻い潜りながらトナカイの懐に潜り込む。
そして、屈ませていた体を一気に戻し全身のバネを使った跳ね上がるような勢いで拳が面長なトナ
カイの顎をかち上げた。

「ぶっ、ご…。そこ、ちょうど痒かったとこや…」

 途端に伸び上がった体の裏に回りこんで、両手を腰に回し一メートル近い体格差を物ともせずに
ぶっこ抜く様な動作で反り返りながら相手の頭を地面に叩きつけた。凍った湖に頭を突っ込ませた
巨体に向き直り、背中からまた手を回すと頭を勢い良く引っこ抜き一歩前に足を出してから新しい
氷に脳天を叩きつける。まだ気がすまないのか司祭は両足を脇に抱えて体を引き、氷の中から二回
の衝撃で無残に角の折れたトナカイの頭を引き上げる。

「げぼっ…ちょっ…ちょっとまっ…タンマ、ちっとばかしまってーな…」

 足を両脇に抱えたままその場で司祭が回転を始め、遠心力で体が浮き上がるまで豪快にトナカイ
を振り回す。三十ほども振り回すと悲鳴もぱったりと止み、仕上げに散々勢い付かせた体を天に向
かって放り上げた。それを追いかける様にして司祭も跳ね上がり、落ちて来た体を逆様に受け止め
て自分の肩に相手の肩をしっかりと乗せる。仕上げに両手は両足の足首を掴んで下に引き、肩で体
を押し上げるようにしてぴったり固定させた。総仕上げとばかりに二人の体は加速して氷の湖面に
墜落し、尻から落ちる事により衝撃を逃さず頭上の相手に伝える。股裂き首折り背骨折りがセット
で付いてくる伝説の殺人技の一つであった。

「はー…、調査任務と聞いて暴れられないかとがっかりしていたが、思わぬ所にいい相手が居てく
れて助かった」
「おきにめしていただけたでしょーか…」
「んー、次は五十八個ほど関節技を試してみようかなっ」
「もっ…、ホンマ無理ですって…。やあっ! だめっ! 壊れちゃうっ! 堪忍してっ!」

 げらげらと高らかに雪原に響く楽しげな笑いと、雑巾を引きちぎる様なトナカイの悲鳴。確信し
たくは無いが、そこには確かに天獄と地獄が存在していた。嬉々として大きな間接をありえない方
向に捻り上げる司祭に、最早為す術も無いトナカイ。一方的な展開で物語の後半は過ぎていった。

「って……ええ加減にせんかーーい!!」

 唐突にトナカイが声を上げ、その体からぶわっと目に見えそうな程の冷気が溢れ出す。突風が司
祭の頬を掠めると、それに付随した冷気が雪の結晶となり渦巻きあっという間に氷の竜巻となる。
雪の一片が剃刀の様な鋭さを持って吹き乱れ、トナカイの体に組み付いていた司祭の体を強引に弾
き飛ばした。中空を錐揉みしながら二メートルの長身が放物線を描き、地面に激突する前に片手を
叩きつけ無理矢理慣性を殺させ四つん這いで着地する。

「ふはははははは! どやっ、これがワイの底力っ! 舐めたらあかん! あっかんでぇぇぇっ!」
「お前、あの変な歌と踊り無くても吹雪き出せるんじゃないか…?」
「……、イラン突っ込みだけ的確にしてんなボケェ!!」

 トナカイが片手を振るうのに合わせて突風が撃ち出され、地面から雪や泥を巻き上げながら迫る
氷混じりの嵐に司祭の体が刻まれる。両腕で顔だけは庇うが、その腕も急速に冷やされ体が少しず
つ薄い氷の膜で覆われ始めた。このままでは血流が止まり低体温症で意識が無くなるか、最悪細胞
が壊死して凍結部から腐り始めるだろう。漫才みたいなテンションだが威力は本物だ。

「そない這い蹲ってどないしたん殴りプリの旦那ぁ? ワイの真の実力に、手も足も出せへん様や
なぁ。このまま凍結していんでまうかぁああーん?」

 今度はげらげらとトナカイが笑い声を上げ、全身に吹雪を纏わせながら一歩一歩司祭へと迫る。
風が触れる先から降り積もった雪が霜に変わり、ばりばりとトナカイの足元で砕けていた。あんな
物を至近距離で浴びれば全身凍結で即死しかねない。ならばと片膝を突いた姿勢で掌を向け、もう
片方の手で保持をしながら唇が聖句を刻み、掌から砲弾じみた勢いで光の塊が飛翔しトナカイの顔
面を狙うが、トナカイ男の纏う渦巻く雪風にあっけなく阻まれ受け流された。げひげひと笑う馬の
親戚に殺意を募らせ、本当の手詰まりに初めて司祭の背に寒気が走る。
 風の冷たさなら幾らでも耐えられるが、内側から凍りつくのだけには耐えられない。それだけは
あってはならない。なぜなら、未だに自分は届いてはいないのだから。その事を考えるだけで全身
が震え上がる。唇が今まで以上に吊上がり、感じていた背筋の振るえなど吹き飛ばすような冷静な
意思が湧き上がってきた。
 僅かな勝機を求めて指先が足元の雪を探る。すると何かやわらかくて微妙に暖かい物が手に触れ
た。神は語りかけはしない。神は手を差し伸べはしない。しかし、それでも確かに見守っているの
だ、と神の使途は心の中で偉大なる父への感謝を紡ぐ。

「おーっし、街の方も凍て付くまで小一時間。旦那の方もそろそろ引導渡したるさかい、おぎょう
ぎよく這い付くばったまま覚悟しいや」

 トナカイの全身から冷気が吹き上がり、渦を巻いて嵐となりながら司祭の体を包み込む。死は一
瞬のすれ違いのように、肉から力と熱を奪い分子の動きを凍結させた。絶対零度を通り抜け、全身
を冷気で嘗め尽くされた体がだらんと手足を投げ出す。

「まっ、運が悪かったと思うて、あんじょう往生したってなー旦那ぁ」

 角の折れたトナカイの間抜けな馬面が邪悪な笑みに歪む。そしてその顔面に更に凶悪な笑みを浮
かべた司祭がまっすぐに鉄拳を叩き込んだ。めぎょっと歪な音を立てて更にトナカイの顔が歪ませ
られる。両目が驚愕に見開かれ、健在な司祭とその手の中の物に声を張り上げた。

「ながっ、なっ、仲間を盾にしおった!?」

 げらげらと笑いながら司祭が手の中のぐったりした荷物――連れていた侍祭を襟首で吊り上げて
見せ、今もトナカイの方へと差し向けている。徐に司祭が胸元へ手を差し入れてジャラジャラと無
数の小石を掴み出す。様々な魔術の触媒に利用される青い石。

「リザレクション…」

 手の中の石の一つが弾けて侍祭の体を柔らかに光が包みこんだ。途端に体がびくんと跳ねて、頬
に赤みが増して呼気のリズムが死んでいた体に戻ってくる。神秘の力を借りて発動する蘇生魔法、
リザレクションが瀕死所か黄泉路を渡りかけた侍祭の魂を強制的に体に閉じ込め肉体すらもほぼ七
割近くまで回復させた。
 それを見届ける間も無く、再びトナカイが吹雪に志向性を持たせて人間二人に向かい差し向ける
が、それも全て司祭の掲げる小さな身代わりで防がれる。再びだらんと力の抜ける体に、リザレク
ションの囁きと共に強制的に活力が漲り息を吹きかえらせた。同時にもう片方の手の中の石の束が
一つ砕け散るが、掴んだ石の数は今だ膨大である。そして司祭の脚が一歩ずつトナカイ目指して歩
みを進めていた。

「そ、それでもアナタ人デスカー?!」
49神の人・前編11/12sage :2006/09/09(土) 00:02:06 ID:5khRpeIg
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「いかにも、有史以来幾千幾万の残虐と破壊を繰り返してきた人というものそのものではないか。
なに、死など我等神の使途にとっては生涯に置いての喜びの一端でしかない。死してなお平常平穏
平和と調和が約束された我等にはな。そして、その死すらも神の御技の前には自在に操れる…」

 故に――故にと司祭の吊り上った唇が紡ぐ。この行いすらも神への敬愛の証なのだと。

「さあ、命のストックはあと十と一ある。貴様は幾度この哀れで幸福な子羊に祝福を与えてくれる
のかな?」

 ケタケタと笑う聖職者がまた一歩トナカイへと近づく。否、これは聖職者の仮面を着けた、ただ
の残虐の固まりか。はたまた螺子の外れた人間その物の姿なのか。
 その姿に本能的に脅えたトナカイの脚が一歩後退し、次いで殺意を振り絞った全力の氷の風を二
人の人間に差し向けた。歯を食い縛りながら吹雪を打ち出し、それを防がれてもなお掌から雷を打
ち出してぶち当てた目標の肉をビクビクと震わせる。
 聖職者は歩みながら蘇生呪文を唱え、手の内の青い石を爆ぜさせた。吹雪と雷でそれぞれ二つが
砕け、新たに氷の剣を投げられ打ち払うのに使ってもう一つ爆ぜる。その間に司祭はトナカイの顔
色が、吹雪の中でも良く見て取れる位置まで近づいていた。
 瞳に涙を浮かべながら新たに氷の剣を冷気を集めて生み出して、大きな盾を投げ捨てながら躍り
掛かり、滅茶苦茶に腕を振り回して掲げられた人の盾を斬りつける。剣が振るわれる度、一つ二つ
と石が弾けてびくんびくん小柄な体が短く痙攣と脱力を繰り返していた。そして、歪んだままの唇
が呪文を呟き続けて、人と魔物の距離がどんどん短くなっていく。
 出鱈目な力で振るわれた氷の剣が酷使に耐えかねて砕け、それでもトナカイは残った柄を握り締
めたまま腕を突き出す。盾の鳩尾所か胸板まで粉砕する様な強烈な腕力が叩き付けられ、司祭の手
の中で石が更に砕けて残りは二つ。だが、距離は既に呼気を混じるほど近くて…。

「悔い改めろ!」

 鋭い一言と共に侍祭を蘇生させ、その体を目の前のトナカイ目掛けて投げつける。再び頭から突
撃した侍祭の一撃に腹を打たれ、体をくの字に折り曲げて苦悶を上げながら両手の盾と剣を取り落
とす。背の高い体が前かがみになってより司祭に近づく形となったトナカイの顔面に、ぽんと軽く
聖職者の掌が添えられた。
 にっこりとまた天使の如き微笑を携えて、唇だけが残酷に聖句を紡ぎ掌と顔の隙間に聖光があふ
れ出す。驚愕に目を見開いて頭を下げようとするも、がっちりと指が顔を掴んで万力の様にぎちぎ
ちと締め付ける。

「零距離連続ホーリーライト…、連式爆光貫!!」

 宛ら光のパイルが杭打つ様に、トナカイの顔面を聖光が襲い手の内で弾ける。爆光は連続して弾
け、がつんがつんと密着した掌から顔に向けて杭打ちが続く。悲鳴も苦悶も爆音に掻き消され、ト
ナカイの大きな体がびくんびくんと電気でも奔ったかの様に痙攣していた。巨躯が膝を曲げて腹に
埋まった侍祭の体を抱く様に蹲ると漸く掌が外されて、聖光を纏ったまま拳を握り締めて大仰に振
り被る。侍祭の襟首を再び掴みながら、全身を撓らせて全力の一撃が放たれた。さんざん聖光を撃
たれて黒焦げになった顔面に拳が突き刺さり、同時に聖光が爆砕し拳の打撃力に上乗せされる。腕
力と魔力の一点集中同時攻撃がトナカイの体を吹き飛ばした。

「神罰代行、大・聖・印・パンチ!!」

 襟首を掴まれた侍祭の体が剥離して、青い巨体だけが光の本流に飲み込まれながら飛んでいく。
雪と氷の上を滑る様に飛行しまず頭から着地して一転二転、雪煙を上げて氷をぶち割り泥にまみれ
て漸く動きを止めた。だが、頭から泥に突っ込みながらもぴくぴくと小さく痙攣し、両手を突っ張
りノソリと弱々しく体を引き起こしている。存外、まだ生きている。取り返した侍祭を最後の石で
蘇生させて放り出し、大きく息を吸い込みながら遠い獲物を目で追った。

「主よ、導きを…」

 後ろに脚を一歩引いて両手を開いた自然体に近い構えを取り、薄く目を閉じて神への思いを熱い
溜息と共に口にする。まるで想い人の名を呼ぶように恍惚としながら。そして導きを得たとばかり
に、一度屈み込んでから全身のバネを使って空高く飛び上がり、上空で静止した瞬間腕の振りと体
重移動で姿勢を制御しトナカイへの落下コースをとる。自由落下に空中での反動を利用した強烈な
跳び蹴り。

「暴風蹴り!」

 名の如く嵐を纏った打撃がトナカイの顔面に命中し、地に降り立つ司祭は続け様に顎を狙い拳を
振り上げ蹴りを食らって俯いていたトナカイを仰け反らせる。軽く浮いた体の分厚い胸板に向けて
跳び膝蹴りを放ち、更に後方へと跳ね飛ばした。最早苦悶も上げられず、無防備のまま滑空する巨
躯のトナカイ。攻撃はまだ終わらない。

「おおおおぉぉぉぉっ!!」

 地の底から湧き上がるような怒号と共に司祭が駆け出し、一息でトナカイへ追いつき両手の拳を
握り締め思い切り振り被る。まずは右から始まって、浮いたままの体に狙いも付けずに鉄拳を叩き
込む。右を引く動きに乗せて左を突き入れ、左右の拳で連打連打連打。文字通り全身をぼこぼこに
へこませられて、それでもなお拳が連続で突き込まれる。

「奥義を受けろ、神・強打掌!!!」

 糸の切れた操り人形の様に不自然な姿勢で空中に縫いとめられたトナカイを前に、司祭が右手を
指を揃えた貫き手に変えて下側から後ろへと大仰に振り被ってみせる。そして打ち出された掌は、
想像を超えた加速と威力を持ってトナカイの分厚い胸板を突き破り肋間を貫いて心の臓を鷲掴みに
する。骨も折らず他の臓器も傷つけずに心臓だけを狙い掴んだ正に神の腕だ。文字通り命を鷲掴み
にされてトナカイの全身が凍りつく。
 攻撃の手を止めた司祭は、満足感も無く表情から笑みを消して、面倒そうな気分を隠しもせずに
目の前の巨躯に語りかける。

「死ぬ前に答えろ…」
「どう見ても違う世界の出来事です。ほんとうにあり…」
「違う! ルティエ地方で起きている異常気象も貴様らの仕業か?」
「わ、ワイを倒しても第二第三の…」
「真面目に答えろ…」

 みしみしみしっと指先に力が篭り脈打つ心臓が圧迫される。

「あげげげげ! わかっ、判りました大変申し訳なくおもっとりますぅ! 堪忍してぇぇ!」
「貴様を殺せばこの騒動が終わるのかと聞いている。私は早く家に戻って熱い紅茶が飲みたいんだ
よ。きりきり答えないと遺言も言わせずぶち殺すぞ?」

 いい加減苛々して来たのか司祭の口調がどんどん荒くなっていく。同胞のBSにも負けないよう
な歪み具合に新たに戦慄を呼ばれ、トナカイが大きな体を一生懸命縮込ませてぷるぷる震えながら
自分の知りえる情報を吐き出した。

「は、はい、あんじょう吐かせていただきます。わ、ワイらは実は便乗しただけなんですぅ…」
「…便乗?」
「ルティエ地方が突然人間に耐え切れないほどの低気温になりまして人がおらんになってもうたん
ですわ。人が居ないのに閉じこもってても意味あらしませんし、ワイら玩具工場からこっそり抜け
出てきたんです。だって人がおらへんと寂しいでしょう? せやから、ここで便乗して悪の限りを
尽くそうかなと…。そんなわけですわ、はい」
50神の人・前編12/12sage :2006/09/09(土) 00:02:38 ID:5khRpeIg
                     12


 なるほどそうか――と呟き司祭の体から力が抜け、心臓への圧迫も漸く弱まってくれた。あらゆ
る意味で心拍数を上げながら、ちらりと上から司祭の顔を盗み見てみる。正直に話したんだからきっ
と命だけは許してくれるのではないかと期待して。
 そして、そこにはにっこりと鮮やかな笑顔が浮かんでいて――

「つまりテメエはこの俺の仕事を余計に増やしたクソ野郎って事だな?」
「づっ!ひぃぃぃぃぃぃぃっ!? そんな殺生な!?」

 欠片も翳りもしない完璧な笑顔のまま毒を吐いて、胸板に突きこまれたまま腕が聖光を溢れさせ
再び心臓が鷲掴みにされる。

「内側から丸焦げになって大反省しろこの擬人化偶蹄目鹿科の四足獣!!」
「あぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 捻り潰すと同時に今まで以上の量の聖光が注がれ体内を侵略していく。全身から聖光を漏れさせ
て、トナカイが断末魔を上げながらガクガク痙攣しだした。その段階になって漸く腕を引き抜いて、
司祭がゆっくりと巨躯に背を向ける。

「神罰…」

 途端に破裂するように光量が増え、辺り一面を煌びやかに照らした。内側の圧力に耐えかねる様
にトナカイの体が仰け反り、傷口と背中からも聖光を漏れさせ最後の言葉を残す。

「燃え尽きました。すんまへん…」

 瞬間体内で溜まり切った聖光が爆裂し、トナカイの体が炎の塊となって爆裂した。

 破片も残さず魔物が燃え尽きると天上を厚く覆っていた黒雲が薄まり、隙間から輝かしい日の光
がカーテンの様に帯となって降り注ぐ。とりあえずではあるがこの地域の降雪の原因は取り除けた
ようだ。トナカイの話が本当ならばこの後にも黒幕が待ち受けているようだが、そんなものは同じ
様に拳で粉砕してやればいい。今はただただ切に思う。
 ――これほど神に尽くしても、今だこの身は神に届かない。
 どんなに慕っても声を掛けてはくれないるどんなに懇願しても姿を見せてはくれない。どんなに
尽くしてもその身に触れる事も出来はしない。足り無すぎるのだ。もっともっと神の為に尽くさね
ばならない。もっともっと己自身の体を神に近づけねばならない。神の移し身の泥人形たる我等人
間ならば、信仰心と肉体の強化により神の御力を宿すことも更に引き出すことも可能なはず。そこ
までして漸く、神を見て聞き触れる資格が得られる筈なのだ。その為に人である事を捨てる事等に
幾許の名残などがあろうか。

「我が身…我が血…我が命…捧げ求むる…」

 自然と口を吐いた語句を途中で飲み込むと、聖職者の仮面を着けた殺戮者は雪に埋もれかかった
侍祭の体を引き起こし歩み始める。まずは何処かに飛んだ山のような荷物を探さねばならない。そ
の後もやることは山積みだ。熱い紅茶も飲みたいし、冷えた体を湯浴みで温めたい。神への祈りも
捧げなくてはならない。
 狂信者の一日はまだ始まったばかりであった。

                                      後半に続く
51神の人・前編13/12sage :2006/09/09(土) 00:06:17 ID:5khRpeIg
エセ関西弁って恥ずかしいですね。
後編も書かずに現在レイド兄弟の続編に勤しんで居たりしますが、
やはり先にこの話をやっつけるべきなのでしょうか。
悩みつつも今回はこれほどで失礼いたしますね。

追申:感想などを頂けると大変喜びますので、よろしくお願いしマース。
52名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/09(土) 20:19:57 ID:YwkDh2HY
こんなところに素敵すぎるプリ様が(´Д`****)
色々酷すぎr…でなくてかっこよすぎですよ!

後編を心より期待しておりますです。
53名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/09/10(日) 19:46:41 ID:7COiAOFw
>>39
何この極悪なプリ様。僕の心臓鷲づかみなんですけど。
ブラックユーモアたっぷりで読んでて楽しいですね。

ってちょっと待った! 『剣の、弓の』の人かー!!
道理で楽しいわけだ。相変わらず、台詞の言い回しがいちいち洗練されてて素敵です。

レイド達のお話もワクワクテカテカツヤツヤスベスベしながら楽しみにしてます。
54名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/10(日) 19:48:20 ID:7COiAOFw
うっわ、クッキー消えてやがらorz ageすまそ
55名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/11(月) 11:05:50 ID:ECbK7q6g
製薬会社崩れの某国大統領と日本かぶれの似非美学追及者の同僚であるボクサー崩れのフライドチキン屋の名前を
まさかこんなところで見ようとは思わなかった。
#あ、見てないかw

それはさておき、楽しゅうございました。
56名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/11(月) 14:14:22 ID:68RHu7zw
次は御耽美系万能美形さまの出番ですね!
57名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/09/16(土) 17:46:14 ID:QWBifwiU
分捕ったりカッとなったりで蹴る殴る、そんな暴力的な流れをぶった切って投下していきます。
おそらく拙作の一節としては最長です。何故長くなったかは適当にお察し下さい。
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%CB%E2%BD%D1%BB%D5%A4%CE%C9%D4%B9%AC

〜の人のお話は笑いと燃えがいいバランスで読んでて楽しいですね。と独り言。
萌えは……、関西弁萌えということで!
58SIDE:A 魔術師の不幸dame :2006/09/16(土) 17:48:22 ID:QWBifwiU
ヘイ、ジョージ。名前欄とsageを入れ忘れたらどうしたらいいんだい?
HAHAHA、馬鹿だなぁジョニー。慌てず騒がずDameればいいんだよ。

失礼いたしましたorz
59SIDEのひとsage :2006/09/16(土) 20:05:17 ID:QWBifwiU
連続書き込みすみません。一つ大事な事を書き忘れてました。
今回作中に出てくるキャラに関しては、珍しく生みの親の方の了承とか監修を頂いております。
60名無したん(*´Д`)ハァハァ :2006/09/16(土) 22:51:34 ID:bdG3J.K.
そんなあなたを晒し上げ
61名無しさん(*´Д`)ハァハァdame :2006/09/16(土) 23:23:36 ID:Mm9aavEE
いいか、俺は面倒が嫌いなんだ。
62名無したん(*´Д`)ハァハァ :2006/09/17(日) 18:22:10 ID:CmS5cUYo
なんで18禁でもないのにsageてんだよ
新作が投下されたんだからageとけ
63名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/17(日) 19:10:17 ID:hQS8e2PM
そう言って貰いたいツンデレなんだよ。
なぁ、スティンガー
64名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/17(日) 20:54:50 ID:fEhe81nw
正直言うとageてるのをみると反射的にdameてしまうんだ。
まずいな、面倒なことになったぞ…
65姿なき冒険者sage :2006/09/25(月) 21:52:42 ID:3KqrtEOY
どーも、初めまして。ワタクシ、騎士崩れの探偵・チョーシチと申しますです。
探偵・・・と申しましても、最近は依頼も少なく、何でも屋状態と成り果てておりました。
しかし、ある調査依頼をきっかけにして、ワタクシは奇々怪々な事件へと巻き込まれていくのでありました・・・


あれは確か、プロンテラの事務所に滞在していた時のことでございます。
おっと、事務所と申しましても、間借りした部屋のひとつでございまして、こういった仮事務所を各町においてあるのですよ。
たまった資料の整理をしていたところに、うら若きお嬢さんがご来訪されました。
「弟を!弟を!」
「は?」
錯乱状態にあったお嬢さん―プリさんでいらっしゃいましたが―を何とか落ち着かせ、事情を聞いてみることにしました。

「・・・つまり、弟さんが目の前で突然消えてしまったと?」
「そうです。一昨日、露店めぐりを一緒にしていたのですが、弟が何かの露店に目をつけたらしく、
 露店の方へ歩み寄ったその時、まるでテレポしたかのように忽然と消えてしまったんです」
「弟さんはアチャと言われましたね。テレクリかハエを間違って使われた、ということは?」
「所持はしていなかったと思います」
「ふむ。では見えにくかったポタ―俗に罠ポタと言うのも含みますが―を踏んでしまった可能性は?」
「発動した形跡はありませんでした」
「なるほど」
「ただ・・・」
「ただ?」
「何かこう、テレポでもポタでもないような、別の光が見えたような気がしました」
「別の光・・・ですか」
「ええ、はっきりと見ていたわけではないので断言できませんが」
「そうですか」
66姿なき冒険者sage :2006/09/25(月) 21:53:05 ID:3KqrtEOY
ひとまず、現場に赴くことにいたしました。2日立ってるとはいえ、誰か目撃者がいるはず。
そう考えて、プリさんと一緒に周囲の聞き込みを始めたのでありますが・・・

「ふうむ、新参の人が多すぎて情報が得られませんねえ」
「私がもっと早く相談していれば・・・」
「ご自分を責められても、仕方ありますまい。聞き込みを続けましょう」

結局、成果はいくつかの品物の相場が跳ね上がったことと、小規模なテロ発生、ぐらいなものでした。

「さて・・・どうしたものか・・・」
事務所に戻ったワタクシは、情報を整理しつつ黙考に入りました。
プリさんは居ても立ってもいられないようで、事務所内をうろうろと歩き回っていたのですが。
「あっ!」
プリさんのその姿と、今日得た情報、そこから生み出されたヒント。
オートカウンター成功時の閃きとでも言いましょうか、とにかくピンと来たものがあったんです。
ワタクシは身支度もそこそこにプリさんを引っ張ってとある場所に走りました。

「やはり、そういうことでしたか」
そこにいたのは、数人の気絶してる人々―その中に、プリさんの弟もいました。
「コーイチっ!」
「ああ・・・マオねーちゃん・・・」
プリさんが駆け寄ろうとした刹那、何がしかの気配を感じたワタクシは咄嗟にプリさんを突き飛ばしました。
「いつっ!?何を・・・」
と言いかけたその上を、斬撃がかすめていったのであります。

「こ・・・これは彷徨う者!?どうしてこんなところに」
「話は後だ、今は支援を頼む!でぃやぁっ!!」
67姿なき冒険者sage :2006/09/25(月) 21:53:24 ID:3KqrtEOY
こんなこともあろうかとQA刀を持ってきておいたんだが、流石は彷徨う者、そう簡単に当たりはしねえ。
そこでオレが土クレのACで地味に削る+持ち堪えつつ、プリさんに闇ブレス+HLをぶっ放してもらった。
彷徨う者とて、無敵ではない。じわじわと体力を削られ、消滅した。

「つまるところ、偶然に偶然が重なった結果がこれだったわけなんですよ」
事件の概要を説明いたしますと、こうなるわけであります。
先日あった小規模テロの際、彷徨う者が生き残っていた。
そしてたまたま通りがかったプリさんの弟をインティミで拉致した。
姿が見えなかったのは、露店でごみごみしていたのと、流れ飛んだ速度増加がかかっていたためでしょう。
インティミされた弟さんや他の人たちは、位置と言う概念が死んでいる場所に捕まってしまい、
今日まで発見が遅れたということですな。(訳注:死に座標にスタック)

「かような町外れにこんな場所があるとはどこかで聞いた覚えがありましたが、まさかこんなことになるとは」
「教会に報告して、場所を清めてもらえば大丈夫だと思います」
「そうですか、ならばそうしていただきましょう」
「それにしても、どうしてここだって分かったんですか?」
「プリさんが見たという普通とは違う光、小規模テロ、プリさんがうろうろしていた姿・・・
 そして、発見されにくい場所の存在。これらのことがヒントとなって、閃いたわけなんですね。
 っと、プリさんがうろうろしていた姿をヒントと言うには失礼に値しますね、失敬。
 ともかく、小規模テロで彷徨う者が出現、辛くも生き延びたこいつは弟さんをインティミ、
 インティミされた先がたまたまこのような場所であった、という偶然中の偶然・・・」
「うう、そんな偶然中の偶然に当たるなんて、最悪だったぜ・・・」
「ま、そうならないためには・・・早いとこ狩をして成長し、撃退できるようになることでしょうかねえ」
「そうすね、ねーちゃんを守ることができるよう、がんばります!」
「あい、がんばってくださいな」
「どうも、ありがとうございました!」

かくして、報酬を受け取ったワタクシは事務所に戻り、戦闘の疲労を癒すべくしばしうたた寝するのでありました。
これから先、さらに奇妙な事件が待ち受けているとも知らずにね・・・
68名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/25(月) 22:06:13 ID:3KqrtEOY
|Hヽ
|M0) 駄作投下失敬
とノ
|


|
|三 サッ
|三
|
69名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/09/27(水) 11:22:42 ID:85wYKCMI
>>65-68
文章量は少し少ない。地の文こそが小説であると思う。
ネタもよく判らなかった。アチャがインディミで誘拐されて二日もたってるのに
何で生きてるのかとか。それもまた地の文が説明するものだと思う。
様は身の付いてない鶏肉みたいなものかな。もう少し食べ応えが欲しいかと。
せっかく書きやすい一人称なので、もう少し頑張って見ましょう。

なんだか偉そうに言ってしまいましたね、スミマセン。
あなたの作品が歯ごたえ良く面白くなるのを楽しみにお待ちしていますね。
頑張って(o^ー')b
70名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/10/11(水) 02:37:19 ID:g8AiYveQ
スレとまってるなー、プロットあるし一作書き上げて見ますか
71忘却の彼女sage :2006/10/11(水) 03:51:21 ID:g8AiYveQ
 焼け落ちる街の中を走っている

「アンタに恨みは無いが」

 右手に握った剣が熱い

「そうする事でしか生きていけないのなら、仕方のない事……なのでしょう」

 痕すらない左腕の傷が疼く

「――すまん!」

 目指す場所まで、その角を曲がればすぐに

「もう、此処に用はない。ぐずぐずしていては、誰かに感づかれる」

 生まれてこの方、ずっと過ごして来た家が

「……割り切れ。でなければ、生きてはいけないのが、俺たちの世界の理だ」

 その扉を開ければ、そう、きっと


「―――え?」
 開いた扉の先には、赤く染まる床と、一人の女性。
 気が付いたときのは傍に居て、母を知らぬ自分の、代わりになってくれた人。

「何…、え、なんだよ」
 炎が迫ってくる。
 朱色に染まる世界の中、彼は、その女性の傍らに膝を落とす。
「ね、ねえ……嘘でしょ?」
 その体を揺さぶるも、返事はない。
 その瞼が開かれる事はない。
 その口が彼の名を呼ぶ事はない。
 その・その・その・それ・それが・そう・そう?・なにが?・彼女が?・先生が?・母さんが?・ラフィが?・誰が?
「あ、ああ……」

 青年と呼ぶにはまだ早い、少年の慟哭が、朱色の世界を震わせ。

―――物語はここより先の、長き長きに渡り続く世界から始まる。


Stories of RagnarokOnline 「忘却の彼女」
 phase00「未だ始まりに至らず」
     ―神など居ないとは 誰の言葉だったか
72忘却の彼女sage :2006/10/11(水) 03:53:28 ID:g8AiYveQ
                  ハ_ハ
                ∩ ゚∀゚)') スローペースでいくよ!いくよ!
                 〉  /     ところでageた方がいいのかな?かな?
               .(_/ 丿
73名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/10/11(水) 11:10:14 ID:RM0tj9oQ
                  ハ_ハ
                ∩ ゚∀゚)') お好みでいいと思うよ!思うよ!
                 〉  /
               .(_/ 丿

陰ながら応援しますぜダンナ。
74幸せの青い大ウサギ1/2age :2006/10/14(土) 11:23:54 ID:OUu5/xX2
オレはプロンテラ近くのエリアにいる。

このエリアは弓手や魔術師になったばかりの新米が来る場所だ。ここにいるマンドラゴラはツタが短いせいか植物のモンスターにしてはリーチが短い&植物ということもあってよく燃える為ファイアボルトや炎の矢で狩るのに適している。

オレはそういう新米の冒険者のサポートを騎士団から仰せつかっている。ぶっちゃけ、ここでの勤務はヒマすぎてどうしようもない。

時々ここに生息している青い大ウサギのエクリプスにのされかけの冒険者を助けるくらいしかオレはしていなかった。

ところが、エクリプスがなぜかオレに懐いてしまって今じゃプロンテラの街までついてくるようになっていらん注目を集めまくっている。

もっとも元々オレ自身動物は嫌いではないのでそのまま連れて歩いているが。

「やほー、るなちーカワイイよねー、どうしたら懐いてくれるの?」

オレが定点でエクリプスにエサをやっているとウサミミのヘアバンドをしたウィザードが近寄ってきた。ちなみに、るなちーとはこのウィザードがエクリプスにつけた名前だそうだ。

「知らないって。何度かこいつの相手してたら勝手について来るようになったんだよ」

「いいなぁ、私もルナティックだけじゃなくてエクリプスペットにしたいなー」

エクリプスと戯れているウィザード……、エリスは超重度のウサギ好きでルナティックを既に10匹ほど飼っている。

なんでも月の稼ぎの1割ほどがルナティックの餌代に消えているとかなんとか。本人は気にも留めず、「カワイイからいいじゃんか」とけろっとしている。

「るなちーおいでおいでー♪」

るなちーはエリスにもかなり懐いていて抱き上げられてもいやな顔一つせず大人しくしている。

「やーん、ルナもいいけどエクリプスってすっごくもふもふしててカワイイよねぇー」

エリスはるなちーに顔をうずめている。なんでもエリス曰くもふもふというらしいがオレから見ればああいうことをされる方はいい迷惑だよなと思わなくもない。

「あんまりもふもふするなよ。そいつの毛繕いすげー大変なんだよ」

「へぇー、レンてこの子の毛繕いもしてるんだー」

「それくらい飼い主として当然だろ」

「るなちーはいいご主人様持って幸せだねー」

そう言って、エリスは笑った。

オレはエリスの笑顔がたまらなく好きだった。いつも向日葵のように明るくて強いこいつが眩しく見えて仕方なかった。

オレとエリスはガキのころからの付き合いだ。その頃からエリスはウサギが大好きでしょっちゅう野良のルナティックと戯れていたのを覚えている。

二人して冒険者になると決めたときも真っ先に転職後を見据えていたのもエリスだった。

オレは剣士になった頃から漠然とエリスはオレが守るんだと、息をまいていた。

それでも時の流れと言うのは残酷でオレは騎士団に入団したはいいが騎士団の花形と言われる近衛師団には入隊できずこういった駆け出し冒険者のサポートの仕事を任されている。

エリスは魔術師の頃からずば抜けて凄かったのだがウィザードになってそれが更に開花したらしくウィザードギルドの若手No.1と呼ばれるまでになっていた。

一般騎士団員とウィザードギルド期待の新星ではいくらなんでも差がありすぎるとオレは漠然と思っていた。


るなちーを下ろしたエリスがつけているヘアバンドは既にボロボロであちこちの毛が抜け落ちていたりしていた。

それを見たオレは決心した。もうすぐエリスは誕生日を迎える。そのときはウサミミのヘアバンドをプレゼントしよう。

「それじゃ私行くね、レンも仕事サボっちゃダメだよ?」

「わかってるさ、エリスも狩り行くんだったら気をつけていけよ」

「はいはーい、了解でーっす」

エリスが蝶の羽根で街に戻ったことを見届けるとオレはおもむろに愛用のファイアクレイモアを鞘から抜き放った。

木漏れ日を受けて両刃の刀身がキラキラと輝く。

エリスの誕生日まで残る日にちは僅かしかない。で、ウサミミを作るのに必要な材料は何一つとして揃っていない。

「さぁーて、るなちー。久しぶりに狩りに行くかぁ!」

自分に言い聞かせるようにオレはバーサクポーションを一気飲みし、ツーハンドクイッケンを発動させると手始めにそこらじゅうにいるマンドラゴラに斬りかかった。
75幸せの青い大ウサギ2/2age :2006/10/14(土) 11:24:29 ID:OUu5/xX2
それから一週間後、オレはヘトヘトになるまで狩りをしていた。もちろん、ウサミミを作るためだ。

ルティエにあるおもちゃ工場ダンジョンまで行って真珠をミストケースからゲットし、柔らかい毛は買取の看板を出したらすぐに集まったし、ネコミミのヘアバンドはなぜかたたき売りされていたので安くゲットできた。

ただ、四葉のクローバーだけが手に入らない。

こればっかりはエクリプスかマンドラゴラ、ラフレシアを叩かなければ出ないのだが、エクリプスは論外だ。なにせオレと一緒にミッドガルの大地を駆けずり回っているのだから。ラフレシアはどこにいるかオレがわからない。結局オレはいつものエリアでマンドラゴラをバッサバッサと斬りまくることになった。

「おぉぉぉらぁぁぁ!」

オレのクレイモアがまた一匹のマンドラゴラを一刀両断する。ちなみに落としたアイテムは植物の茎と若芽ばっかりで、四葉のクローバーなんて出やしない。ついでに言うと今斬ったのでちょうど3500匹目だった。

3500匹のうち8割くらいが植物の茎を落としたのでアルケミストをやっている弟に渡したら大層喜んでいた。代金はいらんと言ったのにそれじゃ悪いからといって400万ちょいを渡してきた。まぁ、兄弟間とはいえ弟はそういうことには律儀で頑固なため一応貰っておいたが。

エリスの誕生日は明後日だ。それまでに四葉のクローバーを見つけなければ今までの努力が水の泡だ。

何本目になるか分からないバーサクポーションを飲むべく瓶の蓋をあけた途端、後から声をかけられた。

「よう、不眠不休で何やってんだ万年昼行灯が」

振り向いた先にいたのは同期に騎士団に入団し、今はジュノー警備隊に配属されている友人だった。

「うるせえよ、お前こそこんなとこで何してんだよ」

「いやなに、万年昼行灯がここ一週間やたらとマンドラゴラを大虐殺してるって噂が聞こえたモンでな、どんなもんかと見に来たってわけさ」

「ヒマ人め、ジュノーの警備どうしたよ?」

「ああ、今俺非番」

「さいですか。おら、休憩終わりだ。また狩りに戻るから非番でも何でもいいからジュノー戻っとけ」

「ゴラ大虐殺ってことはなんだ、カードか?」

「残念、違うアイテム」

「はっはぁー、ウサミミか」

「ま、そんなとこだ」

「で、贈る相手はウィザードギルド期待の超新星ってわけか。いやぁー、レンさんよ。あんたも隅に置けないねェ」

「うっせぇ、バサポぶん投げるぞ」

「おお怖、それじゃバサポブン投げられる前にオレは退散するとしますかね」

友人はからからと笑ってるなちーの頭を2、3度撫でると立ち去ろうとした。が、最後にこういった。

「最悪よ、露天で探すときは呼んでくれや。俺らダチだろ、それくらい手伝わせてくれよ」

それだけ言うとひらひらと手を振ってプロンテラへと戻っていった。

「ワリィな、心配かけてよ。でもよ、こればっかはやっぱ自分で見つけねえと意味ねえんだわ」

オレはさっき飲みかけてやめていたバーサクポーションを一気に煽るとマンドラゴラ狩りを再開した。


オレはいつもの定点にいる。で、隣にはエリスもいる。るなちーはエリスの膝の上で静かに寝息を立てている。

「で? 話って何?」

「おう、まずは、誕生日おめでとう」

そう言ってオレは今朝作ったばかりのウサミミのヘアバンドを差し出した。

「え、覚えててくれたの?」

「当たり前だ。長い付き合いなんだから忘れるわけないっての。それに今つけてるやつだいぶボロボロだろ、そろそろ変え時じゃねえかなって思ってたから、じゃあ、これ以外選択肢はねえなって思った」

エリスは今までつけていたウサミミをバッグに仕舞うとオレが渡したウサミミを早速着けてくれた。

「ありがとう、ずーっと大切にするよ。レンからもらったプレゼントなんだもん」

涙目になりながらもちゃんと礼を言うあたりコイツらしいなって思う。

けど今回は更に追い討ちをかけると心に決めてある。

「あともう一個大切な話があるんだ」

「なんていうか、もう何が来ても大抵のことじゃ驚かないよ?」

「エリス、オレと…………、オレと結婚してほしい」

あーあ、言っちまったぞ、オレ。もう後には引けねえぞ。玉砕覚悟、当たって砕け散れ!

エリスを見ると固まってしまっていた。まぁ、オレだって固まりそうって言うか、穴があったら入りたい。むしろ、穴掘って潜りたい。

「ね、ねえレン。もう一回言ってもらえるかな?」

ええーい、これは新手の羞恥プレイかなにかかコラと逆切れもしたくなるが、今回ばかりはそれはダメだ。

「ああ、だからエリス、オレと結婚してくれ」

エリスの顔を今の状態じゃまともに見れないんじゃないかと思ったが、案外簡単に見る事が出来た。

エリスは顔を真っ赤にして、今にも湯気が上がりそうなくらいだった。まぁ、それはオレだって同じだと思うのだが。

「あ、あのね、私からも言いたいことがあるんだけどいい?」

「あ、ああ。いいけど」

「うん、あ、あのね、レン、私と……結婚してほしいの」

今度はオレが驚く&固まる番だった。

イマコイツハドンナバクダンヲナゲツケテクレヤガッタンデセウカ?

さっきもう一回言わされた腹いせにもう一回言わせようかと思ったら先に言われた。

「だ、だから……私とね……結婚して」

その一言でオレのタガが外れたのかもしれない。るなちーがエリスの膝の上にいることも忘れてエリスを抱きしめた。

オレはエリスにオレだけのものになってくれと言った。その返事がオレはエリスのものになれということだった。

もう誰にも渡さない。渡してなんかやらない。

オレのエリス、オレだけのエリス。

「レン……大好きだよ……」

「オレもだ、エリス」


三日後、オレとエリスは親しい友人だけを呼んで式を挙げた。

もちろん、るなちーやエリスのルナティック軍団も一緒だった。

オレは欠員が出た王都警備隊の隊員に配属されることとなり、エリスはエリスでゲフェンタワーの一角に研究室を与えられることになった。

オレは今この世で誰よりも幸せだと言い切る自信がある。

だって、この世界で最も愛する女性が隣にいるのだから。
76幸せの青い大ウサギ3/2age :2006/10/14(土) 11:30:36 ID:OUu5/xX2
単純に言えば騎士♂×Wiz♀がやりたかっただけです
エクリプスが人に懐くってのは本編じゃあないことだけど二次だからいいやと。

|ω・).。oO(まあ、オレがルナ&エクリプス大好きだからって言うのが一番だけどねっ)

ちょと展開早すぎな気がしないでもないけど短い中でどれだけのものが書けるかっていうトレーニングしてる最中の産物なのでそこは勘弁して欲しい
こんどはBS♂×ハンタ♀でも行って見ようかねぃと妄想中
77名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/10/14(土) 12:04:34 ID:z5Oq1uaM
ほんわか乙。
時に、このスレでエリス嬢を見かけるのは三人目か・・・?
確かに多い名前だからなぁ。

で、改行はちょっと場所取るのでいやんな感じです。
中身は、展開早すぎっていうのは先に御本人にかかれたのだけど、
個人的にはつきあってくれの前に結婚してくれがくるのは違和感があったなぁ。
なんか、重要な段階を一回すっ飛ばされてるわけで、エリスさん的には
そこで本当に喜べるのか? と(笑

まぁ、何が言いたいかというと頑張れ、超頑張れ。過疎ってるし!
78名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/10/14(土) 14:15:37 ID:ViA.8MoM
幼馴染なら、いきなりすっ飛ばしてもOKっしょw

個人的にはこんな展開でもいいと思うけど。
--
「ね、ねえレン。もう一回言ってもらえるかな?」
ええーい、これは新手の羞恥プレイかなにかかコラと逆切れもしたくなるが、今回ばかりはそれはダメだ。
「ああ、だからエリス……」「私と結婚して!」
今度はオレが驚く&固まる番だった。
イマコイツハオレノセリフヲヨコドリシテナニヌカシヤガリマシタカ?
--
うーむ、こういうのは音で表現しないと面白くないな。
7974sage :2006/10/14(土) 18:05:03 ID:OUu5/xX2
>>77氏、>>78
レスサンクス

77氏
エリスって名前はこれ書き始める少し前まで某ギャルゲやってたからかも知れぬ
改行に関してはとあるHPでずっと活動してた時の名残かな。以前は諸兄みたく改行あんまり入れなかったんだけど、それじゃ詰まってて見づらいなぁって思って今のスタイルに変更したんだわさ
それとプロポーズのとこは78氏のように幼馴染で付き合い長いんだったら告白→付き合う→プロポーズ→結婚の流れぶった切っていっていいんじゃね?って思ったから

78氏
むぅ、あえてエリスにカウンターをさせるとレンをもっと簡単にフリーズさせることが出来るのねん
参考になったよ、ありがとう
まぁ、オレの脳内じゃ櫻○○宏と生○○○美がシャベッテタヨ
8077sage :2006/10/14(土) 18:13:58 ID:z5Oq1uaM
そうかー。認識の違いってやつだな・・・。というかむしろ少数派なのか。
個人的には、ずるずると恋人未満?関係が続いちゃってるからこそ、
節目はちゃんと言葉とか形にして欲しいと思うものだと思うわけだけど。
イエ,ダレニモソンナコトイワレタリシテマセンヨ?
81槍と拳と超兄貴1/2sage :2006/10/15(日) 08:36:22 ID:D9GHJomM
「ブランディッシュスピアァァー!」

群がっていたオークが私の一撃でばたばたとのされていく。甘いわね、あんたたち用の装備はきっちり整えてあるんだしそう簡単にやられてたまるもんですか。

「姐さん、俺、なんつーかこう眉間が熱いっすよぉ」

「あんた同属だしねぇ。まぁ、私に出会った不幸を呪ってね?って感じかなー」

私は今、プロンテラ西にあるオークの集落、通称兄貴村に騎士団からの命を受けて突入しているの。

なんでも、オーク一族の長、オークヒーローとオークロードがプロンテラをはじめとしたルーンミッドガッツ王国全土に対して一斉攻撃をかける計画を立てているとの情報がアサシンギルドと忍者ギルドの調べでわかったんで、近衛師団詰め所で優雅にお昼寝をしてた私にその事実を確認せよっていう任務のお鉢が回ってきたってわけ(涙

師団長も人が悪いよ、エイミー先輩にお昼寝して他のばれてみっちりしごかれてるのニヤニヤしながら観察しちゃってさ!

注:師団長→(・∀・)ニヤニヤ

もう少しで、あっちなエイミー先輩に……ああもうそんなのはどうだっていいのよ!

師団長が諸悪の根源よ、ずぇーったいそうよ。もう超兄貴も道兄貴も関係ないわ、さっさと任務終らせて師団長にフベルゲルミルの酒奢らせてやるんだから!

「姐さん、そろそろヒーローの親分が気絶から回復する時間ですぜ。早めにやっちまわねえとまた親分に絡まれるっスよ」

「え、もうそんな時間? 仕方ないわね、もう一周して兵糧庫を徹底的に叩くわ。そのあとめぼしい目標が見つからなかったら蝶の羽根で一気にここを離脱するわよ」

「おうさ、了解ですぜ」

私はヘルムのずれを直し、ペコペコに括り付けてあった愛用のパイクを鞘から構えた。まだハイスピードポーションの集中力が続いていることを確認すると、一気にオークの溜まっている箇所へ突撃を開始した。


「せいやぁー!」

パイクがハイオークを高速で三連打する。騎士団で槍を学んだ騎士なら誰だって使うピアースとブランディッシュスピアを主力にオークたちを薙ぎ倒しで兵糧を断ちにかかる私。

あらかた兵糧庫を叩き壊して帰る準備をしていると、後からものすごい裂帛の声が。

「んなくそ、ハイオークごときに負けるかってんだこんちくしょぉー!」

まぁ、いきなりあんな絶叫聞いたら誰だってびっくりするよ。事実私はびっくりしてパニックになったペコペコから転げ落ちちゃった。

「姐さん、大丈夫ですかい?」

「いたたー、お尻うったー」

「やー、姐さんの尻はちょっと大きめで張りが良くていい尻っスよ。けど胸のほうはもうちょい……」

「あんた槍衾になりたいの?」

「や、やだなぁ、冗談スよ冗談」

ったく、どこぞのエロ騎士に感化されてこんな事言うようになっちゃったんだもん、エロ騎士にはマステラ酒1年分くらい請求してもバチは当たらないわよね。

ペコペコに乗りなおしてさっき声がした方向に行ってみると、そこにはモンクさんが気絶していた。

とりあえず、周りのハイオークを殴り倒してから私はイグドラシルの葉を使った。

「迷惑かけてすまん」

「過度のトレインは職業によっては自殺行為です。そこんとこしっかりしてくださいね」

別段、説教してるわけでもないのにモンクさんはしょぼーんとうなだれている。

「むぅ、面目ない。最初にいたのはハイオーク2人だったんだが横湧きでどんどん数が増えてしまってトレインもかくやって感じになってしまった」

「あー、それは辛いよね、私ら騎士は修練課程の選び方でどうにかなるかもしれないけどアコから転職したプリさんとかモンクさんは厳しいしね」

私達は少しの間雑談をしていた。まぁ、私も体力回復のアイテムはあったけど魔力回復のアイテムは残り少なかったから座って休むって意味もあったしね。

「やはり、そちらにも話は伝わっていたか……。以前もヒーローとロードがプロンテラ侵攻を計画したらしいんだがそのときはプロンテラ騎士団……近衛師団どころか、ウィザードギルド、プロンテラ国教会、狩人ギルド、アサシンギルドとルーンミッドガッツ王国軍が総出撃したという話だ。今回もそうなる可能性を秘めているからその調査に俺が派遣されたのだが……」

モンクさんの声を遮ってペットのオークウォーリアが声を荒げる。

「あっ、姐さん! ヒーローのお、親分がッ!」

「ちぃっ、超兄貴が気絶から回復してたのすっかり忘れてたわ。どこまでいけるかわかんないけど、もう一回のしておいた方がよさそうね」

「なら俺も加勢しよう。イグ葉の礼もあるし、騎士のお嬢はハイオークごとヒーローをブランディッシュで吹き飛ばして牽制してくれ。後は俺が、何とかする」

私はモンクさんの過剰なまでの自信が気になったけど、逆にその不自然なまでの自身を信じてみたくなった。

「OK、ターゲッティングは私が、モンクさんは超兄貴に張り付いて本体を」

私達はお互いに頷くとモンクさんのブレッシングと速度増加の効果を最大限発揮するため一気に超兄貴を叩くため走り出した。


私はクワドロプルブラッディパイクとブランディッシュスピアでハイオークをたたきにかかる。その横でモンクさんが超兄貴を三段掌からつながる一連のコンボでガンガン殴っている。

「ピアァァス!」

「猛龍拳!」

取り巻きを全部倒しきったところで私は超兄貴に対してピアースを撃ちにかかる。ただ、超兄貴の体力は半端じゃない。体力の総量が大きいからダメージを与えても与えてもびくともせず、むしろ攻撃している私達の方が疲弊していくような気がする。

「そろそろ頃合か……。爆裂波動!」

形容しがたい爆発音を立ててモンクさんの周囲1メートルくらいの地面がひび割れ、へこむ。

そうか、あの自信はこれだったんだ!

私は限界ギリギリまでピアースを撃ち続ける。私の魔力は切れても構わない。私は超兄貴の意識をこっちに向けていればいい。

その後には至高の一撃が待っているのだから。

「森羅万象に宿る精霊達よ、今我が拳にて一つと成りて神罰を代行する光とならん! 究極奥義! 阿修羅覇王拳ッ!」

モンクさんの両手から放たれた光は確実に超兄貴に吸い込まれていった。

「やったか!?」

モンクさんは片膝をついて肩で息をしている。やっぱりアレは一撃必殺の局面でしか撃てない隠し玉なんだと、私は改めて思い知らされる。
82槍と拳と超兄貴2/2sage :2006/10/15(日) 08:36:59 ID:D9GHJomM
しかし、超兄貴はまだ健在だった。

「くそっ! まだダメだったのか!?」

超兄貴はサンダーストームで私とモンクさんを吹っ飛ばす。

「きゃあああ!」

「うおあああっ!」

今のはヤバイ、一気に体力を持っていかれた。私もモンクさんも満身創痍で立ち上がるのがやっとの状態、このままじゃやられる!

「あんたは早く逃げろ! ここは俺が何とかする!」

モンクさんはありったけの強がりで私に逃げろと言ってくれた。でもそれは出来ない相談だ。

「イヤよ、私の辞書に逃げるなんて言葉は載ってないもの。それにここで逃げたら私はそのことをずっと後悔する」

「あんたも不器用だな、まるで他人とは思えないぜ」

「私もそう思うわ。でもね、私馬鹿だからこういうそんな生き方しか出来ないのよ」

「姐さんが行くならグラストヘイムだろうとニブルヘイムだろうと、地の果て海の底空の上までついて行きやす!」

「お、いい事言うねェ、俺そういうバカは嫌いじゃねえんだ」

ペットのウォーリアも含めて私達は三人で覚悟を決めた。どうあったって私達はコイツを倒す。不器用で無様な生き方でもそれが間違いだなんて事はない。私が選んだ生き方は、誰になんて言われようと絶対に間違ってないって胸を張れるから。

(師団長……ちょーっと技借ります)

私は壊れてしまったクワドロプルブラッディパイクの代わりに一本の大きな槍を持ち出した。

魔槍・ロンギヌス。

異世界の聖人が死んだことを確かめる為に一人の兵士が持っていた槍。それがロンギヌス。

これはおそらくそれのレプリカ。

レプリカと言えどその破壊力はそんじょそこらの槍とはまるで別物の威力を持っている。

私は大きく息を吸うとロンギヌスを構えた。

モンクさんも覚悟を決めたのかフィストではなく別の武器に持ち替えていた。

私達はアイコンタクトで確認する。

先にモンクさんが残影で一気に超兄貴の後を取る!

「おああああっ! 猛虎!硬爬山ぁぁぁん!」

全体重を乗せた一撃が超兄貴を吹き飛ばす。ブレッシングで強化された身体がミシミシと悲鳴を上げているのがわかる。猛虎硬爬山は元々モンクが転生したチャンピオンが扱う技。それをモンクの身で扱えば身体のあちこちが壊れるのはわかっている。それを覚悟であの人は打ち込んだんだ。

それは私だって同じ。私はただの騎士。それでも、やらなきゃないときなら私はやる。

「うわあああああっ! スパイラルピァァァァスッ!」

私はロンギヌスをあらん限りの力で回転させ、その回転の運動エネルギーをこちらに吹っ飛んできた超兄貴に叩き込む。

さっきのモンクさんみたいに私の身体もミシミシと骨の軋む音がする。

けど、私は悟った。モンクさんの猛虎硬爬山と私のスパイラルピアースで勝負は決したと。

私達はそれを確認するとばったりと倒れこんだ。


気がつくと私はプロンテラ王城内にある医務室にいた。

「ん……」

「お、姐さん、気がつきやしたか」

「ここは?」

「王城の医務室っす」

「そっか、私達、勝ったんだよね?」

「ええ、そらもう大勝利っスよ」

ふと気になって私はあの一緒に闘った戦友のことを聞いてみる。

「ねえウォーリア、あのモンクさんは?」

「あああの兄貴っすか、あの兄貴はまだまだ修行が足りねえ!とか言ってどっか行ってましたけどまたかつぎ込まれてそこで寝てますぜ」

ウォーリアの示す方向を見ると確かにあのモンクさんがなにやら唸っている。

「さて、私達は行こうか」

私はベッドから這い出すと鎧を身につける。

そしてモンクさんにこう告げた。

「ありがとう、貴方がいなかったら私多分やられてたよ。これからもヨロシクね、私の相棒さん」
83槍と拳と超兄貴3/2sage :2006/10/15(日) 08:39:21 ID:D9GHJomM
えー、>>74です
BS♂×ハンタ娘は無理クセーと言うことがわかったのでこっちにしてみますた

転生二次じゃねえのに転生二次のスキル使えたのは火事場のバカ力とかそんなもんだと思ってもらえれば
それでは短いですかこれで
|ω・)ノシ
84名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/10/16(月) 02:33:00 ID:20xhewuY
>>74さんに触発されて描いてみました

るなちーとWiz娘さん
ttp://nekomimi.ws/~ro/img/945.jpg
85名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/10/16(月) 02:42:03 ID:20xhewuY
↑申し訳ありません
置く場所間違いました
出直してきますorz
86SIDE:A 断罪の剣1と2sage :2006/11/13(月) 01:58:12 ID:nYmn7GYU
某偉い人のキャラを借りたパートが、予想外に長くなってしまったので二分割。
保管庫直だと意味ないじゃん、とか言わない!
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%C3%C7%BA%E1%A4%CE%B7%F5%A3%B1
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%C3%C7%BA%E1%A4%CE%B7%F5%A3%B2

めっきり寂しくなってしまいましたが、皆様お体にはくれぐれもお気をつけて。
87遠き夢、叶わぬ願い・エピソード(1/3)sage :2006/11/16(木) 23:54:07 ID:ku6zD42g


 最後の最後に気づいた…
 やっぱり私は…あの人、ううん、今目の前にいるミストラル様のことが、好きだった。
 そして、ルカさん達のことも好きだった。

 だから

 ほんとは、ほんとはもっと貴方やルカさん達と一緒にいたかったです。
 それでは…ありがとうございました。
 ほんとは…貴方のこと好きでした。


 って、言った。

 最後…伝わったかな    伝わったよね……


   お別れだ   もう……




 疲れた   おやすみなさい……

        ミストラル様─────











88遠き夢、叶わぬ願い・エピソード(2/3)sage :2006/11/16(木) 23:54:56 ID:ku6zD42g
────────────────────────




「─ナ…」


「……さい……ナ……っら」

「ナナ、ナナ、起きなさい。もう…」
 軽いまどろみの中、声が聞こえる。
 レースのカーテンから注ぐ朝の日差し。それが暖かい、まだ寝ていたい…うにゅ
「明日はコモドに旅行だって言うのに…これじゃ中止かな〜?」
 んにゅ…コモド?コモド…?はっ
「ダメダメダメ!お母さん!それは駄目えええ」
 そう言われて飛び起きる私。しまった、釣られた…
「クマー……」
「はいはいクマクマ言わないの。ほんとに好きねぇ」
「だってー…まだ眠いんだもの」
「そんなこと言わずにとっとと朝ごはん食べて学園に行く。そしたら明日はお待ちかねのコモド旅行!」
「うー…」
 低血圧で重い体と心を無理やり奮い立たせて(?)洗面所に向かう。
 鏡に映る自分の姿。いつもと同じ。
 …いつもと同じ、うん。
 なんだろ、なんか違う気がする。
 ちょっと寝癖まじりの蒼い髪、直さなきゃ…
 両親は金と青なのに何故か私だけ赤い瞳…充血目立たないからいいんだけどね。
 何が違うんだろ…んーむ、背が伸びたわけでもないし胸が大きくなったわけでもないなぁ…。
 んー…ま、いっか。そろそろ行かないと遅刻だ。
 そう思って顔を軽く洗って髪を梳かして食卓へ向かう。
 食卓にはいつものようなメニューではなく天津風な朝食。
「今日は天津風で仕立ててみたの、初めてだからちょっと微妙かもしれないけど食べてみてね」
「お母さん、この黄色いのってペコ玉をジオ油と調味料で焼いた物〜?」
「そう……だけど何で?」
「いや…なんとなく」
「変な子」
 ケラケラと笑って流すお母さん。
 でも確かになんでだろう。別に調理は苦手でもないけど初めて見た物の食材を当てる等到底無理なことだ。
 まぁきっと勘が冴える日なんだろう、今日は。
 そう思っておくことにした。
 そしてその、なんというのだろう、玉子を一口。
「いただきます。ぱくり……おいし…」
「あらそぉ〜?そりゃよかった」
 美味しかった。何だかそれが嬉しかった。
 今日は何だか色々感動的になってる気がする。まぁいいや。
 今度作ってみよう、うん。
 そして朝食を済ませて学園の準備。えーと今日は…剣は友達、の講義だったかなぁ。
 って、時間がやばい!早く行かなきゃ!
「お母さーん、いってくるー!」
 と言って慌てて家を飛び出る私。 学園への道で周りの学園生の数はいつもの数より少なく、皆小走りで学園に向かっている。
「うわ…急がなきゃ…」
 そうぼやき、自分も少し駆け足で学園へ向かった。

「おはよー」
「おっはー」
「ごきげんよう」
「おははー」
「皆おっはよー」
 学友と挨拶を交わす。皆元気そうだ。
 とりあえず朝の一発目からなんだけどさっき感じた疑問を投げかけてみる。
「今日の私何かいつもと違ったりする?」
「んー、別に?」
「疲れてるw」
「特に変わりは無いかと」
「わかった、恋してr「違う」」
 とりあえず明らかに違うのは否定しておくとして、疲れてるのはあるかもしれない。
「そんなことよりー、明日からナナコモドいくんでしょ〜?お土産よろしくっ」
「あ、私も私もー」
「む、皆してねだるー、そんなこと言うと買ってかないよ?w」
「「えー、ひどーいw」」
 いつもの他愛ない会話。何だか新鮮に思える。
「はい、お喋りもいいけどちゃんと講義も聴くように。それでは今日は─剣は友達、第8章、魔剣についてですね」
 いつの間にやら講師の先生が入ってきて話し始めた。その声と共に教室は静かになる。
 いつもならお昼寝タイム、なのだが今日は別に眠くないのでとりあえず聞いてることにした。
「─で…魔剣には一般的に知られているのは3種類、その他にも色々ありますが今回はこの3種類について解説します」
 魔剣かー……樹かなぁ…ん?樹?何で樹なんて思ったんだろ私。
 うー、そろそろダメになってきたかなぁ、ぅー…
「─ガトゥースはレプリカが多く出回っており、その主原料はオーガの牙と言われています。オーガの牙とは──」
 うーん、やっぱりつまらないなぁ。…オーガなんちゃら…ふーん。
「──元々は処刑用に使われていた剣で、その剣は王家直属の処刑人一族が代々保管してきました。しかしそれが50年前のミッドガルとシュバルツガルドの抗争によって──」
 何か前歴史の授業でやったなぁ……その抗争、なんだっけなぁ、名称─これ確かテストに出るよねぇ…
「─となりました。では残り一つの魔剣は、というと…何だか知ってますか?はいナナさん」
「ふぇ」
 いやー、変な声出た、変な声出ちゃったww
 てかそんなの知ってるわけが…
「んと…ミスティルティンですか?」
 何故か答えがするっと、口から出た。
「ご名答、物知りですね。ではもう一つ質問です。これは神話を結構知っていないと難しいですよ。
 ミスティルティンとは元は何でしょうか?」
 何って…何?てか何で私そもそもそのミスティルティン?答えられたのーw
 なんだろ…うーん。神話なんて知らないしなぁ。
 しょうがないので
「えと、樹…ですか?」
 さっき浮かんだのを答えてみる。
「ご名答。皆さん拍手」

 パチパチパチパチパチパチパチパチ

 む…当たったの?何でだろ。
「正確には、枝が正しいのですけど。形状は樹と言っても差し支えないです。元々何故枝かと言うと、昔々の神話を紐解いてみるとわかりますが──」
 何で当たったんだろ。やっぱり今日は勘が冴えてる日なのかな、うん。
 樹……ミスティルティン……石…?
 何だろう、よくわかんないや。寝よう……


「凄かったねー、何であんなのわかったの?」
「いや…はは…なんとなく?」
「ほんとは知ってたくせに、くぬくぬw」
 帰り道、学友と一緒の道。あのミスティルティンがわかったこをを何度かつつかれた。
「やだもー、偶然だってばー」
 苦笑いしつつそう返す。そしてふと何気なく横を見る。
「あ…」
 そこには、赤い髪の男騎士と腰まで届くかという程の銀髪──それもサラサラのストレート──の女プリーストが話しながら歩いている。
「もー、あんな火傷して、何してきたのさー」
「さぁな」
「ぶー、いつもそんなんばっか」
「話すのが面倒くさい…」
 なんだかうらやましいなぁ、と思う。でもお似合いのカップルだなぁ、とも思う。
「そんなこと言ってるといつか「ナナー?どしたの?おいてくよ〜」」
「へ?あ、うん、なんでもないー」
 やば、足が止まってた…
「ちょ、待ってー」
 慌てて追いつく私。
「全くナナったら、油断も隙もありゃしない。ミストラル様に目つけちゃってw」
「ミスト…ラル?」
「なーに?ナナったら、そんなことも知らないの〜?ミストラル様はなんと!プロンテラ騎士団の団長様なんだよ!しかも頭脳明晰、容姿端麗な完璧人!!」
「あ、そ、そうなんだ」
「いいよいいよ、分かってるからさw実らぬ恋でも私はナナのこと応援するよ〜w」
「ち、違う〜…って実らぬ、ってことはあの隣の人は恋人?」
「あの人は騎士団の副団長のルカさんだね〜。すっごい綺麗でお似合いだよね、うんうん。あー私もあんな綺麗なストレートヘア欲しいな〜」
「ふーん…そなんだ」
「ま、頑張ってね〜w」
「ち、違うって。。。」
 そんなことを言ったり言われたり。いつも通りの帰り道だった。

「ん…」
「ん〜?ミスト、どうかした?」
「いや、別に」
「変なの」
89遠き夢、叶わぬ願い・エピソード(3/3)sage :2006/11/16(木) 23:56:29 ID:ku6zD42g
 幻想の島コモド─
 昼でも空にはたくさんの花火が打ち上げられる豪華な街。
 夜になっても多くの松明と打ち上げられる花火で昼みたいに明るい。
 三方を洞窟で囲まれて結構不便なところ。来るのに船を二つ乗り継いで酔いそうになった。
 ここでは踊り子の育成に力を入れてるらしくてそんな格好の人が結構目につく。私だったら恥ずかしくて耐えられないな……。
 あとカジノも多いらしい?


「うー…疲れたー…」
「あんたが行きたいって言ったんでしょ〜、まったくもう」
「ぅー…」
 愚痴をこぼす私。前のほうを歩きつつ叱責するお母さん。
 今私達はコモド中央に位置する小高い山の中腹辺りを歩いている。何でこんなとこに登ることに…いや私のせいなんだけどさ。
 なんで私登りたいと思ったのかなー…ぅー…おかしいな…普段は引き篭もりのはずなんだけどな、私。
 何分くらい歩いたんだろう。10分?30分?1時間?分かんないや…。この山意外に高いし…その上山の周りをグルグルと登山道があるから長い…疲れた…。
 景色は、まぁ普通くらい。というか海側が見える時はまだいいんだけど山側は見るものがあんまりなくてなんだかなぁ。

「ふぅ…はぁ…もうダメ…」
 頂上に着くころにはもう日が暮れようかという頃だった。いつの間にかお母さんは私よりもかなり後ろでへばってる。
「ついた〜…む…」
 頂上に着いて最初に目に入ったのは想像を上回る──いや上回るというか、もう予想だにしてなかった光景が広がる。
 西側の洞窟は山のようになっていてその海側は崖のようになっている。その崖に接するように浮かぶ太陽。
 崖を這う光は黒く跳ね、海をつたう光は蒼と紅が絡み合い幻想的な紫気を帯び、空を覆う光は刻一刻とその姿を変えてゆく。
 この光景は何故だかスッと心に入ってくる。凄い、とも綺麗、とも思えない。ただただ魅入られているしかできないその情景。
 その不思議な風景からふと、気持ちを引き戻したのはすぐ傍にあった物体だった。
「…剣?」
 そう、それは剣だった。詳しくは分からないが、それは確かに一本──いや一本だったであろう剣。
 刀身は半ばから折れ、それぞれ地面に突き立てられている。
 この剣が何を意味しているかは分からない。けれど柄のついた方の剣──

 それはまるで十字架のようで。
 それはまるで、墓標のようで。

 ポタッ…何か、地面に落ちた。

 雨かな、それともなんだろう。

 その"何か"はどんどん増える。

 なんだろう、よくわからない。

 分からない、分からないよ…
「ぁぐ…ぇぅ…ゃ…何で…」
 涙が、止まらないよ。
「ぁ…ああぁ…うわああああああぁぁぁぁ───」
         どうして私は──
  貴方はできるんです──
                  私を…殺して…
    ありがとうございました──


────────────────────────

 悲痛な運命を背負ったナナの悲しいお話はこれでおしまい。
 これからはナナのお話。別に誰が語るわけでもなく、誰が覚えているわけでもない、平凡な少女のお話。
 それを語るのはまた別の機会としよう──。

 私の巻いた種が芽生える頃にでも、ね…。
「ナナには勝ってもらったほうがよかったが…まぁいいかな、クク。
 甘美な魔力だね…ミスティルティンよ。ハティーごときとは比べ物にならないな、フフ。
 彼…ミストラルは何処までやってくれるか、期待しておこうじゃないか」
 とある塔の地下で呟く緑色のフード姿の男──ドッペルゲンガーはかすかな薄ら笑いと共に闇の中に消えていった。
90遠き夢、叶わぬ願い・エピソード(4/3)sage :2006/11/16(木) 23:59:05 ID:ku6zD42g
 |<今更感が強いエピソードですが…おいときますね。
氷|<なんてゆーかこんだけ書くのに3ヶ月とか全部終わるのやら
 |<それではまたROMに戻りますノシ
91遠き夢、叶わぬ願い・エピソード(5/3)sage :2006/11/17(金) 00:01:23 ID:i8Uw4Cc6
か、書き忘れた…
分かり辛いと思うので補足です。
個人的な転生とはこんな感じだと思ってる次第です。
まぁこの場合転生というよりキャラデリ⇒作り直しが適してる気がしますが。
92我が名は? 0/21sage :2006/11/18(土) 05:57:16 ID:IfP38a0Q
この作品は、燃え小説第12スレ『槍の人』と13スレ『神の人・後編』の続編ではありません。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたしますが、あまり関係はありません。
この作品は、燃え小説第9スレ『我が名は…』と11スレ『我が名は〜』の続編となります。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたします。

それではお目汚し失礼しますね。
93我が名は? 1/21sage :2006/11/18(土) 05:59:01 ID:IfP38a0Q
                     1

「我が名は幻影…。偉大なるグラストヘイムの覇者に仕えし最強の近衛にして影なり」

 大仰な仕草と物言いに、バサリと漆黒のマントが翻されて音を立てる。身の丈は優に四メートル
近いのか、かなり大柄の体躯に骨を模った様なスーツを着込み両肩には大きな髑髏がそれぞれ鎮座
する。そして一番の異彩はその頭だろう。長身の一端を担う程に長い頭頂部はやはり人の髑髏に類
視して、対の瞳が縦に3つも並んだ異彩な姿。合わせてマントに描かれた流動的に蠢く魔法陣。闇
の主人と呼ばれる不死者の統率者の分身、闇の幻影は周囲の空間を歪ませるほどの威圧を放ちなが
らそこに君臨していた。

「我が前に平伏すが良い、愚かなる造反者達よ。我が力をもってして全てを消し去る時が来たのだ」

 幻影の目的はただ一つ。この所人間に味方しあまつさえ数あるGHの実力者達を退けてしまった
とある二体の鎧の排斥である。本来ならば闇の主人に絶対服従であってしかるべき愚昧の輩が不貞
を働くなど以ての外だ。だが奴らはそれだけに留まらず、その周囲に協力者を集め人間との協力関
係まで築き始めていると言う。雑魚同士が徒党を組むなど、目の上にも置きたくない様なたんこぶ
である事は必至。闇の主人の名を汚して謀反を繰り広げ、その上蚊ほどでも災厄になろうと言うの
であれば、芽の開き切らぬ内に排除してしまうが定石であろう。

「故に、一切の愚行愚考を取りやめ。我が必然たる粛清を受けるが良い」

 幻影が指を振るうだけで電光が走り空気が爆ぜる。幻影の意思一つで大規模殲滅魔法が詠唱も無
く発動される。存在そのものが危機となる。その暴虐の全てがたった二体の鎧に今直ぐにも降りか
からんとしていた。

「すみませーん、お掃除の邪魔なのでどいてくださーい」

 両手を掲げ挙げながら空に浮き、格好良く台詞を吐いていた幻影に背後から声が掛けられる。お
どろおどろしいGH騎士団の玄関口の雰囲気にそぐわない、可憐な声の持ち主は箒を手にして掃き
掃除の真っ最中であった。四メートル近い巨体に、仁王立ちしながら立たれていては邪魔にもなろ
う。あ、すみません――などと幻影が素直に道を譲ると、グラストヘイムの掃除屋さん自動人形ア
リスはお供の直立二足歩行する黒猫ワイルドローズを引き連れて、手に持つ箒でサッサカお掃除し
ながら通り過ぎようとする。

「……む、待てアリスよ」
「なんですかー? これからまだお二階とお城のロビーのお掃除があるから忙しいのですよー?」

 それは失礼いたしました――等と謝り思わずそのまま見送りそうになった所ではたと気が付き、
気を取り直して少々不機嫌気味の見た目人間の少女にしか見えない自動人形にむけて質問をぶつけ
る。ある意味アリス程にこの城を行き来しているものも居ないので、この人選は正しいであろう。

「この騎士団で謀反を企む二体の鎧は何処に居るのか? 心当たりがあれば申してみよ」
「あー、あの二人ですかー? さあ、今日は何処で人助けをしているのやら、私には判りかねます
ねー。深淵の三騎士様達もご一緒でしたからこの騎士団ではもう誰も知らないかもしれませんね」

 それではお掃除の続きに戻りますねー――と、最後にぺこりと頭を下げてから自動人形の少女は
立ち去って行った。その後を追う黒猫が一度幻影を振り仰いで、ニタリと嫌な笑みを浮かべおる。
 そして、一人ぽつねんと取り残される闇の幻影。年齢不詳、職業闇の王の側近、全長四メートル
強。胸の前で握った拳をプルプルと震わせて、胸中を叫びにして吐露暴露する。その想いはたった
一つに尽きて、騎士団の建造物自体を揺らす怒号となった。

「…………、ぅ…うぁぁぁああああああああああいつらは何処に行ったー!!!」


                     *

 所は打って変わって更に陰湿となる。幾つもの鉄格子に行く手を阻まれ、数々の拷問器具が晒さ
れる人造の地獄。古来より阿鼻叫喚と怨嗟と血に塗れた呪わしき場所だった。

「はい、と言う訳で我々は今GH観光名所、屍蠢く変態共の巣窟『監獄』にきております」
「弓の…、誰に向かってしゃべっているのだ?」

 監獄での歓迎は熱烈だ。曲がり角や拷問器具の影からもぞりと屍が蠢き起きて、よたよたと覚束
無い足取りで這いずって来る。死体は三種類、囚人服を着た白骨スケルプリズナーと囚人服を着た
腐った死体ゾンビプリズナー。そしてその二種に混じって、なぜか全裸で全身に刃物が刺さったい
ろんな意味で危ない魔物インジャスティスも存在していた。それも団体様でわらわらと。

「まったく辛気くせえ所だなこの監獄って奴は。こんな所に居るのはただの根暗だな、根暗!」
「しかも中には全裸の変態まで居る始末。普通に考えてうちの姫には見せられない光景だ」
「…きゃっ…、…いやーん…」

 台詞は上から高温常温低温の、三人揃って深淵の三騎士を名乗る黒衣を纏った騎士達であった。
格好はそれぞれ同一の黒マントに黒の鎧、丈の高い帽子に目元を隠す複眼の仮面とお揃いで、携え
る武器も手には長大な槍と背に背負う巨大な漆黒の両刃剣である。しかし、背格好は二人が長身で
一人が明らかに小さく服もダボダボで裾を引きずっている。長身の二人も片方は特徴が無いような
中肉であり、もう片方は巌の様に体格が良い。端から見てもでこぼこだが、中身を見るともっとで
こぼこなのがこの三騎士の特徴であった。
 高温が忌々しそうに呟いて手の内の槍と背負った剣を持ち替えて正眼に構え、常温は仮面の位置
を指先で直しながら槍を両手で持ち直し腰を低くして構える。低温は唯一感情の見られるであろう
口元からその実感情の欠片も感じさせずに、棘付いた印象のある篭手を着けた両手で頬を覆ってい
た。形だけ真似をしているのか、本心では羞恥を感じているのか、それは本人のみが知る。

「はっはぁ! 数だけは多いなぁ、流石不死系は粘り強いね糸引いてるねー。あーいたいた、ここ
からずーっとまっすぐ行った開けた所に二人いるよー。囲まれて何とか聖域を張って耐えてるって
感じだから、急がねーと死んじゃうかもねーん」

 片手で庇を作りながら暢気そうに声を上げている鎧が一ついた。騎士達の後ろに居るにもかかわ
らず鷹の如き視力を誇り、遠く追い詰められた人間を見咎め報告するのは中身の無い鎧だけの存在
だ。その肩には使い古された弓がかけられて、頭の上には火の玉が三つふよふよと浮かんでいる。
左の二の腕辺りの装甲に赤い布が巻かれていて、無数に居る弓の鎧達との個別を示していた。

「ならば、するべき事は唯一つ…」

 そして、弓兵の更に背後にて君臨する、やはり中身の無い鎧だけの存在。愛用の両手剣を地に突
き立て、その柄尻に両手を載せての仁王立ち。その右肩は輝かしいまでに鮮烈な赤に染められて、
全身から嵐の様な威圧を燻らせている。古城グラストヘイムに脚を運べば見慣れるであろうその鎧
は、しかして他のどんな鎧達とも異彩を放ち、確固たる意志力をもってして今日も今日とて剣を振
るう。誰が呼んだかグラストヘイムの世直し人、生前は赤い竜巻とも呼ばれし剣の人。
94我が名は? 2/21sage :2006/11/18(土) 05:59:57 ID:IfP38a0Q
                     2

「全力をもってして、尊き命を守るっ!」

 宣言と共に剣が引き抜かれ、鉄の足音を高らかに響かせながら亡者の群れへと駆け出した。弓兵
も三騎士もそれに続き、傍若無人に迫り来る亡者達へと踊りかかる。亡者達に囲まれて命危うい人
間達が見たその光景は、その瞳になんと写るのであろうか。魔物同士の無様な同士討ち? 否、そ
の光景は確かに、救いの道を指し示す力強さを誇示していたのであった。
 突如現れた予期もせぬ救いの主に人間達が疑問を投げる。曰く、一体何者なのかと。その問いに
三騎士は揃って口元をほころばせ、弓の鎧がやれやれと肩を竦ませる。この後の展開などまだ短い
付き合いなれど判り切っている。名を聞かれた彼がどんな行動に出るかなど、初めて会った時から
見知っている。
 問われた剣の鎧は、目の前の亡者達を切り伏せながら高らかに声を張り上げた。

「我が名はレイドリック。名も顔も忘れた、ただのがらんどうだっ!」

 そうして、何時も通り物語の幕が斬り裂いて開かれるのであった。


                     *

 戦況は一方的に収束し、築き上げられた屍の山は活動再開が不可能なほどに粉微塵にされて天井
にまで届いていた。槍や黒剣が振るわれる度に屍が残骸になり、予期し得ない方向から鋭い鏃が無
数に襲い掛かる。そして、人間を目標としたものはその悉くが剣の鎧に阻まれ、あるものは首が飛
び、あるものは真っ向から断ち割られて活動を停止した。

「フンフフーン、ほいっ、これでラストっ!」

 鼻歌交じりに弓兵が最後のゾンビの頭に五本の矢を同時に命中させて、漸く辺りが静けさを取り
戻した。助け出された司祭と騎士の二人組みの冒険者達は、未だ目の前の状況に半信半疑なのか硬
直が解けないでいる。だが鎧と深淵の騎士達が武器を収めたのを見て、漸く危害が加えられないと
安心したのか一転して謝礼を述べて来た。剣の鎧と常温がそれに対応して、幾許かの助言と説教を
与えて帰還を促し二人の冒険者は光の柱に飲み込まれて消えた。任意の指定座標への門を開く移送
魔法ホープポータルだ。人間二人を送り出して、漸くと各々が息を付いて瓦礫塗れの戦場後で寛ぎ
場所を探し始めるのであった。

「はぁぁぁあ、今日は本城の二階でマッタリ人間でも追い返して過ごす予定がー、ずーいぶんと大
幅に狂ったもんだなぁー」

 異様な酷使によって擦り切れた弓の弦を張り替えながらの弓兵の言。それに続いたのは意外にも
三騎士の姫、一番背の低い低温であった。

「…突然…、…『向こうで悲鳴が聞こえる!』って剣のが走り出したと思ったら…。…何時の間に
かこんな監獄くんだりまできていた…」
「ははっ、まあ普通に考えてあんな距離の離れたところから悲鳴を聞き取るなんて不可能だな」
「普通じゃなくてもありえねぇ。地上の本城二階から地下一階の声が聞こえるなんてある訳がねぇ
んだよ」

 常温と高温も会話に続いて、手に持つ武器を揃って床板に突き立て瓦礫の上に腰掛ける。
全員に抗議とも取れる発言をされて、肩身の狭くなった剣の鎧はコホンと咳払いをして。

「それでも、助けを求める声を聞き逃すことは出来ない。我が信念において、それだけは枉げる事
の出来ない絶対だ」
「だーからって毎度付き合わされる僕の身にもなって欲しいよねぇまったくー…。尽くしても尽く
しても報われない…、こんな生活もういやっ実家に帰らせていただきますっ。子供の教育費と生活
費は毎月きっちり支払ってもらいますからねぇ! あ、ハンカチ噛めないし、むきぃぃぃー!」

 なぜかハンカチを取り出し噛み締める真似をしようとして、歯が無い事に気が付き別の意味で地
団駄する弓兵。それを見て遠くから高温が――オメーに実家なんてねーだろ――等と呟いていた。

「はっはっはっ、普通に考えて姫もああ言う宿六とは結婚しちゃいけないからね」
「…でも…、…そこに痺れる…、…憧れるぅ…」
「どうでもいいから誰か弓のを止めてくれ…。我に止める術なし。こればかりは…本当…」

 ほのぼのとした暖かい時間が流れていく。それは歪なれど、確かに幸せを形作る空間であった。
 そして、彼らの運命はその幸せを長引かせはしない。それは判りきっていた事で、しかし誰もが
予想だにしていなかった現実だ。

「あらやだ、良い所に集まってくれちゃったもんだから思わず押しちゃうわっ。なにってもちろん
落とし穴のスイッチです。はい、ポチっとな」

 突如剣の鎧達の周囲に機械越しの掠れた音声が響き渡り、続いて足元から微細な振動が伝わりだ
した。次の瞬間、全員の足元が抜けた。正確には今まで戦場としていた区域の床が全て扉の様に開
いて、暗い闇を湛えた大口を開けたのだ。彼らの内の誰一人として空を飛ぶことは出来ず、持ち前
の勘も冷静な判断力も発揮する前に急速な落下を余儀なくされた。複数の男の怒号と、以外に可愛
らしい低温の悲鳴が長く尾を引く。最後に弓兵の頭の上にいた三つの人魂だけが残り、主が居なく
なった事に遅れて気が付き慌てふためきながらふよふよと主人を追って穴を降下していった。


                     *

 意識を失っていたのはほんの一瞬、地面に叩き付けられた衝撃と後頭部への何か柔らかいものが
墜落する衝撃を味わい軽く意識がとんだ。そして今は、何かに押し潰されている様で体が上手く動
かないと来た。おそらくは後頭部への衝撃の正体なのだろうが、何時までも動けぬ状態を剣の鎧も
望みはしない。とりあえず背後に手を伸ばし、手探りだけで体の上にある軟らかい物の正体を探っ
てみる。

「ぬぅ…、下ではなく上が柔らかいとは何たる…」
「…あっ…、…ひぅ…?」

 何か触れてはいけない更なる軟らかいものに触れてしまった。うつ伏せになってもがく鎧の上に
居るのは、声から察するに低温の騎士だろう。足を頭の方に向けながら背中に仰向けで乗ってぐっ
たりとしている。そして、中身の無い篭手の指が、黒衣に包まれた足の付け根の辺りをがっしりと
鷲掴みにしていて――

「…そ、それ以上…、…上は困る…」

 ぴしりと鎧の動きが凍りついた。腿から指が離れてそのまま全身が石の様に固まり、じわじわと
這い登るように自分の行動が脳裏に蘇って来る。確か最初に何やら硬い部分を掴んで、それから撫
で擦る様に上に向かって指を這わせた様な…。つまりは、膝から腿へと流れてそれから…。
95我が名は? 3/21sage :2006/11/18(土) 06:00:52 ID:IfP38a0Q
                     3

「うっ、うわっ! あおわわわわ!?」
「…あっ…」

 思考の停泊から抜け出した剣の鎧が大慌てで低音の下から這い出して、壁にぶつかるまで進んで
からしがみ付く様にして何とか立ち上がる。それから、ギシギシと間接をぎこちなく鳴らしながら
背後を振り返ってみた。すると視線の先には、床に座ったまま体をマントで隙間無く包んで丸くなっ
た低温の騎士が居て、その顔は仮面の上からでもわかる位に頬を赤く染めさせていた。落ちた拍子
に帽子が後ろに落ちて脱げたのか、普段中に纏めて収められているふんわりとした金髪も晒されて
肩に掛かり背中に広がっている。普段感情の起伏が少ない分、この照れ顔には爆発的な威力がある
のではなかろうか。むしろ殺傷力とまで言えようか、今正に風前の灯の命が一つ。

「…あ…、その…、…だ、大丈夫…、…ぎりぎり、脚だけだったから…」

 ぎりぎりじゃなかったら一体何処だったというのか。顔があれば剣の鎧はだらだらと冷や汗を流
していたことだろう。とりあえず、壁から離れて傍に寄ってみるが、やはり互いに気まずい。
 不幸中の幸いはお互いの身内に今の醜態を見られなくて済んだことか。こんな所を見られたら、
それこそ今度はなにを言われるやら判ったものではない。ふうやれやれと、手近にあった程よい高
さの頭に手を置いて撫で撫で撫で撫で。はっ!?――

「…あぅ…、…もしかしてわざとやってる…?」

 無意識は怖い。思わずこれでもかと撫で回していた掌の下には、金髪の仮面少女が居てやはり顔
を赤らめながらジトーっと見上げきている。仮面越しでもわかるロリコン断罪視線に貫かれ、また
も剣の鎧がピシピシと石化する。だがしかし、違憲に賭けてもいわねばならない一言がある。強引
に固まった体を動かして、両手を振り上げて大絶叫。もはや恥も何も無い。

「断じてっ、断じて違うっ!!!」


                     *

 所変われども風景は変わらず、拷問器具の立ち並ぶ監獄の風景。打ち捨てられた錆つく器具達に
混じる様にして黒の騎士の二人が倒れ込んでいた。軽く呻きながら体を起こして、まずは二人で首
を回らせて周囲を見回す。見慣れぬ風景だが落下の距離と位置から考え、常温の騎士が答えを導き
出した。

「む…、ここは監獄の地下二層か…。こちらに身体機能の低下は無い、そちらは大丈夫か?」
「いつつ…、何処の馬鹿があんな所にあんな仕掛けを作りやがったんだくそうっ!」

 傍らに落ちていた槍と剣を拾い上げ、体の各所に軽く手を当てて異常を確かめながら常温が相方
に声を掛ける。受ける高温も頭を摩りながら起き上がり、落ちた帽子を拾い上げ黒の短髪の上に載
せ直していた。武器はとりあえず先程と同じ選択で、残りは背中に背負い直しておく。
 お互いの無事を確認しあうと次に気になるのは他の同胞の行方だが、周囲を見回してもそれらし
い黒いものも鎧等も見えない。明らかに敵の罠に陥った挙句に戦力の分断、状況はあまり芳しくな
いようだと常温の騎士がふむぅと唸る。するとそんな横顔に高温が声を掛けた。

「おいっ、それ見てみろ…足元の…。ちげえちげえお前の後ろだよ!」
「うん? ああ、何だこの穴か。これがどうかしたの――ああ…」

 何事かと見てみれば常温の後方の床に巨大な穴が開いていた。それを見た二人の視線が何か不条
理なものを見たようにじとりと据わったものになる。無理も無い、なぜならその穴は綺麗に人の形
にくり貫かれていたからだ。しかも両方の手がSの字を描くようにして上下に掲げられ、片足が曲
げられた奇妙なポーズをとっているように見える。念のために周囲を確認するが似たような人型の
穴はまったくと言って見つからなかった。この穴の持ち主に痛い程心当たりの有る二人であった。
 念の為に、最後の希望をこめて穴の中身を確認する為に声を掛ける。こう言う時割を食うのは器
用貧乏なきらいのある常温だ。

「あー、入ってますかー?」
「ウフフフ、この魅リキ的な穴の形に耐え切れませんでしたねー?」

 ああ、ハズレ引いちゃった――二人の騎士ががっくりと肩を落として項垂れる。そんな二人の目
の前で、漸く追い付いた火の玉が穴の上でふよふよと停滞し始めた。これで間違いないだろう。ま
あ、実力の方は二人とも身に染みて判っているので、味方としては頼もしくもあるのだが。一応ボ
ロボロに負けた経験と、如何せんそのキャラクターが顔を突き合わせるのを躊躇わせる。引き上げ
たくも無いが放って置くわけにもいかず暫し途方に暮れる二人の騎士。すると、穴の中ので何かが
ごごごごっと大地を揺らし始め。続いて爆裂する様な勢いで怒涛の言葉攻めが始まった。

「にゃっ!? にゃにゃにゃにゃ!? きてるきてるきてーるきてるっ! 何か『剣のがえろい事
やってるって間違いない波』がきてるっ! なんかもー3.141952メガヘルツ位で絶賛受信
中っ!? っかーっもう、ちょっと目を離した隙に直ぐこれですよ! あのロリコンファザコンペ
ドフェリア! コンプレックスの幼い系三冠王がぁぁぁ! オッケーオッケー! この電波の強さ
は撫で撫で以外にも何かあったこと間違いなし! あの野郎ぜったい低温ちゃんとなんかやってる
にゃー!? 妄想特急爆進中〜ぶらりロリとの二人旅〜! 欲しがりますかロリだからぁっ!?
許せん赦せん如何せん、解せん通せん逃しません! まってろ相棒今行くぞー、おー!!!」
「ああ、居た居た。直ぐ見つかってよかったな」
「おい…、流石にあのテンションを普通にスルーしてやるなよ…、ってクソ! 突っ込み役が居無
さ過ぎて俺が突っ込みかよ!」

 このまま周りの瓦礫を使って穴を埋めてしまいたい。だが、それはそれで新たな暴走のきっかけ
を生みかねないので躊躇してしまう。苦々しい想いを胸に抱えたまま、今度は高温が動き無造作に
穴の中に手に持つ剣を突き入れた。九割方殺す積もりだったが、予想通り引き上げると弓の鎧がそ
の黒い刀身を両手で挟みへばり付いている。ちっ、と舌打ちしながら剣を薙いで鎧を振り払うと、
他の二人はと視線をまた周囲を睥睨しだした。
 改めて周囲を確認してみると、ここはどうやら監獄第二層の北東部分にある水路で隔離された一
角の様だ。中央に巨大な断頭台が置かれその周囲に策をめぐらせて、その更に外側に幾つかの小部
屋が取り囲んでいる。常温、低温、弓の三人は南にある唯一の出入り口である水路に掛かった橋を
背にして断頭台のある中央の部屋の広々とした空間に佇んでいた。
 当然の様に人の気配は無い。なのに、ここの本来の住人達の気配まで無いのはやはり…。

「まあ、普通に考えて…罠だな」
「落とし穴の次は何だ! こうなったらちっとやそっとのことじゃあおどろかねぇぞ!」

 巨大な剣を肩に担ぎながらもう片方の手で握り拳を作って、胸元で掲げながら高温が高らかに宣
言する。するとその声に反応したからかは判らぬが、断頭台の影から躍り出る様に人影が一つ、三
人が軽く見上げる位置の一段高い所へと進み出た。三日月の様に唇を歪めて、クククッと人影が薄
く笑う。だが、その時三人はちょうど断頭台を背にする様にして三方を見渡しており、誰一人とし
て背後に現れた影に気付く事は無かった。
96我が名は? 4/21sage :2006/11/18(土) 06:01:40 ID:IfP38a0Q
                     4

「こほん…」
「おらぁ! どうしたぁ! さっさと出てきやがれ!!」
「ふむ、落としただけで手を出さないとは、小心者であると言わざるを得ないな。普通に考えて」

 仕方が無いとばかりに軽く嘆息し、握った拳を口元に寄せてコホンとわざと咳払いして見せる。
黒騎士の二人は高温の上げた怒声のお蔭で、ささやかな咳払いには気が付かなかったが、一人だけ
弓の鎧が気が付いてその中身の無い兜を向ける。
 じーっと影と弓の視線が交差していたが、弓の鎧は一向に影の存在を仲間に告げようとはしない。
愛用の弓を肩から外そうともせずにただぼーっと影の事を眺める。頭の上で三つの火の玉がふよふ
よと、お互いを追いかけあってくるくる回り出す。だが弓の鎧自身は何も反応はしなかった。気ま
ずい空気が二人の間に流れ出す。

「おっ、おほん…、ごほんっ…」
「だぁぁぁっ! 出てこないじゃねーか! これだけ待たせておいて何もなしかコルァァ!!」
「ふむ、この沈黙具合から鑑みて、どうやら他を探したほうがよさそうだな。普通に考えて」

 再び、奇妙な沈黙に耐えかねて回数を増やして咳払い。しかし、やはり殆ど同時に高温が唸り声
を上げて、二人の騎士は気が付かない。弓の鎧は変わらずに影の事をじーっと見つめていると言う
のに、今最も振り向いて欲しい男性二人には視線すら与えられなかった。なんだろうこの理不尽な
扱いは。更に唯一存在に気が付いていた弓の鎧まで、最後まで仲間に告げる事無くくるりと後ろを
向いてしまう。本当に何を考えているのか判らない。いや、今弓手の肩が小刻みに震えた。笑いを
堪えるかのように? まさか奴は!? すると弓の鎧がまた此方を向いて、うっすらだが鎧の中に
輪郭を浮かべ…――笑った、今確かにニヤーっと意地悪く笑った。明らかに気が付いてるのに、何
も言わずに相手をおちょっくっている邪悪な笑みを浮かべている。

「こらーーーー! お前アタシを馬鹿にしてるだろう、気付いてるなら無視するんじゃなーい!」

 我慢の限界を超えて声を張り上げると、漸く鎧姿の三人が影の方へと振り返る。やれやれと大仰
に肩を竦め、やっと影がその姿を現した。否、姿は元々現していたので漸く認識されたというべき
なのか。
 やはり無視されたのが悔しいのか、人影は片足を何度も振り上げては地面を踏んで地団駄地団駄
地団駄。片手を高々と上げてぱちんと指を鳴らし、怒りをぶつける様に声を張り上げた。

「おまえたち、出ておいで! こうなったら真っ向から叩き潰してやるのよ!」
「あーもうだめですよあたし達のこと呼んじゃ。せっかく奇襲しようとしてたのにまったくもう」
「せやせや、台無しでっせ」

 その声に招き寄せられるように人影の左右に天井から一つが舞い降り、もう一つ床から巨大な何
かが競り上がって来て徒党に加わった。元から居たのを挟む様にして、右にごっついのと左にひょ
ろっとしたのが並び立つ。

「良いからやっちゃってよもー! ゆるせないんだから! 先ずは名乗りよっ名乗り」
「はいはいもー我侭なんだから…。それじゃあ裏方さんライトアップお願い」

 妙な口調のひょろっとした影がパンパンと掌を打ち合わせると、途端に周囲の光量が落とされて
高台上の三人に浴びせかける様に絞られた光が降り注ぐ。何時の間にこんな古めかしい城の中に科
学的な施設が出来ていたのか。裏方がいることにも驚きだ。
 先ず三人の中央に立つ人影が一歩前に出た。突き上げる様に豊満な体を露出度の高い水着の様な
衣装で包み、顔には表情の右半分を覆い隠す鬼の様な角の生えた仮面が一つ。三人の中で唯一の女
性で、妖艶さを隠しもせずにあたりに振りまいていた。丸めた皮の鞭を持った手を腰に当て、もう
片方の手の甲を口元にやって高笑いをしてみせる。そして、自らの名を叫ぶ。

「ジルタス!」

 それに続くのはやけに体格の良いそれこそ小山の様な男であった。上半身は筋肉の塊といわんば
かりに筋骨隆々なのに、それを支える下半身はやけに短くアンバランスだ。顔面を完全に中央から
赤青に分かれた奇妙なマスクで覆い包んで、殆ど全裸のような格好の背中に巨大な釘の様な物が刺
さっている。さながらフランケンシュタインの怪物が如く。己の体を見せ付けるように筋肉を膨ら
ませ、手にした巨大なペンチを振り上げやはり名前を叫ぶ。

「フェンダーク!」

 どんじりは左に居たひょろっとした体躯の男。両手にそれぞれ鋸と半月形の人を斬り易い鎌の様
な刃を持って、頭から肩まですっぽりと頭巾をかぶって怪しさ満点だ。手の中で鎌を投げて弄び、
ぴったりと顔に張り付かせた頭巾の穴から長い舌を伸ばしてニタニタと笑う。今までの口調のおか
しさそのままに、名乗りは一人だけ疑問文でなぜか会話調だ。

「リビオよぉー知ってる? え? 知ってる?」

 微妙に煤けた雰囲気を纏わせる鎧の三人を見下ろしながら、眩い光を浴びる三人組が声を揃えて
宣言する。三者三様扇を開くようにポーズを決めての、何処かでみたような光景に黒の騎士二人が
その頬や後ろ頭をポリポリと恥ずかしそうに掻いていた。

「我等、華の監獄トリオ! 髑髏のあの人の命により、裏切り者の拷問処刑に参上!!」
「あー…、俺達の時もあんな風に見えてたのか?」

 遠くの方で何かのたまう三人組はよそに、軽く眩暈を覚えた高温が耐え兼ねて空の弓手に訊ねて
いた。それにあえて正面を向いたままで、受ける弓手はこっくりと頷く。其処には何か、同じ世界
を見てしまったものにしか判らない暗黙の領域があった。

「しかしまぁ、思わずこっちもYの字にポーズ決めて、けん玉とステッキで戦いたくなってくるよ
うな奴らだな。せっかくだから仮面も赤くして、姫にはサイコロを着てもらうか、小さいし」
「私が青い仮面の方なのかい。と言うか年がばれるよ、普通に考えて。まあ、それはさて置いて…」

 こほん――とまた新たに咳払いをするのは常温の騎士。いい加減無視し続けるのも同じ様な事を
した者としては忍びないのか、他よりも一歩前に出て未だポーズを続ける三人組に語りかける。

「ふむ、言いたい事は色々あれども先ずは一つ。我々の連れが一緒に落ちた筈なのに、二人ほど見
当たらないのだが何か知っているかな?」

 自分たちの知らない情報は他から取り寄せるしかない。本来ならば敵に尋ねるなど在り得ない事
ではあるが、この手の手合いは存外に良い反応をくれるものだ。

「あらー、あらやだほんとだ、ひいふうみい一人足りませんねジルタス様。困ったな予定が狂っちゃ
うよもう、どーしましょう?」
「どうしましょうじゃないよ、このスカポンタン! お前の罠で一箇所に集めて、奇襲でやっつけ
る作戦だったんじゃないのさ。つべこべ言ってないで何とかおし!」
97我が名は? 5/21sage :2006/11/18(土) 06:02:47 ID:IfP38a0Q
                     5

 効果は予想以上で、ぺらぺらと良くもまあ喋る喋る。おかげで二人に追っ手の無い事と、大仰に
地下まで落としてくれた張本人もわかった。常温の横にゆっくりと進み出て、高温が乾いた空気を
纏いながら肩に黒剣を担ぎ上げている。仕返しの準備は万端だ。

「そんな事言ったって、天才だって偶には失敗の一つ二つ位するんですから。ええいしょうがねぇ、
こうなったらカチコミだ。いくぞーフェンダーク!」
「あいよう! ワイに任しておけば楽勝でまんねん」

 とりあえずそう言う事に為ったらしい。ひょろひょろのとマッチョが、手に手に凶器を持って襲
い掛かってきた。それを見て高温の騎士は口元に凶暴な笑みを乗せて大剣を正眼で構え直す。常温
の方も報復には乗り気で、手にした槍を軽やかに体の横でくるくると回してみせていた。だが、唯
一人空の弓手だけは乗り気がしないのか両手を頭の後ろで組んで床を爪先で蹴っている。

「僕は乗り気しないから今回はぱーす」
「おおっ! テメエは其処で寝てろや。この馬鹿共は俺たち黒騎士が片付けてやるぜ!」
「……、そうだな。アナタには残弾制限もあることだし、ここは任せてもらいましょうか」

 威勢よく宣言する高温の隣で、冷静な常温の騎士は空の弓手の行動に僅かな疑問を浮かべたが、
特に追究はせずに目の前の敵に集中することにした。もともと弓の鎧の気まぐれな性格は知ってい
るし、それよりも今は返礼が先だ。回していた槍を両手で保持し腰を屈めて構え、真直ぐに向かっ
てくる長身痩躯の方を迎え撃つ。
 始まった四人の戦を離れた所で眺める空の鎧。怠惰な態度のままその見えない視線は部屋中を彷
徨い、今か今かと期待に胸中をざわめかせる。

「さあ剣の人…、楽しい楽しい死体塗れの演劇の開幕だ…。今逢いに行くからねぇ…」

 呟きは虚しく監獄の冷たい建材に響くのみ。今はまだ、誰も先に待つ脅威などに気付くことは無
かった。鎧の内でけたけたと悪魔が笑う。


                     *

 一方その頃、剣の鎧と低温の騎士はと言うと…。

「さて、何時までもこうしているわけにも行かない。早く他の三人と合流しなくては、少人数であ
るこちらの方が危険だ」
「…じとー…」
「我々を罠に填めたもの達の脅威も気に掛かるが、なにより弓のの暴走が最大の懸念だ。今頃床を
転げ回る様にして、何か不穏当な事を叫んでいるに違いない。一刻も早く止めにいかなければ…」
「…じとー…」

 何とか取り繕ってシリアスに宣言してみたものの、帰ってくるのはジトリ視線。常勝の武士もこ
の攻撃にはなす術も無く、やれ困り果てましたと壁に手を突いて項垂れる。
 場所は先程墜落してひと悶着あった所から変わっておらず、お互い立ち上がって佇まいを直した
だけである。周囲にはやはり拷問器具が散乱しているが、壁の幅は狭く通路の途中に部屋を無理や
り広げたような印象がある。位置的には監獄第二層の南出入り口から、少し北に進んだ所であろう
か。やはり周囲に人気はなく、嫌に物静かな雰囲気である。あえて周囲から隔絶されたような、不
自然な人気の無さに懸念が浮かぶ。しかし、それよりもなによりも、今は苦悩が浮かび来る。
 低温の騎士は今や全身を隠す様に黒マントで体を覆い、仮面も目元だけの簡易版から顔全体を覆
う正規の仮面に戻していた。脱げていた帽子も被り直した防備完璧の上で、仮面に描かれた複数の
対の目の内の一つから威圧的な視線を剣の鎧に向けてきている。黒馬にこそ跨ってはいないがこの
堅固なまでのフル装備は、其処まで警戒されているのかと剣の鎧を恐縮させていた。

「その…、先程の事はまっこと申し訳なく想い…、重々反省をしているのだが…」
「…其処まで謝られることじゃない…」
「いや…、しかし無遠慮に女子に触れると言うのは、その…」
「…そんなに…、…触りたくなかった…?」
「ぬ、ぬぅ?! そ、それは…その…」

 長年戦場で培ってきた未来予知に近い直感が訴える、『この質問を肯定してはいけない、破滅を
呼んでしまう』と。しかし人として『触りたいです』と声を大にするわけにもいかず、ここにきて
剣の鎧の葛藤は最高潮。今までこんなに空っぽの兜の中身を総動員した事があっただろうか。
 答えに窮する剣の鎧に詰め寄る少女の黒騎士は、その実仮面の内では目を細めて微笑んでいた。
無論、際どい所を触れた直後に幼子の様に頭を撫でられた事に憤慨の念はあるが、別段嫌ってもい
ない剣の鎧の行為に嫌悪は無い。仕返し半分でフル装備しからかっているのだが、これが予想以上
に剣の鎧を狼狽させて楽しくて仕方が無いのだ。もう半分は純粋に照れ隠しである。

「…直ぐに手を離して…、…跳び退って逃げる位嫌だったのかな…」
「ぬう…、そんな事は無いが…」
「…やっぱりわざと触ってきたんだ…」
「ぬお!? ちがっ、そういう意味ではなくて!」
「…ふふっ…、…クスクス…」

 思えばこんなにも長く剣の鎧と言葉を交わした事は、今までそれなりに付き合ってきたが無かっ
たかもしれない。いつも寡黙なこの鎧は生前からもずっとこの様子だったのだろうか。弓の鎧との
付き合いは長いようで、殆どは二人での会話でしか口を開かない。だからもう少しだけ、と自分に
言い聞かせて。少女の騎士は監獄の奥へと剣の鎧を伴い歩み始めた。
 また虐めに近い問答を繰り広げながら進んで、幾つかの角を曲がると少しだけ開けた空間に出る。
東から西に向かって部屋の中央に高い段差が伸びており、部屋を三つほどに分断しほぼ分かれ道の
様になっている。段差の上には象徴の様に断頭台が置かれており、この場所が囚人監修のためにあ
るだけではない事を血生臭く匂わせていた。

「ふむ…、この静けさはやはり異常か。こちらに何も反応が無いという事は、やはり我ら以外が何
か策略に嵌め込まれていると見るのが妥当。問題は何処に居るかだが…」
「…人間達みたいに便利な機械は無いしね…。…じーぴーえすだったっけ…」

 一見、剣と魔法の幽霊悪魔超常現象魑魅魍魎蠢き蔓延り跋扈する科学否定的に見えるこの世界だ
が、実の所科学技術もかなりの発展を見せているのが現状である。
 身近な所では冒険者の全てに支給されるGPS機能を備えた小型の通信端末等が代表的で、魔法
と科学の融合において都市一つを空中に浮かべてしまった国まであるほどだ。とりわけ魔科学の発
展は凄まじく、古代から連綿と続く科学の世界が滅び去ってもなおこの世界の人間と魔物の隔たり
無く関わっている。
 だが、一介のオカルティックモンスター如きにそんな超科学の産物などが広がっている訳も無く、
仲間の姿を求めて彷徨い歩く二体の魔族の出来上がりだ。

「この場で決めなくてはならないのは西に進むか、北への道を選ぶかのどちらかなのだが…」
「…北にも道あったんだ…、…目良いね…」
98我が名は? 6/21sage :2006/11/18(土) 06:03:41 ID:IfP38a0Q
                     6

 通ってきた道から直ぐの所にやはり小さめの高台が置かれ、その上には悪魔を象った巨大な石造
が置かれていた。実はその石造の視線の先にも道があったのだが、苛められ苛めに夢中になってい
た二人は一度見落としてしまっていたのだ。なんとも武人らしからぬ失態。それほどまでに乙女と
は無敵なのかと誰かが思う。
 様は断頭台のある高台の方へ進むか、北へと抜ける横道を進むか二つに一つ。普段ならば直感任
せに即決しそうな二人であるが、罠が張り巡らされ戦力が分断されている以上歩き回るのは得策で
はない。この二択は今後を左右しかねない、そうと判っているので慎重にならざるをえないのだ。
二人揃って腕を組み、並んで首を捻ってうーんと一唸り。何か解決法は無いものかと思案して…。

「よし、これで行こう」

 不意に剣の鎧が腕組みを解き、腰に釣った皮の鞘から愛剣を引き抜いた。何時に無く真剣みを纏
わせて剣を逆手に持ち直し、その切っ先をこつりと石畳の床に軽く触れさせる。細心の注意を払い
ながら、剣を床から垂直に立たせてそっと手を離す。乾いた音を立てて倒れる肉厚の刃は、その鞣
革で包まれた持ち手を北に向けていて…。

「うむ、あっちだ」
「…そんな弓の人みたいなきめかた…!?」

 はっはっはっと誇らしげに笑い声を上げながら北を指差す鎧に、思わず物静かな口調のまま驚き
の声を器用に上げる低温。こうして二人きりでいると普段寡黙で質実剛健さを見せている剣の鎧で
あるが、もしかして意外と軽いノリがあるのかもしれない。普段は傍にもっと軽いのがいるので、
誰も気が付きはしないが。女の子の扱いに困ったり、行き先を運で決めてみたりと意外な面を見せ
てくれる。今まではまるで童話の中の勇者、語り継がれる英雄の様な存在だと思っていた。そんな
英雄にもこんな俗物的な所があるなんて。少しだけこそばゆい様な、だけど少しだけ残念な様な、
不思議な気持ちがする物だと低温は思う。
 きびきびと先に北に向かって進みだす鎧の後姿を見送って、慌てて追いすがり隣に並ぶ。横顔を
覗いても表情など見えないが、それでも新しい情報を手に入れた嬉しさで唇が綻んだ。遠くない過
去に古城の書物庫で盗み呼んだ本に描かれていた古の英雄に姿を重ねていたが、その英雄は聖人の
様に振る舞い悪を人を裁いていたものだった。彼はそんな本の中の英雄達と同じには見えない。だ
が、こんな人らしい一面を持つ英雄がいても良いのかも知れない。むしろ、この目の前の英雄の方
が嬉しいかもしれない、そう想い耽り微笑を一層強くする深淵の三騎士の紅一点であった。

「見つけたぞ、裏切りの背徳者共よ!」

 そんな幸せそうな背中を、巌の様な拳が打ち据え軽々しく跳ね飛ばすのもまた運命のなせるもの
なのか。
 石畳の床を低く滑空する体を、事態に気付いた剣の鎧が振り返り受け止めた。両足を突っ張りが
りがりと床を削りながら慣性に耐え、受け止めた体を横抱きにして抱える。腕の中の少女はぐった
りと体を預けながら、それでも仮面越しに何とか声を掛けようとして――ごぷっとくぐもった声を
漏らした。仮面を慌てて外すと口元を赤に染めて吐血しており、声を掛けるまもなく全身から力が
抜けてかくんと首が落ちた。さっ――と血液など無いというのに、剣の鎧の中で血の気が引く様な
感覚が巻き起こる。
 そんな折に、不意の襲撃者は尊大に声を掛けてきた。

「ふははは、先ずは雑魚を一匹であるな。我が絶大なる力を持ってすれば造作も無い事よ。さて、
名乗り遅れてしまったな。我が名は幻影、偉大なるグラストヘイムの覇者に仕えし最強の近衛にし
て影なり」

 力の無い体を床の上に横たえて、体を横向きにさせて口を開かせ口内の吐血を自然に流れ落ちる
様にしてやる。後は手足を使って体を支えるようにすれば、不恰好ではあるが窒息する事はないだ
ろう。かすかに体に反応があった為の応急的な措置である。

「我が前に平伏すが良い、愚かなる造反者達よ。我が力をもってして全てを消し去る時が来たのだ。
我を無視していなくなった上に態々探しに来てやった詫びも含めて、一切の愚行愚考を取りやめ、
我が必然たる粛清を受けるが良い」

 応急措置のお蔭か呼気が戻り、少しだけほっと肩の力を抜く。最後にまた脱げてしまった帽子の
下から現れた柔らかい金髪に手を置いて一撫でしてから、皮製の鞘を握り締めてゆっくりと立ち上
がった。次にするべき事は決まりきり、少女から離れて先程からべらべらと捲くし立てる敵へと対
面する。すぅっと静かに抜剣された刃は、持ち主の心を写したのか如く哀愁と荘厳さを纏わせてい
た。剣の柄が両手で握り締められ、切っ先が床に着く程に下げられていく。

「おい、貴様この我の話を聞いているのか? 我を誰だと思っているのか、この古城の主たる闇の
王の分身にして最強の近衛であるぞ。それともあまりの畏怖に口も聞けなくなったか。情けない矮
小さよのぉ。指差して笑ってしまうよまったくもう、はっはっはっはっはっ!」
「……言いたいことはそれだけか?」
「はーっはっはっ、はぁ…?」

 下げられていた刃が静けさの中持ち上げられていき、顔の前で騎士の礼の様に腹を見せて掲げら
れる。そして、次の言葉と共に刃を己と相手に向けて立て、突然の言葉に狼狽する幻影に向けて正
眼に構えた。

「ならば黙すが良い…、最早言葉等に頼る必要はない」

 ゆらりと、水が流れる様な自然な動きで剣の鎧が駆け出す。その思いを切っ先に乗せるように振
りかぶり、正面からぶつかるが如くに相対する敵へと疾走。するべき事等決まりきり、考えるまで
も無く、語るまでも無く、戸惑うまでも無い。話は非常に簡単だ。

「須く、問答無用!!」

 そこにあるのは、唯純粋な怒りのみ。城砦すらも斬り砕かんとする竜巻の様な斬撃が、幻影と言
う名の龍の逆鱗を突いた哀れな物体に襲い掛かった。


                     *

 場面は戻って、ぶつかり合う四つの戦人。交差する剣線は甲高い金属の悲鳴を響き渡らせて、互
いを追い詰め敵を蝕んでいく。剣撃は剣戟となって剣劇となり、命を賭けた演舞を繰り広げさせて
いた。

「だぁぁぁっ!! この筋肉だるまがぁぁぁっ!」
「んだらオンドレは真っ黒クロ助じゃぁ! ふんがぁぁっ!!」

 高温の騎士が振るう長大な黒剣がこれまた巨大なペンチで挟み付けられ、後はお互いの膂力任せ
の鍔迫り合いになる。元々小山の様な筋肉が更に盛り上がり唸り声を上げて押してくると、気合を
吐きながら高温も押し返し鎧に包まれた肉体を膨れ上がらせる。正に力対力の真っ向からのぶつか
り合い。お互いの肌に玉の様な汗が浮き、顎を伝って石畳の上に降り注いでいた。
99我が名は? 7/21sage :2006/11/18(土) 06:04:44 ID:IfP38a0Q
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 一方、槍を手にして敵の攻撃を受けに回る常温の騎士は、対戦相手の異様な素早さと手数の多さ
に翻弄され辛酸を舐めている。

「くっ、このあまりにも普通じゃない動き…。ここまで変則的だとは、厄介というものだな」
「ほほほほっ、ボクちゃんの素早さについてくるとはなかなかやるじゃあねーかい」

 ふざけた口調のまま跳ねるようにして襲い掛かり、両手に持った鋸と曲線を描く刃を振るう。大
きさが不揃いとは言え紛れも無い二刀の猛攻に加えて、性格が出るのかてんでバラバラな攻撃の狙
い目が正攻法を狂わせる。槍を両手の中で巧みに振るい攻撃を受け流しても、その幾つかは黒衣を
掠めその下の鎧に傷を付けていた。今はたいした傷ではないが、何時鎧の繋ぎ目に刃が入るか判っ
たものではない。何とか距離を離したいが、大振りでもしようものなら懐に潜られる。こうして肉
体的にも精神的にも進退窮まり、焦れが更なる防御の隙を生んでいく。ジリ貧とはこの事か。
 ――外的要因による転機が欲しい。援護射撃の様な明確な転機が。
 思考でそう判断し、それを次の思考が否定する。この程度の窮地で援護を欲するなど怠惰の極み、
自身を負かした弓の鎧に指を指して笑われてしまいそうだ。何よりも自分自身が許しはしないだろ
う。この程度の限界を超えられないで、どうやって仇を返すのか。胸の内で声を張り上げると、相
手の武器が二つとも振るわれる所を狙い小さく横から薙ぎ払う。武器を弾いた所から更に槍を指先
で旋回させ、左の側頭部を石突で強かに打ちのめす。短い悲鳴を聞きながら浮いた体を更に右から
蹴り上げててやると、ひょろ長い体が猛烈な勢いで横に回転しながら石畳に叩きつけられた。
 パンパンと自分で思わず拍手して、常温の騎士は目元を覆う仮面の下でその口元を綻ばせる。

「ははっ、私もまだまだやれるなぁ」
「隙ありだよっ!」

 笑みを浮かべる直ぐ下の首元に背後から細長い物が絡みつく。慌てて絡みついた物を掴んで首と
の隙間に指を通して窒息を防ぎ、次いで視線を下げて状況を確認する。蛇の様に絡み付いていたの
は人の皮膚位なら易々と切り裂いてしまえそうな太い編み込みの皮鞭であった。用途としては拷問
よりも明らかに殺傷が目的の武器である。こんな物騒な物を持ち合わせている者は、記憶の中には
一人しか思い浮かばない。常温は苦悶に口元を歪めながら必死に顔を背後に傾け、視線で直に奇襲
犯を捉えた。それはやはり、露出の高い衣装の監獄トリオ紅一点。

「何やってるんだい、このスカタン! 今の内に息の根を止めるんだよ。ずばーっと!」
「あいたた、アタシの美形顔が…。あらー、ジルタス様ったら素敵ー。そのまま押さえてて下さい
ね、ずばーっと殺っちゃいますからね、ずばーっと」

 大の字に倒れていたひょろ長いのが起き上がり、打ち付けて大きくなった鼻を擦ってから再び凶
器を構えなおした。いや、先程とは違い両手の武器を逆手に持って、両手を交差させながら体を窮
屈そうに縮ませている。肉食獣が獲物に飛び掛る寸前に見せるような強襲の構え。

「そうです、監獄名物agi型泣かせの即死級八連攻撃ソニックブロー! 今こそ発動の時なので
すよー、うぬぬぬぬぬっ…」
「もーぅ、いいから早くおしよ! こいつ馬鹿力で押さえてるの大変なんだから!」

 なんとなく、この二人にだけは倒されたくないなぁと思う。心底そう思った常温の騎士だが、現
実的には如何ともし難い状況である。酸欠で霞み始めた視界で迫り来る脅威を見据え、震える手で
槍を保持して何とか迎撃を試みるが心許無い。
 体を撓ませていた肉食獣がバネのように飛び上がって、凶器を振りかぶりながら飛び掛ってきた。
首にきつく絡みついた鞭も外せずに強く引かれ、身動きが取れずにこのままでは全ての攻撃を無防
備に受けるだろう。これはいよいよ年貢の納め時か。

「どぉぉぉぉりゃぁぁぁああああっ!」

 刃が獲物に食い込む寸前、横合いから怒声が上がり岩の塊の様な物が飛んできた。飛来物は中空
に飛んでいたひょろ長いのを巻き込み、一緒に縺れ合う様にして石畳の床に叩きつけられ遠くまで
転がっていく。良く見ると飛んできたのは高温が戦っていたはずの巨漢の拷問官だ。首に鞭を絡み
つけたまま視線を仲間の方に向けると、其処には両足で石畳を踏み抜き黒剣を上段から振り抜いた
姿勢で固まる黒騎士の姿があった。湯気が上がりそうな程に全身を汗に塗れさせて、ぜいぜいと荒
く息を吐いて呼気を整えている。恐らくは、あの超重量級の筋肉の塊を己の武器ごと持ち上げて、
強引に振り回してぶん投げたといった所か。それを示すかの様に両足は石畳を突き破り、黒剣の丁
度中央には抵抗の跡なのか削れた跡があった。あの巨大なペンチで食い付かれて、それでもなお抵
抗を押し切っての投げに精根尽き果てた様子だ。
 高温の騎士は暫く呆然と床を眺めながら息を整えていたが、自分の様子を窺っている仲間の視線
に気が付くと無理矢理口元を引きつらせて親指を立ててみせる。そして大仰に叫ぶのだ。

「おらぁ!! 何時までそんなおばはんにくっ付かれてんだ、さっさと抜け出しちまえ!」
「ははっ、普通に考えてそれは道理だな」

 そうなればやる事は一つ、首を引かれるままに相手の方に跳躍して近づき槍を一閃してやる。精
一杯引いていた持ち手は悲鳴を上げて後ろに倒れ込み、槍の穂先が皮鞭を中程から断ち切った。
 首に巻きついた分の鞭を解き取ると、未だ俯き気味で息を荒げている相方の傍まで下がり敵達か
ら一度距離をとる。監獄トリオの方もよろよろとしながら再び結集し、肩を組むようにして顔を突
き合わせなにやら悪巧みしていた。まだまだ、戦闘は始まったばかりだ。

「さて、次は何をしてくるのやら」
「こっちも三人揃ってれば不利にはならねぇのによ。クソッ!」

 両手で構え続けていた黒剣を肩に担ぎ直して、一人足りない三騎士の一人高温が忌々しげに悪態
を吐く。常温も気持ちは同じなのか、敵から視線を外さないまま詰まらなそうに床を蹴っていた。
やはり三人揃わないとしっくりこない。せっかく馬から降りている時のポーズも考えたのに、披露
する所か逆に見せ付けられてしまったし。黒騎士紅一点のお姫様は何処にいらっしゃるのだろうか、
切なくて溜息が出てしまう。まあ、憂さは目の前の奴らで晴らすから良いのだが。
 そうこうしてる間に敵の相談が終わったようだ。先程の様に三人デコボコと並んで、真ん中に立
つ紅一点が高らかに声を張り上げた。

「よーし、お前達作戦通りに行動するんだよ。今度こそ確実にあいつ等をとっちめるんだからね!」
「あらほらさっさー!」

 左右に並ぶでかいのと細いのは、両足を揃えて掌を見せながら頭の上に掲げピシッと敬礼してみ
せる。そして向かってくるのかと思えば、それは巌の様な筋肉の塊だけであり細い方は一目散に部
屋の奥へと走り去っていった。その行動を怪訝に思う前に、今度は巨大ペンチに並んで短くなった
皮鞭が直接襲い掛かってくる。先程はどっしり構えていたリーダー格が前に出ると言うことは、こ
れは何かあると黒騎士の冷静な方が普通に見抜く。熱い方はまた筋肉お化けとの力比べに入ってい
たのでそれ所ではなかった。飛んできた鞭を槍の中程に絡めてぎりぎりとお互いに引き合いながら、
接近した常温が対戦相手と言葉を交わす。

「大将自ら時間稼ぎか、何を企んでいるのかな?」
「教えてやると思うのかい? 見てるがいいさ、今に吠え面掻かせてやるんだからね」
100我が名は? 8/21sage :2006/11/18(土) 06:05:24 ID:IfP38a0Q
                     8

 それは楽しみですね――と仮面の下の唇が歪み、その姿が掻き消えるよう横に流れた。槍の穂先
の方を握ったまま、体を旋回させて相手の背中に張り付く。そのまま槍の石突側を掴むと槍と背中
で相手を挟み、槍を肩に担ぐようにして持ち上げ丁度首に掛かるようにして締め上げる。風が流れ
るような早業に驚く間も無く、息が詰まりがはっと喉がくぐもった悲鳴を上げた。身長差も手伝っ
てヒールを履いた足が易々と地を離ればたばたともがく。もっと両手に力を込めれば頚椎が砕けて、
縊り殺された無様な死体が出来上がるだろう。
 だが敵も然る者。両足を揃えて常温の背中を蹴りつけ、反動で体を上空に向けて回転させ首から
槍を外してみせる。ほうと感心する常温の肩に乗り、軽業師の様に飛び退いて空中から何時の間に
解いたのか皮鞭を振るう。断ち切られて直長い射程を誇る鞭の一閃を槍の穂先で払いのけ、重量の
ある剛槍をぎりぎり石突まで引いて長く持ち片手で突き出す。首を背けてかわされると、すぐさま
頭の上で唸りを上げて旋回させ鎖骨を狙って斜めからの二撃目を放つ。まるで剣の様に振るわれた
槍での斬撃に目を瞠り、あわやと言う所で後ろへ飛んで回避するも、切っ先が僅かに衣装を切り裂
いて唯でさえ高い露出度を上昇させた。
 いやんと以外に可愛い声を出して肌を隠そうとする相手に、常温はこれは失礼と抑揚無く呟いて
また槍を構える。もとより、これから殺す相手に抱く感情など殺意以外に無い。
 三騎士は空の鎧たちと行動は共にしても、その信念まで譲り受けたわけではないのだ。とりわけ
常温の騎士は、情にも流されずに淡々と行動を取るのみだった。普通に戦い普通に殺す、いたって
普通に勝利する。それだけは今までとまったく変わらない常温のポリシーだ。
 と、自分では思っていたのだが。
 どうにも、攻撃はどれも体の芯を捉えきれずに側面や体の端を狙ってしまう。身体能力は遥かに
自分の方が勝っていると豪語できる黒騎士であるが、その気であれば一瞬で相手を屠れる筈がそれ
が果たせないでいる。最初に首を締め上げたあの瞬間に、縊ってしまえばそれで終わりだったのだ。
それがむざむざと逃げられる等、遊んでいるとしか思えない怠慢だ。

「やれやれ、私も丸くなったものだ。普通に考えて…――」

 また際どい所を何度も槍の穂先が通過して、対戦相手に悲鳴を上げさせ衣服の体積を減らしてい
く。頑張れば即死はしないが、やはり致死量満点で繰り出される攻撃。何処が丸くなったのだと問
い詰めたい、小一時間問い詰めたい。漏れ出るささやきを聞きながら、涙を流して攻撃をかわす対
戦相手は心底そう思ったことだろう。
 そんな事はお構いなしに両手で次々と槍を送り込みながら、常温ははんなりと止めていた言葉を
続ける。

「――やはり彼の影響とは恐ろしいものだな」

 稲妻の様に只管槍を繰り出す常温の傍らで、三騎士が一人、高温の騎士もまた戦闘を終えようと
していた。一度ぶん投げられて流石に筋肉達磨も本気を出したのか、背中に刺さる杭や体の各所か
らバチバチと放電して更に筋力を高めている様だが、そんな物をものともせずにその顔面へ拳を叩
き込む。馬鹿の一つ覚えの様な鍔迫り合いに嫌気が差して、節に棘が付く禍々しい篭手がマスク越
しの顔面を強かに打ち抜いたのだ。全身全霊を両手の筋肉に集中していた所への顔面への不意打ち
は、食らった方には堪ったものではない。その大きな体を数歩下がらせ、其処へ追い討ちで剛剣が
振るわれ手に持つ巨大ペンチを弾き飛ばした。
 後はもう一方的に切り裂いて終わりかと思いきや、何を思ったか高温は剛剣の切っ先を石畳に突
き立てて普通の物より幾分か長い柄から手を離した。続いて背中に保持していた剛槍も同じ様に破
棄して、禍々しい篭手に包まれた人差指でちょいちょいと誘う。

「テメエなんざ素手で十分だ。きやがれ筋肉野郎!」
「へっ、漢やのうおんどれ。受けてたっちゃるわい!」

 二人の馬鹿が唸り声を上げて取っ組み合う。汗と熱気が飛び散る漢の肉弾戦が始まった。
 そんな二人を横目に見ながら、はあやれやれと常温が溜息を吐く。散々衣服を剥ぎ取られ、両手
で体を抱きしめるようにして座り込む対戦相手の鼻先に槍の穂先を突き付けて。はあやれやれと溜
息をまた吐いて、呆れたように呟いた。

「彼の影響で…、我々もずいぶん丸くなったものだ…」
「何処がだーーー!!!」

 対戦相手の紅一点、その叫びは正に適確だった。

「こらー! もう、ボクちゃんのジルタス様になんて事するのよもー! かーもうゆるさんばい、
これでも見てぶったマゲると良いのよ!」

 その時、高台の上の断頭台の裏から怒声が上がる。視線を向けてみれば、遠く果ての壁の傍に走
り去ったはずのひょろ長いのが小さく見える。なにやら石造りの壁をごそごそと弄ると、かぱりと
蓋の様に石の一つを外してしまう。その中にはでかでかと髑髏のマークが描かれたボタンが一つ鎮
座していた。正に押してくださいと言わんばかりの出っ張り具合に、ひょろ長いのは指差をなんだ
か卑猥にわきわきと蠢かせながら近づけていく。

「さあさあ、全国一千万の古今諸々の女子高生の皆様、お待たせしました! いよいよ今週の山場
ー! いでよ本日のびっくりでドッキリなメカ! はい、ぽちっとなっ」

 ひょろ長いのが朗々と宣言し、宣言通りにぽちっと大きなボタンが押し込まれる。途端に監獄の
建物に不気味な振動が奔り、ごごごごごっと地の底から不穏な地鳴りが響き渡った。
 そして、断頭台の真下から石畳を突き破り、先ずは両腕が突き出てきた。沢山の棘がつけられた
大きな車輪を先端に二つずつも装備して、その両腕が残りの体を床を押さえて器用に引っ張り出す。
ずんぐりとした鉄板を繋ぎ合せた丸い胴体が這い出して、それを支える極端に短く平べったい両足
が地面にずっしりと着いて体を支える。丸い胴体の胸の辺りには大きな穴が開き、燃料となる鉱石
を溜め込み体内に少しずつ飲み込んでいた。頭頂部には四角い操縦席が伸びていたが、そこに本来
居る筈の工事帽を被ったピットマンと呼ばれる黒い霞の様な幽霊の姿は無い。無人のままに自動で
動いているようだ。渾然と姿を現す鋼鉄の巨躯は、高く高く天井にまで届きそうな程高く聳え立つ。
 その光景に、子供の喧嘩の様に殴り合っていた高温の手が止まる。常温の方もぼけっと巨体を見
上げるのみだ。その隙に良い様にやられていた対戦相手達がへこへこと逃げて行き、監獄トリオが
勢ぞろい。鋼鉄の巨躯の前に出て三人して小躍りし始めた。
 置き去りにされた黒いの二人が棒立ちのまんま、お互いを横目で確認しあいながら言う。

「ああ言うのと戦うのは三騎士様の仕事じゃねえよな?」
「ああ言うのと戦うのは剣の人達の仕事だな。普通に考えて」

 それから二人で揃って背後を振り返る。先程は気が乗らない等と言っていた『剣の人達』の『達』
の部分を占める人を探すためだ。寝てろと言われた彼の事、素直に寝転がってだらだらしているこ
とだろう。
 あんな巨大で立派で硬そうなのを見たら、最早過去の因縁などと言っている場合ではない。縋る
思いで振り向いて、二分の一秒で大絶望。二人はがっくりと肩を落とす事となった。視線の先に望
むものは存在せずに、仕方なく二人は再び鋼の塊と向かい合う。

「墓碑銘は何にしようか。普通に考えて、深淵の騎士では味気なさ過ぎるよな」
「墓立てられるほど死体が残ってりゃ良いんだがな。クソッ! あの馬鹿は何処行きやがった!」
101我が名は? 9/21sage :2006/11/18(土) 06:06:14 ID:IfP38a0Q
                     9

 弓の鎧の姿は部屋の中に影すらも無かった。一見いい加減で怠惰で怠け者のように見えても、理
由も無く仲間を見捨てて逃げ出す様な無粋な真似をしでかす輩とは思っていなかった。なので二人
の黒騎士には相当のショックだった。何かの間違いなのか、自分達の目が狂っていたのか。なんに
せよ今は落ち込んでいる暇など無い。
 巨大な獣の唸りの様な轟音が轟き、操縦席の直ぐ横の細長い煙突から黒煙が吐き出され鋼鉄の巨
体が細かく震えだす。その操縦席には何時の間によじ登ったのか監獄トリオの煩いの、ひょろ長い
頭巾の人が納まって玩具の様な操縦桿を握り締めていた。
 溜息を吐きながら、二人の騎士が揃って黒剣を得物に選んで並んで構える。

「生きて帰れたら、とりあえず普通…いやかなり本気で」
「あの馬鹿をぶん殴ってやるぜ!!」

 そうして二人の黒騎士は、見上げる程の鋼の巨体に怖気もせずに踊りかかっていった。


                     *

 一方、剣の鎧は無作法な襲撃者と激しい戦いを繰り広げようと――以下略。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいボクがわるかったですごめんなさい赦してくださいごめ
んなさいごめんなさいもう死にますごめんなさいだめです死にますこれ以上はきけんですごめんな
さいやめてくださいおねがいしますゆるしてゆるしてごめんなさいごめんなさいごめんなさいやだ
こないでごめんなさい、ごめんなさいいいいいっ!」

 魔法や剣戟などであちこち傷のついた瓦礫塗れの石畳の床の上に、なんかズタボロになったでか
いモノが蹲っていた。というか殆ど地に平伏すようにして正座し両手を突いて土下座している。そ
の長い頭をぐりぐりと地に擦り付け、穴だらけになって解れたマントに身を包ませてプルプルと小
刻みに震えていた。
 そんな縮め込ませても大きなままの体を仁王立ちのまま見下ろして、剣の鎧は全身からどす黒い
闇を立ち上らせていた。以前、小うるさい梟の男爵を砦ごと両断せしめた闇を再び剣に纏わせて、
城砦を丸ごと切り裂く程の濃密な闇を今回は引き伸ばさずに短く取り扱った。
 本来、属性と言うものは牙を向く相手を選ぶ。幻影の持つ属性は不死の属性、闇の刃はその体を
傷つける事は出来ない。だがしかし、刃は通さずとも打撃は伝える。剣本来の切れ味を損なう事で、
あえて鈍器として取り扱った。
 つまりは、鉄の塊を芯にしてその上から高濃度に凝縮した闇で包み込み、しこたま殴った殴った
殴った殴った殴った。泣いても殴った。叫んでも殴った。気絶したら殴って起こし、起き上がった
らまた殴って気絶させた。飽くほど殴って漸く気が済んで、今やっと最後の気絶から復帰した幻影
が平伏している所である。
 がつんと剣の切っ先を地に突き立てて、剣の鎧はその柄に両手を乗せた。その音でびくんと蹲る
幻影が体を震わせたが、特に気にすることも無く剣の鎧は呟きを漏らす。もの悲しげな、それでい
て地の底から響く様な重みのある声色で。

「なぜ連れの騎士を背後から襲う様な――いや、今はそれはいいか…。なぜ私を先に狙わずに連れ
を狙った? 貴様らの目的は我が存在の消去ではないのか?」
「は、はい、それはアナタ様の周囲の勢力そのものも抹消すべき汚染物と判断されたからである…
…いや、でありますです、はい」
「……私一人が消えてすむ問題ではなくなったと言うことか」
「と、当然であろう、一度造反したものを再度徴用するほど我らが勢力に疲弊は無い。寧ろ無尽蔵
であるが故の廃棄判断である」

 まあ私の独断なんですけどね――と、後に続くが剣の鎧は最早聞いてすらいない。
 自分自身が気に入らないのであれば自分だけを狙えばいい。そう問うて見ても帰ってきた返答は
望むものではない。病巣の一斉排除、確かに理には適っているだろう。しかし、それは納得できぬ
と剣の鎧は思う。なぜ、よりにもよって仲間からなのか。何よりも先ず直接本人に申し立てるのが
筋であろうに。実力行使もまた然り、逃げも隠れもしていないのに姑息ではないか。
 だが、そう思うと同時に敵の言うこともわかってしまう。無体を並べるだけの童子にあらず、戦
士としても敵は急所から突くべきだとは理解している。それでも、それでも納得は出来ない。理解
は出来るのに納得するわけには行かない。その上で、現実は容赦なく牙を剥いてくる。納得出来な
いと言うのに、次から次へと問題が山積みだ。自由に戦うと言うことの、なんと困難な事か。
 理不尽さにぶるぶると両手を握り締めて震え、胸中の思いが口を吐いて零れる。

「また…………、私のせいで誰かが傷付く様になってきているのだな…」

 それは、忘れていたはずの過去との既視。封じ込めたものがじわじわと胸中に湧き上がり、胸も
喉もないのに吐き気を覚えて剣に寄りかかる。両膝をついた姿に幻影が顔を上げるが、意に介した
風も無く体を縮めさせていた。肉体在りし時の名残がぜいぜいと息を荒げさせ、鎧だけの体が小刻
みにぷるぷると震える。
 するとこっそり見上げていた幻影が、ぎょっとして目を見開いた。がらんどうの筈の兜の中に、
明滅する様に顔の輪郭が浮かん出は消えて、震える体に促され苦悶の表情を浮かべている。ただの
中身の変な造反者ぐらいにしか思っていなかったから驚きも一入だ。自分の上司は何も教えてくれ
なかったなぁとちょっと切なくなっていた。
 その間にも剣の鎧はおかしいと思いつつ、止められない体の反応が不思議と可笑しく感じられて
いた。こんな人間らしい反応が、今だ出来るなどとは。普段から名も顔も捨てたなどと豪語してい
る割に、随分過去に引きずられるではないか。面白可笑しくて腹が立つ。食い縛るための歯すらな
いことが余計に苛立たしい。蹲って背中を丸めるぐらいしか対処がないと言うのが、本当に情けな
くて余計に背中が丸まってしまう。
 そして、そんな背中に肯定の言葉が投げかけられた。

「その通り! そして君はまた失うのだよ、無様に逃げ出した過去の様に!」

 がばっと顔を跳ね上げて先ず確認するのは、目の前の跪いたままの幻影。目など無い空っぽの兜
を上げられただけなのだが、強烈な視線を感じて睨まれた方はぶんぶんと長い頭を必死で横に振る
う。これ以上殴られたくないのに、侮辱つきの喧嘩売り込みなんてしたくも無い。この瞬間に命を
賭けて、疑いを晴らすことに一心不乱で首を振り続けた。
 では言葉の主は誰なのか。無理矢理体を突き動かして立ち上がると、剣の鎧は周囲に首を廻らせ
声の主を探し始めた。

「誰だ、姿も無く侮辱を飛ばすが汝の礼儀か。即刻姿を現すがいい」
「俺だよ俺俺、直ぐ傍にいるのに気が付かないのかーい? にひひひ」

 果たして、声の主は直ぐに見つかる。何の事は無い、直ぐ後ろに立っていたのだから造作無く見
つけることは出来た。剣の鎧と同じく中身の無いがらんどうの体に、少しだけデザインの違う兜の
羽飾り。肩には弓を携えて、二の腕に赤い布を巻いている。ちゃんと火の玉も三つ頭の上に浮いて
いた。それは見覚えのある、まごう事無き相棒の姿だ。

「君の相方のレイドリックアーチャーじゃないかー。嫌だなぁ、忘れたんですかー?」
「弓…の…?」
102我が名は? 10/21sage :2006/11/18(土) 06:06:55 ID:IfP38a0Q
                     10

 聞きなれた声が響き渡る事で嫌でも認知させられる対峙者の認識は、出来れば他者であって欲し
いという願望を見事に打ち砕く。まさか自分を貶した相手が自分の相棒であるとは思えず自失して
呆然とする剣の鎧に、構わず相対する弓の鎧は兜の中にうっすらと幻視を浮かべながら口を開いて
いた。にたにたと何処かで見せた逆なでする様な笑みに歪みながら。

「はははっ、まあ自分自身の死んだ理由までころっと忘れるような奴だから、相棒の事だって忘れ
ちまうかもしれないねぇ。今だって幼女と戯れていて、すっかりこっきり他の連中なんか忘れてた
くらいだしー」
「なっ、弓の…幾ら親しい仲とは言えこれ以上の侮辱は…」
「何、怒ったの? でも本当の事じゃないか。剣のが考えていることは何時も何時でも自分のこと
だけー、つき合わされてるこっちばっかり苦労して剣のは美味しい所だけ持っていく。やってらん
ねー、らんねーなー」
「本当にどうした…、いつもの愚痴とは思えん…」

 何時もとはベクトルの違う弓の鎧の異常性に疑問を抱き、片手で肩を掴んで思わず揺さ振り立て
ていた。それを煩そうに跳ね除ける弓兵は、逆に両手で剣の鎧の肩を掴みずいっと兜を寄せてくる。
親しみでもなんでもない、その行為に含まれている敵意のみがひしひしと伝わってきた。

「それで? 今度は好き勝手してる剣のじゃなくてその周囲が狙われるって? ばっかばかしい、
なんだよそれは。巻き込まれて迷惑してるのに命まで狙われるんですかー? しかも張本人は強す
ぎでのうのうと生き残ってるのに。深淵トリオも僕も先に殺される確立高すぎだよねー。それって
さー、……最低じゃねぇ?」
「……」

 見知った存在から次々に吐き出される猛毒は、深々と剣の鎧の胸中を抉る。その言葉の群れ達は
正につい先程まで身を震わせていた禍根の中心を劈く痛恨の一打に相違ない。言葉のメスで切り裂
かれ、解剖されていくことの苦痛にまた体が震え始めた。
 そんな震える鎧を眺める相手はクスクスと満足げに笑って。傷口を嬉々として抉り広げていく。

「で、ここからが本題…。こんなケースが過去にもあったことをその空っぽの兜の中身は覚えてい
るかな? いるのかな、かな?」
「過去にも…同じ事が…?」
「今必要なのは『何故』じゃない。今必要なのは『何が』正にこれだ。過去に何があったのか。僕
は知ってるよー、知っているよー。けーんのー」

 戦い方は魂が覚えていた。今のこの体はそれを再現しているに過ぎない。覚えていると言うこと
は過去があるという事で、しかしてこの体も魂もそれ以上は覚えていない。失った過去に何がある
と言うのか、何も知らないこの身には計り知れない事象だ。だが、今この瞬間剥き出しの柔らかい
部分に土足で踏み込まれている。その痛みに魂が悲鳴を上げて身体がガクガクと震えていた。顔が
あれば、きっと涙を流している。痛い、とても痛いものに触れられている。

「かつて…赤い竜巻と呼ばれた剛の者ありけり。君が覚えているのは戦いに関することやそれに追
従するものだけで、肝心の自分が彷徨う様になった理由を覚えていないんだったよね。教えてあげ
ようじゃないか、たいした理由でもないし…ね?」

 げたげたと兜の中で何かが笑っている。
 肩を掴まれ額を突き合わせているだけで身体の震えが酷くなりそうだ。恐怖していると自覚でき
た。それは目の前の存在になのか、それとも…知りえない過去を突きつけられる事への畏怖なのか。
 げらげらと兜の中で何かが笑っている。

「強すぎるものには常に制約が付きまとう。これは変えようの無いこの世の理、人間と言うものの
持つ醜く弱い部分のしみったれた防衛機構さ。剛の者であった君の両足にも枷の様に縋りつくもの
があった。それは敵であったり、味方のなかの嫉妬であったり。背中にも肩にも這い上がってきて、
強さの代償の様に君に圧し掛かる重荷たちだ。何時しか味方は君にとって唯の荷物に成り下がる。
そう、今と同じさ。昔と変わらない足手まといとの矛盾した集い。君を利用するために連なる巨大
なるエゴの連鎖。雁字搦めに嵌め込まれ身動き出来ずに蹲る」

 もちろんそれだけではない――そう呟くと一度言葉を区切り、両手を肩から外して弓の鎧はくる
くると芝居がかった仕草で踊るようにして距離をとる。背中を向けたまま両手を広げて天を仰ぎ、
続けて言葉を繰り出した。

「君の大切な家族。確か娘さんがいたんだっけねぇ…。あれも君は邪魔になった」
「なっ! ぐっ、それはちが――」
「――ちがわない。だって君の対処はそれを証明しているもの」

 記憶の中にかすかに残った戦い以外の記憶。やわらかい頭髪に指を這わせて、優しく撫でてやっ
た記憶だけは確かに覚えていた。それを踏みにじられて、思わず激昂するも、直ぐに言葉をさえぎ
られる。
 止めを刺すように、指を突き告げながら弓の鎧は言葉を放った。

「君の死因はね、剣の…。君は自らの首を掻き切って自殺したんだよ」

 兜の中でガンガンと哄笑が弾けた。笑っているのは一体どっちの鎧なのか、頭が混乱して把握で
きない。いっそおかしくなってしまえた方が、剣の鎧には幸せだったのかもしれない。聴かされた
言葉が放心して身動きが出来なくなった状態でも、魂の中に染み込むようにして理解させていく。
 死人を鞭打つ弓の鎧の言葉が続く。

「自殺、そう自殺さ。背に腕に肩に脚に絡まり重圧だけを寄越して来る柵と言う縛鎖から逃れるた
めに、君の取った行動は自らを殺すと言う逃げに他ならなかった。逃げたんだ、君は最低の解決法
で柵を捨てたんだよ。さぞ満足だろうねぇ、名前も顔も忘れて今こうして好き勝手に暴れる事が出
来て。しかし、今また自殺してまで手に入れた自由は侵されているんだっけね。ま、それもまた以
前の様に逃げ出して解決するんだろうからまったく問題は無いんだろうけどー」

 なるほど――と理解してしまった瞬間に両膝が落ちた。今度は支えになる剣も共に倒れ、両手を
直に突いてがっくりと項垂れる。
 そんな無様な姿を満足げに見下ろして、明滅する口元でにやにやと弓の鎧が笑っていた。中身が
欲求を抑えきれずに、思わず項垂れる頭を踏みたくなるが、其処はぐっと我慢して話を続けなくて
はならない。唯傷口を開くだけでは、この中身は満足などしないのだ。
 記憶は浮き上がらせた。ならば後は植え付けなければ意味が無い。態々改変してまで切開してい
る意味が無くなってしまうではないかと、中身が舌なめずりして獲物を見下していた。

「もういいじゃないか剣の…。君は完全無欠のヒーローなんかじゃないってことは自分でも良くわ
かったろう? いや、もしかしたら君を自殺なんかに追い込んだのは、君の周囲の人間達のせいか
もしれないね」

 ぴくんと、蹲る鎧の肩が震えた。その反応をしっかりと見届けた上で、傷口に擦り込むようにし
て半透明の唇が甘言を吐く。
103我が名は? 11/21sage :2006/11/18(土) 06:07:41 ID:IfP38a0Q
                     11

「君もたっぷりと見たはずだよ、人間の醜さ独善さ不愉快極まりない負の感情等々。救い様の無い
腐りきった人間共を何故そうまでして守るのか。もういいじゃないか…、君を追い詰めた人間なん
かに義理立てする必要は何も無いじゃない。見てごらん自分の身体を」

 言われるままに掌を眺めて、次いで視線を体に這わせてみても、見えるのは唯空虚を纏う鉄の皮
膚。一目瞭然、人間ではない。そんな判り切った事実を突きつけられても、皹の入った魂はぎりぎ
りと締め付けられて悲鳴を上げていた。
 逃げ出したと言う自分と、自由奔放に暴れまわっていると言う自分と。言われれば確かに、否定
しきれない物が胸の中にわだかまっていた。突きつけられた物は事実なのだろう。確信する度に、
体から力が抜けていく。急速な喪失感が寒気となって空洞の体を震えさせ続けていた。

「君はもう人間じゃない。唯のモンスター…魔族じゃないか。魔族が刈り取るべきは魔族ではない、
人間達の刈り取りこそが由緒正しき我らの目的ではないかな?」

 流石に剣の鎧は、それは違うと即座に反発しようとした。だが、声が出ない。魂も震えない。そ
れどころか、聞こえてくる言葉の甘美さに、素直に聞き入ってしまいそうになっている。まずいと
思ったがもう遅い。なぜならもう、抵抗しようと言う意思すら湧き上がって来ないのだから。

「三度言おう剣の鎧よ、もう良いだろう人間の味方などをして戯れて遊ぶのは。粗悪な殻を脱ぎ捨
てて、己が本来の力を己が当てはめられた地位を取り戻すが良い」

 響き渡る声に抗えない。知らず蹲っていた体を起こして、左手が右の赤く染まった肩当を掴む。
右の手は自らの頭――兜を鷲掴みにし、今にも零れそうな中身を押さえつける。否、体は勝手に開
放を望み、少しずつまやかしの殻を引き剥がさんと力を込めている。
 これは開けてはならない箱だ。中に何が入っているかなど知りはしないというのに、本能が開け
ることを否定する原初の恐怖を突き付けて来る。そこに理屈など無い。
 これを決して開けないというのが最初の誓い。鎧の体が覚えている最初の記憶だ。理由などわか
らないが、開けてはならないと言うことだけを理解している。いや、理由も知っているはずなのだ。
中途半端に再生された記憶が恨めしい。幻惑の力で思考が混ぜられている。何が真実なのかは、最
早自分自身にすら判らない。

 この箱は…、開けてもよかったのだろうか…?
 この箱は…、開けなくてはならないものなのだろうか?
 この箱は…、人間を滅ぼすために開けなければならない?

 思考が交錯して何が自分の思考なのか、与えられた命令なのか理解できない。混乱は境地に達し
ているのに、両の腕は自立してぐいぐいと箱の蓋を剥がしに掛かる。張子の頭の中で響いている哄
笑は、自分自身の内なるものが上げているのだろうか。認識できない、思考が進まない、意識が汚
泥に包まれる。――なんで、抵抗しているんだったっけ?

「さあ解き放て。そしてのうのうと生きる人間達に嫉妬し、世界を我が物顔で侵略する奴らを憤怒
の炎で焦がしてやれ。色欲にただ怠惰に溺れるが如く虫けらを憎悪し、傲慢の権化として殺人を楽
しむのだ。そして、この世の全てを強欲のままに暴食せよ!」

 小芝居の様に身振り手振りを加えて、立ったままの方の鎧が高らかに声を張り上げた。目的の内
の一つに今一歩とまで迫り、俄然演技にも身が入るというものだ。七つの大罪を全て犯してしまえ
と、誘惑と幻惑の命令が高らかに放たれる。
 魂はもう鷲掴みにされた。抗う必要性を感じられない。掌に包まれた兜の奥で、赤の相貌がくっ
きりと浮かび上がり殻の隙間からじろりと世界を睨み付けた。
 最後に残った理性が断末魔の様に叫ぶ。願わくば…、この不甲斐ない頭の後ろをガツンと一発強
打してくれと。

「貪り尽くせ! そして取り戻せ! 貴様の本来の名は――」
「そこまでだ下郎が!」
「…どぉりゃぁぁぁぁぁっ…!!」

 純然たる魔力の塊がくるくると踊る弓の鎧へ向けて放たれる。それと同時に裂帛の気合と共に剛
槍が横に薙がれて、その太い幹が膝立ちになっていた剣の鎧の後頭部をしこたま殴りつけた。踊っ
ていた鎧の方はいとも容易く魔力の塊を掌で撫ぜただけで受け流したが、殴りつけられた剣の鎧は
そのままごろごろと前転を繰り返して壁際まで吹き飛んでいく。踊る鎧は最後に恭しく一礼して演
舞を取りやめ、彼にとっては無粋となる闖入者を兜の奥から凝視した。
 視線の先に在る者は二人。一人は口元にこびり付く吐血もそのままに、手にした槍に縋る様に立
つ深淵の少女の騎士である。そして、弓の鎧が心底驚愕したのはもう一方の、先程まで無様に土下
座して泣き言と謝罪を叫びまくっていた闇の幻影だった。こちらは決まり悪そうに髑髏の顔を偏屈
に歪めて、黒騎士の隣に並び立ち突き出していた手を戻して腕組みをする。

「貴様のやり方は気に食わんのだ。ねちねちと陰険に相手を追い詰めるなど、人間共の愚かな生き
様よりも虫唾が走る」

 フンと鼻を鳴らして三対もある目を閉じて顔を背ける幻影。それから慌てた様に向き直って――
別にこいつらを助けようとしたわけじゃないんだから、勘違いしないでよね!――とかなんとか。
 隣の黒騎士の少女は血で汚れたフルフェイスの仮面を諦めて目元を覆う仮面を着け直し、小さい
体では持て余しかねない長大な槍を軽々と扱い腰を落として構える。両者共に胸中の意思を態に現
した不動の構えで、転がっていった剣の鎧を庇う様に弓の鎧の前に立ち塞がった。
 それを視線に収めては、弓の鎧はやれやれと両手を軽く掲げて首を横に振る。その拍子に頭上に
漂う三つの火の玉が、ぼっと膨らんでから火の手を弱め掻き消えてしまう。

「やれやれ、まさか幻影殿にまで邪魔をされるとは思いもよらなかったな。髑髏の君は些か息子殿
を甘やかしすぎるきらいがあるなぁ」

 それはいかんな、と弓の鎧が軽く腕を振るう。何気ない腕の一閃は、まるで纏わり付いた霧を払
うかのごとく軽やかに。それだけで離れていたはずの幻影の巨体が消し飛んだ。
 とは言え別にこの世から消え去ったわけではなく、剣の鎧の転がりついた壁にその巨体を深々と
減り込ませてあっさりと気絶していた。よくよく気絶に縁のある奴である。
 気絶した幻影の代わりに驚愕したのは少女の黒騎士だった。自分の直ぐ横を不可視の何かが過ぎ
去って行くのは肌で感じられたが、弓の鎧が腕を振るってから攻撃が到達するまでの間隔がほぼ零
に等しかった。外見は見知った弓兵だと言うのに、その中身は明らかに別物だ。困った事にまった
く勝てる気がしない。
 ちらりと仮面越しの視線を背後に送り、自分で殴り飛ばした剣の鎧を見やる。未だ這い蹲ってぴ
よぴよと頭の上で星を散らしているが、先ほどの様に震えながら自らの鎧の体を引き剥がそうとは
していない。兜の中も空っぽに戻って、あの氷の如く怖気のする様な赤い眼光は見えなかった。ま
だ安心できる段階ではないが、頭を殴られて思考へダイレクトに干渉する幻惑は解かれている可能
性が高い。後は時間が彼を元に戻してくれる。
 ならば勝てないまでも、稼がねばならないものがあるだろう。

「…あなた…、…明らかに弓の人じゃないよね…」
「はははははははは、そんなどうでもいい事を今更尋ねるのか。まあいい、この変装には気合を入
れて演技したのだからせめて解説位しないと割が合わんというものだ」
104我が名は? 12/21sage :2006/11/18(土) 06:08:19 ID:IfP38a0Q
                     12

 得にあの電波っぷりはもう念入りにね――等とぼやいてくつくつと肩を揺らして笑う鎧。またも
大仰な仕草でくるくると踊りながら、芝居がかった口調で声を張り上げ己が存在を証言する。

「いかにも私の中身は君達の知り合いとは別物だ。別段化けるのは誰でも良かったんだがね、やは
り親しいものの方が内側には入り易いからな。そう、お嬢ちゃんに化けて先ほどの様な甘く切ない
芳醇な空間を味わってもよかったなぁ。アレは中々に背筋がゾクゾクしたよ」

 最後の言葉にさっと少女の頬に赤みが差す。羞恥ではなく憤りによる赤は、目の前の存在の物言
いにより侮辱されたと思ったのだ。槍を掴む手にぎりぎりと力が篭り、今にも飛び掛らんばかりに
前傾姿勢をとる。
 刺し貫く様な視線を受け止めてなお、踊る鎧はけらけらと笑っていた。その姿が不意に、回転に
合わせて別物へと変化する。弓兵から黒騎士へ、黒騎士から気絶したはずの幻影の姿に。幻影から
最後に、少女が背後に庇っている剣の鎧と同一の姿へと代わると、漸くと踊りをやめて深淵の少女
に向き直る。

「私はね、黒騎士のお嬢ちゃん。とてもとても遊ぶのがだーい好きなんだよ…」

 瞬間、少女の背筋をゾクリと冷たい物が這い上がっていくと同時に、全身から感覚が抜けて両手
で保持していた槍を取り落とした。首から下がまるで切り落とされたかの如く言う事を聞かない。
苦しげに息を漏らして全力で四肢を動かそうとしても、僅かに震えるだけで鋳型に嵌め込まれた様
に動きはしなかった。
 けたけたと笑う剣の鎧の姿の何かが、カシャカシャと拍車を奏でてゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、動けない黒騎士の少女の傍らに立つと、手にしていた抜き身の両刃剣を黒衣の隙間からそ
の細い首筋に突きつけた。ぷつりと薄皮が切られて珠の様に赤い体液が浮かんでくる。

「だからこんな風に、大好きな大好きな人に心を抉られたり、無残に殺されたりした時の獲物の表
情は大変なご馳走だ。どうだね? 外見だけとは言え愛しい人に刃を向けられている気分は。この
ままさっくりと六葉茜に染め上げるというのも中々に甘美だが、やはり涙の一つも流してもらえれ
ばそれもまた美しいといえるだろう。どうかね、心の中身を抉られる痛みは感じるかな?」

 声色まで聞き知った剣の鎧の物に真似て、目の前の禍々しい者が何か口走っている。先程誰かが
虫唾が走ると言っていたが、これはそれ以上の陰険さと嫌悪感だ。人の絆の中に土足で踏み込むだ
けでは飽き足らずに、踏み荒らすこと自体を楽しもう等とは暴虐の極致。もし体の自由が戻るのな
ら、即座に首を跳ねて寸刻みにしていた事であろう。だが、声も出ない今の体では睨み据えるので
精一杯だ。歯痒さに奥の歯をぎりぎりと音を立てて噛み締める。
 その表情に何か感じ入るものがあったのか、剣を突きつける者は満足げにふむと声を漏らした。

「やはり裏切りによる絶望を引き出すには少々策略というデコレーションが足りないな。今の表情
もそそる物があるのは確かだが…。いや、乙女の嫌悪と憎悪というのもまた味わい深い」

 舌があったらなめずりしていそうないやらしい声音。少女の騎士が目の前が紅くなるほどの怒り
を覚えた時、ほぼ同時に突き付けられた刃がぐっと押し込まれた。肉厚の刃は触れただけでは大仰
に血を吹かせたりはしない。本来は叩きつけて断ち切るのが目的の刃だが、刃物である以上引かな
ければ刃筋が立つことはない。それでも鋭利な刃が喉の皮を薄く裂いて、喉を軽く圧迫してくる。
つっと刀身に紅が流れた。

「ぱっと散ろう。艶やかな紅い花となればこれ以上無い至福が私の背筋に走るに違いない。あいや、
彼風に言うならば『汝、己が喉より鮮血を迸らせて華となれ。それ即ち我が身震わす眼福よ』って
な感じかなぁ?」

 ケタケタケタと笑いは最高潮になった。悔しさも限度を超えて、眦から思いが零れるように涙が
溢れた。こんな奴に思うままに剣の鎧の姿と声を使われるのが何よりの屈辱だ。刃を引くというな
ら引けば良い。なれど最後まで貴様の望むような絶望など抱いてやるものか、と強く相手を睨み付
けぐっと唇を引き結ぶ。
 だが、その思いと涙こそが最高の至福とばかりに哄笑が強まり、ついに刃を掴む手がゆっくりと
花よ開けと動き出す。

「さようなら黒騎士のお嬢ちゃん。君の咲いた後の花を見て彼がどんな顔をするのか今からとても
楽しみだよ」
「そんなに喉裂きが好みなら、先ず己自身の物を掻っ捌けこのド外道が!!」

 刹那、まったく同質の声音の異句が連なり、少女の騎士の視界を背後から黒い線が通り過ぎてい
く。それは金の髪を僅かに道連れにして、喉元に突き付けられた刃を根元から両断しその持ち手す
らも貫いた。同時に、金縛りが解けて黒騎士の少女が座り込む。顔を蒼白にして両手で喉元を押さ
えるが、傷口は浅くほんの少し出血している程度であった。
 その胸板を貫かれた鎧はさして苦しむ様子も見せずに飄々と声を上げる。

「漸くお目覚めかヒーロー。危うく愛らしい野苺を丸呑みしかけたではないか、登場が遅いのだよ」
「ならば貴様はヒール…悪党か。些か度し難い貴様の所業、最早口も開きたくない。一日にこんな
に怒り心頭に発したのは久方ぶりだ」

 まったく同じ姿の刺される鎧と刺している鎧が対峙する。己が手に持つ剣に闇を纏わせ延長とし
て刃を成させて貫いているのは、吹き飛ばされ星を見ていた剣の鎧。その右肩は他の鎧との差異と
して赤く紅く染め上げられている。大して貫かれる側はその左肩が赤い。鏡写しの様に酷似する二
体の鎧は睨み合い、片や怒りと片や笑いで身を震わせる。胸当てを貫かれていたはずの鎧が、ふっ
と姿を消して…。無傷の姿でまた剣の鎧の目前へと現れた。

「怒っているかい? 怒っているかい? そりゃあ良い事だ。憤怒に燃え上がるのは良い事だよ剣
の鎧君。しかし、怒りに身を焦がしながらまともに剣が振るえるかな?」
「知らぬなら刻んでおけ。炎とはその温度が高まるに連れて、青白く静かに燃え盛る物だ」

 怒りは人を強くし、また同時に脆くもする。怒りという激情に曇った剣技など愚の骨頂、児戯に
も劣る力だけの言わば遊戯に過ぎない。とは言え、どんなに怒り狂ったものでも戸も開けずに部屋
を出ることは無く、日々染み付いた習慣には従ってしまうものだ。ことこの達人にいたっては、怒
りで鈍る腕など無い。そんなものは神経の通った肉を持つ人間にでも任せておけば良いのだ。
 闇の刃を引き戻して再び全身から黒き陽炎を立ち上らせながら、剣の鎧は目の前の同じ鎧に向け
正眼に構えを取る。それを見た対峙する鎧はひゃあっとおどけて怖がって見せ、また姿を消すと黒
騎士の少女の傍らに現れて見せた。たまらず踏み込んで横殴りに剣を払うが空振りに終わり、左肩
の赤い鎧は高く飛び上がり弧を描いて遠くへと退く。その手には何時の間に剥ぎ取ったのか黒騎士
の外套が握られていた。

「はははは、かーっこいいマントだなぁ。力を取り戻した剣の鎧君と、たっぷりじっくりこの世の
破滅まで遊ぼうかと思っていたが仕方が無い。同じ条件のこの姿のまま戦うとしよう」

 そういって漆黒の外套を羽織り、己を誇示するかのように両手を広げる。

「装飾は華麗に派手に!」
105我が名は? 13/21sage :2006/11/18(土) 06:09:00 ID:IfP38a0Q
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 広げた指の先からさぁっと漆黒が奔り、鎧の体を隅々まで黒一色に染め上げた。節々にだけ金に
よる薄い装飾を施して、あくまで上品に仕上げる。元の鎧の形はそのままに、まるで別物の豪奢な
雰囲気をかもし出させて見せた。
 ただし、左肩だけは変わらずに毒々しい赤色に染り続けている。まるでこの部分を変えてしまう
事は、今までの演劇への冒涜であるとでも言うように。

「差異はくっきりとはっきりと!」

 続いて黒く染まった兜の前に再び両刃の剣が現れる。ただし先程まで扱っていた量産品の様な粗
雑なものではなく、それは暗く陰湿な気配の中にも気品と繊細さを醸し出す芸術品だ。その剣は深
淵の騎士の扱う剣程ではないにしろ、通常の両手剣よりもとにかく肉厚で長大さを見せていた。長
い刀身と釣り合う様に握りの柄もまた長くなっており、最大の特徴としては刀身の根元に刃の付け
られていないリカッソが大幅に取られている事だろう。そのリカッソ――刃根元には紐皮が幾重に
も巻かれて、刃との繋ぎ目には左右に突起が突き出て第二の柄となっていた。黒の鎧はその剣を片
手で保持し、易々と頭上へ掲げ上げる。

「得物は強く大きく手に馴染む物を!」

 そして、虚空の中に手を差し入れて掴み出したる装飾品。兜の上から無理矢理被って、ひょっり
りとした小さな二本角を生やさせて見せた。どういう理屈かバンドの部分が兜と融合して、小鬼の
角が兜の装飾の一部となって額の辺りに生え実にシャープな印象の兜になる。

「チャームポイントはもちろん忘れずに!」

 ここまで来るともう原形を留めていないが、やはり対峙するのは鎧と鎧だ。これを形容するなら
ば、そう…黒いレイドリック…それ以外に無い。

「最後の二つで大体正体は判った。が、アレだけ傍若無人に振舞って互角の条件とは片腹痛いな」
「ピエロの帽子とどっちにしようか最後まで悩んだんだぞ。今の剣の鎧君の実力は本来の力の一割
にも満たないのであろう? 然らば、今この鎧に封じられている力も我が全力の内の一割に満たぬ。
差異などは戦い方の差程しかありえぬよ」

 剣の鎧と黒の鎧は向かい合ったままその殻の内の中身を見透かしあう。そして、両者共にゆっく
りと歩みを進めて、離れすぎた間合いを詰めて行く。
 途中、両者の間にいた黒騎士の少女の頭に手を載せて剣の鎧が短く言葉を残した。

「よく頑張ったな。それから、……ありがとう」

 くしゃくしゃと金の頭頂を撫でられて、何の事か判らずに思わず視線を上げる。すると赤の瞳に
じっと見つめ返されて、唇がしっかりと言葉を紡いでくれた。強敵に怯む事無く立ち向かい時を稼
いでくれたその勇気への賛辞。そして、豪快な後頭部への一撃で助けられたことへの感謝。その瞬
間だけはくっきりと輪郭を浮かべ、それはやはり一時の儚い幻と消える。自戒が緩まった為の現象
なのか、剣の鎧は無意識に兜に掌を乗せて中身を深く押し込めるかの様に上から押さえつけた。

「それと、すまないが貴君の剣を借り受けたい」
「…あ…、…うん…」

 依然頭を撫でられながら囁かれた言葉に反応して惚けていた意識を取り戻し、虚空の中よりずる
ずると黒刃の大剣を柄から掴み引きずり出した。他の二人と比べて背丈の足りない低温では背中に
は背負いきれないので、必要の無い時はこうして虚空に仕舞い込んでいるのだ。
 その長大な剣を軽々と片手で扱い、逆手に持ち柄尻を向けて差し出す。受け取る側は愛剣を腰の
皮製の鞘に収めると、此度はよろける様な事も無くしっかりと保持して見せた。刀身を掲げ上げて
視線を這わせ、その黒々とした肉厚の剣の見事さにほうと息を吐く。見定めを終えると剣を右の赤
い肩当に乗せて、最後にもう一撫でと頭に手を載せた。

「下がっていなさい…。少し派手な事になりそうだから、けっして背後には立たない様に」

 その言葉にはこくんと力強く頷き返して、少女の騎士はいまだ気だるい体を引きずる様にして部
屋の隅へと移動していった。そこで一時だけ弛緩していた剣の鎧の周囲が、急激に温度をなくして
真冬の空気さえも更に凍て付かせる程に冷えて研ぎ澄まされていく。向ける視線は一直線。冷気の
塊と化して対峙者へと向けられる。

「いやいや、噂どおりの撫でっぷり。蕾と言えどやはり乙女は愛でなくてはなぁ」
「節穴な眼は早々に焼き捨てるが良い。あれこそが愛でるべき花。むざむざ散らしてなんとする」
「何時になく饒舌ではないか。存外に機嫌がいいのではないかな?」
「戯言を…。怒りが我を饒舌にする。ともすればこの口は憎悪を吐き出す井戸となろう」

 そして続きは異口同音。込めたる意味も対極ならば、奏でる声音も最早異質。化けて欺く手間の
全てを投げ捨てて、低い獣の唸りの様なしゃがれた声で相手が囁く。対する空身の鎧はただ低温に、
凛とした透き通る声で宣言する。放つ言葉は異口同音。両者揃えて異口同音。

 ――辛抱堪らぬ。もう、我慢できん。

 目当てはお互いの肉体。餓えたケダモノ同士が垂涎するままお互いに飛び掛っていった。


                     *

 その頃、あの素敵な馬鹿野郎は引っかかっていた。

「あにゃ? なんだか山場の匂いがするなぁ。降りられないなぁ。火の玉ちゃん達じゃ助けられな
いなぁ。当たり前の様に誰もいないなぁ。この穴深いなぁ。上にも下にも行けそうにないなぁ。も
どかしいなぁ困ったなぁ。あー、どうしようかなぁ」

 穴の途中で幸か不幸か一人だけ出っ張りに引っかかり落下を免れたのだが…。丁度図った様に、
鉤状になった出っ張りに矢筒の紐が引っかかって宙ぶらりん。まさに手も足も出ないとはこの事だ。

「このままここで過ごして、もう物語り終わりましたからー。残念っ!――とか言われたらどうし
ましょう? そんな事になったら僕今回丸々出番無し? このまま活躍できなくなって、たった三
話で三行半? レギュラー降板、降格処分!? 明日から弓手は家無き子!? 次週、新キャラ登
場で、変わる相方乞うご期待!? 大変大変、少ないファンが泣いちゃうよー?! キャーッ!!
 ――うーむ…、キレ味がいまいちだな…」

 誰か居ないと元気が出ない。ボケどもコケども無反応。張り合いがないと、とてもじゃないけど
ギャグにはならない。ボケるからにはツッコミが欲しいのが真の芸人と言うものだ。一人ノリすら
客が居なけりゃ始まらない。
 とりあえず、何度も試していることだがじたばたと両手両足振るってみる。が、まったく効果が
なくて、ぐにゃーっと項垂れる。その周囲で三つの火の玉が気遣う様に儚げにふよふよ漂っていた。
106我が名は? 14/21sage :2006/11/18(土) 06:09:52 ID:IfP38a0Q
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「しょうがないなぁ…。あんまり気は進まないけど、やっぱこれしかないかねー」

 ぼやいて肩から弓をはずして、背中の矢筒から鋭い矢を一本引き抜く。すかさず弦を引き絞り、
狙い済ますは己の背後。頭の上で器用に構え引きいた弓から、背後の壁に向けて薄く光の灯った一
矢を解き放つ。
 着弾は当然一瞬で、強大な力を込められた力の矢が縦穴の健在を豪快に揺らす。そして放った反
動もまた弓の鎧を揺さぶって、両足をタイミングを合わせて壁に打ち付けた。結果、少しだけ身体
が壁を攀じ登り、辛うじてフックから矢筒の紐を外す事に成功する。

「やった! やりましたよおかーさーん! 僕やれば出来る子なんです! あれ? 束縛から解放
されたというのにこの喪失感はなんだろう。あっ、いけないいけない忘れてた」

 がりがりと生きていた時の名残が兜の後頭部を掻かせて、ついっと下に視線を落とす。見れば気
の遠くなる様な縦穴が終わりも見えずに、だんだんと細くなりながら果てしなく続く。

「今僕お――ぉぉぉぉぉぉちてぇぇぇぇぇたぁぁぁぁのよねぇぇぇぇぇぇっ―――」

 響き渡る声音はドップラーの尾を引きながら壁を反響する。弓の鎧は忘れていた重力に囚われ、
物凄い速さで落ちて行く。
 またも取り残された火の玉達はふよふよと暫くたゆたって居たが。主の二度目の不在を悟ると、
慌てた様にふよよよっと三つ絡まり合う様にして縦穴を下っていった。
 途中落ちる体が壁にぶつかり、跳ね飛ばされて別の壁まで吹き飛ばされる。後はもう、弾き弾か
れまるでピンボールの様にがつがつとバウンドを繰り返して穴の終いまで繰り返す。下まで身体が
持てばいいのだが…。このままリタイアというのもあながち吝かではないかも知れない。
 これで出番が終わりでない事を切に願いながらの、ある種命を賭けたスカイダイビングであった。


                    *

 所は戻って地下監獄第二層。断頭台と石像を挟む狭い範囲で火蓋が落ちた。
 初手は両者同様に身の丈を超える剣を振り上げて、大上段からの渾身の振り降しが交差する。柄
の長さと得物の重量を活かした斬戟同士がぶつかり合い、壮大に火花を散らしてお互いを弾かせる
が、それすらも剣の振込みに利用して第二撃を放つ。頭上で旋回させた刃を横に流して黒刃が薙が
れると、黒の騎士の剣は柄尻を天に向けて斜めに寝かされ刃を防ぐ。本来ならば武器どころか鎧ご
と中身を切り裂く打ち込みにも、黒の鎧の特徴的な剣は傷付きもせず受け切ってみせた。
 次はこちらの番だと宣言する様に反撃の刃が飛び、同じ様に胴を薙ごうとする刃を鍔元で受けて
強引に打ち返す。だが敵の方が切り返しが早く、翻った刃が直ぐに肩を袈裟懸けに裂きに掛かる。
武器の差が嫌な所で現れた。ままよと剣の腹を見せてそこに篭手を沿え、鋼同士が悲鳴を上げると
同時に自ら跳び退って衝撃を散らす。両足が地に着き直すと同時に構えを取るが、その時には敵は
踏み込んで再び剣を真上から振り落としていた。
 咄嗟に身を半歩下げて切っ先を凝視する。半身になる事で刃との接点を減らし、狙い目を限定さ
せたのだ。後は持ち前の直感と瞬発力で、振り下ろされる音を越えた刃から紙一重で身を反らす。
空振りの刃が石畳を打ち砕き周囲に破片が舞う中で、かわすままに体を回転させて遠心力を加えた
横一線。得物を振り切った両腕を確実に断ち切れると踏んだが、敵も予期していたのか踏み込みと
同等の跳躍をみせて一気に間合いから離れて見せた。お互いの射程から外れた事で、監獄内にまた
静寂が戻る。
 次の一手が思い浮かばない。静か過ぎることが逆にお互いの手を読ませ辛くさせ、対峙の時間を
引き延ばしてしまっていた。未来予知に近い直感が見出す活路を、その直感が即座に否定してくる。
 距離の離れた睨み合いは、その実激しい剣戟にも匹敵する。お互いの剣気がぶつかり合い、針の
穴の様な隙を探って意識の中で切り結ぶのだ。お互いの視線に合わせて、ぴくっぴくんと切っ先が
揺れる。その不可視の斬り合いの裂帛さたるや、ぴん…っと張り詰めた空気が対峙する両者の間で
弾けて空間が捩れた様に歪んで見える程だ。
 すると、静寂の中にけらっと笑いが毀れる。黒の鎧が耐えかねた物を吐き出す様に、兜の内から
次々に笑いを漏らしているのだ。
 興が削がれたのか剣の鎧は切っ先を下ろし、ふうっと一つ大きな嘆息を漏らす。次に出るのは悪
態だ。

「不愉快だ。真面目にやれ」
「失礼失礼。平時はこんなにも笑うことは無いのだが、最初に人格のベースにした弓の人の影響が
出ているようだ。変装を変えても何処かにこびり付く様に陽気さが残ってしまうようだな」

 聞いている間に声色もまた弓の鎧の物に戻っていた。こんな所でも常識を超える弓の鎧に乾杯。
 両者気を取り直すように再び武器を構えなおして対峙する。黒の鎧はその奇異な剣を正眼から斜
めに寝かせ、体の横に回して薙ぎ払いの構えを取った。迎え撃つ剣の鎧は変わらず正眼に両手持ち。
左手が柄尻をぎりぎりに掴んで、右手は鍔元いっぱいまで上げている。
 じりっと摺り足で石畳を削り、ミリ単位の移動を繰り返しながら間合いが計られた。もとより両
者の得物は複数剣戟を数えるものではない、互いに一撃必殺を信条とする重量兵器だ。それでも打
ち合いを重ねる程に切迫した両者の実力、それ故に決着はやはり刹那で終わるものであろう。
 幻影の減り込んだ壁の穴から、瓦礫が剥離して床に落ち。カツンと乾いた音を立てて石畳の床を
転がっていく。勢いの付いた瓦礫が力を失うまで床の上でのたうって、漸くカラリとその身を横た
えた時。それを合図にして、二つの武士が同時に駆け出した。
 重く響く鋼鉄の拍車が軽やかに石畳を打ち、相応の距離が一瞬で埋め尽くされる。大上段に振り
上げられた黒き大剣が嵐を纏いながら振り下ろされ、下段地面すれすれから奇異の剣が滑空し逆袈
裟に剣線が跳ね上がった。
 交錯は一瞬にして無限。引き伸ばされた瞬間が色を取り戻す僅かな時間に、二体の鎧の繰り出し
た必殺の結末が石畳に堕ちて跳ね上がる。
 切断された黒が跳ねるのを止め、床に転がり落ちて乾いた音を響かせた。断ち切られたのは黒騎
士の剣。肉厚だった筈の刀身を綺麗に断たれ、剣の鎧の手の中と冷たい床の上で惨めな屍を晒して
いる。断ち切った黒の鎧は当然の権利とばかりに、手に持つ剣の刀身を深々と剣の鎧の胸元に突き
入れていた。

「これに君の落ち度はないよ、剣の。言うなればそう…、これはただ相手が悪かったというだけさ。
僕の剣に満ち満ちた呪いの如き加護の所為だ」

 ――曰く、絶対に壊れない。
 けっして折れず曲がらず毀れずに、例え人外の膂力をもってして繰り出そうとも破損しない呪い。
その僅かな加護の差が、剣の鎧の預かった黒の大剣を両断せしめていた。確かにそれは、実力など
とは言うにはおこがましさに過ぎるだろう。
 切っ先を引き抜いて剣を振り払う。もう勝負は付いたと、最後に御印を戴こうとして剣を払おう
とするが。そこで傍と気が付いた。
 剣が付いてこなかったのだ。自分はしっかりと剣を握っているはずなのにと疑問を浮かべ、己が
手を凝視してみれば一目瞭然。黒き篭手の両腕が斬り飛ばされて泣き分かれになっていた。
 悲鳴を上げる事は無いにしろ、驚愕が全身を硬直させる。達人に有るまじきその隙を狙い、扱い
易くなった黒の刃が翻り横から胴を薙いで切り伏せ、続く刃が腰巻ごと両足を形作る腿当てを断ち
切った。その刃には黒き闇が纏われ、振るう度に元より纏う嵐が黒く染まる。

「属性将来、剣刃増幅。エレメントアタック・オブ・ダークネス」
107我が名は? 15/21sage :2006/11/18(土) 06:10:35 ID:IfP38a0Q
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 囁いた剣の鎧は、胸に埋まった奇異の剣を引き抜いて、律儀に柄を掴み続ける切断された篭手ご
と黒の鎧に向けて投げ捨てた。両腕を断ち裂かれている黒の鎧には受け取ることも出来ず、下半身
のパーツが散らばる石畳の床へ一緒くたに投げ出される。
 黒の鎧は今や兜と上半身だけの姿で空中に浮かび、奪い取った黒の外套で全身を包んでいた。ど
ういった力が作用しているのか、外套の裾が散らばったパーツを吸い込んで中でがちがちと音を立
てている。便利なことに再生しているのだろう。
 対する剣の鎧は仕返しをこなした所で力が抜けて、よろめきながら剣を保持するだけで精一杯だ。
再生はこちらも行われているが、目の前の異常な速度にはとてもではないが追い付けはしない。
 勝機は絶望的に限られて、黒の鎧は平然と外套を翻して無傷の姿を晒す。最後に床に落ちたまま
の奇異の剣を拾い上げれば、それでもう元通り振り出しに戻る。
 胸に背中まで突き通す程の大きな傷を負いながら、それでも数少ない勝機を必死に手繰り寄せよ
うとする剣の鎧を見て。黒の鎧は一言呟いた。
 弱いな――と。弱すぎて話しにならないと。高だか十分の壱に過ぎない自分に勝てもしない力で、
一体何をしようというのかと。その全身で訴えかける。言葉は無くとも伝えてしまう、外圧に似た
裂帛の意思が威圧となって放たれていた。

「何故貴様は弱いままの自分を選ぶ。その兜の下を曝け出せば、本来の私とでも互角以上に闘い様
があろうものを。貴様は何時まで弱さを背負う、何時まで己の過去から逃げ続けるのだ!」

 静かにほの暗い水の底から燻らせる怨嗟の様に低く激昂し、その胸中に蟠る物を投げつけてくる。
まるで旧知の友を諭すが如く、真摯な視線が正面からぶつかってくるのだ。多少面食らって呆けて
いたが、剣の鎧は胸を張り両手で保持した短くなった剣の先を地に付けてその視線に応えた。

「我が身は既にがらんどう。過去も未来も無い。今ここに在る事だけが真実だ」
「わざわざ忘却までさせてから再認識させたというのにまだ判らないと見える。貴様のその纏い続
けるものこそが逃避だ! 貴様を追い詰めた人間を守ろう等と言うのが、逃げ出したもののとる行
動なのか? 貴様は復讐してしかるべき理由があるのではないか!?」

 応えの答えには不満が溢れ出た。激しい怒りのままに声を張り上げて、剣の鎧の思考に真っ向か
ら是非を問う。これではまるで先ほどまでは逆に、生き方を説教されている様で気に食わない。特
に説教というのが気に食わない。説教する事は間々あるが、剣の鎧は自分が諭されるのはお嫌いな
のだ。少々憮然として問いに答える。

「逃げた逃げたと幾度も幾度も…。わざわざ再確認までさせられて掘り起こされた記憶に、間違い
のない事は認知している。確かに我が生前の幕はこの自らの手で引いた。戦場で果てる事無く、平
時に自らを刃にかけた罪でこの場に留まっているのは間違いない事実。この首っ玉、我が愛剣で引
き裂いてあやつ等の前で自害して果ててやったわ」

 継ぎ接ぎだらけでまるで役に立たない記憶が脳裏に浮かぶ。思い出の中の自分は確かに逃避した
のだろう。たが――だが、それでも否であると、記憶に対して否定の思いが湧き上がる。

「それがどうしたっ!!!」

 びしぃっ!――っと相対する者に指を差し向け、高々と声を張り上げた。その姿に一点の陰りも
無く、威風も堂々と胸を張り背筋を伸ばして宣言する。胸の中に巣食う暗い影など大音量で吹き飛
ばして、びりびりと薄暗い監獄の建造物が反響と振動を生み出し震えていた。あまりの音の大きさ
に壁に埋まっていた幻影が目を覚まし、その直ぐ傍にまで下がっていた黒騎士の少女がびくりと跳
ね上がった程だ。黒き鎧もまた、眼を細める様に低く唸りを上げる。

「我が生涯など既に閉じたものだ。悔やもうが悩もうが変えられる物ではない。それ以前に、我は
あの時の死を逃避等とは思ってはいない。我が魂は自由であると、愚者に示したまでの事。我が肉
体を欲しがる者達に望み通り、殻を脱ぎ捨てくれてやったに過ぎぬ!」

 突きつけていた指を握り拳に変えぐっと胸の前に引き付けて、迷いも過去も振り払うかの如く横
に振るう。剣の切っ先を指の変わりに突きつけ、そして何時ものあの言葉。

「我が名はレイドリック! 名も顔も忘れた、ただのがらんどうだ!!」

 それで憑き物が落ちた。黒の鎧が両腕から力を抜いて、保持した剣を地に着ける。ふつふつと湧
き上がる衝動を抑えようとするが、一向に止まらずに両肩がふるっと軽く震えだした。

「それ以上でもそれ以下でもなく、この身は既にがらんどう。血も肉も記憶も過去もありはしない」

 剣の鎧の言葉は止まらない。全身に闇を纏わせながら、吹き上がる思いのままに声を張り上げ対
敵を睨み据える。そこにはもう、悩みも迷いも無く。ただあるのは鎧の中の奥深くに眠る不動の物。
鮮烈なる根源からの震えだけ。今その震えが最大限に発露する。

「ここに在るのは我が自由なる魂。そして我が胸に巻き起こり、けっして消える事無き信念のみ!」

 言葉を聴く黒の鎧は最早衝動を隠しはしない。胸を突き上げられるままに笑い声を上げて、手に
した剣を同じ様に突き出して相手に差し向ける。そこから剣を顔の前に引き付けて、まるで騎士の
それの様に礼を見せた。
 軽く驚きを見せた剣の鎧もまた同じく剣を引き戻して返礼し、駆け出しながら残りの言葉を紡ぎ
出す。風乗りて疾風の如く到達する、震撼を伴う魂の大音声。

「我を滅ぼしたくば、己が渾身をもってして…、かかってこい!!」

 叫びと共に振り仰がれた剣が投げ出す様に振り下ろされて、切っ先が音を超え空間すらも切り裂
けと轟音を伴って迫り行く。質量を持つ闇が纏わり付いた黒剣は、その刀身を闇で補い元の長大さ
を取り戻していた。撃滅必至の斬撃に繰り出す持ち手も腕の応えを確信し、対峙する黒き鎧の黄泉
路を見送らんと凝視する。被を見るよりも明らかな勝敗は刹那の向こうより現れるはずだと思われ
た。そう、思われた。
 一頻り笑った黒の鎧は迫り来る闇の刃をぼんやりと眺める。その兜の奥から、懐かしむ声が言葉
を紡ぐ。ふっ、と薄く現れた兜の中の幻視が、唇を薄く歪ませ微笑む。

「まったく…、貴方は昔とまったく変わっていないのですね…」

 それは一度も聞いた事が無い青年の声。優しく流れる呟きは届く相手も無く散り崩れる。
 黒刃が触れる寸前に、黒き鎧の姿が掻き消えた。移動でも無くまやかしでも無く、消失――唯こ
の一言に尽きる。流れるでもなく歪むでもなく、忽然と目の前から消えた現象を他に何と言えよう。
 驚愕もそこそこに剣の鎧が構えを取りながら周囲に視線をばら撒く。気配を手繰り寄せる達人の
感覚も、正に空を掴むが如く敵の位置が判らない。焦燥を押し隠しながらそれでも視線を背後にま
で回すと、はたしてそこに黒の鎧は立っていた。
 不可視なれど、目と目が合った。視線が絡む。そこにはもう懐かしみや優しさなど無く、あるの
は何処までも冷徹な殺意と敵意。竦み上がる様な戦士の視線だ。

「ツーハンドクイッケン…」
「っ…! マキシマイズパワー!」
108我が名は? 16/21sage :2006/11/18(土) 06:11:20 ID:IfP38a0Q
                     16

 呟きに合わせ黒き鎧を金色のオーラが包み、柄尻をギリギリに掴んでいた左手が奇異の剣の奇異
たる所以――異様に長く皮の巻かれたリカッソを掴む。
 その行動にどれ程の脅威が有ったのか。剣の鎧も己が身を高めるスキルを発動し、空身の鎧が内
側からの圧力に耐える様にミシミシと音を立て僅かに膨れ上がる。

「秘儀、即興剣舞」

 歌う様に謡う様に、短く持たれた剣が振るわれた。酷く遅い。今までの稲妻の様な切り込みとは
まるで違う、馬鹿にしたかのようなあまりにも遅い一振り。無造作な袈裟懸けのその振り下ろしを、
紙一重でかわして見せようとした瞬間に、ゾクリと背筋がそして直感が訴えた。
 体が何よりも優先して手に持つ黒の刃を寝かせて盾と成し、ガツガツと鉄の悲鳴を上げて受け止
めた斬戟は何と三戟。振りが一つにしか見えなかったと言うのに、この剣は瞬時に三戟入れられて
いた。速過ぎて遅く見えるなぞ、笑えない超常現象だ。

「今のはサービスだよ。次は三回で止めたりなんかしない。本気の剣舞を味わって貰おうか」

 奇異の剣が再び構えられ、対する剣の鎧も慌てて黒剣を正眼に構える。とは言え、見えもしない
攻撃を受けきる手法など思いつきはしない。直感だって悟り体に伝えるまでには時間が掛かるのだ。
まして秒間三戟を超えるような手数にどう反応しろと言うのか。目隠しして人間の騎士五人と同時
に切り結んだ方がまだ難易度は低そうだ。
 真面目に相手をするのが馬鹿らしくなる斬撃が今差し迫る。奇異の剣を構えていた両腕がぶれた。
最早肩から先が視認出来ない。視覚が頼りにならない分、聴覚が蜂の羽音の様な空気と鋼との摩擦
を聴く。風の流れが渦巻く刃の群れを触覚に感じさせてくれる。後はどうする?

「どぉぉっ…せえええぇぇぇぇいやあああぁぁぁっっっっ!!」

 何を悩む事があろうか。位置さえ判れば出来る事等唯一つ。剣士は剣を振るうのみ。気合と共に
打ち出された愚直なまでに真っ直ぐな振り降しが、迎撃の刃と成して見えない無数の刃を迎え撃つ。
ぶつかり合う剣戟は轟音を凌駕して爆音を発し、一滴が連なる滝の如く剣の鎧の一撃に黒の鎧の無
数が食い付いた。
 最大限の膂力をもって繰り出された一撃は、流石に無数の刃と拮抗しそれどころか逆に押し返し
てみせる。見えぬほどに速い切り込みは、その実速さに拘るあまりに力が無い。
 そう、まさか捉えられるとは思いもしなかった有り得ない切り結びに、速の剣の連打で耐えてい
るのは黒の鎧なのだ。拮抗が徐々に崩れ、黒の刃が剣の舞の只中を押し徹る。
 両断されては堪らないとばかりに黒の鎧が大きく跳び退り、闇で補強された刃が盛大に石畳を断
ち割って瓦礫を吹き上げさせた。視界が破片と埃で埋め尽くされる。この勝機を逃す程、剣の鎧は
甘くない。
 土埃を貫いて黒の鎧へと飛び掛り、一足飛びから敵の真芯を狙って剣を振るう。取り回し辛い長
剣である事を物ともせぬ乱撃乱撃乱撃。立ち向かう側も速度を捨てて真っ向から打ち合ってみせる。
リカッソを持つ事で短い射程と扱い易さを手に入れた奇異の剣は、当然として圧倒的長大さの黒剣
には辛い起動で迫るが。剣の鎧はその大剣で同じ軌道の、細やかな捌きを見せて剣戟を繰り返す。
闇に包まれた今の刃の切れ味ならば、障害となろう石の床壁など紙同然。気にせず振るって二体の
鎧は剣舞を踊る。
 キンキンと鋼が弾ける歌声響き。踊り手は夢中でパートナーを攻め立てるのだ。切っ先を紙一重
でかわし、迎撃を放ち打ち返されてはまた切り返す。一進一退ではなく動の中の拮抗。激しく打ち
合う事でお互いの必殺を封じ込め、隙を攫おうと研ぎ澄まされた感覚の中で踊り狂う。
 ここに来て二体の鎧はまた鏡写しの様に、同じ斬撃をぶつけ合い互いの命を狙っていた。正しく、
先程の力と速さの削りあいが如く。己の速さを高めた黒の鎧に、力を高める事で剣技を早めて見せ
た剣の鎧が追従する。否、追い抜いてみせると更に乱撃が早まった。
 速度だけであるならば、瞬間数十を超える斬撃を放てる黒の鎧に勝敗はある。だが速度だけでは
剣の鎧の力は打ち破れない。力を込めたままの速度ある剣技が求められた。
 ――やはり、十分の一端末に膂力と速度を両立させる事は出来ないか。心の中での呟きは、それ
すらも剣技の邪魔となり一瞬で放棄する。
 夢中になる夢中になる。舞い飛ぶ刃に入れ込んで、振るう剣線熱意を込めて。弾ける殺意が交錯
し、賭けた命は一つきり。心が震えて更に刃が速くなる。全身全霊で打ち合う二人以外にこの剣の
世界に人は無く、口元が緩んでハイになっていく。嬉しくて歪みそうだ、楽しくて壊れそうだ。
 喜びが吹き上げてどちらとも無く叫びを上げる。大きな一撃のための気合を込めた咆哮。

「おおおおおおっ!」
「はあああああっ!」

 黒の横薙ぎと奇異の打ち下ろし。十字に交錯した剣線がお互いを受け止め盛大に火花を散らす。
 そこで動きが静止した。ぎちぎちと鍔迫りで互いを押し合い、先程までとは打って変わって静の
中で拮抗を生む。唯力で押し合うだけが鍔迫り合いではない。力を拮抗させながら時に引き、時に
押して力を反らして見せる事もある謀略の掛け合いだ。力に任せて押し続ければ身をかわされて死
に体を晒す。不用意に引きすぎれば押し負けて切り伏せられるが関の山。派手な剣戟以上に神経を
すり減らす攻防が繰り広げられていた。
 さて困った。どうやって終わらせよう。
 互いに技も動きも封じられ、進退窮まり脇道にすら出られない。唯一自由になるのは口だけだが、
最後の決め手が口撃とは些か情緒に欠ける。
 だからと言うわけではないだろうが、黒の鎧が鍔迫り合う最中に口を開いてきた。その声音に秘
められたものは――きっと怨嗟の中に隠した一欠けらの苦慮。

「強い。君の魂に込められた力は強いな、剣の。だがそれ故に合点がいかないんだよね…。それだ
けの強さを、何故自分の為に使わないのか! 見ず知らずの弱者の為に施す等愚劣の極みだよ」
「やれ…節穴なその眼、やはり焼き捨てねばならんな」

 朗々と放たれる至近からの言葉に、ふぅと剣の鎧は呆れの溜息を零した。鍔迫り合いの技巧はそ
のままに、中身があれば息の掛かる程寄せ合わせた顔同士が互いを睨む。
 そして、心情の吐露は高らかに放たれる。

「我は誰かの為に剣を振るった事など一度も無い。何か勘違いしているようだが、我は正義を騙っ
て弱き者を守っているわけではないぞ?」
「…は?」

 この言葉に比べれば、唐突に愛を囁かれた方がましでした。そんな間の抜けた声が黒の鎧の兜の
内より漏れ出した。

「な…にを…今更?」
「皆、私を正義の使者の様に言う。それこそ解せん事であろう。我、何時如何なる時でも剣を振る
う理由に他者を持ち出した事はない。己の剣の行く末を他者に押し付け様等と言い得る訳が無い」

 にやりと、肉体があれば口元を野太く歪めていただろう。そう、剣の鎧は誰かを守る為に、強敵
と立ちはだかった訳ではない。そう、剣の鎧は誰かの為に今まで沢山の冒険者達を返り討ちにして
来た訳ではない。そう…、剣の鎧は屠り去った者達からの咎を他人の所為に等したくも無かった。
 何時だって剣を振るう理由など唯一つ。唯一無二にして絶対。無意識にて辛うじて鍔迫り合いを
続けてはいるが呆然としている黒の鎧の至近距離から、剣の鎧は己が信念を音にして叩きつける。
109我が名は? 17/21sage :2006/11/18(土) 06:11:57 ID:IfP38a0Q
                     17

「我が剣を振るう理由は唯一つ。この胸の内が叫ぶのだ、この身の内に潜む魂が叫ぶのだ! 見過
ごすなと。助け出せと。未熟を赦すなと。ただ在り続けるだけの亡霊となどなるなと!」

 剣を握る腕がある。駆け抜けられる足がある。人を庇える強さがある。そして、熱く激しく打ち
震える何よりも自由な魂がある。
 ようは、唯それだけの話。

「ただ、心のままに剣を振るう。それが我だ! それがこの空身の鎧の全てなり!」

 ――マグナムブレイク!!
 剣の鎧の叫びが響き渡ると同時。その身に宿す数少ない力を発言させる、力強き宣言もまた放た
れた。左腕で鍔迫る刃を押し続け、紅蓮に包まれた右の腕を繰り出し黒の兜の中に突き入れる。地
面や敵に剣を突き立てて其処から爆炎を振りまく壱式。敵に切りつける刃に乗せて炎を宿らせ、斬
りつけると同時に爆裂・燃焼させる弐式。そしてこれが、己が拳に焔を宿し爆発力を伴った鉄拳制
裁を繰り出す参式だ。
 無防備に拳を受け入れたその身の内で焔が爆ぜて、長らく停止していた二体の鎧の距離が大きく
離れた。黒の鎧は抵抗せずに飛ばされるままに身を任せ、数メートルも吹き飛ぶとくるりと反転。
軽やかに断頭台の置かれた高台に着地して見せた。
 もう、面白すぎて笑いも起きない。

「はっ…、過去も柵も捨て去って、手にしたものは高だか小さな鎧が一つ。くだらねぇ! 実にく
だらねぇ! くだらなすぎて涙が出そうだ!」

 だと言うのに、もう眩し過ぎて剣の鎧が直視できない。何故死した後にあんなにも生き生きとし
ているのか。死ぬ前よりも人生豊かに謳歌しようとは、なんともふてぶてしい亡霊だ。
 ずっとずっと、剣の鎧は柵を棄て切れずに死して直、雁字搦めにされてもがき苦しんでいるのだ
ろうと思っていた。それがどうだ。それがどうだこの鎧、やりたい放題し放題好き勝手にやって、
しかも十分満足して着実に周りを巻き込んでいやがる。挙句自分は独善のために動いてると来た。

「自分が我慢できないから弱者を救うだぁ!!!!???? そーいうのをなぁ! 正義の味方っ
て言うんだよぉぉぉっ! このっ…」

 そこで限界。声色が弓の鎧の物から本来のしゃがれ声になり、それすらも通り越して原初に戻る。
青年の声で叫び声を上げながら、黒の鎧は飛ばされた距離を一気に跳躍し飛び掛って行った。

「馬鹿っ隊長がぁぁぁぁぁっ!!!!」

 奇異の剣を最大限に振り被り、己が渾身の速さと共に振り抜く。切っ先は最早音を軽く超え、光
に届けとばかりに加速を続けながら目標を目指した。
 迎え撃つ剣の鎧は下段斜め後ろに刃を流して構えを取り、剣に込めた闇の刃を全解放。天に突き
立つ長剣と成り、城砦すらも断ち開く破滅の化身を一気に振り上げた。石畳は無論その下の階層を
突き抜けて闇の刃が踊り、慣性で歪んだ刃が部屋を輪切りにする様に地面から飛び出す。中空から
見えない速度の剣線を走らせる黒の宵を迎え撃つべく、一直線に走りその長大なる闇の全てが牙を
剥いていた。
 激突は必死にて鮮烈苛烈。衝撃の花がぱっと飛び散って、奇しくも反目しあう闇と光が交差する。
 速の剣はやはり一撃では終わらずに、全てを飲み込む濁流が如く剣線の嵐を繰り広げる。両手で
握った奇異の剣を人有らざる速度で操って、唯只管に振り上げ振込み叩きつける。愚直なまでの単
調な繰り返し。それ故に、その速さ終に光を超えよと切磋する。
 対する闇の刃は悠然と、膂力の限りに振り上げてその破壊力の全てを速の剣にぶち当てる。二の
太刀など必要ない。この一撃で全てを飲み込んでしまおうと、渾身を込めて侵略する。
 結局は力と速度のぶつかり合い。どこかで見せた対決の焼き直し。けれど、今の刃同士には乗せ
た物の重みがまったく違う。
 びしびしと、大きな音を立てて二体の鎧の全身に皹が浮かぶ。力を求めすぎて身体が先に根を上
げた。それほどまでに一刃入魂。最早、後など関係ない。先に滅びるのは絶対に相手だと信じて刃
を振るうのみ。

「ぐが…がっ、あああっ! ちっく…ちっくしょ…ちくしょうちくしょうちくしっくっちくしょう
がぁぁぁぁっ!」

 先に限界を迎えたのは黒の鎧であった。元より脆い唯の鎧、酷使の稼動の行く末は崩壊のみよと
素材が笑う。ばりばりと皹が両手を食い破り、ついには片腕がぼきりともげ落ちた。
 片翼で鳥は飛べないのと同じ。獣の様に吼え様と剣はもう音すら超えず。次いで、闇が全てを飲
み込んだ。

「暗黒破砦剣・逆風一閃…」

 剣線に込められた闇は獲物の体を包み込むと、部屋の中央にあった断頭台をも巻き込んで爆砕。
溢れ出す闇は部屋の壁から壁までを覆い、逃げ場など無いほどの破滅を振りまき転がった瓦礫を吹
き飛ばす。剣の鎧の一歩先からは黒く険しい地獄に変わる。圧倒的な破壊が振りまかれ、長方形の
室内を嘗め尽くして、その奥の通路や部屋まで一気に洗浄した。押し流すが如くの暴虐の限りを黒
の鎧はその身で受けとめこの世の物とはとても思えない、しわがれた声で絶叫を放つ。
 その中で、破片は一切飛ばずに、内側に解けるようにして黒の鎧の姿は消えた。
 辺りには粉々になった断頭台の破片が散らばり、部屋いっぱいに広がった闇はその使命を終えて
虚空へと飛散する。部屋の様相はすっかりと変わり、まるで局所的な竜巻でも通ったか如し。高台
だけが原型を辛うじて留めて、部屋の中央に瓦礫塗れになって鎮座しているがそれだけだ。
 再び室内に静寂が戻る頃には、部屋の中には剣の鎧と黒騎士の少女、壁に減り込んだ幻影の姿し
か居なくなっていた。健在な剣の鎧の姿に少女が歓声を上げ、壁に埋まった幻影が一瞬喜びに眼を
輝かせたが直ぐにフンっとそっぽを向く。そんな二人に背を見せたまま剣の鎧は短くなった刃を右
手で保持し、ふぅっと息を吐きながら体の力を抜いた。その左手が皮の鞘に納まった愛剣の柄尻に
軽く添えられている。その姿は、古城の地下部分幾層を纏めてぶち抜いて輪切りにしたとは思えな
い程に静かであった。
 両足を肩幅に開いて、気持ち半歩分右足を下げる。待つ事数秒。待ち人は狙い違わずに現れ出で
ると信じ、兜の中で眼を閉じて瞑想にふける。まるで、身の内に巣食う闇を一点に研ぎ澄ませるか
の様に…。

 そして、それは頭上から落ちてきた。

 切っ先は真下。直下を狙いて逆手に掴み、リカッソにぎりぎりと指が食い込んだ。全身はもう微
細な皹で朽ち掛けて、この落下ですら全身からボロボロと鱗の様に剥がれ落ちていく。当に体は限
界で、テレポートで逃れる事が出来たこと自体が既に奇跡。数秒とはいえ闇の蹂躙を赦した鎧の体
は、ともすれば何もせずとも瓦解して砕けるであろう。
 それでも直、それでも直と食い縋る兜の中の形相は、人の身であるならば正に必死。乾坤一擲、
一矢報いる為に、命を賭けた黒の鎧は更に魂すらも投げ出した。口から迸るのは、最早今まで真似
て来たどの姿のものとも一致しない。獣の様に喉を引きつらせる咆哮が、部屋に反響し聞く者の鼓
膜を劈いた。
 狙うは一点。目下に晒したその無防備なドタマの脳天を、イタダキマス!

「――緩いな…」
110我が名は? 18/21sage :2006/11/18(土) 06:12:35 ID:IfP38a0Q
                     18

 ゆらり…――。剣の鎧が腰を落として身構え、左手が腰の剣を逆手に掴む。迫り来る兇刃をゆっ
たり見上げると、兜の中に浮かび上がった赤の相貌が黒の鎧を貫いた。その幻視はやはり一時の物
で、空身の鎧は頭上から落ちてくる黒の鎧に落ち着いて言葉を放つ。
 それは、決別した筈のものへ見せた、ほんの一瞬の間のささやかな反芻。

「まったくお前は何時も何時も…。そして今でさえ…、最後の詰めが甘いっ!」

 黒の鎧の兜の内に現れた半透明の幻視がぽかんと口を開け、剣の鎧が腰の鞘から抜剣――そのま
まの勢いを乗せ剣を頭上に向けて横に薙ぐ。鞘の中からも溢れる程に、濃密な闇を纏いに纏った愛
剣を。抜かれた途端にその刃を再び床板に突き立てて、壁を抉り天上すらも切り開きながら獲物に
差し迫る長大なる闇の剣を。

「暗黒破砦剣・横一文字!!」

 宣言とともに繰り出される闇の刃が、今度は南から北にかけて城砦の地上側を薙ぎ払う。城を外
から見れば、バターに熱したナイフを入れるかの様に綺麗に断裂されて行く瞬間が見えたであろう。
丁度先ほどの傷と併せて十文字。真上から見れば重なり合った傷が見事な十字を描いていた。
 一方迫り来る闇の刃を目前に、黒の鎧は乾いた笑いを放つのみ。

「ははっ…。やっぱり…、隊長には適わないなぁ…」

 消滅の寸前にそんな事を嬉しそうに呟いて。
 剣の鎧の虚像――唐突な侮辱者――そして剣の鎧を隊長と呼ぶ黒の鎧は、今度こそ完全に闇に包
み込まれその体を寸分余さず粉微塵に砕かれ霧散した。散々に人の絆や頭の中を掻き乱した悪党は、
その魔族としての凶悪な人格ではなく、その身の原初としての人格を浮き上がらせて、闇の中へと
消え去っていったのだった。

 勢い込んで黒騎士の少女のマントまで消滅させてしまい、剣の鎧が後でしこたま頭を下げたのは
言うまでも無い。


                     *

「頭はさえてるよ!」
「へいへへーい!」

 何か殆ど半裸の女とでかい筋肉の塊が交互に叫んでいる。何が嬉しいのか小躍りしながら。

「アイディアばっちりよん!」
「へいへへーい!」

 また順番に叫んでから自分達の頭上、遥か遥か上にいるひょろ長いのに向けて声を張り上げた。

「さあーリビオや、とっととそいつら片付けて髑髏のあの人に褒めてもらうんだよぅ!」
「せやせや…」
「あーんもう、ジルタス様焦っちゃいけませんよ。こう言うのはじっくり確実にやらないと、後で
どんでん返しになっちゃうんですからね」
「せや、せや」
「なーに言ってるの。時間なんかかけずに一気に片付けるのが一番だろう、このアンポンタン!」
「せやせや!」
「もー、しょうがないなぁ…。ジルタス様は我侭なんだからもう…」
「せや…せや…」
「「フェンダーーク! お前はどっちの味方なの!!」」
「せ、せや!?」

 何を言われても同じ事しか言わないでかい肉達磨に、上と横両方から同時にツッコミが入った。
まったく戦闘中だと言うのに暢気なものだ。
 まったくまったく――と呟いて、常温の騎士は千切れ跳んだ己の左足を強引に裁縫セットで縫い
付けていた。体の各所に出来た細かい傷はとりあえず無視して、敵が油断している間に精神を集中
して脚の再生に全神経を注ぐ。
 直ぐ隣では同じ様に右腕を縫い止められた高温が、大胆にも敵を前にして睡眠を取っている。一
分から二分、三分も眠れれば贅沢といえよう。この豪胆さには流石に常温も舌を巻くしかない。
 開戦よりまだ半刻も経たぬ内に戦況は壊滅的に成っていた。敵の呼び出した金属の塊――正式名
『RSX-0806』巨大掘削用ロボ。本来ならば此処に居る筈の無いアインブログ炭鉱ダンジョン最強の
モンスターだ。その搭乗位置には元々炭鉱夫の亡霊、工事帽を被ったピットマンが居る筈なのだが、
その位置には監獄トリオの一人ひょろ長いのが居座り操縦桿を握っている。
 その強靭な鉄板に包まれた体には、黒騎士達の殆どの攻撃が通用せず、逆に相手の攻撃はその全
てが致死量。彼我の戦力差は量るよりも明らかであった。特に凶悪なのがあの両腕の先にある二対
の棘付き車輪だ。強大な馬力により回転する車輪はどんな防御も攻撃も跳ね返し、狙った獲物を文
字通り粉砕せしめる。元々が削岩用の機械なのだから、鉱物を加工した鎧には絶対の天敵であろう。
それを鈍重そうな見た目にはそぐわない驚異的な機動力で急接近し、殴り付けるだけで辺り一面を
巻き込みながら何もかもを抉り取って行くのだ。二人の黒騎士も掠めただけで体の一部を持ってい
かれた程だ。防戦一方で其処から畳み掛けられなかったのは、ただ敵の気紛れでしかなかった。
 じわじわと背筋を這い上がる痛みと嫌悪感を飲み込みながら黙々と針を動かして、余った糸を脇
に抱えた槍の穂先で切り取る。中ではもう繋がり始めているので、細かく縫い付けた糸が持つ限り
はまだ少々の運動も可能であろう。仮面を外して額の脂汗を篭手で拭うと、ふぅと漸く一息がつけ
た。黒の大剣は左足が千切れた時に粉々にされてしまったので、近接で使えるのは後はもう剛槍位
しかない。この脚で扱いきれるかと、また新たに嫌な汗が背筋を伝う。
 情けない話だがあの巨大機械に対して、二人は手も足も出なかった。攻撃が効かないのは良い。
しかし、一方的に逃げ回るだけで碌に対策も練れんとは。情けなくてとても自分達の姫には言えな
いな――等と薄く笑みながら思い浮かべる。
 ぶっちゃけて言うと、もうする事が無い。
 攻撃も効かず、体もボロボロだ。万に一つの勝ち目も無くて、逃げ出す積もりはさらさら無い。
体を治して…直しているのは、自らの誇りを満足させるだけに一矢報いろうとする為だ。
 せめて弓の鎧てもいれば状況は変わったのであろうが…。居なくなった者に何を期待しても無駄
であろう。見捨てられたのか何か事情があったのかは知らないが、それならば自分にできる最大限
を提示してみせる。あわよくば踏み超えてやろうと淡々と虎の視線で睨み上げていた。

「ま、普通に考えて勝てんだろうがね…」

 今は辛うじて逃げ込んだ物陰に隠れているが、どうせあの腕に掛かれば壁ごと破壊されて炙り出
される。ならば、先手を取るのが上策。思い立ったら即実行だ。
 隠れていた瓦礫の影から身を屈めながら這い出し、物影から物影へと小刻みに移動を繰り返す。
その姿は騎士というよりも夜賊に近く、それ故に慢心する強大な鉄の塊には気取られてはいない。
 槍を中程を掴んで片手で持ち、そっと物陰から敵を覗き見る。仮面越しに見える三人組は未だに
じゃれ合っていて、此方には気が付いていないようだ。
 絶好、好機、機会到来。縫いつけた足を庇うよに、片足だけで物陰から跳躍し一足飛びに獲物へ
と襲い掛かる。いや、僅かに跳躍が足りない。
111我が名は? 19/21sage :2006/11/18(土) 06:13:16 ID:IfP38a0Q
                     19

「来たれ、深淵の従属者。サモンスレイブ!」

 呼び声に答えて黒騎士の目前で石畳が爆ぜた。地に開けた穴から身を躍らせるは、重装な鎧に身
を包む騎士の成れの果て。骨の騎士不死身のカーリッバーグが二体、這い出てその両手に掴んだ錆
浮くサーベルを投げ捨てる。そして二体向かい合わせになって両腕を繋ぎ掌を上に向けた。用途は
踏み台。己が主の望むまま、ばっち来いやと迎え立つ。
 常温の騎士は重ねあわされた四つの骨の掌に着地し、二体の踏み台の補助を得て更に高だかと跳
躍してみせる。その高さは、今度こそ鉄巨人の胸元まで届く。踏み台にされた骨達は、衝撃に耐え
かねてばらばらになり穴の中へと帰っていった。
 狙い目は胴体左上腕部間接部、肩口を狙いて手に持つ槍を高速旋回させ、稲妻が如し突き入れを
猛然と繰り出した。
 腕の捻りで螺旋を纏う穂先が金属と金属の繋ぎ目を食い破り、残骸を纏いながら向こう側へと突
き抜ける。快心の一撃に思わず仮面の下の口元が綻ぶ。重心の移動で中空にて身を翻し、突き抜け
た槍を引き戻す。
 その後に来るものなど判りきっているので、歯でも食い縛っておくとしよう。

「ななななななっなーんてことするのよー! こんにゃろーっ!」

 ひょろ長いのが驚愕の叫びを上げて操縦桿を引き、鋼鉄の巨体が肩を砕かれて動かなくなった腕
を無造作に薙ぎ振るう。剥き出しの鉄骨の様な腕が空中にいたままだった黒の騎士を羽虫の如く叩
き落し、殴られた体は毬の様に床を跳ねて壁にぶつかり建材の一部を粉々にしてぶちまける。
 それだけでもう死に態だ。全身の鎧は衝撃を和らげる事もなく歪み、中身が折れて曲がって砕け
散る。喉元を盛大に体液が競り上がり、ごぱぁっと唇が中身を吐き出す。鮮血が黒の纏を彩った。

「もう、だからさっさと片付けろって言ったんだよー。このスカポンチン!」
「リビやん、もうさっさと倒したれやー!」

 下方、巨人の足元で小さくなった筋肉男と半裸女がぎゃあぎゃあ騒ぐ。操縦席からそれを見下ろ
すひょろ長いのは、言われるまでも無いと機械の巨人を操作していた。その頭巾に包まれた顔が、
無意味にシリアスで美化された劇画調へと変わっている。無論三秒ほどで元に戻るのだが。

「はっ、言われるまでもねぇよジルタス。僕ちゃんの秘密メカを傷つけた罪は重い…。と言うわけ
で、いっくぞー! ドリ――もとい…、ローリングプレッシャーパーンチ『人間ミンチ汁スペシャ
ルコース』だぁ、行くわよーーー!!!」

 健在な方の右腕の機構が高速的に稼動し、肩から腕先にかけて繋がるコンベア動力が二対の歯車
を回転させる。歯車についた無数の棘が残像で一つの円となった時、単純な破壊力の塊が地に伏せ
る黒騎士に向けて振り落とされた。

「か…はっ…、普通に考えて……、実に実に無意味な事だ…」

 それは自分のした事なのか、相手がしようとしている事なのか。叩きつけられた時に脱げ落ちた
帽子の下から銀の頭髪が晒されて、石畳に大の字に倒れ迫り来る削岩機に皮肉げに唇を歪めた。
 その笑みは、死を覚悟した者の笑みではない。
 視界の端を掠めるやはり黒い疾風に、見咎めて更に唇の端が吊り上った。眠っていたもう一人の
黒騎士が期を衒ったかの様に起き出して、今正に握り締めた黒剣を振り上げ巨人に向けて疾駆する。
 片方が潰れている間にもう片方が致命傷を与える。計ったわけではない。唯、直情径行の高温の
事、捨て置いても敵に向けて突進する筈だろうと思っただけ。信頼でも姦計でもなく、これは自然
現象の様なものだろう。
 既に振り下ろしに入った腕を、途中で止められる様な高等さを目の前の機械には期待できない。
迎撃に繰り出されるはずのもう一方の腕は先に潰し済み。ならば後は隙だらけの弱点を、剥き出し
の操縦者を狙い討つのみ。黒騎士中最弱とは言え、相方にはそれが出来るだけの実力がある。
 ――応援できぬのは些か申し訳ないが、我ら三騎士の意地を見せてやれ。そう唇の中で薄く呟い
て、常温の騎士は迫る歯車の腕の振りまく風を感じて目を閉じた。暗闇の中で破砕音と相棒の怒声
を聞く。幸いな事に痛み等は毛ほども感じなかった。

 ――冗談じゃねえ、ふざけるな! その黒の騎士は目の前の状況に思わずそう毒を吐いた。
 大胆にも戦闘中に睡眠を取って体力と気力の回復を図った三騎士が一人、高温の騎士。彼は確か
に三騎士中最弱であった。とは言えども、それ程周囲に比べて実力が劣る訳ではなく。僅差の実力
の中で、やはりどうしても性格に問題が出る。何事にも流されず平静でいられる常温と、何事にも
氷点下の視点で取り組み感情を露にしない低温。そしてどんな些細な事にでも激昂する沸点の低い
高温の騎士は、精神面において他の二人の様に優秀にはなれない。戦略も幼稚になり、動作の一つ
取っても雑になる。騎士としては一級、なれど戦士としては二流。それが高温の騎士だ。
 だが、だからこそ他の二人には出来ない事が出来てしまうのも、また唯一高温の騎士一人と言え
よう。理屈で動く常温、何を考えているか良く判らない低温、そして感情の赴くままに動く高温。
 故に、この行動に意味など無い。

「ざけんなざけんなふざけんなぁ! こぉの大馬鹿野郎!!」

 目前には敵の姿。高速で回転する腕の先、今にも相方に向けて振り下ろされんとする凶悪な車輪
の横っ面。振り被った剣を車軸に叩きつけ、そのまま切っ先を車輪の骨組みに突きたてる。がりが
りと鋼が食い破られあっと言う間に鍔元まで飲まれるも、飛び散る破片は機構に食い込み絡みつき
終いには動きその物を止めてしまう。
 それだけでは済まない。強引に停止された車輪を突き動かしていたコンベア動力が突然の負荷に
弾け、伝達する破損が這い上がり健在だった右肩が轟音を上げて吹き飛んだ。
 ひょえーとかあひょーとか叫んで、巨人の足元で筋肉と半裸が右往左往する中。難を逃れた常温
の騎士を、その倒れ付していた体を胸倉掴んで引き起こし、もう一人の黒騎士が顔を寄せ合わせて
怒鳴りつける。

「…っ、この馬鹿! 誰が犠牲になれなんて言ったよ! んな事しなくてもあんなオカマ野郎位、
愛と気合と根性で倒してみせろってんだ!!」
「な…馬鹿はそっちだ。普通に考えてあの状況、敵の隙を付くのが上策だろう」

 胸倉の手を払いのけ、常温の騎士もまた反論する。幸いな事に痛みはまるで感じずに済んだが、
それを素直に認めてしまうわけにもいかない。目の前の馬鹿は何も理解していないのだと深く溜息
を吐く。とにかく無視された企みを説明せずにはいられない。何も消滅するわけではなく、後に復
活を約束された身である事が前提なのだと付け加えて。
 無論そんな言葉は、倫理破綻したこの男には通用しない。

「お前はぁ! どうせ生き返るから今死んでもいいってのか!? どうせ再生するから怪我しても
いいのか!? どうせ汚れるから風呂に入らなくてもいいのか!? どうせ直すから家壊してもい
いってのか!? 違うだろう? そうじゃないだろう!? 何か違うだろうがよ!!」

 まるっきり子供の理論、言動、思考、論調。言いたい内容も旨く言えずにもどかしげで、しかし
それだけに常温の思考には無い大切なものを孕んでいる。
 いや、良く見ると高温の騎士の仮面の奥、黒の相貌の更に奥がぐるぐると渦巻いている。かなり
錯乱してテンパっているだけなのかもしれない。
112我が名は? 20/21sage :2006/11/18(土) 06:14:00 ID:IfP38a0Q
                     20

「単純過ぎる思考回路だな。餓鬼かねお前は…」
「餓鬼で結構! なんつーかなんつーか…、俺に押し付けるんじゃねぇ! かっこつけて諦める奴
なんか黒騎士じゃねーんだっつの! 男なら、漢なら! テメエの意地はテメエで通せ!」

 やれ、どうして同じ深遠の騎士であるというのに、こんなにも性格に際が出るのやら。呆れ気味
に溜息を一つ吐き、常温は仮面の奥の青の相貌を細めていた。
 ――まったく、そんな事を言われたら本当に犠牲なろうとしたこっちが格好付かないじゃないか。

「しょうがないな。付き合ってやるとするか…」
「おうよおうよ! 足掻いて足掻いて足掻き抜いて! 這い蹲ってでもテメエの意地を貫き通せ!」
「はっ…、まったくどうして…」

 残った獲物はお互いに身の丈を超える剛槍一本。鏡写しの様に背中を向け合って、並んで半身に
槍を構える。揃えられた切っ先が共に敵を捉えると、零す言葉も揃って同じく――

「「私達(俺達)も、随分と甘くなったものだ!」」

 その言葉に反応したわけではないにせよ、漸く動揺から立ち直った鉄の塊が二人の目前へと立ち
塞がる。本来ありえぬ様な痛手を負わされて、乗り手はもう意味のある言葉が吐けずかなりの激昂
を見せている。足元の仲間二人がぎゃいぎゃい叫びを上げているが聞く耳も持たず、それも鋼鉄の
足踏み一つで黙らせてしまう。まるで鉄槌を振り下ろしたかの様な地を揺るがす一撃に、仲間のは
ずの二人はぴよぴよと頭に鳥を飛ばして気を失った。
 野獣の唸り声の様な動力部の強引極まりない高稼働の果てに体内から轟音が響き、操縦席の脇の
安っぽい煙突が黒煙を振り撒いて。轟音を立てて迫り来る鋼鉄の巨人。その見かけにそぐわぬ軽快
な歩みで距離を詰め、ずんずんと腹の底に響く地響きを二人の騎士へと伝えてくる。
 相対距離はもう目前。両肩を破壊されたにも拘らず、強引に動かなくなった腕を体を揺さぶり反
動で叩きつけるべく振り上げさせた。
 いや、それは拳撃等と言う上等なものではなかった。己が鉄の体を最大限に活用した、突貫じみ
た体当たりに過ぎない。けれども、それだけでも絶対致死量には変わりは無し。巨大重量が斜めに
傾いで黒の騎士二人に覆いかぶさり影を落とした。

「断固迎撃!」「不可能だね」
「全速回避!」「無理だろう」
「諦めんな!」「客観的事実」
「ぬがぁっ!」「やれやれ…」

 最後の瞬間が差し迫っても二人の騎士のやり取りに代わりはない。激しく高温、平穏にて平温。
無駄と判りつつも二人の騎士は構えた槍を、渾身の力を込めて迫り来る脅威へと突き出した。
 そして、容赦のない一撃が見舞われた。

「お待たせしましたーー!! っきゃぁぁぁぁぁぁぁ! 落ちる落ちる果てしなく落ちてるー!
重力加速度は最早最高潮! 自由落下に命賭けます賭けさせます! 誰も僕らを止められなーい!
 突き抜けるほどハード! 吐きそうなほどにローリィング! 壮絶なまでにオーバードライブ!
 俺を受け止めてくれぇぇぇぁぁぁぉぉぉっー! ――へぶし!!」

 衝撃は主に操縦席のひょろ長いのの脳天へ。兜と額が運命の出会いを果たし、盛大な音を立てて
星を生む。回転しながら落ちてきた物体が見事に乗り手のひょろ長いのを直撃した為、飛び上がっ
ていた鋼鉄の巨体の軌道が強引に変更され地響きと共に地に落ちた。
 呆然とする騎士二人はその身に毛ほどの傷を負うこともなく、鋼鉄の腕と長く伸びた操縦席の隙
間に納まり突っ立っている。操縦していたひょろ長いのは被った頭巾をたんこぶで膨らませてぐっ
たりと気絶していた。頭巾に開いた穴から覗く相貌は白目を剥き、唇からは長い下がでろんと垂れ
て暫くは気が付きそうにもない。
 なんとも釈然としない結末に、勿論黒騎士二人はことの元凶を問い詰める。それは紛れも無く、
がらんどうの体をした見慣れした馬鹿――空洞の鎧の弓使い。

「このタコ! 今までどこに行って居やがった!」
「ここは蛸? 私は烏賊? そして貴方は水母さん?」
「だめだこの馬鹿、壊れてやがる…」

 地に伏した所を強引に肩を掴まれて起こされた弓の鎧は、揺すられ様と怒鳴られようと意味不明
な言葉を呟くだけだった。その頭の上ではまるで星の様に三つの火の玉がくるくると回っている。
ようするに目を回していると言いたいのだろう。流石に揺さぶるのをやめた高温が助けを求める様
に相方を振り返るが、振り向かれた常温は無言のまま、大仰に両掌を肩の高さまで上げてその肩を
竦めるだけだ。当の弓の鎧も脱力してえへらへらへらと笑うだけ。中身も無いのにおかしな所にで
も当たったのだろうか。
 と、その脱力していた体が不意に起き上がり、肩にかけていた弓を掴み矢筒から鋭き矢を引き抜
いた。続けざまに引き絞られ放たれる矢の数は六。限界に近くさりとて超えるわけではない速射さ
れた流星は、合計四人の度肝を抜いて次々に倒れた巨人の操縦席周りへと突き刺さる。
 唐突な行動に驚愕したのは黒騎士二人に、先程気絶していたはずの筋肉男と半裸女であった。ど
うやら役に立たなくなったひょろ長いのの変わりに、こっそりと巨人を動かしてやろうとしていた
ようだ。だがそれは適わずに、二人とも両脇と股の間に矢を穿たれて、ピクリとも動けずに硬直し
ている。起き上がった弓手は高温の手から逃れると動けない二人に歩み寄って、次の矢を番えなが
らのんびりと言葉を漏らした。

「だめだめよー。弓兵が弓も撃てずに決死のヘットバットかまして収めた戦いを再開させようなん
てー。この僕が赦してもお天道様は赦しちゃくれませんよー?」
「それを言うなら逆だろう。普通は。『お天道様が赦してもこの僕は――』だろう」
「んな事より! テメエ気が付いてやがったのかよ! お前らもまだ懲りてねえのかよ! どいつ
もこいつもいい加減にしやがれ!」

 それに続いて、常温高温と言葉を放つ。本当に長い事暴れまわっていた、いい加減うんざりして
くるのもせん無い事だ。
 そんな三人の問答を眺めていた対敵二人は気絶した同胞を操縦席から引き摺り下ろし、そろりそ
ろりと足音を忍ばせて退散を決め込んでいた。実の所ひょろ長いの以外にメカを動かせる技術のあ
るものはいない。その上先程の矢によって機器にも損傷が出た今、まともに戦える状況ではないだ
ろう。一歩二歩、気付かれない様に、逃げ延びられるようにこそこそこそこそ。
 すると、深淵の騎士二人が虚空より虎でも射殺せそうな弩弓を両手にそれぞれ引きずり出し、弓
の鎧も加えて三人で逃げ延びようとする対敵の背中を狙う。それに気が付いた監獄トリオは思わず
悲鳴を上げて各々の体に抱きつき縮こまる。気絶していたひょろ長いのも思わず目覚める恐怖感だ。

「――……何か言う事は?」
「「「ご、ごめんなさい…」」」

 三人を代表して常温が尋ねると、観念した監獄トリオが絞り出すようなか細い声で漸く敗北を認
めたのであった。
113我が名は? 21/21sage :2006/11/18(土) 06:14:53 ID:IfP38a0Q
                     21

 ここは闇の巣食う場所。蟠った暗闇がギチギチと鬩ぎ合い更に凝縮して溶け合う暗黒の空間。
 その中心に位置する場所で、その強大なる者は唸る様にして配下の報告に耳を傾けていた。報告
するのは幻影ではなく、小さく矮小な体に英知を詰め込む蚯蚓の賢者――セイジワーム。彼の虫は
特に脅えるでもなく、顎鬚を小さな手でなでながら淡々と書類を読み上げていた。

「以上…、今回の損害は地下と地上の数箇所に及ぶ大規模なものでありました。健在の修復は各魔
物達と我が賢者虫の一族が総出で執り行っておりますわい。問題といえば修復費が莫大になるとい
う程度でありましょう。それから年食ったのが多いので、腰痛やら神経痛やらになる者が続出しま
してのぅ…。いやいや、年はとりたくないものですな」

 一頻り書類を読み上げると、賢者の虫は相手の報告を待つ事もなく早々に立ち去っていった。報
告の任務などいつもこのようなものだ。強大なる存在は、待てど暮らせど配下の者に返事などはし
ない。唯そこにありて、必要な事を必要なだけ執り行うのみだ。一部不必要だったが。
 また唯一強大なる者だけになった空間。
 否否、その傍らに誂えられる様に玉座があり、その上にもう一人闇の中の住人がその身を侍らせ
ていた。控える従者ではない。この闇の中へ招かれる事が出来る数少ない来客である。
 その身は矮小なる人間と何か変わる程ではない。井出達は何処にでも居る一般的な剣士の装束で、
撫で付けられた短い金の髪を湛える青年。ただし生者に有るまじき青白く透き通る透明な肉体をし
て、その身には生気の変わりに瘴気を纏わせていた。強大なる者の傍らで、尊大なままに頬杖を付
いて眠りに耽る小さき住人。
 硬く閉じられていた瞳が薄らと開いていく。其処から覗いたのは魔物の眼。赤に染め上げられた
中に、金の虹彩の浮かぶクリムゾンアイだ。
 赤い相貌を細めると、ふわっと一つ気だるげに欠伸を漏らす。

「存外、楽しませてもらったぞ闇の王よ…」

 その唇から漏れ出す声はひび割れた老人の様な音色。玉座から立ち上がり一人闇の中を進み始め
た。もう用はないと、強大なる存在すらも吐き捨てるように立ち去っていく人の姿をした魔物は歩
み去る。
 強大なる存在の傍らを過ぎ行く僅かな瞬間、どこかで聞いた青年の声が闇の中に響いた。

「あの人は変わらないなまったく…。君も一度会って損はないと思うよ」

 語り掛けられた者は答えはしない。語り掛けた者は満足げに微笑み、蟠る闇の中へと消えていっ
た。唯一言、また会おう同胞とだけ呟いて。

「同胞…、一体何時の同胞の事だろうね…」

 取り残された闇の中に、自嘲めいた囁きが広がった。それは共通なる過去への陶酔なのか、はた
また今ここに在る事への皮肉なのか。また別の青年の声で広がった囁きは、誰も居ない闇の中へと
飲み込まれ消え果る。

「っていうか、何処から修理費捻出しようかねぇ…」

 最後のぼやきと共に、急速に闇が波打ち収束し、終息していく……。終息していく……。


                     *

 その後はと言うと。

「今日はいろいろあって疲れたねー。なんだか半年ぐらい戦ってたがするよー。ねっ、剣の?」
「馬鹿野郎! テメエは何にもしてねーじゃねえか! 寧ろ悲惨だったのは俺達だろうが、腕もが
れるは足もがれるは後ろからどつかれて散々変態的に苛められるは! 深淵の三騎士ボロボロだよ!
 満足かぁ! こん畜生っ!」

 弓の鎧が切り出して、高温の騎士が激昂し。

「まあまあ、そんなに長々と叫ぶとキャラが被るよ。誰かと」
「…間違ってはいないけどね…」

 常温の騎士がそれを宥めて賺して、低温の騎士が煽りを入れる。

「なんにせよ、全員健闘し健在である事は喜ばしい。なればこのまま本来の目的、古城に挑む強き
人間達や魔物を挫き、弱き魔物や人間達を守るとしよう」
「なっ、魔物はともかく人間を助けるのは見逃せんぞ。って言うか何で我までここにいるのだ!?」
「「「監獄トリオも以下どうぶーん」」」

 剣の鎧が宣言し、幻影が反対しながら喚き散らして監獄トリオまでもが追随しそれに倣う。
 各々ボロボロになりながら、そして異見も漫ろになりながら。それでも皆、剣の鎧についていく。
まるで纏まりも無いままで、なのに向かう先は同じ。一つの集団となって一団が古びた古城の中を
突き進む。
 奇妙な集団は何処まで歩んで行くのやら。こんな感じで此度の物語の幕は閉じるのでありました。


 そして、今日も今日とて今日すらも、古城のどこかで声がする。

「我が名はレイドリック! 名も顔も忘れた、ただのがらんどうだ! 我を滅ぼしたければ、己が渾身
を持って、かかってこいっ!」
「ついでに俺はレイドアチャッ! 名前も顔にも未練は無くてー。戦いは面倒臭いけど、人付き合い
で世直しさー。ま、とりあえず楽しく限界超えてみよーよー。ねっ、剣の?」
「人間守る心算はないけれど」「…これも何かの妙縁だ…」「深淵の三騎士も忘れずに!!!」


                                        終わり
114我が名は? 22/21sage :2006/11/18(土) 06:19:00 ID:IfP38a0Q
長々と失礼いたしました。

文章を纏める力が無いのか、こんなにだらだらと長くなってしまいました。
次は文章の長さに気を使って書きたいと思います。また長くなったらごめんなさい…。

批判は心の栄養です。
何か思うところがありましたらご遠慮なくお願いいたしますです。

それでは『神の人』の続編を書き始める事にしますね。
失礼いたしました。
115名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/11/18(土) 18:43:02 ID:u.WzoQwQ
OK、存分に笑い、燃えさせてもらった


…が、読んでたら1時間経ってますた(´・ω・`)
116名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/11/19(日) 02:22:55 ID:R68RROYI
いつも大変楽しく読ませていただいております。
失礼ながら、勝手に某深淵スレに宣伝してしまいました。
長さについてお悩みのようですが、長くとも一気に読ませる筆力があれば、何はばかることがありましょうや。
もしもどうしても気になるようなら保管庫直投下でアドレスを張るのも(保管作業者にもスレにも)優しいかも。
117名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/12/06(水) 22:39:01 ID:.QwEgwCk
知り合いに自分で作ったキャラ設定の奴を話したらこっちに書いたほうがいいと言われたのでこちらに勝手に書かせて頂きます
ちなみに人の職としては
クロウ ロードナイト
クライス WIZ
エニス ダンサー
エルザ スナイパー
ルーヴァリス アサシンクロス
フィール 現ノビ
です
こっちは少し話が進んでるので自分のキャラ設定で・・・の171を見てもらえば大丈夫なはず?です
176は途中間違って二回書いてしまいました・・・
118オリジナルストーリー3(1) :2006/12/07(木) 23:11:44 ID:f3xLojA6
「眠い・・・」

起きて第一の俺の言葉はこれだった。朝が苦手な俺には起きるという事が拷問だ

部屋を出て広間に行くとフィールが何かをしていた

俺「おはよう」

俺がいると気付いたフィールは近寄ってきた

フィール「クロウさん、おはよ、寝癖ついてるよ」

そう言って背伸びして髪の毛を直してくれた
昨日のテロの時とは違い、子供のような無邪気な笑顔を見せたから俺は安心した

俺「何してたんだ?」

さっきやってた事が気になったので聞いてみた、するとフィールは猫を差し出した。

フィール「この子と遊んでたんだ。あ、そうだ。今日はクライスさんたちが仕事に行くからクロウさんと遊んでろって」

俺「そうか、ならどこか行くか」

俺が言うとフィールは嬉しそうに頷いた。

そうだ、アコライトになるんだったら今のうちに手伝うか
俺はそう思い倉庫から小さな剣を渡した。

フィール「これは?」
不思議そうに聞いた

俺「いきなりだけどアコライトになりに行くか」

フィール「今日?」

俺「そうだよ、ゆっくりでも一日でなれるさ」

フィール「じゃあそうしよー」

二人は部屋を出た


プロンテラ西の城壁を越えたところでとりあえず俺は戦い方を教えた
俺「それじゃまずあのポリンからだな」

フィール「うん、やってみるよ」

フィールは俺があげたマインゴーシュで突いたがポリンが反撃した
フィール「やぁ!」

最後に切ってポリンが砕けた
その時にべとべとした液体がフィールに思いっきり飛び散った。

フィール「クロウさ〜ん・・・」

泣きそうなな顔でこっちを見た

俺「ごめんごめん、そんなに出るとは思わなかったよ」

俺は笑っしまった

俺「まぁ、こんな感じだよ」

フィール「うん、このまま行ってみるよ」

俺「おう、無理するなよ!疲れたら座って休憩だ」

そう伝えるとフィールはポリンを突き始めた
懐かしいな・・・まるで俺達の昔を思い出す

疲れたのか5匹倒したぐらいで休んだ

俺は近づくとミルクを持って行った

フィール「ありがとー、ん・・・ごちそうさま」

物凄い速さで飲んでしまった。
119名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/08(金) 00:18:32 ID:cxhuIBww
>>117
ラノベでも良いから、小説を一作読んでくることをオススメする。
何故って、作品中の描写が淡々としすぎていて面白みがないから。
>>118のような文章だと、「小説」というよりは「脚本」になってしまっている)
さらに、読者には状況が全く伝わっていない。これでは途中の段階で読む気が失せてしまう。
(たとえば、俺(クロウ?)はおそらく男だろうとわかるが、フィールに関しては性別すらわからない)
また、>>117のような設定垂れ流しははっきり言うと「無駄」 ここは設定スレではなく、小説スレである。
文章中で描写すれば読者には伝わることだし、設定云々は作者の頭の中で整理されていれば良い。

携帯で書くのは不便だろうけど、今後の上達に期待。
120名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/08(金) 00:45:27 ID:93dYZdh.
元々「自キャラ設定スレ」から来たネタだから、初めから脚本だと思っている漏れガイル。
#そもそもト書きで小説だと言い張られてもね。
121名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/08(金) 06:40:31 ID:w6C/A7ng
なんか偉そうな項目がwikiに追加されてるね
122オリジナルストーリー3(2) :2006/12/08(金) 06:58:06 ID:ll6S2rBc
疲れが取れたのか立ち上がって狩りの再開を始めた

そして2時間が経過した

俺「そろそろ行ってみるか」

フィール「アコライトになれるかなあ?」

期待と不安が混じった言い方だったが俺は

俺「大丈夫だよ、昔はフィールと同じくらいの子を案内してたよ。危なくなったら俺が護るよ」

フィールに不安は無くなった

そして大聖堂に行くとフィールは大きさに圧巻された

フィール「大きい・・・」

俺「中に入るよ」

フィール「うん」

俺が案内して受け付けのシスターに話した

俺「お久しぶりです」
シスター「お久しぶりです、今回も新人さんをお連れされたのですか?」

さすがに何回も同じ事をすると覚えられるなと思いながら微笑する
俺「鋭いですね、今回もそうですよ」

シスター「では、この方ですね?」

そう言うとフィールに目を向けた、そして書類に登録らしきものをしていた。

シスター「さて、少し失礼します」

と言うとフィールの両肩に手を乗せ目を閉じて集中し始めた、そしてすぐにそれは終わった。

シスター「身体的には充分ですね。」

フィールは嬉しそうな笑顔を見せた

シスター「ですが」

フィール「ですが?」
シスター「今から試験をします、内容は簡単です。」

フィール「どんなの?」

シスター「これから北にある教会にいる方に登録書を書いてもらいます」

フィール「わかりましたーそれなら行ってきます。」

シスター「あ!一つ言い・・・」

フィールはなれるのが嬉しいのか思いっきり走って行った

シスター「大丈夫かなあの子・・・・」

忘れ去られてた俺が安心させるように言った
フィール「大丈夫、俺は何回もあんなに子をアコライトにしてきた。任せて下さい」

そう言うと俺はフィールに走って追った

北に着いた

さあ「俺が案内してやるよ」

フィール「お願いします、クロウさん」

俺はさん付けされるのに今更ながら違和感があった

俺「クロウでいい」

フィール「え?」

俺「さん付けされるよりその名で言ってくれ」

そう言って頭を撫でる

フィール「うん、わかったよ。クロウさ・・・、お願いします」

また言いそうになった
123オリジナルストーリー3(2) :2006/12/08(金) 07:38:41 ID:ll6S2rBc
俺「まあ、行くか」

歩いて行く事数分。いきなり悲鳴が聞こえた

俺等は走って行った

するとそこには青い大きなウサギとノビの少女がいた
あのウサギは小さな兎の親で群れているが少し凶暴だ。だがにげれ無いわけじゃない

しかしよく見ると足にマンドラゴラの蔓が巻いてあり、にげれ無かった

俺はとっさに背中に隠していた折りたたみ式の小さな槍をマンドラゴラに投げた

さすがに一撃で動かなくなり俺はウサギ達を手で防いだ

俺「大丈夫か?」

そう言うと馬鹿でかい剣を用意したが

フィールがいきなり青いウサギに虹色のニンジンを与え始めた

俺&ノビ「えぇ〜?」

俺は流石に驚いた

フィール「さっき拾ったニンジンでペットにしようよ」

そう言えば行く前拾ったな・・・・

しかしいきなり青い大きなウサギは落ち着く。そしてフィールに抱き着かれるように飛んだ。

俺「成功してる?・・・」

フィール「この子の名前何にしよう?」

エクリプス持って帰る気満々だ

まぁいっかと自分に言い聞かせ、ノビに近づく

俺「大丈夫か?」

再び聞くと

ノビ「大丈夫ですよ、あー恐かった」

ぺたっと腰を降ろした

俺「ここは危ないからここで戦うのはやめたほうがいいよ」

少女「ふぇ〜道に迷ってここにきたんです」

俺「そっか、それなら案内するよ。って言っても少し教会に寄り道するけど」

少女「ありがとうございます〜」

そう言うと俺らは教会に行って登録書を貰って帰って来た

シスター「お帰りなさい。早速見せてもらえる?」

そう言うとフィールは書類を手渡した。俺は外に出た

少女「ありがとうございました」

俺「気にしない気にしない」

俺は笑って答えた

少女「私も剣士になるために頑張ってきます」

俺「おう、頑張れよ。」

こうして未来の後輩を見送った

そして大聖堂から聖職者の服を来たフィールが戻って来た

フィール「お待たせ」
そう言って手から優しい緑の光を出した

フィール「ヒール!」
俺の体が少し癒された気分だ

フィール「えへへ〜最初に使う相手決めてたんだ」

そう言うとぺたっと座った

フィール「あ〜疲れた。」
124オリジナルストーリー3(3) :2006/12/08(金) 07:56:54 ID:ll6S2rBc
俺「そうか」

そう言ってフィールを背中に乗せた

フィール「お、重いかもよ?」

フィールは慌てた。それを見て

俺「俺はフィールより重い剣を振ってんだぜ」

フィールは嬉しそうな笑顔で

フィール「クロウの背中って大きいね」

俺「そうか?」

フィール「そうだよ、何でも乗せれるよ!」
自分ではあんまり考えた事は無かったがとりあえず日が落ちたので

俺「帰ろう」

フィール「うん」

フィール(明日は何があるんだろうな)

期待を膨らませて行く少年だった
125オリジナルストーリー3(4) :2006/12/08(金) 10:28:41 ID:ll6S2rBc
う〜ん。小説は難しいなあ・・・色々教えて貰う事が多いから嬉しいけど自分の読解力のなさに涙が出そうorz
ちなみにエクリプス捕獲はそのノビがいきなりやったのは失敗扱いだけど小説ならいいかなと思ってました。 が書き終わって見るとエクリプスをペットにした話や僕を使う女騎士があったので自分の思考不足でした。

今まで僕=男でした
これらの失敗を参考にさせて上達したいと思います
126名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/08(金) 12:52:43 ID:DlZYvHLE
会話ばっかりで地の文が足りないから
何やってるのか判らなくなって読みにくいんじゃ?
127名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/08(金) 16:02:06 ID:IruTlxrY
>>125
俺「○○○」 フィール「×××」 という台詞の書き方もあって、小説を読んでる感じがしなくなってる。
キャラの絵も背景も効果音もないサウンドノベルをやってる気がしてきます。
まず、「」の前にキャラ名が書かれていなくても誰の発言かわかるように工夫してみては?
もちろん、{「〜〜」と俺は言った。}という説明的な書き方も極力避けて書いてみてください。
(それには会話部分以外の地の分での描写が必要になるので強制的に地の文が増える)
そうすると小説らしいものになっていくかも。
あとは国語の勉強を。
ら抜き言葉、主語行方不明、主語と述語が合ってない、接続語が不適切、敬語が不自然、意味の重複、誤字脱字がてんこ盛ってますんで。
128名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/08(金) 16:08:46 ID:IruTlxrY
あ、>>127に追加
最後の部分に。
主語が述語がと色気のない指摘を言っていますが、自分としては
小説の文章において、国語での文章の基本を全て守る必要は無いと思っています。
ただ基礎が出来てこそ、それを くずすことができるってことで基本を守る(知る)のは大事だと思います。
129保管庫管理の人sage :2006/12/08(金) 17:14:30 ID:lC8076oM
何方か存じませんが、小説書き方作法のサイトをいくらか紹介をしてくれた方、ありがとうございます。
保管庫の性質上、あまり上にあるというのもおかしい気がしたので、関連サイトの方に纏めさせて頂きました。
130エクリプスをペットにした人 :2006/12/09(土) 00:55:34 ID:putFJKW2
>>125
自分も小説というよりシナリオを読んでるって感じがしてちと辛いと思ったかな
言いたい事は>>126氏と>>127氏が大抵言ってくれてるので大方は省くけど、読み手のことを考えてない気がしたかな
自分の中でこうなんだっていくら小説の外で言っても、小説の中で表現できなきゃただの言い訳にしかならないと思うから

もっと上手くなりたいなら>>119氏が言ってるけど小説ってもんをいっぱい読むことかな
ラグナロクはファンタジーだからファンタジー系のものばっか読めばいいって話じゃなくて、ファンタジーだろうがミステリーだろうがホラーだろうが何だっていいと思う
読めば読んだ分だけ小説を見る眼ってのは養われるし、小説を見る眼が養われれば自分で書いたときにここがおかしいって気付くから
まぁ、自分もまだまだ修行不足で展開速すぎとか伏線張りが上手くできないとかいろいろ問題抱えてるからあまり人にああだこうだいえた義理ではないんだけど、小説家orシナリオライター志望の人間から見た意見だと思ってくれれば嬉しい
131名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/09(土) 04:52:33 ID:iBb414H2
>125は自分の読解力がないと自覚しているのだから、ジャンルは問わないが小説を読んだら
その感想文を書いてみてはどうか。或いは登場人物の人物評を書いてみるとか。
いっそ後日談など書けるようになれば、それはもう立派な小説になるだろう。
だがしかし、ライノベはやめておけ、とは言っておきたい。
132名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/09(土) 19:57:00 ID:a.NbggtA
コレは小説ではないな。
133名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/12/12(火) 22:39:10 ID:A.cboeII
勉強して小説に再チャレンジしようとしましたけど・・・

仕事が忙しくなる上に明日は会社の人が仕事で事故起こして葬式に行く羽目にorz
134名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/13(水) 11:32:25 ID:C9En.q1I
まずお前はsageをおぼえろ。話はそれからだ。
自分の状況説明がageる価値のあるような情報かどうか考えてくれ。
135Aegis Shield of Fortune(0/12)sage :2006/12/16(土) 03:38:31 ID:RxVpHs2A
空気を読めない私が流れをぶった切りにして投下

タイトルは適当。英文法超怪しい。エキサイト翻訳にかけたら「財産のイージス艦盾座」とか言われた、ナキソウ
136Aegis Shield of Fortune(1/12)sage :2006/12/16(土) 03:38:54 ID:RxVpHs2A
「はぁ……」

 程よい日差しが降り注ぐ、首都プロンテラの午後。
露店の立ち並ぶ大通りの真ん中で、私は今日13度目の溜息をついた。

『どうしたの?溜息なんかついちゃってー』

 いやに陽気な声が突然、耳元で囁かれたかの様に聞こえた。
頭痛が悪化しそうな気分に浸りながらその声の主に、私は頭の中で返答する。

『あんたのせいでしょうがあんたの!』
『――え、そうなの?』

 ……心底意外、と言う声色である。
案の定、頭痛が悪化してきた。
 そこで私が不機嫌と溜息と頭痛の理由を順序だててかつ論理的に説明しようと、思考の中で整理し始めた時。
彼の『あ、そうか』と言う、さも納得したと言うような声が聞こえた。
手を打ち、頭の上に電球でも出している様子が目に浮かぶ。

『僕がなかなか愛の告白をしてくれないから、シェリスったら待ち遠しくてたまらないんだね』
『……』

 はぁ。
 14回目。

(/ex グレイス=ロッドf)
『わーーー待った待った!ごめん、ごめんって!』

 私の沈黙の理由を悟ったらしい声の主、グレイス=ロッドフィルドは慌てて私の耳打ち受信拒否を阻んだ。
 私のような聖堂にも属さず、冒険者登録もしていないはぐれプリーストと聖堂のパイプ役を担い、
そこらの聖堂所属のプリーストでは手に負えないような荒事の仕事を持ってきてくれるのが彼だ。
さらに言えば自身も優秀なプリースト……なのだが、こうでもしないとマトモな会話が出来ないのが致命的欠点である。

『で、何の用?』
『いや、ブログエンス卿の家には着いたかなーって』
『いいえ、まだよ。でもその広ぉーい庭は見えてるわ』

 マイスタント=ブログエンス枢機卿。
大聖堂にて多大な発言力を持つ枢機卿の一人であるが、近年黒い噂が絶えない人物である。
つい最近も数年前の汚職事件が発覚したとかで、近々騎士団による捜査のメスが入ると、聖堂関係者の内ではもっぱらの噂だ。
 そのような人物のため、ここ数日の間に幾度となく命を狙われて居るとの報告が聖堂に入った。
近いうちに失脚するのはほぼ間違いないとは言え、仮にも今はまだ枢機卿の一人であるので、
聖堂上層部の決定で彼に護衛を付けることになったらしい。
 そうは言うものの、いまや彼の護衛を引き受ける者など、金を積まれればなんでもやるような輩か、
彼の権力範囲内である聖堂の人間ぐらいしかはいないのが実情だった。
 それは判るのだが、
『で、なんでこの護衛の仕事を私がやらなければならないわけ?』

 聖堂所属のプリーストにも私より要請しやすい者、あるいは私より荒事に向く者がたくさん居るはずである。
よりにもよってこの私に白羽の矢が立つ理由がわからない。
 グレイスは僅かな沈黙の後にこう続けた。

『ブログエンス卿にいくつかの疑いがかかってるのは知ってるよね?』
『ええ。知ってるからこの仕事憂鬱なのよ』

 つまり本日の溜息の回数は、グレイスがこの仕事を持ってきてからカウントを始めているということだ。
社会的悪人を護衛しなければならない、と言うだけでもやる気減衰なのに、既に命を狙われ始めている相手だ。
下手をすればこちらも命懸けになるだろう。

『で、彼自身も自分の財布から何人かの用心棒を雇ってるらしいんだけど』

それはそうだろう。
少なくとも汚職容疑がかかる程度には財産のある人物だ。
警備の2,3人を自力で雇うくらいは出来るに違いない。

『事情が事情だからね。いわゆる、金さえ積めば何でもするような輩しか雇えていないみたいなんだ』

 それも判る。
ある程度自分のポリシーや命を大事にする人間なら、社会的正義からは程遠く、しかも危険まみれのこの仕事は引き受けない。
 一応言っておくと、別に私はそれらを大事にしていないわけではない。

『もし彼に死んで欲しい人間が、彼よりも多くのお金をその護衛に渡したら?』

 その護衛は簡単に寝返るだろう。
しかもブログエンス卿の護衛を続ける振りをしたまま、容易く彼に近づくことが出来る。

『その護衛が敵に回るかも知れない、ってことね』
『ご名答。そう言う事態に、そんじょそこいらのプリーストじゃ対処できないのさ』
『それはまー、確かにそうね』

 単独で要人の護衛を続けながら、仲間の裏切りと言う突発的事態に対処しなければならないのだ。
並の支援プリーストでは攻撃がままならず防戦一方になってしまうだろう。
何故私なら出来るのか、については後に機会があれば説明する。
……私に相方ができない最大の原因で、余り触れたくない事実だからだ。

『でもそれなら』
『ん?』
『あんた自身が出向いた方がよろしいんでなくて?』

 グレイスは高レベル、を通り越して廃レベルの殴りプリーストである。
と言うか転生済みだ。
ソロで深淵の騎士を殴り倒せる男なのである。

『ほら、僕みたいな露骨な戦闘型が護衛についたら、相手が警戒して尻尾を出さないだろ?
 そんでもって僕が離れてから卿が狙われたら、根本的解決にならないからね。
一見支援プリーストに見えるシェリスの方が適任なのさ』
『なるほど。
"一見"支援プリな私なら敵も油断して襲ってくるからそこを捕まえればいいわけか』
『そうそう、さぁすがシェリス、察しがいいねー。あはははー』
『それほどでもー。あはははー』
『あははははは』
『……』
『ははは……は』
『要するに私は囮って事かあああああああああああああああああああああっ!!」

 いっそあのまま受信拒否してしまった方が良かったかもしれない。
137 Aegis Shield of Fortune(2/12)sage :2006/12/16(土) 03:40:16 ID:RxVpHs2A
「貴女が聖堂から派遣されたプリーストですね」
「はい、シェリス=フリーニスと申します」

 私が法衣の裾をつまんで一礼すると、ブログエンス卿も軽く会釈をして、私に着席を促した。
 マイスタント=ブログエンス枢機卿は一言で言えば、ありふれたどこにでも居る枢機卿であった。
私は密かに、もっとぶくぶく太って嫌らしい髭を生やし、趣味の悪い私服で葉巻を吹かす、
いかにも悪事で私服を肥やしています!と全身全霊で主張しているような人物(偏見)を想像していたのだが。
 年は40過ぎぐらいだろうか、教会で教皇に次ぐ地位である枢機卿としては、かなり若い。
体型は若干痩せ型で、少々やつれた感じがする。
寝不足だろうか。
それでもあごひげなどはきちんと手入れされており、自宅の屋敷内だというのに高位神官服を着用していた。
ついでに言えば屋敷の内装もそう趣味が悪いと言うわけではなく、正直に言えば、私の中での第一印象はそんなに悪くなかった。

 ちなみに私は卿に会うのは始めてである。
もちろん年に何回かの大きなミサには彼はいつも出席しているのだろうし、私も何度か見かけているはずだが、
毎回自己紹介するわけもなく、私も前列で何十人も並んでいる枢機卿の顔を覚えているほど敬虔なプリーストではない。
そもそもここ数ヶ月は仕事にかこつけて参列しない事の方が多かった。

 枢機卿は背の低い机を挟んで私の正面の椅子に座り、口を開いた。

「事情はいろいろ聞いているでしょうが、要点だけを言えば、私は今命を狙われています」
「はい」

 事情については深く触れないで欲しい、そう言っている様に聞こえた。

「そして、私には今年13になる一人娘が居るのですが……、娘の方も先日襲撃されまして」
「……っ」
「その時は大事には至らなかったのです。暗殺するつもりなのか、誘拐して取引に利用するつもりなのかは判りませんが」

 この枢機卿がどのような人物であれ、まだ幼いと言える子どもには、何の罪もないと言うのに。

「私は今週中に騎士団への出頭命令が下っています。恐らく、当分屋敷に戻ることはできないでしょう。
先ほども言ったとおり娘は今年で13ですが、すでに修道士への修行が可能な年です。
そこで私は、娘を修道士としてカピトーリナ修道院に預けようと思うのです」

 襲撃だけを考えれば懸命な判断だ。
カピトーリナにはモンクギルドがあり、何人もの優秀な修道僧が警備に当たっている。
不貞な輩が侵入し、中で暮らすアコライトに危害を加えるにはそれなりの代価が必要になるだろう。
 話の展開から察するに依頼の内容は卿自身の護衛ではなく、その娘の護衛もしくは護送と言った所だろうか。

「ひいては明日、娘をカピトーリナ修道院まで送り届けて欲しいのです」
「承りました。お嬢様は私が必ず修道院までお送りします」
「ついでと言っては何ですが、あの子自身もプリーストを志しています。
先輩のプリーストとして、いろいろと教えてあげてください」

 娘を修道院に預ける理由はそこにもあるのだろう。
枢機卿としての最後の権限をそこに使うつもりなのかもしれない。

「私のようなはぐれプリーストが教えられることがあるかは判りませんが」
「はは、そうでもありますまい。ああ、それと言い忘れておりましたが、護衛にはもう一人ついて貰います。
プリースト一人では防戦一方になってしまいますから」

 来た、私は心の中でそう思った。

「そろそろ戻るとは思いますが」
「もう戻ってますよ」

 第三の声は別の場所から聞こえた。
声のしたほうを見ると、いつの間にか応接間の扉のところに黒髪の男が立っている。
気配は感じなかった。

「おお、お帰りなさい。こちらが、貴女と一緒に娘を護衛してくださるアサシンのイージス様です。
その世界ではそれなりに名を知られているとか」

 残念ながら、私はアサシンの世界についての見聞はない。
仮に有名な人物であってもそれを確認することはできないだろう。

「イージス、でいいです。よろしく頼みます」
「シェリスです。こちらこそよろしくお願いします」

 差し出された手を握る。
太くはないがしなやかで力強い、そんな手だった。

(このアサシンが、もしかしたら敵に回るかも知れない……)

 身のこなしに隙はなく、それなりに場数を踏んだ人間だとわかる。
だが、何処かひょろ長いと言う感じで少し頼りなさげな印象を与える。
まぁ、敵に回すのなら余り強いと困るのだが、逆に弱いと仲間として頼りない。
もっとも、先ほど私に気取られず部屋に入ってきた事実を考えれば、後者の心配は要らないのかも知れない。
体格は細身で背は私より頭一つ分以上高く、先ほども言ったとおりひょろ長い。
腰には武器が括り付けられており、カタールが1組と短剣が2本……スイッチだろうか。
 ちょうどその時、イージスが口を開いた。

「シェリスさん、グロリアは習得してますか?」
「……ええ」

 一瞬実演して見せようかとも思ったが、枢機卿の前でそれをするのは失礼かと思ったし、
少し恥ずかしい気がしたので、質問には肯定までに留めた。

「それは心強い。万が一の時には、是非頼みますよ」
「はい、お任せください」

 グロリアを欲しがる、と言うことはクリティカルアサシンだろうか。
だとすれば敵に回すと厄介な相手だ。
グレイスは油断させて尻尾を掴めと言っていたが、そんな余裕はないかも知れない。
 さりげなく見ていたつもりだが、イージスはこちらの視線に気づいたらしい。

「あれ?僕の顔に何かついてます?」
「あ、いえ。少しぼーっとしてました」

 観察が露骨過ぎただろうか。
まぁこう言った仕事なのだから、命を預ける仲間を品定めして悪いと言うことはないだろう。

 私とイージスが簡単な自己紹介を終えた時、応接間の扉が控えめにノックされた。

「お父様、入ってもよろしいでしょうか」
「ああ、どうぞ。
入ってきなさい」

 扉越しに聞こえた少女の声に枢機卿が頷くと、一呼吸置いて扉が開かれた。
思えばイージスはノックをせずに部屋に入ってきたことになる。
依頼主の前でいい度胸だ。

 ブログエンス卿が戸を開けて入ってきた少女を傍らに呼び、私たちの方へ振り返った。

「一人娘のエリーです。事情は大体話してあります」

 卿はそこまで言うとエリーの方に向き直り、
「この二人がお前を修道院まで連れて行ってくれるシェリスさんとイージス様だ。ご挨拶なさい」
「エリィエス=ブログエンスです。お世話になります」

 真新しい僧衣に身を包んだアコライトの少女は、白いスカートをつまんで優雅に一礼した。
栗色の前髪がふわりと揺れる。
手馴れた、自然な動作だ。
私も紫の法衣を持ってそれに倣ったが、どちらが様になっているかは一目瞭然であっただろう。
……育ちの違いである。
 イージスはと言えば、首から上だけを動かす会釈に留めていた。
基本的な物腰は丁寧なくせに、依頼主への敬意や儀礼なんかは考えていないらしい。
138 Aegis Shield of Fortune(3/12)sage :2006/12/16(土) 03:42:44 ID:RxVpHs2A
 日が傾きかけ、あと少しで空も秋の山のように染まると言う頃。
私たちは首都中央の噴水近くに来ていた。
私たち、とは私とイージス、そしてエリーの3人である。
エリーが修道院に入るにあたり、必要なものを買い揃えに来たのだ。
私は危険だと反対したのだが、依頼主2人の要望とイージスの消極的賛成により説得される形となってしまった。
まぁ、これも仕事と言うわけだ。

「主よ、その慈悲を以って彼の者を守り給え、キリエ・エレイソン!!」
「シェリスさん、ありがとう!」

 私の防御法術を受け、エリーは露店の方へ駆けていく。
先ほど初めて面会したときのように普段実年齢よりも大人びた言動の多い彼女だが、
こうしてウィンドウショッピングに興じる姿はある意味年相応と言えた。
普通なら何の心配もなく、むしろ一緒になってショッピングを楽しみたい所ではあるが、残念ながら状況がそれを許さない。
エリーはいつどこから襲撃を受けてもおかしくない立場にあり、私はその護衛である。

 気がつくと、イージスが私のすぐ隣に居た。
雑踏の騒がしさがなければ、呼吸の音さえ聞こえてきそうな距離だ。
視線は私と同じく護衛対象の少女に向けたまま、しかし意識の一部は自分に向いているような気がした。
そう感じた理由は判らなかったが、その感覚が間違いではなかったことは次の彼の言葉で確認できた。

「シェリスさんは、VIT型のプリーストですか?」
「え、ええ……」

 虚を突かれた質問に、咄嗟に答える。
私のスタイルが器用さに無い事は、恐らく法術の詠唱速度で看破されたのだろう。
だが、そこから先は恐らく実戦にならなければ判らない。
それに、常に防御法術で身を守ることを心がけていれば、実戦でもそうそう見破られないはずだ。

「そう言うイージスさんは、やはりクリティカルアサシン?」
「そんな所です」
「きゃっ」

 そんなやり取りの最中、突然のエリーの短い悲鳴。
 イージスに気を取られすぎた!?

 慌てて彼女の方を見たが、そこには危惧していた襲撃の光景はなく、アコライトの少女が尻餅をついていただけだった。
通行人の誰かとぶつかったらしい。

「エリー、大丈夫?」
「はい」

 私がエリーのところに駆け寄ると、エリーは顔をこちらに向けて笑顔を見せた。
なおこの呼び方は彼女きっての希望である。
イージスはどれだけ言っても「お嬢様」としか呼ばないが。

「ごめんなさい」
「すみません」

 エリーを抱き起こし、彼女がぶつかったであろう通行人に二人で頭を下げる。
だが帰ってきた言葉は、許しの言葉でも、また怒りのそれでもなかった。

「フン、ブログエンスの娘か」

 吐き捨てるように言ったその人物を、私は思わず見上げる。
それはぶくぶくと太った体にはちきれそうな高位神官服を纏い、やたら高価そうな趣味の悪い装飾品をあちこちに付けた男であった。
あえて言うなら、私がブログエンス卿に対して勝手にイメージしていた、
いかにも悪事で私服を肥やしています!と全身全霊で主張しているような姿(偏見)そのものである。

「アルグステム枢機卿……」

 そうつぶやくエリーの声は、わずかに震えているようにも感じられた。

「汚職枢機卿の娘が、まだこんな所で何をしているのやら」

 アルグステム卿と呼ばれたその男はエリーのぶつかったあたりの神官服をはたきながら言ったが、
エリーの方は答える必要はないとばかりに口をつぐみ、僧衣のお尻についた砂埃を落としている。
 アルグステム卿は再びフン、と鼻を鳴らし、今度は私の方を見た。

「ブログエンスに要請された護衛か?失脚寸前の要請で子守なんぞやらされて大変だろうな、プリースト」
「いえ、そんなことは……」

 私は曖昧に答えたが、アルグステム卿は何を思ったか私の顔をしげしげと覗き込んできた。
生暖かい鼻息が法衣越しに胸にかかる。
私は吐き気を堪えるのに必死だった。

「フム、なかなか可愛い顔をしているな。
こんな小娘の子守など辞めて、私の屋敷に来んか?」

 冗談じゃない。

「いえ、折角のお申し出ですが、仕事の途中ですので。
謹んで辞退させて頂きますわ」

 愛想笑いで会釈をし、道を開ける様に一歩後退する。
エリーはその動きに合わせて私の後ろに回りこんだ。
 怒り出すかさらにしつこく迫られるのを覚悟していたが、こうしたやり取りに慣れているのか、
アルグステム卿はフン、と三度鼻を鳴らすだけでその場から立ち去っていった。
その後ろを付き人か護衛と思われる者達が付いていく。
教会権力者の枢機卿の付き人だと言うのに、プリーストやクルセイダーよりもローグなど
冒険者と思われる職業の方が目立っていたのが印象的だった。

「……」
「はぁ。あそこまで露骨な権力者って、いるものなんだ」

 いつの間にかすぐ傍に来ていたイージスに向かって、私はため息を交えつつ
自分たちにしか聞こえない大きさで話しかけた。
このアサシンが気配も感じさせずにすぐ近くに来ることは、半日にも満たない同一行動で学習済みである。

「……来るぞ」
「え?」

 だが、改めて見ると今のイージスの眼と口調はまるで別人のように鋭くなっていた。
その意味を本人に問い質すより早く、事態がそれを私に告げる。

「テロだ!」

 雑踏の中から誰かが上げた声。
その意味は、この首都プロンテラに根城を置く者にとっては誰もが直ちに理解する所である。
 一部の例外を除いて。

「え?何?」

 その一部の例外ことエリーは、何が起きているのかを理解できずに、急に慌しくなった周囲を見回しているばかりであった。
恐らくこれまでの人生の大半を屋敷で過ごしたであろう彼女が、テロの事を知らないのも無理はない。
 私は少女の元に駆け寄るとその手を掴み、人の少ない北方へと引っ張っていく。
古木の枝で召喚されたモンスターは周囲の人間を手当たり次第に襲い始める。
つまり人の少ない場所には余り向かってこないので、ある程度自衛できるのならそちらの方が安全なのだ。
 そう、"テロ"とは古木の枝と言うアイテムによる無差別なモンスターの召喚のことを挿す。
特に首都の大通り周辺では露店商を狙った愉快犯であるケースが多い。
そのテロに対し、戦闘能力の低い一般人や露店商などは逃げ惑い、騎士団や腕に自信のある冒険者はモンスターの掃討に、
混乱のただ中へ突っ込んでいく。

「ブレッシング!!彼の者に天空の風を、速度増加!!」

 イージスは立場からしても実力からしても後者だ。
私がエリーの手を引きながら支援法術を施すと、黒髪のアサシンはカタールを抜き放って混乱の中央に向かって駆け出した。

「グロリア!!」

 その背中に向かって、最後の支援法術をかける。
私はその姿が雑踏の中に消えたことを見届けると、自身とエリーにもいくつかの支援法術を施してさらに北へ移動した。


 空はもちろん、町並みまで朱に染まろうと言う時ごろ、テロはようやく鎮静化に向かっているようだった。

「あとは散らばった足の速いモンスターを冒険者が追っているだけです。すぐに落ち着くでしょう」

 イージスもテロ初期段階の抑え込みに成功し、すでに私たちと合流を果たしている。
戻って来た時も目立った外傷がほとんどなかった所は、さすがと言うべきなのだろう。

「シェリスさん、さっきの騒ぎは一体……?」

 エリーが心配そうな顔を私に向ける。
恐らく剣戟や魔法の音、あるいは人外の咆哮なんかも耳にしたかもしれない。

「エリー、古木の枝と言うものを聞いたことがあるでしょう?」
「あの、魔物を呼び出すと言うアイテムですか?」
「そうよ。首都は人がたくさん集まるから、彼らを狙ってモンスターを呼び出し、
人々が混乱する様を楽しむ通り魔ような連中もいるのよ」
「そう……なんですか」

 その光景を想像したのか、少し青ざめた顔で少女がつぶやく。
139Aegis Shield of Fortune(5/12)sage :2006/12/16(土) 03:43:31 ID:RxVpHs2A
ブウウウゥゥン……

 かすかに聞こえた羽音に、私は思わず顔を上げた。
 はぁ。
 まったく、今日の事態展開の速さにはさすがに目を回しそうだ、 私はエリーを庇うように立ち、周囲を見回す。
イージスも既に気配を覗っている。
エリーも今の話題と羽音の正体の関連性を悟ったのか、私にしがみつくようにしてじっとしていた。

「イージス、後ろ!」

 私が素早く動く赤い影を見つけて叫ぶや否や、イージスは装備したカタールを振り向きざまに上段で振るっていた。
カタールの刃先が飛び回る赤い物体を捉える。
少し動きが鈍くなった赤い物体を見て、今度こそ露骨に声を震わせてエリーがつぶやいた。

「ハンターフライ……!」

 何かの機会で見たか、書物で読んだのかもしれない。
まさしくそれは彗星のように赤く飛び回るハンターフライであった。
 モンスター全体から見れば中の上に位置するその虫は、硬い殻と驚異的なスピードを持ち、並みの一次職では手も足もでない相手である。
先ほどイージスが言っていた"足の速いモンスター"にあたり、テレポートを使うためテロ掃討をしていた冒険者たちの目から逃れたのだろう。

「グロリア!!」

 だがいくら強力なモンスターでも、相性と言うものはある。
どれだけ早く飛び回っても的確に攻撃を当て、どれだけ硬い皮に身を包んでもその隙間を突くことができ、小さな体とは思えない強烈な体当たりも素早い動きで回避可能なのがクリティカルアサシン。
つまりハンターフライにとって、イージスは天敵とも呼べる存在なのだ。
 現にイージスのカタールはハンターフライのすばやい動きをものともせず、複眼、節、足の付け根、触角と
的確に急所を突いている――、……居るのだが。

「……弱い?」

 確かにイージスの攻撃は急所を突いている。
だが、一撃があまりに軽すぎる。
折角殻の節目を突いていても、刃先のほんのわずかしか食い込んでいない。
これではハンターフライ一匹倒すのにも相当時間がかかってしまうのは目に見えていた。
見た目に違わず力は残念ながら弱い、と言うことか。
 はぁ。

「聖なる光よ魔の手先を討て、ホーリーライト!!」

 心の中で小さくため息をついてから、仕方なく攻撃法術による援護を行う。
 だが、

「きゃあぁっ!」

 突然の少女の悲鳴。
はっとして振り返ると、エリーの視線の先、10歩ほど離れた木の影から巨大な骨の鎧が姿を現していた。
その大きさは少女の背丈を倍にしてもなお大きい。
 カーリッツバーグ。
 骨の鎧は少女の姿を見止めると巨大なサーベルを地面に突き立て、一息で振り上げた。
サーベルが突き立てられた位置から、無数の土色をした棘が少女の足元まで走る。

「きゃっ!!」

 再び悲鳴を上げるエリー。
地面から突き出た棘自体は私のかけていた防御法術の壁が防いでくれたが、エリーは衝撃と恐怖で倒れこんでしまっている。

「ヒール!!ブレッシング!!」

 私のヒールを受け、骨の鎧は衝撃に仰け反った。
回復法術は、不死であるカーリッツバーグに対してダメージを与えることができる。
折角見つけた獲物を横合いから邪魔され、不死に怒りと言う感情があるのかはともかく、結果として骨の鎧はターゲットをエリーから私に変えた。

「キリエ・エレイソン!!」

 足の遅いカーリッツバーグの、そのサーベルの間合いに入るより先に私は防御方術を完成させ、その巨大で歪な鎧と対峙する。
 モンスターの中では上の中。
攻撃力と攻撃速度、何より防御力と耐久力がやたら高いモンスターだ。
しかし、退魔をその仕事の一つに置くプリーストにとっては、さほど相性の悪い相手ではない。
 結果論とは言え、ハンターフライにクリティカルアサシン、カーリッツバーグにプリーストと言う割り振りは適材適所といえる。

 物言わぬ不死の鎧がサーベルを振り上げる。
確かにその剣速は速いが、狙いがてんで出鱈目だ。
私はキリエの壁とバックラーを利用して受け流し、その攻撃の間を縫って立て続けにヒールを叩き込む。
まともに受ければ腕を持って行かれんばかりの一撃だが、直撃さえ避ければどうと言うことはない。

「ヒール!!ヒール!!ヒール!!グロリア!!」

 途中イージスに対する支援も忘れない。
音だけで判断すれば、彼はまだハンターフライと戦っているようだった。
 いや、終わった。
最後の羽ばたきとも泣き声とも付かない断末魔を上げ、赤い悪魔は事切れたことを告げる。

「アスペルシオ!!」

 ハンターフライとの戦闘を終えたイージスは私の脇を抜けカーリッツバーグの懐へ飛び込む。
その彼のカタールにすれ違い様に聖水を振り掛けると、私はエリーの傍に駆け寄ってから骨の鎧への回復法術を繰り返す。
相変わらずカタールが深く突き刺さることはなかったが、程なくして骨の鎧は崩れ去り、土に還った。

「ふー」

 周囲を見回し、もう危険がないことを確認したイージスはカタールをしまう。
そこで私の視線に気づいたのか、彼はふとつぶやいた。

「力は余りないんですよ」
「そう」

 私はそれだけを返して、いまだ尻餅をついているエリーの手を取る。

「エリー、怪我はない?」
「だ、大丈夫、です。ちょっと、怖かったけど……」

 目の端に涙を浮かべながら、それでも精一杯の笑顔を浮かべてエリーは答えた。

「だが、今のカーリッツバーグはどこから来たんだろうな」
「え、先ほどのテロからではないのですか?」

 イージスの疑問にエリーが怪訝な顔をする。
だが、私も彼と同じ疑問を持っていた。

「テレポートをするハンターフライならともかく、カーリッツバーグのような足が遅く、
巨大なモンスターが噴水前からここまで歩いてくるとは考えにくいです。
それにあれはガチャガチャと、ある意味ハンターフライより騒々しいですから、最初から居たならとっくの昔に気づいています」
「じゃあ……」
「たった今、誰かがあの木の陰で枝を折ったと考えるのが妥当でしょうね」

 そう言って私はカーリッツバーグの出て来た木に視線を向ける。
もっとも、下手人はすでにこの場を立ち去った可能性が高かった。

「別にお嬢様を狙ったものとは限りませんよ」

 エリーの不安を感じ取ったのか、イージスが楽観的意見を述べる。
確かに、たまたまここでテロに便乗して追加の枝を折った可能性も十分考えられる。
それとエリーを狙った暗殺である可能性は五分五分と言った所だろうか。
ただ、
「いずれにせよ今日のここはもう危険よ。足りないものがあったら私が買っておくから、エリーとイージスは先に屋敷に戻ってて」
「頼みます」

 私の提案にイージスはうなずき、エリーの手を引いて屋敷の方に歩き始める。
少女の方は若干不服そうな表情を浮かべているが、この状況では従ってもらう他ない。
 私は手の中にある紙切れを覗き込み、
「っ!……はぁ」

 多い。
 記念すべき20回目は、別れ際に少女に手渡された買い物リストを見てのものだった。
140Aegis Shield of Fortune(6/12)sage :2006/12/16(土) 03:44:48 ID:RxVpHs2A
 アコライトを経てプリーストになるには二種類の道がある。
一つは幼少の頃から教会で過ごし、普通ならば8年はかかる修業過程を経てプリーストと認められる方法。
もう一つは冒険者登録の後アコライト、プリースト2度の転職試験を乗り越えてプリーストと認められる方法。
こちらは国の冒険者政策に合わせて数年前から始まったばかりであるが、
すでにこちらの道を通ってプリーストになるものの方が圧倒的に多い。
 後者の方法では実力さえ認められればプリーストになれるので、冒険者登録から一週間足らずでアコライトの過程を終わらせる者もいると聞く。
その為聖職者らしからぬ道徳心を持った者も稀に現れるのが欠点だ。
 前者の方は8年と言う長い修業過程と、一度その道を選んでしまえば後戻りはできない古いシステムのせいで、
幼少の頃に教会関係者のコネがなければ、プリーストとして認められるのがかなりの高齢になってしまうのが欠点である。
ちなみに私は、孤児院を兼ねていた教会での生活がアコライト修業過程として認められた例外中の例外。

「えいっ!てえっ!」

 今私の目の前で一生懸命メイスを振るっている少女は、教会関係者の生まれと言う前者の典型的なパターンである。
この場合幼少の頃からプリーストを志すため全体的な倫理道徳は高いが、戦闘経験がまるでないため
教会の箱入り娘となって奉仕活動のみで一生を終えることが多い。
そうならないために(別にそれが悪いと言う意味ではないが、選択肢は多いに越したことはない)、
今エリーには簡単な戦闘の手ほどきをしている。

 なお、今は護衛任務二日目のカピトーリナ修道院への道中。
マンドラゴラという植物モンスターと必死に格闘している少女を、私は支援法術を施しながら、
イージスは周囲を警戒しながら見守っている。
私が一人先行して修道院をメモし、ポータルで飛ばすと言う手段を使わなかったのは、
こうして道すがらエリーに修行させるためである。
二人きりにさせられるほどイージスを信用していなかった、と言う理由もあるが。

「ちなみにアコライト見習いとマンドラゴラ、と言うだけでえちーな想像をしている諸君。
期待に沿えず申し訳ないが、ここが萌え小説スレであり、何より私が保護者としてついている以上、
そう言った展開はありえないので悪しからず」
「誰に向かって話してるんですか」
「シェリスさん、やりましたよ!」

 数十匹目のマンドラゴラとの戦闘を終え、汗だくになって私の傍へ戻ってきた少女は、
しかし達成感に満ちた笑みを浮かべていた。
最初はマンドラゴラのグロテスクな容姿にそれだけで腰が引けていた彼女であったが、
今では臆することなくモンスターに立ち向かい、メイスを振るう姿も様になっている。

「修道院が見えてきましたよ」

 イージスの言葉に、少女は崖の傍まで駆け寄る。
そこから見ると、木々の向こうにかすかに巨大な門が見えた。
白い石造りの柱に鉄製の黒い門が取り付けられ、周囲には神父や警備のモンクの姿も見える。

「あそこが、カピトーリナ修道院」

 確認するようにエリーが呟く。
あの場所で少女はこれから8年間、成人するまで過ごすことになるのだろう。

「ここからは直線距離は近いですが、途中見ての通り崖があるので、南から迂回しなければなりません」
「はい、あと少しですね!」
「ええ、頑張りましょう」

 気がつけばイージスは既に歩き始めていた。
それを見たエリーが慌てて付いて行く。
少し護衛としての自覚が足りないんじゃないだろうか、そんなことを考えながら私も後に続いた。
 間にエリーを挟んで先頭にイージス、最後尾に私、と言うこれまでと同じ陣形で山を下って行く。
エリーは先ほどから木から木へ飛び移るヨーヨーが気になるようだったが、彼女が手を出して無事で済む相手ではないだろう。
またこの山の何処かにはボス猿が住んでおり、そちらにも気を配らなければならない。

 一行は坂道の終着点に差し掛かった。
後は修道院まで、高低差のない平坦な道である。
もし修道院の人たちに見つからずにエリーを襲うならば、
「そろそろ仕掛けないといけないわね。
襲撃者さん?」

 イージスもエリーも既に立ち止まっている。
彼は腰のカタールに手をかけ、いつでも抜き放てる体勢だ。
私もエリーを庇う様にバックラーを持ち、杖を構えた。

 最初は矢か。

「ニューマ!!」

 私が唱えると同時に飛来した数本の矢は、しかし青白い光柱に触れると失速し、力を失った。
 既に気づかれている時点で完璧とは言い難いが、奇襲において死角からの飛び道具はセオリーである。
セオリーとは、やはりそれが多くの局面で有効であるからセオリーなのだ。

「ルアフ!!」
「くっ!」

 続けて私が行使した術に燻り出される形で、2人の男女が姿を現す。
また木陰や岩陰からも数人現れた。
ローグが2人、ハンター、ブラックスミス、アルケミストと言った所か。
何処かで見た顔もある気がする。

「あらあら、年端も行かない女の子相手にずいぶん豪勢ね」
「そう言った苦情は依頼主に言って貰いたいな」

 私の挑発にリーダー格らしい女ローグが答える。

「どこの誰よ、そんな大人気ない依頼主は」
「さすがに言える訳がないだろう」
「それもそうね」
「この際こちらの人数を少し減らしてくれれば、私の分け前も増えるのだが。
力のないアサシンと壁しか能のないプリーストでは、無理かな?」

 少なくとも昨日からもう監視されていた、と言うわけか。
確かに何度か視線を感じたことはあったが、殺気の篭っていないそれを明確に感じ取るのは難しい。

「まずは弓でアサシンを仕留める!足の遅い支援プリーストなど放っておけ!」
「グロリア!!」

 同時に行われたローグの指示と私の法術で、戦いの火蓋は切って落とされた。

「お嬢様走って!」
「え、あ、はい!」

 イージスに言われ、エリーは修道院に向かって駆け出す。

「っ、逃がすな!」
「彼の者に天空の風を、速度増加!!主よ、貴方の慈悲であの子を守って、キリエ・エレイソン!!」

 襲撃者のローグとハンターが、私の法術を受け取った少女の背中を狙って弓を構える。
私もニューマでそれに対応するが、防御対象が走っている状態では余り効果は望めない。
その矢はキリエに頼るしかなかった。
 だがそこで、イージスが思いもかけない行動に出た。
襲撃者の弓とエリーの間に割って入ったのである。
アサシンは回避に重きを置いた職業ゆえ、耐久力は決して高くはない。
あの数の一斉射撃を受け止めるのはどう考えても無謀だ。

「そのまま射て!」

 リーダー格の女ローグが、自身も弓を放ちながら指示する。
その顔には、「まずは一匹」と言う心の内が露骨に表れていた。
 先ほどエリーに施した防御方術の反動により、私は次の法術を行使することができない。
今、イージスを守るための法術が。
何もできない自分の無力を感じながら、どうしようもなく私は叫んでいた。

「イージス、無茶よ!」
「俺は……護る!」

 イージスは2本の短剣を構えたまま、まったく回避の動作を取ろうとしない。
回避すればその向こうにいるエリーに当たるからだ。

 王手飛車取り。

 矢の回転すら見えそうなスローモーションの中で、私は何故かアマツ古来のゲームにある言葉を思い出していた。
141Aegis Shield of Fortune(7/12)sage :2006/12/16(土) 03:46:09 ID:RxVpHs2A
 その時、風が吹いた。
 頬を撫でるそよ風ではなく、思わず目を閉じてしまいそうな。
周囲の木々がしなるほどの突風が。


「イージス……?」

 突風が止んだ時、イージスは無傷でその場にいた。
黄金に輝く2本の短剣を構えたまま。
 彼に迫っていた無数の矢は先ほどの突風に煽られ、あるものは地に落ち、あるものはあらぬ方向へ飛んで行き、
一本たりとも彼にも、エリーにも届いては居ない。

 まさに幸運。

 イージスは幸運に助けられながら、だがまるで最初からその幸運が訪れることを知っていたように、その場から動かなかった。
 そして私は、彼の持つ2本の短剣のことを思い出す。

「フォーチューンソード(幸運の剣)……」

 金で独特の装飾が施された2本の短剣。
蟻穴の近くに出没する巨大生物が稀に落とす、使用者に幸運をもたらすと言われる剣だ。
そう、先ほどのような幸運を。
 彼が私のグロリアを必要としたのは、クリティカルによる急所攻撃のためではなく、幸運を呼び起こすためだったのだ。

「イージス……それに幸運剣だと……!?」

 リーダー格の女ローグは信じられない、と言う顔をしていた。
それも、今起こった現象だけでなく。

「Aegis Shield of Fortuneの、イージスだと言うのか!?」

 私はブログエンス卿の言葉を思い出す。
"イージス様は、その世界ではそれなりに名を知られているとか"。
ローグの女はその世界の住人のようだった。

「いかにも」

 構えた短剣を静かに下ろし、イージスが答えた。

「だ、だが!いくら"無敵の盾"と言えど、攻撃がなければ足止めもできまい!貴様の力ではこの人数は抑えられぬはずだ!」

 私のことは完璧に無視ですか、そうですか。

「そのことについては問題ない」

 だが私が何か言うより、するより早く、イージスは静かに告げた

「彼女がどうにかしてくれる」
「何だと――?」

 だがローグの女はその言葉の意味を悟ることなく、スタナーに殴られて昏倒した。
私の手に握られたスタナーによって。

「な、何が起きたんだっ!?」

 彼女の部下はそれが理解できないらしい。
だが、わざわざ理解させるための時間を与えてやるつもりはない。
 私はスタナーを手にしたまま一息に跳躍した。

「ごがっ!」

 2人目。
後ろから一撃。
このブラックスミスは見事に私の姿を見失ってくれた。
 そのまま片足を軸に体を捻って、
「ひでぶっ!」

 すぐ傍にいたハンターを殴り飛ばす。
これで3人目。
ハンマーフォールをしてくるBSと命中率の高いハンターは苦手なので早めに始末できてよかった。

「このっ」

 そこへ斧を携えたアルケミストの男が私に向かって斧を振り上げた。
やたら大振りなその攻撃を難なくかわし、すれ違いざまに一撃。

「がっ!な、殴りプリだと!?しかし調査では!」

 さすがに一撃では倒れてくれなかったらしい。
スタナーで殴られた部位にポーションを振りかけながら、しかし思いきり狼狽した様子でアルケミストは叫んだ。

 それと同時に、反対側からローグがグラディウスを腰溜めに構えて突っ込んでくる。
さすがに弓も使うローグの攻撃は避けきるのは難しい。
が、私がバックラーを使う必要はなさそうだ。

「プリーストに虚を突かれて焦るのは判るが、俺の存在を忘れてもらっては困る」

 今頃気づいたがこの男、こと戦闘になると口調ががらりと変わる。
 イージスが交差させたフォーチューンソードを、受け止めたグラディウスごと横に流す。
その時ローグは足元を取られたのか、通常以上にバランスを崩した。
すかさず私がスタナーを叩き込み、これで4人目。
 スタナーを一度振り払ってから肩に乗せ、最後に残ったアルケミストに向かって優雅さを意識して微笑む。

「INT>AGIプリってのもいるのよね、世の中には」

 これが、私が単独で要人護衛をしながら刺客を撃退できるからくりだ。
支援専門には敵わずとも要人一人と自分自身を援軍到着まで守る最低限の支援が可能で、
かつ殴り専門には敵わずとも少数の刺客ならば自力で撃退できる最低限の殲滅力も持つ。
 それと同時に私と組むことで相性のいい職業と言うものはなく、一時的な仲間を除けば天涯孤独の身でもある。
グレイスもこの件に関しては気を使ってくれるし、私自身も幾度となく機会を掴もうとしたが、
INT>AGIと言う私のスタイルを聞いた途端、前衛職後衛職問わず態度や表情が急変するのが実情だった。

「あとはお前一人だ。さすがに二対一では勝負は見えていると思うが?」

 イージスが残ったアルケミストの男に凄む。
これで退いてくれれば、こちらは仕事が楽に終わるのだが。

「ふざけるな!俺もプロだ、引き下がれるか!――バイオプラント!!」

 アルケミストがカートからビンを取り出し、慣れたフォームで投げつける。
一瞬私たちに向かって投げられたものだと思い身構えたが、違った。

「お嬢様!」

 イージスが叫ぶ。
その声の先にいるエリーの足元でビンが割れ、辺りから3本の蔦が生える。
 瞬きする間に急速に成長した蔦は、両手で抱えるほどの幹に絡みつく巨大な葉と、
さらにその上にまるで人間の女の子のような疑似餌を作り出した。

「フェアリーフ!その小娘をやってしまえ!」

 食人植物は創造主の命令を忠実に聞き入れて、目の前の少女へ向けてその葉を飛ばす。
無数の葉は鋭い刃となり、少女の身体をいともたやすく切り刻んでしまうだろう。

「エリー!」

 私は少女の名前を呼ぶ。
 少女は自分に襲い掛かる葉に対し、ただ身を硬くする以外の身を守る術を、
「ニューマ!!」

 青白い光柱を、その小さな体を包むように発生させた。
葉の刃は、先ほどの矢と同様にその行く手を阻まれ、後一歩と言う所で少女に触れることができない。
 無論私が唱えた法術ではない。
エリー自身が唱えたものだった。
マンドラゴラの森でエリーを鍛えたのは、こういう意味もあったのである。

「今度こそチェックメイトよ!」
「おぐぅ!」

 私の連撃に程なくアルケミストの男も沈黙し、同時にエリーを襲っていたフローラも消え去さった。
さすがにまだ彼女には立て続けにニューマを行使するほどの精神力が備わっていなかったので、間に合ったことに安堵する。
 エリーは植物が消えたことを確認すると、心底安堵したような動作で、しかししっかりと自分の足で修道院へと向かう。
これも修行の成果と言えた。
あれがなければニューマを覚えることが出来なかったのはもちろん、
昨日カリッツバーグに襲われたときのように今回もまた動けなくなっていたに違いない。

 やがて少女は出迎えのモンクたちとの合流を果たし、今回の私とイージスの仕事は終わった。
142Aegis Shield of Fortune(8/12)sage :2006/12/16(土) 03:47:18 ID:RxVpHs2A
 カピトーリナ修道院の屈強なモンクたちが、先ほどの襲撃者たちを連行していく。

『じゃああなたは、イージスが幸運アサってことを知っていたわけね?』
『"Aegis Shield of Fortune(幸運を持つイージスの盾)"と言えば有名じゃないか。
特に護衛任務の達成率の高さから、"無敵の盾"と呼ぶ人も多い』
『……なんで教えてくれなかったのよ』

彼をクリティカルアサシンだと思って警戒していた丸一日が馬鹿らしくなる。
AGIプリにとってクリティカルアサシンは天敵なのだ。
ハンターフライにとってそうであったように。
……別に私はハエではない。

『そもそも本当にそんな有名人だと知ってたら、無駄に警戒する必要なんてなかったわ』

 本当に名の売れた傭兵はそう簡単に依頼主を裏切るようなことはしない。
それが自分の名を傷つけることを何よりも知っているからだ。
イージスにとって今回の仕事もそうであっただろう。
 それに矢からエリーを庇ったときの潔さ。
いくら幸運剣の加護があるとは言っても、そうそう出来る行動ではない。
彼は本気で身を挺して少女を守ろうとしたのだ。
どう言った理由かは判らないが、彼は"護る"ことに命を懸けている、私はそう感じた。
今回の仕事を請けた理由にも繋がっているかも知れない。
以前私は自分のポリシーを大事にする人ならこんな仕事は請けない、と言ったが、
彼の場合逆に彼なりのポリシーがあったからこそこの仕事を請けたのだろうと今では思う。

『僕も一緒に雇われたのが彼だとは知らなかったんだよ。だいたいシェリスったら、自分の無知を棚に上げてよく言うよ』
『む、グレイスの癖に理に適った反論を……』
『でもほら、AGIプリの君にとって幸運アサの相棒って結構相性良かっただろ?』
『ん……まぁ、そうね』

 AGIプリーストは命中率の高い相手と、何より数の暴力に弱い。
その点、イージスの持つ幸運と言う名の防御は、そのような苦手がこれと言ってないのだ。
強いて言うなら幸運と言う盾が本質的に抱える不安定性は弱点と言えるが、それも私のグロリアでそれなりに安定する。
そう言う意味でも、私と彼の相性はそう悪くなかった。
 さりげない動作でイージスの方を見る。
彼も私と同じく念話の最中のようだった。
彼にも依頼を持ってくる仲介人が居て、今回のことを報告しているのかもしれない。

『この際だから、しばらくコンビを組んでみたら?』

グレイスはグレイスで、私になかなか相方が出来ない事を心配してくれていたらしい。

『そうね、考えても良かったわ。あなたに提案されなければ』
『どういう意味だいそりゃ……』
『自分の胸に手を当ててよぉーく考えなさい』

と、そこへカピトーリナ修道院のシスターと話を終えたエリーがこちらに向かってきた。

「ありがとうございます、シェリスさん。ちゃんとお父様の手紙を届けることが出来ました」
「どういたしまして」

 なんでも今回エリーは、ブログエンス枢機卿から修道院の最高責任者である無涯長老への親書を託されていたそうだ。
その内容としてはエリーの入門に関する書類などのほかに、今回の汚職事件についての詳細が記されていたらしい。
本来なら彼が騎士団に出頭した際に証言すべき事柄だが、彼の身に万が一があった場合の保険なのだろう。

「お待ちなさい、ミス・エリィエス。まだアコライトとなるための儀式が終わっていませんよ」
「あ、はーい。今行きます!」

 そこへシスターからエリーのお呼びがかかる。
まだ用事があるらしい。
 再びシスターの元に駆け出そうとする少女の腕を、しかし私は思わず掴んでいた。

「シェリス、さん?」

 少女は、何故私がこんなことをするのかわからない、といった様子で、その大きな瞳をこちらに向けている。
 その眼を見つめて、私は問うた。

「多分シスターにも同じこと言われると思うけど……ここで儀式を終了したら、あなたはもう戻れないのよ?本当に、後悔しない?」

 汚職事件の容疑者である枢機卿を父親に持つ彼女が、教会勢力下である修道院で同期たちと過ごす8年がどんなものになるだろうか。
孤児と言うだけの私ですら、決して楽しいばかりの生活ではなかった。
彼女にはもっと酷い仕打ちが待っているかも知れない。
子ども同士の世界は、時に残酷だ。
 少女は私の言いたいことがなんとなく判っているようだった。
笑顔を、私に向ける。

「マンドラゴラの森で修行したのは、そう言う度胸を付けるためでもあるのでしょう?」

 ああ、この子判ってたんだ。

「大丈夫ですよ、私もシェリスさんみたいな立派なプリーストになってみせます」

 屈託のない、満面の笑顔でそう答えた。

「馬鹿、私みたいなのになっちゃ駄目よ」

 涙声になっていただろうか。
たった二日にも満たない付き合いだったのに、私らしくもない。

「じゃあ、行きます。シェリスさん、イージスさん。本当にありがとうございました」
「御達者で」
「またね」

 またいつの間にかすぐ傍に来ていたアサシンと私に手を振り、エリーはシスターと共に修道院の建物の中に消えた。

「あの子なら乗り越えて立派な聖職者になりますよ」
「……そうね。そう、信じることにしたわ」

 はぁ。
私らしくもない。
 私は軽く頭を振って切り替えると、視線だけを隣のアサシンへと向けて口を開いた。

「ところで」
「ん?」
「いつ、気が付かれたんですか?私がINT>AGIだって」

 "彼女がどうにかしてくれる"。
 イージスがリーダー格の女ローグに言った言葉だ。
少なくともあの時点で、彼は私が演じていたINT>VITではないことに気が付いていることになる。

「真っ先にカリツにブレスをしたことと、戦い方。あとは身のこなしかな」
「怒ってます?嘘ついたこと」
「お互い様ですよ。私もあなたの実力を疑って手の内を見せませんでしたし」

 そう言って腰の短剣の、独特な装飾の柄に触れた。
 イージスの盾。
 何処かの地方の神話に出てくる、どんな攻撃をも防ぐと言う無敵の盾のことだ。
恐らく彼の通り名はそれからとったのだろう。
 だが最強の盾だけでは負けなくても勝つことは出来ない。
故に最強でなくてもいい、最低限の矛を必要としてくれるのではないだろうか。
私なら、矛になれる。

 この人なら、私の相方になってくれるかも知れない。
INT>AGI>STRと言う希少種がために、これまで巡り合えなかった相方に。
そう思った瞬間、私は思わず口を開いていた。

「あの――」
『ところでシェリス〜、報酬の方はどうするの?』

……雰囲気とテンポぶち壊し。

「失礼、まだ少し念話が」
「あ、はい」

 イージスの方にも念話が入ったらしい。
私もひとまず甲斐性なしとの仕事の話をさっさと終わらせることにする。

『報酬はいつも通りでいいわ』
『りょーかい』
『また、何か仕事があったら、頼むわね』
『おーけい、じゃあまた』

 ふぅ。
 彼の方は、まだ終わらないかな。

『INT>AGIプリってのも、無敵の盾の相方としては悪くないでしょ?イージスさん』

 そうかもしれない。
だからだめもとで――

 ……あれ?

『あ、ごばく』

 まてやコラ。

『どういうことかしらグレイスくぅ〜ん。おねーさんちょぉーっと気になることがあるんだけど』
『……』
『 /ex シェリス=フリーニス、ってのはナシね?』
『ぎくぅっ』

 はぁ。
143Aegis Shield of Fortune(9/9)sage :2006/12/16(土) 03:48:12 ID:RxVpHs2A
Epiloge

 あの仕事から2ヶ月が過ぎた。
 ブログエンス枢機卿の汚職事件そのものは氷山の一角に過ぎず、彼の証言から芋づる式に次々と聖堂の役人や行政内の貴族、
豪商や大手企業幹部の名前が挙がり、現在進行形で騎士団は捜査に追われている。
 グレイスの調査によれば、ブログエンス卿はむしろ無理やり汚れた金を掴まされた方で、
良心の呵責に耐え切れず自ら情報を流したとか。
一連の彼や彼の娘を狙った刺客は、ほとんど汚職は関係者が報復ないしは口封じのために放ったものだと言う。

 エリーからは先日、首都大聖堂経由で手紙が届いた。
かいつまんで言ってしまえば上手く行っている様で、アコライト修業過程も順調にこなしているらしい。
むしろ同年齢より修道院に入るのが遅かったため、彼らに追いつくべく奮闘しているようだ。
別れ際に話したことについては手紙では触れられていなかった。
まぁ、どちらに転んでも手紙に書くことではないだろう。

『シェリス、配置に付いた?』
『ええ、いつでもいいわ』

 ちなみに私はと言えば、今現在もグレイスから回された仕事をこなしている。
最近は例の汚職事件に関わる騎士団からの捜査協力が多く、今回の仕事もその一つである。

 そのグレイスと言えば、先日仕事の報告を行ったときは騎士団と一緒に大捕り物の真っ最中だったらしい。
相手は街でエリーにぶつかったアルグステム枢機卿で、彼の放った用心棒やらをはっ倒しながら、
ああやって私とイージス相手に涼しい会話をしていたと言うのだから頭が下がる。

 それでも、あの誤爆はわざととしか思えないのは何故だろう?

『じゃあ総員突入準備。……3,2,1!』

 グレイスの合図で騎士団の人たちと一緒に豪邸の庭へ突入する。
だが、裏口を蹴破った私を出迎えたのは、予想もしていなかった相手だった。

「リビオ!?」
『うわ、敷地の中で枝撒いてるよ!こりゃ面倒だなぁ』

グレイスのぼやきを尻目に、私は正面で刃物を振るうモンスターを迎え撃つ。
 GH監獄に住む看守のモンスター、リビオは私の姿を見止めると、真っ先にプロボックを仕掛けてきた。
相手の攻撃力を上げるのを代償に、防御力を下げてしまうスキルだ。
プロボックが成功したのを見て、覆面の穴から覗く口がサディスティックな笑みを浮かべた。
防備の薄くなった私の体を切り刻む光景でも妄想しているのかも知れない。
 だがもしこのモンスターに"後悔"と言う意識があるならば、今私にプロボックをかけたことを"後悔"することになるだろう。

「ブレッシング!!――グロリア!!」

 私の法術と同時に、前に飛び出す黒い影。

――なぜなら私には、
彼がモンスターの振るうノコギリの刃を、その2本の短剣で受け止める。
リビオが"狩り"を邪魔されたことに腹を立て、ノコギリを持つ手に力を込めた瞬間、キィン、
と乾いた音を立てて歪なノコギリが根元から折れた。

――無敵の盾がいるから。

「はっ!」

 すかさずひるんだモンスターの顔面に連続でスタナーを叩き込む。
プロボックのおかげで強化された私の鈍器は、程なくして看守のモンスターを打ち倒した。
防御面に死角のない今の私にとって、プロボックは攻撃力をあげてくれるスキルでしかない。

『騎士団が屋敷に入れるように、僕たちは庭を制圧する!』
『オーケイ』
「行きましょう、イージス」
「ああ」

 あの仕事の後、相方の申し入れをしたのは私ではなく、イージスの方からだった。

 彼は幸運を味方につけ、裏社会に名を知られる"無敵の盾"。
 でも盾だけでは敵を倒すことはできないから、彼は矛を必要とした。

 私は支援も殴りも中途半端でしかないプリースト。
 でも私の法術は彼の盾を強化し、私の攻撃は彼の矛となることができる。

 多分この世界に二組といない、最高のパートナーだ。
144Aegis Shield of Fortune(10/9)sage :2006/12/16(土) 03:54:17 ID:RxVpHs2A
…以上です。

改行制限を読み違えたばかりに、タイトルが変なことになってしまいました orz
申し訳ないです…
また、レスの頭に入れた改行が投稿の際に消されているので、場面の切り替わりが判り難いかもしれません;
1→2、2→3、5→6、7→8、8→9でそれぞれ場面が切り替わり、4が欠番になってます orz
てかgdgdじゃん…掲示板への投下を甘く見てました…

書き始めて軽く1年半、書き上げてから少なくとも半年は放置していた作品です。
こちらへは初投稿となり、いろいろ読み難い所もあるかも知れません。と言うかあります。 orz
叱咤激励頂けると嬉しいですが、まずは読んで下さった皆様が少しでも楽しんでいただければと思います。

なお、この作品は特定の職業や特定のステータスを卑下、ないしは賛美するものではありません。
あくまでストーリーの都合上このようなステータス、このような処遇にした事をご理解下さい。
145名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/16(土) 06:43:34 ID:igclwnhs
個人的には適度に緊張感があって読者を引っ張る力があって好感が持てるし、文章的にも特に問題はなかったように思う
題に関してはAegisで神の盾っていう意味があるからAegis of Fortuneでもよかったんじゃないかとも思った

次回作があるなら頑張れ、超頑張れ
オレもそろそろ完成しそうなもの書くために超頑張る
146名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/16(土) 11:04:22 ID:.voJBQOE
うんうん。INT>AGI>DEX支援プリをメインに稼動しているので、よく練ってらっしゃるなぁ、というのがわかります。
さすがに幸運剣持ちの人と組んだことはないけど、実はAGI前衛さんとは相性がいいんですよね。
何はさておきまずブレスカースとかいう戦闘方法も、複数敵なら率先してタゲを保持するのも普段の動き。
これで武器がスタナーじゃなく蟻C(今ならチャッキーかな)刺し武器ならもろうちの娘です。
きっとうちの娘よりもDEXが低くてSTRが高いのでしょう……、というあたりまで想像できるくらい、
原作ゲームに忠実な描写ですね(笑 それでいて文章としても起伏があって面白い。
二次創作としての評価は私脳内での最高クラスです。

……ところで、書き始めて一年半ですか? まだ下には下がおりますのでそれくらい全く問題ありませんよ。
ああ、年内には終わらせたいけど無理そうだ_| ̄|○ 
147名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/19(火) 02:26:19 ID:jHLCaXrI
某レイド兄弟の人より面白かったですね。本人が言うので間違いないヽ(`Д´)ノ
私もこれ位上手く書きたいなぁ。オリジナル色は控えるべきですねやっぱり。
ゲーム内の設定に忠実に書けるのはひとえに才能だと思われます。真似出来ないなぁ。
よろしければまた、面白き話を読ませてやってくださいませ。
148名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/12/29(金) 08:33:05 ID:N7atVVXs
GJな作品ですっ
149名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/01/01(月) 03:55:09 ID:tM.ooDAY
>>135-143
GJ。自然に読ませてくれる感が良いなぁ。
コテコテでもあっさりしすぎでもない。ちょうど良いバランスってのがあるんだなと思わされました。

>>145
wktk

>>147
ゲームを飛び出した意味の一つとして、オリジナル色ってのがあるんじゃないですか。
ゲームの中身を良いスパイスとして使えてこそ、二次創作の作品が面白くなるわけで。
とにかく、剣のとは気が合いそうです。だって僕もロリコン
150狂気の鍛冶屋と奇跡のラリアット(0/2)sage :2007/01/01(月) 04:00:31 ID:tM.ooDAY
一年ぶりくらいに出現。面白い作品ばっかりで何だか気後れしちゃうけど、勇気を振り絞って投下!

新年早々お目汚しごめんね!
151狂気の鍛冶屋と奇跡のラリアット(1/2)sage :2007/01/01(月) 04:01:11 ID:tM.ooDAY
 息が詰まって、声が出ない。
 高い天井と、だだっ広い空間を見回して感嘆の声を上げる余裕は、既にない。
 地下墓地の湿った空気がまとわりつき、辺り一面に漂う死臭が意識を遮る。
「早く逃げるんだ!!」
 完全に怯えきった彼女に、その言葉は届かない。
 唯一頼りにしていた先輩のプリーストは、テレポートを唱えることすらままならない彼女をなんとか逃がそうと、死霊達の攻撃を一身に引き受けている。
 足の遅いアンデッドからは少し走るだけで距離をとることが出来るが、宝箱に化けて冒険者を襲う魔物――ミミックが相手ではそうもいかない。
 黒い法衣の上から物凄い馬力で噛み付いた箱は、プリーストがいくら腕を振っても離れなかった。
 まだ治癒魔法の威力は衰えないが、そういつまでも唱え続けることが出来るものではない。
 神の奇跡なのだ。人の身でありながら、無限にその力を行使できるはずもない。
「あ……うぅ……」
 綺麗な茶色の髪が、生暖かい風に吹かれて静かに揺れる。
 何が何でも転移魔法を唱えて逃げ出さなければならないこの状況で、しかし彼女は声を発することさえままならない。
 ただ、か細い吐息が漏れるのみ。体も自由に動かない。
 だと言うのに、思考だけは途切れることなく鮮明に頭の中を駆け巡る。

 どうしてこんなことになったのか。
 先輩と二人きりになれたことを喜んだのがいけなかったのか。
 それとも、見栄を張ってグラストヘイムまで先輩に連れてきてもらったことが?
 まだ、数回治癒魔法を唱えるだけで息切れしてしまうこの未熟な僧侶が、無駄に背伸びをしたから?
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。動けないんです……。

 金縛り。自らの足が地についているかどうかもわからなくなるほどに、全身の感覚が感じられない。
 体が重たい金属に置き換わってしまったかのような錯覚。
 これで金属のように硬ければ、先輩が苦しむことはないのに。

 焦りだけが募る、悪夢のような意識の中で、彼女はただ強く祈ることしか出来なかった。


――こんなとき、奇跡が起きてくれたら……


 

 

「おお、広い広いー」
「そんだけ走り回るエネルギーがあるなら自分で歩けよって」
 青い髪の少女は、薄暗い修道院を抜けてだだっ広い地下墓地に出た途端、壮年の男が引いていた荷台から飛び降りた。
 キーン、と奇声を発しながら駆け回り、成仏できなかった哀れな死者達を蹴散らす。
 長い髪と、腰に巻いた黒帯がなびく。笑顔のままアンデッドを蹴飛ばすのは、背の低い――見たところ十二歳かそこらの――少女。
 機能的な拳法着に身を包んでいるが、腰に小さなウエストポーチをつけたりと、お洒落も忘れない。
 その異様な光景を見て、壮年の男は少しも動じなかった。
(これで今年成人するってのは、犯罪だよなぁ……)
 どう見ても年齢詐称です。だがそこが良い。
 青がかった緑の髪の男は自らが引いていた荷台に腰掛けて、心身ともにちっとも成長しない姪が駆け回る姿を眺めた。
 大自然の中をゴートと一緒に駆け回って、おしえておじいさんとか、クララが立った!とか言い出しそうな勢いである。
(まあ、爺様は隠居してんだがな)
 憎らしい笑い声が聞こえるような気がして、男はそこで考えるのをやめた。
 とにかく、カートの中身を確認しておかねばならない。
 今回の仕事は、グラストヘイム最下層に住んでるとか言うトチ狂った連中に物資を供給するという、何とも奇妙なものである。
 当然、空間転移の魔法の効果が及ばないダンジョンの奥深くであるから、たどり着くことさえ一苦労だ。
 打ち捨てられた悪魔の城には、死して尚この世に未練を残す死霊どもがウヨウヨと蠢いているし、地下水路には凶暴化したワニの魔物まで棲みついている。
 つまり今回拾ってきた仕事は、それはまた厄介なお仕事なのだが、報酬もその分弾むのだ。
 ここのところ出費が多く、このままでは老後の生活が危ういので二つ返事で引き受けたのだが、ちょうどその場に居合わせた姪もついてくることになったのである。
 心の底から楽しそうにアンデッドサッカーを楽しむ姪の姿を見て、彼女が一緒に来ると言い出した理由を悟った。
(あれじゃ、誰にも雇われんだろうに)
 ギルドで仕事を引き受けようにも、あどけない少女が請負人になれるほど世の中は甘くない。
 結果として、彼女が生き残る方法はトレジャーハンティングくらいのものなのだ。
 最近、カプラ本社の入社試験を受けたとか言っていたが、結果はまだわからないらしい。
 働き口は確かにそこくらいなものだろう。何せ、活字を見るだけで偏頭痛を起こすド級の能天気だ。
 若しくは、サーカス団に入って曲芸師になるのも良いかもしれない。
 可愛い姪の将来についてあれこれ考えていると、不意に彼女が立ち止まった。
「あ、奇跡起きた」
 ああやって暴れていると、たまに奇跡が起きるらしい。
 何でも、『太陽と月と星の〜〜〜』とか言う電波な力だと言うことは彼女の祖父――つまり、男からすれば父親――から聞かされたことがあるのだが、魔物を蹴飛ばすだけで奇跡が起きてしまうとは。
 あんまり日常的に起きるものだから、彼女もいい加減奇跡のありがたみがわからなくなってる頃じゃなかろうか。
「随分安っぽい奇跡だな」
 男は、毎度のことながら華麗にスルーされるとわかりつつ突っ込む。
「ちょっとボンバーしてくるよ」
 案の定、斜め上方向の返事を返してから、彼女は物凄い勢いで走り去った。
 きっと、三秒もしないうちにこの広い墓地の端から端までたどり着けるに違いない。
(なんてーか、やっぱり血は争えんねぇ)
 彼女にみっちりと体術を教え込んだ老人のことをまた思い出しかけて、再び振り払う。
「時間はあるし、ちーとばかし暴れていきますか」
 屋根付きの荷台から一本の斧と赤い液体の入った瓶を取り出した。


 


 ジリジリと迫ってくる死者達を前に、僧侶の少女はただ震えることしか出来ない。
「早く!!」
 必死に呼びかける先輩の声も、徐々に弱々しくなってきている。
 見れば、顔面からも血気がなくなって蒼くなっていた。
 このままでは、力尽きてしまうのも時間の問題だろう。
 逃げなければならない。そうしなければ、先輩は逃げることすら出来ないのだから。
 理解はしていても、行動することが出来なかった。
 彼女を取り巻く死の輪は、着実に狭められている。もう、先輩の声もあまり聞こえない。
 終わるのだと思った。他の誰に知られることも無く、今度は自らが他人を仲間に引きずり込もうとする時がやってくるのだと、思ってしまった。
 だが、先輩はまだ諦めていない。だから、彼女は懸命に祈った。
 祈ることしか出来なかったが、祈ることは出来た。

 その祈りは、滑稽な形でどこかに届いたらしい。
 何かが、土臭い墓地を走ってやってくる音が聞こえた。
 否、走る音というより、それは大きな地震のような重低音を響かせている。
 どこかで聞いた音だと思った瞬間、少女の物と思われる高い声が聞こえた。

「退いてー!!」

 地響きが大きくなってくる。その方向を見やれば、土煙を上げながら何か巨大な塊が突き進んでくるではないか。
 僧侶の少女と先輩は勿論のこと、死霊達までその音に注意を引かれて動きを止めている。
 そこで、彼女はようやく思い出した。この音は、ペコペコレースの音だ。
 思い出した瞬間、少女と先輩プリーストの前を巨大な塊が通り抜けた。
「あ……あ……」
 恐怖が一瞬にして、混乱に塗り替えられる。その何かが通った後には、何も残らなかった。
 二人を取り巻いていた死人達が、ゴッソリとその空間から取り除かれてしまったかのように。
 正に、草木も生えぬ状態となってしまったのだ。
 それを理解した次の瞬間、巨大な塊は壁にぶつかって弾けた。
 建物全体を揺るがすような大爆発が、巨大な塊を中心にして巻き起こる。
「あ……う……?」
 凄まじい轟音の後、煙の中から二人の前に現れたのは、青い髪をした背の低い少女だった。
 爆発の後には、彼女以外の何も残されていない。先輩プリーストに噛み付いていた宝箱も、跡形も無く消え去っていた。
「よーし、次行ってみよー!!」
 バチバチと体の周りに火花を散らせながら、再び両手を広げて少女は走り出す。
 その腕で進行方向にいた死人達を巻き込みながら、しかし速度を落とさない。
 将棋倒しのように進行方向にいる全ての死人が巻き込まれ、巨大な塊を形成していく。
 さっきの塊の正体は、これだったのだ。
 足鎖をしながらノロノロと歩く死体なのだから相当な重さがあるはずだが、少女はそれを物ともしていない。
 再び壁に激突し、爆発炎上。死人達は綺麗に消えてなくなっている。
 どうやら、とんでもない奇跡が起きたらしい。
152狂気の鍛冶屋と奇跡のラリアット(2/2)sage :2007/01/01(月) 04:01:38 ID:tM.ooDAY
 超絶ラリアットをかましながら死人達を爆殺する少女は、疾風のように現れて疾風のように去っていってしまった。
 唖然とする二人だが、次の瞬間、自分達が無事であることに気がついた。
「先輩!」
「良かった! さあ、早く……」
 泣き出してしまった後輩のアコライトを抱きとめ、とりあえずこの場を去ろうと言いかけたところで、彼は言葉を詰まらせてしまった。
 今までの下等な死人達とは違う、凄まじい気配。その存在がそこにあるというだけで、全てのものを震え上がらせる、圧倒的な威圧感。
 耳鳴りのようなものを感じて、彼は息を呑んだ。ここで考えうる最悪の場合を、彼は想定してしまった。
 振り返った瞬間に、彼の声は凍りついた。
「ダーク、ロード……」
 闇色のマントを羽織、暗黒の鎧に身を包んだ悪の化身が、そこにいた。
 やや長身なプリーストが見上げなければならないほど巨大な体で立つその存在は、正に王の名に相応しい風格を持ち合わせていた。
 それに付き従う分身と、再び地の底から這い上がってきた死人達が二人を取り囲む。
 今度こそ、本当に逃げなければならない状況になってしまった。かと思われた。
「……え?」
 動かない。人に縄張りを侵された悪魔の大王が、微動だにしないのだ。
 二人を取り囲む死人達も、今度は彼らが金縛りにかけられてしまったかのように、ピクリとも動かない。
 抱き寄せた後輩の鼓動以外の全てが、停止してしまっているような世界だった。


 奴が、来る。


 死人達の誰かが、そう言ったような気がした。


 そう、あの男がやってくるのだ。


 三つの頭を持つ怪物をズタズタに切り裂き、血塗られた騎士を、原型を留めぬほどにまで叩き潰したあの男が。


 グールが、無いはずの生存本能を刺激されて後ずさりした瞬間、そいつはやってきた。
「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」
 奇声を発しながら飛来したのは、目を血走らせた一人の男。
 哀れな死者を両断した血塗れの斧を軽々と担ぎ上げ、カートの中から取り出したもう一本の斧を投擲する。
 それはザクリと、囚人の腐りきった脳天を砕いた。

 緑がかった青の髪に巻かれた熱血ハチマキ。煤けた白いシャツと破れかけたジーンズ。
 そして何よりも、ここにいる全ての者を圧倒する強烈な気迫こそが、この男がこの男たる所以だった。
「正義の味方、プタハおじさん参上ってなもんだ」
 再び唖然とする二人の方へ顔だけ振り返って、血走った目のままニイ、と笑う顔は、ダークロードと見比べてどちらが悪魔なのかわからなくなるほど、凶悪そのものだった。
 窮地に陥っていたプリーストとアコライトの二人は、この男が何者なのかわからない。
 ただ一つわかるのは、目の前に現れたこの男は、相当ヤバい部類に入るということだけ。

「イーヤッハー!!」
 大きなぼろ切れをまとった死神と、肉体が腐り落ちて骨だけとなった囚人を斧で惨殺――既に死した者達だが、プリーストにはこれ以外に妥当な表現方法が見つからなかった――し、ダークロードに向かって駆け出す。
 彼が熟練した騎士や暗殺者だったならば、ここまで違和感のある存在ではなかっただろう。
 だが、彼は見たところそれとはかけ離れた出で立ちをしている。
 外見は、鍛え上げた鎧も身を守る盾すら持たない、非戦闘員そのものなのだ。
 しかし、実際は斧を担ぎながら、重量感のある屋根付きの荷台まで引き回している。
 きっと、中に入った柔らかいものはお陀仏だろう。ダークロードを取り巻く分身、ダークイリュージョンの中には、その重たいカートの直撃を受けて逃げ出す者さえいた。
「逃げる奴はカタコンだ! 逃げない奴はよく訓練されたカタコンだ!!
 ホント、GHは地獄だぜ! フゥハハハーハァー!!」

 もはや、わけがわからない。

 隕石の魔法の中を突っ切り、術者たるダークロードの頭目掛けて高く跳躍し、血塗れの斧を叩き込む。
 斧は、心なしか引きつった表情に見える悪の化身に、ツノが生えるようにして突き刺さった。
「ヌおおりゃあああああああAAAAAHHHHHHHH!!!」
 間髪いれずに追撃。カートを握る手に力を込め、解き放つ。
 それは、銭の力を破壊力に変える、究極の奥義。
「クァアアアアアアトトゥァアアアアアミネエエイショオオオオオオオオンン!!!!」

 悪の権化は、なす術なく崩れ落ちた。

 派手な音を立てて着地し、斧を地面に突き立ててこの一言。

「月(アドレナリン)は出ているか?」

 背後で、彼の姪が再び大爆発を起こし、哀れな死者達を力でねじ伏せた。

「おじさん、そろそろここ飽きたー」
「ん、ちょうど良い頃だ。ワニども蹴散らして突っ切るか」
 ヒョイと、軽い身のこなしでカートに乗り込む少女と共に、プタハは全力疾走で去っていった。
 奇跡を巻き起こした二人は、一瞬で見えなくなった。

「……帰ろうか」
「は、はい」
 とてつもない奇跡を目の当たりにして、二人はしばらく呆然として物が言えなかった。
 ようやく声を発した時には、狂った鍛冶屋と爆発少女の姿は既にない。
 余談だが、この後アコライトは、奇跡の定義について思い悩む先輩を差し置いて殴り型に転向したとか何とか。


 

 

 物資の供給を終え、報酬を受け取ったプタハだが、妙に財布が軽いことに気がついた。
 どうしたことだろうと、中を見た途端、彼の目が点になった。
「……悪い。バイト代払えん」
「な、なんだとぉー!?」
 そういえば先ほど、ドデカい奴を一匹屠ったっけなと思い出す。
「仕方ねぇだろ。つい、使っちまうんだから」
 姪の怒り方が、あまりにも妹そっくりで、プタハは珍しく口ごもった。
「こ、この散財狩り親父……!! そういえば、奇跡ってまだ続いてるんだよね」
 バチバチと全身に火花を散らし始める姪。どう見てもヌクモリティです。
「は? こら、ちょっと待て落ち着け! それは孔明のわn」
「いいや限界だ! (壁まで)押すね!!」
「アッー!!」


 

以下、おまけ

 薄暗い洞窟の中、全身真っ赤なハエと見るからに毒々しい色合いのキノコが、器用にストローでジュースを飲んでいる。
「なあ、俺の出番なかったの、なんでだろうな?」
「坊やだからさ」
153狂気の鍛冶屋と奇跡のラリアット(言い訳)sage :2007/01/01(月) 04:14:08 ID:tM.ooDAY
竜頭蛇尾ってこういうことなのかなぁ……と痛切に感じちゃう今日この頃。元日早朝から初詣にも行かずカリカリ書き上げました。

実装以来、拳聖娘の座り方と温もりボンバーにメロメロなんです。
でもって、カートに乗っかると萌えたりしそうだ、ってのが今回の始まり。

方向性がズレて、奇跡に視点を据え……ようとして、何が書きたいんだかわからない作品に。
>>143みたいな綺麗なオチが付けられるように、もうちょっと勉強してきます。λ...
154名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/01/03(水) 09:06:43 ID:Qg3Y.5jI
うまくいえないけど、こういうのも好きだぜ?
ちょっとおじさんが強すぎて引く気もするけどw
155SIDE:A イリューの剣sage :2007/01/09(火) 20:58:30 ID:yrRP7jCw
誰が見ているのか分からないのですが、報告ほうこくー。ようやく三年越しの何かが書き終わったデス。
本当に長かった。今は祝杯で酔っ払っております。
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%A5%A4%A5%EA%A5%E5%A1%BC%A4%CE%B7%F5
あと、今までの全部(笑)を圧縮して深淵の騎士子スレアプロダ(下記)におかせてもらいました。
ttp://f26.aaa.livedoor.jp/~fianel/
ここの148番です。圧縮前容量1M弱、ROの二次SSでこれより長いのがあれば是非教えてください。長さだけは無駄に自信がっ。
全部読むと半日かかるので、空気が合わなかったりつまらなければすぐにおやめください。

思えば、最初は他スレとのコラボを試みるのが目標でした。振り返ればそういう意図で書けていてたのは最初の
1/3くらいだけですが。書いている間に目標だった文神さまがいなくなってしまったり、一身上の都合で書くペースが落ちたり、
ROに飽きたりスレが過疎になったり。色々とありました。そんな中でも書き終える事が出来て、感無量です。

ながながと読んでくれていた皆様には多謝を。私にキャラを貸してくれた皆様や、発想を飛ばしてくれた皆様にも感謝を。
モンクの人、丸い帽子の人、ドクオたん、ママプリの人、百合のエロイ人、それから深淵スレの皆様と萌え燃えスレの皆様、
作品の為に(ほとんど)日曜のみの参加を許してくれているSes鯖の某Gvギルドの皆様にも海よりも深い感謝を。

なお、名指しの方々は名前が違っても、何となく自分だと察してください。
多分、しばらく寝かせてからエピローグを書くと思います。書かないかもしれませんけど。
しつこいですが、皆様ありがとうでした!
156名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/01/09(火) 23:19:31 ID:DDPbTU2c
>>155
完走乙!
157名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2007/01/10(水) 18:47:02 ID:mXk8UCR2
>>155
アフターエピソードまだー?


まぁ、冗談で。長編乙!
158名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2007/01/16(火) 00:28:16 ID:.GmdyCdw
>155
SIDEの人3年間お勤め(?)おつかれでした!
ちょっとラスト泣けたなあ。

あ、エピローグ期待してますんでよろしこ
159パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:40:47 ID:poTJLbqc
はじめまして、「自分の使っているキャラに設定つけたりして萌え燃えするスレ」
からやって来た者です。

 キャラ設定スレの幾つかのキャラクターを元にSSを考え付いたので投下。
 一週間に一度くらいのペースでやっていこうと思います。見苦しい点も多々あると思いますが、
 何分慣れていないのでご了承ください;
160パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:41:20 ID:poTJLbqc
 事件があった。

 AW△××年11月5日
 現場は魔法都市ゲフェンと首都プロンテラの丁度境にある小さな集落でのことだ。
 第一発見者は、その日に丁度首都から行商にやってきた商人だった。彼がそこに差し掛かったときには、辺
りは既に死臭と肉や木々の焼ける匂いで満たされていたという。
 自分の所属するギルドの仲間に救援要請を出すと、彼は恐る恐る集落の中へと足を踏み入れたそうだ。
 ・・・目の前の光景に、商人は一度嘔吐した。
 彼とて冒険者の端くれ、死体など山ほど見てきた。
 だが、目の前の凄惨たる光景に、感じたこともないほどの恐怖を覚えたことは確かだろう。
 それでも彼は・・・、生存者がいるかも知れないという思いから足を進めた。
 なんという愚かな行為か。もしかしたらこの事態を作った本人・・・あるいはモンスターがまだいるかも知
れないというのに・・・。
 当人曰く、『自分でもなんでそんなことをしたのか判らない。今考えると逃げ出していたと思う。』とのこ
と。冒険者としては逃げて当たり前だ・・・むしろこういった状況の場合、まず自分の安全を確かめることが
先決される。下手に動かず、救援を待つべきだ。
 ―――皮肉にも、彼の愚行は若い命を救った。
 誰か居ないのか。返事をしろ。そう叫びながら集落を廻る彼の耳に、微かに物音が聞こえた。
 音の方向を見ると、瓦礫に埋もれかけている布が動いているのが目に映る。
 恐る恐るそれを引き剥がすと、・・・そこに人がいた。
 まだ若い・・・いや、幼いという言葉のほうが合うような子供だった。
 全身生傷だらけ・・・瓦礫にはさまれた足からは、結構な量の血が流れている。微かに開かれた目に生気は
薄く、小さな声で何事か呟いていた。
 指の震えを必死に押さえながら、その傷だらけの肢体を抱き上げ、ひとまず安全そうな場所へと運ぶ。そし
て手持ちの商品のいくつかを使って応急処置を施す。そして、次の生存者を探そうとしたとき、待ちに待って
いた救援がようやく到着した。
 当時救援に駆けつけた聖職者と騎士たちは、まだ経験の薄い者達が殆どで、現場に付いたときに商人と同じ
く胃の中身を戻したものもいた。
 それでも救援活動は開始され、数分後には二人目の生存者の確保に成功する。
 二人目の生存者は、一人目よりも年は上のようだが、それでもまだ幼い。・・・何が起きたのかは解らない
が、救助後しばらくの間・・・現実と空想の境がわからない類の言動を繰り返していた。
 ・・・・・もともと規模はあまり大きくない集落だった。だからと言っても、現地での生き残りが二人だけ
しか居ないと言うのは、なんとも悲惨なものだ。
161パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:42:01 ID:poTJLbqc
 生存者は、二人ともまだ幼かった。
 本来なら何が起こったのか本人達に問うべきなのだが。双方ひどいショック症状が見られたため、保留とな
る。孤児となった彼ら二人のうち、片方は救援に駆けつけた騎士の一人が、そしてもう片方は同じく救援に駆
けつけていた聖職者が引き取ることとなる。

 経過報告  AW△××年11月12日
 ―――生存者は他に数人いた。集落の襲撃時にハエの羽や蝶の羽を携帯していたものたちだった。彼らの情
報から、集落をこの様にしたのはモンスター・・・・。それも古木の枝による人為的なものである確立が非常
に高いことがわかった。・・・住民26人、この殺戮を起こしたモンスターたちは、救援隊が駆けつけた当時既
に現場には居ない・・・。
 誰が、何のためにそんなことをしたのかは、結局現在もまだ判っていない。後の調べで、死傷者達のおよそ
半数が行方不明である事。近くの川の下流で生息報告のされていないモンスターたちの亡骸が発見されていた
ことが明らかとなる。

 経過報告  AW△■◇年2月1日 (最終更新)
 孤児を引き取った聖職者は、その後教会に住み込み、数人の孤児たちを引き取りささやかな生活を送る。
 しかし、孤児は14歳のころ突然失踪。現在も行方不明。
 騎士のほうは現在行方不明。彼がグラストヘイムの遠征に出かけた際、所属していた小隊ごと消息を絶った。
 引き取られていた孤児(当時12歳 剣士)は当時同居していた家屋に住んでいたが、現在は別の場所に移転して
いる。
                        ―――プロンテラ騎士団 事件カルテ―――
162パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:42:42 ID:poTJLbqc
 ――――ォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!
 叫び声。弾ける火炎。吹き荒れる吹雪。剣や槍を初めとする物理的な斬撃。打撃。雷撃。脱がし魔。矢の雨。
弾丸の雨。そして辺りに木霊する寒いジョーク・・・・まったく。
 「いつ来てもGvGは地獄だな・・・・。」
 ポツリとそう呟いた若い騎士は、懐の薬品を体に降りかけながら魔法の吹き荒ぶ危険地帯を突破した。そのま
ま人に流されるかのように先に進めば、直ぐに目的のエンペリウムの前に到着するだろう。
 「センド、ぼやいてる暇があったら先に進んで。もう時間がない。」
 どうやら仲間に聞かれていたらしい。彼の隣に、同じく流れに乗って駆け抜けるクルセイダーの女性が近づく。
 「そんなこと判ってるさ。・・・それにしても今回の勝負、分が悪いんじゃないか?。」
 周りを見ると、自分達と同じエンブレムを持つ者は余り居ない。組織同士の攻防である以上、たとえ個々の戦
力が低くとも数で圧倒されればこちらの勝算は低くなる。
 「余計な心配は無用です。・・・あれを見て。」
 そういいながら前方を指差すクルセイダー。気が付くといつの間にかエンペリウムの設置された部屋に到着し
ていたようだ。そして指の先にあるのはエンペリウムと・・・それを取り囲む同じエンブレムを持った仲間達の
姿。
 僅かに、自分の口の端が上がるのがわかる。再び彼女の顔を見ると、その凛とした目が勝機を見ているのが覗
える。そしてそのまま彼女は、エンペリウムめがけて突進して行った。
 ヘルムから溢れた流れるような銀色の髪、白をベースにした特注のプレートに蒼いマントを靡かせる彼女の姿
に、不覚にも一瞬目を奪われた。・・・この激戦の真っ只中だというのに。
 「・・・おっと、負けてられないな。」
 すぐに我にかえると、彼――センドは、クルセイダーの背を追う。
 目標のエンペリウムの周辺は、それを守ろうとする守備ギルドとその倍以上の数でエンペリウムを破壊しよう
とする前衛たちに溢れている。
 シールドを前方に構えながら、その中を全速力で突っ切る。途中数回ほど何かにぶつかったが、そんなものは
気にしていられない。先に攻撃を続けていた仲間達と並び、センドはサーベルを引き抜いた。
 この場所に立てばもう考えることは二つしかない。
 1、目の前のものを壊せ    2、死ぬな
 間髪居れずに目の前のエンペリウムに一撃を入れる。・・・が、それは微動だにしなかった。そもそも一撃加
えた程度で砕けるのなら、わざわざ自分達が来るまでもなく、先に到着していた仲間達に破壊されている。
 ともかく今はこいつを壊す事が最優先。ひたすら黄金色の金属を打ち続ける。
163パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:43:16 ID:poTJLbqc
 さっきの通路の時点で、終了4分前だったはずだ。それなのになぜこんなに長く感じるのか。
 振るわれ続ける右腕はもはやエンペリウムを砕くための自動機械と変わらない。ついでに左腕は道具入れから
回復剤を振りまく自動機械だ。
 (さっさと壊れちまえよ・・・!)
 終了時間の迫ることからの焦りから、サーベルの動きが乱れる。だが今はどうだっていい。標的が避けたり反
撃してくるわけじゃない。当たればそれでいいのだから。
 だが、焦りが影響するのは太刀筋だけではない。彼は直ぐ背後に、両手剣を構えたロードナイトが立っている
ことに注意が回らなかった。
 ――ヴンッ!
 ロードナイトの胸ほどまであろうかという両手剣がセンドの背を強打した。
 「っ・・・!。」
 センドは衝撃を受け倒れ込む。どういう訳か、あれだけの一撃をもろに食らってしまったのに地面には血がこ
ぼれない。だが、別に血の量は関係ない。彼が血を流し苦しんでいようが、今のように恨みがましい目で襲撃者
を睨んでいようが・・・二度目の斬撃が、彼に放たれることに変わりは無い!。
 反射的に腕で自分を庇おうとした彼に太刀が触れた瞬間、太刀から白い衝撃波の様な物が飛び出した。しかし
それはセンドを無視するかのように右側に飛び。そこに立つ銀髪のクルセイダー―――リベリアに叩き込まれた。
 (これは・・・。)
 いつの間にか、彼女から伸びる青い光のラインが自分の体に繋がっている・・・クルセイダーのスキルディボ
ーションが自分に掛けられていた。効果はダメージの肩代わり、間一髪のところで助けられた。
 ロードナイトは太刀筋を崩されバランスを失いかけている。明らかに大きすぎる武器を使うとこういうことに
なる。反旗とばかりにサーベルを構え、一気に腹めがけて刃を突き出す。
 ――ギィィィン・・・
 サーベルの刃はまだ軌道が甘い、鎧の隙間を狙ったつもりだが、目の前では刃と鎧がぶつかり合う金属音が響
く。
 当然のごとく重層な鎧に守られた腹部には余りダメージが無い。しかも相手は既に体制を建て直し・・・三度
目の斬撃を放とうと身構えている。
164パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:44:01 ID:poTJLbqc
 『―――が・・・・・・・した』

 何か、聞こえたような気がした。
 次の瞬間、サーベルと盾を持ち対峙するセンドの前から。大剣を振り被ったままの姿勢でロードナイトの姿が
消え去った。
 (・・・へ?)
 急な事態にあたりを見ると、先ほどまでの激戦が嘘の様に人が居なくなっている・・・ただし自らの所属ギル
ドのメンバーを除いて・・・・。
 この状況から推測できることはたった一つだ。
 背後のエンペリウムがあった位置には、今や同じ発色を持つ大量の金属塊が無造作に転がっている。
 「おわったぁぁああアアあああーーーーーーーーーー!!!!」
 「キターーーーーーーーーーー!!!!」
 「お疲れ様〜〜〜!!!」
 「URYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
 などなど・・・一人のメンバーの叫びを切り口に、各々の上げる勝利の雄叫びがギルドアジトに木霊する。
 「・・・・はぁ・・・。」
 口から溜息が漏れる。先ほどまでのロードナイトとの戦いにより高まっていた緊張感が一気に削がれた。
 その場にどっかりと腰を下ろし、満身創痍の体を休める。目をつぶり床に寝転がると、全身の疲れがあふれ出
していくかのような錯覚を覚えた。ガチャガチャと腰に挿した数本のサーベルが音を立てるが、それすらももはや意
識の外に追いやられる・・・このまま眠ってしまおうか。そう考えていると・・・何か自分に近づく足音が聞こえて
きた。
 「ねぇ・・・・。」
 声に目を開けると、頭の上方にリベリアが立っていた。サングラスを掛けていて解り辛いが・・・その表情はどこ
かムッとしている様な印象を受ける。折角砦を落とすことに成功したのに嬉しくないのだろうか。
 彼女は不満そうに口を開いた。
 「作戦内容を忘れたのですか?。・・・エンペリウムの破壊に徹するように最初に言っておいた筈です。」
 「なっ・・・、そんな事言っても仕方無いじゃないか。こっちだって別に奇襲されたりしなければ・・・」
 突然の叱責に困惑するセンド。あたふたしながら当面の理由を述べる。しかしリベリアは聞いていながら反応は
無い。
 数秒後に、はぁ、と溜息をつく彼女はいかにも『わかってないな』と言いたげだ。
 「あれは別に奇襲ではありません。貴方が気が付かなかっただけで気配も隠していませんでしたよ。それに、問
題はその後です。私が援護に回ったのですからそのままエンペリウムを攻撃してくれれば良かったのですよ。むや
みに反撃して時間を消費してしまっては相手の思うツボです。」
 「うっ・・・。」
 返す言葉も無いとはまさにこの状態の事だ。自らの行動の手前、何も言い返すことが出来ない。
165パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:44:38 ID:poTJLbqc
 「・・・でもまあ、今回は無事任務を果たせたことですし保留します。でも一般の方の依頼でこんな失態を見せ
たら評判落ちてしまいますよ?。」
 「そのくらいにしてあげたらどうですか?、メタルクロス。確かに今回の依頼者は貴方ですが・・・かと言って
彼も説教を受けるほど子供では在りませんよ。」
 なんともばつが悪い様子のセンドをフォローしたのは、両足の腿に短剣のホルダーをぶら下げたアサシンだった。
 黒と青のヘテロクロミアを持つその男は、先ほどの到着では既にエンペリウムに攻撃を加えていたメンバーの一人。
 その顔の微笑んだような笑顔は、場を和ませるような雰囲気さえ漂わせているが、腕は確かだ。
 「いいんだコレクター・・・実際返す言葉も無いからな。久しぶりとは言え腕が鈍ってるみたいだ。」
 今思い返せば、確かに彼女の言う方法が最善の策であることは理解できる。戦いの中で冷静な判断が出来ない者は
そのうち死ぬことになる。・・・今回はたまたま運が良かっただけだ。もっとも、大規模な都市攻防戦の演習である
GvGで、実際命を落とす者はまずいない。
 「ところでセンドさん、先ほどの戦闘でどこか怪我してはいませんか・・?。切り傷はありませんが打撲でもあま
り放っておかないほうがいいですよ。」
 「あ〜・・・、かっこ悪いところ見られてたか。ちょっと腰が痛いけどそれほどの怪我は無いな・・・。問題はこ
れか。」
 両手剣の衝撃は確かに強力だったが。とっさに身を前に出していたので緩和できた。それでも刃物なので切り傷が
付く物だが・・・・背中に斜めに設置されたサーベルの一本に刃は止められていた。
 おかげで背を抉られる事は無かったものの、細い刀身のサーベルは無残にも鞘ごと拉げてしまった。
 変わり果ててしまったそれを見て、コレクターと呼ばれたアサシンは苦笑する。
 「そのままでは使い物になりませんね・・・後で鍛冶屋に持って行く事をお奨めしますよ。」
 「まったく貴方という人は・・・武器に庇われるなんて騎士の名折れですよ・・・。しかもこの様な形で。」
 いやはや、二人の仰る通りです・・・。
 心中不甲斐ない思いに囚われるセンドだった。
 そんなやり取りをしていると、ギルドマスターと思われる男がリベリアに近づいた。
 まだ結構若い、下手すればゼントよりも年下にも見える男は、値踏みするような視線をセンドとアサシンに投げか
けると、直ぐにリベリアに向き直り、口を開いた。
 「ご苦労さま、うわさ通りの腕前だね・・・・。最後はしくじっていた見たいだけどちゃんと砦は手に入ったから
その点は目を瞑るよ。」
 なんとも高圧的な物言いだが、この場の三人は誰も嫌な顔などしない。大人の対応・・・というのとは少し違う。
 これは慣れだ。
 「どうも有り難うございます、この度は御指名感謝致します。」
 先ほどまでの会話とは違い、リベリアは敬礼でもしているのかと言う様な畏まった口調でそう述べた。
 そして直ぐに男はリベリアとともに二人から離れる。きっと報酬の事に関しての話し合いだろう。
 「・・・彼女が私達を頼るというのも珍しいですね。」
 「確かにそうだけど・・・。俺は納得するね。多分あのギルドマスターに『砦を落としてくれ』とか具体性の無い
依頼でも出されたんだろうさ。」
 このギルドは、明らかに前衛不足だ。むしろ人手不足と言った方が正しいかもしれない。前衛と呼べるのは戦闘に
向かないアルケミストを入れても8人。後衛陣が11人。救護班が4人・・・・。改めて考えると良くぞ砦を落とせた物
だと感心する。
166パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:45:12 ID:poTJLbqc
 「だからと言って、依頼を蹴らずに自分で人を雇ってまで仕事をこなすとは・・・傭兵の鑑ですね。」
 傭兵。
 そう、彼らは傭兵であり、本来このギルドに所属しているわけではない。今回の交戦は、傭兵ギルドに寄せられた
依頼の一つをこなしていたに過ぎない。
 「信用第一だからな・・・この仕事は。熱心すぎるのもどうかと思うけどさ。」
 「そんな事言うものではありませんよ。・・・私としては彼女のああいう所は尊敬に値すると思います。」
 同じ傭兵として何か共感する部分でも有るのだろうか。コレクターの左右で色の違う真っ直ぐな視線を見ながら、
そんなことを考える。
 他愛の無い仕事の話。依頼主がウホッだったり、現地での仕事が依頼内容と違うとか、コレクターと愚痴話に花を
咲かせていると、話を終えたリベリアが戻ってきた。
 「お待たせ。」
 そう言う彼女の手には、小さな皮袋が握られている。うっすらと見えるそのシルエットは、結構大判な貨幣だ。
 「交渉ご苦労様です、メタルクロスさん。」
 ちなみに、メタルクロスというのはリベリアの二つ名だ。・・・傭兵は真っ当な依頼ばかりではないため、この様
に二つ名を持つ者も少なくない。更に言うとコレクターはアサシンの二つ名だ。・・・本名は知らないが。
 「そちらこそご苦労様。・・・見事な腕前だったわ、コレクター。」
 そういいながら袋から貨幣を取り出す。・・・直径が小指ほどはあろうかというそれを、1枚・・・2枚・・・3枚彼
に握らせる。・・・この手の報酬としては結構な額だ。
 「毎度有難う御座います・・・。またこういった任務があればお手伝いしますよ。」
 受け取った貨幣を懐に仕舞い込むと、彼は胸に着けたギルドエンブレムを剥がし、蝶の羽を右手に持った。
 「そうね。そのときはまたお願いするわ。」
 「お疲れ、また機会があったら宜しくな〜。」
 二人の言葉に、コレクターは軽く会釈すると、蝶の羽に何やら囁いた。その瞬間、青白い光が彼の全身を包み込み・
・・消えた。
167パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:45:42 ID:poTJLbqc
 「センド、あなたはこれね。」
 そういって向き直った彼女が手渡してきたのは、先ほどと同じ貨幣だ・・・ただし1枚だけ。
 「ちょ・・ちょっとまてよ!・・・いくらなんでも少なくないか!?。」
 確かに自分の仕事はコレクターには及ばないだろう。それでも労働力の提供という意味合いでは同じ時間を投資し
ている。せめてもう一枚だなんて贅沢は言わない。だがもう一ランク下の貨幣で良いから添えてほしい。
 「あら・・・十分慈悲深いわよ。」
 「せめてもう少し色付けてくれないか・・・・。」
 なおも食い下がるセンドに、彼女のサングラスに隠された視線が突き刺さる。
 そして威圧感を与えながら口を開いた。
 「普通の依頼人だったら、雇ってる傭兵が自分を盾で弾いたりしたら苦情を訴えるところだわ。・・・解雇されない
だけありがたいと思いなさい。」
 「ええっ!・・・あの時のそうだったのか・・。」
 なんということだろう。エンペリウムに近づく際の擬似的なシールドチャージは、先に走っていた彼女にも命中して
しまっていたらしい。・・・考えてみれば自分がエンペリウムに到着したとき、先に走っていた彼女が回りにいないこ
とに違和感を覚えるべきだった。
 「おまけに押し飛ばしておきながら謝罪の一言も無いしね・・・今ここで解雇しようかしら?。」
 「・・・どうもすいませんでしたっ!!」
 あわててそういいながら頭を垂直に下げる。そして彼女の手から奪うように貨幣を抜いて、自らも蝶の羽を取り出す。
 (ちくしょう・・・さっき保留するって言ったじゃないか・・・)
 そんな事を考えながら、彼は蝶の羽に掛けられた魔術を起動する呪文を呟いた。
 全身を青い光が包む最中、見えたリベリアの顔は苦笑の表情だった。
 ・・・まったく、傭兵家業も楽ではない・・・・。
168パッチワークストーリーsage :2007/01/27(土) 11:49:02 ID:poTJLbqc
 と、大体こんな感じです・・・自分設定多いなぁと少し反省。
169名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/01/27(土) 20:36:45 ID:VnSzAy2.
うん、Gvギルド所属の身としては面白かったよ。
先週、10時を数秒回ったあとに落とされたのですが、まるでその時のようだと思いますた。
苦情を言わせてもらえれば、!のあとに句点はいらない。
あと、台詞などで「」を使う場合、「〜〜〜。」とは“あまり”書かない。こちらはたまにいるようだけど。
以上二点、読みづらくなるので改善してもらえれば幸いです。
170名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/01/28(日) 13:13:22 ID:6e8eft4Q
なかなかに面白い話だと思う。
内容読んでて思うんだけど結構実際のROにあるものと自分設定をミックスできててイイ。
続きあるなら結構期待。
171名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/02/05(月) 15:54:31 ID:PCRH.iOE
保管庫のwikiのページにあるリンクのいくつかが、例のフィッシング&ウイルスサイトへのリンクに置き換わったりしてます。
気をつけてください。
172保管庫管理の人sage :2007/02/06(火) 19:41:30 ID:lhibKcCM
ありがとうございます。遅ればせながらトップをとりあえず凍結しておきました。
173名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2007/03/13(火) 02:46:45 ID:O5aIEOWQ
とまってるなぁ。

ところでさっきアトリエシリーズ最新作のサイト見てたんだけど
ROの世界観でこういうのやったら面白いんじゃないかなぁとか思った。

感想でも小説でもなくてスマソ。何かのネタにでもなりゃいいかなと思ってね。
174名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/03/13(火) 02:47:13 ID:O5aIEOWQ
あげちったー_| ̄|○
175名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/03/16(金) 23:59:00 ID:jrsj0bL.
ネタは腐るほどあるんだが、ろくなのが書けねぇ……
俺は、駄目人間だー
176名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/03/18(日) 23:29:56 ID:SbohtgKI
そんなことはない!そのネタを是非ぶつけてくれ!
最初から自分のネタが最高だと思ってる奴なんていないさー
177名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2007/03/30(金) 14:46:34 ID:eVcN2N3M
あっ んぅぅっ 先生ぇっ・・!
好きっ・・ですぅっ ひあぁあっ
も、もっとぉ・・ もっとして・・ッあんっ・・くだしゃいっ・・!ん、あ、あ、あっ!
はぁあっ・・だめ、もぉだめぇっ・・しぇんしぇ・・あっ ああっ!!
178名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/04/20(金) 05:37:08 ID:yd813U66
実話ベースにフィクション化したSSを書こうと思うのですが
投下先はここでいいのでしょうか?
179名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/04/20(金) 10:18:58 ID:snS3gSPk
>>178
スレタイ見て、ここでいいのかな? と思ったら、ここでいい。
180名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/04/24(火) 10:17:45 ID:b9Ia8bkw
俺が昔読んだ
アサシンとナイトがオーク村でオークヒーローから一次職かばって逃げ遅れて
幸運剣とオートカウンターで戦うSS捜してるんだが誰かしらないかな?
181名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/04/24(火) 20:31:20 ID:CCcBeg3U
>>180
おそらく、タイトル:Bonds of freedom

MMOBBS - みんなで作る小説ラグナロク Ver6
ttp://gemma.mmobbs.com/test/read.cgi/ragnarok/1171015950/

ここの旧アプロダにうpされたSSが圧縮されて保管されてる
ファイル名は1051169428.txtね
182名無しさん(*´Д`)ハァハァsag :2007/05/06(日) 23:00:31 ID:5zIamwwA
ずいぶんと書いてなかったので、リハビリ的に小ネタを一つ。
思いっきり、GWに掃除して出てきたモノをネタにしています。
エピローグもある予定なのですが、とりあえず先に本編。
1833番目の登場人物  1sage :2007/05/06(日) 23:12:13 ID:5zIamwwA
 森だ。森が広がっている。
 暖流に恵まれたアルベルタの、鬱蒼とした緑の迷宮。
 ウンバラのジャングルと違い、乾季と雨季の明確な土地柄、茂る植生は硬い常緑樹と地表近くの草本類が多い。
 そして何より、南方へ足を踏み入れなければ人を襲う魔物なんて、そうそういない。
 そんな初心者向けのフィールドに歌声が流れてくる。
 バードが歌う聴衆に聴かせる歌ではなく、少女の声で紡がれる、ただ唇からこぼれる何気ない歌声。

「♪銀毒仕立ての帽子を被り 街へと繰り出すジャントルメン♪
 ♪奇想天外な玩具の群と 呪文の羅列を従えて♪」

 歌を謡うのは、転職仕立ての女商人。まだまだカートを引く速度も遅い。
 それにしても、森の中で少女が歌うにはあんまりな選曲だ。何の歌か知る者が聴けば、絶句しかねる。
 ある歌劇の序盤に流れる、あまりにも幻想と絶望を含みすぎた、悲惨な結末への複線歌。
 そんな歌に誘われるかのように、少女を襲う者が現れた。
 たとえ彼女を襲う魔物はいなくとも、彼女を襲う人間なら、この森にいたのだから。

「へっへへ〜〜、ようようお嬢ちゃん、こんな所を一人で歩いていると危ないぜ」
「そうそう、オデらみたいなのに襲われちゃうぜ」
「ふっ、怯えることは無い。我らが面倒見てやる。そういうことだ」

 彼女の前後を阻むように茂みから現れたのは、一人のアサシンと二人のシーフ。明らかに友好的でも紳士的ではない。
 彼らが言う“面倒”がどんなことかくらい、少女にも明白だった。

「ふぇ? こんな所ですか?・・・ふえぇぇ〜〜ん、もしかしてボク、
 【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレに迷い込んじゃったんですか?!」
「ま、迷い込んでない、迷い込んでないから。そりゃオデら、“そういう事”をするつもりだけど、ここはそっちじゃないから」

 明白だったけど、なんか微妙にスレを間違えてる?
 怯える少女は、シーフその2の声など聞きもしない。

「きっときっとそんな事言って安心させておいて、どんなに泣き叫ぼうが助けの来ない、
 人気のない森の中で湿った土の上で組み敷いて、まだ未発達な青い果実を汚し冒すんだ。
 ボクは破瓜の痛みに涙しながら、地面を掻き毟り腐葉土を握り締め、声にならない嗚咽を漏らすんだ。
 三人で代わる代わる攻め立て・・・、ちょうど三人だから、お口もお尻も一緒に三ヶ所同時に」
「・・・そ、それはするつもりだな」

「破瓜の痛みと絶望に呆然としているボクに、レベルも達していないのにハイスピードポーションとか飲ませて、
 ムリヤリな調教とかするんだ。“ご主人様“ではつまらないから”お主人ちゃん“とか呼ばせるんだ。
 ヒドラの触手を前とお尻に突っ込んで、抜いて欲しかったらしっかり舐めろとか言っておきながら、ご褒美だと
 2本目、3本目と追加して・・・振動する青石で栓をしちゃうんだ・・・・・。
 他にも、挿入しながらペンチで脇腹を抓ったり、焼き鏝を押し付けたりして、あそこがギュッて締め付ける感度を激しくするんだ」
「お、お主人ちゃんて、何かな?、かな?」

「調教が済んだらメントルの下は全裸で街を歩かせたり、夜はマタの首輪だけで散歩したりするんだ。
 お金にこまったら履いてない状態で、プロンテラの裏露地ミルク売りとかさせるんだ。
 ミルク1本1Kで、冷たいミルク瓶を、歳の割には大きなボクの胸に挟んでお客様に飲んでもらって、
 追加料金でお客様のモノを胸に挟んだり、逆にお客様のミルクを浴びたりしちゃうんだ」
「いや、我らは流石にそこまでするつもりは無いぞ」


「そうだそうだきっとそうなんだ。ひっく、ひっく、うえぇぇ〜ん、ボロボロの使い捨ての性奴に汚されて、
 最後は首なしBOTにされちゃうんだ〜〜。そんなの酷いよ〜(泣)」

 どちらかと酷いのは、少女の妄想のような気もする。
 だが、明らかに無頼の男達と、泣き叫ぶ年端も行かない少女の構図。
 こんな場面に現れる3番目の登場人物と言えば、

「彼女から離れろっ!!この下郎どもが、私(わたくし)が成敗してくれる」

 そう正義の味方だ。


182です。sageを間違えてsagと入力・・・ごめんなさい。
1843番目の登場人物  2sage :2007/05/06(日) 23:26:08 ID:5zIamwwA
 今回の正義の味方は、長い黒髪の女ナイト。
 天津出身らしく、白い肌とオリエンタルなアーモンドアイ。そして腰に挿すのは妖刀-村雨-。
 たまたま、ないしは偶然通りかかった女騎士には、泣き叫ぶ少女とガラの悪い男共しか目に入っていない。
 良くも悪くも少女の妄想部分は、都合が良いくらいに認知していなかった。
 何かどうしようもない不条理を感じる状況に、男3人は顔を見合わせる。
 ・・・・・・どこか危ないマーチャントよりも、まともそうなナイトの方を獲物にしたほうが、
 いくぶん無難な気がすることで、3人とも共通しているようだった。

「そこのあなた、この蝶の羽ではやくお逃げなさい。こんな者共、私が蹴散らしてあげます」
「あぁお姉さま、ありがとうございます。お言葉通り逃げすが、
 あとで曲がったタイを直してくださいね。ボクのお姉さま(ハート)」

 ある意味被害者な気もしないでもない男たちを無視して、百合の香りが微かに漂うやり取りは進行。
 マーチャントは蝶の羽を握り締め、基点へと飛んでいった。

「さあ、無垢な少女をドス黒い性癖に染めようとする不埒な悪党共、このホノカ=トクガワが天に代わって成敗します」
「あの〜、たぶんさっきのマーチャント、そんなに無垢じゃなかったと思うんだけど・・・・・・・・・(汗」
「問答無用、悪即斬だ。死んで詫びろ、盛りの付いた牡犬共がっ!!」

 相手の心情など無視して、ホノカは村雨に手を掛け、すぅと左足を後ろに引く。天津の剣技、居合いの構えだ。
 腐葉土が積った柔らかな足場。それを確かめるように、つま先での重心確保に余念が無い。
 視線も射抜くように鋭く、相手を斬るという覚悟が完成している。
 あきらかに脅しや警告でもなければ、ましてやマーチャントが逃げられたから目的達成、などという気は彼女にはさらさら無い。
 ここでこの三人を斬る、そういった決定事項なのだろう。


 あんまりと言えばあんまりな状況の中、リーダー格のアサシンが溜息を付く。
 そして、ホノカという女ナイトに向かって、一歩前へ出た。
 まったく、・・・このスイッチのオンオフの明確な所が、天津の居合い使いの連中の一番厄介なところだ。心中グチる暗殺者。
 かつて彼がまだ“組織”から脱走する前、しばらく天津で仕事をさせられたことがある。
 その時の感想として、居合いを使う者と他の剣術を使う者との違いに、
 どういう訳か平時から有事へ切り替えの速さが違う点、というモノがある。
 鞘から抜き放つ“瞬間”を持つ居合いと、初めから剥き身の刀を向け合う他の剣術。
 居合い使いの方が、迷いの無い太刀を放ってくる。
 そこさえ注意すれば、どちらも問題ない。共通する最大の欠点がこの森にはあるのだから。

「純白と思えた幼きスズランは、何故にか猛毒を有する。
 ならば期せず凛と咲いた刺々しいアザミ。それを力ずくで愛でるもまた一興。といったところか」

 アサシンは、天津での経験からか、悠然と勝算を見出していた。
 対人特化しているカタールを両手に掲げ、ゆっくりと戦闘体制をとる。


 ホノカの構えは天津の居合い。両手持ちの刀を用いた抜刀術だ。
 そう両手持ちの刀剣を振るう闘い方なのだ。
 神速の初撃抜刀がどんなに速くとも、こんな木々の生い茂る森の中で、刀身の長い村雨を振り回すことは適わない。
 たとえどんなに速い斬撃を打ち放とうとも、アサシンクロスは、背後にバックステップ1回分のスペースは確保している。
 初撃と続く2の太刀3の太刀を回避すれば、あとは密林の中思うように刀を振れない状態を、じっくりと料理すれば問題ない。
 攻撃力だけが勝敗要因ではないことを、身体に教え込んでやるだけだ。

「ほう、なにやら悪党が大きな事をほざいているようですが、そなたらなど私の刀技のサビにしてくれます」
「図に乗るなよ天津の刀使い。居合いなど、我が暗殺術の前には、遊戯も同然。後悔と快楽をくれてやる」
「どうやら多少は居合いを知っているようですね。
 ならば見せてあげましょう、居合いの極地に存在する、奥居合いと言うものを!!」

 ホノカが掛け声と共に踏み込んだ。
 通常、居合いの代名詞である初撃の神速抜刀は、前方やや左に撃ち込むように抜き放つ。
 しかし、ホノカの動きは違った。
 ギリギリまで溜め込んだ左足で踏み切り、身体ごと前へ跳び込み、逆に刀を右後方へ引くように抜刀。
 相対的に切っ先は、最小の弧を描き解放される。
 そのまま切っ先に左手を添えれば、左半身の刺突体制が完成する。
 乱世の戦場における生存と撃破のための剣技とは違い、
 居合いは平時における突発的な事態への対応より派生した刀技。
 その中には当然、天津特有の天井も低く狭い屋内での戦闘も想定されている。
 そんな閉鎖空間での抜刀さえもマスターした刀技の領域を、“奥居合い”とよぶ。
 幹が立ち並び、枝葉が生い茂る森の中であろうと、奥居合いに達した者には関係ない。

「っ!?」

 咄嗟にアサシンがバックステップを発動。
 だが、今更に驚愕してももう遅い。ホノカの抜刀は次なる動きを始めている。
 左半身が出来あがったと同時に、着地した右足で更なる踏み込み。
 当初前方に突き出していた右手を、後へ下げながらの2段階の接近。
 この接近は遠近感の錯覚を引き起こし、感覚以上の肉薄を許してしまう。
 その接近方法こそが、天津武術の足裁き “縮地” である。
 迫り来る村雨の恐怖に、アサシンは本能的に2回目のバックステップを発動させる。
 だが、―――
 どん、と背中が樹に押し当たる。
 そう確保していたのは “バックステップ1回分のスペース” 。
 2回分のスペースは確保していなかった。

「な、何ぃ――っ!! ぐっーーーっ!!」

 後退を失われた暗殺者に、鋭い刺突が襲い掛かる。
 肋骨の隙間を狙い、刃を横に向けた突きの一撃。
 体重と跳び込みの勢いを乗せたそれは、肺腑を貫き、深く胸にのめり込んだ。
 声にならない絶叫を上げるアサシン。
 それでも死なばもろともと、カタールをホノカに振り下ろそうとするが、 突如として動きが止まる。
 ホノカが村雨の柄を握る手首を捻る。横を向いていた刃が、
 アサシンクロスの体内で、ムリヤリに上を向くようにねじり上げられた。
 そればかりか、切っ先に添えられていた左手を、肘で村雨の峰に掛る。

「男というモノは、刺すばかりで刺された事は、まずないでしょう。どうです気持ち良いですか。
 それと大陸の剣と違い片刃の刀には、こういう使い方もあるの、ですっ!!」

 “ですっ!!” の掛け声に合わせ、力任せに両手を上へと引き上げた。
 それも柄の1点を掴むのではなく、左手は刀の峰に肘から掛け、
 確実に力が加わるよう2点を支持。一気に引き上げる。

「が、ぁぁく、ぁらああ゛ゅーーーーーぁぁぼぁぁっ!!」

 絶叫。
 胸部中心から肺を縦断し、鎖骨へと抜ける力任せの切断。
 むしろ解体と呼ぶべき荒業だ。
 吐血交じりの水っぽい叫びを上げながら、アサシンは崩れ落ちた。背後の樹の幹に背を預け、
 呼吸とも痙攣ともつかぬ微動を繰り返し、意識を失っていく。
1853番目の登場人物  3sage :2007/05/06(日) 23:40:15 ID:5zIamwwA
「次はどちらが斬られたいですか、牡犬共」

 鎧や剣士の制服どころか、頬に浴びたまだ暖かな返り血さえも拭おうともせず、ホノカは残りの獲物を見下ろす。
 体格的には、シーフその2の方がよっぽと大きい。
 なのにこの女ナイトに睨まれると、まるで見下ろされているように竦み上がってしまう。

「何なら私が決めてもかまいませんよ」

 そう言ってホノカは蝶の羽を一枚。二人のシーフとホノカ自身の、ちょうど中間地点に放り投げた。
 下草の茂みに僅かに隠れる、基点転送用アイテム。ホノカはそれを顎で指し、

「1枚だけくれてやります、そういう趣向はいかがですか?」

 仲間の数は2人。脱出アイテムは1人分。つまりそういう事か、1人だけ逃がしてやる、死にたくなかったら奪い合え、と。
 冷静に考えれば、他にも選択肢はある。二人同時に反対方向へ走り出せば、いくらかの生存率が望めるだろ。
 けれど冷静になんてなれない。2人のシーフは、アサシンを惨殺された恐怖と、立ち込める鮮血の生臭さに、完全に飲み込まれていた。
 二人とも視線は遠近感だけでなく、ぐらぐらと平衡感覚をも失っている。
 目に入るモノも、互いに目を血走らせた傍らの仲間、たった一つだけの蝶の羽、
妖刀の切っ先から血を滴らせるホノカ、まだ時より痙攣をするアサシンの死体、この4点のみ。
 視線は4点を絶え間なく往復し続ける。
 視線の動きも、神経を這い上がってくる恐怖も、どんどん加速していく。・・・・・・そして限界が訪れる。
 小柄なシーフその1が先に動いた。
 数メートル先の蝶の羽向かい、頭から地面に跳び込む。助かりたい一心に、遅れて動いたシーフその2など省みず両手をのばした。
 取った。
 シーフその1の両手がたった一つの切符を手に入れた。泣き出しそうな顔で心から安堵するのも束の間、

『スティール』

 背後からのしかかったシーフその2がスキルを発動。勝者のはずのシーフその1から、蝶の羽を奪い取る。

「てめーそれは俺の」
「先に動いてたくせにうるせぇっ!! オデらはシーフなんだ、かまわねぇんだ、オデが助かるんだっ」
「クソ野郎が返せっ!!」

 本来の勝者は奪い返そうとするが、体格で負ける上に、立ち上がる間も無く顔面を蹴られ転倒。
更に続けざま、腹に顔面に両腕に、蹴りを執拗に打ち込まれる。

「助かるのは、助かるのはオデなんだ。お前はここで死んどけ、おら」

 命を繋げる切符を手にした喜びに、何もかも忘れ、もともとあってないような仲間との絆さえも忘れ、シーフ2は蹴り続ける。
 蝶の羽を握り締め発動させる時でさえ、彼は切符を失った仲間を蹴り続けた。
 たった一枚の蝶の羽が発動する。シーフその2の足元が瞬き、基点への転送が起きる。その瞬間、銀線が走った。
 転送
 アイテム使用時の独特の音が鳴り、転送が完了した。なのにシーフその2はその場に残ったまま・・・。転送されたのは、

「・・・腕が、オデの腕が、オデの腕が飛んでっちまった!!」
「ほう、どうやら斬られたかったのはそなたの右腕だったようですね。・・・・・・くたばりなさい見苦しい下衆がっ!!」

 再び銀線が走り、シーフその2が一刀のもと斬り捨てられた。これで二人目。
 目の前に転がった仲間・・・、とはもう思いもしないモノを見つめながら、シーフその1は尋ねた。

「な、何でこいつを殺したんだ、こいつが盗ったからか?」
「はて? 確かに見苦しく生かすに値しませんが、そもそも私は“1枚だけくれてやる”としか言っていませせん」
「まさか、あんた初めから・・・、先に蝶の羽を取った奴を切るつもりだったのか!?」
「さぁて、どうでしょうか」

 あれだけの恐怖の中に、たった一つの望みをチラつかせておいて、ホノカは答えをはぐらかす。
 そればかりか、何か面白い事でも思いついた顔をして、シーフその1の鼻先に切っ先を突きつけた。

「仲間に裏切られたそなたに、選択肢をくれてやりましょう。
 安心してください、3つとも“男になる”などというふざけたモノではありません」
「選択肢?」
「そうですそうです、簡単な選択肢です。
 フラグだ高感度アップだではなく、正解と不正解の簡単な選択肢。間違えればバットエンド行き」

 これ程楽しい事はないと言った顔で、ホノカはシーフその1選択肢をつげる。
 その顔は少し前まで、シーフ達が浮かべていた顔。マーチャントを相手に、その命と尊厳をもてあそぼうとしていた顔だ。
 いまごろになって気付いた。・・・・・・“こんな場面に現れる3番目の登場人物”は、正義の味方なんかじゃなかった。


「これから、そなたはどうする。
  A  私に殺される
  B  心から反省して一生をかけて罪を償うことを誓い、優しい私に見逃してもう
 さぁ、どちらが正解か選んでください」

 ・・・・・・答えが見えた。
 蝶の羽の件がなければ、シーフその1はBに飛付いていただろう。けれど今となれば、ホノカの考えが見えてくる。
 正解とバットエンド行き、それしかないと言う。ならばAが正解。Bが不正解、バットエンド行きなのだろう。
 それでも彼はBを選ぶしかない。
 自分がしようとしていた事と、さして変わらない事が目の前に転がっている。

「・・・・・・・・・B」
「残念、正解はAです。では、バットエンドで先生に教えてもらって来てください」

 振り下ろされる妖刀を見上げたシーフその1の視界。
 そこには、冷たい断命の刃だけでなく、対照的に暖かで柔らかい木漏れ日が満ちていた。


                        BadEnd( To be continued )
186182sage :2007/05/06(日) 23:59:52 ID:5zIamwwA
・・・何かいろいろミスっているようですみません。
このままだとラストもなんなので、エピローグこれから用意します。
187名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/05/07(月) 17:58:24 ID:pJbgQgzA
最初は良かった。
笑えたし壊れ具合もなんとも素敵。
後半も似たような乗りでやってほしかったなぁ。
188名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/05/09(水) 06:39:01 ID:zEaZ5Gus
非常につまらない
189名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2007/05/09(水) 19:22:01 ID:1vY2sFAw
んー、けっこうおもしろかったよ
190接近に失敗しました接近に失敗しました :接近に失敗しました
接近に失敗しました
191名無しさん(*´Д`)ハァハァdame :2007/05/10(木) 01:27:14 ID:r7s7Uh8Y
おもすれー
192守るってコトsage :2007/05/26(土) 00:05:16 ID:yxgt2thQ
―――騎士であった父は友を庇い、戦場で亡くなったと母から聞いた
   最後まであの人らしく生きていたと母は少し悲しそうに話していた
   騎士ではない俺にでも誰かを守る事が出来るだろうか―――

今日もピラミッドダンジョン2階で俺、セイと彼女は狩りを続けていた
マドカ―――それが彼女の名だ
彼女は戦闘型鍛冶師で、俺とパーティを組むようになってから半年は経っているだろう
出会った頃はお互いにまだ1次職で、1人よりは2人で戦うほうが楽だという考えからパーティを組んだが、
今となっては俺にとって欠かせない存在である
多分、彼女もそう思ってくれている筈だ、きっと

ミノタウロスがハンマーを俺に向かって振り下ろした
だが、ハンマーは俺の体を捕らえることは無く、ミノタウロスは背後からマドカが頭めがけて振り下ろした両手斧の一撃により息絶えた
今日は調子が良い様に感じた。俺も、彼女もいつもより敵を倒すペースが速い
敵のミノタウロスが出現するペースが段々と遅くなってるのが気になったが、大したことではない
ふと、視界にマミーを捕らえた
「私が行くっ」
俺は両手斧を構えて走り出したマドカへ支援をする
「アスペルシオ!」
手元の聖水を使用し、彼女の武器に聖属性を付与する
「ありがと!」
黒いストレートのロングヘアを揺らして走りながら彼女が言った
彼女が高速で振るった両手斧はマミーへと確実にダメージを与えている
殴り方なのでそこまでの威力は出せないが、俺はマミーへホーリーライトを放った
思いのほか、ダメージを受けたらしいマミーが足元をふらつかせる
「もーらいっ♪」
ここぞとばかりにメマーナイトでマドカがマミーを吹っ飛ばした
小銭の弾け飛ぶ音が聞こえた。散財の証だ、あまり聞きたくは無い―――

「休憩しよっか」
先ほどのマミーをメマーナイトで蹴散らしてきたマドカが俺の隣に座る
彼女が座ったのに合わせて俺も腰を下ろす
「私たちも結構強くなったんだね」
少し乱れてしまった髪をほぐしつつ、マドカが言った
「そうだなぁ」
だるそうに俺も答える
「ねぇ、私ショートカットにしたほうがいいかな?」
「いや、今のままが絶対良いね」
俺が突然真剣な顔になって答えたので彼女は驚いてた
「そ、そうかな?」
「絶対そうだって。すっごい綺麗な髪してるんだから」
俺が褒めたのが恥ずかしかったのか、嬉しかったのか分からないがマドカは頬を赤らめて照れていた
「だって俺、おまえのその髪好きだよ」
彼女は更に顔を赤らめた
「私、髪だけは自信あるんだ」
えへへと笑いながら彼女が答える
髪だけは、と本人は言っているが顔も十分可愛いと思う
性格もすごい可愛い。なんだか守ってあげたくなる感じがするような気もする
このまま、おまえが好きだと言ってやりたがったが言えなかった


恥ずかしいわけじゃない、もし振られたときの事を考えるととても怖いのだ。
この愛しい相方と一緒にいられなくなることがとてつもなく恐ろしく感じた。
193守るってコト 2sage :2007/05/26(土) 00:06:29 ID:yxgt2thQ
ドスンと、足音がした。
1つだけではない、いくつもの足音が重なって聞こえた
ミノタウロスの姿が見えた。2,3匹という数ではない
10匹以上はいるように見えた。その全てが俺たちに向かって走り出している
先頭の方にいた2匹が俺に攻撃を仕掛けてきた
俺はその攻撃をギリギリのところで回避し、すぐさま自分とマドカに速度増加を使用する
「逃げるぞ!!」
俺は彼女に向かって叫んだ。
俺と彼女は奴等から逃げるために走り出した。
「逃げ切れるの!?」
「速度増加のお陰で逃げ切れるはずだっ!」
奴等は数は多かったが、移動速度は速くない
このままの調子で行けば完全に逃げ切ることが出来る
しかし、そう思った矢先にそれは不可能だと気付かされた
「前にもミノだと・・・」
その数は三匹と後ろから俺たちを追いかけてきている奴等ほど数は多くないが、こんな所で
足止めをくらっていては囲まれてしまうに違いない
「私がカートレボリューションで蹴散らすからセイは支援に専念して!」
そう言ったが早いか彼女は前方のミノタウルスの群れに突っ込んで行った
マドカがカートを駆使してミノタウルス達に攻撃を仕掛けた
しかし彼女は、敵の反撃のハンマーフォールの余波を受けてしまいスタンしてしまう
「チッ」
俺は舌打ちをした
恥ずかしいことに俺はまだリカバリーを取得していない
大抵の場合、どちらかがスタンしてしまっても残った方が敵を殲滅できていたため、取得を後回しにしていたのだ
すぐさまポケットから右手でブルージェムストーンを2つ取り出し、1つマドカの足元に投げつける
そのブルージェムストーンを媒介にセイフティーウォールを発動
(これで時間稼ぎにはなるか?)
もう1つを自分とマドカの間に投げ、ワープポータルを展開する
思いのほか、展開までに時間がかかりマドカのセイフティウォールはいまにも効果が切れてしまいそうだ
「間に合え―――」
俺はマドカの所まで走り出した
なんとかセイフティウォールが消えたと同時に辿り着く事が出来た
右足に渾身の力を込め、マドカを蹴り飛ばす
俺の希望通りに彼女の体はワープポータルの中へ吸い込まれていった
俺もすぐに入らないと―――
そう思い走り出すが、右脇腹にミノタウルスのハンマー攻撃を受けてしまい俺は壁に叩きつけられてしまう
「ぐっ・・・」
体にうまく力が入らず、立ち上がることが出来ない
突然体が重くなる、ついに速度増加の効果が切れてしまった
そして最悪なことに先ほどのミノタウルス達がついに目の前の3匹と合流してしまった
じりじりと奴等が近づいてくる
それはまさに死ぬという恐怖が俺に近づいてくるということだ
死にたくない、生きたい、生きてマドカと一緒に居たい―――
しかし、体が動かない
死ぬというのはこんなに怖いことだったのか
父はこんな思いをして死んでいったのか
友を庇い死んでいった父と、一方的に愛した人を守り死にゆく自分
母にはまた辛い思いをさせてしまうなと思った
目の前のミノタウルスがゆっくりとハンマーを振り上げる
俺は目を閉じた
目蓋に浮かぶのはマドカの笑顔
俺はその笑顔に惚れてしまったんだ、最期にそれを思い返せたんだ
すこしだけでも死ぬまでの準備が出来た俺は幸せなのだろう
でも結局、彼女に好きだと言えなかったな・・・
迫りくる痛みに耐えるため歯を食いしばる
しかし痛みは俺を襲ってこなかった
その代わりに、風を切り裂く轟音が聞こえた
194守るってコト 3sage :2007/05/26(土) 00:07:16 ID:yxgt2thQ
「ブランディッシュスピアッ!」


ズン、とひときわ大きな音がしたので思わず、俺は目を開いた
あれほど大勢居たミノタウルスは全て横たわっていた
目の前にはペコペコに跨り、片手槍と盾を構えた女騎士が居た
「ちょっと突入が遅れちゃったかな?でも、無事みたいだね」
そう言って彼女は俺に右手を差し出した
「どうも・・・」
俺はその手を握り返して立ち上がる
「キミ、いくら彼女を助けるためだからって無茶しちゃ駄目だよ。
 おねーさんが助けなかったら今頃どうなってたか・・・」
「はぁ、すいません・・・」
てことは、この人はあのシーンを見たのだろうか
だから俺が吹き飛ばされた後すぐにミノは攻撃してこなかったのか
我ながらすごい助かり方だと思った
「でもね」
「なんですか?」
「ちょっとだけカッコ良かったよ」
思わず、その言葉に照れてしまう
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて礼をする
「それより早く彼女のとこに行ってあげないと、心配して彼女泣いてるかもよ?」
この人の言う通りだ
俺は彼女に出来る限りのフル支援をして自分用にワープポータルを展開し中へ突入した
「彼女さんを大切にね」
「はい」
そういって僕達は別れた


ワープポータルで転送されたのはモロク北カプラから5時の方向へ多少歩いた先にある建物の陰
ここが俺達の溜まり場だ
そこで、彼女は1人泣いていた
「ただいま」
俺が後ろからそう言うと彼女は振り向いて俺に抱きついてきた
「馬鹿っ・・・こんなに心配す、するようなことしないでよっ」
半分泣きじゃくりながらそういう彼女はとても愛らしかった
「ごめんな、でもああするしかないと思ったんだよ。心配させてごめん」
俺からも彼女を抱きしめて囁く
彼女は僕を抱きしめていた腕を放し、自分の目に溜まった涙を拭いながらこう言ったんだ
「どれだけ私が心配したと思ってるのよ・・・」
そしてまた僕に抱きついてくる
「ここでね、1人であなたを待っていたときどうしても悲しいことばかり考えちゃってたの
 そしたら勝手に涙が出てきて、止まらなくなって
 どうしていいのか分からなくなって・・・」
そう言った彼女の声は震えていた
「でもね、セイが帰ってきたときすごく嬉しかったの。
 言葉では表せないくらいに」
僕はただ黙ってそれを聞いていた
何て言えばいいんだろう・・・そう考えていると1つの答えが出た
「マドカ」
「何?」
「好きだよ、付き合ってくれ」
俺の告白に彼女は僕の大好きな笑顔で
「うんっ」
とても嬉しそうに答えてくれた


父さん、貴方が何故命を捨ててまで友を助けたのかが今なら分かる気がする
誰にだって守りたい大切なものが、少なからずあるんだと思う
どうしても"それ"を守りたいから父さんは自分の命を投げ出したんだろうな

俺にとっての大切なもの、愛する人と生きていく今というこの時
それを命を懸けてでも守りきりたいと思う
これが今の俺に出来るかはわからないけど、頑張ってみようと思う
これが貴方の血を受け継いだ俺なりの答えです

―――聖職者の俺だけど、騎士みたいに好きな子を守っても悪くないだろ?―――
195192sage :2007/05/26(土) 00:08:29 ID:yxgt2thQ
ちょっと昔に書いたけど、UPしてなかったものを発掘したので張り張り

ちゃんと改行するべきだったよママン('A`)
196神の人・後編 0/13sage :2007/06/15(金) 17:06:04 ID:0fDIHQ5k
この作品は、燃え小説第9スレ『我が名は…』と11スレ『我が名は〜』と13スレ『我が名は?』の続編ではありません。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたしますが、あまり関係はありません。
この作品は、燃え小説第12スレ『槍の人』と13スレ『神の人・後編』の続編となります。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたします。

それではお目汚し失礼しますね。
197神の人・後編 1/13sage :2007/06/15(金) 17:07:40 ID:0fDIHQ5k
                     1


 前回の簡単なあらすじ。

 突如ルーンミットガルズを襲う季節ハズレの大寒波。調査を依頼されたとある組織との繋がりの
ある一人の司祭は、お供の侍祭を連れて原因調査の旅に出るよう依頼される。人心入り混じる謀略
と邂逅、紆余曲折はあったものの無事二人は旅立った。
 首都プロンテラから猛烈な吹雪の中を一路北へ進み、隣国シュバルツバルトに隣接する国境都市
アルデバランへと向かう。その最中寒波を呼び寄せていたモンスター集団と遭遇。戦闘状態となる
も、これを己の体を武器として司祭が掃討。敵リーダー各である擬人化偶蹄目鹿科の四足獣のハー
トを鷲掴みにして撃破し、主に司祭のせいで傷付いた侍祭を抱えてアルデバランへと向かうのであ
りました。
 さて、此度はどんな悪逆非道――もとい、神の偉効を示すのやら。


 所は少しだけ外れて、首都プロンテラ。その街の中央に位置する噴水広場から僅かに西、大手宿
屋『ネンカランス』本館二階の一室で男は目を覚ましていた。
 寝ぼけ眼でぼりぼりと乱れ髪を掻く。その頭髪は青く、眼に掛かる程度の長さであった。普段は
形良くセットされているのだが、寝起きの今にはそれを期待するべくも無い。そしてその寝ぼけ眼
もまた髪よりも深い青色で、寝起きの不機嫌さからか普段以上に攣り上がっていた。男は精悍な顔
立ちをしてはいたがその目つきの為にえらく人相が悪く、近寄りがたい印象を周囲に与えてしまう。
仕事中でもこの顔で営業スマイルなど浮かべるので、客など怖がって近寄りもしない。店頭販売等
には向いていない男であった。とりあえずその怖い眼を、枕元に置いてあったサングラスで覆い隠
す。ますます柄が悪くなったが本人は毛ほども気にはしない。
 ベッドからノソリと這い起きて、纏っていたシーツを肌蹴るとその下は着たきりの雀であった。
典型的な鍛冶師の衣装。青髪の男は根っからの商売人ではあったが、本業は刀剣を打ち鍛える鍛冶
職――ブラックスミスである。通称BS。商人が研鑽を積み、歩み行く道の内の一つである。
 ズボンのポケットを弄ってタバコの箱を探り当てる。中身を取り出そうとしたが、丁度無くなっ
ていた様でくしゃりとそのまま握り潰した。タバコが婚約者なのではないかと言うほどの愛煙家で
あるBSには、この仕打ちは朝から神掛かった不幸だと苦虫を噛む。

「くそくそくそっ、忌々しい…。この俺がまさか金を払って宿なんぞに泊まるとはな」

 そしてこのBSは何よりも口が悪かった。良くぞこれで商売人をやってこれたものだと言う程に。
 体から完全にシーツを肌蹴て、ベッドから降りて直ぐ傍の窓の外に視線を向ける。やや億劫そう
に歩く姿に淀みは無いが、その足元は歪であった。左右非対称。BSの片足は膝から下が欠損し、
変わりに木の棒が突き出した簡素な義足となっている。これこそがこのBSの最大の特徴であるは
ずなのだが、前述した目つきの悪さと口の悪さの方が先に立つのであまり注視される事はなかった。
歩みの方も障害者独特の危うさが無く、健全なそこいらの人間程には動けているのでなおさらだ。

「それもこれもみーんな、この馬鹿の所為だ…」

 窓から視線を翻して室内へと戻す。視界が捕らえたのは、ちょうど部屋の出入り口近くに在るも
う一つのベッドだった。正確にはその上でシーツに包まって眠るもう一人の有機物。
 幸せそうに惰眠を貪るそれは、体にシーツを巻きつけてうにゅうにゅと寝惚けた言語を呟いてい
る。少しくすんだ色をした肩までの長い金髪に顔を隠されていて、さほど特徴が有る様には見えな
い中肉中背の男。しかし纏う雰囲気にBSの様な棘は無く、無邪気な子供の様に笑みを浮かべて眠
り続けている。ベッドの傍らには脱ぎ散らかされた鎧やらベルトやらが散乱していた。その装備の
類を見れば、惰眠を貪る金髪の男は騎士なのであろう。だが、形容しがたい平和のオーラの様な物
をかもし出すその男は、戦場で奮闘するよりもエプロンつけてお菓子でも作っている方が余程しっ
くり来る。目の前の存在は、そんな男であった。
 幸せそうな寝顔に思わず殺意が沸く。BSは金髪の眠るベッドに近寄って、無造作に眠る男の頬
を抓り上げてやった。

「お前がお前がお前が、仕事終わった途端に催眠切れてぶっ倒れちまったからこんな所に泊まる羽
目になったんだぞぅ? 少しは萎縮して眠りやがれやこの飴野郎がぁ! そして金払え! 俺の分
まで! くぬっくぬっくぬっ!」

 むにょーんと面白い様に頬が伸びていく。口調は荒いがBSの口元は綻んでいた。心なしか目つ
きも普段より和らいでいる。口は悪いが根っからの悪人ではない。それがこの片足のBSであった。
 一頻り頬の伸びを堪能し罵詈雑言を言い尽くすと、満足げに吐息を吐いて一息つく。

「ふぅ、やれやれ。昨日あんだけ『掃除』に勤しんだ奴が、天使みたいな寝顔しやがって…」

 この奇怪な二人の男達に共通するものは唯一つ。とある組織の一部として、日夜『清掃活動』に
勤しむ掃除屋であるということだ。片付けるゴミは、組織にとっての暗部。俗に言う『裏切り者』。
 魑魅魍魎怨霊悪魔天使まで何気に蔓延るこの世界にあって、その全身を対人装備で固め尽くした
戦闘職人。人を刈り取る事だけが至上の命題であるとその身に叩き込まれた英才達。この二体の人
の形をした掃除機は、昨晩もまた一仕事こなして来た所であった。
 その身をゴミ達の中身でどろどろに汚していた金髪は、とてもではないが街中を歩ける様な格好
ではなかった。それだけならまだ良かったのだが、特殊な方法で戦闘を行う金髪は、帰り道の途中
でそれが解け自らの被ったものを見た事と極度の疲弊でぶっ倒れたのだ。路上に放置する訳にも行
かず、連絡役と監督官を兼ねて同行していたBSが仕方なくこの宿に運び込んだしだいである。
 無論最初は血まみれの二人連れ等門前払いされかけたが、木製のカウンターが悲鳴を上げるほど
金貨を積んでやったら態度が百八十度変わった。なるべく高い部屋の角部屋を用意させて、流石は
首都の宿屋とばかりに備え付けられた風呂場で身を濯ぎ、疲れも手伝い二人は泥の様に眠り込んだ。
鎧姿のままモップで扱かれる事を、濯ぐと言うのであればであるが。

「結局風呂に入れたら起き出して鎧脱いだ途端『寝るですよグアー』だもんな。まあ、今日一日は
休暇を入れたし。昨日の内に女共にも連絡取ったし。さっさとこの馬鹿叩き起こして朝飯でも食う
かぁ」

 説明台詞ありがとう。
 そんな訳でBSは金髪を起こそうとしてベッドの縁へ腰掛け、再び頬を摘み上げ様と手を伸ばし
た。その時事件は起こった。

「うーんむにゃむにゃ、もう食べられにゃいですよぉ…」
「おわっ!?」

 不用意に近寄ったBSの体を、眠りの淵にいたはずの金髪が抱き抱える様に引き寄せたのだ。碌
に抵抗も出来ずに引きずり込まれて、危うい所で両手を突っ張って顔の密着だけは避ける。しかし、
その姿は端から見ればベッドで眠る金髪に覆い被さっている様にしか見えず。金髪はその両腕をB
Sの背中に回して、しっかと抱き付いて来ていた。正に、一部の人がとても喜びそうなこの絵面。
 BSは勿論激昂した。

「くぉらぁ!! 何してやがるかこのとうへんぼく! 寝惚けるならまだしも抱きつく相手を間違
えるんじゃねぇ! ぐああっ! 何かミシミシ言ってやがる! 離れねぇぇぇぇ! ふざけんなよ
この馬鹿が!」
「んー…、硬いのですよー…。前は少しは在った筈なのにまた萎んだんですかねー…」
「本当に間違えてるの?! つーかお前らそんな仲だったのか!? 何時の間に!? あー!!
いいから離れろモヤシっ子! 飴玉しゃぶりの二重人格野郎! 頬擦りしてきてんじゃねぇ!!」

 いい加減、本気と書いてマジで殴りますと拳を固める。そのまま幸せ顔のど真ん中を狙おうとし
て――だが、拳を振り上げた途端また引き寄せられて更に密着させられた。もう取り返しが付かな
い程に、くんずほぐれつ健康的な男子の肢体が絡み合う。
 そして悲劇は更に重なった。

「やっほー、遊びに来てやったぞー野郎共ー」
「……(ニコニコ)」

 ベッドの傍の出入り口の戸が開いた。それはもうバンっと勢い良く室内に向けて。
 扉を開けたのは一人の騎士である。BSのものよりも薄い青の頭髪を活動的に短くした女騎士。
軽装の鎧に壮麗な容姿を包ませて、腰には女が持つにしては大きい剣を下げていた。無骨なヘルム
などを被ってはいるが、それなりの衣装でもあてらえば良家のお嬢様にも見えるだろう。唯一点、
胸だけはえぐれ――もとい、平均よりやや劣って…――もといやもとい、平均よりも少々芳しくな
く劣ってはいたが…。
198神の人・後編 2/13sage :2007/06/15(金) 17:08:26 ID:0fDIHQ5k
                     2


 そして、気の強さを表す様なつり気味な目元を、今は陽気な笑顔にして和らげていた。普段は周
囲に冷たい印象を振りまくが、この時は確かに歳相応の愛らしい笑顔を浮かべている。
 その陰に隠れるようにして、扉の外にはもう一人が立っていた。それは手前にいる女騎士より幼
い印象を与える容姿で、その身を包むのは商人の平均的な女性様服。その容姿と相俟ってまるでフ
リルの沢山付いたお人形の様な少女であった。緑のショートヘアにニットの帽子を被せて、首には
毛糸のマフラーでお手手は大きめの手袋に包まれている。体系は見たまんまに童女の様であった。
 そして、やはり商人の娘の普段から温和そうな大き目の瞳も、笑顔が張り付き柔和に細められて
いる。にぱっと太陽の様な微笑だ。
 今日は朝から二人してご機嫌である。

「今日は一日暇の筈よね? さあさあとっとと起き出して遊びに出かけるわ…よ…?」
「……(ビックリ)」

 その笑顔が凍りついた。二人とも笑みに細めていた眼をまん丸に見開いて、目の前の現実を直視
していた。
 早朝、抱き付き、男と男、乱れた髪、脱ぎ捨てられた鎧、覆い被さり、顔が赤い、幸せそうな顔。

「無口女と抉れ胸、これは誤解だ話を聞け。まて、時に落ち着け。人類皆兄弟話せば判る」

 さて、この状況を見てうら若き二人の乙女は何を考え付くだろうか。BSが金髪に抱きつかれた
ままで何か言っているが、そんなものは勿論聞く耳もたれず流された。
 最初は二人の顔は驚愕に彩られ、次に羞恥が沸きあがり気まずそうに視線を反らす。次第に状況
を認識し始めると、女騎士の顔が羞恥の赤から憤怒の赤へと移り変わり、女商人の顔色は羞恥の赤
に胸中から湧き上がる悲しみが加わり眦に珠の様な涙が浮いてくる。
 ――ああもうコリャ駄目だな。心の内で呟き、BSはそっと両手を使って耳を塞いだ。

「何を…――何をしてるんだこの変態共がぁぁぁぁぁっ!!!」
「……(さめざめ)」

 女騎士が両拳を振り上げて怒声を張り上げ、女商人がぽろぽろ涙を零して泣きながら走り去る。
抱きついてくる金髪は未だに夢の中、BSは耳を塞いでも聞こえてくる騒音に顔を顰めさせていた。
 どうしてこうなるのか。とりあえず、裏の世界に身を置く者達の日常は、思ったよりもそう暗い
物でもない様だ。
 BSは慌ててベッドから跳ね起きて、縋りつく金髪もそのままに部屋から飛び出した。その後ろ
から女騎士が物凄い剣幕をしながら追いかけてくる。だが、走り去っていった無口な商人を放って
置く訳にも行かない。
 旅館ネンカランス本店の廊下を舞台に、奇妙な追いかけっこが始まっていた。

「だー! 誤解だ誤解だ! 止まりやがれ無口女ー! 止まれやぁぁぁっ!」
「待ちなさい暴言鍛冶師! ちゃんと説明してもらうわよ! そっちこそ止まりなさーい!」
「むにゃむにゃ…、ご飯と飴は入る所が違うのですよー…」
「不純同性交友……(しくしく)」


 所は替わって変わって遠退いて、首都から北上する事幾千里。其処まで大げさではないが遠く離
れた国境の都市アルデバラン。その上空は相変わらずの黒く分厚い曇り空ではあったが、季節はず
れの猛吹雪も治まって今はしんしんと緩やかな降雪を見せている。今この季節、普段は積雪など見
かけないその地方都市は、今や白一色に一面雪化粧で覆われていた。

「ふん、忌々しい事だ。昨日のトナカイ以外にも異常気象の原因があるなどとは…」

 白く凍える吐息と共に呟きを漏らすのは、身の丈が二メートルに程近い中肉の男であった。
 呟き声の主の井出達は、この国ではよく見られる神に仕えるもの、プリーストの姿に相違なかっ
た。教会支給の男子用祭服に身を包み、首からは鎖で繋がれた銀のロザリオを下げている。この寒
空の下で、胸の開いた上着を着ているが男は気にも留めていないようだ。首から提げたロザリオが、
寒々しくむき出しの大胸筋の上で揺れている。身体つきは高い背はしているが手足はそう太くは見
えず、さりとて華奢や痩躯というわけではない。身長に比べればやや横幅が足りない様に見えるの
だ。男の四肢の長さがそう見せるのかもしれない。その証拠かどうかは判らないが、上着の隙間か
ら覗く胸板には着やせするのか意外にもしっかりとした筋肉が乗っていた。髪型はぴっちりと撫で
付けられたオールバックで、額に何本かの束ね毛が垂れ下がっている。色は聖職者には似つかわし
くは見えない薄紫だ。それなりに締まる体をぴっちりと包む法衣が、嫌に神聖味を帯びている様に
見えた。人の身には在り溢れて毀れる程の、嫌々しい神聖味が。

「し、司祭様、遅くなって申し訳ありませんでした!」

 一夜を過ごした宿屋の軒先で空を睨む司祭の背中に、中性的な響きのある声色で声が掛けられた。
振り返ると其処にいたのは、連れてきていた侍祭の姿。先に宿を出ていた司祭に遅れる事15分、
往き急き駆けて追い付きはふはふと白い吐息を荒く吐いていた。
 その姿を司祭がもう一度足元から、じろじろと無遠慮に頭頂まで眺め回す。

「ふふっ、その格好も随分と似合う様になってきましたね」
「えっ? あ…、だって…僕この格好じゃないと危なくて外に出られないって、司祭様言ったじゃ
ないですか…」

 それはまるで少女の様な顔立ちの少年であった。栗色の髪を少し長めに耳や額に掛けて、襟足は
涼しげに刈り込んでいる。少年らしさの中に中性さを漂わせ、その手の趣味の人間が見れば思わず
押し倒しそうな独特の色気を放っていた。
 その少年が、今は女性用の侍祭服を着込んでいる。唯でさえ中性的な雰囲気の少年が、愛らしく
も清楚な侍祭服を着た。これは正に反則だ。生来の素材の良さと相俟って、其処にいるのは一人の
少女。それも凶悪な可憐さを伴い、化粧など必要の無い自然の美しさを醸し出す。完璧と言って相
違ない、それは確かに女の子としての究極形であった。
 それがまた息切れと寒さに頬を赤らめさせ、軽く瞳を潤ませていたりして。元より内股気味で華
奢な体つき、頭に載せた赤い小さなビレタ帽も愛らしさを高めさせていた。この格好に保全性を求
めたというが――断言しよう、これは別の意味で危険を伴っている。襲われます。攫われます。

「あぅ…、そんなに見ないでくださいよぅ…。これでも凄く恥ずかしいんですからね?」

 小首をかしげて恥ずかしそうにモジモジとする侍祭。――このヤロウ…。司祭は心の中でそう呟
いて、必死に自制心を働かせる。思わずキュッと行きそうな可愛さだ。可愛さ余って殺意百倍。司
祭の感覚は常人には計り知れない。そしてその思いを自ら自制して封印する。聖職者たるもの、同
じ聖職者に手をかけるなど言語道断だ。

「神よ…、この愚かなる願望より我らをお守りください…」
「ふにゅ…?」

 不思議そうな視線を侍祭から注がれながら、長身の司祭は瞑目して唇の中で神への祈りを捧げ、
胸元で軽く十字を切っていた。欲望のままに手が手出ませんように、欲望のままに目の前の少女な
少年がぽきっと折られませんように。
 こうして、雪国女装侍祭首折り殺人事件は、一人の司祭の強烈な自制心のおかげで未然に防がれ
たのであった。
 まあ何にせよ、こうして寒波の収まった中で行きの雪中強行軍時に着ていた分厚い防寒具は脱ぎ
捨てられていた。まだ多少の寒さは気になるが、それでもこれより本格化される調査の任務に、動
きを制限する分厚く重い衣装など必要は無い。戦闘でボロボロになったという事もあり、宿屋から
は普段着のままで進む事となる。

「はぁ…、それにしてもまだまだ寒さがきついですねー。見てくださいよ、息がこんなに白いです」
「その原因を調査して取り除いてしまえば、帰りは季節通りとは行かなくとも小春日和程度にはなっ
ている事でしょう。もう少しの辛抱ですよ」

 胸の前ですり合わせる掌に息を吐き掛けて温めながら、少女な少年が当たり障りの無い事を言う。
それに応ずる司祭は、とても穏やかで丁寧な口調で答えていた。はっきり言ってこの司祭、同教徒
と異教徒に対しては真逆な態度を取る。同教の少年にはまるで聖職者の様に優しく穏やかに接する
が、その他には横柄を通り越して人間を踏みにじる悪魔の如く接する。しかもそれは状況により変
化し、今優しく接している少年とて盾に使うは武器に使うは何をされるか判ったものではない。
199神の人・後編 3/13sage :2007/06/15(金) 17:09:05 ID:0fDIHQ5k
                     3


「さて、とりあえずはルティエ地方へと送ってもらいましょうか」
「あ、はい。確か道が険しすぎるのでサンタのおじさんに送ってもらうんでしたよね?」

 永久に雪に包まれる隔絶されし地方村――ルティエ。聖誕祭の深夜に子供達に年に一度配られる
玩具を作っていると言う、秘境辺境が続々見つかるこの世界の中に在って秘境中の秘境の一つだ。
其処への道行きもまた冒険者達は開拓していたのが、それはかなり特殊な人任せであった。アルデ
バラン在住のはぐれサンタクロース(通称リンクサンタ。年齢不詳)に頼み込み、魔法か奇跡か魔
化学か唐突にルティエ地方の雪原へと送り込まれる。その後は只管自力で北にあるというルティエ
の村を目指すのだ。これがまた非常に面倒くさい。送るならしっかり村まで送れと反発が出るのも、
それはまたせん無い事であろう。

「そうですよ。仮にも聖誕祭の一躍を担って頂いている方ですからね。どんなに、中途半端な送迎
能力しか持たない年に一度ぐらいしか役に立たない様なくたばり損ないとか思っても、礼節を忘れ
てはいけませんよ?」
「は、はぁ…。判りました」

 そう思っているのは司祭の方ではないのだろうか、等と少々困惑する少女な少年。しかし、微か
に疑問に思うだけで言葉にしない辺り、この少年の性格は控えめである。
 いい加減宿屋の前を離れて、雪化粧の町並みをてくてくと連れ添って歩む。少し長く話をし過ぎ
てしまった。調査も二日目に入ったからには、ちまちまと雑魚と遊んでいるわけにも行かない。
 だというのに…――

「こんな所に居やがったのか、見つけたぞ賞金首の怪力神父!」

 アルデバラン――通称時計と呼ばれるこの国境の街は、都市の中に大きな運河を幾つも引き込ん
でいた。四角く水路で土地を区切り、その中と外にそれぞれ家屋を立てる。それを六つの橋で東西
南北に繋いでいるのだ。
 その南の橋を北に向かって渡りきった所で背後から声を掛けられた。

「情報屋の言うとおりの軽薄な紫髪! 間違いねぇ、怨みはねえがくたばって貰うぜ! ついでに
連れて行ったノービスの行方も聞かせてもらってからな!」

 総勢30人超過。ひしめき合って嘶くは、天下の盗賊悪漢暗殺者――シーフ系三冠の軍勢が揃い
も揃って二人の背後に並んでいた。
 悪漢――ローグとは盗賊シーフの上位職。暗殺者アサシンに並ぶもう一つの道である。まるで核
戦争後に荒廃した世界にて暴力で弱者を虐げとある救世主の指先一つで破裂する雑魚キャラの様な
格好をしているが、まあ人や敵の持ち物を分捕ったり姿を隠して歩き回ったり着ている物を無理矢
理剥ぎ取ったりとそのものずばりな職種である。
 そのローグを主として何処からかき集めたのかぞろぞろと、降り積もっていた雪を踏み荒らして
雪化粧の街にはこれでもかと似合いはしない。そのほぼ全員が殺意と数の暴力が裏づけされた嗜虐
心に満ち満ちた顔をしていた。
 特に司祭の脇の少女な少年には凄い視線が注がれている。それは、衣装の所為か顔の所為かその
両方なのか。司祭の服を掴んでその影に身を隠しながら、思わずぶるぶるぶるっと身震いする見た
目アコライト少女その1。

「やれやれ、薄汚いのがまた大勢で…」
「あわ、あわわわわわ、ど、どどどどうしましょう司祭様!」
「先ず落ち着いて。それから神に祈るのです。ああ、この哀れなる子羊にどうか救いをお与え下さ
いと。そして三回まわってワンと鳴く」
「はいっ! お祈りして…、三回まわって…って司祭様!」
「はっはっはっはっはっ」

 本当に三回まわろうとした侍祭の頭に手を置いて、司祭がからからと目の前の状況を忘れて高ら
かに笑う。本当に子犬のにキャンキャンと跳ね回る侍祭の少年の頭には、司祭の趣味なのか子犬の
耳が乗せられていた。きっと腰の辺りには尻尾も着けられているに違いない。
 さて、忘れ去られた悪漢その他はと言うと。
 威勢よく声を上げて数を揃えたのは良いのだが、流石に狭い橋の上にひしめき合ってしまい押し
合い圧し合い身動きが取れなくなってしまっていた。司祭の余裕はこの所為でもあった。押すなと
か落ちるとか邪魔とか退けとか言い合って、少しずつ近づいてきてはいるのだが限りなく牛歩。古
風な石造りの橋は堅固ではあるが、この大人数だ何時底が抜けてしまうか判りはしない。

「このまま放って先に進みましょうか」
「ええっ! そんな事していいのでしょうか…」

 何もしてこないほうが悪い。長身の司祭は連れの侍祭を伴い、声を掛けられる前と同じ様に町の
中央部へと歩みを進めようと踵を返した。背後から聞こえる怒声が勢いを増すが、別段気にする必
要も無いだろう。
 サクサクと真新しい雪を踏みしめながら町並みを流し見ていると、ちらちらと背後を伺いながら
侍祭の少年が呟きを漏らす。

「でも、変装してたのに見つかってしまいましたね…。やっぱり服だけを変えても判る人には判っ
てしまうのでしょうか…」
「ああ…、私は変装していなかったからね。それは見つかるでしょう、どう考えても」
「ふえ!? じゃあ僕だけ女装している意味は…?」
「んー…、思いつき?」

 くすくすと司祭の後ろ頭で悪魔が笑う。女装な侍祭は眼の幅の涙を流してがっくりと項垂れるの
であった。

「やれやれ、先客が居たから様子を見ていればなんとも情けないな」

 すると、再び男達の方から声がした。懲りない連中だとも思ったが、どうやら今回は毛色が違う
ようだ。司祭は興味を引かれて、再びひしめき合う男達に視線を戻す。興味を引かれた理由は簡単
だ。ぱっと見て男しか居なかったはずの男達から、なぜか女の声が聞こえてきたから。それから、
その女の声に司祭は聞き覚えがあったからだ。

「邪魔だ、有象無象が」

 軽く、涼やかな声が発せられたと同時に、橋の上にひしめき合っていた男達の一団の後方が弾け
飛んだ。ポーンと軽く十人程がまるで木の葉の様に宙を舞い、灰色の寒空に打ち上げられ綺羅星と
化す。続いてまた十人程が今度は半分ずつ左右に押し出されて、橋から転落し薄く氷の張ったしば
れる運河の中に次々と落ちる。最後の十人弱はご丁寧に一人一人が蹴りと殴りで処理されて、呆然
とする侍祭と口元をにやけさせる司祭の脇を吹っ飛んでいく。そして、最後の一人を殴り飛ばした
姿勢の――声を掛けてきた女だけが橋の上に残っていた。

「見つけたぞ暴力神父。今こそ積年の怨みを晴らす時。いざ尋常に勝負!」

 それはぱっと見にして格闘少女であった。神の祝福を現世に呼び起こす侍祭からの派生、刃物を
持てぬ聖職者としての弱さを格闘技と言う形で克服した神罰の代行者。モンク僧と言われる己の肉
体を武器にして戦う者達の、彼女はその一人と言う事になる。この肌寒さの残る時計塔の町並みの
中で、スパッツと袖のない上着などと言うまごうことなきモンクの衣装。ほっそりとした女性らし
い体つきではあるが、その四肢にはしなやかな筋肉が乗っている。茜色の長い髪を後ろで結って馬
の尻尾の様に垂らしており、少し幼さの残る顔立ちは今は裂帛とも言える闘志により凛と張り詰め
ている。そして、両腕には拳を保護する金属製のナックルが装備され、意志の強さの現われが如く
硬く握り締められていた。殺る気と書いて、やる気満々のようだ。

「どうした? いつぞやの様に無手の構えと言うのか。それも良かろうが、今度は油断などしてや
らぬぞ」

 半身になって腰を落とす。重心の低い構えを取りながら、両手は握られたまま優雅に振り回され
て形を成す。動きの速さと正確さに、一動作ごとに空気がぼっぼっと音を立てて弾かれていた。
 まるで安い演劇の様な目の前の光景に、困惑した女装少年はくいくいと司祭の長い上着を引っ張
る。立て続けに起こる不可解との遭遇に目元を潤ませながら、頭四つ分ほども高い位置に在る司祭
の顔を見上げながら尋ねていた。

「お、お知り合いですか…?」
「まあ、そんな感じですかね。知り合いの…娘さんなのですが…」
200神の人・後編 4/13sage :2007/06/15(金) 17:09:43 ID:0fDIHQ5k
                     4


 対する司祭は女の動向に注視し、口元を侍祭に見えないようにニヤつかせていた。随分前に会っ
たのを最後に見かけていなかったが、記憶の中の同一人物よりは幾分成長したようだと脳裏に浮か
べる。今の戦い様からして、それなりの研鑽は積んだのだろう。

「いざ!」

 短く唱え、僧兵の少女がガンと足音を踏み鳴らす。石造りの橋に重く響き渡るそれは、縮地法と
も呼ばれる高速移動を可能とする独特の歩法だ。唯の一蹴りで少女の姿は掻き消え、次の瞬間には
司祭の目前まで地の距離を縮める。
 眼が合った。
 司祭の藍の瞳と、僧兵の空色の瞳が交差し。その思惑もまた交錯する。視線の交差だけで瞬間数
十と言う攻防が繰り出され、しかしその悉くが体現される前に司祭に打ち落とされた。何を繰り出
そうとも当たる気がしない。
 ならば、当てるだけの事。僧兵が思い立つや、至近からの正拳突きを見舞う。手甲に包まれた拳
が風を纏いて司祭の鼻っ柱を狙い打ち。
 司祭は目前に迫る文字通りの鉄拳を前にして、何を動じる事も無く横合いから迫る拳をぽんとは
たく。身長差によって斜め上にという無理な軌道を余儀なくされた拳、この司祭にとっては叩き落
とすのは造作も無い。
 軌道を反らされた拳が伸びきり、司祭の顔の横でぼっとまた空気が爆ぜた。その時にはもう司祭
の両腕は蛇が如く獲物に絡み、伸びきった腕を肩と手首で掴み取る。そしてそのまま関節の動きに
逆らう様捻り上げてやれば、身体が痛みを拒絶して思惑通り動いて背を向ける。すかさず脹脛を蹴
り付けて跪かせ、組み伏せてしまえばもう戦闘終了だ。己の敗北を自覚し、腕に走る痛みとは別に
僧兵の食い縛った口元から苦悶の声が漏れ出した。

「くっ、放せ放せはなせー! こんな、拳の一つも交えんような試合があってたまるか! 今度こ
そ本気を出して戦えー! うわーん!」

 苦悶と言うよりこれは駄々か。今までのストイックな雰囲気を吹き飛ばして、格闘少女がじたば
たと拘束されたままもがいていた。
 そこまでやって、漸く隣に居た侍祭が拳の立てた爆音に驚いて腰を抜かす。尻餅をつきながら、
何時の間にか組み伏せられている僧兵を見て二度吃驚だ。
 そして三度目の驚き。有象無象の男共の重量でくたびれた石橋が、格闘少女の大地揺るがす踏み
込みに止めを刺され、ついにみしみしと悲鳴を上げながら割れて、轟音を立てて崩落してしまった。
 丁度司祭の足元から先が無くなって、組み伏せられていた僧兵の足元が宙となる。正に前のめり
に寒中水泳まっしぐらとなる寸前、捻られていた腕が解かれてにゅっと伸びた手が僧服のフードの
ついた襟首をはっしと掴む。まるで母猫に運ばれる子猫の様に、僧兵の少女は高だかと吊るし上げ
られてしまった。

「……放しましょうか?」
「う……、放さないで…………ください……」

 にっこりと極上の笑顔を向けながら囁きかける司祭。受ける僧兵は観念してぐったりと項垂れ、
借りてきた猫になるしかなかった。


 結局、腰を抜かしてしまった侍祭を負ぶって歩く事になった。

「あうう…、すみません司祭様…」
「いえいえ、これもまた神の道への修行の一つ」

 彼の宗教では神の子を背負いて大河を渡り、苦難を味わった聖人が居たと言う。それに比べれば
小さな少年を背負う程度何の苦難があろうものか。
 時計塔を中心として東西南北を区切る十字道の周囲、全体で菱形を作るような三角花壇の底辺沿
いに歩きながら一度北東を目指す。東側の石橋が見えてきた所で北に進路を変えれば、目指すサン
タは直ぐそこだ。後は適当に二三言葉を交わして送り届けてもらうだけ。向こうも仕事だ遠慮はば
かることも無いだろう。

「それで、貴方は何時までついてくるのかな?」
「むっ、何か不満でもあるのか?」

 にっこりと嫌味なほどに笑みを保ったままで司祭は傍らを歩く僧兵に尋ねる。そう、橋からの転
落を免れた後も彼女は司祭一行に加わり、雪降る町並みを共に進行していた。対する格闘少女は終
始仏頂面で、適度に愛らしい顔立ちを台無しにしている。両腕を組みながらじろりと笑顔をにらみ
返して殊更不機嫌さを露にしていた。
 その不機嫌顔が司祭をゾクゾクと楽しませていた。神の愛に包まれているかのような背筋が震え
る幸福感。司祭は人の抱える煮えた泥の様な中身を見るのが大好きであった。

「……いえ、別に」
「含みのある言い方だな…」
「ふふ、まだあの時の事を引きずっているのだと思ってね」

 司祭の最後の言葉に、隣を歩く格闘娘の心が大きく揺れた。内外隔てなくの機微に敏感な司祭は
その揺れを見逃さず、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

「あの日負けた事がそんなに気になったかね。児戯の様なものだろうに、何時までも根に持つとは
実に執念深い」
「当たり前だろう! あんな…、あんな辱めを受けて黙っていられるか!!」

 火が点いた様に突然声を荒げる僧兵。何事かと背中の侍祭が眼を見開くが、怒声を受ける司祭は
それを軽く受け流して薄く微笑むばかり。事情のわからない侍祭は付いて行けずに首を捻るしかな
かった。

「それは追々お教えしましょう。根掘り葉掘り詳しく、く・わ・しーく、勿論本人の目の前で…」
「な、何の伏線だそれは…」

 きっと、多分、番外編の。

「ああほら、サンタさんが見えてきましたよ」
「おい無視するな。こらっ!」

 何だかんだ言い合う内に、恰幅の良い赤い服を着込んだ白髭の老人の姿が見えてきた。この寒空
の下で人の良さそうな笑みを浮かべる老人は、三人の接近に気が付くと更に笑みを深めて出迎える
のであった。
 とりあえず対応に当たるのは司祭。侍祭を背負ったまま前に出て、お疲れ様ですと切り出した。

「いやあ、こんところばオラ達さ村にいぐもんもめっきり減ってだけんどよぉ。吹雪いたせいで余
計客足が遠退いで困り果ててたんさぁ」

 口を開いたサンタはとんでもない言語使いであった。独特すぎて一瞬何を言っているのか侍祭に
は判断付き辛い。流石の司祭も笑顔ではいるが対応に困って黙している。
 唯一、格闘娘だけは慣れていると言わんばかりの表情を浮かべて、直ぐに司祭の困っている様子
ににやりと邪悪な笑みを浮かべた。司祭の楽しみ方とはまた違うのだろうが、変な所で似ている因
縁の二人である。

「ああ、オラは何時ものじい様の代理でよぉ。こう見えでもまだまだ若い方なんだべ」

 ――はぁ、そうですか。これは司祭と侍祭が同時に漏らした呟き。
 こんな調子で、客が来ないから暇だとか村にも収入が少ないとか村に行くならたっぷり銭を落と
していってくれとか延々喋られた。これが世の子供たちに夢を振りまくサンタの正体とは。代行員
とはいえ色々とげんなりさせてくれる。

「おあっと、いげねいげね。ついつい時間さ忘れで話し込んじまっただ。それじゃあ途中の平原ま
で送ってやるべ。熊っこにさ出会っても、ようけ食われんようになぁ」

 最後まで気の抜ける様な事を言ってくれて、漸く一行は足元から沸きあがる光の柱に包まれた。
サンタに伝わる移動魔法か隣国の魔科学による装置かは判らないが、これで一瞬にして雪原に行く
事が出来る。やれやれと、司祭が誰にも気が付かれない様に小さく呟いていた。
201神の人・後編 5/13sage :2007/06/15(金) 17:10:21 ID:0fDIHQ5k
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 ふと何時までも付いて来ていた格闘娘に視線を移してみれば、彼女もまた両腕を組みながら光に
包まれている。眼が合うとぐっと睨みつけてから、わざわざ判りやすく視線を外してくれた。
 ――そんなに嫌いならば、付いて来なくても良い様な気がするんですけどねぇ。等と思ったが言
わずに置く。なぜならその方が面白いことに成るに決まっている。いま少し楽しむよりも、後で一
片に纏めて纏めて平らげましょう。その方が味も格別のはずだ。
 これから何が起こるのか予想もつかないが、格闘娘のおかげで暫くは退屈せずに済むだろう。
光に飲まれて消え去る寸前、鼻の下に浮かぶ三日月の歪みが大きくなるのを、司祭はいさめる事が
出来なかった。


 北方より流れ来る異常な冷気。遠方の首都を雪に埋め、近隣の都市を凍て付かせる異常な寒波。
その冷気と寒波の根源たる地は、如何なる地獄なのであろうか。きっと草木も凍り吐く息も地に落
ちるほどの零度以下の世界。生きるものなど居ない、斬り付ける様な寒さの生命を拒絶する空間。
ただただ凍りつく事だけが目的と、来る者を拒み雪と氷で埋め尽くす死の大地。
 とまあ、そんな物を連想していた聖職者一行ではあるのだが――

「まあ、これは予想外でしたねぇ…」
「…てっきりミョルニールを通った時みたいな猛吹雪かと思ってたのに。違いましたね、司祭様」

 空は雲一つ無い快晴であった。コンチクショウと叫んだら何処まででも響き渡りそうな位、雪原
は静寂を保ち邪悪さなど微塵も潜めていない。寒さもアルデバランの街中と差ほど変わらず、降り
積もった雪だけが陽光を撥ね返して煌いていた。本当にここが諸悪の根源なのであろうか。

「何を期待していたのかは知らぬが、ここは何時もこんなものだぞ? 確かにこれほど快晴なのは
珍しいがな」

 予想を裏切られた聖職者コンビの背後から、腕組みをしたままの僧兵が声を掛ける。いや、腕組
みと言うよりは両手で何か抱えている様だが、背中を向けている二人には確認のし様が無い。
 しかし、防寒具を減らして軽装で来たとは言えこの天気はどうだ? 異常気象の根源がここにあ
ると言われてきてみれば、見渡す限り平和その物。天下泰平、世は事も無し。情報との差異が激し
過ぎる為、先ずは何から疑って掛かるかも考え付けない。一番確率が高いケースは、与えられた情
報に誤差があったか――根本から間違っていたのか。

「あの青頭、ガセネタ掴ませやがったか…?」

 あまりの状況に押さえが効かず、口の中でぼそぼそと本性が零れる。今は背中から下ろした侍祭
が近いので、大きな声で漏らせないのが少々不満だ。くだらない仮面を着け続けるというのも、や
はり考え物かもしれない。まあ、それが楽しいのではあるが。

「司祭様、この後はどうするんですか?」
「正直もう帰って紅茶でも飲みたい気分ですね。んー…、困ったなぁ」

 とりあえず頭の中で青髪のBSを解体してやりながら――ついでにさっきのサンタもぽきぽきと
全身隈なく握ってやり――思考の片隅で先程耳に入ってきた言葉を解析する。背後に居る格闘娘は
存外にこの雪原の様相に詳しいようだった。貴重な情報源がまさか付いて来ていようとは、正に瓢
箪から駒。微妙な感情を抱えている格闘娘と会話できる事も行幸なので、司祭は振り向きながらど
うやって情報を引き出すかを思案する。

「そう言えば…、ここの様子に詳しいようですね。良かったらもう少し詳しく話を――」

 ――聞きたいのですが。とは続けられなかった。それと気付かれない様に尋問しようと頭を切り
替えていた為に、眼に写った状況にどう対処するべきか迷ってしまったのだ。
 まず格闘娘の腕の中に納まっているものに目が留まる。次いで、その背後に何時の間にか、ぞろ
ぞろと集まっていたものを凝視した。何か毛むくじゃらのもこもこした物が抱えられている。数分
前、町から転移する時には何も手にしていなかったと言うのに、記憶を反芻しても確かに手ぶらで
あった格闘娘の姿しか浮かばない。
 同じ様に振り向いた侍祭がヒッと喉を詰まらせ、司祭の服の端を掴みその影に隠れる。そして、
恐怖に引きつる喉から漸く声を絞り出し、今正に疑問の最上級に位置する物をぶちまけた。

「な、何なんですか後ろのナマモノは!?」

 生物。どう読むかはお任せするが、格闘娘の背後にはずらっと白い毛の塊が横一列に立ち並んで
いた。侍祭の上げた声に反応して、右端から順に牙の並んだ口を開いてごおおおっと吼え声を上げ
る。格闘娘の腕に抱えられた小さいのもつられて小さくガオっと鳴いた。
 その姿は熊だった。ある日雪原で出会った熊さん達は、周囲の風景に溶け込む様な保護色の毛並
みに包まれ白熊である。九州の某名物氷菓子ではない。
 なんだと問われた僧兵は、少しだけうーんと唸って暫し思考。言葉を選んで返答を導き出す。

「んー…、舎弟?」

 右から順に熊太郎一号二号三号四号、そしてドンジリに控えしは紅一点の熊子さん。伊達に武道
ばっかり生まれてこの方十と余年。命名センスに期待なんか持ってはいけない。腕の中の小さいの
は、まるで縫い包みの様な幼い小熊。名前はまだ無い。でもきっと、このままだと男の子なので、
格闘娘に投げっぱなしなら自動的に五号になるだろう。

「ふっ、この辺りはアコライト時代にたっぷり通って修行していたからな。近辺のモンスターは殆
ど顔見知りになっているぞ。やはり修行は山篭りに限る」

 得意気な顔で語る格闘娘。腕の中の小熊も真似をして、一人と一匹は眼を閉じながらうんうんと
大仰に頷いてみせる。後ろに控えている大熊達は――まあ、お嬢ちゃんに付き合って見せるのも大
人の貫禄って奴ですぜ――何ぞとその筋の人達の様な思いを視線で伝えてきた。…様な気がしない
でもない。特に中央、格闘娘の背後にに立つ、右目や頬に傷の走る顔つきの三号が感慨深げに頷い
ている。恐らく五匹の内のリーダー、親分なのであろう。
 ――あんた達も大変だな。とりあえず司祭もそんな思いを視線に込めておく事にした。

「わあ、司祭様司祭様。ふわふわもこもこで可愛いですよー。この子達他の魔物と違って、とって
も大人しいです」

 隣に居たはずの侍祭が、気が付くと格闘娘の傍で小熊の頭を撫でている。順応の早いことで、危
険が無いとわかると無駄に脅えるのを止めて無邪気に生物と戯れていた。
 やれやれと司祭は一度だけ溜息を吐く。この状況にもそうだが、目の前の二人にも呆れてしまう。
宗教も理解できないような獣と仲良くなってどうするのか。楽しそうにはしゃぐ二人が、司祭には
理解できなかった。無駄な事をしている暇があれば、聖言の一つでも覚え、己を高める為に身体を
鍛える時間に費やせば良い物を。司祭にとって目の前の状況、いや神へと近づいていく道以外は全
て脇道に過ぎない。後はほんの少しの趣味の時間。人の中身の泥を垣間見る楽しみの時間だけ在れ
ばいい。唯でさえ足りていないと言うのに、あんな生物と戯れている暇など無いのだと、司祭の思
考は自身の中で渦巻いていく。良く煮込まれた寸胴鍋の中身の様にドロドロと。
 五匹の大熊に囲まれる見た目だけは少女な二人と白い小熊は、雪原の上できゃっきゃっと仔犬の
ように戯れる。その一団を少し引いた所から眺めながら、司祭はふとこの状況の利便に気が付いた。
二人があの熊達の相手をしている間に、自分一人で単独行動が取れる。もともと意地悪と非常時の
盾と紅茶の為に連れてきた侍祭は本格的な調査には足手まといであるし、勝手についてきて余計な
無駄を引き連れてきた僧兵は論外だ。
 そうと決まれば後は行動するだけ。司祭は二人に声を掛けてから単独調査に赴く事にした。あく
まで表向きには、優しさと言う仮面を着けたままで。

「ふふっ、随分仲良くなったようですね。久しく動物と触れ合う機会など無かったのですから、暫
く熊さん達と遊んでいなさい。私は少しだけ先の方を見回ってきます」
「え、じゃあ僕も――」
「遠慮しなくて良いんですよ。それにこの天気です、どうやら今回は当てがハズレて居たのでしょ
う。単なる確認調査だけですから…ね?」

 柔らかに微笑みながら侍祭を言い包め、最後に格闘娘に向けてよろしくお願いしますねと告げる。
その顔を直視してしまった僧兵は慌てて視線をそらせ、うむっとぶっきら棒に呟くだけだった。
202神の人・後編 6/13sage :2007/06/15(金) 17:11:14 ID:0fDIHQ5k
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 立ち去る背中を眺めながら、残された二人は何と無く遊ぶ気にはなれなかった。お留守番をさせ
られる飼い猫の心境とでも言うのか、わだかまりの様な物が共通して二人の胸中に浮かぶ。様は置
いてけ堀にされて寂しさを覚えたのだ。
 言ってしまえば簡単だが、その原因に待つように言われてしまっては対処が無い。手持ち無沙汰
な気分で抱かれる小熊をわしわしと二対の腕が撫で回す。撫で回される方はくすぐったいやら気持
ち良いやらで悶えていた。そりゃもう、ぴくぴくと悶えていた。

「やっぱり、何かあるかもしれない土地で司祭様を一人にするなんて…」
「まったく、あいつは昔からぜんぜん変わってないな…」

 ふと漏らした呟きが重なって、二人の視線が交差する。まだ自己紹介もしてないような間柄なの
に、頭の中にあることは共通の人物の事ばかり。まったくあの紫頭ときたら、他人を遠慮なく振り
回してくれるものだ。それが可笑しくて、二人は同時にぷっと吹き出した。

「心配……ですよね」
「ああ、まったくだ」

 様相は乙女街道まっしぐらな少年と、口調が硬派街道猛進中な少女のコンビが呟きあう。
 格闘娘が小熊をそっと母熊に返して、侍祭にうんと頷いてみせる。追わなければならない。そう
でなければ、態々こんな辺ぴな所まで着いて来た意味など無いからだ。良くも悪くもあの司祭に影
響される二人が、異なる思惑と共通の理念で共同の行動を起こす。熊達に手を振って別れを告げる
と、侍祭と僧兵の二人は雪原に刻まれた大きな轍を追跡し始めた。
 待ってろ司祭、お前に無駄と言う名の人生の配色を塗りつけてやる。二人の行動は、つまりそう
いうことだった。


 どう言う訳だか、ゾクリと背筋に寒気が走った。司祭は意味も無くきょろきょろと周囲に視線を
行き渡らせる。だが辺りには唯、降り積もる雪だけが見えて他に何も無い。敵の姿など見えるわけ
も無く、今の寒気は感じ慣れた殺意や敵意とはまた違う物であった。気温の所為かとも思ったが、
この天気によって暖められている事に加え、この程度の寒さに震える様な身体は持ち合わせていな
いと否定する。
 二人のお荷物を熊に押し付けて先を歩んでいた司祭だが、歩めば歩むほどに疑念を強めるばかり
であった。主に青髪のアレに対して。ガセネタを高い金で買い込んできたのかと思うと、それはそ
れで溜飲は下がるのだが。もし本当に情報が誤っていたら、このネタでネチネチ苛めてやろうとま
た顎の上の三日月が深まった。
 そしてもう一つ――

「気に入らない…。ここは平穏…静かすぎる」

 モンスターどころか雪ウサギ一匹居ない。雪に埋め尽くされて植物すらも見えない為に、ここが
本当に雪だけの無生物地帯の様に思えてしまう程。
 この静寂はまるで……。

「まるで、隠れているようだな」

 そう、巨大な獣の気配にでも脅えているかのように。巣に閉じこもってぶるぶる震えているとで
も言うのだろうか。だとしたら、雪原の大半の生物を震え上がらせる獣とは一体どんな化け物か。
熊達は怯えていなかった様だが当てにはならない。少なくとも熊以上と想定していなければ。この
状況下にあっては過剰でもなんでもない。
 そう、いまこうして歩んでいる合間にも背後から襲われるかもしれない。冗談の様に巨大な顎が、
肉を欲しがり粘液を垂れ流す様子が脳裏に浮かぶ。ナイフや骨折程度なら治癒魔法でどうとでもな
るが、流石に食い千切られでもすれば厄介な事になる。出来れば、体の一部を欠損する様な戦闘は
避けたいものだ。何せこの体は大事な――
 歩みながら垂れ流していた思考が、急激に湧き上がった痛みに停止した。

「あ? なん…ごぼっ…をろ?」

 口腔に鉄の味が広がり、呟き掛けた言葉が生暖かい物に阻害される。背中から腹部にかけて冷た
いものが通り抜ける感触が何度か続き、それが終わると風穴が急速に熱を持ち逆に体から熱が抜け
ていく。膝が笑い声を上げて直立を放棄し、膝を突き次いで前のめりに雪の上へと倒れ込む。その
拍子に、胸元を突き破って生えて来た無数の氷柱が砕け散った。背中から剣山の様に氷柱の片端が
聳え、司祭を中心として積雪が赤く染まっていく。脱力した体から漏れ出した体液が、徐々に広が
り丸く円く赤い湖畔を描き出す。急激な喪失感に苦悶すら沸きあがらない。今の司祭を一言で言い
表すならば『死に体』、その一言に尽きる。そして意識の揺らめきも、終には燃えて果て尽きた。
 後に残ったのは、寒空に高く高く突き抜ける、大いなる神の遠吠えだけだった。


 最初に見た光景は積雪だ。何時の間にか晴れていた空は雲に包まれて、深々と冷たい雪を大地へ
と送り届けていた。あんなに晴れやかで透き通っていた空が、今はもう灰色の泥が天に昇華し張り
付いたようだ。思わず二人は降り積もる雪の冷たさに身を振るわせた。
 次に見たのは血の海だ。見知った衣服が血に塗れ、この位置からは顔は見えないが恐らくそれも
見知ったものであろう。その背に、無数の杭の様な氷柱を生やして、雪原を赤く染め上げている知
人の無残な姿。思わず二人は鮮血の彩りの生々しさに喉を引きつらせた。
 最後に見たのは大きな獣だ。司祭の頭に前足を置く、雪に溶け込む白銀の四足獣。その昔、大い
なる神として銀世界に馴染み深い土地にて崇められた獣『狼』。しかし、この獣は狼としては巨大
に過ぎる。優に体長は5メートルを超えるだろうか。丸太の様な前足には短刀の如く鋭利な爪が並
び、その全身には体毛の変わりにびっしりと水晶と見紛うばかりに成長した氷の結晶が立ち並んで
いる。威嚇に引きつる口元にはやはり氷の牙が生え揃い、上顎の犬歯は下顎を通り越して鋭く大地
に突き向かう。それに対峙する二人は背筋を這い登る恐怖に魂を凍えさせられた。

「月を追い続け食らい尽くす、フェンリルの子。月蝕の銀狼……」
「くっ……、氷原の支配者ハティか!」

 銀狼。神話にて神を食った怪狼の双子として生まれ、兄弟と共にそれぞれ太陽と月を追い掛ける
宿命の獣の片割れ。親が神なら子は天体。悪食極まりない北欧の神々のその一体である。
 そうして眺めていると、遠く長く響き渡る遠吠えが放たれた。威圧感のある巨体から発せられる
にしては、もの悲しい響きのある吼え声が二人の体に浸透していく。否、体の中の芯に共鳴する悲
しみが、確かに伝わって二人の心を悲しみに震えさせる。
 この巨大なる獣は悲しんでいる。そう二人の見た目少女達は思い浮かべて、その悲しみに一瞬囚
われてしまう。特に格闘娘は何か思うことがあるのか、侍祭よりも一層悲しげに眉を顰めていた。

「あ、司祭様…………。司祭様が司祭様があんなに、あんなに血が出て!」
「あの馬鹿、何であんな所に……」

 野太い前足に頭を踏みつけられる司祭は、己の体液で染めた雪の上でぴくりとも動かない。背中
を針山の如く氷柱に貫かれ、致命的な量の失血を今も続けている。ぐったりとして、その肌は雪の
用に青白い。
 銀狼が吼える度に積雪が増えていき、次第に風を伴い吹雪へと変わっていく。状況的に司祭を傷
つけたのはこの銀狼であり、寒波の原因もまた同じと考えるのが自然か。そもそも天候を操る等、
それこそ強大な魔術師と言えども人の身には易々と行えるようなものではない。神の一端、天候を
司る者ならではの所業といえよう。
 銀狼の鳴き声が高まり吹雪は強まり続け、雪の塊が剃刀の様に細く鋭く流れる。そして、銀狼の
視線が二人に向けられ、同時に雪片よりも冷たい殺意が叩き付けられた。
 先に耐えられなくなったのは、僧兵の方だった。胸のわだかまりを言葉に代えて、銀狼に向けて
解き放つ。

「何故だ! 貴方は無闇に人々を襲う様な――背後から強襲する様な卑怯者ではなかったはずだ!
厳しくも優しかったはずの貴方が何故…。何が貴方を変えてしまったんだ、答えよハティ!!」

 僧兵はハティの事を知っていた。僧兵もまた侍祭からの転職の道の一つである。その侍祭時代の
修行中、篭り続けたのがこの雪原であった。凍てつく空気の中で体を鍛え、襲い来る熊を相手に技
を試す。どう言う訳か中には懐いて来る魔物もいて、小熊と遊んだり修行の相手になって貰ったり
していた。そんな日々を続ける内に数々の動物達と親睦を深め、この雪原最強の魔物の子供達とも
遊び相手として面識があった。この僧兵は少し特別な才能があったのだ。動物に懐かれ易いという
特異な才能が。
203神の人・後編 7/13sage :2007/06/15(金) 17:11:45 ID:0fDIHQ5k
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 面識もあり仲良くした思い出もある相手に向けられる、容赦の無い殺意に頬を思わず涙が伝って
しまいそうだ。何が原因かは知らないが、知り合いの抱える悲しみなど一秒も早く払拭してやりた
い。楽しかった日々が、また繰り返せるように。
 だが、銀狼からの答えは無く。あった応えはただの一言。空気を振るわせる言葉ではなく、思念
として直接脳裏に刻まれる。
 ――カエセ。と……

「かえ…せ?」
『…返せ。帰せ。還せ! 我が子らをカエセ!!!』

 侍祭も同時に脳裏の声を聞き、鸚鵡返しに言葉を呟く。そこへ雪崩れ込む様に言葉と思いの波が
迸り、思わず侍祭と僧兵の二人は後退りしてしまった。物質感を伴うほどの強念。銀狼の言う我が
子とは、ハティの周囲を何時も取り巻いている愛くるしき子狼達――ハティベベの事であろうか。
今その子らの姿が無く、その親がカエセと言う。
 ――まさかあの子達に何かあったのか? そう思い顔を青ざめさせる僧兵だが、問い質す前に視
界が白で埋め尽くされた。
 吹雪が指向性を持って二人の周囲に渦巻く。刃物の様に鋭く流れ身を打つ雪の塊に、銀狼から放
たれる魔力の残滓を感じとれた。これは銀狼得意の水系の攻撃魔法だろう。

「本気で……、私まで殺す心算なんだな……」

 諦めの呟きと共に、本当に体から力が抜けていく。巻き起こる吹雪に体温を奪われ、低体温症に
なり掛けている。独りでに歯の根が震え、全身ががたがたと痙攣し始めた。
 ――これは…不味いな…。
 体力よりも何よりも、体の自由を奪われてしまうのが一番怖い。戦う以前に即死した様な物だ。
体に絡みつく雪片を振り切り、強引に体を動かして痙攣を止めさせる。少しでも動かせば熱を発
する事が出来る、後は素早く原因を抑えるのみ。
 独特の呼吸法により体内に気脈を通わせ、それを体外に放つ事により塊として自身の周囲に浮か
べる。僧兵の得意とする練気。僧兵とは神の奇跡に併せ、人の持つ神秘をも取り入れ戦うのだ。作
り出した気塊は五つ。連続して生み出し衛星の様に己が周囲を浮遊させる。
 呼気が高まり、一瞬の停止と共に爆破を伴って一歩を踏み出す。それだけで小柄な格闘娘の体が
砲弾の様に前へ飛び跳ねた。活歩――瞬動、縮地法等と呼ばれる、とある拳法の高速移動術である。
 ただの一歩で銀狼の目前へと迫り、まずは司祭を踏みつけている前足を襲撃。左右の拳による調
子良き三連打。

「四天連撃法が一、三段掌!」

 小気味良い打撃音の連続に銀狼の呻きが混じり、僅かに後退した隙を見逃さずに追撃。周囲を舞
う気塊の一つを鷲掴み、凝縮された気力が拳を包み込む。次の瞬間僧兵の腕が無数に増えた。増え
て見えるほどの速さにて繰り出される両拳の乱打。

「四天連撃法が二、連打掌!!」

 氷の壁の様な胸倉を連続で殴りつけ、引いて行く拳でまた一つ気塊を掴む。握り拳に更なる内よ
りの気を相乗させて、今度は敵ではなく雪原を強かに殴りつけた。途端に盛り上がる雪原。拳から
大量の気を打ち込まれ、凍りついた雪とその下の土砂が爆砕し、銀狼を巻き込み跳ね上げた。

「その三、猛龍拳!!!」

 そしてその四へと続くはずの連撃は、しかし繰り出されずに終わる。期が熟していなかったこと
もある。四撃目は少々毛色が違う。発動に必要なのは周囲に浮かべた気塊だけではないのだ。され
とて追撃できなかったのは、やはり――現状においては毒としかいえない物――心情に混ざりこむ
過去の破片。
 飛んでいく銀狼を前に拳を解き、僧兵は再度何故だと声を張り上げた。

「何故だ何故だ! やはり得心が行かぬ。何故貴方が牙を剥くのか理解できない。貴方の子供達に
何があったのだ? これ以上私に理由の無い拳を振るわせないでくれ!」

 最後の方はもう懇願。司祭を救うためとは言え、散々拳を叩き込んでおきながら、なんとまあ勝
手な言い草である。
 吹き飛ばされた中空からひらりと身を翻して雪原へと着地した銀狼は、低く唸りながら進攻を止
めて、その氷の如し空色の瞳を格闘娘の瞳と交錯させた。視線を交わすだけで背筋から脳に怖気と
寒気が這い上がる。だが、気丈に僧兵は銀狼へと視線を送り続けた。その視線もまた懇願だ。

『奪われたのだ……』

 銀狼は静かに答える。斬り付けるが如く身を苛む寒さになぞらう様な、深き暗きされども猛き怨
嗟の音色を込めて。脳裏に語りかける悲壮な訴え。

『人間共に我が子達が奪われたのだ。軒並み全て』
「何っ……?」
『我が子達はもう、この雪原には居ない。巣穴に隠した者だけが、幾許か残るばかりだ』

 基本的に日々魔物は討伐されるものである。だがそれでも絶対数全てが断たれる訳ではない。人
間が刈り取れる数には限りがあり、魔物達の発生はそれを上回っている。本来ならば全ての魔物が
居なくなる等と言う状況など在り得はしない。
 だが銀狼は言う。もうこの雪原には愛らしい子銀狼は居ないのだと。

『大量に、子供達は連れ去られた。人間共が結託し子供達を集めて、一網打尽に連れ去られていっ
た。このままでは我が血脈も経たれよう』

 故に返せと銀狼が叫び、周囲を飛び交う雪片の速さが増していく。魔力を帯びる吹雪が激しさを
強め、吐く息も吸い込む息も凍り付くほどに寒さが極まる。
 前髪が凍り始めたと思った瞬間、全身から力が抜けていくのを僧兵は感じた。体温を奪われすぎ
たか、また身体を動かさなければ凍死してしまう。
 だが、それはつまり。目の前の存在に攻撃を仕掛けるということで。子を奪われて嘆き悲しむ親
を、殴り倒してまで得たい生であろうか。僧兵は意識に混入する思い出の為に葛藤し、一瞬の間だ
け逡巡してしまった。
 その逡巡が体中から熱を奪う。魔力を孕んだ雪の欠片がぶつかった箇所から、熱と冷気が入れ替
わり四肢が体を支えきれなくなっていく。終いには、敵を目の前にして膝を突いてしまう。このま
ま無抵抗でいれば、二度と立ち上がれなくなるのは時間は問題だろう。
 それでも……。

「もう…、殴れないよ……」

 握っていた拳を開いて、厚く積もった雪の上に身を預ける。銀狼の行動を赦す事は出来ないが、
その吐露された動機に心の方が先に折れていた。
 奪われたものには、奪い返す権利があるのではないか? そう思ったらもう駄目だった。もう既
に握り拳を作る事も出来ず、段々身を埋めている雪の冷たさも感じなくなっていく。脱力感が意識
を食い始め、目蓋が重く視界が狭まるのを止められない。
 背後で何か重たいものが雪原に倒れる音を聞く。振り返る気力も無いが、恐らくは侍祭の少年が
倒れたのであろう。しかし、それも直ぐに気にならなくなる。
 ――眠い……。それに身体が重くて動かない……。
 消えていく風前の灯の様な意識の片隅で、己が頭に向けて巨大な氷が近づくのを知覚する。
次に聞こえてくる音は、きっと頭蓋が砕け散る湿った破砕音に違いない。止めは確実に――、其処
までこの神の獣は怒れると言うのだろうか。
 這い寄る死の予感には別段恐怖は無い。唯一つ、もう愛らしい小熊や子銀狼達と戯れる事が出来
ないのだと思うと、眦から熱い物が一筋流れていった。

「実に下らなきは、唯一神たる我らが父の御許にて、わらわらとケダモノの様に増え肥えた異教の
神々が跋扈するなどと言う事か」

 今まさに牙の列が噛み合わされんとした瞬間、その声は真下から聞こえてきた。
 同時に銀狼の氷の胸倉に向かって突き出される豪腕は、雪原を突き破り一気に銀狼の胸倉へと向
かう。氷で出来た獣の身体、それを鷲掴みにして指先ががりりと強靭に食い込んだ。
 そして爆光。
204神の人・後編 8/13sage :2007/06/15(金) 17:12:20 ID:0fDIHQ5k
                     8


「零距離……、ホーリィライトォォォォッ!」

 絶叫と共に放たれた聖光が至近距離で炸裂し、体長五メートル近い巨獣が冗談の様に高々と宙を
舞う。空中で旋回して着地して見せるが、銀狼の胸元は無残に砕けて傷跡を晒していた。
 何者か――理性ある獣の目が襲撃者を探す。
 はたして、その男は雪原に立っていた。ゆっくりと掲げ上げていた掌を下ろして、腕を組みなが
らまっすぐに銀狼を眺める。
 朱と黒に染まる衣を纏いし長身のプリースト。

「惜しい…、もう少しで心臓まで抉り取ってやれたものを……」

 司祭は哂っていた。普段浮かべている薄笑いがまだ穏やかに見える程に。凶悪で狂気に満ちた狂
喜の笑み。

「よくもやってくれたな、下野に降り獣に成り下がった異郷の神よ。我等が唯一の神に戴いた身体
に傷を付けたその罪、……全部テメエの身体に叩き込んでくれるわぁ!!」

 吼えた途端に司祭の周囲の雪が爆ぜる。裂帛の気合と共に背を丸め、力を込めればその背から突
き立ったはずの氷の刃がずるりと抜け落ちた。筋肉、その内圧により無理矢理押し出され、血に塗
れた氷柱はあっけなく雪原に転がる。それどころか傷口すらも盛り上がる肉に挟まれて、血の一滴
すら滲む事無く塞がれてしまう。司祭はそれを満足げに見やってから、おざなりに治癒呪文を唱え
て傷口を完全に無くす。
 遠く離れた位置からそれを見届けていた銀狼は、その脳裏にたった一言思いを浮かべた。
 ――あれは本当に人間か?

「カッ、カハハハハハハ!! 背信背信世に満ち満ちるは背徳行為! この世は神のものと決まり
きっていると言うのに、この地方にはゴロゴロぞろぞろと古い神が溢れていやがる。こいつはとん
でもない背徳だぁ! 滅殺しなくてはならない! ならない! ならないぃぃぃっ!!!」

 目前の司祭は豹変していた。人としての在り方すらも歪める程の変貌。
 否、『それ』は初めから『こう』であった。変貌してしまったと言うよりは、化けの皮が剥がれ
漸くあるべき姿に戻ったと言うべきか。『それ』を覆っていた仮面は最早取り去られ、今あるのは
只管に純然たる心。ただ、信じると言う事だけに特化し、それ以外全てを排斥するもの。
 沸き溢れては飛び散っていく純然たる信仰心。

「ああ、あああ…、何でこの世に神と名のつくものが無数に存在する? 異教共め、異端者共め、
うすぎたねぇ神様の威光を笠に着た蛆虫共め! 唯一神たる我らが神の、そのすばらしさの一欠け
らも理解出来ない様なカス共が! テメエらにこの地で息する権利なんてネーんだヨ! 息を止め
ロ、思考を止メろ、鼓動モ止めろ。一切合財停止しテ、この世に生まれた事ヲ土下座しなガら後悔
して悶死しロ!! 出来なキャ俺が、ねじ切ってヤル!!!」

 その男は泣いていた。剥き出しの捩れ狂ったどす黒い感情を破裂させ、声が枯れるのも構わず泣
き叫ぶ。赦せないと言う言葉が、千並ぶ、万並ぶ、幾億と並ぶ。同時に許したまえと請い募る。

「おお…、おお…。いまだ貴方が見えぬのも、聞こえぬのも、まして、触れる事すらはばかれるの
も、全て貴方のお心を乱すものが居るからですね? おお…この不甲斐なき僕の浅はかさ…」

 ――我が神よ、お許しください…。
 見えぬ、聞こえぬ、触れられぬ。今日も神路が遠ざかる。手を伸ばしても触れられぬ領域がある
と、セフィロトの樹は告げる。故に、人の身にて見ることも聞こえぬことも出来ぬものが神なのだ
と、セフィロトの樹は告げている。
 だからこそ、この男の渇望には果てが無い。根底から天上へ。零から無限へと至るには、それこ
そこの世が器だとしても食いきれぬ。渇望し尽くしてもまだ足りぬ。
 何をもってして彼の渇望を止める事が出来るだろうか。届かないものに届かせるためには何が必
要なのか。
 簡単な事だ。神を見るには、神を聞くには、神に触れるには。同等にして同一なる存在への昇華。
セフィロトの樹、魂の零位の相関図に記されざる頂点へと至ればいい。上位第三階にして人在らざ
る物の領域。曰く――神。其処へ踏み込んでやればいい。
 人は元より神の複製品。泥と骨より生まれ出でて、神の英知を口にした呪われたるべき忌憚の存
在。罪深く在りながら、もっとも神に近しい恵まれた子。故に、神あらざる身にて神の奇跡を呼び
起こせる。人よ、その罪深き身に眠る、神の真心に涙せよ。神の身に近しき才華に感謝せよ。
 それならば、何かの拍子で神へと届く事もあるのではないか? グノーシスの邪論の元に、神の
領域へと踏み出すものたちが居る。神へと手を伸ばし続ける者達がいる。

「今これより、我が全てをもってして、神の憂いを打ち砕く」

 これはその顕在。
 一度貫かれた今は無傷の胸板を張り、両腕が胸の肌蹴た衣服を左右に引いて更に露出を高める。
両肩から袖を抜いて肘まで垂れ下げた所で、バチバチと電光を散らして衣服が抵抗し始めた。
 衣服にかけられた戒めの魔法。故意に内側へと施された封印を、力だけでは強引に敗れはしない。
そして破る必要も無い。
 唇が、幾度も呟いた解呪の言葉を連ね始めた。己が内面を写し選んだ誓いの言葉。

「……我が身、我が血、我が命。捧げ求むる無上の寵愛……」

 言葉を紡ぐ度に、身に纏う拘束具が火花を上げる。途端に押さえつけられていたものが膨れ、軋
みを上げながら本来の姿を取り戻していく。
 盛り上がる上腕二等筋と上腕三等筋、そして三角筋。発達しすぎて前傾に身体を押しやる広背筋
僧帽筋。綺麗に六つに分かれた腹直筋に、逞し過ぎる大胸筋や外腹斜筋。
 上半身が冗談みたいに膨れ上がって、下半身とのバランスを著しく崩していく。

「我が狂信は、神意を受け背徳者を断罪する」

 封印の意図は筋肉の運動阻害と隠蔽。開封の儀も後半へと至り、今だ衣服に包まれたままの下半
身も上半身にあわせて膨れ上がる。下穿きの黒のスラックスは伸縮に富んだ作りをしているため破
れはしない。しかし、それでも盛り上がる筋肉に限界まで広げられて、ミチミチと今にもはち切れ
てしまいそうだ。
 その姿は正に肉で作り上げた砦の如し。芸術の彫像も画やとばかりの隆々たる筋骨に、一部の美
的感覚はそそられるかも知れない。少なくとも己が健全たる筋肉の流動に、その持ち主は既に恍惚
と浸っていた。醜悪か、それとも美観かは個人の裁量でしか諮れない。
 そして、切り株の様に太くなった胸鎖乳突筋に支えられる顎から上が、凶悪な笑みを湛えたまま
最後の詠唱を吐き出した。
 自らの行動原理そのものを。

「全て愛しき、……神の為!!!」

 ばさりと上着が脱ぎ捨てられて、吹雪に流され消えていく。後に残るは半裸の巨漢。氷の獣と対
峙するは、神代の時代にて滅び去りし巨人族の再来か。銀狼対野獣。正に今の構図にはその名称が
相応しい。
 相手にとって不足無し。そう判断したのか銀狼も顎を引いて姿勢を低く、何時でも飛びかかれる
様に身体を緊張させた。目の前の変異した人間を甘くは見ない。不意打ちで食らわされた胸の傷は、
自ら飛び退らなければ恐らく仕留められていたはずの鋭いものであったから。一挙手一投足まで見
極める覚悟を持って、銀狼は目の前の巨体を睨みつけていた。

「はぁぁぁっ! ダブルバイセップス!」

 半裸の巨体、その丸太の様な両腕が動き、その叫びに銀狼がびくりと反応し警戒する。両の手が
曲げられたまま肩の上へと担ぎ上げられ、全身を引き締めて脚から上体にかけての筋肉を見せ付け
る。フロントから見えないバックの筋肉達もシルエットを見事に逆三角に描いていた。

「んんんっ! サイドチェスト!」

 あくまで筋肉から力は抜かずに己が手首を掴み、腰の辺りまで持っていくと身体の向きを横にす
る。そして、敵に見せる側の脚を軽くくいっと曲げてみせる。胸板の厚みをまざまざと見せ付けて、
更に両手両足の太さをも強調して見せた。

「アドミナブル・アンド・サイ! むぅっふんっ!!」
205神の人・後編 9/13sage :2007/06/15(金) 17:13:12 ID:0fDIHQ5k
                     9


 流れるような動きで再び敵に対峙する。両足を前後に開いて位置を取り、両腕は頭の後ろで組ん
で軽く背筋を反り返らせた。飛び出しそうなくらいに発達した腹筋と、大地に根を下ろしそうな足
の筋肉をこれでもかと誇示して見せる。

「これでトドメだ! モスト・マスキュラー!!!」

 これぞ集大成。もっとも力強きポーズという意味そのままに、極限まで志望を削り取られた肉体
の描く黄金率をまざまざと見せ付けて、数々ある決めポーズの内にこれぞと決めた一つを披露する。
両手の拳をがっちりと突き合わせ臍の前にて固定し首のラインから正三角を描かせて、胸板から腰
までの逆三角を重ねさせる。肉体で描き浮かばせたヘキサグラム。その星型六角形の魔法陣にかけ
られた邪術はきっと、悪しき魅了に違いない。

「ふぅ……、久々に衆目へと披露した我が肉体。やはり美しい……」

 遣り遂げた漢の貌で満足げに吐息を漏らす。
 それを見届けた銀狼は――――真っ白になっていた。それはもう完膚なきまでに燃え尽きて、あ
んぐりと開いた口元からはひそかな哀愁が漂っている。

「無理も無い。この健全なる美を放つ完璧な肉体を目の当たりにし、あまつさえ四十二の殺人技の
うちの四つを立て続けに見てしまったのだからな……。脳が殺られるのも無理からぬ」

 無理も無い。目の前で突然筋肉ムキムキになった半裸の男に、前触れも無く唐突にボディービル
大会も画やと連続ポージングされれば誰でもこうなる。脳と目が腐れるのも無理からぬと言うもの
だろう。今この時ばかりは人知以上の思考力が仇となった。
 ちなみに言うまでも無いが、この司祭の言動は本気で言っている。

「知っているか? 古来より健全な肉体には健全な精神が宿ると言う。即ち神に捧げるに相応しき
肉体と精神だ」

 何時に無く饒舌に司祭の言葉が宙を舞う。異様な興奮が舌を動かし、頭蓋の裏にへばりつく濁っ
た泥が音色となって零れ落ちる。最早錯乱にも近いほどの感情の発露。

「神へ近づくには人としての究極を突き詰めた上に…。超越しつくした先の先、其処でこそ私は!
 私は!」

 身体は既に戦闘態勢。傍目から見れば唯の棒立ち仁王立ち。自然体のその構えには隙は無く、ま
た逆に隙だらけでもある。
 表情は夢現。どちら付かずで彷徨って、まるで夢を語る童子の様に無垢であり。しかして、内包
する激情に裏打ちされた、禍々しき狂想が相貌を歪めて捻り上げる。

「私は初めて神を――られる……」

 ふっ……と、一瞬だけ司祭から色が抜け落ちた。
 今まで満ちていた狂気も激情も鳴りを潜めて、唯あるのは零になった感情の色。膨れ上がってい
たはずの筋骨隆々とした肉体も、その瞬間だけはとても痩せ細り小さく見えた。
 まるで、老人の様に衰えた枯れ木の如し少年の姿に。

 でも、その姿が一番鋭利な殺気を湛えて、呆けていた銀狼を一気に覚醒させた。

「あ……、……ぁぁぁぁあああああああーーーーーーーっ!!!!」

 色のなくなっていたのは一瞬にも満たぬ刹那。
 黒天を劈く解放への狂喜の絶叫と共に、自らの枷を拭い去った信奉の巨人は雪原を駆け出した。
 積雪を踏み荒らし雪煙を盛大に上げて、大量の声と共に一直線で銀狼へと迫る。有り余る筋力が
その自らの重みを苦にする事無く、二体の化け物の距離をゼロにまで食い潰す。
 初撃は拳打。大げさに振り仰いだ右腕が、速度と聖光を纏いて銀狼の鼻先に繰り出される。聖職
者唯一の汎用攻撃法術――ホーリーライト。それと同時に腕力の赴くままに拳を繰り出す。司祭の
得意とする我流の殺人曲技が一つ。打つ撃つ焼くの波状相乗大往生が必殺の一撃。

「割と本気……、大聖印パンチ!!!」

 突き出された拳を銀狼が軽く首を反らしてかわす。馬鹿正直な大振りの正拳など受ける道理はな
い。その思考には何の間違いも無い。この時、銀狼が犯した過ちなど、ただ避け方が悪かったと言
うだけ。
 頬に風圧を感じて、次の瞬間には身体が浮いていた。
 振り切った拳の先で聖光が爆裂し、球状に衝撃波がぱっと散る。灼熱の破砕球体は銀狼の巨躯を
軽々と跳ね飛ばして、雪景色の中に大きなクレーターを描き出す。阿呆の様な威力の一撃に、吹雪
いていた雪も一時その猛勢を止めた。
 直ぐに流れ出す吹雪に、土を見せていた雪原が直ぐに埋め戻される。そんなささやかな静寂を引
き裂いて、追撃が高らかに宣言される。

「ホウゲキ! ホーリーライト!!」

 法撃、砲撃。多重の意味を込めて、両腕をまっすぐに伸ばし差し向ける。吹き飛ばされ、漸く立
ち上がった銀狼に向けて。
 砲撃も画やとばかりの轟音をがなり上げ、掌から交互に白金に輝く光弾が放たれる。劈く咆哮が
連続し、雪原に今正に着地せんとする銀狼を襲う。
 飛来する光弾を視認するが速いか、四肢が大地を踏み荒らし巨躯が駆け出す。その撒き散らす雪
煙を追って破砕が靡く。連続する着弾が徐々に獲物を追い詰めて、雪原に次々と炸裂が生まれる。
爆光に追われる銀狼が、次に目指すのは――勿論、司祭だ。
 砲撃を掻い潜っての砲手への肉薄。そして、咆哮と共に繰り出される、続けざまの鋭利な刃の並
ぶ前足の一線。

「そう来るだろうと思っていたぁぁぁぁっ!」

 繰り出される野獣の一撃を、手首を掴み、肩を掴み、そして綺麗に背負い投げる。雪原に一際高
い雪煙が舞い上がった。見るも華麗な一本背負い。
 大の字になって背中を強かに打ちつける銀狼は、肺の中の空気が全て叩き出されて、びくびくと
腹を奇妙に痙攣させる。その身体に、丸太の様な脚が絡みついた。
 両腕で掴んだ前足を抱き抱え、首と身体に両足を引っ掛ける。後は上体を反らすだけで、めきめ
きと肩と肘の関節が悲鳴を上げた。
 それに重なって獣の悲鳴も長く尾を引く。ばたばたと全身で跳ね暴れて、身を捩って拘束と痛み
に抗った。前脚を大きく振るいしがみつく半裸を地面に幾度も叩きつける。
 強引な叩き付けを続けるうちに拘束が緩み、振り回されてあっけなく空に放り投げられた。
 錐揉みする視界の中で、痛みから立ち直った銀狼が此方に首を向ける。そして牙の連なる顎が開
かれ、擲弾――司祭を背後から強襲した巨大な氷柱を吐き出す。
 中空ではかわせない。本来なら絶望的状況のはず。 しかし、迫り来る鋭利な先端を見て、司祭
は逆に口元を三日月に吊り上げた。

「貼り付けの聖者、求めるは憐憫。鉄壁のキリエエレイソン」

 光り輝く正六角形が掲げられた掌の前に立ち並ぶ。一つ一つは掌ほど小さな障壁。それが九つ亀
甲の様により合わさって、半透明半球状の緑の盾を作り上げる。
 連続する破砕音。薄緑の盾が氷解を砕いて防ぎ、司祭の体が重力に引かれて自由に落下し始める。
 唯防ぐだけでは終わらない。左手に展開していた神秘の盾が、握る拳の手前に連なり九枚の面か
ら九つの層となる。敵の攻撃を防ぐほど強固なら、そのまま敵すら打ち倒せるに違いない。
 一点に集中させた堅固なる空間。収束させた防壁による拳打。

「プロメテウス・クラッシュ!!」

 幾たび目かの雪塵を舞い上げて、鉄拳が大地を震えさせる。敵との激突は無く、銀狼はしなやか
に飛び退って難を逃れていた。――否、逃れさせられていた。
 壮絶な笑みが銀狼の鼻先へと迫る。尋常ならざる威力の拳を大地に打ちつけ、その反動で前方に
向けての再跳躍。同時に右の腕を水平に伸ばし、発達した筋肉を膨れ上がらせ凶器と成す。大地を
リングに唸る技、西部式投げ縄打ちを意味する伝統の美技――ウエスタン・ラリアート。
 本来胸に当てるこの技を首に放ち、息を詰まらせた獣の身体を大地からぶっこ抜く。前足を高く
跳ね上げて反り返る獣体に、両足を振り子の様に前に出して中空で重心移動し、勢いをつけて腕を
引っ掛けた頭を地面へと叩きつけさせる。
206神の人・後編 10/13sage :2007/06/15(金) 17:13:55 ID:0fDIHQ5k
                     10


 銀狼の後頭部から背部にかけて、息も忘れるような鈍痛が駆け抜けた。息が出来ないので悲鳴も
無い。呼吸が出来ず酸素が得られない身体は、急速に意識を混濁させる。
 が、其処は曲がりなりにも神獣である。気合か本能か、崩れかけた意識を奮い立たせて身を跳ね
起こし、咆哮一閃両前足を広げ目標に向けて圧し掛かる。超々重量級の体当たり気味なボディープ
レス。常人では到底受け止めきれずに圧死するのは自明の理。これを真っ向から受け止めようと考
える時点で、それは愚鈍の極まりに違いない。

「ほう…。この俺相手に力押しか…」

 ――臨む所!!
 叫んで受け止め両手を突っ張る、ここにその愚鈍の極みが居た。
 がっつり組んでがっぷり四つ。指が、爪が、互いの身体に食い込み鮮血の筋を作る。お互いに今
にも食いつかんばかりの形相で、乾坤一擲この瞬間に己が筋力の全てを賭ける。
 だが如何せん、獣と人の体格差がここでは現れてしまう。次第に押される人の子と、押しのけて
いく堕ちた神獣。両の脚が大地を踏み込み、それでも押されて雪を掻く。
 押されていく司祭の顔には、苦痛ではない、極上の笑顔。ひん曲がった唇が、吐息と共に呟きを
漏らす。信仰心が、力に変わる。

「異端なりしカタリ教が神秘。翳し手の祝福。イムポシティオマヌス」

 肉が更に膨れ上がる。みちみちと悲鳴を上げてせめぎ合い、司祭の持つ最大の武器を強化する。

「法力による限界突破。全能なる祝福。ブレッシング」

 全身に力が漲り、指先から脳内までが冴え渡る。技量、筋力、思考力の強制向上。

「神経伝達速度強化。疾風なる祝福。速度増加」

 視界が広がる。血流さえも速く速く、意識も飛ぶが如く流れ行く。筋肉で膨れ上がった身体が、
今は羽根の様に軽い。
 押されていた身体が――止まった。

「足りない……、足りない…、まだ足りない!」

 じわじわと、布地が水を吸い上げるが如く、巨獣の体が押し戻されていく。均衡はあっさりと崩
れていた。未だ体格差はあれども、ついに巨人の膂力が巨獣を上回ったのだ。
 押し行く力は次第に強まり、がりがりと地表と積雪を削って山を作る。その湧き上がり、止まり
を知らず。巨獣の両足がついに地面を離れ、高々と逆様に掲げあげられた。

「足りなさ過ぎて泣けて来る!!」

 掲げた巨体を肩に乗せ、一緒になって背中から地面へと倒れていく。巨獣の背中が先に大地を叩
いて轟音を立て、司祭はその衝撃を利用し自身にはダメージを通さない。連続して背中を強打され
た巨獣は、またも四肢をビクビクと痙攣させて激痛に思考を麻痺させる。
 もう立ち上がれ無いだろう。投げ飛ばされた本人もそう思っていたに違いが無いのに、痙攣した
ままの四肢が空を掻きガクガクと震えながらもその巨体を立ち上がらせていく。
 そして口蓋から漏れ出す、凝縮された冷気――水系上位魔法ストームガストだ。神秘なる者に人
間の様な長々しい詠唱など必要ではない。指を動かすのと、と息を漏らすのと同義にそれは発動す
る。その威力もまた、人在らざる神の魔力が後押しし尋常ならざる事必至である。
 牙並ぶ口蓋を大きく開け広げ、渦巻く冷気がさらにさらにと力を溜めていく。それに対峙する司
祭は何時の間にか距離をとって、投げ捨てていた祭服の上着を拾い上げていた。

「まったく……、力が足りない貢献が足りない誠意が足りない節度が足りない献身が足りない足り
ない足りない足りない足りない足りない、なによりも!!!」

 激した様に叫びを上げる。相貌が血走って鋭い視線が敵を射抜く。いや、睨みつけているのは、
はたしてその場に居るものだけに留まるのであろうか。
 ぎりりと歯の根を噛み擦らせて、己の眼に写る『敵』に向け吼え猛る。

「圧倒的に、神への愛が足りてないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!」

 その瞬間に吹き荒れる暴風。銀狼の口蓋に溜められていた吹雪の塊が一気に解き放たれた。
 一直線に、雪の螺旋が司祭へと迫っていく。触れればたちどころに肉を凍て付かせ、永久の眠り
へと誘う雪花の乱舞だ。先日、トナカイが使用したものよりも密度が濃く、練り込められた魔力も
格が違う。絶滅必至、眼前にして思い浮かべられるのはその一言だろう。
 それを目の当たりにして、司祭の浮かべる顔は――笑みではない。浮かべているのは嫌悪の形相
である。まるで、掃き溜めにどっぷり漬かっている事に嫌気が差した様な全力での拒絶がそこにあ
る。助けてと伸ばされる手も、助けの無い事に苛立ち強く、強く握られていた。

 もういい加減、助けてくれても良いじゃないか……。

 そして吹雪が届く。ぶちあった障害で綺麗に二つに割れて雪原に氷の波を美しく描き、触れたも
の全てが絶対零度の氷柱へと封じられる。
 司祭の姿は……、健在だ。片腕に上着を絡めてその身に外装の様に纏わせ、吹き荒ぶ冷気の塊を
遮断している。
 そして上着から弄り出す、何の変哲も無い皮袋。旅立つ前の教会にてBSに手渡された注文品だ。
 それは実に丹念に鍛え上げられた鉄片。拳に纏いつきその力を高めるナックルダスターと呼ばれ
る格闘家の武器である。
 無論、がめついBS印の特注製品、限界以上に鍛え上げられたというだけではない。

「実に数万数億のアザラシの骸の果てに手に入れた、魔物の力の込められし三枚のカード…。我ら
聖職者に特別な恩恵を与えてくれる小粋な品だ」

 攻撃の命中補正とささやかな回避率への加護が加わる。そして、聖職者の敵である悪魔と不死者
への快心の一撃を繰り出す確率の増加だ。たとえ、微々たる物でも集えば立派な脅威となりえる。
これはその実例の一であった。

「本来貴様の様な粗悪品に使う様な物ではないが、元よりの能力により我が失点を補える」

 巨体なる司祭の弱点は、あまりにも膂力と魔力に力を注ぎ過ぎた為の、攻撃命中精度の著しい脆
弱さ。その為にこの司祭、乱打や掴みを多用しそれを補っていた。
 それにも限界はある。それ故の強化武装の装備だ。
 司祭は嬉々として己が右手に特注品を纏わせる。
 吹雪の中、もはや敵すらも見ていない。あるのは唯没頭する事。自分の肉体を玩具に、極限まで
性能を引き出すと言う遊戯に耽る。

「これにより、我が拳に微細なぶれは無くなり、より正確に的の芯を捉える事が出来る…」

 吹き付けられる冷気の嵐を引き裂いて、上着の盾に身を隠し司祭は雪原を駆け出した。凶器に包
まれた拳に聖光を纏わせて。視線は一点、己が信じる神の大敵を睨みつけ。
 銀狼もまた迫り来る巨人に向けて己が全てを賭けんとばかり、吹雪を強め視線を強め身の内の憎
悪までもを高めていく。
 凍て付く吹雪が上着を凍らせて、徐々に命を削られる巨人はそれでも大地を踏みしめる。二体の
人外、その距離はもう鼓動が聞こえるほどに至近となる。
 一度目は加減。二度目はわりと。そして、三度目の正真。掠めただけでも致命傷、なまじ当たれ
ば絶命必至。その名の通り必殺の、問答無用の魔力拳。

「全力!! 大・聖・印・ぱぁぁぁぁぁぁぁんちぃぃっ!!!!」

 最後は最早生身で吹雪を浴びながら、敵の目前まで迫りて繰り出す拳に咆哮重ね。雪原に吹き荒
ぶ嵐が、ぼっと真円に押しのけられて時間を止める。
 拳は真っ直ぐに伸びきって、守りのために交差された獣の腕ごと持っていき、分厚い氷の胸板に
まで皹を入れる。完膚なきまでに芯を捉えた曇り無き一閃だ。
 そして、聖光が炸裂し、皹入る銀狼の巨体を雪原の彼方まで吹き飛ばす。
 二転三転して雪原の彼方で漸く止まった巨獣の身体。半身を凍て付かされた巨人は、残った一つ
の瞳でじっと、突き出して腕をそのままにじっと何時までも睨みつけていた。

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