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【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第11巻【燃え】

1名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 00:50:19 ID:/cUb5MH2
このスレは、萌えスレの書き込みから『電波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』ではない萌えな自作小説の発表の場です。
・ リレー小説でも、万事OK。
・ 萌えだけでなく燃えも期待してまつ。
・ エロ小説は『【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレ【エロエロ?】』におながいします。
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ

・ 感想は無いよりあった方が良いでつ。ちょっと思った事でも書いてくれると(・∀・)イイ!!
・ 文神を育てるのは読者でつ。建設的な否定を(;´Д`)人オナガイします。

▼リレールール
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・ リレー小説の場合、先に書き込んだ人のストーリーが原則優先なので、それに無理なく話を続かせること
・ イベント発生時には次の人がわかりやすいように
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※ 文神ではない読者各位様は、文神様各位が書きやすい環境を作るようにおながいします。

前スレ【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第10巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1123095014/
スレルール
・ 板内共通ルール(http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi?bbs=ROMoesub&key=1063859424&st=2&to=2&nofirst=true)

▼リレー小説ルール追記----------------------------------------------------------------------
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ
・ リレーごとのローカルルールは、第一話を書いた人が決めてください。
  (たとえば、行数限定リレーなどですね。)
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保管庫様
ttp://cgi.f38.aaacafe.ne.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php
ttp://moo.ciao.jp/RO/hokan/top.html
2名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 01:21:34 ID:tjwmLQL6
2げと&スレ立てお疲れさまです
3名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 14:13:44 ID:aFtUI4AA
3げとー
4名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 16:37:42 ID:2y20406s
へぇ・・・ここが萌え燃え小説スレかぁ・・・
はじめて来たけど、結構いいところじゃないの・・・
ここにはどんな作品があるのかなぁ・・・
5名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 17:11:57 ID:xAP34sHM
5げとー!スレ立てお疲れ様ですー
6名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/31(月) 15:55:02 ID:/1sfhlko
6げっちゅ。スレ立て乙ー そしてがんばって書いていきまっしょい
7名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/31(月) 20:26:42 ID:cGQYiwBY
お、新スレ立ってたのか、乙

漏れも何か書いてみようか。
8名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 02:16:47 ID:WFQT.1HQ
 深い森の奥。自らの角を少し撫で、魔王は空を見上げた。
 別にいつもと変わったわけではない。とても晴れ上がった、澄んだ空だった。
 予感がする。
 かの魔王が好敵手と認めた騎士が去ってからしばらくの時が流れていた。

『ほう、その資格を手に入れたか』
 騎士からその言葉を聞いたのは、さほど意外でも無かった。
 彼から流れ出る光を、魔王は感じ取っていた。
 転生。騎士は自らの力を、限界を越える決意をしていた。
「あんたには、結局勝てなかったしな。こうでもしないと勝てる気がしねぇよ」
 魔王は黙って騎士を見つめた。彼と戦うのも、これでしばらくの休息だ。
「修行しなおして、もっと強くなって・・・」
 騎士はじっと魔王を見つめる。
「その時は、またアンタに会いに来る。今度こそあんたを越えたい」
 魔王はうなずいた。しばしの別れは新たな戦いの序曲でしかない。
『待っている、人間。貴様の強さ、見せてもらうためにな』

 しばしの回想。魔王は視線を空からゆっくりと下げる。森の中、暗闇から彼は出てくる。
 真紅のマントを身に纏った、かの騎士であることは間違いない。
「よぉ」
 まるで懐かしい友にあったかのような、気軽な挨拶。
『少しは出来るようになったか?』
 愛用の鎌を構え、魔王は笑う。
「さぁな?」
 騎士も大きな槍斧を構える。
 沈黙。
「見せてやろうか?」
『望むところ』
 魔王が跳ぶ。その巨体からは考えられないほどの跳躍力だ。遥か上空から鎌を振り下ろす。
騎士は後方へ避け、反転。大地に刺さった鎌を駆け上がり、魔王へと突進する。
 突き出される槍をほんのわずかな動きで避け、魔王は拳を叩き込む。槍の柄でどうにか受け
止めた騎士は、それでも勢いを止められず後方へ吹き飛ばされた。空中で一回転、着地。
 再び構える両者。不敵な笑み。魔王は純粋に騎士の成長を喜び、騎士は魔王の変わらぬ強さ
を喜ぶ。
 沈黙。互いに間合いを取る。次の一撃は全力を賭ける。
「いざ!」
『勝負!』
 二つの影が、ぶつかりあった。
9The Sign 前夜sage :2005/11/01(火) 10:08:05 ID:RH2iKLcE
セリン 「ゲヘヘヘ……DL召喚して、世界滅ぼして、生き返ってやるんだから!」

ヘル(死者の主)「おい、キルケラ。ちょっとセリンを何とかしやがれよ」
キルケラ(魔女) 「あー、もう適当に記憶飛ばしちゃう?」
ヘル   「困った事は、無かった事に。どっかの会社みたいだな」
キルケラ 「ガンバッテマス……ところで、誰がやるの?」
ヘル   「誰って、お前だろ、お前」
キルケラ 「え〜だって〜、セリンちゃんは元々つお〜いWiz娘ちゃんだったんだよ?」
ヘル   「お前だって、魔女じゃねーか」
キルケラ 「うっ、でもやだやだ、絶対やだ! その代わり、お薬作ってあげるからね、ね?」
ヘル   「しゃーねーな……さて、どうするかな」

ヘル   「おーい、ヴァルいるか? ちょっと、強そうな人かしてくんねーかな」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。気安く呼ぶんじゃない」
ヘル   「いいじゃねーか。腐るほどいるんだしよー。腐りすぎてロボチガウ……ゲフンゲフン」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。腐ってるのはお前だ」
ヘル   「人間なんて『貴方の勇気を示せ〜』とか言えば調子に乗ってやってるだろ」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。勝手に話進めるな」
ヘル   「それでよ、神の涙を持ってニブルに来させて、セリン止めさせりゃいーよ」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。今は忙しいんだ」
ヘル   「ほら、ちょっとそれっぽいセリフ言ってみろよ」
ヴァルキ 「……貴方の勇気を示してください!」
ヴァルキ 「……それが達成されれば、貴方は選ばれし者となるでしょう!」
ヘル   「うわークッサー……い、いや、言えるじゃねーか。じゃあたのんだぞ」
ヴァルキ 「……」

ヘル   「と、まあこうしてメンツが集まった訳だが」
ヴァルキ 「う、うるさい氏ね。私は好きでこんな事を……」
キルケラ 「うわー、ヴァルちゃん初めて会った〜。えへへ、よろしくね〜」
ヘル   「ところで、ヴァル、台本できたか?」
ヴァルキ 「……」
ヘル   「……ふむふむ、いーんじゃねーか? 三流クエストって感じだけどなー」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。好きでこんなこと書いたんじゃないぞ」
キルケラ 「ふーん、最初はこのメッツとか言う人に色仕掛けするの? ヴァルちゃん積極的〜」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。夢枕に立つだけだ、勘違いするな」
ヘル   「まあ、とりあえず頼んだぞ」

ヴェルキ 「おい、メッツ。これは夢だがしっかり聞け」
メッツ   「うはwwwwwキレイなねーちゃんwwww修正されないねwwwww」
ヴェルキ 「いいか、お前にはこのスタージュエルのかけらを……って、何をする!」
メッツ   「スベスベwふくらはぎwwwwwマジww西京wwwwっうぇえww」
ヴェルキ 「やめろっ、氏ね。有能な冒険者を選んで……ああっ」
メッツ   「ふとももww最高杉wwwこれww騎士子を越えるねwwwwwwっうぇ」
ヴェルキ 「と、とりあえず後はこの台本を読んでおけ! ……こらっ!尻を探るな!」
メッツ   「無理wwwwwwサポシwwwwwww」
ヴェルキ 「もういい、寝ろ。お前が死んでも絶対ヴァルハラに入れないからな!」
メッツ   「wwwZZZwwwwZww」

メッツ   「ふむ、昨晩は久々にみwなwぎwっwたw夢を見たな……」
メッツ   「おっ、夢の通りに台本と、なんとかジュエルのかけらと……ん、パンティー?」
メッツ   「まあ、貰っておくか。……さて、とりあえず募集ポスターでも作るかな」


     ……大志と 優れた能力を 持つ者たちへ。……
109sage :2005/11/01(火) 10:22:58 ID:RH2iKLcE
なんかスレの始めに御免なさいな内容で御免なさい
セリフだけで小説の体を成してなくてすみません

>>8
好敵手を待つバフォ(?)様カッコイイ
ROでもこういう風にBOSSと対峙したいです……
11名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 15:28:08 ID:vapfGbSA
>>8
ROだと問答無用なだけにこういう題材は好きです
知性のある強いMOBってかっこいい

>>9
最初何かとおもったら、ヘルとかキルケラは神話の神様なんかな?
ヴァルキリーが隠れどじッ子っぽくて萌え(´∀`*)
12名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 15:52:39 ID:v5hO3RK.
>>8
小説スレ第3巻の続編ですね
えらく昔の話を持ってくるもんだ
書き方をみて違う人かもしれませんがGJでした

>>9
私はSignクエスト済みですので楽しめましたが
ネタばれとも言える内容を含めてしまうのは
これからクエストをやる人にとっては、ちょっとよろしくないと思う
13名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 16:28:32 ID:bMywa.7s
>9
うっは、台無しwwwwwwwwww
とか笑ったのは秘密。
149sage :2005/11/01(火) 18:06:30 ID:RH2iKLcE
>>12-13さん及び>>9を読んだ全ての方へ

ごめんなさい
こういうのを書くのは初めてで、むしろネタバレされる側だったため、
ネタバレについては失念していました
ただし、クエスト自体は>>9を読んでしまっても楽しめるものだと思います

しかし、やはりネタバレはネタバレで良くない事であり、
事前に断った上でtxtファイルでUPするべきだったと後悔しています
(例えるなら、人から預かった物を返し忘れたくらいの……)
これは削除依頼を出した方がいいのでしょうか
15名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/02(水) 20:20:00 ID:RIutuLGY
>>14
多分そういう事では削除されないだろうし、次から気を付ければいいかと

余談だが、最初俺も返し忘れたorz
169-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:39:53 ID:OEozHjlc
もすぬごい勢いで今更な感じがしますが、夏頃の宿題を投げにきました。
しかも春(というか冬かも)頃のやつの続きというか続編だったりします。
誰も覚えていないと思いますので保管庫のURLをぺたぺた。

http://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%B6%A5%A1%CB%BE%E5%CC%DC%B8%AF%A4%A4%2FBy9-19%BB%E1
↑だと9-19氏の作品ということになってますが、9-19様は私じゃなかったはずなので9-10で通します。
紛らわしくてごめんなさい。

申し訳ない話ばっかりですが、一回で終わりません。続き物の第一回な感じで盛り上がりも何もない悪寒がします。
読んでやろうって方はその辺気をつけてくださいまし。
179-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:42:35 ID:OEozHjlc
忘れ物 1
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 石畳に舗装された路地を、ロイセルは足早に進む。
 薄暗い通りに人の姿は少ない。道端で露店を開く商人も客を期待していないのか、うつらうつらと半分舟を漕いでいる始末だ。商品を並べたまま意識を手放せばどうなるのか。まともな感覚があれば決してできない大胆な行為だが、それも致し方ないのかもしれない。それほどまでに、ここには人がいないのだ。
 ルーンミッドガッツ王国の心臓部、国内最大の都市――首都プロンテラの中に、この場所はあった。市民、観光客を問わず、人々に憩いの場として親しまれている噴水広場や、露天商たちのにわか作りの商店が所狭しと軒を連ねる大通りなど、昼夜を問わず人通りの絶えない中心部を抱える側面、こういったいつでも人けの無い通りという物も、この大都市はしっかりと内包している。
 付近には観光客の目を引くものは何一つ無く、冒険者の立ち寄るような施設も無い。あるのは住宅のみだ。旅行者を主な客とする華やかな表通りの宿屋とは比べるべくもない貧相な建物が、身を寄せ合うようにしてこじんまりと立ち並んでいる。貧民街とまでは行かないものの、ある程度の収入があれば好き好んで住みたいとは思わないだろう街区である。
 ――とは言え。
 早めの歩調を緩めないまま、ロイセルは周囲の建物群に目を遣った。
 冒険者となり、騎士として身を立てた今でこそ簡単にそう思えるが、その『ある程度の収入』がここに住む人々にとってどれだけ高い壁なのか、少年時代をこの場所で過ごしたロイセルはよく知っていた。
 彼らのほとんどは長期的な勤め先を持たず、一日はまず、日雇いの仕事を探すところから始めなければならない。首尾よく仕事を貰い精一杯働いたところで、その日の食費と家賃とを差し引いてしまうと、手元には僅かなゼニーしか残らない。それでも日々ささやかな蓄えができるとなれば明日への活力も沸くというものだ。少しでも生活が向上する将来を夢見て、朝早くから街に出ては夕刻まで忙しく活動する。それが住民の一般的な一日の過ごし方である。
 ゆえに、日の高いこの時間帯、ここにはあまり人影が見当たらない。暮らしていた頃からずっと変わらず、そうだった。
 さしたる感慨も持たずに再確認しつつ、寂れた狭い道を抜ける。
 そこはちょっとした広場だった。面積はそれほど広くはないものの、板石が敷き詰められ数脚のベンチが置かれているところを見ると、確かに国が――もしくは街が――整備した公共の物だと知れる。これも幼い時分に遊んだ記憶のある馴染みの場所だ。当時は『こんなところに使うゼニーがあったら』と憎憎しく思ったこともあったが、世の中の仕組みの一端を理解したせいか、成長してここで憤る無意味さを知ったせいか、今では別段何かを感じるということも無くなってしまった。
 陽光の降り注ぐ開けた空間に足を踏み入れたロイセルは、直後に胸のざわつきを覚えた。無論、心の動くことのとうになくなってしまったこの場所が問題なのではない。原因は他にある。
 広場のほぼ中央に立つ人物。彼女を視界に収めたために、ロイセルの鼓動は跳ねたのだ。
 プリーストの位を示す深紫の法衣を着たその娘は、子供から老人までを含んだ十人ほどの男女に混ざって、穏やかに微笑んでいた。
 年の頃は見た目で判断すれば二十二、三だろうか。瑞々しい肌は透き通るように白く、背中まで伸ばされた癖の無い長髪は、夜空から紡いだかのような、深みのある色合いをした黒だ。穏やかな風になびき、日の下でかすかに青みがかった光を浮かべる。
 誰の目から見ても美しいと認めざるを得ないだろう端麗な相貌が湛える表情は、親しみやすさの中に気品を同居させた、まさに理想の聖職者の体現のような微笑である。作り物めいた完璧さで整っていながら、仄かに上記した頬とくるくると輝きを放つ黒瞳とのおかげで、無機質な印象を与えない。非の打ち所が無いにも関わらず人間味も失わないという絶妙な均衡が、娘をこの上なく魅力的に見せていた。
 この圧倒的な外観ばかりは何度見ても慣れることができない。目にするたびにはっとさせられてきたロイセルは、やはり今度も一瞬動きを止められたのだった。
 かぶりを振って動揺を宥め、広場の中心に向かって歩き始めると、顔なじみの少年が一人駆け寄ってくる。十歳を幾らも越えていないだろう、栗色の髪をした活発そうな男の子だ。
「ロイセル兄ちゃん!」
「おお、アレクか。元気にしていたか?」
 くしゃっと頭を撫でてやると、アレクは顔をしかめた。
「子供扱いするなって。最近はもう、仕事だって貰えるようになったんだぜ。そりゃあまぁ、ちょっと運が良くないとダメだけどさ」
 まだ幼い少年のこと、本当はちょっとどころかかなり運が良くてやっと門前払いをされない程度なのだろうが、どうやっても話を聞いてもらえないのと、限りなく低確率でも可能性があるというのでは大きな差がある。前回に会ったときとは違う、いっぱしの大人に一歩近づいたのだ、という少年の小さな自負心に気付き、ロイセルは素直に手を離した。
「それは悪かった。俺がお前くらいの年の頃には仕事なんて受けていなかったからな。ごくつぶしのクソガキだったよ」
「でも剣の練習はしてたんだろ? 騎士になっちゃうくらいだしさ」
「そんな大層なものじゃない。木の棒を振り回して遊んでいただけだよ」
 ロイセルは首を振った。
 両親が死んで冒険者を決意した際、粗末な棒切れを手に熱中したちゃんばらごっこの経験は、駆け出しのロイセルを多少なりとも助けたのかもしれない。ただ、そのおかげで今の自分があるのだとはどうしても思えなかった。
「騎士になれたのは運が良かっただけさ。何でここまで生きて来られたのか、いまだに不思議でならないくらいだしな」
 だからお前は冒険者になんてなるなよ、と言外に含める。敏い少年は正しく受け取ったらしく、はっきりとしょげた様子だった。
 人に仇なす存在である魔物と直接に戦う冒険者は、ルーンミッドガッツの花形的職業である。傷つきながらも敵を倒した証を持ち帰る姿に、幼き日のロイセル少年も確かに胸を熱くしたものだった。憧れを抱くのは無理も無い。
 だが、それも城壁に囲まれた安全な街の中から眺めればこその話だ。一歩外に出れば常に死の危険が付きまとう命がけの世界が待っている。
「わかってるよ。俺は死にたくないからね。ちょっといいなぁって思うだけ。なれないのはわかってるから。そんな度胸もないし、力もないしね。地道に稼ぐよ。けど、絶対いつかはロイセル兄ちゃんを護衛に雇えるくらいの男になってみせる」
 夢を語る少年の声は打って変わって力強いものになっていた。ロイセルは苦笑する。
「もっと上を目指せよ。俺より強い奴なんてごろごろしてるぞ? その年で自分を売り込む力があるんなら、きっと成功するさ」
 世辞抜きにそう思った。話していても頭の良いのはわかるし、体力で劣る子供が仕事を得るというのもおそらくは並大抵の事ではないに違いない。
「そうかな?」
「ああ。俺が保証する。普通の仕事にはあまり詳しくないが、それでよければな」
 アレクはにやつきかけ、頬を叩いてそれをいましめた。妙にしかつめらしい顔になって誤魔化すように早口に言う。
「ありがと。お礼に俺も保証してやるよ。兄ちゃんはかっこいい。いい男だ。だからとっととエリス姉ちゃんにプロポーズしちゃえ! きっと成功するよ!」
「待てコラ」
「やだよ、またねっ!」
 甚だ無責任な言葉を残し、栗毛の少年は逃げるように駆けていった。逃げるようにというより、本当に逃げたのだろう。アレクは背を向けていたせいでぎりぎりまで気付かなかったようだが、ロイセルの目には近づいてくる法衣の娘の姿が少し前から映っていた。
189-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:43:23 ID:OEozHjlc
 黒髪黒瞳の司祭はロイセルの前で立ち止まると、笑んで言った。
「プロポーズしてくれるの?」
「バカな事を。俺は自分の身の程くらい知っているつもりですよ」
「せっかくあの子が保証してくれたのに」
 耳触りの良い声で、娘はくすくすと笑う。先ほどまでの聖女の微笑みに、からかうような俗っぽい色が加えられていた。
「同性の保証なんぞ当てになりますか。仮に正しかったとしても貴女にだけは通用しないでしょうしね」
「あぁー、酷いよそれ。私を何だと思ってるの?」
「それは……」
 ロイセルは返答に詰まった。わずかに悩んで答える。
「謝ります。あんまり綺麗だから他の人と一緒にできなくて」
 このエリスという名の娘がどういった存在なのか、ロイセルは明確な答えを持っていた。ただしそれは迂闊に口に出してはならない事実だった。もう数年前のことになるが、ただのプリーストとしてたまにここに顔を出してもらえないかと、他ならぬロイセル自身が頼んだのだ。生活の苦しい人々が一分でも長く笑顔で過ごせるよう、教会の司祭として――と言うからには当然無償で――諸々の活動をして欲しいと求めたのだが、決して真っ当とは言えないこの聖職者がなぜ大した迷いも見せずにその依頼を快諾したのかは、何も高潔な自己犠牲の精神からなどではなく、そうするのが彼女にとって都合が良かったからに過ぎないのだと、今のロイセルは知っている。
 それでも、現実に人々はエリスを徳の高い司祭様だと信じているし、裏に隠された思惑を抜きにすれば、彼女の活動そのものにも不満は無い。住民たちの幸せな幻想を壊すのがいかに無益であるのか、ロイセルは承知していた。
「上手く逃げたね。ま、褒め言葉はありがたく受け取っておくわ」
「もう飽きるほど貰っているでしょうに」
「それでも。やっぱり言われたら嬉しいもの。言ってくれるのがかっこいい騎士様だったらなおさらだしね」
「……貴女がそれを言いますか」
 ロイセルの口から苦虫を噛み潰したかのような唸り声が洩れる。
「俺が女だったら切れてもいいところなんでしょうがね。仕方ないので俺も褒め言葉はありがたく頂戴しておきますよ」
「どうしてそうヒネるかなぁ。アレクだってかっこいいって言ってたじゃない。それは結構みんな認めてると思うよ?」
「ですから。ありがたく頂戴すると言ったじゃないですか。それで終わりにしてください」
「はいはい、わかった。終わりね。――それじゃ本題に移るけど、何の用かしら? 私に会いに来たんでしょ?」
「それはこっちのセリフですよ。俺に用があったからこの場所で待っていたんでしょう」
 ロイセルは憮然とした面持ちで言い返した。
 表面上は邪険な対応をしているものの、久方ぶりにするエリスとのやり取りをどうにも心地良いと感じてしまっている部分がある。そんな自分自身に釈然としない気持ちがあった。こんな、あらゆる意味で『難しい』女よりも、もっと普通の可愛らしい娘とねんごろになりたい。それが自分の本心のはずだ。
「人と話してるのにそういう顔する? それも渋くて好きだっていう子はいるかもしれないけど、私はあんまりなぁ」
「……用が無いなら帰りますよ」
 あくまで素っ気なく返すと、エリスは肩を竦めた。
「まぁいいわ。あんまり大きな声じゃできない話だから移動しなきゃダメだけど、ロイセルは来たばっかりだし、挨拶でもしていく?」
 やはりエリスの目的はロイセルにあったようだ。
 何故すぐに白状しないのかという思いは飲み込み、ロイセルは「ええ」と頷くだけにとどめた。
 余計なことを喋ればその分だけ反撃が来る。そうして自分は知らず知らずのうちに、彼女の術中にはまってしまう。それはもはや予想ではなく、完全に確信に至っていた。この見目麗しすぎる娘は、そういう存在なのだ。
 もっとも、警戒したところで大差ないだろう事もわかっているのだが。ロイセルには絶望的なまでにこの娘に対する耐性が無く、実際にもどうしようもないほど惹きつけられてしまった前歴があった。今でもまざまざと思い返すことができる。
 あの時の感動といったら、それはもう、勢い余って吟遊詩人の英雄譚の真似事をしてしまうくらいの物だった。そう――。
「すぐに済ませてきますから、少し待っていて下さい。『エリス様』」
 ――騎士として剣を捧げようとしてしまうほどの。
 不幸にしてか幸いにしてか、一世一代の大勝負はやんわりとした拒絶で幕を閉じ、以降、ロイセルはそのような馬鹿げた行為を誰に対しても行っていない。
 付き合いが長くなり彼女の色々な面を知った現在でも、当時の高揚は心の奥底ではくすぶったままなのだろう。だからこうして、気乗りしないと思いながらも便利に使われてやってしまう。
「結局、傍から見たら俺も他の奴らと変わらないんだろうな」
 主にしそこなった娘に背を向け小声でぼやくと、ロイセルは知人に顔を見せるべく、広場の中心へと小走りに駆け出した。
199-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:44:16 ID:OEozHjlc
 … … … … …


 いくらか経って、ロイセルとエリスは一軒の料理店に落ち着いていた。窓の少ない店内には日の光があまり差し込まず、昼間だというのに二人の顔を照らすのは暖色の魔力灯である。
 夜になれば広いフロアも人で埋まるのだろうが、今は半数以上が空席になっていた。ランチタイムには遅すぎ、かといってティータイムにもまだ早いという微妙な時間を考えれば、それも当然なのかもしれない。壁際にある一番奥の席に陣取ったおかげもあって、近くに他の客はいなかった。
「そろそろ良いでしょう。いい加減に教えてくださいよ。一体何の用なんですか」
「そんなに急ぐ事ないでしょ。私と居るの嫌なの?」
 ロイセルと差し向かいでお茶をする娘は、優雅な手つきで白磁のティーカップを口に運ぶ。
「貴女と居て嫌な気分になる男は男じゃないか、それともよっぽど貴女に嫌われているかのどちらかでしょうよ。そして俺はそのどちらでもないはずです」
「男の魅力にはちょっと欠けるけどね」
「……そうだとしても、です」
「自覚はあるんだ?」
 実年齢は二十代の半ばだが、ロイセルはそれよりも若く見られることが多い。美形と言っていい顔立ちをしているものの、いささか男臭さに欠けているのだ。顔の造りのみならず、髭の伸びにくい体質と男にあるまじき柔らかさを持つ金の髪も影響しているのだろう。それについては既に諦めていた。軽く耳に掛かる程度の長さで整えた髪型はこれより短くすると似合わなくなってしまう。
「それはいいですから。はぐらかさないで下さい。そう頑なに隠されると気になって仕方がないんですよ」
「別に隠してるわけじゃないんだけどね。少し人が足りなかったのよ」
「人が足りない……というと?」
 エリスは悪戯っぽく口角を上げる。
「これから話すわ。そろそろいいみたいだしね。――けど、その前に一つ聞かせて。私の居場所がわかったのはどうして?」
「どうしてって……」
 ロイセルは眉を寄せた。なぜも何も無い。エリスの方こそがわかりやすく足跡をつけたのだとしか考えられない状況だったのである。
「それはですね――」
 疑問に思いつつも、ロイセルは言われるままに説明を始めた。
 ひと月ほど前、黒髪の『姫』の姿が首都から消えたとの噂が流れた。もちろん一般市民には関係のない話である。情報を商品とする者や好き者の貴族、ライバル視していた他の姫――当人は歯牙にも掛けていなかったが――、そして取巻きどもの間で囁かれたその噂は、一週間もする頃には事実として受け入れられるようになった。エリス嬢はどうやら本当にプロンテラにいないらしい、と。
 ところがそれが末端にまで定着してしばらくすると、今度は逆の情報が飛び交い始めたのだ。すなわち、「姫の姿を見た」。ロイセルの耳に入ったのが二日前のことだから、実際には三日、早ければ四日前には知り得る者には知り得た情報なのだろう。
 さらに昨日までは「いつ頃にどこどこでそれらしい人物を見かけた」だったのが、今朝からは「何時頃にどこどこの方向に歩く姫を追ったが、どこどこで見失った」と、いやに正確なものとなったのである。
 エリスが隠形の守護を与えてくれる装備品を持っているのは取巻きどもの間では有名な話だし、かつ司祭である彼女はテレポートと呼ばれる瞬間移動の奇跡でいつでもその場から離れる事ができる。
 となれば、姫は自ら目立つように姿を見せ付けていたに違いない、という推測が自ずと成り立つ。ロイセルに目撃証言をしてくれたある取巻きの溜まり場では、それがどういった意図によるものなのか、解の得られない論争が展開されていた。
 大多数の者にはどれだけ掛かっても辿りつけない結論を、ロイセルは話を聞いた瞬間に導き出した。エリスの歩いていた方向、そして行方をくらました地点を照らし合わせれば、その先には大聖堂がある。一般が思い浮かべるだろう一本道の地図に、彼はもう一つ別の小道を付け足すことができたのだ。
 たとえ他に同じ地図を描ける者がいたとしても、まさか麗しの姫君と低所得層の街とを結びつけはすまい。その関係を知っているのはロイセルただ一人なのである。
「――そこまでお膳立てしてもらったらさすがにわかりますよ」
 説明が終わると、エリスは満足げに数回頷いた。
「それじゃあ私のことはちゃんと話題に上ってるんだね。よかったよかった。久しぶりに帰ってきたっていうのに、ロイセルったら再開の喜びも何も無かったから。ロイセルですらそうなんだから、ひょっとしたら私が居なくなったのなんて誰も気にしてなかったのかと思って」
「他の連中がどうかは知りませんが、俺に関して言えば貴女がどうにかなってしまっているっていう発想が無かったんですよ。首都にいないならいないで、どこかで元気にやっているんだろうと。元からしょっちゅう会うような間柄じゃなかったですからね。一、二ヶ月見なくとも別段変わりませんよ」
 ロイセルは淡々と言う。エリスは天井を仰ぎ、大げさな溜息をついた。
「ロイセルってよく冷たいって言われない?」
「まぁ、何度かは」
「やっぱり。世間的には私は行方不明ってことになってたんでしょ? それが無事に出てきたんだよ? 心配してようがしてまいが、『僕は君の事が気になって夜も眠れなかったんだ』って、ポーズでもいいからそういう態度を見せとくのが礼儀ってもんでしょうに。何で平然としてんのよ」
 おかげで計画失敗かと思ったじゃない、と唇を尖らせて軽く睨む。
 怒りの篭もらない眼光を受け止めたロイセルは、ややあって目を逸らした。素なのか狙いなのかは判別のしようもないが、些細な表情の変化の一つ一つが絶大な威力を生むのがこの娘だ。困った事に、時として不機嫌な顔ですら抗い難い吸引力を発揮するのである。
「貴女みたいに人心掌握を生きがいにしてるわけじゃないんですよ、俺は。思ってもみないことなんぞわざわざ口に出さなくても十分生きていけます」
 視線を外したままコーヒーを啜る。密かな甘党のロイセルは、今日に限っては砂糖もミルクも加えていなかった。無意識に表情を歪めてしまうほどの苦味が、不本意な感情を紛らわす助けになるやもと期待してのことだ。
「あー、それ。言おうと思ってたけど、私そういうのもうしてないんだ。人心掌握とかそういうの。姫やめたのよ」
 ロイセルの腕が硬直した。まだカップを唇から離してもいない。飲み慣れない味に渋くさせられた顔がよりいっそう渋くなる。
 何と言ったのだ、この娘は。なにやらひどく衝撃的なことをさらりと聞かされたような気がする。
209-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:45:05 ID:OEozHjlc
 ――『姫を、やめた』。
 告げられた言葉が脳に浸透するまでに掛かった時間は数秒。そこから先の反応はロイセル自身にすら認識できない早さだった。
「ぶっ!」
「うわっ、何噴いてんの!?」
「――嘘でしょう!?」
「いや、嘘っていうか……、私にしてみたらむしろそのリアクションの方が嘘よ」
 黒髪の娘はげんなりしたように言った。その視線はコーヒーを浴びたロイセルの顔面に向けられている。
 エリスの座っている所までは被害は及んでいなかったが、テーブルの上は惨憺たる有様になっていた。ぶちまけられたコーヒーの残骸が、磨き上げられた木製の天板に大小無数の池を点々と作り出している。飲み物を一杯ずつしか頼んでいなかったのが不幸中の幸いだろうか。
「いくらなんでも驚きすぎだって。拭いてあげるからちょっとじっとしてて」
 疲れたような吐息を洩らし、お絞りでざっとテーブルを拭くと、エリスは小ぶりの荷物袋から白いハンカチを取り出した。半麻痺状態から脱却できていないロイセルの口元に、身を乗り出して近づけていく。
「ま、待っ……」
 口の自由にならないロイセルは、接近してくる高級そうな布を凝視しながら、うわごとのように呟いた。
「いいから。大人しくしてなさい」
 柔らかな布地が頬に触れた。優しい肌触りが濡れた感触を丁寧に拭い取っていく。
 何なのだこれは、とロイセルはどこか他人事のように思った。驚愕も確かに強かったが、それよりも混乱の度合いが強すぎて、現実を現実として理解することができない。
 絶世の、と装飾をつけてもいいこの黒髪の美人は、ロイセルの認識では純然たる『姫』である。司祭であるとか女であるとか、そういった当たり前の事実すらも、その前では相当に存在感が薄くなる。
 ロイセルの知るエリスならばこんな事は絶対にやらないはずだった。心を捕える過程で必要と見れば別だろうが、純粋な奉仕精神など欠片も持たないはずの姫君がそれ以外の理由で自らの手を煩わせるところなど、想像しようとしても難しい。そしてロイセルの心は既に逃れようにも逃れられないところにまで落ちてしまっている。
「……そんなことはなさらずとも、俺は」
 呆然となってこぼれた呟きの続きは、汚れを拭き終えたエリスに引き取られた。
「『俺は貴女を裏切りません』? 知ってるよ、それは。疑ってもいない。いつもむすっとしてるけど、なんだかんだ言って優しいしね。だからそういうのじゃないんだって。たまにはいいでしょ、こういうのも」
 二枚目のハンカチをお冷やで湿らせると、再び口元に腕を延ばす。
 ここに至ってようやく我を取り戻したロイセルは、手をかざしてそれを遮った。
「もう、大丈夫です。自分でやりますから」
「ここまでさせといて今更そういうこと言う? まぁいいけどね。確かにガラじゃないし」
 すんなりと引き下がり、エリスは濡れたハンカチを差し出した。一瞬躊躇ったロイセルが礼を言って受け取るのを見ると、座り直して苦笑する。
「やっぱり裏があるって思われちゃう?」
「いえ、面食らっただけですよ。俺は多少なりとも貴女の事を知っていますから。上手く結びつけられなかったんです。でも、やっぱり、そう――」
 ロイセルは一旦言葉を切った。
「――本当に、やめたんですね」
「そ。わかってくれた?」
「まだ信じられない気持ちですが、状況を考えるとそうとしか。この場所であれは無いでしょうから」
 姫という立場であれば、男と二人っきりでテーブルを囲み、さらにその世話を甲斐甲斐しく焼くなどという場面を軽軽しく他人に見せて良いはずがない。
 遠目から眺めて満足する信者に対しては偶像性が薄れてしまうし、一歩踏み込み少しでも『女』を意識している取巻きどもに対しては、要らぬ嫉妬心を掻き立てることになりかねない。やるとなれば人目の無い空間以外には無く、個室にもなっていない料理店などという開放的な環境では間違ってもやるべき物ではないのだ。
「意外とすんなりわかってもらえたね。面倒がなくて助かるわ」
「それくらいはわかりますよ。俺を担ぐならもっと有効なやり方がいくらでもあるでしょうしね」
 ですが、とロイセルは小さく息を吐いた。
「なんだか不思議な感じがします」
「不思議?」
「姫じゃない貴女を見るのが初めてだからでしょうか。――いや、違うな」
 顔を拭い終えたハンカチを几帳面に畳んでテーブルの隅に置き――経験上、一度受け取った物を返そうとしてもエリスは高確率で拒否するからだ――、ロイセルは首を振った。
「まだ実感が湧かないんですね、きっと。こうして話していると貴女はいつもと変わらないように見える。それを今までとは違うと言われても、なかなか」
「さっき違うことしたでしょ」
「あれだけじゃないですか。単なる知識として貴女に関する情報が書き換えられただけですよ。それにその知識にしてもまだ嘘臭い感じがします。納得できないというか」
 黙って聞きながら、エリスは秀麗な眉をぴくりと動かした。ロイセルは続ける。
「姫をやめた理由がわからない。貴女は俺の知る限りで最高の成功を収めた人間です。誰にも真似できない高みに上り詰めた。努力だって苦労だって、人と比べるのも馬鹿らしいほどしてきたはずです。そうやって勝ち得た座を、どうして放り出すんです?」
 何かを手に入れるには何かが要る。商品を買うには金が要るし、価値が上がれば見合うだけの額を積まねばならない。同じように、頂点を極めるにはそれだけの労苦が必要となる。
 姫としての栄光を掴むために重ねた行為が褒められたものでないにせよ、ロイセルにそれを否定するつもりはなかった。何も無い所から腕一本で道を切り開いたロイセルは、ここまで生きてくる間に、上に上がる事の難しさを身をもって感じてきた。どのような類であれ、そこに至る過程というものは等しく尊く思える。だからこそ、困難も辛苦もあったはずの道程を全て投げ捨ててしまうような引退の宣言を、心情的に受け入れる事ができなかったのだ。
「……やっぱり、それ聞くよね」
 栄華の絶頂にあったはずの娘がぽつりとこぼした声は、珍しくかげりを帯びていた。
「――努力も苦労も、したくなんてなかったんだよ。ほんとはね」
 静かに言うと、これで終わりだとばかりに口を噤む。
「聞いては……まずかったですか?」
「別にそうじゃないけど。でもその話はしたくないからしない。納得できないのは悪いけど諦めてとしか言えないわ」
「そういう事なら聞きませんよ。人の秘密を無理矢理聞き出すような趣味はありません」
 気にならないと言えば嘘になるが、これもまた偽りない発言だった。
「そんなに簡単に引き下がっちゃうの?」
「貴女が聞くなって言ったんじゃないですか」
「そうなんだけどさ。……あぁでも、そこまで淡白だと寂しいっていうより、いっそ気分がいいね」
「それは褒めてるんですか?」
「もちろん。冷たいのも考えようによっちゃ美点だわ。さすがは私の見込んだ男」
 数瞬前の沈んだ雰囲気を一切残さず、エリスは快活に笑った。場の空気は和やかなまま保たれている。
 これもこの娘の魅力なのかもしれないとロイセルは思う。二人でいる限り気まずい空気になることも気分を害することも滅多にない。姫としての技術なのか生来の気質なのか、おそらくは前者だろうと推測している。
 気を抜くと深みにはまってしまいそうで、ロイセルは殊更に熱の入らない返事をした。
「なんですかそれは。見込まれた覚えなんてありませんよ」
「そりゃそうだよ。旅に出てた間のことだからね。覚えが無くて当然」
 ロイセルは小さくうめく。
 直感的に胸に訴えるものがあった。こうした勘はあまり外れたためしがない。この第六感の鋭さがあればこそ大過なく冒険者を続けてこられたのだろうが、今ばかりは素直に喜べなかった。察知したところで先を聞かぬわけには行かないのだ。
「ああ、なんだか凄く嫌な予感がしてきましたよ。それで話が元に戻るわけですね。旅先で何かあって、だから貴女は俺に会いに来たんだ」
「おぉすごい。冴えてるね。私もう何も言わなくてもいいんじゃない?」
「無茶言わないでとっとと話してください」
「もう。我慢の足らない男だなぁ。わかったよ。でもその前にちょっと解説。さっき『人が足りない』って言ったでしょ?」
「ええ、そんなこと言ってましたね。何の話だったんです?」
 エリスはにやりと笑む。
「それはね、観客。見てる人が足りなかったの。今は結構多くなってきてるよ、わかってる?」
 反射的に店内を見回しそうになり、ロイセルはすんでに堪えた。もし見張られているのであれば軽はずみな行動は取れない。明らかに楽しんでいる風情の窺える笑顔に仏頂面を向ける。
「どういうことですか」
「別に害意があるわけじゃないだろうからそんなに警戒しなくても大丈夫。殺気もないんだからロイセルが気付かないのも無問題。あれは嫉妬と羨望の入り混じった視線って言うのかな。私は人にどう見られてるかって異様に気にしてたからね、そういうのには敏感なんだよ」
 見ても構わないと続けて言われ、ロイセルは不自然にならない程度に、店員を探す振りをしてさっとフロアを見渡した。
219-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:45:55 ID:OEozHjlc

 全体的に空席が目立つようになってきている。相変わらず隣のテーブルには一人の客も付いていなかった。最も近いのは三つほどテーブルを隔てた席に座った四人連れの冒険者らしき一団で、その辺りからは特に偏りも無く、ちらほらと客の姿が見られる。
 じっくり観察しなかったせいもあってか、特に不審な気配を放つ者は発見できなかった。
「駄目ですね、わかりません」
「あの人達だって何もずっと睨んでるわけじゃないから。私だってロイセルの顔拭かなかったらこんなにはっきりとはわからなかったよ。あの時はさすがにすっごい視線感じたわ」
「取巻き連中ですか?」
「顔覚えてるくらい付き合いのある人はさすがにいないけど、何人かは確実に混じってると思う。今の私ってちょっとその辺歩いただけで噂になるくらいなんでしょ? もしここ来るまでに見られてたら、もう広まり始めてるだろうから。気の早い人は話聞いた途端に見に来たりしてるんじゃないかな」
「それはそうだと思いますが、なぜ?」
「ロイセルと仲良くしてるところを見せたかったんだよ。ハプニングではあったけど、考えてみたらコーヒー拭いたのはできすぎだったわ。ありがとね」
 心底楽しげに言うエリスとは対照的に、ロイセルは苦りきった声を出した。
「そうではなくて。なぜ、見せなければいけなかったんです」
 あぁ、とエリスはわざとらしく手を打つ。
「それね。それは、旅先で何があったかって話になっちゃうんだけど、結論から言うと、忘れ物に気付いたって事になるのかな」
「……忘れ物、ですか?」
「そう。私は一人じゃなくて、二人で旅しててね、そのもう一人の子がまた綺麗な子で。あれこそ守ってあげたい美人って言うのかしらね。喋んなければ、だけど。とにかく、なんだか変な奴らがしょっちゅう寄って来るから困っちゃって。それと、自分でも知らなかったけど私の取巻きって国中に散らばってるみたいでね、『お二人だけでは危険です』ってそういう人も結構いてさ」
「それは予想がつきます。貴女が綺麗と言うなら本当に綺麗な人なんでしょうし」
 黒髪の姫は昔から人を褒めるのが上手かった。一見何の取り得の無い人間にも本人すら気付かない長所を見出して褒める。それは常に的を射ているため、相手は嫌味な感触を受けない。そこが巧みだった。
 ただ、おのれの容貌が比類なき武器として成立する水準にあることを熟知するこの娘は、それゆえに、外見について賞賛するときにだけはひどく慎重になるようだった。半端な見目では決して褒める事をしない。返せば、エリスが美しいと評した女性は真実美しいということでもあった。
 ただでさえそのような人目を引く女が二人連れで目立つというのに、加えてエリスは一部では有名人である。何事もなく旅を続けていられる方がおかしい。
「ほとんど衝動的にとりあえずって感じで飛び出しちゃったからね。その辺考えに入れてなくて。だからさ、虫除けになってよ」
「……は?」
「『は』じゃなくて。ロイセルなら見た目がいいからそんなに反発も無いと思うんだよね」
 私の好みじゃないけど、と悪びれた様子もなく付け加え、反応を窺うようにロイセルの顔を見る。
「……それはあれですか、念のため確認しますが、貴女の言う『忘れ物』とは、群がってくる男どもを牽制するための虫除けのことで、それが俺だってことですか」
「そうなるね」
「貴女の旅に付いて行って恋人か何かとして振舞えと?」
「関係を聞かれたらそう答えるのが一番効果的だろうね」
「でも貴女は俺と恋仲になりたいとはちっとも思っていないんでしょう?」
「うん。全然」
 きっぱりと断言され、ロイセルは額に手を当てた。しばし瞑目してから呆れたように言う。
「……俺に何のメリットがあるんですか。デメリットなら簡単に思いつくんですが」
 この提案を受け入れてしまったが最後、ロイセルこそが崇拝する姫君に付きまとう悪い虫に他ならないと取巻きどもに認定されてしまう。全国各地に無数に散らばる彼らに目の敵にされることが一体どのような不利益を生むのか、想像力を働かせてみる気すら起こらなかった。
「大丈夫だよ。私がいる間は手なんて出せないだろうし、私と離れたらもうどうだってよくなっちゃうような人がほとんどだろうから」
「だとしても、そうじゃない人も多少はいるんでしょう。割に合わないですよ。そうやってただで人を動かそうとするのはまるっきり姫の思考だと思いますね」
「それは違うよ」
 皮肉っぽく口端を上げるロイセルに、黒髪の『元』姫は少しばかり語気を荒げた。それも一瞬のことで、すぐに語調を戻して続ける。
「普通に頼んでるじゃない。わからないかもしれないけど、姫は違うの。別のやり方なんだよ」
「半分巻き込んでから用件を言うのが普通ですか」
「少なくとも姫はそんな悪印象を持たれる要求方法はしないね。もっと上手に、もっと断れないような手口を使うわ」
 斬って捨てるような口振りに、不意に、ロイセルの胸に実感が湧いて来た。
 ――この娘は、本当に姫をやめたのだ。
 何か言葉にし難い想いが渦巻き始めていた。近いものを無理矢理に挙げれば、寂寥、なのだろうか。もの寂しい。それは間違いなくある。しかし突出したものでもなく、さして変わらぬ比率で憤りや失望や不満、その他諸々の感情が横たわっている。一つ一つがひどく希薄で感じ取りにくい。総体としては鉛の塊を飲み込んだかのような重苦しさがあるだけだった。
「断りたかったら断っていいよ。巻き込んだって言ってもまだ楽勝でどうにでもなる段階だし。でもね、ロイセルは勘違いしてる。メリットはちゃんとあるんだよ」
 姫として他人の表情の裏を読む技術を培ってきた娘が顔を強張らせたロイセルに気付いていないはずはなかったが、彼女は目に見える反応を示さなかった。口から出てくるのは聞き慣れたいつもの明るい口調だ。
「私はロイセルを恋人に、なんて思えないけど、サキは――って一緒に旅してる子の名前ね。あの子はどうかわかんないよ。ロイセルが頑張ったら美人の奥さんができるかもね。ていうか、綺麗な女二人と旅できるんだからそれだけで役得だと思いなさいよ」
「あ、あぁ、そうなんですか。それならちょっと、考えてみても良さそうですね。まだしばらくは首都にいるんでしょう?」
「あと一週間か、長くて十日ってとこかな」
「なら、少し時間を貰えませんか」
 抑揚も乏しく言い、ロイセルはエリスとにこやかに笑い合うような付き合い方をして来なかった自分に感謝した。引きつった笑みなどという無様な物を見せずに済む。
「今すぐ答えろとは言わないよ。じっくり考えて頂戴」
 言う事も言ったから、と立ち上がったエリスは、連絡先を書いた紙を置いて先に店を出て行った。紅茶が飲めなくなったのはロイセルのせいだから料金はロイセル持ちだと、最後まで笑いながら。
 後には紙切れ一枚と、白いハンカチだけが残された。
 ロイセルは独り苦い息を吐く。
 こんな気分になったのは初めてだった。
 ――捧げようとした剣をつき返されたときですら、それほど嫌な気はしなかったというのに。
229-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:51:46 ID:OEozHjlc
つづく
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長くなりすぎてお題はどこへ行ったって感じになりそうですが
お題から話を作ったってことで一つ。

なんだか忙しくて、放置でいいかなぁとか思ってしまってたところを
('A`)様卒業の辺りのレスを読んでたら、なぜかいてもたってもいられなく。
遅くなりましたが、('A`)様、今まで素晴らしい作品をありがとうございました。
23名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/03(木) 03:25:52 ID:H1eIdlJ6
投下しようかと思ったけど、なんか長くなりそうな予感がしてきて初めてなのに大丈夫か漏れ、と直前で不安になってきた('A`;)

>>宿題の人
ちょっと改行位置の関係で読みづらいけど、引き込まれるような内容ですた。
ロイセルのこれからの受難が気になる(´д`*)イイヨイイヨー、中性的なキャラって好きよー。
24花月の人sage :2005/11/03(木) 04:22:05 ID:iSjxQ2H6
ヴァー、巧すぎて声が出ない…やっぱ、時間というのは重要か…っ。orz
比べて自分は…人間に関しての洞察とその描写で一歩も二歩も出遅れてる感が多々。
性格の描写の緻密さが圧巻です。
何はともあれGJ。

さて、俺も頑張ろ。
出口l.....λ
25名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:01:00 ID:.UCzLtps
花と月と貴女と僕 15

 灯火の光だけが淡く闇を遮っている。
 そんな一室で沢山の目が僕と、顔中に包帯を巻かれて寝かされているクオとを見比べる様に行き来していた。
 良く考えなくても、こうなるのは目に見えていたんだけども。
 僕は、この村の年寄り達に囲まれて詰問を受ける事になってしまっていた。
 原因は言うまでも無いが、無論彼らだって馬鹿ではない。
 どっちが第一の被告か、と言う事は明らかだった。

 だが、問題はそこから発生するこじれ。
 つまり僕が余所者に過ぎなくて、僕が殴ったクオがこの村の人間だ、と言う事である。

「…参ったのぅ。ロボ殿からは、おんしも客人じゃと聞いとる。じゃが、責任は取ってもらわにゃ」
 しわくちゃの顔を益々しわくちゃにして一番の年寄り…この村の長老格らしい…が、髭を撫でつけながらしわがれた声で言った。
 ひそひそと小声で言葉が交わされるのが聞こえる。
 僕は、直立したまま、長老を見返す。

「なら、僕は一体どうすれば…」
 自分で口にしてみても、随分と覇気の無い声だった。
 老人は、ほっほ、と笑って、真っ白で長い片方の眉を持ち上げた。

「そう怖い顔をしなさるな。そうは言うとるわしらも、九尾には色々と手を焼かされておったでの。
 じゃが、村の者にはそれで済まん者も居る…そうじゃのぅ?」
 長老は、目線を広い土間の中程に控えていた何人かに向けた。
 木彫りの狐面を、頭の側面にずらした人たちが僕を前に複雑な表情を見せている。

「あなた達はさっきの?」
 一応、人前という事もあって、できるだけ感情を押さえつつ、確認の意味で僕は言った。
 返事は無いけど、気まずそうにその人達は顔を背ける。…ちょっと、僕の目つきがきつくなってたのかもしれない。
 …いけない。今は顔に出すべきじゃない。非を問われる側である手前、そういうのを前面に出すのは憚られた。

「おんし等は、どうなんじゃ?」
「お、俺達は…そのぉ…」
 そんな彼らに、さっきの老人が問いかけ、僕になら兎も角、流石に口に出すのが憚られるのか中々喋ろうとしない。
 もごもごと口を動かしながら、互いに互いの様子を窺うようにちらちらと視線を交わす。

「言うんじゃ」
 が、圧する様な言葉に今度こそ観念したのか、彼らはおずおずと喋り始めた。

「俺達は、やっぱクオさんの言う通りだと思う…戦、したくねぇ」
「阿呆、何言うとる!!決まった事でねか!!」
 老人の一喝に、その二人はびくん、と身を震わせた。
 萎縮した格好で、老人を見て言葉を続ける。

「んだけどもっ、焼けたり死んだ人間の責任、あの黒んぼやこの小僧っ子が取れるとは思えねぇ」
 …冷静になって考えてみれば、やはりそれも一つの真実だ。
 と、僕がそんな事を考え始めた時、ようやく意識を取り戻したらしく、クオがはっと布団の中から上体を起す。
 周囲を見回し、状況を把握するや否や僕を睨みつけてきやがった。

 主犯格であろうこの男が、意思を曲げればきっと目の前の二人もそれに従うだろう。
 彼らは自分の不安の為に、それを叶える事の出来そうなこの男に自らの意思をゆだねているだけだ。
 果たして彼が自分の考えを曲げるかどうか。
 だってそうだろう。彼の言葉には嘘は無かったのだろうから。
 だが、僕だってわざわざ彼の考えを尊重するつもりなんてさらさら無かったけど。

「……けっ」
 が、僕の予想に反してそれだけで言葉一つ口にしない。
 てっきり罵詈雑言でも飛んで来るのかと思っていただけに肩透かしだった。

「目ぇ覚ましたか、クオ」
 と、老人が言うと、ぶすっとした膨れ面でクオは短くああ、とだけ答えた。
 それから、僕とクオとの間で視線を落ち着き無く行き来させてる狐面達も彼はじろり、と睨む。
 が、睨むだけ睨んで、後はぼふっ、と傍若無人にも布団を被って寝転がった。
 おまけに、目を丸くしている一同に向ってしっしっ、などと手をふっていやがる。
 …やっぱ、初めて見た時から思ってたけどコイツ嫌いだ。

「クオ、起きろ。おんしの事じゃぞ」
「……長老、俺の事は放っといてくれ。少し寝て、考えたい。おい、そこのアホ面。下がれよ」
「…ふむ。それでいいんじゃな、クオ」
「くどい。それで構わない」
 と、そこでやり取りを区切って老人はにやりと笑いながら僕を見た。
 僕は、黙ってその視線を受け止める。どうにも複雑な気分だった。
 性格が変わるほど強く頭を殴ってたなんて。
 今更ながら…余りに浅はかだったと自分の行いを悔いる。
 たしかに、人の身体は僕なんかには取り返しがつかない。

「客人」
「え!? あ、はい。僕ですか?」
「そうじゃ」
 びくっ、と一度身を振るわせつつ返事をする。

「すみません…未来ある若者を、脳味噌が変形するくらい殴っちゃって…」
「かっかっか。良かったのう、これで事も無しじゃて」
 すると、長老さんは愉快げに笑いながら僕の言葉にそう答えていた。
26名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:01:26 ID:.UCzLtps
 そんなこんなで。
 当初は絞首台の十三階段を上る様な心地だった僕は、意外な事に村の人たち一般には事なきを得るに至ったのである。
 ずずずっ、と辛い味付けのフェイヨン風スープを啜りつつ、一息を付く。
 ふぅ。疲れた体には、この刺激は大変にありがたい。兎も角、今日は一日大変に疲れたので早く眠りた…

「……」
 汗の雫が僕の額を伝う。どうやら、まだ眠れそうにも無い。
 じーっと。じーーーーっと。いやむしろ、ギロリ、と。
 矢玉弾きの加護(ニューマ)すら易々と貫通してしまいそうな、実に鋭い視線が僕を突き刺していた。

「大暴れしてくれたものね?」
 はうっ。その冷静そうに見えて、実は全然そうじゃないっぽい表情は実に怖いですよミホさん!!
 ふぅ、とわざとらしく彼女は溜息をつきなさる。
 ツクヤはと言うと、状況についていけないらしく僕とミホさんを見比べておろおろと。
 ぱりぱり、とロボが無神経に白菜の漬物をぱくつく音が響いている。

 そうだ。ここまでの状況説明が抜けていた。
 その描写を付け加えると、僕は戻ってきてから、先の約束通り皆で食卓を囲む事になっていた。
 そこまではいい。が、その後は予想通りです。…まぁ、ある意味何時も通り、と言えない事もないかもしれない。
 はぁ、と溜息を一つミホさんはつく。

「…すみましぇん」
「はいはい。それでいいわ。…まぁ大事無くて済んで良かったけど…怒らせるとしつこいわよ、クオは?」
「確かにねちっこそうな顔でしたけどねぇ…」
 脳裏に奴の顔を思い浮かべつつ答える。

「うんうん…それよ。あいつ、昔からああなのよね」
 あはは、と苦笑しつつミホさんは言う。

「まぁ、いい所もあるんだけど。どうもひねくれてるのよね…天邪鬼というか」
 が。その顔には僅かに憂いめいた色が見え隠れてしているのは僕の気のせいだろうか?
 僕が口に出すよりも早く、彼女に言葉を投げていたのはツクヤだった。

「ミホさん。顔色がちょっと変……大丈夫?」
「あ、大丈夫ですよっ。ツクヤ様。もー、この程度でへーちゃらのへーですとも」
 僕とツクヤは、ミホさんのその反応にお互いに顔を見合わせた。
 …何と言うか、やっぱり変だ。僕の意図を読み取ったらしく、ツクヤもうんうんと頷いていた。

「風邪かなんかだろ。ま、今日はゆっくり休むこったな」
 それまで黙っていたロボが、初めて口を開く。

「…何となく、僕等とロボ達の間に見えない壁があるような気が」
「気のせいだろ?しんどい時ぐれぇ誰にでもあるさな。察してやれよ」
「はぁ…解りましたけど」
 釈然としないけど、とりあえず了解する事にした。

「で、だ。一つ聞き忘れちゃならねぇ事があるわな」
 うっ…会話の流れ的に、このまま追求が止むと思ったのに…っ。
 今度は、ロボの眼光が…こうキュピーン、と光った。
 どろりと濃厚に、小一時間くらい問い詰められそうな気が。

「…いやそこ。タンコブが膨れた頭抱えるな。どこの工事現場のオッサンだっつの」
「ウォル、何かしょぼくれてるよ」
 ざわ…ざわ…。いや、僕はっ…決してそんな事は…ありませんよ…カカカ…キキキ…
 当方は狐耳の獣っ子から激烈怪しい黒マントまで質問にはノーウェルカムでございます。
 思わず、単純化した劇画ばりに影のある横顔になりつつ、思考は大混乱に。
 そうっ、まるでっ…大きなうねりが…洪水の様な水のうねりが押し寄せてくるのを目の当たりにしているみたいにっ。
 この圧倒的なエネルギーの前では僕は風前の灯、滝を前に流される蛙っ…

 …いや、つかノーウェルカムて否定やん。ここで断る事が可能とでも思うのかね、トンデモ剣士君。

「僕は…っ。僕は……っ!!畜生、暗闇の中で腰まで泥沼に嵌っちまった…!!」
 そう。目の前の巨大な水流に、僕は余りにも無力に過ぎる。
 拭いようの無い絶望感に打ちひしがれながら、思わずそう叫んでいた。

「で、暗中模索で結局俺の手の上、と。とっとと吐け。吐いちまえば楽になるぜ?」
「畜生…っ。この悪魔っ!!アカゲのサカゲ!!」
「喧しいわ。この駄目っ子。いいから踏んじまえ、崖っぷちへのアクセルをよ…?」
「窓のエムイー…?」
 ああもう、僕にはアホ毛は無いってば。葱もバールも無いってば。あったら目の前の黒い悪魔を叩いてるよ。
 混沌としてきた会話の中で(というか、何故か目の前が真っ青な画面になってるような)、仕方なく僕は言葉を捜し始める。
 が、牛丼を差し出しつつ犯人を尋問する刑事の如く、ロボはランタンの光を僕の顔に浴びせかけてきていやがる。
 しかし、僕には抱きつく事の出来る人形なんてある訳も無く。ああ、人望が欲しいっ。
 いや…僕は。そうだ。これは決闘だ…っ。逃げるわけにはいかない…っ!!そうだ。剣士ウォル、再起動だっ!!

「いいじゃない。それなりの理由があったのよ、きっと」
 と、意外な所から助け舟が差し出される。ミホさんだった。
 ちゅどーん、と十字状の爆発のエフェクト。僕の後ろでは、たったらたらたらた〜♪、とか勇壮なBGMが空回りに鳴り響いている。

「うんうん。その通り、その通り」
「ウォル。台詞、棒読み…」
 orz。何と言うか、このまま車輪っぽいのが足にくっ付いた『orz』で出発進行してしまいそうな気がした。
 が、幸いな事に突っ込みはツクヤだけで、ロボの方からは何も追求がこない。
 ちっ、と実に残念そうに舌打ちしてやがる奴がこの上も無く憎い。
 こわごわ伏せた顔を上げる。そこには優雅に笑ってみせるミホさんが居た。
 と、兎も角、救ってくれてありが…

「これは一つ貸しね、ウォル君?」
 …大人の女性って怖い。

「あ、そういえば…」
 ツクヤが思い出した様に言う。

「ロボさんって、どうしてミホ達を助けてるの?」
 …た、確かに。言われてみれば──良く考えれば謎だ。
 じっ、と今度は僕らが目線を向ける番だった。

「あー、そりゃな。うん。こっちの事情…」
「へっへっへ。逃げるのは無しですぜぇ、ロボの旦那…?」
 手揉みに肩クネクネ。もう、気分は町人を強請る越後屋だ。
 ぐぐぐ、と奴は顔を引き攣らせるけど、そんな事ぐらいじゃ逃がしはしないのさっ。
 今度はこっちの番だ。
27名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:01:49 ID:.UCzLtps
「ウォル、顔がとっても良くない」
「どこの三流悪役の台詞よそれ。すぐ射殺されるの目に見えてるじゃない」
 ダブルツッコミがぐさぐさっ。僕は、わざと口を半開きにして、微妙なシャドウを纏いつつ、彼女達を見る。
 びくっ、とまるで申し合わせたみたいに二人が身を引く。ツクヤに至っては涙目。
 ……い、いや、もう引っ込みつかないけどっ…そこまで引かれると僕もちょっと落ち込んでしまうというか。

「ククク…カカカ…キキキキキ……」
「……」
 もうヤケクソだ。
 両手を組んだまま微動だにしないロボを前に、とりあえず奇声なんか上げてみる。
 …わだかまった沈黙は、何かこの場の明るさを一段階落としたような気がした。

「モモタロ、だ」
「…へっ?」
 モモタロ…というと、あれだろうか。川の上流から、桃に入った野朗がどんぶらこっこ、すっこっこ…って。
 桃を切ったら中から野朗。ウホッ、いい男…想像しちゃったじゃないか、謝罪と賠償を(ry

「ロボ、ドザエモン?」
「まだ生きてるだろうがっ!!ほれ、足みてみろ足。ちゃーんと付いてるだろ」
 的確なツクヤの指摘に、プラプラとロボは足を揺らしてみせる。

「そうね…あの時は驚いたわ」
 と、そんなヤツに追い討ちをかける様に、しみじみとミホさんが言う。

「…まぁ、仕方ねぇな。話してやるよ」
 その言葉に、ロボがついに折れた。

「楽しみにしてますよぉ、モモタロさん」
「うるせぇよ…ったく。いいか?俺は普段はもうちっとcoolにしてんだからな!?その辺忘れるんじゃねーぜ」
「へぇへぇ。で?どなのよ」
 中指をお立てになりつつ言うロボに返す。

「まぁ、あれだ。ここの上の辺りうろついてた時に無茶苦茶腹が減っててな…
 それで、つい足滑らせちまって…ザッパーン、とな。んで、そのまま気絶しちまって、流れた先で拾われたって訳だ」
「そうそう。目を覚まして第一声が、『飯食わせろ』だなんて最初は何処の馬鹿かと思ったわよ」
 と、ミホさんは肩を竦めつつ言う。
 ぽかーん、とした顔でツクヤがロボを見ている。何と言うか、これまでのイメージと全くかみ合っていないのだろう。
 そりゃ僕だって同じだ。だから、こう尋ねる事にする。

「……あんた、実は意外とバカだったりするのか?」
「るせぇっ!!放っとけ!!」
 ズパーンといい音がして、目の前に星が舞う。どこから取り出したのか、ハリセンが僕の頭を直撃した音だった。
 …いや、眩暈のしそうなこの衝撃…ただのハリセンじゃない…?

「ミョグェの扇子…なんで貴方そんな物持ってるのよ」
 呆れた様なミホさんの言葉が遠く聞こえる。ロボは、それを放り出すとふんぞり返ってその言葉に答えている様だった。
 が、当然、僕の耳にはそれは届かない。ああ、脳が揺れてる…
 ゆさゆさと肩をツクヤに揺さぶられて、僕は正気に戻った。

「い、今っ…今お爺ちゃんがっ!!お爺ちゃんが手を振ってたぞっ!!」
「ったく…お前さん、つくづく安っぽく臨死体験できる奴だな?ある意味凄い才能と言えない事もねぇよ」
「その下手人が言うなっ!!しかも踏ん反り返って!!」
「細けぇ事は気にすんな。若ハゲの元だぜ? おら、飯食ったらとっとと風呂入って寝ろ。もう話す事もねぇだろが」
 …まぁ、確かにその通りな訳で。僕の目の前にあった料理も、おひつも両方とももう空っぽだ。
 因みに。主食の内訳は僕とツクヤで殆どを占めていたりもする。
 中身の無いお茶碗も寂しげだ。

「今日のところはこれぐらいにしてやるよっ!!」
「うんっ、お風呂ーっ」
「……」
 ふと、彼女の発言にぴしっ、と思考が固まる。
 という事はあれですかっ。この僕がすべき事はたった一つっ!!古今東西、お風呂イベンツとくれば付き物の覗きですなっ!!
 (以下、色々な意味で宜しくない表現が続くため検閲。ご了承願いたい。思春期特有のアレである)

「……」
「おいおい……」
「……ウォル、鼻の下伸びてるよ?」
 三者三様の沈黙を叩き破ったのはどごんっ、と机に思い切り拳を叩き付ける音。

「…ウォル君?」
「は、はいっ!!」
 半ば反射的に返事を返す。ミホさんが微笑みながらこっちを見ていた。
 しかしっ、ありありとこれまでで最大級の青筋が額にっ。
 どうやら僕の十三階段はここにあったみたいだった。

「まさか貴方にそんな度胸があるとは思わないけど。でも、もしもよ。あくまでも、もしも。
 だけど、もし君がツクヤ様に何らかの破廉恥な行為に及んだ場合──」
 あくまでにこやかな表情のままで。しかし、僕には彼女が冷静さを欠いている様に見えてならない。
 全身にぶわっと脂汗が浮かび上がって止まらない。ぎらぎらと底光りする目が僕に向けられている。

「あたしはアンタを生きたまま縛って崖から転がしてやる…それでも死ななかったら今度はゾンビの餌にしてやるっ…!!
 解った…?そうなりたくないなら、解ったと言いなさい!!いいわね!!」
「は…はいぃぃぃぃ…解りましたぁぁぁ…」
「返事はきちっとしなさいっ!!」
「ヤ、ヤーーッ!!」
 ガクガクと涙目で阿呆の様に顔を縦に振る。目の前の敵は余りに強大で僕は余りに無力。
 くい、と彼女は親指で玄関口の方をお示しなさる。そして、その顔はやっぱりまだ微笑んだままだ。
 最敬礼を示すけれど、僕の顔は今にも崩壊の危機に瀕していて。

 そして、僕はまるで囚人の様に重い足取りでその場を後にしたのだった。
28名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:02:14 ID:.UCzLtps
 二人の子供が居なくなったその家の居間に、黒衣の男と一人の女性が残されていた。
 子供──そう、先程までここに居た二人は、彼らにとってみれば、間違いなくまだまだ子供の範疇に入る。
 どちらとも無く、ふぅと息を一つ付いた。ずすっ、と男が酒を啜る。
 やがて、ロボが口を開く。くっく、と彼は何処か愉快そうに笑っていた。

「…ったく、騒がしい連中だ」
「嬉しそうね、ロボ」
「さて…な。どうだかなぁ。ま、一つだけ言える事は、明日の練習が色々と熾烈を極めるってだけだな。
 醜態晒しちまったし、ここの爺様からちと頼みごともされちまったしよ」
 室内で帽子を脱いだ男の眼光は、赤く。だが、ちろちろと輝く熾(おき)火の様に緩やかだ。
 杯を置き、懐から煙草を取り出すと火を付ける。

「そう言うお前さんこそ、元気が出たみてぇじゃねーか」
「…そう、ね」
 今度は、ミホが笑う番だった。先程までとは違う、何処か晴れやかな笑み。
 彼女は杯を取ると、中に満たしてあった酒を一息に呷る。
 喉を灼熱感が下っていく。

「大人が子供に心配かけちゃどうしようもないものね」
「へっ、良く言ったぜ?それでこそ引っ張ってきた甲斐があるってもんだ」
 黒衣も又、女性に答える様に一気に酒を呷った。
 男の言葉は事実だ。自身の居室に閉じこもっていた彼女を無理矢理にこの場に引っ張り出してきていたのは彼だ。

「立ち止まって座っちまったら、立ち上がれなくなる──だったら、歩き続けるしかねーわな。
 ま、そうなりかける事なんざ、幾らでもある訳だから、あんまり落ち込み過ぎるんじゃねーぜ」
 誰に聞かせるでもないように彼は言い、酒を杯に注ぎ足す。
 果たして。早くも酒に当てられたか彼女の顔は僅かにのぼせていた。

「…ねぇ」
「何だよ、もう酔ったのか?あんたにゃ似合わんぜ、そんなのはよ」
「そうじゃないわ。でも聞いておきたいの。本当に──勝てると思う?
 もしも負けて、信じてやってきた事が全部無駄だったとしたら、それでも貴方は戦える?
 そう考える事が。死んでしまうかもしれないって考える事が怖くないの?」
 幾ら、普段は取り繕っているとしても、彼女もまた不安だったのか。
 それは、ある意味で言えば当然だ。彼女も、彼女以外の人々も。
 男の様に何がしかの闘いを生業にしている訳では無い。

「んーあー…それはなぁ…正直、判らねぇな」
 ロボは、答えつつ杯の中の酒を揺らす。傍らに置いてあった灰皿で煙草を揉み消した。

「けどよ、全部無駄だったとしてだ。それで、何もしないで我慢して居られるか?
 俺にゃ無理だし…それに、死ぬ積りもさらさらねぇ。だったら勝つより他は選ぶ道なんざねぇさ。最初から、よ」
 言ってから、笑う。笑う。けれども、その言葉は鋼にも似ていた。
 何ら根拠の無い断言でしかないそれは、しかし何故かミホの心を和やかにする。
 彼女もまた、釣られる様に笑顔を咲かせていた。

「ま…と言っても、ガキを戦場に追い込んでる様な奴の言う言葉じゃねぇか」
 男は、また酒を飲んだ

「けど、あの子…ウォル君が、今更そう言っても引くかしら?」
 女性の言葉に、男は僅かに顔を歪める。

「引かねぇだろな。俺やあんた等は最初っからだが、アイツにも戦う理由って奴が出来ちまった」
「……もし、こんな出会いじゃなければ良かったんでしょうけど。
 そうね…きっと勝ちましょ。どんなのが来ても敵じゃないってくらい確実に」
「そうだな。こうなっちまったら、俺達に出来るのはそれくらいだ」
 ロボの言葉にミホは微笑む。
 と、ミホが何かに気づいた様な顔を浮かべた。
 だが、どうしても思い出せないらしく、暫く唸ってから諦めた。
 まぁいいか、と彼女は思う。思い出せないのなら大した事でもあるまい。

「ほら」
 座卓に座ったまま、彼女は男に向って杯を突き出す。ロボに酒気を幽かに帯びた目を向けつつ、不敵に言う。
 その目には、光が確かに戻っていた。

「注いで。今日はじゃんじゃん飲みたい気分になったわ」
 その言葉に、男は思わず苦笑いを浮かべつつ、しかしその言葉に従った。
 透明の液体が見る間に杯を満たし、女性は景気良く酒盃を干すと、ぷはっ、と一息付く。

「やれやれ…二日酔いにゃ気をつけろよ?」
 最も、その警告も空しい物になるのだったが。
 これぞ正に嵐の前の静けさ、であった。

 で、その小一時間後。
29名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:02:53 ID:.UCzLtps
 拝啓お袋様。ご機嫌如何でしょうか?随分と寒くなった今日この頃。
 どうか十分ご自愛願いたくございます、それと送ってくださったおでん美味しゅう御座いました。ウォルです。

 狐耳の獣っ娘とツン娘(最も彼女を娘と呼ぶには抵抗がありますが)、それから怪人黒マントといった、
オズの魔法使いもびっくりな集団とはいえ、無事に目的地に辿り着き、僕自身安堵を覚えるばかりでありますが、
辿り着いて尚降り止まない災難と、村民Aによる逆恨みを受けるという悲運に見舞われ、只、周りに流される以外取るべき道もなく、
その上、食事が終わった後、嬉し恥ずかし青春の一ページを刻もうとした所を脅迫され、一人暗い道を徘徊しておったのです。

 ところが。
 散歩にも飽き、風呂の場所なども解らない為に先程の場所に戻ってみれば、そこは何の脈絡も無く、阿鼻叫喚と化しておりました。
 具体的に言うなれば、飲んだくれたツン娘が、グダを巻き、怪人に酌をさせつつ僕を出迎えたのであります。
 暴れたのか、微妙に着衣が乱れ、頬を上気させた彼の人は、一瞬どきりとするほど色っぽいのではありましたが、
彼女が幾らかでも艶めいているとすれば、まさか隣に居る怪人はかくも辛そうな顔をしてはおられますまい。
 やんぬるかな。彼の人は、日がな一日酒を飲みツマミを貪る事を生き甲斐としている、あの酔っ払いでありました。
 どれ程の酒量に既に達しているのか。周りに転がっている数多の酒瓶から既に察せられはしましたが、
その表情から察するに、半分程は例の怪人が飲んだものかもしれませんでした。

 そうこうしている内に、酔っ払ったツン娘の矛先は僕に向いた様でした。
 僕は早速、この泥酔者に何があったのであるか、と尋ねた所、彼女は突然くわっ、と目を剥いて僕の方に近づいてきたかと思うと、
僕の両肩を掴んでわっしわっしと揺さぶりながら、訳の判らない事を喚きちらすのでありました。

「ロボがねロボがねロボがねとっても偉そうなことアタシに言うのよでも幾ら飲ませても黙ってくれないのよロボ黙らせて酔わせて
 キャーとか変態とか言って朕が弄ぼうかと思ったのに出来なかったのよ折角このカンコック焼酎で酔わせて酔わせて酔わせて酔わせて
 酔わせ抜いて差し上げようと思ったのにドブロクでストレートでロシアンウォトカで急性アル中にして差し上げようと思ったのに
 これからズンズンパンパン飲ましてノマノマウェイで何げに酔わすの泥酔いいよね素敵よねことほど左様な塩梅にて
 幽玄深くて情緒ある趣が堪らないよねっていうか寧ろアンタも飲みなさーーーーーーーーい!!」

 と、このような、最後以外はまるで要領を得ない言動が帰ってきたので僕は思わずギャース、と叫んでいたのでありました。
 つうか貴様はドブロクとかノマノマとか言うとる暇あるならとっとと寝れ。
 ですが、勿論酔っ払いに斯様な僕の悲痛な心の声が聞こえるはずも無く。
 こうして、僕は今、二十歳にもならないと言うのに、正座をさせられ、酒を飲まされている訳ですが、
さて、母上様はお加減如何でございますでしょうか?

「つぇぇぇぇぇぇぇいっ!!顔がっ、辛気臭いぞぉぉっ、少年!!」
 …いや、つーかキャラ違って怖いよ。バンバンと僕の背中を叩きながら叫ぶミホさんに思う。
 ちびちび、と口中に慣れないアルコールの味を感じつつ酒を飲むと何が彼のご婦人の機嫌を損ねたのか、僕は後頭部を叩かれる。

「ぶっ…な、なにをするきさまー」
「顔が辛気臭いと思ったら飲み方まで辛気臭いの!?ええいっ、お酒ってのはこうやって飲むのよ!!」
 思わず含んだ酒を噴出した僕の前で、ミホさんはぐぐぐっ、と一気に酒を飲み干す。
 何と破滅的な飲み方をする御仁だろうか。こう、まるで生と死の狭間に挑みかかるかのような。
 助けを求める様にロボさんの方を向くと、彼はばっ、と顔を背ける。…処置なしかよぉっ!!
 今度僕が飲まなかったら、何をされるか解ったもんじゃない。

 ぐっ、と意を決して、再びミホさんが注いだ酒を呷る。

「ぶべぇぇぇぇぇぇぇっ!!!や、焼ける!!焼けてしまうぅぅぅっ!!く、口がぁぁぁぁっ、喉がぁぁぁぁぁっ!!」
 そして、口から盛大に酒を噴出し、絶叫しながら床の上をのた打ち回った。
 けたけたと笑っているミホさんに、焦った様な様子でロボが言う。

「ちょ、ちょっと待てっ!!お前、今何を飲ませたっ!!」
 尚ものた打ち回る僕も同感だった。が、ミホさんはあくまでしれっ、とした様子で。

「んー…てへっ」
 などと、かわい子ぶって笑うだけだ。舌まで出してやがる。
 仕方なく、ロボさんは僕の放り出した杯に残った酒を指にとって舐め──

「〜〜〜っ!!!おいっミホっ!!お前の血は何色だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 盛大に顔を歪めて叫びなさった。…銘柄が何か、何て判らないけど恐ろしく強い酒だろう、という事は何となく想像できる。
 混濁し始めた意識の中で、僕は確かにミホさんの背中から悪魔っぽい尻尾と羽が生えているのが見えた。
 ロボも矢張り随分酔っ払っているのか、切れの無い動きで近づいた所で、
カウンター気味にミホさんが振った一升瓶に顔面を痛打され、その場に陥落してしまう。

「あ゛あ゛っ!!余りに情けないぞ世紀末救世主!!」
 叫ぶが、それは届かず彼はぴくりとも動かない。
 何と言うか、チェーン持ったモヒカンバイクの悪党に襲われる村人Aにでもなった気分。
 う、うぬの力はその程度かぁぁぁぁっ!!?

「んー…血の色はぁ、緑色かもしれないわねー」
 その言葉を聴いて僕は確信する。悪魔だ。
 こいつは…こいつは、人の形をした正真正銘の悪魔に違いない、と。

「お風呂上がったよー……って、え゛……っ?」
 で、これまた間の悪い事に、風呂から上がってきたらしいツクヤが、ひょっこりと顔を覗かせたまま、固まっていた。
 くぅっ!!僕は。僕はっ。彼女だけはっ、この悪魔の手に渡すわけにはいかないぃぃぃぃぃっ!!
 残されたありったけの力を込めて、僕は警告の言葉を叫ぶ。

「ツクヤッ、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「え…え…っ?」
 だが、状況が飲み込めていないらしく、戸惑いの声をツクヤは上げる。
 ふと、ゆらり、とまるで幽霊の様に立ち上がったミホが、ぴしゃん、と障子を閉め、やって来た新たな得物の退路を塞いだ。
 …だ、だめかっ。万事休す。僕が半ば諦めかけていたその時だった。
 死んでいた筈の一人の漢が、迫り来る悪魔に立ち向かうべく、起き上がったのだ。

「止めな、ミホさんよ。ガキ共は離してやろうぜ。アンタの狙いは俺一人、そうだろ?」
 呆然と見上げる僕を見返して、彼──怪人黒マントことロボは、にやり、と笑って見せた。
 彼は、震える手で外に行け、と示していらっしゃる。
 あ、あんたって人はっ!!思わず感涙に咽ぶ。嘆きと無力に染まった空から、彼は舞い降りたのだ。

「…やだ」
 しかし地面に着地する前に打ち落とされた模様。

「やだもーん。皆で飲むの!!つーか飲め!!」
「飲むのーっ!!」
 ツクヤとミホさんの声が『飲むのっ、飲むのっ』と合唱する。つーか、そこっ!!ツクヤっ、君もかっ!!
 二人して、かくんと顎を落とす。そして、互いに顔を見合わせ、今度こそ完全に絶望した。
 そう。信じがたい事に黒マントまでが間抜けな顔をしていたのだ。それで、目の前の悪魔の強大さが推し量れた。
 ………泣く子と酔っ払いには勝てねぇ。

 こんな具合でどうしようも無く加速したその夜は過ぎていったのだった。
 そして更に一時間後。
30名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:03:21 ID:.UCzLtps
 見れば、まるで死んだようにぴくりとも動かず床に崩れ落ちたロボの姿が見える。
 うつ伏せの顔から、盛大ないびきが漏れていなければ、正しく死体以外の何者でもない。
 少し離れた場所には、酒瓶を抱いたままくたばっている悪魔の姿が見える。
 この黒マントが彼女が潰れるまで酒の席に付き合っていなかったとしたら、今頃全員陥落してまっていただろう。
 決心する。もう、二度と、何があろうとも、例えお金貰ったってミホさんと酒は飲むまい。

 最も、それだけ彼の黒マントの被害は尋常ではなかったりするのだろうが。
 (実際、彼は数々の宴会芸なども披露してた。それに乗じて飲み比べで潰そうと思ってたらしいけど返り討ちにあったのだ)
 彼の肝機能が優秀なのを祈るばかりである。一人残された僕はそんな事を鈍りきった頭で考えていた。
 でツクヤは、と言うと、あの後暫くしてお酒が回って眠ってしまった。
 唐突に歌い出したりとか、僕やミホさんにしな垂れかかったりしてきて大変だったけどこれは別の話だ。

 というか、一人だけ復活すると暇だ。
 改めて見れば、秋だと言うのに僕も含めて全員が全員、完全に床の上で寝こけている始末だ。
 …盛大に溜息を付く。仕方あるまい。この場合、後始末は僕の役目だろう。
 この内の誰に風邪なぞ召されても困るのである。
 まぁ、ロボは兎も角女性陣などまず間違いなく明日の昼過ぎまで人事不詳だろうし。

 よろけつつも押入れから、布団など引きずり出す。雑魚寝になってしまうが仕方あるまい。
 …あーあ。ったく、これじゃ行き遅れる訳だわ。盛大に着衣が乱れておられる。
 普段ならば、思わず喉を鳴らしてしまいそうだが、それも今となっては、やんぬるかな。第一、後が怖すぎる。
 本人が起きていたらブン殴られそうな感想を一升瓶を抱き枕に寝てるミホさんに関して思いつつ、とりあえず布団を敷いた。

「…ぐぉ…っ。頭イテェ…ん。ウォル、起きてたか」
 と、どうやら目を覚ましたらしいロボが、うつ伏せのまま僕の方に顔だけを向けていた。
 澱み切った顔の中で、ゆっくりと目の焦点が像を結び、頭を押さえながら立ち上がった。

「災難でしたね」
「けっ、この程度屁でもねーさ。ってか、あそこまで酒乱だったたぁ、正直予想外だったけどよ」
 そこまで普段通りに言うものの、僅かに呻いて彼は膝を着く。

「…すまねぇ、ちょっと水持ってきてくれ。頼むわ」
「へぇへぇ…解りましたよ」
 言葉に従って、僕は立ち上がって甕(かめ)に汲んである水を桶に汲んできた。
 黒マントは、短く例を言うと僕の目の前でコップに水を移してそれを勢いよく呷る。

「ぷはっ。酔い覚ましにゃこれが一番だな」
 そして、半分くらい飲み干してから、更に言葉を続けた。
 彼の目がミホに一度向き、それから僕の方を向く。

「ま、アレだ。ミホの奴もあれで悪気は無いだろうよ」
「…あれで、ですか?」
 思わず顔が引き攣ってしまう。あの惨状で悪気が無いなら、きっとダークロードが街中でナンパしていても僕は驚かないだろう。
 或いは、どこぞでいびられるバフォメットとか。アラームに中の人が居るとか。(因みに、これらは巷の噂である)
 しかし、ロボはそう言ってから、肩を竦め。

「いや、つか俺があいつに飲ませすぎたのが原因だしな。止めとけばよかったぜ」
「…アンタが元凶かい」
「ま、そー言うこったね。まぁ、普段のあいつは真面目過ぎる。偶にゃ、はっちゃけてもいいだろ」
 へへ、と笑うと残った水を飲み干した。
 …ったく、いい迷惑だっつの。けど…まぁ、毎日って訳でもないし。
 こうやって無茶苦茶に騒ぐのもあんまり嫌じゃない。ばつが悪くなって鼻の下を擦った。

「確かに…こういうのはいいですね。僕はあんまり経験無くて」
 思い出す。まぁ、自慢できる話じゃないけど、首都でも僕は間違いなく有数の貧乏冒険者だったろう。
 武装や回復剤どころか、日々の暮らしにも窮乏する日々だ。
 毎日毎日空きっ腹を抱えて、憑りつかれたように海産物やら狼やらクワガタやらを叩く。
 変わらない、退屈で、どうしようもなく荒んだ日常。けど、それを零す相手もいない。
 欲しいものだけは多いのに、そこまで辿り着く見込みはさっぱり見出せない。
 …よくよく考えてみれば、今の騒がしい非日常の方がよっぽど充実している気がする。
 僕が持っている財産は何一つ変わっていないというのに、だ。

「青い鳥は近くにいる、って事なんでしょうかね。冒険者ってのは因果な職業っすよね、ホント」
 自嘲気味に苦笑して呟く。
 幸せの青い鳥を捜し求めて旅を続けた人が、結局自分のすぐ傍に青い鳥を見つける、っていう話だったと思う。

「………」
 ロボも又、黙って苦笑いを浮かべる。
 …全く。練習の時の鬼みたいなのがまるっきり嘘だ、とでも言いたい様な雰囲気だった。

「ロボさんて、やっぱ普段は冒険者なんすか?」
「違う…と言いたいとこだが、まぁ似たようなもんか。
 何でも屋みたく、色々頼まれた仕事を片付けるってな事をやってるな。」
「…そりゃアレですか?こう、アマツの神社に依頼のお札をおいて置くっていう」
 何となく、子供を乗せた台車を押している黒マントを思い浮かべつつ言う。

「…俺ゃどこの素浪人だっつの」
 すると、彼は呆れた様にそう答えていた。

 next
31花月の人sage :2005/11/05(土) 12:05:44 ID:.UCzLtps
投稿してからナンバリングミスに気づく俺ガイル、
ともかく花月16お送りしました。
次回からはハード路線の為、今回は思い切りはっちゃけてみたとです。

今回のギャグはくどくないといいなぁ。
329-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:24:37 ID:6pIMl4Fg
>>23さま
投下かまーん。みんな優しいから許してくれます!というか読ませてくださいおながいします。

ええと改行は・・・ごめんなさいっ。私の環境だとこれが一番読みやすいのです。
他にも同じ方がいらっしゃると信じて、これで通させていただきまする。
中性キャラは特に狙ったんじゃなくて話の都合上不自然が少なそうなのを選んだだけだったり・・・。
あんまり中性萌えなシチュを出せるかは自信がありません。またしてもごめんなさいorz

>>24(花月の人)さま
巧すぎだなんてdでもないです。GJありがとうでした。
>花月16
ネタわからないところもありましたけども、私は楽しめましたよ。によによによによしました。
わからなくても面白いのは、キャラが生き生きしてるからでしょうか。
勢いに引っ張られる感じで、花月のギャグではいつも笑ってます。今回もGJですた!

唐突に第二話投下します。
339-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:26:30 ID:6pIMl4Fg
忘れ物 2
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 ルーンミッドガッツにおいて『教会』と言えば、それはオーディンを主神とする国教に関して、その全ての祭祀を執り行う組織の事を指した。またはその宗教儀礼に用いられる建物の事を。この宗教には「何々教の教会」などといちいち名前を出す必要が無いだけの勢力があるのである。
 土着の信仰が根強く息づいている土地が無いわけではないが、神々を貶めるような危険な思想でない限り、国と教会は概ね寛容な精神でそれを見逃していた。なぜなら、そういった人々でさえ、完全に神々をないがしろにしてはいないからである。
 神々は実在し、人々はその恩寵を受けている。ゆえに無視することはできない。それはルーンミドガッツ国民なら三つの子供でも知っている常識だった。地方に細々と受け継がれている宗教にしても、オーディン以下の神々には一通りの敬意を払った上で、別のベクトルで他のものを信仰する様式が大多数である。
 千年前に起こった人と神、そして魔による大戦の末、人の世界と神族の世界、魔族の世界は魔壁によって分かたれた、と伝説は伝える。接点の断たれてしまった人界と神界とを意思の力――信仰の力で繋ぐのが聖職者である。二つの世界の間に隙間をつくり、漏れ出す神の力を行使するのだ。
 理屈は抜きにしてその力が現実に存在するために、人々は神を崇める事に疑いを挟まなかった。聖職者の起こす劇的な奇跡ほどではないにしろ、そうすることで神々が何らかの力を貸してくれるものと信じている。豊作、旅の安全、恋愛の成就。様々な事を願い、叶うたびに神々に感謝を捧げる。それは当然のことであり、生活の一部だった。
 礼拝堂の入口に立ったエリスは、柔らかな笑みを貼りつけながら、そこで祈る人々を眺めた。
 教会の総本山である大聖堂に設けられた礼拝堂は、王国でも随一の広さを誇っている。面積だけでなく天井も高く、空間的にも広い。石造りの建物の内部はどこか冷たい空気を醸しているが、神聖な場所には似つかわしかった。
 並べられた横長の椅子にまばらに座る信徒たちは、皆瞳を閉じ、一心不乱に祈りを捧げているように見えた。信仰心に篤い者たちなのだろう。ほぼ全ての国民が信徒と言えど、教会にまで足を運んで礼拝をする者は多くない。
 超常の力を持つ神々は、隔てられた世界からでも確かに我々の行いを見ています。我々の声を聞いています。だから常に神に恥じない行動を。常に神への感謝を。教会はそう教える。
 しかし。
 ……この人たちは、いったい何を願っているのだろうか。或いは何に対しての感謝を。
 エリスは教義を根本から覆す隠された真実を知っていた。
 ――神は人々の些細な願いなど聞き届けはしないのに。
 教会の説法にあるように、神々は本当に魔壁の向こうで人々の振る舞いを見ているのかもしれない。反対に見ていないのかもしれない。人々の願いを叶えようとしているのかもしれないし、叶える気がないのかもしれない。接点の無い世界のことを確かめる方法はどこにもない。
 だが、いずれにせよ、一つだけは決して揺るがない明確な事実があった。それは人々の目から巧妙に秘匿された事実でもある。
 『神は自力で魔壁越しに力を振るう術を持たない』。
 聖職者の祈り無くしてかれらの力が人界に現れる可能性は無きに等しい。他のやり方ではどうやっても神の力を利用する事はできないのだ。意志の力で神の奇跡を顕現させる聖職者の技は、れっきとした技術なのである。
 しかし、それらの技術が人に教えられるまでもなく、修練を重ねると共にみずからの中から湧き上がってくる性質のものであるために、教会は一般の信徒のみならず、所属する聖職者たちにすら真実を伝えない。「神が力を貸してくださっているのだ」、「信仰が神に認められればより高位の奇跡が使えるようになるのだ」と偽りの説明をする。それでも聖職者たちは何ら問題なく奇跡を起こす術を身に付けるし、そしてその方が都合が良いからだ。目に見える形で奇跡が起きれば、それだけで人々は神の加護を疑わない。加えて起こす当人が神の恵みだと信じているとなれば、それは鉄壁のものとなる。
 そう、一般信徒の祈りは何万人分集まろうが意味が無く、信仰が神族に届くなどという教えは完全なる虚偽なのだ。
 ルーンミッドガッツ全土を覆い尽くすこの欺瞞は、国政に関わる主要組織の上層部なら、どこもが承知しているに違いない。でなければ有事の際には呆気なく国が崩壊してしまう。非常事態に全国民で神に縋ってたとしても、救いの手は絶対に降りてこないのだから。上層部には普段以上に現実を見据えてもらわねばならない。
 教会は全くのでたらめと知りつつ、それでも信仰によって神は人を助くと説き、国は教義の根底にある欠陥を知りながらも、国策で教会を保護する。あまねく染み渡った宗教には、真実を曲げてでも維持するだけの価値があるということなのだろう。
 エリスは集まった信徒たちと同じように瞑目し、軽く指を組んで形だけの礼拝をした。極力足音を抑え、壁伝いにしずしずと奥を目指す。静寂の満ちた空間に、コツコツコツと石を叩く小さな音が反響した。
 醜い組織だと思う。笑顔で人に嘘を教え、あまつさえそれが人生の救いとなるとまで言ってのける。
 だがそこには益があるのだ。多くの民を騙すという罪を犯してでも取るべき莫大な益が。国民は心の安定を得て、国は一つにまとまる。逆にこの嘘が無ければ、国内の統率を取るのに余計な手を掛けることになり、果ては他神を主神と奉ずるアルナベルツ教国の介入を許してしまう可能性すらあった。
 世の中には知らない方が幸せな事がいくつかある、というのがエリスの持論だ。教義の裏側はまさにそれ以外の何物でもなかった。知ったところでどうする事もできないのだから。
 礼拝堂の最奥に行き着き、エリスは木製のドアを開けた。この先は一般信徒には解放されていない、所属する聖職者でも限られた者しか立ち入る事の許されない場所である。大聖堂に職員として籍を置く者か、ここに寝起きできるだけの位を持つ者、もしくは外で活動する者の中で特に人柄と功績を認められた人間にしか開かれない。
 扉の奥は人が二、三人並んで通れるかどうかという道幅の通路だった。相変わらずの石造りが生む冷えた空気は、この狭さになると重圧を感じさせる。柔らかな青白色の魔力灯が壁に取り付けられているものの、重さはあまり軽減できていなかった。
 二十歩ほど進むと通路は左右へと丁字に別れており、そこに部外者を止めるための衛兵が立っていた。二十代半ばほどに見える、まだ若い剣士風の男だ。大聖堂にいるからには聖堂騎士なのだろう。狭い空間での動きやすさを考慮してか、装備は簡素なものだった。
「エリス様……!」
 男はエリスの姿を認めて目を見開いた。一月以上の間隔を空けて訪問したエリスは、やはり意外な人物として映ったらしい。
「お久しぶりです。――あの、以前にも言いましたが、『様』はやめていただけませんか? ただの司祭ですよ。階位にしたら貴方と変わらないはずです」
 やんわりと微笑みながら嗜めるように言うと、男は決まり悪げに頭を下げた。
「申し訳ありません。そう言われても、なんだか私とは、なんと言いますか……格が違うようで」
「買いかぶりですよ」
 男は再度、申し訳ありませんと頭を下げた。
「しかし、本当に久しぶりですね。どうしてらしたんですか? 心配しましたよ。良くない噂も聞きましたし」
「少し、地方を回っていまして。まだまだほんの一部ですけれど。危険なことは何もありませんでしたよ」
「なら良いのですが。――今日のご用向きは?」
 社交辞令的な軽い挨拶を済ませてすぐに職務に戻る姿勢に、エリスは好感を覚えた。不必要に警戒を緩める衛兵など存在価値が無い。
「ラディア様に申し上げたい事がありまして。通していただけますか?」
「司教様ならおられるはずです。エリスさ……さんなら会って下さると思いますし、問題ありません。どうぞお通り下さい」
「ありがとうございます」
 敬称を変えてくれた衛兵の男に二重の意味で礼を言い、エリスは慣れた足取りで通路を右に折れた。
 ここに自由に足を踏み入れられる者はそれほど多くない。信徒全体の数と比べれば本当に微々たる数字になる。だがそれでも、教義の裏を知る者はその中のほんの一握りなのだろう。最低でも司教クラスにならねば真実は告げられないはずだ。
 多少目を掛けられているとは言え、エリスは一介の司祭に過ぎない。真実に辿り着いたのは教会を介さない路線からだった。同じようにして独自の切り口からそこに近づいた者は、きっと国の予測よりも遥かに多いだろうと思っている。誰も口には出さないだけで。エリスは最終的にはしっかりと人の口から真実を聞いたのだが、そうでなくてもある程度までは迫れるのである。
 冒険者や軍、騎士団、魔道師協会――その他何でも良いが、とにかく魔物を討伐してある一定の水準まで己を磨き上げた者の中には、確信とまでは行かずとも、何となく感付いている者がいるはずだ。
349-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:27:06 ID:6pIMl4Fg
 『創造主』という存在がある。世界には、オーディンを初めとする高位の神、魔界に封じられた魔族の王など、人知を超えた力を有するものが数多く存在している。それらですら及びもつかぬ存在が創造主だった。
 創造主は世界そのものと世界を動かすための法則を創り、そして維持し、見守るとされている。かれは手足となる『管理者』たちを遣わし、法則からはみ出し世界を根幹から揺るがそうとする者を排除させる。滅多にあることではないが、時には新たな法則を創る事や、その強大な力で生態系を捻じ曲げる事もあるとされる。
 管理者の姿が実際に確認されているためその存在を否定する者はいないが、誰一人として崇める者もいない。在り方があまりに事務であるがゆえに。かれが己に課した責務は、創った世界が崩壊しないようそのバランスを保つ事のみで、絶対にそこから逸脱しようとしない。世界が滞りなく維持されている限り、派手な変化は何一つ起こさないのだ。そのため、そういうものが存在し、そのおかげで世界が回っているのだと知識としては知りながらも、人々が日々の生活の中でかれを意識することはほぼ皆無だった。
 創造主の作った法則は膨大な量に上った。人という種族にとって、その中で最も際立って見えるのが『レベル』である。人は元来非情に脆弱な種であり、プロンテラの一般市民が総出で掛かっても、高位の魔族一体にすら勝てない。星にも届くと言われた大戦以前の科学力があれば別なのかもしれないが、少なくとも全てが失われた現在では不可能である。人界に現れる魔の大半が本体を魔壁の向こうに置いて来た幻影のようなものだとは言え、それほど力に差のある魔族を人が倒せるのは、ひとえにこのレベルのおかげだった。
 人に仇成す存在――魔族のほか、不死族、亜人族、凶暴化した動物や虫、その他全てを合わせて魔物と称する。天敵とも言うべき魔物どもを討伐すると、その功績が一定の線を越えた時点で、討伐者は新たな力を授けられる。これをレベルが上がると表現し、力の授けられた回数をレベルという単位で数えた。生まれた段階を一とし、九回レベルが上がればその人物は十レベルということになる。
 レベルが上がる際に得られる力は何種類かあり、人はそれを自由に選ぶ事ができた。天の遣いが降りてきて「どの力を欲しますか」と尋ねるのだ。敏捷性であったり、耐久力であったり、魔法の威力であったり、それらは物理的、魔法的理屈を超越して人に備わる。極端な例を挙げれば、小柄な少女が振るった鈍器で巨大な魔物が吹き飛ぶ事もあり得た。
 それでは本人たちの生物としての力の差が全く無意味になるのかと言うと、そうでもない。体を鍛えている者が敏捷性の向上を願えば、大して鍛えていない者がそうしたのよりも素早く動ける。肉体的な能力だけでなく、魔法など精神面に属するものもそれに当てはまった。何の力にせよ、元々の能力を基準として、レベルで得られた力が上乗せされるのだ。
 レベルは、おそらくは創造主が世界のバランスを保つために直接に管理している法則の一つである。一日には昼と夜があるだとか、世界には風が吹くだとか、人は赤ん坊で生まれて老いて死ぬだとか、そういったものとは明らかに一線を画した、超常的過ぎる法則だ。遠い未来、千年前と同じように人が独力で魔や神と対等に立てたならば、そのときには消えてなくなる法則なのだろうと、一部では囁かれている。
 そういった『後付け』と思しき法則は他にも存在する。ただ、天の遣いが現れるというような一目でわかるあからさまなものはレベルだけであり、それ以外のものを判別するには、物好きな学者の研究結果に頼らざるを得なかった。
 例えば、魔法士の魔法は、魔道書を読むなり講義を受けるなりして発動過程を理解した上で、かつ魔物の討伐をしなければ使うことができない。魔法発動の原理は魔素と呼ばれる不可視の物質を扱うことが第一用件とされるが、この能力が人という生物に無いためだと言われる。魔物を討伐する事で、後付けの法則によりこれが与えられるというのだ。
 一方、剣士の剣技にも戦いを通じてしか身につけられない、己の内なる力を武器に乗せて繰り出す技があるが、これについては、実戦経験を積んで闘気を練り上げる術を身につければ使えるようになるのだと言われる。つまり、その力は元々人に備わっている物であり――ここには後付けの法則は無いのだと。
 この線引きが難しい――どちらにせよ戦闘を重ねれば強くなるという結論は変わらないため、そのような実益に結び付かない区別など一部の奇特な学者以外は気にしていないのだが――。
 聖職者の奇跡はどうなのだろうか。それが神の力――神力で起こしている物だということは間違いない。神に仕える聖職者にしか扱えない力だからだ。そして、魔物を討伐しない事には行使することができない。さらに、魔物の中でも最強である魔族は神族の敵でもある。このことから、信仰心に篤く魔族を倒す意思の強い者に、神が力を貸しているのだという見解がなされ、それは広く一般知られた物となっていた。これは神の管轄であり、創造主は手を加えていないのだと。
359-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:27:49 ID:6pIMl4Fg
 周囲に人目が無い事を確かめ、エリスは奇跡を行使した。
「天の駿馬の脚を――速度増加!」
 足元を中心にゆるく空気が渦巻く。穏やかな風は法衣の裾をわずかに揺らしてすぐに収まった。同時にふっと体が軽くなる。運動能力を引き上げる聖職者の技だ。
 奇跡の力は総じて使うたびに精神を疲労させるものだが、最高位レベルであるエリスの精神力は強靭さも回復の速さも尋常ではない。最大効力の速度増加が精神に掛ける負荷は大きく、一般的に、駆け出しの侍祭であれば座りながら回復に努めても疲労感が無くなるまでには数分掛かると言われているが、そこをエリスは全力疾走しながらでも数秒で正常な状態に戻してのける。ほぼ無尽蔵の精神力を誇るエリスにとっては、速度増加の加護は既に無い状態の方が不自然になっていた。素早い動きを必要としなくとも、平常時と歩く速度を変えなければ、体への負担はその分だけ軽減される。
 使い慣れたこの技を含め、全ての奇跡は神力を拠り所として発現する。だが神が人のために力を振るっているのではない。聖職者の方が神から力を掠め取って使っていると言うべきか。エリスならばそう表現する。もちろん心の中でだけだが。
 魔物との戦いを重ねていくにつれ、人は、己の信仰を通してしか感じられない曖昧な神の庇護よりも、目に見える形で現れるレベルという法則の恩恵に、より感謝するようになる。大半の者はそうだ。信仰心が薄れるというのではなく、死を身近に置くせいで現実主義的にならざるを得ない。
 その現実主義が行き過ぎて、ある時ふと気付かなくて良い事に気付いてしまう者がいる。教会の教えが常識として行き渡ったルーンミッドガッツに生まれ育ったならば、普通は頭に上らせないような事だ。
 ――聖職者の奇跡は、神の意思とは無関係なのではないか。魔法と同様、世界の法則を通じて創造主が人に与えている力なのではないのか。
 信仰という色眼鏡を外して見つめると、魔法と奇跡はひどく似通っている。魔素を扱う魔法と神力を操る奇跡。どちらも外部から取り込んだ力で何らかの現象を起こす。人という種には魔素を扱う能力も備わっていなければ、神の持ち物たる神力を操る能力も当然備わっていない。
 そこまで共通しているのに、なぜ魔法を可能とさせるのが創造主で、奇跡を可能とさせるのが神なのか。
 その解釈の差には信仰が深く絡む。だからそれより先に考えを進める者は少ない。誰だって異端にはなりたくないのだ。
 少し見方を変えるだけで別の解釈ができるにも関わらずその説を唱える者がいないということは、危険思想として厳しく弾圧し、徹底的に根を潰してきた過去を暗に示していた。
「知らない方がいい事だよね。ホントに」
 他の大勢と同じくあえて疑惑の段階で止めておいたエリスだったが、幸か不幸か、予期せぬところから確証が与えられてしまった。エリスに興味を抱く貴族の中に、軍の上層部に地位を得ている者がいたのだ。既に充分過ぎるほどの財を築き上げていたエリスがどうやっても靡かないと知ると、強引に襲い掛かってくるのならまだしも――そういう事態にはエリスは慣れている――彼は何を血迷ったのか、国家の重要機密をべらべらと漏らし始めたのである。慌てて止めようとしたもののなかなか止まらず、結果として知らぬ方が良いような事までいくつか聞かされてしまった。
「あのバカ貴族め」
 声に出さずに呟き、軽快な足取りで階段をのぼる。三階まで上がったところで、エリスはふぅと軽く呼吸を整えた。目指すラディア司教の執務室はすぐそこだ。
 世の中には知らない方が幸せなことがいくつかある。これは間違いなくそれに当たっていた。何度考えてみてもそういう結論にしかならない。知らないからこそ民は安心して暮らせ、国は滞りなく回る。むしろ、国民がそれを知らない事を前提として国が成り立っているとさえ言えた。したがって、知ってしまった事が発覚すれば、即座に危険思想の持ち主――異端認定されるだろうことは間違いない。無論エリスは墓まで持っていくつもりだった。
 ――それはそうとしてしかし。とエリスは思考を移す。
 エリス自身に関してはどうなのだろうか。そこに益があるからと人を騙しているのは何も国と教会だけではない。最も身近なのは自分自身である。
 姫はやめると心に決めたし、実際にもあれ以降は自分の利益のために己を偽ったり他人を陥れたりということをしていない。ロイセルに話を持ちかける際、用件を言うより先に巻き込んだ事については、あれは普通の人でも使える交渉手段だ。姫の技能は一切使用していない。姫としてのエリスには、やろうと思えばもっと簡単に、かつ有無を言わさず了承させるやり方がある。そしておそらくその方法は相手にほとんど悪感情を抱かせない。自分に好意を持って貰うことこそが、姫としての出発点であり、終着点なのだ。
 だから――姫というものはそうして成立するのだから、取巻きたちのほとんどは、エリスを好いている。彼らはエリスを愛し、自ら進んでエリスの取巻きになっている。多分、その状態が彼らの幸せなのだ。理想の姫君に敬意と情愛を捧げ、そしてそれに喜んでもらおうと心を砕く生活。
 彼らの視線を集める偶像が、本当はどのような人間性を持っているのか。サキとその他数人にしか明かしたことの無いエリスの内面が取巻きたちに触れた時、彼らはいったいどうするのだろうか。
 これはきっと、彼らにとっては知らない方が幸せなことなのだろう。
 エリスが一生姫として生きようとしたならば、彼らは死ぬまで『エリス様』に関して幸せな記憶を持ちつづけられたかもしれない。だが、エリスはやめると決めてしまったのだ。続けられないと訴える心に気付いてしまった。
 本人に続けるつもりが無いからには、いずれは露見してしまう。それはもはや変えようのない未来となってしまっていた。将来のいつの日かに必ず来てしまう『そのとき』を、自らの手で一気に早めてしまうべきかどうか、エリスは決めかねていた。
「……はっきり言っちゃっていいのかなぁ」
 首都に戻ってきた時点では、大々的に「私は貴方がたの思っているような人間ではありません。貴方がたとはお別れです」と宣言する予定だった。その程度ではかなりの数が取り巻きとして残るだろうが、けじめだけはつけておきたかったのだ。
 だが、ロイセルと会って迷いが生まれた。
 料理店で話した際、最後の最後で見せられた、上辺だけでない、心の底から浮かび上がる歪んだ表情。正直なところ、あれはちょっとばかり、胸に突き刺さるものがあった。サキと旅をしていくらか心に余裕を作ったつもりが、蓋を開けてみればこれだ。
 ロイセル相手には、もう随分と前から、必要以上に自分を作ることをやめている。それでも、あの金髪の騎士はエリスの中に姫を見ていた。だからこそのあの顔だったとエリスは確信している。
 ロイセルですらそうなのだから、他の取巻きが受ける衝撃は相当な物になるだろう。理想どおりの姫君でなくなってしまったエリスに、彼らは落胆し、失望し、或いは絶望する。それだけでも心苦しいものがあるというのに、加えてさらに、その反応でエリスの心はえぐられるのだ。自分はなんと馬鹿なことをしてきたのだろうか、と。
 姫をやめたからと言って聖人になる気はない。そんなに重々しい痛みは、できることなら味わいたくなかった。
「どっちがいいのかしらね……」
 思案しているうちに、エリスはラディアの部屋の前に着いていた。木目の浮いたドアをコンコンと叩く。結論を急がない問題は隅へと追いやる事にした。首都滞在中に決めれば良いのだ。まだ時間はある。それよりも今はここまで出向いた目的を消化するのが先決だった。
 ラディア司教には随分と良くしてもらったし、世話にもなった。そうなるようにエリスが仕向けのではなく、初対面から愛情を持って接してくれていた。聖職者の仮面の外れた素顔を晒したことこそ無いのだが、数少ない、取巻きと見なしていなかった人物のうちの一人だ。
 一言も告げずに出ていったのは軽率だったと、エリスは反省をしていた。自分などよりも遥かに真の聖職者という称号に相応しいあの女司教は、可愛がっている後輩の姿が見えないとなれば、本心から心を痛めただろうから。今度こそは行方不明ではないのだと言っておかねばならない。面と向かって本性を明かす勇気はまだ持てないから、理由についてはでまかせになってしまうが。
「エリスです」
 敬虔な聖職者の顔になっていることを長年の感覚で鏡無しに確認し、エリスは扉の奥に呼びかけた。
369-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:28:34 ID:6pIMl4Fg
 … … … … …


「お掛けなさい。お茶も出ないところで悪いけれど」
 久方ぶりに訪ねてきた司祭に、ラディアは粗末な椅子を勧めた。質素を絵に描いたような飾りけの無い部屋には硬い木椅子しか無いというだけであって、来客に対して含みがあるわけではない。ラディア自身にしても同じ椅子に座っているのだ。
 司祭は丁寧に礼を言ってから、腰を落ち着けた。
 夕焼けの赤光が差し込む部屋には、主人と客人の二人しかいなかった。身分としては使用人を置いても非難を浴びないだけの地位にいるラディアは、しかし聖職者として染み付いた質実な気質からか、部屋を過剰に飾る事もしかなったし、無駄に人を使う事もしなかった。
 肌の若々しさのおかげか、それともゆったりと波を打つ薄桃色の髪のつややかさのおかげか、滅多にそうは見られないが、ラディアは今年で四十二になる。男女の別なく聖職位を与える教会でも、上層に行けばその原則は崩れる。男女比で負ける女の身に、四十二という若さ。ラディアは真に有能な人物であると教会に認識されていた。
 それでも――いや、それゆえにか――、この黒髪の司祭と向き合うと、大人気無い嫉妬心が頭をもたげてくるのを止められない。
 並外れた美貌に、すらりと均整の取れた女性的な体。貴族の令嬢もかくやという楚々とした物腰なのに、かといってなよやかさに過ぎることはなく、芯はしっかりとしている。まさに『聖女のような』、といった風情である。その上この司祭は聖職者の技能を使わせても非常に優秀で、彼女の起こす奇跡は、力の上乗せを天に願った回数が大して変わらないはずのラディアと比べても、威力にはっきりと差が出る。実務能力のみならず奇跡の効果でも位に相応しいだけの力を持つ司教と比べても、だ。
 少しでもおのれに頼むところがある者なら、何も感じずになどいられまい。
 もっとも、二つとない天からの贈り物をいくつも貰っておきながら微塵も鼻にかける様子の無い司祭の人柄の良さもあって、自制に長けたラディアには、全く表に出ない段階で無益な負の念を静める事ができたのだが。
 結論としては、ラディアはこの美しい司祭をいたく気に入っていた。初めから魅力的な人間なのだ。見る側に悪意が無ければ自然とそうなる。
「しばらくぶりになるわね、エリス。どうしていたの?」
「皆さんそれを聞かれるんですね。下でも聞かれましたよ」
 言って司祭――エリスは何かを思い出したように小さく笑んだ。
「久しぶりに会っても何もおっしゃらない騎士様が一人だけいらしたのですけれど、やっぱりあの方は例外なんですね」
「そんな人がいるの? ――あ、いや、ひょっとしたら貴女に気遣いをさせまいとしたのかもしれないわね。心配だったなんて、あんまり言われても気にしてしまうものでしょう?」
「あぁ、そう言われてみればたしかにそうですね。ラディア様のおっしゃるとおりかもしれません」
「ええ。人によってはそういう考え方もあると思う。でもね、私なら貴女の事が気になっていたとはっきり言うわ。だって心配したもの。片時も頭から離れないだとか、仕事も手につかないだとか、そういうレベルではなかったけれどね。教区の人からも『エリス様はどうされたのでしょう』って、そういう声はあったわよ」
 取り繕わない本音を投げると、エリスは申し訳無さそうに身を縮めた。
 ラディアの目には、エリスは稀に見るほど熱意のある聖職者として映る。立場こそ冒険者だが、街に出て教えを説きもするし、清潔とは言い難い街区にもみずから進んで足を運び、奉仕活動をする。その姿勢と実績が評価されて、大聖堂の深部への立ち入りが許されたのだ。エリスの突然の失踪は、彼女が足繁く通っていた地区の人々にもささやかな波紋を投じたようだった。
「やっぱり、黙って出て行ったの良くありませんでしたね。申し訳ありませんでした」
「謝るほど気にしなくていいわよ。別に大聖堂に所属しているわけじゃないんだから。貴女なら教えに背くようなことはないでしょうし、どこで何をするのにも教会は口を挟まないわ。個人的に気になっていたというだけ。ひと月も顔を見せないなんてこれまでほとんど無かったし、本当にどうしていたの?」
「いろいろな場所を回っていたんです。プロンテラから離れて、地方の都市ですとか、地図にも載っていない寒村ですとか」
「それは嘘じゃないわね?」
 ラディアが念を押すと、エリスは不思議そうに眉を上げた。
「なぜです? 本当ですよ」
「安心したわ。良くない噂があったのよ。あんまり言いたくないけれど、前にもあったでしょう。貴族さまがどうこうって」
「あぁ……」
 エリスは深い吐息をこぼして、表情をわずかに曇らせた。
 黒髪の司祭の容姿をラディアがあまり妬ましいと思わないのは、これのせいもあるのかもしれなかった。よこしまな男どもの――ごくたまには女の――不埒な欲望の標的になりやすいのだ。聞くところによると、見かけによらず気の強いところのあるエリスは、毅然とした態度でそのほとんどを断るらしいが、相手が有力者であったり、家柄の高い貴族であったりした場合には、話はそう簡単にはいかない。国を動かす上で欠かせない人材は、小さな罪などでは処罰できないのだ。合意が成り立っていたと言われてしまえば、ちっぽけな被害者が何をわめいても、当事者間の問題であるからと捜査の手は伸ばされない。
 そうと知っている彼らは、だから本気になれば無理矢理にでも相手をさせる。しかしそれでもやはりできるだけ穏便に済ませたいし、悪感情も持たれたくないということなのだろう、そういった時には謝礼としてか謝罪としてか、かなりの額に上る金品が贈られる事が多い、らしい。
 らしいと言うのは、ラディアが被害者達から事件の詳細を聞き出そうとしていないためだ。ゆえに確かめてはいないが、エリスが無償の活動を続けていられるのは、本業である冒険者としての収入よりも、そこで得た潤沢な資金の存在が大きいのだろうと踏んでいる。そもそも街で活動している日が多すぎるのだ。討伐報酬など満足に得られているわけがない。聖女のように見えても、れっきとした冒険者でもあるエリスの金銭感覚は現実的なはずだ。どうせ泣き寝入りするしかないのならせめて金だけでもと、しっかり受け取っているのだろう。
 そうやって生活に困らないからと、魔物の討伐よりも聖職者としての活動を優先するせいで、余計に目立って良からぬやからの興味を引く悪循環に陥っていると思うのだが、まさか司教の身で「貴女のためにならないから教会の活動は控えなさい」とも言えない。危うさを感じながらも、ラディアは今まで何も口を出せずにいた。
「まぁ、何も無かったなら良かったわ。私が聞いたのは、監禁されてるとか、もっと悪いところでは殺されてるとか、それくらい酷いものよ。私にしたってまるっきりありえない話ではないと思うわ。権力者の中には、そういう人を人とも思わない連中が確かにいるもの。万一不興を買ったらどうなるか、わかるでしょう? だから――」
 ラディアは短い逡巡を見せた。
「――気をつけなさいね」
「はい」
379-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:29:23 ID:6pIMl4Fg
 結局今までどおり無難に締めたラディアは、次の瞬間、エリスの顔に浮かんだ色に気付き、少しばかり驚かされた。普段から真面目な印象の強い司祭だが、今は輪を掛けて真剣な眼差しをしていたのだ。白い手が膝の上できゅっとこぶしを作っていて、それが何となく、ラディアの目を引いた。
「私も、本当はわかっているんです。あまりやりすぎるべきではないんだろうと。目立っているとは思っていましたから。だからというわけではないのですが――」
 今度はエリスの方が言いにくげに言葉を詰まらせた。口を挟むのがためらわれて、ラディアは目線で続きを促す。
「今日伺ったのは、この話をするためだったのですけれど、私は、少し首都を離れようと思っています」
「これからまた?」
「ええ、今度はもっと長くなると思います。目的は、なんと言ったら良いのか……」
 エリスは再び口篭もった。ゆっくりと、思い詰めたような口調で語りだす。
「私は、神の教えを尊いものだと信じています。それにはもちろん変わりはありません。ですが、地方を回ってみて、いろいろと考えさせられました」
「……ええ」
「今までも首都を出たことが無かったわけではないのですが、今回は特に、何かが違っていて。私たちの言う神とは別な、もっと観念的な存在を崇めておられる方々にも会いましたし、一人の聖職者もいない、小さな小さな村にも行きました。首都で言う貧しい人々のような衣服を着ていて、それでも心から楽しそうに生きてらっしゃる方も大勢いました。それで、だからどうしたのだと言われると、上手く答えられないのですけれど……」
 沈黙が下りる。夕日の赤が宵の紫に侵食され始めた部屋に、カーン、カーンと、夕刻の六時を告げる鐘の音がどこからか響いてきた。硬質でありながら柔らかさを感じさせる温かな音色は、二人だけの空間に、ゆっくりと染みていった。
 完全に余韻が消え去ってから、ラディアは口を開いた。
「――そうね」
 考え込むように黙りこんだ司祭に、穏やかに笑んで見せる。
「私は、貴女の感じた事を正確には理解してあげられないわ。でも、貴女はもっと世界を見てみたいと思ったのでしょう? なら、それはきっと正しい事なのだと思うわ。言葉にできないのは、まだ足りないって心が言っているのよ」
「ラディア様……」
「何も追い出そうというのじゃないのよ。居たかったら居てもいい。けど私は、そう思ったなら行ってくるべきだと思う。こういう評価は失礼に当たるのかもしれないけれど、私の目から見ると、貴女はちょっと危なっかしくて。言うなれば、盲目的、なのかもしれないわ」
「え……?」
 エリスは意外そうにぴくりと瞼を上げた。深い黒の瞳に、ラディアはしかと視線を合わせる。
 これから先は、言いたくてもずっと言い出せなかった本心だ。一人の人間として黒髪の司祭を大切にしたいと思う自分と、司教という身分に縛られて身動きのままならない自分。ほんの数分前まで揺れ動いていた心の天秤は、今はどうしてか、はっきりと傾いていた。
 しばしの別れを告げにきたのであろうエリス。目の届かない場所に行ってしまう彼女に、少しでも助けになるよう、ラディアは何か餞別を渡してやりたかった。
「神の教えに帰依するのは確かに大事だけれど、何を信じて何を信じないのかは、自分で選ばなくてはいけないわ。教会はね、全面的に正しいわけじゃないのよ」
「何を……! 待ってください、それは――」
「いいから聞きなさい」
 咎めるようなエリスの声に、被せるようにして続ける。何を言おうとしていたのかは聞かずとも察せられた。ラディアの発言は異端すれすれの危険な思想を匂わせているのだ。
 だが、ラディアはこの宗教がいかなる虚構の上に成り立っているのか、その実態を上から聞かされていた。盲信に陥っているようにも見えた後輩が教会に疑いを持ち始めたのなら、それは間違っていないのだと、気に病む事ではないのだと、そう言ってやるべきだと思った。苦悩を和らげる手助けをすべきなのだと。聖職者の使命とは、教会を守る事ではなく、人の心を救う事であるはずなのだから。
「貴女の人生は貴女の物だし、貴女の幸せは貴女にしか見つけられない。他の人だってそう。神は全てをご覧になっているけれど、貴女の心を侵す事は絶対になさらないわ。貴女の感じた幸せが教えに添ったものなら、それは神はお喜びになるかもしれない。でも違っていたからと言ってお怒りにもならない。神は寛大な御心をしていらっしゃるのだから」
 こくりと、唾を飲み込んだように、エリスの喉が上下した。
「人は神のために生きているんじゃない。人を創ったのは創造主であって神ではないのよ? それはわかるでしょう。貴女が神の教えに従ってに生きることを幸せだと感じるのなら、それは間違っていないわ。でもね、そうじゃなくても間違いじゃない。全部、貴女が決める事よ。だから行ってきなさい。行って、ちゃんと自分の目で見て、何が正しくて何が正しくないのか、貴女なりの判断をしなさい。そして満足したら、その時に戻ってきたらいいわ。結果貴女が今みたいにきちっとした聖職者じゃなくなっていても、私は拒まないから」
 一息に言って、ラディアは硬い顔つきで唇を噛む司祭に、にっこりと笑いかけた。眉の寄せられた険しい顔は笑みを返さず、わずかに血の気を引かせているようだった。教会の指し示す神の道から外れるようそそのかしたのだ。見ているほうが不安になるほど『優等生』な司祭の耳には、信じ難い背徳への誘いに聞こえていても不思議はなかった。
「……もし」
 弱々しい息を吐き、エリスはぽつりと言った。
「もし、私が初めてラディア様に会った時から、不信心な司祭だったら、ラディア様は、その言葉を掛けてくださったでしょうか。――私を拒まないと、おっしゃってくださいましたか?」
 予想外の質問だったが、ラディアは一瞬たりとも迷わなかった。包み込むような笑顔と共に、力強く断言する。
「当たり前じゃないの。今も別に不信心だとは思っていないけれど」
「なぜ、です……?」
「そうね、貴女は綺麗な心をしているから。何もそれは貴女の行いだけを見て言っているんじゃない。人の心は目に表れるわ。私はそう思う。それは人間だからいつもいつもかげりなくとは行かないけれど、貴女の目は綺麗で、真っ直ぐだから。だからね、きっと、たとえ何かの間違いで貴女が私の前に罪人として引き出されたとしても、私は貴女を見誤ったりはしなかったはずよ」
「……はい……ありがとう、ございます……」
 掠れた返事は、注意していなければ聞こえないほど小さかった。唇が頼りなく震え、瞳に涙の膜が張る。透明な雫が頬を伝うより前に、エリスは俯き、両手で顔を覆った。
「ごめんなさい……」
「……どうしたの?」
「……ごめんなさい……」
 エリスはしばらくそのまま動かず、涙のわけは話されなかった。ラディアも二度は聞かず、ただ黙って、震える肩を見つめていた。
 夕の時間は駆け足で通り過ぎる。間もなく訪れた優しい闇が、エリスの涙を覆い隠していった。
389-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:30:05 ID:6pIMl4Fg
 … … … … …


 ――馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。
 宿に帰り着いてからも、エリスは思い返しては心の中で連呼していた。部屋に入るなりベッドにうつ伏せに倒れ込み、それから何分、いや、何十分経っただろうか。灯りをつける気は起きず、窓を締め切った寝室には暗闇が満ちていた。
「馬鹿だよ……」
 ラディアは馬鹿だ。エリスがどういった人間なのか、まるでわかっていない。見当違いの事ばかり言って。
 わざわざ心配してくれなくても、貴族なんて便利な金づるとしか思っていないのに。わざわざ忠告してくれなくても、信仰心なんて元から欠片も持っていないのに。
 ――綺麗な心なんて、しているはずがないのに。
「私なんかのために、なんでよ……」
 盲目的に教えを信じるのは危ういという言葉。戒律の定めるとおりに生きなくても良いという言葉。道を外れた聖職者になっても構わないという言葉。
 あれらは明らかに、教会の通念を逸していた。教義の根元にある偽りを知るエリスだったから良かったものの、そうでなければ危険思想と取られてもおかしくない発言だった。もしエリスが悪意を持ったなら、ラディアを司教の座から引き摺り下ろす事はもちろん、話術の限りを駆使すれば異端認定させる事すら可能だったかもしれない。
 それをわからないはずがないのに、どうしてあの人はそんな危険を冒してしまうのだろうか。エリスなんかのために。
「馬鹿だわ……」
 ラディアは馬鹿だ。間違いなく馬鹿だ。
 けれど、とエリスは内心で漏らす。
 ……自分のほうがもっと馬鹿だった。
 そこまでしてくれるほど愛してもらっていたのに、かわりにエリスは何をしていたのか。
 どうして素顔を晒さなかったのだろう。どうして自分を偽っていたのだろう。
 理由なんかは考えるまでもない。姫を続けていく上で、不必要に本性を見せる行為は避けなくてはならなかったからだ。
 そうではなく、そういった事情は抜きにして、どうしてあれだけ想ってくれていたのに、気付きもせずに平然と騙し続けていられたのか。それを思うと、憤ろしくて、情けなくて、消えてしまいたいほど申し訳なかった。
 全て告白して許しを請えばよかったのだろうか。
 きっとあの人は、触れられもしない本物の神族などよりも遥かに温かく、エリスの心を慰めてくれたに違いない。叱り付けるのかもしれないし、引っ叩くのかもしれないし、無言で話を聞くだけなのかもしれないし、微笑みながら頷くのかもしれない。そのうちのどれであっても、その他の何であっても、ラディアのすることなら何であれ、間違いなくエリスの救いになったはずだ。それだけの愛情があった。
 しかしそれは、『綺麗な心』をけがす行為のような気がした。自分の心は決して綺麗ではないけれど、あそこでラディアに縋るのはひどく浅ましくて、彼女の言ってくれた『綺麗な心』という言葉そのものをその場で踏みにじる最低の振舞いのような気がした。
 どうしようもなくて、謝る事しかできなかった。
「みんな馬鹿ばっかり……」
 どうしたら良いのかわからない状態は今でも続いていて、そんなエリスを受け止めてくれるのは、自分の体温で温められたベッドだ。無機質で、無反応で、でもだからこそエリスの心をかき回さない。
 いつもならそれで満足できるのに、今日はどうにも、それだけでは落ち着けそうになかった。
「サキ、まだ帰ってこないかな……」
 ごろんと、仰向けに転がってみる。小さな声は独りきりの部屋に寒々しく響いた。
 なんだか無性に、お酒が飲みたかった。
399-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:34:54 ID:6pIMl4Fg
つづく
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激しく勝手な設定。むりやりなこじつけで破綻してるところがあるかもしれませんけど
目をつむってやってくださ(ry えろいひと(えろくないけど)にガンホーとかグラビティとか名前付けようかと
ちょっと思いましたがアホっぽいのでやめました。
40凍った心-前書きsage :2005/11/12(土) 02:08:52 ID:iYSdjnMA
初書き込み、というか短い小説(?)投下させて頂きます
続き物の上に遅筆という最悪コンボでの投下となりますが生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです
しかし文章力にははっきり言って自身がありません、至らない点があったら指摘してくれるともっと嬉しいです

それでは駄文を読み飛ばしくださいませ
41凍った心-1 (1/2)sage :2005/11/12(土) 02:11:11 ID:iYSdjnMA
アイシングデビル─氷の悪魔──
いつからかそう呼ばれていた
別に、どうとも思わなかった
誰もが皆、私のことを昔から嫌っている、というか恐れているんだろう
そんなことはもう知っていたから
もう、一人には慣れたから…

────────────────────────

雪の街ルティエ
降りしきる雪は絶えることを知らず、視界を白に染め上げる
その街の郊外にある、他の家からは少し離れた位置にある平凡な家に産まれた新しい命
名前はルティエに咲く花の名前からとり、「エリカ」と名付けられた

エリカは雪が好きだった
好きと言っても普通の子供のそれではなく、もっぱら雪をさわっているだけなのだ
最初は親が健康を気遣ってやめさせようとしていた
しかし、雪から遠ざけると泣きやまないので歳を重ねるごとに親もうるさく言わなくなった
当然、そんなことだから周りの子からも疎遠な関係になっていき、街の人々はエリカを白い目で見るようになってきた
エリカが6歳になる頃にはもう家族以外からいい目で見られることは無くなっていた
それでも家族は暖かく、エリカにとって雪以外に安心できる場所であった

エリカが8歳の誕生日をもうすぐ迎えようというある日、ソレは起こった
テロ、それほど規模は大きくないが、冒険者の多くないルティエにとっては恐怖の出来事である

その日もエリカは雪の上に寝転がっていた
──(街のほうが騒がしい、どうしたのだろう)
そう思って、一度戻ってみることにした、お昼ご飯時だったし
小走りで街へと戻る、見慣れた門をくぐって街に入る
そして家の近くまで来た時、何かいつもは無かった突起物につまづいて転んでしまう
「いたた…コレなに…」
大きなその雪を半分ほどかぶった物体は黒く、何か焦げた布切れのような物が見えている

何故だかは分からない、少しだけ焦燥に狩られてその雪をはらってみる
「…え…?」
慣れ親しんだ顔、いつも優しかった顔がそこにある
いつもと違うのはその顔が苦痛に歪み、体は既に冷たくなっていること
「母…様…?」
目の前にあるモノといつもの顔が繋がる、冷静にソレを見つめる自分とソレを否定する自分が繋がらない
42凍った心-1 (2/2)sage :2005/11/12(土) 02:12:02 ID:iYSdjnMA
(目の前にあるモノは何?)
(コレは母様だ)
(違う)
(じゃあ母様は何処へ行ったの?)
(きっと買い物に違いない)
(昨日買出ししてたじゃない)
(さっきから聞こえるこの騒がしさは何?)
(何でこんなモノが私の家のとこに?)
(何で…何で…?何?何なの…?)

自問自答を繰り返す、答えは出ない、いや、出したくない
その時視界に入ってくる何か、大きな物、モンスター
その半身にはまるで龍のような翼を持ち、もう半身は人間のようでもある
ソレはこちらを見るなり何か、赤いモノ…
「エリカあっ!!!!」
目の前に何か飛び込んでくる
飛び込んできた物は赤いモノに包まれ、燃え上がる
「エリ…カっ…だいじょ…ぐがああっあぁ…ぐふっ…ぐあ…」
苦悶の声をあげる目の前の物
(コレは何?)
(私を呼んでる?)
(この声は誰?)
(何で呼んでるの?)
頭の回転数が少しだけ、ほんの少しだけあがった──あがってしまった
「父…様……?」
既に目の前の父様だった物は動かない
「え…あ…え…何コレ…」
目の前で起こっている事を理解しようと頭はフル回転する、理性はそれを止めようとフルストップをかけている
視界にはさっきの大きなのの他に色々なのがいる
(つまり…コレは…テロだ)
(父様も…母様も…ああああああ)
周りのモンスターは今にも私に攻撃をしかけようという状況であるが、そんなことはもう気にもかからない
エリスの体の中から何か冷たく、青く、深い何かが湧き出す
「ああああああああああああああああああああ!!!!!」
エリスは周りの状況にも関わらず喉が千切れんばかりの声を上げる
そして、そんなエリス目掛けて深淵の騎士が剣を凪ぐ…が
その剣はエリスの顔面寸前で止まっている
「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
エリスがその声と共に剣は凍りつき、崩れ去った
剣だけでない、彼女を取り巻く全てのモンスター・家・両親の亡骸が凍りついていく

─数分後、その場で動く物は舞い落ちる雪とエリカだけだった
彼女は凍った両親の亡骸に視線を落とし、立ち尽くしていた
彼女は涙は流さなかった、いや、流れなかった
「あは…ははは…」
溜息にも似た乾いた笑い声が天候が崩れ始めたルティエに虚しく木霊していた


同時刻、ルティエを見渡せる丘の上からその様子を見下ろす影が一つ
「ふふ…覚醒しましたね、楽しみだ…ふふ…」
43凍った心-2 (1/4)sage :2005/11/12(土) 22:36:44 ID:iYSdjnMA
ここの所テロが増えた
6年前までは散発的だったものが増加して、いまでは同時多発も頻繁に起こっている
そのおかげでここ、プロンテラ騎士団事件担当受付はてんやわんやだ
「あー疲れた、テロも多いしゴタゴタも多いし、仕事が減らないわぁ」
事務作業をしている女プリースト─名前はルカという─が愚痴をこぼす
「事務が嫌なら外回りでもやるか?丁度チンピラの喧嘩が入ってるぞ」
「か弱い乙女にそんなことさせるつもり?」
「プロンテラ教会所属で一番強いプリーストがか弱かったら支援系の子はミジンコか?」
「ゾウリムシじゃない?」
「更に下がってるしな、まぁ外回り嫌なら働け」
「はーいはい」
と、他愛ない会話を交わしてまた作業に戻る
このルカというプリースト、今言った通りプロンテラ教会に登録されている中で1・2位を争う戦闘能力を誇る
まぁ見た目は普通のプリーストと然程変わらない
むしろ引き締まっていてスタイルはよっぽどいいほうだ
更にストレートロングの銀髪に加え容姿も整っている為、美人の部類に入るであろう
噂によるとファンクラブまであるとかないとか
まぁ普段から接してるとそんな魅力も感じない程ガサツで女として見れないわけだが
「何か今馬鹿にしたでしょ」
「いや別に」
「ふーん…」
…鋭い
これ以上難癖つけられても困るので書類に目を落とす

・フェイヨンダンジョンにおけるモンスターの大量発生
・モロクでの無差別殺人
・コモド西洞窟の行方不明者
・エトセトラ
  ・
  ・
  ・
テロ関連やら殺人事件やら物騒なことばかり
どれもこれもめんどくさそうである
とりあえず古い事件でまだ被害届けが寄せられている物から処理することにした
「えーと…何々、ルティエにおける通り魔と強盗、被害届523件…また多いな」
最初にコレについての被害届が提出されたのが5年程前である
「何でこんなのがまだ解決されてないんだ?」
「サボってたんじゃない?前任が」
「有り得るかもな」
と、もう一度その書類に目を落とすと備考欄に何か書いてある
「何々…4年前…だな、に複合1個小隊を派兵、行方不明
 同年、複合2個小隊を送るが同じく行方不明
 翌年、複合1個中隊および特殊2個小隊を送る、同上」
「何ソレ…おっそろしい」
「確か…テロとか増え始めたのが6年前で、口切がルティエのテロだったよな…
 何か関連がありそうだな」
「あるかもねぇ、そこまで行方不明者が出てると」
「んー、お前行ってこい」
「え゛」
44凍った心-2 (1/4)sage :2005/11/12(土) 22:37:13 ID:iYSdjnMA
─────────────────────────

夢を見ている

何度も見た光景

凍りついた両親

その横に佇む自分

もう、慣れた──もう─


───夢を…見ていた
いつもの夢、変わらない

あの両親が殺された日から6年経つ
あの事件でモンスターに襲われた家は自分の家だけだったらしい
更に運悪くモンスターの目撃者はいなかった
やってきた村人が目にした物は凍った両親と虚ろな目をしたエリカだけだ
枝から出たモンスターは死ぬと無に還るのである
その状態を村人が見たらなんと言うか、そんなもの想像に難くない
元々印象の悪かったことも手伝い、エリカの言い分は全く聞き入れてもらえず罵詈雑言を浴びた
─悪魔!
─親への恩を仇で返すなんて…
─捕まえろ!
拘束されそうになった、だから逃げた

何でこうなったんだろう
何で私なんだろう
何で追われてるんだろう
何で追われなきゃならないんだろう
何で、何で、何で、何で──

エリカは立ち止まる、別に捕まる気は無かった
何でだろう、捕まる気がしなかった
村人達が寄ってくる、エリカの手を掴もうと手を差し伸べる
しかし、その手を途中で止める村人─正確には動かせなくなる─だが
「!!?」
その村人の手は凍っていた、一瞬で
「な、何をした…!」
「…知らない」
「う、うああああああ!?」
悲鳴をあげながら凍っていく男
エリカはその男を冷ややかな目で見ていた
「ひっ…」
他の村人達は恐怖に満ちた声をあげ、蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げていった
「あは…」
自分で自分がよくわからない
さっきから気づいたこと、それは雪や冷気を自分の思うように動かせることだ
例えば冷気を一点に凝縮し、先ほどのように何かを凍らせること
任意に吹雪を起こすことなど
他にも色々できそうだった

何で?そんなことは分からない
分かるはずがない
別にどうでもいい
疑問に思うことも煩わしい
45凍った心-2 (3/4)sage :2005/11/12(土) 22:38:02 ID:iYSdjnMA
それから、ルティエとアルデバランの間にある雪原の一角で暮らしていた
不便はしなかった、食料は街に行けば手に入る、正規の手段ではないが
吹雪かせれば人は家の中に引篭りざるをえない、その時に少しくすねていく、それだけ

いつも雪を見ている、それ以外にすると言ったら眠るくらいなものだ
絶え間なく降る雪は同じ落ち方は無く、見ているだけで日が暮れる
白く小さいその粒は幻想の世界へと見ている者を誘う麻薬のよう
くりくり、と指を少し動かす
妖精達がダンスをするかのように雪が舞う
雪は何も言わず、言うはずもないが、ただ踊っている
虚しくなってやめる
そんな毎日

たまに街の人間が探りに来る、ちょっと吹雪かせて帰らせる
それでも帰らない場合はちょっとだけ手を出す、氷柱を2,3本かすめるようにして飛ばす
一般人ならそれで帰っていく

3度か4度、街以外の人が私のことを探しに来たことがあった
氷柱をかすめてみても帰らないのでとりあえず様子を見ることにした
4人、見に着けている衣服には同じ刺繍がしてある
4種4様な衣服を見に着けている、冒険者の着る物だ
その中で先頭に立っていた男がこっちを見る、見つかったようだ
「いたぞ、アレだ」
エリカのほうを指差す
そして4人固まってこっちへ向ってくる
「エリカ・ミルナンスだな、強盗・通り魔の容疑で被害届が出ている、一緒に来てもらおう」
先ほどエリカを見つけた男がよく響く声で言う
「…何処へ?」
「プロンテラ騎士団、拘留所にて事情聴取・及び目撃者からの認定の後に裁判が行われる」
「嫌って言ったら…?」
「無理矢理連れていく」
「出来ないことは言わないほうがいいよ」
「さて、どうだか、なっ」
その一言と共に跳躍してくる男
他の3人も男の跳躍と同時に散開、二人が言葉を紡ぎだしもう一人は姿が既に見えない
「伝令の神ヘルメスの名においてこの者に天かける翼を!
 全能の神ゼウスの加護をこの手に!」
自分を含む3人に支援の魔法を紡ぐ、残り一人にはあらかじめかかっていたのだろう
「っらああああああ!」
最初に跳躍した男は既にエリカの目の前に迫り、手にした大剣を振りかぶっている

ヒュオッ

そんな音と同時に横薙ぎの刃先が迫る、が

ガキャンッ

突然虚空に現れた氷の塊にはじかれる
「──るは木の星よ、我が言の葉に導かれその形を成さん、ユピテル!」
男が氷の塊にはじかれて後ろに跳躍した次の瞬間には球形の雷がエリカを襲う
エリカは右手をまるで楽曲の指揮者のように翻す、その瞬間に雷は氷に覆われ、押し潰された
エリカが次の動作を起こそうとした瞬間、首筋に冷たい物が触れる
「動くな」
「…」
後ろには最初に消えた一人が首筋に短剣を押し当てている
エリカは動きを止める
46凍った心-2 (4/4)sage :2005/11/12(土) 22:39:17 ID:iYSdjnMA
「よし、いい子だ…!?」
言い終えるか終えないかのうちに後ろの男は凍ってしまった
「なっ…フロストノヴァ…!?」
残りの3人に動揺の色が広がる、当然といえば当然だろう
10歳にも満たないような少女がウィザードのスキル、正確に言えば違うのだが、を使いこなすのだ
「くっ、リカバリー!!…え?リカバリー!!…なんで!?」
凍った男は元には戻らない
「あーあ…やるつもり無かったんだけどな…
 ごめんね…?」
エリカに悪気はない、が相手にとってはどう聞こえたやら
「え、リカバリー!!リカバリー!!リカバリー!!!!」
「やめろ、リサ、落ち着け!」
「だって、だって、だって…」
「やめろ、今は戦いに集中しろ!」
先ほど支援魔法を使っていた女を攻撃魔法を撃ってきた男がなだめる
その間にももう一人が切りかかってくる
「よくもラルをおおお、死ねえええええ!!」
先ほどより数段剣の振りのキレが増している
「ん…ごめん…」
そう答えるエリカの胸には少しだけチクリとするものがよぎる
そうは言っても死ねと言われて抵抗しないのはただの自殺志願者か相当な馬鹿だろう
右手をあげ、目の前に迫る影に向ける
そして次の瞬間、男は声も無く数十メートル横に吹っ飛んでいた
先ほどの攻撃魔法を覆いこみ、その雷を秘めた氷の塊が男の脇腹に命中したのだった
「あ…や…キール…」
しかしそのキールと呼ばれた男は指を少し痙攣させるだけで動かない
「主よ…祖が癒しの力、今ここに…ヒール!ヒール!ヒール!」
「やめろ、リサ、逃げるぞ!無理だ!」
「や、でも、ラルフと、キールがああ…ヒール!ヒール!やっ」
ただ回復魔法を一心に唱える女、冷静に実力差を感じ取り逃げようとする男
「俺らまで犬死にする気か!お前が死んだらラルフ達がなんて言う!」
「やあっ…でも…起きて…キールぅ…早く…ラルフぅ…」
女は依然として泣き叫び、回復魔法を続け、その場から動こうとしない
「ごめんね…」
エリカはそう言うと胸の前で両手を組むようにして目を閉じる

──目を開けると…静かな雪原に戻っていた
大小の氷の塊が数十個転がってることを除けば…
エリカは遠く、遙かな空を見つめていた

その年と翌年に1回ずつ、似たような襲撃があった
しかし人数が増えただけで特に変わらない
編成が違ったようだが大して気にならなかった
もう3回目にはどうとも思わなくなっていた


2年程前から、ルティエ周辺である噂が出回っている
ルティエ周辺の雪原には悪魔が住む…と
全てを凍らす氷の悪魔──アイシングデビルが
47名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/22(火) 08:59:42 ID:BnXEM0K6
次スレはこっちへ!!
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1130601019/l50
48名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/22(火) 09:37:51 ID:BnXEM0K6
ゴメン、ミスったorz
499-10@宿題sage :2005/11/24(木) 01:52:27 ID:kdYp9oEg
忘れ物 3
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 魔力の街灯が日の落ちた街をほの明るく照らす。
 ロイセルは繁華街から少し外れた通りを歩いていた。昼からの鬱屈はいまだに薄らぐ様子を見せてない。あの後は何をしようとも思えず、露店を冷やかすだけで日が暮れてしまった。
 ねぐらにしている等級の低い宿屋は、観光客からは見向きもされない場所にある。それでも、少年期を過ごした朽ち掛けの集合住宅と比べれば住み心地は格段に素晴らしい。気の抜ける根城に帰って何も考えずに寝る。こんな時はそうするのが一番賢いに違いあるまい。
 歩き慣れた道のりを進むと、街灯は減り、人の姿も次第に少なくなってくる。夜が更ければ栄えだすといった類の通りでもなく、純粋に寂れているのだ。この付近に冒険者向けの宿が何軒かあるというのは一部では知られた話で、居るのはそこの利用客を相手に商売をしようとする、怪しげな商品を並べた露天商や、いかがわしい空気を漂わせた女どもだけである。有り体に言ってあまり治安の良い地区ではない。ただ、日々殺伐とした生活を送る冒険者にとっては多少の治安の良し悪しなど頓着すべき問題ではなく、この辺りは自然と、そういう街としてうまく回転するようになっていた。
 ゆえに、ロイセルが剣呑な空気を放ちながら歩いていても、誰一人として奇異の目を向けず、特に目立った反応も寄越さない。そのはずなのだが。
「ねえ貴方」
 背後から声が掛かった。若い女の声だ。涼やかな声音だったせいか、客引きであるという可能性は頭に浮かばなかった。彼女達はもっとねっとりと、その気の無い人間には鬱陶しいくらいに、絡みつくような声色を使う。
 何気なく振り向いて、ロイセルは絶句した。
 明らかに場違いな存在だった。この近辺に暮らすようになって数年、このような娘がここにいる場面を、ロイセルは想像したことがなかった。
 まず連想させられたのは月だった。深遠な夜空にひっそりと佇む月。太陽のように煌煌と輝きはしないものの、その明かりは穏やかに、しかし確固としてそこにあり続ける。儚く見えながらも決して失われることはない。控えめで、それでいて揺るぎない月の如き幽艶な美しさが、娘にはあった。
 あと一歩過ぎれば病的にも見えかねない、健康な生命が持ち得る限界の線を寸前で保つ白皙の肌。肩の辺りの高さで切りそろえられた頭髪は、白に近い、うっすらとしたスミレ色をしている。ちょうど街灯の下でなければ、白だと断じてしまっていたかもしれない。
 顔に目を移すと、これもまた清涼感のある美貌である。人を引きつけて離さないとういうような、ある意味では威圧的とも言える華麗さは弱く、代わりに、白い肌との相乗効果を醸し出す、くどさのない、安心感をもたらすような優美さがある。
 身に付けたブラウスとスカートは、ところどころに黒をあしらった寒色系で上品にまとめられて
おり、これもまた娘のしとやかな雰囲気を引き立てていた。何も冒険者だからといって四六時中所属組織の指定する服を着ていなければならない法は無いから、一般市民だとは言い切れないが、仮にそうだとしても、ならず者まがいのやからが集まる界隈に相応しい人物には見えない。着る物を整えれば、貴族の主催するきらびやかな夜会に出席しても何ら不自然はないように思われた。
「どうしたの?」
 よほど呆然としていたのだろう。言葉を失ったロイセルに娘は訝しげな目を向けた。
「あ、いや、申し訳ない。何でもありません」
「そう? 何か悪い持病でもあるのかと心配したわ」
「もう大丈夫です。持病じゃないですから。して、何の御用でしょう、お嬢さん」
 動揺を隠そうと、ロイセルは芝居がかった言い回しをした。『お嬢さん』という呼称に関しては、エリスと大差ない年頃に見える娘には妥当だろう。
「貴方おもしろいわね。初対面からそんな冗談みたいなセリフ言う人初めて見たわ」
「ぐっ」
 ロイセルの心にほんの少しだけ傷がつく。どうやら中身は見た目ほど人当たりが良くないらしい。
「……ここはあまり安全ではないですから、用があるならとっとと済ませて早く帰ったほうがいいですよ」
「そうね、ホント危険だわ。でも貴方気付いてないでしょ」
「……?」
「付けられてる」
 今度こそロイセルは驚愕が表に出るのを抑えられなかった。はっと全身に緊張が走る。
 尾行を察知できていなかったことはもちろん、真実付けられているのかどうかは確かめようが無いが、もし事実だとすれば、それなりの経験を積んだ冒険者である自分にわからなかったものに感づいたこの娘は、いったい何者なのか。
 警戒心に導かれるようにして、外見の印象の強さのせいで見落としていた一つの疑問が浮かび上がってくる。
「忠告には礼を言います。しかし、貴女はいつからそこにいた? どうして俺はここまで接近するまで貴女の存在に気付かなかった?」
 経験を積めば積むほど、索敵能力や危機感知能力など、動物の本能に属する第六感は鋭くなっていく。何の害意も無い一般市民を危険であるとは捉えないが、それでも『そこに居る』という感覚だけはあるものだ。
 振り返ってみても、この娘にはそれが何もなかった。そんな真似が可能なのはロイセルの遥か上を行く実力の持ち主か、その手の技術をひたすらに磨き上げた能力者だけである。
「ん? あぁ、私はバカには見えないのよ。貴方は私の声に振り向いて賢くなったから私が見えるようになったの。――っていうのはどうかしら?」
「ふざけないで頂きたい」
「固いわね」
 娘は鼻先で笑う。清楚な容貌にそぐわない、人を小馬鹿にするような仕草は、堂に入っていて不思議と違和感を与えなかった。
「別に何もしないわよ。何かするならわざわざわかるように出て来たりするわけないじゃない。まぁ、冒険者なんて用心深さが無きゃやってられないのかもしれないけどね。でもちょっとは状況とか考えたら? 人生損してると思うよ。違う?」
 つかつかと歩み寄り、娘は頭半分ほど高い位置にある額を指先で突く。
 ロイセルは愛剣の重さを意識しながら、それを抜くことをしなかった。娘は言う通り、戦気を放っていない。彼我の実力差が天地ほども離れていれば、無力な虫でも殺すように一寸の殺意も露わにせずに命を断てるのかもしれないが、ロイセルはそこまで自分を無力だとは思っていなかった。
 肩の力を抜いて答える。
「違わないな。まったくだ。知り合いの女にもよく言われるよ」
「賢明な判断だわ。バカなことしたらまた私が見えなくなるとこだったから。見えない相手にやられてよくわからないうちに人生の幕を閉じちゃうなんて嫌でしょ?」
「……俺が抜けば殺すつもりだったのか?」
「実際にどうしたかはわかんないけど、そりゃ、先に殺意を向けるなら殺されても文句は言えないでしょうよ」
 娘はあっさりと言ってのけた。
 この人命に対する割り切った価値観に、完璧な気配の断ち方。今更ながらロイセルの背筋を冷たいものが伝う。
「――職業暗殺者か」
「今は依頼受けてないけどね。あぁ、でも犯罪歴はゼロになってるはずだから、騎士団に突き出しても賞金も謝礼も何も出ないわよ」
 だから馬鹿なことは考えるなと娘は釘を刺した。
 言うまでもないが殺人は罪である。実のところ賞金を掛けられている暗殺者は少なくない。しかしそういった二流どころとは別に、絶対に尾を見せない一流の暗殺者も存在しているのだと、ロイセルは噂には聞いていた。彼らは技術自体もさるものながら、国に影響力を持つ後援者がついているために罪に問われることがないのだと言われる。もっとも、それだけの地位にある者が使うくらいなのだから、元から足が付くような仕事振りはしないのだろうが。
 自分はまともな美人とは一生出会えない星巡りに生まれているのかもしれない。思うと一気に脱力した。
「……それで、凄腕暗殺者のあんたがなぜ俺にそんな警告をしたんだ?」
「『あんた』? そっちが地なの? なんだかいつの間にかぞんざいな扱いになってるけど、そっち方がいいわね。金髪の美形騎士様が喋り方まで丁寧だなんて、できすぎてて私は逆に嫌だわ」
「美人に喜んでもらえるならこっちで通すさ」
「じゃあそうして」
 投げやりに言ったロイセルの軽口を当たり前のように受け流し、娘はつまらなそうに背後を一瞥した。
「別に黙って見てても良かったんだけどね。あいつら全然なってないから見ていられなくて。もちろん冒険者一本に絞ってる連中だろうけど、私と同業っぽいから」
 一般にただ『暗殺者』と言えば、それは職業暗殺者ではなく、暗殺術を戦闘技術として使用する冒険者のことを指す。職業暗殺者にしてもレベルを上げねば実力など高が知れているため、そして隠れ蓑として最も都合が良いため、表向きは冒険者として活動をする者が多い。傍目からは判別できない両者の区別も、本職ならばどうにかつけられるらしかった。
「それに、貴方も深夜になってから押し入られるのなんて嫌でしょ?」
「いや、なんと言うか、嫌とか言う以前にそもそも寝込みを襲われたら死ぬと思うんだが」
「貴方が殺気に気付かずに寝ていられるほど鈍かったらね」
 娘はロイセルを見上げて微笑み、当然のことのように付け加える。
「でも気付くわよね?」
 無邪気な笑みを浮かべる美貌を、ロイセルは困惑気味に見つめ返した。
「……何だか良くわからんが、あんたは俺を買ってくれているのか?」
「ううん、そうじゃなくて。貴方の実力なんて知らないもの。それくらいじゃないと困るなぁって話」
509-10@宿題sage :2005/11/24(木) 01:53:05 ID:kdYp9oEg
 意味深な台詞に問いを重ねようとした瞬間だった。暗い視界の奥に不審な男たちの姿が映る。
 おそらくは、先ほどちらりと目線をほうった娘の所作で、尾行が悟られたことを察したのだろう。夜の闇から溶け出るようにして次々に現れたその数は三つ。素早い動きが阻害されないことを第一に設計された、体の線をほとんどそのままに見せつける漆黒の着衣は、言わずと知れた暗殺者組合――アサシンギルドが定める暗殺者の服装である。
 ほらね、と囁き、娘はロイセルの背に隠れる。自分に降りかかった火の粉を赤の他人に払えと言えるほど傲慢な性格はしていない。ロイセルは傍観者を決め込むような娘の行動に何の口出しもしなかった。
 素性を隠すためだろう、男たちは仮面を被っていた。同じ面では当人たちも見分けがつかなくなるのか、三人とも別の柄をした仮面である。ゴブリンと呼ばれる亜人族の工芸品である木彫の面をつけた男たちを、ロイセルは面の名前で仮称することにした。三男、四男、五男と。
 足音を立てずに歩み寄ってきた三人は、十歩ほど間を空けて立ち止まった。
「我らに気付いたからにはそれなりにできるのだろうが、無関係な者は巻き込みたくない。後ろのお嬢さんには何も見なかったことにして立ち去ってもらいたいのだが」
 三男が言う。問答無用で襲い掛かってくるような相手でなかったことに安堵しつつ、ロイセルは声の落ち着きから、彼の歳を四十前後だろうと推測した。
「だとよ。どうする?」
 油断なく暗殺者たちに視線を向けたまま、肩越しに問う。
「見なかったことにしてって言われても、私もう見ちゃったんだけど。口外しなきゃ許してもらえるってことかしら?」
「そういうことだ。破った場合には、それ相応の覚悟をしてもらわねばならん」
「何それ? 貴方たちが私をどうにかするって言うの?」
 嘲るような笑い声がかすかにこぼれる。ロイセルの耳に届いた冷ややかな美声は、男たちには聞こえなかったらしく、三男の面を被った男は何事もなかったかのように会話を続けた。
「美しいお嬢さんに危害を加えるのは心苦しいがな。無論ここでその男に組しても同じ結果になる。どうするのが一番良いのか、わかって頂けるだろう」
「んー……」
 一瞬迷う素振りを見せた娘だったが、一呼吸の後には助力を期待していなかったロイセルですら拍子抜けするほど、呆気なく了承した。
「そうね。私痛いの嫌いだし。あとは貴方たちで勝手にやったらいいわ」
 考えてみれば、娘にはロイセルに手を貸さねばならない道理は無いのだ。危険を知らせてくれたことだけでも大いに感謝すべきだろう。
「物分かりがよろしくて助かる」
「いいえ、どういたしまして」
 じゃあ頑張ってね、と軽く笑みを孕んだ緊張感の欠片もない口調で言い、娘はロイセルの背から出た。そのまま大胆に暗殺者たちのすぐ脇を通り抜ける。振り返りもせず、どこにでもいる町娘のように隙だらけの背中を見せて、夜の闇に消えていった。
 いつでも行動できるよう意識の中だけで構えながら、ロイセルはごくりと生唾を喉に押し込む。娘を頼りにしていたわけではないが、一人で暗殺者三人と対峙する状況は予想以上の重圧をもたらしていた。自分を弱いとは思わないが、世の中には先ほどの娘のような存在もいるのだ。絶対的な自信を持てるだけの技量ではない。まして街灯の下とは言え、闇の支配する時間帯は暗殺者の得意とするところである。
「なぁ」
 少しでも胸を軽くしようと、ロイセルは対話を試みた。
「あんたら一体何なんだ? 俺は自分では結構真っ当に生きてきたつもりなんだが、知らないうちにどこかで人の恨みを買ってたのかね?」
「貴様……っ!」
「待て」
 低く唸って飛び出そうとした五男を三男が制した。
「何も一方的にどうにかしてやろうというのではない。人違いという可能性も無いわけではないのだからな」
「だが俺はこいつの顔をっ!」
「待てと言うに。――騎士殿、貴方は今日『深海の翡翠』亭に行ったか?」
 ロイセルの顔があからさまに歪んだ。
 盛大に舌打ちをしたい気分だった。魚介料理の美味そうなその店名は、昼間にエリスと入った料理店の看板に掲げられていた文字と一致する。
「悪いが人違いだ。俺はそんな店など知らん」
 一縷の望みに賭けて否定してみるものの、やはり通用しなかった。
「ハハッ、その顔が何よりの証拠だな!」
「そのようだな。言い逃れをしようとは、潔くない奴よ。このような低俗な男に、なぜエリス様が……」
 五男が嬉々として笑い、三男は苦々しさに満ちた声を出した。四男は黙ったまま仮面越しに鋭い視線を投げかけてくる。
 ――何が『まだ楽勝でどうにでもなる段階』だ。
 昼間のエリスの発言を思い出し、胸中で悪態をつきながら、ロイセルは溜息混じりに言った。
「あんたらは勘違いしている。俺はエリス様をあんたらから取ったりはしないよ」
「貴様っ、まだ白を切るのか!」
「信じろよ。俺は自分の命が一番大事なんだ」
 訴えるロイセルを、三男は侮蔑の眼差しでせせら笑う。
「ふん、俗物めが。貴様などに近づかれてはエリス様が穢れるというものよ。ましてやその見下げ果てた心根であの方を誑かそうなど、万死に値する罪と知れ」
「誑かさないと言ってるだろうが」
「今嘘をついたばかりの男の言など信用できるわけがあるまい」
 ロイセルは一日で数え切れないほどついた溜息を、さらにもう一度、今回は最大の深さで吐いた。
 この狂信者どもには何を言っても通用しないらしい。
「――何も知らないとは幸せなことだな」
 自分の力でどこまでやれるかはわからないが、襲い掛かってくるのであれば抵抗しないわけにはいかない。
 たとえ不本意な戦闘であっても、避けられないのなら優位に進める努力をすべきだ。例えば、こちらから挑発を仕掛けてみるだとか。好都合な事に、どこを突付くのが一番効果的なのかはわかりきっている。
「あの女はそんな大層な代物じゃない。むしろ近づかれたら俺の方が穢れるってもんだ]
「……なに?」
 ロイセルは決心を固め、皮肉げな薄笑いを浮かべて見せた。
「わからないのか? こっちから願い下げだっつってるんだよ。あんな腐りきった女じゃあな」
「なんだと貴様ぁ!」
 予想に違わず、五男が姫君への罵倒に逆上し、ロイセルに飛び掛かかってくる。
 十歩の距離を一息で詰める暗殺者の速さには驚嘆すべきものがあった。しかし衝動的に行動に及んだその動きは直線的で、誘ったロイセルにしてみれば避けるのは容易い。
 矢のように飛んでくる拳を半身ずらして躱し、がら空きの胴に篭手を填めた鉄拳を叩き込む。鳩尾をしたたかに打たれて崩れ落ちる五男にすかさず蹴りを入れ、脚力で投げ飛ばしたロイセルは、素早く視線を巡らせた。
 元より戦闘を前に感情を露わにする五男は大した敵ではないと判断している。問題は残る二人だった。落ち着き払った三男が手練れであろうことはもちろん、一言も喋らない四男も気懸かりな存在である。
 四男は相変わらず一歩も動かず闇の中に不気味に佇んでいたが、三男の姿は既に無かった。死角を突いて敵の視界から消え去るという恐るべき移動法は、暗殺者の最も得意とする技術である。ただ、それは完全に不意を突くからこそ威力を発揮するのであって、戦闘に入ってから隠形に移ったのでは効果は半分以下に減る。あらかじめ予測して注意していれば、攻撃に移る際の気配を察知して対応することは不可能ではない。
「左かっ!」
 至近距離から降って沸いたような首筋に向けての刺突を、ロイセルはわずかに体を逸らして紙一重でよける。間を置かずに放った拳は、信じ難い挙動で後ろに跳び退った三男には届かなかった。
 追い討ちを掛けることはせず、ロイセルは死角に入られぬよう、隅に四男を捉えつつ、三男の痩躯を視界の中心に据え置いた。今のタイミングで掠りもしないのであれば、自分から打って出ても攻撃の命中する確率が低いだろうことは間違いない。驚異的な身体能力を見せた暗殺者に確実な打撃を与えるには、より完璧な間合いでカウンターを決める方法以外にはありえなかった。そのためには、相手の攻撃の瞬間を正確に見極める必要がある。
 ロイセルは愛剣を抜いた。長大なその両手剣の名はそのままツーハンドソードと云う。人も含め、中型サイズに分類される敵に通常の三割増の切れ味を生み出す魔力が込められているが、それも刃が届かねば意味が無い。
 隙無く正眼に構えて待ち受けるロイセルに、だが双手にカタールを握った三男は向かってこなかった。
519-10@宿題sage :2005/11/24(木) 01:54:11 ID:kdYp9oEg
「貴様なかなかできるな。読みも正しい」
「ありがとうよ」
「だが我らは三人だ」
 三男はうずくまった五男に顎をしゃくる。
「少し経てばそれも起き上がる」
「……何が言いたい?」
「貴様の戦法に付き合ってやる義理は無い。こちらからは仕掛けん」
「……クソったれが」
 じりじりとした緊迫が流れる。
 おそらく、敵は五男の回復を待って一気に勝負に出るのだろう。それがわかっていても、未だ武器を出していない五男にとどめを刺す気にはなれなかった。ロイセルの剣技は人に向けるために磨かれてきたものではない。明確な殺意を見せていない相手に必要以上の攻撃を加えるのは、密かに抱いている騎士道精神に反した。そんな悪辣な行為は凶悪犯罪者にでも任せておくべきである。
「いやったらしい野郎だな」
 焦れたロイセルは吐き捨てた。
 三男は体さばきからして間違いなく、主に敏捷性を上げてきた暗殺者だ。対してロイセルは力と敏捷性。斬撃が当たりさえすれば、例え急所でなくとも力で押し切って戦闘不能に持ち込むことは可能だろう。しかし避け続けられれば、回避能力で劣るこちらは徐々に傷を増やしていき、いずれは致命傷を負う。
 当たれば勝ち、当たらねば負け。博打のような戦法しか取れなくとも、時が経てば不利になるのは目に見えていた。複数人に同時に攻められては、カウンターを狙う余裕などあろうはずがないのだ。
 勝機があるとすれば、今をおいて他には無い。
「待ってろ。行ってやる」
 呟いたロイセルは、体内に流れる捉えどころのない、漠然とした『力』という感覚に意識を凝らした。精神力を絞ればはっきりと掴める、闘気とも云うべきその力は、戦いの中でいつしか当然の如く扱えるようになっていたものだ。
「ツーハンドクイッケン!」
 言い放つと共に、淡い黄金の光がロイセルの全身を包み込み、両手に感じる剣の重みが羽毛のように軽くなる。限界を超えた剣速を可能とする騎士の秘技である。
 金光を纏ったロイセルは、起き上がりかけた五男の顎をブーツで蹴り上げる。その足で石畳を踏みしめると、次の刹那一足で三男に迫った。
 敵は四男を牽制しながら戦えるような生易しい相手ではない。今まで同様四男が戦闘に参加しないことを心の端で祈りつつ、ロイセルは三男の胴を目掛けて横薙ぎの剣閃を振るう。
 手加減なしの初撃は空を切った。
「なっ……!?」
 避けられることは予測の範囲内だったが、その動きが想定の上を行った。後退すると思われた暗殺者は、異常なまでの反応速度で体を沈めたのだ。一歩間違えば首と胴が永遠の別れを告げてしまう驚異の回避を披露した三男は、伸び上がるようにしてロイセルの下腹部を強襲する。
 通常では躱しようのない絶妙の一撃に、磨き上げられた戦闘勘が際どく反応した。
「マグナムブレイク!」
 ロイセルを中心に膨れ上がる闘気の熱風が、切っ先の勢いを削ぎ、刃の到達をわずかに遅らせる。柄から離した片手の裏拳をカタールの握りに叩きつけると、凶刃は致命の軌道を逸れ、脇腹に浅い傷を作った。鎧を身に着けていなかったことを悔やむべきか、否、防護のためとは言え、重量を増してしまっては暗殺者の素早さに対応しきれまい。
 ロイセルは体勢を崩しながらも、片手で強引に大剣を振り抜く。重量で優るツーハンドソードは迫っていたもう一方のカタールを弾き、寂れた路地に鈍い金属音を響かせた。両手で握り直しすぐさま逆袈裟に斬り上げると、今度こそ仮面の暗殺者はバックステップで距離を取った。
 五男が戦闘可能になる前に、そして四男の気が変わる前に三男を倒さねば、敗北は確定的なものとなる。その先に待つのは死だ。
 ロイセルはこの数十秒で持てる力の全てを出し尽くす決意をした。精神の損耗を顧みず、一刀一刀に闘気を注ぎ込むのだ。そうして繰り出す太刀は、破壊力の増大は言うに及ばず、掠めるだけでも気迫でもって相手の神経に干渉する。鍛え方によっては一切効かない者もいるが、上手く行けば三男の足を止められるかもしれない。考え得る最善の策がそれだった。
 規格外の切り返しを実現するツーハンドクイッケン状態において、大振りはさしたる隙にはならない。地を蹴ったロイセルは、大上段に振りかぶった両手剣を全力で振り下ろした。唸りを上げる高速の剣刃は、横跳びに逃れた暗殺者のすぐ脇の空間を裂き、闘気を爆発させて直前まで立っていた板石を粉砕する。
 粉塵を巻き上げつつ即座に追撃を仕掛けるが、さらに早い三男の反応によってそれは空を凪ぐに留められた。
 一歩引いて斬撃をやり過ごした暗殺者は、白刃が眼前を通り過ぎた瞬間を正確に捕らえ、弾かれたように飛び出してカタールを突き出す。
 迎撃は間に合わない。腹部への突きを、ロイセルは振り切った剣の勢いに任せて体を泳がすことで避けた。
 だがこの不安定な姿勢は敵にとっては見逃しようのない好機となる。
「マグナムブレイク!」
 咄嗟に放った熱波に逸らされながらも、間髪入れずに突き出された逆の手のカタールは、上体を捻ったロイセルの横腹を刀身の半分で切り裂いた。
「ああああああっ! インデュアっ!」
 極限の判断速度で、ロイセルは痛覚遮断の技を使った。倒れかけの体を踏みとどめ、横殴りの剣風を巻き起こす。この強敵を前に立ち止まる行為は死を意味すると、本能が訴えていた。
 深い傷創を負わされた直後の反撃がいささかも剣速を衰えさせないとは、さしもの三男も想像していなかったらしい。仮面の奥で見開かれる瞳を、ロイセルは確かに見た。
 三度目の後方跳躍。だがその行動は僅かに一歩遅い。夜風を切って跳び離れる痩身に、扇の残像を描く刃が肉薄する。剣先は暗殺者の胸元を横一文字に薄く斬り払った。
 肋骨にすら至らなかった傷口に、剣を介して闘気が炸裂する。傷跡は不可視の鉤爪に抉られるように深度を増し、夜闇に血華を咲かせた。それでも内臓にまでは達しない。
 剣撃を浴びせられ半ば吹き飛ぶように跳び退いた三男は、倒れはしなかったものの、ロイセルの視線の先でたたらを踏んだ。鍛え上げた暗殺者がさして深くもない傷などでふらつくはずがない。送り込んだ闘気が一部の運動神経を撹乱したのに違いなかった。
 脇腹から血を滲ませたロイセルは、機を逃がさず全速で踏み込み、両手持ちの大剣を振るう。必殺であるはずの袈裟懸けの斬り下ろしが肩口に到達する直前、金属同士がぶつかり合う耳障りな高音が上がった。
 復活した五男が横合いからカタールを延ばしたのだ。
「雑魚がぁっ!」
 ロイセルは構わず、力任せに刃を押し込む。世界の法則に後押しされた人外の膂力は、素早さを重視する暗殺者などに抑えきれるものではない。速度を削がれながらも、ツーハンドソードはカタールを押し返し、三男の首横に食い込んで鎖骨を断ち割った。
 侵攻の止まった刃を上方に引き抜きざま、苦鳴を漏らす三男の胴体に前蹴りを入れ、突き離す。
 それほど場慣れしていないのだろう、五男は深手を負った仲間に一瞬気を取られた。
 暗殺者が竦んだ時間は瞬きほどの間だったが、それだけでも注意を逸らせば、続く行動には多大な影響が出る。ロイセルが蹴りを放つと、ブーツの爪先は吸い込まれるようにして五男の腹にめり込んだ。
 やはりこの男は敵ではない、凶器を向けられるまで――殺意を向けられるまで手加減してやっても、取り返しのつかないような事態にはなるまい。
 蹴り飛ばされて再び倒れる五男と、片手を力無く垂れさせた三男とを確認し、ロイセルは冷静に分析する。
 レベルが上がっていくと、外傷への耐性も強化される。明白な致命傷となってはどうすることもできないが、失血の速度が落ちるのだ。かといって血流が滞るのかと言えばそれは無く、目に見えない『何か』が血管の役割を肩代わりしてくれる。当然ながら原理は不明で、それはもうそういう法則なのだと納得するしかない。
 ロイセルの傷は浅くはなかったが、今すぐに生死に関わるようなものでもないと、長年の感覚で断定できた。手傷を与えた三男と元々が小物の五男ならば、充分に倒しきることができるだろう。
 しかしそこまでだ。負傷に加え、闘技を連発したロイセルには、特殊技能を満足に使えるだけの精神力が残っていない。もし、未だに動きを見せない四男が、三男と同等かそれ以上の戦闘能力を有していたならば、勝てる見込みは限りなく低いと言わざるを得なかった。万全の態勢で望んだ今の攻防でさえ、一歩間違えば死んでいても不思議は無い、ぎりぎりのものだったのだ。
 ロイセルは構えを解かないまま、戦闘を傍で眺めていた無傷の暗殺者に向かって問い掛けた。
「なぁ、これで退いてくれないか?」
「ふざけるな、誰が――」
「あんたには聞いていない」
 仮面の穴から憤怒の双眸を覗かせる三男に言い捨て、言葉を継ぐ。
「仲間だろ? 手当てしてやれよ。見てわかるだろうが、俺は今すぐにでもこいつらを殺せるよ。だが大人しく連れて帰るなら、これ以上は何もしない」
 四男は無言を貫き、微動だにしない。
「悪い話じゃないと思うんだが。お前さんはそこまで俺を殺したいとは思っていないんだろ? 全然掛かってこないくらいだしさ。どうだ?」
529-10@宿題sage :2005/11/24(木) 01:55:03 ID:kdYp9oEg
 街灯の光が辛うじて届く位置で背後に闇を従えた暗殺者は、かすかに笑ったようだった。夜に溶け込みそうな黒装束を纏った肩が、小さく上下に揺すられる。
「何がおかしい?」
「……天晴れな男だと思ってな」
 初めて聞く男の声は、生命の危機に立たされた仲間を前にしているにも関わらず、ひどく静かなものだった。
「騎士の身で人の命を交渉材料に使うか」
「言っただろうが。俺は死にたくないんだよ」
「そうだな。私もお前に死なれては困る」
「なに?」
 意図の見えない言葉に、ロイセルは眉をひそめる。同時に痛覚遮断の効果が切れ、脇腹を激痛が襲った。
 うめき声と共に問いを飲み込んだロイセルの代わりではないだろうが、重傷のためにか荒々しく呼吸を乱した三男が不審げな声を発した。
「なん、だと?」
「死なれては困ると言ったのだよ。襲撃には同意したがね、殺害にまで同意した覚えは無い」
「どういう、ことだ……?」
 肩口から血を流す暗殺者にゆっくりと歩み寄りながら、四男は歌うように淀みなく言った。
「こういうことだ。私はそこの騎士殿に確実に勝てる状況を作りたかった。だが私は彼の力を知らない。ならば人を使って調べるのが上策だろう。もしも騎士殿が手に負えないほど強かったなら、私は貴方がたに加勢するつもりだった。反対に弱かったなら、貴方がたを後ろから刺すつもりだった」
「貴様、なぜ動かんのかと思えば……っ! 同志ではなかったのかっ!」
 三男は仲間と信じていたのであろう男を苛烈な眼光で睨みつける。五男は展開に付いていけないのか、立ち上がりながらも、二人の暗殺者の仮面を交互に眺めるばかりだ。
 繰り広げられる仲間割れのような光景にも、ロイセルは一向に気を緩めることができなかった。むしろ心は激しくざわつきを増している。余裕ぶった四男の発言は、彼が、二人の同業者を見捨てても、独力で『確実に勝てる』と断じたからこそ、出てきたに違いないのだ。
「同志? 同類にしないでもらいたいものだな。エリス『サマ』の取巻きという括りで見れば、私も貴方がたも変わらないのだろうが」
 四男は姫君への敬称に妙な抑揚を付けた。
「貴方がたのように先走る狂信者どもなど、彼女も嬉しく思うまい? 騎士殿が死んでしまったら、彼女は心を痛めるだろうな。そんな事態は好ましくない。だから、貴方がたとはここでお別れだ」
 淡然とした語りが終わった、まさにその時。三男に向けて歩を進めていた暗殺者の黒装束がぶれる。
 警戒を強める三男よりも組しやすいと見たのだろう。寸時の後には、四男の姿は呆然と立ち尽くす五男の懐にあった。軽い混乱に陥った経験不足の暗殺者には、突然の方向転換が捉え切れなかったらしい。完全に間合いに入られてしまっている。
 確かに速くはあったが、四男の移動速度は三男とそれほど差が無かった。ロイセルには見切れる。
 しかし。
「……化物が」
 ロイセルは思わず呟いていた。
 左右のカタールから交互に繰り出される高速の八連撃が五男の肉体を切り刻む。肉を斬り骨を断ち、臓物を抉る。
 暗殺者固有の技術であるソニックブロウと名付けられたこの技は、その突き詰められた高速性のために、一発一発の威力は通常よりも劣るものとされている。本来は細かな傷を八つ作り、総計で被害を見るものなのだ。
 そこをこの暗殺者は、単体単体に凶悪な破壊力を持たせて放ったのである。両腕を切断され内臓を損傷した五男の命数は、もはや幾ばくも無いだろう。明らかな致命傷だった。
 三男並みの素早さと、たった今見せた恐るべき力。
「何レベルだよ……!」
 勝てる気がしなかった。戦闘技術云々を比べる以前に、能力そのものに歴然とした隔たりがある。
 とは言え、抗わずに流されてやる気にもならなかった。『死んでもらっては困る』という言葉を無事の帰還に結び付けられるほど、ロイセルは楽観的な性格をしていない。何らかの忌避すべき運命が待ち受けているのだろう。
 ――ならば、どうするのか。
 ロイセルの心は瞬時に決まった。
 一人目の始末を完了した四男は、既に次の標的へと身を翻している。ロイセルは一歩踏み出し、
凶刃を携えて駆ける暗殺者へとツーハンドソードを叩きつけた。
 重みのある斬撃を、四男はカタールを交差させて受け止める。回避しなかった所を見ると、命のやり取りをしていた相手を助けるような行動には、流石の四男も不意を突かれたようだった。
 力比べに持ち込みながら、ロイセルは三男に叫ぶ。
「手伝ってやる! 殺せ! 俺を殺すのなんて後でもできるだろ! でなきゃ死ぬぞ!」
「そう来たか! 小癪なっ!」
 同志を殺害されたばかりでも、三男の判断は変わらず迅速だった。武器を噛み合わせる仮面の暗殺者に詰め寄り、鋭い刺突を放つ。四男は身を浮かせ、ロイセルの力も利用しつつ後方に跳び離れてこれを避けた。
 ロイセルは四男に注意を向けたまま、傍らの暗殺者に語りかける。
「あんたが俺を殺せば、その瞬間奴はあんたを殺す。その可能性が高い。それはわかるな?」
「ああ」
「ここを凌げば俺はあんたを殺さない。約束する」
「承知した」
 臨時の共同戦線は簡単に成立した。それほどまでに敵は強い。
「よし。あんたはなるべく前に出るな」
 どういうわけか四男にはロイセルを殺せない理由があるらしい。それを信じて賭けるしかなかった。もとより、痛覚を断ち切れるロイセルとは違い、肩を砕かれた三男が先ほどまでの身のこなしを維持できるはずがないのだ。そして一対一になってしまっては、ロイセルに勝ち目はない。
「ツーハンドクイッケン! インデュア!」
 傷を負ったこちら側にとって、時は有利に作用しない。一気に畳み掛けるつもりで精神力を振り絞る。
 ロイセルは両手剣の柄を握りなおし、諸手をだらりと下げた独特の構えを取る暗殺者に飛び掛かった。剣刃に闘気を込め、上段から縦方向に振り下ろす。この技はあと数回しか使えないだろうが、出し惜しみができる敵ではない。
 風切音が石畳に吸い込まれ、轟音が生じる。破砕された石材が石つぶてとなって飛び散るその位置に、やはり暗殺者の姿はなかった。
 渾身の一撃が到達する前に体を横にずらしていた四男は、振り切ったロイセルの腕を目掛け、強烈な蹴りを見舞う。反射的な早さで腕を逃がすが、それでも遅かった。高レベル暗殺者の足は片腕に追いつき、鈍い衝撃を生み出す。
 しかし、インデュア状態のロイセルはどうやっても握れないというまで破壊されない限り、ほとんど被害の影響を受けずに武器を扱うことができる。ダメージの把握を後回しに、すかさず引き戻すようにして横薙ぎに大剣を振るうと、四男は胸の前に持ってきた両手のカタールで斬撃を防いだ。そのまま勢いに逆らわず、吹き飛ばされるように距離を取る。
 暗殺者の戦法を知り尽くしているのか、手負いの三男が驚くべき反応で四男の着地地点に迫る。接地の直前に繰り出された一閃は、まさに文句のつけようの無いタイミングと言えた。ただし、両腕が自由であれば。
 空中にあるうちにカタールを振り払い、四男は不自然に姿勢を崩した。ここで間を空けずに攻撃を重ねられれば、それは高い確率で強力な暗殺者に何らかの負傷を与えただろう。だが鎖骨を両断された三男には満足に続く手を打つことができない。
 舌打ちをしながら追いついたロイセルが袈裟斬りを放つ頃には、暗殺者は体勢を整え終えていた。待ち構えていた四男は、街灯を受けて薄くきらめく白刃を完璧に見切り、常識外れの腕力で、片手のカタールを高速で振り下ろされる刀身に叩きつける。
「馬鹿なっ!」
 両手持ちの大剣は衝撃に軌道を逸らされ、虚しく夜闇を切り裂いた。想定外の受け方をされたロイセルは完全に体勢を乱す。そもそも、暗殺者とは積極的に武器を打ち合わせるような戦い方をしないものなのだ。
 ロイセルにできたあからさまな隙を打ち消すように三男が突き出したカタールは、いとも容易く打ち払われた。力で劣る上に負傷も甚だしい三男は、たったそれだけの接触で体を泳がせる。
 ツーハンドソードはまだあらぬ方向に流れたままである。ここで追撃が加えられれば、三男の体は確実に貫かれるものと思われた。
 内心で歯噛みするロイセルの眼前で、不意に――不意にとしか言いようのない唐突さだった。
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
 絶対の好機を手に入れたはずの四男が膝から崩れるように倒れこむ。
「な、何だ……?」
 訳もわからず目を凝らしてみると、四男の両の足首に裏側から深い裂け目が刻まれていた。黒装束に赤黒く濡れた染みが広がっていく。
「――だから二流って嫌だわ」
 いつの間にか――馬鹿げた話だが、本当にいつからだったのかわからなかったのだ。信じ難いほど突然に、無様に地面に転がった四男のすぐ隣に、荒事の匂いを一切感じさせない、場違いに清らな空気を纏った娘が立っていた。
 片手に血塗られた短剣を握って。
「見ていられないわね。いつ気付くのかと思って見てたけど、貴方たちバカじゃないの? 何で暗殺者がわざわざ街灯の下で戦ってるのよ。暗視訓練くらいしたでしょうに」
 鈴を転がすような澄んだ声で毒舌を吐いた娘の端整な相貌は、記憶を違えようもない。
 間違いなく、この場を去ったはずの、月のようなあの美しい暗殺者だった。
539-10@宿題sage :2005/11/24(木) 02:00:59 ID:kdYp9oEg
つづく
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バッシュバッシュって連続で叫ばせるの鬱陶しそうだったのでごめんなさい。
スタン効果もうまく急所攻撃に絡められませんでした。重ねてごめんなさいっ!

>>41さん
楽しみどころ間違ってる気もしますが、仲間を殺されてパニックになってる
プリさんに萌えました。こういうの好きだなぁw
話自体も続きが気になります。やっぱりプリさんが!
至らない点と言いますか、こういうスレ投下のSSでもポエム調じゃないところは
「。」付けた方が読みやすいと思いますですよ。
何かこだわりがあって抜いてらっしゃるならすみません。
次回楽しみにしております。
54名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/24(木) 18:32:44 ID:f1ks//pE
戦闘シーン燃え。しっかし、このスレでは主人公というと両手剣騎士が主流なのが不思議ニダ
55名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/24(木) 18:38:31 ID:vRwnJptE
>>9-10たん
そのアサシンの娘さんはお持ち帰りできますか?

>>54
動かしやすいからじゃね?
ナイトはそれなりに決め技に出来るスキルもあるし。
これがアサシンとかなるとソニックブロウ一択になりかねんし……いや、すまん。
メインキャラがアサシンの漏れが言うセリフじゃないな!
56名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/24(木) 19:35:43 ID:GPwtnehc
あと、槍系のスキルはペコにのらないと制限あるから微妙だし、
街中や建物の中でまでペコ乗りっぱなしってのも違和感をそれとなく感じるからだろうね。
57名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/24(木) 23:30:23 ID:J1Z4GFro
ロイセルはサキの尻に敷かれますか?
589-10@宿題sage :2005/11/27(日) 01:52:29 ID:jviy8VbI
休みもらえなくなってきてしばらく続き書けそうにないのでレス返しだけ(つД`)

>>54さま
戦闘シーン燃えていただいてありがとうございます。
当初はさらっと流すつもりだったんですけども、書いて良かったです。本当にありがとう!

>>55さま
お持ち帰りできますが、たぶんあんまりいい子にしてないですよ、きっと。

>>57さま
どうなるんでしょうか。一応予定ではなんかあるんですが、
物語は生き物なので(というか私が舵取れないだけ)どうなるかわかりません。

両手騎士はカコイイですよ!
てかそんなに両手騎士主人公多かったかしら。パッと思いつくの続き物だと3つくらいだったり。
ちなみに私の場合はまったくもって>>55さん>>56さんのおっしゃるとおりの理由です。
59白髭sage :2005/11/30(水) 23:44:47 ID:NSVb9K3g
>>41-46
残酷さの中にある絶妙な切なさというか、この寂しさに鳥肌が立ちました。
ミステリアスな作品は、なかなか書けるものじゃないので、尊敬。

>>宿題氏
戦闘まじ燃え!グイグイと引き込む描写が素敵です。
アサ娘さんイイ・・・。


忙しい中で、なんとか書き溜めた作品を投下。
だいぶ前の作品の続きになっちゃうのですが、中途半端で終わるのはこちらとしても後味が良くないので。

プロンテラ攻防戦 No.3 ―反撃の狼煙

 白いレンガ造りの城の中
 総合会議室には、王都近衛団の中枢が集まっていた。
 高級な皮のソファーに腰掛け、魔術師は集まった面子を見回した。
 騎士隊隊長、聖騎士隊副隊長、魔導師隊副隊長、そして自分
 看護課は、負傷者の手当に当たっている。
 それを差し引いても、ここにいるべき人物が一人欠けていた。
「ミケルはどうした?」
 聖騎士隊隊長 ミケル=レカント=ニキータ
 これまで、数々のテロを鎮圧し、近衛団の中でも一二を争う実力の持ち主として知られている。
 聖騎士隊の指導者としての能力も群を抜いていた。
 彼の強さは、剣と、剣よりも斬れる頭にある、とさえ言われたほどだった。
 その彼が、この場にいないはずがない。
 魔術師が不審に思って尋ねると、その場が重い沈黙に包まれた。
「ミケルは、重傷だ。」
 騎士隊隊長ヘルマンの言葉が、静かに響いた。
 彼の話によると、ミケルは先ほどの戦闘で深い傷を負ったらしい。
 当然、聖職者はいるのだからヒールは出来たはずだが、それでも重傷だった。
 ヒールでは塞がらない傷、というのは非常に稀ではあるが、あまりに深い物は塞ぎきれないこともある。
 そしてそれは、たいていの場合死に至るほどのものであることが多い。
 ミケルがまだ生きているのさえ、奇跡と呼んで差し支えないレベルの話だった。
「王都の守護神と呼ばれた男が、堕ちたものだな。」
 重々しい空気の中でも、魔術師は表情一つ変えなかった。
 軽いため息の後、彼の口から出たのは、驚くほど冷酷な言葉だった。
「貴様! ミケルは、お前が来るのをずっと待っていたんだぞ!」
 怒りを抑えられないヘルマンが、魔術師の襟を掴んだ。
 今まで、ミケルと共に幾多の戦場を駆け抜けてきた彼にとって、最大の戦友を侮辱されることは、己を侮辱されることでもあった。
「ふん。俺はずいぶんと信用されてるらしいな。ヤツも潮時ということか。」
 相手の瞳の奥で燃え盛る怒りの炎を目の当たりにしても、魔術師は呼吸一つ乱さなかった。
 自分の襟を掴んでいる腕を掴んで、念じる。
「っ!!」
 ヘルマンは、腕に走る鋭い痛みに表情をゆがめた後、すぐに魔術師を離して手を引っ込めた。
「あんた何を・・・!」
 穏やかでない状況に、セレンも混乱を隠せなかった。
 外傷は残らない程度だったが、ヘルマンの腕はまだ痛んでいた。
 マジッククラッシャーと呼ばれる、高位の魔術のせいである。
 特に詠唱を必要とせず、ただ念じるだけで、敵に対し物理的な衝撃を与えることが出来る。
 魔術に対する耐性のある者であっても、この術ならば比較的大きなダメージを与えることが出来るのだ。
 騒然となった場で、初めて魔術師の表情が動いた。
 小さく起こった騒ぎはすぐに収まった。
 彼の瞳に宿る、怒りとも戒めとも取れる冷徹な刃が、彼らを鎮めた。
「カルナ。敵とこちらの勢力、それから現状を報告しろ。今すぐにだ。」
 彼は、首だけ後ろを向いて必要最低限の指示を出した。
 彼のすぐ後ろに控えていた眼鏡をかけた長身のセージは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに彼の意図を理解して資料を取り出した。
 既に、魔術師の顔は指導者のそれだった。
「これより、今回のテロ鎮圧まで、この王都近衛団は俺が仕切る。異議は認めん。」
 有無を言わせぬその迫力に、セレンとヘルマンもひるんだ。
 限りない闘志の炎が燃え盛るその漆黒の瞳が、二人を見据えた。
 そして、ふっと表情が和らぐ。
「信頼には、応えねばなるまい。」
60白髭sage :2005/11/30(水) 23:45:56 ID:NSVb9K3g
「その前に一つ聞いておきたい。」
「何だ?」
 カルナが机の上に資料を広げる前だった。
「何故、わざわざ俺を呼んだ?他にも有能な者はいるだろう。」
 魔術師は、やや不機嫌な様子で、ヘルマンに尋ねた。
「前回のテロ鎮圧で、ミケルがお前の指導力に惚れ込んでな。私も悔しいが、私よりもお前のほうが指導力があると思っている。」
 それは、常に自らを信じて隊員を導いてきた彼等にとって、屈辱的なことだった。
「今回もそうだ。お前が来た途端に、全員の士気が向上した。」
 それを聞いて、魔術師は盛大に溜息を吐いた。
「それだけで休日出勤することになるとはな。 まあいい。カルナ。始めてくれ。」
 眼鏡をかけた長身の青年が取り出したのは、王都全体の地図とメモ帳だった。
 地図を机の上に広げ、メモ帳の中身を読み上げる。
「現在、こちらの勢力は騎士隊20名、聖騎士隊17名、魔導師隊10名、聖堂から逃げてきた聖職者が15名、残りは全て非戦闘員です。」
「敵勢力で大きなものは、東門付近に深遠の騎士、旧剣士ギルド前付近に多数の上位モンスター、南門付近に正体不明の生命反応が出ています。」
 地図に書き込まれたデータを元に、カルナは的確な状況報告を展開した。
「充分だ。南門のそいつが気になるところだが、あとは問題ない。逃げ遅れた者の救助に騎士隊、聖騎士隊、聖職者を各5名。南門へはこちらの少数精鋭で向かう。残りを東門と旧剣士ギルドに集めてくれ。」
「東門へ向かう部隊はヘルマンに、旧剣士ギルドはセレンに任せる。各部隊は掃討などの任務を終えた後、南門へ向かってくれ。以上だ。」
 そうとだけ言うと、魔術師は席を立って出て行ってしまった。
「え、ちょ、ちょっと!」
 会議というにはあまりにも一方的な、それは既に命令と呼べるものだった。
 セレンは、またしても溜息を吐くことになった。


 会議室の外は、ネズミ1匹すらいないと感じさせるほど静かだった。
 会議を終えた魔術師が、やや乱暴に(とは言っても、彼にはそれほど腕力があるわけではないのでうるさいわけではないが)扉を開けて出てくる。
 やや煤けた青い床の上を歩く音が静寂に響く。
 吸い込まれそうなほど深い漆黒のローブに身を包み、同色の髪と瞳は燭台の明かりを受けて妖しく輝いていた。
 彼には、雰囲気だけでわかる王者の風格が備わっていた。
 しかし、彼の頭の上を除いては、の話である。
 主人が珍しくやる気を見せているというのにも関わらず、彼の頭の上にいる黒猫はだらしなく腹這いに寝そべっていた。
 主人のほうもそれを気にしているわけではないらしく、特に「お前もやる気出せ」などと言い出す気配はなかった。

 プロンテラ城の裏門の橋を渡ると、そこには4人の若者が彼を待っていた。
 騎士、司祭、狩人、修道士と、なかなかバランスの取れた面子だった。
「お、来た来た。」
 そのうちの、青髪の修道士が彼を見つけると、嬉しそうにつぶやいた。
 他の3人も、つられて彼のほうを見る。
「よっ、ひさしぶr」
「こいつらの腕は確かか?」
 青いコートを着た修道士が挨拶し終わる前に、彼は既に本題に入っていた。
「おいおい、挨拶くらいさせてくれって」
 朗らかな笑顔を浮かべていた修道士も、これには苦笑するしかなかった。
「ああ、久しいな。スカルラット」
 結局、修道士には挨拶させずに彼自身が挨拶した。
「ラットでいいって。面倒だろ?」
「そうだな。今からスカと呼ぶことにしよう。」
「もう、なんでもいい。」
 彼とラットの間に、過去幾度となく繰り返されたお馴染の挨拶
 呆れ顔でため息をついたラットも、すまし顔でいつものジョークをかました彼も、何故か笑顔になっていた。
「それで、こいつらの腕は確かなのか?」
「ああ、俺が保障する。」
 ラットの返事を聞いて、彼は満足そうに鼻で息をついた。
「いいだろう。お前達はこれから俺と共に王都の中央路を突っ切る。覚悟はいいな?」
 ラットはもちろん、他の3人も力強くうなずいた。

「あ、こんなところにいた。」
 やや高い、澄んだ声が聞こえた。
 重たそうな鎧を着込んだ、青髪のクルセイダー。セレンだ。
 作戦についてたいした説明もせずに出てきた彼を探していたのだろう。
「少数精鋭って、あんたどうするつもr」
「ちょうどいい所に来た。聖騎士隊から一人こちらに回してくれ」
 彼は、相手が何を言おうと、瞬時にそれを遮ることが出来るようだった。

「なんか、有無を言わせない奴だな。」
「ああいう奴なんだよ。」
 唖然とする騎士に対して、ラットが笑いながら答える。

「・・・。私が行く。」
 しばしの沈黙の後、セレンの口から出たのは意外な言葉だった。
「は?」
 彼には、いまいちその意図がわからないらしい。
「だから、私が行くって言ってるの。」
 セレンの瞳には、決意の炎が灯っていた。
「お前はバカだな。旧剣士ギルドはどうするつもりだ。」
「それなら、私よりも適任がいる。"鉄壁のブリッテン"、知ってるでしょ?」
 中央突破に求められるのは突破力であり、持続力ではない。
 聖騎士隊で、隊長にも劣らぬ防御力を誇る、"王都の鉄壁"ブリッテン=ヒルドは、そういう意味では多数の敵を相手にうまく立ち回れる人物だった。
 一方でセレンは、素早い動きと高い攻撃力を持ち合わせている。
 更に、ヒールによる瞬間的回復力があるので、突破には有利だった。
「ふん、勝手にしろ。」
 こうして、王都軍は反撃の狼煙を上げる。

続く可能性は0ではない。
61白髭sage :2005/11/30(水) 23:52:51 ID:NSVb9K3g
うぎゃ、1文だけ省略されてる。しかも一番いらない部分が_| ̄|○
どうも、書き終わると条件反射的に言い訳しそうになっちゃうのですが、男らしくないと言われたので出来るだけ我慢。
なんか深い描写が出来ないのは、スランプ気味なのか元々出来ないのか・・・。
どちらにしろ、精進が必要なのには間違いなく、まあ続きがいつになってしまうかはまたわからないのですが
一番の見所は、やる気のない生垂れ猫ってことで。

王都側が反撃に転じるところで、「転」とするって考え方も出来るんですが、この先にまた別の「転」がある予定。
長編の抜粋みたいな感じなので、あんまり消化のいい終わり方しないかも、ということだけここで。

No.1と2はスレ10の一覧にあります。
62シャオアさん超番外編-むしろ無関係-sage :2005/12/03(土) 22:03:06 ID:bpYU36NQ
 聖堂の鐘が鳴り響く、高く遠くへ祈りを乗せて。
 聖堂の前に佇む影一つ、その影が揺らいだように見えると徐々にその存在は薄らぎ、
そして消えた。
 その影のあった場所にはただ一振りの剣が突き刺さっていた。

 十数日前、大きな戦いがあった。
 モンスターも戦士も何の罪もない子供さえその戦いに巻き込まれた。
 その戦いの理由は表沙汰にされてはいない。なぜ起きたのか、何のために、
今となって知る人は誰一人としていない。

 一部の人はギルド同士の派閥争いだという。また、一部の人は覇権争いと言う。
他の人はなんらかの決戦だったという。
 それら全てが正しく、全てが間違っていた。
 ただ、その戦い、いやただ戦いというには激しく、闘争という言葉ですら言葉が足りない。
そのような事態が起こったのだ。
 そして、その事態の中心人物はもうどこにもいない、故にこの事件の主人公足り得る人物はどこにもいないのだ。

 戦いの跡がまだ色濃く残り、人々はいつもの生活を取り戻そうとしていた。
 聖堂の鐘の音を聴いては目を覚まし、鐘の音を聴いては祈りをささげ、
鐘の音を聴いては亡き人を思い涙する。

 聖堂では聖職者が祈りを捧げている。
 各地の復興を手助けするため聖職者は各地に赴いた中、
彼女はプロンテラの聖堂に残る事を選んだ。
 多数の聖職者は各地に赴いたため、プロンテラの聖堂に残った聖職者は少ない。
 数えたとて両手で事足りる人数だ。
 聖職者にありながらアンデッドたるムナックを従えるシャオア。
 エクソシズムに通じ浄化を得意手とするカーレッジ。
 本来ならモンクの道を選ぶべきだというほど肉弾戦に通じるシオン。
 カーディナルの異名を持ち、今聖堂に残る者の実質的リーダーであるラッツィンガー。
 彼ら二人のほかに、癒しと補助を得意とする、アナクレト。エクソシズムに通じるパウロ、ジャンヌ。
 そして、今祈りを捧げているイシュリル。

 シャオアは書庫に閉じこもり本に読みふけっている。
 他の聖職者は迷える子羊達の手助けを、とプロンテラ市街を巡回していた。
 きっと、おそらく、怪我をした子供、病に苦しむ者たちの手を取り、癒し、助けるために。

 日が傾いてもなおイシュリルはまだ祈り続けている。
起床し、食事を取り、聖堂の掃除を終え祈り始めたのだ。
 かれこれ数時間以上彼女は祈っている事になる。
 彼女はここ数日こうして心を閉ざしているかのように祈り続けている。
 理由は誰も知らない。
 ただ、彼女と恋仲にあった一人の騎士があの事件以来姿が見えない事に何か理由はあるのかもしれない。
 カーレッジもシオンも彼女の身を案じてはいるものの、
彼女の思うところがわからない故に手を出せなかった。

「どうして。」
 イシュリルが顔を上げながら発した声は聖堂に響きそして消えていく。

 ギッ

 隅のドアが開きシャオアが現れる。その後ろからピョコピョコと跳ねながらムナックがついてくる。
シャオア、まってよ、シャオア。といいながら。

 シャオアの冷たい視線がイシュリルを射抜くもイシュリルはそれを気にも留めない。
「どうしてもこうしても、貴女の迷いが生んだ事態よ。安心なさい、それでも主は貴女を愛してる。」
 フンッと顔を背けながらシャオアは聖堂を跡にする。
 彼女はきっと幼馴染に会いにいったのだろう。
 事件の収集に当たり、重傷を負い、事件を収集しきれなかったものの、その活躍から騎士団の中で名を上げつつある騎士だ。
 きっと彼の看病にあたるのだろう。
「そうじゃ、そうじゃないのよ。」
 そう呟き、イシュリルは部屋に戻る。

 彼女の部屋には一本の剣が置かれていた。
 異常なほどに強化され、風の気を纏い、触れるもの全てを切り刻む。
 禍々しさはなく、ただ守るべきものの為に斬り伏せる事だけに特化したが故に美しい。
 その剣の峰に指先を伸ばし舐めるようにすべりおろす。
 かつてこの剣を持ち戦った者との思い出が胸であふれはじける。
63シャオアさん超番外編-むしろ無関係-sage :2005/12/03(土) 22:03:46 ID:bpYU36NQ
 翌日も、その翌日も、さらにその、またさらに、彼女は祈り続けた。
 他の者も変わらずに、各地に赴いた聖職者からの連絡も無く、彼らはただそのように日々をすごしていた。

 そうして日々は過ぎていく。一日、二日、三日と過ぎていく。

 各地に赴いた仲間からの連絡を待ち、祈り、癒し、書物を整理しつづける日が2〜3週間が過ぎた。
 イシュリルの変わらずに祈り続ける姿に業を煮やしたカーレッジがついに理由を聴こうとしたがシャオアに止められたりもした。
 カーレッジのみならずシオンもまた止められた。

 さすがにこれではいけないとラッツィンガーがイシュリルの頬を叩きプロンテラから抜けイズルートにつれていった。

「なぁ、イシュリル。今の君はただただ無意味に祈るだけだ。」
 ラッツィンガーは辺りに落ちていた空きビンを拾い上げ水をすくい上げる。
「単刀直入に聴こう、何があった。」
 ベネディクトと呟き水を浄化する。
「カーディナル。貴方はいつもそう。実直なのは貴方の取り柄よ。
 でも、でもこんな時まで取り柄を振りかざさなくてもいいじゃない。」
 イシュリルは目を潤ませ、何かから逃げるかの様に俯く。
 その頭を優しく撫で、諭すように今だから振りかざすべきなんだ。とラッツィンガーは続ける。
「彼が、彼がヴァルハラに旅立った。それだけじゃない、私は彼を裏切った!!!」
 ラッツィンガーはまるで幼子が癇癪を起こしたようなイシュリルを撫でるのを止めない。
「彼、というのはクローフ、ではなかったな、ゲオルギウス君か。そうか、彼は旅立ったのか。」
 ラッツィンガーの言葉にイシュリルは頷く。
「彼の功績は戦乙女さえ見惚れる物だったものな。いや、そんな事はいい。
 彼が旅立ったのが悲しいのか。それとも彼を裏切ったのが悲しいのかな。」

 ラッツィンガーの言葉にイシュリルはボソボソと話しはじめる。
 彼は先の事件に誰よりも早く気付き、単独で騒動の鎮圧、調停などをしていたこと。
 それは事件が表面化するよりも早く、数ヶ月単位よりも先の話だった。
 やがてその月日が経つにつれ、互いに時間がとれなくなり、結果としてすれ違い始めた。
 すれ違ってしまったら元に戻るには難しい。
 ゲオルギウスはイシュリルを、そして彼女の周りを守るために尽力した。
 だが彼女は、寂しさを祈る事で埋めつづけた。
 しかし寂しさというのは祈りで埋めるには辛かった。
 ついには彼女は他の男に抱かれた。
 その日その日で違う男に抱かれ続けた。
 しかしそれで寂しさが埋まるはずもなく、ゲオルギウスの元へと行こうと決心するに至る。

 だが、哀しいかなその決心はあまりにも遅すぎた。
 ゲオルギウスは甚大な負傷を負い、即座に騎士団においての待機命令を与えられプロンテラに戻る。

 この時に最大のすれ違いが起きた。
64シャオアさん超番外編-むしろ無関係-sage :2005/12/03(土) 22:05:23 ID:bpYU36NQ
 あろう事かゲオルギウスは騎士団に向かう途中に彼が手塩にかけ育てた騎士見習いと共に仲良くあるくイシュリルを見たのだ。
「イシュリルは寂しかったのだろう、育ててきた彼ならばイシュリルを守ってくれる。
 あの様子を見ろ。二人ともまんざらではないじゃないか。ゲオルギウス、君はもう舞台を降りるべきなんだよ。」
 そんな言葉が脳裏を掠めた。
 任務に窶し負傷を負ったその身は朽ちた古木に等しく、イシュリルと離れて過ごした月日は何よりも堅牢だった彼の心を溜息一つでいともたやすく吹き飛ぶほどの砂粒と変えていた。
 そんな彼がその言葉に耐える力が残っているものだろうか。
 彼の心の水面は思いのほか平穏を保つもその底には絶望と安堵が入り混じっていた。

 彼はそのまま呆然と立っていたが、しばらくすると騎士団へと歩きだす。
 その頃イシュリルは騎士団にてゲオルギウスの行方を聞き出そうとするも収穫はなく一度聖堂に戻ろうとしていた。
 もし、彼が呆然と立っている事なく騎士団へと向かっていたらきっと二人は騎士団前で再会を果たしていただろう。
 しかし、ゲオルギウスが騎士団についた時、すでにイシュリルは聖堂に戻っていた。

 次の日、ゲオルギウスは騎士団付けの寮にて療養をはじめ、イシュリルはゲオルギウスを探すために、と独自に各地を飛び回り彼を探す日々を始めた。
 一人の騎士からの紹介にであったシャオアの手によってゲオルギウスの体は思いのほか治るのが早かった。
 体が治るとすぐに彼は任務を受け現場に向かう。
 イシュリルは彼の捜索をあきらめ聖堂に戻ったのだが、待っていたのはシャオアの強烈な平手打ちだけだった。

 そして、彼を始めとする騎士団、また騎士団のサポートに渡った商人達の尽力により事件は収束を向かえる。
 収束を向かえ穏やかな日々が戻ると信じた彼は最後の最後で詰めを誤った。
 事件の最後は壮絶な戦闘だった。
 彼は実に強く雄々しく激しく、そして華麗に戦った。
 彼の傍には、あの見習い騎士が共にあった。

 あと少し、あと少しでこの戦いが終わる。
 それが彼にとって唯一の戦闘における誤信、そしてイシュリルの元へと駆け寄るチャンスを失った一瞬。
 一筋の光が彼の脇腹を貫く。
 しかしそれは本来の彼にとって致命傷とはならなかったはずだった。
 ───もし彼の心が本来の通りどの様な猛襲にも耐え、絶望すら乗り切ったはずの姿を持っていたなら。───

 彼の脇腹を貫いた光は何の変哲も無い杖だった。
 しかし、その杖は何物でも再現し得ない魔力を持ち何よりも鋭く、硬く、撓りを持つ凶器へと変貌していた。

 彼の意識が遠のく。

 見習い騎士が杖の持ち主を斬り捨てる。
 彼に駆け寄り抱き起こす。
 死ぬなと、まだやる事があるでしょうと、見習い騎士の声は痛ましく響き渡る。
 彼は無意識に見習い騎士の手を取る。
 口が勝手に動く。
 苦悶の表情のまま彼の意識は遠のき、途切れた。


 彼は遠のく意識を手繰り寄せようともがいた、意識の表層に繋がる一筋の蜘蛛の糸よりも細く弱いソレをなんとかつなぎとめようともがいた。
 もがき、手繰り寄せ、切れないように緩め、またもがく。


 意識の表層へと繋がるソレが切れた。


 ソレは切れ落ち、闇の淵へと消えていく。
 絶望という大蛇が──大蛇というにはあまりにも大きすぎるソレが──
 彼を飲み込もうと──彼を輪廻の輪に取り込もうと──
 鎌首を持ち上げ──鋭い牙をうならせ──
 彼に飛びついた──そして彼は絶望に飲み込まれた

 彼は絶望の中で夢を見る──今一度剣を取り自らが戦う姿を──

 ──神々の前に跪く自分の姿を──

 光がはじける。
   彼を引っ張りあげる何か。
 白く細い腕と傷一つない指。
       戦装束を身にまとい。
  微笑みを浮かべる。
65シャオアさん超番外編-むしろ無関係-sage :2005/12/03(土) 22:05:54 ID:bpYU36NQ
 聖堂の鐘が鳴り響く、高く遠くへ祈りを乗せて。
  ───彼が無事に帰るように───
 聖歌が聞こえる。ただ一人のいとしい人が歌いあげているのだ。
      ───早く、早くあなたの笑顔を見つめたい───
 聖堂の鐘が再び鳴り響く、広く透き通り思い人へと届くように。
───できるなら今すぐにでも貴方に会いたい───


 気付けば彼は聖堂の前に佇んでいた。
 彼の傍には戦乙女。
 旅立つ前に遣り残した事は無いかと彼に問う。
 ならば、と戦乙女に問う。
 私はきっと彼にイシュリルを頼むと言った、それは通じたのだろうか。と。
 戦乙女にソレは知る由もない。彼もソレは知っていた。
「ならば彼に伝えておかねばならない。」
 戦乙女は頭を振る。できない。あなたはとうに死んでいる。
────本来はもっと早く死んでいた──────

 彼は叫んでいた。
 思いを言葉にした。
────無駄、誰にも伝わらない──────

 彼は叫ぶ。
 今もイシュリルを愛している事を。
 それが叶わなくなった事を。
 見習い騎士に後を託したい事を。
────…もう好きなだけ叫ぶといい──────

 彼は叫んだ、喉が張り裂けるほどに。
 彼の叫びは誰にも届かない。
 雄たけびを上げる。
    ──剣を振り上げ──
 雄たけびが止んだ。
 振り上げた剣を深く深く地面に突き刺した。
 音はしない。
 まるですでに突き刺さっていたかのように。

 聖堂の扉が開く。

────さぁ、行きましょう────

 修道服の裾がたなびく。

 ゲオルギウスは戦乙女の手を取り頷く。

 イシュリルが扉の向こうから現れる。

 さようなら。

 イシュリルは彼の剣を見つけ駆け寄るが、事態を把握することはなく。
 ただその剣を持っていれば彼に会えると、ただそう信じて部屋に戻った。


 後日、見習い騎士─名はイグナチオ─から彼が死んだ事を告げられる。
 ゲオルギウスの今際の言葉─口の動きだからよくはわからなかったがおそらくは─「さようなら、愛しい人よ。」も告げられる。
 イグナチオはこの時三つの事を隠した。
 彼を看取った事、彼が一つの誤解をしていた事、彼に今後の騎士団とイシュリルを頼まれた事。
 それらは、その後イシュリルが彼の口から聞く事となった。
 その日からイシュリルはただただ祈るだけになった。

 そして、今に至る。

「なるほど、ね。なるほどなるほど、然り、まったく然り。」
 イシュリルは全てを吐きだしいくらか気が楽になったのだが、ラッツィンガーは彼女の止め処なくこぼす涙で心の傷の深さを垣間見た。
「君は祈る事で償おうとしている。だがそうじゃない。それは正しい償いじゃない。」
 ラッツィンガーの言葉にイシュリルは何が解ると鋭い視線を向ける。
「まず、私がカーディナルと言われてる理由に則って、だ。
 なぜ貞節を守らなかった。それさえなければ君自身が気に病む事もなかった。間違った償いをする事すらなかった。」
 厳しく、優しく、時折無念そうにラッツィンガーはゆっくりと言葉を続ける。
「次に、君の事を考えて、だ。
 君はただただ祈るだけ、何に対して祈るわけでもなく祈ってるだけだ。
彼がヴァルハラに旅立ったと確信しているのであれば、ヴァルハラでの彼の活躍を祈ると良いだろう。
 そもそも君は何を祈っている。今君が祈るべきはゲオルギウス、彼の冥福だ。
 そう、彼に君の事を託されたイグナチオの安全や成功についてもそうだろう。
 一体全体、君は今何をしているのだね。
 まぁ、君がたとえ祈るだけの存在に成り下がったとしても神は君を愛してくれるだろうさ。」
「ありがとう、カーディナル。でもテキスト原理主義は危険よ。」
「軽いジョークも言えるぐらいにはなったか。まぁ私とて迷える子羊ではあるからね、テキスト原理主義であり続けるつもりもない。
 さあ、みんなが待ってる。すぐにとは言わないがいつも通りに戻るんだな。私達がやるべき事はたくさんあるんだ。」

 聖堂に着いた頃には日が傾くどころか沈みきっていた、
笑顔で聖堂の奥へと消えてゆくラッツィンガーと対象的にイシュリルは静々と聖堂へと入っていく。
 ラッツィンガーは仲間内に軽く説明をし、もうしばらくの時間をくれと告げたあと、司教室へと消えていく。
 仲間に囲まれたイシュリルはやはり今一度シャオアからの強烈な平手打ちを見舞われる。
「目が覚めたようね。反省なさい。」
 そしてそのまま仲間に揉みくちゃにされる二人。

 気付けばシャオアが連れていたムナックがいない。
 あの子はどこへ、とイシュリルが問う。
 シャオアはいかにもうんざりという顔をしている。
「あー、シェンルーは飼い主の所に戻したわよ。今頃デートでもしてるんじゃない。」
 いらだたしげに呟くシャオアの額には血管が浮かんでいて、なんというか黒い空気を背負っている。
 その様子にあたりの空気が音を立てて凍りついたのは言うまでも無かった。
66シャオ(ry あとがきsage :2005/12/03(土) 22:21:02 ID:bpYU36NQ
はい、お久しぶりです。##です。保管Wikiでは#氏とか言われてますが##でお願いしたいです、ハイorz
覚えてくれてらっしゃる方、お久しぶりです。
はじめましての方、お前誰とか言うな、哀しくなるから。
幸いにも保管庫の方で保管してくださってるようなので、#氏で検索すれば拙作が検索されるかと思います。
お暇があればどうぞ。

タイトルは適当です、チョー適当。適当万歳。
というかとっくにRO引退済みなので新要素的な事には一切触れずに手持ちの情報だけで書きましたが、古いですね、思いっきり。
オーラ実装前後には辞めていたのでなんともはや。
転生あたりでも調べていればもちょっと人物関係を膨らませれたかもしれませんね。

今回のはちょっと小ネタ仕込みまくってます。
内約としてはキャラ名のほとんどとセリフ中に一つ。
今にして思えばなかなか不敬な感じの小ネタです。
気が向いた時にでも調べてみてください。
面白いのでオススメですよ。
67名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/07(水) 01:56:46 ID:e0NXBjDg
##のひと、お久しぶり。書き手はやめても作中人物は幸せにラグナライフを過ごしている。それでいいじゃないか…。
と、最近思っています。
今度、暇を見て直しておきますね。いえ、ご自身で直してくれたほうが楽くぁwせdrfttg7yふじこlp
68名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/09(金) 04:43:31 ID:3VEF9vsk
久しぶりに覗いたけど、上水道リレー完結しないまま終わっちゃったんだね
せめて完結してから終わって欲しかった・・・
69名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/09(金) 23:38:23 ID:pZY7lfq6
えっ、終わったの?
70名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/12/10(土) 00:59:46 ID:6ulhEgTY
>>68
話が膨らみすぎて収集がつかなくなった所までは覚えてる。
71名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/12/10(土) 02:10:48 ID:R1HRflgg
あ、やっぱり上水道リレー終わっちゃってたんですか。合体した窓手とかがどうなってたか非常に気になってたのに・・・
72名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/10(土) 14:40:09 ID:z5LwBf7w
不特定多数のリレーが綺麗に終わるのって本当に神なところだから
仕方ないか。
73名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/12(月) 01:07:43 ID:BsA3Lw7M
最後に書いた人間としては、誰か合いの手を入れてくれないと書く気がおきなかったわけで…。
74名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/13(火) 01:19:13 ID:rVXaA6bI
とりあえず、リレー参加者でまだ生き残ってる人挙手してみ?
75名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/13(火) 15:42:09 ID:G14/0V/M
何を持って生き残っている、というかにもよりますが。
76名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/13(火) 16:25:03 ID:60pliFJw
2巻の中盤(ちょうど二年前くらい前)まで参加してた人ならここに。
その後どんな展開になったとかまったく知りません。
私が参加させたキャラが無残な最期を遂げたと、RO内の知人から聞いてはいます(笑
バードの人とかお気に入りでした。よいキャラ(特に♂)多かったよね。
おれマジとか。ハンスさんとか。学者先生とか……
7776sage子はわっか。駄レススマソ :2005/12/13(火) 16:27:18 ID:60pliFJw
前くらい前って何。∧||∧
78SIDE:A 二つの街、一つの城sage :2005/12/13(火) 17:11:14 ID:G14/0V/M
淡々と、自作の続きを置いていきます。
ところで、無残な、っていうとオーラクルセさんかアサシンさんあたりですか?
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%C6%F3%A4%C4%A4%CE%B3%B9%A1%A2%B0%EC%A4%C4%A4%CE%BE%EB

 リレーに関しては、バトロワスレとかが頑張ってるらしいので、ルール面とかの整備の必要性とか、
あちらの成功のための踏み台になったと思えば多少は浮かばれるんじゃないでしょうか。
私は、殺伐展開が好きじゃないのであちらにはお邪魔してないんですけどね(笑
79名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/13(火) 22:48:54 ID:/nfRBFE2
>>74
上水道リレーの生き残りがここに。

当時自分が作ったキャラに思い入れもあるし、好きだと言ってくれる人がいるので嬉しかったりする。
80名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/14(水) 01:35:34 ID:9zRhjd7w
>>74

止まってから、もう一年かそこらになるんかなあ。
81名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/14(水) 01:52:46 ID:5WtksBc6
>>74
ノシ

そういえば、あの頃('A`)たんの連載に割り込んでしまう事があって申し訳ない事をしたな、とふと思い出した俺モラシム
82名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/14(水) 21:13:39 ID:k9qLh0O2
>>74

超兄貴とレオ・フォン・フリッシュのプロレス書いた馬鹿は…俺
83名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/14(水) 21:26:50 ID:pyV5QB4k
思ったより生き残り多い…っつか殆どじゃね?w
これだけ残ってるならまた続られそうな肝駿河。
84名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/15(木) 00:48:08 ID:uYdsqK4A
収拾のつけようがないから誰も手を出さなくなったんじゃないのか?
85名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/15(木) 00:58:18 ID:Wx5pakx2
私は逆……。
あれが自分の作品で、一人で終わらせろと言われればできそうな位の風呂敷だけど、
他の人の思惑が読めないから弄り難かった私は最後の書き手。
>82
その節は、アホなネタ振りに答えてくださってありがとうございましたw
8676sage :2005/12/15(木) 01:59:23 ID:CIOUYOhQ
>78
残念。魔剣を持った剣士子です。
というかオーラクルセさんもお亡くなりになられてたのですね( ´・ω・`)テラカナシス
時間が取れたら、過去スレでもあさってみようかな。

あの頃に書いたまま、投稿せずじまいだったテキストがHDDの片隅にひっそりと。
87名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/15(木) 08:06:54 ID:dvviZeqg
あのまま未完でもいいかなぁと思っている一読者。
88名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/15(木) 20:36:05 ID:53AOrsqE
書かぬなら、書いて見せようホトトギス

すいません、久しぶりに読み返したら位置関係やらミリタリーバランスやらサッパリわかりませんorz
89どこかの166sage :2005/12/16(金) 05:34:42 ID:H7pxqKz.
|∀・) 久しぶりの投稿。
|∀・) DOP様燃え萌えスレ in 萌え板記念。

壁|つミ[ボックス ミート ボックス]

|彡サッ
90どこかの166sage :2005/12/16(金) 05:41:22 ID:H7pxqKz.
「ぽきっ☆」
 とても明るく、とても軽く枝が折れた音がした。
 この音の前に「ししょ〜」という腑抜けた声でドジケミがとてとてとやってきていた気がする。
「まずいっ!
 主よっ!ドジケミ殿がまた不注意で枝を折ったぞっ!!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!!!
 あの子なんでか高位魔族しか呼ばないから被害大きくて私が騎士子に怒られるのにぃぃぃっ!!!!」
 あわててダンボールハウスから這い出てドジケミの折った枝の方を見ると、
「……あれ?」
「……えっと…何?これ??」
「は、箱???」
 悪ケミ、ドジケミ、子バフォの前にはみかん箱が転がっていた。
 そして、カーソルを合わせると『ドッペルゲンガー』とゲフェニアの魔王の名前が記載されていた。

 ことこと

 びくっっっ!!!!とびびる三人。
「ししょ〜。箱から音がしますよぉ」
「分かっているわよっ!
 子バフォ。あんた様子みてきなさいよっ!!!」
「しょ、承知」
 悪ケミの命を受け、おそるおそる鎌をみかん箱に当てる子バフォは見かけの柔らかさに比べて遥かに硬質なみかん箱に驚く。
「主よ。この箱硬いぞ」
「このドッペルさんどうやって攻撃するんでしょうね?」
 悪ケミハウスを見慣れているだけに、以外に鋭い所に突っ込むドジケミ。
「箱から出ないと攻撃できないと思うのだけど?」
「……」(×3)
「やっちゃえ!!MVPよっ!!」
「ししょ〜私も参加しますっ!」
「し、主よっ!そんなに慌てて叩かなくても……って…硬いっ!」

 かんかんかん!

 なんだか精錬をしているような音がして「1」の数しか箱から出てこない。
 小一時間後。疲れ果ててみかん箱の周りに大の字になる三人。
 その間、一度も攻撃をしてこなかったので、既に警戒心はない。
「何よこの箱ぉ……ちっとも壊れないじゃないのよぉ……」
「ししょ〜おまけにヒールで回復しますよぉ〜この箱」
「噂には聞いていたが難攻不落だな。箱殿……」
 小バフォの呟きに悪ケミ、ドジケミ、なぜか箱までが方向を小バフォに向ける。
「小バフォ、あんたこれ知っているの?」
「ふむ。魔族の噂でなのだが、人間の冒険者がひどく怖くて絶対の防御というものを考え出したドッペルゲンガーがいると。
 箱を精錬する事で絶対防御を考えたというお方がこの箱ドッペル。箱様というらしい」
 改めて三人の視線がみかん箱に注がれる。
 そんな時、みかん箱が揺れて初めて中の人の声が聞こえた。
「くすくすくす。ぼくのみかん箱の防御は絶対なんだよ♪」
 よく言えば中性的、悪く言えばおこちゃまボイスなその声に激怒する悪ケミ。
「このぉ、箱の分際で私に疲労感を与えるなんてっ!!罰金1Mよっ!!!」
「し、ししょ〜。ちょっと魔王さまに高飛車すぎですよ〜」
「ふんだっ!!!私の悪ケミハウスの方が100万倍凄いんだからねっ!!!」
 今度は箱様の方が不意に揺れ、多分ついているのだろう覗き穴から悪ケミハウスを覗いている。
「……大きい……」
 そりゃ、対戦闘用に特化したみかん箱に比べて、悪ケミハウスは生活空間である。
 箱を重ねたり繋げたりすれば大きくなるわけで。
「あんたの箱じゃ、本読めないでしょ!食事できないでしょ!!実験できないでしょ!!
 私の悪ケミハウスじゃそれ全部できるんだからねっ!!!
 恐れおののくがいいわ。箱っ!!!」
「ふんだっ!
 ぼくの箱は馬が100人乗っても大丈夫なんだからっ!すごいんだぞっ!!」
 無い胸を一生懸命反らして箱自慢をする悪ケミに負けじと一生懸命みかん箱のいい所を説明する箱様。
 これを世間(人魔含めて)一般では、子供の喧嘩という。
 あーだこうだと悪ケミと箱様の第一回箱自慢大会を横目に見つつ、完全に置いてきぼりを食ったドジケミと子バフォ。
「子バフォさん〜どうしましょう?」
「ほっとけば飽きるのではないかと思うが……」
 と、子バフォは言いかけて、ある事に気づいた。
「箱殿。出るのはいいとして、どうやってゲフェニアにお帰りになられるのですか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
 たった一言で世界が凍った。
 箱様は気づいてなかった。
 いつもダンジョンの巡回でしか箱を使っていなかったから、最後は崖から突き落とされておしまいだったのだ。
 枝で呼び出された場合、自らやられないとゲフェニアに帰れない。
 箱の周りにいる三人の生暖かい沈黙の視線の中、箱様は「/えーん」エモを出して泣いた。
91どこかの166sage :2005/12/16(金) 05:47:13 ID:H7pxqKz.
「何で私が、こいつをゲフェニアまで運ばないといけないのよっ!!」
「まぁまぁ、ししょ〜。同じ箱仲間なんですからいいじゃないですか」
 ゲフェンに続く街道を悪ケミとドジケミがカートを並べてとことこ歩く。
 二つ並んだカートの上に、ことこと揺られる+10みかん箱。
 一人ではとうてい重たく、大きくてカートに乗り切れなかったのだ。
「ぼく、魔王なのに……」
 とぼとぼ二人の後ろを歩いているのは剣士姿の箱様。もともとの姿が姿なので別に違和感なんても何も無い。
「まぁ、良かったではありませんか。箱様。
 主がゲフェンまで運んでくださるというのですから」
 子バフォがさり気にフォローする。
「けど、疑問なんだけど」
 純粋に不思議で仕方がながった箱様はその質問を悪ケミにしてみる事にした。
「なんで僕を助けるの?
 ドッペルゲンガーだよ?
 魔族だよ??」
「何よ。困っている人がいたら助けるのが当たり前……じゃないっっ!!!
 私は、あんたの帰れなくて困って苦しむ姿もっと苦しめる為にゲフェンのダンジョンの崖に突き落とすだけよっ!
 一日一悪なのよっ!!!」
 照れくさそうに己の赤い瞳を隠す為のサングラスを手でなおしながら強引に言ってのける悪ケミにドジケミがちゃちゃを入れる。
「ししょ〜は照れくさいけど、根はいい人なんですよ」
「黙れドジケミ。
 きりきりと歩いてゲフェンに行くわよっ!!」
「は〜い」
 ある晴れた昼下がり、ゲフェンに向かう街道で、二人のケミがみかん箱をのせてゆく。
 その後をとことこつけるは、剣士風のドッペルと子バフォ。
 ポリンがのんびり飛び跳ね、ノービス達が未来を夢見てゲフェンにブロンテラに向かって歩いてゆく。
 ドッペルが見たことがない穏やかな人の営みがあった。
「人は、こんなに穏やかに生きる事ができるんだ」
 ぽつりと痛そうな声で箱様は呟いた。
「ダンジョンに来て修羅になるも人なら、主を含め今ここにいる者達も人なのでしょう」
「子バフォ。世界がこんな所だらけならば、僕はきっとあんな箱なんて必要なかっただろうね」
 箱様にとってそれは不思議な感じ。
 敵意では無く、善意というものを見せた人という存在。
 優しさというものが広がっているのどかな世界。
 そして、箱様にも流れる魔族と同じオーラを持つバフォ角をつけた胸の小さい人間の少女。
 おだやかに、そして何も無く時は過ぎて四人はゲフェンに着きドッペルを崖から突き落とした。
 なお、突き落とされながらドッペルは手を振り、悪ケミとドジケミも手を振っていたという。
「突き落とさずに、ゲフェニア最深部まで送ればよろしいのに」
「子バフォ。私達のレベルで行けると思う?」
「主よ。言った我が愚かだった」
 というやり取りはさすがに箱様の耳には聞こえなかったけれど。

「ぽきっ☆」
 いつもの日常の中、とても明るく、とても軽く枝が折れた音がした。
「またかっ!
 主よっ。ドジケミ殿がこけて枝を折ったぞっ!!」
「だぁぁぁぁぁっ!!!
 なんであの子いつも枝を持ち歩いているのよぉぉぉっ!!!」
 と、食事前の準備中に慌てて悪ケミハウスを出た悪ケミと子バフォ(料理中)はこけたドジケミと共に目を丸くするハメになる。
 大量のエルニウムを使って増築された巨大なみかん箱の中から箱様の嬉しそうな声がした。
「ふふん。これで本が読めるし食事もできるよ。
 僕の箱が最強なんだいっ♪」
「誰がこの箱持ってゲフェンまで運ぶのよっ!
 重たいじゃないっ!この馬鹿箱っ!!!」
 こうして、ドジケミと子バフォが肉の無いカレーを悪ケミと箱様に配りながら、第二回箱自慢大会の幕が開く。
92どこかの166sage :2005/12/16(金) 05:53:17 ID:H7pxqKz.
 というわけで、萌え板にDOPスレが来たのを記念して……
 ごめんなさい。ネタはできていたのにリアルが忙しくてorz。

 リレーは「最後まで完結させよう」と私が言った手前、放置状態で本当にごめんなさい。orz
 というか、謝る為にこのSS仕上げたというのが本音。
 がんばってネタ整理してリレーも仕上げる次第。orz
93名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/17(土) 04:05:38 ID:DUq/rSEM
そろそろバイトの研修終わって忙しくなくなるからここにデビューしてみようと思う('∀`
94名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/17(土) 19:44:26 ID:UA5UAgLk
なんか唐突に戦争物を書きたくなったぞ。
まったくもって文才はないがなー。
ところで、ジュノーとかはシュバルツ共和国でプロンテラなんかはプロンテラ王国だっけ?w
9576sage :2005/12/18(日) 03:12:02 ID:tgXST6ko
今、ようやく上水道リレーの最新投稿分まで読み終わりました。
保管庫に保存されている8-217以降、投稿されていないのであればですが。
話の展開は大体理解できましたー。改めて、我が子とオーラクルセさんに黙祷。
文章だけだと細かいところまでわからないので、過去スレ見ないと駄目かなー。
というか、リレーどうこうの雑談をここで続けてよいんでしょうか。

>88
位置関係、戦力関係は何がわからないのか書いておけば、誰かが教えてくれるかも。

>どこかの166さん
謝るためにSS仕上げたとか、せっかくの作品がもったいないなーという感じが。
悪ケミもDOP様も、ついでにいうとママプリとかのネタもよく理解していないので、感想も言えませんが(;'-')
96名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/18(日) 10:20:34 ID:x7Kv6DbI
上水道リレーは「絶望状態からの脱出と救出」が好きだったから、
最後の流れはぶっちゃけどうでもよかったなぁ。ママプリとか特に。
やるならもう一度新しく始めからやってくれないものだろうとかと思ったり。
97名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/18(日) 12:57:53 ID:lKdoltVY
見た感じ、クライマックスは水道内で描かれそうだが
外で起きたことは全部、人と魔物を大量に集めるために利用されてたってだけだし
外の細かい展開にケリつけて、本筋に戻ればいいだけな気がす
水道内の主役部隊もふたつに限定されてるし、きれいなもんだわな
98名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/18(日) 14:53:15 ID:BTl9g97E
外の展開も好きだった人 ノ
下水だけだったら学者先生にも会えなかったし、指輪張りの突撃シーンも見れなかったし
プロレス興行も見れなかったからなぁ。
99名無しさん(*´Д`)ハァハァdame :2005/12/18(日) 20:30:39 ID:FnK6f0i6
100名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/18(日) 22:18:45 ID:8.aLOQP.
外の展開が片付くまでのガイドラインでもつくって、
それに沿ってリレーとかならまた持ち直せるんかなあ。
101凍った心-3(1/5)sage :2005/12/19(月) 02:41:08 ID:kD3S48DU
「寒いわぁ…」
当たり前である、ここは雪の街ルティエ、ほぼ一年中雪に覆われている場所である。
平均気温はプロンテラと比べ物にならないくらい低い。
プロンテラ教会の刺繍を施した紺を基調とした服装─プリーストの制服の一種だが─の女性は毒づく。
「何で私が…寒いのは…ヘクチッ!…ぅー…苦手。。。」
一応厚着はしてきたが迂闊だった、春だと言ってもルティエの平均気温は10℃を下回る。
「くそう…ミストめ…戻ったら特別手当貰わないと…割があわ…ヘ、ヘクチュッ!!…いにゃーん…」
愚痴りつつ、クシャミをしつつ、女性はルティエの街へ向かって行った

─3時間後─
「やっと着いたわぁ…あ、すみません、村長さんの家は何処でしょうか?」
と、ルティエの案内要員に尋ねる。
「あ、プロンテラ教会の…えーと」
「ルカ、よろしく」
「ルカさん、ですか。私はここの案内を任されていますレインと申します。
 お話は伺っております、村長のお家はここを真っ直ぐ行きまして左手に御座います」
と、レインは丁寧なお辞儀をしながら答える。
「ふむ、ありがとう、また何かあったら聞くね」
「はい、お待ちしています。貴方に氷のご加護があらんことを」
手を振りながらルカは歩き出す。
ルティエの街の装飾に目を奪われつつ歩くルカ、そのせいか気づいたら村長の家の前だった。
「ん、ここか」
そう言いつつ呼び鈴を押す、リンゴーン。。
(なるほど流石雪国、ベルの音も一味違う)
そんなことを考えると一拍置いて村長と思しき─40代前半くらいだろうか?─の男が対応する。
「どうも、プロンテラ教会から参りましたルカと申します。村長さんはご在宅でしょうか?」
「あぁ、村長は私です。本日は遠いところを…どういったご用件でお越しになられたのでしょう?」
男は社交的な笑顔を浮かべつつ応対した。
「単刀直入にお聞きします。エリカという少女をご存知ですね?」
「あぁ…そのことですか…長くなるので中でお話しましょう」

─更に2時間後─
ルカはおもちゃ工場入り口で降りしきる雪を眺めていた
村長の話は1時間に及んだ
この村で産まれた時のこと、少女は友達がいなかったこと、ずっと雪の中で一人で遊んでたこと、家族以外とはほとんど話さなかったこと。
そして、6年前のこと

それを要約すると
6年前、街の郊外にあったエリカの家から火の手が出たと誰かが言った。
人々は野次馬心と燃え広がる事を防ぐという目的でエリカの家に向かった。
そしてそこで人々が見た物は凍りついたエリカの両親とそこに佇むエリカだったと言う。
そして誰かが叫びだすと堰を切ったように人々がエリカに罵詈雑言を浴びせかけた。
エリカは追われ、観念したと思って立ち止まったエリカの手を捕まえようとした前村長はその場で凍ったらしい。
その場で見ていた者は恐怖を感じ我先にと逃げ出したそうだ。
その時期から食料強盗─吹雪の日に集中して─が増えたそうだ。
被害届けを出して犯人を捕まえに来たプロンテラ騎士団の人々は帰って来た事がないと言う。

「ふぅ…エリカちゃん、か…」
村長のところで聞いた話は凄い重い話だ、少なくとも彼女の境遇は自分では想像もつかない。
「何で両親が凍ってたんだろ…家族とは仲がよかったみたいだしなぁ…」
と、ルカは考えに思いを馳せる。
「ま、こんなことしててもしゃーない、行ってみるか」
先ほど貰った地図を手にルカは歩き出した。
102凍った心-3(2/5)sage :2005/12/19(月) 02:42:22 ID:kD3S48DU
─────────────────────────

雪を見ている

穢れの無い白は昔の自分のようで

指を動かすと自分の思い通りに動く雪

思い通りに動く、何も言わず

何も、言ってはくれない

そんな白と比べて自分は黒くて

もう夢も見なくなった

もう何も思わなくなった──


ふと、周りに人の気配を感じ目を覚ます。
少しだけ顔を「家」から出して見てみる。
女の人が「家」から200m程の位置だろうか、女の人が歩いている。
「だぁーーー!積雪量が多すぎだって!!!」
何やら叫んでるように聞こえる、まぁどうでもいい。
少々方向は違うものの「家」の傍を通りそうなので氷柱を1本飛ばしてみる。
女の人はいきなり止まって動かず、当然氷柱は逸れていく。
意図して止まったのか、なんとなく止まったのかがよく分からない。
そして気づいていないのかまた歩き出す。
しょうがないので今度は3本飛ばしてみる。
そうすると今度は止まって、きわどい1本を首を少し後ろに反らして避ける。
確実に分かって止まっている。それが分かった。
尚も近づいてくる。今度は3本、確実に当たるコースで飛ばす。
それも今度は少し横に飛んで避ける。
「まってー、まってー、やめてー、攻撃しないで、NO!Active!」
何か叫んでいるようだけどとりあえず3本で当たらなかったので10本飛ばしてみる。
「にゃああああああ、ちょ、やめ、うわああああああん!」
そう叫びつつ全部避ける、雪に足をとられているにもかかわらず、だ。
「はぁ、はぁ、なにするか!!」
(変なの…)
そう思いつつ、胸の前で祈るように手を組む。
「うわ、ちょいまって、まってえええ!」
何やら危険な雰囲気を察したのか女の人の声に緊張が走る。
「まってってええええええええ!!!」
声が大きくなっている、がエリカは止めようとしない。
エリカが目を開けると…目の前には誰もいなくなっていて、
「はぁ、危ない…何考えてんのさ…」
後ろにその女の人が立っていた。
「あ、私ルカ、よろしく」
そう満面の笑みでその女の人─ルカは自己紹介をした。
103凍った心-3(3/5)sage :2005/12/19(月) 02:43:51 ID:kD3S48DU
「エリカちゃんって食べ物とか何が好きなの〜?やっぱりシチューとか?」
「…」
「シチューって美味しいよね、暖かいし、ルティエだと絶品じゃない?」
「…」
「あ、暖かいと言えばアレもそうだよねー、グラタン!あのチーズとマカロニの…」
さっきからこんな調子でルカは話し続けている。
そしてエリカはというと離れた位置で警戒しながら黙って聞いている。
「…でさー、やっぱりチーズはゴートのが一番だよね、うん。あのコッテリとした…」
「…」
(別に捕まえに来たわけでもなさそう…)
ルカはさっきから徐々に話題をずらしつつずっと話している、一人で。
「…それでも、やっぱりペコ卵は外せないよねぇ…うっとり。そうそう、前に黄身が三つの…」
「…」
止まるところを知らないルカのマシンガントーク、正直エリカは何故ルカがそんなことをするのか分からなかった。
「─△×●○●◇×■○○──…──━━○□▽××─…」

─1時間後─
「…だからー、やっぱり身だしなみは大切だと思うんだ、女の子にとって」
いつの間にやら食事の話が身だしなみの話になっている。
「…」
相変わらずエリカは返事をせずルカが一方的に捲し立てている。
「で、見たところー、エリカちゃんは髪のお手入れを長いことしてないと見た、だからお姉さんがやってあげようじゃまいか」
と言って手をワキワキとさせてエリカににじりよってくるルカ。
そしてエリカの肩にルカが手を触れようとした瞬間
「い、いやああああああああ!!」
エリカが叫ぶ、と同時に空気が張り詰め、ルカの差し伸べた手は凍りつく。
「にゃああああ、冷たいいいいいいいい!」
「ぁ…ごm「いや、こっちがごめん」」
エリカが咄嗟に謝ろうとした言葉を遮りルカが謝った。
「…え…?」
「ごめんね、そりゃそうだよね、見ず知らずの人に何かされるのは怖いからね…ごめん」
「ぁ…ぇ…うん…」
歯切れの悪いエリカの言葉。
それも当然だろう、エリカが何かした後に貰う言葉と言えば罵詈雑言か恐怖に震えた言葉のどちらかだったから。
「そ、それよりも冷たい冷たい冷たい!アレは何処、アレは何処おお!!」
と、叫びつつルカはバッグの中を漁る。
すると出るわ出るわ、まさに四次元ポケッ○じゃないが乙女の神秘という奴か。
明らかにカバンの容積の4倍はある色々な物が出てくる。
「え、えーと、サラマンドルに命ず、力無き我が身に火の巻物の力を持ちて炎の矢を!」
カバンから取り出した巻物のような物を広げ、そう詠むとルカの凍っていた手の上に炎の矢が現れ、手の氷を融かしていく。
「あつつ…うん、凍傷には…なってないな、と」
氷の融けた手をさすりながらそう答える。
「あの…」
「いーって、自業自得、たはは」
エリカが謝ろうとすると制される。
「あの…何で…謝るんですか?何で…怖いとか思わないんですか?」
素朴な疑問を口にするエリカ。
「んー?だってさ、友達になりたいと思うから。他の奴はどうであれ、ね」
軽く返すルカ
「友…達?なんでしょうか…ソレ」
分かるはずが無い、エリカにはいた試しがないのだから。
「え…と、何って面と向かって聞かれると弱いなぁ。。
 例えば、一緒に遊んだり、一緒にお話したり、一緒に勉強したり?」
「聞き返されても…」
「まぁ、そんな感じ。要は一緒にいると楽しいもんよ、友達って」
「…」
またもルカは満面の笑みで喋る。
よくわからない。
そんな風に思う、別に分かっても得をしないと思うし。
「分からないならなってみればいいんじゃないかな?私と」
びっくりした。まるで心を読まれたかのようなルカの発言に。
その顔は優しく、母様に似ているような気がした。
104凍った心-3(4/5)sage :2005/12/19(月) 02:44:56 ID:kD3S48DU
「…」
「手始めに、髪…ね?拒否しなきゃやっちゃうよん」
「ん…」
「肯定とみなす」
そう言ってルカは再び手をエリカに差し伸べる。
その手に迷いはなく、やさしくエリカの髪に触れてくる。
ルカのほうは触られた瞬間少し体を硬くしたが先ほどのようにな拒絶は無かった
「あらあら…綺麗な青髪が台無しだ」
そう言ってバックの中から鏡と櫛を取り出すルカ。
「水は…雪を融かすしかないか…」
ルカが少しだるそうな声で言うと
「ん…作る…」
とエリカが答え、指につけている糸を引くような動作をする、と
天井となっていた一部の雪がルカの横にあった雪の器の中に融けて水となって溜まる。
「あら便利…」
そう言って櫛に水をつけてエリカの髪を梳かしだす。
「んー、先にシャンプーしちゃったほうがいいかな…」
とか言いつつまたバッグからシャンプーとシャンプーハットを取り出す。
水を少しシャンプーに混ぜて泡立てると、シャンプーハットをエリカにかぶせ、その上をワシワシと洗う。
「お客さーん、痒いところは御座いませんか〜?」
「ない…」
そんな美容院のようなやり取りをしつつルカはてきぱきと進めていった。
「ん〜ん〜んん〜ん〜♪」
ルカは鼻歌を歌いつつエリカの髪を洗い、梳かしていく。

「終わったよ〜」
ふと、意識が覚醒する。
どうやらルカの鼻歌をBGMに寝てしまっていたようだ。
他人の傍で寝たのなんて何年ぶりだろうか?
何故私はこの人に頭を触られることを許しているのだろうか?
それより何で寝てしまったんだろうか?
「ついでにちょっとだけ髪切ってみたよ、どうかな?」
と言われ、鏡を差し出される。
鏡越しにうつるルカの笑顔を見ているとさっきまで浮かんできた疑念がどうでもよくなった。
(…不思議な人)
エリカはルカのことをそんな風に思うが、悪い気分ではなかった。
105凍った心-3(5/5)sage :2005/12/19(月) 02:45:38 ID:kD3S48DU
─2日後─
この二日、ルカはエリカの「家」に泊まった。
その間、いろんなことを話した。雪のこと、ルティエ以外の街のこと、自分のこと、、、
「私、そろそろ帰らなきゃ」
元々ルカは1泊2日予定だった、が予定を引き伸ばし、エリカと一緒に居た。
「ん…帰るの?」
「うん、ごめんね」
「そっか…」
エリカの表情はそれほど落ち込んだ様子は見られない。
「お話、おもしろかった」
が、どうも楽しんでくれていたようだ。
「最後にひとつ…ルカさん…なんで私を捕まえなかったんですか…?」
「あぁ、やっぱり気づいてた?捕まえなかったのは貴女が悪くないから、かな。
 悪かったのは環境だと思う」
「それでも…私は…ルカさんのお仲間…何人も…」
「それはそれ、そのうち報うこと。そうしないとその人達も報われない」
「ん…」
「でも、私は貴女のこと捕まえないし、信じてる、友達だから、ね?」
「友…達…」
ルカの言葉は一つ一つがエリカにとって重く響いた。
報いはあるということ、自分は悪くないということ、友達だということ。
「最後に、一つ、人生の先輩としてお話をして私は帰るよ」
と、ルカは言い、少し遠くを見るような目をして語りだす。
「私ね、好きな人がいるの。その人はとてもうざくて、とてもバカ。
 でもそいつね、時たま優しいの、ほんとに。
 それでやる時はやるの、凄い強い。
 そんなバカでうざいのに優しくて強いそいつのこと考えるとさ、
 すっごい幸せで、すっごい寂しい気分になるのね。
 まだエリカちゃんは分からないかもしれない、けど
 恋はしておくものだよ、こんなところで一人でいると人生損する、間違いない。
 寂しい時もあるけど、幸せ。
 だから、貴女にもいつかいい人が現れて、その人に恋をしてほしい。
 だから、貴女はした罪は償わなきゃいけない。
 償い終わった後に、必ず貴女はいい女になってるから、ね」
ルカはいい終わると少しエリカを見て切り出す。
「それじゃ、私は行くね、こんな可愛い子がこんなところで腐っちゃダメよ♪」
「ん、バイバイ」
「またね〜」
そうしてルカは戻っていった。

エリカはその夜、「家」が少し広くて暗いような気がした。


─────────────────────────
「あぁ、そう、うん、あの子は…強いよ、私じゃ勝てない。
 それに、背負ってる物が重い、うん、そうしてあげて」
ルカはアルデバランの街中を歩きつつ、首都にいるプロンテラ騎士団長にWisを送っていた。
そしてWisが終わるとポツリと
「仕事とは言え…好きな人が違う女の子のこと頼むって何だかなぁ…」
遠い首都にいる思い人のことに思いを馳せる。
「エリカ…だいじょぶかな…ミストの奴…ほんとに強いからな…」
106凍った心-3(6/5)sage :2005/12/19(月) 03:12:21 ID:kD3S48DU
何というかまぁ、1ヶ月程開きまして第3話です、凄い遅筆ですね

>>宿題様
句点については大した意識がありませんでした、ご注意ありがとうございますm(_ _)m
以後気をつけていきたいと思います。(今回投稿後に3箇所程抜けてたのに気づいて萎え
宿題様の文章はキャラも魅力的な上に文章構成も上手いので楽しませて読ませて貰っております。

>>白髭様
ミステリアス⇒含みのある描写を書きすぎる為以後設定を変えづらくなる泥沼が。。。
感情表現を上手く描写できていいなぁ、と思う次第です。
それと反撃の狼煙をあげた後が気になる!

>>##様
情景・心情表現にただただ感心するばかりです。
見習いたい物です。
107名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/21(水) 20:39:43 ID:OA2KlEMA
ノシ
バトロワから流れてきた人もいますよー、と上水道連に遅ればせながら自己主張。
書くものが一つ二つ増えるのも最早変わりませんし、
よければ手伝います。

──以下、主観論。ウザければ無視推奨。

経験上リレーで一番大切なのは勢いなので、
クライマックス直前の今なら案外、
ノリさえすればいい感じで最後までいけるんジャマイカ?
外でのアレコレは、更に外側の王族連中から観測している、と言った感じで
少々強引ながら、状況整理しつつ一気に時間軸を進めてしまう、と言う荒業もアリですし。
マクロ的に状況を俯瞰して最終戦に向けた物語へのつなぎを書けないかな、と。
後、教授さん辺りに、DIO様先手で叩ける要素を複線として用意してもらったりとか。

出来るだけこれ以上キャラクタを増やさないで
破滅へとつっぱしるカタルシス的な具合で続ければ、どうにかなる悪寒。
死や破滅を取り扱った最後なら、意外にノリで書きやすいですし。
どうあがいても、全員が全員幸せになる、なんて状況は期待できませんが。


──以下妄想

人間対魔族のトップグループがほぼ退場した敗残兵VSDIO様とかイカしてると思ってしまう。
化け物を打ち殺すのは何時だってただの人間です。間違いない。
歴史上一番悪知恵の働く生き物を舐めてはいけない。
いざとなれば下水道前と首都西辺りをLOVで住民もろとも焦土にする勢いで。
Lovの理論…と言うより、放射性物質に関する知識とかも
教授なんかは持ってるっぽいですし、
いざとなればキルゾーンに誘い込んだ上での大規模核の出前でイナフです。

後、戦術的な陣地構築による撤退戦とか、
騎士団一分隊による下水2Fの生き残りを逃すための
圧倒的戦力差による防衛ライン維持の為の戦闘とか、
俺は軍人さんの格好いい戦闘が見たいぞーっ!!
フルメタの軍曹辺りの役柄をレオ教官にしてもらったりとか。
ああもう妄想が連鎖。

(レオ教官)
「様等はここで死ぬ。
だが、貴様等のくたばるその時までどこにいようと王国軍は貴様等の兄弟だ。
多くは化け物どもとブチ殺し、ある者は戻らない。
だが肝に銘じておけ。
軍人は死ぬ。死ぬ為に我々は存在する。
だがミッドガッツ軍人は永遠である。
──つまり貴様等も永遠である!!

貴様らはルン・ミドガッツを愛してるか!?
王国軍を愛しているか!?

よし、それでいい…往くぞクソ共!!
バケモノ共を泣いたり笑ったりできなくしてやれ!!」

何か違う気がする?
大丈夫、この手の軍曹はどんな場所でも病原体のよーに必ず発生しますから。
イロモノばんざーい、切腹っ!!
108丸いぼうしsage :2005/12/25(日) 02:23:42 ID:za4Y8cOQ
--再びケミ君のクリスマス

「教授、今日はクリスマスイブですね」

青年は辞書を繰る手を止めて、窓の外を眺めた。
一年前と同じく、曇った窓の外では雪が静かに降り積もっていた。

「うん、その通りだねケミ君。で、それがどうかしたのかな」

学者はペンを動かしながら答えた。この聖なる祝日、街は軽やかな音楽に包まれているだろう。
しかし、広大な敷地の中央付近、木々と雪に囲まれた大学の建物までは笛の音も響かない。

沈黙の中、ストーブのタンクがゴポリ、という音を立てた。

「いえ、こんな日まで仕事をしている僕らはなんなのだろうと」

「教授と助手と学生」

本の壁を隔てた向こうで白紙に向き合っていた少女が答えた。
言い切った言葉には、下らないお喋りはやめて作業に戻れという響きがあった。

「ウィズ子さん…なにっていうのはそういうのじゃなくて…。ほら、クリスマスでも独り身だなんて
世間的に負け組だなって…」

「負け組…?」

声と共にパシンと学者がペンを置く音が響いた。その咎めるような調子と語気の強さに青年は首をすくめた。
少女は学者が眉をひそめているのを見て取ると、他人が叱責されるのを見るのはごめんだ、とばかりに
うつむき加減にまた紙と向き合った。

「ケミ君、君は勝利するのにも敗北するのにも仲間が必要なのかな?
そんな不見識な言葉が君から出てくるとは…。僕は情けないね。」

叱責されたという恥ずかしさと、当たり前のことを言ったのにという反発で青年はうつむいたまま
唇をかみしめていた。学者はゆっくりと首を横に振り、青年に語りかけた。

「そう、そうだな、手元の辞書を見てみたまえ。乱丁も落丁もなく、全てのページが揃ったきちんと
した辞書だろう?内容は別にしてそれは完全な辞書だ。この辞書も、その辞書も、完全だ。」

学者は席を立ち本棚やそこらに積まれているいくつもの辞書を指さした。

「では、僕がその辞書の4ページ目を破り捨てたら?それが347ページなら?290ページなら?
…どのページであれ、どれだけのページであれ、それはたちまち不完全な辞書になる。」

学者は手元にあった辞書を取り上げると、それを破り捨てるジェスチャーをしたあと青年に向き直り
ちょっと眉間を上げてひょうきんな表情をした。
109丸いぼうしsage :2005/12/25(日) 02:24:37 ID:za4Y8cOQ
「完全な辞書はどれも似たような形をしている。でも、不完全な辞書はどれだけでもバリエーションがある。
幸福や不幸というのもね、これと同じで幸福は誰しも似通っているが…不幸はその人によりそれぞれだ。

だから、不幸から脱却したいと思ったなら自分の不幸にあった対策をせねばならない。
その好ましからざる現状を、そこから脱却する対策を、『負け組』なんて言葉で他人と共有して
どうしようというのだい?」

一言一言に指を振ってリズムを取りながら、学者は青年の周りを一周歩いた。

「確かに、敗者を負け組とくくれば安心出来るだろう。だが、その敗因をくくってはいけない。
それは敗因の分析からの逃避、思考停止だ。僕らがそれをやってはいけない人間だということは、
君も理解しているだろう?」

学者は青年の正面に再びたち、腰を曲げるとうつむいた青年の顔を見つめた。
青年は焦点の合わない視線で辞書の表面を見つめていた。
学者は身を起こすと努めて明るい調子で声を上げた。

「さて、お説教はこれぐらいにしようか。ウィゼリア、忙しいところ悪いがすこしお使いがあるんだ。」

学者はその場で少女を呼ぶとメモ用紙を渡した。少女は少し不満げに眉をひそめるとコートを羽織り
部屋を出て行った。少女が出て行ったのを見届けて、学者はゆっくりと息を吐いた。

「とはいえねぇ、ケミ君。」

ゆったりと穏やかな声を掛けながら、学者は青年の肩に手を置いた。
呆然とした様子だった青年は顔を上げ、学者の顔を見た。

「君の気持ちもわからないでもない」

学者は長衣のポケットをがさごそとやって、一枚の紙片を取り出した。
元は綺麗に裁断されていた紙は端っこが折れ曲がり、縁がはがれかけていた。

「…大聖堂クリスマス聖歌演奏会ペアチケット……これは?」

「まぁ、知り合いからもらったのだが、どうにも僕は教会の人間とは相性が悪いからね。
クリスマスプレゼント、といったところかな。うん、そうしよう。」

青年は少女のいた席の方を向き、あわてて学者の方に向き直った。そしてその振り向きを
見られたのが恥ずかしいことでもあるかのように顔を赤らめた。
学者は微笑んで二度うなずくと、自分の席に戻った。

「あ、あの…教授、どうもありがとうございます!」

「ふふ…礼には及ばないよ」

程なくして、ペンが紙の上を走る音とページが軽やかに繰られる音が再び聞こえ始めた。

--End
110丸いぼうしsage :2005/12/25(日) 02:27:29 ID:za4Y8cOQ
私はイヴでも板に張り付いていますウェーイ。

毎年誰かが一つは書く、クリスマスSS。二時間ほど遅刻いたしましたが投下します。
最後に書いたときから五ヶ月近くも空いてしまいました。
落ちるほど無くても筆力が落ちたのがわかります。そして密度と若さが足りねぇ…。
そう、自分の書き込みのあとでスレを上げるような若さが!

>下水リレー
挙手してなかったのでノシ

・各登場人物の最終目的
・「クルセイド」の真相
・最終決戦の場所/敵

これら(上に行くほど優先度高)が定まれば広がりきった外側を収束させるよう書いては
みるつもりです。しかしながら、あのときのようなキレっぷりを発揮する学者先生は
書ける気がいたしません…。
111花月の人sage :2005/12/28(水) 01:36:27 ID:i9Rab18s
 花と月と貴女と僕 17

 老人、イノケンティウス=パウロ=メックトは、正しく教会の切り札たる聖堂騎士達の頂点である。
 但し、その立ち位置はというと、他の者達とは違う特異なものである。
 曰く。彼の者は教会の忌み子にして教会の誇り。(故に余りにも人として人と解り合えぬ)
 曰く。彼の者は神罰の代行者にして強壮たる剣。(戦乙女と英雄の館の祝福を受ける程に)
 曰く。彼の者は異端にして異端審問官の長。(それこそが彼が彼たる理由)
 疑問など無く。生まれたときから、まるで人間では無いようにその役割を彼は与えられていた。

 世に、英雄と呼ばれる人間達が居る。
 最大数で十人、現在確認されている発生数はイノケンティウスと御堂を含め八人、いや九人か。
 彼らはヴァルキリーの導きを受け、文字通りの英雄として神々の意思を代行する。
 無論、彼とて例外ではなかった。

 男の体は消えぬ火を宿して来た。
 男の体は永久に鍛えられ続ける刃金だった。
 男の体は燃やされ続ける炭だった。

 火は強く。刃金は強く。炭の袋は大きい。(されどそれは有限)
 鍛え続けられる。そのどれか一つが欠けない限り。(されと作られた以上欠ける為の約束は成されている)
 故に。
 彼は戦乙女をも驚嘆させ、人の身でバルドルの化身とさえ謳われ、その剣で在りながら教会にすら恐れられた。

 だが。
 何時からだろう。そのあり方に疑問を持ち始めたのは?

 勿論。
 彼は未だその疑問の答えを得ては居ない。
 努力はしている。或いは一生手に入らぬのやもしれないけれど。
 記憶の中にある。今にして思えば、思わず笑みの零れる様な記憶。
 あれは、今は白いこの髪に幾分黒が残っていた時だったろうか。

 ──諸君。勝手ながら君等は私の事をどう思うか聞かせてくれないかね?

 そう、部下達に問うた。
 答えは返らなかった。と言うよりも、誰もが皆呆然としていて言葉を返せる雰囲気では無かった。
 その時は溜息だった。

 けれど、やがて少しづつだが巧く立ち回れる様になった、と思う。
 老人──否、その時は壮年の彼は。
 剣としての形しか持たぬ故にがらんどうだった彼は、自分自身に新たに人として何か別の形を与えたかったのかもしれない。
 証明。何故、彼はそれを欲したか。
 大きな炭袋か、或いは強き刃金か、それとも強き火か。
 そのどれかが欠け始めたからなのかもしれなかった。
 欠落とは即ち、輪廻の綻びである。
 定まった運命の綻びの向こうに、何かが見える。

 天命が故に英雄となったこの身が度し難い愚者の様に感じられる。
 紛れも無く、その感覚は彼のあり方と矛盾するというのに。
 彼は只一人、定められた英雄の座の上に居る。
 孤高は最も強き刃金が故に──

 しかし。まるで我が身が奴隷であるかのような。
 ずきん、と酷く頭が痛むのを彼は感じ──

「…いけないな。どうやら眠ってしまっていたらしい」
 目を覚ました。
 もやに包まれたようにぼやける頭。
 復帰は幾分遅く感じられる。体はどこか重いが。
 年を取る、とはこう言う事かもしれぬ。

 状況を思い出す。
 空を見上げると紫の空。今は未明らしい。
 数日前の野営とは違い、山麓近くに陣取った今は眼下に目的地が良く見える。
 ──老人の目が鷹の様に細まる。
 老練な彼の頭脳は、早くも本来の機能を取り戻しつつあった。
 作戦の段取りは全て定まっている。

 最も重要な拠点であり、異教の神の光臨する地。
 村をはさんで、森と険しい山に囲まれた高台にあるそれを本陣として、
そこまで続く道に幾重もの防衛線を張る。
 迎撃を繰り返しながら時間を稼ぎ、儀式の遂行を終えた後に降りた月夜花の本体に懇願し、こちらを叩く。
 それが、尋問の末に彼らが引き出した異教側の作戦概要だった。

 引き連れている黒い服の男、と言う者の立案だろう。
 だが、彼はそんな情報を知っている人間を首都に引き連れた時点で致命的失策を犯している。
 最も、月夜花本体を下ろす基盤がフェイヨン地下洞穴の他にはこの村ぐらいにしか無い以上、
篭城の他にとるべき戦術はないであろうし、突撃を封じられる陣地は厄介ではある。
 だが、知っていれば対処出来ない訳は無い。
 問題は、向こうがどれだけの読みと抵抗を見せるかだった。

 暁の光が僅かに上る。
 それに照らされた村はまるで燃える様に朱い。

「美しいな」

 呟くように言う。
 優しい瞳で、滅ぼすべき敵をまるで慈しむ様に眺めながら。

「──だが、我々は戦争をするのだ」

 軽く、息を吸い込む。開いた目には夢の迷いなぞ欠片も無い。
 その裏側に刻み込んだ苦悩が深い皺となった厳しい貌が、大音声を上げる。
 耳も劈くばかりのギャラルの角笛となって、未だ眠る彼が率いる者達に闘いの時を告げていた。

「戦は来たれり!!時は待たぬ!!直ぐに支度を整えよ──!!」
112名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:37:01 ID:i9Rab18s
「来やがった、か」
 最も早く異変に気づいたのは、その名も無き男──ロボ、と言う狼の名前を借りている彼だった。
 起き上がる。そして、傍らに投げ出していたツルギを腰にぶら提げ、鯉口を切る。
 村入り口の──、防衛側からは真反対の見張りに一人立つ彼は油断無く山林の一点を見つめていた。
 ばさばさと鳥が山麓から飛び立っている。それは黒々とした森の中で朝日に照らされ光っている。
 前日に、山頂付近に前列が見えた連中の姿が見えない。
 それが何を示しているかは明白だった。

「……」
 きぃん、と鋭い音を立てて再び納刀。彼の心の内は知れない。
 鳴子を打ち鳴らし、彼が見たそれを警告として村人達に告げる。
 村中に良く通る乾いた音が響き、異変に気づいたらしい各々が避難所兼用となっている祭場方面に向い始めたのを見計らって、
自らも見張り台から飛ぶ様に地面に降りた。とっ、と軽い音。すぐに走り出し、一つの家の戸を潜る。

 その中には、彼の目からすれば未だ子供の雰囲気を残す少年が二人。
 名を、ウォル。そして、クオと言う。
 彼らは鱗の様に鉄を縫いこんだフェイヨン地方のラメラーメイルを着ていたが、それは殆ど新品同様にも見えた。
 そして数日前の確執は未だ尾を引いているしクオもウォルも、付け焼刃程度かそれ以下の仕込みしか出来ていない、と彼は思う。
 (因みにその間にクオにとっての彼の呼び名はオッサンで定着していた)
 だが、流石に間近に近づいている相手を前には今更その様な事は言ってられない。
 男は兎も角、目の前の二人にしても村人達にしても顔が酷く強張っているのに彼は気づいていた。
 だが、何時だって戦は待ってはくれない。

 彼は黒の外套を脱ぐと、予め用意していた武装──硬皮製の胴鎧一式と予備武装、それから提げ鞄を身に着けながら少年二人を見た。
 ぼりぼりと逆毛の赤毛を掻く。
 何故だか、昔から彼はこんな状況が苦手だった。
 奇妙なデジャヴュ、とでも言おうか。
 此処では無い何処か、今では無い何時かに繰り返し繰り返し見てきたような。
 記憶の埒外にあるその感覚。
 すると、不意に何故か忌まわしくも懐かしい記憶が過ぎっていく。

「ったく、めんどくせぇなぁ。どいつもこいつも、似合いもしねぇ真面目腐った顔しやがって」

 呟いてから、言葉を続ける。

「んな顔してたら辛気臭いのが空気感染すんだろが」
「…そんなこと言ったって。いや、僕だってわかってるけど。初めてなら怯えるに決まってるじゃないっすか、こんなの。
 っていうか、横。俺の横の誰かさん。むしろ、クオ君?何こっち見てうんざりした顔してるのさ」
「やぁ、気にしなくてもいいさ。単に臆病者を笑ってやろうと思っただけさ」
「…どっちがさ。お前こそさっきまでガタガタ震えてた癖に。短い付き合いだけどさ、そういう見栄っ張りは直したほーがいいかと」
「見栄ぐらい張れなくてどうするんだよ。お互い様だろ?」

 ぼりぼりぼり。
 ロボは言い争い始めた少年二人を前に赤い頭を掻き毟る。
 まぁ、これで少しぐらい昨日の晩涙で枕を濡らしてた程の恐怖が薄れるなら…めっけもんか。
 しかし、時間が無いのもまた事実。
 終わらない罵声の応酬を半眼で眺めつつ、男は大きく息を吸い込み。

「いい加減にしろこの馬鹿共がーーーーーっ!!!」
 大喝一閃。
 腰に提げた数本の剣が揺さぶられる程に大きく。

「んがぁっ!?」
「──っ!!?い、いきなり何叫んでるんだよ、オッサン!!」

 抗議を無視し、言葉を続ける。

「当たり前だろがバカチン共!!いいか!?お前等は何だ!?そして俺は何だ!?
 今は何をすべきで、どういう時だ!!やる事やったら、後はジーザスがケツに奇跡をぶち込むんだよ!!
 とっとと武器もって準備して持ち場に行け!!さあ、急げ急げ急げ急げ急げっ!!ハリーハリーハリーハリー!!
 これ以上ジタバタしてるとケツの割れ目をもう一つ増やす!!
 寧ろ生き残った後で、廃人になって時の光が出るぐらいまで訓練課すぞ!!ほれ急げっ!!」

 さぁっ、と男の怒喝に二人の顔色が蒼くなる。
 ──誰が、彼らのここ数日の特訓を知ろう?あの余りに恐ろしい日々を知ろう?
 一言で言うと、食品で生命力が回復する関係上、ハートマン軍曹を遥か斜め上に超えるシゴキっぷりである。
 描写など不可能。むしろ、俺が書き手のオみそに素敵な兵隊のやり口を叩き込んでやるfuckと言う勢いである。
 俺様超人ハートマン、お前等糞蟲ブッチKillは伊達では無い。
 よって、パブロフの犬宜しく回れ右にて走り出した。習慣の力は恐ろしい。

「…ま、今から気が萎えて無いだけ僥倖ってな」
 ロボはそれを見送り、普段のマントと帽子を身に着けてから、更に一抱え程も量のある刀剣類を抱えて自らも立ち、門を潜った。

 そこに、彼を待っていたのか一人、女性が居た。
 にやにやと笑いながら彼を見ている。

「…ミホか」
「ええ。聞こえたわよ、さっきの。村中に響いたんじゃない?ま、皆気合が入ったみたいだけどね」
「あー…、ったく。からかうなよ。動かないののケツをぶっ叩くのも先達の仕事の内だろ?」
「そうね。…それから」
「なんだ?酒の席ならお断りだぞ」
「そうじゃないわ。単に見かけたから声をかけただけよ。似合わない糞真面目な顔してたしね」
「へっ、そいつはご苦労さん。ま、真面目な面に似合う位にゃせいぜい頑張るさ」
「あら、あの子達に言った事と違うけど?」

 にやっ、と男は笑い「二枚舌なんでね」と言った。
 女はそれに答え、「あら、奇遇ね。あたしもよ」と言う。

「で、だ。真面目な話をちょいと挟んどく。
 正直な話、俺達には指揮出来る人間が全然足らない。
 悔しいがこっちから打って出る、なんてのは論外だ。
 時間があってあと一人か二人助っ人が居ればどうにかなったかもしれんが、指揮が乱れたら総崩れになる。
 ミホには、俺が出来ない時に指揮をして欲しい」
「…正気?そんな事殆ど知らないわよ、私。それに、しなければならない役目もある」
「居るのと居ないのとじゃ随分違うもんなんだよ、そういうのは。頼む、引き受けてくれ」

 真剣な声で言う男に、ミホは何処か冷ややかな目を向けると答える。

「貴方ね…それじゃ、まるで確実に自分が居なくなる、って言いたいみたいじゃないの」
「う…す、すまん。そういうつもりじゃないんだが。つまり、もしもの時の為だ。
 そのだな。俺は騎士だ。雇われたといっても犠牲は少なくしたい。
 とはいえ、老人達は指揮には向かんし他の村人にしてもそう言う面では同じだ。
 どうにか俺の視点の方向でモノが見れるのがアンタぐらいしか残ってない。だから、だ」
「……」

 全く。男は自分の反応に、何処か冷静な部分で自嘲を零していた。
 何言い訳してるんだか。大体、それに何の意味があるか、云々。
 男、と言う奴は何時まで経っても真実女性を乗り越える事なぞ不可能なのかもしれない。
 三十の峠を当に超え、言動一つとっても老獪さを見せ始めた年齢である、と言ってもまだまだだ。
 事実、ミホは珍しく動揺している彼を見て何処か可笑しそうな顔をしている。

「いいわ。引き受けてあげる。でも、これは借りだからね?」
「あんがとよ…ま、借りはその内返すさ」
 言葉を交わし、二人は走り出す。
 向う先はそれぞれの戦場。鉄火場の匂いがゆっくりと近づいてきている。

 イノケンティウスの一隊が辿り着き、村を焼き始めたのはそれから一時間後の事である。
113名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:37:51 ID:i9Rab18s
 村が燃えている。
 坂道に拵えられた急増の陣からは、その光景がよく見えた。
 轡を並べた隊伍の中から、それを見ている誰かの泣き声が聞こえる。
 僕は、何とも言えない様な気分になった。
 口を出すことは出来ない。僕にはその資格が無い。
 けれども。
 その混沌とした思考に方向を見つけるとすれば、それは憎しみだった。

 当然だ。
 僕は、数日間とは言え、この美しい場所で過ごしてきた。
 奴等はそれを容赦なく、何の情けも無く、只塵屑の様に何の意味も与えず滅ぼしていく。
 塹壕の中で虫けらの様に縮み上がった僕達を支えているのは、それへの怒りと憎しみ。
 こんな理不尽、憎むなと言う方が無理な話だ。

「……畜生、こんなシケた村を焼いて何になるってんだよ」
 驚く程、大きな呪詛を零したのは、クオ。
 固く固く握り締めた手が、ぶるぶると怒りに震えている。

 彼や、他の村人達には燃えている村に思い入れがあろう。
 当然の様に、輝かしい記憶があろう。
 怠惰で、どうしようも無い生活を首都で送っていた僕と違い、
そこには嬉しい事や悲しい事、喜ばしい事や辛い事もあったろう。
 恋人と愛を囁いた場所だって、汗を流して働いてささやかな収穫に喜んでいた場所だって。

 だけど、そしてだから僕の憎しみは彼らと比べる事は絶対に出来まい。
 僕には大儀なんて無い。只、ツクヤを今村を焼いている連中に殺されたり、ここで死なせたくないだけだ。
 沢山の愛とそれから日常、それは僕の願っているそれと同じくらい重い筈だ。

 目を背け、前を向いた。
 今は自分の役目だけを考えるようにしなければいけない。
 少しでも周りに目を向けていると、途端に現実感を喪失してしまいそうだった。
 そうすれば瓦解までは、あと少しになってしまう。

 ──僕の役目は、村人の弓手達の護衛。
 聞こえはいいけど、単に突っ込んでくる有象無象の傭兵を足止めするのが精一杯だ。
 それも、あの黒マントが撃ちもらしたのだけを。
 …まぁ、そんなもんだよな。
 塹壕の中で自分に失望を覚えている様な自分と比べて、腕組みしたままじっと、まるで鋼みたいに敵を待つあの男の何と男前な事か。
 僕は騎士でもクルセイダーでも無い半端者だし。

 溜息を付きそうになり、やめる。
 出来る事と言えばただ、塹壕の中で蟲の様に身を潜めて敵を待つ事だけだ。

 明確な結論も出せないまま、僕は一人空をぼうっと見上げていた。



 馬上の銀色の鎧は照る日に輝き。
 その目は廃墟と化した村の向こうに陣を構えた集団を見据えていた。
 イノケンティウスは、邪魔な建物を焼き払った平地に構えた隊伍の中央に居る。
 前面には傭兵隊を中心とした部隊を展開。
 自身の子飼いの手勢と精兵は出来るだけ温存し、雑兵を先ずはぶつける。
 まずは小手調べ、といった所だ。

 目標陣地の防衛力はどの程度か。
 場合によっては、大魔法による陣地破壊を想定すべきか。
 騎乗した異端審問官の突撃のタイミングは何時にすべきか。
 一度に全軍を突撃させる訳には行かない。あの山路では隊列が伸び切って側面攻撃の恐れがある。
 幾つもの考えを想定した上で、やはり自らの判断に誤りが無い事を確認。

「前列前進、異教徒共を殲滅せよ!!」
 彼は甲冑同様銀色の篭手を着けた腕で片手剣を引き抜きき、叫ぶ。
 一次、二次職を問わない二十名程の傭兵と手勢の混成部隊が手に手に武器を携え、進んでいく。

 土ぼこりが舞い上がり、隊伍を組んだその後ろ姿は彼にとっては見慣れたものであるが、果たしてどうなるか。
 戦力的には傭兵隊だけでも十二分だが、既に捨てる物も一つしか無く、極限の死地に立たされた守備側は
事前の予想を容易く覆し恐ろしく頑強な抵抗を見せる事がままある事を彼は知っている。

 そういう意味では、彼とて失敗を犯しているのだ。
 ──否、彼の失敗と言うよりも頑迷に作戦を拒否し続けてきた教会と王国上層部が只の鼠に鋭い牙を与えたのだが。
 それでも、迅速に説き伏せ、一方的に虐殺できなかったのは自らの過ちだ、とイノケンティウスは考える。
 名もしれぬ黒服の男、と言う全くのイレギュラーが事態に絡んできた事もある。

 そも、戦争とは実際に戦端を切る前から始まっているのだ。
 兵站の調達に各部門との折衝。情報封鎖に兵員の調達。
 傭兵の調達は、そもそも『痕跡も残さず異端を殲滅する』に当って異端審問官の慢性的な人手不足が原因ではあるが、
このままでは普段は指揮が専門である彼もまた、一兵卒として前線に赴くやもしれぬ。
 無論、彼に戦への恐怖など一欠けらも存在してはいないのだが。

 イノケンティウスが彼らの背中を見送り、少し離れて地面に寝転がっていた筈の御堂が居ない事に気づいたのは暫くしてからだった
114名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:39:22 ID:i9Rab18s
 その瞬間、僕は酷くゆっくりにも見える目の前の光景を現す言葉を思い出すことが出来なかった。

 白。赤。紫。
 普段、冒険者達が一時の仲間を求めて集まる広場で見慣れた服装の人々が、その顔に明確な敵意を貼り付けて向ってくる。
 ハンター、ローグ、ナイト、モンク、ウィザード、ブラックスミス、それからクルセイダーも居る。
 自分と同じ一次職のシーフや剣士が剣や槍や短剣や斧を手に走ってきている。
 顔。顔。顔。たくさんの顔。彼らとの距離はもう随分と近くなっている。
 引き抜いた剣を握る手が震え、ばくばくと心臓が痛い程鳴っているのがはっきりと解った。

「…っはぁ」
 息が漏れる。
 僕は、戦争に参加しているんだ、と今更の様に思った。
 恐ろしい。途轍もなく恐ろしくて押しつぶされそう。
 見も蓋も無く泣き叫びたくて、足ががくがく震える。
 僕は、どうしようもなく臆病者だ。
 幾ら理屈で武装しても、いざ現実を前にすると、そんなものはあっと言う間に揮発してしまった。

 でも仕方無いじゃないか。
 あれは冒険者だ。傭兵であっても冒険者だ。僕はそれを知っている。
 その剣は化物を引き裂くのと同じぐらい人間も引き裂ける。
 クオは僕やロボ位しか冒険者なんて知らないだろうけど、僕はテロの鎮圧にも遊び半分で行く事の出来る彼らを知っている。

 ひゅんひゅん、と散発的に鋭い音がして矢が打ち立てられた杭に突き刺さるのが見え、陣の中に戻ってきたロボが敵を睨んだ。
 『十分に引き付けろ』、と彼が別人の様に鋭く叫ぶ声がまるではるか遠くからの様で。
 彼の手が、さっきから縮みあがり、へたり込みそうな僕なんかをよそに弓を構えていた村人達の前で振り上げられた。

「良し…放てぇっ!!」
 ひゅひゅひゅひゅん、と矢が風を斬る音。
 僕はそれで、戦争の火蓋が切られたのだと知った。

 弧を描いて跳んでいく矢。
 あるものは外れ、あるものは冒険者に突き刺さる。
 顔に喰らい転倒する者もいれば、腹にもらって足を鈍らせる者も居る。
 だが、彼らの歩みは止まらない。
 痛みなんて知らないみたいに突っ込んでくる。

 冒険者だ。
 彼らは完全に殺されてしまわない限り、自分が死なないと知っている。
 恐れる理由なぞ何処にも無いし、まして傭兵なんぞやっている連中だ。
 踏み潰される。踏み潰される。
 知っている。
 僕は彼らの恐ろしさを知っている。

 あらゆる魔境を闊歩し、魔物を遊び半分で狩り、砦の財宝の為ならば何人の仲間が死のうと関係は無く。
 化物の親玉達すら数人がかりで叩きのめしてしまう彼らを知っている。

 狩場で冒険者達がそうする様に、僕は彼らに踏み潰される。
 そして、何もかも努力を一切合財蹂躙していくだろう。
 そう思わずにはいられなかった。

「俺が打って出る、構わず撃ち捲くれ!!」
 三本腰に挿した剣の内、一本を引き抜いて黒服の男が走る。
 閃く銀の光。飛来する矢を切り払いながら。放たれる矢風を背負いながら、彼は冒険者の集団に突っ込んでいく。
 がきん、がきん。アサシンでもあるまいに、二刀を引き抜いて彼は剣舞を顕現する。
 だが、軍隊蟻にたかられて身をよじる得物の様な、儚い抵抗にさえそれは見えた。

 ──僕の、出番だ。いまから、僕もこの戦場に上がらなければならない。

 がちがちと、歯の根がかみ合わさる。情け無いったらありゃしない。
 そこで、どん、と乱暴に背中を叩かれた。

「馬鹿。何やってんだよ、お前」
「──ぁ」
 惚けた顔で見上げると、そこには不快げなクオが居る。
 それで、硬直していた心が解けた。正気が戻ってくる。

「ちょ、ちょっと腹が痛くなっただけだっての」
「糞なら後だな、漏らしたらせいぜい笑ってやるよ」
 そうだ。
 震えている場合じゃない。
 思い出す。麻痺しかけていた脳味噌が回り始める。

「お前こそ、僕なんかにボコにされた癖に偉そうだぞド畜生がぁぁぁっ!!」
 そして、気づけば今だけは恐怖を振り払えるように絶叫した。
 隣で何かクオが叫び返しているけど無視、前を向いて僕は──黒服を見据える。

 恐怖で、状況を見誤っていた。
 戦っている。あの男は戦えている。
 それさえも忘れていた。
 両手に持った刃を、ある時は盾に、また次の瞬間にはそれを剣に変え。
 立ち代り入れ替わり、魔弾の照準を乱す為位置と場所を変えながら突き出される剣や槍を避け、冒険者の連携を翻弄している。
 一足でゼロ距離まで踏み込んで、隙あらば指先で剣先で目を潰し柄尻で鼻を潰し金的を切り上げ首を刎ねている。
 翻る。翻る。外套を従えて男の腕が、手にした刃を己の延長に変えて翻る。
 髭が覆う口元を獰猛に歪めながら。
 彼は、後衛の為に敵の前進を抑える自分の役割を果たしている。

 ならば──

「何時までもヘタレじゃ…あんまりにも格好悪い!!」

 進軍を阻む剣舞の網を潜り抜けた数人がこっちに向ってくる。
 足止めとしては、黒服の男の働きは今でも十分に過ぎる。
 ここからは、僕達の出番だ。

 さっきまでの恐れは、なりを潜めている。
 剣を握る。周りを見れば、僕やクオと同じように近距離での護衛を任された──しかし、
悔しい事に、僕よりも体格のいい十人以上の村人が斧や剣を手に立ち上がっていた。

「さぁて、特訓の成果って奴を見せてやるぜ。ウォル、足手纏いにゃなるなよ?」
「余計なお世話だ…っ!!」

 叫びを交わすと、一気に陣から飛び出る。
 目の前には年かさの鍛冶師。体をアドレナリンラッシュの赤に染めて斧を振り上げている。
 握った剣を翳してそれを受け止めた。手が痺れる様な感覚。
 やっぱり二次職は伊達じゃない。何度も受け続ければ勝ち負け以前に剣がへし折れる。

「っりゃぁぁぁぁぁっ!!」
 叫びながら、僕の横手に居たクオが手にしたメイスで思い切り鍛冶師に殴りかかった。

 ──護衛役、と言っても僕達の側はやっぱり殆ど素人ばかり。
 一対一では、本職の戦闘職に敵う訳は無い。
 それを埋めるべく、ロボは一人の相手に二人以上でかかれと告げた。
 どんなに頑張っても一部の例外を除けば、多数を相手取っての乱戦を無傷で切り抜けれる兵隊なんていない。
 必ず隙と言うものが存在する。

 めこり、と生々しい音。
 鎧を着込んだ鍛冶師の横っ腹にメイスが突き刺さり、鋼の下の柔らかい肉にまで衝撃を浸透させる。
 僅かによろめいた鍛冶師の斧から僕は刃をずらすと、体を捻りながら圧力から抜け出して、
思い切り刃を相手の頭目掛けて叩き付けた。ごずん、と鈍い手ごたえが手に響く。
 取った。理性ではなく、直感と掌が覚えている魔物の肉を切り裂いた時の感覚から理解した。

「は…っ、はぁぁ…っ」
 僕は、この手で人を殺した。
 一瞬、馬鹿な頭がそんな事を考える。

 見れば、思い切り剣を叩き付けられた鍛冶師の頭はまるで出来損ないのほおずきみたいに中途半端に弾けていた。
 赤い。これは血だ。
 そうすると、この灰色っぽくてぐずぐずの柔らかいのは脳味噌だろうか?
 兎も角、確実に相手を殺した事だけは理解した。

「ぼさっとしてるな!!次だぞ、次!!」
 クオの声ではっ、とする。
 僕は、今人を殺さないといけないのだ。
 無視しろ。こんな物は無視しろ。敵に情けなんぞかけるな。
 ──OK、まだ僕は冷静だ。

 顔を上げる事で答え、立ち上がって走る。
 大丈夫だ。今はまだ劣勢じゃない。

「よーぅ、黒いの。久しぶりだな、体は暖まったか?」
 そんな時だ。
 何時か聞いた、日常に潜んでいたあの化物の声を聞いたのは。
115名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:39:43 ID:i9Rab18s
「──遅かったな、もし来るなら俺はもう少し先走るかと思ってたんだが」
 相手をしていた一団から飛びずさってロボは御堂に言葉を返す。
 口にしている言葉は勿論上辺だけの物。
 正直、まだ相手の戦力は削っておきたくはあったのだ。
 不意打ちを含めて、殺ぐ事の出来た数は精々が半分。
 完全に殺した数はもっと少ない。治療を受ければ戦線に復帰してくるだろう。
 そも、攻手において彼の剣は正確な不意打ちによる一撃必殺こそが身上である。

 とは言え、それは戦場に平地を選んだ時点で諦めている。
 それにやって来た以上目の前の化物とは、決着をつけねばならない。
 男は、覚悟を決めた。

 遠巻きに御堂を見ていた一人の騎士が化物に声をかける。

「御堂さん、こいつは俺達にやらせてください。仲間が何人もやられてるんです」
「──黙れ。手前らはとっとと仕事をしてきやがれ。それともお前もお仲間の後を追うか?」
 にこやかに笑いを作りながら、御堂は声をかけてきた騎士の首を、凶暴な形をした手甲を嵌めた手で掴みあげる。
 ぱくぱくと真っ青にした顔の口を動かしながら、何度も首を縦に振った騎士をつまらなそうに投げ捨てた。
 再び、ロボに向き直る。
 引っ掛けたミニグラスの向こう側から、戦に歓喜する凶暴な眼光が覗いていた。

 やれやれ。
 本当に厄介な相手だ、と黒い外套の男は思う。
 あの手甲には見覚えが無い。どんな武器であるのかは彼の知識の範疇には無かったが、御堂が本気である事は間違いがなかった。
 最も、男とても以前と同じ装備ではない。少なくとも、目の前の男を殺せるだけの準備はしてきたつもりだった。
 …後を続ける事を考えていては生き残れない。文字通り死力を尽くしても殺せるかどうか。
 だが、まさかこんな早々に退場する積りは勿論男には無い。

 思う。自分の決断によって死者が生まれるだろう事を。
 罪の意識は勿論ある。ただ、それを僅かでも戦いに持ち込む事は彼には出来なかった。
 彼らの死を心の贅肉と判断した上では、せめて謝罪と勝利を勝ち取るだけだ。
 どのみち、こんな化物を素直に村人達に迎撃させる訳にもいかない。
 恐らく、余りの実力差から来る恐怖のせいで、容易く敗走する事になってしまうだろう。

 からん、と血糊と刃こぼれでなまくらになった二振りの剣を投げ捨て、ロボは己が最も信頼する腰のツルギを抜き放つ。
 不思議な事に、その柄には普通の品と違い、時計の様な、少女の様な意匠が施されていた。
 提げていた鞄の蓋を緩める。その中には数多くの手品のタネ──御堂に勝利する為の小道具が整然と固定されている。

「我が足は風が如く、我が腕は鉄杖の様に硬く、強く──」
 御堂は歌うように言葉を紡ぐ。自己強化の呪。続いて、回る光芒が次々浮かび上がる。

 それを確認して、ロボは風の様に地を蹴った。

「往くぞ、化物」
「来い、化物」
116名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:40:27 ID:i9Rab18s
 僕は、文字通りの必死だった。
 誰もがそうだろう。気を抜いていなくても矢玉や刃がこめかみの辺りを掠めていく。
 頼みの綱のロボが、あの化物に足止めされた結果、生き残りに雪崩れ込まれて塹壕と杭で構成された陣地は凄惨な混戦に陥っている。
 悲鳴がすぐ近くから聞こえる。味方のそれとも敵のそれとも知れなかったが、目をそらしている暇なんて無かった。
 運が悪ければ僕だってすぐにそうなる。
 片手の敵から奪い取った短槍を滅茶苦茶に振り回しながら、前線が崩れないように時折檄を飛ばすのが精一杯だった。
 もうこうなってしまっては、当初ロボが言っていた様な集団戦法も糞も無く、
撤退の二文字は常に脳裏を飛び廻っているけれども、逃げ道なんか最初からある訳は無い。

 騎士が屈強な若者の首を跳ね飛ばし、狩人が獣ではなく人を狩り、暗殺者が体当たりで塹壕の中にもつれ込まれて
数人の村人に凶器によって滅多撃ちにされていて、かと思うと斧が逃げようとした人間の頭蓋を破裂させる。
 冒険者のスキルが乱れ飛び、数人がかりで金色の旋風を纏った騎士が八つ裂きにされている。
 血の匂いが酷く濃い。地面が血塗れで黒い。
 数で劣るものの、混戦では僕が知っている通り冒険者達は酷く手強い存在だった。
 ぼぼぼぼっ、と連続した音が響いて新たな悲鳴が響く。また誰かやられたらしい。
 こちらの数が多い分だけ、守備側から上がる悲鳴の方がはるかに多かった。
 だが、冒険者──傭兵達も数に圧倒されて、次々に殺されていく。
 これでは魔物と冒険者と僕達と、どれが本当に化物なのか解ったものではない。
 塹壕の中に居たらしい村人らしい火達磨が踊り狂うように飛び出してきて、クルセイダーの槍になぎ払われて吹き飛んでいった。
 ──畜生。

 畜生。殺しやがって。
 また僕の仲間を殺しやがって。
 ──ブチ殺してやる。

「あぁぁぁぁぁぁ゛っ!!死ねぇぇぇっ!!」
 槍を突き出して動きの固まっていたそのクルセイダーに剣を投げ出してから、思い切り槍でバッシュを見舞う。
 がずっ、と穂先がそいつの後頭部に突き刺さる。殺せたかどうかは解らなかった。
 その直後に不可視の角度から脇腹と肩に熱。矢か?それとも刃物か?
 判断を保留。
 刃物と当てずっぽうで判断して地面に槍の石突を叩き込む。マグナムブレイク。
 地面から僕を包み込むようにして逆しまに爆風が吹く。
 痛い。痛い。体中が痛い。だが、目の前には未だ倒れていないクルセイダーがいる。
 背後にいるかもしれない襲撃者は無視。槍を捨て、最も得意な得物の剣を再び拾うと我武者羅に切り込んだ。

 クルセイダーが僕に向って振り返る。驚いた様な顔がある。
 がん、と柄で防がれる。打ち合う積りなんて最初から無い。
 僕は所詮はしがない名無しの一次職だ。

 最後の日、ロボは練習とは思えない苛烈さで彼ともう一人の少年を身動きもとれぬ程さんざん叩きのめした後でこう言った。
 いいか、これがお前等だ。今無様にはいつくばって、血反吐を吐いてのた打ち回ってるのがお前等だ。
 今理解しろ。ここ数日、少しは鍛えてやったが余りにもお前等は弱い。
 だから考えろ。馬鹿正直に一対一なんぞするな。
 俺みたいな真似が出来る奴なんて数える程しかいないし、俺でも一歩間違えれば死ぬようなのがお前等がこれから出る戦いだ。
 虚を突け。後ろから切りつけろ。急所を狙え。縺れ合ったら剣に拘るな。容赦はするな。卑怯でもいい。
 必用なら何処までも残忍になって殺せ。
 いいな。生き残る為にお前等は人を殺せ。

 ならば、あの男に従って僕は今は人非人になって人を殺そう。
 今、目の前の光景を知っている人間なら、それを外道と罵りはすまい。
 それでいい。僕は、自分の意思で今人を殺していく。
 僕は競り合ったまま片手を柄から離して、親指を思い切りクルセイダーの目玉に突き刺して抉った。
 うっ、とうめき声があがる。腰に力を入れて更に深くねじ込むと、硬い殻を突き破る様な感覚がしてクルセイダーはそのまま倒れた。

 ──嗚呼。
 今僕は戦争の真っ只中にいる。
 びりびりと手足はえもいわれぬ高揚感に痺れている。
 心臓は早鐘の様に打ち、全身に血液を送り届けている。
 殺すこと。戦うこと。破壊する事。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 吼える。駆ける。弱った者を囲まれた者を。
 相手の事情なんて一切無視して殺しつくす。
 その時の僕には知ることの出来ないことだけれど、それはきっとあの黒い男もまた奥底に居座っている
単純明快にして、それ故に底なしの深淵に半歩足を踏み入れた瞬間に違いなかった。

 クオもまた、この混戦の真っ只中で僕と同じように容赦なく泣き叫び許しを請う一次職の傭兵をメイスで叩き殺していた。
 彼は何人もの屈強な村人を従えて確実に取り囲んで敵を叩きのめしている。
 きっと、僕とは違って彼には信念があり矜持があり人望がある。
 一時は反していたけれども彼は彼だからこそ、そうしたのだろう。
 未だ確執はある。だが、酷くその背中が頼もしかった。

 ──こういうのって、確か戦友って言うんだったっけ。

 脳味噌を掠める考えは、しかし、甲高い音──魔法が、それも大魔法が起動するその音によって瞬時にかき消される。
 直ぐに足元を見下ろせば、広く展開した円形魔方陣。
 戦場から少し離れた場所で、容赦なくボルトを打ち込んでいた魔法使いが痺れを切らしたのか、長々とした詠唱を紡いでいる。
 高速で回転し、顕現する魔法の裏写しとなって現実空間に現れる兆候ははっきりとした死の予感を彼に伝えていた。
 亡、と燐光が日の光より尚明るく宙に舞う。
 大きい。紡がれていく呪は明らかに限度を超えた魔力をつぎ込まれ過剰な顕現を起しかけている。
 僕は、痛む体の事なんてまるっきり無視して傍にあった塹壕の中に飛び込みながら叫んだ。
 傷ついて、オーバーヒートしている体と焼付いた喉でどうしたらこれだけの大声が出せるのか不思議なくらいだった。

「塹壕の中に飛び込めぇぇぇぇぇぇっ!!」

 果たして。
 僕の言葉に反応できて、或いは発動前に気づいて塹壕に飛び込んだ人間は何人か。
 正確な数なんて判らない、けれど掠める様に垣間見た風景では確かにクオを始めとした何人もの人間が、
いや何十人とのこった生き残りの多くが僕の絶叫を耳ざとく聞いて塹壕の中に飛び込んだに違いなかった。
 仮令、錯覚だったとしてもそうだと、そうに違いないと思い込む。

 そして、仮初たる紅の大帝が、恐るべきトールの雷とも畏るべきオーディンの槍とも見紛う巨大な閃光が。
 地上に築かれた脆い杭の陣地なぞ、逃げ遅れた雑兵どもなどものともせずなぎ払った。
 おお。正しく、この魔法は、これこそは魔法使い達が秘儀とする大魔法であった。
 それは膨大な熱量と途轍もない爆風を伴う人の使役する神罰であり、先立って現れた終焉の炎のようですらある。

 そして──その時。いやその瞬間に、僕が聞いていた全ての音と僕が見ていた全ての物は綺麗さっぱり消え去っていた。
117名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:42:46 ID:i9Rab18s
 最初の一合より幾度の激突を既に繰り返したか。
 そんな事は、すでに彼ら自身どうでもいいに違いなかった。
 その二人の戦いは塹壕で繰り広げられている様な悲惨なものではなかったけれども、
血みどろの争いであり、共に死力を尽くした間違いようの無い死闘であった。

 空中をぶちぬく鋼を纏った拳を放つは、御堂と言う男。
 その軌道は縦横無尽にして、内に溜めた力たるや大瀑布にも匹敵しよう。
 只の一度でも触れようものなら、瞬時にして愚かな異端を滅ぼしさる神に捧げられた拳。
 それは正しく、彼のヴァルキリをして勝者と言わしめる名の英雄、御堂に相応しい拳であった。

 そして勝者、とは拳を旨とする修道士が極限の鍛錬と無限とも思える戦いを勝ち抜いた果てに辿り着く英雄の名。
 幾度の戦いを経て死ぬ事無く、その拳であらゆる魔を粉砕する。
 まさにそれこそは真なる聖堂騎士、高位司祭と並ぶ神意の地上代行者が一人
 彼らが表すのは、神罰であり殲滅である。

 それを紙一重で避け、指弾の照準を許さず、虎視眈々と御堂の首を狙うは黒服の自称騎士、ロボ。
 名は無く、過去は無く、しかして唯一呪いにも似た忘れえぬ誓い。
 それこそが彼のその足を支えるものである。
 もし、誓いに従い、誓いに動かされる者こそが真に騎士とするならば、真実、この男は騎士だったろう。

 そして騎士、とは剣を持つ者。人を殺す者。そして、誓いの元に人を守護する者の名
 剣は血に塗れようと、その心を切り裂く刃があろうと、屈する事はありえない。
 それは無力なる者が絶望の淵で願った守り手のカタチ。血と涙で鍛え上げられた一振りの剣。
 彼らが表すのは、即ちそれである

 振り返り様にロボはツルギを切り上げる。
 がきん、と鋼がかち合う音が響いて、御堂が防御に振り上げた手甲の腕とかち合う。
 御堂が腕につけたそれは肩口まで続く代物であり、殊に肘までを覆った鈍色に輝く部分はまるで刃筋を寄せ付けぬ堅牢さであった。
 剛拳と言うに相応しいそれは難攻不落の鉄壁であり、一撃で城壁をも砕く大砲である。
 幾ら重装とは言え自然、攻防は黒服の男が守勢に回る事となる。

「ぬっ」
 かきん。かかかきっ。軽い音が響き、ロボの放った計四発のスローイングダガーが手甲に阻まれ地面に落ちる。
 黒服とても只攻められるまま、と言う訳ではない。
 一瞬生じた隙を利用し、鉄壁に空いた僅かな隙間目掛けツルギを突き出す。
 彼には、御堂には無い圧倒的なまでの速度と技量、様々な技能がある。
 見よ。彼の手に握られたツルギは、かくも強壮たる勝者の拳を前に、その刀身が歪みもしていない。
 打ち込まれる暴風の悉くを受け流してみせるその魔に到る程の技量は些かも衰えぬ。

「ちっ」
 舌打ちを漏らし、閉じた隙間に弾かれたツルギを手元に手繰りよせる。
 故に、この戦いは一騎打ちと言うよりも、王城深くに潜む君主をめぐる暗殺劇の様であった。
 御堂は難攻不落の守備を誇る王城であり。
 ロボはその隙間を掻い潜り、君主の命を狙う暗殺者である。

 裏拳一閃。上体を仰け反らせ間一髪の所でそれを回避した男はそのまま後方に蜻蛉返り、
手首を捻ると、とどめとばかりに追撃をかけた御堂の脚を、身を沈めて水平蹴りで払う。
 奇しくも、それはかつて御堂が父と呼ぶ老人との模擬戦と同じ状況であったが、
今度ばかりは今にも拳を振り下ろそうとしていた体勢の彼に分が悪かった。
 重心を崩されよろめいた御堂が、しかし尚も渾身の突きを振り下ろす一瞬前にロボは殺傷圏から離脱する。
 一瞬でも寝転がったまま留まれば、即座に彼は鉄槌の如き豪腕に叩き潰されていたろう。

 またも、両雄は争いの末に負った浅い傷を刻んだ体をさらして幾度目やも知れぬ対峙。
 猛烈な鬼気を惜しげもなく周囲に撒き散らす御堂に、またロボも自らの剣気を極限近くまで研ぎ上げて片手のツルギを構える。
 が。不意に御堂の纏っていた鬼気が消える。
 否、消えたのではない。これまでは只、放散されるだけだったそれが一瞬にして収斂したのだ。

 死闘の最中とは思えぬ程の静寂が、そこには在った。
 御堂は、ロボを見て愉快そうに笑っている。

「強いなぁ、手前ぇは」
 そして、さも愉快そうに言い放った。

「そりゃぁ、強いさね」
 ロボは応えて、彼も又闘いを楽しんでいる様に豪快に笑い返した。

「とは言え、このままじゃ千日手だ。本気でいかせてもらう」
 ──御堂が、手甲を嵌めた両腕を高く上げて構える。
 それを見て黒服の男は、まるで今の今までは城門を固く閉ざしていた君主が目前の敵を一切合財殲滅すべく
彼が擁する騎士団の隊伍を率いて現れた様に見えた。
 それを見ているだけで、凄まじい悪寒がロボの背中を走り抜けていく。

 勿論、黒服の男に御堂のそれが実際には何を意味するのかは判らない。
 だが、知らぬ内に彼の空いた手は目前の敵を迎撃すべく、鞄の中に潜めていた彼の切り札をもてるだけ指の間に挟んでいた。
 ツルギの柄をきつく握り、四枚のスクロールを携える。
 書き込まれているのはジュノーの賢者による高位呪文。
 鉄壁そのものである御堂の城壁に致命的な罅を叩き込む為の魔術の爆薬である。

 ロボは思う。
 なる程、確かに御堂お前は矢張り強い。
 俺が単に技術の延長とすばしっこいだけの、本物から見れば紛い物に過ぎない騎士だ。
 だが。
 紛い物であろうと、俺は騎士。
 お前が暴風を持って、俺が守護するものを侵すならば──

 御堂の頭上を変則的な軌道で回転していた気弾が、五つ纏めてその身に吸い込まれる様にして消えた。
 どんっ、と爆発めいた音と共に一瞬御堂の体が倍近くにも膨れ上がったような錯覚を覚える。
 爆裂波動。精神力の全てと効果消失後の凄まじい脱力感と引き換えに、飛躍的に身体能力を飛躍させる拳闘修道士の奥義である。
 男の顔に浮かぶ表情は。即ち神罰の執行者。

「行くぞ。お前が本物の化物なら俺をどうにかしてみろ」
「間違えるな。俺は化物じゃない。騎士だ」

 ──俺は、剣と誓いに賭けて貴様の悉くを残らず殺しつくしてみせよう。

 御堂の踏み込みを、ロボは視認する事が出来なかった。
 僅かなりと感じた暴風の先走りをもって一撃目は回避する。

「はっ、くはははっ。ぐはははははははっ!!いいぞ、お前最高だ!!」
 戦いの愉悦と狂気に満ちた御堂の甲高い哄笑が響く。
 だが、回避は数度が限界だろう。
 御堂の速度は完全にロボを超え、巨体に似合わぬ機動性も相まってまるで背後に影を引き連れる残影の様にすら見える。

「…っ!!」
 奥歯を砕かんばかりに噛み締め、長年培った勘だけを頼りに四枚のスクロールを網の様に御堂目掛け叩き付けた。
 果たして。それは見事に御堂の首、両腕、腹に絡みつく。
 一瞬の後、無理矢理広げられた巻物が完全に伸びきった瞬間。

「爆!!」
 ロボは裂帛の気合を込めて、スクロール発動の符丁を叫んだ。
 絡みついた巻物が命令に逆らわず、真っ赤な炎を点し爆ぜる。
 爆音。爆音。爆音。爆音。
 盛大に真っ赤な花が咲き、凶暴極まりない衝撃に跳ね飛ばされて水切りの様に地面を二度三度跳ね飛び無様に転がった。
 体を丸め、両腕で顔面を庇って尚、至近距離での爆発は男の体を焼いている。
 衝撃で受けた打身が酷い。骨は折れていないようだが、それは単なる幸運としか言いようが無い。

 まさに爆薬と呼ぶに相応しい威力であり、よろよろと立ち上がった彼は御堂がいた筈の場所を見る。

「…冗談は止めてくれ」
 思わず、呆然と呟いた。
 そこには、変わらぬ威容が佇んでいた。
 いや、確かに手傷は負っている。間違いなく、彼の先ほどの一手は御堂の城壁を貫き打撃を与えてはいた。
 だが、そこまでだ。眼前に立つ難攻不落の化身は男をドンキホーテと罵る様に、その武威を相変わらず示している。

 この期に及んで、既に言葉は要るまい。
 煌々と燃える瞳でこちらを睨む御堂を前に、余力を振り絞り剣を構え──

 その途端。
 幾度と無く振るわれ、しかしロボの体を捕らえる事の無かった豪腕が、ついに黒服の男の脇腹に突き刺さる。
 ぼきり、と明確に鎧をものともせず肋骨がへし折られたらしい嫌な感触をロボは感じていた。
 血反吐を吐く暇も無い。
 すぅ、と流れる様な動きで腰を落とした御堂の姿を遅延した視界の中に捕らえる。

「俺にかかる偉業を成させしめた神に栄光あれ!名は知らねど恐るべき黒騎士、俺はお前に勝ったのだ!」
 御堂は勝ち名乗りを高らかに。
 黒服の騎士は、一瞬の遅滞も無く叩き込まれた三度の掌打に今度こそ、まるで塵のように吹き飛ばされた。
118名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:43:56 ID:i9Rab18s
 宙を舞う。
 叩き込まれた瞬間に意識と心肺機能は一時的に完全に消失。
 どん、と地面に叩き付けられた後、全身に走った凄まじい激痛により蘇生。
 余りの痛みに声さえも出ない。混濁した記憶が再編成され像を結び、そこで彼は理解する。
 一撃、いや叩き付けられたのは三度か。但し、技量で言うなら確かに叩き付けられた三度は即ち一。
 それはいい。つまり、自分は決して許してはならない筈の打撃を御堂から受けたのだ。

 一度でも直撃を許せばこうなるのは必然だった。
 なればこそ、どの様な秘儀を相手が見せようとも、彼は只己に許された技量だけで打倒せねばならなかった。
 だが、それは果たされなかったのだ。
 今、ここで無様に横たわっているのは己だ。
 受けることの出来ぬ一撃を貰ったのは確かに彼だった。

 考えるだに、絶望しそうになる。
 何が騎士か。何が狼の王の名か。戯れで付けたその名すら、この身には余りにも分不相応。
 偉そうな面で非道を働いたお前は誰なのだ。
 文字通りの死に掛けの体で、彼は自己に罵声を浴びせる。
 絶望は深く重い。痛みは鋭く激しい。
 だが。心は折れぬ。
 絶望の淵にあろうとも、彼の心は未だ折れてはおらぬのだ。

 ──俺は、一体誰か。
 騎士である。紛い物には違いないけれども、その身は間違いなく騎士である。

 ──騎士とは、一体何であるか。
 一振りの刃。されど折れず曲らず屈せず、誓いに従い願いによって生まれる剣。
 奪えども救い殺せども守る、その道の最果てに鍛えに鍛え上げられた一振りの刃。

 ──ならば、騎士たる我が身は、未だ死ぬ訳にはいかない。
 己がそれである以上、死ぬ死なぬ。勝てぬ負けぬなぞ、関係は無い。
 即ち、勝つ。

「ごっふ…」
 よろめきながらも、立ち上がる。
 喉を競りあがってきた物を吐き出すと、盛大に血反吐が地面に散った。
 みっともないと思わないでもないが──

「剣が構えられるなら、上等だ」
 自身が未だ騎士であると。
 それをどうあっても否定できないのであれば。
 この襤褸の体で。紛い物として。
 どうあっても目の前の男を打倒しよう。

「勝負はついたぜ?寝とけばよかったのによ」
 驚き半分、呆れ半分で呟いた御堂の目に再び炎の綾が灯る。
 塵の様な無様を曝しておきながら、黒服の男の目からは未だ光が失われては居ない。
 見れば、御堂とて無傷ではない。
 顔面は焼けただれ見る影も無い。嵌めていた篭手も、爆風に殴られ屑鉄と見紛うばかり。
 負った傷など既に数える気も起こらぬ程。

 だが、発する鬼気だけは、断じて死人のそれではない。
 真っ赤な体は血だけではない。
 それは爆裂波動による強化の印。紫電が迸る程の気功。
 もしも黒い男が人である前に騎士だと言うならば、彼も又、人である前に英雄である。

「なぁに、まださね。お互い、『奥の手』ってのはまだだろ?」
 言葉と共に、男の構えたツルギが唐突に、まるで来訪する力に歓喜するが如く震え始めた。
 誰が、彼が成そうとしているそれを知ろうか。
 それこそは、騎士たる者が秘儀とする己が闘気を用いる業である事を。
 在り得ぬ筈の刃で切りつけた敵を微塵に打ち砕き細断する。
 その戦技の名こそはボーリングバッシュ。
 紛い物たる男が、唯一我が身に刻み付けた騎士の技である。

「──よく言った。なら、見せてやろう」
 御堂もまた、ロボの気迫に答えるかの如く、構えを変えた。
 片手を天に、片手を地に。腰を落とし、自らに許された最強の発動を許可する。
 恐るべきその名こそは、阿修羅覇王拳。
 己が全ての気効を只、一撃必殺の鉄槌と成すためだけに練り上げる奥義。
 その絶対の破滅を前にしては、ありとあらゆる者なぞ塵芥。
 紅の魔王が、鏡の魔人が何だと言うのか。死人の覇者であろうと塵芥に過ぎぬ。
 最強は我なり。
 故にかの一撃こそが、神罰である。
119名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:44:11 ID:i9Rab18s
後どれ程動けるかなど無視し、黒服の男が駆ける。
 手には、振動する剣を。
 迫る男を迎撃するは御堂。
 大気が、勝者の呼吸さえも恐れる様に鳴動する。
 走るロボの姿が掻き消える。彼の技能が一、トンネルドライブの上位たるチェイスウォーク。
 されど、それは只の目くらましだ。御堂の目には、いやそれは既に直感とも心眼とも言うべきか。
 はっきりと、黒服の男の姿が見えている。

 照準を定め調息。
 気を火薬となして装填。
 砲撃の準備は既に整った。絶妙な間合いにロボが迫る機を待つ。

「阿修羅──」
 ──勝機。

「──覇王拳っ!!」
 御堂がそれを告げた刹那、一切合財の全てが消えうせた。
 既に破壊と言う言葉をしても、それを明確に表現するには足らない。
 強いて現れたそれについて言うなれば、球体。
 神の威光が如き、敵の生存を許さぬ苛烈極まりない光の塊。

 迫る。
 ボロボロの体で走る男目掛けて、球体が迫る。
 その瞬間だ。男は、鞄に突っ込んだ手を抜き出し、その手には数枚のスクロール。
 御堂の目が見開かれる。男の口が符丁を紡ぐ。

「爆っ!!」

 閃光、爆音、続いて火炎が立ち上り──男達の背後で、光球が炸裂した。
 爆風を至近距離から浴びた男は生きているのが不思議な程の血飛沫を撒き散らし、纏った外套を襤褸切れに変えながら、
しかし、当の昔に吹き飛び去ったスイートジェントルを被っていた顔は、快心の笑みを浮かべていた。
 ロボは避けた。まだ残っていた取っておきのスクロールを至近距離で自ら炸裂させる強引極まりない手段でもって、
御堂の必殺たる一撃の射線から逃れ出たのだ。

 黒服に血を滲ませて男は走る。突撃する。
 前のめりになりながら、今にも地にひれ伏しそうになりながらも、走る。
 御堂は阿修羅覇王拳を放った体勢のまま、驚いた様な顔でロボを見ている。
 火傷と擦り傷まみれの腕を腰溜めに構え──無防備な御堂の腹に突き出す。

「ボウリングバッシュッ!!」
 戦技発動。根元まで突き刺さったツルギが刃に纏っていた闘気を開放。
 まるで逆しまの竜巻が如く、枷を解かれたそれが御堂の体内で暴れ狂う──!!
 突き出す。突き出す。肩から。腹から。背中から。首から。足から。ハリネズミの様に全身余す所なく。
 鋭い音を立てて、まるで刃の群れが内側から生えだしてきたように、不可視の刃が難攻不落の勝者を遂にズタズタに引き裂いていた。

 それが、この死闘の終わりだった。
 ロボにもたれかかる様にして、血塗れの英雄は前のめりに崩れる。

「が…はっ」
 血を吐きながら、御堂は呻きを上げる。
 そんな時だ。ロボが、彼方から少年──ウォルの血を吐くような絶叫を聞いたのは。
 天の裁きが、地上に向けて堕ちてくる。
 何が発動しようとしているのかは理解できた。だが、最早満身創痍のロボには対処する事など不可能。
 だが、それでも騎士は諦めない。どうにか事態を打開すべく、止まりかけていた頭を再度動かしかけ──

 その瞬間。
 じり、とまさ死体と化そうとしていた御堂の体が動いた。
 その目は、既に黒服の男を見ては居ない。

「…ふざ、けんなよ」
 その体が死にかけならば、その声も最早、死人と大差ない。
 だが、それでも男は体が突き刺さったままのツルギ引き裂かれるのにも構わず、その背をロボに向ける。
 黒服の男に言葉は無い。御堂が何をなそうとしているのかは解らない。
 だが。声をかけてはならぬ。今、声をかける訳にはいかぬ。
 それだけは、酸欠の頭でも十分すぎる程理解できた。

 御堂は、完全に自らが死に絶える前に、残された全てを焼き払ってしまう事に決めていた。
 ふざけるな、と彼は思っていた。
 今、名も知らぬ黒服と自分との間にあるのは、全てを燃やし尽くしても構わぬ程の死闘。
 殺すか、殺されるか。どちらかしか無いし、勝利した方は必ず生き残らなければならない。
 勝った者に許されるのは、勝利したに足るだけの栄光だ。

 ──ならば、どうして魔法使いの傭兵如きにこの死闘の結末を汚させる事が出来ようか?

 御堂。この男は英雄だ。
 人である前に既に英雄なのだ。

 阿修羅覇王拳により、気脈が乱れきった体内を整息。
 足りぬ気力は、完全に死ぬまでに残された僅かな寿命により代替。
 紅い破滅を伴って暴風が吹き抜けてくる。
 けれども。
 死に逝く間際にこそ、人は最も強く燃え上がる。

「金…剛」
 呟くように、それを告げた瞬間に男に残されていた全ては燃え尽きていた。

 その生涯を闘いに費やし、堕した教会を去って尚、己の認めた強者との戦いを望み続けた一人の英雄はこうして死した。
 絶対的な暴力を伴う朱い風が吹き抜けていく。
 されどそれをして仁王立ちする英雄を薙ぐ事はあたわず。

 勝者、と呼び習わされた英雄は、しかし敗北して尚その威容を汚される事無く、こうして二度と目覚めぬ眠りについた。
 堕落した教会から自ら去った彼か、何を思い日々を過ごしてきたかは余人にはついぞ解りはしない。

 そして、ここからは余談である。
 フェイヨンの山奥からは遠く離れた、ルン・ミドガッツ王国首都のプロンテラの街中。
 絶える事の無い人ごみと活気の中に、主を今しがた失ったばかりの彼の店はあった。
 余り目立った場所にある、とは言えないその店はしかし、その前を冒険者が通るたび、彼らに話題を提供していた。

 ──ここの店、数日前から閉まったままなのよ。安くてそれなりに美味しいから便利だったのに。

 ──で、滅茶苦茶に恐ろしい店主も付き物だったよな。ありゃ生きる都市伝説だ。

 ──あら、でも意外に誠実な人だったわよ?度が過ぎてるけど、無銭飲食する方が悪いわよ。

 ──ま、それもそうか。にしても、さっさと営業再開しないかね。

 ──殺しても死ななさそうな人だったし、すぐでしょ。すぐ。

 通り過ぎる彼らの前で、『close』という札だけが風に揺れていた。
 まるで、彼の主が戻ってくるのを待ち続けているかのように。
 この大衆食堂が正式に閉店し、その理由が人々の口に挙がるようになるのは、まだ暫く先の事である。

 (next)
120名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 01:52:11 ID:i9Rab18s
何か想定したものとのズレは己の実力不足と痛感しつつ、
お久しぶりの花月17ガチンコ風味でお伝えいたしました。
血みどろの塹壕戦とか、もうちょっと迫力を込めて書きたかったですが。

幾つかのスキルとか職とかが微妙に変化してるのは演出面での仕様です。
ボウリングバッシュは内部破壊技とみた方が燃えるんです!!(力説)
阿修羅覇王拳は文字が頭上に浮かぶだけじゃ駄目なんです!!
一対一でいくら強い奴不貞浪人でも手斧やシャベルでたこ殴りでいいんです。
血みどろマンセー。

戦略面はともかく、戦術面は間違っていないと信じつつ、
微妙に壊走寸前ながら第一波を防ぎきった村人&ウォル君達に明日はあるのか?
いよいよ物語りも佳境です。待て次回、なのでした。
121名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/28(水) 21:27:22 ID:AH2WmNBs
そのうちロボがエクスカリバーとか使い始めそうですね!と、ストレートな感想を。
今までと比べるとマジ話になって雰囲気の変化が激しい、すごいよ花月の中の人。

しかしハートマン軍曹は人を選ぶと思われるネタなので、もうちょっと工夫があった方が良かったかな?とも思ったり。
いや楽しませていただきましたが!(゚∀゚*)
122名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/29(木) 00:33:40 ID:WiL02JR6
ROの世界が等身高くなってリアルになったっていうかむしろ実写な感じ? な戦闘シーン乙。
なんとなく、漫画絵でのアクションっていうよりも香港方面のにおいを感じたぜw
123名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/29(木) 01:39:46 ID:TnMIZfL6
BB内部破壊技説に賛同するであります!
なんていうかもう、ロボが素敵。
ロボに抱かれ隊はどこに行けばいいですか?

初訪問でこんなすごいの読めて眼福眼福。
続きものみたいなので過去投稿分読んできまっす
124凍った心-4(1/2)sage :2005/12/30(金) 01:01:56 ID:APII1ods
一面の白い世界に男が一人歩いている。
プロンテラ騎士団の刺繍を施した騎士団指定の鎧をつけている。
無造作に切られた赤い髪、その髪は白い雪原の中に浮かぶ炎のよう。
整った面立ちにはだるそうな表情を浮かべている。
その男─プロンテラ騎士団長ミストラル─は歩みを雪原の一角に向かって進める。
一応ルティエの家々、村長等に聞き込みはしてみたがルカからの報告以上のものは無かった。
降りしきる雪、音の無い世界、普通は人の寄り付かない場所。
そんな世界で暮らしてきた少女。
その「家」に向かっている。
何をしに?簡単だ、少女の犯した罪を清算する為だ。

─────────────────────────

雪を見ている

そんないつもの自分を見ている

少女はその人差し指をくりくりと動かすと少女の周りの雪がその軌道を変える

雪は舞踏を舞うように少女の周りを舞う

少女は無機質な眼でそれを見つめている

指を動かすのをやめ、何もせず舞い散る雪を眺める

静寂にただ一人──今の私は─?──ルカさん───


目を覚ます。
久しぶりに違う夢を見た気がした。
ルカが帰って二日、「家」を別に広くしたつもりはないが何処か広く感じる。
何故だろう、今までと同じ生活だ。
雪を見て、お腹がすいたら冷やしてある食べ物を食べて、また雪を見る。
食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。
そしてまた雪を見る。
そう、同じはずだ。
しかし何か違う。
何だかはわからない。
ふと、頭に手をやると髪や雪とは違う物の感触。
ルカのおいていった手鏡を探して少しあたりを見渡す。
手鏡はすぐ近くに転がっていたので手に取り、自分を映してみてみる、と
頭にはリボン、オレンジでのもの頭のてっぺんあたりで結んである。
価値は分からない、産まれてずっとこのような物に興味を持たなかったから当たり前といえば当たり前であるが。
エリカは何処かくすぐったいような気分になり、つい手鏡をまた元あった場所に投げ捨ててしまう。
そんな懐かしいような感情を抱き、その場で横になったその時─
125凍った心-4(2/2)sage :2005/12/30(金) 01:02:51 ID:APII1ods
──コロセ──

「っ!?」
頭の中に何か響く低く、怨恨や憤りを含んだ声。
それと同時に何か抗いようのない感情が心の奥に湧いてくる。
感情、というよりも欲望に近いその響き

──ソイツヲ─コロセ───

「そ…いつ…?」
頭の中に響く声は強制力のようであり、また甘美な響きのようでもあった。
「ぅ…ルカ…」
別に抗う意味もないし、理由も無かった。
それでも何故かルカのことが頭に浮かび、声に従ってはダメだと言っているような気がする。

──コロセ───コロセ──

        頭が痛い、吐き気がする、気持ちが悪い。
 気持ちがいい、素直になりたい、コロシタイ。
  どっちが自分の本当の 気持ち?  キモチ?
       ナニガ自分?
    私はナニ?
私は───
『悪魔!』
『親への恩を仇で返すなんて!』
『捕まえろ!』
私は───アクマ?

そこで彼女は考えることをやめた。

─────────────────────────

ミストラルが目的の「家」まであと200m程度のところでだろう、その音を聞いたのは。
爆音、そう呼ぶのがふさわしい音、この場所に似つかわしくない音が響く。
その音と共に彼の目的地のあたりから上がった雪柱。
それを見上げ、ミストラルはぼやく。
「全く…面倒なことで…」
ミストラルの目の前にはリボンのヘアバンドをつけた、目の虚ろな少女が立っていた。
126凍った心-4(3/2)sage :2005/12/30(金) 01:21:58 ID:APII1ods
この後にやっとこさまともな戦闘シーンが、といっても書くのはいつになるやら。
とりあえず構想が浮かんだ分だけ投下してみました。テンポの悪い書き方だ。

>>丸いぼうし様
教授がカッコイイ!!
私もこんな素敵な紳士(淑女)を表現できるような想像力が欲しい物です。

>>花月のお人
この後によく投稿したな、自分
というくらい凄いと思いました。
描写・物の表現・感情表現・話の展開力、全てにおいて差を感じます。
ここまでの物になると血みどろも美しいというか何と言うか。
127白い人sage :2005/12/31(土) 00:42:06 ID:6B5wmRSc
>>丸い人
ウィズ子さん素敵すぎ!ツンデレ系最高です!
教授がペアチケット渡した瞬間、「行 か な い か ?」とか言い出さないかと本気で心配しました。ごめんなさい。
そういえば、この板ではクリスマスSSが1作だけですね。
じゃあ僕は大晦日に一人で寂しく年越し蕎麦をすするしがない魔術師君の話でも書いてみようかな!……つまらなそうなので自己却下_| ̄|○

>>花月の人
なんていうんだろう。燃え尽きました。
それ以外の言葉が全然出てこないです。
こんな熱い描写をしてみたいものです。

>>凍った人
ルカ氏の半端関西弁に萌えつつ、今後の戦闘シーンに期待。
今後の展開がすげー気になります。

皆面白いものばっかり書くから、投下するのがだんだん怖くなってきました。ガクガク
でも、広げた風呂敷たたまずに終わっちゃうのはそれはそれで気分が悪いので、勇気を出してポイッ
128白い人sage :2005/12/31(土) 00:44:27 ID:6B5wmRSc
プロンテラ攻防戦 No.4 ―血塗れの王都にて

「はぁ!」
 刀身の長い、美しい剣が振り下ろされ、七色の玉に乗ったピエロの首が跳ね飛ばされる。
 元々は白かったが、生臭い液体で黒ずんでしまった王都のタイルの上に身を横たえた魔物は灰となって消えた。
「くそっ。なんて匂いだ……。」
 手入れの行き届いた騎士用の兜から、燃えるような、鮮やかな赤い髪が見える。
 彼はクルセイダーではなかったため、そこまで重装備ではなかった。
 動きを妨げない軽い鎧をまとい、手には幾度となく火を入れた愛剣が握られている。
「酷い……」
 王都中央通りの惨劇を目の当たりにして表情を歪めたのは、彼だけではなかった。
 長い金髪を先端で1本に結んだプリースト。
 退魔師として眠れぬ魂を鎮めてきた彼女は、今ただ目の前に広がる死の世界に圧倒され、絶望していた。
 噴水に至るまでの道は、まさに死屍累々。
 逃げ遅れた老人は四肢が全てもぎ取られ、まだ駆け出しであろう冒険者は首から上がなくなっていた。
 彼らを守ろうと、必死に抵抗を試みた兵士――装備からすると王都の案内要員だろう――は、腹が脇のほうから食われていた。
「ここまで規模がでかいのは珍しいな。」
 刃の太い剣を持った二足歩行するワニ――アノリアンを素手で殴り倒したのは、澄んだ青空のような髪をした修道士だった。
 普段は明るく朗らかな笑顔を浮かべている彼でも、流石にこの状況では笑っていられないようだった。
「そうだな。こいつはただのテロじゃない。
 お前達も知ってるはずだ。これと同じ惨劇をな。」
 導師の黒衣に身を包み、闇より黒い髪をした魔術師は、この大規模なテロの正体に感づいていた。
 深い漆黒の瞳が、血塗れの王都を睨み付ける。
 それに宿る感情は、激しい後悔にも似た悲愴。そして、煉獄火炎の如く燃え盛る怒り。
 他の5人は、その惨劇の意味を理解した。
 しかし、理解したが故に信じることができなかった。
「千年前の大戦……。」
 今となっては御伽噺で語られている、千年前の大戦。
 人類・神族と魔族が争い、多くの犠牲を払った残酷な戦争。
 英雄がその争いを終結させるまでに人類の七割が殺されたという、実在していたのならば歴史上最も残酷な闘い。
「でも、それって枝の召喚じゃなくて、魔族が外から侵入してくるんだよね。」
 黒い服に身を包んだ銀髪のハンターも、普段の無垢な笑顔ではなかった。
 彼女の言うとおり、伝承では町の外から魔族の大群が押し寄せ、諸都市を蹂躙するという話だった。
「あぁ、現代ではそれはあり得ないな。魔族は人の多い場所を嫌う。
 今回のテロも、強制的に召喚された存在だろう。」
 そう言って魔術師は、今日何度目になるかわからないため息をついた。
(人間の伝承など、所詮この程度か……)
129白い人sage :2005/12/31(土) 00:45:03 ID:6B5wmRSc
 王都の中央にある噴水は、悲惨極まりない姿になっていた。
 形こそ元のそれであるものの、水の中にはやはりおびただしい量の死体が浮いていた。
 辺りにいた商人達は、半分は逃げ出したが、もう半分は手遅れだった。
 彼らの体内を循環していた液体が、綺麗だった噴水の水を赤く穢している。
 その惨劇の犯人とも言うべき高等魔族、キメラは、既に灰となって消えてしまっていた。
 魔術師、騎士、司祭、修道士、ハンター、セレンの6人がそこで見た、生きている人間は3人だった。
 緑がかった青の髪に熱血ハチマキを巻き、王都のタイルと同じように血塗れになった斧を担いだブラックスミス。
 そして彼に助けられたアコライトの少女とその兄である騎士だった。
 やや長身の騎士はまだ立ち上がれていなかったが、それは受けた傷のせいではなかった。
 身を挺して妹を守り、そして受けた傷は彼女とセレンのヒールでほぼ完全に癒えていた。
 では、何故彼が立てないのか。その答えは極めて単純明快だった。
 彼の胸に顔をうずめている妹は、まだ泣いていた。
「おうてめーら。遅かったじゃねーの。」
 ブラックスミスが5人に気づいて立ち上がった。
 この光景だけ見れば、事の張本人が彼であると言えなくもなかったが、実際はそうではない。
「プタハか。どうしてまだこんなところにいる?」
「この嬢ちゃんがヒールしすぎで魔力切らして立てないんだと。
 俺が負ぶってやるーって言ったら大声で泣き始めちまうし、そこの兄貴はあやすのに手一杯で役に立たねぇ。」
 プタハは珍しく勢いがなかった。
 常の彼ならば、「泣くな嬢ちゃん!東方は赤く萌えている!!」とか叫びながら二人くらいは軽く持ち上げて(男はカートに詰め込んで)走り出すはずだった。
 怖がられ方が相当なものだったらしい。流石に彼も凹んでしまっているようだ。
(まあ、あれを見たら怖いと思うわよ。)
 口に出しても面倒なので、セレンは心の中で突っ込みを入れておいた。
「仕方がないな。おい、スカ。と、そこのハンター。この二人を安全な場所に連れて行ってくれ」
「りょうか〜い。」
「なんでも良いとは言ったが、スカってヤな響きだな……。」
 スカというのはもちろん彼の本名ではない。
 スカルラットと名乗っているが、長くて面倒なのでラットと呼ばれることが多い。
 だが、ひねくれ者の魔術師のおかげで、スカという新しいあだ名が付けられた。本人は嫌がっているらしい。
 彼らは互いに長い付き合いではあったが、ラットはいつもめちゃくちゃなことを言う魔術師に振り回される役目だった。
 いや、魔術師が誰彼かまわず振り回す役目だったと言うほうが正しいのかもしれない。
 この場にいる者で、身をもってそれを経験しているのはラットとセレンだけではあったが、今は一応緊急事態ということらしく、彼も少しは真面目になっていた。
 もちろん、"少しは"である。彼はいかなるときも遊び心を忘れたりしなかった。
 しかしそれでも、彼は大魔導師であり、今回のテロ鎮圧においては全ての権限を持つ総長だった。
 自らが鎮圧に出向いているので、他部隊への指示は補佐役のセージに任せている。
「じゃ、行こう。」
 ハンターが少女の手を取り、スカルラットがその兄を立たせて、彼らはプロンテラ城へ向かった。
 そこが最も安全であり、必要な治療を受けることもできるからだ。
「東門へ行ってみろ。面白い奴がいるぞ。」
 あんまり凹んでいるプタハを見かねて、魔術師が餌を与えた。

ピク

 プタハの耳が反応した。
 魔術師達には、血走った目がキラリと光ったように見えた。
「クッ……ククッ……」
 口元を歪ませ、肩を震わせて彼は笑っていた。
 笑っているという穏やかな表現では適切ではないかのように思われるほど、その表情は危機的に歓喜に満ち溢れていた。
 彼は鉄を叩くだけでなく、戦場で思う存分暴れることのできる存在だった。
「見よ!東方は赤く萌えている!!!」
 斧を担ぎ直し、謎の雄たけびを挙げて彼は東の方向へと走り去った。
「あ、あれって……」
「気にしたら負けよ。」
 唖然とする赤髪の騎士と金髪の司祭。諦めたセレン。
 彼らは再び南下を開始した。
130白い人sage :2005/12/31(土) 00:45:55 ID:6B5wmRSc
「怯むな!我らには民の命がかかっているんだぞ!!」
 重装備のペコペコにまたがったヘルマンが最前線で叫んだ。
 巨大な馬にまたがった深淵の騎士は、王都東門からやや北、大聖堂の目前まで迫っていたのだ。
 巨大なのは馬だけではない。その騎士自体も、無念の死を遂げた騎士の亡霊が集まって実体化した巨大な塊だった。
 見上げるのも嫌になるほどの巨体の黒騎士の両手には、それに相応しい剣と槍が握られている。
 血に染められたその剣と槍の餌食になったであろう者達の死骸は、東門から大聖堂までズラリと並んでいた。
 その巨体の騎士の取り巻きは、骨と鎧だけになった堕ちた騎士――カーリッツバーグ
 クルセイダーの聖剣技によって撃退はするものの、なかなか中央の本体まで攻撃が及ばない。
 取り巻きの数が半端ではなかった。20体ほどだろうか。ともかく、異常な数だった。
 この光景はまさに、王都防衛の騎士団と悪魔の騎士団の全面衝突。
 敵の総大将はその闘争を後ろで見ている。
 彼は、悪魔である前に強者だった。
 戦場を前にして微動だにせず、ただ泰然自若としてそれを見つめている。
 おそらくはその場にいた者全員が感じているであろう威圧感は、人間の騎士達から確実に気力を削いだ。
「くそ!なんて数だ。キリがない。」
 騎士達をまとめる立場にある彼でさえ、この状況には苛立っていた。
 なんとしても自分は今戦わなければならない。
 戦うべくして、自分は今ここにいる。今自分は、民を守る誇り高い騎士である。
 その想いが、ヘルマンの内にある敗北と死の恐怖をかき消していた。
 今は重傷で生死の狭間を彷徨っている、唯一無二の戦友と共に数多の戦場を駆け抜けた記憶が蘇る。
 彼らは他の騎士達とは別格だったし、年を重ね、50歳が近くなってきた今でもその実力は衰えていなかった。
(ミケル……っ!!)
 自慢の剣捌きで骨の騎士を切り倒し、なんとか親玉への道を開こうとするが、またしても行く手を阻むカーリッツバーグと斬りあいになる。

「父ちゃんを返せー!!」
 突然、その戦場に相応しくない声が聞こえた。
 喧騒にかき消されてしまい、他の誰にも聞こえはしなかったが、狙い済ましたかのようにその声はヘルマンに届いた。
 まるでその喧騒がBGMとなってしまったかのような感覚だった。
(まずい!!)
 家族や親しい者を殺され、逆上した一般市民が無鉄砲に魔物に突っ込んでいく。
 テロではよくある光景だったが、その結末は決まって返り討ちだった。
 それを見過ごすことは、騎士として断じて許されない行為である。
 ヘルマンが骨の騎士の間から見たのは、年端も行かない幼い少年が一振りの剣を持って黒騎士に脇から斬り込もうとしている姿だった。
 剣の構え方も握り方も、何から何までが素人のそれであり、お世辞にもその足は素早いとは言えない。
 あのまま突っ込めば、間違いなく即死だろう。彼を今突き動かしている熱い怒りも、それ以前の暖かかった過去も、全てが悲しいくらい一瞬で冷え切ってしまうだろう。
 自分の仕事は民を守ること。ヘルマンが彼を助けに行くのに、理由はそれだけで十分だった。
 行く手を塞ぐ骨を斬り捨て、少年に向かって走り出す。
 巨大な黒騎士の瞳が、少年を捉えた。
 彼は無駄な動きを一切せずに、右手だけを持ち上げ、握られた剣を振り上げた。
 慈悲の心など微塵もない。いや、せめて痛みを感じないように一瞬で葬ってやるという慈悲はあるのかもしれない。
 真っ青な空に、掲げられた赤い剣は、高く昇った日の光を浴びて尚妖しく輝いていた。
 それを見上げた少年は、立ち止まった。いや、立ちすくんだ。
 圧倒的な力の象徴とも言える血塗られた剣。それは戦場で磨きぬかれた強者の鉄則。
 やがて、その巨大な剣は少年に向かってまっすぐ振り下ろされる。
 その、悪魔であって尚神々しい力の前に、幼い彼が動けるはずはなかった。
(間に合わない!?)
 ヘルマンが彼にたどり着くまでには、まだ時間がかかった。
 振り下ろされる剣は、嫌にゆっくりに見えた。自分の走る速度も、気が付けば同じように遅くなっている。
 世界が全てスローモーションになっていた。
 意識さえすれば、自分は素早く走り出せる。
 だがそれは同時に、剣の速度さえも上昇させる。
 どちらにせよ、少年を助けることはできない。
 しかし彼は、何もせずにはいられなかった。
 直後に彼が見たのは、少年をかばう一つの大きな背中だった。
131白い人sage :2005/12/31(土) 00:46:32 ID:6B5wmRSc
 ラットとハンターが抜けて、4人になった彼らは、目の前の状況にまず唖然とした。
「なあ、これって、ヤバいんじゃないか?」
 闘いにおいて、炎の神アレスのように勇敢だった彼をして、こう言わしめる光景
「ヤバいどころじゃないわよ……。」
「……」
 セレンやプリーストに至っては、半ば放心しかけていた。
 普段ならば、この通りは貴重な装備品を売る商人達で埋め尽くされているが、今は人の気配がない。
 その代わりに王都の南十字路を封鎖していたのは、物々しい仮面をつけ、その手に殺人バサミを持った巨大な肉の塊
 その、逞しいという表現を遥かに超越した肉体が、彼ら4人に迫っていた。
「ああ、これはヤバいな。なんて暑苦しいフランケンシュタインの怪物だ。」
 そう言っておきながら、魔術師だけはたいしてあせった様子もなかった。
 ただ、忌々しそうに目の前の筋肉の塊をにらみつけている。
 その異常に発達した筋肉は、電気刺激によって未だに痙攣していた。
(お前の作り出した生き物は、もはや心まで失ってしまったのだな。)
 彼は、迫ってくる筋肉達を前に、動じなかった。
 黒衣の中の道具袋に手を伸ばす。
(……ん?)
 ……ない。
 そんなはずはない。
 彼の顔に、焦りの色が出てきた。
 平静を装うが、冷たい汗が背筋を伝うのが嫌というほどはっきりわかった。
 道具袋を全てひっくり返す。
 魔法石はいくらか入っていたが、そこに青いものはなかった。
「そこのプリースト。青ジェムはあるか。」
 その辺に散らばった魔法石を回収して、とりあえず持っていそうな人物に声をかける。
 確か、一緒に来ているこの金髪プリーストは退魔師だったはずだ。
 ならば、媒介としてブルージェムストーンを用いる退魔方陣も会得しているだろう。
 彼女が持っていなければ、はっきり言って勝ち目が薄い。
 ストームガストで凍らせたとして、この4人だけではその隙にこれだけの数を破壊できない。
 どうしても、あの魔法が必要だった。
「はい。ありますけど……」
「1つよこせ。一撃で葬る。」
 不思議そうな顔をするプリーストに、振り向かずに手だけ伸ばす。
 青い魔法石の結晶が、彼に手渡された。
「いつも寝てばっかりいるから、こういう肝心なときに忘れ物なんかするのよ。」
「う、うるさい!普段使わないから持ってなかっただけで、断じて忘れたわけじゃないからな!」
 珍しく、彼はうろたえていた。
 セレンの突っ込みは思いのほか厳しかったようだ。
 セレンがちょっぴりいい気分に浸ったのもつかの間、彼は既に魔法の詠唱に入っていた。
 彼が詠唱に入ったということはつまり、「お前らせいぜい時間を稼げ」と言っているのと同じことだった。
 プリーストの支援魔法を受けて、セレンがペコペコを走らせる。
 赤髪の騎士も、剣を握って走り出した。
「はあっ!」
 長く美しいクレイモアの刀身と、形状にさえ殺意がむき出しの殺人バサミがぶつかる。
 まともに打ち合っていては、この筋肉のパワーに押されてやられてしまうので、彼は器用に剣を弾いた。
 殺人バサミを持った腕がその反動で押し上げられている隙に、後ろ宙返りで横から飛んできた別のフェンダークの攻撃をかわす。
「そこだ!!」
 上段に構えた剣を、勢いで突っ込んできて隙だらけのフェンダークの腕に向かって振り下ろす。
 ザクリと嫌な音がして、剣がその腕の筋肉にめり込んだ。
 恐ろしいまでに太い腕で――断面はおそらく人の顔ほどもあるだろう――彼の渾身の一撃を以ってしても、傷の深さはその腕の半分にも満たなかった。
「無駄にかてぇな筋肉達磨!」
 彼は適当に罵声を浴びせて、すぐさま剣を抜いて間合いを取った。
 彼の顔にはいつしかアレスの闘志が蘇っており、その瞳は紅く熱く燃え盛っていた。

 セレンのほうも、負けてはいなかった。
 盾で殺人バサミを受け流し、比較的筋肉の薄そうな場所、特に敵の指などをサーベルで突き刺す。
 プリーストの支援魔法がかかって、ペコペコの速度は極限にまで増している。
 その速さで敵を翻弄しつつ、攻撃は控えめに。あくまでこれは詠唱時間を稼ぐための闘いだった。
 それでも、彼女の闘争心は強くなっていた。

 彼らの士気が上がった理由は、やはり魔術師の頼もしい詠唱にあった。

―――我呼び起こすは母なる大地の戒め。父なる天空の摂理……

 明瞭に響くその声は、やがてその語勢を強めていき、そして更なる高みへ上り詰める。
 神々しいまでの絶対的、圧倒的な力を感じさせるその声と共に、彼は手を前に突き出す。
 その手の先に青い魔法石が浮かび、独特の淡い光を放った。
 彼はただ目を閉じて集中している。
 ブルージェムストーンが放つ輝きが強さを増し、緊張状態が高まっていく。

「這い蹲れ!グラヴィテイション!!」

 大気さえも縛り上げていたその緊張が一気に解かれ、そしてまた大気が張り詰める。
 それは強大な重力。敵のいる範囲の空間で重力が強さを増し、敵を押しつぶす。
 発動と同時に、強い風が吹いた。
 彼の長い漆黒の髪が、その強風に煽られて乱れ舞う。
 王都の血塗られたタイルがひび割れ、やがて筋肉達はその手に持った凶器を手放す。
 既にその凶器は粘土のように捻じ曲げられ、原形をとどめていなかった。
 筋肉達磨という言葉がしっかり当てはまるような超肉体は重圧に耐え切れずに千切れ、やがて灰になって無へと還る。

 視界に入る全ての敵が消え去り、強風が収まると、浮遊していた魔法石は音もなく崩れ落ち、粉々になって消えた。
 このグラヴィテイションは、宇宙の摂理を無理やり捻じ曲げて使う魔術のため、触媒として魔法石を消費する。
 ルーンという魔術文字が発達しても尚、人体への影響が強い魔術は、こうして触媒を通して使うことが魔術師協会で義務付けられている。
 触媒を用いなかった場合、反動が大きすぎて最悪死に至ることもあるという。

「おや、複製品では歯が立ちませんでしたか。」

 彼は、既にそこにいた。
 ただ一言、彼が発したその声は、穏やかではあったが、何者をも寄せ付けない凍て付いた音だった。
 流れるような白銀の長髪と、どんな狩人のそれよりも鋭く凍て付いたコバルトブルーの瞳がまず目に付いた。
 服装は、魔術師の彼とは対照的に、純白のローブに身を包んでおり、更に濃い青のマントをつけ、腰にはやはり真っ白な剣を提げていた。
 その、おぞましいほどに統一された色彩から感じられるのは、静かに、それでいて激しく燃え盛る殺意の炎。
 一見女性とも取れる、美しく整った顔立ちの青年だった。

「久しぶりだな。ヘボ魔剣士。」

 心底忌々しいといった様子で、魔術師は彼をにらみつけている。

「心外ですね。私は"魔"などという下品な称号は持ち合わせていないはずなのですが。」

 わざとらしく肩をすくめながらも、彼は殺意を揺るがしはしなかった。
 長い間追い求めてきた敵(かたき)であるかのように、その冷え切った視線が魔術師を射抜く。

「ヴィクターの理論は実に素晴らしい。彼にあとわずかでも度胸があったのなら、彼は死なずに済んだでしょうね。」

 そう言い放ち、彼は両手を2回叩いた。それは、屋敷の主人が使用人を呼ぶ動作である。
 彼の拍手に答え、王都の南門をくぐって出てきたのは一人の騎士だった。
 主人に極めて忠実であるという点からすれば、それは騎士であったが、その瞳は既に騎士としての誇りを失っていた。
 全身を白い甲冑に包み、背中の剣帯から抜ききった大剣ブロードソードを構える動作は、やはり騎士であった。
 しかし、その瞳は空ろで、彼からは生気が感じられなかった。
 空を見つめ、焦点の合わない瞳から感じられるのは、やはりむき出しの殺意

「こ、こいつは……?」

 赤髪の騎士達は戸惑いを隠せなかった。
 確かに、相手は生きている人間であったが、その瞳だけが――魂だけが死んでしまっている。
 騎士のようであり、騎士にあるべき覇気のようなものが完全に欠け堕ちてしまっている。

「まさか、ホムンクルス……」

 セレンがたどり着いた結論は、太古の昔に存在したと言われる人造人間。
 現在、錬金術師協会やセージギルドで研究が進められているが、根本的な構造はまだ明らかにされていない。
 教会や市民からの倫理的な面での反発もあって、理論が完成しても実践に移すことはないだろうと言われている。

「限りなく近いですね。ヴィクターの実験を生きた人間に対して行ってみただけなのですが……
 やはり、このBOTという技術は素晴らしい。行動パターンを入力してしまえば、あとは勝手に事を進めてくれる。」
「それって……」
「操られてるってことか?」

 赤髪の騎士とセレンが剣を構える。
 二人とも、視線は冷徹な青年のほうへと向いていた。
 操られているのならば、操った本人を倒せばその洗脳は解けるはずだ。

「無駄だ。直接、電気刺激で動かされている。
 魔術じゃない。術者を倒せば効果が切れるなどという甘っちょろいものじゃない。」

「じゃあどうすれば!?」

 本来は罪のないはずの人間と戦うのは、聖騎士であるセレンには抵抗があった。
 しかし、彼は最も残酷な答えを用意していた。

「……殺せ。」

続く。
132白い人sage :2005/12/31(土) 00:55:12 ID:6B5wmRSc
とりあえず、高等魔術師なので使わせてみました。
未実装スキルだけど、とりあえず妄想全快。
グラビィテイションフィールドだった気がするのですが、名前が公開された初期はグラビィテイションだけだったような?
うろ覚えだし、まあ未実装スキルだしいいや〜みたいな感じで軽く流してくれると幸せ。

ヴィクターという名については、まあ知ってる人が見たら知ってるネタなのですが、ちょっとマニアックかな
フランケンシュタインは皆知ってるんだけど。
133名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/12/31(土) 17:29:19 ID:9K8H609A
取り合えず、話題もないし淡々と続き書くのもおもしろないので
雑談兼用でクリスマス出遅れたスレ住人で
正月三ケ日まで締め切りの新年出迎え年賀SSコンペや ら な い か。

縛りは新年関係のみの方向予定で。
134名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/02(月) 12:37:30 ID:P7uzTMP2
唐突に23スレぶっ続けで投稿したら怒りますか(´・ω・`)?
135名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/02(月) 13:09:40 ID:wojFkywM
あんまり長い場合、どっかにうpしてからのがいい悪寒。
136名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/02(月) 13:17:02 ID:0GpNzFmM
23連続は読みにくいのでどっかにうpのほうが助かります
137名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/02(月) 14:40:48 ID:9RV0ZXPE
23レスでなく23スレもぶっつづけるのはいかがなものかと思うよ、うん。


ごめんなさい、ぜひ保管庫に直にでもうpしていただければ…。
138我が名は〜0/23sage :2006/01/02(月) 19:21:51 ID:buc6hk7s
すみません、頑張って見たのですが保管庫直うpって良く判らなくて・゚・(ノД`;)・゚・
そんな訳でせっかくご意見いただいたのですが、申し訳なくも怒涛の連続レスをお許しください。

この作品は、燃え小説第9スレ『我が名は…』の続編です。
そちらの方を先に読むことを強くお勧めいたします。

それではお目汚し失礼しますね。
139我が名は〜1/23sage :2006/01/02(月) 19:22:47 ID:buc6hk7s
                     1

「我が名はレイドリック。名も顔も忘れた、ただのがらんどうだっ!」

 そして、いつもの様に戦いは始まった。
 長大な剣が振り被られて、分厚い聖騎士の装甲を打って耳障りな異音が室内に響く。防御などは許さない。衝撃は鋼を突きぬけ中身だけを綺麗に揺さぶり、肉と意識を撹拌させる。鎧の持ち主は綺麗な放物線を描いて、瓦礫塗れの部屋の中を彼方へと飛んでいった。

「おーおー、張り切っちゃってまぁ…。二十メートルくらい飛んだな…」

 二人目は何とか翻る剣を自分の武器で受けきった。対の刃を交差させ渾身に力を込める暗殺者。押し切ろうと力を込めて前進し、そこで抵抗無く後ろに下がられてつんのめる。
体制を整え様とした所へ、首筋への手刀で意識が刈り取られた。これで二人目。

「うわ…技量の差見せ付け過ぎだって…。立ち直れるかなアレは…」

 ポツリポツリと戦場を眺めながら零れる呟き。
声の漏れ場所に人の姿は無く、あるのはだらりと寛いで壊れた柱の上に座り込む鎧が一つ。
物憂げに遠くの戦場に言葉を送る。
 三人目は狩人。先の二人とは異なる性別で、長い髪を揺らしている。銀製の矢を二本同時に番えて弓弦を引き絞る。瞬時に行われる二動作。そこからようやく、刃を肩に掛けて佇む敵に狙いを付け――

『――遅い』

 遠近で同じ呟きが漏れ出した。
狙い済まして矢が放たれ、あっさりと虚空を裂く。標的の姿は今は近く、狩人の真横に立っていた。
 驚愕も漏れぬうちに下から剣線が跳ね上がり、駆けて来た勢いのままに両断する。泣き別れた弓が地面に落ちる頃には、狩人の頭頂部も剛剣の腹が打ち据え意識を刈り取った。

「なっちゃないねー…。弓の扱いがなっちゃいないねー…」

 4人目はまた女の魔法使い。切り上げから流れるように一回転して側頭部打ちを披露した敵に向かい、短い唇の動きと共に掌が向けられる。続いて立ち上る炎の柱が三つ。足止めの炎を見届けて、焔を生み出した魔法使いは次の詠唱に取り掛かった。
 カロン――指の中でグラスに入れられた氷が揺れる。地下の倉庫で見つけた年代物の一本をくすねて、嫌われたメイド服のあの子に頼み込んで氷まで貰ってきて楽しんでいる一杯。飲めもしないのにと言われたのが一番効いたが、戦場を眺めながらユラユラと薄くなった琥珀色を揺する。

「油断大敵にかんぱーい…」

 グラスを天に掲げるのと、炎を突き破って人型が飛び出すのは同時。驚愕し魔道の英知を放とうとするが、詠唱は完成しておらず次元の異なる力は発動しない。焦り出した詠唱に、後ろに控えていた残り二人の聖職者が前に出る。性別は男女一人ずつ。
 長い聖衣を盛り上がらせる体躯を見ると前衛もこなせる肉体派(vit型)か。魔法使いと人型の間を遮って盾を突き出し、各々の体に防御の力を付与させる。人の罪を被りて神への供物となったモノに乞う哀れみ、キリエレイソンの詠唱。

「主よ哀れみたまえ、神の加護を信じ、凶刃に打ち砕かれる信徒達を…」

 カロン――酒の中で氷が踊り。神の加護は一刀で薙ぎ払われて効果を失う。続けて翻る剣先は石畳の床に突き立ち焔を生み出す。建造物を叩く音の壁、弾ける爆炎の半円――マグナム・ブレイク。二人の聖職者は爆裂に巻き込まれ、身を焼かれながら部屋の両端までそれぞれ飛んでいった。
 残り一人。最後に残った魔法使いは泣きながら詠唱を続けていた。一度詠唱し始めたら賢者なりえぬ魔術師自身では止められない。がくがくと体を振るわせながら呪文の完成を待ち望む。
その間に剛剣は空高くにまで掲げられて…そのまま敵の肩に軽く乗せられ、絶望と共にそれを見上げていた魔法使いの腹には空の拳が打ち込まれる。中身の入っていない篭手だけの拳が。

「うん、まあ何時も通りかな。時間はちょっと早いけど」

 気絶して凭れかかって来た魔法使いを床にゆっくりと寝かせて、戦場をぐるりと一瞥してから中身の無い鎧が帰還する。凱旋というには味気なく、そこに勝利への陶酔も無い。何処と無く怒りのような雰囲気を溢れ漏らしている。
140我が名は〜2/23sage :2006/01/02(月) 19:23:38 ID:buc6hk7s
                     2

「やーほー、おかえりー。って、なんだなんだ機嫌悪いなー」
「総合的には悪くは無い。だが、結果は情けない…。後衛はともかくとして、結局一人も私に打ち返し、傷を負わせてきたものがいない…」

 柱の基部に腰を下ろして凭れ掛かり、心底気落ちしたとばかりに肩を落とす。つまり、物足りないという事なのか。苦笑できない顔の変わりに心で笑い、足元にグラスを差し出す。受け取られたグラスの中身は躊躇無く彼の愛剣にぶちまけられた。鋼を伝い降りて石畳に染みる高級酒。
なんて勿体無い――などと叫ぶ前にもう片方の手に持っていた酒瓶も奪われて、剣を置いたまま中身の無い鎧が倒れた冒険者たちに向かって歩んでいく。

「あーあ…、結構苦労して手に入れたのにぃ…」

 立ち上がった折に突き返されたグラスの残りを舐めようとして、舌が無い事に気がついて後ろに放り投げる。死んだ後も昔の癖は消えないものだと、兜の後頭部をがりがりと掻く。
遠く視線を送ると、酒瓶を引っさげた鎧の剣士があちこちに飛んでいった意識の無い冒険者達を集めて、再び此方に戻りその口に酒瓶の中身を含ませていた。
気付けだろう。他の魔物が気がつく前に自分達で身を守らせ、撤退する事が出来る様にするために。

「おーおー、やーさしーのねー。まあ、この間放置してたら惨殺死体になってたしなぁ…、あの人なら当然の行動かね…」

 言葉を紡ぐのも気だるげに。いつしか四肢までだらんと投げ出して、空洞の体を柱の残骸に持たれかける弓の兵。右肩に年季の入った傷だらけの弓を掛け、左腕には他の鎧たちと区別するためなのか紅い布が巻かれている。頭の上にはふよふよと三つの火の玉が浮かび、退屈を紛らわすかのように追いかけっこをしていた。

「剣のー、あきたー」
「ならば手伝え、弓の…」
「ぶーぶー、めんどくせーのやーだー」

 言いつつも体を起こし、肩に掛けていた弓を手に取り矢を番える。狙いは当に付けているので、流れる動きで矢を放つ。真っ直ぐに獲物に向かった流星は、牙の並んだ口の中に飛び込み突きぬけ、その四角い体を手近な岩に縫い止めた。

「ハイエナみたいな真似は止めなさいよ、ミスターブック」
「ベリ――――・シット! 私の美しい体が!?」

 じたばたともがくその姿は一冊の本、人食い魔本ライドワード。体を縫い止める矢を抜こうと暴れ周り、ウワーオとかブルァアアとか叫んでいる。喧しい事この上ない体たらくだが、これでもその強さで冒険者に嫌われている優秀な魔物である。
 今しがた噛み付かれかけた冒険者達は、気付けの効果で起き上がり始め、剣の鎧の説教を受けていたりする。二人目の暗殺者以外は惨憺たるモノで、特に厳しくお小言が降り注いでいた。眦には悔し涙か、理不尽への恨みか。ちょっとだけ羨望なんかも混じっているが。

「はー、お節介と言うか…、物好きと言うか…。あんなやり方じゃ逆恨みも買うだろうにねぇ…」
「まったくどぅあー! 人間を殺さずに倒し助け出したりもして、てめえらの考える事は分からん! むしろこの私をここから解き放ち、あのクズ人間どもを食わせろ! 噛ませろ! しゃぶらせろ!」
「はいはい、解った解った」

 トスットスッ――ライドワード、鋭い矢二本獲得。べらべらとまくし立てていたページを、大口を開けた状態で縫い止められ喋れなくなる。表紙に穿たれた大きな瞳からほろりと涙が一筋…。
弓兵の視線は再度、溜息と共に剣の鎧と冒険者たちに向けられる。
傷だらけの装備と煤けた衣服。説教と助言を聞きながら、いまだ強いものに挑戦しようと言う意思。
気がつくと弓兵は、自分の胸に浮かんだ羨望の念に戸惑っていた。
 汚れるほど苦戦をする。勝てないほどの強者に出会う。踏み付けられても諦めずに這い上がる。そんな、泥に塗れる様な過去は経験した覚えが無い。
いつだって不真面目。やる気も無く飄々と死ぬまで過ごしていた。努力・熱血・根性、そんな言葉とは無縁の人生。無味乾燥、そんな言葉が志向の裏を過ぎって行く。

「あー、どこかに強敵はいないもんかねー」
141我が名は〜3/23sage :2006/01/02(月) 19:24:18 ID:buc6hk7s
                     3

 独白と共に今度は欠伸が漏れる。死してなお生前の習慣を忘れない体、退屈に釣られる様にしてまどろみを誘う。体をまた寝そべらせて、閉じれない瞼の変わりに徐々に視覚を細めていく。
しばし流れる安息の時。小言に業を煮やして再び前衛二人が襲い掛かったり。それを援護する弓手と司祭の一人。残りの二人はおたおたしながらそれを眺めている。
そして、剣の鎧は何処か嬉しげにそれを迎撃する。アドバイスが効いたのか今度は善戦しているようだ。その証拠に今度は全員が30メートルは吹き飛んで行った。手加減が減っている。
やがて再び始まったお説教を子守唄にして、こくこくと舟をこぎ始めた頃。

 その瞬間がやってきた――

「よかろう、強敵を授けよう。ただし、3人だがな?」

 全身に流れた悪寒に閉じかけた視覚を全開に見開き、殆ど勘だけで飛んできた物体を二つまで迎撃する。上体だけを起こしての射撃。正面から飛来物に食いついて、軌道を逸らし失速させる。
それだけでは間に合わない。逃した数は4つ。風を切り裂いて弓の鎧の頭上を通過した。
振り仰いで矢を番え引き絞り狙い放つ。流れるような4動作を一息で行い、無理な体勢で放てたのは二本まで。飛来物に追いすがり後ろから食いつく。残り二つ。
 弓の鎧が相棒に視線を向けられるまでも無く、剣の鎧は剛剣を翳して進路を塞ぐ。一撃目を食い止め続く二撃目も阻めるのを確信し安堵を漏らす。咄嗟に体が動いたが、やはりこう言うのは頼れる相棒の仕事であろう。弓の鎧は気恥ずかしくなって、コリコリと兜の後頭部を鉄の指先で掻く。
だが、一撃目を防いだ大剣は蹴り上げられるかの様に高く跳ね上げられて、予想に反し二撃目を素通りさせた。唯の攻撃ではなかった。当たった目標を跳ね飛ばす力の矢、チャージアローだ。

「ぐっ!?」

 驚愕に呻き、何とか剣を翻すが撃墜できない。迎撃を逃れた飛来物は当初の狙い通り、6人の冒険者たちに向かい突き進む。もともとが6人それぞれを狙った襲撃。不幸にも残りの一本に選ばれた者の体が、直撃と同時に短い悲鳴を上げて吹き飛んでいく。犠牲者の女の司祭の確認を残りの5人に任せ、空洞の鎧二人は襲撃者が居ると思われる場所を振り仰ぐ。
そしてそれは、圧倒的な威圧感と共に禍々しいまでの殺意を放っている三体の黒き騎兵。
凛然とそこに存在して凍て付く様な美しさを誇り、漆黒よりも暗い鎧を身に纏う三体の黒き騎兵。

「我等、深淵の三騎士!!!」

 同音に異口で唱え、今しがた獲物に向けて両手それぞれに構えていた巨大なボウガンを投げ捨てる。三人が息を合わせて動作を行う様は、一糸乱れず美しくもあった。
 逞しい身体を見せる黒馬に跨り、仮面越しにも拘らず強烈な殺気を叩きつけてくる長身の騎士達。次に取り出すのは己が長身に見合う程の長大を誇る闇に沈んだ黒き大剣。そして、天上を貫かんばかりに長く、竜すらも貫き通すような巨大な剛槍。両手にそれぞれ構え、目の前の小さな障害を見下して来る。傲岸不遜を絵に描いたよな面々であった。
 次の変化はその足元から。石畳を突き破り、その下の地面から両手が飛び出し体をゆっくりと引き上げる。体を形作るのは無骨な鎧。それを支えるのは黄色く変色した向き出しの骨格だ。
重厚な兜を載せたしゃれこうべを重たげに傾け、錆付いたサーベルを掴んだ両手をだらんと垂れ下げて立ち上がる。カタカタと全身の骨を噛み合わせて起き上がったのは全部で六体。

「そして愉快な仲間達!」
「いや、違うだろう」
「…黒騎士の従属たる…、…不死身のカーリッツバーグ…」

 呟きは三者三様。動作は狂いも無く揃え、眼前に槍を斜めに掲げて剣を天に突き出す。
六体の従者もそれに習い、直立し剣の一本を顔の前で横に構え、もう一本を腕を頭の上から廻して手首を捻って十字になる様に重ねる。

「精鋭の黒騎士団、参上!!!」

 宣言は高らかに、最後に三人の騎士が掲げ上げた大剣を集い合わせ総勢九体のポーズが決まった。完膚なきまでに華麗に。有り余るほど美しく。
戦闘訓練まで削って練習した成果がここに今結晶化した。
感無量である。

「くぅっ…決まった…」
「泣くなよ」
「…眠い…」
142我が名は〜4/23sage :2006/01/02(月) 19:25:30 ID:buc6hk7s


 所変わって観客サイド。剣の鎧の指示の元、脇腹を貫いた虎も殺せそうな巨大な矢を尾羽を切って貫通させ、適切な応急処置を暗殺者が行い。聖騎士が倒れた司祭の体を支えながら、残りの司祭が癒しの呪文をかけ続けていた。狩人は青ざめた顔で治療の様子を覗き込んでいる。
残りの魔法使いと空の弓兵は一団と離れた所で、並んで体育座りしながらチパチパと今の演劇に適当に(一方は熱烈に)拍手を送る。
 そして掛けられる弓の鎧の言葉。

「あー、あんたら恥ずかしくないのかい?」
「全然!」
「まあ、割と恥ずかしいかな」
「…少し…」

 常勝の武士にも羞恥はあった。
一人は仮面越しにも分かるほど怒気を露にし、馬の背中でじたばたと暴れ。
一人は両手を仮面の頬に当てて、おそらく上気したのであろう頬を撫でる。
一人は仮面越しの欠伸を噛み殺して、むにゅむにゅ言いながら口元を押さえていた。
 温度にしたら高温・常温・低温と言った所か。姿は同じで、仮面も帽子もマントさえ相違無く、跨る黒馬にしても変化がない。でも、性格はばらばらの温度違いだった。

「して、先ほどの奇襲はどう言った了見か。仮にも貴君等は騎士であろう、名乗りも上げず不意打ちとは卑怯千万、恥を知れ!」

 治療が上手く運んだのか後ろで歓声が上がり、剣の鎧が前に出て怒気を孕んだ声を上げる。
愛剣を大地に立てて両手を柄に置き、威風堂々と威圧的な黒き騎士団と対峙。人数も体格も劣っていると言うのに一歩も引こうとはしなかった。むしろ逆に威圧しているようにも見える。
 睨み据えた三騎士の内、中央の常温が正面からその怒気を受け止めて口を開いた。

「何、唯の挨拶代わりさ。それに騎士同士にはきちんと礼は通すが、唯の人間にそんなものを使う必要は無いだろう?」

 何を当たり前のことを――上から見下しながら返事を返す常温黒騎士。高温も声を出して嘲笑い、低温はクスリとやはり蔑んだ。人の器を超越した魔物ならば当たり前の思考。
 ぎちり――鋼の両手がなめし革の巻かれた剛剣の柄を砕かんばかりに握り締める。グラストヘイムの世直し人のスイッチが、今確かにカチリと入った。背中を見つめているだけでも分かる、がらんどうの身の内から立ち上るオーラのような闘気を。思わず隣の魔法使いと一緒に身震い。
 剣の鎧の体が流されるように前に出ようとするのを見て、仕方ないなと弓の鎧は立ち上がり矢を番えた。魔法使いに仲間との後の動きを告げてから下がらせ、弦を引き絞りながら九つもある頭を物色する。どれもこれも撃ち抜き甲斐のありそうな、威圧を放つ武士の顔だ。
 あー、面倒臭い。人助けなんて真っ平だ。さて、どれにしようか。

「どうやら、向こうもやる気になったらしいな。どうする?」
「俺は後ろの人間どもだ。我等の主君の領地を踏み荒らす下賎な者どもを斬り散らす!」
「…剣のと遊ぶ…、…カリツ借りる…」
「じゃあ私は弓の鎧か。簡単に終わりそうで嫌だな」

 向こうは向こうで勝手な事を言っている。だが、ダンスの相手は決まったようだ。
番えていた弓を引き絞り目の前の敵を睨み付ける。隣では相棒も剣を両手で構えて剣気を放つ。
さあ、会戦の火蓋を切って開けよう。

「全員、後ろに向かって前進!!」

 言うが早いか、弓の鎧が後ろを向いて全力で駆け出し、後ろに居た冒険者たちを引き連れて一目散に瓦礫塗れの部屋から逃げ出していく。部屋の入り口に隠れる瞬間、指二本で軽い敬礼もどきを飛ばすのも忘れない。どかどかと石畳を鳴らして、暗い廊下を一団が遠ざかっていった。
 静寂が室内を支配して、六体のカリツ達が不穏な空気にそれぞれが顔を見合わせる。黒騎士は絶句二つとクスクスと偲び笑いが一つ。剣の鎧は中身の無い鉄の指先で、無数に居る亡霊の鎧達とは異彩を誇る紅い肩当を撫でていた。たっぷり一分、静寂を打ち破れずに硬直する時間。

「にっ、逃げたー!?」
「は…はは…、あの状況で逃げるか普通?」

 最初に立ち直った高温と常温が、手綱を武器を持ったまま掴み馬の横腹を蹴って駆け出した。部屋に響く嘶きと共に、黒馬二頭が前に出で石畳に重量級の足音を立てる。残る一人は六体の骨の騎士を従えてじっと剣の鎧を眺めていた。その手に持った剛剣が翻るのを、じっと。
143我が名は〜5/23sage :2006/01/02(月) 19:26:11 ID:buc6hk7s


「ここは…、通さん!」

 剣線が石畳を割って、細かく砕けた岩の礫が黒馬の行く手を遮った。迷惑そうに悲鳴を上げて馬が後退する。馬上の二人はつんのめって直ぐに後ろに振り回されて、思わず落としそうになった武器を各々慌てて掴みなおす。落とさずに済んでほっと一息、直ぐに目前の邪魔者に食って掛かる。

「何をしやがるこの…」
「我が前を素通る事、己が命を賭すると思え!」

 恫喝は更なる恫喝に遮られ威を失い、助けを求めるように高温が隣の騎士に視線を送る。向けられた方も迷惑だと視線を逸らしそうになるが、ここまできて引っ込むわけにも行かず口を開く。

「ふっ…、そこを通らずとも我等には移動手段がある。それを知っての上の発言かな?」
「百も承知。故にここは通さぬと言うのだ」

 然り然り――軽く頷いて黒騎士の思考が巡る。黒騎士の移動手段は何も速駆けだけではない、テレポート――瞬間移動も限定範囲内であれば行える。ただし、出現場所は任意ではなく場合によっては歩行よりも目的地にたどり着くのが困難になる事もある。無論その逆も――
また然りと頷いて、常温の黒騎士が哂う。

「これは賭けか。奴らが外に出るまでに我等が探し当てるか…」
「俺達が彷徨ってる間に人間どもが逃げるか二つに一つ。面白いじゃねーか!」

 いちいち叫ばないと台詞が言えないのかい――などと達観しつつも呆れた心情になりながらも、台詞を奪われた騎士が虚空に向けて剣を振るった。切っ先が突き立ち、そのまま何もない空間を切り裂きこじ開ける。空間を飛び越える入り口を作り上げ、馬の頭を手綱で導き飛び込ませる。隣の騎士もそれに習い、空間を割くと同時に喜び勇んで飛び込んでいった。殺戮への喚声は虚空に消える。苦笑して常温も続き、半身を入れた所で片手をヒラヒラ振りながら剣の鎧を振り仰いで――

「それでは、また後で…。手土産は六つの哀れな羊の首…、そして砕け散った鎧の破片と洒落込みましょう」
「我が友を甘く見るなよ。奴は……、我よりも阿漕だ」

 破裂する様な哄笑を伴って黒騎士が消える。裂かれた空間が異常を治癒し、風景は歪さを取り除いて透明に戻る。後は相手と味方の運の勝負になるだろう。
 ここに居ない敵の事を考えていても意味が無い、消え失せた二人から意識を移し剣の鎧は己の敵を見据えた。敵は変わらずに佇んでいる。六体の不死者と黒の騎士の最後の一人。
空の鎧の用意ができたと見て黒騎士が片手の剣を掲げ上げた。ぼそぼそと遠くまでは響かない声で指示を飛ばし、それに従い骸の騎士が配置を取る。両手のサーベルを引きずりながら近づいて、六方向から目標を遠巻きに包囲。剣の鎧はあえて動かずに、黒の騎士と共に骸達の動きを見送った。

 剣を正眼に構えて腰を落とす。背後にも敵が回ったが気配で分かるので問題は無い。視線は黒騎士から離さない。この中で注意すべきはあの司令塔だけだと全身で相手の動きに注意を向け続ける。
熱烈な闘志をぶつけられ、黒騎士はクスリと哂い…そして告げる。

「…まずは…、…お手並み拝見…」

 パチンと指を鳴らすと、控えていた六体が同時に動き出した。
移動時のような緩慢な動きではない、切り込みは鋭く突き入れは風の様に。それが六方から同時。
各々の思いのままに十二の刃が翻り、唯一つの犠牲者を狙い殺到する。
 包囲の円を狭める、多数による湾曲の動き。それに対して、剣の鎧の動きは直線だった。
真っ直ぐに駆け出して剛剣を一振るい。迫る二本の刃ごと持ち手を両断し、泣き別れる骸の間を疾走し包囲を抜ける。右か左か刹那に迷い、刹那に決めて右の首を跳ね飛ばす。体の無い体を蹴倒して左に剣を翻し、向き出しの腰骨を両断。上半身が落ちる前に踏みつけて跳躍し、石畳を強かに打ち壊した残り三体を上から見下ろした。その内の一体が上からの斬撃に気が付き、同時に唐竹に割られる。気付くだけでは遅い、あまりにも速い動きにあっと言う間に四体が倒された。
 そこでようやく動きが追いつき、残りの二体が同時に剣を振るう。一方が己の武器ごと両断されて崩れ落ちたが、もう一方は襲撃者を捕らえる事に成功する。剣で応酬される事なく二つの鋼が打ち据え甲高い音を立てた。辛うじて庇い出した篭手に当たったが、動きが確実に一瞬止まる。
失態を自覚して剣の鎧が舌打ち、自分から身を引いて横に飛び退った。黒騎士に背中を向けた上に動きを止めてしまった。確実に隙を突く一撃が来る事を予測しての回避行動。飛び込んでくるのは槍か剣か巨大な矢か。床を一度転がって勢いを殺さずに立ち上がり黒と骸の騎士から距離を取る。
144我が名は〜6/23sage :2006/01/02(月) 19:27:13 ID:buc6hk7s
                     6

 しかし、攻撃は無かった。
訝しげに視線を僅かに黒騎士に向けると、視界の端で武器を床に突きたてて跨った黒馬の鬣を弄くる黒騎士の姿。追撃するでも観察するでもなく、暇を潰していた。

「…ん…? …まだ終わらないの…?」

 向けられた視線に気付いて、漸く此方に目を向ける始末だ。最後の一騎を切り伏せながら、なんともなと意味も無く気分を落とす。もっとこう、動きを観察するとか、技を見極めようとするとか、今後の戦いのために何かして欲しい者ではないだろうか。それでなければこんな弱い相手と戦っている意味が――、本当に無いのか?
 疑問が浮かび、忍び笑いが聞こえ、そして凶刃が振り下ろされた。


                     *


 そして此方は絶叫する。

「むぁぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
「古今東西! 待てと言われて待った馬鹿が居るでしょうか!? 答え、たまに居る! しかーし、俺は止まらないのだー!!」

 縦横に伸びる廊下を走り抜けて、薄暗い建築物の中に鉄の足音と馬の蹄の音を長く反響させる。片や徒歩、片や乗馬の追いかけっこは、不思議な事に追いつき追いつかずの良い勝負を見せていた。
馬上の騎士は間合いに届くや否や、手にした大剣を振り回し、逃げ回る弓の鎧に背中から切りつける。弓兵は奇声や悲鳴を上げて大げさに逃げ惑い、掠りもせずに猛攻をかわしていく。避けきった後に後ろを振り返り、中指を立てて挑発するのも忘れない。


「てめえ! 他の奴等を何処に隠したんだごるぁぁぁぁ!!」
「フハハハハハハ、とっくに外に逃がしたさ。今まで気がつかなかったのか? へっ、ばーかばーか」

 勿論嘘だ。そんな暇は無かった。手時かな部屋に身を隠させ、自分を囮にして遣り過ごさせたのだ。自分が追いつく頃には人間たちの息はかなり上がっていたのでやむない処置だった。出掛けに例の魔法使いに指示を託したので、適当に休憩を挟み移動を続けている事だろう。

「ぬああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 大剣がまた咆哮と共に振り回される。今度はかすかに鎧を掠め、それだけで壁に向かって吹き飛ばされた。なんと言う威力か、直撃したときの事を想像し身震いしながら、軽がる壁に足を着き変わらずに走り出す。勢いが乗ればこの程度のことは造作も無い。その気になればそれ以上も可能だ。
それ以上の事をしようと、肩に掛けていた弓を手に取り矢を番え、後ろを振り返らずに頭越しに引き放つ。音と気配で狙いは付いているので、手元を離れた矢は空間に置き去りにされ、吸い込まれる様に黒騎士の跨る黒馬に向かう。殆ど点にしか見えない鋭き矢は、当たる寸前に気合と共に剣が振るわれ撃墜される。だが、その動作で速駆けが留まり距離が開く。幾度かの射撃の後に、弓を肩に掛けて弓兵はまた走るのに集中しだす。が、すぐに別の事を考え始めた。
 解せない事は色々ある。最初に聞こえたアノ声と、3人の騎士達の声は別の物であった。冒険者たちに追いついた時に聞いた事だが、連中はテレポートやワープポータル――移動用の魔法が使えず、果ては同じ効果のあるアイテムまでもが効果を発揮しなかったという。敵はどうやら騎士達以外にもいるのかもしれない。他人の魔法やアイテムに、少なくとも一区画で丸々干渉できる程度の力の持ち主が。今は理解できない未知数の敵が。
 しかし、何より解せないのは…、後ろで吼えている騎士の強さだ。
あんな、旗を靡かせて馬鹿みたいに雄たけび上げながら迫ってくるのがでたらめに強いとは。
真っ黒なくせにくせにくせにと心の中で弓兵は悪態を吐く。

「避けるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 無理で無茶な相談だ。今度のは確実に当たりそうだったので、手近な部屋に飛び込み自らを置き去りにさせる。大剣の一撃は壁を抉り飛ばして出入り口を通過し、反対側の壁に食いついて切り裂きながら暫く廊下を駆け抜け続けた。何とかと黒騎士は急に止まれない。
剣先は廊下側の壁を部屋の角まで切り裂き、垂直方向の壁にぶつかって食い込み漸く止まる。暫し、うーんうーんと苦しむ声。食い込んだ大剣はびくともしない。やがてパカパカとゆっくりとした馬の歩調が聞こえ、切り裂かれた部屋の入り口に騎乗の騎士の姿が現れた。
145我が名は〜7/23sage :2006/01/02(月) 19:27:53 ID:buc6hk7s
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「いよう大将、愛剣は置いてけ堀かい?」
「喧しい!! てめえそこから動くなよ、今すぐ殺してやる!!!」

 軽口にけたたましい怒鳴り声の応酬。黒騎士の両手は太く禍々しい程の黒さを誇る剛槍が握られていた。黒馬の腹を勢い良く蹴って駆け出させ、思い切り巨大な槍を振り被る。
迎え撃つ側は冷静に、相手の姿を目に焼き付けながら黒い巨体が迫るのを待つ。一挙手を記憶するために、一投足を憶える為に。焼き付けた記憶を元に身体が動く、頭の中で敵の動きが見えてくる。
口には自然と喜びを隠し切れずに笑みが浮かぶ。口があればの話なので、誰にも見えはしないのだが。無意味だが、やはり我慢はできなかった。
 最初に風圧を感じて次に鋼が迫ってくる。馬上から顎を狙って切っ先を跳ね上げて、弓の鎧はそれをたっぷり引き寄せてからぎりぎりで交わす。黒馬が脇を駆け抜けて反転、今度は胴を狙って槍先が突き出された。突進力をそのまま乗せた乱暴な突きだ。
体の真ん中を狙われてしまった、これは困る。紙一重で避けようものなら、必ず体のどこかに刃先がめり込むだろう。故に大きな動作で避けなければならない、相手が突き入れる場所を選べる距離で。まるで攻撃を当てさせる為に、回避行動をするようなものだ。
 ならばすることは一つ。肩に掛けていた弓をまた手にとって、今度は矢筒から3本同時に矢を抜き出す。一本を弦にかけて引き絞り、同じ手で残りの二本の尾を握り保持し続ける。矢尻に薄く色が灯って、すぐさま放たれた。飛燕の如く矢が飛ぶのを見届けず、保持する矢を一本に変え番えた矢を引き放つ。矢が弓から放たれた頃には、最後の矢が番えられ引き絞られていた。尋常ではない早撃ち。最後の矢が放たれて、全ての矢がそれぞれの狙いのままに突き進む。その全てが仄かな力の輝きに包まれている。槍先はまだ遠く離れていたままだ。

「死ぃぃぃねええぇぇっ――ぐああっ!!??」

最初は驚愕。槍を突き出す姿勢のまま、槍を保持する腕を撃たれて驚き、矢に込められた力が弾けて腕を槍ごと上に跳ね上げる。勢いのままに槍が手からはなれ、乗り手と同じく驚いた黒馬が歩みを止める。相反に飛燕の矢は止まらない。

「ぐげっ! なあっ!?」

二発目は困惑。一発目の驚愕が収まり傷口を混乱した頭のままで確認し余計に混乱。黒騎士には見えなかったのだ。まさかあんな速度で矢を放てるとは重いもしなかったから。油断が致命的なまでの失態を呼び寄せた。
 そしてそこへ、二撃目が届き黒馬の胸を撃って衝撃が襲う。とっさに飛び退り、部屋の隅まで吹き飛ぶのは黒馬のみ。

「あがっ! ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

3発目はもはや悲鳴だ。黒馬の背から飛んで中空から落下し始めた所で、胸当てを矢が貫き走る衝撃波に翻弄される。浮いていた体は正直に吹き飛ばされて、悲鳴がドップラーの糸を引きながら遠ざかっていく。
 黒馬の体が部屋の壁に打ち付けられ、次いで黒騎士もその直ぐ上に叩きつけられた。壁の建材が剥がれて破片が中を舞う。壁にはめ込まれていた朽ちた窓も、ひび割れ残り少ないガラスをぶちまけた。降り注ぐ陽光を反射しながら、きらきらと舞い光る。
 体が重力に引かれて落ちようとする。一瞬の浮遊感。刹那、追撃が届き騎士の体を貫いて貼り付けにした。5本の矢が両手と両腿を貫き、最後に頭に載せた長い帽子も撃ち貫いたのだ。
 さながら業を背負い貼り付けにされた聖職者の様に、壁に張り付きピクピクと四肢を痙攣させる黒き騎士。痛みに流される思考の中で浮かべる、一瞬だけ空洞の鎧の中に緑の髪と笑う口元を見たような――それもまた激痛に飲まれて消えた。

「が…ぁ…てめ…、ずりぃ…ぞ…。そんな力…隠し…て…やがって…。くそぉっ…!」

 血を吐くように言われる怨嗟。
しかし、弓兵はこの程度の連射など、驚くような事ではないと思っていた。力を込めた矢ならともかく、普通の射撃であれば造作も無い。むしろ昔に比べてずいぶんと減ったものなのだ。
 胸に湧くのは微かな失意。次に襲ってくるのは退屈か。それに襲われるのだけは嫌なので次の退屈しのぎを探しに行こう。決断すれば後は行動だ。

「んじゃあ…、次の獲物が待ってるんでねー…。まあそれなりに楽しかったよー」

 それだけ言って部屋の出入り口に向かい、壁の斬れ目に沿って廊下を走り去っていく。
後ろから聞こえてきた獣の唸り声は、久しぶりに聞いたが聞き慣れた物だったので、あえて聞かなかったことにした。自分はそこまで優しくは無いのだと、心の中で反芻して。
146我が名は〜8/23sage :2006/01/02(月) 19:28:33 ID:buc6hk7s
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 もはや何匹斬ったのかは覚えていない。三十までは数えていたが、数える方に熱中しそうになったのでやめたのだ。そうだったと思い返して、また一体を両断し地面に崩れ落とさせる。
 今度は3匹が崩れていた体を元通りに組み立て立ち上がって来た。振るわれる無軌道の刃が六線、両腕を交差させて篭手と剛剣で受け止める。その足元では先ほど切り伏せた一体が両断された体を元通り張り合わせて立ち上がろうとしていた。始まる六対一の剣の応酬。
 その戦いは文字通りだった。骸の騎士はキリが無いし往生際も悪いのだ。首を跳ねようと、四肢を断とうと、黒の騎士が忍び笑いを漏らす度に蘇り立ち向かってくる。キリが無いにも程がある。

「はぁぁっ!」

 気合一線、剛剣を頭上から斜めに構えて剣先を石畳に突きたてる。そのまま全身を使って剣を振り回し、石畳を削り六体の骸の攻撃を全て弾き、その身すら巻き込んで粉砕していく。回る回る回る、さながら剥きだしのミキサーの如く。その内に剣に炎が宿り大気を焼くほどに燃え上がり、微塵に砕いた骸の破片を墨に変えながら紅い竜巻の様な斬撃が振るわれる。その様は彼の二つ名、レッドツイスターその物である。最後に剣を横に伸ばして一周振るいし、纏った焔が弾けて残骸を部屋中に弾き飛ばした。

「弐式、マグナム・ブレイク!!」

 焔を纏った剣を地面に突きたてて周囲に爆裂を振りまく壱式と、敵を切り裂きながら直接爆炎を浴びせさせる弐式。殺傷性が高過ぎて使い所が問われる、剣の鎧の奥の手の一つであった。
ほう――と、溜息の様に感嘆の声が漏れ、視線が声の方に向く。黒騎士が両手で手綱を握りながら、じっと剣の鎧に視線を向けていた。立ち上っていた炎の竜巻に見惚れていたのだ。羨望の眼差しが剣の鎧に突き刺さる。クスクスと自然に笑いが漏れてしまうのも仕方の無い事だ。
仮面に包まれているために表情が見えず、剣の鎧には唯手の内を晒した事を嘲られている様にしか見えなかったが。

「…ふふ…、…強いね…。…でもカリツ死なないよ…?」

 六体が同時に立ち上がり、十二の剣を振り上げる。なんとも始末に悪いしぶとさだ。問題なのはしぶとさよだけではない。でたらめに強いわけではないが、中途半端に強いので六対同時に倒すには大技を使わなくてはならない。復活する時間もまちまちだったので、その機会すら先ほどまで無かったほどだ。他に策が無いわけではないが、これ以上手の内を晒し続けるというのも芸が無い。数体ずつ相手をし続けて手間を食ったが、せっかく作り上げた好機、逃すわけには行かないだろう。
ならば、と剛剣が顔の横で地面と水平に構えられる。無限に再生する不死人の対処法。その実演の為に刺突の構えのまま走り出した。
 反撃は気にする事でもない。縫う様に骸たちの間をすり抜け、最初の犠牲者に切っ先を突きたてた。分厚い甲冑の胸板を突き破って背中から切っ先が飛び出す。駆ける足は止まらずに次の獲物を求めて突進。仲間の背中を見ながら突っ立っていた二匹目の胸にも剛健の切っ先が飛び込んだ。
そして3匹4匹と団子のように貫かれていく骸達。流石によろけながら重くなった剣を最後の一匹に突きたてて、手近な壁に切っ先を突きたて騎士達を縫いつけた。
 じたばたと暴れる24の四肢。浮いたまま縫い付けてやったので自力で抜け出すのは不可能だろう。今だ戦う気があるのかサーベルを突き出すので、柄から手を離して遠ざかる。サーベルを離して剣を引き抜くという頭脳は期待できないようなのが幸いだった。
 うんうんと頷いて、やり遂げた仕事の成果を眺める。どうだ見たかとばかりに胸を張り、腰に手を当てながら黒騎士の方へ向き直った。

「…ふっ…、…ふふっ…。…剣士なのに剣をなくして…、…どうやって戦うの…?」

 ぴしっ――音を立てて剣の鎧の動きが止まる。
くすくすと、面白い玩具を見つけた猫が哂っていた。





 その騎士は、三人の中では特に特筆する事が無かった。
 あえて言えば、特徴が無いのが特徴というか。激情を迸らせるようなタイプではないが、自分の興味がそそるもの以外には極端に無関心な訳でもない。戦闘スタイルも手駒を使って相手をじっくり観賞するような酔狂さなど無く、かと言って猪突猛進に何も考えずに向かっていくような事も無い。見所のある派手さは無いが、任務に飽きて放り出すような事も無く、愚直ゆえの失態も無い。堅実で常に思慮を重ねた行動を取る。
 平凡。至って平凡。平凡に思い、平凡に戦う。
 それ故に、この騎士は三人の中で一番の優秀さを誇っていた。
147我が名は〜9/23sage :2006/01/02(月) 19:29:12 ID:buc6hk7s
                     9

「普通に考えて、逃げ道の無い奴らは唯一の外との出入り口に来るに決まっている」

 普通でなくても考え付きそうだが、とりあえず高温には思いつかなかった結論の元、常温の騎士は直通で外に出られる出入り口を背に陣取っていた。勇ましく黒馬に跨り両腕を組んで、背後の閉じられた扉を守るように君臨する。この場所に立ち続けてだいぶ経つ。暇潰しに始めた愛馬のブラッシングと、その馬の背に掲げられた軍旗と身に纏う黒マントの解れを繕うのも完了済みだ。この手で繕い物はしんどかったなぁと思いつつ、鉤爪のように鋭い指先の篭手を着けた手で懐を弄り、懐中時計を取り出して改めて時間を確認する。
遅い…――仮面の奥から呟きが漏れた。複数の対の目が段になって並ぶ仮面の表情も心なしか気落ちしているかのように見える。
 ――推測を間違えたのだろうか?
急に不安になって懐中時計の蓋を無意味にパカパカ開閉させる。小心者と言う訳ではないが、さりとて自信家でもなく。不安なものは不安なのだ。
 気分を落ち着かせようと愛馬の背を撫で、懐中時計を懐にしまって背負っていた大剣を抜き取った。二丁在ったクロスボウは撃ち尽くしたので破棄したし、剛槍は愛馬の鞍に繋げたままだ。
 大丈夫獲物は来る。確実にここに向かってくるはずだ。そうで在ってくれ。頼む!
馬の背にのの字を書き始めた頃に、騎士の聴覚が複数の足音を捕らえた。ぱっと華やぐように笑顔を上げて――仮面で見えないが――音のするほうに視線を移す。
走り寄ってきたのは先ほどの冒険者の6人だ。先頭を走っていた暗殺者と聖騎士が、出入り口を塞ぐ黒騎士を観とめて足を止める。司祭の二人と弓手も足を止め、最後尾の魔法使いが扱けて顔面を強打した。とても痛そうだ。

「ははは…、待たせてくれたな人間ども」

 まったく、本当に良く待った。諸々の恨み辛みを込めて大剣を掲げ上げ、手綱を操って黒馬を冒険者達に向けさせる。そこにはもう、繕い物をしのの字を書いていた騎士の姿はない。在るのは唯、六匹の羊の首を刈り取らんとする死神の姿のみだ。
 縮こまっていた羊達が元来た道を戻り始める。逃すものかと黒騎士は黒馬を走らせた。本心から逃がしたくなかった。散々待たされた上に、この上おめおめと逃げられでもしたら報われない。
羊の群れが角を曲がる。見失わないように馬を加速させ自分も角を曲がる。走り去る背中を見つけた。暫くは一直線だ、このまま一気に距離を詰め首を刈り取ってやる。揚々と手綱を握る手に力を込めて更に加速を掛け――そして騎士は愛馬ごと落下し転倒した。
 悲鳴は無い。悲鳴を上げる暇も無く顔から剥き出しの地面に突っ込み蹲る。馬の方は乗り手を振り落として転倒をまのがれて、それでも迷惑そうに嘶きを上げていた。一体全体何でこんなところに穴があるのか。理不尽さと疑問を噛み締めながら体を起こし、ばったりなんて擬音が似合う位に弓の鎧と顔を突き合わせた。兜の上に工事帽を載せて、手にはスコップを握っている。今まで姿を見せなかったのはもしかしてこの穴を掘っていたからでは…。

「お…おま…お前は…」
「あー…」

 ぷるぷると肩を震わせながらこちらを指差す黒騎士を見て、ぼりぼりと顔の無い鎧が兜の後頭部を掻き毟る。そしておもむろにプラカードを取り出して黒騎士の眼前に突きつけた。書いてある文字は…『まだ途中』。無言で大剣が振り回された。ブンブンブン、音は軽いが必殺の威力と殺意を籠めて。当たらない、当たらない、掠める、当たらない。黒い刀身を紙一重でかわして、廊下に開いている穴から飛び出した。

「やだなー、直ぐキレる若者は社会問題になってるんですよー?」
「喧しい!」

 騎士も続いて穴から這い出し、ムキになって剣を振るい兜に重ねてかぶっていた工事帽を跳ね飛ばす。惜しい、もう少しで下の兜の方を粉々にしてやれたのに。
剣を構え直した時には既に、弓兵は背中を見せて廊下の彼方へ走り去っていた。ふざけているのか所々でぴょんぴょんと飛び跳ねたりして。馬鹿にされているとしか思えない。
 新たに湧き上がる怒りを懸命に抑えていると、突き当りの角を曲がって姿が見えなくなってしまった。いや、角から頭だけ出してこちらを伺っている。まるで捕食者をコケにする小動物の様に。明らかに舐められているとしか思えない。せっかく押さえ込んだ怒りがあっと言う間に限界を超えて燃え上がり、体から湯気が立ち上りそうだ。ぎりぎりと両手を握り込んで剣の柄をきつくきつく握り締める。
 ダメだダメだ、こんなのは自分らしくない。落ち着いて平静にならなくては…。頭を振って気を散らし、敵を追わなければと思い直す。

「そう…そうだ、普通に考えて嘲ているならそこに食いついてやれば良いのだ」
148我が名は〜9/23sage :2006/01/02(月) 19:29:46 ID:buc6hk7s
                    10

 普段の心情まで気持ちの温度を下げる。
 追跡の為に愛馬を穴から出してやろうと後ろを振り向こうとした時、ふと足元に何かあるのに気がついた。先ほどまで弓兵が持っていたプラカードだ。石畳が剥がされた剥き出しの地面に突きたてられている。書かれている文字が線で消され、その下に新たに文字が書き加えられていた。
 曰く、『罠が在ります』。視線が自然とプラカードの先の廊下に向いて、その先のかどっこから顔だけ出している弓兵にも向く。シッシッと犬を追い払うかのような仕草をされた。
 これはあれか、罠はないけど看板に書いておいて追い払おうという魂胆なのか、そこまで馬鹿にされているのか、甘く見られているのか、奴の考えにまんまと嵌ると思われているのか、顔は見えないが今奴はニヤニヤと意地の悪い顔で笑っているのか、嘲笑っているのか、いるのか、いるのか、いるのか…――ぶちん。
 キレた。

「こんな手に乗るか!!」

 目の前の看板を蹴倒してぐりぐりと踏みつけて、粉々に破壊したそれを踏み越えずかずかと歩みを進める。愛馬のことはすっかり頭から消えて、ただ一念弓の鎧をたたっ斬る事のみに思考を傾けている。殺気を隠そうともせず全身から溢れ出させ、罠が在ると思しき道を突き進む。
 やはり罠などない。それ見たことか、今すぐ追いついて首を掻き切ってやる。鎧のパーツを纏めて槍に串刺しにして、焚き火にくべてじりじり少しずつ焦がしてやるぞ。殺意も新たに足をまた一歩踏み出し――ガチン――その一歩をトラバサミに挟まれた。

「ギャーーー!!」
「せっかく書いておいたのに…」

 遠くから何か聞こえたがそれどころではない。踏み出して二の足は既に床を離れていたので、バランスを崩され顔から石畳の床に倒れこむ。そして――ガチガチガチガン!――石畳と同化するように魔術で隠蔽されていたトラバサミがいっせいに全身に食いついた。今度は悲鳴すら上げられない激痛。遠くで見ていた弓兵と、その下に縦に並んでひょっこり顔を出した魔法使いと狩人も思わずうわぁと口を押さえた。無論仕掛けたのは彼らだが…。
 痛みにビクンビクン全身を震わせながら、何とか起き上がろうと手を突き上体を起こす。這いずってでも先に進んでやろうと、執念が体を突き動かした。こういう時は気合がものを言う。
 だがしかし、手の平の下で、また不吉な音が、カチリと…。

「う…、うぉ…おおぉぉ…」

 気の遠くなるような痛みに悶えながら、更なる不運の予兆に呻く黒騎士の周囲。石畳や通路の壁、果ては天井までもびっしりと埋め尽くしていた仕掛けが姿を現す。地属性の力を込めた魔法地雷ランドマイン。広域を容赦のない爆炎で包むブラストマイン。爆裂の際に無数のベアリング弾を吐き出し、目標を焼きながらズタズタに引き裂くクレイモアトラップ。これでもかと並んだ爆裂系のトラップが迷彩を解き、一斉に起動して自らの生み出された時から決まっていた職務を遂行する。
 弓兵の手が下の二人の頭を角に引っ込ませ、それにあわせるかの様に破壊の連鎖が始まった。
耳を塞いでも聞こえてくる、爆音爆音爆音爆音爆音爆裂爆裂爆裂爆裂爆裂破砕破砕破砕破砕破砕…。建造物自体を何度も震わせて、弓兵や離れた所で固まって耳を塞ぐ冒険者達の体にも衝撃が伝る。断末魔は聞こえなかった…。
 やがて音が止み。念の為しばらく時間を置いて、頃合に曲がり角から頭だけ出して惨状を確認する。見る間でもなく、壁も床も天井も一切が焼け焦げ剥がれ落ちて損傷という名の暴虐の後を晒していた。焼け焦げた瓦礫と散弾の中に、黒い襤褸切れに包まれた何が在る様に見える。特徴のある縦に長い帽子も転がっているのであの中には在るのは、いい具合に焼けたツミレかハンバーグか…。
 ひう――と息を呑む声が顔の下から聞こえ、視線を落とすと今度は六人の冒険者全員が首だけ角から出していた。さながらトーテムポールだ。
 各々眼前のえぐい惨状に顔を青ざめさせている。気分が悪くなったのか辛そうに口元を押さえたり、顔を背けて眦に涙を溜めたり。一人だけ自らの張った罠の出来に喜んでいるのもいる。娘さん方に重量を預けられた男達は別の意味で辛そうだ。

「ふむ、とりあえず君達ー。そんな所で組み体操みたいに重なってないで、次の行動に移りましょー。ちゃっちゃっとねー」

 怖いもの見たさなのか、キャーキャー言いながら未だ角の向こうを見ようとする娘三人を男子三人に押しやらせて、弓の鎧はため息をつく。少々えげつないやり方に成ったが、何とか二人とも無力化することができた。自己嫌悪は後にして、残してきた相棒の援護に回ってやらねば…。
 シクリシクリと痛む胸を鎧の上から押さえながら、重い足を無理やりに進め冒険者達のもとに向かう。なにやら仲間内で相談をしている六人に声を掛けようとして、視界の端から延びてくる黒い塊を見とめて足を止めた。
149我が名は〜11/23sage :2006/01/02(月) 19:30:27 ID:buc6hk7s
                    11

 それは、黒く…闇よりもまだ深く漆黒を誇る、染まり尽くした暗闇の刃。壁から剣先を突き出させ、弓の鎧の目前すれすれを通り過ぎる。もう一歩前に出ていたら確実に兜を持っていかれた。
 飛び退るか武器を構えるか、瞬時に判断し両方を同時に行おうとして、体が動かないことに気がついた。時間が止まっているわけではない、突き進む切っ先や壁から舞い散った破片が、緩慢にだが動き舞っている。純粋に体が思考についていっていないのだ。
 壁から柄を掴んだ腕と、それと対にして五指を伸ばした腕が、頭を挟むようにして壁を突き破ってくる。指先にも節目にも刺々しい装飾のあるガントレット。
 次に出てくるのは体。硬いはずの石壁を粉々に砕いて腕の持ち主が現れた。体を覆う厳しい鎧を晒し、全身を煤と流血塗れにしている。よく見れば鎧や仮面にも皹が入り、今にも崩れてしまいそうだ。帽子とマントが無く銀の短髪を晒してはいるが、それは間違いなく深淵の名を冠する黒騎士そのものであった。
 どうやって逃れたのかは判らないが、あの爆裂の嵐の中をやはり生き伸びていたのだ。心の端で僅かに、嬉しさの様な物が込み上げた。
 首に手を回されて開いたばかりの穴に引きずり込まれる。動かなかったからだがようやく動くが、それもまた周囲の風景のように緩慢。それでも掴まれた腕を振り払い自ら飛んで部屋の中に踊りこんだ。危機感に加速されていた意識がようやく戻り、自分の体で出来る最速の動きで弓を手に取り矢を射ち放つ。着地と同時に連続で放たれた流星の数は六つ。無理やりな動きに体を構成する無機物が、みしりと鈍い悲鳴を上げる。限界に近い…が、まだいけるはずだ。
 流星の軌道を目で追うと、着撃は寸前に迫る。黒の騎士は振り向き様に剣を一線、風圧とその闇に染まった刃で六本を同時に叩き落した。

「でたらめだな貴様…」
「お前もなー…」

 奇しくも同じ感想が見えない口角から漏れ、改めて黒と弓の騎士がそれぞれ得物を構える。壁の向こうの六人は開いた穴からこちらを伺う様な事はせず、手筈通り次の行動に移ってくれたようだ。其れでこそ体に皹を入れながら、敵の注意をこちらに向けた甲斐があるというものだ。

「一つ質問ー。どうやって逃げられたのかなー。少しだけ期待したんだよー、あの罠の量にはー」

 不本意だったけどねー…――と付け加えて、頭を狙い満を持したまま答えを待ってみる。こうして対峙している間にも冒険者達は距離を取り、体のどこかに入った皹も少しずつ修復されていく。ただの時間稼ぎのつもりだったのだが、予想に反して答えが返ってきた。

「なに、格好付けずに普通に瞬間移動したまでさ。あまりに咄嗟だったので帽子とマントは間に合わなかったがね…」

 問答無用で斬りかかって来るかと思ったのだが、あれだけ挑発して冷静さをなくさせたのにもう取り直している。驚嘆すべき精神力だ。
そして、言い終わったや否や一足飛びに跳躍で間合いを詰め、長い長い長大な刃を振り回して斬りかかって来た。時間稼ぎも読まれている。
牽制に番えていた矢を解き放ち、迫る凶刃を飛び退って避ける。剣先に矢を当てて軌道を逸らさせ、右袈裟に斬り付けて来た刃を右に沈むようにしてかわす。両刃の利点か振るった剣をそのまま引き戻して、沈む体を追従しての第三撃。かわすにはタイミングが悪すぎた。咄嗟の判断で体を動かし、直撃を食らう寸前で弓を引き絞り分厚い刃に矢をぶち当てる。チャージアローの零距離射撃。刃がその破壊力を一瞬相殺され動きが止まり、その間に大きく跳び退って距離を取る。

「ほう、避けたか。今のはチャージアローだな?」

 質問が来るが答えている余裕はない。すぐに矢筒から持てるだけ弓を引っつかみ、三連射、二連射、四連射、三連射と小分けにして放ち続ける。加減した分、体には皹が入らない。

「何だ、つれないぞ。もう余裕がなくなったのか?」

 体に無理をさせない為の配慮だったが、やはり黒騎士相手には甘かった。4拍子で連射された無数の矢は、一薙ぎ二薙ぎと黒き剣が振るわれる度に落とされて行く。
 黒騎士は情緒を取り戻しただけではなかった。確実に息の根を止める積もりで、剣を振るっている。そこに嘲りは無く、当然油断も無い。付け込める隙が確実に減っていた。基本性能で遥かに劣る弓兵にとって、それは絶望的な戦局だ。思わず在りもしない顔がにやけてしまう。
 飛び退いて作った距離を一足飛びで詰められ、胴を左から薙ぎ払われる。やや低めの軌道屈んではかわせない、剣の長さから後ろに飛んでも避けきれない。ならば、と神経を研ぎ澄まし向かってくる刃を凝視する。軌道や速度などもうとっくに覚えている。基本的に一度見たものは忘れない。迫り来る刃に向けて手を伸ばし、ぱしんと軽い音を立てて寝かされた剣の腹に手を着きその上に片手で飛び乗った。
150我が名は〜12/23sage :2006/01/02(月) 19:31:10 ID:buc6hk7s
                    12

「なぁっ!?」

 驚愕を置き去りにして弓の鎧が剣の上で側転、通り過ぎる刃の上から降りて弓を構え直す。黒騎士はあわてて刃を引き戻そうとして、自らが刀身に掛けた力を相殺動きが一瞬止まる。両手を伸ばしきり弓兵に完全に腹を見せたままの無防備な姿勢で。
 そして始まる弓兵の限界への挑戦。矢筒から更に矢を引き抜いて、滑らかな動作で弓に番え射ち放つ。解き放つ、狙い放つ、放つ放つ放つ――みしりと全身が嫌な音を立てて運動を拒絶する。既に入っていた皹が大きくなり、新たな傷が生まれ出る。その傷をも更に広げてもう一射――パキンと致命的な皹が、致命的な部分に大きく入る。その場に蹲りたくなるのを懸命に堪えて、放たれた総計七つの流星を見送った。
 黒騎士の硬直がようやく解けた頃には、刹那に弾き出された流星が回避不能な距離まで迫る。黒騎士が刃を一線、二線、舞う様に長大な剣を振るい流星を撃墜していくが、距離と数が黒騎士の技量を上回った。剣で4つ篭手でかばってあと二つ。それが限界。それ以上は体が動いてくれない。相手は己のみを砕きながら乗り越えたというのに、己の不甲斐無さに自身を焦がすほどの怨嗟の炎が身の内に燃え上がった。何故この体は動かない!
 一発。ただの一発だけが迎撃を免れ、黒騎士の仮面に向かって飛び続ける。弓の鎧が限界を超えて放った最後の一矢。その一矢が打ち払われ目的を果たせなかった同胞達に報いるように、鋭利な先端を仮面に突き立て黒騎士の眉間を打ち割った。
 そして双方の体から力が抜けた。限界を超えられた者と、超えられなかった者がそれぞれ地に足を着き。そして、限界を超えられなかった者が完全に地にその身を投げ出した。

「あー…、勝ったのかなー…?」
「ああ…、私は負けた…」

 膝を地に突いて弓を支えにして体を支える弓兵。仮面越しに額を撃たれ石畳の床に大の字で倒れた黒の騎士。体はまだ動く。その気になれば直ぐにでも起き上がり、動けない弓兵を両断する事も出来るだろう。
 しかし体が動かない。気力すらも湧いて来ない。魅せられてしまった。超えた者の一撃を隠し様もなく見せ付けられてしまったから。

「普通に考えて、私が顔面をただされるがままに撃たれる等、ありえない事だ」

 だか、この弓兵は確かに自分の動きを超えて一矢報いた。圧倒的な実力差を生めてそれを乗り越え、自分が超えようとも思わなかった限界を乗り越えて。騎士の身でありながら常に慢心し、それを捨ててすら勝てなかった。実力で、意思で、そして何より騎士として、黒騎士は自分が敗北した事を悟ってしまったから。

「ふっ…、ふふ…。私の負けだ弓の騎士よ。今までの非礼の全てをお詫びしよう」

 言葉は素直に胸中を相手に伝えてくれた。上体を起こして後ろ手に片手を突き、額の矢を引き抜いて仮面の傷を指先でなぞる。砕けはしないがかなり大きな亀裂が表面に走っているようだ。自戒の勲章には丁度いい。他の二人との区別も付き易くなるだろう。

「いやぁ…、こっちも久しぶりに全力以上のことが出来て嬉しいからさー。もう何にもしないってなら許しちゃうよー、うん」

 甘いのか適当なのか判らない奴だ。一体どんな格好でのたまっているのかと言葉の主を眺め、黒騎士は仮面の奥で目を見開いた。弓の鎧は鉄製の胸に手を置いて、感慨にふける様な雰囲気で軽く俯いていた。まるで叶えられなかった思いを、

「やっぱり…、努力が出来るってのは…、限界が超えられるってのは…嬉しいもんだね。昔は出来なかったから余計にそう思うよ…」

 ほんの一瞬だが、緑の髪の青年が心の底から喜びを露にした様な満面の笑顔を空の鎧の中から向けていたように見え――

「んー、どうかしたー? やっぱり脳みそに穴開いてパーになったとか?」
「普通に考えて、そんな訳があるか!」

 今はもうただの鎧にしか見えない。唯の見間違いにするには、あまりにも鮮明に目に焼きついていて…。黒騎士は弓兵が体を引きずるようにして部屋から立ち去って行くのを、思わずじーっと眺め続けてしまっていた。
151我が名は〜13/23sage :2006/01/02(月) 19:32:04 ID:buc6hk7s
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 なんとも不思議な連中だ――呟きながらまた大の字に寝転がり、自分の開けた壁の穴から弓兵が出て行くのを横目で見送る。剣の鎧の噂を聞いて襲撃に賛成したが、面白さではあの弓兵も負けてはいないではないか。依頼主の話は信用できない。
 もう一度廊下の方へ目を向けると、弓兵がまた通りがかっていた。冒険者達の逃げて行った方向へ、なぜか朗らかに嬉しそうな雰囲気を纏いながらパカラッパカラッと駆けていく。その足元にはさっき置いてきた愛馬の姿がある。なるほど、だから蹄の音がして嬉しそうなのかあの鎧は…。

「って…ちょっちょっちょっちょっとおいっ! ちょっとー! 待ったー!」

 慌てて飛び起きて一旦通路を戻りマントと帽子を回収、しかる後追跡を開始する。結局黒騎士は冒険者達に合流するまで全力で愛馬を追走。違う意味で限界を超えることとなった。


                     *


 剣を持っていない剣士は果たして何と呼べばいいのだろう。ましてや弓か剣かで区別されている様な鎧の場合、もっと表現に困ってしまう。剣を無くした鎧はそんな事はお構いなしに迫る凶刃を回避し、跳ね回りながら反撃の機を睨む様にして探っていた。

「…んー…」

 対戦者の不満の声。有利に戦況を推し進め、剣を無くした鎧をその両手に持った槍と剣で追い詰めているというのに、最後の黒騎士は不満の色をありありとさらけ出していた。
 むーむー唸りながら繰り出される、一撃で岩をも砕きそうな一撃。剣が槍が翻る度に、石畳が爆ぜて瓦礫が四散する。砕けて散った小岩の至近弾を浴びながら、紙一重で避ける元剣の鎧もむぅと唸る。反撃を諦めて飛び退き、黒騎士の間合いから大きく距離を取った。
 じっと、お互いの動きを読みあう沈黙の時間が訪れ。先に痺れを切らしたのは黒騎士だった。

「…つまらない…」

 きっぱりと言い捨てて、ついでに手に持つ長大な黒剣をも投げ捨てる。元剣の鎧の愛剣も遥かに肉厚で長大な騎士の剣が、石畳を割って剣先を沈め剣の鎧の足元に突き立った。何の真似だと視線で問われ、黒騎士は仮面の奥でまたくすくすと笑い答えを返した。

「…つまらないから施しをあげる…。…武器を無くしたのはあなたの失策だから…、…武器に慣れる時間はあげない…」

 言い終わった途端に駆け出した。問答無用なのかと胸の中で愚痴を零し、黒剣の柄を握って剣の鎧に戻る。剣の鎧は不慣れな剣を両手で構え、剛槍と手綱を握って黒馬を突進させる黒騎士を迎え出た。突き出される穂先に合わせて大剣を振るい、甲高い鉄の悲鳴を立てさせる。すっぽ抜けそうになる黒剣を何とか保持し続け、続けて振るわれる槍先を弾き返した。自分の間合いが掴みにくい。剣の重さに振り回されて、何時もの様に動かない体に焦り隙を作る。そこをすかさず黒騎士は槍で突く。一撃で全てを?ぎ取って行きそうな重い突きを、刃で逸らして時に受け止め何とかやり過ごす。
 もともと馬上で振るわれる為の長大さ、徒歩の上に扱い慣れないとは戦い難い事この上ない。ここは一度距離を離すか――そんな事を考えて後ろに飛んだ瞬間、絶望の様な剛風が防御の為に寝かせた剣を貫いて剣の鎧の体を中空へと弾き飛ばした。

「…ブランディッシュスピア…」

 地上でか細く呟かれた言葉など聞き取れぬ程の、力の剛風の中を木の葉のように飛ばされ。天井付近まで届いてから漸く落下を始めて、錐揉みしながら一直線に石畳に向かう。そこへ二撃目が待ち構えていた。回転する視界の中で、剣の鎧は無数に並ぶ仮面の目が一斉に笑った様に見えた。
 黒馬の前足を高々と上げさせて剛槍を振り被る。そして、馬の前足が振り下ろされ石畳に皹を入れるのに合わせ、剛槍を横薙ぎに振り払い竜巻の如き力の渦を生み出す。力の濁流が石畳に落ちていく鎧を刈り取り、巻き込んだ小さな標的を石造りの壁に向かって弾き飛ばした。
 全身がばらばらに飛んで行きそうな渦の中で、剣の鎧は敢えて流れに逆らわずに四肢から力を抜く。自然に体が力の渦から弾き出されるのを待って、慌てずに剣の重さと手足の動きで姿勢を整える。迫る壁に両足を着いて屈伸で衝撃を散らし、反動をそのまま反発に変えて壁から垂直に飛び上がった。黒剣を肩に乗せて片手で構え、空の左手を相手に向かって指し伸ばす。伸ばした腕を払う様にして体を中空で一回転、両手で柄を握り直すと遠心の力を乗せて長大な剣を振り抜いた。
 片手では受けきれないと、直感で決めて槍を両手に持ち替え、穂先を振るわれた剣の迎撃に繰り出す。かち合う鋼は若干剣の方が、跳躍と遠心力の分だけ威力を増している。だが、黒騎士は穂先を打ちつけた瞬間自ら獲物を引いて、刃の縁を滑らせて斬撃を受け流し石突を兜に向けて繰り出した。攻防一体の交差法だ。
152我が名は〜14/23sage :2006/01/02(月) 19:32:57 ID:buc6hk7s
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 剣の鎧は繰り出される石突を咄嗟に掴み、其れを軸にして逸らされた刃を片手の力だけで振り上げる。黒騎士も負けじと剣を切り上げてくる腕を掴み、お互いの動きが一瞬止まる。拮抗を破ったのは黒馬であった。主人を守ろうと中空に浮いた鎧の胸に頭突きを一つ。剣の鎧は逆らわずに軽く跳ね飛ばされて、ようやっと地に降り立って剣を構えなおした。黒騎士もそれに倣い、槍を脇に構えて手綱を取り直す。黒馬も前足で地面を掻いる、やる気の満ち溢れた突進の構えだ。

「…次で…、…多分終わるから聞いておく…。…君が負けたらお墓立ててあげるから…、…名前おしえて…。…ほんとのやつ…」
「無いっ!」
「…即答かよ…」

 横腹を両側から強く蹴られて、黒馬が嘶きを上げて駆け出した。むーっと不服そうな声を上げて黒騎士が手にした剛槍を回して、指先で回転を保持し残像の円を作り上げる。黒馬の全力疾走により距離を狭め、回転する残像円を頭上に掲げ上げた。遠心力をたっぷりと最後の一撃に乗せ様と言うのだ。必殺の一撃を、更に一段昇華させる為に。
 対峙する剣の鎧は、両手に構えた剣を寝かせて体の横に振り被った。切っ先は石畳に着いていて、馬上の敵を狙うためやや斜め上に刃筋を立てている。ここまで長大な剣だと梃子を使って振り回すしかないので、刀身に見合うだけの長さの柄を根元と先端で握り敵を待ち受ける構えを取る。
 そして、胸の内に高まった思いが口をつく。

「我が名はレイドリック! 名も顔も忘れた唯のがらんどうだ!! 我が身に残るは尽き果てぬ魂と信念のみよ! 我を滅ぼしたくば己が渾身を持ってして、かかって来い!!!」

 奇しくも間合いは両者同等。先の先を突かんとする黒騎士か、後の先を切り開かんとする剣の鎧か。両者の起死回生を賭けた一撃が今交錯する。

「…ブランディッシュ…!!――」
「マキシマイズパワー&!!――」

 槍の回転が最高速に達し、黒馬が嘶きと共に前足を掲げ上げる。遠心力を殺さぬ様に槍の石突を掴みなおして、無知の如く腕を振るいその延長の槍が撓りながら獲物に向かう。黒騎士最高の槍術、殺戮の為の破壊の奥義。
 空洞の体に許された力の一つを唱える。剣の鎧の体が内側からの圧力で膨れ上がり、地に付いていた切っ先が持ち上がる。全身に今まで以上の力が漲り、そして第二の力を解放し刀身に波紋が広がる様に炎が走った。

「――…スピアーーっ…!!!」
「――マグナムブレイク!!!」

 黒馬の前足が石畳を砕き、突進力と遠心力、黒騎士の技量と腕力が最高の攻撃力を弾き出す。台風の様な力の本流が、薙ぎ払われる槍に乗って剣の鎧に襲い掛かった。
 迎え撃つ黒の刃は爆炎を纏い、最大限に発揮される膂力と技量に黒の刃は破壊の奥義に匹敵する力を手に入れた。爆裂の力を刀身に纏わせ、敵に直接叩きつける第二のマグナムブレイクだ。
 互いの奥義の激突が室内全ての瓦礫を巻き上げる剛風と爆裂を生み、視界を閃光が焼いて白一色に染め上げた。建造物全体が悲鳴を上げるかの様な轟音が、長く長く遠くまで響き渡る。
 白光が薄れ世界に色が戻った時、暴力の嵐と灼熱の竜巻の激突は石畳の床に半円を穿っていた。人一人が完全に埋まり、部屋の端から端まで届くほどの巨大なクレーター――大き過ぎる爪痕だ。暴風に抉られて露出した土の表面は、高熱を浴びてガラス化している。でたらめな破壊力の成せる業をまざまざと見せ付けていた。
 爪痕を残した凶行の担い手は、二体とも穴の中心付近に顕在している。疲労に頭を垂れる黒馬に跨り、腕を振り抜いた姿勢で佇む黒の騎士。手にした大剣の切っ先を地面に引きずるようにして、やはり凛然と佇む剣の鎧。両者共に健在。満身に暴風と灼熱による無数の小さな創痍を負ってはいるが、致命に係わるような傷は無い。損傷著しいのは各々の持つ得物であった。
 黒騎士から借り受けた大剣には、恐らく激突の際の基点であろう場所から放射状に無数の亀裂が走っていた。裂傷は大きいものでは、肉厚の刃をほぼ両断する様に食い破っている。折れていないのが不思議なほどの――否、この剣で無ければ確実に折られていたという確かな証であった。
 対する黒騎士の剛槍はその長大さを半減させていた。伸びきった腕の先にあるのは、無残にも半ばから穂先までを失った唯の棒切れだ。穂先は遠くクレーターの中に瓦礫に混じって、短剣の様に短くなった姿で横たわっている。槍の元の長さを考えると柄の長さが足りない。これは唯折れたのではない、粉々に打ち砕かれてその姿を四散させられたのだ。
 双方、鋼の塊の様な剣と槍を、片や使用不能なまでの深刻な皹を入れ、片や完全にその姿を破砕し足らしめたのだ。その実力、まったくもって見事の一言に尽きる。
153我が名は〜15/23sage :2006/01/02(月) 19:33:32 ID:buc6hk7s
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 黒騎士が無言で黒馬から舞い降り、剣の鎧に向き直った。剣の鎧もまた向き直り、皹の入った長大な剣を真紅の肩当に乗せて対峙する。遣い様の無くなった槍を投げ捨て無手になった黒騎士の姿には敵意は無く、しかし仮面の奥からはクスクスと忍び笑いが漏れ続ける。と、その仮面の中央につーっと赤い線が走り、それをなぞる様にして黒塗りの表面に亀裂が浮かぶ。

「…あっ…」

 短い驚きの声と共に二人の間に、中央に走った亀裂で二つに分かれた仮面が落ちた。ついでに剣の鎧も持っていた剣を取り落とし、甲高い音を立てる。ガランガランと大きな音を立てて石畳に横たわったが、傷の割には折れるようなことは無かった。持ち主の眉は微かに顰められたが。
 今まで馬上に居た為に気が付かなかったが、目の前の黒騎士はどことなくだぼついた印象の容姿をしていた。鎧や衣服、身に纏う外装や帽子なども、体の大きさに比べては一回りほど大きいようにも見える。実際、馬から下りて対峙するとその身長の何と小さいことか。
 気が付かなかった…。気が付けなかった…。気が付くほうが無理だった…。

「…貸し出したもの…、…無碍に扱うとは思わなかった…。…うん…? …どうかしたのか…?」

 ずるずるとマントの裾を引きずりながら歩み寄ってきて、ゴム紐で落ちないように止められていた帽子を脱ぐ。帽子の中に収められていた纏め髪が拍子に解け、ふわっと柔らかそうな金髪が肩に掛かる。ぴしぴしと音を立てて鎧の硬貨が強まった。
 眉根を寄せていた不服げの顔を、今度は不思議そうな顔に変え小首を傾げる。その光景に硬直した鎧が、ぎりぎり間接から錆付いた音をさせながら後退った。不思議そうな顔のまま黒騎士がスタスタと歩み寄り、剣の鎧の間合いに無防備に入ってくる。普段なら即座に迎撃が入るが、硬直した体はそれすらも忘れて鈍く緩慢に後退り続けた。
 じりじりじり、壁際まで床に開いた穴の中を空と黒の鎧が歩む。壁際に追い詰められて動きが止まるころには、黒騎士の表情は獲物を見つけた猫の様に微笑んでいた。線の細い凛とした顔立ちに、大きな藍の瞳が乗っている。その瞳の大きさで凛とした顔立ちだが少々幼いようにも見え、可憐とも言える様な美しさを醸し出していた。むしろその幼さがいけない。眠っていた記憶が呼び覚まされそうになる。右手が、右手が勝手に動きそうだ。勝手に動きそうになる腕を押さえながら、剣の鎧は胸中で困惑の極みに達していた。
――目の前の強者が、まさか女の子だったとは…。

「…なっ…!?」

 目の前の少女が驚きを声にする。気が付いたら頭を撫でてしまっていた。何時か、血の騎士と戦ったときに、恐怖に駆られながらも懸命に傷を癒してくれた侍祭の娘にしたように。掠れて消えそうな記憶の中に残る、愛しい者の面影を重ねて。体が抑制を振り切って行動していた。
 撫で撫で撫で…、柔らかい金髪に指を通して頭を撫で続けた。ぼっと火が点いたように少女の色白の肌が紅くなり、漆黒の鎧に包まれた体がプルプルと震える。最初は怒りで紅くなり『…愚弄してるのか…』とか『…騎士に対して無礼だろう…』とか訴えていたが、次第に表情から険が取れて何事かぶつぶつ呟きながらされるがままになる。最後には気持ち良さそうに目を閉じて、頭頂を撫でる無骨な篭手の動きを甘受していた。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 けたたましい叫び声が室内に響いたのはその時だった。流石に惚けていた黒騎士もびくんと肩を震わせて背後を振り向き、二人そろって叫び声がした方向に視線を向ける。果たして部屋の入り口に発生源は居た。
 それは馬に跨っている。体は鎧で肩には弓。両手を頬に当てて体をくねらせて、まるでムンクの叫びのようだ。それは他でもない、常温黒騎士から馬を盗んで駆けつけた弓の鎧その人であった。
 その後ろには途中で合流したのか5人の冒険者達の姿。各々、呆れてたり、複雑そうな顔をしていたり、自分も撫でたがていたり、撫でられたがていたり、ゼーゼー肩で息してばてていたり、と様々な顔で部屋の中の二人を眺めている。ちなみに、順に男司祭・暗殺者・聖騎士・魔法使い・狩人だったりする。足りない一人――女司祭は、更に後ろでニヤニヤしている黒騎士に抱えられていた。お姫様抱っこで。最初に受けた傷で早く走れず、責任を取る形で黒騎士が運んできたのだ。因縁は既に、移動中に片付けてあり、常温の黒騎士は珍しい物が見れたと口元を緩ませている。損傷した仮面は、予備の目元を覆うだけの物に交換済みだ。見られた少女の黒騎士は、羞恥にみるみる頬を赤らめ、同胞の視線からぷいっと顔を逸らせた。
 弓の鎧はムンクの姿勢を解いて、今度は片手の篭手で目元を覆い隠し叫ぶ。

「剣のが…、剣のが……ついに性犯罪者に!!」
「誰がだ!!!」
154我が名は〜16/23sage :2006/01/02(月) 19:34:16 ID:buc6hk7s
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 ガツンと背後の壁に握り拳を打ちつけながら、剣の鎧が抗議を上げる。だが、弓の鎧はそんな事にはお構いなしに言葉を続けていた。もはやムンクも号泣のポーズも無い。なりふり構わず喚き立てる。跨られた黒馬も同調して嘶きを上げた。暴走開始。

「五月蝿い五月蠅い、撫で撫で魔! ロリ顔と見たら誰でも撫でやがって、このロリコン! ペド! ネ○ロ! 異常性衝動保持者! 前回は娘に似てたとか言って誤魔化してたがもう騙されねー。前回黒髪、今度はパツ金! これで納得する馬鹿がどこに居るー! 色魔野郎の正体見たり。覚悟しやがれヘンタイめ、出るとこ出して訴えてやる! 子供の敵! 親の敵! 人類の恥! 鎧の中には幼女へのどす黒い欲望が詰まってるんだな? そうなんだな!? 見損なったぞロリコン野郎! うわぁ、腐れ外道と目が合ったー! イヤーキャー止めてー触らないでー撫でないでー。えーっと。撫でられるー。見境無く撫でられて、勝手に娘にされちゃうー。撫で撫でされちゃうー。助けてママー。うーん、もういい言葉が浮かんでこないなー。なんか良いの無いかね、剣のー?」
「そろそろ許してくれ、弓の…」

 きっかり三分ほど続いた暴言の嵐を聞き終えてから、ややげんなりした様子で剣の鎧が声を掛けた。他の面々は壁際の方の比較的傷の無い石畳の上で寛いでいる。冒険者達はまだ黒騎士二人の存在に慣れないのかおどおどしているが、騎士達は割り切れば切り替えが早いのか平然としていた。割れた仮面を貼り付けようとむーむー唸っていたり、破れたマントを携帯用の裁縫セットでチクチク繕ったりしている。低温よ、割れた仮面は念力では付かない。常温よ、何で騎士なのにそんなに家庭的なのだ。
 いい加減に自分も休みたかった剣の鎧だったが、弓の鎧は止まらない。両手で剣の鎧の肩を掴み、ガクガク揺すりながら喚き立てる。黒馬からは罵っている間に下りていた。

「だってだってだって、人が二人もゴッツイ奴等と戦って穴掘って罠仕掛けて走り回ってたのに! 剣のと来たら、ロリ金髪に撫で撫でしてるんだもんなぁ! ずるいよなー、不公平だよなー、前作のイメージぶち壊しだなー。俺だって俺だって俺だって、そんな美女で少女な実の娘の面影重ねそうな女子の頭を撫でたいよー。メンドクサイの我慢して、剣のの世直しに付き合ったって言うのにこの仕打ちはあんまりだー。にひひひ」

 完全にからかっている。最後のほうなど堪え切れなくて笑い出していた。壁際の面々も苦情交じりのからかいに気が付いて苦笑気味だ。しかし、苦情自体はもっともだったので、頭ごなしに怒鳴り返すわけにもいかない。むぅ――と一つ唸って顔を逸らして部屋の中を見回すしか出来なかった。
 すると、視界の中に違和感を感じた。部屋の景色は当初とは変わり果てていたがそれではない。人数だ。冒険者たちはそれぞれ黒騎士達と一緒に、暗殺者が仮面を直すのを手伝ったり、司祭の二人が傷の手当てをしていたり、魔法使いが繕い物をじーっと眺めたり、それを狩り人と聖騎士が教わったり、きちんと6人居る。問題は黒騎士の数だ。
 頭撫で後心境の変化があったのか、何時の間にか冒険者たちと和んでいる低温の性格の騎士。
 弓の鎧と戦い和解したらしい銀髪を晒して二人分のマントと帽子を繕っている常温の性格の騎士。
 そして、部屋の入り口からこちらに向かって駆け寄り、手にした剛槍を突き出して来る高温の性格の――知覚した瞬間、体を強く押されて剣の鎧は穂先から逃れることが出来た。
 逃れた体の変わりに、別の体が餌食となる。捕食者は固い殻を食い破り中身に牙を立てた。それだけでは飽き足らず、更に突き進んで向こう側の殻も食い破ってその鋭角な頭を突き出す。牙と頭が一体になった槍と言う捕食者は、喰らい付いた空の鎧を道連れに持ち手の元へ引き戻された。頭を振って傷口を広げ、貫かれたまま人形の様に振り回されて地面に何度も叩きつけられる。体が砕けて、叩き付けられる度に破片が宙を舞った。まるで命と言うガラス細工が砕けるように。

「弓の!!」

 そこで漸く突き飛ばされた姿勢から立ち直り、床に落とした罅割れの大剣を拾い上げ振るい上げた。剣の鎧の攻撃に反応しきれずに、剛槍が獲物の腹の手前で切り飛ばす。罅入った剣が衝撃に耐え切れず二つに折れた。半分以上の刀身が泣き別れになり、腹に穴をあけた鎧と共に剥き出しの土の大地に倒れこむ。獲物と得物を失った黒騎士は戦意をなくしたのか動かないでいる。
 剣の鎧は止まらない。折れた剣の残りの刃で槍の残骸を弾き、黒騎士の体を鋭く蹴り付ける。そしてあっけなく倒れた体の首元に、根元の方の刃を立てて屈服させた。軽くなった剣の為に動きが良くなったのもあるが、黒騎士の動きも鈍すぎる。その黒衣と鎧に包まれた体を見ると、弓の鎧の仕業か手足の腱を矢で打ち抜かれており、とても一人で動けるような姿には見えなかった。
 何かおかしいと思ったが、原因はわからない。今はそれよりも相棒の姿が気になる。視線を向けると、体の所々に穴を荒れられた無残な鎧が横たわっていた。壁際に居た黒騎士達と冒険者達も、血相を変えて駆け寄ってくる。
 気が動転しているのが自分でも判った。もう死んでいるものが死ぬわけがないのに、こんなにも相棒の状態が気になっているのだから。時間をかけて治癒を待つか、魔法で回復させるかすれば直ぐに動けるようになるだろう。しかし、居てもたっても居られない。せめて衝き立った槍だけでも抜こう、そう手を伸ばした瞬間――『原因』の掌から一条の雷光が迸り、突き立つ槍を避雷針にして壊れかけた弓の鎧の体を襲った。跳ね上がる鎧の身体。ぱちぱちと空気が帯電して弾ける。
155我が名は〜17/23sage :2006/01/02(月) 19:34:54 ID:buc6hk7s
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「まったく、まったく深淵の騎士などと言っても所詮は雑魚と変わらんな」

 続いて横たわっていた黒騎士の身体が、弓の鎧と同じ様に雷光を受けて跳ね上がる。意識は無いが肉が電撃を受けて反応し、びくんびくんと大仰にその身を突き動かした。
 おおっ!――怒号を上げて常温の騎士が手にしていた剛槍を『原因』に向けて投げつける。凶行を犯したとは言え、倒れた者への、まして仲間への追い討ちなど許せるものではない。だが、真っ直ぐに目標に向かう槍は、やはり雷光に打たれて地に落ちた。

「おまけに雇い主に牙を剥く。やあれやあれ、度し難い狼藉ですな」
「雇い主! 我等の同胞を傀儡に仕立てるとはどういうつもりだ!」

 ホーッホッホッホホウ――まるで梟の鳴き声の様な嘲笑を上げて、雇い主と言われた『原因』がふわりと石畳の床に舞い降りた。その姿は紅い。紅の外装で身を包み、頭の上には紅いシルクハットが載っている。片目に嵌め込むモノクルも紅いレンズで出来ていた。外装の襟が帽子に触れそうなほど尖りあがっており、片手には高価そうな大きな宝石の付いた指輪はめられている。服のセンスも普通ではない。外装の中身は襟元からもフワフワした羽毛が溢れるコートを着込み、靴は黄色い鱗で覆われて爪先と踵に鍵詰めの付いた不可思議なものだ。どこからどう見ても紳士的。紳士然とした佇まいでステッキを突き、全身にパチパチと静電気を纏わせていた。

「オウル・バロン…」

 常温の黒騎士に忌々しげに名を呼ばれ、男爵がその首をぐりんと180度回転させる。体は剣の鎧に向けたまま、首だけで黒騎士を一瞥しまた正面を向く。明らかに人間には出来ない運動に、冒険者たち6人が目を見張って怯む。普通と違うから紳士的とは言え、これはいささか異常が過ぎる。
よく見れば、男爵の紳士的な服装の中身はコートなどではない。でっぷりとした体格を直接羽毛が覆い、その上から上着だけ服を着ている。腕の先から膝頭まで茶色い羽毛一色だ。指輪をはめた指に見えたモノも翼の先端、五指に見立てた飾り羽。無論足を彩る鱗も自前で、前に三本鉤爪の付いた指が突き出した鳥の足。そして極めついては、シルクハットを載せてモノクルを片目に嵌めた梟の頭。

「ホーッホッホッホホウ…。いかにも、いかにも私がオウルバロン。梟男爵などと名付けられ、その安直さに自ら辟易しているものさ。いやいや、見知りおく必要は無いですぞ。君達にはここで、そうここで跡形も無く消し炭になってもらうのですからなぁ」

 バチン――身に待とう静電気の量が目に見えて増加する。どす黒い濃密な殺気と一緒にぱりぱりと、火花の様に雷光が弾けて空気を弾けさせていく。その光景を目に収めると、少女の黒騎士が冒険者達を下がらせた。そして倒れた高温の騎士の体を引きずりながら、冒険者達を引き連れて部屋の出口へと向かった。瞬時に冒険者達が足手纏いになると、雷光を放つものの実力を悟ったのだ。そうして、気絶して動かない黒騎士を愛馬の背にのせ、手綱を引きながら冒険者達共に一目散に逃げ出した。振り返りもしない。後は任せるとその背中が無言で語っていた。
 そして、残りて対峙する剣と黒の騎士。対峙される梟の紳士。
最初に動いたのは黒騎士だった。散々に鎧の二人を苦しめた黒い刃が唸りを上げて、雇い主の梟顔に横一線に牙を剥く。岩も人も一切を切り裂く剣線が迫り――しかしそれは、軽くこんっと音を立てて紳士の手に持つ杖に止められた。驚愕が漏れる前に空気が裂けて、数十万というボルト数の電流が鋼を伝い持ち主の体を舐め上げる。悶絶なのか痙攣なのかも判らない全身の震えが限界に達し、体が自ら望んだかのように跳ね飛んだ。
 ほっほほう――梟が笑い、折れた剣が翻る。剣の鎧が放つ弧を描く黒の斬撃は、梟の首を軽く掠めるがかわされた。反撃はステッキの応酬。折れて斧の様になった刃を打ち返し、電光を纏わせた木製の杖がまるで剃刀の様に剣の刃や腹に裂け目を入れる。ステッキの先端が刃物になっているわけではない、纏った雷の熱で焼ききっているのだ。そして、膂力がある様には見えないと言うのに、剣の鎧とまともに打ち合い、それどころか明らかに押している。

「なんて実力だ、あの鳥頭め」

 後方でようやっと痺れる体で起き上がり、忌々しげに黒騎士が苦言を吐く。目の当たりにする常温の騎士でなくとも呟きたくなる、華麗かつ鮮烈な杖術の冴えであった。その杖術が折れた剣を跳ね上げ、無手になった剣の鎧の腹に翼の掌が押し付けられる。パチン――乾いた音と共に鎧の体が硬直し、次に勢い良く後方へ飛び跳ねる。受身も取れずに常温の騎士の足元に墜落。慌てて抱え起こした常温の騎士が悲鳴を上げて両手を離した。

「づぁっ!!」
「ぐっ…気をつけろ、かなりの量を帯電している」
「熱もだ、籠手が少し焼けたぞ…」
156我が名は〜18/23sage :2006/01/02(月) 19:35:31 ID:buc6hk7s
                    18

 じゅっと床を焦がしながら両手で体を支えて、何とか体を起き上がらせる剣の鎧。その体に数十万という電圧が流されたのだ、帯電と帯熱は過剰必至であろう。黒騎士は刺々しい籠手を摺り合わせて伝熱を散らそうとしていた。そしておまけで付いてきた静電気に撥ねられ、ビクンと全身を硬直させる。もはや電気の弾ける音は恐怖の対象として刷り込まれていた。
 ほーっほっほっほほう――梟がまた笑う。哂いながら跳ね上げられ落ちてきた折れた刃を、雷の刃で二つに両断する。鍔元を斜めに切り離されて、武器としての価値を失う。これで剣の鎧は、またただの鎧になってしまった。梟が嘲りをタップリ含ませて言葉を放つ。

「やれやれ、如何したのかね? 如何したと言うのかね、君達の実力は。まさかその程度ではあるまい? あるまいよな、噂のGHの世直し人がこの程度である等と。在りはすまいよなぁ、うん?」
「勝手な事を言う…」

 動く鎧は珍しく毒づいて、未だ電光迸る体を何とか立ち上がらせた。出来ることならばあのふてぶてしい梟面を、直ぐにでも切り伏せたい。しかし、力の差は歴然。武器も無ければどうしようもない。傍に立つ黒騎士も同じ気持ちなのか、手に持つ得物をぎりっと強く握り直した。そして体を僅かに寄せて、小声で目先の鎧に囁き掛ける。

「どうする…、正直貴君が勝てなかった相手に私達が勝てるとも思えん。何か策はあるか?」
「策はある…。だが…、時間と足止めが必要だ」
「先ほど五秒で返り討ちにあったのを見ただろう…。時間稼ぎどころか、足止めなど…」

 面目無い――と申し訳なさそうに最後に口にした言葉は、もはや聞こえぬほど小さくなっていた。元剣の鎧も内心呻く。本当に手が無い。冒険者達と共に後方に下がってくれた少女の黒騎士を呼び戻しても、稼げる時間はたかが知れるだろう。一緒に居る冒険者達は戦力外だ。第一彼らだけで逃げさせるのも、騒ぎを起こしてから大分経つ砦内部では危険である。むしろ今となっては、剣の鎧がそんな事をさせないだろう。本人も強く否定するだろうが、騎士として軽んじている訳ではなく、しかしどうしても曲げられない心情の為に。外見的特徴ではないと強い反論があるだろう。そんな事をする位なら自分が戦う、そう決意する事間違いなし。決してロリコンだからではないのだ。

「……ならばこれしかないか」

 悶々とした思考に区切りを付けて、剣の鎧は己が象徴とも言える赤い肩当を強く掴んだ。その腕と交差させる様に、もう一方の手が中身の無い兜をがっしりと掴む。一瞬の逡巡。その間にけたたましいほどの自問自答を繰り返し、後悔と焦燥に駆られて覚悟を決める。所詮は浅はかな思いであったか。剣の鎧に身を変えて、変わらず誓いを果たせると、貫くことは出来なかったのか。自らの手で剥ぎ取れば、脆く破れる封印に懸けた思い。この程度で諦めてしまうものだったのか。
 しかし、守らなければならない!

「我、己が自戒を破りて、悠久の果てに捨て去った名を取り戻さん!!」
「なにっ!? それを今解くとは聞いていないぞ!」

 目の前で今まさに起こらんとする開封の儀式に、梟の大きな目が見開かれて驚愕を露にした。思わず手にした杖を取り落として、慌てて拾い上げて構え身を守る様に全身に雷光を纏わせる。今までの尊大さと紳士振りをかなぐり捨てた、酷い狼狽の露呈であった。微かに体が震えているのは、決して高揚感から来るものではない。剣の鎧の掴まれた兜の奥に潜むもの、今まさに解き放たれんとしているものに、純粋な恐怖を味わって震えているのだ。
 剣の鎧の傍に佇む黒騎士もまた、戦慄を覚えていた。梟の紳士の見せる狼狽と恐怖にだ。聞いたいた話では、剣の方の鎧は常識離れした実力と技術を持つが、低級を抜けるような強さは無いと聞いていたのに。それがどうだ、今目の前にいるそれなりの上級地位に居る魔族は、高だか鎧を脱ごうとしているだけの低級モンスターにあからさまに怯えている。あの鎧の中身にいったい何が潜んでいるというのか。好奇心と共に、心の内に恐怖心が湧き上がってくる。
 そして…、剣の鎧がゆっくりと兜を上げて行き、兜の中に薄っすらと輪郭が現れ赤い髪が窮屈な兜から開放されて広がり――「はーい、ストップ」――その寸前で兜の頭を押え付けられ目深く被り直させられた。もがっと間抜けな声を出して、それでも兜のズレで狭まった視界で手を下した者の姿を捕らえる。それは一番見知ったものの、顔の無い顔。

「こーんな奴に最後の手段使う必要なんて無いでしょうよ。まだ奥の手も切り札も残ってるのにさ」
「ゆ、弓の…」

 キシシと口の中で零す様な笑いと共に、弓の鎧は軽くぽんと肩を叩いて体を下がらせる。押された剣の鎧は後退りながら、拍子で相棒の体に視線を落とした。それはまさに満身創痍。剛槍に貫かれ腹に穴の開いた体。目に見えない奥深くに細く無数に皹の入った体。所々破片を落として、稲妻に焼かれて爛れた体。とても立っていられる様な状態には見えないのに、こんなにもその姿に頼もしさを覚えるのはなぜなのだろう。胸中の思いは口にはせず、剣の鎧は差し出された己の愛剣を受け取った。何時の間にか骸の騎士達の腹から引き抜いて持ってきていたのか。気分屋で飽き易く火が付き難くて逃げ足も速いが、気の向いたときの行動力は相変わらず早い。相棒の何時も通りの行動に、剣の鎧に思わず笑み混じりの吐息が零れた。
157我が名は〜19/23sage :2006/01/02(月) 19:37:03 ID:buc6hk7s
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「さーてー、時間と足止めが欲しいんだよねー? おっけー、じゃーちゃっちゃと済ませちゃいましょうかー」

 間延びさせた口調で言い放ち、敵に向かって歩み始める弓の鎧。足運びは悠然、とても全身に破損が生じているとは思えない。弓の間合いよりも良さか近い、ミドルレンジで矢を番える。引き絞られてぎりぎりと悲鳴を上げる弓矢は、真っ直ぐに梟の頭を狙い据える。

「ほーっ…ほっほっほほぅ…」

 一方狙われた梟は未発に終わった恐怖に体の震えを収め、新たな状況の到来に器用にに口元を歪めて見せた。一度は撤退も辞さない思いだったが、天恵か天啓なのか事態は好転している。まだ自分の力で対処できる範囲だ。様子を伺う間取り続けていた構えを解いて、緊張していた体を軽く揺すって解き解す。がちがちになっていた体が弛緩すれば、それにつられて口も滑らかに滑り出すというものだ。梟の紳士はこれ異常ない喜びを乗せて語りだす。

「いやいや…、まずは例を言わなければならないかね、弓の鎧君。君のお蔭で私も仕事が捗りそうだよ、とても。そう…とてもね」

 口を一度閉じて全身に雷光を纏わせ、周囲の空気まで帯電させながら言葉を紡ぐ。まだまだ喋り足りない。梟の紳士は自分でも気が付いていないが、恐怖で抑圧された分饒舌になっていた。

「あのまま彼が力を解放していれば、流石の私も逃げる以外に手が無かったからね。いや、助かった。助かったよ、例を言おうじゃないか。なぁ、弓の鎧君」
「そりゃぁー、どーいたしましてー」
「ほほぅ、自ら私を倒すチャンスを摘み取ったというのに、君のその態度は余裕過ぎやしないかね? なんともげせんなぁ、げせんよ。まさかまさか、君一人で本当にこの私を止める事が出来ると、本当に思っているのかね? そいつは滑稽だなぁ、いや面白い。面白いよ弓の鎧君」
「もーさー、いい加減ダラダラ四回目で、皆ぐだぐだ何がからさー。早く終わらせようよー」
「ほーっほっほっほほう。終わらせる? そう、終わらせるというのかね、このささやかな存命の期間を。もう楽しみ終えてしまったというのかね? もう満喫してしまったのかね? 勿体無い、勿体無いよ弓の鎧君。しかし、君の言うことも道理かな。本来ならば私が出る必要も無かったような仕事だ、さっさと済ませて帰ってワインでも飲みたい気分だ。本当に、本当にいい迷惑だったよ黒騎士君達のお蔭でねぇ。ああ、また長くなってしまったね、失礼失礼」

 大量の言葉を吐き続けて梟の嘴が満足げに笑いを作る。手にした杖をまた刃に変えて、遥かに実力の劣る、ましてや手負いの獲物を見下す。この弱者を踏み倒してもいい、剣の鎧に対する盾に使うのもいい。なんとも都合のいい駒が揃ってくれたものだ。梟の紳士からも間合いを詰めて、更に弓手に不利な間合いに近寄っていく。相手は動かない。弓を引き絞ったままの体制で、こちらの眉間に鏃を狙い付けているだけ。当たりもしない矢を、後生大事に狙うものだ。つくづく滑稽な物だと、勝利を確信している梟は裏でも表でも笑う。もう恐怖など微塵もない。

「さて、さてさて。それでは、君には私の役に立ってもらおうかな、弓の鎧君。そう…まずは二度と弓が撃てない様に、その無骨な手足を切り離しておこうじやないか。私の楯になる物に、弓引く腕も、地を這う足も必要ない。さあて、切り刻まれる覚悟は、虫けら以下になる覚悟は良いかね?」

 詰まる間合いに杖が高々と振り上げられ、雷光の刃が煌々と部屋を照らす。後は振り下ろして焼き切ってやるだけだ。兜の内でどんな間抜け面を晒しているかは知らないが、人質にして剣の鎧を『あの御方』に差し出した後に消し炭一つ残さず焼き尽くしてくれる。ほの暗い嗜虐の炎を燻らせ、電光の刃が袈裟懸けに振るわれた。
 迎撃の矢が放たれる。当たり前の様に雷の刃の起動を合わせて抵抗無く切り伏せ、担い手にすらも電熱の牙が迫った。翼の腕に伝わる重い手応え。硬い表面を切り裂いて深々と切先を沈め、蒸発した材質が煙となって立ち上る。そして巻き起こる……驚愕。切り裂かれたのは、無骨な鎧ではなく石材の床。雷の刃を飲み込み、切り口と中身を白熱させてドロドロに融解している。弓の鎧が消えた…。ではどこに消えたのか、どうやって消えたのか。自身の持つ広い視界から、あのぼろぼろの体でどうやって。
 刹那の内に廻った思考に答えたのは一本の矢。梟特有の広い視界ぎりぎりの端で捕らえた、飛来する流星のその鋭い切先。第二矢を鋭い切り返しで弾いて、左右で色の違う視界に獲物の姿を嵌め込ませる。担い手は、飛んでいた。否、飛ぶように駆けていた。跳んで飛んで駆けて翔けて。あの体のどこにこんな速度を生み出せる力が残っていたのか、目まぐるしく動き続けながら弓を引き絞る。そして飛来する流星。数は三。

「甘いわっ!!」
158我が名は〜20/23sage :2006/01/02(月) 19:37:39 ID:buc6hk7s
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 往なせない数ではないと瞬時に判断。流れる様な動きで刃を走らせ、飛来する流星を次々叩き落す。最後の矢が焼かれた瞬間、移動し続けた鎧が弓を放つ。今度は四つ、背中に向けて飛び込んでいく。梟は体を反転させながら二矢を撃墜、流れた刃を戻して残り二矢を撃墜。次は五射。どこを狙ったのか確認するまもなく体を反応させて切り伏せる。余裕余裕と高を括って、次々と面白い遊びのように刃を振るう。そう、まだ余裕はあった。
 五、四、五、五、三、四、五、四、三、三。不規則な数の連射が方向や高さを変えて襲い掛かり、その全てを梟の紳士を肉体を駆使して弾き落とす。次に来たのは六射。今までに無い数に体の動きが付いて行いかない。無手の掌を向けて雷光を走らせ危うい所で撃墜、左肩には激痛。次の射撃はもう始まっていた。雷光と雷の刃を振るって撃墜撃墜撃墜。反撃を行おうと言う思考すら働かない。全身全霊を打ち払うことだけに集中する。六射の襲撃が続く。打ち漏らしが出始めて、肩や足、顔をかばった腕に幾本かが突き刺さる。湧き上がる憤怒と怨嗟を押さえ込み、迎撃の雷光が部屋を照らしていく。

「お…おお…、凄いな、私と戦った時よりも数段…。あれでまだ手加減されていたのか、私は…」

 目の前で繰り広げられる、雷光と矢の嵐の様な応酬に、感嘆の声を漏らしたのは黒騎士だった。先の己の戦いを思い出し、内容の差に落胆して肩を落とす。だが、直ぐに気を取り直して、傍らの剣の鎧に目を向けた。せっかく稼がれている時間、それを僅かにも無駄にする訳には行かない。声を掛け様として口を開き――ゆっくりと閉じた。声を掛ける必要が無いと、見ただけで理解できてしまったのだ。それだけでは済まずに、グビリと生唾を飲んで喉仏を動かした。
 剣の鎧は愛剣の切先を地に付けたまま、両手で柄を握り締め瞑目する様に静かに佇んでいた。黒騎士を黙らせたのはその荘厳な雰囲気ではない。鎧の隙間から、鎧自体から、湯気の様に立ち上る黒い靄が溢れ出していた。黒騎士自身も同じものを身の内に宿らせているので判る、深く暗い濃厚な密度を誇って世界を侵食していく黒。あの剣の鎧を覆う物は、闇だ。闇を体に纏わせて、そして刀身に身の内から這い出してきた闇を絡み付かせて行く。鍔元からゆっくりと伝い降りて、鋼色の刃を黒く深く染め上げる。闇は絡み付くままにならずに切先へと堆積して行き、緩慢に黒の深みを強めて成長していく。そして成長は止まらない。

「ぐおおおっ! おおっ! ああああっ!!」

 猛獣が捻り潰されるような怨嗟の声を上げて、鳥類の紳士は踊る様に立ち回り雷光を走らせる。体には無数の突き立てられた矢の林。喰らい付いた肉体から鮮血を溢れさせ、動き回る筋肉を阻害し傷口を広げさせる。反撃所ではない。四方八方から、地を這うように、頭上から、死角から、次々に矢が飛来してくる。初めの内は無視も出来ていた小さな小さな抵抗、だが今となっては一つでも食らえば肉体の機能を損なわせる楔となる恐怖の対象。屈辱に梟は鳴いた。無駄な酸素と体の動きになるが、叫ばずにはいられない。何で上級な魔族の自分がこんなにも翻弄されているのか。

「やり方は魂が覚えている。後はー、まあ、今のこの体にゆっくりと思い出させただけさ」

 床の上を滑るように移動しながら六発。飛び上がって六発。着地して這うよう身を屈めながら六発。常に移動し続けて、常に矢を放ち続ける。巨象に群がる蟻の如く、小さな抵抗が次第に獲物を追い詰めていく。斬り返しが反応できなくなり、辛うじて雷撃で打ち落とそうとしても、最後の一本が徐々に獲物に食い込む回数が増える。

「そして思い出したのさ、覚えなおしたのさ、この高速の歩法を…」

 弓の鎧が動く度に、その奇跡を追う様にしてきらきらと流星の尾が引かれる。それは細かく砕けて散り始めた破片。限界を超えて超えて、跳ね返ってきた反動の証。兵すらも翻弄しえる、神速を可能とする足運びの歩法。有能な能力の反動が、劣等な体に代償を支払わせている。
 何時体が崩れ落ちるかもしれない。それでも体は動き続ける。魂が止まることを許さない。細く鋭い刃の上を、両手を広げて歩いている様な、そんな危うさの上で体は動き続けている。そして、それすらも面白いと、見えない口が笑いで歪む。面白い、面白い、限界の上での綱渡り。バランスを崩せば粉々になる。後ろに控えている仲間と一緒に死んでしまう。冒険者達も、黒騎士も、自分を信じた相棒すらも。今度もまた生き返れるかなど判ったものではない。確証の無い蘇りには期待は持てず、魂が恐怖で締め付けられるがそれがまた面白い。喜びが全身に行き渡って活力となり、朽ち掛けの体が跳ね暴れる。まだ一射、後一射。撃てる撃てる駆けられる跳べる。まだまだ、限界なんて超えられる。

「そして、この射法を!!」

 瞬間、動きを止めて梟の紳士の正面に立ち、剣の鎧達に背を向けながら矢を引き絞る。加速された時間の中で、常識を侵食する速度が矢を放ち、また番える。鱗粉の様に破片を撒き散らしながら、無音の中で同じ動作を繰り返す。最後の一矢を放つと、酷使された弓の弦が切れて弾けた。愚直なまでに繰り返したその骨頂たる高速の連射により、吐き出された矢の数は七つ。流星となって獲物に飛び掛る。狙い済ました七つの星の軌跡は、垂涎の的に空腹の猛獣の如く貪り付いた。
159我が名は〜21/23sage :2006/01/02(月) 19:38:14 ID:buc6hk7s
                    21

 兜の中の空洞に――パキン――と透き通った破滅の音が響く。今度のは致命的だ。
 迎撃に迎撃を繰り返し、体を疲弊しながらも傷を最小限に減らした梟の紳士。それでも最後の七射、テンポが著しく速くなった最終の七射にだけは反応する事が出来なかった。瞳だけは飛来する危機を捕らえて血走り、体は一つ前の六射を切り伏せたまま硬直している。動きたいのに動けない。ジレンマが身を焦がしても、神経は伝達を拒絶し筋肉は運動を停止し続ける。そこに食いついた無数の矢は、群がる様にして右足を貫通し、石畳に鉤爪の付いた足を縫い付けにした。

「ぎっ…ぁぁああああああああああああああっ! があああああああああああっ!!」

 悲鳴は高く遠く響き渡り、続いて轟音を伴わらせる。痛みと屈辱に耐えかね、全身からの大放電。周囲を隈なく雷で舐め上げて、床も天井も壁さえも砕き白煙を巻き上げる。正面にいたままの弓の鎧も雷光を受け、白煙に包まれて姿を消した。濛々と視界を隠す白煙の中、ぜぇぜぇと力を出し尽くした梟が肩を怒らせて荒い息を吐く。呪いを込める様に血走らせた目を剥いて、全身を守るようにバチバチと帯電させ続ける。だが、それ以上は動けない。体から抜けていく流血に、思考と力が奪われていた。
 傍観していた黒騎士は煙に視線を這わせ、消えてしまった弓の鎧を探していた。横目で見る剣の鎧は黙したまま、愛剣に纏う闇の力を増大させている。まだ、まだ時間が足りていない。最悪自分が前に立つことも考えなくてはと、大剣の柄を強く握り締める。人間を助ける気は無いが、自分達三騎士を嘲笑った者を許す積もりは無い。その為なら、盾に為る事も厭わない。一歩前に出て、改めて大剣を構えなおした。そして、思いがけない者に止められて肩が跳ねるほど驚く。

「前に出る必要は無い…」
「剣の!? もう準備は出来たのか? 敵は沈黙しているが、恐らく直ぐに動くぞ」

 焦燥のままに言葉を紡ぎだし、顔の無い顔を覗き込むが返事は無い。今にも背後から雷撃が来るかもしれないというのに。白煙に隠されて梟の現状を知らない黒騎士は苛付いていた。その静かな態度に頭に血が上り、怒声を吐こうと口を開きかけると――それを制して言葉を掛けられた。

「逃げろ、弓のが時間をくれ、足止めを果たした。ただ横に向かって真っ直ぐに逃げろ。我が背と正面に立つな。…これより両断を開始する」

 静かに、威圧的に言い放たれた言葉。頭に上った血が一気に冷めて、黒騎士は言葉も無く指示に従っていた。言い返す必要は無いと、確信させられてしまった。どうもあの二人の鎧には説得されてばかりいるな、と口元を晒す仮面の下で唇だけで苦笑する。
 途中己の愛馬に跨って、指示通り入り口を出て直ぐに右に曲がる。薄暗い廊下を掛けながらまた苦笑していた。時間も無いようだ、先に逃げた同胞と…守らなければならない人間も探さないといけない。倒そうとした人間の為に苦労するとは、成り行きとは言えなんとも不可解な縁だ。守る必要は無いが、しかし、あの二人の鎧が悲しむのは何と無く面白くない。そう思えてしまったのだ。苦笑する種を増やして、黒騎士の足取りは更に速くなって行った。
 黒騎士が消えたのを肩越しに見て、剣の鎧は視線を正面へと戻す。すると、白煙の中から此方へ向かい一歩一歩、歩み寄って来る人影を捕らえる。無骨でもはや原形を留めぬほどに朽ち果てた鎧の体、薄っすらと輪郭を浮かべてはまた消すがらんどうの中身。見慣れた相棒の見慣れぬ姿に、見えない口が苦く笑う。何時しか真横にまで歩みが進んで、擦れ違う刹那――

「あー…、楽しかった…」
「そうか…、それは良かったな」
「うん…、じゃあー…先に行ってるわー…、相棒…」

 言葉短く戯れ合って、また一つ歩みが進む。そこで限界を告げる様に腕に止めていた布が落ち、人の形が崩れて泡沫の夢の様に霧散した。ぱらぱらと砂の様になって崩れ落ちる相棒を背にして、剣の鎧は下げていた大剣を高々と振り上げ天を衝く。濃密な闇を湛えた刃が、両手に支えられ威光を放つ。それに気が付いた梟が、ようやく晴れ始めた白煙の中で嬌声の様な嘲笑をあげる。

「ほっ…ほほう…、ほーっほっほっほほう! そんな属性を付与したちんけな刃で何をしようと言うのか、私を切ろうとと言うのかね。まさかまさか、弓の鎧君が時間を稼いだ理由はそれなのか? なんとも…、なんとも哀れじゃないか? ええ? そんな物の為に弓の鎧君は雷光の洗礼によって塵となり、この私が、この私が無様にも血を流したと言うのか。これは悲劇だな…、悲劇だよ、あまりにも悲しい悲劇ではないのかね? ほーっほっ――」

 最後の笑いに被せて、響く轟音。天井が突き破られていた。剣の鎧の掲げ上げた愛剣。その纏った闇が長大な刃となって天井を突き抜け、荘厳さと危うさを兼ね備えた巨大な剣を形作る。嘲笑が凍りついた。
160我が名は〜22/23sage :2006/01/02(月) 19:39:00 ID:buc6hk7s
                    22

「属性招来、剣刃増幅《エレメントアタック・オブ・ダークネス》。そして、我が名在りし時、魂に刻み込まれた剣の流派最大奥義。二つの力集合わさりて我が剣、城砦をも両断する破滅と為らん」

 呆然と黒い巨剣を見上げる梟の目の前で、緩慢に剣が後方へと流れて天井を切り裂き、破片を撒き散らしながら踵の先ぎりぎりまで振り被る。剣の通った後はきっちりと両断されて、出入り口の突き当たりの壁すらも切り裂き。長大過ぎる剣はその隣の部屋も隣の部屋も――実に建造物の半分をきれいに両断して、突薄暗い建造物の中に日の当たる外の景色を覗かせる。大上段に振り被り、一度視線を目標の縫い付けられた梟に向ける。

「まっ…まっ…まちたまえ、いやぁ待ってくれ! わ、私はただ命令されただけなんだ! そう、そうなのだよ剣の鎧君。私だってこんな任務はしたくはなかった。本当に、嫌で仕方なく、仕方なくやったのだよ。信じてくれたまえ…私も犠牲者なんだ、哀れな哀れな被害者なのだよ」

 視線を浴びた梟は狼狽も露に、目の前の危機から逃れようと勝手な事を宣い出す。必死に傷口を広げながらも、床に縫いつけられた足を外そうとしながら。それでも外れない焦燥と痛みを、口を動かすことで誤魔化す様にべらべらと。雷撃で攻撃する事も頭に浮かばないのか、必死の形相で弁明を口にする。

「そう、あの御方に頼まれて…、全ては黒幕のあの御方が謀った事なのだ。黒騎士を利用したのは悪かった。私も表立って任務をこなせるとは思えなくて、私はそれほど弱く惨めな生き物なのだよ。そう、そうだ私の事を見逃してくれれば君に生前の体を上げ様ではないか。私の力なら直ぐにでも第二の人生を歩めるぞ。なになに、遠慮する事はない。私が――」
「黙れ!!」

 梟の全身がびくりと震える程の一喝。痛みと焦燥で忘れていた危機感が蘇り、羽毛に包まれた体がボロボロになった外装と服の下で震え始める。恐怖恐怖、絶対的な恐怖が今まさに降りかからんとしている。その恐怖にもはや言葉も意味を成さず、狼狽した呟きが漏れ出るのみ。

「黒騎士を利用し、我が友を侮辱し、人の子達すら危険にせしめた貴君の所業万死に値する! よって、我が奥義で滅びよ! 闇を纏い城砦すらも破壊する剛なる剣!!」

 ――名づけてー、暗黒破砦剣ー!

 間延びした様な空耳を聞きながら、振り仰いだ剣を踏み込みと共に全力で振り抜く。口元には苦笑を浮かべ赤い前髪を揺らして、それも直ぐに幻と消え鎧の体が渾身を賭して剣を振るう。先ほど付けた傷をなぞりながら闇の巨剣が走り、天井にまたぶつかって難なく引き裂きながら梟の紳士へと迫っていく。慈愛も悲哀も無く、ただ一切を両断する為に。

「おおおおお! お助け! お助けくださいダ、ダーク――」

 断末魔は炸裂した轟音に掻き消され、部屋いっぱいに暗黒が広がり掌握し、一切の区別無く破砕の魔の手を差し向ける。衝撃は貪欲に振り向けられた空間を飲み込んで、剣の鎧の目前を黒一色に染め上げて爆砕。天井も床も壁すらも貫いて、ごっそりと喰らい尽くしていく。爆砕の中心。梟の紳士は己が砕かれた事を自覚するまでも無く、闇に飲まれてその姦しい口を永遠に閉じる事となる。今際の際の嘆きと救いを求める声は、差し向けられたモノに届く事も無く…闇に消えた。
 技を振るった剣の鎧もまた、闇に飲まれつつある。体の細部までを皹入らせて、力を出し尽くしたからだが無に帰っていく。最後の瞬間、残る力を振り絞り愛剣を振るい。剣の鎧もまた、相棒の下へと向かっていった。


                     *


 何だかんだでズタズタになった黒い三騎士と、奇妙な縁で守り通された冒険者達が揃って闇の溢れた部屋に戻ると、そこは何も無い空間となっていた。部屋の半分が瓦解して、剥き出しの地面と隣の部屋、そして抜けるような青空を晒して燦々と太陽を浴びている。そして、二人の鎧の姿は無かった。変わりにカタカタと部屋の隅の方で、置き去りにされた骸の騎士達が固まっていたが、一同は見なかったことにした。
 しばし、悲観して顔を俯かせる奇妙な集団。すると、不意に魔法使いの娘が何かに気付き歓声を上げる。皆の目を残っていた石畳に集めさせ、そこに剣によって斬り付けられた跡を示す。疵で書かれた最後の伝聞。それは大きく迫力に満ちる、たったの一言。

                   『成敗!!』
161我が名は〜23/23sage :2006/01/02(月) 19:40:21 ID:buc6hk7s
23


 ここは闇の住まう空間。濃厚な黒の世界に切れ切れに光が漏れる、死を超越したモノの集う堕ちたカタコンベ。この空間に退席する闇が蠢き、強大なモノの息吹を鮮烈に伝わらせる。

「マイロード…、マイロード…。バロンが失敗いたしました。あの鎧たちは健在…、直にまた我らの弊害となりましょう」

 闇がまた蠢き、矮小なる存在に威圧的なうねりを伝える。それを受けた矮小なる存在は、恭しく傅き畏敬の強大なモノへ語りかける。

「次はこの私が直接に…、マイロードのお心を乱すモノ。すべからくこの私めが片付けて見せましょう。全ては、偉大なるマイロードの為に」

 うねりの様な声が、波動の様な声がそれに答えた。その波動に込められたのは鼓舞と期待に満ち満ちた思念。矮小なる存在は喜悦に心を躍らせ、闇の空間から立ち去って行った。最後まで、強大なる存在に頭を垂れたままにして。
 闇のうねりが収まって、ぽつんと人の声が闇の中に響き渡った。

「さて…、我が息子はどこまでやるものか…」

 闇が急速に閉じていく。閉じていく。


                     *


 そして今日も今日とて、また古城のどこかで声がする。

「我が名はレイドリック! 名も顔も忘れた、ただのがらんどうだ! 我を滅ぼしたければ、己が渾身を持って、かかってこいっ!」
「ついでに俺はレイドアチャッ! 名前も顔にも未練は無くてー。戦いは面倒臭いけど、人付き合いで世直しさー。ま、とりあえず楽しく限界超えてみよーよー。ねっ、剣の?」


                                        終わり
162我が名は〜24/23sage :2006/01/02(月) 19:42:08 ID:buc6hk7s
以上となります。
ご意見ご感想など戴ければ幸せです。
批判だって大事な栄養です。
どうか多くの人の目に留まりますように。

それでは(´・ω・`)ノシ
163名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/02(月) 21:28:29 ID:Lv0aUI0o
最高です(*´Д`)
燃えええええ
164名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/01/02(月) 23:40:48 ID:fnygX3.g
激しく燃える
俺を萌え殺すつもりですかっ
まだ続きそうですので剣の次の活躍を(*´Д`*)ハァハァしながら待ってます
165名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/02(月) 23:48:40 ID:9RV0ZXPE
うっわーうっわー!以前のレイドリックにもめちゃ燃え(萌え)ましたがっ!
今回「弓の」が熱いっ!!!
戦闘訓練まで削って決めポーズを練習する深遠の三騎士にも萌え!
そしてライドワードにも萌えっw

次回作も激しく期待してます!
166小説スレの皆にお年玉じゃよ〜sage 花月の人 :2006/01/03(火) 03:32:00 ID:Y02.eZ4M
 フェイヨンダンジョン5F。
 言うまでも無く、死者の巣窟の最下層、忘れられた地下寺院である。
 本来ならば、僅かな信徒が絶えぬよう欠かさぬよう灯し続ける松明のみが照らす仄明るいその場所は。
 しかし、今や当の昔に冒険者共に踏破されてしまっている。
 亡、と蒼白い輝きのホロンが飛び交い、ドケピ達は知らぬ顔で達歩くそんな中で少女──月夜花は闘っていた。

「せやぁぁぁっ」
 が──どうも重苦しい地の文に比べれば、その声は幾分間延びしていて。
 ごわぁぁん、と彼女の武器である大きな鐘のどうにも締まらない音のせいかもしれないし、
相対する冒険者も何処か彼女を目の前に呆然としているせいかもしれない。
 それと言うのも彼女の外見が問題なのだ。
 余り詳しくは口にしないが、色々と人間に似すぎている。
 尻尾と被り物めいた頭のそれさえなければ、直ぐ隣に居たとしても気づくまい。
 まして、淫魔と違って彼女は元々聖なるモノだ。
 ──まぁ、それでも彼らは彼女と闘いにきている訳だが。

 ともかく、月夜花は今現在闘っているのである。
 相手は数人。前衛後衛支援ときっちり三種。
 それでも正面の騎士は彼女の打撃を鍛え上げた体と分厚い鎧、そして盾で防ぎ、後ろの司祭は呪を紡ぎ、
狩人はというと隙を突いては矢を放ち、月夜花の急所を穿とうとする。
 狩人がアタッカーで司祭がフォロー、そして騎士はディフェンダー。
 中々の使い手達らしく、連携もきっちりと。
 騎士を挟んで狩人に射線を取られない様に移動。ぶおんぶおんと大鐘の柄を振り回す。

 これは牽制だ。
 騎士が手にしたパイクを振り、ピアースを撃つ。
 どどっ、と衝撃が二度。得物を盾に防ぎ、後方に蜻蛉を切る。
 ──今です。月夜花様。
 少女は聞きなれた声を聞く。図っていたのは絶妙のタイミング。そして、それは今だ。

「みんなーーーっ!!」
 ──承知いたしました。

 ぶわり、と。
 音を立てるかのように真っ直ぐに伸びていた月夜花の影がざわめき、泡立ち、沸騰する。
 平面から立体へ。影法師からあふれ出た多数の獣が二手に分かれ、冒険者達の後背を突く!!
 きゃっ、と司祭が九尾狐の体当たりで悲鳴を上げる。何とか襲撃を避けきった狩人とても、
そもそもその程度では揺るぎもしない騎士にしても、その悲鳴が彼らの決定的な隙を作り出す。
 そして紡ぐ言葉はファイアボルト。火の礫が降り注ぎ直撃を貰った狩人は尻に火が付いて走り回る。
 が、ここはかちかち山などではない。
 フェイヨンダンジョン地下五階。月夜花と呼ばれる、人にとっては大悪魔の住処。

 必然である。これは余りにも必然である。
 九尾の狐に体当たりされるは然り。尻に火が付くのは然り。
 ならば最後に残されたのは何か?

 ──鐘で叩き潰すんですかっ!?
 No!!No!!No!!No!!

 ──それじゃあメマーですかっ!?
 No!!No!!No!!No!!

 ──りょ、両方だったりしますかっ!?
 No!!No!!No!!No!!

 ──ひょ、ひょっとしてホームランですかっ!?
 Yes!!Yes!!Yes!!Yes!!

 ──メマーナイトでホームランですかっ!!?
 Yes!!Yes!!Yes!!Yes!!

 Oh,my God!!

 洞窟の薄暗い天井に浮かぶのは三つの綺羅星。
 かくて今日も、月夜花は今日も冒険者(侵入者)達を追い返したのであつた。
167名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/03(火) 03:33:14 ID:Y02.eZ4M
 暗い洞窟の中、ぴょこぴょこ狐耳の少女が歩く。
 ちりんちりんと担いだ鈴が涼しげに鳴り、従えた一匹の九尾の狐が後ろに続く。
 表情は少し疲れた風に。外は灰色の寒空、この寺院もやっぱり少しばかり肌寒い。

「あー、疲れたぁっ」
 とは言え。元々火属性の月夜花の事、少しぐらいの寒さもなんのその。
 気にした風も無く、年がら年中やって来る冒険者に辟易しながら愚痴を吐く。

「月夜花様、お疲れですか?」
 と、彼女に言葉をかけるのは九尾を持つ狐。
 獣──と言うよりも、狐以外の何者でもない外見の彼が言葉を発するのは奇妙な光景であるが、
そも、彼ぐらいの高位魔族ともなればただの一般人よりも余程高い知能を有するのが常。
 何時もの事ながら、過保護なその言葉に苦笑してから月夜花は笑いながら言葉を投げた。

「言ってみただけだよ。何時もの事だし気にしてたらキリが無いし。ボクだって解ってる。
 兎も角…お疲れさま。明日からも頑張ろうね」
「そうですね…頑張りましょう」
 相槌を打ち、無邪気な言葉に九尾狐は頷く。
 これもまた何時もの風景。辺りには誰も居ない。
 自然な風に細長い狐の前足で、頭の上に一枚の葉っぱを乗せる。
 くるり一回宙返り。ぼわんと記号的な煙が立ち上る。
 煙幕が晴れた後、地面の上に立っていたのは着流しを着て、頭にお面をひっかけた一人の青年。
 勿論、先程まで獣の姿だった九尾狐その人である。

「とはいえ、今日はもう誰も来ないでしょうね」
「どーして?何時もは、この時間の後でも来るよ」
 返された疑問に僅かに、顔には出さないけれども九尾狐は悲しんでいた。
 人型を取る理由はそれだ。忌まわしい冒険者共と同じ姿になる訳はそれだ。
 彼の、そして彼の影のお姫様は、あんまりにも無邪気で幼過ぎるから。
 けれども、あんまりにも──ことによると、朱の魔王や鏡の魔人、暗闇の魔神や死者の覇王と同じ位に秘めた力があるから。
 何たって、信じる人が殆ど居なくなっても、この穴倉から一歩も外に出られなくても彼女はカミサマだ。
 たった一人の従者である彼は、たった一人の従者だから。
 余りにも彼女が自分と違うと知りつつ、欺瞞と知りつつ、人の姿で彼の父親として振舞わなければいけなかった。

 ──とは言え、今はそんな重苦しいモノローグなんて不要な時。
 昔から繰り返してきた、例えば月夜花は四本足で歩いちゃいけないよ、とか。
 質問される度、疑問に答えていたそういった極々当たり前の基礎教養Lvのお話。

「お正月が近いから、ですよ」
 と彼は言った。

「お正月?」
「ええ。お正月、です」
「ねぇ、九尾狐。それってどんなの?」
「知りたいですか?」
「うん。興味ある」
 月夜花は頷き、答えを求める。
 九尾狐はと言うと、無邪気な生徒に向かい合った気難しい先生の様な風に仏頂面で言葉を捜していた。

「一年、と言う単位の概念は知っていると思いますが、その単位が始まる時を人は正月、と言って祝っているんですよ」
「どうして?別に、あんまり必用な事に思えないよ」
「……月夜花様、それは傲慢な勘違いです。それでは何時か人間に足元を掬われてしまいますよ?」
 はぁ、と溜息を一つ。
 そも、魔族や彼らの様な精霊の寿命は余りにも長い。
 そこから現れる認識の違い、と言うのは机上の知識だけでは埋めることは出来ない。
 そして差異を縮める事は出来ても、完全に同じ立場にはなれない。

「私達の寿命は人と比べれば長い。まだ十年程しか生きておられない月夜花様には実感が沸かないとは思いますが、これが前提です。
 人の生は短く、そして余りにその身は儚い。だからこそ、冒険者達はああなのです。…話がそれましたね。
 兎も角、私達に比べれば彼らにとって自分の生命は吹けば散るほど脆いが故にとても大事なものなのですよ。
 だから、祝うのです。たかが一年、されど一年。何事も無く、平穏無事であった他愛ない事でも、それは奇跡ですからね」
 …どうも、月夜花にこの手の知識を伝える時には自分はロマンチシズムに走ってしまうらしい、と
九尾狐は我が事ながら、饒舌な自分にまるで教師が生徒になってしまったかの様な錯覚を覚えていた。
 月夜花は目をぱちくりさせながら、しかし真剣に彼の話を聞いている。

 と。ふいに月夜花が、ひとしきり話し終えた九尾狐の横で足を止める。
 何事かと立ち止まると、彼女は見上げるように彼に顔を向けていた。

「お正月、ってどんな事してるの?」
 ──きらきらと、名前どおりお月様みたいに期待に輝く丸い瞳が彼を見上げていた。
 どうやら、ロマンチシズムはあどけない少女のハートに好奇心を灯してしまったらしい。
 しまった、と思う暇も無い。

「ねー、教えてよ。お正月ってどんな事してるのー?」
 鈴鳴らす声音の少女は九尾狐の袖口を引っ張ったり、足を止めた彼の周りをぴょいぴょいと跳ねてみたり。
 決して悪意あっての行動ではなかろう。
 だが、無邪気とはあくまで従者の身分に過ぎぬ彼に、時として残酷に過ぎるものになる。
 ぶっちゃけて言うと、彼が覚えていて実体験した正月とは乱痴気騒ぎである。
 まさか、直接かつ詳細に伝える訳になぞいかぬ。

 ──結局、彼は自分の体験と一般知識を混合し、余分な言葉と意味を排除し、
あくまで一番重要な意味を強調した上でオブラートに包み込み、好奇心なる病への処方箋にしたのであつた。
 要約すれば、自身と世話になった人の他愛ない奇跡を祝う日だ、と言う事である。
 月夜花にとっては堅苦しい彼の話とは言え、常日頃から飢えている年相応のゴシップに興味津々と頷いたり、首を捻ったり。
 お月様のミニチュアを輝かせて、空想の中で正月と言うモノにデコレーションを施している。

 ふんっ、と九尾狐は息を軽く吐いてそれを眺めている。
 どうやら自分は間違いなく好奇心に火をつけてしまったらしい。
 その身は人や自分とは違うとは言え、月夜花もまた精神の上では一人の少女。
 ここまで話してしまったとあっては、何も無いまま過ごしてしまっては悲しまれるだろう。
 まさか彼女が口に不満を上げはすまいが、心の痛みは自分の責任。
 そして、それを見過ごすようでは臣下の名折れ。
 流さなくとも涙は心に積もるのだ。

 仏頂面をして、一人はしゃぐ月夜花を横に九尾狐は考えをめぐらせていた。

(next to 承)
168名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/03(火) 05:00:37 ID:Y02.eZ4M
はい、どうも。毎度おなじみとある人です。
今回はお年玉的ヤファ萌え短編の起の部分を落としたのでげす。
バトルもの&戦場の臭いに疲れたのでがんばって萌えな代物を仕上げます。

で、明日中にがんばってコレの残りを仕上げたく思いつつも、
リレーで居たとすれば動かざること山の如しだろう拙作の異端審問官sほか辺りに
下水リレーはクルセイド計画の真相を暴露してもらったり、
暴走してる狂信者を絶妙なタイミングで
横合いからぶん殴ってもらおうと妄想してる浮気性な俺乙。

浮気を更に進めてリレーについて考えてみる。
これまで進んだ中の最後だと上層部側に
積極性を持つのが足らん気がしますし、冒険者の本業は殺人などではないので、
軍隊だかよく分からない人達+αで毒で毒を制そうか、などと考えてる次第。
流石に相手も部隊単位ですから、殺人鬼な♀ノビにも限度がありますし。

で、地上はクルセイド計画さえ収束に向かえば、
魔族側は撤退開始してる筈ですし、
冒険者&正規軍対DIO様sに持ち込めないかな、と提案してみる。

クルセイド側の出だしは任せてもらえるなら自分がやろうと思うんで、
下水リレーの件で協力してもらえる方が居れば意見とか、
他にも各キャラクター事の最終目的とか、ネタがあればどんどん書いてほしいです。

>>我が名は〜
まずは辛口の方から。その次に甘口の感想・批評を。
自分にも言える事ですが、表現がちょっとくどいかな、と。
展開のスピードの割に描写が果てしなく長いのは
自分の目で見た感想だと余分に過ぎるように映ります。
攻撃力そのものは過剰で無いのに描写でドラゴンボール現象発生気味。
回を重ねる毎に語りの刺激に読者が慣れちゃう可能性もありますし。

後、例を挙げればバスタード、と言う漫画があるんですが
ちょうどアレの最近の巻みたいな感じで、文中のテンションが上がりっぱなしで
逆に全体的に少々平坦な感じがします。
静と動の区別のうち、静の分量を多くして過剰めな動の分量を減らすと
よりはっきりと描写に読者を引き込めるかな、と。
何というか、ギアをゆっくり持ち上げていく様なイメージで。
具体的に言えば、3〜4辺りの深遠sの戦いの理由付けとキャラをもっと練りこむ、とか。
必殺っぽい技の前には強烈な描写の溜めを用意してみたりとか。
噛ませ犬用意するにもそれなりの練りこみしてみたりとか。
まぁこの辺りの運びは好き好きですし、
それに、作品のテーマにもよりますから。

次は甘口。
やっぱり最大の特徴かつ美点は、ぐおんぐおん動きまくるキャラクタ描写ですね。
大迫力のバトルなんかは中々書き難いものですし、
静かな部分とギャグパートとの融合をきちっ、と果たせば
三身合体大成功で上級悪魔が完成しそうです。
私は魔王ダークロード、今後とも宜しく、みたいな感じで。

後、特に無名のレイド二名に対する愛情のほとばしりぶりがいい感じ。
ただ、これは書き手が陥りやすい欠点、
一キャラに愛情注ぎすぎな状況には気ぃつけて下さい。
169我が名は〜を書いた香具師sage :2006/01/03(火) 08:12:55 ID:.K3nMLCU
>>168
貴重なご意見ありがとうございました。
今後の執筆では気をつけてみようかと思います。

>>163-165
私の文等で燃えてもらえて幸いです。
170名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/03(火) 10:47:32 ID:m8bn5shg
>>我が名は〜さん

三騎士登場シーンとカーリッツの某アンデルセンなポーズ(ですよね?)にヤられました。
「そして愉快な仲間たち!!」で、ああ、もうこいつらバカなんだな、っていう。
言葉でなく心で理解できた!

行動描写でキャラクタの性格描写してるorしようとしてるのは素直に見習いたいです。
この描写量をはじめから終わりまで書きつづけられたってことに脱帽。
反面はじめから終わりまでこの描写量をつづけられると、食傷は言いすぎですが逆にダレる気がします。
というか自分はダレました。戦闘描写は文章量も多くて、ひとつひとつならすごく良いと思います。
でもその分、なんていうか静止画的・写真的な印象(ex.弓のの燐粉とか)が際立ちすぎちゃう。
動画的・映像的な戦闘全体の流れがひどく薄味に感じてしまう。
すごく濃厚で美味しいんだけど、舌がバカになってその後に出てくる料理の味がよくわからない、っていうか。
お年玉じゃよ〜さんと被りますが山と谷の起伏に差がなく、描写を咀嚼して脳内で展開することにつかれてしまう。
1.で弓のがグラスからころやりながら剣のの戦闘眺めてますが、あんな感じののほほんまったり的なシーンをもうちょっと長めに入れると一息つけるかな、と。
具体的には低温撃破後に和みシーン入ってますけど、あそこで少しリアルの人用の休みがほしかった。
全体に描写のクオリティが高く、ひとつのセンテンスにまとめるのにもかなりエネルギーを使ってる印象。別に自然に出てくるよ、ってんなら流してください。
嫉妬しちゃう。
過剰とも思える描写の緻密さがあなたのSS好きな理由なんですけど、お年玉じゃよ〜さんが先に書いてたのでチキンな自分もそれに乗じて若干好き勝手に雑感書かせていただきました。ごめんなさい。

私的ハイライトとしては初っ端に書いてますが三騎士登場シーン。
弓のの+激しく燐粉+そして限界突破、時間引き延ばされた時間の中での攻防。あれだけきっちり書かれると嫉妬しちゃうわキーッ、なんですが静止した時間の描写は良いです。vs高温で鋭い矢置き去りはパクりたいくらいです。
他にもカーリッツ串刺し後の「/汗」な剣の。
剣の常温vsフクロウ戦のバロン強いよバロンな描写。不可視というか実体を持たないブレードウェポンは良いものなのです。
グラスからころにちくちく繕いも忘れちゃいけない。
随所に見られる剣のの騎士道チックな信念と弓のの憧憬は、やたら弓のに共感できて、今回剣のは弓のに主役奪われちゃったかんじですね。

でかそうな伏線も張られたことですし、次作首が引き千切れるほど長く伸ばしてお待ち申し上げます。


>>お年玉じゃよ〜さん
続きものみたいなのでワクワクテカテカしながら待ってます(0゜・∀・)
171剣弓正月0/4sage :2006/01/03(火) 22:29:17 ID:.K3nMLCU
突発的に書いたお正月物です。
この作品は我が名はシリーズの続きと為りますので、
燃え小説第9第11スレの小説を読んでからの方が楽しめる事請け合いです。

それではお目汚し失礼しますね。
172剣弓正月1/4sage :2006/01/03(火) 22:30:07 ID:.K3nMLCU


「もーいーくつ寝ーるーとー、おーしょーおーがーつー♪」
「我等は睡眠を取らんな、弓の」

 薄暗い室内に明るく響いていた歌声が、冷たく冷静な一言にさえぎられた。揃って壁に寄りかかる二人の人影。その一方が固まり、

「……。っかーっ、夢がねぇなぁ、剣のー。お正月だよお正月。謹賀新年酒持ってこーいって、鯛鯛尽くしで七福神まで歌いだすんだよー?」
「どういう見識を持っているのか良く判らないが…。東洋天津辺りの祭りであろう、こちらでもわざわざ祝う理由が良く判らぬ」

 あーあー、やれやれやれやれ――とあからさまに肩を落として横に顔を向け、中身の無い鎧だけの弓手が力を入れて語りだす。同じ様に中身の無い、序でに夢も無い相棒の鎧に向けて。

「あのねぇ、年越しは何も天津だけで起きる現象じゃないでしょー。一年の終わりと始まりを、無事に過ごせた喜びと未来への平安を祝う。そして酒を飲む。そう言う事をする、大事な大事なお祭りでしょうがー」
「ふむ…、ではその一年の恩恵に祈りを捧げ、今日の巡回を開始するとしよう」

 愛剣を足の間に立てて、両手を柄を乗せて傅き、戦神への祈りの言葉を囁く剣の鎧。数十秒の祈りを終えるとすぐさま立ち上がり、愛剣を腰に吊り下げた皮の鞘に収めて歩み出そうとする。その腰に項垂れたおんぶお化けが縋り付いた。真横に居た弓の鎧である。

「あーんあーん。剣のがつれないよー、いけずだよー」
「祝いは済ませた。これ以上何をすると言うのか」

 はぁ…――と、短く溜め息を吐いて剣の鎧が視線を落とす。腰に回された両手を引き剥がしながら、まったく何を言うのかと真面目に訊ね帰した。訊ね返された弓の鎧は、ぱっと体を離して「にへへ」と兜の中から笑い声を漏らし。

「剣のー、凧揚げしよー、独楽回そー、なんかして遊ぼーよー」
「……。で、その凧は何処に有るのだ?」

 ひゅるるっ。冷たい隙間風が室内に吹き荒んだ。


                 *


「新年明けましたぞこのやろう! 去年はよくもやりやがったな、今年はぜってーぶっ倒す!!」
「ハッピーニューイヤー。元気にしてたかな?」
「…あけおめ…」

 ぞろぞろと、黒い一団が部屋に押し入ってきた。先頭から熱いの普通の冷たいの。三人揃って黒尽くめ、揃いの目元だけ覆う仮面をつけても性格が丸判りな深淵の三騎士達だ。
 適当に場所を決めて座りだし、手にしていた荷物をどっかりと石畳の床に直に置く。風呂敷包みを開封し、三段重と一升瓶をそれそれ二つずつ解き放つ。てきぱきと常温の騎士が小皿を配り、高温の騎士が早速酒瓶を開けて手にしたグラスに並々注いでいた。低温の騎士は重箱を広げて、風呂敷に一緒に包まれていた箸をいそいそと各々に配る。

「これは私のお手製だ、気分だけでもタップリ味わってくれ。酒は天津特産の上物だぞ。で、それはそれとして、何をしているのかな剣の人?」
「うむ…、少し工作をな」

 あえて一連の行動には触れずに、尋ねてきた常温の騎士に言葉を返して。剣の鎧は手にした竹ひごを、足元のロウソクの火で炙っていた。慎重に慎重に湾曲をつけて、次のを取り出して同じ様に炙る。壁際に座り込む剣の鎧の周囲には、大小様々な竹ひごが転がされていた。

「弓の人は…、芸術にでも目覚めたのかな?」
「うんー、そんな感じー」

 弓の鎧は寝転がって両足をパタパタしながら、丈夫そうな白い布に何処で拾ってきたのか色鉛筆を使って絵を描いていた。どちらかと言うと芸術というより、子供のお絵かきに等しい風情。
173剣弓正月2/4sage :2006/01/03(火) 22:30:40 ID:.K3nMLCU
                     2

 はもっ、と低音の騎士が重箱の中から蒲鉾を取り出して頬張る。しかし、その目は興味津々と剣の鎧の工作に向けられていた。竹ひごを曲げ終えると、ロウソクを退かしてタコ糸で竹ひごを繋げ始める。こ慣れた手つきで作業が進み、見る見ると四角い骨組みが完成していった。

「で、結局それは何なんだよ。んくっ…なんかの呪いの道具か?」

 言葉の途中でくいっとグラスを開けて、籠手を着けたままの手で箸を操りながら尋ねるのは高温の騎士。伊達巻を一口で頬張り、箸を咥えたまま次の一杯をグラスに注ぐ。
 言葉を受けた剣の鎧は一瞬思考の裏に過去を浮かべて…。あっという間に完成させた骨組みを床に置き、散らばった材料の余りを片付け始める。そして、ボソッと一言。

「昔…、娘に作ったことがあった。凧と言う遊び道具だ」

 ふむふむ、と頷きながら常温がグラスを軽く舐める。同時に空のグラスを剣の鎧の前に置き、一升瓶の底を掴んでコプコプと注ぐ。同じ様に弓の鎧の前にも酒入りのグラスを置いて、思案していた言葉を放った。

「何で良い大人が子供の玩具なんか」
「そこの寝ている子供に聞いてくれ」

 グラスを掴んで軽く持ち上げ礼をして、間髪居れずに答える。空いた手はビシリと弓の鎧の鼻先に突きつけられていた。指差された弓の鎧は何処吹く風で、突き付けられたその手に絵を描き終えた布を握らせる。受け取った方は諦めていたのか溜め息をついて、グラスを傍らに置き中断していた作業を再開する。骨組みに布を張って、針を付けたタコ糸でチクチクと縫い付けていく。思わず常温が目の前の針仕事に熱い視線を送っていた。

「んー? だってほらー、せっかくお正月なんだからさー。遊びたいでしょ? やっぱ」
「そんなものなのかね…」
「…黒豆と金団とって…」

 あけらかんと返される答えに何とも納得しかねて、差し出された小皿を受け取り箸で一粒ずつ豆を拾いながら呻く常温。その横でヒックとしゃっくりを上がり、高温が二杯目をくぴくぴと空ける。重箱の一つを占領していた鯛の塩焼きを丸ごと掴んでバリバリと食い始め、据わった目で二人の鎧を睥睨。鯛の長い骨をぷっぷっと吐き出しながら、食い付かんばかりに声を張り上げた。

「けっ、俺等の事を軽く往なした化け物が、正月早々玩具作りとは泣けてくるぜ」
「まあまあ、確かに変だけど情緒があって良いじゃないか」
「…行儀悪い…」

 平温が空のままのグラスに酒を注ぎながら、今にも立ち上がりそうな酔っ払い宥める。低温は甘味にじっと視線を注ぎ、それでもぼそっと態度を注意する。しかし酔っ払いは止まりはしない。

「だいたいだなぁ、てめーらみたいな強いのが遊んでるんじゃない。どうせなら人間も魔族も両方相手取って戦争でもしやがれってんだ」
「おいおい、新年早々物騒な事を言うなよ」

 もはや宥めるのを諦めて平温も食事に集中し始める。鴨肉の燻製を一口齧って、出来栄えにうんうんと納得。鴨を片付けると、次に煮物に箸を伸ばす。
 高温はすっかり出来上がって、酒瓶を片手にがなりたてていた。やれ『努力もせずに昔の強さを振るいやがって』とか、やれ『もう一度油断せずに戦えば俺が勝つんだ』とか。言いたい放題である。弓の鎧はうんうんとグラスを弄びながら相槌を返し、剣の鎧は凧をしっかりと縫い上げ強度を確認している。固定に使ったタコ糸を括りつけて、漸くと一人前の凧が出来上がる。

「…そういえばお前等、実際はどっちが強いんだ?」

 不意に酔っ払いが静かになって、そんな疑問を投げかけてきた。
 剣の鎧は完成した凧を壁際に置いて、ぴたりとその動きを止める。弓の鎧もまた同じ様に動きを止めて、先に立ち直りグラスを床に置きながら口を開く。

「そりゃあー…ねぇ? この間剣のが手も足も出なかった梟さんをピンチにしちゃったわけだし? やっぱり多彩な技術の冴えって言うのかー、そう言う物の方が上なんじゃないかな?」

 ふっ――失笑が漏れ聞こえ、弓の鎧が視線を隣に向ける。己の放つ矢のように鋭い視線を。
174剣弓正月3/4sage :2006/01/03(火) 22:31:19 ID:.K3nMLCU
                     3

「確かに戦闘での活路を見出しては居る。だが、それを活かし切れずに何時も戦闘不能になっているな。そんな体裁で有能を語るとは片腹痛い…」

 何時に無く棘のある言い方。やはり、あからさまに上を強調されるのは剣の鎧でも面白くないのか。弓の鎧もむっと呻いて反論。剣の鎧もそれに応じる。

「最後の最後に美味しい所だけ持っていくだけの癖に言うじゃないかー。自分で面倒ごと背負い込んでくるなら、最後まで人に頼らずに戦い抜いてみたらどうなんだーい?」
「ふん、良かろう。我が剣技と信念によって、須らく障害を乗り越えるなどたやすい事。弓兵は遠くから見ているが良い」
「かっちーん、猪突猛進し可能が無いくせにそういう事言うんだー。いいよいいよ、後ろで見ていて上げるよー。剣のなんてどうせ直ぐにピンチになって俺に助けを求めるからねー。何てったって俺の方が強いしー。その時は、剣のが泣いて土下座したら手伝ってあげるさー」
「……そこまで言うのなら、自信が有るのであろうな?」
「直に確かめてみようかー?」

すっかり酔いが冷めた。高温がしずしずと座り直して隣を伺うも、常温低温共に小皿を持って料理に集中。我関せずを決め込んだ。仕方が無いので高温もそれに習い、黙々と三人の騎士がおせち料理に舌鼓を打つ。悲しくも、こんな状況下でも料理は美味しく。仲間三人で美味しいねーと語り合い、過酷な現実から逃避していた。

「今更後悔するなよ」
「途中で止めてあげないからねー」

 鎧の二人は立ち上がって、食事中の三人から遠く離れて対峙する。完全に二人ともやる気で、体も無いのに念入りに二人揃って柔軟体操など始めている。そして、戦闘開始。各々の獲物を構えて睨み合い、隙を探しながらじりじりと摺足で間合いを詰めていく。
 黒騎士達は壁際に移動して、背を凭れさせながら座り直し箸を進める。食いかけの鯛をまたばりばりと高温が齧って、常温が低温の小皿に野菜も乗せていく。嫌そうにしながらモグモグと箸を付ける低温。視線は誰しも目の前の決闘に向けられる。

「マグナムブレイク!!」
「五連同時発射チャージアロー!」

 必殺技なんかが飛び交っている。お互いの獲物と獲物を、技と技とをぶつけ合い。体捌きでかわして、交差法や距離を取りながらの射撃で応戦。遠距離では雨の様な矢の進行を剣で弾き落とし、近距離では弓兵対剣士でありながら壮絶な近接戦闘を披露してみせる。弓兵はその多芸さと機転を、剣士はその豪腕と直感を、それぞれ見せつけ相手を翻弄していた。
 袈裟懸けに振り下ろされる一撃を紙一重で避け、反撃に近距離で撃たれた矢を首を反らすだけでかわす。疾風の如く番えられた二の矢を空いた手で掴んで撃てなくさせ、剣を振り上げた手を蹴り上げて剣を弾かせる。すかさず剣の鎧の兜が、弓の鎧のそれに打ち当てられて二人の体が離れる。

「鯛ってもう一匹あるんだっけ?」
「お前等煮物も食え、煮物も。甘味と肉類を征服するな」
「…やだ…、…二色卵とって…」

 弓の鎧が吹き飛ばされた体を立て直して矢を番えるのと、剣の鎧が飛び上がって弾かれた剣を手に取り着地して構えを取るのはほぼ同時。両者必殺の気勢を込めて、己の身体の強化を図る。

「マキシマイズパワー!」
「神速歩法…開始」

 剣の鎧の視界で敵の姿が掻き消える。一瞬にして敵の死角へと回り込み、高速の六連射。ほとんど感だけで剣を一線し、剣圧だけで全ての矢を弾き落とす。剣士の踏み込みもまた迅速。振りぬいた刃を強引に戻して、横殴りの一撃を繰り出した。回避が間に合わないと悟って、力任せに弓を引き絞る弓兵。迫り来る刃の根元を狙い、ほとんど密接した位置から射撃。零距離での渾身のチャージアローを当てて剛剣を弾き返して見せた。

「これでー…」
「終わりだ!!」

 弾き上げられた剣を大上段から降り抜く剣の鎧。新たな矢を番えて最速の動きで抜き放つ弓の鎧。
 両者最後の一撃を同時に放ち。室内に静寂が舞い戻り、清とした空気で空間を支配した。もぐもぐと料理を摘み続ける黒騎士達以外、一切のモノの時間が停止する。
175剣弓正月4/4sage :2006/01/03(火) 22:31:59 ID:.K3nMLCU
                     4

「あれ…?」
「むう…?」

 両者が各々の体を確認、傷一つ無いことに首を傾げる。続いて得物を確認、次いで足元を確認。両者の足元には根元から折れた剣の刃と、放たれずに落ちた鋭い矢。弓は引き絞られ過ぎて弦を切られ、剣は渾身の矢を受けてぽっきりと柄だけ残して折られていた。
 鎧の二人が顔の無い顔を見合わせて、言葉も無く数秒熟考。ポンと両手を打ち合わせる弓兵に、両腕を組んでウンと頷く剣士。同時に口を開いて宣言する。

「俺の勝ちだ!」「お前の負けだ!」
「なんでさ!」「なぜだ!」

 兜をガツンと打ち合わせて罵り声を上げる。両手を握り合ってぎりぎりと兜を擦り付け合い、力比べをしながらのまさに押し問答。もはや武芸者の戦いですらなくなっていた。
 重箱を粗方空にして、大の字に寝転ぶ高温の騎士。残り物を寄せて詰め直し、使い終わった食器を片付ける常温に語りかける。

「あいつ等…、実は仲悪いんじゃないのか?」
「さぁて…、その逆かもしれん。さて、茶でも淹れるかな」
「…濃い目で熱いの…。…それから金団お替り…、…栗多目で…」

 力比べを不意に止めて、ばっと跳び退り距離を置く鎧の二人。お互いに武器を投げ捨てて、拳を構えて拳闘のスタイル。弓兵が軽いステップを踏んでリズムを取り、剣の鎧は踵を着けて重い一撃を狙う。またお互いに隙を狙い合う、お互いの実力を確かめる様な睨み合い。

「…喧嘩する程…」

 もぐもぐと大粒の栗を租借しながら、ぽつっと低温が囁く。
 鎧の二人に一瞬輪郭が浮かび、お互い口元を歪めて笑い合う。そして直ぐに空洞に戻って、二人同時に駆け出した。雄雄しい叫びと共に繰り出される拳と拳。

「あー、どっちが勝つか賭けるか? 俺は弓のが勝つと思うな」
「案外相打ちに為るんじゃないか? ほら、茶が入ったぞ渋いの」
「…ん…、…私は剣のに勝って欲しいな…」

 バキン――両者の拳が交差する様にお互いの兜に突き刺さり、首が九十度綺麗に曲がる。ばたんと二人して倒れ込み、だらんと四肢を投げ出して沈黙。室内に完全に静寂が戻ってきた。
 五人分のお茶を入れて、自分の湯飲みを持ってずずずっと一啜り。平温の騎士はしみじみ呟いた。高温と低温もそれに習う。

「今年も…、平穏無事には済みそうにないな…」
「あの二人なら当然だろうそんな事は」
「…手助けできると良いな…。…それからお茶ちょっと温い…」

 何はともあれ、めでたい正月の一日が過ぎていった。


                     *


 後日快晴の空の下、古城を見下ろすようにして高々と凧が一つ揚げられていた。
 描かれている絵は、白い布一杯に大きな盾が描かれ、それに重なる様にして剣と弓が交差して置かれている紋章だった。まるで何処かの二人を案じさせる、大きな守護を意味する紋章であった。
 今年も一年、覇道の年が明ける。

                                        終わり
176剣弓正月5/4sage :2006/01/03(火) 22:33:52 ID:.K3nMLCU
簡単に書いたものですが、せっかくのお正月なので即興で書いて乗せてみました。
燃える所は少ないかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。

ではでは(´・ω・`)ノシ
177名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/01/03(火) 22:51:10 ID:FsV2Xqso
剣のも弓のも大人気なくて実に素敵(*´Д`*)
178名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/04(水) 08:47:04 ID:xv19MW.Q
>168
とりあえず、リレーに参加していた身として一言
自ら設定したキャラは、自分が書くパートでの主役にはしない方がいいよ…
いかにして使ってもらえるかを考えた方がリレーは栄えると思う
179名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/04(水) 08:47:55 ID:Q3vw8Jas
とりあえず、今後の「戦争」描写への練習も兼ねて
上水道リレーのクルセイド掃討役のイノケン発進。
教会内部を三つの勢力に分けて、クルセイドの収束に向けて行動開始。
この後は、クルセイド関連の施設を殲滅しつつ、解れた前線の修復に向かわせ、
魔族連の撤退に合わせて地上での人間側にケリつけようと画策。
但し、パワーバランスの関係で対DIO主力には絡ませない方向で。
その代わり存分に存分に別な所で暴れまわらせる次第。

イメージとしては十三課と愉快な仲間達でGO。

突っ込みなどあればお気軽にどぞ。

---------------------------------(以下本文)------------------------------------

 戦鬼共に剣を、狂信者共には身を裂く刃を
 (上水道リレー)

 遠く、刃を重ねる音が聞こえる。
 分厚い扉の向こうに居る二十名程の彼らは、じっと息を潜める様にその音を聞いていた。
 窓の無い部屋を照らしているのはランプの明かりのみ。
 橙色の光の下で、厳しい顔をした白髪の老人は手で作った橋を額に当てながら事態の推移をひたすらに窺っていたのだった。
 彼らは異端審問官、そして彼の名はイノケンティウスと言う。

「……」
 つい数時間程前までは引っ切り無しに飛び込んできていた伝令も今ではついぞ絶え。
 混乱を極めていた聖堂内部にて下された『クルセイド』なる計画への参戦嘆願をも突っぱねた。
 彼は聖堂教会の剣であるし、枢機卿でもある。
 同輩の枢機卿に命令されるいわれは無いし、
そも十四年前の大戦にも参戦していた彼はクルセイドの元々の姿についてよく知っていた。
 直属の部下にさえ、事実を暴露する訳には行かぬ。
 最早、今となってはその計画自体が聖堂教会が抱える一つの爆弾と言っても過言ではなかった。

 結論を先に述べるのならば、クルセイド計画とはプロンテラ復興に際して聖堂側がかつて用意した一種の大本営発表が大本だった。
 怯える教民の恐怖を拭い、嘘であっても安寧を与える。聖堂側が教義に反してまで捏造した計画である。
 が、ある時、一人の聖女がそれを聖堂内部での真実として取り扱うようにすれば何時か何らかの形で使えるのではないか、と言った。
 プロンテラの聖女、と呼ばれた彼女はこの時、現在行われているそれの大枠を立案したのだ。
 イノケンティウスの顔に刻まれた皺が一層深くなる。
 まさかこうして本当に実行されるとは彼女も思わなかったろうが、時が余りに悪かった。
 十四年前、聖堂教会内部でも半数以上の枢機卿が大戦の結果死亡し、繰り上がって編入された新たな枢機卿達の一部は、
いつしか、本来目的など無かった筈の『クルセイド』を荒唐無稽な対魔族殲滅計画へと内々に変質させていったのである。
 結果、イノケンティウスを始めとした古株の枢機卿達の提唱によりそれは永久封印される事となった。

 元々芯の無い架空の計画なぞ、最初から成功する筈は無い。
 しかし、聖堂教会は自ら作り出した嘘にここまで踊らされる羽目に陥っている。
 それが神の教えに背いた罰だとすれば、余りにも重い罰であった。

 そも、教会内とて一枚岩では無い。それが今回の事変勃発で三つの派閥に別たれたのだった。
 一つは聖堂教会の本隊を主軸とし、善意的な枢機卿達に纏められ今回の事変に対応した派閥。
 いま一つは、クルセイドと言う計画に賛同した者共と俗物に過ぎぬ枢機卿の派閥。
 そして最後の一つが法皇と老人を含む残りの枢機卿数名、異端審問官から成る派閥である。

 イノケンティウスは、今や教皇と最後の派閥の懐刀。
 彼はクルセイド計画に踊る狂信者共の横っ面を最高のタイミングでぶん殴るために只待ち続けていた。
 縮小に縮小を重ね二十名程に減ってしまったとは言え、残りの枢機卿達と教皇の残兵が彼の指揮下に置かれる事となっている。
 大聖堂内部には既にクルセイドを奉ずる者共の姿はなく、後は機を待つばかりだ。

「──しかし、よもや十四年前の再現となろうとはな」
 言葉が力を失わずにはいられない。一体誰が、あの男の復活を予期しえたと言うのか。
 まさかこの聖堂内部の騒乱まで知っていたとは思えぬが、運命とはどうやら最悪の時に予期せぬ角度から襲い掛かってくるらしい。
 聖騎士隊やクルセイドの実働部隊は兎も角、彼らは最後の最後まで後手に回される事となっていた。
 狂信者とは言えども教民には違いなく。異端審問官が動くには、教皇の宣下が必要だ。
 聖堂を既に脱出した彼の派閥の同輩達とその部下は、今まで兵の集結他膨大な事務と下準備に喘いでいた事だろう。
 全幅の信頼を置いてはいるが、こうして只待つことしか出来ぬ我が身がもどかしい。

 戦闘の準備を整え、彼と同じく只待っているクルセイダーの一人が、「枢機卿」と心配そうな声で言う。

「いや、大丈夫だよ。そろそろ、教皇とて動く、そうなればあの者も──」
 彼が言葉を口にしかけたその時だ。
 どがん、と凄まじい音を立て分厚い入り口の扉が蹴り開けられる。
 その場にいる誰もが自らの得物に手を伸ばしたが、それより尚早くイノケンティウスは立ち上がり、叫んだ。

「兜の緒を締めよ!!教皇より宣下が下った!!これより我等はプロンテラ市街に蔓延る教敵共を討つ!!」
 ──扉より光が差す。そこに立っていたのは、彼を親爺と呼ぶ大男と、豪奢な長衣と杖を持った老人。

「よぉ、オヤジ。糞共をブチ殺しに行こうぜ?」
「この大馬鹿者が!!教皇陛下を前になんたる言葉かっ!!」
 大喝するイノケンティウスの顔は、その実静かに、しかし確かに獰猛に笑い。

「陛下。宜しいですね?」
 確認する様なイノケンティウスの言葉に、教皇は静かに頷いたのだった。
 それを見、軽く一礼、自らも兜を被り剣を提げ盾を背負うと、彼は後ろに自らの兵達を引き連れながら歩く。
 薄暗い廊下を抜け扉を潜り外界へと歩み出し厩舎に繋がれていたペコペコ達に飛び乗って、聖堂教会前へと急ぐ。

 思う。あの男を倒すのは我等ではあるまい。
 だが、彼との戦いとは別に、教会のケリは教会でつけねばなるまい。

 そこには、集結していたのは、異端審問官を併せても百名程の部隊が居た。
 身に纏った武装は、所属が全く違うせいかてんでばらばら。
 しかし、その貌はどれもこれも──イノケンティウスは騎上にて、轡を並べる者達の顔を見る。

「我等の席は、既に彼方の上水道には無い」
 当然であった。そこには既に数多の騎士と冒険者達が集い、彼の悪魔を討つべく動いている。
 今更、自分達がしゃしゃり出る事はあるまい。それに、最悪の事態となれば怠慢とはいえ世界も動こう。

「だが、我等には我等の戦いがある」
 愚かな計画に飛びつくのは又愚者共なり。
 今頃は、前線にて展開中したまま聖堂内部の混乱に動けぬクルセイドを奉ぜぬ者達にも宣下が下った事実は知れているだろう。
 彼らの側まで追い込み挟撃を果たした後で部隊を二手に分け、崩れかけた防衛線を死守する。
 イズルードには援軍も訪れつつある。今を凌げば、勝機は十分。

「我等は僅か百名に過ぎぬ。僅か百名の残兵に過ぎぬ。だが──」
 イノケンティウスは、腰に提げていた剣を抜き放ち掲げる。
 何故かその時、彼は黒い服に黒い帽子を被った男を幻視した。

「私は諸君等と我が異端審問官が一騎にて百をも討ち果たす古強者であると信頼し、信仰する。
 ならば我等の軍勢は万にも達する。恐れる事なぞ何も無い。存分に剣を奮え。
 我等はこれより神の剣、妄執に踊る教敵を討つ──」

 遠く、戦場の叫びが聞こえる。
 クルセイドを奉ずる者共は、教会を守護する為の犠牲の羊。
 敵と認めた以上、そこに何があろうと叩き潰すのみ。

 イノケンティウスの駆る乗騎が駆ける。
 御堂が人とは思えぬ程の速度でその後に続く。

「全軍抜刀!!我に続けよ!!」

 ──かくて聖堂の剣は抜き放たれたり。
 彼の者共よ恐れよ。鋭きそれは、汝等の血を見ずしては決して鞘に戻る事は無い。

 next?
180白い人sage :2006/01/04(水) 10:43:42 ID:wrrQ.Npw
>>レイドの人
燃えと笑いが最高です。
前作から、弓のほうも好きだったんですが、今作でトドメを刺されました。弓のらう゛!
トーテムポールな冒険者達とか、あんまり活躍しないサブキャラも皆魅力的。
深淵ズは、熱いのだか間抜けなのだかっていう絶妙なところを突いてて、なんかもう読んでて感嘆。
低温さんは、まさかとは思いましたが本当にロリだったとは。剣の人南無?

個人的に、工事帽の弓のが一番ウケました。

だた、ただ一つだけ難点を挙げるとすれば、誤字脱字の類。
脳内保管でスラスラと読めちゃう人は問題ないのですが、気になる人にとってはせっかくの熱い勢いが台無しに。
ここまで長い作品だと推敲も面倒になるとは思うのですが、もう少し細部にまで気を配ってほしかったかもしれません。

>>お正月
いきなりライトな雰囲気でかなり吹きました。
危うく画面が唾だらけになっちゃうところでした。危ない危ない。
なんていうか、こっちは萌えました。
終わった後、結局二人仲良く(もしくは糸を取り合いながら)凧揚げてる姿を想像して感涙。

>>お年玉の人
ナイスホームランです!
ボク属性は、極めてツボです。教育係は九尾だったのかという意外さにびっくり。
フェイDのアイドル2人が出てこないのかなとドキドキしつつ続きに期待

>>リレーの人達
戦闘開始の予感!?
どうも、昔のほうのは読んでいないのでイマイチわかってないんですが、燃えの予感が漂ってますね。

良文ばっかり読んでると、自分の作品が極めて惨めに見えてきたので、勉強しなおしてきます。_| ̄|...○ ゴト
181名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/04(水) 17:23:02 ID:./iVlrys
>>178>>179
こんな人のいないスレでも、こういうビックリするくらい絶妙にタイミングの悪いレスってあるんだね。
書き出しも同じだったし、笑っちゃったよ。
182名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/01/04(水) 20:38:16 ID:GH4Gj84s
初めて掲示板投稿するので、無茶苦茶緊張してます。
お世話になったギルメン使って、一つお話をのんびり作ってみました。
ここのマナーとか良くわかりませんが、ちまちまアップしていきますので宜しくお願いします。
皆に文神の加護のあらんことを♪
183名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/01/04(水) 20:41:47 ID:GH4Gj84s
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」


ズチャリ、と俺の振るったメイスがソフィーの白い喉を食い潰した。
絶叫
打ち込みが甘かったのか、ペットのソフィーは悲鳴を上げて飼い主に助けを求める。
煩い……、魔物ごときが人間の様な悲鳴をあげるな!
二撃目、三撃目と同じ位置に打ち込んで、ようやく耳障りな悲鳴がやんだ。
それでも、喉を押さえて石畳にうずくまる魔物は、二度と声の出ることのない唇を震わし助けを求める。
無駄だ。
貴様の飼い主は、あのバカ共が3人がかりで取り押さえている。
いかに聖都プロンテラとはいえ、法衣越しでも雨粒の当たる感触が解るほどのこの激しい夕立のなか、こんな裏路地に誰が訪れるものか。
もし付近に誰かがいようとも、貴様の悲鳴などこの雨音と雷鳴にかき消されてしまう。ちょうど貴様が喉と口から垂れ流す、人間と同じ色をしているなんて極めて遺憾な赤い血を、雨が洗ってくれるようにな。
無論、こうして鈍器を振るう俺も、それをみて狂喜しているバカ共の行為も、すべて無駄なのだ。
残念だが臭いと執念は消せないのか、すえた血臭のなか、いまだソフィーは懸命に唇を動かし、飼い主に何かを伝えようしている。
声ではなく、口の形から読み取れるそれは、

わ・た・し・お・にぃ・ちゃ・ん・の・ぺっ・と・で、お・にぃ・ちゃ・ん・と・いっ・しょ・に・い・れ・て、う・れ・し・かっ・た・よ。
い・つ・も・か・り・ば・か・り・だっ・た・け・ど、・た・の・し・かっ・た・よ。

助けではない。別れの言葉だと、……魔物のくせに生意気にもほどがある。

だ・か・ら・な・か・な・い・で。・こ・ん・ど・ま・た・う・ま・れ・か・――――

黙れっ!!
俺はメイスを振りかぶる。幾度と無く魔物どもの血を吸ってきたそれを、この不快な魔物の頭部に叩きおろした。
別れの言葉など言い切らすものかっ!!
1回、2回、3回、4回、5回、6回。
だんだんと首から上の原型がなくなってゆく。メイスに頭皮と髪がへばり付き、握るグリップには粘つく血とまだ温かな脂肪片が滴り落ちきた。それでも俺は叩き込み続ける。
7回、8回、9回、10回、11回、12回、13回、14回、15回、16回、17回、18回19回、20回、21回、22回、23回、24回、
25回、26回、27回、28回、29回、30回、31回、32回、33回、34回、35回、36回、37回……
回数を重ねるごとに血臭は増し、腕と背中に痛みが走るが、その回数と痛みが、かつて別れの言葉も言えず死んで行ったあの人たちへの手向けになると信じ、叩きつける。
あぁぁ、神々よ、あと何回魔物どもを叩き潰したら、人々は救われるのですか。
184名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/01/04(水) 20:47:23 ID:GH4Gj84s
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」

夕闇迫る夏のプロンテラ。
石造りの町並みは昼間の熱を溜め込み、遠くの空の入道雲は見上げる者に乳氷菓を連想させる。それら全てを茜色に染めていた夕日は、もう西の湖に沈み始めている。市街地特有の汗臭い熱気をかき分け行き交う人々も、ひぐらしのなく街路樹も、全てが長い長い宵橙の影に縁取られていた。
それでもここはルーンミッドガルド王国の王都。大陸随一の大都市だけあって、この時間になっても大通りの人出は日中と変わることは無い。
そればかりか、家路を急ぐ者と盛り場へくり出す者とが混在し、ペコペコに騎乗したまま通行するのが躊躇われるほどに、人が道にあふれ出す。下手をすれば直射日光の照らす午後一よりも人出は多いくらいだ。
家路を急ぐ者の多くは一般市民で、盛り場へくり出す方の多くは冒険者たちといった具合。
ならば冒険者にして女ウィザードのサララは、後者に含まれると思いきや実は前者だったりする。正確には、前者になりたいのになれない悲しい存在だ。
「いつまで悩んでいるのだルファさん。そういったものは、その、私(ワタシ)だって、じ、実用性だけでは無いのは理解できるが、ブランドなど関係なかろう。狩の清算も終ったのだし早く帰ろう」
平時からのこの硬い口調が、彼女の性格のだいたいを代弁している。更にハスキーボイスと、ノービス時代から特に手入れをしていない適当に切りそろえた赤髪、実用性本位の頭装備から、周囲のイメージはもっと強調されたものとなっていた。
「私(ワタクシ)だってブランド志向が良いとは思いませんわ。ですが、コレスにしてもモンゴにしてもエレノアにしても、それぞれのブランドが品質に惜しみない技術がこめられてますのよ」
「はぁ、力説するのはかまわんが、その何だ、も、もう少々大人しい方が良いぞ。……それをいく気か? 紐で留めるのはまだしも、前も後ろも真ん中だけレース素材はヤバイぞ」
彼女は帰りたくても帰れない。熱心に露店で品定めをする仲間に足止めをくらい、いまだ帰れないのだ。
いや仲間といっても、狩もその後の清算も済んでいるのだから、いくら同じ下宿の同じ部屋を使うギルドメンバーでも先に帰ってしまっても問題ない。
問題があるとすれば、露店の商品と、ルファという名前の女プリーストのセンスに問題がある。
「そうですか? 先ほどより面積の多い物をと思ったのですが。う〜ん、ではこのようなものなどどうでしょうか?」
「なっ!! 駄目だ絶対に駄目だ、黒地にバラも却下だが、第一にそれは角度がきつ過ぎるばかりか、全部透けているぞっ」
「えぅ〜、そんなに否定しなくても良いのにぃ。可愛いのに」
 ルファの選んだ”それ” を毟り取って没収。サララは肺がしぼんで背骨が溶けるほどのため息をした。
ルファが選んでいるのは、レアなカードでもなければスロット付の武具でもない。各種ブランド物の女性用下着。
しかも彼女が選ぶものは、あまりに扇情的な魅せる下着…もしくは墜とす下着と言うべきか。同姓のサララから見ても赤面してしまう。
「…あ、あのルファさん、プリーストなのだからどうせスパッツ穿くのだ、下着は何でも良いではないか、な、な」
「ほぇ? 私はGvGの時以外はスパッツ穿いてないですわよ。ほらほら」
「こらっ!! ちゃんと穿きなさい。かなり昔に穿くように御達しが来たであろうに。あなたは何時のパッチあてているのだ? って、それよりも往来で法衣をめくるでないっ。何か白レースに黒チェーンって凄いのが見えたではないか」
「えぅ〜、スパッツは可愛くないですし、ぴっちりしすぎてパンティラインが浮き出るのが嫌なんですの」
「確かに浮き出るがしょうがないが、プロンテラ教団からの御達しなのだから穿くべきだ。GvGの時に穿いているのだから、他の時もはき………ルファさん一つ訊いて良いか?」
サララはあることに気が付いた。嫌な予感というより、確信に近いものがあるが、一言々区切りながらルファに尋ねる。
「先週ルファさんは、GvGでファイヤーピラー踏みつけて盛大に転んだな。失礼かと思うが、その時スパッツもろだしだったのだ。しかし下着のラインが見えなかったのだ。あれは何でだろう?」
「あぁ、あれはちょっとした工夫ですわ。私は少し前に気付いたんですの。サララちゃんだけにお教えしますね」
誰も知らないとっておきの裏技。と言わんばかりに、いつも鈍器を振り回しているとは思えない綺麗な人差し指を立てて、世話焼きお姉さん全開な笑顔でルファは答えた。
「スパッツを穿いても、下着を穿かなければパンティラインが浮き出ないですの。素肌に直に穿けば、恥ずかしくないですわ」
「やはりそうかこの人はっ!! 何が恥ずかしくないだ、ノーパンスパッツの方が恥ずかしいであろう!!」
思わずルファの胸ぐらを掴みあげるサララ。
が、二人のやり取りと、”ノーパンスパッツ” の一言が周囲の目を集めていることに気が付いて、ため息をつきながらも手を離す。
そんな彼女の頬は桜色に染まっているのは、往来の視線を浴びての羞恥だけではない。
「もう、このような物が下宿に干してあるところをギルドの誰かに見られたら、私までこんな下着を穿いていると思われるではないか」
「あらあら、”もしそれがマスターの耳に入ったら、恥ずかしくてもう顔を合わせられない” ですか? 」
「な、うなななっな、何を言っているのだ、何故にマスターの名前が出てくる。私はただ、品位というか、節度というかだな…っ、何をチャシャ猫みたいな笑いを浮かべている」
「ふふ、むしろサララちゃんもこ〜んなの付けてみたらいかがですか? きっとマスターを悩殺できますよ」
 ルファがひらひらと示したばかりか、サララの小ぶりの胸に当ててきたのは、白、赤、黄、の3色の、目の粗いレースというよりメッシュに近いのではという素材を重ね合わせた、シースルーのブラ。しかも同様のボトムとのセット品。この大人な趣味の聖職者の浮かべる笑みは、もはや童話の猫というよりセクハラ親父のそれだ。
 一瞬だがサララは不覚にも、自分が着用および”使用” したシーンを思い描いてしまった。途端、桜色だった頬は一気に完熟した苺色にまで煮詰まっていた。
このように、彼女の頬が染まる理由にはとっても解りやすい、お年頃な恋心も含まれている。
185名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/01/04(水) 20:51:47 ID:GH4Gj84s
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」

そのサララがほのかに思いを寄せるのは、ギルドマスターのガルデンだ。
サララより1つ年下ではあるが、ミッドガルド王室から受勲されたクルセーダー。
攻撃力にやや難が在るものの、一癖も二癖もあるギルドメンバーや同盟ギルドを束ねる立派なギルドマスターだ。性格は不器用で実直。
今のところギルドメンバーとマスターという関係以上にはなっていないけれど、サララにとっては気になる異性。ギルドメンバーには内緒にしているが、女性陣だけにはバレバレだったりする。
男性陣にバレていないのは、奇跡というより、こんな楽しい事を男共に教えるのは勿体無い、という女性陣の画策があるからだ。
「その、そ、そのような事出来る訳ない。恥ずかしいし、私の様な胸の無い女がしても似合わない。……そ、それにマスターの趣味も解らぬし」
「確かに殿方の嗜好はよく解かりませんものですわ。”ブルマがいい” や、”スクール水着がいい” 、”縞パンは凹凸がハッキリ見えるからいい” など皆目理解できません」
ルファが挙げたのはかなり極端な例だ。……………まあ、一部にはそのような特殊思考の男達がいるのも事実ではある。
「あ、あのルファさん、マスターはそんな趣味じゃないと思うぞ。た、多分だが……」
「勿論マスターが、と言っている訳ではありませんよ。世の男性にはそういうヘンタイなかたもいらっしゃる、と言っているのです。まったく、運動着はブカブカの短パン、水着は黒ビキニ、下着はアダルティックが一番だというに」
「ってあんたも充分ヘンタイだっ!! ああぁもうっ、私は先に帰る。あと、これから下着は絶対部屋干だからな、絶対っ」
もう付き合っていられないと、サララはルファを置き去りに家路へ足を進める。
と言っても、どうも素直に下宿に帰る気にはなない。感情のどこかに怒りがあり、それをぶつける対象がはっきりしないのだ。
ルファの下着の趣味。ガルデンへの想いを揶揄されること。纏わり付く夏宵の熱気。
……違う、怒りの対象はそんなものじゃない
気恥ずかしくて、子供っぽい下着ばかり穿く自分。揶揄されたり応援されても、想いを告げられない自分。纏わり付くどころか、魂の中まで滲み込んでくる不安。
……これだ、と思うのだが確証なんてない。本当に怒りの矛先はこんなものなのだろうか。
違う。
じゃあ何なのかと問われたら、解らないと答えるしかない。だが違うのは解る。
否定の確証……無いことの証明なんて役に立たない。
更に言えば、本当に自分はガルデンのことを好きなのだろうか………。答えの出ない下り螺旋はどこまでも墜ちていく。
「はぁ本当にわからんな。……しかもルファさんが選んだコレをもって来てしまったし、どうしたものか」
 コレとはサララが没収したままだった、黒地に薔薇がデザインされた、角度と透過率の高い下着のこと。気が付けば左手に握ったままだった。
 今更返しにいけないし、このままでは万引きだし、どうしたものか悩むサララ。……いっそ履いてみようか?
「はっ! 私は何を考えてるのだ。このようなモノ恥ずかしくて………誰に見せるわけじゃないのだ、ちょっと履くぐらい……」
 コレを着用して街を歩く自分を想像。思わず赤面する。
着用したところで、誰もスカートの中がどうなっているか知りもしないのに、サララだけが意識してしまいそうだ。
……ひねりのない官能小説に出てくる、下着を穿かずに街を練り歩くプレイじゃないのだから……。
彼女自身、何をバカなことをしているんだとは解っているが、火照った両頬に冷たい手を当てても羞恥は冷めそうに無い。
何か今日はもうだめだ、普段は呑まない酒でも喉に流し込んで寝てしまおう。
そんなことを考えていたら、随分と下宿から離れた場所まで歩いてしまった。
道も入り組んだ路地。プロンテラはその都市計画上、環状道路と東西南北の幹道から外れると、途端に道が入り組みこういった路地に迷い込む。
しかもこの辺りは、旧市街外縁城壁の裏手にある古い倉庫街で、夜間は宿無し者もさえもいないさびしい限りの都市の秘境だ。
「参ったな、この近辺はよく知らないのだがなぁ。とりあえず来た道をもど……――――、マスター?」
信じられない。
ついさっきまで想い、悩み、胸を焦がしていたその本人が、目の前の路地から現れたのだから。
こんな展開は信じられない。でも間違いないギルドマスターのガルデンだ。
この三文小説並みな遭遇に、流石のサララも恋の前進を期待し再び頬の体温が一気に上がる。なのに、
「サララさん!? ごめん、また今度っ!!」
逃げやがった。……ある意味この展開も信じられない。
それもグラストヘイムで血騎士を発見した時よりも素早く、ドッペルケンガーに襲われた一次職のごとく全力疾走で逃げだしやがった。そしてその傍らには何やら小柄なナムックが寄り添っていた。
「ちょっ、マスター待つのだ、おい。こら待てぇぇ!」
あんまりと言えばあんまりの事態に、サララは思わず叫んでしまった。と同時に、乙女の淡い期待をむちゃくちゃな方向性で裏切った輩を追撃せんと駆け出していった。
186白い人sage :2006/01/04(水) 21:29:11 ID:wrrQ.Npw
>>ペット食べちゃう人
マナー、と言っても、僕もあんまり古くからいるわけではないのですが
とりあえず、メール欄に sage と打ち込んでおきましょう。

そうしないと、スレが掲示板の上のほうに上がってしまうので、それを怠るのは好まれません。
僕も、なんでなのか深い理由は知りませんが。

>>183のグロい描写に震えつつ、突っ込みを

一文字開けやってほしいです。カギカッコ以外のところで一文字開けされてないと、読みづらいです。
ちょっと前までは僕も無視してたんですが、慣れると開けたほうが絶対に読みやすい。
しない主義の人も意外にたくさん居そうですが、特にこだわってないなら開けていただけると極めて助かります。
内容のほうは、きわどいネタが眩しいっ。
ルファお嬢様と堅物サララさんの漫才が良い具合に伝わってきます。
下着をそのまま握って出てきちゃったって、それもそれで大問題のような気ががががが
こんな和んだ雰囲気の中で、>>183との関連性がどうなってくるのかが楽しみ
187名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/04(水) 21:54:05 ID:8fdSH5Yw
>>183グロいな…
188名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/05(木) 12:45:48 ID:rd.L3cZw
あと、個人的に掲示板に直に張り込むなら、
適度に改行いれて文章整形して欲しいなー
なんて思ったり。

執拗さの描写はとても良いと思った。
ただグロスレでやった方が受けるかもしれない。
189名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/05(木) 16:51:44 ID:Y1G0rzj.
あけましておめでとうございます(遅
>179
クルセイドを掃討するのは嵌められた事に気づいた怒りの地上軍と魔賊軍共同部隊だと思ってた。
団長とかは和解してから容赦なくぼこって見せ場にできる敵役にと思って作った連中だったんだが、
その処理のためだけに新キャラが暴れなきゃならんようなら、そもそも奴らは必要無かったかー。

以下脳内地上処理没案
 下水で三魔族と突入部隊の会話。DOPがDIO様の計画その他を教授に聞いて情報補完
 クルセイド計画についてはママプリ>教授>魔族で流す
 DOP、お得意の幻影通話で魔族地上軍に電波指示
 人間地上軍にも伝令を<これで下水内の多すぎる人員を整理して決戦から外す

 クルセイド計画に嵌められてた事を知った皆様<な、なんだってー

 地上の魔族やら軍隊やらの見せ場(戦闘シーン)を作りつつクルセイド隊退場
190お年玉の続きsage :2006/01/06(金) 11:17:02 ID:dOdr/zCc
うーん。
でも、共同部隊とは言っても、素直に編成できるか疑問の悪寒。
更に魔族側の何人かを紛れこませる事はできるでしょうけど、
組織だって動いてる連中をそのまま狩りだせるか、というとちょっと。

>>189の案に+αでここぞという時の聖堂側からの援軍に呼応して
冒険者+人に変化可能な魔物+動ける騎士団の一部を合流させて一気に
クルセイド中枢を叩く、という案はどうだろか?

これだったら、なんだってー、の後に教授さんとかママプリとか使って状況説明しつつ、
強すぎる手合いを下水道前の前線から離脱させる事が出来る筈。

その後は教授さん+地下sの対DIO戦に移行する、と言う方向でどうか。
後お年玉の続きを投下。

-------------------------------------------------------------------------------
 少女は一人。ねぐらは静かに。冷たい闇がわだかまる。
 なめしたビックフットの皮は毛布の代わり。
 冷たいのは隅の方に押しやって、温い自分を抱きしめて、月夜花は目下の懸案を考えていた。
 動機は至極明快。けれども歩む道の地図は余りにも曖昧。
 試行錯誤を繰り返して懊悩。
 そんな訳で彼女は寝床に入って、珍しくも眠れない夜を過ごしていた。

 目下の懸案、とはお正月について。
 より明確に述べるならば、お正月とか呼ばれてる日に九尾狐に何か贈り物をしよう、と考えている。
 何せ、九尾狐が彼女に言った事には、お正月とは他愛ない幸せを過ごせた事を祝う日である。

 ──だったら、と少女は当然の様に思う。
 それを当然、月夜花は九尾狐にしてあげたいのだ。
 だって、そうじゃないと不公平だ。そうしないのは九尾狐が常日頃見守ってる月夜花には全然似合わない。
 九尾狐は彼女にとって教師であり、父親であり、かけがえの無い仲間である。
 してもらってばかりじゃダメなのである。
 幼い論理で彼女は考える。
 昔の偉い人だって、人に何かしてもらうより自分が人に何ができるかを考えろ、と言っていたのだし。
 …まぁ、微妙にその思考が間違っている点に付いては九尾狐の責任であるが。

 どうせするなら、面白おかしく。あの鉄面皮で糞真面目な九尾狐を大笑いさせるぐらい。
 そんな風に少女は考える。よし、方針はこれで決まり、とばかりに毛皮の下でにひひ、と意地悪に笑う。
 既に頭の中では、ぱぱぱんっ、と花火が鳴り響いて満員御礼新春初笑いステージ開幕中。
 厳しい顔の九尾狐が彼女の出し物に、綺麗さっぱり日ごろの行いも忘れ去って大笑いして大喜び。
 どうだ、参ったか。何時も何時も笑い顔を忘れてるからこうなるんだっ。

 と──新春ステージに暗雲立ち込めるっ!!
 具体的に言うと、何をあげるべきなのかさっぱり判らない。
 空回りした舞台に客席はやや冷め。壇上の芸人は失敗を悟って汗かきながら青くなる。
 彼女が歴戦の古芸人や戦場でみたいに天才的ならまだしも、その場所ではペーペーの新人だ。
 当然、それへの対処など知る訳も無く会場は一気にヒートダウン。
 先程まで豪華な飾りつけだった空想上の舞台は一気に寂れた場末の劇場へと変化する。
 要するに、妄想だと気づいた。

 うーうーと唸りながら寝返りを打つ。
 寝床に入ってからというもの、月夜花はこの繰り返しなのである。
 傍目からしてみれば両親の誕生日の前日に悩む可愛い娘と言った風情だが本人はいたって真剣そのもの。
 少し太めの眉が八の字になって、しかし眉間に皺は全くよっていない。
 彼女の場合は客観的評価が当てはまる。

 よし、こういう時は自分に出来る事を考えよう。
 が、どちらかと言うと賢い彼女は思考のループに陥る前に脱出に成功する。
 幾ら嬉しい顔が見たいからと言って、無理のしすぎは禁物なのである。
 取り合えず遵守すべき事柄だけを選び出して、それに沿うように現実的な思考で模索する。

 まず、最大限に目標を達成するには不意打ちが必要不可欠。これは確定。
 そしてその上で面白おかしく。愉快に笑って。
 月夜花が知っている情報は、九尾狐が教科書代わりに使っている古臭い糸綴りの教本各種と、
これまた同じような装丁の他愛も無い、その性格を反映した小説やら読本。
 それらが掲げた理念や大筋はこの場合には不要。断片的に散りばめられていた描写から情報を再構成。
 九尾狐が彼女に語ったお正月、と言う言葉の概念と構築された断片群を摺り合わせ、明確な予想図を構築する。
 その間、僅かに十数秒。
 人の身からすれば、いっそ殺意を覚える程の記憶力と処理能力で導き出されるのは他愛ない情報。
 その凄まじいミスマッチさもここまで来るといっそ清々しくさえある。

 ──つまり、不意打ちにボクに出来る精一杯のプレゼントをあげて、それからその後で思いっきり笑わせてあげればいいんだ。

 結論は出た。後は細部を詰めていくだけである。
 再び開幕新春初笑いオンステージ。満員御礼有難う、有難う。
 月夜花は胎児の様に毛皮の下で丸まりながら、また意地悪そうな笑顔を浮かべていのだった。
191名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/06(金) 11:17:52 ID:dOdr/zCc
 ちりりん、ちりりん。
 ちりりん、ちりりん。
 背負った鈴の音も軽やかに、寝不足で真っ赤な目は我慢して、珍しく冒険者の居ない寺院内部を月夜花は軽い足取りで一人歩いていた。
 既に細部は決まっている。残った考える事はたった一つで、けれどそれが一番難しい。
 何をプレゼントに選ぶべきか。それである。
 喜んでもらいたい以上は、それは相手が一番貰って嬉しいものでなければならない。
 彼が好みそうな本は仮に手に入れる事が出来たとしても、反応が予想できる。
 要はもう一捻り必用なのである。

「よく考えたら、ボク全然九尾狐の事知らないや…」
 薄情だ、と罪悪感が湧き上がってくる。
 もしも月夜花がもう少し広範な人生経験を持っていれば、近すぎる相手とは言葉が無くとも意思が通じ合い、
かえって互いの事を知り辛いと知れたかもしれないが、こと人生経験に限って言えば月夜花は魔族の中でもトップクラスに無知だ。
 九尾狐の嗜好なんぞ全く判然としないし、先入観が強すぎて推察を立てる事も出来ない。
 真面目で心配性で厳しくて、それから優しくて。
 好きな事は静かな場所で本を読む事で、嫌いな物は冒険者。
 そして、彼女のただ一人の臣下。
 (死者達やドケピ、青色の化け猫は友人ではあるかも知れないが、本当の意味で彼女の眷属ではなく、この穴倉の同居人に近い)

 歩き回る彼女の頭の中から今だけは冒険者や自分自身の事など綺麗さっぱり抜け落ちて、考える事と言えばプレゼントの事ばかり。
 前述の通り、冒険者の姿が殆ど見えないせいもある。

「どうしたらいいんだろ」
 ふぅ、と溜息を一つ。
 うきうき心は躍るのに、もやもや霧がかかっている。
 悪い気分ではないのだが、どうにももどかしくてたまらない。

 と──誰かが近づいてくる気配を感じて、月夜花は思考を中断した。

「おや──月夜花様、お早うございます」
「あっ、うん。お早う九尾狐」
 少しばかりどもりながら、少女は挨拶を返す。
 言うまでも無く九尾狐は今一番出会いたくない相手である。
 やっぱり何時もの通り気難しげな九尾狐に顔が少し引き攣るのが解った。
 彼は頭の上に葉っぱを乗せてくるり一回転、着流し姿の青年に変化する。

「お早う、ではなくもう少しきちっとした挨拶をしなさい。親しき仲にも礼儀あり、ですよ」
「む…はーい、判ってるよ。お早うごさいます、九尾狐。──こうでしょ?」
 これはどうした事か。何時にもまして細かい青年に違和感を覚えながらもう一度、そして今度はぺこり頭を下げながら挨拶する。
 が、九尾狐はと言うと相変わらず何処かピリピリした空気のままだ。

 取り合えず考えていた事は棚上げにして、月夜花は内心で妙だと首を捻る。
 いや、それを言うなら全く人がやってこない日そのものも妙なのだけれど。

「どうしたの?変だよ」
「いや、何でもない。何でもないですよ、うん」
「やっぱり変だよ。どもってるし」
 良く見てみれば寝不足なのか、微かに彼の目は血走っていた。
 珍しい事だ。冒険者、と言う異物さえなければ大凡平和な暮らしであるし、
その性質の違いも相まって、月夜花達は古株でありながら他の魔族達との交流も薄い。
 (所要の折には、九尾狐が後見人として代理となっている)

 正直、冒険者を追い返すだけなら彼女等と共に在る死者達も力を貸してくれるし、
殆ど彼がこれほどまでに心を悩ませる必要など無いはずだった。
 純粋に、彼が疲れているのなら少しでも楽にしたかった事もある。

「ねぇ、九尾狐。気にしてる事があるならボクにも言って欲しいよ。頼りないかもしれないけど、一応ここの主なんだからね」
 ならば、よっぽどの大事なのだろう、と月夜花は理解する。
 しかし、一方の九尾狐は全くの出し抜けだったようで驚きを顔に浮かべていた。
 「いや、別段そのような事などありません」と言いつつも、自らの様子を主に悟られた事が余程響いたのか、
がぶりを振り、手を突き出し、よろめきながら後ずさる。

 それを射竦めるのは、月夜花の鋭い瞳。きっ、と睨み据える様。
 確かに月夜花は幼い。だが、それでも魔物としての格では彼女の方がはるかに九尾の狐よりも上だった。

「どう見てもおかしいよ!」
 ならば、この言葉は純然たる臣下と主の会話である。
 短い言葉だ。だが、それだけに強く激しい。

「もう一度言うよ。答えて。いや、答えなさい九尾狐。これはボクの命令だ」
 それは純然たる九尾狐に対する月夜花の命令だった。
 が、彼女は彼の主ではあったが余りに幼く。
 それゆえか、九尾狐は一言も言葉を発しなかった。いや、発する事が出来なかった。
 月夜花のご機嫌は今や、プロンテラの露店相場大暴落もかくやといった調子で、経済リサーチの裏をかいた下降線を描きつつある。
 言うまでもないが、告げる彼女には悪意なんて無いし、自らの臣下を嫌ってもいない。

 しかし、往々にして善意の譲り合い、と言う状況でも仲違いは発生しうるものである。

「お言葉ですが、月夜花様──」
 命令に、それに順ずる丁寧な口調で九尾狐が答えた。
 ざっ、と後ずさり畏まって頭を下げる。
 その言葉はまるで自らの心を閉じ込めた様に硬い。

「この身に誓って月夜花様が心配なされるような事はありません。
 それに私が妙だ、と言うのなら月夜花様とて随分とお疲れのご様子ですが」
「え……」
 その諌言に今度は月夜花が閉口する番だった。
 確かに、疲れていた。精神的にはまだ余裕があったけれども、体の方はと言うと休息を寄越せ、とひっきりなしにがなりたてて来る。
 でも、我慢していた。だって仕方無いじゃないか、と思うしそうしてもいいじゃないか、とも思う。
 いや、違う。そうじゃない。
 逆転しかけた思考の攻守を強引に引っくり返さないと。

「ぅ…」
 しかし、言葉は意思に反して全くと言っていいほど出てこない。
 足りない。沢山言葉は知っているけど、適当なそれがない。
 少々申し訳なさそうな顔を九尾狐はしていたけれども、月夜花の視線を受け止める。

「………」
「月夜花様…」

 何故だか、彼女にはそれがとても悔しくて悲しかった。
 彼が口にした言葉は本当だろう。自身の前で彼は嘘は言わないと月夜花は信じている。
 だけど、それと同じくらいこっちだって心配なのだ。
 残されていた論理的な思考が次々と破綻していくのが解る。

「馬鹿ぁっ!!分らず屋!!もういいよ!!」
192名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/07(土) 00:52:17 ID:jpiBCdXE
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター 〜路地裏の捕食者〜」

 完全に日が沈むまで続いたガルデンとサララの追いかけっこ。
 その最後は、細い路地をアイスウォールで封鎖しまくったサララが勝利した。
 いくつもの魔法仕掛けの氷壁が張り巡らされ、夏とは思えない冷気立ち込める狭い路地裏。
 勝者のサララは肩で息しながらも、ガルデンを問い詰めていた。

 何であの路地を歩いていたのか?
 何で逃げだしたのか?
 そして、何で飼ったことも無いペットを連れていて、しかも何故可愛らしいナムック―――人間としての外見年齢は14、15歳くらい―――なのか? と。

 その詰問に、ガルデンはおずおずとだが答えた。
 その答えは、

「ぇっーとその。上手くいえないけど、し、仕事なんだ」
「仕事? ほぅ、かわいいナムックとベタベタしながら人気の無い裏路地に入っていくのが仕事なのかね」
「ベタベタってそんな。いやこれは、……キョーツが持ち込んだ、その、ペットイーターを捕まえる依頼なんだよ」
「はぁ〜???」

 ペットイーターという噂がある。
 どこにでもあるような怪談。
 『友達の知り合いが』 やら『あくまで聞いた話なんだが』 と前ふりを付けて語られる、そういう話だ。

 ペットを連れたとある冒険者はここ何日か、何者かの視線を感じている。
 けれど実害もないし気のせいだと片付けていた。
 だがある日の夕方、飼い主が露店を物色している隙にペットがいなくなる。ほんの一瞬眼を離しただけなのに。
 露店の主に聞いても気づかなかったと、ただ、『何か白いものが横切ったような……』とだけ。
 慌てて辺りを探す飼い主だが、ペットの姿はどこにも無い。
 気付けば路面に点々と続く、小さな血痕。まさかと思いそれを追う。
 進むにつれ血痕は段々と大きくなり、形も点というより、何かを引き摺った後に変わり始める。
 首筋を這い上がる恐怖に魅入られ、裏路地へ踏み込むと、そこには―――

「喰いちらかされたペットの亡骸というパターンと、人間型のモンスターがいままさにペットをお食事中というパターンの、アレだというのか?」
「うん」
「なるほど理解した………どうやらマスターは死にたいみたいだとな」

 サララが一気に間合いを詰めて、ガルデンの懐に入る。
 まるで熟練のアサシンのような、相手に予測も反応させない踏み込み。重心移動と連動した両腕がガルデンの首を捉えた。

「言うに事欠いて、そんなホラ話を言うのかマスター。単にペットとイチャつきたいだけであろう。どうせ、どうせ、私など」
「ちょ、苦しい、首絞めないでよサララさん」

 サララは、ガルデンの発言など問答無用で一蹴。嫉妬のこもったドス黒い握力が、確実に首を締め上げていく。
 目の前で繰り広げられる”ザ・痴情のもつれ”なやり取りに、果敢にもナムックはサララを止めに入いる。
 テイミング時に凶暴性を失ったためか、魔物とは思えぬサララよりも非力な力で、暴れる女ウィザードの腕にしがみ付き、一言。

「ご主人様をいじめないで下さい」

 サララの時が止まった。
 赤イモ峠や時計塔2階で修練を積んだ者なら、誰もが経験が在るであろうあの感覚。
 ナムックはたった一言で、あれを再現して見せた。

「…………ご、ご主人様……、マスターあなたは漢だ。ペットにそんな呼び方をさせるプレイを」
「プ、プレイって何? こう呼ぶんだって、ナムックは飼い主をこう呼ぶんだって」
「では、私もご主人様と呼べばよいのか、呼んだら進展するのか、ペットになれるというのか? あ゛っ!?」
「サララさん、こっちの話聴いてないでしょっあ、――あ゛ぅあ゛ぅ、―――せば…っ、――っ、――れ」
「だからご主人様をいじめないで下さい。首をぎゅうってしたまま前後左右に激しく振らないで下さい。あぁぁそんな首が曲がらない筈の向きに、角度が、角度がっ」

―――――――
 と、ご指摘いただきました183です。早速、文章整形しました。
 なんか、ご指摘や感想もらえて、すっごく嬉しいです。
 もっとグロい文章書けるよう精進したいです(マテ
193凍った心-5(1/9)sage :2006/01/07(土) 01:34:38 ID:JUHMznp2
激しい爆音、爆音、爆音、雪の丘が次々に爆ぜ、その形を変えていく。
白い雪が何の前触れもなく吹き飛び、吹き荒れる。
それは見るだけだったらある種幻想的ではある。まるで雪原が輪舞曲を踊っているようなのだ。
しかしその場に居る者からしたらとんでもない、それは輪舞曲というよりもロデオである。
爆発は連鎖的に起こる、ある一つの目印を中心に。
その目印は白い世界に動く赤、赤髪の騎士を追うように爆ぜていく。
騎士はとにかく動き回る、動かねば雪に呑まれ窒息死か圧死してしまうことだろう。
一定の動きはせずに、とにかく軌道の読めない移動をしている。
右に、左に、時に速く、時に遅く、とにかく少しでも動きを読まれたらそこで終わりだろう。

そんな忙しなく動く騎士とは対照的にある位置からその騎士の動きを目で追っている少女がいる。
白い、雪のように白い髪、長い髪は腰程まである。その頭にはオレンジ色のリボンのヘアバンドをつけている。
サファイアのような深い蒼の─まるで何も映していないかのような虚ろな─瞳、幼さの残る細い輪郭。
華奢なその身にはボロボロで少し汚れ、相当長く使い込んだろう、純白のワンピース一枚を着ているだけだ。
普通の人が見たら寒くないのかとつい声をあげてしまうだろう。

その少女が手を翻す度に動き回る騎士の傍で爆発が起きるのだ。
騎士はただただ動き回り、少女はそれに合わせまるで楽団の指揮者のように手を振る。
少女が指揮し、騎士がそれにあわせ舞っているような印象を受けるだろう。
そんなことがもうかれこれ40分程続けられている。
騎士は40分間ただ逃げ続け、少女はただ腕を飽きもせず振っているだけだった。


──「全く…面倒なことで…」
赤髪の騎士、ミストラルの目の前には目的の少女─エリカ・ミルナンス─が立っている。
その目は虚ろで何処に焦点があっているのか分からない。
その目は植物状態の人間、もしくは薬物で心を壊されたか、心を消されたか、その類の物だ。
「一応言っておく、おとなしくしてくれ、無理だろうが。」
エリカはその言葉には何も応じず、クス、と笑い。右手を高らかと上げた。
同時に、ミストラルは地面を蹴っていた。それまでミストラルの居た地面が盛り上がり、爆ぜた。
ミストラルは別に驚いていなかった、それだけの能力があることを事前にルカの報告で聞いていたからだ。
ミストラルがエリカに目を向けると、笑っている、冷たい笑顔で、クスクス、と。
「さて、お前は誰だ?」
ミストラルが語りかける、エリカは答えずに、いや、それが答えだとでも言うようにクスクスと笑い続ける。
その次の刹那、少女が大きく腕を広げる。
次の瞬間、長い戦いが始まった。
194凍った心-5(2/9)sage :2006/01/07(土) 01:35:10 ID:JUHMznp2
──「あは、あははは、凄い凄い、凄いよ、貴方、逃げ足凄い速いね」
と、エリカが大声で、本当に愉快そうに言い、腕を振るのをやめる。
「それじゃあ、レベル2、逃げてね?そうでないと楽しくないから、あははははは」
乾いた笑いと共にエリカは大きく体を反らし、万歳の逆動作、つまり腕を大きく体と一緒に振り下ろす。
その動作と共に今まで舞っていた雪が一斉に飛礫となってミストラルに遅いかかる。
「全く…大砲の次は機関銃か…」
そんなだるそうな声を出しつつ横っ飛びに体を投げ出す。
今いた雪の表面に無数の穴が開き、数秒で直径3m程度の大穴に拡がる。深さも2m程度になっているので威力も結構あるのだろう。
「機関銃じゃなくて機関砲だな、こりゃ…」
どうでもいい訂正をしつつ第二波を避ける。そしてすぐさまエリカに近づこうと、正面を見据えると第三波が既に迫っている。
左手に持っていた盾を咄嗟に突き出し防ぐ。すさまじい衝撃で後ろに吹き飛ばされそうになるのをこらえ、第四波に備える、が
「あは、あたったあたったぁ、反撃なんて考えないほうがいいよ、そんなことする前に死ぬんだから。
 あと、その盾、あと1回使ったら壊れるね、あはははは」
遊んでいる、完璧に。しかし遊んでいても一回その一撃をもらいそうになったことは確かである。
そして盾を見やるとエリカの指摘通り、エルニウムで補強されたはずの表面がボコボコになっている。もってあと2回だけだろう。
「それじゃあ、頑張って、ね」
喋り終えないうちにエリカは体を反らし、その腕を振り下ろす。
舞い散る雪は硬化し、一粒一粒は大した威力を持たないが弾丸は無限である。
その弾丸は瞬時に加速され、大きなハンカチを広げたようにミストラルを包み込むように正確に狙ってくる。
横っ飛びに次ぐ横っ飛び、何度となくその波状攻撃をかわし続ける。
エリカは攻撃の手を緩めず、雪の弾丸を撃ってくる。
「あはは、やっぱり逃げ足速いよね、あはははははははは」
ミストラルは心の中で舌打ちしつつとにかく逃げることに専念した。

と、その時、視界の端で"雪"が動いた。気のせいではない、長年の戦闘経験で動くモノには敏感になっている。
目の前の脅威に精一杯でソレが何であるかはわからない。
とにかく避ける、そして考える。
打開策、そんなものは無い。はっきり言ってこの攻撃法は凶悪すぎるだろう。
一度に撃てる数が半端ない上に空から降り注ぐ限りその数は減らない。
ここはルティエだ、雪がやむことなど期待はできない。
今のエリカの状態は何かに操られていると思うのが妥当だろう、ルカの話と今のエリカの状況からしたら。
ソレは何だ?ソレはどうやって操っている?ソレは何処で操っている?
少なくとも、さっき動いた"雪"がソレと関係していることは確かだろう。
ならば、それが唯一の手がかりだ。さっき一回動いた、ということはこれ以後も動くことがあるはずだ。
根競べになるだろう、がそれは問題ない、だが違うところで問題がある。
コレは賭けだ。その"雪"をどうにかするにしても確実に雪の弾丸をよけきれなくなるだろう。
その時盾がもってくれるかどうか、だ。かなり分の悪い賭けと言えるだろう。
しかしこれ以外に打開策が思いつかない。エリカのスタミナ切れを期待するのも無理だろう、ただ万歳を繰り返してるようなものなのだから。
あと一つ、方法があるにはあるのだが…それはまだ使えない。
とりあえずこの賭けに乗るしかないだろう。
そうミストラルは心に決め、横っ飛びを繰り返す。
195凍った心-5(3/9)sage :2006/01/07(土) 01:35:36 ID:JUHMznp2
何回、何十回、何百回、何千回と弾丸をかわしていく。
一般の騎士だったらもうすでに何度となくその身を貫かれ、ぼろ雑巾のようにされていることだろう。
しかしいくら訓練をしているとはいえ、自分が一般人より体力に自身があるとはいえ、流石にスタミナに限界はある。
あれから一向に"雪"は動かない、思い過ごしだったのだろうか?いや、確かにさっき─と言ってももう1時間以上前だが─は動いたのだ。
もし、思い過ごしだったとしたら、徐々にスタミナを奪われ、やがて嬲り殺されるだけだろう。
そんな思考がミストラルの心に宿り始めたその時、右前方、"雪"が動いた。
すぐさま横っ飛びの体制から体を起こし、右手に持っていた槍を懇親の力を込めて投げる。
その槍が届いたか確認する暇もなく横殴りに無数の弾丸が襲ってくる。
「もってくれよ…」
そうつぶやき、もうかわすのは不可能なまでに迫った弾丸を盾の影に隠れ、防ぐ。

ガガガガガッ!!!ガガガガガッ!!ガガッ!!!!

鈍い音が絶え間なく盾をたたきつける。

ガガガガガッ!!ガガガガガッ!!

やがて鈍い音に混じり、ビキ、という擬音がふさわしいだろう。死へのカウントダウンがはじまる。
その音は瞬く間に大きくなり、広がっていく。
永遠にも感じられる鈍い衝突音、盾の悲鳴と共にまるで葬送曲でも奏でているかのような錯覚に襲われる・
そして、衝突音がやみ、その瞬間主を守りきった盾は崩れ落ちる。
「あは、凄いね、もう蜂の巣かと思ったら盾がもってる、運がいいねー、あはは、あは…あ?」
エリカの笑いが止まる。視線の先にはミストラルの放った槍、その槍が貫く物は、動かなくなったハティベベ。
「あ…ぐぅ…コロ…ぅぁ…私の…ワタシノ…カワイイ…あぐっ」
エリカが頭を突然抱え、苦しみだす。
「ハティーベベ…なるほどな」
ミストラルはそうつぶやき、エリカに向かって叫ぶ。
「ハティー!!まさか貴方のような上級魔獣が人間なんかを操っているとはな!!
 何が目的だ!?人間を襲いたいなら直接手を下せばいいだろう!!!」
「く…私…は…エリ…ぅぅ…私は…?ワタシ…は?」
エリカがその声に反応するように苦悶の声をあげる、そしてその時、声が響き渡る。
《よく気づいたものだな、流石はプロンテラ騎士団長様、と言ったところだな。
 私にも事情があるのでね、また、この娘の体は使いやすい、魔力の塊のような物だ。
 さて、気づいたところで、君には死んで糧となって貰おうかな?その娘を殺したくはないだろう?
 ああ、当然簡単に殺しはしない、我が子を殺してくれたのだからね。》
響き渡る、というよりも頭の中に直接語りかけてくるような感じである。
そのおかげで場所は分からない。
「名乗り出てくれて助かる、これで明確にハティー、お前だけに感覚を集中できるよ」
そう言い放つと、ハティーが小馬鹿にしたような声、いやイメージを送ってきた。
《お前ごときが私を討つ気か?ハハハ、傑作だ、人間ごときがそのちっぽけな槍で我が体を貫けるとでも?
 それともその娘を殺して私を殺したような気にでもなるのか?実に矮小な人間の考えそうなことだな。》
「まぁそう焦るな、今見せてやる」
196凍った心-5(4/9)sage :2006/01/07(土) 01:36:04 ID:JUHMznp2
余裕を持った声で返答するミストラル、そしてその両手を顔の前にかざし、虚空をつかむような動作をする。
そして言葉を紡ぐ。"もう一つの方法"を使うため

─我が血肉、削りて護りしものが有り。祖の心、護りて得られし物は無し。得られる物無かれとも、護ること、それこそ守護者の使命なり──

言の葉を一言紡ぐ度にミストラルの手に黒い粒子が集まっていく。
その粒子は細長い形状となり、全ての言の葉が紡がれ終わると共にその本来の形をとる。

聖護宝剣──カッツヴァルゲル───
その刀身、柄共に黒で染まり、普通の剣には有得ない太さの刀身を持つ。
そのレプリカでさえ振るう者を選ぶと言われる宝剣の一つである。
そして今、ミストラルの手に現れたのは、正真正銘、本物のソレである。

《な、な、何故キサマ、そんな物を!!?くっ、死ね!!》
焦ったような思念が届き、それと同時にエリカが腕を交差させ、激しく振りおろす。
するとどうだろう、雪の結晶がいくつも連なり、大きな氷柱と化してミストラルの元へと殺到する。
さっきのを雪の機関銃とするならこれは最早氷柱の速射砲と言っていいだろう。
数は多少減ってはいるものの、速度は緩んでいない
鋭利に尖った長さは2m程もある氷柱が先ほどまでとは違い、全方位からミストラルをとり囲み、飛んでいく。
ミストラルは動かずにその包囲網を眺めている。そしてその切っ先がミストラルを捉えた。
そう思った瞬間、紅蓮の炎がその場を包みこむ、氷柱は一瞬にして融け、万年雪で見ることのできないルティエの地面が顔を出しているではないか。
マグナムブレイク、剣士の使うスキルとして基本的な物であるが、普通はこんなに炎を発しない、せいぜい半径2mの範囲で地味な爆発を起こすくらいだ。
カッツヴァルゲルが護るべき対象を認識し、目覚め、その主に力を貸しているのである。
そして跳躍、エリカとは全く違う場所に向かって走り出す。
傷一つ無い、雪の丘に向かって。その速度はさっきまでと比べ、格段に速くなっている。これも宝剣の力であろう。
そしてその握り締めた剣を上段からたたきつけるように振り下ろす。
《ぐがあああああああああああ!!》
その瞬間、声にならない思念が脳を駆け抜ける。そして、ミストラルの目の前に巨大な戌の体が現れる。
水晶のような突起がいくつも体を覆っている、そして腹の辺りからおびただしい出血をしている。
ミストラルが的確にハティーの位置を見出し、剣を振るったのである。
普通では一撃でハティーをここまで弱らせることなどできるはずもないのだが、ミストラルの剣技とカッツヴァルゲルの力を持ってしてこその威力である。
《な、何故、分かる、完璧に、姿も、気配も!!ぐげっ!》
更に剣を突き立てる。そして剣を突き刺したまま聞く。
「何故、こんな真似をした?エリカに尋常じゃない魔力があるから、だけじゃないだろう?」
そう、それだけであるはずがないのだ。
ハティー自身でも相当な魔力を持つ。確かにエリカの潜在魔力はすばらしいだろう、しかし人間を操るのは大量の魔力が必要となる。
そんなことに魔力を使うくらいなら普通に冒険者を屠ったほうが効率がいいはずである。
「答えろ、何を企んでいる。…ちっ…」
尋問の途中で舌打ちし、エリカのほうを見やる。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!」
エリカが叫びだしたのである。その叫びと共に辺りが吹雪いていく。おそらくハティーが死にそうになったことで頭の中に大量の感情が流入したのだろう。
その感情の暴走はあの時─6年前、彼女がモンスター達を凍らせ、殺した時─と同じ。
ミストラルは冷静に剣をとり、エリカの傍に駆け寄り、そして肩をつかむ。
「ああああああああああああああ!!!やだ!!!!やだああああああああああああああ!!!」
エリカの暴走はとまらず、ただただ、まるで赤子のように喚く、そして徐々に空気が凍り付いていく。比喩ではなく、本当に凍りつくのだ。
既に凝固点の高い気体は凍り始め、ビシビシと音を立てている。まるで世界が崩れるかのような音だ。
そんなエリカを見据えてミストラルは落ち着いた声で言った。
「エリカ、お前は、何だ」
カッツヴァルゲルをエリカの胸に当て、語りかける。
197凍った心-5(5/9)sage :2006/01/07(土) 01:36:49 ID:JUHMznp2
─────────────────────────


夢を見ている

真っ暗な中に私は一人浮かんでいる

何か声が聞こえて、それで、何かどうでもよくなって

凄く楽しいような気がする、でも、それ以上に寂しい気がする

何が楽しい?何が寂しい?

問いかける先には何も無い

ふと、ルカが目の前に現れる。何かを言っているようだ、凄く悲しそうな目で

いったい何を言っているんだろう

それさえもどうでもよくなってきた、何か気持ちがいい


激しい頭痛で自我が取り戻される。
朦朧とする意識に、今まで中断されていたはずの記憶と、怒りに震えたナニカの声が流れ込んでくる。
《愛しの我が子を!!
 かわいいかわいい子を!!!》
何を言っているのか分からない、それが自分の感情のような気がしてならない。
《コロセ!!コロセ!!!人間を!!!!》
頭の中に響く声。それが響くたびに頭痛がし、怒りにまみれた感情が胸のうちを行き交う。
「あ…ぐぅ…コロ…ぅぁ…私の…ワタシノ…カワイイ…あぐっ」
そして、言葉にならない言葉が口から漏れ、少しでも感情を外に出そうとする。
「ハティーベベ…なるほどな」
正面にいる男が呟いている、そして声を高々に叫ぶ
「ハティー!!まさか貴方のような上級魔獣が人間なんかを操っているとはな!!
 何が目的だ!?人間を襲いたいなら直接手を下せばいいだろう!!!」
「く…私…は…エリ…ぅぅ…私は…?ワタシ…は?」
私は、誰だ。
    私はエリカ
私はアクマ     私はエリカ

      私はアクマ        私は誰だ
 私 は     私は

私は   私  は

私は、何だ。
そしてその思考は何処からか湧いた思考の奔流に流される。
視界を黒い物が集まっていく。その黒さに目を奪われ、畏怖の念を心のどこかに抱く。
そして次に抱いた、というより"流れてきた"感情は恐怖である。
訳が分からない、とにかく怖い、怖い、怖い。
とにかく感情に任せて腕を十字に交差させ、Xを切り抜くように腕を振り下ろす。
雪が硬化し、連結し、いくつもの大きな氷柱を形取り、男に向かって突き進む。
幾つもの氷柱が男に命中したと思った瞬間、風が頬を撫でる。
熱い風、この場に全く似つかわしくない風が。
そして男が走り出す、こっちにではなく、右手の方向に向かって。
そして、手に持っている黒いモノを何も無いところに向かい、切りつける。
何か巨大なモノが現れ、その場に倒れる。
その瞬間、いくつもの感情が心を蹂躙していく。

─馬鹿な、人間ごときが、この力は何だ、逃げろ、死にたくない、嫌だ

そんな本能の叫びが心の中に響き渡る。無論エリカ自身の心の叫びではない、がエリカの心を掻き乱すには十分過ぎた。

          死

その言葉が浮かぶと共に両親の姿、最期の姿がフラッシュバックする。
無残に焼けただれた皮膚、苦痛にゆがんだ顔、何もない虚空に助けを求め差し出された手。

いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

「ああああああああああああああああああああ!!!!!」
エリカが心の底からの叫びをあげる。
何がなんだか分からない、いやだ、いやだ、いやだ。
もうやだ、何もかも無くなれ、消えてしまえ、全て凍らせれば全てが、全てが、全てが
もう、自分も、この雪原も、街も、全て。
全て消えてしまえ。もう、生きているのはいやだ、いやだ。
その肩に何か触れた。またもエリカの心にフラッシュバックする記憶。
村人が自分を捕まえようと肩をつかもうとする村長、自分を捕まえに来たという大人達。
また、また、私を捕まえようとするの?もうやだよ、もうやだよ、もうやだ
「ああああああああああああああ!!!やだ!!!!やだああああああああああああああ!!!」
もう、喉がはちきれるのではないかと思うほどの"音"をあげる。
その"音"は大気を凍てつかせ、結晶化させる。
その光景はさながら、幻想の世界、夢の世界。煌くダイヤモンドが無数に舞い、陽光を受け七色に輝く。そんな世界。
その状況で、心に声が響き渡った。
「エリカ、お前は、何だ」
妙に重く、心の奥底に響いた声。吹雪のように吹きすさんでいた心に穏やかな風が吹いてきたような、そんな気がした。
「私…ああああ…私…私…」
"音"は声になり、そして呟きに変わる。それと同時に大気も穏やかになっていく。
「私は…私は…アクマ…氷の…」
「違う、周りが言っている"エリカ"じゃない、エリカ、お前は、何だ」
また揺らぎそうになる心を止めるように目の前の男が真っ直ぐに自分の顔を見据えて言葉をさえぎり、再び聞く。
「私…私…私は…」
自分が何か、そんなこと考えたこともない。
目の前の男はその鋭い眼光で見据えている。その眼はまるで自分の心を洗いざらい見られているようだ。
そして、その質問に答えられずにいると、ふとルカのと話したことが頭の中によぎり


─「アイシングデビルって安直だねぇ、可愛くもないし」
ルカは自分がルティエの人々になんと呼ばれているか知ったらそう笑い飛ばした。
「そんなん気にせずにいよう、エリカちゃんはエリカちゃんなんだし」
そして何気なく、そう言った。
198凍った心-5(6/9)sage :2006/01/07(土) 01:37:50 ID:JUHMznp2
「私は…私…です」
そう、答えた。
「そう、お前はお前だ。そして今までお前はお前じゃなかった。何故か分かるか?」
そう男は言う、自分が自分でなかった、よく分からない。エリカはかぶりを振る。
「お前は、囁かれた、コロセと、違うか?」
囁き、確かに考えてみるとあの"声"はそうだったかもしれない。
疑問が氷解し、心の突っかかりがとれる。
そして、新たな疑問を口にする。
「貴方…誰ですか」
「白馬の玉子様だ」
「嘘」
「嘘だ」
空気の温度が1度程下がったような錯覚。目の前の男を殴り飛ばしたい衝動にかられるエリカ。が、とりあえず堪える。
「冗談はさておき、自己紹介がまだだったな、プロンテラ騎士団のミストラルだ。エリカ、お前を償わせに来た」
「…償いは何を持って、ですか?」
「死ぬをもって、だ」
予想していた答え。その男、ミストラルは淡々と語る。
予想していたとはいえ、エリカは身の毛がよだち、そしてすぐミストラルから飛びのく。
「嫌…」
「そうか、じゃあ実力で何とかしてみろ」

そう言った瞬間、ミストラルは剣を手に取り、エリカに肉薄している。
カッツヴァルゲルが容赦なく振るわれ、エリカの鼻先でとまる。
「これでも、か?」
「それでも」
「そうか」
とミストラルが答えた瞬間足元の雪が盛り上がり、その先は尖り、ミストラルの顔・腹・腕目掛けて伸びる。
その氷柱がミストラルを貫いたかに見えた、が残像をわずかにかすめただけであった。
既に本人は後ろに飛びのいている。そしてそれを追撃するかのようにエリカが手を激しく振り下ろす。
すると降りしきる雪が無数の刃となってミストラルに殺到していく。
それは先ほどの"機関銃"とは対照的に、例えるなら"桜"
舞い散る雪の花弁は鋭利な刃物だが、ある種の優雅さがある。
その"桜"をカッツヴァルゲルを下段に構え、薙ぎ払う。
風圧によって退路を作り、そこを抜ける。
そこにすかさずまたエリカが手を振るう。
すると今度はミストラルの足元にいきなり落とし穴ができている、が、ミストラルは既に跳び、落ちずに回避する。
そしてその勢いを殺さずミストラルはエリカの元へ走りこみ、剣を振り下ろす。

ガキィッ!!

鈍い音、剣がエリカの目の前にできた氷の塊にはばまれ、止まる。
「死ぬ事は怖いか」
「今は怖い」
事前に打ち合わせでもしているかのように、ミストラルが再び飛びのく一瞬で話す二人。
そしてまたエリカの氷による追撃、それをかわすミストラル。
ミストラルはエリカに肉薄し、剣を振るう。それと同時に氷の塊を目の前にだし、防ぐエリカ。
そしてまた交わす
「何故だ」
「ルカが、友達って」
言葉は短く、しかしそこに乗せられた想いは果てしなく大きい。
また飛びのき、かわし、防ぎ防がれ、言葉を交わす。
「ルカは何て」
「償えって」
異様な光景だった。
不規則に放たれる氷の飛礫や地面から突き出る氷柱をかわしつつ、
迫ってくる剣を脅えもせずに防ぎつつ、
短く、確実に言葉を交わす。
第三者がいたとしたらこの状況で二人が手を抜いているように思うことだろう。
しかしそうではない。
お互いにスキと呼べる程のスキが無いのだ。
それ故に剣を振っても防がれ、数多の飛礫はかわされる。
そして言葉がそのたびに交わされる。
もう何回と同じことを繰り返し、ミストラルの発言は淡々と事実を突きつける。

「お前は、人を殺している。」
「分かってる」

「分かっていない」
「それも、分かってる」

「お前は逃げた、村人から、自分から」
「それしかなかったから」

そして、やがてエリカは言葉を返さず、聞き手にまわった。
「それしかない?逃げないことも選べた」
「…」

「逃げて、罪を重ねた」
「…」

「そして、お前はどうする?」

そう言って、飛退き、エリカを見据える。
「私は、貴方に勝って生きる。ルカがまたね、って言った」
「そうか、じゃあ本気でこい」
そう言い、改めてカッツヴァルゲルを両手で握りなおし、構える。
エリカも自分の言葉の通り、より意識を集中させ、手をかざす。
動かずに対峙する二人、動くものは雪だけである。
お互いに動かない。間合いは8m程度。ミストラルは一瞬でその距離を詰め、切りかかれる。
しかしその一瞬で十分な反撃動作に移れるのがエリカだ。
そしてエリカはエリカで攻撃はできる、が効果的な攻撃をできるとは思えない。
効果的な攻撃をしようと思えば一瞬無防備な状態になるより他無い。
その一瞬とはミストラルが自分を切り捨てるには十分だろう。
お互いに動かない、いや動けない。
一撃では決まらないことをお互いに悟っている。しかしお互いに先に動くことの不利を、ミストラルは経験から、エリカは直感から分かっているのである。
199凍った心-5(7/9)sage :2006/01/07(土) 01:39:38 ID:JUHMznp2
そうしているうちに何分が過ぎただろう、口火はエリカが切った。
その腕を、狂想曲でも指揮するかのように激しく振るう。
ミストラルの周りに瞬時に生成される氷の塊、それはやがて巨大な氷柱となりミストラルに迫る。
それを横っ飛びにかわす、そしてその避けた位置に向かって更に氷柱が降り注ぐ。
ミストラルは手に持つ剣を一回転させたかと思うと──全ての氷柱が軌道を変え、後ろへ、足元へとそれる。
エリカはほんの少し驚きをその表情に表すが、すぐに左手を横薙ぎに振るう。
するとミストラルの傍にあった雪の丘が動き出し、まるで津波のように形を変えて、生きているかのようにミストラルに覆いかぶさろうとする。
それをミストラルは剣を構え、切った。
剣士系に教えられる技術の一つ、バッシュである。
居合いのような鋭い一閃、そして雪の波には横に線が入り、崩れ落ちる。下のほうの雪は勢いを殺しきれずにミストラルの足元にぶつかる。
次々に波がミストラルに襲いかかる。下手に第一波を跳んでかわしていたらこの後ろから迫っていた波に飲まれていただろう。
そしてミストラルはその波を切り、マグナムブレイクで融かし、全てを処理する。
攻撃手段を全て落とされるエリカだが、動揺の色を見せずに腕を胸の高さまで上げ、指をまるで楽器でも弾くように動かしだす。
すると今度は舞い散る雪から拳大の雪球がいくつも生成され、ミストラルに向かっていく。
その球はミストラルの近くにふわふわとシャボン玉のように飛んでいく。
そして炸裂。球は細かい雪片を撒き散らし、それが刃となって地面に刺さっていく。
ミストラルは炸裂の一瞬前に飛退き、その無数の刃をかわす。
しかし、かわした先に30個程の球が既にミストラルを包囲するようにふわふわと飛び、次々とミストラルに肉薄していく。それはまるで円舞曲を踊るように。
これを一掃するにはマグナムブレイクがいいのだろうが、爆発により飛ぶ刃が融けきる前に体に刺さったら、という可能性がある。
つまりは使えないと思ったほうがいいだろう。そう悟り、すぐに剣を地面に刺し、眼を瞑る。
はたから見るとあきらめたかのように見えるが、実際は違う。その直後、ミストラルの体から目に見えるのではないかと思うほどの烈気がほとばしる。
騎士の技術、ツーハンドクイッケン。
気力を集中させ、戦いの女神からの加護を受けることによって攻撃速度が著しく増加するというものだ。
すぐさまミストラルは剣を抜き、その剣を翻す。
そしてそのまま球の群れに突っ込む、気が狂ったのだろうか、とも思える行動。
しかし、ミストラルがその群れに突っ込む直前、球の全てが半分に割れ、地面に落ちその形を崩す。
そう、切ったのだ。それも一閃のうちに。いや、もしかすると一閃ではなかったのかもしれない、速過ぎて見えなかっただけだろう。
いったいミストラルはその実力を何処まで隠しているのだろうか。そんな思いにエリカは一瞬意識を持っていかれた。
その一瞬は十分なスキである。ミストラルはそのスキを見逃さず、すぐさま跳躍している。
そしてその神速の剣を容赦なく振り下ろす。が、これもまた一瞬速く出現した氷の塊に防がれる。
しかしこの塊は先ほどまでとは大きさがひとまわり、いやふたまわり程小さい、それほど際どい氷の展開であったと言える。
続けざまに剣を振るうミストラル。その剣は的確に出現した氷によって防がれる。
その氷は小さく、ほんの少しでも位置がずれたらその切っ先はエリカを切り裂いていることだろう。

ミストラルは内心少々興奮気味であった。一介の少女、しかも戦いを学んだことのない少女がここまで自分の攻撃を抑えるのだ。
そして、ある種の好奇心に駆られ、飛退く。このまま打撃戦をやっても勝てはするだろうが何となく嫌だった。
そして言う。
「本気で来い、今のお前の持てる最高の"雪"で!」
エリカは少し疑いの目を向ける。それもそのはずだ、強い力を発動するには時間がかかる。そのスキを狙われたらどうにもならない。
「詠唱中に斬るような無粋な真似はしないさ」
まるでエリカの内心を読んだようにミストラルが言う。エリカは一瞬息を呑んだ。理由は分からなかったが。
そしてエリカは手を胸の前で組み、眼を瞑る。何故だかミストラルのことが信じれるような気がしたからだ。
祈るような姿勢をエリカがすると同時に、空気がざわめく。
降りしきる雪が竜巻のようにミストラルの周りを凄い速さで周りはじめ、やがて球状になり、ミストラルの姿が見えなくなるほどの雪が周りを舞う。
ミストラルはその雪の壁に剣を突き立てる、が元々細かい雪が周囲を回っているだけなので、意味がなかった。
エリカは両手で胸の前の空間を包むようにしている。そしてその手を徐々に狭めていくと、それに呼応するように雪の珠がその直径を徐々に縮めていく。

ミストラルは頭をフル回転させて考える。
─その雪はおそらくさっきまでと同じく恐ろしい切れ味を誇っているのだろう。そしてその直径が縮んでいき、最後には中に居る者を切り刻むのだろう。
 その直径が縮んでいくことで中に居る者に恐怖を感じさせる。そんな残酷な雪の檻。
 …いや、待て、エリカはそんな風に嬲って楽しむ性質ではないだろう。それはルカの報告からも明らかだ。じゃあ何故ここまで縮みが襲い?
 単にルカにも心に仮面をつけていたのではないか?いや、それも無いだろう、そんなことをするくらいならルカは今頃生きていない。
 じゃあ何故だ?何故遅いのか。簡単だ、それ以上速く縮められないのだ。
 これだけ速く回転していることから遠心力のせいだろう。
 そして遠心力に逆らってそれ以上力をかけるとどうなるか、それも簡単だ。
 向心力と遠心力のつりあいが取れなくなり。力が雪の回転を乱す。
 つまりは、"籠"が崩壊する。
 それほどにこの"籠"はデリケートなのだ。そこに突破点があるといえるだろう。

そう考えてるうちに元々4m程あった直径は2.5m程度まで縮まっている。
普通の者ならばもうこの時点で正常な思考は持っていないだろう。徐々に死が迫ってくる恐怖で気が狂うのだ。
しかしミストラルは尚も突破口を探し、頭を回転させる。"籠"が迫ってきていることなど微塵も気にしていないようだ。

─つまり、デリケートだということは力に弱いということだ。
 しかしこの"籠"を崩せるとしたら物理的な攻撃、それも一点に集中させるのではダメだろう。
 よってバッシュは使えない。
 全体的に一気に力を与えなければいけない。
 しかし、ここは閉鎖空間である。マグナムブレイク等撃ったら"籠"は砕けるだろうが自分も黒こげだろう。
 と、なると…アレ疲れるんだよな…まぁそれしかないか…

気の進まない結論を出したミストラルはその剣を下段に構える。そして精神を集中し、目の前にある壁を見つめる。
「はあっっ!!!!」
気合の掛け声と共に、その剣を壁に突き立てる。見えない力が壁にほとばしり、それが連鎖的に壁を走っていく。
その力はまるで雷光のように壁を走り、雪と雪との間に走っていた風を失わせる。
そして、その次の瞬間、"籠"が崩壊した。
騎士の秘儀、ボーリングバッシュである。
それは自分の精神力─正確には精神力ではないが─を剣に注ぎ込み、それを相手に叩きつける。
その力は連鎖的に周りの敵や、相手内部で暴れ狂い、その身体を破壊する。
雪に対しても例外ではなく、その力は雪の一つ一つを伝い、"籠"を打ち砕いたのだった。
「あ…」
そんな声をエリカは漏らしていた。
200凍った心-5(8/9)sage :2006/01/07(土) 01:40:05 ID:JUHMznp2
決着は着いた。
エリカの最大の秘儀を放ち、ミストラルはそれに打ち勝った。
それだけで十分だった。
エリカはその場にペタンと座り込み、呆けたような顔をしている。
そしてミストラルはそのすぐ傍に歩み寄り、剣を振り上げようとした、その時。

パチパチパチパチ

何処からか拍手が聞こえてくる。
その音がするほうにエリカとミストラル、そろって顔を向けると、
そこには深い緑色のフードを頭から足まですっぽり被った──おそらく男─が立っていた。
「面白い物を見せてもらいました、当初の予定とは違いましたが、フフ」
そう言い、そのフードの奥で少し唇を吊り上げ、微笑む。
その時、その足元で何かが呻く。ハティーだ、すっかり忘れていた。
《あ…ああ…来てくださったのですか…早く…こいつら…ぅを!?》
鈍い音と共にその声は驚愕の色が帯びる。
「まだ生きてたんだね、ハティー。そんな無様な姿で。」
《が、がああああ!!!あ、ぐうあああああああああああ!!!》
男はその手に突然現れた長剣によってハティーの頭を刺して、それをぐりぐりとまわしている。
《ぐあ…が……》
元々弱っていたところに更に追い討ちをかけたのだ、すぐに声はその音量を下げ、眼からは光が消えていく。
「元々、その子の魔力を頂きに参ったのですが…流石に貴方達二人を相手にするのは分が悪い」
「ドッペルゲンガー…何故こんなところにいる。何をたくらんでいる…?」
ミストラルはそう魔界の剣士に尋ねる。
「ああ…直に分かりますよ、貴方ならね、フフ」
「答えろ」
そう低く、よく響く声でミストラルは言う。
それに対し、ドッペルゲンガーは余裕そうな笑みを浮かべたまま、宙に浮かぶ。
「今日は、ハティーで我慢しておきます。そうそう、これからお仕事が増えると思うので頑張ってください。赤の騎士様」
微笑みつつ、そう言い、ドッペルゲンガーは虚空に突然その姿を消した。
そして、辺りに再び静寂が現れる。
エリカは呆然と虚空を見つめている。
そして思い出したように
「どうぞ」
一瞬、ミストラルは何のことか分からなかった。
そしてそれがエリカ自身の覚悟なのだと知る。
ミストラルは無言で頷き、その手に持った剣を高々と振りかぶる。
そして、その剣を無情に振り下ろす。

バサッ

雪原にエリカだったモノが落ちた。
201凍った心-5(9/9)sage :2006/01/07(土) 01:40:58 ID:JUHMznp2
─────────────────────────

眼を開ける、視界には白い雪原が広がっている。
足元には自分の長かった髪。頭を触ってみると肩程度の長さまで切り落とされていた。
周りを見渡して見ると、すぐ傍に何か紙が落ちている。
拾い上げて見るとそこには

─エリカ・ミルナンスは死んだ お前はもうエリカじゃない
 そして聞く、お前の名前は何だ?
 お前の、新しい名前は何だ?
 自分で名乗れ、そして生きろ
 また罪を犯すようなら、その時は新しいお前を殺しにくる。

そんなことが、崩れた書体で書かれていた。
「エリカは、死んだ…」
つい声に出して反芻する。

元からエリカという名前はそれ程好きでなかった。
親から貰った名前ではあったのだが、一人になってからその名前が嫌になった。
何故かというと、花言葉である。
エリカの花言葉は『博愛』、それ自体は気に入っていた。
しかし、一人身になってそのもう一つの意味を思い出したのだ。
もう一つの意味は『孤独』
まさに自分にぴったりで無性に悲しくなったりもした。

今までの自分は死に、今新しい自分がここに在る。
その言葉は自分に勇気をくれたような気がした。
そして、新しい自分の、新しい名前。
優しかった両親に貰った名前を捨てるのは少々悲しかったので、ファーストネームはエリーにすることにした。
ラストネームは、何にしようかと考え、ふと花言葉で探してみた。
そして、つけた名前。新しい自分の名前。
「エリー・スノードロップ…うん、それが、私」
そう呟き、少女は雪の降りしきる空を見上げた。

スノードロップ、『希望』の花言葉を持つ白い花。
かつて人の始祖が凍てつく大地を歩いていた時に、天使が雪をこの花に変え、春が訪れたと言われる。
そう、今まさに"雪"が、スノードロップとなったのだった。
また、もういくつかこの花には花言葉がある。
無意識のうちにそのことを覚えていて、エリカ、いやエリーはこの名前にしたのだろう。
エリー自身もそれには気づいていないが───

降りしきる雪はやがて融け、春になる。
少女の心は冬を向かえ、6年の歳月を経て春を迎える。
そして少女は、この雪原を出て、世界を見て回ることを決心する。
まるで春に咲いた花がその花粉を遠くに飛ばそうとするように───
202凍った心-5(10/9)sage :2006/01/07(土) 02:18:30 ID:JUHMznp2
なんだか最初想像してた構想から倍近くになったレス数、妖精さんがいつの間にか増やしてました。
ということでやっとこさできた戦闘シーンです(?)

しかし他のかたがたの戦闘シーンに見劣りするばかりで(ノд`)

>>名前のお人
弓のに凄い燃えを感じました。
ひょうきんものでやる時はやる、まさに私が書けない理想のキャラです。
白いお人と同様に工事帽のところでは大爆笑させていただきました。
黒騎士の常温低音、大好きです。お裁縫とか仮面念力復元とか。
あとは冒険者達、特に魔法使いに萌えを感じつつ。。
正月編のほうでは剣のと弓のの漫才のようなこの決闘、
喧嘩するほど何とやら、和みました。

私は誤字脱字は気にせず読めるのですがやはり直しておいたほうがいいかと思われます。
23にも及ぶ物に眼を通すのはつらいと思いますが…
あとは>>170氏も指摘なされていることなのですが確かにちょっと休憩が欲しいと思いました。

>>白いお人
元々喋り方は関西弁意識していなかったのですが(笑)
文体からして確かに見返してみると関西弁くさいところが多少有りますね。
まぁ発音についてはお任せします、はい
多分これからもルカは関西弁くさい発言が出ると思われますが故。
そして書き込んだ後に気づきましたが一文字開けを忘れるという失態がorz

>>お年玉のお人
ヤファの健気な気持ちが胸を打ちます、この後どうやって仲直りするのかが気になるところ。

>>ペットのお人
ガクガクブルブルな最初とまったりんな中盤、そして繋がりを見せる?>>192
今後の展開が楽しみです。
203名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/08(日) 04:24:51 ID:ffvQA5cU
ROはとっくに引退した者なのですが、ここはずっと眺めておる奴です。こんな盛況なスレを見るのは久しぶり。
感想とか言いたいけど、だらだらと書き込むのはアレだなぁ、とか思うので、座談会とか誰か企画してくれませんか?
1DAY使って遊びに行きますヨ!
204白い人sage :2006/01/08(日) 07:48:55 ID:Q6NNBHZ.
>>お年玉の人
来た!きたこれ!
素直になれずにツンツンしちゃう子きたこれ!
心情描写がすげー生き生きしてます。
先が気になるお話ですね。

>>ペット食べちゃう人
サララさんの暴走っぷりが激しくGJ
まだまだ微笑ましい場面なんだけど、これからあのグロいところとどうつながるのか楽しみ。

>>凍った人
な、なんだってー!?黒幕はDOP!?
剣が出てくるところはかっこ良かったんですが、盾どこ行っちゃったのかな〜とか。
ポイ捨てされた三流悪役なハティーに若干萌えてみつつ……
同じ時間軸で、視点を変えて繰り返し書かれてるところに作者の熱意を感じました。

エリカとミストラルの会話と、そこから自然に進む決闘に燃え。
あんまりコッテリしてないんですが、良い意味でさっぱりしてました。
その後出てきた黒幕が妙に古畑っぽい喋り方してませんか。いや、この間見たときの印象が強いからかもしれませんが。

斬ったのが髪の毛だけだったことに、心から安堵。そこで斬っちゃうかお前!?って心の中で叫びました。
落ちてた紙って、雪に濡れると読みづらそう。

最後はめでたしめでたし。でも、操りが解かれると寒くなったりってしないんでしょうか。
ああ、どうでもいいことばかり突っ込んでしまう自分がだんだん腹立たしくなってきた_| ̄|○

続きがありそうでなさそうな終わり方は、本当に見習いたいです。

黒幕さんがエリカをほっといた理由とか、いろいろ気になるところが残っててワクワクテカテカ。

>>203の人
RO内で、ってことかな。
まあ、僕もクリスマスイベント以降引退しちゃったんですが、わらわらと集まって話せる場があっても面白そうですね。RO内に限らず。
205白い人sage :2006/01/08(日) 07:57:11 ID:Q6NNBHZ.
ああ、書き忘れが_| ̄|○
>>凍った人
エリカVSミストラルで、音楽系の描写が意識して使われてるみたいなのですが、狂想曲ってのは必ずしも激しいものではないかと……
厳格な形式によらず、作者の気のおもむくままに作られた器楽曲というのが狂想曲なので。
激しい性格になる音楽は、交響詩とか、交響曲の第4楽章辺りが多いと思います。(チャイコフスキーの悲愴とか言う例外もありますが)

とりあえず、これだけ言いたかったので。
206名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/08(日) 17:44:50 ID:BLIziRRg
>>座談会
いいんじゃない?
書き手同士、というか掲示板じゃ気を使って言えない事とか、
そういうナマのお互いの声を聞く機会って貴重だと思うし。
開催されれば自分は確実に出ます。

個人的には、長編ばっかじゃなくて、
このスレの昔のログみたいに気軽に短編とかが投下される様になればなぁ、
とか思ってみる。
長編ばっかだと内輪みたいになりますし。
短編投下でも、好きなら『習作』と銘打って色々突っ込みもらってみるとか。

とはいえ、ROのネタを探す、とは言ってもゲーム内部ではほぼネタが掘りつくされた感。
癌だからと言えばそれまでだけども、
横の広がりは増えても深くROの世界が彫りこまれてないのが辛い。
縦が深ければ、細かい点からくみ上げて色々妄想とかも膨らむのに。

新しい地域出すのなら、せめて表には出なくてもいいから
内部の設定とかをきちっとやってから出せと。
それだけでもキャラクタの活き活きぶりが違うんだと。
つーか、三文芝居じゃなくて商業なんだから、イベント一つに嫌な位凝れと、
グラフィック新しく書き直さなくても世界の中の設定だけなら、
原作者とコンタクトとりつつ幾らでもできるやろと、
例えばmob萌えスレとかである魔と人の対立軸の説明とか。
立場が違う色々な人の葛藤とか。
新しくグラフィック起さなくても既存の背景とかてこ入れしなくてもできるやろと
小一時間以下略。

むしろ、ぶっちゃけて言えばSS書く上で、
殆ど細かい設定のないラグナは各人がROのイメージを用いつつ、
SS内部で独自の箱庭世界を作り上げてる、というか。
真っ白い地図に一つの物をモチーフに好き勝手絵の具を広げていく、というか。
よく言えば懐が広く、悪く言えば癌が何も考えてないんだろうなぁ、と。

前半は短編やら短めの習作やらがスレに増えるのを希望、で
後半あたりは結論から言うと、癌仕事しろ、な訳ですが。
書いてる内に脱線してスマソ。
207凍ってる人sage :2006/01/08(日) 20:45:34 ID:UJSzFxu6
>>座談会
楽しそうでいいですね、座談会。
自分以外の人のRO観も是非聞いてみたいので賛成に一票。
でも何か自分は余り他スレとかをあまり読まないので皆さんと食い違いが多そう…('ω`;)
問題は自分も休止中だということですね。

>>白いお人
・盾に関して
〜(3/9)より
そして、衝突音がやみ、その瞬間主を守りきった盾は崩れ落ちる。

描写が足らずに分かりにくかったようですね、すみません。(ノω`;)
ということでちょっと改変↓

─そして衝突音がやみ、その手に持っていた盾は主を守りきる役目を終え、満足そうに砕け散った。
ということで結論としては盾は壊れています。脳内変換していただけるとありがたい。

・DOPについて
貴方のおかげで私の頭の中でまでDOP様が古畑に!!!(ノω`)渋いDOP様…

・狂想曲について
そこはこちらとしても考えたのですが(基本的には使う前に怪しい語句の意味は調べたりします)、
主に語呂と、字から受ける印象でこれにしました。つっこまれるの覚悟で。
どちらかというとうーん、諧謔曲でもないし、やっぱり交響曲の1楽章や4楽章がいいのでしょうね。
もっともなご指摘ほんとありがとうございます。(というかこの注釈を後書きに書いとけばよかったと反省。

ついでに、悲愴と聞くとベートーベンのほうしか出てこないのでなんとも、今度聞いてみます。
208白い人sage :2006/01/08(日) 22:20:31 ID:Q6NNBHZ.
>>癌仕事しろの人
僕にいま少しまとめ能力があれば、王都攻防戦は短編になったはず……_| ̄|○
あれ終わったら、短いのをたくさん書いてみようと思います。長いものって、もっと書きなれてからじゃないとダメなんだと今更_| ̄|○

ROの世界について
激しく同感。
限定されてなくて妄想が広げやすいっていうのはあるんですが、それでもやっぱり浅すぎるな〜と。
ただ、ジュノーとかその辺りいろいろなNPCにお話を聞くと、それがネタになったりならなかったりするところは面白いので、自分はあんまりブーブー言うつもりはありません。
言ったところで変わらないしなー_| ̄|○

アインとか、モブが既に適当になってきてるっていうあれが_| ̄|○
メタリンはまあネタで許すとして、ミネラルとかオブシディアンって……_| ̄|○

千年前におっきな戦争がありましたよーみたいな背景設定があったけど、プレイヤーでそれを知らない人すらいるんじゃないかと。
そういうのは「原作読め」っていうあれなんでしょうかね_| ̄|○

僕も、世界の形そのものが曖昧すぎるので、それに託けて勝手に作ってる一人なんですが。

>>凍ってる人
盾に関して、完全に見落としてました_| ̄|○
その後に「盾がもってる」っていう台詞があったもんですから(´・x・`)

古畑DOP「今泉君、また海外旅行の福引当てたの?今度はリヒタルゼン?」
今泉オーガトゥース「なんですかその心底嫌そうな顔は!」

失礼しました_| ̄|○

>>狂想曲
狂ったように激しく、それでいて明るさはなく重々しく……
イメージとしては伝わってくるんですけど、それにピッタリ来る音楽用語は知りません_| ̄|○
音楽用語辞書なんてのもありますが、あんまりマニアックだと知らない人には何言ってんだかわけわからないし……こういうのって、楽器やってても知らないことが多すぎる(;´ー`)
やはり、交響曲の最終楽章とか、激しい交響詩とか、その辺りが妥当なのではないでしょうか。
ここまで細かく拘る必要があるのかと言われれば、必ずしもイエスではないけど。

チャイコフスキーの悲愴はあんまりメジャーではないのかもしれませんね。
むしろ、ベートーベン先生が有名すぎるのかな。
チャイコフスキーの交響曲第6番です。本当に暗い終わり方してくれるので、人によっては欝になるかも。
209凍ってる人sage :2006/01/09(月) 00:00:29 ID:Ty6BfKek
>>白いお人
なるほど、そこでのが勘違いの元でしたか。
確かに勘違いしそうな台詞だ…自分で書いといてなんだけど。

古畑DOPがまるで今後この末路が推理して言っているような…ゲフゲフ。
いえいえ、別にリヒタルゼンが出てくるかと言うと…出てきます、ぐは。
まぁその間に色々紆余曲折を入れるので相当後になると思いますが。
あぁ、流石古畑DOP…推理が冴え渡っているのですね。('ω`;)


〜〜以下チラシ裏、個人的見解なので読み飛ばし推奨〜〜

曲関連で語呂がいいと思うのが
円舞曲・輪舞曲・綺想曲・諧謔曲・狂想曲・小夜曲、と漢字で書いてカタカナで読めるような物が好きです。
ただこれ等は一般的にその意味を把握されているかというと、そうでもないので書くときに難しいんですね。
今回狂想曲と書いたのも字からして意味を知らなくてもそうとれるからなんです。
交響曲は楽章を全て演奏しての交響曲だと思っているので第4楽章だけとかも何だかなぁ、と。語呂の点においても微妙。
ついでに今後ともこの曲関連使っていくのでカタカナ読みをつらつらと。
円舞曲⇒ワルツ
輪舞曲⇒ロンド
綺想曲⇒カプリッチオ
諧謔曲⇒スケルツォ
小夜曲⇒セレナーデ
交響曲⇒シンフォニー

〜〜以上チラシの裏〜〜


長々と失礼しました。
210白い人sage :2006/01/09(月) 16:55:55 ID:DMByeGLg
>>凍ってる人
古畑DOPいきなり名推理!?煤i´□`;
続き楽しみにしとります。ワクワクテカテカ。

>>曲関連
円舞と輪舞、小夜曲あたりは割と知られてそう。
交響曲使うなら、時間軸的に1〜3楽章を入れた長い戦いになりそうな予感。
狂想曲はまあ、意味としても彼女自身の激しいカプリチオだったと言えば問題はなさそうですし……
ただポン、と狂想曲という単語が出てきたので気になってしまっただけなので、あんまり深く考えすぎないでください。(´・x・`)

新スレ立ててみたんですが、あれで良かったんでしょうか。
スレ内共通ルールとかリンク切れてたんで、適当に張り替えちゃったけど。
211名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/09(月) 19:57:57 ID:h95YXj0o
新スレになったようなので、一言落としていくが、別に非難してるわけでも荒らしたいわけでもありません。
かつてそういう話で荒れたことがあると言うことを指摘したいだけの、年寄りの繰言と思って聞いてください。

 作者同士の馴れ合いレスのやりとりはROMを蔑ろにするように見える。そういうのがしたければ個人でホムペ作ればいい。
 当人達にそのつもりがあるかどうかではなく、ここは匿名掲示板の小説スレだ。小説を投下せずに長文雑談する場ではない。

そういう論調のROMと、反発する作者および同意するROMの相違で多少荒れた時代があった。
「〜な人」でコテを名乗っている面々は、一応その辺の経緯も考えて欲しいです、はい。
まぁ、もはやその論議で荒れるほど、ここにはROMが残っていないのかもしれないけど、ね。
212白い人sage :2006/01/09(月) 23:33:03 ID:DMByeGLg
>>211の人
あうあ……失礼しました。
書いてから、なんとなく入って来づらい雰囲気にしちゃったかなと少し不安ではあったのですが……

僕は割に新参なほうなので、荒れた時代とかにはいなかったと思うのですが、深く反省しておきます。

雑談と、小説の中身についての議論の区切りをどうするのかってところでまた引っかかるのですが、見てる方が雑談と感じれば雑談になるんでしょうね。
はい。ツベコベ言ってないで筆進めてきます。
213凍ってる人sage :2006/01/09(月) 23:44:33 ID:Ty6BfKek
無駄に長文書くと余計荒れそうなのでこれだけ。

その繰言を心に刻んでこれから書いていきます。
ご指摘本当にありがとうございます。
そしてほんの少しでも不快感を覚えたなら申し訳ありませんでした。


こーゆー表現とかのことは座談会とかでやったほうがいいのですかね…(座談会が行われるなら)
214名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 03:50:58 ID:gWbGESPY
ここ数レスのは意義ある意見交換っていうか、議論っていうか。
少なくとも馴れ合い的な雑談には見えんかったけどなあ。
知らんこともあって「へぇー」とか思って見てたし。
座談会いちいちセッティングすると時間かかるし、タイムリーだからこそ出る意見もあるわけで。
なんもかんも馴れ合いって断じるのはちょっと大雑把な気がしてしまう。

>>211も繰言って言ってるし、気にしないでいいと思います。
215名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 10:02:41 ID:PD15jj1.
議論だろうが馴れ合いだろうがこの手の板でのコテつき会話は嫌われる。
気にする奴はするし気にしない奴はしないんだろ。
>>214のように当事者でもないのに名無しが勝手に援護射撃を買って出るのが一番荒れの元。
216名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 11:07:55 ID:ySyXWezc
他人への感想述べるだけならコテ外して書いてもいいんじゃない?
とは思うが。
作品への感想へのレスするときはコテ必須で良いと思うけど。
217名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 17:35:39 ID:bpBlGdio
ここで空気を読まず全く関係の無い話題を切り出してみる。

個人的には作品以外にまったく雑談無いのも辛い罠。
ただなんつーか、ガーッとかこれSugeeeeeとかそう言うご大層なのは必要なし。
とげとげしいんじゃなくて、なごやかな…
言うなれば、歌ってネタ落とせて新しい人が短編書いてくれたりする空気がホスィ。
ただでさえ長編以外には殆ど投下が無いし…

後、座談会の日時指定、誰もやらんなら来週の金〜日のいずれかで
十時頃から何処かの過疎板で開催希望してみる。
218名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 17:37:57 ID:ySyXWezc
言い出しっぺが主催する法則
219名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 18:03:01 ID:bpBlGdio
OK。それじゃあ、主催するよ。

小説スレ座談会
日時:一月二十日(金)/22:00より
場所:マグニ鯖のヴァルキリーレルム中央砦右の噴水に集合
卵の殻被ったノービスが座って「小説スレ座談会」というチャットを出しているので、
見かけたら声をかけて下さい。

日時、場所等に突っ込みがあれば適宜お願いします。
220名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/10(火) 18:20:54 ID:bpBlGdio
後、訂正。>>217過疎板=>過疎鯖
221名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/15(日) 19:49:10 ID:02rBLTXk
MMOBBSの方とか宣伝死に行かなくて大丈夫?
2229-10@宿題sage :2006/01/15(日) 23:34:48 ID:TJKtKSJc
忘れ物 4
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 呆然と立ち尽くすロイセルの前で、スミレ色の髪をした娘は嫣然と微笑んだ。人工の淡い照明にうっすらと浮かぶ顔には、どこか背筋を凍らせるような、恐ろしいほどの艶がある。ある種の神々しさすら漂わせ、同時にひどく華奢な姿。そこだけ現実から切り離されたかのように息も乱さず静かに佇む娘に目を奪われながら、ロイセルは純粋に彼女を美しいと感じた。
「ねえ、そこではいつくばってる貴方。言わなくていいことをペラペラペラペラ偉そうに語っちゃう悪役には、ロクでもない結末しか残らないのよ。創造主がそういう風にルールを作ったの。かわいそうに、知らなかったのね?」
「馬鹿に……しおって!」
 立ち上がれずにもがく四男を見下ろし、娘は愉しげに目を細めた。
「いいじゃない。実際にバカなんだから。もっと賢かったらそんなことにはならなかったのに。愚かな貴方には陸に上がったオボンヌみたいにそこで無様に地べたに転がっているのがお似合いだわ」
 手馴れた仕草で娘が弄ぶ短剣の刃先から、赤い雫が一粒飛んでいく。緩やかな弧を描いた血液は、ようやく上体を起こした男の、体を支える手の甲に命中した。
「次はそこを使えないようにしてあげようか? それとも一本一本指を落としていく方がいい?」
 ロイセルには口を挟むことはおろか、声を出すことすらできなかった。事の成り行きを固唾を飲んで見守ること。それが今できることの全てだった。神経を押さえ込むような威圧感があるわけでも、身の竦むような殺気があるわけでもない。ただ、凶悪なまでの実力者であったはずの暗殺者を苦もなく無力化してのけたのがこの娘であるのは疑いようがなく、その事実こそが大きな力となってロイセルのあらゆる行動を封じていた。
 臨時の共闘者となった暗殺者にしてもそれは同じのようで、彼もまた一言も発しなかった。先ほど娘と言葉を交わしたおかげでどちらかと言えば楽観視できているロイセルとは違い、敵対する立場で初対面を果たした三男は途方もない恐怖に襲われているのかもしれない。
「答えて。どっちがいいの?」
「黙れ女ぁっ!」
 四男が自棄になったように大振りにカタールを薙ぐ。高等な回避技術など身につけていなくとも、上半身だけで振り回す攻撃など当たるはずもない。身を引いて難なく避けた娘は、ニ撃目が放たれるより早く、無造作にも見える挙動で懐に踏み入ると、凶刃を振るった前腕に短剣を突き立てた。
 流石と言うべきか、武器を取り落としながらも悲鳴を噛み殺し、四男はもう一方の手を固く握りこむと、即座に拳を走らせた。カタールを地面にうち捨てて最速を狙った一撃は、間合いから見ても最善の選択だっただろう。鋭利な刃物の力を借りずとも、豪腕から繰り出される拳撃は、細身の女の体など容易くへし折るだけの威力を秘めているに違いない。
 武器という重荷を捨てた四男の拳は、今までとは比べ物にならない、文字通り目にも留まらぬ速さだった。傍観者となっていたロイセルは本能にも近い感覚で、一瞬のうちに、躱せるはずがないとの判断を下す。
 血反吐を吐いて無残に殴り飛ばされる娘の姿が脳裏に描かれたその瞬間――、暗殺者の拳はスカートの布地を掠めて空を叩いた。視線を移せば娘の体は完全に間合いの外にある。
「何だとっ!?」
 四男の上げる驚愕の声を聞きながら、ロイセルは口の中でうめき声を噛み殺した。心を占めている物は四男とさほど変わるまい。少しばかり頭をもたげてくる畏怖にも近い念と、信じ難いという思い。
「何って、バックステップでしょ。貴方もアサシンなら練習したでしょうに。あぁ、あとそれ。安物だからあげるわ。使いたかったら使っていいわよ」
 娘の言葉で気付く。四男の腕には短剣が刺さったままになっていた。躱せるはずのない攻撃を躱すことのできたからくり――娘は刃を抜くという動作を省き、その短い時間を回避行動に回していたのだ。
 しかしそれだけではあの反射速度は実現できまい。四男の一手は間違いなく起死回生の目を多分に含んだ、巧緻の極みとも言うべき妙手であったのだ。おそらく娘は踏み込んだ直後から予備動作に移っていたのだろう。でなければ逃れようのないタイミングだったはずだ。
 分析するのは簡単だが、攻撃から退避まで、複数の挙動を一連の流れで、しかも高速で行うということは、どこか一つをしくじれば致命的な破綻を生みかねない危険性を孕んでいる。絶対に失敗しない自信があったのか、それとも失敗しても問題にしないだけの身体能力があるのか、いずれにせよ、ロイセルの戦慄を深くするのに充分な一幕だった。
「だいたい貴方、私は『どっちがいいの?』って聞いたのよ。二択だって言っているのにそれすらもわからないの? もしかして本当に頭がおかしいのかしらね」
 相変わらず呼吸も乱さずに平然と言うと、娘はロイセルに向き直った。
「何か刃物貸してくれない? できれば軽い方がいいけど、無かったらなんでもいいわ」
 ロイセルは肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した。武器を貸せなどと要求してくる辺り、やはりロイセルに敵対する気はないのだろう。自然、胸が軽くなる。
「貸すだけなら構わないが、またあいつにくれてやることにはならないのか?」
「まだ暴れるようならそうなるかも。だめ?」
 ロイセルはわずかに悩み、かぶりを振って答えた。
「あいにく貧乏なもんで。人にプレゼントしてやれるような武器は無いよ。それともう一つ。我侭な話で恐縮だが、その男には聞きたいことがあるんでね、できれば殺さないでやってもらえると嬉しい」
「それは貴方の好きにしていいわ。武器が無いなら私にはどうしようもないもの」
「恩に着る」
「けどこれだけは忠告させて。尋問したいのなら今すぐあのバカの指を落としなさい」
 言葉の意味を察してロイセルはすぐさまツーハンドソードを握り直した。
 ハエの羽という道具がある。簡易の瞬間移動を可能とするこの使い捨ての魔具は、ほとんど全ての道具屋で扱われている、冒険者の間では一般的な道具だ。子供の手のひらにも収まりそうな大きさのそれは、手の中で握りつぶすだけで効果を発揮する。細かな移動先が指定できないため使いどころは限られるが、逃げるという事に関してはこれ以上に都合の良い物は無い。
 大剣を振るおうとして、ロイセルに逡巡が生まれる。長大な愛剣は小さな標的を狙うのには適さない。正確に指だけを斬り落せる自信は無かった。完全に優位に立った状況で過剰な攻撃を加えることに対しての抵抗もいくらかあったのかもしれない。
 狙いを腕に変えるべきだと判断するまでに生まれた短い空白を、熟練の暗殺者は見逃さなかった。四男は素早く懐に手を入れ、何かを掴む。
「さらばだ」
 言い終えるより前に、淡い光の柱が四男を包み込む。瞬き程の後、光が収まると黒ずくめの男は既に姿を消していた。
2239-10@宿題 :2006/01/15(日) 23:36:12 ID:TJKtKSJc
「『さらばだ』って……。いちいちかっこつけないと気が済まないのかしらね。ほんと、長生きしない悪役の典型だわ」
 寸前まで四男の座っていた空間にちらりと目を遣って呆れたように呟いた娘を見やり、ロイセルは一つ息を吐いた。張り詰めていた緊張の糸が切れたようで、体の力が抜けて行くのがわかった。取り逃がした失態については今更どうしようもない。忘れることにして、まずは疲弊した体を街灯にもたれさせて休ませる。途端に戻ってきた痛覚にも負けず、口元には苦笑が浮かんだ。
「あんた、わざと逃がしたな」
「どうして?」
「あんたが睨んでいれば、それだけであいつは逃げられなかっただろうよ。そもそも『指を落とせ』って聞くまで、あいつはハエのことなんて忘れてたんじゃないのか?」
「バカだったしね」
 くすくすと笑う表情から、推測が正しかったと窺い知れる。理由を追及しようと口を開きかけ、それよりも重大な問題があることに思い至った。
「それはそうとして、その男はどうするんだ? 俺は殺さないと約束したから、もうどうもするつもりはないんだが」
「騎士はやっぱりそういう約束も守るものなの? さすがね」
 四男と同じく脱出手段くらいは備えているはずだが、最後に残った仮面の暗殺者は一向に動く気配を見せていなかった。
「私も特に何かしようなんて思っていないわ。ここでまた戦闘を再開したいとか言い出したら別だけど、もうそんな気も無いでしょ。逃げるなら逃げちゃっていいわよ」
 娘が三男に顔を向けると、彼は抵抗しないという意思表示なのか、石畳に座りこんで武器を地面に置いた。
「逃げないの?」
「逃げる。だが貴女はおそらく魔物を相手にするだけではない――殺人に躊躇いを覚えない暗殺者だろう。我はそういった者を敵に回すことがどういう意味を持つのか、知っているつもりだ」
 ロイセルには三男の言わんとしていることが理解できた。職業暗殺者は本来であれば正面を切って標的と相対するようなやり方は取らないのである。彼らの任務とは戦うことではなく殺すことなのだから、不意打ちでも何でも、とにかく有利に進めて確実に息の根を止めようと図るはずだ。
 仮面の暗殺者たちは職業暗殺者でこそなかったようだが、ロイセルがハエの羽を使わなかったのもこの辺りに原因があった。寝込みを襲撃しようとするような相手にその場限りの逃走を企てたところで、根本的には何の解決にもならない。日常の隙を突かれる危険を考えれば、三対一の不利があっても、真正面から戦える状況を生かすほか無かったのだ。目の前にいない時こそが、暗殺者を最も恐れるべき場面なのだから。
 格上の暗殺者に狙われながら生活するなど正気の沙汰ではない。三男は娘の立ち居地を確認したかったのだろう。
「貴女が何故その男の味方をするのかをお聞かせ願いたい。我らは何か貴女の禁忌に触れてしまったのか?」
「もしそうなら貴方はもう死んでいるわ。私は彼に死んで欲しくなかっただけ。貴方と敵同士になったって認識はないわね。ちなみにさっきのバカとも」
 三男は回答を咀嚼するように黙り込み、やがて言った。
「では、その男を殺せばどうなる?」
「私は彼に死んで欲しくないって言ったのよ。それでも殺すって言うの?」
「貴女の返答如何では」
 娘の瞳が面白がるようなきらめきを見せる。
「そう、じゃあ教えてあげる。次に彼を殺そうとしたら、貴方の命は無いものと思いなさい。そんな危険人物を放置しておくわけには行かないもの」
 でもね、と娘は続けた。口の端が吊り上がり、優艶な相貌に悪戯な笑みが作られる。
「でも、もし次の一回で彼を殺すことができたなら、その時は私は貴方に何の危害も加えないわ。彼という存在がいなくなってしまっていたら、貴方を殺したところで私には何の利益も無いわけだから。復讐なんて馬鹿げているし。これでいい?」
「充分だ。礼を言う」
「待て、あんたら」
 勝手なやり取りに思わず口を出したロイセルだったが、ニの句を継ぐ前に、聞くことは聞いたとばかりに三男の全身が光の柱に包まれる。見慣れた魔具の副効果が収まり、薄暗い路地にはロイセルと娘の二人だけが残された。
 静かな夜風を肌に感じる余裕ができて、襲撃が完全に終了したことが実感として徐々に染み入ってくる。ロイセルは疲れきったような半笑いになり、冗談めかした嘆きを漏らした。
「本人のいる前で殺すだの殺さないだのの相談をしないでもらえるか。するにしても、せめてもうちょっとこう、俺が安心できるように話を持っていってもらえると嬉しかったんだがな」
「心外だわ。貴方に一番有利になるようにしたつもりなのに。ああ言っておけば、彼は必ず確実な方法を取るわ。少なくとも私なら不確実な毒殺なんかは絶対にやらない。自分の手で、武器で、直接殺そうとするでしょうね。貴方が唯一対抗できるやり方で。文句ある?」
 ロイセルは三男を狂信者と評した。その印象は未だに変わっておらず、犯行そのものをやめさせるのは難しいだろうと思っている。となれば、娘の発言は確かに最良の物だったのだろう。そうは納得できても、すんなりと感謝する気持ちになれないのは、娘が終始楽しげな態度を崩さなかったせいだろうか。どうしても、本人の思うままに行動した結果がたまたまロイセルにとって良い目に転がったに過ぎないのだ、という感が拭えない。
「文句はないが、あんたは本当にそれを計算して喋ってたのか? なんだか後付けくさい気がするんだが」
 娘はかすかに目を見開き、けらけらと声を立てて笑った。短剣を携えた超然とした姿にも引き込まれるような魅惑的な美があったが、こうして歳相応の笑顔になってみれば、生気に溢れた表情も素晴らしく魅力的な娘なのだとわかる。
「いいわね貴方。ほとんど初対面で、しかも命の恩人でしょ、私って。何で素直に礼が言えないのよ」
 指摘されて喉の奥で唸り声が鳴った。言われてみればとんでもなく無礼な振る舞いである。自覚はしても、わざわざ態度を変えようとは思わなかった。元より相手に気分を害した様子はないのだ。それよりも、若い娘らしい華のある笑い声につられて、ロイセルの顔にも打ち解けた笑みがこぼれてくる。
「何でだろうな。あんたの人柄じゃないのか」
「同じセリフを返すわ。でも別にいいわよ、お礼なんて無くても。貴方の言ったとおり、私は自分のしたいようにしただけなんだから。私がいなかったら死んでいたんだとしても、感謝される筋合いなんて無いわよね」
「……悪かったよ。降参だ」
 にやにやとした眼差しを送ってくる翡翠色の瞳を見つめ返し、ロイセルは頭を下げた。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。それじゃ、手当てしに行きますか。いい加減痛いでしょ」
「動かないで喋ってるだけなら耐えられるけどな、慣れてるし。けど、本音を言えばさっきから早く塞ぎたくてしょうがなかった」
 街灯の柱から背中を離すと、思った以上に体がだるい。それでもしっかりとした足取りは保って、ロイセルは石畳を踏みしめる。
 昼間からわだかまっていた胸の重苦しさは、いつの間にか霧散していた。
2249-10@宿題sage :2006/01/15(日) 23:37:59 ID:TJKtKSJc
 … … … … …


 傷を直すには幾通りかの方法がある。もっぱら使用されるのは、聖職者に奇跡を起こしてもらう方法と、癒しの効果のある魔法薬を使う方法の二通りだ。
 魔物の討伐に行く際にはロイセルは必ず魔法薬を携行するのだが、今日の場合は街から出る予定が無かったために持ち歩いていなかった。王国の首都であるプロンテラは当然ながら人通りが多く、その中には癒しの奇跡を身につけた聖職者も少なくない。多少の傷を負ったとしても街の中にいれば大概がどうにかなってしまうものなのだ。
 宿に帰って薬を使おうかとも考えたが、五男の死体を放置しておくわけには行かない。騎士団に通報する目的も兼ねて繁華街へと向かう途中、寂れた路地を抜けきる前に娘は立ち止まった。
「そんな怪我したままで街行ったらかっこ悪いわよね。何か薬買ってくるからちょっと待ってて」
 一方的に言うと、答えを待たずにロイセルを残して喧騒のやまない通りへと駆けて行く。娘の提案は事実ありがたいものだったので、ロイセルはおとなしく冷たい石塀に体を預け、遠ざかる後ろ姿を見送った。走り方が洗練されているわけでもなければさほど速いわけでもなく、ただの町娘が走っているようにしか見えない。完璧なカムフラージュである。
 いったいどういった娘なのだろうかと思う。歳はおそらくロイセルよりも下で、エリスと同じ二十代前半くらいだろう。その若さで既に一流暗殺者と言っていいだけの――ロイセルの私見では超一流と言いたいほどの――実力を持っている。
 並大抵ではない人生を送ってきたに違いない。生まれながらの才能というものを加味しても、そのほぼ全てが想像を絶する苦難を伴った努力と研磨の日々の連続だったはずだ。高みを目指そうとしている武人として、純粋に尊敬すべき人物である。
 だが、アサシンギルドには秘密裏に将来有望な子どもを攫い、手元で英才教育を施して一流の暗殺者を育てているのではないかという噂がある。話によれば、その子どもたちは一般市民とも冒険者とも交わることなく、ひたすらに暗殺の修練を積むことだけを要求されるらしい。彼女もそういった被害者の一人なのでは、と思考が及びそうになり、首を振って頭から追い出した。勝手な想像で同情の念を抱くのは失礼な行為だ。自分自身に置き換えてみれば、幼くして両親を亡くしたと知った相手が不憫そうな態度で接するようになるのは、余り心地の良いものではない。当時どうだったかはさておき、今のロイセルはそれを乗り越えた上で笑って毎日を生きているのだから。
「――どうしたの? やっぱり苦しかった?」
「いや、大丈夫だ」
 顔を上げると娘が戻っていた。よほど急いだのだろうか、白い肌にうっすらと朱を上らせ、肩で息をしている。
 差し出された白色の液体入りの薬瓶と代金を交換し、そこで気付いた。
「それも芝居か?」
「ん?」
「ちょっと走ったくらいで息切らしたりしないだろ」
「あはは、ばれたわね。必要ないときはできるだけ普通の人っぽくしていたいのよ」
「それだけ徹底してたら普通はばれないだろうな。上手いもんだよ」
 深くは追求せず、薬瓶の栓を抜く。何故冒険者でもなく一般人を装いたいのか、その理由は尋ねるべきでない気がした。さしたる根拠も無い、娘の身の上に思索の糸が伸びかけた直前の思考が尾を引いているせいに過ぎないのは、ロイセル自身にもわかっていたが。
「名前聞いていいか? 俺はロイセルって云う」
「紫。紫色の紫ね」
 ロイセルは手を止め、そろそろ見慣れてきた娘の美貌を眺めながら、告げられた名を数回反芻した。
「紫か。似合ってるな。いい名前だと思うよ」
「そう? ありがと」
 紫と名乗った娘はにっこりと微笑んだ。
 何となく気恥ずかしくなって、ロイセルは作業に集中する。エリスで慣れるところまで慣れたつもりだったが、自分は元々がどうしようもなく美人に弱い人種なのかもしれない。それともこの娘の美しさが並外れているせいなのだろうか。できるものなら後者であってもらいたい。
 白い薬液を傷に垂らすと、浸透しながら気化するというような奇妙な溶け方をして、薬の量に応じて傷口が塞がっていく。一本分使い切る頃には傷跡は跡形もなくなっていた。
「そういや、何で助けてくれたんだ? よくは覚えていないが、あんたあいつらが出てくる前に何か引っ掛かるようなこと言ってた気がするし、全部が全部成り行きだったってわけでもないんだろ」
「ん、ああそうだ。言ってなかったわね。エリスに見ててって頼まれてて――」
「ちょっ、待て!」
 紫の眼前に手をかざしてセリフを遮る。予想外の名前に危うく瓶を取り落としそうになるほどの動揺が走った。
 ――エリス。
 星の瞬く夜空を見上げて深呼吸を一つ。早る鼓動を宥めて視線を戻すと、娘の訝しげな瞳と目が合った。
「大丈夫?」
「おかげさまで何とか。続けてくれ」
「もうそんなに話すことないんだけどね。『ひょっとしたら私のせいで襲われるかもしれないから、死なないうちに助けてあげて』って言われてて、それで見てたってだけよ」
 ロイセルは手のひらで額を覆った。錯覚なのは間違いないが、頭の奥が疼くような痛みを訴えてくる。
 では、あの性悪な女はこの事態を予測していたということなのか。それをわかった上で『まだ楽勝』などとのたまったのか。生命が危機に晒されるなどという、これ以下は無いほど最悪な場所にまで突き落としておいて。
 漏らした呟きには自然と溜息が混じっていた。
「……俺はどこから突っ込んだらいいんだ?」
「好きなとこからでいいんじゃない? 聞くだけで良かったら何でも聞くわ。何となく気持ちはわかる気がするし」
 紫と云うこの娘も性格が良いとは到底言えないが、エリスに比べれば百歩も二百歩も一般人に近いようだ。決して温かくはない言葉だったが、一応端の方に労わりが込められているように感じられて、ロイセルは知らず、やつれた声で礼を言っていた。
「ありがとう。けどまぁ、あんたに話してどうなることでもなし、気持ちだけでいいよ。って言っても、本人の前で話してもあの人は気にしないんだろうけどな」
「本気で怒ってみれば結構効くんじゃないかな。あいつそういう経験あんまりないと思うし」
「かもな」
 ロイセルは力無く笑って答えた。
2259-10@宿題sage :2006/01/15(日) 23:38:48 ID:TJKtKSJc
 たぶん紫の言うことは正しい。エリスの真正面に立って、絶縁状を叩きつける勢いで怒鳴ってやれば、人を便利な道具と見なして憚らないあの娘でも、幾分かは心に何か感じるものがあるだろう。それくらいには近しい位置に立っている自信がある。
 ただ、それが実行に移せるのかと聞かれれば、なかなか難しいと答えざるを得なかった。エリスは相手が心から憤激を覚える一線というものを、言い換えれば、一時の感情と『エリス様』とを天秤にかけてちょうど釣り合う点というものを、誰よりも正確に見抜く力を持っている。腹の立つことがあっても、ふと気付くと何の後腐れも無く許してやってしまっている自分がいるのだ。
「怒らないの?」
「どうかな。今はさすがにふつふつ来てる部分があるが、あの人の前までそれが持続するかどうかは、ちょっと疑問だな」
「……怒ったらいいと思うのよね、私は」
 言うと、紫は星空を仰いでロイセルに背を向けた。柔らかな布地のスカートが、ふわりと裾を靡かせる。
「あいつ姫辞めたって言ってたでしょ。でも、実際は全然辞められていない気がする。今はただ、逃げてるだけで」
 涼やかな声は、遠く流れてくる繁華街の賑わいにも紛れず、背中越しでもよく通った。ロイセルの位置からでは表情は窺えない。それでも声の調子からだけで、紫が珍しく真剣な心持ちでこの話を聞かせているのだと察せられた。
「貴方があいつに強く出ることができないのは、あいつが何らかの形で貴方の理想を体現しているから。怒りを露わにした貴方を見て、エリスがどう態度を変えるのか、或いは変えないのか。それはわからないけれど、わかってしまった時にはもう手遅れかもしれない。貴方の理想から遠ざかった後かもしれない。無意識にせよ意識してにせよ、目の前にある理想の存在が形を崩してしまうことを、貴方は恐れて避けている」
「……わかってるよ」
「貴方も含めて誰も壊そうとしないそれを、でもあいつ自身は壊したいと思ってるらしいのよね。理想のお姫さまを演じるのはもう嫌だって。だったら自分から壊してしまえばいいのに、一歩が踏み出せていない。その辺何を怖がっているのかは知らないけど、明らかに躊躇してる。『プロンテラに帰ってきたら今度はすっぱり辞めるって言う』って聞いてたけど、それもちゃんとやれるのか怪しいし。大体、ほんとにやる気なら帰ってきたその日にやればいいのよ」
「……だな」
「だから、貴方がここでがつんと一発入れて後押ししてあげたら? なんてね。ちょうどいい機会だと思うのよ。このままだとズルズル行っちゃいそうだし。貴方が理想のお姫さまとしてのあいつを失ってもいいんだって態度を見せたら、そこで踏ん切りがつくんじゃないかなって」
 言葉を返せずにいると、紫は軽やかに半回転して再びロイセルに向き直った。
「まぁ親愛なる友人のためにね。そんなとこ」
 おどけるように小さく首を傾げて出てきた言葉は、少し早口だった。心なしか頬も紅潮して見える。はにかんだ様子に、こんな表情もするのか、とロイセルはわずかに目を瞠った。
「仲良いんだな」
「そうなのかな。そうかも。面白いやつだしね」
「そうか。怒れたら怒るよ」
 返しながら、それの実現する確率が低いことをロイセルは悟っていた。紫の言ったとおりなのだ。
 黒髪の姫は今まで生きてきてただ一人、剣を捧げたいと願った相手だ。エリスが上辺だけしか見せぬようにして巧妙に信者たちを欺いているのだと承知している今、何に惹かれて『護りたい』と強く感じたのかは、上手く説明できなくなってしまっている。ただそれでも、エリスのために生涯を尽くしたいという願望は胸の底で小さな火種を残しており、いつの日にか燃え上がれる時を待ち望んでいるのだ。
 ロイセルは確かに、エリスがエリスでなくなることをひどく恐れている。理想の主君でなくなってしまうことを。自分でもどこからやってくるのかわからない想いが、もしもエリスが姫であることに起因しているのなら。欺瞞とは知りつつも、エリスが人々に優しく微笑みかける姿に理想を見出しているのなら。きっとロイセルの剣は行き場を失ってしまう。
 たとえエリスがそれを望んでいるのだとしても、ロイセルの中にある幻想を完全に消滅させるための手伝いなど、できるとは思えなかった。
「そんなものよね。でも――」
 紫は意味ありげに言葉を切る。ロイセルが注意を向けると、にやりと笑んで見せた。
「一緒に旅に行こうってエリスが貴方を誘った理由を考えてみましょう」
「は?」
 唐突な話の転換に、気の抜けた声しか出せない。
「貴方は数多くいる取巻きさんたちの中からたった一人選び出された男性です。何かちょっとねぇ、特別な感情とかあってもおかしくないんじゃないの? そしたら多少強くがつーんと言ったところで問題ない思うのよ、うん、きっと」
「……あんた、真面目な話じゃなかったのか」
「嫌だわ。真面目に話してるのに」
 忘れかけていた頭部の幻痛が再度存在を主張し始める。案外これはもう幻覚ではすまないかもしれない。
 どうしてこうも簡単に空気をおちゃらかした方向に持っていってしまうのか。一瞬なりとも重く考えてしまった自分の立場が砂粒ほども残されていない。
「つーかそもそもな、俺はもう興味ないってはっきり言われたん――」
 頭を抱えたロイセルの脳裏に、ふと一つの記憶が蘇った。外すことの滅多にない、嫌な第六感を伴って。
 昼間、エリスとテーブルを挟み、恋仲になるつもりはないときっぱり断言された。それはいい。別に構わない。問題はその後だ。旅の連れについて何と言っていたか。
 黙っていれば守ってあげたくなるような美人で、そして名前は。
「あんた、紫って言ったよな。もしかして、エリス様に『サキ』って呼ばれてないか」
「うん。呼ばれてるけど」
 今まで思い当たらなかった自分の馬鹿さ加減に、呆れて頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。
 ではやはりこの娘がそうなのだ。難しい絶世の美人よりも普通の可愛らしい女の子の方がいいと、普段から思い続けているというのに。紫がその観念を逆転させてくれることを祈るのみだが、余り期待できそうにない。
 ただ、エリスとの旅を検討するに当たって前向きな判断材料になりそうなことは間違いなかった。好感を持てる人物ではあるのだ。
「とりあえず、これだけは言わせてくれ。あんたらは二人で俺を押し付けあう気なんだな。俺はオモチャか何かか。性質悪いぞ」
「嫌ならそれだけの器量を身につければいいのよ」
 精一杯の軽口に間髪入れずに返され、ロイセルは天を仰いで嘆息した。
2269-10@宿題sage :2006/01/15(日) 23:41:44 ID:TJKtKSJc
つづく
---------------------------------
途中sage忘れ失礼。でも別に座談会前ですし、かまいませんよね!
とか自己弁護してみたり。

だいぶ間が空きましたが4です。
前回レス下さった方、個別に返すことはしませんけども、凄く励みになっております。
ありがとうございました。

>ペットイーターの方
なんだか、すごく好きですこれ。どこがどうとも言えないんですけど
文体とキャラも含めて全体の雰囲気とか、そんなところが。
頑張ってくださいませ。
2279-10@宿題sage :2006/01/15(日) 23:48:08 ID:TJKtKSJc
と思ったらこのスレsageしなくても上がらないんですね。
お騒がせしました。
228名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/16(月) 00:54:17 ID:32VfeOAI
>>宿題氏
紫がいいキャラ出しすぎです、カッコいい+おちゃらけが入っててかなり燃えだったり萌えだったり。
そしてエリスと紫に振り回されるロイセルが、なんというか、イイです!
これからも期待しています。
229219sage :2006/01/16(月) 01:43:39 ID:pStCj4sI
うーん。自分は向こうは見てないんだが、一応萌えスレ内部の事だから、
向こう側の小説スレには不干渉のつもりだったんだが宣伝したほがいいだろうか?
230名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/16(月) 03:28:43 ID:SM.mfQIM
ただし、参加者は多い方がいいから、こちらのスレがメインであることを断った上で
参加を呼びかけてみるのもいいかもしれない
231名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/16(月) 19:05:16 ID:mrQJGM5I
座談会で主に話したい内容によるだろうな。主催が決めていいんでない?
開催にあたってのスタンスも色々だろうし。

1:このスレの作品について語る = 外部スレの参加者には敷居高いっていうか疎外感。
2:小説全般について語る(書き方とか表現とか)   = うぇるかむ えぶりばでぇ
  あるいは小説読み書き好きな人で雑談したいだけ= 同上
232名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/17(火) 03:20:34 ID:fnjPI9Vc
それじゃあ、とりあえず1の方向で。
過去の作品を肴にして雑談とか、
掲示板の上ではしにくい互いの書いた物の批評、感想をやろうと思ってたので。
233名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/01/21(土) 03:29:42 ID:kGzIP9eU
座談会の結果、最近短編分が不足とのことでお題をやろうということになりました。
今回のお題は

「後ろを向いている間に済ませること」

です。物書き諸氏のご健闘をお祈りいたします。
234お題SSsage :2006/01/22(日) 01:27:13 ID:6nrEWJIc
 ありふれた宿の、ありふれた一室。

 暖かな陽を浴びる観葉植物の傍らで、ひとりの男が、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 眺めがいいわけでも、見ているわけでもない。
 窓の外は、ありふれた午後の街並みが広がっているだけだ。
 ここからの眺めなんて、目を瞑ったとしても、鮮明に描くことができる。

 彼はタバコをふかしながら、言葉を殺すことに腐心していた。
 言葉は亡者の群れにも似ていた。浄化しても浄化しても、途切れることなく立ち現れる。
 次から次へと喉下にせりあがるそれらを、彼は口が開いてしまう前に殺さなければいけなかった。
 ときおり、頭のまわりに紫煙がもやのように現れて、漂いながら消えていく。
 今ほど、タバコを吸う習慣に感謝したことはなかった。

 男の名前が、震えた声に乗って耳に届く。
「……そんな顔すんなって」
 男は振り向かない。背中を向けたまま、慰めの言葉を声に乗せる。

 彼女は泣いていた。
 涙を見なくても、震える肩に触れなくても、自分のことのようにはっきりわかる。
 既に自分が慰めることも、できないことだとわかっている。だからと言って放置することもできなかった。
 だれにも届かない祈りのように、彼女は嗚咽まじりの謝罪の言葉をぽつりぽつりと紡ぐ。
「……このタバコが終わったら、出るからさ」

 悪いのは、自分のほうだ。
 謝るのは、自分のほうだ。
 彼がこの場所に一秒いることで、彼女はどれほどの苦しみを味わうのだろう。
 彼女のことを悲しませてまで、ここにはいたくない。
 けれど、今、ここを出てしまえば、もう彼女の声は届かない。聞こえない。

 未練たらしいったら、ありゃしねぇ。
 タバコはいつもより、苦かった。


 ── 後ろを向いている間に済ませること ──


 カピトリーナの草むらに、彼はひとりで寝転がっていた。
 崖から投げ出した足をぷらぷらさせながら、晴れた空にかざした手に、眠そうな目を向けている。

「ああ、悪いけどパスするわ」
 済ませなければいけないことがあった。
 手の中の指輪に目をやりながら、届けられたWhisに彼はぽつりと答えた。
 周囲には彼以外、だれもいない。独り言のようにも聞こえる。
「ん? いや、なんでもねぇよ。え? なんでカピトリーナに?
 ああ、人がいないから、のんびりできるんだよ。ういうい、了解。今度またな。いってら」

 交渉が終わったのか、彼は一息ついて、ゆっくりと身を起こした。
 黒いコートに着いた細い葉を払いながら立ち上がると、おもむろにタバコに火をつける。
 彼は大きく息を吸い込んで、清涼な空気にわずかな汚れを吐き出した。

 彼がプリーストを志したのは、だれかのためになりたかったからだ。
 不特定多数の、助けを必要とするだれかをそっと手伝うような、そんな存在になりたかった。

「さて、と」
 短くなったタバコを、極小レベルに調整したホーリーライトで塵に返す。
 躊躇はこれで、消え去った。そう思うことにした。

 握っていた手を開いて、彼の名が刻まれた指輪を見つめる。そして、目を瞑る。
 意識を集中して、彼女の姿を思い浮かべながら、彼は、彼女の名を呟いた。

「『あなたに会いたい』」
 スペルに反応して、柔らかな色の光の柱が具象化する。
 そして光の中から、恥ずかしげな顔をした彼女が現れて──

 結局、あの志は果たせなかった。
 山吹色のオーラを纏った彼女の姿が、まぶたの裏にありありと浮かぶ。

 彼は、彼女に最も適したスキルを習得した。
 彼は、彼女が最も強くある戦術を覚えた。
 彼は、彼女に最も信頼してもらえるプリーストであろうとした。

 いつからだろう。不特定多数のだれかの命は、彼にとって軽くなってしまった。
 それが彼女にとって、いいことだったのか、悪かったことなのか、彼にはわからない。
 彼女はいつでも、だれかのために剣を振るっていたからだ。

 少なくとも、彼にはそう見えた。それだけのことだ。本当のところは、もう、知ることはかなわない。

 ──目を開けた彼の視界には、やはりだれもいなかった。

「ま、そりゃそうだよな」
 ため息をひとつついて、彼は指輪を握り込む。

「……ごめんな。まだ前向けそうにはねぇや」
 彼は腕を振りかぶって、全力で振るった。
 見えないところまで飛んでいってほしかった。

 しかし彼の力では、晴れた空にプレゼントした指輪の輝きは消えてくれない。
 きらきらと輝きながら、空へ空へと昇っていくのがはっきりと見える。

 輝きはやがて、海に向かって落ちはじめた。
235sage :2006/01/22(日) 01:30:18 ID:6nrEWJIc
お題があって書いたのはじめてなんですけど、難しくもあり楽しくもありますネ。
埋め代わりになれば幸いデス。
236お題と丸いぼうしsage :2006/01/22(日) 02:51:02 ID:yv8g.Is6
僕は窓の外、ただただ降り積もる雪を眺めていた。

僕は雪が好きだ。公平で慎み深い雪が好きだ。
綺麗なものの上にも汚いものの上にも、雪は降り積もっていく。
何も言わず、同じ厚さで、しんしんと。

僕はもっともっと白い世界を見たくなって、腰を軽く曲げ顔を窓に近づけた。
窓ガラス越しにしみこんだ冷気は、ストーブの暖気にほてりきった頬に心地よい。
冷えきった窓に呼気が当たり、口のあたりがうっすらと白く曇った。
僕は顔を離すと、広範囲が曇るように大きく息を吐きかけた。

瞬間、曲がった背筋は突然の冷気に縮み上がり、僕はそれに引きずられるようにして体をよじった。
バランスを崩し、さほど綺麗ではないカーペットの上に尻餅をついた僕を教授の笑顔が見下ろしていた。

「相手が後ろを向いている間に済ませることといったら……
背中に雪を入れることだとは思わないかな、ケミ君?」

--end

もう次スレの季節ですか。はやいものだ。
237お題と花月sage :2006/01/25(水) 21:42:19 ID:8eDKPbU2
 ざぁざっざざざ、ざぁ。
 風が巻く。青々と茂り、かと思うと地に落ちた葉が吹き上がる。
 竹林である。時は太陽が中天にさしかかるか、かからぬか。
 しかし──暗い。
 無数の枝葉の帳が影を落としている。

 そこに、一人。いや、一匹と言うべきか。
 擦り切れた着物。痩せこけた体躯と貌に、蒼白い炎のみが灯っている。
 剣に生き、剣に死に。果てに外道へ堕ちた武人。

 ──無音。
 すらり伸びたる刃の鋭き事、触らば舞い散る落葉をも泣き分かるる。
 況や(いわんや)、この外道を知らぬ者をや。
 来たりなば、抜きたる氷刃の冴えを持ちて候。

 しかして──踏み入る者の姿あり。
 又、剣に生きる者である。腰には大業物をば一振り提げる。
 騎士である。しかしながら、騎馬に乗らぬその姿は武人、と言う言葉こそが相応しい。

 ──轟!
 振り返り、剣の外道を見る暇もあるや否や
 踏み込み抜き打ち一閃二撃。その速きは燕さえをもかくは無し。
 受けるに重く避けるに難し。これぞ正しく剣鬼の業よ。
 抜き打ち受けども騎士の顔には驚愕と痛み。

 そこに踏み入れる者は心せよ。
 薄暗い竹の林には、鬼が棲む。

 ざぁっ、ざざざざっ、ざぁ。
 風が吹く。風が吹く。葉が巻く。誰のものでも無いざわめきに満ちる。
 竹林の隙間には影絵の様な姿が浮かぶ。

 佩く一刀に生きた修羅。
 その名を、彷徨う者と言った。
--------------------------------------------------------------------------------
 次スレも立ったし、こちらは埋め始めてもいいのでは?
238名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/06(月) 14:22:11 ID:GhlHaADg
埋め?
239名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/08(水) 11:33:35 ID:yAP.6Ltg
ウマ?
240名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/08(水) 22:23:53 ID:pd5vEZN2
うみ?
241名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2006/03/10(金) 21:27:09 ID:k93I1.L.
最近まるで小説スレに動きがないなぁ
242名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/03/11(土) 11:32:44 ID:VeYfx9wI
>>241
中の人がラストの運びに苦しんでるとです…遅くなって御免なさい。orz
243名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/26(金) 10:25:14 ID:24hIWWdY
いい加減埋めないか?
244名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/27(土) 16:17:37 ID:ceRHwthc
住人自体いるのかどうか・・・・・・?
保管庫はもう2つくらいスレを放置してますしね。
245名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/28(日) 01:02:40 ID:kg1UrnBc
埋まってないから手を出せないのかもしれない。
だから埋めよう。
246名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/29(月) 15:35:23 ID:dDKkWn.Q
とりあえずこのスレにのってる作品を保管庫の方へ転載してみようかなと、
WIKI初めてだけど。
247名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/29(月) 15:56:27 ID:dDKkWn.Q
初っぱなから番号間違えた鬱だ死のう
248名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/29(月) 21:40:54 ID:niblrcqY
 破裂音が大気を揺らし、深い闇の中に幾本もの赤き柱が立ち上がる。
 灼熱の炎で作られたそれは、瞬く間に数体の不死者を塵へと帰した。勢い止まぬ紅蓮に、今度は青白い光を伴う肉体なき者たち、悪霊トとも呼ばれる魔物が殺到する。
 生まれた衝撃に炎が爆ぜ飛ぶ。次第に薄れ行く柱の先に、一人の男の姿があった。男は今まさに消えんとする炎と、犇く霊体の群を真っ直ぐに見詰めたまま、呪を紡ぎ続ける。
 ついに炎の壁が破かれ、牝馬の姿をした魔物、ナイトメアが男に襲い掛かった。振り上げられた前脚は、しかし僅かに身を逸らした男の前を空しく通り過ぎる。
 男は詠唱をやめぬまま、土色をした外套の中に右手を差し入れると、腕を大きく振りかぶった。すると冗談のように、魔物の逞しい巨躯が弾き飛ばされる。
 男の手には緋色の表紙を持つ、厚い書物が握られていた。精霊の力を封じた魔導の本。
 幾度と迫る攻撃をかわしては、霊体たちに書を叩きつける。力の弱い魔物は、それだけであっけなく霧散してしまった。
 やがて男の唇が動きを止めた。腰に留めていた杖を空いた手に取り、最後の句を唱える。
 突き出された杖の先、翡翠の色を持つ宝玉を媒介とし、編み上げられた魔力が開放された。魔物たちの足元、灰色の地肌に方陣が描き出される。
 そして彼の敵を討ち払わんと世界は形を変えた。大地が捲り上がり、砂礫は無数の錐となって魔物を貫く。
 大地の魔法に存在を奪い尽くされ、霊体たちは虚空へと解けて消えた。

「闇に侵された大地でも、精霊たちは応えてくれるようだね」
 周囲を見回し、魔物が潜んでいないことを確認する。
 漂っていた魔法の灯りが途絶えると、辺りは深き闇と静寂に包まれ、そこには男の姿だけが残った。
 長身を乾いた土色の外套に包み、その上に乗る頭部ではあまり手入れもしていないのだろう、どこかくすんだ色合いの金髪が思い思いの方向に跳ね上がっている。
 常に下がり気味のまぶたの奥には、碧空の瞳。通った鼻筋に引っ掛けている片眼鏡でも、眠そうに見える表情のせいで知的な様子は感じられない。
 髭の生えぬ細いあごをなで、ぼんやりと闇の中を見つめながら、賢者は独りごちる。
「やれやれ。こうも魔物たちがお出ましになるとは。これじゃあ、落ち着いて調査もできやしないね」
 魔術都市ゲフェンの中央に聳え立つソーサルシンボル、ゲフェンタワー。その地下に広がる大洞穴は、いくらか階層を下ったところでその呼び名を変える。
 遥か古代に繁栄を極めたと、詩人たちは歌い紡ぐ。地下に眠る神秘の都市へと続く、失われし大地ゲフェニア。
 彼は数日前よりここに通い続け、地形や大気の成分などの調査を行っている。そして、本日は鉱石や植物の採集を行う予定であった。
 今は深淵の闇に飲み込まれ亡霊たちに支配されたこの地の、かつての姿を知るための資料はけして多くはない。これらはすべて、失われた大地に秘められた謎を解き明かすことに繋がる。
 学者として、また冒険者としての彼が持つ欲求を次々と満たす、刺激的な場所。だが、今日に限ってはいつもと様子が違った。
 次々に現れては襲い掛かってくる魔物。夜の帳よりも濃く深い闇の気配。これらの符号が表す理は――
 片眼鏡を軽く押し上げ、思考に身を任せようとしたとき、それは聞こえた。
 悲鳴にも近い叫び。短く、誰かの名を呼ぶ声。目を向ければ視界には、上層に至る階段へと走り行くいくつかの人影。
 その中の一人が呼んだ名に、答えはあった。
「ドッペルゲンガー……なのか?」
 魔の大地が主、重なりし者。具現する悪夢。孤高の剣士。いくつもの呼び名が表すのは、この地で最悪にして、最強の魔物。いや、他に並ぶものなき力を持つそれは、魔族と呼ぶべきか。
 宵闇の衣を纏い、呪われし大剣を手にする悪夢。人間の剣士のような外見を持ち、しかし決して人ではあらざる瘴気を発している。
 己が持つ知識の泉より、彼の者に関する滴を掬い出す。だが、賢者の両手に汲み取られた水面には、一人の女性の姿が映し出されていた。
 濃紺の髪をなびかせ、自身の四肢程もある大剣を扱っていた女騎士。かつては自分の恋人だった人。
 会わなくなってもう随分と経つ。そんな今でも、まぶたの裏に彼女の姿を描き出すことができてしまう。
 それだけではない。男は今も、彼女のすべてを覚えている。知識ではなく記憶。自分の中にだけ在る、確かな女性。

 誰から見ても、彼らは似合いではなかった。それでも、二人は恋人同士であった。
 整った顔立ちにいつも明朗で人懐こい笑みを浮かべていて、それは人気のある娘だった。
 だから、彼女から告白されたときは誰もが驚いた。想いを寄せられた本人を含めて。
 彼女の言葉に応じて恋人となったが、男はあまりそういった関係であることを意識していなかったように思う。
 研究で各地を飛び回る彼に、彼女は飽きもせずについてきた。退屈ではないかと訊ねれば、共にいろいろなところを周れるのが楽しいと答えが返ってきた。
 そんな彼女の言葉の上に胡坐をかいていたのだろう。
 時折、彼女が剣を扱うことしかできぬと悩むような様子を見せても、優しい言葉のひとつもかけていただろうか。
 ある日、彼女から唐突に、他に気になる人ができたと告げられた。自分はといえば取り乱す様子もなく、ただその言葉を受け止めた。
 思い返せば、男の気を引きたいがための絵空事だったのかもしれない。それとも、そう思うことで保身を図りたいだけなのか。
 どちらにせよ、彼女との道はそこで途切れた。今では、彼女がどのような気持ちでいたかも、知る術はない。
 それからまた、一人で変わりもせず研究の旅を続けた。彼女が傍に居てくれることがどれほど幸せなことだったか、あのときの自分はなぜわからなかったのだろう。
 おこがましいとは思いつつ、彼女が今は幸せであってくれればと思う。

 幾度となく繰り返し、己に語ってきた記憶。そこには思い込みや、理想から創られた紛い物は少しもない。
 絶対的な記憶力。幸か不幸か、彼が天から授かった贈り物は、苦く切ない想い出をただの少しも風化してはくれない。
 構わない。お蔭で彼は、いつまでもその人の幸せを願うことができる。
 この身が地に伏し、腐り、塵となるのは、そう遠くない未来かもしれない。魔の溢れる剣呑な世界で冒険者という道を選ぶことは、破滅の奈落へと臨む崖に自ら足を踏み出すにも等しい。
 独りを選んだあの時から、もう覚悟はできてしまっている。
 彼女の居ない今、彼は誰にも看取られもことなく散るのだろう。その瞬間まで、ただ祈り続ける。自身の未来すべてを償いに使おう。例えそれが、何の意味も持たない自己満足だと判っていようとも。
 彼は気づかない。己が投げ出したのは未来ではなく、過去と現在であることに。そして、失うことへの恐れをもまた置き忘れてしまったことに。
 男の五感が現世へと戻る。辺りにはすっかり、人の気配はなくなってしまった。
 ドッペルゲンガー。映し世の住人。
 賢者は愚かにも、その姿をこの目で見たいと思ってしまった。
 学者として知識を求める故に、冒険者として戦慄を求める故に。何よりも、そこにあの女性の姿を垣間見ることができるかもしれないという、歪んだ期待故に。
 賢者は元来、慎重な人間であった。“あれ”と出会ったとしても逃げ延びるくらいなら可能であると、理論が導き出している。例えそれが破綻していたとしても、困ることは何もない。
 この手から零れて行ってしまったはずの“彼女”に看取られ――いや、その手に掛かり逝ける。それはなんと甘く、逆らいがたい誘惑なのだろうか。
 用意した包みに僅かに集めた鉱石と植物の標本をくるみ、外套の内側に結びつける。振り仰ぎ、見据えるは果て無き闇に浮かぶ、幻夢の情景。
「彼の者よ。願わくば御身に刻まれし幾千の記憶に、我が望みし幻を映し見る事を許したまえ」
 朽ちた大地の色を持つ男は、左手で杖をつき、常闇の悪夢へと歩み出した。

 そして映し世の物語は続く。
249名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2006/05/29(月) 21:42:17 ID:niblrcqY
|ω・)ノ[次スレ]
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