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【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第11巻【燃え】

1名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 00:50:19 ID:/cUb5MH2
このスレは、萌えスレの書き込みから『電波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』ではない萌えな自作小説の発表の場です。
リレー小説でも、万事OK。
・ 萌えだけでなく燃えも期待してまつ。
・ エロ小説は『【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレ【エロエロ?】』におながいします。
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ

・ 感想は無いよりあった方が良いでつ。ちょっと思った事でも書いてくれると(・∀・)イイ!!
・ 文神を育てるのは読者でつ。建設的な否定を(;´Д`)人オナガイします。

▼リレールール
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リレー小説の場合、先に書き込んだ人のストーリーが原則優先なので、それに無理なく話を続かせること
・ イベント発生時には次の人がわかりやすいように
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※ 文神ではない読者各位様は、文神様各位が書きやすい環境を作るようにおながいします。

前スレ【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第10巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1123095014/
スレルール
・ 板内共通ルール(http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi?bbs=ROMoesub&key=1063859424&st=2&to=2&nofirst=true)

▼リレー小説ルール追記----------------------------------------------------------------------
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ
・ リレーごとのローカルルールは、第一話を書いた人が決めてください。
  (たとえば、行数限定リレーなどですね。)
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保管庫様
ttp://cgi.f38.aaacafe.ne.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php
ttp://moo.ciao.jp/RO/hokan/top.html
2名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 01:21:34 ID:tjwmLQL6
2げと&スレ立てお疲れさまです
3名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 14:13:44 ID:aFtUI4AA
3げとー
4名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 16:37:42 ID:2y20406s
へぇ・・・ここが萌え燃え小説スレかぁ・・・
はじめて来たけど、結構いいところじゃないの・・・
ここにはどんな作品があるのかなぁ・・・
5名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 17:11:57 ID:xAP34sHM
5げとー!スレ立てお疲れ様ですー
6名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/31(月) 15:55:02 ID:/1sfhlko
6げっちゅ。スレ立て乙ー そしてがんばって書いていきまっしょい
7名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/31(月) 20:26:42 ID:cGQYiwBY
お、新スレ立ってたのか、乙

漏れも何か書いてみようか。
8名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 02:16:47 ID:WFQT.1HQ
 深い森の奥。自らの角を少し撫で、魔王は空を見上げた。
 別にいつもと変わったわけではない。とても晴れ上がった、澄んだ空だった。
 予感がする。
 かの魔王が好敵手と認めた騎士が去ってからしばらくの時が流れていた。

『ほう、その資格を手に入れたか』
 騎士からその言葉を聞いたのは、さほど意外でも無かった。
 彼から流れ出る光を、魔王は感じ取っていた。
 転生。騎士は自らの力を、限界を越える決意をしていた。
「あんたには、結局勝てなかったしな。こうでもしないと勝てる気がしねぇよ」
 魔王は黙って騎士を見つめた。彼と戦うのも、これでしばらくの休息だ。
「修行しなおして、もっと強くなって・・・」
 騎士はじっと魔王を見つめる。
「その時は、またアンタに会いに来る。今度こそあんたを越えたい」
 魔王はうなずいた。しばしの別れは新たな戦いの序曲でしかない。
『待っている、人間。貴様の強さ、見せてもらうためにな』

 しばしの回想。魔王は視線を空からゆっくりと下げる。森の中、暗闇から彼は出てくる。
 真紅のマントを身に纏った、かの騎士であることは間違いない。
「よぉ」
 まるで懐かしい友にあったかのような、気軽な挨拶。
『少しは出来るようになったか?』
 愛用の鎌を構え、魔王は笑う。
「さぁな?」
 騎士も大きな槍斧を構える。
 沈黙。
「見せてやろうか?」
『望むところ』
 魔王が跳ぶ。その巨体からは考えられないほどの跳躍力だ。遥か上空から鎌を振り下ろす。
騎士は後方へ避け、反転。大地に刺さった鎌を駆け上がり、魔王へと突進する。
 突き出される槍をほんのわずかな動きで避け、魔王は拳を叩き込む。槍の柄でどうにか受け
止めた騎士は、それでも勢いを止められず後方へ吹き飛ばされた。空中で一回転、着地。
 再び構える両者。不敵な笑み。魔王は純粋に騎士の成長を喜び、騎士は魔王の変わらぬ強さ
を喜ぶ。
 沈黙。互いに間合いを取る。次の一撃は全力を賭ける。
「いざ!」
『勝負!』
 二つの影が、ぶつかりあった。
9The Sign 前夜sage :2005/11/01(火) 10:08:05 ID:RH2iKLcE
セリン 「ゲヘヘヘ……DL召喚して、世界滅ぼして、生き返ってやるんだから!」

ヘル(死者の主)「おい、キルケラ。ちょっとセリンを何とかしやがれよ」
キルケラ(魔女) 「あー、もう適当に記憶飛ばしちゃう?」
ヘル   「困った事は、無かった事に。どっかの会社みたいだな」
キルケラ 「ガンバッテマス……ところで、誰がやるの?」
ヘル   「誰って、お前だろ、お前」
キルケラ 「え〜だって〜、セリンちゃんは元々つお〜いWiz娘ちゃんだったんだよ?」
ヘル   「お前だって、魔女じゃねーか」
キルケラ 「うっ、でもやだやだ、絶対やだ! その代わり、お薬作ってあげるからね、ね?」
ヘル   「しゃーねーな……さて、どうするかな」

ヘル   「おーい、ヴァルいるか? ちょっと、強そうな人かしてくんねーかな」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。気安く呼ぶんじゃない」
ヘル   「いいじゃねーか。腐るほどいるんだしよー。腐りすぎてロボチガウ……ゲフンゲフン」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。腐ってるのはお前だ」
ヘル   「人間なんて『貴方の勇気を示せ〜』とか言えば調子に乗ってやってるだろ」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。勝手に話進めるな」
ヘル   「それでよ、神の涙を持ってニブルに来させて、セリン止めさせりゃいーよ」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。今は忙しいんだ」
ヘル   「ほら、ちょっとそれっぽいセリフ言ってみろよ」
ヴァルキ 「……貴方の勇気を示してください!」
ヴァルキ 「……それが達成されれば、貴方は選ばれし者となるでしょう!」
ヘル   「うわークッサー……い、いや、言えるじゃねーか。じゃあたのんだぞ」
ヴァルキ 「……」

ヘル   「と、まあこうしてメンツが集まった訳だが」
ヴァルキ 「う、うるさい氏ね。私は好きでこんな事を……」
キルケラ 「うわー、ヴァルちゃん初めて会った〜。えへへ、よろしくね〜」
ヘル   「ところで、ヴァル、台本できたか?」
ヴァルキ 「……」
ヘル   「……ふむふむ、いーんじゃねーか? 三流クエストって感じだけどなー」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。好きでこんなこと書いたんじゃないぞ」
キルケラ 「ふーん、最初はこのメッツとか言う人に色仕掛けするの? ヴァルちゃん積極的〜」
ヴァルキ 「うるさい氏ね。夢枕に立つだけだ、勘違いするな」
ヘル   「まあ、とりあえず頼んだぞ」

ヴェルキ 「おい、メッツ。これは夢だがしっかり聞け」
メッツ   「うはwwwwwキレイなねーちゃんwwww修正されないねwwwww」
ヴェルキ 「いいか、お前にはこのスタージュエルのかけらを……って、何をする!」
メッツ   「スベスベwふくらはぎwwwwwマジww西京wwwwっうぇえww」
ヴェルキ 「やめろっ、氏ね。有能な冒険者を選んで……ああっ」
メッツ   「ふとももww最高杉wwwこれww騎士子を越えるねwwwwwwっうぇ」
ヴェルキ 「と、とりあえず後はこの台本を読んでおけ! ……こらっ!尻を探るな!」
メッツ   「無理wwwwwwサポシwwwwwww」
ヴェルキ 「もういい、寝ろ。お前が死んでも絶対ヴァルハラに入れないからな!」
メッツ   「wwwZZZwwwwZww」

メッツ   「ふむ、昨晩は久々にみwなwぎwっwたw夢を見たな……」
メッツ   「おっ、夢の通りに台本と、なんとかジュエルのかけらと……ん、パンティー?」
メッツ   「まあ、貰っておくか。……さて、とりあえず募集ポスターでも作るかな」


     ……大志と 優れた能力を 持つ者たちへ。……
109sage :2005/11/01(火) 10:22:58 ID:RH2iKLcE
なんかスレの始めに御免なさいな内容で御免なさい
セリフだけで小説の体を成してなくてすみません

>>8
好敵手を待つバフォ(?)様カッコイイ
ROでもこういう風にBOSSと対峙したいです……
11名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 15:28:08 ID:vapfGbSA
>>8
ROだと問答無用なだけにこういう題材は好きです
知性のある強いMOBってかっこいい

>>9
最初何かとおもったら、ヘルとかキルケラは神話の神様なんかな?
ヴァルキリーが隠れどじッ子っぽくて萌え(´∀`*)
12名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 15:52:39 ID:v5hO3RK.
>>8
小説スレ第3巻の続編ですね
えらく昔の話を持ってくるもんだ
書き方をみて違う人かもしれませんがGJでした

>>9
私はSignクエスト済みですので楽しめましたが
ネタばれとも言える内容を含めてしまうのは
これからクエストをやる人にとっては、ちょっとよろしくないと思う
13名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/01(火) 16:28:32 ID:bMywa.7s
>9
うっは、台無しwwwwwwwwww
とか笑ったのは秘密。
149sage :2005/11/01(火) 18:06:30 ID:RH2iKLcE
>>12-13さん及び>>9を読んだ全ての方へ

ごめんなさい
こういうのを書くのは初めてで、むしろネタバレされる側だったため、
ネタバレについては失念していました
ただし、クエスト自体は>>9を読んでしまっても楽しめるものだと思います

しかし、やはりネタバレはネタバレで良くない事であり、
事前に断った上でtxtファイルでUPするべきだったと後悔しています
(例えるなら、人から預かった物を返し忘れたくらいの……)
これは削除依頼を出した方がいいのでしょうか
15名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/02(水) 20:20:00 ID:RIutuLGY
>>14
多分そういう事では削除されないだろうし、次から気を付ければいいかと

余談だが、最初俺も返し忘れたorz
169-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:39:53 ID:OEozHjlc
もすぬごい勢いで今更な感じがしますが、夏頃の宿題を投げにきました。
しかも春(というか冬かも)頃のやつの続きというか続編だったりします。
誰も覚えていないと思いますので保管庫のURLをぺたぺた。

http://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%B6%A5%A1%CB%BE%E5%CC%DC%B8%AF%A4%A4%2FBy9-19%BB%E1
↑だと9-19氏の作品ということになってますが、9-19様は私じゃなかったはずなので9-10で通します。
紛らわしくてごめんなさい。

申し訳ない話ばっかりですが、一回で終わりません。続き物の第一回な感じで盛り上がりも何もない悪寒がします。
読んでやろうって方はその辺気をつけてくださいまし。
179-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:42:35 ID:OEozHjlc
忘れ物 1
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 石畳に舗装された路地を、ロイセルは足早に進む。
 薄暗い通りに人の姿は少ない。道端で露店を開く商人も客を期待していないのか、うつらうつらと半分舟を漕いでいる始末だ。商品を並べたまま意識を手放せばどうなるのか。まともな感覚があれば決してできない大胆な行為だが、それも致し方ないのかもしれない。それほどまでに、ここには人がいないのだ。
 ルーンミッドガッツ王国の心臓部、国内最大の都市――首都プロンテラの中に、この場所はあった。市民、観光客を問わず、人々に憩いの場として親しまれている噴水広場や、露天商たちのにわか作りの商店が所狭しと軒を連ねる大通りなど、昼夜を問わず人通りの絶えない中心部を抱える側面、こういったいつでも人けの無い通りという物も、この大都市はしっかりと内包している。
 付近には観光客の目を引くものは何一つ無く、冒険者の立ち寄るような施設も無い。あるのは住宅のみだ。旅行者を主な客とする華やかな表通りの宿屋とは比べるべくもない貧相な建物が、身を寄せ合うようにしてこじんまりと立ち並んでいる。貧民街とまでは行かないものの、ある程度の収入があれば好き好んで住みたいとは思わないだろう街区である。
 ――とは言え。
 早めの歩調を緩めないまま、ロイセルは周囲の建物群に目を遣った。
 冒険者となり、騎士として身を立てた今でこそ簡単にそう思えるが、その『ある程度の収入』がここに住む人々にとってどれだけ高い壁なのか、少年時代をこの場所で過ごしたロイセルはよく知っていた。
 彼らのほとんどは長期的な勤め先を持たず、一日はまず、日雇いの仕事を探すところから始めなければならない。首尾よく仕事を貰い精一杯働いたところで、その日の食費と家賃とを差し引いてしまうと、手元には僅かなゼニーしか残らない。それでも日々ささやかな蓄えができるとなれば明日への活力も沸くというものだ。少しでも生活が向上する将来を夢見て、朝早くから街に出ては夕刻まで忙しく活動する。それが住民の一般的な一日の過ごし方である。
 ゆえに、日の高いこの時間帯、ここにはあまり人影が見当たらない。暮らしていた頃からずっと変わらず、そうだった。
 さしたる感慨も持たずに再確認しつつ、寂れた狭い道を抜ける。
 そこはちょっとした広場だった。面積はそれほど広くはないものの、板石が敷き詰められ数脚のベンチが置かれているところを見ると、確かに国が――もしくは街が――整備した公共の物だと知れる。これも幼い時分に遊んだ記憶のある馴染みの場所だ。当時は『こんなところに使うゼニーがあったら』と憎憎しく思ったこともあったが、世の中の仕組みの一端を理解したせいか、成長してここで憤る無意味さを知ったせいか、今では別段何かを感じるということも無くなってしまった。
 陽光の降り注ぐ開けた空間に足を踏み入れたロイセルは、直後に胸のざわつきを覚えた。無論、心の動くことのとうになくなってしまったこの場所が問題なのではない。原因は他にある。
 広場のほぼ中央に立つ人物。彼女を視界に収めたために、ロイセルの鼓動は跳ねたのだ。
 プリーストの位を示す深紫の法衣を着たその娘は、子供から老人までを含んだ十人ほどの男女に混ざって、穏やかに微笑んでいた。
 年の頃は見た目で判断すれば二十二、三だろうか。瑞々しい肌は透き通るように白く、背中まで伸ばされた癖の無い長髪は、夜空から紡いだかのような、深みのある色合いをした黒だ。穏やかな風になびき、日の下でかすかに青みがかった光を浮かべる。
 誰の目から見ても美しいと認めざるを得ないだろう端麗な相貌が湛える表情は、親しみやすさの中に気品を同居させた、まさに理想の聖職者の体現のような微笑である。作り物めいた完璧さで整っていながら、仄かに上記した頬とくるくると輝きを放つ黒瞳とのおかげで、無機質な印象を与えない。非の打ち所が無いにも関わらず人間味も失わないという絶妙な均衡が、娘をこの上なく魅力的に見せていた。
 この圧倒的な外観ばかりは何度見ても慣れることができない。目にするたびにはっとさせられてきたロイセルは、やはり今度も一瞬動きを止められたのだった。
 かぶりを振って動揺を宥め、広場の中心に向かって歩き始めると、顔なじみの少年が一人駆け寄ってくる。十歳を幾らも越えていないだろう、栗色の髪をした活発そうな男の子だ。
「ロイセル兄ちゃん!」
「おお、アレクか。元気にしていたか?」
 くしゃっと頭を撫でてやると、アレクは顔をしかめた。
「子供扱いするなって。最近はもう、仕事だって貰えるようになったんだぜ。そりゃあまぁ、ちょっと運が良くないとダメだけどさ」
 まだ幼い少年のこと、本当はちょっとどころかかなり運が良くてやっと門前払いをされない程度なのだろうが、どうやっても話を聞いてもらえないのと、限りなく低確率でも可能性があるというのでは大きな差がある。前回に会ったときとは違う、いっぱしの大人に一歩近づいたのだ、という少年の小さな自負心に気付き、ロイセルは素直に手を離した。
「それは悪かった。俺がお前くらいの年の頃には仕事なんて受けていなかったからな。ごくつぶしのクソガキだったよ」
「でも剣の練習はしてたんだろ? 騎士になっちゃうくらいだしさ」
「そんな大層なものじゃない。木の棒を振り回して遊んでいただけだよ」
 ロイセルは首を振った。
 両親が死んで冒険者を決意した際、粗末な棒切れを手に熱中したちゃんばらごっこの経験は、駆け出しのロイセルを多少なりとも助けたのかもしれない。ただ、そのおかげで今の自分があるのだとはどうしても思えなかった。
「騎士になれたのは運が良かっただけさ。何でここまで生きて来られたのか、いまだに不思議でならないくらいだしな」
 だからお前は冒険者になんてなるなよ、と言外に含める。敏い少年は正しく受け取ったらしく、はっきりとしょげた様子だった。
 人に仇なす存在である魔物と直接に戦う冒険者は、ルーンミッドガッツの花形的職業である。傷つきながらも敵を倒した証を持ち帰る姿に、幼き日のロイセル少年も確かに胸を熱くしたものだった。憧れを抱くのは無理も無い。
 だが、それも城壁に囲まれた安全な街の中から眺めればこその話だ。一歩外に出れば常に死の危険が付きまとう命がけの世界が待っている。
「わかってるよ。俺は死にたくないからね。ちょっといいなぁって思うだけ。なれないのはわかってるから。そんな度胸もないし、力もないしね。地道に稼ぐよ。けど、絶対いつかはロイセル兄ちゃんを護衛に雇えるくらいの男になってみせる」
 夢を語る少年の声は打って変わって力強いものになっていた。ロイセルは苦笑する。
「もっと上を目指せよ。俺より強い奴なんてごろごろしてるぞ? その年で自分を売り込む力があるんなら、きっと成功するさ」
 世辞抜きにそう思った。話していても頭の良いのはわかるし、体力で劣る子供が仕事を得るというのもおそらくは並大抵の事ではないに違いない。
「そうかな?」
「ああ。俺が保証する。普通の仕事にはあまり詳しくないが、それでよければな」
 アレクはにやつきかけ、頬を叩いてそれをいましめた。妙にしかつめらしい顔になって誤魔化すように早口に言う。
「ありがと。お礼に俺も保証してやるよ。兄ちゃんはかっこいい。いい男だ。だからとっととエリス姉ちゃんにプロポーズしちゃえ! きっと成功するよ!」
「待てコラ」
「やだよ、またねっ!」
 甚だ無責任な言葉を残し、栗毛の少年は逃げるように駆けていった。逃げるようにというより、本当に逃げたのだろう。アレクは背を向けていたせいでぎりぎりまで気付かなかったようだが、ロイセルの目には近づいてくる法衣の娘の姿が少し前から映っていた。
189-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:43:23 ID:OEozHjlc
 黒髪黒瞳の司祭はロイセルの前で立ち止まると、笑んで言った。
「プロポーズしてくれるの?」
「バカな事を。俺は自分の身の程くらい知っているつもりですよ」
「せっかくあの子が保証してくれたのに」
 耳触りの良い声で、娘はくすくすと笑う。先ほどまでの聖女の微笑みに、からかうような俗っぽい色が加えられていた。
「同性の保証なんぞ当てになりますか。仮に正しかったとしても貴女にだけは通用しないでしょうしね」
「あぁー、酷いよそれ。私を何だと思ってるの?」
「それは……」
 ロイセルは返答に詰まった。わずかに悩んで答える。
「謝ります。あんまり綺麗だから他の人と一緒にできなくて」
 このエリスという名の娘がどういった存在なのか、ロイセルは明確な答えを持っていた。ただしそれは迂闊に口に出してはならない事実だった。もう数年前のことになるが、ただのプリーストとしてたまにここに顔を出してもらえないかと、他ならぬロイセル自身が頼んだのだ。生活の苦しい人々が一分でも長く笑顔で過ごせるよう、教会の司祭として――と言うからには当然無償で――諸々の活動をして欲しいと求めたのだが、決して真っ当とは言えないこの聖職者がなぜ大した迷いも見せずにその依頼を快諾したのかは、何も高潔な自己犠牲の精神からなどではなく、そうするのが彼女にとって都合が良かったからに過ぎないのだと、今のロイセルは知っている。
 それでも、現実に人々はエリスを徳の高い司祭様だと信じているし、裏に隠された思惑を抜きにすれば、彼女の活動そのものにも不満は無い。住民たちの幸せな幻想を壊すのがいかに無益であるのか、ロイセルは承知していた。
「上手く逃げたね。ま、褒め言葉はありがたく受け取っておくわ」
「もう飽きるほど貰っているでしょうに」
「それでも。やっぱり言われたら嬉しいもの。言ってくれるのがかっこいい騎士様だったらなおさらだしね」
「……貴女がそれを言いますか」
 ロイセルの口から苦虫を噛み潰したかのような唸り声が洩れる。
「俺が女だったら切れてもいいところなんでしょうがね。仕方ないので俺も褒め言葉はありがたく頂戴しておきますよ」
「どうしてそうヒネるかなぁ。アレクだってかっこいいって言ってたじゃない。それは結構みんな認めてると思うよ?」
「ですから。ありがたく頂戴すると言ったじゃないですか。それで終わりにしてください」
「はいはい、わかった。終わりね。――それじゃ本題に移るけど、何の用かしら? 私に会いに来たんでしょ?」
「それはこっちのセリフですよ。俺に用があったからこの場所で待っていたんでしょう」
 ロイセルは憮然とした面持ちで言い返した。
 表面上は邪険な対応をしているものの、久方ぶりにするエリスとのやり取りをどうにも心地良いと感じてしまっている部分がある。そんな自分自身に釈然としない気持ちがあった。こんな、あらゆる意味で『難しい』女よりも、もっと普通の可愛らしい娘とねんごろになりたい。それが自分の本心のはずだ。
「人と話してるのにそういう顔する? それも渋くて好きだっていう子はいるかもしれないけど、私はあんまりなぁ」
「……用が無いなら帰りますよ」
 あくまで素っ気なく返すと、エリスは肩を竦めた。
「まぁいいわ。あんまり大きな声じゃできない話だから移動しなきゃダメだけど、ロイセルは来たばっかりだし、挨拶でもしていく?」
 やはりエリスの目的はロイセルにあったようだ。
 何故すぐに白状しないのかという思いは飲み込み、ロイセルは「ええ」と頷くだけにとどめた。
 余計なことを喋ればその分だけ反撃が来る。そうして自分は知らず知らずのうちに、彼女の術中にはまってしまう。それはもはや予想ではなく、完全に確信に至っていた。この見目麗しすぎる娘は、そういう存在なのだ。
 もっとも、警戒したところで大差ないだろう事もわかっているのだが。ロイセルには絶望的なまでにこの娘に対する耐性が無く、実際にもどうしようもないほど惹きつけられてしまった前歴があった。今でもまざまざと思い返すことができる。
 あの時の感動といったら、それはもう、勢い余って吟遊詩人の英雄譚の真似事をしてしまうくらいの物だった。そう――。
「すぐに済ませてきますから、少し待っていて下さい。『エリス様』」
 ――騎士として剣を捧げようとしてしまうほどの。
 不幸にしてか幸いにしてか、一世一代の大勝負はやんわりとした拒絶で幕を閉じ、以降、ロイセルはそのような馬鹿げた行為を誰に対しても行っていない。
 付き合いが長くなり彼女の色々な面を知った現在でも、当時の高揚は心の奥底ではくすぶったままなのだろう。だからこうして、気乗りしないと思いながらも便利に使われてやってしまう。
「結局、傍から見たら俺も他の奴らと変わらないんだろうな」
 主にしそこなった娘に背を向け小声でぼやくと、ロイセルは知人に顔を見せるべく、広場の中心へと小走りに駆け出した。
199-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:44:16 ID:OEozHjlc
 … … … … …


 いくらか経って、ロイセルとエリスは一軒の料理店に落ち着いていた。窓の少ない店内には日の光があまり差し込まず、昼間だというのに二人の顔を照らすのは暖色の魔力灯である。
 夜になれば広いフロアも人で埋まるのだろうが、今は半数以上が空席になっていた。ランチタイムには遅すぎ、かといってティータイムにもまだ早いという微妙な時間を考えれば、それも当然なのかもしれない。壁際にある一番奥の席に陣取ったおかげもあって、近くに他の客はいなかった。
「そろそろ良いでしょう。いい加減に教えてくださいよ。一体何の用なんですか」
「そんなに急ぐ事ないでしょ。私と居るの嫌なの?」
 ロイセルと差し向かいでお茶をする娘は、優雅な手つきで白磁のティーカップを口に運ぶ。
「貴女と居て嫌な気分になる男は男じゃないか、それともよっぽど貴女に嫌われているかのどちらかでしょうよ。そして俺はそのどちらでもないはずです」
「男の魅力にはちょっと欠けるけどね」
「……そうだとしても、です」
「自覚はあるんだ?」
 実年齢は二十代の半ばだが、ロイセルはそれよりも若く見られることが多い。美形と言っていい顔立ちをしているものの、いささか男臭さに欠けているのだ。顔の造りのみならず、髭の伸びにくい体質と男にあるまじき柔らかさを持つ金の髪も影響しているのだろう。それについては既に諦めていた。軽く耳に掛かる程度の長さで整えた髪型はこれより短くすると似合わなくなってしまう。
「それはいいですから。はぐらかさないで下さい。そう頑なに隠されると気になって仕方がないんですよ」
「別に隠してるわけじゃないんだけどね。少し人が足りなかったのよ」
「人が足りない……というと?」
 エリスは悪戯っぽく口角を上げる。
「これから話すわ。そろそろいいみたいだしね。――けど、その前に一つ聞かせて。私の居場所がわかったのはどうして?」
「どうしてって……」
 ロイセルは眉を寄せた。なぜも何も無い。エリスの方こそがわかりやすく足跡をつけたのだとしか考えられない状況だったのである。
「それはですね――」
 疑問に思いつつも、ロイセルは言われるままに説明を始めた。
 ひと月ほど前、黒髪の『姫』の姿が首都から消えたとの噂が流れた。もちろん一般市民には関係のない話である。情報を商品とする者や好き者の貴族、ライバル視していた他の姫――当人は歯牙にも掛けていなかったが――、そして取巻きどもの間で囁かれたその噂は、一週間もする頃には事実として受け入れられるようになった。エリス嬢はどうやら本当にプロンテラにいないらしい、と。
 ところがそれが末端にまで定着してしばらくすると、今度は逆の情報が飛び交い始めたのだ。すなわち、「姫の姿を見た」。ロイセルの耳に入ったのが二日前のことだから、実際には三日、早ければ四日前には知り得る者には知り得た情報なのだろう。
 さらに昨日までは「いつ頃にどこどこでそれらしい人物を見かけた」だったのが、今朝からは「何時頃にどこどこの方向に歩く姫を追ったが、どこどこで見失った」と、いやに正確なものとなったのである。
 エリスが隠形の守護を与えてくれる装備品を持っているのは取巻きどもの間では有名な話だし、かつ司祭である彼女はテレポートと呼ばれる瞬間移動の奇跡でいつでもその場から離れる事ができる。
 となれば、姫は自ら目立つように姿を見せ付けていたに違いない、という推測が自ずと成り立つ。ロイセルに目撃証言をしてくれたある取巻きの溜まり場では、それがどういった意図によるものなのか、解の得られない論争が展開されていた。
 大多数の者にはどれだけ掛かっても辿りつけない結論を、ロイセルは話を聞いた瞬間に導き出した。エリスの歩いていた方向、そして行方をくらました地点を照らし合わせれば、その先には大聖堂がある。一般が思い浮かべるだろう一本道の地図に、彼はもう一つ別の小道を付け足すことができたのだ。
 たとえ他に同じ地図を描ける者がいたとしても、まさか麗しの姫君と低所得層の街とを結びつけはすまい。その関係を知っているのはロイセルただ一人なのである。
「――そこまでお膳立てしてもらったらさすがにわかりますよ」
 説明が終わると、エリスは満足げに数回頷いた。
「それじゃあ私のことはちゃんと話題に上ってるんだね。よかったよかった。久しぶりに帰ってきたっていうのに、ロイセルったら再開の喜びも何も無かったから。ロイセルですらそうなんだから、ひょっとしたら私が居なくなったのなんて誰も気にしてなかったのかと思って」
「他の連中がどうかは知りませんが、俺に関して言えば貴女がどうにかなってしまっているっていう発想が無かったんですよ。首都にいないならいないで、どこかで元気にやっているんだろうと。元からしょっちゅう会うような間柄じゃなかったですからね。一、二ヶ月見なくとも別段変わりませんよ」
 ロイセルは淡々と言う。エリスは天井を仰ぎ、大げさな溜息をついた。
「ロイセルってよく冷たいって言われない?」
「まぁ、何度かは」
「やっぱり。世間的には私は行方不明ってことになってたんでしょ? それが無事に出てきたんだよ? 心配してようがしてまいが、『僕は君の事が気になって夜も眠れなかったんだ』って、ポーズでもいいからそういう態度を見せとくのが礼儀ってもんでしょうに。何で平然としてんのよ」
 おかげで計画失敗かと思ったじゃない、と唇を尖らせて軽く睨む。
 怒りの篭もらない眼光を受け止めたロイセルは、ややあって目を逸らした。素なのか狙いなのかは判別のしようもないが、些細な表情の変化の一つ一つが絶大な威力を生むのがこの娘だ。困った事に、時として不機嫌な顔ですら抗い難い吸引力を発揮するのである。
「貴女みたいに人心掌握を生きがいにしてるわけじゃないんですよ、俺は。思ってもみないことなんぞわざわざ口に出さなくても十分生きていけます」
 視線を外したままコーヒーを啜る。密かな甘党のロイセルは、今日に限っては砂糖もミルクも加えていなかった。無意識に表情を歪めてしまうほどの苦味が、不本意な感情を紛らわす助けになるやもと期待してのことだ。
「あー、それ。言おうと思ってたけど、私そういうのもうしてないんだ。人心掌握とかそういうの。姫やめたのよ」
 ロイセルの腕が硬直した。まだカップを唇から離してもいない。飲み慣れない味に渋くさせられた顔がよりいっそう渋くなる。
 何と言ったのだ、この娘は。なにやらひどく衝撃的なことをさらりと聞かされたような気がする。
209-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:45:05 ID:OEozHjlc
 ――『姫を、やめた』。
 告げられた言葉が脳に浸透するまでに掛かった時間は数秒。そこから先の反応はロイセル自身にすら認識できない早さだった。
「ぶっ!」
「うわっ、何噴いてんの!?」
「――嘘でしょう!?」
「いや、嘘っていうか……、私にしてみたらむしろそのリアクションの方が嘘よ」
 黒髪の娘はげんなりしたように言った。その視線はコーヒーを浴びたロイセルの顔面に向けられている。
 エリスの座っている所までは被害は及んでいなかったが、テーブルの上は惨憺たる有様になっていた。ぶちまけられたコーヒーの残骸が、磨き上げられた木製の天板に大小無数の池を点々と作り出している。飲み物を一杯ずつしか頼んでいなかったのが不幸中の幸いだろうか。
「いくらなんでも驚きすぎだって。拭いてあげるからちょっとじっとしてて」
 疲れたような吐息を洩らし、お絞りでざっとテーブルを拭くと、エリスは小ぶりの荷物袋から白いハンカチを取り出した。半麻痺状態から脱却できていないロイセルの口元に、身を乗り出して近づけていく。
「ま、待っ……」
 口の自由にならないロイセルは、接近してくる高級そうな布を凝視しながら、うわごとのように呟いた。
「いいから。大人しくしてなさい」
 柔らかな布地が頬に触れた。優しい肌触りが濡れた感触を丁寧に拭い取っていく。
 何なのだこれは、とロイセルはどこか他人事のように思った。驚愕も確かに強かったが、それよりも混乱の度合いが強すぎて、現実を現実として理解することができない。
 絶世の、と装飾をつけてもいいこの黒髪の美人は、ロイセルの認識では純然たる『姫』である。司祭であるとか女であるとか、そういった当たり前の事実すらも、その前では相当に存在感が薄くなる。
 ロイセルの知るエリスならばこんな事は絶対にやらないはずだった。心を捕える過程で必要と見れば別だろうが、純粋な奉仕精神など欠片も持たないはずの姫君がそれ以外の理由で自らの手を煩わせるところなど、想像しようとしても難しい。そしてロイセルの心は既に逃れようにも逃れられないところにまで落ちてしまっている。
「……そんなことはなさらずとも、俺は」
 呆然となってこぼれた呟きの続きは、汚れを拭き終えたエリスに引き取られた。
「『俺は貴女を裏切りません』? 知ってるよ、それは。疑ってもいない。いつもむすっとしてるけど、なんだかんだ言って優しいしね。だからそういうのじゃないんだって。たまにはいいでしょ、こういうのも」
 二枚目のハンカチをお冷やで湿らせると、再び口元に腕を延ばす。
 ここに至ってようやく我を取り戻したロイセルは、手をかざしてそれを遮った。
「もう、大丈夫です。自分でやりますから」
「ここまでさせといて今更そういうこと言う? まぁいいけどね。確かにガラじゃないし」
 すんなりと引き下がり、エリスは濡れたハンカチを差し出した。一瞬躊躇ったロイセルが礼を言って受け取るのを見ると、座り直して苦笑する。
「やっぱり裏があるって思われちゃう?」
「いえ、面食らっただけですよ。俺は多少なりとも貴女の事を知っていますから。上手く結びつけられなかったんです。でも、やっぱり、そう――」
 ロイセルは一旦言葉を切った。
「――本当に、やめたんですね」
「そ。わかってくれた?」
「まだ信じられない気持ちですが、状況を考えるとそうとしか。この場所であれは無いでしょうから」
 姫という立場であれば、男と二人っきりでテーブルを囲み、さらにその世話を甲斐甲斐しく焼くなどという場面を軽軽しく他人に見せて良いはずがない。
 遠目から眺めて満足する信者に対しては偶像性が薄れてしまうし、一歩踏み込み少しでも『女』を意識している取巻きどもに対しては、要らぬ嫉妬心を掻き立てることになりかねない。やるとなれば人目の無い空間以外には無く、個室にもなっていない料理店などという開放的な環境では間違ってもやるべき物ではないのだ。
「意外とすんなりわかってもらえたね。面倒がなくて助かるわ」
「それくらいはわかりますよ。俺を担ぐならもっと有効なやり方がいくらでもあるでしょうしね」
 ですが、とロイセルは小さく息を吐いた。
「なんだか不思議な感じがします」
「不思議?」
「姫じゃない貴女を見るのが初めてだからでしょうか。――いや、違うな」
 顔を拭い終えたハンカチを几帳面に畳んでテーブルの隅に置き――経験上、一度受け取った物を返そうとしてもエリスは高確率で拒否するからだ――、ロイセルは首を振った。
「まだ実感が湧かないんですね、きっと。こうして話していると貴女はいつもと変わらないように見える。それを今までとは違うと言われても、なかなか」
「さっき違うことしたでしょ」
「あれだけじゃないですか。単なる知識として貴女に関する情報が書き換えられただけですよ。それにその知識にしてもまだ嘘臭い感じがします。納得できないというか」
 黙って聞きながら、エリスは秀麗な眉をぴくりと動かした。ロイセルは続ける。
「姫をやめた理由がわからない。貴女は俺の知る限りで最高の成功を収めた人間です。誰にも真似できない高みに上り詰めた。努力だって苦労だって、人と比べるのも馬鹿らしいほどしてきたはずです。そうやって勝ち得た座を、どうして放り出すんです?」
 何かを手に入れるには何かが要る。商品を買うには金が要るし、価値が上がれば見合うだけの額を積まねばならない。同じように、頂点を極めるにはそれだけの労苦が必要となる。
 姫としての栄光を掴むために重ねた行為が褒められたものでないにせよ、ロイセルにそれを否定するつもりはなかった。何も無い所から腕一本で道を切り開いたロイセルは、ここまで生きてくる間に、上に上がる事の難しさを身をもって感じてきた。どのような類であれ、そこに至る過程というものは等しく尊く思える。だからこそ、困難も辛苦もあったはずの道程を全て投げ捨ててしまうような引退の宣言を、心情的に受け入れる事ができなかったのだ。
「……やっぱり、それ聞くよね」
 栄華の絶頂にあったはずの娘がぽつりとこぼした声は、珍しくかげりを帯びていた。
「――努力も苦労も、したくなんてなかったんだよ。ほんとはね」
 静かに言うと、これで終わりだとばかりに口を噤む。
「聞いては……まずかったですか?」
「別にそうじゃないけど。でもその話はしたくないからしない。納得できないのは悪いけど諦めてとしか言えないわ」
「そういう事なら聞きませんよ。人の秘密を無理矢理聞き出すような趣味はありません」
 気にならないと言えば嘘になるが、これもまた偽りない発言だった。
「そんなに簡単に引き下がっちゃうの?」
「貴女が聞くなって言ったんじゃないですか」
「そうなんだけどさ。……あぁでも、そこまで淡白だと寂しいっていうより、いっそ気分がいいね」
「それは褒めてるんですか?」
「もちろん。冷たいのも考えようによっちゃ美点だわ。さすがは私の見込んだ男」
 数瞬前の沈んだ雰囲気を一切残さず、エリスは快活に笑った。場の空気は和やかなまま保たれている。
 これもこの娘の魅力なのかもしれないとロイセルは思う。二人でいる限り気まずい空気になることも気分を害することも滅多にない。姫としての技術なのか生来の気質なのか、おそらくは前者だろうと推測している。
 気を抜くと深みにはまってしまいそうで、ロイセルは殊更に熱の入らない返事をした。
「なんですかそれは。見込まれた覚えなんてありませんよ」
「そりゃそうだよ。旅に出てた間のことだからね。覚えが無くて当然」
 ロイセルは小さくうめく。
 直感的に胸に訴えるものがあった。こうした勘はあまり外れたためしがない。この第六感の鋭さがあればこそ大過なく冒険者を続けてこられたのだろうが、今ばかりは素直に喜べなかった。察知したところで先を聞かぬわけには行かないのだ。
「ああ、なんだか凄く嫌な予感がしてきましたよ。それで話が元に戻るわけですね。旅先で何かあって、だから貴女は俺に会いに来たんだ」
「おぉすごい。冴えてるね。私もう何も言わなくてもいいんじゃない?」
「無茶言わないでとっとと話してください」
「もう。我慢の足らない男だなぁ。わかったよ。でもその前にちょっと解説。さっき『人が足りない』って言ったでしょ?」
「ええ、そんなこと言ってましたね。何の話だったんです?」
 エリスはにやりと笑む。
「それはね、観客。見てる人が足りなかったの。今は結構多くなってきてるよ、わかってる?」
 反射的に店内を見回しそうになり、ロイセルはすんでに堪えた。もし見張られているのであれば軽はずみな行動は取れない。明らかに楽しんでいる風情の窺える笑顔に仏頂面を向ける。
「どういうことですか」
「別に害意があるわけじゃないだろうからそんなに警戒しなくても大丈夫。殺気もないんだからロイセルが気付かないのも無問題。あれは嫉妬と羨望の入り混じった視線って言うのかな。私は人にどう見られてるかって異様に気にしてたからね、そういうのには敏感なんだよ」
 見ても構わないと続けて言われ、ロイセルは不自然にならない程度に、店員を探す振りをしてさっとフロアを見渡した。
219-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:45:55 ID:OEozHjlc

 全体的に空席が目立つようになってきている。相変わらず隣のテーブルには一人の客も付いていなかった。最も近いのは三つほどテーブルを隔てた席に座った四人連れの冒険者らしき一団で、その辺りからは特に偏りも無く、ちらほらと客の姿が見られる。
 じっくり観察しなかったせいもあってか、特に不審な気配を放つ者は発見できなかった。
「駄目ですね、わかりません」
「あの人達だって何もずっと睨んでるわけじゃないから。私だってロイセルの顔拭かなかったらこんなにはっきりとはわからなかったよ。あの時はさすがにすっごい視線感じたわ」
「取巻き連中ですか?」
「顔覚えてるくらい付き合いのある人はさすがにいないけど、何人かは確実に混じってると思う。今の私ってちょっとその辺歩いただけで噂になるくらいなんでしょ? もしここ来るまでに見られてたら、もう広まり始めてるだろうから。気の早い人は話聞いた途端に見に来たりしてるんじゃないかな」
「それはそうだと思いますが、なぜ?」
「ロイセルと仲良くしてるところを見せたかったんだよ。ハプニングではあったけど、考えてみたらコーヒー拭いたのはできすぎだったわ。ありがとね」
 心底楽しげに言うエリスとは対照的に、ロイセルは苦りきった声を出した。
「そうではなくて。なぜ、見せなければいけなかったんです」
 あぁ、とエリスはわざとらしく手を打つ。
「それね。それは、旅先で何があったかって話になっちゃうんだけど、結論から言うと、忘れ物に気付いたって事になるのかな」
「……忘れ物、ですか?」
「そう。私は一人じゃなくて、二人で旅しててね、そのもう一人の子がまた綺麗な子で。あれこそ守ってあげたい美人って言うのかしらね。喋んなければ、だけど。とにかく、なんだか変な奴らがしょっちゅう寄って来るから困っちゃって。それと、自分でも知らなかったけど私の取巻きって国中に散らばってるみたいでね、『お二人だけでは危険です』ってそういう人も結構いてさ」
「それは予想がつきます。貴女が綺麗と言うなら本当に綺麗な人なんでしょうし」
 黒髪の姫は昔から人を褒めるのが上手かった。一見何の取り得の無い人間にも本人すら気付かない長所を見出して褒める。それは常に的を射ているため、相手は嫌味な感触を受けない。そこが巧みだった。
 ただ、おのれの容貌が比類なき武器として成立する水準にあることを熟知するこの娘は、それゆえに、外見について賞賛するときにだけはひどく慎重になるようだった。半端な見目では決して褒める事をしない。返せば、エリスが美しいと評した女性は真実美しいということでもあった。
 ただでさえそのような人目を引く女が二人連れで目立つというのに、加えてエリスは一部では有名人である。何事もなく旅を続けていられる方がおかしい。
「ほとんど衝動的にとりあえずって感じで飛び出しちゃったからね。その辺考えに入れてなくて。だからさ、虫除けになってよ」
「……は?」
「『は』じゃなくて。ロイセルなら見た目がいいからそんなに反発も無いと思うんだよね」
 私の好みじゃないけど、と悪びれた様子もなく付け加え、反応を窺うようにロイセルの顔を見る。
「……それはあれですか、念のため確認しますが、貴女の言う『忘れ物』とは、群がってくる男どもを牽制するための虫除けのことで、それが俺だってことですか」
「そうなるね」
「貴女の旅に付いて行って恋人か何かとして振舞えと?」
「関係を聞かれたらそう答えるのが一番効果的だろうね」
「でも貴女は俺と恋仲になりたいとはちっとも思っていないんでしょう?」
「うん。全然」
 きっぱりと断言され、ロイセルは額に手を当てた。しばし瞑目してから呆れたように言う。
「……俺に何のメリットがあるんですか。デメリットなら簡単に思いつくんですが」
 この提案を受け入れてしまったが最後、ロイセルこそが崇拝する姫君に付きまとう悪い虫に他ならないと取巻きどもに認定されてしまう。全国各地に無数に散らばる彼らに目の敵にされることが一体どのような不利益を生むのか、想像力を働かせてみる気すら起こらなかった。
「大丈夫だよ。私がいる間は手なんて出せないだろうし、私と離れたらもうどうだってよくなっちゃうような人がほとんどだろうから」
「だとしても、そうじゃない人も多少はいるんでしょう。割に合わないですよ。そうやってただで人を動かそうとするのはまるっきり姫の思考だと思いますね」
「それは違うよ」
 皮肉っぽく口端を上げるロイセルに、黒髪の『元』姫は少しばかり語気を荒げた。それも一瞬のことで、すぐに語調を戻して続ける。
「普通に頼んでるじゃない。わからないかもしれないけど、姫は違うの。別のやり方なんだよ」
「半分巻き込んでから用件を言うのが普通ですか」
「少なくとも姫はそんな悪印象を持たれる要求方法はしないね。もっと上手に、もっと断れないような手口を使うわ」
 斬って捨てるような口振りに、不意に、ロイセルの胸に実感が湧いて来た。
 ――この娘は、本当に姫をやめたのだ。
 何か言葉にし難い想いが渦巻き始めていた。近いものを無理矢理に挙げれば、寂寥、なのだろうか。もの寂しい。それは間違いなくある。しかし突出したものでもなく、さして変わらぬ比率で憤りや失望や不満、その他諸々の感情が横たわっている。一つ一つがひどく希薄で感じ取りにくい。総体としては鉛の塊を飲み込んだかのような重苦しさがあるだけだった。
「断りたかったら断っていいよ。巻き込んだって言ってもまだ楽勝でどうにでもなる段階だし。でもね、ロイセルは勘違いしてる。メリットはちゃんとあるんだよ」
 姫として他人の表情の裏を読む技術を培ってきた娘が顔を強張らせたロイセルに気付いていないはずはなかったが、彼女は目に見える反応を示さなかった。口から出てくるのは聞き慣れたいつもの明るい口調だ。
「私はロイセルを恋人に、なんて思えないけど、サキは――って一緒に旅してる子の名前ね。あの子はどうかわかんないよ。ロイセルが頑張ったら美人の奥さんができるかもね。ていうか、綺麗な女二人と旅できるんだからそれだけで役得だと思いなさいよ」
「あ、あぁ、そうなんですか。それならちょっと、考えてみても良さそうですね。まだしばらくは首都にいるんでしょう?」
「あと一週間か、長くて十日ってとこかな」
「なら、少し時間を貰えませんか」
 抑揚も乏しく言い、ロイセルはエリスとにこやかに笑い合うような付き合い方をして来なかった自分に感謝した。引きつった笑みなどという無様な物を見せずに済む。
「今すぐ答えろとは言わないよ。じっくり考えて頂戴」
 言う事も言ったから、と立ち上がったエリスは、連絡先を書いた紙を置いて先に店を出て行った。紅茶が飲めなくなったのはロイセルのせいだから料金はロイセル持ちだと、最後まで笑いながら。
 後には紙切れ一枚と、白いハンカチだけが残された。
 ロイセルは独り苦い息を吐く。
 こんな気分になったのは初めてだった。
 ――捧げようとした剣をつき返されたときですら、それほど嫌な気はしなかったというのに。
229-10@宿題sage :2005/11/03(木) 00:51:46 ID:OEozHjlc
つづく
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長くなりすぎてお題はどこへ行ったって感じになりそうですが
お題から話を作ったってことで一つ。

なんだか忙しくて、放置でいいかなぁとか思ってしまってたところを
('A`)様卒業の辺りのレスを読んでたら、なぜかいてもたってもいられなく。
遅くなりましたが、('A`)様、今まで素晴らしい作品をありがとうございました。
23名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/03(木) 03:25:52 ID:H1eIdlJ6
投下しようかと思ったけど、なんか長くなりそうな予感がしてきて初めてなのに大丈夫か漏れ、と直前で不安になってきた('A`;)

>>宿題の人
ちょっと改行位置の関係で読みづらいけど、引き込まれるような内容ですた。
ロイセルのこれからの受難が気になる(´д`*)イイヨイイヨー、中性的なキャラって好きよー。
24花月の人sage :2005/11/03(木) 04:22:05 ID:iSjxQ2H6
ヴァー、巧すぎて声が出ない…やっぱ、時間というのは重要か…っ。orz
比べて自分は…人間に関しての洞察とその描写で一歩も二歩も出遅れてる感が多々。
性格の描写の緻密さが圧巻です。
何はともあれGJ。

さて、俺も頑張ろ。
出口l.....λ
25名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:01:00 ID:.UCzLtps
花と月と貴女と僕 15

 灯火の光だけが淡く闇を遮っている。
 そんな一室で沢山の目が僕と、顔中に包帯を巻かれて寝かされているクオとを見比べる様に行き来していた。
 良く考えなくても、こうなるのは目に見えていたんだけども。
 僕は、この村の年寄り達に囲まれて詰問を受ける事になってしまっていた。
 原因は言うまでも無いが、無論彼らだって馬鹿ではない。
 どっちが第一の被告か、と言う事は明らかだった。

 だが、問題はそこから発生するこじれ。
 つまり僕が余所者に過ぎなくて、僕が殴ったクオがこの村の人間だ、と言う事である。

「…参ったのぅ。ロボ殿からは、おんしも客人じゃと聞いとる。じゃが、責任は取ってもらわにゃ」
 しわくちゃの顔を益々しわくちゃにして一番の年寄り…この村の長老格らしい…が、髭を撫でつけながらしわがれた声で言った。
 ひそひそと小声で言葉が交わされるのが聞こえる。
 僕は、直立したまま、長老を見返す。

「なら、僕は一体どうすれば…」
 自分で口にしてみても、随分と覇気の無い声だった。
 老人は、ほっほ、と笑って、真っ白で長い片方の眉を持ち上げた。

「そう怖い顔をしなさるな。そうは言うとるわしらも、九尾には色々と手を焼かされておったでの。
 じゃが、村の者にはそれで済まん者も居る…そうじゃのぅ?」
 長老は、目線を広い土間の中程に控えていた何人かに向けた。
 木彫りの狐面を、頭の側面にずらした人たちが僕を前に複雑な表情を見せている。

「あなた達はさっきの?」
 一応、人前という事もあって、できるだけ感情を押さえつつ、確認の意味で僕は言った。
 返事は無いけど、気まずそうにその人達は顔を背ける。…ちょっと、僕の目つきがきつくなってたのかもしれない。
 …いけない。今は顔に出すべきじゃない。非を問われる側である手前、そういうのを前面に出すのは憚られた。

「おんし等は、どうなんじゃ?」
「お、俺達は…そのぉ…」
 そんな彼らに、さっきの老人が問いかけ、僕になら兎も角、流石に口に出すのが憚られるのか中々喋ろうとしない。
 もごもごと口を動かしながら、互いに互いの様子を窺うようにちらちらと視線を交わす。

「言うんじゃ」
 が、圧する様な言葉に今度こそ観念したのか、彼らはおずおずと喋り始めた。

「俺達は、やっぱクオさんの言う通りだと思う…戦、したくねぇ」
「阿呆、何言うとる!!決まった事でねか!!」
 老人の一喝に、その二人はびくん、と身を震わせた。
 萎縮した格好で、老人を見て言葉を続ける。

「んだけどもっ、焼けたり死んだ人間の責任、あの黒んぼやこの小僧っ子が取れるとは思えねぇ」
 …冷静になって考えてみれば、やはりそれも一つの真実だ。
 と、僕がそんな事を考え始めた時、ようやく意識を取り戻したらしく、クオがはっと布団の中から上体を起す。
 周囲を見回し、状況を把握するや否や僕を睨みつけてきやがった。

 主犯格であろうこの男が、意思を曲げればきっと目の前の二人もそれに従うだろう。
 彼らは自分の不安の為に、それを叶える事の出来そうなこの男に自らの意思をゆだねているだけだ。
 果たして彼が自分の考えを曲げるかどうか。
 だってそうだろう。彼の言葉には嘘は無かったのだろうから。
 だが、僕だってわざわざ彼の考えを尊重するつもりなんてさらさら無かったけど。

「……けっ」
 が、僕の予想に反してそれだけで言葉一つ口にしない。
 てっきり罵詈雑言でも飛んで来るのかと思っていただけに肩透かしだった。

「目ぇ覚ましたか、クオ」
 と、老人が言うと、ぶすっとした膨れ面でクオは短くああ、とだけ答えた。
 それから、僕とクオとの間で視線を落ち着き無く行き来させてる狐面達も彼はじろり、と睨む。
 が、睨むだけ睨んで、後はぼふっ、と傍若無人にも布団を被って寝転がった。
 おまけに、目を丸くしている一同に向ってしっしっ、などと手をふっていやがる。
 …やっぱ、初めて見た時から思ってたけどコイツ嫌いだ。

「クオ、起きろ。おんしの事じゃぞ」
「……長老、俺の事は放っといてくれ。少し寝て、考えたい。おい、そこのアホ面。下がれよ」
「…ふむ。それでいいんじゃな、クオ」
「くどい。それで構わない」
 と、そこでやり取りを区切って老人はにやりと笑いながら僕を見た。
 僕は、黙ってその視線を受け止める。どうにも複雑な気分だった。
 性格が変わるほど強く頭を殴ってたなんて。
 今更ながら…余りに浅はかだったと自分の行いを悔いる。
 たしかに、人の身体は僕なんかには取り返しがつかない。

「客人」
「え!? あ、はい。僕ですか?」
「そうじゃ」
 びくっ、と一度身を振るわせつつ返事をする。

「すみません…未来ある若者を、脳味噌が変形するくらい殴っちゃって…」
「かっかっか。良かったのう、これで事も無しじゃて」
 すると、長老さんは愉快げに笑いながら僕の言葉にそう答えていた。
26名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:01:26 ID:.UCzLtps
 そんなこんなで。
 当初は絞首台の十三階段を上る様な心地だった僕は、意外な事に村の人たち一般には事なきを得るに至ったのである。
 ずずずっ、と辛い味付けのフェイヨン風スープを啜りつつ、一息を付く。
 ふぅ。疲れた体には、この刺激は大変にありがたい。兎も角、今日は一日大変に疲れたので早く眠りた…

「……」
 汗の雫が僕の額を伝う。どうやら、まだ眠れそうにも無い。
 じーっと。じーーーーっと。いやむしろ、ギロリ、と。
 矢玉弾きの加護(ニューマ)すら易々と貫通してしまいそうな、実に鋭い視線が僕を突き刺していた。

「大暴れしてくれたものね?」
 はうっ。その冷静そうに見えて、実は全然そうじゃないっぽい表情は実に怖いですよミホさん!!
 ふぅ、とわざとらしく彼女は溜息をつきなさる。
 ツクヤはと言うと、状況についていけないらしく僕とミホさんを見比べておろおろと。
 ぱりぱり、とロボが無神経に白菜の漬物をぱくつく音が響いている。

 そうだ。ここまでの状況説明が抜けていた。
 その描写を付け加えると、僕は戻ってきてから、先の約束通り皆で食卓を囲む事になっていた。
 そこまではいい。が、その後は予想通りです。…まぁ、ある意味何時も通り、と言えない事もないかもしれない。
 はぁ、と溜息を一つミホさんはつく。

「…すみましぇん」
「はいはい。それでいいわ。…まぁ大事無くて済んで良かったけど…怒らせるとしつこいわよ、クオは?」
「確かにねちっこそうな顔でしたけどねぇ…」
 脳裏に奴の顔を思い浮かべつつ答える。

「うんうん…それよ。あいつ、昔からああなのよね」
 あはは、と苦笑しつつミホさんは言う。

「まぁ、いい所もあるんだけど。どうもひねくれてるのよね…天邪鬼というか」
 が。その顔には僅かに憂いめいた色が見え隠れてしているのは僕の気のせいだろうか?
 僕が口に出すよりも早く、彼女に言葉を投げていたのはツクヤだった。

「ミホさん。顔色がちょっと変……大丈夫?」
「あ、大丈夫ですよっ。ツクヤ様。もー、この程度でへーちゃらのへーですとも」
 僕とツクヤは、ミホさんのその反応にお互いに顔を見合わせた。
 …何と言うか、やっぱり変だ。僕の意図を読み取ったらしく、ツクヤもうんうんと頷いていた。

「風邪かなんかだろ。ま、今日はゆっくり休むこったな」
 それまで黙っていたロボが、初めて口を開く。

「…何となく、僕等とロボ達の間に見えない壁があるような気が」
「気のせいだろ?しんどい時ぐれぇ誰にでもあるさな。察してやれよ」
「はぁ…解りましたけど」
 釈然としないけど、とりあえず了解する事にした。

「で、だ。一つ聞き忘れちゃならねぇ事があるわな」
 うっ…会話の流れ的に、このまま追求が止むと思ったのに…っ。
 今度は、ロボの眼光が…こうキュピーン、と光った。
 どろりと濃厚に、小一時間くらい問い詰められそうな気が。

「…いやそこ。タンコブが膨れた頭抱えるな。どこの工事現場のオッサンだっつの」
「ウォル、何かしょぼくれてるよ」
 ざわ…ざわ…。いや、僕はっ…決してそんな事は…ありませんよ…カカカ…キキキ…
 当方は狐耳の獣っ子から激烈怪しい黒マントまで質問にはノーウェルカムでございます。
 思わず、単純化した劇画ばりに影のある横顔になりつつ、思考は大混乱に。
 そうっ、まるでっ…大きなうねりが…洪水の様な水のうねりが押し寄せてくるのを目の当たりにしているみたいにっ。
 この圧倒的なエネルギーの前では僕は風前の灯、滝を前に流される蛙っ…

 …いや、つかノーウェルカムて否定やん。ここで断る事が可能とでも思うのかね、トンデモ剣士君。

「僕は…っ。僕は……っ!!畜生、暗闇の中で腰まで泥沼に嵌っちまった…!!」
 そう。目の前の巨大な水流に、僕は余りにも無力に過ぎる。
 拭いようの無い絶望感に打ちひしがれながら、思わずそう叫んでいた。

「で、暗中模索で結局俺の手の上、と。とっとと吐け。吐いちまえば楽になるぜ?」
「畜生…っ。この悪魔っ!!アカゲのサカゲ!!」
「喧しいわ。この駄目っ子。いいから踏んじまえ、崖っぷちへのアクセルをよ…?」
「窓のエムイー…?」
 ああもう、僕にはアホ毛は無いってば。葱もバールも無いってば。あったら目の前の黒い悪魔を叩いてるよ。
 混沌としてきた会話の中で(というか、何故か目の前が真っ青な画面になってるような)、仕方なく僕は言葉を捜し始める。
 が、牛丼を差し出しつつ犯人を尋問する刑事の如く、ロボはランタンの光を僕の顔に浴びせかけてきていやがる。
 しかし、僕には抱きつく事の出来る人形なんてある訳も無く。ああ、人望が欲しいっ。
 いや…僕は。そうだ。これは決闘だ…っ。逃げるわけにはいかない…っ!!そうだ。剣士ウォル、再起動だっ!!

「いいじゃない。それなりの理由があったのよ、きっと」
 と、意外な所から助け舟が差し出される。ミホさんだった。
 ちゅどーん、と十字状の爆発のエフェクト。僕の後ろでは、たったらたらたらた〜♪、とか勇壮なBGMが空回りに鳴り響いている。

「うんうん。その通り、その通り」
「ウォル。台詞、棒読み…」
 orz。何と言うか、このまま車輪っぽいのが足にくっ付いた『orz』で出発進行してしまいそうな気がした。
 が、幸いな事に突っ込みはツクヤだけで、ロボの方からは何も追求がこない。
 ちっ、と実に残念そうに舌打ちしてやがる奴がこの上も無く憎い。
 こわごわ伏せた顔を上げる。そこには優雅に笑ってみせるミホさんが居た。
 と、兎も角、救ってくれてありが…

「これは一つ貸しね、ウォル君?」
 …大人の女性って怖い。

「あ、そういえば…」
 ツクヤが思い出した様に言う。

「ロボさんって、どうしてミホ達を助けてるの?」
 …た、確かに。言われてみれば──良く考えれば謎だ。
 じっ、と今度は僕らが目線を向ける番だった。

「あー、そりゃな。うん。こっちの事情…」
「へっへっへ。逃げるのは無しですぜぇ、ロボの旦那…?」
 手揉みに肩クネクネ。もう、気分は町人を強請る越後屋だ。
 ぐぐぐ、と奴は顔を引き攣らせるけど、そんな事ぐらいじゃ逃がしはしないのさっ。
 今度はこっちの番だ。
27名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:01:49 ID:.UCzLtps
「ウォル、顔がとっても良くない」
「どこの三流悪役の台詞よそれ。すぐ射殺されるの目に見えてるじゃない」
 ダブルツッコミがぐさぐさっ。僕は、わざと口を半開きにして、微妙なシャドウを纏いつつ、彼女達を見る。
 びくっ、とまるで申し合わせたみたいに二人が身を引く。ツクヤに至っては涙目。
 ……い、いや、もう引っ込みつかないけどっ…そこまで引かれると僕もちょっと落ち込んでしまうというか。

「ククク…カカカ…キキキキキ……」
「……」
 もうヤケクソだ。
 両手を組んだまま微動だにしないロボを前に、とりあえず奇声なんか上げてみる。
 …わだかまった沈黙は、何かこの場の明るさを一段階落としたような気がした。

「モモタロ、だ」
「…へっ?」
 モモタロ…というと、あれだろうか。川の上流から、桃に入った野朗がどんぶらこっこ、すっこっこ…って。
 桃を切ったら中から野朗。ウホッ、いい男…想像しちゃったじゃないか、謝罪と賠償を(ry

「ロボ、ドザエモン?」
「まだ生きてるだろうがっ!!ほれ、足みてみろ足。ちゃーんと付いてるだろ」
 的確なツクヤの指摘に、プラプラとロボは足を揺らしてみせる。

「そうね…あの時は驚いたわ」
 と、そんなヤツに追い討ちをかける様に、しみじみとミホさんが言う。

「…まぁ、仕方ねぇな。話してやるよ」
 その言葉に、ロボがついに折れた。

「楽しみにしてますよぉ、モモタロさん」
「うるせぇよ…ったく。いいか?俺は普段はもうちっとcoolにしてんだからな!?その辺忘れるんじゃねーぜ」
「へぇへぇ。で?どなのよ」
 中指をお立てになりつつ言うロボに返す。

「まぁ、あれだ。ここの上の辺りうろついてた時に無茶苦茶腹が減っててな…
 それで、つい足滑らせちまって…ザッパーン、とな。んで、そのまま気絶しちまって、流れた先で拾われたって訳だ」
「そうそう。目を覚まして第一声が、『飯食わせろ』だなんて最初は何処の馬鹿かと思ったわよ」
 と、ミホさんは肩を竦めつつ言う。
 ぽかーん、とした顔でツクヤがロボを見ている。何と言うか、これまでのイメージと全くかみ合っていないのだろう。
 そりゃ僕だって同じだ。だから、こう尋ねる事にする。

「……あんた、実は意外とバカだったりするのか?」
「るせぇっ!!放っとけ!!」
 ズパーンといい音がして、目の前に星が舞う。どこから取り出したのか、ハリセンが僕の頭を直撃した音だった。
 …いや、眩暈のしそうなこの衝撃…ただのハリセンじゃない…?

「ミョグェの扇子…なんで貴方そんな物持ってるのよ」
 呆れた様なミホさんの言葉が遠く聞こえる。ロボは、それを放り出すとふんぞり返ってその言葉に答えている様だった。
 が、当然、僕の耳にはそれは届かない。ああ、脳が揺れてる…
 ゆさゆさと肩をツクヤに揺さぶられて、僕は正気に戻った。

「い、今っ…今お爺ちゃんがっ!!お爺ちゃんが手を振ってたぞっ!!」
「ったく…お前さん、つくづく安っぽく臨死体験できる奴だな?ある意味凄い才能と言えない事もねぇよ」
「その下手人が言うなっ!!しかも踏ん反り返って!!」
「細けぇ事は気にすんな。若ハゲの元だぜ? おら、飯食ったらとっとと風呂入って寝ろ。もう話す事もねぇだろが」
 …まぁ、確かにその通りな訳で。僕の目の前にあった料理も、おひつも両方とももう空っぽだ。
 因みに。主食の内訳は僕とツクヤで殆どを占めていたりもする。
 中身の無いお茶碗も寂しげだ。

「今日のところはこれぐらいにしてやるよっ!!」
「うんっ、お風呂ーっ」
「……」
 ふと、彼女の発言にぴしっ、と思考が固まる。
 という事はあれですかっ。この僕がすべき事はたった一つっ!!古今東西、お風呂イベンツとくれば付き物の覗きですなっ!!
 (以下、色々な意味で宜しくない表現が続くため検閲。ご了承願いたい。思春期特有のアレである)

「……」
「おいおい……」
「……ウォル、鼻の下伸びてるよ?」
 三者三様の沈黙を叩き破ったのはどごんっ、と机に思い切り拳を叩き付ける音。

「…ウォル君?」
「は、はいっ!!」
 半ば反射的に返事を返す。ミホさんが微笑みながらこっちを見ていた。
 しかしっ、ありありとこれまでで最大級の青筋が額にっ。
 どうやら僕の十三階段はここにあったみたいだった。

「まさか貴方にそんな度胸があるとは思わないけど。でも、もしもよ。あくまでも、もしも。
 だけど、もし君がツクヤ様に何らかの破廉恥な行為に及んだ場合──」
 あくまでにこやかな表情のままで。しかし、僕には彼女が冷静さを欠いている様に見えてならない。
 全身にぶわっと脂汗が浮かび上がって止まらない。ぎらぎらと底光りする目が僕に向けられている。

「あたしはアンタを生きたまま縛って崖から転がしてやる…それでも死ななかったら今度はゾンビの餌にしてやるっ…!!
 解った…?そうなりたくないなら、解ったと言いなさい!!いいわね!!」
「は…はいぃぃぃぃ…解りましたぁぁぁ…」
「返事はきちっとしなさいっ!!」
「ヤ、ヤーーッ!!」
 ガクガクと涙目で阿呆の様に顔を縦に振る。目の前の敵は余りに強大で僕は余りに無力。
 くい、と彼女は親指で玄関口の方をお示しなさる。そして、その顔はやっぱりまだ微笑んだままだ。
 最敬礼を示すけれど、僕の顔は今にも崩壊の危機に瀕していて。

 そして、僕はまるで囚人の様に重い足取りでその場を後にしたのだった。
28名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:02:14 ID:.UCzLtps
 二人の子供が居なくなったその家の居間に、黒衣の男と一人の女性が残されていた。
 子供──そう、先程までここに居た二人は、彼らにとってみれば、間違いなくまだまだ子供の範疇に入る。
 どちらとも無く、ふぅと息を一つ付いた。ずすっ、と男が酒を啜る。
 やがて、ロボが口を開く。くっく、と彼は何処か愉快そうに笑っていた。

「…ったく、騒がしい連中だ」
「嬉しそうね、ロボ」
「さて…な。どうだかなぁ。ま、一つだけ言える事は、明日の練習が色々と熾烈を極めるってだけだな。
 醜態晒しちまったし、ここの爺様からちと頼みごともされちまったしよ」
 室内で帽子を脱いだ男の眼光は、赤く。だが、ちろちろと輝く熾(おき)火の様に緩やかだ。
 杯を置き、懐から煙草を取り出すと火を付ける。

「そう言うお前さんこそ、元気が出たみてぇじゃねーか」
「…そう、ね」
 今度は、ミホが笑う番だった。先程までとは違う、何処か晴れやかな笑み。
 彼女は杯を取ると、中に満たしてあった酒を一息に呷る。
 喉を灼熱感が下っていく。

「大人が子供に心配かけちゃどうしようもないものね」
「へっ、良く言ったぜ?それでこそ引っ張ってきた甲斐があるってもんだ」
 黒衣も又、女性に答える様に一気に酒を呷った。
 男の言葉は事実だ。自身の居室に閉じこもっていた彼女を無理矢理にこの場に引っ張り出してきていたのは彼だ。

「立ち止まって座っちまったら、立ち上がれなくなる──だったら、歩き続けるしかねーわな。
 ま、そうなりかける事なんざ、幾らでもある訳だから、あんまり落ち込み過ぎるんじゃねーぜ」
 誰に聞かせるでもないように彼は言い、酒を杯に注ぎ足す。
 果たして。早くも酒に当てられたか彼女の顔は僅かにのぼせていた。

「…ねぇ」
「何だよ、もう酔ったのか?あんたにゃ似合わんぜ、そんなのはよ」
「そうじゃないわ。でも聞いておきたいの。本当に──勝てると思う?
 もしも負けて、信じてやってきた事が全部無駄だったとしたら、それでも貴方は戦える?
 そう考える事が。死んでしまうかもしれないって考える事が怖くないの?」
 幾ら、普段は取り繕っているとしても、彼女もまた不安だったのか。
 それは、ある意味で言えば当然だ。彼女も、彼女以外の人々も。
 男の様に何がしかの闘いを生業にしている訳では無い。

「んーあー…それはなぁ…正直、判らねぇな」
 ロボは、答えつつ杯の中の酒を揺らす。傍らに置いてあった灰皿で煙草を揉み消した。

「けどよ、全部無駄だったとしてだ。それで、何もしないで我慢して居られるか?
 俺にゃ無理だし…それに、死ぬ積りもさらさらねぇ。だったら勝つより他は選ぶ道なんざねぇさ。最初から、よ」
 言ってから、笑う。笑う。けれども、その言葉は鋼にも似ていた。
 何ら根拠の無い断言でしかないそれは、しかし何故かミホの心を和やかにする。
 彼女もまた、釣られる様に笑顔を咲かせていた。

「ま…と言っても、ガキを戦場に追い込んでる様な奴の言う言葉じゃねぇか」
 男は、また酒を飲んだ

「けど、あの子…ウォル君が、今更そう言っても引くかしら?」
 女性の言葉に、男は僅かに顔を歪める。

「引かねぇだろな。俺やあんた等は最初っからだが、アイツにも戦う理由って奴が出来ちまった」
「……もし、こんな出会いじゃなければ良かったんでしょうけど。
 そうね…きっと勝ちましょ。どんなのが来ても敵じゃないってくらい確実に」
「そうだな。こうなっちまったら、俺達に出来るのはそれくらいだ」
 ロボの言葉にミホは微笑む。
 と、ミホが何かに気づいた様な顔を浮かべた。
 だが、どうしても思い出せないらしく、暫く唸ってから諦めた。
 まぁいいか、と彼女は思う。思い出せないのなら大した事でもあるまい。

「ほら」
 座卓に座ったまま、彼女は男に向って杯を突き出す。ロボに酒気を幽かに帯びた目を向けつつ、不敵に言う。
 その目には、光が確かに戻っていた。

「注いで。今日はじゃんじゃん飲みたい気分になったわ」
 その言葉に、男は思わず苦笑いを浮かべつつ、しかしその言葉に従った。
 透明の液体が見る間に杯を満たし、女性は景気良く酒盃を干すと、ぷはっ、と一息付く。

「やれやれ…二日酔いにゃ気をつけろよ?」
 最も、その警告も空しい物になるのだったが。
 これぞ正に嵐の前の静けさ、であった。

 で、その小一時間後。
29名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:02:53 ID:.UCzLtps
 拝啓お袋様。ご機嫌如何でしょうか?随分と寒くなった今日この頃。
 どうか十分ご自愛願いたくございます、それと送ってくださったおでん美味しゅう御座いました。ウォルです。

 狐耳の獣っ娘とツン娘(最も彼女を娘と呼ぶには抵抗がありますが)、それから怪人黒マントといった、
オズの魔法使いもびっくりな集団とはいえ、無事に目的地に辿り着き、僕自身安堵を覚えるばかりでありますが、
辿り着いて尚降り止まない災難と、村民Aによる逆恨みを受けるという悲運に見舞われ、只、周りに流される以外取るべき道もなく、
その上、食事が終わった後、嬉し恥ずかし青春の一ページを刻もうとした所を脅迫され、一人暗い道を徘徊しておったのです。

 ところが。
 散歩にも飽き、風呂の場所なども解らない為に先程の場所に戻ってみれば、そこは何の脈絡も無く、阿鼻叫喚と化しておりました。
 具体的に言うなれば、飲んだくれたツン娘が、グダを巻き、怪人に酌をさせつつ僕を出迎えたのであります。
 暴れたのか、微妙に着衣が乱れ、頬を上気させた彼の人は、一瞬どきりとするほど色っぽいのではありましたが、
彼女が幾らかでも艶めいているとすれば、まさか隣に居る怪人はかくも辛そうな顔をしてはおられますまい。
 やんぬるかな。彼の人は、日がな一日酒を飲みツマミを貪る事を生き甲斐としている、あの酔っ払いでありました。
 どれ程の酒量に既に達しているのか。周りに転がっている数多の酒瓶から既に察せられはしましたが、
その表情から察するに、半分程は例の怪人が飲んだものかもしれませんでした。

 そうこうしている内に、酔っ払ったツン娘の矛先は僕に向いた様でした。
 僕は早速、この泥酔者に何があったのであるか、と尋ねた所、彼女は突然くわっ、と目を剥いて僕の方に近づいてきたかと思うと、
僕の両肩を掴んでわっしわっしと揺さぶりながら、訳の判らない事を喚きちらすのでありました。

「ロボがねロボがねロボがねとっても偉そうなことアタシに言うのよでも幾ら飲ませても黙ってくれないのよロボ黙らせて酔わせて
 キャーとか変態とか言って朕が弄ぼうかと思ったのに出来なかったのよ折角このカンコック焼酎で酔わせて酔わせて酔わせて酔わせて
 酔わせ抜いて差し上げようと思ったのにドブロクでストレートでロシアンウォトカで急性アル中にして差し上げようと思ったのに
 これからズンズンパンパン飲ましてノマノマウェイで何げに酔わすの泥酔いいよね素敵よねことほど左様な塩梅にて
 幽玄深くて情緒ある趣が堪らないよねっていうか寧ろアンタも飲みなさーーーーーーーーい!!」

 と、このような、最後以外はまるで要領を得ない言動が帰ってきたので僕は思わずギャース、と叫んでいたのでありました。
 つうか貴様はドブロクとかノマノマとか言うとる暇あるならとっとと寝れ。
 ですが、勿論酔っ払いに斯様な僕の悲痛な心の声が聞こえるはずも無く。
 こうして、僕は今、二十歳にもならないと言うのに、正座をさせられ、酒を飲まされている訳ですが、
さて、母上様はお加減如何でございますでしょうか?

「つぇぇぇぇぇぇぇいっ!!顔がっ、辛気臭いぞぉぉっ、少年!!」
 …いや、つーかキャラ違って怖いよ。バンバンと僕の背中を叩きながら叫ぶミホさんに思う。
 ちびちび、と口中に慣れないアルコールの味を感じつつ酒を飲むと何が彼のご婦人の機嫌を損ねたのか、僕は後頭部を叩かれる。

「ぶっ…な、なにをするきさまー」
「顔が辛気臭いと思ったら飲み方まで辛気臭いの!?ええいっ、お酒ってのはこうやって飲むのよ!!」
 思わず含んだ酒を噴出した僕の前で、ミホさんはぐぐぐっ、と一気に酒を飲み干す。
 何と破滅的な飲み方をする御仁だろうか。こう、まるで生と死の狭間に挑みかかるかのような。
 助けを求める様にロボさんの方を向くと、彼はばっ、と顔を背ける。…処置なしかよぉっ!!
 今度僕が飲まなかったら、何をされるか解ったもんじゃない。

 ぐっ、と意を決して、再びミホさんが注いだ酒を呷る。

「ぶべぇぇぇぇぇぇぇっ!!!や、焼ける!!焼けてしまうぅぅぅっ!!く、口がぁぁぁぁっ、喉がぁぁぁぁぁっ!!」
 そして、口から盛大に酒を噴出し、絶叫しながら床の上をのた打ち回った。
 けたけたと笑っているミホさんに、焦った様な様子でロボが言う。

「ちょ、ちょっと待てっ!!お前、今何を飲ませたっ!!」
 尚ものた打ち回る僕も同感だった。が、ミホさんはあくまでしれっ、とした様子で。

「んー…てへっ」
 などと、かわい子ぶって笑うだけだ。舌まで出してやがる。
 仕方なく、ロボさんは僕の放り出した杯に残った酒を指にとって舐め──

「〜〜〜っ!!!おいっミホっ!!お前の血は何色だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 盛大に顔を歪めて叫びなさった。…銘柄が何か、何て判らないけど恐ろしく強い酒だろう、という事は何となく想像できる。
 混濁し始めた意識の中で、僕は確かにミホさんの背中から悪魔っぽい尻尾と羽が生えているのが見えた。
 ロボも矢張り随分酔っ払っているのか、切れの無い動きで近づいた所で、
カウンター気味にミホさんが振った一升瓶に顔面を痛打され、その場に陥落してしまう。

「あ゛あ゛っ!!余りに情けないぞ世紀末救世主!!」
 叫ぶが、それは届かず彼はぴくりとも動かない。
 何と言うか、チェーン持ったモヒカンバイクの悪党に襲われる村人Aにでもなった気分。
 う、うぬの力はその程度かぁぁぁぁっ!!?

「んー…血の色はぁ、緑色かもしれないわねー」
 その言葉を聴いて僕は確信する。悪魔だ。
 こいつは…こいつは、人の形をした正真正銘の悪魔に違いない、と。

「お風呂上がったよー……って、え゛……っ?」
 で、これまた間の悪い事に、風呂から上がってきたらしいツクヤが、ひょっこりと顔を覗かせたまま、固まっていた。
 くぅっ!!僕は。僕はっ。彼女だけはっ、この悪魔の手に渡すわけにはいかないぃぃぃぃぃっ!!
 残されたありったけの力を込めて、僕は警告の言葉を叫ぶ。

「ツクヤッ、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「え…え…っ?」
 だが、状況が飲み込めていないらしく、戸惑いの声をツクヤは上げる。
 ふと、ゆらり、とまるで幽霊の様に立ち上がったミホが、ぴしゃん、と障子を閉め、やって来た新たな得物の退路を塞いだ。
 …だ、だめかっ。万事休す。僕が半ば諦めかけていたその時だった。
 死んでいた筈の一人の漢が、迫り来る悪魔に立ち向かうべく、起き上がったのだ。

「止めな、ミホさんよ。ガキ共は離してやろうぜ。アンタの狙いは俺一人、そうだろ?」
 呆然と見上げる僕を見返して、彼──怪人黒マントことロボは、にやり、と笑って見せた。
 彼は、震える手で外に行け、と示していらっしゃる。
 あ、あんたって人はっ!!思わず感涙に咽ぶ。嘆きと無力に染まった空から、彼は舞い降りたのだ。

「…やだ」
 しかし地面に着地する前に打ち落とされた模様。

「やだもーん。皆で飲むの!!つーか飲め!!」
「飲むのーっ!!」
 ツクヤとミホさんの声が『飲むのっ、飲むのっ』と合唱する。つーか、そこっ!!ツクヤっ、君もかっ!!
 二人して、かくんと顎を落とす。そして、互いに顔を見合わせ、今度こそ完全に絶望した。
 そう。信じがたい事に黒マントまでが間抜けな顔をしていたのだ。それで、目の前の悪魔の強大さが推し量れた。
 ………泣く子と酔っ払いには勝てねぇ。

 こんな具合でどうしようも無く加速したその夜は過ぎていったのだった。
 そして更に一時間後。
30名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/05(土) 12:03:21 ID:.UCzLtps
 見れば、まるで死んだようにぴくりとも動かず床に崩れ落ちたロボの姿が見える。
 うつ伏せの顔から、盛大ないびきが漏れていなければ、正しく死体以外の何者でもない。
 少し離れた場所には、酒瓶を抱いたままくたばっている悪魔の姿が見える。
 この黒マントが彼女が潰れるまで酒の席に付き合っていなかったとしたら、今頃全員陥落してまっていただろう。
 決心する。もう、二度と、何があろうとも、例えお金貰ったってミホさんと酒は飲むまい。

 最も、それだけ彼の黒マントの被害は尋常ではなかったりするのだろうが。
 (実際、彼は数々の宴会芸なども披露してた。それに乗じて飲み比べで潰そうと思ってたらしいけど返り討ちにあったのだ)
 彼の肝機能が優秀なのを祈るばかりである。一人残された僕はそんな事を鈍りきった頭で考えていた。
 でツクヤは、と言うと、あの後暫くしてお酒が回って眠ってしまった。
 唐突に歌い出したりとか、僕やミホさんにしな垂れかかったりしてきて大変だったけどこれは別の話だ。

 というか、一人だけ復活すると暇だ。
 改めて見れば、秋だと言うのに僕も含めて全員が全員、完全に床の上で寝こけている始末だ。
 …盛大に溜息を付く。仕方あるまい。この場合、後始末は僕の役目だろう。
 この内の誰に風邪なぞ召されても困るのである。
 まぁ、ロボは兎も角女性陣などまず間違いなく明日の昼過ぎまで人事不詳だろうし。

 よろけつつも押入れから、布団など引きずり出す。雑魚寝になってしまうが仕方あるまい。
 …あーあ。ったく、これじゃ行き遅れる訳だわ。盛大に着衣が乱れておられる。
 普段ならば、思わず喉を鳴らしてしまいそうだが、それも今となっては、やんぬるかな。第一、後が怖すぎる。
 本人が起きていたらブン殴られそうな感想を一升瓶を抱き枕に寝てるミホさんに関して思いつつ、とりあえず布団を敷いた。

「…ぐぉ…っ。頭イテェ…ん。ウォル、起きてたか」
 と、どうやら目を覚ましたらしいロボが、うつ伏せのまま僕の方に顔だけを向けていた。
 澱み切った顔の中で、ゆっくりと目の焦点が像を結び、頭を押さえながら立ち上がった。

「災難でしたね」
「けっ、この程度屁でもねーさ。ってか、あそこまで酒乱だったたぁ、正直予想外だったけどよ」
 そこまで普段通りに言うものの、僅かに呻いて彼は膝を着く。

「…すまねぇ、ちょっと水持ってきてくれ。頼むわ」
「へぇへぇ…解りましたよ」
 言葉に従って、僕は立ち上がって甕(かめ)に汲んである水を桶に汲んできた。
 黒マントは、短く例を言うと僕の目の前でコップに水を移してそれを勢いよく呷る。

「ぷはっ。酔い覚ましにゃこれが一番だな」
 そして、半分くらい飲み干してから、更に言葉を続けた。
 彼の目がミホに一度向き、それから僕の方を向く。

「ま、アレだ。ミホの奴もあれで悪気は無いだろうよ」
「…あれで、ですか?」
 思わず顔が引き攣ってしまう。あの惨状で悪気が無いなら、きっとダークロードが街中でナンパしていても僕は驚かないだろう。
 或いは、どこぞでいびられるバフォメットとか。アラームに中の人が居るとか。(因みに、これらは巷の噂である)
 しかし、ロボはそう言ってから、肩を竦め。

「いや、つか俺があいつに飲ませすぎたのが原因だしな。止めとけばよかったぜ」
「…アンタが元凶かい」
「ま、そー言うこったね。まぁ、普段のあいつは真面目過ぎる。偶にゃ、はっちゃけてもいいだろ」
 へへ、と笑うと残った水を飲み干した。
 …ったく、いい迷惑だっつの。けど…まぁ、毎日って訳でもないし。
 こうやって無茶苦茶に騒ぐのもあんまり嫌じゃない。ばつが悪くなって鼻の下を擦った。

「確かに…こういうのはいいですね。僕はあんまり経験無くて」
 思い出す。まぁ、自慢できる話じゃないけど、首都でも僕は間違いなく有数の貧乏冒険者だったろう。
 武装や回復剤どころか、日々の暮らしにも窮乏する日々だ。
 毎日毎日空きっ腹を抱えて、憑りつかれたように海産物やら狼やらクワガタやらを叩く。
 変わらない、退屈で、どうしようもなく荒んだ日常。けど、それを零す相手もいない。
 欲しいものだけは多いのに、そこまで辿り着く見込みはさっぱり見出せない。
 …よくよく考えてみれば、今の騒がしい非日常の方がよっぽど充実している気がする。
 僕が持っている財産は何一つ変わっていないというのに、だ。

「青い鳥は近くにいる、って事なんでしょうかね。冒険者ってのは因果な職業っすよね、ホント」
 自嘲気味に苦笑して呟く。
 幸せの青い鳥を捜し求めて旅を続けた人が、結局自分のすぐ傍に青い鳥を見つける、っていう話だったと思う。

「………」
 ロボも又、黙って苦笑いを浮かべる。
 …全く。練習の時の鬼みたいなのがまるっきり嘘だ、とでも言いたい様な雰囲気だった。

「ロボさんて、やっぱ普段は冒険者なんすか?」
「違う…と言いたいとこだが、まぁ似たようなもんか。
 何でも屋みたく、色々頼まれた仕事を片付けるってな事をやってるな。」
「…そりゃアレですか?こう、アマツの神社に依頼のお札をおいて置くっていう」
 何となく、子供を乗せた台車を押している黒マントを思い浮かべつつ言う。

「…俺ゃどこの素浪人だっつの」
 すると、彼は呆れた様にそう答えていた。

 next
31花月の人sage :2005/11/05(土) 12:05:44 ID:.UCzLtps
投稿してからナンバリングミスに気づく俺ガイル、
ともかく花月16お送りしました。
次回からはハード路線の為、今回は思い切りはっちゃけてみたとです。

今回のギャグはくどくないといいなぁ。
329-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:24:37 ID:6pIMl4Fg
>>23さま
投下かまーん。みんな優しいから許してくれます!というか読ませてくださいおながいします。

ええと改行は・・・ごめんなさいっ。私の環境だとこれが一番読みやすいのです。
他にも同じ方がいらっしゃると信じて、これで通させていただきまする。
中性キャラは特に狙ったんじゃなくて話の都合上不自然が少なそうなのを選んだだけだったり・・・。
あんまり中性萌えなシチュを出せるかは自信がありません。またしてもごめんなさいorz

>>24(花月の人)さま
巧すぎだなんてdでもないです。GJありがとうでした。
>花月16
ネタわからないところもありましたけども、私は楽しめましたよ。によによによによしました。
わからなくても面白いのは、キャラが生き生きしてるからでしょうか。
勢いに引っ張られる感じで、花月のギャグではいつも笑ってます。今回もGJですた!

唐突に第二話投下します。
339-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:26:30 ID:6pIMl4Fg
忘れ物 2
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 ルーンミッドガッツにおいて『教会』と言えば、それはオーディンを主神とする国教に関して、その全ての祭祀を執り行う組織の事を指した。またはその宗教儀礼に用いられる建物の事を。この宗教には「何々教の教会」などといちいち名前を出す必要が無いだけの勢力があるのである。
 土着の信仰が根強く息づいている土地が無いわけではないが、神々を貶めるような危険な思想でない限り、国と教会は概ね寛容な精神でそれを見逃していた。なぜなら、そういった人々でさえ、完全に神々をないがしろにしてはいないからである。
 神々は実在し、人々はその恩寵を受けている。ゆえに無視することはできない。それはルーンミドガッツ国民なら三つの子供でも知っている常識だった。地方に細々と受け継がれている宗教にしても、オーディン以下の神々には一通りの敬意を払った上で、別のベクトルで他のものを信仰する様式が大多数である。
 千年前に起こった人と神、そして魔による大戦の末、人の世界と神族の世界、魔族の世界は魔壁によって分かたれた、と伝説は伝える。接点の断たれてしまった人界と神界とを意思の力――信仰の力で繋ぐのが聖職者である。二つの世界の間に隙間をつくり、漏れ出す神の力を行使するのだ。
 理屈は抜きにしてその力が現実に存在するために、人々は神を崇める事に疑いを挟まなかった。聖職者の起こす劇的な奇跡ほどではないにしろ、そうすることで神々が何らかの力を貸してくれるものと信じている。豊作、旅の安全、恋愛の成就。様々な事を願い、叶うたびに神々に感謝を捧げる。それは当然のことであり、生活の一部だった。
 礼拝堂の入口に立ったエリスは、柔らかな笑みを貼りつけながら、そこで祈る人々を眺めた。
 教会の総本山である大聖堂に設けられた礼拝堂は、王国でも随一の広さを誇っている。面積だけでなく天井も高く、空間的にも広い。石造りの建物の内部はどこか冷たい空気を醸しているが、神聖な場所には似つかわしかった。
 並べられた横長の椅子にまばらに座る信徒たちは、皆瞳を閉じ、一心不乱に祈りを捧げているように見えた。信仰心に篤い者たちなのだろう。ほぼ全ての国民が信徒と言えど、教会にまで足を運んで礼拝をする者は多くない。
 超常の力を持つ神々は、隔てられた世界からでも確かに我々の行いを見ています。我々の声を聞いています。だから常に神に恥じない行動を。常に神への感謝を。教会はそう教える。
 しかし。
 ……この人たちは、いったい何を願っているのだろうか。或いは何に対しての感謝を。
 エリスは教義を根本から覆す隠された真実を知っていた。
 ――神は人々の些細な願いなど聞き届けはしないのに。
 教会の説法にあるように、神々は本当に魔壁の向こうで人々の振る舞いを見ているのかもしれない。反対に見ていないのかもしれない。人々の願いを叶えようとしているのかもしれないし、叶える気がないのかもしれない。接点の無い世界のことを確かめる方法はどこにもない。
 だが、いずれにせよ、一つだけは決して揺るがない明確な事実があった。それは人々の目から巧妙に秘匿された事実でもある。
 『神は自力で魔壁越しに力を振るう術を持たない』。
 聖職者の祈り無くしてかれらの力が人界に現れる可能性は無きに等しい。他のやり方ではどうやっても神の力を利用する事はできないのだ。意志の力で神の奇跡を顕現させる聖職者の技は、れっきとした技術なのである。
 しかし、それらの技術が人に教えられるまでもなく、修練を重ねると共にみずからの中から湧き上がってくる性質のものであるために、教会は一般の信徒のみならず、所属する聖職者たちにすら真実を伝えない。「神が力を貸してくださっているのだ」、「信仰が神に認められればより高位の奇跡が使えるようになるのだ」と偽りの説明をする。それでも聖職者たちは何ら問題なく奇跡を起こす術を身に付けるし、そしてその方が都合が良いからだ。目に見える形で奇跡が起きれば、それだけで人々は神の加護を疑わない。加えて起こす当人が神の恵みだと信じているとなれば、それは鉄壁のものとなる。
 そう、一般信徒の祈りは何万人分集まろうが意味が無く、信仰が神族に届くなどという教えは完全なる虚偽なのだ。
 ルーンミッドガッツ全土を覆い尽くすこの欺瞞は、国政に関わる主要組織の上層部なら、どこもが承知しているに違いない。でなければ有事の際には呆気なく国が崩壊してしまう。非常事態に全国民で神に縋ってたとしても、救いの手は絶対に降りてこないのだから。上層部には普段以上に現実を見据えてもらわねばならない。
 教会は全くのでたらめと知りつつ、それでも信仰によって神は人を助くと説き、国は教義の根底にある欠陥を知りながらも、国策で教会を保護する。あまねく染み渡った宗教には、真実を曲げてでも維持するだけの価値があるということなのだろう。
 エリスは集まった信徒たちと同じように瞑目し、軽く指を組んで形だけの礼拝をした。極力足音を抑え、壁伝いにしずしずと奥を目指す。静寂の満ちた空間に、コツコツコツと石を叩く小さな音が反響した。
 醜い組織だと思う。笑顔で人に嘘を教え、あまつさえそれが人生の救いとなるとまで言ってのける。
 だがそこには益があるのだ。多くの民を騙すという罪を犯してでも取るべき莫大な益が。国民は心の安定を得て、国は一つにまとまる。逆にこの嘘が無ければ、国内の統率を取るのに余計な手を掛けることになり、果ては他神を主神と奉ずるアルナベルツ教国の介入を許してしまう可能性すらあった。
 世の中には知らない方が幸せな事がいくつかある、というのがエリスの持論だ。教義の裏側はまさにそれ以外の何物でもなかった。知ったところでどうする事もできないのだから。
 礼拝堂の最奥に行き着き、エリスは木製のドアを開けた。この先は一般信徒には解放されていない、所属する聖職者でも限られた者しか立ち入る事の許されない場所である。大聖堂に職員として籍を置く者か、ここに寝起きできるだけの位を持つ者、もしくは外で活動する者の中で特に人柄と功績を認められた人間にしか開かれない。
 扉の奥は人が二、三人並んで通れるかどうかという道幅の通路だった。相変わらずの石造りが生む冷えた空気は、この狭さになると重圧を感じさせる。柔らかな青白色の魔力灯が壁に取り付けられているものの、重さはあまり軽減できていなかった。
 二十歩ほど進むと通路は左右へと丁字に別れており、そこに部外者を止めるための衛兵が立っていた。二十代半ばほどに見える、まだ若い剣士風の男だ。大聖堂にいるからには聖堂騎士なのだろう。狭い空間での動きやすさを考慮してか、装備は簡素なものだった。
「エリス様……!」
 男はエリスの姿を認めて目を見開いた。一月以上の間隔を空けて訪問したエリスは、やはり意外な人物として映ったらしい。
「お久しぶりです。――あの、以前にも言いましたが、『様』はやめていただけませんか? ただの司祭ですよ。階位にしたら貴方と変わらないはずです」
 やんわりと微笑みながら嗜めるように言うと、男は決まり悪げに頭を下げた。
「申し訳ありません。そう言われても、なんだか私とは、なんと言いますか……格が違うようで」
「買いかぶりですよ」
 男は再度、申し訳ありませんと頭を下げた。
「しかし、本当に久しぶりですね。どうしてらしたんですか? 心配しましたよ。良くない噂も聞きましたし」
「少し、地方を回っていまして。まだまだほんの一部ですけれど。危険なことは何もありませんでしたよ」
「なら良いのですが。――今日のご用向きは?」
 社交辞令的な軽い挨拶を済ませてすぐに職務に戻る姿勢に、エリスは好感を覚えた。不必要に警戒を緩める衛兵など存在価値が無い。
「ラディア様に申し上げたい事がありまして。通していただけますか?」
「司教様ならおられるはずです。エリスさ……さんなら会って下さると思いますし、問題ありません。どうぞお通り下さい」
「ありがとうございます」
 敬称を変えてくれた衛兵の男に二重の意味で礼を言い、エリスは慣れた足取りで通路を右に折れた。
 ここに自由に足を踏み入れられる者はそれほど多くない。信徒全体の数と比べれば本当に微々たる数字になる。だがそれでも、教義の裏を知る者はその中のほんの一握りなのだろう。最低でも司教クラスにならねば真実は告げられないはずだ。
 多少目を掛けられているとは言え、エリスは一介の司祭に過ぎない。真実に辿り着いたのは教会を介さない路線からだった。同じようにして独自の切り口からそこに近づいた者は、きっと国の予測よりも遥かに多いだろうと思っている。誰も口には出さないだけで。エリスは最終的にはしっかりと人の口から真実を聞いたのだが、そうでなくてもある程度までは迫れるのである。
 冒険者や軍、騎士団、魔道師協会――その他何でも良いが、とにかく魔物を討伐してある一定の水準まで己を磨き上げた者の中には、確信とまでは行かずとも、何となく感付いている者がいるはずだ。
349-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:27:06 ID:6pIMl4Fg
 『創造主』という存在がある。世界には、オーディンを初めとする高位の神、魔界に封じられた魔族の王など、人知を超えた力を有するものが数多く存在している。それらですら及びもつかぬ存在が創造主だった。
 創造主は世界そのものと世界を動かすための法則を創り、そして維持し、見守るとされている。かれは手足となる『管理者』たちを遣わし、法則からはみ出し世界を根幹から揺るがそうとする者を排除させる。滅多にあることではないが、時には新たな法則を創る事や、その強大な力で生態系を捻じ曲げる事もあるとされる。
 管理者の姿が実際に確認されているためその存在を否定する者はいないが、誰一人として崇める者もいない。在り方があまりに事務であるがゆえに。かれが己に課した責務は、創った世界が崩壊しないようそのバランスを保つ事のみで、絶対にそこから逸脱しようとしない。世界が滞りなく維持されている限り、派手な変化は何一つ起こさないのだ。そのため、そういうものが存在し、そのおかげで世界が回っているのだと知識としては知りながらも、人々が日々の生活の中でかれを意識することはほぼ皆無だった。
 創造主の作った法則は膨大な量に上った。人という種族にとって、その中で最も際立って見えるのが『レベル』である。人は元来非情に脆弱な種であり、プロンテラの一般市民が総出で掛かっても、高位の魔族一体にすら勝てない。星にも届くと言われた大戦以前の科学力があれば別なのかもしれないが、少なくとも全てが失われた現在では不可能である。人界に現れる魔の大半が本体を魔壁の向こうに置いて来た幻影のようなものだとは言え、それほど力に差のある魔族を人が倒せるのは、ひとえにこのレベルのおかげだった。
 人に仇成す存在――魔族のほか、不死族、亜人族、凶暴化した動物や虫、その他全てを合わせて魔物と称する。天敵とも言うべき魔物どもを討伐すると、その功績が一定の線を越えた時点で、討伐者は新たな力を授けられる。これをレベルが上がると表現し、力の授けられた回数をレベルという単位で数えた。生まれた段階を一とし、九回レベルが上がればその人物は十レベルということになる。
 レベルが上がる際に得られる力は何種類かあり、人はそれを自由に選ぶ事ができた。天の遣いが降りてきて「どの力を欲しますか」と尋ねるのだ。敏捷性であったり、耐久力であったり、魔法の威力であったり、それらは物理的、魔法的理屈を超越して人に備わる。極端な例を挙げれば、小柄な少女が振るった鈍器で巨大な魔物が吹き飛ぶ事もあり得た。
 それでは本人たちの生物としての力の差が全く無意味になるのかと言うと、そうでもない。体を鍛えている者が敏捷性の向上を願えば、大して鍛えていない者がそうしたのよりも素早く動ける。肉体的な能力だけでなく、魔法など精神面に属するものもそれに当てはまった。何の力にせよ、元々の能力を基準として、レベルで得られた力が上乗せされるのだ。
 レベルは、おそらくは創造主が世界のバランスを保つために直接に管理している法則の一つである。一日には昼と夜があるだとか、世界には風が吹くだとか、人は赤ん坊で生まれて老いて死ぬだとか、そういったものとは明らかに一線を画した、超常的過ぎる法則だ。遠い未来、千年前と同じように人が独力で魔や神と対等に立てたならば、そのときには消えてなくなる法則なのだろうと、一部では囁かれている。
 そういった『後付け』と思しき法則は他にも存在する。ただ、天の遣いが現れるというような一目でわかるあからさまなものはレベルだけであり、それ以外のものを判別するには、物好きな学者の研究結果に頼らざるを得なかった。
 例えば、魔法士の魔法は、魔道書を読むなり講義を受けるなりして発動過程を理解した上で、かつ魔物の討伐をしなければ使うことができない。魔法発動の原理は魔素と呼ばれる不可視の物質を扱うことが第一用件とされるが、この能力が人という生物に無いためだと言われる。魔物を討伐する事で、後付けの法則によりこれが与えられるというのだ。
 一方、剣士の剣技にも戦いを通じてしか身につけられない、己の内なる力を武器に乗せて繰り出す技があるが、これについては、実戦経験を積んで闘気を練り上げる術を身につければ使えるようになるのだと言われる。つまり、その力は元々人に備わっている物であり――ここには後付けの法則は無いのだと。
 この線引きが難しい――どちらにせよ戦闘を重ねれば強くなるという結論は変わらないため、そのような実益に結び付かない区別など一部の奇特な学者以外は気にしていないのだが――。
 聖職者の奇跡はどうなのだろうか。それが神の力――神力で起こしている物だということは間違いない。神に仕える聖職者にしか扱えない力だからだ。そして、魔物を討伐しない事には行使することができない。さらに、魔物の中でも最強である魔族は神族の敵でもある。このことから、信仰心に篤く魔族を倒す意思の強い者に、神が力を貸しているのだという見解がなされ、それは広く一般知られた物となっていた。これは神の管轄であり、創造主は手を加えていないのだと。
359-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:27:49 ID:6pIMl4Fg
 周囲に人目が無い事を確かめ、エリスは奇跡を行使した。
「天の駿馬の脚を――速度増加!」
 足元を中心にゆるく空気が渦巻く。穏やかな風は法衣の裾をわずかに揺らしてすぐに収まった。同時にふっと体が軽くなる。運動能力を引き上げる聖職者の技だ。
 奇跡の力は総じて使うたびに精神を疲労させるものだが、最高位レベルであるエリスの精神力は強靭さも回復の速さも尋常ではない。最大効力の速度増加が精神に掛ける負荷は大きく、一般的に、駆け出しの侍祭であれば座りながら回復に努めても疲労感が無くなるまでには数分掛かると言われているが、そこをエリスは全力疾走しながらでも数秒で正常な状態に戻してのける。ほぼ無尽蔵の精神力を誇るエリスにとっては、速度増加の加護は既に無い状態の方が不自然になっていた。素早い動きを必要としなくとも、平常時と歩く速度を変えなければ、体への負担はその分だけ軽減される。
 使い慣れたこの技を含め、全ての奇跡は神力を拠り所として発現する。だが神が人のために力を振るっているのではない。聖職者の方が神から力を掠め取って使っていると言うべきか。エリスならばそう表現する。もちろん心の中でだけだが。
 魔物との戦いを重ねていくにつれ、人は、己の信仰を通してしか感じられない曖昧な神の庇護よりも、目に見える形で現れるレベルという法則の恩恵に、より感謝するようになる。大半の者はそうだ。信仰心が薄れるというのではなく、死を身近に置くせいで現実主義的にならざるを得ない。
 その現実主義が行き過ぎて、ある時ふと気付かなくて良い事に気付いてしまう者がいる。教会の教えが常識として行き渡ったルーンミッドガッツに生まれ育ったならば、普通は頭に上らせないような事だ。
 ――聖職者の奇跡は、神の意思とは無関係なのではないか。魔法と同様、世界の法則を通じて創造主が人に与えている力なのではないのか。
 信仰という色眼鏡を外して見つめると、魔法と奇跡はひどく似通っている。魔素を扱う魔法と神力を操る奇跡。どちらも外部から取り込んだ力で何らかの現象を起こす。人という種には魔素を扱う能力も備わっていなければ、神の持ち物たる神力を操る能力も当然備わっていない。
 そこまで共通しているのに、なぜ魔法を可能とさせるのが創造主で、奇跡を可能とさせるのが神なのか。
 その解釈の差には信仰が深く絡む。だからそれより先に考えを進める者は少ない。誰だって異端にはなりたくないのだ。
 少し見方を変えるだけで別の解釈ができるにも関わらずその説を唱える者がいないということは、危険思想として厳しく弾圧し、徹底的に根を潰してきた過去を暗に示していた。
「知らない方がいい事だよね。ホントに」
 他の大勢と同じくあえて疑惑の段階で止めておいたエリスだったが、幸か不幸か、予期せぬところから確証が与えられてしまった。エリスに興味を抱く貴族の中に、軍の上層部に地位を得ている者がいたのだ。既に充分過ぎるほどの財を築き上げていたエリスがどうやっても靡かないと知ると、強引に襲い掛かってくるのならまだしも――そういう事態にはエリスは慣れている――彼は何を血迷ったのか、国家の重要機密をべらべらと漏らし始めたのである。慌てて止めようとしたもののなかなか止まらず、結果として知らぬ方が良いような事までいくつか聞かされてしまった。
「あのバカ貴族め」
 声に出さずに呟き、軽快な足取りで階段をのぼる。三階まで上がったところで、エリスはふぅと軽く呼吸を整えた。目指すラディア司教の執務室はすぐそこだ。
 世の中には知らない方が幸せなことがいくつかある。これは間違いなくそれに当たっていた。何度考えてみてもそういう結論にしかならない。知らないからこそ民は安心して暮らせ、国は滞りなく回る。むしろ、国民がそれを知らない事を前提として国が成り立っているとさえ言えた。したがって、知ってしまった事が発覚すれば、即座に危険思想の持ち主――異端認定されるだろうことは間違いない。無論エリスは墓まで持っていくつもりだった。
 ――それはそうとしてしかし。とエリスは思考を移す。
 エリス自身に関してはどうなのだろうか。そこに益があるからと人を騙しているのは何も国と教会だけではない。最も身近なのは自分自身である。
 姫はやめると心に決めたし、実際にもあれ以降は自分の利益のために己を偽ったり他人を陥れたりということをしていない。ロイセルに話を持ちかける際、用件を言うより先に巻き込んだ事については、あれは普通の人でも使える交渉手段だ。姫の技能は一切使用していない。姫としてのエリスには、やろうと思えばもっと簡単に、かつ有無を言わさず了承させるやり方がある。そしておそらくその方法は相手にほとんど悪感情を抱かせない。自分に好意を持って貰うことこそが、姫としての出発点であり、終着点なのだ。
 だから――姫というものはそうして成立するのだから、取巻きたちのほとんどは、エリスを好いている。彼らはエリスを愛し、自ら進んでエリスの取巻きになっている。多分、その状態が彼らの幸せなのだ。理想の姫君に敬意と情愛を捧げ、そしてそれに喜んでもらおうと心を砕く生活。
 彼らの視線を集める偶像が、本当はどのような人間性を持っているのか。サキとその他数人にしか明かしたことの無いエリスの内面が取巻きたちに触れた時、彼らはいったいどうするのだろうか。
 これはきっと、彼らにとっては知らない方が幸せなことなのだろう。
 エリスが一生姫として生きようとしたならば、彼らは死ぬまで『エリス様』に関して幸せな記憶を持ちつづけられたかもしれない。だが、エリスはやめると決めてしまったのだ。続けられないと訴える心に気付いてしまった。
 本人に続けるつもりが無いからには、いずれは露見してしまう。それはもはや変えようのない未来となってしまっていた。将来のいつの日かに必ず来てしまう『そのとき』を、自らの手で一気に早めてしまうべきかどうか、エリスは決めかねていた。
「……はっきり言っちゃっていいのかなぁ」
 首都に戻ってきた時点では、大々的に「私は貴方がたの思っているような人間ではありません。貴方がたとはお別れです」と宣言する予定だった。その程度ではかなりの数が取り巻きとして残るだろうが、けじめだけはつけておきたかったのだ。
 だが、ロイセルと会って迷いが生まれた。
 料理店で話した際、最後の最後で見せられた、上辺だけでない、心の底から浮かび上がる歪んだ表情。正直なところ、あれはちょっとばかり、胸に突き刺さるものがあった。サキと旅をしていくらか心に余裕を作ったつもりが、蓋を開けてみればこれだ。
 ロイセル相手には、もう随分と前から、必要以上に自分を作ることをやめている。それでも、あの金髪の騎士はエリスの中に姫を見ていた。だからこそのあの顔だったとエリスは確信している。
 ロイセルですらそうなのだから、他の取巻きが受ける衝撃は相当な物になるだろう。理想どおりの姫君でなくなってしまったエリスに、彼らは落胆し、失望し、或いは絶望する。それだけでも心苦しいものがあるというのに、加えてさらに、その反応でエリスの心はえぐられるのだ。自分はなんと馬鹿なことをしてきたのだろうか、と。
 姫をやめたからと言って聖人になる気はない。そんなに重々しい痛みは、できることなら味わいたくなかった。
「どっちがいいのかしらね……」
 思案しているうちに、エリスはラディアの部屋の前に着いていた。木目の浮いたドアをコンコンと叩く。結論を急がない問題は隅へと追いやる事にした。首都滞在中に決めれば良いのだ。まだ時間はある。それよりも今はここまで出向いた目的を消化するのが先決だった。
 ラディア司教には随分と良くしてもらったし、世話にもなった。そうなるようにエリスが仕向けのではなく、初対面から愛情を持って接してくれていた。聖職者の仮面の外れた素顔を晒したことこそ無いのだが、数少ない、取巻きと見なしていなかった人物のうちの一人だ。
 一言も告げずに出ていったのは軽率だったと、エリスは反省をしていた。自分などよりも遥かに真の聖職者という称号に相応しいあの女司教は、可愛がっている後輩の姿が見えないとなれば、本心から心を痛めただろうから。今度こそは行方不明ではないのだと言っておかねばならない。面と向かって本性を明かす勇気はまだ持てないから、理由についてはでまかせになってしまうが。
「エリスです」
 敬虔な聖職者の顔になっていることを長年の感覚で鏡無しに確認し、エリスは扉の奥に呼びかけた。
369-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:28:34 ID:6pIMl4Fg
 … … … … …


「お掛けなさい。お茶も出ないところで悪いけれど」
 久方ぶりに訪ねてきた司祭に、ラディアは粗末な椅子を勧めた。質素を絵に描いたような飾りけの無い部屋には硬い木椅子しか無いというだけであって、来客に対して含みがあるわけではない。ラディア自身にしても同じ椅子に座っているのだ。
 司祭は丁寧に礼を言ってから、腰を落ち着けた。
 夕焼けの赤光が差し込む部屋には、主人と客人の二人しかいなかった。身分としては使用人を置いても非難を浴びないだけの地位にいるラディアは、しかし聖職者として染み付いた質実な気質からか、部屋を過剰に飾る事もしかなったし、無駄に人を使う事もしなかった。
 肌の若々しさのおかげか、それともゆったりと波を打つ薄桃色の髪のつややかさのおかげか、滅多にそうは見られないが、ラディアは今年で四十二になる。男女の別なく聖職位を与える教会でも、上層に行けばその原則は崩れる。男女比で負ける女の身に、四十二という若さ。ラディアは真に有能な人物であると教会に認識されていた。
 それでも――いや、それゆえにか――、この黒髪の司祭と向き合うと、大人気無い嫉妬心が頭をもたげてくるのを止められない。
 並外れた美貌に、すらりと均整の取れた女性的な体。貴族の令嬢もかくやという楚々とした物腰なのに、かといってなよやかさに過ぎることはなく、芯はしっかりとしている。まさに『聖女のような』、といった風情である。その上この司祭は聖職者の技能を使わせても非常に優秀で、彼女の起こす奇跡は、力の上乗せを天に願った回数が大して変わらないはずのラディアと比べても、威力にはっきりと差が出る。実務能力のみならず奇跡の効果でも位に相応しいだけの力を持つ司教と比べても、だ。
 少しでもおのれに頼むところがある者なら、何も感じずになどいられまい。
 もっとも、二つとない天からの贈り物をいくつも貰っておきながら微塵も鼻にかける様子の無い司祭の人柄の良さもあって、自制に長けたラディアには、全く表に出ない段階で無益な負の念を静める事ができたのだが。
 結論としては、ラディアはこの美しい司祭をいたく気に入っていた。初めから魅力的な人間なのだ。見る側に悪意が無ければ自然とそうなる。
「しばらくぶりになるわね、エリス。どうしていたの?」
「皆さんそれを聞かれるんですね。下でも聞かれましたよ」
 言って司祭――エリスは何かを思い出したように小さく笑んだ。
「久しぶりに会っても何もおっしゃらない騎士様が一人だけいらしたのですけれど、やっぱりあの方は例外なんですね」
「そんな人がいるの? ――あ、いや、ひょっとしたら貴女に気遣いをさせまいとしたのかもしれないわね。心配だったなんて、あんまり言われても気にしてしまうものでしょう?」
「あぁ、そう言われてみればたしかにそうですね。ラディア様のおっしゃるとおりかもしれません」
「ええ。人によってはそういう考え方もあると思う。でもね、私なら貴女の事が気になっていたとはっきり言うわ。だって心配したもの。片時も頭から離れないだとか、仕事も手につかないだとか、そういうレベルではなかったけれどね。教区の人からも『エリス様はどうされたのでしょう』って、そういう声はあったわよ」
 取り繕わない本音を投げると、エリスは申し訳無さそうに身を縮めた。
 ラディアの目には、エリスは稀に見るほど熱意のある聖職者として映る。立場こそ冒険者だが、街に出て教えを説きもするし、清潔とは言い難い街区にもみずから進んで足を運び、奉仕活動をする。その姿勢と実績が評価されて、大聖堂の深部への立ち入りが許されたのだ。エリスの突然の失踪は、彼女が足繁く通っていた地区の人々にもささやかな波紋を投じたようだった。
「やっぱり、黙って出て行ったの良くありませんでしたね。申し訳ありませんでした」
「謝るほど気にしなくていいわよ。別に大聖堂に所属しているわけじゃないんだから。貴女なら教えに背くようなことはないでしょうし、どこで何をするのにも教会は口を挟まないわ。個人的に気になっていたというだけ。ひと月も顔を見せないなんてこれまでほとんど無かったし、本当にどうしていたの?」
「いろいろな場所を回っていたんです。プロンテラから離れて、地方の都市ですとか、地図にも載っていない寒村ですとか」
「それは嘘じゃないわね?」
 ラディアが念を押すと、エリスは不思議そうに眉を上げた。
「なぜです? 本当ですよ」
「安心したわ。良くない噂があったのよ。あんまり言いたくないけれど、前にもあったでしょう。貴族さまがどうこうって」
「あぁ……」
 エリスは深い吐息をこぼして、表情をわずかに曇らせた。
 黒髪の司祭の容姿をラディアがあまり妬ましいと思わないのは、これのせいもあるのかもしれなかった。よこしまな男どもの――ごくたまには女の――不埒な欲望の標的になりやすいのだ。聞くところによると、見かけによらず気の強いところのあるエリスは、毅然とした態度でそのほとんどを断るらしいが、相手が有力者であったり、家柄の高い貴族であったりした場合には、話はそう簡単にはいかない。国を動かす上で欠かせない人材は、小さな罪などでは処罰できないのだ。合意が成り立っていたと言われてしまえば、ちっぽけな被害者が何をわめいても、当事者間の問題であるからと捜査の手は伸ばされない。
 そうと知っている彼らは、だから本気になれば無理矢理にでも相手をさせる。しかしそれでもやはりできるだけ穏便に済ませたいし、悪感情も持たれたくないということなのだろう、そういった時には謝礼としてか謝罪としてか、かなりの額に上る金品が贈られる事が多い、らしい。
 らしいと言うのは、ラディアが被害者達から事件の詳細を聞き出そうとしていないためだ。ゆえに確かめてはいないが、エリスが無償の活動を続けていられるのは、本業である冒険者としての収入よりも、そこで得た潤沢な資金の存在が大きいのだろうと踏んでいる。そもそも街で活動している日が多すぎるのだ。討伐報酬など満足に得られているわけがない。聖女のように見えても、れっきとした冒険者でもあるエリスの金銭感覚は現実的なはずだ。どうせ泣き寝入りするしかないのならせめて金だけでもと、しっかり受け取っているのだろう。
 そうやって生活に困らないからと、魔物の討伐よりも聖職者としての活動を優先するせいで、余計に目立って良からぬやからの興味を引く悪循環に陥っていると思うのだが、まさか司教の身で「貴女のためにならないから教会の活動は控えなさい」とも言えない。危うさを感じながらも、ラディアは今まで何も口を出せずにいた。
「まぁ、何も無かったなら良かったわ。私が聞いたのは、監禁されてるとか、もっと悪いところでは殺されてるとか、それくらい酷いものよ。私にしたってまるっきりありえない話ではないと思うわ。権力者の中には、そういう人を人とも思わない連中が確かにいるもの。万一不興を買ったらどうなるか、わかるでしょう? だから――」
 ラディアは短い逡巡を見せた。
「――気をつけなさいね」
「はい」
379-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:29:23 ID:6pIMl4Fg
 結局今までどおり無難に締めたラディアは、次の瞬間、エリスの顔に浮かんだ色に気付き、少しばかり驚かされた。普段から真面目な印象の強い司祭だが、今は輪を掛けて真剣な眼差しをしていたのだ。白い手が膝の上できゅっとこぶしを作っていて、それが何となく、ラディアの目を引いた。
「私も、本当はわかっているんです。あまりやりすぎるべきではないんだろうと。目立っているとは思っていましたから。だからというわけではないのですが――」
 今度はエリスの方が言いにくげに言葉を詰まらせた。口を挟むのがためらわれて、ラディアは目線で続きを促す。
「今日伺ったのは、この話をするためだったのですけれど、私は、少し首都を離れようと思っています」
「これからまた?」
「ええ、今度はもっと長くなると思います。目的は、なんと言ったら良いのか……」
 エリスは再び口篭もった。ゆっくりと、思い詰めたような口調で語りだす。
「私は、神の教えを尊いものだと信じています。それにはもちろん変わりはありません。ですが、地方を回ってみて、いろいろと考えさせられました」
「……ええ」
「今までも首都を出たことが無かったわけではないのですが、今回は特に、何かが違っていて。私たちの言う神とは別な、もっと観念的な存在を崇めておられる方々にも会いましたし、一人の聖職者もいない、小さな小さな村にも行きました。首都で言う貧しい人々のような衣服を着ていて、それでも心から楽しそうに生きてらっしゃる方も大勢いました。それで、だからどうしたのだと言われると、上手く答えられないのですけれど……」
 沈黙が下りる。夕日の赤が宵の紫に侵食され始めた部屋に、カーン、カーンと、夕刻の六時を告げる鐘の音がどこからか響いてきた。硬質でありながら柔らかさを感じさせる温かな音色は、二人だけの空間に、ゆっくりと染みていった。
 完全に余韻が消え去ってから、ラディアは口を開いた。
「――そうね」
 考え込むように黙りこんだ司祭に、穏やかに笑んで見せる。
「私は、貴女の感じた事を正確には理解してあげられないわ。でも、貴女はもっと世界を見てみたいと思ったのでしょう? なら、それはきっと正しい事なのだと思うわ。言葉にできないのは、まだ足りないって心が言っているのよ」
「ラディア様……」
「何も追い出そうというのじゃないのよ。居たかったら居てもいい。けど私は、そう思ったなら行ってくるべきだと思う。こういう評価は失礼に当たるのかもしれないけれど、私の目から見ると、貴女はちょっと危なっかしくて。言うなれば、盲目的、なのかもしれないわ」
「え……?」
 エリスは意外そうにぴくりと瞼を上げた。深い黒の瞳に、ラディアはしかと視線を合わせる。
 これから先は、言いたくてもずっと言い出せなかった本心だ。一人の人間として黒髪の司祭を大切にしたいと思う自分と、司教という身分に縛られて身動きのままならない自分。ほんの数分前まで揺れ動いていた心の天秤は、今はどうしてか、はっきりと傾いていた。
 しばしの別れを告げにきたのであろうエリス。目の届かない場所に行ってしまう彼女に、少しでも助けになるよう、ラディアは何か餞別を渡してやりたかった。
「神の教えに帰依するのは確かに大事だけれど、何を信じて何を信じないのかは、自分で選ばなくてはいけないわ。教会はね、全面的に正しいわけじゃないのよ」
「何を……! 待ってください、それは――」
「いいから聞きなさい」
 咎めるようなエリスの声に、被せるようにして続ける。何を言おうとしていたのかは聞かずとも察せられた。ラディアの発言は異端すれすれの危険な思想を匂わせているのだ。
 だが、ラディアはこの宗教がいかなる虚構の上に成り立っているのか、その実態を上から聞かされていた。盲信に陥っているようにも見えた後輩が教会に疑いを持ち始めたのなら、それは間違っていないのだと、気に病む事ではないのだと、そう言ってやるべきだと思った。苦悩を和らげる手助けをすべきなのだと。聖職者の使命とは、教会を守る事ではなく、人の心を救う事であるはずなのだから。
「貴女の人生は貴女の物だし、貴女の幸せは貴女にしか見つけられない。他の人だってそう。神は全てをご覧になっているけれど、貴女の心を侵す事は絶対になさらないわ。貴女の感じた幸せが教えに添ったものなら、それは神はお喜びになるかもしれない。でも違っていたからと言ってお怒りにもならない。神は寛大な御心をしていらっしゃるのだから」
 こくりと、唾を飲み込んだように、エリスの喉が上下した。
「人は神のために生きているんじゃない。人を創ったのは創造主であって神ではないのよ? それはわかるでしょう。貴女が神の教えに従ってに生きることを幸せだと感じるのなら、それは間違っていないわ。でもね、そうじゃなくても間違いじゃない。全部、貴女が決める事よ。だから行ってきなさい。行って、ちゃんと自分の目で見て、何が正しくて何が正しくないのか、貴女なりの判断をしなさい。そして満足したら、その時に戻ってきたらいいわ。結果貴女が今みたいにきちっとした聖職者じゃなくなっていても、私は拒まないから」
 一息に言って、ラディアは硬い顔つきで唇を噛む司祭に、にっこりと笑いかけた。眉の寄せられた険しい顔は笑みを返さず、わずかに血の気を引かせているようだった。教会の指し示す神の道から外れるようそそのかしたのだ。見ているほうが不安になるほど『優等生』な司祭の耳には、信じ難い背徳への誘いに聞こえていても不思議はなかった。
「……もし」
 弱々しい息を吐き、エリスはぽつりと言った。
「もし、私が初めてラディア様に会った時から、不信心な司祭だったら、ラディア様は、その言葉を掛けてくださったでしょうか。――私を拒まないと、おっしゃってくださいましたか?」
 予想外の質問だったが、ラディアは一瞬たりとも迷わなかった。包み込むような笑顔と共に、力強く断言する。
「当たり前じゃないの。今も別に不信心だとは思っていないけれど」
「なぜ、です……?」
「そうね、貴女は綺麗な心をしているから。何もそれは貴女の行いだけを見て言っているんじゃない。人の心は目に表れるわ。私はそう思う。それは人間だからいつもいつもかげりなくとは行かないけれど、貴女の目は綺麗で、真っ直ぐだから。だからね、きっと、たとえ何かの間違いで貴女が私の前に罪人として引き出されたとしても、私は貴女を見誤ったりはしなかったはずよ」
「……はい……ありがとう、ございます……」
 掠れた返事は、注意していなければ聞こえないほど小さかった。唇が頼りなく震え、瞳に涙の膜が張る。透明な雫が頬を伝うより前に、エリスは俯き、両手で顔を覆った。
「ごめんなさい……」
「……どうしたの?」
「……ごめんなさい……」
 エリスはしばらくそのまま動かず、涙のわけは話されなかった。ラディアも二度は聞かず、ただ黙って、震える肩を見つめていた。
 夕の時間は駆け足で通り過ぎる。間もなく訪れた優しい闇が、エリスの涙を覆い隠していった。
389-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:30:05 ID:6pIMl4Fg
 … … … … …


 ――馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。
 宿に帰り着いてからも、エリスは思い返しては心の中で連呼していた。部屋に入るなりベッドにうつ伏せに倒れ込み、それから何分、いや、何十分経っただろうか。灯りをつける気は起きず、窓を締め切った寝室には暗闇が満ちていた。
「馬鹿だよ……」
 ラディアは馬鹿だ。エリスがどういった人間なのか、まるでわかっていない。見当違いの事ばかり言って。
 わざわざ心配してくれなくても、貴族なんて便利な金づるとしか思っていないのに。わざわざ忠告してくれなくても、信仰心なんて元から欠片も持っていないのに。
 ――綺麗な心なんて、しているはずがないのに。
「私なんかのために、なんでよ……」
 盲目的に教えを信じるのは危ういという言葉。戒律の定めるとおりに生きなくても良いという言葉。道を外れた聖職者になっても構わないという言葉。
 あれらは明らかに、教会の通念を逸していた。教義の根元にある偽りを知るエリスだったから良かったものの、そうでなければ危険思想と取られてもおかしくない発言だった。もしエリスが悪意を持ったなら、ラディアを司教の座から引き摺り下ろす事はもちろん、話術の限りを駆使すれば異端認定させる事すら可能だったかもしれない。
 それをわからないはずがないのに、どうしてあの人はそんな危険を冒してしまうのだろうか。エリスなんかのために。
「馬鹿だわ……」
 ラディアは馬鹿だ。間違いなく馬鹿だ。
 けれど、とエリスは内心で漏らす。
 ……自分のほうがもっと馬鹿だった。
 そこまでしてくれるほど愛してもらっていたのに、かわりにエリスは何をしていたのか。
 どうして素顔を晒さなかったのだろう。どうして自分を偽っていたのだろう。
 理由なんかは考えるまでもない。姫を続けていく上で、不必要に本性を見せる行為は避けなくてはならなかったからだ。
 そうではなく、そういった事情は抜きにして、どうしてあれだけ想ってくれていたのに、気付きもせずに平然と騙し続けていられたのか。それを思うと、憤ろしくて、情けなくて、消えてしまいたいほど申し訳なかった。
 全て告白して許しを請えばよかったのだろうか。
 きっとあの人は、触れられもしない本物の神族などよりも遥かに温かく、エリスの心を慰めてくれたに違いない。叱り付けるのかもしれないし、引っ叩くのかもしれないし、無言で話を聞くだけなのかもしれないし、微笑みながら頷くのかもしれない。そのうちのどれであっても、その他の何であっても、ラディアのすることなら何であれ、間違いなくエリスの救いになったはずだ。それだけの愛情があった。
 しかしそれは、『綺麗な心』をけがす行為のような気がした。自分の心は決して綺麗ではないけれど、あそこでラディアに縋るのはひどく浅ましくて、彼女の言ってくれた『綺麗な心』という言葉そのものをその場で踏みにじる最低の振舞いのような気がした。
 どうしようもなくて、謝る事しかできなかった。
「みんな馬鹿ばっかり……」
 どうしたら良いのかわからない状態は今でも続いていて、そんなエリスを受け止めてくれるのは、自分の体温で温められたベッドだ。無機質で、無反応で、でもだからこそエリスの心をかき回さない。
 いつもならそれで満足できるのに、今日はどうにも、それだけでは落ち着けそうになかった。
「サキ、まだ帰ってこないかな……」
 ごろんと、仰向けに転がってみる。小さな声は独りきりの部屋に寒々しく響いた。
 なんだか無性に、お酒が飲みたかった。
399-10@宿題sage :2005/11/11(金) 23:34:54 ID:6pIMl4Fg
つづく
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激しく勝手な設定。むりやりなこじつけで破綻してるところがあるかもしれませんけど
目をつむってやってくださ(ry えろいひと(えろくないけど)にガンホーとかグラビティとか名前付けようかと
ちょっと思いましたがアホっぽいのでやめました。
40凍った心-前書きsage :2005/11/12(土) 02:08:52 ID:iYSdjnMA
初書き込み、というか短い小説(?)投下させて頂きます
続き物の上に遅筆という最悪コンボでの投下となりますが生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです
しかし文章力にははっきり言って自身がありません、至らない点があったら指摘してくれるともっと嬉しいです

それでは駄文を読み飛ばしくださいませ
41凍った心-1 (1/2)sage :2005/11/12(土) 02:11:11 ID:iYSdjnMA
アイシングデビル─氷の悪魔──
いつからかそう呼ばれていた
別に、どうとも思わなかった
誰もが皆、私のことを昔から嫌っている、というか恐れているんだろう
そんなことはもう知っていたから
もう、一人には慣れたから…

────────────────────────

雪の街ルティエ
降りしきる雪は絶えることを知らず、視界を白に染め上げる
その街の郊外にある、他の家からは少し離れた位置にある平凡な家に産まれた新しい命
名前はルティエに咲く花の名前からとり、「エリカ」と名付けられた

エリカは雪が好きだった
好きと言っても普通の子供のそれではなく、もっぱら雪をさわっているだけなのだ
最初は親が健康を気遣ってやめさせようとしていた
しかし、雪から遠ざけると泣きやまないので歳を重ねるごとに親もうるさく言わなくなった
当然、そんなことだから周りの子からも疎遠な関係になっていき、街の人々はエリカを白い目で見るようになってきた
エリカが6歳になる頃にはもう家族以外からいい目で見られることは無くなっていた
それでも家族は暖かく、エリカにとって雪以外に安心できる場所であった

エリカが8歳の誕生日をもうすぐ迎えようというある日、ソレは起こった
テロ、それほど規模は大きくないが、冒険者の多くないルティエにとっては恐怖の出来事である

その日もエリカは雪の上に寝転がっていた
──(街のほうが騒がしい、どうしたのだろう)
そう思って、一度戻ってみることにした、お昼ご飯時だったし
小走りで街へと戻る、見慣れた門をくぐって街に入る
そして家の近くまで来た時、何かいつもは無かった突起物につまづいて転んでしまう
「いたた…コレなに…」
大きなその雪を半分ほどかぶった物体は黒く、何か焦げた布切れのような物が見えている

何故だかは分からない、少しだけ焦燥に狩られてその雪をはらってみる
「…え…?」
慣れ親しんだ顔、いつも優しかった顔がそこにある
いつもと違うのはその顔が苦痛に歪み、体は既に冷たくなっていること
「母…様…?」
目の前にあるモノといつもの顔が繋がる、冷静にソレを見つめる自分とソレを否定する自分が繋がらない
42凍った心-1 (2/2)sage :2005/11/12(土) 02:12:02 ID:iYSdjnMA
(目の前にあるモノは何?)
(コレは母様だ)
(違う)
(じゃあ母様は何処へ行ったの?)
(きっと買い物に違いない)
(昨日買出ししてたじゃない)
(さっきから聞こえるこの騒がしさは何?)
(何でこんなモノが私の家のとこに?)
(何で…何で…?何?何なの…?)

自問自答を繰り返す、答えは出ない、いや、出したくない
その時視界に入ってくる何か、大きな物、モンスター
その半身にはまるで龍のような翼を持ち、もう半身は人間のようでもある
ソレはこちらを見るなり何か、赤いモノ…
「エリカあっ!!!!」
目の前に何か飛び込んでくる
飛び込んできた物は赤いモノに包まれ、燃え上がる
「エリ…カっ…だいじょ…ぐがああっあぁ…ぐふっ…ぐあ…」
苦悶の声をあげる目の前の物
(コレは何?)
(私を呼んでる?)
(この声は誰?)
(何で呼んでるの?)
頭の回転数が少しだけ、ほんの少しだけあがった──あがってしまった
「父…様……?」
既に目の前の父様だった物は動かない
「え…あ…え…何コレ…」
目の前で起こっている事を理解しようと頭はフル回転する、理性はそれを止めようとフルストップをかけている
視界にはさっきの大きなのの他に色々なのがいる
(つまり…コレは…テロだ)
(父様も…母様も…ああああああ)
周りのモンスターは今にも私に攻撃をしかけようという状況であるが、そんなことはもう気にもかからない
エリスの体の中から何か冷たく、青く、深い何かが湧き出す
「ああああああああああああああああああああ!!!!!」
エリスは周りの状況にも関わらず喉が千切れんばかりの声を上げる
そして、そんなエリス目掛けて深淵の騎士が剣を凪ぐ…が
その剣はエリスの顔面寸前で止まっている
「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
エリスがその声と共に剣は凍りつき、崩れ去った
剣だけでない、彼女を取り巻く全てのモンスター・家・両親の亡骸が凍りついていく

─数分後、その場で動く物は舞い落ちる雪とエリカだけだった
彼女は凍った両親の亡骸に視線を落とし、立ち尽くしていた
彼女は涙は流さなかった、いや、流れなかった
「あは…ははは…」
溜息にも似た乾いた笑い声が天候が崩れ始めたルティエに虚しく木霊していた


同時刻、ルティエを見渡せる丘の上からその様子を見下ろす影が一つ
「ふふ…覚醒しましたね、楽しみだ…ふふ…」
43凍った心-2 (1/4)sage :2005/11/12(土) 22:36:44 ID:iYSdjnMA
ここの所テロが増えた
6年前までは散発的だったものが増加して、いまでは同時多発も頻繁に起こっている
そのおかげでここ、プロンテラ騎士団事件担当受付はてんやわんやだ
「あー疲れた、テロも多いしゴタゴタも多いし、仕事が減らないわぁ」
事務作業をしている女プリースト─名前はルカという─が愚痴をこぼす
「事務が嫌なら外回りでもやるか?丁度チンピラの喧嘩が入ってるぞ」
「か弱い乙女にそんなことさせるつもり?」
「プロンテラ教会所属で一番強いプリーストがか弱かったら支援系の子はミジンコか?」
「ゾウリムシじゃない?」
「更に下がってるしな、まぁ外回り嫌なら働け」
「はーいはい」
と、他愛ない会話を交わしてまた作業に戻る
このルカというプリースト、今言った通りプロンテラ教会に登録されている中で1・2位を争う戦闘能力を誇る
まぁ見た目は普通のプリーストと然程変わらない
むしろ引き締まっていてスタイルはよっぽどいいほうだ
更にストレートロングの銀髪に加え容姿も整っている為、美人の部類に入るであろう
噂によるとファンクラブまであるとかないとか
まぁ普段から接してるとそんな魅力も感じない程ガサツで女として見れないわけだが
「何か今馬鹿にしたでしょ」
「いや別に」
「ふーん…」
…鋭い
これ以上難癖つけられても困るので書類に目を落とす

・フェイヨンダンジョンにおけるモンスターの大量発生
・モロクでの無差別殺人
・コモド西洞窟の行方不明者
・エトセトラ
  ・
  ・
  ・
テロ関連やら殺人事件やら物騒なことばかり
どれもこれもめんどくさそうである
とりあえず古い事件でまだ被害届けが寄せられている物から処理することにした
「えーと…何々、ルティエにおける通り魔と強盗、被害届523件…また多いな」
最初にコレについての被害届が提出されたのが5年程前である
「何でこんなのがまだ解決されてないんだ?」
「サボってたんじゃない?前任が」
「有り得るかもな」
と、もう一度その書類に目を落とすと備考欄に何か書いてある
「何々…4年前…だな、に複合1個小隊を派兵、行方不明
 同年、複合2個小隊を送るが同じく行方不明
 翌年、複合1個中隊および特殊2個小隊を送る、同上」
「何ソレ…おっそろしい」
「確か…テロとか増え始めたのが6年前で、口切がルティエのテロだったよな…
 何か関連がありそうだな」
「あるかもねぇ、そこまで行方不明者が出てると」
「んー、お前行ってこい」
「え゛」
44凍った心-2 (1/4)sage :2005/11/12(土) 22:37:13 ID:iYSdjnMA
─────────────────────────

夢を見ている

何度も見た光景

凍りついた両親

その横に佇む自分

もう、慣れた──もう─


───夢を…見ていた
いつもの夢、変わらない

あの両親が殺された日から6年経つ
あの事件でモンスターに襲われた家は自分の家だけだったらしい
更に運悪くモンスターの目撃者はいなかった
やってきた村人が目にした物は凍った両親と虚ろな目をしたエリカだけだ
枝から出たモンスターは死ぬと無に還るのである
その状態を村人が見たらなんと言うか、そんなもの想像に難くない
元々印象の悪かったことも手伝い、エリカの言い分は全く聞き入れてもらえず罵詈雑言を浴びた
─悪魔!
─親への恩を仇で返すなんて…
─捕まえろ!
拘束されそうになった、だから逃げた

何でこうなったんだろう
何で私なんだろう
何で追われてるんだろう
何で追われなきゃならないんだろう
何で、何で、何で、何で──

エリカは立ち止まる、別に捕まる気は無かった
何でだろう、捕まる気がしなかった
村人達が寄ってくる、エリカの手を掴もうと手を差し伸べる
しかし、その手を途中で止める村人─正確には動かせなくなる─だが
「!!?」
その村人の手は凍っていた、一瞬で
「な、何をした…!」
「…知らない」
「う、うああああああ!?」
悲鳴をあげながら凍っていく男
エリカはその男を冷ややかな目で見ていた
「ひっ…」
他の村人達は恐怖に満ちた声をあげ、蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げていった
「あは…」
自分で自分がよくわからない
さっきから気づいたこと、それは雪や冷気を自分の思うように動かせることだ
例えば冷気を一点に凝縮し、先ほどのように何かを凍らせること
任意に吹雪を起こすことなど
他にも色々できそうだった

何で?そんなことは分からない
分かるはずがない
別にどうでもいい
疑問に思うことも煩わしい
45凍った心-2 (3/4)sage :2005/11/12(土) 22:38:02 ID:iYSdjnMA
それから、ルティエとアルデバランの間にある雪原の一角で暮らしていた
不便はしなかった、食料は街に行けば手に入る、正規の手段ではないが
吹雪かせれば人は家の中に引篭りざるをえない、その時に少しくすねていく、それだけ

いつも雪を見ている、それ以外にすると言ったら眠るくらいなものだ
絶え間なく降る雪は同じ落ち方は無く、見ているだけで日が暮れる
白く小さいその粒は幻想の世界へと見ている者を誘う麻薬のよう
くりくり、と指を少し動かす
妖精達がダンスをするかのように雪が舞う
雪は何も言わず、言うはずもないが、ただ踊っている
虚しくなってやめる
そんな毎日

たまに街の人間が探りに来る、ちょっと吹雪かせて帰らせる
それでも帰らない場合はちょっとだけ手を出す、氷柱を2,3本かすめるようにして飛ばす
一般人ならそれで帰っていく

3度か4度、街以外の人が私のことを探しに来たことがあった
氷柱をかすめてみても帰らないのでとりあえず様子を見ることにした
4人、見に着けている衣服には同じ刺繍がしてある
4種4様な衣服を見に着けている、冒険者の着る物だ
その中で先頭に立っていた男がこっちを見る、見つかったようだ
「いたぞ、アレだ」
エリカのほうを指差す
そして4人固まってこっちへ向ってくる
「エリカ・ミルナンスだな、強盗・通り魔の容疑で被害届が出ている、一緒に来てもらおう」
先ほどエリカを見つけた男がよく響く声で言う
「…何処へ?」
「プロンテラ騎士団、拘留所にて事情聴取・及び目撃者からの認定の後に裁判が行われる」
「嫌って言ったら…?」
「無理矢理連れていく」
「出来ないことは言わないほうがいいよ」
「さて、どうだか、なっ」
その一言と共に跳躍してくる男
他の3人も男の跳躍と同時に散開、二人が言葉を紡ぎだしもう一人は姿が既に見えない
「伝令の神ヘルメスの名においてこの者に天かける翼を!
 全能の神ゼウスの加護をこの手に!」
自分を含む3人に支援の魔法を紡ぐ、残り一人にはあらかじめかかっていたのだろう
「っらああああああ!」
最初に跳躍した男は既にエリカの目の前に迫り、手にした大剣を振りかぶっている

ヒュオッ

そんな音と同時に横薙ぎの刃先が迫る、が

ガキャンッ

突然虚空に現れた氷の塊にはじかれる
「──るは木の星よ、我が言の葉に導かれその形を成さん、ユピテル!」
男が氷の塊にはじかれて後ろに跳躍した次の瞬間には球形の雷がエリカを襲う
エリカは右手をまるで楽曲の指揮者のように翻す、その瞬間に雷は氷に覆われ、押し潰された
エリカが次の動作を起こそうとした瞬間、首筋に冷たい物が触れる
「動くな」
「…」
後ろには最初に消えた一人が首筋に短剣を押し当てている
エリカは動きを止める
46凍った心-2 (4/4)sage :2005/11/12(土) 22:39:17 ID:iYSdjnMA
「よし、いい子だ…!?」
言い終えるか終えないかのうちに後ろの男は凍ってしまった
「なっ…フロストノヴァ…!?」
残りの3人に動揺の色が広がる、当然といえば当然だろう
10歳にも満たないような少女がウィザードのスキル、正確に言えば違うのだが、を使いこなすのだ
「くっ、リカバリー!!…え?リカバリー!!…なんで!?」
凍った男は元には戻らない
「あーあ…やるつもり無かったんだけどな…
 ごめんね…?」
エリカに悪気はない、が相手にとってはどう聞こえたやら
「え、リカバリー!!リカバリー!!リカバリー!!!!」
「やめろ、リサ、落ち着け!」
「だって、だって、だって…」
「やめろ、今は戦いに集中しろ!」
先ほど支援魔法を使っていた女を攻撃魔法を撃ってきた男がなだめる
その間にももう一人が切りかかってくる
「よくもラルをおおお、死ねえええええ!!」
先ほどより数段剣の振りのキレが増している
「ん…ごめん…」
そう答えるエリカの胸には少しだけチクリとするものがよぎる
そうは言っても死ねと言われて抵抗しないのはただの自殺志願者か相当な馬鹿だろう
右手をあげ、目の前に迫る影に向ける
そして次の瞬間、男は声も無く数十メートル横に吹っ飛んでいた
先ほどの攻撃魔法を覆いこみ、その雷を秘めた氷の塊が男の脇腹に命中したのだった
「あ…や…キール…」
しかしそのキールと呼ばれた男は指を少し痙攣させるだけで動かない
「主よ…祖が癒しの力、今ここに…ヒール!ヒール!ヒール!」
「やめろ、リサ、逃げるぞ!無理だ!」
「や、でも、ラルフと、キールがああ…ヒール!ヒール!やっ」
ただ回復魔法を一心に唱える女、冷静に実力差を感じ取り逃げようとする男
「俺らまで犬死にする気か!お前が死んだらラルフ達がなんて言う!」
「やあっ…でも…起きて…キールぅ…早く…ラルフぅ…」
女は依然として泣き叫び、回復魔法を続け、その場から動こうとしない
「ごめんね…」
エリカはそう言うと胸の前で両手を組むようにして目を閉じる

──目を開けると…静かな雪原に戻っていた
大小の氷の塊が数十個転がってることを除けば…
エリカは遠く、遙かな空を見つめていた

その年と翌年に1回ずつ、似たような襲撃があった
しかし人数が増えただけで特に変わらない
編成が違ったようだが大して気にならなかった
もう3回目にはどうとも思わなくなっていた


2年程前から、ルティエ周辺である噂が出回っている
ルティエ周辺の雪原には悪魔が住む…と
全てを凍らす氷の悪魔──アイシングデビルが
47名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/22(火) 08:59:42 ID:BnXEM0K6
次スレはこっちへ!!
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1130601019/l50
48名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/22(火) 09:37:51 ID:BnXEM0K6
ゴメン、ミスったorz
499-10@宿題sage :2005/11/24(木) 01:52:27 ID:kdYp9oEg
忘れ物 3
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 魔力の街灯が日の落ちた街をほの明るく照らす。
 ロイセルは繁華街から少し外れた通りを歩いていた。昼からの鬱屈はいまだに薄らぐ様子を見せてない。あの後は何をしようとも思えず、露店を冷やかすだけで日が暮れてしまった。
 ねぐらにしている等級の低い宿屋は、観光客からは見向きもされない場所にある。それでも、少年期を過ごした朽ち掛けの集合住宅と比べれば住み心地は格段に素晴らしい。気の抜ける根城に帰って何も考えずに寝る。こんな時はそうするのが一番賢いに違いあるまい。
 歩き慣れた道のりを進むと、街灯は減り、人の姿も次第に少なくなってくる。夜が更ければ栄えだすといった類の通りでもなく、純粋に寂れているのだ。この付近に冒険者向けの宿が何軒かあるというのは一部では知られた話で、居るのはそこの利用客を相手に商売をしようとする、怪しげな商品を並べた露天商や、いかがわしい空気を漂わせた女どもだけである。有り体に言ってあまり治安の良い地区ではない。ただ、日々殺伐とした生活を送る冒険者にとっては多少の治安の良し悪しなど頓着すべき問題ではなく、この辺りは自然と、そういう街としてうまく回転するようになっていた。
 ゆえに、ロイセルが剣呑な空気を放ちながら歩いていても、誰一人として奇異の目を向けず、特に目立った反応も寄越さない。そのはずなのだが。
「ねえ貴方」
 背後から声が掛かった。若い女の声だ。涼やかな声音だったせいか、客引きであるという可能性は頭に浮かばなかった。彼女達はもっとねっとりと、その気の無い人間には鬱陶しいくらいに、絡みつくような声色を使う。
 何気なく振り向いて、ロイセルは絶句した。
 明らかに場違いな存在だった。この近辺に暮らすようになって数年、このような娘がここにいる場面を、ロイセルは想像したことがなかった。
 まず連想させられたのは月だった。深遠な夜空にひっそりと佇む月。太陽のように煌煌と輝きはしないものの、その明かりは穏やかに、しかし確固としてそこにあり続ける。儚く見えながらも決して失われることはない。控えめで、それでいて揺るぎない月の如き幽艶な美しさが、娘にはあった。
 あと一歩過ぎれば病的にも見えかねない、健康な生命が持ち得る限界の線を寸前で保つ白皙の肌。肩の辺りの高さで切りそろえられた頭髪は、白に近い、うっすらとしたスミレ色をしている。ちょうど街灯の下でなければ、白だと断じてしまっていたかもしれない。
 顔に目を移すと、これもまた清涼感のある美貌である。人を引きつけて離さないとういうような、ある意味では威圧的とも言える華麗さは弱く、代わりに、白い肌との相乗効果を醸し出す、くどさのない、安心感をもたらすような優美さがある。
 身に付けたブラウスとスカートは、ところどころに黒をあしらった寒色系で上品にまとめられて
おり、これもまた娘のしとやかな雰囲気を引き立てていた。何も冒険者だからといって四六時中所属組織の指定する服を着ていなければならない法は無いから、一般市民だとは言い切れないが、仮にそうだとしても、ならず者まがいのやからが集まる界隈に相応しい人物には見えない。着る物を整えれば、貴族の主催するきらびやかな夜会に出席しても何ら不自然はないように思われた。
「どうしたの?」
 よほど呆然としていたのだろう。言葉を失ったロイセルに娘は訝しげな目を向けた。
「あ、いや、申し訳ない。何でもありません」
「そう? 何か悪い持病でもあるのかと心配したわ」
「もう大丈夫です。持病じゃないですから。して、何の御用でしょう、お嬢さん」
 動揺を隠そうと、ロイセルは芝居がかった言い回しをした。『お嬢さん』という呼称に関しては、エリスと大差ない年頃に見える娘には妥当だろう。
「貴方おもしろいわね。初対面からそんな冗談みたいなセリフ言う人初めて見たわ」
「ぐっ」
 ロイセルの心にほんの少しだけ傷がつく。どうやら中身は見た目ほど人当たりが良くないらしい。
「……ここはあまり安全ではないですから、用があるなら