全部 1- 101- 201- 最新50

【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第10巻【燃え】

1名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/04(木) 03:50:14 ID:D9hvpvFY
このスレは、萌えスレの書き込みから『電波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』ではない萌えな自作小説の発表の場です。
・ リレー小説でも、万事OK。
・ 萌えだけでなく燃えも期待してまつ。
・ エロ小説は『【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレ【エロエロ?】』におながいします。
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ

・ 感想は無いよりあった方が良いでつ。ちょっと思った事でも書いてくれると(・∀・)イイ!!
・ 文神を育てるのは読者でつ。建設的な否定を(;´Д`)人オナガイします。

▼リレールール
--------------------------------------------------------------------------------------------
・ リレー小説の場合、先に書き込んだ人のストーリーが原則優先なので、それに無理なく話を続かせること
・ イベント発生時には次の人がわかりやすいように
--------------------------------------------------------------------------------------------
※ 文神ではない読者各位様は、文神様各位が書きやすい環境を作るようにおながいします。

前スレ【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第9巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1108197722/
スレルール
・ 板内共通ルール(http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi?bbs=ROMoesub&key=1063859424&st=2&to=2&nofirst=true)

▼リレー小説ルール追記----------------------------------------------------------------------
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ
・ リレーごとのローカルルールは、第一話を書いた人が決めてください。
  (たとえば、行数限定リレーなどですね。)
--------------------------------------------------------------------------------------------

保管庫様
ttp://cgi.f38.aaacafe.ne.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php
ttp://moo.ciao.jp/RO/hokan/top.html
2名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/04(木) 10:43:48 ID:ypl0nfTc
2げっとしてみる
3名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/04(木) 12:43:47 ID:WYnw30s.
3ゲット〜
4名無しさん(*´Д`)ハァハァSAGE :2005/08/04(木) 16:56:46 ID:ctl8tg1.
ここが新スレけぇ・・・
なんともちんけな所じゃのう!
5名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/04(木) 22:52:28 ID:nLaeF63o
だんなまだ一ケタ台ですぜ。面白くなるのはこれからですぜ。
6名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/08(月) 23:48:58 ID:k/p.xvQc
前スレとこっちとどっちに投下すりゃいいんだ……。
7名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/08(月) 23:55:00 ID:wuMTWdlk
長くなりそうならこっち、短編ならあっち。
8名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/11(木) 11:16:09 ID:JWwC7CNs
はじめまして、
いつも読む側であったのですが、今回は書く側に回ってみようと
こそこそ小説を打ってみました。
ベタかもしれませんが師匠と弟子のお話です。
よろしければご観覧ください(_ _*

そして初の一桁ゲット(*´Д`)
98@なもなきソラのうたsage :2005/08/11(木) 11:18:24 ID:JWwC7CNs
乾いた風に、チョコレート色の長い髪が暴れる。
アーチャーの少女は一度髪を束ねなおすと、瞳を閉じた。
集中力を向上させ、自らの持てる最大限まで神経を研ぎ澄ますと、
おもむろにアーチャーは弓を構えた。

アメジストの瞳が捕らえるのは、エルメスプレートに咲き誇る
ジオグラファー。
炎の矢を矢筒から取り出し、アーチャーは一呼吸する。


「ダブルストレイフィング!」


弓から放たれた二本の矢が、ジオグラファーを射止めた。
聞き慣れたジオグラファーの奇声も気にとめず、更に矢を放っていく。

ジオグラファーが絶命すると同時、アーチャーの頭上で花火のような光が破裂した。
その出来事を一瞬では理解できなかったのか、アーチャーは息を整えながらしばらく立ちつくした。


「・・・・やった」


初めは遠慮深そうに、自分に確認するように。
やがて顔がほころび、笑顔が自然と溢れた。


「やったぁ!やっと転職だぁ!!」


ぴょんとその場で跳ねても喜びは収まらず、ついには枯れ葉の敷き詰める丘を
駆け下りた。
そんな彼女に足下への注意は行き届いてなかったようで、


「うわっ!?」


足を滑らせ、尻餅をついた。
そのまま、エルメスプレートの丘の真ん中でアーチャーは寝転がるように
空を見上げた。

澄み切ったスカイブルーが、「彼の人」の瞳を連想させる。


「やっと・・・・追いつけるんだ」


アーチャーが師匠と呼ぶハンターの青年とは、ここ数ヶ月彼女の自らの意思で
会っていない。
彼を思い出し、自然と頬が熱くなっているのに気付いた。


(あ、憧れなだけだもんっ)


勢いよく上半身を起こして、熱を振り払うように頭を振った。
すると髪についた落ち葉がはらりと風に舞う。


「早く転職して、驚かせなきゃ!」


紅い頬のまま、アーチャーは嬉しそうに微笑んだ。
108@なもなきソラのうたsage :2005/08/11(木) 11:21:23 ID:JWwC7CNs
「・・・・・むう」


鏡の前に映るのは、見慣れない姿の自分。
アーチャー・・・基、ハンターは肩を落とした。
鏡を見て、自分の身体を見下ろして、


(成長したいな・・・・・)


はぁ、と大きなため息をついた。


(天下大将軍いるし、とりあえずこの辺りでしばらくレベル上げしようかな)


ハンターギルドを抜けると、鬱蒼とした竹藪に揺れる木の棒の様な魔物、
天下大将軍を見つけた。
ハンターはすかさず使い慣れた弓を構えて、天下大将軍へと矢を放った。


「あれ?」


刺さった矢が二本であることに気づき、ハンターは首をかしげた。


「おっと、失敬」


竹藪の奥からがさりと物音が聞こえ、ようやく誰かとターゲットが
被ってしまっていたことに気付いた。
慌ててハンターは頭を下げた。


「あ、こちらこそすみません!」


「・・・お、転職したんだな」


「え?・・・・ああ!」


頭を上げて、ハンターは唖然とした。
琥珀色の髪、冬の空のような瞳、何よりも聞きたかった声。
彼女が師と呼ぶ青年そのものであった。
しかし、違和感が拭い切れない。


「し・・・・師匠・・・・?」


「何で疑問系なんだよ、顔忘れちまったのか?」


「そ、そんなことないです!だけど、その服装って・・・!」


ハンター、ではなかった。
メンズ用のアーチャーの服装、それも、一般に出回っているものとは
色合いが違う。


「あ、これ?転生したんだぜ、俺!」


屈託のない笑顔で師は言った。

一般的に言われる、冒険者としてのレベルの最高は99。
しかし現在はヴァルキリーの君臨により、彼らは再び新しい冒険者として
生まれ変わることが出来る。
世に言う、「転生」と言うものだ。
口では簡単にいえるものの、転生への道のりは激しく困難であることは、
ハンターも十分に理解している。


「おめでとう・・・・ございます」


「おめでたいのはお前だろ、ハンターに転職したんだしな」


ぽん、とハンターの頭に手を置く彼は、
服装の所為か何処となく幼く見える。


(追いつけたと思ったのに・・・)


風船が萎んでいくように、転職した喜びが萎んでいくようであった。


「そうだ、転職祝いあるんだよな」


ごそごそと鞄を探る師をハンターはぼんやりと見つめる。
本来ならもっと喜ばしいことであるのに、素直に喜べない自分が苛立たしい。

ふと暖かい掌が髪に触れて、ハンターは我にかえった。
弦を引くには細く長い彼の指が、ハンターの髪に何かを結わいていく。
硬直するハンターに気付く由もなく、続いて反対側にも。


「こ、これって・・・」


「転生追い込みの時、騎士団で拾ってさ」


目の端に映る、紅いリボン。
多くの少女たちが憧れる、ツインリボンであった。
騎士団にわずかにしか生息しないモンスター、アリスが落とすそれは、
ハンターの全財産をかけてでも手に入らないレアアイテムである。


「これなら頭装備の邪魔にもならないし、・・・って、どうしたんだよ!?」


目尻が熱くなっているのがわかった。
嬉しさ、寂しさ、色々なものが暖かい涙に変わって行く。


「ありがとうございます、師匠・・・それから、すみません・・・!」


「な、何故謝る!?ってか俺悪いことした!?寧ろそれ気に入らなかったか!?」


「と、とんでもないです!ただすごく嬉しくて、本当に嬉しくって・・・」


どうにか笑顔を作ろうとしても涙は止まらず、頬も引きつる。
ハンターの頭を、苦笑いを浮かべて師は撫でた。
暫くすると震えていた肩が静まる。
ハンターは顔を上げ、


「師匠、これからも・・・わたしの師匠でいてくれますか?」


涙を拭い、言った。


「当ったり前だろ、お前みたいな泣き虫じゃ世の中渡っていけないしな?」


ハンターの好きな、あの笑顔で彼は答えた。
泣き虫と言う言葉に恥ずかしさを覚えたが、ハンターは、
同じように笑顔を浮べ、頭を下げた。


「さてと、そんな訳で早速レベル上げするか」


俺に追いつかれんなよ?
ハンターの鼻をちょい、と指で押して師は言った。

彼の背を見て、ハンターは誓う。
いつか必ず追いつきたい。
そして、誰よりも彼を思い続けると。
118@あとがさsage :2005/08/11(木) 11:26:06 ID:JWwC7CNs
省略されてしまった・・・すみません。・゜・(ノД`)・゜・。
ではではッ。
12白髭sage :2005/08/12(金) 20:09:47 ID:OegY7t8U
はじめまして。

>>8さん
師弟関係サイコー!
思わず応援したくなるハンタ娘さんに敬礼!

書きたいところがしっかりと書いてある感じで、読みやすかったです。
強いて何か言うとすれば、転職までの苦難の道のりを振り返る描写がちょっとあってもいいかな、という程度です。
一反木綿とか一反木綿とか一反木綿とか。

僕も今までROMでしたが、今日から脱ROMに挑戦します。
他の人の作品読んでたら、無性に書きたくなって適当にガーッってやっちゃった作品でも投下します。
慣れない萌えを狙いすぎて、逆に死んでます。
の代わりに、燃えのほうに力入れてます。燃えられるかどうかわかりませんが。
13白髭sage :2005/08/12(金) 20:10:15 ID:OegY7t8U
適当に登場人物とか用語

魔術師 ♂ Age:20前後・・・?
高等魔術師(ハイウィザード)
基本的に面倒臭がり。気難しかったりするが、以外に優しいところもなくはない。
若くして、プロンテラの宮廷魔導師を束ねる立場にまで上り詰めた。というか、成り行きで上り詰めてしまった。
惰眠を貪ることをこよなく愛する。

ニューイ ♂ Age:??
猫。魔術師の使い魔・・・?
普段は、主人と共に布団で寝ているか、主人の頭の上で寝ているかのどちらか。結局、いつも寝ている。

セレン ♀ Age:18
聖騎士(クルセイダー)
生真面目で強気。目標がある限り努力を惜しまない。
プロンテラ聖騎士隊に所属し、副隊長に任命された。
魔術師とは、彼が王宮魔導師として働き始めた時からの知り合い。

ビニット ♀ Age:??
下水前のカプラさん。

プタハ ♂ Age:52
鍛冶屋(ブラックスミス)
豪快なおじさんスミス。製造型だが、殴れるらしい。
王都プロンテラでひっそりと鍛冶に勤しんでいる。

プロンテラ宮廷魔導師
まんま。プロンテラの王室に仕える魔導師達。
マジシャン系の職業ならばこの役職に就くことが出来るが、いざという時のために、ある程度の魔法力が要求される。
普段は魔法書の解読や、魔法の新たな可能性の研究に勤しんでいる。

プロンテラ騎士隊・聖騎士隊
まんま。プロンテラの城を守るナイト、クルセイダーの集団。
別部隊になっているためか、いがみ合う隊員も多い。
主にテロの鎮圧などの場合に活躍する。

セージギルド
ジュノーに本部を置く、セージの団体。
シュバルツバルト王国や、ルーンミドガルズ王国の王室ともつながりがある。
普段やっていることはプロンテラの王宮魔導師達と同じだが、テロの際には発生原因や敵勢力の分析で活躍する。
14白髭sage :2005/08/12(金) 20:11:40 ID:OegY7t8U
プロンテラ攻防戦 No.1 ―宮廷魔導師長

・・・うるさい。

 朝、真っ先に意識を支配したのはその言葉だった。
 そして、そこから次々と派生するマイナスイメージ満載の単語が、彼の意識を埋め尽くしていった。

(うるさい。暑い。ダルい。眠い。めんどい。)

 真夏。
 やや北寄りで、涼しい気候であるべきゲフェンの周辺は、異常なまでに暑かった。
 ミンミンと鳴くこの季節の主役が、自分の存在をこれでもかというほど主張する。
 モロクにいたらきっと蒸気になって天まで昇っていけるだろう。
 そんな、ゲフェンの町外れのボロ屋の中、彼はまだ起き上がれないでいた。
 目だけ開けて、何を思うわけでもなく天井を見つめる。
 眠い。しかし、暑くて眠れない。
 これが生き地獄なのだろうと悟ったのは、つい数日前のことだった。
(休暇を取っておいて正解だな。)
 成り行きで、彼が宮廷魔導師を束ねる立場に立つことになってしまったのは、もうだいぶ前のことだった。
 いつものように「面倒臭い」の一言で断れば良かったと、彼は今でも後悔している。
 しかし、当時彼は、ワケあって無一文。生活のためにと就いた職だったが、待遇はなかなか良いのでそのままズルズルとその仕事をこなしていた。
 待遇は良かったが、その多忙さは他の一般職とは比べ物にならないほどのものだった。
 就役初日の宮廷総会議から始まって、王族との謁見、他部隊への挨拶回り、セージギルドと合同での魔法研究会など、息をつく暇もなかったのである。
 夏に入り、ようやく大きな休暇を取ることが出来た彼にとって、この愛すべき休日が灼熱地獄になってしまったことは、幸運であり不運だった。
(もういい。寝る。)
 しかし彼は、せっかくなのでこの休日を寝て過ごすことにした。
 寝ているときは、何も考えなくていい。ただ、本能の赴くままに惰眠を貪ればいい。
 そんな時間が、彼にとってはささやかな幸せだった。
 が・・・


ドンドンドン!!


 けたたましく戸を叩く音が鳴り響いた。
 王宮に仕える身である彼にとって、借金取りというのは全く縁のない存在である。
(つまり、それ以外の要因が俺の安眠を妨げている)
 彼は、眠りの世界から意識だけを取り戻し、冷静に状況を分析していた。


ドンドンドン!!


 一向に鳴り止まない。
 むしろ、叩く手に力が入ってきているように思われる。
 このままでは、このオンボロ家屋の扉がダメになってしまう。そう思った彼は、渋々起き上がり、玄関まで歩いていった。

ガタン!

 ドアを開け・・・

「帰れ。」

バタン

 必要最低限の言葉で、どこぞの詐欺商人だか何だか知らん相手を追っ払って、いそいそと寝床に戻る。
「こら!閉めるなー!」

ドンドンドン!!

 なにやら聞き覚えがないでもなさそうな少し高い声が聞こえたあと、またしても扉が外れる勢いで借金取りノックが始まった。
「ああ!うるせぇ!」

ガタン!

「何事だ。」
15白髭sage :2005/08/12(金) 20:12:17 ID:OegY7t8U
 どうしても帰ってくれそうにない相手に対し、目いっぱいの恨みを込めてガンを飛ばす。
「遅い!さっさと起きてよね。」
 ドアの前で、青髪ロングヘアの聖騎士(クルセイダー)が膨れていた。
 ガッシリと、重たそうな鎧で、腰には綺麗に磨きぬかれたサーベルを佩いている。
 整った顔立ちの娘ではあったが、やはりその鎧と見比べると、やや不釣合いではあった。

むにっ

 さり気なく質問をスルーされた魔術師は、表情一つ変えずに自分の頬をつねった。
 それだけだとまだ不確かなので、前後に捻ったり横に引っ張ったりしてみた。
「・・・夢じゃないわよ。」
「なら幻か。」

ブン!

 ガントレット付きの、文字通り"怒りの鉄拳"をかわされると、聖騎士は溜息をついた。
 トンチンカンなことを言われ、拳で突っ込みを入れようとして避けられて溜息をつく。
 まるきりいつものパターンだった。
「それで、俺の愛しい休日をどうしたいんだ?プロンテラ聖騎士隊 セレン=ラズワード副隊長さんよ」
 魔術師は、いつにも増して不機嫌だった。
「首都で大規模なテロが起きたのよ。」
「そうか、せいぜい頑張ってくれ。俺は寝る。」
 セレンはいたって真面目だったが、魔術師はなかなか手ごわいようだった。
 何せ、先ほどから表情を全く変えない。
 一種のポーカーフェイスと言われればそうかもしれないが、その表情と言葉が見事に一致する辺り、彼は筋金入りの怠け者だった。
「永遠に寝てみる・・・?」
 いい加減、セレンも堪忍袋の尾がプツンと切れそうである。
 黒い怒りオーラがジワリジワリと滲み出ている。
「今日のところは遠慮しておこう。暑くて眠れたもんじゃない。行くぞ。ニューイ。」
「なぁ〜。」
 主人の変わりに布団の中で寝ていた黒猫が出てきた。
 ヒョイ、と彼の頭の上に乗っかると、だらしなくそこにのしかかり、また目を閉じた。そのやる気のなさそうな様子は、やはり主人とそっくりだった。
 暑くなかったら永遠に寝てたいのかという問いを、喉元でグッと押さえつけて、セレンは現状報告をした。


 AM 7:34 首都中央噴水広場付近より、魔物発生
 AM 7:46 駆けつけたプロンテラ騎士隊により、鎮圧
 AM 7:47 首都南門付近より、魔物発生
 AM 7:56 セージギルドの研究者が原因・勢力分析を開始。古木の枝と思われる木片が見つかる。
 AM 8:00 深遠の騎士、キメラなど、高等魔族の存在を確認
 AM 8:17 国王トリスタン3世が王都全域とその周辺に対し、避難勧告を発令
 AM 8:35 現在。いまだ鎮圧せず


「ふん。情けない。もう発生から1時間も経ってるじゃないか。」
 戦況はあまり芳しくないとのこと。なんとか王都騎士隊、聖騎士隊が持ちこたえ、城への侵入は防いでいるらしい。
「・・・で。」
 セレンは、ペコペコの首に腕を絡めながらも、不機嫌そうな顔だった。
「どうしてあんたが私の後ろに乗ってるのよ!」
 薄いオレンジ色の羽をした巨鳥、ペコペコにまたがるのは、ナイトやクルセイダーの専売特許だった。
 が、最近では親しい間柄では二人乗りをすることも多くなってきているらしい。
 セレン達は、今まさにその状態にあった。
「俺だけノンビリと歩いていくわけにも行くまい。」
 そう言いながら、魔術師は何かの本を読んでいた。
 勿論、振り落とされないようにセレンの腰に片腕を回して。
 心なしか、セレンの頬が少し赤い気がした。
16白髭sage :2005/08/12(金) 20:13:00 ID:OegY7t8U
「さっきから、何読んでるの?」
 何故かゲフェンの街に入らずにそのままミョルニール山脈沿いの道へと入った辺り。
 魔術師は、熱心に・・・とまでは行かなくとも、ある程度真剣に本を読んでいた。
「ドラボンゴーレ。ライト=バードマウンテン作の名作漫画だ。」
「ま、漫画!?しかも古いし!」
 大魔導師が読みふけるのだから、いったいどんな魔法書なのだろうと思っていたら、彼が読んでいるのは漫画だった。
 20年も前に始まり、およそ10年強の間、老若男女問わず、人々の心を魅了してきた漫画である。
「古いなどと言うな。未来の世界のスモーキー型ロボットが爆裂波動の状態で指弾を連発しながらボンゴレを食べ歩くというこの斬新極まりないストーリーを一度読んでみろ。抱腹絶倒 隔靴掻痒(かっかそうよう)だぞ。」
 斬新過ぎてわけがわからなかった。
「・・・もどかしい漫画なの?」
 ※隔靴掻痒 → 靴を隔てて痒い所をかくように、思うようにならなくて非常にもどかしいという意味
「買うのがもったいないというのなら貸してやる。ドラムタンクと癌ガムシリーズもあるぞ。」
 そう言って、どこに隠し持っていたのかわからない漫画を2冊ほど取り出して見せる。
 どうやら、彼は古い漫画が好きらしいということがわかった。
「遠慮しとく。私はまだ普通の人間でいたい。」
 セレンは、何度目になるかわからない溜息を吐いた。


 プロンテラ地下水道入り口付近
 そこには、本来なら首都中央で商売をしているはずであろう商人達がひしめいていた。
 普段、そんなに出番のなかったビニットが忙しく頭を下げている。
「ねぇ。」
 セレンは、顔を赤らめながら小声で声をかけてきた。
「どうした。用を足すのなら5分だけ待ってやるが。」

ブン!

 狭いペコペコの上でも、またしても拳をかわされてしまった。
 器用に背中を反らせている。
「はぁ・・・。」
 結局、呆れて物が言えなくなるパターンを繰り返すだけだった。
「その・・・そろそろ目的地だから、降りてくれない?」
 流石に用件だけは伝えたかったらしい。セレンは恥ずかしそうに、下を向きながら小声で言った。
「もうそんな場所か。 せっかくいい所だったのに。」
 魔術師は、割と残念そうにつぶやくと、面倒臭そうにペコから降りた。
 草原に降り立ち、首都の城壁を眺める。
 いつもと変わらぬ姿で、その高い城壁はそびえ立っていたが、その内側の、活気に満ちた空気は存在しなかった。
 風が運んでくるのは、ドス黒い、邪悪な気配と血の匂いだけだった。
「い、いい所・・・?」
 イマイチ、彼の言葉の意図が理解できなかったのだろう。セレンはオウム返しにたずねた。
「ああ。せっかくいい雰囲気だったのに、残念でならないな。続きは後でもいいんだが。」
 普段の顔とあまり変わらないかもしれないが、彼は心底残念そうに溜息をついた。
「お前さんも若いんだな。」
 そこに突然、ヌッと顔を出したのは、中年の鍛冶屋(ブラックスミス)だった。
 緑がかった青い髪に、煤けた頭巾を巻いた男だった。
「プタハか。久しいな。」
「おう。まあ、俺はコイツを仕入れに来ただけだからな。後は若いモン同士で頑張りな。」
 魔術師とプタハは知り合いらしかった。
 プタハは、見るからに危なそうな赤い液体の入った瓶を見せると、よくわからないことを言ってさっさと去ってしまった。
(え!?何この展開!?どういうこと!?)
 先ほどまでの二人乗りから、やや頭に血が上っていたセレンは、混乱し始めた。
「い、いい雰囲気とか、続きは後でもいいとかって、何の話・・・?」
 思い切って、聞いてみる。声が裏返っている、ということは、彼女自身も理解していた。
「ああ、それか。せっかく、晩年やられキャラのナムチャが活躍しそうだったのにという話だ。」
「・・・へ?」
 漫画の話だったらしい。
17白髭sage :2005/08/12(金) 20:13:21 ID:OegY7t8U
 そんな、のほほんとした雰囲気も城壁近くの木の陰に来たところですぐに張り詰めた。
 プロンテラ西門の入り口には、これでもかというほどの、おびただしい数の魔物がひしめいていた。
「ごついミノタウロスが親玉か。それ以外はなんとかなりそうだけど・・・。」
 セレンは、真剣に状況を分析していた。
 見える限りで言えば、赤いミノタウロスとその取り巻き、それからエルダーウィローなどの下級モンスターがうろついているだけで、中央の赤ミノタウロスを除けば、楽に鎮圧できそうだった。
 しかし、その赤いミノタウロスというのが曲者で、その手に持った大槌で殴られれば、よほど鍛えた者でなければ一瞬にして潰れたトマトと化してしまう。
「何をウダウダ迷っている。さっさと突撃しろ。」
 セレンとは逆に、魔術師は単純だった。
「あ、あんたね!私だって、きちんと戦略考えてるんだから、いい加減な判断しないで!」
「ヘタの考え休むに似たり。」
 魔術師は、小指で耳の穴をほじりながら、間髪入れずに突っ込んだ。
「な・・・っ!?」
 怒りを隠せないセレンをよそに、魔術師は落ち着き払って言った。
「俺が後方支援してやるんだ。あの程度、秒殺できる。それに・・・。」
 そう言って、魔術師は人込みのほうを見た。
「今この瞬間も、誰かがどこかで死んでいく。」
 彼は、先ほどとはまるで別人のような顔だった。
 無表情だったその顔が、自然に、変化に気付かないような変化ではあったけれど、寂しい表情になっていた。
「・・・わかったわよ。」
 うつむいて溜息をつくと、セレンは門に向かってペコペコを走らせた。
 ある程度距離が離れたところで、魔術師も駆け出した。
 門番のミノタウロス達がセレンに気づき、槌を振り上げて襲い掛かってくる。
 それほど動きが素早いわけでもないので、ペコペコを操りながらかわし、隙をついてはサーベルで斬りつける。
 聖騎士隊の副隊長を務めるだけあって、彼女の動きは非常に洗練されていた。
 重たい鎧を着けている、などということを全く感じさせないほど優雅で繊細な動作だった。
 取り巻きのミノタウロスが苦戦していることを知ると、赤いミノタウロスが動き出した。
 取り巻きよりも一回りほど体が大きく、しかもその巨体に似合わぬ速度で猛攻撃を仕掛けてくる。
「くっ・・・」
 流石のセレンも、避けたり受け流したりで、防戦一方となってしまった。
 このままでは、あの巨大ハンマーで薄焼き煎餅にされてしまうのも時間の問題だと思った、その瞬間だった。
「あっ!?」
 親玉に気を取られていたセレンは、周囲のミノタウロスが魔法の詠唱を開始していたことに気がつかなかった。
 気付いたときにはもう遅く、彼女の周辺の大地が激しく揺れて、その衝撃で彼女はペコペコから振り落とされてしまった。
「くはっ」
 地面に強く叩きつけられ、ショックで呼吸器が一瞬おかしくなったような感覚に陥る。
 その思考が停止した瞬間の隙に、親玉が大槌を振り下ろしてきた。
「オートガード!」
ガンッ!!
「っくぅ・・・!!」
 なんとか、シールドでハンマーを受け止めるが、その力は並のものではなかった。
 左腕全体が痺れ、痙攣を起こす。
 もう、左手に盾を持つ力は残されていなかった。腕がダラリと、力なく垂れ下がる。
 受身を取っていたので致命的な衝撃は免れたが、それでも危機的状況であることに変わりはなかった。
 盾を見捨てて、なんとか次の追撃を避ける。
 普段から慣れているとは言え、鎧は重たい。
 直撃を受けるのも時間の問題だった。


―――我振るうは虚空より出でし白銀の刃・・・


 後方から、明瞭な声が聞こえてくる。
 それは、荘厳で重々しく、それでいて宇宙の神秘を感じさせる不思議な声だった。
 静かに、それでいて高らかに響いたその詠唱は、次の瞬間、その力を解き放った。
「斬り刻め!ストームガスト!!」
 ミノタウロスの大群のど真ん中から、猛烈な吹雪が起こった。
 時にそれは、鋭い氷の刃を成して敵に斬りかかり、時に分厚い盾となってセレンの身を守った。
 その大魔法、ストームガストの発動から僅か十数秒。ミノタウロス達は、凍えて息絶えてしまうか、もしくは氷漬けのオブジェと化していた。
「ふん。低級が。」
 大魔法の使い手は、更なる魔法の詠唱へと移った。
 彼の黒く長い髪は、全身から迸る魔力の波動によって荒々しく舞い、その漆黒の瞳には湧き上がる闘志が感じられた。
 普段の、全てにおいてやる気のない彼からは、全く想像も出来ない、神々しい姿だった。


―――我招くは天を斬り裂く朱色(あけいろ)の雷撃・・・


「焼き払え!ロードオブヴァーミリオン!!」
 激しい轟音が鳴り響いた。そして、その魔法の名の通り、バーミリオンの閃光が凍て付いた邪悪な存在を焼き尽くす。
 眩しい光の合間から、時折魔物達の悶え苦しむ姿が見えるが、悲鳴はその轟音にかき消されてしまっていた。
 そんな、魔物にとっての地獄絵図のような世界を前に、魔術師はただ悠然と立っていた。
 表情一つ変えずに、自らが呼び出したその神秘の力を見つめていた。


 十数秒続いたその巨大な魔法が終わると、先ほどまでいた魔物達は跡形も残っていなかった。

 セレンは、ただその圧倒的光景に見とれているだけだった。
 勿論、大魔法を見たのは初めてではなかったが、彼の場合は魔力が段違いだった。
「宮廷魔導師長は伊達じゃない、か。」
 自然と、そんな言葉が漏れていた。
「ほれ、いつまでもお座りしてるな。闘いはこれからだぞ。」
 そう言って振り返った彼の姿は、いつも以上に輝いて見えた。

続く・・・?
18白髭sage :2005/08/12(金) 20:15:26 ID:OegY7t8U
ぎゃー!省略ごめんなさい。

作者の脳味噌に、言い訳属性が付与されました。

ごめんなさい。眠かったんです。
当方、最近不眠症でして、中盤とか(特に、プタハおじさん出てくる辺り)がやたら眠かったんです。
描写が穴だらけというか、俺ワールド全快で申し訳ないのですが、徐々に読める作品にしていけたらなと思います。

最初は一人称にしようと思ったんだ。でも、何故か神様視点で始めちまって、気がついたらここまでたどり着いてたんだ。
()とか、後から読むと割と不本意な部分が多いけど、この物臭主人公の視点で書いちゃうと全体が崩壊しそうで怖いし、後半の戦闘の部分がやや冷めそうだったので。
セレン視点でも良かったかもしれないけど、もう面倒なので投下。ぽい。

漫画のネタは、お察しください。大量印刷技術とか、そういうところには突っ込まないでくれると、ちょっと幸せな気分のまま眠れるかもしれません。

詠唱の初めの文字で、何を意識しているかわかっちゃう人って、結構多いんだろうなぁ。光の○刃! ・・・失礼しました。

かなりイタめの次回(嘘)予告

続くかどうかもわからないけど次回の予告さ!
西門から突入した魔術師とセレン(とペコと猫)。首都中央噴水広場は大変なことになっていた!?
プタハおじさん、あんた製造なのに殴れんの!? え!?しかもそれ、狂気POT!?血斧まで!?

次回 プロンテラ攻防戦 No.2
「首都内戦争 プロンテラを解放せよ」
「プタハおじさん キメラとタイマン」
の二本立てでお送りいたします!

・・・イタくてごめん。_| ̄|○ノシ
19名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/12(金) 21:45:33 ID:YBBCUf4.
>>10
言いたいことが素直に書いてあって好感が持てる感じ。
いつまでも師匠とお揃いになれないハンタ子南無。
くどくなく、適度に想像しながらサクサク読み進められる話だと思った。
(この場合、読みやすい=サラっと読み終わっちゃうでもあるんだけど)
情景描写、説明がもうちょい増えるといいかなと思う…「あの笑顔」ってどれよ、みたいな。

>>14
話自体は普通に面白いのに>>13のだらだらある設定&説明文で読む気が萎えた。
(ので、飛ばして読んだわけなんだけど)>>13を読まなくても理解できたよ。
小ネタへの愛がかなり感じられた。たれ猫がナマモノだった衝撃の事実とか。笑ってしもた。
マンガネタも面白かったから、別にそこまで及び腰になるもんでもないかと。
引っかかったのは主人公が転生二次である必要があるのか、というか
作中の描写ではWIZでも問題なさそうだったんで。
まだ鎮圧戦は序盤のようだからこれからのハイウィズとしての活躍に期待。

あとひとつ言えるのは言い訳は男らしくないぞ。びびらず投下しなさいよ。


ああ…なんか偉そうな感想でごめんorz
20丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:41:06 ID:eNFH.EsM
閾値の低い文章ばっかり書いてるので、これを書くんだー、っていう
意気込みの詰まった>>8氏や>>14氏みたいな文章を見ると羨ましく思えます。

>>8
転職したときの喜びがダイレクトに伝わってきました。
単語の意味に頼らず感情を伝えるのって凄いと思います。

>>14
やはりクールな魔導師は素晴らしいな、と自分の認識を更新しました。
魔法の描写などを緻密にする力はあるんだから、それを言い訳や設定
の箇条書きに使っていては勿体ないと思うのですよ。


感想だけでは何なので中編投下。省略ご容赦。
21丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:48:16 ID:eNFH.EsM
--右手に過去 左手に未来--

うららかな春の日差しがはしゃぎ回る子供達を照らしていた。
彼らの目には世界はいつも新しく、そして希望に満ちて見える。
三人の子供達はボールをお互いに投げあっているようだった。

どういった思いつきかボールを持って走り出した一人の子供が石に足を取られて転んだ。
その手を離れたボールは転々と転がりだし、子供は赤くすりむいた膝を押さえて
必死に涙をこらえていた。
 ボールが転がった先には、一人の老人がいた。老人は左手に持っていた杖を落とすと、
ボールを手に取った。

「ルークや、独り占めをしようとしてはいかんぞ」

ボールを拾い上げた老人がゆっくりと子供に近寄った。
その足取りはおぼつかなかったが老人は杖を持たなかった。
老人には右手がなかった。ゆったりとした黒い衣には赤糸黄糸で刺繍がなされていたが、
右の袖はただだらんと空虚に垂れているだけ。袖に通っているのは左の骨張った手一本だった。

「ポール、ジョン、お前達も友達が怪我をしたのだから助けなさい」

その言葉を受け、遠巻きに気まずそうに見守っていた子供達も少し転んだ子に近寄った。
老人はしゃがみ込み、ボールを地面に置くと左手を子供の膝にかざした。
淡い緑色の光が彼の膝を包み込み、その光が薄れた頃には膝に傷はなく、砂がついている
だけになった。
 子供は涙を浮かべた瞳で老人の顔を見上げた。老人の髪は既に白く、頭頂部の禿もそろそろ帽子
がカバーしきれない程度に広がっている。しかし、長く伸びた真っ白の眉の下には子供達と変わらぬ
好奇心旺盛な目があった。

「ほら、もう一度仲良く遊んできなさい」

そういって老人は目を細めた。皺だらけの顔も相まっていかにも好々爺といった感じだ。
子供が涙をぬぐうのを見ると、膝に当てていた手を伸ばし子供の頭をなでた。
老人はよっこらせ、とかけ声を上げて立ち上がると腰のあたりをさすりながら元いた場所へと向かった。
そして、杖を拾い上げると、白髪の間を抜けていくそよ風の感触に身を任せた。

「おじいさま、それにみんなー、ご飯の時間ですよー」

小鳥のさえずるような声、というと陳腐に過ぎるだろうか。凛と澄んだ高音が老人の背にかかった。
老人は深く息をついたまま動こうとはしなかった。

「おじいさま!ご・は・ん!!…もう、耳が遠いんだから…」

「大声をださぬともよいよ、ローザ。年寄りは動こうと思うてもすぐには動けんでな」

そう継げるとゆっくりときびすを返し、老人は石造りの建物の方へ歩み出した。
22丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:49:01 ID:eNFH.EsM
プロンテラ第二孤児院、というのがその建物の書類上の名前であった。実際は、首都郊外の古い修道院
で身よりのない子供達と一人の老人が暮らしているだけにすぎない。その予算は教会から出ているとはいえ、
半分は寄付でまかなわれ、それでさえ裕福とは言えなかった。

オートミールとミルク、それに野菜を前にして孤児院のメンバーは全員椅子に座った。

「さ、みんな手は洗いましたか?じゃあお祈りを始めますよ」

一番年長格の子供が皆に指示を出した。年の頃は12かそこそこだろうか、子供達の中でただ一人、彼女
だけはアコライトのような服を着ていた。木綿で出来た簡素な服だったが、やはり教会が支給する物だけ
あって他の子供達の服よりは仕立てがよい。それなりに身だしなみにも気を遣っているのか、長い飴色の
髪は丁寧に梳られ、茶色のリボンで後ろにまとめられている。

「ローザや、それはよいがの、皆手は洗ったかの?」

長机の短辺、聖画を背にする位置に座った老人が髭の下に隠された口を開いた。
その様子を見てアコライトの少女があきれ気味に口をとがらせた。

「おじいさま、さっきそれは言いました!」

「そうじゃったかの」

そういう老人を無視して少女は祈りの文句を紡ぐ。その後を追うようにして幾重にも重なった子供達の
声が続く。食事を前にして浮き足立っているのだろうか、少し先行気味に唱えている声もある。

「では、いただきまーす!」

皆が一斉にスプーンを手に取り食事を口へとかき込む。老人は、いただきますだけでいいんじゃがな、と
つぶやくと左手にスプーンを持ち、もさもさと食事を始めた。

--

少女は椅子に座って黙々と聖書を読んでいた。外では子供達のはしゃぐ声が聞こえる。窓とは名ばかりの
ガラスのはまっていない石の隙間から日光が差し込み、部屋の中は適度に温かい。
少しまどろみそうになったところで少女は首を振り聖書に意識を集中した。

ドンドン、と板きれを張り合わせたみたいな扉が鳴った。少女は席を立ち扉へと向かった。
扉を開け、少女は差し込んできた影の長大さに驚いた。そこに立っていたのは戸口をくぐるのが難しいと
思われる偉丈夫だった。その顔には年齢と厳正さが刻み込まれ、身にまとわれた白銀の鎧は日の光を反射し
室内を照らした。逆光になって見えなかったがその後ろにはフードを目深に被った魔術師と一分の隙もなく
法衣を着こなした聖職者の姿があった。
23丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:49:36 ID:eNFH.EsM
「失礼、師父は、ファン神父はいらっしゃるかな?」

朗々とした声で問いかけられ、少女は一瞬その名前が意味するところを失念していた。
そしてその名前を持つ人物が片腕の老神父であることを思い出して返事を口にしたが
言葉を選ぶには少し時間が足りなかった。

「おじいさ…いえファン神父はお昼寝…お、おやすみになっておられます」

少女はちょっと振り返り老人が眠る寝室の方へと目線をやった。ご用ならば起こしてきます、と
言いたげなその動作に鎧の聖騎士は微笑むと具足で固められた手を振った。

「いやいや、いいのだ。お休みのところ失礼した。師父には悪ガキピーターとその仲間達が
訪ねてきたとお伝えくだされ」

聖騎士の言葉には威厳と言うよりも懐かしさのような物が多分にこもっていた。
聖騎士は振り返ると二、三事言葉を交わした。その中には残念、という意味の言葉が含まれていた。

「あ、あの、ピーター様、他にお伝えすることは…」

名残惜しさと懐かしさの混ざった彼らの顔色を悟って少女は言葉を継いだ。
しかし、聖騎士とその一行は丁重に辞去の礼を尽くすとそのまま去っていってしまった。

少女は白昼夢でも見たようにその場にしばらく立ちつくしていたが、席に戻ると再び聖書に目を移した。
しかし、どうにも集中できず視線は泳ぐし、冬ならば冷たいすきま風もこの春には心地よいそよ風である。

程なくして、椅子の上からすぅすぅという小さな寝息が聞こえてきた。

--
24丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:49:58 ID:eNFH.EsM
夢を見ていた。遠い遠い過去の夢を。しかしそれは今に非常に近かったかもしれない。

青年は小山のような何かに相対していた。何かは巨大な蹄を踏みしめ、何とも嫌な低音で笑った。
ひとしきり笑うとそいつはなぜか青年をたたえる言葉を吐いた。そして鎌が振るわれた。
青年は風のような物が肩を通り過ぎていくのを感じた。

そして引き延ばされた時間の中、

力無くのばされた青年の腕は、

肩口のところで切断され、

空中で放埒な軌道を描き、

断面から髄液と血とを振りまきながら、

ぼとり、と地面に落ち、

その骨の白さが鮮やかだった。
25丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:50:34 ID:eNFH.EsM
--

びっしょりと背中に汗をかき、老人は粗末なベッドの上に身を起こした。左手で水差しを引き寄せ
乱暴にその吸い口から水を涸れた喉に流し込んだ。喉を鳴らそうにも引きつって正常に受け付けない。
老人は咽せた。口の中にあった水が木綿のシーツを濡らし、白いあごひげに水滴を作った。
ひゅーひゅーと肺が空気を求め、喉が痙攣して異物を吐き出そうとした。

そうやってひとしきり咽せていると、その声に気づいたのか少女が飛び込んできた。

「おじいさま、大丈夫ですか、おじいさま!」

声も出せないまま、老人は左手を前にかざし少女を制した。
それから三分間、少女に背中をさすられ続けようやっと老人は言葉を紡ぐことが出来た。

「ただちょっと水を飲もうと思うてな。歳は取りたくないものじゃな…水すら自由に飲めのうなる」

「なら、いいんですけど…。おじいさまももう歳なんですし気をつけてください!」

そういって少女はベッドの横にあった椅子を立って扉へ向かった。そのほんの僅かな距離の間
何度も何度も老人を振り返った。そして扉に手を掛けてもう一回振り返り思い出したように
口を開いた。

「そういえば、先ほどピーター様という方がいらっしゃって…おじいさまはお休みですと
伝えたところお帰りになられました。それで、ええっと…悪ガキピーターとその仲間達が
挨拶に来た、と。」

「ほう、そうじゃったかの。応対ご苦労じゃった。はてさて、ピーターとな…誰じゃったかのう…」

答える老人の声に、咽せたのとはまた別の強張りがあったことを知らぬまま、
少女は老人の部屋を後にした。
26丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:51:21 ID:eNFH.EsM
--

その夜は獣の鳴く声が聞こえなかった。それだけなら良いのだが、こう空気が粘り着くような感触を
帯びていてその静けささえ何とも不吉に感じられた。

何となく寝苦しさを感じ寝返りを打った少女はかすかな明かりが寝室の戸口から差し込んでいるのに気づいた。
下で寝ている彼女の「兄弟」たちを起こさぬようにゆっくりと二段ベッドのはしごを下りると、
彼女はぺたぺたとスリッパを鳴らしながら部屋の外に出た。それは用でも足して心を入れ替え、
ぐっすり眠ろうと思ってのことだったが、心のどこかに明かりに対する好奇心があったのも事実だった。

トイレに向かう曲がり角を曲がると、明かりが漏れている部屋がわかった。そこはこの修道院の礼拝堂
だった。少女は疑問を感じた。なぜこの時間にここに明かりがともっているのだろう。もしかしたら泥棒
とかじゃないだろうか、と。
春の夜独特の寒気を感じて少女は夜着の胸元を押さえた。そして、礼拝堂の入り口からそうっと
顔だけを出し、中の様子をうかがった。

礼拝堂では月明かりに照らされ、天窓の十字架型の桟が石床にその影を落としていた。
そして講壇の上にはカンテラが一つ置かれ、その元で一人の人物がうずくまっていた。
 その背の曲がり方が彼女のよく知る人物の物であることに気づき、少女は安堵した。
そしてぺたぺたと礼拝堂の中に入っていった。

老人は少女が近づいてくるのに気づき、顔を上げた。

「どうしたね、ローザ。こんな遅い時間に」
27丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:51:48 ID:eNFH.EsM
「おじいさま、なんか私眠れなくて」

少女は目をこすり、老人を見つめた。そして、老人が彼女の知らない服を着ていることに気づいた。
真っ白な、いや銀色の長い服。その胸元には金色の十字架が刺繍されていた。
裾はだらりと床まで垂れ、首の周りには長いこれまた銀色の襟巻きが巻かれている。
そして何より…その服はあらかじめ右腕の部分が作られていなかった。
よく見れば老人がついている杖もいつもの古ぼけた木の棒ではなく、青みを帯びた金属で出来、
先に宝玉のはまった棒だった。

「おじいさま…どこかにお出かけになるのですか?そんな立派な服をお召しになって…」

「それは…」

老人は少しためらうように言葉を切った後、左手の人差し指をたてた。骨に皮が張りついて
いるだけのその指を皺だらけの唇に当てると、老人は目にいたずらっぽい光を浮かべて言った。

「それは、ひ・み・つ、じゃ。ふぉふぉふぉ」

「おじいさま…」

老人はゆっくりと少女をかき抱いた。銀色の服に抱かれて、少女は樟脳の臭いに鼻をならした。
老人はしばらくそうやって少女を抱きしめた後、下ろされた彼女の長髪を骨張った指でなでると
体を離し、語りかけた。

「さぁ、ローザよ。よい子はもうとっくに寝ておる時間じゃぞ。早く寝ないと怖い物がきてしまう」

「もぅ、子供じゃないんですから」

ぶりぶりと不機嫌さをあらわにしてからやっぱり眠い目をこすり、ローザは来たときのように
ぺたぺたと足音をさせ礼拝堂を出て行った。
その足音が石の廊下の向こうに消えた後、老人はそっとつぶやいた。

「ピーター、トーマス、サイモン…最後に会ってやれず…済まぬな。
儂が奴を葬っておれば…こんなことには…」

そして、老人は礼拝堂を出て外に向かった。
28丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:52:22 ID:eNFH.EsM
少女は寝室に戻るとスリッパを脱ぎ、そっと着替えの置いてある居室に向かった。
少女はあのまま寝室に戻り、そのまま寝るだなんて気はさらさら無かった。
大人びた振りをしては見るけれどやはり彼女も好奇心旺盛な子供。老人が夜にどこか秘密の場所へ出かける。
それを追うのはなんともわくわくする冒険だった。

彼女の頭の中には神様や何かと同列に妖精がいて、夜の森でダンスを踊っているのだ。
ともすればあの老人は魔法使いと言った風貌がぴったりではなかろうか。
もっとも、そんな解釈を人前で言えば口をふさがれる。どれだけ老いてもあの老人は聖職者。
それが魔法使いだなんてあまりにも不謹慎に過ぎた。

だがしかし、そんな幻想でも少女に老人の後をつけさせるには十分だった。
わくわくと心を躍らせ、少女は鞄にいろいろ詰め込んだ。拾ったハーブ、柔らかい毛、牛乳、バナナ。
アコライトになったときにもらったメイスを握りしめ、中身の詰まった鞄を背負うと、少女は息を殺して
老人の靴音を待った。

こつ、こつ、こつ、と杖が石床を叩く音が聞こえた。少女は音をさせないように廊下にでると、
背を曲げ手を曲げ、まるで猫が二本足で歩くみたいにして老人の跡をつけた。

老人は礼拝堂を出て外に向かった。老人の背が月明かりに照らされ、北の森へ向かっていくのを
見て、少女の心は躍った。
北の森は大人達が近づくのを厳しく咎める禁断の地。そこへこんな夜に行くのだからこれは
凄い冒険だ。恐怖とそれに負けない好奇心を持って、少女は北の森へ向かった。

--

老人は知っていた。最近悪魔討伐の軍勢が組まれたことを。
老人は知っていた。それが如何に絶望的な軍勢であったかを。
老人は知っていた。その指揮官がこの孤児院の出身であったことを。

だから、老人は少女の報告で気づいた。死兵として戦地に赴く彼らが、出撃前に自分のところに
尋ねてきたことを。

そして老人は知っていた。その悪魔が、彼の右腕を奪ったことを。

--
29丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:53:08 ID:eNFH.EsM
夜の森は酸鼻を極めた。あちこちに血や人間の部分が散らばっている。低木は血を浴びて
その重さに枝をかがめ、高木は白い樹肉も露わになぎ倒されていた。
まるでそこに嵐が通り、通り道の人間を全て引き裂いていったようだ。
そして時々現れるクレーターとも言うべき草木のない空間。
この森で生きて動く物は今や老人だけであった。

一人の壮年の魔術師が木にその背をもたせかけて絶命していた。その胸からは折れた木の枝が
突き出し、その折れた面にはどす黒い血が粘っこく溜まっていた。
彼の遺骸の前で老人は立ち止まって瞑目すると、嗄れた肺から言葉を吐き出した。

「サイモン…お前は人一倍賢い子じゃったなぁ」

老人は杖を持ったまま十字を切るとゆっくりと歩くのを再開した。その長い衣が血に汚れる
のも気にせず、老人は何かに引き寄せられるように森を歩んでいった。
その靴に敷かれた小枝が音を立てる。だがそれに反応して動く獣の音はない。
この死臭にもっとも敏感な虫たちでさえ、その出現をためらっているようだった。

老人がしばらく歩くと、一人の聖職者が横たわっていた。その顔には苦悶の表情を貼り付けたまま
体が上下に両断されていた。誰かを助けようと思ったのか、それとも逃げようと思ったのか、
上半身だけではいずった後があった。
老人はその長衣の裾が血と泥で汚れることもいとわず、聖職者の上半身へと近づいた。

「トーマス…お前が聖職者になると決めたときは儂も驚いた」

かがんでその目を閉じさせると、老人は再び十字を切って歩き出した。森の奥へ奥へと。
そうして歩みをすすめるたび、周りの空気が粘度を上げていく。かつてその身に何度も感じた
障気という感触。肌でそれを感じつつ、老人は障気の濃い方へ濃い方へと足を引きずって歩いた。

途中、老人は何度も何度も、かさかさになった唇を噛み締めて血で湿らせた。
30丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:53:47 ID:eNFH.EsM
--

こんなはずじゃなかった。少女は何度もその言葉を口にした。涙が出て、体が震えて、それでも
少女は戻ることが出来なかった。そして少女は恐ろしい事実に気づいた。それに気づきたくないように
首を振っても事実は重みをましてのしかかってくる。
楽しいアドベンチャーは恐怖の彷徨へと変わった。握りしめたメイスは自分の汗でぬるぬると滑っていた。

彼女は、この死体だらけの夜の森の中で、一人迷っていた。

それが、どれだけ恐ろしいことだろうか。それも生半可な死体ではない。そのほとんどが悲惨な
離断遺体だ。先を行く老人も見失い、後に戻る道もわからない。人間のような物が一瞬見えて
道を聞こうと脇を向くと首だけが冗談のように転がってたりする。

耳に聞こえるのは自分のすすり泣く声だけ。喉には灼けつくような感触。鼻には鉄臭くて生臭い血の香り。
靴の裏に柔らかい感触があるたび泣きたくなる。月明かりに照らされた色彩は濃赤。それが葉の緑と
相まって黒く映る。

ただ少女にとって幸せだったのはそこで感覚が麻痺してしまったことだった。怖さと心細さが上限に達し
ある意味鈍感になった少女は夜の森を彷徨った。

「おじいさま…ひっく…おじいさま…」

涙で顔をくしゃくしゃにし、ひりつく喉で繰り返しながら少女は歩いた。そうしていつの間にか
草のない空間で彼女は初めて自分以外の声を聞いた。

「う…うう…」

月にてらされた惨劇の広場には、銀色の鎧が横たわっていた。
しかし、ありとあらゆる隙間から血がしみ出し、それはもはや赤い鎧となっていた。
そして鎧からのぞく顔をみて、少女はひときわ強く手を握った。
その顔は果たして少女の見覚えのある顔、昼間訪ねてきた聖騎士の顔であった。
少女は一段強くすすり上げると、嗚咽に混じって言葉をだした。

「ひっく…ピーター…ううぅ…ピーター様…ひっ…どうして、こんな…」

「うう…その声は…ああ、もはや目が見えぬ」

全ての血が流れ出してしまった体がそんな色になるのだろうか。聖騎士の顔の色は灰色だった。
聖職者として駆け出しの少女にとっても、その聖騎士が助からないことはすぐにわかった。

「なぜ…君が…ここにいる…かは知らないが…戻…た…うがいい…。バ…フォメ…」

残された時間に全てを注ごうと必死に聖騎士は呼吸を継いだ。少女はただ、胸元を握りしめその場
に立ちつくして涙をこぼすことしかできなかった。
31丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:54:16 ID:eNFH.EsM
「道に…ひっぅ…迷ったんです…おじいさまを…ぐずっ…追ってきたのに」

「そうか…さっき師父の声を聞…た…きっと向…うに…行っ…と思う」

がちゃり、と最後の力を振り絞って聖騎士は腕を持ち上げた。少女は鼻水をすすり上げ食い入るような
目つきでその指さす方を見詰めた。具足の隙間から血がぼたぼたと落ち、落ち葉の上に付着した。
聖騎士は見えぬ目を少女に向けた。そして口の角に血の泡を溜めつつ、切れ切れに祈りの文句を継いだ。

「君の…無事を祈っ…いる。…生きて…れ…。君に…神の加護…を…P.o..vi..d..n..ce」

がしゃん、と大きな音を立てて聖騎士の腕が落ちた。そしてもうその腕は動かない。
少女は胸元のリボンを強く握った。そして、少女はこの森に来てから初めて、自分のため以外に
声を上げて泣いた。

--

周りの木がなぎ倒され、即席の広場となった場所に老人はたどり着いた。そしてその中心に
小山のような物があることに気づくと、老人は歩みを止めた。

「まだ…残っていたか人間め」

小山が震えた。そしてそれはゆっくりと体を起こした。毛むくじゃらの脚とその先についた蹄、
頭の上で禍々しく渦を巻く角。そしてどんな硬玉よりも貪欲に紅く光るその目。
バフォメともバフォメットと呼ばれる異教の神がそこにいた。
だがしかし、それに魔王たる物が残されているとすればそれは貫禄だけであった。
あれだけ多くの人間を引きちぎり、鏖殺した大悪魔も、彼らの必死の抵抗で大きな傷を負っていた。
 左腕は引きちぎれ毛皮は焼けただれ、右の腿は炭化してさえいる。胸板には十本を超える武器が突
き刺さり矢の数に至っては数えることが出来ない。自慢の角さえも右側は砕け、左目は白く濁っていた。

悪魔討伐隊が絶望的な軍勢だったとすれば、聖騎士達の活躍は目も見張るものであったことだろう。
ただ、その栄誉を生きて受ける人間はいなかったと言うことだが。

そしてその口から怨嗟の声と唾液を垂れ流し、満身創痍の大悪魔は老人の方を見やった。
悪魔は口を歪めると連続して短い息を吐いた。どうやら笑うつもりだったらしい。

「なるほどな…因果は巡ると言うことか。」

「そのようじゃの」

「ほんの三、四十年前だと言うに…老いたな…命短き人の子よ…」
32丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:54:49 ID:eNFH.EsM
--

その異形は小綺麗な郊外の修道院にはあまりに似つかわしくなかった。禍々しき魔の都ならまだしも、
人間の住む場所でそれが似合う場所などありはしない。毛むくじゃらの足には蹄、むき出しの胸には剛毛、
禍々しい顔には曲がった角。大悪魔バフォメットは、怒りに染まった紅い目で修道院を睥睨していた。
その紅玉髄の瞳に映るのは一塊りになってすすり泣きをこらえる子供達と、それに覆い被さるよう
にしてやはり必死で涙をこらえる女性。そして、敢然と立ちはだかった一人の青年。

「悪魔め、何が目的だ」

刺繍のかかった黒い服を着て、青年は怒気をはらんだ口調で物怖じせず悪魔に問うた。
それに答えようと悪魔が息を吸い、吐くたびに後ろの無防備な人間はその身を固くした。

「我の領地を侵したものを皆殺しにしようというだけ…」

腹の底から恐怖をくすぐるような重低音が響いた。その重低音で皆が凍り付く中、よりいっそうその身を縮めた
子供がいた。名をピーターというその子供が禁じられた北の森へと踏み込んだのが全ての発端だった。
彼にとっては好奇心からの行動だったが、森の主バフォメットにはそうは映らなかったようだ。

「貴様の森に踏み込んだのは何人だ」

「一人」

生きた心地がしない、というのはこういう事なのだろう。ピーターは泣くことも出来ず己の腕
をきつく抱きしめた。抱きしめた空間の空気一粒さえも全て絞り出してしまうように、きつく
きつく抱きしめた。
 青年はふるえる子供達を振り返ることなく、ただ一心に悪魔の目をにらみ続けた。

「ならばなぜ皆殺しにしようとする」

「我の怒りが収まらぬから、では不足か」

威嚇するような悪魔の声は、その語尾に至っては咆吼と同義だった。

答えを出したとき、青年の口の端に笑みが浮かんだように見えた。彼がこの孤児院に現れてから
何度も見せた笑み。生を諦めたような危なっかしいその笑みに、子供達を慰めていた女は強い
不安を抱いた。彼女が密かに思慕していたこの青年が、紙くずを放るように命を捨ててしまうの
ではないかと。
33丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:55:22 ID:eNFH.EsM
「この右手で、怒りを収めてもらいたい」

青年はまっすぐにしかし力を抜いて右手を横に伸ばした。ともすれば無防備なその姿勢に、
大悪魔はすこし息を止めると、天も抜けるかのような重低音の哄笑を上げた。

「わっははははは…人間よ。この我と取引をしようとな!?自惚れるのも大概にするが良い。
汝が如何に高位の聖職者だろうとも命で我の怒りを鎮めることは叶わぬ。しかも、命でさえ
酔狂というに右手とな!」

「だが、俺がこの命を出せば、貴様は俺を殺した後彼女らを殺すかもしれん。だが、右腕ならば
俺はこの取引を最後まで正当な物に出来る。」

青年は左手を懐から抜いた。その五本の指の間には四つの青い宝玉が輝いていた。
その輝きに悪魔は紅い山羊の目を細めた。

「もしも、そうもしもだ。我が汝の右腕を奪い、しかる後にそこにいる連中を殺そうとしたら
どうするというのだ?」

「その時こそ、命を捨てるまでだ。…貴様もこれが何かわかるだろう。貴様は俺を殺すことが
出来るかもしれんが、こっちは必死で抵抗させてもらう。如何に貴様が大悪魔とは言え、
『あれ』は痛いだろう?」

ずん、と大悪魔は巨大な蹄を地面に打ち付けた。そして体をかがめると腹の底から、今度こそ
耳が砕けんばかりの笑い声を上げた。

「ふ、ふあはははははは!!面白い、面白いぞ。人間よ。汝は剛胆だ。それに頭も回る。
そのような逸材によもやこんなところで会えるとはな。よかろうよかろう。怒りも消えたわ。
その取引、受けてやろう」

悪魔の大鎌が目にもとまらぬ早さで一閃された。
34丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:55:48 ID:eNFH.EsM
--

大悪魔はごぅ、と大きく息をつくとゆっくりと喋り始めた。

「だがしかし人間よ…汝は何のために我のまえに立ちはだかる」

「儂の可愛い子供達が貴様に痛い目に遭わされたそうなのでな…。」

老人は左手に持っていた杖を腰に吊るし、空いた左手を懐に入れた。そして懐から手を抜き出すと
その手には青くてごつごつとした鉱石が一つ、握られていた。

その様子を紅い隻眼で見届けると、再び大悪魔は短い息を連続して吐いた。そして右手に抱えた大鎌の柄に
すがると、ゆっくり体を起こした。そして、まるで戦太鼓の響きがそうであるように右足、左足、と
蹄を交互に地面に打ち付けた。

「笑止!!人間ごときがいくら手負いとはいえこの我を殺せると思うてか!!」

「それは、試してみねばわからぬぞ」

ふぅ、と風が揺らいだ。老人の眼光はもはや好々爺のものではない。月明かりを吸収し
た目が長い眉の下で炯々と青く光っている。その眼光に射抜かれ、大悪魔は嬉しそうに口の端を歪めた。

「不浄なるもの入るあたわず…Sanctuary!!」

しわがれ声の一喝と共に放たれた宝石が、嚆矢となった。どこにそんな体力が残っているのか、大悪魔は
真後ろに飛び跳ねた。先ほどまで大悪魔がいた空間に緑色の柱が上がる。飛び退いた際に最後まで残っていた
右の蹄がその光に触れ、ちりちりと煙を上げた。そこは大悪魔もさるもの、瞬時に大鎌を振るい、
老人を両断する軌跡で刃が迫る。とっさに後ずさった老人だったが刃はその胸の深くえぐった。

「むぅっ…」

しかし、緑色の光に触れた瞬間、嘘のように老人の傷はふさがっていく。ぱっくりと口を開けた
傷口が、まるでファスナーでも閉じるかのようにに接合されていった。
そして挙げ句の果てには服までも繊維を絡め合い、その傷を消し去った。

「聖衣か…これはまた上等な死に装束よの…」

振り切ったはずの大鎌はいつの間にやら一回転しその刃先を月光に煌めかせた。
今度は斜め上から大鎌が迫る。後ずさりや横飛びで回避できるレンジの攻撃ではない。

「十二聖人の加護を…Safety-Wall!!」

瞬時に展開された薄紫色の薄片がひとつ、老人の頭上で砕け散った。残る十一枚の薄片が
老人の周囲を飛び交い、飛んでくる大鎌の一撃ごとに砕け散っていく。そうして後ろに移動しながら
老人は聖域と守護防壁を連続して展開した。老人に攻撃を加えようとするならば聖域に身を焼かれる
ことになる。バフォメットは身を離し、老人を見据えた。
35丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:56:30 ID:eNFH.EsM
「緋の王に命ず…確たる滅びを与えよ…」

直後、老人の足下に巨大な円形の魔法陣が展開された。森のあちこちに不毛の地を作り出した最強魔法。
その土地に草木が芽吹くことは永遠にないのかもしれない。それほどまでの強大な破壊力、
「核の力」がもたらす圧倒的な破壊の前にはいかなる防御手段も無効と化す。その呪いの名は…

「Lord-of-Vermilion!!」

「Teleport!!」

間一髪、空に消えた老人の前に閃光と共に高エネルギーの壁が盛り上がった。
瞬時にして草が土が潜んでいた虫が分解され、熱の奔流の中に消えていく。

陽炎を挟んで二人が再び相対したとき、先ほどまでの広場の中心にはクレーターが広がっていた。
その中心は未だ焦れた熱を持って赤く、冷え始めた辺縁部はきらきらと輝いていた。
岩石の主成分たる珪素がすさまじい高温で溶かされ、ガラス化されたのだ。

「興ざめよ。あのとき一瞬とは言え我を怯えさせた男がこの程度とは…。」

全身の傷や火傷も気にせず、大悪魔は勝ち誇った。対する老人は杖をつき、それに縋るようにして
立っていた。

「やはり…歳は取りたくないのう…。全力は一分も持たぬか…。」

展開された聖域と守護防壁の中、老人はがくりと膝をついた。細りきった喉からは息だけが
空しく出し入れされ、必要な酸素は入ってこない。全身を冷や汗が伝い、立っているのもままならぬ
めまいが老人を襲った。
 その様子を見て、大悪魔は息をつき言葉を発した。

「違うな。歳などではない。汝の目的が復讐などという物である限り、我を倒すことは叶わぬ。
あのとき我を怯えさせたのは汝の気迫。何者かを守るという必死の気迫よ。」

そういって大悪魔が鎌を大きく振りかぶったとき、広場に高い声が響いた。

「おじいさまっ!!」

瞬時に老人の姿がかき消え、次に現れたときには老人は少女をその胸にかばっていた。
少女は老人のただならぬ様子、そして向こうに控える悪魔を見て、ひしとその胸にしがみついた。

老人は左手一本で器用に三つの宝石をつかむと、地面へと投げつけた。
投げつけた場所から瞬時に展開される聖域と二つの守護防壁。老人と少女にはその緑色の光越しに悪魔が
にやりと笑うのが見えた。

「おじいさま!おじいさま!」

防壁の中で少女はただただ、老人の衣に顔をこすりつけて涙をぬぐった。こんな地獄の底にたった一人で来て、
たった一人で彷徨って、どれだけ怖い思いをしてきただろうか。老人はそれを知っていたからこそ、
少女に声を掛けることをせず、するがままにさせていた。少女が泣きやむと老人は出かける前にそうしたように
ゆっくりと少女の髪をなでた。
36丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:57:06 ID:eNFH.EsM
「ローザよ。すまなんだ、本当にすまなんだ…。きっぱり『来るな』と言うべきじゃったな、
怖い思いをさせてしもうた。なぁんにも悪うないお前に…すまん、すまんなぁ…。
もう大丈夫じゃ。怖いこと無い。儂がここにおる。」

「えぐっ、ひくっ、おじいさま…」

そして少女を見守っていた温かい視線は防壁の向こうへ向けられたとき、修羅のそれとなった。
同時に、一陣の風が巻き起こり、老人の長衣をはためかせた。
薄青い光が老人を包み込み、光のかけらが吹雪のように舞った。
クレーターの向こうでは悪魔が紅い山羊の目をまぶしさに細めた。

「而して、悪魔よ。守る気迫…とな?」

老人の一言に悪魔は全身を振るわせ、鼻息を吹いた。

「…恐ろしい目よ。殺されるかと思うたわ。」

それからゆっくりと息を継ぎ、悪魔はどっかと腰を据えた。老人は自分の周りの障気がどんどん
と向こう側に吸い寄せられていくのを感じた。少女もただならぬ様子に震えていた。
戦いの空気をその肌に重ねた人間でなくともわかる、ある種の「悪い予感」。
二重鎖に込められた生存の意思が明確な警告を発するほど、その力は強大だった。

老人は身をかがめると、少女を見つめた。

「ローザよ。儂はこの通り右手が使えぬ。だからのう、儂の右手になって欲しいんじゃ。」

赤く泣きはらした目で老人を見つめると少女はしっかりと一回頷いた。
ほほほ、といつものように笑い、老人は左手で印を結んだ。そして家事か何かのやり方を
教えるような優しさと気楽さで、彼女にその形をまねてみろと言った。

「こうして…こうじゃ、ほれ、簡単じゃろ?」

少女は再び頷いた。失敗するな、とかしっかりやれ、とは老人は一言も言わなかった。
その失敗がどんなことにつながるかは老人はもちろん少女も肌で悟っていた。
だからこそ老人は言わなかったのだ。
 老人は立ち上がり、少女の頭をなでた。立ち上がった老人の曲がった背中が、少女には
とても頼もしく見えた。

「因縁にけりをつけるときが来たようじゃの」

老人が言うと同時に、ドンッ、と周りの空気が衝撃に打ち震えた。衝撃の中心でかの異形の大悪魔は
赤い闘気をまとっていた。
悪魔が障気を体内に循環させるパス、それ自体の仕組みは人間の気の流れ…経絡と大した差はない。
なればこそ、その流れを最適化することにより限界を超えた力を行使することが出来る。
濃密な障気の塊となった大悪魔がゆらり、と大鎌を振り上げた。もはやいかなる身体的苦痛
精神的苦痛も彼の枷にはなり得ない。もちろん、いかに神に近い力を持つバフォメットとはいえ
肉体を底まで酷使した場合、生命の危機は免れないだろう。しかしそれを賭してまでやる
価値があると、悪魔もまた信じたのだった。

「行くぞ!!」
37丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:57:46 ID:eNFH.EsM
大音声を上げ、両の蹄が大地を蹴る。空気の壁を作り出し、それを突き破り、視認がほぼ不可能な速度
で鎌を構えた悪魔が迫る。V字型に突き進む衝撃波に大地が揺らいだ。

悪魔の雄叫びと同時に、紫と緑の光の中では老人がゆっくりとその左手を前に掲げ印を結んだ。
老人が頷くと、それに合わせるように少女が右手を重ねて印を結んだ。骨張った左手に重ねられる瑞々しい
小さな右手、組み合わされた印を前に二人は叫んだ。

「…Magnus-Exorcismus!!」

白い閃光が老人の、少女の、悪魔の視界を灼き尽くした。

--

白い閃光に灼かれ、全身から煙を上げ、消し炭のようになりながらも悪魔は鎌を振るった。
その鋭利な切っ先が迫ったとき、老人はとっさに少女を押しのけ「右手」を伸ばしてかばおうとした。

かばう手など持っていないことに老人が気づき、後悔する前に空気を切るように鎌の先端が
老人の体をすり抜けていく。痛みはないが、命をごっそりと刈り取られる感触が老人の体内
を駆け抜けていった。そしてそのまま「右手」があるべき空間を抜け、少女の体へと切っ先
が伸びていくのを老人は引き延ばされた時間の中、ただ見つめることしかできなかった。

その様子を、絶望に表情を変えることさえ出来ない老人の様子を満足げに眺めながら、
悪魔は灰になった。
38丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:58:20 ID:eNFH.EsM
--

「私…生きてる…」

倒れていた少女はゆっくりと体を起こした。極大退魔発動の瞬間、彼女は大悪魔の鎌で切り捨
てられたはずだった。少女はその時、峻厳な極大退魔の閃光の中で温かい別の光を見たような
気がした。

少女は首を振った。ぼやけていた視界がゆっくりと元の形を取り、月光にてらされた世界が
そこに映し出された。自分の心臓の鼓動とピーンという高周波で埋められていた耳も、
ゆっくりと風に揺れる木々の音とを聞き取り始めた。
少女は木々のさざめきに紛れる苦しそうな呼吸を聞き取ると、一瞬の後に思い出したように
振り返った。

「おじいさま!しっかりなさってください!おじいさま!」

抱き起こされた老人は浅い呼吸をしていた。しかし顔は土気色になり、深く刻まれた皺を伝って
生気が流れ出していってしまったようだった。もはや誰の目にも、手遅れは明らかだった。
治癒はおろか復活の魔法でさえ取り戻すことの出来ない命。どれだけ掬い止めようと手を
伸ばしても、指の間からこぼれていってしまう命。それに気づいても少女は、泣きじゃくりながら
覚えたての治癒呪文をかけ続けた。
呪文が発動した後の一瞬、生気が戻ったかのように見えてもすぐに失われてしまう。
それは穴の空いた器で水を汲むのと同じ事だった。ただ、それでも器を水で満たそうと、
少女は呪文を唱え続けた。理性が老人の命を諦めていても感性がそれを許しはしなかった。

やがて、少女の手が力無く垂れた。何度呪文を口にしても生命力が戻らなくなったのだ。
少女は代わりに老人の服をつかみ、揺さぶった。

「やだ…やだ…死んじゃやだ…おじいさま死んじゃいやだ…」

「ローザよ…泣くでない」

老人は震える手を伸ばし少女の髪に触れた。老人のその行為を気にとめることなく、
少女は大粒の涙を零し続けた。老人はこの優しいきかん坊を見てちょっと困った顔をすると、
落ち着いた声で続けた。その声にもはや先ほどの苦しさは残っていなかった。

「大丈夫じゃ、大丈夫。儂はずっとそばにおる。可愛い子供達が一人前になるまで、どうして
離れられようか。そう、いつも離れず見守っておるよ。だから、何も気にすることはない。
何も泣くことはない…。
ローザや。お前は一番笑っているときが可愛いんじゃ。そう、その顔じゃ。」

無理に笑顔を作ろうとした少女を誘導するように、老人が自然に微笑んだ。
そして数回優しく頭をなでた後、少女の髪を梳る手が止まり、地に落ちた。
39丸いぼうしsage :2005/08/13(土) 07:58:48 ID:eNFH.EsM
--

 今日、孤児院に新しい子が入った。青い服を着せられて、門の前に置かれていた。
右腕が不自由だったので棄てられたようだった。貧しいのはわかるけれど、
辛いのはわかるけれど、いつもやりきれない気分になる。
 だけど、そんなやりきれない表情で子供達に接してたら、子供達もきっと救われない。
だから私は笑おうと思う。私は笑顔が一番可愛いんだから。

--end
40丸いぼうし@連投規制ガクブルsage :2005/08/13(土) 08:01:56 ID:eNFH.EsM
全18レス…こんなに長くなるとは思わなかったorz

一応アンカ貼ります >>21-39 です。
41名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/13(土) 19:29:46 ID:XpHoS0F.
9の人はこのまま見守るでOKとして(えー
14の人、19の人も言ってるけど、13が余計。
キャラ設定とかは“本人の頭の中(もしくはメモ)にあればいいこと”で
押し付けがましく、前面に書き出すことじゃない。
自分の頭の中にある13の事柄を、本文中において読者に認識させるのも小説ってヤツだよ。
18も8割余計。
グダグダ言ってないで続き書けや、こちとら楽しみに待ってるんだ(偉そうだな、オイ)

まあ、両名に言える事はgjってことだb
ホント、続き楽しみにしてるんでヨロシクお願いしますm(__)m
42白髭@14の人sage :2005/08/13(土) 20:59:06 ID:AeaGNzlw
>>19さん
あちゃー、確かに、今見ると設定とかって要らないですね。
本当はさり気なく作中で描写できるのが一番いいんですけど、どうも自分は要らないことをしたがることがあるらしいです。
小ネタ愛なんですが、小ネタに愛を注ぎすぎて他が疎かになってしまわないかと、いつもビクビクしてます。

考えてみると、廃WIZとしての活躍は、妄想の世界だから書けるわけで、実際にはSGやってればいいじゃんみたいな仕様にプチ嘆き。

ビビリ君でごめんなさい。他の人の面白い作品読んでると、投下にはちょっとした勇気が必要なんです_| ̄|○

>>20さん
どうも、戦闘シーンとかその辺りの描写はスラスラ進むんですが、他のところがまだまだ甘いみたいですね_| ̄|○
精進します。(`・x・´)

>>21-39 右手に過去 左手に未来
この題名を見ると、某カードゲームの魔法カードを思い出したり・・・しませんか。
台詞があまり多くない分、臨場感のある描写に引き込まれました。
生々しい死の描写って、結構読み入ってしまうものですね。
おじいさん属性には非常に弱いんですが、若い頃のおじいさまも勇敢で素敵。
バフォ様の気難しい性格もGJ

"道"で感動した後だからかどうかわかりませんが、最後の新しい子はまさか・・・!?

じっくり読むと、感動がジワジワ湧き上がって来ました。

>>41さん
その感想を下さったことに感動しました。
自分の頭の中にあればいいというのは、正にその通りなわけでして、今後気をつけます。
まともに公開する機会がなかったもんで、楽しみとか言われると涙で目がかすんで・・・うぐっ。
頑張ります。気合入れて。

そんなわけで、ブルブル震えながら王都攻防戦の続きを
43白髭@14の人sage :2005/08/13(土) 21:10:53 ID:AeaGNzlw
プロンテラ攻防戦 No.2 ―戦太鼓よ響き渡れ

「ホーリークロス!」
「我恃むは熱き紅蓮の精霊。ファイヤーウォール!!」
 西門から突入した二人は、襲い来る魔物達をなぎ払いながら、中央の噴水広場へと向かっていた。
 神聖な力を秘めた斬撃が邪悪な鏡を砕き、灼熱の炎が生前魔導師であっただろう死者を焼き尽くした。
 既に、辺りにはいくつか人の死体が転がっていた。
 死者に生気を吸い尽くされた者、刃物でズタズタに引き裂かれ、血まみれになった者、関節がおかしな方向を向いている者、腹の中身がゴッソリと抜き取られた者
 数こそ多くなかったものの、それは凄惨な光景以外の何者でもなかった。
 広場へ近づくにつれて、血の匂いも段々と濃くなっていった。
 転がっている死体も、徐々にそれが人であった頃とかけ離れたものになっていく。
 次に彼等の目の前に立ちふさがったのは、燃えている何かだった。
 それは、自分が燃えている、という以外は何も感じさせなかったが、よく見ると炎の中に瞳らしきものが見えた。
「ブレイザーね。シールドチャージ!!」
 セレンが、持っていたシールドでその燃えている何かを殴ると、それは勢いよく後方へ飛ばされた。
 思いのほか威力が強かったのか、そのまま噴水に突っ込んで、その何かは消滅した。
 噴水広場は、思わず目を覆いたくなるような地獄絵図だった。
 綺麗な水が湧き出ていたはずの噴水は、既に赤黒く染まり、人の手足や首が沈められていた。
 白かった石造りの道も、まるでその白が不自然な斑点であるかのようだった。
 鼻を突く死臭と、その凄惨な光景に、魔術師は眩暈を覚えた。
「・・・・セレン。」
「何?」
 セレンに背を向けたまま、魔術師はつぶやいた。
「テロとは、これほどの物だったか。」
 やや怒気を孕んだ声だった。
 前回起こった小規模なテロは、一瞬にして沈められてしまった。
 それ以来、長らくテロなど見ていない彼にとって、この状況は衝撃的だった。

―――うぅ・・・。

 誰かの呻き声が聞こえた。
 沢山の死体の中、動いている物があった。
「お兄ちゃん、しっかりしてぇ・・・。」
 血だまりに倒れた、騎士と思われる男に向かって、スカイブルーの髪の毛をした少女が泣きついている。
 彼女はアコライトらしかったが、彼の傷を完全に塞ぐことは出来なかったのだろう。
 彼は、アコライトのヒールで一命を取りとめてはいたものの、それは非常に危険な状態だった。


―――清らかなる癒しの光を 汝のその身に与えん・・・


「ヒール!!」
 セレンが手をかざすと、明るい緑色の光が、彼を包み込んだ。
 彼の傷は塞がったが、やはりダメージが大きかったのだろう。彼は立ち上がれずにいた。
 驚いた様子のアコライトに向かって、セレンは優しく微笑んだ。
 剣を振るう身でありながら、その姿は聖女のようだった。
44白髭@14の人sage :2005/08/13(土) 21:12:07 ID:AeaGNzlw
 その時だった。
 突如、アコライトと男のいる場所が影になった。
 日の光を遮るその巨体は、自然の生き物では決してなかった。
 人間の大人5人分はあろうかという巨大な体。ライオンの頭部。背中から生える5本の蛇の頭。
 どれを取っても、絶対に友好的な存在には見えなかった。
「我剥くは凍て付く虚空の牙!フロストダイバ!!」
 魔術師は素早い詠唱で、地を這う氷の刃を召喚した。
 ペコペコが走るよりも早い速度で、その氷の刃は敵、キメラの大腕に絡みついた。
 徐々に、その体を氷漬けにしていく。
 が、腕を完全に凍らせる前に、その氷は砕けてしまった。
(ちっ、下等魔法では凍らんか。)
「我見える(まみえる)は足掴む亡者の腕!クァグマイヤ!!」
 比較的詠唱の短い魔法で、敵の足止めを図る。
 不思議な空間が、敵の動きを鈍らせるが、それでも危機的状況は変わらなかった。
 キメラは、その豪腕を振り上げようとしていた。
 元々動きの素早い魔物ではないが、高等魔族と言われるだけあって、その破壊力はすさまじいものである。
 恐怖に震えたアコライトと、蓄積したダメージの大きいナイトは、動くことが出来なかった。
「我剥くは凍て付く虚・・・グッ!」
 時間稼ぎに過ぎないと知りつつ、もう一度フロストダイバを唱えようとしたが、その詠唱は中断されてしまった。
 魔術師の体が、横へ突き飛ばされる。
「オートガード!!シールドチャージ!!」
 何が起こったのか、初めは理解できなかった。
 さっきまで自分のいた位置を見ると、そこにいたのはセレンだった。
(つまり、俺はヤツに突き飛ばされたと。)
 彼女は、巨鳥の爪を盾で受け止め、そのまま後方へと吹き飛ばしていた。
 いつの間にか、魔術師の背後にグリフォンが迫っていたことに、彼は気がつかなかったのだ。
 こうなってしまうと、もはやキメラから二人を守ることは難しくなってしまった。もはや、フロストダイバの詠唱も間に合わない。
 振り上げた豪腕が、二人を捕らえようとしたその時

「その首もらったあああああああ!!」

 叫び声が聞こえたかと思うと、キメラに向かって、何かがものすごい速さで落下してきた。
 キメラは声に反応して後ろに飛びのこうとしたが、クァグマイヤの効果によって動きが制限され、落下してきた何かはその振り上げた腕の付け根を直撃していた。

ギャアアアアアアアアアアアア

 異形の者の悲鳴が辺りに響いた。
 キメラの左腕が、明後日の方向へ豪快に吹き飛んだ。
 グシャリと、地面に叩きつけられる音がする。
 その場にいた者で、何が起こったのか理解できた者はいなかった。
 落下してきたのは、どうやら人らしい。
 キメラの腕を斬り飛ばした大きな斧を肩に担ぎなおし、その男は顔だけ振り返った。
「危ねぇから下がってな。」
 緑がかった青の髪に巻かれていたのは、先ほどの頭巾ではなく熱血ハチマキ。
 やや煤けた白いシャツと、破れかけたGパンが特徴的なブラックスミス。
「おーデカブツよ。耳クソかっぽじってよーく聞け。このプタハおじさんが現れたからには、てめぇの好きにはさせねぇ。覚悟しな!」
 そういって、親指を下に向けてキメラを挑発したのは、先ほど下水前で現れたプタハだった。
 キメラのほうはというと、そんな挑発には耳も傾けずに、ただ失った腕の痛みに悶えていた。
 一方、態勢を整えたグリフォンは、自分を吹き飛ばしたセレンに向かって突撃してきた。
 鋭い爪を振り下ろして攻撃してくるが、セレンは慣れた手つきでその攻撃を受け流し、反撃を加えていった。
 グリフォンの体には傷がついていくが、一向に倒れる気配はない。
「はぁ!」
 セレンが、剣に体重を乗せて一際強い一撃を放つ。
 バッシュと呼ばれるこの剣技は、剣士ならば誰もが初めに覚える技である。


―――我呼び起こすは大地に眠りし精霊・・・


「貫け!アーススパイク!!」
 グリフォンがバッシュでよろめいた隙を狙って、魔術師は大地の魔法を唱えた。
 轟音と共に、地面から巨大な柱が飛び出し、グリフォンの腹をえぐり、貫く。
 断末魔を上げ、グリフォンはその場に力なく倒れ伏した。
「プタハ。助かった。例を言う。」
「良いってことよ。俺もちょうど暴れたかったところだしな。」
 そう言って、ニッと笑うプタハは、年齢の割に若々しく見えた。
「そうか、ならいい。ここは任せた。」
 そうとだけ言うと、魔術師は北に向かって足早に歩き出した。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ!・・・もう。」
 あまりの決断の早さに、セレンは感心を通り越して呆れていた。
「ククッ、嬢ちゃんも苦労してんな。」
「笑い事じゃありません!」
 何故だか嬉しそうに笑うプタハに突っ込みを入れて、セレンもペコペコを走らせた。
45白髭@14の人sage :2005/08/13(土) 21:12:41 ID:AeaGNzlw
「ほんとに、良かったの?」
 北のプロンテラ城へ向かう途中、セレンが心配そうにたずねてきた。
「何がだ。」
「その、ブラックスミスにキメラを任せて。」
 ブラックスミスは、戦闘においてそれほど強いわけではない。
 確かに、斧という強力な武器は扱えるが、剣士系のように重たい鎧は装備できないし、シーフ系のように俊敏な動きも、あまり出来ない者のほうが圧倒的に多い。
「問題ない。見なかったのか?あの血斧(ブラッドアックス)と屋根付きカートを。」
「え゛!?」
 屋根付きカートと聞いて、セレンは素直に驚いた。
 商人系の職業が引いているカートは、いくつかの種類があるが、中でもパンダのぬいぐるみが乗ったものや屋根のついたカートを引くには、よほどの戦闘能力が必要だった。
 商人ギルドから検査を受け、その高い戦闘能力を承認された者だけが引くことを許される、正に強者の証だった。
 ブラッドアックスは、オーク達の王、オークロードが所持する血塗られた斧だ。
 手に持つと力がみなぎってくるという、やや危ない代物である。
 オークロードは、並の実力では倒すことが出来ないし、そのオークロードが持っているブラッドアックスは、やはり高値で取引されている。
 オークロードを倒すだけの力か、ブラッドアックスを買うだけの財力が彼にあるかのどちらかである。
「更に言っておくと、下水前で俺達に見せたあの液体の正体は・・・もうわかるな?」
「バーサークポーション・・・。」
 セレンは、プタハの実力を想像して身震いした。


「さぁて、どうしてやろうかねぇ。」
 屋根の付いたカートから、赤い液体の瓶を取り出してキメラを睨みつける。
「えぐっ・・・うぅ。怖いよぉ・・・。」
 アコライトは、まだナイトに泣きついている状態だった。
 ナイトが優しく頭を撫でてやるが、一向に泣き止まない。
「嬢ちゃん。もう大丈夫だ。おじさんが守ってやるからな。」
「う・・・うわぁああああん!!」
 プタハが一番怖いらしい。
「それじゃ、一暴れしますか。」
 アコライトの反応をさして気に留めた様子もなく、プタハは、赤い液体をグビグビと飲み干し、その瓶を放り投げた。
 バリン、とガラスの割れる音がする。その瞬間、プタハに変化が現れた。
 プタハは、痙攣したように肩を上下させた。
「ククッ、クククッ、力がみなぎってくるぜ・・・!!」
 目は血走り、呼吸は荒くなって、もはや理性を捨てた本能の塊のようだった。
 これなら少女が怖がるのも無理はない。
「行くぜ!! アドレナリンラッシュ!!オーバートラスト!!ウェポンパーフェクション!!マキシマイズパワー!!うおりゃあああああ!!」
 叫びました。
 バーサークポーションで自分の力の限界を引き上げ、更にブラックスミス特有の戦闘スキルで強化。
 これが、彼の常套戦術だった。
 血塗られた斧を構え、キメラに向かってその狂戦士の瞳をカッと見開き、走り出す。
 キメラは、残された右腕を振り回して攻撃してきたが、左右のバランスが取れずに苦労していた。
 そんな鈍い動きには、プタハは捕まらなかった。
「カッ飛べや!」
 腕の横をすり抜け、キメラの右足の付け根を斬り払う。
 耳を塞ぎたくなるような獣の悲鳴が聞こえたかと思うと、キメラはそのままそこに倒れてしまった。
「ケッ、しぶといペットじゃねーの。」
 見下ろし、そして背中から生えている蛇の頭を1本ずつ切断していく。
 斧の重さと、プタハの強化された力の前には、蛇の首など、まるでキュウリを輪切りにしていくようなものだった。
 それでも、苦痛に歪んだライオンの頭部はまだ生きていた。
 それを見下ろしながら不敵な笑みを浮かべ、プタハは斧を振り上げた。
「月(アドレナリン)は出ているか?」
 キメラが絶命するのに、時間はかからなかった。


 その頃、プロンテラ城の前では、激戦が繰り広げられていた。
 騎士隊、聖騎士隊が前衛を勤め、その後方から宮廷魔導師隊が援護攻撃を放つ。
 傷ついた者は、大聖堂から逃げてきた聖職者のヒールで回復する。
 しかし、そのサイクルはいつまでも続けられるものではない。
 徐々に、聖職者は魔法力を消耗しすぎて顔が青白くなってきている。
 前衛の体力消耗も大きい。突破されるのも時間の問題だった。
 弱点がない無属性のモンスターが多かった。
 ライトニングボルトでの攻撃も強力なオウルバロン。
 鉈で切り刻んでくるリビオ。
 すさまじく硬い装甲を持つアポカリプス。
 それも、1体ではなかった。そんな強力なモンスターが大量に押し寄せているのである。
46白髭@14の人sage :2005/08/13(土) 21:14:26 ID:AeaGNzlw
「ちっ、キリがないな。」
 そうつぶやいたのは、前線で戦う赤髪のナイトだった。
 リビオの鉈を剣で受け流し、返す刃で斬りつける。
「ラット、お前の言ってた宮廷魔導師長ってヤツはまだ来ないのか?」
 ラットと呼ばれた青髪の男は、修道士(モンク)のような格好をしていた。
 モンクとは、己の肉体を鍛え、神罰の代行者として悪を駆逐する者達である。
 アポカリプスに掌底をねじ込み、後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。
 重たいアポカリプスを数メートル吹き飛ばすのだから、彼はよほど戦い慣れしているのだろう。
「さあな。ヘタすると1日中寝てるようなヤツだから、日が暮れるまで来なかったりしてな。」
 軽口を叩くだけの余裕は残っていたが、流石に長時間戦い続けていることもあり、表情には疲れが出ていた。
「日が暮れるまでって、その前に倒れちゃうよー。」
 後ろにはハンターがいた。長い銀髪に、ゴーグルをつけていて、やや幼い顔立ちだった。
 弓矢で敵を足止めしてはいるが、なかなか深く刺さってはくれなかった。
 全員、追い詰められた状況だが、最悪のケースを考えないために無理をしているという感じだった。
「うあっ!?」
 ナイトの剣が、リビオの鉈で弾かれ、宙を舞った。
 そのまま、ナイトの頭をカチ割らんとして振り下ろしてくる。
 寸でのところでかわし、弾かれたクレイモアを掴んで反撃にかかる。
「んの野郎!」
 リビオも負けじと鉈で受け止めてくる。
 最初は、ナイトが優勢だった。
「危ない!」
 後ろにいたプリーストの声が聞こえたと思うと、ナイトの右腕に激痛が走った。
「あぐっ・・・!は、離せよ!」
 腕を乱暴に振るってみるが、そいつはしっかりとナイトの腕に噛み付いていた。
 外見はただの本のようでもあったが、開かれたページには牙が付いており、それが彼の腕に食い込んでいる。
 小さな見た目からは、想像も付かない力で噛み付かれていた。
 徐々に腕から力が抜けていく。
 その隙に、リビオが力を込めてナイトを突き飛ばした。
 彼はバランスを崩して、背中から地面に倒れこんでしまった。
 そこを狙って、周りのリビオ達がワラワラと群がってくる。
「離せ!離せ! って、嘘だろ・・・?」
 噛み付いてきたライドワードを石の地面に叩きつけるが、かえって牙が食い込んでくるばかり。
 気付けば、自分は何匹ものリビオに囲まれて、退路を経たれていた。
 一斉に鉈を振り上げ、突き刺そうと振り下ろしてくる。
(ここまでか・・・)


―――神に刃向かう者達へ、聖なる十字架の裁きを与えん

―――天上の精霊達よ。我が呼び声に応え、父なる天空の神秘を呼び覚ませ!!

「グランドクロス!!」
「メテオストーム!!」

 眩い光が見えたかと思うと、辺りが白く染まった。
 リビオ達がその光の中で苦しみ悶えている。神聖で、清らかなその光は、邪悪なる者達を浄化した。
 そして、そのすぐ後に、空から小さな無数の隕石郡が降り注いだ。
 大気圏を突破する時の熱がそのまま残っており、その熱い岩石は魔物達を容赦なく貫いた。
 その光景に、誰もが唖然とした。
「魔導師隊は何をしている!さっさと波状攻撃だ!遠慮せずに吹き飛ばしてやれ!」
 後者の、隕石の魔法の主が高らかに叫んだ。
「た、隊長・・・!!」
 一人のセージが、魔術師のもとへ駆け寄った。
「魔導師隊は奇襲を受け、ウィザードは全員が死傷。残されている戦力はマジシャンとセージだけです。」
「構わん!サンダーストームとヘヴンズドライブを駆使しろ! 間違ってもソウルストライクなどというバカな真似はするなよ。俺も加わる。一気に畳み掛けるぞ!」
 魔術師は、全員に指示を出した。 既に彼は、"指導者"だった。
 状況を、一瞬で冷静に分析し、今取れる最善の手段を導き出して命令を下す。
 逆らおう、などという気を起こさせない気迫がにじみ出ている。
 彼の指示に従って、全員が魔法の詠唱を開始した。
47白髭@14の人sage :2005/08/13(土) 21:15:13 ID:AeaGNzlw
―――大気を裂く雷鳴の光よ、今ここに集え!

―――我聞くは怒れる大地の鼓動 その身に刻み込め!

―――我振るうは虚空より出でし白銀の刃 斬り刻め!

「サンダーストーム!!」
「ヘヴンズドライブ!!」
「ストームガスト!!」
 魔法が、生き残っていた魔物達に襲い掛かる。
 黄金の光が大気を引き裂き、母なる大地がその身を揺るがし、白銀の刃が斬り刻む。
 他の者達も、最初はただその光景を見つめているだけだったが、すぐに我に返って反撃に出た。
「騎士隊、聖騎士隊総員に次ぐ!ストームガストで氷漬けになった魔物を斬り捨てろ! また、ヤツラをうまく魔法の範囲内に誘導しろ!」

「「「「応ッ!!」」」」

 騎士隊、聖騎士隊の皆が、騎士隊長の声で一斉に動き出した。
「ヒール!」
 先ほどの赤髪ナイトも、ヒールを受けて立ち上がった。
 愛剣をしっかりと握りなおし、正眼に構える。
「さっきの礼はたっぷりしてやらないとな・・・!!」
 にっくきライドワードに向かって踏み込み、剣を突き出す。
 右側へ避けられるのを見て、素早く足を捌き、間合いを詰める。
 今度はしっかりと命中した。本の口を縦に斬り裂く。
 ダメージを受け、ライドワードは宙から転落した。
 ナイトは、そこへ剣を突き立ててトドメを刺した。
「よし次!」
 剣を引き抜いて次の獲物へと斬りかかる。
「調子いいみたいだな。アーサー。」
「そういうラットだって、今ので何匹目だよ。粉々にしたアポカリプス。」
「まだ5匹だよ。」
 彼等の顔には、勝利の確信を孕んだ笑顔が戻っていた。

 戦いの流れが、完全に変わった。
 氷漬けになると、その分防御力が低下する性質を利用し、そこに剣や拳で攻撃したり、サンダーストームを落としたりする。
 魔物達が全て倒されるのに、時間はかからなかった。

続くような気がしないでもない。

本当に一言だけ。
"お兄ちゃん"って、書きたかっただけなんだ_| ̄|○ 今は反省している。
48名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/14(日) 17:44:10 ID:EqcRoLkI
 花と月と貴女と僕 5


 全身が泥にでもなってしまったかの様に重い。
 瞼も鉛の様だ。…というか、僕はどうしたんだろう?
 前後不覚だ。さっぱり訳が判らない。

 考え…考えるのに疲れ、思考を放棄して怠惰な惰眠へと移行しようとする。
 こういうところはつくづく自分は怠け者だと思うが、性分なのだから致し方無い。
 そう。移行しようとして。

「寝るな」
「げふぅっ!?」
 簡潔なお言葉。そして踵落しが炸裂。逆エビに跳ね起きる。

「うげ、うげ…うげーっほっ!! な、何しくさりやがりますかっ!!」
 体を上げ、見上げると。

「…えーと、どちら様ですか?」
 きつい目付きで、僕の事を睨んでる人が居た。
 具体的に言うと、女の人が、僕の事を親の敵でも見る様な目で見てます。
 フェイヨン風の服装に美人とさえ言える顔(最も、そのせいで余計に怖かったりもしますが)。
 ひょ、ひょっとして新手のナンパですかっ?

「……」
「……」
 しかし、予想に反して彼女は何も言わない。
 だから、僕も何も言えない。
 ううむ。こういう時の為に、僕には会話のイロハと言うものがある。
 円滑な人間関係をはぐくむには、言葉のキャッチボールが一番だ。
 ──と、いうより、そうしないと非常な危機感を今現在感じている手前、いけないのであります。

 何故かって?
 混乱していたさっきまでなら兎も角、幾分意識のはっきりしてきた今なら、理由は明晰に判るであります。
 不肖、僕は。──痛い。つーか、凄い痛い。
 縄が手首に食い込むキリキリとした熱さと、どてっ腹の鈍い痛み。
 つまり、後ろ手に縛られた挙句、踵落しの後、鳩尾を踏みつけられてる。

「OK。取り合えず、足を退けてくれませんかマドモワゼル?
僕はあくまで健全なお付き合いなら大歓迎だけど…その、こういった特殊嗜好はご免被りたく」
 僕は全然っ、そっちの気はありませんし。

 どげしっ。
 無言の踵落しが鳩尾に食い込む。
 嗚呼、会話のキャッチボール大失敗の大暴投。
 二塁に投げたボールがそのまま左中間越えバックホームという感じ。

「あ、ああっ。まさか本物!? 略してモノホン!? そ、そんなに僕の肉体が欲しいのかっ!?
こ、この変態っっっ!! あっち行けっ!!」
 唯一自由な足で、しっしっ、とジェスチャーを取る。
 一方、ついさっきまで僕を踏みつけていた女性は、頭痛を堪えるかのようにコメカミを押さえていて。

「…どうしてこんな塵芥にも劣る半ば類人猿じみた下劣愚劣極まりない、致命的に知性が欠けた最下等賎民なんかに…」
「……」
 そして、反論を全く許さないくらい徹頭徹尾、もう微塵の救いも無いぐらいボコボコにあげつらって下さった。
 余りに苛烈すぎて脳味噌に染み渡るまで、少々の時間がかかるが、そんな僕を尻目にその女は更に続ける。

「全く、理解不能。さっぱり判らないわ」
「いや、つーかそれは僕も一緒なんだけど…と言うか、この特殊極まりないシチュエーションの説明をして欲しい次第」
「…貴方は何も知る必要は無いし話すつもりもないわね。大人しく転がってなさい。
というよりも、むしろ説明して欲しいのは私達の方。さぁ、キリキリ白状なさい!!」
「……ふと視線を移すと僕の連れが同じように、しかし丁重に寝転がってるのは何故に?」
 見れば、月夜に照らされた石に身をもたれて、女の子がすうすうと安らかな寝息を立てている。
 男女差別だ。女尊男卑だチクショウ。

 情けなさとやるせなさに歯噛みしていると、ふわり、黒が降りてきた。
 見覚えのある…っていうかお前は怪人黒マント!?
 少しばかりマントの裾やらが焦げていたりするが。

「おーい、落ち着けっての」
「これが落ち着ける訳ないでしょ!!」
 ヒステリックに叫ぶ女をどうどう、と諌める黒マント。
 何だかこの場では彼が一番頼もしく思えてきて、泣きたいんだかほっとしたのか微妙な心持。

「坊主」
 こちらに向き直った黒マントが僕に言う。
 女の暴挙に思うところのある彼の方が未だ話が通じやすいに違いない。
 砂漠で水を見つけた旅人の如く、顔をそいつに向ける。
 が、ぴらり、と示されたのは一枚の紙。

 じっと、目を見張る。
 そこには僕の似顔絵が書いてある。

「ほうほう。こりゃまた凶悪そうにアレンジが効いてますな」
 黒マントは、その一言に呆れ半分感心半分の表情を浮かべる。
 似顔絵から、視線を下に落とす。…あれ?

「ふむふむ。このもの凶悪な犯罪者にて見つけた者に報奨金を支払う…教会直属執務執行機関…」
 …ふむ。どうやら疲れているらしい。
 幻覚を見てしまうとは。目を瞑り、再び開いて凝視する。
 変わりない文字がそこにはあった。

「ああ。因みに偽造でもなんでもないからな、これ」
 街中にあったのを引っぺがしてきた、と黒マントは続ける
 とりあえず。混乱する思考の中でも解る事が一つ。
 僕の見ていた砂漠の水は、蜃気楼でしたとさ。

「取り合えず、見つかっちまったら良くて数十年モノの投獄、悪けりゃ拷問の末に打ち首って線か。
で、とりあえず坊主を取り巻く環境はそんなもんだな。OK?」
「…OKってあんた。この状況でOKが出せるなら、そんな奴はとっとと白い壁の病院にブチ込んだ方が良いと思われ」
「いや、お前が勘違いしてるだけだろ、そいつは。俺は単に、お前にとって一番重要な事を言っただけだぜ?」
 僕を前にやれやれ、と首を振る黒マント。

 と──流石に目が覚めたのか、少し遠くで同じく捕縛されてた女の子が目を覚ましていた。
 はっ、とした様に辺りを窺い、僕を見つけるなり目を見張った。
 しかし、やっぱり彼女も捕縛されてる訳で。
 ジタバタと暴れるだけの結果にとどまる。

「はなせーっ!!」
「!!」
 さて、話は変わるけれど物事を判断するのには対象が必用な訳で。
 普段そんな事を意識する事は少ないけど、他者がそこに居る事で間接的に人は、自己の置かれた状況を把握するものだ。
 例えば、僕の日常を構成する人と、状況さえあれば僕はその状況を日常と理解するし、
そうでない人間が居て、そうでない要素があれば、それは非日常だ。
 世界は色々な要素で構成されている。主体、客体etr。
 見る側、見られる側、向こう側の見る側、見られる側。主は客で客は又主だ。
 (最も世の中には、他者と交わる事が判らない、哀れな人間も少なからずいるけれど)

 ともかく。
 麻の様に捩れた思考を編んで。
 結論を下せば。
49名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/14(日) 17:44:33 ID:EqcRoLkI
 僕は女の子の姿を見て、漸く自らが置かれている非日常に気づいた。
 自虐、とかそういうのは抜きに、自分自身が間抜けで仕方が無い。

「…おい」
 声のトーンは1オクターブ以上落として、出来うる限りのドスを効かす。

「漸くお目覚めか?」
「ああ。すっきりはっきりしたよ。取り合えず、女の子の紐を解けよ。
 そうしないと、僕は何も話さないし、話す気も全く起きない」
「…あなたが逃げないという保障は何処にも無いじゃない」
 僕を睨みながら女が言う。

「──うるさい。あんたには聞いてない。食堂の狐面なんだろ?
僕が話しかけてるのは、そこの黒マント。どうせあんたは大して大きな存在じゃない。
僕は、今目的を果たす為に、彼と話をさせてもらいたい」
 何を思ったのか、僕の言葉に面食らっている狐面(元)を無視して、黒マントは女の子の縄を解く。
 ぴゅーっと、そんな擬音が付きそうな走り方で、彼女は僕の方にやって来た。

「だいじょうぶっ!?」
「ああ、大丈夫…」
 縛られ転がってる時点で大丈夫でもなんでもない気がするが、とりあえずはそう応えておく。
 彼女に遅れて、黒マントが僕の方に来た。
 その姿を認めて、ふーっ、とまるで犬か猫みたいな様子で、女の子がそいつを威嚇する。
 黒マントは、僕に出しかけていた手を引っ込め、肩を竦める。

「やれやれ…嫌われちまったか」
「やだもん。わたし、あなたきらいっ」
 はっきりとした宣告が、ぐさっと音を立てて突き刺さる。
 が、黒マントは気にした風情も無い。

「いや──取り合えず、縄を解いてもらわないと何も出来ないから、許してあげて」
 言うと、何処か不服そうな顔で僕の傍から離れる。但し、目は男を睨んだまま。
 慌てて女が縛を解こうとする男を制そうとするが、するり、と黒マントはあっさりとその手を避ける。
 そして。

 瓢、と空気が鳴った。
 何か、線が走った気がした。
 ぱさり、と音がする。

「どわっ!?」
 走ったのは、ツルギだ。それが、僕を縛っていた縄を一閃の元に断ち切っていた。
 紙一重だった。もう、後1mmズレてたら、どてっぱら断ち割ってます的な。

「解いたぜ?」
「……」
 言葉が出ない。黒マントはにやにやと笑ってやがる。
 殺意とか害意を全く感じなかったから余計に怖い。
 が、その事を責めても事態が好転しないのは確かで、状況整理も未だ済んではいない。
 よっこらせ、と何とも年寄りじみた言葉を発して立ち上がる。
 その途端、てててっ、と女の子が走りよって来て、僕の後ろに隠れてしまった。

「お姫さんは、どうも本当に坊主の事を気に入っちまったみたいだなぁ」
「」
 言葉がとっさに出ない。半ば茶化すような男の言葉だけれど、聞き捨てならない点が二つ程あった。

「僕はこれでも16だ。小僧と呼ばれたくはないよ」
「俺の半分しか生きていない奴を小僧と呼んでも構わないだろ、別によ」
「もっと精神的な問題だって。僕は、そんな風に呼ばれたくない」
「それに姫って? どういう事だよ」
「ああ、そりゃ言葉通りだな。お前さんの後ろに引っ付いてる子がそうだ、ってだけだ」
 思わず絶句。口がパカン、と空いて、しかし言葉がついて出ない。

「ま、それについては後でしっぽりと喋ってやるよ。さて──」

 そこで、黒マントは一度言葉を切った。

「じゃあ、小僧と呼ばない為にも先ずは自己紹介といこうか。
 最も、俺は昔の名前は捨てちまってるけどな。お前、名前は?」

 言われて気がついた。僕は、只の一度たりとも、今まで名前、と言うものをここまで口にしてこなかった。
 女の子に名前を聞いたのに、自分は名乗りもしなかった訳だ。
 少し後ろめたくなるが、気持ちを切り替えて、言葉を編む。

「僕は──」
「…っていうか、私を置き去りに、勝手に話を進めないで欲しいんだけど?」
 ずい、と横から女が入ってくる。

「いいじゃねぇか。どの道こいつは逃げられない状況だし、俺等はこいつがいないと姫さんを連れてけない。
姫さんの調子が整ってないと祭りに影響するんだろ? だったら、一蓮托生さね。
発言に割り込んだんだ、まず嬢ちゃんからな。自己紹介」
 びっ、と僕を指さしてくる黒マント。
 ううむ。何というか、圧倒される様なモノがある喋り方をする御仁だ。
 食堂での戦いぶりとのギャップがそうさせるのかもしれないが、妙に軽いノリといい、木賃宿の連中と良い勝負の様な気がする。

 一方で、指差された女は露骨に顔をゆがめていた。

「…どうして私が」
「言ったろ。それに、手前の役目忘れたか? 私情を挟むのは良くないぜ?」
 ぶすっ、とした顔を女は浮かべる。
 ややあって、観念したのか口をひらいた。

「私の名前は──」

 (閑話休題)

 女の子。 黒マント。 剣士の少年。 (元)狐面的戦闘員女。 の名前を募集します。
 尚、変態と店主は要りません。+聖猫天使様+とか、俺から染み出した媚薬入りの〜等は問答無用で却下しますのであしからず。
 一番良いと思ったのを独断と偏見で決めます。無投票だと、泣きながら一人考えます。
 それでわ。

 (閑話休題終)
50名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/14(日) 21:57:05 ID:8HGz7Isw
自分で考えろ。
なんならUFAとか炉安とか名づけようか?
俺はやだぞ。
51名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/15(月) 15:21:05 ID:9zwTkFf.
募集・・・
何で自分で考えないんでしょう?
52名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/15(月) 15:30:32 ID:WiHU0Wq.
>>49
名前も含めて貴方の物語なんだから、>>50も言うように自身で考えた方
が良いように思う。名前は作者のセンスが一番現れるところだから頑張って
考えてほしい。

完成した貴方の物語を読み返すのを楽しみにしている。
53名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/15(月) 20:35:53 ID:KrO113Yw
すまん、遊び心のつもりだったんだ。
名前は別に考えたから、気にしないで下され。
54名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/16(火) 00:51:16 ID:Xx7D9YUM
スレが伸びてる! ワーイ
前までスレが寂しかったので、名前募集したっていうのはROMの人とも
一緒になんかしたいっていう理由なのではないかなぁ。と邪推。

どうせなら名前募集よりも、先の展開とか、誰パートの描写を濃く、とか。
そういう希望を取った方がお互い楽しいと思うヨ
558@銀兎sage :2005/08/16(火) 08:17:06 ID:Q/1ZUx26
こんにちは、>>8改め銀兎(シロガネウサギ)と名乗ってみます。
帰郷していてしばらく此方の掲示板に来ていなかったのですが
繁盛していていますねΣ(・ω・≡・ω・)
そして不甲斐ない文章にアドバイスをありがとうございます。・゜・(ノД`)・゜・。


>>白髪様
確かにすんなりと転職しすぎだったかもしれませんね・・・。
嗚呼ジオ平原で何度殺意を覚えたことかorz

小説の方ですが、殆どコメントを書かれてしまっていたorz
所々にある小ネタが面白いです。
たれ猫いいなぁ・・・欲しいです(*ノノ)
自信を持って全然問題ないと思います、じゃんじゃん
続きを書いてくださいッ!


>>19
なるほど、確かに平坦で盛り上がりに欠けていますね・・・。
そして自分の脳内だけの状景を書くだけでは読者様に伝わりにくい表現
になってしまったと反省・・・。


>>丸いぼうし様
戦闘シーンが、白髪様とはまた別の緊張感があって良いなぁと思いました。
マグヌスを撃つシーンが好きです、憧れる・・・(ホワワ
ラストは・・・お・・・おじいさま・・・(つДと)


>>41
gjですかっありがとうございます(つД`)
あの後の続きは自分の脳内でとどめておこうと思っていたのですが・・・
思い切って投稿したいと思います。


旅行中に携帯から打っていたものです。
そして折角続くので名前もつけてみたり・・・。
568@銀兎sage :2005/08/16(火) 08:21:32 ID:Q/1ZUx26
暫くフェイヨンにとどまろうと思う、
チルチルの師である現ハイアーチャー、ライオネルは言った。


「もうすぐ変わっちまうんだよな、此処」


「変わる…フェイヨンが?」


世界が常に変化していることは、チルチルも朧けながら知っている。
ライオネルは町並みを一望して頷いた。


「この街は俺の全ての始まりの場所だからさ、名残惜しいんだ」


ノービスとしてこの地に産まれ、アーチャー、ハンター、
そして転生によって再びこの場所に産まれて。
第二の故郷、と言っても過言ではないのかも知れない。
寂しそうに笑うライオネルを前に、断る理由などなかった。


「わたしも暫く此処にいます、師匠」


「…悪いな、チル」


この世界に来て日の浅いチルチルにとってもフェイヨンは
始まりの場所である。もうすぐ無くなってしまうその街に、名残惜しさを拭いきれない。
チルチルは精一杯の笑顔で答えた。
578@銀兎sage :2005/08/16(火) 08:24:13 ID:Q/1ZUx26
フェイヨンの最後を飾る祭りの準備で、
街はかつて無い賑わいを見せている。


「あ、そこのアーチャーさんとハンターさん!」


露店の準備をしているブラックスミスの男性が二人を呼びとめた。
チルチルは首を傾げて彼に近付く。
見ると、彼の露店には何も用意されてなく、カートの中には大量の芋が伺えた。


「タヌキの木葉持ってたりするか?」


「えーと…持ってないな」


「わたしもです…でも、一体どうして?」


ブラックスミスは露店の看板を指す。
そこには「焼き芋直売り」と丁寧な字で書かれていた。


「折角の祭りだから、凝って焼き芋でも作ろうと思ったんだが…
 生憎売り払った後だったんだよな」


苦笑を浮かべてブラックスミスは答えた。


「まぁ当初売る予定だったモンを素直に売るよ、呼び止めて悪かったな」


ひらり、と手を降り、カートのアイテム整理に戻ろうとしたとき、


「わたし焼き芋食べたいです!お手伝いします!」


目を輝かせたチルチルが体を乗り出して言った。
ブラックスミスとライオネルが唖然としているのも気にせず、


「早速スモーキー狩ってきますね!」


スキップを交えてチルチルは森へと入っていった。


「…うちの弟子がああ言ってることだし、何か手伝うよ」


「あ、ああ、どうも」


ブラックスミスは軽く頭を下げて、カートから芋を引っ張り出した。
ぼんやりとライオネルはチルチルの去っていった森を眺め、
やがて重量オーバーで助けを求めるブラックスミスの元へ急いだ。
588@銀兎sage :2005/08/16(火) 08:28:16 ID:Q/1ZUx26
続きはまだ打ち途中なので、半端ですが失礼します;
598@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:15:33 ID:EBkJkD4Q
こんにちは、震源地から遠いのに地震で揺れてがくがくしました。
続きを打ったので再びこそりと置かせていただきます。。|ω・)つ
608@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:17:26 ID:EBkJkD4Q
(焼き芋…久しぶりだなぁ)


ほどよい甘さと、ほっくりとした食感が好きで、
よく親に頼んでつくってもらったものだ。
昔を思い出しながら、チルチルはスモーキーの森へと向かう。

ひっそりとした森の奥、のんびりとした性格の狸型モンスター、
スモーキーが群れで戯れている。


「目標発見!」


ハンターボウを構え、次々とスモーキーを射ると、
驚いた彼等は木の葉を巻き散らしながら逃げていった。
アーチャー時代に苦戦していたのを思い出すと呆気無く感じられ、
転職して強くなった実感がようやく沸いてきた。


(陽が沈む前には帰ろう)


紅みをおびてきた空を見上げながらチルチルは更に森の奥へと進んだ。


異変に気付いたのは、あれから一度もスモーキーに
会わないことに気付いてからであった。
既に塒に付いてしまっているのかと考えたが、森の雰囲気も普通ではない。
風がざわめく。
落ちかけた夕陽で辺りは不気味なほど紅く、静かだ。

一旦戻るべきだ、チルチルは周囲を警戒しながら森の出口へ向かう。

カシャン、カシャン
聴いたこともない音に、チルチルは足を止めた。
否、目の前の光景の恐怖に足がすくみ、動けなくなったと言った方が正しい。

彷徨う者
怨念を身に纏いながら死に、今も尚呪われた愛刀を振るい
冒険者を地獄ヘと誘(イザナ)う者。


(何、あれ…)


今までであったモンスターとは違う、背筋が氷付きそうな雰囲気であった。

カシャン、骨になった首がこちらを向いた。
チルチルの体が恐怖に震える。
618@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:19:14 ID:EBkJkD4Q
「アンクルスネア…ッ」


覚え手間もないスキルであったが、考えている暇はなかった。
すくんで動かない自分の足をおもいっきり叩き、走った。
彷徨う者の足は、どう考えてもチルチルよりも速い。
しかし、うまく罠にはまったようでその足を止めた。


「ダブルストレイフィング!!」


その隙に矢を休み無く放つ。
しかし、罠に架けられた状態で彷徨う者はことごとくそれらをかわしていく。
それだけではなく、驚異のスピードで罠から抜けて来たのだ。

チルチルは再び罠を設置して、全力で森の出口とは反対方向に走った。


(どうしよう…)


他の帰り道など知る筈もなく、ただ彷徨う者から身を隠すことしか出来ない。
先ほど感じた恐怖が蘇り、涙に変わった。

いつのまにか陽は落ちて、辺りは暗く沈んでいった。


雪洞(ボンボリ)に灯がともり、フェイヨンは暖かな灯りで溢れた。
首都や他の街からやってきた冒険者で、昼間以上の賑わいが見られた。
皆露店を眺めたり、中央広場で行われているバードとダンサーの
合奏に目を奪われている。

その中で、ライオネルとブラックスミスは落ち着かない様子であった。


「いくらなんでも遅すぎねェ?」


「道にでも迷ったかな…ちょっと探してくる」


矢と弓の準備をすませると、ライオネルは暗い森へと向かった。


「オレも行く」


「あんたは店番しなきゃ、だろ?」


最近物騒だからな、とライオネルは片手を上げて森へ消えていった。
628@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:20:11 ID:EBkJkD4Q
茂みの間から、辺りの様子を伺う。
依然として彷徨う者はチルチルを探しているようで、
この場所か見付かるのも時間の問題であった。

街から聞こえてくる笑い声と陽気な音楽に、
引っ込んでいた涙がまたでてきそうになった。


(ブラックスミスさん…ちゃんとお芋焼いているかな…)


緊張の所為か空腹は感じられないが、
今日はほとんど食糧を口にしていない。
一番に焼き芋を食べたかったと、悲しくなった。


(……師匠)


今度こそ涙が頬を伝った。
このまま二度と会えなくなってしまうのかも知れないと、
最悪の事態ばかりが頭をよぎる。

そんなときであった。


(チル、今何処にいるんだ?)


耳の奥に届く、ライオネルの声。
チルチルは驚いて辺りを見渡すが、彼の姿は見当たらない。


(あ、お前耳打ち知らないんだっけ?
 耳に手を当てて、オレに向かって強く言葉を念じてみてくれ)


チルチルは言われたとおり、耳に手を当てて言葉を念じた。


(聞こえますか?)


(ああ、バッチリ。んで、何処にいるんだ?
 一応スモーキーの森まできたんだけどさ、)


それを聞き、チルチルは顔を上げた。
638@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:22:03 ID:EBkJkD4Q
「来ないでください、師匠!!」


できる限りの大声でチルチルは叫ぶように言った。
同時にその場から走り出す。

ザックリと今しがたチルチルの居た場所に刀が降り下ろされた。
彷徨うの注意は完全にチルチルに向かい、
出口から引き離すようにチルチルは走った。
罠を置き、無駄と分かりながらも矢を放った。


「チル!?」


遠くでライオネルの呼ぶ声がする。


「来ないでください、絶対来ちゃ駄目です!!」


繰り返しチルチルは叫んで、罠を張りなおした。
先程よりもスムーズなのは、慣れなのか、必死さが格段に違うからか。


「アンクル…」


伸ばした手に罠は無かった。
きれたのだと、瞬時に理解できたが既に遅かった。

彷徨う者の一振りが、風を切って下ろされた。
肩から腹にかけて斜めに血が飛び散る。


「あ……ッ」


悲鳴を上げることも、痛みを感じることも出来ず、チルチルはその場に崩れた。
彷徨う者の、血に濡れた刀が霞んで見えた。


「チル、何処だ!?」


ライオネルの声は遠くに聞こえるようで、近くにも聞こえるようで。
それでも答えることができない。

地面に染みていく血が月の灯りに照らされる。
怖かった。


「ししょ…う…」


死ぬことよりも、ライオネルまでもが殺されてしまうかも知れないことが。

チルチルは手を伸ばした。彷徨う者の袴の裾を力の入らない手で握る。
とどめを刺される瞬間まで、この手を離さない、離すものかと。

もう片方の手は、耳に向ける。


(師匠…逃げてください、それから…それから、)


好きと、伝えたい。
こんな時になってまで迷う自分が嫌だった。
意を決死て、最期の言葉を伝えようとしたときであった。
648@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:25:24 ID:EBkJkD4Q
「アドレナリンラッシュ!ウェポンパーフェクション!
 オーバートラスト!マキシマイズパワー!」


「…え…、?」


力強い声と共に、キィンと金属がぶつかり合う音がした。


「…チッ、製造型の命中率をなめんなよッ!!」


刀を振り払うようにチェインを降るのは、先程のブラックスミスであった。


「リザレクション」


暖かい光と共に、天使がその純白の翼から落ちた羽根をチルチルに与える。
その羽根は体に取り込まれ、傷を癒していった。


「ヒール!…これで平気だわ」


霞んでいた視野が広がり、そこには先程の光のように
暖かな微笑みを浮かべたプリーストが居た。


「ブレッシング、速度増加、イムポシティオマヌス、グロリア」


たからかな声でプリーストは自分とブラックスミスに祝福を施し、
使い込まれたスタナを手に彷徨う者へ立ち向かった。


「あまり無理は良くないわよ、ユウ?」


「そんなことよりトリシア、毎度ながら思うがお前本当に聖職者か!?」


勿論よ、とスタナを振り回しながらプリースト、トリシアは微笑んだ。
呆然とその様子を見ているチルチルの肩に、ライオネルの手が置かれた。


「大丈夫か、チル?」


「師匠こそ、大丈夫ですか!?」


「オレは別にあいつと戦った訳じゃないから平気だ、
 それよりも自分の心配をしろっての!」


ライオネルはチルチルの手にふさがりきっていない傷があるのを見ると、
自分の首に巻かれた茶色いスカーフを解き、赤ポーションを染みこませた。
それを傷口に器用に巻いていく。


「ヒールは出来ないから、まぁこれで我慢してくれな」


「ありがとうございます・・・」


暗闇で良かったと、赤い頬のチルチルは思った。
どうやら殲滅も終わったようで、張りつめた冷たい空気から解放された。
658@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:27:27 ID:EBkJkD4Q
「どういう経緯か知らないけど、ありがとう二人とも」


「とんでもないわ、たまたまユージーンの露店を見に通りかかっただけですもの」


ブラックスミス、ユージーンにヒールをかけながらトリシアは言った。


「さぁ、早く街に戻りましょう?お祭りも賑わっているわ」


移動魔法ワープポータルが、辺りを青く照らす。
わき水のように溢れる光にユージーンは早々と飛び込んだ。


「俺たちもいくぞ、チル」


ライオネルはチルチルの手を引いた。
硬直して固まったチルチルを振り返って、笑った。


「何だ、ポタ乗るのも怖いのか?」


「ち、違います!行きますよっ!!」


チルチルは手を握り返せないまま、ゆっくりとライオネルに引かれながら
光の泉へと飛び込んだ。


「そういやさ、最後に何か言おうとしてたよな?」


ライオネルは思い出したように言った。
自分でも忘れていたことで、チルチルは跳ね上がりそうなのを必死に押さえた。


「あ、えーと、大したことじゃないんです!ええ、そうです!」


「じゃあ教えてくれたって良いだろ?」


気付くとバックミュージックにダンサーのサービスフォーユーが
ゆったりと流れていて、まるで誰かが仕掛けたのかと疑いたくなるようなムードになっている。
668@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:28:51 ID:EBkJkD4Q
「その、わたし、師匠のこと・・・・・」


好き、
何かがチルチルのその言葉を抑えた。


「尊敬・・・・しています」


失うのが怖い。
たった一言が全てを壊れてしまいそうで、怖い。
まだ側に居たいから、想い続けて居たいから。

痛む胸を押さえつけて、チルチルは笑顔を作った。


「何だよ、照れるな・・・」


ライオネルは照れ隠しか、頬を掻いた。
その頬が心なしか紅いのが、チルチルは嬉しかった。


「師匠でも紅くなるんですね!」


「でもって何だよ、お前俺をなんだと思ってんだ!!」


チルチルは声を上げて笑った。
これで十分だ、と。


「師匠、焼き芋買いに行きましょう!」


ライオネルよりも前を行こうと、チルチルは走った。
ユージーンの店は繁盛しているようで、トリシアも手伝っていた。


「すみませーん、二つ下さい!」


「ああ、お前たちか」


チルチルがゼニーを渡そうとするのを手で制した。


「手伝って貰ったからな、サービスするよ」


「え、でも葉っぱは殆ど集まらなかったし・・・」


「いえ、私たちで集めたから平気だわ。ね?」


トリシアの同意を求めたのは、アコライトの少年であった。
暗く顔がよく見えず、チルチルは彼に近づいた。
そして動きを止める。
678@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:31:14 ID:EBkJkD4Q
「えええええ!!!??」


その声にその場の者も硬直した。
ライオネルは首をかしげてチルチルとアコライトを見て、目を疑った。


「ミチル!!どうしてこんな所にいるのっ!!?」


「うるせぇよ黙れこのボケ姉!!」


顔を見合わせた二人・・・それは、まるで鏡に向かい合っているような
錯覚を覚える、よく似た顔立ち。
アコライト、ミチルは耳を塞いでいた手を離してチルチルの頭を殴った。


「痛いー!何で殴るのバカミチル!」


「だからピーピー鳴くんじゃねぇよ鳥かお前は!!」


「ピーピーなんて言ってない!ファルコンだってそんな風に鳴かないもん!」


「ちょっと待て!両方ともまずは落ち着いて状況説明しろ!!」


ユージーンが合間に入って二人を引きはがした。
落ち着いた二人は、見れば見るほどよく似た顔つきで、
髪の長さと身長以外はこれといった大きな違いが見あたらない。


「まぁ・・・・ひょっとして双子なのかしら?初めて見たわ」


「ていうか何であんたら気付かないんだよ!とくにユウ!!」


「ミニグラス付けてなかったんだ、近眼なんだよオレぁ!」


始まった言い争いにを前に、
頭を抑えたチルチルは大きなため息をついた。
それが聞こえたのか、ミチルはじろっと睨んできた。


「おーい、焼き芋頂戴!」


「わぁ、双子だわ可愛い!」


「写真とっても良いですか!?」


騒然と露店に集まっていた客が押し寄せる。
各自、疑問を余所に持ち場に着き尚した。
こそこそと芋を受け取ったチルチルは、ライオネルの元へと戻る。


「すみません師匠、五月蠅い弟で・・・」


「いや、それよりお前に弟が居るなんて初めて知った」


「出来れば逢いたくなかった・・・・はぁ」


あれだけ楽しみにしていた焼き芋も、あまり美味しいと感じられない。
彷徨う者に殺され掛け、その上ミチルとの再会して。
厄日だ、チルチルは呪った。


「でもさ、これから賑やかになりそうで良いじゃん?」


「・・・そうですね・・・・」


ライオネルの笑顔の前には、チルチルは頷くことしかできなかった。

その日フェイヨンの街は明け方まで音楽と笑い声が響き、
別れを前に最大の賑わいをみせたと言う。
アルケミストとウィザードの合作である「花火」は特に冒険者たちの目を奪い、
夜空に色とりどりの光と音を放って散っていった。

これからの冒険の始まりを告げるかのように。
688@銀兎sage :2005/08/17(水) 12:36:03 ID:EBkJkD4Q
またもや省略されてしまったorz
そして訂正箇所が・・・・;

>>67
その上ミチルとの再会して→その上ミチルとも再会して

です。すみません;

かなりどうでも良いことですが
名前に関して、全て実はある統一性があります
分かった人は僕と握sh(サーバーから接続がキャンセルされました
69名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/17(水) 16:48:14 ID:fVw7sUHk
 花と月と貴女と僕 6

 かつかつかつ、と音がする。
 ブーツが床を叩く硬質で神経質な音。
 その音は、おおよそ、その主の人柄を表すものだった。
 身を包んだ長衣。黒い服。頭にはビレタを被り、しかしその下の目は陰湿で冷たい。
 聖職者だ。しかし、傍目にはそれよりも寧ろアサシンに見える。
 最も、彼、もとい彼等が自らが忌み嫌うその連中を飼う、などという事はありえないけれど。

 ぎい、と再び音。馬鹿みたいに大きく重々しい扉を、その聖職者が開いた。
 彼等に宛がわれているこの部屋は、酷く手狭ではあったけれどもそれだけに、ありったけの毒が濃縮されていた。
 ──要するに、ここは毒虫の巣穴だった。

 彼は、部屋の隅、地下へ続く階段の横に据えられた椅子、そこに腰掛けた白頭巾の男に一瞥をくれると、さらに歩く。
 白頭巾は、顎の辺りから涎を垂らしていた。ぽたぽたと、胸の辺りに零れ、服を汚している。目線は遠い。
 この状態では話にならない、と踏んだのだろう。
 白頭巾を無視し、奥の机に腰掛けた老人に向った。

「枢機卿閣下」
「ああ、貴君か。よいよい、畏まるな。私はその様に過剰に形式めいた物は好かない。
 何より、その様なものは我々の職務には全く不必要だからな。
 それに拘って、支障を来すようでは甚だ本末転倒だ。
 敬語と言うものはそもそも相手に対する尊崇の念で成り立っている。
 それが無くては対話が成り立たない様ではそもそもその関係は破綻しているよ」

 饒舌に喋る老人に、しかし僧服の男は言葉を返す。

「ですが…閣下は私共にとっては十分尊敬に値します」
「よしてくれ。そうは言うがね。確かに貴君等の指揮権は私にある。そして統括する身だ。
 だが、私は我等の主以外に敬意を払う必要など無い、と常々思うのだよ。
 人は皆平等に作られかし。ならば貴君も私も又同じ。互いを尊重し、最大限の力を引き出せればそれで良い。
 …まぁ、敬意を払われるのはやぶさかではないがね」

 彼の言葉は、正論ではあるが、教会という空間においては異端である。
 又、それは彼を端的に示す物でもあった。

「異端を狩るのも又異端。不覚ながら…随分と縮小されてしまったとは言え、ここに居るのならば、君もそれは弁え給え」
「…はい、解りました。それで、首尾の方は如何でしょうか?」
 ああ、と老人は頷いた。

「久方振りの大規模な狩りだ。上の腰抜けからは随分と反発を食らったがね。
 何、連中が安穏と惰眠を貪るにも、必用な事がある。怠け者を叩けば埃は幾らでも出るものだ」
「確かに──安易さで腐れた連中の事。取引材料には事欠きませんね」
「それは全く…とは言え、流石に得られたのは私兵の出兵許可のみだったが。
 満足に教義にも従えぬ雑兵ばかりだが…致し方無いな。
 これも時代の流れ…と言えば、聞こえは良いが、我々は所詮流れに乗る事が出来ない人間だからな。
 己が成すべき事を淡々と成し続け、他に手段を知らぬ。狂信者とも言える。
 ならばこそ、我等は我等の職務を遂行するのみ…か」

 ふう、と感慨が篭った溜息を一つ。

「枢機卿。そういえば、一つ話しておかなければならない事が」
「何だね?」
「──勝者が、今回の狩りへの参加を熱望しているとか。
 何処で嗅ぎ付けたのか、今回の異端共に加担している男との戦を強く望んでいるようです。
 正直、彼は引退した身ですし、それに信仰とはかけ離れすぎている。
 直接申し出られた私には決めかねまして」
「ふむ」
 真っ白い髭を摩り、男は何かを考える。
 だが、直ぐに聖職者に向き直ると言葉を編んだ。

「構わない。許可する。その男は、あの勝者が再戦を望むような手合いなのだろう?
 …私も随分と老いた。毒をもって毒を制すと言う訳ではないが、負担が減るならばそれに越した事は無い」
「聖堂騎士のお言葉とは思いません…正直、今でも卿ならば勝者とも互角と思われますが」
「いやいや…どうして年を取ると彼の様に体力が長続きしないものでね。
 今戦えば確実に私がやられるだろうよ。全く、年とは取りたくないものだな」
 首を振って応えた。

「──兎も角」
 老人は一度言葉を切る。

「我々は、神の剣として、それを執行しなくてはならない。
 研ぎ澄ましていなさい。遠からず、その時はやってくるのだからな」
「──御意」

 狭い部屋に、淡々とした会話だけが響く。
 それを聞く者は居ない。
 何故ならここは異端の巣であり毒虫の根城。
 そうでないものは最初から近づきもしないのだから。

 彼等は異端であるが故に異端を狩る。
 教会に残された最後の暗部。
 名を、異端審問官と言う。
70名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/17(水) 16:48:52 ID:fVw7sUHk
「私の名前は、ミホ、尾に狐、と書いてミホね」
「僕は、ウォル」
 ミホ、と名乗った女性に僕も同じく名乗り返す。
 それを聞いて、黒マントの男は首を竦めた。

「それじゃあ…俺は、ロボ、とでも呼んでくれ」
「ロボ?」
「煙草の銘柄だよ。正しくはその一部をもじったんだが…何にせよ、呼び名が無いと不便だろ?」
 言って笑う。そして、懐から一本、煙草を取り出すと火打石を打つ。
 ぷかぁ、と紫煙が注に舞う。四角い煙草の箱の中で、孤狼が月に吼えていた。

「うー…わたしは?」
 と、女の子が不満そうな顔で僕に囁く。
 やっぱり、目の前の二人組とはまだ隔たりがあるようだった。
 前を向くと、ロボとミホがそれぞれ対照的な表情を浮かべていた。
 男は、ニヤニヤと笑っていて…一方の女は愕然とした顔だ。

「あ、あなた様には立派な御名がございます!!」
「まーまー。ここは、ウォルの奴に任せちゃどうだ?」
 息を巻いて反論するミホに、ロボはそう言った。
 その後で何やらごにょごにょと男が耳打ちをするなり、俯いて黙ってしまった。
 …まぁ、硬く握られたその手がぶるぶると震えている辺り、微妙に後の展開が怖かったりするのだが。
 それは兎も角、彼は僕が彼女の名前を付けろ、と言いたいらしい。

 少し、考え込む。
 いきなり名前を付けろ、と言われても思い浮かぶはずも無い。
 その時、閃いた。
 彼女と会った時、空には煌々と輝く綺麗な月──

「ツクヤ…というのはどうかな」
「わたし、つくや?」
「うん。…ま、まぁ余りセンスがあるとはいえないけどね」
「つくや…つくや… うん、おぼえたよっ」
 反芻するように二度繰り返し、ツクヤはにっこり微笑んでいた
 …うん。喜ばれるなら、悪くないと思いたい。

「ツクヤ…おう、それでいいんじゃねーか?」
 投げ捨てた煙草を黒マントが踏み消す。
 女性も又、不承不承それに承知する。

「で」
 そして、僕は気を取り直す。
 息を吐いて、ロボとミホに向き直った。
 本題に入らなければならない。

「聞きたい事が沢山あり過ぎて困るんだけども、話してくれるんだろ?」
 …さっきまであんなに強気だったのが嘘の様な声音である。
 強気に要求出来ないのは…やはり、小市民のサガなんだろう。うん。
 例えば湖のよーに僕の心は広いに違いない。S・A・G・A、サガ!!何処かから、そんな幻聴も聞こえた。

「…これがいきもののサガか…」
 嗚呼。モヒカンバードの幻視が見える。

「いきもののさが?」
「…おーい、ウォル。帰って来い」
「……」
 ツクヤは相変わらずで、ロボは呆れていて、ミホはというと睨む様にして僕を見ていた。
 りぃん、と何処かで鈴が鳴る。
 そんな幻聴を聞きながら僕は素晴らしいギター弾きの妄想に只立ち尽くすばかりだった。

next?
71名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/18(木) 00:47:27 ID:V5X6Ac/2
>>銀兎の人
な、名前の統一性なんてわからないよorz
ソヒーの森でお禿様と握手して考えてくるorz

>>花と付きと貴女と僕の人
S・A・G・A シガ!……(゚∀。)アレ?
ロボ……まさかマ○ボ○が元だったりしますかね?

最近スレにも新しい人が増えてきて嬉しい限りだわ(´∀`*)自分でも何か書こうかしら
72名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/19(金) 09:22:20 ID:8IXo7X9E
>>71

ロボはマルボロととある狼から取ってますね。
なんとなくサービスで参考資料的メイン登場人物の職業&簡易設定表置いときます。
後、ヒント。名前の当て字に注意。

ウォル(字を当てると『月』):年齢16 ♂
容姿と腕前共に凡庸なソードマン。妄想癖有り。

ツクヤ(字を当てると『月夜』)年齢:15くらい? ♀
変った言葉使いのソードマン。物語の鍵? これ以上は言えません。

ロボ 年齢:32↑ 自分の事を騎士と言って憚らないチェイサー。♂
スイートジェントルと黒いマントを着用している愛煙家。

ミホ(字を当てると尾狐) 年齢:20前後 ♀
短気な元戦闘員A。目付きがかなりキツい。毒舌である。
73名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 11:39:25 ID:Eoxwz9Ns
>>銀兎の方
一番最初に投下された時よりもチルチルの描写がセリフではなく
地の文で表現されるようになっていて
続きや別の作品が出る事に期待しまくりです

名前はチルチルとミチルにしか共通点を見出せませぬ、修行不足でした
71さんに続いて御禿様の元へ逝ってきますorz
ソヒー森|   Λ...オレヲオイテイクナンテヒドイゼー

>>花と月と貴方と僕の方
御話が大分シリアスになってきて
序盤の破天荒な雰囲気も何処へやら〜ですね
今後どう話が膨らんでいくのか、想像しながら続きをお待ちしてます

ロボの由来の狼というと、モー○ア坑道に出てきた彼奴でしょうか?

長レススマソ
74名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/08/20(土) 17:44:26 ID:vu8Vf4Vw
|ω-)誰も居ない…多分誰も居ない…。

『投下』
75名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:46:33 ID:vu8Vf4Vw
sage忘れた_| ̄|○|||

〜〜〜〜朧桜〜〜〜〜

プロンテラの南から暫く西にあるくと、バッタと呼ばれるモンスターがいる地域に着く。
その地域に、ある一人のロードナイトが休憩をしにやってきていた。彼の名前は『朧』。
月の龍と書いて朧である。尚、そんなことは言わなくても解ることだというのは百も承知である。
さて、彼は彼で色々と有名だった。
基本的に、パーティなどで狩りに行くときにあまり需要のない速さ特化の騎士であったがその戦闘能力はずば抜けていた。
それゆえに、さまざまな方面からのお誘いが来るのだが…どれも返答をあいまいにして消え去ってしまう。
まさに朧という名前にふさわしいというわけだ。
だが彼にも欠点はある。

「ああ〜平和だ。何か起こらないかな〜」

彼が『退屈だ』と思うと、確実に何かしらの事件が起こってしまう。
それは本人だけがわかっている秘密である。そして、それを考えてはいけないというのは頭ではわかっているのだが人間は刺激を求める動物。
ついつい何か面白いことを求めてしまう。
そして今日の事件は…。

「ひゃああああああああ!」
「ん?」
「何でこんなところにイービルドルイドがー!?」
「う〜ん、イービルドルイドか…ってあれ?」

例によって枝モンスターである。
枝モンスターとは、古木の枝という魔力を帯びた枝を折ることによってモンスターを呼び出すというまた迷惑なアイテムだ。
こういうのは90%良いことには使われず、大抵自分の楽しみだけに折るというパターンが多い。
と、いうか朧自身それ以外見たことがない。
まぁ今回もそんなところだろうと思ってみてみると…どうやら様子がおかしい。
現状は、イービルドルイドに女剣士が追いかけられてるのだが、更にモンスターが彼女の周りに集まる。
いや、集まるという表現はおかしい。寧ろ、沸いている。
しかもリビオやラーヴァゴーレムという上級モンスターからポポリンやエルダーウィローといった下級モンスターまでさまざまなバリエーションを取り揃えている。
何事かと思い近くまで走って様子を見る。助けてやれよと思うかもしれないが状況がわからないままでは自分もやられかねない。
そう思った朧は状況を理解することを先行した。

「誰か助けて〜!」
「うむ。上から99・62・88といったところ…じゃなかった」

冗談は置いといて、状況をもう一度確認する。
そして、理解すれば理解するほどこの女剣士の奇抜な行動に頭を悩ませることになる。
そう、彼女はまさに自分で枝を折って走っているのだ。初級の冒険者でもバカ極まりないと思うだろう。
ポーチから出て行った枝を踏んでは折り、踏んでは折り…。
そんな風にドンドンドンドンモンスターを増やしているのだ。
76名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:47:33 ID:vu8Vf4Vw
「バカかあれは…」

頭を抱えて地面にひれ伏したいところだがそうも言ってられない。
ドンドンモンスターが増えているうえ、どう見てもか弱そうな女剣士を一人ほっておくわけには行かない。
そう考えた後、朧はすぐさま女剣士のところまで走っていった。

「おい!落ち着け!」
「ひゃあああああ!」
「むがー!うっせぇ!おわっと、折るな!」
「え?何が?」
「いきなり冷静になるんじゃねぇ!とりあえず状況が状況だからちょっと寝てろ!」
「え?え?ふ、ふああああああああ!?」

モンスターに追われてるときよりもよりいっそう高い声。
彼女は朧に胸倉をつかまれ、川にそのまま投げ込まれてしまった。確かにこれなら枝を折ることはないだろう…よっぽどではない限り。
一つの問題を解決した後、更にもう一つ目の問題に遭遇してしまった。いや、わかってたことなのだが。
目の前にいる大量のモンスター。
一般人ならここで一旦引いて救助を求めるのだが彼は違った。というかかなりの楽天思考だった。
更に突っ込むと、彼は戦闘の前だけかなりの楽天志向に切り替わるという、奇抜などと人のことをいえない性格をしていた。

「…ま、なんとかなるだろ」

彼は剣速高めるツーハンドクイッケンというスキルと戦闘能力を上げる薬物を使い、クレイモアを抜き去りモンスターの群れへと突貫する。
先頭に見えるはミノタウロス。まぁ彼の敵ではない。
軽く切り刻み次へと備える――が、既に彼は囲まれていた。

「さてとと、どうすっかな?」

まさに四面楚歌、しかも彼の思考では囲まれた後のことなど考えているわけもなかった。
しかし、彼が強いといわれるゆえんはここからである。
彼の正面から来るインジャスティス、通称変態のカタール攻撃を軽くかわし、さっきまで使っていたクレイモアを捨てて天津などの名産品、カタナを抜――かない。
あろう事か彼は鞘にカタナを入れたまま腰を低く落とし、目を瞑る。
そして、オーラブレイド、パリィング、コンセントレーションといったロードナイト特有のスキルを使い、極めつけにバーサークという狂戦士化する諸刃の剣的スキルを開放する。
そんな余裕があったのかと聞かれると実際そうではない。攻撃はもろに受けまくっていた。
それにも構わずスキルを開放し、自分のスタイルを整える。
目の前から来るインジャスティスのカタールの縦振りを避けようともせずに天津に伝わる抜刀術『居合』を放つ。
その剣速は鞘との摩擦によって生まれる火花が生まれ、消え去るまでの間に鞘にもう一度カタナを収められるほど速い。
この光景を見ていた女剣士の目には彼の体に触れる前に全てが切り落とされているようにしか見えなかった。
横からの挟撃、フェイント、さらには上空からの攻撃。何もかもが彼に触れる前に両断されていた。
そうすること2分。彼の周りにいたモンスターたちは全て切り捨てられ元の枝の世界とやらに返っていった。

「おい、大丈夫か」
「はい。ってうわぁあぁ!?」
「おまっ…どこまでドジなんだよ!]

川から上がった瞬間アラームが現れる。
多分、この女剣士が生み出したのだろう…いや、枝の力で。
軽く脱力したのち、女剣士を自分の後ろに引っ張りアラームの顔面に強烈な右ストレートを加えアラームを吹き飛ばし川に落す。
77名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:48:23 ID:vu8Vf4Vw
「今度こそ大丈夫だな?」
「はいぃ…」
「後、状況はわかってるか?」
「それが、さっぱりで」
「はぁ………」

説明すること5分。ようやく状況を理解してくれたようだ。
そのどでかい胸を揺らしながらなぜかピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねている。
なぜかというと、このロードナイトがあの有名な朧だということが解ったからだそうな。
尚、自分がしてしまった過ちは当の昔に忘れ去られている。

「で、お前が枝をなぜ持って」
「うわぁ!あの朧さんですかー!私あこがれてたんです!」
「どこかで買ったのかひろっ」
「いやぁー噂に違わずお強いですね!私もアレくらい強くなれるかなぁ」
「誰かに渡され」
「ね、ね、朧さんはいっつもどこで修行なさってるんですか?」
「人の話を聞けこのドジボケ巨乳剣士ぃぃぃぃ!」
「え?どこにそんな剣士がいるんですか?」
「お前のことだ!人の話を聞かない超絶ドジボケ爆乳剣士ぃぃぃぃぃ!」
「あ、私ですか〜朧さんって巨乳が好きなんですか?」
「…もういい」

あまりにも会話がかみ合ってないので朧は怒る気力もうせてしまった。
そして、この無駄にハイテンションな女の剣士の会話に付き合う羽目になってしまった。
―――まぁ暇つぶしには丁度いいか。

「で、朧さんはどこで修行なさってるんですか?」
「特に決まった場所はないな。そこらじゅう放浪してるだけだ」
「じゃ、恋人とかいますか?」
「ブッ!」

会話に付き合う羽目になって約8秒。
あまり聞かれて欲しくない質問が飛び出た。
とにかく、頭の中でできる限りあいまいに返答をできる言葉を捜した。

「…………いねーよ!」
「わぁ、そうなんですか〜!」

無理だった。
そう、彼は強さ上に孤高だった――――わけではない。
彼にも仲間はいる。ギルドこそないものの信頼できる仲間が『一応』いる。別の言い方をすればただの腐れ縁である。
暫く連絡を取っていないが今はどうしてるだろう。

「で、何で嬉しそうなんだ?」
「じゃ、私が恋人ってことで!」
「じゃあな」
「あーん!待ってくださいよぅ〜!」

足に抱きついてくる女剣士をずるずると引っ張って歩く。
そして、ちょっと言いにくいのだがその豊満なバストが足に当たってかなり恥ずかしい。
ちなみに、朧はそっちの経験も皆無である。
78名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:49:19 ID:vu8Vf4Vw
「冗談ですよ〜朧さん〜機嫌直してくださいよぅ〜!」
「はぁ…わかった。わかったから離れてくれ」
「何でですか?」
「何でって…お前なぁ、うん、何と言うか…なぁ」
「あ、もしかして照れてます〜?」
「やっぱ帰れ」
「あ〜嘘嘘!今のなしでー!」

一々うるさい奴である。
ちょっと調子に乗ったかと思えばすぐに態度を戻し、また調子に乗るとすぐにまた態度を戻す。
なんとも喜怒哀楽のはげしいやつだ、というのが第二の感想だったそうな。
第一の感想は、もちろん胸がでかいということらしい。

「全く。何なんだよおま」

ここまで言ってようやくはじめに聞くべきものを思い出した。
暫く顔を覗き込んだ後もとの姿勢に戻って一言。

「お前、名前は?」
「あ、名前ですか。ユラリスっていいます」
「ふ〜ん。ユラリスね」
「一応お偉いさんの娘らしいんですけど実感が全くなくて〜」
(そりゃこんな性格じゃな)

まぁそれも無理はないと思う朧だが口には出さない。

「んで俺に何か用なのか?」
「えっと。特にありませんよ」
「だろうな。俺は助けただけだし」
「あ、良ければ私の家に泊まりに来ませんか?助けてもらったお礼もありますし」
「…………………」

お偉いさんの娘と仲良くなる→家に招待される→上手い飯が食える。
(今日の飯代が浮く!?)
何を隠そう朧は相当な貧乏であった。
『今は』であるが…。
とにかく、お金がない朧にとってこの話はまさしく砂漠のオアシス、瀕死状態のヒール、自由落下中のパラシュート並に助かるものだったので即効で飛びつくことにした。

「まぁ、お前がいいのなら俺は構わん」
「またまた〜無理しちゃって〜貧乏なの知ってますよ?」
「うぐ…」

何で知ってるんだろうと思いつつ、ユラリスの家にお邪魔することになった朧。
そして、その家をみて呆然とするハメになる。
まずはでかさ。良くドラマや漫画とかで出てくるでっかい宮殿に似ている。というかそのもの。
次に煌びやかさ。何で家の周りを宝石で着飾ってるのか全く持って謎である。
極めつけに従業者の多さ。でかいのも相まって50人以上いるのではないかと思われるほどのメイドや世話係の数。
ほとんど路上で生活していたと同じ状況の朧にとってこの家が拝めること自体が夢のような話だった。
ユラリスは軽く両親に挨拶に行った後、屋敷を案内してくれた。
79名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:50:16 ID:vu8Vf4Vw
「さ、ここが私の部屋ですよ」
「ああそうか…って待てや。何で俺がお前の部屋に案内されるんだ」
「え?一緒に寝るん」
「寝言は寝てから言え、戯言は寝てるときも言うな」

それでも笑顔を絶やさずにニコニコしたままである。何か策でもあるのだろうかと勘繰ってしまう。
まぁ、とりあえずは予想通り大きな食堂に案内される。

(食堂まで歩いて2分もかかるなんて…)

無駄に大きな家のせいでユラリスの部屋から食堂の部屋まで移動するのに2分もかかってしまった。
走れば半分以下に抑えれそうだが、ユラリスがいないといかんせん迷ってしまうのでできなかった。
食堂に入ると、既に両親らしき二人の人物が座っていた。

(なるほどな。お偉いさんって言ってたのはこのことか…ガーランド夫妻じゃねぇか)

特にお偉いさんではないのだが、朧と同じく強さで有名になった二人の夫婦である。
時にはボス狩りに、時には攻城戦にとさまざまな面で活躍していたため彼らの名前を知らない人は早々いないといわれる。
ちなみに、夫がナイトであり、妻がプリーストである。
まさしく典型的なパーティバランスといえる職業構成とそのチームワークのよさが彼らの強さと日々言われているとかいないとか。

「初にお目にかかりますガーランド郷。そちらは奥様で?」

片ひざをつき、頭を下げて喋る。

「うむ。貴公は朧殿か。娘からは話を聞いている。娘を良く助けてくれた、礼を言うぞ」
「いえ、当然のことをしたまで」
「お礼をしてもし足りません。ささやかなお礼ではございますが最高級の料理を取り揃えております」
(うおおおおおおおおおおお!な、な、何て美味しそうなんだ!)

目の前に広がる豪華な食卓。
毎日毎日化け物のエサやリンゴだけで生活していた朧にとって天国以外の何者でもなかった。
そして豪華すぎる縦長のテーブルに、朧、ガーランド一家が座り雑談も兼ねながら楽しいひと時がすぎる。

「そうそうお父様。朧さんが今まで見たことのない動きをしてたんだよ」
「ほう、それはどういったものなんだ?」
「えっと、鞘に剣を入れたまま物凄いスピードで敵を斬ってた…よね?」
「なるほど、朧殿ワシの記憶が正しければそれは『イアイ』というものでは?」
「ええ、そのとおりです。居合は速さが勝負なので私は軽い武器しか持ち歩きません。基本的にですがね」
「でも初めはクレイモアだったよね?」
「大して数が多くなかったような気がしたからな。気がついたら大量にいたからカタナに切り替えたまでだ」
「ふむ、今度お手合わせしてもらいたいものですな」
「まさか!ガーランド郷に勝てるわけないじゃないですか」
「ほほほ、朧様も謙遜なさらずに思ってることを言ってくださればいいのに。あなたも定年ギリギリなんですから無理なさらずに」
「ワシはまだまだ現役じゃ。それに騎士の血が騒いで仕方がないのだ」
「ははは、より強い人と戦いたいと思うのは私も同じですがねぇ」
「あ、じゃあ朧さん私と戦ってよ!」
「…そのドジが直ったらな」
「ふっ、ははははは!ユラリス、朧殿はそのドジを直すのが御所望のようだぞ!」
「えー皆酷いよー好きでやってるわけじゃないのに〜」

久々に笑いながら飯を食べたなと朧は思った。
ここ暫く一人でぼーっと食べるか、それか飯を探すのに必死かのどちらかだったからだ。
だが今はどうだ、目の前に御馳走は並び、人も、しかもあのガーランド郷と同じ食卓の上で食事を取っている。
世界の騎士からすればこれほど名誉なことはなかろう。
それほどまでにガーランド郷は尊敬されているのだ。
更に笑いながら食事ができる。と、いうか食事が出来るだけありがたいと朧はおもっていた。
ひとしきり笑いながら食事を食べた後、朧はユラリスに案内されて自分の部屋に行った。

「今日はありがとうございました」
「いや気にするな。それに見合わないほどのお礼してもらったしな」
「そうですか〜喜んでくれてよかったです〜」

現在の時刻、夜の12時半。
普通ならそろそろ寝静まってもいいころだが話に花が咲いてしまったため中々退出するのが難しかったのだ。
とにかく、一区切りついたところで寝ることにした次第である。

「それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
80名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:50:56 ID:vu8Vf4Vw
夢を見た。
自分は地面にうつぶせになっている。立ち上がろうにも力が入らない。
目の前には首のないプリースト。
自分に向かってなぜ…なぜ…と連呼している。何がなぜ、なのだろう。皆目見当がつかない。

「私は…大丈夫だったのに…」

一瞬、プリーストの顔が見えた気がした。


「うわぁぁぁぁ!」

ベッドから飛び起きる。顔を手で撫でてみると汗がびっしょりとついている。
窓の外を見るとまだ月が出ている。正確な時刻はわからないがきっと相当遅い時間なのだろう。
それとも、早いのだろうか?
どちらか解らないが、今は一般常識では『夜』というのだろう。月が出ている上、空は真っ黒だ。

「…こんな時間に起きるとはな。こんな立派なベッドで寝たからか?」

いや、問題はそこじゃあない。
あの夢に出てきたプリースト、あれは…

「きゃああああああああああ!」
「ん?」

8時間ほど前に聞いたことのある叫び声が静かな屋敷にこだました。
冷静に分析する。寝起きで頭が周らないというのもあるのだが。
現在、一般常識上では夜、そんな時間に叫ぶような奴はいない。
後、女の叫びっていうのはピンチ及び何か見慣れない怖いものを見たときだ。
更に言うと、叫べるということは拉致監禁されているわけではなく、何かを見てしまったんだろう。
以上を結合すると…

「ピンチってことだな」

意味のない思考を張り巡らせた後、愛刀を持ち出し叫び声のした方向へ向かった。
もちろん、無駄なものは一切持ち出さず、パンツとTシャツ一枚のままで…。


「無駄に広いんだよこの屋敷はぁぁぁぁ!」

まるで迷路である。
まだアユタヤのダンジョンの迷路のほうが可愛げがある。
ここは違う、行っても行っても同じ景色ばかりなのである。
ドアをバン!と開けたところで広がるのはまた果てしなく長い廊下。
いつしかどっから叫び声が聞こえてきたかもわからなくなってきた。
そして、何十人もの従者が人の仕業と思われる技で眠らされていた。

「ぐああああああああああああああ!」
「…ちっ、こっちか!」

走ってる途中で声が聞こえてきた。
そちらの方向に向きなおし、刀を構えてマグナムブレイクを放つ。
すると見事に壁に穴が開く。その向こうは…また同じ景色。

ドガン!
ドガン!ドカン!ドガン!ドガン!

「何枚あるんだぁぁぁ…」

ここまで来るとアマツやアユタヤが可愛く見えてくるから不思議である。
81名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:51:29 ID:vu8Vf4Vw
「ふっ、ふっ…てこずらせやがって。流石ガーランド夫妻といったところか」
「いやっ!お父様!お母様!」
「もう無駄だ。首がないのが解らないのか。…丁度いい、一仕事の後で疲れてたんだ。お前の体で癒してくれ」
「きゃあ!」

食堂のテーブルには首のない人間が二人。
身なりからしてガーランド夫妻であるのは一目瞭然である。
二人の首は…一人のアサシンクロスの足元に転がっている。
しかし、そんなことは微塵も気にせずアサシンクロスは亡き二人に抱きつくユラリスに近づく。
ユラリスは精一杯抵抗するが、アサシンクロスに適うはずもなくあえなく捕まってしまう。

「へぇ、いい胸してんじゃねぇか…」
「いやっ…やめて…」
「へへっ、こいつぁ上物だぜ…あのガーランド夫妻もいいもの残してくれたじゃねぇか」
「いやぁ!破かないで!」

アサシンクロスのジュルがユラリスの服に差し掛かる。
ユラリスは最後の抵抗をするが腹を殴られ大人しくなってしまう。

「朧さん…」

ドガンドガンドガンドガンドガンドガンドガン。

「な、何だ?」

ドガンドガンドガンドガンドガンドガンドガンドガン!

「あいよぉぉぉぉー!!!!!!!!!!」

最後の爆発音の後、穴から豪快にロードナイトが飛び出してくる。
ぜぃぜぃと荒っぽく呼吸をしながら刀一本を片手にTシャツとパンツ一丁で天下のアサシンクロスの目の前に飛び出してくる男。
はたから見ればただのコメディにしか見えない。

「ぜぃ、ぜぃ…何で20枚も壁あるんだよ…」
「貴様、誰だ!」
「お前こそ誰だよ」
「む…」

質問するつもりが質問し返されて言葉に詰まるアサシンクロス。
朧はといえば、きょろきょろと辺りを見回して状況確認をしている真っ最中である。
目の前には泣きそうなユラリスの服を破こうとしているアサシンクロス。
そして…テーブルの上には首のない死体が二つ。
更に、その横に転がっている首が二つ…。きっと、あの首とこの死体は合致するのだろう。

「どういうことだこりゃ」
「朧さん…お父様とお母様が…」
「…そうか。お前の仕業か?」

刀をアサシンクロスのほうに向けて問う。
その言い方には重みがあり、威圧感があった。

「貴様、ロードナイトの朧だな」
「大正解。お前はアサシンクロスのウンコだな」
「ウンコ…?何を訳のわからない言葉を発しているんだ。ここはウンバラじゃないんだぞ」
「あーあーお前の名前なんか聞きたくないからウンコでいい。そいじゃ早速だけど覚悟はいいな?」
「ふん、こちらには人質…いてっ!」

ユラリスがアサシンクロスの手に噛み付いてすぐさま朧の後ろに隠れる。
朧はにやりと笑い、ユラリスはアサシンクロスに向かってあっかんべーという。
朧は刀を鞘に直しおどけた感じで両手をやれやれといった感じであげる。
82名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:52:04 ID:vu8Vf4Vw
「俺攻略のための大事なファクターが逃げちまったなぁオイ?普通のアサシンですらそんなミスは犯さんとおもうぞ」
「…黙れ。貴様程度俺一人で…ぐあぁ!?」
「おいおい、どうした?いきなり苦しみやがって」

最後の言葉をつむごうとしたアサシンクロスの左腕がいつの間にか転がっている。
朧は相変わらず両手をやれやれ、といったポーズのままである。
アサシンクロスはもちろん、ユラリスにすら何が起こってるか理解できなかった。

「ぐっ…ひ、左腕が…」
「わりぃな。あんなもん見せられて許せるほど俺は人が出来ちゃいなくてよ。ここいらでヴァルキリーの元へもう一度送られてくれや」
「だめっ!」
「!?」

朧の右手が鞘につき、まさに居合を放とうとした瞬間ユラリスが両手を広げてアサシンクロスの前に立ちはばかる。
(くそっ、このドアホ…!)
勢いが止まらない右手を左手で無理矢理に押さえる。
だが、その勢いは相当なもの。押さえようと思えばかなりの筋力が必要となり、負担もかかる。
しかしそういった努力の結果、何とか刀半身でとめることができた。

「だ、だめです…」
「お前馬鹿か!お前の両親殺されてるんだぞ!?状況わかってんのか!」
「くっ…」
「あ、逃げた!」
「だっ、だめですってば!追っちゃだめです!追ったら…殺しちゃうでしょう!?」
「ああぶっ殺すね!だからそこをどけ!」
「だからだめです!朧さんは…人殺ししちゃだめです!」
「…!」


「朧は、人なんか殺さなくていいよ。罪を被るのは…私だけ」

何か、聞こえた気がした。
それは昔、まだナイトだったころ…ヴァルキリーに会ってなかったころ…
純粋だったころ…。

「…ちっ。もういいよ。今から追ったって追いつけやしねぇ」
「そ、そうですか…ご、ごめんなさい」
「いいよ別に。それより、お前の方は大丈夫なのかよ」
「…本音を言えば大丈夫じゃありません。泣きじゃくりたいですね。でも、泣いたところで…」
「無理すんな。泣くことは、恥ずかしいことじゃねぇぞ」
「そんなこと…言わないでください。泣きたくなっちゃいます…」
「だから、無理すんな」
「う、うわぁぁぁぁぁん…えぇぇぇぇん…お父さんと…お母さんが死んじゃった…ひっく…えぇぇん…」
「…」

朧の胸の中で、少女は数時間泣き続けた。
83名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:52:53 ID:vu8Vf4Vw
「よいしょっと。墓はこんなもんでいいか?」
「はい。死んだときは地味にしてくれっていつも言ってましたから」

プロンテラの外れに小さな墓石が二つ、並ぶ。
一つにはナイトの証の剣が、一つにはプリーストの証のロザリーが彫られている。
名前は彫られておらず、知らない人が見れば誰の墓かは全くわからない。

「にしても、何であの時俺を止めたんだ?お前の仇だろ」
「えぇっと…やっぱり誰であろうと人殺しはしちゃいけないようなって思って」
「…へぇ〜甘いなぁお前」
「ほ、放っておいてください!」
「でも、俺は好きだぜ。その甘いところ」
「え?」

一陣の風が吹き抜ける。
一瞬だけ、朧が口にしたが、風の音でかき消されてしまうほど小さな声であったため聞こえなかった。

「さってっと。これからどうすんだお前?」
「えぇっと…その辺放浪しながら修行でもしようかと」
「それでも独りは辛いだろ。俺の知り合いに酒場経営しながら冒険者やってるやつが居るからそいつのところにいってみようぜ」
「本当ですか!?」
「ああ…お、俺も溜まってたツケ返さないといかんし…ついでな、ついで」
「わーい!ありがとうございます!やっぱり朧さん大好き♪」
「こ、こら、抱きつくな!」

後日談。
朧が壁を20枚も穴を開けたというが朧自身がぐるぐると回っていたかららしい。
本当に直線でこれば3枚ですんだとか。
84名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/20(土) 17:54:11 ID:vu8Vf4Vw
め、メモ帳で20kb…ちょっと長すぎましたかね_| ̄|○|||

お目汚しすみませんでしたー
|ミ
85名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/22(月) 21:26:34 ID:a1nhDS8o
目の前で両親斬殺されたのに、仇を殺すなとか、すぐにのろけたりとか…。
天然を通り越してアホの子に見えてしまうのがなんとも残念。
描写がさらっとしてるせいか、キャラクターがただ設定を喋らされてるように感じる。
86('A`)sage :2005/08/23(火) 02:41:14 ID:RSCyDJYI
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"

 

 勝利の実感はなく、ナハトはただ、盾という形をとった"力"を呆然と見ていた。
 盾だけではない。握った剣にも、頭の中にも、今までになった力の息吹や知識を感じる。
 自分の力ではない、何か不自然な別のものだ。それらを束ね、無意識に使いこなしたのも、まるで自分ではないような気がした。
 自らの意思でここに居る。その筈なのに。
 なのに今は、それが誰の意思なのかさえ分からなくなっていた。
 その力を求めたのは自分だ。欲して得られたのだから、それで良い筈だ。
 言い聞かせ、首を振る。邪念を振り払ってから、盾と向き合った。
 盾は何も語らない。ただの鉄の塊なのだから、当たり前ではあった。
 ふと、そんな自分を滑稽に感じて―――そういう状況でもないのだと思い出し、ナハトは倒れた弓手の少女を振り返った。
 振り返り、凍り付いた。
 レティシアが立ち上がり、こちらを見ていたからではない。無事な様子に驚いたわけでもない。
 見開かれたその双眸が、血を思わせる赤に染まっていたからでもない。
 彼女の背に、蝙蝠を思わせる一対の黒い羽が天を衝く勢いで広がっていたのだ。
 目に見えるほど腐り果てた魔力――瘴気が、黒い渦を巻いて周囲に漂い、ナハトの肌にもまとわりつく。
 かつて彼は、首都プロンテラで同じような存在を目の当たりにしていた。
 ロッテ=コールウェルの精神に寄生し、具現化した高位魔族、ブラッディナイトだ。
 異形の斧を本体にして現れたそれは、たった一体で首都の一区画に破壊と殺戮を撒き散らした。
 人が抗するにはあまりに強大すぎる存在だ。青年が放った術がどんなものであれ、それを使役できるわけがない。
 或いは、その認識が根本的に間違っているのか。
 どうあれ、エスクラと名乗った賢者が仕掛けた術は、レティシアの身体を媒介にして発動した。それだけは分かる。
「・・・・・・殺し合えって、そういう・・・・・・!?」
 ナハトは三度、海東剣を抜き放ち、盾を構える。
 充満する瘴気の濃さも、媒体にされた者の変異も、ロッテの時とは比べ物にならないほど強い。
 それでも、放って逃げる訳にはいかない。
 レティシアは自分を庇って術を受けたのだから。

 


 『憤怒の黙示録 2/2』
87('A`)sage :2005/08/23(火) 02:41:44 ID:RSCyDJYI
「それで、ナハト様はどうなりました」
 暗がりの中で少女が静かに問った。
 一寸の明かりも灯されていない部屋。
「剣を抜いて向かってきましたので、エスクラ様に対応をお任せしました」
 ともすれば少女の他に誰も居ないように見える暗闇の中から、冷えた女性の声が返ってくる。
 それは殺されるという意味に他ならない。あの気狂いとしか思えない賢者が、誰かに手心を加えるとは考えられないからだ。
「・・・・・・そうですか」
 しかし、少女は微かに溜め息を吐いて自嘲めいた笑みを浮かべるだけだ。
 悲しみも喜びもそこにはない。諦観するしか選択肢はないのだから、どんな結果になっても割り切ってしまうしかない。
 彼は、ナハト=リーゼンラッテはよくやってくれた。
 プロンテラ城からの脱出の成功、追手の撹乱と撃退。
 本当に彼はよくやったのだ。何も知らない一介の剣士にしては、上出来だ。
 そして、これ以上はもう必要ない。そう、割り切ってしまうしかないのだから。
「すぐにヌーベリオスの私兵団が来ます」
「数は?」
「多勢ではありませんが、ゲフェンの戦力で迎撃できる数でもありません。目的は関係者全てとサリア様の抹殺のようです」
 プロンテラ軍の規模が騎士団に劣るとはいえ、訓練された軍隊である事には変わりない。
 ゲフェンに踏み止まれば、潜伏している配下の者達もろとも皆殺しにされるだろう。何せ、枢機卿派の本隊は未だカピトーリナだ。数が違う。
「ドラクロワの護法騎士団は予定通りですね」
「はい。後はサリア様を無事にグラストヘイムへお連れするだけです」
「・・・・・・分かりました。先に出ますので、この建物に居る三人の後始末をお願いします」
「了解しました」
 言うが早く、部屋の窓が開け放たれる。いつの間にか立っていた黒装束の女性に、少女は目を細めて微笑む。
「苦労をかけますね、ヴェノム」
「いえ、役目ですので」
 端的に答え、窓枠を蹴って夜空へ跳んだ少女を見送ってから、女アサシンは両手のジャマハダルを抜き放った。
 宵の口とはいえ、闇に紛れて三人始末するなど容易い事だ。
 そう思い、簡素な部屋のドアノブに手をかける。そこで、彼女は首筋に異様な感触を覚えて動作を止めた。
 視線だけ落として見た。
 ―――幅広で肉厚の刃が、ピタリと押し当てられている。
「まぁ、なんだ、分かってると思うが、動くと首が落ちる。ホールドアップってヤツだな」
 背後の、声からして恐らく若い男らしき人物が陽気な声色で言った。
「あのモンクの子は今ひとつ詰めが甘いな。見ず知らずの奴をホイホイ信用するほど俺はお人好しじゃない。悪いが、誰も殺させないぜ」
「サリア様は本来高貴な身分のお方。駆け引きに長けていなくとも不思議ではありません」
「寝言をほざくなよ。興味もねぇ」
 男は押し当てた刃に力を込める。
 そこで何かが裂ける様な音と共に、軽い足音が響いた。
「グレイ、その人は殺さなくてもいい」
「ティータ?お前、あのモンクの子を追ったんじゃ・・・・・・」
「追ってもどうにもならない。殺しても捕まえても同じ事。それより、ナハトが危ない」
 少女の言葉に、ヴェノムは眉をひそめる。
 エスクラがあの剣士の少年に手を焼いているなどと、普通ではあり得ない事だ。
 ただの気狂いのセージに見えて、彼はシュバルツバルド共和国でも屈指の術者だ。三賢者の一人に数えられるその技術と知識は、決してミッドガルド
の冒険者に引けは取らない。一種、別次元でさえある。
 あの少年はとっくに死んでいなければならないのだ。経験も実力も、圧倒的な差があるのだから。
「おいおい、何だってんだ。あの坊主といい、モンクの子といい、一体何が起こってるんだよ」
 当然答えないヴェノムを一瞥しつつ、グレイと呼ばれた青年は吐き捨てるように呟く。そこへ、先程の少女の声が静かに告げた。
「全ては"引き裂かれた彼女"の為」
「・・・・・・!?」
 何故、知っている。
 思わず振り返ろうとしたヴェノムの首に、グレイの斧が押し付けられる。
 猛禽類のような鋭い視線を黒装束の女性に向けたまま、グレイは咥えていたタバコを吹き捨てて火を踏み消すと、また口を開いた。
「図星みてぇだ。ティータ、続けてくれ」
88('A`)sage :2005/08/23(火) 02:42:06 ID:RSCyDJYI
「かつて―――魔剣戦争が激化していた頃の事です」
 ウィザードハットを目深に被り、眼下のゲフェンの街を見下ろしながら、シメオン=E=バロッサは語る。
「魔剣を従えた魔女の台頭、グラストヘイムの魔族の勢力拡大と共にミッドガルドの各地で異形の者達が溢れるようになり、時の権力者達は様々な計画
で強大な魔族に対抗しようと画策しました」
「―――ホムンクルス計画ね」
 黙って聞いていた金髪の少女が重い口を開くのを見るや、シメオンは曖昧な笑みを浮かべて視線を街へ戻す。
「それも多くの企みの一つに過ぎなかった。あの計画で作られたホムンクルスは言わば人造の魔族で、それを良しとしない連中から見れば眉唾以下だっ
たわけですね」
「良しとしない連中?」
「大聖堂ですよ。あくまで神を信仰し魔族を天敵とする彼らは、人造とはいえ魔族に頼るわけにはいかなかったわけです」
 シメオンは肩をすくめ、流れる夜風に目を細めながら淡々と口を開く。
「そこで大聖堂の実質的な全権を握る枢機卿会は、どこぞの片田舎で"奇跡"と呼ばれていた少女を祭り上げて"聖女"に仕立てる事で、聖堂や十字軍のシン
ボルにしようと考え付いた。実際のところはともかく、生きた聖女が存在するなら士気や結束に良い影響を与えると踏んだんでしょう」
「お飾りの聖女、ってわけね」
「そう、オリヴィエという名の当時十四歳の少女はそんな思惑の下で、只の村娘から一躍聖女として歴史の表舞台に上げられる事になりました」
 哀れな話だ、と金髪の少女は首を振る。彼女も若かったが、そのオリヴィエという少女は更に年下だ。
 そんな子供がいきなりそんな環境に追い込まれて、平気な筈はない。少なくとも、自分なら重圧に負ける自信がある。
「無茶な話です。確かにオリヴィエの存在は士気の向上に繋がりはしましたが、それで戦況が好転するわけもなく、案の定、彼女は最終的には数名の、
それも聖堂とは関係のない、ある騎士団と軍の混成部隊に回されてしまいます」
 シメオンはそこで言葉を切り、例の陰惨な笑みを浮かべる。
「そして魔剣戦争後期、部隊はコモド周辺の最前線で奮戦するも敗走。オリヴィエはその戦いで流れ矢に当たって戦死しました」
「・・・・・・・・・なによ、それ」
「捨て駒ですね」
「そうじゃなくて!」
 少女はシメオンの術衣の襟首を掴み、怒りに満ちた顔を向ける。
「笑い話じゃないでしょう!?貴方、何で笑ってんのよ!?」
「笑えませんか」
 ウィザードの青年は言う。帽子の下の整った顔に笑みを張り付かせたまま。
「その部隊には幼い頃の私と、私の母も居た」
「・・・・・・え?」
「五歳にしてマジシャンを修了した私と、優れたウィザードだった母。それに歴戦の猛者とも言える槍使いの騎士と、若い新米の騎士が一人」
 古い記憶を思い出すように、シメオンは言う。
「その若い騎士は貴方も良く知っている人物ですよ、セシル=リンガーハット」


 髭を蓄えたその騎士は、久しく身に着けていなかった戦闘用の甲冑の重みに辟易しながらゲフェンの門を見つめていた。
 背には長大な両手剣を背負い、儀礼的な外見からは想像も出来ない機能性を備えたマントを羽織っている。
 重い分、それらが頑強な力である事を彼は知っている。その剣の、その鎧の重みが戦う力なのだと知っている。
 守るべきものを取り戻すための力だと、彼は知っている。
 髭の騎士は振り返り、僅か数名の手勢に向かって口を開いた。
「さて諸君、いきなりで何だが、俺はもう若くない」
 数は少ないながらも、場数を踏んだ屈強のクルセイダー達はその第一声に面食らって固まる。
「腕力では諸君の方が上だし、体力も遥かに劣る。これから戦おうとするプロンテラ軍の力に対抗するには俺はあまりに弱い」
 動揺が走る騎士達を後目に、髭の騎士は再びゲフェンを振り返った。
 塔を中心に栄えた魔法都市。再び彼の戦いの場となる街を。
「だが、歴戦の勇者である諸君の力を借りれるならば、数百の軍勢を退ける自信はある。長年の経験と勘を以って、必ず勝利を掴み取る」
 宵闇の中で、彼は抜剣する。
「カエサルセントの軍勢は張子の虎に過ぎない!長きに渡って惰眠を貪った兵に、私と同志諸君の剣を折る事が出来る筈もない!そうだろう!」
 クルセイダー達も返礼の代わりに抜剣する。
 髭騎士はそれを一瞥するや、クレイモアの切っ先をゲフェンへ向けた。
「枢機卿の剣達よ!私に従い、その力を示せ!"引き裂かれた彼女"の為に!」
89('A`)sage :2005/08/23(火) 02:42:46 ID:RSCyDJYI
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"




 僕は、何も分かっちゃいなかった。
 あの日、術にかかったレティシアさんと戦っても、再会したガルディアと対峙しても、
 目先の事ばかりに必死で、本当に大事な部分を見てなかった。
 本当にすべきだった事をしなかった。
 少しだけ強くなったからといって、何でも一人で出来るわけがなかったのに。
 手に入れたばかりの力で誰かを守ってあげようだなんて、傲慢なんだ。僕は、全然分かっていなかった。

 だから、選ばなければいけない。
 何を守るか。
 何の為に戦うのか。

 僕が本当に守りたいものは、何なのか。



 『螺旋 1/2』


 めきり、と音を立てて空間が歪むのを、ナハトは見た。
 魔力の総量が大き過ぎて、空間が耐え切れていないのだ。
 レティシアの周囲が陽炎の様に揺らめき、吹き出る闇は彼女の細い右腕を飲み込み、異形に変える。
 黒い右腕がクロスボウを掴むのと同時に、ナハトは盾を構えて地面を蹴った。戦うにせよ何にせよ、簡単に武器を手にさせてはならない。
 踏み込み、海東剣で斬りつけるも、レティシアの紅い眼は油断無くナハトへ向けられている。
 その異形の右腕が向きを変え、ナハトを漆黒の爪で薙ぎ払う。盾が耳障りな音を立てながらそれを防ぐが、長い腕のせいで剣は届かない。
「くそっ!この!」
 唸るナハトの中で、自覚しない力が発動する。
 握る海東剣の柄から切っ先までが白い輝きを帯び、力を得る。そのまま剣を力任せに十字に振るった。
 エスクラを一撃の下に切り伏せた剣技だ。しかし、レティシアの黒い腕はおもむろに海東剣の刃を掴むと、いとも容易く叩き返す。
 そこで、ナハトはようやくレティシアに寄生した魔族が、ロッテに寄生していたものより強力な存在だと気付く。
『許せナい』
 低く、レティシアは呟く。
『私の手ヲ奪ッた・・・・・・許セない・・・・・・殺ス・・・』
「な、何だって?」
 怒りに満ちた表情を浮かべ、ひたすらに呟き続ける。その様子に背筋が冷たくなりながらも、ナハトは問いかけた。
 ロッテがそうであったように、自我を奪われる類の術ではないのだろう。
 人の奥底に眠る感情を魔族が増幅し、感情に支配させる。その盲目的なまでの負の感情が瘴気を生み、そこを媒介にして存在が希薄になった魔族が
力を具現化させ、凶行へ導くのだ。
 その果てに、媒体にされた人間の魂を要求する。魔族自身の復活の為に。
 うまく出来た術だとは思う。恐らくはあのエスクラが弱らせた魔族を、何らかの方法で術に組み込んでいるのだろう。
 しかし、媒体の意識がある限り、凶行を止めるまではいかないまでも動きを鈍らせる事は出来る。
 媒体に語りかける事で術が綻ぶのだと、ナハトは既に知っていた。
『手を返セ・・・・・・ワタシの右手ヲ返せ』
 怒りが爆発し、瘴気が噴出す。
「手!?右手がどうしたっていうんだ!?」
『お前ガ奪っタ!』
 ずるり、と黒い腕が鞭の様に這い、ナハトを路地脇の壁に叩き付ける。
 奥底に眠る憤怒の記憶。増幅したその感情が黒い腕を伝わり、ナハトの脳裏に伝播する。
 血の赤に彩られた、レティシアの腕。
「怪我を?それで自動弓しか持てなくなって・・・・・・くっ!」
 折れる膝を見やり、ナハトは舌打ちする。自分が思っていたよりもずっと疲労が激しく、脱力感が全身を包んでいた。
 当然だったが、ナハトはレティシアにそんな重傷を負わせた事もなければ、彼女がそんな目にあったという事すら知らない。
 単なる勘違いというのも有り得ない。恐らくは故意に、記憶を操作されているのだろう。
 そんな事が出来るかどうかは分からなかったが、とうの昔に常識など通用しない世界に入ってしまっている。今更そんな疑問を投げかけた所で答え
が得られるわけもなく、ナハトは言う事を聞かない身体を鞭打って立ち上がる。
 レティシアの異形の腕は既にクロスボウを掴み、憔悴したナハトへ向けている。彼女の腕なら確実に外さない距離だ。
 引き金が引かれる。
 衝撃と激痛。ナハトの左の肩口をレティシアの放った矢が貫き、鮮血が飛び散った。
 肩口に当たったのは、ナハトが咄嗟に身を翻したせいだ。頭に向けられていた照準がずれただけに過ぎない。
 間違いなく、殺す気で放たれたものだ。
 ナハトは背を向け、夜のゲフェンを走った。
 疲弊した自分だけでは、もはやどうしようもない状況に陥ってしまっている。
 変異した腕による間合いの長さは接近戦を制し、中距離から遠距離に到ってはアーチャーであるレティシアの独壇場だ。
 魔法なら或いは打ち勝てるかもしれなかったが、生憎、ナハトはどちらも持っていない。
 しかし、彼女は追ってくるだろう。
 迎え撃たなければ、確実に殺される―――
90('A`)sage :2005/08/23(火) 02:43:10 ID:RSCyDJYI
「幼い私は母だけなく、オリヴィエや二人の騎士達に良く世話になりましたよ。今よりもずっと人間味に溢れた日々の中で、私は彼らを家族のように
思っていましたし、彼らも私を可愛がってくれましたし・・・・・・ククッ」
 嘲る様に、陰惨な顔でシメオンは言う。
「ですが・・・・・・母とオリヴィエが死んでから、騎士達も私も、この国に・・・・・・世界に、そして自分に絶望した」
 シメオンは金髪の少女を振り返り、掌に小さな炎を生み出して見せる。
「魔族によって荒廃したこの世界を支配するのは、所詮絶対的な力です。強きが弱きを淘汰する。これが、真理です」
「だから、貴方はアウルに従ったのね」
「そうです。彼が導く先には、人の身で得られる限界を超えた力があった。私は、彼を利用してそれを得ようとしました。まぁ、失敗でしたけどね」
 言い切ると、シメオンは炎を握り潰し、掌を術衣の袖に収めて夜空を仰いだ。
 それは、紛れもなくこの高慢で狂ったウィザードの黄昏だった。
 そうした経緯を経て彼は先の戦いに身を投入し、その結果として力を得るどころか、様々なものを失った。
 彼の左右の目は僅かに色が異なる。注視しなければ分からない程度の差だったが、片方の目が錬金術で作られた義眼なのだ。
 錬金術の義眼は魔術を起動させる際、微かに魔力に反応して輝いてしまう。先の戦いで私利に走り、片目を失った彼の、罪の烙印だ。
 シメオンは彼が奪った命とその罪を背負い、今もミッドガルドに留まっている。
 自らの探究心の為と誤魔化しながらも、贖罪の為に戦い、ホムンクルスである金髪の少女――セシル=リンガーハットを研究し続けている。
 セシルのような人型ホムンクルスは本来、定められた年齢に達すると成長が止まる。
 そして定められた稼動年月を過ぎると、死ぬ。その寿命の設定は彼女達を作った本人が生きていない以上、定かではない。
 シメオンはその寿命を調べ、来るべき死を克服する術を模索しているのだ。一生を賭けても成し遂げると、決めていた。
 セシルとシメオンが先の戦い以後に初めて遭遇した際に彼はそう宣言し、それ以来セシルの前に何かと姿を現している。
 彼女にとってはありがた迷惑もいい所ではある。研究とはいえ、それは生活の全てを彼と共に過ごす事と同義だ。しかも、いつまでかかるかは分か
らないのだと言う。死ぬかもしれないとはいえど、そんなものを受け入れるわけにもいかない。
 だからといって、セシルはシメオンを毛嫌いしているというわけではなかった。
 彼の戦う理由も、その贖罪の術も、きちんと理解した上である種の羨望の念さえ抱いている。教職に就くというありきたりのやり方でしか、先の戦
いで得たものを生かせない自分とは――名を偽って過ごす"ルイセ"とは、何もかも違うのだから。
「さて、私が見た所、あのサリアと名乗る少女はオリヴィエに類似し・・・・・・そして、フェーナ=ドラクロワと同質の存在です」
 おもむろに話を戻すシメオンに、セシルは怪訝な顔をする。
「それは私も感じてはいたけど、結局はどういう事なの?生まれついた力が高いってだけじゃない?」
「・・・・・・その程度なら市井の冒険者にも腐るほど居ます。しかし、"聖女"は違う」
 ちっちっ、と舌打ちしながらひとさし指を振り、シメオンは両手を使って掌大の光球を生み出す。
「オリヴィエは公の記録に残っているような"お飾りの聖女"ではなかった。実際は"百眼のドラクロワ"を遥かに凌駕する神の力を宿していたんです」
 シメオンの生み出した球を見やりながら、セシルは曖昧に頷く。
「この表現は正確ではないんですが・・・・・・まぁ、後でお話します。とりあえず、聖女オリヴィエは人間に収まる限界を超えた力を持っていました」
「それがどうかしたの?」
「彼女は私の居た部隊が壊滅した時に死んだとされていますが、それも間違いです。実際は重傷を負いながらも何とか生き延び、部隊と共にグラスト
ヘイム付近に敗走してから・・・・・・」
 そこでシメオンは言葉を切り、思い出すように目を閉じると、不意に打って変わって苦い声色で問う。
「――人間は、信じていたものに裏切られた時、どういう行動に出ると思います?」
「・・・・・・復讐、かな」
 セシルもまた、顔を伏せてその先を察する。
 ウィザードの青年は言葉を濁し、しばしの沈黙の後で口を開く。
「オリヴィエの力は重傷を負っていたにも関わらず、強大でした。軍や聖堂が彼女達を捨て駒にしたと知り、オリヴィエはその力の全てに覚醒して
プロンテラへ向かおうとします。自分を裏切っていた者達に復讐する為に」
 シメオンは掌の光の球を持ち上げ、
「私達はオリヴィエと戦いました。ですが、憎しみと怒りの衝動に飲み込まれた聖女の力は、人間を遥かに凌駕していた。まさに神に等しい力の前
に騎士達も倒れ、残ったのは枢機卿会の愚図達と母と私でした」
 それは壮絶な戦いだったのだろうと、セシルは想いを馳せる。倒れた騎士の中には、彼女も良く知っているあの髭の騎士の姿もあっただろう。
 彼らが何を思い、その剣を振るったのかをセシルは知らない。ただ、結末だけを知らされる。
「物理的にオリヴィエを倒すのは不可能だった。神の力を無尽蔵に借りる事のできる地上においては、少なくとも無理だった。そこで母や枢機卿会
の者達は彼女に禁術とさえ言われていた術式を用いました」
「禁術?」
「分かりやすく示すならこうです。このソウルストライクの光をオリヴィエに例えるなら・・・」
 シメオンは光の球を指で切り分ける。二つ、四つ、八つと、分断された光は小さな球になって増え続ける。
 やがて増え続けた光は無数の粒子になって夜の闇に消えた。
「こうして分断してしまえば、総量はそのままに、単体で見れば打ち倒せなくもない力になる」
「・・・・・・まさか、そんな事できるわけ・・・・・・」
「事実、私の母は命と引き換えに禁術を用いてオリヴィエを複数の魂に切り分けた。そして枢機卿達がそれらを更に人間の中に封じる事で、無限と
もいえるオリヴィエの力と意思を封殺し、廃人になった肉体は騎士の剣で破壊されました」
 それがちょうど二十年と少し前の事です、と付け加え、ウィザードの青年は締め括り、
「そして―――当時の枢機卿の生き残りが、リチャード=ドラクロワ卿とユーゼフ=フロウベルグ卿です。彼らは各々の妻にオリヴィエの魂を封印
していました。それは彼らの妻達の死後、娘であるフェーナ=ドラクロワとサリア=フロウベルグが受け継いだ、と私は推測しています」
 セシルはシメオンの話を聞きながら、先の戦いを思い出して呟く。
「フェーナは死んだわ。ジュノーで、あの人が・・・・・・アルバートさんが見てるから、間違いない」
「知ってます。だから余計に不味いんですよ」
 シメオンは肩をすくめ、
「切り分けられたオリヴィエの魂を宿した者が、受け継ぐ先のないままに死んでしまうと不味いんです」
「どういう事?」
「調べたところ、魂を切り分けて封印した者達は四人。先述の二人と大貴族だったランダース卿なんですが、彼は一家ごと謀殺されたらしいので除
外します。残りの一人は・・・・・・偉大なる騎士、ベルガモット=スヴェン」
 その名を聞くや、セシルは顔を上げてシメオンを見た。シメオンもまた、セシルを見ている。
「ベルガモット自身は先の戦いで行方不明、妻は娘が誕生した直後に病死。娘であるマリーベル=スヴェンは・・・・・・言わなくてもお分かりですね」
「・・・・・・ええ、そうね」
 全てが繋がっていく。まるで螺旋のように。
「受け継ぐ先のない魂は、他の魂と引き寄せ合って元の形へ還る。そして最後の一人であるサリアという少女が死んだ時、オリヴィエは完全に復元
されてしまう・・・って、聞いていますか?」
「シメオン」
「はい?」
 訳の分からない、といった感のウィザードに、セシルは悲痛な面持ちで問いかける。
「貴方は覚えてない?フェーナに誘われてアウルの元へ行った、私の友達のプリースト・・・・・・貴方ともジュノーで一度会った、あの子のフルネーム」
「あの上位スキルの使い手の少年ですか・・・・・・はて、記憶にありませんね・・・・・・?」
「そう、知らないのね」
 セシルだけが、理解した。彼が再びセシルの前に現れた時、手にしていた力の正体とその理由。
 数多の因縁を経て、彼もまた、復讐の聖女の魂を受け継いでしまっていた。そういう事だったのだ。
「バニ=ランダースよ。多分、彼がその貴族の息子」
 絶句するシメオンの前でセシルは踵を返し、ゲフェンタワーから一望する景色を見下ろす。
「誰も彼も、私のせいのようなものじゃない・・・・・」
 悲嘆に暮れるその背中に、計算高くも不器用なウィザードの青年は何も言えず、視線をあらぬ方へ逸らす。
 それでも、彼女が決然と固めた意志を投げ出す事はしない人物だと、シメオンも知っている。
「・・・枢機卿達がどういう目的で動いているのかは分かりませんが、オリヴィエの復元だけは絶対に阻止しなければなりません」
「・・・」
「それに貴方の生徒であるあの少年も、何とか保護しなくてはいけない事を忘れないでください。彼は軍に捕まれば殺されるに十分な事をしでかし
てますからね」
 だからこそ、シメオンもそれだけを告げてテラスを後にした。
 悠長に感傷に浸れる事態ではないと、言わないままに。

91('A`)sage :2005/08/23(火) 02:48:03 ID:RSCyDJYI
こんばんは。新鮮な流れの最中に遅筆の化石が投下していきます。
忘れ去られてそうだなーと感じつつ・・・話の内容的にも。
筆は止めずとも、投下は止める潮時なのかとも思う今日この頃。

それでは。
92名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/23(火) 11:41:52 ID:gQboFIeI
止められたら楽しみに待ってる私はどうすれう゛ぁーーー!!
93名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/23(火) 12:26:47 ID:GXpj.xoQ
あれ… なんだか('A`)さんの書き込みの中にあってはならない言葉が…
フィルターがかかってて俺には良く見えないな(つдと)

止めるのは止められませんが全部書ききってからにしてくださいね。
謎を残したままなんて酷すぎますから。
94とあるモンクsage :2005/08/23(火) 20:28:01 ID:YpMUYLuU
くはぁぁっ!そうきたかっ!

ここに来て怒濤の展開、前作の疑問点(バニの唐突な覚醒など)が
踏襲されつつも解き明かされる!
加速し始めた物語のスピードに思わず肌が粟立つ!
読者に妄想の隙をあえて与える憎い配慮!
壮大な世界観に既存の設定に囚われない自由な発想!
これがエンターテイメントかっ!!

大丈夫、俺は百千万劫という七回生まれ変わっても到底足らない時間すら待てます。

(注:百千万劫とは、乱暴に言うと、一劫がでっかいお山に、天女が百年に一度、
天から舞い降りて羽衣でふわぁ、っとひとなでして全然削らずすぐに天に帰って
それを繰り返して、お山を更地にすることが出来ても一劫ですらないという時間的単位です。
(他に異説沢山あり))


一ヶ月かけてA4で20枚前後の設定作りに費やし、
初めてオリジナル長編というのを試みている自分にとっては
長編かける人はやっぱりすげぇであります!!
仕事か寝るか風呂かしかなかった八月がやっと終わったので、
('A`)氏に触発されて書く意欲が燃えてまいりました!
95名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/23(火) 21:51:24 ID:7ngfVlik
更新きたー。ってさりげなくバニ死亡フラグが・・・
('A`)氏の小説、いつも楽しく読ませて頂いております。
個人的には、最後まで投下して頂きたいです。
96SIDE:A 古城の深層と過日の真相へsage :2005/08/23(火) 23:13:12 ID:xLnqx5Jg
なんだか今回のを書き上げてみたらアフォのように長いので保管庫に直であげてみました。
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%B8%C5%BE%EB%A4%CE%BF%BC%C1%D8%A4%C8%B2%E1%C6%FC%A4%CE%BF%BF%C1%EA%A4%D8

>('A`)さま
('A`)様が化石なら、私はせいぜいが土中の毒ガス弾ですね。
色んな伏線が解けて来てドキドキです。それと共に、勝手な事を書いたのを上手に料理していただいて
感謝感激であります。あんまし〆ぽんをお借りしていると('A`)様も書きにくそうだし、すっぱりやめようかなとか
書く前には思っていたのですが……、やっぱり中毒症状から抜け出せませんでした(苦笑

それと、前回の座談会ではお目にかかれず残念でした。あれやこれや聞きたかったのに(笑

>銀兎さま
段々中身が読みやすく、段々行間が豊富になってきますね。空白行の使い方も演出なんだなぁ、と
今更ながらに思ったりしつつ。長編(中篇くらい?)と言うと大勢が死ぬような殺伐とした世界ばかりだと
思っていましたが、凄く等身大で楽しめました。禿、むかつくし(笑

>丸帽さま
私も読後真っ先に“道”を思い出しました。爺様の活躍もさることながら、個人的には聖騎士他の
元子供たちがまだ存命中にたどり着いて共闘し……、でも力及ばず彼らが一人づつ倒れていって
血の涙を流す展開も見てみたかった(鬼
少年が成長するのもいいですけど、老兵が燃え尽きるまで戦う描写も燃えますね。書けないけどorz

>花と(中略)さま
コミカルな描写と意外と(失礼)シリアス風味な中身のギャップが面白く、楽しみにしています。
実は当方>54なのですが、個人的に元戦闘員のおねえさまが好みなのでその描写に力を入れていただけるように
念を送っておきます。ぬーん。

>75さま
読後感としては、少し尻切れトンボにまとまってしまったように見えて残念です。ごめんなさい。
多分、別の方もおっしゃってるように最後のきょぬーユラさんの性格がおかしく見えたのです。
あえてネジの壊れた少女(実はホムとか魔族とか)であると言う含みなら、もっと前から根本的に
壊した方がいいかなー、とか思います。
あと、三人以上のシーンでも、セリフのみで数行進むところが多かったかな、とか。
後者は私の好みに過ぎないのですが、あまり会話が連続するのはシーンが軽く見えたり……。
偉そうに色々すみません。頑張ってくださいませ。

>白髭さま
テロって良くある題材ですが、それのみを描写したのはあまりないかも。それが斬新であり、かつ
読後の寂しさを増す要因でもある感じです。描写が面白ければ、最後に転、結を期待するのが人情。
今は承までな気がするのです。ところで、“お兄ちゃん”って書きたかったと言うのはプタハおじさんの
内心の声ですか(嘘

ふぅ、なんか感想も長々と……。長々と書ける喜びを噛み締めつつ、久々のスレの夜明けを愛でましょう。
最後に、倉庫を保管してくださった方にお礼申しあげます。SIDEは放置とのことですが、
あんなの放置で構いませんとも。
97('A`)sage :2005/08/25(木) 05:01:18 ID:JOj3.BCk
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 自分は自惚れていたのかも知れないと、ナハト=リーゼンラッテは思い返してみてそう思う。
 現に、守るべき対象であったはずの少女達が居ないだけで、窮地に立たされてしまっているのだから事実だ。

 ―――本当に、守れていたのかい?

「・・・っ」
 肩口に刺さった矢を引き抜く。鈍く、肉の裂ける音が耳朶を叩く。激しい疲労のせいか痛みは少なく、それだけが救いであるかのように思う。
 実際はそうではない。痛みよりも、無力感がナハトの心を引き裂いていく。
 気の狂いそうな闇と、冷たい岩肌。
 どこまでも深遠な暗闇を見つめていると、今の自分の状況もひどく他人事のように思えてしまってならない。
 しかし、確かに自分は戦っているのだ、と自分自身を鼓舞してやり過ごす。そうでもしなければ、多分、ここで死ぬしかないのだから。
『ナハト=リーゼンラッテ!』
 少女の怒号。
 ゲフェンの地下迷宮を反響する大声に、ナハトは舌打ちする。ここまで追ってくるとは。
 盾にしていた大岩に、無数の矢が弾かれる耳障りな音。居場所も露見しているらしかった。
(この声、それに弓・・・やっぱり、あの子だ・・・)
 肩から上に上がりそうにない左手で重厚な盾を持ち上げ、立ち上がる。
(戦えるのか・・・あんな子と)

 ―――守るべきものはなんだい?

 自問する。

 ―――守るべきは誰だい?

 しかし、答えは迷う前に出てしまっている。そうだ。
 遮蔽物の多いダンジョンに逃げ込んだのも、弓を相手にするに有利な地形だったからで、全て計算の上だ。
 ナハトは戦いになると攻撃的、かつ酷く冷静になる自分を自覚している。時折、えげつなくさえある戦術をも迷わず選ぶ自分。

 ―――それで、いいのかい?

 そんな自分に、今になって初めて違和感を覚える。
「・・・やるしか・・・」
 所詮、彼女と自分は追う者と追われる者なのだ。そして自分は、ここで死ぬわけにも、捕まる訳にもいかない。
 サリアを守るために。
「やるしかない!」
 盾で上半身の急所を防御しつつ、ナハトは岩陰から走り出る。そこへ、暗闇から容赦ない射撃が襲い掛かる。
 矢をことごとく盾で散らし、海東剣を抜き放ったナハトは、闇の向こうで彼にクロスボウを向ける弓手の少女の姿を見た。
「レティシアさん!」
 名を呼ぶ事で何かが変わるわけでもなかったのだが、それでも、彼は何かに逆らうかのように、怒りに燃える少女を呼ぶ。
 その瞬間、ナハトの視界は白く、ただ白いだけのものへ変貌した。



 『螺旋 2/2』



「僕は何も守れなかった」
 青い髪の青年が、言う。ナハトへ背中を向けて立つ彼の表情は伺えない。
 彼とナハト以外に何もない世界。例えるなら青空の様な、曖昧で白く、青い世界。
「あの時の・・・クルセイダー・・・?」
「うん、久しぶりだね」
 柔らかい声色で青年は言う。昔と、教会で会っていた頃と変わらない、安心感さえ覚える優しい口調。
 同時に憎しみの対象でもあった、声と背中。
「僕は、何も守れなかったよ。君の言う通りだった」
「はっ!だろうな!あんたには何も出来やしない!あの時だって母さんを助けられなかったんだからな!」
「・・・そうだね」
 青年は頷き、振り返る。
 憎悪のままに言葉を吐きかけようとしたナハトは、そこで思わず口をつぐむ。
 彼は酷く冷めた顔でナハトを見ていたからだ。
「だけど、君も僕と同じだ」
「な・・・に?」
「僕と君は似ている。お互いに守るべきものがあったのに、それを守らなかった。大切なのは何かを忘れてしまった」
 淡々と青年は言う。
「スレードが僕の力と記憶、心の一部を君に分け与えた。君の能力が一気に高まったのはそのせいだ」
 微かに落胆の色を表情に浮かべながら。
「なのに君は、その力の使い方も使い道も間違えている。僕がそうだったように、君の中にも混在した復讐の聖女の意思に、その囁き
に惑わされている。きっと僕と同じように、何も守れないままに終わってしまうだろう」
「僕とあんたは違う!間違ってなんかいない!」
「そのアーチャーの少女を殺すのが、間違っていないと言うつもりか!君は!」

 我に返る。
 ゲフェンダンジョンの薄暗い迷宮の真ん中で、海東剣を誰かに突きつけて立つ自分に、気付く。
 周囲には無数のモンスターの骸。
 焼け焦げて原形を留めていないものの、焼ける臭いが生物のそれだ。
 記憶にない。なのに、分かる。これは自分がやったものだ。グランドクロス。クルセイダーの技で、確かにナハトが行ったものだ。
 そして、追い詰めていた側だった筈のレティシアが、ナハトの前に倒れている。右手に絡みついた影と闇の異形も半分以下の大きさ
になり、充満していた瘴気も魔力も弱り果てていた。
 焦げたクロスボウが足元に在った。突きつけた剣の切っ先はレティシアの細い首筋に浅く刺さっていた。少しだけ流れた血が、赤か
った。眼に焼きついた。吐き気がした。
「なんだよ・・・これ・・・・・・なんだよ」
 震えた手から零れ落ちた剣と盾が、地面を抉る。
 後退った足のブーツに、砂利が纏わりつく。
 エスクラを斬った。許せなかったから、怒りに任せて剣を振るった。
 そして、後悔した。その筈だった。なのに、また、今度はレティシアを殺そうと。
「違う!違うんだ!僕は・・・僕はこんな事を望んだんじゃない!」
『それがあの聖女の意思。偽りの意思と運命を君の前に提示し、導き、殺す、呪い』
「なんだよそれ!?」
『君は見た筈だ。君を導いた夢、聖女の感情を。それを介して君を導いたんだ。自らを守らせ、その復活を助けさせる為に』
 ナハトは見続けていた夢を思い出す。だが、あれは自分の意思だった筈だ。
 それとも、それすら操作されたものだったとでもいうのか。
「サ、サリア?・・・サリアがこんな事を?」
『違う。でも、あの少女は止めなければいけない。守るのでもなく、殺すのでもなく』
「じゃあどうしろって言うんだよ、あんたは!?」
 声だけになった青年へ絶叫する。訳が分からない上に、やはり自分は無知だったのだと突きつけられて、どうしろというのか。
『君が正しいと思った事を、その眼に成すべきと映った事を・・・その答えは、最初から君の中に在った筈だ』
「僕が・・・正しいと見た事を?」
 黒髪の少年は自棄になって頭を抱えていた手を握り、開いて、見た。
 この戦いへ身を投げる前、イズルートで剣士ギルドに通っていた頃はなかった、手に出来た無数の豆を。
 その手で確かに剣を振るったのだ。あの内気なロッテを救い、憎い敵である軍のウィザードを助け、レティシアの涙を払い、
 サリアを、守った。
『今、曇った君の眼に、その心に、僕の声と言葉は届いているかい?』
 青年の声が頭の中を反響する。
 同時に、倒れていたレティシアが息を吹き返して起き上がる。その双眸は未だに紅く、魔に囚われたままだ。
 しかし、グランドクロスによって与えられたダメージは大きく、足はよろめき、存在が定着しているのがやっとといった様子だった。
「レティシアさん・・・!」
 唸り声を上げるレティシアに、ナハトは歯を噛み締める。
『届いているなら、過ぎ去ってしまった僕達の願いと、失われてしまった大切なものへの思いを、君に受け継いで欲しい』
 レティシアの姿と、別の誰かの姿が重なる。
 長い髪の、美しいプリーストの姿。そして、ナハトはこの青年が守れなかったものを知る。
『その為の力を、君に』
 それを自分が守らなければならない事も。
「・・・・・・貸してください。力を」
 剣と盾は拾わず、少年は目に見えない流動する何かを練り上げてイメージを作り上げた。
 物理的な攻撃ではレティシアは救えない。彼女に巣食った異物は、剣では取り除けないのだ。
 白光が足元から噴き出し、ナハトは両手を広げて束ねた理力を解き放つ。託された記憶と力を行使し、その技を発動させる。
「"プレッシャー"」
 鉄槌を思わせる光が、レティシアの身体に打ち下ろされ、瘴気もろとも身に巣食った魔族を打ち払う。
 ナハトはその閃光の向こうで、背を向けて去っていくクルセイダーの姿を見た気がした。

 不意に降りてきた光に、レティシアは血溜まりの中から顔を上げた。
 失った何かに苛立ち、嘆き、湧き上がる憤怒に身を委ねていたのが嘘のように、穏やかな気分になっていた。
 背後では男の姿をした何者かが呻き、足掻いて苦しんでいる。うわ言の様に何かを口走り、レティシアの方へ寄ろうと苦心している。
 レティシアは取り敢えず、血まみれなのもお構いなしに拳を握り固め、男の頬を思い切り殴り飛ばしてみた。
 何となく、だ。特に理由も感情もない。
 殴り飛ばされた男は砕け散るように霧散し、跡形も無くなった。途端、血溜まりの世界が砕け散り、忘れていた全てを思い出す。
 そういえば、エスリナはよくルークを殴っていたと思う。

 成る程、やってみると、癖になりそうなほど心地良いものだ―――

98('A`)sage :2005/08/25(木) 05:02:22 ID:JOj3.BCk
 どさり、と倒れ込んだレティシアを受け止めると、何となく抱き合うような格好になってしまい、ナハトは安堵しつつ、苦笑した。
 レティシアが倒れる寸前、両目がちゃんと開いているのを確認している。言い訳のできる状況ではない。
「ご、ごめん」
 だから、取り敢えず謝る事にした。
「・・・・・・貴方ねぇ・・・こういう時って、分かってても黙ってるもんじゃない?ふつー・・・」
「は、はは・・・」
 腕の中でレティシアが身じろぎをするのを確認し、ナハトはずるずるとそのままダンジョンの地面にへたり込んで曖昧に笑う。
 グランドクロスの影響で怪我などをしていないかと心配だったのだが、憔悴はしているものの目立った外傷は負っていないようだった。
 あの青年がうまくやってくれたのかもしれないとも思う。ただ、それは、彼にしか分からない事だ。
 もういない、彼にしか―――
「あ、立てる?平気?」
 ナハトは思考を打ち切り、平静を装って尋ねるも、レティシアは答えず、蒼い前髪の下で辛そうな顔をする。
「普通じゃないよね、本当・・・あんな事の後で、他人の事心配してさ・・・」
「・・・」
 ナハトには何となく予想出来ていた事だった。
 ロッテがそうだったように、魔族に囚われていた間の記憶は残っていた。暴走する感情に任せた自分の行動に、心を痛めない訳がない。
 幸い、彼女は誰も殺めずに済んだ。その事を幸運に思うべきかも知れない。けれど、それを口にしたところで何も変わりはしない。
 傷付いた心は、癒せない。
「しかも自分を殺そうとした本人だよ?貴方、私を殺せたでしょ?何で?」
「・・・あぁ・・・もう・・・こんなのばっかりだな、僕」
 ナハトはやはり苦笑し、埃だらけの顔を腕の中の少女へ向けて言う。
「誰も、誰にも泣いて欲しくない。泣き顔が嫌いだから、僕は。それだけなんだと思う。全部、最初から」
 断言した。嘘偽りない、自分の意思だ。
 それから、ナハトはレティシアの首筋の傷へ手を当てて目を閉じる。
 いつだったか、そう、あのモンクの少女と初めて出会った時、彼女が施してくれた治癒の呪文を思い出しながら、呟く。
「ヒール」
 緑色の燐光が傷を包み、癒す。サリアほどでもなければ、あの仮面のプリーストにも及ばない程度のそれは、それでも確かにレティシアの
傷を癒し、ダンジョンの冷えた空気に解けるようにして消えた。
「うわ、出来たよ」
 冗談でやってみた事が上手くいったので、ナハトは腹の底から可笑しくなって笑う。
「・・・何それ。適当だったわけ・・・っていうか本当に剣士なの?貴方」
 ぽかんとしていたレティシアも釣られて笑う。抱き合って馬鹿みたいに笑うのは、傍から見れば滑稽かも知れなかった。
「いいから行こう。こんな所でぼやぼやしてられる状況じゃないみたいだ」
 レティシアが立てないらしいのを察すると、ナハトは彼女の肩を担ぎ、ゲフェンダンジョンの出口目指して歩き出す。
 ナハトも満身創意なのは変わりなかったが、ちっぽけな彼の意地が勝った。
「あと僕はナハトっていう名前があるんだから、そう呼んで欲しいけどね・・・っ!」
 情けない剣士は笑う膝を黙らせて歩く。レティシアはそんな彼の冷や汗だらけの横顔を見ながら、弱く微笑む。
(まず自分にヒールしなさいよ・・・)
 溜息を吐きながら、情けなくも頼りがいのある肩に寄りかかり、思いを馳せる。
 ―――支える事が、生きる意味になると信じていた。
 エスリナの為に生きて、戦って死ぬ事が、自分の生まれてきた意味であればいいと思っていた。
 けれど、それは違う。戦い以外の他に何もないと思っていた自分が、そうやって逃げていただけだ。
 耐え難い憤怒の中で、逃げながらも立ち向かってきたナハトの姿。結果として、敵である自分を手にかけなかった彼の姿に、違う可能性を
見出すことが出来た。泣き顔が嫌いだと言う彼の甘い言葉に、納得してしまった自分が居た。
 そういう風に生きてみたいと、思ってしまったから。
「さようなら、少佐・・・」
「え?何?」
「・・・何でもない。さっさと歩いて、ナハト」

 

99('A`)sage :2005/08/25(木) 05:03:03 ID:JOj3.BCk
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 宵闇の中を地鳴りの様な轟音を響かせて迫る騎兵達に、ゲフェンの東門に詰めていた騎士達は慌てて剣を抜く。
 舌なめずりしつつ、駆け抜ける怪鳥の背の上でそれを見たガルディア=ルーベンスは彼らの反応の鈍さを嘲るように叫ぶ。
「皆殺しだ!続け!」
 紅の鎧に、紅蓮の両手槍を水平に突き出して騎士目掛けてチャージする。ペコペコの加速が乗った槍は易々と騎士の甲冑を貫通し、横薙ぎ
に振るわれて騎士の胴体が引き裂かれた。
 突撃から一転、騎士達の中心で騎乗したままガルディアはヘルファイアを振るう。
 突き、薙ぎ払われる両手槍の重みと熱量の前に、軽装の騎士達の甲冑は何の意味も成さない。木の葉の如く散らされるだけだ。
 更に後続の二騎がガルディアの仕留め損ねた騎士を槍で貫き、城門に骸を築き上げた。
 鬼神の如き戦いぶりを見せる騎士の少年の背後で、城門の上から数人のアーチャーが矢をつがえて身を伏せている。それを目ざとく見付けた
女騎士は、ガルディアへ向けて警告した。
「ルーベンス隊長!門上に弓兵が三、魔法士が二!敵対行動!」
「あぁ!?小賢しいんだよ!」
 ガルディアはヘルファイアを振り回して周囲の騎士を蹴散らすと、ピタリと槍の穂先を城門の上へ向ける。刹那、ヘルファイアから火線が伸
び、アーチャー達の中心に着弾して爆ぜた。
 悲鳴。吹き飛んだ炎と木材の破片に混じって落ちてきたアーチャーが地面に叩き付けられて絶命する。ガルディアはその骸をペコペコで踏み
超えて門の内側に躍り出ると、退避しようとしていたプリーストへ目掛けて槍を投擲する。
 運悪く後頭部から槍に貫かれたプリーストは、断末魔もなく、痙攣しながら前のめりに転倒して動かなくなる。
 門に詰めていた兵力が全滅したのを確認してから、ガルディアは死骸からヘルファイアを引き抜き、二騎の部下に槍を向けた。
「バルターはここで待機、オーロラは俺に続け!フロウベルグとカートライル、その仲間を探して抹殺する!行くぞ!」
 真紅の騎士と女騎士のペコペコが見えなくなってから、残された甲冑の騎士は舌打ちして槍を抱え、ペコペコから降りる。
「・・・・・・ルーベンスの野郎、手柄を独り占めかよ。ふざけやがって」
 悪態を吐いてみるが、ガルディアよりもずっと年功のあるこの騎士でさえも、彼の腕前や暴力の前には成す術も無い。
 面と向かって言える訳でもない、ただの愚痴だ。聞く者が居なければ気分が少し晴れるだけ。それだけの事だ。
 しかし彼の不幸は、聞く者が居ないと思い込んでいた点だ。背後から彼の首に腕を回して短剣を突き付けんとする人物の存在に気付いていれ
ば、或いは違った結果になっていたかもしれない。
 何にせよ、騎士は悪態を吐いていた口を塞ぐ事も出来ずに硬直した。喉元に浅く当てられた刃の感触に戦慄し、息を吐くことも出来ない。
 それは、紛れもない殺人の意思を纏っていた。冗談でも何でもなく、死そのものが形を成したかのように、彼の背後に在るのだ。
「二つ、お前に聞きたい事がある。答えろ」
 背後の人物はそう言い、騎士の甲冑の隙間・・・・・・ちょうど、脇の下の辺りにも右の短剣を差し込む。
 騎士はいよいよ蒼白になった。手際からして、この背後に居る男は間違いなく暗殺者の類だ。殺人を作業として特化させている、殺人者だ。
 戦士や騎士とは異なる。誇りや騎士道の下に刃を振るい、正面から敵を倒すことを美徳とはしない。
 殺すと宣言すればそうするし、殺さないと言っても逆らえばやはり殺す。そこには美徳も情もない。それがアサシンだ。
「わ、わかった・・・答える」
 騎士は余計な詮索もせず、質問にだけ答える事にした。詮索してタブーに触れてしまえば、首筋と脇下の短剣が黙ってはいないだろう。
「一つ、お前は軍の騎士か、それとも騎士団の騎士か。誤魔化さずに正直に答えろ」
 男の声は実に端的な口調で問う。
「ぐ、軍だ!ルーンミッドガッツ軍第一中央師団・・・」
「所属はいい、余計な事は喋るな。二つ目、お前達の目的を確認する。フロウベルグとはサリア=フロウベルグの事だな?」
「そ、そうだ。確実に殺せと命じられている」
 騎士が答えると、背後の男は僅かに戸惑いながらも、何か思案しているようだった。
 それ以前に、ガルディアの言葉をこの男が聞いているというのは脅威に値する事実だった。先程の一戦を前にして、この男はごく自然に声の
届く範囲に居た事になる。それは、在り得ない事だ。下手に隠匿の術を用いて姿を消していたとしても、あの激しい戦いに巻き込まれずにやり
過ごすのには、相当の技量が必要になる。
「それから、カートライルとはプロンテラ軍少佐、エスリナ=カートライルで間違いないな?」
「あ、ああ・・・そいつも殺せと命じられている」
「・・・誰の命令だ」
 一転して、男の声は怒りを抑えているかのような静かで、低い声色になる。
「カ、カエサルセント公だ」
 そして、騎士が答えるなり、首筋に回されていた手と脇下の短剣が解かれ、騎士の背中に衝撃が襲い掛かる。
 咄嗟に振り返った騎士は、闇夜に溶け込んだ暗殺者の姿を見た。
 その紅く輝く双眸と、映える銀のかかった白の髪。そして、異様なシルエットの黒装束。
 騎士はとても人間とは思えないそれを、まさに化け物かと錯覚した。瞬間、仄かに青白い光が騎士の頭を突き抜け、意識を失って昏倒する。
「自分の腹心でさえ使い捨てか・・・・・・軍の英雄とやらは」
 アサシンは吐き捨てると、両手の短剣を腰の鞘に収めて跳躍する。
 そして、物理法則を無視したかのような高さを飛び、焼け焦げた城門の上に立った。
「それにしても妙な流れだ。ベルガモットに昔聞いた話だと、その聖女は最後の一人の死亡によって目覚めるんだろう?カエサルセントもそれを
承知していない筈がない。大体、フロウベルグ親子がそいつを蘇らせるつもりなら、娘が自殺するか父親が手にかければいい話だ」
『私の考えが正しければ、単純にそれだけ狙ってるんじゃない。もっと・・・・・・良くない事をしようとしてる』
 アサシンの耳朶に直接届く少女の言葉に、彼は眉をひそめてゲフェンの街並みの向こう―――グラストヘイムの方向を見る。
「どのみち、最初から止められる事じゃない。過去に過ちが引き起こした禍根の種が、先延ばしにされて今芽吹くってわけだ」
『それでも、私達は出来る事を成さなきゃいけない。この汚くて美しい世界の為に』
「・・・そうだな。その通りだ」
 アサシンは頷き、夜風に白の髪を晒す。
 再び戦場に舞い戻った黒装束は、久しく使われていなかったというのに、身によく馴染んでいた。
『・・・アルバート』
「ん?」
 そう呼ばれるのもまた、久しい。
 黒のアサシンは目を細め、少女の次の言葉を待つ。
『おかえりなさい』

 

 


 『慟哭』
100('A`)sage :2005/08/25(木) 05:03:30 ID:JOj3.BCk
 遠い爆音に目を開けた少女は、そのままベッドから跳ね起きて手近にあったアークワンドを取って部屋の壁まで駆けると、一つしかない窓と
扉へ油断なく向けて警戒の視線を素早く、部屋中に巡らせる。
 殺気も何者かの気配もない。何の異変も起きてはいない。
 それから高鳴る鼓動を静めるのに数秒、状況を理解するのに数秒を要してから、ようやく大きく溜息を吐いた。
 汗ばんだ深紅の髪をかき上げ、床にへたり込む。それから可笑しくなって、何となく口元を歪めた。
「悪癖だな・・・そう何度も襲撃を受ける筈はない・・・」
 杖を床に置き、全てを放棄して静まり返った宿の一室で呆けてみる。それも悪くはなかったが、生憎と先程の轟音は幻聴ではない。
「エスリナだ。今の音は何だ」
 無意識に念話を繋げ、ゲフェンの何処かに居るであろう部下と同行者達に呼びかける。
 しかし、何の応答もない。三人のうち誰かが出るだろうと踏んでいたエスリナは、その異常性に気付くまで時間を必要としなかった。
(戦術結界が敷かれている?大規模戦闘でも始まったというのか)
 同室を予約していたレティシアの姿も荷物も、部屋には見当たらなかった。
 結局、日中の日差しにやられてしまったエスリナがルークに運ばれて宿で倒れる前から、かなりの時間、連絡を絶っている事になる。
 レティシアにしては珍しい事だ。あの忠実なアーチャーの少女が、無連絡で独断行動を行うというのは少し考え難い。
 向かいの部屋を確認してみるも、カルマはおろか、ルークの姿も無かった。当然のように二人の荷物さえ置かれていない。
「どいつもこいつも・・・何をやっているんだ」
 簡素な部屋の真ん中で孤独を噛み締めてみるのも一興だが、やはりそんな場合ではない。
 そこで、ようやくあまりの暑さに下着姿で寝てしまっていた事に気が付いた。
 仕方なく、昼間に散々けなしていた市井のウィザードの衣装に袖を通す。やはり布地の薄い、レオタードのような格好だ。
 しかし、汗でべとべとになった軍衣を着るよりは遥かにマシだったので愚痴を呟く程度にして厚手のマントを羽織る。
 よくよく考えてみれば、向かいの部屋を確認した時も下着姿だった事になる。
「・・・・・・居なくて良かったか・・・寝起きはどうも呆けていかんな」
 もしルークなどが居たら、また流血騒ぎだっただろう。
 あられもない姿を見られるのがどうというわけではない。彼へ抱いている感情は、そういうものだ。分かっている。
 ただ、過去の戦いで傷付き、痕だらけになった肌を見て喜ぶ男は居ないだろう。
 エスリナはそういう世界の人間だ。人並みに誰かを愛し、結ばれる事など在り得ない。彼女自身、そう信じ込んでいる。
 だから、不要にしてしまえばいい。
 そんなものは要らないと、思い込んでしまえばいい。
 それで少しは楽になれる。
 思考を切り替え、エスリナは宿を後にしてゲフェンの街へ歩み出る。
 冷えた夜の空気は思いの他、心地良い。しかし、戦術結界によって念話や日常生活で扱われる雑多な魔術を封じられたゲフェンの街には、
やはり独特の静けさがあった。
 この魔術都市は過去にも幾度とない大きな戦いの舞台になっている。それ故に、住人は結界や異変には敏感だ。
 出来るだけ関わり合いにならないように、巻き込まれないように、家の片隅でじっとしているのが賢明だと知っているのだ。
 それは、冒険者や戦いの当事者達には都合の良い事だ。手段を選ぶ事無く、事を運べる。
 エスリナは大通りを進み、ルークやカルマ、レティシアの姿を探すも、その途中ではたと立ち止まる。規則正しく鳴り響く爪の音が、そ
の重みが、ゲフェンの石畳を介して足から、そして耳から伝わってくる。
(この爪の音は・・・軍用のペコペコ・・・冒険者のものではないな)
 マントの下からアークワンドを取り出し、エスリナは街角の向こうから早足で駆けて来る騎兵を注視する。
 騎兵もエスリナに気付いたのか、怪鳥に装着した手綱を手繰り寄せ、歩みを止める。
「カートライル少佐」
 ペコペコの上で、ヘルムを脱いだ女騎士が妙に澄んだ声で言う。
 エスリナはその騎士の顔を知っていた。
「ん・・・お前は確か・・・オーロラ、だったか」
「・・・・・・はい。お久しぶりです」
 他でもなく、彼女が剣士ギルドを出て軍に入った時、面接を担当したのがエスリナだった。
 ちょうどレティシアと同期の少女で、槍を得意としていた。剣士ギルドでの成績も優秀で、軍属になってからも高い評価を得ていた才女だ。
「元気そうで何よりだ。今は騎兵団に籍を置いていると聞いたが、相変わらず男連中にも引けは取っていないようだ」
「おかげ様で」
 エスリナは冷たい表情を崩して笑う。騎士の少女も少しだけ笑い、それから真顔になり、
「それより―――今、お一人ですか?」
 そう、尋ねた。エスリナはその変化に怪訝な顔をしつつも、頷く。
「はぐれてしまってな」
「・・・そうですか」
 がしゃり、と少女の甲冑が揺れる。ペコペコの脇に備え付けられたホルダーから、長身の槍が外されたのだ。
 エスリナはそれを、ただ見ていた。理由を頭で理解はしていたが、感情がそれを認めようとしなかったからだ。
 オーロラの手が槍を水平に構え、自分へ向けるのを凝視しながら、ただ呆然としていた。
「カエサルセント公の命により、カートライル少佐・・・・・・貴方を、処刑します」
 澱みない口調で彼女がそう告げるのを聞きながら、エスリナは既に動いていた。
 考えるより早く、突撃してくる騎兵の―――ペコペコの走る軌道を読み、回避。魔術を起動させ、解き放つ。
 静から動へ。染み付いた本能がエスリナの体を衝き動かし、すれ違いざまに騎士の胴体目掛けて雷撃を撃ち込む。
 轟音。
 文字通り、女騎士の体は宙を舞った。加減無しに放ったエスリナのライトニングボルトは、自然現象の雷に近い。直撃して人間が五体満足
でいられる威力ではない。
 主を失ったペコペコも、石畳の上に転倒して動かなくなる。
 怪鳥の肉が焼ける臭いだけが夜の闇の中に残り、静寂が訪れた。
「・・・・・・何故だ、オーロラ・・・」
 吹き飛び、倒れた女騎士の傍まで歩き、エスリナは尋ねる。
 騎士は絶命はしていなかったが、甲冑ごと半身が焼け爛れ、煙を上げている。
 一目で分かる程の致命傷だった。鎧の下では炭化している部分もあるかもしれなかった。
 騎士は激しく咳き込みながら、言う。
「任務・・・です、から」
 その言葉にエスリナは首を振り激しい口調で詰め寄る。
「そうではない・・・!何故・・・・何故、加減をした・・・!」
 髪を振り乱して跪くエスリナに、騎士は火傷を負った顔で微笑む。
「少・・・佐」
「お前の実力なら私を討てた筈だ・・・!違うか・・・!?」
 エスリナは無意識に反撃する最中、この少女が槍の穂先を僅かに逸らしたのを見逃さなかった。そして、放とうとしていたライトニングボル
トを解除しようと試みたものの、間に合わなかった。
 もし槍の穂先が逸らされていなければ、或いは、エスリナは一撃の下に葬られていたかもしれない。
 そんな紙一重の攻防を、騎士の少女は一歩退いたのだ。緋色の魔女を相手にして、それは死を意味する。
「・・・逃げて、ください。カエサルセント公は本気で・・・貴方を・・・」
 言い澱み、咳き込む。そんな騎士の姿を、エスリナは目を見開いて凝視していた。
 信じていたもの。
 軍という居場所。
 それに追われる立場になったのだと、今、彼女が命を賭して警告してくれている。
 不条理も度が過ぎていた。理不尽で、あんまりだ。
 割り切って処理できる物事の限界を遥かに超えている。
「軍に・・・入った頃から・・・憧れていた貴方を、討てる訳がない、から・・・私、は・・・」
 騎士は最後に咳き込みながら言うと、酷く穏やかな顔で目を閉じ、息を大きく吸った。
 それから何かを呟き、エスリナが必死に聞き耳を立てようと顔を近づけた時、
 彼女は既に、死んでいた。

101('A`)sage :2005/08/25(木) 05:03:59 ID:JOj3.BCk
 僅かにドアが軋んで開く音に、蝋燭の火を見つめていたロッテ=コールウェルは勢いよく振り返り、その愛らしい顔を落胆の色に染めた。
 ドアノブを握ったまま、そんなアコライトの少女の様子に面食らった青髪の青年はそのままのポーズで頭を掻き、
「・・・・・・・あー、悪い。やり直す」
 その告げてドアを閉め、律儀にノックをする。
「俺。入っていいかい?」
「は、はい。どうぞ」
 ロッテは戸惑いながらも答える。青年はのそのそとドアを開けて部屋に入ると、ぎこちない挙動で後ろ手にドアを閉めた。
 図体の大きい青年を見上げるようにして、ロッテは椅子から立ち上がる。
 大柄でなくとも、殆ど初対面の男性だ。若干、緊張してしまう。
「名前、何だっけ。君」
「ろ、ロッテです。はい」
 気取られないよう平静を装って答えるも、青年はバリバリと豪快に頭を掻きながら苦笑する。
「ロッテ、悪ぃが、あの少年は買出しから戻ってない。モンクの子もどっか行っちまった」
「そ・・・そうですか・・・」
 お見通しのようだったので、ロッテは素直に頷いた。
 再び椅子に座り込むロッテの前に、青年も椅子を持ってきて座る。向かい合ってしまうと、やはり緊張するのか、ロッテは目を伏せたまま
彼を見ようとはしなかった。
「まるで、迷子みたいな顔だ」
「・・・え?」
「全然知らない場所に放り出された子供みたいな目。君も、あの少年も、本来居るべきじゃない世界に叩き込まれた様に見えた」
 青年はそう言って笑い、あっけらかんとするロッテへ、重い何かが詰まった袋を差し出す。
 受け取ったロッテは、その中身を見るなり目を見張り、青年の顔を見た。
「これ・・・!?」
「あの少年はもう遅いかもしれない。踏み入れてしまった世界が、奴を必要としている。俺には・・・そんな気がした」
 袋にはロッテが見たこともないような量の、沢山の金貨が詰まっていた。
 下手をすれば家が買えてしまう位の金貨を手に目を白黒させる少女へ、青年はやはり頭を掻きながら煙草を取り出すと、
「だが、君は違う。まだ引き返せるかもしれない」
 煙草に火を点けながら青年は天井を仰いだ。
 反論を受け付けるつもりはないと、その仕草は告げている。
「だから、夜が明けたらその金を持って家に帰るんだ。帰る場所がなければ、アルデバランへ向かえ。あそこはシュバルツバルドも近い。金さえ
積めばいくらでも国境を越えれる。そうすりゃ、ひとまずは安全だしな」
「で、でも」
「・・・あの少年の事は忘れろ。それからどこか遠くで静かに生きるんだ。いいな?」
 紫煙をくゆらせながら青年は立ち上がり、背を向けて歩き出す。
 手の中の重い袋を抱えたまま、ロッテはあの情けなくも力強い黒髪の少年を―――ナハトの事を思う。
 きっと、彼はまた戦っているのだろう。何も知らないまま、ひたすらに何かを守ろうと、ただ、それだけの為に血を流しながら。
 その傍に自分の居場所はあるだろうか。
 現に彼は一人で行った。青年の素振りからして、もうここに戻ることもないだろう。
 自分は必要とはされていない。少し前まではただの商人で、今も初歩の治癒さえままならない非力なアコライトくずれでしかない。
 追っても足手纏いにしかならない。それ以前に、追えるかどうかも定かではない。
 青年の言うように、何処か遠くへ去るのが最善だ。
 分かってはいた。
「・・・でも」
 彼があの日、プロンテラでロッテの手を引いた時、彼女は期待してしまった。
 無知なままで駆け出した彼の背に、あの時死んでいても不思議ではなかった自分に、未来があるように思えた。
 彼が手を引いて導く先にある何かに、強く惹かれてしまった。
 そして、そんな安堵を与えてくれるのは彼だけだ。あの、いつもボロボロで自信のなさそうな、頼りない剣士の少年だけなのだ。
「あぁ、そうだ」
 青年はドアの前で立ち止まり、思い出したように振り返ると、
「俺もティータもちっとばかり用事が出来たんでしばらくここには戻らないと思う。少なくとも今晩のうちは無理だ」
「・・・?」
「だから朝までにロッテが何処へ行こうと俺は干渉できないな」
 青年はそう断言すると、扉を開けて早々に立ち去ってしまう。
 彼の言葉を反芻し、ようやくその意味に気付くと、ロッテは金貨の詰まった袋をベッドに置き、椅子から立ち上がった。
 青い簡素な紐で長いブラウンの髪を束ね、ビレタを被る。身支度といえばその程度なのだが、見ればグレイの座っていた椅子に長い棒状のもの
が置かれていた。
 全く気付かないうちに、彼が残していったそれを手に取る。
 長い銀の柄の先に、同じく銀で装飾された宝玉があしらわれている。一目で分かるほど立派な法杖だった。
 同時に、一度見た事のある物だと思い出す。
 ナハトと共に見た、引き出しの中の古い写真。その写真に写っていたアコライトの持っていた杖に、よく似ているのだ。
 それがここにあり、そして、青年がそれを置いていった事、持ち主アコライトがここには居ない事。
 考えてみれば、容易に想像がつく。
 マリーベル。彼女は、もう何処にも居ない人間なのだと。
 ―――そんな大事なものを自分が持っていても良いのだろうか?
 階下でグレイ、或いはティータが外へ出て行く足音が過ぎ去り、静寂が訪れる。蝋燭の光を反射して鈍く揺らめく杖も、かつてその場所で生活
していただろう少女も、何もロッテに語りかけはしない。
「お願い・・・」
 杖を抱いて祈る。
 願わくば、彼女の遺志と自分の意思が同じ方向を見ていますように、と。
 その力の僅かと、その勇気の僅かを、自分にも与えてくれますように、と。
 あの少年の助けに足るように。
 それから、ロッテは荷物袋を背負い小走りに駆け出した。
 部屋を振り返らずに後にする。
 その背後から、微かに花の匂いが届いたような気がした。

102('A`)sage :2005/08/25(木) 05:18:52 ID:JOj3.BCk
こんばんは、投下していきます。

>>92さん、93さん
弱気ですみませんでしたOTL
頑張って投下していきたいと思います。

>>とあるモンクの人さん
そんなに大した事じゃないです。
あと、再びキャラをお借りします。長編、楽しみにしておりますね。
・・・A420枚って・・・うわぁ・・・凄いですねー・・・。

>>95さん
ありがとうございます。頑張ります。
稚拙な文章ですがもうしばらくお付き合いくださいOTL

>>保管庫の偉い人さん
読ませていただきました。私もあれほどの語彙力を持っていればと羨ましい限りです。
フェーナの最期のくだりは上手いなと思うのと同時に涙腺に来ました。
座談会には出来れば参加したかったのですが、予定が合わず、泣く泣く見合わせました。
また機会があれば是非参加したいものです。
・・・聞きたい事ってなんでしょう・・・?


では、また。
103名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/25(木) 11:56:59 ID:Ubln9mVg
 花と月と貴女と僕 7

 主だった街道を避け、奇妙な偶然で出会ってしまった僕等は山路を進んでいた。
 行き先は、ミホによればフェイヨン。但し、通常冒険者が通る様なルートじゃない事は前記の通り。

 それは兎も角として。
 まずは、時間を巻き戻す事にする。
 時は、未だ月が高く空にあった時間へ。

 ロボが、再び煙草を吸いながら、宙に目をやっていた。
 ミホは、何処まで話したものかと思案しているようだった。
 その様子に、僕は僅かに不満を覚える。

「話す事なんて何も…」
「いやいや、待てって」
 ぷい、と顔を逸らして言い捨てるミホに、しかしロボが言葉を投げた。
 彼は、その様子に、困ったように一度頭を掻くと、僕の方に向き直る。

「と、まぁ、嬢ちゃんの様子から察せれるだろーが、ちと話せる事ばかりじゃなくてな。
 当たり障りの無い事しか俺等は喋れないが、それで良ければ話してやるよ」
 ま、お前さんは逃げられないんだから、フェアとは言えねぇけどな、と続けた。
 …そうだった。思わず忘れていたけれど、僕は追われていたのでした。
 主に変態集団木賃宿、及び最凶な店主、及び警察組織は僕の敵っ。
 イエーイ、まるで犯罪者。むしろ犯罪者そのものだーっ!!

「だいじょうぶ? さされたのは、ぶるーたす?こんもどぅす?」
 思わずorzした僕に、ツクヤが声を掛けてくる。

「…ウォル。一体何を教えたのよ…」
 呆れた様な表情で、ミホが続けた。

「と、兎に角…話してもらえるなら、お願いします。
 ごほん。えーと、先ず…ロボさんにミホさん…いや、あなた達は一体何者なんですか?」
「存外鋭いじゃねーか、ウォル。俺はてっきり、焦りまくって訳判んねー事を言うんじゃないかっ、て思ってたよ」
 はっは、とロボは笑い、更に続けた。

「さぁて。何から話したもんか…ん、お前、教会ってどんなとこかぐらい知ってるだろ?
 俺等も似たような立場でね。最も、こっちは連中が言ってる様なのじゃなくて、土着信仰だけどな。
 んで、その神様の重要な行事をしなきゃならないんだが…教会の強硬派から酷ぇ横槍が入ってなぁ。
 後な、その女の子の事は、本当に不測の事態だったんだ。ま、そこはカンベンしてくれや。
 と、ここまで言っといてなんだが、俺はどちらかと言うと部外者なんでな」
 ちら、と彼は女に目配せする。

「ミホ嬢ちゃん。出来れば、こっからはアンタの口から説明してやってくれねぇか?
 俺が言っても説得力に欠ける。それに、坊主はもう逃げられないんだしなぁ」
 何となく不吉な台詞を口にしながらロボは促す。

「ちょ…逃げられないって」
「言葉通りさね。お前は、『今の自分の立場から逃げられない』」
「……」
 多少、いや大変不本意ながらその言葉は紛れも無い事実だった。
 プロンテラには戻れないし、お尋ね者になってしまえば国中に知れ渡るかもしれない。
 勿論、自分ひとりで逃げると言う選択肢は言うまでも無くノーだ。

 後の祭りだけれど、今にして思えばこの女の子に出会う、という偶然が発生した時点で、
僕の取る事が出来る未来、というのは限られたモノに絞られてしまったのかもしれない。
 そう、例えばある種のゲームの様に。

 僕が、そんな事を考えていると、沈黙を肯定と受け取ったのか、もう一度促されたミホが、一歩こちらに歩みよった。

「…はぁ。何で私が、こんな男に命じられないといけないのよ…」
 溜息を一つ。ここに居ない誰かに向けた愚痴を、僅かに彼女は零していた。
 ──やがて、訥々と言葉を紡ぎ始める。

「ロボが言った通り…私達は、一言で言うのなら、フェイヨンの土着宗教の信徒。
 旅人と月の神様をお祭りしてるんだけど。教会の連中は自分達の神しか認めないみたいでね。
 自分達以外の神様なんて見たくもないんでしょうね、祀る私達ごと存在を消したくて消したくて堪らないみたい」
 横槍が入ってるなんて言ってたけど、むしろ異端の浄化と言った方が近いわね、と続ける。

 僕は、何処か自嘲が混じった風な彼女の言葉を黙って聴いていた。
 それは、ひょっとすると自分達が世に決して認められない存在だと悟っているが故なのやも。

「──世の中には、実は沢山の神様が居て、色んな人が、姿は見えないけど、その方たちは常に、信じてる人達の事を見てる。
 私は、教会が言ってるのよりも、そっちの方がずっと素敵と思ってるんだけど。
 どうやら…上辺だけでも、神様は一つじゃないとだめみたい。
 教会は自分達の神様の為に、私達を存在させておきたくないみたい。
 でも、それでも、信じたいし、押し付けられたくなんてないわね。
 兎も角。私達は、その神様の為に、もう少ししたら、一年分の力を蓄えてもらう為のお祭りをしなきゃならない訳」

 女の唇が、薄く吊りあがった。酷く危うげな印象。
 抑圧され、いっそ完全に望みなど絶ってしまいたいのに、それでも残された幽かな望みに縋ろうとする。
 ──しかし、一方でそんな自分を嘲笑うニヒリズムの色も、そこにあった。
 僅かに、僕は不快感を覚える。こんな顔は──好きじゃない。

「それで? つまり、ミホさんは、そのよく判らない宗教を信じてて、アナタの口ぶりだと、その宗教は危険でない、と。
 でも、それだったら幾つか判らない点が残ったままですよセニョリータ。
 例えば、その宗教が祀ってる神様の名前とか、お祭りなんかでどうして力が蓄えられるのか、とか」
「…貴方が知る必要は無いと思うけど?」
「あんたにとっての安全や、その宗教の考えが僕にとっての安全とは限らないじゃないか」
 ちら、と一瞬後ろのツクヤを見る。
 ぴくん、と僕の視線に反応したけど、それだけ。
 ミホは、その様子を見て、喋らざるを得ない状況だと悟ったのか、ぎりと一度悔しげに歯噛みする。

「神様の名前は…月夜花(ウォルヤファ)。それから、何故、お祭りが力を蓄える事になるのかは…」

 一拍間を置いて、言葉を続ける。
 そして、酷く怒りの篭った目線で僕を睨んできた。

「そもそも、私達が信じている様な神様は信じる人が居ないと存在出来ないのよ。
 どうしてフェイヨン地下の荒れ寺に松明が絶えたりしないと思う?細々とだけど私達が祀り続けてるからよ。
 でも、もう私達の様に、月夜花様を信じてる人は殆ど居なくなってしまったし、あの御方は貴方達みたいな連中に害され続けてる。
 本当なら、お祭りなんか無くても、ずっと坐しましてる筈だけど、もう、それ無しじゃ存在することも出来なくなってるのよ。
 それが、私達がお祭りをしなければならない理由。
 そもそも、貴方達が害さなければ貴方達を害する様な事もなかったのよ。あの御方は、旅人の神様でもあるんだから。
 これで喋れる事は終わりよ──二度は言わないわ」

 回想は終わり。
 視点は現在へ。
104名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/25(木) 11:57:42 ID:Ubln9mVg
 …つーか、大変な事に巻き込まれてしまったものだ、と我ながら思う。
 ミホやロボに比べれば、自分が話した事は殆ど内容が無いようなものだった。
 出会いはそもそも偶然だったし、その後の事も、彼等が食堂で見聞きした以上の事は無い。
 これからの目標にしたって、余りに漠然としてて黒マントに笑われたぐらいだ。

 月夜花。
 口の中で、その名前を転がしてみる。
 言うまでも無く、FD(フェイヨンダンジョン)の主。
 無数の九尾狐(クミホ)を従え、巨大な鈴を手にし、死者の穴倉に住まう悪魔。
 僕や、他の冒険者にとってはその評価が一般であり、全てだろう。

 だが、冒険者みたいな人種とは又別に、そいつを大切に思っている人間が居る。
 もしも、僕がもう少しベテランで、騎士やクルセイダーだったら、一笑に伏すだけなのかもしれない。
 狐面のミホ(元戦闘員)にしたって魔に組するもの。その一言で終わりだ。
 腰の剣でざくりと一刺し、苦しみも悲しみも無く家畜の様に屠り奉るのやも。

 だけど。
 残念ながら、僕はまだそこまで割り切った考え方は出来ないみたいだった。

 嘆息して、空を見上げる。
 とっくの昔に月は沈んでいて、そのかわりに木々の枝の合間から青い空が覗いている。
 が、それとは正反対に僕の心は全く晴れない。

「…あぢぃ」
 いや…むしろ、凶暴性すら錯覚させる真夏の日差しに少々辟易していた。
 僕達は、これまで進んでいた山道から一旦、谷川へと下っている。
 理由は、休憩と水場で一旦飲み水を補給する為。
 ロボが先頭に立ち、その後ろにミホ、更に少し遅れて僕とツクヤが続いていた。

 僕が顔を横に向けると、ツクヤの横顔。
 月影の元では蒼く銀色だった髪は、木漏れ日の下では亜麻色に変わっていた。

「どしたの?」
「いや、何でもないよ。ただ、相変わらず元気だなぁ、って」
 鬱蒼とした木立と藪の坂道を転ばないように気をつけながら応える。
 女の子は、一応曲がりなりにも男の僕が鬱になるぐらい、未だ快活さを失っていない。
 …一応、名誉の為に付け加えておこう。
 僕は、昨日の夜、黒マント達と話してからずっと歩き通し。
 ロボはともかく、ミホまでも無口になる様な強行軍であったのだからして、むしろ女の子の体力の方がおかしいのであります。

 はぁ、と溜息を一つ。
 それから、穏やかな木漏れ日が急に強い日差しに変わる。
 顔を上げると、せせらぎ。谷の坂道が終わって、流れの速い沢に辿り着いていた。



 さらさらさら。
 みずがながれるおと。

 いっぱいのみどり。かぜのおと。ぽよぽよしたかわいいぽりん。
 せみのおと。

 いっぱいのおとのなかで、ぼうっと、すわってた。

「ロボさん、ここ、一体どの辺りなんですか?」
「んー、今はポリン島ってとこだな。フェイヨンまではここからが本番ってとこか」
「マジデスカ…」
「ああ、マジだ。ったく、体力のねぇ奴だな。ほれ、水汲み手伝え」

 つよいくろいひとと、やさしいひとがはなしてる。
 こわいおんなのひとは、ちょっとはなれたばしょ。
 ちらっ、とみられる。めがあっていた。

「……」
 わたしをみて、すこし、かなしそうなめ。
 なにもいわない。
 …でも。

 ぷい、とわたしはかおをそらしてた。

「ん…何か聞こえねぇか?」
「空耳か、そうじゃなかったら冒険者じゃないっすか? ここ、狩場ですし。ちょっと見てきます」
「おいおい。追っ手だったらどうする気だよ?」
「一目散に逃げますよ。んな心配しないで欲しいな。これでも逃げ足だけには自信が…」
「……言いながら自虐に凹まれても困るんだがなぁ。まぁ、いいか。好きにしろ」
「へーい。…って、ツクヤさんツクヤさん、あなたがついて来ちゃだめだってば」
「どうして?」
「どうして…って」

 こまったようなかおのうぉるさん。ろぼがわらう。

「ツクヤは留守番だ。ほれ、ウォル、とっとと行って来い」

 わたしは、むすっ、としたかおでせなかをみおくっていた。
10575sage :2005/08/29(月) 15:35:30 ID:suXVK0HM
わたた、いますよいますよ、逃げたわけじゃないですよー。
旅行に行ってたので色々遅れました。

>>ユラリスについて

えーと、それには理由(ワケ)が。
…あるんですが書かなきゃわからんって話で。
根本的に壊せない理由もそこにあります。
すいません、今はバラせないのでカンベンしていただきたいです…。
ヒントは芝居。馬鹿に見えるのも中途半端に壊れてるのもそのせいです。

>>描写について。
返す言葉もございません_| ̄|○|||
素直に修行しなおしてきますね(´・ω・`)

>>('A`)様
いつも大変楽しく見させていただいてますー。
上手いなぁと思いながらもう一度自分の描写を見て愕然。もうちょっとマシな描写覚えろ自分。
負けないように努力しますです(・ω・´)(いつになるやらとか言わないで)
それと突っ込みどうもでした〜。前に書いたやつを友人にみせたら「くどい」と一蹴されたもので(´・ω・)
ただの言い訳です。何事もやりすぎはだめってことですね。
全員の好みには合わせられないんだなと痛感しつつもそれに近づくように頑張りたいです。
でわ。皆さん突っ込みありがとうございました(`・ω・´)
106('A`)sage :2005/08/30(火) 03:40:54 ID:1h73VfmM
>>75さん
あれ?
えっと・・・まず、突っ込んだのは私じゃないです。
私は感想は書けども意見をする事は殆どないのです。
あと、今はまだ感想は書けませんが読ませて頂いています。頑張ってください。
107SIDEのひとsage :2005/08/31(水) 01:46:07 ID:UE9tB98M
>>75
多分それは私の突っ込みです。('A`)さまからの指摘だったら嬉しいでしょうにすみませんorz
108名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 04:07:30 ID:EsQ1SlmY
さてさて、文神達が降臨している中でポっと出の俺が投稿ですよ。

「変わらないもの」

魔法都市ゲフェン中央に存在する巨大な建造物、ゲフェンタワー。
地下には地上とは全く異なる闇の世界が広がっており、奥には嘗て滅んだ古代ゲフェニア王国へと続く道があるという曰くつきの建物である。
そこには多くのモンスターが存在し、また多くの財宝が眠っているという。
そのせいだろうか、ここは多くの冒険者が集まる地となっていた。
ある者は己を高めるために。ある者は自らの力を試すために。ある者はそこに眠る富を手に入れるため。
彼らはその地で剣を振るい、魔術を唱える。
そこが古に栄えた王国の全てが眠る場所だということも忘れて……。

「兄貴ぃ、本当に行くんですかい?」
ゲフェンタワー地下、そこかしこに群生している発光性の苔によって仄かに照らされた暗い空間を3人の男が歩いていた。
一人は髪を真っ直ぐに逆立てたローグの男。険のある顔つきはローグという職業にふさわしい。
顔面に走る大きな傷跡が彼の迫力をさらに大きなものとしているが、全身に纏う雰囲気も彼がそれなりの場数を踏んできたことを証明している。
それに続く二人は共にシーフ。ローグとは違ってこちらはまさしく街のチンピラといった感じだろうか。
表情はローグに対しての媚がはっきりと表れており、体つきも決して逞しくはない。
自らを高めるということをせずに、ひたすら他人の影に隠れて生きてきた者の姿である。
強い相手には尻尾を振り、弱い相手は徹底的にいびり倒す、そんな様子がありありと思い浮かぶような男達だった。
「この階層は異界の力が強くって、地上とは全く違った空間になっているっていう噂ですぜ」
「そうそう、現れるモンスターも上とは比べ物にならないほど強力だって……」
「あぁ?だからなんだってんだ。お前ら、なんのためにこんな辺境のダンジョンまで足を伸ばしたと思ってんだ!?」
周囲には3人の声だけが響いていた。
「い、いや、でもですね……。ヒッ!?」
周りからは彼ら以外に人の気配は感じられず、時折闇の中から不気味なうめき声のようなものが響いてくる。
今まで街の裏道で通行人から小銭を巻き上げる程度の事しかしてこなかったシーフ達は、この薄暗い世界の持つ異様な空気にすっかり気力を奪われていた。
「このゲフェンタワーの地下にはな、古代の王国がそのままの姿で眠ってるって話じゃねぇか。そしてそこには嘗てその繁栄を支えた魔法技術の結晶とも言えるお宝が山ほど残っているともな」
そんな二人を呆れた目で見つめた後、ローグはシーフ達の耳元で囁いた。
「そいつを手に入れれば俺達は一気に億万長者だ。酒と女に囲まれる毎日が送れるんだぜ?それにな……」
そして顔を離すと持っていたダマスカスを腰に挿し、背に担いでいたコンポジットボウに火矢をつがえ、
「ここのモンスターが……」
暗闇に放った。
「……」
「……」
二人のシーフは一体何をしたのかわからないというような表情で矢の吸い込まれていった方向を見つめていたが、次の瞬間その疑問は氷解される。
「オ……オォォォ……」
矢の射られた方向がパっと明るくなったと思うと、そこに炎に包まれた人影が見えたのだ。
生ける屍、グールである。
リビングデッドと呼ばれる彼らは、生前に強い想いを残して死んだ者が死後闇の力で蘇った姿だ。
同種の魔物にゾンビがいるが、グールの魔物としてのレベルはそれよりも数段階上位。
動きは愚鈍だが耐久力・攻撃力に優れ、中途半端な攻撃ではその活動を停止させることはできない。
油断していると上位職ですら命を奪われることもある。
だが、ローグはそんなグールの姿を認めても表情は変えず、流れるように次の矢を放った。
今度放たれたのは破邪の力を秘めた銀の矢、それは真っ直ぐにグールへと向かい、寸分たがわずその眉間を貫いた。
全身火だるまとなり、頭を銀の矢で打ち抜かれたグールは数歩、ローグ達の方へと歩を進めたがやがて力尽きたのか倒れて動かなくなる。
活動を停止するとそれまでグールの肉体を覆っていた魔力的な保護が失われ、火の勢いは一気に強まり、肉体はグズグズと崩れていった。
それなりに距離は離れているものの、ローグ達の下まで肉の焦げる嫌な臭いは届いてくる。
「上とは比べ物にならないくらい、なんだって?」
悪臭に顔をしかめているシーフ達を尻目にローグは獰猛な笑みで問いかけた。
「ヘ、ヘヘヘ…いえ、なんでもありやせん」
一人は引き攣った笑みでそれに答え、もう一人もそれに倣う。
「先に進みましょうか、きっとお宝はもうすぐそこですぜ」
動かなくなったグールの横をとおりすぎ、誰が掛けたのか分からないつり橋を渡ると3人は開けた空間にたどり着いた。
そこは四方を壁で覆われており、奥には噴水のある広場と古い屋敷が見える。
そこへ向かうための道とおぼしき石の敷かれた通路には両側に大きな石柱が立てられており、それまでに見かけた廃墟や墓地とは明らかに異なる雰囲気を醸しだしていた。
「ほぉ、これはこれは。なんともいい感じの場所じゃねえか」
ローグは躊躇うことなくそこに足を踏み入れていく。
二人のシーフもそれに続いていった。
109名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 04:09:48 ID:EsQ1SlmY
3人がそこを探索し始めて10分ほど立ったころであろうか。
「兄貴!兄貴!こいつを見てください!!」
突然シーフの一人が大声を張り上げた。
「何か見つけたか!?」
ローグはすぐに声のした方向へと走り出す。
見るとシーフが地面を覆った朽木と瓦礫を取り除こうとしていた。
ローグがたどり着いた時、すでに瓦礫は取り除かれ、そこには表面にびっしりと不可解な文字が記された階段が存在していた。
その下に広がっているのはどこへ続いているかも分からないほどに深い闇。
階段を挟んでローグと向かい合っているシーフ達の顔には自慢げな笑みがみてとれた。
「……よくやった。こいつは、間違いねぇ。王国の管理文書によればゲフェンタワーの地下は3Fまでのはず」
ローグは満足げな表情で続ける。
「存在しないはずの4Fへの階段か。ククッ、どうやらゴールは近いらしい、な!?」
突如、それまでヘラヘラと笑っていたシーフ達の顔が驚愕に歪んだ。
同時に、上機嫌そのものだったローグの表情にも緊張が走る。
そしてローグはそのまま力の限りに横に跳躍した。後ろを振り返るなどという愚はおかさない。
一瞬遅れて空気を切り裂いて鋭い刃が振り下ろされる。
地面を転がり、すぐさま体勢を整えると、ローグは先ほどまで自分がいた地面に突き刺さった鎌とその主を睨みつけた。
「ま、そんなに簡単に事が済むとは思ってはいなかったが……」
そこにいたのは上半身は骸骨、下半身が馬という怪物だった。
青白い体は炎のように揺らめき、手には巨大な鎌が握られている。
全身を構成する瘴気は何らかの属性干渉を付与しないかぎり、一切の物理攻撃を無効化する。
まだ属性を武器に付与する技術が存在しない時代は多くの冒険者達が巨大な鎌でその命を奪われていった。
それはまさに一方的な殺戮である。
その光景を見た嘗ての冒険者は、絶対なる恐怖をこめてこの魔物をこう呼んだ。
「ナイトメア、か」
死の一撃をなんとか回避したローグは、目の前に現れた魔物を認めると、しかし落ち着いた様子で呟いた。
手には既に炎の刻印が押されたダマスカスが握られ、迎撃の体勢をとっている。
他方、初撃をかわされたナイトメアも地面から鎌を引き抜き、追撃の体勢に入っていた。
一拍をおいてスピードを重視するために完全に馬の形態をとったナイトメアが真っ直ぐローグに突進する。
ナイトメアとローグの間には2,3メートル程の距離があったが、実体を持った悪夢にとってその程度の距離は0に等しい。
一息でローグはナイトメアの間合いに捉えられた。
ローグの目の前で馬の頭部が割れる。中から現れたのは巨大な鎌を振り上げた死神の姿。
それでもローグの表情に焦りは見られない。眼前の悪夢への絶望もなければ、間近に迫った死への恐怖も存在しない。
あるのはただ一つ、自らの勝利に対する絶対の自信のみだった。
「はっ!欠伸が出るぜ!」
ナイトメアが鎌を振り下ろすよりも早く、ローグが行動を開始する。
姿勢は低く、鎌を斜め上に大きく掲げたナイトメアの脇をくぐるように一気に地面を蹴った。
ナイトメアは慌てて鎌を袈裟切りの要領で振り下ろすが、そこにローグの姿は存在しない。
ローグは既にナイトメアの背後に回っていた。
「時代遅れの骨董品が!死角からの攻撃ってのはこうやるもんだ!バックスタブ!!」
ナイトメアの背にダマスカスが叩きつけられる。
炎の刻印を押された短剣は、ナイトメアの瘴気に触れると刀身を赤く発光させその力を解放する。
熱と光を伴った刃は瘴気を拡散させ、その中に隠されたナイトメアの核に直撃した。
「…っ…っ!?」
ナイトメアの全身が大きく震える。瘴気を纏め上げて体を構成していた核を破壊され、実体を維持できなくなったのだ。
断末魔のような痙攣はやがて静まり、ナイトメアの体は大気に溶けて散っていった。
110名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 04:15:11 ID:EsQ1SlmY
眼前からナイトメアの姿が完全に消失したことを確認すると、ローグは階段のそばにある瓦礫の山に目を向ける。
「おい、終わったぞ」
声を掛けると瓦礫の山がガラガラと崩れ、中からシーフの二人組が現れた。
この二人、ローグの背後にナイトメアの姿を認めるや否や声をあげるのも忘れて身を隠していたのだ。
最初から大した戦力は期待していなかったローグだが、ここまで露骨に逃げ腰でいられると気分が悪い。
埃まみれの全身を掃おうともせず、自分の機嫌をとろうと卑屈な笑みを浮かべる二人にローグはかすかな苛立ちを感じていた。
「さ、流石兄貴。ナイトメアごとき楽勝ですね」
「俺達兄貴についてきて本当によかったっすよ」
不機嫌そうなローグの表情に危機感を覚えた二人はなんとか機嫌を直してもらうために必死で口を動かし始める。
「それにしても、このダンジョンに潜ってから兄貴ってば敵無しっすね」
「そうそう、どんな怪物でも一瞬で片付けちまいますし」
「しかも……」
「黙れ」
シーフがさらに何かを言おうとしたとき、それはローグ硬い声に遮られた。
「へ?」
「静かにしてろ」
真剣そのものの顔でローグは続ける。そのただならぬ雰囲気に圧倒されたシーフは揃って口を閉ざした。
口を開くものがいなくなると、辺りを静寂が支配し始め、聞こえてくるのはどこからか吹いてくる風の音のみ。
のはずだった。しかし音がなくなって初めて、空気の流れの中に小さな異音が混じっているに二人は気がついた。
等間隔で規則的に響く音。足音である。
それは少しずつだが確実に大きくなっていき、何者かがこちらに近づいていることを示していた。
方向は3人が通ってきた道だ。
二人の顔に怯えが混じる。ナイトメアとの戦闘でさえ不敵な表情を崩さなかったローグでさえ、その顔には明らかな緊張が存在していた。
「ナイトメアを退けるか。少しは腕が立つようだな」
じっと足音に耳を傾けていた3人に、不意に闇の中から声がかけられる。
声の感じは若い男だろうか、凛としてよくとおる声だった。
「誰だ!?」
極度の緊張に耐え切れなくなったシーフの一人が声を上げるが、声の主は全く気にした様子はない。
「しかし、この場合は腕が立つことが仇になるか。早々に諦めていれば見逃してやったものを、ここまでされてはそうも行かない」
足音はますます大きくなっていく。
「お前達は少々騒ぎすぎた。それに、お前達がさっき見つけたソレは決して人がその存在を知ってはいけないものだ」
そして、声の主がその姿を現した。
「悪いが、お前達はここで終わりだ」
現れたのは剣士姿の青年だった。
大人びた口調に似合わず歳は若く、18か19といったところかもしれない。整った顔立ちの中には、まだわずかに少年の面影が見え隠れしている。
スラリとした体格をしているが、それは決して痩せているわけではなく、無駄なく鍛え絞り込まれた肉体である。
全体を見ればどこにでもいる真面目な剣士修練者だろう。
だが、明確な敵意を秘めた眼差しと圧倒的な存在感はその推察を否定している。
ダンジョン内だというのに得物を持っていない姿も見るものに違和感を与える大きな要因だった。
「……」
ローグの背中に嫌な汗が流れていく。
理屈ではなくこれまでの経験からくる予感で、男は目の前の存在の危険性をはっきりと認識していた。
「ヘ、ヘヘヘ……。なんだよ、たかが剣士じゃねぇか」
しかし、大した戦闘経験もないシーフ達にはローグの感じた危機感を察することはできなかった。
「脅かしやがって。そこの兄チャン!俺達に何か言ったか!?」
全く警戒した様子も無く二人は無防備に剣士へと近づいていく。
顔には弱者をいたぶることに慣れた者の下卑た笑みが張り付いていた。
ダンジョンで強力な魔物ばかり見ていた彼らにとって、眼前の丸腰の剣士はこれまで怯え続けたことで溜まったストレスを発散するための絶好の獲物に見えるのだろう。
111名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 04:17:21 ID:EsQ1SlmY
剣士は黙って二人の接近を見つめていた。
「おい!何か言ったかっつってんだよ!!あぁ!?」
「黙ってねぇで質問に答えろよ!あんまり舐めた真似してるとぶっ殺すぞ!」
シーフ達は必要以上に声を張り上げて怒鳴りつけるが、剣士は一向に反応を示さない。
怒鳴り声に黙っている相手を見て、それを自分達に対する怯えだと考えた二人はますます歩む速度をあげて剣士に近づいていく。
既にシーフ達と剣士の間は手を伸ばせば触れることができるほどに近づいていた。
「どうした?ブルっちまったか?今謝るなら許してやんないこともねぇぞ?」
「身包み全部剥いだ後でだけどな!」
「ちげぇねぇ!ギャハハハハハハハ!!」
「……」
それでも剣士は何も言わない。
「なんとか言えっていってんだよ!」
無言の相手に痺れを切らしたのか、シーフの一人が剣士の肩を掴もうとした瞬間だった。
「うるさいな」
「ギャッ!?」
「ガッ!?」
剣士が呟くとほぼ同時に、二人のシーフが吹き飛ばされた。
一人は廃屋の壁に激突し、もう一人は積み上げられていた瓦礫の山へと突っ込んでいく。
剣士の手にはいつの間にか巨大な剣が握られていた。
シーフが剣士の肩に手を伸ばそうとした直後、どこからか現れたこの大剣で剣士は二人のシーフを薙ぎ払ったのである。
体を沈めて下半身に力を蓄えたのも一瞬ならば、それを解き放つのも一瞬だった。
瞬きするうちに遠心力によって破壊力を増した巨大な刃が二人の胴体に喰らいついたのだ。
見れば吹き飛ばされた二人はどちらも上半身と下半身が別々のところに叩きつけられている。
「ここはゲフェニアの全てが眠る場所だ。それを妨げるものは、誰であろうと許しはしない。貴様らのような下衆なら尚のことだ」
言って、何事も無かったように剣士はローグに向き直った。
「……管理文書の中に気になる記述があったからまさか、とは思ったけどな」
チンピラ同然のシーフとはいえ、人二人を一撃で真っ二つにした怪物を目の前にローグは少し引きつった表情で毒づいた。
「ドッペルゲンガー。古代ゲフェニアの剣士はこんな時代になってもその地を守り続けているってか?」
ローグの言葉に魔物は静かに答える。
「いかにも。この身は既に幻影なれど、ゲフェニアを想う気持ちが滅びることはない。ならばその眠りを脅かす者は、この剣の前に散ってもらおう」
そしてそのまま剣を構えた。
手にした剣は巨大な両手剣の中で最大とされるトゥーハンドソードよりもさらに巨大。
凡そ人がまともに扱えるサイズとは思えないものだったが、ローグと相対する魔物はそれを軽々と手にしていた。
ローグの頬には一筋の汗が流れ落ちていったが、彼は武器を構えようとはしなかった。
「何のつもりだ?まさかここに来て降参、というわけでもないだろう。そんな殊勝な男には見えないがな?」
あまりに無防備な相手に、ドッペルゲンガーが僅かに眉をひそめて訝しそうに問いかける。
「まあな。けど、勝ち目の無い戦いをするほど馬鹿でもねぇよ。三十六計逃げるに如かずってな。ここは退かせてもらうぜ」
ローグの手には蝶の羽が握られていた。
「お前みたいな化け物が実在するなんて知ってたら、あんな役立たずじゃなくてもっと強い奴を連れてきてたさ。へへっ、次に会うときを楽しみにしておきな」
蝶の羽に光が集まり始める。空間を歪めて使用者を別の場所へと移動させる転移の魔力だ。
だが、それを見たドッペルゲンガーは特に焦りもせずに地面に剣を突き立てると、柄に両手を乗せて静かに目を閉じた。
「……」
「そうそう、諦めが肝心だぜ。あばよ!」
「次は無いさ」
光が頂点に達しようとした時、閉ざされていたドッペルゲンガーの両目が開かれた。
瞬間、膨大な力の波が周囲へと開放される。
放たれた力は圧倒的な威圧感をもって、辺りを蹂躙していく。

「…な……ぅ…ぁ…」
波が辺りを飲み込み通り過ぎた直後、ローグの手からは光を失った蝶の羽が零れ落ちた。
ローグの目は限界まで見開かれ、顔には驚愕が張り付いている。体は小刻みに震えるだけで全く動く様子はない。
何かを言おうとしているのか僅かに唇が不規則な動きをしているが、声を出すこともままならないらしい。
ドッペルゲンガーが放ったのは精神面で相手の自由を奪う魔力の波と、肉体面での自由を奪う物理的な微細な振動の波を同時に放つ、人間の中ではブラックスミスのみが使用できるハンマーフォールと呼ばれる技だった。
しかし、ドッペルゲンガーの放ったハンマーフォールは範囲と威力の点でブラックスミスのソレを大きく上回っていた。
ローグの驚きも無理はないだろう。
通常ハンマーフォールの効果範囲は広くても放った本人から2〜3メートル。それ以上離れると波が上手く伝わらず、その効果も薄れていく。
だが、ドッペルゲンガーとローグの間はゆうに5メートルは開いていたのだから。
ローグの動揺を気にもせず、動きを止めた相手にドッペルゲンガーが近づいていく。ゆっくりと、だが確実に二人の距離は縮まっていった。
「退くには少し遅すぎた、と言っただろう」
目の前まで到達したところで、大剣が振り上げられる。
死を目の前にすると人間は普段以上の力を発揮することができるという。
剣が振り下ろされる直前、ローグは渾身の力を込めて呪縛を破るとダマスカスを手に目の前の魔物に切りかかった。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


to be continued
112名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 04:32:21 ID:EsQ1SlmY
と、まぁ物語の序盤の序盤を投稿し終わりました。
文を纏められないという自分の致命的なスキル不足のせいで主役も揃わないうちの投稿となったことをお許しくださいorz
これが序盤ということで察しが付くことかと思いますが、このSSはそれなりに長くなります。
最も、物語自体がそんなに長いのかと言われると作者自身が少々首を傾げてしまうのですが^^;
読者の皆さんには長らくお付き合いしてもらうことになりますけど、生温かい目で見守っていただけたら幸いです。
ではでは。
113名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/08/31(水) 05:14:01 ID:J9WYUhe.
>>108-111
GJ!
DOP様もローグもカコイイ!
DOP様崇拝者の俺としては続きが超楽しみです。
114名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 20:53:07 ID:mEzcYz/c
あらたな文神の予感!!!
115名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/31(水) 22:21:57 ID:/QC/gBYc
だがあまりほめるといらん厨が荒らしにかかるな。
116108sage :2005/09/02(金) 01:28:21 ID:SsV.4I9o
>>113-115
やはりレスがもらえると嬉しいものです。
ありがとー。
期待に沿えるように頑張ります♪
117名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/07(水) 21:44:06 ID:UZ3u0Prc
「ネコミミでないな〜……」
森にこもってスモーキーを狩り続けて早1週間
そりゃ簡単に出るなんて思ってないけど、こうまで出ないとねぇ……
ヨーヨーはアイテム端から持ってくし、なんでかチョコに追っかけられるし
……なーんで私ってあんなにチョコに遭遇するんだろ、不思議
ていうか、今も追いかけられてて、隠れてるんだけどさ

唐突に木の葉が擦れる音
もしかして、見つかりました?
慌てて振り向くと、目を丸くしたアコライトさんがすぐそこに
「えと……なんでしょう?」
思わず訪ねちゃったけど、ホントになんだろう?
「あ、いえ、気配がしたのでスモーキーだったら狩ろうと思いまして」
ともあれ、それで我に返ったのか慌てて質問に答えてくれた
それにしてもスモーキー……目的は同じ、か
「お互い苦労するね」
「……あなたも、ですか」
顔を見合わせて苦笑、妙な連帯感が生まれたり
アコライトさんを隣に誘ってしばらく雑談、たまにはいいもんだね

そこでまた葉が擦れる音
なんだなんだと二人で見ると、今度は手負いの剣士君
「チョコにやられた?」
なんて単刀直入に聞いたら
「その通り」
なんて簡潔な答えを返してくれた
アコライトさんがヒールして、隣に誘って雑談タイム
それにしても、剣士君もネコミミ欲しくて来たのかな?
……悪いかよ
ふふ、可愛いじゃないですか
そんな会話があったりなかったり

そしてまたまた葉の音が
さぁ今度は何だと3人で見ていると、出てきたのは背の高いシーフ君
「人の話し声がするから来てみれば……お前らこんな所で何やってんだ?」
そりゃあなた、考えるまでもなく
「雑談だね」
「雑談ですね」
「雑談だな」
3人そろって息のあった返答、思わずシーフ君も呆れてます
「そういう君はネコミミ求めて三千里?」
「……んなに歩いてねぇけどな」
あらら、ネコミミ欲しいのは否定しないのね
立ち話もなんだし、近くに誘って雑談モード
後はウィザードがいれば一次職は集合だね、この際偶然でも期待してみようかな?
おっと申し遅れました、私はアーチャーやってます

それは偶然かはたまた神様のいたずらか、すぐ近くで戦闘の音
みんなで首をそろえて除いてみれば、いましたいましたウィザード君とノービスさん
お相手はチョコ率いるヨーヨーの大群、よく今まで無事だったもんだね
明らかに苦戦してるね、多勢に無勢も良いところ
何はともあれみんなで目を合わせて、一瞬後に即行動
剣士君とシーフ君は剣を抜いてすぐさま突撃、私とアコライトさんは後方支援
ウィザード君が驚いた顔でこっちを見たから、グーサインで答えてみたり
それを見てまた呪文詠唱に戻る彼、ノービスさんは戦うのに必死で気づいてないのはご愛敬

で、しばらくしてから
ちょっと広い木陰にみんなで移動、談笑タイムにれっつごー
件の二人も目的はやっぱりネコミミだったそうで、連帯感が強まったり
で、めでたくパーティー発足、その名も「ミミ求める者達」
なんでか私がリーダーなんだけどね
今日も今日とて森でスモーキー狩り、チョコが出たらみんなで退治
合い言葉はもちろん「ネコミミでない」

プロンテラの森は今日も平和です
118名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/09/07(水) 22:07:15 ID:5dUYJEaA
ドク、今は何年だい?
119名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/07(水) 22:10:13 ID:5dUYJEaA
と思わず暴発するほど懐かしす(´ω`)bナゴンダ>>117
120117sage :2005/09/07(水) 22:52:04 ID:UZ3u0Prc
……ウィズ一次職じゃないし。商人忘れてるし。
というわけで急遽書いた後日談をどうぞ


後日談

流石にレベルが違うから、と言ってウィザードさんは行ってしまった
でもまぁ、代わりに弟のマジシャン君を連れてきてくれたから無問題
それに、時々仕事帰りにたまり場に顔出してくれるしね

ノービスさんは商人さんに転職しました
森で商人のことをすっかり忘れてたのは秘密です、とっぷしーくれっとです
「……お前、森でさ」
「おっとストップ、そこから先は言わない方が身のためよ?」
「……さいですか」
「さいですよ」
121Symbolssage :2005/09/08(木) 19:25:36 ID:U7IVbQGE
短編が思い浮かんだので投下。
俺はここにいる誰でもないです。つまりここに来るのは初。
文を書くのは初ではないですけどね。でも色々キッツいです。

タイトルは「Symbols:01」
122Symbols:01 (1/6)sage :2005/09/08(木) 19:27:49 ID:U7IVbQGE
終わった。今日も狩りが終わった。
ゲフェンの街で同じ年頃の若い男女が2人、アイテムを広げ分けていた。
「トリル、お疲れ。今日もまぁこんなトコか?」
「うん、本当楽しかったね〜。レガートもお疲れ様!」
レガートと呼ばれた青く短い髪の男ウィザードは微笑み、
トリスと呼ばれた赤色のポニーテールの女セージはにっこりと笑って返した。
そして精算は終わり、2人は休息を取る。


2人が出会ったのは臨時パーティの時。
丁度レガートとトリルはそこで出会い、他にもいるメンバーの達と狩りをした。
その時に2人はあることに気がついたのである。
レガートはパーティ重視の氷雷完全攻撃型(INT-DEXの事だ)。そしてトリルはソロ重視の火念地ASFC型。
面白いほど正反対のタイプなのが互いを惹きつけ、そして友人になった。
そしてそれからは毎度毎度魔法使い2人という珍しい形で狩りをしているのだ。

今回もやはり、これで10と数回目となる2人だけでの狩りだった。
支援がいないので苦労することはあるが、気合で何とかなっている。
もっぱらゲフェンタワー等の近場ばかりだが、狩りの効率は最早どうでもよかった。
いつも2人は、少々困難を極める狩りを楽しんでいる。


休息が終わり、今日のところは別れた。すると後は時間がすぐに過ぎ去る。
食事等も済ませると後は寝るだけ。疲れた体を癒していると時間はあっという間に進んでいく。
本当はソロ狩りでも出来れば時間も潰せるのだろうが、生憎氷雷型かつウィザードの彼は些かソロが困難だ。
という事で、今日も彼は眠ることにした。


「おはよー」

朝になり、レガートが瞼を開くとそこにはトリルがいた。
レガートは体をびくぅっと跳ね上がらせ起床する事となってしまった。

「おい、おいおいおいビックリした……何?」
「狩り行こうよ」
「朝っぱらからアグレッシブな……いや、いいけどね。いいけどさ」
「やった!じゃあ早く準備準備!40秒で支度しな!」
「無理!40秒で朝食諸々は無理であります!」
「ほら〜、ファイトファイト」

トリルがはしゃぐと、いつも束ねられた絹糸の様な髪が楽しそうに揺らめく。
それを見ていると自分は恵まれた日常を送っているのだと改めて感じられた。
「何してるの?早くはーやーくー」
「はいはい判ってますよお姫様。お待たせするなんて恐れ多くて出来ませんよ、俺にはね」
ついついぼーっとそれを見てしまった彼は急いで支度を済ませた。勿論40秒以上かけてだが。

「よーし、今日こそナイトメアから青箱掠め取っちゃわないとね!っと、その前に……」
「その前に……なんだ?」
「じゃーん、花のかんざし〜〜♪」
そう言ったトリルの頭を見ると、いつの間にやらそこには花のかんざしが着けられていた。
レガートは不覚にもそれに驚いてしまった。それを見てトリルは満足そうに微笑む。
「ええええ!?ゲットしたのかよ!」
「うんっ♪内緒で材料も揃えて、ホント大変だったんだよ?似合う?」
「似合う!けど……1人で?マジで……?」
「内緒だから1人に決まってるじゃん」
「そうか、凄いな〜。よーぅし、じゃあ俺も頑張ってみますかね」

似合うといわれたおかげかトリルの顔は幸せそうだ。
そして2人はゲフェンタワーへと向かい、珍しく午前中から狩りを始めることにした。
123Symbols:01 (2/6)sage :2005/09/08(木) 19:29:25 ID:U7IVbQGE
「はは……ははは……トリル、笑ってくれよ……」
「こ、こんな時もあるよ?ね?」
「ここ最近いつもその"こんな時"なんだから……マジで凹むよ」

結果は最悪中の最悪だった。
実はここ最近のレガートはどうも調子が出ない。
苦手なアンデッドが多いというのは既に承知した上での狩りなのに、どうもおかしい。
馬と戦っている最中にグールに絡まれ別の馬に絡まれ大変なことになる。
しかしトリル1人に任せるのは明らかにおかしい。レガートは仕方なく奮闘するのだが、空回り。
結局最後はトリルの焔の呪文に助けられ、また敵が押し寄せる。それが延々とループ。

「敵さんもそうそう凍るものじゃないんだし、ね?フロストダイバーは仕方ないよ」
「そうだけど……ダメだ、不甲斐無さ過ぎる。しばらく狩りしない方が良いのかな俺……」
「そっ、それは困るよ!私いつもレガートとの狩り、楽しみにしてるんだよ?」
「う゛……でも、でもダメだ。大体そっちもソロの方がやり易いんじゃないか?スタイル的にさ。
 こんな不調続きな俺と組んだって仕方ないと思うぞ?そっちの身が危なくなっちゃいますぜ」

頭に着けているヘッドフォンがずり落ちそうな程大きく溜息をつきながら、レガートは言った。
低くなるテンション、重くなる空気。トリルはそれらに耐えられなくなった。

「もう!なんでそんなマイナス思考なの!?……じゃあ気分転換!首都に行っこーう!」
唐突に相手の腕を掴み、トリルはそう言った。
「え?首都……んー、まぁいいけどさー」
「じゃあ決まり!早くカプラに行こ!」


腕を引かれ、カプラサービスで運ばれた先は露店の立ち並ぶあの地。
久しぶりのプロンテラだ、とレガートは呟いた。

「ここの明るい空気に流されて気分転換しよ?そしたらスランプも抜け出せる抜け出せる♪」
「そ、そうだな……!そうだな!よっし、今日は首都でのんびり過ごすか!」
「そうそうその意気!じゃ、一緒に雑貨とか装備とか見てみようよ」

そして2人は笑顔で群衆の中へと入っていった。
露店の立ち並ぶそこはとても明るい空気が溢れている。
楽しそうに人の波をくぐるトリルを、レガートもまた楽しそうに追った。


それから数刻も経たない内。
レガートの脚に、何かが当たった。
「レガート、どうしたの?」
「え?あ、なんか当たったんだけど……。あ、マーリンだ」
「マーリン?ペットにはできないよね?何でここにいるんだろ……」
考え終わらない内に、首都に劇的な変化が訪れた。

人の楽しそうな声が、叫びに変わった。そして多くの魔物が、群衆の中から姿を現した。
キャラメルやエギラ等の下級モンスターから、ブラッディマーダーやフェンダーク等の上級モンスターもいる。
そう、これは俗に言う―――

「枝……テロっ!?」
「トリル、逃げるぞ!こりゃいくらなんでも……」
「わかってる!こんなの、私たちだけじゃ無理だよ!」

叫ぶと同時に2人は駆けた。
いつの間にか辿り着いていた噴水前から城へと駆ける。
城の中になら流石にモンスターも追っては来ない。
室内に入ればしめたものなのだ。故に2人は城へと走っていた。
124Symbols:01 (3/6)sage :2005/09/08(木) 19:32:57 ID:U7IVbQGE
が。
城の前には待ち構えていたかのようにモンスターがいた。
アラームにナイトメアテラー、更にはデビルチやインジャスティス。それだけではない、他にも諸々のモンスターがいた。
これはもう逃げられない。戦うしかない。覚悟を決める前に、モンスターは襲い掛かってきた。

「ファイアウォール!」
「アイスウォール!」

刹那、2つの相反した壁がモンスターを遮った。そしてそのすぐ後にレガートは呪文を唱えていた。

「クァグマイア!!」

そして辺りに沼が広がる。
そこでトリルが追撃をかけようとすると、不意に衝撃が彼女を襲った。

「下がって!下がって人を呼んできてくれ!」
「……っ!?」

衝撃は、レガートがトリルの体を押したことによるものだった。
そのまま彼女は尻餅をつく。それを尻目にレガートはストームガストを唱えていた。
多くのモンスターが凍りつく中、彼に向かいアンデッドが襲い掛かってくる。
それらをアイスウォール等の補助呪文で何とかしようとするが、いくらか攻撃を受けてしまった。

「レガートっっ!!」
「大丈夫だ……っ!心配すんな、さっきの狩りの時から白ポ持ってんですよこっちはよぉ!」
「でももう数が無いの、私知ってるもん!」
白ポーションを一気に飲み、余裕ぶるレガート。
しかしその顔は苦痛に歪んでいる。トリルは耐えられなかった。
「1人じゃ無茶よ!私も手伝って……」
「十分すぎるほど手伝ってもらったよ、狩りの時に!いいから退け!護らせろ!!」
「護らせろって……でも……でも私だって!」
「馬鹿いうな!お前なんかさっき狩りしてる時に、回復全部使っただろ!?」

レガートには負い目があった。
最近に限らず、彼は狩りでは護られてばかりいる。
一対一の闘いに向かない彼は、少人数での戦いの時にはいかんなく力を発揮することはほぼ不可能。
だからいつも、そういった闘いの腕に優れるトリルにいつも助けられていた。
自分に襲い掛かってくるモンスターを引き受け、焔と武器で潰す。自分の詠唱の時間を与えてくれる。
だが今、回復の手立てが無い彼女にそんな事をさせていては彼女に危険が及ぶ。それは避けられない、だからこそだ。

彼女を今護らなくて誰が護るのだ。

トリルは迷っていた。
確かに人を呼ぶのは得策だ。だが、その間レガートはどうなるのか。
彼は1人で戦うことにお世辞にも慣れているとは言えない。だというのに、彼は自分の事を護ってくれている。
あんなに必死なのに。1匹を倒す事にすらとても苦労しているのに。
125Symbols:01 (4/6)sage :2005/09/08(木) 19:35:07 ID:U7IVbQGE
案の定、レガートは危険な状況だった。
何度も攻撃を喰らい、回復させ、その繰り返し。
ついに回復薬すら尽きた。だがそれでも彼はトリルを護ろうと戦っていた。
何回目かも判らないアイスウォールが、トリルを護るバリケートと化す。

その間に、トリルの詠唱は完了していた。

「ヘヴンズドライブ!!」

隆起する地面が敵に向かって襲い掛かる。
その勢いに巻き込まれ、いくつかのモンスターが昇天した。
それでも残っていたモンスターがトリルを襲う。
彼女はファイアウォール等で攻防を繰り広げていた。
ソウルストライクやファイアボルトなどが辺りを暴れまわる。

「退け……って、言ったのに……」
「そんなの聞こえない!聞いてないもん!知らないもん!」

そう言って彼女は呪文を乱射し、武器で敵を薙ぎ払う。恐ろしい事に少しずつ、少しずつだがモンスターを倒していった。
レガートはその光景を純粋に感心して見ていた。だがすぐに、彼女の後ろにモンスターがいることに気がついた。
インジャスティスだ。今にも攻撃をしようとしている。しぶとく生き残っていたのか。

レガートの体は、勝手に動いていた。
いつの間にか、インジャスティスとトリルの間にレガートは割って入っていた。
そしてその瞬間だった。トリルが受ける筈だった「ソニックブロー」がレガートを襲ったのは。

「………え?」

状況がわからなかった。気が付けば、後ろで彼が倒れていた。
そしてインジャスティスがすぐ後ろにいる。……奴は、笑っていた。

レガートはまどろみの狭間で後悔していた。
また護れなかった。結局自分の甘さで彼女も死なせてしまう。
頼むから彼女は逃げて欲しい。そう思いながら、レガートの意識は途絶えた。

インジャスティスがトリルに襲い掛かる。
トリルの華奢な体は簡単に吹っ飛んでしまった。
床に投げ出された体は立ち上がることを許さなかった。
もう、終わりなのか。

「レガート……起きてよぉ……レガート!!」

返事は無い。血を流しただ転がっているのみ。
それでもトリルは、目に涙を溜めて叫び続けた。

「……ごめんね、ごめんねっ……私が……不注意なばっかりに……」

インジャスティスは近づいてくる。
そしてそれだけではない。他のモンスターも近づいてくる。
目を閉じて覚悟を決めた。

だがしばらく経ち、瞼を開くとインジャスティスは倒れていた。
そして目の前にクルセイダーがいた。巨大な鎧を着用した、青紫色の髪を長く伸ばしている凛とした女性。
彼女がホーリークロスでインジャスティスを切り伏せ、倒したのだ。
「大丈夫そうでよかったです。怪我も無いようで」
クルセイダーはヒールをかけながらそう言った。
大丈夫……です、とトリルは答えた。

「でもレガートが……あそこにいるウィザードが……大事な人が……っ!」
「成程、彼ですか。大丈夫、プリーストがいます」
「え……?」
126Symbols:01 (5/6)sage :2005/09/08(木) 19:37:23 ID:U7IVbQGE
その言葉どおり、プリーストが現れた。
片目を隠している短い黒髪の男だ。

「遅かったですね、ノクターン」
「すまない。ちょっと『Conservatoire』のギルメンの支援をしていてね」
「噂の『音楽院』ですか。ですが丁度今夜はギルド対抗戦の予定ですし、他に同盟ギルドの支援もいたでしょうに」
「ああ、確かにいた。だがまぁ、彼らには借りがあってね。返していたのさ」

捲くし立てるようにそう言うと、クルセイダーの方が敵陣に突っ込んだ。
そして残党の集まる真ん中まで移動し、そして詠唱を始めた。それは聖なる十字で敵を破滅に追い込む「グランドクロス」だ。
大きくその十字が閃き、半数の敵を一撃で滅殺したと同時にノクターンと呼ばれたプリーストがリザレクションを唱えていた。
するとレガートは意識を再び取り戻した。トリルは駆け寄り、叫ぶ。

「あら……?俺……」
「レ……レガート!レガートぉ!!」
「え?トリル、お前……」
「やぁウィザード君。君はこの私ノクターンが助けた。気をきかせない程度に覚えていてくれ」
「え?あ、ありがとう……」

トリル達がそう話していると、クルセイダーが戻ってきた。
どうやらその後も連続で浴びせかけたグランドクロスで鎮圧させたらしい。
彼女はレガートにヒールをかけているノクターンの傍で立ち止まった。

「お疲れ、モノフォニー。自家発電で何とかなったのだね?ヒールを覚えていてよかったじゃないか」
「先程から貴方がヒールをしてらっしゃらなかったからでしょう?そちらこそMEが無くともどうにかなったのですね」
「詠唱の前に君の守りが無いからね……と、そろそろ私たちは失礼するよ。君たち、名前は?」
「あ、ああ。俺はレガートです。で、こいつがトリル」
「そうか、レガート君にトリル君だね、覚えておくよ。それじゃあ……行こうか、モノフォニー」

この会話を最後に、モノフォニーと呼ばれたクルセイダーはノクターンと共に去っていった。
奇しくもその姿が見えなくなると同時に騒ぎも終わりを迎えた。枝テロ自体が有志たちの力により終わりを告げたのだった。


それからトリルはレガートを怒っていた。
彼が1人で戦うなどという、らしくない暴挙を犯した事に対しての怒りだった。

「レガート……なんで!」
「こめん、トリル。俺……でも、危険だっただろ?」
「2人で戦えばなんとかなったかもしれないのに!バカぁ!信用してよぉ!!」
「俺は…俺は!お前がピンチになる様なんて見たくないわけ!それに、今まで護ってくれた分を返したかったんだ……」
「バカぁ!バカバカバカ!そんなんじゃ狩りにもいけないでしょ!?」
「本当に……ごめん」

ここまで反論して、レガートはふいに尋ねたくなった。
それは、今まで彼が抱いていた疑問。

「狩りと言えば、トリルはなんで俺なんかとペア組んでんの?俺、人数いないとあんな風にすぐやられちゃうぞ?」
「そうだけど……だから私がいるんじゃない!私はソロ得意だもん、だから私がレガートが戦いやすい様に頑張ってるの!」
「じゃあ素直にソロすれば良いじゃんか。俺のせいで効率も何もかも下がってるぞきっと」
「そんな事ない!だって、いつも助かってるよ?沢山敵が来て困ってたら、レガートが助けてくれるもん。
 それに、レガートと一緒に狩りしてたら楽しいから!それじゃ、ダメ?ダメじゃないよね?」
「……あ、そう…か。いや、駄目じゃない。駄目じゃないな」
「でしょ?じゃあわかったらもうゲフェン帰ろう?それで明日も狩りに行こ!」
「ああ……じゃ、帰るか。明日も大変だろうしな……」

そして2人は、ゲフェンへと帰っていった。
辺りはもうすっかり夕方という感じで、時間が経ったのだとより一層感じた。


「ね、レガート」
「ん?どうした?」
「レガートは卑屈になってるけど、ホントは今だってとっても頼りになるんだよ?」
「そーか?そうでもないし……トリルが羨ましすぎるよ。少人数でもバンバン戦えるんだからよ」
「大丈夫だよ。きっと調子も戻れば、レガートも前みたいに……いや、前より強くなれるよ!だから……」
127Symbols:01 (6/6)sage :2005/09/08(木) 19:39:43 ID:U7IVbQGE
一寸、間を置いた。
そしてトリルは笑顔で、言う。

「これからも、宜しくね!」

レガートも、笑みを浮かべながら答えた。

「………おぅ」


そして2人は別れた。
また明日も、2人は狩りをする。
平凡であるが、素敵な一日。そんな一日を明日も送ることが出来そうだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以上です。
とりあえず教訓。「支援のお友達も作ろう」。
かなり省略されました。短く纏まりすぎました。

作中に出てきた名称にピンと来た方は、スルドイかもしれません。
128Symbolssage :2005/09/08(木) 21:17:57 ID:U7IVbQGE
あの、普通に片方の主人公が死んじゃったんですが、
すぐリザしてもらったし、永遠の眠りについたわけじゃないから大丈夫ですよね?

どうでもいいですが、
レガート君の装備はヘッドフォンにしようかファッションサングラスにしようか悩んでおりました。
ついでに、トリルさんは途中まで女Wizでしたが、セージも面白いと思って変更しました。
更に言うと髪の色は最後まで赤にするか金にするか迷いました。
ノクターンとモノフォニーはすんなりと。っていうか頭装備無い。
129名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/08(木) 22:18:35 ID:IjN/OHZw
>>12
平気だと思われます。瀕死ギリギリだったってことでいいんでない?
ヒロインは最初WIZ予定だったとのことだけど、セージにしたことで今後のエピソードに幅が作れてよかったと思う。
今回は彼女の得意なステージが出てくる話だったわけだけど、その逆もあるということで。

魅力的なキャラを作るのが上手いなぁと思いました。台詞運びとか、もうかなり好み。
台詞以外の描写のとこが、前半の狩りが上手く行かないぜ〜部分はいいんだけど
後半の枝MOBに追い詰められ〜強い人に助けられる部分がこう…のっぺりしてて臨場感に欠けるトコがあるかと。
たぶん接続詞の使いどころが原因になってるかもしれませぬ。
レガートの、というか4人ともいいキャラしてるので次が読みてぇです。
130129sage :2005/09/08(木) 22:19:28 ID:IjN/OHZw
_| ̄|○ アンカー・・・ミ・・・>>128です。
131名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/09(金) 20:07:52 ID:/UrdHq82
 花と月と貴女と僕 8

 森の木立。
 相変わらず空には、太陽。
 吹く風は僅かで、川辺から離れると蒸し暑いばかり。

「……」
 僕は、早くも自分の安易な提案を後悔し始めていた。
 歩みは最早ナメクジより遅く、鈍い。

「ああ、僕は、どうしてこんな事をしているんだろう。人生って何だろう…」
 何やら哲学的な苦悩に突入し、労苦に喘いでいる僕は、取り留めのない事ばかりを考える。
 例えば。もしも、助祭がいれば…

 しかし、脳裏に過ぎるのは、黒パンツ(筋肉だるま)の顎だけ。
 勿論、Str-Vitにしか振っていない奴が颯爽とした風に数々の支援法術を操る訳も無く。
 嗚呼、厭な事を思い出した。奴のインパクトが強すぎて、思わず心的外傷になっていたようだった。
 あんなのが消えない痕になるなんて。一生の不覚だ。

 というか。筋肉変態で思い出したのだけれど。
 ひょっとして。むしろ、言うまでも無く。
 木賃宿の皆さんも、警察組織と一丸で僕を血眼で捜しているのだろうか。
 考えると…迸らんばかりに鬱。

 周囲に気を配る余裕も無かったけれど、先程下ってきたばかりの坂をなんとか上りきる。
 さっきまでは幽かだった物音が、はっきりと聞こえるようになっていた。
 これは──

 音源の藪に近づく。
 すると、そこには一つの構図。
 それを見て、僕は思わず頭を抱えていた。

「あ、あい はぶ のー まねー!!」
「…」

 腰を抜かして悲鳴をあげている栗毛アコきゅんをじっ、と見ている、女ローグ。
 どうやら僕には気づいていないか、もしくは興味が無いらしい。
 それから、ぽよぽよと呑気に跳ねているポリンを除けば、傍には僕以外の人の姿は無い。
 これだけなら、只の追いはぎと被害者で。

「あい あむ はなめがねー!」
 が、その追いはぎは、そんな頭痛がするような台詞を口走りながら、両手を挙げ、妙な威嚇のポーズを取っていた。
 その顔には、鼻眼鏡…つまり、スピングラスとピエロの鼻。

 どう見ても、緊張感なんて欠片も無いけれど、当人達(主にアコライト)は必死なようだった。
 じりじりと、女ローグが近づいていく。
 彼女の手には鼻眼鏡。アコライトは小刻みに震えていた。

「…僕の遭遇する相手に…マトモな人間は居ないのか?」
 血を吐くような調子で呟く。図らずも、都市伝説さん(仮名)の予言は当りの様だった。
 (因みに、彼は類は友を呼ぶ、という言葉は知らないらしい)

 と。
 がしっ、とアコ君の襟首をローグが捕まえる。
 そして…僕の方を向きやがった!
 どうしよう。どうすればいいんだ。どうしよう。どうすればいいんだ。

 結論、時間切れ。
 僕の目の前に鼻眼鏡さんはやって来やがっていましたとさ。

「……ああ、私はこうして鼻眼鏡を掛けさせられてしまったのだ。
 ああ、からだが。わたしのからだが、鼻眼鏡に汚染されていく。
 ざんねん、わたしのぼうけんは、ここでおわってしまった」
「アタシとしては、あんたのがよっぽどマトモな人間に見えないけどねぇ」
 そういって、鼻眼鏡は呆れた様な顔をしていた。

「それと、鼻眼鏡じゃないから。紫式(ししき)って呼べ」
「…えーと、一つ聞きたい事があるんですけど。それから、僕はウォルね」
「何さ?」
 紫式、と名乗ったローグはぐったりとしているアコ君の襟首を掴んだままだ。

「あなた、追いはぎで…ぐふっ!?」
 どてっぱらにイイのが一発。鋭い痛みと共につんのめる。

「んな訳ないでしょうが。人聞きの悪い」
「ごほっ…じゃあ何なんすか」
「いや、見ての通りだけど」
「…鼻眼鏡秘密教団教祖?」
「しつこい!! ローグだよ、ローグ!! あんたの目には変なものしか映らないフィルターでもついてるのかいっ!!」
「いや、ばっちりきっかり全部写ってますってば。つーか追いはぎでないなら何でこんな事やってるんすか」
 だって、貴方どっからどう見ても変だし。
 一瞬思うが、敢えて何も言わない事にする。
 僕だってまだ命は惜しい。

「あー、もう。勘の働かない奴だね…ちっとは想像できないのかい?」
 一秒と待たず、僕は首を縦に振る。
 ぽかり。

「あだっ、何すんですかっ!!」
「ちったあ行間を読みなっ。あたしは、ちったあ想像しろって意味で言ったんだよ!!
 ったく…この先には一体何があるかぐらい解るだろ? 無い脳味噌絞って考えな、そしたら理解できるっての」
「僕の第六感によると…」
「第六感で答えるなっ、このトンチキ!! チュンリム砦に決まってるでしょうがっ!!」
「あー……確か、そうだっけ」
 うろ覚えで聞きかじりの情報を脳味噌の中から引き出してみる。

 チュンリム砦。
 冒険者ギルドに王国から与えられた砦の一つ。
 週一度行われる模擬戦に勝利した団体にトリスタンが貸し与える。
 正確な目的は不明だけれど…駐留軍の費用をケチり、その地下にある迷宮を封じるのが理由だ、と僕達冒険者の間では囁かれている。
 その割に、本来の目的なんてうっちゃって、大きなギルドは宝物目当てで取り合いを繰り広げていたりするけど。

「でも、何で? 今日は模擬戦無いじゃないすか」
 僕の疑問に、紫式は首を横に振った。

「そうじゃないよ。怠け者のお上にしちゃ珍しい事なんだけど…この先に関が立てられててね。
 通りがかったついでだし、そっち行く連中に注意してんのさ。砦に駐留する様なギルドと関わってもロクな事無いしね」
「関…? 何すか、そりゃ」
「…あー、ごめん。言い方が古臭くて悪かった。検問だね、要するに」
「……」
 一瞬、思考が固まった。
 もうこんな所まで、という考えと、ああやっぱりな、そんな考えがない交ぜになる。
 言われてみれば無理も無い話ではあるのだが。

「…どうしたのさ? 後ろ暗い事でもあるん?」
「あ、いや。僕はそんな…」
「怪しいねー ひょっとして駆け落ち? ん、このおねーさんに言ってごらんよ」
「……」
 鼻眼鏡の顔が目の前に迫り、僕は思わず仰け反ってしまう。

「そうだとしても言える訳ないじゃないですか
「…ま、そーよね。そうやって墓穴掘っちゃうぐらい必死みたいだし」
「うっ……」
 ざくざくざく。嗚呼、穴があったら入りたい。
 ついでに誰か、その上から土をかけて僕を埋めて、お願い。
 そんな僕に鼻眼鏡はひとしきり笑ってみせる。

 と…不意に、その表情が強張った。
 気絶したままのアコライトを放り出して、腰の得物を握り締める。
132名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/09(金) 20:08:23 ID:/UrdHq82
「え、な。どうした?」
「んー、ちょっち不味い手合いが来たみたいかもねぇ」
 がさがさと──草むらが揺れている。
 僕には、一体そこに何がいるのかさっぱり判らない。
 っていうか何。また僕は巻き込まれる訳ですか?

 張り詰めた空気が僅かの時間流れる。
 なりは変でも流石は二次職といった所か。
 一言で言うなら、彼女の雰囲気は一瞬にしておちゃらけたものから、歴戦の冒険者のそれに変わっていた。
 藪の中から何かが飛び出して、紫式がそれ目掛けて飛び掛り──

「…っ!? 止めろっ!!」
 僕は思わず叫んでいた。
 彼女は、僕を追ってきたのだろうか。
 それに、何故この女の人は彼女にそんなものを感じ取っていたのか。
 ともかく、僕がすべきで出来る事はそう叫ぶ事だけだった。

 だが、無論そんな事で紫式が止まれる筈も無く。(彼女は勢いを付けたままで空中にいるのだ)
 彼女は飛び掛る勢いのまま、草むらから出て着た少女…ツクヤに突っ込んでいった。
 あ──これは、不味い。

 一瞬だけ、そう思った。
 抜かれた短剣が怯む。だが、その目はツクヤが抱いている、羽の生えた何かに注がれていて。
 ぎりぎり、少女の目の前に着地すると、弾かれたように飛び退いた。バックステップ。
 バックステーップ。ずべっ。

「……」
 無理な体勢が祟ったか。それとも足を滑らせただけか。
 尻餅を付いている紫式は、驚いた様な表情で突然現れたツクヤを見ていた。

 僕と女性の前で。
 女の子は相変わらずの様子。それを抱いて僕達を見ていた。
 ぽよぽよと、緊張感を根こそぎする様なその物体はしかし、二次職が戦慄する程の力を内に秘めている筈で。

「ちょ…君っ!!それエンジェリングだから!!危ないから離しな!!」

 エンジェリング、と言うのは一言で言えばポリンの変種だ。
 可愛いんだか間抜けなんだか良く判らない外見に反して、並の魔物なら容赦なく体当たりで押しつぶして終う程の力。
 聖なる属性を持つその魔物は、上位種たるアークエンジェリンと並んで、世の学者の頭を悩ませ続ける元凶でもある。
 曰く、ポリンにとっての天使なのだとか。人知れず命を終えたポリン達の霊体が明確な形を持ったものだとか。
 最も真実は、その強大さから闇の中だ。

 けれど、そんな肩書きにも関わらず、それはツクヤに抱かれ、あまつさえ眠たげに欠伸しさえしていた。
 わたわた尻餅を付いたまま慌てている紫式がどうにも滑稽な対比物となる。
 とてとてと僕の方にツクヤは歩いてくると、ぴょい、と服の裾を引っ張ってきた。

「おそいよぅ」
「そ…そんなっ。エンジェリングが人に懐いてるっ!?」
 何やら背景に暗雲を垂れ込めさせ始めた女性は放置して、むしろ如何ともし難くて、僕は阿呆の様に裾を引っ張られるままだった。
 が、取り合えず気を取り直して。

「あー、ごめん。所で、僕等にはペット飼う余裕なんてないんだから、その子は離してやろうな?」
「……」
 あっ、悲しそうな顔してる。
 しかーし。うん。逃げ出したのが昨日の今日で。
 日々の食料も糞不味い保存食で糊口をしのいでいる身。
 むしろ明日、その天使型寒天生物がゼリーとして食卓に上るやもしれぬ現状では、断固として彼女の主張は退けるべきだ。

「ダメだ。ダメダメ。ダーメっ!!ウチに今そんなもの飼う余裕はありません!!」
 そうして、きっぱりと断言した。
 女の子は、少し残念そうな顔をして、寒天を地面に下ろす。

「ばいばい。また、あそぼうね」
 別れの言葉を告げられると、ぽよんぽよんと草むらの中に跳ねていった。

「それからね。ろぼが、はやくもどってこいっ、て」
「あー…うん。判ったよ。紫式さん…だっけ。そういう訳だから、そろそろ失礼するけど?」
 振り向いて、告げる。

「あ、ちょっと待ちなさい!!」
 しかし、口調の変わった彼女に呼び止められて立ち止まった。

「へ…まだ何か用すか?」
「用って程じゃないけどね…」
 じろり、とこれまでとはうって変わって鋭い視線を彼女はツクヤに向けていた。
 その色に一瞬、背筋を寒気が這い上がる。
 この人は…殺気を向けている?何故?

 考える暇は短く、音も無く立ち上がったローグが僕の前に立つ。

「その子は、何?」
「へ…?」
「…判ってないみたいね。それじゃあ、もう少しはっきり言ってあげる。
 その子、危ないよ?直感に過ぎないけど、アタシのこういう勘は外れない、うん」
「危ないって…んな訳ないじゃないですか」
 視線をツクヤに向ける。彼女は矢張り、何時もと同じように。
 少しばかり、眼前の女性に怯えとも怒りともつかない幼い感情を浮かべていたけれども。
 何ら変わりないように見えた。僕にとっては。

「変に思わないのかい?エンジェリングみたいなmobを、マトモな人間が手懐けられるとでも?」
「知りませんよ、んな事。偶にはそんな子がいたっていいじゃないすか。事実は小説より奇なり、っすよ?」
 そういうアンタも鼻眼鏡なんぞという喜劇的な格好してるじゃないか、と言外に思ってみたりもする。
 が、一方の紫式はぶんぶん、と頭を振ると、呆れた様な様子で続ける。

「あのねぇ。いい?mobってのはキューペットみたいな例外もいるけど、基本的に世界人類の敵だよ。
 放っとくと人間に悪さするわ、色んな災厄招くわ、ロクな事が無いの。
 エンジェリングなんて、その中でも結構強力な手合いよ?これがどういう意味か解らない?」
「解んないね」
 どうも、話題が不愉快だ。
 僕は、つっけんどんに返事をすると、この場を去る為に女の子の手を引く。

「──どっちにしてもアタシ如きじゃどうしようも無い、か。
 どこぞの廃プリ様なら兎も角も、こんな得体の知れないのに関わるなんてごめんさね」
 呟き、彼女は殺気を畳む。
 そして、伸びているアコの襟首を掴み直すと僕に背を向けた。

「ま、最後に。人生の先輩として一つだけ」
 じっ、と僕を紫式は見つめ。

「あんた、多分何かに憑かれてるよ?」
 そして、彼女は言いたい事だけ言い切ると、アコを引きずりながらとっとと立ち去っていった。
133名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/09(金) 20:08:49 ID:/UrdHq82
 膝を抱えた女が、一人静かに川面を見つめていた。
 その横顔は、何処か憂いを帯びた様に、昏い。
 視線は遠い。どこまでもどこまでも。
 彼女には、何かが決定的に足りていない様に、見えた。

 少し離れた場所には黒衣の男。
 彼は、只影の様にそこに在り、自分の役目を果たしていた。
 折り集めた枝に火を。焚き火を立てて、食事の準備なぞしていた。
 傍目には他人の動向は何処吹く風、といった風情。

「どうした? 今更怖くなった、てのは無しだぜ?」
 しかし、彼は女を見ると、言った。

「怖くなった…あたしが? 冗談いわないでよ」
「だと良いんだがな。どーも、アンタ見た目より脆そうだぜ?」
 ぬけぬけと答えた彼に、女は不愉快そうに顔をしかめた。

「──あたしは、連れて帰るだけよ。だって、仕方無いじゃない。あたし達はそうするしかないんだから」
「あたし達は…ね」
「…含むところがありそうね。神事の司として当然じゃない」
「いや、俺は別に何も無いぜ? 強いて言えば、背伸びすんな、ってとこか」
 黒服は、片手で更にスイートジェントルを深く被り直し、何処から取り出したのか水の入った鍋を火にくべていた。
 …流石に、最早ここまでくればプロンテラからの追手は心配ない。
 狩場で野宿をする冒険者も又多い。この火も煙も、彼等の存在が隠れ蓑になるのだろう。

「今日の飯のメインは、ま…幸い水場の近くだし、魚だな。…オイ、漁って来るから、それまでに麦で粥でも炊いといてくれ」
 ぽい、と丁度財布ぐらいの大きさの麻袋を投げ渡した。

「味付けは任せるからよ。不味くすんなよ?」
「…解った。それと、背伸びなんかしてないわよ。それを言うなら、あなたも部外者の分と言うものを弁えたら?」
「はっ。ま、そんな風に言えるならそれ程でもねぇさね。ま、俺は他人をどうにも放っとけない性質でね。
 そうそう。ガキ共が帰ってきたら、早めに寝る様に言っといてくれ。明日からチュンリムと、フェイヨン森の深部越えだしな」
 じゃぶじゃぶと、マントを外し、彼は川中に歩みだしていく。
 彼の言葉に、一瞬女はぎょっとした表情を浮かべ。

「…はぁ」
 しかし、その背中が遠ざかっていくのを見送ると、彼女は、この旅路で初めて溜息をついていた。
134名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/09(金) 20:09:30 ID:/UrdHq82
投下完了ー そいでわ。

ノシ
135Symbolssage :2005/09/10(土) 12:42:05 ID:bEkLQgr.
>>129
感想が非常にありがたいです。やる気出ます。
戦闘シーン……メリハリ付けないとですね。
キャラに付いては悩んだかいがあったもんです。ありがとうございます。

では、また新しい話思いついたので投下。
「Symbols:02」です。以前よりはかなり短い話。
136Symbols:02 (1/4)sage :2005/09/10(土) 12:45:56 ID:bEkLQgr.
「はい、約束の強いファイアクレイモア。昨日完成したよ〜」
「うわ、本当に作っちゃったの!?凄いじゃない!やっぱりあんた天才よ!」
「作ってる時はね、ほんとどきどきしたよ〜」

ここは砂漠の町モロク。そのモロクの街の西側に行くと、2人がいる。
1人は製造ブラックスミス。小柄で、青く長い髪を2つに束ね、リボンのヘアバンドを付けた彼女の名はポルカだ。
そしてその隣にいるのはフィーネという若い女ナイト。栗色の割と短めの髪と妖精の耳が日の光に照らされる。

ぺたりと地面に座りつつ、ポルカはフィーネに「約束の物」を渡した。
その武器は"強いファイアクレイモア"。ナイトも納得の至高の出来だ。
強い属性武器……それはとても製造には困難な代物である。
材料集めだけでなく、製造者本人にも相当の実力がないと不可能だ。
だがこののんびりとした彼女は、とてもそうは見えないがその「相当の実力」でやってのけたのだ。
フィーネがクレイモアを掲げる。見ると「ポルカ」という銘が誇らしげに刻まれていた。

「フィーネちゃん、大事に使ってね〜」
「あったりまえでしょ!粗末にしてたらバチが当たっちゃうわ。ありがとう、大切にする」
「フィーネちゃんが喜んでくれて、私とっても嬉しいなぁ」

相変わらずのんびりとした口調で、にこにこしながらポルカは答えていた。
とてもじゃないが、その彼女が強い属性武器をあっさりと作ったBS本人だとは思えない。

そんな彼女だが、突然立ち上がり、唐突にカプラのいる方角へと歩き出した。それをフィーネは慌てて静止する。
「ど、どどどどうしたの!?急に歩き出して!」
「あれ?言ってなかったっけ〜?」
「な、何を?」
「ごめんごめん、言うの忘れてたぁ」
フィーネはがっくりと、大袈裟にだが溜息をつく。
彼女はいつもこうだ。のんびりとのんきにマイペース。時々抜けていて、時々抜け目無い。
理由を告げるのも忘れて目の前で消えることも日常的だ。
だが見ていて憎めない。それも彼女の良いところだ。

「あのね、今日は大事な大事なお仕事があるの」
「お仕事?ああ、製造業?腕いいもんね」
「えへへ、そうかなぁ。天狗さんになっちゃうよぉ?」
褒められてとても嬉しいのか、ポルカの顔が一層幸せそうになる。
それを見て、フィーネもとても嬉しくなる。そして彼女の笑顔は優しい天使の様で、羨ましくもなる。
「で、用事は?」
「え?あ、うん。あのね〜、昨日賢者さんに"超強いダマスカス"を1個作って欲しいって頼まれたの」
「へぇ。で、約束の日が今日って訳ね?」
「うん、そう。材料も揃ってるし、成功すればお代もちょっと弾んでくれるって言ってたよぉ」
「超強い、なんて大変だけど良い話じゃない!で、どこで集合なわけ?」
「首都で会おうって。あ、前もってギルメンのプリーストさんも首都に呼んでるから、安心してね〜」
そう言いながらポルカはカートの中身をごそごそと漁っていた。持ち物のチェックをしているらしい。
フィーネもカートを覗き込む。中には一生ものの高価な金槌や金敷、製造時に使うDEXが上がる装備。
彼女の持ち物チェックを眺めながら、フィーネは言った。
「あのさ、私も着いてって良い?久しぶりにポルカのカッコいい仕事風景、見てみたいな」
フィーネはそれを聞き、意外な言葉に一瞬きょとんとする。だがすぐに我に帰ると、

「うん、勿論いいよ〜」

そう言って、また幸せそうに笑った。


―――首都プロンテラ。多くの人間が集まる大都市の代名詞だ。
その噴水のある場所にて、ポルカ達は依頼者のセージに出会った。
ポルカは早速材料を受け取り、現地にいたプリーストに支援を貰う。更に自分も装備を変更する。
そして、全ての準備は完了した。

「では、始めます」

ポルカは金槌を手にし、材料と睨み合う。その姿はあののんき物の彼女とは別人。実力派の職人の姿だ。
そして"職人"ポルカは金槌を振り下ろした。刹那、金属が金属を叩く独特の音が響いた。
137Symbols:02 (2/4)sage :2005/09/10(土) 12:48:41 ID:bEkLQgr.
「いや〜、あんたやっぱ天才だわ」
「フィーネちゃん止めてよぉ、照れちゃうよ〜」

結果は大成功。見事、ポルカの銘が刻まれた超強いダマスカスはこの世に生を受けた。
作成を頼んだ賢者は大いに喜び、何度も礼を言い、そして約束どおり弾んだ料金をポルカに支払った。
そしてギルメンのプリーストも一人で狩りへと出発し、ポルカとフィーネはカプラ嬢のいる場所へ歩いていた。

「で、そのお金はどうすんの?」
「んー、まだ決めてないし……あ、じゃあフィーネちゃんにごちそうしてあげようかなぁ」
「あー駄目駄目駄目。貯金しなさい貯金!私がそこまで飢えてる人間に見える?」
そう話しながら歩いている2人の近くに、不振な影が現れた。
そして影はポルカにぶつかった。思い切り、だが自然にだ。

「あ、すみません。急いでいたので」
「いえいえ、こちらこそ〜。気をつけてくださいねぇ」

そして先ほどぶつかった影――アルケミストの男――は去っていこうとした。
だが、
「待ちなさいよ」
フィーネに呼び止められた。男の足が止まる。
「ちょっとあんた……この子ね、私の友達なんだけど」
「それが何か?」
男は振り向かずに答えた。そしてフィーネは男に問う。
「この子のお金は、そのカートの中よね?しらばっくれても無駄よ」
男の後ろには簡素なカート。そしてそのカートの荷台から……

「こっそりお金の袋が見えてんのよ!泥棒!!」

フィーネのその叫びに、男は拙いと思ったのか逃げ出した。
ポルカは自分の持っていた金が無いことに気づくと、すぐに男を追いかけた。
フィーネもまた男を追いかける。人ごみを割りながら男とポルカ達は追われ、追う。

だがすぐに、男を見失ってしまった。群衆の中に紛れ込んだのだろうか、姿は見えない。
フィーネは大きく舌打ちをするとポルカを呼び、「手分けして探そう」と話を持ちかけようとした。
だが、彼女は近くにいなかった。
「あれ?ポルカ……?」


当のポルカは、小さな路地を走っていた。
男は群衆の中などにはいなかった。小さな狭い路地を逃げていたのである。
だが男の行動に気づいたポルテは逃さなかった。未だに一定の距離で追い続けている。
そして遂に男に余裕がなくなったようだ。足を絡ませ、転んだ。
その間にポルカは男に近づき、金を取り戻そうと男のカートに手を突っ込んだ。

そしてお金の入った袋を手にした瞬間、ポルカは男の毒牙にかかった。
焦った男の放ったストレートが、ポルカの腹部を襲ったのだ。
「ぅ……あ……っ」
呻き声を上げながらポルカは地面に倒れた。そして袋から手を離してしまう。
男はニヤリと笑みを浮かべながら袋を奪い、ポルテを見下す。
「じゃあな、悪い人にも気をつけろって事だ」
そう言いながら彼女から離れて行こうと歩いていく。

「お願……い……返してぇ……」
苦しみながらそう言うが、男は振り向きもしない。
ポルカは男を追いかけようとするが、腹部を襲う痛みで立ち上がることすら出来ない。
フィーネちゃんにごちそうしようと思ってたのにな……と半ば諦めながら見ていると、男が唐突に止まった。
男の左腕は何者かに掴まれている。ポルカのものでは無い手が、男の左腕を握っている。

男が謎の手を辿って視線を向けると、バードが男を睨みつけていた。
138Symbols:02 (3/4)sage :2005/09/10(土) 12:52:35 ID:bEkLQgr.
「なんだお前は!?」
「こちらの台詞だ、痴れ下衆」
「シレゲスぅ!?」

男は少し距離を置き、バードの姿をまじまじと見つめた。
金色の長い髪を後ろ一つで纏めている。頭にはクラウン……レアだ。金持ちだろうか。
仮説は3つ。かなりのやり手か、装備が充実しているか。ただの借り物で、実力が伴ってないか。

そして、ここまで考えた所で彼の思考は止まった。
いつの間にか近づいていたバードの持つギターが、男の左腕を襲ったのだ。
急いで左腕を見ると、手加減されたのか大きな怪我はしていない。だが、その左腕は赤く腫れている。

「先程から事件の一部始終は見せてもらった。私にこのまま嬲られたくないのであれば、素直に金をこのBSに返す事だ」
「ふ、ふざけんなッ!!」
「もう一度"忠告"する。今すぐ金を置いて逃げろ。さもなくば後悔する事になる」
「うるさい!そんな言葉聞くなら初めからやってねぇよ!」
「ならば"警告"する。これからお前のその汚らわしい両腕両脚は、2〜3ヶ月程使い物にならなくなるだろう」

双方の怒りに満ちた問答の後、バードはギターを構えた。
そして鋭い眼光が男を睨みつける。全てを見通すかのように男をその眼で捕らえた。
そのプレッシャーに男は耐えられなかった。声も出せず、金の入った袋を地面に投げ捨て走り去っていった。

バードは男を追わなかった。くだらない、と小さく呟きポルカへと振り向くだけだった。
そして彼は、倒れているポルカの元へ向かった。すっと右手を彼女に伸ばす。

「立てるか?」
「え?あ、はい……助けてくれて、その……ありがとうございます」
「礼は良い。在り来たりな言葉で言わせて貰えば"当然の事をしたまで"だ」

ポルカはバードの右手を握り、立ち上がった。
そして礼を言うと、バードに見つめられていることに気がついた。

「BS、間違えていたら申し訳ないが……」
「え?なんですかぁ?」
「お前の名前はもしや、"ポルカ"か?」
「そ、そうです!って、あれ?バードさん、なんで知ってるんですか〜?」
「やはりか。実は旧友が随分とお前の武器に惚れていてな。友人にお前の姿の詳細を聞いていた」
「え?そーなんですか〜。でも、なんで……」
「興味深かったからだ」

バードは事の一部始終を話し出した。
買い物のため散策していた彼は、ポルカの姿を首都で見かけた。
もしやと思って見ていると、偶然アルケミストの男がポルカからスリを働いたのを目撃した。
男が逃げた路地は一本道。先回りしてもう一つの入り口から入ると、ポルカがピンチだった。
その男の卑劣さに憤りを感じた自分は、目障りなその男からポルカを助ける為近づいた。
そして後は、あの通りである。

「しかしあの様なステレオタイプの下衆がまだいたとはな」
そう言いながら彼はポルカに、袋を渡す。
「受け取れ、お前の金だ。しかし些か重いな……まぁ、それも歴戦の証といったところか」
「ほ、ほんとになんてお礼を言ったら良いか……あ、そうだ」
「………どうした?」
「今日のお礼に、今度あなたの為に武器を作らせてください!このままじゃなんだか悪いですし……」
「ほう、私に借りを作ったままなのは癪だと言う事か?面白いじゃないか」
「あ、いや!しゃくとかそういうんじゃないですけど、えっと……」

色々な表情、色々な動きで慌しく話すポルカを見て、バードは微かに微笑した。
そして丁度彼女の動きが止まったところで、はっきりと返事を返した。

「その話、覚えておこう。材料はこちらで揃える……いつか私の為に、その金槌を振るえ」
139Symbols:02 (4/4)sage :2005/09/10(土) 12:56:11 ID:bEkLQgr.
「でね、でね、私が今度あなたの為に武器を作りたいって言ったらね〜」
「うんうん」
「とってもカッコいい声でね、"いつか私の為に、その金槌を振るえ"、だって〜。えへへ、嬉しいなぁ〜」

ここはモロクの西側。そこに2人は座っていた。
事件が終わった後モロクに戻り、それからポルカはバードに出会ったときの話をしていた。
ポルカは今までよりも更に幸せそうにニコニコとした表情で身振り手振り、更には物真似も交えながら話をする。
フィーネはいつもの様に自ら静かに聞き手に回っていた。そして暫く聞いていたところで、ある疑問を口にした。

「で、そのカッコいい声のバードの名前はなんて言うの?」

その瞬間、ポルカの動きは一度に止まった。身振りも手振りも物真似も纏めてだ。
「ま、まさか訊いてなかったの!?じゃあ所属ギルドとかは!?」
「ギルドだって……名前だって訊いてなかったよぉ……」
「えええ!?そんなんじゃ約束も守れないじゃない!名乗らずに去っていったバードもバードだけど……。
 っていうか、そのバード変じゃない?普通バードは属性武器に縁は無いはずよ?社交辞令なんじゃない?」
「え?あ……もぉ〜、私のバカバカぁ!こんな事だからお金だってぇ……」

すっかり落ち込んでしまうポルカ。
それを見たフィーネはなんとか彼女の元気を取り戻そうと、肩を叩く。
そのまま慰めの言葉を言おうとした時、ポルカは急に立ち上がった。
そして叫ぶ。
「フィーネちゃん!フィーネちゃん!あのね、あのね!」
「ど、どどどうしたのよ」
いきなり元気と明るさを取り戻したポルカに、フィーネは驚きを隠せなかった。
だがそんなフィーネを尻目に、ポルカはとても喜んでいる。

「さっき知り合いからWisが来たの!武器を作って欲しいんだって〜!」
「わざわざあんたに?」
「うん、私の銘で作って欲しいって言ってるの〜」
「いつ?」
「もうすぐこっちに来てくれるんだって〜」
「じゃあ準備しないとね!」

彼女はすぐに元気を取り戻し、準備に掛かる。
これもいつもの事だ、とフィーネは微笑んだ。
そして間もなく……広い広いモロクの街のある場所で、ポルカの業務が始まった。
140Symbolssage :2005/09/10(土) 13:04:54 ID:bEkLQgr.
以上、投下終了。
レガートやモノフォニーがいない、そんな作品なのに02ですよ。

ポルカはのんびり屋というイメージですが、出せたかどうか不明。
フィーネは気の良い女友達みたいな。出番が削られました、この人。
名無し男アルケミストが嫌いなわけじゃありません。汚れ役に抜擢したものの、別に深い意味は無いです。
名無しバードは簡単でしたね。クールで偉そう。口が悪いだけ?気のせいです。

迷惑でなければまた話考えます。
それではノシ
141Symbolssage :2005/09/10(土) 13:05:54 ID:bEkLQgr.
>名無し男アルケミストが嫌いなわけじゃありません。汚れ役に抜擢したものの、別に深い意味は無いです。

この場合「名無し」はいらねぇよな……。
142名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/10(土) 21:26:12 ID:zAjp5X7s
今日も今日とて狸狩り、やっぱりネコミミは出ないのです
ジルコンやらカードやら出るけど、なんで肝心のネコミミが出ないんだろうね
あ、SP切れたから一休み入れないと
それにしても、ここのところ本当に、
「暑いですよねー……」
だよね
ちなみに、隣にいるのはマジシャン君、起こると怖いナイスガイかっこぎもんけいです
目の前のポリン君や、君は涼しそうだねぇ
……あ、閃いた

「……あの、アーチャーさん?何してるんですか?」
私の動作を見てマジシャン君の頭の上にクエスチョンマーク、そりゃそうだよね
「ポリン入れてるの」
誰だってこんなことしようとしないもの
そのままポリンはいんとぅーまい服、意外にすっぽり収まったね
うん、涼しいわ、私は天才じゃないかしら?

あー、ゆっくりした、日も沈んできたしそろそろ動こうかな?
「はい、ごくろーさま」
今は胸のあたりにいたポリンを服から出して、野に放す
ありがとう、君のことはしばらく忘れないよ、多分だけど
「さてとー、そろそろ狩りに……」
戻ろうか、って言いたかったんだけどね、違和感に気づいちゃったからしょうがない
「……どうしました?」
うーん、マジシャン君にはちょーっと言いづらいんだよねー
言わないわけにもいかないから言っちゃうけどさ
「ポリンにブラ持ってかれたから、いっぺん戻るねー」
「……〜〜!?」
あらら、顔真っ赤だね、そんなに刺激的だったかな
あー、でも困ったな、ポリン入れてたせいで服のびちゃってるね
仕方ない、痴漢が出ないことを祈りながら帰るとしましょうかー
面倒がらないで蝶の羽くらい買っておくべきだったかなー
それじゃぁまだ真っ赤になってるマジシャン君に挨拶して、徒歩で帰路につきましょか
「それじゃ、そういうわけだからー」
……ありゃ、反応無いな
まぁ、彼だってこの辺の敵にやられるほど弱いわけじゃないし、大丈夫だよね

帰り道でマンドラゴラにごーかんされそうになったりエクリプスに追い回されたりしたけど、その度ファイヤーウォールが防いでくれたんだけど、なんでだろうね?
まー、なにはともあれまいほーむに帰宅、ちゃっちゃと着替えて狩り場に戻るとしましょうかー

戻ったら戻ったで、偶然ブラを回収したらしいシーフ君がアコライトさんに叩かれてたり、剣士君と商人さんがそれを止めてたり、マジシャン君は物陰で小さくなってたりしたんだけどさ
これって、不可抗力だよね?
143142sage :2005/09/10(土) 21:28:52 ID:zAjp5X7s
短いですが、これで
むしゃくしゃしてやった。ブラ持ってかれれば何でも良かった
だが私は謝らない
144Symbolssage :2005/09/11(日) 00:27:42 ID:QJvounxU
>>122
トリスと呼ばれた赤色のポニーテールの女セージはにっこりと笑って返した。

トリルと呼ばれた赤色のポニーテールの女セージはにっこりと笑って返した。

に変更したいけど、今更出来ないんですよねぇ_| ̄|○
145Symbolssage :2005/09/11(日) 00:35:21 ID:QJvounxU
っていうかよく見たら名前タイプミスしてるところが沢山_| ̄|○
ポルテじゃない!お前はポルカだ!そうだろ!?


>>142
凄くほんわかしていいですね。
日常的な雰囲気の作品をさっと書けるのが羨ましいなぁ。
表現が難しいと思いますし。
146SIDE:A 終幕への序曲(前)sage :2005/09/12(月) 15:43:29 ID:cX9Wwwxo
こんな日の高いうちにこんにちは。
長くてダラダラしたのを置いていきます。またスレ消費が激しそうなのでアプロダ直で。
うちは携帯で読めないんじゃゴルァ! とか言われなければこのまま行きますね。
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%BD%AA%CB%EB%A4%D8%A4%CE%BD%F8%B6%CA%A1%CA%C1%B0%A1%CB

おそらく、あと3回か4回くらいで終わるんじゃないかなぁ……。
147Symbolssage :2005/09/15(木) 00:39:09 ID:XZnIKK1Y
とりあえず3回と決めていたので、これで最後の話です。
あまり長いと読むのが面倒くさいよな、と短くしていると短くしすぎてなんか変なことに。
前の2回よりみすぼらしくて急な展開。まいったねこりゃ_| ̄|○
148Symbols:03 (1/4)sage :2005/09/15(木) 00:40:40 ID:XZnIKK1Y
「本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!新しい武器だってゲットしたんだよ?」
「超強いダマスカス……か。えげつないなオイ」

首都で枝テロが起こり、レガートが自分の力の無さを痛感して数ヶ月。
それから彼はトリルと共に様々なダンジョンへと潜り、鍛えていた。
そのおかげでようやく彼は調子を取り戻したらしく、今の彼は妙な言い方をすれば「イケイケ」状態だった。


そして今2人は、ブリトニアのある砦の前にいた。
更に隣には凄腕の女BSと騎士がいる。

「ポルカちゃん、フィーネちゃん」
「ん?どうしたの〜?」
「もしかして緊張した?」

ポルカと呼ばれたBSはにっこりと返事を返し、フィーネと呼ばれた騎士はトリルを気遣った。
そしてフィーネの言葉を否定しながら、トリルは微笑んだ。
「前に武器も作って貰った上に、まさかこんな貴重な体験させてくれるなんて……」
「えへへ、気にしないで〜」
「そうそう、私たちだって感謝してるんだしさ」
「え?何?俺いない時に何かあったわけ?」
「実は最近ね、PTで迷惑かけないようにポルカちゃん達と一緒に狩ってたりもしてたの」
その返答を聞き、レガートはわざと大きな溜息をついた。
そして「俺も誘ってくれればよかったのになー」と言うと、3人はくすくすと笑った。

ポルカは数ヶ月前に、首都でトリルの為の武器を作ったことがあった。
そう、あのバードに助けられた時の事件だ。
それからまた1ヶ月ほど経過した頃にポルカはトリルと再会したのだった。
そしてどうやら友情が深まったらしく、後は彼女の言葉通りだ。

因みにその事は今回の彼らの行動に直結している。
トリルはその後、人柄をポルカとフィーネの所属するギルドのマスターに好かれ、結果仲良くなっていた。
そして今回「共にGvGなんてやってみないか」という申し出があり、今回一時的にギルドに入れてもらったのだ。
勿論、レガートも誘ってだ。当然彼はその申し出を受け、ブリトニアへと赴いたのだった。

「俺は武器なんか作ってもらう機会無いからなー、羨ましいさねぇ」
「そんな寂しい事言わないでくださいよ〜。鋼鉄とか、そういうのも作りますからぁ」
「ああ、その時は是非頼んじゃおうかな……っと、そろそろなんじゃ?」

雑談に華を咲かせていると、遂に戦闘が始まった。
様々な魔法の発動音や鍔迫り合いの音、吶喊が聞こえる。

「マスターからメッセージ。道あけたから今すぐ来るといい……だってさ」
「OK!じゃあレガート、出番だね!」
「おうよ」
「ポルカ、あんたも行く?」
「うん、じゃあどうせなら一緒に行く〜。やられちゃったら置いていって良いからね〜」

そして4人は、砦へと特攻した。
149Symbols:03 (2/4)sage :2005/09/15(木) 00:42:52 ID:XZnIKK1Y
「道をあけた」というその言葉どおり、敵は疲弊していた。
何とか敵の追撃を退けて砦の内部へと侵入する4人。
あちらこちらを見ていると、戦いの傷痕が生々しく残っていた。
今回は相当強いギルドが相手だ、と事前には聞いていたものの……と、畏怖を覚える。
それでも今回は幸運も重なり優勢らしい。落とすなら今だ、とマスターは言っていた。

「ウチの同盟のギルドも今回はここ一点集中だって。相手は今日は同盟いないらしいのにここまでするなんて、よっぽどだわ」
「相手が『音楽院』だし、当然かなぁ。他の城狙ってないみたいだしね〜」
「『音楽院』?何だそれ」
「私たちが今相手にしてるギルドの総称。戦うのは今日が初めてだけど、相当強いらしいわよ」

あちらこちらで戦いが起こっている。
それらを相手にせずに、4人は真っ直ぐに奥へと向かっていった。


「マスター!」
「騒々しい、焦るほどの事か?別に同盟などいなくとも……」
「いえ、その話ではないです」

エンペリウム安置場所。
そこに『音楽院』のマスターがいた。そのマスターに、ギルドの一員が伝達をしていた。
そして豪勢な椅子に座っている、マスターと呼ばれた男が返事を返す。

「ならば何だ?」
「今回の敵のギルドの一員が4名、こちらの部屋に向かっています。この部屋の中に入れば楽に倒せるでしょうが……」
「まっすぐ向かってきたのか。確かに全員の調子が悪い中だ、不安ではあるな。身体的特徴を述べろ」
「髪を2つに分け、前にたらしている女BSに妖精の耳を着けた女騎士。ヘッドホンを着けた男Wizに花のかんざしの女賢者です」
「ほう……髪を2つに分けた女BSか………面白い、私が出よう。士気向上にも丁度良い」
「ではこの部屋の防衛はどうしましょうか」
「丁度同盟のギルドもこちらに到着したらしい。全てかき集めろ。こちらのメンバーもだ」
「伝えておきます」

返事を返したマスターは、扉の向こうへと歩き出す。
静かに金色の長い髪が揺れていた。


「あ、うちのマスターだ〜」

ポルカがそう言って腕を振ると、ペコペコに乗っているロードナイトの男が振り返した。
多くの戦いに巻き込まれたのだろう、ぼろぼろだ。だがそれでも取り乱してはいない。
なんとかエンペ部屋の近くに辿り着いた4人は、そんな男と合流した。

「早速だけど、これからが勝負だ」
マスターは短くそう言う。視線の先にはエンペリウムの安置場所だ。
「仲間の報告によると、彼らの同盟も姿を現したそうだ。集中攻撃した我らを本格的に潰すつもりだ。
 さっきまでは相手も不調だったようだけど……こちらの優勢が覆るかもという状況だ。困った事になった」
「ま、自業自得かしらね。どうすんの?マスター。ピンチなんじゃない?」
「だから今から、もうエンペ部屋に向かうしかない」
「う〜〜!緊張してきたね、レガート」
「まぁ一応な」
「皆、来たぞ」
150Symbols:03 (3/4)sage :2005/09/15(木) 00:45:14 ID:XZnIKK1Y
現れたのは1人。
クラウンを被ったバードだった。

「ようこそ、私が『Conservatoire』の最高責任者のソルファだ」

その言葉を聞き、何より外見を見てポルカは驚いた。
「あ、あの〜……もしかして、あの時のバードさんですかぁ!?マスターさんだったんですね〜」
その言葉に、他の4人は驚いた。

「え?何?知り合い?」
「凄い人と知り合いなんだね!」
「もしかして、あんたが言ってたカッコいい声のバードって……」
「まさかマスターと縁があるとは思わなかった」

その言葉をスルーし、ポルカは少し涙ぐむ。
ソルファは彼女の姿を懐かしむように見つめる。

「前は、ありがとうございました……再会できて嬉しいです!まさか『音楽院』のマスターさんなんて思いませんでしたよ〜」
「あの時は名乗らなかったからな。再会が遅れたが……今は敵だ、行くぞ」

返答する彼は、ギターを構え立っていた。
それを見たマスターは小声で呟き、注意を促した。
「気をつけろ、彼の異名は『転生狩り』だ。我ら転生職にすら勝利する腕を持っているという所から来ている」
「転生に……ッ!?」
「来るぞ!」

素早い動きで、ソルファは近づいた。マスターもペコペコを駆り、ソルファへと走っていく。
一瞬交差した。その間に2人は互いに数発の攻撃を仕掛ける。そして2人は立ち止まり、背中同士で会話が流れる。

「以前の痴れ下衆よりは手ごたえは4倍も5倍も上だが……」
「ありがとう。だが満身創痍では……」
「ああ、今の貴様と私とでは釣り合いはしない。いつか無傷で来い」
「そう……する……」

マスターはその言葉を最後に倒れ、消えた。街へと飛ばされた様だ。
即ちそれは敗北。相手が不利な状況だったと言えど、その事実に4人は驚きを隠せない。

「さて……」
「げ」
「今は敵だ」
「う」
「手加減はしないが」
「わ」
「安心しろ、目が覚めればそこは街だ」
「ひ」

各々が短く声を上げる。
だが、それでも武器を構え抵抗の意を示した。
そして間髪いれず、フィーネとポルカは敵の懐へ飛び込もうと肉薄し、レガートとトリルは詠唱を始めた。

「最後まで抵抗するか……面白い、全て纏めて薙ぎ払ってくれる!!」

ソルファはギターを構え、彼らに1人戦いを挑んだ。
そして一瞬、レガートの視界にギターが大きく映り―――――
151Symbols:03 (4/4)sage :2005/09/15(木) 00:47:39 ID:XZnIKK1Y
4人が目を覚ますと、そこはゲフェンの街。
見事に倒されたらしい。自分達が叩き伏せられる前の映像を思い出す。

「まずは俺のSGが発動前に潰されて」
「で、私が詠唱中にやられちゃって」
「次に私がツーハンドクイッケン発動直後に潰されて」
「最後に〜、私は普通に殴られて終わっちゃったな〜」

そう言って各々が溜息をついた。
そして近くにあったベンチに座った。

「なんだかんだで楽しかったね〜」
「あそこのマスターに直々に会えるとは思わなかったわ」
「貴重な体験だよね」
「ちょっと自信無くすけどな」

そう言って、4人は笑った。
レガートはブリトニアの方角を見た。心なしか、とても賑やかそうだ。
そしてフィーネが「体力治したらもう一度行こうか」というと、3人は快く了承した。

「なんか納得いかなかったからな」
「理不尽な強さだったもんね」
「じゃ、もう1回行ってみよ〜」
「そうと決まれば、さっさと治さないとね!」


深まる愛や友情、新たな出会いや再会、そして別れ。
様々な事が起こるこの世界は、日常と非日常に溢れている。
今回は、その中のちょっとした非日常の話。
不思議と見えない糸で繋がれていた人たちの小さな話……。


「今回も終わったようだね」
「ああ、防衛は完了だ」
「お疲れ様でした」

GvG終了後、結局砦は『音楽院』の物となっていた。
そして今、防衛が成功した事を聞きつけたソルファの友人が2人、彼と話をしていた。
1人は片目を隠す様な髪型のプリーストの男。もう1人は青紫色の髪を伸ばした凛とした女性クルセイダーだ。

「しかし今日の戦いは面白かったな。珍しくメンバーが不調でな、危うく落とされかけた。
 だがある人間とも再会できた。おかげで久しぶりに軽い非日常を体験できた」
「それはそれは、大変だったようだね」
「まるで人事だなノクターン。いや、お前は対抗戦には興味ないんだったな」
「そうさ。寧ろモノフォニーだよ、興味を持っているのは」
「妙に本当にも思える嘘を意味も無くつくのは止めてください」

モノフォニーとノクターンは、そう言って微笑む。
そしてノクターンは、
「で、その再会した方というのはどんな方なんですか」
その問いに、ソルファは間髪いれずに答えた。
「ポルカという女BSだ。他にもこれは初対面だが、フィーネという女騎士にレガートという男Wiz、トリルという女賢者もいた」
「え?」
「何ですって?」
「……?何か拙かったか?」

彼の言った名前の中に、自分たちの知っている名前があった事に2人は驚いた。
そしてソルファにそれを告げると、彼はくすりと笑った。

「成程な……奇妙な縁もあったものだ」

今回は、その中のちょっとした非日常の話。
不思議と見えない糸で繋がれていた人たちの小さな話……。
152Symbolssage :2005/09/15(木) 00:49:40 ID:XZnIKK1Y
というわけで終了。
スペースを使わせていただき有難う御座いましたノシ
153名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/15(木) 23:14:18 ID:MbKxBY4Y
いえいえ
154名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/18(日) 19:55:12 ID:4FBRM6n2
>>147
人数が増えた途端に主語が誰なのか、誰の台詞なのか分からなくなるところがあるから
例え前の話でそれぞれのキャラについて書いてあっても、描写を削り過ぎないほうがいいかと思う。
その辺は自己レスで気づいてるっぽいんだけども…
あと個人的には「マスター」って呼ばれる人間が2人いるので読むのがややこしかったり。
キャラの性格をもっとバラけさせると自然と描写しなきゃいけないことも増えてくると思います。
(大手ギルドっぽさを意識した性格とレーサーギルドそのもののような性格しか見えてこないので)

なんていってるけど楽しませてもらいました。またよろしく!
155名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/20(火) 22:26:26 ID:jMWuOQow
んー。ふと思ったんだが、小説でのキャラの衣装の描写って
所謂ドット絵のグラフィックと装備品依存とどっちがいいんだろう。

やっぱ小説の中身がゲーム準拠か
それとも異世界としてのラグナなのかで帰るべきなんだろうか。
156名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/21(水) 02:18:44 ID:.RgKmz2E
じゃぁダメな一例!

・その男は、炎天下のモロクに居るにも関わらず、ズルズルとした黒い法衣を着込んでいた。
 帽子もかぶらず日向をうろうろしているところを見ると、熱中症という言葉を知らないと見える。
・その男は、(省略)、簡素な木綿のシャツにサンダル履きという、狂気の沙汰としか思えない出で立ちだった。
 砂漠に慣れない旅行者ですら肌を隠して歩くというのに、どうやら皮膚ガンを恐れぬ男らしい。

前者は「あー、男プリかな?」って読んでて思う(ってほしい)けど
後者は変人・・・いや下履いてないから変態になっちまったい。
個人的にはRO内でも見た目が変わらないのでドット絵のグラフィック準拠がしっくりくる。
でも装備品依存の小説って面白そうだなぁ…
157名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/21(水) 02:45:14 ID:x.4eMGVA
と、なると実際は炎天下のモロクだと騎士なんかは大変戦闘力が下がる訳か…
あ、それと上の例はイスラムとかだと袖の長い厚着は結構着られてるよ。
モロクは中東がモチーフなんだろうけど向こうは日本と違って
湿度が低いから日陰とかは意外と涼しいらしい。
158名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/21(水) 10:49:40 ID:yQ4x9TEM
装備品依存で考えると、他人の職業ってわかりづらくなりそうだなぁ。
ごついメイル着てるから騎士かと思ったら、実はローグでした。とか。
シルクローブ着てるから魔法系職かと思ったら実はクルセですよ。とか。
一応クルセとノビだけは職限定装備のお陰で判別できるのかな。
アサシンとかローグとか、その辺活用して変装とかしてそうだし。
ちょっと面白そうだ。
159名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/21(水) 23:09:52 ID:q07fWMEM
そういえばプリに変装して暗殺を行うアサシンを見た事あるな。

「本当にプリーストだと思ってたの?馬鹿ね。
 本物の聖職者はね、毒は治療できないのよ」

って感じの台詞をどっかで聞いてなんとなく印象に残ってる。
どこだっけかなぁ…
160名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/22(木) 16:48:35 ID:AkElayo6
 花と月と貴女と僕 9


 フェイヨンの木々達からすれば、少しだけ、昔の話。
 彼女は、とある小さな集落の祭司の長女として生まれた。

 司祭職を継ぐ人間として厳しく躾けられては反発し、落ち込んでいた彼女を慰めるのは、
父親のやる事を黙認している母ではなく、何時もまだ幼い妹だった。
 今になって思えば、彼女はきっとあの頃の自分は未熟だったのだ、と思う事だろう。
 父の厳しさは、つまり娘を彼の願いなさしめん為が故。

 確かに厳しく、時に行き過ぎた指導をする事はあったけれども、
それは彼が、彼女にとってそれが必要であり、幸福を約束する物だ、と信じた故だったと、今は気づいている。
 実際、父は指導の時間が終わってしまえば、難しい顔をしたままだけれど、おずおずと優しい言葉もかけてくれたものだ。
 きっと、彼は不器用極まりない人だったのだと思う。

 役目の事しか知らなかったし、それを伝える事しかできなかった。
 彼が、その生涯で要求された事と言えば、それだけだった。
 それでも、きっと自分の娘を誰よりも愛していたのだろう。
 只、そんな愛し方しか知らなかったというだけで。

 そして妹は。
 彼女と違って役目を役目として理解しながらも、自分自身を失わない娘──有り体に言えば、彼女よりずっと優れた人材だった。
 最も、そうと解ったのは暫く後の話。
 司祭の役目を継ぐのは最も先に生まれた子供と決まっている。
 この時はまだまだピッキ、なんて形容が似合う子供で、ぴょこぴょこと後ろに付いて来ていて。
 何時だって落ち込んでいた彼女を慰めていたものだった。

 父親と母親と。そして妹と彼女。
 皆が居たあの頃は。
 とても幸せな時間だった筈だ。

 ──おねぇちゃんなら絶対、大丈夫だから。

 幼い少女の無責任な言葉。そういってしまえばそれだけの事。
 だが。そんな無責任な言葉は何時だって何よりも強い支えになっていた。
 ある意味で言えば。今の彼女があるのは、妹のお陰で。
 それ故にその少女は彼女自身の半身にも等しい。

 そういえば、一緒にやって来た筈の妹は、今頃ちゃんと村に戻れているだろうか?


 僕は残された紫式の言葉がどうにも気になっていた。
 『あんた、多分何かに憑かれてるよ?』
 実に不吉な捨て台詞。その上、その手の存在を信じれる程連続して身に不幸が降り注ぎ捲くっているのだから始末におえない。
 ところで。
 意外な事に、昨日の夕食は普段の食事に比べて麦粥の癖に感激するほど旨かった。
 因みに、魚の焼き加減やら塩加減やらも完璧。どうやらミホさんは料理上手らしい。
 考えつつも彼女の株が僕の中で上昇するのを感じていた。
 うむ。こうしてみると中々家庭的な側面も持っていらっしゃる。

 …さて、取り合えず状況整理。
 僕達は、今はフェイヨン大森林地帯に差し掛かろうとしていた。
 検問の話をロボに告げた所、フェイヨンへの近道であるチュンリム経由は見送ろう、となった故のルートである。
 少し遠回りにはなるが、十分に

 尚、この森には年経た木々の変化。
 エルダーウィローというモンスターが居るが、彼の魔物は殊に深く清浄な森にだけ現れる。
 つまり、それはある種森の豊かさ、深さの指標となる魔物であるのだ。
 (因みに、かつては嘘か真か神代から生き続け、バフォメットやダークロードにも匹敵するウィローも居た、と伝えられている)

「…どうしたの?」
「あー、うん。ちょっとね」
 隣を歩いていたツクヤの声に、意識が覚めた。
 顔を横に向ける。あの女の人の態度を信じるなら、目の前の少女は『普通の人間』ではないらしい。
 …少しばかり変な所はあるかもしれない。いや、実際少々常軌を逸しているような気もしないでもない。
 ただ、今こうやって見てみると、やっぱり普通の女の子だ。

 僕はそう思う。
 第一、mobを手懐けた事を驚いてたけど、キューペットだって元々は普通のmobだ。
 今、ああやって人間と一緒に暮らせるようになってるって事は、少なくとも初めに彼等と人とを取持った人間がいないといけない。
 未だ、僕はツクヤが、ミホさんの言う月夜花への信仰で、どんな役目を負っているのかは知らない。
 でも、そんな立場の人間なら、多少常人と異なる素養があってもおかしくない。
 最も、それが何なのかは彼女が記憶を失ってしまっている以上、知る事は出来ないけど。

「あのさ。ツクヤって、キューペットとか好きなん?」
「きゅーぺっと?」
「あー…うん。説明すると、人間と一緒にペットとして暮らしてるmobの事かな」
 そんな事を考えながら何とはなしに言った僕の言葉に、しかしツクヤは不機嫌そうな顔をしていた。

「ぺっとじゃないもん。ともだちだもん」
「いや、でも。普通mobって人間とは理解し合えないから。それでも一緒に居たいから、そういう風にしないといけないんだよ。
 友達でいたいなら、先ず襲われたりしないようにしなきゃ」
「ともだちだもんっ!」
「いや、だから…」

 原理は全く僕なんかにはわからないが、ともかくmobを卵と呼ばれる状態にまで還元して攻撃本能を制御する。
 それが、普通キューペットと呼ばれるmobに対する処置だ。
 例えば、彼女みたいに何もしなくても大丈夫な人も稀には居るかもしれない。
 けれど、殆どの人はそのままでは駄目で。
 だから、人と魔物が一緒に暮らす事に問題が無いようにしなくちゃいけない。
 少なからず、mobと一緒に暮らしたい、と願う人間は居る。
 僕は、それはそれで良いことだ、と思う。

 しかし、僕の説明に、女の子は一行に耳を貸そうとしない。

「ぺっとじゃないとだめなの?」
 不意に…ぽつり、と消え入る様な声で女の子が呟く。
 何を言ったのか──良く聞こえなかった。

「ん、何?」
「いーもんっ! うぉるなんてきらいっ!」
 ぷい、と顔を背けるとツクヤは僕から離れて一人で歩き出した。
 …何か気に障る事を言ってしまったのだろうか?

「なんなんだよ…全く」
 呟いてみるが答えなんて出る訳もない。
 ただでさえ気になる事柄があるというのに、どうも厄介ごとが又一つ増えてしまったらしい。

「…止まれ」
 ふと、相変わらず一番前を進んでいたロボが、腕を伸ばして囁くような声を出した。
 スイートジェントルの鍔に半分隠れた横顔に、僅かに硬い色が生じていた。

「どうやら追手みてぇだ。まだ遠いがこっちに向ってきてる」
 僕には全く気配なんて判らないけど、流石にこの男には察知出来ているらしい。
 その言葉に、ミホさんもツクヤも緊張した面持ちを浮かべる。

「追手…?どうして」
「俺達がツクヤを確保した後のルートは大体前もって決めてあったんだよ。
 偶然だと良いんだが…何処かから情報が漏れたのかもしれねぇな。何しても──」
「わかっています。こういう時の為にも貴方を引き入れているんだから、さっさと仕事をしてきて」
「へえへえ。人使いの荒い女だよ、全く。お前等は見つからないように伏せとけよ」
 僕の疑問に答えたロボに、ミホは硬い声で言い放ち、自らも布にくるんでいた得物を持つ。
 張り詰めた空気に急かされる様に、腰に手を遣った。

 ふと、考える。ロボは追手がやって来たと言い、ミホは彼に仕事をしろと言った。
 それは当然、人を殺す可能性だってあるという事だ。
 幾らあの黒マントが凄腕だといっても、もし遭遇戦にでもなれば殺さずに無力化する事は期待できない。
 こちらの存在に気づかれないようにやり過ごせる事を祈るしかない。
 知らず、手に嫌な汗が滲む。

 黒マントがまるで風の様に森の中に消えていくのを見送りながら、僕はソードを引き抜いていた。
161名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/22(木) 16:49:16 ID:AkElayo6
 進む。進む。進む。
 自らの歩みを繋ぎ止める楔を外された黒衣の男は、夜の風の様に昼尚暗い森を駆けていた。
 数十秒程気配と音を殺しながら駆けた先に、追手達は居た。
 その数は五人。がちゃがちゃと先頭を進む騎士が鎧を鳴らしながら歩む一団を彼は息を潜めて覗き見ていた。
 歩哨の人数としては平均より少し多いと言える数だったが重要なのは寧ろその質である。
 戦力は──騎士が二、魔導師が一、司祭が一。そして、僧兵が一。

 先頭の騎士二人の錬度は余り高くないように見える。
 森の中を進む徒歩は乱れているし、隊列は盾に長く伸びている。あれでは奇襲を受ければ直ぐに崩れる。
 士気の低さから言っても、他の連中も一名を覗いてほぼ似たようなものだろう、と一目に彼は見当をつけていた。
 さもありなん。砦の所有ギルドと王国は必ずしも仲が良い訳ではない。
 指示された通り一辺の作業しかしようとしないのも無理は無い。

 それはいい。問題は、残る一人だった。
 ぼさぼさの金髪にミニグラス。そして、仕立てがモンクのそれとは明らかに異なる闘着。
 常人ならば背筋が薄ら寒くなってくる異様な殺気。
 傍目にはまるで雰囲気が違うけれども見覚えのある男だった。
 先日、剣士と件の娘を拿捕した飲食店で相手をしたあの店主だ。
 何処から情報を得、そして追いかけて来たのかは判らないが厄介な事この上無い。

「…あの野朗、洒落にならねぇな」
 さながら完全武装、と言った所か。
 今の男の武装では、どうにも殺し切れまいし、『古代』や『完全』の銘を封ぜられた鉄拳を握られれば不利は否めない。
 正直、黒服の男にしてもそいつの装備と執念は想定外だった。
 少ないながらも交わした罵声交じりの言葉と、それから剣と拳。
 たったそれだけとは言え、あれほど怪物めいた業前となれば、元より追い求める者である彼にはその男の性質が理解できる。

 あれは、戦を。より強い者との闘いを求めるだけの戦鬼だ。
 そして、今あの男が求めているの相手は彼に他ならない。
 黒服の男は過去に幾度かその類の手合いと剣を交えたけれども、その内で一つとして
 あのまま黙って引き下がる様な手合いでは無いとは解っていたが、今はどうにも間が悪い。

「あーあ。ったく…ギルマスも厄介な仕事持ち込んでくれるぜ」
「だよなぁ。こういう時押し付けられるのは何時も俺等みたいな新入りや下っ端だ。
 ギルドの財産が増えて俺達に回ってくるでも無し。一々媚売ってどうするんだってーの」
「そういや、探してんのはどんな奴だっけか?」

 追手の一人が気だるげな口調で言う。
 その言葉に、まるで巌の様な声が答えた。

「娘が一人と男が一人」
「おいおい…なんでそんな程度の連中相手に駆り出されにゃならないんだよ」
「そんな事は知らん」
「…ツッケンドンな野朗だな」
 …黒服の男は、気づいていた。
 あの男はこちらを見ている。いや、完全に察知されている、という訳ではあるまい。
 隠形は彼の最も得意とする技術だ。おいそれと感知される筈も無い。
 しかし、それでも目の前の男は、そんな理屈など超越した動物的直感で彼の存在を感じ取っているのかもしれない。

 さて、どうしたものか。
 黒服の男は考える。本来なら迎え撃つ愚は避け、別の場所に誘導していくべきだが、果たしてそれを許してくれる相手かどうか。

「…どうした騎士。そんなところで縮こまっているのがお前か?らしくない。らしくないな」
 しかし、そんな考えを勝者は打ち砕く。
 やれやれ。どうもこいつは考えていたよりも更に上をいっているらしい。
 そう考えて、観念したかのように黒服の男──ロボは草むらの中から躍り出る。

 走る。疾る。

 ちきん、という音。線が一つ。
 そして、先頭を進んでいた騎士が彼の方に向き直るよりも尚速く、
彷徨う者の居合いじみた形で背後から抜かれたツルギが滑らかな切断面を残してナイトの首を落とす。
 巻き起こる血煙を潜り、怯む二人目の前衛を殴り飛ばし、三人目のプリーストの口に刺突短剣(スティレット)を根元まで叩き込んで、
しかし、矢張り音も無く、気配も無く、二人を一息に殺して尚顔色を変えず、彼は勝者の前に立った。
 こうなってしまった以上は不本意ながら生命のやり取りを演じる以外に道は無い。

「やれやれ──お前さんとは二度と顔を合わせたくなかったんだが」
 その言葉に慌てて魔導師は呪文を紡ぎかけ、しかし突如として後ろから野太い腕に掴み上げられ、声にならない悲鳴を上げた。
 腕の主は勝者。その男は腕(かいな)に掴んだ人間が悶絶し、やがて動かなくなったのを確認してから、それを捨てる。
 動かなくなった魔導師に一瞥もくれずに、男──勝者はロボに向き直る。

「俺は逆だ。お前はこの腕で。土塊に還り灰に還るまで叩き潰したい」
 にぃ、と唇の端を吊り上げるとだらんと無造作に下げていた腕を胸の前に持ち上げる。
 と。地面に倒れ伏していた騎士がよろよろと立ち上がった。

「仕留め損ねたな」
「片腕で脳天を砕くような腕力は生憎と無いんでね」
「ふん。まぁいいだろ。おい、そこのお前。この近くに探してる連中も居るはずだ。とっとと行って来い」
 有無を言わさぬ言葉に、一瞬だけ身を竦ませ、それから何も言わずに森の中に消えていく。

「止めないんだな」
「止めさせる気なんざねぇんだろ?」
「それは全くだ。幾らなんでも連中には最低限仕事をやらせとかなきゃ面子が立たん」
「──言っとくが俺もお前さんに素直に従う程殊勝じゃないぜ?」
「ハッ…良く言った。ならば勝ち取って見せろ」

 勝者の纏う空気の質が変わる。
 蒼白い月の様に気弾がくるくると回っている。
 両腕を構えると僅かばかり半身の姿勢を取る。
 一瞬にして爆発し、目標を粉砕する火薬の様な気配。

 対する黒い男は、相変わらず構えらしき構えも無く、だらりと下げた片腕にツルギを握っている。
 勝者の突き刺す様な殺気を悉く受け流しながら、悠然と佇んでいた。
 ともすれば無防備とさえ取れる男は、しかしながらその実まるで隙と言うものが無い。
 攻めれば守勢に、守れば攻勢に。無為たるその構えは千差万別に変化し、しかし最速を以って太刀は振るわれる。

 一言で言うなれば、その二人は静と動であった。
 互いに互いを侵食し合うそれらが雌雄を決するのは、単純なパワーゲームに過ぎない。
 彼等の如き業を持てば、常人の判断など既に意味をなさない。
 より強い方が勝つ。その他の全てなど瑣末事だ。

「ッシィィィィィィィィッ!!」
 ごう、と雷光の如き踏み込みで勝者が迫る。
 迎え撃つ様に黒衣もまた、ツルギを手に一息に間合いを詰めた。

「おぉぉおぉぉぉぉっ!!」
 先ずは──、一合。飛来する鉄拳をツルギでいなし、返す刃で首筋を狙う。
 それを勝者は篭手と分厚い筋肉で受け止め、まるで砲弾の様な一撃を繰り出す。
 しかも、その数は十を超え、二十を超え。雨あられと黒衣に降り注ぐ。
 踊るように彼はステップを踏み、縦横に森中を跳び、手にした得物で受け流し、巧みに回避し続ける。
 返す刃で首筋を、攻める刃で脇を、腹を。それが己が手の延長ででも在るようにツルギを振るう。

 武装した拳に秘められた威力は彼が記憶していたそれを遥かに超え。
 彼が全力で舞う剣舞は、その男が記憶していたよりも遥かに鋭い。
 それはとうに常人の域を超え、天才の域さえも超え。
 与えられたのではなく自ら勝ち得、その代わりに失った者だけが手にし得る境地だった。

 打ち合う拳が三十を数え、振るわれる剣先と拳先が幾つかの擦過傷を作る頃。
 どちらとも無く、互いの喉笛目掛けて放った一撃を避けられた所で、大きく飛び退いて間合いを離した。

「はっ。黒服、恐ろしいものになってやがるなぁ。人の形をして騎士を名乗る癖に、まるで奈落みてぇな面しやがって」
「それはお前も同じだろうがよ。俺が化物だってなら、俺やお前の同類は皆化物に違ぇねぇ」
「クハハッ。それはそうだ。俺は手前がどうしてそうなったのかは知らない。
 だが、なるほど。八柱の一人ならば当たり前だ。お前が無くしてしまったのは当たり前だ。おかしくなったのは当然だ」

 さも可笑しげに勝者は笑う。

「それはそうだ。言いたい事は解る。俺は無くしちまってる。だがお前さんみてぇじゃないんでな」

 そんな勝者に答える様に黒服の男は手にした剣を初めて胸の前で構えた。

「そんな事はどうでもいい。さぁ、死ぬまで殺しあおう。今の俺はお前との闘いにしか興味は無い」
「へっ。人を待たせてる奴に対して随分な言い草だな。しつこい野朗は嫌われるぜ、ええ?」
「ふん。まぁ、いい」

 目を瞑り、口の端を歪め、勝者も又、拳を上げた。

「来い、化物」
「下らねぇ野朗だな、化物」


 next?
162名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/22(木) 16:51:53 ID:AkElayo6
何となくオリジナル臭が濃くなってきて嫌いな方には申し訳ない限りですが、
花月9をお送りしました。次と次の次くらいで一気に進展する予定とです。

楽しみにしてる人が居れば楽しみに、
そうでない方は生暖かく見守っていただけると幸いです。
163名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/23(金) 07:12:09 ID:ZH35I3jQ
投下されるまでの場繋ぎに色々考えてみるコーナー。
言いだしっぺの自分から先ずは話題振り。

連載において、物語の確信となる設定は最初から示すのがベターか、
それとも徐々に匂わせていって、或る程度の所で明かした方がいいか。
どっちがよりよいか考えてみるtest。

自分は物語の進行上のやりやすさで後者をチョイス。
と、言っても中々予定通りに進まなかったりするものですが。
164('A`)sage :2005/09/23(金) 08:42:37 ID:aKeqCUkk
大変申し訳ありませんが、投下を無期完全停止します

主な理由はリアルでの多忙と、モチベーションの枯渇です
ふと見渡せば人は減り、直接的なキャラ燃え(或いは萌え)が氾濫し、
子供に良くない表現(笑)などばかりが目立つようになっていました
拙作も似たようなものなのでこれも書きながら苦笑していますが・・・

初投稿時、私はネット初心者でした
まぁ、今もかも知れませんが、もう随分前の事です
('A`)というハンドルも単純に私が唯一手打ちで打てた顔文字だからだったりします
ふと小説のようなものを書いた私はテキスト文書に慣れない手際で保存し、
それを投稿する場所を探しました
このスレを見つけた時は分際をわきまえずに小躍りしたものです
感想を頂いて調子に乗り、次も次もと書きまくっただけにも思えますが、
私は物語を書くことがこれほど楽しいとは思ってもみませんでした

ただ、思えば場違いだったのでしょう
ちゃんと理解して来るべきでした

お子様に良くない表現ばかりが目立つ作品を私は否定しませんが、
平たく言ってしまうと、個人的に大嫌いなのです
文章がいかに洗練されていようと、いかに巧みであろうと、反吐が出ます
結局は嗜好の問題ですが、この板はずっと大嫌いでした
なので、このスレだけを読んで書き込み続けていましたが、
昨夜、この板のどこぞやのスレの住人によって私の友人が被害に遭遇しました
性欲処理だか何だか知りませんが良い迷惑です
売春ゴッコをやるなら一般の人に迷惑がかからないようにやってください


時間もなかなか取れないので二度とここへ来る事はないでしょう
上記もただの捨て台詞に過ぎませんし、だからなんだという訳でもないので
以下、何事も無かったかのように進行してください

それでは、お疲れ様でした。
さようなら。
165名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/23(金) 08:51:48 ID:YN0nrOUQ
ぬあ、ホントですかそれ。

ドクオ氏が居るからここをチェックしてたんだけどなあ……
ほかに見るべきレベルの文章もないし、私も去ることにしよう

んじゃ以下何事もなくどうぞ↓
166名無しさん(*´Д`)ハァハァsage nante_cotta@hotmail.co.jp :2005/09/23(金) 09:14:48 ID:JYFggpHI
>>164

私もこのスレだけを見続けてきた住人ですが、
このスレを見続けてきた理由はひとえに('A`)氏の作品があったからです。
この場であれこれ言うのも場違いなので多くは書きませんが、
このスレを見に来ていた大きな理由が減るのは自分からすると非常に残念です。

出来れば何らかの形で('A`)氏が書く物語をこれからも読みたい。
どれだけ待つことになっても、です。我侭な話ではありますけれど。

メールアドレスに使い捨てではありますが、一応メアドを記載しておきます。
もしよろしければご連絡ください。

では、板違い失礼致しました。

でも、取り敢えず、お疲れ様でした。
167名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/23(金) 10:27:15 ID:GYnhTZ0g
>>164
書く楽しさと感想をもらえる楽しさを失ってまで書かれる文章は不幸でしょう。
貴方がまた物を書きたくなったとき、再びその楽しみを得られ才能を発揮できる
場所があることを祈っています。
面白い物語をありがとうございました。お疲れ様でした。


ああもう、ほんと、どうすりゃいいんだ。
このスレが大好きなのに、読み手も書き手も減ってしまう。
焦っても筆は進まないし、書けるのはキャラ萌えか二番煎じばかり。

みんな頑張ってくれ、俺はもうだめぽ…
168名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/23(金) 10:55:01 ID:GyrEmIwM
あああ。

これでついに自分のRO関連のを最後のサイトをブックマークから消すことになりましたな。
サイトと言ってもこのスレしか見てませんでしたが。

ただ自分が('A`)氏の文章を読みたいというだけで('A`)氏が去るのをとめられる理由なんてないので去るのは止めません。
去る理由も理由ですし。

お疲れ様でした。さようなら。
169小説スレ終焉の図sage :2005/09/23(金) 23:06:01 ID:hHLgDnAQ
('A`)ノ... <モウヤーメタ.ジャーナモマイラ
  スィー
     (;Д; )<ソンナ…コレカラナニヲヨメバ
    ヽ(`Д´ )ノ<ドクオサンノシカヨンデナイノニ!!
     (つдと)<オレモモウコネーヨ
     (TдT )ノ<サヨウナラー

             ↓残り数少ない他の作者
            ( ゚Д゚ ill)<……
            (‐д‐ill)<……
            (TωT )<……
170名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/23(金) 23:16:22 ID:YN0nrOUQ
じゃあ明日から俺が型月とのクロスを投下するよ
171倉庫のひとsage :2005/09/23(金) 23:49:45 ID:QbjRvq5E
('A`)さん、大変お疲れさまでした。
何があったのかは存じ上げませんが、よほど辛いことがあったのでしょう。
板、という一くくりで私たち小説スレ住人もも纏めて嫌われたのだと思うととても辛いです。
匿名掲示板だから仕方がないとは思いますが、幾度かお話したときもゲーム内のみ。
これでもうご縁が無くなるのだと思うと寂しい限りです。

思えば、私がRO駄文を書き始めたのも、ROをやめた今でも書いているのも('A`)さんの文章のお力です。
長編書くのがだるくなってやめようと思った時、狙ったように投下される('A`)さんの文章を見ると、
表現の仕方、展開の広げ方、セリフまわしなどの技巧にドキドキし……。
その時のドキドキを、敵わぬまでも、文章にして吐き出したい、という、思えばそれが私の今の
原動力だったような気がします。


そして、それと共にスレの変質を目の当たりにして悲しさを禁じえません。
何度かの座談会、集まった書き手は口を揃えて('A`)さんの文章力が抜きん出ている事を悔しがったり
羨ましがったりしていました。('A`)さんには敵わない、そんな事は書き手が一番分かっています。
にもかかわらず、書き込まれる>165さんのような言葉を見ているととても辛いのは、
私にもまだプライドの欠片があるからでしょう。

思えば、倉庫を作った頃は色んな文士さんがいましたね。

読み手さんもスレを育てようと思ってくださっていたのでしょう。見る価値が無い、などとは決して言わなかった。
それがどれほど未熟な書き手の胸に響くか、文章を読むのが好きな皆様ならわかっているんと思います。
発言される方々の意図は、('A`)さんが去られるということが悲しい余りに、スレが終わっても構わない、
ということなのでしょうね。

倉庫は今まで通り、何もしない管理人として存在し続けると思います。スレがある限り。
自分の作品については、少数の読者の方にはごめんなさい、気持ちが落ち着くまでは書けそうにありません。


さようなら、('A`)さん。広いネット世界のどこかで、いつかまた袖が触れれば幸いです。
それから、さようなら、('A`)さんだけのファンの方々。何も書き込まずに去ることが出来ないくらいの皆さんの
辛さはわかりますから、これ以上は何も言いません。お元気で。
172名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/24(土) 01:20:18 ID:2a8ThMac
最後がどうなるのかかなり気になる俺がいる
173名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/24(土) 02:24:55 ID:SlfY6m/.
もう何度、中途で潰えた連載を見送って来ただろうか。
>最後がどうなるのかかなり気になる俺がいる
それをもはや、我々が知ることは決してない。
長編連載を打ち切るとは、そういうことだ。
174名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/24(土) 02:45:11 ID:97rsoqsY
去る人との別れを惜しむ程長く居る訳じゃあないけれど、
自分に出来る事を続けていきたい。

余り大した言葉はいえないけれど、とにかくお疲れ様。
175とあるモンクsage :2005/09/24(土) 20:56:46 ID:2kd7jIrA
笑って見送りたいけど、胸の辺りが重くて情けない顔しかできません。
ぐだぐだの文章が喉の辺りで詰まるけど、そういうの全部取り除いて
最期に残ったのは、やっぱり、貴方の物語が好きだ、ということでした。
一人の人間に忘れられないくらい、心を動かしたことを、誇って頂きたいと思います。
どうぞ、ご自分の子どもを否定してあげないでください。
子どもの成長を楽しみにしていた人達がとても寂しくなります。
言葉とはなんともどかしい手段だろうかと、痛感する次第です。
願わくは、再度筆をお取りになった際、貴方の優しい子どもが、
どこかで、誰かを、今回と同じように笑顔にしているものと、願ってやみません。
寂寥感に満たされ、どんな顔して見送っていいか相変わらず解りません。
けれども、最敬礼でもって、見送らせていただきます。
有り難うございました。
176名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/25(日) 18:17:25 ID:WyXdY91U
またスレが寂れてしまう・・・
なんとか復興させたいが俺には文才がない・・・ 書いたら書いたでお子さまにふさわしくない表現とか盛り込まれてしまうし。
諦めるしかないのか・・・
177名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/25(日) 22:07:58 ID:6MsHnX9w
これだけ信者の数によって実力差を見せ付けられちゃあ、
生半可な文章じゃ盛り返すのは無理だろ。
本人の罪じゃないけど、結果的に('A`)氏の引退が寂れたここへの引導となりそうだな。
178倉庫のひとsage :2005/09/25(日) 22:23:31 ID:XYMLhvpY
|ω・`)

倉庫の管理人です。
('A`)さんとお話をする機会がありまして、現状の流れとかお話して、色々と伺いました。
スレに関しては嫌いになったわけじゃない(私が勘違いしてました)けど、友人の心情を考えると
これ以上萌え板に今までのような形で関わることが気持ち的に難しいとのことです。
文筆活動はやめないし、どこかで頑張って書いていきます。スレが寂しくなるのは悲しいので
皆も頑張ってほしい、というようにおっしゃっていました。

CoFについては、いずれ完結させるかもしれない、ということです。
その時の公開などについては今はまだ決めてません、とのことです。

なんというか、('A`)さんという立派な卒業生を出せた事を誇りにしつつ、皆でまた盛り上げて
いきましょう。('A`)さんもそれをお望みです。

|彡サッ
179名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/26(月) 02:16:01 ID:HVOz/afY
(´-`).。oO(卒業生というより中退者では…?
180名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/26(月) 03:24:09 ID:.fzejoYY
(´-`).。oO(その通りですな・・・さっさと忘れて誰か投下しましょう
181名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/26(月) 07:11:17 ID:uT83aRoU
(´-`).。oO(この流れだとそろそろスレ終了の予感……)
182名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/26(月) 08:28:13 ID:.fzejoYY
(´-`).。oO(まだだ、まだ終わらんよ
183名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/26(月) 08:50:37 ID:uT83aRoU
(´-`).。oO(そうか、すまんかった…)
184名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/26(月) 22:27:10 ID:/6xGCUhA
(´-`).。oO(あまり認めたくはないものだな。ROの終焉が近づいてきているとゆうことを
185名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/27(火) 21:05:33 ID:zMzHDUXc
('A`)氏が去ってどうも停滞?してるようなんですが…。
流れをぶった切りたくて今書いてるんですが投下していいよね?
萌え要素が入れられなくって燃えっぽい感じですが。

実際萌え専用板の居心地がよくて、(というかにゅとかliveとかが居心地悪い)がっしり存続してほしいなぁなんて思ってる基本読み手。
186名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/27(火) 21:21:06 ID:HnzbXsAc
>>185
ぶっちゃけ('A`)氏一人が突出して優れてるとも思ってない読み手のこちらにとっては、
貴殿のような人がまだいることに安堵を覚えます。
掲示板 生かすも殺すも 住人次第
去った人に引きずられずにマイペースで行きましょうや。
187名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/27(火) 22:38:23 ID:5ikrrZxs
そーやって語ってる時点で引きずられてんのがわかんねーのかね。
存続とか訳の分からん事言ってるしよ。
他人は関係ないだろ。他の書き手も読み手も好きにやってんだから好きにやれよ。
面白ければレスが付くし現に理解してくれる人が現れる。だが面白くなきゃそれまでだ。
読み手とかいう免罪符ちらつかせてんじゃねーよ。


頑張れ。
188名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/28(水) 20:38:19 ID:T4rydyyI
叩き励まされた?ので投下してみます。
ほんっと久しぶりに書いたのでムダに長い+次への伏線あり+読みにくい+燃え?ですが、
アカン所があれば突っ込みを是非。

仮題、「* -アスタリスク-」 (続けば第一話)▼無愛想な男
189▼無愛想な男 1sage :2005/09/28(水) 20:42:04 ID:T4rydyyI
▼無愛想な男

 意味を損なわないようにしつつ呪文短く詰め、なおかつ魔力を最大限に引き出して素早く詠唱を完成させた彼…ウィザードのジェイは、同じギルドの騎士であるリデックを斬りつけている数匹のレイドリック(鎧の亡霊)と彷徨う者(通称・禿)の中心に向かって魔法を叩き込む。
「ストームガスト !!」
 発動した氷の魔法を喰らって、一斉に凍りついた瞬間、ジェイの横へ突如レイドリックが湧き出る。しかし、一撃目が振り下ろされる直前に、もう一人のパーティーメンバーの女プリースト、アヤレーナがジェイに防御魔法を飛ばした。
「キリエ〜、エレイソンッ !」
 薄い緑色に光る聖なる盾で攻撃を防ぎ、そのままストームガスト範囲内へと入るジェイ。
 二人が横沸きから防御、そして攻撃への連携の横で、リデックは凍ったモンスターを叩き割り、さらにストームガストの吹雪を当ててダメージを与えていた。
「プロボック!プロボック!
 二人とも、前方右の部屋…どうやら溜まってるみたいだぜ」
 抜け目無く前の様子を伺っていたようで、アヤレーナは頷いて支援魔法をかけなおす。ジェイもストームガストの効果時間が切れ、敵が一体も立っていない事を確認してエナジーコートを唱えた。その間に散らばっている敵が落としたアイテム…主にブリガンという赤い欠片を拾い集める。
 手なずけられたウィンディという名のペコペコに騎乗している上に、速度増加が掛かっているので素早い。
 これが、三人の毎回の狩りのパターンだ。

「あ…ウィザードとプリーストのペアが」
 敵の溜まっている前方の部屋に、自分たちとは逆方向から来た二人組が入っていくのを見てアヤレーナが言った。
「っちぃ!結構なモンハウみたいなんだが、取られたか?」
 おどけた様に舌打ちするリデックを無視し、ジェイは簡潔に言う。
「無理だな、ウィザード側が決壊する」
 怪訝そうに眉根を寄せて二人はジェイを見るが、珍しくはないのでなれたように前を向く。
「いくぜぇ、ウィンディ!インデュア!」
 乗りなれた愛ペコの手綱を引き、リデックは耐えのスキルを発動すると件の部屋へ先陣を切って入っていく。
 やや間を置いてアヤレーナがジェイへサフラギウムをかけてから進み、そしてすぐ後にジェイが続く。

「こりゃあ…!」
 中はかなりのモンスターハウスだった。
 レイドリックにライドワード、彷徨う者が一匹、二匹と、リデックは敵のターゲットとなりながら数えようとしたが…すぐに放棄した。数が多すぎる。
 先ほどの二人組のうち、ウィザードの方は隅のあたりで気絶している。つまり、ほとんどの敵はプリーストへ向かっているという事なのだが。
「深淵の騎士!」
 部屋へ踏み入れたアヤレーナがギクリ、と声を上げる。
 黒馬に乗った闇の騎士、深淵の騎士がプリーストへ攻撃を加えていた。どうやら、意識のあるものがいるのに他のモンスターがプリーストへ攻撃を加えていなかったのは騎士への畏怖か尊敬のようだった。プリーストは自分へのヒールで耐えてはいるが、大きな攻撃がきたりもう一匹でも敵が飛びかれば一瞬で気絶してしまうだろう。
 飛びかかってきた敵をいなしつつ、リデックはもう一度インデュアを使って突っ込みながら、叫ぶ。
「悪ぃが…手ださせてもらうぜ!ブランディッッシュ スピアァ!」
「ストームガスト !!」
 深淵の騎士を取り巻きのカーリッツバーグごと気合の槍一閃で吹き飛ばすとほぼ同時に、サフラギウムの効果もあって詠唱のほとんどないストームガストが炸裂する。
 数が多かったため、威力は低いがリセットの意味を持たせた一撃だ。その分詠唱も短い。直前のブランディッシュスピアのおかげで、深淵の騎士は凍ったもののジェイの方へ流れない上、プリーストから引き剥がす事が出来た。
「サフラギウム〜!ヒール!ヒールっ!」
 即座にアヤレーナはジェイに次発のためのサフラギウムを飛ばし、いくらか負傷したリデックへヒールをかける。

「さあて…おねーさん、ちょいと下がってなぁ!」
 そう言いながら、かなりの数の氷像の間を縫い、背後に詠唱中のジェイを置いたアヤレーナの前へ陣取る。踏ん張って、槍を奇妙な事に縦方向に構える。アヤレーナも似たように自分の杖を構え、魔力を帯びた紫色のクリップを付け替える。
 魔力も限界に近いのか、おぼつかない足取りでプリーストは後方の壁際までまで下がっていく。そして、通常のウィザードよりもかなり早い速度で最高威力の詠唱が完成した。
「ストームガスト !!」
 一体どんな風にタイミングを取ったのか、一斉に氷像が効果時間を過ぎ割れ、攻撃者のジェイ…というよりもその前に陣取るリデックとアヤレーナにとびかかる丁度その時、吹雪の魔法が降り注いだ。
 氷像化が解けた直後に降り注ぐ吹雪、再び凍りつくレイドリックら。しかし、即座に凍りつく事は無く、惰性で二人の下へ集まってくる。
 完全にすべての敵が凍りついた時、やや奥の方で待つように氷像と化した深淵の騎士を除いて二人の周りを囲むように氷像がたっていた。深淵の騎士の取り巻きはアンデット、凍らないがためにそのまま吹雪を喰らい続けており、崩れ落ちた。
 そして二人は、奇妙に構えた武器を力いっぱい足元へ叩きつける。
『マグナムッ!ブレイク!!』
 火の属性を纏う力を喰らい、耳を劈くような大きな音を立てて割れる氷像たち。氷の吹雪はまだ効力を持っていて、割れたそばから敵を襲う。
 ガラン、ガランと鎧の落ちる音、バサバサと紙の散る音、膝と剣をつき燃える音。全ての敵が倒れる中で、ストームガストが晴れた先には深淵の騎士のみが立っていた。

「さすが闇の騎士か…ほとんど効いていないようだな!だが…これならどうだっ!?」
 素早くもう一本の槍と取替えて、深淵の騎士へ最大レベルのプロボックをかけ突進するリデック。アヤレーナは、懐から一本の聖水ビンを取り出して歌うように唱える。
「アスーペルゥシーオッ!!」
 聖水の聖性が、武器へと定着する。短時間ではあるが、その武器は聖属性となり闇や不死を撃退する技だ。
 ふう、と肩の力を落としたジェイは、ピアースを乱打するリデックと、その後からヒールで援護するアヤレーナを尻目に、ボーっと今の様子を見ていたプリーストへ近づく。
「プリースト、魔力は回復したか?リザレクションがあるなら連れを起こしてやれ」
「えっ!?あ…はい。でも、まだ深淵が…」
「もう終わる」
 と、リデックが言った丁度その時、彼の背後でガランと音を立て深淵の騎士が崩れ落ちた。
 その音で目が覚めたように、プリーストは慌てて気絶したウィザードの方へ駆け寄り、リザレクションを唱え始めた。
 それを見届けて、ジェイはあたりに散らばるアイテムを拾い集める。とはいえ、ほとんどがまとまっていたので動き回る必要はなかったが。片っ端から収集品袋へ放り込んでいると、二人がやって来て一緒にかがんで拾い出した。残されたアイテム数を見るだけでも、かなりの敵がいたと分かる。
「んー、なかなか歯ごたえあったな」
「深淵はドロップなしー、よ。まったくもう〜」
「その代わりかは知らないが」
 ジェイは淡白に拾い上げたエルニウムをアヤレーナに渡すと、アヤレーナはやったー、などと言ってしまい込んだ。
「レイドかなー、出したの。今日、深淵にも会ったしエルの出も良いし何か大きいの一発きそうだなぁ」
「大きいのが来るときは何も出ない時なんだぜ、アヤレーナ」
 二人の言い合いを聞き流しながら、ジェイは気が付いたウィザードへ目をむける。
「ウィザード」
「っ、あ、はい!」
 プリーストに見事に殲滅をしたと聞かされて、腰がひけているような返事を返すウィザード。
「狩り方・構成にもよるが、ここグラストヘイム古城2Fではエナジーコートを切らさない方がいい、見ていなかったので敗因はそれだけとは言わないが」
「…相変わらず愛想ねえな」
 リデックに突っ込まれたからか、いきなり言われてポカンとしているのを見てか、普段のジェイには珍しく言葉を重ねた。アヤレーナは聞いているのかいないのか、何も言う気が無いのか支援魔法を一通りかけなおしている。
「ここは一撃が重く、横沸きから攻撃を喰らう事も多い。激しいが基本的には攻撃への魔力負担はそんなにかからない分、防御へ回せ」
 そして、見せるようにエナジーコートを唱え、それっきり興味を無くしたようにリデックの脇へ一歩下がる。
 ジェイの詠唱速度を見て目をぱちくりとさせたウィザードは、こくこくこくと頷いた。
「なるほど、それでウィザード側が決壊するって事?」
 アヤレーナがジェイだけに聞こえるように耳打ちする。ジェイは頷いておいた。
「まぁ、ここって結構激しいしな。オレたちがすぐ後にいて良かったよ。お互い頑張ろうぜ」
 リゼックはすでに支援魔法のかけ直されて出動準備万全なのを確認し、ひらひらと手を振って別れを告げる。
 はい、ご指導ありがとうございます!…などと繰り返しているウィザードの横で、プリーストはジェイへ何か言いたげな視線を向けていたが、助けていただいてありがとうございましたと頭を下げた。二人はどうか知らないが、ジェイは気づかない振りをしてそこで別れた。
190▼無愛想な男 2sage :2005/09/28(水) 20:43:55 ID:T4rydyyI
 ここで、少し三人の事を書いてみよう。

 まず、三人の所属するギルド『NeverStop』のマスターである騎士のリデック。男、歳は二十代後半で、三十に手が届くというくらい。
 ただ、それは逆算して求めたもので、筋肉質で若々しい様子は二十台半ばといっても通用するだろう。
 ギルドには17人程度が在籍しており、プロンテラの潰れかけた宿屋を買い取って皆で寮のように住んでいる。特に目立った揉め事も無く着実に成長してっているのは、ひとえにリデックの統率力や人柄と言ってもいい。攻城戦へ参加していないギルドの中では、中堅以上大手以下、という所か。
 短髪で、赤い髪。剣士時代から使っているヘルムと、戦闘時になると装備するアイアンケインは磨かれてはいるものの汚れが目立つ。ついこの間手にいれて、えらヘルムを脱いで装備した新品の悪魔の耳羽の美しさで余計にそう見えるのだろうか。
 タイプは槍スキルを使いこなす型で、力と技を重点的に、そして他に耐久力も、というタイプだ。ソロ狩りよりも、パーティーに力を発揮する。特に、コンビ狩りやトリオ狩りだ。

 プリーストのアヤレーナ、女。歳は二十代初め…に見えるよう日々頑張っているようだが、リデックと同い年などと言えばおのずと分かってしまう事に気づいていない。
 明るい緑色の髪をしていて、昔は短髪だったが歳をとるにつれ二つ結びに、現在では背中に届くストレートの長髪になっている。狩りとなればビレタにオペラ仮面だが、ヘアピンコレクターで通常時は変哲もないピンから珍しいものまでいろいろつけている。
 オールマイティー支援型で、魔力を一番に高め詠唱の技と耐久力を同じくらいに、というタイプ。悪く言えば、何でもソツなくこなすが目だったポイントがない、とも言う。しかし、オールマイティーになんでもこなすと言う事は一つの状況への選択肢が複数あるということで、その中から最適な行動を即座に起こすのはなかなか出来る事ではないだろう。パーティーを組めなかった時は露天でも見て回ったり太いパイプを持つ商人達と話をしたりしているので、ソロ狩りはめったにしない。

 そしてウィザードのジェイ。男、二十代半ばもそろそろ過ぎる。冒険者としてはまだまだ実力が出てくる歳だ。
 ダークブラウンの髪で、すらりとしているが優男という感じはしない。愛想のない言動顔つきと物凄い観察力や頭の回転数からだろう。狩りの時やその前後は頭に名射手のりんごをのせていて、ついこの間からファントムマスクも装備している。他の二人にも言えることだが、タラフロッグ刺しの盾とフェンクリップを持っている。レイドリック刺しの便利な装備は、現在三人でカードを出そうと奮闘しているところなのでまだ無い。現在一枚出ているがどの道刺す為の防具のお金をためなければいけないので保留してある。
 通常時は何もつけていないか、口が寂しいのか草の葉を加えている事がある。ただ、それに対するこだわりは無いようでポケットを探ったらあったから加えている程度のようだ。ギルドの家の広間では、ソファに座って会話に参加せず魔術や錬金術の学術書から、娯楽本まで何かしらの本を読んでいる。しかし、話を聞いていないという訳でもなく、話しかければ返事をするし意見があれば口を挟む。学術の話題になれば彼にしては積極的に会話を交わすし面白い話であれば笑いもする。いろいろと思う事もあるのだろうが、愛想が無いのでとっつきにくい。
 唯一の彼なりの茶目っ気かただ持っていたから使い始めただけか、いつの頃からか広間での読書中、疲れている時や読書に集中したい時はスマイルマスクを被っている。メンバーの何人かが怖がって、せめてこっちをということでコブリン族の仮面を二種類ほど渡し、素直にそちらを使っている。
 今のところ、メンバーの中でたまに仮面の裏で居眠りをしている事を知っているのは一人だけ、である。
 タイプはほとんどのウィザードがそうなようにファイヤーウォール、クァグマイア、ユピテルサンダー、そしてストームガストを習得した魔力−詠唱速度特化型。

 こんな三人は、ほとんど毎日公平パーティーを組んで狩りに出ている。だいぶ高レベル。
 高い連携力は、最近は古城2Fばかり行っているだけというわけでもなく、六人で設立したギルドの初期メンバーで一次職の頃から知り合いだからだ。初期メンバーは実家を継いで冒険者を辞めた一人を除き今でも所属している。
 狩りのパーティーとしてもなかなかの構成であるし、個々の能力も高い。決断力があり知識も持つ豪快タイプのリデック、金銭管理に目ざといがそこは聖職者か公平平等でほとんどの聖魔法を網羅するアヤレーナ、常に冷静に魔法を選び二人がどんなミスをしてもカバーするどころか上手い連携に繋げるジェイ、とそれなりにうまく回っている。
 恋仲となったリデックとアヤレーナが、事あるごとに喧嘩の愚痴や相談をジェイに振ってくる以外は。


 その日、三人はあれから特に危険な目にもあわず、エルニウムをさらに3つほど増やしただけで帰ってきた。
 まだ全員が狩りを終え夕食へ集まってくるほど遅い時間ではなかったので、ギルドの家には数人ほどしかいなかった。
「ただいまー」
「あ、おかえり」
「マスター、お帰りぃ」
「アヤレーナさん〜、どうだった?」
 リデックは広間でくつろいでいた男ハンターのイドル、女ローグのエイプリルに手を上げて返事をすると、玄関わきの小部屋へペコペコを連れて行く。
 イデルともう一人のハンター、ウィーシャ二人の鷹、リデックのペコペコ、クルセイダーのユイマのペコペコの部屋としているところだ。
 動物部屋から出たリデックは、防具を置いてくると言い、収集品をアヤレーナに預け二階に並んでいる各自の個室へ上がっていった。
「あーん、ぜんぜんダメ。エルは多い方だったんだけどー、後はカタナとかボウとか…」
 そういうアヤレーナと言葉を交わしてるのは商人根性の抜けないアルケミストのサニー。簡単な製薬はするが錬金術の研究はしておらず、戦闘型である。ギルドメンバー達のレアアイテムを露天で売ったり、収集品を買い取り商人へ高値で引き渡したりしている。お金にうるさいアヤレーナとは話が合う。
 ジェイも収集品を入れた袋をアヤレーナに渡し、盾や杖を二階の自室までしまいに行く。たいしてかさばるものでも無いのだが。

 自室においてすぐ階下へ下りると、アヤレーナが売り払う収集品だけを一つにまとめ、サニーへ渡している所だった。
「エルは一人三個分もあったよ〜!今日ってかなり出がよかったみたいー」
「じゃ、買取商人のところまでいってくるねー」
 ジェイが分配のエルニウムを受け取っていると、サニーは玄関から出て行く所だった。
「いってらっしゃーい、よろしくねー。速度増加!」
 玄関から居間は一直線の構造なので、アヤレーナから速度増加を貰い、ひらひらと手をふってドアを開け、出て行く様子が居間にいても分かる。
 バタン、とドアが閉じられて、ジェイはエルニウムを懐に閉まって、壁際のソファに腰掛けて置いてあった本を開いた。
 すると、三行も読まない内に再びドアが開いてサニーが顔を覗かせた。
「えーっと…多分ジェイさんかな?なんかプリーストのお客さんが来てるんだけど」
 ぱたん、と本を閉じて立ち上がるも怪訝そうに眉根をよせるジェイ。
「へぇ!なんだろ、誰ー?」
 呼ばれたジェイよりも先にドアの方まで走っていったアヤレーナは、そう言いながら外へ顔を出す。
「あっ!…あ、はい、こんにちはー?」
 そう挨拶だけをして、すぐにジェイの方を向いて言った。
「なんか…今日城で助けた女プリーストさんみたいなんだけどー、ジェイ、何かしたの?」
「覚えが無いな」
 と、言ってから別れ際に何か言いたそうな顔をしていた事を思い出したがそのままにして、居間へと戻るアヤレーナとすれ違って扉へと近づく。
「ひゅー!ジェイに女の子の来客なんて、やるじゃーん」
 エイプリルの野次を無視し、外へと出る。
191▼無愛想な男 3sage :2005/09/28(水) 20:44:28 ID:T4rydyyI
 数時間前、古城で会ったプリーストが、無表情でたっていた。
「何か?」
「えっと、すみません押しかけて。今日はありがとうございました…それで、少しお聞きしたい事があるんですけども」
 ポニーテールにした金髪の前髪の後から、上目気味に言うと、隣にいたサニーへちらりと視線を送る。二人で話したいという意味らしい。
 サニーも察したか、「それじゃ、収集品売ってくるね」と町の中心部へと行った。
「構わないが、右手の大木の裏に移動しても宜しいかな?そろそろメンバーたちが多く帰ってくる時間だ、扉前は開けておきたい」
「…ああ、はい」
 木陰の方へと移動しながら、ジェイは「名前は?」と聞いた。
「ギルド『オニオン』のウィニーです。あなたはここのギルドの…『NeverStop』の方でいいんですよね」
「この、」そう言ってマントの端に縫い付けられたエンブレムをさして、「エンブレムを見てここを探したんだろう?ならば間違いではない」
 木の裏までくると、ジェイは壁によりかかって腕を組み、聞いた。
「それで、話とは?」
「…名前聞いといて名乗らないんですか」
 憮然として聞くウィニー。態度が気に入らないのか、先ほどから怒ったようにどんどん声が低くなってきている。
「ジェイだ」
「そう、ではジェイさん。今日、あそこのMHに私達が入ってから、あなたたちは私達が決壊してるのを見越すように入ってきましたよね?何故?」
「同行の騎士がかなりのモンハウであると察知していたからだ」
 ふむ、とつぶやくとさらに続けるウィニー。
「あなたたちは察知していたMHに人が入っていっても続けて入るのですか?双方がストームガスト所持と思われるウィザードがいても」
「前方でそちらの二人が突入していくのを見た時点で、私があなたの相方であるウィザード側が耐えられないだろうと判断した」
「そう、それは指摘してたエナジーコートのこと?」
「それが大きい」
 肯定の返事を聞いて、はっとウィニーは息を吐き出した。
「ごめんなさいね、『NeverStop』のギルドメンバーは強い上にマナーが良いってかなり評判だったから、私達の後に迷わず突っ込んできたのが気になって。評判は一応間違いではないみたいね」
 そこまで言うと睨む様にジェイを見た。
「だからこそ少し気になることがあってね、よろしいかしら?」
「構わない」
 ジェイも腕を組み替えて睨み返した。
「そう。あなたはレイド他の掃除の後、手ごわい深淵の騎士が残っているのに私の方へ来たわよね?何故?一撃必殺のスキルも使ってくるし、仲間の騎士が倒れプリーストまで犠牲になっていたかもしれないわよね?どうして?」
 本当に信じられない、と言うように言い募るウィニーに対して、ジェイはそんな事かというように肩をすくめた。
「同行の騎士は耐久力を重視して鍛えてはいないが、それなり程度には鍛えている。あなたのその反応は一般的には普通だが、私達にとって一対一の深淵の騎士はすでに脅威ではない」
「はぁ?深淵の騎士が?脅威ではないって!?」
 淡々とした口調でさらに怒りが増幅したのか、木に拳をドン!と叩きつける。
「モンハウ掃除のストームガストですでに取り巻きのカーリッツバーグは二匹とも消滅していた。いたのならばともかく、深淵のみならば問題はない」
「もし深淵が再召喚で呼び出したとしたらどうするの?耐久力がかなり高く無い限りはスタンを喰らう可能性があるでしょ!?」
「深淵の騎士の事を人間はモンスターと呼んでいるが、騎士として誇りを持っている。一対一の状態で再召喚などしない」
「どうしてそう言いきれるわけ!?仮にそうだとしても仲間の命中精度や回避のためにもクァグマイアの一つくらい!」
 正面で怒鳴られ、飛んでくる唾に閉口したのかジェイも不機嫌度が増してくる。
「召還については何度と無く深淵とぶつかってきた結果導き出した答えだ。それに、貴様は…失礼、あなたは何を見ていた?ピアースが一発でも外れていたか?彼がクァグマイアごときの影響でのうのうと回避できる型にみえたか?」
「…!そ、それは、そうだけど!でも深淵はあんたの最大火力のストームガストを喰らって弱っていたんだから…!」
「だから何を見ていて知っているんだ?深淵はレベル4の闇属性、凍るまでの短い時間とはいえあなたあたりがホーリーライトを3、4発叩き込む事によって発生するダメージよりも少ない値しか私は与えられていない」
「はぁ?それじゃあどうしてあんなにすぐに深淵が倒れ…」
 問い詰めるような口調だったウィニーは、そこで思い出した。深淵の騎士へ向かっていくとき、槍を持ち替えてからアスペルシオをかけていた事を。
「彼は転職直後は私らと組んでPTで、成長してからは一人で何度と無くミノタウロスを倒していた。その結果のミノタウロス四枚挿しの大型特化パイクであるし、それを使いこなすだけの力が彼にはある」
 もう反論もないのか、唇を噛んで黙り込んだウィニーに対し、ジェイは力いっぱい木を拳で横殴った。ドシン、と大きな音がする。
「もう言う事は無いか?疑問は解消したか?」
 ウィニーは、ウィザードの細腕から大きな音が出たことにびっくりしたのか、言い募られた口調の凄みからか、たじろぐように一歩下がってジェイを見る。
「あまり俺の仲間をバカにするな。『禁忌の不正』でもしているとでも思ったのか?実力も極め上げないうちに疑いかかるな」
「っ!…ごめんなさい」
 勢いに押されたか細い声だったが、心からの謝罪と見るとジェイはいつもの無愛想な顔つきに戻る。「以上か?」
「…すみませんでした、本当に」
 そう言って、ウィニーはワープポータルを開くためにブルージェムストーンを取り出し、再びジェイに向き直る。
「よければ…あと一つだけ」
 無言の頷きを見て、続ける。
「相方のウィザードの耐えられないと見たっていう事…エナジーコートを纏っていなかったのが大きいっていいましたよね?他に原因があるんですか?」
「杖だ」
「…杖?」
「彼はスタッフオブソウルを装備していた」
「え、ええ…彼はいつもあれですけど」
「スタッフオブソウルは両手持ちの杖、盾を持つことが出来ない。古城ではそれは大きな原因となりうる」
「…あの距離で、あの一瞬で?分かっていたなら、どうして彼に言わなかったのですか?」
 ジェイは、暗くなってきた空を見上げつつ、寄りかかっていた体を起こして言った。
「行動や技術は、言われれば直せるし練習すれば身に付く物だ。しかし装備は今すぐに用意しろと言われて出来るものではない。取るにしろ買うにしろ手に入れるまで資金などの問題が発生するわけで、事情もしらずに指摘できる事ではない」
「まあ…そうですけど」
「それにだ、もしかしたらその杖は特別な思い入れがあるのかもしれない、世話になった人から頂いた物かもしれない、形見かもしれない。もし何かしらの思いを持っているのに初対面の人間に盾が持てないから捨てろと言われたら」
「そう…ですね…。…ええ!本当に。ワープポータル !!」
 シュンシュンシュンシュンシュン…とポータルの扉が開きかける音がする。
「本当にごめんなさい。そして、ありがとうございました」
 ウィニーは、深く深く礼をするとさようなら、と言ってポータルにのって消えていった。
192▼無愛想な男 4 ラストsage :2005/09/28(水) 20:44:56 ID:T4rydyyI
 シュン…と、ポータルが消える音がして、遠くの方のざわめきが聞こえるだけで、あたりは静かになる。
 ジェイは、まるで何事も無かったかのように大木をぐるりと迂回して家に入ろうと近づく。しかし、大木から二歩ほど離れたところで立ち止まる。
「サイト」
 ぼそり、と唱えあぶり出しの火の玉を出すと、ゆっくり大木の方へ振り返る。

「…いつから分かってました?」
 そこには、サイトによってハイディングをとかれた若い女ウィザードが立っていた。二十代にいくかいかないか、というところの彼女は、右手にスモーキーカードを刺したクリップを握り締めながら、むすっとした顔を装いながらも盗み聞きをして気まずいのかうつむいている。
「俺が木を叩いたあたりだな」
「あちゃあ…声でちゃってました?」
 あはは、などと笑う彼女は、つい二ヶ月ほど前ギルドに加入したミシャ。薄く紫がかった、毛先がハネ気味の髪の毛を長く伸ばし、いつもとんがり帽子を被っている。…と、ここまでならば一般的なウィザードのようだが、珍しい避け型タイプ。
「結構激しく言い合ってたみたいだったし、気になっちゃって…。
 …なんか腹立たないですか?あのプリースト」
「別に、一年半前からたまにだが因縁をつけられる。影響を受けたのは実際はほんの一握りだそうだが、噂ばかりが先行していて俺ら程度でも不審らしいな」
「…『禁忌の不正』、かぁ」
 一年前、王国やその近隣国を震撼させた『禁忌の不正』の流出。モンスターや人を迷わしどんなアイテムでも手にいれられ、どんな装備でも極限まで折れることなく鍛え上げる事ができ、疲れも知らない圧倒的な力を手に入れる事ができる。しかし、最後には廃人になるか、悪魔になるか、直ぐに悲惨な死を遂げるか、らしい。
 そんな力が流出したのは一年半前、噂が噂を呼び力を手に入れたという輩、力を無理矢理渡されたという輩、催眠のかかったように彷徨う輩が出てきた。本当に短い期間で。しかし、流出したと言われる日より丁度一ヶ月後、昼間だというのに真っ暗な、太陽の消えた日を境に『禁忌の不正』の力はなりを潜めた。一般人では消えたという話で解決しているが、冒険者間では一旦潜んだだけか、分からないようにだが力を持つ人間がおり、機会を狙っているというのがもっぱらの見方だ。
 事実太陽の消えた日を境にモンスターの凶暴化はとどまるところを知らない。
 一年半前を思い出したのか、ミシャははぁ、とため息をついた。しかしすぐに顔を上げて言った。
「…ジェイさん仲間思いで、いいなぁ。怒ったときにはちょっとすっきりしたよ」
「皆には言うなよ」
「えー、どうしようかなぁ?」
 おどけてみせるミシャを見て、ジェイは安心したように言う。
「ふっきれたようだな」
 ミシャはどき、っとしたが、すぐに笑顔を作る。
「ふふ、そんなのすぐですから」
「無理はするな」
「大丈夫ですよ?ホントです」
 ふむ、と呟いてジェイはマントを翻して背中を向ける。家の方へ入っていくのかと思いきや、2、3歩進んだところで首をひねる。
「ファントムマスク、ありがとう」

「っ!?あ、い、いいえ!」
 パタン、と中に入っていく後姿に、焦って言葉を投げかける。
 見えなくなると、はぁーと息を吐き出してマントが汚れるのもかまわずズルズルと座りこんだ。
 両手のひらで真っ赤な頬を挟み込む。
「そんな事言いながら…笑わないで下さいよ」

 情熱の一面を隠したがる、無愛想で笑わない男が微笑んだ。
193名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/29(木) 04:08:25 ID:zgvoSE0c
 花と月と貴女と僕 10

 何なのだ、あの僧兵は。あの黒服は。

 訳も判らず、その名も無い騎士は僧兵の言葉に従っていた。
 背後からは剣戟の音。それに背中を押される様に、森の中を進む。
 彼とて、殺された人間の事を気にしなかった訳ではなかった。
 だが、それはわずかばかりの憐憫と、神経が麻痺するほどの死への恐怖を感じたというだけの事。
 只、砦持ちのギルドの財と名誉のみを求めていた彼にとっては、同僚は初めから仲間などではなかった。

 要するに彼は、僧兵の言葉に従う事で、あの場所から逃げ出しただけだった。
 無理も無い。あれは、人間という存在の埒外に立つ異常だった。
 幾ら冒険者としての鍛錬を積んでいようが、そんなモノは何の助けにもならない。
 あの場に残り、何をしろというのか。
 それよりは、黒服の同類の。あの僧兵の言葉に従った方が遥かにマシだった。

 女子供を捕まえればそれでいい。
 しかも、王国から、生死を問わず捕らえるよう手配が回る様な人間だ。
 どのようなやり方だろうと、問題はあるまい。

 がさがさと草をその騎士は掻き分ける。
 ほら。やっぱり。
 遥かに簡単な事じゃないか。
 人相書きを頭の中で思い浮かべる。
 目の前には少女が一人と、少年と呼んでもいいような年の剣士と、それから女が一人。
 間違いは無かった。安心して腰から剣を引き抜く。

「」

 少年が何か言い、女が怯える少女を下がらる。彼等は粗末な武器を構えて騎士の前に立っていた。
 内心でせせら笑いつつ、彼は金色の風を纏う。
 こんな簡単な事さえ終わらせてしまえば。
 自分は背後の恐怖から逃れる事が出来るのだ。

 だから。早く目の前にいる生き物を殺して。
 それから。少女を捕まえてしまおう。
 ああ。手ががちがちと震えている。

 ぶうん、と思い切り得物を振り抜いた。
 がきぃん、と大きな音がする。
 見れば、構えたまま立ち尽くしている剣士の前で、みすぼらしい格好をした女が、彼の剣を受け止めていた。
 邪魔だ。再び振り上げると、力任せに叩きつける。
 弾かれた女がたたらを踏む。一足遅れて、剣士の鈍い太刀筋がせり上がってきた。
 丁度、女の鎖骨目掛け振り下ろされていた太刀が、丁度それに受け止められる様な形になって甲高い音を立てた。

 鬱陶しい。邪魔だ。


 ぎぃぃぃん。
 オレンジ色の火花が咲き、甲高い音が響く。

 手がじんじんと痺れる。
 僕は、ミホさんに振るわれた一撃を、間一髪のところで受け止めていた。
 剣技も何も無い。受け流せもせず、叩きつけられた一撃にそれだけで安物のソードは軋みを上げている。
 痛い。怖い。
 何しろ、魔物相手の戦いとは明らかに勝手が違うし、第一相手は騎士だ。
 何時も確実に倒せる魔物しか相手にしてこなかった、半人前以下の剣士が相手なんか出来る筈もない。
 今のを防げたのも、単なる偶然に近い。

「っぁっ!!」
 こうなったら、半ば以上自棄だった。ただで殺されてやるものか。
 思わず剣を取り落としそうになりながらも、大上段に構えたソードを我武者羅に振り下ろす。
 僅かに一瞬。僕は、自分の判断が余りに甘かった事を思い知らされた。

 ごずり。鈍い音が聞こえた。
 腹に衝撃が走ったかと思うと、体が僅かに宙に浮き上がる。

「うぐ…うげぇっ…げほ」
 うめき声を上げながら、地面に倒れ伏した。
 良く見えなかったけど、ウドゥンメイルを着込んだ腹に思い切り剣を叩きつけられたらしい。
 もし、鎧を着ていなかったら確実に、間違いなく死んでしまっていた。
 けれど、金属でもないそれはどうにか刃を止めてはくれたけど、衝撃までは殺してくれない。
 当然ソードなんて握り締めてもいられない。何処かに放りだしてしまっていた。

「ウォル…っ」
 視界の端では、悔しげな顔をして、僕と同じように地面に転がっているミホさんが見えた。

 あ…これは、まずいかも。
 他人事の様に感じながら、ぼやける視界を上げる。
 やっぱり、とでも言うべきか。そこには両手持ちの大剣を振り上げた騎士が居て。
 きっと、一秒後には僕は真っ二つになってしまっている。

 ゆっくりとした時間の中は、まるで何かの物語か幻想の様にもみえる。
 ツクヤと出合った事も、ここまでの旅路も。
 ここで、何の意味も無く、追手に殺されてしまうだろう事も。
 更に言うなら──認めてしまおう。僕は、明らかに危機感が欠けていた。
 非日常に巻き込まれた事は理解していたのに、
 自分は、丁度何時も読んでいる小説の主人公の様に決して死ぬ事は無いんだ、と心の深い部分で思っていた。

「あ…」
 なんて、無様な。
 結局のところ、間抜けで馬鹿な僕は、今際の時に初めてそれに気づいた。
 限界まで引き絞られた騎士の腕は死の顎だった。僕を間違いなく噛み砕く。

 阿呆の様に口を開き、目を見開きながら僕は思う。
 大して何も無い自分自身の事じゃない。
 ただ、少しだけ気がかりな事があるとすれば。
 ツクヤは、この後どうするんだろう?

 偶然に出会って、何となくここまで一緒にいた。
 何一つ知らないみたいだったから、自分が彼女の兄にでもなった様な気がしていた。
 ツクヤを守ってやりたいと自惚れていたんだと思う。
 その癖、こんな時にも後ろで震えているだろう彼女に振り返る事も出来ない。
 今になって、僕の中には後悔しかなく。

 ごめん。ごめんなさい。
 心の中で謝罪する。それだけしか出来なかった。

 ちりん。
 どうした事だろう。
 何処からか、鈴の音が聞こえていた。
 ちりん、ちりんと涼やかにそれは響いている。
 ひゅんひゅん、と何か鋭いナイフの様なものが風を切る音。
 ぽたり、と目の前の騎士に突き刺さっているものが何なのか理解するよりも早く、生暖かい液体が僕の顔をぬらしていた。

「が…っ」
 呻き声を上げながら、死の顎を持った男はよろめいて、数歩後ろに下がる。
 その体には、氷で出来た刃の矢が幾つも突き立っていた。
 これは…一体何だ?

「どうしてそんなことするの?」
 聞こえたのは余りにも意外な声。
 目の前の氷の矢も聞こえたその声も、はっきりと記憶しているというのに状況が全く理解できない。
 コールドボルトと、それからツクヤの声。
 ありえない取り合わせだった。

 はっきりと、目前の騎士に対する敵意を含んだ声で、もう一度ツクヤは騎士に問いかけていた。

「どうしてそんなことするの?」
 僕はよろよろと何とか起き上がり、目の前に騎士がまだいる事も忘れて振り返った。
 その光景に、凍りついた。理解の範疇を完全に超えていた。

 僕の目の前にいるほんの一日かそこら前に出合った筈の少女は。
 日も高いにも関わらず薄暗い森の中で。
 手に大きな鐘の付いた棒を持って、丸い帽子が落ちて狐の耳が生えた頭に二つの赤い目を灯らせていた。
 あれは──誰だろう。鈴の音が、それが騎士に歩みよる度に響く。
 目の前の光景を頭が理解する事を拒んでいた。

「な…なっ。嘘だ。どうして、ここに沸くんだよ!!」
 予想外の事態に錯乱したのか、騎士は喚きながら後ずさる。

「うぉるもわたしも、なにもしてないのに」
 何もしていない?
 それは、そんなのは真っ赤な嘘だ。
 だって。目の前の化物を匿ってしまっていたんだから。
 何て…馬鹿な真似を。これじゃあ、こんな追手がかかるのも無理は無い。

 いや違う。聞いていた筈だ。
 こうなる可能性だってあった筈だ。
 単に理解していなくて、考えることをしなかっただけだ。
 それ自体を崇めるのではなく、記号化したそれを崇めるのだ、と信じ込んでいただけだ。
194名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/29(木) 04:09:02 ID:zgvoSE0c
「月夜…花」
 呆然と呟く僕の前で、それは。
 軽い足取りで騎士に近づいていく。
 ちりん、と世にも涼やかな音を響かせながら、

「何もしていない!? ふざけるな!!」
「それじゃあ、わたしはいったいなにをしたの?」
「黙れ…っ!!俺みたいな野朗でもな、化物って奴がどんなのかぐらいは知っている!!」
 激昂した騎士が、唾を飛ばしながら叫ぶ。

「じゃあ」
 ツクヤの姿形をした少女は、怒気を滲ませた声を、身も凍る様な冷たいものに変えていた。
 あれは──

「あなたたちは、どれくらい、わたしたちをころしたか、おぼえてる?」

 その声音に。その弾劾めいた、告発めいた言葉に。僕は背筋を凍らせていた。
 どれくらい僕達は。ひとは、魔物を殺したのか。
 殺すのは、当然だ。でも、殺されるのは当然じゃない。

 じり、と騎士が月夜花の異様な気配に気圧されて後ずさる。
 あれは。ツクヤは、月夜花は。目の前の人を、何処までも憎んでしまっている。

 それも当然だ。殺すのは当然で、殺されるのは当然じゃないから。
 でも変だ。どうして、いきなりあんな事を言うのだろう?
 説明が付かないじゃないか。剣士の服を着て、人そっくりで、頼りなかったのに。
 どうして、あんな怖くて、人をいきなり憎んでしまっているのか。

 ぐるぐると頭の中身が吐き出しそうなほど高速でのたくっていた。
 思考を回す歯車になるでもなく、脳細胞の一つにも引っ掛かる事無く。
 要するに僕は、愉快なほど混乱していた。

 がちゃり、と木を背中にぶつけた騎士が、観念したかのように剣を構える。
 しかし、手のそれは恐怖に震える手のせいで揺れていた。
 少女の姿形をした畏るべき魔物は、確実に、彼の頭を打ち砕くだろう。
 吐き気のする真っ赤な光景が目の前に広がる。

 目の前の男は、僕を殺そうとした。
 目の前の魔物は彼を殺そうとしている。
 それは──

「月夜花様っ!!」
 僕の思考を遮り、畏れる男へと進む少女の歩みをミホさんが止めていた。
 彼女は、ゆっくりと歩を進める剣士の服を着た魔物を飛びつくように抱いて、地に倒していた。
 そんな事では如何し様も無い。一瞬だけそう思う。
 だが、月夜花はあっさりと女の体重に弾き飛ばされると、ミホさんと絡まるように地面を転がった。

 それを見て、好機とばかりに騎士が走る。
 逃げ出そうとしているのか、それとも目の前の敵を殺そうとしているのか。
 僕は。呆然とこれまでの光景を見守るしかなかった僕には、何もなす術などありはしなかった。
 よしんば、まだこの手に剣が残っていたとしても。
 視界の端に移る、刀身が歪んで歪な鉄の棒でしかなくなったそれがあっても。

 ひゅおう、と鋭いものが空気を裂く音が聞こえた。

「あ…?」
 間抜けな声を騎士が上げる。
 そして、何か可笑しなものでも見るような様子で自分の腹に突き刺さった刃──スティレットを見ていた。
 片手で腹を押さえながら振り返る。その顔がどす黒い絶望に染まっていた。

「よぅ」
 恐らく、彼の目線の先で。ツルギをだらんと片手に持った黒い男が居た。
 黒いマントは所々が破け、男自身も少なからず傷を負っている。
 気安げに声を掛けた彼は、矢張り気安げに騎士にとっての死刑の宣告文を読み上げ始めた。
 彼が、僕達を見つけて、あれほどまでに嬉々として襲い掛かってきた理由が理解できた気がした。

「あの化物からの伝言だ。戦いで弱い者から攻めるも強い者から逃げるも常道、けれど見誤った無能なお前はここで死ね、とさ。
 かく言う奴は、ま、状況が変わったってんでとっとと逃げちまったが──」
 一息で相手を裂く間合い。騎士が後ずさるよりも、男が歩み寄る方が速い。

「恨むな、といは言わなねぇ。お前は運が悪かった、って奴だな」
 下段から逆袈裟に半円。そして、中天にて軌道を変え血振り。
 更に跳ね上がりて納刀。ちきん、と血煙には場違いな涼しげな音が残った。

「遅い!! 何をしていた!!」
「そう言うなよ。一寸化物の相手をしなきゃならんかった」
 いきり立つミホさんにそう言い残してロボは、地面に腰を下ろした。
 僕達の傍に放り出していた鞄を手繰り寄せると、中から白ポーションを取り出す。

「…化物って誰よ?」
「店主だよ。あん時の化物だ。完全武装のあれ相手じゃ、ちっとばかり分が悪かった」
 僅かに粘性のある白っぽい薬を指にとって傷に塗り込みながら、彼は言う。
 少しばかり驚いた顔をして、月夜花を腕に抱いているミホさんは「そう、」と答えた。

「…貴方」
「っえ? う…」
 急に声を掛けられ、僕はミホさんの方を向いた。
 憎悪と怒りに燃える、真っ黒い瞳がそこにあった。
 睨みつけてくる視線に、さっきはつなぎとめた首を跳ね飛ばされた様な気持ちになった。

「剣を捨てたよね、今。まだ機会は十分にあった。倒せはしないかもしれないけど、追い払えはしたかもしれない。
 それでも、貴方は…剣を捨てたのよね」

 馬鹿な、と僕は思った。
 あれはひしゃげていて騎士の固い鎧は貫けないだろうし、第一、反撃を受けて死んでしまったら元も子も無いじゃないか。
 第一、余りに間合いが遠すぎで、跳ね飛ばされた剣を持ち直してのこのこと近づいた所できっとばれてしまう。
 それに結果的に間に合ったじゃないか。

「そんな…僕は…」
 思わず、呟くような声でそう返す。
 と。そこで漸く、月夜花が苦しげに荒い息を漏らしているのに気づいた。

「ミホさん…ツクヤ…いや、月夜花は…」
 僕の問いかけに彼女は直ぐには答えない。
 しかし、努めて無表情に居住まいを正したミホさんは僕に言う。

「貴方達風に言えば魔力が付きかけてるのよ」
「魔力…?」
 といわれると魔術師達が魔術を行使する時に使うあれしか僕には思いつかない。
 専門的な事なんてしらないけど確か、とかくありえない現象を引き起こす時に代償として使われる何か、だとか。

「月夜花様はね、もう殆どお祀りされなくなった神様だから。それに、何時も何時も貴方の様な冒険者共に力を削られ続けてるから。
 この世界に現れるには、在り得なくなったものが存在する様な方法で無理矢理本来の自分をつなぎとめるしかない。
 今はもう殆ど力も記憶も知恵も残ってないのよ。
 そして、悪魔として理解されればされる程、月夜花様は月夜花様じゃなくなっていく。
 いずれは只の醜い魔物として貴方達に狩られる事になってしまうでしょうね。
 信じてる人が沢山居ればそんな事は無いけれど、私達にはそうやって在り続けて貰う為に、お祭りしなくちゃいけないのよ。
 ──そう言ったでしょ」
 一度聞かされた言葉を、ミホさんはもう一度繰り返す。
 それに、横からロボが口を挟んだ。

「ま──解りやすく言えば、ツクヤは今にも死にそうな重病人ってこったな。
 んで、ミホが言ってる祭りってのはその延命処置って訳だ」
 余りにも直接的な物言いに、ミホさんは一瞬顔を歪め…しかし、その言葉は紛れも無い事実だったのだろう。
 何を言うでもなく、再び僕をにらみつけた。
 僕は、何もいう事が出来なかった。

「それは、仕方の無い事かもしれない。
 でもね。貴方は一体何の為に私達と一緒にいるの!?
 普段は騒ぐだけしかしなくて、いざと言う時はガタガタ震えてるだけでっ!!」
「選択の余地が…無かったじゃないですか」
「私が言いたいのはそんな事じゃない、ふざけないでよ!!
 今ので解ったでしょ!?私達は追われてる。貴方が自分のミスで死ぬのは勝手よ、だけど私達まで巻き込もうとしないで!!」
 …流石に僕だって、ここまで言われっぱなしで黙っていられる程、人が出来ては居ない。
 むかむかと腹が立ってきて、吐き捨てる様に言葉を口に出す。

「それだけ達者に喋れるんなら全部そこの黒マントと済ませりゃいいじゃないすか。
 馬鹿馬鹿しい。何で僕が見も知らないあんた等の為にそこまでしなきゃいけない。
 ツクヤの正体だって解ったんだ。これじゃあ僕は最初から騙されてた様なもんじゃないか!!」
 最後の方は半ば叫ぶ様にして言い放っていた。

「この…っ!!」
 いきり立ってミホが月夜花を地面に横たえると僕へ詰め寄ってくる。
 ぐい、と胸倉を思い切り掴み上げられたかと思うと、鈍い音と共に頬骨に衝撃と鋭い痛みが走っていた。

「もう一度言ってみろ、この大馬鹿!!」
 立て続けに二度、三度。嘲笑を浮かべて見下ろす僕をミホの拳骨が打つ。
 けれど、僕は癇癪を起した女の隙を突くと彼女を思い切り突き飛ばした。
 ぐっ、と苦しげな声を上げて地面に転がる。僕は、その間に背を向けて走り出した。

「嫌だね。とっとと逃げさせてもらうよ」
 ははは。
 思わず笑いがこみ上げる。
 どうにも変な状況だったけど、それにもこれでおさらばだ。
 一番重要なのはあの魔物だから、僕みたいな小物はきっと狙われないだろう。
 だったら安心だ。プロンテラには戻れないかもしれないけど、冒険者の生活なんて何処でも似たようなものだ。
 さぁ。悪夢に続くだろう時間からは覚めて、僕の現実に戻ってしまおう。

 そうして僕は走り、その視線の片隅には、まるで何かを求めるように宙に手をさ迷わせる月夜花が僅かに写っていた。

 next?
195名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/29(木) 04:09:58 ID:zgvoSE0c
中々思った具合には展開が進まない今日この頃。
兎に角、花月10をお送りしました。
196名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/09/30(金) 03:34:39 ID:24XVBU02
>>188
俺は燃えた。
無愛想でも根っこで熱かったり仲間想いだったり、ふっとそれが失せて笑ったりするってのもいいよな。
っつーかこれで「続かない」とか言われたら、この後が気になって悶える。
197Asterisk 第二話 ▼彼女の過去 0sage :2005/10/05(水) 12:41:07 ID:bnshVTek
>>196
ありがとう。
Wikiにも登録されててドキドキ。

とりあえず第二話です。ちょっと暗いのでRO色が出てるか心配。
しかもよく考えたら、「* -アスタリスク-」だとどっかのバンドの曲名とかぶるので「Asterisk」に…

ともかく、第二話「彼女の過去」です。
198▼彼女の過去 1sage :2005/10/05(水) 12:42:52 ID:bnshVTek
「ファントムマスク、ありがとう」
 ミシャは、座り込んでしまったまま先ほどジェイにかけられた言葉を反芻させていた。そして、その時の表情。
 無愛想という表情を常に貼り付けていて、他の表情といっても不機嫌、眠たげなどしかない彼が微笑んだ、あの顔。
「あのマスク、私がこっそり置いたって分かっちゃうのはしょうがないかなって思ったけど。ジェイさんは、あの時私に渡したものから作ったファントムマスクだと思ってるんだろうなあ…」
 自分でも、無意識的にジェイの事ばかり見ている事に気づいていた。誰かに指摘されたわけでもない。
 なぜなら、常に目で追っているわけではなく、つねに体の感覚のどこかが彼を捉えているから。だからこそ、自分だけが気づく。
 自分で気が付いたのはジェイに拾われてきた二ヶ月前の、その直後。つまり出会ってからほんの二、三日。
 助けてもらったから気になっているのだ、と自分に言い聞かせていたのだが、一ヶ月もすれば視界にいればピントはジェイにあうし、近くにいれば喋る声、足音、読んでいる本のページを捲る音まで耳が捉える。深夜近くや明け方、あまりメンバーの起き出していない時間に居間や厨房、二階の寝室が並ぶ廊下で会ったりすれ違ったりするだけで心が躍る。誰も居ない時に彼を見るだけでうれしくなる、恋の心理だ。
 つい先ほど、帰る道すがらアルケミストのサニーと会って、「あのジェイさんに女の人の来客が来てたみたいだよ、珍しいねぇ」なんて言われた時にははらわたが煮えくり返るかと思った。軽く流してすれ違って、ギルドの家の前でまだ大きな声で話していなかったのにもかかわらずジェイの声を聞きつけてハイディングを発動させても、話し相手のプリーストへ怒りが収まらなかった。むしろ、話の内容から怒りが増幅されたのだが。
「っと、いけないいけない…そろそろ行かないと夕食が」
 すくっ、と立ち上がってマントの埃をはたき、「ただいま〜」と言いながらドアを開けて中に入った。

 元宿屋の家なので、なかなかの厨房がついている。
 しかし、17人が自分のために自炊できるわけもないので、適当に交代制で料理をしている。大きくシチューやカレー、スープを作ったり、サラダを作ったり、器用な人ならばパンを焼いてみたりする程度だが。
 食事代はみんな適当に箱にいれて、希望を聞いたサニーがゼニーを引き出して買いに行く。かなり大雑把な感じだが上手く回っているのだから何も言うまい。
 今日はこの臭いからするとシーフードシチューのようだ。サニーか、誰かがイズールドまで買いに行ったのだろうか。
 ミシャは、装備品を自室に置いて、階下に下りると丁度在宅の面々がすでに集まって談笑しながら食事を始めているところだった。

「ミシャ!」
 トレーに置いたスープ皿にシチューをよそいパンを一つ取ったところで、ある女モンクに声をかけられる。
 ダイニングのテーブルは20人は座れるであろうという長テーブルで、彼女はその真ん中あたりに座っていた。左側が開いていて、手招きしている所を見ると隣に座れということらしい。
「ヒヨリさん」
 彼女はヒヨリ=ヒグチ。このギルド『NeverStop』の設立メンバーの一人だ。変わった名前なのは、アマツの出身のため。たまにアマツ料理を作る事がある。他の設立メンバーと同様に20代後半に近いが、真っ黒なストレートヘアのショートカットがモンクの正装に良く似合う。
 ミシャはヒヨリの薦めた席に腰を下ろすと、目の前に座っていたマリンと目が合った。「今日の海老やお魚はうちの実家のなの。美味しいといいんだけど」
 へぇー、いただきますね、なんて言おうとミシャが口を開きかけたところで横から口を挟まれた。
「あ、もしかしてマリンさんだったのかな?今日のお昼過ぎ、イズールド東地区にいました?」
 そう言ったのは剣士のラット。二十歳過ぎの多いこのギルドでは目立って若い方だ。その分腹も減るのか、たっぷりシチューを持っていた。
「ここ座ってもいいです?」
「もちろん」
 ミシャの左側に立ってそう聞いてきたので、椅子を引いて歓迎する。
 先ほどの言葉にぎくっとしていたマリンは、ラットが腰を下ろしたのを見て聞いた。
「ラット君、今日イズにいたの?」
「はい、ここの所バイラン島の海底洞窟に潜ってて。いつもはお弁当持って行って一日中いるんですけど…」
 そこで言葉を切り、金髪の頭をかく様子をみて、マリンの隣、ヒヨリの向かいに座っていたエイプリルがニヤニヤしながら言う。
「さては、水のあるところですっころんでダメにしたんでしょ、そんなんで騎士になれるのー?」
 うっ、と図星をさされて苦笑いを浮かべ、誤魔化す様にシチューを口に運ぶ。
「ラットくん騎士志望だっけ。調子はどんな感じ?」
 ミシャが聞くと、ラットは手をとめてうーんと唸る。
「今月中には試験受けられるとおもいますけど…アイテム収集の課題量が多いらしいし他の試験もあるから…来月くらいになりそうですねぇ」
 ふーん、とミシャは呟いた。ウィザードの転職試験はかなり楽だったように思う。マジシャンへの転職試験の時、たった一人でゲフェンからモロクまで何日もかけて歩きとおした分だけ、たった一日で済んでしまったウィザードへの転職試験は印象が薄い。
「話は戻すけど…ラット、マリンが見えたのに声かけなかったの?別にイズの東地区って変な所でもないし」
 パンをかじりながらヒヨリが問いかけた。
「いや…何かアサシンの男の人と話してるみたいだったし後姿だったから」
「へぇ!彼氏ィ?」
 ラットの言葉に反応して、エイプリルは茶々を入れる。マリンは目を丸くして否定した。
「やだ、昔遊んでた近所のお兄さんですよぉ。私がノービスにすらなる少し前に彼が家を出てから会ってなくて」
 まさかまさか、と手を振るのと一緒に、真っ青なポニーテールも揺れる。必死に否定しているがすこし頬が赤い。シチューを食べてごまかしながら続けた。
「彼の家はクルセイダーの家系で、彼の兄もクルセイダーで、私よりすこし下の子はまだ剣士だけどやっぱりクルセイダー目指してて、兄が剣士になったころ自分はなりたくないって勘当されて出て行ってから連絡もついてなくて」
 少し早口になって喋る様子から、ミシャは少なくとも昔は恋心を抱いてたんだろう、と思った。
 さらに話は続き、遅く子供が出来た父親が還暦を迎えたのを覚えていて、十数年ぶりにイズールドの家へ来ていた所にばったりあったというところで話は終わった。
「私はねぇ…親父も母もアサシンだったから何の疑いも無くシーフになったけどね〜。結構一次職は親の思考と一緒って多そうねぇ」
 食べ終わったのか、空っぽの皿を灰皿代わりに緑色のツンツン頭をいじりながらタバコをふかしていたエイプリルが言い出した。
「ふーん?じゃあどうしてローグになったの?」
 シチューの中からイカの切り身をすくい出してヒヨリが聞いた。
「んー…うちは親父は技アサシンだったんだけど、母は職業アサシンでねえ…。居場所もバレちゃいけないからって外では父子家庭のようにみせてたし裏口からこっそり帰ってくるし任務から帰れば返り血ついてたりで、昔からそうだったけど私がシーフになって少したってからさらに酷くなって、こうはなるかと思っちゃたんだよねー」
 技アサシンとは、アサシンの技を使う冒険者。対外的にアサシンギルド側は技アサシンしか居ないと言っているが、暗殺や抗争をする影の人間、まさに暗殺者の職業アサシンも確かに居る。
「ああんやだな、そんな暗い話で言ったつもりはないんだけどー?」
 あはははは、と笑い飛ばしてエイプリルは席を立った。
「さて、ごっそさーん。失礼するよ」
 トレーを持って厨房へ行くエイプリル。すぐにラットも立ち上がって、スープ皿だけを持った。「まだあるかな、僕はおかわりもらってくる」
 ミシャがはと左を向けば、自分よりゆうに三倍は入っていたシチューがもうなくなっている。パンもあと一つだ。
「多めに作ったから、多分あると思うわ」
 マリンはそう言って送り出した。
 ミシャは、残り少なくなっていた皿のシチューを、皿を傾けて一箇所にあつめまとめてすくって口にいれる。少し多く取りすぎたかもしれない。
 なんとか完食するとトレーを持ち上げ、周りの二人に声をかけ、ラットとすれ違いに厨房へ向かう。
199▼彼女の過去 2sage :2005/10/05(水) 12:43:26 ID:bnshVTek
 厨房入り口のところで、丁度食べ終わった皿をのせたトレーを片手に、逆のわきに本を挟んだジェイにあった。
 ミシャの持つからっぽの皿をのせたトレーを一瞥すると、わきに挟んでいた本を手元に滑らすと差し出して言った。
「持ってろ」
 さきほどの笑みを思い出してぼぅっとしていたミシャは、はっとしてとっさに受け取る。
「え?え?」
 一体何をする気なのかと目をしばたかせていると、遅い反応に苛立った様子もなくさっと開いた片手でミシャのトレーを取り上げ、厨房の中へ入っていった。
「っとに言葉のならねぇヤツだな」
「っきゃ!?」
 背後から突如言葉をかけられ、ミシャはびっくりして小さく悲鳴を上げてしまう。口を押さえて振り返ると、リデック、アヤレーナ、ヒヨリ=ヒグチ、そしてジェイと現在ギルドで所属している中では最後の設立メンバーであるラーグが立っていた。
「副マスター」
 ミシャにそう呼ばれ、ニヤリとしたバードの彼は、指先でくるくると器用に空のトレーをまわしていた。
「ミランダが実家継ぐってぇ居なくなった時から一応は副マスターだけどなぁ…まだなれねえなぁ、その呼ばれ方は」
「まぁ、最近入ったミシャやウォンやロイにしてみりゃミランダを知らんからな」
「マスター!」
 ラーグの後から、アヤレーナのものとおぼしき物と合わせて二つづつ皿とトレーを持ったリデックがやってきた。
 ミシャは本を抱えたまま壁際によけ、道を作る。
「ジェイもなあ…そろそろ十年近い付き合いになるが皮肉の笑い以外に笑った事も見たことないしなぁ、ありゃ地だ。直せるもんでもないしな」
「まぁなぁ、良いヤツだがさ、あの態度じゃあ気使いや優しさが分かりにくいな。ほんっっとに無愛想にもほどがある!」
 やれやれ、とわざとらしく肩をすくめたラーグの頭を、出てきたジェイが後からはたく。
「悪かったな」
 無愛想だのといわれても何も思わないのか、しれっとして言った。それにラーグも悪気なく返す。
「あははー、悪いな!」
「っつーかお前今から飯かよ」
 リデックが呆れて言うのに続けて、ジェイが追い討ちをかける。
「ほとんど残りは無いぞ、冷めかけているしな」
「なんだって!すぐに取ら…ってああ!ビッキー、ビッキー!!」
 厨房に向かおうとしていたラーグの後を、ダンサーのビッキーが通った瞬間体を百八十度回転させた。言葉遣いや態度も同時に百八十度回転する。
 かなり露出度の高い扇情的な服を着て、しなやかに歩く彼女に目がない。指でくるくるとトレーをもてあそびながら、すぐさま話はじめる。
「お前のその変わり身の早さも地だな…直せるもんでもないな」
 はー、とさらにあきれ返ったリデックは、そのまま厨房内へ入っていった。
 三人のやり取りを見ながらまたしても考え込んでいた…傍目には呆けていたミシャは、目の前に差し出されたジェイの手を見て慌ててきつく抱きかかえてしまっていた本を渡した。
「あ、ありがとうです」
 歩き去るジェイに声をかけると、気にするなというようにひらひらと後手で手を振られた。しばし後姿に見惚れながら、そして再び考え込む。

「ああ、ビッキー。もしよければ一緒に食事はどう?明日もどこかご一緒できないかい?」
「ごめんなさいラーグ。もうご飯は食べてしまったし、明日はサニーに誘われてアルケミストの製薬集会に参加する事にしたの。サービスフォーユーをたくさん踊ってくるわ」
「そうかい…いやいや、僕の誘いを断る事など君の気にする事ではないよ!ただ、君の美しいダンスが、何人のアルケミストの心を射抜くのかと思ってね…そう、僕のように君のとりこになる男が明日、何人増える事だろう!君を振り返らせるために、ポーションではなく惚れ薬を作り出してしまうだろう」
 銀髪の頭を情熱的に振りながら謡うラーグの手を、腰まで届く真っ赤な髪を揺らしながらビッキーは握る。
「やだわ…私の事を誰が好いてくれようとも私の気持ちが揺れることは無いの。それに、もし貴方が明日アルケミスト達の前で素敵な貴方の詩を謳ったりしたら!何人の女の手が止まって貴方に見惚れることか。製薬量の激減が、市場に大きな打撃を与えると思うわ」
「ああ!ビッキー。君のそのハートの視線が、僕に向いている事を願うよ…」
 握られていた手を握りなおし、彼は彼女の手の甲に口付けをした。

「はい、クサイ芝居の続きは芝居小屋か帽子でも置いて道端でやってくれ」
 出てきたリデックに後から言われ、ラーグはああしばしお別れだよビッキー僕はこれから君も食べたシチューを云々と別れ口上を謳い上げると一礼して、厨房へ入っていった。
 ビッキーもうふふとはにかむとしゃらしゃらと装飾品を鳴らし居間の方へ去っていった。
「ったくうるさい二人組だな。やっぱり副マスターはヒヨリかジェイにさせとくべきだったのかねえ」
 バードとダンサーの二人が横で甘い寸劇をし、リデックがそうぼやいていてもミシャはまだ考えていた。
 っと、ごめんなさいなんてぶつかった事を謝るスーパーノービスのウォンの声にも反応できずに、考えていた。

 十年以上も一緒にいるマスターが、一度もジェイさんの笑みを見たことがないのに、今日私が見たのは何だったんだろう。


「だからって特別だって思うのは自惚れ過ぎよーっ!」
 ミシャは自室で石鹸類の入ったケースをベッドへ投げつけて、外へ聞こえないギリギリの声で叫んだ。ケースは跳ね返って向こう側へ落ちる。
 あれからずっと考え込んで、三つしかないシャワールームを一時間近く占領した挙句でた答えはコレだった。
「バカみたい…実際一人でうじうじ考えたってしょーがない!
 …だからといってジェイさんに聞いたりしないけどっ」
 はぁー、と大きくため息をついて、ベッドへ倒れこんだ。「でも、マスターの『十年近い付き合いになるが皮肉の笑い以外に笑った事も見たことない』…なんて一言でここまで悩むなんて…」やっぱり恋とかそういう気持ちって、邪魔なものなのかな。
 後半は心の中で呟きながら、ミシャは枕の下から一つのマスクを取り出した。オペラ仮面と呼ばれるそれは、戦闘用に作られているので仮面舞踏会でよくつけられているものよりも顔の判別ができるくらいには露出がある。また、戦闘用のオペラ仮面と何か材料を持っていくと、昔オペラ劇場に住んでいた怪人がつけていたといわれるファントムマスクと交換してくれる人がいる。
 しかしそのオペラ仮面は、少しミシャがつけるには大きめのサイズに作られていて、あちこち傷も目立つ使い込まれたものだった。
「ジェイさんにあげたファントムマスク…。ジェイさんはきっと私にくれたこのオペラ仮面から作ったと思ってるんだろうなあ…ずーっとここにしまって、隠しておかなきゃ」
 そう呟いて、ミシャはベットの中へもぐりこみながら二ヶ月前の雷雨の夜、そしてそれ以前を想いだした。
200▼彼女の過去 3sage :2005/10/05(水) 12:44:18 ID:bnshVTek

 まず、その日ジェイが何をしていたのか。
 彼はいつも狩りに出ているリデックとアヤレーナが新たに交流のできた都市、アユタヤへデートと称して出かけるというので、だいぶ前に買ったものの読んでいなかった本を持ち出してポリン島の木陰で読書をしていた。
 ノービスや、なりたて一次職ばかりのそこへまれに現れるゴーストリングやマスターリング、デビルリングに襲われている人を助け撃破したり、たまにクァグマイアをポポリンなどにかけたりしながら、日がな一日読書をしていた。
 日が傾いてきて、うとうとしていると夕方ごろに突然の雨。夕立かとそのまま木陰で様子を見ていると、止むどころか豪雨になってきた。遠くの方で雷までなる始末。
 どうせ読み終わったしと本を頭にのせ、マントを体に巻きつけプロンテラのギルドの家へ走っていた。

 さて、その日に…否、その日以前に冒険者となってから、そして二ヶ月前よりさらに数日ほど前、ミシャは何をしていたのか。
 ミシャの両親は冒険者ではなく、プロンテラの片隅で生きるただの勤め人である父と、その父を信望するかのような母だった。
 彼女に魔法の才能があると知ったとき、父はミシャを褒め、ゲフェンまでのカプラ空間転送料金と、わずかではあるが生活費、そして家に伝わる物の中で唯一魔力を持っているブローチを差し出したのに対し、母は父が認めたからと無関心だった。
 プロンテラ周辺でノービスとして修行をつみ、ゲフェンへ旅立ち、転職試験を必死にこなしてマジシャンになったころ、頻繁ではなかった父からの連絡が完全に途絶えた。こちらから連絡をいれても反応なしと、不安になって今すぐにでもかけつけたい所だったが、なりたての自分にはカプラ空間転送費など片道だけで精一杯と、不安を抱えつつもゲフェンで引き続きウィザードを目指していた。
 ウィザードになる直前、『禁忌の不正』の事件が取り巻いたゴタゴタで、プロンテラやアルデバラン、イズールドの辺りに比べて不安や影響も少なかったが、転職試験が延期になってしまっていた。が、その分予定よりマジシャンのスキルを多く覚えたので問題はない。。
 そしてウィザードになり、お金の余裕もできていたし装備も買えるだろう、とプロンテラへ帰った。すでに連絡がつかなくなってから二年近い。久しぶりの我が家へ近づくと、変な臭いが漂っていた。
 何事かとドアを開けると、真っ暗な家の中からむわっとした臭いがミシャを襲った。酒の臭いと、奇妙な香の臭いだった。そしてハタと思いつく。この香は、最近信者が増えているという新興宗教のもの、と。ゲフェンにいたころいつも町の隅で目の前に香を炊きながらぶつぶつと気味の悪い題目と教祖の名を唱えながら座り込んむ痩せこけた老人が、こんな臭いをさせていたような気がする。
 新興宗教、神への冒涜。大聖堂および聖騎士団、そして王国への反旗。近隣国の神信仰や天津や崑崙地方の土着神信仰ともまったく違う、教祖をあがむ狂団。
 そこまで思い当たると、ぞっとしてドアをしめた。そして、ドアの横に立つ郵便受けにあふれる手紙の数を見て、鳥肌がたった。もとから人との交流の少ない母ならば、自分の手紙と、広告のような手紙を二年も溜めればこれくらいになるだろう。
 今母はでかけているのだろうか、と思いながら走り出した。今すぐにそこから走り去りたい気分だったが、父の消息だけは知りたい一心で近所の家の門を叩く。しかし反応は皆同じで、最初はミシャの姿を見て立派になったと喜び、次に眉を潜めて母の様子を言い、父を知らないかと聞けば二年ほど前、母があの新興宗教にどっぷりとつかり始めた頃逃げた、行き先は知らない。噂では今離婚届を出して愛人と暮らしている…。みんな同じ答えだった。
 五軒目のおばさんに頑張って、と励まされ別れをつげ、何が頑張ってなのかと下唇を噛みながら顔を上げた時。
 ぶつぶつと題目と教祖の名を唱えながら奇妙な香の臭いを纏い、痩せこけて実際よりも十年は歳を取った老人のように見える体にディープブルーの布を巻きつけて、顔は目と鼻しか見えなかったがあきらかに母が、酒臭い息を撒き散らしながら目の前を通っていった。
 そしてミシャは、一心不乱に走り出した。

 それから半年と数ヶ月、丁度今から二ヶ月と数週間前の事だった。一度も家に帰ることなく家から遠く離れたところに仮の宿を取り、冒険者としてプロンテラを拠点とした。人とパーティーを組む気にはならなかったので、迷うことなく詠唱短縮型ではなく避け型ウィザードとして成長していった。
 あれからふと思いついたように父の業種の会社を訪ね、居所を聞いてみたりもしたが、知らないといわれる事が多かった。元より父の勤めていた会社は『禁忌の不正』の一ヶ月の荒れにあおりを食らって潰れたらしい。しかし、今もこの業種に勤めているはずだと言われてからしらみつぶしに探している。
 前日、ついにビタタカードを自力で手にいれたので露天街へクリップを買いに行った帰り、父にそっくりな後姿を見つけた。声をかけてみようと走って追いかけると追いつく前に一軒の家へと入っていった。中から、女のおかえりという声。そして小さな子供の泣き声とあやす父の声。
 まさかと思いながらも震える指で、ドアを叩く。はーいと出てくる声はまさしく父のものだった。
 開けられたドアの向こう、父と、後ろには乳児を抱いた女。
「!?お、まえ?」
「父さ…」
 驚いた父の顔に、ミシャが声をかけようとしたとき後ろの女が口をはさんだ。
「あなた、お知り合い?」
 その声に、父は取り繕って後ろを向き、言い放った。
「いや、昔住んでたとこで、近所に住んでた子だよ」
 それを聞いた瞬間、目の前が暗くなった。回れ右をして全速力で走って、後ろからかけられる声も全て無視して、宿に飛び込んで荷物をまとめるとたった一着しかもっていない町娘の服装に着替え、ほんの少しのお金とウィザードの正装だけを袋に詰めて抱えこみ、後はカプラ物流倉庫に詰め込んだ。
 そこでふと胸元に手をやると、はじめてブローチのない事に気がついた。着替えた時もなかった。落としたのか。そうしてずるずると座り込んでしまった。
 父から貰ったブローチ、決別、母、修行時代、酒臭い息、父とその女と子、宗教狂いの座り込んだ老人、「いや、近所の子だよ」、奇妙な香の臭い、溜まった郵便受け、落としたブローチ。
 ミシャの瞑ったまぶたの裏に、情景がつぎつぎと現れては消えていた。

 プロンテラ南の城壁に背中を預け、座り込んで泣きながらうつむいて、どれくらいの時間がたっていたのか。もう酒場がにぎわう時間になっている。
「どうしたの?」
 はたと顔を上げると、聡明そうな顔をしたアルケミストの青年だった。「何かあるなら、聞いてあげるよ。言いたくないなら聞かないし…行き先がないなら僕の家にいらっしゃい」
 ぼーっとした頭で聞いたその言葉は、とても胡散臭いのにまるで救いの言葉に聞こえた。まだ私を見てくれる人がいるのだと思った。
 アルケミストはミシャをただの町娘と思っているのか、ふらふらとついて来たミシャに根掘り葉掘り問い正す。主に身元についてばかり。そしてその日の夜、「僕は宿屋まがいの事を今までになんどかやってきてね、その経験からちょっと書類にサインをして欲しいんだけどいいかな?変な輩もたまにいてねぇ」
 正常な頭ならばどんなに胡散臭いかが分かるはずだったのに、ほいほいとサインして落ち着けるベッドへ入ってしまった。
201▼彼女の過去 4 ラストsage :2005/10/05(水) 12:45:02 ID:bnshVTek
 次の日、起きた瞬間すでに妙な奴についてきたと猛省したが、何もする気も起きなかったし様子を探るかと思って階下に降りた。気づけばもう昼時だった。
 すると、昨晩は気づかなかった他の泊り客に会う。三人ほどの女、それもミシャと同じくらいか、少し上くらいの娘ばかり。全員冒険者ではないように見えた。
 適当に挨拶だけをして、席について並んでいた昼食を食べながら三人の話に耳を傾ける。
 一人、数ヶ月前にアルケミスト…昨晩は聞いてなかったがどうやらギータと言うらしい、に拾われて以来住んでいるという女以外の二人は、五日前と三日前にきたらしい。長く居る女、フランによると大抵二日〜一週間程度で家に帰るなり新たに居場所を見つけるなりして出て行くらしい。
 冒険者として活動したいと思う気持ちは失せていたミシャは、これからどうしようかと思いながら食事を口にはこんでいた。

 ゴン、という音で一瞬意識が覚醒した。
 フランじゃないほかの二人のうち片方が机に額をぶつけた音だった。寝ている。みればもう一人のほうはとっくに突っ伏して寝ていた。
 なんで自分も眠いんだろう。
 どこか間抜けな事を考えながら、ミシャの意識も闇に落ちた。

 次に意識が目覚めたのがは右腕に感じたチクリとした痛みからだった。
 まだ眠りが絡みつく頭を無理矢理起こそうとしたら、頭痛と耳鳴りと共に首のあたりの背骨を中心に体が焼けるように痛み出した。叫びたいのに叫ぶ事も出来ずに、ぐっと目を瞑る。
「薬、効いてるみたいね?」
「三人試薬か、これでやっと今期のノルマは達成したな」
 フランと、ギータの声が耳鳴りの向こうから聞こえてくる。
「こんな軽い睡眠薬でコロッと寝るなんてねぇ。こんなの一緒に食べたって何も感じなかったわ」
「それはフランがアサシンだからだ。まぁ、ある程度の冒険者ならばさっぱり効かないくらい弱いものだ」
 耳鳴りと焼けるような痛みは続いていたが、頭痛のひいた頭を回転させる。
 つまり、妙な薬の実験台にされた、ということか。
 馬鹿じゃないのか、私。
 父やら母やら、数年会ってもいなくって、連絡すらなかった人のために判断能力も低下して明らかに怪しい男にほいほいついてって、軽い睡眠薬にも気づかなくって、妙な薬を打たれて、挙句にこのザマ。
 冒険者としての自覚すらなくなったのか。マジシャンになれた時、ウィザードの転職試験を終えて、正装と共に差し出された称賛の言葉から感じたのはなんだったのか。
 今更遅い。死んでしまいたい。
 そう、強く思った。

 痛みが、引いた。すると体も動くようになる。
 がばっと上半身を起こすとクラッとする。薬の影響か。体を起こした気配に気が付いたのか、フランが声を出した。耳鳴りの向こう側だったから、ただ聞き取る事だけにすら神経を使う。
「うっわ、この子覚醒はやーい。お譲ちゃん、お加減いかが?」
「ほう?どうだ『見える』か?」
 と、そのギータの言葉でミシャは気が付いた。見えない。見えない。目の前が。自分の体が。今前にかざした筈の自分の手が、薬を盛った二人が、上が下が右が左が。
「だめね不適合」「捨てろ」

 体が浮いた。胸を強打する。
 開いた窓枠らしい、と意識した瞬間外へ蹴り落とされる。背中をうった。一瞬息が止まると同時に、耳鳴りが強くなる。
「アハハハハ、残念ね不適合で。でも訴えようったって昨日書類にサインしちゃったからムダよ?まぁし――と思う―けど。――さ―ば――イ!」
 フランの言葉も、後半は飛び飛びにしか聞こえない。最後に、窓を閉めたピシャリという音だけが耳鳴りを超えてしっかりと聞こえた。

 強打した胸と背中の痛みが引いてから、見えない目と続く耳鳴りをそのままにゆっくりと立ち上がる。耳鳴りを超えて聞こえてくる喧騒の方へ、家々の壁に手を付きながらゆっくりと歩いた。
 服装を確認しようと、体を触る。服装や髪は多分平気なようだ。別に痒くはないが、体中に発疹が出てたり色がおかしかったりしても分からないのが怖かった。
 さっき体中に走った焼けるような痛みの中心部、首筋の裏側にも手を伸ばす。触った限りでは異変は無い。ちょっと押したら痛かった。
 大通りの喧騒が近づいてくる。大通りに出れば人通りに飲まれてしまいそうなので、とりあえず手前で曲がって通りにそって歩いた。
 いつ何かにぶつかっても良いように体を構え、片手は家の壁に軽くついて、耳は大通りの喧騒を聞く。
 弱くはなっているがいまだ続く耳鳴りの間をぬって、耳慣れた声とセリフが聞こえる。カプラサービスだ。
 ミシャはハッと顔を上げ、そちらの方向に気持ち急いで向かった。

「すみません」
「はい、こんにちは!カプラサービスでございます。御用は何でございましょう?」
 すこしきつい口調、プロンテラ南城門前のグラリスさんだろう、とあたりをつける。似たような声のカプラ嬢は多いので断言はできない。
「倉庫開きたいんですが、冒険者証なくって…」
「はい、職業ギルドナンバーはご記憶でらっしゃいますか?多少お時間かかりますが照合できれば再発行も可能です」
 ウィザードになったとき更新したナンバーを伝え、倉庫からウィザードの正装だけを取り出した。少しだけもっていたお金は預ける。
「すいません…ここはプロの南城門前、ですよね?」
 別れ際、そう聞いたミシャにあら、とカプラ嬢は返した。
「近くにお連れ様がいらっしゃるのかと…。そうですよ。お一人ですか?」
 はい、と答えると失礼しますね、とミシャの手からするりとウィザードの服を取った。
 マントを肩にかけさせると、少しごそごそとした後にさっと手を離した。
「…あれ?」
 手品のごとく服を着替えさせられたらしい。しかも周囲に見えないように。
「カプラサービス修行の一つでございます。お気をつけていってらっしゃいませ!」

 もごもごとありがとうございますと返して、城門の外に出る。緑の臭いがした。
 もう行くところは決めてあるけど、普通ならば十数分の距離だが一時間はかかるだろう、とアタリをつけてゆっくりと歩き出す。城門外で溜まっている冒険者たちの間を抜けてからは少しだけペースを速めて。
 行く先はプロンテラ南城門外地域の南東部、イズールドに面する海を見る事が出来るところ。


 そう。その頃。ジェイはミシャの目的地よりさらに南東に行ったポリン島でゆったりと読書をしていた。

 ミシャは、うまくまっすぐ歩いて砂漠になりかけている場所にでる。
 百八十度向きを変えて、ちょっと右へ方向修正してまた歩き出す。方向感覚ならば自信がある。近づけば海の臭いもするだろう。
 もくもくと、見えない目と耳鳴りを引きずりながら、決心を心に歩く。


 仲間すらいない盲目の冒険者など、何も出来ない。死んでしまえ。

202名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/06(木) 00:01:02 ID:o0LnRVD6
>>197
ちょっ、その寸止めはアリなの!?
続き期待sage
203名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/07(金) 19:39:26 ID:MJIFYEZY
無粋なツッコミ入れてみる。

グラリスさんは西門・・・。
204名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/08(土) 20:04:39 ID:nvPnSkRg
>>203
orz
激しく記憶違いしてた…。
南門のカプラさんの名前が分かる方いましたらお願いします〜。課金きれてて確認できず;
205名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/08(土) 23:28:08 ID:.NCSe64I
南はオレンジのショートヘアのビニットさんさ。
206名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/09(日) 01:33:49 ID:Oi1LkYY2
あれ?でふぉるてねーちゃんじゃなかったっけ
207名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/09(日) 02:07:31 ID:2oNyfi4w
一番南(門の前)にいるのがビニットさんで
プレ商人から右にいるのがでふぉるてねーちゃんですね。
208名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/10(月) 21:52:50 ID:bpBlGdio
 花と月と貴女と僕 11

 ──苛々する。
 どうしてこんな事になってしまったんだろう。
 僕は、当ても無く深い森をさ迷いながら、今更の様に後悔していた。
 ミホに殴られた頬が熱をもってずきずきと痛む。
 僅かに口の中に血の味がする。ぺっ、と吐き出すと赤い唾が地面に落ちる。
 地面の上を無様に這い回る僕を嘲笑うかのように、頭上には木々の葉の向こうに太陽が見えた。

 僕の選択は間違っていない。
 逃げ去りながら必死で自分に言い聞かせる。
 自分のしでかした事をきちんと説明できる理由があった。

「…何がそんな割り切った考え方が出来ない、だ畜生」
 ツクヤは月夜花だった。
 言うまでも無く、邪悪で憎むべき人の敵の一つ。
 それを前にして。しかも、何の躊躇も無く人に力を振るったそれと、それに堂々と組する人間に。
 僕の知る限りでは(それは余りに限定的ではあるけれど)、半ば憎しみめいた感情を抱かない人間なんていやしない。
 街の鼻つまみ者と、嬉々として一緒にいるようなものだ。

 冒険者なんて職業をしていれば…魔物のしでかした事を耳に挟むのは少なくない。
 例え僕みたいな半人前以下の剣士であっても。
 入り込んだ魔物に人が殺されたとか、何処かの村が壊滅させられたとか。
 前提として、絶対に魔物は邪として理解されていなければならない。

 ふと、僕は、さっきロボがまるでゴミの様に殺していた騎士の事を思い出していた。
 走っていて、体は随分と温まっているのに、体がぶるぶると震えだしてしまいそうだった。
 血まみれの手を伸ばしてそいつは、次はお前だ、と呻いていた。
 …黙れ。

 人が魔物を殺すのは余りにも当然だ。
 だから僕なんかじゃなくてもっと卓越した人なら、それこそ呼吸を行うように魔物を屠る。
 例えば、あの黒服が僕達を襲った騎士を切り殺したみたいに。
 だけど、その逆として魔物も又、人間を殺す事を許可される。
 殺される魔物もまた悲鳴をあげて苦しむから。
 この世界は。人と魔物が殺しあう世界だ。

 ずきん、と頭痛がした。その認識は間違っている、と僕自身の別の何処かが大声で叫んでいた。

「……」
 …でも。ああやっぱり。月夜花はまたツクヤだ。
 それは紛れもない事実だった。どう足掻いても否定する事なんて出来やしない。
 出会ってからはたった数日。けれど、直感として気づいていた。
 彼女は邪悪ではない。根拠なんて無い。
 けれど、ツクヤは。
 まだ一人たりとも殺していないんじゃなかったか。
 たった一回の殺意にしても、騎士が襲ってきたからではなかったのか。
 なのに僕は。

 僕の感覚が全くの検討外れで、ツクヤがわざと僕を騙していたとしたら。
 きっと僕は自分自身をまるで信じる事が出来なくなってしまうだろう。

 漸く、思った。
 きっとあの時の判断は、驚いて、畏れて、逃げ出してしまった事は、ある意味で言えば当然だ。
 しかしそれは、きっと何かが欠けた最下等から一つ二つ上に過ぎない悪い選択だったに違いない。

 ああ。僕は。僕は。

「僕は…どうするべきだったのかな」
 ひとしきり逃げ続け、草を掻き分けて、徐々に覚め始めてきた頭でそう呟いた。

 はは。あはは。

 改めて考えてみると、僕は根本的に根性無しで馬鹿だ。
 だらだらと考えているだけ。口ばっかりでちっとも実行できやしない。
 その上、人に言われた事を深く考えもせずに頷いては窮地に立たされてしまっている。

 ──なんて、愚鈍で間抜けな。

 そういえば。これから一体何処に行けばいいのか。
 プロンテラには勿論もう戻れない。フェイヨンにも行けない。
 例え、世界中の何処に逃げたって、逃げ切れないに違いない。

 考える度、胸が焼ける様な嫌な感覚がする。
 さっき、思い切り腹を思い切り打たれたからかも。
 …誤魔化すな。これは、僕が自分を責めているからだ。
 あの時に勘違いを犯していた。逃げ出してしまえばそれで終わりだ、と。
 その後で、もっと苦しい世界が始まるだなんて考えもしていなかった。
 もし、僕は事実を知ってしまったなら──

 お笑い種だ。あんまりにも馬鹿な自分に、涙もでない。
 僕は、ピエロだった。しかも、全てが終わった後、やっと自分の間抜けさに気づく最悪の。
 酷い疲れが両肩に圧し掛かっていた。
 ただただ空しくて堪らない。

 ああ…そういうことか。こういう事か。少しだけ遅かったけど解った。
 ぐるぐると回る思考は、たった一つの正解を導き出す。
 例えミホさんに何を言われようとも──僕は逃げ出すべきじゃなかったんだ。

 僕は。僕の選択の責任をとらなければいけなかった。
 なのに。

 初心者修練場で耳にタコが出来るほど聞かされた言葉を思い出す。
 つまり、この世界は人と魔物が戦う世界だ、と。
 なるほど。確かにそれは正しい。絶対的に正しい。
 でも、僕はそれを考えると吐き気を催した。
 僕にあらゆる言い訳を許していたその根拠は、もう殆ど何の意味も無いに違いない。

 ──要するにこういう事。
 知らなかった方が良い事を知ってしまって、そのせいで誰かの言葉の通り、僕はもう引き返せなくなってしまっている。
 勿論、選択の余地は確かにあった。僕一人だけがその事に気づいていなかっただけだ。
 自分に害が及ぶのが嫌なら、初めからミホ達に引き渡して仕舞えばよかった。
 そうしないのならば、僕は最後まで付き合わなければ帳尻が合わない。

 選択肢はその二つだけで。それに見合った事をしなかったから、僕はバッドエンドに辿り着いてしまった。
 僕に先見の明なんて無いから。
 自分さえ巧く出来ていれば、だなんて思える筈も無いし、本当の事を言えば、後からどうこう言っても仕方の無い事でしかない。
 だけど。願わくばもう少し巧くやれていればって、自分の無力を恨めしかった。

 疲れ果てて地面に倒れ込む。
 ぜえぜえと言う耳障りな呼吸音がひっきりなしに聞こえる。
 僕は自分がとり付かれた様に走っていた事に気づいた。
 土で汚れるけれど、構わない。もう気にする理由も無い。

「…っぐ…ぅ…ひぐっ…」
 嗚咽が聞こえる。情けなかった。悔しかった。
 僕は。僕は一体何をしていたんだろう?

「御免なさい…ごめんよぅ…」
 百万回のごめんなさいでも、犯したこの間違いは決して許されないに違いなかった。
 僕は、裏切り者だった。

 …どれ位、そうしていただろう。
209名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/10(月) 21:53:35 ID:bpBlGdio
「よう。坊主、泣きっ面だな。兎も角、連れに来たぞ」
 気安げな声に、僕ははっとして顔を上げた。
 黒い服。髭面。目深にスイートジェントルを被ったロボがそこにいた。

「…放っておけばいいじゃないですか」
「ま、俺とミホの奴にとっちゃそれでもよかったんだがな。そうもいかねぇんだよ」
「どうしてだよ!!僕は、もうアンタ達と一緒に行く理由も無ければ資格も無い!!」
 何故、彼がそんな事を言うのか解らなかった。
 僕は、もう終わってしまったに違いなかった。
 怒鳴りつけた僕に、しかしロボはやれやれと呆れた様に肩を竦めて見せた。
 僕の肩に手を置くと、じっと目を見開く。

「黙れよ。気持ちは察せられなくもないが、そいつは筋違いだぜ」
 その言葉に思わず黙り込む。
 確かに、僕は僕自身を責めるべきでしかない。

「やれやれ…解んねぇ奴だな。ともかく続けるぞ?」
「…解りました」
 不精不精頷く。ロボは、言葉を続けた。

「ツクヤの奴が、戻って来いとさ」
 嘘みたいに感じた。まるで、全然理解できない言葉の様だった。
 どうして、という言葉も出ない。

「………」
 かろうじて、空気を吐き出すみたいな、意味不明の音が出ただけ。

「…お前、ひょっとして馬鹿か?んな大口開けやがって」
 そうかもしれない。
 仮に、本物の馬鹿がいるとしたらその一人は間違いなく僕だ。
 嬉しさは無い。代わりに砲弾が貫いていた。

「どうして…どうしてそんな…だって、そんなの有り得ないじゃないですか!! 僕は…」
「俺に聞くなよ。訳が判らないなら今は単純に考えな。頭の中を一つか二つ、多くても三つだけにしちまえば解るだろ」
「ぐ…」
 そう。単純に考えれば、迷う事なんてなくなる。
 僕には、見えていたんじゃなかったのか。

「見えたか?解っただろう?」
 自信満々にロボが言う。
 そうだ。ツクヤは。手を伸ばしていたじゃないか。
 まるで、誰かに助けでも求めてるみたいに。
 あれは──でも。

「でも…僕がそうだとは…」
 一緒に居た。ただそれだけじゃないか、僕は。
 思わず、目を伏せる。
 けれど、それは長くは続かなかった。

「馬鹿たれ」
 ごっ、と拳骨がぶつかる音が聞こえた。

「あづっ…」
 痛みに、思わず顔を上げると、ロボが渋い顔で僕を見ていた。

「どうもお前は、自分が誰からも必要とされてねーって思ってるらしいなぁ」
「…いきなり何を言うんスか、飛躍ですよ、それ」
「ったく。その癖、手前の中で小さく纏まってやがる。ヒネた野朗だ」
 大仰に呆れてみせる彼に、僕は思わず言い返していた。

「説教ならいらないっての」
「まあまあ、待てよ。オッサンの老婆心て奴だが、最後まで聞いてくれ」
 言葉尻に反して有無を言わさない射抜く様な鋭い眼光に、僕は渋々頷く。

「で、だ。これは確認なんだが、ともかくお前は戻るつもりがある、って事でいいのか?」
「…ええ。そりゃ、まぁ」
「ああ。だが、お前さんは自分に納得が行かない訳だ。自分は裏切ったし誰にも必用とされてないから戻れない、ってな」
「……」
「ま、確かに裏切ったってのは事実だが、必用とされてねぇってのは間違いだぜ。
 ツクヤは、俺でもなければミホでもなく、お前に向って手を伸ばしたんだからな。
 お前はそれでも自分に言い訳が出来るのか?」
「それは…」
 答えはいうまでも無く、否だった。

「ま、何故かは心でも読まないと解らないんだろうな。だが、信頼してる奴をもう二度と裏切るな。それと…」
 何も言う事の出来ない僕の沈黙を肯定と受け取ったのか、ロボは言葉を続ける。

「こいつは、俺の自論なんだがな」
 そう言うと、一拍の間を置く。

「罪を犯した奴は、それを償うまで罪人で在り続けるんだよ」
「…それは、僕を許さないって事ですか?」
「逆だな。俺はお前に償って見せろ、と言いたいだけさね。一緒にいたいってんなら尚更な」

 彼は裏切りの償いをしろ、と言った。
 僕は一体何をするべきなんだろうか。

「僕は──」
「おっと。それ以上は言っちゃいけねぇな。それは自分で決める事だ」

 解ってはいたけれど、ロボは僕にそこまで教えるつもりは無いらしい。
 そこで、はっとある事に気づいて、僕は顔を蒼くした。

「ツクヤの容態はっ!?」
「ああ。今は落ち着いてるな。最も、無理は禁物だけどな」
「良かった…」
 他の事は全てうっちゃっても、その一言を聞いて心の底から安堵の息を吐く。
 僕のその様子をロボはにやにやと笑いながら見ていた。

「俺の目に狂いは無かったな。や、安心安心」
「……どういう事っスか?」
「教えれねぇな。秘密だよ、秘密。兎も角、戻るぜ?」
「…いいんですか?」
「しつこい野朗だな。戻っても、悪くしたとこでちょっくらミホにぼてくり回されるだけだろうが。
 男が一度口にだした事をごちゃごちゃ言うもんじゃねーよ」
「……それは怖いですね」
「出たとこ勝負って奴だな」
 僕は、冷やかすような、おちゃらけた黒マントに思わず溜息を一つ付きながら言う。
 本当に、今更ながら解った事だけれど、こいつは本当に良く解らない男だ。
 うん。掴みどころが無い、とでも言うべきだろうか。

「…僕は」
「ん、どうした?」
 それから、最後に。
 僕には口に出して言わなければならない言葉があった。
 そうしないと、折角固まりかけた覚悟が、直ぐにでも消えてしまいそうな気がした。

「僕は、絶対に…どうなるかは解らないけど、最後まで、この旅に付き合います」
「良く言ったぜ、ウォル」
 その言葉に、ロボはにやりと笑って見せた。

「じゃあ行くか──っと、そういや言い忘れてたな」
 何を思ったのかふと、思い出した様にロボが呟く。
 先を進んでいた彼は、振り向くと何処か自嘲めいた表情を浮かべると。

「今はそれでいいが、後悔はしてもいい。幾らでも迷ってもいい。だが、何一つ迷えず後悔もしない人間になんぞにはなるなよ?」
 僕に向って、一息にそう言った。
210名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/10(月) 21:53:59 ID:bpBlGdio
 彼女もまた、苛立ちの度合いで言えば目の前で少年に勝るとも劣らない。
 むしろ天井を通り抜けて、具体的に言えば怒りの爆発寸前であった。
 要するに、彼女──ミホは、彼女の眼前で平伏して許しを乞うているウォルに『とさか』に来ていたのだった。

「どの面下げて戻ってきたのよ!!」
 甲高い怒鳴り声が炸裂し、遠巻きに事態の経過を見守っている黒尽くめが僅かに顔をしかめた。
 剣士の少年は、と言うと地面に額を伏せたまま、身動き一つしていない。

「ちっとは落ち着け。ツクヤが起きるぜ?」
 ロボの一言に、僅かにミホが眉根を寄せる。
 そして、声を僅かに落とすと、ウォルを睨みつけた。
 声が出せないのならば、その代わりに目で射すくめる。

「貴方は黙っていて。…もう一度言うわ。月夜花様を裏切った貴方が、幾らあの方がああ言ったからって、どうして戻ってこれるのよ」
 声を落とした事で、暴発していた感情が収斂したのか、ぞっとする程冷たい声をミホを発した。
 その問いに、ウォルは顔を上げて、僅かに気圧されながらも頭上の女を見返した。

「僕は、あんた達を一度は裏切った。けど、もう裏切りたくないし、何よりこのまま逃げたくない」
「一度裏切った人間は二度、三度と繰り返すわ。信用できないわよ」
 にべも無い女の言葉に、少年は唇を血が流れる程に噛む。

「…確かに、ミホさんの言うとおりだ。僕は、あなた方の信頼が無い」
 伏してい体勢から立ち上がりつつ、消え入る様な声でウォルが言う。
 震える手で、腰に下げていたソードを抜いた。
 そして、ゆっくりと硬く強張った手で握り締めた剣の柄を、ミホに向って差し出す。

「…何のつもりよ」
 怪訝そうに、その手を見るミホが言う。

「さ、刺せよ。け、剣は預けるからっ。僕が信用できないなら、刺せっ」
 がちがちと歯の根が噛みあわない程震えながら、彼は女に答える様に言った。
 押し付けられた剣の柄を握ると、ミホはロボの方を向く。

「貴方の入れ知恵?私にはこいつがこんな事を言う奴だったなんて思えないんだけど」
「いんや。俺じゃなくてそいつ自身さ。そいつはミホの目がちょっとばかり曇ってた、って事だろ」
 肩を竦めたロボの答えに、ミホは再び目の前に立ちすくんでいる少年をじっと見つめた。
 何かを見定める様な視線に、ウォルは背筋に鉄でも突き刺されたかの様に立ちすくんでいる。

「鞘も貸しなさい」
「え…ああ、解ったよ」
 促されるままに、ウォルは彼女に腰に下げたままの皮の鞘を渡す。
 すると一方のミホは、鞘にソードを収めると両手で柄を握った。
 そして、それを大きく振りかぶる。
 がっ、と鈍い音が鳴った。ミホが振りかぶった鞘に収めた剣で思い切り、少年の腹を薙いだ結果だった。

 既に使い物にならなくなっていたウドゥンアーマーは脱ぎ捨ててしまっている。
 刃こそ無いものの、それは鉄の棒を思い切り胴体にたたきつけられた様なものだ。
 僅かなうめき声を上げて、少年は地面にくずおれていた。

「げほ…げほげほっ…」
 咳き込みながらも、ウォルは下がっていた視線をどうにか持ち上げる。
 毒気を抜かれた様な、僅かに呆れた様なミホの顔が彼を見下ろしていた。

「本当に本気?」
 解けていた緊張が、その一言と共にミホの表情に戻る。
 両手は、未だ剣の柄に添えられていた。

「…勿…論」
 その答えに、ミホは、はあ、と一度大きく溜息を吐いた。

「──解ったわよ。解った。ほら、剣は返すから──立てるわよね?」
 頷くと、少年は言葉の通りによろめきながら立ち上がると、剣の柄を受け取る。
 息も絶え絶えの少年を睨む様にミホは再び見つめ──

「あなたの意思は解ったわ。これ以上責めても無意味だし、今ので私は納めるわよ。──ほら、手、出しなさい」
 そして、不機嫌そうに言うと、ウォルに片手を差し出した。

「…ありがと」
 そして、彼もまた差し出された手をあいた手で握り返した。
 一度、二度。握られた手が上下に軽く振られる。

「やれやれ…予言が当っちまったな」
「予言って何よ。…それとっ、あなたも、もうしゃんとしなさい!!これじゃあ私が一方的に悪者じゃない!!」
「あ…うん。でも、そう主張するならもう一寸手加減と言うものがあってもよかったような…」
「そうだぜ?謝罪の場でいきなり鉄バット振り回すなんざ、どう考えても世紀末って感じだ」
 横槍じみたロボの言葉に、モヒカン頭で馬を乗り回して井戸を奪う連中でも連想したのか、
或いは、謝罪が通じた事に安堵したのか、少年は思わず噴出してしまっていた。

「笑うなっ!! それとロボ!!誰が」
「しいっ、それ以上は言っちゃいけねぇぜ。色々な意味でな」

 そして、意味不明の言葉を口走りかけたミホを、ロボが気取った風に制していた。
211名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/10(月) 22:05:23 ID:bpBlGdio
相変わらず微妙な出来ですが、花月11をお送りしました。
ここからは一応物語は舞台をついに?フェイヨンに写し、
しばらく置いてけぼりだった人たちもずずいと出張ってきてしまいます。

どうするどうなるご一行。
そして、なぜか筆を進める程存在感が薄くなってくるヒロインに明日はあるのか?
ギャグで通しておけばよかったと後悔しつつ、待て、次回なのでありました。

追伸。
他の作者様も秋が深まってくる昨今の空気の冷たさにもめげず、
連載を無事簡潔なされますよう、追伸で失礼とは存じますが、
この場を借りて申し上げておきます。
212名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/10/16(日) 17:31:49 ID:pStCj4sI
花と月と貴女と僕 12

 朝の光は眩しい。
 僕は、片手で顔の前を遮りながら、目覚めを迎えていた。
 昨日は…色々な事があり過ぎた。そのせいか、それとも何度も殴られたせいなのか、体の節々が痛むし、体がだるい。
 …まぁ、それは置いておいて、概ね一日のすべり出しには問題ないだろう。多分。
 問題が無くとも、自分自身に言い聞かせる所存でありますが。

 いろいろあったけど、あれから。
 ふらつく足取りで、どうにかこうにか元来た道を戻った後でツクヤの容態を見、慌てに慌て、
一晩中、彼女の額に当てる布を取り替えたりのの看病を全部引き受けて、彼女の様子がどうにか落ち着いたと思って、
そうした後で、知らない間にその場で力尽き、そのまま寝てしまった後なんだから。
 まぁ──こんな有様でも上々と言えるのかもしれない。あくまで主観的に。
 というか、一晩眠れなかった、って事ならミホさんや、雑用に追われてたロボだって似たようなものだし。
 因みに、その二人はというと、ロボは流石に疲れたのか木にもたれていて、ミホさんの方は僕と同じく力尽きて眠っている。

「……」
 丸い帽子を被っていないむき出しの狐の耳が、虫でもとまっていたのか、ぴくぴく動いていた。
 それはツクヤが人間でない何よりの証だったけど、そんな事はもうどうでも良い。
 というか、寧ろ今となっては、こんな被り物まがいの頭なのにどうして帽子が平気で乗っていたのかが気になる位だ。
 ふと、視界の脇にゴムみたいな紐の付いた丸い帽子が写ったけど、見なかった事にしよう。

 …何、馬鹿な事を考えてるんだろう。うん。そんな事より、今はツクヤだ。
 改めてじっと、眠っている表情を窺ってみる。
 うん。昨日の様に、特に顔色が悪い、なんて事もなさそうだった。
 早合点は危険だけれど、取り合えず安心しておく事にしておこう。
 一人だけ妙に早く目が覚めてしまって、そんな事を考える程所在ない僕の前でツクヤが──

「ぅ……」
 全くの不意打ちにぱっちりと目を開いていた。

「…っっ!!」
 思わず、覗き込んでた僕は仰け反る。
 ぱちくり、と瞬き。目の前に居るのが誰か認識していないのか、一瞬戸惑った様な視線を向ける。
 直ぐに、瞳が像を結び、僕を捕らえる。

「うぉるっ!!」
 そして、元気な声で僕の名前をツクヤは呼んでいた。
 …相変わらずなその元気な声に少し気持ちが和らいだ気がした。
 頭を下げて、僕は言うべき言葉を捜す。

「…ごめん。昨日は、本当に、悪かった」
 そうだ。だからこそ。僕は、彼女にそういわないといけない。
 こんな言葉一つで許される様な事じゃない。
 だけど、言うべき事は言わなければいけない。

「どしたの、うぉる?」
「僕は…」
 ごくり、と唾を飲み込む。喉がからからに乾いていた。
 急がないといけなかった。僅かな時間が過ぎるだけで、どんどんと決意が鈍っていってしまう。

「君から、逃げようと…してしまったた」
「……」
 僕とは正反対に、ちらちらと目の端に写っている真っ直ぐにツクヤは見つめてきている。

「こわかったの?」
「うん…それに、信じられなかった。でも、僕は、ツクヤの方に居るって決めたんだもの」
 僅かに不安げな色を見せる彼女に、僕は言葉を続ける。
 自分の言葉や、行動。それらをはっきりと思い出しているのかもしれなかった。
 彼女が、それが人間に畏れられるものだとはしらないのかもしれない。
 だが、僕の言葉ではっきりと、僕がそれを恐れてしまったのだ、と言う事は伝わった筈だった。

「もう、怖がりたくない。僕は、最後までいっしょにいるよ」
 だから、僕はそう言った。
 手を伸ばして、ゆっくりとツクヤの頭を撫でる。
 不安げで、彼女は何か言いたそうだったけど、それに満足したのか、目を閉じてされるがままにしていた。
 静かなその時間は、そのまま暫く続いていくとも思われたが…

「ふがぁぁぁ……眠ぃ」
 …この男は、ひょっとして毎度毎度わざとやっているんじゃないだろうか。
 一瞬、そんな事を思いつつも、馬鹿でかい大あくびの方に、僕は弾かれた様にツクヤから離れていた。
 木にもたれかかったままのロボが、こきこきと首を鳴らしながら立ち上がった。

「よぅ、早ぇな」
「え、ええ。お早うさん」
「おはよーさんっ」
 三者三様の挨拶を交わす。
 全く。この男はもう少し長く眠っていればよかったのに。
 一瞬そんな事を思い浮かべ、僕はそんな事を考えた僕自身に驚いていた。

「んー…おい、ウォル」
「何?」
 ぽりぽりと頭を掻きながら、眠そうな目でロボが言う。

「今日からお前さんに朝の日課として、剣術鍛錬やってもらうぞ。いいな?」
「は…?」
 全く唐突な言葉に思考が停止する。

「いや、なんでまた…」
「昨日みてーな事になっても困るだろ。俺個人としちゃもうちっとは使えるのかと思ってたがな」
「……」
 いや、正論なんだけど…こうもはっきり言われたら、少々傷つくというかなんというか。
 僕にも一応は矜持、というものがある。…いや、昨日の今日、かつ現在進行中で粉砕されてるんだけども。

「どしたよ?とっとと来い」
「さー・いえっさ。解ったよ」
「よっしゃ。んじゃ、付いて来な」

 結局、僕は言われるがままに、彼の後に続いていった。
213名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/16(日) 17:33:18 ID:pStCj4sI
 雲一つ無い。昼下がりの光はチュンリムの湖面に反射して眩しいくらいにきらきらと輝いていた。
 同じくらいきらきらと輝く銀色の鎧を身に着けた老人が装甲付きのペコペコの上に乗って、砦の中庭からそれをじっと眺めている。
 真っ白い、灰色じみた色一つ無い髪と、薄い眉毛と、立派な髭を生やした異様に厳しげな顔の老人だった。
 その彼の背後から、見慣れない武道着を纏った、熊の様な大男が歩いてきていた。
 その気配を察したのか、老人は跨ったペコを振り向かせる。

「久方振りです、枢機卿」
「おお。御堂か。私の方こそ久しぶりだ。して、君の見初めた相手、というのは随分と手強い様子だな?」
 何処か嬉しそうに言う老人の通り、仔細に見てみれば男の着衣はそこかしこに鉤裂きが出来ており、
明らかな刀傷から流れただろう血が乾いてこびり付いていた。
 一方の大男はと言うと、慇懃とした口調に反して憮然とした顔をして枢機卿と呼ばれた老人に切り返す。

「ええ。油断のならない相手ですよ。負ける気はしませんがね」
 甲冑の老人は、その答えにまるで自分の生意気な子供を見る様な苦笑いを浮かべると、
次の瞬間、堪えていたものが崩れ去った様にさも愉快そうに笑い出した。

「はっははははっ。そうか、そうか。いや、愉快だ。お前も良い敵を見つけたものだな。
 惜しむべきはそれが若い女で無い事か。全く、これだからこの年でもおちおち死んでいられない」
「…全く、オヤジにゃ幾つになってもかないやないよ」
 肩を竦め、男は言う。

「それで? ここの徴用とかは進んだのか?」
「ああ。ギルドの連中が何かとゴネてはいるがね。明日にでも済みそうだ」
「全く。連中ときたら、装備と口ばっかりは上等だな」
「そういうな、勝者。あれとて一応は我々の教民だ。どの道、立場が変わった所で退屈凌ぎ程度にしか思わんだろう」
「退屈凌ぎってんなら、俺やオヤジと連れで、ここを落とせばよかったんじゃねぇか?」
 にやり、と笑って男は言う。

「お前は少々血に飢えすぎておる…この期に及んで余計な仕事を増やしおって。肩書きのある身では、それが鎖になってかなわんよ」
「全く苦労性だな。ま、俺はあの手合いにはずいぶんと日照りだったんでね。久々に楽しませてもらうよ。
 っと…そうだ親父よ、久々に手合わせ願えないか?」
 その言葉に、枢機卿は暫く考え込む様な仕草を見せる。

「ふむ…」
「どうした?まさか、やらないってんじゃないだろ?」
 男の瞳に剣呑な色が宿る。

「言っておくが、あんたも何時かは俺が闘りたい奴の一人だぞ」
「年寄りの冷や水…と言う訳ではないが、そう言われて引く訳にもいかぬ、な」
 老人は、腰に下げた剣を引き抜く。馬の鞍の盾をもう片方の手に握った。
 騎鳥から飛び降りると、剣を構える。
 ぴり、と大気が引き裂ける様な音が聞こえたその時だろうか。

「陛下!!イノケンティウス枢機卿陛下!!」
 一人のプリーストが、息を切らしながら駆けて来た。
 目に見えてしまう様な殺気が、一気に霧散していく。

「水差し、だな。用事が終わてからだ」
 ぷらん、と手を伸ばして二三度振ると、そのまま男は何処かに歩み去っていった。

「やれやれ…あいつはどうもムラっけがあっていかん。…貴君、どうしたのだ?」
 一方の老人は、男を一瞥するとプリーストに向き直る。
 ぜえぜえと息をしている彼女は、老人の前で一旦下を向き、息を整えてから再び顔を上げた。

「それが…この砦のギルドマスターが、枢機卿閣下と話がしたいと。
 放って置けば、そのまま暴動を起しかねない騒ぎで、他の僧兵達も浮き足だっております」
「解った、行こう。…ああ、すまないがそこのペコペコを厩舎に戻しておいてくれ」
「あ、了解しましたっ!!」
 びしっ、と背筋に鉄が入った様な様子で背筋を正す孫娘と呼べる程若い娘に彼は柔らかな苦笑いで答える。

「そう硬くならずともよい。貴君、局外部からの者かね?」
「あ、はい。私は、第七管区所属のレティ、と申します。あ、いえ…そんな事より枢機卿、急がれた方が」
「よいよい。ああいう手合いは、苛立たせておいた方がボロを出すものだよ。
 レティ君。君はどうも、やはり私の事を誤解しているらしいよ。…まぁ、無理も無い事だがね」
「い、いえっ!!そんな事は…」
 慌てた様子で首を振る彼女に、しかし老人は少しばかり困った様な顔を浮かべる。
 丁度、孫娘の他愛ないいたずらを咎める祖父の様な顔つきであった。

「仮にも聖職にある者が嘘なんてつくものではない。私も、局外の者が私を何と呼んでいるかぐらいは知っているよ。
 火刑の王。神罰の代理人。鞘より抜かれた剣。天秤を持つ乗り手。恐るべき神の番犬…等等、まぁ全部は忘れてしまったが。
 この様な名を付けられる様な男だ。レティ君のその反応は全く以って正当だよ。
 事実、若い頃にはそれ相応に非道も働いたのでね」
 老人の言葉に、レティは目をしばだたせながら、戸惑った様子を見せる。

「…ですが、私は今、閣下を目にしてもそのようには…」
「貴君にそう見えるのならば、確かにそれは一つの事実だろうさ。それと閣下、と呼ばれるのは苦手なのだよ、許しておくれ」
「解りましたが…それでは何とお呼びすれば」
「これも堅苦しいがね。枢機卿と呼びたまえ。名でも良いのだが、それでは部下に示しがつかん」
 きょとん、とした顔は一瞬で、彼女は僅かばかり顔を緩ませると、はい、と答えた。
 そんな娘の前で、老人は嬉しそうな顔を見せる。

「さて、そろそろ煩い連中の所に行ってくるよ。後の事は頼むぞ?」
 そう示すと、老人は全く頑健な歩調で歩き始めた。
 遠ざかっていくレティを背にしながら、彼は独り言を呟き始める。

「事実、と言うのは沢山の物を含んでいるものだ。私は、この年になるまでそんな簡単な事にも気づけなかった。
 そうある私はもう変わる事は出来ないし、変わる事もゆるされない。そして、私は私の義務と責務を果たさなければならない。
 …レティ、と言ったか。偶には良い娘もいるものだ。あの娘が見るだろう現実に飲まれない事を願いたい、な」
 そこまで一息に紡ぐと、ふと自嘲めいた表情を浮かべる。
 彼の願いは彼自身、彼女程の年齢の時には露ほども見えなかった事だ。
 だからこそ、の願いでもあるのだけれど。

「やれ。聞く相手も持たない年寄りの繰言というのは空しい限り。もう、止めにしておこう」
 夕焼けに甲冑を血色に染めながら、年老いた聖騎士は一人そう呟いた。


 会議は踊る、されど進まず。
 一つのテーブルに陣取った集団の片方は、もう片方に喧々囂々の体で怒鳴っていた。
 枢機卿率いるルン・ミドガッツの異端審問団とこの砦を保持していたギルドの代表団であった。
 どん、とギルドマスターが拳をテーブルに叩き付ける音が大きく響く。

「この砦の無条件明け渡しなんて従える筈がないだろうが!!
 これは、我々が王国から授かった正当な権利であって、どんな目的があろうと認めない!!」
 紫衣に身を包んだ代表の男が唾を飛ばさんばかりの語勢で怒鳴る。

「事の正当性で言うならば私達とて同じです。なんなら、国王陛下の印章付きの書簡、お見せしてもいいのですよ?」
 一方、こちらもまた紫衣を纏った男の僧侶がうってかわって冷静な声で返答する。
 しかし、その様子に神経を逆撫ででもされたか、GMは更に憤激の度を増し、顔を赤く染めていく。

「黙れ!!そんなものが一体何の価値がある!!無能の巣窟が吐き出した紙切れに何の効果もあるか!!」
 紫衣の男は、その様子に僅かに頬を引き攣らせ、内心完全に辟易していたが、半ば事実であるだけに反論も出来ない。
 おおよそ、妥協や提案が出尽くした後、議論はこの一点で完全に平行線を辿っていた。
 全く、まるで駄々を捏ねる子供だ。枢機卿閣下は一体何をしているのか。
 見れば、周囲の同伴者もおおよそ彼が浮かべているであろう表情を浮かべ、椅子に座っていた。
 彼は溜息の一つでも付きたい気がしたが、そんな事をすれば目の前の男の機嫌を損ねるのは目に見えている。

「全く…そちらは代表さえ姿を見せていない。俺達を侮辱するのにも程があるぞ!!」
 何度目かになる台詞を男が叫ぶ。先程、呼びに向わせたはずの司祭は一行に戻って来ていなかった。
 異端審問側の出席者が、半ば諦め気味に事態の推移を見守っていた時、ぎぃ、と扉が開く音がした。
 そこには、夕暮れ時の斜陽と共に、甲冑の老人がいた。
214名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/16(日) 17:34:01 ID:pStCj4sI
「失礼する」
 短く言葉を発すると、かつかつと石の床に靴の音を響かせながら歩き、空いていた教会側の椅子に座った。
 余りにも威風堂々とした振る舞いからか、その異様な迫力に威圧されたからだろうか、それを咎める者は只の一人もいなかった。

「私は、ルン・ミドガッツ、国教教会枢機卿、異端審問局局長イノケンティウス。私の前に居る貴君。名前を何と言う?」
「あ…俺は、この砦の代表、ラルファンと言う者です」
「宜しい。だが、これは公式の会議で、君は司祭だ。言葉遣いには些か気を使いたまえ。さて──」
 彼は、自分の直ぐ隣に居る、先程まで喋っていたプリーストに目線を向ける。

「ネメシス君。今の状況を教えてくれ」
「…了解しました。今は、所有の譲渡まで予定は進んでおり、特に譲歩点は無く、そこで会議は平行線です」
「解った」
 短く答えると、椅子に深く腰掛けた老人はじっ、と眼前のラルファンという男を見据える。

「さて、ラルファン君。状況を整理しよう。我々は、その執務の為にこの砦が必要だ。
 そして貴君達は、別にこの砦を恒久的に保持し続ける訳では何ら無い。ここまでは了解して頂けるかね?」
「ちょ…ちょっと待ってくれ。閣下!!確かに、俺達はこの砦を持ち続ける訳じゃない。けど、幾ら何でもいきなりってのは…」
「我々は貴君等が砦を確保した数日後に既に書簡を送り届けておいた筈だが?」
「あんなもの一枚で、ギルマスとして決断を下せる筈が無いだろう!?
 それに、今、砦を手放せば閣下達の命令とはいえ、死んだギルドメンバーに顔向けが!!」
「ふむ…」
 ラルファンの言葉に、イノケンティウスは顎鬚に手をやり、考える様な仕草を見せた。
 巌の様なその顔の目を僅かに細める。

「確かにそれは我々の責任であり、不幸な事だった。だが──」
「だったらっ!!」
「我々異端審問官は、その犯人達を追っているのだ」
 感情的な男に対して、淡々と事実だけを老人は並べていく。
 彼の言葉に、ラルファンは顔面の色を転じたかと思うと、直ぐに怒りを露にした。

「俺にそいつ等の居所を教えて下さい!!野朗、絶対に…」
「落ち着きたまえ。貴君にそれを教えた所でどうにもならない。我々がここに来ている意味を考えて欲しい」
 老人の言葉に、ぐっと彼は口を噤む。

「どんなえげつない魔物かしらないが、俺と俺のギルドではそれにとって役不足だと?」
「残念ながら、そういう事になる」
「馬鹿なっ!!例えグラストヘイムが相手でも…」
 ラルファンがそこまで言った所で、老人の顔色が変わった。

「自惚れるな若造っ!!!」
 戸口が振動する程の大喝が室内を満たし、幾重にも反響する。

「我々が相手をするそれと、貴君等の知っているそれとは全く違う!!
 冒険者で在れば知らぬのも無理は無いが、汝等の知っている魔物とは大抵は影や幻の様に実体の無い物に過ぎん!!
 失礼ながら…これ以上は最高の機密ゆえに口にする事は出来ないがな」
「な…馬鹿、な」
 漸く、そうとだけ言葉を搾り出した男に、老人は更に続ける。

「貴君は、貴君の部下の為にも砦を又取る事は出来る。だが、我々に選択肢は余り用意されていないのだ。
 どうか、ここは私に免じて砦を借り受けさせていただけないか?」
 その言葉に、気圧された様に椅子の背にラルファンはもたれかかった。

「………解った。だが、条件がある」
「ふむ。何だね?」
「僭越ながら、俺達の中で一番腕の立つのと枢機卿閣下との模擬戦を申し込みたい。構わないだろうか?」
「了解した。私も全力を持って戦わせてもらおう」
 緊迫した空気が緩み始めた室内で、老人は明瞭な声でそう答えた。


 がきぃぃん、と篝火が点された砦内部の広場に鋭い金属音が響き渡る。
 弾かれた刃引きの剣が、くるくると宙を舞い、からん、と音を立てて地面に落ちた。
 夜尚輝く甲冑の老人は、剣を弾き飛ばした勢いそのままに間合いを詰めると、相対する騎士の喉元に切っ先を突きつける。
 例え、刃引きの品とは言えども、その切っ先は十分すぎる程に鋭い。
 唾を飲み込んだその男を睨み据えながら、イノケンティウスは言葉を発した。

「これで、十勝目。私も年でね。そろそろ終いにしてもらえると助かるのだが」
「ぐっ…俺はまだやれるぞ…」
「意気込みは大変結構、だが少し老人を労わる気持ちも持ち合わせて欲しい。この後にも予定があるのでな」
 年齢には逆らえないのか多少呼気を上げながらも、老人は答える。

 騎士と老人とのこれまでの試合は、おおよそ一方的なものだった。
 切りかかってくる刃をあしらい、その剣を避け、或いは盾や剣で防いで、地面に投げるか、騎士の剣を弾き飛ばしていた。
 時折、鋭い一撃を騎士は放つものの、次の瞬間には踏み込んでいた老人に切っ先を突きつけられている。

「……」
 自分の見通しの甘さにぐっ、と歯噛みしながら、ラルファンはイノケンティウスを見ていた。
 所詮老人、と侮ったのが運の付きであった。目の前の人物のそれは、明らかに自分達とは次元が違う。
 どうするべきか、そんな迷いが彼をずっと支配していた。

「この馬鹿野朗どもが。有象無象が全員束になってもオヤジにゃ勝てないだろうさ」
 びくり、と頭上からその言葉に紫衣の彼の背が震えた。
 見上げると、そこには一人の見覚えのある男が砦の城壁の上に座っていた。
 相当な高さがある筈だが、彼は何の躊躇も見せず、座っている場所から飛び降りる。
 どすん、と鈍い音。石畳を数枚叩き割ってその男は地面に着地した。

「…御堂か」
「オヤジ、そんなじゃ何時までたってもやらされるぞ?首都近辺や同業ではないんだ。名前知ってる奴も少ないだろうさ」
 にやにやと笑いながら、彼は老人を手招きしてみせる。

「一つ、目の前にいるのが何なのか、判らせてやらないとな」
 御堂の冗談めいた口ぶりに、イノケンティウスは眉根を顰める。

「確約が先だ。私が破る訳にもいくまい」
「なら、俺が先に拳をぶつける。それでいいだろう?」
 言うと、裸拳を御堂は構えたかと思うと、一息に老人に向って肉薄した。
 その速度も信じがたい程のものであったが、老人もまた目の前の騎士を突き飛ばすと、その男の拳に練習に用いる木製の盾を翳す。
 破裂音にも似た轟音、衝撃を受け流しざまに投げられた盾は、まるで大槌で叩かれたかの様に粉々になっていた。
 老人の手もまた無事ではすむまいと思われたが、何の素振りも見せず彼は両手で剣を振り上げ、振り下ろす。
 空気を裂く音が鳴り、御堂が一瞬前まで居た空間を剣は両断。
 けれども、体勢を崩さず背後に飛んでいた男は、短く気合を発すると弾幕の様な拳を降らせる。
 その連撃をイノケンティウスは自らに引き込むようにして受け流し、その後の死に体に逆半月に切り上げる。
 それが当るよりも、男が腕を引き寄せ、死に体から立ち戻る方が僅かに速い。
 彼は剣を身を引いて避けると、体を沈め弧を描く足払いで老人を薙いだ。
 動きにおいては老人を圧倒していた彼の誤算があったとすればそこか。
 足払いは避けられてしまえば、体を沈めている分ほんの少し隙が生じる。

「やれやれ。見境が無くなる悪癖は直らんものだな?」
 それを突いたイノケンティウスが、彼が立ち上がるまでの僅かな時間に御堂の頬を刃を浅く裂いていた。
 騎士にした様に喉元につきつけなかったのは、男の技量がそれを許さなかったからだ。

「…全く、本当に食えない野朗だ。試合じゃ何時までたっても勝てる気がしない」
「試合なら、だろうに」
「まぁ、そうだがな。俺は戦いになったら首だけでもオヤジの喉笛噛み千切ってやるさ。さて──」
 そこまで言った所で、御堂は億劫そうに立ち上がると背後に居た面々に向き直る。

「今のを見て、まだ文句のある奴はいるか?」
 返事が返る事は無かった。無論、それを見越しての言葉である。
 老人に振り返ると、男はにやりと笑ってみせる。

「全く。私はもう少し穏便に事を進めたかったのだが」
 そんな老人の愚痴は、幸いにして誰にも聞かれる事は無かった。
215名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/16(日) 17:34:38 ID:pStCj4sI
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」
 僕は、息を切らしながらえっちらおっちら山道を進んでいた。こんな僕を、体力が無いだなんて嘲笑っては決していけない。
 今日の疲れは、決してこの強行軍の為だけではないのであーる。
 なぜなら、これに付け加えてロボ提案による剣術特訓が追加されたからだ。
 結果は…大方の予想の通り、黒マント相手にはいっそ気持ちのいいくらいボコボコに。
 挙句の果てにはミホさんとの模擬戦でも一勝も出来ず、剣士の安っぽい矜持はズタボロ。
 途中で自分の人生について考えてみたりもしたけれど、涅槃に至りつつある僕を幾度と無く引き止めたツクヤだけが救いだった。
 嗚呼、グランドマザァ、僕はそっち側に行くのには少々速すぎるのであります。

 ずきずきする体を引きずりながら、これまた情けない事にパーティーの最後尾から蝸牛みたいな足取りで皆についていっていた。
 最初は、僕の周りをぴょこぴょことツクヤがついて回っていたものだったけど、あんまりにも情けないから止めてもらった。

「ねーねー、ちょーっと聞きたいんだけどいいかな?」
「何?馬鹿な提案は聞かないわよ。羽が生えた子供がラッパ吹いてるだとか」
「いや。そうなんですけどそうでなく。一体何時になったら目的地に到着するのかなー、と」
 逃げ出す積りは全く無いけど、このままだと辿り着く前に過労で死んでしまいそうだった。

「何死にそうな顔してるのよ…人間そんなに簡単に死にはしないわ。もうすぐよ。今夜の内には着くから」
「その返答は一体何度繰り…へぶしっ!?」
 視界に星が咲く。い、石っ!!いい感じに大きくて人を撲殺せしめる程の殺傷力を有する石くれが鼻にっ!?
 顔を抑えて地面をのたうちまわりながら、僕はこの女は悪魔だと確信していた。

「もうすぐって言ったらもうすぐよ!!」
「もうすぐってなんかもずくに似て…」
「意味不明な事を言うなっ!!」
「ぐあーっ!!?木っ!?今度は木ですかっ!!僕を殺す気かっ、前々から思ってたけどそんなんじゃ行き遅れ確定だっ!!」
「なんですって!!?巫女が結婚できなくて悪かったわねっ!!」
「そんなっ墓穴ぅっ!?」
 一難去っても又一難、それからフォーエバーですか。不幸は僕がそんなに好きなんですかっ。
 訓練用の剣を模した硬い木切れ片手に向ってくるミホさんに、僕は確実に夜叉の面影を見た。

「だめっ!!うぉるがしんじゃうよぅっ!!」
「うっ…」
 流石の夜叉も仏様の功徳には勝てないと見えて、気圧された様に歩みを止めていた。
 ありがたや、ありがたや。今ならツクヤに平伏できそうな気だってする。

「なー、ツクヤ。ミホさんって酷いよなー」
「え…えと…」
 さりげなくツクヤの後ろに回りつつさも聞こえよがしに言ってやる。
 仏様の功徳は本当に絶大で、目の前の夜叉は顔色を真っ赤にしながらも後光に護られた僕には近づけない。

「ふっふっふ…近づけまいっ」
「こ…このぉ。月夜花様を盾に取るなんて…卑怯者!!」
「卑怯結構万々歳っ!!勝ちゃーいいのよ。やーい、行き遅れーっ!!」
「こ…このぉぉぉぉっ!!」
 へっへっへと笑いながら、鬱憤をここぞとばかりに晴らしまくる。

「おい、お前等何してる。目的地が見えたぜ?」
 と…、そんなこんなしている間に先行していたロボが、この異常に気づいて戻るなりそう言った。

「あ、ほんとっ!?」
 そして、その声にツクヤは僕の前から彼の方へと駆け寄っていく。
 …はぁっ!?や、ヤバイっ。こ、この絶対的な死の気配は…加護が無くなった僕に待ち受ける運命はっ!!
 顔を上げると、そこは死地であった。予想通り、にこやかな、とてもにこやかな顔をした鬼女が居た。
 青筋の盛り上がり具合が僕の未来と正比例してそうで怖い。

 そして、比喩的表現で言うと。
 カスタードプディングが、ぐしゃっ。(ギャアアアアア〜〜という叫び声を付け加える事)

 ──こうして、僕は旅の目的地に意識不明のままかつぎ込まれる事と相成ったのであった。

「おーい、生きてるかー?」
 い…いや、見ての通り死んでるんだってば。

next?
216名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/16(日) 17:45:34 ID:pStCj4sI
花月12お届けしました。
とりあえずどうにか予告どおりの形に纏まったかと思われます。
これまでずいぶんとグダグダだった分、
次回からはどんどん各キャラクタの個性出していく予定ですので、
ごらんになってる方がいればお待ちを、そうでない方も
どうか最後までお付き合い願えることを祈りたいです。

それでわ。
217名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/17(月) 01:47:40 ID:W8zmzWKI
|д・)<地味に待ってるぜ!
218名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/17(月) 10:54:33 ID:lI/R.qL6
同じく待ってます!
219名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/20(木) 12:21:26 ID:VUXolyKc
 花と月と貴女と僕 13

 う…うぐぐ…か、体が軋む。あんにゃろう、覚えとけよ。
 …しかし、ここは一体何処だろう?目の前が真っ暗で何も見えない。
 まさか。これは…死後の世界という奴か?
 い、嫌だっ。それは嫌過ぎる…僕はまだまだ遣り残した事が…

「う…うく…、ん…」
 軽く呻きが零れる。ごろり、と寝転がる。

「…っだぁぁぁぁぁっ!! …あれ?」
 そして跳ね起きた僕が最初に見たのは、見慣れない部屋の壁と天井だった。
 きょろきょろ周囲を見回す。プロンテラの石造りの宿屋でもなければ、僕の見慣れた木賃宿でもなく、
勿論部屋と言うからにはここの所続いていた野宿の様な風景でもない。
 せんせー、質問です。どこ、ここ?

 A.これは夢です。

「夢かぁ…だったら二度寝だなっ、二度寝。くーっ…後半日は寝るぞっ。この堕落感が堪らないっ!!」
 という訳でお休みなさい。はだけていた布団を握りなおすと、再び床に。

「寝るな、ついでに現実だ」
「へぶっ!?げほごぼっっっ!!」
 痛い!!痛い!!み、鳩尾に踵っ!?当然寝ていられるはずも無く目を開く。
 天井を背負った素足の黒マントがそこに居た。

「よぅ。お目覚めだな。とっとと準備しな」
「ひ、人の腹踏みつけといていう事はそれだけ…」
「馬鹿たれ。混乱してるな。周りを見てみろ」
 僕は言われて渋々周囲を見回す。
 …一言で言うなら、殆ど物がない。あるものと言えば、椅子の無い低い丸テーブルと布団、それから衣装箪笥。
 まぁ、そんな事は木賃宿もほぼ同じなんだけど。
 但し、僕が知っているそんなのとは比べ物にならないほど清潔な雰囲気だった。
 僕の何時ものが混沌だとすれば、この部屋…というか、これは小屋といった方がいいか…は、簡素、といったところだろう。
 木の葉のさざめきの様な音が聞こえる。何だか、随分と気分が落ち着く。

「…そうか、着いてたんだ」
「そうだな。まぁ、お前さんは意識を失ってたがな」
「そうだっ!!そうだった!!ミホの奴…っ」
 思い出すだに復讐の炎がメラメラとっ。周囲の風景が暗くなって、なにやら怪しい笑いが口の端から漏れる。

「…ありゃ、自業自得だっての」
「………そ、それは兎も角っ!!朝錬ですなっ!!」
「誤魔化しやがったか…ま、いい。とっとと準備しな。三度目は無いぜ?」
 言うと、彼はぷらぷらと手を振ってそのまま戸口から出て行った。
 それを見送って、僕は漸くはっきりした頭と共に立ち上がる。
 ふと、その時、枕元に丁寧に整頓された今も着ている服以外の僕の装具が目に写る。
 …はて。確か、気を失った時はつけたままだった筈だけど。
 多分…ツクヤがしてくれたのかな。なんとなく、そんな気がした。

 剣は置いてっても大丈夫だろう。ベルトを締め、上着を羽織る。
 僕は目を閉じると、心の中でありがとう、と言った。
 よし…準備はこんなものでいいだろう。

 木格子の嵌った窓に目をやると、眩しい光が差し込んでいた。


 ちゅんちゅんと、こればかりは首都となんら変わりの無いスズメの鳴き声を聞きながら、歩き煙草のロボに連れられて歩く。
 僕の居る村は、丁度幾つもの高い山と深い森に囲まれた場所だった。
 都会暮らしが長くて、故郷も広い平原の真っ只中という立地の僕からしてみれば、全く始めてみる風景だ。
 石を投げれば人に当る、なんて事はある筈もなく、遠くフェイヨンの衣装に身を包んでいる人が畑を耕しているのが見えた。
 水を引いた水路のさらさらと言う音も良く聞こえるぐらい静かだ。

「うわぁ…綺麗なとこだなぁ」
 思わず、素直な感想が口から着いて出る。
 これぞ正しく現代の秘境というかなんというか。

 暫く土の道を進む。と、一人の男…僕と同じくらいか?…が、僕とロボの行く手を塞いでいた。
 むぅ。そういえば、僕はここの事は何も知らない。
 何となく、見るからに思いつめた表情の彼を見るに、僕は事態の推移を見守る事を決意した。
 さりげなく、そいつの視線から外れつつも、目線だけは向けておく。
 ロボが立ち止まった。

「どうした、クオ?こんな朝っぱらから何か用か」
 …うわぁ。思わず他人事ながら頭を抱えたくなる。この人だれにでもこんな感じなのかい。
 流石に僕やミホさんなんかはもう慣れたけど、他の人までそうだ、とは限らない。
 僕のそんな予想通りに、クオと呼ばれたそいつは半ば睨むようにして見ていたロボに言葉を投げつけた。

「あんた、本当に俺達に戦をさせたいのか?」
「クオ、お前さんまだそんな事言ってるのか。こいつはもう決まった事だろ」
「…確かに、長老達はそう言ったよ。でもな、お前と一緒にプロンテラに行った奴の何人があのまま戻ってないか知らないのか!!」
「知ってるよ。いの一番に確かめたからな」
「……っ!!スカした面して、よくもそんないけしゃあしゃあと!!」
 激高して、クオは叫ぶ。その目には涙さえも浮いていた。

「それだけじゃない…俺達の家だって焼ける。人だって死ぬ」
 黙って糾弾されるがままのロボの前で、何時しかクオの語調は怒りの篭ったものから、静かなものへと変わっていた。

「…ファも、戻ってこなかった。アンタは、そんな何処の馬の骨とも知れない奴をひっぱって来た癖に」
 口にしたその名前は特別な人の名前だったのだろうか。
 彼は、肩を震わせ、ちらりと僕の方を見ながら呟くように言った。
 どう見ても、怒り心頭って感じだ。

「…そうか」
「全部、アンタの責任だぞ。解ってるのか…?」
「ああ。だが、お前等が戦うって事も決まっちまった事だ」
「っ!!」
 改めて解りきった事実を宣言するようなロボの冷たい言葉に、クオは顔を強張らせる。

「やれやれ…ここの連中は揃いも揃って本当に解りやすい奴ばっかだな。言いたい事はそれで終わりか?なら、もう行くぞ」
 覚めた顔でロボは彼を見返す。

「…俺だけじゃないぞ、これは」
「わーってるさ、んな事ぐれぇな。…おい、ウォル。とっとと行くぞ」
 どうにも重い話の後で、深海の様に感じる空気の中では歩くのも億劫だけど、そう言われれば僕に拒否権は無い。
 しずしずと彼の後ろにくっ付いて、道の先にある森の広場まで歩いていった。
220名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/20(木) 12:23:33 ID:VUXolyKc

 しん、と冷たい空気が、釣り糸の様に張り詰めているのを感じた。
 朝靄は晴れた、とは言ってもまだまだ昼時には程遠い。というより朝ごはんもまだだ。
 ハラペコと緊張感満々の雰囲気。手の中の柄を握り締める。
 落ち葉が地面に落ちる軽い音。耐え切れなくなって悲鳴を上げた僕の胃が、合図だった。
 一瞬の隙を着き、先手を取った積りで僕は、大きく木剣を振りかぶって地面を踏んで…

「せりゃぁぁぁ…ひでぶっ!!」

 合面が脳天にHit!!
 すかーん、と何とも中身が入っているかどうか怪しい音が辺りに響いて、続いて勢いあまって地面に転がる音も響く。
 勿論、遠慮仮借なくぶったたかれた頭はずきずきと痛む。

「馬鹿たれ。先手を取ろうとするのは結構だがそこで止まってるぞ。
 どの道、どうやったってお前は技量じゃ同じくらいの剣士にも及ばないんだから、もちっと頭を使え」
「だーっ!!さっきから人の頭ボコボコにしといてなんじゃそりゃ!!頭使う前に壊れるわ!!」
「だったら、使える様にしろ。基本ぐれーは手解きもしてやるし、練習の相手も付き合ってやる。
 けどな、何度も言うが頭を使え。格下相手にやってるみたいにバカ正直に突っ込んでたら、真っ先に死ぬぜ?」
「……」
「ほれ、さっさと立て。次だ次。時間は待ってくれんぞ」
「クソッタレ!!解ったよ!!」
 空腹と痛みに思わず逆ギレしつつも立ち上がる。
 そう。相も変わらず…といっても二日目だけど、ロボ主催の剣術特訓は、特訓なんだか一方的暴力なんだか判らない様相を呈していた。
 まぁ、僕と黒マントとの実力が開き過ぎてるから仕方ない、と言えば仕方が無い。

 で。一日目の奴曰く。
 恐らく僕はどう言う訳か同年代の剣士よりも更に弱く、有り体に言って今まで剣士としてやってこれたのが不思議なのだそうだ。
 嗚呼。認めたくないけどどうやら僕には矜持は最初から無かった様ですよママン。
 だから、僕は剣士として人並みとは言わないまでも、実戦的に少しはマシにならなくてはいけない訳で。
 けど、ロボの言うには、彼みたいなごく一部を除いて、殆どの冒険者や僕の敵と言うのは魔物相手の戦闘しか経験しておらず、
そこを突いて、勝つのではなく自分の身だけでも守れるようになれ、という事らしい。
 …まぁ、要は足手纏いにだけはなるな、って事で。逆にそこまで言われてしまうと、腹が据わってしまう。

 よろよろと立ち上がって、再び構える。そして、言われた通りに考えてみる。

 どう攻める?情報その一。彼我の戦力差は絶望的。その二。撤退、降伏は不可能。
 …一体僕にどうしろと!?状況は正に進退窮まったり。

「…来ないならこっちから行くぜ?」
 げげげっ。先手を取られたかーっ。一足一刀。一息で飛び込める間合いであるからして、僕は既に奴の射程内だ。
 剣筋なんて読めたもんじゃないから、半ば勘、半ば自棄。要するにあてずっぽうで木剣を翳す様に持ち上げる。
 ばきっ。という木刀同士が打ち合う鈍い音。腕に激しく衝撃が。うわーっ、遠慮呵責無いっ!!
 木切れの軌道が跳ねる様にして変化したのはかろうじて見て取れたけど、体の反応は勿論間に合わない。

「もう一丁!!」
「がふぅっ!?」
 結局、本日始まって数合目にして僕は、横っ腹に思い切り直撃したロボの木刀に、風車の如く激しく回転しながら意識を失った。
 …ここ数日良く気を失う気がする。悪運は僕に尚も微笑み続けておるのでございました。

 そして時間にして数分。
 …なんか、顔が冷たい。暗転した意識から復帰して、僕は自分が水をぶっかけられてるらしい事に気づいた。

「よう。お目覚めか」
 そして最悪の目覚め。いや、周囲にはこいつしかいないんだけどね。
 顔を振って水気を散らし、上体だけ起す。
 その様子ににやりと笑うロボに、僕はコイツは真性のサドに違いない、と確信を抱く。

「ったく。本当にヘタレだな、お前」
「うるさい、放っとけっ」
 ぼやきでしか反論できない自分が憎い。

「っていうか、本当にこんなので強くなれるのかよ…」
「弱音を吐くな、ヘタレ。こんなのはまだまだ序の口だぜ?」
「げぶっ…は、吐きそうな事言うなっ」
「んー、ま。今日のところは、この辺りにしといてやるがな」
「マ、mjdk」
「ああ。マジでだ」
 ああ。正しく、鬼の目にも涙。
 心の底から安堵を覚える。が。
 僕はこの瞬間、彼の本性を見誤っていた。

「但し、帰る前に腕立て、スクワット各100×2、腹筋300、素振り400、5km走×4してからな」
「……」
 顎が、ストーンと落ちる。
 貴方は、心身ともにズタボロの僕にそれをやれと?それは、死ねという事デスか?
 しかし、奴の目は全く笑っていなかった。

「げ、限界です。サー」
「単に手合わせだけで体は痛くても、んな疲れる訳ないだろ。それから、限界で立ち止まるな。限界を一歩超えてから止めろ。
 手前は技術は元より、剣士の基礎の基礎。筋力と体力も足りてないからな。ま、頑張れ。サボるなよ?」
「お…鬼…」
 そして、無慈悲な宣言に僕は怒鳴る気力も無くして、そのままくず折れたのだった。
 ロボは、と言うと僕には全く拘泥せずに、煙草を燻らせつつほいほいと歩き去っていく。
 ママン。ツクヤ。近い未来に河の向こう岸が見えそうだよ…

 あ、幼い頃に亡くなったグランドマザァ。又、お会いしましたねご機嫌麗しゅう。


 現実逃避を止め、漸く全てのノルマを終えた頃には、既に太陽は真っ直ぐ真上に差し掛かっていた。
 ああ。日の光が眩しいなぁ。疲弊が限界まで達していて、そんな事ぐらいしか思い浮かばない。
 僕は一度死んで、再び甦った死体のようだった。
 というか比喩でもなんでもなく、ゾンビの歩みで道を歩いていると、向こうからツクヤらしき人影が駆けて来るのが見えた。
 ああ。ツクヤだなぁ。でも何か心配そうな顔してるな、それに何時もとちょっと違う。なんでだろ。

「そうか…朝飯、食べてなかったっけ。昼も未だ…うう、死ぬ。マジで死ぬ」
 呟くと、今更の様に腹が自己主張を始める。
 ああ、腹へった。

「ウォルっ。大丈夫っ!?」
「あー…うん。だいじょうびー」
 へろりらな口調で答えると、心の底から心配しているのか、彼女は泣きそうな顔をする。

「ははは。心配するなら飯をくれっ。そうすれば大丈夫。きっと。多分」
「あ、うん。ご飯、ずっと前から出来てるよっ」
 何となく会話がかみ合っていない気もしたけど、どうにか意図は伝わったらしい。
 それに安心すると、ふらっと視界がよろめくのを感じた。

「…ごめん。ちょっと、肩貸して…」
「うんっ」
 言って、彼女は僕の脇に頭を入れる。
 僕はそのまま、後から思い返せば非常に情け無いであろう格好で、半ば引きずられるようにツクヤと歩き始めた。
 …目指すは…飯っ!!
 飯っ!!飯ーーーーーっ!!
221名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/20(木) 12:24:50 ID:VUXolyKc
「がつがつがつがつ…お代り!!むしゃむしゃむしゃ…」
 そういう訳で。ツクヤの居館(そういう表現が相応しい大きさだ)の中、僕は餓鬼の如く。
 胃袋の貯蔵限界に挑むかの様に、昼ご飯からはかけ離れた量の料理を貪る事になったのだった。
 ちょこん、と傍に座ってるツクヤは、僕が空にした茶碗や料理をニコニコしながら盛っている。
 初めは僕の借り家に行くのかと思いきや、ツクヤは真っ直ぐ彼女の居宅にひっぱってきた。
 まぁ、良く考えれば僕は家を出る前に自炊の準備なんてしてる筈もなかったので結果オーライである。

「美味い美味いっ!!もう、最高!!」
 焼き物、煮物に、揚げ物、漬物。僕の箸捌きは冴え渡り捲くり、電光石火の勢いで閃く。
 ああ、さっきまでゾンビだったのが嘘みたいだ。正に料理万歳。満腹万歳。

「そんなに美味しい?」
 ふと、僕はそのツクヤの言葉に違和感を覚えて、箸を止めた。
 ハラヘリで半ば類人猿以下の獣じみた状態とは違って、今ではそのイントネーションの違いを鮮明に認識できる。
 何と言うか、幼い間延びした雰囲気が消えて、明確に意思が伝わってくる様になったというか…
 して、なんと見れば全体的に先日より成長している様な…
 それに、剣士の服装からちゃんとしたこの地方独特の、でもとても綺麗な服に着替えてる。

「どうしたの…お水?」
「いいや、そうじゃなくて。ツクヤ、ちょっと…」
 と。
 どたどたどたどたっ。慌しく苛立たしげでもある物騒な足音が、廊下の方から聞こえてきた。
 僕のいる間仕切りの部屋からは、丁度左側から聞こえてきている。
 …凄まじく、嫌な予感が。予感を通り越して、確信的予知に至りつつあって。
 がたん、と盛大な音がして間仕切りが開け放たれる。

「何してるのよ!!この石潰しぃぃぃぃっ!!」
 イメージ。片耳から、もう一方に稲妻が貫通。キィーン、とする。
 そして、嫌な予感大的中。

「…いや、見ての通りですが。そっちこそ何スか、ミホさん」
 呆気に取られて、お茶碗を片手に、お箸を片手に持ったまま問い返す。
 ツクヤは、ここの所は変わっていないのか目をぱちくりさせている。

「質問してるのはこっちよ!!あ゛ーーーーっ、もうっ!!それよ、それ。月夜花様に飯盛りなんてさせないでよ、このアホっ!!」
「……」
 思わず首を傾げ、そして肩で息をしているミホさんを前に数秒ほど時間経過してから合点が行く。

「なるほど。つまり、自分で盛れと。そう言いたいのですな」
「違うわっ!!」
「がふっ!?」
 間髪いれずに鋭いツッコミが炸裂。前のめりに、思わずお膳に顔を突っ込みそうになる。
 これまでなら、この後ラピッドパンチか肘鉄の一つでも来そうなものだが…

「ミホさん。そんな事せずに言葉で言って。それに、私が今しているのは自分の意思」
 全く意外な事に、少しばかり険のあるツクヤの声が、振り上げた拳を押し留めていた。
 振り上げた拳がしばしの間、振り下ろす対象を探すかのようにぷるぷると震える。
 顔を背けると、溜息を吐いて、疲れた様な表情を見せた。

「月夜花様。徐々にお力と知恵が戻られてきておられるのは大変結構ですけど、そういう振る舞いはお止め下さい。
 皆の士気に関わりますし、これは心外ですが、ウォルにも関わりますから」
「…どゆこと?」
 ミホさんの言葉に不思議な感じがして、尋ねかける。

「…本当、察しが悪いわね、貴方」
「いいから教えてよー」
 などと言ってみると、彼女は僕の耳を引っつかんでツクヤのいる部屋の外遠くへと僕をひっぱっていった。
222名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/20(木) 12:25:11 ID:VUXolyKc
「あだっ。あだだだだっ。何すんだよっ!!」
「察しなさい。月夜花様の為よ」
「解ったよ…いてて」
 そして、僕が渋々承諾すると、彼女は憑き物が落ちたかのようなすっきりとした顔をして。

「要するに、自分達のトップがそんな事してたら、下の者に示しが付かないしアンタが恨み買うでしょうがっ!!」
 僕目掛けて、鼓膜が破れんばかりに叫んだ。

「いや、別に個人の好き好きじゃ…」
「それが貴方へ、だから尚悪いのよ!!」
「…しくしく」
 いや、それは余りに余りな言い草。せめて、月と雑草とかそういう風に…

「月と雑草て、それ変わらないじゃん…鬱」
「何落ち込んでるのよ。事実じゃない」
「…こう、自虐してる僕の心の深い部分をぐさっ、と直球で刺殺する言葉はやめれ」
 何とか持ち直しつつ、言葉を続ける。

「それと、もう一つ。力と知恵が戻ってきてるってのは何故さ」
「…月、よ」
「月?」
 突拍子も無い答えが返ってくる。
 そこで、ぴん、と閃いた。

「月が戻るのと関係してるのか?」
 僕は、流石に一般常識として知っている事実を述べた。
 月、は満月と新月を始まりと終わりにして、いつでも満ち欠けを繰り返している。
 子供でも知っている事だ。

「…そうね。当ってるわ」
「でも、満月は随分前に過ぎたと思うけど?」
「違うのよ。満月が空にある時には、月夜花様も空に居られるの」
「…どういうことさ?」
「こういう事、よ。月夜花様は、旅人と月と豊穣の女神なの。でも、天におられる時は、遍く地を照らしていらっしゃるから。
 『だから』、新月の時で無いと地の上にはいられないのよ」
「あれ…ちょっと待って。じゃあツクヤは…」
「祭りが終われば、天に帰られるわ」
「え…、ちょ。そんなの聞いてないよっ!!」
 唐突に告げられた真実に、思い切り狼狽して答えを返す。
 帰る?ツクヤが?祭りが終わったらっ!?
 んな、馬鹿な。

「…全く。元冒険者らしい、何とも身勝手な考えね」
「んな…そんなの当然じゃないか…こんないきなり、そんな事言われたら」
 やれやれ、とミホさんは肩を竦める。

「私達と月夜花様は違うのよ。決断したなら、認めなさい」
「…でも、ちょっと待って。ツクヤとは満月の時に出会ったし、第一ヤファは定期的に出没するって聞いたけど」
 と、耐え切れなくなって当然の疑問を僕は口にする。
 的を得た問いだったのだろうか、うっ、とでも言いそうな苦い表情をミホは見せる。

「前者は、『お祭り』だからよ。この月だけは、特別なの。なんでプロンテラなんかにあんな格好で居たのかはわからないけど。
 何にせよ、その一日だけじゃなくて、一年間の感謝を込めて扱いするのが筋ってものよ。後者は…」
 ぎり、と歯を噛み砕こうとでもする様な、怒りに満ちた表情を彼女は浮かべる。

「判らない、のよ。何か、妙な力で月夜花様の影がこちら側に無理矢理引きずりだされてるっていうのは解ったけど、それだけ」
「な…ちょっと待って。影?妙な力…?いや、兎も角どうにかならないの?」
 僕の言葉に、ミホさんは、すぅっ、と目を細めて僕を見た。
 ぞくりっ、と明確な殺気をその中に認めて僕は背筋を粟立たせる。

「冒険者も、何もかも。月夜花様の敵は皆殺してしまえばいいのよ…!!そうすれば、どうにかなるわ」
「ちょ、待って。そ、その考えは…良くないよ」
 どうやら、僕の後ろに沢山の冒険者(敵)を見ているご様子。
 けど、その考え方じゃ、誰も彼も死んでしまって何も残らない気がした。

「じゃあ、ウォル君にいい考えがあって?」
 明らかに小馬鹿にした様子で言う。
 な、ナメられてるっ。明らかにっ。畜生、それじゃあ一丁無い知恵絞って…

「えーと、えーと。…そうだっ!!それじゃあ、祭りの後もツクヤと一緒にいればいいじゃないかっ!!」
 我ながら、良いアイディアの気がした。
 そうすれば、祭りが終わっても一緒にいられる。単純にそう考える。
 が、一方の目の前の女性は呆れたかの様な様子で、僕を見ている。

「馬鹿言わないでよ。言ったでしょ?月夜花様は、祭りの後は帰らないといけないのよ?」
「試したのかよ?僕だったら、真っ先に試すけどな。大体、神様なんて大仰に言うけど、ツクヤは今、ここに居るじゃないか」
 ミホさんは押し黙る。

「…確かに試した事は無いわ。古くからのしきたりだったし」
「そうだよ。それで解決間違い無しだって」
「貴方って…本当、馬鹿ね。どうして、そんなに彼女に拘るのよ」
 やや呆れ気味の口調。けれども、その口は僅かに笑っていた。
 僕も釣られて笑ってみる。理由はたった一つしか思いつかなかった。

「馬鹿だからだよっ。悪かったなっにゅぇ」
 開き直って思い切って言うと、裏声になるのは何でだろ〜
 あああ。ここ一番って時に何てこと。頭を抱えて屈み込みたい衝動を押さえて何とか立ち続ける。
 それを見て、激怒するのかと思いきやミホさんは俯き…

「…ぷっ」
 ふと、その口から堪えていたものが破れた様に、笑いが漏れた。

「あははははははっ。あはははっ。あはははははははははっ。あーあっ。
 ほーーーーんと、貴方、馬鹿ね!!傑作だわ。そんな事言ったの貴方が初めてよ」
 お腹を押さえながら、瞳に涙を浮かべ、僕の背中をばんばんと叩いて盛大に大笑いする。
 ほんの少し、彼女の印章が僕の中で変わった気がした。
 なんでこんな風になったのかは聞いてみないと判らないけど、流石にそんなに野暮じゃない。

「いや、いいけどさ…」
「今の、言ったのはいいけど、頭の固い村の爺様達が聞いてたら貴方今すぐ殺されてたところよ?」
「それは兎も角、まぁ。よかったよ。最後に聞きたいんだけど、祭りって何時?」
「今から一週間もないわね」
「…そう、わかったよ」
 残された猶予は、後一週間も無い、と言う訳か。
 まぁ、どんなお祭りなのかは今しばらくのお楽しみって事にしておこう。
 これまでは曖昧だった時間の感覚から一気に引き戻された様な気がした。

「何話してるのっ?笑い声が聞こえたけどっ」
「!!」
「!!」
 で、待ちきれなくなったのか、剣士服に着替えた…こちらは外出着なのだろう…ツクヤが部屋の中からぴょっこりと顔を出していた。
 二人して固まる。が、ツクヤの顔に何の疑念も浮いていない事を確認し、今度は顔を見合わせる。

「あ…えーとですね。そうそう。ウォル君にただ飯を食べさせる訳にも行きませんからね。雑用でもやらせようかと」
 …責任全部僕に丸投げかい!!思わず突っ込まずにはいられない言葉をミホが言う。

「じゃあ私もそれするっ」
 が、それは墓穴だったようで。
 瞬間的に硬直したミホさんはいっそ滑稽ですらあった。

「どうして?説明してっ」
「う…」
 単純ではあるが、効果は絶大に違いない。
 ぴちょーん、と何処かから水滴が落ちる音が聞こえた。
 見れば、ミホさんは嫌な汗を顔中にかいている。

「貴方達が出来る事がどうして私には出来ないの?」
 …純真極まり無い声音でチェックメイトを決める辺り、ツクヤって実は意外と油断がならないかも。

「…それじゃ、そゆことで」
 箒片手に僕は、ツクヤと一緒にその場を後にしたのだった。
 勿論、暫くして思考のロジックメイズから抜け出したミホさんの怒声が聞こえたのは言うまでも無い。

 そうして、僕たちは昼下がりの田舎道へと飛び出した。

next?
223名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/20(木) 12:48:16 ID:VUXolyKc
マイペースに花月13をお送りしました。
舞台はフェイヨン?に移ってみたものの、変化なしで一人お馬鹿な主役。
その裏側では様々思惑が交錯している…のかもしれません。
今はのほほん安穏な日々でございますが、
その内に、この現状のツケが回されてくる…かもしれません。
つーか、ぶっちゃけ戦闘がなさ過ぎるのがなんとも微妙な理由なような…
一人称視点なのも(主役の性格と絡んで)問題なのやもしれません。
元々息抜きのつもりで書き始めて、リライト無しの一発投稿で
けど、それも間を空けないためにはいいかな、と思ってるのも問題なのやもしれず。
個人的には、批判的なご意見などもらえると嬉しかったりします。

中の人共々予断を許さない花月、微妙さ加減は相変わらずですが待て次回、なのでした。

業務連絡はここまで。以下、私信です。
個人的には、もっと沢山作品読みたいな、とも。
いや、感想書かない奴が何言ってる、って感じではありますが。
224詩の様な短編をsage :2005/10/23(日) 01:38:11 ID:nOZaERv6
 いつかまた、あの景色が見たい。

 その思いだけで剣を振るって来た。迷った道。どこをどう通ったのかも覚えていない。
 仲間も無く、孤独だった毎日。常に描いていたのはあの場所。

 騎士は、相棒のペコペコに乗りながら、風景を見渡す。昔、迷い込んだ場所へ。あの風景を見てみたいと。
自分は剣士で、どうしようもなく弱くて。迷い込んだ場所で優しい人と出会った。
 お礼が言いたい、また会いたい。もう居ないのは分かっているけど、会える可能性は低いとは分かっているけど。
 丘を越え、崖の向こう。浜辺を駆け、砂漠を歩き、街を抜けて遥かな場所へ。
 たどり着いた場所はとても遠くて、強い怪物だらけで、思ったほど綺麗じゃなかったけど。
 誰かの声が聞こえた気がした。
「変わるってのは、どんな気分だぃ?」
 優しい人の、優しい声に、今なら答えられる気がする。
「悪くは無いですよ、きっと」
225名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 10:31:04 ID:rRrZbRoU
 花と月と貴女と僕14

 昼下がりの田舎道を二人。
 以前の僕からしてみれば、色々な意味で想像だに出来ない事態だったに違いない。
 振り向けば、ツクヤが僕に続いている。きょろきょろ、物珍しげに辺りを見回していた。
 秋もすっかり中ごろに差し掛かって。金色の稲穂が目に眩しい。
 僕だって、この光景は随分と久しぶりだった。
 だったのだが…目下の懸案が過ぎてしまえば、目の前の事ばかりが気になってくる。
 思わず飛び出してきたとは言え…こ、これはっ。所謂、二人きりという奴かっ。

 ぐっ、と思わずガッツポーズ。さあさあ、愉快な事態でごさいますことよですよ。
 あの後。当然の如く戦略的撤退を選択した僕達は、結局、村の中を見て回るのも兼ねて散歩をする事にしていた。
 改めて考えてみれば嫌な事だけど、この村は遠からず戦場になってしまうから、見回っておく必用はあった。
 出たとこ勝負の感じは拭えないんだけども出来る事はやっておこう。

「まぁ、そんな表向きの理由はさておきとして…」
 むふふふ。邪な感情がわさわさっ、と。わさわさ盗蟲の様に沸いて来る。
 だってさ。仕方ないじゃないか。うん。ぶっちゃけ、今のツクヤ。好みにストレートなんだもの。
 昨日までの幼さも残しつつ、快活になってるおにゃのこの雰囲気がもうにんともかんとも。ぐへへへへ。
 舐めるように視線を上下させてから、目を怪しく光らせる。

 …というか、僕は誰に言い訳してるんだろうか?
 ふと、考えてみる。うん…多分、ロボとミホさんだな。
 で、気づいた。ひょっとして、一歩間違えればバッドエンド一直線?
 判決死刑。公開処刑なんて真っ平ご免だ。うん。ありありとその情景が白昼夢で現れそうになるぐらいだから、笑えない。
 そんなこんなで手を出すのは脳内会議の満場一致ですぐさま否決された。

「どうしたの?」
「いや、どうもしない。うん」
 が、そうなるとどうなるか、というと。
 彼女に対して何をしていいんだかサッパリなのであった。
 だってさ。仕方無いじゃないのさ。世知辛い世の中なんだし、ここは余りに何時もと勝手が違うし。

「ふぅん」
「あー、いやそう言う訳じゃなくて」
 じゃあどういう訳だよ、と何処か遠くから誰かの声が聞こえた。
 …はぁ。溜息を内心で盛大に。僕って奴は本当に、女の子という存在を何も知らない奴だ。
 や。ミホさんは、あれは女の『子』じゃないし。断じて認めません。

「顔、変だよ?」
「うーむ。いや、さ。どうしたらいいか解んなくて」
「見て回るんじゃないの?」
「いや、それはそうなんだけど…その」
 何故か、口にするのが憚られた。何となく、まだ決定的な判断を下していなかった気がした。
 えーい、意気地がないぞ。さっさと言えよ、僕!!下の方に繋がらなくなったら言葉も言えないのかよっ!!

「えーと、えーとですね。この私は、ツクヤを、えーと、連れるに当って、何処がいいかが判らないのであります!!」
 どもりながらの言葉は我ながら奇妙極まり無く、やっちまった感が漂いまくって泣きそうだった。
 が、そんな僕を見てツクヤは暫くきょとん、としてそれから可笑しそうに少し笑った。
 彼女自身の目も、頭の被り物の目も、本当に可笑しそうに閉じて、狐の耳はぴくぴくと揺れていた。
 稲の穂が風に吹かれて、ざぁっと鳴る音が聞こえる。鈴の様に笑いながら、言葉を続けた。
 僕は、一秒たりともそんな彼女から目を離す事が出来ない。

「変な事言っちゃダメ。どこでもいいよ。でも、ウォルが一緒じゃなきゃやだ」
 ………か、顔、顔が近くにっ。ていうか、その顔は…っ。

「ごめん、それは、反則だよ…」
「…変だった?」
「いや、そう言う訳じゃなくて、僕の準備の問題。兎に角気にしないでいいから」
 照れ隠しに早口で言い切る、顔を背ける事は出来ない。
 七色に変化する顔と、一方で心臓は破裂しそうだ。…静まれ、静まれ僕。色々な意味でっ。
 が、その努力は突然手に触れた感動的に柔らかいツクヤの掌に、まるで砂上の楼閣の様に儚く崩れ去っていった。
 でも、解った事がある。何のことは無い。
 只、自然に。彼女と一緒にいれば、それでいいんだ。

「う…うぐっ…」
「そんな歯に物が詰まった顔しないで。行こっ?」
「わ、解かたYO!!」
 先程までや、プロンテラでの関係は真っ逆さまに。僕はツクヤにリードされるまま、再び足を動かした。
 相変わらず心臓はバクバクと叩かれ続けて、放っておけば口からはみ出しそうだ。
 胸を片手で押さえつつ、ふと横に視線を向けると、遠くに弓を構え、的に向っている一団が見えた。
 その傍らには、黒い服。多分、ロボが村人を訓練しているのか。
 僅かに痛みが走る。それは自戒の棘に違いなかった。

「あ、でもさ。遊びって訳でもないんだ。…その、つまんないかもしれないよ?」
 …小声で言ってから、馬鹿な事を、と思った。
 が、幸いに聞こえなかったのか、彼女からの反応が無い事に胸をなでおろす。
 それは僕の役目でしかない。見失ってはいけないのは僕だけだ。

 考えを切り替えて顔を上げる。今は、まだ大丈夫。
 …まぁ、ちょっとは遊んじゃっても構わないかな。

「ねーっ。早く!!」
 先に進んでいたツクヤが僕の方にとてとて走り寄ってきて片腕をぐいぐいと引っ張る。

「解ったって。ちょっと考え事してただけ」
226名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 10:31:22 ID:rRrZbRoU
 …それから暫くしての宵の口。秋色の少しばかり冷たい風といえども、余りそうとも感じない。
 首都じゃ、とっとと家に帰っている様な寒さだけど、予想以上に視察ははかどっていた。
 そのお陰で随分と歩き回り、結果として僕の酷い筋肉痛の体をして随分と暖めていた。
 それは偏にツクヤのお陰と言ってもいい。要するに、全てにおいて終始僕は彼女にリードされっぱなしだった。
 と言うより率先して、よろめく僕をあちこち引っ張り回したって言うべきか。
 まぁ、初めからそんな感じだったのは否めないけど。

「…助かったよ。僕一人だったら直ぐに帰ってるとこだった」
「んーん。いいよ。お安いごよう」
「こちらこそ。ちょっと退屈だったかも知れないけど、ありがと」
 そう答えると、ツクヤはぶんぶん、と首を振って。

「すっごい面白かった。世界ってこんなに綺麗なんだっ、て」
 そう言うと、大きく両腕を開いて、僕の前に出た。
 空を見上げながら、まるで踊る様にくるくると回る。
 スカートをなびかせ、素朴に、でも何処か神秘的に舞う彼女に釣られて、僕も空を見上げた。
 山の端に半ばお天道様の落ちた空には、三日月と宵の明星。それだけが輝いていた。
 ざぁ、と一度強い風。景気良く吹き上げられた木の葉が、一瞬だけ空を覆う。

「…ずっと、見ていられるといいなぁ」
 ツクヤは、只回っているのに飽きたのか、その辺りにあった切り株に腰を下ろし、ぷらぷらと足を揺らしていた。
 それが、なぜか空の隅っこで僕たちを見ている筈の三日月と重なって見える。
 つまり、吸い込まれそうになるほど、寂しそうに見えた。

「……」
 黙ってそれを見続けた。今すぐにでも駆け寄りたい。そんな事を思い、自らを省みて思わず自嘲する。
 僕には、まだそうする資格は無いに違いない。再び立ち上がり、何を言うでもなくまた踊り始めたツクヤを見て思う。

 涼やかなハミング。顔も見えない三日月の夜の中で、輪郭だけが辛うじて在る事を示す。
 調子を変えたステップは軽やかに。けれども、あくまで静かに。月が空を歩む様に。
 まるで空の月に奉納する神楽の様にも見えて。僕は、ミホさんの言葉を思い出す。
 そのまま、ツクヤが、この夜に連れて行かれてしまいそうな気がした。

「ツクヤ」
 今度こそ、僕は声を掛ける。踊りを止めて、ツクヤがこっちを向いた。

「どうしたの?」
「ん。確か社殿ってこの先だったよね?ほら、まだ見てない」
 問いかける彼女に、本心とは別の言葉を告げていた。

「うん。そうだよ」
「最後にあそこだけ見ておきたいんだけど…」
「いいよ。それでね。帰ったら、皆で一緒にご飯食べよっ」
「皆…?えーと、ロボとミホさんって事?」
 戸惑う僕のなんとは無い答えに、ツクヤは嬉しそうに、本当に嬉しそうに、うんと頷く。
 なんとも無邪気な要求に、彼女の兄にでもなった様な気がした。

「ロボさんがお父さんで、ミホさんがお母さん、それで…」
 ふと、そこで彼女は言いよどむ。
 どうした事か、ぱくぱくと口を動かし僕を見たまま何も喋ろうとしない。
 その後、あろう事か彼女は言葉を飲み込む為か俯いた顔をする。
 …闇に隠れて彼女の顔色も判らなかったから、何を言おうとしてるのか何て解るはずも無い。
 黄昏、だなんて良く昔の人は言ったものだ。

「ツクヤ?そんな顔しないで、言いたい事があるなら言ってよ」
「う、ううん。何でもないよ」
 ツクヤは、首を振ってぷい、とそっぽを向く。始めてみる彼女の否定だった。
 断られた限りには、これ以上踏み込むべきではないだろう。

「ん、解ったよ」
 言って、歩き出す。
 ツクヤも僕の隣に着いて来ているようだった。
 僕は柔らかい気持ちになって、僅かに上を向いて誰かに笑いかけていた。

「な、ツクヤ」
 僕は、馬鹿な事だと解っていながら問いかける。

「ツクヤは、ずっとこの場所に居たい?」
 その問いに、彼女はすっ、と微笑む。その答えはが何かは、何処かで予想がついていた。

「…うんっ。そうだったら、きっと素敵」
「だよな。その時は、また初めて会った時みたいに騒ごうな」
 だから、その答えに冗談めかして答える。
 僕に何が力がある訳でもないから。せめて、彼女が変に気負ったりしない様にしたかった。

 ふと、視線を動かすと、何時の間にか太陽は山の向こうに沈んでいた。
227名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 10:31:45 ID:rRrZbRoU
 軍隊による戦闘、というのは以外に時間がかかるものである。
 たかだか、数十人程度の行軍といえども、枢機卿貴下、クルセイダーとプリースト、モンクから成る小隊十三、
及びに剣士を初めとした歩兵と弓兵等の傭兵隊二十七。
 更に彼らの他に様々雑多な隊、例えば数名のプリーストやアルケミストからなる救護隊諸々が必要となるからだ。
 結果、夕闇の山路を進むそれは、総勢六十数名程にも膨れ上がっていた。
 (最も、この構成は教会内部の慣例による所も多い。例えば、救護班には必ず一人は教会付きのプリーストが必要となる)

 チュンリムを出立したのが数日前。昼尚暗い森林の中を、その一軍は、幌車を軍用のペコペコに引かせ、進んでいた。
 山路、とは言ってもほぼ道なき道に等しく、到着まで更に数日は掛かるだろう、揺られながら老人は思う。
 これでは補給線などままならないし、第一それが必要になるほど時間をかけては失敗も同然。
 異教徒討伐の真の目的であった月夜花討伐においては、完全にこちら側に本体を来させる必要がある。
 さんざんに疲弊した兵で攻めては、返り討ちに会う危険すらあった。
 更に言えば、相手は確実に攻めては来ない確信がある。
 農民上がりの雑兵では、幾ら地の利があるとはいえ数を減らすのがオチだろう。
 逆を言えば、地の利があり、元々狩人が多い土地である分、守勢に入られれば攻めにくい、とも言えるのだが。
 それが彼が上層に反して鈍重な幌の隊伍を組んだ理由だった。

「枢機卿、まるで戦ですな。昔を思い出し血が騒ぎます」
「馬鹿を言うな。これは戦だよ」
 何処か嬉々とした様子の、剣士の服を着た部下をたしなめる様にイノケンティウスは言う。
 彼は、この戦に当って、彼の馬車を護衛する数人を除いて自分の部下の殆どを、自分の舞台の現状を探る為に当てていた。
 元々、彼の傭兵達は寄せ集めの兵隊でしかない。いざと言う時に、把握が出来ないとか、規律が取れない恐れは十分にあった。
 教会や軍の正規兵ともなれば話も違ってくるが、残念ながらそれは望むべくもない。

「そうでしたな…失礼しました。こうも平和な日々続きではね」
 そう。老人にとっては、これは紛れもなく戦だった。
 幾ら、世に法力の転移や民間のそれが普及しようと、それがない場所では昔と何ら変わりは無い。
 何処か遠い目をして呟く男もまた、彼と同じに違いなかった。

 老人もまた、平和とは得難いものだ、とは理解している。
 だが、遠からぬ未来それは崩されるに違いない、とも理解していた。
 冒険者達が手にしているこの明日は長くは続くまい。搾取によって成り立つ世界は、何時か必ず崩壊するだろう。
 彼は、幾度と無く、滅ぼした者達に連なる人と魔に襲われてきたのだ。
 最も、その様な考え方をし、かつ教会という組織の只中にあって戦を重ね続けてきた彼とその部下達だからこそ、
この明日が続く限りは冷遇され続けるだろう、というのもまた事実であったが。

「上も呆けるというものだ。やれやれ…転移が使えないのなら徒歩で行けとはな。
 傭兵にしても、事前に徒歩行軍と言った途端不平を言う者が続出する始末。…全く、我が身の事ながら言葉も無い」
「狩り(略奪)と戦の区別が付かない輩の戯言でしょうなぁ。戦の基本は行軍でしょうに」
 やれやれ、と首を振りつつも愚痴を切り上げる。
 そして、不意に目を細めると老人は言う。

「傭兵達はどうだ?」
「ああ。今のところは特に。ですが、大半は期待しすぎるのも酷でしょうね。単純な命令程度はどうにでもなるでしょうが」
「ふむ、解った。では、特に錬度が高い者と低い者を数人報告してくれ。腕利きは斥候に出す」
「低い者は?」
「それなりの事をやらせる。それと、傭兵共には気取られぬようにな?」
「了解」
 男は頷いて答える。
 ふと、イノケンティウスはそんな部下に繰言を問うた。

「我々も冒険者共も必要とされぬ時代は来ぬものかな?」
「そんな物が来れば素敵なんでしょうがね…」
「…ふと、そんな事を思ってしまうよ」
「枢機卿ともあろう方がそんな弱気を言わないでくださいよ。舞台から降りれない。ならせめて愉快に踊るしかありませんよ」
「すまぬな…また愚痴になった」
 と、突然幌の歩みが止まった。
 外を覗き見ると既に日没。どうやら、随分と時間が経っていたようだった。

「今日はここで野営ですな。…それでは、失礼しますよ」
「解った。行き給え」
 老人に略式の敬礼を取ると、男は静かに幌馬車の外へと出て行った。
 僅かな間を置き、彼もその後に続いた。
228名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 10:32:07 ID:rRrZbRoU
 宵闇に煌々と焚き火の明かりが灯っている。
 胴鎧とマントとを上着代わりにつけた老人は、彼の護衛に当っていた二人の部下と共に一つの灯火を囲んでいた。
 御堂はというと彼からは離れ、傭兵達の側で水でも飲むかのように大量の酒を、彼と似たような筋骨隆々の男と競って飲んでいる。
 輜重隊の居ない行軍では、こと寝食については老人も部下も傭兵達も大差は無い。
 骨付き肉を齧りながら、イノケンティウスはずず、と暖かい茶を啜った。

「──こうして、暗い森の中で茶を啜っていると、冒険者だった頃を思い出しますよ」
 ふと、彼等の中で一番歳の若い、スパイクと言う名のクルセイダーが、誰に言うでもなく、血の様に赤黒い空を見上げて言った。

「へーっ…貴方。冒険者だったの」
 これも又歳の若い、童顔の女騎士…ディアが相槌を打った。
 因みに、黒い髪を短髪に切り上げた彼女は、童顔のせいもあって娘と言うよりは少年の様にさえ見える。

「おう。と、言ってもいろいろあって止めたけどな。ま、昔の話だよ」
「自分から切り出してそれはないじゃないの。言いなさい、これは貴方の義務よ?」
「ずいっ、と迫るなよ。…ったく」
 ディアの言葉に、身を引きながらスパイクが言う。

「私からも頼む。この後只、食後の祈りをするのもつまらんだろう」
 が、それは老人の愉快げな言葉によって打ち砕かれた。
 部下達は良く知っている事だが、この老人はその外見に反して以外にこういう性質がある。
 (最も、口外は禁じられているのだが)

「って事だけど?」
 にやにやと笑いつつ、ディア。
 仕方無い、と言った風に男は溜息を吐きつつ頷いた。
 がさ、と草を掻き分ける音がする。その場に居る誰もが、一瞬で傍らに置いていた得物に手を遣り…
 そこに、目を丸くした司祭の娘が立っていた。それを認めるなり、老人は手にしていた剣を下ろす。

「あ…あの…お邪魔でしたか?」
 そして、そんな事を彼女が口走るに至って、残りの二人も得物を置いた。
 イノケンティウスが、彼女の方を向いてから、部下へと向き直る。

「教会第七管区所属のレティ君だ。今回は救護班として参加している。貴君等も世話になるかもしれんぞ?」
 老人の言葉に応じ、二人がそれぞれ自己紹介を初める。

「自分はイノケンティウス枢機卿貴下ディア、と申します。ま、宜しくね、レティ」
「俺は同じくスパイク。ったく、今度からは正面から来てくれよ?一応戦地なんだぞ」
「あ…はい。こちらこそ宜しくお願いします」
 ちら、とそこまで答えて、司祭の娘は老人に視線をやる。
 残りの二人もそれには気づいたらしく、意味ありげに彼を見ていた。
 老聖騎士は溜息を一つ。

「立ったままというのも何だろう。椅子は無いが適当にかけ給え」
 促され、レティはその場に座る。

「あのっ、失礼かとは思ったのですが、向こうは少し居心地が悪くて…女性の方は私しかいなかったですし」
 言って、彼女は傭兵達の方を向く。今度は、三人揃って僅かばかり溜息めいた息を吐く。
 さもありなん。軍隊、というのは基本的には男社会以外の何者でもない。
 女性武官もいるにはいるが彼女を除けば、この行軍に居る女性は目の前のレティだけである。
 レティの場合手を出せる輩も少なかろうが、目の前の娘等は、はっきりと言えば男衆にとって色々な意味で毒だった。
 殊に傭兵達にとっては格好のお菓子、というものである。

「枢機卿、どうにかならんかったんですか?なんつー露骨な。上の腐れぶりはここまで来たか」
「見れば解るだろう。…まぁ、折角の客だ。貴君の話にも熱が入ろう、スパイク?」
 困惑しきりのスパイクの言葉に、老人はむべに答える。
 元々、この慣行は聖職者の実地訓練の意味合いがあり、その扱いの責任は異端審問官にあるが、人事は教会本部にある。
 とどのつまり、目の前の事態はそういう事だった。

「話?」
「ああ。俺が冒険者だった頃の昔話っすよ」
「冒険者、ですか」
「ま、そいつらのいい噂は最近はあんまり聞かないかもしれないですけどね」
 肩を竦めながら、男はおどけた様に言った。

「さて、何から話たもんか…」
 そして、上を向いて考え始める。
 ノービスの頃は随分と慌て坊で、他の皆と一緒の様に極平凡だった事。
 剣士となってからは、少しづつ世の中、というものの理解が進んだ事。
 クルセイダーに転職してから、所属していたギルドの手酷い裏切りに、冒険者を辞めた事。
 おおよそ、彼が語り始めた内容はそんなものだった。
 何の事は無い。極々、このミッドガッツではありがちな話でしかなかった。

「…面白いお話でした」
 けれども、それとて経験の無い人間からすれば新鮮味はある。
 所々、頷きつつも、彼の話に聞き入っていたレティが言葉を発した。

「そりゃどうも。俺も、レティさんみたいな人が居た方が話し甲斐があるよ」
「それはご挨拶ね…」
 無礼な言葉に、ディアが低い声で言う。

「でも、どうしてギルドの方達はそんな事を…?初めは、仲も良かったのに…私には、判りません」
 余りに世間知らずなレティの問いに、男は苦笑を浮かべてみせる。
 彼の代わりにその問いに答えたのは老人だった。

「さて、な。最初はどうあれ人は変わるよ。良くも悪くも」
「オイシイ所かっさらわないで下さいよ、枢機卿…」
「説教は老人の役目だろう。適材適所だよ」
 その言葉に、やはり苦笑しつつ、スパイクは言葉を続ける。

「ま、その後はちょっとしたきっかけで枢機卿に拾われて今に至るって訳。
 閣下の言葉じゃないけど、人間どうあったって変わってしまうものだしな。
 でも肝心なのは、見出した一つの事を失わない事…そうですよね、枢機卿?」
「…やれやれ。意趣返し、と言う訳か。私の言葉を取りおって」
 今度は老人の番だった。息を付くと、すっかり温くなった茶を啜る。

「一つの事、ですか?」
「信念、とも言うがね。正義、道徳、欲求、摂理に義務。
 …まぁ、何だろうと構いはしないが、自分を歩ませるもの無しには、中々歩きづらくなるものさ。
 それにしても、随分と人の心が解りにくくなった時代になったものだよ。
 ──それと、レティ君。夜の間は君にはディアを付ける。女性同士だ。気楽にしてやってくれ」
 ぱち、と焚き火から火の粉がはぜて散る。
 すっかり下火に落ちた薪は黒く、染み出し始めた闇に溶け込みそうだった。

「さて…話も酣(たけなわ)…」
 老人の言葉に、部下の二人は申し合わせた様に両の手を祈りの為に握りこみ、司祭の娘もそれに習う。
 遠くからは未だ絶えることのない傭兵達の騒ぎさざめく声。
 それを背に、イノケンティウスは呟くように簡潔な祈りを彼等の神に捧げていた。
229名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 10:32:41 ID:rRrZbRoU
 ぱちり、と囲炉裏の火花が散った。
 円座に座った数人を中心に、その村のほぼ全ての戦力と呼べる人間の代表がその一軒家に、一同に会していた。
 木張りの床に座っている黒服…ロボが、上質紙に描かれた地図に羽筆を片手に目を落としている。
 それに向いている目は彼一人ではない。他にもミホを初めとした数人がそれを覗き込んでいる。
 すっ、と地図の一点。櫓と社とが描かれた場所をインクの黒い円が囲む。

「こいつが、祭場…まぁ、俺達が守らなきゃならん場所だな。周りは深い森や山に囲まれてる。
 攻めるに難く、守るに易い。安直だが、ここが本丸兼最終防衛ラインって訳だ」
「確かにロボさんの言う通りだけども、狩人なんかが来たらどうするんだ?」
 当然の疑問を一人の男が口にする。それを聞くと、黒服の男は羽筆を村の入り口方向から走らせ。

「相手の主力は、プロで俺が調べた限りじゃ異端審問官…まぁ、騎士みたいなものと思ってくれりゃいい。
 ともかく、そいつらが指揮の主導権を握ってる以上、当然、この村まではペコが通れるマトモな陸路でしかこれないわな。
 傭兵がどれ位混じってるかは知らんが、俺が調べた限りじゃ異端審問官は随分と部署としては縮小されちまってる。
 少ない上に直属でない兵を村に入る前にわざわざ二つに分けて横から…って事はねぇな。給料持ち逃げさせる様なもんだ。
 今の所、物見でもそれらしいのはいなかったしな。向こうさんの偵察兵以外は横合いの敵は気にしなくてもいいだろ」
「どうしてそんな事が?」
「常道…って言うならそれだけなんだがな。おいミホ。お前さんだったらこの村、俺が言った状況でどう攻める?」
 突然話題を振られ、戸惑った様子でミホは上を向いて考え始めた。

「確かに…ペコペコでここに来ようと思ったら、正面以外には考えられないわね」
 ロボから筆を引っ手繰ると、地図上の村のほぼ入り口付近に大きく円を描く。

「恐らく、ここでまず様子を見るんじゃない?それから、こっちの判断をしてから方針を決めると思う」
「いい答えだ。ほぼ正解だな」
 答え、ロボは解説を続ける。

「まず、ミホの奴が囲んだ辺りに陣取って、社がある方向に攻めて来る。連中の進軍予想経路は──」
 ぴっ、と円に筆を下ろすと、真っ直ぐ社の方に線を伸ばした。
 それを見て、一人が声を上げる。

「ちょ、待ってくれ。村の外でも迎え撃てるんじゃないのか?」
「悪いが、そいつは無謀ってもんだ。幾ら頭数だけは揃ってるって言ってもこっちは素人ばかり。
 守りに秀でてる場所に誘い込んで連中に徹底的に消耗させてやらなきゃ、幾ら俺がいてもまず勝てない。
 …もう一つ重要な事がある」
 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべると、ロボは言葉を続ける。

「兵は巧遅より拙速を尊ぶ…と言う言葉があるんだが、そいつに反してどうもやっこさんこっちの祭りの当日にあわせて来てるらしい。
 プロンテラから何人かまだ戻ってきてないが…ひょっとすると奴等に捕まって口を割ったのかもしれねぇな」
 彼が言うなり、矮躯の中年が声を張り上げて怒鳴った。

「ほらみろぉっ!!アンタが止めさせなかったからだぞ!!」
 その言葉に、黒服は何も答えない。険悪になりかけた場で、一番に口を開いたのはこの場で一番の年寄りの老人だった。

「何をいっとる。自分から行くと言うた者はしかたなかろうが」
「長老!!そんな事言っても死んだ人間は戻って来ないんですよ!?」
「それも覚悟の上じゃろうて。若いの、あんたは諌めなさったんだろう?」
 尚も続ける男に、長老と呼ばれた老人はじろり、とロボを見て、枯れた声で言った。

「ああ」
「なら仕方なかろうが。もう決まった事じゃ」
 その言葉に、男はしぶしぶ自分の口を閉じて座った。
 それを待って、ロボは口を再び開く。

「…時間の猶予があるってんなら、こっちも幾つか策を追加しておきたい。
 まず一つ目の迎撃予定地点で俺が殿で進軍を食い止めつつ、そっちは弓で敵を出来るだけ射りつつ後退。
 二つ目の地点で一斉に奇襲をかけた後は、防衛地点で食い止めるってな基本方針は変わらない。
 が、これに加えて、社までの道に柵と壕を掘ってくれ。いきなり突撃かけられないように最終ラインまでに幾つか防御の陣を造る」
 それに老人は頷くと、その場にいる面々に目配せをする。反論は出なかった。

「もう文句は無いようだの。お若いの、村の者は誰でも好きなように使ってくだされ」
「感謝するぜ、長老さん」
 ぱちり、と又夜の闇に囲炉裏の炭が弾ける音が響いていた。


 闇夜。土の道の上を一人、明かりも無しに黒服の男は真っ直ぐ歩いていた。
 何時の間に雲が出ていたのか、先程まで見えていた三日月はすっかり隠れてしまっていた。
 それどころか、小雨がぱらつき、彼の帽子と外套に水滴を落としていた。
 その癖、空気は僅かに生ぬるい。一雨来るかもしれないな、と彼は考える。
 不意に彼は振り向く。夜道の向こうから、ランタンの光が近づいてくるのが見えた。

「よ。ミホか」
「ええ。こんばんわ…と、言っても私が追いついただけだけど」
 ロボの言葉に彼女は答える。
 流石の黒マントも必要もないのに雨で濡れるのは嫌なのか、やや強引に傘の中に割って入る。

「……」
「……」
 それきり会話は途切れ、ミホは珍しく俯き、これまた珍しい事にロボは気まずそうに視線をさ迷わせていた。
 やがて、ロボが口を開く。雨足が強くなった。

「…すまねぇな。流石に…言い出せなかった」
「妹の…ファの事なら、いいの。今日知った事だけど、あの子も最初からそれ位の覚悟はしてたと思うし」
 謝罪の言葉に、しかしミホは僅かに笑みを浮かべて言う。
 しかし、それは男の目には酷く虚ろに見えた。笑みには禍事を祓う力があるが、その代わりに後ろの感情が浮き上がるのだろうか。

「…馬鹿たれ。俺の責任だろうが。恨みたきゃ恨め」
 それは。いや、自らの発案で何人もの人間を殺しただろう男の、自らを噛み殺す慙愧の言葉だった。
 後悔も迷いもしていまい。だが、それでもやりきれない思いというのは黒服の男にもあるのだろう。

「それはみっとも無いわよ。でもね」
 ぽつり、とミホは零す。

「ごめん。こっち見ないで。今だけは泣いていたいから」
 雨がしとしとと降る。しゃくりあげる声を男は自らの傍らに聞く。
 ロボは、黙ったまま懐から煙草を取り出し、火をつけた。

「ひっく…馬鹿。なんで…付いてきたのよあの子…何時もは私が背中押してもらってたのに…っ」
 紫煙を胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。雨は相変わらず降り続いている。
 何も言わず、彼はミホの手からランタンを取ってその手に下げる。

「…馬鹿、どうしてよ…っ。どうして、こんな事ぐらいで…あの子が死ななきゃならないのよ…」
 顔を逸らし、傘の中から窺うように空を見上げると、曇天。
 雨は暫くは止みそうもない。

 ロボはすっかり短くなった煙草を投げ捨てる。
 しぃっ、と音がして、水溜りに落ちた吸殻の火は直ぐに消えてしまっていた。
230名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 10:33:32 ID:rRrZbRoU
花月14上梓しました。とりあえずマイペースに。
231名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/24(月) 16:19:13 ID:92.7VgQY
非常に続きが楽しみです。ミホさんにもこんな一面があったのですか!
232名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:30:14 ID:Xn.SWIno
 花と月と貴女と僕 15


 今日も今日とて剣術特訓。で、僕はと言うと。

「ぺぎゃんっ!!?」
 すぱこーん、と景気のいい音と僕の悲鳴が、例によって例の如く朝靄の森に響き渡る。
 今日はロボの太刀筋を三回まで受けられました、まる。脳天に走る衝撃に仰け反りつつ、天を見上げて僕は思った。
 ものの見事なKOである。あー…あの雲、何となくツクヤに似てるなぁ…あはは。

 さて。現実逃避から復帰して考えてみると…何と言うか元々解ってた事だけど、彼の剣筋はやっぱり滅茶苦茶早い。
 例えて言うなら、陳腐だけど疾風としか言いようがなくて、殆ど目で追えないし、その上変幻自在ここに極まる、といった感じ。
 そんな訳で。僕に防御面で出来る事は何となく来る方向に目安をつけてカバーする位だ。筋肉痛な事もあるし。
 たまーに隙らしき物が見えない事もないけど…というか、今さっき僕が打ち込んだのもそれなんだけど──

「ほれ。今ので『また』お前はお陀仏だぜ?それにそいつぁ誘いだよ。誘い。
 打ち込むだけが剣術じゃねーんだ。虚実織り交ぜて、ってな。そいつを見切るのも練習の内だな」
 ぐさっ、と心に突き刺さるキツいお言葉。今も目の前に星が乱舞する最中に解説してくれやがる奴の言葉どおり、なのだそうです。
 ぐぅぅ。このサドめ!!ちっとは手加減…してるんだっけ、これでも。激しく鬱。
 しかーし。僕はこんな事でへこたれる訳には行かないのであります。

「っがぁぁぁぁっ!!このっ!!」
 かばっ、と奮起して立ち上がって木刀を構える。そうでもしなきゃやってられない。
 が、その途端ごつんと硬いものが僕の脳天を…もっと具体的に言うと丁度タンコブの真上を小突いていた。
 ずっきーん、と走った痛みに声にならない悲鳴を上げつつ屈み込む。
 半分涙目で顔を上げると、どうにもここ数日で見慣れた呆れ気味の顔を貼り付けたロボが居た。
 こういう時の奴は、僕に教育的指導を施す気が満々なのである。

「馬鹿たれ。冷静さを失ってどーすんだよ。熱が入るのはいい事だが、それじゃ剣が単純すぎだ。
 昨日も言ったろ?お前さんは俺の剣は何度も受けられねーが、その間に出来る事を考えな」
「出来る事って言っても…その前に剣が飛んで来るんじゃどうしようも無いじゃないか」
「何か、昨日も同じ事言った気がするが…それは少しでも目を慣らして意気込み作っとく為だよ。
 ウォルの剣にこっちが合わしてるよな温さじゃ、いざ実戦って時に何の役にも立たねぇ。切った事無いんだろう、人間を?」
「あ、そりゃ…無いけど」
 僕の答えにさもありなん、と言った顔でロボは頷く。
 正確に言うと、一度だけここに来るまでの間、騎士と戦った事があったけど。

「だろうな…いいか?人を切った事の無い人間ってのはヤッパ交えたら、身が竦んじまって実力の一割も出せないもんなんだよ。
 今やってるのは、ウォルの実力の底辺を少しでも底上げしてやるってのと切り結ぶ時に竦まねぇようにしてるんだ。
 俺等が切るのはお前みたいに身を竦ませる様な素人だとは限らねーんだぞ?
 出来る事を全てひっくるめて勝つ方法を考えな。…ほれ、解ったら構えろ」
 …我が身に心当たりがありすぎて、全く反論が出来ない。
 確かに、あの時…いや、止めた止めた。思い出しても仕方が無い。
 ロボになんとかして勝つ方法を考えよう。

 …手持ちのスキルは何度も試したけど、悉く避けられてる。
 マグナムブレイク然り、バッシュ然り。マトモに撃っても避けられるだけ…
 なら、どうすればいいだろう。シュミレーションしてみる。
 そうだ。マトモがダメなら…
 考えを纏めると僕は、立ち上がって構えを取る。

「OK....解ったよ。次こそは一本取ってやる!!」
「へっ。いい面じゃねぇか。口だけにしてくれるなよ」

 言葉を交わしてから、飛び出すまでは僅か一瞬。その時はほぼ同じ。
 僕の剣は横合いから。ロボのそれは真っ直ぐに。ばきん、と音がして打ち合わさる。
 剣風に僕が押された一瞬に、既にロボの木刀は別の角度を取る。
 やばい…受けられない、ならっ!!
 思い切り、僕は身を捻り何とかそれを避ける。
 だけど、この体勢じゃ剣を振る事は勿論、避ける事だって出来やしない。

「ほれほれ、どうした。お終いか?」
 プロボックめいたその一言に、カチンときた。
 こな…くそぉぉぉぉぉぉっ!!身を捻ったなら、捻ったで出来る事があるわぁぁぁぁっ!!
 ぼっ、と火が付いた様な音。火炎に具現した闘気が木刀と握った手に宿る。
 目前にはロボ。既に腕がしなっている。にやり、と笑っている。このサディスト!!舐め腐って!!
 それよりもどうにか早く、僕は炎の手で地面を殴りつけた。

 マグナム…ブレイクッ!!

「捨て身かっ…」
 炎を伴う小爆発が放射状に広がっていく。
 途端、ロボが一瞬驚いた様な顔を見せた。どうだっ!!
 が、地面を蹴り、直撃から僅かに早く宙に飛んだらしい奴の姿は瞬間的に消失。
 下げていた目線を上げると…

「が、詰めが甘ぇな。詰めが」
 中天から、余裕綽々の顔で降って来る黒マントの姿が見えた。
 両手で振り上げた木刀が風を切る音。びゅん。

「がふっ!!?」
 ち、畜生…この化物…
 そんな呪詛の言葉を残しつつ、見上げた顔面を痛打されて僕は地面に横転した。
 勿論意識はサヨウナラ。あっ、口からエクトプラズムが…
233名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:30:49 ID:Xn.SWIno
 で、その後どうなったかと言うと。

「づづづ…」
 冷たい水をたっぷりと浸した手ぬぐいを顔面に当てつつも、刺す様な痛みにうめき声を上げる。
 鏡を見れば、きっと愉快な青あざが顔面を真っ直ぐに横断してる事だろう。
 で、このプレゼントをくれた張本人は。

「その顔じゃどんなご馳走も血反吐味だな?」
 などと、全く悪びれの欠片もないジョークを飛ばしてやがるのでありました。
 只でさえ膨れた顔を更に膨らましつつ、零さずには居られない不平を零す。

「どの面で言うか、この…」
「くっくく…いやいや、やったのは俺だけどな。その面だと、何言ってもギャグにしかなりゃしねぇよ」
 僕のその顔がよっぽど可笑しかったらしく、顔を下げて黒マントは笑いお初めなさりやがる。
 しかし。顔を再び上げると、ふっ、とそれが真面目なものに変わっていた。
 焦げた黒マントの端っこを摘んで僕に示した。これ──さっきので?
 …ま、まぁ。今までかすりもしていなかった事からすれば大した進歩だと思う。
 5%のマジックと言う言葉は聞こえなかった事にしたい。

「ま、ちったぁ解って来たようじゃねぇか。今のは中々いい線行ってたぜ?」
「むっ…何だよいきなり」
 いきなりの言葉に面食らって口が止まる。
 何と珍しい事か。だって、黒マントはっきり言って他人を褒める様な人間には見えないし。
 僕の沈黙をどう取ったのかは知らないが、ロボはそのまま言葉を続ける。

「ま、やっぱまだまだ甘いな。あの技にゃ撃った後に隙が出来る。
 マトモに打ち込んでも当らないならなぎ倒しちまえ…ってのは順当だが、ちと乱暴すぎる」
「…褒めてるのか貶してるのかはっきりしろっての」
「どっちも、だな。捨て身を打つなら打つで、確実に相打ちに追い込める状況を作れ。そうじゃねぇと犬死するのがオチだぜ。
 最も、死んじまったら意味がねぇからなぁ…もうちっと、長続きできる様な努力をしな」
 僕は、その言葉に思わず俯いてしまう。
 死なない為にこうやって練習してるのに、死ぬ為の戦い方を考えるなんて本末転倒だ。

「しかし、案外お前、追い詰められた方が底力発揮できるのかもな。
 良し、より極限を味わえるように明日からメニュー追加してやろう。ありがたく思え」
 …いや。一瞬忘れそうになってたけど、僕にとって今最大の脅威は目の前の怪人なんだった。

「それはそれとして…ま、進歩が見れたって事で今日の特訓はここまでだ。
 但し、この後午後から土木工事があるからな。そっちに回れ」
 言うと、ロボは立ち上がる。羽織っていたマントを脱ぐと、その下から初めて見る真っ黒くて派手なロングコートが現れた。
 ズボンには髑髏をあしらったバックルのベルトが巻きついている。
 町でよく見かけるならず者の格好に良く似ていたけど、それとは色々と違う点が目立っていた。

「土木工事?」
「ああ。人手が足らんからな、俺やお前は勿論、男手総動員だな」
「いや、説明になってないですよ…一体何を作るんですか?」
「陣地だよ。陣地。まともに突っ込んでこられたら、質の差で総崩れだしな」
 ぷらぷら手を振りつつ、そうとだけ言い残してロボは歩いていく。

「ちょっ!!待ってよ!!」
 僕は慌てて立ち上がるとその後ろに続いていった。


 朝から時間は過ぎて、真昼間。秋とは言っても、やっぱり照りつける日差しは眩しくて暑い。
 少し離れた場所には上半身素っ裸で天に赤毛の逆毛を曝しつつ、村人に混じって元気良くつるはしを振るってるロボの姿が見える。
 その姿たるや正しく、プロンテラの街中で公共事業に従事してるドカチンのおっちゃんにしか見えない。
 …で、僕はと言うと。まぁ、こういう対比が使われる事からも解るよーに。
 へとへとの、くたくたの、ばてばて他etrな状態で、またもや死人の顔つきをしながらひたすら土をほじくり返していた。
 嗚呼。自分の体力の無さと照りつける太陽がひたすらに恨めしい。
 そうやって飲めとロボに言われたとおり腰の水筒から水を僅かに口に含むと、それは当の昔に生ぬるくなっていた。

「も、もう駄目だぁ──」
 どたっ、と音を立て、スコップを放り出してその場に座り込む。
 聞いた時は楽かとも思ったけど、土木作業がこんなに辛いなんて知らなかった。
 取り合えず、僕なんかじゃ長続きしないのは必死だ。
 世の中って、自分で体験してみて始めて解る事で一杯ですよ。

 よいこらせ、と一息。
 辺りを見回してみると、沢山の人たちが、額に汗して一心に働いている。
 …この人たちは。いや。この人たちもきっと、今大切なものの事を考えている…のかな。
 でも。僕は。彼らが思っていることよりも…ツクヤ自身の方が大事だと、今は思う。
 だから、ああは言ってみたものの。いざと言う時になったら…僕は彼等を制してツクヤを選べるんだろうか?

 ふと休みをとってみると、そんな纏まりと建設性の無い思考が浮き上がってくる。が。
 すかーん。と小気味いい音と衝撃及び痛みで思考が中断。
 ぶつかった方向に振り返る。顔に傷のある逆毛野朗がこっち見てた。

「馬鹿たれ。手前一人だけのほほんと休むなっ!」
 手に小石を持ってる所からすると、今のはロボかよ。
 …ったく、もう。解ったよ。相変わらず元気のいい怪人に苦笑いしつつ立ち上がってスコップを握る。
 取り合えず、気分が沈んでる事もあるけど他の人たちに負けてなんていられなかった。

 で。結局、その作業はその日の夕方くらいまで続いた。
 勿論、僕の筋肉痛がより一層悪化した事は言うまでも無い。
234名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:32:03 ID:Xn.SWIno
そして、それから。
 斜陽が疲れ切った目に痛い。それは、他の人達も同じらしく見れば、誰もが程度の差こそあれ僕と同じようだろう顔だった。
 ただ。彼等の方が僕よりも遥かに働いてるだろうに、僕より疲れてる様子に見えないのは何故に。
 体の各所は悲鳴を上げる様な労働の代わりに出来上がったのが目の前にある酷く無骨な場所だった。
 社殿まで続く長い登りの一本道は、見える限り頂上まで壕と柵とが築かれている。
 その頂上には、丁度木の杭で仕切りを作るみたいな大掛かりな柵囲いが出来上がっていた。
 だが、それは瞬間的に真っ暗な闇に変わる。

「…し、死ぬ。今回ばかりはマジで…」
 何故なら、僕は丁度、馬車に轢かれた蛙みたいに地面に平べったくなって、そんな事を呟いていたからだ。
 あははは。微妙にあったかい土の感触が気持ちいい…このまま寝てしまうかも。
 が、誰の言葉だったかそんな事を言ってる内はまだまだ大丈夫な訳で。
 今言ってるのだって、半分は何時もの口癖みたいなものだし。
 どうにかこうにか体勢を立て直し、あぐらをかいて地面に座った。

 目を動かしてみると、それぞれ家路に着く人たちの姿が見える。
 長い影法師が、彼等の後に静かについて行っている。それから世界は満遍なく真っ赤だ。
 そんな夕焼けの中、一際目立つ黒尽くめが何故かきゃいきゃいとはしゃぐ子供達に囲まれていた。
 …黄昏時の黒マントと子供。傍目から見れば、何となく変態誘拐魔が品定めしてるように見えなくも無い。
 掻き垂れられる妄想をたくましくして色々とよくない妄想をしてみるが、観察してみると意外に極普通のやりとりである。

「おっちゃんおっちゃん!!さっきのもっかいやってよー!」
「わーった。わーったから落ち着けガキ共!!それからおっちゃんじゃねぇ。おにーさんと言え!!」
「だったら僕らだってガキじゃないよ」
「へえへえ…そら。よく見てろよ?」
 と、まぁこんな具合に。
 言うと、ロボは地面に落ちていた石ころを拾い上げる。
 そして、片手に乗せたそれを、お手玉よろしく、しかしとんでもない速度で両手の間でパスし始める。
 その子達は、というと一生懸命にそれを見てるけど、どう見ても追いついてる様には見えない。
 最後の最後、僅かに速度を緩めつつその石ころを掌の中に握りこんだ。

「それ。どっちだ?当ったらお前等の、外れたら俺の勝ちだ」
「んんんー…」
 などといいつつ、それぞれどうにも深刻そうな顔を浮かべ、こっちだよ、
いやこっちだって、とか、果たしてどちらの拳が石ころを握っているのか考え始めている。
 やがて考えが定まったのか、自信満々、といった顔で一斉に。

「こっち!!」
 と、左側の手を指差した。
 するとロボはいかにも勿体ぶった調子で左拳を握り締めて見せ──「残念、俺の勝ちだな」と何も握ってない事を示して見せた。
 が…よく見るとその子供達の中で、たった一人だけ、右拳を指してる子がいる。

「おっちゃん、僕等の勝ちだね」
「お兄さん、だ。…ったく、卑怯者。事前に一人だけ皆とは別のを指すように申し合わせてやがったな」
「当たり前だよ。こっちだって思う方が全然当らないんだもん」
「そらそーだ。間違うようにようにしてたんだからな」
「なんだい、ズルっこだったのはおっちゃんが先だったんじゃないか」
 年齢サバ読みの忠告もやんぬるかな。言葉に詰まって固まるロボに、してやったり、と子供達は笑う。
 彼は苦笑しながら、参った降参だ、と言って自分の頭を照れくさそうに掻いた。

「それじゃあ、約束通り明日は遊んでよ!!」
「わーったわーった。こっちも丁度都合がいいしな」
 …これは意外、というか何と言うか。僕は、怪奇黒マント男が酷く優しい横顔をしているのに気づいた。
 何と言うか。雰囲気がまるで別人二十八号さんだ。
 そいつの酷く硬いだろう手がにゅっとマントの中から伸びてわしわしと子供の頭を撫でる。

「本当に約束だよ?待ってるからね」
「騎士の約束だ。絶対に破らないから安心しとけ」
 その言葉を聴くと、子供達は嬉しそうに笑ってばいばい、と大きく手を振った。

「ああ。またな」
 そして、ロボも僕に最後まで気づかないまま手を振って子供達と別れを告げる。
 僕は、と言うとそれを見送りつつ、何となく気まずくなってスコップを杖に立ち上がる。
 ──そろそろ、僕も帰らないとな。あんまり遅いと心配かけるし。
235名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:34:53 ID:Xn.SWIno
 背後に、なにやら数人の足音を聞いたのは彼等の背中が見えなくなった頃だった。
 振り返ると…プロンテラに居た頃に見た狐のお面。
 いや、この表現は正しくないだろう。
 手に手に物騒な得物を携えて、お面から覗く敵意でぎらぎらと光る目でこっちを見ている彼等はあの時の丸写しと言ってよかった。
 頬が引き攣るのが自分でも解る。一体何の用なのかは知らないけど、取り合えず穏やかじゃないのは確かだった。

「えーと、な、何か用でせうか?」
 我ながら間抜けな問いかけだった。
 案の定、じり、と包囲の輪が縮まっただけで何ら事態は好転していない。

「…うるせぇ。喋るな。黙って俺達のいう事を聞け」
 …取り合えず、暫定的に目の前の人たちに敵、と言う認識票を張る。
 僕だって、こう凄まれた時には友好的立場を維持できなくなっている。
 だって、こちとら、今の今までの重労働でストレスが臨界まで達してるんだ。

「聞ける訳ないだろ。大体何だよいきなりっ!!」
 取り合えず、こんなものでも手斧の代りにはなる。両手でスコップを握り締めながら怒鳴り散らす。
 ぎらり、と鈍くて赤い光が狐野朗のもてあそんでる鉈に反射していた。
 そのヤケクソ気味な叫びに刺激されたのか、じり、じりと距離を測るかのように慎重に狐面達は僕との間合いを詰めてくる。
 冗談じゃなかった。僕は早く帰って眠りたいんだ。何か都合が悪いならミホさんかロボに言って欲しい云々。

「そっちの都合なんて関係無いな」
 だが、矢張り高圧的な口調で、まるでチンピラがナイフをそうするみたいにこれ見よがしに鉈の刃を揺らしつつ、言う。
 が…ふと、違和感を覚える。最初から僕を襲う積りなら何も言わず切りかかってくればいいのに。
 それに、何と言うか。ロボを相手にした時みたいな、刃じみた殺気が全然感じられない。
 ひょっとしてこいつ等──全然大した事なかったりしないか?

「おい、聴いてるのか?それとも、口も利けないか?」
 悪罵を無視して目を細める。スコップを刃から平たい方に変える。
 ああ、こいつ等は。それは特訓の成果か、確信に変わっていた。口先だけだ。ミホさんや他の人にも全然及ばない。
 思考が冷たく冴えるのを感じる。何一つ緊張は感じなかった。
 身にかかる火の粉は、振り払うしかない。

「せやぁっ!!」
 だから僕は、だん、と返事の変わりに何時もそうしているように一歩を踏み込む。
 途端、包囲していた狐野朗達が、半ば予想していた通りに明らかに動揺しているのが解った。
 たたらを踏んでいる正面の奴の顔面目掛けて横殴りに叩き付ける。
 ぼきっ、と言う音。顔面の骨が折れたのかとも思ったけど、どうやら木彫りの狐面が割れただけらしい。

「なっ…こいつ…やっぱあの黒いのと同じで…?」
 それを見るなり、何か誤解したらしく、蜘蛛の子を散らす様にたった一人を残して他の狐面達が逃げ去っていく。
 苦々しくてどす黒い醜い感情が腹の中でとぐろを巻くのを感じた。
 ──それだけ偉そうな風に言っておいて、そんな様かよっ!!
 正直に言おう。僕は、この人達に対してかつて無いぐらい怒りを感じていた。
 一々命令的で高圧な理不尽な物言いに対してだってそうだし、一寸打ち合った程度で逃げてしまう様な心根にも。

「──っがっ!!」
 その声に、殴りつけた狐面に向き直ると、だらだらと血を流している鼻を押さえながら蹲っている見覚えのある顔が居た。
 こいつは──確か、昨日ロボにつっかかってたクオ、だったっけか。色々あったせいで曖昧な記憶から顔を引っ張り出す。
 僕の視線に気づいたらしく、クオは鼻を押さえながら鉈を片手に僕から飛びずさる。
 敵意と怒りに血走り、濁った目が僕を見ていた。
236名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:35:07 ID:Xn.SWIno
「…君、どうして?」
 困惑が入り込んでくる。確かに彼はロボや僕が嫌いだったみたいだけど、どうしてこんな事を。
 いや、そりゃ彼が怒る理由も解るけど、幾らなんでもこんな直接的な手段に訴える理由が判らない。

「何ふざけた事いってやがる!!」
 が、彼は僕の疑問になんて答えることも無く鉈を振る。
 びゅおん。技も何も無い、ただただ憎悪だけが溢れた鈍い一撃。
 僕は、スコップの穂先の腹を翳して防ぐ。ぎゃぎっ、と鈍い音。

「いや、だから何が何だか判らないよ!!訳の判らない逆恨みして…いい迷惑だ!!」
 言いつつ、唐竹に得物を叩き付ける。しかし、これは素直すぎたらしくて、鉈の腹で受け止められた。
 彼は不器用に僕の得物を振り払うと二、三歩後ずさって突然さも馬鹿でも見る様に笑い始めた。

「あはははは。くっくくくくくく…そうかい。何も知らないのか」
「当たり前だっ!!最初は巻き込まれたんだからな」
「それじゃあ、あの黒坊主からさんざ吹き込まれているんだろうなぁ。
 俺達はヤファを信仰してて、敵はそれを潰そうとするプロンテラの教会。
 単純な対立だよなぁ。くく。でもなぁっ!!んな単純な訳が無いんだよ!!」
「え…っ?んな、馬鹿なっ」
「馬鹿はお前だよ!!」
 最早、飛沫を上げる血も気にせずに、クオは血相を変えて僕に切りかかってきた。
 今までとは明らかに違う雰囲気と言葉にに呑まれ、一瞬だけ防御が遅れる。
 腕の肉が少し裂けたらしく、ずきんと鋭い痛みが走った。
 彼の顔が直ぐ目の前にある。腹を蹴って振り払うと、げほげほと咳き込みながらもクオの勢いは全然衰えない。

「ぐっ…」
「判らないのか!!俺は…俺達はっ、本当はヤファなんてどうでもいいんだよ!!普通に暮らせりゃそれでいいんだ!!
 教会がヤファを狩るってんなら勝手に狩らせとけばいいだろうがっ!!手前勝手な言い分で、好き勝手しやがって…
 信じてたって、どうせ何もなりゃしない…他の場所の人間から忌み嫌われるだけだ!!
 だったら、そんなモノ捨ててしまえば誰も死なずに済む!!兄貴も、俺の恋人もっ!!それでいいんじゃないのか!!」
 彼の言葉は、自分達が信じたものを投げ捨ててもいい、という宣言そのものだった。
 ヒステリックに、壊れたように叫びながら無我夢中で打ち込んでくるクオの鉈を必死に受け止める。
 が、スコップは僕の意思に反して徐々に軋み始め、長くは持ちそうも無い。
 けど…

「俺はっ……それでも勝ち目の無い戦なんてやろうとしてるお前等が。あの黒野朗が気が狂いそうなぐらい憎いんだよぉぉぉっ!!
 そんなに自分以外の、人間ですらない化物が可愛いのか!!そんなものが、俺の大事な人を殺す価値があんのかよ!!
 沢山の人間を殺すだけの価値があるのかよ!!たかが化物だろうが!!たかが魔物だろうが!!
 答えろ!!答えやがれくそったれぇぇっ!!」
 がっし、と今度は柄の半ばまで鉈を食い込ませて防ぐ。
 僕は…僕は絶対に。
 歪んだ醜い顔で、クオが鉈をスコップの柄にぐいぐい押し付けてくる。みしみしと言う音。
 こいつを認めたりなんかしない!!
 誰が認めるか!!

「べらべら喋って…いい加減…黙れっ、この大馬鹿ぁぁぁっ!!」
 柄を逸らして隙を造る、そして僕は絶叫と共に思い切りクオの顔面に握り拳を叩き込んだ。
 みしり、と僕の拳の骨が軋んだんだか、そいつの鼻っ柱がへし折れたのか判らないような音が伝わってくる。
 構うものか。衝撃に仰け反ったそいつの髪の毛を空いた手で掴み上げ、更に拳を叩き込む。

「ふざけてるのはお前の方だろ!!人が死なない?戦いたくない?
 あまつさえ、手前の仲間が命より大事に思ってる人を化物扱いか?
 いいか。よく聞けよ。お前は恋人が大事でも人が大事でも無い…」
 怒りの余り、目の前の事…既にクオが血反吐やら鼻血まみれの顔でぐったりしてる事なんて、完全に頭の中から揮発する。
 兎に角。この根性の曲った奴を、この手で徹底的にぶちのめさなきゃ気がすまない。
 まるで、『つい少し前までの僕みたいに醜い』この男を赦すことなんてできない。
 ぶらぶらと人形の様になっているクオに僕は尚も怒鳴り続けた。

「ただ単に…手前が死にたくないだけだろうがぁっ!!戦いたくないだけだろうが!!解ってるのか、この腰抜け!!」
 もう一度。ぐじゃっ、という湿った音がする。見れば、僕の拳骨もクオの顔も、どちらの物とも知れない血で真っ赤に染まっていた。
 漸く、荒い息を付きながら手を離すと、力なくクオがその場に崩れ落ちる。
 一応生きてはいるらしい。ひゅう、ひゅうと掠れたような呼吸音が聞こえていた。

「……」
 黙って、既に動かなくなったクオを見下ろす。
 頭が急に覚めてくるのが解る。…改めて、真っ赤な二つの物を見てみると、見るに耐えないぐらい醜悪だった。
 僕は。思えば、初めて心の底から殺すつもりで人を殴った。その癖に、不思議と罪悪感は無かった。
 だが、罪悪感よりむしろ、事実そのものが鉛の様に全身に重く圧し掛かっていた。

 誰一人、辺りには居ない。クオの仲間の狐面達は当の昔に逃げてしまっている。
 それから導いた推測でしかないけれど、彼等を焚き付けたのは多分この男なんだろう。
 ──少なくとも、あの時点で僕にさえ立ち向かってこなかった様な人が、今の現状をどうこうしようなんて考えまい。

 何時の間にか吹き始めていた夜風に汗だくの髪を嬲られながら思う。
 一体、僕はこれからどうするべきなんだろうか、と。
 酷く間抜けな考えの様にも思えるけど、さし当っては現実的に考えて、このまま放置しておく訳にも行かなかった。
 そして、手が今更ながら滅茶苦茶痛いなぁ、とか考えるほどぼやけた頭で出した結論は。
 結局、ついさっきまで殴っていた当の相手を村のどこか手当ての出来る場所に連れて行く事だった。

 気分はひたすら憂鬱。
 出来る事なら、今すぐにでも全部投げ出して眠り込んでしまいたかった。
 最も、それは許される筈もないんだけど。

 next
237名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:40:52 ID:Xn.SWIno
なんとなく、一人だけ空気を読まず書き続けてますが、
兎も角ブチキレ金剛?じゃなくて、ベア・ナックルパート?
でもなくて、残り容量も気にせずに花月15をお送りしました。

私信ですが…ちと、執筆の方に夢中になりすぎてる感があるので少しペース落とすかも。
238名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 22:49:36 ID:rNCLrWjg
初リアルタイムを体験してしまた(*´Д`)

毎回楽しみにしてます。自分のペースでゆるゆるやってくださいまし。
ぐんにょり待ってます。
239名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/26(水) 23:11:34 ID:dy8mZYgs
おつかれさまです。
しかし何気にwikiへの登録が間に合ってないモヨリ…
240倉庫のひとsage :2005/10/27(木) 17:51:54 ID:ynZt.qo6
---ここまで登録した(AA略
>239
少し落ち着いたので、一ヶ月ほど前に投げ出してた奴の続きをWikiに投下がてら登録しておきました。
半日がかりでやりました。でもチェックとかしてないのでヘンなとこあったら皆様の手で直してください。
241名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/28(金) 02:09:09 ID:qdgLOi8E
おかえりなさいませ(つд`) &保管作業お疲れさまです。

今更蒸し返すのもアレですけど、('A`)氏の作品と甲乙つけがたいくらい
あなたの作品が好きなやつがここに一人いますよ。

話も終盤っぽくて続きが気になる反面、終わっちゃうと思うと寂しい気も。
でもやっぱり楽しみにお待ちしております。
242アレsage :2005/10/28(金) 06:27:46 ID:zV2vmTgo
「だからな、こう深淵の騎士が槍を大きく回した瞬間ハイドしてかわしたんだが」

『誰も信じねーってそんな話〜』

「コイツ…聖職者のくせに信じないのかよ」

今、横でジェスチャーを加えながら話しているのがオレの相方のアサシンクロスだ。
そしてオレはピンクのヒラヒラがなんともうっとおしいハイプリースト。
こんな喋り方だが一応オレは女だ。

『しかしオレらってよくこうも付き合えるよな〜?』

「オレはお前と違って感情的にならんからな、大体お前キレイだし
乳デカいし…あぁ、待て待て自惚れるな
そもそもお前みたいなヤツがオレと付き合えるだけありがたいと思え」

『てめっ!言いたい放題言ってんじゃねぇぞ!
その気になりゃテメェなんてすぐ捨てれるし、ほかの男も簡単に釣れるんだぜ?』

「その言葉遣いでか?お前それで何度何回失敗して来たと思ってんだ?
黙ってりゃプロンテラ随一の聖女なのによ、モロクの娼婦も裸足で逃げ出すぜ…」

『ふざけんなよ、見ろよこの抜群のプロポーション
加えてオレの端整な顔立ち…男が黙ってっか?』

「文句はないね、大きな欠点はあるがな」

『負け惜しみにしか聞こえんなぁ〜♪』

バサッ

いきなりシーツを剥ぐと身体を隠しもせずに、キョトンとオレを見るコイツ。

『な〜に見てんだよ、お前まだヤリ足らないのか?』

「そういうこと言うな、ていうか何でお前は身体を隠さないんだよ」

『付き合い始めじゃあるまいし、何照れてんだよ
見慣れたモンだろ?』

「呆れてるって言え
んな姿、他の男に見せてみろ?卒倒だ」

『よく言うぜ思っきりおっ勃てながら』

「馴れたからな」

普通の恋仲ではない会話を弾ませていると鳥のサエズリが聞こえ始めた。
かなり話し込んでいたようで空も白く滲みだしている、つーかどの話題から始まったんだっけか。

「そろそろ日が昇るな」

『いいね、お楽しみタイムの始まりだぜ!』

長く綺麗な金髪を器用に束ね、シーツを被り直すと勢いよくベッドに沈む。
コイツが一番女らしくなる瞬間と言おうか…オレ自身楽しみになってしまった時間だ。
オレは身体を少し浮かせると手を伸ばし窓を少し開け、カーテンを調節するとベッドに戻る。

『なーにしてんだよ、ホラ早く来いよ』

「男のセリフだぜソレ」

腕を広げてオレを待っていたのは女らしいと言えばらしいがセリフがな…
とか考えつつも誘われるようにコイツを抱きしめた。

『はあぁぁ…』

リラックスして思わず吐き出した吐息なのは分かる。
だがどうにも普段と比べてると艶っぽく聞こえる

自然と手はコイツの頭へ動く、よくクセで撫でてしまう。

『よせよ…髪がくずれるだろ〜?』

頬を紅くさせ、透き通るような緑の目で上目遣いにオレを見つめる。
すかさずオレは満面の笑顔を見せる…綺麗な笑顔になっているかどうかは不安だが。

『お前のさ…』

「なんだよ?」

『お前の紅い目見てると不思議な気持ちになってさ…
心地いいんだぜ?その歪んだ笑顔も好きだしな』

「珍しく素直じゃないか、誉め言葉にしちゃどうかと思うが」

など言いながらコイツの緑色の目を覗き込んでいると心臓の当たりがフワッと温かくなる。
伸ばした腕をコイツの背中に戻すと少し強く抱きしめる。

『な〜んだよ?お前見つめられるの弱いんじゃないのか?』

「とか言いながら嬉しそうに言うのな、大体お前の目ン玉より身体のほうが――」

『はいはい♪』

負けじともう少し強く抱きしめ返してくる。
コイツの聖職者にあるまじき胸がギュウギュウとオレの身体を押し付ける。

「お前痛くないのか?」

『さあな〜、お前はどうなんだよ?』

「勃つね」

『知ってるっーの、さっきから当たってんだから』

「へいへい」

『なぁ?』

「なんだよ」

『こうしてるとさ、お前のドキドキとオレのドキドキがお互いの身体を回ってるみたいでさ
一体感って言うんだろな…感じないか?』

「言わんとしてることはわからんでもないがな…あ、9時だ」

『いいじゃん、もう少しこーしてよーぜ』

「お前犯すぞ」

『やってみろよ♪』

「笑顔で言うな」

おわり
243アレsage :2005/10/28(金) 06:29:05 ID:zV2vmTgo
なんか…ちょっと過激すぎただろうか?
ギリギリ萌えだ、うん。
よかったら見てくだせえぇ
244名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/28(金) 12:27:19 ID:EP1cSb/w
えーっと・・・・RO?
245名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/28(金) 13:40:23 ID:d4sKmOaQ
「文句はないね、大きな欠点はあるがな」
人の作品に文句を言えるほど偉くないので、文句はない。
しかし転生職である意味っていうかそれ以前にROである必要がわからん。
246名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/28(金) 23:11:05 ID:T.5bt.Pg
女の男言葉(っていうか下品な言葉遣い)が、地の文が足りないせいもあってか、
現実によくいるDQN女を髣髴とさせて萌えられませんでした。ごめんなさいっ
247名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/28(金) 23:12:38 ID:VRWFnRoc
過激すぎるかどうかは人それぞれだと思うけど、個人的には
休憩時間に会社のPCで見てて激しく焦った。エロスレの誤爆かと。
のでそのときはすぐ読むのやめたんですが、
今見たらなんだか途中でいきなり語り手変わってませんか。
ちょっとわかりにくかったかも。雰囲気自体は好きですよん。
248名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/29(土) 22:15:35 ID:Od/f4dc6
…色々と練習作品

 この街──プロンテラの鼓動は絶える事は無い。
 大陸の半ばまで版図を広げている広大な『ルン・ミドガッツ王国』という巨人の心臓なのだ。
 血管は止まらずに、日々その血流…モノや人、カネもそうだ…を送り出し、吸い込んでいる。
 そんな、活力に満ち溢れるこの大都会を、その男は雑踏をすり抜けすり抜け歩いていた。

 黒い帽子に、黒いマント。外面の中で、髭とその瞳だけが炎の様に紅い。悪党みたいな顔には傷があった。
 彼の名前はまだ無い。腰に提げたツルギとスティレット。それから一つの鞄だけが彼の財産だった。
 他には、伴う者とて無い。彼は、何時も一人だった。

 ふと──男は貌を上げた。青空のきつい光が目を刺す。しかし、男は只一所を見つめ、鼻を蠢かせる。
 遠く、誰かの叫びが聞こえた気がした。

 またか。
 心の中で一人ごちる。
 襲われているのは、人かそれとも、魔か。
 どちらでも良かった。彼のやる事に変わりは無い。

 急がなければならない。
 狼の様に駆ける。誰にも気づかれないように、スティレットの柄を弄ぶ。
 人の木立を抜けると、愉快げな顔をした群集に囲まれ、苦痛に顔を歪めた血まみれの娘が転がっていた。
 荒い息。さんざ嬲りものにされたのだろう。生々しい傷跡が見て取れた。
 しかし、娘は人では無い。

「死んだか?いや元から死んでるよな。ちぇっ…折角の枝なんだから、もっといいの出ろよ」
 そして、娘を足蹴にする誰かが言う通り、元々生きてすら居ない。名をムナックと言う。
 男の枝、と言う言葉は、『古木の枝』と言う魔法の道具を指す。
 時を経て、歪みを溜め、呪を秘めたそれは折るだけで魔物を呼ぶ事が出来た。

 血の赤は広がり、しかし誰一人してその光景に目を留める事は無いのだろう。
 人の雑踏は、相変わらず続いている。男だけが、それに向って歩みだしていた。

「よぉ、兄さん方。悪ぃが、その辺にしといて貰えねぇか?」
 その言葉に、ぎょっとした様な顔を一人の騎士が浮かべていた。
 構わず、気安げに笑いながら男はぽんと手を彼の肩に置く。
 騎士の手には、折れた古木の枝が握られていた。

「なんだよ、何か気に食わないことでもあるのか?」
 騎士は、気づかない。当然だろう、と男は思った。仕方が無いだろう、とも。
 娘の前に立ちふさがりつつ、溜息を一つ。そして、言葉を。

「殴っていい相手は、殴っても泣かないと思うか? …いかんぜ、騎士様ともあろう者がそんなじゃ、よ」
「馬鹿だろ、お前。魔物をぶっ殺して何が悪いんだよ」
「かもな」
 へへへ、と男は笑う。騎士は気味が悪そうに、肩に置かれた手を払う。
 上体を起したムナックが、男をじっと複雑な目で見ていた。

「どけよ。それ、殺せないだろうが」
 冒険者だろう騎士は言う。男は動かない。そして、にっ、と笑うとのんびりした口調で言い放った。

「生憎、今俺は女日照りでね。それが何だろうと、女とっ捕まえてぶっ殺す、なんていう奴の言葉は知らんわな」
 少しばかり、男の方がその冒険者よりも背が高い。
 だから、振り下ろしに男は彼の顔の真ん中をぶん殴った。
 素早さを鍛え上げた騎士は、その不意打ち(バックスタブ)には耐えられなかったらしい。
 数人野次馬を巻き込みながら吹っ飛んで、地面に平たくなった。

 可哀相に、と男はその騎士の事を思う。
 彼の顔は、きっと整形が必要になっているだろう。

 一斉に周囲がざわめき始める。その中から、騎士の連れらしい数人がぞろぞろと出てきた。
 所謂冒険者、と言う奴だ。その性質にも色々あるが、残念ながら今のそれはキリの方らしかった。
 そういう連中は、自分達の身内にだけに優しいものだった。
 その中で、一番落ち着いている聖職者が前に出る。

「すみませんが、一体どういう事ですか?」
 口調が穏やかな割りには、目だけが鋭い。経験だけはベテランに違いなかった。

「流石に聖職者。口の利き方は解ってる。が、尽きせぬ神の愛って奴は、人間にしか当てはまらないのかい?」
 挑発するように言うと、プリーストの眉間にシワが寄るのが男には見えて、鼻で笑う。

「当然ですよ…どうにも変わった方だ。こっちが下手に出てる内に、その死体連れてとっとと消えてくださいな。目障りです」
「ああ、そうだな。けど、一つ言い忘れた事がある」
「…何でしょう?」
 聖職者は、胡乱げな顔で男を見る。

「手前のその面だよ。そりゃ、聖職者っていうよりチンピラの方がお似合いだな」
 ぴしり、と彼の顔が凍りついた。
 腰のソードメイスに手を遣るのを見て、顎で倒れた騎士を指しつつ、酷く悪党面の赤髭の男は言う。

「やめとけ。抜いたらそいつは気絶しただけだが……お前さんは死ぬぜ?」
 紅い目に酷く剣呑な圧迫感が宿るのを認めて──聖職者は、動揺したような手つきで、柄から手を離した。
 男は、そのままムナックの元に歩み寄る。

「立てるか?…そうか、足くじいて無理か」
 マントを脱ぐと手を回して背に娘を片腕で背負い、その上から又マントを羽織る。
 噂になるかもしれないな、とふと思ったが、直ぐにそれをかき消した。自分が一人で勝手にしている事だ。
 野次馬の注目を集めつつ、娘を背負い、男はその場を後にする。
 そして、暫く歩き、先程の場所が見えなくなったあたりで、ふと囁くように、しかし戸惑いがちにムナックが言った。
 帽子を被った彼女は、丁度カンガルーの赤ん坊の様に、マントの中から顔を覗かせていた。
249名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/29(土) 22:15:53 ID:Od/f4dc6
「…どうして助けたアル?」
「さて、な」
「あんな事しても、同じ人間に嫌われるだけ。私達から人間を守るならともかく、あれじゃ何にもならないアル」
「それでいいんだよ」
 男は、その言葉に笑いながら答える。

「…解った。きっと、あなたは女の人にしか興味無いアル」
 ぷっ、と男は噴出し。

「そうだぜ。俺は、世界一のエローグだ。この世界の全ての女性に声をかけるのを生き甲斐にしてる様な男さ」
 ムナックの答えに、男は冗談めかした糞真面目な声でそう答えた。
 今度は娘の方が、くすくすと鈴を転がしたみたいに笑う。

「エローグの名前、何て言うアル?」
「エローグでいいだろ?第一覚えやすい」
「本当の名前が知りたいアル」
「あー…そいつは、ちょっと困ったな」
 本当に困った様な様子を見せて、男は言う。

「俺は、自分の名前が判らないんだ。あの世でヴァルキリに殴りかかったとこからは覚えてるんだがね。
 そうだな…エローグがダメならジャック、とでも呼んでくれ」
「解ったアル」
 ムナックの言葉を確認して、ジャックと名づけられた男は尋ねかけた。

「OK。ま、何時までもプロンテラには居られない。それじゃ、君は何処に行きたい?お好きな所を言ってくれ、お嬢さん」
 ムナックはしばし考える様な様子を見せ…

「フェイヨンに帰りたい…ここは怖いアル」
 と、思い出したように寂しそうな声で言った。

「了解、全身全霊でこのジャックがお守りしますよ。…ま、それはそれとして、ちと疲れたろ…少し休憩だ」
 くい、と顎で路地裏の一角を指して、男が言う。
 彼は、日陰でムナックを地面に下ろすと、自らも腰を付けた。
 懐から煙草を取り出し、そのまま火を付けて口に加える。
 薄暗いその場所に、ふぅっ、と紫色の煙が広がった。
 まずは一服。それは男の習慣であり嗜みだった。
 最も、娘が煙たそうに顔をしかめていたので、それ一本きりとなっのだけれど。

「足と体、まだ痛むか?」
「少し…」
「どれ、ちょっと見せてみろ」
 男にしたがって、おずおずとムナックはまず足を伸ばす。
 赤く腫れていた。男は僅かに眉を寄せてから、ちょん、とそこに指先で触れる。
 途端、痛みに娘は顔をしかめた。男も、顔をしかめて、鞄から白く粘液質のポーション瓶を取り出す。

「痛み止めと消毒用だ。…自分で塗った方がいいか?」
「……」
「……そこで顔を赤くするな、馬鹿たれ。打撲じゃなきゃ飲んでも効くっつの」
「……じゃあ、全身打撲アル。エローグ」
「…いや、あのな」
 男は溜息を一つ。娘は何故かもじもじとしている。
 仕方なく男が、どばっ、と腫れたムナックの足に白ポーションを振り掛けると、短い悲鳴を上げて、彼女は身を震わせた。

「…酷い。無理矢理アル。鬼畜アル」
「お前さん、俺を誤解させたいのか?おら、苦いがとっとと飲め」
 半分程残った薬を押し付け、はぁ、と溜息を再び吐くと、彼は帽子を脱ぐ。ぴん、と真っ赤な逆毛が天に向いた。
 顔をしかめながらえぐい液体を飲み下して、ムナックが口を開いた。

「…ジャック、どうして魔物を助けるアル?」
「おいおい。そいつは勘違いって奴だ。俺が理不尽が大嫌いで、少しでも困ってる奴の助けになりたいってだけさね。
 人も、魔物も。そいつが困ってて間違ってないなら、俺はその為に剣を預けるさ」
 あぐらをかきながら、ロボは答えた。

 このミッドガッツという世界には、理不尽が溢れている。
 人と魔物はそう定められただけで、しかし殺しあうが為に殺し合いを終える事が出来ない。
 楽園は来ない。あったとしても、それは隔絶した箱庭だ。
 誰もが、この世界に蔓延する腐臭を嗅ぎ取り始めている。

 ならば、この男は。己が何者であったかも忘れた男は、きっと理不尽を斬る為に剣を再び執ったに違いなかった。
 だが。ありえない幻影を追うが故に、きっと人にも魔にも忌まれるに違いない。

「…馬鹿はジャックの方アル。そんなの絶対に無理アル」
「だろうなぁ。俺は、全部を拾いきれずにどこぞでくたばるに違いねぇ…けどよ」
 当然の反応を返す娘に髭面の男はにやっ、と大輪の笑みを咲かせてみせる。

「──格好いいじゃねぇか。そういうのの方がよ」
 言って、子供にそうする様に、笑いながら男はムナックのさらさらの髪を撫でた。

「それに俺は騎士だぜ?信念に従わなきゃな」
 騎士で無い癖にそう言った所で、どぉぉん…と、遠く、何かが破裂するような音が聞こえた。
 立て続けに何度もそれは響き、終わらない。僅かに通りからどよめく声が聞こえていた。
 男の顔が、僅かに固く変わる。これは──

「テロか…?」
 古木の枝、と言うものには、冒険者にとっては二通りの使い方がある。
 魔物を呼び出すのは変わらないが、その後者は大量の魔物を呼び出し、巻き起こる混乱を楽しむような手合いが取る方法だ。
 しかも…散発的に聞こえる魔導師達の砲声が止まない。遠く悲鳴も聞こえる。
 けれど男は、どうすべきか迷うような表情を見せていた。

 彼の背を押したのは──ムナックだった。

「行くアル。嘘にしちゃ駄目」
「…けどよ。俺は、魔物を殺すかもしれんぜ?」
 男の言葉に、しかしムナックはどこか哀しそうな顔をして。

「…お互い様アル。殺すのも、殺されるのも。だから今は──」
「…すまん。なるべく早く戻る。それまで待っててくれ」
 そう言った娘に、男は目立たないように羽織っていたマントを投げ渡し、そして走り出した。
250名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/29(土) 22:16:23 ID:Od/f4dc6
 辿り着いた大通りは、戦場と化していた。
 魔物には大人しい種類も居るのは常識だ。だが、古木の枝による召還だけは例外だった。
 そうして呼び出された魔物は、誰彼構わず襲い掛かる。
 だが、事前にその道具を持った者を判別するのは不可能だ。
 かといって古木の枝を扱う商人を幾ら切った所で、この種の愉快犯が減る訳でもない。
 古木の枝を何時も販売している商人を調べ上げて切り捨てるのに、二週間やそこら。
 だが、その商人達にそれを売らせている連中は、三日もあれば代わりの人間を仕立て上げてくるし、本人自身も使う。
 要するに、いたちごっこでしかない。

 ビックフットが、その太い腕で非力な魔術師を握りつぶし、腹に牙を突き立てているのが見えた。
 向こうの辻では、嵐の様な矢を浴びながらも、血塗れの騎士が冒険者達と争っている。
 男の居る場所は、既に大半の魔物が去った後であったが、累々たる商人達の死体が転がっていた。
 食いちぎられ、嬲りまわされた無残な死骸。だが、同様に魔物達の死体も転がっている。
 双方の『犠牲者』は少なく見積もっても、百を下るまい。様々な生き物の焼ける、吐き気を催す臭いが漂っていた。
 ──本当に戦場だな、と男は思った。

 ふと、悲鳴が聞こえて振り返る。
 魔物達と冒険者達の蹂躙をどうにか避けたのだろうノービスの娘が、一体の魔物を前に力なく地面に倒れこんでいた。
 その前に居るのは、中身の無い甲冑。レイドリックと呼ばれる古城の亡霊だった。
 僅かでも遅れれば、その少女は真っ二つだ。それが忘れている誰かの姿に被った気がして、彼は顔を振った。

「レイドリック!!手前と、一騎打ちを所望する!!」
 裂帛の気合と共に、男は地面を蹴った。無論、注意を自分に逸らす為だが、最低限の礼儀でもあった。
 走りこむ勢いをそのままに、彼は抜き放ち様に切りつける。
 ざぎん、と硬い手ごたえがして、鎧の半ばまでツルギが達していた。
 がくがくと痙攣する様に揺れる亡霊の剣士に構わず、そのまま剣を振り抜いた。
 意識を断つ感覚が伝わり、それでがらん、と音を立てて鎧が崩れ落ちる。
 男は、僅かに黙祷を捧げていた。

「大丈夫か?」
 目を開けて言う。ノービスの娘は、言葉も忘れて只何度も首を縦に振る。
 その様子に、男は僅かに苦笑してみせた。それは、あのムナックに見せていたそれと似ていた。

「おいおい、落ち着けよ。もう、大丈夫なんだ」
「う…ひっぐ…」
 緊張の糸が切れたのか、泣き始めた彼女の頭の上に男は掌を乗せる。
 そして、不意に真面目な顔になって、しかし、それで怖がらせないようにできるだけ優しく少女に言った。

「嬢ちゃん。ここに何時までも居たら危ない。今は、そっちの大通りが空いてる。ここを真っ直ぐ行って、上水道の方に抜けな」
「う…うん。ありがと、おじさん」
「おにいさん、だ」
 切り替えした男の言葉に、少女の顔に笑顔が戻る。
 彼は、親指を彼女に立ててみせた。
 駆けて行く少女を僅かの間見送ると、再び走り出す。

 男は、黒い色の風だった。
 魔物達の鮮血を散らせ、剣風を纏っていた。
 人は、それを英雄とは呼ぶまい。
 そして魔物は、それを悪鬼と呼ぶだろう。
 しかし、男はそれでいいのさ、と笑う。
 彼は、そういう男だった。


 今日は厄日に違いない。その聖職者は、襲い来る魔物の群れを前に内心毒づいていた。
 黒服の男にチンピラ呼ばわりされたかと思うと、今の大規模な枝テロだ。
 手に馴染んだソードメイスで、短刀を突き出してきたソヒーの頭を潰す。

「どうした化物ども!!俺はまだまだ死なないぞ!!」
 だが、その威勢も何時までも続くまい。確実に疲弊が彼を蝕み始めていた。
 既に彼の仲間も二人が地に倒れている。このままでは、消耗戦の末に全滅は免れなかった。
 彼の前に、一つの影が立ちふさがった。
 冠を頭に乗せた化物。エンシェントマミーだった。
 鈍重にも見える歩みで、しかし鉄槌にも比する威力の一撃が聖職者の胴を薙ぐ。
 玩具の様に吹き飛ばされ、その瞬間に彼は見た。

 血にまみれた影の様な姿が、彼を殴り飛ばした化物に踏み込む姿を。
 一瞬、聖職者はそれを新手の魔物と思う。けれど、ざすっ、と硬い木材を切り抜いた様な音が響いた。
 真っ直ぐに伸びきったエンシェントマミーの腕を、黒服の男が切り抜いた音だった。
 くるくると、枯れ木を投げ上げたようにそれが回転しながら宙を舞う。

「…うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 鈍重にそれが振り返るより早く、二撃目が疾る。それは真っ直ぐに突き出され、包帯に包まれた化物の頭を捕らえていた。
 僅かに、目に当る部分から刃が突き出たが、それだけだった。
 ごりごりと、頭蓋骨を割られるに任せつつ、ミイラは強引に男に振り返る。
 男は剣から手を離し、懐に手を。そして一枚の巻物を化物に巻きつけて、叫んだ。

「サンダーストームッ!!」
 雷撃が落ちる。狙い違わずそれはミイラを貫く。ぼっ、と乾いた布に火をつける様な音がして、大電圧は内部から化物を焼いた。
 松明の如く燃え盛りながら、尚も手をさし伸ばしてくるマミーに、男は刺さっていた剣を握りなおし、外れかけた頭蓋を断ち割る。
 からん、と冠が地面に落ちる音。全ての筋肉が焼けただれ、今度こそ、それは動かなくなった。

 地に伏せたまま、そこまで呆然と見届けてから、聖職者は、あれだけいた筈の魔物の姿がなくなっている事に気づいた。
 見れば、血みどろの男の後ろには、延々と続く死山血河があった。魔物の死骸がそこに沈み、人の死骸はそこで溺れている様だった。
 符号が頭の中でつながり、聖職者はがちがちと歯を鳴らし始める。
 魔物に対する恐怖ではなかった。目の前に居る男に対しての恐怖だった。

「よお…生きてたか」
 流石に疲弊が激しいのか、獣の様な息を吐きながら男は言う。
 がはっ、と咳き込み倒れかけ、剣を杖になんとか立ち上がった。
 男は、倒れない。酷く血の臭いが濃い。しかし猛烈な意思の力が、その両足を支えていた。
 そんな黒服の言葉には答えず、彼は呟くように言った。

「お前…一体何なんだ?本当に人なのか?」
「ごほっごほ…俺か?俺は…」
 愕然としたプリーストに男は振り返らず手を上げて、言う。

「ただの騎士さ。ちょいとばかり諦めの悪い、な」
 答え、ゆっくりと歩み去っていく彼の黒い背中を、そのプリーストは震えながら見送っていた。
251名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/29(土) 22:16:58 ID:Od/f4dc6
 酷く体が重い。道を往く男は頭からつま先まで、全身血みどろだった。
 そんな彼の姿を見て、冒険者さえもが一瞬悲鳴を上げて逃げて行く。
 魔物の返り血が殆どだったが、彼自身の傷もある。だが、幾分疲れている事を除けば、闘いに支障は無かった。
 ふと、待たせている娘を思い出し、男はふっと笑う。早く、帰らないといけない。
 彼は、動くもの一つ無い街路を進みながら、終にそれに突き当たった。

 一言で言うならば、血みどろの大鎧。正確を期せば奇怪な盾と剣を構えた異形の騎士──ブラッディナイトだった。
 それも又、男と同様に全身を血で塗らしていた。近づいてくる者に気づいたのか、がちゃり、と鎧を鳴らして向き直る。
 その背後で、恨めしそうな顔…最も、それは半分程吹き飛んでいるが…の虚ろな目が男を見ていた。
 それだけではない。見れば、そこら中に転がる死体の虚ろな視線が、その二人に集中している様な気がした。
 血塗れた二つの騎士の目が、一直線に合った。そして、同時に互いが何者なのかを知った。

「…人間。随分殺したものだな」
 鋼が軋む様な重厚な声が男に言う。

「お前さんもな」
 黒服の男は、軽い口調で答えた。

「我は呼ばれねば殺さなかった」
「俺も、お前さん方が呼ばれてなけりゃ…ここまではしなかったな」
「人間。一体、我の同胞を何人殺した?」
「その問いは無意味だろ…お互いによ」
 男は構えない。ただ答え、故に血の騎士も再び問うた。

「ならば何故殺した?」
「──守る為に、だ。今はな」
「我とて、この剣は──」
 どかり、と地面に大きな剣を突き立て、ブラッディナイトは言う。

「守る為に在る。しかし、我一人ではこの様だ。いずれこの身も討ち取られよう」
 ふぅ、と男は息を吐く。髑髏の様な血の騎士の兜に光が灯るのを彼は見た。
 帽子の鍔に手をやり、深くそれを被る。彼らはお互いの中にお互いの影を認めていた。

 この世界は。言うまでも無い。何処かが狂っている。
 お互いに共存する事もかつては出来ていただろう。それが飽きられたのは直ぐの事だ。
 最初にそうしたのが、どちらの側かは判らない。
 だが。残念ながら最も愉快なコミュニケーションとは、圧倒的に鍛え上げた武力で敵を叩き殺す事だったらしい。
 世界は、人と魔が血を血で洗うものに変わった。
 ──だが、偶には、彼らの様な類もいる。

「この身はいずこの戦場で散ろうとも、か。全く、凄ぇ野朗だ」
 迷い無く賞賛の言葉を口にする。

「侮るな、小僧が。情けは無用…構えよ」
 男は促され、だらりと垂らしていた腕で腰の剣を引き抜いた。
 最後に、黒く血みどろの男は血の騎士に尋ねる。
 同じ騎士と言う道を望んだ存在として。

「この世界は変わらないもんかね?」
「…お主は変えようとは…いや、益体の無い言葉だな」
 恐らくは、血の騎士は、男の答えを知っているのだろう。
 俺には無理だ。俺に出来る事は理由を付けて誰かを殺す事だけさ、男はそう答えるに違いない。
 そして、騎士には、それでもいいではないか、とは言えない。
 男には、その兜が笑みの形に歪んだ気がした。不思議と晴れやかだ、と思った。

 確かにこの世界は狂っているかもしれない。
 だが、希望もまだ多く転がっている。
 それ故に、彼らは剣を執る。

 騎士が、盾と剣を構えた。男が剣を構えた。
 言葉は無い。しかし、出来る事ならば正々堂々と戦いたいに違いなかった。
 道は違えども。彼らが見る希望は同じだ。

 轟音と共に、人間ならば両手でも持て余すだろう肉厚の刃が、男目掛けて振り下ろされた。
 僅かに横に飛び、寸での所で黒服はそれを避ける。馬鹿正直に打ち合えば、彼の手にした刃は一撃でへし折られるだろう。
 男の剣が閃き、しかしそれは分厚い装甲に切れ込みを作るだけだ。肉を裂く感覚は無かった。
 彼が相手どった騎士は、その中身が無いとでもいうのか。頓着せずに、鎧は大きな二本の棘がしつらわれた盾を男に突き出す。
 速度だけで言えば、男の方が上だったらしい。横跳びにそれを避ける。
 拳闘士がそうする様に、小刻みにステップを踏みながら、後の先を取る戦法を男は選んでいた。
 だが、騎士もまた只の魔物では無い。分厚い装甲は男の細剣などものともしない。
 羽虫を叩き潰そうとするかのように、石畳や死体を巻き込みながら手にした巨剣を振り回す。
 それが男の腕を掠った。血しぶきが飛ぶ。肉を切り裂き、骨まで断ち切りかねない一撃だった。
 僅かに、顔が苦痛に歪む。それを好機と見たか、騎士の巨体が地を蹴った。
 彼が振り上げた刃は既に動き始めていた、男の回避が間に合わない。

「むおっ!?」
 血の騎士が驚愕の声を上げていた。恐るべき、という形容を付けるならば正にそれか。
 騎士のそれに比べれば小枝でしかない男の剣が、滑る様な動きで巨剣を受け流していた。
 眩いほど盛大に火花が散り、細い刀身が悲鳴を上げる様に振動する。男は、飛んでいた。
 そして丸太の様な騎士の腕に乗ると首を切り落とすべく、そのまま腕を踏み台に首目掛けて跳躍する。
 それを騎士は盾を翳して防ぐ。その表面に男の切っ先が突き刺さると、一瞬身を沈め、押し出すように盾を突き出した。

「がはっ…」
 砲弾の様に打ち出された男が建物の石壁に叩き付けられ、血を吐きながら呻く。地に手を付き、よろめきながら立ち上がった。
 叩き付けられた衝撃で臓腑が軋んだか、それとも折れた骨が胆を裂きでもしたか。
 足らない。幾ら、男の技量が優れているとは言えども、圧倒的な力の前では蟷螂の斧に過ぎまい。
 異形の騎士のそれは、正しく魔の技であり力量であった。
 只、振り上げ振り下ろすだけの単純な運動であろうとも、騎士ほどの膂力を持ってすれば男の技をも凌駕する。

 がしゃり、がしゃりと騎士は男に近づいていく。
 だが、男は自嘲するように笑って騎士に言った。

「…どうやら、また死に損なったみてぇ、か」

 騎士は男の言葉に答える。

「…死すべき定めだった貴公は、人に助けられたな」
「どうだか…苦しむ時間が延びただけかもしれんぜ?」
「それならそれで構わぬさ」
 何も言わず男は、笑みを深めて剣を構える。
 だが騎士は、名残惜しそうに彼を見ながらも、よろめいた。
 騎士の背中は、冒険者が放ったに違いない矢と魔法で、何時の間にか抉りぬかれていた。
 ぶすぶす、と血の騎士が羽織ったマントが焼け焦げる音が聞こえる。

「さらばだ。願わくば、貴公と再び剣を交える時が訪れることを」
「ああ。…じゃあな」
 がらん、と音がして騎士の鎧がその場に崩れ落ちてわだかまる。
 他の場所は既に鎮圧されたのだろう。
 遠巻きに彼を眺めていた群集を前に、男はよろめきながら歩き始めた。
 しかし、誰一人として彼に声をかける者は居ない。

 或いは。
 歩み去る血みどろの彼が、魔物なのか人なのか区別が付かなかったからなのかもしれなかった。

 そして。彼を待っていたのは、静寂だった。
 男を見送った娘は、胸から誰の物とも知れない剣を生やして、地に伏せていた。
 白い薬を飲み下して傷を癒した彼とは対照的に、その肌は死体の白さだった。
 男は震える手で刃を抜き去り、開いたままだったその目を閉ざしてやった。
 その間ずっと、何も言葉を言わなかった。

「まだ、終わっちゃいない」
 ──少しばかり、疲れて過ぎていた。つい、その場に座り込みたくなっていた。
 だが、そうしたら立てなくなる事ぐらい、男には嫌になる程解っている。
 血が通わない事を除けば、まるで眠っている様な娘を背負い、マントを羽織る。

「…待たせちまったな。行くか」
 と、彼は自分に言い聞かせる様に呟いた。

 それから。
 フェイヨン街外れの丘で一人の娘を地面に埋めていた彼の姿を見たと、後に或る冒険者が酒場で語っている。

 深淵に向って、その男は歩き続けている。

 おわり
252花月の人sage :2005/10/29(土) 22:19:09 ID:Od/f4dc6
色々失敗してる産廃を不法投棄…
戦闘描写の練習と、黒マントのイメージ固めに。

二つ前の「道」という神作品を手本にがんばってみるが見事玉砕。
まぁ、何がいいたいかというと…ごめんなさいorz
253花月の人sage :2005/10/29(土) 22:20:46 ID:Od/f4dc6
追伸:そろそろ次スレの季節ですが、誰かスレ立てお願いできませんか?
254名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 01:13:51 ID:/cUb5MH2
花月の人の作品だったのか
「道」の影響受けてるっぽいのは読んでる途中でわかりました
バトROワも見てそうな気がしたり…
こういうローグのキャラはかなり好きです

いくつか気になるところもありましたが
現状のROの雰囲気もでてて、いろいろ思うところのあった作品でした
255名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 01:14:24 ID:/cUb5MH2
忘れ物
次スレです
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1130601019/
256名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 01:20:31 ID:tjwmLQL6
というかむしろ初めに言ってた他スレ云々がバトROワスレだと思ってた漏れ。
書き方がなんか特徴的なんだよなぁ。って違ったらごめん。
257名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/30(日) 03:47:53 ID:vxStuXA.
>254
>花月の人の作品だったのか
一ケ所だけロボってなってたしね。
258SIDEのひとsage :2005/10/30(日) 03:55:34 ID:vxStuXA.
それと、前回は整理で燃え尽きてしまい、アドレス張り忘れてました。一応自作も続きを書いておりましたです。
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php?%C4%B9%A1%CBDouble-Sides%2F%BD%AA%CB%EB%A4%D8%A4%CE%BD%F8%B6%CA%A1%CA%B8%E5%A1%CB
259花月の人sage :2005/10/31(月) 17:33:29 ID:/1sfhlko
>>254

個人的にはツッコミは歓迎です。
自分でも、いろいろ考えては居ますが、机の上で考えるのにも限度がありますし、
反駁繰り返した方が技量の向上もつながりますから。

…いや、実のところは意外とヘコミがちだったりする香具師でもありますけどね(苦笑
260名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/31(月) 22:27:27 ID:/1sfhlko
埋め立て用に...
261名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/10/31(月) 22:28:13 ID:/1sfhlko
 宛てのない手紙

 1
 ──それに名前を書かなかった、という事は覚えていた。
 だって、名前を書かなくても、あの人へは届く、と信じていたから。

 そうだ。僕はそう信じていた。


 2
 あるホムンクルスの履歴記述による。


 3
 遠く、雑踏を聞きながら今日も目を覚ます。
 全身の駆動は良好。僕等に、心、と言うものがあるのかどうかは判らないけど、あるとすれば、それは相変らず重かった。
 ベットから抜け出し、洗面所に向う。
 鏡に映った僕は、怒った様な顔をしていた。
 …解っている。僕が誰に怒る事が出来て、そいつの何に怒っているのかは、解っている。
 僕は、ホムンクルス、だ。
 そう自分に告げた。顔を洗い、顔を拭く。
 物音を聞いて、振り返った。僕のご主人様が、そこに居た。
 ご主人様は、僕に言う。

「お早うございます『ご主人様』」

 僕は答える。

「こちらこそ、お早う御座います。『ご主人様』」

 その言葉で、僕の何時もの朝は始まるのだ。


 4
 ご主人様がこうなってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
 あの人は、口にするのは憚られるけれど、壊れてしまった。
 だけど、ご主人様は僕のご主人様だ。壊れてしまったご主人様が、他の人たちに後ろ指さされる様な事が許せなかった。
 そう。許せなかったんだ。それが、僕が生まれて初めて『ホムンクルス』って言う枠を超えて抱いた感情だった。

 カートを引くのは僕の役目で、ご主人様はとことこ僕の後ろに付いて来るのが役目になっていた。
 僕は、ご主人様の代わりに、アルケミストの格好をする様になった。
 どこでだって、それはいっしょだ。
 でも、昔そうだったみたいに胸が弾む様な事もない。
 けらけら楽しそうに笑うのはご主人様の役目で、無愛想なのは僕の役目だ。
 それだけが、昔から変わりがない。

 当然、僕にトモダチなんて居なかった。
 ご主人様も、トモダチは余りいなかったと思う。


 5
 BOT、と言う言葉がある。
 僕達ホムンクルスの技術を良くない方向に使った人が作り出した可哀相な人たちだ。
 僕は、彼らに出会う度に声を掛ける。返事は返ってこないけど。

 ご主人様が壊れた原因も、それだった。
 君は、BOTじゃない。ホムンクルスよ。
 ご主人様は、一番最初にそう言って、目覚めたばかりの僕の頭を撫でてくれた。
 その時に、僕は心のそこから、この人に永久に仕えよう、と誓ったんだ。
 埃っぽい研究室から覗く、明るい世界は何処までも綺麗だった。
 さざめく木は緑色で、ご主人様の髪も綺麗な緑色で、どちらもさらさらと揺れていた。
 色んな場所に連れ出して、人間のトモダチみたいに僕を扱ってくれたご主人様を決して僕は裏切らない。

 …僕は、BOTじゃない。
 でも、僕のせいでご主人様はこうなってしまった。
 ゲームマスター様は、僕をそう決め付けて、僕を壊す代わりにご主人様を壊してしまった。
 これは、僕のせいだ。

 僕は。
 決して、お傍を離れたりなんかしない。
 ご主人様に笑顔が戻る、その日まで。

 BOTじゃないよ、と可哀相な人が口にする声が遠くから聞こえていた。


 6
 ある暗い暗い夜に、ご主人様が、僕に悲しそうな顔をして言ってくれた事がある。
 私は、ホムンクルスを待つのに我慢が出来なくて、僕を秘密で作ってしまったんだ、って。
 そして、それはどうしようもないくらい重い罪だと言う事も、教えてくれた。
 今にも泣き出しそうなご主人様を前に、僕は何もする事が出来なくて。
 僕のせいでご主人様が泣いているなら、僕を安息(殺)して下さい、と言うしかなかった。

 でも、僕がそういうと、ご主人様は、やさしい子ね、って言って益々泣き出してしまって。
 ご命令を下さい。僕たちホムンクルスは、ご命令がないと何も出来ないんです、と馬鹿みたいに答えて。
 ご主人様は、ずっと一緒に居てね、と泣きながら僕に言った。
 電気羊の夢の中で、僕は今でもその光景を思い出す。
 僕は、ご主人様と、ずっと一緒だ。


 7
 ホムンクルスが正式に開発されている、と僕は風の噂に聞いていた。
 それから、ゲームマスター様が、殆どのBOTをこの世界から追放する魔法みたいな事をする、とも聞いた。
 僕は、それでどうなるかが判らない。ご主人様は、何時もと同じだけど。
 だから、僕は手紙を書く事にした。
 宛の無い手紙。届くかどうか判らないけど、何時か元に戻ったご主人様に、読んでもらう為に。
 そして…すこしだけ、わがままだけど。
 僕が、最後までご主人様に仕えたって事を覚えておいてほしかったから。

 手紙の書き出しは、こうしよう。

 ご主人様。
 僕は、ずっと一緒には居られなかったけど、僕は僕の最後までご主人様と一緒に居ました。
 だから。これは最初で最後のホムンクルスのわがままです。
 どうか、僕に『安息を』(お疲れ様)と言ってください。

 その日を、僕は何枚もその手紙を綴って過ごした。


 8
 僕は、徐々に体の感覚が消えていくのを感じていた。
 怖くは無いけれど、ご主人様にもうお仕えできないのがとても悲しかった。
 物音が聞こえて、僕は力を振り絞って瞼を開く。
 ご主人様が、僕を見ていた。

 ご主人さま。が。何時もの顔で。僕を見て、涙を流していた。
 あれは。何時もの顔じゃない。ご主人様の。あの日の、ご主人様の顔、だ。
 なかないで。ああ。ぼくは。ごしゅじんさま。
 くしゃくしゃの顔で、僕を見て、はっとした顔で涙を流すご主人様を見て僕は。
 頬の辺りを。暖かいものが流れるのを感じていた。
 暖かい理性の光が、戻った、僕の自慢の、ご主人様。

 ──これは僕の最後の電気羊の夢かもしれないけど、それでも僕は幸せだった。

 僕は安心して、僕にひとまずの安息を告げた。
 さようなら。僕のご主人様。泣かないで。僕のご主人様。
 僕は、お仕え出来て、幸せでした。


 9
 アルケミストの女性が一人、宛ての無い手紙を読んでいる。
 その手紙は、見る間に読むことが出来ないぐらい滲んでいった。
 震える手で、手紙の端を握っている。
 宛の無い手紙は、ちゃんとその女性に届いていた。

 そして彼女は立ち上がり、ベッドに横たわる彼女のホムンクルスの前で、彼に最後の別れを告げる。

「安息を」

 と。


 ──そして、また変わらないミッドガルドの朝が始まる。


 終
262名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/11/22(火) 09:00:21 ID:BnXEM0K6
次スレはこっちへ!!
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1130601019/l50

全部 最新50
DAT2HTML 0.35e(skin30-2D_2ch) Converted.