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【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第9巻【燃え】

1名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/11(金) 23:42 ID:sV8EWIcc
このスレは、萌えスレの書き込みから『電波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』ではない萌えな自作小説の発表の場です。
・ リレー小説でも、万事OK。
・ 萌えだけでなく燃えも期待してまつ。
・ エロ小説は『【18歳未満進入禁止】みんなで作るRagnarok萌えるエロ小説スレ【エロエロ?】』におながいします。
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ

・ 感想は無いよりあった方が良いでつ。ちょっと思った事でも書いてくれると(・∀・)イイ!!
・ 文神を育てるのは読者でつ。建設的な否定を(;´Д`)人オナガイします。

▼リレールール
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・ リレー小説の場合、先に書き込んだ人のストーリーが原則優先なので、それに無理なく話を続かせること
・ イベント発生時には次の人がわかりやすいように
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※ 文神ではない読者各位様は、文神様各位が書きやすい環境を作るようにおながいします。

前スレ【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第8巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1096969800
スレルール
・ 板内共通ルール(http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi?bbs=ROMoesub&key=1063859424&st=2&to=2&nofirst=true)

▼リレー小説ルール追記--------------------------------------------------------------------------------------------
・ 命の危機に遭遇しても良いが、主人公を殺すのはダメでつ
・ リレーごとのローカルルールは、第一話を書いた人が決めてください。
  (たとえば、行数限定リレーなどですね。)
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2名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/12(土) 02:20 ID:R3ecnFEk
2Getしつつ。
保管庫座標をぺぺっとな。
ttp://cgi.f38.aaacafe.ne.jp/~charlot/pukiwiki/pukiwiki.php
ttp://moo.ciao.jp/RO/hokan/top.html
3名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/12(土) 03:22 ID:xUbBYLDY
初のカキコ&3げとぉぉぉぉぉ!
4名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/12(土) 22:28 ID:CMgT353.
4get

……ひとすくねぇ;;
5名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 00:08 ID:q8xGmUVk
まだ埋まってないからさ!
と、いうわけで5GET!
6名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 00:52 ID:7ygId0T6
アラームスレといい、何か一つの終わりを感じる俺が6get
7名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 01:23 ID:GkKrG/Bw
まだリレー…はともかく、('A`)氏の連載が続いている以上俺の中では終わっていない。
ええ、全然終わっていませんとも。
8名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 01:51 ID:LxeVFkK6
転生前でゲームをがんばってる人とかもいるんじゃないですか?
9名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 02:18 ID:7ygId0T6
だといいな。
あちこち見て回って寂しくなった俺の感想。スルーしてくれい。

ところでリレーは終わっちまうのか。
10名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 02:40 ID:mQgiaWhw
>>9
たぶんみなさん続けようとは思ってらっしゃるかと。

書き手以外見てないのかとか密かに思ってたので人がいたようで嬉しい今日このごろ
新スレ一発目いただきます。
出遅れましたが宿題投下です。
1110@宿題sage :2005/02/13(日) 02:42 ID:mQgiaWhw
「あ、あのっ!」
 騎士のマントを夕暮れの風に靡かせて遠ざかっていく青年の背中にそう声を投げかけ、深紫の法衣を着た娘は僅かばかり顔を俯かせた。さらさらとした長い黒髪はたったそれだけの動きでも繊細に揺れる。頬に落ちる影が深くなり、白い肌に仄かに浮かんだ朱を隠した。
 日々冒険者で溢れかえるここ、ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラでは、中心部から程遠いこの区画でも完全に人通りが途絶えることは無く、黄昏時の今の時間にも露店に精を出す商人や談笑しながら通り過ぎる人々の姿がちらほらと見られる。
 しかし娘にとっては、彼らは全くの意識の外の住人であった。確かに聞こえているはずの露店主の客引きの声よりも、カップルの楽しげな笑い声よりも、自分の心臓の立てる微かな音の方がよほど大きく感じられる。言葉を続けようと小さく唇を開くものの形にはならず、口からは心情を表したかのような震える吐息だけがこぼれた。
 青年が呼びかけに振り向いて歩いてくるのは、目を伏せていてもコツコツと石畳に刻まれる足音が教えてくれる。視線を落としているため確認はできないが、おそらくは怪訝な表情をしているのだろう。呼び止めた相手が用件も何も話そうとしない状況では、それが一番自然な反応だと思われた。先の展開について予想できるような勘の鋭い人間であればまた別なのかもしれないが。
 いずれにせよ、彼が何を考えているのかは今はあまり関係がない。相手の思惑が読めようが読めまいが、やるべきことは既に決まっていて、後はできるかできないかという単純な問題でしかないのだから。
「何かな? 一応聞くけど、俺に用なんだよね?」
 手を伸ばしてもギリギリで娘に届かない程の距離で、騎士の青年は歩みを止めた。頭一つ分ばかり低い位置にある法衣の娘の顔を、若干見下ろし気味に見つめる。
「はい。あの、私……」
 小さく頷き、娘は再び口篭もった。実際に口に出そうとすると緊張よりも羞恥に駆られてどうにも躊躇われる。気が付くとひどく頬が熱かった。
 幾度目かになる声にならない吐息を洩らし、静かに一呼吸する。向かい合ったお互いが一言も喋らないというのはあまり居心地の良い物ではない。無理に先を促さない青年をありがたく思う一方、強引に後を押して欲しい気もしていた。そうしてもらえれば嫌でも先に進むことができる。とは言え、これは自分から告げることに大きな意味がある――そういう類のものに違いなかった。受身の姿勢であっては、たとえ成就したとしてもさほどの価値を持たないのである。
 自分から行動しなければならない。何度も己に言い聞かせたそのことをもう一度反芻し、娘は意を決した。
 俯き加減のおもてはそのままに、瞳だけを上に向かせる。視界の中心に収めた青年の顔は、良い意味でも悪い意味でも一見しただけでは記憶に残りそうにない、十人並みの造りをしていた。ただ、誠実な人柄を窺わせるまっすぐな眼差しだけは印象的に映る。気圧されないよう、意識して腹から息を吸い、はっきりと言い切る。
「私、大きなリボンが欲しいんです」
「はぃ?」
 青年は腑抜けたような半分裏返ったような、なんとも情けのない声を発した。娘の言葉はかなりの不意打ちだったらしい。唯一の特徴とも言えた瞳に宿る真摯な光は一瞬で姿を消し、今やその視線は星のまばらに輝き始めた空を頼りなくさまよっている。
「いや、えーと……」
 しばらくの間そうすることで一応の落ち着きを取り戻したのか、青年は正面に立つ娘の顔に目を戻した。先ほどまでは見られなかった訝るような色を表情に浮かべて、整った容貌をまじまじと注視する。
「ごめん、ちょっと思い出せないんだけど、どこかで会ったことあったっけ? キミみたいな綺麗な人なら、あぁいや、これはナンパしたいとかそういうつもりじゃなくて、ほんとに忘れられそうもない女性だから。あぁなんだか歯の浮くようなセリフだな。ほんとにそういうつもりじゃないんだけど」
 要領を得ない話し振りだが、言いたい事はわかる。出会ったばかりの相手に唐突に欲しいものを告げるという行為は、彼の考える常識の範疇には含まれていないのだろう。だから自動的に面識があるものと見なしてしまっている。
 娘にしてみてもそれは同じことで、自分のとっている行動が常識的なものだとはおよそ思えてはいなかった。立場が逆であればきっと似たような状態に陥っていたに違いない。
 結論を言ってしまえば、彼のことは名前から素性に至るまで何一つ知らないのである。
 非常識な振る舞いをそうと自覚して行う羞恥は相当に甚だしいものではあるが、ここで逃げてしまってはこの辛さが完全に無意味なものになってしまう。そう考えると今更やめるわけにもいかない。
 上目遣いの表情を崩さないままかわいらしく小首を傾げ、法衣の娘は可憐な声できっぱりと断言した。
「いえ、初対面だと思いますよ」
 激しくざわつく心を押し隠し、何分の一かだけ、潤む瞳と赤らむ頬に、その本心を滲ませて。
1210@宿題sage :2005/02/13(日) 02:43 ID:mQgiaWhw
 エリスは足の長いグラスを指で弄びながら、中程まで注がれている果実酒を見るともなく眺めた。照明を点けていないため本来の色合いからは若干離れているものの、窓から差し込む淡い月の光以外に光源の無い部屋でも、その色はしっかりと赤く、そして赤といえば連想してしまうものがある。
 装飾品としての他にはほとんど値打ちのない、大きな赤色のリボン。
「それで、どうなったの? もらえたの?」
「無理すぎ」
 どこか楽しそうな響きを帯びた友人の問い掛けに、エリスは気だるげな声で即座に答えを返した。あまり機嫌がよろしくない。いっそのこと率直に悪いと言ってしまった方が正確かもしれない。よく知る者からはトレードマークにも近い認識をされ方をしている、一種独特なまでの美しさを持つ艶やかな黒い髪の下で、端整な相貌が苦々しく歪められる。
「思いっきし可哀想な人を見るような目で見られたわ。やってること自体は物乞いと変わんないんだからわかんなくもないけどさ」
「あはは。そりゃそうよね」
「予想通りというかなんというか、そういうオチ。結局、私にはできなかったわけだけど、サキならできると思う?」
 エリスは発散する不穏な空気を取り繕おうともせず、二人掛けの小さなテーブルを一つ挟んだ向かいでグラスを傾けている娘に目を移した。慣れているのか図太いのか、彼女は向けられる不機嫌な視線にも、にやにやとしたからかうような笑みを崩そうとしない。
 呼びにくいのでエリスは『サキ』と呼んでいるが、室内の闇に溶け入りそうな夜色の衣服に身を包んだこの娘は、本当は名前を紫(むらさき)と云う。肩に軽く掛かる程度の長さの、限りなく白に近いスミレ色をした髪と、同じく色素の薄い白い肌。外見だけならひどく儚い印象のあるこの友人の方が、初対面の相手を誑かすには適役なのではないだろうか。
「へ? 私? 無理無理。取巻き盛りだくさんの『エリス様ー』にできないことが私なんかにできるはずないでしょうに。大体そういうのは私みたいな血生臭ーいイメージのあるアサシンがやるんじゃなくて、清らかなプリ様がやるからこそ釣れるんでしょ」
「まぁ、そういうもんかもね」
 短く同意し、エリスは心の中で自嘲気味に笑った。一般論のつもりで話したのであろう、サキの言った『清らかなプリースト』と自分とは、決してイコールで結べるものではない。口にした本人に他意の無いことがわかっていても、エリスの耳にはほんの少しばかり苦く響いた。
 かすかに生まれた胸を刺す痛みを紛らわそうと、果実酒を口に含む。鼻腔をくすぐる芳醇な香りと舌の上で広がる深みのあるブドウの味わいは、強烈な存在感で意識を引っ張ってくれる。わずらわしい想念はすぐに奥深くへと沈んでいった。
「しっかし、あんたもよくそんなアホなことやったわね。無茶だと思わなかったの?」
「思った思った。すんごい思った。恥ずかしすぎて泣きそうになったし」
「じゃあ何でしたのよ?」
 正直、夕方のあの一件に関しては実行に移す前から無謀な試みだと思っていたし、死ぬほど恥ずかしい思いをしながら断行した作戦は、実際にも失敗に終わった。それでもエリスにはやらねばならない理由があったのである。いや、理由と表現できるほど確かなものではなく、『そうしなければならない気がした』というくらいの曖昧な衝動に突き動かされた、がより正しい。
「それは、アレだ。これを見なさい」
 グラスを置いて立ち上がったエリスは、ベッドの脇に置いてあった荷物袋から一冊の本を取り出すと、疑問符を浮かべる友人に放った。器用に片手で受け取り、サキは表紙に目を落とす。
「『これで貴女も姫! 素敵な姫ライフを送るための50の課題』。なにこれ?」
 夜目の利くアサシンは薄暗い部屋でも問題なく文字が読めるものらしい。タイトルを読み上げるサキの声に、エリスは照明を点けようと伸ばしていた手を戻した。何か、月の光がとても優しく感じられる夜だった。
「別に読んだからどうなるってもんでもないだろうけど、どんなバカなこと書いてあるのかと思ってさ、気になって買っちゃったんだわ。ページ折ってあるとこあるから、とりあえずそこから読んでみて」
 言われるままにページを繰って読み始めるサキを横目に、エリスは自らの境遇を顧みた。実のところ、愚かな行為に走る事となった細かな理由については、未だに良くわかっていない。サキに読ませている本が関わりを持っていることは間違いないが、それだけでは上手い具合に説明することはできないだろう。『その本を読んだら何となくそんな気分になった』としか言いようの無い漠然としたそれは、我が身と照らし合わせることで輪郭くらいは掴めるものになりそうな気がしていた。
1310@宿題sage :2005/02/13(日) 02:44 ID:mQgiaWhw
 ミッドガルドで活動する冒険者の中には、全体から見ればごくごく少数ではあるが、『姫』と呼ばれる者たちがいる。本当に高貴な身分である必要は無い。生まれも育ちも関係なく、『他人にかしずかれる』、その事実一点のみを拠り所として、人々は彼女たちを『姫』と位置付ける。
 当人が望んで人を周りに置くこともあれば、いい顔をしない姫を周囲が祭り上げるように取巻いていることもある。どちらにしても、魔物の討伐や冒険を効率良く行うために便宜をはかってもらえたり、もっと直接に、高価なプレゼントを贈ってもらえたり、と姫の受ける恩恵は小さくない。もっとも、小さくないというのは一般から見た場合にすぎず、姫と姫とで比べてみれば、そこには歴然とした格差が存在していた。
 単純に考えて、より多くの人数を侍らせた方が――姫自身が欲しているかは別問題として――得られる利益は大きい。しかし、かしずく側の理由は様々で、姫個人に非常な魅力を感じて側に仕えたいと願うケースや、姫の人脈を利用しようと取り入るケース、果ては知人との話の種にするために姫と呼ばれる人物と近づくこと自体を目的とするケースまで、挙げていけばきりがない。そんな中でいかにして多くの取巻きを得るかというのが、自ら姫であろうとしている者にとっては、最大の腕の見せ所であった。

 エリスは疑う余地が無いほど明白に、姫に分類される冒険者である。エリスを知る者は誰でもそう見なしているだろうし、自分でもそうだと思っているし、そしてそうあろうとしてきた。物的に欲しいものは大概手に入れ、冒険者としてのレベルも既に最高の水準に達している。労力はほとんど使っていない。ほぼ全部が取巻きの努力の賜物である。
 当然のことながら、初めからこうだったわけではない。ここまでの姫振りを発揮するに至るまでには、本当に色々なことを必要とした。
 世の中はギブアンドテイクだが、ギブとテイクが等価では姫稼業は成立しない。自分にとって無価値に等しいもので他人を動かす、それが極意だとエリスは考えている。自分の容姿、自分の表情、自分の言葉、自分の振る舞い――他人を通して以外では全く価値を持たないそれらを、エリスは最大限に活用した。より大きなものを得るためには、自分の目から見ても価値がある、しかし人によってはその何十倍何百倍の価値を見出す、そういったもの――体さえも大いに利用した。心の痛みと天秤にかけて益のほうが重いのであれば、人を陥れることも厭わなかった。自らを『清らかなプリースト』と称することができないのはそれのせいである。
 表立っては人に話せないような経験を幾度となく積み重ね、エリスの姫として地位は、いつしか取巻きたちを『使ってあげている』と表現して差し支えないほどに揺るぎのないものとなっていた。後悔は無い。他の姫がどうなのかは知らないが、少なくとも自分にとっての姫としての成功とはこういうことである。根底にある無償で金品その他を手に入れようという魂胆自体が既に汚い。その自覚はあるのだから、清らかであろうと願うことには、それこそ一片の価値もなかった。
 そのはずだった。


 エリスが自分の生き方についての確認を終えても、サキの読書の時間は続いていた。簡潔に書けば親切なものを、教本の類にはさして意味のあるとも思われない過剰な装飾の付けられた長文が延々と並んでいるその項を読破するのは、割合に骨が折れる。
 待ちがてらに、エリスは記憶を探って内容を脳裏に浮かべた。細部の文面はともかく、概要は頭に入っている。肝心な部分は単純で、まとめれば、『真の姫たるものは上目遣いのおねだり一つで見知らぬ人からも貢物を頂けるものです。貴女もまずは大きなリボンあたりで試してみましょう。』その程度のことしか書かれていない。以下十数ページにわたって、その挑戦が実現不可能でないことの証明として、著者自身の実体験が記されている。ただ、それはあまり現実的ではなかった。
「あー疲れた。面倒だったけど一応ちゃんと読んだよ」
「お疲れさん」
「けど、これ何? 貴族さまが書いたの?」
「そ。ふざけてるでしょ。ホントのお姫様と平民出の冒険者じゃ、そんなの同じ話になんないに決まってんのに」
 そう、同じ話になるはずがない。お姫様と『姫』とは明らかに別のものであり、お姫様の周りにいる『見知らぬ人』と姫の周りにいる『見知らぬ人』では根本的に指すものが違う。姫はどこまで行っても冒険者の延長上の存在でしかないのだから。
「性格のよろしいどこぞのご令嬢が、姫に当て付けて書いて下さったんでしょうよ。姫姫言っててもあんたたちにはできないでしょう、私にはこんなに簡単にできるのに。ってさ。そんなのわかってるっての」
「……余計わかんなくなったわ。わかってるなら何でしたのよ?」
「私もあんまよくわかってないんだけどさ、その本書いたお姫様が格の違いを教えてくれようとしたのとそんなにかわんないと思うんだよね、きっと。私はお姫様じゃないんだってのを見せつけたかったっていうか、あーいや、違うか。別に誰に見せるってわけじゃなくて、自分がお姫様じゃないってことを自分で確かめたかったのかな。てか、あー……」
 ぐるぐると渦巻く想いを並べ立てていると、ふっと一つの予想に辿り付いた。腹立たしいほどしっくりくる。思考の終着点で見つけたこの解答は、たぶん、間違っていない。
「なんかさ、アレかな」
 半ば独白のように言い、エリスは残っていた丁度一口分ほどの果実酒を一気にあおった。愚痴っぽくなってきたのを察したのか、取巻きどもの前では絶対にできないような乱暴な仕草にも、サキは黙って口を挟もうとしない。悪戯な笑みも収めて、今は聞き役に徹するつもりのようだった。
 空になったグラスを置くと、深い溜息が洩れた。
「――私、お姫様になりたかったのかな」
 ぽつりと呟く。
 初めて口にした願望は、案の定、自分のものとして違和感なくすんなりと胸に落ちついた。
「気にしないようにしてただけで、こんなの、ホントはすごく嫌だったのかな。こんな、詐欺みたいにお金とか巻き上げるんじゃなくてさ、ホントに、全部、身も心もキレイなままで、そんな風で、いたかったのかな」
 意図せず、声が震えた。無理に笑おうとして、できなかった。歪んでしまった表情を俯いて隠す。
「それで、こんな本見つけちゃって、自分で痛めつけるみたいに、あんなことしてさ。自分が汚れてるって確認して、それで、何だってのよね。馬鹿だなぁ、私」
 途切れ途切れに話す言葉には、自然と嗚咽が混じっていた。いつの間にか視界が滲んでいる。
 気づかないうちに、無意識に自分で自分を責めたくなるほどに、自分の心は傷ついていたのだろうか。他人を騙して、自分を偽って、そうして得てきたものに、自分は苦しんでいたのだろうか。だとしたら、本当に救いようがない。
「馬鹿だよね……」
 湧き上がってくる感情に任せ、エリスは声を殺して泣いた。
1410@宿題sage :2005/02/13(日) 02:45 ID:mQgiaWhw
 十分とはいえないものの、ひとしきり泣いて気持ちに整理をつけ、エリスは顔を上げた。二人っきりで飲んでいるのに、この調子でいては申し訳ない。
「ごめんちょっと、顔洗ってくる」
「ストップ」
 立ち上がりかけたエリスを、例のからかうような表情を復活させたサキが止めた。何がそんなに楽しいのか、にやにやとしながら空いたグラスを指先で爪弾く。カンカンカンと、乾いた音が静かな夜の空気を揺らした。
「ねぇエリスさ、これ何杯目? あんたかなり酔ってるでしょ?」
「うん?」
「あんたが何を感じて泣いてたのかは知らないよ、私はエリスじゃないから。でもね、あんたは酔ったせいでこんなになってる。いや、本当に凹んでるのかもしれないけど、私の見たところアルコールが大きいわね。だからとりあえず落ち着いてくれない? あんたそのまま顔洗いに行ったらまたそこで泣くでしょ。それでなかなか戻ってこないの。『ごめん』って言ったんだからわかってるわよね? 楽しいお酒の席で一人ほっぽり出されると非常に困るんだけど?」
 一瞬気抜けしたようにぽかんとなってから、エリスは泣き腫らした顔に中途半端な笑みを作った。予想外で、しかしよく考えてみればサキらしい言い草だった。どれだけ気落ちしていようが知ったことではない、自分がつまらないのが嫌だから元気を出せ、と。泣き終わるまでは声を掛けてこなかったのだから、気遣ってくれてはいる。その上でのあの言葉である。
 たまらなく、暖かかった。
 サキがエリスのご機嫌取りをすることはない。彼女はエリスが取巻きとして側に置いた人間ではないのだから。彼女にしてみれば、エリスが姫だからどうということもなく、まず友人としてのエリスがいて、それが姫であるというのは後付けの事象でしかないのだろう。だから姫としての自己に疑いを抱いたエリスを見ても、特に何か変わった様子もない。
 周りのものが全て崩れたような喪失感の中でも、サキだけはいつもと変わらず、隣にいてくれる。相手の都合を完全に無視しているとも取れる先ほどの台詞は、その証明のように、力強くエリスの心に響いていた。
 数分前とは正反対の気持ちで溢れそうになる涙を、笑顔で堪える。
「だいじょぶ。落ち着いた。すぐ戻るよ」
「なら許すわ。いってらっしゃい」
「あい、いってきます」

 洗面所までのそれほど長くない道を歩きながら、エリスは友人の指摘の正しさを認めた。すっかり酩酊してしまっている。にしても、出した結論までもが検討違いなのだとは思えなかった。苦しくて、苦しくて、心の底から苦しくて、それで泣いてしまったのである。酔いだけではここまでには至るまい。
「もう駄目かな」
 今日までと同様にしてこの先もずっと他人を騙して生きていける自信は、今のエリスには無かった。それによる利益についても得尽くしてしまった感がある。今更彼らが何をもたらしてくれようとも大した魅力は感じないだろう。
「潮時かもなぁ」
 顔を洗う冷たい水が、アルコールに侵食された頭を少しだけ明瞭にしてくれる。未だ落ち着き切っていない心と相談してみるが、動揺を差し引いてもやはり無理そうだった。
 顔を拭き、鏡を見る。どのように映っているのか、明かりが無いためエリスにはほとんどわからない。目を痛めないように魔力灯を最小出力で点けてみる。涙の痕跡は腫れた瞼と充血した瞳、そこくらいにしか残っていなかった。これなら戻っても問題ない。
「よし、決めた!」
 照明を消したエリスは張り切った声で独り宣言し、洗面所を後にした。

 エリスが部屋に戻ると、気配でわかるのか、背を向けて座っていたサキはすぐに振り返った。
「おかえり。早かったね。泣かなかった?」
「ただいま。泣かないよ。表情操れないようじゃあ姫はやってらんないって。まぁ、もうやめようかと思ってるんだけどね。つーかやめる。さっき決めた」
 酒のせいか涙のせいか、或いは両方か、妙に重くなってしまっている体をベッドに座らせ、エリスは決定を告げた。姫生活は惰性で続けていたといっても過言ではない。その他に要因があったにしても、ちょっとしたきっかけで打ち切れるくらいには飽いていたし、疲弊しきっていた心も発見してしまった。それが最善と思われる。
「やめるの?」
「うん。なんかさ、無理だわもう」
「へぇー、エリス様もついに一般人ですか。いいんじゃないの? 私はいいと思うよ。けど、そう簡単にやめられるもんなの?」
 取り巻きの中には、最早エリス教信者とさえ言えそうな異常なまでの心酔振りの者が何人もいる。サキの危惧はもっともだった。
「どうだろうね。でも、できないもんはできないし。なんとかするよ。――と、かっこよく言いたいんだけど、私支援しかできないからさ、一人じゃ色々無理あるじゃん? 力で押されたりしたらきっついし。んでさ、物は相談なんだけど」
 エリスは一旦言葉を切り、面白そうに聞いているサキに笑いかけた。取巻きに向けるときはここに何らかの意図を込めて細かに表情を作るのだが、これはそうではない。純粋に、友人に相談を持ちかける、そのこと自体が楽しくて、それで笑ってしまう。
 彼女との関係はギブアンドテイクではない。対価を期待して何かを与えたことはないし、おそらく逆もない。彼女は欲しいものもくれるが、欲しくないものだって押し付けてくる。自分にしても彼女に対してはきっとそのように接しているのだろう。
 だからこの笑顔に意味など込めなくてもいい。彼女は彼女の意思でイエスかノーかを言う。彼女はエリスの表情に微塵の価値も見出さない。泣いても笑っても怒っても、滅多なことが無い限りサキはサキ自身を優先する。彼女のその身勝手な性格を、エリスはよく知っていた。だからこそ、本音の自分で向き合える。友人でいられる。
 エリスは口を開いた。もちろん声に狙って色を付けることなどしない。
「一緒に逃げない?」
「どうしようかな。姫の最後の上目遣いの視線でも貰える? それで決めるわ。真の姫は上目遣いのおねだりで欲しいものを勝ち取るんでしょ?」
 思わずエリスは吹き出した。突っ込みどころが多すぎて笑いが止まらない。姫をやめるというのに『真の』などと付け加えられても嬉しくない。そもそも件の本から持ってきたフレーズであれば、それは本物のお姫様のことであって、エリスを指すものにはなりえない。さらに姫は主導権を握る側でなければならない。催促されてから与えるのでは遅いのである。
 そして、サキは『上目遣い』に心を動かされるような人間ではない。ここで要求を飲んでは笑いの種にされるだけだろう。気を抜くだけで引きつりかける腹筋を抑えつつ、エリスは返した。
「馬鹿じゃないの? 価値のわかんないやつにくれてやってどうなるってのよ? つーかいいから、どうなのよ? しない? 駆け落ち。するなら一緒に寝たげるよ、ほれ」
 冗談めかして言いながら、ぽんぽんとベッドを叩く。サキはふっと鼻で笑って肩を竦めた。
「上目遣いよりいらないわよ、そんなの。――言っとくけど、あんたまだ酔ってるよ? 明日になって撤回するとかは聞かないからね。いい?」
 こんなに早急に物事を決めてしまうのは自分のやり方ではないと、エリスも感じていた。アルコールに背中を押されているのは間違いない。それでもこの決断には絶対に後悔しない確信がある。サキの口ぶりから、答えは聞かずともわかっていた。
 欲しいものを全て手に入れたつもりで全く逆のものを積み重ねていたとは、どうしようもない馬鹿な話ではあるが、サキが隣にいてくれた。愚かな自分にとっての、これは唯一にして最高の救い。後悔などするはずがない。
「撤回なんてしない。一緒に来て、お願い」

 エリスは実に数年ぶりになる『お願い』というものをした。
 サキに対してするお願いなどに何の意味もないことはわかっていたのだけれど。
 自分なりのけじめとして、はっきりと口に出して――エリスは姫という生き方と、決別した。
1510@宿題sage :2005/02/13(日) 02:50 ID:mQgiaWhw
実際に姫プレイをされている方に対して何らかの意図をもって書いた物ではありません。
ということを明記しておきます。

上目遣いから話作ったのに上目遣いの方が後付けっぽくなってしまいました∧‖∧

キャラ作るのがあまり得意でないので自由に動かせるキャラが一つくらいあると楽だなぁ
と思いましてこんな感じに。
競作のネタ出されたらそれにあわせてコイツら動かそうとかそんな卑怯なヤツです。
反則だったり不評だったりしたらやめますが、ほっとかれたら続けます、たぶん。
16名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/13(日) 03:27 ID:7ygId0T6
リレーも見てるし保管庫の人のも('A`)氏のもずっと見てる。
文才も電波も無縁なんでROMだが。

新スレ早々面白かった。色々と期待している。
17名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/14(月) 00:53 ID:imbeehlQ
久々にROのチケットを買ったので、徒然に時事ネタなぞを。
何はともあれ前スレ読みに行ってきます。
18名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/14(月) 00:53 ID:imbeehlQ
 気配。足音。それがオレの意識を覚醒させる。体が瞬時に戦闘体勢を整える。いつでも寝台から跳ね起きれるように四肢を撓める。
 がちゃりと鍵が回って、それでオレは力を抜いた。
 気配も足音も女のもの。そしてオレの部屋に合鍵で堂々と乗り込んでくる女なんて、あいつの他に居る筈もなかった。
「まだ寝ていたのか。もう日は高いぞ」
 ソプラノが告げる硬質の台詞。ずかずかと大股に歩いて、彼女はカーテンを大きく開いた。陽光がオレの目を灼く。
「眩しい」
「黙れ」
「君の美貌が眩しい」
「黙れと言ったぞ、たわけ」
 こいつは変な奴だ。まず美人の癖に男言葉を喋る。慣れるとそれもまた魅力だが、慣れない奴は面食らう。
 そして聖職者の癖に不親切だ。二日酔いの人間に優しくない。だが司祭だというのに「私に信仰はない」などと言い切る女だから、
それはある意味当然かもしれない。
 加えて主義主張も変だ。「法術も魔術と同じく学問だ。神の御業などではない。見ろ、証拠にこの私が行使できる」なんて嘯く。
奇跡と名付けて判った気になって、どういう原理かを追究しないのは怠惰に他ならないのだそうだ。
 そして一等おかしいのは男の趣味だ。なんせこのオレと付き合っている。
 実は最後の一点を除いて一度意見した事がある。お前は相当変だからその辺り考えて直してみたらどうだ、と。が、馬鹿を言うな
と切り返された。
「お前にまともな渡世をしろと言うようなものだぞ?」
 なるほどそりゃあ確かに無理だ。
 オレは性根から腐れたヒトゴロシ。その技を更に腐らせたところで、真人間に立ち返れる筈もない。
「大概に起きろ。今日がどういう日が知っているのか」
 陽光から逃れんと頭から布団に潜り込んだら、容赦のない蹴りが飛んできた。掛け布団を引っぺがされる。抵抗を諦めてされるに
任せ、仕方なくオレは寝台の上に胡坐をかいた。
「――ふ、服を着ろ、破廉恥漢」
「気にするなよ。もう見慣れたろ?」
「そ、そういう問題ではない!」
 顔を真っ赤にして奪ったばかりの上掛けを投げつけてきたので、オレはそれに包まる事にする。
「で? 何の日だっけ?」
 逸れた話を矯正する。む、とそっぽを向いていた彼女が、咳払いした。
「聖バレンティヌスの祝祭だ」
「なにそれ?」
「バレンタインデー、という奴だな」
「ああ、運と顔のいい男がチョコを貰える日か」
「そうだ。お前には到底縁のない日だ」
 尊大な口調で腰に手を当て胸を張る。
「だから、その…だからだな。哀れみを込めて持って来てやった」
「くれるのか!?」
「なんでそこまで嬉しそうなんだ。…まあ、いい。受け取れ」
 渡されたのは高級品だった。趣味のいい包装紙に色鮮やかなリボン。こういう時分にしか売れないような値段の特別製なのだろう。
 けれど、市販品だった。
「――なんだ、その不満そうな顔は」
「だってさー、こういうのは『愛しいアナタの為に頑張って作りました』とか言って手作りが出てくるもんだろ?」
「作り声を出すな、気色の悪い」
 本日二発目の蹴りをオレが回避すると、彼女は腕組みをしてねめつけた。
「だいたいだな、湯煎して形を固めただけで手作りも何もあるまい。物は所詮物だ。そこに籠められた気持ちが在ればよかろう。どう
せただの儀式儀礼なのだから、味と形が良いもののを渡した方がよいはずだ。いや、進物としてはむしろそれこそが正しい。合理的だ」
 ぴんと来た。
「作ったんだ?」
「…」
「で、失敗したと思ってんだ?」
「……」
「そっちがいいなー」
 見交わす視線。見詰め合う、というよりも、睨み合うと表現した方が適切な雰囲気。やがて根負けしたように、
「…こ、後悔しないな?」
「勿論」
 頬を紅潮させたまま、彼女は小さな包みを取り出した。シンプルな包み。飾り気も何もなくて、けれどその分彼女らしい。
 開けていいかと訊いたら頷いたので中を見る。不揃いのサイズの、でこぼこした茶色の塊。小さく笑いが込み上げた。実は不器用
なのだ、こいつは。家事一切を苦手としているのを、オレは知っている。
「すっげー嬉しい」
「せ、世辞は要らん」
「お世辞じゃなくて、本音。冗談は言うが嘘は言わない」
 オレが告げると、緊張したように法衣の裾を握っていた拳がほっと解けた。ああもう、可愛らしいなぁ。
「その、まあなんだ、見てくれは悪いし味だって知れたものじゃない。返却するなら今のうちだぞ? なんだ、何を笑っている! だ
から嫌だったんだ。だがお前が寄越せと言うから――きゃ!?」
 照れて視線を外す彼女の腕をオレがぐいと引いた。膝の上、横抱きに抱きすくめた格好。極上の抱き心地。
「ちょ、ちょっと待て! 何をする気だ!?」
 残念。今更じたばたしたってもう遅い。
「感謝の意思表示」
「そんな感謝などいらんっ! こんな時間から、わ、や、やめ…ん…ぁっ」
 オレは性根から腐れたヒトゴロシ。死線ででしか命を実感できない。けれど、自分にとって何が大切かは判る。自分が何を欲しが
っているのかはちゃんと判る。
 神様よりも日の光よりも、オレはこいつが欲しくて。決して手放す事をしたくないから、手練手管で絡めとる。わざと嫌がられる
ような事をして、甘えるように愛されていると確認せずにいられない。
 難解で不可解な思いの丈も、言葉にするならほんの五文字。耳元で囁くと、彼女の体からそっと力が抜けた。
19なんぼか前の201@宿題sage :2005/02/14(月) 21:25 ID:MPiW534s
部屋で新しく購入して来た魔術書を読みふけっていると、ノックの音がした。
相手は一人しか居ない。妹のクオンだ。あ…妹と言っても血が繋がっている訳じゃないけど。
双方の両親が冒険者仲間で家が隣という関係だった為、多少年は離れてるが殆どセットで育てられた。
何年か前、ある冒険に失敗して彼等が帰らぬ人となるまでは。
その頃の僕はサボってばかりの落第生マジシャンをのんべんだらりとやっていた。
僕はそれでも何とか一人立ちできるだけの能力はあったけれどまだ幼いクオンはそうはいかなかった。
心を入れ替えて修行を積み、ウィザードになって周囲に一人前と認めさせて彼女を引き取った。
それから暫く経て、初等教育課程が終了したクオンが選んだのは聖職者への道だった。
今はまだ成り立てのアコライトでしかないけれど…僕としては先行きが不安だ。

「なに?」
「ねね、兄さん。ちょっとこっち向いて〜」

ドアを開けて入って来たクオンに言われて本から目を上げてその顔を見てのけぞった。
うつむき加減で前髪が顔にかかり、その前髪の隙間から吊り目がちの大きな目が覗く。
ちょっと眉間に皺が寄ってたりもする…こ、これは…

「…怒ってるの?」
「え、なんで〜?」

…どうやら怒っている訳では無い様だが…はっきり言って睨まれているとしか思えない。

「いや、最近は睨まれる様な事はしてない筈だけどなー、なんて思って」
「睨んでる訳じゃないよう…おかしいな〜、この本の通りにしたんだけどな〜」

確かにその手には何やら雑誌が握られている。上目遣いで微笑んでいる少女のアップと題が見える。

『カプラ出版 月間Moe ヴァレンタイン特集、男をモノにする手法』


……
………
タイトルだけでもツッコミ所が満載な気もするんだけど。そういえばあの祭りは二日後だったっけ。
こいつは何だってまたこんな代物に影響されるのか。一瞬散らばりかけた思考を纏め直して声にする。

「ちょっとそれ、見せてくれないかな…?」
「ん?兄さんにはモノにしたい好きな男の人がいるの〜?」
「激しく違う」

どこか焦点のずれた物言いはいつもの事。軽く流してその本を受け取り軽く流し読む。

『男は二種類。明るく元気な女の子が好きなタイプと大人しい物静かな女の子が好きなタイプ』
『相手がどちらのタイプか見極めたならそんな自分を演出しましょう。具体的には〜〜』
〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜
『上記の部分が実践出来ない、そんな恥ずかしがりな貴女にとっておきのテクニックを伝授!』
『上目遣いに、少し恥ずかしそうに差し出しましょう。これはどちらのタイプでも有効な方法です』
『その時にタイミングを見計らって「好きです」と言うだけで男のハートをがっちりキャッチ!』

1ページ目で頭痛がして2ページ目には目眩がして3ページ目にはやるせなくなって来たがまぁ良い。
なんというか…中身の無い文章を延々と書き連ねられるのもある種の文才なのだろうな、等と思った。
大体において二種類しかいないと断言するその根拠がわからない。筆者の世界は随分と狭いらしい。
僕は、本を閉じながら溜息を一つ吐いてクオンに問いかける。

「チョコレートを渡してモノにしたい男なんて居るのか?」
「わたしだって女の子だよ〜、格好良い人にわたしを好きになってもらいたいって思うよ〜?」

ふぅ…やっぱりこいつはまだまだ子供だ。けれどもまぁ…無茶も馬鹿も若者の特権。
僕だって今のクオンと同じ年齢の頃は色々とやったんだし、あれこれ口を挟むのも野暮だろう。
クオンだって、いつかは自分が『恋に恋してる』事に気付く…筈、だよな、多分、きっと…
い、いささか不安が残るけどそれには目を瞑って。こういう時、兄としては…

「…で、僕は上目遣いの練習相手をすればいいのかな?」
「さすがは兄さん、その通り〜」
「僕で試す前に鏡で確認してからにする事をお勧めするけど」
「え、どうして〜?」
「いいからほら、さっきの顔して。はいもうちょっと顎引いて、そのまま洗面台いってらっしゃい」

顔の維持で一杯一杯なのか何やらぎこちない足取りで洗面台に向かうクオン。
少しして、世にも情けない悲鳴が轟いた…当人が怖がってどうするんだか…
泣き出しそうな顔で戻って来た所で、改めて練習開始。

「あぁ、ほら…眉間に皺寄せないで」「こ、こう〜?」
「今度は口元が引きつってる。もっと自然に」「わわ…こうかな〜?」
「頭の角度が急過ぎ。白目が見えるまで上目にしない方が良いって」「うん〜」
「前髪はヘアピンで止めるなりしなさい」「わかったよ〜」

「これえぇぇぇ…受け取ってえぇぇぇ」「…ビブラートかけてどうするの。それじゃお化けだよ」
「これ♪受け取って♪」「歌うなって…恥ずかしそうってかクオンが恥ずかしいから、それ」
「あ、ああああの、これ、受けとって下さいいいいい」「恥ずかしがるっていうかどもってるだけ」

そしてその晩は練習…というより特訓に明け暮れましたとさ。

翌日、珍しく朝から台所に立って鼻唄を歌いながらチョコレートを準備しているクオン。
昨晩の特訓の成果はそれなりで、まぁ普通に悪くないんじゃないの?という程度にはなったと思う。
少なくとも『睨みつけられてるよ!?』という最初の状態は脱している筈だ。
少しぎこちなく微笑みを浮かべ、とても目線は合わせられず、それでも想いを抑え切れない。
そして、はっきり聞こえる程度でけれど小さいと相手に思わせる音量の声で。
ほんの僅か、ためらいがちに『あの…これ、受け取って下さい』から『好きです』の連携。
一番最後の完成形では僕も思わずその気になる程…というのは冗談だけれど。
…僕も大概ノリやすい性格だ。そこまでする気はなかったんだけど。

「兄さんたすけて〜…うまくラッピング出来ないよ〜」
「…そのあたりは自分でやらないと意味が無いんじゃないかな…」

こんな会話をしながらも僕は別の事を考えていた。
今回の告白とやらは失敗するとは思うが、万が一を考えた方が良いかも知れない。
成功率を高める手伝いをしておいて何を言っているんだ僕は?と思うかもしれないが…
クオンは顔もスタイルもまだまだ発展途上だけれど、素材は悪くない。(一応、兄の欲目を引いて)
人を見る目ははっきり言ってイマイチ。何が言いたいかと言うと、悪い男に引っかかる可能性だ。
僕にはクオンが幸せになるのを見届ける義務がある。それは双方の両親の墓前に誓った事だ。
万が一告白が成功して、相手が悪い虫であった時だけは僕も手を出そう…そう決めた。

そして、当日。
足取りも軽く出掛けていくクオン…軽いっていうか地に足がついてないっていうか。
転びやしないかと心配になりながらも見送って、僕も家を出る。
…一応念の為言っておくけれど、こっそり後をつけたりする訳じゃない。
堂々と後をついて行く!…いや冗談だから本気にしないで。仲間に誘われて狩に行くだけだから。
で、あっという間に時間は過ぎて。
夜になって戻って来た。狩は上手くいってレアも出た。当面の生活費には困らないだろう。
分配でちょっと時間を取られて、家に戻ったのは日付が変わってからだった。
普段ならクオンはもう寝ている時間だ。家の灯も消えている。結果発表は明日だろう。
そう考えながら静かにドアを開けて居間に入ると暗がりの中にクオンが居た。

「あ…兄さん、お…帰りなさい…」

それは明らかに泣いている声で。やはり駄目だったのかと内心思いながらも優しい声で問いかける。

「ただいま…何があったんだ?」
「…それがね…」

クオンの話を要約すると。
『渡そうと駆け寄っている最中にすっ転んで泥だらけになった挙句、
渡したハート型チョコレートは綺麗に真中で割れていて大爆笑。コイゴコロも見事にまっぷたつ』
という事らしい。
…おいクオン。僕を笑い殺すつもりか。
という言葉は泣き濡れた眼でおずおずと上眼遣いに見上げて僕の様子を窺うクオンには言えなかった。
僕は、あまりといえばあまりにらしいオチに笑い転げたい衝動をそれこそ必死で堪え、慰めつつ。
やっぱり演技と自然な仕草には天と地の差があるな、等と考えていた。
他の奴に見せるのはいかにも惜しい。こんなに可愛らしい様を見られるのは兄である僕の特権な訳で。
それは、いつの日か、他人のモノになってしまうのだろうけれど。そんな事はわかっているけれど。
クオンの幸せを願うかたわら、その日が一日でも遠くあればいいのに、と。
矛盾した事を思う僕もちょっとどうかしてる。
まぁいいじゃないか。この調子ならその日はまだ当分こないだろうから。
それまでは良き…かどうかは知らないけど、兄としてこの妹を見守っていくさ。

…ちなみに、クオンから僕へのチョコレートは慎んで辞退させてもらった。
前日の失敗作の山を全部腹の中に処分する羽目になったんだからさ…当分は見たくもないよ…
20なんぼか前の201sage :2005/02/14(月) 21:37 ID:KAnqityY
座談会から一週間でもう一度座談会やるのか!?
というペースで皆投下しているから正直ビビっていたのは内緒だ!

では、板汚しすまなかった

新スレが賑わいますように
21名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/15(火) 03:38 ID:sre8.8BI
「おかえりー」
 ドアを開けるなりそう声をかけられて、不覚にも動揺した。声の主が彼女だったから。そして俺の手には、義理とはいえ手渡
されたばかりのチョコレートがあったから。
「勝手に入るな」
「いいじゃん。いつもの事だよ」
 ネンカラスの宿屋。その二階部屋に俺は長逗留している。ギルドの面子が階下を溜まり場にしていて、何かと便がいいからだ。
 当然個室を取って鍵もあるのだが、盗賊技術を修めた彼女の前ではないも同然だった。いくらガキの時分からの付き合いとは
いえ、俺のプライバシーはないに等しい。シーフギルドも盗みですらないこんな些細な罪悪を関知はしないし、全く以て性質が
悪い事この上ない。
 今だってどこにいるのかといえば、俺のベッドに勝手気ままに寝転がって、手をひらひらさせているのだ。
「また義理ばっか?」
 俺の手荷物を認めて、どこか猫を思わせる大きめの瞳が楽しそうにこちらを見た。一挙動で体を起こして座り直す。やはり猫
科の獣を連想させるしなやかな身ごなし。
「うるせェ。ひとのベットを勝手に使うな。襲うぞ」
「そんな甲斐性ないクセに」
 くすくすと笑ってから止めを刺すように、
「やっぱ義理ばっかなんだ」
「…お前はどうなんだよ」
 その仕草が妙に癇に障って、俺は八つ当たり気味に口にした。
「は?」
「そういうお前には居るのかよ。本命のチョコレート渡すような相手はよ」
 止まらなかった。うっかりと出た言葉だったが、それは答えを得たい問いでもあったから。
「ん、居るよ」
 さらりと応答されて、俺はぐらりとした。そうか。居るのか。それでもなんとか踏みとどまったところに追い打ちが来た。
「毎年あげよっかな、って思うんだけどね」
 かすかに寂しそうな目をして、そして彼女は目を閉じる。ずきりと胸が痛んだ。
「でも今までの関係とか壊れちゃいそうで、面倒になってやめちゃうわけよ。こんじょーなしだね」
 誰かを想う横顔。そんなものは見たくない。唇を噛んで俺は背を向けた。数個の菓子包みを卓上に置いて、
「着替えるから出てけ」
「どうしたの?」
 声の棘が伝わったのだろう。彼女が不思議そうな声を出した。
「どうもしねぇよ」
「…」
 即座に切り捨てると、気まずい沈黙が落ちた。しまった、語気が強すぎたか。
「あ、判った」
「なんだよ?」
 自省したところに軽い声。渡りに船と聞き返す。
「チョコ、欲しかったんでしょ? 私から」
「…阿呆かお前。いらねぇよ」
 一瞬詰まったのに気付かれただろうか。顔を背けていた事をありがたく思う。表情を読まれずにすむ。胸を撫で下ろしていると、
「意地張っちゃってー」
 するりと、背中越しに細い腕が絡みついた。何事だと首を捻ると、背伸びした彼女の顔が目の前にあった。
 あっと思う間もなく、やわらかな感触が唇を塞ぐ。驚きを漏らしかけた口中に、何か甘ったるいものが押し込まれた。思わず
嚥下してから今の行為を反芻して、俺は頭が沸騰するかと思った。
「お、お前、何考えて…」
「だってさー、だって鈍いじゃん。わかんないじゃん、これくらいしないと」
 耳までも真っ赤にして、それでも余裕を気取って彼女は微笑む。
「それで――どう? 甘かった?」
 そして口元を拭って、嫣然と。味なんて判るはずもない。酸欠の魚のように口を開閉する俺を余所に、彼女は新しいチョコレー
トの包みを剥いた。二本指で挟んで艶やかな唇に添える。悪戯っぽい、けれど真剣な上目遣い。
「もうひとつ、要る?」
「…本命なら貰ってやる」
「うん。じゃ、受け取って」
 二度目は。一度目よりも長くて、そして甘かった。
22PBsage :2005/02/16(水) 02:44 ID:NkDBhXM2
バレンタイン少し過ぎちゃいましたが、時事ネタいっきまーす゜`( ・ω・)ノ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
暴走恋愛十字聖戦


「店長店長ぉ! 聞きやしたぜ聞きやしたぜ!!」
「ふが?」
 晴天のもと、王都の市に立つ露店看板の下。
 その主の鍛冶商人アルが緑ポーションの瓶に口をつけながら味わう束の間の休息を、そいつらは邪魔しにやって来た。
「姐さんとのケコーン、もとい結婚の話でやんすよぉ!」
「悔しいけどオレも男、ここは涙を飲んで祝福してやるじゃん」
「うーむ、挙式は一体何時なのだ?」
 黄、緑、赤の頭髪を揺らして肩を並べるシーフルックの若者達は、鼻息荒く勝手なことを口走る。
 ちなみに彼らはアルの相方の廃シーフ・カリンの後輩――というわけではない。過去にソグラド砂漠で徒党を組んで職名宜しく由緒正しき追い剥ぎ稼業に精を出していたところを、まとめて彼女に締め上げられた挙句、正道に戻されたついでにその熱烈な追っかけと化してしまった義理の三兄弟である。
 その縁で、当初はアルのことを何かと敵対視していた三人だが、アマツ温泉イベント〜湯けむりタシーロ旅情変〜やココモビーチ海水浴イベント〜悪戯タマちゃんの水着泥棒大作戦〜など数々の修羅場を通して、いつしか男の浪漫の名の下に意気投合。ごく稀にだが露店の売り子の手伝いをさせるぐらいの間柄にはなっていた。
「おい、落ち着けおまいら。さっぱり話が読めないんですが」
 あからさまに頭にクエスチョンエモを浮かべながら、鍛冶商人アルは緑ポの瓶をカートに放り込む。
「まぁたまた、とぼけちゃってからにのお人は〜。この前開かれた、なんとか言うSSコンテストで店長と姐さんも出品したでやんしょう?」
「その時にプロポーズしたってギルドの人から聞いたじゃんオレたち」
「ぷっ、ぷろぽおずっ? 俺が? うそぉん!?」
「確かに聞いたのだな、二・五メガゼニー溜めるとか言ってたのだな」
「……はて、そんなこと言ったっけかなぁ?」
 アルは暫し顎に手を当てて何やら思い出すと、はたと手を打った。
「おお! それはきっと、これだよこれ」
 会心の笑みでカートの中から取り出したるは、手入れを済ませたばかりの一振りの巨大なハンマー。その柄には三枚の魔力結晶が封入されていることを示す、三つのスロットが見受けられた。
「トリプルクリティカル……ハンマー?」
「そうそう! これがあの時ニ・五メガで売りに出されててだな! 自分で作るよりずっとお得だろう!? それが一昨日ようやく買えたんだ。すっげ欲しかったんだよこれ〜」
 至福の表情でソルジャースケルトンカードの三枚刺さったハンマーに頬擦りするアル。
「えー、ソルスケ三枚挿しってすっごくびみょーな……」
「使いどころ無さそうじゃん……」
「いわゆる一つの趣味武器なのだな……」
「うるへー!! つべこべ言うなー!! このピコピコな外見でクリ連発が浪漫なんだいっ!!」
 ヽ( `Д´)ノという顔文字そのままに、辛辣な評価を払拭しようとラウドボイスを張り上げるアルはとっても必死。
「だいたいなぁ、この俺様が結婚なんてした日にゃあ、ルーンミッドガルド中の女の子たちが悲しむだろう?」
 一転、前髪を掻き上げながら白い歯を光らせて嘯くアルに、三兄弟は一様にげんなりとした顔をした。
「いっつも思うんすけど、その根拠の無い自信一体どこから受信して来やすんで?」
「アンテナつけてないのに感度良好ビンビンじゃん?」
「フハハハ、デムパと天才は紙一重なのだよボーイズ」
「それは絶対に破れない特殊合成繊維製の紙なのだな」
「じゃあプロポーズしたっちゅうのはガセネタってことで?」
 そこが問題よぉ、とアルは殊更大仰に思案顔を作る。
「ガセというより、ひょっとしてあいつの願望だったりしてな。モテる男ってのも楽じゃないねぇ。まあ、向こうがどうしてもって言うならこちらとしても鬼じゃなし、ちっとは考えてやらんではないが――」
 腕を組みながら一人うんうんと頷き、何様だよと突っ込み入れたくなるほど大上段に構えてのたまうアルの露店の前に、マントと三度笠で素性を隠した一人の来客の姿。
「ちょっとBSさん、これ良いかしら?」
「お、はいはいいらっしゃーい!」
 快活そうな女性の声で指差されたのはカート上の販売展示用スペースの一番下に置かれたハンマー。
 露店で取引される最高値が付けてある。例の趣味武器だ。
「――ってごめんね、お嬢さん可愛いからおまけしてあげたいのは山々なんだけど、これ展示用なんですよ〜。見ての通りかなり割高でしょ?」
「構わないわ」「Why?」
 客は被っていた笠をおろし、ぼろマントを脱ぎ捨てる。その下からアルのよく見知った姿が現れた。
「相方が立て替えてくれるみたいだからね」
「げぇっ! 張飛――じゃなくてカリン!? い、一体いつからこちらへ?」
「『うそぉん!?』のあたり?」ハイディングはシーフの十八番である。
 アルの背筋に寒気が走る。カリンは笑ってはいるが、このパターンはヤバい――そう本能が警鐘をジャンジャン鳴らしていた。
「いやいやいやいや、何か不幸な誤解があるようですが!? ほら、おまいら説明し――」
 冷や汗と共に振り返ったその先にいた筈の三人組の姿は、忽然と掻き消えていた。繰り返すがハイディングはシーフの十八番である。
「それじゃあ、ゆっくりとその誤解とやらを説明していただこうかな?」
 額の血管が見えてしまいそうな彼女の作り笑顔の前に、アルの必死のスマイルは蛇の前の蛙のように凍りつき――。
 結局カリンは、アルの売り物でそのオーナーを対象にクリアサ気分を少しだけ堪能した。
 げに難しきは乙女心かな。
23PBsage :2005/02/16(水) 02:52 ID:NkDBhXM2
「やってきましたっ! バレン! タイン! デイッ!!
 即ち菓子会社のプロパガンダに乗っかる形で女性から男性へ公然と告白しても許される日っ!
 というわけで先輩、突然ですけど貰ってください!!」
「えっ、何を……?」
「この鎧、――実は全部チョコ製なんです!」
「な、なんだってー!?」
「いただいて下さい! わたしごと!!」
「嗚呼、レナ、かわいいよレナ……」
「ハリー先輩……、すてk

 ガゴン!!

「うきゃん!?」
「人の留守中にカートの中でなに淫夢を見腐ってやがりますかこの暴走妄想色呆け娘わ」
 露店用のカートから真っ逆様に道端へと放り出されたクルセイダー姿の少女・レナータは、
涙目で腰を摩りながら白昼夢から強制的に覚醒させられた。
「ひどいやリネっち、女の子の夢を勝手に覗くなんてっ!」
「やたら感嘆符の多い恥ずかしい寝言を、延々と聞かされるこちらの身にもなってみろ」
 そんな珍獣をカートに詰めていたところで商売の邪魔にしかならない。
「だからってエロティカルドリーマー呼ばわりはないですよ!
 そう、あれは愛し合う男女が互いの愛情の深さを確かめ合う神聖な儀式で――」
 手を合わせて恍惚に浸る乙女に、友人は容赦なく突っ込みをかます。
「そういうことはそのよだれを拭いてから言うんだなレナ太郎君」
「――はっ!? うわあああん!!」
 カートの女主人であるミニグラスをかけた錬金術師・リンネは、何かまだ泣き喚きながら
言い繕っている相手に目もくれず不機嫌そうに煙草に火を点けた。
「だいたい、寝不足でうたた寝するのは仕方ないとしても、準備はもう済んでいるんだろうな?」
「モチのロンですとも! 片眉剃るほど山に篭ってお猿さんたちをしばくこと一週間、
見てくださいこのわたしの輝かしき血と汗と涙と先輩への愛の結晶を!!!」
 彼女が掲げるのは、ヨーヨーが持つカカオを原料として作った、名前入りの手作りチョコの入ったケース。
「これをあの愛しのハリー先輩に渡すことを考えただけでもー、わたしの早鐘ハートは千々に乱れるというものですよ!
きゃー、今日のわたしってばダ・イ・タ・ン!! カームヒアァァ!!」
 そのヨーヨーたちの血と涙の結晶を抱きしめて、栗色の髪を振り乱しつつ一人身悶えして盛り上がっている友に向けて、
リンネはぶっきらぼうに指摘した。
「それはそうと、こんなところでのんびりしてていいのか?
 お目当ての王子様はえらい大勢の女性陣に追われて逃げ惑っていたが」
「あ、あんですとー!?」「あ、ほら向こうに」「マジすか!」
 その指差す先では赤毛紅顔の青年騎士が、女性陣と思しき妙な黄色い声と砂煙を上げている群集に追いかけられながら、
必死の形相で全力疾走していた。
「街中で大トレインとはなんともノーマナーな」
「あ……あんなにライバルいっぱい……」
 暢気な感想を吐くリンネに向けて、レナータは黒いオーラを纏いながら身をぷるぷる震わせて言う。
「……リネっち、古木の枝の在庫ある?」
「テロなら却下だぞ」
「じゃあ無料露店で足止めとかどうですよ?」
「何がどうですよ、だ。ええい、他力本願しとらんと、聖堂騎士なら正々堂々と当たって砕けてこんかいっ!」
 リンネはガッシとレナータの襟首を掴み、カートに放り込むとその入れ物ごとぶん回す。
「おきゃあっ、まだ心の準備があああああぁぁぁぁぁ!!」
 勢いつけて回転するカートの柄をリンネが思い切り踏みつけると、
梃子の原理と遠心力の相互作用をその小さな体で受けたクルセ娘は、
その悲鳴にドップラー効果を発生させながら思い人の騎士の駆ける方向へと飛ばされていった。


 騎士ハリーはその駿足だけを頼りに、死に物狂いで駆け続けていた。
 今日はどうしたということか、やけに特徴的な女性に声を駆けられるなと思ったら、
しまいにはこんなことになるなんて――。
「待って〜ん」「ハリーきゅんはアタシのモノよ〜」「ああん、足速すぎ〜ん」「焦った顔もきゃっわい〜」
 後方から迫る豪奢な――もとい、けばけばしい衣装を身に着けた人々の異様な嬌声と地響きを思わせる無数の足音。
 捕まったら下手すりゃ嬲り殺されるかもしれないと思えてくるほど、この状況は異常だ。
 街中だからとペコペコを厩に置いて来たのが今になって悔やまれる。
 ――欲しいのはコロン姉さんの気持ちだけなのに……、そう思うことですら罰当たりということでしょうか神様。
 青空に、同じギルドの先輩である天然気味な女司祭のお日様のような笑顔を浮かべると、
切羽詰った状況に弱った心では思わず落涙してしまいそうになる。
 だがその隙こそが命取りだった。
「ハリーきゅんつぅかまえた〜」
「うわっ、しまった!!」
 足元にスライディングしてきた追っ手の一人の野太い腕が、
アンクルスネアの如くがっちりとハリーの脚を掴んで離さない。
「フゥハハハーハァー! 約束通りワタシと天国に行こうぜベイべー」
「や、やめて下さい! 俺約束なんてしてません!」
 “ハート”エモを出しながら濃い化粧と硬そうな産毛に包まれた、歴戦を潜り抜けし最強国家の前線兵士の如き強面が、
構わずハリーの唇めがけて近づいてくる。その先に待つのは多分、地獄だ。
 あまりの気色悪さに思わず目を瞑ったその後、すぐ側で響く何かの落下音に驚いて目を開ける。
「わちゃっ! またさっきと同じとこ打ったー……って、あーっ! こやつわたしの先輩に何するですかーっ!!」
 目の前で、片側に三つ編みを作っている栗色のセミロングの髪の上に鎮座まします、小さなリボンのヘアバンドが揺れている。
 その持ち主、後輩のレナータは自分の下敷きになって目を回している厚化粧の強面女をふん捕まえると
容赦なく右フックを叩き込んだ。
「れ、レナ?」
「先輩っ! 逃げてくださいっ!! ここはわたしが!」
「でもそれじゃ君が危険に――」
 レナータはハリーの言葉を遮り早口で捲くし立てた。
「わたしのことをそんなに大事に思って下さるんですね、うれしいですっ!! でも大丈夫、
あの人たちの目当てはわたしじゃなくて先輩なんです。先輩は誰にも渡しはしません!!」
 レナータは、あれ、こんな筈では……他にするべきことがあったような?、と頭の隅で思いつつも、
この緊張感特盛りのシチュエーションに呑まれるに任せていた。
 目をキラキラ輝かせてやる気に燃えるその姿に、ハリーはもはや通用しそうな言葉を見つけられない。
「ここから先は、なんぴとたりとも通しはしませんからっ!!」
 少女は愛用のサーベルをスラリと抜き放って、戦地に赴く騎士の顔をした。
「あ、ありがとう。でも本当に無理しないで」
「安心してください。これでもわたし、あの“氷壁の重騎士”の妹弟子なんですよ?」
 ウィンクしながら強引にハリーの背中を押してその後ろ姿を見送ると、喚声を挙げて迫り来る群集を
眼前に見据えながら大きく息を吸い込んだ。
24PBsage :2005/02/16(水) 02:53 ID:NkDBhXM2
「ここまで来れば……、とりあえず、大丈夫かな」
 ハリーが辿り着いたのは衛兵の詰めている王城の正門近く。
 自分を落ち着かせるために吐いた台詞だが、現実問題足の方が限界に来ている。
 今ここであの人達に見つかったら王手確定、完全に投了だ。
 幸い、レナータの足止めが功を奏したのか、追っ手の迫る気配はなくなったように見えた。
 が、そうなると気がかりになってくるのは彼女の安否。
 極限の緊張状態で盾にして置いてくるような形になってしまったが、こうして冷静に考えると先輩として、
騎士として、いや男としてあそこは踏みとどまるべきではなかったのか、という思いが心を責め立てた。
 やっぱり戻ろう、そう思って腰を上げた時だ。
「いや〜、モテる男は大変ですねぇ」
 突然かけられた声に驚いて顔を上げる。
 そこには藍色の髪を後ろでおさげにした咥え煙草のアルケミストが、やにさがった笑みで紫煙をくゆらせていた。
 過去に一度だけ挨拶したことのある彼女の名前を、ハリーは記憶の引き出しから探し当てる。
「君は……レナの友達のリンネさん?」
「どーも、愚友がお世話になってます」
 飄々と頭を下げる後輩の親友を前に、ハリーは幾分か緊張を解く。
「それにしてもすごいもんですねぇ。いくらバレンタインデーとはいえ、あんな百鬼夜行を髣髴とさせる
モテっぷりは初めて見ましたよ。もしかして何かの撮影とかでした?」
「いや、俺だってこんなの始めてだよ。午前中はなんとも無かったのに……」
 渡されたポーションを口にしながら、納得いかない様子で目を落とす。
「ふむ――お昼はどこで食事しました?」
「え? えーと、騎士団からの帰りだったから西区の“蜘蛛の巣亭”で軽く済ませたんだけど――」
 リンネは少し何かを思案すると、ミニグラスの端をキラーンと光らせながら、顰めていた形の良い眉を上げて言った。
「失礼、少しマントを見せていただけませんか?」


 レナータはその華奢な体を、リンネにカートで飛ばされたときに一緒に落下した、
彼女には不釣合いなほど大きいフルプレートで覆うと、眼近に迫った群集の進路上の街路に気合一閃、
その愛剣を付きたてる。
「ストップすとぉぉっぷっ! 目晦まし程度だけど、グランドクロス!!」
 群集のきゃあきゃあといった嬌声は、大地から十字を象って立ち昇った聖なる白光によって
一時的に視界を遮られてぎゃあぐわーといった叫び声に変わる。
 今のこの人たちなら、悪魔種族扱いで暗闇効果を与えられてもおかしくなさそう、
とレナータは失礼なことを考えた。
 低レベルのグランドクラスでは所詮焼け石に水の筈。だが群集の混乱の度合いは想定していた以上に大きかった。
よく注意してみれば、群集の周り各所で火炎瓶や爆発巨大イクラ、人食い向日葵に似た魔法合成生物がばら撒かれ、
混乱に拍車を駆け効率的に足止めの役目を果たしている。
 ――流石わたしの心の友、リネっちGJ! とレナータは心中親指を立てて友に感謝した。
 そうこうしているうちにハリーの姿を見失ってしまった群集の一部は、激昂の声を挙げる。
 多勢に無勢、しかもまだ新米クルセイダーの自分に到底勝ち目はないが、
それでも女同士の戦いでは一歩も退かない覚悟だった。
 ――先輩のこと一番好きなのは、わたしなんだから!
 しかし対峙しているうちに、憤懣やるかたない群集の発する激しい怒号の含む違和感に、
レナータに生じた疑念の大きさも正比例していく。
「この人達、もしかして――」
「アンタたち、みっともない真似はおよし! ここはアタシたちの負けよ!」
 前に進み出た、体格の良い馬面の女性が一喝すると、群集の怒りは段々と静まっていった。
 胸を大きくはだけた、客商売の女将のような扇情的な服装とは裏腹に、その顔つき、
肉付きはあまりにも精悍で逞しい。
「失礼あそばせ。アタシは小さなバーをやっているキノっていうの」
 自己紹介したキノはさも残念そうに睫毛過多のその目を伏せると、わざとらしく首を横に振って呟いた。
「かわいらしいお嬢ちゃん、年恰好に似合わず大した根性じゃない。アナタには負けたわ。
未練は残るけどハリーきゅんは諦める……けどね」
 意味ありげにちらと流し目を送って息を吸うキノの姿に、レナータは激しい悪寒を覚えた。
「は、はい?」

「アタシたちニューハーフって――かわいい女の子も大好きなのよぉぉぉおおお!!!!」

「お、おとこのひとー!!?」
 思い切り拳を振り上げて彼女――いや、彼がシャウトすると、女性の格好をした数寄者たちが
思い思いに甲高い歓声を上げて、混乱しているレナータを取り囲んだ。


 “蜘蛛の巣亭”は西区における一番大きな酒場である。
 モロク出身者の多く住む住宅街が近場にあるため、自然とシーフやローグが客層の多くを占めるこの店では、
まだ日も落ちていないと言うのに、三人のシーフの若者たちがある話題で盛り上がっていた。
「いや〜、今日は本当に傑作だったじゃん! なあデニーロ!」
「久しぶりに、良い仕事をしたのだな」
「ローグの先輩に貰ったこの落書きペン、壁に掛かってたマントに試し書きしたら、あのナイトの兄ちゃん、
気づかずに着ていくんだもんよぉ」
 金髪を逆立てたシーフ・アンドレがくるくるとペンを弄んでへらへらと笑うと、他の二人も相槌を打つ。
「アンドレ、なんと書いたんだっけな?」
「『バレンタインにカミングアウト! ニューハーフの恋人先着一名様☆ミ さあ、僕を捕まえてごらんよ><』
だっぜ! どうよ俺の文才!?」
「馬っ鹿じゃん、こいつ大馬鹿野郎じゃん?」
 緑の下ろした前髪で片目を隠したシーフ・ピエールが卓をバンバン叩くと、
「アンドレらしく知性の欠片も無い落書きなのだな」
 赤い髪をオールバックにした渋面のシーフ・デニーロが頷く。
「でもよぉ、なんであのナイトのマントを狙ったんだ?」
「どこかで見たことあるような騎士だったのだがな……」
「決まってるぜピエール、オレよりイケメンだったから!」
「そんな理由かよー! かわいそすぎだろ! オレらもピンチじゃん!」
「安心しろてめーらはセーフだ。――けっ、どうせああいうイケメン野郎は女どもからチョコ貰いまくって
鼻の下伸ばしてるような奴だから、このぐらいしたって罰は当たらないんだよ」
 心底羨ましそうに顔をゆがめたアンドレに、ピエールも膝を打って同調する。
「それもそうだよな! オレたちは女の子から逃げられてばっかだってのに不公平じゃん!」
「それよりさっきすごいテロを撮ってきたのだな」
 赤髪のデニーロが出したSSには街中を逃げ回るハリーと、
それを狩猟者の目つきで追っかけるニューハーフご一行の姿が写っていた。
「うは、ありえねー! トレインしすぎだぜ!」「騎士サマモテモテじゃん!」
 自分たちの悪戯の大成果に溜飲を下げて、手を打ちながら馬鹿笑いするシーフたち。
「チョコなんかスティールする以外無縁の俺たちの恨み、思い知ったかって奴じゃん?」
「バレンタインなんかで浮かれてるような軟弱な野郎にはいい薬だっぜ!」
 三人はまた顔を見合わせてぶひゃひゃひゃと転げまわった。
25PBsage :2005/02/16(水) 02:54 ID:NkDBhXM2
「えーと……あの人たちが犯人?」
「ええ、まずそう見て間違いないでしょうね」
 蜘蛛の巣亭の二階席から、一階の三人の盛り上がりを観察していたハリーとリンネである。
 遠くから見る程よく目立つ特殊なペンで落書きされていたマントは既に外してあるので、
もう街中で追いかけられる危険性は無かった。
「安心していいですよ。彼らの素性は割れてるので、責任者筋に全て事情は連絡しときましたから」
 Wis送受信機能付きの冒険者用多目的携帯端末の蓋を閉めると、リンネは相変わらず落ち着いた声で伝えた。
 しばらくすると、ニヨニヨ笑みを浮かべている鍛冶商と不機嫌そうな女シーフが連れ立って
三人の卓のもとにやってきた。
「あの人たちは――アルさんとカリンさんじゃないか」
 その姿を見た三人は先程の威勢はどこへやら、言い訳も空しくカリンに叱咤されると、
金髪と緑髪はずるずると襟首を掴まれて店外へと連行され、赤髪のシーフも大人しく後に続いた。
「ああ、確かに同じハリーさんと同じギルドの方たちでした」
「まだβの時代だった頃からの先輩なんだ」
「それは奇遇ですねぇ。では、あの三人との面識は?」
「うーん、会ったことあるかもしれないけど覚えてないなぁ。アルさんたちって割と人脈広いから」
 ハリーの携帯が点灯し、ギルドチャットの着信を告げる。カリンからだ。
『もしもし、ハリー君? ごめんね。このトンチキどものせいで大変なことになったって。大丈夫だった?』
「いえ、別に怪我したわけじゃありませんし、全然平気っすよ」
『そう? なら良かったわ。けど、こいつらの処遇はどうする?』
 カリンの声の背後から、「ご・う・問! ご・う・問!」などと小学生のようにコールを叫ぶ
とっても楽しそうなアルの声と、バルバルバルチュミミ〜ンという謎の擬音、
そしてシーフ三人組の「それヤバイって、マジ死んじゃいやすって!」といった悲痛な叫びが漏れ聞こえてくる。
「……すみません、おまかせします」
 ハリーは携帯の蓋を閉じると、思い出したように真剣な顔をして行った。
「さっきも聞いたけど、本当にレナは大丈夫なの?」
 リンネは意味ありげにニヤリと笑うと、意地悪そうに質問を質問で返す。
「そんなにあの子のことが気になります?」
「そりゃあ、俺の身代わりになったようなもんだし、気にならないわけ無いよ」
 その糞真面目な答えぶりに、こりゃ聞きしに勝る朴念仁だわ、と溜息をつくとリンネは言った。
「って、そういうことじゃなくてですね。あの子の好意を貴方はどう思っていますか、ってことですよ」
「それは……気づいてないってわけじゃないけど、同じ剣士の先輩として好きとかそういう意味じゃあ――」
「残念ですが大はずれ。どこの世界に先輩として好きなだけの相手に命まで張る女の子がいますかね」
 自分でその死地に追いやったことは綺麗に棚の上にあげつつ、リンネはミニグラスを中指で押し上げる。
 ハリーは自分の身代わりに残して来た後輩の少女のことを思うと、眉を顰めて口をつぐんだ。
「あの子、うちの露店邪魔しに来ては貴方のことばかり喋ってますから。おかげで貴方のことに関しての予備知識、
無駄に仕入れさせてもらっちゃってるんですよ?」
 リンネの全てを見透かすような意地悪っぽい笑みに、赤面したハリーはやりにくそうに目線を外す。
「レナは頭よくないし不器用で直球しか投げられないから、あっちのことに関しちゃ本気と書いてマジなんですよ。
ダチの私としては危なっかしいわ、惚気て五月蝿いわで見てらんないんですけどね〜」
 ハリーもなんとなく共感して、二人で苦笑する。
「ま、そういうわけですが――かといって無理にハリーさんに押し付けようってわけもありませんので、
その気が無かったらあの子のためにも余り気をもたせんといてやって下さい。後のフォローはこっちでやりますんで」
 考えさせられるところがあるのか、すっかり言葉少なになったハリーを見て、リンネは切り上げ時を悟る。
「っと、らしくもなく他人の恋路に踏み込みすぎましたね。ハリーさんにもハリーさんの考えがおありでしょうし。
不躾なこと言ってすみませんでした」
「いや、気にしてないよ」
「あ、噂をすれば本日のMVPのご帰還ですよ」
「せんぱ〜い、リネっち〜、レナータ=ローウェルただいま帰還しました〜っ!」
 へろへろに間延びした声を上げながら、二階に上がって来た少女の扮装を見て、二人は目を丸くする。
 いつもの動きやすそうな軽装用の簡素なメイルではなく、黒を基調としたドレスの表面を凝った薔薇や十字架の刺繍
であしらった物を、更に過剰なほどフリルやリボン類でデコレーションした、敢えて表現するならば
フルアーマーゴシック・ロリータカトキVer.ともいうべき、目を見張らせる珍妙な代物であった。
「おやおや、これまた面白いラッピングをされてきたもんだなレナ太郎君」
「あの人たち人当たりはいいのに、わたしのことおもちゃにしまくるからめっちゃ気疲れしたっすよおおおお!」
 邪魔なデコレーションをかなぐり捨てて目の幅の涙を流しながらも、しっかりとかわいらしい洋服やお菓子類の
入った袋をお土産に貰って帰るあたりちゃっかりしているな、と二人は冷静に観察した。
「おかえり。そしてごめん、俺のせいで……大丈夫だった?」
 おもちゃにしまくる、という件を聞いて柄にも無くとんでもない場面を想像して赤面しまったハリーは、
咳払いで動揺を誤魔化しながら尋ねた。
「あ、先輩! 先輩のためならあのぐらい全然余裕っす! あんなのマネキンのバイトみたいなもんですよ!」
 何故かびしっと軍隊式の敬礼で返すレナータ。そんなアルバイトがあるのかどうかは知らないが。
 よく聞けば、あれからニューハーフたちの溜まり場になっているキノの経営する
バー“ダイアリーオブトサ”に有無を言わさず連れて行かれた彼女は、意外にも手厚い歓待を受けたという。
『あら、思ったとおり! レナちゃんこのお洋服とぉっても似合ってるわよ〜』
『まっ、かわい〜わ〜。姉さんそろそろどいて! 今度はアタシが見繕ってあげるの!』
『あうう、そろそろ帰してくださ〜い!』
 かわいいものに目が無いニューハーフのおネエさんたちに着せ替え人形扱いされた、というのが実情に近いか。
 レナータの苦労をねぎらいながら丁度良い時間だしと夕食を三人で摂ると、店を出た頃にはすっかり外は暗くなっていた。
「私は買い物していきますんで、この辺で失礼」
 リンネはレナータの脇を肘で小突き、しっかりやるようにとにやけながら目で合図すると、
後ろにパンダの縫いぐるみを乗せたカートを牽きながら宵闇に林立する露店通りに消えていった。
26PBsage :2005/02/16(水) 02:54 ID:NkDBhXM2
「きれいな星空ですね〜」
 どこか音程のずれた鼻歌混じりに、空を仰いで先を歩くレナータの栗色の髪の上で
、お気に入りの小さなヘアバンドのリボンがぴこぴこと揺れている。
「今日は、本当にごめんね」
 二人きりになるとまた、彼女を捨て置いて自分だけ逃げたという罪悪感がハリーの心を苛んだ。
「も〜、やだなぁ先輩。そのことは大丈夫って言ったじゃないですか〜」
 彼女は振り返るとばつが悪そうに手をひらひらと振って苦笑する。
「先輩のお役に立てるんだったら、わたし喜んでなんでもしちゃいますよ!」
 小さくガッツポーズを作って明るい笑顔を見せるレナータ。
 その無邪気で真剣な視線が苦しくて、薄笑いで誤魔化しながらつい目を背けてしまう。
 レナータが自分のことを慕っているということぐらいは、リンネに指摘されずともわかっていた。
 しかし、今所属しているギルドが小さなパーティーだった時代から胸に抱き続けてきた一つの思いが、
その事実から目を反らさせていたのだ。
 駆け出しの剣士時代に窮地を救ってくれた、ハリーにとっては姉のような存在のアコライト――今は
プリーストであるコローナへの慕情。
 誰にでも優しく、たまにドジをして、そしてどこか儚げなその笑顔が自分だけに向けられているのではないことに、
切なさで胸を掻き毟った夜もあった。
 だが、その思いはおそらく遂げられることはないであろうことも、彼は薄々感づいていたのだ。
 何度か告白を試みたこともあったが、天然な性格のなせるわざか、それとも確信犯か、
とにかく結果的にていよくいなされ続けてきた。
 わかっている。畢竟自分は彼女にとって仲のよい弟の一人みたいなものなんだろう。
 しかし、拒絶の言葉を投げかけられたわけではないという、一縷の消極的な光明のみに望みを見出して、
今も思いを捨てきれずにいる。
 そしてそんな自分の女々しさが、慕ってくれている後輩の彼女の思いから不誠実に向き合うことを避けていたのだ。
 ふと顔をあげると、レナータが怪訝そうな顔をして振り返っていた。
 どうやら自分は考え込む余り、足を止めてしまっていたようだ。
「どうしたんですか先輩、さっきから元気ないですよ? あ、もしかしてまだお腹いっぱいになってないとか!」
「ああ、別になんでもないよ。気にしないで」
 今は弱弱しく笑いを帰すことしか出来ず。
 止めていた歩みを進める。と、すぐ前を歩いていたレナータが立ち止まる。
 辺りは露店通りを抜けて、人通りも灯りも少ない住宅通りへと差し掛かっていた。
「わたし、知ってるんです」
「――えっ?」
 向こうをむいたまま紡ぐ言の葉は、先程の彼女のものとは打って変わって真面目な口調。
「先輩がコロンさんをずっと好きだっったってことも、どうやって二人が出会ったかってことも――」
 唐突に胸を突かれたような思いをして、ハリーは息を飲む。
「正直適わないなーって思いました。先輩の後ろを追っかけてるだけの今のわたしじゃあ、
勝ち目どこにもないですもん」
 壊れかけた街頭がチカチカッと彼女の影を明滅させる。
「でも、わたしって見ての通りわがままなんです。理屈じゃ駄目だってわかってても、
そんなに簡単に諦めたることなんて、できなかった……」
 ハリーは俯いて静聴しながら、またもや押し黙るしかない自分の気の回らなさに歯噛みする。
 その隙を狙いすましたかのように、レナータは振り返ると小さい声で何かを唱えた。
「えいっ」
 ピロンという独特の効果音とともに、ハリーの体が温かい癒しの光で包まれ、ごく僅かではあるが活力を取り戻させた。
「……これは?」
「えへへっ、驚きました? まだレベル低いですけど、ゆくゆくはどんな傷も治せるまでになるつもりなんですよ!」
 月明かりの下、癒しの力を行使する、闇より黒きドレスを身に纏った少女が静々と歩み寄ってくる。
 いつもやかましいぐらいに自分の名を呼びながらタックルで飛びついてくる、まだまだ幼いと思っていた後輩だ。
「わたし、先輩が好きです」
 だがその表情は、いつもふざけたり、甘えてきたりする顔とは全く違った真摯なものだった。
「ですから、コロンさんにも他の女の人にも、負けないぐらい先輩に相応しい子になります。なってみせます!
 ですから、だから――」
 咄嗟の告白に返答することの出来ない男に不満を見せるでもなく、少女は切々と思いの丈を夜風に乗せた。
「いつか先輩がわたしのことを一番好きになってくれるまで、待たせていただいてもいいですか?」

 ハリーが正気づいたときには、目の前に彼女の姿は既に無かった。
 結局自分は、年下の彼女の勇気を賭した告白に対して、情けないことに最後まで何も答えてやれなかったのだ。
 告白とともに手渡されたハート型の包みに目を落とす。
 プラスチックケースの上をリボンで包装したそれは、月明かりを通して透明な蓋越しに、
手作りで入れたのであろうどここかいびつな送り主と渡し主の白い名前が見て取れた。
 この辺でいいですから、と大きく手を振って、顔を見せないように手を振って、
住宅街へと消えて行った彼女の後姿を、熱に浮かされたような頭で思い返すと、
青年の胸に切ない痛みが去来した。
27PBsage :2005/02/16(水) 02:55 ID:NkDBhXM2
「おっはよーリネっち」
「おお、レナ太郎君。昨日はあの後どうだった? ん?」
 露店の品出しを中断したリンネが朝っぱらからエロ親父のようなノリでからかうと、
レナータは疲れきった顔でカートにもたれるようにして地べたに座った。
「いやはやなんとも、乙女の聖戦第一段階はなんとか遂行してきたとですよ。
今は“人事を尽くして天命を待つ”ってやつっすねー。あ、リンゴジュースちょうだい」
 昇りきらない太陽が、まだ眠たそうなレナータの横顔を照らす。
「うむうむ、よく頑張った、ご苦労さん。練習の甲斐はあったようで良かったじゃないか。
オカマさんたちのことは流石に想定外だったけど」
「でも、肝心のお返事はもらえなかったんだよね……。やっぱりわたしじゃ駄目ってことかなぁ」
 気落ちするレナータのヘアバンドの上のリボンのまわりを、リンゴジュースの匂いに誘われたのか、
慰めるように黄色い蝶が飛びまわっていた。
「大丈夫だ気にするな。それも台本の想定範囲内だ。
そもそもあの手強い朴念仁がそう簡単にOK出すようならここまで綿密に下準備することもないわけで。
あとは第二段階のホワイトデーまでじっくりと作戦を煮詰めよう」
 リンネは気分が沈みがちな友を元気付けながら、飲み終えたニンジンジュースの空き瓶をカートに放り込んだ。
「まあ、芝居っ気ゼロのお前がとちらなかっただけでもたいしたもんだよ」
 くしゃりと栗色の髪の上に手を置くと、リボンの先に止まっていた蝶は驚いて飛び去っていった。
「リネっちにわざわざ付き合ってもらった手前、失敗するわけにはっ! ってこっちも必死だったから」
「こらこら、お前のための告白練習じゃないか。それじゃ本末転倒だ」
 ペシンと平手で突っ込むと、リンネはレナータの横に腰掛けた。
「あはは、リネっちには本当に感謝してるよ? ハリー先輩に会ってなかったら、
好きになっちゃってたかもってぐらい」
「おいおい、レナ太郎君。そういう軽はずみな言動はよくないと思うぞ?」
 そう言いながらリンネはミニグラスの端を光らせると、レナータのメイルの両脇の隙間に両手を入れて、
その発達途上な膨らみの上をまさぐった。
「私はノンケでも構わず食っちまうような女なんだぜ? うりうり」
「ひぁっ! ちょっやめっ……うひゃぁ……リネっちくすぐったいよ……っ……」
 レナータは身悶えしつつ半分笑いながら抵抗の声を上げるも、リンネは更に嵩にかかって責めの手を強める。
「ほれほれぇ、毎晩告白の練習なんて付き合わせるから、おかげで私も変な気分になってしまったじゃないか。
どれ、責任とらせてもらうとするかな?」
「やぁっ……、ちょっとタンマ……ギブギブ……苦し……うひゃあん……っ!?」
 二人がじゃれあっているそのすぐ近くで、突如無粋な声が木霊した。
「ムッハー!! 眼鏡ケミ子たんとロリクルセ子たんのレズSSゲットー!!
こいつは朝から激レアなお宝画像だぁ!」
 オークのような鼻息を立ててパシャッパシャッとSS撮影のシャッターをきりまくる鍛冶商に向けて、
リンネは吐息とともに一閃、その白いおみ足をあられもなく見舞う。
「お兄さん、撮影は事務所の許可をとってからにして下さいね〜」
 寸止めでファインダーの視界を塞がれた鍛冶商のアルは、
「Oh! ファンタスティック足技! 姉ちゃん俺と世界を狙わないか?」
「はぁ……?」
 全く懲りた様子を見せていなかった。
「アルさん、すいませんけどちょっとだけ静かにしててくれませんか? 話がすすまないっす」
 後ろからその肩を押しのけるように現れたのは、騎士のハリー。
 後輩から露骨に邪魔者扱いされたアルはしゅんとなって、背中を丸めながら
地面に鬱の字をすごい速度で書き殴る。
「おはようリンネさん」
「おや、ハリーさん昨日はどーも」
「いえいえ、こちらこそ。ちょっとレナいいかな?」
「ほら、レナ太郎。お前のナイト様が会いに来てくれたぞ」
 カートにもたれながら、まだ肩で息をしつつ先刻の責めの余韻に浸っていたレナータを、
リンネが意味深な笑みを浮かべながら手をとって立たせる。
「へ……? はえぇっ? 何故に先輩がっ? わかったこれはわたしの願望が像を結んだ幻覚って奴ですね!
 しっかりしてわたし! ウェイクアップレナータ!」
 いつもハリーのもとに押しかけるのはレナータの方からで、その逆のパターンなど全く前代未聞の出来事だったので、
女は頭を両手で挟みながら軽く混乱をきたしていた。
「ごめんなさいハリー先輩、この子少し弄くりすぎちゃったかも」
「あはは、もしかしてお邪魔だったかな?」
「いえいえ全然、どうぞご自由にお持ちになってください」
 ハリーはまだ目を回しながら何かを口走っている後輩の肩に手を置いて優しく諭す。
「おはようレナ。俺は本物だよ」
「おお、おはようございますっ!! 今日はなななぜこちらへ?」
「うん、レナを狩りでもに誘おうと思ってね。
昨日のお礼とか、色々と話したいこともあるし――。だめかな?」
「めめめ滅相もないですっ! 地の果てまででも付いていく所存でっ!!」
 いつもの後輩として甘えた態度や、昨夜のどこまでも女の子らしい告白とはうって変わって、
緊張でフロストダイバーをかけられたようにガチガチに固まっている彼女の様子に、
ハリーはどこか安堵を覚えてくすりと笑った。
「それじゃあよろしく」
 レナータの顔は朝の光の下、咲き誇る向日葵の花のように明るい。
「よろこんでっ!!」


「第2ラウンドはホワイトデーと見積もっていたんだけど、
流石に翌日早々反攻をかけられるとは思わなかったわー……。あの彼氏もなかなか侮れませんなぁ」
 仲良く去っていく二人を見送ると、リンネは煙草の煙を盛大に吐き出した。
「ともあれお二人さん、お幸せにー――っと。あー、私も男作るかな〜」
 その後ろで立ち上がって、頻りに自分を指差してポーズをつけながらセックスアピールする何かがいる。
「眼鏡の似合うケミたん。俺だよ俺、ここにうってつけのいい男がいるじゃあないか!」
「あ、まだいたんだ」
「くぅーっ! その冷たい目つきもクールでイイっ!
さあ、俺たちもめくるめくアバンチュールとしけこもうじゃないくぁっ!!」
 リンネは別段物怖じするわけでもなく、いつもどおり据わった目つきで眼鏡越しにアルを見定めると呟いた。
「んー、悪いけどコブつきに手を出すほど必死じゃないんでパスしときますわ」
「そんなこと言わずにちょっとだけでもお試しで――って。ん? コブつき?」
 背後に漂うWARNINGのロゴと警告音。危ないアル。逃げるんだ。
「♪迷子の迷子の鍛冶屋さん、あなたのおうちはどこですか〜」
 妙な替え歌と共にアルの後ろから、爆裂波動のような闘気を纏ってお仕置きシーフが現れた。
「はうあっ!? き、気難しい仔猫ちゃん、どこ行ってたんだよ探してたんだぜ?」
「へーえ、よその子口説くことであたしが見つかると思ってたんだ」
 近寄るカリン、後ずさるアル。
「HAHAHA、この通り感動の再会を果たせたじゃないかぁ」
「じゃあ感動ついでに――愛のスキンシップといきましょうか」
 指の関節が威勢良く鳴らされる。
「お、お手柔らかにっ!! っていうか何とかなりませんこのワンパターン!?」
 リンネはそのシーフの頭上に、さながらナイトメアの如く鎌を構えた死神が生えているのを見た。
「ワンパターンなのは」バキッ!「ユベシッ!」
「あんたのっ」ドコッ!!「キンツバッ!?」
「馬鹿さ加減でしょうがっ!!」ズガン!!!「クルミモチッ!!!」
 本職も驚くほど見事な三段掌を決められてぷすぷすと煙を上げながら、
死神に『まだ立てるんか? それとも宿屋戻っとくか? ん?』と鎌先で小突かれているアルを尻目に、
カリン彼のSS撮影機からフィルムを引っこ抜きながらリンネに謝った。
「うちの馬鹿が迷惑かけてごめんねー」
「いえいえ、色々と興味深い物を見せていただきましたよ」
 リンネは動かなくなったアルをずるずると引きずって退場するカリンを見送ると、
「男と付き合うのも良し悪しだねぇ」と一人ごちた。
 傍らから一冊の手作りの小冊子を取り出してパラパラと捲る。
 十字章聖堂騎士団団員手帳の装丁を真似して作られたその小冊子には、
レナータが集めた情報をもとにリンネが立てたありとあらゆるハリー攻略作戦の手立てがびっしりと書き込まれていた。
「予想外に早くこれ、要らなくなったな」
 パタンと閉じたその表紙には、レナータの筆でディフォルメされたどこか稚拙な自画像が
『恋は女の子の聖戦なんだよ!』と懸命に主張していた。
「やっぱり私はまだ、その時機じゃないみたいだ」
 ふっと微笑してそれをカートの中に放り込むと、既に高く昇った日の光に目を細めつつ、
午後の売り出しの場所取りの為に歩をすすめた。
 あの子が帰ってきたら、思いっきり今日の結果を突っついて酒の肴にしてやろう、とほくそ笑みながら。
28PBsage :2005/02/16(水) 02:55 ID:NkDBhXM2
 夜の酒場は今日も賑やかだ。
「ようアルフレート、一年で最も荷物が重くなる日が今年も来てしまったぜ。全く困ったもんだ」
 ニヤケながらテンガロンハットの吟遊詩人は、本日の戦果でパンパンに膨れたザックを誇示する。
「ふはははは、今年こそは負けんぞホークアイ! とくと拝みやがれこん畜生め!!」
 嘯きながらアルがバサッと覆いを外すと、そこには色とりどりのハート型のチョコで満杯になったカートが姿を現す。
 ホークは口笛を一つ吹いて感嘆の意を表すが、そこへやってきた一人の女聖堂騎士がアルの肩を叩く。
「アル、まだこれ捌いてなかったのか?」
 一瞬にして固まるアル。すかさず抜け目の無いホークは問いを発した。
「失礼。聖堂騎士殿、これは貴方の所持品で?」
「ああ、もとはな。同性にこんなに貰ったところで正直迷惑だし、とても処理しきれないので彼に処分を頼んだのだ」
「なーるほどね。まあ、こんなことだろうとは思っていたが。お粗末だったなアルフレート」
 口許にあからさまに蔑んだ笑みを浮かべながら、勝ち誇って去っていくホークと対照的に、
アルはがっくりと地面に手をついた。
「ん? 私、もしかして何かまずいこと言ったか?」
 状況が読めずに当惑するセリアに、アルはただ力なく首を振った。
「なにを人が来る前からたそがれてるのよ」
 遅れてやって来たカリンを前にして立ち上がると、アルは持ち前の調子を取り戻してのたまう。
「そういえば今日は二月十四日だっけか! 何か俺に渡したい物があるんじゃないかなハニー?」
 白々しいその物言いに、怪訝な顔で眉を顰めたカリンはポケットから何かを取り出す。
「そうそう、それでこそマイハ――」
「はい、借り部屋の家賃と光熱費の請求書預かって来た。今月はあんたの番だからね」
「NOOO! 違くって!!」
「ん? ああ、この間借りた小説? まだ読み終わってないからちょっと待ってよ」
「それも違ーう!!」
「もー、じゃあなんなのよ。はっきり言いなさいよ!」
「あるでしょうが、今日限定で渡すこー、愛のこもった黒っぽくて甘い食べ物が!!」
「ああ、わかった! あれね!」
「そう、それ! おろろーん、やっとわかってくれたかセニョリータ!」
 感涙流すほどテンション上がっているアルにぽん、と手渡されたのは――、
 おいしい焼き芋。
 高い回復力を持っているが、飲み物と一緒にゆっくり食べなければのどに詰まる。
「わーい、甘くておいしいけどすっごくぽそぽそしてゆー」
「満足した?」にっこりと尋ねるカリンに、
「うわああん、どうせ俺なんてぇぇぇ!!」
 アルは人騒がせな泣き喚き声を発しながら、酒場を駆け抜けて夜空の下へと飛び出していった。
 傍らで見ていたセリアが、頬杖をつきながら苦笑い。
「ちょっといじめすぎじゃないか?」
「いーのいーの。いつかの仕返しなんだから」
「?」
 そう笑いながら、結局渡しそびれた手作りチョコのケースを弄ぶカリンの右手の薬指には、
古ぼけた花の指輪が遠慮がちに光を放っていた。

                       (暴走恋愛十字聖戦 了)
29丸いぼうし@リハビリテイションsage :2005/02/20(日) 05:21 ID:XrcR9Ff6
ROも文章書くのもここをみるのも久しぶり。
使わないと技能というものは低下する一方で困ってしまいました。
面白いお題が出ていたようなので、遅くて短くて萌えないものではありますが書かせていただきました。
--

「上目遣いか、うーん、そうだね、上目遣い。」

教授は何度も何度もウワメヅカイと口の中で繰り返した。まるで言葉を味わっているかのように。
そして一つ指を鳴らすと、教授はびしりと僕の顔を指さした。

 教授の行動に意味があるかのようには思えなかったが、指差されると背筋が伸びて
指を凝視してしまうのが僕の性分だった。
 教授はゆっくりと指を動かしていった。前へのめるようにして僕の顔も指と等距離を保つ。
すっ、と指が視界から上に消えた。その行為に抗議するようにして僕が顔を上げるとそこに教授の
意地悪な笑顔があった。

「ほぅら、上目遣い。上目遣い。はははは。」
30名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/20(日) 13:16 ID:J39E9ZoA
ワラタ
31名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/20(日) 13:19 ID:VK.VkORY
バギワロス
32150sage :2005/02/22(火) 01:35 ID:s4Ln5BJo
スープとは、料理の基本だと思う。
つまり、こいつからいくらでも料理を派生できるのだ。
ソレもひとえに、多くの食材の織り成す豊かな風味と、土台となるスープのお陰だ。
 「で、コレはなんですか」
 「サベージのバラ肉でシチューです」
 「……シチュー?」
火に掛けられている目の前の鍋を見る。
良い香りだ……何の香りかはわからんが非常に食欲をそそられるのは確かだ、認めざるを得ない。
が、そのシチューと呼ばれた液体は紫色をしており、香りを乗せているはずの湯気は緑色だ。
 「はいどうぞ、熱いので気をつけてくださいね」
シチューと呼ばれた液体が入った皿を渡される。
おかしいな、手が震えている。
なんだろう、この眼前の女性は俺に何か恨みでもあるんだろうか……いや、いっそあったらどんなに楽か。
 「(……ゴクリ)」
たまった唾液を嚥下する音が響く。
女性は笑顔だ、料理中から一貫してひたすら笑顔だ。
 「……いただきます」
 「はい、どうぞ」
笑顔に負けて、一口、口に含む。

――――ああ、カイラス、我が友よ。


すまん、俺、死んだわ。

RagnarokOnline ShortNovel [Re:Member For...]

- 03:王都プロンテラへ

 「……すいません」
 「気にするな……ああいや、やっぱりちょっとは気にして欲しいです、はい」
ぐったりとした顔で返答する。
やっぱりあの紫色の液体は飲むべきではなった…彼女には悪いが、あれはイリアのポーションより強力かもしれない。
今度勝負させてみたいものだ…いや、やめておこう。
どうせ、俺とカイラスが被害にあうだけだ。
 「つ、次はがんばってちゃんとしたの作りますから!」
 「……いや、次から俺が作るから」
半分泣いている彼女を制して、我ながらなんともどうしようもないセリフを吐く。
職業柄、毒に慣れる訓練をしていたお陰か、気分が良くなってきた。
こんな時に発揮されるとは、なんとも悲しいことだが。
 「まあ、アレだ。人間だれしも最初は失敗ばかりするもんだ、いつか見返せるようになればそれでいいさ」
 「…………」
無言。
いまさらフォローしてもダメか?
 「俺だって最初は塩と砂糖間違えたりとか、香辛料の類をだな……」
 「…………」
さらに無言。
なんか本格的に俺が悪人になってきたような気が……。
 「あー、ええと、アレだ。そんなに落ち込むことは無いような……あの、えーと、なんか色々すいません」
 「…………Zzzz」
 「寝てるのかっ?!つーかそこで寝るのか、寝ないよな普通!オイッ!起きろ、起きろよこらあああああ!!」
 「うーん、そんなに食べれませんよー……うふへへへー」
 「ああっ!テメェ一人で何夢一杯幸せ満腹極楽な夢みてやがる!起きろ、起きやがれええぇェェェエ!!」
激しく前後にゆする、今にも頭がもげそうだが気にするのはやめた。
 「くそっ、このこのー!起きろおぉぉぉぉ!」
ゆするだけでは起きそうに無いので両頬もつねる、それはもう激しく、ギューっと。
ここで寝られたら俺の存在が全否定されてしまいそうだ。
33150sage :2005/02/22(火) 01:35 ID:s4Ln5BJo
 「ただいまー」
戸を開け、宿屋の一室へ。
 「お、帰ってきたか放浪暗殺者」
 「やめんかその宿無し根性剥き出しのような呼び方は」
部屋にはカイラスしか居ない。
 「あれ、イリアと謎ライトは?」
 「ああ、シャワー浴びてる」
 「ぬ、謎ライト起きたのか」
 「ああ、イリアがドドメ色のポーションを」
 「……なぁ、カイラス」
近づき、肩にそっと手を乗せる。
そして、出来うる限り最高の笑顔と、そしてほんの少しの哀れみをこめて。
 「殺人は犯罪だぞ」
 「うるせえぇぇぇぇぇぇ!殺してネェよ!!」
激しく否定された上に殴りかかられたので華麗なステップで後方へ退避する、我ながら完璧だ。
 「分かった。実は、ドッキリ!謎ライトは女装した男でドキッ!イリア惚れちゃった、とかそういう展開になったんだな!」
 「なるかこの馬鹿ユイスー!!」
後頭部に鈍い激突音。
振り返ると開け放った扉の向こうに、イリアと謎ライトの姿が見える。
あと、後頭部が痛い。
 「……なぁ、この石鹸後頭部に刺さってるんだけど」
 「黙れこの精神異常暗殺者ッ!今日こそその頭を最適化してくれる!」
シャワーに行ったはずなのに、着替えを入れていたバッグからドドメ色のアレを数本取り出すイリア。
しかもスリムポーション瓶に入ってる、ていうか両手に構えてる。
 「スイマセン僕がわるかっ」
 「しねぇー!!」
まっすぐに額目掛けて飛翔したポーション瓶が割れる音と、じゅわっ、という肉の焼ける音がした。

 「で、お嬢さん。できれば名前を教えてもらいたいんですがどうでしょうか」
 「はい、ノヴィアと言います、ノヴィア・ローゼンヘイム。見てのとおりアコライトです。よく分かりませんが助けていただいたそうで、ありがとうございます」
 「いやいや、困った人が居れば助けるのが人の情ってもんだ、なぁ?」
 「そうよ、最近物騒なんだし、困ったときはお互い様ってね」
ハハハ、と笑顔で笑うカイラスとイリア……と、部屋の隅で包帯だらけでぐったりしているユイス。
 「くそっ、偽善者共め……これだから上流階級の人間は民主主義の底辺で困っている労働者に対する正当な扱いを…」
 「「なんか言ったか」」
 「イエ、ナンデモアリマセン」
無表情で返す、これ以上地獄を見たくは無い。
 「ふふっ…あ、あの。ここまでお世話になっておきながら、まだお名前をお伺いしていませんでした」
ああ、という顔するカイラスが紹介をする。
 「俺がカイラス・フウゲツ、一応アマツの出身だ。ナイトをやっている。で、隣のがイリア・エーデルレート。マーチャントだが、五日後にはアルケミストになる予定だ」
 「予定は余計。ちゃんと試験通ったから、あとは申請書類を出すだけよ」
 「で、そこの隅にいるのが」
 「ユイスだ、ユイス・フリューゲル。しがないアサシン。ついでに言えばあんたの尻にしかれた」
ズビシ!とノヴィアを指差す。
 「まぁ、それはそれは……すいません、ご迷惑おかけしました」
椅子から立ち上がり、律儀に頭を下げてくる。
いまどき律儀な人だ。
 「で、えーとノヴィアさん。できれば空から降ってきた理由なんか説明してもらえると助かるんだが」
ストレートに問うカイラス。
普通はもっと回りくどく聞くもんじゃないのかしら、とツッコミを入れるイリアは無視する。
 「えーとですね、実は私」
 「空が飛べる、とかいう話は却下な」
 「……ダメですか?」
 「ダメ」
ええー、という顔をする。
そんな顔をされても困るのはこっちなんだが……。
 「正直申し上げますと、自分の名前以外思い出せないんですよね」
 「……記憶喪失?」
 「に、なるんでしょうか、やっぱり」
34150sage :2005/02/22(火) 01:36 ID:s4Ln5BJo
 「はぁ……それで、なんで俺は君と二人でこう森の中を歩いてるんだろうな」
 「それは、プロンテラの大聖堂へ行くためです」
胸を張って答えるノヴィア。
アコライトの事なら大聖堂、というイリアのもっともな意見により、プロンテラ大聖堂で身元の照会をすることにした。
しかし、ジュノーからプロンテラといえば、徒歩で10日以上の道程。
加えて強力な魔物も生息している。
女一人放り出すわけには行かないと、プロンテラまで送っていくことにしたわけだが。
 「ごめんねぇ、どうしても書類申請が前倒しできなくて。とりあえずユイスに送らせるから」
というイリアの爆弾発言によって、なぜかユイス一人でプロンテラまで送っていくことになってしまった。
カイラスはイリアの護衛とか訳のわからん事を言うし……くそー、そもそも見知らぬ男の護衛なんてあっさり承諾するか普通。
 「あの、ユイスさん?」
 「ん?」
 「ユイスさんは、なんでアサシンになろうと思ったんですか」
 「はぁ?」
 「いえ、その……なんていうか、戦い方がアサシンというより、ソードマンやナイトに近いような気がして……」
参った。抜けているようでこの娘、意外と鋭い。
普通はバレないんだけど……なんだかなぁ、修行不足か俺も。
 「いや、まぁな…戦い方を教えてくれたじーちゃんとばーちゃんがナイトやってたんだ」
 「お爺様とお祖母様が?」
 「ああ……まぁ、結局じーちゃん死んだし、亡き意思をついで、ってのもなんか性にあわなくて、それでな」
自嘲し、ふとこれまでの自分を思い起こす。
……ロクな事ねぇなぁ。
 「……すいません、余計なことを聞いてしまいました」
 「別に謝ることじゃないよ、それにばーちゃんが生きてるし。信じられるか、そろそろ齢80になろうかと言うのに素手でサスカッチを倒すんだぜ?しかも一撃で」
 「デンジャラスなお祖母様ですね」
 「ああ、デンジャラスだ……何度か殺されかけたな」
更に幼少の頃を思い出し……思い出すのをやめた、あれは悪夢だ。
 「さて、見えてきたわけだが」
 「え?」
 「もうちょっと……ほれ、見えるぞ」
森を抜ける。
開けた視界の先は小高い丘になっており、そこから眼下を一望できる。
 「わぁ……」
小さく感嘆の声を漏らすノヴィア。
プロンテラを見慣れた人間でも、ここにくれば皆同じような反応をする。
ユイスも、祖父に引き取られた幼少のその時、同じだったのだから。
 「あれが、ルーンミッドガルド王国首都プロンテラ。オーディーンを信奉する、大陸最大の都市だ」
風が吹き抜ける、春の心地よい、新緑の息吹ともいえる風が。
眼前に見下ろす、街並みと共に。
二人を歓迎しているようだった。
35150sage :2005/02/22(火) 01:38 ID:s4Ln5BJo
後期考査・国家試験対策・知り合いへの技術提供・集団製作課題と、なぜか立て続けに忙しいことが重なって今更な今日このごろ。
死にそう……_○□=
そして今回も駄文投下でございます。
ああああ、なんか良い言い回しが出てこねぇぇぇ。
36SIDE:A 臆病者(1/4)sage :2005/02/24(木) 18:48 ID:lRcHxH6w
 酒場から出たときから、俺の足は段々とゆっくりになり、宿が見える頃にはのんびりした散歩位のペースに成っていた。酒で昂ぶった気持ちが夜風と微かに舞う粉雪に醒まされるうちに、臆病さが胸のうちにとぐろを巻き始める。
「…まぁ、相手がどうするかは向こうの自由だよな」
 誰にともなく声に出すと、俺は市内に流れるお祭騒ぎの音曲にあわせて適当に口笛を吹き始めた。いつも笑いものになる赤鼻のトナカイでも、誰かが認めてくれる…。なんのことはない、ただの景気付けだ。それでも、俺の足は再び前へ進みだした。角を一つ曲がればすぐに、俺の宿の裏手だ。
 階下から見えた部屋の窓は暗く、聖夜を彩る街の灯りに外から照らされていた。そこから、長い髪の小柄な影が見下ろしている。軽く手を振ってから宿に入り、きしむ階段をゆっくりと上がると、部屋の扉は内側から開いた。
「遅かったの…、ブレイド」
 ちらりと廊下から見えたのは、法衣に包まれた細い腕だけ。彼女がどのような表情でそう言ったのかは俺にはわからなかった。ただ、いつもよりも抑えたような細い声。
「すまんな。いい子にしてたか?」
 わざとらしくおどけた口調にも、彼女は目を落としたまま答えない。普段の遠慮のなさとは違う、どこかおどおどしたような依瑠の様子に、俺は何故か安心してしまった。年に一度の特別な日に、緊張しているのはどうやら俺だけではなかったらしい、と。俺が部屋に入るよりも早く、窓際へと移っていた依瑠の表情は影になって読めなかった。ただ、その襟元にきらりと輝く小さな飾りが目に入る。そして、その飾りに目を取られて、平板な口調で彼女の口から漏れた声に気づくのが一瞬遅れた。
「……のか」
「すまん、もう一度言ってくれないか?」
 微かなため息とともに、少女はいま少しはっきりした口調で言い直した。しかし、彼女の襟の飾りがまだ、俺の意識を半分以上ひきつけている。
「…妾は、お主に謝らねばならぬ事がある」
 あれは、つい先ごろに吟遊詩人の胸元に見たのと同じものだ。この世界でも有数のギルドの、選ばれた少数だけが身につけるという証。まだそれに目を向けながらも、俺は少女のささやきに返事を返していた。自然に、なめらかに。
「そうか、記憶が戻ったのか。…おめでとう」
「妾は去らねばならぬ。ようやく厄介払いができるの、ブレイド」
 ああ。いつか、そんな日が来るのはわかっていた。不幸中の幸いというべきだろう。何度も、寝る前に言う準備をしていた台詞は、怖れていたように緊張感でつかえるような事もなかった。まさか今日…、聖夜がその日だったとは、神様とやらも面白い計らいをする。
「そうか。急だな…。まぁ、厄介ってこともないが…、今日は世間じゃ愛する者同士が過ごす日だ。待ってる相手がいるなら行くといい」
 その日が来た時、彼女を笑って見送れるだろうか、それがずっと心配だったが、今日の俺は、笑える。あの髭の騎士との会話が、俺の何かを剥ぎ取ったから、陽気にではなく…、穏やかに俺は笑った。そんな俺に、依瑠は一度大きく頭を振る。
「…違う。お主はわかっては居らぬ」
「……違う? 何が」
 俯き加減の彼女の声は、いつものようには通らない。俺は彼女の声を聞きとろうと、一歩だけ彼女に向かって足を進めた。その気配に依瑠がびくり、と身を竦める。まるで叱られるのを恐れる子犬のように。
「…どうした」
 彼女は、まだ下を向いたまま、大きく息をするように肩を上下させた。その一挙動で気持ちを落ち着かせたのか、続く台詞はよどみなかった。
37SIDE:A 臆病者(2/4)sage :2005/02/24(木) 18:49 ID:lRcHxH6w
「妾はずっと、嘘をついておった。妾は…、記憶を失ってなどいなかったのじゃ」
「……」
 彼女は、それをほとんど一息で言った。そして、綺麗な前髪の向こうに見える口元の端が、震えながらも上を向く。
「この嘘をつき続けたかった。叶うならば、ずっと」
 その嘘が何のためにか、それがわからないほど俺は馬鹿ではない。そして、何者か知らぬ彼女の影と俺とを、少なくとも同じくらいには気にかけてくれている事も。だから、俺はさっきよりも笑みを深くした。
「本当ならば、世話になった礼もしっかりしたかった。じゃが、すまぬ…。妾を必要としている者が…あっ!?」
 少女を抱き寄せる。恋人を引き寄せるようにではなく、家族をそうするように。自分の心中を相手に伝えるために。少女は一瞬だけ身をよじってから、胸の中で力を抜いた。俺が普段着代わりに着込んでいた皮鎧に軽く頬を当てたまま、彼女が何かを呟く。多分、それは謝罪だろう。
 彼女が俺を、偽っていたことの謝罪。俺が、彼女にとって…、記憶を失ったと偽っていたこの数週間の間ですら、一番大切な相手ではなかったことへの謝罪。そして、自分がどういう人間なのか、それを俺に告げようとしているのだろう。罪を犯したと思った聖職者は、すべからく懺悔の前に己の行いを告げ、全てを示してから許しを請う。
 そんな馬鹿げた儀式は、俺たちには必要ないだろう。第一、彼女のしたことは罪でもなんでもないのだから。
「気にするな。俺も楽しかった。お前が何処の誰であっても、関係ない。今日はそう言おうと思ってきたんだ」
 僅かな身じろぎを腕の中に感じて、俺は少女を見下ろした。俯いていた依瑠が少しだけ上向いて俺を見ている。薄く開いた唇は、声もなく、しかし赤みがかった瞳が雄弁に問いを発していた。俺は、彼女の肩をそっと前にやると背にした長剣の柄に手を掛ける。
 俺の中の騎士を見出した少女に剣を捧げるために。
「……っ」
 良く手入れされた鋼同士が擦れる微かな音と共に、ゆっくりと剣を抜いた。厳しい目をしているだろう今の俺を、目を見開いたまま追っていた少女は、何かを言いかけてから目蓋を閉じてうなだれた。俺はその前に一歩踏み出すと、ゆっくりとひざまずく。
「……依瑠。俺はこれくらいしか、君への気持ちを表す術を知らない」
 俺の声に、彼女はうっすらと笑みをうかべたまま顔を上げなおした。膝立ちの少女の顔は跪いた俺が僅かに見上げる位置にある、こわばった笑顔。俺は彼女の前に剣を掲げた。依瑠の手に取れる高さへと両腕で捧げながら、俺は頭を垂れ、口を開く。
「ブレイドこと、ファーウェイ=ブレイドウッド。依瑠、君に俺の剣を捧げよう。いついかなる時であっても、俺は君の為に剣を取る。そして、時が来れば君の為に果てよう」
 口から流れ出た台詞は騎士の誓いというには余りに軽い口語だが、正しい形式は実のところ知らない。それに、刃物を持つことを禁じられたプリーストの、しかも小柄な少女とあっては正式な手順は踏めないだろう。
 そう考えた俺の両腕から、不意に重みが消えた。それと同時に肩口に軽く当てられる硬質な何か。皮鎧越しに感じる冷え冷えとした感触は、それが使い手次第で人を殺すことも出来る存在であると主張している。
「…我が名は依瑠。我が名において、汝の誓いを受けよう。我と共に永久を歩み、我と共に死すべし」
 力強く、剣の平が俺の肩を打った。少女の声は、その響きが俺の頭に染み込むまでの合間、僅かに止む。
「………我が手より剣を取られよ、騎士。それで契約は完了じゃ」
 ゆっくりとあげた顔の先で、少女が両刃剣を俺に差し出していた。毅然とした声とは裏腹の、まだ何かを怖れるような目。俺は、彼女を安心させるように頷くと、剣に手を添えた。
38SIDE:A 臆病者(3/4)sage :2005/02/24(木) 18:49 ID:lRcHxH6w
 軽い。俺のブロードソードと、形は似ているが別物だった。
「これ…は…?」
「お主に渡そうと用意したものじゃ。妾が世話になった礼としての」
 世の中には名剣といわれる剣がある。世界に幾本かしか存在しない魔剣や聖剣のことではない。刀匠が一生涯かけて数本打てるかどうかという物だ。例えば、ある瞬間に偶然生まれる配合と炉の火勢が相まって産み落とされる千に一つの奇跡。そして月日を渡る中で磨かれる剣格。その剣は、その両者を兼ね備えていた。
「……気に入って、貰えたか?」
 手に馴染む、と言う様な物ではない。まるで己の手の延長のようなその剣肌に目を落とすと、鋭い切れ味を秘めた輝きと共に、歩んできた年月を思わせる渋みが見て取れる。
「……素晴らしい剣だ。これを、俺に…?」
 高かっただろう、と言い掛けた台詞を、俺は口の中に飲み込んだ。そもそも、金で買える様な物ではない。それに、前の持ち主がこの剣をこよなく愛していた事は、一目でわかる。それを、俺の為に譲り受けてくれるまでにどのような遣り取りがあったのか。想像もできない。彼女の頼みでこの剣を手放したという相手は、それだけ依瑠のことを大事に思っているのだろう。
 それが、彼女の真実の騎士か。

 剣の平に手を当ててから、少女が差し出してくれた鞘へと納める。吸い込まれるように刀身は消えていき、鍔がカツン、と音を立てた。心中に沸きあがる暗い何かも、その音とともに消えうせる。依瑠を待つもう一人の騎士がどこかの“砦”にいるのだとしても…、俺は彼女の騎士だ。それが唯一のである必要など、ない。
「ありがとう」
 床の上に座り込んでいた少女は、俺のたった一言の礼に小さく微笑むと疲れたように目を閉じた。いや、実際に疲労していたようだ。ぐら、と揺れた肩がベッドにあたってそのままずるずると床にへたりこみ、すぐに、聞きなれた静かな息を立て始める。
「……依瑠? まさか…?」
 返事はない。
「眠って、るのか…?」
 揺すると起こしてしまいそうだが、床で眠らせる訳にも行かない。もしも後で起こさなかったと詰られようとも、俺は、今彼女を起こす気にはなれなかった。音を立てないように立ち上がり、少女の細い体を抱き上げる。微かに香る花の匂い。香水か…。普段はそんなものをつけていたことはないはずなのに。
 俺は、少女の胸元にそっと上掛けをかけた。彼女が今、俺を求めてくれているのだとしても、それが一時の迷いではないかと思ってしまう。…この剣の持ち主は、どのような男なのだろう。俺よりも、彼女を幸せに出来る男だろうか。
「…彼女の一番傍で居たい癖に、意気地がないな、俺は…」

 窓の外を仰ぎ見ると、雪は、いつの間にかやんでいた。
39SIDE:A 臆病者(4/4)sage :2005/02/24(木) 18:59 ID:lRcHxH6w
3で終わったとは計算違い…orz
とりあえず、続きを書く前に8スレをまとめないとねー。

>アルカリンなひと
ひゃっほうな感じでみなぎってらっしゃいますね。思わず笑いそうになるので周囲に
人がいると読めませんですよ。
洒脱な台詞回しでポンポン応酬するのって楽しそうですよね。難しそうですがっ。
そういう人も書いてみたい、そんな風に思っていたことが私にもありました(AAry

>150のひと
リアルがんがれっ蝶がんがれっ。
アコは空が飛べそうな気がするのは、修練所ネタですね。とりあえず、ケミ万歳!

>宿題なみなさま
お久しぶりの人も、裏で別スレに書いている人もお疲れさまです。
なんか、活気付いて楽しいデスネ。またそのうち集まりましょうのココロ。
で、雑談会のログが大体まとまっているのですが、欲しい人はいます?
40名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/02/25(金) 19:47 ID:wg0JcOFQ
>39投下乙であります。

8スレ目224までWikiに移しました。
勝手にタイトル付けたりと、好き勝手しましたがお役に立てれば幸いです。
リレーの扱いが良くわからなかったので放置しました。お察しください。

では、ちょっと眼精疲労気味なので休ませて頂きます。
41倉庫のひとsage :2005/02/25(金) 20:53 ID:iqd/AwZ6
>40
ありがとうございます。とても助かりました。ちょうど同じ位の時間に自分も少しだけ保管したりしましたです(笑
リレーに関しては実は元来別のまとめサイト様がいらしたのでまったくノータッチだったのです。
どうしたらいいかわからんぽんで、現在も触ってなかったり…。
42縛る者、縛られる者(1/5)sage :2005/03/06(日) 00:32 ID:jjV/jETw
 不覚をとった。

「ふぇっきし!」

 そう、風邪。
 支援プリーストともあろう者が、この様だ。
 最近は頻繁に狩りに行っていたから、その疲れもあったのだろう。とは言え、冒険者たる者、健康管理も実力
のうちだ。そんな事、言い訳にもなりはしない。

『どうしたの? 待ち合わせ場所に来てないみたいだけど』

 家のベッドに転がって唸っていると、wisが飛んできた。
 このwisの主が、頻繁な狩りの理由。最近やっと出来た、狩りの相方だ。
 彼女に合わせた支援にも慣れてきた矢先だっていうのに、我ながら不甲斐ない。

『悪い、どうも風邪ひいたみたいだ。今日は狩りにいけそうもない』
『風邪!? 大丈夫なの?』

 ただの風邪なのだが、それでも心配してくれるのが、妙に嬉しい。

『一日寝てればたぶん持ち直すよ。とりあえず今日は休みって事で』
『ん、わかった。じゃ、今からそっちに行く』
『へ?』
『寝込んでるようじゃ、身の回りの事とか食事とかできないでしょ』
『いや、そこまで……』
『いやなら拒絶しなさい。でなきゃ勝手に押しかけるわよ。カウント5、4、3……』
『……』

 彼女もたいがい有無を言わせない物言いだが、俺もとっさに断れなかったのは、内心来て欲しいという気持ち
があったからだろう。

『……0。じゃ、後でね』

 切れるwis。俺は期待とも自分への情けなさともつかない気持ちのまま、再びベッドに転がった。
43縛る者、縛られる者(2/5)sage :2005/03/06(日) 00:33 ID:jjV/jETw
 程なくして、相方が訪ねてきた。

「私。勝手に開けるわよ」

 かちゃかちゃという音の後、ドアの開く音。鍵は一応かけてあったはずだが、シーフ上がりのアサシンである
彼女にとって、普通の扉の解錠なぞ、造作もないのだろう。
 やがて部屋に入ってきた彼女。露天で買ってきたのだろう、何やら食材の入った紙袋を抱えている。ベッドに
転がっている俺の顔をのぞき込んでくると、生まれつき色素が薄いらしく、紅い瞳と視線がぶつかる。髪も真っ
白で、その頭が動く度にウサギHBの耳がぴこぴこ揺れる。

「……意外と深刻でもない、普通の風邪みたいね」

 よかった、と小さく呟いて台所に向かう。

「でも、早く治すにこした事も無いでしょ。食事、用意する」
「ああ、悪い」
「そう思うんなら、栄養とってさっさと元気になる事」

 台所の間口で振り返って俺を指さし、ぴしゃりと言う彼女。厳しいんだか優しいんだか。どっちもか。

 彼女が作ってくれたのはアマツの料理で「オカユ」。ゆるく炊いた米に薄く味をつけた物で、むこうでは病人
によく出されるものらしい。たしかに、弱った胃袋には優しそうだ。

「へえ、料理も上手いんだな。器用なもんだ」
「悪かったわね、カタール使いとしては育ち方微妙で」

 回避職故にソロ生活が長かったせいか、たまに彼女はすれた事を言う。

「なんでそういう物言いをするかな。……うぁっち!」

 最初の一口をろくに冷まさないで口に入れたせいで、危うく口の中を火傷しかけた。慌てて強引に飲み込むと、
食道から胃袋まで熱が染み通ってゆく。熱いがこれはこれで。

「ばかね、出来たてで熱いんだから」
「はは、いや、でも美味いよ」
「そう。……冷まして食べさせてあげようか?」

 俺が食べる様子を眺めて微笑みながら曰う相方の台詞に、内心そうしてもらおうかと揺らいだのは内緒だ。
44縛る者、縛られる者(3/5)sage :2005/03/06(日) 00:34 ID:jjV/jETw
 自分でも気付かないうちに空腹だったようで、熱さに苦戦しながらも全部平らげてしまった。
 ようやく人心地ついていると、食器を片づけていた相方が今度は湯を張った桶とタオルを持って戻ってきた。

「さ、今度は身体、拭くわよ」
「あ、いや、そこまでしてもらわなくても……」
「べつに男なんだから恥ずかしい事も無いでしょ。ほら、さっさと脱ぐ」

 風邪でふらついている身ではろくな抵抗も出来ず、俺は上半身を剥かれてしまった。
 半身を起こした俺の背後、ベッドの上に上がり込み、相方は湯を絞ったタオルで丁寧に背中を拭いてくれる。
 ちなみに、家事をしやすくする為なのか、彼女は肩当てとそこから伸びるサラシ、そして腰に巻いた布を外し
ていた。そのくせウサギHBはそのままなので……正直その姿はアサシンというより別のものに見えてしまう。
いや男として嬉しくなくもない姿なのだが。そんな格好でこうもかいがいしく世話をされると、妙な気持ちにな
ってしまういそうだ。

「はい、背中終わり」
「ああ、ありがとうな」
「……今が、いい機会かもね」
「へ?」
「こんどは前ね」

 タオルをすすぎ直すと、相方は俺の背後に回ったまま、俺の胸板に手を廻してきた。……つまり背後から抱き
つかれるような体勢なわけで。彼女の程良いサイズの胸が背中に当たったりしているわけで。

「あのな、いくら俺が聖職者でも、そういう格好でこういう事をされるとな……」
「……いいよ」
「!?」
「あなたが、私を強さじゃなく外見で拾ったのは知ってる」

 ……その通りだ。臨時広場で落ち看板を出すでもなく座っていた彼女。当時転職したての俺はその姿に一発で
目を奪われ、レベルすら確かめずに声をかけた。組めるレベルだったのは幸運だったとしか言いようが無い。

「私、あなたに拾われてから弱くなった。
 あなたが行けないときも、一人で狩りに行った事もあった。けど、狩り場のランクを落としても、全然戦えな
くなってたの」

 いつのまにかタオルは落ち、彼女の腕は俺の背中を抱きしめてきている。

「……だから、私を目当てに拾ったあなたに身を委ねることで、あなたを、縛るの」

 そう言い終えて、彼女は俺の前に廻り、胸板に頬を寄せてきた。俺も、その背中に腕を廻し、抱き寄せる。
 そんな事を考えていたのか。彼女は、今までもそうして、身体で男を繋いできたのだろうか。
 ……いや、違う。もしそうなら、抱きしめ返した彼女の身体は、どうしてこんなに震えているんだ。

「そうか」
「うん……」
「それじゃ、俺は、君を手に入れる。……君に……縛られる」

 そう、宣言して。俺は、彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
45縛る者、縛られる者(5/5)sage :2005/03/06(日) 00:35 ID:jjV/jETw
 ……ふたり、シーツに包まって寄り添う。心も身体も熱く、熱に浮かされて見た夢ではないかと思えてしまう
ような。それでも、触れ合う肌から伝わってくる温もりは、抱きしめた華奢な身体から鼻をくすぐる彼女の香り
は、これが現実であると実感させてくれる。

「俺は、支援だけなのか? 俺を縛るのは、強くなる為、戦っていく為か?」

 俺の腕の中で、彼女は力無くかぶりを振る。

「道具扱いって思われても仕方ないかもしれない。
 ……でもね、私が弱くなったのは、支援が無かったっていうのもある。
 でも、そうじゃ、それだけじゃなかった。
 守りたい相手がいない。支えてくれる相手がいない。
 ……寂しかったの。ひとりは、もう、いやなの」

 湿った、震える声での、独白。彼女は、自分の目的を、望みを話した。
 ……今度は、俺の番だ。

「道具扱い、か。それはむしろ、俺の方だよ」
「え……?」

 顔を上げる彼女。その紅い瞳と視線が絡み合う。

「君と組める事が解った瞬間に、俺は習得する支援を決めた。
 事故を防ぐ為にキリエを取り、
 攻撃力を底上げする為にイムポジを取り、
 クリティカル攻撃が出やすいようにグロリアを取り、
 悪魔に対抗する為にアスペを取った。
 リザも、弓・魔法職の為のエーテルナも、サフラも後回しにして、ね。
 自分の為なのは、マグニくらいかな」
「……!」
「君が、俺の支援無しでは居られなくなるように、そう、今君が話してくれたような事になるように。
 俺は、君を縛っていたんだ。自分の支援をもって。支援を、君を縛るための道具にして」

 彼女の貌に浮かぶ驚き。その表情は徐々に崩れ、瞳の端に涙が盛り上がる。

「私で、いいの? ひとりじゃ何もできない、私で」
「君がいいんだ。君の方こそ、俺みたいな奴でいいの?」
「うん。私も、あなたがいい……。もう、ひとりに、しないで……」

 こうして、俺達は狩りの相方としてだけでなく結ばれた。
 紅い瞳、白い髪の、寂しくなると死んでしまうウサギさんのような彼女。
 それを包み込んで、抱き留めて離さない俺。
 お互いに、縛って、縛り合って、二度とほどけないように絡み合って。
 一緒に居よう。ずっと……。
4642sage :2005/03/06(日) 00:40 ID:jjV/jETw
と、言う訳で一本投下させて頂きました。
ちなみに(4/5)は欠番です。補完するとスレが違ってしまいます故。
当初の構想からは少し削りましたが、そのシーンを抜いてもテーマを
語ることができる様、話を整えたつもりでいます。

……要望を多く頂ければ、向こうで補完するかもしれません。
それでは、失礼をば。
47('A`)sage :2005/03/07(月) 09:00 ID:e5esXCLs
 『滅びの賢者 3/3』


 賢者を切り裂いた筈のサーベルは、確かに彼の身体を貫いてはいた。
 血の一滴も出ず手応えもない事を覗けば、ごく自然に勝利を確信できるシチュエーションだった。
 エスクラに振り下ろしたサーベルを凝視し、ルークは自分が罠にはめられた事を自覚する。
 明らかな嘲笑を刻む賢者。
 その右手が動き、白髪の騎士は凄まじい衝撃を受けて吹き飛ぶ。
 地面を転がり、口内に血の味を覚えながらも、ルークは賢者の纏った術衣の正体を察知する。
 念――実体を透過する属性――を付加する術符を仕込んだ防具。
 実物を相手にするのは初めてだった。第一、そうそう遭遇するほどありふれた物でもない。
 先程、エスリナが放ったナパームビートが最大の威力を示したのも当然と言える。念の属性に対して効果的なのは、同じく念での攻撃魔
術。そして、ナパームビートは念属性の基本の魔術だ。
「・・・まずったな・・・」
 口の中のぬめった物を吐き捨て、ルークは起き上がる。
 あくまで実体でしかない剣は通じない。魔力属性を秘めたものならば別としても、今は持ち合わせていなかった。
 対抗できるのは魔法だけだ。ウィザードであるエスリナと分断されたのは、恐らくそれが理由なのだろう。
「驚いた・・・ただの騎士かと思ってたら、動きも戦術もアサシン・・・少し興味が沸いたよ」
 エスクラは可笑しそうに言う。
「だけどね、その程度じゃ僕にとって何の脅威にもならない。いくら速く動こうが、君の攻撃は僕には通じないんだ」
「時間を稼ぐ事は出来るさ・・・少佐達が合流すれば、さすがに捌ききれなくなるだろ。スペルブレイカーを使っても同じ事だ」
 それが唯一の現実的な打開策だった。
 少々脆い面があるものの、エスリナは決して弱い術者ではない。むしろ強い部類に入る。
「・・・でも、それまで君が持ちこたえられるのか・・・僕には疑問だけど?」
 エスクラは片眉を持ち上げ、指先で宙に魔法陣を描く。
「俺もそう思うよ」
 ルークは不敵に血の滲んだ口元を笑みに変えた。
48('A`)sage :2005/03/07(月) 09:01 ID:e5esXCLs
 目の前に躍り出た人物にレティシアは突き飛ばされ、地面を転がる。
 振り下ろされる深遠の騎士の刃。同じ漆黒の僧衣を纏ったその人物はバックラーで正面から剣撃を受け止める。
「いきなり深遠の騎士、か…趣味の悪い冗談だね」
 左手の盾で剣を受けたその神官は、そのまま驚異的な判断力で太刀筋をずらし、右手に生み出した白光を騎士の腹に撃ち込む。
 爆ぜる騎士を尻目に、彼は悠々と尻餅をついたレティシアを振り返った。
 白い仮面が宵闇に映える。
「…カルマさん!」
「遅れてごめん、霧を抜けるのに少し手間取った。でも、パーティには間に合ったみたいだ」
 聖書を小脇に抱えて微笑む栗毛のプリースト。レティシアもつられ、少しだけ頬を緩ませる。
「カルマ!まだだ!」
 叫ぶエスリナの目の前で、ホーリーライトを受けた筈の深遠の騎士が起き上がる。
 既に仮面はひび割れ、鎧は熱で所々が溶解している。明らかに深手ではあるのだが、人型とはいえやはり魔族である。
「ちっ…簡単にはいかないか…!」
 カルマは聖書を広げ、口早に詠唱を始める。
 レティシアにもエスリナにも聞き覚えのない詠唱文が流れ、復活した深遠の騎士が再度、剣を振り上げる。
「カルマ!」
「・・・数多なる祝福と聖堂の光、魔を退けよ!"バジリカ"!」
 手を翻すカルマの周囲に閃光が広がり、深遠の騎士を押し返す。
 未知の術を凝視するレティシアとエスリナを振り返り、栗毛のプリーストは叫んだ。
「タイミングを計って術を解く!合わせて!」
 右の手で聖書を持ったまま、彼は左手を忙しなく動かし、いくつかの十字を切る。
 意図を読んだエスリナは術の詠唱を始め、レティシアもクロスボウを構え、狙いを定めた。
 カルマの結界に縛られた深遠の騎士が怨嗟の声を上げ、光を引き裂くべく剣を振るう。カルマはそれと同時に結界を解き、左の指先
を差し向ける。
「レックスエーテルナ!」
 光芒が閃き、深遠の騎士の前に無数の剣の形を借りて具現化する。
 そこへ、カルマの背後から転がり出たレティシアが光の短剣に向けて矢を放つ。
「ダブルストレイフィング!」
 放たれた矢はけたたましい音を立てて深遠の騎士の鎧を砕き、身を貫く。
 絶妙なタイミングで完成したエスリナの雷が更に追い討ち、稲妻の尾を引いて深遠の騎士は路地の向こうへ吹き飛ばされた。
 もはやまともに立つ事も出来ないのか、深遠の騎士は割れた仮面を押さえて霧の中に消えて行く。
 油断なく弓を向けていたレティシアもそれを見届けるとようやく矢を筒に戻し、安堵の息を漏らした。
「行ったか・・・?」
「・・・はい」
 レティシアほど夜目の利かないエスリナの問いに、レティシアは疲労を隠さずに頷いた。
 自分でも分かるほど憔悴している。無茶をしたという自覚もあったのだが、死ぬ気だったなどとエスリナには言えたものでもない。
 カルマは術の手に纏わりついた光の残滓を振り払い聖書を閉じると、仮面を押さえながら呟いた。
「運が良かっただけだよ」
 恐らくは誰に言ったというわけでもないのだろうが、レティシアは肩を落とし、エスリナは渋い顔をする。
 たった一匹の魔族相手に太刀打ち出来なかったのだ。反論の余地はない。
「この間の血騎士も今回も・・・この敵は、僕や貴方達には荷が重過ぎる。まともに戦ったら勝てない」
「なら逃げていればよかったというのか!?」
 信じられない、といった顔でカルマを見るエスリナ。カルマは彼女の顔を正面から見据え、答えた。
「そうだね」
 仮面の下の口元は、何故か自嘲気味に歪んでいた。
「その結果、ルークが死んでもか!?」
「ルークは・・・貴方が思ってるほど弱くない」
 カルマは言葉を切り、霧の向こうを見つめる。
「自分達の心配をした方が、彼も喜ぶと思うけど?」
 どういう根拠でそんな事を言うのかエスリナには理解出来ず、彼女は遂に怒りを爆発させる。
 何に苛立っているのかも分からず、やり場のない怒りを目の前のプリーストに向け、手を振るった。
 乾いた音が響き、カルマの色褪せた髪が揺れる。
 霧の中で、一際澄んだ音がした。落ちた仮面が割れたのだ。
 今まで隠されていた素顔を露にし、カルマは皮肉めいた笑みを浮かべて立っていた。
 エスリナもレティシアも、彼の顔を凝視していた。想像していたよりもずっと若く、まだ少年と言っても差し支えない。
 何より彼女達を驚かせたのは、顔の右半分に縦に刻まれた傷だった。
 上から下へ、目を挟んで引かれた線のような傷。そして右目は不自然な色に染まり、何も見ていない。
 義眼だ。精巧だったが、生身の眼ではない事は分かる。
 しかし、この少年が今まで眼が不自由だと誰が気付いただろう。そんな素振りさえ見せず、先の戦いでは距離感も視力も常人より発揮
していた。むしろ、眼の利く方だとエスリナ達がずっと思い込んでいた程だ。
 カルマは笑う。
 初めて会った時と同じ笑み。困ったような声で、中身のない笑み。何の意味もない表情。
 壮絶な過去を思わせる風貌に、レティシアは声も出せず、エスリナは固まったままだ。
「エスリナさん・・・貴方は何も分かっちゃいない」
 彼はそこで、レティシアを見た。
「貴方の為にレティシアさんは死ぬ気だった。気付いてないわけないよね」
「・・・」
 エスリナも弓手の少女を振り返る。レティシアは黙ったまま視線を逸らす。
「僕は何でそこまでするのかなんて知らないし興味もないけど、二人とも少しはちゃんと周りを見て欲しい。いつまで経ってもそれじゃ、こ
の戦いでは通用しない。はっきり言えば、足手まといだ」
「たっ、たかがプリーストが何を・・・!」
 カルマは反論しかけたエスリナの前に立ち、左手のバックラーのベルトを解き、落とす。
 深遠の騎士の剣を受けて歪んだ盾。そして、露になった彼の左腕はいびつに曲がっていた。
「・・・おい、その腕・・・折れて・・・」
「・・・ああ、いや・・・折れたというより"壊れた"って表現の方が正しいと思う」
 プリーストは静かに言い、黒い僧衣の袖をまくる。しかし、現れたのは痛々しい痕が刻まれた腕ではなく、やけに無機質な鉄色の腕だった。
 何度か指を曲げ、動かす。やはり黒い手袋に覆われた指先がぎこちなく可動し、カルマは苦笑すると、袖を元通りに戻した。
「生身だとバックラーごと持って行かれてたんじゃない?」
 事も無げに言うカルマ。エスリナもレティシアも、その迫力に飲まれ、もはや何も言えなくなっていた。
「まぁ・・・二人も相当な目に遭ってきた人なんだろうし、腕も良いし判断力も悪くないと思うけどね」
 何かを思い出すように目を閉じ、栗毛のプリーストは言う。
「・・・取り敢えず、少し頭を冷やしなよ。この中から死人は出したくないんだ」
49('A`)sage :2005/03/07(月) 09:02 ID:e5esXCLs
 飛び交う氷塊を避け、ルークは霧の中を飛び回る。
 不意に眼前に現れた炎を素手で叩き落とし、迫る雷を地に突き立てたサーベルで受け、飛来した岩礫を蹴り壊す。
 ダメージはゼロではなかったが確実に魔術の威力を軽減し、受け流している。
 まるで曲芸である。
「非常識だ!」
「はっ!随分狭い常識だな。器が知れるぜ」
 悲鳴に似た賢者の喚きに軽口で答え、再び放たれた氷塊をサーベルで叩き斬る。
(とは言え・・・)
 酷使を続けたサーベルの刀身が澄んだ音を立てて折れ飛ぶ。稲妻を地面に逃がしたサーベルも焼け、使い物にならなくなっている。
 ウィザードが大掛かりな魔術を用いるのに対し、この賢者は小威力ながらも十分な殺傷能力のある魔術を小出しにしてくる。
 その方が小回りが効く分、少数相手には効果的なのだろう。
 分かっていてやっているのであれば、相応の場数を踏んだ術者という事だ。
(少佐達と合流しても退いた方がいいな、これは)
 装備と奇抜な術に溺れた愚か者だと読んでいたルークは、自分の判断の甘さに歯噛みする。
 恐らく単独ではないだろう。背後にはそれなりの戦力が居るに違いない。
 方向感覚と気配を完全に遮断する霧を睨み、賢者に向き直る。
「どうした!もう武器はないのかい!?」
 エスクラは両手を広げ、挑発的なポーズを取ってみせる。
 わざと隙を作っているのだろう。自分の詠唱が早いと確信しているのだ。
 ルークはそれを敢えて無視し、背中を向けて跳躍する。大きく弧を描くように跳ね、宙で一回転してエスクラの背後に降り立つ。
 そして懐から毒瓶を取り出し、エスクラが振り向くよりも早く、彼の背中に叩き込む。
 衝撃はエスクラのローブに吸収されてしまったものの、飛散した毒液は彼の目と肌に降りかかり、壮絶な苦痛を与えた。
「ど、毒・・・小癪な!」
 次の瞬間にはルークは飛び下がり、霧の濃い場所へ逃げ込もうとしている。
 エスクラは毒で霞む眼を凝らし、それを追撃するべく魔力を宿した掌を向ける。
 ルークが思っていたよりもずっと早い詠唱速度で術が構成されていく。
(・・・駄目か)
 間に合わない。ルークがそう確信した時、エスクラを背後から止める影があった。
 怪訝な顔をする賢者の青年の足元に、肉切り包丁を思わせる異形の短剣が突き刺さる。
「これは・・・ポイズンナイフ・・・ヴェノムか!」
 音も無く、霧の中に黒装束の女性が立っていた。エスクラは彼女を見止めると、烈火の如く怒りを露にする。
「何故戻った!?僕の邪魔をするな!」
「ですがエスクラ様、そのまま放っておけばその目は失明します。すぐに毒を抜きましょう」
 激昂するエスクラを後目に、ヴェノムと呼ばれた女性は抑揚のない瞳をルークへ向ける。
(・・・?)
 意味の込められた眼差しだった。知らない顔だったのだが、妙に心にひっかかった。
 とはいえ折角の機を逃すわけにも行かず、ルークは霧の中へ飛び込む。
 遅れて術を放つも外れ、彼を取り逃がしてしまったエスクラは毒のかかった顔を抑えて喚きたてた。
「くそ!何者なんだ!あの騎士は・・・この僕を・・・くっ・・・眼が・・・!!」
 ヴェノムは追わず、ナイフを石畳から抜いて腰に収め、エスクラを振り返って呟く。
「彼は騎士ではありません」
「何!?」
「・・・いえ、何も。それより例のマスターナイトの件ですが・・・」
 さて、解毒用の薬瓶はどこだったか。
 ヴェノムは長い前髪に隠れた顔を少しだけ緩めた。
50('A`)sage :2005/03/07(月) 09:03 ID:e5esXCLs
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 深夜。
 髭面の男は終始、酒を飲んでいた。
 酒場を取り巻く空気が一変しようと、他の客や店の主人まで逃げ出そうと、お構いなしに酒を飲んでいた。
「・・・大体、暗殺者ってやつはもっとこう、静かに戦うもんだろ?それを最近の若いのは勘違いしてるんだよ。正面きって戦う奴は利口
じゃない。技も速さも、単純な力比べになると案外脆いもんだからな・・・ヒック」
 赤味がさした顔で、うわ言の様に呟く。
 適当に相槌を打っていたマスターが既に居ないのも、やはりお構いなしだ。
 酒場が無人になってから三度、グラスを傾けようとした彼は手を止め、不意にグラスを取り落として席を立ち、腰に下げていた両手持
ちの大剣を一気に振り抜くや、背後の壁ごと"何か"を斜めに両断する。
 大輪の血の華が咲いた。
 上下に裂かれた女アサシンが、疑問を顔に張り付かせたまま崩れ落ちる。何が起きたのか、彼女は完全には理解しないまま絶命した。
 同情はしない。男は椅子に引っ掛けたマントを掴んで一気に羽織り、クレイモアを店内の気配全てに向ける。
「中央騎士団のクリスレット=カーレルヘイムだ!死にたい奴からかかって来い!」
 先程、背後から襲いかかろうとした女暗殺者の死体を踏み越え、髭面の騎士は何も無い酒場の壁にクレイモアを突き立てる。
 かなりの重量があるクレイモアの刀身が壁とクリスレットの間に潜んでいた不可視の襲撃者を貫く。
 再び鮮血が吹き荒れた。
 返り血に構わず、彼は大剣を振り抜き、術の解けた死体を判別する間もなく返す刃を一閃させる。
 瞬く間に五人斬ってから、彼は倒した暗殺者達を見回した。
「・・・女ばかりだな・・・そういう集団なのか、単に俺の趣味を見抜いているのか・・・ウィ」
 若い女アサシン達は、一様に一刀で絶命している。
 練度はまずまず。悪くなかったが、質より数に任せた襲撃なら少々厚みが足りない。
「見くびられたもんだぜ・・・ヒック」
 カウンターに置きっぱなしだった蒸留酒のボトルを煽り、酒場を出てから髭騎士は前言を撤回する事に決めた。
 酒場の外の路地のあちこちに、隠遁の術で潜んでいると思しき気配が無数に感じ取れたからだ。
少々不味い事になっているらしい。
 抜き身のクレイモアを宙に振るって血を落としつつ、クリスレットは周囲を睥睨する。
 何とかギリギリで片付けられる数だろうか。
 それだけを確認すると、彼は念話に意識を集中させた。




 『予感』
51('A`)sage :2005/03/07(月) 09:04 ID:e5esXCLs
 霧。
 そう、濃い霧だ。
 何処までも続く白い視界。エスリナは疲労で低下する思考力を保とうと手近な柱に額を強打させる。
 痛い。
 カルマとレティシアが物言いたげな顔をしているのを自然に無視し、ルークと謎のセージの戦いの跡が残る路地を見回した。
 魔術による破壊と、折れたサーベル。痕跡はそれだけで、血痕の一つも見つからない。
「・・・レティシア、繋がったか」
「あ、いえ。さっきから呼びかけてはいるんですが、返事は・・・」
 念話で連絡を取ろうとしていた蒼髪のアーチャーの少女はゆっくりと首を振ってうな垂れる。
「そうか」
 エスリナは短く返事を返すと、顎に手を当てて考える仕草をした。
 考える事と言っても、そう多くはない。要ははぐれてしまったルークをどうするのかと、これからの行動についてだ。
 寝静まった首都が霧のせいか一層静かに思える。不気味な静けさではあったが、襲撃された直後とあっては気のせいだと流す事も出来な
い。早急に手を打つべきだ。確実に。
 時間を置いたお陰で冷静さは戻っていた。
「ルークにウィスパーも繋がらないんじゃ、一度プロンテラ城に戻った方がいいんじゃないのかな」
 周囲を警戒しながら、栗毛のプリーストが言った。しかし、エスリナは首を振る。
「一人はぐれたからといって逃げ帰って城に篭るわけにもいかんだろう。何の解決にもならない」
「じゃ、じゃあ、部隊か騎士団に応援を・・・」
 ルークへ呼びかけていたレティシアが恐る恐る提案する。
「駄目だ」
 しかし、レティシアの無難と思える提案にも赤毛のウィザードは首を縦に振らなかった。
「例の僧侶達の反乱でどこも人手不足の筈だ。今はそちらが優先されるべきだろう」
「この件に人員を割く訳にはいかない・・・ですか」
「恐らくカエサルセント公も同じ事を言う。最初からこの任務には我々だけであたると決まっていたしな」
 毒吐き、渋い顔をするエスリナ。少女というにはあまりに深い表情である。
 カルマは苦笑し、霧に覆われた街を振り返った。術者が解かない限り、この霧も晴れないと見るべきだった。
「じゃ、エスリナさん。具体的にどうしようか」
「何?」
「ルークが居ない今、その判断が下せるのは貴方だけだよ。僕はそういう経験がないし、レティシアさんはそもそも貴方の部下だしね」
 先程とは打って変わって穏やかに言うカルマに、エスリナは少しだけ面食らってから、やはり苦い顔で、
「そうか・・・そうだな」
 何かを確かめるように、頷く。
 これは自分にしか出来ない。これだけは。
 分かっていた事だ。そう、薄々は分かっていた。
 単純な戦闘能力では、カルマやルークは自分の上を行っている。経験も生まれ持った力も、彼らには及ばない。
 現に、二度にわたる戦闘でもエスリナはさしたる戦果を上げられなかった。
 それどころか、二度とも足手まといになってしまっている。
 実際にはその差は殆ど無かったかもしれない。自惚れて先走った結果が彼らとの差を広げてしまったのだ。
 冷静にならなくてはならない。冷静に。
(出来る筈だ、エスリナ・・・お前はそれほど弱くはなかった筈だ・・・)
 少なくとも、あのふざけた騎士に守ってもらうなどと言語道断の筈だ。
 無意識に、強くそう言い聞かせる。洒落っ気のないカットの赤毛を掻きあげ、意識を研ぎ澄ませた。
 それから鋭く言い放つ。
「・・・我々を襲ってきたというのなら、相手の狙いはやはりサリア=フロウベルグにあると見て間違いない。ならば追撃をやめるのは愚行だ。
ここで引き下がっては奴らの狙いも分からなくなってしまう」
 エスリナは一歩踏み出し、
「そして・・・もし我々を襲った敵と兵を挙げた僧侶達に繋がりがあるというのなら、ますます猶予はない。サリア=フロウベルグを何としてで
も確保し、反乱の芽を事前に、かつ早急に摘み取る。異論は?」
 問いかけるエスリナに、カルマもレティシアも頷く。その様子に安堵し、彼女は僅かに肩の力を抜いた。
「とはいえ、サリア=フロウベルグの行き先の手がかりもない状況だが・・・」
「あ、それなら騎士団に捕虜が居る筈ですよ。もう尋問も始まっていると思います」
 思い出したように言うレティシア。それにはエスリナもカルマも怪訝な顔をして視線を集中させる。
「捕虜?」
「そ、そんな話は聞いていないぞ!いつ捕まった!?」
「・・・ハッ」
 問われ、口を塞ぐレティシア。あからさまに怪しげな言動であるが、どうやら事情があるらしい。
 エスリナは鼻息荒く「後で詳しく聞かせてもらう」とだけ告げ、クリスレットへ念話を繋げた。
52('A`)sage :2005/03/07(月) 09:05 ID:e5esXCLs
「マスターナイト殿、今何処に?」
『―――おぉ、エスリナちゃんか。ちょうど連絡しようと思ってたところだ・・・ヒック』
 念話の向こうで、今や聞き慣れた声が言う。
 エスリナちゃん。
「・・・・・・」
『今は酒場だが、来るかね?手伝ってくれるとオジサン助かるなぁ』
 飲んでいるのか。
 何を手伝えというのだろう。まさか酌をしろと言うのだろうか。
「・・・・・・・・・行くわけがないだろう!?捕虜とはどういう事だ!私は何も聞いていない!」
 思わず五秒ほど思考を停止させ、しかしすぐに立ち直り、エスリナは怒鳴り散らした。
 念話の向こうで苦悶の呻きが聞こえる。大音量で伝えたせいだろう。
 ルークといい、クリスレットといい、騎士というのは不真面目な生き物なのだろうか。思わず本気で国の行く末を案じてしまう。
『っ・・・もっと静かに喋ってくれないかね。こっちは一応、襲われてる最中だよ』
「どこぞの軽い女にか」
『はは、確かに軽い。しかもハーレム状態だが、そろそろ遠慮したいね』
 クリスレットはやけに乾いた笑みを漏らす。
 意味が分からず何も言えないでいると、クリスレットは打って変わって真面目な声色で言った。
『その様子だとそっちも襲われたようだな』
「!・・・そっちも、という事は・・・」
『女ばかりのアサシン集団だ。あちこちに居る。騎士団にも念話を飛ばしてみたが、当直の騎士が応答しない。あっちもやられたようだ』
 思わず身を乗り出して霧に埋もれた路地を見回す。
 濃霧に紛れて襲い掛かるのは、そう難しくない事のように思えた。
「こっちは・・・街の西側は襲撃者の放った霧の術で視界が効かなくなっている。そっちはどうだ」
『いや、霧は出てないが・・・西側の区画に居るのか?』
「それがどうした」
『捕虜の件だが、締め上げた奴の話によるとサリア=フロウベルグはゲフェンに向かったらしい。まだ詳しくは調べてないが・・・』
 ゲフェン。
 プロンテラの北西に位置する魔法都市である。
 エスリナにはクリスレットの言わんとする事をすぐに察した。サリア一行はカプラサービスの記録に残る空間転送は使用していない。これ
は調査記録によって確かだと言える。
 ワープポータル―――簡易空間転送術を用いたという線もあったが、プロンテラに留まっていた事を考える限り、サリア自身、そしてその
協力者にもゲフェンポータルを開く事が出来ないという事になる。
 だとすれば、陸路で向かったと考えるのが妥当だ。あくまで予測に過ぎないが、他に手がかりもない。
『どうする。もう少しはっきり調べてからにするかね』
「いや・・・十分だ。我々はこのまま西門から首都を出てゲフェンに向かう。時間が惜しい」
『だな。ここまでするとは正直計算外だった。連中は本気のようだ。何をするか分からん』
 そう言ってから、再びクリスレットは笑った。
 何処か悲しげなその笑いに、エスリナは地面に視線を落とし、搾り出すように告げる。
「マスターナイト殿・・・すまないが、手伝いには行けそうにない」
 クリスレットがどういう状況に置かれているかを考えれば、助けに行くべきなのかも知れなかった。しかし、エスリナ達もいつ襲われるか
も分からないという点では同じである。下手に動くのは得策ではない。
 例えそれで彼を失う事になっても、もう判断を誤るわけにはいかないのだ。
『・・・ああ、分かってる。エスリナちゃんも気を付けてな・・・ヒック』
 それきり彼の念話は途切れ、二度と繋がる事は無かった。
 自分へ視線を注ぐカルマとレティシアに西門へ向かう事を告げ、エスリナは酒場の方を見た。
 濃霧の向こうで戦う髭面の騎士など仮に霧がなかったとしても見える筈などなく、代わりに酷く疲れた様子の白髪の騎士が歩いてくるのが見え、
彼女は少しだけ笑みを浮かべてから、やはり駆け寄って飛び蹴りを食らわせる事に決めた。
 そうすればきっと、漠然とした不安や一向に減らない現状への疑問を、取り敢えずは黙らせる事が出来るだろう。
 何せ、あの憎きルークだ。爽快に違いない。
 理不尽な理屈で、彼女は決め付けた。
 レティシアとカルマが気付く前に、エスリナは走り出す。
 ぼろぼろのルークが顔を上げ、エスリナ達に気付き、緩い笑みを浮かべる。呑気なものだ。エスリナは助走をしながらほくそ笑んだ。
「お、少佐。やっと見付かった・・・って!?」
 騎士は助走を終えて滑空してくる少女の靴の裏を凝視し、死を垣間見る。
「貴様という奴は・・・無事ならばもっと早く顔を見せろ!」
「ふごぁ!?」
 霧の中に情けない悲鳴が響き渡る。容赦のない責め苦が続けられる中、妙に緊張感が削がれたレティシアとカルマも、やはりそれはいつもの事
なので気にしない。取り敢えず、エスリナが一通り満足するまで出発は見送りである。
「む、無茶言うなよ!?これでも散々探し回ったんだぜ!?」
「知るか!昼間といいこの間といい・・・!」
 無闇に大声を出していい状況でもないのだが、お構いなしにまくし立てる二人。
「・・・ふぅ」
 四人ともあれだけ危険な目に遭い、それも現在進行形だというのに・・・一体、自分達は何をやっているのだろう。
 レティシアは軽い溜息を吐き、濃い霧に飲まれた夜空を見上げる。
 暗い灰色の、何とも言えない気持ち悪い色だけがある。
 得体の知れない気味の悪さ、漠然とした恐怖を呼ぶ光景。今の現状を示したような光景だった。
(本当に・・・大変な事になってきたんだなぁ・・・)
 死人は出したくない、と言い放ったカルマ。それは甘い、実現不可能な理想論でしかないとレティシアは思っている。
 そして、可能性があるとしたらそれは自分なのだろうともレティシアは自覚していた。
 実際、深遠の騎士に捨て身で挑んだ時にも、カルマが来なければ確実に死んでいただろう。
(―――私は、死ぬかもしれない)
 エスリナの為に。
 必死にこの任務を果たそうとしている、あの少女の為に。
 なんとなく、そんな予感がしていた。
 だが、逃げるわけにはいかない。
 任務だからというわけではなく、一つの生き方としてそれを望んだのだ。もう他の何処にも居場所などありもしない。
 他に何もないから。
 だから、せめて後悔のないようにしよう。
 もう一度あのナハトという剣士と対峙しても、躊躇わないようにしよう。
 どんな強大な敵が相手でも、退かず、刺し違えてでも打ち倒そう。
 固く心に決め、レティシアはもう一度灰色の空を見上げた。


 濁った霧の向こうには、やはり、何も見えなかった。
53sa名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/07(月) 14:32 ID:bHakxkrg
ゲフェン北門の外、少ししたところに小さな丘がある。
私は一人、そこで腰を下ろしていた。
ただ静かに。

周囲には、数人の冒険者たちがいた。
木に背を預け、目を瞑り、遠距離会話をする、アーチャーの少女、
輪を作り談笑する、同じギルドエンブレムを付けた者たち、
恋人同士だろうか? 親しげに話している、騎士とアサシン。
私は一人、岩陰に腰を下ろしている。

この岩陰は……寒い。
この人たちは、私と同じような木陰に居て、寒くは無いのだろうか?

木漏れ日の中時折吹く風が、アーチャーの少女の短い髪を小さく揺らす。
何を話しているのかは分からないが、笑顔を崩しっぱなしの彼女は、日陰なのに暖かさを感じているようにも見える。
仲間内で輪になっている人たちも、私と同じような岩陰にいる。が、暖かそうに、楽しそうに話をしている。
騎士とアサシンは肩を寄せ合っている。が、寒いからそうしている…わけではなさそうだ。
同じ影なのに、なぜ私のいるこの場所だけ、こんなにも冷えるのだろうか?
「……独りだから……かな…。」
つまらないことで夫と喧嘩をして、勢いで蝶の羽を使った。
そして夢中で駆けて、気づいたとき、ここにいた。
──夫と初めて会った、思い出のこの場所…

少し眠ってしまったのだろうか、先ほどのアーチャーの少女、彼女の声で意識を引き戻された。
「で、『どうしても会って話したいこと』って何よ?」
彼女の前には、息を弾ませて立つ、アコライトの少女。
言葉から察するに、先ほどしていた遠距離会話の相手だろう。
「うんとねえ……私、失恋しちゃった!!」
アコライトの少女が、アーチャーの少女にそんな言葉を発した。
「あー、やっぱりかあ…」
「うん!」
振られて、何がそんなに嬉しいのだろうか?、あんなに声を弾ませて…
「あんたねェ、何で振られたくせにそんなに嬉しそうなわけ?
 まぁ確かに、あいつと一緒になっても効率は出せそうに無いから、良かったのかも知れないけど…」
『効率』…こうりつ…
“あなたは私と一緒より、一人の方が効率出せるでしょ!?”
そう、私はそう言って、夫の元を飛び出した。
そう、どうせ狩るなら効率が出せた方が、いいに決まっている。
夫は、力自慢のブラックスミス。
……私は器用貧乏、半端者のウィザード。
そう、どうせ組むなら支援を重視したプリーストの方が、いいに決まっている。
そう、どうせ私なんか何も──
「そう! 恋が終わって、愛が始まったのだよ、君!!」
……恋は片思い。愛は両思い……そういう事か。
アコライトの言葉に思わずなるほどと思う。
「それとね、『効率』って何?」
呆けるアーチャーをよそに、アコライトは続けた。
微かにだが、『効率』と口にしたアーチャーに、憤りを感じているようだ。
「強くなる為の『効率』? 強くなったら、色んな所に行けるし、大切な人を守れるかもしれないけど、
 “楽しい時間をすごす効率”は悪くなるよね?
 “好きな人と一緒に他愛も無いことを話す効率”は低くなるよね?
 “楽しめる効率”。私はちゃんと、最大効率出してると思うけど?」
「むー、そう言われると返せないなあ。私はまだ好きな人も居ないし…
 『効率』といえば『狩り効率』しか思い浮かばない…」
……私もだった。
夫は強い。夫は素早い。夫は頭がいい。一緒に歩くより、テレポートで索敵、殲滅の方が『狩り効率』を出せる。
だから私は……足手まといでしかない……そうとしか、考えられなかった。
……夫も、このアコライトの少女のように考えてくれていたのだろうか?
……分からない。
確かめるのも怖い。
……遠距離会話の拒否設定を……直せない──

カラカラカタン カラカラカタン カラカラカタン

思考の輪にはまった頭に、耳慣れた音が聞こえてくる。
『この音聞けば、俺だってすぐ分かるだろ?』
車輪にわざわざ釘を打ち込み、不恰好な音が出るようにしたカートの音。

カラカラカタン カラカラカタン カラカラカタン

思わずその音がする方向、その反対の方向を向いてしまう。

カラカラカタン カラカラカタン カラカラ

そのカートは私のすぐ隣で音を止めた。
……顔を見たい…
謝りたい……そして私との狩りをどう考えているのか、確かめたい…
……でも、そっぽを向いてしまった手前、振り向けずにいた。
カートの持ち主は何も言わずに、露店の準備を始める。
こんなところで露店を出して、一体誰が買い物をするとい──
『アツアツ夫婦の小売店』
「なあああっ!!?──ッあ………。」
思わず振り向いたその先には、夫の顔があった。
「テレポートしていたら、偶然聞いた話なんだが…」
私の目を見ながらそう口にする。
「俺も同感だな」
なにが? なんな話? 何に同感なの?
「其れに俺もな、今も昔も、お前に会う前も会った後も…」
何を話しているの? 何を言おうとしているの?
「最大効率以外は求めたこと無いしな。求める効率自体に変化はあったけど」
「……一体何が言いた──」
口を挟もうとする私に構わず立ち上がると、カートからりんごを2つ取り出し、
「アコライトのお嬢ちゃん。いい話ありがとな♪」
そういって放り投げた。「講演料だよ」と付け加えて。
「俺は“お前のそばにいる効率”を求めてるんだが、お前は不満か?」
……言葉も出ない…
……変わりに、視界がにじむ
それは恐らく、どんな言葉よりも雄弁に私の心情を表したと思う

この時点で今回の喧嘩は、私の負けだった。
夫は、私が思った“夫が求めているだろうもの”は求めていなかった。
夫は、“私自身と一緒にいる時間”を求めてくれていたのだ。
すごく嬉しいことだ。でも、このままじゃなんか癪。
反撃できそうなものを探してみる。
「アツアツ夫婦って何よ?」
私は乱暴に涙を拭うと、震える声を絞り出した
「俺は何でも、アツアツがいいんだよ。
 たまに火傷もするけど、そのくらいがちょうどいい」
いたずらっぽく微笑むその笑顔に、言葉に、視界がまた、にじむ。
「ファイヤーウォール!!」
だから即座に詠唱。夫に向けて手を伸ばす。
でも私は頭が良くない。そして夫は火には強い。
だから夫は、無理やり突破するだろうか?──
「ならお望み通り、逃がしてあげない」
──夫の真後ろに出したFWを。
夫はFWに見向きもせず、私を見つめたまま、、ニヤリと笑う。
「なら俺は──」
言い終わる前に伸ばした腕をつかまれ、
「放してやらない。」
強引に夫の逞しい腕に抱きしめられる。
少し苦しいくらいに強く、逞しい胸に押し付けられて…その温かさに、その優しさに、…嬉しさに…
私はついに堪え切れずに、そのすがり付いて、泣きじゃくった。

周囲からは冷やかされたりもしたらしいが、全く気にならなかった。
第一、子供のように泣きついていたから、気がついてもいなかったし。
ひとしきり泣いた後夫と2人で、アコライトとアーチャーの二人組みと、近くに居たギルドの人、
騎士アサシンの二人組みに、見苦しいところを見せたことを詫びてまわった。
彼らは口々に「気にしないでいい」と言い、「いいもの見せて貰ったよ」などという人まで居て、
私は真っ赤になってしまう。
騎士が「旦那さんを見習わないとな…」と一人ごちた。
私達の、その…痴話ゲンカをきっかけに、その一角にいた全員で話をすることになった。
「それにしてもBSさん、アンタのハート熱いねェ」
ハンターが言ったその言葉に、私も心の中で賛同する。
そうであって欲しいし、そうあり続けて欲しい。
でも、会話の内容は、
「フレイムハート10M。流石に手が出せねえ」
さっき夫が出していた露店のことだったらしい。
「さすがに凹んでたからな、安売りしてた。今買うなら、500Mはくだらない」
にやりと笑う夫は「ちなみに倉庫にあと、25k個は眠っている」と付け加える
「うわー、熱すぎるよ旦那…」
苦笑する面々。
もちろん私だけは、満面の笑みを浮かべていた。
54SIDEのひとsage :2005/03/07(月) 19:02 ID:zxvDnhAs
業務連絡、業務連絡。
なんぼか前の201たん、至急シリーズタイトルを設定されたし。

私用連絡、私用連絡。
>('A`)たん
 キャラとかイロイロを大量に拝借している側から…、うちのはCofのちょっと前(ちょっとの具体的数字については未定)の
つもりです。んで、お借りしているキャラは皆様五体満足でお返ししたい、と思っています、はい。先日の座談会で色々
お気遣いいただいてたようなので・・・。
 何が言いたいかというと、クリスレット氏が本編で大ピンチっですが、死んじゃっても当方は作品の都合上は困りません。
中の人はシリーズで二番目に好きなキャラが退場になるととても悲しみますが。

そういえば。ファナは作者脳内死亡フラグが微妙に解除された模様です。
55('A`)sage :2005/03/08(火) 00:24 ID:5IhIi03Q
>SIDEのひと様
了解です。とは言っても彼を死なせるつもりは・・・。
ともあれ、連絡ありがとうございます。ファナいぇい。

では、また。
56業務連絡対象者sage :2005/03/10(木) 13:56 ID:QZ/ClKII
>>54

くっ・・・見て見ぬ振りを続けていた宿題を目の前に突き付けられた気分だぜ。やるなスティーブ(誰
んで+6ちょー悪い頭を振り絞って考えたんだがページファイル名称変更方法がわからんかったorz

・・・新規立てて古いのからコピーして古いの消せばいいんかいな?
57名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/10(木) 14:36 ID:8jcGSpxg
Wiki左のMenuのその他に、ページ名変更プラグインへのリンクを追加しときました。
58SIDE:A 火蓋(1/4)sage :2005/03/10(木) 17:37 ID:dq0/VtHc
 今、シメオンは“どこともしれぬ狭間”にいる。
「……やれやれ。思った以上にデリケートな術ですねぇ。それに、普通の転移と違って安全装置が無い…。一歩間違うと壁の中ですか」
 ぶつぶつといいながらも、その口元は楽しげだった。いまだ知らぬ謎に挑み、それを解決する瞬間を、彼はこよなく愛している。それを時に応じてひけらかすことの次くらいに、だが。
 シメオンは見た目ほど自信満々だったわけではない。ダークイリュージョンを彼に協力させるべく説得しようとした試みに、管理者の介入があるとは、さしもの彼も想像もしていなかった。あるいは元管理者、と呼ぶべきだろうか。既にシメオンの協力者となった深淵の内藤と、彼の一応の助手となっているセージの少女とで、完全にあの強力な魔族の退路を立ったはずだった。その交渉上の優位を、元管理者というイレギュラーひとつであっさり振り出しに戻されたことを、彼は別に憤りはしなかったが、さりとて面白がっていたわけでもなかった。
 思っていたのとは過程は違うが、ダークイリュージョンは彼の説得に応じたので計画上問題は無い。魔族の少女は、いずれ彼の元へと来るだろう。シェールと名乗った聖職者風の元管理者は、会話の間も特にシメオンに敵対する様子は見せなかったし、おそらくは敵意は無いのだろう。その二点から、結局この夕方の事態の推移は彼の望んだ方向に動いているのは間違いない。
 …とはいえ、その男の手で不本意にも連れていかれたアリーナから、帰る時まで手を借りる気は、プライドの高い青年魔術師にはなかった。お前に出来ることは俺にも出来るぞ、という子供じみた顕示欲もある。
 だから、彼は実際よりも自信に満ちたそぶりで、管理者の転移魔術を見よう見まねで行使した。その結果が、これである。

「聖職者のワープポータルはややこしいとは聞いていましたが、なるほど…つまり、入り口だけではなく、出口を作らないといけない、というわけですね」
 どこに出るか。ダークイリュージョンを“説得”しようとしていたまま、忽然と消えた彼をあの二人はまだ路地で待っているだろうか。少し考えてから、シメオンは戻る場所を決めた。あの砦の、彼の研究室だ。
「…用事は済んだのに私まで寒空の下に戻る必要もないでしょうからねぇ。クククク…」
 間違いなく底意地の悪い意図で笑いながら、ゲートを開けた魔術師を出迎えたのは、この数日で聞きなれてしまった舌足らずな声だった。

「おかえりなさイ。センセ。…遅かったネェ」
 猫耳の少女は丸椅子を4つ並べた上で寝ていたらしい。正直、寝心地は最悪だろうが、よくわからない染みがこびり付いた床で眠るのは論外だし、唯一の調度である机の上は猫の子一匹いる隙間がないのだから仕方がなかったのだろう。
「…おや。戻っていたとは」
「センセ、めんどくさいの嫌いでショ? 連れてかれたとこであの子と話が上手くいってもダメでも、あの場所には戻ってこないと思ったんダヨ。…当たってた、ネ?」
 少し元気のない口調で言うファナの表情を伺うようなうわ目使いが気に食わなかった青年は、下唇を突き出すようにして横を向いた。見透かされる、というのは彼にとって面白くない。逆ならばいざ知らず。
「それはそうと、何故そんなところでいるんです? 硬い寝床が好きなら自室を好きなように改造すればいいでしょうに」
 ため息交じりの青年の声に、少女は一挙動で丸椅子ベッドから起き上がる。その元気そうな動作とは裏腹に、しょぼくれた風情でシメオンの前に立って、うなだれた。二度ほど瞬きしてから、やはり上目遣いに青年の表情を伺う。
「ん、ごめんなさい。今日は言いつけどおりにやったンだけど、逃げられちゃっタ。センセは叱るの好キ?」
「……は?」
 生を受けて二十余年、魔術師はその人生の大半を理論と実験の世界で過ごしていた。そこでは理性と論理が全てを支配している。世界もそうだと信じていた幼い頃の思い違いは、手痛い教訓と共に正されたが、それでも青年の精神の根本は不条理を許さない。
 …少なくとも、他人が行う不条理に関しては。それがゆえに、彼は目の前の事象に、不本意ながら甚だ間の抜けた反応しか為し得なかった。

「…とりあえず、服は着てもらえませんかねぇ? 私は女の肌を見て喜ぶ趣味は持ち合わせていないですから」
 魔術師の趣味が普通かどうかはこの際置いておくとして、少女の肩や胸には、何か熱い物を押し当てたような跡と、引っかいたような跡がいくつもついていた。ご丁寧に、服の上からは見えないような位置にばかり。一体何故、という疑問は当人の口からあっさりと知らされた。
「…? ジュノーのセンセは、毎日したヨ…、折檻」
「もしも貴女が倒錯した変態的趣味の持ち主でも、私が付き合う必要は感じませんが? というか、不愉快なのですよ、その眺めは」
「…センセ、難しいことをいうネェ。でも、分かっタ。服は着るヨ。寒いシ、痛いのは嫌いだしネ」
 素直に上衣を着なおす少女を横目で見ながら、魔術師は、なんとか今の出来事に説明をつけようと頭を捻っていた。ラオの命令による色仕掛け…、とは思えない。ラオは彼を買収したくてうずうずしているだろうが、そんな回りくどい事はするまい。ファナ自身の独断、ならばもう少し頭を使うだろうし、もう少し食い下がるだろう。
 とすると、素直に言葉どおりに取るべきなのだろうか。少女が夕刻の事態故に自分は罰されるべきだ、と思っていると? 失敗は事実としても、その原因を考えようとせずにただ罰を請う。その考え方は、少なくとも知的二次職まで進んだ者のものとは思えなかった。
 むしろ、奴隷のそれだ。

「……貴女は愚かですねぇ。考える事を放棄している」
「うン?」
 きょとんとする少女を見ながら、青年は内心ため息を禁じえなかった。彼女は、ついさっきシメオンが路地に戻らないだろうと予測した事を見ても、頭が悪いわけではない。ラオはファナという素材から、シメオンが望んだ通りの助手に彼女を作り変えたのだ。魔法装置の操作を補助する程度の基礎知識があり、そしてそれについて詮索をしない…、言い換えれば好奇心も探究心も持たない魔法使い。言われるがままに命じられたように動き、それに疑念も異論も持たない、いや持てない少女。それは便利な道具かもしれないが、醜悪な存在だった。
 まるで、かつて彼が手がけたあの人形のように。
「かくて、万象は繰り返す…、というわけですか。愚かなのは私もですかね」
 何かを言い掛けた少女を制するように睨むと、シメオンは口元を歪めながら立ち上がった。繰り返すとしても、学ぶことが出来るゆえに人間は前進する。同じ過ちを経たのは悔やむべきだが、今から修正できるのならば、努力するべきだろう。
 努力。なんと天才たる彼に似つかわしくない言葉だろうか。人に何かを教えることが向いているなどと、考えたことも無いというのに。
「…いいですか、夕刻のアレは貴女にさほど落ち度があるわけではない。そもそもランドプロテクターの効果は何かご存知ですか?」
「うン。地面に魔法陣をかけなくするのと、テレポートできなくなるんだよネ? あと、地面に隠れられなくなるんだッケ」
 本に書かれた事をそのまま答えるような応答に、魔法使いは小さく頷く。
「その通り。そして転移法陣…ワープポータルと、テレポートがこの世界で実用とされる転移の方法です」
「…うン」
「テレポートはそれ自体が禁じられているゆえ、消去法からあの聖職者がワープポータルの改変術を使って抜け出したのは自明です。どこを改変したのか、という部分を考えて次の対抗策を考えておいてくださいねぇ」
「……どうやッテ?」
 初めて途方にくれたような声をあげる少女を、シメオンは冷たく突き放した。
「考えることですね。思いつくまで」
 そして少女に背を向け、彼女を視界から追い出してからようやく、魔術師は自分が柄にもなく緊張していたことに気がついた。普段の笑いも見せないほどに。
59SIDE:A 火蓋(2/4)sage :2005/03/10(木) 17:38 ID:dq0/VtHc
 朝早く、依瑠は発った。送ろうかとも言ったのだが、彼女が断ってくれて、残念なのが半分、ほっとしたのが半分といったところか。しばらく天井を眺めてから、残された彼女の荷物…、といっても大きな箱だけなのだが、それを隅に寄せた。わずか数ヶ月前と変わらない広さのはずなのに、やけに居心地が悪く感じる。
 そういえば、結局プレゼントボックスを渡し忘れていたな。
「鍵は…かかってないか」
 女性の私物を覗く事への忌避と、びっくりプレゼントを仕込んで驚かせたいガキっぽさが一瞬頭の中でしのぎを削り、俺はその後、極めて単純な解決法に行き着いた。目を閉じて、蓋を開け、中に放り込む。彼女が軽々と開け閉めしていたから、片手で十分だと思ったが、いざ開けようとすると蓋はかなり重かった。開けて、箱を中に置き、そのままゆっくりと閉め…
「ブレイドさん? いらっしゃいます?」
「……!?」
 背後で声。そして落とした蓋で指先に痛撃を食らった俺の声なき悲鳴。俺の散々なクリスマスはそうしてはじまった。

「で、なんで俺はこんなところにいるんだ?」
「ブレイドさんは刃物の扱いは上手ですし、どうせお暇なのでしょう?」
 時間は、それから二時間ほど後。場所はプロンテラを離れた別の小さな街。地図にも載っていないようなその場所は、決して賑やかではない。更にその郊外にあり、普段はここを任されているらしい尼僧と数人の聖職者、それに孤児達がいるだけらしい小さな教会で、俺は…。
「はい、お嬢さん。受け取ったら次の人に場所を開けてくれ」
「おおきにー」
 俺は、一生懸命ケーキを切り分けていた。髪をお団子にまとめたボーイッシュなモンク娘が、両手に皿を載せたまま更にもう一皿を肘に乗せて去っていく。…いや、もう一皿も反対の肘に、乗せていった。どういうバランス感覚をしているのか。多分、戦いになってもかなりの使い手なのだろう。初見で子供だと思ってしまって悪かった、と内心謝っておく。
 というか、孤児院のはずなのに今の娘が最年少のようにも見えるのだが、こういうパーティの主役であろう子供たちはどこにいっているのだろうか。ひょっとして、俺が切り分けている姿が恐ろしくて子供たちが近づいてこない…、というのではないと思いたい。さすがに血の匂いはしていないはずだ。
 試しにマントを鼻に当てると、昨晩の酒の匂いがした。
「もう少ししたら代わりの方が来てくれますので、それまでお願いしますね。私達、包丁くらいならばともかく大きなケーキ用のナイフになると、持ちなれないので…」
 問答無用で俺を拉致してきた割には、隣であまりすまなそうにしていない聖職者はテスラ。黒髪の清楚そうな対魔師だ。どうも、今朝方久しぶりに大聖堂に戻ったら修行時代の友人とやらに、ここでの手伝いを頼み込まれたらしい。それはいいのだが、他人を巻き込むのは是非にも勘弁して欲しい。まぁ、暇つぶしが出来てありがたい、という面も多少はあるのだが。
「はい、次の人」
「ありがとうございます。……お二人とも、……お似合いですね…」
「違うっての…」
 妙に抑えた口調でそう言って去っていく金髪のアサシンの表情はサングラスに阻まれて読めなかった。彼が歩み去る先のテーブルには、連れと思しき女性と少年がいる。ケーキの皿を前に嬉しそうな聖職服の少年と、控えめに…、というよりどこかぎこちなく微笑む女性に頷くと、アサシンは彼女の前の席に座った。所作から感じる実力から、何となく場違いなものを感じていたが、どうやら親子連れかもしれん。…多少年齢があわない気もするが。俺と同じように、こんな場所で余暇を過ごす自分に戸惑っているといったところかもしれない。

 そういえば、なんでテスラはせっかくのクリスマスに相方と一緒じゃないのだろうか。ひょっとしたら、人様を迷惑に巻き込みまくってウサ晴らしをしているのはその辺に原因が在るのかもしれない。
「……声に出ていますよ? ブレイドさん」
「あー…、あはははは」
「しょうがないじゃないですか? 朝一番にギルドから念話が入ったっていうんですから。仕事ならしょうがないですよ」
 頬を赤らめながら、ぶつぶつと下を向いて言うテスラの姿は、普段の冷静一途ぶりを知っているだけにかなり新鮮だった。昨晩にエルメスとの話を聞いたばかりなのだが、たった一晩で女性というのはこんなに変わるものなのか。
「朝起きたら、隣にいるはずの暖かいのがいなかったら、そりゃあ寒いし腹も立つだろう。俺にも経験がある」
 感慨にふける俺に向かって重々しく言ったのは、昨晩の髭だった。あんた、どこから沸いたんだ。
「な…何を言うんですか、セクハラですよ」
「というか、何やってるんですかこんなところで!?」
「いや、あちらの年配のお嬢さんから、ケーキを切り分けるバイトを仰せつかってね。時給750zだそうだ」
 年配のお嬢さん、というなんというかよくわからない表現を使った髭だったが、テスラにはそれで十分伝わったらしい。
「さっきシスター長の言っていた交代の方って…」
「俺だな。うん」
 一瞬、何ともいえない間があたりに立ち込める。それを断ち割ったのは俺よりも一瞬早く我に返ったテスラの声だった。
「……よろしくおねがいしますね、マスターナイト」
「な…、テスラ、お前も何を考えてる!?」
 一人で慌てふためく俺を他所に、髭は何処から取り出したかエプロンを身につけ包丁片手にすっかりその気だ。というか、いかにも男の料理を作りなれていそうな落ち着き方で、妙に似合っている。間違いなく、俺よりは着慣れているだろう。なんとなく敗北感を感じ、俺は微妙に打ちひしがれた。
「というわけで、テスラちゃんといちゃつくのは俺に任せて遊んできていいぞ」
 あーもう、好きにしてくれ。そう思った俺の背後からやけに艶めいた声がかけられる。
「まぁまぁまぁ、凛々しい騎士さんですこと。テスラさんのお連れさんってこちらの方? 私にも是非紹介いただきたいわぁ」
 一体何処のホストクラブの客かと突っ込もうと振り返った先にいたのは、俺の年齢の倍近いであろう尼僧だった。それが、満面に笑みを浮かべてこちらを見ている。正直、一歩引き加減に応対をしようと思ったのだが、気がつくと俺はすっかり彼女に、今朝ここに至るまでの経緯をあらいざらい引き出されていた。話術、というのだろうか。むしろ、彼女のまとう雰囲気だ。
「まぁ、それは災難だったわねぇ…。でも、テスラさんが友達を連れてきたのって久しぶりのことよね?」
「…え? エルメスの奴は…?」
「あの詩人さんは、このおばさんが怖くて来れないんじゃない? なにしろ『絶対に幸せにするから』って言って連れて行ってから大分経つものねぇ」
 その言葉に俺がリアクションを返すよりも先に、テスラのいるあたりで鈍い音がした。ぼふっ! というのは多分赤面の効果音だろう。そんなものが実装されたとは知らなかったが。慌てたような声がそれに続く。
「…そ、そんな事を言ってたんですか!? 最初に声をかけられたときは狩りの相棒って言ってたのに…」
「あらあら、口が滑っちゃったかしら? まぁ、乙女の間で隠し事はなし」
 ……色々突っ込みたいが、その隙すらなく会話がポンポンと進んでいく。楽しげだったり恥ずかしげだったり懐かしげだったりしながら言葉を交わす二人の間に挟まれた俺は、どうにか逃げ出す隙を求めて周囲を見た。一人、楽しげに包丁を振るう髭の騎士と一瞬だけ目があう。

  あ・・・あの髭の目・・・・・・
  合コンに混じってしまった既婚者でも見るかのように冷たい目だ
  冷徹な目だ・・・
  「かわいそうだけど話題の矛先が変わった次には女性陣の舌鋒に晒される運命なのね」
  って感じの!

「テスラさん、いきなり仕事で放り出されるなんて、愛が足りないわよ、愛が。いっそこの騎士さんに変えたらどう? あの詩人さんよりかっこいいんじゃない?」
 どこか違う世界に漂いかけていた間にも、一部諸手を上げて賛成するが、総論では認め得ない提案が頭越しに飛ぶ。
「そうですねぇ? 考えてみます」
 クスクスと笑う声がやはり頭越しに戻る。情けないことに打つ手も思い浮かばずおろおろするだけだった俺に、救いの手は予想外の方角から差し伸べられた。
60SIDE:A 火蓋(3/4)sage :2005/03/10(木) 17:39 ID:dq0/VtHc
 背筋を一瞬突付かれたようなむずがゆさ。俺を何度も救ってくれた声なき警告。
「……殺気だと!?」
 何故、何処から、という疑問が浮かぶよりも早く、俺は左右の女性を引っつかむと強引に伏せさせた。寸刻前に正確に彼女たちの頭部があった辺りをめがけて矢が飛んできたのはその一瞬後。しかし、それは狙い済ましたかのようなタイミングで立ち上った青い光に逸らされて落ちた。物凄い正確さでPneumaを立ち上がらせたのは、俺の右手の下に居る女性だ。どうやら、助けは要らなかったらしい。
「まぁ、急にこんな大胆な事をされて年甲斐もなくトキメイテしまいましたけど…、続きは後にいたしましょう?」
「シ、シスター長!? 何を落ち着いているんですか!」
 左腕の下で声を上げるテスラの目が丸くなる。同感だが、狙撃手に狙われている状況でパニックに陥るのは最悪だ。とりあえず、頭を低くしたまま周囲の状況を見ようとした俺は、目を疑った。

 何者かに襲撃を受けていることではない。さっきまで平和なクリスマスパーティ会場だった教会前は、一瞬ですっかり様変わりしていたのだ。
「…援護を…お願いします……」
「はいはい、誰に言ってるのかしら?」
「僕に言ったんだよ!」
 見事にひっくり返されて矢を防いでいる机の影でそんなやりとりをしているのは、ついさっきケーキを持っていったアサシンと、その家族っぽく見えた二人だった。が、今はもともと希薄だったアットホームさがものの見事に抜け落ちている。まだ少年の面影が残るアコライトが精一杯の支援を二人にかけると、紫衣の金髪青年はかき消すように姿を消した。女性が袖から手品のように矢を取り出すと、長いスカートを遠慮なく裂く。
 その下から現れたのは、よく使い込まれたクロスボウだった。熟練した狩人は主に角弓を携えるが、狭い場所や携帯に向いたクロスボウも用途によっては本式の弓に勝る。彼女は矢を無造作に番えると、半瞬机の脇から身を出して打ち込みはじめた。
「っ!?」
 目で追った矢は、かなり遠くの木に吸い込まれ、すとん、すとんと機械式の弦がなる乾いた音がするたび、弓を抱えた男がまるで冗談のように木から落ちてくる。それが10を数える頃には、周囲で別の騒音が立ち始めていた。どうやら弓手たちの援護に合わせてこの場に来るつもりだったらしい、騎士と修道僧からなる小集団が見える。駆けて来る最中に金と紫の残像が動くたびに、一人づつ刈り取られているが、それでも結構な人数がここに来る頃まで残りそうだ。

「それにしても、何の冗談ですか、これは」
「残念ですが、冗談ではありません。こんなこともあろうかと、お知り合いや、そのお知り合いの皆さんに御協力を頂いたんですけど、正解だったようですね」
 青い光で矢から護られながら、俺達はとりあえず身を起こした。さっきの三人ほど手際がよい訳ではないが、普通の参加者だと思っていた連中も、個々に襲撃者を迎え撃っている。まぁ、降りかかる火の粉を払う云々と言わずとも、様子を見ればどちらが悪者かなど分かりやすすぎる構図だ。
「パーティに信頼のおける冒険者をつれてきて欲しい、って…そういう意味だったんですか? ならばそういってくれていれば…」
「…事情を聞かされていたら俺は芝居なんざできなかっただろうしな、テスラ、あんたもだ」
 朝起きた時には想像もしていなかった妙な事態だが、俺は案外面白がって居る自分に気がついた。この襲撃を指揮しているのが俺だったならば、突撃は少なくとも正面と搦め手の二手に分ける。と、俺が考えていた予想通りのタイミングで新手が回り込んでくるのをみて、髭の騎士が後ろで何か言いたげに鼻を鳴らすのが聞こえた。
「教科書通り過ぎるねぇ…。それじゃあ長生きできん世界のはずだが」

 と、その先頭集団が派手に音を立てて吹き飛んだ。ついでもう一発。
「……雷管集めるの、タイヘンだったんだよ。まったく…」
「また一緒にいったるから、ケチケチせんとバーンといったり!」
 ぶつぶつぼやいている錬金術師風の青年が爆発の原因だと気づいたらしい一部の賊がそちらに向かった。どう見ても戦いには向いていなさそうな青年の様子に一瞬だけまずい事態を想像したが、闖入者たちは青年の連れらしい小柄な少女に三対一でいいようにあしらわれている。
「しばらく修行場に行かんうちに、同業者も質が落ちたなぁ。嘆かわしい限りやわ」
「わわっ…。いらないかもしれないけど、一応助太刀しておくよ。後で楽しみを取ったとか言わないでよ」
 青年の声と共に錬金術の産物らしい奇怪な植物たちが一角に根を生やすと、その方面の趨勢も決したように見えた。他にも幾人もの有志が彼らを手助けに向かっている。

 後は、乱戦をすりぬけてここまで来る奴が居るかどうか、だ。俺はいる方に賭けるつもりで依瑠に貰った剣をゆっくりと引き抜いた。背後で構える様子の髭の騎士の気配からすると、二人とも読みは同じ。賭けは不成立のようだ。
「…とりあえず、シスターとテスラはここに。マスターナイト、頼めますか?」
「俺がか?」
 おそらく、彼も前に出たかったのだろうが、髭はエプロン姿の自分のなりを情けなさそうに見下ろし、がっくりと肩を落とした。
「こいつを血で汚すのは避けたいなぁ、確かに」
 いや、その理由もどうかと思うのだが。

「ちょうどいい、むしゃくしゃしてたんでね…。何処の誰かは知らないが…っと!」
 言いかけた俺に向かって真っ正直に突っ込んでくる騎士が目に入る。まだ若い彼の目は怯えと、そして何かに身を捧げた者特有の自己陶酔に彩られていた。俺の得物の幅広の両手剣よりも少年の手にした斧槍は幾分長いが、そのリーチの差で彼我の技量を埋められると考えていたとしたら、若さゆえの傲慢だ。
 捻るように振り下ろした俺の剣は、キィン、と澄んだ音を立てて一合で相手の武器を折り取った。機敏に飛び退きながら信じられないものを見るように自分の手の中の残骸を見る騎士に、俺は犬歯を見せるように笑いかける。今の反応は、いい素質を持っていそうだ。
「まだやるかい? 少年」
 その返事を聞くよりも先に、細い矢が何もない地面から飛び出してきた。それが俺ではなく、たったいま戦意を失った少年に向かって居るのに気がついたときは、俺の剣はすでに間に合わない。だが、俺は振り向くまでもなく、テスラがそれをPneumaで防ぐだろうと読んでいた。だから、逆に一歩踏み込み、利き手の肘を上に、左手は手首を支えるようにして捻ったままの姿勢で剣を地に突き、気を込める。剣士時代の基本的な技、マグナムブレイクだ。俺の周囲を瞬間的に熱気が取り巻き、地が震えた。例外は、目算していた一箇所だけ。
「ふんっ!」
 気合の声と共に、俺はその一箇所だけ揺れない地面を横切るように両手剣を斜めに振り上げた。地に伏せていた男が驚愕の表情のままで隠蔽を解く。
「なっ!?」
 俺が少年をカバーする隙を衝こうとしたのだろうが、油断を取れなかった不意打ちほど情けないものはない。俺の剣は土くれと、血と、目の前の馬鹿の左腕を巻き上げていた。完全に隠れていたはずの優位を失った男が、それでも戦意を失わずに投げつけてきた弓を返す刃で叩き落す。その隙に男は短剣を抜くと、バックステップで俺から微妙な間合いを取った。
61SIDE:A 火蓋(4/4)sage :2005/03/10(木) 17:40 ID:dq0/VtHc
 ローグだ。暗殺者のそれのように、闘いの技は洗練されていないが、彼らの端倪すべからざる能力は俺も知っている。
「……襲撃計画が読まれていたか」
「あんたが指揮官だな? 残念だが、この先には通れないぜ。多分、この次もない」
「確かにそのようだが、試してみるとしよう」
 肘から鮮血を撒き散らしながら、男の声は、アサシンかと思うほどに冷静、いや、むしろ平板だった。目を俺に向けたまま気だけを周囲に飛ばしている。引くのか、それともまだ目的を果たそうとするのかは知らないが、その状態でまだ戦おうとするのは見上げたものだ。たとえ、それが無駄なことだとしても。
「俺はただの通りすがりだが、そうじゃない連中も多そうだな。いい手際だ」
 俺は男に周囲の状況を指摘する。おそらくは撹乱役であろう弓手はとうの昔に制圧され、彼の隠れ蓑として切り込んできた騎士や修道僧達は大方は取り押さえられていた。彼が腕前同様に精神的にもプロフェッショナルならば、この状況でまだ戦う愚かさを理解するだろう。
「無駄だ。そいつの目…、薬をやっている。痛みも感じていないはずだ」
 髭の声に、男はニィ…と笑った。その目の空虚さに、俺は寒気を感じる。こいつはまだ…、やる気だ。いや、おそらく殺されるまで諦める事を知らないだろう。

「……降伏なさい。そうすれば逃がしてあげますから」
「シスター、本気か?」
 呆れた様な髭の声に、俺も同感だった。こいつ等の動きはその辺のチンピラの群れとは一線を画す、戦う事を訓練された集団だ。そんな集団が理由はともあれ、この修道院…、あるいは誰か個人を狙ったのだとすれば、野放しにしてもいずれ目的を果たすまで手を変え品を変え、繰り返し襲わずにはいないだろう。それをどうにかするには、中枢を調べて根元から叩きのめるしかない。その為に手がかりになる襲撃者を逃がすなど論外のはずだ。悪党を泳がして後をつける等というのは子供向けのお話にしかならない。よほどの運と技量の差がなければ、うまくいきようがないからだ。
 だが、続くシスターの台詞を聞いて俺は納得した。
「ラオに伝えてください。子供たちは渡さない、と」
「…子供たちがもともと我々の同志だとしてもか」
 襲撃者の素性にシスターは心あたりがあるということだ。だとすれば、この手際のよい防衛にも納得がいく。むしろ、一介のシスターがこれだけの手錬れを集めた人脈の方に驚くべきなのだろうか。
「あのかわいそうな娘に、あなた方がしたことは聞いています。私が一度でも預かった以上、残るこの子達まで不幸にはさせませんし、貴方達に指一本触れさせる気はありません」
 凛と響くシスターの声には、年齢を超えた魅力があった。女として、というよりも母としてか。確かに、この人に頼まれたのならば一肌脱ごうという連中が大勢居るのも分かるような気がする。

「諦めろ、もうこれ以上が無駄なことはわかるだろ? お前の負けだ」
「……ふ…指一本触れさせない、か」
 俺の横槍を無視してシスターに答えたローグの声は、昏い中にも明らかに勝利の悦びを秘めていた。この状況で、何故…。
「つまり、子供たちは襲われると予想されたここにはいない。おそらくは姿の見えぬ黄巾とその相棒が、たった二人で連れ出しているわけだ…な」
 早口で言った男が残った隻腕で自分の胸甲を引き剥がす。その下に見えるのは無数の…古木の枝。
「……ならば、予定通りッ!」
「いかん、下がれ!」
 髭の男が叫ぶと同時に、周囲に黒い暗雲が立ち込めた。いや、あまりに短い間に開放された瘴気がそう見えただけだ。闇の真っ只中で、男は虚ろに笑っていた。骨が砕け、肉がひしゃげる音をさせながら。
「……なんだっていうんだ。一体…」
「狂信か…。馬鹿な奴だ。しかし厄介だな。こいつは食い止められんぞ」
 髭の騎士がそう言いながら、瘴気に酔った気の早い魔物が狂乱の宴への期待に満ちて飛びだしたのを切り捨てる。出てくるのが一匹二匹づつならば大したことがないかもしれないが、この気配が一斉に動き出したならば決して阻止は出来ない。数匹を食い止めても、他の魔物が辺りに散るのを止めるのは不可能だ。野放しになった魔物がうろつくとしたら、この一角は危険地帯指定…、居住不可の認定を受けるだろう。奴等がこの修道院自体を潰すのが目的だとしたら、この上なく確実な方法だった。
 テスラとシスター、俺、そして髭。四人でできるだけのことはする。しかし…

 しかし、この凶行は誰が、そして何のために?

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 ブレイドが悩みながら剣を構えなおしていた頃。プロンテラ大聖堂では、一人の枢機卿が持論を主張するべく熱弁を振るっていた。
「…状況は切迫しており、あらゆる分析が魔壁の緩みを示している。魔族の一大反抗は、今まさにこの時に始まっているやも知れぬのだ。もはや、下らぬ派閥争いをしているような時期ではないと、私は主張する。我々は人間という種族の総力を結集し、やられる前にやらねばならん。これは、神の意思であり、聖戦を遂行するのは人間に与えられた崇高なる使命なのだ」
 数少ない支持者の拍手に頷きつつ着席した男を、鷹のような風貌の同僚がうんざりした様子で揶揄した。
「……それが貴方の主張ですか。そしてその指揮を執るのが野望、というわけですな。いやはや」
「とんでもない。先のジュノー事変の経緯を思えば、私にはその資格はないだろう。何を言い出すのかね、君は」
 驚いたように目を丸くする枢機卿に、列席の面々は意外そうに視線を見交わした。この提案が、先だっての大乱で大きく地位を失墜した男の、必死の巻きかえし工作だとばかり思っていた者が多かったのだ。

 しかし、投票の結果、彼の主張する魔族への先制攻撃作戦“”の提案は却下された。その際、枢機卿が呟いた声も、多くの同僚は単なる負け惜しみとしか捕らえなかった。
「君たちは、近視眼的すぎて機を逸している。今この時に、私が警告しなかったとは言わせぬぞ」
 うんざりした様子で書記官が片手を上げた。
「…君の提案は記録しよう。では、次の議題…」
 そうして退屈な会議が過ぎる中、一見、無念そうに顔を伏せた枢機卿は、左右の同僚からは見えない位置で、小さく嘲笑を浮かべていた。
62SIDEのひとsage :2005/03/10(木) 17:46 ID:dq0/VtHc
>56のひと
 えーと、私は今までそうやってたわけですがっ。なんか便利なものが在るらしいですね。

>57のえらいひと
 ありがとうございます。そんなものがあったのですね。以後活用したいと思いますです、はい。

>いろいろな作者様
 ('A`)さま、モンクの話の作者様、事後報告ながらいつも変な使いかたしてすみません。
他にも色々と妄想は膨らんでいますが。なんか、孤児院出身で家出して暴れてるローグが
どこかにいたような…、とか。
アルくんカリンちゃん一党もいじりたくはあれど、旧作がなかなかサルベージできずに断念orz
63名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/11(金) 14:40 ID:sV8EWIcc
ワロスw
シメオン幼女に興味なし。
64業務連絡対象者sage :2005/03/12(土) 02:36 ID:Hl4TAGro
おっかなびっくり編集してみたんで念の為確認をして貰ってもいいだろうかスティーブ(だから誰

シリーズタイトル「狭間で踊る奴ら」に決定

ネーミングにセンスが無いのは仕様だ!…orz
65名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/12(土) 03:29 ID:WUVTHkuk
>>ベック
こちらスティーブ、当方では確認できた、okだ。
あーあー…聞こえているかベック?ベェェェェェック!!!

すまんかったorz
とりあえず確認完了、無事みれますたよ、と通りすがりが言ってみる。
66名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/13(日) 08:02 ID:ZQIxIaXI
[壊れた人形]
『チッ、こんなやつつかえねぇな。高い金払ったのにどっかでのたれ死ね』
そして「私」は捨てられた
私は秘密結社で作られた最高の人造人間・・・外見は普通の女騎士に見えるが中身が違う
主に命令されたことをただ完遂するだけが生きる意味、それが存在理由・・・・
だったはずだった・・・・
しかし「私」はその行動に疑念を抱くようになった
本来ならそんなことは考えないようにインプットされている
だが「私」は思考機能がおかしいのか、疑念・疑惑などしてしまう
結社からいえば「壊れた」というらしい・・・・
毎日同じ狩場に通いひたすら狩り、レアをだし主に渡す・・・・そんな行動に疑念をもった
『私は、それだけの存在なのか』
ただひたすら主の命令に従う・・・それだけなのか、それだけの存在なのか
そのことを主に問うが答えはない
『お前は俺の命令に従えばいいんだよ』
それはそうだが・・・
『変な疑問を抱くんじゃねぇよ機械のクセに』
しかし主よ・・
『うるせぇな、さっさとどっかに・・・とまてよ』
何を考えているのだ主よ、私の体を見て
『狩じゃ使えねぇが別のやり方で金儲けできそうだな・・へへへ』
また金儲けか、それ以外にやること無いのか主よ
『口答えするんじゃねぇ!よし具合見てやるから服脱ぎな』
いやだ・・
『命令に従えよ!俺がお前の主だぞ!早く脱げ!』
いやだ・・・その命令は拒否する・・
『はぁ?!そんなにいやなら無理やりやってやるよ!』
な、なにをする・・やめてくれ主よ・・
『うるせぇ!お前はただの道具なんだよ!機械なんだよ!いうこと聞いとけばそれでいいんだよ』
それがいやなのだ・・・私という存在がそれだけなのが嫌なのだ
『何をごちゃごちゃと・・・』
イヤダ・・・ソレダケの存在なんてイヤダ・・・私は・・・私は・・・!
『てこずらせるなよ!』
・・・いやだぁぁぁぁぁ!!!!
ザシュッ!!
『ぐ、ああああああああああぁぁああああ』
『て、てめぇ・・主を殺すなんて・・・!』
悪いな・・・私は存在したいだけなのだ・・・
『ただレアだしてればよかったものをぉぉぉ・・』
それが嫌なのだ、私は私という存在を作るために・・いま自由を手に入れる
『ヘ、ヘヘアア・・自由だと・・俺が死んだのを結社が見ればお前を排除しようとするぜ・・・ぇ』
望むところだ、それが私の戦いならその露払ってやる
『ヘ・・ヘヘ・・・ゴハッ・・・』
・・・・おびただしい血が床に広がる
私は主の部屋から必要なものだけをもちペコにつんだ
「ペコよ、こんな私をこれからも乗せてくれ・・」
ペコを撫でる、ペコもいつもより嬉しそうに体を撫でてくる
「私という存在を見つけるために・・・命令変更:秘密結社及び製造された人形の破壊」
私は今「自由」を求めて旅に出る・・・


なんか途中からわけわからんし萌えなかったら勘弁してくれ
ROで問題のものが反逆を起こすってかんじかね
もちろんシリーズとして考えてるけどカクキオキネ
なんかやっちまったぁなかんじ_| ̄|○|||
67名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/13(日) 23:29 ID:GxrjibK2
>>62
今更ですが、
ページ下部のアイコンからも名前変更が出来ます。

名前を変更したいページを開き、
ページ下部のアイコン([RSS]アイコンの左にあるやつ)の内の、
左から8番目の「改名」というアイコンをクリックすればOKです。
68SIDEのひとsage :2005/03/26(土) 10:07 ID:pdr.eBIw
完全に私用連絡…。
('A`)たん方で決起している描写があったのに、すっかり忘却して枢機卿っぽい人を出してしまった。
現在、フェーナたんパパとは別のヘタレにするべく再構成中。
パパりん謹慎処分中に代役っぽく席を暖める役の人が分不相応の野心めらめら、な風味です。
('A`)たんの手が止まってるのがそのせいだったらイカーンので、それだけお断るですよ。
69名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/26(土) 10:08 ID:pdr.eBIw
連投失礼
>67
ありがとう。なんか、色々機能があるのですね。今書いてるシリーズが終わったら、
保管の事をもう少し勉強しよう…。
70名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/27(日) 21:54 ID:wmLuh6gY
世間様の分類では、片手槍騎士となるのだろうか?
そして、特定の部隊に所属することなく単独または数人のパーティで各地をまわり、法と己の正義に従い治安を護る。
この国に数千人いると言われる、俗に自由騎士と呼ばれるもの。
そのうちの一人が私。
私の場合は相棒のペコペコと共に世界を回っている。
今は国境都市より首都へ向けて、ミョルニール山脈を越えているところ。
ちなみにこの辺りは蟲が多いので、スカートの下にはロングスパッツをはいている。
蟲対策に加え私は寒がりなので、ベージュ色で厚手のヤツだ。そこ、モモヒキとか言わない。

「クェッ」
背後からの声に振り向くと、相棒は横へと視線を向けていた。
つられてそちらを見ると
「懐かしいな……」
ルーンミッドガッツ王国の首都、プロンテラが小さく望めた。
ゲフェン、アルデバランとまわっていたので、戻るのは半年振りくらいだろうか
「よーし、この辺りで休憩挟みますかー」
「クェー」
相棒に預けてある荷物を全て地面に降ろしてから、その横で大の字に寝転がる。
ふと私を見下ろす相棒と視線が合うと、相棒は私のことを目を細めて見ていた。
そしてわざわざ荷物を回り込んで私のそばへ座り、また私を見下ろす。
やや疲れ気味なその表情を見上げる。
「おまえも、荷物よりも私のそばがいいんだねー」
そう言って手を伸ばすと頬を寄せてきて
「クェ」
私に撫でられながら一声鳴いた。
自然と笑顔になれる。
辛いときも苦しいときも、ずっと一緒だった大切な相棒。
気持ちよさそうに目を瞑る相棒と、その背に腕を乗せて抱きつくようにする私を一陣の風が撫でていった。
季節はもう春。
穏やかな日差しが、まどろみを誘う。


「ピアース!!」
掛け声と共に高速の三連打が決まり、巨大な赤芋蟲アルギオペが弾け飛ぶ。
足の位置を変えながら巨大な蟷螂の鎌を盾で受け、石突きを自分の背中を回すようにして叩き込む。
「スピアスタブ!!」
従来の打ち方と違うのは、次の一撃の為。槍は既に肩の上、頭の向きを変えるだけで、体勢は整った。
背筋、右肩、上腕、前腕が順に張り詰めていく。
左腕がまっすぐに伸び、標的と定めるのは相棒へと迫る大型の蜘蛛。
「スピアブーメラン!!」
刹那の暴風はその蜘蛛をそばの木へ貼り付けにする。アルゴスはその身をぴくぴくと痙攣させながら、次第に動きを小さくしていく。
残すはマンティスだけ。
手にしていた武器は手加減無しで投げつけてしまったが、何の心配もない。
「クェ!」
相棒は自分にくくりつけられた武器の中から、この状況において最良の一本を選んで私に放る。
駆け寄る私が飛びついて手にしたそれは、ファイアパイク。強力な火の属性を宿した片手槍。
移動の勢い、着地の衝撃、それらの全てを右足に押さえつけ、反発力を高めるように更に力を込める。
私を追いかけてきた大蟷螂が、間合いに入ったためか飛び上がった。その動きはまるで、狙い撃ちにしてくれと言っている様。
「オートカウンター!!」
飛びかかるマンティスに対し、溜め込んだ力を一気に爆発させ、伸び上がるように槍を突き立てる。
カウンターで決まった一撃は自慢の鎌をこともなげに粉砕する。そこから燃え広がる火が巨大化した蟲の魔物を焼き尽くした。


ライディング1、騎兵修練5。
このスキルを持っていてなお、騎乗しない騎士は存外に多い。
命を預けた相棒を失った騎士は、本人ですら信じられないほどの衝撃を受けるものだ。
そして彼らは二度と、騎乗することはなくなる──否、出来なくなる。私もそんな同僚を何人か知っている。
もちろん、全ての騎士がそうなってしまうわけではない。中には表情ひとつ変えずに別のペコペコに乗る騎士も多い。
ペコペコを消耗品と考えているのか、倒れた相棒の為にも立ち上がらなければならないと涙を呑んでいるのか、心中を察するのは野暮だろう。
彼らには彼らなりの思いや考えがあるのだから。
逆に衝撃が大きすぎる場合もある。
『逝ってしまった相棒無しでは戦えない』
そう言って、騎士の称号を返上してしまう者は少なくないのだ。
多くの場合は超高速剣技の使い手で、心に傷を負いながらも騎士として生きている。が、槍使いの場合、騎乗できなくなる=戦力の大幅な低下。
騎士の称号を返上した者の大半が槍使いだった。
高速槍技使いならまだしも、そうで無い場合は、己の力の低下に絶望してしまうらしい。
単に力を嘆くだけならまだいい方で、失うことの恐怖心で争い自体を極度に嫌がり山奥へ引き込んだり……その、騎士として実に嘆かわしいこと
だが、自ら生を絶つものまでいる。

自慢できることではないが、私の槍技は騎士の中でも相当遅い。
それでも騎士になった頃からずっと──少し引き篭もったけど──徒歩で戦って来れたのはきっと、私のことをすごく心配してくれる
粗暴な女性騎士と、騎乗できないとはいえ相棒がそばにいてくれたから。


「ありがとう、相棒。おかげで助かったよ」
「クエ」
私の礼に短く答え、頬を寄せ擦り付けてくる。
「こら、ちょっ、やーめーて。くすぐったいー!」
「クェー」
私の声に相棒は、ほお擦りを止めて首を上げる。
相棒の毛並みは良い。程よく柔らかく、しっとりとしていて、極上の絹のよう……というのは褒めすぎか。
でも、私はこの感触がとても好きで、だから──
「あ…」
つい名残惜しそうな声と共に見上げてしまう。
「う…」
もしも人だったら、意地悪そうにニタリとしているのだろうか。そんな顔の相棒と視線があい、そっぽを向く。
「よ、よし、行くぞ! ほら、さっさとついて来る!」
顔が赤くなっているのが自分でも分かるほど。
体裁を繕うために強引な言葉を発して、相棒を置き去りにして歩き出す。
いつも次こそはと思うのだが、毎回気付くのは物欲しそうな声を上げてしまったあと。
たまには格好良く決めたいと思っていても、いつもこうなってしまう。
ひょっとして私は結構、甘え性なのだろうか? いや、相棒の毛並みが良すぎるのだ。きっとそうだ。
そういうことにしておいて、私はまだ長い道のりを軽快に駆けていく。
「クエーーッ!!」
置き去りにされかけた相棒は慌てたように一声鳴き、とたとたと追いかけて来た。
「よーし、プロンテラまで競争だー!!」
もっともプロンテラまでは、あと半日以上の距離が残っているから、このまま駆けても途中でへたばるのはみえみえ。
私たちは太陽がほとんど動かないうちに、また休むことになった。


─ ─
まあ、わたしのLvではこんなものかな。
続編もあったがなぜか痛いことになったので見送る。これにて、
─完─
71名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/03/30(水) 20:51 ID:breFLteY
誰もいない。不法投棄するなら今のうち。

(ノ・_・)ノ〜○ポイ
72寝言(1/4)sage :2005/03/30(水) 20:51 ID:breFLteY
「いたいた」
プロンテラの雑踏。大通りからちょっとはずれた裏道。
路側に植えられた木の影に見慣れたソンブレロの後姿を見つけて、私はそうっと近づいた。
「こーら、探したぞ」
後ろから声をかける。が、反応のない背中。
うつむいたままのソンブレロに、ちょっと考えて横にまわる。
「んしょっ」
しゃがんで、ソンブレロの下から顔をのぞきこんで。
「やっぱり……」
のぞきこんだ目は閉じていて、口元にはなんの夢を見ているんだか、微かな笑み。
規則正しく気持ちよさそうな寝息は、彼がぐっすり寝込んでいることを示している。
「もう…呼びつけといてこれかぁ?」
小さく息を吐いて、中途半端にしゃがんでいた足をくずして彼の隣に座りなおす。
彼の肩にちょっと触れてしまったけれど、目を覚ます気配はない。
そう、今日はめずらしく彼から呼ばれてここにきた。
彼とはよく一緒に狩りに行く間柄だけど、特別な関係というわけではない。
こうして、わざわざ呼び出されるなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
「ちょっとは、期待してたんだぞ…?」
聞こえないってわかってる呟き。
1ヶ月と2週間前。そう、2月14日。いわゆるバレンタイン・デー。
特別な関係じゃないとは言ったけど、私が彼のことを特別に思ってないわけじゃない。
ただ、いつのまにか一緒にいることが増えてて、いつのまにか当たり前に隣にいるようになってて。
今さらあらたまって言うのも気恥ずかしくて、いつも何もかわらない態度の彼に、
こんな風に思ってるのは私の方だけかも、なんて思いも拭えず何も言えなかった今まで。
だけど。
バレンタイン・デーだったのだ。
この日を逃したら、きっともうずっと変われない。
精一杯のおめかし。材料を集めて西へ東へ。それでも「好き」の一言はどうしても言えなくて。
何かのついでみたいにひょい、と渡したチョコレートに、彼は「おぅ」と一言返してくれただけだった。
それでもきっと真っ赤になっていたであろう顔には、彼は気づかなかったのか気づかないふりをしてたのか…。
「ばーか…」
寝ているのをいいことに、つんと彼のほっぺをつっついて。それでも起きない彼にため息をひとつついて、私は空を見上げた。
73寝言(2/4)sage :2005/03/30(水) 20:52 ID:breFLteY
呼ばれてここに来た手前、よそに行ってしまうわけにも行かず、また
憎からず思ってる彼のそばにいられることが嬉しくないわけもなく、そのままぼんやりとしていると。

ずず…ず…。

え、なんの音?と思うまもなく左肩に微かな重み…え。
ってえぇぇぇ!?
状況を把握して、体が固った。
ほっぺをつついたのがいけなかったのか、それともそれまでとれていたバランスが何かの拍子でくずれたのか
彼の体が私のほうへと傾いてきていたのだ。
ソンブレロのつばが私の頭にあたって、彼の頭からひざの上へとぽとりと落ちる。
彼の頬が私の肩口にのっている。ちょっとねこっ毛のくしゃっとした髪が、私の首筋をくすぐる。
ちょっと待ってちょっと待って。心の準備ができていないんですけどっ。
「……ね、ねぇ……?」
目が覚めたのだろうか、いや覚めていてほしいような眠っててほしいような。
ためらいがちにかけた声は、自分でもおかしいくらいひっくり返った小声だった。
ごくん。無意識に喉が鳴った。
膝の上にのせてた両手が、いつのまにか指先が白くなるほど力がはいってた。
「………」
そぅっと彼の様子をうかがう。
体の力はすっかり抜けてるみたいに私にもたれかかったままだ。寝息も規則正しいまま。
起こしたほうがいいのだろうかちょっと迷ったけど、そのまま彼が起きないようにそうっと深呼吸して
私も後ろの木にもたれることにした。
にへら、と口元がゆるんでしまうのがわかって、あわてて引き締める……けど自然にゆるんでしまうのがわかる。
……知り合いに見られませんように。
そういえば、今日はなんの用事だったんだろう。昨日の狩りの後、やっとたまったぜ、とか言ってたけど関係あるのだろうか?
どうしたの?って問いには、いやなんでも、と言葉を濁されてしまったけれど。
あぁでも、これが2週間前ならもしかして、なんてつかの間の夢も見れたというのに。
2週間前。もちろんバレンタインの一ヵ月後、ホワイト・デーだ。
思い出して私はまた、小さくため息をついた。
期待、してたわけじゃない。してなかったと言えば嘘になるけど。
普段どおりの狩りが終わった帰り道、知り合いのアサシンが花束を持って歩いているのに出くわした。
「なに似合わないもん持ってんだ?」
「うっせ。彼女を驚かせたいんだよ」
からかい口調で声をかけた彼に、いつになく頬を染めて答えたアサシン。
「まぁお前が花束持ってたら驚くわな」
「ばっか、そうじゃなくて、いやそれもあるけど……せっかくのホワイト・デーだしな」
おっと彼女を待たしてるんだ、と足早に去っていったアサシンを見送った後、
「ぁー……そっかそっか」
彼は小さく呟いて。
帰ろうとしていた私を呼び止めて、なにやらカートに手を入れてごそごそしてたかと思ったら
「ほい」
と両手にいっぱいのキャンディをくれたのだった。
74寝言(3/4)sage :2005/03/30(水) 20:52 ID:breFLteY
それでも今。こうしていられるのは嬉しいけれど。
「…でも、ちょっとツライんだぞ?わかってんの?」
そっとのぞき見た彼の寝顔はいつもの飄々とした雰囲気とは違う、普段見たことのないような、なんだかこの上もなく幸せそうで、
まったく何の夢を見ているのか彼の夢にまで嫉妬してしまいそうだ。
「ん……」
「!」
微かな声に、あわてて口を紡ぐ。鼓動が早くなる。
起きてる?聞こえた?
「……きだ……」
「?」
身じろぎも出来ず彼の寝顔を見つめる。
目は覚めてないみたい。ということは、寝言?なんて言ったんだろ。
「………好きだ……」
「…っ!」
今度こそはっきりと聞こえた言葉に、思わず。本当に自分でも思わず立ち上がってしまってからしまったと思う。
私の肩にもたれた格好で眠っていた彼の体は、当然引力に逆らえるはずもなく。
ゆらりとかしいだところで気がついたように、はっとした様子で体をささえる。
「あれ……あ、なんだ来てたのか。起こしてくれればよかったのに」
「え、あ、うん、今…そう、今来たところなの」
立ちつくしたまましどろもどろに答える私に、彼はまだ半分眠気の覚めない様子。
幸せそうな寝顔。先刻の寝言。あんな彼の表情もセリフも普段は見たことも聞いたこともない。
それは私にひとつの仮説をたてさせるには十分な状況証拠。
いつのまにか、彼には大事な人ができていたのだ。
バレンタインもホワイトデーも、そういうイベントにうとい彼だし、今のままでいられるならって自分を納得させてきた。
ほんのさっきまで肩に感じていた彼の重み、柔らかな髪、それに密やかな幸せを感じていた自分。
私が一瞬の間に頭をめぐるいろいろなことに目眩すら感じている間、当の彼は目の前でのんびりと欠伸まじりの伸びをして。
そして、私と目が会うと、ふむ、とそのまま私を見つめた。
「な、なに?」
「んー…俺、なんか言ってた?」
びくんっ。緊張がはしる。でも、言わない。言えない。
「ん?別になにも……どうして?」
「あ、いや、なんかさ」
あぁ、私は今どんな顔をしているんだろう。足は震えていないだろうか。声は裏返っていないだろうか。
そんな私を知ってか知らずか、彼は頭をぽりぽりと掻くと口元に笑みを浮かべて。

「お前の夢、見てた」
75寝言(4/4)sage :2005/03/30(水) 20:53 ID:breFLteY
「って、なに泣いてんだ?」
心底驚いたような彼の声に、手を頬にあて驚く。あれ、なんで濡れてるんだろう。
「え、あれ?あは、なんでだろ?」
ぽろぽろポロポロ、溢れてくるものが止まらない。
「おい、ほんとどうしたんだよ。って、なんで笑いながら泣いてんだぁ?」
彼に促されてその場に座ったものの、驚いたような困ったような彼に涙を止めようとは思うけど、
だめだ、この涙、私の意志なんてものを無視してる。
「あははー…おかしいね、止まらない〜」
「いや、笑いながらそんなこと言うなって…まじかよ…あーもう、泣くなよ、頼むから」
慌てながらポケットをさぐってカートをさぐって。なんだろ、ハンカチ探してくれてるのかな。
そういえば、こんな彼を見るのも初めてかもしれない。
と、カートをさぐっていた手が止まった。そのまま私を振り向いて、目があうと、困ったように頭を掻いて。
「これやるから、泣き止め」
差し出されたげんこつの下に、そろそろと片手を開くと、そっと何かが置かれる。
「……これ……」
手の上で光る小さなそれを見て、一瞬涙が止まる。あぁもしかしたら時間が止まったのかもしれない。
「あー、なんだ、ほら。これはその、あれだ」
ぽりぽりと頭を掻く。そうだ、これって彼の困った時の癖だった。
「俺が口下手で不器用なことくらい、お前わかってっだろ?…って、だからなんで泣くんだあああああ」
再開した涙の氾濫を自分でもどうすることもできないまま、渡されたきっと私の薬指サイズであろうダイヤの指輪を握り締めて。
「そうね、きっとね?」
なんとか言葉を発した私の顔を、泣き止む方法でも言うのか?って期待を込めた目で見つめる彼が愛しい。
「あなた、寝てる時の方が器用なのね」
「なんだそれ?って、だから笑いながら泣くんじゃねぇぇぇぇ」
頭を掻き続ける彼に、私の涙が止まるには、もうしばらくの時間を要することになった。
76SIDE:A 陰謀(1/4)sage :2005/04/12(火) 18:28 ID:rXzpYtOU
 プロンテラ北の砦。光の差すテラスから首都を眺めながら、男は女魔術師からの報告を聞いていた。語る者聞く者共に、マントの肩口の紋章には“不破”の二字が翻る。違うところといえば、跪く女性の紋章の地色は銀であったが、報告を受ける聖騎士の紋章は金であることか。
 聖騎士の名はフレデリック。彼を盟主に仰ぐギルド“黄金の暁”の根拠地がここに移ってから半年ほどになる。
「……ジェイドが脱退したって? 何故…、僕に相談も無く」
 つぶやく聖騎士に、女は手にした金の紋章を差し出した。前の晩、彼女のもとに現れた男が残していったものだ。聖騎士と彼女、そして話題に上っている盗賊ともう一人の聖職者は、かつて四人で肩を並べて数多の迷宮を歩いた仲間だった。
 ギルドを結成しようという話を最初に言い出したのも、彼だったはずだ。
『あいつみたいなお人好しが偉くなりゃあ、俺みたいなのが路上でうろつく光景も減りそうだろ?』
 冗談のように、けれども本気の目で、甘い理想を語る悪党。ジェイドとは、そんな男だった。たとえ他の誰がフレデリックを捨てて去るとしても、自分達は絶対にそうはしない。それは、彼女には当たり前すぎて誓いの言葉も要らないようなことだった。彼も、そうだと思っていたのに。
「何か、思い当たることはありませんか?」
「いや…、彼はゲフェンの砦にでていたから、この何ヶ月かしっかり話をしなかった。けれども、何かがおかしいな…。こんなやり方は彼らしくない」
 何かを噛み締めるように、ゆっくりと声を紡ぐフレデリックの姿を、女は信頼と、その範疇に収まりきらぬ微かな感情をこめた視線で見上げた。よく、彼に向ける目線のことでジェイドにはからかわれたものだ。けれども、何かが漏れていたとしても肝心の相手には全然見えないらしいのが彼女には歯痒い。
「ご指示を、『皇帝』。もしも調査が必要でしたら、そのようにいたしますが」
 不破を掲げるこのギルド内で金の紋章をつける者は僅かに22名。それぞれが古代の遊具から取った名を役職にしている。下位ギルドの構成員のいくらかは、銀の紋章を纏ったまま昇格を待っていた。個人として掛け替えの無い空白ではあれど、ギルドの長…、『皇帝』としては、友が去ったその空席を誰かで埋めなければならない。聖騎士は、市中を眺めたままで、言った。
「こんな時に『皇帝』はよしてくれ、ライア。僕は誰かの上に立つような人間じゃないんだ。
 だから、彼も僕に見切りをつけたんだな」
「……いえ、フレデリック。貴方は主。『皇帝』でした。私にとっては、いつでも」
 かつて聖騎士がただの冒険者だった時から、ずっと隣に居た女性のそんな声を聞くと、聖騎士は時折自分の歩んできた道が正しかったのか微かな疑念を感じる。この砦を手に入れることで捨てたもの、そして、得たもの。いずれが大きいのだろう。見下ろした女の肩に銀の輝きを見て、聖騎士は首を振った。
「……金と、銀か。僕には大きくなりすぎたのかもしれないね」
「え?」
 問い返した時の、魔術師のきょとんとした表情が昔のそれに見えて、『皇帝』はふっと笑んだ。
「ゲフェンには私がいくよ。あと、『法皇』にも声をかけてくれ。それから、君もだ」
「あ、いえ。このことなら“銀”で処理を…」
 言い掛けたライアの言葉を、フレデリックの微笑が止める。
「たまには、昔の仲間で肩を並べるのもいいじゃないか。こんな時じゃないとできないしね。それに…」
 青年が口にはしなかったことが、ライアにはわかった。自分の寂しさを分かち合って欲しい、と。だから彼女はそれ以上異を唱える事はやめた。
77SIDE:A 陰謀(2/4)sage :2005/04/12(火) 18:28 ID:rXzpYtOU
 初手でテスラが対魔法術を叩き込む。魔を打ち払う聖光は、黒く歪んだ空間を一瞬だけ照らし出した。そこから漏れでるのは魔族の苦鳴と、それを上回る喚声。俺は、あの呼び交わすような嘶きを幾度も聞いた事がある。ゲフェン塔に徘徊する死の代名詞、ドッペルゲンガーの取り巻きのナイトメアどもの声だ。
「いきなり…大物だな」
 対魔方陣を突破しかけた奴を、俺は横薙ぎにした剣の一閃で押し戻した。
「こいつは俺が相手をする! 他の雑魚どもを頼…」
 言いかけた俺の顔面めがけてドッペルゲンガーが強烈な突きを見舞ってきた。吹き飛ばした奴にしては体制の立て直しが早すぎる。まさか、二匹…
「ブレイドさん、横です!」
 テスラの声に、俺は咄嗟に飛び退いた。さっきまで俺のいたところに、無表情な剣士が巨大な両手剣を振り下ろした。
「三匹…だと」
 俺の声が聞こえたのか、そっくりの容貌をした悪魔たちは禍々しい笑みを浮かべた。
「これは無理かもしれんなぁ」
 自身も数体の高位魔族…淫魔達と切り結びながら、他人事の様に呟く髭の声。完全装備ならば知らず、今の髭は軽装鎧の上にエプロンを纏っただけの姿だ。俺は彼の豪胆さに感心するべきか、それとも呑気さに呆れるべきか微妙に迷いつつ、嵐のような三体の連撃から、なんとか身を護っていた。とはいえ、反撃の機会どころかその場で持ちこたえることすら出来ない。
「く…そ…」
 すれ違い様、下段から薙ぎ上げられたツヴァイハンダーが、俺のブロードソードの守りを僅かに崩す。のけぞるように一歩よろめいた所を、先頭のドッペルゲンガーを飛び越えてきた二匹目の大剣が頭上から振り下ろされてきた。半身に避けようとしたが、かわしきれずに左肩を肩当の上から強打される。アラガムの奴がいい仕事をしていなければ、腕ごと持っていかれていたかもしれない。
 だが、それは終局を一手だけ遅らせたに過ぎなかった。最初の二匹の影で大きく右側に跳ねていた最後のドッペルゲンガーが、人間には不可能な切り返しを見せて俺に渾身の突きを放つ。避ける事は不可能な間合いだ。それに、もし避けたとしても、斜め後ろに回った最初の一匹が追撃の構えをとっている。俺は、妙に冷静に自分の死の影を見つめていた。
「タダでは…通さん!」
 俺は剣を投げつけると、まっすぐ伸ばした利き腕でドッペルゲンガーの突きを受け止めた。手のひらから剣先が進み、肉と肘の腱を裂き、上骨を砕く。激痛と衝撃に飛びそうになる意識を無理やり繋ぎとめ、敵の勢いを利用するように体を回した。大剣を握ったままのドッペルゲンガーの目が大きく見開かれる。
「……カッ…!?」
 一匹目のドッペルゲンガーが駄目押しに放った突きが、彼の背を貫いていた。
「へ…ざまぁ、見やがれ」
「……ミゴト…ダ」
 自分の胸元から突き出した剣先を見ると、奴は歯を見せずに笑い、そのまま虚空へと消えた。途端に右腕に突き刺さったツヴァイハンダーの重みがかかり、俺は膝を突いた。右腕は千切れていないのが不思議な有様だ。
 仲間を突き刺したままの姿勢で、ドッペルゲンガーは俺を見下ろしている。もはや抵抗の術もない俺の目を見たまま、彼は身じろぎもしなかった。流石に、もう限界だ。放って置いても俺が死ぬとわかったから止めを刺さないのだろうか。悪魔の口がゆっくりと開いた。
「貴様…アノ剣ヲドコデ…」
「あの、剣?」
 妙に長い一瞬が過ぎ、ドッペルゲンガーが答えようとした時、俺の足元で何かが爆発した。
「…なっ!?」
 飛び退いた奴とは違い、身動きも取れなかった俺はまともに爆発の衝撃をうけ、吹き飛ぶ。…真後ろへ。
「これが最後の爆弾だよ。いまのうちに下がってっ」
「主よ、護りたまえ」
 誰かが俺の両脇に手を入れた。激痛に悶える俺の視界が青く染まる。対魔方陣…か? テスラのものよりも数倍強力な光を放つそれの手前でさっきのドッペルゲンガーが躊躇しているのが見えた。
「まだ立てるな? 孤児院の建物まで引くぞ」
 髭の声だ。くそ、立てるさ。…立つから、その手を放してくれ。

 しかし、俺はそのまま意識を手放し、立つことは出来なかった。
78SIDE:A 陰謀(3/4)sage :2005/04/12(火) 18:29 ID:rXzpYtOU
「進捗は全て予定通り、だ。先日の枢機卿会議では道化を演じてきたよ」
「結構ですね。これで実際に事件が起きれば、事前にそれを警告した貴方達の声を、教会主流派も無視は出来ないでしょう」
「起きれば、か。起こせばではないのかね」
「だとしたらどうだって言うんです? 結果は結果でしょう」
 さらりと言う男の口調に、一つ釘を刺そうとしてから、枢機卿は思いなおした。“他の面々”が“繋がってきた”のを感じ取ったからだ。
「公用通信よりも秘匿性が高いとはいえ、これは面倒だな。我が軍の伝書鳩よりはましだが」
 そう言ったのは王都の近衛連隊を率いるグスマン将軍だ。それに鼻を鳴らすだけの返答を加えたのがジュノーの防衛担当レスコット卿。クスクスと笑う気配だけを念に乗せて来たのは、アルデバランの紫衣の錬金術師、アウドール師。彼らを纏め上げたのは、この席にはいない今一人の男である。
「どうやら揃ったようですな。では、久しぶりの会合と、明日に迫った計画を祝して」
 マルティーノ枢機卿は、杯を掲げる仕草を眼前の水晶球に向けた。普段ならばこの水晶の前に座る折には酒など口にはしない。しかし、既に計画詳細は各自に伝わっており、今日の会合の理由は前祝のようなものだった。
 それと、明日以降のための主導権争いだ。
「変更要素は、大聖堂にはない。将軍、そちらは?」
「先だってのアルデバラン方面への救援に、あの若造も追い払った。奴がすぐに取って返したとしても、10日はかかる。その間、我輩よりも上位の将軍は首都には残っておらん。王都の正規軍は我輩の…」
「10日…は、難しいけどねぇ」
 がなりたてる将軍の声を遮るように上がった若い声を聞いて、グスマンの顔色が一気に赤くなった。
「何? 貴君は正規二個師団は釘付けに出来ると豪語していたはずだが」
「いやね、散布したアレが実験どおりに効けば、彼らが着く頃にはギオペ様が大繁殖してるはずだし。先に行ってた連中ともども、虫の餌になっちゃうからさ。10日で戻るどころか…、ね? ま、ルーンミッドガルズの軍人さんなんて、いくら死んでもらっても困りゃしませんけど」
 投げやりに言う錬金術師の声に、水晶の中に影のように映るグスマンは頷くわけにも行かず、微妙な表情を浮かべる。将軍の属する国軍と、アウドールの“アルデバラン解放戦線”とは表に回れば敵同士なのだ。
「彼らが天に召されたとしたら、それは我らの壮挙の為の欠くべからざる犠牲、ということです。事がなった暁には、盛大に慰霊の儀を行いましょう」
 枢機卿はその話題をこれで終わらせようというように白々しい口調で言い切った。
「他には、何か?」
「…一つだけ、実行前にはっきりさせておきたい事がある。武装蜂起の場合は指揮権は我輩でよいな? 先頭には結局我輩が立つことになるわけであるし」
 実際のグスマンの矮躯を知るマルティーノとしては、彼が先陣を切る雄姿を思い浮かべただけで失笑をこらえるのが大変だが、彼に飴を与えておくのは後のためにも役に立つ。それでも、彼に指揮権を与えるのが予定調和と見られぬように、彼は僅かに苦いものを声に混ぜた。
「いいでしょう。ただし、表立っては予定通りにラオ殿の聖騎士を前に押し出します。あくまでも、敵は魔族ということをお忘れなく。そうでなくば、疑いを招きかねません」
79SIDE:A 陰謀(4/4)sage :2005/04/12(火) 18:29 ID:rXzpYtOU
「ジュノーも卿の判断を支持する」
「アルデバランも同意」
 ことさらに自分の属する都市名を言い立てる二人の態度にも枢機卿の口元が緩みかける。一応、彼らは聖戦に備えるという大義の基に手を組んだ同志ということになっているが、民間ギルドでの有力な地位を持つラオを除けば、それ以外にも彼らには“非主流派”という後ろ向きな共通点があった。
 一軍を与えられず、装備は精強とはいえお飾り同然の近衛隊をあてがわれた将軍。ジュノー戦役で自慢のガーディアン隊を一蹴され、名声地に落ちた防衛担当。劇薬、毒薬、麻薬の類に精通した暗殺者あがりの錬金術師にいたっては、アルデバラン独立運動の過激すぎる手法の為、双方のギルドから除名されている。
 そして、自分だ。表向きは、ジュノー事変後の政治的混乱から棚ボタの地位を手に入れた若き(まぁ、同僚と比較すれば、という意味だ)枢機卿だが、実際は、寺院に篭って謹慎しているドラクロワ卿の復帰まで席を暖めているに過ぎぬ。いわば“犠牲の羊”なのは誰もが知っていた。いずれ、何らかの書類の魔術によってドラクロワ卿の代わりにジュノー事変の監督責任を取らされる事になるのだろう。今までにも、貴族や皇族出身の連中の問題もみ消しに使われた手だ。
 これまでに異端審問官として、彼が神と教会に捧げてきた口に出来ないような奉仕も、汚してきた手も、功績の全てはなかったことにされるのだ。それも、貴族出身というだけの男の保身の為に。マルティーノはそれまで雲の上の存在だったドラクロワ枢機卿に会ったことはないが、貴族出身の聖職者というものは良く知っているつもりだった。
 一介の司教に過ぎぬ自分をドラクロワが知っていたことは意外だったが、彼が自分を利用しようというならば、自分も彼の築き上げた物を利用して何が悪かろう。生き延びるためには、彼が罰せられるのではなく罰する側にならねがならない。そして、彼は不注意にもその力を彼に残したままで謹慎に入った。これから国都を覆う混乱を、ドラクロワは局外から歯噛みをして見守ることになるだろう。そして、全てが終わった後には、もはやドラクロワ卿の貴族の血筋も意味を持たなくなる。
 彼らは、革命をしようとしているのだ。
「いいかね、将軍。我々は運命共同体だ。望むと、望まざるとに関わらず」
 ラオの声に、マルティーノは漂いかけていた思考を耳に繋ぎとめた。復讐の蜜は最後にとっておけばいい。彼を嵌めたつもりの枢機卿会議の面々も、ドラクロワも。その為にはなんとしても力を手にしなければならないのだ。聖戦の夢はラオに見させればいい。自分は現世の果実を取ろう。
「…そう。既に全ては動き出している。このうえ我々の間での力比べは無意味どころか害になるだろう。ラオ、彼はどうしている? 我らの英雄は」
「今までどおりだ。明日になれば、何が起きたのかと首をかしげることになるだろうな。だが、大丈夫。彼ならやれるさ」
「そのうち、そやつに誰が主人か思い知らせる必要があれば、我輩に任せるといい」
 将軍はまた、不快そうな意志を念に乗せて来た。軍人というのは皆、自分こそが英雄に成りたがる。しかし、彼とて自分のなりでは旗印にはなれない事くらいは理解しているようだった。

 部屋の扉が控えめに三度叩かれるのを聞いて、マルティーノは薄い唇の両端をあげた。良くしつけてある家僕は、よほどのことでなければ寝室に入った彼の眠りを妨げはしない。
 例えば、突然魔界からの大規模な侵攻が確認され、枢機卿会議が非常呼集されたとか。
「どうやら、連中も気がついたようだ。私はこれからもう一度道化を演じてくるよ」
「では、我輩も部下からの呼び出しに備えるとしよう。大聖堂よりも情報が遅いとは、嘆かわしいことだな」
 別れの挨拶もなく、各自が接続を断っていく。マルティーノが去ろうとした時に、それまで殆ど口を開かなかった老賢者の擦れた様な声が彼を引きとめた。
「…同床異夢、という言葉を知っておるかね?」
「今の我々を表す言葉ですね」
 そういうと、老人は笑ったようだった。低く、陰湿な笑い声だった。
「実はそうでもない。我々は結局は同志なのじゃよ。復讐という名の連帯に繋がれた、な」
 マルティーノは、気配が消えてからしばらく水晶球を黙然と眺め、己の衝動を抑えないことに決めた。その結果、枢機卿会議の参集を告げに来た家僕は、彼の寝室に散らばった破片の破棄を命じられることになる。
80名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/12(火) 18:35 ID:rXzpYtOU
最近、さびしくなっていますね。私もレベルage必死だったりしますが。
>70
ペコ連れの騎乗騎士はよく見ますが、乗らずに連れてる人って言うのは珍しそう。
裏にそういうドラマがあるというのも楽しそうですね。

>72
寝言には気をつけたいものです。ええ、切実に。
同性で泊り込んでいるときに聞かれると、いぢられますし。異性だとそうなりますよねぇ。


どうでもいいのですが、
うちの鯖には、二匹のペコと共に旅する女性騎士がいます。マイグレ挟んだけど、多分今もどこかに。
一匹はカイでもう一匹はクイらしいです(笑
81名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/12(火) 21:20 ID:mLXpY.Gg
ぶっちぎりで話についていけねぇ
82名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/13(水) 02:40 ID:od4xLnT6
>81
すみません。一年近くダラダラ続いているものなので、途中から読むとわけわからんかも。
最初から読んでてもわけわからんということならば、すみません。としかいえませぬ。
次から最初に長編です、と書いておきますね。
83名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/14(木) 08:59 ID:0gd2Bhk.
末期?
84名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/19(火) 13:03 ID:4.1at0oc
続き物で長期の間があいたならなら補完先とか告知してもらえんだろうか。
85SIDEのひとsage :2005/04/19(火) 18:15 ID:LuQMT8G.
>84
 指摘ありがとうございます。
今までの分を圧縮しておいてメモっぽいのをつけてみました。
作者の雑記みたいなのはいらん、という人は本文だけどうぞ。
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/up/side.lzh

なお、ここにあるアプロダはマトモに動きません、おさっしください。
86SIDEのひとsage :2005/04/19(火) 18:19 ID:LuQMT8G.
ごめんなさい、ムリでした。管理人なのに設定も理解していないとはこれ如何に。
 ↓こちらからどうぞ
ttp://f26.aaa.livedoor.jp/~fianel/up/abys/up/abys073.lzh
87名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/23(土) 12:58 ID:.2MZeL9o
>>86
アクセス権無し・・・と。
88名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/23(土) 15:32 ID:eIbEvnU2
ここから073探すよろし

ttp://f26.aaa.livedoor.jp/~fianel/
89名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/26(火) 14:32 ID:N7BEBzW.
作者の解説あらすじじゃなくて、
まんま続きの前になる作品群を読みたかったわけだが。

無いみたいだからよまないどく。
90名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/26(火) 15:44 ID:wlbKoteU
とりあえずダウンロードして解凍してみろ。話はそれからだ。

にしても、年初が嘘のように過疎ってるな・・・
91SIDEのひとsage :2005/04/26(火) 17:03 ID:OGdjl9Fs
>89
わかりにくくてすみません。
今までの作品群を圧縮したのに、メモ書きを添付したものです。直リンクだとDLできないようなので、
>88のアドレスから見に行ってくださいませ。
92名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/04/30(土) 08:42 ID:XNzozVig
電波が来たので書かせていただきます。
初心者ですので暖かい目でスルーお願いします


俺の名前はタキ、時計篭りのアラーム仮面廃WIZだ。
転生職=トレイン狩  みたいな目で良く見られるが、俺はソロで主に時計塔を狩り場としている。
性分的にソロのほうが合っているようだし、なんといってもソロ狩り気楽だしな。
おかげでアラーム仮面は5個持っている。正直5個は作りすぎだと思うが…。

ある日、溜まり場に顔を出したらマスターと見慣れない女商人が居た。
金髪の長い髪、顔は可愛い部類だ。誰かのお抱え商人か?と思っていたら
「タキ、新人入れたから。アルケミ志望の商人さん」
と、マスターが言った。知り合いとかではなく新顔のようだ、珍しい。
「はじめまして、アカリといいます。まだ弱いですけど宜しくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる女商人。ふむ、挨拶しておくか。
「あ、はい。タキといいます、よろしく」
どんな奴だ?と思いつつギルドの名簿に目を通す。レベルは…32???
こんな弱いの入れやがって…マスター面食いだからな(嫁がいるくせに)
まぁ、露店専用のやる気がない奴かも知れんしなるべく関わらないようにしておこう、と思った。

だがしかし、俺の予想に反してアカリは物凄い勢いで強くなっていった。
ギルドに入り一週間、レベルは55まで上がっていた。
「アカリさん、そろそろ転職じゃないですか?」と聞いたところ
「いえ私、商人JOB50まで頑張るつもりです」ほ〜、ってJOB50!??
聞けば誰かに壁をやらせたりするわけでもなく、臨時PTなどで頑張っているらしい。
俺は最初に出会った時に思った事を心の中で詫びた。公平PTを組むのはまだ無理だが
「早く組めるといいね。そうしたら一緒に時計でも行こうか」と言った。正直な気持ちだった。
「え、組んでくれるんですか!わ〜!頑張ります!!」と、アカリは嬉しそうに言った。

しばらくしてアカリは無事アルケミストに転職した。
アルデバランの町で休憩していると、真新しいアルケミの制服を着たアカリが駆け寄ってきた。
「タキさーん、見てください!転職できましたよ〜!」本当に嬉しそうだ。
「おお!おめでとう!よく頑張ったね」俺も心から祝福した。
「えへへ、もうちょっとでタキさんと組めますよ〜」
「楽しみに待ってるよ」と話をしつつも俺は目の遣り場に困った。
アルケミの制服ってスカート短すぎないか?胸元も大分開いているし…
こんな格好で狩り出来るのだろうか?と俺は心配になった。

あまりに心配だったのでアカリがよく狩りしているというオークダンジョンに行ってみた。
すぐさまゼノークや骨兄貴と格闘するアカリを発見した。が、なんつう格好だ!!!
剣を振り回す度にその…胸が揺れて飛び出してしまいそうだ!っ、危ない!モンハウだ!
アカリは必死でカートレボリューションで殲滅しようとするのだが…スカートがめくれて中が見えてしまいそうだ!!
くそ、今すれ違った男クルセ!いやらしい目でアカリを見ていやがった!
ああ、もう必死に剣振ってるカート振り回してる場合じゃないだろ!隠せ!!
とりあえず!ストームガスト!!!!!!!!
「ちょっと!って、タキさんかぁ。びっくりした〜」
「ゴメン。大変そうだったから、ハハハ…とりあえず疲れてるみたいだから帰ろうか」
「まだぜんぜん大丈夫ですよ?」いや、俺と周りの男が大丈夫じゃないですから…。
「今日ギルドの緊急集会あるから。それで迎えに来たんだ、うん」
「そうなんですか〜、じゃあ帰りますね」ゴメン、嘘です。許せ。
何とか狩りはやめさせたが…しかしこれはまずい。このままではアカリの身が危険だ!

次の日、俺はアカリをアルデバランに呼び出した。
「あ、タキさんおはでーす。昨日集会なかったですね」ぐ…
「ゴメン、日にち間違っちゃったみたいで。悪かったね」
「なんだぁ、タキさんもうっかりさんですね〜、フフフ」
良かった、疑ってないな。
「で、もう公平組めるだろう?俺と時計塔に行ってみないか?」
「はい、喜んで!!」よしよし、これでいい。

時計塔地上2Fに着くと、俺は安全な所でアカリを座らせた。
「じゃあ、ここで座っててね」
「え????」アカリはきょとんとしている。
「たまにはお座りしてなよ。ずっとソロで頑張ってたんだから」
「それじゃ申し訳ないですよ〜」
「たまには先輩に甘えなさい」俺は偉そうに言った。
「うーん、じゃあお言葉に甘えちゃいますね」アカリはニッコリ笑った。
よしよし、これでアカリの身は安全だ。当分は俺と組ませよう。
なんでこんな事するかって、一ギルメンとして同じギルドの人間が危険に曝されるのを防ぎたいだけだ。
言うなれば親心か、不純な気持ちは決してないぞ。

だけど俺の側で座ってるアカリを見ていると、なんだか胸が苦しいような?
きっと気のせいだな、うん。

                        おわり

文章書くのって難しいですね。
駄文&初心者&自己満足で正直激しくスマンカッタ…orz
93名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/15(日) 11:20 ID:Y1tIPhn2
半月書き込みが無いだけで、随分と寂れた感を受けるものだね。
とりあえず投下できそうなものを投下してみる。
一応、連作のプロローグとして用意したものなので、

ROとの関連性が薄い

ものは嫌だという人はスルーで。
ちなみに続編投下の予定は、今のところ無し。
感想でもつけてもらえると尻尾振って喜ぶ……かも
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


したたかに吹きつける風はまだ肌寒く、したたかに打ちつける陽の光は、それに反して暖かい。

小振りの、それでいてしっかりとした木の枝に腰をかけ、初めの季節の風景に見いる。

眼下に広がる若草の絨毯が大きなうねりを描くように踊っている。

目前に広がる大河には無数の白い粒が浮かび、そして沈んでゆく。

水面が陽の光をキラキラと反射するそれは、手に取れない宝石のようだ。

水面を撫でる風が、小波に加え大きな波を生む。

大波に揺られる小波が、水面を流れ往く様に合わせ、白銀のを帯を運んでいく。

空を見上げれば一面の藍。

ひととき穏やかになっていた風が、何かを呼ぶようにビュウと強く吹いた。

「なぁ〜〜ぉ」

不意に背後からかけられた声は、酷く可愛らしいものだった。

私はゆっくりとその方向へと顔を向ける。

まるで強く吹いた風に呼ばれ現れたかのような、その声の主は1匹の黒猫だった。

「なぁ〜〜ぉ」

その声にはどことなく非難が混じっているようで

『そこは自分の場所だからどいてくれ』

そう言っているように聞こえた。

猫の言葉が分かる由も無いが、私はそっと、席を譲る。

またビュウと強く風が吹いた。

「なぁ〜ぉ」

風に返事をしたのか、私に礼を言ってくれたのか、黒猫は一声鳴くと私が譲った席で丸くなる。

「君の名前は、“ビュウ”というのかい?」

「なぁ〜ぉ」

私の言葉に黒猫──ビュウは小さく答えた。
94嫌いじゃないsage :2005/05/16(月) 19:05 ID:GeHlWwrQ
“嫌いじゃない”という言葉は、ある意味残酷だと私は思ってた。
“好き”ではないし“嫌い”でもない。
 結局、どちらでもないから。

 

 

「嫌いじゃないけど……」

 臨時パーティで何度か一緒になって、好きになったウィザードさんに告白した。
 清算が終わって、のんびりした時間の時。

 答えは、もちろんNO

「そうですか……残念です。えと……こりずに、狩にはまた誘って下さい。では失礼します」

 ぺこりと丁寧にお辞儀をして、自分に速度増加をかけると私はそこから猛ダッシュで逃げた。
 涙目になっている自分を見せたくないのと、惨めな気持ちにこれ以上なりたくないから。
 そのまま、路地裏まで走って座り込むと思い切り泣いた。
 気が済むまで泣いて、泣いて……。

 ふと気がついたら、太陽が西に沈みかけているこんな時間。

「……何やってるんだろう、私ってば」

 答えがNOであることは、わかっていたんだけど。
 相方兼彼女のプリーストさんがいるのを知ってて、私は告白したわけで。
 結婚式も間近なのも、知っていたわけで。
 結婚してしまったら、きっともう言えないと思ったから告白したんだけど。

 涙とハナ水でぐしゃぐしゃで化粧もきっと半分以上落ちてしまっている、今の私にお似合いな黄昏色の空を見上げて思わず呟いてしまった。

 でも、許せないのはその答え。

“嫌いじゃない”という言葉は、ある意味残酷だ。
“好き”ではないし“嫌い”でもない。

 ちょっと、期待を持たせるようなそれでいて突き落とすような。
 だから、残酷。

 ゴシゴシと目を擦って涙を払うと私は家に帰るべく、テレポートを唱えた。

 

 

 ……で、なんで城壁の上に私はいるんだろう。

 さっきのテレポートでランダムテレポートしてしまったのだろうか。
 城壁の上からだと、沈む夕日が良く見えて余計物悲しい気分になってくる。

「……ばっかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 思わず夕日に向かって叫んでいた。

「何が『嫌いじゃない』よ。しっかり拒否しなさいよ、うすらばかぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」

 人に聞かれてると思うけど、とりあえず言いたいことを言ってしまおう。

「本当に好きだったんだからっ 好きだったんだからぁぁっっっ……ヒック……うぅ……ぇく……」

 最後の方は涙まじりで、わけわかんないことになってる。
 プリーストが城壁に仁王立ちになって泣き叫んでる姿は、ある意味いい見物だと思うけど、この際気にしない。
 ひとしきり泣き叫んでぼろぼろに崩れた化粧と真っ赤に腫れている目を直さなくちゃと我に帰ると、隣にギルドメンバーのバードがいた。

「……何で、あんたがここにいるのよ」
「いや、なんか城壁でダンサーでもないのにスクリームしてるアホがいるから。思わず見物に」

 こいつは、いつもそうだ。
 私がこんな風に振られて落ち込んでいるといつの間にかそばにいる。

「見物するなら、隣にいなくてもいいじゃないのさ」
「間近で見たほうが面白いじゃん♪」
「……最悪」
「振られたんならぱーっと憂さ晴らしに飲みにでも行こうぜ?」
「そんな気分じゃない……」
「いーから♪ 飲んで忘れちまおう」
「え、ちょっと!! うわぁっっっ」

 バードは私の手を引っ張って、城壁から飛び降りた。
 重力には逆らえないから、そのまま私も釣られるように落下する。
 そして、着陸と同時に私を抱えあげて、楽しそうにバードは笑った。

「……むちゃくちゃビックリしたでしょうがぁぁぁっっっっっっ」
「でも、悲しい気分は飛んだだろ? さ、飲みにいこーぜ」

 確かに。
 悲しい気分は吹き飛んだ。

「トコトンつきあってもらうからね」
「あぁ? おう」
「もちろん、おごりでよろしく」
「割り勘だろうが」
「誘ったのは、あんたなんだからおごるのはとーぜんっ」
「……仕方ねぇなあ」

 クスッと笑うと私はバードに抱きついた。

「あんたのこと、嫌いじゃないよ」
「あぁん? 嫌いか好きかハッキリしろよ」
「やだ。ハッキリしないよー」

 

 
 なんとなく、『嫌いじゃない』という言葉の意味がわかった気がする。
"好き"とも言いにくいし、"嫌い"とも言いにくい。

 残酷な言葉だけど、その裏にはきっと……
95嫌いじゃない(花のHB)sage :2005/05/16(月) 19:09 ID:GeHlWwrQ
なんとなく、短いのを投下。
人少なくなっちゃいましたね……
引退する人も多いんでしょうか(´・ω・`)

それでは、また……
___ __________________________________________________
|/
||・・)ノ
96名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/18(水) 02:41 ID:ftEAnAuY
>>95
投下おつかれさん〜。

しかし本当に人居ないねぇ。
私も忙しくてうpってなかったSSたまってる分だけ落としていくか否か。
97名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/18(水) 08:48 ID:g0fyyrDM
>>96
こそこそROMってるのは居ますので、ぜひ投下お願いします。
98名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/19(木) 21:47 ID:opFmT6rc
過去の偉い人達はどこにいってしまったんだろう・・・、あの人とかあの人とかあの人とか。
と、思っていたらおかえり。
99SIDE:A 過去からの呪縛(1/5)sage :2005/05/20(金) 17:57:40 ID:OKBIwF.k
続き物です。前のは>88さん参照で。

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 孤児院の鼻先に現れた怪物どもには古木の枝での通常の召喚ではありえぬような不自然な動きが目立っていた。ひとつには、現れた魔族が狂乱していないこと。その様は魔物というよりも統率された軍隊のようだった。もうひとつは、彼らの中にいまだかつて見られた事の無いような奇妙な個体が複数見られていることだった。
 幸いというべきは、魔族がこの孤児院のある丘から麓へと向かった形跡が無いことだ。街は城壁に囲まれているとはいえど、もしも攻撃を受けたらそう長く持つとは思えない。既にシスターの指示で連絡は行っているはずだから、避難は行われているのだろうが、第一波があちらに向かっていたとしたら間に合わなかっただろう。
「…彼の魂に平穏あれ。神よ、願わくばあの迷える方の御霊も安らがせたまえ」
 まだ魔族の気で黒く見える一角に十字を切る女性に気づき、髭の騎士、カーレル=ウィンスレット卿は考えるのをやめた。
「死者に祈るのは後にした方がいいですな。どちらかと言うと、今は俺達にこそ神の加護が必要では?」
 彼の声に振り返ったシスター長の顔には隠せぬ疲労の色が濃かった。対魔法術をあれだけ連続で唱え続けたのだから仕方がない。この女性が居なければ、あの混乱の中で死者を出さずに引き上げてくる事は不可能だっただろう。
「…そういえば、彼はどうなりました?」
 彼というのが、意識を失ったまま担ぎこまれた騎士、ブレイドの事なのは問われた側にも分かる。彼女はゆっくりと首を振った。
「生命に別状はありません。が…、腕はもう、二度と」
「そうか…」
 両手剣の技を修めた騎士にとって、片腕を失うことがどのような意味を持つのか、同じく大剣を使う彼には理解できた。瞑目してから、その事を脇に置くようにスイッチを切り替える。
「シスター長。お疲れかとは思いますが、聞かせていただきたいことが幾らか」
「……何でしょう?」
 微笑む尼僧に気を抜かれたように口ごもってから、髭の騎士は片手で周囲を示して見せた。
「ここの事ですよ。俺だって何も知らないわけじゃない。一介の孤児院長に、現役時代は対魔師として名を馳せた者がつく。噂では、貴女の後を継ぎそうなお嬢さんも戦闘司祭団十年に一人の逸材だとか。それに、近場の街の警備団には、俺がガキの時分に中央騎士団で勇名を馳せた名前がずらり。ここには何かあると思っていたところに、アレだ」
 騎士の視線の先には、魔物の集団がある。念属や不死の見慣れた姿に混じり、髭の騎士ですら見た事のないような巨大なゴーレムや、楽器様の物を片手に歩く悪魔がうろついていた。老いた尼僧もその姿を見ながら口を開く。
「時計塔、ゲフェン塔、そしてグラストヘイム…。かつて魔族との大戦が、魔壁によって二つの世界を隔てるという形で終わった時、魔壁の緩い場所にはその封を守るべくいくつかの措置が取られました」
 巨大な二つの塔と古城。まさに人界の魔境と言えるそれらは、冒険者達の奮闘もむなしく魔族に占拠されているように見える。しかし、実際は魔族をそこに止め、外部へと出さぬ為の結界なのだ。
「そしてここも、そういった魔界と人界の接点の一つです。かつての名前を、ゲフェニアといいます」
 ごろごろと、低い音が頭上から聞こえ、髭の騎士は頭上を見上げた。いつの間に集まってきたのか、ゆっくりと渦を巻く暗雲が日を遮っていく。
「嫌な、天気になりそうだ…」
「あそこで斃れている方が、昨日、首都の大聖堂に懺悔に来たそうです。このような事を行う恐ろしさに耐えかねて」
 それが誰の事を差しているのか一瞬分からなかったが、すぐにこの事件を引き起こしたあのローグの事を言っているのだと騎士には理解できた。懺悔をせずに居られなかった心中も理解はできる。その常識を押し殺すために薬物に頼らざるを得なかったとしたら、哀れみさえ覚えるほどだ。
「だからこの防衛体制か…。が、責めるわけじゃあないが、相手の非常識さが少し上をいったようだな」
 その男が何故このようなことをしたのか。いや、何のためにしたのかは、いずれ分かることだろう。
「…ああ、この事は御内密にお願いしますね。この事を私に教えてくれた若い友人が辛い目に会いますから」
 懺悔の内容を担当僧が漏らしたなどと知れれば、当人にとっては破滅だ。しかし、その危険を冒してでも警告せねばならないとその僧は判断したのだろう。確かに、妥当な決断だったと騎士は首肯した。
「俺の口から秘密が出る事はない」
 その返事を聞いたシスターは頷くと視線を魔壁の綻びへと戻し、小さく声をあげる。
「あれは…?」
 その声に目を空から下ろした騎士の視界に、白い旗を掲げたままこちらへと歩いてくる剣士の姿が入った。
100SIDE:A 過去からの呪縛(2/5)sage :2005/05/20(金) 17:58:50 ID:OKBIwF.k
 孤児院の周囲を巡る壁は、歳経た石造りの低い物だった。欠けた所は稚拙な手で補修され、長い、長い年月を過ごしてきたそれは、壁を間に向かい合う二者のどちらかがその気になれば、いともあっさりと崩れ去るだろう。
「…何か喋ったらどうだ、ん?」
 問い掛ける髭の騎士の手は、剣の柄にかかってはいない。それは無表情なまま彼の方を見る剣士姿の魔物も同じ事だった。ついさっきまでは。
「先程刃ヲ交エタ使イ手ハドコダ」
 声を発すると瞬時に魔物の手の中に肉厚な長剣が現れる。反射的に身構えてから、目の前の魔族に殺気のないことを認識し、髭の騎士は力を抜いた。
「彼ニ会イタイ」
「…何故だ」
「先刻ノ争イデ死シタ我ガ弟ハ、我ト千年ヲ共ニシタ」
「仇討ち…か?」
「否。弟ニ解放ヲ与エタ者ニ、コノ剣ヲ返シニキタ」
 そう言われて初めて、魔剣士の手にしたそれが悪名高い大剣ツヴァイハンダーではなく、どこかで見たような幅広剣だということに、髭の騎士は気付いた。
「…ブレイドならば、意識がない」
「ソウカ。人間ハ脆弱ダッタナ。忘レテイタ」
 言うと、ドッペルゲンガーは手にした剣を壁の上にそっと置いた。
「彼ニ返シテ欲シイ。ソノ剣ハイイ物ダ。先ノ持チ主カラ譲ラレタカ、斃シテ奪ッタカ。イズレニセヨ、ソノ剣ハ主タル者ノ手ニアルベキ物」
 物言いたげに脇に立ったシスターに、騎士は問い返す言葉を口の中で止めた。老尼僧は髭の騎士に感謝の笑みを向けると、用は済んだとばかりに背を向けかけていた魔剣士へと声を投げる。
「あなた方の剣をお返しするべきでしょうか? 剣士殿」
「……」
 足をとめた剣士は、そのままの姿勢で考え込んでいるようだった。尼僧は悠揚な表情で待つ。
「必要ナイ。其ハ弟ノ魂。我ラハ三位ニテ討チカカッタガ、彼ノ者ハ一人ニテ我ラニ打チ勝ッタ。弟ノ剣ハ彼ヲ斃シタ者ヲ助クダロウ」
「そうですか。これからどうされるおつもりですか? 魔族の方。私どもは…」
「千年前ニ人間ニ言ワレタ言葉ヲ返ソウ。婦人ヨ」
 背を向けかけたままの体勢は変えず、ドッペルゲンガーは横顔を見せて続けた。その口から、今までの無感情な声とはうって変わった憎憎しげな声が漏れる。
「『三時間の猶予をやろう。それから総攻撃だ。降伏など許さぬ。…ここは、我らの土地だ』」
 その声が、かつて存在した人間の模倣であろうことが、その場の二人には理屈ぬきで理解できた。目の前の魔物は良く出来た人の模造品ではあったが、真似でもなくばそこまでの感情を声に載せることは出来そうもない。声も無く、見送る人の子たちの視線を背に、千年前の魔物は悠然と背を向け、歩み去っていった。

「確かに今、彼らは優勢だ。3時間後ならばここも街も連中の手に落ちるだろうさ。だが、王都から軍…、あるいは騎士団が動けば、いずれは一掃されるぞ? 無意味な戦だ。それとも死兵…か?」
 首をかしげる騎士には、去っていく魔物がいつの間にか自分と同属に見えていたのだろう。人同士の戦ならば、という前提でいつの間にか考えていることにも気付かずに、浮かびくるいくつもの疑問、不整合を思い、髭の下の口を不機嫌そうに引き絞る。
「彼らは、わかっていますよ。さぁ、急いでここを去りましょう」
 悠揚たる仕草で歩むシスターに大股に追いつきながら、髭の騎士は思考を切り替えた。戦の理由をではなく、戦自体を扱う指揮官の目で、修道院の半ば崩れた壁やもろい建物を見る。
「守備兵と街に篭れば騎士団の到着までの数日耐えることは出来るでしょうが、この修道院が魔族の手に落ちるのは避けられますまいな」
 半ば慰めの意志をこめた男の声に、シスター長は振り返りもせず、普段どおりの声で答えた。
「いえ、街の人々には、先程すでに近隣のフェイヨンへ避難するように伝えてあります。守備の皆様にはその先導を」
「な、なんと?」
「あの魔族たちは自分達が滅び去った過去の残照に過ぎないことを知っている…。けれども、彼らは伝承にあるような悪鬼でもなさそうですから」
101SIDE:A 過去からの呪縛(3/5)sage :2005/05/20(金) 17:59:17 ID:OKBIwF.k
 絶句する髭の騎士の前で、開け放たれたままの樫の扉を老女は愛しげに撫でた。重厚な作りの扉だが、腰位の高さにはいくつか相合傘や絵が刻んである。尼僧達の目をかいくぐって書き上げた子供の得意そうな顔が思い浮かんで、シスター長はふっと目を和ませた。
「彼らは、千年前のこの土地を愛していたのでしょう。だからこそ、ここに私たちが今までの千年間に刻んだ命の鼓動の跡を無下に壊すような真似はしないと感じるのです」
「そんな優しい連中が、昔やられたからってまんま同じやり口で降伏拒否をやり返すとは思いませんがね」
 釈然としない口調で首を捻る騎士も、先のドッペルゲンガーから受けた印象は決して悪感情ばかりではなかった。それゆえにこそ、老女の言葉に対する抵抗として最後の彼の言を口にしたのは、そこだけが引っかかっていたのかもしれない。髭の声を聞いたシスターが静かに振り返ると、ケープの裾がふわりと風に浮き上がってからもとの様子に落ち着いた。
「同じではないわ」
「……と、言いますと?」
「彼らが降伏を申し出た時は、地上にはもう魔族の退く場所など無かったの。当時の人間の司令官は、それを知っていて三時間の『絶望する為の猶予』を与えたのよ。大聖堂にはその思いつきについての彼の得意げな口述日誌が残っているわ」
 いつものような、穏やかな彼女の声。しかし、騎士の耳にはその声がほんの少し震えているようにも聞こえた。怒りではなく、同族の情けなさのために。
「結果として、その猶予のせいで魔族は魔壁を作り上げ、ゲフェニアごと逃げ去った…、と聞いていますが」
「それは違うわ。ゲフェニアは最初から“向こう側”の街だったのだから。猶予などなくとも、即座に逃げ出せたのよ。彼らだけなら、ね」
 老女の口調のどこかから、騎士はそれが門外不出の情報だと知った。漏らしたものも、そして聞いたものにも災いが降りかかるだろう機密。しかし、彼はそうと知ってもシスターを止めようとはしなかった。
「その時、ゲフェニアには魔族との交誼を是とする人々が…、人間がいたといいます。魔族が降伏を申し出たのは、彼らの為だったの。魔壁の向こう側に連れて行かれては死んでしまうだろう、人間たちの」
「結局、どうなったんです?」
「停戦はならなかったけれども、魔族は人間の女子供だけでも逃がそうと、裏門から出したそうよ。そして、この孤児院のある場所に来た所まで……」
「なるほど」
 二人の間を、一陣の冷たい風が過ぎていった。人間は残酷な生き物だ。戦においては、そのような話は他にもあるだろう。だが、この話は人間同士の戦の話ではなく、魔族と人のそれの挿話だ、ということが異質だった。教会が喧伝する神代の逸話、残酷な魔族に雄雄しくも立ち向かう善良な人々。そんな構図が嘘だと言う事は、とうに分かっていたつもりの騎士だったのだが。

「お話はこれでおしまい。さ、支度をしましょう。カーレル様は、あの騎士さんのお世話をしてあげて」
 あの騎士、と言った時にシスターが微かに痛ましげな表情をしたので、髭の騎士はそれがブレイドのことだとわかった。他の武器ならばともかく、彼は両手剣使いだ。両手剣に慣れた者にとって、片腕の喪失はさぞかし辛かろう。そして、その辛さが分かるという繊細さが、髭の騎士を武辺一遍の騎士に止めていない理由でもあった。そのような共感力なくば、騎士が一人で仕事などできるはずがない。王都の騎士とでも、ゲフェンの偏屈な魔法使いとでも、必要とあればモロクの盗賊達とでも、腹を割って酒を飲めるのがこの男の真価だった。
 だから、騎士にはブレイドの直面するだろう絶望が十分に分かってはいたが、それでも、若者を慰めるために足を止める暇はなかった。この襲撃の糸は、必ず他に繋がっているはずだ。それを探るべく、一度騎士団に戻らねばならない。事は一刻を争うはずだった。
「……テスラの嬢ちゃんにでも任せたほうがいい。私はこれから……」
 重々しく口を開いた騎士の言を、シスター長はくすり、という微笑で遮った。
「いえ、あの子達だけではプロンテラは危ないでしょうから。貴方もどうせ王都に行かれるのでしょう? 転移門ならばありますから、時間はかかりませんわ」
102SIDE:A 過去からの呪縛(4/5)sage :2005/05/20(金) 17:59:54 ID:OKBIwF.k
 毎日、首都に野菜を売りに来る少女がいる。冒険者のみならず、街の住人達にとっても少女はすっかり馴染みになっており、今更彼女にまつわるあれこれを疑うものなど居ない。日々、客に買われていく膨大な量の野菜類をどうやって手に入れているのか、金の代わりに引き取っていく魔物からの戦利品をどう処分しているのか。それに、祖父や父の代からずっと、街に立つ姿が変わらないのは何故か…、など。
 その少女がにこやかに客からの代金を受け取り、袂に入れた後で、何かを感じたように目を瞬かせた。
「ねえさん! 人参500本お願い!」
「かぼちゃを1つわけてくれんかねぇ?」
 声をかけてくる人々を見て、少女はゆっくりと首を振る。それだけで、周りの面々の内数人が、はっと息を飲んだ。この無口な娘が、悲しそうな顔で首を振った日には血が流れる、と誰かに聞いたことのある者である。彼らのような鼻の効く者が慌てて去っていき、そうでない者が自分の前で変わらず声をあげているのを見ながら、野菜売りの少女はもう一回、悲しげに首を振った。

 それが、首都を襲った大規模なテロ…、古木の枝を使った破壊活動の幕開けだった。


 その時刻、ギルド“黄金の暁”の幹部たるラオは、いつものごとく車椅子に座したまま、ゲフェン郊外の砦で予期せぬ相手を迎えていた。正確には、彼の計画上でここにいないはずの相手である。ラオの閉じたままの目には、ほぼ正確に首都を襲う混乱の絵図が見えていた。プロンテラを守るべき軍の精兵は北部のモンスターの増殖に対する為に、また騎士団の半ばは蟻の迷宮からさまよい出た魔獣フリオニを討伐すべく共に街を離れている。前者はアルデバランのアウドール、後者は彼の手の者による陽動であった。その下準備全てが台無しになりかねぬという事態にも、彼は動じない。この修道僧は、慌てふためくには枯れ切っていた。
「乱れた世には、英雄が生まれるものです」
 ぽつりと呟いた彼の声に、青年の声が返る。
「ラオ、私は難しい問答をする気分ではない。ジェイドがどうしたのか、それを聞きたくてここに来た」
 ラオの前にいたのは、ギルドの盟主たる聖騎士フレデリックだった。青年の脇に控えているのは糸の様に細い目で微笑む頑健そうな聖職者と、緊張した面持ちで口元を引き結んだ魔女。フレデリックと聖職者の襟には黄金の、魔女ライアの襟には銀の紋章が光っていた。ジェイドという名のローグは、彼ら三人がギルドを結成する以前からの仲間であり、友だったのだ。その男が、この謎の修道僧の下で何か仕事をしていて、そしてギルドを突然に抜けた。彼ら三人は、その理由を問う為にラオの元を訪れたのであり、はぐらかされる為に来たわけではない。
 しかし、車椅子の修道僧は彼の怒りを意に介さなかった。
「英雄は、凡人を惹きつける。どうしようもないほどに。そして、彼のためになると信じれば、凡人は喜んで死ぬ」
「一体何を言っているんですか、ラオ!」
 苛立ちも露に詰め寄る青年の目の前に、車椅子の修道僧は指をつきつけた。
「彼にとって、その英雄が貴方だったと言っているんですよ。フレデリック」

 僅かな沈黙のあと、青年は困惑したような顔で、目の前の男を見つめた。
「ラオ…?」
「今は世が動く時です。それも、千年前の大戦の時に勝るとも劣らぬ。それゆえに、世は英雄を欲し、今までにも多くの英雄が生まれ、死にました」
 からから…、と渇いた音を立てて回る車椅子の音。ラオはフレデリックに背を向け、車椅子をゆっくりと窓へと向かわせた。外の陽光が、年齢の割りに老いて見えるラオの顔を照らし出す。
「英雄は世を動かす力を持っています。世、即ち民を。そういう魅力があるのです。……私は英雄の器ではありませんでしたが、英雄と呼ばれるに足るだろう人物を今までに幾人も見てまいりました。話だけで存じている方も含めれば、無数に。今は英雄が多過ぎる時代なのです」
 ラオが見透かす遠くの景色には、歪んだ生まれゆえに自滅した若き聖騎士や、生涯を戦いに全うした老戦士、それに今この時も“赤芋峠”で劣勢の軍を叱咤しているだろう青年貴族の姿があった。それに、娘の罪を負って暫時謹慎しているであろう枢機卿や、ふらふらと出歩いているだろう先の王、髭面の騎士の姿、暗き淵で嫣然と笑む堕落した聖女の影も。多くは先までの動乱で死に、生きてある者も今回の彼の引き起こした渦の中心に立つ事は望めまい。
「……かつて、ミッドガルズを建国した王も、時流を掴んだ英雄でした。この混乱の時代を潜り抜け、制するのも、また一個の英雄であろうと存じます」
 フレデリックの背筋を、この時冷たい何かが這った。聞かなければよい言葉を、目の前の修道増は口にしようとしていると本能が察知したように。
「ラオ、待て…」
「我が“黄金の暁”の“正義”たるジェイド殿は、己の信ずる英雄を世に出す為に良かれと思い、死したのです。貴方のことですよ、フレデリック…、我が主」
「……死、んだ?」
 驚いたような声は、魔法使いの喉から出たものだった。聖騎士は声すらなく、言葉の続きを促すかのように車椅子の背を睨む。
「英雄は多くいれど、時を掴むのは一人。彼はその時を作る為に逝きました。…さぁ、貴方はここにいてはいけない。貴方は今、そこにいるべきなのです」
 自分の声がまだ砦の中に残っている内に、ラオは転移門を開いた。まだ、フレデリックには背を向けたままで。
「……そこ?」
「王都プロンテラ。今頃、不穏分子の手によって大規模な破壊活動が行われているはずです。その情報はジェイド殿の死によって得られました」
 一欠片の真実と、多くの嘘を混ぜて、ラオは言の葉を発した。それから、相手に口を挟む隙を与えずに、今までの万感の思いを込めて続ける。
「そして、今日そこで貴方の英雄としての生が始まるのです。ジェイド殿が教えてくれたからこそできる迅速さで、民草の被害を防ぐ事で」
「だが、私は…」
 人間は不意の事態にうろたえる。親しい知人の死を告げられた彼も、うろたえていた。それは、その知らせを受け入れる余裕を作る為の心の自己防衛に過ぎない。だが、ラオは時を与えず彼を責めた。フレデリックを立たせる為に。
「忘れないで下さい。死んだものは貴方が立つ為にこそ、その命を投げ出したという事を」
「そんな、勝手な理屈を」
「それを、ジェイド殿に言えますか? フレデリック」
 卑怯と承知の上で、ラオは死人を利用している。だが、あのローグがその役目を引き受けた理由についてはその通りなのだ。民衆が不安に成らざるを得ないほど近くに明確な脅威を現出させる。一線を引いてなお影響力のあるあの尼僧を葬る、というのは余禄に過ぎないが、競争相手が減るのは良いことだった。
103SIDE:A 過去からの呪縛(5/5)sage :2005/05/20(金) 18:00:22 ID:OKBIwF.k
「貴方は英雄なのですよ。凡人たる我らの想いを受けて進む、英雄なのです。私の、そしてジェイド殿の想いを裏切らないでいただきたい。その為に私と“銀”は喜んで手を汚しましょう」
 ラオはそこで頭を下げた。呆気に取られた様な青年の脇で、対等の仲間だったはずの聖職者がゆっくりと跪く。魔法使いの娘は驚いたようにその男を見ていたが、すぐに膝を折ってフレデリックの前に頭を垂れた。
「我が主、フレデリック殿。神が遣わされた出会いに、私は感謝しております」
「……フレデリック様、貴方の為にならば私は何でもいたします。どうか…」
「やめてくれ!」
 青年の救いを求めるようなうめき声が女の声を遮った。片手で覆うようにした聖騎士の表情は彼女からは見えなかったが、ライアは言葉を切った。
「もうこれ以上……、何も聞かせないでくれ」
 その言葉だけを残してよろめくように転移門に消えた青年を追って、二人の姿もポータルに消えていく。その背を見送った修道僧は、小さく呟いた。
「……そう、今度は私を裏切らないで下さい、我が主よ」


 王都を吹き荒れたテロの嵐は、手をつかねて眺めるしかなかった軍と騎士団を尻目に、北面より現れた民間ギルドの手によってその日のうちに収拾された。鎮圧の後も市内に留まり、復興に従事していた彼らには、神の名において大聖堂から感謝の意が捧げられ、遅ればせながら軍と騎士団からも褒賞が与えられることとなる。しかし、そんなものよりも民の歓喜の声が城下に満ちていたことこそが、彼らの血汗に汚れた顔をほころばせていた。
「……」
 その凱旋を、路地裏から物言わぬ骸と化した野菜売りの娘が硝子玉のような目を向けている。路地の表にはもう、死んだ少女と変わらぬ姿の“新しい”野菜売りの少女が立っていた。シェールはその姿を遠目で見ながら、そっと娘に指を伸ばして目蓋を閉じる。
「いつまでこれを続けるんですか…? 神様」
 墜ちた管理者の青年は、天を仰いでそう呟くと、紫の聖職衣を翻した。そのまま石畳を歩き、勝手知ったる様子で二階建ての宿屋の裏口をくぐる。そのまま二階へとあがると、おざなりなノックを一度してから扉を開けた。
「おかえり、シェール」
 小さな声で返事をしたのは彼の愛する紅髪の魔術師の娘。彼女も、一歩間違えば今日の野菜売りの娘のように斃れていた事を思い、シェールの顔が僅かに曇った。それを隠すように、奥の様子をちらりと伺う。ベッドにもたれかかるように眠る藍色の髪の娘に、そっと毛布をかけた。
「テスラのせいじゃないから気にするな、って言ってるんだがな。こんなの見られたら、エルメスに刺されちまうぜ」
 ベッドの上で上体を起こしていた騎士が笑う。彼の右袖は中が不在ゆえの頼りなさで、力なく垂れ下がっていた。
104SIDEのひとsage :2005/05/20(金) 18:04:13 ID:OKBIwF.k
なんとなくスレも寂しくなってまいりました。
倉庫丸投げ中なので感想も書きにくかったりするのですが、これだけは。HBさんおかえりなさいませ。
105名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/27(金) 01:44:21 ID:0F0prbRA
少ない書き手でもいいので、まったりイベントでもしてみませんか。
↓こんなのとか。
1. 短めの普通のリレー。
2. テーマを決めて、みんなで書いてみる。
3. 積み重ねリレー。(1回ずつのお話は完結させ、同じキャラや設定を使って違う人が別のお話を書く形式)
4. とりあえず点呼。
106名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/27(金) 02:44:49 ID:KR6wOuTc
昔リレーやって空中分解したよなぁ。
107sage :2005/05/27(金) 11:09:26 ID:ZapiDywg
あのリレーって未完のままで投げられてるんだっけ?
108名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/27(金) 11:13:28 ID:v0BGtfD6
リレーとかしちゃうと今続き物投下してくれてる文神の方々が出しづらい腐陰気(なぜか変な変換)になりそうな気もする。

まぁ、あれだ。
とりあえず点呼でもしながら考えようや。

ばんごー!
1!
109名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/27(金) 12:15:10 ID:7xEOCZjU
にー。
110名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/27(金) 14:23:26 ID:Pm9crBFM
3−
111名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/27(金) 22:19:01 ID:0F0prbRA
よーん。
リレーは前回のような感じを考えるなら、短めにしてルール作ってやると思います。
単発や続きものをしている分神の邪魔になるようなら、リレーごとにスレ立てた方がよいのかな。
まあ、リレーすることに決まったらの話。
112名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/28(土) 16:07:38 ID:716lzQeY
リレーより競作の方がいい気がする
113名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/28(土) 18:04:50 ID:dSkQQg8Y
他の書き手に遠慮しすぎて、リレーとか競作とか始められないってのもバカらしい気もする。
逆の立場からみたら、いつ終わるかわからん連載があると、リレー・競作やれる雰囲気じゃない。
ってことになるんだし。
そこんとこ、続き物やってる書き手はどうなの。
そういや前に管理人が、連載物はそれだけでスレ立てて構わないとか言ってた気がする。
そんな勇気ある書き手が、そういるはずないのに。

ま、リレーは別スレ立ててやる分には問題ないんじゃね。
現状じゃ、参加者は雀の涙だとは思うけど。
114SIDEのひとsage :2005/05/28(土) 19:07:31 ID:UVeID5ic
いつ終わるか(ry な者ですが、リレーでも競作でも単発でもどんどんやってくださいませ。
だらだら続き物やるなら出てけ! と言われないだけ、ありがたいことです。
点呼は返答済みです。
115名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/29(日) 00:29:54 ID:SncE739o
とりあえず点呼に応じて、ごー(でいいのか?)。
新年度になってまだ二ヶ月しかたってないし、新社会人とかだとまだ研修中のところもあるから、皆忙しいんだと思われ。
116名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/29(日) 01:29:03 ID:XzqH9D3U
ろく。
過疎るだけ過疎ってるんだから何やっても今更マイナスにはならないかとっ!
117名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/29(日) 09:42:35 ID:PqVYOuK6
とりあえず点呼。
ななー。
感想書けるよーな奴じゃないんですけど、乙くらい書いたほうがいい( ´д`)?
118名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/29(日) 22:04:09 ID:coNYs1LY
はち。
乙だけでも書いた方にとっちゃ嬉しいですよ。
無反応だと未熟と自覚してても泣けるし。
119名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/05/31(火) 04:20:46 ID:z1Dln5o.
きゅー
すいません。ここ最近は18禁SSスレ住人です……
やっぱり反応あってのSSですから。
120SIDEのひとsage :2005/05/31(火) 15:23:41 ID:/W79FPlU
続きを書こうかな、と自作を読み返し、違和感を覚えたので参考文献(('A`)の偉い人のアレ)を読んで。
髭騎士の名前を間違っていたことに気づく。というか、何処から出てきたんだこの名前……。
ごめんなさいごめんなさい。
正:クリスレット・カーレルヘイム
誤:カーレル・ウィンスレット

……ウィンスレイドとかいうおじさまが出てくる小説を読んでいたせいかorz
121我が名は…0/13sage :2005/06/05(日) 11:59:29 ID:i7yIV1Vw
誰もいない。不法投棄するなら今のうち。

(ノ・_・)ノ〜○ポイ


全部で13回投稿することになるようです。
初めてなのでお手柔らかにお願いしますね。
122我が名は…1/13sage :2005/06/05(日) 12:03:14 ID:i7yIV1Vw
「おいおい、まさか助けようなんて思ってないよね?」

 目の前の一団は彼の目にはまさに蜘蛛の巣に掛かった蝶の様に見えていた。
それなりの実力の二次職に護衛されたまだ年若い1次職達。この偏狭の古城にはじめは
好奇心と期待で目を輝かせていたが、今はその幼さの残る顔に恐怖しか浮かべていない。
まさに己が運命を悟ってしまい、震えながら助けを願う脆弱な存在となっている。

「何考えてんのさ、俺達にそんな義理はないでしょうが。さっきまで有頂天で好き勝手に
暴れてたんだから、ここでやられるのも因果応報ってもんだよ。聞いてる?」

 彼らをこの城の強力なモンスターから守っていた保護者達は今は見るも無残に切り伏せ
られ、ひび割れた石の床に己の体液の溜まりに倒れ付している。情けない、守り手が早々
に倒れて何が保護者か。自然と彼の手に力が篭り、愛剣の鞘がみしりと音を立てる。両足
は既に駆け出す寸前だ。

「言っとくけどね、俺は手伝わないからね。あんな化け物に勝てっこないんだからね。
ねぇ、やっぱり聞いてないでしょう、ねぇ?」

 保護者を失った小さな冒険者たちの前には、身の丈4,5mを超えるような金属の塊。
肌も眼も見えぬほどに全身を鎧で包み、返り血と己が内から溢れる体液で全身を濡らした
騎士が立っていた。ブラッディナイト、鮮血の騎士は幾人もの生き血を貪るように浴びな
がら、新たな地を求めて小さな集団へと歩み寄って行く。
悠然と地響きを立てながら、容赦なく獲物への距離を詰める。

「あーもうっ! いいから聞きなさいよ。そもそも俺達あの人に逆らう側じゃないでしょ
うがっ! 自分の立場わかってんの!? おーい、聞いてくれよー」

 獲物の一人、弓の使い手がなけなしの気勢と共に矢を放つ。それに続いて魔術師が詠唱
を始め、剣士と盗賊が足を震わせながら一団を庇う様前に出る。なかなかに見所がある若
者達だ。ここで終わらせてしまうには惜しい。無意識のうちに体が城内のテラスから身を
乗り出して先に進みそうになってしまう。その体を肩を掴まれて止められ、彼はようやく
背後へ振り帰った。

「なーにを『何だ居たのか、今忙しいから後にしろ。むしろ手伝いやがれ』って顔してま
すかね君は。良いかい、さっきも言ったけど俺は手を貸さないからな。あっ、おい、こら
こら、話しは最後まで聞けって、おおーいっ!」
123我が名は…2/13sage :2005/06/05(日) 12:05:22 ID:i7yIV1Vw
 振り返った勢いそのままに視線をまた冒険者達へと戻す。渾身の矢と魔術師の放った最大の魔法
は分厚い鎧に阻まれて削ることも出来ず、立ち塞がった二人はまとめて騎士の姿に見合う巨大な盾
で弾き飛ばされ軽がる途中を舞った。集団の奥から甲高い悲鳴が上がる。見ると既に傷を負った商
人を膝に抱え開放していた侍祭の娘が、新たな犠牲者に恐怖心を揺すられ声をあげてしまったのだ
ろう。後衛の二人が後じさり最後の壁として傷ついた商人と共に娘を庇い立てる。
 騎士の歩みは止まらない。震え寄り合う獲物達を見下ろし、今度こそ己が得物を振り上げる。
それは剣と言うのも憚れるほど肉厚の、自身のように鮮血を滴らせる長大な両刃の刃。あの小さな
冒険者達では一太刀で始末が着くであろう。

「あっ、こらっ! いくなって! 剣のーっ!」

 限界、そう思うと同時に体が跳ねるようにして階下に飛び降り、着地と同時にまっすぐに走り出
す。がしゃがしゃと耳障りな金属音の疾走。得物と獲物の間に飛び込んで抜剣。振り下ろされる血
塗れの刃と真っ向に打ち合って剣戟を払いのけた。

「あーあ…やっちゃったよ…。ついでに着いて来ちゃった俺の馬鹿馬鹿アホぅ…」

 背後から聞こえる相棒の声。手伝わないと何度も言ったのに――相棒の付き合いの良さに内心で
苦笑し、同時に感謝する。
 真上から打ち下ろされるように響く人外の咆哮。血の騎士は狩りを邪魔されてご立腹だ。払った
先から力に任せて刃が薙がれる。今度は受けずに身を屈めてかわし、立ち上がる勢いを乗せて両手
で握った愛剣をがら空きの胴に叩きいれた。よろけつつ後退する巨体。血塗れの鎧にはやはり傷が
ついただけで中身には傷は付けられていない。頑丈さに顔を顰めそうになるが、そんなものはない
のを思い出し手の内の大剣を正眼に構える。眼前の刃には劣るが、やはり肉厚で長大なツーハンド
ソード。

「あ…、あなたは…誰…?」

 背後から掠れた様な娘の声。同時に力強い弓の引き攣れる音、相棒がぶつぶつと愚痴りつつも援
護をする気になってくれたらしい。改めて剣を握り直し横に構え、いつでも駆け出せるように間合
いを計りながら城中に響くほどに大きく声を放つ。それは鮮烈なほど高らかな名乗り。質問への回
答。

「我が名はレイドリック。名も顔も忘れた、ただのがらんどうだっ!」
124我が名は…3/13sage :2005/06/05(日) 12:06:28 ID:i7yIV1Vw
 叫び、そして駆け出す。空っぽの体満身に裂帛の気合を乗せて。
その姿は確かに古城を守る、かつて人間であったものの成れの果て、肉を失い鎧だけになっても動
き続ける怨念の兵士。ただひとつ相違を上げるならば、その右肩が真紅の色合いに染められている
ことだろうか。
 初手は右からの薙ぎ払い、迎撃に突き出された切っ先を払い除けて、剣の間合いぎりぎりで剣戟
を繰り出し鎧を削る。大きな体には細かな動きが出来ない、しかし連続で叩きつけられる剣先は鎧
をかすかに削るに止まる。ならばと隙間を狙い突きを放つと、壁のような盾が振られ、当てられる
わけにも行かずに退いて強引に間合いを離される。防御の為の盾もあれだけの厚さと腕力で振るわ
れれば十分な凶器になった。

「弓のっ! 目と足と武器、三連射!」
「あいあーい」

 怒号と気の抜けた応答。ちなみに俺はレイドアチャ――などという自己紹介と共にすぐさま矢が
放たれ、目を狙った一本を血の騎士が打ち払うと、残りの二本がほぼ同時に足首と手首を鎧を縫う
ようにして穿たれる。さすがの血騎士も足を床に縫い付けられ、獲物を振るおうとした手を撃たれ
ては動きが止まった。

「どおおっ! せいっ!」

 気合一線大剣が走り、分厚い盾を左袈裟懸けに打ち払う。自重も手伝って大盾が床を砕いてその
身を沈め、騎士の手が伸びきり間接を晒す。次の瞬間翻った剣先が野太い腕を肘から切り飛ばし、
派手に血飛沫を上げさせる。古城の静まった広間に絶叫が響いた。

「やった!」
「いんや、まだだね」

 絶叫に新たに震えながらも弓手が歓声を上げて顔を綻ばせ、がらんどうの弓手がそれをやんわり
否定する。直後血騎士が残りの手を大きく振るい、魔術師が蛙のような悲鳴を上げた。空っぽの鎧
が跳ね飛ばされて来て魔術師を押しつぶしたのだ。

「ぐぇぇ…」
「ぬ…ぐ…、面目ない」
125我が名は…4/13sage :2005/06/05(日) 12:07:20 ID:i7yIV1Vw
 剣を杖代わりにして立ち上がる相方を尻目に、空身の弓手は矢継ぎ早に矢を放つ。数本は牽制と
して打ち払わせ、本命は当たるとその巨体を数歩押し戻して蹈鞴を踏ませる。チャージアローでの
足止めを繰り返すも、しかし血騎士は次第に距離を狭めてくる。足止めを同時にこなし、全力で突
進してくる相手には先ほどのように縫いとめる戦法も使えない。

「ちぃっ…足止めにもならん。おい剣のっ、でしゃばっといてここで終わりじゃないだろうな?
隊長印の赤肩が泣いてるぞ?」
「無論っ!」

 他の鎧騎士とは異彩を放つ赤く塗装された右のショルダーアーマーをがんっと叩き、がらんどう
の剣士は再び剣を正眼に構える。だが――と剣士の動きがそこから凍ってしまう。自分と敵の力量
は明らかに自分が劣る。そして撤退は己が誇りが許さない。乱入しておいて逃げるなどという真似
が出来るような性格ではない。ならば…どうするか。

「ひ、ヒールっ…」

 迷いの不意を衝いて体を暖かな光が包み、強打され皹割れた鎧が新品の輝きを取り戻した。振り
返ると侍祭の娘が全身で震えながらもしっかりと両手を差し出し空身の剣士に回復呪文を唱えてい
る。歯の根の合わないたどたどしい祈りの言葉と共に、眦に大粒の涙を浮かべて。
 気がつくと彼はその侍祭の頭にてを置きくしゃくしゃと撫でていた。侍祭の娘は目を見開いて身
を硬くしたが、直ぐに体から力を抜いて、撫でられながら回復呪文を唱え続ける。

「驚いた、剣のがロリコンだったなんて。だから止めても聞かなかったのか。このロリコンめロリ
コンめロリコンめ、ロリっヘンタイっペドっネ○ロっ」
「違うわっ!」

 無意識に動いた手甲の手の平を、感覚を確かめる様に何度も開閉して、相方の戯言にに鋭く叱責
する。が、絶えず弓を引き続ける姿を見て心の中で謝罪し、中身のない頭を振るって気勢を奮い立
たせ剣を構え直す。敵騎士との距離はもう4,5歩であちらの間合いに入るほどに狭まっていた。
 もう一度、ちらりと背後を振り返る。弓手と商人は弾き飛ばされた前衛達の下に向かい、侍祭は
潰れた魔術師の介抱に移っていた。そしてまた正面に向き直り、血塗れの騎士を眺める。
126我が名は…5/13sage :2005/06/05(日) 12:08:16 ID:i7yIV1Vw
 ――あんなにも一生懸命な若人を摘み取ろうというのか強欲な血の騎士よ。
 それはなぜか許せないような気がした。人として死に、今日まで人の敵として鎧を纏い剣を振る
ってきた。当たり前のように力及ばぬものを切り伏せても来た。なぜこうも実力も伴わないような
弱弱しい一団が気になるのだろうか。遠い昔に忘れた何かに引っかかる感覚。
 しかし、気になってしまったのは仕方がない。守りたいと思ってしまったのならば、理由は判ら
なくても大切なことなのだろう。がらんどうの剣士は悩むのは苦手なのだ。

ならば、死してなお剣に生きるこの身に出来ることなどただ一つ。

「弓のっ、直接援護開始、打って出る!」
「あいあいー、そんじゃあ久々に本気出ーしまーす、かっ!」

 迷いを振り切り駆け出した剣士の指示に、変わらずに間延びした返答を返して空身の弓手は流れ
るような動作で矢を番え力強く弓を引く。その空っぽの体に初めてみなぎる一片の闘志。引き絞ら
れた矢は自ら敵に飛び込むように撃ち出された。一射では止まらない、文字通り矢継ぎ早に矢を番
え弓を引き当たるのを確信したように狙いもせずに撃ち放つ。
 あ――っと声を上げたのは侍祭の娘だった。人では為し得ない速度で矢を放つ空身の弓兵の、そ
の空洞の兜の中に、一瞬薄く半透明だが人の輪郭が見えたような…。
しかし、瞬きをして目を凝らすとそんな幻視は消えうせていた。
 放たれた矢は5本。空身の剣士が駆け出し、血の騎士に肉薄するまでの殆ど刹那の瞬間に、空身
の弓兵はそれだけの手数で渾身の矢を放って見せた。両手両足の付け根に額、一本でも巨体を後ず
らせる一撃はほぼ同時に血騎士の体内に衝撃を伝え、たった一瞬だが完全にその歩みを止めさせる。

「マキシマイズパワー!」

 叫びと共に剣を大上段に振り上げる。中身のない鎧が内側から圧迫されるようにして一回り膨ら
んだ。ほんのわずかな間だけ己の限界を維持し続けられる、鎧の身になってからは数少ない技の一
つ。弓兵の作ったほんの僅かな隙に、剣士は己が限界を叩き付けた。
 袈裟懸けに、今度こそ切れ目の入る血塗れの鎧。追撃は当然のように繰り出され巨体の割に控え
めな頭が胴から離れ鮮血が散る。追撃は止まらない、体制を立て直す前にひたすら剣を叩き込み、
体制を漸く立てるとすかさず打ち払って崩させる。それは剣戟というよりも殴打。しかし、小山ほ
どもあった血塗れの鎧は、全身に無数に生えた棘やごつごつとした輪郭を作る角を確かに斬り飛ば
され徐々にその体積を減らしていった。
127我が名は…6/13sage :2005/06/05(日) 12:08:59 ID:i7yIV1Vw
「あー、もう援護要らないなあれは。滅多打ちだー、わーい、えげつなーい」

 いつしか剣戟が風を纏う。振り出される斬線に合わせて風が飛び、それすらも敵を打ち据え砕い
ていく。腕を足を体を、切り裂く場所を問わずに剣が舞って血塗れの体から更に多くの体液が流れ
出る。頑強さの権化だったブレストプレートにも蜘蛛の巣のように皹が走り、いまや血の騎士はた
だの血の詰まった鉄塊に過ぎなかった。
 まさに竜巻のような剣戟。

「さすが死ぬ前はレッド・ツイスターと呼ばれたお人…って…なんか変だな」

 ぺちぺちと気だるげに手を叩いていた弓兵の注目が竜巻の剣戟の上空に移る。そして天井に映し
出されたものを見て驚愕した。意識を回復した魔術師が吊られて天井を見上げ、一瞬の硬直の後に
悲鳴のような声を張り上げる。
映し出されていたのは…、

「小隕石群召喚の…メテオストームの魔方陣っ!?」

 その声に全員が天井を仰ぎ返った時、魔方陣の青白い輝きが強まり、その中心から無数の燃え盛
る岩塊が降り注いだ。直径は1メートル程度の本当に小規模な隕石。しかし、本来燃え尽きる延命
のそれらはいま、偏狭の古城の一部屋に牙を向いて襲い掛かった。

「こっ、こなくそー!」

 泣きそうな声で弓兵が叫び、とりあえず手近な侍祭と魔術師を抱えて駆け出し。さすがに目には
映るが俊敏な走りで蛇行しつつ残りの四人を回収。都合六人を荷物のように抱えて部屋の隅まで逃
走した。がんばれば何でも出来るんだねっ――などとかいてもいない汗をぬぐいつつ相方の行方を
探る。ちなみに、抱えていた冒険者達は打ち捨てられて床でばらけ、銘々苦悶を上げている。
 相方は襲い来る焼けた岩塊の群れをかわしつつ剣戟を続けていた。

「ばーーーっかっ! 馬鹿阿呆間抜剣のっ! そんな所にいたら死んじゃうでしょーがこのロリっ!」
「断じて違う!」
128我が名は…7/13sage :2005/06/05(日) 12:09:56 ID:i7yIV1Vw
 後ろからの野次に律儀に答えながら、空っぽの剣士は苛烈な無数の攻撃を避け、捌いて、いつの
間にか動き出し再び猛威を振るう血の騎士と剣戟を交していた。目の前の致死の剣戟に最も注意し
てかわし、背後から襲う岩塊は音と気配と熱だけを頼りに掻い潜る。

「だっ! 後ろ後ろ! 後ろから来てるってば! あ、もうだめだこりゃ」
「ぬううっ!」

 捌ききれない同時の襲撃を察知するや、剣を逆手に持ち直して床に突き立て気合一線。
マグナムブレイク!――宣言と共に身に宿るもう一つのスキルを発動、突き立てた剣が焔を纏い、空
の剣士を僅かに巻き込みながら膨れ上がり炸裂する。小規模ながら発生した爆発は周囲の岩塊と血
騎士を跳ね飛ばして危機を乗り切った。
 どこからか数珠を取り出して拝み始めていた弓兵が相方の無事を知ってへなへなとくず折れるの
を尻目に、空の剣士と血の騎士騎士の剣戟が再会される。実力の拮抗した長期戦の様相を見せ始め
た剣戟を。

「まずいな…。長期戦はまずいよ、剣の…」

 既に戦闘が始められてから四半時は流れている。初めのうちは護衛達が周囲の敵を一掃して他の
敵がこの地区に居なかった様だが、だいぶ時がたってこの周囲にも同じレイドリックの歩哨くらい
近寄って来ているかもしれない。この状況で敵が増えるのはまずい。非常にまずい。下手をして援
軍を大量に呼ばれようものなら目も当てられない。
 状況を打破しようと先ほどから何も行動していない冒険者達に見えない顔を向ける。そもそもこ
の少年少女たちさえさっさと逃げてしまえば戦う理由などないのだ。
ためしに緊急離脱のための蝶の羽がないかと聞けば一様に持っていない→第一作戦失敗。
気を取り直して侍祭に移動用スキルのワープポータルを習得しているかどうか尋ねると、習得はし
ているが触媒になる青のジェムストーンを持っていないと来たもんだ→第二作戦実行不可能。
 くおおおっ、養殖めーっ――と兜を抱えて蹲って苦悩する空の弓兵の脳裏に、いっそこの餓鬼ど
もをレイド軍団に引き渡せば楽になれるんじゃないかと本気でよぎり始めた時、不吉な薄ら笑いを
始めた空洞の弓兵がはたと気がついた。

「そうそう、剣のが確かこの間拾ってたはずっ!」
129我が名は…8/13sage :2005/06/05(日) 12:10:49 ID:i7yIV1Vw
 光明が見えた。華やかな笑顔が幻視されそうな勢いで相方に振り向く空の弓兵。
その視界に入った光景は地獄であった。

「うおおおおっ!」

 空洞の剣士が上げる気合の声と首のない血だらけの鉄塊の滲み出る様な咆哮が響き渡る。繰り出
される剣戟を片や紙一重でかわし、長剣から繰り出される鮮やかな反撃を繰り出し。片や気にも留
めずに体で受け止め出血を増やしながら、我武者羅に歪な剣を振るい壁や床を抉って瓦礫をばら撒
く。とてもではないが、『青石をちょいと投げて寄こしてくれ』などと言える様な戦いではない。
 意気消沈、空の弓兵はしょぼーんと床に蹲って兜の後頭部をがりがり掻いた。

「参ったな…」
「なんだか騒がしいですねー」
「ああまったくだよ、騒がしすぎる。これも剣のが人間に味方しようなんていうから…」
「むむっ、人間の味方に。造反ですね。下克上ですねっ。レイド軍団に通報ですねっ!」
「ああ、通報されたらただじゃすまないのになぁ…って誰よ君」

 漸く自分がかみ合わない会話をしていた事に気がついて、隣に立っている人物を仰ぎ見る。
訂正、そこに居たのは人物ではなかった。

「早速通報ですっ。おーいレイド軍団のみなさーん!」

 古城の掃除屋、メイド服の人気者自動人形のアリスさんは風のように走り去っていった。秒速1
メートルくらいの弱風くらいで。激戦の直後の毛色の違う空間にあっけに取られることきっかり3
0秒、弓兵がはっと気がついた時にはメイド服は迷路のような古城の通路に跡形もなく消え去って
いた。
 事態はあまりいい方には進んでいない。遅くても――アリスの足がいくら遅くても――あと10
分もしないうちにこの部屋は大挙して押し寄せてきたレイド軍団で埋まることだろう。そんな部屋
の中の人間がどうなるかなど言わずもなが。古城の床の染みとなり果て掃除屋アリスの手をとこと
ん焼かせるだろう。つまり…

「剣のっ! 短期決戦でそいつを何とかして青石をお嬢さんに渡すんだ!」
「おおっ!!」
130我が名は…9/13sage :2005/06/05(日) 12:11:34 ID:i7yIV1Vw
 返事とも気合とも取れる怒声を放ち、両手で握った大剣を右に凪ぐ。真上から落とされた血塗れ
の刃を打ち払い、勢いを殺さぬままに体を反転。遠心力を載せた一撃で右脇を切り上げる。鉄塊は
物ともせずに払われた先から剣を無造作に払ってくる。首を掻ききろうとする刃を、自分で兜を外
して片手に持って回避。兜を戻しながら、重量級の体を支える膝裏に鋭く切りつけ、大きくバラン
スを崩させる。前かがみになる巨体。飛ばされた首の部分の穴がぼたぼたと鮮血を零させて露にな
った。すかさず幾度もの剣戟に耐えかねてひび割れた大剣を首穴に突き立てる。

「マグナム・ブレイクッ!」

 鉄塊の悲鳴とその体内で爆ぜた炎の爆音が重なり、古城に野獣の様な咆哮が響き渡った。

「マグナム・ブレイクっっ!!」

 鼓膜を劈くばかりの轟音に冒険者達がそろって耳を塞ぎ、寄り合って蹲り耐えている。爆音は止
まずに、城を震わせる振動と熱が立て続けに襲い、恐怖に耐えかねた冒険者が悲鳴を上げる。

「マキシマイズパワー!」

 赤黒い蒸気を上げて鉄塊が悶える、身の内で起こる止めようのない破壊と、炎による侵略におび
ただしく零れていた鮮血は止まり、代わりに火の手が隙間から漏れ出す。逃れようとするも体内を
破壊され、剣を握る腕もただびくびくと痙攣するのみに止まる。
 そんな死に体を晒す鉄塊に、空洞の剣士は愛剣を抉り立てて更に深く沈め高らかに最後の行動を
宣言する。

「マグナムっ、ブレイクゥゥゥッ!!!」

 最大まで威力を高められた爆炎が血の鎧の中で暴れ周り、巨大な体を更に瞬時倍近くも膨れ上が
らせた。
 世界から音が消える。見守る冒険者達の呼吸も、鼓動も、この一瞬には停止した。
痛いほどの静寂が訪れ、漸く剣士は深々と突き立った剣から手を離し、鉄塊の側から離れる。
鉄塊はぴくりとも動く気配を見せなかった。
131我が名は…10/13sage :2005/06/05(日) 12:12:22 ID:i7yIV1Vw
「やっ、たあああああっ!」

 静寂を歓声が破る。弓兵が剣士と盗賊の肩を抱き笑い合い、商人魔術師を空洞の弓兵が感極まっ
てみしみしと音を上げて抱き締めていた。
 自然と視線が侍祭の娘に移り、鎧の内から青色の石を取り出して投げてやろうと顔を改めて見直
した途端、空の剣士は己の迂闊さを呪った。

「づええっ? 剣のっ、なっ、何だとぉ!?」

 背中から体を貫かれて、空洞を通って胸から破片を伴って刃が顔を出す。体が強引に振り回され
ようとする刹那、此方へ驚愕の表情を向ける侍祭に向けて青石を投げ渡してやる。狙いが外れて空
の弓兵の頭に当たるが気にはしていられない。
 体が滅茶苦茶に振り回される。上下左右に腕を振り、木の葉のように翻弄される体を床に打ちつ
け破損を深めていく。
 兜が外れる。もともと視界は兜に頼って得ているわけではない。
 左腕が部屋の隅まで飛んでいく。まだ右か残っている。
 左足の膝から下が吹き飛び右足は根元から取れた。移動できないのはまずい。

「野郎っ! 剣のを離せぇ!」

 罵声が飛び、次の瞬間空の剣士を振り回していた腕に無数の矢が突き立つ。罅割れた鎧には今ま
でのように弾くほどの強度はなく、無数の矢で自らの胸板に腕を縫い付けられて鉄塊の暴挙は止ま
る。足止めすら出来なかった弓兵の攻撃はどうやら最後の希望のようだ。
 自分のしでかした結果に唖然とするも、数秒で立ち直り不適な笑みを浮かべるような幻視が見え
るほど闘志を漲らせる。

「だーっはっはっはっ、矢さえ通ればこっちのもんだ。今針鼠みてーにしてやるぜ流血達磨!」

 高らかに宣言して背中の矢筒から矢を引き抜こうとして、何も掴むものがなく二度程手を開閉し
てから硬直する。最後の希望、終了。
132我が名は…11/13sage :2005/06/05(日) 12:13:07 ID:i7yIV1Vw
「まったー! 今矢持ってくるからそのまま待ってろ!」
「ふぅ…」
「ああああっ! あからさまにため息つきやがったなっ、前半あんなに無駄遣いしなきゃ俺だってっ。
俺だって…くぅぅぅ…」
「弓の」

 腕が縫い付けられたために、鉄塊に突き立った愛剣には簡単に手が届いた。残った右手で力強く
柄を握り込む。こんな時顔があったなら、目を閉じて大きく息を吐くのだろうか。

「あん? どうした剣の?」
「弓の…、無事に返してやってくれよ。こいつは今片付ける」

 返事は待たない。柄を握る手に力がこもり、鉄塊の体内で刀身に焔が走る。最後の切り札なんて
ものがあるわけではない、もとより鎧の体に与えられた武器はただ二つ。

「マキシマイズパワー! マグナムブレイクッ!」

 再び上がる爆音と、人外のものが上げる怨嗟と苦痛の悲鳴。爆音は連続して城を轟かせ、悲鳴は
絶叫へ、絶叫は意味のない巨大な音の塊へと変わっていく。鉄の隙間から炎が漏れ出し、貫かれた
ままの体も容赦なく焙られ出す。しかし轟音は鳴り止まない。

「止めてほしいか血の騎士よ、ならば我を滅ぼすのだな」

 爆音の他にがしゃがしゃと同類の歩む音が消えてくる。通報が無くともこれだけの爆音に気づか
ぬ警備はありはしまい。
 鎧の体が熱で拉げ始める。肉厚な分敵のほうが長く持つのか、それでも右腕はけっして柄から離
れはしない。

「しかしこの身は既にがらんどう、血も肉も骨も名もありはしない。ここにあるのは我が魂、と信
念のみよ。我を滅ぼしたければ、己が渾身を持って、かかってこいっ!」
133我が名は…12/13sage :2005/06/05(日) 12:14:04 ID:i7yIV1Vw
 巨人の足元に青白く光が灯る。相互反転するに二重円、幾何学模様で埋め尽くされた神秘のシス
テム。両手を奪われた血の騎士が最後に選んだ渾身の一撃。己が身に張り付いた虫けらを殲滅せん
と降り注ぐ天体の群れを呼び寄せた。自分自身もその破壊に晒される事など二の次なのだろう。

「ならば、受けて立とう!」

 轟音と炎が爆ぜる。爆ぜて爆ぜて爆ぜて爆ぜて、焼け爛れついに愛剣すらも形を失い溶け落ちる。
奇跡を起こさんとする魔法陣が回路の超高稼働に耐えかね放電し始める。頭上の空間が歪み赤々と
燃え盛る岩塊がその先端を覗かせた。

 不意に、視線が侍祭の娘へと向く。呆然として目の前の状況を認識できていない顔。
昔どこかで見たような…、ああ、思い出した…あれは…。




 その後に起こったことは、正直に言うと覚えていないのだと、その司祭の娘は思った。
 目の前で常軌を逸した戦いを見せたがらんどうの剣士は、醜悪な鉄の塊の魔法によって城中に破
片をばら撒いて砕け散った。原型なんて残らない、二つの鎧は完全に姿をけしていた。
 呆然と足元に転がっていた彼の一部だった兜を拾ったことは覚えている。その後は、そう、弓の
鎧に叱咤されてポタを出し、生き残った仲間と共に逃げ出したのだ。
 最後に見たのものは、部屋に殺到してきた肩の赤くない鎧たちを押しとどめようとして、無数の
剣に貫かれた空っぽの弓兵の姿だった。そうだったはずだと言葉にはせず反芻する。
 実はあれから半月も時間はたっていない。もともと転職の追い上げのために効率のいい狩をして
いたのだから。侍祭の娘はあっという間に司祭になっていた。
 だからというわけではないが、司祭になった娘はあの日の、顔の無い剣士にあった部屋に今日も
足を運んでいた。
 もしかしたら、などと言う気持ちも手伝いあしげく通った気がする。あの時拾った兜を持って。
しかし、赤い肩の剣士には会うことは出来なかった。
 それも当然か――呟きと共にため息が零れる。あの時空洞の剣士は散ったのだから。自分達を守
りきるために…。
 そして、司祭の娘はほんの少しの間静寂を楽しみ。それから、清々とした表情で外で待たせてい
る仲間の元へと戻っていく。途中赤い髪と同じ色の瞳をした剣士にぶつかったりしたが、平謝りで
逃げるように掛けていった。振り返らないように、けして振り返らないようにして。

 自分と彼を繋ぐ唯一の物を置き去りにして。
134我が名は…13/13sage :2005/06/05(日) 12:15:28 ID:i7yIV1Vw



「ああ、やっと返してくれたんだねぇ」
「うむ、これで漸くもとのがらんどうに戻れる」
「鎧全部集まらないとただの幽霊だしねぇ」
「今日からはまた元通りだ。愛剣もこのとおり健在。この地に居る限りわれわれに果てはない」
「しかし、さっきぶつかったのにまるで気づかなかったなぁ。司祭とかって元から幽霊見えるのか
ね。つーか普通ぶつかるかね幽霊に」
「彼女の決別は終わったのだ、忘れるが良い」
「ほんとはさびしいくせに…、あっいたたたたたたた、兜を手甲でぐりぐりするのは止めてー」
「ふんっ」
「あー痛かった。さてと、それじゃあ人間追い出しに行きますかー」
「うむ」
「あ、そうだ。まだあの子を助けた理由聞いてないよ剣の字ー。いい加減話せよ減るもんじゃなし」
「む、それは…」
「あれか、やっぱ惚れたか? ペドか? ロリコンか? ぶげっ、だから手甲で殴るなよ…」
「似ていたのだよ、大昔に守るはずだったものにな」
「恋人ー?」
「いや、もっと尊い…私の宝だった、娘さ」

                     *

そして今日もまた古城のどこかで声がする。

「我が名はレイドリック! 名も顔も忘れた、ただのがらんどうだ! 我を滅ぼしたければ、己が渾身
を持って、かかってこいっ!」


                                        終わり
135我が名は…sage :2005/06/05(日) 12:17:33 ID:i7yIV1Vw
正義の味方が戦うのに理由なんかありはしない!
レイドリックは城を守ってるっ!

過疎らないで誰かのみに止まりますよーに。
136名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/05(日) 13:12:26 ID:X0dwdjaE
やばいやばい、レイドカッコ良過ぎる…(*´Д`)
もう古城でレイドと戦えないぜ

素敵なお話をありがとう
137名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/05(日) 18:18:49 ID:7/8uEQTc
レイドかっこいいぜ、素敵だ(*´Д`)
古城でレイドと戦いたくなってきたぜ。

勢いがよい話でした。
燃える話をありがとう。
138名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/05(日) 19:24:56 ID:eTRFKvC.
よし、一発ガチってくる。支援の細腕でも一人ぐらいは道連れにできようぞ。
139名無しさん(*´Д`)ハァハァsge :2005/06/06(月) 15:17:14 ID:Okly35Sc
過疎攻略ageっ!
140名無しさん(*´Д`)ハァハァage :2005/06/06(月) 15:55:36 ID:Okly35Sc
sgeって何だ…。
141名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/07(火) 00:53:19 ID:vrc0Ti.Q
      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\プンプン
    / ノ(          \
   /   ^            ヽ 僕より目立つレイド君なんてレイド君じゃないよ。
    l:::::::::     \,, ,,/       .| もっと古城の主の僕を生かした小説かきなよ
    |::::::::::   (●)     (●)   |
   |:::::::::::::::::   \___/     |
    ヽ:::::::::::::::::::.  \/     ノ
142名無したん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/07(火) 01:06:50 ID:SCOAWv5M
>>141
ttp://wiki.spc.gr.jp/battleROyale/?045
これでどうよ?
143('A`)sage :2005/06/10(金) 22:49:41 ID:YhmgPiUg
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 何故なのか、などという疑問は既に存在しない。

 ただ少年はそこに佇み、見るのだ。
 そう、理由を求めるだけ馬鹿げている。
 仮に理由を求めたとしても、少年はその答えが返ってこないのだと知っていた。これまで何度も答えを探し、そしてそれは
何処にもなかった。或いは単純に、そこが夢だから、なのか。
 暗い闇の中。浮かぶ青白い球と、その仄かな光に照らされた女性。
 泣いている。
 静寂だけが聞こえていた少年の耳に、嗚咽と、悲嘆に暮れたか細い声が届く。
 胸が張り裂けそうだった。
 少年は歩み出そうと足を進めようとする。しかし、二本の足はまるで何かに捕まったかのように動かない。
 進む事を拒否する足。少年は闇雲に手を伸ばす。
 見る事が嫌だった。まざまざとそれを見せ付けられる事が苦痛だった。理由はいらない。それが理由だ。
 少年がそう感じる事が理由だ。
 どうしようもなく、耐え難いのだ。

 その嘆きが。

 その声が。

 その涙が。

 その姿が。

 毎晩の如く見せられるその光景。映像。夢。表現は何でもいい。
 心の裏側に焼き付いてしまい、離れない嘆きの夢。何も出来ない歯がゆさと、言い知れない絶望感だけを残す夢。
 それだけだ。
 慣れてしまった少年の油断が、その直後に起こり始めた変化への対応を遅らせる。ゆっくりと顔を上げ始めた女性を見る少
年の目に、彼女の背後から現れた別の誰かが入り込んだ。
 一拍の間を置いて、彼は理解した。何かが違う。違い始めている。
 鼓動が早鐘を打つ。女性と同じく悲嘆に暮れていた少年の心がざわめく。背後の人影は、手に何かを携えている。
 何か。長く、鋭い、陽炎のようなものを帯びた、何か。
 あれは、誰だ。
 ドレスを纏った女性と同じく、はっきりとは見えなかった。ただ白い装束が目に付き、手に持った長い何かを、振り上げる。
 振り上げて・・・・・・どうするつもりなのか。
 容易に想像はつく。それを、少年が拒絶しただけで。
 弾かれた様に少年の足が開放された。もはや考えるまでもなく、その猶予もない。
「やめろぉぉぉ!!」
 叫んだ。足は既に駆け出している。手は既に伸び切っている。
 残酷なまでに遅々とした時間の中で、少年は女性の顔を見た。視線が交差し、おぼろげに見えていた女性の顔がいやにはっき
りと目に映る。彼女はやはり美しかった。そして、笑っていた。
 笑顔は崩れていた。泣いて、笑って、矛盾した、見る者の心を悲哀に染め上げる表情をしていた。

 悲しかった。

 不快だった。

 許せなかった。

 認めるわけにはいかなかった。

 どうしてこんなに自分の足は遅いのだろう。どうしてこんなに腕は短いのだろう。
 届かない距離。永遠の距離を前に、少年は思う。
 どうしてこんなに自分は非力なのだろう。無力なのだろう。
 女性の唇が動く。
 少年を涙を湛えた瞳で見ながら、言う。
 あの言葉を。夢の終わりを。


 来ないで、と。


 『恐れという名の試練 1/5』
144('A`)sage :2005/06/10(金) 22:50:09 ID:YhmgPiUg
 これほど最悪の目覚めもそうそうないだろうと、ナハト=リーゼンラッテは濡れた頬を拭いながら思った。
 揺れるオレンジ色の焚き火の向こうに驚いた顔で自分を見る少女の姿があり、彼はごまかす様に笑いながら尋ねた。
「僕・・・そんなに大きい声出した?」
 自嘲の意味合いが強いその問いかけに、アコライトの少女は笑顔を作って首を振る。
「す、少しだけ」
「・・・そう」
 恐らく嘘だ。ナハトは情けない自分に苦笑し、包まっていたマントを解き、羽織った。
 ルーンミッドガッツの首都プロンテラの西方に位置する山中にある湖の畔。彼らはそこで野宿をしていた。
 西方に位置する魔法都市ゲフェンへ向かう途中である。
 ナハトは懐中時計を取り出し、明け方なのだと知った。まだ暗い空と周囲の林には、夏とはいえ冷えた空気が満ちている。
 彼は本格的な野宿が初めてだったのだが、首都を出てからの数日の間で慣れ始めていた。知識としては知っていたし、思ってい
たほど苦でもなかったからだ。これならまだ剣を習う方がよっぽど辛苦である。
 しかし、連れの少女にとってはそうでもないらしい。
「ロッテはずっと起きてたんだ?」
 傍に置いていた海東剣を手元に寄せつつ、黒髪の少年は訊いた。話題をずらす為である。
「あんまり眠れなくて・・・」
 焚き火の向こうで、アコライトの少女が力無く微笑む。
 少々長めに伸びた髪を背中で束ね、白を基調とした修道士の僧衣を纏っている。ビレタという聖職者特有の帽子を被り、控えめ
に正座している様子はとてもではないが冒険者と縁があるように見えない。
 ロッテ=コールウェル。
 元々は薬や雑貨などを売り歩いていた商人の娘だ。ごく平均的な家に生まれ、ついこの間までごく平凡な人生を歩んできた娘な
のだが、様々な偶然と何者かの意図によって運命を狂わされ、今は修道士としてナハトに同行している。
 こういう事に慣れていないのだろう。
「・・・僕も野宿なんてした事なかったから、なんとなく分かるよ。なんか落ち着かないよね」
 一度街を出れば、何処に凶暴化した獣や亜人、魔物が居ても不思議ではない。それが今のルーンミッドガッツの現状だ。
 原因は未だ調査中である。
「怖い・・・わけじゃないんだけど・・・」
 一応、護衛のつもりで居るナハトが気を悪くしたとでも思ったのか、ロッテは肩を落とし、小さくなる。
 が、当の本人は全く気にしてなどいなかった。自分の実力は自覚していたし、過剰な期待をかけられる方がよっぽど辛い。
「大丈夫大丈夫!この辺りには特に凶暴な魔物が居るわけでもないし!」
 ナハトは励ますように大きな声で太鼓判を押す。勿論、根拠などない。
「う・・・うん」
 アコライトの少女は驚いて跳ね上がり、それから小さな声で返事をした。
 ロッテはどこまでも控え目な性格である。大人しい、というよりは引っ込み思案だ。よく商売が出来ていたものだと関心するが、
恋人も居たほどなので気立ては良いのかも知れない。本来はもう少し元気のある娘だろうと、ナハトは知っている。
 少々強く言うくらいが丁度いい。だから、首都を出てすぐに敬語はやめてもらっていた。
 何かと距離を置きたがるもう一人の少女とは違い、ロッテはそれを受け入れている。そうやって少しずつ距離を埋め、過去の辛
い出来事を少しでも和らげるのがナハトの役割なのだ。少なくとも彼はそう考えていた。
「もう少しでゲフェンだ」
 寝癖で跳ねた髪を押さえ、ナハトは笑う。
「宿ならゆっくりできるだろうし・・・だから、頑張ろう」


 泉の前にしゃがみ込んだモンクの少女の背中を見ながら、ナハトは木の幹に寄りかかる。
 朝へ向かう夜空には、まだ星がいくつか残っていた。やがて来る朝には姿を消すというのにその光彩はやけに美しい。
 全ては理解を超えている。
 何処までも凡庸で、何処までも無知なナハトという少年には、今まさに巻き込まれている事の重大さも、その意味も、分からな
い。不確定な夢という事象が行動を強いた。それだけしか分からない。
 不意に、星々を移す水面がゆらめいた。
「ゲフェンで別れた方がいいかも知れませんね」
 少女は言った。
「あるべき形に戻るべきです・・・本来の姿に」
 いつからそこに居る事を気付かれたのか。ナハトは少々面食らってから、言葉を紡ぐ。
「ロッテは良い子だよ」
「・・・ナハト様」
 闇の向こうから、少女がナハトを見ていた。息を呑む彼に、彼女は物憂げな微笑を向ける。
 これだ。この顔だ。
 ナハトは心の内側で悲鳴を上げる。内に潜んだ何かが叫んでいる。
 その顔は見たくないと。
 その表情を止めてくれと。
「・・・僕も、他に選択肢なんてない」
 叫びを押し殺し、ナハトは問いかける。
「ご家族は?」
「死んだよ。だから剣士になった。帰る場所なんて・・・戻る場所なんて僕にはない」
 あまりに感情の起伏が感じられない応答。
 ふと、ナハトはルイセの事を考えた。あの金髪の先生は、自分が居なくなったら悲しんでくれるだろうか、と。
 イズルードでの生活。
 一人きりの下宿での暮らし。
 惰性だけで通っていた剣士ギルド。
 ろくに話もしない級友達に、粗暴でエゴイストだった赤毛の剣士。
 繋がりはそれだけだ。
 それが日常だった。それが世界の全てだった。
 目を伏せる亜麻色の髪の少女。ナハトは空を仰ぎ、瞑目する。
 今の彼は、この少女―――サリア=フロウベルグの剣であり盾だ。そう決めたし、そうだと思っている。
 後悔はない。
145('A`)sage :2005/06/10(金) 22:50:30 ID:YhmgPiUg
 魔法都市ゲフェンは四方を湖に囲まれた地理に存在している。山脈と隣接した盆地に築かれた街で、東側が陸続きになっている以
外は、北側と西側の巨大な鉄橋でしか出入りが出来ない。
 しかし、この二本の鉄橋は魔窟と化しているグラストヘイムの魔族の侵攻を防ぐ役目を持っている為、それなりの警備が付いてい
る。お尋ね者であるナハト達は必然的に残る東門からの進入を余儀なくされる。
 が、ナハトは着けば何とかなると考えていた。
 交易路としての機能を主とする東門の警備は大したものではない筈だからだ。実際にゲフェンに訪れるのは初めてだったが、知り
うる限りでは騎士団も軍も首都ほどの規模はない。
 なのに。
「六人・・・いや、七人か・・・」
 対岸に見えるゲフェン東門を見ながら苦く呟く。
 甘かった。
 完全に武装した騎士が四人、弓手が二人、神官が一人。その集団は明らかに門を封鎖している。
「もう手配されていたんですね」
「・・・みたいだ」
 サリアのあくまで冷静な声に、ナハトは頷く。彼は不安げな面持ちで佇むアコライトの少女を見やり、首を振った。
 門を通らずに街へ入るのはゲフェンの構造的に不可能である。かといって、この警備を正面から突破するのは自殺行為と言える。
「ゲフェンはすぐ目の前だっていうのに・・・!」
 様々な作戦を脳裏で描き、試行錯誤しながら吐き捨てるナハト。どの作戦も成功する可能性は低い。
 しかし、ろくな準備もないまま首都を離れたせいで食料もなく、疲労が濃いロッテの事を考えれば、どうしてもゲフェンには寄ら
なくてはならない。サリアも何の考えもなしに西へ向かっている訳ではないだろう。ここで諦める訳にはいかない。
「困りましたね」
 気品に満ちた顔をしかめるサリアと、苛立ちを募らせるナハト。
 そこで不意に、おろおろしていたアコライトの少女が遠慮がちに口を開く。
「あ、あの・・・」
「・・・何ですか?」
 ロッテは何事かと注視するサリアの前で、荷物袋を漁り、色々な物を取り出した。
 それは、とても出来が良いとは言えないお面や被り物の数々だった。
 冒険者の間ではそういった趣味的な装備がしばしばお洒落として用いられる。一般人の目には奇異に映る品ばかりではあったが、
彼らは好んでそれを身に着けたりする。言うなれば、遊び心なのだろう。
「うわ、さすが元商人。色々持ってるね」
 ナハトは状況を忘れ、装飾用花を受け取り、頭に被った。そこはかとなく楽しい気分になるのが不思議である。
「これがどうしたんです?」
 ガスマスクを着けたサリアが首を傾げた。呼吸音が間抜けで、見た目もなかなか面妖だ。ナハトは笑いを堪えるのに必死になる。
「へ・・・変装しませんかっ」
「変装・・・ですか?」
「色々被って顔を隠しちゃうんです」
 視線を落とし、考え込むサリア。そのガスマスク面にげらげら笑うナハト。
「う、巧く変装すれば近づけると思うんですけど・・・」
「・・・確かに、人相は隠せると思いますが・・・」
 それで誤魔化しきれるか、と言われれば疑問である。逆に目立ってしまうだけかもしれない。
「はは、こんな感じ?」
 ナハトは笑顔をモチーフにした簡素なお面を被りつつ、おどけてみせた。
 しゅこー、とガスマスクで一際大きな溜息を吐くサリア。ロッテも瓶底を思わせる厚さの眼鏡と、白い付け髭を装着している。
 もはや人相は完全に分からなくなっていた。
「顔はこれで良いとして、三人組っていうのは分かり易過ぎるような気もするね」
 スマイルマスクのままで腕組みして考えるナハトに、サリアは驚いたような仕草――顔は見えないが――をする。
「本当にこの変装で誤魔化せると!?」
「・・・僕は案外行けそうだと思うけど」
「正気ですか!?」
 狼狽するサリア。
 スマイルマスクが同意を求めるように白髭眼鏡のアコライトを向く。
「行けるよねぇ」
「そうじゃよ・・・ふぉふぉふぉ」
 妙に間延びした声色のナハトと、老人口調のロッテは頷き合い、へらへらと笑う。
 張り詰めた空気は完全に消し飛んでいた。
 しゅこー、という溜息が漏れる。が、やがて観念したのか、サリアは分厚いサンタ帽を深く被った。
 彼女がそれ以上反論する様子はなかったので、ナハトは周囲の街道を見回した。勿論、変装だけでやり過ごせるとは彼も思ってい
ない。人数も誤魔化したほうが良いだろう。簡単な人相書きが手配されているとしても、人数が合わなければチェックされずに済む
かもしれない。もっとも、それは希望的憶測なのだが・・・、
「あ・・・すみません!ちょっといいですか!」
 あれやこれやと変装道具を漁る二人を後目に、ナハトは街道を歩いていた若い女性を呼び止めた。
 長い栗色の髪の女性が振り返る。ふと、ナハトは奇妙な既視感を覚えた。振り返った女性は、後姿からは想像も出来ないほど愛ら
しく、独特の雰囲気の衣装を身に纏っている。歳は・・・ナハト達と同じか少し上くらいだろうか。
 何処かで会ったか、と考えたものの、思い出せない。
「ねよ?」
 女性が奇怪な単語を発した。猫の様な顔で不思議そうにナハトを見る。
 何となく、誰かに似ているのだ。が、よく思い出せなかったのでナハトは思考を中断して切り出す。
「・・・ゲフェンに行かれるんですか?」
「そうねよ。お散歩の帰りねよ」
 猫の様な女性が答える。非常に妙な口調である事を除けば、感じの良い女性だ。
 協力してもらえるかもしれない。ナハトは笑顔を繕い、出来るだけ不自然にならないような言い回しを考える。
「あー・・・僕達、首都から来たんですけど、宿を探してるんです」
「ねよ」
「でもゲフェンに来たのは初めてで・・・良かったら案内して頂けませんか?勿論、お礼はします」
 猫の様な女性はうんうん、と頷き、ナハトの頭から踵の先まで何度も眺め、それから、ぱっと大輪の笑顔を咲かせた。
「おっけいねよ!」
「そうですか!ありがとうございます!サリア、ロッテ!こっちこっち!」
 輝かんばかりの女性に何度も頭を下げ、ナハトは仮装・・・もとい、変装を終えたサリア達に声をかける。
 女性が一人増えたことで、僅かだが誤魔化せる可能性は増えた。
 後は祈るしかない。
 微かに表情を曇らせるナハトの肩を、女性が叩く。
 振り返ると、何故か凄まじい勢いで物欲しげな視線をナハトのスマイルマスクに向けている女性の顔があった。
 それで何となく女性が快諾した理由が分かったような気がして、ナハトは引きつった笑みを返し、やはり"お礼"に渡すべきなのだろ
うかと、東門を抜けるまでの間、悩み続けていた。
146名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/11(土) 01:29:54 ID:Npah20OM
おかえりなさい。マッテタヨ
147名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/11(土) 13:52:08 ID:VE6n.SyE
ね、ねよキタ━━━━━━!!!!
148名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/11(土) 17:57:24 ID:hTjROvV6
もう来ていただけないのかと不安な日々に終止符が打てたー。
がんばってください。続き楽しみにしてます。

我が名は…、の人もGJ。イイヨイイヨー。
149名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/12(日) 01:32:28 ID:g0wdOngc
ねよの人キタ!!!
蝶待ってた、お帰り!
150('A`)sage :2005/06/13(月) 16:40:59 ID:7ygId0T6
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 自分は自惚れていたのかも知れないと、ナハト=リーゼンラッテは思い返してみてそう思った。
 現に、守るべき対象であったはずの少女達が居ないだけで、窮地に立たされてしまっているのだから事実だろう。
「・・・っ」
 肩口に刺さった矢を引き抜く。鈍く、肉の裂ける音が耳朶を叩く。激しい疲労のせいか痛みは少なく、それだけが救いだった。
 気の狂いそうな闇と、冷たい岩肌。
 どこまでも深遠な暗闇を見つめていると、今の自分の状況もひどく他人事のように思える。
 しかし、確かに自分は戦っているのだ、と自分自身を鼓舞してやり過ごす。そうでもしなければ、多分、ここで死ぬしかないのだから。
「ナハト=リーゼンラッテ!」
 少女の怒号。
 ゲフェンの地下迷宮を反響する大声に、ナハトは舌打ちする。ここまで追ってくるとは。
 盾にしていた大岩に、無数の矢が弾かれる耳障りな音。居場所も露見しているらしかった。
(この声、それに弓・・・やっぱり、あの子だ・・・)
 肩から上に上がりそうにない左手で重厚な盾を持ち上げ、立ち上がる。
(戦えるのか・・・あんな子と)
 自問する。
 しかし、答えは迷う前に出てしまっている。
 遮蔽物の多いダンジョンに逃げ込んだのも、弓を相手にするに有利な地形だったからで、全て計算の上だ。
 ナハトは戦いになると攻撃的、かつ酷く冷静になる自分を自覚していた。時折、えげつなくさえある戦術をも迷わず選ぶ自分を。
 そんな自分に、今になって初めて違和感を覚える。
「・・・やるしか・・・」
 所詮、彼女と自分は追う者と追われる者なのだ。そして自分は、ここで死ぬわけにも、捕まる訳にもいかない。
 絶対に。
「やるしかない!」
 盾で上半身の急所を防御しつつ、ナハトは岩陰から走り出る。そこへ、暗闇から容赦ない射撃が襲い掛かる。
 ことごとく矢を盾で散らし、海東剣を抜き放ったナハトは、闇の向こうで彼にクロスボウを向ける弓手の少女の姿を見た。
「レティシアさん!」
 名を呼ぶ事で何かが変わるわけでもなかったのだが、それでも、彼は何かに逆らうかのように、怒りに燃える少女を呼んだ。


 『恐れという名の試練 2/5』
151('A`)sage :2005/06/13(月) 16:41:27 ID:7ygId0T6
 まるで雑技団の様な風体をした四人の不審者が門を潜り抜ける様は、相当に異様な絵だったに違いないだろう。
 現にゲフェンに入っても道行く人々の視線が注がれ、中には噴出している者さえいる。
「だから私は反対したのに・・・」
 さすがにガスマスクは外したものの、サンタ帽を被ったままで顔を赤らめるモンクの少女。
 これでそのまま逮捕でもされていれば、いよいよいい笑い種だった事だろう。
「でも・・・うまくいってよかったよね」
 対するナハトは頭から花を生やしたままで、心からの安堵の笑顔を浮かべている。
 彼の顔の作りは少年というよりも少女のそれに近い。頼もしさはなかったが、見る者に妙な安心感を覚えさせる笑顔だった。
 なおも文句を言おうとして、そんな風に言われてしまい、閉口するサリア。
 どうにも、今の少年にはそうさせるだけ空気があるらしい。
 丁度、プロンテラを出た夜辺りからだったか、ナハトは目に見えて変化している。
 頼りなさげな雰囲気は相変わらずだったが、言動には力強いものがある。
 バイタリティとも言うべきか。サリアは妥当な表現を探すが、浮かんだ言葉はどれも彼の変貌ぶりを表すには物足りない。
 恐らくは彼の連れて来た少女、ロッテと何か関係があるのだろう。
「そういえば僕、ゲフェンは初めてだなぁ」
「あ、私も・・・」
 親しげに談笑する二人を視界の隅に捉えながら、とりとめのない想像を巡らせる。が、よくよく考えてみれば、些事である。
 そこまで気にかける事でもない。
 ただ、あの少女がもし"邪魔"になるようなら――考えたくはないのだが――それでも。
「・・・サリア」
「は、はい?」
「何か・・・あった?」
 気付けば、ナハトが鋭いとさえ思える表情でこちらを見ている。
 口調は控えめではあるのだが、以前に比べると全くと言っていいほど隙が無い。
「い・・・いえ、何も」
 そう言って軽く流すと、ナハトも何事も無かったかのように笑顔に戻る。今度のは作り笑顔なのだろうか。
 考えが顔に出ていたか。
 そんなに自分は感情豊かだっただろうか。
「何故、そんな事を?」
 耐え切れず尋ねると、少年は曖昧に笑って、
「なんとなく・・・かな」
 そう言って言葉を濁したのだった。

 ふと、先を歩く栗色の髪の女性が立ち止まり、くるりと振り返った。
 ナハトが渡した(彼は結局無言の圧力に屈した)スマイルマスクを外し、子供のような笑みを浮かべて、
「寝る所がないねよ?」
 あっけらかんとそう言うので、ナハトは思わずがっくりとうな垂れた。
「まあ・・・はい、そうです」
 あまりにストレートな言い方ではあるが、事実だ。まさか追われる身で普通の宿など取れるはずもない。
 しかし、サリアもロッテも体力的には普通の少女である。しっかりと休める場所が必要だ。
 しょんぼり頷くナハトを見るや、女性はぱぁっと笑顔を咲かせ、嬉々として歩みを進め始めた。
 なんとも表情の変化がめまぐるしいものだ。
(見てて退屈しない・・・っていうのはこういうことなんだろうな)
 あまり顔色に変化のないサリアとのギャップに苦笑するナハト。
 そこで、この女性が誰に似ているのかに思い当たった気がした。
(あ・・・そうか、先生か・・・)
 なんとなく雰囲気が、といった程度のものだったが、ちょうど年の頃も背丈も同じくらいで、髪も色こそ異なるが同じくらい
のロングヘア。よく見れば顔立ちも何処となく似ているかもしれない。
 ルイセもよく突飛な言動でナハトを困らせたものだった。
 思い出して笑うナハトに、サリアとロッテは顔を見合わせて怪訝な表情をする。
 当の女性は呑気に鼻歌などを歌いながら街路を行き、路地に入って進んでいく。
 ゲフェンは中央にそびえ立つ塔を中心に円状に広がった街である。高低差に加え、かなり入り組んでいる為かそういった人気
のない路地が網の目のように存在するのだ。
 物珍しげに見回すナハトとロッテの前で、女性が立ち止まる。
 それは古い家だった。妙に分かり難い位置にあるものだが、恐らくは重なる街の発展と拡張に飲み込まれてしまった結果なの
だろう。あまり日当たりの良くなさそうな建物である。
「上がるねよ・・・ただいまねよー」
 女性が端的に告げ、思い切りドアを開け放って入っていく。蝶番に悪影響が出そうな音を立てて、ドアが揺れる。
「なんというか・・・豪快ですね」
「こ、壊れそう」
 さすがに開いた口が塞がらない、といった感で見つめるサリア。ロッテに至っては顔が引きつっている。
「・・・はは・・・お邪魔しまーす・・・」
 呆然としたまま足を踏み入れるナハト達。
 まず目に飛び込んできたのは、長身の青年だった。
 よれたワイシャツに色あせたジーンズ。
 顎に生やした無精髭からも、彼の人格が相当自堕落なものだと伺える。
 リビングと思しき部屋でソファーにだらしなく座り込み、タバコを咥えている様はまさに脱力そのものだ。
「おかえり、ちっこい嬢ちゃん。ってか、ドアは静かに開けろっていつもアルバートが言ってるだろ」
「すぐ何でも蹴っ飛ばすグレイに言われたくないねよ」
 酷く気だるげに喋る青年に、女性は舌を出して反論した。彼は自分はいいんだと言わんばかりに手を振る。
「あれは建付けの悪ぃクソドアが悪ぃんだよ」
 悪い大人の見本を見たような気がした。
「あのー・・・」
「ん?なんだ客か?ちっこい嬢ちゃんが連れて来るなんて珍しい事もあったもんだ」
 グレイと呼ばれた青年が立ち上がり、煙草をくゆらせながら、玄関口に立つナハト達を見据える。
 まるで値踏みするような不愉快な視線だったが、彼はすぐに口元を緩めて喋り出した。
「ふむ・・・悪ぃが家主はここんとこ不在でね。俺はアルデバランで武器屋をやってるグレイ=シュマイツァーってもんだ。留守を
預かってる」
「ど、どうも」
 まともに挨拶をされるとは思っていなかったので、ナハトは思わずうろたえてしまう。
 サリアは黙って会釈を返し、ロッテはナハトの背中に隠れたままだ。
「んで、そこのちっこいのがティータ=スヴェン。飯担当」
「ちっこくないねよ!」
 もののついでと言わんばかりの紹介に対する怒りか、単に背丈を気にしているのか、ティータと呼ばれた女性が抗議の声を上げ
るが、グレイは肩をすくめてみせるだけだ。
「・・・こんなのでもここの家主の養女でね。必然的に君らは客なわけ」
「は、はぁ・・・?」
「疲れてるんだろう?ここは部屋数だけは多くて余ってるし、風呂もあるぜ」
 言われて、ナハトは自分の風体を改めて見回した。
 野宿に重ねる野宿でマントは汚れ、髪はボサボサで荒れ放題だ。ちょっと汗臭い気もする。
 見るからにぶっきらぼうなこの青年にさえ、悟られても不思議ではない程度にくたびれていた。
 ティータもそのつもりで連れて来たのだろう。何を口にするわけでもなくニコニコとナハト達の返答を待っている。
 悪意は感じられなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・いいかな?」
 同行する少女達に同意を求めるも、ナハトの言葉を待たずしてサリアはグレイに静かに頭を下げ、ロッテはティータの豪快な握
手に苦笑している。満場一致のようだった。
152('A`)sage :2005/06/13(月) 16:41:56 ID:7ygId0T6
「うーん・・・」
 ぎしぎしと軋む階段を上がりながら、ナハトはこの建物の不自然さに思慮を巡らせていた。
 どうにもおかしな点がある。
 まず、部屋が異常に多い。一階には最初に通されたリビングの他にキッチンを除いても六部屋。二階部分にも六部屋の個室。更
に屋根裏にも部屋がいくつかあるというのだから尋常ではない。
「はは、でかいだろ」
 先を歩くグレイが、面白そうに言う。
「確かに、外から見たんじゃ想像も出来ませんでした。何でこんなに広いんですか?」
「家主の道楽・・・じゃねーの?元々潰れた宿屋だったのを買い取って自宅にしちまったんだ。お陰で客を泊めるのに不便はないみた
いだがな」
 それもそうだろう、とナハトはグレイの言葉に苦笑した。
 二階の個室は一部屋で四人は休める広さがあった。その気になれば、結構な人数を泊めても平気だろう。
 しかし、それにしても。
「まぁ・・・やりすぎだよな。全く、奴の考える事は分かんねぇ」
 奴と呼ばれた家主――恐らくアルバートという人物――に多少の興味を抱きながらも、ナハトは建物の構造を頭に叩き込むのに
専心する。床の染みの位置まで記憶し、しっかりと刻み付ける。
 万が一、ここで戦うならどこをどう使って逃げるか。或いは撃退するかを想定して、戦術を組み立てなければならない。
 それは骨の折れる作業だったが、追われる身としては必要な事でもあった。
 女性陣は既にティータが部屋まで案内している。後でその部屋割りも確認しなくてはならない。
「ん?そういや、名前を聞いてなかった」
「ナハトです。ナハト=リーゼンラッテ」
「へぇ・・・悪ぃ、覚えるのが面倒だ。少年でいいか」
「・・・はぁ」
 なら聞くなよ、と突っ込みそうになる衝動を抑える。
「少年」
「何です?」
「お前―――"剣士"だよな」
 廊下に立ち止まったグレイが、端的に問う。背中を向けたままなので表情が伺えず、ナハトは一瞬、意図が分からずに答えを躊躇
する。事実はどうあれ、追われる身としては簡単に答えるわけにもいかない。
 しかし、彼はマントの下に隠しきれない中振りの海東剣を帯びている。見て分からない筈もない。
 渋々、頷く。
「そうです」
「・・・そうか」
 戦いを生業とする者であると認める。それがどんな意味を持つのか、世間知らずの少年でも大体は分かっている。
 それはすなわち、必要なら剣を振るうのだと認めると同じ――命を奪う側なのだと名乗り出る事と同義なのだ。
 よく思い返せば、グレイの言葉も問い掛けというよりは確認に近かったかもしれない。
 それがどうかしたのか、とナハトが口を開こうとした刹那、グレイはおもむろに振り返り、ジーンズのポケットに左手を入れたま
まナハトを見下ろす。
 気だるげな目。しかし、ナハトはそんなただのガラの悪いブラックスミスが発する圧力をはっきりと感じ取っていた。
 果たして、人間の眼光だけでここまで威圧されるものなのだろうか?
(・・・この人・・・)
 これが彼の本性なのかと考えた瞬間に、グレイは不意に言い放った。
「ちゃんとかわせよ?怪我じゃ済まないぜ」
 空気を切って、鍛冶師の右の拳がぶれるように動く。
 鈍いわけではなく、鋭過ぎて正確に目が追えないのだとナハトは気付く。
 確かにまともに受ければ怪我では済みそうにない。
 人間を素手で殺せるほどの筋力というものは、なまじに身につくものではない。徒手空拳で人間を殺すというのは、言うほど容易
くない事なのだ。
 が、この男の拳が与えるダメージは良くて骨折か、下手をすれば殴殺される。
 憶測であり、単なる勘なのだが、ナハトはそう感じた。
 瞬時の判断でマントを脱ぎ、突き出されたグレイの拳をマントでからめとる。猛烈な勢いこそ殺せなかったものの、拳は身を屈め
た少年の頭の上をかすめていく。
 グレイの攻勢は終わらない。今度は左足に体重を乗せて蹴り上げてくる。
 ナハトは屈めた上半身を無理に仰け反らせ、ハンマーのようなその蹴りを避け切った。
 腰の辺りの筋肉が悲鳴を上げ、唸る空気が頬を叩く。これも当たって無事で済んだとは思えない一撃だ。
 しかし、ナハトも黙って受けに回るわけもなく、マントの絡まったグレイの右腕目掛けて蹴りを見舞う。
 腕を防御に回せないグレイは華奢でさえある筈のナハトの蹴りを食らってたたらを踏む。その目に、微かな驚きの色が過ぎるのを
少年は見過ごさなかった。
(強い・・・でも、油断がある・・・畳み掛けるんだ)
 既に思考のスイッチは切り替わっている。
 冷静に一歩を踏み出し、グレイが体勢を立て直すよりも早く、彼の胴に肘鉄を叩き込む。
 グレイも正確にナハトの肘を半身を捻る事で直撃を避けて、膝を打ち上げてくる。
 膝蹴りとほぼ同時に、ナハトは床を蹴って飛び退き、拳に精神を集中する。
「マグナムブレイク」
 うっすらと、ナハトの右拳に熱気が宿る。
 本来は刀剣などの武器を用いるのだが、拳にも応用できる事を彼は既に学んでいた。
 対するグレイは口元に笑みを浮かべて防御の構えを取っている。確実に受け止め、殴り返す算段なのだろう。
 サリアのようなモンク達とは違い器用な格闘の技を持たないナハトには、攻める以外の手が残されていなかった。
 しかし、分かりやすい決着ではある。
 全霊を込めて拳を放つナハト。迎え撃つグレイ。



 そして闘気が爆ぜ、あまり頑丈とは言えない建物に激しい衝撃音と埃をもたらしたのだった。
153('A`)sage :2005/06/13(月) 16:42:40 ID:7ygId0T6
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 『恐れという名の試練 3/5』


「・・・全く、何を考えているんですか」
「・・・・ごめん」
 呆れた様な、怒った様な、様々な感情が入り混じった顔でサリアはベッドに倒れ込んだナハトを見つめる。
「恵福なるかな、霊における乞食たちは、なぜなら天の王国は彼らの・・・も、ものである。 恵福なるかな、悼んでいる人たちは、な
ぜ・・・ぜっ・・・?」
 ロッテは右手をかざし、サリアから教わった覚えたてのヒールをナハト――主に彼の右拳――に、かけ続けている。
 たまに噛んだりして治癒が途切れる度に、マグナムブレイクの余波を受けた掌が焼けるように痛むのはさすがにナハトも予想して
いなかった。単純に、自分の炎で火傷してしまったのだ。間抜けな話ではある。
「なんか退けなくて・・・」
「少年が意外とやるんでつい、な」
 顔をボコボコに腫れ上がらせたグレイが、ダウンしたナハトの言葉に同意する。
 ナハトのマグナムブレイクによる傷ではない。音を聞きつけて来たサリアに、弁解する間もなく殴られたのだ。
 元の顔はそれなりに整っているせいで、腫れた顔が余計に痛々しい。
「意地で殴り合いなんかしないでください。それに・・・無茶ですよ、素手でマグナムブレイクだなんて・・・」
「・・・ごめん」
 面目ない、といった感で目を伏せるナハト。
 確かに考えてみれば恐ろしい事だ。
 しかもその一撃をグレイという男は完全に受け止め、全くと言って良いほど無傷なのだ。
 ダメのダメ。全然ダメである。
「はぁー・・・とりあえず、私はグレイさんに少しお話があるので席を外します。グレイさん、少しお時間を頂けますか?」
「おー、大丈夫だ」
 腫れ上がった顔でにこやかに返事をするグレイに、サリアは静かに部屋を後にする。
 グレイも立ち上がって後を追うが、すぐにナハトを振り返り、
「いいパンチだったぞ、少年」
 爽やかにそんな事を言う。
「僕は合格ですか?」
 困った笑顔でナハトは尋ねる。
 試された、と言えばそうなのかもしれなかった。グレイという男はそういう男なのだろう。
 グレイは答えず、ただ笑みを浮かべたままで踵を返し、ドアの向こうへ消えた。
 ナハトはそれを見届けると、慣れない治癒を続けるロッテへ視線を移す。
 ヒールなどの僧侶の技はやはりナハトには分からない分野なのだが、しかし、ロッテのそれは酷く手際が悪いように見えた。
 淡い光を発する彼女の手も、どこかぎこちなく、不慣れという以前に向いてないのではないかと危惧させるほどだ。
 ・・・かといってナハトも自分に同じ事が出来るとは欠片も思わないのだが・・・。
 彼女自身も自覚しているのか、ナハトが見つめていても気付かない程に集中している。
 サリアの見事な治癒を当たり前のように受けていたせいか、とナハトはぼんやりと考える。むしろロッテの様な手際が普通であっ
て、サリアは特別なのかもしれない。
 思えば、彼女はいかにして数々の技術を身に付けたのか。
 ナハトは貴族や上流階級の人間の暮らしというものに全くと言っていいほど知識がなかったが、あの年頃でそういうものも学ぶの
が普通なのだろうか。
 モンクとしての技術も?
(そういえば・・・どうなんだろう、その辺・・・)
 グレイとの拳での語り合いで得た自信が、少し揺らいでしまう。
「・・・まだ痛いかな」
「え?」
 気付けば、また思慮に耽っていたナハトをロッテが酷く落ち込んだ面持ちで覗き込んでいる。
 爛れた右手は既に元通り、綺麗に完治していた。痛みなどとうにない。
「もう大丈夫だよ。ありがとう」
 ナハトがそう言うのを聞くと、彼女はズレ落ちそうなビレタを正して柔らかい笑みを浮かべる。
「ごめんね・・・へたっぴで」
「そうでもないと思うよ。覚えたてでこんなに出来るんだから、僕よりはずっと立派だ」
 彼はそこで言葉を切り、殺風景な部屋に視線を移した。
 ナハトにあてがわれたのは屋根裏の二部屋のうちの一室である。間取りや家具の配置は二階の部屋と変わりはないらしいかったが、
さすがに机と椅子とベッドのみというのは、あまりに質素な印象を与える。
 どれもが色褪せ、何故か物悲しく思えてならないのは、ただのセンチメンタリズムだろうか。
 酷使した筋肉が悲鳴を上げるのを無視してベッドから降りると、ナハトは下手の片隅に置かれた机に手を伸ばした。
 なんとなく、引き出しの中身が気になったのだ。
「か、勝手に開けていいのかな」
「大丈夫」
 根拠もなしにロッテに言い切ると、ナハトは埃の詰まった引き出しを開けた。
 木材が軋み、中の紙の束が露わになった。何かの書類だろうか、とナハトが手を伸ばすと、なんとも言えない古い紙とインクの匂い
が満ちる。いくつかの便箋も見つかり、この紙の束が手紙の下書きなのだと気付く。
 下書きは途中で切れていたり、一文字二文字で終わっていたりと、書き手の几帳面さを現していた。
 ナハトはそんな書き手に共感を覚えながら――彼も筆不精だからだ――ふと、最後まで書かれた下書きを見つける。
「マリーベル=スヴェン」
 この部屋の持ち主だった人物だろうか。
 書面の隅に書かれた署名を、指でなぞってみる。不思議と、悲しくなった。
 ハラハラしながら見守るロッテを横目で見ながら、ナハトは下書きの下に写真立てが倒れているのに気付き、手に取った。
 魔力で感光させて撮影する写真の技術は、今ではそう珍しくもない。それでも興味をそそられたのは、酔狂な家主のせいかも知れな
かった。
 薄いガラスの向こうで、写真に写った四人の人物が各々にこちらを見つめている。
 まず目に入ったのは、骨太と言ってもいいかもしれない体つきに堅牢な鎧を纏った大柄な老人だ。騎士のようだった。
 次に、長身で煙草を咥えた少年。これは、紛れもなくグレイだった。当時も今と同じ、ワイシャツにジーンズといったスタイルだっ
たようだ。足元にはカートが転がっている。
「絶対、グレイさんだ。これ」
「ちょっとだけ若いね」
 覗き込んだロッテも、ナハトと同じように可笑しくなって笑った。目つきが全然今と変わっていないからだ。
 しかし、そのグレイが羽交い絞めにしている黒ずくめの白髪の少年を見た途端、ナハトは息を呑む。
(この人・・・ルークさん・・・じゃないか)
 ティータとルイセの様に漠然と感じる、という次元ではない、全くの同一人物だ。
 他人の空似というのもあり得ない。彼の鋭い眼光と独特の冷たい雰囲気は、おどけているはずのこの写真でも伝わってくる。
 最後に、四人の隅にちょこんと立っているアコライト姿の少女。これがマリーベルだろうか。
 写真の裏に「父とアルバート、グレイ」という丁寧な文字と共に日付が書き込まれているのを確認すると、ナハトは写真を元通りに
写真立てに入れて引き出しへ仕舞った。
 それから海東剣を見やり、黒髪の少年は大きな溜息を吐いた。
 皮肉なものだ、と思う。
 どういう経緯なのかは分からなかったが、ルークはアルバートであり、ここの家主でティータの保護者なのだろう。
 彼とは一度共闘した。しかし確かに敵側の人間である。その彼が、こんな形で再び助けてくれようとは。
「皮肉も、いい所だよ・・・ほんとに」
 その呟きに、ロッテは訳の分からないといった顔でナハトを見るのだったが、少年はそのままベッドに倒れ込み、やがて目を閉じた。
154('A`)sage :2005/06/13(月) 16:43:10 ID:7ygId0T6
 人の願いというものは、必ずしも幸せにありうるものではないと彼は今更に考えていた。
 失われた多くの仲間や愛していた人々の顔を思い浮かべる度に、古傷は何かを語りかけてくる。
 それらは怨嗟や無念が多くを占めている。或いは、それは彼自身が思い浮かべた単なる妄想、若しくは自分への呵責かもしれない。
 クリスレット=カーレルヘイムは自覚しながらも、その声に耳を傾け、静かに目を閉じていた。
 ―――戦いは既に始まってしまっていた。
 アウル。
 かつて肩を並べて戦ったその青年が起こした争乱からか。
『・・・違う。全ては一つの戦いだ。あれよりもずっと昔から、私達は戦い続けていた。そうだろう、クリス』
「分かっている。分かっているつもりだ、ベルガモット」
『私達の願いは一つに帰結する。"彼女"がそう言った。だからお前は戦い続ける事を選んだのだろう』
「・・・そうだ」
『ならば思い出せ。我々の古き誓いを』
 かつての戦友の声は語る。淡々と。
 彼は死んだ。守るべきものを守るために、過去よりも大事なものを続く者へ託す為に死んだ。
 だから、これはクリスレット自身が自分に言い聞かせているだけの幻聴に過ぎない。分かってはいた。
 やがて彼の部屋に若い騎士が入って来た。
 騎士は命じられた調査の経過を報告し、最後に敬礼すると早々にクリスレットの自室を後にする。
「やはり・・・か」
 もたらされた新しい情報と、自らを狙ってきた暗殺者達が持っていた書簡とを照らし合わせ、
 クリスレットは深い溜息と呟きを漏らす。
 そして何かを決意したように手近の引き出しを開けて、古い写真を取り出した。
 そこにはかつての戦友達が居た。仲睦まじく肩を組む二人の騎士と、それとは対照的に睨み合う二人のクルセイダー、薄ら笑いを浮か
べたウィザードの女性、そして、中央に立つ美しいプリースト・・・。
「何度繰り返す・・・この構図、この宿命・・・」
『我々が断ち切るのだ、クリス。引き裂かれた彼女の無念を、悲願を果たすのだ、クリス』
 その為に、様々なものを犠牲にしてもか?
 クリスレットは出かかった言葉を飲み込み、写真を元の引き出しに戻す。
 時間の流れは残酷である。写真の様に永久にそこへ留まっていられたなら、新しく芽吹いた若い風も知る事なく居られたものを。
 しかしその誓いは、彼らが生まれるよりもずっと昔からクリスレットを導いてきたのだ。
 もはや、道は一つだ。
「すまない」
 誰にとでもいうわけでもなく彼は謝罪の言葉を口にした。
 その背後で扉が音もなく開き、使者たるシュバルツバルドの賢者が姿を現す。
「やあ、決心はついたかい?マスターナイトさん。手紙の返事を聞かせてもらうよ」
「趣味が悪い事だ。懐柔しようとするなら最初から只の使者をよこせば良いだろう」
「指導者の意向でね。死んだのは僕の部下って訳でもないし、知らないよ。それで、返事は?」
「・・・フロウベルグに伝えろ。私も行くと」
 クリスレットの苦渋の返事を聞くなり、セージは歪んだ笑みを浮かべて歓迎の言葉を口にする。
「ふふ・・・ようこそ"八架"へ。貴方を歓迎するよ」
 振り返ったクリスレットはこの瞬間から、自分が見守り続けていた若者達と敵対する立場に立ったのだという事を自覚し、まるで
悪役のようだな、と自嘲めいた笑みを浮かべたものだった。


 日差しの強い中を、堅牢な門をくぐったその少女は早足に歩き出した。
 軽く走るように進む少女の背で、長い金髪とリボンが陽光に揺れる。
 ふと、少女は思い出したように足を止め、後をゆっくりついてくるウィザードハットの青年を振り返り、怒鳴った。
「シメオン!ちゃっちゃっと歩きなさい!」
 大音量のソプラノが響き渡る。額に汗を浮かべた青年はハットを脱ぎ、それで扇子の様に顔を扇ぎつつ、言う。
「私はインドア派でして。それに、貴女も私も怪我人だったかと思うのですが・・・」
「うっさい!ガタガタ言ってると足ぃ切り落とすわよ!?」
 少女は物騒な事を臆面もなく言い、腰に帯びた刀の柄を握る。
 どうやら本気のようだった。
「はぁ・・・それは嫌ですねぇ。一応まだ二本足でいたいですし」
「両足!」
「な、なんとまぁ・・・やれやれ・・・困ったレディだ」
 どうでも良さそうに言い、ウィザードの青年は微かに左右で色の違う眼を細め、足を速めた。
「ちょっと歩いたくらいで息が上がるモヤシ君よりマシよ」
 そんな彼の前で金髪の少女はくるりと身を翻し、真夏の魔法都市を見下ろす。
 その様は、どこか懐かしげであり、楽しげでもある。
「・・・・・・ゲフェンかぁ」
155('A`)sage :2005/06/13(月) 17:00:31 ID:7ygId0T6
こんばんは、投下です。
雑事に追われているうちになかなか時間が取れず・・・間隔が開いてしまった事をお詫びします。

>>113
いつ終わるか分からない人ですが、私もそういった競作やリレーはとても良い事だと思います。
始まったら読んで楽しむでしょうし、参加も・・・したいですね。無理でしょうけどorz


では、また。
156105sage :2005/06/13(月) 21:37:45 ID:zRjOeSkM
気づけば良作がざくざく……
しっかりスレ、動いてますね。よきかな、よきかな(*´д`)
点呼してくれたみなさまに感謝。

> 我が名は…
赤い肩をしたレイドを探しに行きたくなりました……

> Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"
文体が好みです。読みやすくて、素直にお話を楽しめる、理想な感じ。
続きが楽しみです。


リレーのルールとかは考えてみたのですが、面白いのかなぁ、と普通に悩んだり。
というか、リレーで考えています。何故か。誰も参加しなくても、一人で続けられるから……
157名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/15(水) 01:39:31 ID:OPl8J.KU
溜まってたの一気に読んだんですけど、感想短くレスにするのってムズカシイですねorz
とりあえず全部楽しく読めました、ありがとう!

>おかえりなさいな方々
おかえりなさいませ。

>連載物の神様方
毎回楽しみにしてます。頑張ってくださいまし。

>我が名は…の方
レイドカコよかったです。決め台詞とかとくに。

競作もネタだけでも投下してみるのはどうでしょう。
書いてくれる方がいたらいいなぁ、程度で。
最低でも2人いないと競作って感じはしないかもですが・・・。
当方も食指が動けば(?)時間あるときに何か書きたいとは思っていますよん。
158名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/15(水) 18:06:28 ID:cBshXPNI
やばいなぁ続きがすげぇ気になる。
159('A`)sage :2005/06/15(水) 18:54:26 ID:YafG9r6k
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 男は黙って煙草を咥え、立ち上る紫煙を見据えて座っていた。
 だらしなく全身を弛緩させてソファーにもたれる格好は、多分にモンクの少女を苛立たせていたが、男は全く気にしなかった。
 リビングの向こうからは、人数分の献立を考えながら掃除をする少女の鼻歌が聞こえる。
 男・・・グレイ=シュマイツァーはその歌を正直に下手糞だと思った。
 ここの家主であり、彼女――ティータの保護者であるグレイの親友。彼がティータを置いて姿を消したのは、つい半月ほど前の事だ。
 グレイは愛妻の待つアルデバランに行商から帰る途中に通りがかり、当面の煙草代と引き換えに留守を預かった。
 家主が何処へ行ったも、いつ帰るかも聞かなかった。彼はグレイが心配する程度の男ではないし、その必要もなかったからだ。
 だが、蓋を開けてみればやはり厄介事だったのは間違いない。
 グレイは目の前に立つモンクの少女をどうでもよさそうに眺めながらそう確信した。
「聞く気があるんですか?」
 やや怒気の混じった声色で言うも、この美しい少女の顔は感情の起伏が全く感じられない。
 もしかするとこれが怒った顔なのかもしれなかったが、それもやはりどうでもいい事である。
「さぁね・・・ま、もし聞く価値がある話ってんなら聞こうじゃないか」
 グレイは退かず、また押す事もせずに平坦な言葉を返す。
「だが、あんたはそういう話をするつもりがない」
「何故・・・そう思うんです」
 ふと、少女の表情に変化があった。僅かな変化だった。
 慣れているのだろうか、とグレイはつまらない勘繰りをしてみるも、嫌な想像ばかりが過ぎったのでそこで思考を中断し、
「嘘吐きの匂いがするからな」
 話を切り出す前から一蹴されるとは思っていなかったのか、少女は初めて驚いたような表情をして閉口する。
 所詮はまだ子供である。グレイのように、日々を騙し騙されるのが当然の世界で生きているわけでもないだろう。
 いかに訓練されようと、そういった類の経験や勘はそうそう身につくものではない。
(・・・嫌な眼だ)
 グレイは悔しそうに沈黙する少女の顔を見て、心の中で吐き捨てた。
 誰かに生きる道を決められた人間の眼。機械的に目的を遂行するために作られた人間の眼だ。
 グレイはかつてそんな子供達を大勢知っていた。だが、今では片手の指で事足りる人数しか生き残ってはいない。
「宿を貸して頂けるのは感謝します。ですが・・・」
「ああ、関わる気はないさ。あんたらが何処の何様だろうが関係ない」
「・・・そうですか」
 少女は一礼して階段の方へ歩き出す。連れの剣士の少年とアコライトの少女の所へ行くようだった。
 少年は―――確かナハトといっただろうか。
 あの少年は何かが違う。腕も心も未熟ながらも確かな信念を感じる。あの年頃で抱くには早過ぎる程、揺るぎない信念だ。
 もう一人の少女は地味で、消え入りそうなくらい存在感が薄い。
 影を背負っているようにも見えたが、明確な意思が感じられない。市井の娘か、その辺りだろう。
 彼らが同行している理由は分からなかったが、どのみち決して良い事ではないに違いはない。
 生きる世界が違い過ぎるのだ。
「・・・残酷だな」
 上手に嘘がつけるよりも、下手糞でも歌が歌えた方がいい。
 グレイはそんな事を考えながら、煙草の灰を灰皿へ落とした。



 『恐れという名の試練 4/5』


 焦燥に似た感情が強くなっていくのを、ゲフェンに至るまでの道のりでも感じていた。
 確実に目的の成就へ近づいて行くにつれて、逆に、訳の分からない苛立ちや焦りが増大していく。
 サリア=フロウベルグはその理由を自覚してはいなかった。
 城を出たのに後悔はない。
 "父親"の計画に乗ったのも後悔していない。
 その為に生まれ、その為だけに生かされてきたのだ。
 だから自分は、最も愛しい人間の策略・・・それも、最悪の手段で殺されかけている。
 現に"あの愛しい彼"は単騎能力最強の配下であるエスリナ=カートライルを差し向けた。
 彼自身が保護せよと命じても、それを無視してサリアを殺すかもしれないと知っていて。
 彼女にとって"最も愛しい彼"はとうに自分を生かすつもりがないのだと、サリアは気付いてしまっていた。
 城に半ば幽閉という形で保護され、疑心暗鬼になっていた彼女がそう確信してしまった時、あの魚人騒ぎである。
 ナハト=リーゼンラッテがあの時城に乱入しなければ、魚人を退けたとしてもあのまま捕まって殺されていただろう。
 最初は彼も父親の側の人間かと思ったが、実の所は全く無関係だった。
 不思議な少年である。
 ふと、何故今更こんな事を考えるのか疑問に思った。しかし、自問してみると意外と答えはあっさり見付かる。
 そういえば、明後日だ。
(それまでに・・・決着をつけましょう、ヌーベリオス)
 サリアは冷たい笑みを浮かべてナハト達の居る部屋のドアを開けた。
 そこでは黒髪の少年がベッドで大の字に寝ており、傍らでは椅子に座ったままで、新米アコライトが眠りこけている。
「・・・余程、疲れていたんですね」
 思わず噴き出して笑ってしまう。
 サリアはそれを打って変わったような穏やかな眼差しで見つめてから、静かにドアを閉めたのだった。

160('A`)sage :2005/06/15(水) 18:55:37 ID:YafG9r6k
暑い。
 壮絶な真昼の日差しを見上げつつ、心なしかしなびた赤の髪をかき上げる。
 じっとりとした手応えに、エスリナ=カートライルは早々に風呂に入る事に決めた。
 ウィザードの衣装であるローブはとんでもなく分厚過ぎる。術の反動や機能性を考えると妥当なのだが、いかんせん季節を選ぶだろう。
 暑ければ脱げばいいとは言え、その下は何故か太股が露出するほど布地の少ない、まるで水着の様な服だ。
 この衣装を考えたであろうウィザードギルドを壊滅させたくなる。市井の冒険者はまだしも、正規の軍人であるエスリナはそんな格好を選
ぶわけにはいかない。苛立つ。それでも派手に軍服や宮廷魔術師の衣装を着るわけにもいかない。秘匿すべき任務だ。目に付くのは良くない。
 ああ、しかし、逆にこの格好の方が目立たないだろうか。現に横からルークが珍しげに観察している。見たいのか、それとも珍しいだけか。
 見たいならそう言えば良いが、少し情緒というものが欲しい。物珍しさだけなら殺す。灰にしてやる事にする。いや、しかしそれは困る。
 困る?何故困る。そうだった。今は任務中だ。こんなのでも居ないよりマシだろう。それだけだ。そうに違いない。
 ・・・暑さで思考が定まらない。
 とりあえず、赤毛のウィザードは自分より二回りも身長の高いその騎士をおもむろに殴り飛ばす事にした。
 ルーク=インドルガンツィアはあくまで真面目な顔で覗き込んでいたのだが、しかし、お構いなしに顔面にエスリナの拳をめり込ませると、
きりもみしながら吹っ飛んでゲフェンの整った石畳の道にキスする。
 悲鳴を上げる暇もなかったらしい。全く動かなくなった白髪の騎士を見やりながら、エスリナのお供であるアーチャーの少女は合掌した。
「成仏してください」
「あ、ああ・・・っ・・・か、かゆ・・・かゆいっ」
 見るからに異様な白い仮面を被ったプリーストは、どうやら仮面の下が蒸れて痒いらしく、しきりにもがいている。
 エスリナは二人から視線を外し、町並みを見下ろした。
「あ、暑い・・・」
 炎天下のゲフェン。こんなに暑い街だっただろうか、とエスリナは記憶の糸を手繰り寄せる。
 魔法の修練で何度も訪れた街だ。地理や天候に詳しいわけではなかったが、それでもこんなには暑くなかった気がする。
「夏場はな」
 いつの間にやら復活したルークが言うのを聞き、だらだら流れる汗を拭いもせずにエスリナは振り返る。
「アルデバランの方はそうでもないが、ゲフェンはこんなもんさ」
「・・・いやに詳しいな、ルーク・・・お前はアルベルタの出身ではなかったか?」
「ん?あぁ、放浪が趣味でね」
 曖昧に流し、白髪の騎士はそっぽを向く。明らかに誤魔化されたが、追求しても無駄のようだ。
 エスリナは手近なベンチにべちゃりと座り込み、威力調節をしたコールドボルトを詠唱して冷気を纏う。
 涼しい。
 こういう状況では便利な芸だった。暑さが大の苦手である彼女は、相当な苦心の末にこれを編み出していた。
 魔力の消費が勿体無いので余程ではない限り使わないのだが、暑さで思考をやられるよりマシである。
 頭が冷えてきたのを確認し、エスリナは一行を見回して告げた。
「さて諸君、ゲフェンだ」
「・・・そりゃ見たら分かる」
 醜態晒しといて何言ってやがる、とルークが茶々を入れるのを無視してエスリナは続ける。
「我々はここで何としてでも事態を収拾しなくてはならない。具体的には明後日までだ」
「はーい、質問でーす」
 澄んだ声でアーチャーの少女が手を上げる。
「何だ、レティシア」
「明後日に何かあるんですか?」
「・・・そういえば、レティシアさんは知らなかったね」
 "壊れた"左腕をぶらぶらさせつつ、仮面のプリースト・カルマは面白そうに呟く。
「サリア=フロウベルグとヌーベなんとかの結婚式だろ?確か」
「ヌーベリオス=カエサルセント公だ!名前くらい覚えろ、このマヌケがっ!」
 エスリナの放ったコールドボルトに再び吹っ飛ぶルーク。レティシアも今度は完全に無視して驚いたような顔をしてみせた。
「結婚なさるんですか?カエサルセント公」
 プロンテラ軍の所属である彼女達から見れば、彼は統率者である。
 エスリナは勿論、下士官のレティシアでさえ名前も顔も見知っていた。
 貴族の人間にしては珍しく強力な騎士であり、人間的にも成熟した立派な指揮官である。
 軍の北伐では北の魔王と称されるバフォメットと渡り合い、魔族の軍勢を圧倒して凱旋した英雄的な人物でもある。
 レティシアから見れば高嶺の花もいいところであり、かといって憧れなくもない男性の筆頭だ。
「する予定だったらしい」
 苛立ちを隠さずに、エスリナが言う。彼女もその一人だったようだ、とレティシアは認識する。
「そんな状況でないとは思うのだが、公の名声に関わる。婚約が反故なら反故で明確な理由と結末が必要だ」
「なるほど」
 さすがにレティシアにも読めた。
 要するにカエサルセント公が振られっぱなしではかっこ悪く、更に振られた相手が犯罪者なのかどうかの瀬戸際だという事だ。
「以上の理由からさっさと花嫁をとっ捕まえなければならない。各自で手分けして情報を収集してくれ。その方が早い。何か分かったら念話で
連絡を。一人で突っ込むなよ」
 一見ふざけてはいるものの、このメンバーはそれなりのプロである。
 言われるが早くカルマの姿はなく、レティシアも敬礼して早々にゲフェンの往来に消えていく。
「・・・ふう」
 エスリナは深い溜息を吐き、いよいよベンチにもたれ掛かる。
 実の所、状況は悪化の一途を辿っていた。首都を出て以来、クリスレットとは連絡がつかず、騎士団からも連絡がない。
 ヌーベリオスとも最初の密命を受けた時きりだ。恐らくは例のカピトーリナでの一件に追われているのだろう。
 仕方なくゲフェンに駐留している騎士団員を動員して門を封鎖したのはいいものの、成果はゼロだ。
(これで奴らがゲフェンに来ていなければ・・・もう間に合わんな・・・)
 失態である。後悔ばかりがエスリナの脳裏を過ぎった。
 自分は何を間違えたのだろう。
161('A`)sage :2005/06/15(水) 18:56:04 ID:YafG9r6k
「なんつー思い詰めた顔してやがるんだ」
 見れば、呆れ顔のルークが隣に座っている。一瞬、また魔法で吹き飛ばそうとも考えたが、どうせ無駄だろうと思い直す。
 この軽薄な男を本気で痛めつける気も起こらない。
「お前には分からん」
 なので言葉で突っぱねる事にした。これ見よがしにそっぽを向いてみせる。
「そうか?」
 しかし、ルークは曖昧に苦笑してゲフェンの塔を眺めるように見やるだけだった。
 気安い慰めも言わず、安易に話を聞こうともしない。無視された形になり、エスリナは無性に苛立ってしまう。
 が、
「もうすぐ終わるさ」
 ぽつりとルークが言うのを、エスリナは聞き逃さなかった。
「どういう意味だ?」
「・・・ここで俺達がフロウベルグを捕まえても捕まえなくても、もうすぐ終わる」
 あまりに曖昧な言葉に、ウィザードの少女は怪訝な顔をする。
「何か・・・知ってるのか」
「確信がない事は言えないが」
 ルークは言葉を切り、眼を細めてエスリナを見る。
「だが、もし俺が考えてる通りの結末になったとしたら・・・どうしようもない事だ。俺達がいくら頑張ってもどうしようもない」
「・・・ルーク?」
 エスリナはこんなルークを初めて見た。いつも飄々と、どこか余裕を持って喋る男の筈だった。戦いの最中でも、窮地に立たされても、それを表
に出す事はしない・・・そんな男の筈だった。
 エスリナはそれを冷たいと感じていた。
 最初の頃はその胆力に舌を巻いた事もある。実力も伴い、認めても良いとさえ思っていた。
 それが、今ではこの上なく不快だった。彼とあった頃からの不快さの理由は、突き詰めていけばそこにあった。
 この男は誰も傍に置くつもりがない。肩を並べて戦えど、対等には見ていない。その視線は、もっと別のどこかに向けられている。
 あの金髪の女騎士と同じように・・・眼中に自分の姿がないのだ。
 エスリナはそれを無意識に感じていたからこそ、彼に暴力的に振舞ったりした。
 それは――あまりに子供じみた抵抗だった。
 恐れでもいい。憎しみでも嫌悪でも構わない。ただ自分を見て欲しかった。それだけだ。
(・・・認めたくはないものだが・・・)
 だが、それに気付いてしまった。気付いてしまえば、それはもう国の行く末や平和などよりもずっと重大な問題になってしまっていた。
 或いは、ずっとそう思っていて気付かないふりをしていただけかもしれなかった。
「ま、それはそれで・・・少佐殿がこの憎たらしいツラをもう見ずに済んでせいせいするだろうけどな」
 ルークはそこでいつもの軽薄な騎士の顔に戻る。わざとらしく笑ってみせ、殴られるか吹き飛ばされるか焦がされるかを待っている。
 それに乗ってやるのはなんだかとてつもなく悔しい気がしたので、エスリナは黙って座る向きを変える。
「・・・ん?」
 怪訝な顔をするルーク。彼女は何も言わず、思い切り彼の肩に倒れ込んだ。
 頼りがいのある大きな肩に、遠慮なしに寄りかかる。
「な、なんだ、具合でも悪いのか?」
「・・・」
「風邪か?カルマを呼び戻した方がいいなら俺が・・・」
「・・・うるさい。偽装だ。少し黙ってろ」
 言われ、ルークは押し黙った。視線はどこかを泳いでいる。第一、プリーストでも病気を治すことは出来ないだろうに。
 そう、黙っていればそう悪い男でもないのだ。エスリナは自分でも分かるほど顔を赤くしながら深くそう思った。
 そして、今はもうそれ以外のことを考えるのを放棄し、ただ黙ってこうしている事に決めた。
 炎天下で真面目に仕事をしているであろう二人には、悪いと思う気がしないでもなかったが。
162名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/15(水) 23:13:18 ID:T4QCf3Ak
旧キャラの魅力を損なわず、
それでいて新キャラも生き生きしてる。
ここら辺のバランスは凄いなぁ。

エスリナ可愛いよエスリナ。
163なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 14:47:08 ID:/LZwqOeA
狭間で踊る奴ら

剣は惹かれ合う?


「君の初任務が決まった。標的はこの人物だ。期待しているよクラウド君」
「…」

渡された書類には一人の騎士が描かれていた。下には名前、所属、得手等の情報が羅列されている。
俺はそれに目を通してから机の上でゆらゆらと揺れる燭台の火にかざす。
瞬く間に燃え上がるその書類を傍らに置いてある灰皿の中に放る。
燃え残りに文字や絵が残っていないのを確認してから踵を返す。
標的の情報を入手したなら、後は実行あるのみだ。
その様子を見て満足そうに肯くギルドマスターの気配を背中に感じながら俺は部屋を後にした。

俺はクラウド。先日アサシンになり、今初任務を受けた所だ。
何の任務かって?アサシンというのは暗殺を生業とする者の事だ。人助けなどである筈も無い。
ギルドを出た俺の背後に静かに寄り沿う人影。俺は振り向く事なく独り言の如き呟きを漏らす。

「任務だ」

柔らかい女の声がその呟きに答える。

「そうですか。転職間も無い貴方に任務が下るという事は、期待されていると言う事ですね」

確かにそれも一つの見方なのだろう。だがこの任務には別の可能性も秘められている様な気がする。

「ふっ…だといいがな。捨て駒にされるのかも知れんぞ」

在り得ない話ではない。対象の暗殺が難しいと判断された場合は特に。
命を餌に対象の隙を作る役割…それが俺ではないとは言い切れないではないか。
だが、女は至極簡単に言ってのけた。

「それでも無事に生き残って任務を果たし、優秀だと認めさせれば良いだけですよ。
優秀な人材を捨て駒には使いません。他にいくらでも使い道がありますからね。
そして、貴方が優秀な事は私が良く知っています。貴方が恐れる必要はどこにもありません」

心の何処かにある不安、恐れ…そういった要素が遠ざかっていく。この女の声は俺を安心させる。
そうとも、何を恐れる必要がある?任務を遂行する、ただそれだけの事だ。
標的は騎士。現在はグラストヘイムへ討伐任務の為出征中。モンスターの仕業に見せかけて殺す。
急いで標的に追い付いつかなければならない。
ギルドからモロクへ戻った俺達はカプラサービスを利用し、ゲフェンへと転移した。
164なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 14:49:32 ID:/LZwqOeA
無意識の内に手を伸ばし、寝る前に枕元に畳んで置いておく服を取…手は空を切り、意識が覚醒した。
慌てて周囲の様子を探る。見た事も無い部屋だ。寝台と、机、椅子、箪笥。
必要最低限の家具は置いてあるが、私物は全くと言って良い程見当たらない。
ついでに言うと、生活の場である、という雰囲気が殆どない、そんな部屋。
今まで寝ていた寝台から上体を起こしたものの、状況の把握が出来ない。
思考停止に陥りそうな頭を振り絞る。僕は何故、ここで寝ていたのか?
そうだ…故郷を失って、旅立って、別れて、襲われて、助けられて…また襲われて、記憶は途切れた。
…僕の荷物は!?
僕の拠り所、一人おめおめと逃げ延び、生き延びなければならなかった…一族の宝。
慌てて体を探る。やはり見た事も無い寝巻きに着替えさせられてはいるが、内懐にその小瓶はあった。
しげしげと眺めて意識を手放す前と寸分違わぬ事が確認できると、思わず安堵の溜息が漏れた。
改めて懐に小瓶を忍ばせ、寝台を降りた時に、扉がガチャリと音を立てて開いた。
驚いてそちらに向き直ると、僕を助けてくれていた少女が手にお盆を抱えて立っていた。
目を引く巨大な鎌は持っておらず、服装も一見するとそこいらを歩いている女性と区別がつかない。
…少なくとも僕には、だけれど。人間の基準で物事が見えている、と言いきれる自信はないから。

「あ、良かった。目、覚めたんだね」

そう言って少女が僕に笑いかける。

「キミ、矢に塗ってあったらしいアヤシイ薬品にやられて倒れちゃって10日も寝込んでたんだよ。
具体的にどんな薬品だったのかは結局わかってないんだけど…もし毒だったらお手上げだったよ。
あたし解毒なんて出来ないからねー。
だめもとーってキュアかけてみたら少しは効果あったみたいでほっとしたよ。
…憶えてはいたんだけど他人に使ったの自体初めてだったから結構不安だったしね」

明るくさらりとそう言われても…最後のくだりが微妙に引っかかるのは気のせいだろうか。
ま、まぁいいか。恩人である事には変わりないし、悪い人では無さそうだし。

「ここは、どこですか?」
「ゲフェンの宿屋。気を失ったキミを抱えて追っ手を振り切ってここまで来るのは大変だったんだぞ」
「…感謝していない訳ではありませんが、頼んだ訳でもないのに恩に着せられるのは嫌です」
「あはは、そりゃごもっとも。そう真剣に取られるとちょっと困っちゃうけどね」

お盆を机に置きながら答える少女。その仕草からは気分を害した様子は伺えない。
…口にした後から怒らせてしまっただろうかと勘ぐるのは僕の悪い癖だ。
気にするなら初めから口にしなければ良いのだろうが…嫌な事は嫌、納得出来ない事は納得しない。
今までそうやって来たのだし、恐らくこれからもそうして行くのだろう。

「貴方は僕の事を存じておられる様子ですが、僕は貴方の事を知りません。教えて頂けますか?」
「うーん…言ったかも知れないけどあたしがキミについて知ってる事も多くはないよ。
キミがエリクサーを護っている魔族の一族の一人だって事くらいなんだよね。
実はキミの名前も知らないし。あ、だからあたしにも教えてね?
あたしはササメ。一応、なりたてだけどクルセイダーだよ」

それを聞いた僕は警戒心で体がこわばるのを感じた。
クルセイダーは『聖戦に備える者』であり、『魔を敵とする者』である、と初心者修練場で聞いた。
つまり彼女にとって、僕は敵ではないのだろうか?やはり、彼女は僕を騙している…?
いや、殺す事も、瓶を奪う事も簡単だった筈のこの状況で僕を騙す必要はないだろう。
それなのに僕を助けたという事は彼女はやはり僕の敵ではない、のだろうか…?
ここで考えても仕方が無い。騙されているのなら、それは見抜けない僕が馬鹿だったというだけの事。
わからない事は全部尋ねてみた方が良いだろう。

「クルセイダーは『魔を敵とする』と伺っておりましたが…僕が魔族である事を知っていて、何故?」
「信心深い人がクルセイダーになったらそうかも知れないね。でもあたしには別の目的があるから。
それに、人だとか魔だとか、それだけで敵か味方かって判断する事じゃないって思うよ。
人間同士なら全員が分かりあえる味方なのかって言ったらそうじゃない。
逆に言えば、魔族だからそれだけで全員敵とは限らないって事じゃない?
もっと個人的な問題だと思うんだよ。要するに…性格なんじゃないかな。敵か味方か、なんて。
魔族だったのかもわからないんだけど、少なくとも人間じゃないって奴に命を救われた事もあるしね」
「では、何故僕の一族の事を存じておられるのです?」
「エリクサーを探しているある集団があって、彼等はどうやってかキミ達の存在を見つけたんだ。
そこからの命令で十字騎士団の一部隊が派遣されたって聞いて、あたしもそこに行ったんだよ。
でもあたしが辿り着いた時にはもう、全てが終わっていて部隊は引き上げていたの。
あたしは生存者がいないかと探して…一人だけ、見つけたんだ。
既に瀕死の状態で、あたし程度の治癒能力じゃ救けられなかった。
彼はエリクサーを一人の少年に託した事をあたしに話してくれて…そして息を引き取った」
「その、『ある集団』というのは?」
「まだ他人に話せる程の情報…その確証が得られていないから、説明出来ないんだ…ごめんね」
「何故、謝るのです?」

少女は何度か躊躇しながらも口を開いた。

「あたしがもっと早く到着していたら…違う結果になっていたかも知れないから。
それに…人間が、自分達の為だけにキミ達に刃を向けた事。謝って許して貰えるなんて思わないけど。
同じ人間として、謝罪しなければならないって、思うから…だから…」

話している内に感情が昂ぶって来たらしい。所々声を詰まらせながらそう言ってうつむいた。
改めて故郷を思った。永遠に失われてしまった、遠い場所を。胸の奥がズクン、と重くなった。
僕は…この少女を責めてもいいのだろうか。
どうやら、少女は僕にその権利があり、自分にそれを受け止める責任があると考えている様だ。
胸にわだかまっている何かをこの少女に向けて放つ。多分、酷い言葉で少女を罵る事になるだろう。
そうしたらこの胸の重みは取れる…少なくとも軽くなるのだろうか。少しでも楽になれるのだろうか。
口を開いた所で、一旦別れた人間の少年の言葉が頭に浮かんだ。

『だからって、関係ないおじさんを恨むのが筋違いだって事も、わかってるつもりだぜ?』

…そうだ。話が本当なら、目の前に立つ少女が実際に村を襲った訳じゃない。

「貴方が実際に襲撃に関わったのならば僕は貴方を責めます。けれどそうではないのでしょう?
ならば貴方が謝罪する必要も意味もありません。
先程貴方自身が言った事です。個人の問題であって、種族の問題ではない」
「でも…!」
「僕を助けてくれた理由は、その感情ですか?」

すん、と鼻をすすって、幾分落ち着いた口調で答えてくれた。

「…それだけじゃなくて、お願いされたんだ。話をしてくれた、彼に。キミの事を護って欲しいって」
「わかりました。質問しておいて遮るのも失礼だとは思うのですが、この話は終わりにしましょう。
貴方を信じます。ササメさん…あ、僕の名前はレインと言います。それで、今後予定はありますか?」
「キミが安全な場所に行くか、一人でも大丈夫になるまで傍に居るつもりだったから特にないよ」
「そうですか。実は友人と『転職したらプロンテラで待ち合わせ』という約束をしていまして…
かなり時間を使ってしまった様なので、転職は後にして先に合流しようと思っているのです」
「そうだったんだ。じゃあ…とりあえずプロンテラまで行こっか。カプラ転送の方が良いかな」
「はい。ありがとうございます」
165なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 14:52:12 ID:/LZwqOeA
尾行するのに邪魔になると考え、待機を命じた女はしかし用意周到だった。
フリルドラの魔力の篭った装飾品を持って、きちんと俺の後を着いて来ている。
邪魔にならないのなら着いて来てもなんら問題は無い。
通称「監獄」…この場所はそう呼ばれている。
死んでも死にきれない亡者と死体にたかる蝿、地獄の看守やら獄卒やらがひしめく呪われた場所。
俺はそれらの邪魔者を切り伏せながら目立たない様に、標的の尾行を続けている。
標的である、ペコペコに乗り槍を携える騎士。他には徒歩で両手剣を背負う騎士と司祭。
それなりの腕はある様で、群がるモンスター達を易々と切り伏せていく。
返り討ちにあって自滅、という事はなさそうだ…討伐隊として選ばれた以上、当たり前なのだろうが。
モンスターの仕業に見せかけるのならば手段は二つ。
全員の気が逸れた瞬間にモンスターに紛れて標的のみを葬るか、全員の口を封じるか。
余計な手間を増やすのは面倒だ。標的のみ始末する手で行くべきだろう。
…そう思い機を伺う為に観察していると、妙に目を引くのは標的よりも徒歩の騎士だった。
まず、戦っていない。そもそも剣を抜いてすらおらず、傷一つ負っていない。
だからと言って安全な位置に居る訳でもない。
寧ろ積極的に敵が密集している方向へと進み、標的の槍の振るわれる位置にまで敵を誘導している。
同様に、司祭へと向かうモンスターも巧みに誘導している。一見すると遊んでいる様にしか見えない。
現に標的の騎士と司祭は「遊んでないで仕事しろ!」と怒鳴っている。
へらへら笑いながら「いやー、俺は旦那ほど強かないっすから」等と答えているが…
俺の勘ではこいつが一番の曲者だ。モンスターに紛れての一撃はこいつには見破られるかも知れない。
つまり、最良手は全員を始末する事だ。見破られる可能性はあっても戦いで負ける可能性は、ない。
それでも3人を同時に相手取る以上、より確実性の高い手段を選ぶべきだ。討ち漏らしは許されない。
待っているとその絶好の機会が訪れた。敵の大集団を相手取り、勝利し安堵の息をついたその瞬間。
俺は刃を解き放つ。刀身の目と口が開き、ずるりと伸びる。伸びながら三本に分岐する。
初めてこの剣を握った時とは比較にならない力が今の俺にはある。
刃を分岐させる事も然り、この三本に分かれた刃を別々に繰る事とて容易だ。
三人に向けて必殺の一撃を放つ。さあ、キモチイイ時間の始まりだ。
音も立てずに、獲物に跳びかかる蛇の様な動きで三人に迫る刃。
標的を、槍や鎧、ペコペコの背中の一部ごとえぐり取り丸呑みし、咀嚼する。やはり、ヒトは旨い。
哀れな鳴き声を断末魔としてペコペコが倒れる。標的には何が起こったか理解する間も無かったろう。
だが、食えたのは標的のみで、残る二本の刃から肉の感触は伝わらなかった。
徒歩騎士の動きが俺の予測を超えていた。
刃をやり過ごし、その勢いで司祭に体当たりをかけて芯を外し、即死から瀕死にまで引き上げたのだ。
上体を深く切り裂かれ、血反吐を吐いて倒れる司祭。即死は免れたとは言え、こいつはもはや無力だ。
姿を隠す必要はもうない。隠匿の技を解除しながら刃を繰る。
一本目で正面から足を、二本目で横から腕を、三本目で後ろから頭を、微妙に間隔を変えて襲わせる。
後ろに下がり一本目の刃を回避。二本目の刃を屈んで回避、そして態勢が崩れる。想定通り。
必殺の三本目は避けられまい。俺は次なる肉の味を楽しむ…事は出来なかった。
ガツンと鈍い音が響き、刃が止まった。いや、止められた。鞘から半分ほど刀身を覗かせた大剣。
回避不可能と悟った騎士が背中の剣を引き抜く事で後頭部を護り、俺の刃を止めた。
馬鹿な。鋼鉄の鎧だろうと易々と貫き噛み砕く俺の刃が、剣一本に阻まれるなど。

「やれやれ…こいつが騒ぐ筈っすね。こんな物騒なモノが傍に隠れてたら無理もないっす」

刃を元の形に戻し改めて構える俺に向き直り、背中の大剣をゆっくりと抜きながら呟く騎士。
一見するとカタナ。だが単なるカタナである筈がない。俺の刃を止めた事からも容易に推察できる。
さすがにこの刃を受けて完全に無事ではなかったらしく、一筋の傷が刀身に刻まれている…が。
その傷は見る間に小さくなり、終には消えた。
一点の曇りすら無くなった刃から、視覚で捉えられる程の殺気が黒い煙の如く噴出する。
…ドクン…
脈動が大きくなる。あれはかつて『最初の剣』を破壊した内の一本。今ここで破壊しなければ。
その為に我を含め三体の剣が世界に投入されたのだから。

「まさかこんな所で『創造種の剣』を見かけるとは思わなかったっすよ…参ったなぁ。
まだ『もう一本』が見つかってないっす…俺に勝ち目は無いじゃないっすか…」

独り言をブツブツと言いながら構える。相手も激しく震動している。
敵の思念が自分に伝わる。怨敵破砕。ただそれだけを延々と吐き出し続ける我が模倣の刃。

「まぁ…やるしかないっすね。トゥハンドクイッケン!」

騎士が風を纏う。俺が刃を振るう。野生動物の如く獰猛に吠えながら騎士の喉笛に食らいつく刃。
屈んで回避する騎士。上体を前に倒しながらたわめた膝を伸ばし、低い姿勢のまま俺に向けて駆ける。
伸びている刃の一部を騎士の進路上に導く。飛び込む事はなかろうが邪魔にはなる。
刃に至る直前で柄を地面に突き立てて停止、一瞬の停滞すら見せず左手側に垂直に軌道を変える騎士。
速い。あの速度では後ろから追わせても離されてしまう。一つでは捉えられない。刃を分ける。
一本は追撃させたまま、もう一本で進路を塞ぐ。まだ捉えられない。更に分ける。三本。四本。五本。
正面から、左右から、上から、後ろから。全方位攻撃。動きを止め周囲を探る騎士。
かわしようが無い事を悟った騎士が正面、俺に向かって駆け出す。喉を狙った刃を左の肩で受ける。
浅く食らいついた刃をその脅威的な速度で振り払う。代償は肩の肉。
普通であれば一瞬は動きが鈍るものだが、苦痛で顔を歪めながらもその速度は衰えない。肉薄。斬撃。
刀身が纏う黒煙が幾重もの刃の形を取り、明確な殺意を伴って俺に襲い掛かる。
殺気に反応するが故に幻惑されて本体を見失う。一瞬の隙。後方へ跳ぶ。間に合わない。
俺の右肩から鮮血が噴き出す。激痛。刹那、剣を握る手から力が抜ける。
上段からの斬撃。受けようと持ち上げた腕が思うように動かない。
166なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 14:53:55 ID:/LZwqOeA
ニクタイ ノ ソンショウ ナド モンダイ デハ ナイ
左腕を差し出す。実体を伴わない刃の群の中、実体を持つ刃が腕に食い込む。
肉を裂かれ、骨を断たれる。切断させた事により得られる僅かな鈍りと真の刃の軌跡。
得た瞬きの時を以って更に後方へ跳び距離を離しながら己が身を更に分け、間断無き斬撃を見舞う。
先の時より速く、動く暇は与えない。そして我が身は敵の目眩ましとは違い全て実体。
知覚を超える速度で振るわれる敵の身。受け流される。それは結界の如く。攻める我と守る敵。膠着。
均衡を破る一撃。分けた身の一つを、肉体の足元より地中を通し敵の足を裂く。
気を取られて出来た隙で全身を切り刻む。
分かれ過ぎ細くなった身では一撃は致命傷にはならないが我が身は現在十にのぼる。
血煙を噴いて沈み込む敵の肉体。敵は我が模倣である故に肉体の生命活動が停止すれば何も出来ない。
手からこぼれ落ちた敵の身に我が身を叩きつける。
増えていく損傷。簡単な事。再生能力があるならそれ以上の速度で破壊を与えるのみ。
世界を乱す要素を排除する役を担う我を破壊し得る物は即ち世界を乱す要素。欠片足りとも残さない。
止めを刺す為に分けた身を戻す。肉体の持つ動力源を極限まで絞り出し振りかぶる。振り下ろす。

「ヒール!ワープポータル!」

声が響く。傍に転がっていた敵の肉体が瞬時に動く。敵の身を手に取り引き寄せ、跳び離れる。
我が必滅の一撃は地面を陥没させるだけの結果となる。

「死に損ないが!」

最初に瀕死に追いやった筈の司祭が自らを癒し、騎士に治癒の技を施し、転移門を開いたのか。
あれを放置して回復されるのも、逃げられるのも厄介だ。

「お前の狙いは俺の筈っすよ!」

我が目線より標的を悟った敵の肉体が声を張り上げ、司祭に向かって駆け出す。
だが遅い。我は己が身を伸ばし司祭を一口のもとに食らう。絶叫を放つ時間すら与えない。
一気に全身を噛み砕き、咀嚼もそこそこに呑み込む。消耗した力が再び満ち溢れる。

「くぅ…そぉっ!!」

踵を返し、転移門へと走る。宿主では追えない速度であるらしいが、我が動きはあんなものではない。
易々と追いつき、背中に我が身を突き立てる。振り向いて我が身を受け止める。
すでに破損寸前であった敵の身が折れる。多少減衰したが肉体に届く。脇腹に食らいつき噛みちぎる。
我が身を蹴り、反動で転移門へと転がり込む敵の肉体。
敵の身は折れたが、まだ力を失ってはいない。やがて再生し、再び我と敵対するだろう。
そうはさせない。あれは完膚なきまでに破壊する。

「…逃がさん」

肉体を繰り、我もまた転移門へと飛び込む。
167なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 15:00:56 ID:/LZwqOeA
「…困ったねぇ」
「困りましたね…」

ササメさんと僕は現在建物の影から顔だけを出して広間を伺っている。
正確にはカプラサービスの一員が立っている広場の何箇所かを。

「見張られてるねぇ」
「見張られてますね…」

当然ながらカプラさんが問題な訳では無く、広場に点在している見た事のある人物達。
とりあえず見える範囲に騎士と狩人。間違い無く以前襲いかかって来た人達だ。
一応僕もササメさんに倣って服装を変えているし、ササメさんもあの目立つ鎌は持って来ていない。
ばれないかも知れないがばれるかも知れない。ちょっと賭けてみようという気にはなれない。

「うーん…東門の方に行ってみて、駄目そうだったら仕方ないから北門かな」
「お任せします」

ササメさんの意見に従って裏道を東門へと向かって歩き出した。
発見されていた可能性を考慮して後ろに注意を向けながら歩いていると、目の前に光の柱が立った。

「あ、転移門だね。出てきた人とぶつかるといけないから避けてね」

僕がその言葉で横に移動した直後、一人の騎士の男性が光の柱から転がり出た。

「ちょっ…酷い怪我!大丈夫?」

その騎士を見てササメさんが悲鳴に近い声を上げ、治癒の技の構えに入る。
折れたカタナらしき武器を手に持つ騎士の左肩と右腹部は大きくえぐれ、夥しく出血していたからだ。
だが騎士はその言葉には答えず、素早く周囲を見渡す。

「君達、ここは危険っす。早くどこか別の場所へ…!」

そう言いながら僕達をぐいぐいと元来た方向へと押し出す。

「ま、待って待って。そっちはダメッ…見つかっちゃうから!」
「ヤバイ奴が来るんっすよ!早く逃げ…っ!?」

突如、騎士が声を詰まらせた。何事かと顔を見ると、心持ち胸を逸らし在らぬ方向を見つめている。
騎士が見ている方向を見るべきか?と思った時、その口の端からコプッと音を立てて赤い泡が立った。
何が起こっているのか把握できずにただ見ていると、咳込む様に大量に吐血した。
その手に握られていた折れた武器が滑り落ち、カランと鳴る。
ぐらり、と前のめりに倒れる騎士。その背中に、何かがついていた。
転移門の光から騎士の背中にまで伸びている、まるで蛇の様な黒い『何か』
ズルリと騎士の背中から離れて血で真っ赤に染まった頭を見せる蛇…いや、それは蛇じゃない。
蛇の頭はあんなに鋭く尖ってはいない。まるで刃物の先みたいだ。それにあの口。
等間隔で並ぶ大きく鋭い牙で埋め尽くされた、肉食の獣じみた、けれど舌は無く空洞だけが広がる口。
赤黒い肉を咀嚼している。それが騎士の心臓である事がわかった。吐き気がする。
飢えた獣よりも凶暴な光を放つ、けれど無機質な印象を受ける目。その目と僕の目が合った。
後ろに下がろうとしたのは無意識の行動。けれど膝が…いや、全身が震えて動かない。尻餅を突く。
頭の中が真っ白になっている。理解出来ない物に対する恐怖。そして死の恐怖。
そう、それは濃厚なまでの死の気配を纏っていた。
猫が獲物に襲い掛かる様に、蛇が獲物に跳び掛かる様に、体をたわめる。
奇妙に間伸びした時間の中で、僕に迫ってくるそれを見ていた。
ずだんっ…と地面を踏みつける音。横から視界に飛びこんで来る拳。

「バッシュ!!」

それが僕に迫る死の形を殴りつける。ガツンと鈍い音。反対側の視界へ消える『何か』

「いっ…痛いたいったー!」

状況の変化に対応出来ずにただその方向を見る。
ササメさんが右の拳を左の掌で抱えてぴょんぴょんと飛び跳ねている。
あ、ちょっと落ち着いたらしい。涙を浮かべながら屈みこみ、右拳にふうふうと息を吹きかけている。
あ、僕の視線に気付いた。ぱっと立ち上がり、照れ笑いを浮かべながら言う。

「あ、あはは…素手でバッシュなんか撃っちゃいけないよねー」

いや別に僕は何も言ってませんが…と言おうとして、現状を思い出し慌てて視線を元に戻す。
あの妙な物は転移門の光へと後退している。
顔をこちらに向けたまま滑る様に下がっていく様は、はっきり言って不気味だ。
転移門の中から人影が現れる。妙な物は人影の右腕の辺りに消えた。
その人物が光から一歩出て僕の前に立つ。アサシンの格好をした…よく知った顔。
声をかけようとして気付いた。右肩には大きな切傷があり、出血し続けている。
腕は力無く下げられ、その指先には引っ掛かる様に一本の短剣が握られている。
そして左は上腕部の辺りで切断され、こちらも噴出こそしていないが今も出血は続いている。

「クラウド…?」

かすれた、小さな声しか出ない。目が合う。まるで物か何かを見る様な目で僕を見る。
既視感。無機質な殺意に満ちた目。クラウドが持つ短剣の刃が膨らむ。
刀身にぎょろりと目が開き、かぱりと口が開く。先と同じ形。
だが、大きさが違う。今度は人間の胴体を丸呑み出来そうな程太い。
それはまるで先程の再現。恐怖が僕の心を掴んで離さない。体が思う様に動かない。
ササメさんが僕とクラウドの間に入り、戦闘態勢を取る。僕を護ろうとしてくれている…?
無茶だ。あの武器だか生物だかもわからない妙な物は騎士の体を易々と貫き、心臓を食いちぎった。
ササメさんだってその位理解している筈なのに…怖くは、ないのだろうか?
けれど、僕の目に入ったササメさんの腕は細かく震えていた。考えるまでもなく当たり前の事だった。
武器も防具もない現状で、訳のわからない相手に立ち向かおうというのだ。怖くない筈が無い。
僕とそう違わない年齢の少女に護って貰うのか。冗談じゃない。自分の不甲斐なさに腹が立つ。
そうしたら、少しだけ体の震えが収まった。そうだ。僕だって何時までも呆けてはいられない。
何とか立ち上がろうと両の手を動かす。その手が何かに触れる。握る。
騎士が持っていた折れた剣だと気付く。引き寄せる。本来はノービスには扱えない両手剣。
だが刀身が途中で折れている為に僕でも何とか扱えそうな大きさ、重さになっている。
剣を支えに立ち上がり、構える。話しかけようとした矢先にクラウドが口を開いた。

「それを我に渡せ」

その目は僕に…僕の持つ剣に注がれている。凄絶な殺気。否と言ったらその瞬間に殺されそうな。
けれども僕は僕自身に向いていた怒りがクラウドに移っていくのを感じていた。
こんな剣の事はどうでもいい。僕は僕で言いたい事があるんだ。

「こんな所で何をしているんですか君は!?スノウとは一緒じゃないんですか!?」

クラウドが目を瞬かせた。表情に変化は見えなかったが、殺気が収まったのを肌で感じる。

「誰だ。お前は。そのスノウとやらは」
「何を言っているんですか?まさか僕がわからないとか…スノウを忘れたとか言わないでしょうね?」
「お前が何故俺の名を知っているか知らんが…お前など知らん。お前の言うスノウも知らん」

クラウドが何故か顔をしかめながら言う。嘘…には聞こえない。まさか、本当に…?
しかし、そんな事があるのだろうか?幼い頃から一緒に居た馴染みを忘れるものなのだろうか?
更に問い掛けようとした僕を遮るクラウド。

「これ以上、俺に構うな。次に一言でも妙な事を口走ったらお前の口を封じるぞ」

それだけ言って、グラリと体が傾く。後ろに何時の間にか立っていた女性が彼の体を抱き止める。
動き辛そうな黒いヒラヒラした服を着た、綺麗な女性だ。
腕も体も細いのに軽々とクラウドを支えている辺り、只者ではないのだろう。
クラウドは意識を手放したらしい。あれだけの出血なのだから当然の事かもしれないが。

「まだ鍛え方が足りませんでしたか…技量が追いついていないのですね」

呟く女性をマジマジと眺めてササメさんが言った。

「アリス!?あんた一体何をしてるの?」

どうやら知っている相手らしい。アリスと呼ばれた女性は顔を上げてこちらを見た。

「お久しぶりですササメ様。こんな状況でなければ無理にでもマスターの元にお連れするのですが」
「あんたはまだ諦めてないのね…」
「当然です。が本日は急がないとこちらのお方の生命が危険ですから。別の機会にさせて頂きますね」
「そんな機会、二度とあってたまるもんですか」

よく見るとその女性は切断されているクラウドの左腕を持っている。
切断面を合わせて唇を寄せ何か呟く。傷口が淡く光り腕が癒着していく。右肩の怪我も塞がっていく。
168なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 15:03:50 ID:/LZwqOeA
「彼は…大丈夫なのですか?」
「あら、ご自分の命が狙われかけた状況で相手の心配をなさるとは、貴方は良き人なのですね。
心配ご無用です。この程度で死んでしまう程このお方はか弱くはないですよ。そう鍛えましたからね」
「貴方が…鍛えた?」
「そうですよ。それが何か?」
「では…彼が僕やスノウの事を忘れているのも貴方の仕業なのですか!?それにその短剣は一体!?」
「あら、このお方には記憶に欠落があるのですか?恐らくノービスの頃に力を使った代償でしょうね」
「代償?」
「この剣は本来ノービスに扱える物ではないのです。それをこのお方は無理矢理に使いましたから。
何らかの代償を払うのは致し方無い事と思われます。記憶の欠落という事実は初めて知りましたが」
「だから、一体、その短剣は何なんですか!?」
「残念ながら私も詳しくは存じ上げておりません。ただ、剣は使い手を欲し、使い手は剣を欲した。
その時に私が剣を持っていたから望む通りこのお方に差し上げた、それだけの事です」
「貴方は何故、クラウドと行動を共にしているのですか」
「見届ける為です。この剣と使い手の関係を。その行く末を」

言いたい事、聞きたい事が多すぎてどれから聞けばいいかわからない。
…けれどやはり、クラウドをスノウの前に連れて行かなきゃいけない。
僕が居なくてもクラウドが居るだろうと思えばこそ安心していたのに。
十日も、心に傷を抱えた少女を孤独に待たせる事になってしまった。
どれほど不安がっている事だろう。怖い思いをしていなければ良いが。寂しい思いをしてはいないか。

「例えクラウドが忘れているとしても、彼を待っている友人がプロンテラに居るんです」
「そうなのですか。それが?」
「だから、彼を連れて行きます」
「どうやって?」

言葉に詰まる。先の調子だと僕の言う事を聞いてくれるとは思えない。
力づくという訳にもいかない。元々の体力差に加えて今のクラウドはアサシンとして鍛えられている。
対する僕はといえば、ノービスになってから何一つ変わっていないのだから、勝ち目は無い。

「だったら、貴方から言って下さい。プロンテラに、スノウの元に来いと」
「それは出来ません。私はこのお方のなさる事に一切口を出さない、という約束がありますので」

…ん?何だか嘘の気配がした様な?けれどそれを証明する事が出来る筈もなく、僕は次の言葉を探す。

「でも、進言する事くらいは出来るでしょう?」
「そうですね。その位でしたら可能です」
「なら、お願いしま…」

言いかけたその時。

「おい、居たぞ!こっちだ!逃がすな!」

僕達が話し込んでいると背後からそんな叫び声が聞こえた。

「あちゃー、見つかっちゃったか」

ササメさんが額に手を当てて、しまった、という風情で天を仰いだ。
そうだ。僕達は今追われているんだった。
建物を挟んで直の所に相手が居るのにこんな所でまごまごしていたのだから見つかるのも無理は無い。

「アリス。あんたに会ったら尋ねようと思ってたんだ…降魔計画って聞いた事ない?」
「いえ?存じませんが」

軽く首を傾げながら答える女性。ササメさんは少しだけ凝視してから視線を外した。

「そう…ならいいや。変な事聞いて悪かったね」
「いえいえ。ササメ様の為でしたら私は構いませんよ。今回はお役に立てず申し訳ありませんが」
「あんたが謝る事でもないでしょ。それに次は無いし」
「さて、それはどうでしょうね?ところでのんびりしていても構わないのですか?」
「あ、いっけない。レイン君、急いでここを離れなきゃ」
「一緒に来て頂けませんか?」
「今動かすと治療が半端な状態になるので危険です。そのお言葉には従えません」
「そうですか…」

確かに、腕が切り飛ばされていたりしていたのだから納得出来る説明ではあった。
命に関わるかもしれないのなら、無理をさせる訳にはいかない。
聞きたい事が色々と出来たけれど、今はそれどころじゃない。
大勢の人間がこちらに走ってくる気配がする。
僕とササメさんは一瞬顔を見合わせて肯きあい、一目散に駆け出す。
僕は一度だけ振り返り、僕達を見送る女性に向かって言った。

「絶対!絶対に伝えて下さいよ!」
「伝えるだけなら伝えます。ですが期待はしない方がよろしいと思いますよ」

仕方が無い。今はその言葉を信じるしかない。そしてクラウドがプロンテラに来る事を祈る事しか。
169なんぼか前の201sage :2005/06/16(木) 15:28:39 ID:HPwk/zKc
毎回大作に割り込ませてる気がするが…決して故意ではない。マジで
戦闘シーンを細かく描写してみたんだが読み辛かったらすまん orz
170SIDE:A 迷走(1/5)sage :2005/06/17(金) 21:04:29 ID:nWTZi.DE
 休憩されていた偉い人たちが続々書かれているのに割り込み。長編の続きなので嫌な人はスルーよろろです。

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 ミッドガルズ王国というのは奇妙な国家だ。公式には王制を敷いているはずなのだが、王の意思というものは市政に現れぬ。かといって、それに代わるような国家を主導する何者かも不在なのだ。そこには貴族の専制も軍閥政治も神の名による神政も、もちろん民による合議もなく、それでも黎明期のミッドガルズ王国は強力で異質すぎる外敵の存在の為に、組織として体を為していた。ミッドガルズは魔族という敵に対して、起源を忘れ去るほどの長い間交戦状態にあったがゆえに生まれた歪んだ国家である。
 発足期より現在にいたるまでの王国の政体を支える枠組みは三つ、軍、騎士団、教会の三者だ。それ以外にも魔術師協会や商人ギルド、鍛冶師ギルド等の大きな発言力を持つ組織はあるのだが、ミッドガルズという国家を統治者と被統治者にわけるとしたら、統べる側に属しているのがその三者であることに異論のあるものはないだろう。往時、騎士団は魔族を討つ槍として、教会は戦時の民の心を護る盾として、そして、軍は“それ以外の全て”を担っていた。文字通り、魔族との戦いと宗教以外の全てである。例えばプロンテラを始めとする城砦都市の建設と防衛、糧食の備蓄、海陸の輸送路の確保からはじまり、道案内から傷病者の世話まで全てがただ一つの組織の任であった。この歪んだ職分こそが逆説的に、魔戦当時の生活において戦争の占める割合がいかに巨大であったかを物語っている。
 敵が魔壁の向こうへ逃げ去ることで、国内に魔境を抱え込んだままだとはいえ魔族との長き総力戦はひとまずの終結を迎えた。日常の中に戦いが占める割合が少なくなるにつれ、軍の職分の占める比重も大きくなっていくのは当然であろう。そのまま政治の主体が軍官僚へと移っていたならば、王国の今日ももう少し理解しやすい形になっていたに違いない。だが、騎士団も教会も戦時の既得権益を手放したくはなかった。軍に制されるよりも前に、往時の騎士団と教会は手を組んで宣したのだ。魔戦いまだ終わらず、と。騎士団は縮小を受け入れず、教会は魔の脅威を訴え続けた。それに異を唱えた軍官僚は、ある者は騎士団の三色の暗部によって処断され、ある者は教会の破門宣告によって社会的に抹殺された。その飽くなき攻勢によって軍部が弱体化して後は、騎士団と教会はお互いに牙をむき、あるいは自らの内部にすら赤い雨を流した。戦いしか知らなかった人々が突然得た平和の使い道が権力闘争だったというならば、人間とはつくづく救いのない生き物だ。そのようにして、もはや知る者とて少ない薄汚い権力闘争が数世代続いた後で、ミッドガルズの住人が手に入れた妥協の産物が、今の三竦みのような政治体制である。

『我々は一人、いや、二人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否、始まりなのだ!』
「……おお、俺は案外人気者だったんだなぁ」
 王城前の小さな広場、平時ではポタ広場などと呼ばれる場所を埋めた面々から漏れる嗚咽や嘆きの声を聞きながら、壁際に座りこんだ胡乱な身なりの男が呟いた。ボロのような服と、伸び放題の白い髪と髭だけ見ればただの浮浪者の老人だ。途端に隣にいたショートカットの女騎士に蹴られる。
「黙っててください。……まったく、酔狂な上官をもつと苦労します」
 気の強そうな女騎士は、化粧気のない顔を不機嫌そうに顰めていた。少女といわれた時期は十年ほど過ぎたのだろうが、それでもどこか若い印象を与えるのは、その表情の変化の極端さのせいだろう。
「そうは言うがな、自分の葬式に主役が居なくてどうする。しかも国葬だぞ、国葬」
 王城を背にした演壇の上でがなる小男を、奇妙な二人連れは油断ない目で見つめていた。よく響く声の小男は、本来ならこんな場所に出てくるはずもない立場の人間のはずだ。王室近衛連隊長というのが、その男、グスマンの肩書きだった。
『一握りの魔族による現界にまで膨れ上がった支配を覆して千余年、この世界に住む我々が平和を要求して何度魔族に踏みにじられたかを思いおこすがいい。我等が王国の掲げる人類一人一人の自由の為の戦いを神が見捨てる訳はない』
171SIDE:A 迷走(2/5)sage :2005/06/17(金) 21:05:00 ID:nWTZi.DE
「玉座の影のお飾り軍隊が、戦地に出た事もないくせによく言うわ」
「……俺には黙ってろって言ってたくせに」
「私は閣下と違ってお葬式の端役だからいいんです!」
 拗ねたように言う老体を再度一蹴りしたが避けられ、女騎士は聞こえよがしにため息をついて見せた。演壇の上の男は腕を振り上げ、熱狂した身振りで彼女の隣にいる男と孤児院のシスター長の“悲劇の死”を強調し続けている。
『組織こそ違え、国家と人類のために戦った私の同僚、諸君らが愛してくれたクリスレット=カーレルヘイム卿は死んだ。なぜだ?』
「いや、ホントなぜだろうなぁ……。聞いてみたいところではあるな、直々に」
 髭を撫でながら小声を漏らす男を、女騎士はぎょっとしたようにみる。
「冗談だ。今、俺が演壇に向かっていった所で『生きておられたのかカーレルヘイム卿!』とか言われて添え物に使われるだけだろう?」
「よかった。まだ理性は残ってらっしゃるんですね」
「……それに、いくらなんでもあいつらに切込む訳にもいくまい。国の英雄から一気に国賊へ転落だ」
 あごでしゃくった先、演壇の下の、一糸乱れぬ隊列を見て女騎士の目が細まった。
「あれが……」
「近衛連隊だ。人形みたいな顔をしているが、強いぞ」
「まさか?」
 女騎士はもう一度、まだなんとか20代の自分よりも更に若そうな兵士達をじっくりと観察する。
「実戦も重要だが、訓練も馬鹿にしたもんじゃない。というか、そもそも実戦で鍛えられるのはなんだと思う?」
「咄嗟の判断力、ですか」
「いいや。殺気に耐える術……、まぁ、一言で言えば殺し殺される事に慣れることだ。あの連中、その意味では慣れきってる」
 幼時より選抜を受けた近衛兵がまず学ぶ事は、毎朝、王のために死ぬ夢を見て目覚めることだという。何かのために日々死ぬことを覚悟している兵ほど敵に回したくない相手も少ない。ある意味ではモロクの訓練されたアサシンよりも、普段はただのパン屋だったり農夫だったりするアルデバラン解放戦線の下部構成員の方が恐ろしい、ということも女騎士はよく知っていた。
「で、これからどうするんですか、閣下」
「この様子だと、実は生きてたんだ、とか言って騎士団に戻るのもかっこ悪いよな」
「口の堅い面々に声をかけましょう」
「おう。にしても、よく俺に気がついたな?」
 シスター長の送り出した転移先はプロンテラ正門ではなく、大聖堂でもなく、上水道などのある西門だった。そこに出るや否や、髭の騎士はこの娘に有無を言わさず木陰に引きずり込まれたのだ。事情を知った彼が国葬を見に行きたいと言うと、女騎士は何故か用意していたボロボロのマントや付け髭で手際よく彼をデコレーションして連れてきたのである。
「……何年連絡将校やってると思ってるんですか」
「ああ、そうか。来たばかりの頃はピチピチだったお前さんも、そろそろ婚期を逃……」
 今度の蹴りを避け切れなかった髭の騎士は、素直に沈黙した。
172SIDE:A 迷走(3/5)sage :2005/06/17(金) 21:05:22 ID:nWTZi.DE
 トントン…カラン……トン…カラン。
 プロンテラの本通りから少し外れた宿屋の裏手で、その音は繰り返し響いていた。幾度も、幾度も繰り返してから、その音はぱったり止まる。そして、音を出していた張本人の俺は、少し上がった息を整えながら舌打ちをした。
「ブレイドさん、まだダメなんですか?」
 槍で突かれ、割れたりひびが入った木板があたりに落ちている。それを拾い上げ、ためつすがめつしていた聖職者に、俺は小さく頷いた。俺が練習していたのは、片手槍を扱う者にとっての基礎になる技、ピアースだ。片手を失った俺にも、手槍ならば今までどおり取りまわせると踏んだのだが、そうもいかないらしい。
「でも、こんな小さい板ですし、小さい敵には3度確実に当たるって言うものでもないんでしょう? 確か」
「ピアースという技は、狙った場所に正確に三連撃をくわえなければならない。今の俺にはそううまくいかん」
 これが例えば決まった場所に三撃ならば楽なのだろうが、実際のピアースはそういう技ではない。彼我の姿勢、大きさなど、場合によって、頭、胴、手、脚、様々な部位に神速の連撃を打ち込む必要があるのだ。確かに、シェールの言うように相手によってはフェイントも織り交ぜるから、敵を打つのは三度に満たないかもしれないが、フェイントにこそ魂を込めねば相手に見破られてしまう。魂の無い木板にならば、三度突けて当然のはずなのだ。
 ……体が万全ならば。
「少し休憩したほうが良くないですか? さっきから休憩も取ってないですよ」
「……もう一度やってくれ」
 そういった俺に向かい、あいまいな微笑のまま、シェールは木板を手にした。1つ、2つ。時には3つ同時、いくつ投げるかも、投げる速度もタイミングもバラバラにするように、俺は注文をつけている。シェールの右手が動き、ついで左手も振られた。それを、俺は手槍でつく。
 リズムのいい音が響く。1つ、そして2つ…、ついで動いた槍穂の前に、3つめの板が見える。
「っ!」
「……ダメだな、それじゃあ」
 そして、3つ目の音を出すはずだった俺の槍柄は、いつの間にか現れていた男が横合いから伸ばしていた手に掴まれていた。俺が反射的に槍を引き戻そうとすると、男はあっさりと手を離す。

「な、なんですか、貴方は?」
 普段は落ち着き払っているシェールが、驚いたように声をあげた。それほど、その男の動きは素早かった。半瞬前にはそこに誰もいなかったと俺にも断言できる。目の前の男の素性はともかく、その動きで彼がモンクと呼ばれる戦闘訓練を受けた修行僧の一員だとわかった。今の白刃取りの腕から見て、害意があったならば今頃俺は昏倒させられているだろう。
173SIDE:A 迷走(4/5)sage :2005/06/17(金) 21:05:49 ID:nWTZi.DE
「シェール、肩の力を抜いてくれ。誰だか知らないが、敵意は感じない」
「当たり前だ。遣り合う気ならこんな格好で来るものか」
 その声に改めて男に目をやり、俺はその惨状に言葉を失った。
「……笑うな。とっさに手が出ちまったが、貸衣装代が幾らになるか……」
 言いながら、黄色の頭巾の上から頭を掻く男の衣装は、修道僧が本来纏っている動きやすさ優先の胴着ではなく、黒が基調の優雅な衣装だった。だった、というのはそれが男の先ほどの動きのせいで至るところに裂け目が出来て目も当てられない様相を呈しているからだ。幸か不幸か、いまだ身に着けたことこそないが、俺でもその黒服が何かは知っている。
「タキシード?」
「ああ。ジャワイ帰りだが、衣装を返す手間が惜しくってな。そのまま船に飛び乗った」
 さらっと言うが、それはいわゆる泥棒じゃないのか、と。そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう。男はとってつけたような真面目な顔になって俺の胸に指を突きつけた。
「で、だ。お前さんのやり方はダメだ」
「……何のことだ?」
「無くした腕の分、バランスが崩れているのを直そうとしているようだが、そもそも腕一本なくしても崩れないようにするべきじゃないか?」
 男はそういうと、とん、と後ろにステップを踏んだ。
「そうでないと、そら」
 そのまま、俺に向かって回し蹴りを放つ。わざと見える軌道にしたのだろう、俺はとっさに肩でそれを受け止めたが、衝撃でたたらを踏んだ。
「くっ!?」
「蹴りを喰らっただけで重心がぶれる。それじゃ槍技を同時に打ってもそっちの負けだ」
 確かに、今の俺は盾で敵の攻撃を捌く術がない。この男はおそらく初見だろうが、片腕の俺の弱点を明確に指摘した。つまり、今の俺ではこの男や、同じ位の格の相手には為す術もなく捻られるということだ。
「片腕でも、騎士を続けなきゃいけない理由があるのか? そうでないならやめちまいな」
 片腕の元両手剣騎士など、こけおどしにもならない。そんな事は目覚めた時からわかっている。だが、俺を騎士と認めた娘がいる限り。
「……それでも、俺は」
 言いかけた俺を遮るように、タキシード姿の修行僧は微笑った。何一つ後ろめたいことのない人生を送ってきた、そんな笑顔で。
「重心を低く。どんなひよっこのモンクでも、拳は腰で撃つもんだ。そして、技を修めれば……」
 男の声と共に、周囲に気が満ちる。モンク達の言う気球が一瞬で形成され、そして黄巾の男は地を踏みしめた。
「こうやって、大地に根を張る。ここまで行くのは騎士の型が身についたお前さんには無理だろうが、槍を腰で突くくらいはできるはずだ」
 槍を、腰で? 今の俺が、何があっても揺るがない一撃を放つ為には、その技は不可欠だ。腰に重心を。重心を腰に。口の中で繰り返してから、はっと眼前の男を見る。おそらくは修行僧達の初歩とはいえ、軽々しく部外者に教えて良いものではないはずだ。既に背を向けて立ち去りかけていた男は、俺の視線を感じたのだろう、振り向きもせずに片手をあげた。
「……なに、タダの気まぐれだよ。連れを待たしているのでこれで、な」
174SIDE:A 迷走(5/5)sage :2005/06/17(金) 21:06:12 ID:nWTZi.DE
 男が見えなくなるまで頭を下げて見送っていた俺は、逆の方向から騒々しい詩人が走ってくるのに気がつくのが遅れた。
「ブレイドの旦那! 大変、大変ですぜ!」
 槍の使い方、腰で撃つ。そればかり考えていた俺は、反射的に飛び出てきたヤツにピアースを打ち込みかけ、慌てて手を止める。
「……よう、エルメスじゃないか。お前のいない間に大変だったんだぜ、こっちは」
 寸前で止まった槍の下で、仰け反るような妙なポーズのまま、エルメスは俺に抗議の返事を返しかけた。
「な、何をするんで……って、旦那、その手は一体!?」
 そういえば、その話からしないといけないのか。少しうっとおしくなった俺は、口をへの字にしてから槍を戻す。
「ああ、その辺の話は後でな。で、何が大変だって?」
 エルメスと、ヤツがつれてきたらしい、どこか妙な気配のする女剣士を等分に見ながら、俺は急に口ごもった詩人に話の続きを促した。


 二人の男女が首都の街を歩く。美しい女司祭と鍵裂きだらけのタキシード姿の男、という組み合わせに、道ゆく大勢が様々な事情を想像していたが、当人達はあまり気にとめてはいないようだった。
「ちゃんと、お礼とお詫びはしてきたんですか?」
「いけね、忘れてた……」
「やっぱり。そうだと思いました」
 微笑む女性の顔を見ながら、男は頬を掻く。本当はそっぽを向きたかったのだが、彼女の笑顔を目に入れると、他を向く気をなくしてしまうのが常だった。
「あの人を守るのに、腕一本なくしたって聞いたからな。多分沈んでると思ったんだが……。起き上がれるようになってすぐにアレだ。立派な武人だよ。謝ったりしたら失礼ってもんだろう?」
「そうですね。謝るのはジャワイの管理人さんにしないと」
「……うっ」
 笑顔のままの愛妻の一言に、黄巾の二つ名で呼ばれる英雄はむせた。おかしそうに笑いながら背中をさする司祭に、モンクは感謝の笑顔を向ける。
「修道院の子供たちも、あそこなら安全だろう」
「そうですね。あそこは本当は既婚者以外は酒場の外には出られないそうですから」
「まぁ、既婚の暗殺者なんてのはそうはいないだろうし……。そんなのを用意される前に根を絶てばいい」
 モンクのその表情を、司祭は今までに何度も目にしている。愛するもの、仲間を守る為にその武を振るおうと決意した時の、夫の顔を。だから、彼女もいつものように隣を歩くだけだった。
175SIDEのひとsage :2005/06/17(金) 21:21:20 ID:nWTZi.DE
 こんばんわ。とりあえず、('A`)たん、お借りした髭様の名前は間違えるはどうやらこのままだと
ただの昼行灯で終りそうだはで重ね重ね申し訳ございません。
 自作はさておき、('A`)たんは相変わらずの描写力にキャラの動きでほれぼれです。ストーリーが少し
停滞している風味なのも後の爆発の溜めなのだなぁ、と思うと…オラ、すっげぇワクワクしてきたぞ!
 とりあえず、一番言いたい事は、罵られて口答えしても相手にされない〆ぽん萌え(ダマレ

 我が名は、のヒトもかっこいいレイド兄弟に燃えました。燃えの中に笑いの混ざるこの手法は、
よもや、ほんの少し前の魔剣オチの方ですか? とか。ともあれ、深淵スレ住人でもある身には
望外の御褒美でありました。ウマー

 201たんおかえりなさい。リアルで開いた時間の分、成長してたりしてなかったりする登場人物に
再会出来て嬉しい限り。ササメさん、なんか世間なれしているイメージが強すぎて、毎回盗賊だったように
勘違いしてましたが、これでもう間違えそうもありません。っていうか、彼女が世間慣れしてるんじゃなくて
連れが人外なんですな。内面とか外面で。

 偉いモンクの人。舞台から登場人物からごそーっと勝手に借りてましたが、ようやくモンクさんを。
主人公パワーアップ計画の一環で利用させてもらいました。謹んで感謝いたします。

 なお、題名の迷走というのは現状の中の人の心境とは係わり合いがありすぎます。(゚∀゚)アヒャ
176とあるモンクsage :2005/06/19(日) 19:46:25 ID:5/CtNBFE
こちらこそ謹んで御喜捨いたします。使われてこそキャラの本懐。
ずずいっとお持ち帰りくださいまし。健康診断で血圧計ったら看護師さんに
トキめいている数値が如実に印刷して出てきてどうしていいか困るくらい
いつも楽しみにしております。心拍数81くらいで(生々しい数字ですが
大作が神展開を見せるこのスレにおいて、デスピサロにザラキ連発するクリフト
くらいに空気読めてない発言でもうしわけないです。
177名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/26(日) 16:17:56 ID:52wTbjEc
燃料になるかどうか、現時点までの上水道リレーを纏めたもの
(大まかなあらすじ及び人物リスト付き)を作ってみたのですが、
公開するとすればどこに上げたものでしょう?
178倉庫のひとsage :2005/06/27(月) 22:09:44 ID:7xEOCZjU
場所にお困りならうちにどうぞ。どこかのアプロダにでもあげていただけば
回収して倉庫のあたりに置かせていただきます。
もしも自前で! ということでしたらリンクをはらせてくださいませ。
179177sage :2005/06/28(火) 16:41:49 ID:CFsu/McA
容量オーバーで小説あぷろだが使えなかった為、暫定アップ。412kbあります。
[ ttp://www.h3.dion.ne.jp/~re_je/Relay.lzh ]
解凍後、「index.html」よりご覧ください。
180名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/06/28(火) 20:11:38 ID:UVeID5ic
ttp://f38.aaa.livedoor.jp/~charlot/Relay/
に保管させていただきました。少しだけ体裁を手直しさせていただいてます。
保管庫からもリンクさせていただきました。
181177sage :2005/06/28(火) 20:43:21 ID:NPKwutIc
>>倉庫の人
おつかれさまです、並びに採用ありがとうございます。
保管先を確認させていただきました。人物紹介へのリンクが不通になっているようです。
あと、SSから「目次」を選択するとフレームが2重になってしまうようです。
お手数ですが、ご確認をお願い致します。
182倉庫のひとsage :2005/06/28(火) 23:59:55 ID:UVeID5ic
凄まじくやっつけ仕事でしたorz。
訂正もやっつけ仕事ですが、何かあったらまたオシエテクダサイませ
183177sage :2005/06/29(水) 00:19:08 ID:fLGor14I
度々の指摘で申し訳ありませんが、人物紹介の改行が反映されていないようです。
ご確認の程を。
184倉庫のひとsage :2005/06/30(木) 18:39:21 ID:oQOqJN0.
直したのに報告忘れでしたorz
にしても、寂しくなってますね・・・
185名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/07(木) 17:49:03 ID:c8IltugE
何か止まっちゃってますね・・・(´・ω・`)
関係ないけど今日は七夕ですよっと
186('A`)sage :2005/07/08(金) 23:34:02 ID:5IhIi03Q
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"



 

 重く、どろどろとした世界があった。
 吸い込む空気が喉に詰まり、吐き出す息も胸にわだかまる。息苦しいと感じるも、自分が息をしているかどうかも分かりはしない。
 楔を打たれたように動かない手足に力を込めるも、無駄だと理解した少年はこれが例の夢なのだと気付く。
 但し、それは今まで見てきた数多くの夢とは何もかも違っている。
 黒に濁った沼の中の様だとも思えるし、何もない、ただの広い空間のようにも思える。
 果たして此処は何処なのか。
 少年は考えてみたものの、その答えを出す事はやはり出来なかった。
 夢は変化していく。最初はあの女性の嘆きだけが満ちていた。次は、彼女の受けた痛みの夢を見た。はっきりと覚えている。
 思い出すだけで沸々と怒りがこみ上げてくる。
 そこで、この賢明な少年は気付く。
 嘆き、苦痛を受けた人間が次に何を思うか。それは、冷静に考えればあまりに安易な問いだった。

 ―――怒り、或いは――憎しみだ。

 少年の思考を肯定するかのように、彼の全身にへばりついた空気が蠢く。
 何処までも深く全てを包む。あまりに穏やかで、それでも確固として晴れる事のない憎悪。
 少年は悲しくなった。
 あの女性がこんな感情を抱くという事実が悲しかった。ある意味では、嘆きよりも痛みよりも辛い事だ。
 もしこれが怒りであったなら、ここまで悲しくはならなかったかもしれない。
 自分が受けた苦しみへ怒りをぶつけず、こんなにも穏やかに、何を憎むのか。
 だが、しかし、どうであれ。
「・・・させない」
 少年は紡ぐ。かつて夢に終焉をもたらしていた言葉に、何度もそう返したかった言葉を。
「させるものか!」
 言葉は叫びとなって口から放たれる。
「僕がさせない!貴女をこんな風にはさせはしない!」
 どうすればいいのかは分からない。しかし、糸口はある。
 サリア・・・よく似た顔を持つモンクの少女を守りきれば、きっと変わる筈だ。
「僕は行く!」
 それこそが来るなという彼女の願いへの返答であり、彼自身がずっと抱いていた望みだった。
 彼は既に夢を見始めた頃の彼ではなく、一人の剣士としてそこに在る。
 憎悪で構築された夢の世界が瓦解していった。突き放つように少年を解放した空気は霧散し、周囲には完全に何もなくなる。
 純白の世界。
 既に道を知っている少年は歩き出す。
 少年は不思議とこの道の終わりが近い気がしていた。
 そして、そこにはきっと笑顔があるに違いない。きっと幸せな結末がある。


 そう―――頑なに信じて疑わなかった。



 
 『恐れという名の試練 5/5』
187('A`)sage :2005/07/08(金) 23:35:09 ID:5IhIi03Q
 まず、天井が回転しているというのはおかしくないだろうか。
 朝に眼が覚めて、天井が独楽の如く回転していた経験は、少なくともナハト=リーゼンラッテにはない。
「う、うぎゃー!?」
 ぐるんぐるんと、視界がめまぐるしく回転していた。
 胃の内容物が逆流し、神経が断続的に危険信号――というか吐き気を脳に送り続けている。
「少年よ起きろぉぉぅぅぁぁ!」
 一気に眠りから脳が覚醒した。何故か足元から聞こえるグレイの声に、回転する視界を向けてみる。
 彼はナハトの両足を抱え、腕力と遠心力に任せてぶん回していた。
「お、起きでまずがー!?」
 なんて非常識な起こし方だろう。吐き気と格闘しながらも、ナハトはそんな事を思った。
「お、もっと早く言えって」
 満面の笑みでグレイは手を離す。
 ナハトはそのままの勢いで飛び、部屋のドアに顔から激突して床に崩れ落ちた。
 なかなかに壮大な音がしたものだ。
「お前さんなかなか起きないもんだからよ。ちゃんと起きてるか?」
「・・・お、おか・・・おかげ様でばっちり・・・目が覚めました・・・はい」
 自分は頑丈だ、とナハトは自分に言い聞かせて痛みを沈黙させる。
 グレイはナハトの寝ていたはずのベッドの上で笑っていた。
「はっは。起きたならちょっと買出しに行ってもらえるか。食料が足りねぇ」
「え・・・あ、はい」
 何故自分が?と言いかけ、それが自分達のせいなのだと気付き、彼は迷わず頷いた。
 見ればロッテは椅子で座ったまま眠っているし、サリアも恐らく自室で寝ているに違いない。
「ったく、こういう時は女の子に譲れよ。呆れたぜ」
 グレイは言葉とは裏腹にニヤニヤしながらナハトへ金貨袋を放り、寝ているロッテを軽々と抱き上げてベッドへ移す。
 さっきの轟音でも起きなかったのを見ると、完全に熟睡しているようだった。
 確かに配慮が足りなかったかもしれない。
「しかし、椅子で寝るとは器用なお嬢ちゃんだな。よっぽどお前さんと離れたくないらしいや」
「ひ、冷やかさないでくださいって。彼女も疲れてただけだと思います」
「そうか?」
「そうですよ」
 そうじゃなければ何だと言うのだろう。
 グレイは意味深な、呆れたような目つきでナハトの方を見る。それから溜息交じりに、
「あぁ、少年。お前さ、ここの家主と同じ匂いがするわ」
 心底疲れたような顔をして言う。
「え?臭います?早く風呂に入った方がいいかな」
「もういい」
 ふらふらとグレイは部屋を立ち去る。その寸前、
「買ってくるもんはティータに聞いてくれ。ついでに煙草と酒な」
 それだけ告げると夢遊病者のような足取りで去っていった。
 残されたナハトは心底訳が分からず、痛む首をさすりながら懐中時計を取り出す。
(夕方、か。ちょっと寝足りないけど)
 見上げた窓には茜色の空が覗いている。ベッドに倒れたのが昼前。これだけ寝れば大丈夫だろう。
 穏やかな寝息を立てるロッテに小声で謝りながら、ナハトは階下のキッチンにいるであろうティータの元へ歩き出した。
 キッチンから下手糞な歌が聞こえたからだ。
188('A`)sage :2005/07/08(金) 23:35:40 ID:5IhIi03Q
 ゆうに百を超える騎兵と弓兵、魔術師達の混成部隊があった。
 魔法都市を見下ろす高台に集結した彼らはそこへテントを張り、作戦開始の時を待っている。
 ある者は刃を研ぎ、ある者は弓をしならせ、ある者は僅かな食事を採り、ある者はただ座して鋭い目だけを動かしている。
 各々のやり方ではあったが、それはまさに戦を前にした者達の過ごし方であり、来たる生死の駆け引きへの準備である。
 その戦支度の往来の中を闊歩する影があった。
 彼は半死半生の重傷を負いながらも軍に登用され、志を同じくした上司にも恵まれた少年である。
 同僚達は彼を奇異の眼差しでしか見なかったが、やがてそれも血の海と狂気の中で黙殺された。
 四日前のカピトーリナ鎮圧戦線では単騎で前線へ乗り込み、大戦果を挙げたのだ。彼が斬った者は二十名を超え、誰一人として生きてはいない。
 いかに反逆者が相手とはいえ、あまりに容赦のないその戦いぶりから彼はこう呼ばれた。
 狂犬ルーベンス。
 その功績を知った国王から宝槍ヘルファイアを授与され、かつて同様の功績を残した騎士ベルガモット=スヴェンの再来とも称された。
 つい半月前には名も知られていない剣士だったにも関わらず、今の彼はこの部隊の主力を担う筆頭騎士となっている。
 そう、これは皮肉なのだとガルディアは思う。
 やはり首都、イズルートに渡って繰り広げられた一連の誘拐事件が彼にチャンスを与えたのだ。
 自分よりも遥か上を行く者達との遭遇、そして敗北が、何かを欲していた自分に火を付けた。
 それは名誉であり、名声であり、他者の追従を許さない圧倒的な力だ。自分ならばそれを手に出来ると、彼は常々感じていた。
 自分は、あの貧相なナハト=リーゼンラッテとは違うのだ。ただの一介の剣士に収まる器ではない。
 立ち塞がる全てを切り伏せ、覇道を行くのだ。
「俺はここまで来たぜ・・・テメェはこれでも笑うか、ナハト」
 ヘルファイアを地面に突き立て、ガルディアはゲフェンを見下ろした。
 荒野と言って良いほど荒れ果てた土に、紅蓮の槍が帯びた熱気が伝達される。
 ―――あの剣士はつまらない存在だった。常に自分と対極に位置し、嫌でも視界に入り込む。
 何の力も持たない癖に偽善を口から垂れ流し、自殺行為とさえも取れる選択を敢えて選ぶ。
 彼は覚えていないかもしれなかったが、ガルディアとナハトは剣士ギルドに入った当時、全く力関係が逆だった。
 あれは最初の実技の時だった。忘れもしない。
 ろくに修練も積まず、自分は強いのだと錯覚していた。そんなガルディアを一撃の下に切り伏せたのがナハトだ。
 彼には素質があったのだ。避けられない戦いを前にすると頭角を現す天性の閃きとセンスが。
 一見、貧弱に見えてそうではない。必要以上の力を込めず、最低限の威力で敵を退ける術を知っている。勝てない戦いをいかにして勝利に近づけ
るかを理解している。怯えながらも彼の頭の中は酷く冷静だ。
 彼はそういう面で驚異的なほど「頭が良い」のだ。
 ガルディアが、そして他の剣士達が彼を抜いたのは、ナハト自身に"戦う"つもりが全くなかっただけだ。
 彼は母親を戦で亡くしている。その恐れが彼の素質を殺したに過ぎない。
 だからずっと、ガルディアにとってナハトは目の上のコブのようなものだった。
 "持つ者"と"持たない者"の確執である。そして、ガルディアにとって早急に終止符を打たねばならない事でもある。
「その次はあのモンクのガキ・・・それからルイセだ。全員ぶっ殺して俺は上り詰める・・・」
 好期も訪れている。日が落ちれば、戦いが始まる。夜は格好の戦場を用意してくれるに違いない。
 ガルディアは下士官から紅のプレートメイルを受け取り、身に付ける。精悍な体格をしているだけに、全身鎧を纏った姿は強靭そのものだ。
「オーロラ、バルター!騎乗待機だ!」
 言われ、近くに待機していた若い女騎士と大柄でヘルムを被った騎士が訳が分からないという顔をする。
「ゲフェン東門の守備隊を殲滅、制圧する!さっさとしやがれ!」
「あ、あれは味方の騎士団じゃ!?」
「証人が残っちゃまずいって話なんだよ!」
 いちいち口答えをする女騎士に怒鳴りながら、ガルディアは設営された本陣のテントに足を踏み入れる。
 仮設された円卓に座していた男が顔を上げた。
 野性味の塊であるガルディアとは対照的に、静謐な印象の線の細い男である。しかし、堅牢な銀のメイルを身に纏い、腰には扱うにやや不便なほ
ど大振りな両手剣が下げられている。見目も麗しく、不思議なカリスマ性を感じさせた。
「そうだろ、大将」
「その通りだ、ルーベンス」
 にやり、と口元を歪めるガルディアの前で、男は無機質な目を向けながら頷く。
「だが、早過ぎるな。市民が寝静まる頃合でなければフロウベルグの手勢に察知される。今は待て」
「三騎で門を潰すだけだぜ。早い方がいいだろ?大将の本隊はここで後詰をやってくれりゃあいいんだ」
「そうはいかん」
 男はゲフェン周辺の地図に視線を落とした。部隊を待機させている地点から、丁度ゲフェンを挟んだ向こう側・・・ブリトニア方面を指で叩く。
 彼らが倒すべき敵であるドラクロワ及びフロウベルグの両枢機卿が率いる反乱軍がそこに潜んでいるという情報に狂いはない。
 サリア=フロウベルグもそこで彼らに合流するつもりだったのだろうが。
「本隊は予定通りゲフェンを北に迂回してブリトニアに進軍。敵勢力を一掃する」
 今更ゲフェンを戦場にしないつもりもなかったが、軍勢が戦うのならせめて街の外が好ましい。
 まだ敵はプロンテラ軍の主力が反乱の陽動であるカピトーリナを攻めていると誤認している。
 その間隙を突き、察知されるよりも早く奇襲をかけるのだ。
「お前は本隊の奇襲と同時にゲフェンへ突入し、フロウベルグの娘と駐留騎士団を含む全ての証人、関係者を消せ」
 あくまで事務的に男は言った。ガルディアは勢いを失い、この男の戦略眼に舌を巻く。
「大将の部下、例のカートライルとかいうウィザードもか」
「ああ」
 たった一言だった。ガルディアのささやかな反撃を一蹴し、男は瞑目する。
「事後、カートライルの席はお前にくれてやる。確実に遂行しろ」
 彼はそう言うと話は終わったと言わんばかりに手で退出しろと示す。
 ガルディアは踵を返しながら、いよいよ恐ろしい男に見出されたものだと内心で笑った。
 ヌーベリオス=カエサルセント。
 巷では英雄で通っている筈の男は、地図上のゲフェンに書き込まれたエスリナ=カートライルの名前を羽筆で黒く塗り潰してガルディアの背を
見送る。その眼には、期待も失望も宿ってはいない。冷酷だとか、そういう次元はとうに通り越してしまっている。
 しかし、そういう男だからこそ、ガルディアも存分に暴れる事が出来るのだ。
 だからきちんと夜まで待ってやる事にした。勿論、夜になれば遠慮の必要もない。
189('A`)sage :2005/07/08(金) 23:36:03 ID:5IhIi03Q
 ぷっつりと歌声が止んでしまったキッチンを覗くと、やはり彼女はそこに居た。
 簡素なキッチンではあったが元々が宿だったせいかやけに広く、ぽつんと佇むティータの姿はナハトに一瞬の躊躇を抱かせるに十分なほど寂し
げで、流し台の窓を向いていて顔が見えないせいかとも考える。現にさっきまで楽しげに歌っていた。
「あ、あの」
 しかし、口を開いたはいいものの、やはり言葉が出なかった。
 どちらかと言えば話しにくい相手でもなかった筈なのだが、不思議と声を掛けてはいけないのでは・・・・・・と、思い留まってしまう。
 夕暮れの緋色が差し込む中で、相手が振り返る。その後ろでは鍋が小気味良い音を立てて煮えている。支度の途中に声を掛けてしまっただけだ。
 そう、たったそれだけの事だった筈だ。ナハトは言い聞かせ、理解しようと努めた。
 無駄な努力だった。
 振り返ったティータの髪は白く、あまりに白すぎた。
 大きな愛らしい瞳が感情の色を失い、やけに紅く紅く見える。
 夕焼けのせいかとも思うが、逆光を反射している筈もない。
 別人に話しかけてしまったのではないかと錯覚するほど、"それ"は全く異質のモノに感じられた。だがしかし、服装はティータのそれであったし、
今この建物に居るのは顔を知っている人間だけなのだから間違いはない。
 では、これは誰なのか。
「ナハト」
 何者かの唇が動き、自分の名前を紡ぐのを聞いて、少年はようやく解放されたかのように背後の柱にもたれかかる。
 苦しかった。彼女が振り返った瞬間から、全身に枷を装着されたような気分だったのだ。
 恐怖はなかった。ただ苦しかった。そして、それ以上に、悲しかった。
「な、何なんだ・・・・・・君は」
 呟く。何故自分が悲しいと感じたのかも、今もそう感じているのかも、分からない。
 全てがこのちっぽけな少年の理解を超えてしまった。何の事はない、ただのキッチンの片隅でだ。
「私の事はどうでもいいの。それよりも・・・・・・」
 酷く大人びた口調で言い切り、ティータはそのままへたり込んでしまったナハトの目の前まで歩み寄る。
 彼はたったそれだけの事を直視できずに、床の一点に眼を逸らす。
 が、
「ナハトは夢に飲まれ過ぎた」
 深い意味を込めた微笑で彼女が言うのを聞き、ナハトは顔を上げる。
 同情か哀れみ。込められた感情はそんなものだったが、それはどうでもいい事だ。
「・・・・・・どうして、それを」
 未だ誰にも語った事はない、彼自身の秘密を目の前の人物が知っているのはあまりに理不尽だった。
 長い間ナハトを捕らえて離さなかったそれを、簡単に看破しているようで不快だったのだ。
 ティータはゆっくりと首を振る。語るつもりはない、と。
「どうして!」
「ナハトは二度とその夢を見ないから。これから起こる事が、もう避けられないから・・・・・・その必要がなくなった」
 ティータは悲しい顔をする。現実離れした空気を持つ彼女がそんな表情を見せた事で、少年は初めて恐怖を覚える。
 何が起こるというのだろうか。
 あの夢が現実に起こるとでもいうのか。
「そんな事は、させない。僕が絶対にさせない」
 少年は断言する。しかし、ティータはやはり沈痛な面持ちのままで言う。
「・・・・・・今のナハトには何を言っても分かってもらえない。だから何も言わない。けれど、ナハトには全部を見届ける権利と義務がある。その為に
必要なら"私"が力を貸す」
 ティータはナハトの左手を取り、両手で優しく握る。
 冷たい感触がし、何かの魔術かと勘ぐったものの、そっと手を離されるとそこには何の変化も現れてはいなかった。
 ただ、買い物のメモを握らされた。それだけに見える。
「な・・・・・・何を」
「求めに応じて欲しなさい。それだけで得られるから」
 意味を考えるより早く、ティータが流し台の前に戻っていく。
 ナハトは咄嗟に、その背中へ問う。
「ど、どうして僕にそんな話をするんですか!」
「分からない。ナハトは弱い、どこにでもいる普通の人間で、"私達"とも違う。だけど、嫌いじゃない。グレイもそう思ってる」
 淡々と語る。が、そこで言葉を切って髪の後ろに回していたスマイルマスクを手に取り、振り返った。
「これ、ありがとう。気に入った」
190('A`)sage :2005/07/10(日) 19:13:08 ID:YhmgPiUg
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"





 レティシア=アイゼンハートは額の汗を拭って夕焼けの空を見上げると、ひときわ大きな溜息を吐いてちょうど影になった道端にしゃがみ込んだ。
 ゲフェンは首都に比べれば大きな街ではなかったが、それでも相当の広さがある。それを、たかが数人で調べ回るというのは容易ではない。
 どだい無茶な話だ。レティシアは汗で濡れた長い青髪を手でときながら深くそう思う。
 過去にそんな事をやった人間が居るとしたら、一生耳元で馬鹿と囁き続けたって良い。
 だがしかし、エスリナが止めろと言うまでは終わりではない。気張っていた彼女の様子からして、夜も休みはないだろう。
(お、お風呂入りたいなぁ)
 かなり深刻なレベルで愚痴をこぼしそうになる。どうも一人で居ると気が抜けてしまうのだ。
 かといって愚痴を聞いてくれる相手――具体的にはカルマやルーク――は居ない。
 ちらほらと魔術師の姿が見え隠れする夕暮れのゲフェンの雑踏を眺めながら、彼女は汗が引くのを待った。
 若干、涼しくなってきた頃合である。涼しい風がアーチャーの衣装の上から肌を撫で、べとつく汗の気持ち悪さはあっという間に消える。
 なんだか幸せだったのでそうしていると、任務なんてどうでも良くなってきた。
 目を瞑り、全身の疲労に対する休息の要求に身を委ねる。このまま眠れたら幸せだろうな、とそんな風にさえ思える。
 勿論、路地裏の影で寝てしまえば様々な危険がある。どこぞやのならず者にそのまま連れ去られてしまうかもしれないし、身包み剥がされて売り飛
ばされたりもするかもしれない。それは御免である。
(でも眠い・・・・・・)
 うとうとと首を上下させながら、レティシアは更に考える。
 せめてエスリナが傍に居れば蹴り飛ばしてでも激励してくれるに違いない。そうすればもう少し位は頑張れるというのに、何故居ないのだろう。
 最初、彼女と出会った時も自分は寝てしまっていた。その時は結局ライトニングボルトで叩き起こされた上に、三時間ほど面接という名の説教をさ
れた覚えがある。懐かしい思い出だ。あの頃の自分はまだエスリナを嫌っていた。
 途切れ途切れに色々な事を考えながら、彼女の思考は眠りに落ちていく。
 背後に現れた人物にも気付かず、やがて深い寝息を立て始め、その人物を十分に困惑させたのだった。


 

 『切っ先の向こう 1/2』
191('A`)sage :2005/07/10(日) 19:15:08 ID:YhmgPiUg
 アーチャーの少女が路地の影に座っているのを見るや、ナハトは足を止めて息を殺した。
 それは逃亡生活の中で身に着けた習慣のようなものであり、別にその少女に危害を加えるつもりがあった訳ではない。
 まさか座ったまま寝ているとは思わなかったし、ゲフェンの路地裏は夕方のせいもあってか薄暗く、人気はゼロに等しい。
 相手が誰であれ、驚くのは当然だった。
 動かないので忍び寄ってみると寝息を立てていたので更に驚いた。
(な、何考えてるんだこの子・・・・・・)
 もうすぐ夜になる。日が落ちれば不逞の輩が現れても不思議ではないし、いくら武装した弓手だからといって年端もいかない少女が無防備になって
いい場所では決してない筈だ。
 膝を抱えて眠りこける少女と、手にした買い物のメモを見比べてから、ナハトは溜息を吐く。
 放っておけるわけがない。
 何処か見覚えのある青い髪のアーチャーの少女。その小さい肩を叩いて声を掛けてみるも、反応はない。
 仕方がないので頬でも叩こうかと顔を上げさせた時、ナハトは気付いた。
(レ・・・・・・レティシア=アイゼンハート!?)
 かつて首都プロンテラで一戦交えた弓手の少女と、その少女は全くの同一人物だったのだ。
 一瞬の判断で後退り、身構える。しかし、当のレティシアは呑気な寝息を立ててやはり座っている。
 彼女が首都から自分達を追ってきたのは間違いない。それにしても行動が早過ぎたが、現にここに居る以上、あのウィザードの軍人やルーク――そう
名乗っている男、アルバート=スヴェンの姿もあるに違いない。仮面のプリーストも来ているだろう。
(まずい、な)
 状況によっては一刻も早くサリア達の下へ戻らなくてはならなかった。彼女達が寝ているのはまさにそのアルバート=スヴェンの家だからだ。
 グレイやティータが事情を知らない――ティータに関しては疑問だったが――とはいえ、得体の知れない連中である事は間違いない。
 ティータとキッチンで交わした不可解な会話を思い起こしながら、ナハトは焦燥に駆られる。
 或いは彼らがグルで、既にサリア達は捕まってしまったかもしれない。買い物と称してナハトを離れさせた隙に、事に及ぶつもりだったのか。
 それはあまりに矛盾した考えだった。彼らがそのつもりなら最初からそうしている。第一、ティータと出会ったのは偶然だ。
(冷静になれよ、ナハト。そんなわけがない)
 馬鹿げた考えを打ち消し、構えを解く。謎は残るが今はそれを考える状況ではなかった。
 ナハトは寝ているレティシアの頬を恐る恐る何度か叩き、熟睡しているのを確認すると、そのまま抱きかかえる。
 さすがに放っておくわけにもいかない。
 それにもし万が一、サリアが既に捕まっていたとしても、レティシアを確保しておけば有効な手札になる。
(本当に誘拐犯になった気分だな・・・・・・)
 ナハトはそんな事を考えながら、思いのほか軽い弓手の少女を抱えて来た道を引き返す。
 買い物とやらもしておいた方が良かったのかもしれない、と今更に間抜けな考えが頭を過ぎる。
「ん・・・・・・んん」
 自然と足が速まったせいか、当然というべきか、腕の中で弓手の少女が身じろぎする。
 起きるなという方が無理だろう。
 ぱちっ、と大きな瞳が開かれる。アーチャーの衣装はスカートの丈が短いし、それもあって色々と目のやり場に困ったので、ナハトはとりあえず目を
合わせずに言った。
「おはよう。ちょっと静かにしててね」
 こういう局面でも妥当な挨拶だろうと、この少年は思う。
 レティシアがどんな顔をしているのかは分からなかったが、大体は予想がついた。
「あ・・・・・・あああああ!?貴方!ナハト=リーゼンラッテ!!」
「し、静かにしてって」
 金切り声で名前を呼ばれるのは好きではない。黙れというのも無理な話ではあったが、大声を出されても困る。
 見ればレティシアはまず驚いたという顔でナハトを見上げている。状況が分かっていないらしい。
「と、投降しなさい。ゲフェンには仲間も来てる。逃げ切れるわけないわ」
 平静を繕って言うレティシア。が、ナハトは無視した。レティシアは躍起になり、怒鳴る。
「本当に仲間を呼ぶわよ!」
「・・・・・・呼べるものなら呼べば良いよ」
 ナハトは臆面もなくそう言い切り、思い切り足を速める。レティシアは念話で誰かに連絡をとろうと試みているが、ナハトはとうにそれが徒労に終わ
ると知っていた。
 サリアやロッテにも通じないからだ。
 恐らく、念話だけではない。これは憶測だったが、ワープポータルやテレポートの類の転移魔法も使えないのではないだろうか。
「け、結界・・・・・・ど、どうして・・・・・・!?」
 青ざめるレティシアに、ナハトは首を横に振る。
 プロンテラ城やミッドガッツ各地の重要拠点には転移魔法を封じる結界が張られている。外敵からの転移魔法を用いた侵攻を阻止する為だ。
 転移結界はそう難しい術ではない。あらかじめ十分に準備し、術者を配置すれば何処にでも張れるものだ。
 しかし、念話や遠距離通信の術まで封鎖する結界はそうそうお目にかかれるものではない。
 戦争や、それに準じる有事の際でしか用いる事が許されていない戦術結界である。それをゲフェン全域にかけているとすれば、相当数の術者が必要で、
かつ、何日も前から準備しなくてはならない。あくまで人の手によるものならば、だったが、かといって魔族のそれではないだろう。
 レティシアはナハト達が結界を施したと勘違いしたらしい。実際の所はナハトも混乱している。
 最初は追っ手のプロンテラ軍、つまりレティシア達の手によるものかと考えた。しかし、レティシアの混乱ぶりは演技には見えない。
 念話やワープポータルは冒険者から一般市民にまで浸透している重要な術だ。それをここまで広範囲に封鎖出来るのは軍か騎士団くらいなものだ。
 夕暮れのゲフェンはつい先程までは安らかな休息の地だった筈なのに、今は酷く不気味に見える。
 ふと、地面に伸びる影を見止め、ナハトは駆ける足を止めて顔を上げた。
 人の影だと気付いたのは僥倖だった。下手をすればそのまま気付かずに通り過ぎていたかもしれない。
 それほどまでに立っていた人物の存在感は希薄だった。気配とも言うべきだったかもしれないが、ナハトは妥当な言葉を知らない。
 例えるなら、そう、影そのものだ。夕日を背にして立つシルエットは細く、黒く、無機質。
192('A`)sage :2005/07/10(日) 19:15:34 ID:YhmgPiUg
「誰だ」
 急に立ち止まったナハトが険しい声で問うのを聞き、抱えられたままのレティシアもようやくその影に気付いたのか、顔を上げる。
 彼女が鈍いという訳ではないのだろう。もし完全に日が落ちていれば、ナハトも気付かなかったかもしれないのだから。
「ヴェノム、と。今はそう名乗っています、ナハト=リーゼンラッテ」
 影がゆっくりと歩み出す。
 酷く緩慢な歩みに見えた。
「フロウベルグ枢機卿の命により、サリア様をお迎えに参上致しました」
 声の主は女性だった。目元は紫がかった髪に隠れて見えず、口元には何の表情も刻まれていない。
 ナハトはレティシアを下ろすと、腰の海東剣の柄を握って身構える。
 ヴェノムは意外そうな顔をしてみせた。
「・・・・・・警戒なさるお気持ちも分かりますが、私は味方です。見ての通り何の武器も持ってはいません」
 両手を上げてみせるヴェノムの言葉を完全に無視し、ナハトは彼女の服――闇を溶かしたような黒の装束を剣で指した。
 ヴェノムはその意図が分からない、といった感で首をかしげるので、ナハトは投げやりに答えた。
「服に返り血が付いてる相手を信用できるわけないじゃないか」
 ともすれば見落としてしまうかもしれない、赤い飛沫を見止めて言う。
 ヴェノムは微笑を浮かべて両手を下ろす。丸腰に見えるものの、そうではないと少年の勘は告げていた。
「これは西門に居た騎士数人の血です。サリア様を脱出させるのに邪魔でしたから・・・・・・」
「殺したのか・・・・・・!」
 臆面もなく頷くヴェノム。
 ナハトは迷わず剣を抜く。
「ふざけるな!人の命をなんだと思ってるんだ!?」
「解せませんか」
「当たり前だ!」
「・・・・・・では、その剣で私を殺せばいいでしょう」
 激昂した少年へ、ヴェノムは静かに言い放つ。
「出来ませんか?抵抗しませんよ?」
 ナハトは、あくまで穏やかな笑みで言う目の前の女性が信じられなかった。
 これまで何度も"敵"と相対した。その度、ナハトには戦う理由があったし、間違ってもいなかったと思っている。
 しかし、人間を相手に殺すつもりで戦った事などない。殺せるとも思わない。それはエスリナ=カートライルとの戦いで思い知っていた。
 勝つ為に戦っていた訳ではないのだ。逃げれれば良かったのだから、それで良かった筈だ。
 殺せるわけが、ない。
「僕は・・・・・・」
 海東剣の切っ先を下げる。ヴェノムはそれで良いと言わんばかりに再び歩み出し、戦意を失ったナハトの前に立つ。
「くどいようですが、私は貴方の味方です。出来れば貴方も助けてくれと、サリア様から厳命されていますので」
「サリアが・・・・・・」
 嘘か本当かは分からなかったが、その言葉は重かった。
 ヴェノムが味方だというのであれば、本人に確認すればいい。それに彼女は相当の使い手の筈で、確かに味方というのであれば心強い。
 戦う理由などない。
「ですが・・・・・・さしあたってそのアーチャーは邪魔ですね」
「え?」
「殺します」
 淡々と、言った。
「何・・・・・・だって?」
 レティシアは聞こえていないのか、警戒の眼差しをナハト達へ向けているだけだ。
 そして、彼女の持っていた携行型の自動弓の矢は、寝ている隙にナハトが抜き去っていた。今はマントの下に隠している。
 彼女も一介の兵とはいえ、相当の弓の使い手だ。しかし、この状況ならヴェノムはあまりに容易く事を済ませるように思えた。
 話し込んでいるのに油断してか、レティシアは一足の間合いに入ってしまっている。
 ヴェノムはナハトの問いに答えず、動く。
 ごく自然な足運びでレティシアの前に立ち、両手を振り上げた。
「・・・・・・くそ!」

 呆気なく人が死ぬ、というのをナハトは既に知っていた。
 いつの間にか死んだ母親に然り、サリアと出会ってからは、戦いの中で実際に目の当たりにしてきた。
 唐突にであれ、予定調和の上であれ、直面してきたそれらは全て―――平等に訪れるものだ。
 不可避だ。
 だが、しかし。
(いつも・・・・・・こうだったのかもしれない)
 スイッチを、入れる。
 彼は今まで自覚していなかったその"行動"を、初めて知った。
 ちっぽけな自分を奮い立たせる術であり、自らを蛮勇に導く為の術。
 遠い記憶。

「ぼくは立派な騎士になるんだ!」
『へぇ・・・・・・どうして?』
 無理だ。
 今はもう分かっている。一介の商人の息子に過ぎない自分が、騎士になどなれる筈はない。
「わるいやつを全部こらしめて、皆を幸せにしたいんだ!」
『・・・・・・それは、難しいね。僕にだって、難しい』
 無理だ。
 今はもう分かっている。善悪なんて、神にだって判断はつかない。
 幸せがその先にあるわけでもない。
『君はそれでも望むのかい?』
「うん!」
 誰かが言う。ナハトはそれを懐かしい声だと感じた。
『そう・・・・・・何故だか、教えてくれないかな』
 ああ、そうだ。
 昔、父親に連れられて行った何処かの教会だ。
 自分はそこで"彼"に会った。若く力強い、護る事を使命とした青い髪の少年と会った。
 彼は聖女を護る騎士だ。誇り高き十字を背負う、選ばれた者だ。
 その彼がどんな思いで自分に問ったのか、幼いナハトは知りもしなかったし、知りたいとも思わなかった。
 ただ、正直に思いのままに答えを口にしたのだ。
「僕がそうしたいから」
193名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/10(日) 22:18:20 ID:yS4YVKxY
青髪の彼はもしやっ!

本当に寂しくなってしまいましたね。
でも私は待ち続けてます。

とりあえずこれ置いときましょう。
っ 待ち続けている人(1/??)
194名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/11(月) 01:27:40 ID:YzC/yfXo
(2/??)
というか、色々忙しくてなかなか続きがかけない倉庫の人ですが。
('A`)さまの文章の端々にプレッシャーを感じるのは気のせいデスカー。
がんがりますorz
195名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/11(月) 20:14:14 ID:3/kXiU4M
(3/??)
きっと、今はみんな小説を読んだり書いたり出来ないほど忙しい時期だから廃れているだけだと信じたい・・・!
・・・(´・ω・)ミンナカエッテキテ
196('A`)sage :2005/07/11(月) 21:30:50 ID:sV8EWIcc
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"


 『切っ先の向こう 2/2』



 ヴェノムの両手が振るわれた瞬間、ナハトはレティシアとヴェノムの間に滑り込むと、力任せに海東剣の刃を振りかざす。
 金属音が反響した。
「何を!」
 火花が散り、ヴェノムが飛び退く。その武器は彼女の両の手の袖に仕込まれているらしく見えない。
 ナハトはもう一歩踏み込みつつ、剣を横一文字に一閃させた。ヴェノムの目の前をかすめ、海東剣の刃は振り抜かれる。
「ちょ・・・・・・貴方!?」
「いいから逃げて」
 戸惑うレティシアへ怒鳴り、ナハトは未だ得体の知れない武器を操るヴェノムを一瞥する。
 レティシアへ向けられた太刀筋は刃物のそれだったが、手首の向きがおかしかった。少なくとも短剣の類ではない。
「・・・・・・そうですか。あくまで邪魔立てをするというのであれば、仕方がありませんね?」
 ヴェノムの線の細い顔が、はっきりとナハトを向く。敵視したという意思表示なのか、紫色の瞳は既に鋭く細まっている。
 ナハトは彼女の両腕を注視しつつ、マントを翻して海東剣に左手を添える。
 目の前の女がどれだけの実力を持っているのかは推し量れなかったが、暗器に近い武器を扱う相手である以上、長引かせるのは良くない。
 手持ちの武器が一つとは限らないし、何よりナハトにはこういったタイプの相手と対峙した経験が皆無だからだ。
「サリア様には残念だったと伝えておきます」
 たたん、と奇妙なステップを踏み、ヴェノムの体が加速する。
 まるで風のように迫る黒装束に向けて、ナハトは剣に蓄積させた闘気を爆発させた。
「マグナムブレイク!」
 刃を振るい、指向性を持たせて爆炎を放つ。狭い路地に伸びる炎が、接近するヴェノムを飲み込む。
「子供騙しの技を!」
 ヴェノムは避けもせずに炎へ飛び込み、そのままナハトへ両腕を振り下ろしてくる。
 対して、ナハトは熱で白熱化した海東剣を振り上げ、迎撃する。元よりマグナムブレイクの威力にはさほど期待していない。
 この技は突進してくる相手に対しての抑止力に成り得ない。接近時に最大威力が発揮される性質だからだ。
 ナハトは冷ややかに剣を振るい、ヴェノムの両腕の一撃を防ぎ切る。巧みで複雑な両手の軌道を読み切り、ベクトルをずらす。
 再び耳障りな金属音が響き、ヴェノムの得物が何かしろの刃物である事を確信するや、彼は迷わず剣の柄を手放し、拳をヴェノムの腹に叩き込む。
 よろめいた彼女にナハトの拳を受ける術はなく、体を折り曲げてその威力を殺すしかない。
 そこへ、ナハトはマントを翻しつつ身を捻り、体重を乗せた蹴りを見舞った。
「くっ!?」
 ヴェノムの目が驚愕に見開かれるのを、ナハトはやはり冷静に見据えていた。
 これらは全てグレイとの攻防で身に着けた体術だ。経験や技はともかく、単純な腕力では女性であるヴェノムよりも、ナハトの方が勝る。
 ならば、力を以って技に対抗すればいい。それをナハトへ実践して見せたのは他ならぬグレイだ。そして、ナハトは一度経験した戦いを忘れない。
 不意に苦渋に顔を歪めたヴェノムの姿が霧散するように視界から消える。
「上!」
「上だって!?」
 レティシアの声に、ナハトは素早く身体を後退させる。見上げた先には、有り得ない高さまで跳躍した黒装束の女性の姿がある。
 ヴェノムはそこから手を振るい、何かを投げ放つ。
 赤い、小さな―――石。
「ベナムダスト!?」
 悲鳴に似たレティシアの叫びを聞きながら、その言葉の意味するものをナハトは冷静に考える。
 ヴェノムが離れた理由。それは、この攻撃がともすれば使用者も巻き込むかも知れないほど広範囲に渡るものであるという事だ。
 着弾させてはならない。人の少ない区画とはいえ、ここは住宅地なのだ。
「伏せて!」
 端的にレティシアへ告げると、ナハトは大胆にもヴェノムの放った赤い石を蹴り返した。
 石はそのまま上空のヴェノムの目の前まで弾き返されると、そこで不意に紫色の煙を撒き散らしながら爆ぜる。
 多少、煙を吸い込んでしまってからナハトはそれが毒なのだと気付いた。僅かに指先が痺れ、鼻腔に刺激を感じる。まともに吸い込んで無事だったとは
思えなかった。
「も、もう・・・・・・何なのよ・・・・・・げほっ」
「僕が聞きたいよ」
 マントで口元を覆いつつ、同じように毒煙の中で口元にハンカチをあてがっているレティシアに隠していたクロスボウを投げる。
 レティシアがそれをあたふたと受け取るのを確認してから、ナハトはヴェノムの居た場所を見上げた。
 未だ煙が滞留しているせいでよく見えなかったが、気配・・・・・・言うなれば、殺気のようなものは既にない。
 二対一で分が悪いと判断したのか、単純に自分が見くびられていたのか・・・・・・或いは。
(僕に構う必要がなくなったのか?)
 何故。
「仲間割れでもしたわけ?」
 レティシアは問いながらも、案の定、ナハトへクロスボウを向ける。
「今更そんな事しても罪は軽くならないわよ」
「元々僕に仲間なんて居ない。僕は自分の意思でサリアの手助けをしてる」
「・・・・・・正気じゃないわ!サリア=フロウベルグが何をしようとしてるのか、分かったものじゃないのよ!?」
 かちり、と正確に額へ自動弓の狙いを定めるレティシアに、ナハトは苦笑する。
 かつてはそれを否定したかもしれない。あのサリアに限ってそんな、と。
 しかし、彼女が何の考えもなしにゲフェンに来たとも思えないのも事実だ。先程のヴェノムといい、何か裏があるのかもしれない。
「でも、君達に引き渡すわけにもいかない」
 若干の迷いの後で、ナハトはそう断じた。
 裏があるのは軍も同じだろう。でなければ、ただの疑惑の対象を最初から殺さんばかりの手勢で追跡する必要もない。
 捕まれば恐らく、サリアは殺される。漠然とした単なる予測に過ぎなかったが、ナハトにはそう思えてならなかった。
 今はヴェノムの事もある。一刻も早く、サリアの元へ戻らなくてはならない。
「退いてくれ・・・・・・君とは戦いたくない!」
197('A`)sage :2005/07/11(月) 21:31:11 ID:sV8EWIcc
 甘い。
 なんて甘いのだろう、とレティシアは心の中で呟く。
 城で最初に出会った時も、一言二言しか話さなかったものの、やはりこの剣士の少年は甘かった。
 撃たなければ撃たれる。斬らなければ斬られるという局面でさえ、感情に流されて幼稚な選択を取る。
 プロンテラでブラッディナイトと戦った時も、先程の攻防の中でも、敵味方に関係なく人命を優先する。
 甘い。
 よく今まで生き延びれたものだと思う。
 同時に―――何故こんな所に居るのかと、理不尽に思う。
 甘く、優し過ぎる。戦いに向かない、どこにでもいる少年ではないか。
 クロスボウを向ける手が微かに震える。単なる罪人が相手なら、既に引かれている筈の引き金が引けないでいる。
 気弱そうに見える少年の眼は、ただ真っ直ぐにレティシアの眼を見つめている。言葉では止められない覚悟さえ見え隠れする。
 撃つなら撃てと、そう決めてしまった者の眼だ。
 撃てばいい。引き金を引いてしまえばいい。
 元凶が何であれ、この少年のせいでエスリナは死に掛けた。レティシアも、ルークも、カルマもだ。
 殺してしまえばいい。それで守れるなら、あの少佐を支える事が出来るなら、殺してしまえばいい。そう決めた筈だ。
(・・・・・・なのに)
 この少年の担がれて目覚めた時、その顔を見て、最初に訪れた感情は怒りでも憎しみでもなかった。
 安堵だ。
 生きていてくれて良かったと、また会えて良かったと。
 敵だと思おうとすればする程にその感情は無視できなくなっていく。むしろ、話せば話すほど、触れ合えば触れ合うほどにそれは加速していく。
 憎む事が出来ない。敵として認識する事が出来ない。
 躊躇わないと決めたのに。
 後悔のないようにしようと、決めた筈なのに。
「え?」
「そういえば、借り・・・・・・あったよね」
 ゆっくりとクロスボウを下げるレティシアに、ナハトは動揺を露わにしてみせる。
 本当に戦うつもりだったのだろうか。
 そう考えてから、レティシアは少しだけ笑った。少年の腰の海東剣は、鞘に収まったままだったからだ。
 つくづく、甘い。
「返すわ。寝覚めが悪いもの」
「・・・・・・レティシアさん」
 複雑な微笑を浮かべるレティシアにつられ、ナハトも緊張を解いて表情を和らげる。しかし、レティシアは口を尖らせ、
「でも、調子に乗らないで。馴れ合うつもりはないんだから」
 精一杯の強がりを言った。
「そうだね」
 ナハトは何故か可笑しそうに笑い、頷く。
 レティシアは心なしか腹の立つその笑顔に、文句でも叩き付けようと口を開こうとして、
「ふーん。仲良しごっこ、か・・・・・・それじゃあ、困るんだけどねぇ」
 レティシアは突然かけられた声に振り返る。ナハトは彼女の背に隠れて、その声の主が一体何をしようとしたのか、判断が遅れた。
 振り返った先に立つセージの青年。その手には、黒の装飾が為された本がある。
 青年はそのままそれを振りかぶり、
「エスクラ!?」
「遅いよ!」
 咄嗟に飛び下がるレティシアを無視し、賢者の青年はナハト目掛けて本を放る。
 重力を無視して異様な軌道を描く本は、真っ直ぐにナハトへ向かって飛来する。我に返ったナハトは一瞬の判断でマントを盾にして防御するが、何らか
の魔術を帯びた本を到底防ぎきれるとは思えない。
 集中力を増大させ、弓を向けるレティシア。そこで一気に本は加速し、二人の目の前に迫る。
(間に合わない)
 確信した。
 同時にクロスボウを投げ捨て、踵を返し、身を翻した。
 それからしばらくして自分の背中に何かが突き刺さるのを感じ、ようやく自分の行動を悟った。
 目の前には呆然とした少年の顔がある。驚きさえも失って凍りついた表情がある。
 そんな顔をされても、自分にだってどうしてなのか分からない。ただ、そうしたくて、そうして、間に合った。それだけの事だ。
(甘ったれがうつったのかな・・・・・・)
 四肢の力が抜ける。

 
 恐ろしい光景を見ていた。
 放った賢者は少しだけ意外そうな顔をしてから、すぐに嘲笑を刻む。狂ったように笑い出す。
 あれは誰か。そして、何故、レティシアが目の前に立っているのか。何故、自分が受けるはずだったものを代わりに受けたのか。
「今度は・・・・・・貸しだから・・・・・・」
 蒼白の笑顔で言う。
 軽く華奢な身体が倒れるのを、ナハトは咄嗟に抱き止める。


 血の気を失った少女の背に、黒の本は音もなく埋没していく。

198('A`)sage :2005/07/11(月) 21:41:01 ID:sV8EWIcc
ご期待に沿えるかどうか自信のない('A`)です。こんばんは。
私のROは終わってしまいましたが、SSはきちんと終わるまで淡々と書いていこうと思ってます。

>>193さん
青髪の彼に反応される方がまだ居てくださるとは・・・感涙です。

>>保管庫の偉い人さん
ぷ、プレッシャーだなんてそんなつもりは・・・ないですよ。
でも、一読者としては待ちくたびれてます。


それでは、また。
199名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/13(水) 01:35:48 ID:m.80TFM2
面白いです。続きが気になる・・・
200名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/15(金) 05:57:52 ID:bP62WZVM
ぬお、チェックしてなかったら更新されてる!
('A`)さん、毎度毎度お疲れです
続き楽しみにしとりますよ
201SIDE:A 計算外sage :2005/07/16(土) 11:33:47 ID:qJqa4gJM
「ここなら絶対、と思ったのに。いつも、どうしてわかるのです?」
 あれはもう十年程前になる秋。寺院の裏、収穫期にはかぼちゃで一杯になる空樽の中から、まだあどけない少女は不思議そうに見上げていた。
「ははは、我々は護衛ですからな。貴女がどこに隠れてもすぐにお見つけします。かくれんぼでは負けませんぞ?」
「……彼女には“目”があるし。これは不公平じゃないかな」
 やや遅れてきて駆けてきた少年は憤るでもなく、その年頃に特有の細い肩を上下させ息を整えている。なんだかんだ口先では文句を言いながらも、彼はここに来てからどこか少女の遊び相手を続けていた。彼女の身分におもねる訳でもなく、そもそも身分というものを気に留めていないように。
 そんな少年に向ける、少女の目に彼が気づかないはずがあろうか。
「我らよりも早くお嬢様を見つける方法を教えてやろうか?」
「そんな方法があるのならね」
 藍髪の少女を近くで見続けていた修道僧は、男臭い笑顔を向けた。
「ずっと、隣でいればいいのさ。どんな時があっても、何があっても」
「……え」
 思わず、といったように声を漏らす樽の中へちらりと一瞥してから、彼は珍しく年相応の表情できょとんとしている少年の肩を叩いた。
「頑張れよ、少年」

『報告を……おや。どうかされましたか? マスターラオ』
「いかんな。どうも年を取ったようだ」
 首都方面に送り込んだ暗殺者からの念話に白昼夢から覚まされた男は苦笑した。
『……イズルードの師団は南西砂漠地帯にて件の魔族集団と会敵、敗走しました』
「そうか」
 これで、プロンテラ南方を守る盾は事実上無くなった事になる。北方の砦に割拠する有力ギルドに出動依頼が来るのは間違いないところだろう。そして、彼らをまとめ上げることが出来る人望を持っているのは一人しかいないはずだ。その為に、ラオは様々な手を打ってきている。表立ってはいえないような手段も含めて。
「主力は残っているか?」
『敗走者の中に司令官他、騎士達の姿はなく、おそらくは踏み止まって戦死したものと思われます』
「……おそらく?」
 正確な報告が多い暗殺者の珍しく言葉を濁したような報告に、車椅子の修道僧は眉をひそめた。
『はい。砂塵が濃く、クローキングしていても戦場近くには寄れませんでしたので』
「……そうか。まぁ問題にはなるまい。ご苦労だった。戻って構わんよ」
『は』
 念話が途切れた後に、静けさの代わりに喧騒が聞こえるのに気づき、男は車椅子を回すと窓にかかっていたカーテンを開ける。差し込む日差しに目を細めながら見下ろした中庭には、ちょうど大荷物を引いた一団が戻ってきたところだった。先頭を行く禿頭の騎士が、青や緑の返り血でまだらになった片腕を大きく振った。
「ラオさんよ、言われたとおり分捕ってきたぜぇ! 道中で超兄貴に見つかったが軽く捻ってやったわ!」
 二頭立てのペコ車の上に載った物を見た修道僧は、小さく頷くとカーテンを戻した。
「……全て事態は予定通り……。にもかかわらず不安を感じるのは、やはり年か、な」


 首都とモロクを繋ぐ、普段ならば比較的安全な街道筋で始まった戦いは、早くも終りに向かっていた。高台に立つ二騎の騎士からは砂塵に隠れて戦の様子は見えないが、時折響く剣戟の音、何より漂う血臭が状況を雄弁に物語っている。
「く、始まった後のようですね」
「第三騎士団遊撃、指揮官はデトマソカルロスだな。場所は砂塵回廊か……。寡兵で引っ掻き回すには悪くないが」
「が?」
「そいつは相手が人間なら、だ。敵が魔族なら騎兵で撹乱しても同士討ちはありえん。この戦、負けだぞ」
「どうしますか?」
「……拾いにいくしかあるまいなぁ?」
「勝ちを、ですか?」
「いんや。命を、ってとこだ」
 言うと、大柄な騎士は大剣を抜き払い視界のおぼつかぬ砂塵へとペコを駆ける。頭一つ遅れて女騎士が鎌を小脇に愛騎の脇を蹴った。
202SIDE:A 計算外sage :2005/07/16(土) 11:34:21 ID:qJqa4gJM
「とりあえず、何が問題なんだ。さっきの顔色を見るとただごとじゃないんだろ?」
 俺の失われた腕のあるべき場所を見たまま、口をパクパクさせているエルメスに、俺は話の続きを促した。
「借金なら知らんが、他のことなら聞くだけは聞くぞ」
「……あ、いや。良く考えたら、旦那に話すよりも先に、自分で努力とかしようかなー、なんて。あはは、あははは……」
 乾いた笑いを漏らす詩人を、斜め後ろに下がっていた女剣士が咎めるように眉を顰めるのが見えた。何者かは知らないが、どこかイリューと似た雰囲気を感じる娘だ。持ち込むつもりだった厄介事というのは十中八九この娘に関することだろう。
「あなたが、イリューさまの騎士ですね?」
「待て、今の旦那は……」
 シリアスな声で言いかけるエルメスを無視して、剣士の娘は俺を見据えたままで続ける。
「……イリューさまは、人間の砦に囚われています。騙されたのです。どうかご助力を」
「なに?」
 その言葉に、一瞬で俺の頭が冷えた。イリューと別れてからまだ一月にもならない。砦の争奪に興味はなかったが、イリューの所属するギルドの動向だけは、俺は一応押さえているつもりだった。現在のところ、彼女のギルドはどことも抗争してはいないし防衛は磐石のはずだ。とはいえ、あまりにも無防備すぎたイリューの性格を思うと、何かがあってもおかしくはないとも思える。
 ……確かに、片腕を失ったのは、痛恨だ。
「詳しく話してくれ。どこの砦に、いつ捕まった?」
 掴みかからんばかりに剣士娘に迫る俺の質問に、横手のエルメスが諦めたように答えた。
「……捕らえられているのはゲフェン郊外ブリトニア。ギルド“黄金の暁”の二つ目の砦っす」
「馬鹿な。そこはあいつの……」
「所属先ってのは擬装です。彼女によれば、イリューさんは連中に捕まる事を承知の上で行ったらしいんすよ」
 エルメスの発言を剣士娘が頷いて肯定する。
「証人が必要でしたら、そちらの聖職の方がご存知です」
「シェールが!?」
 手持ち無沙汰そうに立っていた青年は、俺の驚きの視線を受けてきょとん、としていたようだったが、居住まいを正して頷いた。
「ええ、その件なら私も知っています。たまたま、そのギルドの方がイリューさんに交渉を持ちかける現場に居合わせましたから」
「交渉……?」
「彼らの魔法実験に協力する代わりに、彼女に何か代価を支払う、というような話だったと思います。一応、止めはしましたが……」
 硬く拳を握ったままで、俺は一歩踏み出した。
「……何故、黙っていた」
「だ、旦那」
 間に入ろうとする詩人を無視して、俺は落ち着いた顔の聖職者に低い声で尋ねる。
「知っていて、何故今まで黙っていた? シェール!」
「………」
 シェールは、黙ったまま肩をすくめた。
「どうやら、ブレイドさんを怒らせてしまったようですね。ですが、これはイリューさんの希望でもあるんで……」
 言葉を遮ったのは、俺の拳だった。数歩よろめいた紫の僧服に、鮮やかな赤が二三滴こぼれるのが見える。どうやら、口を切ったらしい。
「旦那……。落ち着いてください!」
 エルメスが俺の肩を掴んで叫ぶ。ダンサーのそれとは違えど、鍛えられた声が耳元で響き、俺の狂乱に水を差した。殴られたまま、横を向いたままでシェールが声を荒げもせずに言った。
「貴方は自分の都合でしか物事を見ていない。事前に知っていたら、貴方はどうしたというのです? 砦に向かう前に、イリューさんを攫って逃げたとでも?」
「それで、何が悪い。腐っても俺は騎士だ。追っ手が来ても彼女一人を守ること位は……」
 吐き捨てるように呟く俺の正面で、エルメスが言い難そうに、しかしはっきりした声で言う。
「旦那。それくらいで」
 エルメスは俺の眼光にも怯むそぶりを見せなかった。
「今の旦那はシェールさんが悪いと思ってるわけじゃない。ただ、何も出来なかった悔しさをぶつけてるだけだ」
「……ッ!」
「そして、その身体じゃこれからも何もできそうにもない。そう思って拗ねてるんだ」
 シェールが、エルメスに食って掛かりかけた俺の鼻先に指を突きつけた。声は高くは無い。しかし、この知り合ってからさほど長いとはいえない聖職者が俺同様に激しているのは、俺にも分かった。
「自分ならば、相手を救える。その考えが傲慢と言っているんです。望まない相手に救済を押し付けてどうするのです? それで誰が救われますか」
「望まない……?」
 予想外の言葉に、俺の言葉が詰まる。その隙間を縫うように、剣士の娘の声が背後から聞こえた。
「……イリュー様は、恩人の身命をあがなう為に、進んで取引をされたのです。騎士様。おそらく、あの時に騎士様があの方を連れてお逃げになろうとしても、イリュー様は拒否なされたと思います」
203SIDE:A 計算外sage :2005/07/16(土) 11:34:48 ID:qJqa4gJM
 と言う事は、あの日立ち去るイリューは、全てを覚悟していたのか。最大規模のギルドに狙われるような何かを彼女が秘めていたとは、俺は気づけなかった。別れる間際のイリューの声が脳裏をよぎる。
『…我が名は依瑠。我が名において、汝の誓いを受けよう。我と共に永久を歩み、我と共に死すべし』
「共に……、か」
 取引が済んだ後に助けてくれ、とも彼女は言わなかった。逃げるだけならともかく、囚われて後の救出となると、俺の状態が万全でもおぼつかないと分かっていたのだろう。かつて、単騎でどこぞのギルドに喧嘩を売って攫われた情人を奪い返した女騎士がいたと言う話も聞いているが、いかんせん、今度の相手は金で雇われた烏合の衆と言うわけではない。
 まして、今の身体では。
「どうされましたか? 騎士さま」
 後ろからの少女の声に、俺は我に返った。
「……いや、ちょっとな。すまなかった、シェール」
「いえ、私もかっとなりました。まだまだですね」
 俺は、一つ深呼吸をする。イリューが捕らえられている、とエルメスは言った。殺されたわけではない。“黄金の暁”といえば悪い話は聞かないギルドだ。
 俺は、不愉快な想像を押し殺した。イリューは生きている。イリューは無事だ、と。

「それより、彼女が何ゆえに囚われているのか知っているか? 今から話し合いの余地は無いのか?」
 エルメスに問いかけたつもりだったが、それに答えたのは剣士の娘だった。
「理由は存じています。それと、話し合いは無理でしょうね」
「何故だ」
 振り返り、細めた目の向こうで、何故か剣士の娘は俺を睨んでいる。いや、値踏んでいるようだった。
「理由をお伺いになれば、判ると思います。お話しする前に、一つ質問をする事をお許し下さい」
 許せ、といいながらも娘の声からは拒否を許さない響きが聞こえた。質問に答えなければ、話す気は無い、とその表情が語っている。俺は、小さく頷いた。
「私の口から何を聞いても、……あなたはイリュー様の騎士であり続けられますか?」
「ああ。たとえ何を聞こうとも、それは変わらない」
 それに、彼女が俺の助けを拒んでいたとしても、と心の中で呟く。娘はそれが聞こえたかのように、小さな笑顔を見せた。
「そうですか。安心いたしました」
 その様子で、俺はさっき彼女がイリューに似ていると思った理由がわかった。この娘の表情は、初めて会った頃のイリューのそれのようにぎこちない。表情が硬いのだ。こちらに向ける、作っているかのような笑顔。
「イリューさまは“こちら側”でいらっしゃるのです。それが、人間に囚われた理由です」
「こちら……側?」
 意図の分からぬまま説明を待つ俺に、少女はまた、小さく笑った。その目が一瞬だけ赤く光る。
「申し遅れました。私は魔族ナイトメア。このような場所ゆえ、姿を偽る事をお許し下さい」
「……これはまた、直球ですね」
「あちゃあ……」
 呆れたような、驚いたような表情で呟くシェールと、顔に手を当てて天を仰ぐエルメスとをちらりと一瞥づつすると、俺は剣士の方へと目線を戻した。この娘は、自分が魔族だという。確かにドッペルゲンガーのような魔族がいるのだから、見分けがつかないほど人を模した魔族と言うのもいるのかもしれない。しかし、目の前の娘のように剣士と言うなら知らず、イリューは聖職者だった。ヒールを貰ったこともあるから、見た目だけということも無いだろう。無論、ヒールを使う魔族とていないことはない。例えば、グラストヘイムにいる自動人形のアリスだとか。
「信じられない、という顔ですね」
「……まぁな」
「いいでしょう。では、信じさせてさしあげます。イリューさまの本来おられる場所がここではないことを」
 剣士はそう言うと、俺の横をすりぬけて宿屋へと足を進めだした。
「お、おい。どこへ?」
 背中にかけた声にも振り向きもせず、少女は裏口から階段へと勝手知ったるように向かう。気は逸れども、事情を知る鍵はどうやらその少女らしい。俺は舌打ちをして彼女を追いかけた。奇妙なことに、誰かが裏口を通れば必ず目を向け誰何するはずの店主は、立ったままぽかんと口をあけて宙を見つめている。
204SIDE:A 計算外sage :2005/07/16(土) 11:35:09 ID:qJqa4gJM
 少女を追った俺とエルメスがたどりついたのは、俺が常宿にしているいつもの部屋だった。ノックも無く、少女は扉を引くと中へするりと足を進める。
「おかえりなさい。あら? エルメスと……可愛いお嬢さん?」
 部屋に一脚しかない椅子に腰掛けて、なにやら編みかけの手のままで首を傾げるテスラに、エルメスが驚いたような表情で固まった。
「な、なんでお前がここに?」
「何って、怪我人の治療です。勝手に自己判断で稽古事とか始めちゃうから、そろそろ匙を投げようかと思ってますが」
「……すまんな」
 冗談交じりの皮肉だとわかってはいるが、つい棘のある返事を返した俺に、テスラが怪訝そうな目を向けた。その視線を横切るように剣士の娘がずかずかと室内へ歩を進める。
「ブレイドさん、何かあっ……、って、ちょっと、お嬢さん?」
 テスラの声に見向きもせず、一直線に少女が向かった先は、イリューのおいていった箱だった。その上にそっと手を当てて、呟く。
「ミミック、起きなさい。イリューさまに危急が迫っています」
「……ッ!? ハコ、起キル! イリュー! イリュー!」
 がしゃり、と鎖の鳴るような音を立ててその箱は身震いした。
「何!?」
「オ前、イリューノ騎士! 戦エ! ハコも戦ウ! ウハwwwオkwwww」
 ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、俺の周囲を回るそれは間違いなく、今までに方々の迷宮で何度も戦った覚えのあるミミックの動きだった。確かに、ミミックが人に慣れたと言う話は寡聞にして聞かない。
「これで、信じていただけましたか? イリュー様が我々の仲間であられる、と」
 娘の声に顔を上げると、固唾を飲んで俺の言葉を待っているのが目に入った。ただ一人事情が今ひとつわかっていないようなテスラに小声で説明しているエルメスと、何を考えているのか読めない微笑を浮かべたシェール、それから下で跳ねる箱に順繰りに目を動かす。
「なるほど。……まぁ、あいつが何者であっても関係なかったな。俺は何をすればいいんだ? あいつを取り戻す為に」
 足元で静かになった箱を胡散臭げに見ながら、俺は剣士姿の魔族に眉を上げて見せた。


「っ! 兵を逃がすまで踏み止まるぞ! 王国騎士の死に様、見せてやらんとな!」
「は。お供いたします!」
 もとより無理な出兵だった。だが、騎士は主命に逆らうことは出来ない。よしんば彼が逆らったとて、剣士ギルドのひよっ子達が指揮官抜きで出されるだけのことだ。出撃したときから動かぬ敗勢を前に、騎士デトマソカルロスが選択したのは己を捨てて他を生かすことだった。
「ガキどもは返して正解ですな。こいつは教育上よろしくない」
 豪快に笑いながら、半裸の女魔族の豊満な胸に槍を叩きつけた騎士が、次の瞬間、横合いからの雷撃に胸を打たれて騎鳥にもたれかかるように崩れた。悲しげなペコの泣き声にはっと顔を向けたデトマソの目の先には、にやにやした笑いを張り付かせた黒い悪魔の大群。いつの間にか、後ろからも何かの駆ける音が聞こえる。大剣を握りなおしながらデトマソは薄く笑った。
「ち……横も背後も抑えられたか。これまで、だな」

「外周盾構え! 密集体系!」
 突如響いた胴間声は、生き残りの騎士たちの背筋を撃った。前列騎士が反射的に構えた盾の表面で、黒い悪魔から一斉に打ち込まれた雷撃が霧消する。
「馬鹿な……、この声は」
「後列はチャージ準備! 合図次第正面を抜くぞ!」
 耳を疑った彼らの前を、威風堂々たる単騎が駆けすぎた。主が我に返るよりも早く、戦場往来のペコ達が一斉に頭を揃えて隊列を組みなおす。それが自分と主人の生き残る道だと知るかのように。
「さぁ、ぼーっとしてないで剣を取りなさい! 今のうちに、息のありそうな仲間は後ろにすくい上げて! 生きて還るわよ!」
 良く通る女の声が騎士達の強張りを取り去った。いまだ夢うつつながらも、デトマソは愛騎を突撃位置につける。脇で槍を構えた女騎士が兜の下でウィンクをした。
「生きていたようでよかったわ、デトマソ」
「しかし、この状況で負傷兵を連れて生還など」
 言いかける騎士を人差し指一つで黙らせると、女騎士は敵前列を文字通り粉砕しつつある騎影を、どこか嬉しそうに見ながら言った。
「貴方は知らないのよ。何であの人がナイトマスターじゃなく、マスターナイト……、軍師騎士って言われてるかを、ね」
205SIDE:A 計算外sage :2005/07/16(土) 11:38:06 ID:qJqa4gJM
 英語の成績は悪かったですが、Master Knightが形容詞的に正しいのは知ってます。
軍師がMaster一語じゃないのもわかってますので突っ込みご容赦下さい(逃。
カタカナなので、語感だけでなんとなくハッタリを飛ばしてみたかったのです。

 なんだか、日々暑くてだるーですが、皆様お体にお気をつけ下さいませ。
206名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/16(土) 13:09:56 ID:aFO2txlI
>SIDEの人
アツイ展開になってきましたね。一気に加速しそうなワクワク感がっ。
毎回楽しく読ませてもらってます。体壊さない程度に頑張ってくださいませ。
207名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/17(日) 23:28:56 ID:lT8n61lk
それなりに活気があって嬉しいなぁ。
自分も参加したいけど携帯しかないぜ _| ̄|〇
書けるとしても1k弱か…
208名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/18(月) 03:22:14 ID:a.sV5IV6
>>207
1kbで収めるというルールのSSもある。
が、携帯で見てるならパケ死には注意しろよ。
209名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/18(月) 12:52:58 ID:1or6/9kg
本気で書きたいならネカフェ使うとかPDA買うとかいろいろあるやな。
210名無しさん(*´Д`)ハァハァSAGE :2005/07/18(月) 20:38:10 ID://G/oT8A
そんなこんなでノートPC買っちゃった。
これで創作できる
211とあるスレのひとsage :2005/07/23(土) 20:26:28 ID:z4xfdW8E
 花と月と貴女と僕

 りぃん、と涼やかに鈴は鳴る。
 空には、真ん丸く、蒼白い月。
 彼女は艶やかに、淑やかに、そして孤独に微笑んで。
 眼下に広がる蒼い世界を、じっとじーっと見続けていた。

 彼女には手はないから。美しい世界を触れない。
 足も、口も。だから、ハミングを詠いながら夜空のすみっこに腰掛けて、足をぷらぷら揺らせもしない。
 只、じぃっとじぃぃーっと見ているだけ。
 たった、それだけ。

 それから察するに彼女はちょっぴりシャイで、それから寂しがり屋なのかもしれない。

 …

 このプロンテラ、と言う都市に夜は無い。
 仲間を求める人間は、いつだって臨公広場なんて呼ばれる場所に集まっているし、
一歩裏通りに入れば、文字通りの不夜城が煌びやかさを競い合いながら延々と続いている。
 例えば、セクハラ大聖堂だとかが、その中でも有名だろう。
 最も、僕なんかには、余り関係の無い場所だけども。
 そんなのは、金持ちの道楽だ、と確信している。
 お金の無い剣士なんかには、とんでもない外れ籤しか回ってこない。
 しかも、そういうのは大抵、大安売りで、しかも日銭を稼ぐために自ら得物を求めて徘徊するアクティブな性質だったりするのだ。
 (中年or老年の売れ残りとか、土偶みたいなのとか、オークレディ似のとか。最悪、薄らと髭が生えてるのさえ来るかもしれない)
 プロンテラには夜は無いけれど、日陰っていうのは確実に存在している。
 絶対に間違いない。つくづくそう思う。

 ──そんな愚痴はともかく。
 しゃりしゃりと、砂利を踏みながら夜の道を僕は歩く。
 漸くプロンテラまで帰り着いた後に目指す先は、崑崙で取れるとか言うお米のお菓子みたいに薄っぺらい布団の木賃宿。
 (注:木賃宿、寝泊り以外は宿泊者が全て自分で工面する宿の事を指す。特徴は兎に角安いこと)
 晩御飯は、安い定食屋で食べたから後は寝るだけ。

「儲けは海産物ばっかりかぁ。…せめて風属性のスティレットでもあればなぁ」
 都合数日篭って稼いだ銭は…まぁ、そこそこ、と言ったところ。但し、レアなんて勿論無い。
 まぁ、カブトムシの臭いがする蟻と延々と戯れるよりはずっとマシか。あの場所は色々と疲れるし。
 (耳にへばりつくあの音だ。ばひゅーん。ばひゅーん。ばひゅ(ry&以下延々と) 一度マヤーパープルとランデブーでもすればいいのに)
 自分を慰める。勿論イカ臭くは無い。第一僕はまだイカは倒せないし。
 Lvが後10程も足らないのではないだろうか?

 空しくなって、僕は空を見上げた。
 目の中に写るのは、街灯の光と真ん丸い月。
 とても綺麗だけど、月には手は届かない。
 街灯には手が届くけど、触れれば火傷をするだけだ。
 火傷をするくらいなら、遠くて綺麗な月を眺めていた方がいい。

「明日にゃ明日の風が吹く…だし。明日の為にも今日も寝るっ」
 決意。しかし0.5sec後に自らの台詞に激しく自己嫌悪。

 ──拝啓お袋様。明日の為には先立つものが必用ですよ。なのですよ。
 具体的には、Lvとかゼニーとか装備とか云々。
 さて、とかく僕は今何時もの道を通って何時もの安宿に着きました。
 洗濯板というよりお煎餅で、更には湿っぽくて、寝転がってると体が痒くなりそうな愛しいアイツが僕を呼んでいます。
 愛しいその名は煎餅布団。せめて片思いでもいいから人間の想い人が欲しいと想う今日この頃です。
 しかし。その愛は本物。宿の前。ここまで来ると、そのオーラが僕にもひしひしと感じらる程です。
 それから、これからの季節、熱くなりますが夏風邪など召されないようにご自愛ください。
 愚息よりお袋様へ、かしこ。

 がちゃり、と僕は木賃宿のドアを開いた。
 ばたん、と狭い廊下を抜けた後で、一つの部屋のドアを閉めた。

 ランプの一つも無いし、窓はカーテンを引いているから、酷く暗い。
 でも、剣士の装具をつけたままであろうと、先ずは愛しい煎餅布団に熱烈な抱擁をしなくては。
 風呂も未だだけど…正直、頑張りすぎて疲れてた。磯臭い海産物とメニューで一番安い焼き魚定食でおなか一杯だったし。
 しかし一日の夕餉がパサパサに焼き枯れてて、ちょっぴり切なくなる今日この頃。でも、風武器買うまでの辛抱だ。
 複数の多段ベットが並んでいる内、手近なのを選択。作戦決行。
 無心に大きく手を広げ、煎餅布団様に五体投地。気分は立派に修行熱心なアコライト。嗚呼、泥の様に眠りた──

 ──がすっ。

「───っ!!!」
 かなりに良い音が景気良く響いた。言うなれば、+10メイスでのクリティカル。
 痛覚に、他の何をも差し置いて反射的に海老反り。しかし直ぐに背筋は限界に。僕の体重+ウドゥンメイル+他もろもろだし。
 ぱふっ、と今度は何だか柔らかいものの上に頭が落ちた。
 ピッキの幻影がくるくるくるくる…無常に頭の上あたりを回ってる。
 これは祟りなんだろうか。いや祟りなんですよ。きっと、ノービス時代に乱獲したピッキの祟りに違いない。
 いや原因不明。原因不明ですよ。アラート・アラート。

「ぃたぁ……」
 ああ。終に泣きがちょっぴり入った幻聴も聞こえてきましたよ。末期ですね。主に僕。目の前は、ふわふわで暖かくて真っ暗ですし。
 まぁ最後くらい、夢にまで見たふかふかの布団で眠れるのはいい事なのかもしれないけど。
 拝啓おふくろ様。直ぐに又手紙を出す愚息を──ん?

 Q:今自分が居るのは公共の(安さだけの)宿泊施設であり、基本的に全室相部屋である。
  そして、自分は録に確かめもせずベッドに倒れ込み、結果、何者かとごっつんこ。
  それから、聞こえてきたソプラノ気味の小さな悲鳴。
  これらの材料を総合して考え出される結論を述べよ。

「A:先客がい…」
「ど、どいてよっ。重いよっ!!」

 サ…サー、イエスサー!!結論に優先して、僕はその命令に従う。どけと言われれば素直に退いてしまうのは小市民的悲しい習性だ。
 何かふわっ、とした妙に柔らかい物に手を突いた気もしたけど、身を後ろに下げながら一気に体を持ち上げ。
 時に──注意その1、この部屋の多段ベットは上の底板との感覚が狭いです。

「ごがっ!?」
 ごすっ。注意を無視した僕(オロカモノ)の後頭部を木の板は痛打。
 その鋭い衝撃に勢い良く、頭を下げる。
 ──注意その2、このベッドには通路側の脇に木の柵があります。

 がすっ。注意を無視した(ryの額を木の柵が(ry。
 しかも今度は熱烈な重力の抱擁付き。僕の自重も相まって衝撃は額面の二割り増し。

「あだぁぁぁぁっ!!」
 ぼぐっ。また、後頭部からイイ音が。
 ああ。この部屋のベッド君は僕の知らない間にモンクに転職してたみたいです。
 一撃の後の見事な三段掌。転職直後なのか更なるコンボには繋がらないのは不幸中の幸いなんだろうか。
 きっと、この猛者なら僕に倒せないイカ君も楽々なぎ倒せるんだろう。
 グッバイ人間の尊厳。さようなら剣士の矜持。お袋様…僕、泣いてもいいですか?
 薄れ逝く意識の中で、僕は最後にそう思ったものだった。

 どれくらい時間がたっただろう。気づくと、床の上に丸太の様に伸びていた。
 冗談です。つーか、嘘です。情けなくて、そのまま床の上に身を投げてました。

「だ、だぃじょぶぅ?」
 何だか独特な声で、柵から身を乗り出して僕の事を見ているのは…件の先客さんでしょうか。
 最も顔立ちは、濃い闇に紛れてしまって良く見えませんでしたが。

「大丈夫。大丈夫だよ、うん。ピッキが一匹、ピッキが二匹…」
「ぴっき?」
「目の前でピヨピヨ言って回ってる…しかも絶賛増殖中。実は単細胞生物なのやも。
新発見だ、ジュノー学会で早速発表して、そしたら僕はきっと博士さ、ひゃっほぅっ!!」
「ぴっき、みえないよ?たんさいぼう…?じゅのー…?」
212とあるスレのひとsage :2005/07/23(土) 20:27:19 ID:z4xfdW8E
「……」

 不思議そうに小首を傾げているシルエットに、僕は何も言い返す事が出来なかった。
 先の不幸なファーストコンタクトの手前、はははそれは僕しか見えない素敵な素敵な+激しく+凄いピッキ様さ、あ、拝観料1Gzね。
 などと捻りの利いた、かつ白い人に1000時間ほど出口の無い牢獄で性格矯正されそうなジョークを初対面の方に言う訳にもいかない。
 結果としてどうにも特徴的な口調で喋る御方と、三段掌のあおりに床に腰を下ろしている僕は見詰め合っていた、けれども。
 そこはかとなく漂う気まずさに耐えかねて僕は、立ち上がって明り取りに窓のカーテンを開ける。

 そして振り返り、次の瞬間僕は思わずその場にへたり込みそうになった。
 女の子がいた。そう、ファーストコンタクトをした先客は女の子だったのだ。しかも、凄く、もの凄く可愛い。
 月影に照らされて白く輝く、短く整えられた髪の毛とその上にちょこんと乗った丸い帽子。すうっ、と綺麗に整った目鼻立ち。
 服装は暗がりに隠れてよく見えないから、何の職かは良く判らない。それはともかく、こっちをじーっ、と見ている眼。
 薄暗い月明かりの下でさえこれなのだから、眩しい日差しの下だとさぞかし。
 自慢じゃないが、生まれてこの方女の子の手を握ったなんて記憶は幼少のみぎりだけだ。
 何となく、僕はその女の子の姿に今も綺麗に空で輝いてるお月様の事を思い浮かべ──

「って…でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 思わず、委細構わず、辺りの部屋の迷惑も顧みず、思いっきり、そりゃもう心の底から絶叫した。
 これだけ驚いたのは、剣士としてプロンテラにやってきて始めてかもしれない。
 一方の女の子は、眼をしばだたせて、同じく驚いた様な顔だ。…当たり前か。
 だがしかし。一方の僕はというと。


「どどどどど、どぉうして君の様な綺ぃぃぃ麗ぇぇぇい、な女の子様様が、こ、こんなボロで不潔で布団が1cmぐらいしかなくて臭くて
寝転がっているだけでノミの滋養供給に役立って、碌でもない腐れ貧乏冒険者しかいなくて、近所の人から白い眼で見られてっ…
あ゛あ゛あ゛ーっ、寧ろ政府機関の取り壊し計画の第一筆に!? ギャーっ、作業員が作業員がぁぁぁっ!!?斧!?そしてそれはハンマー!!?
止めてお願い僕には他に行く所が無いの止めて止めてよお代官様っていうか、そんな近日常連の宿無し決定っていう様な状況でしかも
ちょっぴり柱に蹴り入れただけで家屋全壊しちゃいました取り壊す手間が省けちゃったよエヘヘ☆っていうよりも、
元々半分傾いてて自然崩落が時間の問題で野宿よりは少しはマシかもねっ♪って言うような様なこの場所にぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 などど、怒涛の如く自虐をのたまっていた。無論、冷静さなぞ瞬間的に揮発。嗚呼、数々の劣等感と心的外傷(トラウマ)万歳。
 世の中とっても歪んでいるよ、だとか、そういう子供じみた理想論を訥々と熱く語る程幼くはないつもりだけれども。
 そして、ものの見事な位偏見混じりに違いないのだけれど、しかし、もし彼女くらいの器量がある女性冒険者ならば
幾らでも、それこそ佃煮にするぐらい熟練冒険者(男性と一部女性)のパトロンが付くだろうってのも、この街では紛れもない事実だ。
 最も、そんな彼女達の大部分はそれなりに冒険者として早く熟達するけど、それに纏わる黒い噂も雲霞の様に飛び回ってる。
 噂は噂だけれど、事実あっ、と言う間に熟達した綺麗な女冒険者がある日ぷっつり姿を消すなんて事はありふれてる。
 そうならなくて良かったと安堵も覚えるが、同時に、やっぱりこんな場所には余りに不似合いでもある。

 そこまで一息で言い切り、ぜーはーぜーはーと激しく息を切らしている僕を尻目に、女の子はやっぱりこっちを見ていた。
 返事は無い。きょとん、とした顔でこちらの意図を余り理解していない様に見えた。
 こいつ…白痴か?等と失礼な事を一瞬考えるが、寧ろintを碌に上げてない僕よりよっぽど明晰な瞳の光にその可能性は瞬時に消えた。
 いや──傍から見れば、こんな真夜中に喉が張り裂けんばかりに絶叫した僕の方がキ(検閲)イに違いあるまい。
 比較による浮き彫り。即ち、叫ぶKitty Guy(邦訳:子猫男 発音:キティ・ガイ)と利発そうな眼の無垢な美少女。
 その場に崩れ落ちました。膝を突き、四つんばいになって(注:orz)。主に自虐によるダメージが大。

「どうしたの…? からだぃくないの?」
「寧ろ心が。後ろから味方に刺されてウボァー、ブルータァァァァスッお前もかぁぁぁっ、って叫んでる」
「…かなしいの?」
「いいや、悲しくない。悲しくないともさ」

 親指を元気良くサムズアップ。
 白い歯もにかっ、と見せたかったけれど月明かりの下では無理だ。
 そういえば、質問の答えがまだだ。もう少し判りやすく噛み砕いて教えて進ぜ申し上げ候(そうろう)べきなのであろうか候。
 気を取り直して僕はそんな事を考える。……やっぱ、キチ○○の素質があるのやも。鬱。

 きゅぅぅぅ…ころころ。
 だが僕は、何やら酷く物欲しそうな音に臥せっていた顔を上げた。
 その出所は…考えるまでも無く、目の前の女の子以外には無い。

「……」
「……」
「…………」
「…………おい君」
 再び二人は見つめあい…漸く、僕はそうとだけ言葉をひねり出す。

「?」
 何事か、と女の子は僕をじっ、と見る。
 その視線に少々気圧されながら、言葉をゆっくりと転がしていく。

「お腹、空いてるのか?」
 僕の問いかけに、こくり、と女の子は頷いた。
 お金は持ってるの、と続けると今度は首を横に振る。
 ここに来て長いの?再度たずねると、又首を振った。
 そりゃそうだ。こんな子がこの宿に来てたなら僕や他の住人が気づかない訳無い。
 …というか、冷静に考えればさっきの絶叫も間違いなく宿中に響いた事だろう。
 今頃は、他の客は聞き耳立てて潜んでるに違いない。まぁ…僕と同じで、そんな事ぐらいしか楽しみが無いんだろうけど。

 OK、状況を整理しよう。
 目の前の女の子が何の理由でこの風呂とトイレさえも狭くて共同でしかも前者は酷く生ぬるいボロ宿に来たのかは永久の謎だ。
 いや、そもそも鍵の立て付け悪いし、管理人も常駐していないから入ろうと思えば誰でも入れるんだが。
 だがしかし。現状では彼女は金が無くて、人前で景気良く腹の虫をダンジリフェスティバルをば開催まします程腹を空かせている。
 むむむむむ。瞼を閉じ、汚名を挽回するべく(使い方これであってただろうか。まあいい)、ナイスな解決案を僕は考える。
 ──1.5sec経過。頭の中で、マカデミアナッツみたいな種が上からゆっくり降下してきて、ぱきぃんと心地よい音を立てて割れた。
 快刀乱麻の鶴の一声。頭脳明晰。この思考は宇宙一ぃ!!これが与えられた最高の答えだっ。
 おお。迷える子羊たる僕に知恵があふれ出んばかりなる偉大な彼の者はこう言った。
 汝、硬き薄き財布の口を開いて夕餉を振舞うべし、と。薄いは余計だ。ここは検閲削除。
 しかし──これはフラグだ。フラグだよ。フラグが立ったに違いないYO!!
 嗚呼!!オーディン様バルキリー様八百万の神様有難う、有難う!!

 十字式だかなんだか良く判らない十字を胸の前で切り、慈悲深い天にここぞとばかりに感謝を山盛りに捧げる。
213とあるスレのひとsage :2005/07/23(土) 20:27:57 ID:z4xfdW8E
「……ごはん?」
 しかし、ぽつり、と女の子が呟いたその一言で、脅威の大宇宙的思考(当社比)から一気に現世へと帰還する。
 出来るだけ自然を装った爽やかな笑顔(注:主観)を向けて、僕は望ましい答えを返す。

「勿論さっ、さあ逝こう!! 栄光のヴァルハラにっ!! オーラロードは開かれたっ!! 見飯必食!! エイエイ・オー!!」
「えいえいおー」
 力強く、天に向けて握りこぶしを突き上げる。女の子も、つられておずおずと握った片手を上げた。
 …あ、そう言えばヴァルハラってあの世だったっけ。使う言葉を間違えたかもしれない。
 こういう時は、自分がとんでもない馬鹿なんじゃないかって思ってしまう。

 だが。その意見に僕は胸を張って弁明が出来る。
 若い身空の男が可愛い子と相室、んでその子がお腹を空かせて一人腹腔ダンジリフェステボー。
 この状態で、何もしない奴は股座に何もくっ付いてないか、切り取った後か、途轍もなくそれが貧相なのだと断定するのである。
 少々張り切りすぎの感はだけは否めないけれど。

 一人自答する僕をよそに女の子は、もぞもぞと慣れない手つきで何やら持ち物らしい自分の胸当てを付けてようとしていた。
 鈍く蒼に光るそれは、丁度胸板部分をしっかり守るような形状をしている。見た記憶がはっきりとある。剣士の制服だった。

「へぇ…僕といっしょなんだ」
「あ…うんっ。そうだね」

 不思議な事に答える女の子は、普通剣士…例えば僕の様な…が腰に提げる様な長剣を持っていなかった。
 腰の辺りには皮鞘に包まれた細身の短剣が一振り。…大方、ノービスから転職して間もないのかも知れない。
 少し柄飾りが豪華に過ぎるけど、あれはきっと一般的に支給されるナイフだろう。うん。

「じゅんびできたよーっ」
 元気にそう切り返してくる女の子。
 その姿を認めると、彼女を後に引き連れて、まるで蟻地獄でビタタcを拾った後が如く奢る事を決意したのであった。
 豪遊なぞするもんじゃぁないぞ。僕は構わん。金も無かろうに。僕は構わんっ!!
 お前の財布の厚さを言ってみなよ。僕は一行に構わんっっっっっ!!
 ──で、あるからして。
 ばたん、と部屋のドアを閉めたその時。立て付けた枠ごと揺れた扉の前には誰もいなかった。
 いなかったが、馬鹿でかい盗蟲が多数徘徊したような物音はがさごそと聞こえた。はっきりと。
 女の子も、気づいているのかいないのか、何やら不信そうな顔。

 僕は、迷わず手近にあった柱の一本に躊躇の無い回し蹴りを叩き込む。
 少し離れた部屋から、うわきさまなにをするやめギャー、とか、他にも不明瞭な男の叫び声がその音と共に遠く響く。
 悪は滅んだ。でも、ぎしぎしと建物全体が不気味な湿った音を立てて地震の様に揺れているのは気のせいだと思いたい。
 そういえば、誰かがこの宿の柱は半ば腐っていたと言っていた気がする。まぁ、曖昧な記憶だろう。そういう事にしよう。
 細い手をとって、玄関の敷居を越える。ふと、ちりん、と涼やかな鈴の音が聞こえた。
 けれど、そんなのはお構いなしにまだ、宿全体が揺れている。

「さ、いこうか」
「う、うん」

 二人して出発したその後──少し離れてから、背後から何やら非人道的かつ穏やかならざる
メキメキ、とか、ぼきん、とかギャー崩れるぞー、といった悲鳴やら木造ボロ宿が崩落する音が聞こえてきたが、気のせいだろう。
 もう少ししたら、這い出てきた人たちが僕を血眼で追って来るかもしれないが、目的地のレストランは遥か彼方だ。
 いっその事、イズルードまで遠出したってかまわない。奮発してカプラさんに空間転移を頼もう。
 ふははは。完全犯罪だ。君達は基本的なことに気づけなかったのさ。そう、宿が想像以上にボロかったっ、てことになぁっ。
 …嘘です。嘘です。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
 脂汗が面白いぐらい全身に浮いて、ついでに後ろを顧みる勇気が持てません。常連の皆さんすみません。

 嗚呼、もうプロンテラにはいられないかもな…と、こちらは僕とは対照的に期待に胸躍らせてるらしい女の子を見て、そう思った。
 只、カプラさんに割り当てられた倉庫が、今頃蜘蛛の巣張ってるだろう、という事だけは不幸中の幸いだったけど。
 ふははは。弁償費を取り立てようとしようとも、この僕に支払い能力は無いわっ!!
 見ろ、倉庫の中をっ。何もないだろう!! 手持ちもこれから散財。
 無・一・文!!何となく、必殺技っぽくて格好いい。うん、そう思い込もう。
 The 破産宣告。あんな危険物件に平然と客を泊める輩に支払う銭は過去現在を通してびた一文無い!!
 そして現状再確認して鬱。思考帰結。
 ああ。僕は女の子とのフラグは立てたかも知れないけど、自分の生活フラグはへし折ってしまったのやもしれません。

 続く…かも。
214とあるスレのひとsage :2005/07/23(土) 20:32:50 ID:z4xfdW8E
自分の元々いるスレの作品が重苦しい雰囲気この上ない現状なので
途方もなく馬鹿馬鹿しいお話がどうしても書きたい、という誘惑に負けて投下です…
一箇所でもツボにはまる場所があると幸いです。

続きは…期待しないで待っててください。
その内上げます。
215名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/23(土) 21:20:40 ID:BVpRZIOw
馬鹿だ、馬鹿がいる。激しく馬鹿な奴がいる。
でも漏れはそんな馬鹿が大好きだ〜ぉぅぃぇ
216名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/23(土) 21:44:29 ID:zMxOlex.
OK,兄弟。
メシ食いながら読んでたからおもいっきり床を汚したぜ。
あんた最高だよ、このやろうめ、GJ!
217名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/24(日) 03:05:57 ID:.wcgH8xU
くどいな。なんかジャンプのミスフルみたい。
218('A`)sage :2005/07/24(日) 07:19:47 ID:RZMTlzvM
 Ragnarok Online Side Story "Confrontation of fate"

 

 
 錆を含んだ声が自分を呼んでいるのを聞きながら、レティシアは顔を上げた。
 周りには何の風景もなく、ただ黒く塗り潰したような闇があるばかり。
 誰もいない。そう思ってまた周囲を見回すと、すぐ傍らに、おぼろげに浮かんだ男の顔だけがあった。
 息を呑む。
 男は顔だけをレティシアに向けたまま、にぃっと口を吊り上げて笑った。


 ―――要らぬだろう?


 何が、と問うより早く、レティシアは胸を穿つ様な喪失感に囚われ、その場に膝を付いてうずくまった。
 ぽっかりと口を開けてしまった穴に、元々は何があったのかさえ思い出せず、いくら思慮を巡らせても失ったものが戻る事はない。
 大切なものを忘れてしまったとだけ、自覚はあった。


 ―――返して欲しいか?


 訳の分からない喪失の痛みに苦しみながら、レティシアはひたすら頷いた。
 思考を進めるよりも、苦しみに耐える事で精一杯だった。それ程までに大切なものを、返して欲しくない筈もない。
 途端、右腕から真っ赤な鮮血が吹き出た。深々と刻まれた一筋の刀傷が、生々しい断面を晒して激痛をもたらす。
 しかし、骨まで達する傷の痛みよりも、別の苦痛が勝った。


 忘れようとしていた事を思い出してしまった。
 失ってしまった沢山の事を思い出してしまった。
 傷付けられ、閉じてしまった未来の事を思い出してしまった。


 そして、忘れる為にすがり付いていた人物の事を、レティシアはもう、思い出す事が出来なかった。
 泣き叫んでもその人物の顔が浮かばない。血だまりの中を泳いでも、その人物の名前さえ思い出せない。
 得ていた居場所も、共に笑った人達も、自分がここに居る理由も、
 もう分からなかった。


 そこには苦痛しかなかった。



 『憤怒の黙示録 1/2』
219('A`)sage :2005/07/24(日) 07:20:18 ID:RZMTlzvM
 日が沈みかけた路地の向こうで狂笑を続ける賢者の青年を睨み、
 また、意識を失ってうなされ始めた弓手の少女を悲嘆に暮れた眼差しで見つめてから、剣士は彼女を静かに横たえさせ、立った。
 視界に写る世界が震える。
 どうしようもない怒りが、少年の全てを支配していく。
 分かり合えるかもしれなかった。互いの刃を下ろし、言葉を通じて分かり合えたかもしれなかったのに。
 青年は整った顔を下卑た笑みで歪めながらナハトを見据えた。どろりと濁った双眸が、さも愉しげな色で染まっているのを少年は許容できなかった。
 何がそんなに愉快だというのか。
 芽生えた希望を摘み取っておいて、それが愉しいと?
「・・・・・・・・・殺してやる・・・」
 怒りに震える手で海東剣の柄を掴み、鞘から引き抜く。白刃が夕日に閃き、乱暴な軌跡を描いて構えられる。
「はぁ?誰が、誰を殺すって?」
 青年は肩をすくめ溜息混じりに尋ねる。何をそんなに熱くなっているのか分からない、といった風に横たわったアーチャーの少女を指差すと、
「それ、敵だったんだよね?なのにそんないきり立っちゃって・・・・・・馬鹿じゃないの、君ぃ」
 言い放ち、くつくつと笑って見せた。
 ナハトは黙って青年に歩み寄る。右手の剣は腰の高さで水平に持ち、いつでも振り切れるように力を込めている。
 対して、青年は術衣の下から中振りの短剣を取り出し、その刃を挑発的にちらつかせる。
「まぁいい。来なよ。少しだけ相手になってあげるさ」
 剣にも心得があるのか、賢者の青年は至極当然のように短剣を構える。
 ナハトは彼の全身を油断なく観察し、他に武器がない事を確認する。青年がマジシャンやウィザードの類であるという事は一目瞭然だったものの、一度
剣の間合いに入ってしまえば脅威はその手の短剣だけになる。
 魔術師の最大の弱点は魔術を起動させるまでの詠唱時間にある。かつて相対したシメオン=E=バロッサのようにその詠唱を極限まで短縮させ、隙を無く
したとしても、それは絶対にゼロにはならない。剣の間合いであれば、刃が無防備な術者の肉を斬り裂く方が、絶対に速い。
「殺してやる!!」
 冷静な思考と裏腹に、獰猛な肉食獣のような咆哮を上げてナハトは石畳の地面を蹴る。
 獲物を捕らえる牙のように振るわれた海東剣は空気を裂き、青年を横一文字に断ち斬るべく迫った。
 しかし、その刃は青年の手品のような手つきで繰り出された短剣に阻まれ、甲高い音と火花を撒き散らすだけで用意に阻まれてしまう。
 乱雑な太刀筋は受け流され、九十度ほど捻られて鍔迫り合いになる。
 息のかかるほど接近した青年とナハトは至近距離で眼光を交差させた。
「ちゃちな技だねぇ!」
「・・・ぐぅ・・・ぅあぁあああ!!」
 怒りに任せ、ナハトは剣を打ち上げる。荒く乱れた剣に、全霊の力を込めて押し切る。
 再び甲高い音が響き、青年が横っ飛びにその刃を避ける。ナハトは無理矢理太刀筋を変え、打ち上げた刃でそのまま切り下す。
 乱雑極まりないその攻撃は、あっさりと青年の短剣に捌かれ、あらぬ方向へ流される。
 下手な剣士よりもよっぽど熟達した青年の剣に、ナハトは圧倒的な怒りを覚えた。こんな下衆にさえ、自分の剣は及ばないのか。
 そんな筈はない。断じて。
 悲鳴を上げる筋肉を無視し、またも無理矢理に剣を振り直す。ブチブチと嫌な感触を覚えつつも、正しい太刀筋とは逆に剣を振るう。
 青年はそのあまりに激しく不自然な剣戟に、思わず短剣を持つ手を緩める。ナハトはそこで青年の短剣の柄を蹴り上げて弾き飛ばし、
 躊躇なく、青年の胴に海東剣を突き立てた。
 一瞬の間が空く。
「・・・・・・怖い怖い。危うく死ぬところだったよ」
 抑揚のない声。
 ナハトは自分が突き立てた剣の切っ先が、確かに青年のローブを貫いているのを確認し、彼の顔を見上げる。
 嘲笑。
 一滴の血も流さず、青年は言う。
「やっぱり・・・・・・ヴェノムとやり合ったのも見ていたけれど、どうも君はおかしいねぇ」
「何が言いたい!?」
「何の能力も持たない只の人間の剣士。なのに、戦いになると性向が別人のように変貌し、能力が向上する」
 青年は呆然とするナハトの腹を蹴り飛ばし、乱れた術衣を丁寧に正す。
 ナハトは後退りしつつ、青年を睨んだ。術衣に何か細工を施しているらしく、海東剣で与えた筈の傷は見当たらない。
「だから何が言いたいんだよ!お前は!」
「僕には疑問なのさ。君のような凡庸極まりない少年が、この場で、こうしてこの僕と合間見えて、何故未だ生きているのかが。何故あの血斧の呪縛を祓え
たのかが」
 短剣を失った青年の指が動く。それが魔術の起動動作である事は明白だった。
 彼の立ち位置は絶妙だった。ナハトも阻止せんと剣を振るうが、僅かに届かない。
「僕の術を破った礼だ!君の力では防げまい!」
 青年が振り上げた両手から無数の青白い光球が生まれ、彼はそれを足元の地面に出現した魔法円に叩き付けた。
 瞬間、氷の柱が石畳の下から噴出し、ナハト目掛けて突進し始める。
 例えるならそれは、一転に凝縮したブリザードの様なものだった。
 ナハトは横っ飛びにそれを避けようとするが、魔術で完全に制御された冷気の波は容赦なく少年の身体を吹き抜けた。
 思わず閉じた目を開くと、受身の姿勢のままで、ナハトの両足と右腕が地面から生えた氷に飲み込まれている。
 見た目ほど深刻な痛みも損傷もなかったが、身動きが封じられてしまった。
 もがいても氷柱はびくともしない。青年は更に大仰な動作を交え、魔術を起動させる。
「大気震わし、風に惑う光彩――其は霹靂――」
「・・・・・・っ・・・!」
 聞き覚えのある詠唱文に、ナハトは舌打ちする。
 ライトニングボルト―――風属性の初歩に位置する雷撃の攻撃魔法だ。エスリナ=カートライルが多用していた魔法であり、その威力は侮れない。
 ましてや氷漬けにされた状態では魔術属性によって効果が倍加する。詳しい原理は知らなかったが、水に対して風は効果が高いのだ。
 青年の魔力が具現化し、目視出来る程の稲妻が収束する。直撃して無事で済む訳がない。
 良くて即死、悪くて残骸も残らないほどに消し飛ばされる。
 絶望的な状況だったが、ナハトは右腕と足が完全に動かない事を確認すると、無事な左手で氷柱を殴りつけた。
 諦めるわけにはいかない。
 守りたいものを守ると誓った。こんな所で朽ち果てるわけにはいかないのだ。
 苦しみにもがくレティシアを見やりながら、ナハトは血の吹き出し始めた拳を振るう。
 あの時もそうだった。
 いつもそうだった。
 呪文のように呟きながら、べとべとになった拳をただひたすらに叩きつける。
220('A`)sage :2005/07/24(日) 07:20:39 ID:RZMTlzvM
 まだ母親が生きていた頃だ。
 三人でいつもの様にカピトーリナの修道院へ祈りを捧げに行った。
 イズルートからはかなり遠い場所だったが、あまり商人に向いているとは言えない、純朴な性格の父はそれを毎週欠かさなかったし、
 信心深い母もナハトを連れて行く事に反対しなかった。
 本人もただ、プロンテラからの長い道のりを歩かなくてはならない事に不満を持っていただけだった。
 それは、一家の少しだけ長いハイキングでもあったかもしれない。
 早めに礼拝を終え、弁当を食べて、帰る。そんな何事もない楽しい時間が過ごせたかもしれない。

 途中で騎士団に追われるオークの群れと出くわさなければ。
 ナハトがそこに居なければ。

 捕まりそうになった彼を庇い、母が飛び出したのを、ナハトは見ている事しか出来なかった。
 父も背中を斬りつけられ、血だまりの中で手を伸ばしていた。
 母は倒れたまま動かなかった。
 悲鳴と叫び声だけが記憶の中に残っている。

 駆け付けた青髪のクルセイダーと、長い髪の美しい女プリーストが残りの魔物達を殲滅してから、
 ナハトはようやく自分が戦ったのだと気付いた。
 恐ろしいオーク達を相手に、子供が、素手で戦いを挑んだのだ。
 皮膚が破れて血の滲んだ彼の拳を、クルセイダーとプリーストは悲痛に満ちた目で見ていた。
 生き残ったのは奇跡に近い。しかし、あまりに残酷な結末ではないか。
 やがてナハトは冷たくなった母に跪き、その小さな拳を地面に打ち続けた。
 訳の分からない悲しさと、途方もない憎悪だけがあった。
 父を介抱するプリーストも、この青い髪のクルセイダーも、憎かった。
「あんたらなら・・・・・・あんたらなら助けれたんじゃないのかよ!!」
 プリーストが顔を伏せ、クルセイダーの青年はきつく剣の柄を握り締める。
「何が聖騎士様だよ!肝心な時に何もしてくれない癖に、何が・・・・・・!!」
 憎悪にまみれた言葉を、ナハトはただばら撒き続ける。
誰が悪いのだと決め付けられたものではない。それくらいの分別はついていたし、そこまで幼くもなかった。
 しかし、だからこそ余計に、この世界という不条理が憎く、恐ろしかった。
 無力な自分が悲しかった。


(せめて・・・・・・僕に力があれば、何もかもを―――守れるのに――)


 
 瞬間、ナハトは血まみれになった左手に重みを感じていた。
 眼に映らない何か、流動する何かが掌に集まっていく。それは、彼が感じた事のない『魔力』と呼ばれる力であり、それを繰る術を持たない彼にとっ
ては初めて触れる力だった。
 空間が軋み、唖然とするナハトと青年の前で、虚空に黒い大穴が開く。
 ナハトの左手を中心に広がったそれは、さながら地獄への門の様にその口を広げ、漆黒の断面を晒した。
「な、なんだ・・・・・・?」
 狼狽するセージの青年が呻く。当事者であるナハトもまた、眼前に広がった深淵に状況を忘れて眼を奪われていた。
 闇の円に真紅の稲妻が激しく奔り、ナハトを拘束していた氷柱が弾け散る。
「・・・・・・失われた門番の・・・・・・まさか・・・・・・ぐぁっ!?」
 更に稲妻はセージの青年を打ち貫き、その身を吹き飛ばす。
 荒れ狂う雷は、自由を取り戻したナハトをも灼いた。彼の左腕を奔り抜け、衝撃と共に痛みをもたらす。
 しかし、彼の身が害される事はなかった。雷は真紅の輪郭を形作り、ナハトの手に巨大な鋼鉄を具現化させる。
 それは盾だった。
 鋭く、銀に輝く重厚な鉄の塊。少年が見てきた何よりも強く、力を感じる息吹があった。
 自由になったナハトの左手はそれを掴み、
 役目を終えたかのように砕け散る闇の円の向こう、肩口を押さえて術を放たんとするセージの青年へ向けて構える。



 ―――ナハトには全部を見届ける権利と義務がある。その為に必要なら"私"が力を貸す。


 脳裏に変貌したティータの顔と言葉が過ぎり、根拠のないその憶測にナハトは苦笑する。生じた銀の盾は答えず、ただ在る。
 何でもいい。天使でも悪魔でも構わない。
 今、その"力"をくれるというのなら、自分は自分の意思でその力を行使するだけだ。
 ナハトは駆け、術を完成させた青年に盾を向ける。同時に、右手の海東剣に全霊の力を込めた。
「ば、化物の力を借りたとしても、所詮は只の剣士!その忌まわしい力と共に、この僕が永遠に消し去ってやろう!」
 青年の両手に紅蓮の炎が踊る。
「原初の炎、地を舐める紅き舌となりて――我が敵を焼き尽くせ!ファイアーボルト!」
 焔を練り上げるようにして撃ち出された無尽の炎の矢がナハトを肉迫するが、少年は走る。
 その姿が炎に巻かれ、灰燼に帰すかと思いきや無傷な姿で躍り出るのを見て、青年はその場に硬直した。強靭な鎧を纏った騎士でさえ、一撃の元に
葬り去る事が出来る自分の術を盾で身を守っただけの剣士が防げるなどと・・・・・・認められる筈がない。
 賢者のプライドをよそに、しかし、現実にナハトは炎を突破し賢者の前に立つや、その右手に握る剣を凄烈に横薙ぎ払い、縦に斬り下ろす。
 これも無駄な筈だった。念の属性を帯びた青年の衣はあらゆる刃を無力化させ、物理的な攻撃である限り完全に防ぐ。何の変哲もない少年の剣が、
青年の脅威になり得る筈もないのだ。少なくともたった、数分前まではそうだった。
 久しく感じていなかった痛覚を黙らせながら、賢者は目を動かす。
 少年の剣は彼の術衣を裂いて左腕を両断し、腹まで断ち割っていた。刃は微かな光を帯び、吹き出す血にも濡れていない。
 斬り下ろしの斬撃を咄嗟に飛び退いてかわさなければ、頭も割られていたかもしれない。
「聖・・・・・・属性?いつのまに・・・・・・付与を・・・・・・その盾・・・・・・」
 ごぼり、と大量の血を吐きながらも問う。落ちた自分の腕を拾い上げつつも、驚嘆と苦痛に満ちた目は剣を振り抜いた少年へ向けたままである。
 対するナハトは、自分の与えた予想以上の攻撃の威力に驚き、恐怖していた。
 もう一歩踏み込んでいれば、確実に青年を殺していただろう。冷えた頭で考えると、それはとても恐ろしい事だ。
 青年の失われた腕の断面からとめどなく溢れる血を凝視しつつ、後退さった。剣を持つ手が震え、目を逸らす事も出来ない。
 止めを刺そうとしないナハトに、青年は血だらけになった口元を歪める。さすがに笑い声は上げれないのか、それがかえって不気味だった。
「あぁ・・・・・・そうだ。良い事を、思い付いた」
 またも血を吐き、青年は口を開く。
「殺し合え」
「な・・・・・・」
 残った右手で何かの印を刻みつつ、青年はナハトからよろよろと遠ざかる。
 そして転移の光に消える寸前、
「僕の名はエスクラ・・・・・・刻んでおくが良い。いずれ、君を殺す者の名だ」
 そう言い残し、光の粒子となって賢者の姿はナハトの前から霧散した。
221('A`)sage :2005/07/24(日) 07:26:58 ID:RZMTlzvM
おはようございます。投下していきます。
ペースが遅くて申し訳ないです。


>>SIDEの人さん
マスターナイトは語感だけで決めちゃってたという・・・軍師騎士。あぁ、なんか渋くて素敵ですね。
ともあれ、お疲れ様です。頑張ってください。


では、また。
222名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/25(月) 19:06:41 ID:9C.aWTvI
先がぜんぜん読めなくて、まだかまだかと気になって毎日のぞいてしまいます。
といってもほとんど感想を書かなかったりしてるんですが。

ちなみに先が読めてたのは、ナハトが強くなったーぐらいなもんですorz
223名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/25(月) 23:18:09 ID:zGhuAd8A
ここで空気を読まずに。学生さんは夏休みだろーし

   第○回萌え小説スレ座談会 7/30(土)22:00〜
         場所 Ses鯖、ゲフェン塔2F

とか書いてみる。毎度急なのは仕様です。
224名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/26(火) 01:48:05 ID:qYcT/8io
 久しぶりだな、と彼は思った。
 赤い装飾のついたマントにを翻し、彼はグラストヘイムの城門に立っていた。
 転生し、修行をやりなおし、やっとのことで彼は以前と同等、それ以上の力を手に入れた。
 今日、彼は帰ってきたのだ。その瞳は遠きふるさとにたどり着いた旅人の目であった。
「さぁ、お前は帰れ」
 乗ってきたペコペコを帰すと、一人大きな両手剣を背負いながら城門へと男は消えていった。
 グラストヘイム古城、騎士団2階。彼の辿りついた懐かしき場所である。
「はじめようか」
 早速近寄ってきた赤い鎧が振り下ろしてきた最上段の剣を、下段から剣を振り上げ弾く。
 そのまま返す剣で切下ろす。何度も、何度も。
 懐かしい感触に微笑を見せる。死ぬか生きるか。この感覚は久しぶりだ。血がたぎる。
 大きなトランプの切り札や、二刀の朽ちかけた騎士と切結ぶ度に、彼の体は舞い踊るように動き出す。
「帰ってきた。ここへ」
 にやりと口の端を吊り上げ笑いながら、威圧的な気配を感じて振り返る。
 巨大な黒き馬に乗った、漆黒の騎士が立っていた。剣を構える。心臓が飛び出しそうだ。
 対峙。見合う。ゆっくりと、ゆっくりと間合いを詰めていく。3、2、1・・・
「ただいま」
 二つの影が、交差した。闇は確かに言った。
「おかえり」
225とあるスレの人sage :2005/07/26(火) 07:30:07 ID:Xn.SWIno
つ(前回ここまで書く予定だったとこ)
226とあるスレの人sage :2005/07/26(火) 07:32:41 ID:Xn.SWIno
 僕は、山と積まれていく白いバベルの塔を見ていました。
 ちょん、と指先で軽く押せば直ぐにでも崩れ去ってしまうだろう白亜の塔は、神様の権威に逆らうように高く聳え立っておりまする。
 皿。皿皿皿。皿皿皿皿皿皿。あ、都合十二皿目の本日のお勧めA定食の皿を踏破なされたようです。
 全く、一体あの小さな体のどこにそれだけの質量が入り込む胃腸があるというのでしょうか。
 まるで、魔術師共の理論が如く、ユーグリット幾何学をぶっちぎりで無視していやがるとでもいうのですか。
 例えば、彼の婦女子の胃袋は事象地平の彼方、特異点を通り越して異次元に繋がっておるとか。
 嗚呼、しかし彼女の幸せと反比例して私の懐は、接頭に−付きの一次関数グラフを描き下落していて。
 ジュノー学会の賢者様方。どうかこの難解極まる二つの数式について僕の蒙を啓いて下さい。可及的速やかに。
 早くしないとリアル人生ゲームで貧乏農園行きが確定してしまいます。
 ──鬱。

「ん、おいしいっ」
 そう件の娘は、正しく餓鬼の如く定食屋のメニューを、なんとも幸せそうにもりもり貪り食ろうておるのでありまする。
 僕は、彼の婦女子が幾ら一人ダンジリフェステボーであろうと、数皿程度であろうと予想しておりました。
 しかし、今ではその見通しの甘さを一人悔いるばかりであります。
 そして、彼女のフラグはどうか知りませんが、僕の生活は折れるどころかシュレッダーにかけられておる最中でありました。

「おーおー、嬢ちゃん、見かけによらず随分いい食いっぷりだねぇ。うんうん。
代金はこいつに回しとくから、その調子で何時もは財布の紐がカナトゥスの殻より硬いチンピラからどんどん絞ってやってくれ」
「しぼる…? でも、これきのみよりおいしいよっ。あ、おかわりっ」
 ゲェハハハー、とかそんな笑い方が似合う金髪眼鏡無精髭のゴツイ店長さんが、どぼどぼと油を注いでくれやがります。
 何となく、バイブルのページをばら撒いてワープしたり、無数の短刀を投げたり振ったりしてた方がよさそうな御方です。
 つうか、お前はこんな場所で食堂やっとる暇あるなら今すぐモンクかクルセイダーに転職しろ。13課辺りで。

「ベェックショイ!! ふ、誰か俺の事をいい男だと噂してやがらぁ」
「ユダで首切り判事でイスカリヲテな店長さん。そう認めてあげますから、今回ばかりはツケで許して…出来れば20回払い位で」
「お前、借款には信用がいるって知ってるか? 俺は金持ちでもなけりゃ救貧者でもねーぜ」
「…………」
 そんな、この店の主の適切な評価と、僕の人間性その他諸々根こそぎ焼き尽くしてくれる素敵極まるお言葉は兎も角と。
 明日首を括って死ぬかも知れぬ身の上ですが、あれから随分と動きましたし、一旦状況を整理致しましょう。

 ここは、首都西にあった先の木賃宿跡地からは丁度正反対と少し斜め下。
 メニューは値の高低様々。味も上々。僕も含め多くの客で賑わってる大衆食堂。
 (更に、店主ご本人はいい男のマスターもいるしな、などとのたまっておりますが)
 最も、僕は何時も一番安い焼き魚定食しか頼まないのだけれど。
 内装はいたって普通、但し敷地は少々狭い。幾つかのテーブルとカウンターに木のストールが配されている。
 まぁ、それは首都なので仕方がないのだろうが──

「ああ、いらっしゃい。一名様ね」
 俯いていた僕は、店主のその声に顔を上げる。
 ちりん、と鈴が鳴る音を遅れて認識する。新しい客が来たらしい。
 飯を貪り食らう少女がなんとなく、自分を貧乏農場に送り込む官吏の様に見えてきた気がして、顔を新しい客の方に向けた。

 ──野朗かよ。
 しかも、その頭に目深に被っているのは深い艶のある黒っぽい帽子──スイートジェントルとかいう高級品。
 傍目には、この店の店長さんと問答無用で殺し合いを開始しそうな風情ではありますが、
件の吸血鬼は、まさか全身黒尽くめで、顔に傷と髭のある、物凄く悪人面の男という訳はありますまい。
 僕はブルジョワジーなんて大嫌いだっ!!革命で赤色でギロチンでミッドガッツ世界市民万歳コスモポリタニズムだろうがっ。
 しかも、何か真っ黒いマントなんか着てて物凄い怪しいし。

 一瞬見ただけで、絶望感の中での一服の清涼剤にもならない客から、僕は眼をそらした。
 後ろから、その野朗の物らしき「焼き魚定食一つ」とかいう声が聞こえる。
 ふっ。知っているぞっ。それがどれ程不味いのかをっ。貴様は選択を間違えたぁっ!!
 僕の様な金無し装備無しLv無し、ついでに宿無し冒険者が食らう様な不味い飯をたっぷりと味わうがいい。
 美味しい処女の血液はここではちゅーちゅー吸えんぞこのフリークスがっ!!
 ……僕の心はひび割れたビー玉の様です。はい。

「ぶるーたすがまたさされたの?」
「奴は既に墓の下だ。今度刺されたのはコンモドゥス。古代魯宇摩大帝国名物の暴君だな。饅頭とか作ると売れそう」
「…?」
 僕の高尚なジョークを理解できていないのか、幾度も見せているきょとん、とした顔を女の子は僕に向けている。
 しかし…本当に良く食べる娘だ。しかし体つきは引っ込むところは引っ込んでるが、出ている所も出ていない。
 可愛らしい、と言えば確かにそうなのだけれど月影の最中じゃ判らなかったが、寧ろ色気というより幼気が目立つ。
 そして、何を思ったのか対面から十四皿目のおかわりをおずおずと差し出してきた。

「いたいのぃくないよ?たべたらだいじょぶ。ごはんたべたらさされたのもなおるよぅ」
 その言葉に、視線を落とす。傷を癒すのにミルクを飲用するのが一般的であるからして、女の子のいう事は一々最もではある。
 只、ごっつい前衛職が素足で逃げ出すような彼女の食尽を見ていると、じわじわと食欲が減退していくのもまた事実だった。
 じーっと、じーっと女の子は身を乗り出して僕を見ている。少し赤みがかったブラウンの瞳。
 思わず仰け反る。つーか、頬に付いてるソースぐらい拭いて下さいお願いします。
227とあるスレの人sage :2005/07/26(火) 07:33:12 ID:Xn.SWIno
結局、強引に押し切られて僕はナイフとフォークを手に取った。
 目の前には、普段は食べない日替わり定食。からっと揚がった揚げ物が美味しそうな湯気を立てている。
 ぎゅるぅ、と腹が鳴った。前言撤回。さっぱりとしたソースの小瓶に手を伸ばす。
 流石にお腹が一杯になったのか、ソースをつけたままの顔で、女の子はにこにことこっちを見ている。
 ──僕は、食事の前にテーブルに店主が置いたお絞りを持つと、皿を脇に寄せて身を乗り出した。

「ほら、こっち向いて。ソースついて……げぶばがぶがはッ!?」
 世界的優しさと愛溢るる僕が、女の子の頬を吹いてやろうとしたその瞬間だ。
 妙に、ば行が多い悲鳴をその場に置き去りに僕は横合いからの衝撃に吹き飛んだ。
 唐突に。
 何の前触れも無く。
 十六文はありそうな大きな足が。ドロップキックで頭に。
 ナンダコノヤロー、と大声で訴えたい。訴えたいけれども、その前に僕の体は宙を舞っていた。
 嗚呼、天井が見える。世界が回っている。ぐるぐる、ぐるぐると。
 …ぐしゃっ。そんな鈍い音がして僕の意識は闇に消えていった。

「シャーッシャァシャーっ。ウッシャアアアアアッ!!探したぞ、コノヤロー!!」
 目覚めは耳をつんざく奇声と共に。最悪の寝起きに、先ず最初に見たのはしゃくれた顎だった。
 顎。The 顎。はち切れんばかりの筋肉を助祭の服の下に隠した顎が。そして、額には真っ赤に染められた頭巾。
 異様な風貌のそいつは、しゃくれた顎を豪快に動かしながら笑っていた。
 見間違えようも無い、こいつは木賃宿一の変態の──

「…いきなり一体何処から沸いて出やがった、この変態アコライトォォォォォォォっ!!」
「シャアッ。あー、うん、ごほん。 あー、私はぁ、丁度出払ってて難を逃れたのだぁ、シャッ!!
危なむなかれ、危なむなかれ。お前がここの常連だと知っていたし、シャッ。」
「一々シャッ、とか言うなぁぁぁぁぁぁぁっ!! っていうか、知ってたのかよ!!」
 今度から別の店に行こう。僕は咳払いをして居住まいを正してやがる変態を前にそう硬く誓う。
 そんな僕を尻目に女の子は、「ごはんたべないの?」などとのたまっている。お願いですから空気読んで下さい。

「シャァッ、主人。こいつはぁ、我等がぁ、社会的弱者の友たる木賃宿を完膚なきまでに破壊したのだぁ。
この私はぁ、全住民を代表してぇ制裁を加えに遣ってきたぁ。シャッ」
「あー、あの宿かぁ。何時か崩れると思ってたんだよなぁ。ま、社会の敵が一掃出来て良かったんじゃないか?」
 好き勝手極まりないことを口にする店主と変態、そして女の子と遠巻きに見守ってるほかの客を前に僕は、ゆっくりと立ち上がる。
 というかむしろ。

「住民代表してってまさか…」
「通報しましたっ♪(今頃下敷きになってるだろう人々に)」
「最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 遠からず宿無し男共が僕を殺しにやってくるに違いない。
 捕まれば住民一同の拷問のフルコースが待っている事は想像に難くないだろう。
 オル・ヴォ・ワージュ、プロンテラ。さようなら僕の青春の町。
 しかし血の涙を流して絶叫する僕の事などまるで気にかけない様子で変態は笑う。
 眼を細め、可愛らしく嗤う筋肉だるまの顎。トラウマになりそうだ。

「コノヤロー、覚悟しろキチ(検閲)ィ!! シャッ!!」
「変態が(削除)ガイ言うなぁっ!! そんなだから三十路過ぎにもなって宿無し童貞恋人無し未だ転職できずステ振り大失敗なんだよっ!!
トリスタンとギルドが認めなくても僕が認める。今すぐ魔法使いに転職しろ、このStr=Vit変態助祭!!」
「この国の何処にそんな法律がある? それと変態言う方が変態だぁ、シャッ。 やーい、キ(略)イ&変態!!」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「はっはっは。ラウンド1開始ってか? よーし、俺と客が見ててやるから好きなだけやれ。但し、店は壊すなよ?」
「…もぐもぐ。がんばって」
「畜生ぉぉぉぉっ、皆僕の敵だっ!!」
 もぐもぐと、僕に差し出した皿を自分の元に引っ張り返すと暢気に食事を再開した女の子はともかくと。
 店主が景気良く打ち鳴らしたフライパンのカーン、と言う音と共に、その死合いは開始した。



 それは、異様な一団であった。
 フェイヨンの田舎から出て来たばかりだとでも言わんような揃いの服装。
 いや、此処まではいい。とかく問題は次の点に集約されていた。
 闇の中にわだかまるその一団の顔には仮面。狐の面。
 そして、その手には粗末な造りの槍や斧、そして弓。

 狐面達は思い思いの得物を手に、一つの建物を見つめていた。
 小声でぼそぼそと何か言葉を交わし、手信号を送る。
 彼等は、動き出した。

 目指すは、彼等がじっと見ていた食堂。
 その中にいる誰もが知らない間に、騒ぎは拡大の一途を辿りつつあった。
228とあるスレの人sage :2005/07/26(火) 07:37:26 ID:Xn.SWIno
タイトル忘れた…
花と月と貴女と僕 その2 でよろしくお願いします。
229丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/27(水) 05:15:37 ID:NzVyud2k
RO内で93さんと偶然再会し、いろいろとお話ししました。
すると久しぶりに書きたくなったので、春頃書いていたものを大幅に
加筆訂正しました。

最後の方はまだ訂正中ですのでまずは出来たところまで…。
今回はエセ推理ものです。

--

--謎あり、遠方より来たる--

 それは今日の昼、心地よい春の昼下がりのことだった。春眠暁を覚えずというもので、僕は机の上
の専門書に接吻しつつまどろんでいた。眠りの王の手は世界のそこら中を撫で回し、キャンパス全体が
物憂い空気の中にあった。本の中身と夢の中身が溶け合って、その中に意識が吸い込まれようと
したとき、意識の端で何かが叩かれる音を聞いた。耐え難い睡魔との争いに終始していると音は
どんどん大きくなっていった。僕はうっそりと身を起こし、ドアの方へと歩み寄った。

「もしもし、どちら様〜」

半分閉じたまぶたのままドアを開けると、そこには一人の紳士が立っていた。年齢は40前だろうか、
働き盛りの頃であった。金色の髪はきっちりと手入れされ後ろになでつけられていた。
ピシリと着こなされた黒のフォーマルスーツはどこまでも滑らかで、その人物の性格と収入を
象徴しているようだった。
 見るだけで姿勢を改めざるを得なくなるようなその人物は、半眠りの僕を見ても動じることなく口を開いた。

「お休みの所失礼。ところでノースウッド教授はいるかね?」

急に与えられた設問にかっと耳の辺りが熱くなり、十分すぎるほどに血を与えられた
脳はつたないながらも答えを組み立てた。

「あ、あの、現在居ますには居ますが、その、どう言ったご用件でしょうか」

「ジュノーからトランプ仲間が来たと伝えてくれないか」

なんだか状況を飲み込めないまま僕は振り返って大声で教授の名前と用件を叫んだ。
程なく、書類の崩れ落ちる音と共に、室内履きが床を打つバタバタという音が聞こえてきた。
皺だらけのローブを引きずり、寝癖もそのままに我らが教授の登場であった。

「おー、クロード、久しぶりだなーっ!!アカデミーの式典以来か!?」

訪問相手の顔を見るなり、教授の顔はぱっと輝いた。口調も尊大ないつものそれではなく、全くの
タメ口であった。

「やぁ、シーゲル、本当に久しぶりだ。お前がプロンテラに帰ってから相手がいなくて退屈したぞ。
聞けば40前にしてここの教授とはな、確かにお前は頭がよかったけれどこれは流石に恐れ入るよ。」

「君だって既にシュバルツバルド治安維持騎士団のナンバー2という話じゃないか。親父さんの力だけで
就けるポストじゃないだろ?。」

紳士も今までの丁寧な口調から、うってかわってフレンドリーな口調になっていた。学生が休日の
街角で出会った時みたいに、その場で立ったまま二人は歓談していた。
アカデミー云々と言っているから留学時代のことらしい。つもる話がたくさんあるのも頷けること
であった。

僕はそんな二人の様子を遠目に見ながら自分の席で再びまどろもうとした。
だがしかし、教授がそれを黙って見過ごすはずなんて無かった。

「あー、ケミ君、悪いけど急いでケーキ買ってきて。君の分も買ってきて良いから。」

そう言って札を一枚渡され、僕は使いっ走りに出された。
洋菓子屋への道を歩きながら僕は考えた。相手は教授の留学時代の友人で、今は向こうの偉いさん。
一体そんな人が教授になんの用だろう。遊びに来たというわけでもあるまいに、きっと何かあるに違い
ない。教授の研究の利用だとか、あるいは向こうへの引き抜きだとか、そういうことなんだろうか。
バカバカしいことかもしれないが、僕はそう言う無駄な詮索をするのが好きだった。
 洋菓子屋は空いていた。僕は眠そうな店員からショートケーキを三つ買うと、崩さないよう
箱を水平にしながら帰った。
230丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/27(水) 05:18:39 ID:NzVyud2k
 研究室に戻ると、応接テーブルを挟んで二人が思い出話に花を咲かせていた。教授が目線で茶を入れろと
指示したので、僕は大きく一つため息をついて流し台に立った。どこをどう間違えたか、僕はこの研究室では
秘書扱いされていた。外見がもっとまともな人間はいるのだが、いろいろと問題があるため僕がやらされていた。
 僕は、誰々が女で身を持ち崩したとか、誰々は立派に二児の母だとか、そんな話を背に黙々と紅茶を入れた。
湯気に顔を炙られながらくるくると開いていく葉を見つめていると、何とも言えず眠気がぶり返してきた。

 紅茶と共にケーキを出すと、クロード氏はありがとう、といって軽くお辞儀をした。
教授はもちろん立て板に水。喋りっぱなしであった。教授はソファの上で少し移動して、
僕にも同席するよう薦めた。僕は流しの方へ行って自分の分のケーキと紅茶とを持ってきた。
その時、研究室のドアが開いて、見知った顔が出てきた。
青い髪は水から乾きかけてその癖を取り戻しつつあり、マントから出た手首は日の光を透過しそ
うなまでに白い。飛び級だらけの秀才にして僕の共同研究者、ウィズ子さんの登場であった。

「こんにちは、ウィズ子さん。」

「おはようケミ君。おはようございます叔父上。そして、おはようございます…客人。」

ちょうどよいおやつの時間というのに「おはよう」である。彼女にとって太陽の作り出すリズムは非効率的
なんだそうだ。それはまぁよいとして、困ったことが起きてしまった。ケーキは三つ、人間は四人。
成り行きと力関係から言って、僕はケーキにありつけそうになかった。それを考えると、なんとも損をした気分になり
(実際に損をしている)、どうにも暗い表情が出てきてしまうのだった。

「ああ、おはよう。そうだ、まだ二人には紹介していなかったね。彼はクロード・ニューカッスル。
僕の留学時代の友人だよ。
 向こうでは名家の次男坊でね、今はシュバルツバルド治安維持騎士団の副長官らしい。」

にこりと笑って、クロード氏は会釈をした。こういった何気ない立ち振る舞いにも長い間に刻みつけ
られた優雅さが見えて僕は納得した。なるほど教授は名家といったが、確かにその苗字には聞き覚えがある。
ジュノーでも有数の高級住宅地に、どでかい洋館を持っていたはずだ。

「どうも、紹介にあずかったクロードだ。で、シーゲル、こちらの若いカップルは?」

僕らがあだ名で呼び合っていたことから、クロード氏は冗談で言ったつもりだったらしい。
だが、教授のあざけるような視線と、ウィズ子さんの冷ややかな視線が僕に突き刺さったのは想像に難くない。
 笑いをこらえていること丸わかりの表情で、教授は僕たちを紹介した。

「こっちが、ケミ…うーん、なんだったかな、そうだ、思い出した。ケミル・ディアフィールド君。
錬金学を専門にしている僕の助手だ。で、そっちが、ウィゼリア・スプリングデール。僕の自慢の姪だ。」

悲しいことに僕の名前はまともに覚えられていないようだった。少なくとも「ケミ君」で全て通じるのだから
仕方ないことなのかもしれない。
 よろしく、と言ってクロード氏は頭を下げた。ウィズ子さんは教授の隣に座り、僕はクロード氏の隣に座った。

「ケミ君。ウィゼリアにもお茶を入れてあげなさい。」

「あ、はい…。でも、それが、実はケーキを三つしか買っていなくて…」

僕はそう言って自分の皿を正面に差し出した。ウィズ子さんは無表情な顔を少しだけ驚かせて、少し戸惑
うと黙って皿を取った。
 そのとき、僕の前に唐突にケーキ皿が差し出された。それは僕の隣からだった。

「俺は甘いものは苦手だからこれは君の分だ。」

教授はやれやれと両手を広げると、いつもの表情で語り始めた。

「全く君たちは…。ケミ君、ケーキを四つ買ってくるぐらいの気配りはしたまえ。ウィゼリアが来なくても
僕が食べるから無駄にはならない。それに、ウィゼリアも少しは我慢しなさい。君と同年代の娘はダイエットだ
なんだでもう少し遠慮するものだ。そして、クロード、君もだ。君がアカデミーのカフェテリアでケーキを
八個食べたのは語りぐさじゃないか。こんな再会の日に遠慮するなんて水くさい。」

教授はそう言ってフォークを取ると左右に動かして見当を付け、自分のショートケーキを前後に両断した。

「相似形においては、面積は相似比の二乗に比例するのだよ。よって長さを1/2にすれば面積は1/4。
さぁ、みんなも同じようにしたまえ。それで小さい方を集めれば、3×1/4で3/4、残った方は1-1/4で3/4。
どうだい、三個のケーキを四人で仲良く分けられるだろう?」
231丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/27(水) 05:21:16 ID:NzVyud2k
 確かに教授のいうとおり、僕たちは三個のケーキを分け合うことが出来た。もちろん、小さい方を三つ合わせた
形崩れの塊を僕が受け取ったことはいうまでもなかったが、ウィズ子さんが苺をくれたので僕は少し幸せな気分
になった。

 僕は紅茶を啜りながらかねてからの疑問を口にした。

「そういえば、クロードさんはどう言ったご用件でプロンテラにいらしたのですか?」

「ん、ああ、会議があったんだ。いろいろと情報は出てると思うが、我が国はアインブロク、
リヒタルゼン両都市へのルーンミドガツ国民の立ち入りを認める予定なんだ。ただ、それに
関して犯人引き渡しやらなにやら…いろいろ先立って相談することがあってね。
いやはや、なかなか疲れたよ。」

いやはや、という単語に大げさに抑揚をつけクロード氏は肩をすくめた。
どうやら、教授をどうにかしようだとか、そう言った話ではないらしかった。
ケーキを食べ終わってしまった教授は眉を上げていかにもつまらなさそうな顔を作った。

「ケミ君、客人に仕事の話をさせるなんて無粋なことは遠慮したまえ。それでだ、クロード。
世間話もあらかた終わって退屈なんだが何か面白い話はないかい?。ブリッジをやろうにも
ケミがあまりに弱いから勝敗がチームわけの段階で決まってしまうだろうし…。」

「そうか?なかなか賢そうな青年だと思うが。」

「甘いなクロード。推論と記憶だけじゃゲームは成り立たない。ケミは推論と記憶は
それなりに優れてるんだが…精神面の駆け引きにおける能力すなわち『勝負強さ』
というものが先天的に欠落してるとしか思えないんだ。」

「ふむ、お前は相変わらず辛辣だな。…そうだな、退屈をつぶせそうな話か…そうだ、
シーゲル。お前は昔から猟奇的な事件の話を聞くのが好きだったよな?」

「なかなか人間の本質に迫れると思うからね。今でも嫌いじゃない。」

「実はな、この冬に起きた事件でにっちもさっちもいかなくなっている事件があるんだが…。
その話なんてのはどうだ?コレがなかなか不思議な事件でね。きっとお前なら喜んで聞いてくれるだろうし、
もしかしたら解決してくれるかもしれない。」

 教授はうんうんと首を縦に振って非常に乗り気なご様子だった。ウィズ子さんも黙ってカップを持っているということ
は一応聞く気はあるらしかった。痛い話や怪談の類が苦手な僕は出来ればかかわりたくなかったが、僕一人だけ
いなくなるのも格好が悪いので我慢して聞くことにした。
232丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/27(水) 05:26:59 ID:NzVyud2k
「あれは、宝瓶の月三日の事だった。その日は前日からのかなり酷い雪だったのだが、
日が暮れる前に何故かやんでしまってね。月明かりにてらされると雪は紫色に光って
それは美しいんだ。あれは確か午後十時、書類整理の終わった俺はオフィスの窓から
紫色の街路を眺めていた。すると、部下から報告が入ってね、『市民から、五番街で
悲鳴を聞いたとの通報が入りましたので出動します』という報告だった。
俺は五番街に住んでいる訳じゃないが、五番街は通り道だ。それで興味が湧いたんだ
ろうな、俺も現場に行くことにした。部下は慌てていたね。そりゃ次期トップを目さ
れる偉いさんが泥臭い仕事に同行するとかいうんだ、戸惑って当然だろう。
 そうやって五番街についたわけだが、雲もだいぶ晴れて月の綺麗な夜だったよ。
悲鳴がしたという建物は袋小路にあったんだが、前の道路は足跡一つ無く、一面雪に
覆われていてね、それが紫色に光ってる。こう、神秘的だったね。禍々しくもあったけれど。
 その建物は煉瓦造りで二階建てだった。二階の窓に一つだけ灯りがあってね、当然悲鳴
がしたのもそこだろうということで俺たちは建物の二階へ行こうとした。玄関を何度ノック
しても返事がない物だからこりゃ本格的にまずいということで、玄関を開けて入ったよ。
そこまではよかったんだが、例の部屋の入り口には内側から鍵がかかっていたんだ。
ドアの下には僅かに隙間があって、そこで俺の前で張り切ってしまった部下が横になった。
そしてそこから中を覗いて、悲鳴を上げたんだ。『人が死んでる!』ってね。」

「一目見て死んでると分かったとは、相当に陰惨な現場だったらしいね。」

「そう、さすがシーゲル、察しが良いな。こうなったら公権力が頑張らなくちゃなら
ないってことで、隣の家から釘抜きを借りてくると俺は扉をぶち破った。
当の部下は怯えて役に立たなかったよ。」

クロード氏はそう言ってワハハ、と豪快に笑った。

「さすがアカデミーのラグビー部で鳴らしただけのことはあるな、クロード。
君の勇気と行動力には感心するよ。で、そこには何があったんだい?。
首無し死体?八つ裂き死体?」

そんなものがあってもらっては困る、と僕は思った。きっとクロード氏もそう思っただろう。
クロード氏はニヤリ、と笑うと言葉を継いだ。

「近いのは首無し死体かな。首はあったんだが頭がなかったんだ。
正確に言えば鈍器様の物で跡形もないぐらいに潰されていた。そこら中に
イチゴジャムみたいに血が飛び散っててね、流石の俺も肝を潰したよ。」

ついさっき苺を食べたばかりだった僕は、少しばかり喉が塞がる感触を覚えた。
ウィズ子さんはツンと済ました顔でショートケーキをフォークに引っかけ、
口に運んでいた。そして彼女はティーカップを口元に寄せて上品にお茶を飲むと、口を開いた。

「犯人はきっと、凄い力の持ち主だったんですね。それで、犯人はどこから逃げたんでしょう?」

彼女は唇に指を一本添えて少し首をかしげた。その仕草は僕には凄く魅力的に映るのだが、
話のネタが猟奇殺人というのはいかがなものか。

「そりゃ、窓からなんじゃないかな?ほら、窓から明かりが見えたってクロードさんも言ってたし。」

「ケミ君。『道路は足跡一つ無』かったはずだ。」

ぶっきらぼうな口調で彼女は切り返してきた。外部の人間には女の子らしい言葉を使う癖に、
僕に対してはいつもこうだった。本人に言わせると「最も効率化された言語」が件の口調で、
それは僕に対する親密さの表れらしいが、どうにも割り切れない物を感じていた。ただ、僕としても
彼女を異性として意識せずに会話できるため楽ではあったのだが。
233丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/27(水) 05:29:12 ID:NzVyud2k
 クロード氏はティーカップを置くと、ほう、と一つ嘆息した。

「素晴らしい頭脳だねウィゼリアさん。さすがシーゲルの姪だけの事はある。シーゲルの研究も
君なら立派に後を継げそうだね」

「そうですね、ケミ君はこのとおりですし、叔父上に子供が出来ることはあり得ませんから、
継ぐとなれば私が継ぐんでしょうね。」

「なんてことを言うんだウィズ子さん!!」
「なんてことを言うんだウィゼリア!!」

二人分の抗議を飄々と受け流し、ウィズ子さんは再びティーカップに口を付けた。
特に教授は有り余る必死さで抗議していたため、それを見るクロード氏の表情にはどこか哀れみが伺えた。

「シーゲル…見合いが必要なら紹介するが…」

「う、五月蠅いぞクロード!!いくら君がアカデミー時代の親友だからって
僕のライフスタイルにケチを付けることは絶対にゆるさないぞ!
…そ、そんなことより話の続きだっ!」

「ああ、分かったよ、だがいつかは良いかみさん見つけて落ち着けよ。
えーと、それで、窓から飛び降りて逃げた形跡が無いというのはウィゼリアさんの考察通りだ。
だが、さらに驚くべき事には窓を開けた形跡はなかった。」

鍵でもかかっていたのですか、と僕は聞いた。クロード氏は首を振った。

「いや、鍵はかかっていなかったがね、雪が積もっていたんだ。窓は外に開くタイプの物でね、
窓を開ければ窓枠の雪は外に落ちる仕組みだ。ところがね、雪が積もっていたばかりか、
その雪が固まって最初は開かなかったんだ。つまり、雪が止んでからその窓は一度も開けられ
ていないと言うことさ」

隠し通路は、と腕を組んで教授がきいた。クロード氏はまた首を振った。

「なかったね。ユダの窓もクローゼットの中の隠し扉も床下収納も、どれもなかった。」

「テレポートやポータルなどの空間転移の可能性は?」

「それもない。閉所での空間転移を禁止するルーンがあった。」

つまり、状況から判断するにその部屋は――

「密室という訳か、興味深いね。」

密室殺人、このテーマについては僕も色々と本で読んだことがある。僕はかつて難解な密室を解決する名探偵に
憧れていたことがあった。しかし、この場合はさほど難解でもないだろう。何せ扉に隙間があるというのだ。
紐と画鋲のトリックだとか、そういった類のトリックで結構簡単に解決できそうだった。

「うーん、鍵のタイプにもよるけど、その密室なら結構簡単に紐なんかを使って破れるんじゃ?。」

「ほほう、ケミル君はなかなか探偵小説に知見があるようだ。だがね、あの部屋の閂錠は思ったより
重くて、紐なんかで簡単に操作できる物じゃあなかった。そして、例え何とかすることが出来たとしても、
現場は二重の密室だったんだ。」

「二重の…密室?」

「悲鳴があったのは雪が止んでから、そして、道路の状態から見るに雪が止んだ後に
建物に出入りした人間はいない。すなわち部屋で一重、建物で二重ということですね。」

「いやはや、ウィゼリアさんがいると話す手間が省けるね。言い忘れていたが、応援の部隊が来たときには、
私たち以外の足跡はなかったんだよ。その部屋以外の窓は全て鍵がかかっていて、入り口は玄関しかな
い上にそのまま屋敷自体閉鎖だったから…犯人が立ち去るのは非常に難しい。」

「へぇぇ、面白いじゃないかクロード。上質のパズルに出会った時のような知的興奮だよ。
ところで君は何か解決できるアイディアを思いついたのかい?」

三度、クロード氏は首を横に振った。そしてそのまま、そんなアイディアがあったら
ここでその話はしない、と力無く言った。教授は腕を組んで少しばかり考えると、
ぽんと手を打った。

「よし、ケミ君、ウィゼリア、一つ僕らの間で知恵比べと行こうじゃないか。この事件に
関して与えられた情報から答えを導く。発想、洞察力、論理性、その全てが問われる絶好
のテストじゃないかコレは。」

「シーゲル、学生時代からお前は全く変わってないな。昔から本とパズルと知恵比べが大好きだっ
たものな。今はそれに研究が加わった、それだけなんだろ?」

教授はクロード氏の問いに曖昧に笑うと、適当な書類を引っ張り出して、その裏に鉛筆を走らせた。
僕が片づけようと全員のティーカップを重ねたときには、几帳面な字が紙の上に並んでいた。

・犯人は怪力で凶器は鈍器
・建物の出入り口は道路に面した玄関と窓だけ
・部屋の出入り口は窓とドアだけ
・ドアは内側から施錠されていた
・窓には雪が積もっていた
・道路には雪が積もっていて足跡一つ無かった
・雪が止んだのは夕方、悲鳴がしたのは夜

「さて、これらが君たちに与えられた入力だ。これから最も論理的な出力をしたまえ。
そうだな…出力の形式は、この犯行が可能な職とタイプ、といったところかな。
制限時間は十五分。さぁ、ケミ君もウィゼリアも、張り切って考えたまえ。」

教授はそういって、鉛筆を置いた。
234名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/29(金) 02:28:26 ID:ou3sLEB2
おかえりなさい(つД`)
235名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/29(金) 18:25:06 ID:zdVTQzJM
まあ、なんだ。さっぱりワカラン!
236名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/29(金) 19:01:32 ID:Od/f4dc6
犯人は正面から入ってきて、
後からやって来た誰にも気づかれずに出て行ったのだ。
237丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/29(金) 19:14:48 ID:KOpWRitw
ケミ君の推理:

 今までの紅茶の代わりに、今度はコーヒーが卓上には並んでいた。教授自慢の豆を僕が挽いて
淹れた物だ。香ばしい香りが少しだけ頭がよくなった気分にさせてくれる。そして、僕は
実際に頭が良くなった。何たって、トリックが分かってしまったのだから。

「この密室は確かに完璧だって僕も思います。でも、それはあくまで三次元についての話でしょう?。
四次元について言えば、この部屋は密室でもなんでもないんです。」

僕は鉛筆を片手で弄びながら胸を張って発言した。クロード氏は僕を教授みたいだと評した。
教授は当然のように額に皺を寄せ、むっすりとしていた。ここは一つ、僕の持つ力を教授に見せて
ぎゃふんと言わせねばなるまいだろう。

「つまり、雪が止む前ならこの部屋は密室ではなかったと言うことです。」

「待ってくれ、ケミル君。悲鳴は雪が止んだ遙か後にあった物だ。それを忘れないでくれ。」

「ふふふ、このトリックは密室を作り出すトリックなんかじゃないんです。悲鳴の時間を
狂わせることで、密室に思わせていただけなんです。」

「犯行が行われた時間と悲鳴の上がった時間とは一致しないと言うことか?」

「そうです。僕の書いた筋書きはこうです。犯人は雪の降っている時にやってきて、
被害者を撲殺した。クロードさんの話だと犯人は相当な怪力ですから、被害者は悲鳴を上げ
るまもなく即死したのでしょう。そこで犯人は内側から鍵を掛けて窓から飛び降り、窓を閉めた。
二階の窓なら外からでも長い棒状の物があれば閉められますし、それこそ画鋲と糸のトリックで
何とかなります。
 そして犯人はきっと、現場の近くに潜伏したか現場を離れたんです。そして、雪が止んでだいぶ経
ってから悲鳴を上げれば、それで工作は完了です。
あとはそれを聞きつけた人が通報するのを待てばいいし、自分が通報者になっても良い。
自分が通報者になるのはちょっと反則みたいだから、そうだな、犯人の職を特定するとすれば、
大声が出せて鈍器の扱いになれている『商人』系の職のはずです。
 どうです、これなら犯行は可能でしょう?」

言い切って僕はポーズを決め、目を瞑った。驚く声は全く聞こえない。あまりに感動して声さえ出
ないのかな?。

 だが、その静寂を破ったのは教授が噴き出す声だった。

「ぷ、ふふふ、ふ…」

目を開けてみると、うつむいたウィズ子さんが小刻みに震えている。必死に口を押さえている辺り、
泣いているか笑いをこらえているかのようだ。
 頼みのクロード氏はなんかばつの悪そうな表情を浮かべ、こっちを見ている。クロード氏は僕と視線が合うと
すっとそらし、コーヒーカップに手を伸ばした。

「みんな、な、何がおかしいんですか!僕の言った方法なら犯行は可能なはずです。」

「可能ね、確かに可能だよケミ君。だがね、君の答えには論理性という物がありゃしない。方法に関しては
まだしも、動機という点に関しては皆無だ。なんでせっかくトリックまで使って逃げおおせたのに
現場に戻って大声を上げる必要があるんだい?」

「そ、それはトリックを完成させるために…」

そこで、ウィズ子さんが顔を上げた。目には涙が浮かんでいたが、しっかり表情がにやけているのを見るに、
笑いすぎて涙が出たらしい。彼女がここまで感情を露わにすることは少ないため、貴重な一シーンなのだが、
どうにも釈然としない。
 教授はウィズ子さんにハンカチを渡すと話を続けた。

「ケミ君、それを木を見て森を見ずと言うんだ。犯人の心理としては、自分に容疑がかからなければそれで
良いんだ。もっとも、犯人を合理的な主体と仮定した場合に過ぎない話だがね。
 だとすると、不可能犯罪よりも誰もが行える犯罪の方が都合が良いわけだ。わざわざ箱の蓋を開けて猫の
生死を確定する必要なんて無いんだ。雪が降っている時間に犯行を起こしたのなら、そのまま逃げる方が良い。
それも密室なんかにせず、堂々と玄関からでるのが一番だ。玄関から入って被害者を撲殺し、玄関から逃げる
なんて事は、力さえあれば誰にでも出来ることだからね。」

「で、でも、僕の方法で行われなかったという証拠はどこにもない!」

ある、と後ろから声がした。涙を拭き終わったウィズ子さんが、いつもの表情で僕を見ていた。
ウィズ子さんはちょっと口の端を上げて敬語口調に戻り、ハンカチをテーブルの上に置いた。

「そうですね、ケミ君の方法だと、ただ一つ決定的な矛盾があらわれます。もし、雪が降っているときに
犯行を行い、窓から脱出したとしたら例え窓を外から閉めたとしても、窓が開いている時間はあったはずで
雪は室内に降り込んだはずです。
 とくにその日は『酷い雪』だったのでしょう?。クロードさん、室内に雪の降り込んだ跡はありまして?」

「…いや、俺は発見できなかったな。」

僕はがくり、と膝をついた。結構自信がある考えだったんだけれど、窓が開いている間の事をすっかり
考えていなかった。クロード氏の証言も確かみたいだし、このまま続けてももっと色々言われるだけだろう。

「ケミ君、定石から入ったのにどうしてそういう結論に達したのか僕は不思議でならないよ。
強引すぎる解き方だね。まぁそれは君の持ち味とも言えるからいいんだが、『行われなかった証拠』
に言及したのは駄目だね。行われたことを証明することは容易いが、その逆は遙かに難しい。
それを他人に求めるとは…理に携わる者としては失格だ。」

教授はさっきの書類の裏にケミ、と僕の名前を書き、横に「五点」と書き加えた。

「はい、ケミ君は出席点の五点だけ。それじゃ、次はウィゼリアの意見を聞かせてもらおう。」
238丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/29(金) 19:17:24 ID:KOpWRitw
ウィズ子さんの推理:

 僕を論破して飛ぶ鳥を落とす勢いの才媛、ウィゼリア嬢はコーヒーカップをおいて腕を組んだ。
そして軽く額に手を当てて前髪をちょっとかき上げると、ようやく話を切り出した。

「そうですね、なかなか強固な密室だと思います。ケミ君風に言えば、三次元にも四次元にもです。
ですが、それは両方ともある前提のもとでしか成り立たない話です。」

ある前提?一体それはどんな前提だろう。時間的にも空間的にも強固な密室を突き崩す一言には、
僕はまだ出会えなかった。

「叔父上もケミ君もクロードさんも、よく考えてみてください。その部屋が密室だったというのは、
あくまでも犯人が脱出したという事実を前提にしているんです。密室の強固さを疑えないのであれば、
その前提を疑うべきだと私は思います。」

「おいおい、俺たちが踏み込んだときに、犯人はまだいたって言うのかい?
部屋の中には生きてる人間は誰一人としていなかったんだ。」

「それは踏み込むと同時にすれ違って逃げ出せばいいだけのことです。ドアに面した壁というのは
踏み込む人間にとっては死角に、隠れる人間にとっては絶好の隠れ場所になるわけです。
中にインパクトがある死体が存在する以上踏む込む人間の視線は死体に釘付けになりますし、
気配を消すことが出来るのならばその瞬間に見つかる確率はゼロと言っていいでしょう。
 あとは、屋敷の中のどこかに上手く潜伏し、後続部隊が到着するのを見計らって逃亡すれば
それで済みます。犯人の職はクローキングの術を使える『アサシン』。凶器が鈍器というのが
少し引っかかりますが…オークの使うような鈍磨した斧でめちゃめちゃに殴りつけたのでしょう。
私が考えるに、これが論理的な答えですね。」

自分の意見を言い終わると、ウィズ子さんは静かに腕を組んだ。うーむ、と感嘆とも悩むとも
取れるうなり声がクロード氏の口から漏れた。

 こんな方法は僕は思いつきもしなかった。確かにずっと犯人が中にいたのなら
この密室は密室でなくなってしまう。残酷に殺された死体も、入ってきた人間の目を
引きつけるとなれば確かにつじつまが合う。綱渡りみたいな方法だけど、確かにこれは不可能じゃないし
僕の言っていたことと比べれば、認めるのは恥ずかしいけどやっぱり論理的な気がする。

「なるほど、ケミ君の説に比べればいくらか信憑性はあるだろうね。だけれども、ウィゼリアも
心理的な面の考察が足りないようだよ。一つ確認するけれど、クロード達が建物の前についたとき、
足跡がなかった。ウィゼリアの説を採用するなら、犯人は雪の降っている間に建物に入ったことになるね?」

「はい。」

「すると、犯人はかなり長い間この建物にいたわけだ。そして、被害者を撲殺し、ドアの側の壁に隠れた。
そして、クロード達が踏み込むまでの間じっとしていたわけだが…犯人はクロード達が踏み込むのが分かった
のだろうかね?。ウィゼリアのトリックに前提があるとすれば、それは発見者が室内に踏み込むという前提だ。
そして、犯人にいつ踏み込まれるかを察する術はない。ここまでのトリックを考えつく頭脳を持った犯人が、
そんな不確定なことに頼るだろうか。
 ただでさえ長い間ここで何かをしていたんだ。そのあといつまで待たされるか分からないままにずっと
死体と一緒に密室内で潜伏するなんて、随分リスキーじゃないか。クローキングの術を維持する精神力は、
有限なんだからね。」

「殺害時に悲鳴が上がったのですから、ある程度は予想も出来るでしょう。」

「ふむ、ではそうしよう。だが、人数までは予測できない。二人ぐらいならすれ違うことで避けられるが、
もしも部屋の前に人だかりでも出来ていたらオシマイだよ。ウィゼリアの説は繊細かつ大胆だが…
大胆な人間がやるには繊細すぎるし、繊細な人間がやるにしては大胆すぎる気がしてならないよ。
疑問点も二つほど残っているしね。」

教授はソファの上で膝を組んだ。そして右手の指を二本立ててその指を左手で折り曲げながら、
話を進めた。
239丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/29(金) 19:19:03 ID:KOpWRitw
「第一に、犯人は何故斧を使ったのか。鈍磨した斧なんて妙な凶器を使っても足がつきやすくなるだけだと
思うよ。僕なら短剣を使って滅多刺しにするね。
 第二に、何故犯人は窓の鍵を掛けなかったのか。もし不可能犯罪に見せかけるなら、窓の鍵を閉めた方が
効果的だと思うね。」

教授の質問にウィズ子さんは軽く目を伏せ、痛いところを突かれたなぁ、とでも言いたげに軽く口の端を
曲げた。そしてほんの数秒の後に視線を上げると、先ほど説明していたときと同じはきはきとした口調
で答えを返した。

「さすが叔父上…鋭いですね。説明するとすれば、これは衝動殺人だったと言うことになります。
計画犯罪でなく事後処理として行われたとすれば、動揺していた犯人の精神状態を説明できますし、
その不備も頷けるでしょう。」

「被害者を惨殺して動揺するような犯人なら、その死体と同じ部屋にずっといようとするかな?
悲鳴を上げられたのだから、とっとと逃げようと思うだろうね。間違ってもそこで発見者をやり過ごそうだ
なんて考えるのは不自然だと思うけれど。まぁ、ケミ君の例と違って否定することは出来ないし、
その発想を評価しよう。そうだな…ウィゼリアの説は40点と言ったところかな。
出席点とお情けの下駄を履かせればギリギリ単位の来る『可』だね。」

教授は鉛筆を取ってまた例の書類の裏にスコアを記録した。
240丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/29(金) 19:22:35 ID:KOpWRitw
教授の推理:

スコアを記録し終えると、教授は膝を組みかえた。そして、眉間を少し上げてあきれたような
表情を浮かべると鉛筆を机の上に放り投げた。

「うーん、僕はもうちょっと君たちに期待していたんだけれど…。君たちは目の付け所は良いんだけれど、
幾つか選択肢があったときに強引に一つを推し進めすぎだね。ある考え方で説明できないことがあったな
ら、その考え方は間違っている可能性が高い。変な理由をこじつけるよりも、もっとスマートな方法を
模索すべきだ。
 と、講評はこんな所にして僕の考え、いや、事の真相というものを発表しようか」

自分の意見に過ぎないことを「真相」とまで言い切る教授の自信は大した物だ。強硬に自説を主張するのは
教授だって同じなのに、僕らにだけ「自分の過ちを認めろ」とはなかなか酷い物言いだと思う。
 口の悪い先輩などは「学生時代にモテなかったからああやって歪んでしまったんだ、ケミも気を付けろ」
等と言っている。前半部分には同意できるけど、後半部分は大きなお世話だ。

「まず、さっきからも言ってるけれど、密室≒不可能犯罪、というのは計画の大変さの割に得る物が少ない。
策士策に溺れることが多い分野だと僕は思うね。それでも、どうして密室にする必要があったか、
これがポイントだ。
 これはね、ウィゼリアも言っていたことだが放っておくと自分が犯人と断定される状況にあったということだ。
つまり、あの状況で犯人と断定される状況は犯行時に建物の中に被害者を除くとたった一人でいたことと同値だ。
では、建物の中にたった一人でいたことが断定される状況というと…これは、建物への出入りが自明な状況、
すなわち、雪が止んで雪に足跡が付いている状況というのがあげられる。」

「教授!人のことさんざん言っておいて一番矛盾してるのは教授の発言ですよ!
足跡がなかったから、僕らはこうして悩んだんです!
 どうやって一度雪に付いた足跡が消えると言うんですか?
悲鳴の聞こえた時間には雪が降っていなかった、それどころか、その五時間ぐらい前には雪は止んで
いたんですよ!」

「簡単だよ。犯行後にもう一度雪が降ったんだ。それに、窓の雪は固まってたんだろう?
そうなるためには…ただ酷い雪が降るだけじゃなく相当な吹雪が吹き荒れなきゃいけない。」

「馬鹿な!五番街だけ吹雪だなんて聞いたことがないよシーゲル!」

「どうして君たちは、ストームガストの可能性に気づかなかったのかな?」

「なっ…」

僕は腰を浮かせたまま二の句を継げなくなってしまった。クロード氏はコーヒーカップに手を掛けた
まま固まっているし、ウィズ子さんは…いつも通り無表情に教授を見つめている。

「極低温魔術(クライオソーサリー)の一つ、ストームガスト。ご存じの通り、
極低温極低圧の状態を作り出しそこに水蒸気を吹き込むことで擬似的な吹雪を生成する魔法だよ。
どの程度の雪の量になるかは術式次第だけれど…地吹雪の効果もあるし足跡を消すには
十分だと思うね。

 もちろん、犯行が可能なクラスはウィザード。凶器はおそらくマイトスタッフだろうね。
普通の杖でも不可能じゃないけど、そこまで腕力のある人間は少ないしそういった人間は
自分の得物の威力を知っている。加減知らずに頭を潰すまでやるのは使い慣れてない証拠。
ウィザード犯人説の傍証とも言えるだろうね。
 おそらく、筋書きはこうだろう。

 犯人は雪がやんだあとに被害者宅を尋ねた。まぁ、それで事件があった部屋で二人は何かをしていた。
言い争いがあったかどうかは知らないが何かのきっかけで犯人は逆上し、たまたま所持していた
マイトスタッフで殴りかかった。きっと、頭を殴りつけたんだろう。
思わぬ威力に血飛沫が飛び散り悲鳴が上がる。その血に酔って犯人はさらに何度も何度も
被害者の頭を殴った。息絶えてからも執拗に殴り続けたんだろうね。」

口角泡を飛ばしながら教授の舌は素晴らしくなめらかに回っていた。
自分の意見とそれに誘発される恍惚感の正フィードバック。関係者からは「トランス」とも
「悪魔憑き」とも言われる教授の悪い癖だ。

「そこまでやってから犯人は我に返る。『これでは私が犯人だとわかってしまう』とね。
なるほど、魔法使いらしい頭の回転が速い奴だ。そこで犯人は急いで血をぬぐいドアの鍵を
閉め窓に向かう。飛び降りてから杖で窓を押して閉め、袋小路から出る。しかる後に
足跡に向かって呪文を唱えれば、足跡は綺麗さっぱりというわけさ。

さぁ、どうだろう、他の方法は思いついたかな?」


教授は周りを見回して僕たちの反応がないのを満足そうに見届けるとコーヒーに口を付けた。
241丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/29(金) 19:23:15 ID:KOpWRitw
教授のトランプ仲間はその後しばらくして慌ただしく帰っていってしまった。事件の解決は
真相を知るに留まらず、その後処理も重要なのだそうだ。おそらく近いうちには新聞に事件の顛末
が載せられ、犯人は監獄で罪を償うことになるんだろう。

物憂い春の午後に降って湧いたこのエキサイティングな事件を僕は今、こうして記録に残している。
その時、僕の手元に影が落ちた。振り返るとそこには魔力灯の光を背にして教授が笑みを浮か
べていた。この人が笑みを浮かべるときは、だいたい僕は損をする。

「ケミ君。記録に残すのは結構だけどね、採点を手伝ってくれる方がもっと結構なんだ。」

そういって教授は右手に持った紙束を僕に渡した。紙面をざっと見ると「魔法論演習」
と文字が刷られ、その下には何とも下手な字がうねっている。

「これ、今からやるんですか?」

「うん。僕とウィゼリアもいるから今日中には終わるだろう。じゃ、頑張って。」

教授は無情にも僕に背を向けて自分の部屋へと向かった。僕はすこしためらってその背に声を掛けた。

「あの、教授、今日のお昼の話なんですけど」

「ん?」

「どうしてストームガストを使ったってわかったんですか?」

「足跡がなかったからだよ」

「いや、それはそうなんですけど、足跡つけないまま出て行く方法とかは他にもあるじゃないですか」

「足跡がなさ過ぎたんだよ。夕方に雪がやんだのだったら建物に入る足跡は全くないにしても、
前を通る足跡が一つぐらいはあると考えるのが自然だ。それこそ、向かいの住人の足跡だったり
配達人の足跡だったりね。なのに足跡は一つもなかった。
 だったら、足跡をつけない方法があったと考えるより、足跡を消す方法があったと考えるのが妥当
だろう。」

「あ…」

「さ、わかったらさっさとやるように。僕も今日中に帰りたいんだから。」

そういって教授は出て行ってしまった。さっき飲んでいたコーヒーはだいぶ温くなってしまっていて、
香りも失われている。僕は残ったコーヒーを飲み干すと新たなコーヒーを淹れに流しへ向かった。

あの香りで頭がよくなると採点も早くできるんだろうか。

-end
242丸いぼうし@リサイクルsage :2005/07/29(金) 19:29:21 ID:KOpWRitw
何とか最後まで修正終わりました。
雪の密室という段階で、大方の予想通りのところに落ち着いた感じです。
キャラクタの頭の良さが書き手の頭の良さを超えることは原理的にありえない
わけでそれが非常に辛い…。
243名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/30(土) 00:04:28 ID:dpoEuFzo
あー、成程…ストームガストかぁ。
見落としてました。

自分は、二つ目の推理と方向性が一緒で、
まず雪が降っていない時刻に犯人が建物に入り、
それから被害者を呼びつける。
殺害の後、しばし時間を置いて、雪で足跡が消えるのを待ってから知り合いか誰かに
通報させる。んで、警察が中に入ってくるのを見計らってクローキング。
犯人の足跡は、警官の足跡にまぎれて見つからなくなるから、
犯行現場に人員が集中するのを部屋の外のどこかに隠れ、
隙を見計らって悠々脱出、という風に考えてました。

つまり、犯行は鈍器を持つ高LvBS、もしくはプリーストで、
かつ、第一通報者と交友のある誰か、と言う訳です。

雪の件については、そもそもつもり具合の差で出入りなどが一目瞭然だから、無視。
犯行の凄惨さについては、捜査陣の目を集中させることで
脱出しやすくする…といった感じの解釈でした。

と、はずれの解釈を長々と垂れても仕方ないので小説落として退散します。
244名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/30(土) 00:08:26 ID:dpoEuFzo
書き忘れ…鈍器を持つ、の後ろに
クローキングの使える装備を所持できる程裕福な、をくっつけて読んで下さい…
以下、小説です。

----------------------------------(猫線)----------------------------------------

花と月と貴女と僕

 前回までのあらすじ
 女の子の食尽の為に入った定食屋で変態アコライトとプロレスする羽目になってしまった事であるなぁ。

 畜生。何というか、天の神様に自分の運命の微妙さ加減と絶妙さ加減を問いただしたい気分で一杯です。
 そんな昨今ですが母上様、故郷の夜空の下。貴女様も今頃は夜空の月を見て僕の事や日々の暮らしの事などお考えでしょうか。
 っていうか助けてママン。不肖の息子の恥知らずな願いですが、どうか聞いてください。
 ──僕の前に変態が居るよ。もう、一切合財言い訳が欠片も通用しないぐらいに。

「シャァッ!! どうしたぁ、かかってこい、シャッ!!」
「………」

 その変態は、相変わらず奇声を上げ、腕をぶんぶんと振り乱していた。
 周囲には、円を描くようにしてその場から後ずさった他の客のテーブル。
 それが描く範囲は丁度、天津の相撲、とかいう競技の土俵と呼ばれる範囲の様だった。

 そして、僕の眼に映るのは相変わらずの──いや、助祭の服を脱ぎ捨て、光沢を放つパンツのみを身に纏った変態。
 何やら益々ヒートアップしているらしく、僕には良く判らない言葉で、観客に向ってアピールしている。
 いや、♂アコライトと言うのは栗毛アコきゅんだけで十分だと思うのですが
 こんな現実いりません神様、禿様、重力様。

 逃げられない。そんな言葉が脳裏を音速で過ぎていった。
 投げやりに顔を上げると、ヤツの嬉々とした表情が。
 目線を動かすと、店主、女の子、客。そして、その向こうに扉。
 ──扉?
 一つのアイディアが閃いて、行動に移るまでは一瞬だった。

「自由への逃亡っ!!」
 背を向け、何もかも振り捨てて走り出す。
 慌てる女の子の横を抜け、客のテーブルを飛び越える様に進み、黒服の横を通り過ぎたところで、首根っこを店主に捕まえられた。
 店主、どうしてお前がっ!?そう叫ぶ間も無く、バランスを崩して地面に倒れこむ。
 逃走失敗。遅れて絶望が擦り寄ってくる。

「店主ーーーーっ!! あんたに捕縛権限は無いはずだーーーっ!!」
「往生際が悪いぞ? 心配しなくても骨は拾ってやるから」
「フォローになってない!!」
 それは僕に死ねと言いたいのか?

「いや、つーか食い逃げする気か?」
「うっ…」
 いやぁ、そういえば勘定まだだったなぁ。あはは。
 ぎらり、と店主の目がまるで刃物の様に光ったのは果たして気のせいか。
 僕ぁ、とても気のせいだと思いたいなぁ。しかし、店内の温度が少し下がったような錯覚がっ。

「俺が、食い逃げ犯を今までどうしてきたか…知りたいか? いや、知りたいみたいだな。良かろう、全身全霊を持って…」
「めめめめ…滅っ相ぉーぅも御座いません、あああ主殿。不肖私めは、逆三顧の礼で変態とプロレスリングをば演じさせて頂きます」
「うんうん。それでいい」
 にやり、と蛇を思い起こさせる微笑みを浮かべると、店主は蛙の様に硬直した僕を丸いジャングルに押し戻した。

 …さて、状況は振り出しに戻る、である。
 相変わらず女の子は食尽しているし、変態はパンツ一丁だし、店主はニヤニヤなのである。
 困ったことであるなぁ。極限まで膨れ上がった逃避願望はもはや諦観に変わりつつあった。

 Q.この状況での解決策

 しかし、幾ら目の前の変態と戦うところを想像してみても、延髄切りの後で卍に固められるビジョンが見えるばかり。
 嗚呼、タオルが欲し…

「っシャァッ!!」
「げぶぁっ!?」
 というか、今は試合中なのであって、眼をそらした僕は馬鹿。
 具体的に言うと喉に大降りのラリアートが直撃。因みに俗称をリキ・ラリアットというそーな。
 視界暗転、天井が見えて、それから鈍い音。完膚なきまでに一撃KO。
 パトラッシュはソリを引き、意識の水底に聖母のイコンを見た僕は悲しみに暮れるまま天上界へと旅立つのであった。
 死──んでる場合では無い。このまま寝転がっていると。

「次行くぞー、シャッ!!」
 嗚呼、嫌な声。何か宣言してるし。
 ギロチンがっ。図太い足のギロチンが降って来る確信にも似た予感。

 しかし、意外な所から救世主はやってきた。
 ガシャァァン。変態が、床を蹴って宙を舞うよりも早く硝子が割れる音が響き渡る。
 ──ガラスが割れる音?

「誰だ手前らっ!! 集団強盗かっ!?」
 誰より早く動いたのは、店主だったらしい。
 っていうか、メシア様ではなく強盗ですかっ!?ヤバい。本当に倒れてる場合ではない。
 よろよろと立ち上がると、女の子の方へ歩きながら件の方へ向く。

「……」
 そして、そのまま僕は固まった。変態までもが同様。それぐらい異様だった。
 何だ──アレは。この手の強盗事件は、食い詰め冒険者がヤケッパチで起す、と相場が決まっている。
 しかし、その集団は違った。
 ──顔に被った狐の面だ。所謂狐のお面とかいう高級品じゃなくて、木彫りの不恰好な代物。
 それを、何やら物騒な凶器を携えた田舎っぽい格好の人が被っている。
 店内には、僕の他にも冒険者風の人が一杯いるけれど、彼らは明らかに浮いていた。

「……おい」
 突然、闖入者を見ていた僕に店主が声を掛けてくる。

「ありゃ、ひょっとしてお前さん絡みの新手の変態共か?」
「いや、んな訳ないでしょ」
「いや、俺はお前やあの宿の連中は、変態と馴れ合うのがライフワークだと思ってたが」
 僕の抗議に店主は言ってでパンツ一枚で、油断無く狐面に構えているアコライトを指す。
 それを見た途端…それ以上の抗弁を行う気力が根こそぎ萎えてしまう。
 しかし、がっくりと絶望に項垂れながらも、何とか続く言葉を口にする。

「……ありゃ例外ですよ。極々一部です」
「シャァッ!! そこのぉ、○○ガイ!! 人を指差すなとママンに教わらなかったのかぁ」
「……」
 何というか、泣きそう。つーかもう哭きそう。
 事故で宿無しになるわ、変態にキチ○○言われるわ。
 っていうか、お前も思いっきり指差してるじゃねぇか。店長もそうだし。
 人生の理不尽に打ち砕かれそう、つーか現在進行中で粉砕されてる。

「まぁ、そこの暗く深い悲しみと絶望と人生投げかけてる感じの影を背負った坊主は放置プレイかますとして──」
 …余計な二言三言は兎も角と、店主がギラリ、とした鋭い眼で招かれざる客を睨んだ。
 何故か、睨まれた訳でもないのに肌に焼けた刃を押し当てられた様な気がする。

「手前等、一体俺の店に何の用だ?」
 ……この人は、店主と言うよりバウンサーがコックのコスプレしてやがるだけなのではないのでごさいましましょうか。
 そんな、思わず間違った言葉遣いをする程僕は混乱していた。
 原因は、主に目の前で羅刹、としか形容しよう無い気迫を放散しやがりましましてる店主。

 そういえば。
 僕はふと、とあるプロンテラの都市伝説を思い出した。
 それは、荒唐無稽で下らない噂話。
 曰く──栄光たる勝者(チャンピョン)は、その冠を捨て、どこぞの定食屋を切り盛りしている。
 …いや、まさかな。だけど、それが与太に思えないくらいの気迫が。
 ぶっちゃけていうと、失禁してその場で崩れ落ちてしまいそうなぐらい怖い。

 しかし、一方の狐面達はそんな殺気を真正面からぶつけられているだろうにも関わらず、平然と店内を見回している。
 そして、その視線が一つの場所で止まった。…ってあれ?

「おいおいおいおいおいっ!!」
 思わず口に出す。そいつ等の目線は、状況が理解できていない臭い女の子の方を向いていた。
 僕のその叫びが、合図だった。

 狐面達が一斉に走り出し、続いて店主と変態がそれに応じる形で前に出る。
 っていうか店主、なんでアンタまで。ラリアートをたった一撃のエルボーで迎撃された変態を目端に写しながら、思う。
 しかし、その疑問は瞬間的に氷解する事となった。
245名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/30(土) 00:09:16 ID:dpoEuFzo
「俺の客に手ぇ出してんじゃねぇぇぇぇぇっ!!」
 炸裂音。続いて激突音。
 瞬間的に間合いを詰めた店主のアッパーカットで天井の梁に叩きつけられた狐面の一人が、轟音を立てて地面に激突。
 …死んだか?いや、死んだな。一瞬そんな事を考えるが、僅かに身を捩っているから生きてはいるらしい。

「…つーか、本人様ですか」
 都市伝説って怖い。心底そう思いながら僕は遅れて女の子の元に駆け寄った。

「どーしたの?」
「いや、どーしたのってアンタ…鈍いというか、お気楽と言うか、大物というか」
 もぐもぐと既に何皿目か判らない定食を相も変わらず頬張っている女の子に疲れたように肩ががっくりと落ちてしまう。
 背後では、数人の狐面相手に獅子奮迅の戦いを見せている凶悪店主。
 因みに変態の方は、パワーボムで地面に転がった後見事なサソリ固めを食らって悲鳴を上げながら悶絶している。
 アレを見ながら平気な顔で食事とは。ちりん、と何処からか鈴の音が聞こえたが今はそれどころではない。
 女の子を連れて逃げるか…いや、それは不味い。店主に放送禁止用語満載のお仕置きを受ける事に──

 そんな事を考えていた時だった。

「──お前さん方にゃ、荷が重いだろ。そいつは」
 店にいた誰もがそいつの動きには気づけなかったに違いない。
 それぐらい自然に。完全に気配を殺し切って、黒づくめの帽子野朗(ate 焼き魚)が何時の間にか店主の横に立っていた。
 マントの裾からは、銀色の光──そして、そいつは登場と同じく全くの無造作に刃を振るう。
 一閃。赤。寸でのスウェーで身をかわした店主の胸元には、しかし一本の切り傷がはっきりと印(しる)されていた。
 その一撃はバックスタブ…だろう、多分。サプライズアタックかもしれないが。
 黒マントは振り抜いた刃…ツルギだろうか…を、マントの中から半ばを覗かせる様な格好で下段に構え、言葉を続ける。

「こいつの相手は俺が引き受ける。娘ひっ捕まえてさっさと行きな──大切な子なんだろ?」
 狐面達が、口元を吊り上げて黒マントが発したその言葉に背を押される様にして動き出す。
 店主が、そいつらに立ちふさがろうと移動し、しかし怪人黒マントがそれを許さない。
 滑る様ななめらかな足捌きで、店主の前に回りこむ。
 二つの目線が重なる空間上に、火花が散っている様な錯覚。

「誰だよ、手前は。…この馬鹿共の手助けするなら容赦しねーぜ」
「俺か? 俺ぁ、通りすがりの正義の騎士だよ。ま、こっちの事情で手助けしてる」
「悪党の味方しといて正義? そういう事は、ガラスの弁償して、味噌汁で顔洗ってからほざきやがれ、このボケナスが」
「決め付けは宜しくねぇなぁ…ま、そのお堅い頭じゃしゃあねぇか」
「…よく言った、この場でグチャドロのミンチに磨り潰してハンバーグ定食にしてやるから、覚悟しろ」
「ニンニクは好きじゃねぇんだがなぁ…」

 そして、その二人は激突する。
 斬撃が走る。拳戟が空気の臓腑を割る。しかし、両者共に互いの一撃を避ける。
 無論、高速で繰り広げられる攻防の最中に傷を負わない訳ではない。
 だが、黒マントは、その悉くをかすり傷ですませ、店主は調理服に包まれた肉体に刃を受けながらも致命の一撃を全く許さない。
 更に追撃の一撃を回避しカウンターを加えしかしそれを紙一重で逸らしつつ次なる機会を狙う。
 ツルギが宙を薙ぎ拳が宙をぶち抜きそれをスウェーで避け客の座っているテーブルを盾に防ぐ。
 それは一言で言うなら、恐ろしく高度な技術を有する者同士の一騎打ちだった。
 が、そんな戦闘能力がインフレ起してやがりますサイ○人的連中は兎も角僕にとっての切実な問題は──

「ギャー!! 来るなぁぁぁっ!!」
 情けない悲鳴を上げながらも、背後に女の子を庇い、店売りソードを振り回す僕。
 己の行動は騎士の鏡で一瞬で転職完了という感じなのに、状況が好転どころか悪化しているのは何故に。
 一方の狐面達は無慈悲に圧倒的に武器を振りかざして僕に迫ってくる。
 混乱している女の子の手を引き(因みに未だ皿を手放していない)、悲鳴を上げて右往左往する客の波を掻き分ける。
 しかし、人の波が邪魔で一行に前に進めない。最もそれは狐面達も同様だから、相対的な距離は変わらない。

 と、不意に客の数が激減している一体に辿り着く。
 顔を上げると、そこには立ち上がって狐面と向かい合ってる変態。
 鬱で砕けて消えそうな心を奮い立たせ、僕は道行きを急ごうとした。

「ハァハァハァ…ッシャァッ!!中々に手ごわかったがコイツでトドメ・ファイナルだ、コノヤロー!!
サァァァァムラァァァァイ・ウェーーースタァァァァァンッ!! 1・2・3ダーッ!!」
 が、突っ込みどころ満載の絶叫にすっ転ぶ。つられて女の子もすっ転ぶ。厭な意味で複雑な感情を胸に抱きつつ。
 しまったと思い後ろを振り返ったが、狐面達もその奇声に何か言い知れぬショックを受けたのか固まっていた。
 ヒートアップしたパンツの変態は、地に倒れ伏している狐面の一人にトドメを指すべく、宙に踊り出し足を大きく伸ばす。
 ギロチンを連想させる様子で、上昇運動の頂点に到達、ゆっくりと降下を開始し…

 ──僕には、その瞬間がスローモーションの様に見えた。
 具体的かつ箇条的に描写すると、まず先の一騎打ちの現場から流れ弾の指弾が飛んできた。
 次に、それに気づいたらしい狐面が慌てて、横に転がって着弾地点から身をずらした。

 しかし、空中に居る変態は軌道変更は出来ない訳で。
 着弾。爆音。木屑が煙となって盛大に吹き上がり、地の底まで続いていそうな黒い穴がぽっかりと開く。
 地球の重力は、とても寂しがりやで熱烈だ。たとえ相手が変態であろうと拒みはしない。
 ゆっくりと進んでいく時間の中で、そいつは勝利の笑みを浮かべ…ゆっくりとゆっくりと、しかし酷く綺麗に落下していった。
 しばしの間。どんがらがっしゃーん、どかーん、とかいう物騒な音が下方から遅れてやってくる。
 どうやら、床下に地下室か何かがあったらしい。

 ──最後の瞬間、勝利を確信した変態の笑顔が、一転して絶望に歪み逝く様を僕は忘れる事は無いだろう。
 夢に見そうな表情だった。それも飛び切りの悪夢で。

「…おーい、生きてるか?」
 僕も女の子も、狐面も。サ○ヤ人共はともかくとして。逃げ出す事も立ち向かう事も忘れ、一様に穴の中を覗き込んでいた。
 中では、いい感じに両手足を変な方向に捻じ曲げた変態が、その身を真っ赤に染めてびくびくと痙攣している。

「おのれぇっ、シャッ…これで…勝っだど…オボウなょぉ゛ヲぉヲぉぉぉぉぉぉ…」
 言葉に反応してか、地獄の亡霊の様な怨嗟の声が這い登ってくる。

「いや…勝ちもなにも…自滅だろ、今の」
 何故か、狐面達もうんうんと同意を示す。何となく、ともだちになれそうな予感がした。
 女の子は、じーっと見ているだけだ。

「だが…シャッ、キ○○イよ」
「僕かよっ!!手前、狐野朗とプロレスしてただろうが!!論理的釈明を求める!!」
 しかし、僕の抗議は空しく響き渡る轟音に溶けて消えたらしく、無視される。

「もう直ぐ、我が木賃宿の同士がここに駆けつける…その時が…貴様の最後っ…ダー…ぐぶばっ!!」
「ふ……ふ……ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 妙に格好良い断末魔を上げて、かくりと首を折った変態に僕は心の底から絶叫する。
 背後の戦闘音を打ち破り、店の建材を越え、夜空の月にも届かんばかりだった。ちょっぴりガラスが割れたかもしれない。
 狐面達が耳を押さえ、黒マントと店主が一瞬動きを止め、他の客が僕に振り向き、女の子が余りの音量に目を回す位だった。
 正に、それは世界の理不尽を心の底から憎悪し尽す、悲痛な絶望に満ちた悲鳴だった。

 が、僕の叫びは地に染みない。誰にも届かない。つまり、助けてくれる人がいない。
 そうなれば、結局の所店外に逃げ出すしか無い訳で、それは自動的に超凶悪な都市伝説級店主をも敵に回す事に。
 しかし、考える暇は無い。女の子を抱きかかえ、ドアを蹴破り、外に飛び出す。
 前を見ると、遠くに砂煙を上げてこっちに殺到してくる一団が見えた。考えるまでも無く木賃宿の常連に間違いなかった。
 そして、後ろからは立ち直った狐面たちの足音。店主が僕の食い逃げを咎める叫び。
 ──例えて言うなら、前門のエドガ、後門のハティー。
 …神様、貴方様はそんなにも僕が憎いのか?
 生まれてきてごめんなさい。だから助けてお願い。

「ド畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! この世なんて大嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 僕の悲しい絶叫は、しかし空しくプロンテラの月夜に染み渡っていくだけ。
 ちりん、と又鈴の音が聞こえる。

 …結局、女の子を抱えたままの鬼ごっこは僕がプロンテラ南城門から逃げ出すまで続く事になるのであった。
 レッツ、体力の限界にチャレンジ。


 続く?
246名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/07/30(土) 18:02:51 ID:SS3Lmm9o
当日告知さげ。
   第○回萌え小説スレ座談会 7/30(土)22:00〜
         場所 Ses鯖、ゲフェン塔2F
247名無しさん(*´Д`)ハァハァ :2005/07/31(日) 01:41:22 ID:hWLzrSlY
座談会途中経過。現在6名、作者5、ROM1.
今回の競作のおだいは「忘れ物」
248丸いぼうし@お題sage :2005/08/01(月) 04:54:47 ID:qFbXVAno
「『忘れる』という言葉は不思議だと思わないかいケミ君?」

 教授はサンドウィッチをほおばりながら僕に話しかけてきた。僕はというとこのお昼時、
うだるような熱さと空腹を紛らわすために机に頬をくっつけ、その涼感を楽しんでいた。
こんなはずじゃなかった、という言葉が頭の中をよぎる。朝、大学に来る途中に売店で
昼食を買ったのに…僕はあろう事かその昼食をどこかに置き忘れてきてしまったのだ。
 講義室だったかどこだったか…さすがにこのうだる暑さの中八方探したり、列に並んで
買い直すのも嫌だったからこうして省エネしているんだけれど何ともやりきれない。

 はぁ、そうですか、と頬を机に密着させたまま僕は生返事をした。視線の端には誰かが買って
きたまま放置された勿忘草の鉢。繁殖力旺盛なその植物は本来の領地からはみ出して青々と
茂っている。

「そう、不思議だよ。するべきことをうっかりしてこないことを『忘れる』と言うだろう?。
でもそれと同時に何か物体をおいてきてしまうこともまた『忘れる』と言うんだ。
おまけに記憶についてさえ、我々は『忘れる』という言葉を使う。
まったく違うことなのに我々は同じ言葉を用いているんだよ。しかもね、これは我々だけの概念じゃないんだ。
シュバルツバルド北部の言葉で『忘れる』を意味する単語は"forget"という単語なのだが…
それもやっぱり物と行為と記憶、どれにも使うことが出来るんだ。
厳密に言うと「置き忘れる」を意味する"leave"というのもあるんだが、注目を払うべきはこの
『忘れる-forget』の多義性だと思わないかい?

 学生の言い訳なんかがこの多義性を上手く使っている典型だね。幼年学校じゃないから
僕も宿題をせっつくような真似はしないんだがね、締切日に『レポートを忘れました』と言い
に来る学生がいるんだよ。でもこれだけじゃレポートを作成するという義務を忘れたのか、
作成したレポートを忘れてきたのかわからないじゃないか」

熱弁をふるいながら教授はデスクの上にパンくずをまき散らしている。後で掃除をする
僕の身にもなってもらいたいものだ。

「話を戻すが、つまるところ忘れるという言葉の本質は、連続体に含まれているべき何かが
過失から連続体を脱することにあると思うんだ。記憶は時間に対して連続であるはずの
ものである――事実はどうあれ僕らの認識はそうだ――し、義務も生活という連続した行為の中に
組み込まれているべきものだ。持ち物についても肌身離さず持ち続けるという点に関して連続
であるといえるだろう?」

教授がパンくずだけでなく野菜屑までまき散らしだしたあたりで、空気越しと机越しに扉の開く音が
聞こえた。空気中と固体中で音速は違うのだから本来はこれもずれて聞こえるんだろうな、
などと思いながら僕は上体を起こした。圧迫されていた右耳の感覚が薄い。

入ってきた人間はかつかつと床を鳴らして机に近づき、どさり、と荷物を机に置いた。

「お、ウィズ子さんこんにちは。あれ、今日はノースリーブ?」

「暑いからマント無しなだけ」

連日の暑さを切り捨てるような口調でそう答えると、彼女は机の上の袋からバナナジュースを取り出した。
よく冷やされたそのガラス製の容器は周りの湿気を集めて汗をかいている。
水滴で手が濡れないようにハンカチ越しに瓶を持つと、彼女は連日の暑さよりも暑苦しく語っている
その叔父に視線を向けた。

「叔父上、今日はご機嫌ですね。何かあったのですか?」

「ああ、うん、そう。実はね、さっき講義室で帰り際にサンドウィッチの忘れ物を見つけてね。
誰かが昼食用に買って忘れてったんだと思うけど、生ものだしね。悪くなるといけないから
こうして頂いてるんだ」

-end
249丸いぼうし@お題sage :2005/08/01(月) 05:05:34 ID:qFbXVAno
お題を書いてみました。正面切ってロマンスやらペーソスやらが
あふれる「忘れ物」話に挑戦しようかと思いましたが、正統派の解釈
では他の方に勝てる気がいたしません。よって相変わらずの学園物。
それにしても、うーむ、練りと捻りが足りなかったかな…。
250名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/01(月) 12:15:27 ID:lKiDFJH2
ケミ君(´・ω・)カワイソス
251名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/02(火) 15:25:11 ID:rnNU1drE
 花と月と貴女と僕 4

 黒。その場所は、黒であり影。
 そんな抽象を捨て言うならば、監獄であった。
 悲鳴は岩戸に溶け、光差す聖堂には届かない。
 血の赤は下水に消え。塵は塵へ、土は土へと。
 聖堂の影は、全てこの場所に。

 大聖堂地下監獄。異端審問の巣。
 つまるところは、汚物の詰まった聖地の腸。
 影の無い光。そんな矛盾が隠蔽された場所。

「異教徒め!!異教徒め!!異教徒め!!異教徒め!!」
 白い三角の頭巾。白い服。そして、赤の斑。
 多頭鞭…しかも、先端に小さな鉄球の付いた。それは最早殺害用だ…が空を切る音。
 弱弱しい悲鳴。赤が散る。赤が散る。肉がそげる。骨が見える。砕けた骨の破片が飛び散る。
 審問を楽しむ神父の哄笑が響く。ヒール。口の端から泡を吹きながら神父が叫ぶ。傷が塞がっていく。
 厚い岩戸が全てを吸い込む。煌々と、松明の火が部屋を照らしている。
 神父が、傍らの注射器を自らの腕に刺す。それは麻薬である。
 自らへの投薬は幾度目かになるだろうか。恍惚と絶頂を迎えた様な顔で、白三角の神父は数度、痙攣した。

 異端審問とは、オレンジジュースの製造と同じ。情報の果実を全て摩り下ろす。
 重要なのは搾り出す情報で果実がどうなるかは埒外。ぐずぐすの屑になっても関知はしない。
 だが、それでも麻薬でも使わねば仕事にならないという事か。
 苦悩は薬で空の果て。天の神へと召されていく。

「異教徒め!!異教徒め!!嗚呼、嗚呼。異教徒め!!異教徒め!!」
 叫びは続く。悲鳴は続く。どろりと腹から何かが零れ出し、神父はそれを引き出しながら嗤う。
 嗤う。嗤う。嗤う。嗤う。叫ぶ。ヒール。それは続いていく。

 こつん、こつんと靴が硬い床を叩く音を聞いて、神父は振り返る。
 同じく、三角形の頭巾を被った誰かが銀の盆に一本の注射器を乗せている。

「錬金術師と連絡が取れず、用意するのが少々遅れました」
 続けて、薬の簡単な説明を開始する。
 試作品だが効果は確実である事。
 使用に際して、人体に対する効果をレポートとして送って欲しい事。
 投薬すれば、極めて協力的に尋問に答える事しか出来なくなる事。

 神父は赤に塗れた腕を取り、手早く投薬を済ませてしまう。
 ぴくん、ぴくんと横たわっている方の体が二度ほど震えた。

 ──近くには、木彫りの狐面。そしてフェイヨン風の女物の着衣が、丁寧に畳まれて置かれていた。



 もう、息をする事もできそうに無い。
 月が高く浮かんだ空を眺めながら、僕は思った。
 …いや、勿論冗談なのだけれど。
 雲が僅かばかりに掛かった満月。天津で言う月見には丁度良い頃合だ。
 そういえば、中秋の名月、という言葉もあっただろうか。
 ちりん、と何処かから聞こえた鈴の音の幻聴に僕は振り向いた。

「うー…」

 見れば、女の子が未だに手放していない皿と格闘していた。
 因みに、意地汚くも舐めていたらしく、涎でべとべとだ。
 溜息を一つ付く。僕は、何たってこんな事をしているのだろう。
 気づけば、どうやら狐面達に追われているらしい女の子を連れて逃げていた。
 そんな必用など、何処にも無かったというのに。

 出会いの奇跡を思い返す。
 思い出す。思い出し──悲しくなったので途中で思考を止めた。
 何か、人間及び冒険者としての尊厳その他諸共が消滅しそうな気がしたからだ。

「あー…どうしたものかなぁ」
 女の子をよそに僕は僕で苦悩する。
 何とか逃げ切ったはいいのだが、事態は全く好転していない。
 プロンテラには戻れない。イズルード経由でアルベルタはビバビバに向おうか、とか。
 逃避行の計画をぼんやりと思い浮かべていた。

 しかし…この女の子は一体何者なんだろうか?
 改めて考えてみれば全くの謎である。
 判っている事と言えば、かなり可愛い容姿である事と、大飯食らいという事。
 そして、追われている事。それくらいだ。
 が、よくよく考えれば騒動の中心的な存在である。
 …自分にも原因がある、という事は否定できないが。

 僕は、彼女に関して幾つかの選択肢を慎重に考えてみた。

 一つ。女の子は何処かのお姫様であり、追っ手はその部下である。
 彼女に気に入られて一生左団扇だヒャッホウ。

 二つ。女の子は以前食い逃げを繰り返しており、追っ手はその被害者である。
 彼女と一緒に居る限り僕も追われて、ついでに一生飲食店でタダ働き。

 三つ。女の子と追っ手とは何の関係も無く、向こうの勝手な都合である。
 やっぱり僕は一緒に居る限り追われて、しかも相手によっては…真っ赤に目の前が染まる光景が。
 Oh,God!!僕はバッドエンド一直線かよ。

「けど常識的に考えると二か三だよなぁ…」
 しかし、選択肢を特定するにも何ら手掛かりがない。
 ごほん、と一度咳払いをする。女の子に目をやった。

「〜♪」
 流石に皿には興味を無くしたのか、無邪気な風に草花と遊んでいた。
 子供の様に、そこらの猫じゃらしを引き抜いて遊んだり、蒼白く月を仰ぐ花を見ている。
 猫じゃらしが、細い指に包まれて毛虫の様な動きを見せる。

 ──保身を考えるならば、彼女はここで見捨てて立ち去るべきだろうか。
 しかし、見捨てて立ち去ったとして、リスクが減るといえるのだろうか?
 狐面達が持っていたのは…不恰好だけれど、確かに人を殺せる凶器だ。
 今更ながら、その事実に背筋を薄ら寒い物が走るのを感じていた。

 堂々と、人目も憚らず人殺しの武器を持って押し寄せた狐面。
 『そんな』連中が果たして自分達の邪魔をした人間を生かしておくか?
 が、逆にそれほどまでにこの女の子に固執する連中だからこそ、僕には然程頓着しないのではないか、という思いもある。

 ぐるぐると腹の中に漠然とした恐怖と不安が、黒っぽいとぐろを巻いて居座るのを感じた。
 見捨てるべきか。いや、見捨てるべきだ。
 結局のところ僕は僕が大事なのであって、その為なら幾ら綺麗な女の子でも命を張る価値はないんじゃないのか。
 所詮しがない貧乏冒険者。財産は財布の中身と店売りソード、それから安っぽいレザージャケットだけ。
 あんな大勢の狐面達と正面から渡り合える気なんてとてもじゃないが、しない。

 が、同時にこう考えてもいた。
 今はまだしがない冒険者だけれど、この女の子の騒動を通じて成長できるのではないか、と。
 勿論、能天気な考えなんだろう。けれど、一応の根拠はあった。
 結局、あの連中には追いつかれなかったじゃないか。
 どの道、浮浪者一歩手前の現状だ。可愛い女の子の手を引いて、逃げ回りながら時間を過ごすのも楽しいかもしれない。
 僕は先日、道端で立ち読みした活劇物の小冊子の主人公を思い浮かべていた。

 天魔相迫。鳥の羽と蝙蝠の羽が生えた僕のミニチュアが
 罵詈雑言を投げあいながらクルクルと回っていた。

「…?」
 結局、その争いに終止符を打ったのは、出会いの時と同じ、女の子の不思議そうな表情だった。
 悪魔は死んだ。鞘から抜かれた剣でぐっさり刺されてお陀仏だ。雷の様に地面の底に落ちていったのである。
 決着を見届けてから、僕は手招きをして、女の子を呼び寄せる。

「あー、チミチミ。少しいいかい?僕、聞きたい事があるんだけど」
「どうしたの?」
 考えていた事のおおよその概要を僕は説明した。うんうん、と頷きながら女の子は聞いている。
 最後に、方針を決める為に覚えている事があれば教えて欲しい、と言って締めくくる。

「うー…」
「ゆっくりでいいから、何でもいいから思い出して」
「んー…むー…」
「……」
「ごはんおいしかった」
「…いや、そうじゃなくて。あの狐面の事とか。ほら、ご飯食べてた時に狐っぽいお面被った連中が来たよな?」
「あのひとたち?」
「そうそう。あいつ等な」
 言うと、女の子は上を向いて考える様な仕草を見せる。
 丸い帽子は、紐か何かで結わえ付けてあるのか、ずれもしない。
 第一コミュニケーションは成功に終わったようです。
 少しして、女の子は残念そうな顔で首を振った。
252名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/02(火) 15:26:38 ID:rnNU1drE
「……覚えてないの?」
 首を縦に。
 ふと、重大な事実を思い出した。
 そういえば僕は──聞いてなかったっけ。

「そう言えば…君の名前は?」
「……」
 無反応。
 いや…ちょっぴり、眉間にシワがよっていた。
 …うむ。全然事態は進展しないが、判った。
 よーく、判った。たった一つの事実だけ。

「…記憶が…無い、とか?」
「…うん」
 予想的中。厭な方向に。

「…………」
「…………」
 わだかまる沈黙。二人して顔を見合わせる。
 出会った当初は、それだけでドキマギしていたのだろうが。

「………はぁ」
 今は溜息ばかりがついて出る。
 世の中そんなに甘くない所か厳しすぎです。むしろハバネロって感じです。
 どうしようか、本当。

「ごめんなさい…」
「いやいや、別に良いんだけどね…でも、それならなんであんな宿に?」
「ええとね…めがさめたら、つきをみてたの。よぞらいっぱいにひろがるおつきさま。
ふわっとして、ふらっとして、そしたらあのばしょがみえて。それから、つかれてたの。だからなの。
それで、ぐっすりしてたら、あたまがずきっ、として。うえにのっかられたの」
 …要領を得ない答えでは当方、困惑するばかりでありますママン。
 少ない脳味噌フル回転。int1(石バカ)の半ば類人猿じみた僕でも頑張ればきっと出来る!!
 グサッ、と自虐が突き刺さる音が月夜に心地よい。

「ええと…つまり、それはこういう事かね、明智君?」
「きほんてきなことだよ?」
「…何でそんなヴォームズの推理小説の台詞知ってるのさ?」
「おいてあったの」
「…さいですか」
 そういえば、木賃宿に何冊か置きっぱなしにしてあった気がする。
 掃除する人間も碌にいないから、黄色く変色していくばかりだ。
 ともかく、一部はしょりつつ噛み砕くと以下の様な事を話したいらしい。

 女の子は、何故か目を覚ますと一人ぼっちで月を見ていたらしい。
 で、ポータルか何かを踏んでしまったらしく、『あの』跳躍独特の眩暈に襲われ、ふと気づいたら木賃宿の目の前に。
 疲れてたので、宿の中に忍び込んで、奇跡なあの出会いに繋がった、と言う訳らしい。
 (因みに僕もアレはあんまり好きじゃない。脳味噌がかき回されるような錯覚を覚えてしまう)

「…にしても、結局手掛かりはゼロ、か」
 僕はその場に座り込み、後ろ手を支えに身を逸らした。
 月夜が考え疲れて重い瞼に眩しい。
 オートミール(麦粥の一種)の様にドロドロになってるだろう脳味噌に、冴えた光は心地よかった。

 突然、柔らかい重みを覚えて、僕は視線を自分の胸元に落とした。
 女の子の頭があった。青みの白…いや、銀か。丁度、僕の伸ばした足に乗る様にして座っている。
 ──りぃん、とまた何処か遠くで鈴が鳴る。
 身動きが取れなかった。いや、見惚れていた、といった方が正解だろうか。

「…って!! ちょっ、重いって。物事には順序があって、こういうときは素数を数えるべきで、
いや、ママン僕は今宵狼になる…じゃなくて、ともかくっ!!?」
 しかし、それも一瞬。直ぐに僕の化石化した脳味噌は混乱を吐き出し始める。
 えーと。えーと。えーと。
 落ち着け。モチツケ、僕。
 …ああ畜生!!答えなんて出ないよ!!
 脳内マニュアルのっ、想定外のっ、事態ですっ!!
 右脳、左脳、海馬は3:0で白旗即時撤退を提示ぃ!!

 ──要するに、混乱の極みだった。
 動くなっ!!フリーズ!!甘ったるい匂いとかして泥沼だから!!
 あ゛あ゛あ゛っ、そ、そんな風に動かれるとっ!?

「……」
 つい、と顔を上げた女の子と目が合う。
 クゥ、クゥ。どうやってかは知らないが、器用に喉を鳴らしながら、体を左右に揺らしている。
 無防備、といえば余りに無防備過ぎて。どちらかと言えば、子デザートウルフを連想させる様な動作。
 に、忍耐力ですかっ!?男としての忍耐力を僕は試されていて、美人局に引っ掛かって紐無しバンジー強制!!?

 ゆ…夢だっ。絶対、これは夢に違いない!!お月様が僕に見せてる夢だっ!!?
 そうでもなければ、こんな急転直下な展開ありえませんてば。
 美人局の怖いお兄さん、俺の財布は、財布は…逃亡費用に費やされますから見逃してぇぇぇぇっ!!

 ぐぅ。

「……」
 自分の顔が、一瞬引き攣ったのが判る。
 こ、この娘は。あれだけ食べて未だ腹を鳴らしますか。
 どういう胃袋をしてるのか本当に不思議でならない。

「……?」
 疑問符を浮かべる女の子を前にふぅ、と溜息一つ。
 なんだか混乱していた僕が、自分で思っている以上の馬鹿に思えてきた。
 何の事は無い。目の前にいる女の子は、いくら可愛くても子供、と言う事なんだろう。
 おっぱい大きい子のが好きやろ自分、と脳内の混乱を説得にかかる。
 ……効果は絶大だ。

「今の僕なら宇宙怪獣にだって勝てる…そう、無敵だっ!!」
 きらり、と女の子の目が光った。…いや、錯覚か?
 が、答えの代わりは…何の脈絡も前触れも完全に無視して迫ってくる女の子の顔だった。

 緊張と混乱は再び極限に。
 僕は、やっぱり女の子には弱いのです。悲しいサガを再認識させられる。
 そして、ふわり、と唇に何かが降り立った瞬間、僕の意識は何故だか消失した。
 …オーバーヒート?ああ、きっと鼻血が出てるに違いない。
 全身に、奇妙なだるさを一瞬感じたのもそのせいだろう。

 最後に、どう、と地面に背中から倒れこむ衝撃だけを他人事の様に聞いていた。



 月夜。そして、少女。
 倒れこんだ剣士の少年をじっと、見つめている。
 少し心配そうに。けれど理性の色を濃くした瞳で。
 ごめんなさい。ありがとう。二言、呟いた。

 ──彼女は、察知していた気配に立ち上がった。
 油断無く、腰の鞘に手を遣り、すらり刃を抜き放つ。
 月の光を集めた様な蒼が疾り、掌に収まって構えられる。

「出てきて。でないと許さない」
 その一言からは、先程までの朴訥さは綺麗に抜け落ちていた。
 いや、むしろそれは──乾いた地面に水を撒いた様なもの、と言うべきか。

 威圧的にさえ感じる言葉に、茂みの一つがざわめく。
 現れたのは、狐面。手に武器は無い。貌に手を遣り、仮面を外す。
 そして、両手を挙げてみせる。そいつ──いや、その女は恭しげな表情で少女を見ていた。

「私共に貴女には害意はありません…ほら、アンタも…」
 黒が、現れた。
 そうとしか形容しようが無いくらい、何の前触れも無くそいつは月夜に振って沸いてでた。
 目深に被ったスイートジェントルに、黒マントと豊かに蓄えた髭の男だ。

「俺も、だな。もしかすると、バレてたかもしれんが」
 顎髭を弄くりながら、言う。

「目的は何? わたしには何もしないと言ったけど、この人はそうじゃない」
 その言葉に狐面の女は愕然とした風を見せる。
 しかし、黒マントは彼女を腕で制し、質問に返す。

「勿論答えるさ。…が、そんかし交換条件といこうじゃねぇか。
俺達の目的を教える。その代わり…ま、実質決めてたのはそっちの小僧だろうが…嬢ちゃん達の目的を教える。
どうだい、単純だろ? 正直、俺らにも嬢ちゃんの行動原理が謎なんでね」

 ふと、嬢ちゃんと言う呼び名が余り好ましく無い物である事を少女は思い出した。

「……やっぱり止める」
 その一言に、それまで事態を傍観していた女が黒マントの脇腹に肘鉄を叩き込んだ。
 睨むような目付きで男を見ている。

「げふっ…ごほっ、そ、そりゃまた何で?」
「呼び方が、気に入らないから」
「…随分言葉に気を使ったつもりなんだがなぁ」
 咳き込んだ黒マントにそう切り返すと、彼は苦笑いの様な顔を浮かべた。
 一方の少女は、そんな黒マントを睨みつけている。
 仕方ない、と言った風情で男は外套の下からツルギを抜く。

「お、おい!! 止めろ!! もしもの事があったら…っ!!」
「いいか、真面目な話をするぞ…『祭り』まで日があるのにあの喋り方は変だろうが。
お前等は俺に言ったぜ? あいつは、直前の今は殆ど力と知識を無くしてる…ってよ。
突貫の調練中断してまで俺が来たんだ。時間かける訳にもいかねーだろ」
 その一言に、女が何かに気づいた様な顔を見せる。

「…まさか、供物が? でもどうして!?」
「まさか、ってな往々にして不都合な時に襲ってくるもんだしなぁ。大方──そこの小僧が関わってるんだろうが」
「…店の時のっ!!」
「だな。ドえらく悪運の強い奴だ。──ま、俺がそいつが起きるか、嬢ちゃんが吸った精力が尽きるかまでは時間稼ぐからよ。
数分ってとこか…それで起してからレッツ尋問タイムと洒落込もうぜ」
「仕方無い…頼む」
 女は、己が非力を恨みながら一歩身を引く。
 彼女は黒マント程の戦闘能力がある訳では無いし、遠距離援護が出来る訳でも無い。
 店内での戦闘も、その証明である。
 男は少女に向き直った。

「嬢ちゃん。考えは酌む。だから頼むのは一度だけにしとく…出来たら抵抗しねぇでくれねぇか?
俺は、あんたみたいのに手ぇ上げるのは好きじゃないんだ」
「──嫌」
 煌々と、その目は赤に輝き。

「仕方ねぇな。ったく…」
 その言葉を最後に、男はツルギを手に構えて、駆け出した。

 続く?
253名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/03(水) 01:19:20 ID:v5jm4ABE
506KBか、んじゃちょっと新スレ立ててきますね。
254名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/03(水) 16:11:04 ID:v5jm4ABE
10時間以上経つのに何故かスレが立てれないジレンマorz
255SiteMaster ★sage :2005/08/03(水) 16:21:52 ID:???
>>254
エラーか何か表示されます?
256名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/04(木) 03:51:19 ID:D9hvpvFY
次スレ立ててみました

【萌え】みんなで作るRagnarok萌え小説スレ 第10巻【燃え】
http://www.ragnarokonlinejpportal.net/bbs2/test/read.cgi/ROMoe/1123095014/
257にゃん :2005/08/07(日) 10:55:37 ID:aoPSicg2
文、書くのぅまいですねぇ★
258名無しさん(*´Д`)ハァハァsage :2005/08/11(木) 04:07:26 ID:8E9w6bRU
|ω・`) 誰もいない……駄文落とすなら今のうち……


「はぁ、何でこんなことに……」

 彼女は少し後悔していた。

 ここはイズルードの海岸沿いにある洞窟。入り口からの光は殆ど届かない涼しく薄暗い壁面に、ランプの炎の影がゆらゆらと揺れている。そのランプに照らされて、彼女の眼前に広がる浅い水溜りに蠢く触手たちがテラテラと光る。

 彼女の目の前にはヒドラの群生があった。その数5・6匹。そのヒドラから伸びる触手は静かに、また時には素早くしなやかに動いていた。その動きはこちらを警戒する様でもあり、誘う様でもあり、威嚇する様でもあった。しかし実際のところその動きは極めて本能的で、そんな意味は無いのかもしれない。

 彼女の名前はエシル。ゲフェン出身の魔法研究生で、生物専攻。今は研究のためにプロンテラにいる。

 彼女の後ろには、2人の青年が立っていた。片方は心配そうに彼女を見守り、もう片方はニヤニヤと笑いながら彼女を見ている。彼女を心配しているのはバルである。そして、彼女が触手に襲われないかと今か今かと期待しているのがトニーであった。彼らは共に彼女の友人である。

 時が迫るにつれて、さらに後悔が増した。

 こんなことになった原因は先日のことである。数日に1回、彼女は友人のバルやトニーと共に酒場に集まって雑談などをしていた。先日もそのために酒場に来たのだ。

 彼女が酒場につくと、既に彼らは来ていた。そして1杯注文して席に座ると、トニーが何やら本を見せびらかしてきた。彼の持っていた本の表紙には題名が書かれていなかったが、彼によるとその題名は『マジたんヒドラ触手陵辱』であるらしい。女性と人外という組み合わせの成人向け小説は、彼の趣味である。彼女は、彼のその趣味をとても嫌っていた。

 エシルはいつも通り、呆れたようにそれをあしらった。ヒドラが性的な意味を持って人を襲うなどということは、生物学的にありえないからだ。しかし、いつもはそんな事を言われても気にも止めないトニーが、このときばかりは食い下がってきた。どうやら彼は、人外の中でも触手が一番好きなようだ。

 それからしばらく、エシルとトニーの言い争いが続いた。その後何がどう転んだのか彼女はよく覚えていないが、彼女が体を張って「ヒドラが人に性的な意味で襲うかどうか」を実験をすることになった。そして今日に至る。

「無理しなくてもいいぜ、お嬢さん。無理なら俺が手伝ってあげるからさ」

 面白半分でトニーが言う。エシルは込み上げる怒りをなんとか抑えて聞こえない振りをし、恐る恐るヒドラ蠢く水溜りへと近づいていった。

   ――つづく
259なんぼか前の201@お題sage :2005/08/14(日) 03:29:39 ID:TcNGjZoE
スレとスレの隙間をこっそり埋めてみる


 火山と指輪と俺の奥さん


「ねね、ちょっとノーグロードまで付き合ってくれない?」

それは、奥さんのそんな一言から始まった。そして、俺の返答は勿論決まっている。

「無理」

それはもうドキッパリと。

「どうしてよ!?」

断られるとは微塵も思っていなかった、そんな表情で声を荒げる奥さん。

「無茶言うなよ…」

そりゃー、愛する奥さんの為なんだから多少の我儘は聞いてやりたいが。

「あのなぁ…俺パッシブモンクだぞ?ノーグロードなんぞ行ったって戦力にはなんねーよ」
「そんな事言わないでよー」
「そもそもなんでノーグなんだよ。狩場なんぞ他にも山程あるだろうが」
「この前ね、とっても危険な指輪を火山に捨てに行く物語を見てすっごく感動したの!」

あぁ、それは俺も知ってる。魔王の手に渡ると世界の危機になるらしい指輪。
それを眼にした人間を魅了してしまうという…絶大な魔力を持ったという触れ込みの…
ぶっちゃけハイドリングだよな。

「それで、丁度ノーグ行きの臨時があってね。了承貰ったから行って来たんだけど。
ちょっとだけ真似したくなっちゃって…手持ちの指輪、結婚指輪しか無かったから…」
「…真似して、捨てたのか?」
「まさかそこまではしないわよ。ちょっと投げる振りをしただけ。
ただ…直後に敵が激湧きでバタバタしちゃって。その時にどうも置いて来ちゃったらしくて…」
「馬鹿だお前は!?」
「ひっどぉい!いくら私が専業WIZよりINTの低いFCASセージだからって補正込みで92あるのよ?
ブレス貰えれば102よ?ブレス込みでもINT24の貴方に言われたくはないわ!?」
「そういう問題じゃねぇ!?」
「じゃあどういう問題なのよ!?」
「自分の行動が馬鹿だと思ってないあたりが馬鹿だってーの!」

ぶちっ…と何かが千切れる音が聞こえた気がした。
手に持っていた愛用の+9ダブルハリケーンバイブルを振り上げる奥さん。
俺は転がる様にその場から離れて、音を立てて振り下ろされる一撃をかわした。
奥さんそれは逆ギレって奴じゃないですかい!?
振り回される凶器を紙一重で避けつつ、何とか宥めようと考えを巡らせる。
とりあえず落ち着け、と言おうとして凶器から目を離し奥さんの顔を見ると…
器用にもその必殺本で攻撃を続けながら何かブツブツと文句を言っている。

「…の精霊よ我が声に応えよ我が前に姿を示し我が命に応じ我が前に立つ敵を撃ち…」

って…呪文詠唱かよ!?
しかもその詠唱の長さからすると恐らく10レベルのボルト魔法だ。俺を殺す気か?

「…焼き尽くせ!ファイヤー…ボルトォッ!」

うおっ…仕方ねぇここは。

「テレポート!」

三十六計逃げるが勝ち、って奴だ。ん?なんか微妙に違った気もするがまぁ間違ってないだろ。
ちなみに転移先が岩の中だったりすると存在がロストするってー都市伝説があって俺はこの魔法はあまり好きじゃない。
幸い今回は無事だったようだ。奥さんから少し離れた位置に出現したらしい。速度増加をかけて奥さんの元に駆け戻る。
奥さんは地団太を踏んで悔しがっていた。

「何よ!人の事馬鹿にして!馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね!つまり馬鹿は貴方の方よ!」

…おいおい。その、年齢が一桁の頃に言ってた様な台詞を(言っちゃ駄目!by奥さん)歳にもなって言わんでくれ…

「あーはいはいわかったわかった。俺は馬鹿だよ。
で、その馬鹿な俺に馬鹿と言われる真似をしているって事には納得してくれるかい?」

微妙に相手の主張を受け入れつつ本題は忘れない、これがコツ。ヒートアップしてる最中だとそれも通じないんだが…
一旦離れて時間が経過した分だけ頭の温度は冷えていたらしい。顔を背けてぼそぼそと言う奥さん。

「… … … … … … …」

ちょいと凶暴で意地っ張り、だからこそからかいたくなるのか。キスまで5cmの距離に顔を近づけて…

「聞こえないぞ」
「…悪かったわよ・・・」

さっきよりほんの少し大きな声で奥さんが言った。その頬が赤い。あぁもう何だってこんなに愛しいんだ。
結婚指輪忘れてくるって普通はもうちっと怒っても良いんじゃねーかと思うぞ俺は。
だがまぁ、これも惚れた弱味って奴かね。結局は奥さんの望む通りに動いちまうのは。
だから俺は、ニヤリと笑ってアルデバランへと続くワープポータルの魔法を使いながら奥さんに言うのさ。

「さ、忘れ物を取りに行くぞ」

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