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【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第12巻【燃え】

1白い人sage :2006/01/09(月) 16:43:23 ID:DMByeGLg
このスレは、萌えスレの書き込みから『電波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』ではない萌えな自作小説の発表の場です。
・ リレー小説でも、万事OK。
・ 萌えだけでなく燃えも期待してまつ。
・ エロ小説は『【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレ【エロエロ?】』におながいします。
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ

・ 感想は無いよりあった方が良いでつ。ちょっと思った事でも書いてくれると(・∀・)イイ!!
・ 文神を育てるのは読者でつ。建設的な否定を(;´Д`)人オナガイします。

▼リレールール
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・ リレー小説の場合、先に書き込んだ人のストーリーが原則優先なので、それに無理なく話を続かせること
・ イベント発生時には次の人がわかりやすいように
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※ 文神ではない読者各位様は、文神様各位が書きやすい環境を作るようにおながいします。

前スレ【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第11巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1130601019/l50
スレルール
・ 板内共通ルール(http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1063859424/2n)

▼リレー小説ルール追記----------------------------------------------------------------------
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ
・ リレーごとのローカルルールは、第一話を書いた人が決めてください。
  (たとえば、行数限定リレーなどですね。)
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保管庫様
ttp://cgi.f38.aaacafe.ne.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php
ttp://moo.ciao.jp/RO/hokan/top.html
2凍ってる人sage :2006/01/09(月) 23:45:23 ID:Ty6BfKek
スレ立てお疲れ様です。
3名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/11(水) 14:04:29 ID:05xFcGhk
3get
スレ立て乙
4SIDE:A 動乱の王都sage :2006/01/14(土) 23:51:34 ID:xH2JDRng
よーし、パパ空気も読まずに長編で新スレ最初を取っちゃうぞー。
http://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%C6%B0%CD%F0%A4%CE%B2%A6%C5%D4

なお、以前にとあるモンクの偉い人には「どうキャラ使って書いてもいいよ!」とのありがたいお言葉を頂きましたが、
今回の中身に関してもなんら了解を得た物では無い事を読者諸兄にはお知らせしておきます。
モンクの人が実はまだオシリスとの決着を持ち越しているなどというのはこの作品の話です。
宜しければ番外編でその辺保管してくださいなどという図々しい意図が込められているとかいうのは
全然気のせいではありません。

前スレの新作長編ラッシュをようやく全部読みました。時々名無しで感想はさせてもらってますが、
コテつきではスルーしているご無礼をお許しくださいませ。
5名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/16(月) 00:28:48 ID:32VfeOAI
>>4
不覚にもフデレリックの「悪魔が友情パゥワァだとぉ!!??」に笑ってしまいました。笑い所でなかったらすみません(・ω・`)
そしてやはりBOSSはこうでなくては、的な強さですね。素晴らしく燃えさせてもらいました。
この後のこじょ…げふんげふん、ミッドガルド放送局の動きに期待をよせてみる。
6花月の人sage :2006/01/17(火) 01:46:01 ID:fnjPI9Vc
今回は短めなのでオマケつき。
…しっかし、何処で路線を間違えたのか。
今回もシリアス全開です。

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 花と月と貴女と僕18

 生き物の焼ける酷い臭いが漂っている。
 体中が酷く痛く目を開ければ真上に太陽がある。
 それで、ロボは自分が地面に仰向けに倒れ、何秒かは判らないけれども気を失っていた事に気づいた。

 手放していなかったツルギを杖に、よろめきながらも立ち上がる。
 彼は遠くに陣取った敵と、塹壕から這い出してきている味方と。自らの傍ら──否、自らの前に立つ炭色の人形を見た。
 男は、静かに墨色の人形──御堂だったものを前に瞑目する。

 言葉は無い。悲しみなど不要の筈。感謝とて僅かにしなければならない。交わされた闘争こそが彼らの全て。
 Ifの枝を広げれば彼とこの男は元々戦友でなければならぬ筈であり、今の状況はロボの異質性を端的に示していた。
 しかし今は二人の男に共通の敵などある筈も無く。
 彼は勝者として、そして騎士としての役割を果たさねばならない。
 それが今彼に出来る唯一にして絶対だった。
 軋む体を振り絞る。この戦で初めてその両手でツルギを握る。

 ──斬。
 振るう刃は鈍く。
 彼は落とした首を、ツルギを地面に突き立てて空けた両手で天に掲げる。

「兜首──」
 表情は固く。言葉なぞ口にすれば折れた胸骨が痛む事ぐらい解りきっている。
 今にも血を噴出しそうな口は、しかしそんなモノで勝者としての義務を汚す事を許さない。
 男の姿に気づいたのだろうか、塹壕から疎らに声が上がる。

「討ち取ったり──!!」

 ──男の叫びにより、この戦の第二幕はここに開幕を告げる。
7花月の人sage :2006/01/17(火) 01:46:28 ID:fnjPI9Vc
 新たに派手な武闘着の男が現れてから、互角とも言えた状況は一変していた。
 前線の指揮官たるロボがそいつとの一騎打ちにもつれ込まされた結果、事実上まともな指揮官が不在の状態に陥っていたのである。
 先程までとて、唯一多少の戦術知識があるあの少年と、それからクオが大まかな指示だけを飛ばしているという有様。
 それも今となっては、ここからでも十分視認出来る程の閃光でかき消されてしまった。
 黒服の男の生死は不明。殺しても死にそうに無い印象の男ではあったけれど。

 全く予想外の事態だ。ギリギリで脱出していた前線からの伝令がほうほうの体で走りこんで来るまで夢にも思っていなかった。
 そもそも、本来からすれば黒服の男の役割は錬度の足りない前衛の補助であり、前線の指揮官であった。
 ミホは溜息を付きつつ、彼の言葉を反芻する。
 いざと言うときには指揮を頼む、と。

 ──もしかしたら、こうなる事を薄々予感してたのかもしれないわね。

 ミホは正直に白状してしまえば、こうした集団戦術の知識はまるで無かった。
 だから、彼女とそれから村人達には黒服の立てた策を信頼するしかなかったし、それを無闇に乱さない程度には賢かった。
 それにどんなにかあの黒服が強いのかは理解していたし、現に訓練時や王都での彼は複数人を相手にする事も多々あった。
 だが、彼の言葉は的中してしまったのだ。
 彼女の脳裏にはここまでの道中で黒服の男が戦ったという戦闘狂のぼんやりとした想像図が思い浮かぶ。
 もしや、男はロボと闘う為だけにこの場所にやって来たのだろうか?
 それは余りにヒロイックに過ぎる考えかもしれないが、
彼が一時撤退も叶わず釘付けにされていた時点で、ただ事ではない事だけは確かだった。

 その上、あの大爆発だ。
 それがロードオブバーミリオン、と呼ばれるものである事を彼女と村人達は教えられていた。
 だからこその塹壕を幾重にも掘りぬいた陣地であるのだが、果たして何人が生き残っている事か。
 前線で戦っているだろう彼ら、そして昔から顔も性格も良く知っている彼らそれぞれへの不安と心配で思わず眩暈を起しそうだった。

 だが、ミホ達はミホ達で、儀式準備の為に全く余裕が無いのも確かだった。
 月夜花の祭儀、とは一口に言っても実際のそれは魔導師達の魔術開発のそれに近い。
 築かれた伽藍は方陣の外縁。禍無く整えられた調度、それから巫女の吟ずる嘆願が古びた女神を呼び覚ます。
 要する悉くは酷く慎重さを必要とする作業であり、なおざりにしようものなら前線の奮戦は瞬く間に水泡と化す。
 そして、今は眠り儀式に備える月夜花──否、ツクヤと呼ばれる少女の事を思った。
 はっきりと、それは迷いであると自覚できた。

 もしも、ロボがこの場にいて、かつ健在ならばこの時のミホの考え──戦場の真っ只中に迷いを持ち込む事を
口に出すか否かは別にしても一人の戦人として非難めいた感情を覚えただろう。
 だが、彼女はツクヤと名づけられた月夜花の事を知らず儀式の為の道具ではなくて、一人の少女として考えるようになっていた。
 ミホの記憶の中に打ち込まれた楔を鑑みれば。そして、結局は彼女もまた冒険者やロボや御堂やイノケンティウスの様ではなく、
極々ありふれた、それから数日前に最愛の妹を失ったと遅まきながら知ったばかりの一人の平凡な女性でしかなかった。
 付け加えるならば、最愛の妹に他の村人達よりも高い優先順位を与える程度にはエゴイストだった。
 だから、彼女はそれが卑しいとは知りながらも、そしてそもとても難しい事だとは理解しながらも
出来る事ならあの無垢な少女が少年の言葉の通り、彼と平凡ながらも幸せな日々を手に入れて欲しい、と思ったのだ。
 彼女は自らの軽率さで盆の水を返してしまったから。

 ある結論を言おう。
 残念ながら、『月夜花』そのものになればツクヤと呼ばれた少女は少女で無くなる。
 率直に言えば、『ツクヤ』が死んで『月夜花』が生まれる。
 喩えて言えば海の水全てで器に溜まった僅かばかりの色水を押し流す様なものである。
 それ程に『月夜花』や数多の魔王達『そのもの』とは強壮だ。

 勿論、そんな事はミホとて知っている。だが、故にあの日少年がどもりながら口にした言葉を咎める事は出来なかった。
 それは彼女がかつて抱いていた願いでもあったから。
 別に自らを囲った因習と、それ故にツクヤと言う少女を知らぬ内に消そうとする村人を彼女が恨んでいた訳では無い。
 この村は確かに彼女と言う一人の人間を形作るモノの一つであったし、それ故に遥かの望みは輝いて見えた。
 ミホはかつて自らの妹と共にこの村を出る事を、否、全く新しい境遇に至る事を望んでいた。
 平たく言えば、夢と呼ばれるモノがあった。
 だが、出来る事と出来ない事がある。
 結局それは叶わず、ツクヤと呼ばれた少女を消す作業を行いながらも身勝手な一縷の望みを少年に託している。

 迷って。迷って迷って迷って。結局、思い切りが足りないのか、それとも今はまだ時間ではないかのどちらかだと思い。
 ミホはどうしても、自らに課せられたロールを振り切る事が出来なかった。
 『月夜花』を降ろす事と『ツクヤ』を行かせる事は結果として全く水平な天秤の上であり──中断。
 今下すべき決断は、それでは無い。これは逃避である。

 彼女は決断を迫られていた。
 …まだ日は高く、執行が始まる宵までは遠い。
 自分が居なければ進まない事項も多々あるが、それでも戦闘の混乱を放置したツケで全ての崩壊を招くわけにはいかない。
 何しろ、自分は託されたし託したいのだ。
 そして魔女の鍋底で、彼らはのた打ち回っているのだ。

 不安げに自分を見つめている別の神祇に凛とした顔を向け、ミホは決断を下す。

「解りました。直ぐに向いますから、案内を」

 儀礼的な巫女の服装の裾を手繰り上げて、彼女は走り出した。
 坂道にさしかかり、泥や土ぼこりで汚れるのも構わずに急ぐ。
 辿り着くまでは、全力で走って数分ほど掛かるだろうか。

 ──それが彼女にとってこれまでの人生で最も長い数分になるだろう事は間違いなかった。

 もどかしい。胃がキリキリと痛んで吐き出しそうだ。
 無意味だと解ってはいても、そう思わずには居られない。
 それも、これはディナー、と言う形式で言えばまだ前菜の段階なのだ。
 自分達が相手どった敵がどれだけ強大であるのかが良くわかる。

 無理も無い話である。
 聞け。そして恐れよ。神罰の代行者たる異端審問官の名を。
 未だ世界の半ば以上が暗黒に閉ざされた過去より、彼女等の様な異端者を滅ぼし続けてきた王国最強の神の剣を。
 彼らと真正面から敵対した悪魔達で生き残った者達の少なさとその恐れを知れ。
 騎士団よりも聖堂騎士(クルセイダー)達よりも冒険者達よりも古くから異端と魔物を滅ぼし続けた。
 故に、最強の剣。抜けば異端を斬らずにはおれない神の剣である。

「けどね、だからって負ける訳にはいかないじゃないの」

 焼け焦げた戦場が近づいてくる。破綻の音が近づいてくる。
 呟いた彼女の言葉は一体誰の為なのか、彼女自身、判然としなかった。
8花月の人sage :2006/01/17(火) 01:47:14 ID:fnjPI9Vc
 御堂が死んだ。
 老人は跨ったペコペコの上から彼方の戦場で、その首を掲げる黒服の姿を見てはっきりとそれを理解できた。
 けれど、イノケンティウスは自分がまるで悲しんでいない事にも気づいていた。
 当然だった。遠く勝鬨を上げる異端共を前に、しかし彼の心は揺るげない。
 代わりに兜を被る。僅かに頭の奥底が疼いた。
 戦場の臭いは目前にまで迫っている。

 細い視界の向こうに、ほうほうの態でどうにか離脱する事の出来た傭兵達の姿が映っていた。
 あのプリーストの娘──レティが駆け出してきて、何度も何度もヒールを唱えている。
 娘の横顔は今にも泣き出しそうで、それでも彼女は優秀なプリーストであったのだろう。
 流れる血に手を。突き刺さった矢を抜いた途端噴出す血しぶきに顔を染める。
 目の前の傷つき、斃れた傭兵達を少しでも救おうと老人の部下達に──治癒を行える者だけではない、
少しでも手空きの者達に手伝えと怒鳴りながら、足りぬ人手で必死に動き回っている。

 全員が助かる訳など無いのは明らかだった。
 老人にとっては、そして教会にとっては傭兵など最初から捨て駒に過ぎない。
 二束三文で命を売り渡し、好きで死地へと足を運ぶような連中なのだから。
 だが。それでも誰も笑わない。連中を生かそうと足掻く娘を嘲笑ったりなど出来ない。
 深く刻まれた傷の痛みに呻く者が居る。切り開かれた刀傷に、突き立った矢傷に脂汗を浮かべ耐える者がいる。
 救われたある者は異端共を憎み、ある者は助からずに仲間の涙を受けながら逝く。
 差し伸べられた手を握り締め、ありがとうと名前も知らぬ誰かに呟き、娘は何時しか涙を流す。

 人としてあるべき姿とはそれなのだろう、とだけは老人にも理解できた。

「枢機卿──予想よりも抵抗が頑強でしたね。どうします?」
「敵の本陣目掛け一気に駆け抜ける。傭兵の生き残りは治療が終わった者から再編成したまえ。
 傭兵達の被害も甚大とは言え──彼らは十分によくやってくれた。
 見たまえ。騎兵突撃に邪魔極まりなかったモノは今やただの荒地だ。これなら予定を繰り上げても構うまいよ」
「しかし枢機卿。月夜花を降ろしてからの方が宜しいのでは?」
「問題は無い。敵の戦力は把握し削減し理解したのだ。
 それに異端共にはアレを降ろさせるだけでよい。──解るだろう?」
「喉元に刃を向ければ彼らに拒否権は無い、ですか。了解。
 こちらは先程の如き雑兵ではありませんし、唯一月夜花以外でマークすべき黒服の男は健在ながら戦力低下。
 空虚な美酒に溺れる異端を積み上げて、夕の茜が理解出来ないぐらい──我々の意思を理解させてやるとしましょう」
「君がその様子なら他の者達の士気も十分なようだな。完璧だ、ネメシス君」
 そこまで老人が静かに口にしたところで、ネメシスと呼ばれた神父が不意に顔を曇らせた。

「……枢機卿、申し訳ありませんが……いいですか?」
「何かね?」
 言葉に、イノケンティウスは僅かに頷きながら答える。

「悲しくは、ないのですか?その……あの男、いえ御堂は──」
「私にも悲しむ事ができたのなら良かったのだろうな」
 そして、何でもないことの様にその言葉を口にした。
 面頬の下の表情すら、うかがい知れない老人の言葉に神父は言葉を詰まらせる。
 老人の事を親爺、と呼んでいた男は死んだと言うのに。
 ましてや、現状など口にするまでも無いのに。
 憎むでもなく、嘆くでもなく、怒るでもない、凪の様な声はとてもとても静かで。

「す、枢機卿」
 けれども。それが彼の隣で離していたネメシスにとっては、言い様も無いほどに恐ろしかった。
 乾ききった喉に唾を飲み下す。

「だが、私は悲しめない」
 イノケンティウスが口にした言葉は、一体只人からどれ程かけ離れていたのか。
 凍て付かせている訳ではあるまい。そも、それは狂人か、邪法の奴隷か、さもなければ不幸のそれ。
 無い、のだ。声に乗る筈の感情も何も。
 人間性の欠落。人なる存在として片端。
 それは一体どれ程の異常か。

 異端審問官とは異端を狩る異端であると言う。
 即ち──彼の目の前の老人は。

 ──そもそも彼とその同類がそんな孤独な存在である事は存在の定義からして決まりきっている事。
 人では彼らの役目を負うには不十分。
 それは例えば苦難、だとか。巨大な敵、だとか。或いは世界の危機、だとか。
 だからこそ、転生を繰り返しながらも役割から外れない英雄(人でなし)が居ないといけない。
 人ではあまりに弱くて、悩んでばかりで、躓いて苦しむ。
 歩みは何処までも遅く、その生は短く、辿り着くべき場所は遥かに遠く異端外道には敵わない。
 だから、今そこにある異端外道を狩るのは何時だってそこまで辿り着いたその同類共なのだ。

 ──中断。そこまではネメシスと言う神父は勿論、イノケンティウスと言う老人も知らぬ事実である。
 ああ、けれども彼は悲しめないだけなのだ。
 幾ら部下を大切に思おうと、様々苦心する事はあろうと、彼らに敬愛される事はあろうとも。

「今の内に君も用意したまえ。突撃には私も出陣する」
 複雑な表情で彼を見る神父にも、傭兵達を生かそうと苦しむ娘にも目を向ける事無く、
乗騎の轡を引き控えていた部下達の方を向けて、静かに老人はそう言った。

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9花月の人sage :2006/01/17(火) 02:00:54 ID:fnjPI9Vc
ここからオマケ。
始まるに当たって注意点。

1つ、いろんな意味でパクリます。
2つ、ヤバめのネタ使います。
3つ、前スレ121さんのネタ採用です。
4つ、スレが凍り付いても俺は知らん!!

それではドゾー
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「勝負はついたぜ?寝とけばよかったのによ」
 驚き半分、呆れ半分で呟いた御堂の目に再び炎の綾が灯る。
 塵の様な無様を曝しておきながら、黒服の男の目からは未だ光が失われては居ない。
 見れば、御堂とて無傷ではない。
 顔面は焼けただれ見る影も無い。嵌めていた篭手も、爆風に殴られ屑鉄と見紛うばかり。
 負った傷など既に数える気も起こらぬ程。

 だが、発する鬼気だけは、断じて死人のそれではない。
 真っ赤な体は血だけではない。
 それは爆裂波動による強化の印。紫電が迸る程の気功。
 もしも黒い男が人である前に騎士だと言うならば、彼も又、人である前に英雄である。

「なぁに、まださね。お互い、『奥の手』ってのはまだだろ?」
 言葉と共に、男の構えたツルギが唐突に、まるで来訪する力に歓喜するが如く震え始めた。
 誰が、彼が成そうとしているそれを知ろうか。
 それこそは、男が呼ぶ騎士の無二たる剣。
 風が巻く。風が巻く。名も無き剣の外装を吹きすさぶ烈風が剥ぎ取っていく──!!

 名も無きツルギの下より現れたのは金に輝く大いなる剣。
 定められたプロットも、己に与えられたロールも飛び越えて黒服の騎士はそれを執る。
 即ち、『約束された(ry』(エクスカリ(ry))
 余りにも有名なそれを内側に隠す為のツルギであったのだ。
 勇壮なBGMをバックに彼は──

「──って作品違うぅぅぅぅぅ!!?」
「往くぞ、英雄。金剛の準備は十分か?」
「人の話を聞け!!そんな真似をしたら各方面から苦情間違い無しだろうが!!」
「メタな発言は止める事だ」
「それ以前だっつの!!」

 応える御堂は慌てた顔で、全身を真っ赤に染めたまま世界に逆らう黒服を非難する。
 されど、その程度華麗にスルー出来ぬならば、この黒服は黄死では無い。
 何故だかセクシーコマンドーとか言うどこぞの魔技を思い起こさせる動き──例えば腰を高速で前後させるようなものや、
体を海老反らせた後、地面に刺したままのエク(ryの前で
ズボンのチャックを下げる様なもの──に御堂は知らず、「め、めそ…」と呟いていた。
 対峙するものよ知れ。セクシーコマン(ryこそは正に世界を寝食する武術だと言う事を!
 そして彼が手にする剣こそは放射能にも匹敵する危険物だと言うことを──!!

 My name is a ROBO.(我が身は所詮紛い物)

 ──もう、いろんな意味で呆然とする男の前でロボ?は詠唱を開始。
 御堂には全く理解できぬその構造を喩えるならば異界系。
 サンプルの確保は反転。パロディとブロークンにて包み込みその癖を排除。

 How are you? I am fine, thank you?(心は空虚で 誓いは唯一)

 何故だか突っ込みを入れたい気分で一杯になるけれども、御堂には一体何から言うべきかすら解らなかった。

 This is my strongest perforemace!(幾度の戦場を超えて不敗)

 What time is now?(ただの一度も敗走は無く)

 It is twelve oclock.(ただの一度も理解されない)

 一方の黒服の男は本編そのままに牙を剥く。

 Oh,I must have lunch.(かの者は常に独り 死人の丘で勝利に酔う)

 This is the my strongest performance!!(故に、その生涯に意味は無く)

 そして今現在これを書いている筆者だけはやっちまった感で一杯になっている。
 彼のintは僅か一に違いあるまい。彼は麻薬をうってかわってしまったやうに。
 なればこそ脳内麻薬もマキシマムな妄想に、ただ筆を進めていく──!!

 Ahhh----unnnn excalipur!!(なれどその身は騎士だった)

「約束された(エクス)──」
 黒が手にした金色が終わりを引き連れてやって来る。
 じばく覚悟の一撃は、相対する者達へ微妙な感慨を送り込む。
 おおバリアチェンジよ、最後の安楽を守護する者よ、この理不尽をいかんせん。
 愚を案ずる太古の悲劇には似てもにつかぬこの愚かさよ。
 状況的には、『お前を殺して俺も死ぬ!!』。

「笑利の剣!!(カリパー)」
 ロボがそれを告げた瞬間、全てが消え去った。
 何やら妙に豪華な音を立てて金色の剣が御堂の頭に激突する。

 ──過ぎ去る為に要した時間は、僅かに一瞬。
 誰かがその間に、お前はしっかり英語を学んでおくべきだった、と呟いた。

 1、と言う数字の幻視の後で全てが再び動き出す。
 見れば、塹壕からも異端審問官の陣からもいたたまれない顔をした集団が二人をじっ、と見つめていた。
 ごほん、と咳払いを一度。御堂は眼前の不届き者を成敗すべく、腰を落とした。
 叫ぶ言葉は只一つ。生み出すは地上にて輝く光の塊。
 彼は神罰の代行者。ならば眼前の黒を赦す理屈などありはしない。

ア シ ュ ラ ハ オ ウ ケン
「スレどころか板違いだっつーのこの黒馬鹿っ!!」
 地より走る箒星が一つ。
 遥か彼方に黒服のばか者は吹っ飛んでいった。

 end
10名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/17(火) 11:45:08 ID:oJ/h14G2
馬鹿な。投げれば最強の武器なのに!w
11凍った心エピローグ(1/11)sage :2006/01/19(木) 01:06:10 ID:kD3S48DU
 ギィ─
 そんな音と共にプロンテラ騎士団の一角にある部屋の扉が開かれる。
 入ってきたのは赤い髪を持ち、騎士団指定の制服を着ている。
 この部屋の、いや、プロンテラ騎士団の長、ミストラルである。
「おかえり〜、ミスト」
 そしてミストに銀髪のプリーストが話しかける。
 プロンテラ騎士団副団長兼プロンテラ教会治安部主任のルカである。
「で、どーだった?」
「強かったな、確かに。お前の情報が無ければきつかった」
「で、エリカどうしたのー?連れてきてないようだけども」
「死んだ」
「ん、了解、予想通りで書類作成楽でいいわー♪」
 は淡々と事実を答え、女は書類作成が楽だと喜ぶ。
 これは別に二人ともエリカが死んだということに何も感じていないわけではない。
 単にルカがミストの性格を把握しているだけである。
 ミストが『死んだ』と言えばその存在が死んだということであるし、『殺した』と言えば死刑を自分の手で執行したということである。
 要は長い付き合い、ということだ。
 そしてその通り、ルカは報告書にエリカの詳細を死亡、とする。
「で、事後処理は?」
 報告書を書き終えたルカはミストに尋ねる。
「ああ、書置きを残しておいた、ゲフェンの魔術ギルドにも協力してくれるよう頼んだ」
「あんたねぇ…あの子が読み書きできなかったらどうするつもりだったのさ…」
「気にするな」
「このあほぉ!」
 そう言うやいなや、ルカが後ろに置いておいたチェインを手にし、思いっきり振るう。
 それを新しい書類に目を通しつつミストは避ける。
「それで次の仕事なんだが…」
「あーんーたーはーーー!ちっとは当たれえええ!!」
 いつもの毎日がまた始まるプロンテラ騎士団であった。


──6ヵ月後
「はぁ…今日もまた逃げたペットの捜索…うぅ…私何の為にここで働いているんだろ…」
 そう言い、騎士団の自分達の仕事場に戻ってくるルカ。
「文句言うな、減給するぞ。」
「うわああああああん、ミストの馬鹿ああああ…せめて捜索するのをバフォ子とかデビとか可愛いのにー…オークはいやなのー…」
 そう悲しい声をあげる横では3匹のオークがハァハァと声を上げている。
「うう…新しい人がほしいよう」
 そう言いながら、オーク達をペット専用宿舎に連れて行き、書類作成に取り掛かる。

 ちなみにこの部署─騎士団長直属部隊─は入隊に条件がある為、志願しただけでは入れない。
 その為、隊員はミストとルカ、二人だけなのである。
 直属部隊と言ってもよっぽどのこと、例えばルカの件のように普通の部隊じゃ解決できないことがない限り基本は雑用である。
 しかも直属なのでいろいろ団長が騎士団自体を担う為の雑務も多いわけである。

「ん〜…終わったぁ」
 そう言い、ルカは万歳をするようにのびをする。
 ひとつの書類がルカの目に留まる。

 〜新人〜

 それだけが表紙に書かれている。ミストが作成したことはそれで一目瞭然だった。まぁそもそも二人しかいないからルカでないならミストなわけだが。
 別にこの書類はさっきのルカの愚痴を聞き入れたわけではない。
 単に騎士団自体の新人、つまりは各ギルドで修練を積んだ者達の中の志願者が騎士団員として就職するわけである。
 別に騎士団と言っても昔、まだ戦乱が激しかった頃の名残であり、今は国の警察・軍機構として機能している。
 なので騎士だけではなく、アサシン、魔術師、プリースト等、広く受け入れている。
 ただ当然犯罪歴があると入れないが。
 そしてルカは特に仕事も無いのでいずれ後輩になるであろう名前を見ておくことにした。
 今年は10職60名の新人がいるらしい、多いのはやはり騎士、基本的に正義の熱血漢が多いのだ。
 その次に多いのがプリースト、こちらは元々プロンテラ教会に全員所属しているのだが、教会に治安の実権は無い。
 それ故に正義感の強いプリースト達がより犯罪者を罰せる場所に身をおくのだ。
 ルカ自身も元々はそれが理由でここに入った。
「で、私は何やってるんだろうなぁ…」
 と呟きつつ書類に目を戻す。
「む…これ…」
 そして、一人気になる名前がリストにあった。
「おーい、ルカー、ちょっとこれ見てくれ」
「あ、うん、今行くー」
 しかしミストに呼ばれたのでその書類をその場においてミストのほうへ向かう。
 そして、そのことは忘れてしまっていた。
12凍った心エピローグ(2/11)sage :2006/01/19(木) 01:06:51 ID:kD3S48DU
──1ヵ月後
 プロンテラ騎士団、入団式の日。
 場所はヴァルキリーレルムの噴水前、1000人近い騎士団員が一同に集っている。
 最前列には各々のギルドの正式な制服を着た者達が緊張した面持ちで並んでいる。
 総勢60人、全員各ギルドの規定従事年数を過ごし─特例を除き─、今日プロンテラ騎士団という職(?)に就く者たちだ。
 彼らの後ろには既に団員の者達、約900人が各部隊毎に並んでいる。
 そして彼らの前には二人、一人は赤髪の騎士、一人は銀髪のプリースト─ミストとルカがいた。
「それでは、プロンテラ騎士団、団章授与式を執り行います」
 ルカが厳粛な声と共に告げる。
「騎士・ルイス=クラスト、前へ!」
「は、はっ!」
 ルカが名前を告げ、呼ばれた騎士が前へと進み出る。
 騎士の顔にはいかにも舌をかみましたというような後悔の念が表れている、ルカはその初々しさに少し笑いそうになってしまった。
 そしてその騎士、ルイスがミストの前に跪く。

「汝、守りし物は」   「我が信念」
「汝、背負いし物は」  「友の背よ」
「汝、手にすべきは」  「護る剣」
「汝、護るべきは」   「正しき者よ」
「汝、ルイス=クラストに、護る力を与えよう、我等プロンテラ騎士団の名の下に!」

 約1分半をかけてミストが問いかけ、ルイスが答える。
 これはプロンテラ教会教典の騎士に関する記述の一部をなぞっているだけである。
 12職全て問いかけが違い、答えも違う。
 それが60人分、はっきり言って見てる者もやっている者もグダグダになる。
 しかしミストもルカもそれを顔には出さずにそれぞれの担当職に団章を授与していく。
 そして、1時間20分をかけ、最後の一人になった。
「魔術師・エリー=スノードロップ、前へ!」
「はい」
 あまり大きくない返事、だが1ヶ月前の疑問はルカの中で確信に変わっていた。
 そして列の中から小柄な、魔術師の正装を身につけた少女が出てくる。
 真っ白な雪を連想させるような髪には鮮やかなオレンジ色のリボンが踊っている。
 その頭のリボンはこのような儀式では異例の格好だろう。
 しかし少女は悪びれた風もなく、今までの者同様にミストの前に跪く。

「汝、その身に秘めしは」 「友の思い」

 ──答えが違う─そんな声がルカに一瞬聞こえたような気がした。
 が、流石にこの場を止めることなどミストにしかできない。しかし、ミストは続ける。

「汝、世界を知りて」   「我を知る」

 そして、ミストの問いかけまでも変わる。列の後ろのほうでほんの少しどよめきが起こる。
 新入団員達も固唾を呑んで見守っている。

「汝、自分を知りて」   「我、帰する場所を知る」
「汝、在る場所」     「友在りし」
「汝、エリー=スノードロップに、在りし場所を与えよう、我等プロンテラ騎士団の名の下に!」

 まるで打ち合わせたかのような滑らかな問答、終わった後もその異様な状況に一瞬の静寂が訪れる。
 そして少し遅れて盛大な拍手と友に60人の新団員はプロンテラ騎士団に迎えられた。
「えー、明日は、新入の方も古参の方も楽しみなイベント、部隊編成試験を行いまーーーす!
 我こそは、と思う方、自分のアピールを考えておいてください!
 ただし、団長直属の部隊に入りたい人は覚悟してくださいね!!」
 ルカが拍手に負けないよう叫ぶ、それと共に各部隊で歓声があがる。

 そうして、最後に一波乱を交えた入団式はその幕を閉じた。
「ふぅー…一時はどうなることかと、この馬鹿」
「あれは俺のせいじゃない。エリカ、いや、エリーに言え」
「あ、ん、た、も、台詞変えてたでしょーがー」
「しょうがない」
「な、に、が、しょうがないんだ、この…」
 ルカがその手の物を振り上げようとしたその時。
「ルーカー」
 横から声が飛ぶ。いつの間に入ってきたのかエリーが机に座って足をぶらぶらさせている。
「あぁっ、エリー!!久しぶり!!元気してた〜?」
「うん」
「それでそれで、どうしてたの?今まで、えーと、半年ちょい」
 そう聞かれ、エリーは生き生きとした目をしながら話し出した。
 ふとルカは、そのエリーが7ヶ月前とは別人だな、と思った。
13凍った心エピローグ(3/11)sage :2006/01/19(木) 01:07:31 ID:kD3S48DU
─────────────────────────

 ゲフェンの街─
 地下にある古代の遺跡を封じた塔を中心に発展した魔法の街。
 紫を基調とした町並みは、そのほとんどに封魔術建材を使用している為、耐火・耐水・耐震性に優れる。
 それ以外にも照明、動力、暖房、冷房、ほぼ全てのシェアがここに集まっている。
 ミッドガルド王国屈指の歴史たる由縁だ。

 その街の一角をエリーは歩いていた。
 その風貌は秋のこの時期に全く似合っていない。
 何故なら、真っ白なワンピース一枚なのだ。
 更には真っ白な髪にオレンジ色のリボン、それはまるで冬を先取りした雪の精が舞い降りたかのよう。
 少女は手に持った紙と周りを交互に見ては、トテトテと歩いていく。
 その妙な風貌と美しい白とオレンジと紫のコントラストに地元の人間とそこを拠点としている冒険者達の目を引いた。
 当然、ガラの悪い者達の目も。

 そして、エリーが少し人気の無い場所まで来ると、数人のシーフがエリーに声をかける。
「お嬢さん、何処行くの?この先は胡散臭い魔術師ギルドしかないからさ、それより楽しいことしない?」
 エリーは無視して歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待て、シカトかよ」
「まぁ、そうキレるな、相手はガキだぜ?それにいざとなったら、コレ、な?ww」
 そう言って宥める一人のシーフがキレかけたシーフに腰の物を見せる。
「あ、あぁそうだな」
 そしてシーフ達はエリーを囲むようにエリーの進む道を塞ぐ。
「まぁまぁ、お嬢ちゃん、一緒に遊ぼうぜ?それとも、痛い目見てみる?w
 まぁ痛いのは最初だけだけどなwwwwwwww」
 そう卑しい声で言う、エリーは少しだけ不快感を顔に出し、
「どいて」
 そう小さいがはっきりとした声で言う。
 エリーの周りでは空気が少し渦巻いているがシーフ達は全く気づいていないようだ。
「おや、どいてだってー、どうするー?お前らww
 とりあえずまぁどいてあげようか、楽しんだ後wwwww」
 そんな風に下品に笑うシーフ達にむかって、エリーがその手を上げ…ようとした時、
 エリーを中心に轟音が響き渡る。エリーは思わずその音に耳を塞ぎ、目を瞑る。
 そして目を開けると、シーフ達は黒こげであり、手足を痙攣させて何か呻いている。
 エリーは何が起こったか分からなかった、突然の轟音と共に自分の周りの者が黒こげで倒れているのだ。
「大丈夫?」
 その声は、横から聞こえてきた。
 その方向を見ると、ファー付の黒い外套、その内側には白くきわどいラインの服を纏っている女がその左手を掲げ、立っていた。
「全く、これだから男ってやつは…」
 そのシーフ達を足蹴にしつつエリーの元へやってきて言う。
「そう思わない?可愛い魔法使いさん?」
 そう言いつつエリーのほうにその薄い藍色の目を向け、ウィンクをしてくる。
 エリーは少し驚いた。何がと言うと自分のことを魔法使いと呼ぶことを、だ。
 あれだけ離れていながら、雪が降っていたならともかく、この快晴の状態で、空気の流れ、魔力の流れを読み取っていたことにではない。
 そもそもエリーはまだ魔力の流れがどうだのということは全く知らない。
「誰…?」
「あら…聞いてないの?ミストから」
「ミスト…ミストラル?」
「そうそう、そいつがね、貴方に協力してくれ、だって」
「…?」
 分からない、という顔をエリーは浮かべ、思いついたように懐にあった紙を差し出す。
「相変わらず汚い字…何々、この場所へ行け…」
 その場所とはゲフェンの魔術ギルドの位置を示していた。
 それだけである。それだけを頼りにエリーはルティエからはるばるここまで来たのだ。
 まぁ道中はアルデバランで既に金額を払われていたカプラ職員が丁寧に送ってくれたのだが。
「ほんと…男ってのは…」
 女は頭を抱える。そして、エリーに向かって微笑み、言う。
「それじゃ…行きましょうか、目的の魔術ギルドはあそこよ」
「ん」
 そう返事し、一緒に魔術ギルドまで歩く。
 その中には何人かの魔法使い候補生と受付嬢がいる。それと大きな、5mにはなるかという装置があった。
「お帰りなさいませ、ユリ様」
 受付嬢がエリーの横に立つ女にペコリと頭を下げる。
「そうそう、申し送れたけど私、ここのマスターをしているユリ=クォート、よろしく」
「私…エリー。エリー=スノードロップ」
 お互いに簡単な自己紹介を済ませる。
 エリーはユリがここのマスターだということにそれ程驚いてはいなかった。何故なら、先ほどの一件のおかげだ。
「貴女は強くなれる。ただそのためには当分ここにいてもらうことになるけど、いいわね?」
 エリーは無言で頷いた。
14ペットの人sage :2006/01/19(木) 01:07:42 ID:iSSHQhG2
ども、1/20の座談会に楽しみにしています。出れるか不明なのですが(泣
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「だからご主人様をいじめないで下さい。首をぎゅうってしたまま前後左右に激しく振らないで下さい。あぁぁそんな首が曲がらない筈の向きに、角度が、角度がっ」

 瞳を潤ませ必死に訴えかける、健気なムナック。
 その叫びもむなしく、INT ・ DEXの2極ウィザードが素手でvitクルセーダーを沈めるという、前代未聞の展開が発生する。

「五月蝿い。マスターは頑丈だから、首が60度くらい変な方向に稼動しても大丈夫なのだ」
「頑丈って物じゃないんですから。その、ご主人様は大きくてたくましいですけど、こんな首の向きはやっぱり不味いです、しかも60度以上変な方向です。ああ白目、白目です、ほら」
「ええぃ、それよりさっきから、ご主人様、ご主人様と、何処ぞのメイドみたいに呼びおって、その呼び方は辞めぬか」
「ご主人様はご主人様なんです。優しくて、格好良くて、大好きなご主人様なんです」
「……くっ」

 自分では恥ずかしくて、決して言うことのできない台詞の数々。
 それを連呼するムナックを前にして、サララは自分の歯止めが効かなくなっていると自覚する。
 そう…自覚はしている。
 けれども、押さえ切れない感情は加速を求める。
 腹の底にゆらゆらと昇る、重油質な正体不明の気持ちが急き立てる。
 段々と、段々と、自分でも解るくらいに感情が加速していく。
 一歩も怯むな。
 容赦など不要だ。
 奪われてなるものか。
 ついにサララは、ガルデンの発言の真偽とは関係無しに、無意味に力の篭った視線をムナックに投げ下ろした。

「いい加減にせぬか、何が大好きなご主人様だ、所詮は“スリコミ“ ではないか」

 ああ、言ってしまった。
 加速する感情の後の方で、比較的冷静だった部分が罪悪感を触媒に後悔する。
 とたんその部分は冷たく、重く、暗く、震えだしている。
 今頃になって、ここまでムナックを敵視するのは、嫉妬なのだと気が付いても遅い。

「スリ……コ…ミ? 」
「ああそうだスリコミだ。卵から孵化した生き物は、自分より大きく、動き、音を出す物を親だと認識するように出来ているのだ。たとえそれが、ゼンマイ仕掛けの玩具でもな」
「え、ぁぇ、…と、…うぇ」

 目の前のムナックは、剥き出しの怯えを涙と一緒に瞳からあふれ出している。
 なのに、サララの感情の一番先頭で熱く加速する部分は、止まってなどくれなかった。
 ガチョウを使った生物学の実験を引き合いに出したり、キューペットサービスの技術的な講釈、孵化前の段階の声紋登録など、敵意と嫉妬で武装した理屈の刃を振り回してしまう。
 ……サララ自身がもう止めたいというのに。
 容赦なく切り付けてくる言霊の群に、ムナックは俯き肩を細かく震わせ懸命に耐えている。
 ただでさえ、目深に被った独特の帽子と顔の半分を覆う御札で、彼女の表情は判りづらい。
 それが俯かれてしまっては、サララには窺い知ることはできない。まるで夜闇が満ちたガラスの森の向こうを探るみたいだ。
 …恐い。
 もしこれでムナックが泣き出したとして、サララは自分を止めることが出来るだろうか。感情の最後尾で萎縮している罪悪感が、この暴走を止めてくれるだろうか。
 無理だ。
 泣いている魔物を見た途端、過虐な理屈はその速度を増し目的を履き違え、何処にもない最後まで踏み込んでいく。自分がどれだけ嫌な女であるか周囲に撒き散らしながら。
 嫌だ、誰かとめてくれ。お願い……助けて、お願い…
 助けは直ぐ目の前から訪れた。

「黙れ貧乳オトコ女。ご主人様は守ってくれるって言ったんです。ご主人様は何処に行きたいか訊いてくれて、アルベルタって場所に海を見に行きたいって言ったら、コレが終ったら行こうって、言ってくれたんです」

 ムナックは泣いていた。
 大粒の涙を流していた。
 けどそれ以上に、熱く、強く、怒りと決意を解き放っていた。その放たれた怒りと決意に、何故かサララの感情が後ろの方から解きほぐされていく。

「ひん……にゅ…う? 」
「ええそうです、貧乳です。10代前半の頃は発展途上と言訳できたかも知れませんが、その齢でそのサイズは、貧相この上ないんです。ロリ担当とかも不可能なんです」

 ムナックは泣きながら、さら熱くガルデンへの想いを主張してくる。
 物同然に扱われてもしょうがない魔物の自分に、ガルデンは人間みたいに接してくれる。だからスリコミなんかじゃない、自分はガルデンが大好きで、ご主人様と呼んでいるんだ。
 ああ、解きほぐされた感情の先頭で、今まで世話しなく加速していた部分も、もう恐がることは無いのだとゆっくりと立ち止まってくれた。
 サララが望んだ助けが来たのだ。
 なんてことは無い。
 目の前のムナックもまた、一人の人間と思えて、相手の気持ちが理解できれば恐くない。陰湿な敵意を抱く必要なんてない、と。
 後にのこるのは、少々の気恥ずかしさと、陰湿じゃない競争心や対抗心だけだった。

「そちらがありすぎるのだろう。童顔のわりにそのサイズなんて反則だ。私よりある、というより巨乳過ぎる。どうせ服の下に外付け拡張だろうて」
「ふふ、残念でした。ご覧の通り私は拡張なんてしてません。貴方の負けなんです」
「な、羞恥心は無いのか。服をそんなふうに、はしたない。これは挑戦か、挑戦なのか、我ら微乳派にたいする宣戦布告か、あ?!いま微乳ではなくて貧乳の間違いだろ、とか思ったな、思ったであろう。ここ、ここの不必要な皮下脂肪の双丘がおもったのか?! それともその頂上の、ぷっくりとしたしこりが思ったって言うのか?!」
「きゃ、あぅぅ、ちょっと何をいきなり、ひっ、嫌です。ダメダメ、でも、にゃぅあ?、え、激しっん…。えぇい反撃です。小さい人は感度が高すぎるのが命取りっ、あぅぁ、も、もっ、あ、あゅ」

 二人とも何故だか解らないが、何やら文章で表現してはイケナイやり取りが始まってしまった…………
15凍った心エピローグ(4/11)sage :2006/01/19(木) 01:10:20 ID:kD3S48DU
 翌日はユリが直々にエリーの魔力の測定をした。
 まずはじめに基礎魔力チェック、その次に魔力安定度チェック、更には潜在魔力チェック、魔法威力チェック、詠唱速度チェックと次々にこなしていく。
 普通、一日にこれだけのチェック項目をこなすと修練を積んだ魔法使いでもへとへとになり、その晩の食事には手をつけられない程消耗する。
 しかし、エリーは終わった後もケロッとしており、相当暇だったらしく、ユリに色々聞いていた。この街のこと、ユリ自身のこと。
 その質問のお茶を濁す為にユリがゲフェンの街を案内して回るはめになった。
 そしてその晩、テストの結果が出たと言うので、エリーは嬉々としてユリの部屋へ行った。
 扉を開けると、ユリの他に4人、丸机を囲むように座っている。
「来たわね、まぁそこに座りなさい」
 そうユリに促され、扉から一番近い席にエリーが座る。
「結果から言うわね。基礎魔力はA+、これは近年稀に見る数値ね。
 次に潜在魔力、特Sクラス、伝説級の魔力、私もコレは敵わない。
 その次、魔法威力、Sクラス、魔術ギルド全体で上位15位に入れるわ。
 詠唱速度も申し分無い、A-。
 …で、ここまで見るとほんとに申し分の無い才能。
 ただ、一つだけ。魔力安定度が…ね、D。この意味、分かる?」
 魔術ギルドの格付けには[L,特S,S+,S,S-,特A,A+,A,A-,B+,B,B-,C+,C,C-,D+,D,D-]の18段階で表される。
 正確には86段階あるのだが、クラス分けや各期末ごとにあるテストの為にS〜Dで表示するだけだ。
 この格付けはL─過去最高の能力を持った者の値─を基準として下向きに作った物である。
「これは、貴女がその類稀なる才能を、間違った方向に使ってしまう可能性も示唆しているの」
 エリーの答えを待たず、ユリが静かに続きを告げる。
「私達、魔術ギルドでは優秀な魔術師を育成し、その力を正しいことに使わせる為の機関。
 そして、貴女の力は凄く大きいの。貴女は、この力をどう抑えて、どう使う?そこを聞かせてほしいのだけれど」
 静かに、そして淡々とエリーに向かって問いかける。
 そして、エリーはそれに答える為、静かに顔を上げ、答える。
「私は…大きな力を持っています。
 持ってるから…一人で…ずっと逃げてた。
 それで…んと…傷つけた、色んな人」
 部屋の空気が少し、修練を積んだ者でもその変化を感じるのは難しいくらいに、ほんの少しだけ重く、凍りつくような冷気を帯びる。
 少し動揺するユリ以外の4人をユリが眼で制し、エリーに続きを促す。
「色んな人…傷つけて…ずっと…
 でも…でも…ルカが、ミストラルが、来て、変われた。
 一人が寂しいって…死ぬの…怖いって…
 だから、私は…ルカみたいに…ミストラルみたいに…私…
 だから…えっと…ん…」
「OKOK、分かったわ、合格」
 軽くOKを出すユリ。目尻を潤ませていたエリーは目を少し見開いてユリを見つめる。
「ユリ様、しかし、この子は…」
「あんた達…今の聞いて分からなかった?とにかく責任は私が持つからこの子を明日からコースB-2受講ね」
「は、はぁ…」
 何がユリに分かったのかが残り4人は分からないまま、渋々承諾する。
 ちなみに、コースB-2は『☆らくらく魔力マスター☆〜これで君も魔法使い!〜』である。
「それじゃ、今日はお開き、エリー、明日からビシバシと講座があるから覚悟しといてね。当然指導員は私」
 そう言ってニッコリと微笑むユリ。エリーはその微笑に笑顔で返し、他の4人はと言うと、目を伏せ、エリーのこれからを哀れむようでもあった。
 魔術師ギルドの長、ユリ=クォートは鬼教官としてその名を各ギルドに轟かせている程の魔教官だ。
 そして更にはここ数年間、ユリの目に適う生徒がいなかった為、ユリ自身ウズウズしているから、この訓練がどれ程厳しい物となるか想像もつかない。
 4人はエリーのことを可哀想だと思うのだが、エリーを訓えられる者等ユリを除いていないのだ。
「がんばってな…」
「何とかなるから、頑張れ」
「まぁ…うん、これも運命だから…」
「諦めて…受け入れるの…」
 四者四様の励ましを残し、ユリの部屋から去っていく4人。
 そしてエリーもユリにおやすみ、とだけ言い、自分の部屋に戻って行った。
16凍った心エピローグ(5/11)sage :2006/01/19(木) 01:10:59 ID:kD3S48DU
 その翌日、エリーに対する講義は始まった。
「まずはじめに、魔法という物は魔力を媒体とし、空中や水中、土中に存在する精霊に呼びかけて発動してもらう物なの。
 ここで大事なのは、自分で発動する物ではなく、発動してもらう物。つまりは精霊に呼びかけることが必要なわけですね。
 そしてこの呼びかけが一般的に詠唱、と呼ばれる物。その詠唱は人によって違います。
 何故かと言うとこれは私達一人一人が個人同士の付き合いにおいて、好き嫌いが生じるように、精霊との間にもそれは生じます。
 つまり、精霊に呼びかけるにはそれぞれ自分にあった呼びかけでないと精霊は見向きもしてくれません。
 精霊を呼びかけるにあたって、自分にあった言の葉、それは自分の頭の中に浮かんできます。
 正確に言うと元々自然との調和を重んじた人間、それが───」
 ユリの講義は図を使い、手書きの絵とテキストを使い、分かりやすく解説してくれる。
 だが、初心者にはきつすぎる内容であるので、いくら分かりやすいとは言っても普通は情報の過流入で頭がパンクする。
 この講義内容は昨日ユリの部屋にいた4人が聞いても疲れる内容だろう。大抵の魔術師は習うより慣れろで魔術を使いこなしているからだ。
 だが、本物の才能はこの仕組みの真の理解によって開花するのが魔法の特徴だ。それを完璧に一つの流れと体得し、理解することでより自然と一体になり、魔法を発動しやすくなるからだ。
「──なので、えー、詠唱とは人に聞いてそれをなぞって言えば魔法が使えるわけではありません。
 一部スクロール等は除外して、魔法というのは自分を知り、世界を知ること。この世の理を知ること。
 そして知れば知るほど自然との結びつきが強くなり、自身の魔力は高まります。
 そして、これから言うことは精霊達の手助けを得る上で──」
 エリーはただ黙ってユリの講義を聞き、偶に聞かれたことを答え、自分の見解を示す。
 知識の奔流をエリーは屈することなく聞き、取り入れていく。吸収力もエリーは並大抵ではなかった。
 それというのも元々エリーは何も知らない状態で魔法を使っていた。
 その為か、何となく今話されている内容は分かるのだ。
 魔法を使う時、エリーは腕を振るう。それは一つの詠唱のような物だ。
 空気の振動で精霊に呼びかけるのが詠唱であるとすれば、エリーの動作は精霊を指揮しているのだろう。
 そうした仕組みを漠然と理解していたからここまで吸収力も高いのだ。

 エリーはそうして講義をいくつもいくつもこなし、尋常でないペースで講義を進めていった。
 この優等生っぷりにユリも満足そうで、鬼教官としての名にそぐわない程、穏やかな授業だったとたまに覗き見た生徒は口々に言った。
 単に鬼教官にユリがなる理由というのはユリの講義に比べて生徒の頭がついていかないので、ついついきびしめになってしまうだけなのだ。
 そうしてエリーは普通では4年かかる魔術師までの過程をわずか4ヶ月で終え、立派な魔術師と認定された。


─────────────────────────

「へぇ〜、エリー凄いね、あのユリの講義をそんなペースで…」
 話し終わったエリーにそうこぼすルカ。
「ルカ、受けたことある?」
「うん、アレは一回体験授業受けてみたけどほんと、もう、頭から湯気が立ってたもん」
「わ、大変」
「そうそう、しかもさー、ユリってば分かってないと見るや否や凄い 丁 寧 に教えてくれるんだもん。」
 丁寧、という言葉をかなり強調し、昔の思い出にひたるルカ。苦い表情がその時の丁寧さを物語っているのだろう。
「あとあと、色んなとこ行った…」
「あ、ギルド出た後って色んなところ見て回ったんだってね?どうだった?」
 その後、夜遅くまでエリーの思い出話で盛り上がっていた。
 イズルードからアルベルタまで初めて乗った船の話。
 フェイヨンは緑の木ばっかりだったという話。
 蟻地獄が凄い深くてびっくりしたという話。
 モロクが凄く暑かったという話。
 モロクで出会った双子の話──

「寝ちゃった、話し疲れたのかな」
 そう言ってスヤスヤと寝息を立てているエリーに毛布をかぶせるルカ。
「さあな」
 二人が盛り上がっていた横でずっと書類を読んでいたミストが応じる。
「何にせよ、今日は疲れたねぇ、明日も疲れるけど…」
「そうだな、早く寝ておけ」
「はーい、じゃ、おやすみー」
 そう言ってルカはエリーを背負い、部屋を出て自分の家に戻る。
 翌日にはこの部署にも新しい仲間が入るかもしれない。
 もしかしたら背中で静かに寝ているエリーが、試験に合格して入ってくるかもしれない。
 そんな新しい日常を想像して少し頬が緩むルカだった。
17凍った心エピローグ(6/11)sage :2006/01/19(木) 01:11:40 ID:kD3S48DU
─翌日
 朝っぱらから鳴り響くブラストマインの爆発音、その音と共に司会進行のルカの声がプロンテラ演習場─プロンテラPvエリア─に響き渡る
「えー、みなさあーん、今日はこれから一年、自分の行く先を決める大事な日!
 隠し芸をする皆さん、ちゃーんとネタは仕込みましたか?
 演奏をする皆さん、楽譜は頭の中に叩き込みましたか?
 競技に出場する皆さん、体は暖まっていますか?
 そして、戦闘競技に参加する皆さん、武器・防具の手入れはすみましたか?」
「「「おおおおおおおおーーーーーー!!!」」」
 色んな位置で歓声があがる。新入団員はその異様な雰囲気にびっくりする者、ノる者、無関心な者に分かれた。
 こんな異様な雰囲気になるのも、今日と言う日が騎士団員にとって特別な日だからである。
 入りたい部隊を指名し、そこの隊長が指定するアピールをこなし、隊長以下5名が審査をするというPE方式。これは、不合格の場合は他の部隊も勧誘可能である。
 例えば第一音楽隊、ここに入るには一流の楽団に劣らない管楽器のセンスが必要だ。
 または、競技をこなし、その上位に入賞することをアピールとして、部隊に指名してもらうことができるというGI方式。
 これは新入、古参、男女、年齢、階級に関係なく参加でき、一種のお祭りだ。
 PE方式の指名した以外の部隊の勧誘、及びGI方式の指名に関してはその部隊に入るのを拒否することもできる。
 なので部隊長などはGI方式に遊び半分に参加する者が多い。
「それでは、まずはPEから参りましょう。それでは最初の方、どうそ!」

─4時間後
「えー、GIも終わり、いよいよ最後の、そして今日のメインイベントの出番です。
 それでは我等が団長、ミストラルから説明をしてもらいましょう。どうぞ!」
 そう言って横に立っているミストラルに振るルカ。
「去年以前に体験した者はもう分かってると思う。
 が、一応新入の為にルールを言っておく。
 俺かルカ、その二人のどちらかを選んで1対1で戦ってもらう。
 俺達のどちらかがKOする前に一撃でも入れたら合格だ。
 スキルは自由、回復剤も使いたければ使え。使える暇があるなら、だがな。
 尚、職によって格差を少なくする為に魔法職は5回魔法を使うまでこちらは攻撃をしない。
 ただし、広範囲魔法、つまりストームガストやメテオストーム、ロードオブヴァーミリオンは当たってもカウントされない。
 支援職に関しては打撃系の場合は措置無し。支援系に関してはある一定時間耐え切れたらそれで合格とする。
 ちなみに、一撃入れるだけじゃなく返り討ちにした場合、そいつが新しい団長となる。以上だ」
「はい、ありがとうございましたー。それでは開始したいと思います。
 参加希望者は武器屋前に整理番号のクジを用意したので一人ずつ、押しあわないようにして引いてくださいね」
 そしてすぐに武器屋前は腕に自身のある新人、古参、各部隊長等でごった返す。
 参加者は、新人50人、他古参、部隊長等合計112人、総計162人である。当然エリーもその中にいる。
 次々に参加者はクジを引いていき、その順番を確定していく。
 一番手は新人の騎士であり、知り合いだろう同じく新人に自慢していた。そしてその光景を古参達は同情するような目で見ていた。
 ちなみにエリーは113番目となった。

「えー、それでは順番も出揃ったことですし、ちゃっちゃとはじめましょう。
 めでたく一番を引き当てたのは、えー、なんと新人の方です。それでは、イクス=ローレンス君、前へどうぞ!」
 噴水周りには戦闘から観客席を守る為に魔術柵が敷かれている。そして噴水前にはルカとミストラル、そして一番手だという新人のイクスがいた。
「それでは、どちらと戦いたいですか?今のお気持ちはー、DOCCHI!?」
 何処かで聞いたような台詞で聞くルカ。
「えー…じゃあ…ルカさんで…」
「いきなり私かよ、ひどいー、ということでミストはとっとと退避しといてね。それではいきましょう。レディー、GO!!」
「え、ちょま」
 いきなり開始を宣告され、イクスがうろたえる、が先制の一撃は来ない。
 そればかりかルカはチェインをその左手にだらりと下げ、盾も構えずに、
「んー、えーと、イクス君だっけ、どうぞお先に」
 その天使のような微笑を浮かべて、侮辱ともとられかねないことを言う。
 しかし、イクスは切り込まない。その言葉の裏にどんな罠があるとも分からないからだ。
 別にルカからしたらそんなつもりは無い。ただ単に実力を見たかっただけであるのだが…。
 そしてジリジリとイクスは間合いを詰める、がある一点で止まり、それ以上進もうとしない。
「むー、慎重すぎると思う。そっちからこないならこっちから、いい?」
 そう言った瞬間、イクスの答えを待たずにルカは飛ぶ。
「な!?」
 イクスの視界から一瞬でルカは消え、既に後ろに回っている。
「ほらほら、後ろにも気を配らないと、ね」
 観客からしてみたらイクスに軽くチェインを振るっただけ。なのだが…

 コ゛ッ

 そんな鈍い音と共にイクスの体は噴水から遥かに離れた柵にたたきつけられている。
「が…はっ…げほっ…」
「むー、手加減はできないから、ゴメンね」
 いつの間に移動したのか吹っ飛ばしたはずの張本人が倒れているイクスの傍でチェインを後手に右手でゴメンのポーズをしている。
「それじゃ、おやすみ」
 チェインを振り下ろす。それが命中し、イクスは気絶した。
「えー、第一試合、私の勝ちぃ!」
 と、司会の役目も忘れていないルカ。その声と共に静かだった会場から大音量の拍手と口笛が響き渡った。
「えー、次の方は─
18凍った心エピローグ(7/11)sage :2006/01/19(木) 01:13:36 ID:kD3S48DU
 そうして試合が進んでいく。その圧倒的な試合を見る度に棄権をする新人の数が増えていく。
 古参の者は既に覚悟していたらしく、棄権者はいない。しかし、合格者も全くいない。
 ある者はミストラルに槍であしらわれ、ある者はルカにボコボコにされた。
 そのほとんどが開始30秒以内に終わらされ、残りの者も1分以内には勝敗が決している。
 そして整理番号は112まで終わり、次は113、エリーである。
「それでーは、私もそろそろ疲れてきましたが、まだまだ出場者は残っています。
 今回入団した中で最年少、なんと若干15歳の女の子の登場です。エリー=スノードロップさーん、前へどうぞ」
 そしてその紹介と共にエリーが噴水にむかう。
 会場がどよめく。最年少ということと、昨日の一件のことである。
 既に根も葉もない噂─ミストラルかルカのどちらかとエリーは血縁なのではないか、とか国王の隠し子だからあんな年で魔術師なのだ、とか─が多少流れていたせいでもある。
「えー、それではエリー、どっちと戦う?」
「ミスト」
 微妙にエリーもルカも親しげな口調なのもその噂を後押ししているわけだが。
「はい、じゃあ私は観戦席にお邪魔して、さてさて、それでは、レディー、GO!!」
 その開始の合図と共に二人とも飛びのき、20mくらい離れ対峙する。
「ミスト、本気で」
「じゃないと…団長の座を奪われそうだな」
 そう言い、ミストラルは槍と盾を柵の後ろに投げ捨てる。
 それが観客席を更にどよめかせる。今まで部隊長等を全く物ともしなかったミストラル本気を出すと言う。しかも少女相手に。
 観客席はシンとなり、その場に紡がれるミストラルの言の葉。

─我が血肉、注ぎて生まれし者があり。祖の心、産まれて何を想うのか。想いは護りの力となる故に、我、祖の力を導かん──

 その言の葉と共に表れる黒い刀身。その美しさに観客の誰もが見とれ、言葉を失う。
 そしてミストラルはその剣を握り締め、構える。
 エリーはカッツヴァルゲルの表れる様子を懐かしそうな目で見つめ、そして腕を広げる。
 両者、その構えのまま凍りついたように動かず、相手の様子を伺っている。
 観客も息を飲んでその様子を見守り、どちらが先に動くかをほとんど瞬きせずに凝視していた。
19凍った心エピローグ(8/11)sage :2006/01/19(木) 01:14:09 ID:kD3S48DU
 今回も火蓋を切ったのはエリーのほうだ。
 腕を振り上げ、言葉を紡ぐ。

─我奏でるは輪舞曲。舞うは凍てつく氷柱なり──

 その言葉と腕の動きにあわせ、氷柱がミストラルの周りを荒れ狂う。
 コールドボルトの変形版、とでも言えばいいだろうか、いくつもの氷柱がミストラルを四方八方から狙う。
 つい7ヶ月前、ルティエの時とは比べ物にならない大きさ、鋭さを持った氷柱である。
 が、ミストラルはことごとく避け、起動を逸らし、切り落としてそれを防ぐ。
 そしてそれに間髪入れずに詠唱を続けるエリー。

─我奏でるは輪舞曲。舞うは深淵なる雷なり──

 今度は雷の玉が一つ。
 ユピテルサンダー、なのだがエリーの潜在魔力のせいで極端にその直径が大きい。
 それがミストラルに向けて凄まじい速度で飛び迫る。
 その球体を横っ飛びをし、更にカッツヴァルゲルを棒高跳びのように地面に刺し、それを利用し更に横に飛ぶ。
 雷の弾は噴水に直撃し、莫大なエネルギーの塊を受けた噴水は耐え切れずに砕け散った。
「むー…」
 不満そうな顔のエリー、それはそうだろう。普通はかわせないのをミストラルは思いもよらない回避方法で切り抜けるのだから。
「どうした、こないならこっちからも行くぞ」
 そう言って姿を消す。と言っても実際には消えているわけではないがアサシン顔負けの速度で移動し、エリーの死角に常に位置取っているだけのことだ。
 エリーは周りをキョロキョロとし、ミストラルを探す。
 しかし見つけられないと悟るとすぐに次の動作に移る。

─我奏でるは綺想曲。飛び回るは氷の刃。全てを凍らせる氷の刃。我が前にて荒れ狂いたまえ──

 詠唱の完了と共にエリーを中心に吹雪が起こる。ストームガストだろう。別にエリーはルールを忘れて出したわけではない。
 その吹雪は範囲内の障害物に当たる。そう、いくら速く動いてもコレが当たればその場所が分かる。
 おまけにその吹雪の中に入り、あまりにも速く動きすぎると体が切り刻まれるオマケつきだ。
 そして、エリーの右手6mの辺りで雪がはじかれる。
 エリーはその方向を見ずに右手を振るう。
 吹雪の中、先ほどよりは小さいが鋭く、当たれば大怪我はするだろう氷柱が10本形成され、飛んでいく。
 そして飛んでいった氷柱は、その雪がはじかれていた所に殺到し、対象を貫く。
 ミストラルの"マント"を。
 エリーはそれを見た瞬間、いや、見る前に予知とも言えるような直感でその場を飛び退く。
 その瞬間、エリーのいた場所の真上から黒い剣が落下してきて、地面に突き刺さる。
「っ!?」
 飛び退いたエリーはそれを見て、すぐさま手を自分に当てて魔力の障壁を作る。障壁と言っても衝撃を軽減する程度の物だが。
 そしてその直後、エリーの鳩尾にミストラルの拳が深く突き入れられる。
 エリーは倒れず、すぐさま飛び退く。だが、ダメージが無いわけではない。
「げほっ、げほっ…うー…」
 咳き込み、恨めしそうな目でミストラルを見るエリー。
「どうした、周りに雪が無いと何も出来ないのか?」
「そんなこと…」
「じゃあやってみせろ」
 そう言い、ミストラルは先ほどまで吹雪が吹き荒れていた中心に飛び、自分の剣を抜き、またエリーの死角に潜り込む。
「むー」
 エリーは不満そうな声を上げ、考える。勝つ方法を。

──ミストラルは思いもよらない方法でこちらの攻撃をかいくぐり、反撃してくる。
  それならばどうすれば勝てるのだろう。接近戦に持ち込まれたら勝てない。それは当然。
  何故ならこちらの攻撃は詠唱を基本とする。いくら威力が高くても詠唱出来なければ発動さえしない。
  避けつつ詠唱できれば発動はするだろうがそれも望みは薄い。ミストラルの攻撃をそれほど避け続けれるとは思えない。
  万が一避けきって、詠唱を完了したとしてもその発動した魔法は当たらないだろう。それは既に7ヶ月前体験したから。
  と、なると、んー…
20凍った心エピローグ(9/11)sage :2006/01/19(木) 01:14:42 ID:kD3S48DU
 ヒュッ

 振られる剣、それをエリーは体を左足を中心に回転させるようにしてかわす。
 すぐに右足を地に下ろし、今度は右足を軸にして回転、それによって追撃の肘打ちをかわす。
 右手を反射的に振り上げると、氷の柱が地面から突き出て二人の間に壁となる。その氷の壁がそれ以上のミストラルからの追撃を防ぐ。

──こんな壁すぐに壊されるか融けるか、どっちでもほんの時間稼ぎにしかならない。
  ミストラルに勝つ為には生半可な攻撃じゃダメ…。
  訂正、勝つ必要は無いのだ。一撃を入れる。それで勝ち。
  一撃、それを入れるのが難しい。
  魔法は軽く避けられ、砕かれ、逸らされる。
  詠唱の長い物は唱える暇なんてないから…。
  一撃…一撃…んー…

 ヒュオッ

 頭をめがけて振られる黒い剣。
 それを上半身を仰け反らせてかわす。そして次の瞬間、その剣が一回転して足を狙ってくる。
 エリーは少し足に力をこめ、足を地面から離す。刃はその足スレスレを通過していき、もう一回転してこようとする。
 エリーはほとんど頭から落ちるような状況から手を地面につけ、ミストラルのほうへ腕の力だけで飛ぶ。
 ミストラルの懐に飛び込んだエリーは振られてきた剣の鍔よりも内側に入り、その体でミストラルの腕を受け、その衝撃を利用し離脱する。
 ミストラルはすぐに反撃を警戒し、飛び退く。エリーはすばやく体勢立て直し、詠唱を始める。

─我奏でるは協奏曲。氷、雷、土、その和音複雑となりて我が前の敵を打ち払え──

 細かい雪の飛礫、小さな落雷、地面の隆起によりミストラルの動きを制限するような細かい魔法である。
 先ほどまでと比べたら威力は低いだろうがそれでもまともに当たればただではすまない。
 その雪・雷・地の力の流れをミストラルは全て避け、少しずつだがエリーに近づいていく。
 まるで誘導でもされるようにゆっくりと。
 ミストラルは近づきながらも違和感を覚えている。この攻撃はおかしい、と。

──この濁流は当てようとしてはいるものの、逃げ道があるのだ。それがおかしい。
  今までの攻撃は逃げ道を作らなければ無理だろう状況だった。
  しかしこの攻撃は明らかに逃げ道がある、いや、用意されていると言うのが正しいだろう。
  それならば新しい逃げ道を作れば、いや、それはダメだ。
  この濁流は全てが小さな粒子で構成されているから氷柱等とは違い切ることも逸らすこともままならない。
  かと言って逃げるのは無しだ。逃げ道がある方向の力をよりその他の方向の逃げ道を塞ぐことに使っているのだろう。
  どんなに剣を使い、その刀身を利用して逃げても二、三撃は貰うだろう。そしてこの魔法は範囲が半径8m程、ヘブンズドライブが6m程度、ストームガストが12m程度。
  審査員はおそらくこれを広範囲魔法と認定しないだろう。つまりコレを喰らったらそれで負けなのだ。試合においては勝てるかもしれないが勝負に負けることになる。
  今必要なのは確実に避けること。肉を切って骨を断つことじゃない。
  だとしたら今はこの逃げ道に従って避けていくしかないだろう。
  この先にはどんな罠が待っていることやら…。

 雪のような氷の刃が舞い、その合間を縫うように雷が荒れ狂う。そしてその足元は泥沼と化している。
 ミストラル目掛けて雷が迸り、それを剣の刀身で地面に受け流す。
 舞う氷は不規則にその軌道を変え、ミストラルに迫る。
 それを泥にまみれるのもかまわず前転の要領でかわす。
 既にエリーとミストラルの距離は3m程しかない。
 そしてミストラルが次の回避動作に移ろうとした瞬間、変化は起きた。
21凍った心エピローグ(10/11)sage :2006/01/19(木) 01:15:17 ID:kD3S48DU
─────────────────────────

──思いついた。うん、これなら。
  んー…何がいいかな…ガストダメだし…んー…
  ん、そうだ、ガストとボルト、クァで、うんうん。

 エリーは心の中で呟きつつ、ミストラルの攻撃を紙一重で避ける。
 そしてその必要な詠唱を頭の中で組み立て、それを腕を振りつつ、口でそのまま発音させる。

─我奏でるは協奏曲。氷、雷、土、その和音複雑となりて我が前の敵を打ち払え──

 その言の葉と共に集まる冷気、空気が擦れあい発する雷、噴水の残骸より覗く地面から水の様に湧き出る土砂。
 それらがミストラルを中心として凝縮し、雪と雷が絡み合い、地面は融けた雪と泥で泥沼になった。
 決して範囲が広がらないように慎重に一部を除いて隙間を埋め、ミストラルの周りを囲む。
 ミストラルは当たり前のように残した隙間に逃げ込む。
 それはつまり、この後のエリーの罠も予想していることだろう。
 エリーにとってそこまでは予想通りなのだが、何処までの攻撃を予想しているかが勝敗の鍵となる。
 そしてミストラルが少しずつ、少しずつ近づいてくる。既に距離は5m程度だろうか。
 ある程度その場の空気をかき混ぜ、雪、雷がもう少しの間飛び交うようにする。
 そして新たな言の葉を紡ぎ出す。

─我奏でるは小夜曲。甘い響きは氷の誘い。凍てつく夜の、恋の唄。美しく、暖かく、やわらかいその音色は珠なりて。我が敵を押しつぶせ──

 それは7ヶ月前の最後にエリーが、いや、エリカが放った技であった。
 雪がミストラルの周りを回転し、美しい"珠"と化す。
 ミストラルはその"珠"の攻略法を既に知っている。"珠"が出来上がり、間髪いれずにミストラルのボウリングバッシュが放たれる。
 それと共に"珠"に亀裂が入り、割れた。そして、ミストラルがその剣を構え、エリーに向かって跳躍しようとしたその瞬間。
 割れたはずの"珠"の破片が回転の勢いを失わず、再び連結をはじめ、廻りはじめる。
 再びミストラルはその"珠"に向かってボウリングバッシュを撃ち込むと、また四散し、ほんの少ししてまた"珠"の形を作り始める。
「く…」
 初めてミストラルの声に焦りの色が混じる。それもそのはずだ、7ヶ月前の欠陥がもう今は無い、つまり新たな打開策を限られた時間で思いつかねばならないのだ。
 そしてその打開策をたてるべく、頭をフル回転させ考える。

──これは7ヶ月前と同じ技か?いや、違う技と考えたほうがいいだろう。
  何しろあのユリの元で学んだのだ、きっとユリもこれにアドバイスし、更に改良が加わっているのだろう。
  それならば、どうすれば破れる?どうすればこの状況を打破できる?
  ボーリングバッシュは一瞬珠を四散させるが、その後すぐに戻ってきてしまう。
  となると何だ、大人しく負けるのを待つのか?いや、それはありえない。
  しかしどうする、どうすればいい?考えろ、考えれば何とかなる。
  落ち着け、心を落ち着けろ。この"珠"の迫る速度は遅い。そうだ、落ち着け。
  しかし持っている技でこの状況を切り抜けられるとは思えない。
  バッシュでは雪は切れない。マグナムブレイクで融かすことはできるだろうが多くの熱量が自分に返ってくるだろう。
  そんなことになったら最悪の場合自爆だ。
  かと言ってボウリングバッシュをしてもすぐに戻ってくるだけ…戻ってくる?

 一つの疑問が心に浮かび、それを試すべく今一度剣を構え、ボウリングバッシュを放つ。
 "珠"が四散し、エリーの姿が一瞬見える。珠が戻る前に横に跳躍する。周りから見たら戻ってくる"珠"から逃れようという行動に見えることだろう。
 しかし、それは意味が無く、"珠"は再びミストラルを中心に廻り始める。

──やっぱり…これは俺を中心に廻る。つまりは吹っ飛ばした一瞬ならば何処へでも移動できる。
  と、いうことはだ。

 もう一回、ボウリングバッシュ。四散する"珠"。観客の目にはそれが最後の足掻きに見えることだろう。
 "珠"が四散し、エリーの姿をミストラルが見た瞬間、ミストラルは飛んでいた。
 エリーにミストラルが肉薄し、その剣を振るう。
 エリーはその斬撃を体を捻ってかわし、飛び退こうとして気づく。
 既に"珠"が閉じている。エリーはこちらを観念した様子で見上げ、言う。
「むー…はやく、終わらせよ」
 ひざをつき、腕をダランと下ろす。
「そうだな…」
 ミストラルはそう言い、剣を振る。その瞬間、血が滴り落ちる。
22凍った心エピローグ(11/11)sage :2006/01/19(木) 01:15:33 ID:kD3S48DU
 ミストラルの剣はエリーを切り、その血で刀身を赤く濡らしている。
 また、エリーの手も血で濡れている。そして、エリーの手の先には短剣のような物、氷で作ったナイフが握られてた。
「な…」
「わーい…せいこ…う」
 そして微かに笑いながらエリーは倒れ、周りを廻っていた"珠"もその勢いを失う。
 その雪が全て落ち、観客からも結果がはっきりした。
「え…あ、えーと…ミスト、喰らってる?」
 ルカは恐る恐る聞いてみる。
「あぁ、最後に一発貰った。俺の負けだ」
 そう、エリーは最後の最後、自分が近距離では何もできないという先入観を利用し、瞬時に氷のナイフを作ってミストの腕に刺したのである。
「な、な、なんとおおおお、最年少魔術師、エリー=スノードロップ、合格です!!」
 そう叫ぶルカ、会場は激しい剣と魔法の応酬で静まり返っていたが、その声ではっとしたように大歓声、大拍手の嵐。
「あ、と、その前に、衛生部隊いいいい、ひーるー、ひーるーーーー!」
 更に叫ぶルカ、すぐに医療部隊がやってきて、処置をする。いくらPvマップで加護を受けているとは言え、怪我は怪我だ。放っておくと死にはしない物の後遺症が残ることがある。
 その凄まじい戦闘に残りの新人は戦意を喪失し、残った古参達も自身を失い、果敢に挑戦はするが、すぐに負傷したミストや何故か機嫌の悪くなったルカに負けていった。

 そして、全ての挑戦者が終わった後、結果発表という名の部隊編成が発表された。
「えー、第一徒歩騎士部隊合格者───」

「─最後に、騎士団長直属部隊、編成はミストラルが隊長、副隊長が私、ルカ、そして新たな仲間がエリー=スノードロップとなります。
 以上で、本日の日程の全てを終わります。お疲れ様でした!各自部隊長の指示に従い、解散!」
 そう言い、各々の部隊に集まり、帰っていく。

 肩を借りて帰るもの、急いで帰るもの、駄弁りながら帰るもの、それらを見ながらルカは複雑な気分だった。
 エリーが部隊に入ってくれるのは嬉しい。いろんなことを話したいし、色々聞きたい。
 しかし、一方で、これからはミストラルと二人きりじゃなくなるのだなぁ、という微かな寂しさがあった。
 ついでに、エリーのラストネームのスノードロップ、花言葉は確か『希望』
 それと、もう一つ。『初恋のまなざし』
「まさか…ねぇ…」
 根拠も無しに不安になる。寂しくなる。そしてルカは思う。自分は嫌なやつだな、と。


─────────────────────────

 翌日から、騎士団長直属部隊の部屋の人口密度が上がった。
 エリーが正式に配属されたのだ。
「ルカー」
「ん?なーにー、エリー。何か困ったことでもある?」
「ん、お話しよ」
「そうねー、じゃあ何はなそっか」
「お前ら、働かないと給料はやらないからな?」
「「むー…」」
 そして、賑やかさも一段と上がった。
「あ、そうだ、エリー、これからも改めてよろしくね」
「ん」
 素っ気無い挨拶。しかしこれがエリーの心を開いている証拠なのだとルカは思った。
 そしてまた違うことも思う。別にこの子がミストを好きなのだとしても、私は私、エリーはエリーなのだと。
 そもそも、エリーに恋をしろと言ったのは自分なのだし。
 そう思い、ポジティブに考えることにしたルカであった。
「あぁ、そうだルカ、この書類見てくれ」
「はーい、ちょいまって」
 そうして、今日も今日とて新しく、変わらない毎日が始まるのだった。
23ペットの人sage :2006/01/19(木) 01:27:14 ID:iSSHQhG2
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」

 数分後なんとか蘇生したガルデンにより、彼女たちの暴走は取り押さえられた。
 二人とも、衣服が乱れ、所々に引っかき傷があったりと、ひどいありさまだ。
 それでも、勝敗というものが決まりかけていたらしい。
 被害状況が幾分軽いサララに対して、ムナックは息も絶え絶えに路面に横倒しに伏している。
 なぜか彼女の吐息は微熱がこもり、汗ばんだ頬とうなじにはほつれ髪が張り付いている。密やかに光るのは、焦点の定まらない眼と、唇端の少しだけの唾液。
 東方風の上着の止め紐がすべて外れ、インナーのシャツも肩からずり落ちるばかりか、下からも大きくめくられていた。
 線の細い鎖骨と二の腕がはだけ、つるんとしたお腹がむき出しになり、呼吸に合わせ上下している。
 仰向けに寝返りでもすれば、サララの闘争本能に火を付けた、たわわな膨らみが見えてしまう。
 もしガルデンの蘇生が遅かったら、ある年齢に達していない者にはお見せできない事態が起きていたかもしれない。
 そんな事態を招きかけるほど暴れたサララだが、今は神妙なほど大人しくなっている。
 たった一枚の上質の羊皮紙のもつ大きな力によって。
 ……それはプロンテラ騎士団の正式な依頼書。

「本当に仕事だったのか……。それにしても、どうせまたキョーツが持ち込んだ、ろくでもない仕事なのだろ?」
「確かにそうだけど、キョーツは悪くないからせめないでよ」

 ギルドの会計係を勤めるキョーツという女言葉をつかう男セージがいる。
 彼はどういう伝手があるのか知らないが、時より各種の”依頼”をギルドに持ち込んでくる。
 頼まれ事やお役所からの任務など、”依頼” をこなして報酬をもらう現金収入。大概は人には言えない内容ばかりだ。
 まして『不正は見逃してこそ金になるのよ』 が持論というキョーツが持ち込むだけに、今までろくな依頼だったためしが無い。
 確か先月は、「アルベルタで凶暴化したポリンを殲滅してちょうだい……中央の役人にバレる前に」 という依頼だった。
 今回も『街を騒がす都市伝説、ペットイーターのおとり捜査をしてね』 というありさまだ。

「なぁマスター、おとり捜査と言ってもペットイーターが直ぐかかる訳ないであろう。釣は詳しくないが、餌を用意しただけで、直ぐに魚や熊が釣れるものではないだろうて。それと同じで、いくら待ってもペットイーターなんてかかる訳が無い」
「………それがかかるんだ」

 声のトーンを落とし、何故か視線をムナックに向けてガルデンは語りだした。

「この仕事は、かかるように仕組まれているんだよ。依頼の出所はプロンテラ騎士団になっているけど、実際はプロンテラ教団の上層部、それもかなり上からの依頼なんだ。そしてペットイーターはモンスターなんかじゃなくて、教団の出家信者数名らしいんだ」
「内部告発……いや違うな。あれは下や真ん中から発せられるものだ。となると、秘密粛清の外部委託???」
「僕にはよく解らないけど、そういうことらしい」

 教団側でも、ペットイーターに潜入捜査官を潜り込んでいるとのこと。
 その上で大体の日時と場所は騎士団を通して、『偶然に現行犯逮捕』 されるように打ち合わせてあるとのことらしい。
 秘密粛清の外部委託。この珍妙な図式にサララは解せない。
 教団上層部は何を隠したいのだろうか。
 ペットイーターの存在を隠すなら内輪で処理すればいい。

「ふむ、察するに『ペットイーター』という都市伝説な噂にしても、連続ペット襲撃犯を隠すために教団が広めたという考えるべきだ。無論確証はない。だが妥当な線はいっていると思うぞ」

 じゃあ、そのわざわざ隠したペットイーターの始末を外部、騎士団に依頼する必要があるのか?
 なぜ委託先が騎士団なのか? なぜ偶然を装うのか? サララは思考する。

「なぜ騎士団なのか、この点は直ぐに解ける。他に頼める場所など無いのだからな」
「え、何で?」
「はぁマスター、最近の情勢くらい把握しておいてくれ。プロンテラ市内の勢力は主に4つ、騎士団に教団、王室、そして私たち冒険者だ。4つめの冒険者に依頼するとなると不特定多数に接触しなければならない。そうすると情報の機密性なんてありえないだろう。全然秘密ではなくなってしまう」

 今回のように最終的には冒険者が関与するにしても、一度、騎士団というフィルターを通して情報のろ過をしなければならない。
 じゃあ、残りの王室は……無理な話だ。なにしろ教団と王室は国政レベルで対立しているのだから。
 保守派の教団と改革派の王室、というのが簡単な図式だろう。
 トリスタン3世はなかなかの改革家だ。
 『来たるべき人と魔の戦争』 に対して正規軍以外の軍事力の確保のために、冒険者をギルド単位で束ねてのGvGを導入。
 民兵組織として機能させるだけでなく、各種回復剤の消費拡大や公営鍛冶場の利用者増大などで、経済の建て直しも成功している。

「確かにみんな白ポーション、がぶ飲みだからねぇ。装備も人もお金かけてるし」
「なんだかんだ言ったところで、一番経済が発展するのは、管理された軍需産業だからな。模擬戦であろうと、戦争は技術と経済にカツをいれる」

 外交面でも、シュバルツガルド共和国、天津、崑崙などなど、いくつもの国交を樹立させ大きな成果を残している。
 が、国内の貧民層の救済には何もしていないのが現状だ。
 一方教団は、村々の教会を繋いだネットワークを使い、国内、特に地方の福祉に力を注いでいる。
 外交面では、ホムンクルス全面禁止条約などで存在感を示すものの、王室に差をあけられっぱなしである。
 しかも本来教団が取り仕切っていた結婚式をトリスタン3世に横取りされた痛手がある。
 故に、国政に関して教団は王室の意見には真っ向から対立している。

「これくらいの知識は私でも持っているぞ。もっと専門的なことは、エンデさんあたりに聞いて勉強しておいてくれ」
「ごめん、あんまりintふってないから」
「そういう事ではない。情報量を増やして欲しいということだ。あるていど情報があれば、こんな胡散臭いばかりか危ない仕事を、請け負うこと無いないだろうに。もう」
「この仕事、危ないかな?」
「危ないに決まっているであろう。アルベルタで狂暴化したポリンを殲滅すのとはわけが違う。最悪、マスターがペットイーターだったと言う濡れ衣で始末されるかもしれないぞ。そこまで考えたか? 考えていないであろう」
「えっ、うん。そういう事は考えてなかった。そういう事は」

 まったく、この男は……。サララは深くため息をついて隣のクルセーダーに、困った視線を送る。バカというか、深く物を考えないというか。タフだけが取り柄というか。
 さらに性質の悪いことに付け加えれば、そんな男をサララは放っておけないということだ。
 それは、この男のことが好きなのではなく、単に放っておけないだけなのではないだろうか。
 忘れかけていた不安がまたも滲み出てくる。
 踏み込めないのは、仲間意識とか正義感とか………

「………では、その“偶然” 襲われるまでに作戦を立てておくとするか。マスターは前衛と献身を頼む。相手が何人かわからないが、ここよりもっと細い路地に移動するべきだな。ありきたりな戦術だが、一度に何人も相手にしないですむようにしたい」

 やっぱりダメだ。
 サララには、これ以上自分の内面なんか考えられない。
 出てくるのは不安ばかり、ならば無理やりにでも考えないようにしなければ、身がもたない。
 だから彼女は、使い古しの対処療法とわかっているが、具体的な作戦を口にして自身の感情も事態の流れも、持って行きたい方向に持っていく。
 なのに、こちらを散々焚きつけたガルデン本人は、明らかに驚きと拒否を表す。

「っ!! 。そんな、サララさんも残る気なの? ダメだよ。僕一人でいいよ」
「マスター、仕事の危険性を気づかなかったくせに気づいたとたんに、それは無いであろ。従えない台詞だぞ」
「危ないとか、そういうんじゃなくて、僕は、依頼内容を破るつもりだから……」
24凍った心エピローグ(12/11)sage :2006/01/19(木) 01:27:39 ID:kD3S48DU
えー、エピローグを細々と書くつもりが本編に匹敵する長さになったとかいうオチがが
もうちょっと上手く纏められるようにならないと(´・ω・`)
ということでちょっと強くなったエリーとミストラルの対決シーンとエリーの騎士団入団エピソードです。
大してその5の戦闘シーンと変わってないとかいう突っ込みは無しの方向でお願いしますorz

>>座談会
行きたいけれども行けません…。(ノд`)
また企画していただければその時はきっといかせていただきます。

>>感想関係について
私も感想は名無しですることにしました。
文章の感想・批評をしてくれた人には毎回の後書きでレスします。
それくらいいいよね?(´・ω・)
25ペットの人sage :2006/01/19(木) 01:28:28 ID:iSSHQhG2
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」


 依頼内容を破る……。いったいこの男は何を考えているんだ。
 タフだけが取り柄とか、深く物を考えないとかいう事はもうどうでも良い、バカだ。絶対バカだ。

「何考えているのだマスター、それでは報酬がもらえないではないか」
「サララさん僕は言ったよね。ペットイーターを現行犯で捕まえる囮だって、ペット襲撃未遂の囮じゃなくて、ペット襲撃の現行犯逮捕だって。この仕事は、このムナックを守ることじゃないんだ。犯人に抵抗したふりをして、このコを見殺しに……」
「…………」

 サララは何も言葉が出なくなる。
 再びムナックに向けられるガルデンの視線。
 それに引かれてサララも、自身の処遇も末路も理解できていないであろう、牙を抜かれた魔物に目を向けた。向けたが最後、離すことが出来ない。
 納得できないのではない。
 そんな許せない計画が納得できなくて、言葉が出ないんじゃない。
 そんな当たり前の計画が納得できてしまって、言葉が出せなくなっていた。
 わざわざ潜入操作と外部への協力要請、で最後は偶然を装って無関係の冒険者に囮までやらせたのだ。
 どうせ容疑をかけるなら、未遂ではなくヤッてしまったほうが良いにきまっている。
 器物破損。
 確かペットを殺しても罪状は器物破損であり、殺人にはならない。
 まして相手は犬猫じゃないムナックだ。フェイヨンダンジョンに潜れば、いくらでも湧いている。人を襲う魍魎亡者だ。殺したところで誰が咎めようか。

「でも僕はこのコを守る。だから、僕が引き受けたんだ。仕事を持ちかけたキョーツ自身が乗り気じゃなかったけど、僕は引き受けたかった」
「どうしてこんな、……汚いというか、ひどい仕事を」
「……見殺しにはできないから」
「見殺しに出来ないというなら、最初から受けなければいいではないか。こんな後味の悪くなるのがわかっているのに、その上で無茶して依頼内容と違うことしようなどと」
「それじゃ一緒だよ。僕がやらなかったら、誰かがこの依頼を受けて、依頼通りに見殺しにする。そうしたら僕も、見殺しにしたのと一緒だよ」

 だから彼は依頼をうけたのか。そんな青臭い理由で依頼を受けたというのか。
 いや違う。
 このガルデンというクルセーダーは依頼を受けたのではない。逃げ出さなかったのだ。
 知ってしまった些細な事実と、避けて通れる無関係な厄介ごとから逃げ出さなかった。

「だから僕は、このコを依頼通りに見殺しにするんじゃ無くて、守りぬいてやるって決めたんだ。騎士団が駆けつけても、このコが生きていたのなら、もう誰もコを傷つけられないからね」

 バカだ。
 この男はバカもバカ、大バカだ。ついでに言えば、こんな大バカがこんなにも愛おしいと、胸の奥が悶える自分も大バカだと、サララは痛感した。

「では、なおの事作戦練らねばならん。ギルドのメンバー呼び出すしかあるまい? 戦力的にイリジウムさんがいたら百人力であるが、相手がプリーストだったらニュマが厄介か」
「そうしたいところだけど、そうはさせてもらえないみたいだよ、ほら」

 まだ路面に横たわるムナックから視線を外し、ガルデンは暗く闇の積もった路地を見据える。
 ゆっくりと何かが近づいてくる。
 数は4人。姿は見えないが、その足音と、声を合わせ朗々と紡がれる、聞きなれぬ台詞から判断可能。

「「「「汝(なれ)には黙秘権は無い。
    弁護官を呼ぶ権利も無い。
    主神オーディンは全知であられるから、裁判にて供述する必要は無い。
    ただ汝に許されるのは、神々の御前に跪き、その罪を悔い改めることのみ」」」」

 もう一つこの台詞から導き出せる答えがある。……それは、

「「「「さあ、我ら異端審問官が代行者として、この鉄槌をもって神々の御前に送り出そう」」」」

--------------------------------------------------
はわわっ(TwT 新参者が粗相をしてしまい、ごめんなさい。
エリーの新たな門出を、おバカな文でぶった切ってしまって・・・
これを防ぐ方法ってあるのでしょうか?
26名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/19(木) 01:38:23 ID:dgQ6cEOs
リアルタイムに遭遇!
しかし読むのは後日としてとりあえず

>>25
食い込まないようにするには、別窓や専用ブラウザ等で
スレの最新情報を確認できるようにした上で
1.リアルタイム投下中っぽい話のタイトルの数字が、埋まっているかどうか(4/6とかが6/6になっている)
2.最近のコテハン連作の人は大抵最後に後書きレスがつくのでそのレスを待つ
3.1も2も適用されない場合、食い込みたくなければ後発はとにかく待つ、むしろ後日にする
防ぐ方法はあなた(投下する人)が慎重になるしかありません。
危機回避と快適閲覧に専ブラ導入お勧めです。
27名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/20(金) 01:13:34 ID:UrDlthhA
こんばんわ。明日って言うかもう今日の為に全部読み直しました。
凍ってる人が来れないらしいので、直接言おうと思った事をここにだらだらとメモ。
 ※偉そうに何を言ってるんだこいつ、というもっともな意見は御容赦ください。

まずお詫びから。最初に見たときは読みにくかったのでざっくりスルーしてました。
句読点が無いだけで○| ̄|_な私のような読み手もいるのです。百合の偉い人、アドバイスGJ。
で、通しで読んだら、綺麗に纏まっていてイイお話でした。大きく始まった話を小さく終わらせるのは、
難しいと思うのです。
すごいっぽい事件->エリスさんの過去、心情掘下げ->一騎打ち、大きな事件から個人レベルへの「ストーリー」の纏め方。
個々のシーン構成は、ルカさんとの対峙のシーンが、戦闘->お風呂とか、と時間の経過も長かったし、
前半の交戦シーンも主に遠距離の打ち合いで空間を感じさせる雰囲気? だったのに対して、終盤のミストラルさん戦は
スピーディな戦闘シーンが主、描写を双方の内面と動作だけの狭い世界で済ませていたっていうのが対比っぽくて上手だなぁ、と。
意識して書いていたのなら凄いし、意識して無かったならもっと凄いと思いました。

とりあえず、初投稿でこれだったら、先の方向が楽しみですネ。

>5 その騎士さんはフレデリック君ではなく、同盟ギルド[ジャスティスヒーローズ(仮称)]の騎士ろ○んますくさんです。
   ………っていうか、それはタダのネタ台詞です。ごめんなさいごめんなさい。
28「後ろを向いている間に済ませること」(1/4)sage :2006/01/22(日) 23:48:46 ID:f5HlbtYE
通りを行く人々は、それに気付くと次々に足を止めた。
彼らの視線が向かう先は一人の少女。肌も露な格好をした踊り子。
賞賛の声を小さな身に受けながら、彼女は一心に踊り続ける。
顔を上げ、花のような笑顔を振り撒けば、老若男女、その誰もが魅了されてしまう。


だが俺は知っている。

その表情は彼女にとって、心からの笑顔ではないことを。


「ありやとっしたー」

プロンテラの大通りに、俺の威勢だけはいい声が響く。
最後のお客を見送り、手早く露店をたたんでいく。
傍らで愛想よく手を振っていた少女は、人の視線がなくなると同時に笑顔を消した。
そのまま小さな身体を隠すように、俺のカートの後ろに屈み込む。
先ほどまでとは明らかに変わってしまった顔色が見えて、俺は心配から声を掛ける。

「大丈夫か?」
「……頑張る」

見たところ、あまり大丈夫じゃないようだ。
俺は片付けた荷物をカートに押し込むと、彼女の手を取り、急ぎその場を離れた。


つい最近、首都の大通りで名を売り始めた二人組。それが俺たちである。
俺はようやく自作武器を店に並べられるようになった、駆け出しの鍛治士。
彼女はすでにその才能を花開き始め、人々の期待を受ける踊り子の卵。
歳はいくらか離れているが、俺たちは幼馴染であった。

一流の鍛治士と踊り子になるという夢を持ち、別々に故郷の村を離れた二人。
俺がなんとか鍛治士の称号を受け、ようやくスタートラインに立てたその直後だ。
それを巡り合わせの妙というのだろうか。
やはり踊り子となっていた彼女と、この首都で再会を果たした。
初めて見た彼女の舞に、俺は一瞬で心を奪われた。
踊り子としては幼すぎる顔立ちの少女は、しかし踊り始めると誰よりも光を放った。
同時に、才能の存在を見せつけられてしまった。
いまだにまともな武器が打てない俺に比べて、彼女はずっと先を歩んでいる。
気付くと寂しくなった。けれど誇らしい気持ちもあった。
複雑な感情を持ったまま、その日は別れた。

それから、俺たちはちょくちょく会っては話すようになった。
互いを励まし合い、グチを言い合い。それは楽しい毎日といえた。
だが彼女と別れる度に、言いようのない不安が俺を襲っていた。
口に出すことはなく、逃げるように煙草を覚えたのもその頃だ。
29「後ろを向いている間に済ませること」(2/4)sage :2006/01/22(日) 23:49:20 ID:f5HlbtYE
ようやくまともな武器が打てるようになってきた俺に、新しい悩みの種が出てきた。
せっかく作った武器がちっとも売れてくれないのだ。
冒険者は、より良い武器を欲している。命を預けるに値する武器を。
だから彼らは皆、名声を受けた職人の手による業物を求める。
駆け出しの俺が作った武器なんぞには、誰も見向きもしない。
ちくしょう、こんなんじゃいつになったら……

焦りを誤魔化すように、俺は煙草をくわえたまま酒場のテーブルに突っ伏す。
すると目の前に影が差し、形の良いヘソが姿を現した。

「どうしたの……?」

聞きなれた、か細い声が頭上から降ってくる。
見上げれば、あいつの不安そうな顔があった。
ぐだぐだと悩んでいる間に、もう待ち合わせの時間になってしまったらしい。

「ん、いや……なんでもねーよ」

身体を起こし、煙草を灰皿に押し付ける。
心配ないと軽く手を振ってみせ、彼女に椅子を勧める。
煙草を覚えちまってからわかったことだが、彼女は煙が苦手である。
わかっていながらも煙草をやめられない自分が情けないが。

「でも、悩み事があるんじゃないの……?」
「ん……」

隠そうとしてもバレてしまう。そのくらいは分かり合える仲ではある。
幸いにして「武器が売れない」ことについては、どうやっても自分の責任だ。
だから俺は気兼ねなく、いつものようにグチをこぼしてみせた。
すると、彼女は思いがけない言葉を口にしてみせた。

「えっと……、じゃあ、こういうのは、どうかな……」
「お前……、それ本気なのか?」

彼女が出した案に、俺は驚きを隠せなかった。

“俺が露店を開いているその横で、彼女が踊る。”

彼女の魅力的な舞を知っているだけに、それは願ってもいない提案と思えた。
武器を求める数多の冒険者に対して、名声を受けた職人はほんの一握り。
実はほとんどの冒険者は、その他の鍛治士が打った武器を使っている。
俺が打った武器だって需要がないわけではない。
人の目に触れさせることができれば、売れない道理はないのだ。

だが、俺のチャチなプライドがわめき出した。許されるのかと。
彼女ほどの一流の舞を、こんな駆け出しの鍛治士の作った武器と共に並べることが。
足踏みする俺に、しかし彼女は引かなかった。
一度だけでもいいから、と願う彼女に、俺は渋々ながら承諾する。

なぜ彼女がそこまでしてくれるのか、その時の俺は少しもわからずにいた。


彼女の踊りは、当然のように人目を引いた。
その日の売上は武器を除いてさえ、それまでの倍以上の額を叩き出した。
嬉しさと情けなさが入り混じったような表情で、俺はその計算をしていた。
やはり明日からまた一人で頑張るよ。そう告げようと彼女を振り返ると
そこに彼女の姿がなかった。

「なんだ……どこに行ったんだ、おい」

あいつの性格からして、俺に何も言わずにいなくなるなんてありえない。
なのに周囲を見回してみても、彼女の姿を見つけることができない。
そして建物の間に出来た小さな路地へと至る入り口、
見慣れた靴が落ちていることに気付いて、俺は慌てて駆け出した。

半ば頭に血を昇らせて路地を覗き込み、一瞬にして冷えた。

俺は知ってしまった。
同年代の誰よりも抜きん出ている、踊りの才能に愛された少女。
そんな彼女が、踊り手として致命的な問題を抱えていることに。
そのことにずっと悩んでいたことに。
あの日感じた二人の距離など、俺の勝手な思い込みでしかなかった。
彼女は俺と、何も違いはしなかった。

路地の先に、彼女のあられもない姿が合った。

彼女がきっとひたすらに隠し続けてきたものを、俺は見てしまった。
俺にはもう、彼女が露店の手伝いをすることを止めることはできない。
彼女が俺に何を望んでいたのか、気付いてしまったのだから。
彼女を助けてやりたいと、俺が思ってしまったのだから。
30 「後ろを向いている間に済ませること」(3/4)sage :2006/01/22(日) 23:49:57 ID:f5HlbtYE
「……ごめん、もうダメ……」

繋いだ手の先にあった彼女の唇が、そうぽつりとこぼす。
なんとか宿の部屋にまで連れて行きたかったのだが、どうやら限界のようだ。
幸い、露店を開いていた場所からはいくらか離れることができた。
素早く辺りをうかがい、俺たちに注視している相手がいないことを確認する。

「よし、こっちだ」

俺は彼女の手を引いて、人気のまったくない路地裏へと駆け出した。


可憐な踊り子を伴った俺の露店は、瞬く間に街中の噂となった。
客足はうなぎ昇りとなり、俺の製造が追いつかないくらいに売れ始めた。
観る者を惹きつけて離さない彼女の舞は、日を追うごとにさらに磨きが掛かる。
巷では非公認のファンクラブらしきものまで出来たらしい。
彼女に直接言い寄る男もいないことはなかったが、滅多になくなった。
俺が文句を言った訳じゃない。他の観客が黙ってはいなかったのだ。
負けじと俺も腕を磨いた。上級冒険者向けの高等な武器も作れるようになった。
傍からは、俺たちは成功への道を順風満帆に進んでいるように見えるだろう。

彼らは知らない。知ってもらおうとも思ってはいない。
踊りを舞い終える度に、彼女がある衝動に苛まれてしまうことなんて。
彼女が抱えた爆弾は、今なお彼女を苦しめ続けている。
だから俺が側にいる。傷つきながら踊る彼女を慰めるために。


運の良いことに、そこは袋小路になっていた。
これならば通りの先から誰かが来ることを心配しなくてもよい。
彼女を壁の側へと座らせると、路地の入り口を見張るため俺は踵を返す。
それに気付いた彼女が声を寄せる。

「どこ……行くの……」
「どこって、お前。決まってるだろ。誰かがこないように見張るんだよ」
「やだ……」
「は?」
「行かないで……」

苦しげに呟く彼女の、その言葉が持つ意味を俺は必死に考えた。
そこにあるのは不安だ。
これから始まる彼女の行為は、他人に見せるわけにはいかない。
誰もこないとわかってはいても、ここは屋外だ。独りになるのは怖いのだろう。

しかし俺だって、他人であり一人の男だ。
彼女にとっての俺は、気の許せる幼馴染なのかもしれない。
だが俺はそうはいかない。もう昔のように彼女に接することはできない。
再会したあの晩に、俺は魔法に掛けられてしまっていたのだから。
村にいた頃は、仔犬のように俺の後を追いかけてくる妹分でしかなかった。
そんな彼女をいつの間にか女性として意識している自分を、俺は否定できないのだ。

「無茶、言うなよ……」
「ごめん、でも……んっ、は、ぁ……」

彼女の上擦った声が俺を急かし立てる。
どちらを選ぶにせよ、俺が決めなくては彼女を苦しませ続けてしまう。

「お願い……そばに……」
「わかった」

一言だけ返し、怯えた顔を見せる彼女の髪をそっとなでてやる。
俺は彼女を傷から守るために側にいるのだと決めた。
彼女が安心してくれるなら、それが一番正しいことだと思える。

俺は彼女から手を離すと、わずかに数歩、意識的に足音を立てて遠ざかる。
陽の光が届かない路地裏は、昼間でもとても暗い。
この距離でさえ、俺からは彼女がほとんど見えない。そして彼女からは

「ここにいる。けど、ただ待ってるだけじゃ暇だから」

煙草を取り出し火をつけて、一度大きく紫煙を吐き出す。
彼女は煙が苦手だ。だからこの瞬間だけ、二人の間にはっきりと距離が生まれる。
風に流されて消えてしまう、在って無いような距離。
必要だから生まれて、決して互いを傷つけない優しい壁が二人を遮る。

煙草のささやかな光を見つめながら、背中越しに俺は彼女に言ってやる。

「俺が後ろを向いている間に済ませること」
「うん……」

彼女の声がどこか安心した色を含んでいたことだけが、俺の救いだった。
31 「後ろを向いている間に済ませること」(4/4)sage :2006/01/22(日) 23:50:17 ID:f5HlbtYE
彼女の漏らす小さな声が俺の背中へと届く。ここにきて俺は自分のミスを悟った。
この路地裏は静かすぎた。この距離では、息遣いまでもが伝わってしまう。
今さら場所を替えようなどとは言えない。事が終わるまでは、彼女に声も掛けられない。
やがて聴こえてくる切なげな呼気が、俺に彼女の様子をありありと想像させてしまった。

濡れそぼった朱色の唇に、彼女のしなやかな指先がそっと触れる。
そのままゆっくりと口を開くと、二本の指が無防備な彼女の内部へと侵入していく。
異物をくわえ込む感覚に、彼女はびくりと肩を震わせ、その衣擦れの音が――

想像と刹那も変わらぬタイミングで、音が俺の耳に響いた。
やばい。俺の中の何かが激しく警鐘を鳴らす。
だが彼女は止まらない。俺の想像も留まりはしない。

彼女にとっては、幾度となく繰り返したことであっても慣れるものではない。
かと言って我慢ができるものでも、やはりないのだ。
だから彼女は、意を決して指を一気に根元まで沈める。
カギ状に形を変えて、熱い体液に守られた粘膜を強く刺激すれば、それだけで

ひぅっ、と彼女の小さな嘶きが俺を現実へと引き戻した。
後に続く声にならない悲鳴が、彼女が果てへと辿り着いたことを知らせる。
俺はたまらず額に手を当て、かぶりを振った。


「う、ぁ……うげぇぇぇぇぇぇ……」

こりゃ今日の昼飯が台無しだな……

口元をハンカチでぬぐい、ふらふらと戻ってくる彼女に渡すべく
俺はカートから水袋を取り出した。


「落ち着いたか」

子供をあやすように髪を梳いてやりながら訊ねる俺に、彼女は小さく頷いて見せた。
ベンチに肩を寄せて座り、二人は言葉も無く夕闇に染まって行く街並を眺めていた。

「ごめんね、いつもいつも……」
「ばーか、んなこと気にしてんじゃねーよ」

謝ろうとする彼女に、俺はそっけなく応える。
極度の緊張症で、人前で踊るとストレスから体調を崩してしまう彼女。
胃の中のものを全て戻してしまわないと、まともに立って歩くことさえできなくなる。
そんな体質を持っているにも関わらず、彼女は踊ることをやめない。
俺が一流の鍛治士になりたいと思った理由を持つように、彼女にもそれはある。
直接訊ね答えてしまえるほど、俺たちは赤裸々にはなりきれないてはいない。

再会したあの日、俺の前でだけ踊った彼女には症状が出なかった。
俺に対してだけは、何の緊張も持たずに舞うことができるらしい。
それが意味するものは複雑なところではあるが、そのお蔭で俺は彼女の側にいられる。
だからどんな理由であっても構わない。彼女が俺を頼ってくれている限りは。
何もかもまとめて、俺は彼女を助けてやるだけだ。

「うん、ありがとう……」

小さく呟いて、彼女が身体をさらに俺へと傾ける。
ふいに、故郷の村にいた頃もこんな風に二人で話していたな、と思い出す。
いつになっても、こいつの甘えたがりは直らないのかもしれない。
それを嫌だと感じることはもちろんないが、気になることがひとつある。

「なあ、そんなに俺にくっついて、タバコ臭くないか?」

なんだかんだと禁煙できずにいる俺が言うことじゃないのかもしれないが。
匂いに当てられて、また気持ち悪くなられたりしても大変だ。

「ん、大丈夫。平気だよ」
「そうか? 無理はするなよ」

大丈夫といわれても素直に納得することが出来ず、心配になってしまう。
そんな俺に、彼女は目一杯の微笑みを向けてみせた。

「タバコの煙は苦手だけど、この匂いは嫌いじゃないよ……、だって」

踊っているときに見せる、傷を隠して強がる笑顔とは明らかに違っていた。
それは今このとき、世界で俺だけに許された幸福。

「私の一番大好きな人の匂いだもん」

彼女の心からの笑顔が、そこにあった。
3228-31sage :2006/01/23(月) 00:03:23 ID:Rop0jOIs
ここに投稿させていただくのは多分、二年以上振りになると思います。
初めまして。もしくは、ただいま、でしょうか。

先日の座談会に普段はROMの者として参加させていただきました。
自分でもまた書きたいなあ、と思っていたので
「お題」が出たのをよいことに、拙筆と共にお邪魔させてもらった次第です。
お題は「後ろを向いている間に済ませること」、内容は「台無し」です。

どう見ても台無しです。本当にありがとうございました。
ではまたの機会がありましたら。
33ある雨の日のルカさんsage :2006/01/23(月) 01:05:26 ID:Lb25Kcsg
 プロンテラ、古くからこのルーンミッドガルド王国の首都として栄えてきた街。
 それ故に、常に多くの冒険者と多くの商人が集まって賑わっている。
 しかし、首都のいつも人で溢れる通り、そこが今日は土砂降りにより閑散としている。
 いる者と言えば急いで自分の家や宿に戻ろうとする人だけだ。
 そんな中、プロンテラ騎士団に一人のプリーストが走りこんでくる。
「あー、もう、雨が降るなんて聞いてないー…」
 そして誰も居ない騎士団裏口を入ったところでそうぼやく。
 その銀髪は雨に濡れ、艶やかに輝いている。それに加え、見る者をはっとさせるようなその容姿。
 しかし口を開けば無邪気な少女のような印象を与えるその喋り。それでいて教会一の戦闘能力を持つ。
 何とも不釣合いな女プリースト。それがプロンテラ騎士団副団長のルカである。
「むー…ただいまぁ」
 そう言って自分達の仕事部屋に戻る、がそこに部屋の主はいない。
「んー、ミストはお仕事中かぁ」
 そう言いつつ、その部屋を横切り、自分のロッカーを開けて、着替えを取り出す。
「うー、ほんと代えの服用意しといてよかったぁ…徹夜の時だけじゃないのね、役立つのは」
 誰もいないがつい声に出してしまう。
「んー…誰もいないし、ここで着替えちゃうか」
 そう言い、服についている帯をはずしていく。
 シュルシュル、そんな衣擦れの音と共に腰の締め付けを緩めていく。
 そしてその身に纏っていた藍色の法衣を脱ぎ、その白い肢体をあらわにする。
「うー…ショーツまでぐしょぐしょだぁ…夏でもないのにひどい雨だよ、ほんと」
「全くだ」
「だよねぇ、ほんと、いきなり振り出すとか有り得ないよねー…え?」
 ルカがその首を油の切れたブリキ人形のような動作で声のしたほうに向ける。
 そこにはいつの間に戻ってきたのか、赤髪の騎士、プロンテラ騎士団長のミストラルが自分の椅子に座り、書類に目を通していた。
 ルカは空気を求める魚のように口をパクパクと開閉させ、手をわななかせている。顔はまるでトマトのように赤く熟れている。
「み、ミスト…いつから…?」
 やっとのことで頭がスパークする中、その疑問を投げかける。
「帯を外した辺りからだ」
 そうミストラルは書類に目を向けたまま軽く答える。
「う、うー…後ろ向いてて!!すぐに着替えるから!」
「ああ」
「み、見ないでよ!?絶対見たらダメだからね!?」
 赤い顔で必死にそうミストラルに言うルカ。心の中では死んでしまいたい程恥ずかしいのだろう。
「安心しろ、興味無い」

 ビキッ

「ががああああああああああああああああん、ががーん、がーん……」
 実際には音がしていない擬音と共にルカの悲痛な叫び…というよりも心の奥底から響く擬音がそのまま口から出たのだろう。
 そしてルカの周りには黒い雲のような物が立ちこめ、その悲痛な見た目に拍車をかける。
「どうせ私の体なんて魅力がないですよ、ええ。別にこのスタイルがいいなんて思ってないし。そりゃ確かに他の人と比べて少しくらいはプロポーションがいいかなー、なんて思ったりなんかもしちゃったことはあったけど。でもそれは別にそれを見てほしいとかじゃなくてただ単に客観的に見てそう思っただけだし。それでも胸とか控えめで、はっ、やっぱり男なんて胸しか見ていないんだ。うわああああああん。そうだよ、そうに違いない、うわあああん。そりゃ私は胸はCしかないけどさ、それでも他にいいところだって…ないようわああああああん。ガサツで乱暴で暴力女で、きっといつも私がチェインで殴ることをうらんでるんだ、きっとそうだ、そうだよ、嫌われてるよ私、うわああああん。でもさでもさ、少しは感謝してくれたって──」
 そんな風に途切れなく自虐をしつつ、泣きながら着替えを続行するルカ。

 ブツブツと何か念仏のように唱えるルカを気にする様子も無くミストラルは報告書を作っている。
 別にコレはいつものことなのである。だからミストラルもほおっておく。
「じゃあ俺はこの仕事してくるから留守任せた」
 そう言い、報告書を作り終えたミストラルは部屋を出て行く。

─15分後
 相変わらずルカは何かをブツブツと唱えるというか呟いている。
「──だけどさだけどさ…私はやっぱりそれでも、ミスト…」
 先ほどまでミストラルがいた椅子のほうを振り返り、心に決めた言葉を言おうとしてやっと気づく。
 既にミストラルは居ないということに。それで我に返ったのかルカは叫ぶ。
「ミ ス ト の 馬 鹿 あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 今日もプロンテラ騎士団は賑やかだ。
34凍ってた人sage :2006/01/23(月) 01:17:44 ID:Lb25Kcsg
えー、お題に沿って書いてみました。
「後ろを向いてる間に済ますこと」
これで思い浮かんだことが着替えしかないというのはエロ脳だからなのか何なのやら。orz

>>ペットイーターの人
食い込みについてはお気になさらずに(´Д`;)
このような場所だとある程度しょうがないことですしね。

>>27のお人
わざわざ読んで頂いてありがとうございます。
読みにくかったらスルーされるのは仕方ないことだと思うのでお詫びに関してはむしろこっちがごめんなさい。(´・ω・)
意識に関しては何も意識せず出来るだけ世界観が伝わればいいな、と思って書いています。
35凍ってた人sage :2006/01/23(月) 01:20:18 ID:Lb25Kcsg
付け足しごめんなさい
>>ペットイーターの人
ただあくまで、私は、なので出来るだけかぶらない努力は惜しまないべきだと思います。
>>26のお人が言うように注意すれば基本的にはかぶらないはずです。
十秒単位まで同じとかなら防ぎようはないんですけどね…
36お題っぽい何かsage :2006/01/24(火) 18:13:09 ID:xZe6uXUA
 死者の国ニブルヘイム。今更言うまでもないが、聖なる力を戦う術とする退魔師やら聖騎士にとっては絶好の狩場だ。退魔法術使い
の端くれの私と、いわゆるGXクルセのエルにとってもお馴染みの場所といえる。今も、慣れた足取りでちょこちょこと先を走ってい
た小柄な甲冑姿が坂下の角を曲がり、そしてすぐに戻ってくるとブンブンと私に剣を持った方の手を振った。
「先輩、あいてますよ! やりましたね!」
 その後ろにぬうっと巨大な人影が追い縋る。もういい加減見慣れた筈なのに、私はついつい焦って大声をあげた。
「エル、こっち向かなくていいから、敵に集中しなさい!」
 ここ、死者の谷の北東の小さな森は絶好の狩場だ。普段は大概先客で埋まっているここに敵がごっそり溜まっていたのは、まだ狩場
に人がいない時間だったせいか、それとも誰かが大量の沸きに圧死した後だったのか。そう考える間にも、エルが聖騎士の奥義を放つ
。私がそれに合わせて回復法術を使う間に、まだ残っていた敵は彼女のお得意の十字斬りにバタバタと倒されていった。
「これで……、終わりっと!」
 体積で言えば何倍なのか考えたくも無いような怪物が地響きを立てて斃れる。得意そうに振り向いた少女の息が、さすがに少しだけ
上がっていた。スキルの使いすぎだろう。
「お疲れ様、エル君。とりあえず休憩しましょうか」
 そう言って私が座ると、彼女も嬉しそうに笑って腰を落とす。
「はい、先輩」
 いつも思う。あの身体のどこにあんな戦闘力があるんだろうと。大概の連中はこの人懐っこい笑顔と小柄な体格に騙されて、エルの
実力の程を見誤る。そして、外見に騙されてはいけないもう一つの面がこの少女にはあった。素直な子のようなフリをして、大人をか
らかうのが大好きなのだ。
「先輩……。私、疲れちゃったなぁ。SP補給したいなぁー」
 ちろっと上目遣いでこっちを見てから少女は目を閉じる。
「またその冗談ですか。普段からちゃんとSP管理しないと駄目だと言ってるでしょう」
 ちなみに、彼女と私は結婚などしていない。というか、恋人ですらない。もともと、ここでソロ狩りをしていた私の前で、同じギル
ドエンブレムの彼女が何度も死に掛けていたのを見るに見かねて指導を買って出ただけの事だ。エルが私の事を先輩と呼ぶのも、ギル
ドの先輩後輩というだけで、それ以外のつながりはない。というか、冒険者になる前にエルがいたのは女子しかいない教会の寄宿学校
だったらしいから、世の中という奴は終わっている。
「まったく……。早く一人立ちしてください。それまでは面倒見てあげますから」
「ちぇ。先輩のツンデレ。いいじゃないですか、キスくらい。減るもんじゃなし」
 ぷぅっと頬を膨らませる彼女の顔を見ていると、怒るのが馬鹿馬鹿しくなるのだから、女の子というのは得に出来ている。意外に整
っていて、可愛いというよりも美人になりそうな雰囲気だ。あと5年後だったら私も吝かではなかったのだが。……いや、2〜3年か?
「って、そんなにじっと見つめられると、照れちゃいますよ。せめて目をつぶってください」
「馬鹿いってないで、とっとと回復すませてください」
 内心によぎった迷いを戒めるように、私は立ち上がって周囲を見回した。こういう時に限って一匹のMOBも沸かないのは空気を読
まないことに関しては定評のある重力乱数というやつだろうか。
「ごめーん、先輩。もうちょっと」
 私の背後で笑うエルには緊張感の欠片もない。だから、いつまで経っても最初に会ったときと同じように危なっかしいのだ。実力的
には出会った頃に比べると格段に成長しているし、この精神面の甘ささえなければ彼女はとうの昔にここで一人立ちできている。
「……何を笑ってるんですか。本来、狩場で休む時には余裕など無いんですよ」
「あはは、先輩が守ってくれてますもんね。感謝感謝!」
 ため息交じりに呟いた私の愚痴にも、屈託のない笑い声が帰ってくる。それを聞いた瞬間、自分の中で遠慮とか何かそういった感じ
の物が音を立てて切れるのを私は感じた。
「いい加減にしてくださいよ、全く」
 思わず出た語気の強さには、自分の方が驚いた。驚いたというか、後悔したような今の表情を少女に見られなかった事を神に感謝し
よう。そんな顔を見られたら、ますます甘く見られかねない。
「え? 先輩……、怒って、ます?」
 おずおずとしたエルの声に、萎えかける覇気を私は必死で呼び起こした。ここで甘い顔をしたら、彼女の為にもならないし、引いて
は私も困るのだ。嫌な仕事は思い立ったとき、背中を向けたまますませる事……。
「怒ってなどいません。呆れているだけです。君のあまりの進歩の無さに」
 早口で言うと、エルに反論をされる前に私はパーティを解散した。即断即決。それが私のいいところだ。タブン。
「今日は分かれて行動しましょうか。本来、君も私もソロ狩りしていた方が効率がいいんですから」
 自分にブレッシングと速度増加をかけると、振り向いてエルにもおざなりに支援を飛ばしておく。ポカンと口をあけた少女の顔。私
は目を閉じてそれを視界外に追い出すとテレポートの法術を実行した。
37お題っぽい何か2sage :2006/01/24(火) 18:13:29 ID:xZe6uXUA
「先輩…、ちょ、冗談だよね?」
 ギルド会話で慌てたようなエルの声が追いかけてくる。
「冗談なものですか。一度、君には自分に何が出来るかを教えなければいけないと思っていたんです。いい機会ですよ」
 降り立った先が、北東広場からそう遠くない場所なのを確認しつつ、私は冷たくギルドチャット越しに彼女を突き放した。というか
今回の件は衝動的極まりなかったが、いざ実行してから省みるにそもそも計画的にはできない事な気がする。親離れをさせるには、思
い立ったが吉日という事だろう。もっとも、テレポートして出た先が同じ北東広場だったら、恥ずかしさで再起不能になりかねない諸
刃の剣で素人にお勧めできないのは言うまでもない。

「でも、だからってこんな急に! ……うわっ!?」
 おそらくは敵が沸いたのだろう。隙丸出しでギルドエンブレムに向かって喋っていた所を背後から殴られたのが目に見えるようだ。
私は頭を抱えながら声を飛ばした。
「何を慌てているんですか。オートガードやリフレクトシールドは何の為にあるか分かってるでしょう?」
「そ、そうですよね。……っ。また何か来た! 何か一杯来ました、先輩!」
 二匹、あるいは三匹か。その程度のうちにグランドクロスを打つようにしないと、絡まれて大変な事になる。何度も口を酸っぱくし
て言ってきた事だから大丈夫だと思うのだが……。
「報告しろとか言ってないから。自分でどうしたらいいか考えなさい」
「うぅ…。先輩、いじめないで下さいよ。見てるんでしょ?」
 その声が、予想以上に緊張しているのにようやく私は気づいた。二匹や三匹ではないのだ。その懸念を裏付けるように、エルの声が
トーンをさらに上げる。
「うあ、ちょ、もう無理だって! 先輩、助けてくださいー!」
 ……甘かった。彼女が立ち回り未熟なのを知っているのに狩場で放置して学習させようだなんて、実戦を甘く見ていたのは私の方か

「見なくても声だけ聞けば、どうなってるか位分かります。どれだけ一緒にいたと思ってるんですか」
「……先輩、ちょっと嬉しい、です」
 こんな時だというのに、それを口にした時の彼女のはにかんだ様な笑顔が頭にくっきりと浮かんで、私も微笑をもらしかけてから、
慌ててそれを振り払った。馬鹿馬鹿しい。彼女をいつまでも守る必要など無いのだ。何故、エルの挙動が見ないでも分かる位に馴染ん
でしまった事を喜んでいるのだろう。頭を振ったその拍子に、私はソロ時代なら当然即座に思いつくべき解決法にようやく思い当たっ
た。
「じゃあ飛びなさい。緊急用のは持ってるんでしょう?」
「はい、飛んじゃいま…すっていうか、ハエ、こんな事に、なるとは…、思ってなかったから、持ってきてません、よ!」
 今までの自分の言った事を一体どう聞いていたのだろう。必ずハエは持っておくようにと言ってあったのに。教育者としての自覚な
ど元から無かったが、先達としてのなけなしの自負までが完膚なきまでに崩れ去る音を聞きながら、私は駆け出した。この距離だと、
テレポートを使うよりも走るほうが速い。
「私も行きますから、それまでなんとか我慢しなさい。それと、話している余裕があるなら身体を動かしなさい」
 北東は行き止まりだが、せめて四つ角まで自力で動けば通りすがりのPTに支援を貰えるかも知れない。その方が私とも早く合流で
きる。
「わわ、先輩、重なって……。ヤバいですっ」
「インデュアを! 位置をずらして」
 言いながら四つ角を全力疾走で駆け抜けると、広場の中央で何かにたかる様に群れているMOBどもが目に入った。自分にヒールを
打って何とか時間を稼ごうとしているエルが小さく見える。そして、その背後で腕を大きく振りかぶった血塗れの屠殺者。
「……っ!」
 鈍重そうな外見に似合わぬ速さでブラッディマーダーの包丁が振られ、少女の小さな身体が私の目の前で崩れた。
「ごめんね、先輩。ちょっと、持たなかったや……」
 力ない声が耳に響く。私は自分の体温が上がるのを自覚した。目の前の光景が、ほんの少しだけ少女のわがままを我慢できなかった
おとなげない自分のせいであるとは分かっている。甘く見ていたのは、やはり私だ。
「……責任は取らねばならないですね。だが、まずは目先の処理から……」
 目の前の怪物たちが新しい獲物、つまり私の方へと視線を向けるのを、私は微笑で迎えた。右手には青い魔法石。
「逝け!」
 久しぶりに唱えた退魔法術。マグヌスエクソシズムの輝きが全てを浄化していく。そういえばエルを引き受けてから、私が牽制以外
で攻撃法術を唱える必要は無くなっていた。久しぶりに使うとはいえ、ありがたいことに腕は錆び付いていなかったようだ。
「……うわぁ、先輩のコレ。白く光って綺麗」
 斃れたまま、呑気極まりない事を言う少女に何か言おうとした私の後頭部を、何か重い物が殴りつけた。


 首都南門近くにある、通称清算広場。買い取り商人が多くいるここで、狩りの最後を纏める冒険者は数多い。レアを手にして大はし
ゃぎのPTやら、またの再開を約して手を振る連中に混じって、戦場で全滅した冒険者が傷だらけで回収されてから真っ先に来るのも
大概ここだ。私は、そこで気まずい思いをしながらエルと顔を突き合わせていた。私たちの死に戻りをどうやって気づいたのか、ギル
ドメンバーが責めるような目で見ているのが居たたまれなさを更に増大させる。
「……あー、あの。先輩?」
「皆まで言わなくて結構。怖い思いをさせてすみませんでした」
 深々と頭を下げる私。結局、ペア狩りに慣れて鈍っていたのは私もだったらしい。ブラッディマーダーが混ざっている敵の群れでバ
ックサンクも敷かないとは。あるいは、格好つけてさっさとあのモンハウを処理する事で、自分の強さを見せ付けたかったのかもしれ
ない。
「……まだ口調、怒ってますよ?」
「怒ってるとしたら、自分の不甲斐なさにです。何を言われても我慢するべきでした。相手は子供だというのに」
 正面から覗き込んでくるエルの目から逃れるように、私は目線をそらす。その視界の先に彼女はあっさりと回りこんできた。
「うー、酷いですよ。もう16なんですから! 子供子供いわないで下さい!」
「貴女がもう少し大人になるまでは、危なっかしくて一人では狩場にやれませんね……。私も心配ですし」
「あ、じゃあ子供でいい。よろしくね、先輩」
 何故だろう、別にこのままでもいいような気がしてくるのを私は必死で顔に出さないようにする。やれやれ、彼女にツンデレなどと
言われるのも仕方が無い事かもしれない。


 あれ? 最初は「キスをせがむクルセイダーの十字架をうらっかえしにして『神様が後ろを向いてる間にすませる事』」というネタ
のはずが、蓋を開けてみるとキスするにも何年かかるかわからない様子ですよ? あと、「私」の性別がわかりにくいのは仕様です。
っていうか、スレ違いになりそうだったので急いで修正し ;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン
38名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/24(火) 19:32:34 ID:8WFO3bBQ
>>36
他のレスでも言われてることと思うので恐縮なのですが。
改行がもの凄く、読み難いです…ウィンドウサイズ最大に
合わせてあるのは分かるんですが、いくらなんでも
「。」だけしかない行があるのはどうかなーと。

で、二人の関係に異常に萌えました。
エルが凄くかわいいです。先輩は男前な女性かと思っていたら
ツンデレややヘタレな男性でびっくりしたけどそれもまた(´∀`*)エエワァ
文章も読みやすくて面白かったです。
「神様が後ろを〜」のネタなんか聞くだけで萌えました。
キスするのに数年を要するなら数年後を書けばいゴハッ
39名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/24(火) 21:52:50 ID:.dDNnPvI
>38
今ご指摘を受けてエディターの設定に気がつきました。大変申し訳ない。
とりあえず、裏話? としてエロスレに落としてきた分は改行直してあると思うので、許してやってください。
40名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/24(火) 23:06:01 ID:rXG44S2w
お題「後ろを向いている間に〜」って、座談会参加してない人間も書いていいの?

バイト夜勤→帰宅、卒倒→インフルエンザ、で隔離されててようやく追いついた(ノд`)タハー
41名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/25(水) 01:21:09 ID:BVJbex9M
>>後ろを向いている〜関連の書き手様
指輪も、雪も、極度の緊張も、ツンデレプリ♂も、ドレもコレも楽しませて読ませて貰っています。
どの方の文章も上手くて私もこんな風にかけるようになりたいなorz
短編のお題という案出した人マジGJ

>>花月様
レティの健気さに心を打たれます。
そしてイノケンティウス卿のクールさ?にもなんというか燃えというか。
オマケには激しく笑わせていただきましたw

>>ペット様
サララのツンっぷりとムナ子のピュアさに乾杯。
そして意味ありげな異端審問官に期待。
42名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/25(水) 01:29:53 ID:YtMSfvpc
保管庫管理人@読者もーど がスレ住人の総意を勝手に代弁するぜ!
というか、遠い昔の座談会で提案したときとタブン方向性は変わんないさ!
>40
是非お願いします。
43遠き夢、叶わぬ願い1(1/4)sage :2006/01/26(木) 00:59:04 ID:lhpVWsTQ
 運び屋─それを志したのはいつだったか。もう覚えていない。
 しかし依頼をこなす度に依頼主は喜んでくれる。
 こんな自分でも役に立てている、そう思えることが誇らしかった。
 こんな自分ではそれくらいしか出来ることがないから余計に。
 ずっとこうしていれば自分は自分でいられる。
 そう、信じてる…。


────────────────────────

 商人、それは冒険者に無くてはならない存在である。
 ある時は消耗品を安く買い叩き、ある時は色んな収集品をそれぞれの専門業者に高く売りつける。
 またある時は希少な装備等の仲介売買をして冒険者の必需品を供給する。
 そして、数ある商人の仕事の中でも最も難しいと言われる物がある。
 通称〔運び屋〕。依頼主の指定した時間、指定した場所まで大量の回復剤や強化剤、サポートアイテムを輸送する。
 輸送する、と言っても基本的にその依頼で指定される道具の量は生半可な量ではない。
 それ故に、重い鎧やグリーブ等の類など装備できない。その身を守る防具はそのほとんどが繊維製品である。
 そんな装備で指定される場所─基本的にはグラストヘイム等の補給がしにくい場所─まで運ばなければならないのだ。
 時にはジョーカー、時にはカリッツバーグ、また時には深淵の騎士の攻撃を受け流しつつ依頼主の元へ指定された数量を届ける。そんな辛い仕事だ。
 その〔運び屋〕はこのルーンミッドガルド王国には20人程いて、それぞれが毎日毎日戦場に命を届けている。
 その中で一番人気なのがナナ、と呼ばれる女アルケミストである。
 ナナの輸送は成功率が高い上に場所制限が無い。つまりどんな場所であっても行ける、と言っているのと同じである。
 おまけに手数料が限りなく安いのだ。移動費や手間賃を考えたらほとんど得をしていないのではないか、と噂される程である。
 これはそんなナナのとあるお話。別に誰が語るわけでもなく、誰が覚えているわけでもない、悲しいお話。
44遠き夢、叶わぬ願い1(2/4)sage :2006/01/26(木) 00:59:56 ID:lhpVWsTQ
 エリカの件が片付いて3ヶ月、相変わらずプロンテラ騎士団に舞い込んでくる事件報告、目撃、行方不明捜索依頼の数々。
 最近特に多いのが冒険者の行方不明。別にこれ自体はそれほど珍しくない、むしろ冒険者がのたれ死ぬことなどしょっちゅうだろう。
 普通はそうだ、だから今までも特に捜査が行われなかった。
 だが、ここ2ヶ月以内でのほとんどの行方不明者に共通する項目がある。
 それは、行方不明者の知人等によるとその全員が全員コモドへ行く、と言って姿を消しているのである。
 そのことと関連しているかどうかは不明だが、ここ最近冒険者の間で『コモド西の洞窟の奥には凄い宝があるらしい』などといういかがわしい噂が飛び交っている。
 おそらくこの噂は何かに尾ひれがついた物ではあるだろうが、その元がこの行方不明の原因であるのだろう。
「ルカ、コモドに行きたくないか」
「行きたくない」
 ミストラルの質問に即答するルカ。質問が何を意味するか分かっているからこその返答だろう。
「そうか…」
 あっさりとミストラルは引き下がり、また書類に目を落とす。
「コモドってアレでしょ、どうせ。あのー、行方不明」
「そうだ」
「じゃあやだ。知ってるでしょー、私そーゆーの苦手なの」
 そーゆーの、とはいかがわしい類の話での行方不明のことである。この手の話を聞くとルカはどうしても幽霊を連想してしまうとか。
「そうだな、それじゃあ俺が行ってくる」
「ん、いってらっしゃー。ミストが行方不明になっても私が団長してあげるから安心しといて」
「大丈夫だ、お前が団長になったらここは潰れる」
 そう言い、扉の外へ出ていくミストラル。扉の向こうからは何か怒声、というか奇声が聞こえてくるが特に気にもせずにスタスタと転送の間へと歩みを進めていった。
45遠き夢、叶わぬ願い1(3/4)sage :2006/01/26(木) 01:00:37 ID:lhpVWsTQ
 幻想の島コモド─
 夜でもたくさんの篝火が焚かれ、空には毎日絶えることなく花火が打ち上げられる。
 洞窟で囲まれたその街は、賭場の経営や踊り子の育成で発展してきた。
 その賭場では毎日多くの客が数十万単位のゼニーを注ぎ込み、ある時は勝ち、ある時は負けて街の潤いの一端を担っている。
 そこの一角の、とある酒場にミストラルは来ていた。情報を集める為に。
 ほとんどが酔いどれである。マスターは話を聞こうにも、クルセ子たんがどうの言っている酔っ払いの話を頷きながら聞いている為、割り込めない。
 仕方が無いのでそこら辺の冒険者らしき者達に聞いてはみたが知らないと口を揃えて言う。しかし知らないと答えた後には洞窟の事についてそれぞれの仲間内で話し合っている。
 ただ単にミストラルに横取りされるとでも思ったから知らないと答えたのだろう。
 他の酒場にいる冒険者達も街中にいる冒険者達も同じようなもので、特にいい情報は無かった。
 情報が得られなかった以上、やる事は決まっている。西の洞窟を隅々まで調べる、それ以外に無い。
 そしてミストラルが西洞窟─カルと称された洞窟の前にやってきた。そしていざ中に入ろうとした時。
「あ…」
 横から、か細い声が聞こえてきた。
 ミストラルはその声のした方向を見る。そこには錬金術師ギルド公認のアルケミストのアレンジ制服をその身に纏った少女が立っていた。
 肩までで切り揃えられたその髪はコモドに広がる海のように深い青。
 その顔にはサングラスをかけており、その触れたら折れてしまいそうなか細い声の主とは思えない。
 その少女にミストラルは見覚えがあった。何故なら、何度か騎士団全体で演習の時に使う物資を依頼したり、個人的に狩りの時に回復剤の輸送を依頼したことがあるからだ。
「久しぶりだな、運び屋の調子はどうだ?」
「あ…まずまず、です」
 戸惑うように答える少女。何処か小動物を思わせるようなその仕草とサングラス、始めて会う人だったら思わず目と耳を疑うだろう。
「そうか、今日は何でコモドに?」
「え、あの…私、コモドに住んでるんです…それで…運び屋もここをベースに…」
「そうか」
 ミストラルが質問し、少女はおずおずと答える。
「えっと…本日はミストラル様は…何故コモドに…?」
「仕事だ」
「そう…ですか」
 吹いたら消えてしまいそうな声で尋ねる少女に簡潔に答えるミストラル。
「その…もしご迷惑でないなら…お仕事を手伝わせていただけませんか?」
 少女は少し俯きながらそうミストラルに尋ねる。
「あぁ、情報が少なくて困ってた。この洞窟の噂について少し教えてくれないか、ナナ」
 ナナ─自分の名前を呼ばれ、少女は少し肩をビクッと震わせた。
「はい…私でお役に立てるなら」
 少女─ナナはそう言って、最近のこの洞窟についての噂等を話し出した。
46遠き夢、叶わぬ願い1(4/4)sage :2006/01/26(木) 01:01:05 ID:lhpVWsTQ
─30分後、話は終わった。
 この話をかいつまんで言うと─
 この洞窟に冒険者が集まり始めたのは1年程前からだという。
 そしてほぼ全ての冒険者が同じようなことを知っている。
『月満ちたる時、扉は開かれん。中にあるは永久の命、悪し富なり』
 その言葉通り、冒険者達は満月の夜にカル洞窟に入っていく。
 最初はその富とやらを独り占めしようと単独で入っていく者が。
 何かあると分かり、ある程度纏まって入っていく者が。
 その失踪の謎を解決しようとする名のある冒険者達が。
 その全てが満月の夜、洞窟に入ったが最後、戻ってはこなかった。
 それ以外の日に調査した者は普通に戻ってくる。
 ─ということだ。
「今日は…まだ満月じゃないな」
 天を仰ぎ、そう言うミストラル。暗い夜空には上弦の月を3日ばかり過ぎた小太りな月が浮かんでいる。
「旅館か…空きがあるといいが、ナナ、ありがとう。おかげで助かった」
 そう言われ、ナナは少し俯く。その感謝の言葉に照れているのだろうか。
 そしてミストラルは旅館の方に歩みを進めようとした時。
「あ、あの…私の家なら…空きの部屋…ありますけど…」
 必死に押し絞るような声でそう言うナナ。ミストラルはその意外な申し出に少し驚いたような表情を見せる。
「あ…いえ、迷惑ならいいんです…」
 すぐに付け足すナナ。それはまるで捕食者におびえる小動物のようにも見える。
「お前がそれでいいなら厚意にあやかろうと思うが…いいのか?」
 ミストラルは縮こまるナナをなるべく刺激しないように聞く。そうでもしないと今にも壊れてしまいそうな印象があったから。
「あ…はい、大丈夫です…私の家、広いですから」
 ナナはそう答え、何処か遠くを見るように視線を逸らす、ように見える。サングラスをかけているから本当の視線は何処を向いているか分からないのだが。
「世話になる」
「は、はい…。何もないところですけど…ゆっくりしていってください…」
 そうして、二人はナナの家に向かった。
47遠き夢、叶わぬ願い1(5/4)sage :2006/01/26(木) 01:09:14 ID:lhpVWsTQ
えー、凍った心の続編、というかなんと言うか。
時間軸的には凍った心5とエピローグとの間のお話です。
今回は運び屋ケミ、ナナとミストラルのお話。
基本的に男キャラがミストラルしか出ないのは仕様です(・ω・)

>>36-37,39
ごめんなさい、ちょっと個人的ツボだったのと色々で酒場に登場させてしまいました。
お叱りでも何でもお受けいたします。orz
48丸いぼうしsage :2006/01/26(木) 03:33:40 ID:59aBxm8A
拙作「再びケミ君のクリスマス」と並行した時系列のお話です。
きっかけとなる一言を下さった93さんに感謝いたします。

--

 手に取った一枚の紙切れを見つめ、少女は鼓動を抑えきれず胸を押さえた。
これを、一体どう渡せばいいものか、と。ただの長方形の紙。印刷という手段で
マスプロダクションされたチケット。心を込めた恋文で無し、万金の価値がある有価証券で無し。
なのにどうしてそんな紙切れ一枚さえも自分は闊達に渡すことが出来ないのか。

 少女は紙をコートにしまった。そして二度三度、ポケットに手を入れて紙の感触を確かめたあと、
コートの襟を立てた。冬の風が少女の頬を通り過ぎ、飴色の髪を揺らした。

 少女は「Prontera University」と威厳ある文字で刻みつけられた門へ、震える足で
一歩を踏み出した。

--

「さぁ、みなさん、チケットができあがりましたよー。五枚ずつ取って回してくださいね。
 独り占めしてはいけませんよ……する意味もないですけどね。ご家族とか、お友達とか、
 お世話になった人とか、出来るだけたくさんの人に渡してくださいねー。」

 慣れきった柔和な声で呼びかけると、シスターは最前列の机に座った子供にチケットの束を渡した。
子供達は歓声を上げながらチケットを手に取り、後ろへ回していった。その横で、侍祭の少女が
チケットを数えてはシスターに渡していた。

「さて、みなさん、行き渡りましたか?。それじゃ今日はここまでです。明日から冬休みですが
 気をつけて過ごしてくださいねー。」

 別れの挨拶が終わると、子供達は先を争うように部屋を出て行った。その笑い声が部屋と廊下に
響き渡って消えたころ、残ったのはシスターと侍祭の少女だけだった。

「お疲れ様、シスター・クレア」

 シスターは少女にほほえみかけた。クレアと呼ばれた少女は顔を輝かせると二回お辞儀をした。

「お疲れ様です。シスター・システィナ」

「シスター・クレア、あなたが手伝ってくれたここ数日、本当に楽でしたよ。
 こんなに私ばっかり楽をしては神様に申し訳が立たないぐらい。」

「いえ、そ、そんな…これも奉仕ですし…」

 褒め言葉に少女は少しうつむき、照れくさそうに語尾を濁した。そんな少女の手元の箱に
シスターは目をとめた。厚紙で出来たトレー、その底に先ほど配られたチケットが一枚、
貼り付くようにして残っていた。

「あら、チケット余ってしまいましたか?」

「え…ホントだ…私数間違えちゃいましたか!?」

 今気づいた、とでも言わんばかりにクレアは視線を巡らせ、頬をポリポリと人差し指だけでかいた。
そんな彼女のささやかな嘘を咎めることもなく、シスターは空っぽの教室の後ろへと目を向けた。
それからクレアの方へと振り向き、変わらぬほほえみ――しかし先ほどに比べるとややいたずらっ
ぽい色を含んだほほえみ――で首をかしげた。

「うーん、もしかしたら頑張ってくれたあなたへのご褒美なのかもしれませんね。
神様は本当によく見ていてくださいます。だから、シスター・クレア、それは差し上げます。」

「あ、はい、ありがとうございます」

 クレアは答え終わると目をつぶり、手を胸の前で組んで感謝の祈りを捧げた。
このあたりの変わり身の早さ、というか如才なさが彼女が優秀で篤信なアコライトと評価される
所以であった。

「それではまだ、クリスマスという山場を控えていますけど、あなたも頑張ってくださいね」

 励ましの言葉をかけるとシスターは教室をあとにした。クレアは残された紙の箱からチケットを
取り出すと、人差し指と中指でつまんでひらひらさせた。チケットは綺麗に印刷され、裁断
されていたが、そのデザインはクリスマスという単語から連想される全てをつめ込んだみたい
なもので、とても洗練されているとは言えなかった。

「どうしよっかな……これ…」

 遠ざかる靴音を聞きながら、クレアは口の中でつぶやいた。
49丸いぼうしsage :2006/01/26(木) 03:34:34 ID:59aBxm8A
--

「本当に、どうしよう」

 クレアは自分のベッドに横になって、魔力灯にチケットを透かしてみた。
「大聖堂クリスマス聖歌演奏会ペアチケット」という文字が逆写しになって見えた。

「どしたのー、クレア?」

 ベッドの下、つまるところ二段ベッドの下の段から、妙に間延びした疑問文が上がってきた。

「ううん、いやね、聖歌演奏会のチケットがシスティナ先生のとこで余ってさ、
もらっちゃったのよ」

「ふぅーん、好きな人にでもあげたらー?クレアはあちこちにお手伝いにいってるしー
一人ぐらいあてあるんじゃないのー?」


 クレアはチケットを枕元に置くと、胸まで掛けていた布団を首まで引き上げた。
心臓を布団で隠しておかないと、心を読まれてしまうかもしれない、と直感的に感じたからだ。
そして、口をとがらせるとちょっと情けない反駁をした。

「そんなのいるわけないよ……シンシアの意地悪……」

 言い終わらぬ内に消灯の鐘が鳴った。ふっ、と明かりが消え、んじゃおやすみー、という
声が聞こえた。クレアは返答だけすると天井の模様を見つめた。

--

 好きな人にでもあげたら、というシンシアの言葉が、何度もクレアの頭に浮かんだ。
年齢柄、誰かに恋をしている友達は多いし、彼女も誰かに恋することに憧れていた。
でも、彼女がチケットを渡す候補として思い浮かべた顔はそういった恋とかとは違う気がしたのだ。

 その人物はある事件の時、騎士団で手伝いをしていた彼女の前に現れた。
彼女はその人物に褒められたことはなかった。貶された。馬鹿にされた。笑われた。
ずっと正しいと信じてきたことを述べただけなのに、愚かなことだと詰られた。
今でも、その人物が言っていることが真実だとは欠片ほどにも思ってはいない。

 クレアは目を無理に閉じた。フンと鼻をならし、皮肉げな目で見ているそいつの顔がまぶたの
裏にうつったので彼女は目を開けて天井をにらみつけた。

 しかしながら、あのときクレアを詰った言葉は、彼女を詰るためにかけられた言葉ではなかった。
厳しい言葉ではあったけれど、誰かを助けるための言葉だった。その証拠に、彼女が窮地に陥った
ときあの人は助けてくれた。
 Whis越しに感じ取った存在感。絶対的とも言える安心感。それはどこか父親を思い出させた。
プロンテラの大聖堂で寄宿生活をすることが決まって別れた故郷の父親。父親もあの人ぐらい
の年齢だろうか。もうちょっと上だろうか。クレアは天井の模様に父親とその人物二人の顔を重ねた。

「好きとかとは……絶対違うよ」

 クレアは布団の隅を噛み締めた。鼻から吐く息が蒸れて暑苦しかった。
ベッドの下からは彼女と違って何も思い悩むことのない、安らかで規則的な寝息が聞こえてくる。

 あの人を、とても遠いあの人を一度驚かせてやりたい、とクレアは思った。
相手の言ってることは真実とはほど遠いけれど、それでも弁論で勝つのは無理かなと感じていた。
でも、一度ぐらいは驚かせたい。私はあの人に認められたい、と思ったところで彼女は思考を止めた。
布と肌がこすれるのも気にせず、クレアは布団の中で首を振った。

「認められたいんじゃない……」

 そう、その人物は異端者みたいなものだ。異端審問はなされていないので異端者ではないが……
不信心者には違いない。そんな人物に認められてもクレアにとって誇らしいことは一つもない。
では、なぜ自分はチケットを渡す候補としてその人物を最初に思い浮かべたのか。彼女は
答えのない問いを、答えを認めたくない問いを繰り返した。

「もし、あいつがチケットを手に入れて一人で来たら……笑い者よね」

 いつしかクレアは、その人物がチケットを手に入れること前提で考え事をしていた。
本当にデリカシーがなく、女心など理解できるはずのない人間。どうして回転の速い頭をそこに
使わないのかと思わせる人間。その人物はそういう人間だった。
だから来るときは、一人で来るだろう。クレアは確信に近い考えに至った。
しかしながらそれは彼女の年齢相応な、しかも盲目な考えだった。
クレアはその人物がチケットを受け取り、しかもそれできちんと演奏会に現れるという
仮定の上の仮定しか考えていなかった。だがしかし、幸福な妄想というのは
あらゆる論理というものをひれ伏させるだけの何かをもっているものだった。

「笑い者にしてやる。私が笑ってやるのよ。」

 名案だ、とクレアは思った。ゆっくり大きく息を吐き、布団を首まで下げた。息で蒸れた肌に
空気が気持ちよかった。そう、そいつが一人で来たらどんなに楽しいだろうか。悔しがる顔が
見られたらどんなに幸せだろうか。そしてそのあと、一緒に聖歌を聞けたなら。

 がばっ、とクレアは布団を頭まで被った。思い至ってはいけない考えに思い至った自分を
戒めるかのようにその中でじっと息を止めた。

 そうだ、明日渡しに行こう。あの人にチケットを渡しに行こう。

 布団の中で身を丸めながら、クレアは顔をほころばせた。
結局のところ眠るまで、いや眠ってもなお、クレアは幸福な妄想を捨てることが出来なかった。
50丸いぼうしsage :2006/01/26(木) 03:35:59 ID:59aBxm8A
--

「聖歌演奏会に向かわれる方はこちらへ曲がってくださーい」

 雪が左右によけられた大聖堂前の交差点、クレアは人々に道を示していた。
教会の聖歌演奏会はその演奏はもちろんのこと、交通整理や案内までも教会が行っていた。
つまるところ、この聖夜の寒空にクレアが立っているのもその「奉仕」の一環ということだ。

 折から雪がちらちらと舞い、厚手のコートの上からも寒さはしみこんでくる。
袖まで半分引き込んだ手のひらに息を吐きかけてはすりあわせ、クレアは必死に見知った顔
を往来に探していた。だから彼女は、袖を引かれていることになかなか気づかなかった。

「ねぇ、クレア、クレアってばー」

 四度肘のあたりを引かれようやく気づいたクレアが振り向くと、少し心配そうな、そして
少し意地悪そうな顔をしてシンシアが立っていた。

「何よシンシア」

 クレアは交差点にすぐ目を戻すと、振り返らずにぶっきらぼうな口調で応えた。

「気になることあったら、いっておいでよー、案内は私がしてるから。」

 普段はどこを見ているのかわからないくせに重要なときだけ心を見透かすルームメイトに
クレアは少し決まり悪い心を覚えた。それでも彼女にとってはおそらくは好意から交代を
申し出てくれる友人が本当にありがたかった。

「ありがと、恩に着るわ」

 クレアはコートの胸元を押さえたまま、小走りで駆け出した。案内の教会関係者もおらず、
演奏会の観客だけをチェックできる場所、大聖堂前の通りへ。

--

 人々が、前を流れていく。観客はそう多くないので一人一人見分けられる。クレアはまるで
待ち合わせでもしているような格好で、人々の顔を不安げに眺めていた。近くの建物に掲げられた時計を見た。
開演まで残り二十五分。そろそろ来ても良いころだ。前を通る人々も増えてきた。

 クレアは落ち着かなげに肩に積もった雪を払った。自分の息も、往来の人々の息も白い。
少し人の流れがとぎれるごとに、彼女は時計を眺めた。時計の針は遅々として進まず、
そのことに彼女は安心感といらだちとを感じていた。

 一人残らず顔を見た。しかし、クレアの期待した顔は現れなかった。時計は開演まで残り十五分。
大聖堂へ向かう人々は減り、皆が心なしか急ぎ足になっている。彼女が小さく地団駄を踏んでいるのは、
寒い中ずっと立っていたからだけではない。

 ようやく、雪に霞む視界の端にクレアは見知った顔を見つけた。
それは「あの人」と一緒にいた冴えない金髪の青年。
助手で名前はケミなんとかだった、とクレアは走りながら思い出した。

「あ、アコさんじゃないですか。どうしたんです?」

 少し急ぎ足だった青年は、クレアの姿を認めると足を止めた。その顔には幸福の色が強く浮かび、
横には青い髪をした化粧気も色気もない女が立っていた。

「あいつは、あの異端者はどうしたんです!?今日来るとかなんとか言ってませんでしたか?」

 クレアは荒い息のまままくし立てた。通行人数人がぎょっとした顔で振り向いたが、開演時間が近いのも
あって皆すぐに大聖堂へと向かっていった。青年は少し気圧されたようだったが、
相手の知らないことを説明する人間の声で応えた。

「異端者って、教授は異端者じゃないよ……。それはおいといて、教授は来ないと思うよ。
僕は教授にチケットをもらってきたわけだから……ね、ウィズ子さん?」

 無言で、青い髪の女がうなずいた。

ガンッ、と首の後ろを殴られたような気がして、この寒い街の中、クレアは自分の背筋だけ
がじわっと熱くなるのを感じた。

抑えろと思ったときにはもう遅かった。クレアの口をいくつも言葉がついてでた。
叫び声が口から出るたびに、喉の奥が熱くなった。
51丸いぼうしsage :2006/01/26(木) 03:37:14 ID:59aBxm8A
「せっかく、せっかくチケットを渡したのに……それなのに来ないなんて…ひどい!
ひどいですよ!! ……これは冒涜です!教会に対する冒涜です!!」

 取り繕うように「冒涜」という単語をクレアは何度も付け加えた。
付け加える内に、喉と目の奥の痛みが鼻へと伝わっていった。
 クレアの訴えに青年は僅かに後ずさった。幸福に満ち足りていた青年の顔に明らかな
動揺の色が浮かんだ。

「あ、あの、その……悪かった……のかな?」

 何とも言えない怯えたような青年の表情で、クレアは自分の顔を熱いものが流れていること
に気づいた。青い髪の女は相変わらずの無表情だったが、軽く目を伏せていた。

「あの異端者め……許さないから!!…う……ううっ」

「ケミ君……行こう。時間がない。」

 青い髪の女が青年の袖をつかんで歩き出した。潤む視界に、クレアは二人の背中をとらえていた。
 色気のない女と冴えない男、外見的には栄えないし、そもそも恋仲ではないのかもしれない。
ただそれでもカップルには違いない。本当なら自分とあの人が彼と彼女の席に座っていたかもしれないのに。
そう思うとクレアはここにいたくなかった。
聖歌を聴きに行く幸せな人々と一緒にいることが何よりの苦痛に思えた。

他人の幸せを自分の幸せと思える、殊勝なアコライトは、そこにはいなかった。

クレアは走り出した。聖歌なんか聞きたくなかった。幸せな人なんか見たくなかった。
クレアは走った。涙が後ろへ飛んでいくほど。冷たい風が耳を切り裂くほど。
大聖堂から遠くへ、とにかく遠くへと。

--

 涙が流れたあとが凍り付きそうだった。鼻水と寒さで鼻は真っ赤だった。痛い喉からは間断なく白い蒸気が
吐き出され、もう一歩も歩けなくなってクレアは膝をついた。馬鹿なのは自分なのに。馬鹿な仮定をして
馬鹿な行動をして、馬鹿な一人芝居で一人だけ馬鹿な踊りをしていたのに。それでもクレアは涙を止めることが
出来なかった。周りを人波が流れていく。皆が浮かれているようで、誰も泣いている少女のことなど気にとめない。
むしろ気にとめても声を掛けることを許さない雰囲気が彼女の周りに満ちていた。

 凍結を防ぐため、噴水は止まっていたが、クレアの涙は止まらなかった。
ジングルベルに混じって嗚咽の声が響いた。

 すっ、と肩にマフラーが掛けられた。はっとなってクレアが振り向くと、そこには彼女のよく
見知った、だけどちょっと期待はずれな顔があった。

「シンシア……」

「女の子が泣きながら走ってるって聞いて、きっとクレアのことだと思ったのー。
この辺かなと思ったけど、いてよかったよー。」

 クレアは黙ってうつむいた。つつー、と鼻水が垂れたので彼女は鼻をすすった。
シンシアはそんなクレアの様子をじっと見つめて、しばらくすると息を吐いた。

「失恋……しちゃったんだね」

「違うっ!!」

恋という単語にはじかれたように涙声でクレアは叫んだ。冷え切って真っ白になった手が、
石畳をつかんだ。少しの間止まっていた涙が、言葉と共に再びこぼれ落ちた。

「してないよ、私恋なんてしてないよ。だから、失恋なんてしてない。恋じゃないもん、
絶対、ちがう……」

ちがう、という言葉をクレアは何度も繰り返した。三度目からは言葉はもはや
言葉ではなくなった。涙と、それにに付随する声だった。
そうして震えているクレアの背中を、シンシアの手が優しく何度もさすった。

「クレア、帰ろー。帰ってからでも泣けるよー。ほら、立って。」

シンシアはクレアの肩に両手をかけ、ものを運ぶときのように軽く持ち上げた。
支えられるようにしてふらふらとクレアは立ち上がった。

「うう……えっく…ひくっ…」

それでも泣きやまないクレアの顔を、シンシアは取り出したハンカチでぬぐった。
雪と涙でぐしゃぐしゃになってはいたけれど、クレアの顔にはまだ少し白粉が残っていた。

ほんと、わかりやすいんだから、という言葉をシンシアは心の中でつぶやいた。
シンシアは今日に至るまで、化粧をしたクレアを見たことがなかった。

「ね、歩ける?」

真っ赤になってしまった目をこすりながら、クレアは無言でうなずいた。
シンシアに片方の肩を預けたまま、クレアはゆっくりと歩き出した。
クレアは首を横に傾け、頭もシンシアに預けたので少しだけシンシアはよろけた。

色とりどりのイルミネーションがそうして歩いていく二人の影を七色に分けていた。

--End
52丸いぼうしsage :2006/01/26(木) 03:39:14 ID:59aBxm8A
分割大きすぎた…。

勢いだけで書いたせいか練りが足りないような気がします。
10KB越えてくると練るのが辛いです。でも、書いてて楽しかったです。
53遥か彼方の93だったりSIDEだったりするやつsage :2006/01/26(木) 18:45:30 ID:zL4hp4V.
自分の作り出したキャラが>45で凍ってる人に! こっそりとでも使ってもらえるのは嬉しいなぁ、とか思っていたら。
丸い帽子さんに一方の主役にまでして頂き、小躍りせんばかりな件について。クレア、ツンデレどころかデレデレですね。
でも、父親と年齢比べられたら流石に教授カワイソス。いぜん聞いたら30代前半とか言ってませんでしたか!?w

たまーの座談会、たまの御題でスレ活性化うまー(゜▽゜)ごちそうさま
54遠き夢、叶わぬ願い2(1/2)sage :2006/01/27(金) 00:44:06 ID:KK7d65Es
 ナナの家はコモドの北西にあり、一人で住むには少し広い造りだった。
 部屋は4つあり、それと台所とリビングという家だった。その一つの部屋をミストラルにナナは貸した。
 夜はナナがコモド伝統だという蛙の卵の煮付け、触手のきざみ炒め、鰐のホルモン炙り焼き等々の手料理を振舞った。
 ミストラルはそれを淡々と平らげ、最後に一言。
「うまかった、ありがとう」
 とだけ言って自分の部屋に戻った。
 ナナは少し目を見開き、返答も身動きもできないままミストラルを見送った。
 そして人のぬくもりの消えたリビングはいつもの静寂が戻る。
 ナナは少しだけそのサングラスをずらし、その赤い瞳をミストラルのいなくなったほうへやり、そして目を瞑る。
 別に眠るわけではないが、このほうが落ち着いていられるのだ。


────────────────────────

 夢を…いや、"記録"を見ている。別に夢など見ない、いや見れるはずがないわけで。

 何度と無く、目の前の敵を切る。
 最早何千、何万匹切ったのだろう。分からない。
 たまに街に戻っては収穫を売り、お金に換える。
 そんな毎日に疑問を持っていなかった。持つ必要も無かった。
 ただ目の前の敵を切り、その敵から必要部位を獲り、それを換金する。
 自分の存在意義はそれだけで。
 そんな自分に心など必要なくて。

 でもある時、体が動かなくなって。周りの仲間も動けないみたいで。
 苦しくはなかったし、嫌でもなかった。ただ─あぁ、死ぬんだな─と思っただけだった。
 そんな時、目の前に誰か立っていた。その誰かは言う。
「貴女はコレを持っていてください。そして命じるよ、死んではいけない。例え……し…として…」
 最後のほうは聞き取れなかった。が、ソレを渡された途端、体が動くようになった。そして何か大事な部分が書き換えられるような感覚を覚えた。
 そして、もう一度顔をあげたとき、その誰かは消えていた。


「ん…朝」
 窓から差し込んでくる光で意識が覚醒する。
 いつの間にか寝てしまったのだろう。
 ミストラルの為に、朝ごはんの用意をし始める。
 ペコペコの卵をとき、それを火で熱した四角い鍋にジオグラファーの油をしき、卵を薄く延ばして形を整えていく。
 それと同時進行で鍋に入れた熱湯を適度に加熱しつつ、ミーソと呼ばれる天津地方の調味料を溶かしていき、塩抜きをしておいたお化け貝を投入する。
 二つの品目を作り、あらかじめ炊いておいたご飯を加えて食卓に揃える。
 丁度並べた時、ミストラルが部屋から出てくる。
「あ…おはようございます…天津風の朝食を作ってみました…」
「ん、おはよう」
 そう挨拶する二人。そしてミストラルは食卓につく。
「いただきます」
 そう言い、昨日と同じようにただ食べるミストラル。それをナナは見ているだけだ。
「ナナ、お前食事はいいのか?昨日の夜も食べてなかったようだが」
 そんなナナを見て、ふと浮かんだ疑問を投げかける。
「あ…えっと…私はもう食べましたから…すみません」
 そんな何気ない疑問に、少しナナは俯き加減で答える。昨日同様サングラスで覆われている為にその表情は読めない。
「そうか」
 その答えに納得したのか、ミストラルは食事を再開する。
 しばらくして、今度はナナのほうが聞く。
「あの…ご飯…どうですか?」
「美味いな。この卵の奴が特に。天津食は食べたことが無かったがいいもんだな」
「あ…ありがとうございます」
 そう褒められ、俯いた顔をわずかに赤くする。
 そしてまたミストラルは食事を再開し、ナナも黙って食べる様子を見る。
 やがてミストラルが食べ終え、自分の部屋に戻る。
 数分後、ミストラルは部屋から出てきて言う。
「洞窟の調査に行ってくる。まぁ満月は明後日だから無駄だろうが」
「あ…はい…あの…案内しましょうか…?」
「いやいい。お前はお前の仕事をしろ」
「あ…はい」
 そうして、ミストラルは出て行った。
 ナナはそのミストラルの後姿を見送り、一つ溜息。そしてそのまま目を瞑る。
55遠き夢、叶わぬ願い2(2/2)sage :2006/01/27(金) 00:44:46 ID:KK7d65Es
────────────────────────

 渡されたソレは剣だった。
 鍔のところは金色に装飾されており、刀身は鈍い銀色の光を反射している。
 細長く、突き刺すことを考え作られた剣、レイピア。
 別にレイピアを持つのは初めてではなかった。しかし、そのレイピアは重く、得体の知れない存在感があった。
 それ以降、運び屋の仕事をはじめた。色々な場所へ行った。色々な人に出会った。
 そしてその剣を授かって約一ヵ月後の初めての満月の日、洞窟の中にいた。
 いつの間にこんなところに来たのかは分からない。何故ここに入ったのかもわからない。
 それ以上に、自分がモンスターに囲まれていないことにも少し驚いた。
 普通自分がこのようなモンスターのいる場所では殲滅力が足りず、常に3~4匹に囲まれる。
 だが、今はそんなことはなく、一匹も自分の周りにいない。
 やがて、その場に一人のローグが表れる。
「ここが最奥…って先客がいるのかよ、くそっ」
 そう言った瞬間。

 ズッ

「あ…?」
 ローグの胸から何本ものドス黒い棒、いや、木の様な物が生えている。
 逆だ、枝の様な物が、刺さっている。
 ローグは自分がどうなったかも分からずにその場で動けなくなった。
 そしてローグはそのまま、再び動き出すことは無くなった。
 少し薄い紫色だった髪、浅黒く日焼けした肌、身に付けた赤い服、その全てが黒ずんだ茶色に染まっている。
 石化…どんなに熟練した魔術師であろうとも人を石化させるのは5分足らずが限界だという。
 元々石化は純粋な魔の、モンスターの力だ。それを人が扱うのはそもそも無理があるのだ。
 それを人に可能にするモノ、その名はミステルティン。古代の神を殺したという枝。
 その魔力はそれを突き刺した全ての生き物を石化させる。その禍々しい形は正に枝とも言うべき数多の刃。
 そんな伝説の魔剣が、今その手にある。
 これは夢ではない。夢であろうはずが無いのだ。現実にソレを手に持ち、今、人を殺めた。
 別に殺そうと思ったわけじゃない。体が勝手に動いて刺した、それだけだ。
 つまり、今この身体は、そうなのだ。その為にあるのだ。
 いくら心が嫌がっても身体は与えられた命を忠実に遂行し、その身体が果てるまで続ける。


 ふと、我に返る。既に外は暗くなっている。
 ミストラルはまだ帰ってはいないようだった。
 腰に差したレイピア─いや、ミステルティンを首筋に当てようとする。
 が、ある一定以上その首筋に刃は近づかず、手が震えて一定の場所に留まる。
 それは首に剣をあてようとする意識と当てまいとする無意識の平衡点。
 それが自分の限界。
「私を…殺して…」
 誰に言うとでもなく、その呟きはコモドに夜空に吸い込まれていった。
56遠き夢、叶わぬ願い2(3/2)sage :2006/01/27(金) 00:56:51 ID:KK7d65Es
なんてゆーかもうちょっと食事とか洞窟とかそこら辺の描写をもっとちゃんとせねば、反省。orz
他の人の風景描写を見習いたいです。

6kbだったから前スレに書いて埋めたほうがよかったのかな?まぁとき既に遅しですが。
57名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/27(金) 16:08:07 ID:bAb8qqn6
>>50
ポンコツアコたん…(*´Д`)
58花月の人sage :2006/01/27(金) 16:53:35 ID:PgOMKvoE
 花と月と貴女と僕 19

 ───あれ?
 気がつくと、真上に太陽がある空を見上げてた。
 頭はぐらぐらして、酷い耳鳴りもする。
 ……くそ。頭がバカになってしまってて、今さっきまで何をしてたのかが良くわからない。
 覚醒したはいいものの、意識が攪拌されてる。
 だからなのか、僕の中には幾つもの断片的なイメージが踊り狂っていた。

 それは突っ込んでくる敵。迎撃する沢山の矢。殺し殺される誰か。
 仕方が無いから僕は叫びながら、人を殺しました。
 黒服。敵。敵。あの化物が。頭が痛いです。
 あっちにもそっちにも沢山の沢山の沢山の──それは虚ろな、濁った目。

「ぐ──あぐ──っうっ」
 把握するのは投げ出して、握ったままだった剣を杖にぶっ倒れてた体を起す。
 敵は──そうだ。思い出した僕は。僕は、戦場にいるんだ。

 混乱した記憶は僕が今こうしているのは放たれた大魔法のせいだ、と辛うじて告げていた。
 体中打ち身と擦り傷だらけ、ちっとも無事なんかじゃない。
 だけど、取り合えず生きてる。ああ、よかった。未だ生きてる。

「がふっ、げほっ。げほっ」
 激しく咳き込みながら僕は安堵して、思わず涙が零れそうだった。
 立ち上がって、それから霞む視界の中にまず広がったのは周囲の木々さえもなぎ倒され、
易々と僕らが苦労して構築したあの陣地の見る影も無くなった姿。
 もうもうと爆風に巻き上げられた砂塵は未だしつこく道の端に残ってうねってた。

 丁度、僕は狐に化かされたみたいな幻視をしてるらしい。
 ほら、だってさ。もう寒くなり始める頃なのに、この場所には蜃気楼が見える。

 締め出して視線を移すとぽつり、ぽつりと僕と同じ生き残りが立ち上がるのが見えた。
 武器を手にしたままで、今鏡でも見ればその中にあるだろう表情──呆けた様なそれがある。
 さっきまでの狂騒が嘘の様な。まるで凪みたいに静かで。
 ああ、そうか。きっと、皆も安心してるんだ、と理解できた。
 ──勝てたんだ、と言う事に僕は馬鹿笑いでもするべきかな、と思って。

 ──兜首、

 その時だ。聞こえた。そして、声のした方を向いた。
 見えた。いや、それしか見えなかった。
 虚ろだった心が熱くなる。知らない間に足が震えている。
 アイツは。あの男は───立っている。
 ──その姿に、僕は思わず息を呑んだ。

「っ──おいっ、お前等っ。勝鬨だ!勝鬨をあげろっ!!」
 はっ、とした様にクオが叫ぶ。

 ──討ち取ったり!!
 そして、ロボの叫びが呼応した。
 普段の張りなど無く──だと言うのに、余りにも凪めいた心を掻き立てる。

 立っているんだ。
 あの黒い服の男は立っている。

 それは幻でもなければ夢でもありえない。
 彼は確固たる現実として僕達の勝利を此処に宣言している。

 誰が言うでもなかったけれど──武器を。
 僕も、肩を並べて闘った皆も。傷ついているのも。そうでないのも。
 誰も彼もが自分の不揃いな武器を、その手に掲げ。
 気づけば熱に浮かされたみたいに、大きな、とても大きな歓声を上げていて。

 ゆっくりと、手に化物の首を抱えたままロボは歩んで来る。

「───!!───!!」
 空気を揺るがすそれは、いきなり現れたちっぽけな嵐みたいで。
 門も、規律も無い。だけど、ありったけの勝鬨だけで満たされたそれは、まぎれもない凱旋だった。

 ゆっくり歩く男は魔女の釜の底みたいだった塹壕に戻ってくるまでに喉を潤すかの様に一本の薬瓶を呷り投げ捨て、
やがて帰り着いたロボは、じろり、と三白眼で歓声を上げる僕達を見回す。
 それで、響いていた歓声が一気に静まった。

 彼のトレードマークの黒服は既に帽子が吹き飛んでいて、纏ったマントもボロボロ。
 無事なのは炎みたいな目と、腰に下げたツルギぐらいだ。
 直接でなくとも解るぐらい強烈な眼力を秘めたそれが、すっ、と細まる。
 たった一言で兵の目付きさえも変えて見せて、ロボは言葉を口に押し上げていく。

「未だ終わっちゃいねぇんだ──さぁ、とっとと準備しな、手前等は引き潮だ!!
 一番後ろの生き残ってる塹壕まで下がれ。抜かれたら最後、本丸まで一直線。
 いいか、お前等は自分達の尊厳を守る為に剣を執り、その為に俺は教えられる事は全部教えた。
 後は──」
 ごくん、と唾を飲み下したらしくロボの喉が不意に動くのが見えた。

「──いいか、後はお前等次第だ。あの場所を手前の墓穴と思って絶対に守り切れ──ここが正念場だ!!」
 口元には小憎たらしいぐらいに愉快そうな笑みを。
 赤い逆毛を揺らしながら片手で器用にツルギを腰から引き抜いて、坂を指す。
 それが意味する所は言うまでも無いだろう。
 「さぁ、とっとと下がれっ」とロボは無言で、しかし確かにその場の全員に告げている。

 クオが。名前も知らない僕の戦友が、互い互いに頷きあうのが見える。
 塹壕の中に投げ出されていた武器──矢筒や弓、そして長槍を持てる限り引っかき集め、或いは負傷した者に肩を貸しながら。
 皆が歩いていく。僕はそれを見送っている。じっと座り込んだままで。
 それは、きっと高ぶった気持ちで足が震えてしまっていたからだろうと思った。

 お祭りの一幕が終わった後には、どうしようもないくらい寂寥感ばかりが募っていく。

 背中が遠くなっていく。ふと、横を見ればロボの姿。
 とり残されて、そのおかげか僕はその顔が本当は酷く薄汚れているのに一人気がついていた。
 乾いた血がこびり付いて、傷塗れになって衰弱しつつある顔がそこにあった。

 そして、僕は不意に解ってしまった。

「ごほっ、ごほ。──どうした、ウォル」
 その言葉は、きっと僕の耳には届かなかったか、もう理解出来なかったのだろう。
 冷や水を浴びせられたみたいに背筋がぞわり、と震えた。
 それは僕がプロンテラに居た頃ずっと感じていた恐れの感覚だった。

 日々をつまらない冒険者として過ごす恐怖だったり、将来に対するどうしようもない無力感だったり、
自分の存在に意味がまるで見出せなくなった空しさだったりした。
 つまり、信じてきたモノと信じるべきモノがひび割れそうになる恐怖だった。

 だから、さっきの僕の言葉は嘘に違いなかった。
 それに気づけたのは偶然以外の何者でもなかったけれども。
 駄目な冒険者である分、何度も経験しているそれへの疑いなんて無い

 ──止めろ。止めろ。と僕の頭の中に響く誰かの声が聞こえた。
 とっくに高揚は恐怖に変わってしまっていた。体中がぶるぶると震えている。
 だって僕の周りには。(──見てはいけない、とまた誰かが言う)
 皆と同じ様に喜ぶ事で、努めて見ない様にしていた僕の周りには。

 沢山の。沢山の沢山の沢山の。
 人の肉が焼ける炎が見える。ばらばらになった何かの破片が見える。
 白っぽい。黒っぽい。肌色がまだ残ってるのや、土の色の。
 死体が。ここは戦場だから。沢山の死体が。死体が。
 誰かと笑いあってたかも知れない死体が。丁度、僕みたいに。

 そう、気づいてしまった。

 ──僕の周りには。
 僕と同じようだった筈の人間の残骸が沢山、ゴミ溜めの丘みたいに散らばっていた。
 下半身の無い誰かの、顔の肉が削げた虚ろな目が僕を見ていて──耐えられず体を九の字に折って地面にひれ伏す。

 余りにも残酷で真っ赤なイメージ。
 例えば、お腹を小刀で裂かれて内臓を掻き出される僕。
 例えば、生きたままで手足が■くなったまま、慰──(閲覧)や、全身を槍に貫かれた(削除)、剣に裂かれた■■。
 例えば。例えば。例えば。例えば。
 彼女はああだから、それよりももっともっともっともっと酷い──■、(以下全文検閲削除)

 脳裏のそれは妄想だと解っている。
 けれど、僕に高揚感を与えていたモノは目の前のそれだ、と気づいてしまった。

「う──げぇっ、げぅっ──げぼっ」
 喉の奥から胃液が競りあがって、堪らず地面に吐き出す。
 目尻一杯に涙が滲む。とっくに麻痺していた筈の嗅覚が生き物の焼ける臭いを嗅ぎ取っている。
 何処からも誰の悲鳴も聞こえない。襲ってくる敵もいない。

 だけど、それはまるで拷問だった。
 殺した誰かと殺された誰か。全ての虚ろで淀んだ目が僕を睨んでいる。
 僕は、覚悟無くこの手を血で汚したのだ。

 認めてしまおう。
 この期に及んで余りにも覚悟の絶対量が足りなかった、と。

 ああ、そうさ。
 今だって、僕は紛れも無い大馬鹿野朗だ。
 結局、根本的に変化してた訳じゃなかった。
 状況に流されるだけで、心の中は空っぽのままだったんだ。

 切り開こうと言う意識が無かった。痛みに耐えようと言う覚悟が無かった。
 そんな心のままで戦場へ向った馬鹿者、道化者の何と醜い事だろうか。

 ここにいるだけで、敵も味方も、ツクヤもロボもミホさんもクオも。
 誰も彼もの決意を汚してしまっている。
 それが悔しくて悲しくて、今にも気が狂いそうだった。
 誰彼構わず懺悔したかった。今や心には完全に罅が入ってしまっていた。

 けれど、謝る事だけは決して出来なかった。
 それこそ、本当に侮辱以外の何者でも無い気がしたからだ。
 足りない。足りないんだ。
59花月の人sage :2006/01/27(金) 16:54:12 ID:PgOMKvoE
「───」
 ──ふと、顔を上げるとロボが黙って僕を見下ろしていた。

「ぁ──」
 その目は、只僕だけを真っ直ぐに見つめていた。
 何を押し着せようと諭すでも無い。責めるでもない。
 きっとその目は──

「ぐ──ぅっ、がっ……僕は──」
 諦めてしまえ。膝を折ってしまえ。囁く声がする。
 けれど全身に圧し掛かる圧力の向こうから、そいつは待っていた。
 だから、きっとその目は──

「立つ……んだ。立って、僕は──」
 呟く言葉は、僕の心に今の今までこびり付いていた余分なモノをそぎ落としていく。
 心も体も酷い痛みがして、いっそ全て諦めてた方がよっぽど楽だったろう。

 そのせいだろうか。
 息を吐き出す。膝を組椅子みたいに押し上げていく。
 そんな瞬間にか、或いはそれを無限に分割したあり得ない時間に。
 僕は、最後まで削がれなかった、眩しく輝く幻を見た。

 ──始まりは、とんでもない偶然だった。
 お互いに何も知らなくて、馬鹿な事をしたりもしたっけ。
 可愛い子だな、とかそんな風にだけ、思ってた。

 ──道行きは、それまで僕が出会った事も無いような事ばかりで。
 僕はきみを傷つけてしまったり、相変わらず僕だけが馬鹿で。
 でもその時があったから、僕にはきみといられるチャンスがある。

 本当に、きみと出会ってからは過ぎ去る時間は風の様で。
 そりゃあ、いい事ばかり……と言うよりも、辛い事の方が多かった気がするけど。
 今、思い出せば何の迷い無く楽しかった、と言える。

 それは本当に、僕みたいな馬鹿者にとって、凄く幸せな事だったんだろう。

 風の音。草と日向の香り。遠く、すっかり色付いた山際は目の前の秋穂の金と同じで、赤く綺麗にそよいでる。
 確かに、夜空の方が良く似合うかもしれないけれど、やっぱり僕にはお日様みたいに見えて。
 そうして、幻の最後は、一緒に田舎道を歩いた時、ハミングを歌って微笑んでいた姿。
 だけどその時、きみは本当に寂しそうな顔をしてた。
 だから、本当に心の底から喜んだり笑ったりするきみが見たくて。
 僕はこれでも一応冒険者だから、一緒に旅に出たいんだ。

 ──カチリ、と。
 空っぽだった場所に、何かが嵌る音が聞こえた。
 自分自身の中に変わらない真実(モノ)を見つける事が出来たから。
 まるで乾いた土に染み渡る水みたいに、ガチガチに乾いて痛んでた体中に廻っていく。
 それで本当にツクヤが好きなんだな、って今度こそ確信できた。

 なら、すぐにでも立って、僕はきみの所に行かないと。

「行くんだ…っ。僕は──行くんだっ!!行くんだ!!」

 痛みは失せた。迷いは斬れた。これまでの僕はもうお終い。
 大切な誰かを傷つけようとする奴がいる。だから、自分の意思でそれを殺そう。
 他の全ては一番大事なそれよりも後。
 それが堕落であったとしたら、地獄に落ちるのだって構いはしない。
 立ち上がる。僕を待ってくれていた奴を睨む様に、斃れるまで背負うと決めた罪に負けないように見つめ返す。

 多分、これは誰にとっても当たり前の事。
 傷つき、血を流しても自分の大切な物を守り通す。
 だから僕は全然特別じゃなくて、丘の上の戦列に並ぶ資格を手に入れただけだ。
 でも、それはきっと僕にとってはとても重要な事だったのだろう。

「──いい面構えになったな、ウォル」
 何処か哀しむ様に、けれど讃える様に。
 僕にはっきりとロボはそう言い、腰に提げ直していたツルギを僕に投げ渡した。

「これ──」
 それは、ただのツルギと言うには不思議な暖かさがあった。
 たった一枚、見慣れないカードが挿されているみたいだけど、僕にはそれが何か解らない。
 只、それこそが黒服の原点、とだけは理解できた。

「持ってけ。丸腰じゃ仕方ねぇだろ」
「けど、それじゃロボさんは──」
「使える剣ならそこの木箱の中にまだある。けど、貸すだけだ」
 彼は傍らにあった木箱を蹴り開けて、一抱え程も剣をその中から持ち出す。

「ちょっ、一体何を……戻るんじゃないんですか!?」
 僕の言葉に、ロボは何時もの笑みを浮かべて見せる。
 遠からず、相手がこちらに向ってくるのは目に見えていた。
 それも、今度は一切手加減無しの全力だろう。

 それは間違いなく、絶望的な状況で。
 目の前にまで迫ってる鉄砲水みたいなモノだ。
 この場に残る、なんていうのは自ら犬死を望む事以外の何者でも無かった。

「悪ぃ。向こうの事は、頼むわ。ミホとクオにも、伝えてくれ」
 ──な、馬鹿言うな。それじゃまるで。まるで。

 まるで、僕の想像を肯定する様にごほっ、と咳き込んで彼は血を吐いていた。

「あーあ、仕方ねぇな──」
 ぼやくように、呟く。

「みっともねぇとこ、見せちまったしよ」
 ここに歩いて来る時にも飲んでいた薬瓶をもう一本煽る。
 そのラベルがアンティペイメントなのだと気づいて。
 それから、ロボが吐き出した血があんまり沢山だったから。
 言うべき言葉なんて、始めから存在しなかったのだと解った。

「──解ったよ。ありがとう、ロボ」
 だから、彼に死ね、と言うしかなかった。
 顔を背けようとして、しかしにやりと笑いかけられる。

「馬鹿たれ。貸すだけ、って言ったろ?」
 そうだった──この妖怪黒マントは何時だってこうだった。
 僕も思わず心配したけど、こうじゃないと張り合いが無い。
 はは、思わず忘れてた。なら、心配はいらない筈。
 無言で頷いて、さよならは言わないまま背を向ける。

 傷つきながら、それでも自らの誓いを貫き続ける。
 それなのに別れを告げるなんて無粋な真似、出来る訳がなかった。

 遠く、丘の上にはきらきらと日差しを反射して煌く幾つもの刃が写る。
 僕の行くべき場所はそこだ。僕と同じ連中がいるのはそこだ。
 遠く、短くも輝かしい日々を過ごした場所には敵の姿が。
 黒服の──こうじゃない。何ていうのかな。そう、黒衣の騎士は、この場所に残る。

 見つめる場所にはやるべき事があったから。
 僕は皆の待つ丘を、ロボは独り荒野を目指す。

「さぁ。行け。とっとと行っちまえ。お喋りはここまでだ」
「ああ。ロボさんも」

 それで、走り出した。
 手にした剣が、仮の主と認めるかの様に僅かに振動するのを感じながら。

 走る。
 ──剣を執る。
 丘の上目指して。
 ──その為に剣を執る。
 もう僕は迷わない。
 ──だから、僕は剣を執る

 そして最後に願った。
 このつまらない喜劇が、どうか最後はハッピーエンドで終わりますように、と。
60名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/27(金) 16:55:34 ID:PgOMKvoE
これで全員死亡エンドを書いたらいろんな意味で神になるな、とか思いつつ
花月19お送りしました。

後二つか三つぐらいで完結…の筈。
がんばります。
61名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/27(金) 23:59:23 ID:0F0prbRA
書き手が増えててよい感じですな。座談会後の投稿に感想してみる。
前スレのはアンカーつけにくいのでパス。

>36-37
まさにROの萌えSSって感じ。小説としてじゃなくて、SSとしてよくできてると思う。
セリフがなんか意図的に見えたけど、理由はよくわかりました。
「うらっかえしにして」も読みたいなー。なー。

>48-51
アコたんよいね……
バレンタインでリベンジとかしないんだろうか。

>54-55
もう少しまとまってから投稿するようにできないすかね。
どのくらいの量というよりは、一回の投稿に山と谷なり、起承転結なり入っていて欲しい。
あと主人公に関する描写が少ないというか、詳しくは前の話読んでください的で微妙でっす。
短編も同じことを感じたり。読み手を無視しすぎてもいいことありませんぞ。

>58-59
ちら見した程度だけど、文体がチャレンジしていて好み。
ROっぽくはないかなと思ったけれど、ちら見だし気のせいかもしれない。
完結したらまとめて読むます。頑張って。
62名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/30(月) 13:34:41 ID:lpeTvRq6
暇つぶしがてら、雑談を提案してみるtest。
やっぱアルケミと言えば火炎瓶を複数くっつけて連結手榴弾ぶんなげるに限るよな。
或いは、火薬製造の後にローグorアサと組んで潜入破壊工作でも可。

騎士(主力戦車)やWiz&ハンタ(砲兵)だけじゃ戦争はできんのです、
Agi前衛(様々な歩兵)や、工兵も必要なんです、と力説してみる。
63名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/30(月) 14:18:34 ID:XnTuwAf.
貴方はROが近代戦をやる世界観に見える人なんですね・・・・・・。
斬新で面白いといえばそうなんですが、どっちかってーと騎馬が花形だった時代を参考にした方が私的にはマッチします。
戦国末期とかなら騎馬(騎士クルセ)、歩兵(徒歩騎士クルセとか)、弓銃(ハンタ)、乱波(アサログ)、大筒(Wiiiiiz)あたりは
大体そろいますね。

まぁ、アコプリやGVで重要な雷鳥あたりは近代戦だろうが中世の戦だろうがどこにもあてはまらんわけですが・・・・・・。
戦争を描く事があるとしたら、ROにあわせて新しい脳内妄想を作らないと駄目っぽいです。私は。
64名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/31(火) 10:55:45 ID:GoVbOlnI
アコプリは分担的にはメディックだと思うが。
キリエとかはともかく。
65名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/31(火) 21:44:56 ID:9K8H609A
いや、僕も基本的には中世なんだけど、
魔法とか打撃力が高い諸々があるから、幾らか近代よりの
漫画版ナウシカ三巻の様なイメージですね。
それに、近代の兵種に当てはめた方が言い易いというか、考え付きやすいと言うか。
ジュノーで飛行船実装されましたし、航空支援だってできます。多分。

魔法の砲弾吹き荒れる平原を突撃陣形で突き抜ける。
或いは、歩兵部隊と連携しつつ、とか燃えるじゃないですか。
とはいえミーハーなだけと言われればそれまでですし
今現在そんな大規模な戦端が切られる事はないでしょうけど。

散発的or局地的なぶつかり会いだけではなく、
何時か大規模な軍団を思うさま組織戦で動かしてみたいなー、と。
それなら、裏に表に満遍なく職ががんばれますし。
思うのは簡単でも実行は困難を極めるでしょうが。

後、アコプリが衛生兵なのは同意。
雷鳥は、あれだ。イングランドのバクパイプ隊みたいな感じで、
Wizとかと一緒に行軍し、必要時の隙間無い砲爆撃を可能にして、
前方の敵を木っ端微塵にしちまうのでしょう。
で、敵陣を耕した後に、弓兵の火力支援受けつつ
騎乗した槍騎士とかが長槍構えて突っ込んでいくと。
勿論、そこにプロ騎士団の紋章旗がはためいてるのはデフォで。
66名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/01(水) 00:04:37 ID:AD5s/hu2
>>65
みんなでソレをやろうとして結局収拾付かなくなったのが下水道リレー(とその残骸)
67名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/01(水) 02:03:25 ID:W5D4X99Q
>66
みんなが(自分内にもっている微妙に似て非なるイメージの)ソレをやろうとして〜 が正しいかも。
実際にゲーム内での描写が無い物にはFAがないわけだし、それが二次創作の楽しみだから。
戦争を描きたければ、妄想のおもむくままに作者様各位の脳内イメージをお楽しみくださいってとこかな。

隊列を組んだ騎士が一斉に槍を投げて巨大な時計塔管理人と戦うのが公式集団戦だなんて認めたくありません(w
68名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/01(水) 12:29:51 ID:2zFDqtVE
リレーで大規模戦はボードゲームみたいに解る形で表現されてないと難しいよな。
表現はともかく処理が。

時計塔管理者なんか現実(ゲーム内)にゃ、
FW2本とSG1発で片づけてるWizとか平気でおるしなぁ・・・。
文章で書いたら技巧の粋を尽くした魔術戦になるんだろうけど・・・。
69名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/01(水) 15:16:26 ID:sRy2AAGA
>大規模な軍団を思うさま組織戦で
大規模戦を書くとなると多数のストーリーラインが同時展開するわけで、
設定を考える(あるいは纏める)のに本編を書くのと同じくらい頑張る必要がありそう。
本当に大戦モノを完成させたいなら、それこそ始めに文神様がストーリー全体の設定を投下して、
その神設定を元に他の人たちが文章化していくってことをやらないと最後までは行けないかもね。

あと、両軍が陣形組んで戦うものを書くに当たっては、GvGやPvPの戦術的な知識があるといいと思う。
特に集団戦の動きでは、実際のPvP戦闘時のPTの動きを知っておくと良いかも。
モンスターを集めて範囲でドッカンって戦い方とは違った何かを感じ取れると思う。

>隊列を組んだ騎士が一斉に槍を投げて
きっと彼らは正規の(冒険者でない)騎士団員で、騎士団では敵との間合いに応じて
投げ槍 → 長or手槍 → 長剣 → 短剣 と使い分けたりするように訓練されているんだよ!
いやそんな騎士たちでも、まさか街中でしかも避難者がまだいるのに槍を投げたりは……
ほんと投げやりな騎士たちですね。
70名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/01(水) 17:34:32 ID:2zFDqtVE
冒険者のPTみたいに弓兵、魔法戦闘職等が混在した状態で編成してない、
プロンテラ騎士団のペコ騎士隊のみとかって話になるなら、
技量(レベル)の劣る騎士達によるスピアブーメランを支援火力として、
高レベル騎士達が戦線を支えるってのはあり得る話だとは思うけどね。
71名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/01(水) 18:37:52 ID:W5D4X99Q
確かに、騎兵の利点は、対歩兵の頭上の優位と速度による蹂躙なわけで。
(何故か)自分よりでっかい管理者には頭上の優位もなく、予算(セル絵の枚数)的に機動戦術も許されない、となると
スピアブーメランしかなす術が無い、というのも仕方が無いのかもしれませんね。
ああ! 絶望的な戦場にて臆せず隊列を組む騎士団の勇姿に涙なくしては見れません。
・・・・・・笑い泣きかもしれないけどw
72遠き夢、叶わぬ願い3(1/3)sage :2006/02/02(木) 23:35:53 ID:dNmIGqPU
 コモド西の洞窟─カル
 中は薄暗く、明かりといえば篝火が十数mおきに点在しているだけである。
 その篝火の光を天井や壁に潜む僅かな鉱物が反射し、幻想的な光景を作り出す。
 まるで星空のような、そんな光景はいい名物となるだろう。
 ここに上級のモンスターがいなかったら、の話だが。
 そこを一人の騎士があるいている。肩にはプロンテラ騎士団の刺繍。その右手にはランプ、左手には盾とパイクを持っている。
 赤髪の頭にヘルムをかぶり、その下からはやや切れ長の双眸が辺りの壁や天井の怪しい場所を探す。
 時折飛び掛ってくる半漁人やネレイドを一瞥もせずに最小限の動きでかわし、パイクを突きこむ。モンスター達はくぐもった断末魔をあげ、崩れ落ちる。
 壁や天井にランプをかかげ、丹念に調べていく。目で見て、パイクで叩き、音を聞く。
 ナナから聞いた話によると、最奥に何かある、という話だったが。それまでの所に何かあるかもしれないのでこうして調べている。
 が、結局収穫は無く、残す調べていない場所は最奥だけとなった。

 この洞窟カルの最奥には少し開けた場所がある。それは小さな家くらいなら軽く3~4軒は入りそうな空間。
 その空間には多くのモンスターがひしめきあっている。
 青いミミズのようなネレイド。紫色の身体をくねらせ、ヒルを連想させるペスト。半分どころか4分の3くらい魚なんじゃないかと思う半漁人。
 赤黒い触手をウネウネと動かし、獲物となる魚や人間を探すペノメナ。更にはここの洞窟にしか生息しない、神話にも出てくる髪が蛇のニンフ、メデューサ。
 それらが奥に見える水場を囲むようにして蠢いている。単に水底が深い為、そこに入れないモンスターが多いだけなのだろうが。
「こりゃ面倒なことで…」
 その光景を目にし、そうミストラルはぼやく。
 そしてその場にランプを置くと、右手にパイクを持ち替えてその中に突っ込む。

 その姿をまずペノメナの何匹が捉え、一斉に触手を這わせて捕らえようとしてくる。
 パイクですぐさま迎撃し、迎撃出来ない位置の触手をすぐさま横に跳んでかわす。
 その先にいたネレイドやペスト達がそれに気づき、向かってくる。
 ミストラルはまともに着地せず、盾から落ちる。何匹かのネレイド・ペストがそれに潰され、断末魔をあげる。
 跳んだ勢いを殺さず、地についた盾を支点にしてそのまま体を大きく回転させる。
 そして今度は右手に持った槍を地面につきたてる。一匹のネレイドがその槍に貫かれ、崩れ去った。
 ようやく着地した足元にペノメナの触手とネレイド・ペストの群れが襲い掛かる。
 一匹のペストをペノメナの触手に蹴りこんでやるとペノメナの触手はペストを絡めとり、いったん引く。
 ペノメナは触手に絡んだ物が何であろうととりあえず口に入れるという習性があるのだ。
 その引いた触手の隙をつき、すぐに他のペノメナの触手を薙ぎながら走りこむ。
 今しがたペストの毒を感じ取り、それを吐き捨てたペノメナに迫り、反撃の暇を与えない速さでパイクを振るう。
 ペノメナは音になりきってないような断末魔をあげ、その身を崩す。
 その瞬間、横から三叉の槍が突き出される。それをパイクの柄で止め、はじく。
 そしてその槍を持っていた半漁人を渾身の力で薙ぎ払い、すぐに襲い掛かる触手をかわす。
 飛びのき着地をしようとしたミストラルは転倒する。すぐさま体を起こそうとするが、足が動かない。
 少し離れた位置にメデューサが妖艶に微笑んでいるのが見えた。足を石化されたのだ。
「まずったな…これだけ数いると流石にきついか…」
 そうぼやく間にもモンスター達がミストラルを囲むように寄ってくる。
 ある程度は槍を薙ぐことで何とかなるが、流石にこれではもたない。
 そう判断し、ミストラルは攻撃方法を変える。
73遠き夢、叶わぬ願い3(2/3)sage :2006/02/02(木) 23:37:48 ID:dNmIGqPU
「はぁっ!」
 そうミストラルが叫ぶと共に紅蓮の炎がパイクから発し、周りの敵を薙ぎ倒す。
 だが当然ペノメナやら離れた敵には届かないので攻撃も喰らうことになる。
 今までの戦いを柔とするならまさにコレは力でゴリ押しの剛であろう。
 とにかく近寄ってきた敵を突き倒し、石化の解除を待つ。敵はメデューサだ、少なくとも8分程度戻ることはないだろう。
「たく…めんどくさい戦いだ、はっ!」
 槍を薙ぐたびに半漁人が、ネレイドが、ペストが、メデューサが吹き飛び、崩れ去る。
 それでも後から後から迫ってくる為、正直ミストラルはうんざりしている。
 だが、諦めれば待っているのは死だ。プロンテラ騎士団長が満月以外の日に行方不明になりました、なんてことは洒落にもならない。
 第一自分がここで倒れたらルカが団長になってしまうではないか、それだけは避けねばならない。あいつに任せたら騎士団が組織として成り立たなくなる。
 そんな思いが脳裏をよぎり、思わずにやけそうになるミストラル。
 そして槍を握りなおし、改めてマグナムブレイクを放つ。いつの間にか左手も動かなくなっていたが気にならなかった。

─30分後
 辺りには崩れたモンスター達の死骸が大量に転がっている。
 ミストラルは壁際に座り込み、それを見渡している。まだ左腕は石化したままだ。
「はぁ…モンスター相手にこんだけ疲れたのは久しぶりだな…」
 そうぼやき、目にかかった赤い髪をかきあげる。
 その肩や腰には血が滲む。パイクは刃毀れが激しく、その戦闘が如何に激しかった、というか力押しだったかを物語る。
 しばらくすると褐色だった左手に血の気が戻りはじめ、徐々に元の腕に戻っていく。
 手に痺れのような感覚が走る。それは腕からの信号があるという証拠に他ならない。
 その手を何度か握っては開き、握っては開く。
 手の感覚が完璧に戻ったことを確認し、ミストラルは立ち上がる。
 そして洞窟の最奥、海水が入り込んできている窪んでいる場所まで歩いていく。
 その窪みは深く、3m程はあるだろうか。そこに海水が入り込み、底は見えない。暗く、黒紫に見える水の底はまるで地獄の入り口のようだ。
「結局、満月の夜に来いと。全くめんどくさいことで…」
 だるそうな、それでいて何か確信したような響きを込め、そう呟く。
74遠き夢、叶わぬ願い3(3/3)sage :2006/02/02(木) 23:38:44 ID:dNmIGqPU
 ミストラルは懐から蝶の羽を取り出し、それをちぎる。
 その瞬間、淡い光をちぎった羽が放ち、そして数m前に人影が現れる。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん。本日もカプラサービスを、ってあーーーー!ミスト様だああああああ!!」
 現れた金髪の、カプラサービスの制服を着た少女はそう叫ぶなりミストラルに飛びついてくる。その突進とも言える飛びつきを溜息をつきつつかわすミストラル。
「これも運命なのですnってああああぁぁぁぁ。。。」

 ドッポーン

 勢い余って少女は転がり、そのまま奥にある窪地にダイブ。中々に悲惨だ。
「もうちょっと周りを確認したほうがいいと思うぞ、W」
 浮かび上がってこないWに声をかけるミストラル。
「びどびでぶよー。ごぼごぼごぼぶくぶくぶく。ばんべびづぼびづぼー…ぶくぶく。
 (ひどいですよー。なんでいつもいつもー)」
「いいからあがって喋れ…」
 窪地に落ちたWは水面から目元辺りまでを覗かせ、喋る。当然水というフィルターを通しての言葉などは解読不能なのだが。
 暗闇に映える金髪に水で萎れたフリフリのカチューシャ、それで目元までしか出していないというのは中々不気味である。
 知らない者が見たらこの窪地の主かと錯覚するだろう。
 そんな主、いやWは膨れっ面で水からあがってくる。そしてそのスカートやらカチューシャやらの水を切りつつ言う。
 蝶の羽は(株)カプラサービスに待機しているカプラ職員がソレをちぎることにより呼び出され、その職員が転送サービスで各々のベースに送る。
 そして、今回呼び出されたのはカプラ職員"W"という金髪ツインテールの少女だ。その幼い見た目とは裏腹にカプラサービスでの成績はベスト5に入る。
 ちなみにカプラサービスにおける成績とは顧客からのアンケートの結果である。
「もー…久々にミスト様に会えたと思ったらこの仕打ち…酷いですよぉー」
「お前が勝手にダイブしたんだろう…」
 半ば呆れながらも律儀に返答するミストラル。
「そんなことないですよぉー。ミスト様が照れてお避けにならなければ感動の再開キスシーンからめくるめく…って何を言わせるんですかぁ!もうミスト様ったら!」
 勝手に話が進んでいる。そう突っ込む気力も失せる程斜め上への話の展開。溜息がまた一つミストラルの口から漏れる。
「えー、それで、何で私はここにいるんでしたっけ」
 まじめな顔をして言うWにミストラルは頭を抱える。そして先ほどちぎった蝶の羽をWに渡す。
「あー、そうでした、ご帰還ですね。少々お待ちを〜♪」
 満面の笑みを浮かべながらそう言うと、転送呪文を紡ぎだす。
 やがてミストラルは淡く青い光に包まれ、その視界が光で染まっていく。
「それではミスト様、御機嫌よ〜う♪」
 その語尾が聞こえるか聞こえないかのところでミストラルはコモドの街に戻っていた。
「全く…相変わらずだったなアレは」
 久しぶりに会ったカプラサービスの少女を思い出し、苦笑いを一つ。
 そしてミストラルはナナの家へ戻っていった。
75遠き夢、叶わぬ願い3(4/3)sage :2006/02/02(木) 23:59:31 ID:dNmIGqPU
蝶の羽については勢いで書いた、今では反省している。
ちぎるだけで呼び出せるとかいうのはどんな便利グッズ…まぁカプラ専用Wisみたいなものと思ってください。
他にもグラリスさんかデフォルテーさんにしようかとか悩んだのですが特徴を出しやすい(書きやすい)と思ったのでWを抜擢。

>>61
まとめて…と言われましても自分的には一纏まりにしているつもりなのです。
そこら辺は個人の観点の違いだと思うのでご了承ください。

描写について
これは仰る通りです。申し訳ありません。
描写が足りないのは私の能力が至らないからなのと、おそらく経験不足というのもあるでしょう。
どんどん指摘していただければその分精進していきたいです。

しかし一つ、読み手を無視というのは心外です。
簡潔に。
貴方の見解は自由ですが、私としては読み手を無視しているつもりはありません。
人のことを決め付けるのはよくないと思いますよ。

不快に思われた方がいたらごめんなさい。
76名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/03(金) 03:14:26 ID:XC8u6Vjg
蝶だとカプラさんなら、ハエだとなんだろ
カプラさん見習いの転移呪文実地訓練だったら萌え
それなら隣に出ても許せる

61さんではないけれど。
描写が足りず、主人公像が各話だけでは見えてこない。
これは読み手に対して不親切です。
言い換えれば読み手を意識しきれていないということ。
もちろん故意にだなんて思ってませんし、無視じゃ言葉がきつすぎるかもしれませんが
「読み手を意識できていない」も「読み手を無視している」も言いたいことは同じだと思いますよ。
77名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/03(金) 08:42:56 ID:50wNjPxo
それだとハエは緊急避難に使えないなあ
あ、話の中でハエを使わせない理由にはなるかな


この人の話はゲストを中心に描いているから、わざと主人公への感情移入をさせにくくしてるのかなと思ってた
ゲストが出てこない、けど物語的に必要なシーンでは、それが目立ってしまうのかも
だとすれば、そういったシーンは長く続けないように、一気に投下して欲しいとは思うね

書き手からしたらシーンの区切りでまとめてるつもりでも、読み手からしたら落ち着かないのはよくある話
それを個人の観点の違いと切ってしまうようでは、無視と言われても仕方ないんじゃない?
78名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/04(土) 13:11:23 ID:N4O5cjsE
とりあえず一言。実のある意見をこんなにもらえる凍ってる人氏がうらやましい(*'-')
>61さんの氏への言葉がきつく見えたのでちょっと一言したくなるのも分かるのですが、
真意はその前に数行書いてあるほうだと思うのです。
凍ってる人さんは、私見ですが起承転結というよりも、次回への引きとして最後を転で
止めるのがお好きな感じに見えるのです。それはそれでアリだとは思うのですが、
>77さんのように違和感を感じる読者さんもいる、という事を>61さんは書いてくださってるんだと思いますよ。

>76さんのいう主人公に関しては、私は気にならないかな……。ROSSって、外見描写とかしなくても職と髪だけ
いえば読者に脳内イメージができるっていうのが強みでも弱みでもあるわけで。
どこにでもいるようなありがちな騎士の外見を各人補完して読んでくださいってことですよね? タブン。
>61で過分にお褒め頂いた拙作も、職以外ではほぼ外見説明放置してるから、逃げをうちつつ・・・w
79名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/05(日) 01:51:17 ID:.UCzLtps
あれだ。
個人的な意見なんだが、ROSSって外見描写よりも内面に読者の興味が集中すると思うんだ。
だって、ある程度の共通認識が出来上がってしまってるし。
単純なシーンの提供だけじゃなくて、それごとの心の動きもキッチリすれば完璧。

それから、キャラクタの来歴うんぬんは外付けで示すよりも、
何か結論を得させる、もしくは人物の行動と雰囲気をもって示すべき、とも。
外付け設定じゃ説得力無いので、あまり意味ないです。
超設定を語る部分は控えめに、特定人物への愛情は程ほどに、と自戒を込めて。

>>凍ってる人
とりあえず、今回のはちと尻切れトンボな悪寒。
急がず焦らず落ち着いて仕上げるのも重要です。
酒とか時間が経つ程旨味が出るものも多いですし。
…あまり放置してると腐敗して酢になっちゃいますが。

後、何も物語の語り口はバトルのみにあらず、とも。
花月のロボもどっこいだけど、知らず知らずに作者の愛がミストラル一人に注がれてる希ガス。
ご都合主義は仕方ないけど、どうにか見た目だけは露骨にならないよう出来るだけ注意。
完全な憶測だけど、主人公とヒロインs以外のキャラクタについてもキッチリ
描写、性格含め考える事を薦めたく。

一人だけ妙に強くしすぎて、他に対抗馬がなくなるような事態を招くと、
後々、展開の説得力やら敵役との戦闘にて苦労しますし、
味方のワンサイドゲームと言うのは退屈なものです。

それに、主役やヒロインははっきり言ってしまえば、よほどの事がない限り大根でもイケます。
物語の都合と言う加護に守られてますから問題なし。

なのでそれだけでは不足。と言うか、よっぽど技量と根性がないとイイモノできません。
勿論、僕にも無理で、と言うか過去にそれで挫折した事があるので。
よい物語は、様々な魅力的な脇役がいてこそです。
でも、人数バランスには注意。自分の力量と相談の事。

極言してしまえば、一人で何でも出来る奴で、
しかも双璧を成す椰子がいない人物は狂言回し系以外に主役は務まりません。
何かテーマがあって、それにキャラクタを対応させるのがSSなんですし。
バランスの加減は胃薬が必要になるほど必要です。

後半はほぼ雑談じみましたが、
とりあえず感想とか思うところでした。

ああ、最後に。自分のははっきりいって理想論甚だしいんで、話半分に。
即戦力がほしいなら、面白い、といわれてる本を漫画・小説問わず読むことを薦めます。
ネタがあれば、多少注意しつつも貪欲に吸収するとです。

では、長文失礼。
80名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/05(日) 11:28:17 ID:sXUiUFRk
>>凍ってる人
グラサンケミたんにとりあえず萌えておきます!
いつもながら無駄のない描写に脱帽。
ミスト兄さんの心情をちょこっと描いてもらえると、更に生き生きしてくるのではないかと。

割と特徴的な口癖が用意されてるので、その辺が描かなくても大体伝わってくるっていうのがまた凄いところだと思うわけなんだけど。

>>外見の描写について
難しいところなんですよねー……。詳しく書けば書いたでクドくなるし、薄すぎればそれはそれで味気ない。
ある程度出来上がったイメージが読み手にあるということを前提において、ちょっとした特徴(目つきだとか体型だとか)を付け加えるっていうのが理想なのかな。
一概に云々と言える問題ではないのがまた厄介なところなんだけれども。

>>79の人
特定人物への愛っていうのは、まあ完全に無くすことは不可能に近い問題なのではないかと……
愛があればこそ燃える展開も出てくるわけで、問題はその愛を読者と共有できるかどうかなのでは。
言いたいことは、特定人物に愛を注ぎすぎて他キャラが疎かになってはいけない、ということなんだと思いますが

魅力的な脇役はもちろん、敵キャラが良いと最高に燃えるのですよね。
81名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/05(日) 12:41:22 ID:rd.L3cZw
ROのSSって外見ってどっちかというと、
らぐ何で適当に組み合わせを意識できる程度の外見描写があれば十分だとおもってる。
騎士でっていわれれば公式かドット絵のどっちかはみんな想像してるわけだし。
どちらかというなら、仕草や表情から来るものの方が重要なんじゃないかなぁ
82プロンテラ攻防戦 No.5 ―尖鋭なる剣 堅硬なる盾sage :2006/02/05(日) 13:23:16 ID:sXUiUFRk
 その場は、まるで凍りついたようだった。
 時の流れが、静かなる美と揺るがぬ力という二つの堰によって遮られ、そこにあった全てが停止していた。
 死が迫る足音を間近で聞いた少年も、正義に駆られ誇り高い騎士たろうとしたヘルマンも
 同じく、勇ましい闘いを繰り広げていた人間の騎士も、その命を刈り取ろうと剣を振るっていた骨の騎士も
 そして、蒼天に紅く妖しく輝く死の刃と、同じく血塗られた槍を持つ強者さえもが。
 彼の地を砕く強き一撃を受け止め、それでいて微塵も動じない者によって、身動きを封じられた。

 やがて、少年の前に立つ大きな背中の主が顔を上げる。
 その手に持つのは、国を、戦友を、そして民を守る、盾と言う名の刃のない剣。
 高く昇った日の光を遮り、流れる死の刃をせき止める、冴える銀色の壁。
 一切紋章の刻まれていない、その美しくも巨大な防具は、しかし血塗られた剣を逃がしはしなかった。

 その主はただ静かに聳え(そびえ)立っていた。
 人の身でありながら、その有様は山の如く不動であり、林の如く静寂であった。
 その背中が大きく見えたのも、半分はそのせいである。
 それを抜きにしても、彼は高さ二メートルはあろうかと言う大男で、自身の魂を力強く握るその腕は、美しく鍛え抜かれた逞しいものだった。
「彼の保護を」
「はっ!」
 彼が動かず、ただ静かに低い声で発した言葉は、ただそれだけであった。
 近くにいた部下がすぐさま、今度はその光景に見とれて動くことのできない少年を抱きかかえ、その場を離れる。
 聖騎士隊の隊長と並び称されるほどの実力を持つその若い青年は、しかし冷徹というわけではなかった。
 その全身からは熱い闘志が湧き上がり、声は静かに燃え、それでいて揺らぐことのない優しい灯火だった。
 王都の守護神が敗北した今、この国を、戦友を、民を守ることができるのは、ただ彼一人。
 彼の優しくも巨大な背中は、熱く静かに語る。

 我が名は王都の鉄壁

「ブリッテン=ヒルド……!!」

 あの王都最強と謳われた剣豪ヘルマンさえも、その名をつぶやく以上のことが許されないほどの圧倒的な存在感。
 やがて、彼は豪腕を強く押し出した。
 黒き騎士は、彼自身にも信じられないような力で剣を跳ね返され、それで尚歓喜に打ち震え、笑っているようだった。
 そう、彼は強者なのだ。
 他の何者よりも強者を求める強者であるが故に、目の前に熱望する相手がいることに深い喜びと漲る闘志を感じているのだ。
 両者は声こそ全く発さなかったが、互いに同じ強者であるが故に、そこに言葉など必要なかったし、音が入り込む余地すらなかった。

 キッと睨み合い、一陣の風が吹き抜けた直後に、黒騎士が動き出した。
 彼が手綱を引き、漆黒の馬の鋭い嘶きが大気を切り裂いた。
 馬が前足を持ち上げる勢いを利用して、彼はその手に持つ血塗られた大槍を振り上げ、躊躇うことなく目の前の強者へ突き下ろす。
 彼の燃え滾る闘志と、渾身の力が込められた一撃必殺のその槍は、それが当たっていたならば強者の鉄壁さえも軽々と貫いたに違いない。
 上空から一直線に落下する雷の一撃であったそれは、しかしその一撃が命中した座標から半径1メートルの王都の赤黒くなったタイルを粉々に砕き、貫通するだけに留まった。
 それを引き抜く前に、再び妖しい輝きを放つ大剣を振り下ろす。

 まさに、彼らの戦いは荒れ狂う嵐だった。
 死の剣が空を裂く竜巻となり、そしてその竜巻と鋼鉄の魂がぶつかって雷の如き轟音を響かせる。
 先ほどの一撃よりも強力だったのだろう。あまりの衝撃に鋼鉄の魂を握る王都の鉄壁は、足をタイルにめり込ませた。
 それでも彼は少し険しい表情をしただけで、その場に踏みとどまった。

(ブリッテン……か)
 盾の影になっても尚、煌々と輝き続ける彼の瞳の奥に、戦友の闘志が重なる。
 ヘルマンは、忘れていた最も大切なことを思い出した。愛刀の柄を強く握りなおした。

 黒騎士が、タイルに深々と突き刺さった大槍を引き抜き、再び鋼鉄の魂を貫かんとする。
 大剣を受け止めている今は、避けるだけの時間がない。
 覚悟を決めて、腕と両足に力を込めたその時だった。

 甲高い金属の悲鳴がその場にいた者全ての耳をつんざいた。

 見えたのは一筋の鋭い剣閃

 その鬼神の如き一撃が放たれた瞬間に、黒騎士の槍は軌道を大きく反らせて王都のタイルを破壊した。
 抜ききった、美しくも鋭い光を放つ片刃の曲刀をそのままに、彼はたたずんでいた。
 大海のうねりを思わせる二重の刃紋と沸(にえ)が日光を反射して白く幻想的に輝き、その刃の主と共に激しい覇気を放っている。
 左半身を前に出し、両腕を腰の高さに降ろした脇構えに構えなおし、手にした業物と同じく鋭い利目で前方の敵をにらみつける。
 年を重ね、白の混ざった黒髪さえも、彼の幽玄で自若とした威圧感の材料に過ぎなかった。
 まだ若い王都の鉄壁の前に端然と構える壮年の剣豪は、やがてその声によって、誇り高き盾に誓約する。

「王都の強き守り手よ、我が名はヘルマン=フォン=エベソス!
 貴公が堅硬なる盾たろうとするならば、我は貴公の尖鋭なる剣となろう! 我が信念を懸けて!」

 張り上げた声は少ししわがれていたが、それでいて芯のある強い音だった。
 西洋の騎士の姿でありながら、東方の剣を、東方の作法で構える彼は、まごうことなく騎士隊長へルマンその人だった。

「感謝する」

 若き守り手は短くそう答えただけだったが、二人にそれ以上の言葉はいらなかった。
 一瞬の視線だけで互いの思考を理解し合い、すぐさま動き出す。
 それは長い年月、苦楽を共にした相棒のようであった。

 風より疾く敵に突っ込むヘルマンに向かって、豪槍が振り下ろされる。
 受け止めていた大剣を横に流し、ブリッテンが槍と剣豪の間に立ちふさがった。
 火花が散り、槍の鋭い切っ先と盾が甲高い悲鳴を上げる。
 壮年の剣豪は木の葉よりも軽い身のこなしでその大槍の上に立ち、構えを崩さずに一直線に駆け上がっていった。
 急な角度ではあったが、彼は重力など物ともせずに黒騎士の巨腕に飛び乗り、その首を目指す。
 足場が不安定であろうと関係ない。強い風に煽られようとも倒れはしない。
 それは、天を切り裂く稲妻のように。
 それは、地を揺るがす雷鳴のように。
83プロンテラ攻防戦 No.5sage :2006/02/05(日) 13:24:08 ID:sXUiUFRk
 轟音と共にひび割れ、砕け去った黒騎士の残骸の上に立つのは、一振りの強者の証を持つ英雄
 戦友を守り抜いた強靭なる若者と共に、彼はそこにいた。
 柄を握った右手が額の前に来るように構え、右斜め下に刀身を勢いよく振り下ろしてから、鞘に刀身を送り込む。
 そうやって敵のいた場所を睨んだまま納刀し、数歩歩いたところで、彼に異変が起きた。

「う゛がぁっ!」
「た、隊長ーーーー!!!」

 彼はそのまま前に倒れこみ、地に手をついた。
 部下の叫び声が聞こえる気がしたが、襲い掛かる激痛の前ではそんなものは意識の外に追いやられてしまうだけだった。
 額に汗が滲む。
 このままではいけない。なんとかして動かなければならない。
 這ってでもこの場から動かなければ……
 しかし、体は思うように動かない。
 地についた腕を動かそうとすれば、激しい痛みが邪魔をする。

「……」

 突如目の前で起きた異変に、若き護り手は言葉を失った。
 苦痛と焦燥が入り混じった壮絶な表情でもがくヘルマンを見て、迅速に状況を理解できたのは彼の部下だけだった。
 部下達が彼に駆け寄ろうとする前に、不吉な声が聞こえてくる。

――うおおおおおおおおおお!!!!

 地響きにも似た轟音を伴ったその声は、痛苦にもがくヘルマンの耳にもしっかりと入った。
 彼はこの声の主を知っている。今自分が身に着けている防具や剣に火を入れてくれたのは奴だ。
 ホルグレンやアラガムなどと並び称されるほどの鍛冶屋である。バーサークポーションを飲めば狂人とも言うべき強さを発揮し、戦場でもその豪腕は遺憾なく振るわれる。
 味方にすれば頼もしいが、絶対に敵に回してはいけない存在。
 味方にしていたとしても、その突飛な発想と行動に振り回されれば最後、命の保障はない。

 ある意味、この世でもっとも厄介な存在である奴が迫っている。
 そして今、自分は身動きが取れない。
 何か、とてつもなく嫌な予感がする。

「剣が飛ぶ! 血が飛ぶ! 首が飛ぶ!! 悪を倒せと俺も飛ぶぜコンニャロー!!!」

 この世で最も厄介な鍛冶屋は、独特の異常に高いテンションで上空から降ってきた。
 ヘルマンの前に軽やかに着地するが、その後ろでは荷車が轟音を響かせる。
 なんて頑丈な荷車だと、彼が思考し終わる前に、飛び降りてきた者は口を開いた。

「久しぶりだな地獄男!」

 ギラギラと危険に満ちた輝きを持つ瞳に、緑がかった青の髪に熱血ハチマキ。
 その肩に担ぐのは先ほどの黒騎士の剣や槍と同じく、血塗られた斧。

「プタ……ハ、か……」
「へっ、その年でギックリ腰たぁ、てめぇも衰えたな!」

 ひざを曲げてしゃがみこみ、文字通り降って沸いた災厄――プタハ――はヘルマンの顔を覗き込んだ。
 ヘルマンの深いしわが彫られた顔は、腰にかかる激痛によって更にしわくちゃになっていた。
 プタハの豪快な笑顔は彼の健闘を称えるようでもあったし、獲物を取られて怒りに満ちているようにも思われた。
 一見すれば白い歯でニッと笑う粋なおじ様だったが、その裏には何が隠されているかわからない。

 今のヘルマンは既に剣豪としてのヘルマンではなかった。
 強者を前にし、尖鋭なる剣たることを誓った彼の勇姿はもう面影のおの字さえも残されていない。
 悔しいが、プタハの言うことに間違いはなかった。衰えたのだ。
 戦友を守り切れなかったのも、多くの民を死なせてしまったのも、そのせいだ。
 剣の技に自信はあった。事実、そのキレに衰えは見られなかった。
 しかし、その体力は確実に最盛期のそれではなかった。
 そして、無理を重ねた挙句にギックリ腰。悔しさと痛みに塗れ、先ほどまで剣豪だった彼は悶えた。
 突然、体の軽くなる感覚。嫌な予感は的中した。

「ほれ、さっさと城に戻んぞ」
「な、何をすrげはぁっ!」
「……」

 ブリッテンは、我が目を疑った。
 突如上空から現れた鍛冶屋らしき男は、先ほどまで勇敢な剣豪だったヘルマンを片手で持ち上げ、後ろの荷車に乱暴に突っ込んだ。
 突っ込まれたほうのヘルマンはというと、既に白目を剥いて意識は夢の世界へ。そのまま猛スピードで城に向かって連れ去られてしまった。

「た、隊長ーーーー!!!」

 ブリッテンが再び言葉を発することができたのは、ヘルマンの部下達が必死に追いかけていくのが見えなくなってからだった。

「……総員、撤収」
84プロンテラ攻防戦 No.5sage :2006/02/05(日) 13:24:43 ID:sXUiUFRk
「おらあああ!!」
 気合の一撃。
 その一撃の主と、それを受けた巨体の騎士は、力の作用・反作用により互いに後方へと押し戻された。
 まるで、頭拍に強いアクセントのついたティンパニのロールのように、一瞬の轟音の後に地響きのような音が残った。

 プロンテラの城門を背にして立つその男は、かつて修道士として体術を極めた男。
 が、年齢的にはブリッテンとあまり変わらない。二十歳を少し過ぎたくらいだろう。
 蒼穹と言うに相応しいその澄んだ短髪と瞳が風に揺さぶられ、静かに流れる。
 彼の忘れかけていた闘魂が徐々に蘇る。堕した修道士としての日々が。
 PvPと呼ばれる正式な決闘場ではなく、合法的でない地下闘技場での闘いに明け暮れた悲しい日々が。

 王者とさえ呼ばれた彼だったが、その体つきは逞しいというよりもむしろ美しい部類に入った。
 どちらかと言えば長身。ブリッテンのようなあからさまな大男ではない。
 引き締まったその腕と足は、やはり戦うための筋肉が最小限についているだけだった。
 それであっても彼は、それだけの限られた力を最大限に引き出す方法を知っている。
 それ故に裏の世界でも生きていけたし、今目の前にいる、騎士――そう呼ぶにはあまりに穢れた存在だが――とも対等に渡り合えるのだ。

 その、全身が血に塗れた巨大な騎士は、右手には見るからに凶悪な、刃先の枝分かれした大剣、左手には見るのもおぞましい形相の鬼の首のような盾を持ち、再び目の前の障害に向かっていく。
 先ほどの一撃を盾の鬼の形相の眉間の辺りに打ち込まれ、そこだけ半径二十cmほどベコリと凹んでいる。
 鬼の目や口からはとめどなく血が流れており、特に目からは角が出ていた。
 それは既に目と呼べるかどうかも怪しい状態だったが、その盾単体でも意思を持っているかのように、その顔は苦痛に歪んでいた。
 むしろ、その盾を持つ血塗れの騎士のほうの顔がかすんで見えるほど、その盾の形相は恐ろしいものだった。

 血だるま騎士は盾を突き出しながら、枝分かれした剣を振り下ろす。
 硬い鎧で制限された動きとは思えぬほど正確な一撃を、蒼穹の体術家は避けることができなかった。いや、避けなかった。

 小さく笑みが漏れる。
 ならず者達の世界でも、これほどの猛者はなかなかいなかった。
 かきたてられる闘志に興奮することなど、何年ぶりだろう。
 長らく闘いを離れていたせいで忘れていた、戦うことの純粋な愉しさ。狂気にも似たその思考の底には、熱く黒い炎が渦巻いている。
 穏やかだった日々を破壊した襲撃者への、半分は感謝、もう半分は怒りをその拳に込める。
 敵の剣の刃を挟んで掴む両腕に力を込めて、彼は闘魂をいっそう熱く燃え滾らせた。


 その脇では、やはり別の魔族が城へ侵入しようとしていた。
 巨大な長方形のカードからその体を飛び出させた悪霊は、その横っ腹に一本の矢を食らって動きを止めた。
 その紅い死神の目が、矢を放った者に向けられる。

 彼女は少女と言っても差し支えないほどの年齢に見えた。やや幼い顔立ちだが、その表情は凛と引き締まっている。
 普段は柔らかい笑顔で周囲を和ませる彼女も、今は闘いの中に身を置く戦士だった。
 通常のハンターの支給服とは少し違うデザインの、真っ黒い服。過度な露出を抑え、なおかつ動きを制限しない服装だった。
 その真っ黒い衣服に、まっすぐな長い銀髪が映える。

 迫り来る死神のカードに恐怖を感じないわけではなかったが、彼女は抗う術を知っていた。
 もう一本、死神めがけて矢を放つ。紙切れのクセになかなか素早い動きをするらしく、その矢はカードの隅を掠めたに過ぎなかった。
 素早い矢を避けて尚失速することなく、死神が彼女に迫る。

 見えない一撃だった。
 敵が迫ってくる気配を感じて後ろに跳んだおかげで、彼女は致命傷を免れた。
「くっ……」
 左腕に鋭い痛みが走る。
 黒い長袖が裂け、白い肌に紅い筋が通っていた。深い傷ではないが、思った以上に痛みは酷かった。
 傷が熱を帯びている。鋭い刃に掠められたかのように、それはまっすぐな痕だった。
 ジリジリと攻め立てる苦痛をこらえながら、彼女は再び矢を放った。
 しかし、先ほどの一撃と比べると速度も落ち、狙いも若干反れている。
 かろうじてまだカードの隅を掠めるが、やはり決定打にはならない。
 焦る彼女を嬲るかのように、死神の紅い口の端が吊りあがった。
 独特の不気味な笑顔を浮かべたかと思うと、やがてその口が上下に動き始めた。


――チチナル テンクウノ コドウ…… ソハ チヲサク ライゲキ……


 それは、死神の謳う鎮魂歌。
 最初は不気味なまでに高音で、最後はコントラバスよりも太く低い音で。
 死に行く哀れな少女に、死神は最上の笑顔を手向ける。
 彼女の足元に、奇怪な紋様の描かれた円が現れた。高位の攻撃魔法、ユピテルサンダーの魔法陣である。
 彼女がいくら走っても、その円は彼女の影であるかのように付きまとう。
 弓を引こうにも、力の抜けていく左腕がそれを許さない。
 八方塞。その言葉が脳裏を掠めた瞬間

「スペルブレイカー!!」

 深く響くバリトンの声の後、硝子が粉々に砕けるような音がして、彼女の足元にあった魔法陣が割れた。
 突然の横槍に、死神の動きが一瞬停止する。
 死神が横槍の正体に気づかないうちに、すぐさま第二波がやってきた。

――大地に眠りし精霊よ 彼の者に狂える爪牙を突きたてよ!

「アーススパイク!!」

 明瞭で高らかな詠唱の直後、轟音と共に血塗られたタイルを突き破って飛び出したのは巨大な土の柱。
 まるで生きた龍であるが如く、その柱は詠唱者の意のままに動いた。
 槍のように鋭く尖ったその先端が、死神のカードの右上を貫く。
 紅く平坦な目を丸く見開いた死神は、自らの憑代(よりしろ)が千切れるのもかまわずに、ただ一つの感情――底知れぬ暗黒の殺意――を以って横槍の主に向かって飛び出した。
 綺麗な長方形だったカードは右上がまるで虫にでも食われたかのように不恰好に破れ、JORKERの三文字目のRから上は既に消滅していた。
 城門前の階段の上に立つのは、縁取りのない眼鏡をかけた長身の青年。
 独特の褐色のローブに身を包んだ、セージと呼ばれる賢者。
 長く伸びた髪は、後ろの高い位置で一本にまとめられている。
 迫り来る高位の魔族を眼鏡の奥の鋭い瞳で射抜き、魔導書を広げて再び詠唱を開始する。

――紅蓮の炎 其は終焉より出でし灼熱の鼓動!

「ファイヤーウォール!!」

 彼がかざした右手のすぐ前に、紅い火柱が上がる。
 彼自身の身を守る盾でありながら、それは悪しき魂を飲み込む煉獄火炎の舌だった。
 白いカードに描かれた黒い死神はその壁を突き破ろうと突進を繰り返すが、その二つの意味でアツい壁はなかなか侵入を許してはくれない。
 その隙に、長身の賢者は再び高らかに詠唱する。

 詠唱が完了する前に、死神は彼の目の前にいた。
 炎の柱が脆かったわけではない。死神が、自らの体質を変化させ、炎に耐性を持ったのである。
 属性変化と呼ばれ、冒険者達にも忌み嫌われている特殊技能である。
 死神はその黒い腕を振り上げた。
 詠唱はまだ終わらない。賢者ならば詠唱を中断して素早く動くことも可能だが、彼はそれをしなかった。
 そして、死が彼に降りかかろうとする。
 鋭い爪を持ったその腕は、躊躇うことなく賢者の首筋に向かって振り下ろされた。

「オフッ……」

 次の瞬間、痛みによって声が上がり、口からは紅い血が流れ出した。
 爪は、賢者の喉元をかすめる直前で停止している。

 突然の苦痛に目を見開いたのは、死神のほうだった。
 先ほどは矢も刺さった腹に、今度は鋭い短刀が突き刺さっていた。
 ハンターの少女が残されていた右手で行った動作は、鮮やかの一言に尽きた。
 シーフでもアサシンでもない彼女だったが、目標以外に目の行かないジョーカーを攻撃するのは容易いことだった。
 逆手に握った短刀は、その根元まで深々と死神の腹に突き刺さっている。
 彼に血液と呼べるものがあるのかどうかはわからないが、死神の口からは何か紅い液体がこぼれている。
 傷口からも同様にして、その黒い肢体に映える紅が流れ出していた。
 彼女は武器を敵の腹に置き去りにし、素早く後ろに飛び退いた。
 詠唱が完了したのだ。

「コールドボルト!!」

 そして今度は正面から、無数の氷の刃が突き刺さる。
 声すら上がらない。血液さえも凍て付くほどの冷たい刃
 属性変化により、自らを炎の属性に変化させたのが仇となった。
 いや、賢者は最初からそれを狙っていた。
 ハンターが横から飛び込んでくることさえも、彼の作戦のうちであった。

 左手の人差し指で眼鏡を上げ、宣告する。

「お別れです」

 放たれた最後の刃が、死神の脳天を貫いた。
85プロンテラ攻防戦 No.5sage :2006/02/05(日) 13:25:19 ID:sXUiUFRk
 金属が、鈍く短い悲鳴をあげた。
 つい先ほどまで空を舞っていたその凶悪な剣は、王都のタイルに突き刺さったまま動かない。
 地面とほぼ垂直に蹴り上げた足を降ろし、間髪を居れずに鬼の顔をした盾に拳を叩き込む。
 目にも留まらぬ連撃。素早い動作ではあったが、一撃一撃の威力も重たい。
 カルベリン砲を乱射したような、地響きにも似た大気のうねりが巻き起こる。
 七回目を鬼の額にぶち込み、そしてもう一撃。最後のは殊更に力を込めて。
 もはや、その轟音はカノン砲のそれと大差なかった。
 拳が鬼の額にめり込み、盾には縦に走る一筋の亀裂が生じた。
 引き抜いた拳から溢れる激痛も気にせず、思い切りカカトを振り上げて鬼の顔面に向けて振り下ろす。

「漢なら、拳で語り合おうぜ」

 砕け去った盾の残骸を踏みつけ、敵を睨みつける。
 素手で血塗れの鉄の塊と対峙する修道士は、血が騒ぐとはまさにこのことなのだと自覚した。
 明朗闊達でさっぱりとした好漢としての彼は、既にそこにはない。
 ただひたすらに闘いを求め、自らを果て無き高みへと昇らせるためだけの存在。
 戦闘を求める理由こそ違えど、それ以外の状況は過去の自分と酷似していた。
 当時は、何もかも忘れるために。今は、ただ純粋に強さを求めて。
 急激な興奮によって混乱しつつも闘うということだけを認識している彼では、その奥にある根源の理由に気づくことはできなかったし、今の彼には気づく必要もなかった。

「かかって来いよ」

 ただ、目の前にある強き者を打ちのめすことだけを考える。
 そうすることに理由はない。自分はそうしたいのだからそうするのだ。
 欲望には忠実に。彼は元々無欲な男だったが、一度火がつくと気が済むまでは立ち止まったりはしない男でもあった。

 剣を弾き飛ばされ、盾を砕かれた血だるまの騎士に向かって、痛みに喘ぐ左手と、血の滴る右手を構える。
 修道士達に伝わる特殊な鍛錬によって鍛え抜かれた鋼の肉体であっても、何度も金属との正面衝突を繰り返せば痛みを感じないはずはなかった。
 しかし、その痛みさえも、闘志に並々と注がれる油となる。
 敵方の武器がなくなった今、勝負がつくのは時間の問題だった。

 それでも、血だるまの騎士は素手で向かってくる。
 顔面を全て覆った兜の目が修道士を見据え、豪腕を振り下ろす。
 拳は空を切る。
 わずかに残像を残すほどの素早さで、血だるま騎士の懐にもぐりこんだ蒼穹の修道士は、渾身の力でトドメの両拳を叩き込む。
 敵は背中から地面に叩きつけられ、そのまま滑ってタイルをガリガリと削り取った。
「はぁ、はぁ……」
 骨と筋肉の両方が悲鳴を上げる両腕はだらしなく垂れ下がっていたが、彼は倒れた敵をいまだ見つめていた。
 長らく、こうした死と隣り合わせの闘いを避けてきたためか、疲労は思うより激しかった。
 疲労と言うレベルでは片付けられないほどの損傷が、腕の骨肉を侵食していた。
 当時、目の前に転がる者のように血だらけの世界に身を投じていた頃ならば、完膚なきまでに、更なる追撃を加えるはずだった。
 今はそれができない。

 高ぶった気持ちと荒い呼吸が徐々に冷えていく中、戻ってきた冷静な思考が警告を発し、そしてそれはすぐに現実のものとなる。
「けーっ、しぶとい奴だこと」
 立ち上がり剣を取る敵を前に、軽口を叩いてみても、痛苦と疲労は誤魔化せない。
 今度は、形勢がまるごと逆転した。

 腕が使えない今、修道士は敵の剣戟を避けるより他なかった。
 枝分かれした剣が王都のタイルを抉り、彼を追い詰めていく。
「しつこい!」
 もう一度、彼が足を使うときの常套戦術、カカト落としを鎧だるまにねじ込む。
「っぐ!」
 力を込めた両腕が更なる悲鳴をあげ、先ほど盾を砕いた足が軋む。
 後方に押された騎士が再び向かってくるが、彼は今までのように逃げることさえままならなくなっていた。

 四肢のうち両腕と片足が使えない。絶望的だった。
 なんとか横に転がって一撃を避けるが、トドメを刺されるのは時間の問題だ。
 再び、動く足を使って転がろうとするが、限界にまで達した疲労がそれを許さない。
 やっと追い詰めたと言わんばかりに、血だるまの騎士はゆっくりと剣を振り上げた。
 諦念が脳裏を掠めた瞬間に、それは飛んできた。

「延髄突き割るぜー!!」

 横から、ドッペルゲンガーも真っ青な速度で突っ込んできた男によって、血だるま騎士は派手に吹っ飛ばされた。
 王都の町の中央部を囲む高い塀に上半身を突っ込んで呻いている。

「ドストレートにラリアットわっしょーい……」

 修道士はわけがわからない。
 ただ、常識という概念を根底から覆すその存在を前に、謎の呪文を唱えることしかできなかった。

 ギラギラと危険に満ちた輝きを持つ瞳に、緑がかった青の髪に熱血ハチマキ。
 その肩に担ぐのは彼が今吹っ飛ばした騎士と同じく、血塗られた斧。
 後ろに引いている屋根付きの荷車には、何故か人間らしきものが尻から突っ込まれている。(しかも、気絶しているように見える)

「正義の味方、プタハおじさん見参! ってなもんよ。」

 とりあえず思いつきのキメ台詞を吐き捨ててから、獲物に向かって直進。
 身動きが取れずに呻いている血だるま騎士の上から、同じく血だるまの斧を叩きつける。
 その斧は、硬い装甲をいとも容易く貫通。鎧を粉々に砕いてしまった。

「くたばりな! カートレボリューション!!」

 露になった本体の上から更に、彼は荷車を思い切り振り回してぶつける。
 もちろん、中には人間らしきものが入ったまま。
 普段の数倍にも膨れ上がった重量が、加速しながら敵の肉体を抉る。

「まだまだあああ!!」

 プタハは、斧ではなく、荷車のほうを積極的に振り回した。
 狂ったように、車輪を敵の肉体にめり込ませながら。

「……あれ、人乗ってないか」
「うん。乗ってるよね……」

 プタハが常人ではないことを、その場にいた全員は瞬時に理解することができた。
 修道士と、彼を抱き起こしたハンターは呆然としてその場からしばらく動けなかった。

「報告します。旧剣士ギルド前、東門付近の敵勢力の掃討を完了しました。
 被害は想像以上に大きく、こちらも数人の隊員と騎士隊長へルマンが負傷しました」
「わかりました。負傷者を奥へ。まだ戦える者は城を守ってください。
 どうやら南門へ派遣できそうな兵力はありません」

 長身のセージへ、ブリッテンが状況報告を終えた時には、既に日は彼らの真上に昇っていた。

 続く
86白い人sage :2006/02/05(日) 13:36:40 ID:sXUiUFRk
ご無沙汰です。前スレでは大変なご迷惑をおかけしました。すみませんでした。

今読み返すと、俺ワールド全快すぎて上手く文章にまとめ切れてないこの王都攻防戦ですが、とりあえず1つの話として終わらせるまで頑張りたいと思います。
書いてると楽しいんですが、後で読み返すとそれが自己満足だったということがはっきりとわかったりして、なかなか難しいものだなと改めて実感させられました。

プタハおじさん以外、そんなにキャラが立ってない_| ̄|○ こんなにキャラ多くするんじゃなかった。
>>79氏の言う人数バランス、これからは気をつけなければ……

>>83>>84の境目ですが、全く別のシーンです。
メモ帳に書いてて、何行か空行入れて別シーンだってことを表現してたんですが、投稿したら凄くわかりづらくなった……。

この後は魔術師サイドのお話に入るわけですが、「もはやROじゃねー!」と言うほどの俺ワールドになってしまったので、その辺は軽くスルーしてもらえると嬉しい……かな。
87名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/05(日) 15:25:06 ID:YGII6TZI
>61でえろそうに、感想レスしてたものです。
なんだか予想外に盛り上がっちゃったみたいで、凍ってる人には申し訳なかったかなと思います。
他の書き手さんは、どの作品でも共通の話題が出ていて、おいしいと思ってることでしょうけど。
氏の>61に対するレスがすごいことになっていますが、元々こちらが感想レスしたときに
他の人の作品には肯定的で、氏の作品だけ否定的に書いたのが責任であると思ってます。
>61で書いた部分が気になったのは事実ですが、良いと思える部分がなかったわけじゃないです。
感想レス長いのもどうかなー、と思ったんで短くしたけど、失敗だったようなので気をつけるっす。
ただ当方と似たような感想を持つ人は多いようなので、そちらの意見は取り入れてみることをオススメ。


>82-85
一気に読みきってしまった。勢いのある文章、実にお見事。
実は当方、No.4以前を読んでません(少なくとも覚えてない)が、それでも面白いと感じた。
この投稿分だけでも結構満足できるほどだし、完結したらぜひ最初から読みたくなったっすよ。
1レス目が「その」とか「だった」ばかりで気になったのに、以降は全然そんなことないし騙されたっ。
特定キャラ以外が立ってないということも感じてません。ヘルマン、おいしいなあとは思いましたがー。
「これが俺の感じる燃えなんだー」という点が素直に描かれているっつーか、
勢いで読めて、書き手の楽しさが伝わってくる良作。


関係ない話になるけど。
この板って3行以上の改行が続くと、勝手に2行に納められてしまうっぽい?
試しに3行前に、本当は改行4つ入れてあるけど、どうなってるやら。
「・・・」とか「□■□」とか入れて、場面変わりますよーって書かないとこの板ではダメかな。
88名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/05(日) 16:41:45 ID:9l3ldqSY
行送りが書籍などと同じ全角1.6文字分なら見やすいのにね

 

↑全角スペース+改行でいけないかな?
89ペットの人sage :2006/02/05(日) 20:09:17 ID:4679e/zg
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」


「「「「さあ、我ら異端審問官が代行者として、
この鉄槌をもって神々の御前に送り出そう」」」」

異端審問官。
代行者とも呼ばれる教団屈指の尖兵。
それは、「人と神と魔族の大戦」 が遠い歴史上の出来事ではなく、生き証人は他界してもまだ人々の口伝に登り、
街や村々に戦痕が残る時代から、世界の半ば以上を覆う闇を滅ぼし続けてきた集団。
プロンテラ教団でも特別な位置に存在し、いくつものセクションに分かれて神の名の元に活動しているという。
特に、『絶対数である7課』 と『存在しない事になっている13課』 には、バケモノぞろいという噂だ。
噂といえば、なんでも1課が戦争でもする様な重武装で出撃したと聞く。
ある枢機卿に率いられ、遠方での異端者殲滅戦に従事している、というのが街の噂になっている。
そんな尖兵たちの中でも、通常プロンテラ市内で活動するのは3課と8課。
共に本来ならば、教団内部で不正や不信心な行いをした者、教義に叛いた者を裁く監査役だ。
なのに何故この場に。サララとガルデンをペットイーターと誤認して、裁きに来たのか?
違う、二人とも明らかにウィザードとクルセーダーの格好をしている。じゃあ何故。
解せない図式と胡散臭い依頼。もう何がなんだか解らない。
けれどサララ動いた。理解不能と叫ぶ思考を切り捨て、戦えと訴える本能に従い魔力を走らせる。
それは焼けたエーテル粒子が、血管と神経を疾走する様な感覚。
ドロップスカードを4枚挿したロッドの助力も得て、一秒にも満たない詠唱で魔力が収束。
そして発輝しつつ拡散。

『−Icewall−』

サララから魔力が放たれた次の瞬間には、拡散した魔力が再収束の過程で空気中の水分に位相干渉。
気体から固体へ相転位させ二メートル超過の氷壁として現出させる。
続けざまの詠唱と、更なる先行入力。

『−Firewall−』
『−Firewall−』

詠唱が短く速射性能の高いアイスウォール。
その防壁の向こう側に二枚のファイヤーウォール。
それらを角度をつけて展開させことで、敵との間合いを確実に確保できた。

「死にたくなくばそこを退け、手加減無用で撃たせてもらうぞっ」

サララは先ほどよりも高密度の演算詠唱を開始。
まずは魔力を走らせた右腕を、ゆっくり虚空に伸ばす。
同時に、魔力で内側から焼かれる右腕で“何か” を掴むように意識する。
たとえロッドを握っていても、意識を“向こう側” と称される11次元領域へ飛ばし、
視えない指と腕をいっぱいに広げる。
そこから先は指探り。
視えない指で、“何か” を探り当てようとする。
いくつもの“別の物” が通りすぎるが、懸命に“何か” だけを求める
集中した意識が感触のみで“何か” を探し、……掴んだっ!!。
途端、圧倒的な情報量がこの3次元領域まで堕ちてくる。

「くぅぁっ、ああぁぁ!!」

右腕だけで耐え切れない。サララは咄嗟に左腕も使って“何か” を掴み直す。
放すものかっ!!
次の瞬間、暴風を従え旋回する光の魔方陣が展開。
過剰な情報を帯びた魔力は、収束と拡散を同時進行し、光渦が空に立ち昇る。
詠唱は長く連射も利かないが、対人戦闘における殲滅力はトップクラス。

その魔法の名前は、―― ストームガイスト ――。
90ペットの人sage :2006/02/05(日) 20:19:27 ID:4679e/zg
 11次元領域越しに、ゆっくりと加速していくストームガイスト。
 演算詠唱は常に世界そのものに干渉しながら、別の領域から“何か” を引き降ろして行う術式。
 仮に幾人もの術者が使用したならば、世界の保有する情報処理能力を軽く超過し、発動不可に陥る恐れすらある。
 ゆえにその威力は絶大で、たとえ魔導に造詣が無い者でも、
 この世界の生き物として本能から恐怖を抱いてしまう。
 当然異端審問官も応戦する。
 サララの大魔法を発動させまいと、氷壁と火壁の向こうから、彼らの信奉する神聖魔法を唱え、放つ。

『−Holylight−』
『−Holylight−』
『−Holylight−』

 神の御力たる質量を持った光を練り上げ、次々に目標に撃ち込まれるホーリーライト。
 明らかにサララの詠唱の阻害する事が目的だ。
 どんなに高度な魔法も、詠唱中にダメージを受けてしまえば阻害される。
 たとえフェンカードの加護を受けていようと四人がかりで撃ち込んでしまえば、貧弱なウィザードが耐えられるものか。
 そんな判断なのだろう。

 甘い。

 数に任せて撃ち込まれる光弾は、一発たりともサララの詠唱を阻害しなければ、傷つけてもいない。何故。
 その問いの答えは、

『−Devotion−』

 彼女とガルデンを繋ぐ青く淡い一条の光、クルセーダーのスキル、デボージョンだ。
 指定した仲間の身代わりになりダメージを肩代わりする、通称で献身と呼ばれるスキルで、最もガルデンらしいスキルでもある。
 タフだけがとりえと揶揄されるガルデンだけに、ホーリーライト程度なら何発も耐えられる。

「ふ、私とマスターは運命の青い糸で結ばれているのだ。それでは行くぞっ!!」

『−Stormgust−』

 それは極寒の疾嵐。
 机上の存在たる絶対零度さえもが、吹雪の姿を借りて舞踊る狂乱曲。
 多段式に襲う冷気の刃と氷塊の拳に、異端審問官たちはなすすべも無く捕食されていく。
 一人の異端審問官など、掲げたバックラーにしがみ付くように防御するものの、真横から等身大の氷塊が直撃。
 勢いを殺すことも出来ず壁に打ち付けられ気絶する。
 もちろんその後も、凍温により壁に張り付けにされた彼に、容赦なく氷のつぶてが何度も撃ち込まれた。
 吹雪が過ぎた後には、すべが凍てついていた。

「サララさんまさかと思うけど、殺してないよね。ここはGv空間でもPv空間でもないから、下手すると死人が出るよ」
「大丈夫だ案ずるな。数ヶ月は凍傷で難儀するだろうが、死んだりはしてないはずだ」
「なら良かった。……あと途中で言ってた”運命の青い糸”って台詞だけど、あれ――――」

 ガルデンの指摘を受けて、今更にサララは失言に気づく。
 ……普段なら赤面して言うことの出来ない台詞さえ、戦闘時の高揚で叫んでしまった。
 またも、自分でも判るくらい頬が熱くなる。
 それを指摘するということは、ガルデンもまたサララの事を意識しているという事か……

「―――あれって糸と言うより、天津の鵜飼の紐に見えるんだけど、糸じゃなくて紐とかリードに見えないかな?」
「だぁぁぁ朴念仁っ!! マスターあなたという人は、私の事を便利な家畜か何かと見ているのか。あーそうか、どうせ飼うのなら便利な家畜より可愛いペットのムナック方が良い訳だな」
「何もそういう意味じゃないよ。ただ糸なんかよりも、しっかりと繋がっていたいって、ほら紐の方がしっかりしてるでしょ」
「ふん、もう知るものか」

 何か言い訳を言っているガルデンをサララは完全に無視する。
 やつ当たりに、サンダーストームでも氷漬けのプリーストたちに撃ち込んでやろうかと詠唱を始めた。
 密度の低い演算詠唱と、小規模な光の魔方陣。
 そして転がるのは、三人の異端審問官。氷に濡れた彼らの通電性は大幅に……………、三人?
 初め路地から響いた足音と台詞は四人分だった。
 ということは……ハイディングか!!
 サララが詠唱をキャンセルするよりも速く、何も無かった空間から一人の男プリーストが出現。
 こちらに構えを取らせる間を与えず迫り来る。
 速い。明らかに速度増加が付加されている。

 激痛。

 殴られたと知覚するよりも先に痛覚が絶叫。
 詠唱のキャンセルすら出来ていなかったサララのがら空きの腹部に、豪拳がめり込んでいた
 強制的にキャンセルさせられた詠唱。
 横隔膜をやられて呼吸困難のサララは、ざらついた路面にへたり込みながらそれに気が付く。
 ガルデンのデボーションの効果が切れていたことに。……ここまで読んでいたのか。
 犬のように口をあけて唾液をたらし、酸素を求めるサララ。
 彼女は、自分を一撃で沈めた異端審問官を見上げながら戦慄する。
 プリーストの法衣の下には鍛え上げられた肉体。背には凶悪なロングメイスを背負い、アラーム仮面で素顔を隠している。
 仮面の下の表情は窺い知れないが、足元のサララも、背後で倒れている仲間さえも眼中にない。
 ただガルデンを見据えながら、腰から抜いた見るからに対人特化の加護と過剰精錬が施されたメイスを、ゆっくりと構えた。
91ペットの人sage :2006/02/05(日) 20:25:16 ID:4679e/zg
「何故だ」

 無機質な仮面の越しに、冷たく篭った声が発せられる。

「何故、打ち合わせ通りに素直にやられ役に徹しない。そちらには騎士団を通して話が言っている筈だぞ。何を無駄な事をしている。とっとと済ませろ」
「貴方が潜入捜査官ですね。なら、この場で依頼内容の変更をお願いします。このコを――――」
「殺さないで欲しい、そんなところだろ。下らん情など移しおって、それとも自己満足か。
 ただの魔物でしかも騎士団から支給された、言わば備品のようなものだろ」

 ガルデンの言葉を断ち、冷たく放たれた禍々しいまでの正論。
 感情移入と自己満足、魔物と備品。
 たったそれだけのキーワードを並べただけで、ガルデンの決意も、サララの抱いた愛おしい気持ちも、全て高みから否定できる。

「さぁ退け。準備よく転がっているその魔物をツブせば、それで終わり。後ろで転がっているバカ共も、同じく終わりになるのだ。
 本来裁く側の人間が犯した罪、こうしなければ罰せられぬ」

 大きく一歩、プリーストが前へでる。と同時に威圧。
 実力者のみが放てる存在感が、ガルデンを呑み込みかかる。

「説明してやる。バカ共の罪はペットイーター、器物破損などではない。教団上層部への叛乱だ」

 彼が語りだした内容は以下の通りだ。
 巷で言われている王室と教団の対立の構図だが、教団上層部は王室との対立を望んではいない。
 もちろん教団は福祉を優先する事に変わりは無いが、対立や争い事は避けたいのが本音なのだ。
 けれど王室との対立を望む者も中にはいる。若手実力者や原理主義者たちは、王室との対立構造と弱腰の上層部への批判を利用して勢力を拡大。
 異端審問官の一部までをも抱え込んだ。
 そして今回、上層部へのあてつけ、王室との対立扇動、原理主義実演などの意味を込めて、”ペットイーター” を行ってきた。
 教団上層部は逆にこれを利用し、実働部隊であるペットイーターの逮捕を足がかりに、急進勢力に反撃に転じた。
 そのために、怪談まがいの噂を広め、潜入捜査官を送り込み、今まで闇から闇に葬ってきた“ペットイーター“ を露呈させようとしている

「バカ共は、神聖なるプロンテラから邪悪な魔物を払拭する、などと謳っていたが、何処まで本気かは解らんな。この三人は実働部隊に過ぎず、根はもっと深いという事だ」

 語り終えたプリーストは、また一歩前へ出る。だが、今度はガルデンも一歩前へ出た。

「そこまでして教団の権威を守りたいのですか」
「権威? そんなもの仔デザにでも喰わせてしまえばいい。教団に必要なのは、権威でもなければ、死にたがり狂信者でも革命気取りの原理主義でも、ましてや脱税に忙しいネオコンでもない」

 ここまで説明されれば、サララには理解できた。確かに教団上層部は権威などほっしていない。
 権威を失ってもいいから、組織に芽吹く反抗勢力を根絶やしにする気なのだと。
 反抗の芽を上から押しつぶすのではない。恥を覚悟で外部の力を使って摘出する。
 下手に上から圧力を加えてしまったら、明確な分裂を招きかねない。
 10年20年の長い目でみれば、恥を対価に外部の力を利用するしかない。
 それも、対立色の強い王室ではなく、騎士団という中立の勢力を指定してだ。

「教団に必要なのはシステムとしての組織力だ。分裂も内部対立もいらないのだ。ただ当たり前の救済と活動が出来る組織作りなんだ」

 村々の教会を束ね、地方の情報を把握している教団。
 対して王室は人口はおろか、何処にどんな村があるかも把握していない。
 事実、王室発行の国内地図の大半は、プロンテラ、イズルード、モロク、ゲフェン、フェイヨン、アルベルタ、アルデバラン程度しか描かれていない。
 そんな地図に載っていない村々で、モンスターの大量発生による田畑の荒廃と飢饉が生じたとして、王室に何が出来るという。

「俺の生まれた村もそうだった。子供のほとんどが飢えて死ぬか、人買いに売られていく。それも現金じゃない。子供と同じ重さの種籾と交換されるんだよ。助けに来てくれたのはプロンテラ教団だけだ」

 教団の行った食糧支援とモンスターの駆除。それにより何人も命が救われたことか。

「それでも俺の家族は皆死んだよ。俺は意外と高く売れたし、奉公先のアルベルタの商家から賃金を送金できた……それでも流行り病で皆死んじまって、最後に死んだ14歳だった妹は、他の家族の墓を一人で掘りながら、誰に見取られること無く、何も言い残すことも出来ずに死んだよ」

 だから彼は教団に入り、教団のために精進し、亡き家族のために戦い、法王の側で密命を遂行してきた。
 今回も、教団内部に芽吹いた反抗と分裂の兆しを摘み取る。
 二度と、自分と自分の家族と同じ目に会う者が出ないためにも。
 無機質な仮面の下に、人間らしい怒りと決意を燈す潜入捜査官。それと対峙するガルデンもまた、決意を燈してまた一歩踏み出す。

「僕はバカですけど、貴方が言っている事はわかりました。でもやっぱりバカだから、貴方の言っている事が正しく聞こえても、それがこのコを見殺しにしてもいい理由にはならないと思うんです。だから―――」

 ガルデンは、路面の砂礫を噛み鳴らす摺足で大きく左足を引いて、腰を落とす。両の手を帯刀したままの片刃の曲刀、――正宗―― にかけ、右足に重心を持っていく。自然とそれは居合いの構えとなっていた。
 これ以上に無い、戦う意思表示だ。

「このコを守ります」
「無駄なことを。………」
92ペットの人sage :2006/02/05(日) 21:16:09 ID:4679e/zg
ども、ネット喫茶から参加させていただいた座談会では、寝落ちにマシン落ちの連撃で大変失礼しました。

外見描写と外付けの来歴
75さん他、何人もの方が仰るとおり、RO.SSはキャラの特徴づけが
「簡単なような、難しいような、ぶっちゃけ不要のような、でも特徴あったほうがいいような」、
間合いの取り辛い空間だとは私も感じます。
私の書いてるサララにしても、特徴づけがクドイようでいて、特に外見を生かしきれた設定でもないし、
……ツンデレ(デレ未発動)な口調+ 貧乳 + ファッション下手な娘 = カタブツ
ってイメージを狙ったぐらいですね。
ガルデンに関しては、書くの忘れてたくらい外見書いてないです(汗
『キャラ来歴を外付けではなく、結論をキャラに持たせる』 む〜、まだまだ私は精進足りないですね。

>丸い帽子さん クレアのちょっとした仕草に、何かドキドキしちゃいました。コレが萌なのですねw
>プロンテラ攻防戦さん ハンターとセージの連携に、手に汗握っちゃいました。コレが燃なのですねw
93白い人sage :2006/02/05(日) 22:32:53 ID:sXUiUFRk
>>87の人
No.4以前はまあ、なんといいますか……
あんまり無理やりすぎて目も当てられない惨劇というか、読み返すだけでグッタリするほど稚拙な文章なのであんまりオススメできないです。
4と5の間で、かなり勉強して作風がガラリと変わってしまいまして、話の展開だけ掴む程度なら読めないこともないけど、4以前は本当に書き直したいくらいです。

・「その」とか「だった」ばかり
言われて初めて気づきました。
わかりやすく、しかも直接的な説明でない感じの描写というのがなかなか難しいものでして、僕が書くとどうしても回りくどくなりすぎるか直接的すぎるかになってしまうのです。
この辺は量をたくさん書くとか、良い作品をひたすら読むしかないってのが現実だとは思うのですが、やはり時間との戦いが厳しい戦況だったり……

No.5はとりあえず燃えを詰め込んでみたという点で、僕としては一番楽しかった場所です。これからグダグダにならないように持続していくのがまた大変。

>>ペットの人
サララさんの性格描写は本当に見習いたいくらいなのです。
うちのハンタ娘も性格が全く描写されてないので_| ̄|○


>>裏路地の捕食者
なんというか、意外な展開にビックリ。
単なる憎しみだけではない動機というのがなかなか考え込まれてるなと。
サララさんが妙にかっこいいです。魔法詠唱がただ詠唱するだけじゃない辺り、こだわりが感じられてGJ
ラグの説明に不覚にも噴いてしまいました。

潜入捜査官みたいな敵キャラは、やはり見事。
一概に間違いだとは言えない彼の主張と信念が熱い展開を予感させますね。

気になったところは、捜査官の「俺の生まれた村も〜」から始まる語りの部分。ちょっと冗長に感じられたかも。
これは読み手によって違うのかもしれないけど、語りすぎは感情移入の妨げになりそう。

最後のガルデン氏の闘魂に燃えつつ、No.6の推敲進めてきます。
94名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/06(月) 02:49:59 ID:LhwAxtIA
最近スレの伸び具合がよくて読むのだけで精一杯…とかいいつつ感想レス('ω')

>>白の人
ヘルマンが崩れ落ちた時手を握って読み進めてゆくと、まさかぎっくり腰とは…かなり笑わさせてもらいましたw
まぁそれ以上にプタハのおぢさんがいい味を出しすぎですw(´Д`*)
何と言ったらいいやら、燃えとしか言いようが無い感覚を味あわせてもらいました。
一つちょっと分からなかったことが、カノン砲は大砲のような物と認識してるのですが
カルベリン砲とは…?文章の流れとその後のカノン砲との対比からマシンガンのような物と捉えればいいのでしょうか。

>>ペットの人
詠唱の方式、というか空間概念に驚きと感動を覚えました。確かにそんな捉え方も有ですね。書かれるまで考えもしなかった…。
それとやっぱりサララさんの相変わらずのツンデレっぷりに萌えが潜んでてよかったですw('ω'*)
あと器物損壊だけでなくそんな裏設定まで考えている、というのが素直に凄いと思えました。
9594sage :2006/02/06(月) 02:51:15 ID:LhwAxtIA
ぎゃ、酷い日本語のミスを発見。。。
ヘルマンが崩れ落ちた時手を握って
  ↓  ↓  ↓
ヘルマンが崩れ落ちた時手に汗を握って

o......rz
96名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/06(月) 17:26:04 ID:Z/MU7ALE
>94
よし、余り詳しくないけど解説しちゃうぞー。まず、両方の名前が並んで出てくるってことは、16世紀くらいの話。
地上用も艦船用もあるけどぶっちゃけ違いはないからどうでもいい・・・・・・はず。

カノン砲はでっかい弾を撃ち込むけど、射程はそんなに長くない。後代だと野戦砲に分類されて直射砲のことになったり。
帆船映画とかで、敵艦補足、撃て! でとどめの砲門斉射してるのはこいつだ。
当たれば痛いが、これが効く距離まで我慢するのが大変だぞ! あと、連射能力はちっと微妙ー。
カルバリン砲は弾は小さいのだけど、比較的速射できるとの射程が長いのが売り!
いや、マシンガンのようにはいかないけどなー。大阪城天守閣をぶち抜いたのもこれらしい。
単発での制圧能力は無いけど、火災とか起こせば儲け物どんどこ打ち込めー。
97白い人sage :2006/02/06(月) 17:53:38 ID:zFhLk//k
>>94の人
ギックリ腰、辛そうだなぁと思いつつ、自分はA型インフルエンザで腰痛発動。熱よりこっちのほうが辛いって何故。
ちなみに、タミフル処方されて、「ああ、副作用で死んじゃうのかなぁ」とか大袈裟に悩んだりしたのは皆と僕だけの秘密。

>>カルベリン砲
>>96の人わざわざ解説ありがとうございます。
ためしに「カルベリン砲」でググって見たら、なんか模型の一部としてしか出てこないっていう謎の自体ががが
すっげーマニアックな単語だったんですね_| ̄|○ 反省。

カルベリン砲は確か、カノン砲よりも砲身が細長く、射程が長いのです。
自分としては中世〜近世の戦艦を意識してます。乱射というのは、船の横っ腹に何本も連なって突き出てるのがちょっとずつズレたタイミングでドカドカ打たれてるようなイメージ。
文章に組み込むにはもう少し詳しい知識が必要みたいですね。

咳き込んだり鼻水詰まったり(ピー)したりしてなんだか大変なんですが、今夜中にNo.6投下できてしまうかも……?
98名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/07(火) 03:14:06 ID:t.fuUpI.
カルバリン砲の方が一般的な言い方じゃないかな?
99白い人sage :2006/02/07(火) 22:38:24 ID:FFpKtp5I
>>98の人
そのようですね。言われてから>>96の人の解説文で「カルバリン砲」になってるのに気づきました。
ググってもそちらのほうがたくさん出てきますし(相変わらず詳しい解説サイトはありませんでしたが)

昨日は寝落ちしてまともに推敲できなかったNo.6の推敲を終わらせてきました。
誰もいないよね? よし、投下!
100プロンテラ攻防戦 No.6 ―絶望への序曲sage :2006/02/07(火) 22:39:12 ID:FFpKtp5I
「……殺せ」

 静寂の中に、冷徹な声が響き渡る。
 普段は商人や冒険者達の喧騒に包まれている王都の南門も、今は死という名の静寂に支配されている。
 突如として開始された殺戮に対し、臆病にも逃げ出した者には生の代償に深い悲しみが、勇敢にも立ち向かった者には苦痛の果ての永遠の死が、それぞれ等しく与えられた。
 南門の中だけではない。外の草原さえ、赤黒い死臭が漂うおぞましい場所になり果てていた。

 その場に対峙するのは、漆黒の魔術師と純白の青年。背筋の凍るような声を発したのは前者。
 目の前にいる純白の青年から目を離さずに、ただ静かに放ったその言葉は、彼と共に戦ってきた三人を揺さぶるには十分すぎた。
 即座には彼の声であると認識できないほど、冷たく無機質な音だった。

 彼らは幾度となく、生きるために魔族を屠ってきた。
 そうして民を守ることが彼らの使命であったし、そうすることに生きがいさえ感じていた。
 が、今はどうだろう。
 民を守ること、生きたモノを殺めることはそれと何ら変わらないはずなのに、対象が人間になった途端に躊躇いが生じている。
 彼らはまだ若いが、それなりの覚悟はしてきたはずだった。(と、少なくとも彼ら自身は思っている)
 この瞬間に、その甘さが露呈した。

「気絶させるだけじゃあ……」
「無駄だと言っている。あれは自分の意思によってではなく、電気刺激によって直接筋肉が動かされているだけだ」
「でも! でも、他に何か方法が!」

 背を向けたまま、ただ冷淡に希望を否定し続ける魔術師に対して、青髪の聖騎士、セレンは何か底知れぬ憤りのようなものを感じていた。
 彼に対してではなく、一方的に突きつけられる現実に対して、というのが最も語弊のない言い方だが、彼女自身は今、冷静さを欠いていてそれらを混同してしまっている。
 彼が歯に布着せぬ物言いで周囲を圧倒するのは常の事だったが、彼の言う全てが正しいのも常だった。
 だからこそ、そんな彼に対して呆れたりもしたし、時には尊敬もした。
 なんだかんだ言って、彼の発言の結果は常に最善のそれになるのだと言うジンクスを、彼女は自分の中で作り上げてしまったのである。(それは彼女に限った話ではないのだが)
 そんな彼が今自分達に下した宣告は、一人の人間の命を(それが操られているとはいえ)奪わなくてはいけないということ。


 十五歳で剣術を習い始め、その一年後にはクルセイダーとして王国の聖騎士隊に入隊。更にその翌年には、実力を認められて副隊長にまで昇格。
 人員削減によって、部隊に所属する人数そのものが少なくなったからでもあるが、それで尚、隊に留まることができたのは紛れも無く彼女の優れた能力によるものだった。

 しかし、その彼女がうろたえている。
 元々クルセイダーが、不死者や悪霊を倒すためにある職なのだということもある。
 その、昔から憧れていた"正義の味方"が、非情にならなければならない境地。
 彼女はこういった状況をまだ、経験していなかった。自分達さえいれば、そこにいる人は全て救うことができるという自信――という名の一種のおごり――もあった。
 何か方法があるはずだと、そう思い込むことで、今目の前にある現実を否定しようとする。
 もちろん、彼女自身、それが"思い込み"であることに気づいていない。認めたくないだけなのに、認めるべきではないと思い込んでしまっている。

「うるさいバカ女。……殺せって、言ってるんだよ」
「……っ!」

 魔術師がただ彼女に向けた目は、彼女を黙らせるのに十分な効果を発揮した。
 深い怒りと、それよりもずっと激しい悲愴が混沌と渦巻く漆黒の瞳の奥底にある、途方もない何か。
 それは、暗闇の中に差し込む一筋の光のように見えたし、眩い光の中に落とされた小さな影のようにも見えた。

 セレンは、冷徹なのは彼そのものではないのだと言うことを直感的に悟った。


―――――◆―――――
101プロンテラ攻防戦 No.6sage :2006/02/07(火) 22:40:04 ID:FFpKtp5I
 白き青年の脇を通り抜け、同じく全身を真っ白い装備で覆い尽くした騎士が巨大な剣を振り上げる。
 一見隙だらけの構えだが、大剣の威力を考えると迂闊に飛び込むことはできない。
 確実に隙を突けるタイミング、場所を狙わなくてはいけない。剣の柄を握りなおし、赤髪の騎士は大きく踏み込んだ。

 真夏の晴天の下、お世辞にも耳に心地よいとは言えない金属音の連打を奏でる剣と剣。
 火の神、アレスと見まごうほどの熱い闘志を秘めた深紅の瞳と、同じく燃え盛るような髪が自身の勇猛さを誇示するかのように揺れ、幼少の頃から鍛え抜かれてきた腕で剣を繰り出す。
 対する白い甲冑の"人形"は、動作に全く表情が見受けられなかった。ただ淡々と大剣を振るい、襲い来る斬撃をいとも容易く受け止める。
 殺傷能力で言えば、赤髪の騎士が持つ美しい長剣クレイモアのほうが上だったが、剣同士の打ち合いとなると話は別だった。
 その場合の使いやすさは、より刀身の大きいブロードソードに軍配が上がる。

「ぐっ!」

 巨大な刀身の刃が赤髪の騎士の腕を掠めた。
 掠めただけとはいえ、柄を除いても一メートル半はあろうかと言うとんでもない代物である。
 見た目の重量感、威圧感も相まって、戦意が萎縮しかけるのを感じつつも、剣を握る。
 金髪の司祭が唱えた治癒術によって傷は癒えるが、失った血液が戻ってくるわけではない。
 そんなことを繰り返していたのでは、確実に体力が削られるだけだった。

 なんとか正面からの打ち合いを避けつつ攻撃しなければならない。

(どうすれば良い? あいては既に自我を失っている)

 次々に襲い来る白刃が、思考を遮る。
 受け流すか避けるか、どちらにしても体力は削られていく。
 しかしだからこそ、その状況下においても、彼は考えた。
 騎士たる者は常に冷静沈着であらなねばならない。

(動きを封じれば良い。そのためには狙うべき箇所は……!!)

 後ろにいる司祭と互いに目配せで合図し、赤髪の騎士は走り出した。
 左脇から振り抜いた長剣が敵の振り下ろす刃をしっかりと受け止め、再び甲高い金属音を奏でる。

――主よ、私は貴方に呼びかける。その栄光の輝きを以って、憐れみの賛歌を奏でたまえ……

 神聖な防御魔法が発動したことを感じ、受け止めていた大剣を横へ流した。
 姿勢を低くして敵の脇に回りこみ、そこで美しいクレイモアの刀身が捕らえたのは、長い白のブーツに包まれた敵のふくらはぎ。
 斜め上から入った剣は、ズブリと嫌な音を立てて肉を裂き、ついには骨まで達した。
 敵が最後に放った一撃は、防御魔法キリエ・エレイソンの不可視の障壁によって弾かれ、敵はそのまま前方に倒れ伏した。

 骨まで食い込んだ剣を引き抜いて、赤髪の騎士は操り人形の傍を離れた。
 時間が経って黒く変色してきていた血塗れのタイルを、更なる赤が塗り替えた。
 司祭が治癒術で人形の傷を表面だけ塞いだが、動く気配はない。

「足の筋肉をどうにかすれば、いくら電気刺激があったって動けないだろ?」

 代償として、今彼が動きを封じた人間はその後、片足が使い物にならなくなるが、これ以外に良い方法がない。
 即座に考え、冷静に最善の策を講じた騎士は、今度は白い青年の方へ向き直る。
 だが、次の瞬間には彼の顔は怪訝の色に染まっていた。

「ク、クククッ……」

 不気味なまでの殺意を帯びた青年は、手を口元にあて、痙攣したかのように肩を震わせて、嗤っていた。
 狂気とも取れるその、冷笑にも似た嘲笑と同時に背後から聞こえてきたのは、小さな物音。鎧がこすれる独特の音。

「!!」
「えっ……?」

 驚愕、焦燥、絶望。
 何事もなかったかのように立ち上がる白い騎士の姿をした操り人形は、それら全てを三人に与えた。
 晴天に掲げた、自らの甲冑と同じ白の大剣を、今しがた自分の足の筋肉を切断した者めがけて振り下ろす。
 タイルが砕け、刃の先端から三十cmほどがめり込んだ。
 後ろに飛び退いてかわした赤髪の騎士は、殺人バサミを持った筋肉の塊が行進してくるときよりも強い戦慄を覚えた。
 漠然と迫る危機ではなく、目の前に確かなものとして存在する死を目の当たりにしたためである。
 人形は突き刺さった重い剣をもう一度振り上げた。

「はああ!!」

 セレンのペコペコが助走をつけ、彼女は大きな盾を用いてその人形を殴り飛ばす。
 後方に飛ばされ、南門の柱に全身を強かに打ちつけた人形は、それでも平然と立ち上がった。

「良いことを一つ、教えてあげましょう。
 そのBOTと言う人形は、電気刺激によって人体のあらゆる活動を活性化した改造人間でしてね。
 肉体に多少の損傷があったとしても、再生能力はヒトデ並にあるのです。
 いくら動きを封じようと、彼は動きますよ。 死なない限りはね」

 穏やかな、凍て付いた宣告。その主と対峙する魔術師の冷徹な言葉は、やはり正しかった。
 残酷な現実を突きつけられ、若い女聖騎士は悟った。
 殺戮することくらいで躊躇うべきではないのだと。

 かつて、一度も勝てなかった尊敬すべき相手がこう言っていた。
『戦士は時に無情であらねばならない。遅かれ早かれ、守るべき物を秤に架けなければならないときが、いずれ来る』

 守るべき一人の命と、守るべき大勢の民。

 秤に架けるには、あまりに重量の差が大きすぎる。
 しかし、本来そこに差などあってはならないはずだった。
 全ての民は等しくかけがえのない命を持っている。
 秤に架けるには、どちらも重たすぎた。

 それでも戦士は決断しなければならない。
 自らの秤でそれを量り、行動しなければならない。
 必要ならば、罪を被ることもある。
 必要ならば、命を奪うこともある。
 必要ならば、残忍になることもある。

 相手の過去、現在、家族とのつながり、友人との語らい、未来への希望
 それら全ての可能性を、無情にも斬り捨てなければならないときも、ある。

 サーベルの柄と盾を握り締め、溢れる熱い感情を殺すために歯を食いしばる。
 赤髪の騎士と打ち合う白いニンゲンに向かって、ただまっすぐペコペコを走らせる。

 狙うのはただの一箇所。全ての身体機能を司る心臓。
102プロンテラ攻防戦 No.6sage :2006/02/07(火) 22:41:50 ID:FFpKtp5I
―――――◆―――――


 こぼれ落ちたのは、白い操り人形が、確かに"ニンゲン"として生きていたことの証
 罪無き血で穢れた王都に、また一つ、死体が転がった。

 彼女は、涙を流すことはしなかった。
 溢れそうになる弱さの証は抑え込んで、一言だけ小さく発する。

「ごめんなさい」

 それ以上何かを考えると、泣き出してしまいそうだった。
 自分の弱さへの嫌悪、殺戮への恐怖、死に逝く者への憐れみ。
 それら全てがグルグルと回る思考の中で、涙だけは流すまいという意地だけが中央に強く残っていた。


―――――◆―――――


「やはり人間は滑稽で愚かだ。美しくない。彼らを生んだあなたのようにね」

 これでもかと言うほどに見せ付ける自己陶酔の合間からも、やはり底知れぬ殺意が未だに見える。
 純白のローブに身を包み、同じく柄の先までも真っ白な両刃の剣を片手で持つ彼は、自分とは正反対の姿をした相手に対し、むき出しの憎悪をぶつけている。

「整然として何もないより、滑稽なほうが面白みがあって良いだろう」

 口先はふざけていても、黒い魔術師もその視線によって白い青年に対しての怒りを露にしている。

 彼は攻撃魔術を発動するべく、魔力を練り上げる。敵方も剣を握る手に力を込めた。
 異質な力の波動が――それが目に見える形で発現していないにも関わらず――反発しあい、強い風を巻き起こす。相克する白と黒の髪が煽られ、それが宣戦布告の合図となる。
 先に動いたのは白い方。剣を握った右手を胸元に引き寄せ、刺突の構えを取る。それと同時に、彼は魔術師の目の前にいた。
 白銀の冴える刃が襲い掛かる前に、その場に激しい火柱が立った。
 それはまさしく刹那の一撃。耳を裂くほどの炸裂音と龍の如く飛翔する炎は、長くは続かぬうちに収まった。
 地面に描かれたのは紅蓮の魔法陣。炎の見た目だけならば、それは高位の火炎魔術ファイヤーピラーに近かった。
 しかし、ファイヤーピラーは地面に設置する罠のようなもので、このように瞬時に発動できるものではない。

「いきなり初源魔術ですか。お体への負担が大きいのではありませんか?」

 その一撃を後方へ跳んで回避した青年は、再び剣を振るった。

「貴様の方こそ、あの傷は塞ぎ切れていないようだが?」

 横薙ぎの一撃は、今度は地面から突き出た氷の柱に阻まれる。
 決して相容れない、相反する存在であったが、その二人は互いに共通点を数多く持っていた。
 性質こそ正反対であっても、その奥底には途方も無い、底知れぬ感情があること。そして、二人がまだ本気で闘っていないこと。
 奥の手を互いに隠し、牽制球を投げあう状態だった。

 そして、二人が人間でないことも、その闘いを見せ付けられて唖然とするセレンは感じ取っている。
 退魔師として数え切れないほどの魂を鎮めてきた金髪の司祭も、アレスの勇敢さを以って数多の敵を屠り去ってきた騎士でさえも。
 その激しい殺意の衝突の中に入っていくことはできなかった。

 魔術によってその空間に生成される、本来ならば存在し得ぬ事象が襲い来る刃を弾き返し、古の魔術が青年に牙を剥く。
 鳥よりも軽いステップでその破壊魔術を避け、細く尖った剣が魔術師の命を刈り取ろうとする。

 一進一退。攻守の目まぐるしい交代とその迫力が、第三者の介入を許さない。

「相変わらずしつこいじゃないかヘボ魔剣士」
「ええ、あなたこそよくも生き長らえていたものですね」

 限りなく似ていて、そして果てしなく遠い存在同士が、やはり互いの存在を賭けて力をぶつけ合っている。
 一点の曇り無き白と、何者にも染まることのない黒。
 相容れぬ力の衝突は、まだ終わらない。
 白く鋭い剣は、どれほど魔術の障壁に弾かれても毀れたりはしなかったし、黒き古の魔術はその勢いを弱めたりはしなかった。

 永遠に続くとさえ思われるほどの戦いにも、変化は生じている。
 鋭い剣の一撃を首をひねってかわした魔術師の頬から、赤い液体が伝う。
 刃が直接肌に触れなくても、近くを横切りさえすればそれは十分に凶器となり得る、風の魔法剣。
 すぐさましゃがみこんだ魔術師が地面に手をかざし、大地の霊を呼び起こす。
 王都のタイルを突き破って飛び出した、生きた大地の塊が白き者の鳩尾にもぐりこみ後方へ吹き飛ばす。
 二回、三回と追撃を繰り出そうと、大地が襲い掛かろうとするが、それは天空の力を得た剣の一振りで薙ぎ払われた。

「どうしました? あの頃よりも威力が落ちていますよ?」
「それは貴様の剣とて同じ事。互いに衰えただけのことだ」

 頬の傷口を親指で押さえ、乱暴にぬぐって魔術師は再び攻撃を再開する。
 白き青年は攻撃の合間を縫って再び黒き者に接近していった。

 生きた大地に飛び乗っては振り落とされ、行く手を阻まれては薙ぎ払い、標的めがけて突き進む。
 その場から動かずして古の魔術を繰る。生きた大地、生きた炎、生きた氷。

 炎の渦に飲まれ、氷の刃に貫かれそうになっても立ち止まらない白き者と、その行く手を阻むべく異界の事象を繰る黒き者。
 そして、相克する力のせめぎ合いは唐突に終わりを迎える。


―――――◆―――――


「え……?」

 避け損なった刃が左腹部に突き刺さる。

 突然の出来事に、目を奪われた。
 死の静寂の中、驚愕と同時に足音を響かせるのは絶望への序曲。
 信じることができない。認めることができない。
 ただ、それを直視することしかできない。それさえもしたくない光景。

 彼女が見たのは、刃から滴る赤。
 敗北は愚か、傷つくことさえも無いだろうと信じて疑わなかった頼もしい魔術師を、その剣は確かに捕らえていた。

 続く
103白い人sage :2006/02/07(火) 23:04:12 ID:FFpKtp5I
No.5の楽しい勢いが嘘のよう_| ̄|○
ただ一直線に突っ走れたNo.5と違って、ネチネチした心情描写の多いNo.6ですが、泣きたい。
人数が多いと本当に難しいのです。(味方4人+敵2人(うち、1名脱落))
1対1が一番書きやすいですね。三人以上いると頭の中で整理がつかなくなる。

No.7とその後を1回書いて、王都攻防戦は終わる予定です。

ためしに場面転換マークを使ってみました。
場面がガラリと変わってるわけじゃないのですが、時間の経過とか焦点を当ててる人物が変わったよという印です。
かえってわかりづらくなってなきゃいいけど……。
104花月の人sage :2006/02/08(水) 18:50:48 ID:pmY3W5iI
 花と月と貴女と僕 20

 ──今は眠るその少女は、一人夢を見ていました。
 眠りは浅く、彼女に溜まったモノを吐き出し切るには全然足りませんが、それがあるから構いません。
 とてもとても幸せで思わずそれが夢なんだ、と解ってしまう程で。
 だから、嬉しかったけれど悲しくもありました。

 それは、彼女からすればほんの少しだけ前の事。
 少女は一人の少年に出会いました。
 その時の出会いはとても滑稽な代物で。
 我が事ながら、思い出すたびくすくす笑ってしまいそう。

 出合った少年は愉快で、けれど優しい人でした。
 まるで子供の様に何でもない事でも、少女が見た事も無い様なココロを抱きます。
 笑ったり、怒ったり、悲しんだり、驚いたり。
 見ていてちっても飽きません。その癖、彼女さえも引っ張りまわすのです。
 今にして思えば、彼に少女が惹かれたのはきっと当然だったのでしょう。
 そんな何でも無いコトこそが──

 ──昔々のお話です。
 古い古い月の神様。彼女は何時だって一人でした。
 いえ、正確に言うと彼女に仕えてくれている沢山の狐とその子供達がいるのですが。
 誰一人だって、遠慮して彼女と一緒に歩きたがる人なんていませんでした。

 だから何時だって少女の心は真っ白で。
 それが綺麗で、だったから沢山の人達が自分達の願いを彼女に託しました。
 彼女は一人でも良かったのです。寂しくなんてありません。
 沢山の夢と、沢山の願い。
 蒼白く仄明るい大地に広がるそれは、夜空の隅っこで足を揺らしていても、自分なんかよりずっと綺麗に見えましたから。
 まるで満天に広がるお星様。皆、彼女と同じくらい尊くて、だからそれで良かったのです。

 ああ、でも。
 終わらない昼が無いように、明けない夜だってありません。
 次第に彼女に願いを託す人達は少なくなっていって。
 その代りに、彼女に怒る人ばかりが増えていきました。
 ──なんだってお前はいるのか。お前なんていなくなってしまえ。
 彼女とは別の神様に願いを託しているからか、彼等は口々にそう言って彼女を苛めます。
 真っ赤に燃える、遠い記憶がありました。

 ごめんなさい。ごめんなさい。
 最初に彼女は謝りました。けれど、誰も許してくれません。

 どうすればいいの?頑張ればいいの?
 次に彼女は問いかけました。けれど誰も答えてなんてくれません。
 苛める人達はそんな彼女を面白がって飽きる事なんて無いみたいに見えて。
 どんどん欠けていってしまいます。

 だから、そのうちに我慢が出来なくなって彼女は思いました。
 あなた達なんて、居なくなってしまえばいいんだ、と。
 そうすれば、辛くなんてなくなるのですから。

 ──ああ。けれど、少女は知らなかったのです。
 いいえ、長い長い時間が経ちました。だから忘れてしまっていたのです。
 彼女は古い古い月の神様。お月様は欠ける事もあれば満ちる時もある。
 明けない夜が無いように、終わらない昼だって無い事を。
 そして、再び月は満ち始めます。

 その少年は──彼女が誰かを知って。
 それでもじっと見つめて手を差し伸べて。
 真っ白だった心は染まってしまっていて。それでもそれを綺麗だ、なんて感じてしまって。

 彼はは無邪気で。少しだけおっちょこちょいで。
 胸を裂く様な残酷さには震えて。それでも──

 それは、そして彼はありふれたものだったのでしょう。
 少女が知らなかっただけで、世界の何処にだって転がっている綺麗なモノ。
 だけど──いいえ、だからこそ。その有り触れた奇跡に出会って。一人ぼっちだった少女は、恋する女の子になってしまったのです。
 古い古い月の神様が愛するのは、何時だって何でもない誰かなのです。

 でも彼女は恥ずかしがり屋で、これまで一度だってそんな事は知りませんでしたから。
 ずっと昔にそうした様に、ニコニコ笑って見ているだけでした。

 恋する少女の夢は続きます。
 これもほんの少しだけ前の事。
 敵陣を前に争いを控えた日の僅か数日前。
 皆をここに導いた男の人が言いました。
 今日は皆で歌い騒ごう。何、前祝いだから心配なんていらねぇさ。

 ──そうして、お祭りみたいなその夜は始まります。

 上座下座の区別無く。見れば居並ぶ馳走にお酒。
 煌々と照らし上げるのは、大きく燃え上がる焚き火です。
 何時しか歌さえ響き始めて、愉快な気分で舞い踊り。
 但し。お世辞にもお洒落、だとかそんな言葉は似合いません。

 黒い服の男の人は音痴だったり、女の人に酌をする少年が戦々恐々としていたり。
 かと思うと、まるで乱痴気騒ぎそのものの様に皆騒いでいたり。
 どどん。どんどん。どどどどん。太鼓の音は賑やかに鳴り響き。
 それは、何処にだってあるモノなのですから。

 だけど、ちょっとした事にだって、恋する少女はまるで宝石を見つけたみたいに胸が高鳴ってしまうのです。
 勿論、彼女はシャイでしたから。自分から、そんな中に飛び込んでいくのは気が引けました。
 だって、仕方無いじゃないですか。真っ白だった心は染まってしまっていたのですから。
 装った無邪気さで、こんな嬉しい場所を汚しちゃいけないのです。
 楽しい時には本当に、心の底から楽しまなくちゃ嘘なのです。

 どうしようか。少女は迷います。
 するとどうした事でしょう。どうにか無事に女性から開放された少年が何時の間にか彼女の前に居て。
 何時かの様に。すっ、と手を差し伸べていたのです。
 気恥ずかしそうに。けれど祈る様に。
 彼女がその手を握り返すのを待っていました。

 ──とても、綺麗だったから。
 今だけは。苦しかった事なんて忘れてしまおう。
 その手を繋いで。壁を飛び越えるみたいに軽やかに。
 少女は走り出しました。

 ──やがて。
 例えようも無い位に、綺麗なハミングが風に乗って響きます。
 音痴は潜まり、撥のリズムも緩やかに。リュートの音さえ重なって。
 地上に輝き煌々と闇を照らす、橙色の炎。
 僅かな火の粉が舞い上がり、消え去ってしまう事を惜しんで輝いて。

 ──それは本当に幸せな記憶で。
 だから、これが夢だとわかっていました。
 彼女は綺麗なモノを眺めるのが好きでした。だから、その少年と恋に落ちたのです。
 楽しかった夢を見ながら、少女は今は眠ります。

 ──ゆっくりと、ゆっくりと降りてくる足音が聞こえて。
 自分じゃない自分がやって来るのを彼女は拒めません。
 そして夢は何時か覚めるもの。
 満ちるお月様は、何時か必ず欠けてしまいます。

 だから。
 夢の終わりはもう近く。目覚めの時は静かに迫り。
 とても、とてもその事が悲しくて、泣き出してしまいそうでした。

 ──それはとても滑稽な事。
 当然です。神様は願いを届けられる者。そんな彼女が願いを託せる筈はありません。
 けれど。そんな彼女にだって奇跡は起こりました。
 彼女は神様ですから。それを誰かに祈る事は出来ません。

 だから、只、眠る彼女は密やかに願いました。
 どうか、このささやかな思いが叶いますように、と。
105名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/08(水) 18:51:49 ID:pmY3W5iI
走る。走る。走る。
 坂道を越えて、幾つもの塹壕を越えて。
 息が切れていた。苦しみ、ぜぇぜぇとまるで犬みたいな荒い息を吐いていた。
 真上から照りつける太陽が馬鹿みたいに眩しく、熱い。
 汗が噴出して、着込んだ帷子の中をまるで蒸し風呂みたいにしていく。
 酷くみっともないのは解ってる。颯爽としたのは似合わない。
 だから足を止めない。走る。走る。

 先ずはスタートラインに立つ必用があったから。
 そうだ。少年の戦いは、真の意味でそこから始まる。
 自嘲の言葉はもう要らない。彼は、先を目指して走り続ける。

 丘の上──本陣、と黒服の男が呼んでいた場所に辿り着く。
 喘ぎ喘ぎの呼吸を強引に殺して、ともすれば下がりそうになる上半身を無理矢理に押し上げた。
 ──そして、そこで彼は見た。

「げほっ──ごめんよ、少し遅れた」
 敷かれているのは整然とした布陣。
 生き残りの仲間はおよそ五十と少し。前後二列に布陣を引き、弓を執り、槍を傍らにした姿。
 馬防柵を盾に、じっと敵に備える彼らの貌は──

「遅かったわね…何してたのよ」
「それはごめん。でも、大丈夫だよ」
「何いってるのよ。大丈夫じゃないと困るの!…全く。皆に心配かけて」

 ──ただ、顔を上げた少年を見ていた。

「あーあ、腰が抜けてやがったな、コリャ」
 クオは彼を見て唇を吊り上げ。

「ほら、悪いと思うなら謝りなさい。早い方がいいわよ?」
 ミホは無用な心配を掛けた彼を責める様に。

「おらっ、坊主。ミホさんの何時ものは放っといていいから、とっとと並べよ。男なんだろ?」
 沢山の戦友達は、少年の顔に何かを認める様に笑っていた。
 最も、その言葉にミホは唸る様な顔を浮かべていたけれど。

「当たり前じゃないか。クオ、それからそっちこそ、いざって時に僕みたいになるなよ!!」
 だから、少年もありったけの不敵さと、それから悪態を込めて笑い返してやる。
 もう心配する必要なんてない。僕なんかの為に心を病む必用は無い、とでも言いたいかの様に。

 あの戦場に居た誰も彼もが泥の付いた顔。
 大小様々な傷を負い、体も酷い疲れとストレスで重い。

 ──勿論、決して美しくなんて無い。
 だが、守りたいと誓ったのだ。誰にその尊い願いを踏みにじる事が出来ようか。

 当然だ。彼らは既にスタートラインに立っていたのだから。
 冒険者では無い。だが、人は望めば誰だって兵士になれる。
 槍を手に。弓を手に。全てが横たわり、その向こうにある戦場に立つ為に。
 漸く、胸を張って出迎えた少年を──

「ねぇ。ロボは?」
 しかし、投げかけられた女性の疑問が叩いた。
 ざわ、と声が立つのが解る。
 ああ。けれども、兵士達のそれも余りに当然。
 彼らは、また望めば人に戻れるのだから。
 無情な状況は、ここぞと言う時にこそ彼らに牙を剥く。

 ──少年は、唾を嚥下して喉を湿らせる。
 落ち着け。落ち着け。落ち着け。
 ここは失敗してはいけない所だ。出来る筈だ。今まで出来なかったけど、もう僕には出来る筈だ。
 だから、落ち着け。落ち着け。落ち着くんだ!
 自分に言い聞かせる。ちきり、と渡されたばかりのツルギが鳴った。

「ロボさんは──」
 言うべき言葉を努めて冷静に考える。
 馬鹿正直に伝えるべきか?いや、それだと皆動揺するかもしれない。
 けど、あの人が今更考えを変える、とも少年には思えなかった。
 それに『あれ』では──いや、それだけではあるまい。
 彼が自分の立場を知らなかった筈は無い。ならば、少年が言うべき所はおのずと明らかだった。

 どもりかけた口を再び開いて、ミホに向き直る。

「ロボは最前線で少しでも押さえる蓋になったよ。指揮は」
「…解ったわ」
 頷き、ミホは言った。
 それは、つまり押し寄せる敵を少年達に任せる、と言う事だ。
 理由は解る。まさか黒服の男でも、真正面からの突撃を陣地に篭る事だけで対処できる、とは思っていまい。
 真正面以外を山と深い森に囲まれたこの場所は天然の要害だ。
 けれど、逆に言えば彼らには逃げる場所が無いと言う事。
 そして、やって来るのは鉄槌にも似た、恐らく魔法使いを引き連れた騎兵の一軍。

 状況自体は至って単純。叩き潰されるか、それともこちらに許された棘で彼らを刺すか。それだけである。
 故にこそ、彼は肉弾を以って、アンクルスネアの役割を自らに課したのだろう。
 ──それは、少年達の持つ棘を信頼しての事。

 振り向き、その言葉にざわめく村人達に告げる。
 少年にとってはミホのそれが余りに潔く疑問に思えたが、口に出すのは憚られた。

「聞きなさい!!」
 貌は固く、言葉は鋭く。
 自らも長槍を手に、それを掲げる。

「ウォルが言った通り、ロボはここには居ない。
 けれど貴方達が教わったた事は変わらない。もし、あの男がここにいる皆を信じられないのなら、きっと戻って来ていたわ。
 だけど、彼は私達がきっとやれると信じた。なら、貴方達がすべき事は何?」
 すぅっ、と息を吸い込む。ざわめきは消え、兵士達の横顔が戻った。
 少しばかり、ミホの姿は震えている様にも見えたが、それはきっと少年の錯覚だろう。
 誰かが、大切な名前を呟くのが聞こえた。ウォルはそれに倣って、ツクヤ、と少女の名前を口中で転がす。
 不思議と、柄を握った掌がこの上も無く頼もしく感じられる。

「──私達の使命は唯一つ。勝つ事。勝って、生き残る事よ!!」

 叫ぶ様に、あるいは祈る様に女は言った。
 誰も彼もの槍が、弓が上がる。穂先はきらきらと日の光を受けて白く輝く。
 少年も、鞘に納まっていたツルギを引き抜いて空に掲げた。
 緩やかな曲線を描く刀身、その切っ先は中天を指し示し。

 ──僕には、剣がある。僕は、剣を執った、と彼はツルギを下げる。

 静かに、されど強く語りかけられた黒服の男の言葉が甦る。
 決意は胸に。確信は手に。
 忘れられない恐怖は遥か後ろに置き去りにして、丘の下を少年は遠く見る。

 銀色の光が見える。そして赤い布地の旗。異端審問官の旗印だ。
 倒すべき敵はそこに。ここに至り、少年は最早、剣であり盾であった。

 憎しみはある。けれど、頭は氷につけた様に冷静。
 歓喜は無い。さぁ、因縁に決着をつける時が来た。

 既に語らう言葉など要らず。ただ決戦の時を待っていた。
106名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/08(水) 18:53:18 ID:pmY3W5iI
 ばさばさ、とボロ布同然になったスイートジェントルを叩くと、ロボは自分の頭の上に躊躇い無くそれを乗せた。
 足取りは傷の痛みと迫るだろう敵を意識せず、あくまで軽い。
 道の傍らに、まるで祠の様に置かれた黒こげの首だけが彼を見ていた。
 黒服の男を、自ら父と呼んだ老人を信じているのか。それは死して尚無様を曝す事も無い。
 ならば、それには応えねばならぬ。

「──大見得、切っちまったしなぁ」
 呟き、苦笑した。自ら断ち切った退路を慈しむかの様に、この死地でさえも男は笑っていた。
 ひぃ、ふぅ、みぃ、よつ──抱えた剣を鞘から抜き放ち、数え数え地面に突き立てる。
 それはまるで彼自身を閉じ込める刃で出来た檻のようで。
 けれど自身の剣は既に少年に貸し与え、そこには既に無い。

 ──苦しみ、喘ぎながら。血を吐くような決意を内に。

 ──あの時の少年の貌は、彼にも覚えがあったのだ。
 遥かな記憶。残念ながら、それも既に幻にも似た曖昧さだったが、余りにも鮮烈だった。

 遠い遠い昔話。
 騎士になりたかった悪党の残滓。
 何時かの言葉が過ぎていく。

 例えば、空っぽの心に魂を吹き込んだ言葉、背中を押す言葉、それに共に帰る筈だった誰か。

 それは、最早断片しか残っていなかった。
 剣を執り、誓いを胸に。紛い物なれど真実、男は騎士となった。
 転生に至った彼は、最早自ら消え去る事さえ出来ない運命だ。
 やがて、自ら囚われた宿命に男は、存続を要求する世界の奴隷と成り果てるだろう。

 人の身を捨て、ようやく神の使徒さえ討ち果たした者への報酬は、つまり人でも神でも魔でも無い地平への投獄だった。
 秩序を乱すモノを、壊れた誰かを排除し続ける英雄と言う銘(な)の剣。
 ある意味で言えば、それは救いようの無いほど身勝手な裏切りだ。
 ふと振り返れば、そこに続くのは無限の死体で舗装された道。
 裏切りの報酬の裏切り、切り捨て、或いは敵対した誰かの恨みばかり。
 彼にも共に歩きたいと思った筈の誰かが確かにいたと言うのに。

 これを背信と言わずして何と言う。
 騎士と悪党の二律背反。紛い物の宿業。そして、人でなしへの放逐。
 誰かを守りたいのに一番大切な何かを守れなかった。
 けれど、全てはもう遥かな過去。
 既に男は亡者にも等しい。無限に償い続ける地獄に囚われ、無念に思う記憶も既に無く、救われる事など無い。

 だが──それでも。
 自らに成しえる事があるならば。
 守りたいのだと。嘆き、苦しみながらも立ち上がる者がいるならば。

「迷う事なんざねぇ、な」
 覚悟は既に。願いは遥かに。
 傍に突き立った環頭太刀を引き抜く。
 どれもこれもが店売りの数打ち物。駄剣の群れは眼前に迫る煌びやかな軍勢とは比べるべくも無い。
 だが、十分に過ぎる。今は自分の役目を果たすと決める。
 死地こそが彼の宿。ならば恐れる理由など何も無い。

 くぇぇ、騎鳥の嘶きが男の耳に響く。

 視線の先には、傭兵を引き連れた正真正銘の騎士達が居た。
 彼のそれとは違う、紫マントの群れ。
 剣を腰に、槍を手に。騎馬に跨り、眼前の敵を睥睨している。
 無論、迷いなどあるまい。
 誓いを胸に、怒りを胸に。武器を携え、いざや敵に見えしこの騎士達こそ恐るべし。

 彼は、その時すぐにでも自分を殺そうと襲い掛かってくるものとばかり思っていた。
 何故なら、そうせぬ理由など無い。自身は彼らにとって憎むべき怨敵である。
 けれども何故か、騎兵の群れは彼と睨み会ったまま動かない。

「す、枢機卿。お下がりを。危険です」
「いや──心配には及ばない。私は死なないよ」

 僅かにどよめきが起こり、先頭に立っていた騎兵達が驚いた様な声を口々に上げる。
 ──やがて一人の、一際強壮な風体の騎兵が前に歩み出た。
 手にしているのはホーリーアヴェンジャー、それから神の使者。
 共に騎兵と共に数多の地獄を駆け抜けたに違いあるまい。

 それを前に、今しも牙を剥いてくれようと待っていた黒服の男の足が止まった。
 一体、それは何たる者か。この男をさえ威圧するそれは何だ。
 鈍い銀色に輝く鎧は厳しく、危機感に男の傷が一際痛む。
 ぞくりぞくりと、背骨に氷水を流し込まれた様な錯覚に、唇が吊りあがる。
 理屈ではなかった。今、駆け寄れば自らの命は無い。
 直感で、ロボはそれが余りにも不味いモノだと判断する。

「──何者だ、手前ぇ」
 ひり付く掌で剣を握る男を前に、その騎士は刃金の様な声で──

「──異端審問官、イノケンティウス・パウロ・メックト。お初にお目にかかる、戦士よ」
 眼前の敵に、そう名乗りを上げた。

 瞬間、男は理解した。
 こいつもか。ああ、こいつも俺の同類か。
 正しく化物。人でなしの一柱。戦争を引き連れてやってきた地獄からの使者。
 剣群の壁越しにロボは異端審問官に言う。

「そうかよ。で、こりゃ一体どういう訳だ?」
 疑問は当然である。
 我等は既に袂を別った。ならば、剣を振るわぬ理由など無し。

「ああ、そのことか。何、少しばかり知りたいのだよ。それに顔を見たくもあった」
「知りたい……?」
 唐突な物言いに、顔を顰め男は応える。
 相変わらす、大気は干乾び、直ぐにでも火を上げそうな空気に満ちている。
 ロボをして威圧される程濃密な戦場の臭い。
 一体、どれ程の地獄を潜り抜ければその空気が纏えると言うのか。
 まるで、人の形をしているだけの剣のよう。

「何故、そこまでしてあの者達を助ける?」
 それ故にか、ただの一言で男の確信を跳ね飛ばしていた。

「名誉も、富も。『ここ』はそれとは無縁な戦場だ。お前の成した事に一辺たりとも価値は無かろうに」
 ──然り。と、応えるかのように黒服の男は火も付けず、煙草を不敵にも口に咥えた。
 偏に、彼がこの場に立つ真意はそこにあった。
 勿論、教会の走狗如きにやらせるかよ、と言う反骨心が無かったと言えば嘘だし、
真に仕掛けるからにはどんな不利なれど徹底して、が男の信条である。
107名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/08(水) 18:53:55 ID:pmY3W5iI
 だが。認めよう。その通りだ。ロボと名乗る男は知っている。ここには、そんなモノは無い。
 イノケンティウス、と名乗った男にしても重々承知。
 昨今において魔物を狩り殺す者と言えば冒険者。
 ならば騎馬の男の、そして黒服の男の様な行動に価値などあろうか。
 流された全ての血が何の意味も成さぬと言うのか。

 ぷっ、と黒服の男は結局吸わずに煙草を吐き捨てる。

「ああ。そうだろうな。そうなんだろうさ、でもよ」
 日に煌く剣壁を越える。背後に続くは荒れ果てた地に突き立った刃の群れ。
 ──奇しくもそれは、眼前に広がる焼け落ち、死んだ廃墟にも似て。

 目を凝らせば見えるだろう。騎士達の後ろには、死骸で舗装された道が。
 黒服の男が歩んで来たそれと、何処までも似ている別の道が。
 それが続いていく先は、民の安寧。魔物の恐怖に怯える事無き明日。

 確かに──価値は無いだろう。
 もとより彼らは無限の他者の無残な犠牲によって成り立つモノだ。
 人を捨て、他者の破滅を是とした時点でその生は堕落したのだ。
 その様な存在など、その味方でない者達にとっては正真正銘の化け物以外の何者でも無い。
 故に、無価値。この上の無い無価値。

 思っても見よ。騎兵とて、己を疑っていたのだ。
 黒服の男に至っては、疑うべき己すらも捨てて去っているのだ。
 ならば、価値などそこには見出せる筈も無し。

 ──されども。
 黒服の男は必ず否と言う。
 流された血に、流した血に意味はあるのだと。
 己に価値は無かったとしても。決して、無駄では無かったのだと。
 そして恐らくイノケンティウスも又、応えて言うだろう。
 ならば我等に価値など要らず。我等は──

「価値は無くとも意味はある。俺は──いや、俺達は」
「我等は農奴なり。時に適い種籾と水を、来たる獣を追いて払い、蔓延る草を抜き整えよう。
 その生に価値は無く、されど意味はあり。我等の喜びは、豊かに実りし麦と共に」

 ──故、也。
 凪いだ大気に、朗々と騎兵の言葉が響き渡る。
 気高き符丁は紡がれた。零れたモノは取り戻された。
 それは騎兵にとってどれ程の救いとなったのか。
 僅かなりと覚えていた違和感も消えて去った。
 知らず、笑みが黒服の男の顔に再び浮かぶ。
 互いに、声を上げて笑い出したい気分でさえあった。

 矢張り、彼の理解は正しかった。騎兵もまた余人には決して理解出来ぬそれだ。
 不釣合いにも自らの内に喜びが満ちるのを男は感じる。
 目の前の騎兵が剣を振るうに足る敵だと理解する。
 自らの役目を知ってはいる。だが、それでも騎兵の在り方を心地よいと思わずにはいられない。

 知るがいい『彼ら』と関わる者達よ。
 彼らに関われば血は流される。だが、それは無意味などでは断じてない。
 枯れ果てた麦藁さえいずれ新たな麦を育てる苗床となろう。
 遥かな時の果て。何時か金に輝く穂先を揺らす為に。
 彼らは等しく世界の農奴。
 農奴に価値など無くとも、それが育てる麦は美しい。

「ならば、是非も無し。私は神の剣として魔を討ち取ろう」
 騎兵が巌の如き口を開く。怪訝な顔で彼らを見ていた騎士達へ振り向く事さえ僅かに。
 不思議と、刃金の如き威圧は失せていた。否、研ぎ澄まされた、と言うべきか。
 誰ぞの誓いに鍛えられ、今ここに刃毀れは消えて失せた。

 ──かくて剣は甦る。対するは黒衣の騎士。
 彼こそはいと強き勝者をも打ち滅ぼした大敵なり。
 なれど恐れよ、畏れよ彼の敵よ。
 我等は、我等こそは汝等を滅ぼす神の剣なるぞ。

 最初から互いの道は違え、譲れぬものとて胸にある。ならば黒衣の騎士に騎兵の言葉を否定できようか。
 此処より先、我等に言葉など要らず。ただ互いの力のみを以って、己が道を証明せよ。

 ──ずきり、と麻酔が切れかけているのか、鈍い痛みを黒服の男は覚える。
 もとより彼に許された時間は余りに少なく──そして、それが合図であった。

「──シィッ!!」
 今一振りばかり海東剣を手に、二刀を引っ提げロボは駆ける。
 狙うは馬上の素っ首ただ一つ。背後の騎士達が進む暇も無く、その御印を上げてくれよう。

 ──死をも恐れぬか、と躊躇いながら半刻程も前に少年は彼に問うた。
 然り。我は騎士。紛い物なれども我は騎士。
 吼える。痛む体を捻じ伏せる。
 吼える。勝者を滅ぼした時よりこの身は既に死にかけだ。
 吼える。だが、そんな事が何だと言うのか。

 彼は贋作。生ずる以前より罪に塗れ、その全てを贖罪に捧げる事を宿命付けられた者。
 人ならざる者すら嘆くならば守護しようと決めた身。およそ真っ当な生き方が出来る筈も無し。
 ──だが。ここは一体何処か?
 そうだ。全てがあるのだ。守るべき者も、背を任せるべき者達も、剣戟を交わすに足る敵さえも。
 ならば。ならばどうして、この男が己を嘆く事などあるだろうか!!

 黒服の男に許されしは既に左右それぞれ刃のみ。
 故にそれに己が全てを乗せ疾る。
 騎士達の干渉なぞ許さぬ。今、ここに許されるは我と彼只二つ。

「おぉぉぉぉぉ──っ!!」
 歓喜さえ感じながら、一足にて広がる間合いを寸断。
 これこそ彼の者もまた英雄たる証。
 地を蹴り牙を剥き傷の痛みさえ殺し去り、首を断つべく二刀を振るう。

 ──鋭い音が凪いだ大気を打ち破った。
 左の環頭太刀は騎兵が翳した盾に止められた。
 きしり、と僅かな音がして磨かれ、無数の文字の刻まれた水晶の如き盾の表面を刀身が滑っていく。

 一刀は防がれた。構わぬ。僅かな一時のみイノケンティウスの盾の動きを殺いだ。それでいい。
 幾重もの装甲を越え、騎兵の首を刎ねる為には動きを止めねばならぬ。
 一振りのみでは、傷ついたこの身では足りぬのだ。
 故にこその二刀。己では扱いきれぬと知りながら、僅かな勝機を作り出す為に敢えて愚さえも犯そう。
 振り上げていたもう一刀、それを真っ直ぐに首の付け根、全身鎧に開いた僅かな隙間目掛け振り下ろす──!

 視界は余りにも遅い。
 ゆっくりと、ゆっくりと刃が彼を向く騎士へと向う。

 欠片たりとも勝利を疑わぬ。
 イノケンティウスが、手に握った十字の剣を持ち上げるのが見える。

 疾風の如き突撃、鍛え上げた変幻の剣。
 だからこそ、黒服の男は勝者にすら勝ち名乗りを上げたのだ。
 必殺を期したこの一撃を疑う事などあろうものか。

 ──けれど、忘るる事無かれ黒の騎士。
 汝が敵もまた、己と同じモノである事を。
 彼の騎兵こそは如何なる悪意をも切り払う剣なる事を。

「ああ、認めよう黒の戦士よ。お前もまた我等と同じ。だがな、それを選ぶと言うなら──」
 遠雷の様な騎兵の声が轟く。
 きぃん、と澄んだ音が響き渡る。
 半ば鈍器の様にさえ見える剣が閃き、帽子の奥でロボの赤色の目が驚きに揺らいだ。

 ──騎兵のそれは、黒服の男とは違い剣を振り上げる極々単純な一動作。
 愚直な、剣を扱う者ならば何千何万と繰り返す動き。
 詰る所、イノケンティウスの剣技には目新しい事など無い。
 凡百の形である。愚直な剣である。華美なそれなど一片も無い。
 だが──どうしてそれが必殺を弾かぬ道理などあろうか!!

「貴様の道には──私が立ち塞がると知るがいい!!」
 裂帛の叫びが黒衣の男を打ち伏す。
 極上の瞬間。気の遠くなる様な実戦経験はそれさえも導き出す。
 殺意の刃は彼の者に触れる事さえ許されぬのだ。
 豪風一閃。半円の軌道を描き、男目掛けて十字の剣が──

「が……っ」
 ぞぶり、と己の肉を刃が裂く感覚を確かに黒服の男は覚え、呻きを上げた。

 ──かくて勝負は一合にて決した。
 馬上の騎士は、開戦を告げる様に剣先を丘に向け。
 黒衣の男は、血を飛沫(しぶき)ながら己の脱落を悟るかの様に焼けた大地へと堕ちていく。

 だが──汝もまた忘れる事無かれ。強壮なる騎兵よ。
 黒衣の剣は既に渡った。彼の者を真に打倒したくば、己の宿命さえも打ち砕かねばならぬ事を。

 すぐさま轡が引かれ、イノケンティウスの乗騎が嘶きを上げる。
 それが示す所は明々白々。故に輝く剣を振り上げて騎兵は己が道を示す。
 応え、騎士達は手にした槍を構えた。
 言うべき言葉なぞそれ以外に在ろう筈もない。

「全軍突撃、我に続けよ!!」

 最早、互いを罵る言葉もなければ、互いを讃える言も無し。
 響き渡るはギャラルの如き号令一喝。
 無数の騎兵達が。付き従う歩兵達が。地面を蹴立てて駆け出す音を、黒衣の男は確かに聞いていた。

 ──そして、まだ見ぬ第三の幕が上がる。
108花月の人sage :2006/02/08(水) 19:01:35 ID:pmY3W5iI
最近は燃え成分の補充が多い…ともかく花月20投下完了。
取りあえず、見劣りしなければいいなぁとか思いつつ。

いよいよ、ラストバトル突入…の筈。
一剣士にパラが倒せる訳ないだろとの突っ込みは無視しつつ、
これはもうROじゃねぇだろとか言うのも地平の彼方に置き去りにして
待て、次回なのでした。
109名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/14(火) 09:46:11 ID:kLNCLAC6
うーん。スレが止まってる悪寒。
せっかくだから俺は感想を書く事にするぜ!

>>白い人

うーん。あれだね。
やっぱり勢いだ。うん。プタパの引っ掻き回しぶりは見てて心地いいね。
でも、反面彼のせいで場面の空気が軽めに過ぎるようにも感じられるかも。
劇物につき取り扱いに注意、と言うか何と言うか。

それと、思ったんだけれど、と言うかこれまでのをあまり見てないせいもあるんだろうけれど、
キャラクタの目的が錯綜してて、ちょっと把握しにくいかな、と。
大体の関係とかはわかるけれど、物語がどこに転がっていくのかが見えない、と言うか。
少しばかり、これまでの流れを纏める回入れると親切かもしれない。
それが狙いだった場合はごめんなさい。

>>ペットの人

こう言うポリティカル&切実なイメージの描写は自分には出来ないのでウラヤマシス。
個人的には、結構好みの一遍でした。
どのような結論に転がるのか楽しみにしてます。

>>花月の人
あれだ。終盤に向かって動いてるのは判るけど、
テーマとかの変遷他、余りの自転車操業っぷりにビックリ。
後、描写がくどくて唐揚げにマヨネーズって感じ。
ついでに言うと、ハッタリ&ナンチャッテなのが多いね。うん。
似非、というか何というか。ごった煮というのも料理の一つではあるけど。
取り敢えず、「転生二次」と月夜花に対する詳細な説明を今更でも良いから乗っけて欲しい。
や、推理小説でも最後にはトリックが全部明かされるものだし。
油分が多すぎて我、もー食傷気味。

あ、だからと言って「設定資料集」なんて痛々しいマネするのは簡便な。
と、わが事ながらいろいろ思ってみる。
まぁ、最後のはちょっとした自作自演であつた、まる。
110SIDE:A 英雄は死せずsage :2006/02/14(火) 17:22:31 ID:Vi1CSNVg
えーと、自作に感想を言うと絶対自虐になるよね。とか当たり障りのないこと(? をいいつつ。
とりあえず、いつものを置いていきます。さっき計ったら総計600kbを超えてしまったようです。
もうね、今さら最初から読んでとか言う気もないから。ただの自己満足だから。

ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%B1%D1%CD%BA%A4%CF%BB%E0%A4%BB%A4%BA
今日の御題:ジークジオン。なんか前にも似たような事やった気がします。
111ペットの人sage :2006/02/19(日) 21:58:55 ID:XbZjvTDE
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」

「このコを守ります」
「無駄なことを。………」

 居合いを構えるクルセーダーに対して、プリーストは右手のメイスを、いくぶん腰を落とした片手正眼に構えた。
 それでも、正面よりも向かってやや右方を強く警戒する。視線の先には正宗がある。
 あきらかにガルデンの構えは、天津の剣術、居合だ。それを念頭に置無ければならない。
 神速の抜刀とそれに続く理詰め太刀筋、それが居合い。
 なかでも鞘走りの速度で加速する抜刀は、居合いの代名詞であり、最速の弧を描き敵を断ち切る。
 放たれた後に反応するのはほぼ不可能。
 放たれる前から太刀筋を予測し、先に動いていなければならない。
 ここでガルデンの構えから読み取る要因は、彼我の間合いと体格差、正宗の長さと肩や爪先の向きと沈み具合。
 数えだしたらきりが無い。
 だからこそプリーストは一気に間合いを詰めにかかった。
 古式パンクラチオンのタックルを思わす、路面すれすれに低く落とした姿勢で跳び込む。
 速い。
 それは、先の先にて低空接近すれば、そのぶん抜刀の予測範囲は狭まるという判断。
 刹那の遅れを帯びつつもガルデンも動く。
 『−速度増加−』のかかっている分、プリーストの方が速い。確実に居合いの間合いを崩して接近に成功。
 が、それがガルデンの狙いだった。
 刺突。それも刃ではなく柄頭を使っての刺突。
 正宗を鞘から抜くことなく、予備動作も無しに相手の顔面めがけ柄を突き出した。
 自分の踏み込みばかりか相手との相対速度の乗った、爆発的な直線運動。
 それはプリーストが予測したどんな最速の弧よりも速い。
 直撃。
 仮面の上からとは言え、顔面にくらったプリーストは仰け反り踏み込みが止まった。
 その瞬間にもガルデンの居合いは次撃へ転じる。刺突の反動を使って鞘を後ろに弾き、刃を解放。
 右手は回さず、腰と足裁きで身体ごと右に振り切る。
 そうすれば勢いは無いものの、最短の動きを持って相手の首に刃がかかる。
 人間、首に刃がかかれば、本能的に後ろに飛び退く。
 その合力を使えば、力をかける事なく相手の鎖骨を断ち切れる。
 もらった。そうガルデンが確信した瞬間、仮面プリーストが本能を無視。
 更なる踏み込みを再開した。
 密着。
 鈍器も刃も振るえぬ予想外の間合い。
 この間合いにおいてプリーストは、空いている左手でガルデンの腰を鷲掴み。
 と、同時に足払いが軸足を刈りとった。

「っ――――――― !?」

 プリーストは踏み込みの勢いだけでなく、ガルデンが身体ごと刃を振り切ろうとして生じた力を利用して、
 左手一本で押し投げる。
 いとも簡単に重心を失ったガルデンは、螺旋のベクトルと浮遊感に宙を舞う。
 咄嗟に受身を取ろうと身体は動いたが、あえてそれを留める。
 今、正宗から手放し受身を取ってしまっては、プリーストに勝つ事はできない。あのムナックを守ることは叶わない。

「がぁぁぁっ!!」

 だから愛刀から両手を離さず、刀身を守るように、無理やりに左の肩口から落下。
 石畳を相手にタックルをした左肩からは、子供が聞いたらトラウマになりかねない軟骨が潰れる水っぽい音が響いた。
 それでもガルデンは正宗を手放さない。腰と背筋の反動を使い、すかさず立ち上が――― れなかった。

「放物線でも描いて来い」
112ペットの人sage :2006/02/19(日) 22:03:33 ID:XbZjvTDE
 フルスイングのロングメイスがガルデンを襲う。
 なんと潜入捜査官は、先ほどガルデンを左手一本投げると同時に、もう一方の手のメイスを投げ捨て、
 背負っていたロングメイスに持ち替えていた。直ぐに両手で握りなおし、投擲の勢い殺さず、そのまま右回りに加速。
 更なる一回転で破壊と遠心力の詰まった一撃で、
 左利きのゴルフ、もしくはパンヤと呼ばれる球技の様なスイングで、ガルデンを打ち放つ。
 飛んだ。
 人間の体が数メートルも吹っ飛ばされるというバカみたいな現象も、自身が体験してみればよく解る。
 本当にバカみたいな状況だ。
 自分自身が飛んでいるのに、現実感が一切無い。
 そんなバカな放物線運動も、石畳を穿ち破片を撒き散らすほどの墜落をもって現実へと戻る。

「がっは――っ!!」

 肺をやられた。
 墜落の衝撃で呼吸ができない、なんて生易しいもんじゃない。
 空気を吸った途端、ロングメイスを受けた右下胸部を、内部からの激痛が不意打ち。
 慌てて空気を吐き出しても痛みは走るし、吐いているガルデン自身がわかるほど、生臭い鉄錆の臭いが満ちている。
 ロングメイスの衝撃で肺胞が潰れたか。
 肺全体の何パーセントが潰れたか知らないが、内部で出血しているのは間違いない。
 それでも肺胞の損傷具合で言えば、タバコを吸う生活を何年も続けるよりはよっぽど軽微だ。
 そう、ガルデンは自分のダメージを判断し、今回も手放さなかった正宗を握りなおす。


 だが、傍から見ているサララは、もっとダメージを受けている場所が他にあることに、気付いてしまった。
 頭だ。
 どうやら頭部へのダメージは、致命的ともいえるほど相当のものらしい。

 初手の鞘での刺突のアドバンテージなどさして無いのに・・・、
 いかんともし難い実力差が見えているのに・・・、
 受身を取らなかった左肩が悲鳴を上げているのに・・・、
 肺から出血する程の攻撃を喰らったと言うのに・・・、

 ・・・ガルデンは立ち上がろうとする。

 こんな不利な状況だと言うのに、守る義務もなく、簡単な正論で一蹴されてしまうモノの為に、このクルセーダーは立ち上がった。
 正宗を杖のように突き、向けることの出来ない切っ先の変わりに、まだ衰えぬ眼光をプリーストに向け、ゆっくりと立ち上がった。

「……なんで、……な、…無理だマスター、なんで立ち上がるのだ。もう良いではないか」

 絶対に頭がどうかしている。
113ペットの人sage :2006/02/20(月) 00:05:26 ID:suzSyB0c
なんか週間少年ジャ○プなテイストで、Vitクルセと殴りプリを書いてみました。
今更の反省としては、
「実戦の ”殺陣 ”として、コレはありなのかな?」と「文をもっと飾るべきだったToT」です。
114白い人sage :2006/02/20(月) 07:26:01 ID:WDsD0lss
>>109の人
勢いだけで成り立つお話になってしまっているのが辛いところ。
とりあえず戦闘入れないと気がすまないタチなんですが、それ以外の部分ももう少し丁寧に描きたいですねー。

プタハおじさんには良くも悪くも助けられてます。
困ったときのプタハ頼み。あんまりシリアスな展開ばかりだと描いてて辛いので、メイン以外はギャグ成分多めにしようと意識してます。

流れをまとめるっていうのも、やっぱり上手く文章の中に組み込んでそれと悟られないように伝えないといけないわけで……
目的がわからない。というのは、敵方に関してはそれで良いんだけれど。
115名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/20(月) 07:33:14 ID:WDsD0lss
>>花月の人
毎回そうなんですが、巧い描写にため息すら出ます。
状況の描写がそこまで多くないのに、その状況がはっきりイメージできるっていうのは見習いたいです。

>>ペットの人
パンヤきたー!!!!
文の装飾は確かにもう少しあっても良いと思うけど、これはこれで戦闘の勢いが出て良いのではないでしょうか。
最後の一文の余韻が大好き。
116凍ってた人sage :2006/02/20(月) 20:49:46 ID:S617BaPw
結構お久しぶりです。
リアルが忙しいため中々書き進めることが出来ないのでまだ続きが出来上がっていません。。
前回の私の書き込みで少なからずご意見頂いたのでこの場を借りまして返信させて頂きます。
あんまり亀だと意見してもらった人にも悪いと思うので…

>>76
確かに読み手を意識できていない点は少なからずあると思います。
今書き進めているその4では出来るだけ描写を大目にし、主人公及びその他のキャラ像を出せたらいいな、と思って書いています。
お楽しみに…とは言えませんが出来る限りは頑張っていますので、コレ以降も生暖かい目でニヤニヤしてくだされば、と。
ちなみにハエについては一種のスクロールのような物だと自分の中では位置づけています。

>>77
確かにゲストを中心としたい気持ちはあるのですが…感情移入させずらくしたつもりは…やはり描写不足なのでしょうね、精進します。

長さについてなのですが、私個人は短い方が時間が少ない時にでも軽く読める、という感じでいいと思っていました。
これからは出来るだけ繋がりあることを一つの区切りに詰め込んでから投稿していきたいと思います。

>>78
読解力が無い私の代わりに61様の文意を汲み取っていただいて恐縮の限りです。
ただ、今76様、77様は外面というよりも内情の事を言っているような気がしないでも無いような…違ったらゴメンナサイ。
返信もそのつもりで書いています。

>>79
うう、厳しいご指摘ありがとうございます。
次のお話は落ち着いてゆっくり熟成中なので今までの物よりは少しは読める物になっている…といいなぁ。
(単にイメージを上手く文に出来なくて四苦八苦しているだけですが。)
酸化しすぎて酢にならないよう注意しながら書いていきたいと思います。

ミストラルに愛はそれ程注いでないつもりなのですが…うーむ。
誰かに突っ込まれるだろうと思っていましたが、一応断っておきます。ミストラルは最強では無いんです。(確かに有得ない程強いとかいうのはあるでしょうが)
そこら辺は今後のナナ編以降の方で頑張って書いていきたいと思うのでとりあえずそれだけで。

>>80
心情…出来るだけ伝えられるよう頑張ります。期待はしないほうがよかと思われます…
魅力的な脇役がいる:居ない
敵キャラが良いか:別に
=燃え無し

グハ…_| ̄|......○

>>61(87)様
否定的な意見でも貰えると嬉しいものです。
↑でも書きましたがこれからはなるべくそのことを失念しないように書いていきたいと思ってます。
盛り上がったのは、ただ私が文意を読まず無視という言葉に反応してしまった結果です、すみません。

改行について
なるほど、そんなヒミツがあったとは。
通りで3行空けたはずな所に2行しか改行が無かったりしたのですね。。。


長くなった上に小説の投下も無しの個人的レス、ほんとスミマセン。
117名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/02/27(月) 19:51:43 ID:bZkGYNhY
過疎ってるなぁ…まぁ、春は忙しいか。
118名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/03/01(水) 21:02:55 ID:xLYDwYKQ
活性化希望あげ
119名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/01(水) 23:07:40 ID:AD5s/hu2
じゃあ初めてだけどちょっと書くの挑戦してみるよ!
120名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/02(木) 02:21:54 ID:v1uLxRqk
こんばんは。
最近ROに帰ってきた復帰者で、久しぶりにこちらのスレをのぞかせていただきました。
はるか昔にこの場をお借りさせていただいたこともあり、手前勝手ながらまた投稿させてもらおうとやって来た次第です。
昔投稿したものが長編、しかも未完であったり、今回もまた未完で終わりそうな気配もしたり心苦しいんですが、まあそのがんばるよ!!(最後までもたなかった
121|゜ω゜)sage :2006/03/02(木) 02:23:14 ID:v1uLxRqk
 プロンテラ聖堂教会『天意局』は、その日、嵐の到来を予言した。
 その予言は王城は元より聖堂内においても公知される事は無かったが、予言を元に天意局は王国騎士団の一名に対し、隠密の命を発効した。
 実に、牛三つ時の刻である。


 『嵐』はおのが内の奇妙な衝動に、事実戸惑っていた。
 疾風迅雷の氷剣騎士とまで謳われたこの身、それがまるでからくり人形の用にぎここちない。そのくせ現実の身体はそのふたつ名の如く風を巻き雪を舞いあがらせ、果ては深緑とした大地を裏返すように疾駆する。轟く足音は雷鳴の如く、嘶くその声は豪雨の如く。
 ロード・オブ・ゼピュロス、ストームナイトは王国首都に向けて駆けぬける。
 その意味、その目的、果たして如何なる物也。


 /ROSS『低気圧型雪女の目』 /


 ロン・マウロンは孤児であった。生まれた場所も生みの親も目を開いた頃から知らず、蛆で腹を満たし汚水で喉を潤していた。その記憶は今でも彼を縛って離さない。ただし彼は幸運なことに孤児となり、また拾われた人物が事のほか慈悲深く、さらにその人物が修道院所属の僧兵であり、極めつけはその修道院が孤児院も(実際には)兼任している事だった。聖カトリピーナ修道院というその修道院は、王国の最果てでありながら首都に比較的近いという奇妙な立地条件から、不穏分子を閉じ込めるという機能も持ち合わせていた。
 そういう訳で、ロン・マウロンは孤児という立場から修道院雑用係になった。この時彼は初めて言葉を発したという。修道院は教会の一部であるからして、当然その人員は皆修道士としての教義に従って生活している。ロン・マウロン――マウロンという姓はかの慈悲深い僧兵のものである――も例外ではなく、雑用の合間にしっかりと聖職者見習としての教養教義技術の一通りを学んだ。ロンはその生い立ち故か、より深く聖職者としての技術と知識を求めた。食えるものは食える内に食っておけと彼の幼い経験が言っていたのだ。彼が雑用係から正式に聖職者見習として認められるのにそう時間はかからなかった。

 後に、ロンを拾った慈悲深い僧兵、名をガスパ・マウロンと言う、は同僚の聖職者にこう漏らしたという。
「――ロンは、どうも夢見がちな所が有る。いや、それ自体は良いことなんじゃ。実に子供らしくて微笑ましい。
 問題は――彼は『それ』に対して、実に真摯に、実に盲目的に、実に一直線に進んでいることだ。
 私はね、ジェーン、彼が、何時か何処か遠くに、そう、何かを追って、天の果て、魔界の氷河の向こう、最果ての大伽藍を超えて行ってしまいそうな――そんな気がするんだよ」

 ガスパ・マウロン、かつて九十九舞の異名を王国中に轟かせた老僧兵が、生涯最大の失態に気付くのは、それから実に八年後のことである。


「師匠ー……師匠ー……ししょーうー!? 」
 修道院中庭の精神修練場、一般的には南瓜畑と呼ばれる所で鍬を振り上げていたガスパは、遠くから聞こえてくる弟子の声にはてとその白髭まみれの顔をかしげ、そして一筋汗を垂らした。往年の肉体には遠く及ばぬほど脆弱に衰えた肉体だが、その精神は年月を経て重厚な層を作っている。そして、肉体を動かすのは精神の力である、とガスパは信じている。
「うぉーいここじゃーここにおるぞー」
「ああ、全く、探しましたよ師匠……」
 修道院から小走りに駆けて来る男、黒檀の髪と鳶色の目に浅黒い肌のロン・マウロンは大げさにため息を吐いた。
「用意が出来ました――あとは師匠が」
 うむと頷き、しかしふむ、と鍬を杖にしてため息を吐く。
どうしたものか――本教会も難儀な事を。
 ロンは顔を顰めてまさか、と呟く。教会が自分に課した『試練』が、まさか当日までもあるのか、と思ったのだ。
 僧兵は基本的にこのカトリピーナ修道院にて任命される。だがロンの場合、生まれ育ちと師匠であるガスパに対する聖堂教会の評価から、特例として教会の発する『試練』を全て克服してから――ということになっていた。ガスパ・マウロンの名は教会ではあまり良い響きではないのだ。神、に仕えるものとしては。
「いや、お前の思っとるようなものではない。出所は一応聖堂教会ではあるがな」
 ガスパは僧衣の手元から一枚の文書を抜き出し手渡した。ロンが目を剥く。その紙片に押された印は聖堂教会中枢部。一介の僧兵であるガスパ、まして副使であるロンにはめったにお目にかかれない部署だ。
火急を示す鶏の血で書かれたその文面は、
「……魔物討伐部隊の援護?」
 馬鹿馬鹿しい――と呟いて手紙を折りたたむ。馬鹿馬鹿しいじゃろ――とガスパが返す。
「ですが何故そんな指令が、本部の、しかも中枢部から?」
「まぁ――本来の目的の隠れ蓑じゃろうな。その部隊の目標は魔物らしいから、その魔物か、はたまた部隊そのものか、もしくはもっと別の何かがあるのか……いや、そもそもわし等如きにこんなもんをさせるということ事態か」
 伺うようにロンを見る。ロンは頭を振り、
「それで、どうするんです? まさか師匠が行くわけにもいきますまい」
 曲がりなりにもガスパは修道院の第二席である。なにより彼が満足に動けるとはロンは考えない。
 二度目のため息を吐いた。ロンは馬鹿ではない。先ほどの密書がガスパに送られたもので、それを修道院のほかの誰かに見せるわけにはいかないし、現状を見ればこの指令を知っているのはガスパと自分の二人だけである。ガスパが自ら動くことがないのはあちらも理解していることだろうし、ならば直属の部下でもあり弟子でもあるロンが行くしかない。これは、ロンに当てられた指令、僧兵転職を認めさせる儀式、だった。
 ロンは三度目のため息を吐いた。いいですよ、いきますよ。慣れっこですからね。
「悪いな、ロン。任命式は延期じゃ。代わりといっては何じゃがわしの装備を持っていって構わんぞ」
「それは――いえ、わかりました。感謝します、師匠」
 拱手一礼して駆け出す。時間が惜しかった。ガスパは走り去るその姿をじっと見つめ、それからかぼちゃ畑に再び向かい合った。
「天意局か」
 鍬を振り下ろしてせっせと耕し始める。
 密書の最後に署名された名。それは確かにかの一柱を示していた。
「ロンは――わしの二の舞にはならんぞ、イリス」
 老僧兵はその神の名を、懐かしそうに呟いた。
122|゜ω゜)sage :2006/03/02(木) 02:23:49 ID:v1uLxRqk
 さて、どうするか、とロンは疾走しながら、頭の中で呟いた。
 迷いの森、と呼ばれる場所である。時間と空間が歪んでいると言うこの場所は、混沌という秩序に守られた一つの世界である。三つの世界を貫くとも言われ――つまりここは世界の箱庭なのであった。
「とにかく目標の部隊と合流するか、魔物を見つけないと……」
 なんにせよ、最大の敵は時間である。緊急の令は最高でも一日以内に遂行せねばならぬ。
 ッフ――とロンは息を吐いた。暗殺者の獣の如きしなやかなで消音性に富んだ肉体的な動きではなく、軽功により身体自体を羽毛のようにして疾駆する、内頚の奥義――いわば仙道の移動術である。僧兵の一般的な移動法であり、何故ロンがその動きを行えるのかというのは、逆に何故僧兵でないのかと問うほうが正しい。副使の制服は、飾りだった。
 その移動を維持しながら、さらに略式聖句を唱える。
『――神の名の下に。父よ我が身体に降り、子よ我が足と成り、聖霊よ我が胆に宿れ。後押しせよ』
 脳髄に焼き付けられた"呼び水"聖典が、聖句に反応。速度増加と言う言語化による奇跡の収縮を励起し、ロンの筋力と骨格間接並びに神経反応を強化させる。周囲の景色が引き伸ばされたように後ろに流れ、しかしそのゆがんだ風景は補正された視覚の中で正常さを取り戻す。
 跳ぶ。
 捩れ曲がり見ているだけで気がおかしくなる様な樹木の枝の、そのもっとも高いところを疾る。だが、見渡すべき眼下の光景は、水面を通して見るかのように不明瞭だ。
 それでも得るものはあった。遠く、遠雷のように響く轟音が歪んだ空間を通し辛うじて聞こえてくる。
 直後、その轟音が真正面からロンを打った。
「!?」
 距離を測ったロンの失態だ。森という体裁をとっているものの、その実態は空間の飛び島であるこの一帯で常人の感覚器官はまるで意味を成さない。はるか遠くの大樹が実際は真横に隆々と聳え立っていたなどこの森では当然の事である。
 ロンは声もなく吹き飛ばされる。城壁に真正面からペコペコが突っ込んでいくのと同じだ。どれほどの速度があろうと、圧倒的な質量の前にそれは跳ね返されてしまう。そして、激突した力は、そのまま自分に返ってくる。
 高所から木々の枝を折りながら大地に叩き付けられ、さらに二転三転し古木にぶつかってその動きを止め、ようやく苦痛の唸り声を出すことを許される。
 ロンは自らが何にぶつかったのか把握した。激突の寸前一瞬見えたのは、氷雪のように煌く蒼と、翻る紅。そして圧倒的な、力の気配。
 最悪だ。よりにもよってこの威圧感は大魔族級。魔王級ですら陽炎のように現れるこの迷いの森とはいえ、これだけの威圧感を発するのは数えるほどしかいない。そんな連中との遭遇率を考えるなら、もう一つの可能性を考えた方がよほどいい。
 つまり、
「……俺が一番乗りって言うわけか、くそッ……!」
 ズン――と、豊かに積もった腐葉土を巻き上げ、凍結させながら、その巨躯が目の前に降り立つ。
 氷雪を纏ったかのような体皮。牡鹿のように猛々しく伸びた角。戦神の顔面を呼び込めた盾。紅の荘厳なマント。
 赤鼻を持つその巨人の口から、豪雨のような嘶きが迸った。霊力を持ったその雄叫びは、対魔力撹乱処理すら施されていないロンの脳内聖典をかき乱す雑音となり、奇跡の行使を阻害する。
 過去読み漁った太古の四季に沿う精霊を記した書物から、ロンは目前の巨躯の名を知ることができた。
 雪の村ルティエ、その外れに違和感無く存在し、雪の降る日に子供らの夢に潜み侵食するという噂の元、おもちゃ工場。そこでルティエの風を司る吹雪の精霊――ロード・オブ・ゼピュロス。
 太陰の風の騎士・ストームナイト。その象徴でもある大暴風の氷柱剣が、ロンに向かって振り下ろされる。
「ぐおおおッ」
 全身を支配する激痛を超えた麻痺の感覚をねじり伏せ、獣のように四肢を使って横に飛ぶ。大地にめり込むほどに振り下ろされた斬撃の余波がロンの背にしていた古木を紙細工の様に吹き飛ばし、さらにその後方の木々をもなぎ倒す。
 ストームナイトの水晶のような瞳と目が合った。煌きと静謐さを併せ持つそれを、うつくしい、とロンは違和感なく感じた。僅かの間もなく、振り下ろされた氷柱剣がロンの胴体を泣き別れにすべく横薙ぎに振るわれる。
 ロンは僅かに身動きし――それだけだった。ロンの上半身と下半身を見事な剣閃で両断し、その後に襲い掛かる風圧と氷結温度がその体を古木のように散り散りにさせ――
 ストームナイトの冷然と凍った目がいささか動きを帯びた。砕け散るはずの男の体が焦点を失ったかのようにぼやけ、中空に広がるように消えたのだ。そして、その正体を悟る。これは亡霊の影。囁き霊ウィスパの特性であるモッキング・アクション、それに見事騙された。
 本物のロンは氷柱剣の横薙ぎを屈んで避け、一足でストームナイトの足元へ。速度増加の奇跡は未だ効果時間内だ。氷の肌を一瞬だけ蹴り上げるようにしながら三歩で顔面に相対する。長くこの魔人の体に接するのは命取りだ。極低温の氷皮で人間の体など容易に凍結してしまう。
 ストームナイトが、動きを止める。今度はしっかりと目を合わせた。
 目を合わせることにより、ウィスパ・ラインが形成される。冒険者間での円滑意思疎通機能は、もとをたどれば古代の魔族達の技術に行き着く。それが人に使えるなら、世界を支える精霊も同義。
 ――聖職者如きが、小賢しい男よ。
「……ストームナイト、か?!」
 ――左様。歓喜し、嘆け。我が肉が何者かに囚われていなくば、この場で千の塵にしてくれように。
「なに……」
 ――凍れ、下郎。今、我は己が意で貴様を斬ることができぬ。潔く我が冷気にて氷雪と成り散れ。許す。
「! くそッ」
 今更足の異常に気付く。もはや手遅れだ。鮫肌の靴底を伝って極温の魔の手が両足を伝って登攀する。すでに太股までが急激な温度低下によって凍傷になる間もなく氷付けにされていた。
 この状態で動いては、間違いなく両足が折れる。即座に祝詞を唱和。
  ヒ ー ル
「神様、万歳!」
 脳内に設定した短縮回路にて即座に起動した最も基本的な祝福系奇跡が、脳内聖典にて高速起動。言語化を介せず一足に奇跡を励起。全身の傷が塞がり、深刻なダメージを回復させる。だが、足元はそうは行かない。現在進行形で行われる凍結を食い止めるにとどまる。
 そんな必死なロンを無視するように、氷雪の身体が大地に沈む。ロンの顔が苦痛に歪み、牡鹿の角をつかんで体勢を保とうとする。このまま走り出されたら、まず両足が衝撃に耐えられない。そして両足をなくした俺は、この精霊に踏み潰されるのだろう。それで、終わりだ。
 吐き気がした。死を目前とした事にではなく、そのようなことを一々考えたことに、だ。死など、常に寄り添っている。それは己の影のように。生きることは死ぬことと表裏一体だと、すでにロンは気付いていた。
『――ハァイ、そのままそのまま。三秒堪えなさい。誉めたげる』
 唐突に意識に流れ込んだそのささやきに、ロンが弾かれたように後ろを見る。ストームナイトの視界は、ロンの身体によって塞がれている、ならば。
 氷柱剣によってなぎ倒された木々の向こう――そのさらに奥から飛び出してきた巨大な矢が、ストームナイトの巨躯へ吸い込まれるように着弾。だが、それは矢ではない。走り出そうとした巨体が一瞬止まった。ロンはもう一度ストームナイトへ首を戻し、水晶の目が寒々しくロンを見ているのを知る。
「おまたせえッ」
 ザザッ、と腐葉土を巻き上げ、矢のような念撃を放った張本人が突進してくる。否、その速度はもはや突進というものではない。進行上の空気を突き破るように突撃槍を構え、両の足のみで疾駆するその姿は、まさに一陣の突風、閃光の魔術。
 それは、銀の髪を靡かせた騎士だ。
 その速度のまま、ストームナイトの顔面を貫かんと跳躍。しかしその間にはストームナイトに張り付き身動きの取れないロンがいる。やめろ、と言う時間なぞ、無い。
 とまらない。風防ゴーグル越しに、騎士と目が合った。銀の瞳が見開かれ、唇が「なに、」と形作った。
 ――勘弁してくれ。
 腹部の衝撃とともに、意識が暗転する。
123|゜ω゜)sage :2006/03/02(木) 02:25:16 ID:v1uLxRqk
 目を覚ますと、女の顔が目の前にあった。
「うわッ」
「ぎゃ」
 思い切り頭突きをされた。暗転。


 目を覚ました。
「……いかん、なんだか騙された気分だ」
 呟き、身体を起こす。寝かされていたらしく、上掛けが動きに合わせて落ちる。首を回せば、そう広くは無い部屋の中に、小さな丸机と今にも崩れそうな椅子が一脚、こじんまりとした箪笥が一つ。丸机の上には、花が一輪生けてあった。その配置と、床や壁に付着した様々なシミ、そして階下から聞こえるざわめきから、
「どこかの、宿か……」
 一階は、酒場か何かだろう。そういった形態の宿は珍しくない。そして窓から見える景色が、街の名を教える。
 王都プロンテラ。その賑わいは大陸の中でも群を抜く。天頂を過ぎて傾いた日の光が窓から差し込み生けられた花に輝きをもたらしていた。
 そこまでぼんやりと眺め、そして一気に目が覚めた。記憶が復帰する。火急の印。迷いの森。ストームナイト。氷結。騎士。暗転。
「うおお、お、お、俺の腹っいや背ぐげ」
 思わず背中に手を当てる。響く激痛に悲鳴も出なかった。しばらく脂汗を流して沈黙する。
 痛みが治まったところで、再度、今度はやさしく、手を当てた。祝福治療が施された上に薬草と包帯がこれでもかと巻きつけられ触っただけで重態だと判ったが、幸い生きている。ここまでくると一度『死んで』いた方が手っ取り早くて良かったかもしれないが、一応、自分の幸運に感動した。
「しかし……任務は失敗か」
 修道院を出たのは、今と同じように日の傾いた時刻だった。良くて一日、もしかしたら数日経っているかもしれない。
 ため息をついて寝台に倒れこもうとし、そもそも自分が何故こんなところで寝ていたのかという疑問にようやく思い至った。思い至ると同時、もう一度室内を、今度は戦士として見回す。身を守るもの、拳。盾にできるもの、上掛け。脱出経路、窓。
 自分を連れてきた誰か、もしくは、連中の位置、不明。目的、不明――否、看病されているところを見ると、少なくとも今は敵ではないということか。
 ロンはおのれの呼気を調整した。全身を巡る気脈が、四肢の不調を告げる。すなわち両足の欠損。しかし上掛けを剥ぎ取ってみれば、両の足はしっかりと付いている。しかし、気の流れは両足を巡っていなかった。
 ――やはり駄目だったか。
 両足は凍結し氷柱と成っていた。こうなっては特に敬虔な聖職者でなければ回復させることは不可能。ロンの最たる武器である機動力が潰えた。宿場の寝台が、何にも勝る監獄となった。
 入り口の取っ手が回る。反射的に上掛けを引き寄せ、脳内の短縮回路を呼び出し、睨む。それ以上の反応はできない。過度の緊張は重態の身体に余計な負担をかけ、下手をすれば致命傷になる。意志力で不随意の筈の筋肉収縮を押さえ込む。
扉が開いた。
「――へぇ」
 感嘆の声。それに、ロンは既視感を覚えた。流水のように美麗で、澄んだ白刃のような、それでいて蠱惑的な甘さを含んだ声。
「もう起きあがれるなんてね。根性あるじゃない少年」
 真っ先に目に入ってきたのは、針細工のような銀髪だ。毛先は肩口辺りで無造作に切られている。そして水銀のような両眼。細首に似つかわしくない頑強な防風ゴーグルを掛けたその下、ひょろりとしているが確かに女性の印象を与える身体に、騎士の平時衣装とサーコート。片手に皮袋を下げている。コートに隠れて見えないが、おそらく腰裏に帯刀しているのだろうということは容易に想像できた。
 見間違うはずも無い。己の腹に風穴を開けた、あの銀の騎士だった。
 騎士は沈黙を続けるロンに向かって鼻をひくつかせるように笑い、下げた皮袋を丸机の上に置く。
「ふ、ふ、ふ。睨まないでよ、少年。何か食べる? いいのが手に入ったんだ、ほら、今朝入ったばっかりの直送林檎、ニョルミル産。割高だったのよ、これ?」
 取り出した林檎を弄びながら聞いてくるその顔を、ロンは凝視する。感情を隠した鳶色の目と笑いを含んだ銀色の眼が交差する。
騎士が林檎を弄ぶのを止め、
「まいったわね、どうも……軽くいきましょう、少年、睨まないで頂戴?」
「――聞きたいことは」
 慎重に言葉を選び、しかしそちらだけに集中せずに上掛けを握る。極度の集中は視野を狭窄にさせる。緊張せず、自然体でいながら、同時に全体に集中する――得てしてそれは解決の道を作り出す。
「一つ。あんたが誰なのか、それだけだ」
「ふん……」
 その質問は、二つの意味を孕んでいる。一つは、敵か、味方か、と言う意味であり、もうひとつは何の目的を持っているのか、という意味。それ以上のことを知る必要はない、また、余計な質問をすればこちらの事を少なからず理解される、そういう考えをもっての質問だ。それは最適ではないが適切な選択であり、女は少しばかり感心したように鼻を鳴らした。その裏に、僅かばかりの失望も含めて。
「教えてもいいけど、少年? その前になにか言うことは無いの?」
「なに……」
 女は鋭利に口元を上げ今度は明らかな嘲笑を示し、
「先に言っておくが、感謝の言葉は腹に穴をあけた相手にするものではない」
「むぐ」
 みょうな声を出して騎士は息を詰める。そして決まり悪そうに身体を揺すりながらもごもごと部屋を見渡し、口元をひんまげながら再び対峙した。
「……その、よく覚えてたわね。尻の青い雛鳥にしちゃ、見るとこあるわ」
「そちらこそ。よくもストームナイトに奇襲を仕掛けようと思ったものだ。あれの反応速度はグラストハイムの騎士にも勝るぞ」
「なに、あいつに関してなら、私はちょっとしたものよ?」
 調子を取り戻したのか、ふたたび皮肉げに口元をゆがめた。此方に投げられた林檎を掴み、目を外さず齧る。鉄錆の味が一瞬だけ広がり、瑞々しい甘さが取って代わった。
「質問には、答えないのか」
「ふん……いいわ。その前に聞いておくけど、貴方はマウロンでいいのね?」
「さて、な」
「……。ふ、ん。私はプロンテラ騎士団独立遊撃軍第七特務猟兵隊所属、レジーナ・ハードフール男爵。聖堂教会の要請により、ストームナイト討伐の命を受けた者よ」
 苦々しそうに目元を細め、銀の騎士は――ハードフール男爵は答えた。
124|゜ω゜)sage :2006/03/02(木) 02:25:41 ID:v1uLxRqk
 予想通りである。偶々通りがかった者ならば、あの場で致命傷を負ったロンを回復させるか、即死させてカプラ物流サービスに魂を転送、復活させるかのどちらかだ。それをせずに態々ここまで連れてくるということは、自分に用があるから、引いては自分の役割を知っており、それに用があるからか、である。
 第七特務猟兵隊……?
「聞いたことのない部隊だな」
「裏役よ。信頼性の低い予言で本軍を動かすことは出来ない、しかし、冒険者級の連中では信用が無い、そういうことで、この私」
「汚れ役部隊か。なるほど、独立遊撃軍とはな」
 切り捨てやすいということ、だ。ただ、並みの騎士では駒としては使えない。ストームナイト討伐の任務を受けられるだけの実力があるのだろうと、ロンは判断した。
「俺はロン・マウロン。カトリピーナ寺院副長、ガスパ・マウロンの弟子として、師匠に代わって任務遂行を任された」
 付け足して、
「助けてくれたことに感謝する、ハードフール男爵殿」
 レジーナは虚を突かれたように水銀の目をしばたたかせる。
「え……あ、ああ。レジーナで良いわ、マウロン。……礼は言わないんじゃなかったの」
「ロンで良い。助けられたのは事実だ。一人では死んでいた。ストームナイトの冷気は魂まで凍らせてしまう……怖ろしかった。腹の穴は、差し引くとしてもたいしたことではない」
「……そう。あなた、見る目があるわ。完全実体化したストームナイトは、その冷気だけであらゆるものを氷塵にかえてしまう。でも、本当に怖ろしいのはそれではない」
 続けようとするレジーナをロンは止めた。鋭い痛みを放つ腹部に顔を顰めながら、身体をレジーナの方に向ける。
「任務をどうするのか、それが先だ。とは言っても……失敗したのだが」
「失敗」
「もしストームナイト討伐隊が任務を遂行したとしても、その支援を任されたおれは役目を果たしていない。ガスパ・マウロンの代理として、実質的には失敗だ」
 息を吐いた。
 討伐隊がどの程度の規模なのかロンには判らない。だが、こうして自分が治療を受けられると言うことは、すでに任務は達成されているのだろう。ストームナイトがなぜあのようなところに居たのか、どうやって撃退したのか、不明なところが多いが、それはいまのロンにとって必要なことではない。
 修道院にも威信という物がある。聖堂教会の一翼を担う僧兵の元締めとしての権威がそれだ。今回の件はそれを傷付けることになるだろうと、ロンは冷静に考えている。ガスパ・マウロンの弟子という立場は、それだけの責任を負わねばならぬこともあり、今回はそれが果たせなかった。自身の僧兵任命のことなど、そういったことの隠れ蓑にすぎない。
 レジーナが、鼻に掛かった笑いをあげる。
「ストイックなのね、君は? 良いこと教えてあげるわ」
 組んでいた足を入れ替える。水銀のような瞳が、沈鬱な表情のロンを捕らえ、薄い唇が皮肉げに開く。
「君と私の任務はまだ終わっていない。ストームナイトはすでにこの首都プロンテラへ侵入を果たしているわ」
「……!?」
「刻限は伸びた。三日以内に私たちは首都に潜伏するストームナイトを捕捉し、被害の出る前に倒さなければならない」
「ば、」
 馬鹿な、という言葉を、飲込んだわけではない。あまりにばかげた内容に、ロンの声帯は動きを止めた。
 ――ストームナイトは生きている。
 だけでなく、
 ――プロンテラに侵入しているだと!?
「おれを馬鹿にしているのか、男爵」
「君を馬鹿にして喜ぶにしても、時を選ぶわ。ストームナイトは北の城壁を越えて侵入し、いまは沈黙している。たぶん力を溜めてるんじゃないかしら? いちおう私も、それなりにダメージは与えたつもりだし。いまはそれがやぶへびだったと思うわ」
「やぶへび」
「下手なダメージを負わせなければ、ストームナイトは目的を果たそうとしたでしょう」
「馬鹿なことをいうな。首都内で暴れられたら言語を絶する被害が降りかかる」
「だが、実際問題として私たちは奴を倒さなければならない。それも、三日、という期限付きで。この期限付きという意味、わかる? ストームナイトが雲隠れしたからじゃない。それまで奴によって及ぼされる被害は、すべて私たちの責任ということよ」
「そんな馬鹿な話があるか……どの程度の規模かはわからんが、あなた達の部隊だけで街中に潜む魔物を見つけ、殲滅し、そして被害はおれたちが負う、だと?」
「そうよ。だから、下手に休息させたりしないで、とっとと暴れてくれたら、すぐに出会える」
「それは、確かにそうだ。だがこの任務は本来戦闘要員であるおれ達を探索者として使うということ、不慣れなことを強要させている。いや、そもそも」
 ロンは一息入れた。
「首都に侵入を果たしたという前提条件が疑わしい。迷いの森から首都街に這入るにはヴァルキリーレイム、ひいては王城を通らねばならない。そんなことができるのか」
「任務は絶対。これは基本。疑問を持つのは冒険者で、私は王立騎士団員。あなたもそうでしょう。そして手段はこのさい関係ない。している、という事実が今は重要なのではなくて?」
「見たのか?」
「いいえ。でも、私には解かる。いったでしょう、奴に関してなら、私はちょっとしたものなのよ」
「……そうか。だからあなたが討伐部隊に居るわけだな。ほかの隊員はどこに?」
 くすりと悪戯っぽい笑みを浮かべて、レジーナは言った。
「さっきからなにか勘違いしているようだけど」
「なんだ?」
「このストームナイト討伐部隊は、私とあなた。私と、あなた、二人よ」
125|゜ω゜)sage :2006/03/02(木) 02:27:11 ID:v1uLxRqk
長編というほど長くはならないと思います。
ともかく続く!
126名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/02(木) 10:39:40 ID:552jFqcE
がんがれ
127名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/02(木) 11:56:18 ID:1HXhr0.Y
>>125
続きをまってるよ。
128名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/03(金) 02:27:20 ID:Kk6YANag
おなつかしや。
以前のアレは倉庫の題名を考えるのが楽しかったですヨ。
129名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/04(土) 16:52:54 ID:pHPB151c
 花と月と貴女と僕 21(前編)

──遠く、少年は迫り来る一群を見下ろしていた。
 使者共が旗を翻してやって来た。
 間違いようの無い状況。辛い辛い未来がすぐそこに見えている。
 ガチガチに心は凝り固まってもいい筈だ。
 震えて、その武器を取り落としてもいい筈だ。

 走り来るそれは『異端審問官』。
 最も古い魔を討つ剣。人の振るう正義の剣。
 傍目に正義を問うたなら、間違いなく悪は少年達。
 そして、何時だって魔物はそれに倒されなければならない。

 だが──これは彼らが望んだ戦いである。

「──迷う事なんて無い」
 敵を見据え、言う。
 彼にとって、そして彼らにとって剣の言う魔物は魔物ではないが為に。
 酷く呆気なく土煙が見えた。僅かに、悲しみが去来する。
 始めから解りきった結末だった。後方で醜態を晒す事を厭ったのかもしれない。
 だが、明確な理由など、既に存在し得まい。
 思えば、彼は始めから全てを語りつくしていた訳でも、そのつもりもなかったのだろう。

「ロボだって──」
 今になって、少年にはその理由が余りによく解る。
 例えば、どうして男が最後まで少年を切り捨てなかったのか、だとか。
 だから、何を言う事も出来はしない。ともあれ彼は自分の役目を果たしきった。

 そして、やれる事は。今すべき事は只一つだけ。
 隊伍は、矢玉は既に整っている。

「……来やがったな、糞共がっ。良いか、目印を過ぎたら兎に角討ち捲くれよ!!」
 少年の横、彼と同じく敵を見据えていたクオが立ち上がり、掌を上げて合図を送った。
 目印、とは遺棄した壕の内の一つ。弓を構えた者が皆立ち上がり、応えて少年も矢箱の蓋を開ける。
 彼の様に弓の使えない者は、本陣に用意してあった油壷に火薬壷を運び出し。
 (火を付け、投げつける為の物である)
 皆、迎撃すべく準備を整える。

「引き付ける必用は無いわ──雨と矢を降らして、近づかせない事を最優先なさい」
 ミホの言葉が飛ぶ。その為にまずやるべき事は至って単純だ。
 彼らが用いる棘は弓矢と槍。そしてここは高台。
 つまりは──

 キリキリと、弦を引き絞る音が唱和する。
 まだ早い。まだだ。目印までは距離がある。
 あの場所では、高低差を考えても矢が無駄になるだけ。
 予定していた側面からの奇襲は、兵力の減少によって不可。
 それを読みきってか何の気負いも無く見事な突撃横隊をとった騎兵の群れが、壕を飛び越え飛び越え津波の様に押し寄せてくる。
 進軍の轟きはまるで遠雷にも似て。それは嵐の前触れの様だった。

「……見えたっ!!」
 ──ラインを越える僅か前。
 それを確認しミホが短く叫ぶ。指揮系統の最上位は今やロボより彼女に移り。
 片手を振り上げ振り下ろし、そして『放て』と弓達に告げる。

 ひゅんひゅんと音が響く。
 まるでそれは驟雨の様に。馬群が地面を蹴立てる音より尚鋭く。
 弧を描く様に打ち出された銀色の雨。風切りを響かせ車軸の如く宙を舞う。
 そう言う事だ。
 例え黒服の男がいたとしても、あの騎兵突撃はとても真正面から白兵で防ぎ切れるものでは無い。
 凶暴極まるそれは文字通りの津波だ。真正面から受けたとすれば、どんなものでも粉々に粉砕されてしまう。
 こちらから打って出たとしても同じ事。あっという間に隊伍を分断され、各個撃破の愚に陥ってしまう事だろう。
 付け加えて歩兵隊、及びに魔法使、弓手の火力援護もある。
 座してそれを待つわけには断じていかない。

 だからこそ、だ。
 当初は、騎兵隊の機動力を削ぎ前面を順手、側面を搦手に我慢強く兵力削減に努めなければならなかった。
 だが、特攻まがいに過剰発動したLovが炸裂した今となっては次善の策を執るしかない。
 対する敵は、高い機動力と防御を誇る騎乗したクルセイダー。
 つまり、遠距離からの徹底した面打撃。回避の隙間も無いほどに矢を放ち、波の形を突き崩す。
 攻め来るは騎兵の津波、それを迎え撃つは鏃の嵐である。

 ──降り注ぐ弾雨に応え、クルセイダー達が盾を頭上に掲げる。
 時折煌く薄緑の光はオートガードだろうか。
 驟雨来たりなば、傘を開くは当然の事。けれども、その雨は──

「っしゃっ!!効いてるぜ、おい!!」
 クオの嬉しげな叫びが響く。
 それに引かれ、戦況を眺め降ろすウォルに矢にその身を、或いは騎鳥を打ち抜かれ落伍した者の姿が遠く見えた。
 ──そも矢、とは余程の力と強弓やボウガンで放たれない限り、直射では威力に限界がある。
 故に、通常弓手達はstrでは無く、Dexを鍛えるのだ。
 つまり、山なりの軌道を描く矢の特質を利用し、曲射を以って標的を射抜くのである。

 最も──この場合においては、器用さなど必要ではない。
 注ぐ矢は横殴りの雨と同じであり、弾幕が目的であるのだから狙いなどそもそも定める必用さえない。
 けれど落下する加速度に引き伸ばされたそれは、プレートメイルでさえも貫くだろう。
 冒険者の基準で言えば、99の器用さ。
 着弾時に全ての衝撃を引き出しうるその威力だけは完全に成長しきった熟練冒険者にも匹敵する。

 だが。落伍した兵は未だ僅か。
騎兵の群れは、死をも恐れぬかの様に突き進む。
 それを眺め、ウォルは油壺、火薬壷を抱え上げて手を上げる。
 応え、頷く顔が見えた。

 ──元より、戦力の違いなど解り切っている。
 弓兵だけではそれらを止められないし、削れない。
 津波を一時だけでも突き崩すには、決定的に足りないのだ。
 ひゅんひゅんと引っ切り無しに矢が飛ぶ音が聞こえる。
 既に、騎兵達も射程範囲に入ったのだろう。
 それに応じる様に、牽制とばかりにホーリーライトの煌きが時折、防柵を打ち据える。

「坊主、まだか?」
「まだだ。後、少し」
 村人に応える。又、飛び越えるのが見えた。
 彼らが陣取る最後の防衛線までは、僅か数十メートル。
 ──かちり、と彼らは長く伸びた紐の様なモノに火を付ける。
 じじ、と言う音が耳に。腰を落として、壷を構える。
 ──近づいた!!

「今だ──放てぇっ!!」
 雄叫び。ウォルは、塹壕から飛び出ると火を放った油壷を投げ放った。
 それに続いて二つ三つ、四つ五つと緩やかな放物線を描いて──即席のデモンストレーションと爆弾が飛んでいく。
 ひょっとすると騎兵達の兜の下には、驚愕の表情が浮かんでいたのかもしれない。

 だが、それは村人達には予期していた事だった。
 『異端審問官』──黒服の男は彼らの陣立てを(それは酷く困難な仕事だったが)事前に、偵察していたので。
 多くの騎兵を擁するそれを見ていれば、最終的に相手方が仕掛けてくるだろう決戦が騎乗突撃だろう事は想像がつく。
 そして、それはその機動力を削げば脅威の多くが減少する。
 だからこそ、である。
 もう一つ、少年は導火線に火を付ける。

「アンタ達なんかに──アンタ達なんかに、誰が負けられるか!!弓組、全力で斉射続けなさい!!」
「応よ──いいかっ、気張れよ手前らっ!!」
 ミホの叫びにクオが応え自らも弓を引き絞った。
 弦が弾ける。既に、線は弧から直へと移っていて。
 それに唱和するように──油から一斉に炎が立ち上り。
 盾を翳す騎兵の姿も見えた。だが、もう遅い。

「───!!」
 ──雷の如き炸裂音。それに怯えるペコペコが首を高々と持ち上げ、たたらを踏む。
 爆風は燃え盛る業火を巻き上げ大嵐。地上に現れたもう一つの津波となり騎兵達へ中央から襲い掛かった。
 未だ降り注ぐ鏃とても健在。
 一体、誰がこの様な場所で生き残れると言うのか。
 異端審問官が神罰を語るならば、彼らのそれこそは地獄の炎熱。
 およそ生きとし生ける者で、それから逃れられる者などいるまい。

 そう──その筈であった。
130名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/04(土) 16:53:43 ID:pHPB151c
 ぞわり、とウォルの背筋が焼け串でも抉り込まれたかのように震える。
 そして、次の瞬間に彼は見た。彼らは見た。
 炎の中で、尚輝く何かがある。それを、見てしまった。

「──神よ、御心の慈悲に感謝致します」
 翳した盾から発生した、緑水晶の如き『壁面』が迫り来る炎の嵐を食い止めている様を。
 今しも、焼き払われかねなかったクルセイダー達の前で、それに立ちふさがる豪奢な騎馬の姿を。

 そして。炎の向こうから轟く──刃金の様な、或いは遠雷の様なその言葉を。

 ──騎兵が高らかに掲げるその盾の銘こそは『神の使者』。
 神々より使わされたとされる聖遺物が一。
 天の使い。その意味を冠するが故に彼の盾は、地に満ちた信徒達の祈りを余さず天に届けるのだ。
 刻まれた秘文字、その一節に曰く──神よ、哀れみ給え。
 いと高き所より御手を降ろし給いて、迫る悪意の悉くを退け給え、と。

 淡く輝く姿は、ただ一騎にして一騎にあらず。
 彼の者は、化身。バルドルの化身。故に、それは既にオートガードと言うよりは、一切の悪意を寄せ付けぬ荘厳な城壁にも似て。

「──畜生」
 知らず、ウォルは歯噛みする。ツルギを握り締めた手が少しも頼もしいとは思えない。
 そして、瞬間的に理解した。あれもまた、黒服の男の同類である、と。
 あの化物だけではなかったのだ、と。

「構うなっ!!矢を止めるな!!」
 瞬間的に広がりかけた動揺に、ならば我等は月にも届けとミホが血を吐かんばかりに檄を上げる。
 ちら、と少年が目端に捕らえた彼女の横顔は、酷く固く口元を引き結んでいて。
 けれども、その眼光はまるで敵を射殺さんばかりに前を向いていた。
 思う。僕が弱音なんて吐いてどうするんだ。
 自己を叱咤する。信じろ。己を信じろ。肯定しろ!!
 全ては。そう全ては今は眠る彼女の為に。そして、僕の願いの為に。
 少年は、迎撃の為長槍を構える準備を叫ぼうとし──

「ふむ……そろそろ、頃合か」
 その時。立ちふさがる騎兵が降り注ぐ矢を歯牙にもかけぬ様子で言って、くいと顔を彼方へと向けるのをウォルは不意に見た。
 頃合?疑問が立ち上がる。酷く頭が熱くなるのを、ウォルは覚えた。

 だが、それは少し遅すぎたらしい。
 騎兵──イノケンティウスが、号令を告げる様に剣を振り上げる。
 見れば、魔法使い達は狙い違わず、城壁の向こうで詠唱を始めていて。
 くるくると式の陣が回っている。魔力の燐光は火の粉の群れの中、まるで蛍のようだ。
 一際強い輝きが灯る。それは振り上げられた剣からだ。

 ──不味い、と理性よりも生物としての直感がウォルに即座に危機を告げていた。
 この最後の陣地は急拵えとはいえども、最も頑丈に作られている。
 太い丸太を何本も繋げた壁、矢狭間に段差。更には、広く深く掘られた天井付きの塹壕と馬防の柵。
 半ば以上トーチカを含む強固な陣地と化したこの場所は並大抵の砲弾ならば、耐え切れる。
 だが、それなのに酷い焦燥が彼を焼いている。

「私が下す。私が裁く。あらゆる者は地に伏せよ」
 集まる光は、十字剣を包むかの如く。盾は、騎兵の祝詞を天へと運ぶ。
 それは、少年の如き卑小なものを気にかける事も無く。

「神なる裁きは法を敷き──故に汝等住まう場所無し。プレッシャー」

 そして、騎兵は裁きの言葉を速やかに告げた。


 next
131花月の人sage :2006/03/04(土) 16:56:01 ID:pHPB151c
スレが余りに寂しいから、反則気味だけど
一つの話を幾つかに分けて投稿してみるtest.
保管は全部上がってからにしていただけると幸い。

イノケン大活躍で主役側劣勢ですが、待て中編!!
132ずっと前の52sage :2006/03/05(日) 15:47:23 ID:pG3zzE8U
プロンテラ大聖堂、多くの市民、そして冒険者が祈りを捧げる場所である。
その一角にある部屋に、二人の男がいた。
一人は齢50過ぎの司祭、部屋の中央にある革張りの椅子に腰掛け、机に手を置いてもう一人の男を見つめている。
法服につけられた多くの装飾品から、この男の地位が並々ならない物であることが推測できる。
その司祭の前に、分厚い鎧を身に纏った男が立っていた。
硬質的な色合いの金髪に、鋭く光る青い瞳。そして鎧の上からでも分かる鍛え上げられた肉体は、彼がかなりの腕前を持っていることを表していた。
「さて……」
司祭が口を開く。
「君は最近ミョルニル山脈に出るという『悪魔』を知っているかね?」
『悪魔』と言う単語に、男がわずかばかり反応した。
教会、そして彼が所属する聖騎士団にとって、『悪魔』とは、種族としての悪魔だけではなく、教会に仇なす人物、風俗を乱す物すべてを『悪魔』と呼称しているのだ。
それを討伐するのが教会、ひいては聖騎士団の役目である。
故に、この司祭が彼に『悪魔』と言う単語を持ち出した時点で話のほとんどは予想できた。
「……存じております。して、その『悪魔』とはどのような物なのでしょう?」
「うむ、昔からミョルニルで活動していたのだが、ここ最近になって急に活発になりおった。昔はただ荷物を取るだけだったので山賊かと思っていたのだがな……近頃は死傷者まで出る始末じゃ。
 そして先月、アルデバランに向かったアコライトの一行がその『悪魔』によって皆殺しにされている。クルセイダーの護衛があったにも関わらずだ。」
「なんと……痛ましい……」
男はそう呟いて俯く。
「それで……その『悪魔』の正体?」
「詳細は分からぬ。だからこそ、君にこの件を任せたいのだ。」
「はっ、身に余る光栄であります。」
膝まづいた男に司祭が近寄る。
「君ならこの『悪魔』を打ち滅ぼしてくれると信じている。頼んだぞ、『聖堂騎士(パラディン)』カイト・アルヴェスタ。」
「はい、枢機卿。仰せのままに。」


大聖堂から出たカイトは天を仰ぎ、大きくため息をついた。
「かぁ〜っ、やってらんないなぁ〜……何で俺ばっかりこんな仕事……」
その言葉が示すとおり、彼が最近関わった仕事と言うのは、世間一般の聖騎士のイメージからは離れたものばかりだった。
疫病に汚染された村の焼却処分、禁薬を製造したアルケミストの暗殺等々……
神の名の下に戦い、弱きを助ける聖騎士のする仕事とは思えないものだらけである。
しかし、それらの仕事の積み重ねによって得た『聖堂騎士(パラディン)』の地位は、彼にとっての誇りでもあり、汚点でもあった。
裏の仕事によって手に入れた地位、彼はそれに少なからず罪悪感を持っていたのだ。
「結局、俺の人生は裏街道って訳かぁ〜……」
そう言って、再びため息をつく。と、その時
「カイトぉ〜っ♪」
底抜けに明るい声が彼の耳に届く。見ると、正面からモンクの少女が走ってくる。
「マイか……そっとしといてくれ、俺は今精神的な疲労により頭痛が痛い。」
「文法変だよ……」
頭を抱えて立ち去ろうとするカイトを、マイが引き止める。
「あーもー、ほんとに忙しいんだよー。新しく仕事入ったしー」
「えーっ! またなのー? 最近仕事仕事でぜんっぜん私と一緒にいてくれないじゃない。」
「そりゃ謝るけどさぁ……」
怒り心頭のマイに対し、カイトはただ申し訳なさそうに頭を下げている。
大の男が女の子に対して謝り続けている姿は、傍から見るとかなり滑稽であった。
「いいもん、もうこうなったらカイトは30近いくせに10歳年下の女の子を手篭めにしたって上の人に報告してやる。」
「な……そ、それはやめてくれ!! 頼む!!」
血相を変えてマイに縋りつくカイト。もはやプライドもへったくれもない。
「事実じゃない。」
「事実だけど……」
「あぁっ! かわいそうなマイちゃん! 親切な人だと思ってついて行ったのが運のつき、その若い果実を摘み取られて……」
「ストップ! ストーップ!! 分かった! 分かったからもうやめてくれ!」
「よろしい。」
したり顔で微笑むマイ。カイトはそんなマイを見て
(なんでこんな子を彼女にしちゃったのかなぁ……最初はもっと大人しかったのに……)
と、遠い目をして過去を振り返った。が、すでに後の祭りである。
「はぁ……じゃあ、今日だけは好きなだけ遊ばせてやる。その代わり明日からは仕事に行くからな。」
「はーい♪ じゃ、いこいこ♪」
マイはそう言うと、カイトの手を取って走り出す。
その手の温かみを感じながら、カイトは思った。
(ま、俺の人生が裏街道でも……今みたいに幸せだったらそれもいいかな……)
133ずっと前の52sage :2006/03/05(日) 15:48:34 ID:pG3zzE8U
――ミョルニル山脈、その麓にある森の中を1組の男女が歩いていた。
男性の方はローグ、女性のほうはハンターであり、どちらも弓に矢を番え、あたりを警戒しながら移動している。
「ねぇ、本当にやるの?」
「当たり前よ! ここの怪物の正体に賞金かけてるギルドもあるくらいよ? 捕まえたら稼げるわよ〜♪」
「でもさぁ、見た人ってみんな死んでるか、口も聞けない状態なんだろ? 無理だよ……」
「気合が足りないからそんな言葉が出るのよ、気合出しなさい!」
「そんなこと言ったって……ひあっ!?」
突然、ローグが声を上げた。
「え? なになに? どったの?」
ハンターも、それに合わせてローグの視線の先を見る。
――そこにはまるでゴミでもばら撒いたかのように人間だったモノが散らばっていた。
「ひえええええええええ……」
「うわっ、グっロ〜……」
あまりに凄惨な光景にローグは腰を抜かして後ずさりをしている。
「しっかし、なんなのよこりゃ。どんなことすりゃあこんな傷口になるの?」
散らばっている肉片を摘み上げながら、ハンターは呟く。
しいて例えるなら、馬鹿でかい斧で力任せに叩っ切ったような痕跡である。とても人間がやったようには見えない。
ハンターはしばらく肉片とにらめっこしていると、ショックから立ち直ったローグがおずおずと声をかけた。
「ね、ねぇ……あっちに普通の人がいるけど……」
「んー、どれどれ?」
ローグが指差した方向、そこには確かにまだ原形を留めている人間が倒れていた。
服装から判断するに剣士の少女である。うつぶせに倒れているので顔までははっきり分からないが、人間のようであった。
近寄ってみると、全身傷だらけではあるがまだ息をしているようである。
「おぉう、ラッキー♪ まだ生きてるみたいだよ。」
「ほ、本当?」
「うん、ひょっとしたらなんか知ってるかも……」
そう言ってハンターが少女に触れようとした瞬間……少女の体が自ら動いた。
「っ!?」
思わず手を引っ込めるハンター。そのまま少女の動きをじっと見つめる。
少女はゆっくりと立ち上がり……ハンターを見据えた。
「な――」
ハンターが声にならない声を絞り出す。
「なんなのよアンタ……」
ハンターを見つめる少女の瞳、その瞳は人間にしてはあまりにも不自然だった。
右目は血のごとき深紅、そして左目は爛々と金色の光を放っていたのだ。
ハンターは直感的に感じ取った。この少女こそが噂の怪物なのだと。
その瞳の光は、そう結論付けるのには十分すぎるほどの異常さを漂わせていた。
ハンターが弓を構える。それと同時に少女はそばに落ちていた剣を取る。
ブロードソードと呼ばれるその剣は、分厚く、幅広の刀身を持っていることから、盾としても使える両手剣である。
しかし、それ故に重量があり、高い膂力が無ければ振ることはできない。ましてや、女性の細腕で扱うには相当の修練が必要な剣である。
少女はそれを軽々と持ち上げ――勢いよく袈裟懸けに振り下ろした。
「ぐうッ!」
首元めがけ振るわれたその一撃を、ハンターは身を低くしてかろうじて回避する。
続けざまに、横薙ぎの一閃。まるで剣の重さを感じさせない太刀筋である。
「はあッ!」
後方に飛び退りながら、ハンターは少女の手元めがけて矢を射る。
矢は少女の人差し指付近に命中した。指が切断され、支えを失った剣はあらぬ方向に飛んでいった。
「今よ! 捕まえるから援護して!」
「は、はいっ!」
ローグに指示を出し弓を短剣に持ち換える。そして、少女の喉下に短剣を突きつけようとした時……彼女はその『音』に気づいた。
ゴキ、ゴキ、骨の折れるような音。得体の知れない音に恐怖しつつ、彼女は短剣を突き出す。
――しかし、彼女の体はそれ以上動かなかった。腹部に焼けるような痛みを感じた彼女は堪らず吐血する。
そのまま空中に持ち上げられる。夥しい出血と痛みによって、ハンターの意識は朦朧とし、現状把握ができていない。
(何なのよこれ……どうなってるのよ……)
眼下にいる少女は、ハンターを持ち上げたまま、ゆっくりと歩き出す。
その目線の先には……ローグがいる。
(やめろ……)
叫びたいが、声すら出すことができない。
ローグはというと、完全なパニック状態に陥っており、弓を持つ手がおかしな程に震えている。
と、その時。少女が口を開いた。
「ねぇ、ちょっとお願いが……」
「うわっ! うわああああああああああぁぁぁ!!!」
言葉を最後まで聞くことなく、ローグは半狂乱で矢を連射する。
少女はそれを、持ち上げたハンターを盾として防ぐ。味方であるはずのローグに撃たれ、ハンターは絶命した。
「うわあ! ああぁ!!」
矢が切れると、ローグは短剣を抜いて少女と対峙した。しかし、その構えからは恐怖の色が隠せない。
少女は息絶えたハンターを投げ捨てると、ローグに向かって駆け出す。
「ひっ……!!」
反撃か、回避か、その迷いがローグの命取りになった。右大腿部から左肩へ抜ける容赦ない一撃が、ローグを数個の肉片へと変化させた。

血の臭いに満たされた森の中、剣士の少女は今しがた倒した二人の荷物を漁っていた。
そしてお目当ての――食料を見つけると、嬉々とした表情で口に運んだ。
もぐもぐと咀嚼しながら、転がっている死体に目をやる。
「ご飯欲しいだけなのに、いきなり襲うことないじゃない。」
口の中の物を飲み込むと、彼女はそう呟いた。
134ずっと前の52sage :2006/03/05(日) 15:54:07 ID:pG3zzE8U
初めての人ははじめまして。知ってる方はお久しぶりです。
ずっと前から考えていたネタが押さえられなくなってしまい、つい書いてしまいました。
内容としては……なんだろ? 微妙な内容だったりします。(汗 ってかこれROなのかなぁ?
昔のキャラも出していったりしたいので生暖かい目で見守ってください。
135名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/13(月) 06:38:16 ID:/askSJ6E
とりあえず点呼してみる。
136|゜ω゜)sage :2006/03/13(月) 13:22:49 ID:87qpSCQ6

>126
がんばる

>127
ありがとう、ありがとう

>128
お手間かけさせてもうしわけねぇですー
137名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/13(月) 23:49:50 ID:9JGlLESU
3 ノ
138名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/14(火) 21:37:18 ID:ev/YSFc.
(*'-')ノ
139名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/14(火) 23:13:21 ID:JYYc35FU
ノシ
140花月の人sage :2006/03/16(木) 18:45:51 ID:SlVRpuMQ
現在、壁にぶち当たっております。
待ってる人が居たらごめん。
141名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/22(水) 03:57:06 ID:YIK2LC9k
以前から気になっていた。
ギルドに居る一人の騎士の女の子。
溜まり場でメンバーと話は普通にするけども不思議とダンジョンに潜るのは騎乗しているペコペコとだけ。
冒険者としての熟練は私と同じ位か少し上か。
「一緒にどこかに行きませんか」と声をかけてみても必ずやんわりと断られる。
それは私だけに限った話ではなくて誰が声をかけても一緒だった。
次第に『狩りに誘っても付き合いの悪い人』と、彼女はギルドメンバーにとってただのお話要員となっていった。
彼女も元々そのつもりでこのギルドに来たようだとギルドマスターからの話もあり、ならばそうかと納得し私も他のメンバーと同じようにただ話をするだけの間柄となった。

あの出来事があるまでは・・・


初出ですがっ
上記のような書き出しの話を書いています。
書きあがったら全文投下させていただきますね〜
142名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/22(水) 05:04:45 ID:7Nmg6.uQ
OK、楽しみにしてるよ。
こっちゃ最近止まりっぱなしだったし、歓迎するさね。
143白い人 :2006/03/29(水) 04:15:25 ID:86iF/ci6
わー、スレが進んじゃってなかなか読みきれない。
とりあえず、忙しい中で推敲を重ねた王都攻防戦No.7を投下。
だんだんとROからズレて行く世界を矯正しつつ頑張ってます。

ぽいっ (´・x・`)つ 【王都攻防戦 No.7】
144プロンテラ攻防戦 No.7―そして一人だけが立っていたsage :2006/03/29(水) 04:18:06 ID:86iF/ci6
 血臭の漂う王都南門。
 町を覆う城壁に、何か赤黒いモノが張り付いている。
 形状は咲いた花のように広がっているが、その色と臭いはお世辞にも良い物とは言えなかった。
 その花の茎とも言えるモノは、青く黒くなってもう動かない。だらりとその腕を垂らし、ただ城壁に寄りかかって座っていた。

 犠牲者は彼一人ではない。計り知れない恐怖と絶望が、ルーンミッドガルズ王国の首都を覆い尽くしていた。
 ある者は果敢に闘い、ある者は臆病にも(それは大体が正しい選択であるのだが)逃げ出し、ある者は恐怖の中に死した。

 まさに血の海となった王都の南門に、生きて存在しているのは彼らだけだった。


「え……?」

 呼吸が止まる。頭の中が真っ白になる。
 何か、何か考えようとはしたが、凍りついた時の中では思考すら許されなかった。
 一緒にいた赤髪の騎士も、金髪の司祭も、そして、彼女自身も。
 全てが凍て付き、呼吸することさえも許されはしなかった。

 何か行動を起こしてしまえば、それは"彼"の死を意味すると思った。
 圧倒的な存在感で、王都の騎士や聖騎士達を、自分を魅了していた彼が、そこらに転がる残骸のように……。
 今、彼女が一番考えたくないことだったが、それは逃れられない宿命であるかのように、彼女にまとわりついて離れなかった。


 刺突の一撃を放った者と、放たれた者。両者は全く動かなかった。
 正確に言い表せば、動けなかった。
 片や苦痛に顔を歪め、片や驚愕に目を見開いている。

「ま、まさか……!!」
「……」

 赤黒く染まった剣を引き抜こうとする青年の腕を、黒いローブの左腹部に紅い染みを作った黒き魔術師の左手が掴んで離さない。
 魔術師が右手に握っていた、拳骨ほどの大きさの赤い塊が砕け散り、凪いだ風に流されて消えた。
 大して強いわけでもない魔術師の握力では、片手で剣を振るう者の腕を固定することなど不可能である。しかし、青年の腕は動こうとしない。
 魔術師は痛苦の中で小さく嗤った。

 もうあと少し高い位置に刺さっていたならば即死だっただろう。血と汗で肌にベッタリと張り付いたローブからは、留まることを知らない赤が流れ出している。
 返り血を浴びて純白でなくなったローブをまとった青年が怯えている原因は、その剣を握った右腕にあった。
 しっかりと握られて固定された腕が――それを握って離さない魔術師の手もろとも――徐々に黒に近い灰色へと変色している。肌の質感までもが変わっていく。

 発動されたのは下級魔術。成功する確率やコストパフォーマンスの悪さから、誰もが見向きもしない魔術。
 そして、先ほどまでその触媒として赤い魔法石を握っていた右手が、傷口のほうへ伸びた。
 白刃は既に赤く染まり、やや上に傾いた状態で動かず、ただ魔術師の生命が大地へ伝うための道標となっている。

「っ!」

 親指を傷口へ這わせて、溢れた生命の欠片で濡らす。長いことご無沙汰だった、激痛の感覚が全身を駆け巡る。
 血液のめぐりが悪くなり、やや青ざめてきた右手の指先を赤く染め終えると、それを石化した敵の腕に押し当て、歪な紋様を描き始めた。

 あまりに精巧な円。
 あまりにおぞましい悪魔の双翼。
 あまりに鋭い獣の牙。
 精巧な円の中に描かれていく混沌とした世界。ただ一度の狂いもなく、ただ一寸の震えもない。
 歪だが美しいとさえ言える紋章が完成し、それと同時に両者は再び動き出した。

「グブッ……」

 剣を引き抜かれたことによって、あふれ出す赤の勢いが増した。
 内臓まで達したのだろう。魔術師は口からも、同じそれを吐き出した。
 吐き出したが、崩れ落ちることはしなかった。まだ戦いは終わってなどいない。

「クッ……」

 剣を握る青年の腕が、震え始めた。
 恐怖でも絶望でもない。それよりももっと強い強制力がはたらいていた。

「どうやら本気で貴方を殺さなくてはいけないようです」

 剣を握った青年の周りを、強い風が吹き始めた。彼の表情は先ほどまでの恐怖を完全に無くしており、その一面には怒りだけが詰め込まれていた。
 強い鬼気が吹きつけ、セレン達は目を開けているので精一杯だった。
 見ていることしかできないが、それを自覚して自己嫌悪に陥るだけの余裕もなかった。

 竜巻のように荒れ狂う風が剣の周りを回る。
 血走った殺意の瞳が、ただ殺すべき対象、黒い魔術師を睨みつける。
 線の細い、美しく整った顔立ちがもはや不気味にさえ映るほどの狂乱。
 おぞましい形相を崩さず、充血しきった目を見開いて剣を振り上げる。

 そこで、彼の動きは停止した。
 痙攣する彼の手を離れた剣が地に落ち、カランと情けない金属音が響く。
 怒気は驚愕へ、完全に変色していた。その驚愕は再び怒りの色を生み出す。
 しかし、いくら怒り狂おうとも、今度こそ彼は動くことができなかった。
 高く振り上げたまま、本人の意思に逆らって痙攣し続ける腕。
 石化の魔法は完全に解かれていたが、その代わりに腕に描かれた魔法陣が闇色に輝いている。それは、吸い込まれそうになるほどの深い闇。

「ク……!!」

 ギリリと、歯軋りの音が響いた。
 端麗であった彼の顔は歪みきり、目の前の忌々しい悪魔を睨みつける瞳は、彼自身が悪魔であるかのようにギラギラと輝いていた。
 その殺意の眼差しを受けている魔術師は黙し、うつむいたまま微動だにしない。
 呼吸をしているのかどうかさえ疑わしいほどのその静止の中で、滴り落ちる赤だけが彼の存在を肯定していた。
145プロンテラ攻防戦 No.7sage :2006/03/29(水) 04:18:57 ID:86iF/ci6
 誰一人、身動きは許されない。
 その凍て付いた空間を叩き割ったのは、その場にいた誰でもなかった。

「どこにいるのかと思ったら、まだこんなところで油を売ってたのね?」

 "白かった"青年の背後から、甘ったるい声が聞こえてきた。
 紛れも無く少女――それも、かなり幼い部類に入るだろう――の声。だがしかし、少女と表現するのが躊躇われるような何かが、声の裏に隠れていた。
 剣を手放した青年のようなむき出しの殺意とはまた違う、静かな悪夢の予感のような何かが潜んでいる。

 彼の左斜め後ろの地面に、紅い魔法陣が描かれた。
 赤黒く染まったタイルの上に、尚煌々と輝くその真紅の輝きが、円の内側から何かしらの紋様を描いた。
 円の端と端がつながった瞬間に、その場所から激しい火柱が上がる。
 火柱はあまり高いところまで背を伸ばさずに、地上から一メートル半程度の箇所で途切れ、そしてすぐに弾けた。
 その紅いカーテンが消えると同時に、内側に見えたのは人の姿。
 火柱が消え去った後も、セレン達に対するその空間の印象はあまり変わらなかった。
 紅い――今、セレン達から見れば嫌な色の――薄手の袖なしローブに身を包み、腕には服から独立した袖口らしきものをつけている。
 上級のセージ、プロフェッサーと呼ばれる者の典型的な服装だが、小さく出た八重歯が場違いなまでに蠱惑的に見えた。
 長い、赤みがかった黒の髪を後ろで二本に束ね、不敵な笑みを浮かべるのは、やはり少女と言って差し支えないほどに――しかし、声の割には幼くないように――見える女。

「マトローナ……ですか」
「ダメじゃない。勝手にこんなことしたら。お姉様がお怒りよ? ふふっ」

 動かせない右腕を抑えながら、白かった青年は渋い顔をした。
 今のところ敵として認識はしていないが、彼女のことはあまり好ましくも思っていないらしい。
 突然現れた紅い少女に対してでなく、自らの動きを縛る魔法陣に対して、彼は心底忌々しいといった表情にさせられていた。
 そんな青年に対し、小さな少年をなだめるように言った彼女の言葉は、あまりにも冷徹な響きを持っていた。
 最後に小さく笑う声も、甘ったるい少女の声であったが、それは笑うというよりも、むしろ嗤うという表現のほうが正しかった。
 純粋無垢な少女ではない。全てを知った上で、そんなことは問題にしないかのような口調。
 多くの亡骸が彼女の視界に入っていたが、彼女の声はまるで少年の些細な悪戯を咎めるような柔らかいものだった。

「これは……ガンバンテインの応用ね。お姉様に診てもらえば大丈夫だと思うけど、無理したら死んじゃうわよ?」

 青年を蝕む禍々しい魔法陣を見ても、その表情と声色は全く変わらない。
 変わらないどころか、むしろ陽気にさえ見えるその様子は、この血塗れの惨劇が起こった悲しい場所にはあまりに不釣合いだった。

「な、なんだよ、あいつ……」

 ほんの少し前まで、人外な白黒の二人の戦いに圧倒されていた三人は、やはりその異常さに恐怖を覚えた。
 背骨がそのまま引っこ抜かれ、変わりに同じ形の氷がはめ込まれたような、そんな悪寒。
 司祭は得体の知れぬ恐怖に、セレンは迫り来る絶望に、それぞれ圧迫されている。
 常に冷静沈着であらねばならないという教えが身に染み付いた赤髪の騎士でさえ、声が震えてしまうほどの凄まじい寒気。

 魔女

 その表現が一番正しいと思った。
 憎悪と殺意と悲愴と絶望と恐怖。
 それら全てに満たされたこの忌まわしい空間で、ただ平然としていることへの、大きすぎる違和感があった。
 全体のイメージとほぼ同じ血紅色の瞳が、彼の怯えた姿を射抜いた。

「!!」

 突如、激しい動悸を感じた。
 それが自らの恐れによるものなのだと気づくのには、そう時間はかからなかった。
 気づいてから、その弱い感情を振り払う。
 頭の中で、強く誇り高かった父の教えを反芻する。

――騎士たる者は常に冷静沈着であらねばならない。
  騎士たる者は常に勇猛果敢であらねばならない。
  騎士たる者は恐れてはならない。闘わねばならない。
  強くあらねばならない。

 剣を握る右手に力を込め、震える呼吸を深く吐いた。
 臆病に震える恐怖を熱い闘争心に変換していく。全身を覆う鳥肌さえもそのスパイスとして。

――目の前の悪を見過ごしてはならない。
  悪とは断固闘わなければならない。

 湧き上がる義憤にも似た闘志の片隅で、冷静に思考する。
 今倒すべき相手は、目の前の白い青年。この残虐非道なテロの首謀者であろう男。
 命を弄び、多くの民を嬲り者のし、最後にはその希望、可能性、全てを刈り取った死神とも言える存在。

 冷静に分析を続ければ続けるほど、彼の怒りは高ぶっていった。
 結果としてそれだけの闘志を呼び覚ました紅い魔女の声は、彼の頭からすっかり抜け去っていた。
 標的を、魔法陣によって何らかの制御を受けたと思われる青年に定める。
 アレスの闘魂に満ち溢れた鮮やかな紅蓮の瞳が怒りの炎を湛え、倒すべき敵を睨みつける、
 激情を孕んだ息を深く、小さく吐き捨てた。
146プロンテラ攻防戦 No.7sage :2006/03/29(水) 04:19:31 ID:86iF/ci6
「ミラ、キリエを」
「は、はい」

 振り向かずに、いまだ恐怖の中にあった司祭を現実に引き戻す。
 静かな声だったが、有無を言わせぬ強い意志を感じさせる声だった。

「主よ、私は貴方に呼びかける……」

 ミラと呼ばれた司祭はまだ少し震える声で、それでも確実に詠唱する。
 震えていた声は徐々に、高ぶる怒りを優しく諌めるような、暖かなものになっていく。
 激しい感情をそのままに、自分の思考の奥底、胸の中が落ち着いていくのを自覚し、今度は静かに呼吸して、剣を握る。
 赤髪の騎士の足元に描かれる魔法陣と共に、神聖な防壁魔法はすぐに完成し

「スペルブレイカー!!」

 なかった。
 半度の狂いもなく完全に調弦されたヴァイオリンをフォルテ四つくらいの音量で弾き鳴らしたような張り詰めた声が詠唱を遮り、そして直後にはその声は再び先ほどまでの甘ったるい少女に戻る。

「プリがいると厄介なのよね。だから、おとなしくしてて頂戴」

 最後にハートマークでもくっつきそうなほど陽気に甘ったるい声は、次の瞬間には――その不敵な笑みを欠片も崩さずに――またどす黒い魔女の声に変わっていた。

――彼の者に崩壊の悪夢を……

 それは大気を震わせているのかどうかさえも疑わしいほどの幻想的で、それでいてはっきりと脳に伝わる恐怖への前奏曲。
 徐々に迫り来るそれを感じていた司祭にとって、その時間は一度引っ込めた恐怖を再び目覚めさせるには十分すぎる時間であったし、冷静に思考して行動するにはあまりに短すぎた。
 そして悪夢は牙を剥く。

「ソウルバーン!!」
「!!」

 詠唱の完了とほぼ同時に、アレスの闘志を持つ騎士の後ろから、声になり損ねたような悲鳴が上がった。
 魔女の紫に近い赤の視線が司祭、ミラを射抜き、愉悦に歪んだ。

「ああああああああ!!!!」

 聴いているほうがおかしくなってしまいそうな鋭い悲鳴。それはさながら、調弦がバラバラになってしまったオーケストラの合唱。
 両腕で、何やら異常が発生したということだけを感じ取りそれを激痛という情報として伝達する頭を押さえ、悲鳴を上げ続ける。
 強引に、今まで考えていた全てが痛みに摩り替えられたような感覚。全身へ駆け巡った恐怖を超える何かが溢れ、声帯を無理やりに震わせる。

 大気を引き裂くその悲痛すぎる声が収まったのは、騎士が彼女に駆け寄った後だった。

「ミラ、どうした!?」
「あ……あ……」

 肩を掴んでやや強引に揺さぶるものの、ミラの視線はどこか空を見つめ、彼女の顔から恐怖の色が消えることはなかった。
 彼女の口からは、切れてしまった弦を無理やり引っ張ってピッチカートを演奏しているような、そんな悲しすぎる音が出るだけだった。

「ごめんなさい……ごめん、なさ……もう、許して……」

 目に溜まった涙は躊躇うことなく頬を伝い、次々に零れ落ちてゆく。
 うわ言のように何かをつぶやいている。彼女の悪夢は始まったばかりである。
 彼女はそのまま、限りない暗闇の世界へと、自らの意識を委ねざるを得なかった。

「お、おい! ミラ!!」

 力なくもたれかかってくる彼女は、騎士がいくら呼んでも揺さぶっても目を覚まさない。
 灼熱の業火の如く燃え盛っていたものはすぐに消え去り、血の気が引いていくのがわかった。

「大丈夫よ。眠っているだけだから。
 目を覚ますかどうかはわからないけど」

 最後にやはり小さく嗤う彼女に対して、また熱いものが湧き上がってきた。
 しかし、今度のそれは闘志とは似て非なる存在。
 司祭を民家の壁に預け、剣を両手で握って走り出した。

 悲痛な雄たけびをあげながら、一直線に魔女へ突き進む。
 持ち前の冷静さはもはや失われ、彼はただ殺意を露に突き進む。

 完全に逆上し、地獄の業火とも言える憎悪を帯びた彼を見て尚、紅い魔女は不敵な笑みを一片たりとも崩しはしなかった。
 血紅色の瞳が妖しく輝き、特殊な魔術の発動を告げる。

「!?」

 我を忘れた激しい憤怒の中にあった騎士の心は、一気に冷えた。
 かすかな憎悪の熱の名残を残しはしたが、周囲の異常な光景によってそれも徐々に冷えてゆく。
 おぞましいまでの恐怖がもたらす悪寒と急激に冷されたことによる混乱によって、彼は動けなかった。

「何も、見えない……」

 震える声帯からやっとのことで言葉を搾り出すが、それは虚しく闇に響き渡るだけだった。
 視界が全て黒く塗りつぶされている。それが黒色であることすら認識できないほどの闇。
 彼が冷えた頭で何とか思考を再開しようとしたとき、初めて彼の鼓動、呼吸以外の音が聞こえた。

――彼の者に天上の怒りを……

「があああああ!!!」

 思考はおろか、呼吸さえも許しはされない。
 痛いということを体で理解できるだけで、意識の中にそういった感覚は全く現れない。
 剣は手から落ち、鈍く情けない音で地に転がる。
 目は見開き、手は指先までしっかりと伸びきっていた。
 一瞬だけ光が見えたが、それ以降は視覚が情報を受け取ってもそれが脳まで行き渡らなかった。
 ただ喉がつぶれてしまうほどの叫び声を上げ続ける以外、彼にはなす術がなかった。

「あ……う……っが……」

 それが雷撃の魔術であったと理解できたのは、激しい苦痛を残したその魔術が消え、視界が晴れて目の前に紅い魔女が見えた後だった。
 理解すると同時に、麻痺した全身が一気に崩れ落ちる。
 荒い呼吸がしばしば痙攣で遮られた。五臓や呼吸器官がただ事では済まなかったのかもしれない。
 戻りかけた、朦朧とする意識の中をいろんな感情が交じり合って混沌としたものが駆け回る。
 言葉にならずに消えるその想いは、不完全な映像として脳裏をかすめ、そして消えていく。
 護るべきもの、護りたかったもの、護れなかったもの……

 彼が意識を手放す直前に見たのは、自分と同じく王都に横たわる残骸達の姿だった。
147プロンテラ攻防戦 No.7sage :2006/03/29(水) 04:20:13 ID:86iF/ci6
 魔女はやれやれ一段落ついたと言わんばかりに、軽く息をついて肩をすくめた。

「お姉様が私達の居場所を見つけてくれたわよ。帰りましょ」
「……わかりました」

 剣を拾って鞘に収め、渋々ながらも青年は魔女に同意した。
 二人の足元に明るい翠色の魔法陣が描かれる。内側から外側に向かって、最後に陣を囲む円が描かれた。
 殺し損ねた相手に対して呪うような視線を投げつけ、青年は魔女と共に魔法陣から吹き出る炎の中に消えていった。


 目的のわからない襲撃者二人がその姿を消した瞬間、ドサリという鈍い音と共に、彼は崩れ落ちた。


 血糊で塗り固められた王都に立つのは、ただ一人。
 彼女は生存した勝者というより、目の当たりにした絶望に対する敗者だった。
 いつの間にか殺戮することへの恐怖は、殺戮されることへの恐怖へとすり替わっていた。
 その恐怖も、今は全て絶望一色に塗りつぶされている。

「あ……ああ……」

 抑えていた熱いものが溢れ出した。
 同時に、彼女はじっとしていられなくなった。
 ペコペコから降りて、密かな憧憬の対象でさえあった黒い魔術師の傍に駆け寄り、掠れた声で治癒魔法を唱える。

「ば、バカ! あんたが、あんたが死んだら……!!」

 彼女の涙は止まらない。強かった瞳は、今や戦士のそれではなく、純粋に目の前の恐怖に押しつぶされてしまいそうな少女のものだった。
 剣に刺し抜かれた傷は塞がらない。重傷らしかった。未だに赤が、彼の生命そのものがあふれ出している。
 彼は目を開かなかった。

 痛みが激しいのか、彼は苦しそうな顔で、目は開かずに小さく息を吐いた。

「……うる、さい。俺は、寝る」
「う……うあぁ……」

 頬を伝う涙が漆黒のローブに落ちる。
 彼が最後に放った言葉は、表面こそいつもの台詞だったが、消えてしまいそうなほどに弱弱しかった。

 どうしようもなく不真面目で、それでも気がつけば合理的なのは彼のほうで、いつも自分は圧倒されていて……
 そんな日常の中での、彼独特の力強さは既に失われていた。
 そして、もうそんな日々には戻れないのだと言うことを、彼女は悟っていた。
 だからこそ、涙は止まらない。

――なぁ〜

 真夏の太陽の下。
 赤黒い地獄絵図の中にある音は、彼女のすすり泣く声と、いつの間にか主人の下から離れていた猫の鳴き声だけだった。
148白い人sage :2006/03/29(水) 04:37:43 ID:86iF/ci6
下げ忘れ失礼

王都攻防戦No.7
よくわからない人が登場して、暴れるだけ暴れて帰ってます。何がしたかったんだか。
一応、この作品はかなり長い年月をかけて描いてるんですが、構成力のなさが浮き彫りになりすぎて泣きたい。
泣きたいけど、無理やりにでも終わらせます。次で
そのあとは短編を書きたいなと夢想しつつ。

今回のお話ですが、なんだか絶望的な雰囲気が漂い始めてます。
戦闘シーンは、一応入れたけどすぐに終わるし味方ボロ負けだし、何よりNo.5みたいな明快な燃えがなくて、描いてて消化不良気味
引っ張るだけ引っ張った伏線も消化せずに終わっちゃいそうな気がするんだけど、そのうちフォローの短編でも書きます。多分
149SIDE:A 修行僧の誤算sage :2006/04/01(土) 10:24:23 ID:a6lZu5P2
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%BD%A4%B9%D4%C1%CE%A4%CE%B8%ED%BB%BB
こんにちは。風邪で発熱中に書き上げて倉庫に投げ・・・・・・。そのままここに告知するのを忘れてました。
だいぶ前にあと4〜5回で終わりそうだと言ったような気がしますが、多分気のせいです。
って言うか、構想は変わってないので描写量を読み違えたんですね、はい。
この後はAもBも戦って戦って戦い抜くだけな話で、組み合わせから決まり技まで決まってます。
花月さんみたく、書きながらストーリーを組むタイプのようにかけなくなって筆が止まる事は無いのですが、
意欲がなくなって筆が止まると言う新たな欠点が発覚しました(w
>白い人さん
投稿の間が開くと、読者は前回の展開など忘れている物です。多少繰り返しになっても登場人物の描写とか、
何故、とか何処で、とかの基本的な内容をくどくなる位にやった方がいいと思いますよ。
いえ、私はそうしてますって言うだけなのですが。
150単発系sage :2006/04/10(月) 00:13:06 ID:p/umV2sI
 晴れた日のほうが、朝は冷える。
 風も強い。
 舞っている風に、立てた襟が、ばたばたと踊っていた。
 春の足音は聞こえはじめていたけれど、春と呼ぶには、まだまだ寒い。

 こんな陽気の空の下で、長時間過ごすのは厳しいだろう。
 広場に行く予定だったが、早々に諦めて、首都の南西区画にある酒場へと向かった。
 朝から酔おうというわけではなく、臨時のパーティメンバーを探すためだった。

 理由は、いくつかある。

 金銭効率、経験効率ともに良好で、狩場のレベル的に適当な場所。
 僕くらいのレベル帯では、監獄の一層目がその条件に一致する。
 しかし、ひとりで行くにはいささか厳しい。
 監獄レベルの敵からの攻撃を四回も被弾すれば、手持ちの回復剤などすぐに使い切ってしまう。
 僕は、特に援助も支援も受けずに転職した、しがないウィザードだ。
 ヒールクリップなんて高価な代物には、手の届く道理もない。
 出来ることなら、プリーストの援護を頼みたかった。

 それに、先日習得したストームガストを、実戦レベルで試してみたいという好奇心もある。

 そして、なによりソロでのハントに倦んでいた。

 酒場には、それなりに多くの冒険者が、おそらく僕と同様の目的でたむろしていた。
 冒険者用に設置されている掲示板を見に行ってみたが、僕に適当なレベルのものはひとつもなかった。
 あまり気は進まないけれど、僕が募集者になるしかない。

 掲示板の空いているスペースに、監獄行きのパーティを募集する旨と、自分のレベルを記入する。
 この掲示板を見て、自分に適当であると考えたパーティに参加、ハントを行い、帰還すれば解散となる。

 コーヒーを飲みながら本を読んで時間を潰す。
 ほどなくして、ひとりの女性プリーストが話しかけてきた。

「こんにちはー」と、彼女は『こんにちは』を表すエモーションを表明する。
「こんにちは」
 僕が目礼すると、彼女はにっこりと微笑んだ。まずまず、魅力的だと思った。

「INT先行VIT型のプリーストです。よろしかったら参加させていただけませんか?」
 願ってもない申し入れだ。レベル帯も合致している。断る理由はなにもなかった。
「喜んで。こちらこそよろしくお願いします」
 僕は即座に了承する。

 あらかじめ作っておいたパーティに、彼女を招待して、監獄でのハントに向けて少し話し合う。
 ペアで狩れるほどの、技術も魔力も僕にはない。
「前衛が二人に、ウィズさんを含めて後衛が二人、できればもうひとり支援可能な人がいるといいですね」
 彼女は臨時のパーティハントをメインにしているらしく、発言は的確だった。異論はまったくない。
「そうですね。早速、書き換えてきますね」

 そう言い置いて、掲示板へと向かう。
 先ほどまであった募集がいくつか消されて、新規の募集がいくつか追加されていた。
 競合するような募集は特になかった。
 僕は募集要件をあまり絞り込まずに、単に前衛と後衛を求める旨を追記して、彼女の待っている席へ戻った。

 さほど時間もかからずに、耐久型の騎士が一名、ジャマダハル使いのアサシンが一名、参加を申し込んできた。
 さらに、彼らがハントの準備をするためにカプラ職員のところへ行っているときに、
 相方同士だというハンターとプリーストも参加。
 都合六人のパーティを結成することになった。
 かなりバランスのいいパーティだ。運がいい。

 メンバーが集まったのならば、掲示板の募集を消さなければいけない。
 いつまでも残しておくのは、自分にも他人にも迷惑がかかってしまう。

「こんにちは!」
 不意に、僕の隣で掲示板を眺めていたひとりのバードが、いやに陽気な表情で微笑みかけていた。
 無視するわけにもいかない。
「こんにちは」

 そのバードは僕に向かって「まだ空きはありますか?」と訊いてきた。
 もちろん、監獄行きのパーティ枠を訊いているのだろう。

「転職したてで、まだ口笛しか習得してないんですけど……」
 彼は自信なさげに僕に言った。
 僕は既に消しているのだから、本人も駄目で元々くらいのつもりに違いない。
 それにブラギが使えるならまだしも、口笛では加えるメリットがあまりに薄い。
 七人でハントした場合、当然分け前も減少してしまう。

「すみません。もう募集は締め切りなんです」
 すると、彼は顔に、ちょうど頬の肉だけを落としたような表情を浮かべて
「わかりました、それなら仕方ないですね。また次があったら、よろしくお願いしますね」
 と悲しい笑顔で言った。

 汚い打算を理由に断った僕は、たまらない気分になった。
 しかしパーティメンバーをあまり待たせるわけにもいかず、目礼をして僕はその場を立ち去った。

 プリーストのひとりが、グラストヘイム近辺のポータルを持っていたので、一度外に出ることになった。
 風がもろに顔にあたって、僕は目を閉じた。

 そのときだった。

「幸運を!」と言う、大きな声がした。
 見てみると、あのバードだった。


 道中、何かを思い出したように僕は立ち止まった。
 しっかりと首から口までマフラーを深く巻きなおして、
「幸運を」とバードが言ったのを真似して、マフラーの中で言ってみた。

 月並みだが、いい言葉だと思った。
151名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/04/13(木) 21:01:10 ID:umpmVBMo
凄くいい話なんだけど、コメントに困る。
懐かしく楽しく読ませてもらいました。
152ペットの人sag :2006/04/14(金) 00:41:09 ID:eWU3TJ2.
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」


「……なんで、……な、…無理だマスター、なんで立ち上がるのだ。もう良いではないか」

 絶対に頭がどうかしている。
 現世への未練に縛られた幽鬼か、死にぞこないの敗残兵か。
 どちらにしても、ガルデンの立ち上がる姿は、余りにも虚ろで危うい。
 そのくせ、底知れぬ圧力を秘めた視線は、こちらが一度見入ってしまったが最後、そらすことが出来ない。
 流石にプリーストも感嘆の声を漏らす。

「ほう、流石は聖騎士殿だ、たった一撃では沈まぬか」
「一撃って、最初の投げはカウントなしですか。…教会のかたはきついですね」
「受身を取らなかったのは、貴様の勝手だろうに。更に言えば、とっとと降参すればよいものを、
 無駄に立ち上がっているのも貴様の勝手だぞ。解らんのか、自己満足に過ぎない足掻きだというのが」

 そう言ってプリーストはロングメイスの持ち方を変える。
 長いグリップの中ほどを左手で掴み、そのやや後ろを右で支える。半身に構えた身体に、それを巻きつける様に持つ。
 絶えずフットワークはリズムを刻み、上下前後左右に体を揺らす。
 その残像を纏う揺らぎの中に、次の動きの前触れをすべて隠してしまっている。
 この構えは鈍器よりも、フェイヨン地方の棍術や棒術のそれに近い。

「貴方の言う通り、僕は満足いく事をしたい。それが僕にとっての自己満足なのかも知れません。
 でもあのコにとって、僕はご主人様なんです。だから、立ち上がるんですよ」

 一方のガルデンも、自分の一言一句を無理槍気味に力に変えて、正宗を高く持ち上げる。
 どんなに気張ったところでダメージの出ている左肩を庇う様に、構えは右の上八相。
 肩幅に開いた脚で深く、左前の半身となる。
 爪先で地面を掴むような、微かな擦り足のみで間合いをつめ、上体は微動だにしない。
 その構えは間合いを支配し、後の先にて喰らい付く構えだ。
 プリーストが動ならば、こちらは静といったところか。
 動と静の衝突は、再び動のほうから攻め込んできた。
 低い。
 やはりプリーストは沈み込むような低空進入。
 『速度増加』で加速した踏み込みは、路面をなめるように迫り来る。
 右方に抱えたロングメイスは、更に下方から路面を抉るように―――
 ―――否、完全に路面を抉り、穿ち、破片を撒き散らしながら振り上げられた。
 それは豪腕に任せ振られる、下弦の月のような軌跡。
 路面を障害とも思わず轟旋を描く下弦の月は、砕いた石畳の破片を流星群とし先行させる。
 流星と化した石つぶては、ガルデン目掛けて高速で飛来。
 幾片もの尖鋭な破片が顔面に向かっているというのに、
 ガルデンはそれも含めて全の流星と、それらに反応しようとする自己の反射を無視。
 流星群の奥から唸りを上げて昇ってくる、破壊の概念で満ちた下弦の月だけに集中。迎撃を開始する。

「――ぁぁあっ!!」

 額や頬に石くれを浴びながらも裂帛の咆哮。切断の意思で染め上げた上弦の月を振りおろす。
 流星群を突き抜け、下弦と上弦の月が激突。
 赤青の混じった眩い火花が、宵闇に一瞬の煌めきを描き、かん高い金属の悲鳴が響く。
 続いて、ぎゃり、と刃と鉄が噛合う不快な音が滲むように互いのエモノから伝わり、力での押し合いが開始される。
 ようやく戦闘開始から、初めて互いのエモノがぶつかった事になる。
 ここまで来るまでに、ガルデンはそれなりにダメージを喰らっている。左肩に肺に大ダメージの他、
 先程の石くれに額と頬を裂かれ血が伝い始めている。
 更に今頃になって気付けば、右の肋骨も何本かイッている様だ。肋骨よりも内側の肺がやられているのだ、当然といえば当然。

(下手をすれば、折れた肋骨が肺に刺さっているケースもありえますね。・・・それに比べて・・・)

 一方のプリーストはほぼ無傷。初撃の打突も仮面越し故に効いていないのだろうか。
 今、腰の高さで競り合っているロングメイスも、
 ガルデンの正宗が着切っ先に全力を込めて押し返そうとしているのに、一歩も退こうとしない。
 相手の食い縛った口からこぼれる呼気の音が解り、黒地に赤の法衣の隙間から、
 屈強な胸板とそこに浮かぶ汗の滴が視認できる程の距離で対峙すれば、その力量はまざまざと痛感させられる。
 やはり・・・、繰り返してしまうのか・・・
 ガルデンの奥深くから、後悔の塊が浮かび上がってくる。かつての彼を今の彼へと導いた出来事。
 誰にも触れさせない心の底辺に深く沈みこみながら、絶えずガルデンを翻弄する後悔の塊。
 まるでルルイエと呼ばれる廃獄都市のようだ。それが浮かびあがろうとしいてる。
 その塊ごとねじ伏せようとするかの如く、ロングメイスを押し返す。
 すると相手は、新たな攻撃を仕掛けてきた。

「どうした、今更怖気づいたか」
「いいえ・・・・・・、今更じゃないですよ、最初から、
 この依頼を破ろうとした時から怖気づいてますよ。それでも僕は、選ぶしかなかった」
「・・・・・・ウソだな」
「―――!?っ」

 これ以上無く簡単な否定。・・・何故ウソだというのか。一瞬、ガルデンは目の前の聖職者を問いただし、
 ウソでは無いことを、選ぶしかなかった理由を証明させようと―――思ってしまった。
 惑わされるな。
 プリーストの放つのは会話でも議論でもない、ただの音声だ。武装した言霊であり、
 敵の動揺を誘い出す、単なる駆け引きの常套句に過ぎない。
 何でも良い、相手に話しを吹っかけ、相手が返答したら「・・・・・・ウソだな」 とたった4文字で否定すれば良い。
 最も簡単な詐術だ。
 なのにガルデンは一瞬の隙を与えてしまった。その一瞬の内に、たった4文字の言葉は侵食を開始する。

 本当に、選ぶしかなかったのか。別の選択肢はなかったのか。
 あったのに、僕の自己満足が、ソレを否定したり見向きもしなかったんじゃないのか・・・・・・
 それが原因で、僕はまた同じ事を・・・・・・。いやあの時よりも無様で・・・・・・間違っているのか・・・
 目の前のプリーストが求める、組織の正義とか、国家とか大局とか、そういうもののほうが正しいのか・・・

 たとえ拮抗する物理的な力は維持できようとも、精神は自身のこぼす不安という流血に溺れ、後悔という溺死を招く。
 やがてそれは、物理的な力へも―――影響は出なかった。

「マスター、右だ・・・、・・・奴の、右首・・・を」

 あることに気付いたサララが、搾り出すように一言だけを発した。
 ある意味それは奇跡かもしれない。
 石畳に這い蹲り、呼吸もまともに出来なければ、口に入った砂を吐き出すこともできず、
 意識をなんとか繋ぎ止めているだけのサララが、それに気付けたことは奇跡かも知れない。
 プリーストの右首には、赤い筋が零れ、そこよりやや下の肩口には、一線の赤い傷が刻まれている。
 初撃の柄頭を使った刺突と続く抜刀。その時にガルデンが付けた傷だ。
 たとえどんなに小さくとも、敵に刻み付けることが出来た戦績なのだ。
 現金なもので、たったコレだけのことでガルデンの心は動き出す。
 後悔や嫌悪といった後ろではなく、ただ前へ向かって動き出す。

 考えてみれば、子供の時からこういう生き方をしてきた。
 バカ正直な選択しか選べなくて、選んだ後でうじうじ悩んで、
 誰かに助けられて、それで漸く達成する。それでもまたバカ正直な選択を選んでしまう。
 無論バカ正直な選択を達成できず、失敗に終ったことだってある。失敗のほうが多いかもしれない。
 それでも、途中で諦めてしまった時よりはマシだったと思う。

 そして振り返れば、いつの頃からか『誰かに助けられて』の誰かに当てはまる人物に、
 サララの比率が高くなっていた気がする。
 かつてはチセという義姉の比率が高かったし、今でも低い訳ではない。
 それでも何故だか解らないが、サララの前だけでは失敗したくない、と今は強く思う。
 それは、今回もサララの一言に救われたから、というだけではない気がする。

―――――わからない。

 でもかまわない。
 完全な答えなんてまだ持ち合わせていないけど、今心の中で奮えている思いの数々は、
 それなりに上等なものだと信じるから。信じられるから。
 だから前へすすむ。
153ペットの人sag :2006/04/14(金) 01:00:39 ID:eWU3TJ2.
お久しぶりです〜、そして単発系さん始めまして(?)
随分間を開けてしまった ペットの人です。
>117さんのおっしゃる通り、春って忙しいですねw 個人的には「助けて東京地検」て気分です
>単発系さん 心ほっこりないいお話ですねー。
 私もROはwizでよく臨狩してましたし、他に臨狩に不向きなvitダンサを使っていたので
 「あるある、こんな感じある」と懐かしい気分になりました。
>白い人 魔女さん・・・これが圧倒的ってやつなのですね。こ、こわいですw

 ぼちぼち再開していきたいです。
154名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/04/14(金) 08:09:05 ID:DnASRVPs
下弦の月って下方が欠けた上向きの弧じゃない?
始めは地を抉っているからいいのかと思ったけど
迎えうつ振り下ろしが上弦の月を描く訳ないかなあとか

サララさんの活躍を期待しつつ
155名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/04/15(土) 02:35:44 ID:imGA6qKQ
ttp://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0215.htm
156名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/04/22(土) 21:28:38 ID:MkP0d6fM
活性化期待age
157SIDE:A 内藤たちのロンドsage :2006/04/25(火) 16:27:07 ID:0H5JcJ6g
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%C6%E2%C6%A3%C3%A3%A4%CE%A5%ED%A5%F3%A5%C9
空気とか読まずに長いのの続き置いてきますね。いつものように保管庫直投下なので読んでない人はスルーしてください。
あと、音楽関係のえらい人がいらっしゃるようなのですが、ぶっちゃけ戻ってまた繰り返すの意味で使ってるだけなので。
内藤が作中二拍子で踊ってるのは余り想像しないでください。どっちかっていうとバレェ風でwWw

今回はSIDEBの方がオリキャラが偉そうで、Aの方が騎士子スレのキャラが目立ってます。
その辺の切り分けが終盤に近づくにつれて上手に出来なくなってますがごめんなさい。
158名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/04/30(日) 22:01:25 ID:IfgXIus2
>>157
おかまがもすぬごいカッコヨスな件について
159隻眼人sage :2006/05/01(月) 16:15:25 ID:HKPl9zp.
                     逆毛聖騎士の煩悶。


「にゃー」
何の事情も知らない黒猫の鳴き声がルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラの兵士詰め所裏の庭(説明長)で木霊してる。
んでもってその黒猫の鳴き声を聞いてるのは様々な事情を持った俺なわけで。
「なーんで俺が新人の教育なんぞせにゃあかんのだ…?」
思わず溜息もつくよ、そりゃ。
何故かって?
俺はつい先日まで聖騎士団の主要実働部隊に配属されてたバリバリの現役クルセイダーだったからだ。
天を突くような朱色の髪に、眼帯を常時付けていた俺は『隻眼の聖騎士』って異名で恐れられ……あ、いや親しまれてた??
それは置いておいて。
まぁとにかく、まだまだモンスター退治に駆り出されたいお年頃ってわけさ。俺は。
なのに、
「にゃー」
何が悲しくて黒猫に慰められなきゃいかんのだ? 出世だってまだまだしたり無いってのに……。
……というかこの黒猫、野良にしてはやけに警戒心が無いな。
「おー…よしよし。何でお前は猫なんだ。アコたんとかだったらもう俺は萌え死んでるところだっつーのに」
そう呟きながら俺がそっと前足の下から手を入れて抱き上げようとした瞬間。
「ちょ、先輩! 何、猫と戯れてるんですか!?」
鎧をガッチャガッチャ鳴らしながらこちらに走り寄って来るのは、俺より一期したの後輩クルセイダー君でーす。
顔は分かるが名前は分からないという典型的知人の一人だ。
きゃつの髪色も俺と同じ朱色って辺りが気にくわないのだが……。
「何で僕の髪を見つめてるんですかっ。もしかして髪フェチ?」
その言葉に反応して、俺は思わずゲンコツを同性の後輩の頭頂部に打ち込んだ。間髪入れずに俺は城へと走る!
後方から罵倒の声が聞こえていたが、気にしてはいられんな。うむ。


軽い運動代わりに走って俺は城内へと入った。
赤い絨毯が敷き詰められている廊下を抜け、王との謁見の間を通り過ぎてやっと城内にいくつかある広間に到着する。
俺が着いたある一つの広間は今日だけ人が増えていた。忙しく立ち回る同僚達や後輩、そして先輩クルセイダーさん達。
何を隠そう、今日は年に一度の新人クルセイダー諸君が入ってくる対面式の日なのです。
よって、後輩が俺を捜してたのも頷けるわけだ。
一人でウンウン頷きながら俺が仮設された舞台裏へと歩いていった時、
「遅いぞ、ホークス准尉。上に立つ君が遅れてどうする」
私めをお呼び止めになられたのは、私めと同期のルーカス少尉殿。
本日のお召し物は分厚いフルプレートではございません。
すっきりとした黒スーツに合わせた黒ネクタイがお似合いですことよ。オホホ。
それよりも注目すべきはルーカス少尉殿のお顔、栗色の髪に取って付けたようなジャニーズフェイスでございまーす。
敬語かったるいな。まぁ普通に行こう普通に。
要するに、見たまんまの美青年って感じだ。だが年は俺と変わらない……皆、騙されちゃ駄目だ!!
「あぁ、ちーっとばかしキューティーなお嬢さんと戯れていたんでな」
俺は出来る限りの笑みを浮かべてルーカスの反応を見ていたが、残念なことに何も変化は無し。「さっさと顔を見せてこい」とだ
けルーカス少尉殿はおっしゃいました。あーメンドイ。
「続きまして、第3斑の担当教官に就任されましたホークス准尉から歓迎の言葉を頂きたいと思います。ホークス准尉、どうぞ」
年の瀬20代後半ぐらいの女性司会からお決まりの紹介アナウンスが発せられたので、俺は対面式用に作られたぼろい舞台袖から普
段通りに登場した。去年まではこんな所に俺が登るなんて思っても見なかったんで、色々と不安とやるせなさで一杯だ。
何より俺に教育なんて出来るはずがねぇ。何考えてんだ人事部は……。
「えー…」
俺の登場と共に一気に表情が強張る新人諸君。まぁ、俺の見た目はカタギじゃねぇからな。仕方無いことだ。
だがしかし、俺だってかなり緊張している。そのせいでさらに表情が険しくなってると予想されるが許してくれ新人諸君。
「ご紹介の通り、第3斑の教官になったホークス=マクだ。以後お見知り置き……をっ?」
俺の息が詰まった原因は新人諸君の合間で悠然と佇む一人の女性。
蒼穹を思わせるような髪色に、すっきりと切りそろえられた髪先。
やや強張っている表情は遠くからでも一目で分かるほどに秀麗で、俺の心は一気に重力崩壊。

恋の病へ落ちていきますともさ。


To be continue
160”日本語のヘタクソな”ペットの人sag :2006/05/06(土) 18:19:50 ID:nIUr2Rug
ナムック(×)→ムナック(○) に続き 下弦の月⇔上弦の月 とお騒がせしております。
更に今回、花月の人様と白い人様の作品にどっぷりと漬かったあまり、ちと暴挙な一文が混じっています。
前もってご容赦願います。・・・・・・・・・いやホント、ついまがさして・・・・・・
161ペットの人sag :2006/05/06(土) 18:26:38 ID:nIUr2Rug

Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」


 決意は一瞬。
 拮抗する力を一気に反転。相手の押し返していた力を利用して、正宗切っ先を弾く様に上昇させる。
 防御されるのを覚悟で、狙うは相手の喉元だ。
 当然プリーストも対応。ロングメイスの中程を掴んでいた左手を、
 下に落としながら引き寄せ、同時に支点として転回。
 右手で支えたグリップの端――柄尻が、身体に密着するような間合いを駆け上がり、
 喉元ぎりぎりの所で、正宗を横薙ぎに払いのける。
 相手の防御を覚悟していたガルデンは、払われた刀身と手首を柳のように右へ流し、次撃を即座に放とうとする。
 そのガルデンの視界の下端で、想定外のものが動いた。
 蹴りだ。
 プリーストは裾の長い法衣をはためかし、右脚で高速の蹴りを繰り出してきた。斧脚の軌道は、
 刹那の間合いで弧を描き、ガルデンの側頭部を狙ったものだ。
 ありえない。想定外どころか規格外。
 鈍器を振りぬいた後、上体が泳いだまま上段蹴りを放つなど、いかに下半身を鍛えたところで不可能だ。
 たとえ蹴りを放った所で、片足で重心が保てるはずが無い。
 放てる蹴りなど勢いのノッていないものか、膝にも届かない下段の直蹴りしかありえない。
 なのに目の前に迫る蹴撃は、腰の螺旋運動がしっかりと爪先まで押し込まれた一撃。
 ガルデンの頭部を確実に射程範囲に捕らえている。
 直撃すれば意識を奪い、下手をすれば首の骨を折られ、命までも奪いかねない。
 何故こんな蹴が放てるのか―――

「ロングメイスを支柱に!?」
「気付いても遅い」

 片足では上体が泳いでしまうなら、何かにつかまり安定させれば良いだけだ。
 プリーストは、先程下に落としながら引き寄せたロングメイスの鉄球側を、
 落とす勢いそのままに路面に突き立て、半ば固定。
 両の手でそれに掴まることで、左足一本で立つ上体を安定させていた。
 喉元の防御と同時に、鈍器を支柱として使い、無茶な間合いと軌道の蹴りを可能にさせる。
 もはや鈍器の使用方法を逸脱していた。
 棍術、棒術ばかりか、無手格闘を織り交ぜた格闘スタイルだ。
 ここまでロングメイスを使いこなすプリーストなど、信じらるものか。
 ハイプリーストどころか、チャンピオンの間違いではないのか?
 迫り来る斧脚の一撃。
 正宗を柳の様に流したところで、所詮はロングメイスよりも先に刃を一閃させる事を狙ったに過ぎない。
 こんなイレギュラーな攻撃に、両手剣である正宗での迎撃は不可能。
 まして、盾をもたないガルデンに防御は出来ない。
 Vitクルセーダーの癖に、酔狂にも両手剣を使っていた事が、今更あだとなる。
 ならば回避と言いたいが、それこそAgiを削りVitを鍛えた者が回避など出来るものか。仮に後方に逃げたところで、
 軸足と腰のひねりで、蹴りの射程は半歩の間合いを伸ばすことが出来る。
 武器での迎撃も、盾での防御も、後方への回避も不可能。
 ・・・・・・ならば、前へ出て武器以外での迎撃っ!!
 頭突き。
 ガルデンは思考や理論よりも先に、経験と本能の命じるまま四半歩前へ踏み込み、ヘルムで固めた頭で頭突きを放っていた。
 狙うは蹴りを放つプリーストの右足、脛よりやや上、ブーツも鎧も無い膝下の無防備な場所だ。
 激突。ガルデンの首はもちろん、食い縛った奥歯が歯茎ごと軋みをあげる。

「っ――――!!」
「ぐぁぅ、なっ!?」

 プリーストは激痛よりも、ガルデンの獣じみた行動に衝撃を受けて、微かな隙をさらしてしまった。
 そこをガルデンが反撃に転じる。
 柳の様に流していた正宗を、振りかぶることなく、頭突きの体制から倒れこむように一閃。斜めに刃線を引き結ぶ。
 捉えた。
 蹴りの体制から戻しきれなかったプリーストの右太腿を、正宗の切っ先が斜めに切り裂いた。深さは1センチ程度だが、腿の半分に線傷を刻み込んでいる。
 やっと打ち込んだ、最初の一太刀だ。
162ペットの人sag :2006/05/06(土) 18:32:58 ID:nIUr2Rug
「チィッ、手を煩わす」

 左足で飛び退き、冷静に間合いを確保しようとするプリースト。
 慌てることなど無い。そもそも支援に特化したわけではない彼にとって、こんな程度は致命傷などではない。
 二人は互いに間合いを広げ、中距離での武器同士の打ち合いに持ち込もうとする。

「なんとか、お相子ですかね。それともまだ、一矢報いたってやつでしょうか」
「ぬかせっ!! 。一矢も二矢もあるものか、何故こうまでに邪魔をする。貴様とて、この国がどうなってもかまわぬ訳ではなかろう」
「なら、あのムナックを救って、この国も救えばいいで筈です。一度死んだあの娘は、アンデッドとはいえ黄泉帰れたんです。
 このままじゃ、あの娘は殺されるために黄泉帰ったようなもんじゃないですか。
 そんなのあんまりだ。僕にだって、二度と繰り返したくないことがあるんです」

 ロングメイスを棍術の様に扱い、多段式の撃ち込みで翻弄してくるプリースト。
 激痛のはしる右脚の刀傷を気にするそぶりを見せつつも、そのフットワークを緩めることはなかった。
 斜めに切り裂かれた筋繊維は、無理な収縮運動を繰り返され、皮膚から捲り上がるようにはみ出している。
 致命傷でなくとも、『―ヒール―』やポーションで回復したい状態だ。
 その回復をガルデンが許さない。懸命に正宗を打ち込み、
 追加ダメージを与えられなくとも、プリーストの行動を攻防に専念させる。
 当然、吹き出る鮮血は、もともと黒い法衣を更に赤黒く汚すだけではすまない。
 ブーツの中まで浸み込み、右足がステップを刻むたびに、生温かく粘質な水音を滴らせる。
 もっともガルデンも手一杯な状態。
 正宗を打ち込んで相手の回復を阻害できても、打ち返されるカウンターを捌ききることが出来ていない。
 危険度の高い攻撃を優先して迎撃するものの、
 肩に脇腹に、時には顔面に、小規模な打撃がいくつも撃ち込まれていた。
 それでもガルデンは、自分の血と汗で湿った正宗を握り締め、とある瞬間が訪れるのをじっと待つ。

「何て耐久度だ。貴様本当に人間か。それともBOTか何かか。いいかげん墜ちろっ!!」
「僕はれっきとした人間ですよ。それにウチのギルドはBOT禁止なんです、BOT扱いされたら心外ですね」

 BOTとは、禁忌の魔導の産物。初源魔法を用いるとも、魔物の糞を用いるとも噂される、忌み嫌われる存在。
 俗称に自動人形と呼ばれるが、グラストヘイムで稼動する給仕型自動人形のアリスなどとは、まったくの別物である。
 世界の持つ情報処理能力に不可をかける事を省みず、外部からの電気刺激によってあらゆる活動を活性化させた、言わば改造人間。
 ヒトデ並みの再生能力を有し、BOTを止めるには殺すしかないとされている。
 確かにガルデンの耐久度は、BOTを連想する程のタフネス具合だが、

「僕には貴方のほうが、よっぽど人間以外のバケモノに思えますよ。いったい貴方は、プリーストなのですか、モンクなのですかっ?」
「この身は教会で洗礼を受けたときより、異端審問官だ。それ以上でもそれ以下でもない。冒険者ぶぜいの基準ではかられるなど、極めて遺憾だ」
「でも貴方がバケモノなのは変わりませんよ。あんな無手と鈍器の使い方・・・、タックルだって明らかに組手格闘(グラップラー)臭いですし」
「教団をひそむ本物のバケモノが見たかったら、イノケンティウスと言う枢機卿にでも会いに行け。もしくは歓楽街に行って、「聖母」を名乗るヤツにケンカを売ってこい。
 他にも、等身大の十字架担いだ黒服やら、教団とゲフェンの魔術師教会の両方に所属している聖杯の管理人までいるぞっ!!」
163ペットの人sag :2006/05/06(土) 18:40:06 ID:nIUr2Rug
 刀と棍、言葉と言葉の応酬。
 互いに一歩も退かず繰り広げられたそれも、終焉の時が訪れる。
 ガルデンが耐え忍び、待ちに待っていた瞬間がやってきたのだ。
 何の前触れもなく、プリーストの振るうロングメイスが失速。鉄球による突きから横薙ぎへ変化する一撃が、突如として速度を失った。
 ガルデンが狙っていた瞬間。『―速度増加―』の加護が切れた瞬間だ。
 ―――――もらった!!
 ガルデンが構えを組み替えた。一切の防御を切り捨て、全身の痛覚を無視。
 正宗を峰打ちに持ち替え、大上段に振りかぶる。
 二度と訪れない刹那のほころびに目掛け、踏み込み足を完全に踏み切って全身で間合に飛び込んだ。

「罠だーーーっ!!」

 サララの叫びが響いても、既に遅い。
 勝利を確信したはずのガルデンの首筋に、粟立つような恐怖が走る。かつて敗北のたびに味わった、首筋をなで上げる恐怖の触指。
 ――――嗤っている。
 仮面の奥で嗤っている。仮面に遮られ見える訳無いのに、異端審問官が嗤っているのが判る。
 飛び込んでくるガルデンを、嘲嗤っているのが判る。
 次いでありえないことが目の前で起こる。
 飛び込んだガルデンの軌道が頂点に達するよりも前に、失速した筈のロングメイスが再び振速を取り戻した。
 『速度増加』の加護を失い、鈍重な薙ぎをしていたはずなのに、飛び込んだガルデンに呼応し、真下からの撥ね上げに瞬時に転じて見せた。
 それは明らかに『―速度増加―』の付加された速度。
 何故? 時間切れとなった『―速度増加―』を、掛けなおす隙など無かったのに、どうしてロングメイスが加速するというのだ。
 全ての防御を切り捨てたガルデンに、真下から迫る破壊力の塊を避けられるはずも無く・・・・・・・・・
 直撃。
 自信の飛び込みの勢いと、相手の撥ね上げる打撃。その相対速度とぶつかり合う質量をまともにくらい、ガルデンの意識は石畳に落下するよりも先に暗幕を降ろす。

 ――――何故?

 ただ一言を、虚空に呟きながら。
164”日本語のヘタクソな”ペットの人sag :2006/05/06(土) 18:53:11 ID:nIUr2Rug
っと、マスター戦闘不能により戦闘パートはとりあえず終わりいった感じです。
マトモな格闘技の経験がほとんど無いもので、戦闘シーンが理屈っぽくなってしまうかなと反省です。

隻眼の人>おぉぉ〜『教官と新人の禁じられた恋inオフィスラブ』 な予感にドキドキしてます。
165名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/19(金) 10:54:18 ID:l7LHdUII
書こうと思うけど、ここに投下されてる作品群の文章レベルが高すぎて
投下に躊躇してる私
166名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/19(金) 12:12:31 ID:cMCVFnM2
/go
167名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/19(金) 20:02:06 ID:YHYiVd/M
そんなにレベル高い?
長文と小説系の体裁が多いとは感じるけど

なんにしても、書きたいなら書いて、書いてしまったから投下しておくかあ
くらいでいいんじゃね
168名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/19(金) 23:06:15 ID:GCJYwh0Q
スレタイを>>1を読めっ!
ここは「みんな」で作るスレだっ!

というわけでよろしくお願いします。
169名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/20(土) 00:50:05 ID:tOPjSAjs
投下もないのに一日で4レスもついてるなんて感動した。
見てる人結構いるんだなー。

>>165さん
ぜひ投下してくださいおねがいします。
170丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:13:42 ID:fK9.Kj12
--振るわれた槌--

 ざぁ、と遠く雨垂れが聞こえた。雨の午後、僕は階段教室最後方の長机に肘を置いて下がりがちになる頭を支えることに腐心していた。定期的にリズムを打つ左手の下に敷かれているのは、この春我が大学の門をくぐった新入生たちの名前が記された履修名簿。彼らの学問に対する希望を涎で汚さぬよう、僕は努めて意識を保とうとした。脇に伏せられた未訳論文が僕を必要としているのだが、ぎりぎりまで睡魔に妥協した僕に彼と向き合う勇気はない。

 まだ第三回の講義とはいえ雨の日ともなると多少人出も鈍る。そんなこともお構いなく僕らのボス、シーゲル・ノースウッド教授は教壇の上で指示棒を振り回しているのであった。

「さて諸君、見慣れない形式であるが注目すべきはここ、第一項、魔法子密度の体積積分にかかる作用素Eだ。この作用素、エスクラ演算子こそが魔法学のパラダイムを転換したのだ。エスクラ演算子の導入によってもたらされる……」

 教授がチョークで第一項を粉まみれにしつつその類い希なる雄弁を振るっているとき、
突如として巨大な音の暴力が講義を中断した。

 その音は階上から聞こえた。聞こえたというのは生やさしい表現であろう。天井とそれを含む講義室自体が振動した。大きすぎてよくわからなかったが「ズドン」とも「ドカン」とも取れる、何かが爆発するような、あるいは徹底的に破壊されるような轟音だった。僕は思わず立ち上がり、したたか膝を机にぶつけた。居眠りをしていた学生はバネ仕掛けのように背筋をそらし、何事かと周りを見回した。教授さえ天井を見上げ、衝撃でちらついた魔力灯とゆっくり降る埃をじっと見つめていた。爆音のあとも破壊の音は続いていたがそれが静まるとかわりに教室中にざわめきが広がっていった。

 教授は止めていた息をゆっくりと吐くと出来るだけ落ち着いた声色で呼びかけた。

「ふむ…諸君、静粛に。先ほどの轟音に興味があるのは僕もやまやまなのだが一応今は仕事中。お互いの仕事に専念しよう。とはいえ、あれほどの音だ。助手の先生に見に行ってもらおうか。さ、ケミ君行きたまえ。論文片手に船をこぐよりは有意義な午後の過ごし方になるだろう。」

 階段教室の最下段にある教壇から一番奥まで、貫くような指示棒のラインが僕を指した。振り返った学生や話を聞いていた学生から失笑が漏れた。僕は耳まで真っ赤になりながら、そそくさと席を立って扉の側にあった観葉植物の横をすり抜け、講義室をあとにした。

--

 僕はおそるおそる階段の手すりに手を掛けた。この階段教室がある西地区五番棟は同じような構造をした四つの大教室が重なった、四階建ての建物である。教授が授業を行っていたのは二階だったので階上となると三階の大教室だ。この時間は確か空き講義室となっていたはずだが一体何が起こったのだろうか。興味半分、恐怖半分で僕は階段を登り終えた。講義室の扉は三つ、右左中央である。僕は意を決してゆっくりと中央の扉を押した。

 酷い有様だった。両端や後列こそ普通のままだったが最前列中央は嵐が吹き荒れてもこうはならないだろうというレベルに破壊されていた。観葉植物は倒れて鉢ごと砕け、教壇があった場所には演台を含む様々な構造物で出来たと思われる瓦礫があった。
 そのがらくたの中に見慣れない色彩を認めた僕はそれを確かめようと少し階段を下った。近視の僕の網膜にひしゃげた赤色の何かが映り、それが何であるかが僕の脳に伝わった瞬間、僕は後ずさりして段につまずき、したたか尾てい骨を撲った。

 あれは見てはいけない。あんな物を見てはいけない。あんな捻くれて赤く染まって散らばった物が人間だとわかってしまうから。

 その後の僕の行動は驚くほど素早かった。ハンターに追われた獲物のように四つ足で必死にその教室を駆け出すと、今度は二足歩行で(ああ素晴らしきかな、これが人間の誇りなのだ!)転ぶようにして階段を下り、教授たちのいる講義室に飛び込んだ。
 誰もが僕の表情に目をとめたに違いない。だがしかし誰も一言も発さなかった。それほどまでに僕の表情は鬼気迫るものだったのだろう。半ば静止した空気の中、階段教室を下りきって教壇にたどり着くと、僕はあえぎ声とも悲鳴ともつかない声を上げたらしい。

「きょ、教授、し、しし、し、死体が!!」

 一瞬の躊躇の後伸ばされる教授の腕を最後に、僕の意識はとぎれた。
171丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:15:02 ID:fK9.Kj12
--

「つ、いつつ…」

全身が軋むようだった。魔力灯にてらされた白い天井にかすかな消毒液のにおいがする。カーテン越しに差し込むアイボリーの光に僕はわずかに目を細めた。

「ケミ君、気がついたか。良かった。」

冷淡な中にも安堵を含んだ声がした。柔らかすぎる白い枕の中、首を右に向けるとそこには見慣れた顔があった。

「ウィズ子…さん…?」

「臀部打撲、大腿部打撲、貧血。大事はないと先生は言っていたが心配だった。
なにせかなり長い間、寝込んでいたようだったから。」

どうして僕が、と言いかけたあたりで、僕は右手で自分の額をぴしゃりと打った。

「そうか、ゴメン、情けない」

「気にしなくて良い。死体なんてそう見る物じゃない。特にあれぐらいのは。」

あれぐらい、という言葉で僕の頭の中に忌まわしい記憶がよみがえる。どうして単語一つ覚えるのに苦労する僕の脳味噌は、こんな事ばかり写真記憶にしてしまうのか。僕は親指と中指でこめかみをゆっくりと押した。

「あれ……どうなったの?」

「叔父上の対応は迅速だった。守衛所と保健医にすぐさまWhisを入れ、十分後には騎士団が現場に、ケミ君は保健管理センタに到着した。今は現場の保存や検死も終わり、騎士団員が叔父上にも話を聞いてると思う。ケミ君も気がついたら呼んでくれと言われている。」

僕はゆっくりと体を起こした。身体が痛むが元々打ち身だけ。動く分には大丈夫そうだ。

「あ、いたた」

ベッドに腰掛けた僕はおしりの痛みに思わず身体を屈した。無様だ、とても無様だ。
微かに不安にかげるウィズ子さんの顔が僕の惨めさを増幅する。

「大丈夫か?」

白い手が差し伸べられた。この二年、随分丸くなったとはいえ、彼女にしては希な人間らしい行動だ。本来なら喜ぶべき状況なのだろうけど、あいにくとそんな気分ではなかった。

「大丈夫、一人で立てるから、平気だよ」

ゆっくりとへっぴり腰で立ち上がり、僕はカーテンを開けた。保健医の先生が部屋から出てきた僕ら二人に気付き、丸椅子をくるりと回した。

「ん、大丈夫なのかい?調子が悪いなら寝ていても良いんだよ」

「あ、いえ、ご迷惑おかけしました。おかげさまで大丈夫です。」

「ふむ、基本的に大丈夫だから無理してない限り問題ないよ。それで、おしりとふともも打ってたから一応湿布貼っておいたよ。三日分湿布出しておくので何か不都合あったらまた来なさい。」

そういって先生は引き出しを開けると、湿布薬の袋を僕に手渡した。その先生の眼鏡の奥にちょっといたずらっぽい光が宿っていた。袋を手に取り礼を言って立ち去ろうとする僕に先生はささやくような声を掛けた。

「せっかくなんだから彼女に貼ってもらいなさい」

「あ、いや、そういうのじゃ…は、ははは」

精一杯背筋を伸ばし腰を伸ばし膝を伸ばして退出する僕の肩越しに、ウィズ子さんの突き放すような小声がかかった。

「わかっているだろうが、そこまでの世話はしない」
172丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:16:13 ID:fK9.Kj12
--

 僕が死体を発見した講義室に戻ったのは、日もとっぷり暮れた後だった。

「何とも不思議な出来事じゃないか、これは。さぁ、詳細を報告したまえ。情報の共有こそが問題解決の近道になるのだよ?」

 両手を大きく曲げ伸ばししながら、教授は階段教室の通路を行ったり来たりしていた。
ともすれば、というよりむしろ普通は、不謹慎に見える教授の態度に騎士団員は顔をしかめている。ああ、まったく僕の予想どおり。ウィズ子さんと共に現場の講義室に戻った僕は前屈みになって机に寄りかかった。

「なんだ、ケミ君、戻っていたのか。ん、なんだその格好は、だらしがないな。」
「いや、ホント、おしり痛いんで勘弁してくださいよ」

 そのやりとりに気付いた騎士団員が僕の方へつかつかと歩み寄ってきた。編み上げ靴が床と反響して硬質な音を立てた。

「ああ、君か、君が例の第一発見者だね、話を聞きたい。こちらに来てもらおうか。」

 随分と教授にしてやられたのだろう。苛立っている騎士団員は僕の二の腕をつかむと強引に前の方、シーツの掛けられた方へ引っ張っていこうとした。

「ちょ、ちょっと、やめてください、痛いですよ」

 指がぎりぎりと二の腕に食い込む。このまま引っ張られバランスを崩して倒れよう物ならそれはまた痛いことになるだろう。
 そのとき、講義室の後ろ、扉のあたりから低くて張りのあるバリトンが部屋に響いた。

「その青年を丁重に扱いたまえ!。君が扱っているのは市民であって容疑者ではない。容疑者でさえその尊厳を護るべきと言うに、治安維持騎士団はその程度のことも出来ないのか!?」

 首をそちらに向けた騎士団員は相手の胸の徽章に目をとめると一つ舌打ちして吐き捨てた。

「連合捜査局が何の用です? ここはプロンテラ。我々プロンテラ治安維持騎士団の管轄ですが。」

「連合捜査条約第十五条四項でジュノー・プロンテラ両大学は連合捜査区域となっているはずだが」

 騎士団員はそれ以上のことは言わなかった。ただ黙って思い切り机を蹴りつけると扉から無言で出て行った。このやりとりをあっけにとられて僕は見ていたが、口がふさがるとようやく僕は僕を窮地から救ってくれた人物を認識することが出来た。
173丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:17:00 ID:fK9.Kj12
「クロードさん!お久しぶりです!」

「いやはや、まともに仕事しているじゃないかクロード。胸のすくような啖呵だったな。」

 教授の声を受けて、このヒーローは人好きのする笑みを浮かべた。そして眉間の皺を深め、目を申し訳なさそうにすぼめてこう言った。

「三人ともお久しぶり。皆事件に巻き込まれ災難だったな。ケミル君、今後はこのようなことは起こらぬよう努力するので、この件は私に免じてなにとぞ許して頂きたい」

 クロード氏は僕に向かって深く頭を下げた。その動作が誠意に満ちていたので僕はどうにもへっぴり腰で頭を何度も下げるしかなかった。

 この紳士、クロード・ニューカスル氏は教授のアカデミー時代の同級生にして常識人、おまけに名家の出でシュバルツバルド・ルーンミドガツ連合捜査局の重鎮でもある人物だ。
 前の事件、というか推理大会から約一年、久しぶりの再会で教授も笑みを浮かべている。
もっとも、再会というだけではここまでの笑みを教授が浮かべるはずはない。彼の興味をかき立てる「事件」が実際起きているのだ。

「随分嬉しそうにしてるなシーゲル。お前が何に興味を抱いてもそれに文句はつけられないが…もういい年なんだからそういった興味をもう少しうまく隠せ。」

「ん、ああ?そんなに嬉しそうにしてたかな?それは失礼。
さてと、本題と行こう。君がいると話が早いよ。さっきの騎士殿は話が通じそうになかったからな。早速情報を教えてくれ。」

 やれやれ、と言わんばかりにクロード氏は肩をすくめて首を振った。目線を振られたときに僕は苦笑で返し、ウィズ子さんは諦めたような頷きで返した。

「まぁ、表の団員から聞き出した情報だから全てではない可能性があるが……。被害者はルシュ・コディオン。プロンテラ大学大学院魔法学科博士課程。院生かね。死亡推定時刻は聞き込みにあったとおり爆音がした時刻、午後一時半前後で正しい。死因は……全身打撲というのが一番近いようだな。もっとも、あちこち飛び散ってて何がなんだかわからんがね。一体どこをどうすれば、こういう悲惨な死体が出来上がるのか。事故や自殺とはとても思えないが、同様に殺人とするのにも無理がある。

 死体の状態から察するに、どうやら正面、腹側から物凄い力で演台にたたきつけられたらしい。鉄製の演台が踏みつけられた菓子の空き箱みたいにひしゃげていたよ。」

 あの爆音、そして僕が見た瓦礫の山はそれだったのか。詳細に見なくて本当に良かった。

「正面から、ということは教壇に向かっていたところを背後から何者かに?」

「そんな何者かが存在するというのなら…確かにその通りだウィゼリアさん。ただ、正直言ってこれほどの怪力を出せる人間がいるとは思えない。俺もアカデミー時代はラグビー部で、卒業してからはジュノーの騎士団で屈強な男たちを何十人と見てきたが…何にでも限度って物はある。」

「可能であるとするなら、魔物、ですかね」

 魔物だって!?だとすると、あの一瞬僕は講義室で魔物と二人っきり、いや故ルシュ氏も含めると三人きりだったというのか。ぞぞっと背筋が寒くなり、僕は机に前のめりになった。

「……ケミル君、大丈夫か?」

「はい、少し座るのが苦しいので失礼します……。ウィズ子さんの話で魔物が殺したとすると、死体を発見したとき僕はその怪力の魔物と一緒に室内にいたって事になりますよね……。」

「安心したまえケミ君。もう終わったことだし、それ以前にありえないことだ。」

「ありえない?どういうことだシーゲル?」
174丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:19:08 ID:fK9.Kj12
「たといそんな魔物が哀れな被害者を押しつぶしたあとこの部屋にいたとして、いつ出て行くんだい?ケミ君が這々の体で無様きわまりなく逃げてきたとき、この一階下、僕たちがいた講義室のドアは開きっぱなしだった。そしてここは二階だから魔物が逃げるには一階を通るしかない。すると、講義室の前を通るわけでその中には興味津々な学生が一グロスほどはいたわけだ。半分ぐらいはケミ君の醜態を眺めていたとしても、常に一人ぐらいは開いた扉から廊下を、外に続く扉を見ていたはずだ。
 学生を閉め出したあとでも、治安維持騎士団も魔物を通すほどずさんな監視をしていたわけではないだろう?」

 いちいち無様だの醜態だの、僕を馬鹿にするような言葉をちりばめながら、教授はいつもの調子で説明した。確かに教授の説明は筋が通っている。常識的に考えて力の強い魔物ほど大きい傾向があるから、見つからずに逃げ出すのが難しいという裏付けになる。

「これは、あれですかね、教授、密室」

「んー、どうだろうね、それほどタイトな条件ではないけれど、密室のバリアントと見ても良いかもしれないね。まぁ、現時点では情報不足か。クロード、君が得た情報で他に気になったことがあったらどんどん指摘してくれないか?」

「ふむ、気になったのはこれだな」

クロード氏は手帳を開くと情報を読み上げた。

「演台の付近で壊れた観葉植物の鉢、ポーションの空き瓶、青い石、万年筆などが発見された。どれも手ひどく破壊されていたがね。」

「他に破壊された物品はなかったのですか?」

「うむ、特にはないね」

「おかしいですね、そんな状況だったのに、どうして机は一つも壊れていないのでしょう?」

それは確かに、ウィズ子さんの言うとおりだ。

 僕は通路に立ち、惨劇の現場を見下ろした。中央の通路は教室を左右に分かっており、その突き当たり、元は演台があったあたりに白い布がかかっている。多くの階段教室がそうであるように机は床に固定されており、椅子と机は一体化している。このような状況下で人を一人バラバラにしてしまうような暴力が振るわれたとしたら、机や椅子もただではすむまい。

 なのに、机と椅子はこうも平然と、整然と、並んでいる。

 そのとき、講義室のドアが開け放たれ、一人の騎士が入ってきた。彼は一礼するとクロード氏に何か渡して一言囁き、再び一礼してその場を去った。僕らの前でクロード氏は顔をしかめて渡されたメモを一読すると、渋い顔で口を開いた。

「さて、困ったことになった。自筆のメモが被害者の机から見つかったのだが……どうにも遺書のように解釈できる文面だ。」

「内容は?」

「机上にあった本に挟んであったらしい。『長すぎる生に疲れた、ただ力を追い求めるだけの生に』とある。」

 長すぎる生に疲れた。そう、これは遺書だ。状況がこんなに異常でないならば、これは紛れもない遺書だ。この事件が自殺でないならこのメモは遺書ではなく、このメモが遺書ならばこの事件は自殺になる。僕の考えは自然と、このメモの遺書としての妥当性を疑う側へと傾いていった。

 ふーむ、と唸って教授は腕を組んで考え込み、何も行動をせずにいるには少し長すぎる時間がたった。沈黙が支配した空気はやがて、そわそわとした空気に変わってくる。

「まだ若いのに『長すぎる生に疲れた』だなんて、変な遺書ですね。随分芝居がかった文面だし何かからの引用で書かされたのかも」

 何か言わなければという義務感に耐えかねて、僕は思ったことを考えなしに口にした。
次の瞬間、不意に放たれた教授の鋭い視線に射抜かれ、僕は開けた口を閉じられなくなった。
175丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:19:58 ID:fK9.Kj12
「ケミ君、今なんと言った?」

「い、引用で誰かに書かされたのかもしれないと」

「そうじゃない、その前だ」

「若いのに変な文面だって話ですか?」

 教授は組んでいた右腕をほどき、右手の親指で顎を支えた。

「そう、それだ。なるほどなるほど。つまりはそれこそが真相の鍵だったということか。謎は解けたよ。全て解決だ」

 そして、解決を宣言したのだった。

『解決!?』

「そう、解決だ。真相を説明したいと思うが、ここでは少し都合が悪い。一つ下の講義室に行こうか。」

 教授はぱちんと両手を合わせて鳴らし、ぐるりと回れ右をした。遠心力で浮いたローブの裾が垂れる前に、教授は階段教室の出口へと歩き始めていた。

--解答編に続く
176丸いぼうし出題編sage :2006/05/21(日) 03:33:20 ID:fK9.Kj12
懲りずにミステリ風味の物を書いてみた。

エディタの折り返し機能使ってたから、投稿してから読みにくいことに
なっていることに気づく。読みにくくてごめんなさいごめんなさい。
解答編(調整中)は成形して出しますので許してください。

>>165さん
165のあまりの人気にしっt(ry
 全員がとは言えませんが、あなたの思うレベルの高い書き手のほとんどは
自分の作品だけレベル低いけど投下して良いんだろうかとか思いながら
書いてます(座談会に基づく私見)。なので、投下をその点でためらってるなら
それは無駄な心配というものでしょう。
177講義を後ろで傍聴していた奴の独言sage いや、さっぱりわからないよ?w :2006/05/21(日) 14:13:09 ID:uuDTXg0E
私には理解不能な事件。たまたまあいつがあの場にいたのは、神の配剤だったのでしょう。
亡くなられた不幸な方に祈りを捧げつつ。

あいつよりも先に問題を解く、というのはとうの昔に諦めました。神は人にそれぞれの長所をおあたえになるのだから。
彼が恵まれた頭脳の代わりに普通人の常識を失っているのはよく知っています。
こないだも、前方不注意で柱に正面衝突していたし。どうやったらあんなことが出来るのやら。
悔しいよりも哀れみが先にたちます。

……今はあいつの事はどうでもいい。とりあえず、後ろからでもあいつの考えに追いついてやろう。

状況からして、自殺だとしたらどうやって自殺したかという謎。
この場合は遺書は推理の材料であって説くべき謎ではありません。
他方、他殺だとしたらどうやったのか、の上に殺害方法と遺書を書かせる方法の二つの謎が加わります。
いかにあいつが天災、もとい天才だとしても、一瞬で3つもの謎を解きほぐす可能性は……。
無いとはいえないけれど、無い事にしましょう。悔しいから。

遺書はあいつ的に重要なヒントらしいけど、あいつの思考は一市民の私には終えそうもないので放置。
自殺だと仮定してその方法を考えることにします。大きすぎる可能性は絞り込んで検証しろっていうしね。
………異端者の講義でも、傍聴していればたまには役に立つものです。神よ、感謝いたします。

さて、被害者は魔法学科の方らしいので、mageかsageかwizardのはずです。
私には壊れた青石が気にかかります。魔法使いでいらっしゃったなら、青石のみを触媒に可能なのはFP、SW。
もしも未発見の黄石が実はあったとすればsageにはLPという術もあるようです。
けれども、攻撃力のある術はこのうちFPのみ。術を使った自分には当たらないという特性を無視したとしても
遺体に火の形跡は無いので……。この線では無いようです。

万年筆は被害者の最期の様子を想像する糧にはなるかもしれません。亡くなられる前にお持ちだったとすれば、
片方の手は塞がっておられたのでしょうね。でも、万年筆で人を爆破する事は出来ないと思われるのでこれも除外。

観葉植物。なんとなく想像されるのはプラントボトルなのですが、亡くなった方はアルケミストさんではないようです。
この場合だと他殺になるのですね。前提条件と異なってしまいますけど……。細かい事はキニシナイで考えます。
ですが、どれを呼び出した所でバイオプラントの怪物は一撃で人を粉砕するほどの打撃力はありません。
……いえ、体の弱い魔法使いならありえるのかも? これは保留ですね。

ポーションの瓶。マリンスフィアという術がやはりアルケミストの術にあると聞きます。
この爆発は火属性ではなく、かつ選択性だそうですから机などに被害なく、燃えた後もないのは状況にぴったりです。
そうですね、コレに決まり。では、他殺ということで……

じゃあ、あの異端者は一度に3つの謎を解いたってことになります。私なんか一つ考えるだけでこんなに大変なのに。
ううう、腹がたってきました。今日はここまでにしましょう。
178名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/21(日) 21:51:51 ID:J61QY6wg
>166-169>176
皆さんありがとうです;;
毎日ちまちまとがんばってみます。

金田一風味wktk
179丸いぼうし解答編sage :2006/05/23(火) 02:02:59 ID:XMCpLTSI
--振るわれた槌(解答編)--

 教授が「講義」の準備を整えたとき、僕らは階段教室の最前列に腰掛けていた。
この木製の硬い椅子は打撲傷の患部には容赦がない。僕は講師用の座席にあるクッション
を借りてきてそれをひいた。

「では、真相を発表しよう。質問のある者は随時挙手したまえ」

 教授はチョークを手に取り、黒板に「プロンテラ大学院生変死事件:解決編」と書いた。
ウィズ子さんはその様子をまんじりともせず見つめ、クロード氏はどことなく諦めたよう
な表情を浮かべながら手帳を机の上に開いた。

「この事件は、奇怪なことばかりだ。奇怪な点を上げていこうか。これらに対するもっと
もスマートな説明こそが、この事件の真相だ。」

・何故被害者は空き教室に一人でいたのか
・殺人者はどのようにして消え去ったのか
・どのような方法で被害者の肉体は破壊されたのか
・何故様々な遺留品が同時に破壊されたのか
・何故あれほどの大規模な破壊にもかかわらず机は無事だったのか
・「長すぎる生に疲れた。ただ力を追い求めるだけの生に。」とはどういうことか

 教授は疑問点を次々と黒板に書き留めた。

「そう、これだけ見ると手の付け所は全くないように思われる。何よりも自殺か他殺かさ
え分からないのだからね。三番目から五番目は手段に依存する問題であるため後回しにし
て、ここでは一番目、二番目と六番目の疑問点に注目し、自殺か他殺か検討してみよう。

 自殺と仮定した場合、被害者は遺書を残し、たった一人で自殺した。殺人者は彼自身だ。

 逆に他殺と仮定する場合、被害者は何者かに遺書を書かされ、ここに一人で呼び出された。
そして殺人者はどうやってかどこかに消えた。

 さぁ、どちらが複雑だろうかね。言うまでもなく、単純な理論で説明がつくのは前者だ。
とりあえずは『オッカムの剃刀』に従って、後者を正しいとしよう。
 この推論では一、二番目はまったく問題ないとして、気になるのは六番目だ。
ケミ君も言ったとおりたかだか二十五かそこらの若者が『長すぎる生』とは変な話だ。
クロード、被害者の年齢は?」

「書類の上では二十六歳となっているな。だが、SSを見ても大して変わらない。さばを読
んでも三十かそこらだろう。」

 教授は軽く何度も頷きながら、口の端に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「ふむ、なおさら確信が持てた。彼が生きていたのは二回目の生だ。」
180丸いぼうし解答編sage :2006/05/23(火) 02:03:47 ID:XMCpLTSI
 他の「受講者」二人の顔色が変わったのが僕には分かった。僕の顔も、きっと驚きに色
が変わっていることだろう。最近報告例が増えているとはいえ、生まれつき高い能力と
「前世の記憶」とやらを持つ転生者はまだまだ珍しい存在だ。それが事件に、しかもこん
な形で関わっているのだ。驚くのも当然だろう。

「合計で何年生きたかは知らないが、一度目の生でヴァルキリーに見初められるほどの能
力を身につけていたことを考えると、二度目を合わせても短いということはないだろうね。
 おまけに彼は生まれ変わった後もずっと研究をしていたのだろう?それに倦み疲れたと
すれば彼はまさに『長すぎ』て『力を追い求めるだけの生』を生きていたのではないかな。

 これで一番目と二番目、そして五番目は解決したわけだが、被害者が転生者、つまりは
ハイウィザードだったという事を外挿すると他の三つの疑問点にも驚くほど綺麗な説明を
することが出来る。」

 教授は僕らの方を向いたり黒板の方を向いたりとせわしなくぐるぐる回りながら、
口角泡を飛ばして解説を続けた。

「次は彼がいかにして自殺を成し遂げたかを説明するとしよう。ではケミ君、自殺の方法
を一個あげてみたまえ」

革靴が床と擦れ合うキュッという音と共に教授は回転をやめ、僕を指した。

「え、えーと、首吊り」

「……僕はこの事態を説明するのに妥当な自殺手段を回答として求めてるんだよ。
明言はしていないがそれぐらいは理解してほしいね。」

 僕が何も言わなかったら「君は自殺の方法を一つも知らないのか」等と言われていたに違いない。
僕が奥歯を噛んでうつむいていると、クロード氏が割り込むようにして挙手をした。
教授は突然の質問に機嫌を直し、軽く右手を差し出すことで発言を促した。

「シーゲル、俺は長年このような仕事をしてるが、こんな自殺の現場は見たことがないぞ」

「おや、おかしいな。一回ぐらいは飛び降り自殺の現場に行ったことあるはずだが……」

「馬鹿な、いや、確かにきわめて高所からの飛び降りならこうなることもあるが……考えられん。
この教室は前後の長さこそ20m近くあるが、高低差は多く見積もって5mだ。この程度の傾斜を
20m転がってもせいぜいが骨を折る程度だ。」

「ふむ、確かにそうだ。では、彼がこの階段教室の斜面を『鉛直方向に』落下していったとしたらどうなる?」

 鉛直、ってことは真下である。真下に落ちるのは当たり前として斜面を真下に落ちると
いうのは一体どのようなことだろうか。

「鉛直方向に?ちょっと待ってください、叔父上のおっしゃる意味が……」

「簡単なことだよ。彼が飛び降り自殺を図ったとき、重力の方向が今と同じではなかったんだ。」
181丸いぼうし解答編sage :2006/05/23(火) 02:05:24 ID:XMCpLTSI
「……!、グラヴィテーションフィールド」

 ウィズ子さんの興奮に詰まったような答えを聞いて、教授は満足げに頷いた。

「ご明察。さて、詳細の説明に移ろうか。
 彼はおそらく教室の中央通路の一番後ろ、いや一番上に立った。そして、床ではなく
『壁面』にグラヴィテーションフィールドを展開する。すると、今までの重力と直交する
形でもう一つの重力が生まれるというわけだ。」

 教授は黒板に横の線を引き、縦の線と斜めの線を加えてひどく横長の直角三角形を出現
させた。その頂点に人の形を描き、真下に向けて短い矢印を書いた。次に始点はさっきの
矢印と同じままで、水平にその四倍ほどの長い矢印を書いた。

「クロードの言ったとおり、あの教室を奥行き20m、高さ5mと仮定しよう。そして水平方
向に『付加される』重力加速度が垂直方向の重力加速度の4倍になったとする。
このとき、水平方向と垂直方向の重力加速度のベクトルを合成して『見かけの重力加速度』
のベクトルを描くと――階段の斜面と平行になる」

 2つの矢印の先から点線がお互いに平行する形で引かれ、交わった点を終点として2つの
矢印の共有する始点から矢印が引かれた。どんな物理学嫌いの人間でも必ず力学の初歩で見せられるあの絵だ。
 その矢印は果たして、教授の言ったとおり階段の斜面、つまり直角三角形の斜辺と平行になっていた。

「ね、これならば彼が斜面を『転がり落ちた』のではなく、『真っ逆さまに』落ちていったことに
も納得がいく。しかもこの方法の優れたところは、実際に同じ距離を落下したのよりもより大きい
衝撃が加わるところにあるんだ。

 では、行くよ。見かけの重力加速度の大きさは三平方の定理より通常の重力加速度の√17倍。
四倍ちょっとになるね。その重力加速度で5√17m――斜面の長さも同様に三平方より求まる――
を落下するわけだから……空気抵抗を無視し、落下時のダメージが位置エネルギーだけに比例すると
乱暴に仮定した場合……と」

教授は再びローブをなびかせて反転し、黒板に数式を書き出した。

「E=mghより5×17だから……実質85mの高さからの落下と同等と考えることが出来る。この高さから
の落下となると、流石に酷いことになるだろうね。だから、下敷きになった演台はひしゃげ、一緒に
落下した観葉植物とその他教室にあったゴミは粉々になったというわけだ。」

 なるほど、それで教室の一番後ろにあった観葉植物があんな所にあったのか。
しかし、85m……一体どれぐらい高いのだろうか。ぱっと想像がつかない。ゲフェン塔より高いのだろうか。
僕はその高さがもたらした暴力に身震いした。

「この説明は三番目と四番目の疑問点を解決するにとどまらず、最後に残った五番目の疑
問点、すなわちなぜ机が破壊されなかったか、という事に対しても説明を与えるわけだ。
 この階段教室の机は床にボルトで何カ所も固定されている。それが横方向に自重の四倍
程度の力がかかっても、床から引っこ抜けるほどではないだろう。おまけに、グラヴィ
テーションフィールドの影響下にあったのは中央通路付近だけだ。この長い机全部の重さ
の四倍がかかったわけではない。
 と、これで全ての疑問点が解決されたというわけだ。疑問や異論はあるかね?」

黙りこくった三人をみながら、教授はにっこりと笑った。
182丸いぼうし解答編sage :2006/05/23(火) 02:06:56 ID:XMCpLTSI
 あの後、クロード氏は「自殺の線で良いように思うが、変死事件という扱いだし当分は
調査が必要」と言って自分の仕事に戻っていった。僕らはというと明日教授が行う予定だ
った西地区五番棟での授業の場所変更掲示やら今後の何やらをドタバタと行い、全ての仕
事が終わる頃には日付が変わっていたのだった。

「疲れましたね、教授」

僕は研究室のソファにうつ伏せになって話しかけた。仰向けでないのは仰向けだとおしり
が痛いからである。

「ん、ああ、充実した一日だったね」

「叔父上はお帰りにならないのですか?」

 奥の部屋からすっかり帰り支度を整えたウィズ子さんが出てきた。

「ああ、僕とケミ君はね、まだ仕事が残ってるから。遅いし気をつけて帰りなさい。君は
優秀な術者ではあるが、若い女性なのだからね」

「お気遣いありがとうございます、それでは二人とも頑張ってください」

 まだ仕事がある、という教授の予期せぬ言葉におののく僕をよそに、ウィズ子さんはド
アを開けて薄暗い廊下へと消えていった。

「教授、どういうことですか、仕事って」

「どういうこともこういうことも、残っているじゃないか、論文が」

 そういえば、事件が起きたあの授業以降、もとい授業中も訳していなかったわけで……。
残量を計算しつつ僕はがっくりとうなだれた。

 ああ、本当に今日は散々だった。しかし、僕の生活はそれでもどこか充実していて、そ
こに空虚な死の臭いはない。似たような年で(本当は「一回り」違うのだけれども)自ら
命を絶った彼はどんな気持ちで研究生活を送っていたのだろうか。僕は何となくいたたま
れなくなって、ペンを動かし続ける教授に声を掛けた。

「教授」

「なんだねケミ君」

「彼は、ルシュ氏はどうして自ら死を選んだんでしょう。それもあんな惨たらしい死
を。」

 ペンが紙を削る音がとぎれた。いつだって自分から死ぬ奴の気持ちなどわからんさ、と
教授が呟いたように僕は聞こえた。これは勝手な推測に過ぎないが、と断って教授は続け
た。

「彼は一度目の生も二度目の生もずっと力を求めていたのだろう?。だったらそこで得た
力を使って、自分を力を追い求める義務から解放しようとしたかもしれないね」

 教授はペンを止めたまま何事か考えているようだった。僕も言葉を失い、魔力灯の発す
る耳障りなピーンというノイズだけが部屋に残った。

 がたん、と夜風で窓が揺れ、教授は思い出したように口を開いた。

「ああ、そうだ。ケミ君が座る用に、隣のファルカス先生とこから良さそうなクッション
を借りておいた。」

 教授は白い毛皮で出来た穴あきクッションを机の上に投げてよこした。そういえば、フ
ァルカス先生は痔持ちで有名だった、などと思いつつも僕は鈍い痛みに身体を曲げて辞書
をとりに立ち上がった。

-end
183丸いぼうし解答編sage :2006/05/23(火) 02:23:05 ID:XMCpLTSI
以上、解答編でした。
粋な合いの手をくれた>>177氏に感謝。
相変わらずのエセSFワールドです。
あまり厳密なところはきかないでくれると助かります。
184槍の人0/10sage :2006/05/24(水) 18:38:43 ID:tzd8bu56
この作品は、燃え小説第9スレ『我が名は…』と11スレ『我が名は〜』の続編ではありません。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたしますが、あまり関係はありません。

それではお目汚し失礼しますね。
185槍の人1/10sage :2006/05/24(水) 18:39:37 ID:tzd8bu56
                     1

 大昔、頭を撫でられながら飴をもらったことがあった。あの時のあの大きな背中を今でも忘れず
に覚えていた。赤い外装を翻し危機に颯爽と駆けつけた、あの英雄の姿に憧れを抱いていた。
 君も直ぐに自分のようになれると、あの人が言っていた。
 自分も直ぐに追いついてみせると、あの人に言っていた。
 今よりもずっと遠い日の言葉。あの時の情熱と決意を、忘れてなんかいない。大切な生きる理由
が出来たあの日なのだから。

 でも、もうあの人も理由も無くなってしまった。もう、自分には何も無い…。


                     *


 とりあえず、手近にあった木製の椅子を破砕して板切れを作り、またも木製の頼りない戸に閂を
掛ける。それだけでは心もとないので椅子を無くしたテーブルも横にして立てかけ、戸口だけでも
完全に塞いでしまう。両脇にある窓も雨樋を閉めて、これで篭城の構えが完成。閉めたばかりの雨
樋から外の様子をそっと伺うと、追跡者達は右往左往して辺りを探索していた。だが、立て篭もっ
た場所には気づきもしていない。咄嗟の判断にしては中々に行幸である。

「で、そろそろ説明してくれないかな…」

 できるだけ憮然と、怒りを滲ませるようにして言い放つ。無論、話しかけた相手を威圧するため
だ。突然巻き込まれた理不尽と、今も変わらない詰問者への態度。その両方に怒りが湧き上がる。
 問い詰める者の容姿は壮麗。体を軽装の鎧と鎖で包み、手にした大剣を軽々と扱う騎士であった。
短く切りそろえた青い髪の上に無骨なヘルムを乗せて、ややツリ眼がちの相貌は今は怒りのせいで
更に吊りあがっている。体の方も均整が取れていて、丸みは少ないがそれでも締まりのある体付き
をしている。女性としても騎士としても申し分は無い。その上で氷の様な雰囲気を纏い、まさに戦
うものの意志力を見せ付けていた。性格は比較的熱しやすいようではあるが。
 だが、問われた方は平然と――

「いやぁー…、危なかったですねー。あんなにたくさんのオークに追いかけられてー、もうダメか
と思いましたよー」

 訂正。ぽややんと言い返してきた。しかも、詰問者の問い掛けをまるで無視して。詰問者の脳天
にピキピキと怒りマークが無数に浮かぶ。思わず両手で掴んだ鞘に納まる大剣をガツンと床に突き
立てた。

「だーっ! 人の話を聴けー!」
「あー、あんまり大きな声を出すとー、外のオーク達にばれちゃいますよー?」
「はっ!? もごもご…」

 怒髪天を衝くが如く怒りを漲らせて声を張り上げたが、冷静に指摘されて慌てて片手で自分の口
を塞ぐ。そして視線だけでもと、キッと目の前の人物を睨み付ける。なんでどうでもいい所だけ察
しがいいのだ。

「すみませんねー…、巻き込んでしまってー」
「まったくだわ。こんな低級な狩場で追い掛け回されて…、良い迷惑よ」

 口の手を除けて辛辣に言い放ちながら、どっかりと胡坐をかいて座り込む。だが、直ぐに思い直
して横座りに直してこほんと一つ咳払い。乱れたスカートの裾をさり気無く直すのも忘れない。
 言われた方はあははーと笑い顔を浮かべて、ちょっとだけ困ったように眉根を寄せている。ぜん
ぜんまったく困っているように見えないが、それなりに申し訳なく思うのか対峙して座り込み膝を
抱える。そして徐に、腰に括りつけていた道具袋から飴玉を取り出して手渡して来た。

「はい、甘いですよー」

 またにやけた緩んだ表情に戻って、自分も飴玉を口に含んでからころと舐め転がす。左右の頬を
リスの様に交互に膨らませて、口内に広がる甘味をまた微笑みながら堪能する。

「あげくガキ扱いか…」

 ビキリと手の中で渡された飴が砕けた。怒りはまさに最高潮。今なら視線だけで人が殺せるかも
しれないと、目の前の妖怪ノホホンを睨み据える。しかし、その殺意の視線を物ともせずに、ノホ
ホンは思い出したようにあっと呟く。

「外のオーク達にもあげたら許してもらえるでしょうかー?」
「…一人で死にに行くのはいいけど、そこの戸を開けたらあたしがぶっ殺すからね」

 何か状況打破の作戦でも思いついたのかと一瞬期待したのだが、この妖怪に期待するだけ無駄だ
と切実に悟った。本当に飴を持って出て行くかもしれないので、底冷えのする声で釘を刺しておく。
そうして自分は、頼りないもう一人を放って置いて思案に移る。篭城は一時凌ぎにしかならない。
なんとか大量のオークの群れから逃れなければならない…。こんな理不尽に巻き込まれて人生を終
わらせるなんて考えられない。最悪自分一人でも逃げおおせなくては――

「……最低」

 自分の思考に悪態をついて、ちらっと相対者を盗み見る。ニコニコと緊張無く緩みきった締まり
の無い顔。だが、こんな人間でも見捨てるのは忍びなさ過ぎる。
 と、視線が無遠慮な物に代わってジロジロと全身を観察。視線に気が付いた対峙者が小首を傾げ
るが構いもしない。そしてある事に気が付いて、また疑問を投げかけた。

「あなた、武器はどうしたの? 見た所丸腰みたいだけど」
「んー? そう言えばどうしたんでしょうねー」
「はぁ!?」

 からかわれているのかと思ったが違うようだ。何しろ目がマジだ。心底げんなりして肩を落とす。
一時でも憐憫の情を掛けた自分が憎らしい。目の前ののほほんお化けはもっと憎らしい。怨嗟の視
線を思わず向けてしまう。すると、腕組みをしながら首を捻って、うーんうーんと真剣なのかふざ
けているのか判らない唸り声を上げだす対峙者。訝しげにその様子を眺めていると、ポンと片手の
平に握った手を打ち付けた。何かお思い出したのだろうか。

「あ、思い出しましたー。たしかー、武器はここで受けてることになっていたんですよー」
「案の定というかなんと言うか…、まあいいわ。受け取るって誰かと待ち合わせでもしてたの?」
「はいー、お仲間のBSさんに特注していたんですよー。今日この集落でこっそり会う予定だった
のですー」
「こっそりねぇ…、ふぅん…」

 間延びした口調に多少イラ付きながら、また半眼で睨む。今度は流石に怯んだ様子で、ごくりと
喉を鳴らした。いや…、小さくなった飴玉を飲み込んだだけで、直ぐにまたのほほんと微笑みだす。
寧ろ飴を飲むな。喉に詰まるだろう。そんな風に心の中で突っ込みを入れておく。

「それにしたって、こんな敵のうようよしてるような所で丸腰で歩いてるなんて非常識もいい所よ。
あなたのその待ち人だって、こんなモンスターの一箇所に集まった所に何て来れないだろうし」

 いったいどうするつもりなんだと、のほほんとし続ける何も考えてなさそうなのに投げかける。
受ける側は今度こそ真剣な顔をして言葉を返した。

「ええ…、あの人もやられていないといいのですがー…」
「……はぁ、この期に及んで人の心配とはまったく能天気ね」

 今現在大量の敵に囲まれているのは自分達だというのに。この大妖怪のほほん脳天気お化けは何
を考えているのやら。怒りもイラ付きも通り越してため息が出てしまう。
 改めて対峙者を観察する。
 まず目に付いたのは肩に掛かるまでの長い金髪だ。くすんだ色をしてはいるが、一応手入れはさ
れているのか長めなのにぼさついてはいない。だが、その髪に隠れて目元は見えず、やはりずぼら
そうな雰囲気が見えてしまう。体付きは中肉中背。それなりに締まっているようだが、強そうには
見えない。何よりも纏ったぽやっとした空気が戦いとの関連を全力で否定している。職業は特徴的
な鎧を着込んでいる所から間違いなく騎士なのだろうが、これが殊更似合わない。エプロンつけて
お菓子を作って居る方が、よっぽどしっくり来るというものだ。形容のしがたい、平和のオーラの
ようなものを常に放っている。目の前の存在は、そんな男であった。
 状況打破のための戦力の心許無さを再確認して、がっくりと両肩を落とす女騎士。しかしこんな
物でも利用しなくては、現状を生き残るには――二人で生き残るには協力し合わなければならない。
髪よりも青みの強い瞳に決意を乗せて、腰に括りつけていた短剣を鞘ごと外して向かいに放る。受
け取る金髪の騎士はほけっとしたまま両手で受け取り、次いで投げて寄こされた物と者を交互に見
て小首を傾げる。

「自分の身は自分で守りなさいよね。何時までものほほんとしてて逃げられる量じゃないんだから」

 立ち上がってパンパンと裾を払い、両手を腰に当てながら金髪を見下ろす。不意に訪れた状況だ
が、一期一会の言葉もある。悔やむ位ならこの状況、自分の力で切り開いてやろうではないか。女
騎士は前向きであった。

「あ…、あの私短剣はちょっとー…」
「なに? ここまで来て戦えないとか言うんじゃないでしょうね?」

 にっこりと女騎士が笑った。背筋が震えて腹の底が冷たくなるような、凛々しくも威圧のある笑
顔。流石の妖怪脳天気も、凄みのある笑顔にたじろいだのか僅かに眉根を寄せて…。ぐにゅり、と
女騎士の両頬を掴んで左右に引っ張った。
186槍の人2/10sage :2006/05/24(水) 18:41:57 ID:tzd8bu56
                     2

「ひたたたたっ! ひゃ、ひゃひふるんひゃぁっ!!」
「ダメですよー、女の子がこんな怖い顔してちゃー。お嫁にいけなくなってしまいますよー」
「よへひなおへはらぁ!!」
「あははー、何を言ってるのかぜんぜん判りませんねー」

 最初はむっと怒ったような顔をしていたが、直ぐにまた笑顔に戻って女騎士の顔を見て笑う。女
騎士は痛みと怒りと羞恥に眦に涙を浮かべて、頬を摘む手を掴んでじたばたと暴れている。以外に
腕力があるのか、女騎士が必死に両手を引き剥がそうとするがびくともしない。涙の玉が零れ落ち
そうなほど大きくなった所で漸く頬が開放されて、女騎士は両頬を抑えてぺたりと座り込んでしまっ
た。うーっと唸って涙目で見上げると、金髪の騎士は代わらずにニコニコと笑っている。もはやこ
の笑顔すら疑わしい。自分を馬鹿にするための物なのではなかろうか。ああ…、頭では理解してい
るのにもう止まらない。もう我慢の限界。

「何をするんだあんたはーーーーー!!!」

 それはまさに、晴天へと突き抜けるが如く、周囲に長く長く響き渡り。慌てて金髪が口を塞がせ
るものの、やはり出してしまった大声は消えるわけも無く。表にいる大量のオークたちにももちろ
ん丸聴こえな訳で。女騎士は自らの仕出かした失態に心の底から恥じ入った。
 そして結果が襲う。

「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」
「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」
「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」
「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」「はぁはぁ!!」

 殺到する筋肉と暴力の群れ。熱い吐息と汗を迸らせて、緑と青の体躯に色々漲らせ殺到。手にし
た片手斧を手当たり次第に小さな小屋に叩きつけ始めた。がつがつと建材が破壊され、木製の戸や
雨樋にはすぐさま穴が開きだす。隙間から覗き見えるのは、異種蛮族の群れ群れ群れ。

「うわあぁぁっ! なんかいっぱい来たー!」
「あははー、ばれちゃいましたねー」

 笑っている場合ではない。女騎士は小屋の中にある家財を見回し、バリケードになりそうなもの
を探す。だが、もともとが打ち捨てられていた小屋で、先ほど立てかけた椅子と机位しか目立った
家具はない。直ぐに諦めて手にしていた剣を腰に止めて、すらりとした刀身を晒させて抜剣。怒り
と狼狽を置き去りにして、冷静な戦士としての意識を浮かび上がらせる。

「来ちゃったものはしょうがないわ。後はここから如何にして生き延びるかよ」
「大きな声を出すからー」
「あんたのせいでしょうがあんたの! それはともかく、先制攻撃入れて蹴散らすから、一気に突
破して離脱するわよ」
「はぁー、大変ですねぇ」
「あんたも数に入ってるのよ!」

 喧々轟々、口早にまくし立てて剣を振り上げて駆け出す。狙いはもうすでに閂を粉砕され、机の
引っ掛かりによってのみ開閉を拒む穴だらけの木戸。内側から蹴破って扉を強かに先頭のオークの
全身に叩きつける。続いて翻る剣線。それは刃物で斬り付けると言うよりも、鈍器で打ち据え弾き
飛ばすような一撃。強力を込められて振るわれた斬戟は、木戸ごと先頭のオークを吹き飛ばさせて、
その背後に控えていた群れ達に激突させ更に弾き飛ばさせる。

「ボーリングバッシュ!」

 宣言は力となって迸り、木材を撒き散らしながら敵達の体を軽々と弾けさせて、弾かれた体は仲
間を巻き込みながら被害を更に更にと貪欲に広げていく。それでも足りない。肉の壁が殺到する。
再度振り上げた剣で、突き崩した一角を更に弾けさせ道を作る。筋肉で出来た生暖かい道を。

「今っ! 走るっ!」

 短く叫んで脇目も振らずに突進、肉の絨毯をグニグニと踏みしめ駆け抜ける。おぅっとかあふっ
とか変な声が聞こえるが無視無視無視。とにかく駆け抜けて肉の囲いから飛びぬけた。
 金髪も問題なくついてくる。ふにゃふにゃした態度だが、やはり見たとおり適度に鍛えられてい
るようだ。息一つ乱れさせる事無く、敵の追撃を避けるまでして見せている。
 敵の一団が駆け抜けた二人を追いかけ始めた。群がり押し合い我先にと殺到する。先陣を切った
のは青の肉体、オークの上位種ハイオークだ。オークよりも一回り豊かな体躯に鋼の様な筋肉を乗
せて、手にした斧を一斉に振り上げて向かって来る。女騎士は振り返らずに気配だけで相手の位置
を確認、先頭の気配に見当をつけて剣を振り返りざまに叩きつける。肉厚の刃が野球のバットの様
に振るわれて、刃ではなく腹で敵を強打し後ろに弾き飛ばす。先ほどと同じ様に後列の群れを軒並
み巻き込み弾ける。筋肉同士が打つかって鈍い音を立て、肉が骨が仲間の肉体によって打たれて緑
と青の肉体がばたばたと倒れていく。ダメージ的には斬られた方がマシなのではと思うほどの大打
撃であった。女騎士は小さくガッツポーズをとってから、振り返ることなく走り続けた金髪に併走
するまでまた駆け出す。

「ちょっと、あんたも少し位手伝いなさいよ! 基本スキルくらい覚えてるんでしょう!?」
「いやー、短剣って苦手なんですよねー。どうも届き難くてー」

 走りながら怒鳴り付ける位の持久力はあった。相手ののらりくらりとした態度はそれ以上であっ
たが。戦闘があったというのに柄から抜きもしない短剣を手に持ちながら、金髪はへらへらしたま
ま余裕の足取りで直ぐ隣を併走する。とても脳天気お化けの持てる様な肉体ではない様に見える。
まるで、元は屈強な戦士だった者の体が、頭の中身だけ妖怪のほほんに乗っ取られたかの様な…。

「だったら何なら得意なのよ。騎乗してないって事は槍じゃなさそうだし、やっぱり私と同じ両手
剣? それとも片手剣?」

 ふるふると振られる頭。その頭がちらりと後ろを眺めて、また直ぐに前に向き直る。つられて視
線を向けると、オーク達は当然の様に追いかけてきていた。他にする事が無いのかまったく。女騎
士は憤慨して視線だけを横目に金髪へと向けた。

「じゃあ一体何なのよ。はぁっ…まさか斧とか鈍器なんて言わないでしょうね。はっ…はぁっ…」

 詰問の合間にも、次第に乱れ始める息。金髪の余裕ぶりに詰問の口調も荒くなる。鍛えに差異が
あるなどと思いたくも無い。単純な性別の差がこうも出るものなのかと歯噛みした。視線も鋭くな
ろうというものだ。だがその顔は相手の方に向けた途端歪む事になる。金髪がいつの間にか此方に
向かって走り出し、あまつさえ飛び掛って押し倒してきたのだ。

「ぎゃっ! なっ、ななな何してんのよ、あんたは!?」

 女として、戦士として、人として悲鳴を上げる。悲鳴を上げている内に両手で抱きすくめられ、
両脚が地面を離れて二人の体が中を舞う。一体何を考えているのかこの馬鹿は。敵の大群が大挙し
て追って来ていると言うのに、追い着かれれば二人とも命はないというのに。それ以上に、へらへ
らして無害そうだったのに、こんな所で本性を見せるとは!

「見損なったぞおまえ…えっ?」

 どかっどかっと軽く鈍い音が二度、相手の体越しに衝撃が伝わる。軽い音なのに伝わる振動は強
く、中空の二人の体を激しく押しやった。庇われた女騎士は金髪の漏らした苦悶の声を、抱きすく
められた為に耳元で聞かされる。庇われた? そう庇われたのだ。二人の体が地面に落ちて土埃を
巻き上げ、むき出しの土の上に金髪がぐったりと体を横たえる。押し倒される格好から慌てて女騎
士が這い出て、倒れた金髪の体を探る。掌で、視覚で、衝撃の正体を知った。

「あはぁ…、間に合いましたねー…」

 べっとりと掌を濡らす体液が、視覚から流れ込んでくる異物と赤が、金髪の負傷を継げていた。
二本の矢が背中から生えている。穿たれている。石の鏃の粗末な矢だが、深々と皮膚を突き破り肉
にまで食いついていた。
 反射的に、異物を取り除こうと女騎士の手が突き立つ矢を掴むが、騎士としての知識が咄嗟に引
き抜くのを止める。矢傷は鏃の形状にも由るが、突き刺さった時よりも抜く時の方が傷口を広げる
のだ。無理に引き抜けば深手になると判断し、鏃の根元で取り敢えず切断しようと大剣を構え矢を
掴む。だがその手を無造作に引かれて、深々と突き立った矢はごっそりと肉を抉り取りながら抜け
る事になった。女騎士の手を引かせたのは、金髪の篭手に包まれた無骨な腕だ。

「なっ、馬鹿! 何やってんのよ!」
「んん…いいからもう一本も抜いてください…。敵が来ます」

 自分では届かないと、背中を向ける金髪。頼まれた方は気が気ではない。数瞬逡巡し、背後から
迫る敵の群れを見て苦渋のままに決断、引き千切る様にして残りの矢をぶっこ抜いた。ビクンと金
髪の体が痙攣し、苦悶の声が食いしばった歯から漏れる。電流の様な痛みが駆け抜けるのが見てい
ても伝わり、女騎士の眦に罪悪の涙が浮かびかけた。しかし、泣いている暇などない。腰のポーチ
から手持ちの回復剤をとりだし、瓶の中の白い液体を鎧の上から傷口に振り掛ける。半分ほど中身
を残した瓶を手に握らせて、女騎士は大剣を両手に構え迫り来る群れと対峙した。

「それ飲んで大人しくしてなさい。回復するくらいの時間は作ってあげる」
187槍の人3/10sage :2006/05/24(水) 18:46:07 ID:tzd8bu56
                     3

 ざっと見回して変化が一つ。敵の中に弓を持ったアーチャータイプが混じっている。突進してく
るウォーリアータイプに紛れて、此方が背中を見せるのを待っていたのか。敵の姑息な手口よりも、
それを見抜けなかった自分自身に腹が立つ。
 敵の群れが走るのを止めた二人をまた取り囲む。荒い呼吸が空間を占めて円陣を組み、異種族の
戦士達が人間の二人を遠巻きに威嚇している。女騎士は金髪を背後に庇いながら、どいつから叩き
のめしてやろうかと周囲を睥睨。両手で握り締めた大剣の柄がぎりりと乾いた音を立てた。

「さあ、叩き折られたい奴から掛かって来い!」

 蛮族が言葉を理解できたとは思いもしないが、正面にいた三対が得物を振り上げて踊りかかった。
緑二つが先行、続いて青が後の先を狙い来る。迎撃の刃が振り上げられ、強かに緑二匹のわき腹を
砕く。速く鋭い今まで以上の速度を誇る切り替えし。女騎士の体は黄金色の輝きに包まれ、三体目
青の巨体の振り下ろしを避けて顔面を打ち据えた。身体能力、特に攻撃速度の一時的増幅。

「ツーハンドクイッケン! あーんどっ…」

 加速された刃が次の獲物を探し、また背中を狙おうとする弓手の動きに超人的に反応、一足飛び
に駆け寄ってまず武器を打ち砕く。攻撃は止まらずに脳天をかち割り、続いて胴体に思い切り振り
かぶった一撃をぶち当て弾き飛ばす。敵の体を弾丸にして飛ばす両手剣騎士の得意技。

「ボーリングバーッシュッ!」

 弾かれた弓手の体が仲間の体を弾き飛ばして、被害を拡大させ肉で出来た円が一角崩される。オ
ーク達は血相を変えて逃げ惑いつつも、かろうじて戦意を奮い立たせて女騎士に殺到するが、女騎
士もまだ戦意好調。また一匹また一匹と、手近なオークを弾丸に変え、ドカドカと円陣に向かい砲
撃を繰り返す。敵の目を引き付け、一匹でも多く引き受けて、負傷した金髪から注意を逸らさなけ
れば。庇われた分の返礼は為さねばならない。
 ちらりと盗み見れば、金髪もまた敵に襲われている。たどたどしい動きで短剣を振るって、長髪
で豊かな肢体をしたアレはやけに醜いが女のオークであろうか――迫り来る平長の鉈を打ち返して
いる。正直、今すぐ駆け寄って助けたい位のへたれた戦いぶりだ。苦手というのは確かなのだろう、
斬り返しや斬り付けでは間合いを計れずに空振りを繰り返している。例外的に突きだけは敵の体を
捕らえて、的確に間接や急所を貫いていくが、それも改心的とは言えず敵の数は増える一方だ。
 もっともっと、暴れまわらなければならない。敵の攻撃を避け受け流して反撃を叩き込み、時に
はわざと吹き飛ばされて間合いを開け、一纏めにした敵を主砲で弾き飛ばす。ペースはやや暴走気
味で、心臓が勝手にテンポを上げて全身に活力を送り出す。蛮族達の荒い息に勝るほど呼気が荒く
なり、汗を噴出しながら酸素を求めて体が熱くなる。また一匹二匹と大剣の腹の餌食にし、前歯や
あばらを砕かせて昏倒させた。数は…、減る様子を見せない。

「いい加減にっ…! 終われえぇぇぇっ!!」

 仲間の影からまた此方を射ろうとするアーチャーを見つけ、優先的に飛びつき容赦のかけらも無
く叩きのめす。脳天を兜ごとひしゃげさせたそのアーチャーの体を追撃、砲弾として金髪に襲いか
かろうとした一団に叩きつける。息急き切りながら傷を負った騎士の元へ駆けつけ、群がっていた
男女のオークをしこたま殴りつけて追い払った。
 二人背中合わせになって息を吐く。敵の円陣は歪ながら未だに包囲を保ったままだ。それどころ
か打ち倒した何割かは、起き上がって再び円陣を形作るのに担い出す。

「あははー、焼け石に水って感じですねー」
「ウルッサイ! あんただって全然倒してないじゃない。人のせいばっかりにしないで欲しいわね」

 苛立って汗で張り付いた前髪を篭手に包まれた指で梳き、グリーブをはいた爪先をガツガツ乾い
た土に打ちつけ履きを確かめる。次第に敵の包囲が狭まって来ていた。このままでは立ち回れなく
なって、いつか多勢に押さえ込まれてしまうだろう。
 まとまらない思考のままぜいぜいと肩で息をして、漸く整えると正眼で両手持ちに剣を構える。
どうやってこの囲いを抜けてやろうか。思案する背中に金髪からの声が掛かった。

「んー、思うに、斬らないで叩きのめしてるからだと思うんですがー。どうして止めを刺して数を
減らさないんでしょうー?」
「……、………だけよ…」

 囁きは微風にすら掻き消される程ささやかに紡がれ。聞き逃した金髪が聴き直すよりも先に、女
騎士は駆け出し弓手を巻き込む様に大砲を叩き込む。吹き飛ぶ量には目を見張るが、やはり倒れる
敵は少数、直ぐに起き上がって立ち向かってくる。そう、誰一人気絶はしても死ぬほどの打撃は受
けていないのだ。殺さずに切り抜けられるような状況ではないと言うのに、どうしても刃は立てら
れず腹ばかりが敵の骨を砕いていた。これでは終わる訳が無い、繰り返しの消耗戦だ。それでも、
それでもと女騎士は叫ぶ。

「それでも、殺したくないものは殺したくない――それだけよ!」

 どがぁっ!――いい加減バットか鈍器に持ち替えた方が相応しいのではないかと言う振りと快音。
ボーリングバッシュの名のままに、正にボーリングの玉となった敵の体が居並ぶピンを弾き飛ばし
てストライクを連発する。スコアは上場、漸く人垣が開いて、その隙を見逃さずに人間二人が肩を
並べて間隙を突く。人垣が左右から迫るが間に合わない。今度こそ円陣を抜け出し、一目散に逃げ
出して見せた。心の中で歓声をあげる二人の騎士。終には口から漏れる。

「よっしゃあ!!」
「あらあら、女の子がはしたないですよー?」

 窘める方にも笑顔――いや、金髪の場合は終始笑顔だが――活路への希望に笑顔がこぼれた。後
は敵の少ない方へ逃げ延びるだけだ。後ろの大群が追跡してくるが、流石に今度ばかりは追い着け
はしないだろう。それだけ二人の走りは必死だった。晴れやかな笑顔で世界を縮める様な全力疾走。
時折弓を軽快して振り返りつつ、一気にオークの勢力圏から抜け出そうと乾いた大地を駆け抜ける。
あと少し、いま一歩、もう直ぐそこに――見えた! オーク達のテリトリーとの境目。丸太製の囲
いで守りを固めた防衛ライン。あの囲いを超えれば一先ずは追手も止まるはず!
 漸く助かったと、そう思うと余計に足も速くなる。女騎士の左手に居た金髪も、いつの間にか右
から追い越して先にラインへ向かおうという物だ。頭頂の金色が勇ましく揺れて、一足先にライン
ぎりぎりで停止する。気のせいか背丈が随分と伸びたようだ。肌もなんだか緑色で、これはまるで
追跡してくるオーク達に良く似た――
 ――いや待て、金髪はまだ自分の隣にいる。のほほんとした雰囲気が霧散して、軽く引きつった
ような笑顔を浮かべている。いま正に、自分の目でその顔を見ているのだから間違いない。引きつ
り気味の笑顔が女騎士に向けられ、そして二人の視線が同時に前方へと向けられる。ならば今通り
過ぎて行ったのは何者なのか、と。

「最低…」

 今度のは自らにではなく状況へ向けて。
 ちょうど進路を塞ぐようにしてそれは立っていた。巨大な体躯に有り余るほどの筋肉乗せて、緑
色の体表を逞しく盛り上げる。身に着ける装飾は他の物達よりも豪華で、巨大な蛮刀と四角い盾を
手にして、金の輝きの中に勇猛さと威圧を隠さずに表していた。特に目立つのは頭部に乗った金色。
無数の羽飾りの靡く、英雄のみに許された権威の証。そこには、蛮族達の猛者、歴戦を勝ち抜いた
兵が仁王立ちしていた。

「オークヒーロー…」

 掛ける足が止まり、目の前に聳え立つ壁を見上げる。見下ろしてくる目には異種族同士にも伝わ
る明確な意思――濃密な殺意が、第二の壁の様に二人の人間にぶつけられていた。そして思わず後
退りして気が付く、後方からの地を揺らす群れの足音。進退窮まるとは正にこれだ。
 まともにぶつかって勝てるような相手ではない。相手はただでさえ人族より屈強なオーク達の、
人と同じく鍛錬をし経験を積んだまさしく英雄なのだ。まず肉体で劣る、鍛錬さえも劣っているか
もしれない。脳裏に浮かぶ疑問は『戦えるのか?』ではない。『本当に戦う気か?』と自分を嘲笑っ
てしまうほどだ。それ程にこの戦力差は、覆しがたい絶対性を孕んでいた。
 ――ああ…、これは死んだかな…。
 体から力が抜けるのを女騎士は自覚する。握り締めていた剣の柄から指が剥離していく、それと
同時に心に染みて来る冷たい衝動。体が熱くなっている分、頭の後ろと胸の中がはっきりと冷えて
いくのが判る。指が離れかけた剣は折れていないのに、心の方が先に軋んだ音を立ててしまった。
生き延び様としていた渇望も、己の弱さと屈辱に耐えかねて流れ出る哀愁も無い。あるのはただ空
虚。ただただ空虚だけが心を支配し指先からも力を奪う。剣が手から滑り出て地面に向かい落ち始
め…――そこで肩を力強く捕まれ、びくんと体が驚いて勝手に柄を握り直してしまった。

「今度は私ががんばって見ます…。だから貴方はその間に進んでくださいね」
188槍の人4/10sage :2006/05/24(水) 18:54:31 ID:tzd8bu56
                     4

 息の掛かる距離まで顔を寄せられて、耳元で静かに囁かれる。体が気恥ずかしさを思い出す前に
金の髪は離れて、そして風に靡きながら遠ざかっていった。耳に残る声は今までよりも凛とした響
きがあって、まるで別人の様な雰囲気に凍り付き掛けた心が動き出す。静か過ぎるその声が、まる
で遺言の様に聞こえてしまったから…。喉から必死で搾り出すのは静止の声。

「まっ、待ちなさい!」

 しかし、遠ざかる背中には止まる気配は無い。何たる無茶。何たる無謀か。あんな無様な戦いし
か出来なかった者が、出会っただけで絶望を呼び起こさせるほどの兵に勝てるはずがない。否が応
にも脳裏に見えてしまう、一刀の元に切り伏せられる金髪の姿。止めなくては――そう思うと自然
に体が駆け出した。軽く、流れる様に速く。
 英雄が歯向かいに行く羽虫に気が付き、手にした蛮刀を振り上げる。斬りかかる金髪はその事に
気がついているのかいないのか、真っ向から駆け寄って急所狙いの突きを繰り出した。迎え撃つ側
は悠然と、振り上げた蛮刀を下ろすだけ。それでも無造作な斬り落としは剛風を纏い、当たるだけ
で必殺必至の威力を秘めている。その前に騎士の堅牢な鎧も、ささやかな武具の抵抗も意味は無い。
あんなひょろひょろとした情けない金髪なんて、掠めただけで死んでしまうかもしれない。

「こんのおぉぉぉっ!!」

 あっという間に金髪の背に追い着いて、豪快に振り被った剣をフルスイング。振り下ろされる兇
刃をかち上げて跳ねさせ、その隙に金髪が装飾の継ぎ目を狙って緑の肉体に刃を突き立てる。深々
と胸に食い込む鋼は鍔元まで突き立ち、敵の体から僅かばかりの体液を溢れ出させた。

                     4

 だが、それだけだ。

「ウソ…――こんなの反則じゃない」

 傷口から鋼が排出される。有り余るほどの筋肉が刃を止め、あまつさえ押し返して流血する傷口
を塞いでしまう。数秒もすると線だけになった傷口は再生し、傷つけられた痕跡すら跡形も無く消
してしまう。塞がった胸に柄を握る手の親指を軽く這わせると、英雄は何事も無かったかのように
蛮刀を握り直し。目の前の人間二人目掛けて、草を刈るが如く横殴りになぎ払う。
 ――避けるのは不可能。二人同時にそう判断し、金髪は両手の篭手を合わせて掲げ、女騎士は大
剣を肩に当てながら逆さに構えて、それぞれが迫り来る刃から体を庇う。二人の体を同時に衝撃が
襲い、打点を分散させたにもかかわらず、攻撃は二人の体を軽々と弾き飛ばした。
 体を引きちぎるような衝撃が浸透して、中空に投げ出された二人の体が放物を描く。激突の瞬間
金髪の背後で先に剣を剣先に当てて力を受けた分、女騎士の体の方が遠く弾かれた。庇い出した大
剣は半ばから大きく歪み、彼女の体の代わりに屍と化している。全身が痺れを伴って痛みを麻痺さ
せ、全身が分厚い壁にぶち当たる感覚で浮遊感が終わった。むき出しの大地に叩きつけられたのだ。
受身などを取る積もりすらなく、墜落に近い激突だ。苦悶を上げる程度の動きも痛みで体が拒否し、
僅かに身を捩ろうとしてぴくぴくと痙攣する程度の肢体。口の端から紅の体液が溢れ出して、急速
な脱力感に襲われだした。ぼやけ出した思考の中でそれだけが何故か浮かび上がる。――金髪はど
うなったのだろうか、と。
 金髪の騎士は両腕を庇いながらも、女騎士の許に駆け寄っていた。ぐったりとした体を抱き上げ
て、軽く揺さぶる。首筋や口元に手を当てて脈と呼気を確認し、ほっと一息するや否や項垂れる体
を担ぎ上げて飛び退く。そして、寸刻前まで女騎士の倒れていた場所に容赦の無い切先が突き立っ
た。英雄の剣ではない、無数の鈍く日を返す斧と鉈の群れだ。
 ――くっ、と金髪が呻くのが聞こえる。のほほんとしてたこの男が悔しげな声を上げるのだ、恐
らくは追っ手に追い着かれ囲まれでもしたのだろう。抱かれる腕から外を覗けば、やはり一面オー
ク達の壁、壁、壁。振り出しに戻ってしまった。むしろそれ以下かもしれない。得物も退路も体力
も底をついた今、今度こそ二人とも手が出ない。先ほどより絶望感が少ないのは、以外に力強く抱
かれ、鼓動と体温を伝えられているせいなのだろうか。自分の弱かったはずの動悸が、なぜか己の
耳にも届いてきた。今は何より頬が熱い。

「すみません、また助けてもらったのに御礼も出来ませんでした…」
「…何言ってるのよ。二人で掛かっても勝てやしなかったわ、気に病むことなんて無い…」

 英雄が背を向けた。弱者には興味が無いとばかりに。代わりに群がって来る雑兵。これから自分
達がどうなるのか。蛮族にすれば自分達こそが蛮族となる。生易しい待遇が待っているとは思えな
い。特に、女の身である自分には。
 悔しい。歯牙にもかけられない事が。許せない。良い様に弄ばれ様としている事が。何よりも口
惜しい。一度助けると決めた者を救いきれなかった事が。要約すれば己の不甲斐なさが、一番の悔
恨。思わず両目から雫が落ちて、喉の奥から嗚咽が漏れ出す。力の入らなかったはずの体が、強く
強く直ぐ近くの体をきつく抱き締めていた。
 直ぐ側の男が自分の髪に手を置いてきた。そして柔らかに撫でられる髪。感じる優しさに嗚咽が
深まる。きゅっと縋る様に抱きついて、涙目で見上げる。絡み合う視線。

――せめて、この男だけでも生き延びてくれれば。

「甘ったるい事やってんじゃねぇってんだ、こんのクソボケ野郎がーーーーーー!!!」

 鼓膜を突き刺す大音声。甘い二人だけの空間と、二人を取り囲んでいた現実の方の空間。そのオ
ーク達の壁の一角が突き崩れた。そして、絶えず無数に聞こえ続ける、まるで南瓜や西瓜を砕くよ
うな打撃音と濡れた布を石畳の床に投げつけた様なくぐもった水音。
 疑問に後押しされた好奇心で、金髪の肩越しに視線を向けた事を後悔した。
 爆ぜた。爆ぜた。爆ぜていた。主に頭が原形を留めずに崩れている。完膚なきまでに撲殺だ。何
をすれば生き物の頭がこれほど崩れるのだろうか、血と脳漿と骨と肉と脳自体――中身が混ぜあっ
た無残な傷跡。それと共に声がする。威勢良く怒りを吐き散らすような、正に怒鳴りと言う名の通
りの声が。

「馬鹿たれが、待ち合わせの場所に居ねえと思ったらどこぞの女とラブシーンかこのタコ! お前
は俺を待たせ殺す気か、ああッ!? 何様のつもりだクソクソクソむかつくぜ、オラぁっ!」

 飛び散る肉と体液を真っ向から浴びながら、艶やかに光る凶器が振るわれる。得物は鈍器だ。長
目の柄の先に棘の突いた鉄球の乗る、モーニングスターと呼ばれる対人武器。その重量を活かして
振るわれる破壊の一撃は、盾も剣も打ち砕き鎧の中を容赦なく振るわせる。戦場では剣や槍よりも
扱い易く、製造も手軽なので好まれる類の武器だ。
 それがオーク達を一匹一匹と打ちのめし、確実に頭部を砕いて中身を弾けさせていた。抵抗が許
されていないわけではない。懸命に武器を突き出して立ち向かう者も居るには居るが、例外なく先
に武器を砕かれて首を持っていかれる。大地には石榴みたいに弾けた頭や、首から根こそぎかっ飛
ばされたオーク達のからだが寂しそうに折り重なっていた。戦闘と言うよりは、これは収穫だ。端
から端まで熟した果実がもぎ取られ、実をもがれた幹が打ち捨てられる。オークと言う名の収穫物
は、見る間に数を減らして収穫者から戦々恐々と遠ざかっていった。

「ふぅぅぅ…、すっきりした」

 まず目に付いたのは全身の穢れ。オークの中身を被り全身からぼたぼたと返り血を零しながら、
一歩一歩勿体つける様に歩み寄ってくる。手には仕事帰りの凶器と、腰のポーチから取り出したタ
バコの箱。そこから一本取り出して唇に乗せ、サングラスを掛けた色のわからない視線をこちらに
向ける。髪色は血だらけで良く判らないが、地毛は恐らく青なのだろう。空色の髪の女騎士よりも
濃い、深い海色の適当に整えられた短髪が、血液と斑になって見え隠れしている。他に外見から判
るのは、男装をしていない限りは性別が男、職業が鍛冶師――ブラックスミスであろうと言う事だ
けだろう。背後に置き去りにしていたリアカーの様な大型の木製カートを引きながら、片足を引き
ずるようにして歩みを進める。戦闘の手際とはかけ離れた不自然な足運びであった。良く見れば、
引きずっている方の足は爪先も踵も無い。右の足が膝の付け根から無く鉄板で覆われ、木の棒一本
が突き出て足の代わりに体を支えている。義足のBSは不安定そうな体で、澱みはあるがしかし真っ
直ぐに歩んでいたのだった。その男が金髪の傍らに立って開口一番――

「一体全体どういう積もりだこの馬鹿ったれが。待ち合わせ場所に行ったら待っていたのはオーク
の群れとは、テメエ何時からオークと通じるようになりやがったんだ? ああん?」
「あははー…、いやぁ…助かりましたよー」
「テメエ俺の話し聞いてねえだろ。ああっ? まったくもって聞く気すらないだろう、なあ? 終
いにゃ抉るぞ? 切り捨てるぞ? 判ってんのか、コラ?」
「えーと…、いっぺんに言われても困りますよー…?」
「やっぱり判ってねーんだな、理解しようともしてないんだなこの薄ら馬鹿」
189槍の人5/10sage :2006/05/24(水) 19:01:56 ID:tzd8bu56
                     5

 口が悪すぎる。口を開いた数分間、怒鳴り声と悪言雑言しか出てきていない。サングラスで隠れ
た目元と相俟って、柄の悪い事この上ない。顔立ちはそれなりに整って見えるのに、中身はまるで
毒の壷だ。金髪と言いこの血塗れの鍛冶師と言い、外見と中身の伴わない奴が多過ぎる。世の中に
はこんなのだけが寄り集まった組織でもあるのだろうか。
 しかし、BSの顔は親しいものに向けるような砕けた笑顔であった。最初こそイラついた様子は
あったものの、言葉を交わす間に徐々に破顔していった。つまりこの口汚さは怒りから来るもので
はなく…、性質が悪い事にこの喋り方が地なのだろう。

「やれやれ、『こっち』のこいつは話にならんな…」

 血塗れの男がタバコの箱をしまって、代わりにマッチを取り出し義足の側面で一擦り。タバコの
先に火を点けて深呼吸し、美味そうに煙を吸い込んでから盛大に吐き出してみせる。それからじろ
りと、色眼鏡越しでも判るほど無遠慮な視線を女騎士に差し向けた。特に胸の辺りをしげしげと。

「ふん…、三十五万って所か…」
「なっ、今何処見て値段決めた!?」

 うがーっと噛み付くように吼えて掛かり、真っ向から怒鳴り散らす。何よりも値段が安い。今手
に持つ剣だって三倍以上の価値が在ると言うのに、女として人として最高に侮辱されたような気分
だ。特に胸が。

「はっ、胸と性格差っ引いてもそれだけになるんだ、温情溢れる価値に涙しろ」
「…あんた口だけじゃなくて性格も悪いようね、見た目通り」

 胸はしょうがないじゃないか。体を鍛えれば鍛えるほど余計な脂肪も余計じゃない脂肪も減って
しまう。これはそう言う体質の産物なのだ。決してなろうとしてなった体系じゃないのに!
 だが、このやり取りすらも悪意で為しているわけではないようだ。それだけ言い返せるなら怪我
はたいした事ねーな――光の加減で僅かに透けて見えた、サングラス越しの瞳がそう語っている。
ような気がする。ここまで言われて簡単に納得などできるはずもないからだが…。
 それでも、内容は不快だが自分でも驚く程、この二人の雰囲気に飲まれているのが心地よい事を
発見する。こんなの反則じゃないか。そんなものは無論完全否定。頭をぶんぶんと振るわせて追い
払う。まあ、性格が悪いというのは取り消してもいいかもしれない。脳内では。
 それよりなにより、今はそんな事を言っている場合ではない。

「っ…、まだ来た!」
「はん…、雑魚が群がりやがって」

 生き残りのオークたちが徒党を組みなおして包囲を狭めて来る。どれもこれもが青色の肉体、上
位種ハイオークの戦士達。BSが倒せていたのは本当に雑魚だけだったようだ。そして無論、屈強
の戦士達を従わせる、英雄の姿も更に後ろに見えていた。決着を付ける積もりなのか隊列を整え、
四列横隊の突撃陣を組んでいる。雑魚を盾にして一気に切り込んでくるのだろう。流石にあの量を
捌くのはきつい。その上、後ろには手も足も出なかった英雄が控えているのだ。

ちらりとBSの方に視線を投げかけてみる。

「あ? 何見てんだよ。俺にあんな化け物が倒せる訳ねえだろ。両脚健在でタイマンならともかく、
取り巻きたっぷりで突っ込んで来るんだぞ? 現実見ろよ、現実をよぉ」

 投げかけるんじゃなかったと痛烈に後悔した。
 ならばどう状況を切り抜けるのか、思案するが何も浮かびはしない。せっかく駆けつけた希望も、
目の前の物量には手も足も出ないと来た。結局死期が遠のいただけなのかと、心にまた色濃く諦め
が浸透していく。絶望感がそのまま表情に表れそうになって、目の前にある胸板にすがりつきたい
衝動に襲われてしまう。短い間だけの関係なのにこんな気持ちが浮かぶのはなぜだろう。そもそも
何でこんな頼りない男に…。自分はそんなに人に飢えていたのかと、女騎士は一人自問する。
 その時BSがハンと短く鼻で笑い出した。まるで勝手に悲嘆に暮れている女騎士を嘲る様に。い
や、この男の性格からして明らかにあざ笑っているのだろう。金髪の腕の中から視線を向けて、思
わずギロリと睨んでしまった。少し態度があからさま過ぎるかもしれない。

「はっ…、なんて顔してんだよ薄胸が。誰も黙ってやられるなんて言ってないだろう。そもそもが
だ、そいつから聞いてないのか? わざわざこの俺が、こんな辺鄙な所にまで出張ってきてやった
理由をよぉ」

 そこで一度言葉を切って、鈍器を握っていないほうの手でタバコを摘み大きく煙を吸い込んだ。
血中に麻薬に近い成分をふんだんに取り入れてから、気持ち良さそうに煙を吐き出していく。今に
も迫ってきそうな敵の前にしてなんとも不適。この男にはこう言う仕草が板に付いている。

「俺は鍛冶師だ。商人上がりの鍛冶師の仕事は武器を作る事」

 短くなったタバコから手を離して、次に手が伸びたのは背後の木製カート。頑強な作りの――妙
に生々しい傷が無数についた――カートの中に、隙間なく敷き詰められた無数の箱の中から一つを
選び開け放つ。中から取り出されたのは変哲もない一条のベルト。たった一つの差異はベルトの帯
に総勢十六のフォルスターが付いていて、その全てに同じ数の太く黒い鉄製の棒が収められていた。
それを金髪に向けて無造作に投げて渡す。女騎士を抱いたまま片手を伸ばして金髪が受け取ると、
ずっしりとした確かな重量が腕に圧し掛かって来た。

「頼まれていた新型十六本。それぞれが極限まで精錬された上で、贅沢に各特化カードを盛り込ん
だ一級品だ。特化武器としてこれ以上の物はねぇ。あったら俺が叩き折ってやる」

 まるで自慢の息子を紹介するような上機嫌ぶりで口元を綻ばせ、今度はカートの隅の方に固定さ
れていた、布に包まれた長く太い物体を取り出してくる。長い。あまりにも長いその全長は二メー
トル超過。カートの大きさが百五十センチ程なので、斜めに立てかけてもまだ先端がはみ出してし
まうほどに長大だ。長さと相俟って重量もかなりの物の様だが、BSは片手で軽々と扱い片方の先
を地面に突き立てた。
 その包みを解いて中身を曝け出せば、それは一柄の槍。捩れた螺旋を描くような柄の上に、やは
り捩れうねる紅い刃が載っている。その名はロンギヌス。然る聖人の死を確認し、その体に聖痕を
穿ち世に称えられる聖なる槍。盲目の兵士の名を冠する、聖杯と共に現れたという血に塗れた刃で
ある。真贋はわからぬが、その一柄が今確かにここに存在していた。

「これを手に入れるのは苦労したぜぇ。いったい幾ら使ったんだか覚えてねぇ位だからな。仕入れ
係の無口女にも相当ぼられたあげく、こいつをまた極限精錬とのご注文。精錬中に壊れなかったの
は天文学的な確立だったぞ?」

 不適に笑ってみせるBSの方を呆然と見ていた女騎士だが、不意にその体が地面に落とされて短
く悲鳴を上げた。金髪が何の前触れも無く女騎士の体を手放したのだ。しこたま打ちつけた腰をさ
すりながら抱き上げていた手を離した人物をにらみ挙げると、そこには呆然とした表情だけがあっ
た。今まで見せていたぽややんとした雰囲気も、庇われた時に見せた見とれてしまいそうな面影も
無く。ただ呆然とBSの持つ槍に視線を注いでいた。いや、寧ろ熱い。まるで失った半身をやっと
の事で見つけたかの様な情熱的な視線。
 そして、ゆっくりと立ち上がった金髪の騎士は、よろよろとした足取りで槍へと向かいだした。
熱に浮かされたような眼差しのまま、覚束無い足元とは別に両手はテキパキと渡されたベルトを腰
に巻き付ける。

「なっ、何なのよ一体…。ねぇ、こいつ何か様子がおかしいわよ?」
「はははっ、心配いらねーよ。つーか、びびり過ぎなんだよタコ。薄いのは胸だけじゃなくて度胸
もか?」

 金髪の奇異な行動に流石に心配になり、投げ出された事も忘れてBSに呼びかける。そんな女騎
士を出迎えたのは、たっぷりの笑顔と罵詈。いい加減我慢するの止めて殺っちゃおっかなー、とか
女騎士が物騒な事を思い始めたのは言うまでもない。
 だが、何時までもBSはへらへらと笑ってはいなかった。不意に表情を引き締めて、槍の穂先を
地面に付きたてると、またしっかりと荷物を固定されたカートを引きずり歩み始める。槍に向かい
ふら付きながら歩く金髪とすれ違いになって、陣形を組むオーク達と向かい合いになり立ち塞がる。
片足を欠いて不安定そうな義足姿であるが、それを感じさせない堂々とした仁王立ちである。

「さて…、馬鹿が戦闘形態になるまで時間を稼ぐとするかな。はぁぁあっ…、中間管理職はまった
くもって…」
190槍の人6/10sage :2006/05/24(水) 19:03:51 ID:tzd8bu56
                     6

 オーク達は既に突撃を開始。土埃を舞い上げ、それすらも蹴散らして大量の肉の壁として押し寄
せてくる。片足のBSなど踏み倒して行きそうな、猛然とした無思慮な突進。それを前にしてBS
の表情が、辛く切なそうな物へと変わる。それは目の前の迫り来る肉壁への絶望ではない。それは
憐憫。今までの自分へ向ける嘲笑と、これからの彼らへむける哀悼。そんなものが混ぜ合わさった
歪な憐憫であった。そして、ため息と共に戦闘が開始される。
 雄叫びを上げながら迫り来る肉達に対して、BSは己の最も得意とする獲物を振り上げた。鈍器
ではない。鍛冶師の得意とする斧でもない。何よりも巨大なその凶器――固定された荷物を満載し
た背後に構えていたカートを豪快に頭の上まで振り上げ、力任せに激突寸前の肉達に叩き付けた。
貨物運搬用のカートの革命的使い方。BSの誇る切り札の一つ『カートレボリューション』。ハイ
オークの一陣はその重量と衝撃で地面に叩き付けられて、悲鳴を上げる間もなく圧死する。余韻も
残さず今度は横に振り抜き、体を回転させての遠心力をたっぷり乗せた横殴りの二撃目。カートで
の異様な攻撃にたじろぎ足の止まった残りのハイオーク達を、一つに纏めて跳ね飛ばす。そして最
後は迫る英雄。

「まったくもって辛いよなぁ! ああ??!!」

 流れるままにカートを投げ捨て、腰の後ろから一丁の戦斧を取り出し、轟音と共に振るわれる蛮
刀を受け止める。甲高い金属音を立てて欠ける所かその刃を蛮刀に食い込ませる片手斧。憂いを帯
びていた表情などもう陰りもない。壮絶な笑顔を浮かべて真っ向から英雄との力比べに応じ、見事
対立するまでの強力を見せ付ける。ギリギリと金属の悲鳴飛び散る鍔迫り合い。先に離れるのは英
雄だった。しかしBSは追撃はしない。不敵に構えて英雄の次の手をニヤツキながら待ち受ける。
蛮刀は待ち受けるものに向けて横薙ぎに振るわれ、それを当たり前の様に振り抜かれた斧が迎撃す
る。力が拮抗しているのではない。元より片足の不安定なBSに立ち回れるほどの足裁きは不可能。
相手の動きを的確に予想、敵よりも早く迎撃し打点をずらし、力を受け止めずに可能な限り散らし
てみせる。生半可な努力では身に付かないであろう高等技を、BSは口元を嬉しげに歪めたまま軽
がる繰り出してみせていた。ニヤニヤ、軽々と攻撃を防がれあまつさえ音も立てそうな笑みを見せ
られて流石に英雄の顔も苦渋に歪む。きつく結ばれていた分厚い唇を開き、鋭い牙の並ぶ歯を見せ
て英雄が大気よ歪めとばかりに咆哮を上げた。びりびりと周囲の物体すらも共振する爆音。

「はっはぁ! 景気いいじゃねぇかクソブタ野郎!!」

 左右から力任せに蛮刀が振るわれ、一合二合と斧が受け流す。凄絶な笑みをサングラス越しに浮
かべて余裕たっぷりに、怒号と共に振るわれる金属同士をぶつけ合う。威勢の良い上面とは裏腹の、
その頬に伝う一筋の冷や汗は、まだ誰にも見咎められてはいなかった。

「すごっ…、あいつ人間じゃないわ…」

 そう思わず漏らしたのは女騎士。遠目で見ている限りは英雄と鍛冶師は互角。台風の様な剣戟の
嵐を、飄々とBSが打ち返している。人間業とはとても思えない、夢の様な光景が繰り広げられて
いた。それも飛びっきりの悪夢の方で。
 視線は次いで、夢遊病者の様にふら付く金髪に向けられる。彼の人はようやっと槍へと辿り着い
て、抱き締める様にして槍へと縋り付いた。槍を握ったまま両膝を突いて、両手を高く上げ項垂れ
る。まるで全ての力を出し尽くしたかの如く。
 金髪の背中を見守っていた女騎士が、その様子に慌てて駆け寄り力の無い体に手を差し伸べる。
だがその手は直ぐに弾かれた。意外にも鋭く、邪魔者を振り払うような腕の一線。目を見開いて驚
愕する女騎士に、金髪は元のふにゃっとした笑顔を向けていた。だが、それは表面だけ。顔貌は整
えられても纏っている雰囲気までは誤魔化せない。女騎士が守ろうとした日向のような笑顔は、こ
んな今にも崩れそうな曇り空の雰囲気は纏っていなかった。
 目の前にいる男は、一体誰なのだろう。

「あはぁ…、ははは…。ごめんなさい…つい手が出ちゃいました…ふふ…」
「あんた…、一体誰? 少し前のあいつはそんな顔して笑う様な奴じゃなかった。その槍が原因?
 人の意識を乗っ取る様なやばい物でも憑いてるのかしら」

 無意識に両手が武器を探す。両手剣は弾き飛ばされた時に手放した様だが、短剣はまだ一本だけ
腰に挿していた。槍を弾き飛ばしてやろうかとゆっくりと抜剣し、じりじりと間合いを詰めていく。
 槍にしがみ付く金髪の騎士は、今やその表情を笑いに歪める事も無く、一切が抜け落ちたような
無表情を作り上げていた。その顔がまた、苦痛に歪むようにして笑みを作り、無理やり笑顔を作ろ
うとして頬をぴくぴくと震わせる。あっ…とか、うっ…とか言葉を詰まらせて、移り行きそうな感
情を何とか繋ぎ止めようとする痙攣が絶え間なく続く。
 その様に警戒を強めた女騎士は目を細めて金髪を睨み付け、間髪入れずにその顔面を強かに殴り
つけた。クヒッ――背後で英雄を打ち返しているBSが横目で現場を見咎めて、首を絞められた様
な掠れ声で笑い声を上げる。辺りに鈍い音が響くほどの見事なグーパンチであった。

 殴られた方も流石に驚いたのかぽかんと口を開けて暫し呆ける。しかし直ぐに唇が上がり――

「あーあー…、女の子がそんなに怖い顔をしていたらお嫁に行けなくなりますよー?」

 あ――と声が漏れた。視界が滲む。体が震える。込み上げた物に思わず顔を俯かせた。不覚にも
元の笑顔を見ただけで泣きそうになった。その頭に掌が載せられる。そして優しい声が掛けられた。

「ごめんなさい…、私のせいですよね、泣いてるの…。でも私は、これからしなければならない事
があるんです」

 掌が離れる。つられて顔を上げると眦から頬へ涙が零れた。それでも追いすがろうとして、やは
り笑顔に止められた。それは悲壮すら漂う程に、悲しそうな微笑だった。
 言葉の区切りに、金髪が徐に腰のポーチから紐を取り出し、額に掛かる髪から後ろ髪までを一纏
めにして括り、馬の尻尾の様に背中へと垂れ下げさせた。露になった目元には女騎士の思ったとお
りの温和な視線があって、鮮やかなエメラルドの瞳を向けられてドキリと心臓が跳ね上がる。その
視線を合わされたままに、金髪の騎士は目の前の女騎士に語りかけていた。

「私にはもうこれしかない。この槍達が無ければまともに生きて行く事すら出来ないんですよ」

 金髪の騎士が腰のベルト、そして目の前の長大な槍にそっと撫でる様に触れる。それが最後に縋
るべき物だと金髪は語るのだ。同じ人ではなく物に縋らなければならないほど、人は追い詰められ
るようなものなのだろうか。

「だから…これから起こることをよく見ていてくださいね。それこそが私。私自身のありのままの
姿ですから…」

 そう悲しそうに言葉を吐くと、金髪の騎士は立ち上がる。両手で槍を掴むと地面から穂先を抜き
発ち、今度は石突を大地に打ち付けて刃を天空へと掲げて見せた。そしてまた、表情が消える。
 それを女騎士は似合わないと思っていた。身勝手な理不尽さえ湧き出てくるほどだ。あんなに優
しい笑顔が掻き消えるほどの何かが、あの『槍』という物にはあるのだろうか。理解しがたく、そ
して否定してしまいたくなるような理不尽さを感じてしまう。ずるいと思うのだ。

「我が身…、我が血…、我が命…」

 そして詠唱が静かに始まった。騎士の身にて呪文を操ることは出来ず、故に詠唱の必要は無いと
いうのに、金髪の騎士は何も無い表情のまま言葉を紡ぐ。

「捧げ求むる…唯一の理由」

 まるで足りないピースを埋めていくかの様に言葉を吐き出し、そのたびに全身がびくりと震える。
力が有り余って溢れ出し、槍の柄を握る手が白くなりぎりぎりと音を立てて食い込んでいく。
 理由。この金髪の男には理由が足りないのだ。足りない理由を、槍から吸い出してやろうと呪い
の様な言葉が続く。槍を粉々に砕きそうなほど指に力が入っていく。ふつふつと湧き上がる熱を言
葉に代える。

「我が生涯は、ただ一点に貫き通すものなり」

 朗々とした言葉とともに目を開けると、そこにはもう女騎士の知る金髪はいなかった。顔つきか
らして違う事もそうだが、一番の変質は眼つきだろう。そこには強烈な渇望。何かに対する飢えの
様な感情がありありと見えて、全身が欲望を満たそうとうずうずと蠢きたっている。先ほどまでの
彼には無かった――、一番遠いものがその目には宿っていた。
 その視線が女騎士の体を這う。両手首、両肘、両肩――まずは抵抗を止められて――、喉元、左
胸、鳩尾、右脇腹――内臓を一つずつ綺麗に撫でられて――、両股関節に膝と足首――足の動きも
止められて何も出来なくなり――、額へと視線が戻り鼻と眉間の間を見てから、最後に両目を視線
で貫かれる。今ので二十回は満遍なく死んだ。手足も関節からちぎられてばらばらだ。視線を合わ
されただけでその始末。それなのに視線はとまらずに、両胸や首筋、そして足の付け根へと――
191槍の人7/10sage :2006/05/24(水) 19:05:14 ID:tzd8bu56
                     7

「くっ…」

 まるで生きながらにして死姦されるような、奇妙な吐き気と嫌悪感に襲われて、後退りながら両
手で体を抱きしめる。視線だけでずたずたに犯された女騎士は、しかしすぐに勝気さを思い出して
視線を正面から受け睨み返す。その視線を受けた男騎士は、笑うでもなく悲しむでもなく、次いで
視線を先ほどから戦い続けるBSの背に向ける。その視線はBSを襲う英雄にも向けられた。
 口が開いた。パクリと卵を飲み込む蛇の様に大口を開けて、喜悦を丸ごと吐き出すような笑みを
浮かべる。渇望していた物を、望んでいた物を見つけた喜び。焦がれていた物を満たしてくれる対
象の発見に全身が喜びを震え立たせる。今にも奇声を上げそうな表情のまま金髪の騎士は駆け出し
た。自分の理由を手に入れる為に。飢えを、満たす為に。
 その笑みを見て、女騎士は全身を怖気に苛まれてその場に崩れた。あれは違う。あれは違う生き
物だ。自分の知っているどんな人間とも違う、己の渇望の為だけに動くあれは果たして生物なのだ
ろうか? あんなおぞましい物はやっぱり…認められない!

「お? おお? こいつはやっべえな、おほほうっ! 俺より先に武器がもたねぇ、クソクソクソ
クソ! やってらんねぇ!」

 一方、BSは楽しそうだった。剛風と共に左右から繰り出される剣戟を手にした斧で弾き返し、
奇声を上げながら口元を歪ませて英雄との血風舞い散る舞踏を興じる。傍から見ればそれは確かに、
戦士同士のささやかな楽しみ合いに見えただろう。だが事実は違う。BSの顎には冷や汗が溜まっ
て滴り落ち、手に持つ斧は度重なる酷使に刃を毀れさせ殴りつける様な一撃一撃に吹き飛んでしま
いそうになる。必死だった。ただ只管に必死になって攻撃を受け流し、自分からは一切攻めずに防
御の一念。皮肉げに吊り上るまなじりには涙が溜まり、挑発的に歪められ口元の奥では歯の根が音
を立てそうだ。足止めも限界に近い。
 不意に全身に影が被る。英雄の、その巨体を大きく伸ばしての上段への振り被り。山の様な体躯
の上、山頂には陽光で煌く蛮刀の刃。これはいけない。受けでもすれば酷使された斧は砕けて、頭
頂から股間まで一気に裂かれて開きになる。咄嗟に避けようと身を捻るが足が付いて来ない。義足
の身には咄嗟に飛び退く様な大きな動きは厳しかった。それに加え、英雄との舞踏にヒートアップ
した体は、過去の感覚のままに行動しようとしてしまい、義足の事をすとんと失念させていた。バ
ランスを崩して膝を突くと、もうどうすることも出来ない。蛮刀が振り下ろされる。数秒も無く頭
に刀身が当たり、抵抗無く二つにされるだろう。それこそ、魚の干物か何かのようにばっさりと。
刀身が起こす風で前髪か揺れた。目線の先に迫る刃。視界の一部が鉛色に欠ける。もう、当たる。
 ――ま、すこしだけ遅かったがな。
 ニヤリと不適に笑ったBSの肩から、鋭い切っ先が生えた。いや、生えた様に見えた。螺旋を描
く先端は耳を掠るか否かの距離を駆け抜けて、迫り来る凶刃をぴたりと受け止めた。先端同士を押
し付けあって時が止まったように拮抗する。英雄の手が震えていた。力を入れすぎて力むあまりに
筋肉が痙攣し、動かぬ得物を突き出そうと苦労する。しかしその労苦の甲斐も無く、得物は寸分も
動かずに空間に張り付いたがごとく動きはしなかった。BSは武器を下ろして背後を仰ぎ見る。そ
こには見慣れた顔の、見慣れない環境での、見慣れた姿があった。やっときたか――等と唇の中で
言葉が紡がれる。

「組織からの伝令を伝える。指定任務は目標の殲滅、及び抵抗勢力の排除とする」

 BSは拮抗する刃同士を横目に見ながらゆっくりと英雄に背を向け、歩き出しながら口調を変え
て背後に立った者へと命令を伝えていく。螺旋に伸びた刃を載せる細身の柄は長く、遠くそれを保
持する腕もまた遠く、歩むにつれて得物の主人の姿が目に入る。

「支給した装備品はすべて対人種・対大生物使用の特注品。己が全てを賭けて任務を完了せよ」

 金の髪に騎士の鎧、髪は後頭部で一纏めにされて背中へと流れている。そして吸い込まれる様な
曇りの無い翡翠色の瞳。それは先ほどまで見ていた間の抜けた騎士の姿。しかし、全身に纏うもの
が違う。陽光ではない。それは強烈な意思。それは紛れも無い目標に対してのひとつの感情。端的
に言えば、全身がうずうずしているのだ。

「さあ、手前の欲望を曝け出せ」

 最後の一言は命令ではない。管理職としてではなく、同じ業を背負った『彼等』としての発言。
同じ境遇の者達の、同職者に向ける解放の言葉。それを聞くとにやけていた顔がすっと治まり、今
度は色の無い冷徹な表情を浮かべそれを固定させる。開いた口から漏れた言葉はやはり温度が低く、
それはやはり別人の語る口調であった。

「漸くと感情が落ち着いた。これより、最後の言葉と共に全ての任務を実行する」
「はっ、さっさと行って暴れてきやがれ」

 御意に――涼やかなる言葉と共に騎士の体が流れ、同時にBSが頭上の刃を潜る様にして地面を
転がり対峙する二人の戦士から距離をとった。そして、英雄の巨体が勢い良く後方へと跳ねる。い
や、吹き飛ばされる。槍の刃先が絡み付くように蛮刀を弾き、胴に差し向けた切っ先を辛うじて金
の細工も鮮やかな大きな盾で受け止められた結果だった。防がれた所から更に強引に槍を突き出し
て、境界線の木柵辺りまで跳ね飛ばしたのだ。これを騎士の基本の技の一つ、目標の突き放しによ
る間合いの確保『スピアスタブ』と言う。
 BSは吹き飛んだ英雄を見送ると踵を返して、槍の騎士を置き去りにしながら歩み始める。投げ
捨てたカートの回収ももちろん忘れない。これには全財産が詰まっている。命に等しい大切な物だ。
 そして地べたに座り込む女騎士の傍らにまで下がりながら、背後を振り返って唇の端を吊り上げ
る。漸くと仕事が終わったことを確認して肩の力を抜き、傍らの女騎士に断りも無くタバコの箱を
取り出して、短くなった咥えタバコを履き捨て新しいのに火をつける。口の中で煙を燻らせて肺に
流し込むと、大きなため息と共に吐き出し屈み込んだ。両足の間に体を挟み込むような行儀の悪い
座り方で、指で挟んだタバコを何度も往復させてスパスパとタバコを味わう。

「あー…、やれやれ、唯の運びの筈がトンだ苦労だぜ」

 割りにあわねー――などと叫びながら浮き上がった汗を手の甲で弾いていると、背後で軽い砂利
を踏みしめる足音がする。振り返るまでも無くすぐに声が掛けられたので、油断無く空いた手に掴
んだ戦斧は振るわずに済みそうだ。肉体は疲労しているが、応答はいつも通りに自分らしさを出さ
なくてはならない。やれ、また一仕事かと心の中でごちりながら、BSは背中越しの対話に口を開
いていた。

「…あれは何? 答えなさい」
「ふん、ラブコメやってた割にはすっかり威勢良くなってんじゃねーか、このじゃじゃ馬が」
「いいから答えろ!」

 チリッと頬に熱が走る。頬の直ぐ傍を刃を立てた短剣が通って、浅く頬を裂かれていた。線の様
な傷から血が流れるのにも構わず、BSはくっくっくっと肩で笑ってまたタバコを唇に持っていく。

「せいぜい出会って数時間かそれ以下か、よくもまあそんなに懐いたもんだな。ああ?」

 BSの背後に立ち、短剣を突きつける女騎士の表情には余裕は無い。元々苛烈であった目つきを
さらにきつくして、ゆったりと煙を味わうBSにさらに刃を近づける。その刃がカタカタと震える。
震える刃に頬を撫でられて、剃毛は間に合っているなどと軽口を言ってみても刃の震えは止まりは
しなかった。横目に振り向くだけで見える、青ざめて泣きそうな顔のまま眼だけはきつく意思を伝
えてくる表情。血が怖いのか刃を立てる事自体が怖いのか、それでも気丈に剣を掲げて頬を突付い
て催促して来る。

「まったく…、あんな飴野郎の何処が気に入ったんだか…」

 ため息をつく前に六割ほどになったタバコを思い切り深く吸い上げて、根元まで灰にしてから盛
大な煙と共に息を吐く。――ま、しょうがねぇか、と囁きながら地面でタバコを揉み消し、BSは
新しいタバコを箱から直接咥えだしながら語りだしていた。

「最初に言っておくと、言える事はほとんど無い。俺があいつの関わった計画を深く知らないこと
もあるが、機密保持に引っかかるとオークに殺された哀れな一般人の死体が出なくちゃならなくな
るしなぁ。そう言う訳で他言無用だぞ」

 特に面白くもなさそうに言葉を吐き、ポケットの中でマッチを箱から出して直ぐにタバコの先に
火をつける。戦斧を保持したままなので全て片手で億劫そうに行っていた。そうしてサングラス越
しの眼を細めて、今は遠く離れた騎士の背に視線を向けながら唇が言葉を紡ぐ。

「あれは催眠術。特殊な後催眠により、特定のキーワードによって第二人格を強制起動。その後に
第二人格による自己催眠により、筋肉や神経系を限界まで駆使出来る様にして肉体を強化させる」
192槍の人8/10sage :2006/05/24(水) 19:06:32 ID:tzd8bu56
                     8

 それは夢の様な話だ。少なくともこの世界の常識からは逸脱している。正直、女騎士ははぐらか
されているのではないかと思った。だが、BSの表情には真剣みが浮かんでいて、同時に何か黒い
物を無理やり吐き出すような、懺悔に近い語り口だ。

「あいつの場合は『槍』が人格形成の鍵だ。長物を手にして『誓いの言葉』を詠唱、人格の変革・
固定と肉体の強化を順にこなして行く。ま、あれは俺の知る限り唯一の成功例だがな」

 ぷかっ、と煙が輪を描いて吐き出される。それで懺悔は終わりだとばかりに、BSはタバコを唇
に乗せてぷらぷらと上下に振らせ、視線の先の情景に意識を移した。
 視線の先では英雄が跳ね飛ばされた距離を一足飛びに駆け寄って、金髪の――今や槍の騎士となっ
た男に蛮刀を振り上げて踊りかかっていた。加速の付いた刃が袈裟懸けに振り下ろされ、それを半
歩身を引いて紙一重でかわして見せる。すぐさま切り返された切っ先を片手で持った槍で受けると、
手首を捻る様にして穂先で顔面を狙う。避けるまでも無い勢いの斬り付けだが、眼を狙われては流
石に上体を反らして巨漢の歩幅で半歩下がる。そして対峙した間合いは、偶然か必然なのかお互い
に必殺の間合い。英雄が刃を横に振り仰ぎ、騎士が初めて両手で槍を構える。両者共に足を開いて
腰を落とし、血に張り付いたかの如く不動。己の得物に指を食い込ませ、己の獲物に殺意を浴びせ
る。各々の武器の延長で既に、ぎちぎちと鍔競合う。
 そして、壮絶な打ち合いが始まった。

「あいつには理由が無いんだ。だからそれを求めて縋りつく。槍に、自らを変えてしまう槍に縋る。
変質している間は目的が出来るからな。やつは嬉々としてその力を振るったよ」

 何せ待望の理由がそこにあるんだからな――そんな呟きが漏れる間にも、切っ先と穂先が激しい
音を立てて打ち合う。お互いを跳ね返して反発し、すぐさま軌道を変えて差し迫る。せめぎ合う攻
防は快音を立ててぶつかり、文字通り火花を散らして持ち手の命を狙い合う。蛮刀は弧を描いて左
右から強襲、猪口才な防御など切り伏せる勢いで刀身を叩き付ける。

「そのうち変質する事自体が理由になる。槍を扱う為に変質するのではなく、変質する為に槍を掴
むようになった」

 迎え撃つ槍は只管に前後する。槍と言う物の持つ最大の攻撃方法をただ只管に繰り返し、変幻自
在に突き入れる角度を変えて迫る刃を打ち返す。だが騎士には英雄と張り合う様な膂力は無い。た
だ有るのは速度。加速に加速を塗り加え、敵の一撃に複数回の迎撃を当てて弾き返してみせる。そ
の速度たるや一刃に対して迎撃三度。神技の様に正確に合わせて、英雄に盾の使用を強制させる。

「そうなればもう人生は薔薇色さ。なにも、悩む必要など無い。生きている事はすなわち槍を振る
う事。縋れば縋るほど抜け出せなくなる連鎖…」

 数十回か数百回か力と技のせめぎ合いが続き、蛮刀の動きを次第に穂先が凌駕していく。槍の騎
士はただ速く。捻れた穂先を盾に剣先にぶつけて欠けさせ、徐々に緑の皮膚にも裂傷が浮き始める。
しかし、掠り傷程度に英雄も動じはしない。瞬く間に各所に傷を増やされ、それをやはり瞬く間に
治癒させると、槍の連戟を強引に押し返して蛮刀を振り抜く。槍がその腹で剣先を受け流すが、徐
々にその回数が増えていく。無数の連戟の合間に押し返せない大降りが一つ、二つ…。

「そして奴は今……、身も心も一本の槍になっている」

 一進一退の攻防が不意に止み、蛮刀が横薙ぎに空間を掻っ攫う。体を地べたに這わせる位に屈め
てその暴風を遣り過ごすと、騎士はそこから跳ね上がるようにして槍を英雄の胸板にまっすぐと走
らせた。全身のばねを使い勢いの乗った最速の一線は、腕の伸びきった状態では武器では弾けず、
盾を構えようにも穂先の迫る速度が速く。咄嗟に突き出した盾が掠めるのは端程度で、捻れた先端
は英雄の足掻きを嘲笑う様に、分厚い胸板に喰らい付き己が身を根元まで埋没させた。突き立てた
瞬間、槍を捻らせて傷口を抉り開けるのは当然忘れない。体内に空気を取り込まされた生物は、治
療による死亡回避率がぐんと下がる。稀に助かっても、空気に触れた肉は容易く化膿し腐り易くな
る。確実な致命傷に英雄も騎士も時を止めた。

「ん、なんだ、詠唱完成する前に終わったじゃないか」

 BSがやはり退屈そうにタバコの煙を燻らせながら、さりげなく空いた手をぐっと握って親指を
立てる。その後ろの女騎士も、BSの話のうちに下ろしていた短剣の柄をぎゅっと握り、心配の情
を隠しもせずに視線で送る。その視線に気が付いたのか否か、槍の穂先から抜けるように騎士も体
の緊張を解く。そして英雄は、黄色い歯と牙を見せて笑った。

「ひっ…!?」
「馬鹿野郎!! 逃げろ!」

 女騎士がその笑みを直視して引き攣った声を上げ、BSが不安定な足元にも拘らず勢い良く立ち
上がり怒鳴り声を張り上げる。騎士は迂闊にも視線を感じて振り返っていた。
 真上から勢いに乗った一撃が降りてくる。胸元に突き立つ槍など物ともしない、ただぶつけるだ
けが目的の乱雑な振り下ろし。タイミング的には最高で最低だ。常人なら振り向いた瞬間にでも両
断されているだろう。そして振り向く間に、刃は騎士の顔に影を落としていた。
 それでも、騎士の対応は果てしなく速かった。大胸筋の再生に巻き込まれた穂先を強引に引き抜
いて、柄の真ん中で迫る剛風を受け止める。槍が弾性のままに撓って軋み、折れる寸前で悲鳴を上
げる。次の瞬間にはその槍を体に引き付け、攻撃を全身で受け止めた。武器を折られない為にわざ
と肉を晒す苦肉の策だ。刃先が肩から胸にかけて僅かに食い込み、比較的軽装の鎧が容易く断たれ
る。だがそれでも刃は止まらない。腕力に任せて振り抜かれて、騎士の体が宙に浮き跳ね飛ばされ
る。ボール球の様に地面を跳ねて数メートルを飛び、手近に在った朽ちた家屋に飛び込み崩壊させ
た。老朽化した家屋は濛々と煙を上げて建材を倒し、騎士の体をその下に埋め隠してしまった。
 数秒間の静寂が訪れ、やがてがらりと建材の中から騎士が立ち上がる。健在を確認してBSがた
め息と共に煙を吐き出し、女騎士が短剣を両手で握ってまたへたり込む。そして焦燥に引きつって
いた口元が安堵で緩み、閉じ込められていた不安が言葉になった。

「あいつ心臓を刺しても死なないんだ…。回復力も並じゃないし…、あんなのもう倒せないよ!」
「あん? あの馬鹿、同じ轍を二度踏んだのか。やっぱり詠唱が完了しないと、とことんポンコツ
だなマッタク…」

 さも呆れたと言わんばかりの顔でBSが悪態をつき、すっかり短くなったタバコを地面で揉み消
して次のを箱から抜き出す。相手が不死身の化け物だと言っても、さして驚いてはいないようだ。
 それよりも――そんな事を言いながらBSが立ち上がった。タバコの箱をしまって同じ手でマッ
チを取り出しながら、逆の手では片手斧をカートに放り込んで変わりに収穫に使っていた血糊の貼
り付いた鈍器を探り出す。オークの頭を無差別に弾けさせたあの鈍器だ。なぜそんなものを取り出
すのだろうか? 怪訝そうに見上げると、何時の間に振り向いたのだろうかサングラス越しの視線
と眼が合った。退屈そうな表情の中で、唯一温度を低く保つ視線がサングラス越しに伝わってくる。

「どうもあの馬鹿の気が逸れてると思ったら、お前が原因か…やっぱり」

 乾いた血糊を粉にして散らせる鈍器を振り被り、片足が不自由なはずなのに淀みなく歩みを進め
て近寄ってくる。いや、そんなに距離は離れていないから、歩むのは問題ないのかもしれない。何
せ自分が目の前の男の首に、刃物を突き付ける為に寄って行った距離なのだから。そしてその男の
目が、敵を見る眼で此方を見ている。理由は聞くまでも無く槍の騎士の足かせを外す事。つまりは、
今現在冷たい視線を向けられる懸念物の排除に他ならない。
 座り込んだ体が気圧されて後ろに下がっていた。鎧の下の肌にまでじっとりとした嫌な汗が浮か
んでいる。原因…そう呼ばれ敵意を向けられれば、危機感を抱くのも当然だろう。BSの目は確実
に、邪魔者を排除しようとする強い意思を伝えてくる。捕まれば先のオーク達の様に、首を収穫さ
れるだろう。それこそ、ただの女の首など砕けて跡も残らぬほどに。
 肩に手が伸ばされる。死が間近に迫る。腕が反射的に頭を庇って、体を捻って少しでも迫る掌か
ら逃れようとするが、抵抗虚しくがっちりと掴まれ引き戻される。後は振り下ろすだけで石榴だ。
今度は恐怖に喉を引きつらせ身を丸める。怖い。怖い。肩が掴まれたまま強く引かれる。怖い。怖
いよ。怖いっ!

「いやっ! 放しっ――「ちょっと邪魔だ。退け」――ぶぺっ!」

 肩を引かれて体を地面に付き倒れさて、無様に顔から突っ込まされた。同時にBSの体が女騎士
を押しのけて前に踏み出し、振り被った鈍器を勢い良く打ち降ろす。狙いは女騎士の背後、その青
髪の頭を狙って落とされた片手斧を真っ向から迎え撃つ。勢い有り余る一撃は、斧とその持ち手の
青い巨体を纏めて弾き飛ばした。
 自分の振るった武器を弾き返されて、そのまま己の頭に打ち下ろして倒れこむ青い巨体――ハイ
オーク。オーク族特有の兜に斧の背を食い込ませ、びくびくと機械じみた痙攣をする。その頭をわ
ざわざ義足で踏みつけてBSは高らかに声を張り上げる。
193槍の人9/10sage :2006/05/24(水) 19:07:57 ID:tzd8bu56
                     9

「おらぁ! この馬鹿っ騎士がぁ! この女は俺が守っててやるからさっさとカタぁ着けやがれっ
てんだ、このだあほがっ!!」

 宣言するや否やその後頭部に綺麗に蹴りが決まる。突き飛ばされて地面に顔をうずめていた女騎
士が、顔に泥を付けたまま跳ね起きてドタマ蹴り上げた後に仁王立ちになっていた。唸り声を上げ
てBSが頭を抱えて蹲り、女騎士がフンと鼻を鳴らして両手を組む。

「くぉぉぉ…、とんでもない事をしやがるなこのアマ…」
「乙女の柔なハートと顔の仇よ。むしろ、その程度で済んだことに感謝しなさい」

 顔についた泥を手甲をつけた指が拭い取り、先に見せていた悲壮も恐怖も微塵も無く不適に笑っ
てみせる女騎士。BSは痛がりながらも鈍器と、そして新たに円形の盾バックラーをカートから取
り出して装備する。その顔にもやはり不敵な笑み。口元のタバコがぷらぷらと犬の尻尾の様に振ら
れていた。
 そんな二人の周囲をずらりと青い肉体が無数に囲む。敵陣の只中である村の中、新たな増援が着
実に集まってきているのだ。時間を掛けていれば、何時振り出しのような大群にまで成長するかわ
かったものではない。女騎士もBSに習い、拾ってきた歪な両手剣の柄を握り直して正眼に構えた。

「いい加減、ダラダラと長くなっちまったからな。あの馬鹿が終わらせたら、速攻で逃げられる様
に雑魚を殲滅するぞ」
「判ってるわよ、あいつの足手纏いになるなって事でしょ。二回もへこたれたんだ、これ以上無様
は見せない!」
「ははっ、威勢良いじゃねーか。出会ってそこそこの愛しの騎士様の為に〜ってか?」
「そ、そんなんぢゃねー!!」

 そして、英雄を前にして佇む槍の騎士は、横目にそんな二人を見て口元を大きく歪める。

「我が身…、我が血…、我が命…。捧げ求むる唯一の理由…」

 二の腕に突き刺さった建材を無造作に抜き放ち、同時に唇がもう一度開放への言葉を紡ぎ始めた。
第二人格の補佐による自己暗示により、神経が研ぎ澄まされ筋肉が膨れ上がる。両手で保持した槍
にぎりぎりと指が食い込んで、体が英雄に向けて跳ね飛んだ。

「我が生涯は…、ただ一念に刺し貫くものなり!」

 迎え撃つ英雄の大振りを潜り、穂先が緑の肉体に次々と踊りかかる。強靭な皮膚と筋肉が刃の侵
入を阻むが、全身に付けられる掠り傷など所詮即座に治癒される。ならばこの攻め手は布石。己が
最大を打ち入れる為の前置きとなればいい。隙を、絶対に防がれないための隙を作り出す。

「問答無用の…」

 下から跳ね上がった切っ先が蛮刀を握る拳を、丸太の様な腕から切り離させる。大地すら揺さぶ
る怒号が響き渡り、英雄が蹈鞴を踏んで動きを止めた。この好機を見逃す様な穂先はここには無い。

「大!」

 利き腕を庇った縦を捩れた槍がその刃を突き通し、持ち手の肩に突き刺さり捻りを入れて腕を剥
ぎ取る。槍を引き抜くと更に大仰な悲鳴が上がり、英雄の腕が巨大な黄金の盾と共に地に落ちた。

「貫!!」

 痛みと呼ぶにはおこがましい大量の苦痛を味わい、背を仰け反らせて吼える英雄の腹に横に振る
われた石突が減り込む。槍の両端が交互に全身を滅多矢鱈に嬲り回し、打撃と斬撃の協奏を奏で続
ける。もはや悲鳴を上げられるだけの呼気も儘ならず、それでも振るわれた拳の無い腕が騎士を飛
び退らせて、英雄と槍との間にわずかな距離を作る。

「通!!!」

 その僅かな距離を、槍の騎士が跳ねた。同時に全詠唱を完了。全身にみなぎる力が喉から溢れる
様に唸りを上げさせて、跳ね飛ぶ勢いを乗せた切っ先が無防備な腹に深々と突き立った。鮮血が溢
れる間も無く穂先が抜かれ、すぐ様に胸板を穂先が貫いた。両足で大地を踏みしめて上半身のバネ
を使っての第二撃。肋骨を余さず圧し折り、胸骨を粉砕してその中身を無残に掻き乱す。次の瞬間
にはやはり穂先は抜けて、最後に狙ったのは黄金の兜に守られた額。片足をその場で踏み締めなが
らの、斜め上への突き上る第三撃。頑強な兜を突き通して刃が脳天に刺さり、漸くと両者の動きが
静止した。騎士の基本技の一つ、対象の大きさに対して攻撃数の決まる連続突き、『ピアース』が
全段完膚なきまでに叩き込まれていた。
 痙攣も微動も無い静かな空間の中で、二つに割れた兜が頭頂から剥がれて大地で乾いた音を立て
る。傷口が思い出したかのように血を吐き出して、びくんと巨体が一つ痙攣し――
 ――ぎゅるりと肉が傷口を埋めた。大きく見開かれて白目を晒していた相貌が、ぐるりと眼球を
回して黒目を取り戻す。口元が凶暴な笑みを浮かべるころには、槍を引き抜いて騎士が飛び退り際
度合いを取る。脳も心臓も貫かれて、なお英雄は生を放棄せず肉体を再生させていた。

「かーっ! ありゃあ生命力がどうとか言うんじゃねぇな、近年稀に見る程すげえ生き汚さだ。た
ぶん前世はよっぽどヒデエ目に遭ったんだな、ありゃあ」

 ちょうど六匹目のハイオークの眉間に鈍器を叩き込んでいたBSが、全身返り血でえぐい事にな
りながら愚痴を吐き出す。がなり立てる彼の視界の端では、英雄が拳の無い腕を振るって槍の騎士
を追い立てていた。流石に腕までは生えない様だが、倒し切れない以上物量で押されてしまう。現
に今も女騎士は止めを刺せずに敵を減らせず、それを庇うBSの息は上がり全身に纏った鮮血には
オークのもの以外の血が混じって凝固している。盾で攻撃を受ける回数が増えて、辛うじてカート
の横殴りで薙ぎ払うのが精一杯になって行く。それでも敵がわらわらと追いすがる。

「ちっ、俺まで足手纏いになってんじゃねぇか。ウザッ…てぇぇぇっ!!」

 腕からすっぽ抜ける様にしてカートが放たれ、回転を加えられた質量兵器が女騎士に群がった青
い肉体をことごとく巻き込んで粉砕する。背後に庇われるようにしていた女騎士が倒れ付した一体
を弾丸にして更に一角を一掃。束の間の間隙を手に入れるも、息を整えるだけで追加が到来する。
互いに腕が鉛の様に重くなり、思考も疲労に塗り潰されて鈍りだす。限界が近かった。
 その隙を突いた一体が、BSの体を掻い潜って女騎士に差し迫る。それに気が付いて迎撃しよう
とする女騎士の手から剣が落ちて、庇い立てようとするBSに一度に三体が襲い掛かり動きを封じ
てしまう。お互い疲労からの油断と失態。女騎士の玉のような汗の浮かぶ額に、片手斧の影が落ち
陰らせる。あっ…――呆然とした呟きが漏れると同時に、蛮族の刃が容赦なく振り下ろされた。

 その時槍の騎士は、上体を屈め片手を地面に突くほどに振りぬいていた。両手には、大切な相棒
の姿は無い。

 ぴしゃり――と鮮血が女騎士の体にまで降りかかる。頭を無残に穿たれて刃からぽたぽたと体液
が滴り落ちていた。犠牲になったのは二体、躯が並んで四肢から力を抜いてくず折れる。BSが敵
を振り払って駆けつけた時には既に事切れていた。無論斧を振り下ろそうとしたハイオークとその
仲間達である。一体目の脇を通り抜けて野太い槍が突き立ち、続いて二体目の胸板まで貫いていた。
刃まで螺旋を描いた、鮮血の様に赤い長大な槍。持ち主の手から離れてなお、その身に相応しい殺
傷を振りまいた。

「剛の射法『槍破』」

 そして担い手が槍の元に駆けつける。掻っ攫う様にして死体ごと槍を拾い、力任せに追従してき
た英雄に突き立てる。続いて両腕が腰のベルトを探り、フォルスターに収まっていた鉄棒を引き抜
いた。握った指の間に四本ずつ、体を横に回して八方へ同時に投げ飛ばす。まっすぐに残りのオー
ク達に飛来する黒い鉄の棒は中空で展開、二十センチから次々と節が飛び出して一メートル程の長
さになり、得物に向かう先端から蕾が開く様にして三枚の刃が姿を現す。

「次いで、陣の射法『槍林』」

 BS苦心の作、伸縮展開式特化パイク。放たれた八本の全てがオークの群れに食いつきその体を
各一匹、乃至二匹を食い破り絶命させる。更に四本を取り出して既に団子になっている英雄に投げ
つけ、展開した四つの刃が両足と大地を繋ぎ止めて動きを止めさせた。速射力に特化した投擲――
速の射法『槍閃』である。騎士の基本技の一つ、『スピアブーメラン』を独特の投法に改良したも
のだ。
 一瞬で全てのオーク達の動きを止めさせた槍の騎士に、あまりの早業に自失していた女騎士の頭
に手を載せながらBSが声をかける。
194槍の人10/10sage :2006/05/24(水) 19:09:38 ID:tzd8bu56
                     10

「相変わらず技の名前にセンスがねえな。おら、さっさとこの荷物を載せやがれ。先に脱出させて
もらうからな」

 投げ捨てたカートを拾ってきて騎士二人の前に止め、BSは親指を立てて荷台に乗るよう指し示
す。促されるままに槍の騎士は呆然としたままの女騎士を横抱きにして、そっとカートの中に座り
込ませた。流石に抱き上げられた時点で我に返ったが、顔を赤らめて体を竦ませ大人しくカートの
中に収まる。だが、BSがカートを引いて一直線に村の出口へと向かいだすと、追従しようとしな
い槍の騎士に声を張り上げた。

「あ、あんたはどうするのよ! そんな死なない奴どうやって倒すつもりー!?」

 槍の騎士は答えなかった。変わりに残りの四本を全て腰から引き抜いてカートの方へ投擲し、逃
げようとする二人を追撃せんとするオークを大地へと縫い止めた。そして、無言のままに手を伸ば
し親指を立ててみせる。マントを靡かせて英雄へと向き直る騎士の背を見送って、女騎士はBSの
引くカートの上で両手を組んで彼の者の勝利を祈っていた。

「あんなの放っといて逃げちゃえば良いのに…。馬鹿…」
「あれがあいつの仕事で理由だからな。生きて行くための唯一の理由だ」
「それが馬鹿だって言うのよ。他に幾らだって生きる理由なんて作れるのにさ。例えば私と…ごにょ
ごにょ…きゃーっきゃーっどーしよー!」
「はー……どーでも良いが、今のお前すっごく間抜けな格好だぞ」

 確かに、カートの上に正座して引かれながらくねくねと悶える姿はどこかシュールであった。そ
れに反論するつもりは女騎士も無いようだ。だが、女騎士は今までの積み重ねもあってか、カート
がオークのテリトリーを抜けた所でBSの後頭部を愛剣の腹でしこたま殴り飛ばした。それはそれ
は輝かしい、極上の笑顔を浮かべながら。

 英雄は自由にならない体を我武者羅に揺すり、両足の戒めを解こうと足掻いていた。傷口を広げ
て槍を引き抜こうとするも、生まれ持った再生力が直ぐに傷を塞いでしまい、余計に肉を槍へ絡み
付けてしまう。胸に突き立つ長大な槍も、拳の無い腕では満足に引き抜くことも出来ない。激昂の
ままに怒声を張り上げて、異形の英雄が不条理を呪う。英雄と呼ぶにはあまりにもお粗末な奇行。
 ――無様だな。
 たとえ人格が変質していなかったとしても、槍の騎士はそう思ったことだろう。ただじっと英雄
の抵抗を見つめて、槍で作られた林の中央に立つ。屍と大地を結びつける鋼の杭は墓標の群れの様
に槍の騎士を取り囲む。かの超越種とまで言われた串刺し領主の再来か、悦に浸るわけでもなくた
だ冷酷のままの槍達のみがそこにあった。その姿に戦慄を覚えたのか、英雄のむずがる様な抵抗が
激しくなった。惨めにもがく、情けない英雄のその姿。
 何だそれは。そんな無様なものが英雄だというのか。言葉にする代わりに視線が強まり見えない
槍の様に英雄の体を刺し貫いた。英雄はそんなものじゃない。
 脳裏に浮かぶ遠い記憶を反芻する。そこにあるのはある人の背中。赤い外装を靡かせて、彼の事
を庇い守ったあの姿。光纏う大剣を振るい、万難を排するあの姿。生きる意味をまだ持っていた頃
の、あの憧れた強い雄姿。あれこそが勇者。あれこそが本物の英雄というものだ。
 ならばこの目の前に居る物は何か。蛮族の英雄? 否、これはただ醜悪なだけの肉の塊。英雄と
は、強くなくてはならない。生き汚いだけで抵抗すら出来ないものは、ただ敗走し逃げ惑うだけの
凡夫に過ぎない。ただの槍に過ぎない自分にも敵わぬ者の何処が英雄だというのか!
 ――貴様には、串刺しの的が相応しい。
 そして槍が走る。周囲に突き立った槍に向かいジグザクに迷走し、手に取った瞬間に英雄に向け
て投げ放つ。速く、速く、全12の牙が回収され、その全てが英雄に食いついた。振り回し続けて
いた腕も、悲鳴を上げていた喉も、震わせていた体の尽くを打ち抜かれ、血を吐き出すだけの肉袋
となる。それでも…まだ生きている。
 胸に突き立っていた長大な槍を引き抜いて、今一度槍は肉と向かい合った。そこには憐憫も逡巡
も無い。ただ一本の槍に感情など無い。ただ標的を刺し貫いて、生まれた理由を突き通す。槍であ
る自分の、生きている意味は、この世にすがり付いているその意味は、ただ一心に標的の息の根を
止めることのみ。
 体が前に駆け出して、今や槍で出来た樹木のような無様な英雄に差し迫る。複雑に突き出した枝
に足をかけて巨体を駆け上がり、脳天よりも更に高く跳躍。槍の重さを利用しての重心移動で体を
反転、中空で真下に向けて投擲の構え。落下し始めると同時に全身を引き絞り、数瞬の間を食って
全力により紅の長槍が打ち出される。最早細かな痙攣しか見せない肉の塊の脳天に、無慈悲な一閃
が放たれた。
 頭頂部から一直線に貫いて、体を突き通す無数の槍たちに触れる事も無く、股間まで一気に抜け
て大地にまで突き刺さる。どぼどぼと全身から体液を噴出して、最早人の形を成していない英雄が
弱弱しく痙攣する。通常生物は体液の三割も失えば活動できなくなる。醜いオブジェの周囲には、
既に泉の如く鮮血が広がって傷口ももう癒える様子を見せない。異常な治癒力も所詮は生物として
の代謝に過ぎず、やがて英雄の痙攣がゆっくりと収まって行った。

「終の射法『槍獄』」

 ふわりとマントを靡かせて、槍の騎士が肉塊に背を向けながら大地に降り立つ。記憶の中の英雄
の姿に重なるように、だがそれと袂を分かつ様に無機質な表情を浮かべて。

「任務完了…」

 呟きは荒涼とした大地に響くのみ。槍の騎士は醜悪なオブジェを置き去りにしたまま、振り向く
事無く仲間達が去った村の出口へと歩き出した。
 途中、ふと腰のポーチを何気なしに探る。指先に丸いものを感じて取り出すと、鮮やかな包装紙
に包まれた飴玉であった。筒を解いて口に放り込む。からころと音をさせて甘味を味わっていると、
ぽつぽつと足元に水滴が落ちてきた。不審に思いまず水滴が落ちて黒く染みになった地面を見て、
次いで上空へと頭を上げる。仰ぎ見た空は雲一つ無い快晴であった。視界が滲んだ理由は判らない。



 BSと女騎士はオーク達の村から抜けて直ぐの、オークへの注意の書かれた立て看板のある場所
で騎士の帰りを待っていた。BSは看板に寄りかかりぷかぷかとタバコを噴かしているが、女騎士
はうろうろとその前を忙しなく往復している。苛立たしげにしながら親指の爪を噛んで、ぶつぶつ
口の中で言葉も噛んでいる。一見落ち着いていそうなBSも、吐き出される煙が小刻みに円を作り
出していてまるで暴走した汽車だ。その分タバコの減りも早くなって、短くなったのを地面で揉み
消すと今度は三本纏めて口に咥えて火をつけていく。
 二人のイライラが頂点に差し迫った頃、漸くと金髪の騎士が姿を現した。

「…目標の停止を確認、全任務完了しました。武装の回収は任せます」

 ぱっと笑顔を輝かせて駆け寄ろうとした女騎士を手で制して、金髪の騎士はそれだけを伝えて東
にある大都市に向けて歩き出していた。その背中を呆然と見送る二人。やはりすぐさま立ち直るの
はBSで、がりがりと後ろ頭を掻くと女騎士の背中に語りかける。

「おかしいな、あいつの暗示は戦闘が終われば勝手に元に戻るんだがな…。接触不良か?」
「あいつ…、泣いてた…」

 ホウ――と感慨深げに女騎士の呟きに声を漏らし、BSは咥えていたタバコを全て地面に落とし
て健在な方の足で踏みつける。このBSは所詮、金髪については仕事上の付き合い程度しかない。
仲間内での連帯感はあるが、踏み込んだプライベートなど知りもしない。金髪自身が話さない事は
聞こうとも思わなかった。へらへらとして飴を嬉しそうに舐める餓鬼見たいな奴――その程度の認
識しかなかった。過去に何があったかは知らないが、落ち毀れから望んで実験体に志願し戦闘機械
になった男。その金髪が泣く様な事があるとは。それは酷く感慨深いことであった。
 また、目の前の女の背中は震えていた。低く嗚咽も聞こえる。泣いているのか、あの姦しいが爽
快な行動力のある女が。これは酷くつまらない。
 ハァ…あーあ…――そんな風に諦めと呆れの混じったため息が自然と漏れ出した。基本的に金銭
の絡まない面倒ごとなどしたくはない。主義ではないし、第一義理もない。だと言うのに、その時
のBSは無性に面倒な事がしたくなっていた。今見えている二人の背中を見ていると、どうにもむ
ず痒くなってしょうがない。

「で? お前はこんな所で泣いてるだけか?」

 新しいタバコを取り出して、指の間に挟んだままくるくると弄ぶ。今の一言だけでとりあえず体
の震えが止まっていた。にぃぃっと唇の端が持ち上がってしまうのをBSは自覚する。

「あいつに何が遭ったのかは俺も知らん。だがな、そんなのはただあいつの都合だろう。そしてお
前はそんな都合に付き合うような女か?」
195槍の人11/10sage :2006/05/24(水) 19:11:04 ID:tzd8bu56
                      11

 酷い言い様だ。BS自身ですらそう思う。だが、後頭部に強烈な打撃をくれた女なのだ。金髪の
顔面を張り倒して見せた女なのだ。ならば、こんな所でいじけている様な女であるはずがない。

「お前はお前のやり方を通せばいいんだよ。あいつの中に踏み込んで見せた奴が、何普通の女みた
いにぼやぼやしてやがる。さっさと行っていつものあいつに戻してきやがれ!」

 言い終わる頃には、既に女端は駆け出していた。そうしてあっという間に金髪の背中に追いつき、
実に見事な飛び蹴りが首筋に命中した。続いて、無理やり体を向き直らせて胸倉を掴み上げ、がく
がくと揺さぶりながら何やら叫んでいる。何か言い返そうとした金髪の顔面に拳が食い込んで、も
う滅多打ちだった。そして、最後に首に手を回して顔を寄せて押し倒し、そのまま二人して道端に
倒れこむ。一瞬頭突きから寝技に持ち込んで止めを刺すのかと、隊員の補充をBSに考えさせたが、
どうやら違うようだった。
 ――やれやれ、お盛んなことで。

 BSは漸く唇にタバコを乗せて火をつけ、調度空になったタバコとマッチの箱を握り潰して投げ
捨てた。道の隅においていたカートを引っつかむと、不自由な足で淀みなく歩き出して倒れた二人
に声をかける。

「手前ら、餓鬼作るんなら式上げてからにしやがれ! 今なら神父と仲人と楽士までついて格安に
しといてやるぞ!」

                      *

  大昔、頭を撫でられながら飴をもらったことがあった。あの時のあの大きな背中を今でも忘れ
ずに覚えていた。赤い外装を翻し危機に颯爽と駆けつけた、あの英雄の姿に憧れを抱いていた。
 君も直ぐに自分のようになれると、あの人が言っていた。何の力もないただの若造に。
 自分も直ぐに追いついてみせると、あの人に言っていた。無力な落ちこぼれの分際で。
 今よりもずっと遠い日の言葉。あの時の情熱と決意を、忘れてなんかいない。大切な生きる理由
が出来たあの日なのだから。
 でも、もうあの人も理由も無くなってしまった。実力も才能もなく英雄になる事も出来ず、憧れ
た英雄ももうこの世にはいない。もう、自分には何も無い。
 だから自分は槍になる。身を捨てて。血を捨てて。命すらも捨て去って。ただ一念に刺し貫く槍
となる。ただの平凡な槍になる。本当は英雄になりたかったのに。それはもう叶わないから、今は
ただ一柄の槍になる。それだけがあの日の夢に近づける唯一の道だから。交わらないと知っていて
も止めることは出来ない。もう、それ以外に生きるべき道はない。
 大貫通の人生、ここに在り。

                                         終わり
196槍の人12/10sage :2006/05/24(水) 19:14:41 ID:tzd8bu56
申し訳ありません。
文字数制限に戸惑い4でミスをしてしまいました。
そして文字数制限を見誤り予定していたレス数に収められませんでした。
誤字や脱字を指摘されておきながらの失態をお詫びいたします。
損失はないと思いますが、次は完璧を目指したいと思います。

作品のほうは、楽しんでもらえれば幸いです。
それでは(´・ω・`)ノシ
197名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/24(水) 20:33:52 ID:8zakLOh.
ulalalalala

すごい大作でした!なんというか…久々に燃えましたよ、乙!
198名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/25(木) 17:33:11 ID:BOssrCCE
ふぉおおお、GJ!
シリアスを基調としながら各キャラのテンポの良いやり取りやコミカルな部分もあり、そのバランスが見事でした。まさに燃え&萌えという感じ。
199名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/25(木) 18:05:12 ID:h9qwhTmg
>>197>>198
誰への感想なんでしょうね。
200名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/25(木) 18:17:47 ID:BOssrCCE
すいません、アンカーつけてませんでした。
>>198>>184-196へのレスです。
201名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/25(木) 20:58:11 ID:QUCMNQLQ
強いレイド兄弟の方ですか。乙であります。
ト書きの多い文体は読むのがちと骨ですが、このスレの最近の物書きさんの間ではどうも多数派っぽいのかな。
体言止多用とかは独特な感じなんですかね。
女騎士さんの恋愛感情はどうも唐突過ぎて感情移入が出来ないけど、しぶといオークヒーローがステキでした。
202SIDE:A 内藤一人祭りsage :2006/05/26(金) 20:20:33 ID:5y6QZLN2
今まで一ヶ月一作ペースですね、といわれたので必死になって仕上げた。
正直気づかれてるとは思わなかった。今は後悔も反省もしている。

ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2FOne_Naitoh_Carnival

ネタ自体は一昨年の紅白のころ。そんな頃から書いててまだ終わらない。亀仙人でも呼んで来るべきか。
あと、作中に某猫鯖のGv史の著名人っぽいネタが混じってますが、該当者は続きをたまには書いてください。
203名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 03:37:33 ID:8yYXpLL2
理想のプリーストとナイト、というのを思うとき、昔聞いた童話を思い出します。
以下、幸福の王子の改変です。
204名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 03:38:12 ID:8yYXpLL2
幸福の聖職者


プロンテラの南に、それはそれは綺麗なプリさんがいました。
銀色の長い髪は星のように輝き、碧い目はルビーのよう。肌は白磁のようで、透き通る声は清流を思わせます。
代々プリーストを輩出する家に生まれた彼女は、幼いころから大聖堂に学び、
知識と教養、理論と経験、聖職者としての徳、全てを学びまた吸収した、聖職者の鑑で、聖堂の誇りでした。
天使がいるとすれば、それは彼女のような姿をとるのでしょう、彼女の後輩たちはそう囁き、憧れました。
臨時公平広場の人たちで彼女を知らない人はいません。彼女はとても清らかな人であると同時に、練達の支援者でもあるからです。
ひねくれもののアサさんでも彼女の腕はしぶしぶ認めますし、場慣れた騎士さんも彼女には敬意を表します。
彼女は多くの人から愛されていました。

さてある雨の日の事。
とあるナイトさんが南にやってきました。
ナイトさんは長い間お金稼ぎに遠くに行っていて、溜め込んだ品々を捌こうと首都にやってきたのです。
ですが、生憎の雨で買取を専門になさっている商店もなく、それどころか一張羅の鎧兜が雨で濡れてしまい、ナイトさんは嫌な気分になりました。
「錆びないうちにどこか雨宿りできる場所を探すか・・・・」
盾を傘代わりに、ナイトさんは周囲を見回します。兵士の詰め所が丁度空いているのを見たナイトさんは、これ幸いと中に入りました。
腰を下ろし、槍の穂先を拭おうとしたナイトさんは、誰かほかの人の気配に気づきました。先客です、ナイトさんは横目でちらっと覗きました。
そこには、南でも有名なあのプリさんがいました。
「こんにちは、酷い雨ですね」
プリさんは微笑みながらナイトさんに言いました。
「・・・・・」
ナイトさんは丁度機嫌が悪かったので、ぶすっとしたまま返事ひとつ返しませんでした。
ナイトさんは聖職者という職にいい思い出がありません。
以前パーティーを組んだときに己の非力さを散々罵倒された覚えがあるからです。
ナイトさんは聖職者を見返すために今までたった一人で戦い続けていました。
だから、皆からちやほやされる目の前のプリさんを好きになるはずがなかったのです。
「こう酷い雨では露店を営んでいる方々も、皆お休みかしら」
プリさんは雨を見ながらお構いなしに語り続けます。ナイトさんは相変わらずむっつりしたままです。
暫くプリさんは色々と話を振りましたが、ナイトさんは何も答えませんでした。やがてプリさんも何も言わなくなりました。
205名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 03:38:44 ID:8yYXpLL2
沈黙の時間が過ぎました。雨を見つめるプリさんは、少しだけ悲しそうな表情になりました。
「あの子、濡れてないかな・・・・」
「・・・あの子?」
ナイトさんは少しだけ興味を覚えました。
「城門付近にミルクをいつも販売している女の子がいるんですよ。
 彼女は製造鍛冶師志望で、あまり強いところにはいけないし、お金もたまらない
 だから元手が少なくても稼げるミルクを、でも買う人のことを考えてぎりぎりの安値で販売して、お金を稼いでいるんです。
 日々の生活の糧と、それからいつかはエンペリウムの金敷きを買うために」
プリさんは独り言を言うように続けました。
「生活は貧しいのでしょう、日々の宿にも事欠くようでした。
 それでも貯金して、この間やっと金敷きを買えたって喜んでいました。
 ですが、先ほど彼女の倉庫に賊が押し入り、めぼしいものを全て持っていってしまったという噂を耳にしました。
 そう、金敷きも」
プリさんの目から涙がこぼれました。
「今までの苦労の象徴を失って、彼女はどんな気持ちでしょう。
 自暴自棄になって雨に打たれて悲しんでいないか、わたしはとても心配です」
ナイトさんはすぐにその少女から興味を失いました。
近年賊に倉庫の中身と所持金の全てを奪われる事件が多発しています。ですが、ナイトさんは盗まれるほうも管理が悪かったのだ、と考えていました。
過酷な環境に身を置くナイトさんにとってはプリさんの涙もつまらないセンチメンタリズムに見えてしまいます。
でも、わが事のように涙を流し、心を痛めているプリさんを見て、ナイトさんはほんのちょっとだけその感覚を共有しました。
「・・・・心配だというなら、今から探しに行こうか?」
プリさんはちょっと驚いたあと、涙を拭いてナイトさんを見つめました。
「そうですね、お手伝いいただければ幸いです。嘆くだけでは何も始まりませんね」
「酷い豪雨だ、あんたはここで待っていろ。俺が探してくる」
立ち上がりかけたプリさんを制して、ナイトさんは愛用の槍を壁に立てかけ、盾ひとつの身軽な姿になりました。
「え、あ、でしたら、彼女にこれを渡していただけますか?」
プリさんはクリップをナイトさんに差し出しました。
「こんな事しかできませんが、多少の助けにはなるでしょう、神様からだと言って、お渡しください」
ナイトさんは無言でクリップを受け取ると、盾ひとつで雨の市内に駆け出しました。
ナイトさんは聖職者にいい思い出がありません。
でも、少しだけ、少しだけ彼女の小さな英雄を演じてみたかったのかもしれません。
女の子はすぐに見つかりました。彼女は無人の噴水広場のベンチで寒さに震え、こほこほと咳をしていました。
ナイトさんは女の子を最寄の宿まで運び、泊まっていたアコライトの少女を捕まえると、応急手当を施すようお願いしました。
ベッドに横になる女の子の傍らに、ナイトさんはそっと預かったクリップをおきました。
クリップには緑色のおもちゃの妖精のようなカードがささっています。おそらく高価なものでしょう。
ナイトさんは宿代を立て替えると、名前も言わずに立ち去りました。

「もう大丈夫だろう、あの子は今アコライトやプリーストが看護しているし、目覚めた後も多くの人が彼女に同情する。
 あのクリップは精神的な支えにもなるはずだ、やり直せるだろう」
ナイトさんは口元を少し綻ばせながら、そうプリさんに言いました。
「ありがとうございます。神様もあなたをきっと誉めてくださるでしょう」
そういってプリさんはお礼に・・・・と、小さなエルニウムの原石を差し出そうとしました。
「いや、いい」
ナイトさんは断りました。
「あんたがいなければ俺は何もしなかった、救ったのはあんただ。
 ・・・・それに、逆にこっちが救われたような気がするんだ」
プリさんは微笑みました。
「それは、きっといいことをしたからですよ」
その日は雨が上がるまで、お互い楽しく語らいました。
206名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 03:39:13 ID:8yYXpLL2
次の日、晴れ晴れとした空に負けないぐらい、ナイトさんの心は晴れ渡っていました。
少女は死に掛けていた自分を助けてくれたなぞの人と、枕もとのクリップとを正しく神の恩寵と理解し、
生きる希望を再び取り戻して、元気に商売を再開していました。
髪にはあのクリップ、彼女には無意味なものですが、おそらくは彼女を以後強く支えることでしょう。
そしてナイトさんの懐は長らく貯めていた収集品のおかげで潤っていました。
新しい槍を買ったナイトさんは、新たな強敵と対峙すべく首都を抜け、ゲフェンに向かおうとしていました。
立派なヘルム、メイル、シールド、そしてパイク。完全武装したナイトさんを、周囲が振り帰ります。「ああ、あっぱなれな勇士!」。
ゲフェンに出発するため南にやってきたナイトさんは、昨日のプリさんを見つけました。
「短い間だったが、ありがとう」
ナイトさんは威風堂々たる自分の姿をプリさんに見せられて、いい気分になりました。
「GH騎士団の深淵の騎士に挑もうと思う。
 ゲフェンには知り合いのハンターがいるし、そいつがプリーストを紹介してくれるそうだしな」
自慢のパイクを誇示しようとしたとき、ナイトさんはプリさんの涙に気がつきました。
「ナイトさん、立派なお姿を拝見できてとても嬉しいです。
 あなたなら例え単騎でも深淵の騎士を屠るのは確かでしょう。ですが、もう少しだけお付き合い願えますか?

 わたしの友達のハンターさんが心無い人から騙されて、装備とお金を失ってしまったのです。
 昨日まで元気に笑っていたから大丈夫だと思っていたのに、今日は姿が見えないんです
 彼は故郷で孤児院を経営していて、月ごとに送金していたのですが、そのことで思いつめていたと聞きました。
 お願いです、探すのを手伝って」
ナイトさんは旅程を一日遅らせても特に問題はない、と思い直し、プリさんを手伝うことにしました。
男の人はなかなか見つかりませんでしたが、日が落ちるころに裏路地で酔いつぶれ、ぼろぼろになったハンターさんをナイトさんが見つけました。
プリさんは気を失ったハンターさんに懸命の手当てを施すと、宿に運び、枕元に今まで着ていた、かなり高精錬のマフラーを置きました。
「いいのか?それがないと狩が困らないか?」
「わたしは恵まれた人です。この助けはわたしよりもこの人にこそ必要でしょう」
ナイトさんは何だか暖かい気持ちになり、つられて金貨袋をひとつ、枕元におきました。
その日も夜遅くなるまで、二人で楽しく語らいました。
207名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 03:39:37 ID:8yYXpLL2
その次の日、ナイトさんはやっぱりゲフェンに向かおうとしていました。
空は晴れ渡り、風は頬に心地よく、己の晴れ姿を全世界が祝福してくれるようです。
途中ちょっとした古木の枝による騒乱がありましたが、騎士さんは自慢の槍術で眼前に迫る巨大な敵を瞬く間に破りました。
騎士としての快感に酔いつつも、その目は騒乱の只中のある人を見つけていました。
「ああ、ナイトさん、手を貸していただけませんか?先の騒動で何人かが酷い怪我を。家屋もいくつかが倒壊しています」
見れば、プリさん自身も傷だらけです。
呆然としつつナイトさんは言いました。
「一緒にゲフェンに行こう、あんたがいれば如何な強敵でも怖くない」
「ですが、この人たちが」
「一緒にゲフェンに行こう、あんた何時までそうやってる気だ、あんたにも幸せになる権利があると思わないのか」
「ですが、わたしには使命が」
「一緒にゲフェンに行こう、使命なんて冗談じゃない」
「ナイトさん、ナイトさん」
強引に手を引くナイトさんに、プリさんはいいました。
「三日前にあの子を助けて、わたし何が幸せか分かったんです。わたしは美しいものをみたい、わたしは救われたい。
 今までみたいに同情したり悲劇を嘆いてたりしては救われなかった、
 誰かの救われた顔を見るとき、わたしは心底救われる気がするんです。
 だからわたしはとても幸せなんです。さぁ、手を貸してください。」
ナイトさんはヘルムを深くおろして、プリさんを手伝い始めました。泣いているのを見られたくなかったからです。
プリさんは手持ちの盾を全て売り払って大聖堂に寄付金を送りました。それで、多くの人たちが助かりました。

「あんたは盾も外套も失った、これからは俺が盾になってやる」
「大丈夫、貴方にはずいぶん助けられましたよ。どうぞお発ちなさい」
「うるさい、俺の勝手だ」
その日も夜遅くなるまで、二人は楽しく語らいました。
208名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 03:40:02 ID:8yYXpLL2
月日は流れ。

夏になり、秋になり、冬になり。
プリさんはもてるもの全てを売り払ってしまいました。
その日の生活資金にも事欠き、栄養も十分に取れず、銀色の髪は埃まみれの煤だらけ。白い肌は汚れ果て、ルビーの瞳はついに光を失いました。
ナイトさんはやつれ果てました。携えるのはみすぼらしいジャベリン、しかし細く弱りきった腕はそれすら満足に扱えません。
でも、目だけは炎にように燃え、失明したプリさんに近寄る不埒な者全てに鬼のような眼光を浴びせました。
しかしある日、とうとうナイトさんはもう自分は死ぬのだと思いました。もう彼は槍を杖代わりに歩くのがやっとで、彼女を守ることなんてできませんでした。
「すまない、お別れを言いにきた。その前にその手の甲に別れを告げさせてくれ」
「あら、ナイトさん。お発ちになるのですか?それはとてもいいことです。わたしのために貴方は長居をしすぎました。
 でも、キスなら唇に。わたしも貴方を愛していますもの」
やつれ果てた顔、骨すら透けて見える腕。でも、その表情はこの世の誰より幸福そうでした。
「いや、この世へ行くのではないよ。俺は『死』というところに行くんだ
 それはきっと眠りの親戚だと思う」
そういうとナイトさんは唇にキスして、また正面を向いたかと思うと、プリさんを守るように槍を持ったまま倒れました。
そのときプリさんは急に意識が遠くなるのを感じました。彼女もまた眠るように誘われ、二人は寄り添ったまま冬の夜空の下で彫像のようになりました。

数日後、発見された死体は直ちに聖堂に引き渡されました、でも、あんまりやつれ果てていたのでそれが誰か誰にもわかりませんでした。
とりあえず焼却するように命令が下りましたが、氷のようになった死体は全く火を受け付けません。
やむなく死体はそのまま無縁墓地に埋葬され、やがて皆そのことを忘れました。

天上の世界で、神様が愛娘のヴァルキリーに命じています。
「この世で最も勇敢な騎士と、最も慈悲深い聖職者の魂を探しておいで」
ヴァルキリーは迷わず二人の魂をつれてきました。
「よくやったね。この騎士は誇り高いロードナイトになり、世界を守護するだろう。
 またこの聖職者は女神のようなハイプリーストになって、世界を包み込むだろう」
209名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 09:02:22 ID:cMK7dkF6
改変であるにもかかわらず感動した
210名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 11:43:11 ID:ioNFhnSQ
感動をありがとう
211名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 16:33:53 ID:dvL1Zh/E
改変と分かっているのに感動した、君は凄いな。
感動をありがとう。
212名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/30(火) 19:39:45 ID:VVGbg1Cw
ようやく前スレが埋まってた。埋めてたみんなお疲れさま
次スレもお楽しみください系のSSをあらかじめ用意しておくべきなのだろうか
213名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/06/07(水) 12:22:19 ID:cfSvw/KI
このスレももうじき埋まるのが見えてきたわけだが・・・
保管考えずに流しちゃいます?
11も一部やってくれてる人が居たけど止まってるし
214螺旋回廊sage :2006/06/23(金) 15:25:34 ID:P0oFl1DM
「ホーリライト!」

イレンドの叫びと同時に生まれた光が杖を持った研究員に襲い掛かる。
研究員は杖をかざして即座に防御呪文を唱える。

「主よ、憐れみたまえ」

研究員の前に淡い緑色の壁が呼び出される。
キリエ・エレイソン。
偉い偉い神様とやらのお力を借りて絶対の防御と為すとかいうありがたい奇跡。
本来同じ神様のお力であるホーリーライトとは打ち消しあうのだが、相手はそんな事はありえないとでも思っているんだろう。
何せこっちは見た目どう見ても亡霊か悪魔の類だ。
となれば神様からお力を借りるなんて事は出来ず、イレンドの放った悪しき光は神の守りの前に敗退するのが当然。

でもなぁ、と私は呆れる。
研究員さん、そりゃあ選択ミスってもんよ?

「はっ…?」

研究員は驚きの声を上げて硬直する。
無理も無い。
悪魔としか思えない相手の放った光が、本来の神様の奇跡と全く変わらない効果を持って壁を吹き飛ばしたのだ。
そりゃあ理解を超えているだろうさ。

硬直の隙に大剣を構えた影が研究員へと奔る。
反応する間も与えず回避も防御も不可能な間合いに踏み込んだ影は、鈍く光る剣を振り上げ、そして振り下ろした。
哀れ、愚かな研究員は袈裟掛けに一刀両断。
声も出せずに2つのパーツに分断されて、臓物と血を撒き散らしてその人生を終えた。
なんまんだぶなんまんだぶ。
一緒にいた弓を持った研究員が死んだ時にさっさと逃げ出していれば助かっただろうに。
まぁ、そもそもこんな呪われた所に立ち入った時点で何もかも間違えていたのだろうけど。
せめて貴方の魂が主の下へ向かわれますように。
アーメン。

研究員をばっさり斬り殺した女はブォンと剣を振るって血を飛ばして、こちらに振り向いた。
それにしても奇麗だなぁこいつ。
研究員の返り血が飛び散ってその顔を汚しているが、それもまた彼女を引き立てるアクセントになっている。
私が研究員だったらこんな実験体になんかしないで別の事に使ってあげたのに。
なんて勿体無い。
215螺旋回廊sage :2006/06/23(金) 15:26:38 ID:P0oFl1DM
「怪我をした者は」

彼女、セニアが口を開く。
相変わらずのお堅い口調。
イレンドがそれに答える。

「大丈夫です。ラウレルさんが多少矢を受けましたけど、僕が治療出来る範囲です」

イレンドを見れば肩を抑えて蹲っているラウレルに治癒呪文をかけている所だった。
ラウレルは相当苦しそうだ。
ガタガタと体を震わせてぶつぶつと…
あぁ、訂正しよう。
ラウレルは相当元気そうだ。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう…あの野郎、殺してやる…」

体を震わせてぶつぶつと悪態を吐いている。
あんな様で冷静を常とする魔術師だなんて軟弱も良い所だ。
全くあの程度の怪我で。
血も出ていなければ服も破けていないし、そもそも”傷なんてついていない”と言うのに。
宥めながら治療を続けるイレンドも大変だ。

「そうか。では治療を急ぐように。カヴァクとアルマイアが戻り次第出発する」

セニアの目にもラウレルは問題ないと見えたのだろう。
それだけ言って彼らから目を離す。
と、今度はその目が私に向けられた。

「…それとトリス。真面目に戦え。お前が前に出ていればラウレルが怪我を負う事も無かったはずだ」

ギッとセニアの目が鋭さを増す。
おぉ、怖い。
真面目な剣士様は私が許せないご様子ですよ。

「はーいはい、わっかりましたよー、っと」

怒ったセニアに付き合う気は無い。
こいつは糞真面目な上に糞おっそろしい。
正面からまともにやりあったらちびってしまう。
セニアを声を適当に受け流して、くすんだ色の壁に寄りかかって座り込んだ。
216螺旋回廊sage :2006/06/23(金) 15:27:05 ID:P0oFl1DM
「ッ…トリス!」
「トリスさん…」

セニアの怒声とイレンドの諌めるような声が聞こえる。
ちらと見ればラウレルも私を睨んでいる。
やれやれ。

「うん、わりーね。次からは真面目にやるよ。弓って苦手だからついつい逃げ腰になっちゃってさ」

可能な限り神妙にそう言うと、皆なんとか許してくれたらしい。
セニアだけは臆病者めとでも言いたそうな目でまだ見下ろしているが、特に何かを言い出す様子は無い。


でもなぁ。
はぁー、と長い溜息を吐く。
真面目にも何も、私にはやる気なんかルナティックの糞ほども無いのである。
というか、私達のこの行為の意味だってマーティンの視力以下の意味も無い。
無駄な事を無駄に時間を使って延々繰り返しているだけ。
それなのにこいつらはこれが意味のある行為だと妄信しているのだ。
あぁ、「これ」ってのは要するに。

「ねーセニアー」
「何だ」

呆れを含んだ目をそのままセニアが答える。

「あのさぁ、本当に出来ると思う?」

少しの間何の事か分からなかったらしく珍しくきょとんとしていたが、すぐに思い当たったようだ。
セニアさんの感情豊かな鋭いお目目が呆れから侮蔑に変わった。

「当たり前だ。出来るか出来ないかではない、やらなければならない」

私から離した目を、打ち捨てられた2人の研究員の死体に向ける。

「奴らの所業を許してはならない。この研究所の闇を、私達が受けた仕打ちを、全て白日の下に晒す」

本当に、真面目な事で。

「これは私達がやらねばならない事だ、私達のためにも、私達の前の犠牲者のためにも…そしてこれからの犠牲者を増やさないためにも、この闇はここで晴らさねばならない」

セニアの話は長ったらしい上に恰好つけてるから分かりにくいが。
要するに。

「そのためにもまずはここを抜ける必要がある。やれるかやれないかではない。これは生き残った私達の義務なのだ」

この頭のおかしいイカレタ牢獄から脱走しよう、と。
そういう話なわけだ。


To be continued
217螺旋回廊sage :2006/06/23(金) 15:39:45 ID:P0oFl1DM
ごめん、全部投下してからスレ間違いに気がついた…orz
本当すみません、申し訳ありません。
デスペナ100%くらい食らってお詫びします。
スレ汚し失礼しました。
218名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/06/27(火) 05:39:54 ID:bHQKWWq6
ドンマイ。
間違いくらい誰にもあるもんだ。


で、本来の投下先を聞こうか?
219名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/06/30(金) 01:13:48 ID:ZdnaLUCM
企業都市リヒタルゼンレッケンベル社生体研究所

レッケンベル社の最深部、生体研究所へと潜入したギルドの連絡員から最後の連絡を受けたのは一時間前
真夜中に起きた事件の対応にレッケンベル社の研究部門並びに警備部門に総動員体制を敷かれ生体研究所入り口ゲートは封鎖され現在もレッケンベル社の警備員による厳重監視化におかれていた

レッケンベル社生体研究所で行われていた研究とはユミルの心臓と呼ばれる古代遺産の模倣
そして、有機生命体を基礎として人工的なユミルの心臓を埋め込む事により生体エネルギーの循環を高め潜在能力を極限まで引き出そうというものであった
皮肉にも理論体系的には完全でありながら不完全であった研究を完成させたのはアルケミストギルドを出奔したクリエイター達の協力による物だった。
強靭な肉体と精神を持つ騎士、暗殺者や魔導士、聖職者に至るまで様々な人間を誘致、あるいは拉致し研究所内に監禁、薬物投与を経て短期間で肉体そのものに強化を施すという手段。
薬物投与による人体強化とユミルの心臓の移植により完成された生体実験研究所の実験体は基礎理論を大幅に超える能力を備え、その成果にレッケンベル社は充分過ぎる手応えを感じていた。
生み出された実験体はユミルの心臓により人類とは根本的にかけ離れた能力を備える事に成功した。
即ちそれらは人の形をした兵器と呼ぶに相応しい物であり、神への冒涜と言うべき行為であった。
そして、生体研究所内では更なる研究の為に様々な異種交配や人体改造、限界実験が公然と行われていた。
しかし……遂には生み出された実験体による反乱が発生する
運動能力的には遥かに優れた生命体は生み出された者達を突き動かしたのは……憎悪と復讐という人間にとって最も根源的な感情、怨念と言うべき目に見えない何かであった。

リヒタルゼン生体研究所地下2階
(第ニ部隊、第三ブロック…ゲート…封鎖を……完了…はぁはぁ…元気でな……)
(ああ……黄泉路で会おう)
途切れ途切れの友のウィスパーを受け私は苦々しく十字を切る。
翻した外套の胸元に揺れるロザリオは友の残した肩身となった。
『第二部隊が第三ブロックゲート封鎖を完了した、これより我々第一部隊はこの第二ゲートを死守する』
感傷に浸ってはいられない、ここを守りきらなくては……
怖気ずく警備員を叱咤し、用心棒として雇われていた冒険者仲間達を鼓舞し女騎士はヘルムを深くかぶりなおす。
研究所内で突如勃発した実験体の暴走により非戦闘員の実験員の多くは負傷、殺害された。
今もなお多くの実験体が研究所内を彷徨い歩いている。
短時間の内に辛うじて生き残った警備員を再編成し、手練の者を選りすぐり三階へと続く第三ゲートの封鎖へと向かわせたのは苦肉の策だった。
第三ゲートの先で研究が進められていたより強力な実験体、転生体の模倣物を相手にしては如何に守ろうとも勝ち目はない。
多大な犠牲と引き換えに得た貴重な時間を無駄にするわけにはいかなかった。
外部への通達は済んでいた、後はどれだけ速やかに入り口が封鎖されるかだ。
「第二ブロックゲート、敵小隊接近」
「焦るな、引きつけて各個撃破を心がけろ!」
先陣を切って幼い剣士の姿をした女剣士が駆け抜ける。
キンッ
突き出された刃を巻き込み薙ぎ払い受け流し、横合いから迫り来る小柄な盗賊の少女の刃を腕を犠牲にし受け止めて振り払うようになぎ倒す。
「後続が来るぞっ!、油断するなっ」
ついで降り注ぐ矢を打ち落とし、味方の放つ大魔法が吹きすさぶ氷の嵐となって周囲の少女達を凍てつかせ氷像と化したそれを力任せに打ち砕く。
やむ事のない襲撃……
何度打ち倒そうと限りなく実験体の群れが襲い来る。
(限界か……チラと後方を見やると味方は皆疲弊し、やむ事ない攻撃に増え続ける負傷者にヒールを唱え続けるプリーストの疲労が限界に近いのを感じる)
「第二ゲート封鎖…この場は死守する」
(覚悟を決め私は剣を握り締める、幾多の実験体を切り伏せたその身体は返り血と己の流した血で赤く染まり、何度も放たれた雷撃の魔法は内腑まで焼き苦い物が口内へと広がる……)
「何度も言わすな、第二ゲート封鎖!」
地響きと共に緩やかにゲートの分厚い扉が左右からせり出しゆっくりと閉じていくのを背後に感じながら私は最後の戦いへと身を躍らせる。

To be continued

リヒタルゼンの話が投下されてたので書いた、特に意味はない……
220名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/02(日) 01:32:51 ID:BYqST4bA
保管庫の掲示板にも書いたのですが、前スレ(11スレ)、過去ログ保管庫からサルベージしました。
レス番号179(下水道リレー関連)と248(最後のレス)以外は保管できたと思います。
なお感想スレは、保管の方向で・・・のようですが、どこまでを感想、どこからを雑談とするかの
判断に迷い、ほとんど保管していません。
各作者さま各自での確認、修正、追加をお願いします。
(改行が明らかにおかしいものは修正していますが、誤字については直しきれてないです)

あと今回保管作業してみて。
連載ものを投下されるときは、タイトルに(1/6)などのページを入れていただけると
保管作業が少しらくに・・・。
また、花月の方のように、最初のレスで「(タイトル) 〜1〜」など何回目かが入ると
さらに作業がらくになるように思います。
今後、作業をしてくださる方のために、御一考いただけると幸いです。
221名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/02(日) 01:36:16 ID:BYqST4bA
>なお感想スレは、保管の方向で・・・のようですが
感想「レス」は・・・の間違いです。スレ消費すみません。
222SIDE:A 後ろめたい切り札sage :2006/07/02(日) 01:46:30 ID:6u/IsHjs
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%B8%E5%A4%ED%A4%E1%A4%BF%A4%A4%C0%DA%A4%EA%BB%A5

今回は、SIDEの片方しか書けてません。1.5倍でフィーバーしてましたorz

>220さま
保管作業ありがとうございます。その辺のところは保管者様の判断で。
私が作業した所も自己判断で適当にやっておりました。

自作を書くのでそちら方面の意欲を使い果たしてしまい、
スレの補完作業までやろうという気になれないまま半年以上。
こんなで管理人を名乗っていていいのか!
変わってやろうという方がおられれば、いつでも身を引く所存です。
223名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/02(日) 11:03:36 ID:j34yQ65o
おぉ、なにやら最近過疎ってたけど投稿がいくつも('Д`*)
いつも楽しんで読ませてもらっています。作者様方頑張ってください。

>220
保管お疲れ様です。
224名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/06(木) 11:09:19 ID:E.hSk9co
 花と月と貴女と僕 21 後編

 天をも焼き落とせばかりに、残り火が轟々と音を立てている。
 ばきり、ばきりと言う音が響いている。
 此方は異端、彼方は騎兵。僅かばかりの仕切りを隔てて対峙する。
 そして、剣を執った少年は──

「あ───」
 呆然とした声が、知らず零れていた。

 イノケンティウスの言葉が響いたその瞬間。
 少年──ウォルが目にしたのは、半ば空を覆っている様にさえ見える十字架だった。
 それは不浄など一点たりと許さぬかの如き純白色。
 彼には、実際とは違いそれが酷くゆっくりとした速度であるかの様に見えた。
 音も無く、静かに。静かに。しかし、確かな苛烈さを以って降りつつある。
 例えて言うならば、それは正しく神罰そのものであるかの様にさえ見えた。

 十字架──とは、そも処刑用具である。
 聖堂教会の正規兵──つまりは十字軍、と称する者達の名の由来でもあるが、
それは数多の異教徒、罪人達を裁きにかけた十字架が何時しか、神の威を示す象徴そのものとして扱われる様になった事による。
 遂には聖人さえをも吊るした十字架を模したそれは、彼の騎兵に相応しいと言う事が出来よう。

 ウォルは周囲を振り見る暇も無く「伏せろ!!」と叫んだ。
 そして彼の耳に届いたのは、メキメキと鈍く木の軋む音だった。
 引き続いて爆音が──瞬間、彼の鼓膜はその機能を停止。
 天地が揺らぐ如き振動。迂闊にも開いたままであった視界は真っ白く消え失せる。
 その爆撃の原因は、と言えば言うまでもない。
 間違いなく、適正稼動によって発現した大魔法の波状陣である。
 第一、彼は見ていたのだ。騎兵達の後ろに付き従っていた魔法使い達を。

 イノケンティウスは、と言うと衝撃によって大きく傷つき、しかし未だに健在である眼前の要塞を見ていた。
 その風情や、平地を往くが如く悠々たり。
 自身が率いるそれは神の剣であり、そも彼にしてみれば相手の抵抗はこの程度であろう、という予想通りでもある。
 雇い兵達をぶつけた時点から、彼の予想は完全には覆っていない。
 例え、此方もまた大きな痛手を負ってしまったと言えども。

 見れば、哀れにも彼と彼らに抵抗する者達が立ち上がるのが見えた。
 焦る必要などまるで無い。これは、最早戦いと言うよりは一方的な処断である。
 しばし、その光景を睨み据えた後、片手を上げた。
 傭兵達の中から選び出した精鋭と、自らの手勢の歩兵を混成した絡め手への合図であった。

 ふと、彼はいったいこれが幾度目の戦場であったろうか、と柄にも無く思う。
 だが、最早迷いは無い。
 己の剣は民を守る為にある。例え、異端なれども人たる者を滅ぼす為に振られるとしても。

 そんなイノケンティウスの目に、崖としか言いようの無い斜面を駆け下りてくる一団が見えた。
 ここからでは土煙しか見えぬ。だが、間違えよう筈も無い。
 相手は牡蠣の如く堅く口を閉ざしている。ならば、それを抉じ開ければよいだけの話。

 策そのものとしては、こちらとて兵も戦場も限定される以上単純なものだ。
 騎兵進撃を以って正面から打撃を加えた上で、側面から止めの一撃を下す。
 だが、それもこれほどの威を以ってすれば前面は戦槌にも伍する。
 それに気づけぬまま金梃に敷かれた者達など、鉄屑の如く叩いて潰そう。
 騎上でマントを翻し、ペコペコの首を大きく引き上げ引き上げ馬脚を止めて彼は命令を告げた。

「我等は進み押し包むぞ、雷(トール)の陣!! 騎士等よ兵等よ神名をこそ惜しめよ!」

 がば、と僅かな意識の消失から跳ね起きたウォルは瞬間、轟くその号令を聞いた。
 僅かな意識の混乱は一瞬少年がその意味を理解する事を阻んだけれども、
振り仰いだ向こう側に土煙を上げて崖を下り降りてくるのを見るに至って状況を理解し得た。
 いや、既に意識を取り戻している者で、最早それを理解しておらぬ者などいるまい。

「伏兵!?ミホさん!!後ろからっ!!」
「解ってるわよ!!」
 僅かに慄き混じりの悲鳴を上げたウォルに、同じく起き上がっていたミホが怒号で返した。
 だが、埃と泥塗れの貌をした彼女とて余裕があるとはとても言えまい。
 焦りの色を濃くし、兵達とても僅かに怯えの色が見える。

 先程までの死闘は、正面から突き進む敵兵を篭城したこちらが弓矢や投擲によって迎撃すると言う構図であった。
 陣までの長い坂道は彼等の攻手に利を与え、速成の兵とは言え拮抗するだけの力を与えていた。
 だが、今となってはその優位は完全に覆っていた。
 眼前を見よ。鉄槌が迫りつつある。背後を見よ。既に逃げ場など無い。

 しかし、不意に少年達と同じく起き上がっていたクオがウォルの方へと向き直った。
 彼は出会った時のような不機嫌そうな顔で、じっと少年を見る。

「ウォル──正面は俺達が引き受ける。お前は弓が使えないのを連れて、伏兵をやっちまえ」
 そして、相も変らぬ嫌味たらしい口調で一言に言い放った。
 だが、その言葉の示す所のなんと重々しい事か。
 戦術的優位が崩れ去りつつある今、もっとも熾烈な戦端は遠からずここになるであろう。
 状況を理解しておらぬのかと、思わず少年は口を開く。

「んなっ!?馬鹿かっ!!」
「馬鹿はどっちだ!!いいからサッサといって来い!!」
 取り付く島も無い、と言った風なクオは更に言葉を重ねる。

「良いか!!俺はお前を信頼してやる!!必ず俺達が支えてる間に潰してくると信じてやる!!」
 叫びながら、彼は弓に矢を番え、迫りつつある敵兵目掛け射掛けた。
 ひゅん、と宙に響く音はあまりにささやかなものであったが──

「信頼を裏切るな、お前は俺にそう言いたかったんじゃねぇのか!!」
 しかし、それがいかな卑小な抵抗に過ぎないとしても。
 クオの怒号に鼓舞されたかの様に、村人達も投げ出していた武器を手に取る。
 少年は僅かに、しかし確かに頷きツルギを握り締め地を蹴った。

「続け!!背後に回った敵を討つ!!」
 応ずるかの様に号令一喝。
 嗚呼、一本の矢。それは容易くへし折れる哀れな抵抗に過ぎぬ。
 なれど。
 戦場の空を飛んだその一本の矢こそは、正に厭戦を払拭し反攻を告げる鏑矢であった。
225名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/06(木) 11:09:38 ID:E.hSk9co
 高く高く。鋭い音を響かせ鏑矢は宙を往く。
 振り向かず走る。それに負けじと走る走る。
 背後は遠くなりつつある。横手には僅かに、今は少女が眠っているのであろう社殿が見えた。
 剣を握る手に力が篭る。やがて、崖から既に降りていた一団を少年は見た。

 それらは、複数人の聖職者と武僧にクルセイダー、そして暗殺者やローグ達であった。
 少年の目からすれば、その悉くがあまりにも強大。
 さもありなん。所詮彼は、ただの剣士に過ぎない。
 だが、足は止まらない。最早、その足は止まらないのだ。

 少年は自らに続く者達の足音を聞く。
 彼等が、その手に携えた槍を構えるのが僅かに映る。
 既に気づいていたのだろう、司祭が詠唱を始め前衛が彼等に応じて前進を開始。
 少年はツルギを大上段に勢い良く振り上げる。槍の穂先が揃って持ち上がるのが見えた。
 前衛職──暗殺者が音も無く、少年の下に忍び寄る。その手には毒に濡れ光るカタールが、そして酷薄な笑みがその顔に
 それは明確に語っている。お前等は無駄だ。お前等のやっている事は無駄だ。
 諦めてしまえ。諦めてしまえ、と。

「──っ!!舐めるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 怒号。
 アサシンの浮かべていた嘲笑──それを見た瞬間、少年の中で何かが音を立てて切れたのだ。

 ──笑ったな。よくも笑ったな。僕だけじゃない。僕だけなんかじゃありえない。
 必死に。大切なものの為に戦う者達を──よくも、よくも笑ってくれたな!!

 胸中で叫びながら、歯を噛み砕かんばかりに食いしばる。
 そう。彼はただ一人の剣士に過ぎない。
 だが、ただ一人の剣士が。取るに足らない抵抗者達が。
 目の前の敵を殺せぬと誰が決め付ける事が出来るだろうか。

 縦に、勢い良く剣が振り下ろされる。
 がっし、とアサシンがそれをカタール受け止め、受け流す。
 すい、と刃が流れ、しかし、地を蹴って離れようとした暗殺者を少年は逃がさない。
 「──!!」と、そいつの顔が驚きに歪むのが見えた。
 少年は、柄から離した手を伸ばし。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 叫んだ。アサシンのマフラーに掴みかかり、ぐいと思い切り引き寄せる。
 片手には剣をその足は確かに。だずん、と鈍い音。返り血が吹き上がり、血まみれの鎧を更に染める。
 殺った。と、自覚する。自覚し、振り向き、どずん、と少年のこめかみに鈍い痛みが走った。
 それは勿論、少年がアサシンの相手をしている間に踏み込んだ武僧の拳である。
 そして見た。血を流し、あるいは地面に倒れ付した後も槍で腹を突かれ、或いは囲まれ、或いは押され、
或いは切り裂かれた戦友達の姿を彼は見た。
 ぶしり、ぶしりと血がしぶいている。酷い頭痛が光の速さぐらいで突き抜けていく。
 少年は手を動かしたかった。今にも走り出したかったが、出来なかった。
 それはそうだ。例え、巨象と言えども衝撃で脳を揺さぶられ、それどころか頭蓋骨が砕けそうな痛みの中立ち上がる事など出来まい。
 限界を超えた痛み。ショック死しないだけでも、僥倖ではあったが、今やそんな物は何の慰めにもなるまい。

 どしゃり、と地面に倒れ付す音が他人事の様に聞こえる。

 ──そう、この程度だ。
 結局の所、この程度に過ぎない。
 あのアサシンの語らんとしていた事は事実であった。
 「助けて、助けて」と命乞いする声が聞こえる。それは直ぐに悲鳴に変わった。
 僅か、十秒にも満たない時間だ。
 クルセイダーと武僧が己を見下ろしている。まるで、割れ硝子の様な目が。
 彼らはその手に得物を構え、振り上げていてけれど、少年は腕と足がまだ動いたので。
 助けてくれ、とは言わないまま彼は跳ね起きていた。
226名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/06(木) 11:10:35 ID:E.hSk9co
 ──目が覚めた気がしたけれど、そこには何一つありはしなかった。
 次に彼女が理解できたのはは目の前のそれが『世界』じゃない、と言う事だけだった。
 ほんの僅かだけれども彼女が知っていた筈だった世界は、こんな場所ではなかった筈だから。
 天を仰いでも、地面を覗き込んでも。只、広がっているのは果ての無い黒ばかり。
 自分の掌の先さえも見えなくて、それが彼女には酷く悲しかった。

 ──ここは。

 この真っ黒い空洞は今や彼女の内そのものであり、つまりは夢であった。
 けれども鮮やかな筈など最早あろう筈もない。
 ゆるりゆるりと月は陰り。その輝きは彼女に最早半ばまで注がれているので。
 天が欠ければ地に満ちると言う論理。まるで砂時計のよう。

 ──強すぎる輝きは闇と同じだ。絶対とは零の別名だ。
 彼女の中で比較する全てが消え失せた時点であらゆるモノは、零へと変わる。
 例えば、僅かな間だけれどかけがえ等あろう筈もない──

 だから必死で、星でも求める様に遠ざかる記憶に手を伸ばしていた。
 けれど届くはずも無い。もはや、それは余りに遠すぎる。
 月より落ち来る影に沈んでいるのか、それとも星が彼女から逃げているのか。

 ──かつて、或る女が胸中にて言った事がある。
 ツクヤと呼ばれた少女は月の化身であるのだ、と。
 即ち、空のそれが欠けたならば、地にあるそれが満ちるだろう、と。
 ならば人としての記憶など、星屑の如くに余りに矮小。
 暗天で輝く蒼は、容易くそれを飲み込み押し流そう。
 そして中天に残るのは寒々と輝く蒼い月。ただそれだけ。

 嫌だ──それは嫌だ。そんなのは、余りにも寂しすぎるし、悲しすぎる。

 今更の様に少女は眼前に迫る事実に抗うように、小さく悲鳴を零した。
 本当に──今更の事だ。それは最初から虚ろな記憶に過ぎないのに。
 嗚呼。名前さえも思い出せなくなり始めている。
 蒼なんかよりも、あんな寂しい色よりも。彼女はずっと蜂蜜色の方が好きなのだ。

 失われるだろう事など彼女には解りきっていた。
 ──月が戻れば、力も戻るのが彼女の法則。なれば、この末路を知りえぬ筈も無い。
 僅かばかりの記憶。ただ、それだけの為にこうも悲しむ愚かさよ。

 一緒に──居るって言った。

 けれど、一体誰にその愚かさを咎める事など出来るだろうか。

 ──遠い、昔の話だ。
 そこに居た彼女にも、嬉しいと思える事があった。(それはすぐに悲劇に変わり)
 共には歩けなかったけれど、愛してくれた人だっていた。(彼は既に老い朽ちて)
 沢山の夢は綺麗で、だから彼女はそれが好きだった。(それらは最早欠片も残らず)

 失ったモノは多過ぎて。残ったモノは余りに少ない。
 その手は既に汚れはて。詰まる所の悪鬼へ堕ちた。
 全てを奪われた事が憎かったから、彼女は自らの領域に訪れる者を殺し続けて。
 或る女の思いは錯誤で、降り立っているのは彼女の意思だった。

 ──月夜花とは彼女の別の名前にして一側面。
 月は満ち欠けを飽きる事無く繰り返す。それが、事実。
 過去は不可逆にして、如何なる業を以ってしても変える事は出来ない。
 背負った罪を消す事なんて出来ない。本当の所、彼女は無限に殺し、無限に殺される化け物に過ぎない。
 結局の所彼女は少年にそれを告白できないままで。
 ツクヤは少年を騙し続けていたのだ。
 だが──それでも。

 一緒に居るって言った。

 そうだ。一体誰にこの愚かさを咎める事など出来るだろうか。
 本当に、彼女にとってこんな事は久しぶりだったのだ。
 目が覚めて。声を掛けるべき人が居て。そして、人の呪いも聞こえない。
 緩慢に続いていく断罪と遠い記憶を塗りつぶす悪意の中で、それは本当に闇夜の中の星みたいだった。
 ならば、悪鬼でもいい。彼と共に在れるなら、少女は己の罪さえ良しとするだろう。
 只、恋焦がれるモノが星であるならば、自分が月である事だけが酷く残念で。

 ──手にする事が出来なくても。それでも、私は。

 天に輝く星は、人の手には届かず。月はそれを覆い隠し。
 ああ。だけど。
 最初に抱いた想いがあったから。今も昔も。時には忘れたりもしたけれど。
 それでも失われないものがあったから。
 だから。届かぬモノへと手を伸ばす。

 不意に、ツクヤは黒々とした自らの裡に一条の光を見た。
 大きな狐の鳴き声が轟いた。
 それは月であった。天に輝く月であった。
 それは獣であった。白い体を持つ、輝く姿の狐であった。

 世界に──月が、降りてくる。

 next
227名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/07/06(木) 11:11:34 ID:E.hSk9co
久しぶりに書きたくなったので書いてみた。
ずいぶん久しぶりだから己の文体の変わりぶりに驚愕。
228名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/02(水) 11:03:40 ID:Jv5v/uN2
そろそろ次スレの季節かな?
229SIDE:B 遠い約束sage :2006/08/05(土) 13:32:09 ID:v7d6dovs
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%B1%F3%A4%A4%CC%F3%C2%AB 
このスレはSIDE:Aが担当なんだけど、今月(っていうかもう月変わったけど!)はBしか更新できなかったーよ。

>花月のひと
おかえりなさい。かなり前の座談会以来でしょうか?
継続は力ですね。あまり感想とか書いてないけど、ちゃんと読んでます。
230名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/10(木) 00:12:28 ID:rYz5Q9P6
|・ω・)

|・ω・)<なにやら書いてみたけど投稿してもいいんでしょうか

|・ω・)

|ω・)

|<しばらく様子見
231名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/10(木) 13:08:49 ID:XuuSgqds
щ(゚∀゚щ)ドントコーイ

…もういなかったりして。
232 :2006/08/10(木) 16:31:05 ID:my76slV2
お眼汚し初投稿です。


『Annihilator』 #0

 24時間の夜が続く、常闇の街コモド。
 その海岸で、機械じみた動作で、モンスターを狩り続けている騎士の少女がいた。
 銀色の鎧に華奢な身体を包んだ、青く長い髪の美しい少女だ。しかし、その瞳はどろりと濁っており、意思や感情は一切感じられない。
 タラフロッグと呼ばれる人間と同じくらいの大きさの蛙や、ヒドラと呼ばれる無数の触手をツボの中に収めるモンスターを延々と、延々と狩っている。
 少女の青い髪は返り血――分泌液でどろどろに汚れてしまっているのに、まるで気にする様子もなく、彼女は剣を振るっている。
 その瞳には意思を感じることができず。ただただ、ガラス球のように虚ろ。

周囲にモンスターがいなくなると、騎士の少女はその場から瞬時に消え、また別の場所に姿を現し、同じシーケンスを繰り返す。
 違法のワープシステムを駆使して、タラフロッグとヒドラのみを狩り続けているのだ。
 騎士の少女の外腿には『eyriuw-#23』というナンバーが焼印で刻まれている。
 それは彼女が『BOT』と呼ばれる肉の人形であることを示していた。

『BOT』――人としての全権利を放棄させられた、飼い主のために延々と戦い続ける人形の総称。
 最初から『BOT』として『製造』された者もいれば、薬や陵辱などで人格を壊された者が『BOT』として造り直されるケースもある。
 この騎士の少女は、恐らく後者であろう。
 自我を壊され、知性を奪われ、考えることができないようにされた、人形。
 飼い主にレアドロップを届けるために。延々と自分を犠牲にし続ける生きた人形。
 それが――『BOT』。今の彼女だった。

 もう何度目のループになるのだろう、周囲のヒドラとタラフロッグを壊滅させ、騎士の少女は違法ワープのスイッチを押した。
 かちり。
「――――――?」
 しかしいつものように、瞬時に視界が切り替わることはなかった。
 ワープに失敗したのである。
 何度でも無制限にワープができてしまうからこその、違法システム。
 なのに、回数切れでも起こしてしまったかのように、ワープが始まらない。
 かちり。かちり、かちり。かちかちかち。かちかち、かちかちかちかちかち。かち。

 ワープは始まらない。
 騎士の少女は、何故だろう? とは考えない。考えられない。
 その場に留まり、ワープができるまで、スイッチを押し続けた。
 だが、一向にワープは発動しない。
「無駄です。このマップでのテレポート昨日を、一時的に無効化させてもらいました」
 突然、声が響いた。
 騎士の少女の目の前に、いつまにそこにいたのか。ひとりの少女が立っていた。

 年齢は13〜14歳くらいにしか見えない。白い服に、白いミニスカート姿の少女。
 くるりとした可愛らしい髪に、あどけない容姿。その腰には、顔に似合わない、稲妻を纏っているような片手剣が下げられている。
 知る者が見れば、ある『都市伝説』を思い出す容姿だ。

 かちかちかちかちかちかちかちかちかち、かちかちかちかちかち。かちかちかち。
 騎士の少女は、振り向く事もなく、ワープボタンを連打する。
『人に接近されたらワープ』という条件付けを行われているのだ。だがやはり、ワープはしない。
 声の主の言うとおり。このマップでのワープ――テレポートは無効化しているのだ。

「…………あなたを、違法ツール使用、およぶ『BOT』と認定し、処分します」
 言うと、白い衣装の少女は、すらりと腰の鞘から剣を抜き放った。
 じりじりと、一切の不正を焼き焦がすような雷を放つ刀身を、無表情にスイッチを押し続ける騎士の少女へ向ける。
 そして軽く突き出すと、切っ先は頑強なはずの騎士の鎧をするりと貫いて。
 そのまま騎士の少女の背中へと通り抜けた。

 びくりっ。びくんっ。と。
 騎士の少女は、二度ほど身体を痙攣させる。
 その口から、つ、と。涎と一緒に紅い血液が流れてくる。
 数秒の間をおいて、騎士の身体は、まるで砂の城が波に浚われて消えるように、ざらざらと、粒子になって崩壊し始めた。
 かちかちかちかちかちかちかち、かちり。かちり。かちかち、かち、かちり。
 かちり――かち―――かちり――――かち――――――
 騎士の少女は身体が消えていく最中だというのに、
 存在が消えていく途中だというのに、眉一つ動かさず、スイッチを押していた。

 粒子化が下半身から、上半身へと進行し、やがてスイッチを押す指が崩れた。
 そして最後は全身を光に包まれて、騎士の少女は――『eyriuw-#23』は消滅した。
 ぱくぱくと。消える直前に騎士の少女の口が動いたのを、白い少女は瞳に刻んだ。
 あ――り。が―――。―――。  、。  。
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
 涙を堪えるような声で、白い少女は消えていく騎士にそう返した。

『BOT』に身を堕落してしまった者は、もう二度と元には戻れない。
 その無間地獄から哀れな彼らを、彼女達を救うには、『アカウントバン』しかない。
『BOT』は消滅することでしか、救われない。
 あふれ出しそうになる涙を零さないようにして。
 白い少女――『都市伝説』。
 新米ゲームマスター『セレニア』は、コモドの海岸線を後にした。

<続……けていいのだろうか?>
233名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/10(木) 16:56:48 ID:nzjEr30Y
感動できる今のうちに止めておいてください。
このネタは続けるには危険すぎる。
234 :2006/08/10(木) 18:34:01 ID:my76slV2
>>233
感想ありがとうございます。
ご指摘どおり、この話はここで終わらせます。
235名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 00:38:13 ID:M73aYtCc
読み切りみたいな形のほうが良いですね。

いや、でも面白かったです。
236230sage :2006/08/11(金) 14:27:39 ID:ULnFMEbE
|<容量がヤバそうなのでもう少し様子見しますね

|-`)<すみません、新参者なので勝手がわからないんです。
237名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 15:25:24 ID:w7lzpoa6
あら、本当。もう容量ないね。
ざくざく書いて、新スレ立てちゃいましょかね。

テンプレ変更とか、別にないよねー?
238名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 16:22:28 ID:w7lzpoa6
立てたー。>230の人、期待してるよー
ttp://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1155280580/
239名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 16:30:34 ID:w7lzpoa6
 人間誰もが不幸で、だからみんなそれに立ち向かうしかないのだと思っていた。
 人間誰もが孤独で、だからみんな寄り添い求め合ってしまうんだと思っていた。

 不幸なんて誰かの言い訳で、あたしは人生面白おかしく過ごすつもりだった。
 孤独なんて誰もが当然で、わたしは一人で生きていけるように腕を磨いてきた。

 そんな二人が出会ったことには、どんな理由があったのだろう。
 こんな二人が出会ったことには、どんな理由もないのだろう。

 それでも二人は共にいた。


An Episode of Ragnarok Online " Pair Clock "

- negative edge trigger -




 刃の閃きを追って、鮮血が舞い散る。
 斬りつけられた腕を気にも留めず、女は対の手に持った短剣を振るう。人の首などたやすく落としてしまいそうな肉厚の刃は、赤い軌跡を残しながら相手の胸元へと吸い込まれていく。
 伝わる衝撃は、金属同士のぶつかる鈍い手ごたえ。必殺の一撃は、剣士が構える諸刃の大剣によって防がれてしまった。
 一度剣を振り切ったところを、懐深くへと飛び込んだにも関わらず、なんという迅さ。
 舌打ちひとつ残して、後方へわずかに距離を取る。途端、間髪置かず疾風のような蹴りが、男の脇腹へと突き刺さる。
 遥か右手より一足で飛び込んだ修道士の少女はさらに、吹き飛ぶ剣士に向かって練り固めた氣弾を放つ。着弾の爆風に土ぼこりが舞い、相手の姿を覆い隠した。
 それでも女たちは、相手の行動を完全に捉えていた。
「逃げられた」
「……みたいだね」
 二人の視線の先、妖光をまとった剣士の姿は完全に掻き消えていた。

「ったく、まさか本当に出会うことになるとはね。悪運があるんだか、ないんだか」
 腰に帯びた鞘に短剣を戻すと、ショートボブにした髪に内側から指を差込み、舌打ちをひとつ。石榴の色をしたクセのない髪は、彼女の細く長い指にただの少しも抵抗を与えず、ただ柔らかな音を立てた。
 襟元に毛皮をあしらう赤いコートからは、腕、腹、脚と大胆に、白く艶かしい肌を露出させている。およそ冒険者とは言い難い格好をしたこの女性は、「奪う」ための技能を修めるローグと呼ばれる技能職者である。
 金や物といった俗物的なものから、相対する魔物や人の武器や防具、そして命すらも。女が牙を剥いたとき、これらはあっけもなくその手に落ちる。そう思っていた。
 しかしながら、今まさに奪われそうになっていたのが、他ならぬ彼女自身の命であったというのは、どのような笑い話なのだろうか。
 それは何の前触れもなく、唐突に姿を現した。まったく予想していなかったというわけではない。それでもこの五日、幾度となくゲフェニアの大地を訪れたにも関わらず、少しの予兆も感じられなかった。
 ドッペルゲンガー。古き大地を彷徨う、闇色の剣士。
 ――あるいは、無意識のうちにその可能性を、拒絶していたのだろうか。
 ありえない。赤き女性は、馬鹿な考えをしてしまったと頭を振り、傍らに立つ白き修道士へと声を掛けた。
「追わなくていいの? あれ、あんたの獲物なんでしょ」
「……うん、そうだね」
 問われた娘は曖昧な微笑を返す。彼女はこちらの腕をとって、手のひらをかざしていた。
 乳白色をした暖かな光が注がれ、先の邂逅によってつけられた傷が少しずつ消えていく。皮膚を軽く裂いた程度の浅いもの。それをかいがいしくも、この娘は治療してくれている。
 刃そのものを受けた覚えはない。あれほどの鋭さと膂力を持って繰り出された斬撃は、たとえ切っ先に触れただけでも、女の細腕など断ち切ってしまうだろう。
 紙一重でかわした。だからこの程度。
 冗談じゃない。そんな途方もない力量を持った相手と、わずか数瞬とはいえ刃を交えたのだと思うと、今さらに背筋が凍る。
 そんな文字通りの化け物を、なぜこの娘は追い続けるのだろう。
 復讐。
 前に彼女自身の口からこぼれた短い言葉は、その容姿にはあまりに不釣合いだった。
 短く刈った白樺色の髪、長い睫毛にも隠し切れない鈍色の大きな瞳と、そのために幼く見える表情。自分よりもいくらか低い身長には、少し大きすぎて似合わない白の道着。
 彼女はかつて、大聖堂に勤める敬虔な修道女だったという。ゆくゆくは司祭となるために、奇跡を願うための聖句を学び、慎ましやかな生活に身を置いていた。
 だが今ここにいる娘は、氣と呼ばれる生命力の一部を用い、自らの身体を殺戮の武器とする術を修めた獣だ。先の戦いでも、自分が一太刀すら浴びせられなかった相手に、強烈な一撃を叩き込んでいる。
 影で作られた魔剣士を討ち滅ぼすためだけに、彼女は本来歩むべきであった道を捨てた。そうしなければならない理由があった。
 この小さな肢体に秘められた過去には、一体何があったのだろう。
 復讐。言葉にすれば短く、しかし意味は途方もなく深い。
 誰の、とは口にしなかった。訊くつもりはなかったし、それによって深い間柄になることもごめんだったから。
「ドッペルゲンガーが現れたとなっちゃあ、ここにはもうすぐ死体の山ができるね。そうなる前に、あたしはさくさくと帰らせてもらう。命は惜しいから」
 そう切り出しても、修道士はまだ曖昧に笑みを浮かべるだけだった。
「あたしは、あんたがあれと戦って勝てるなんて思っちゃいない。だから、あんたは死んで、あたしは生き残る。そしたらこれで、あたしたちは永遠のお別れってわけだ」
「うん……、そうだね」
 そしてやはり、先ほどと同じ言葉を返す。
 だが、今度のやり取りはあらかじめ決められていたこと。二人が出会ったそのときに、二人で交わした約束。
 もともと、彼女とは知り合いですらなかった。
 腕に覚えのある赤き彼女でも、ただの一人で安全に「稼ぎ」を行うには、ゲフェニアという大地は難敵であった。そこに武の道を歩む修道士としては珍しく、支援の奇跡を得意とするこの娘は、とても便利な存在だった。
 娘もまた、こちらを利用していた。必殺の一撃をもってのみ相手を打ち倒す。悲しいまでに不器用な戦い方しかできない彼女が、いつ現れるとも知れない仇敵を前にしたときにもまだ無傷でいられたのは、自分の存在があったからこそ。
 便利、利用。そんな言葉で表してしまうような、乾いた関係。お互い、それを理解した上で一時的に組んでいたにすぎない。
 別れは決まっていた。だから、後腐れのない関係を望んだ。
 彼女が仇敵に出会うその瞬間まで、互いを利用しあう。それが約束。
 けれど、この白き娘自身はこれをどう受け止めていたのだろう。
 それまでの人生を捨ててまで求め、ようやくたどり着いた仇敵を前にして。すぐにでも駆け出しておかしくない彼女は、今まだこちらの腕を取ったまま、自分を見つめている。
 こうして時間を無駄にすることで彼女が仇敵を討ち逃そうとも、赤き女性には関係がない。それでも納得できる理由もなくここに残る彼女に対し、困惑し落ち着かない自分を感じている。
 自分を見つめる瞳の奥に、どのような感情があるのか。気になってしまったから。
240名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 16:30:58 ID:w7lzpoa6
「――もし」
 なんとはなしに。そのつもりで。
「絶対ありえないってことは、わかっちゃいるんだけど、さ」
 そう前置きをして、女は問いかけた。
「もし、あれを倒すことができたら……あんた、その後はどうするの」
 こちらを見つめる娘の表情が変わる。
「……わからない」
 先までとは違う答え。
 うつむき、視線を逸らした娘に、女は嘆息した。
「へぇ、わからないんだ……バカじゃないの?」
 口を吐いた声は、予想外に冷えた音を含んでいて。
「負けちまったらそこで人生の終わり。たとえ勝っても何があるわけでもなし。どっちにいってもお先真っ暗。本当に頭がおかしいとしか思えないわね」
 なのに頭のどこかは熱に浮かされたように、灼けた言葉は留まることを知らず。
「結局、あんたは何が望みなの」
 突きつけた問いに、自分が驚いてしまったほど。
 修道士は困ったように眉をひそめ、またあの曖昧な笑顔に戻った。
「君の言う通りだと思う……きっと、私、馬鹿なの」
 気持ちが悪かった。こんな人間がいることが。こんな考え方しかできない哀れな娘がいることが。
 あたしが。もしあたしなら。熱情に浮かされ、喉を震わせようとしたとき、それは涼やかな響きを持って聴こえてきた。
「でもね。こんな私でも、君と一緒にいた時間は楽しかったんだって、素直に思えるんだ」
「え……」
「だから、もし生きて帰ってくることができたら。君ともう一度会うことができると、嬉しいな」
 不意打ちだった。あまりにも見事な不意打ちすぎて、女はいつも通りの対応しかできなかった。
「はっ……そいつは無理ね。だって、あんたここで死ぬんだもん」
「……そうだね」
 変わらぬ返答。しかしそのとき見せた娘の笑顔は、少しの曖昧さも持つなものではなく。故に、気づいてしまう。
「うん。だから……、お別れだね」
 出会って最初の、そして最後になる。本心からの言葉と笑顔。
「一緒にいてくれて、ありがとう」
 ふわりと、柔らかな香りが女を包んだ。素朴で甘い、花の香り。
 抱き締められたのだとわかったときには、もう娘は身体を離し、こちらを振り返ることもなく闇の中へと走り去っていった。
 赤き女性が、捨てられた仔猫のように、ぽつりと取り残される。
 ふいに左腕がうずきを覚える。傷はもうすっかりと消えてしまったというのに。
 無意識のままに腕をつかむ。残された温もりまでも消えてしまう。そんなことが、どうして悲しいと感じるのだろう。彼女なら、その答えも教えてくれたのだろうか。
 今、わかるのは。二人がまた独りになった。そのことだけ。

 ところでいつからか、女の傍に一匹のデビルチがいて、襲い掛かるわけでもなくそちらをじっと見ていた。
 身じろぎひとつなく立ち尽くす人間の女が、何か気になったのだろうか。あるいは。
 黒尽くめの小悪魔は体を長く伸ばして、にやりと笑ってみせた。
241名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/08/11(金) 16:33:30 ID:w7lzpoa6
(`・ω・)ゞ ウメ終わりでありますっ
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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